【707】 賭けに負けていたらあなた色に染めて日出美ちゃんを  (ROM人 2005-10-08 08:11:49)


「ええ、かまわないわ」
「本当にいいの? だって、貴方達姉妹になったばかりでしょう?」
「しかたないの。 何だかわからないけど、妹を賭けて勝負しないといけなくなったから」
「なんでまた……」
「実は……」


話は3日前に戻る。
一日の授業が終わり、これから部活や帰宅する生徒の間を縫って、
私、山口真美はタレコミのあったとある場所へと向かっていた。
デジカメのダイヤルをまわし、電源を入れポケットにしまい込む。
瞬時に取りだしシャッターを切るためだ。
場所は、人気のない古びた温室の近く。
そこに二人の人影を見つけた。
ここからは細心の注意を払って行動しなくてはならない。
少しずつ、ターゲットとの距離を縮めていく。
発明部に作らせた高性能な小型集音マイクのスイッチを入れ、
二人の会話をモニターする。

「蔦子さま………」
「笙子ちゃん」
「んっ……」
二つの影が一つになる。
お互いの背中に腕をまわし、情熱的な口づけがかわされる。
今だ!

パシャ。

私のデジカメが決定的瞬間を記録した。

「し、しまった!!!」
「つ、蔦子さま」
ターゲット二人は私に気がつくと顔を青ざめた。
山百合会の人間以外で、この学園の誰でも知っている有名人。

「フィルムをよこしなさい!!」
「残念でした、デジカメなの」
「じゃあ、データを消しなさい!」
「大丈夫、キスしている所は写ってないから。 さすがにそれは載せられないしね」
「そ、そういうことじゃないぃ!!!」
普段のクールな彼女はどこへやら。
笙子ちゃんのことになると我を忘れるのよね。
「抱き合っていい感じに見つめ合ってるシーンよ。 うーん、我ながら上出来。写真部に入部すれば良かったかしら」
デジカメの液晶に先程撮った写真を写し、彼女に見せる。
「……くっ!! まぐれよ、それに露出がいまいちで(以下、難しいカメラ用語が200行分ぐらい続くので割愛)」
「写真の技術は、あなたには敵わないけど構図はバッチリでしょうが。 決定的瞬間をわざと外して、なおかつリリアンかわら版に載せられる限界の中での最高の構図だわ」
「うっ……」
そう、無条件にいい写真を撮ればいいというわけではないのだ、この場合。
生徒同士のキスシーンの写真など載せたら、生徒指導室モノである。

「わかった。 認めるわ、確かにその写真は良く撮れている。 でも、こっちもあっさりと引き下がるわけには行かないわ」
彼女の顔は、普段の余裕たっぷりの彼女の表情に戻っていた。
「これを見てもらおうかしら」
彼女はポケットから×印のついた封筒を取り出した。
その中から一枚の写真を抜き取ると私に突き出した。

「こ、これは……」
頭の中が真っ白になった。
こんな物いつの間に撮ったのだこの盗撮マニアは!
私と日出美が薄暗い夕方の部室で………キスをしながらお互いの体をまさぐって………。
「は、犯罪よ! こんなのどうやって……」
「決定的瞬間ってのは、こういうのよ。 しかも、貴女達に気がつかれないように……(ここから盗撮用のカメラについての講釈が500行ほど続くので割愛します)」
「これで、お互いチャラにしない? あなたがどうしても記事にするというなら、私はこの写真を来年の文化祭で一番目立つところにパネル展示することになるけど?」
「つ、蔦子さま……それはいくらなんでも」
「笙子ちゃんは黙ってて。 それとも記事になりたい?」
「うっ……」


「……わかった。 この記事は無かったことにするわ」
選択肢は他になかった。
記者としてはたとえ自分の身を犠牲にしようとも記事を表に出すべきなのだろう。
でも、私はそれが出来なかった。

