「こんな所に呼び出して、一体何の用?」
すらりとした長身、祥子お姉様を思わせる長い髪の少女。
一時は、祐巳さまの妹候補の座を奪い合ったライバル。
そんな彼女を私は剣道の交流試合の会場に呼びだした。
「一緒に黄薔薇様の応援でもしましょうって訳じゃないわよね?」
会場の中央では、今も竹刀を振るい接戦を繰り広げる姿があった。
「……可南子さん」
私はゆっくりと言葉を紡いだ。
もう、戻ることは出来ないから。
「祐巳さまの妹になってください」
*
祐巳さまと由乃さまの妹を決めるという噂の茶話会が行われる。
私の周りでは、その話題で持ちきりで、
祐巳さまの妹候補として有力視される私と細川可南子に自ずと注目が集まった。
様々な憶測や嫉妬から来る陰口。
もちろん、そんな物に負けるほど私も細川可南子もヤワじゃなかった。
特に、私の場合は過去の祐巳さまに対する接し方について色々言われているようだ。
あの梅雨の日の一件についても、今更のように持ち出してくる。
確かにあの件については、何も知らなかったとは言え、
祐巳さまに色々酷いことを言ってしまったと反省している。
「瞳子さんはもちろん茶話会に参加されるのですよね?」
遠巻きにコソコソ言い合う連中の中には、こうしてわざわざ本人にアタックしてくる人もいる。
「いいえ、参加するつもりはありません」
私はもう何度目かわからない答えを返す。
何となく、私には確信めいた物があったのだ。
祐巳さまはこのイベントで妹を作ることはない。
それに、例え祐巳さまがこのイベントで妹を作るとしても、どんな顔をして参加すればいいと言うのだ。
祐巳さまは瞳子が茶話会に参加したらどんな顔をするだろうか。
細川可南子が参加したら祐巳さまは妹にするのだろうか?
祐巳さまの隣に立つ彼女を想像する。
それはまるでパズルのピースがピッタリとはまるように絵になる。
頭の中で組み上がったパズルをぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
こんなの嫌だ。
こんなの嫌だ。
こんなの嫌だ。
ダメだ、考えると気分が重い。
今日は部活の無い日なので早めに帰ろう。
楽しくないことを考えて落ち込むなんてつまらない。
そうだ、明るくいつだって強気に。
だが、その夜。
一本の電話が、終焉の日を告げたのだった。
*
「祐巳さまの妹にはならないわ」
細川可南子はそう言った。
祐巳さまに別の誰かを重ねてみていたと彼女は言った。
学園祭の瞳子が祐巳さまに手を引かれ、舞台衣装のまま駆け抜けたあの日。
彼女、細川可南子にも大きな出来事があった。
「祐巳さまには感謝している。 だから、私は妹にはならないと言ったの」
ほんの数日前の話だったという。
細川可南子は祐巳さまに妹にはならないと告げたそうだ。
そして、彼女は祐巳さまの友達というボジションを勝ち取った。
「だから、貴女がなりなさいよ。 祐巳さまもまんざらじゃ無さそうでしょ?」
「……瞳子は祐巳さまの妹にはなれません」
そう、あの日かかってきた一本の電話が残酷な運命を瞳子に教えたのだった。
「どうして?」
「……」
「なりたかったんでしょ? 祐巳さまの妹。 ずっと、貴女のこと見てたからわかるわ」
そう言った細川可南子の顔は、啀み合っていた頃には見たこともない穏やかな表情だった。
「……私はなれないんです。 祐巳さまの妹には……紅薔薇の蕾の妹には」
そう、私はなることが出来ない。
祐巳さまの妹になる人間は、のちに紅薔薇の蕾になり、紅薔薇様となることが求められる。
「恐いの? 振られるの」
「違うんです。 瞳子は紅薔薇様(ロサキネンシス)の華を咲かせることが出来ません」
あの日、かかってきた電話は父の知り合いからだった。
