【71】 君がいるからとびきり  (ケテル・ウィスパー 2005-06-21 11:24:36)


「ねぇ、祐麒君。 今日はスケートしに行きましょう」
 今日のデートは、行き先を決めずに、駅前で待ち合わせしていたのだが、さてどこに行きますか、と言う話になる前に、由乃さんが提案してきた。
「新聞屋さんが割引券置いていったんですって」
 ほらっ、っと言って、チケットを差し出す由乃さん。 水道橋にある遊園地のスケートリンクの割引券、入場料が半額、シューズのレンタルは実費か。 
「俺は別にかまわないよ」
「ほんと、よかった〜。 初めてだから教えてね」
「うん、いいよ。 ちょっと久しぶりになるけど、まぁ、なんとかなるだろうから」
「期待してるからね」
 花が咲いた様な笑顔を見せてくれている由乃さんと手をつないで、改札口へと向かう。

 四谷駅までは快速、そこで乗り換えてから一路水道橋駅まで。 



「由乃さん、大丈夫?」
「大丈夫よ。 今日中にトリプルアクセル決めてやるんだから」
「それは〜…、俺、出来ないから。 どうやって教えたらいいのか、わかんないけど。 その前に、そのバーから離れないと、先に進めないよ」
 まぁ、当然と言えば当然なんだけど。 俺はものの3〜4分で感覚を取り戻して、由乃さんのすぐ横の安全バーに背を付けて停止中。 一方、今日初めてスケートをする由乃さんは、安全バーから離れることが出来ない。
「……うぅぅぅっ、なんか悔しすぎる〜〜」
「じゃあ、お嬢さん、お手をどうぞ。 壁の花のままじゃ勿体ないよ」
 妙な言い回しをしたのに突っ込みなし。 よほど怖いらしい。 怖々と俺の手を取った由乃さんは、足場を確認するようにしてから、一気に”エイッ”と言う感じでしがみ付いて来た。 片手をバーに付いていたからなんとか支えることが出来た。 
「お、ぉ、ぉ願いします……」
 とりあえず、真直ぐ立ってもらうことにする。 体重は心持ち前方向に。 これはすぐに出来る。 次は、滑る感覚に慣れてもらうために、引っ張ってリンクを一周することにした。
「ちょ、ちょっと、ま、待って。 片手だけで引っ張られるのって、こ、怖い!」
「あ〜、そうか。 じゃあ、こうかな?」
「…えっ?!」
 由乃さんと向き合って両手をつないぐ、ようするに俺はバックで由乃さんを引っ張る形。 後ろを確認しつつ、由乃さんには足の動かし方や、その時の体重の移動の仕方、曲がり方、等をレクチャーしていった。
 少しずつ、由乃さんも滑れるようになって来た頃、一旦休憩するために、停止する。 しかし、由乃さんは止まり方を知らなかった。 いや、俺がうっかり教え忘れていたんだけど。 由乃さんはそのままなすすべも無く俺と正面衝突した。
「っ!! ご、ごめんなさい!!」
「ま、まった、暴れないで! バランス崩す!!」
 由乃さんはピタッと動きを止める。 俺は、バーに近かったためとっさにそれを掴んで、体勢を立て直した。 胸の辺りにしがみ付いて俺の顔を心配そうに見上げている由乃さん、目線がいつもと違うのがちょっと新鮮だ。 
「ご、ごめんなさい……」
「い、いや、俺の方こそごめん。 止まり方は一番最初に教えとくべきことだったから……」
「でも、これはこれでよかったかも………」
「えっ?」
「ううん、なんでもない」
 由乃さんは、バーにつかまり直して、俺の横にピトッとくっつく。 
「喉、渇いちゃった」
「そうだね。 自販機の所に行こうか」
「うん」
 リンクから上がり自販機の所まで歩く。 スケート靴はホントに歩きにくい、慣れていない由乃さんにしてみれば、なおさらだろう、腕にしがみ付いてきて、けっこう体重を預けて来ている。
 教えてもらっているんだからと、ココアをおごってもらって、その後またリンクへ。 由乃さんは、なんとかスケートが出来るようになった。
 トリプルアクセルは、当然無理だったけどね。   

「最初はどうなるかと思ったけど結構楽しかったわね」
「まぁ、滑れる様になれば、楽しくもなるよ」
「また、来ましょうね。 今度こそ、トリプルアクセルと、4回転ジャンプを」
「あ〜……。 ま、いいか」
「あ〜〜! な〜に? その投げやりな返事は!?」
 そう言いながら、頬をふくらませて、組んでいた腕を引っ張る由乃さんだったが、不意打ちだったのでバランスを崩した俺を見て、 なぜか今日一番の笑顔を見せてくれた。


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