【669】 ありきたりな八月は  (ROM人 2005-09-30 00:29:37)


澄み渡る青空に向かって、細い煙のすじが立ち上る。
屋上に照りつける太陽の熱。
8月のリリアンに彼女は居た。

「あつい……」
太陽がそろそろ真上に差し掛かろうとしていた。
煙草も残り数本。
そろそろ、この暇つぶしも終わりだ。
補習授業をサボって、屋上で煙草を吹かす。
汚れのない子羊ばかりのリリアンで私は異端者だった。
母親の熱心な説得でこの学園に半ば無理矢理入学させられた彼女は、
もう1年半をこの学園で過ごそうとしていた。
母の通った学園。
当然、自分にはなんの関係もない。
母は、姉妹制度で出来た姉妹について熱っぽく語る。
入学当初から母は、私に姉が出来る日をいつかいつかと待ちわびていた。
しかし、私にそのつもりはなかった。
お節介なクラスメイト達も、やたらと私に姉を作るように勧めた。
しだいにそれが煩わしくなり、いつの間にか私はこうして屋上に通うようになった。
お節介を焼こうとするクラスメイトも一人減り、二人減りしていくうちに私は一人になった。
今では誰も私に関わろうとしない。
教師やシスターですら積極的に私に関わることはない。
授業をサボって屋上で過ごすこともたまにある。
退屈なありきたりの日常。
同じような毎日がただただ過ぎていく。
このただ燃え尽きることを繰り返す煙草のように。
「熱っ!」
気がつくと、煙草は根元まで燃え尽きようとしていた。
私はあわてて思わず、それを放り投げてしまった。
……これで、煙草がばれて停学か。
それもいいかも知れないな。
「きゃっ!」
下の方からそんな悲鳴が聞こえた。
そして、覗き込んだ私と目があった。

それは、紅薔薇の蕾『松平瞳子』だった。





「まったく、火のついた煙草を投げるなんて」
脳天に煙草の直撃を受けたクラスメイトは、あれからすぐに屋上にやってきた。
紅薔薇の蕾になって幾分態度が丸くなった彼女だったが、その剣幕はかつての彼女を思わせる。
いや、彼女が変わったのは現紅薔薇様の福沢祐巳様の妹になったからだろうか。
「ちょっと、聞いてますの? 雅美さん!」
気がつくと、彼女の顔が至近距離にあった。
松平瞳子は下級生にも絶大な人気を誇る美少女である。
紅薔薇様と並んで歩くと下級生達から感嘆の声があがる。
下駄箱にも姉と同様溢れんばかりのラブレターが届くそうだ。
私とは違って、このリリアンの生徒であることがピッタリだと思う。
私は、彼女の瞳に吸い寄せられるように彼女の唇を自分の唇で塞いだ。
「!?」
彼女は私からあわてて飛び退いた。
「な、なにをするんですの!!!」
「口止め料よ。 それで煙草の件は黙っていてもらえる?」
見る見る彼女の顔が真っ赤になっていくのがわかる。
「な、なんでそれが口止め料なんですの! 大体、奪われたのは瞳子の方で……」
「何? 初めてだった?」
「だから、そんな事じゃなくて……」
「気にしないで、私も初めてだから。 そういうわけで、煙草の件は内緒ね」
そうして私は立ち上がると、屋上を後にしようとした。
「待ってください。 話は終わってません!」
「まだ何か?」
「瞳子は別にシスターに言ったりしません。 
 でも、煙草は二十歳になってからじゃないといけないと瞳子は思います」
ああ、そうか。
彼女はシスターに言うつもりじゃなく、自分で私に説教をしようと思ったのか。
「じゃあ、二十歳の誕生日の30秒後と今と何が違うと思う?」
「だって、法律でそう決まって居るんですからいけないと思います」
「そう、じゃあ法律で決まっていないのなら……」
私は不適な笑みを浮かべて、彼女を抱きしめ再び唇を奪った。
「こういう事をしてもいいわけだ」
「……なっ」
彼女の平手が私の頬を打った。
「じゃあ、そう言うことだから」
私は彼女に背を向け、屋上を後にした。





退屈な補習授業は続く。
窓の外、流れる雲をずっと見つめる。
今頃彼女は、薔薇の館で山百合会の仕事でもしているのだろう。
しくりと胸の奥が痛んだ。
姉の前で幸せそうな笑顔を浮かべる彼女の姿が脳裏に浮かんでいる。





9月。
夏休みが終わり、二学期が始まった。
姉妹の夏休みの出来事を語り合うクラスメイト達。
うざったい。
「瞳子さんは、夏休みの間はどうされてましたの?」
「前半は両親に連れられていつものカナダへ、後半は山百合会の仕事でずっと薔薇の館でしたわ」
「えー、じゃあずっと祐巳さまとご一緒でしたの? 羨ましいですわ」
羨ましいのか?
私は聞こえてくるひな鳥のさえずり声に一々心の中でツッコミを入れた。
例え、大好きなスールと一緒だと言っても、彼女たちは貴重な夏休みを生徒会の仕事に捧げているのだ。
それのどこが羨ましいのだ。
薔薇様などと持ち上げられ、結局はいいようにタダ働きを強いられてるだけだ。
くだらない。
純粋培養のお嬢様達の会話に嫌気がさした私は、今日も屋上への階段を登っていく。
私以外の誰も居ないその場所は楽園だった。

制服の汚れも気にせず、コンクリートの上に横になる。
流れる雲をぼんやりと眺めて、スカートのポケットを探り煙草を取り出す。
箱から一本取り出すと口にくわえ、ライターで火を付ける。
空に向かって伸びていく煙。
それがスッと姿を消した。
「またこんな所で煙草なんて……」
そこにいたのは、さっきまで友人達に囲まれていた彼女だった。
「ほっといて。 あなたには関係のない事よ」
「ほっとけません。 瞳子は紅薔薇の蕾ですから」
生徒会の人間だから、間違った生徒には注意する。
正義感の強い彼女には、私は随分悪者に見えることだろう。
「紅薔薇の蕾は大変ね、校則違反者の取り締まりまでしなきゃいけないなんて」
私は皮肉を込めてそう言った。
「瞳子は雅美さんのことが心配だから……」
彼女の顔は本当に心配そうな顔をしていた。
それが自分に向けられていると思うと少し心が痛む。
「そんな顔してると、またキスしちゃうぞ」
気まずい空気に耐えられなくなった私は、軽口を叩いて彼女の額を弾いた。
瞬間、彼女の顔はトマトのように真っ赤になった。

「と、とにかく煙草なんてダメです」
「法律違反だから?」
「それもありますけど、体に悪いんです」
「別にいいじゃない。 都会の空気を吸っていれば同じ事よ」
「でも……」
私の屁理屈に彼女は押され気味だ。
「わかったわよ」
くしゃりと煙草の箱を握りつぶす。
煙草なんてただの暇つぶしの道具だ。
そして私は、彼女の隙をつき彼女を抱きしめ唇を奪った。
その時だった。
誰も来ないはずの屋上の扉が開いたのは。

「瞳子、瞳子ちゃ〜ん。 えっ!?」

そこに現れたのは、彼女の姉であり全校生徒の憧れの存在である紅薔薇様だった。


それから紅薔薇様と私の瞳子さんをめぐった三角関係が始まり、
リリアン女学園唯一の不良少女である私の九月は、
ありきたりではなくなってしまったのだった。







なんじゃこりゃ(w
終わっとけ。

※元ネタのようなそうでないような物はお察しください。



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