できることとしたいこと 【No:709】 琴吹さん からの続き
志摩子が生徒指導室の前に来た時には、真美さんだけがいた。
「今日のギャラリーは私だけなの。それに私も授業をさぼるわけにはいかないのだけれど。でも今日の号外は私の責任で出したから。」
それでわかった。真美さん、自分のせいで私が呼ばれたんだと思っているのね。
「残念ね。いつもなら山百合会と新聞部写真部勢揃いでお迎えしてくれるはずなのに。」
「あのー志摩子さん? ねえ、私も一緒に行くわ。」
いや、そういうことで呼ばれたのではないだろう。それなら私だけが呼ばれることはないはず。
「真美さん、さぼりはだめよ。いえ、今日の号外の件で呼ばれたのならば、最初から真美さんも一緒のはずだわ。たぶん、そのことじゃないのよ。」
「うん、みんなもそう言ってたんだけど。」
「みんな?」
「うん、松組でね。志摩子さん、別に悪いことをした訳じゃない、事情を聞かれて収拾するように言われるんだろうって言ってたのよ。でも」
「そうだと思うわ。大丈夫。」
そう言って、ドアをノックする。ちょうどその時本鈴が鳴った。
「わかった、私は戻るわ。」
そう言う真美さんを背にドアを開ける。
「失礼します。藤堂志摩子、まいりました。」
意外に、中にいたのは学園長シスター上村おひとりだった。
「呼び立ててごめんなさいね。ちょっとあなたとお話ししたかったの。姉妹のことで。」
「あの、リリアンかわら版の号外のことですか。お騒がせして申し訳ありません。」
「ふふふ。あのね藤堂さん、桜組伝説、じゃないけど、こういうことは何年かに一度ずつ起きているのよ。」
「は?」
ぽかん、と口を開けてしまった。それじゃ私は?
「まあ、あなたみたいに薔薇さまが全校相手に言ってのけたのはめずらしいことだけれど。」
「はあ。」
「特に外部から来た人には二人の先輩後輩だけが結びつけられるのを奇異に思う人がいてもおかしくないでしょう? 何人もの妹、というより子分ね、引き連れていた姉御肌の子もいたし、何人かのお姉さまにうまくあまえていた子もいたわ。」
「あの、そんなことをして周囲の人たちは何も言わなかったのでしょうか。」
「そうねえ。」
学園長は少し考え込んだ。
「むしろ、普通の姉妹の仲がよすぎるほうが、私にとっては頭痛の種ね。」
ずき、と胸の痛み。お姉さま、佐藤聖さまは私に詳しいことはなにも話さなかった。そういう姉妹だった。令さま、由乃さんや祐巳さんはなにか知っていることがあるらしいけれど聞いてみようと思ったことはない。聖さまは私にそう言うものは求めなかった。
「姉妹、という形はともすれば行き過ぎた親密さ、というのかしら、あなたにはわかると思うけど、走って行きがちなのですよ。先入観だったのかしら、あなたにはそういう心配をしていたの。実はね。」
「私がですか!?」
「二条乃梨子さんがあまりにこの学園になじんで変わってしまったのでね。少し心配したのですよ。」
乃梨子が? いえ、学園長の口ぶりからすれば、姉妹という制度が高校生の女の子にとって決して安定なものではないらしい。お姉さまは姉妹、という形に頼ることをしなかった。でも姉妹という形を利用して隠れ蓑にしたり、もっと想像するなら姉が妹に迫ったり、そんな場面をシスターは見てきたのかもしれない。
「だからね、今度のことがあなたの提案だったって聞いて、あなたがいい方に変わったなって安心したのよ。」
「あ、あの、畏れ入ります。」
これは、まいった。お兄さまにも柔らかい色がついた、と言われたばかりじゃないの。乃梨子が、そして祐巳さんや瞳子ちゃんや仲間たちが私を変えてくれた。
「それで、どうなの?」
「どう、とは?」
「松平瞳子さん。複雑な子よ。本人もまわりもね。」
複雑な。たしかにそうかもしれない。女優、という殻で身を包んでしまうまでにいったいなにがあったんだろう。祐巳さんは、直感的にそれを感じて、その殻を破ることができる。祐巳さんだけができる。そのことに祐巳さんだけが気がついていないのが不思議なこと。
「まわり、とは家の事情とかがやはりあるんでしょうか。」
「それは私から話すことはできないけれど、名家というのはいろいろ抱えているものはあるはずね。」
「なにかあるだろう、とは思っておりました。演劇のことはいろいろと話すのですが、自分のプライベートなことはほとんど話さない。実の姉妹がいるのかさえ知りません。」
「それは、よくあることかもしれないけれどね。あなたにお兄さんがいることだって、ほとんど誰も知らないでしょう?」
「ええ、のり…二条さんにさえ話していなかったのに気がついて自分でも驚いたところです。」
「あら、それは私も驚きましたね。黙っていてもわかると思っているのは佐藤さんの影響かしら。」
ふふふ、とほほえむ学園長。そんなところまで見られていたとは。
それは、あの聖さまの妹、そして外部受験組で首席の乃梨子を妹にした、ずっと注目されていたのかもしれない。
「シスター、そんなことをお話になるために私をお呼びになったのですか。」
「まあ、そうね。松平瞳子さんを支えてあげて欲しいの。これからなにがあるかわからないとしても後ろ盾になってあげて欲しい。そうお願いしたかったの。」
「そんな……この授業中にお呼びになったということは、これからすぐになにかあるのですね。」
「そう思ってもらってもいいわ。あなたと二条さんそして」
「そして?」
「福沢祐巳さんもついてくれるわね、必ず。あなたがたはいい仲間を持っているわ。」
ふと、学園長が遠い目をしたような気がした……気のせいだろうか。
「わかりました。」
「今のあなたは、松平さんの姉、なのでしょう?重い役目になるかもしれませんよ。福沢さんと二人で支えてちょうどいいくらいのね。」
「はい。覚悟しておきます。」
「だいぶ時間を取らせてしまったわね。授業に戻りなさい。」
「はい。」
「失礼します。」
「あ、藤堂さん。」
「はい?」
「騒ぎはあまり心配しなくてもおさめられると思うわよ。あなたにはいい仲間がいるのだから。」
「ありがとうございます。」
姉妹騒ぎどころではなくなるようなことが瞳子ちゃんに降りかかるというのだろうか。
瞳子ちゃんにこれから起こること。たぶん松平家にかかわることで、瞳子ちゃんの運命を左右するようなことを学園長は知らされている。なんだというんだろう。祐巳さんに、そう祐巳さんに知らせなくては。