「さて、ここで終わりといきたいところだけど、一つだけ片づいてない事があるの」
「え?」
「さっき、真美さんは自分の撮った写真を自慢してくれたわね。 そこで私の勝負心が疼いてしまったのよ」
「な、何を言ってるのよ」
「写真部のエースとして、新聞部に写真のことで負けるわけには行かないわ。 勝負よ、真美さん」
「え? だ、だからどうしてそうなるのよ」
「負けるのが恐い?」
「そもそも、写真の勝負じゃあなたに有利すぎるじゃない」
当たり前だが、新聞部は写真を撮るのは本業ではない。
写真を撮るのが本業の写真部に、しかもそのエース相手ではハンデが大きすぎる。
「大丈夫、相手は笙子ちゃんだから」
蔦子さんにいきなり話を振られた笙子ちゃんは、祐巳さんばりの百面相を披露している。
「で、どうするのよ。」
「勝負の方法は、祐巳さんと瞳子ちゃんの決定的瞬間を撮ること。 カメラは笙子ちゃんも真美さんと同じデジカメを使ってるからちょうどいいわね。 メーカーは違うけど、性能に大差無さそうだから」
「わかったわ……」
「で、真美さんが勝負に勝ったらさっきの記事にしていいわ」
「つ、蔦子さま!!」
いきなりの爆弾発言に、笙子ちゃんは顔が真っ青になった。
「このぐらい、きつい罰ゲームがないと面白く無いじゃない。 それに笙子ちゃん本気出さないでしょう?」
「で、でもぉ」
笙子ちゃんは、蔦子さんの出した条件を撤回させようと必死だ。
「それで、私が負けたらどうすればいいの? まさか、あの写真を」
「ううん、そんな事すれば写真部が学園側から大変なお咎めを頂くわ。 真美さん、あなたが負けたら日出美ちゃんを私にちょうだい」
「「えっ!?」」
私と笙子ちゃんの声がハモった。
蔦子さん、笙子ちゃんの前で堂々と浮気宣言!?
ってゆーか、相手が日出美!?
「そ、そんなのOK出来る分けないでしょ」
「大丈夫、変なことはしないわ。 写真部にもらうって事よ。 今年の写真部の新入部員数少なかったのよね。 それに、どいつもこいつも見込みゼロ。 後から入った笙子ちゃんのが一番のみこみ早いのよ」
そりゃそうだろう。
写真部のエースが付きっきりで指導して居るんだから。
ああ、笙子ちゃんまで変な盗撮狂になったりしないと良いのだけれど。
実際、今年も写真部の入部数は大した数じゃなかったようだけど。
そのほとんどが、蔦子さんの狙いで徹底的に無視され→幽霊部員なのだから、一応写真部のエースとしては心配なのか。
てゆーか、あんたのせいだろうが。
技術は教わるんじゃない、盗むのだとか言いつつ部室には現像以外顔を出さない。
何処にいるのか神出鬼没で誰もわからない。
たまに部室に現れれば、下級生がコンパクトカメラだデジカメだを持ち込むと小一時間問いつめる。(でも、笙子ちゃんがデジカメ持ってきたら何も言わないどころか一緒に楽しそうに説明書を見ながら使い方を教えていた)
そもそも3年生もほとんど幽霊部員。
写真部は武嶋蔦子のためにあると言っても過言じゃない。

「私なりに、日出美ちゃんを観察したのだけれど、彼女は真面目ね。 真美さんの言うことをきちんと理解し、自分でも努力してる。 あんな真面目な子は貴重だわ」
確かに、日出美はいい子だ。
だからこそ私は妹にしたのだ。
一人の真面目な部員は、百人の不真面目な部員より価値がある。
量より質という訳か。
いや、それならなおさら負けるわけにはいかない。
新聞部にだって日出美は未来の大切な柱になるはずの人材だ。

「でも、日出美がなんて言うかわからないわ」
「大丈夫、口説き落とすのは得意だから」
蔦子さんの眼鏡が怪しく輝く。
こいつ、日出美をどうするつもりだと思わずツッコミを入れたくなった。
「むぅ〜、蔦子さま。 本当に、写真部のためなんですよね?」
ほら、笙子ちゃんもヤキモチを焼いている。
その後、むくれた笙子ちゃんをなだめる蔦子さんを30分ぐらい見ていた。

「で、勝負するわよね?」
「でも……」
「ふーん、まぐれでいい写真撮ったからってまた撮れるとは限らないものね」
返事を拒む私に、そう彼女は勝ち誇ったように言った。


カチン


「受けてやろうじゃないの、その勝負。 そこまで馬鹿にされて黙っていられないわ!」



……その夜、私は結構後悔していた。
負けたらどうしよう。_| ̄|○
とにかく、頑張らないと。
まず、被写体の二人に気がつかれないようにするテクニックを、元祖ストーカー少女のあの子に学ぼう。
それから……


こうして私、山口真美のの長く過酷な日々は幕を開けたのだった。


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