【670】 相当言葉遣いが悪い祐巳  (朝生行幸 2005-09-30 00:39:53)


「おうテメェ等、廊下は走んなコラ」
 どこかから聞き慣れた声の、それでいてリリアンでは普通耳にしないガラの悪い言葉が聞こえた。
 言葉の主をきょろきょろと探せば、廊下の先に、ピコピコ揺れるツインテールの後姿。
「祐巳さま!」
 紅薔薇のつぼみこと福沢祐巳に、松平瞳子が話し掛けた。
「おう、瞳子ちゃんやないか。機嫌はどないや?」
 かなり正確な発音で、関西風のなまりが響く。
「それはともかく、なんて言葉使いをなさっておられるのです?」
「おいおい、先に聞いたんはこっちや。お前が先に答えんかい」
 言葉はやたらと悪いのに、顔はニコニコとしている祐巳に、違和感バリバリ。
「うー、えーと、ごきげんよう祐巳さま」
「おう」
「で、どうしてそんな…」
「ホラ、この前瞳子ちゃんグレたじゃない?…じゃない、グレたやんけ?」
「今は無理に悪くしなくても良いですから」
「あ、そう?えと、それでね、迫力有る言葉使いって、関西弁がピッタリって聞いたから、乃梨子ちゃんに教わったの。なかなか凄みがあるでしょ?」
「いいえ全然」
 勝ち誇ったような態度の祐巳を、あっさり否定する。
「え?どうして?乃梨子ちゃんだって、言葉は大丈夫って太鼓判を押してくれたのに」
「そうですね、私も“言葉は大丈夫”だと思います」
「なのにどうして…?」
「それはですね、祐巳さま」
 変わって答えたのは、師匠の乃梨子。
「祐巳さまは、態度がまったくついて来ていないからです」
「なんやとコラ?」
「それです。その場合、困ったような表情をするのではなく、片眉を上げて、相手を睨みつけるようにしませんと」
「えー、そんなこと出来ないよ…出来るかい」
「瞳子もだいぶ無理があったけど、祐巳さまもまったく向いていないようですね」
「なにをおっしゃいますか乃梨子さん!私は祐巳さまみたいにヘラヘラしてませんわ」
「うわ瞳子ちゃん、今酷いこと言ったね…じゃない、言いよったな?」
「祐巳さまは所詮は付け焼刃。一度本気でグレた私の言葉に、勝てるはずがあらへんわい」
「どっちもどっちだけど。私の本気の大阪弁モードに、勝てる思てんのかコラ」
 一年生の教室が並ぶ廊下で、響き渡るはかなり悪い言葉使い。
 しかも二人は山百合会関係者で、一人はそれに最も近いと言われる生徒。
 遠巻きにして、動向を見守る数多くのギャラリー。
「それじゃ、誰が一番迫力があるか勝負よ!…ではなくて、勝負じゃワレ!」

 当然のことながら、人畜無害の祐巳や瞳子に勝ち目があるわけでなく。
 シスター上村ですら、お御堂で夜が明けるまで祈ることになったこの事件の後、白薔薇のつぼみこと二条乃梨子は、“リリアンのなにわ突っ込み隊長”として、卒業してもなお恐怖の代名詞として語り継がれることになったのだった…。

「くうう、乃梨子ちゃんに勝てるのは、志摩子さんだけなの…?」
「乃梨子さんは、紅薔薇さまや黄薔薇さますら恐れない方ですものね…」


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