「……すまないな。 せめて高校を卒業するぐらいまでと思ったんだが」
父の知り合い、それは瞳子の許婚の父親だった。
相手の家は、松平家とほぼ同格か少し上の家柄。
長男が跡を継ぎ、様々な事業で業績を伸ばし、力を付けている。
松平家の一人娘の瞳子は、そんな家の次男と生まれる前から将来が決められていた。
相手はすでに一度離婚を経験し、2人の子持ち。
そのうち一人は瞳子よりも年上だ。
いわゆる、政略結婚というやつだ。
中年で、頭もだいぶ薄くなった相手と瞳子は結婚しなくてはならない。
瞳子と結婚することで、彼は松平の跡継ぎとなり、
家同士の繋がりが出来て双方の家の発展に繋がるのだそうだ。
当事者の娘の気持ちなど、その決定に影響しようはずもない。
「……そんなのって」
「相手の男性にどうやら好きな人が出来たらしいです。
お酒を飲むところの女の人で、歳は22歳〜25歳ぐらいらしいです。
瞳子がすぐに結婚しなければ、そっちの人と話が進むみたいですね」
「やめなよ、そんな結婚。 どうせ、その相手は誰だっていいんでしょ?」
「そうでしょうね。 多分、瞳子と結婚しても外に女の人沢山作ると思います」
「だったら!」
「……瞳子の力でどうにかなる問題じゃないんですよ」
そう。
嫌だと言えるなら、どんなに幸せだろう。
松平の家も、何もかも捨てて飛び出せたらどんなに素敵だろう。
人並みに、自由な恋をして、大好きな人と結ばれて、幸せな家庭を作る。
そんな些細な幸せを夢見ることさえ許されないのだ。
瞳子は一人で生きていく術を持たない。
松平の家を捨て、生きて行くには瞳子は無力だった。
女優になりたかった。
女優になれば、一人でも生きていけるだけ稼ぐことが出来る。
女優という目立つ職業ならば、松平の家に圧力をかけられ、無理矢理連れ戻されることもない。
幼稚舎の頃、好きな男の子が居た。
毎日、公園で待ち合わせて遊んだ。
でも、その男の子はある日突然にいなくなってしまった。
彼のお父さんが急に海外出張になってしまったからだ。
その時は、ただ悲しかった。
でも、ある時偶然知ってしまった。
彼のお父さんの会社は当時、海外に支社が無かった。
それを無理矢理海外に支社を作らせ、彼のお父さんをそこに飛ばしたのは、
松平の力が働いたのだという。
「瞳子は来年はもう、リリアンには居ません。 だから、蕾の妹にはなれないんです」
「でも……」
「お願いです、可南子さん。 瞳子は貴女だったら祐巳さまの妹になられても納得できます。
ですから……」
無言の刻が過ぎていく。
会場の真ん中で、竹刀のぶつかり合う音だけが聞こえる。
「……」
「……試合、終わっちゃいましたね」
「……ねえ、紅薔薇様には話したの?」
「……祥子お姉様も、多分知ってますわ。 でも、どうにもならないことですから」
「……逃げよう」
立ち上がった瞳子の手を可南子さんがぎゅっと掴んだ。
「無理ですわ。 祥子お姉様程じゃないですけど、瞳子にもたくさんの監視がついています」
「でもっ!」
「いいんです。 とっくに諦めはついていますから。 可南子さん、祐巳さまをお願いします」
瞳子の手を掴んだ可南子さんの腕の力が弱まる。
そう、どうにもならないんです。
だから、瞳子は可南子さんににっこり微笑んで背を向けた。
残された時間はもう残り少ない。
この制服に袖を通すのはあと何回だろう。
だから残された時間は少しでも笑顔でいたい。
瞳子の居場所が無くなるその時まで。
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何書いてるんだorz……。
居場所ってキーワードから、こんな話を連想。
妹オーディションであの二人はどんな会話をしたんだろう。
早く、知りたいよーってことで。