「聞いたわよ。乃梨子ちゃん」
「違います!」
何か嫌な記憶がよみがえりそうな気がして、乃梨子はとっさに全力で否定した。例えるなら【No:32】と【No:44】以降数本を経由して現在に至るかのような微妙な記憶だ。
しかし当然だがいきなり否定された紅薔薇さまは怪訝そうな表情をしているし、おとなりの黄薔薇さまもご同様。
「……まだ何も言ってないのだけれど?」
「し、失礼しました。なんのお話でしょうか」
「だから乃梨子ちゃんが志摩子そっくりの木彫りの人形を作ったという話だけれど」
結局それかよ! って落ち着け乃梨子。この際、変な誤解や妙な噂が広まる前に、はっきりと否定しておいた方がいい。このままでは志摩子さんの1/1フィギュアを作って喜んでいるヘンタイさんだと思われかねない。
「だから違います。私が作ったのは仏像です。昔は仏師になりたかったので、今でもたまに仏像を彫っているんです」
「この際仏像でもマリア像でもかまわないけれど、志摩子以外でも作れるわよね」
「………」
そういうことか。
「それは難しいと思います。自分が想像しうる最も清らかで美しいものを具現化した結果があの仏像、マリア観音になったのですから」
彫り始める前から頭の中で空想具現化していたことまで言う必要は無いだろう。
「作れるわよね」
聞いちゃいねー。しかもむちゃむちゃ高圧的に決めつけられたし。あいかわらず有無を言わせぬ傍若無人っぷりだよこの人は。
「必要なものがあるなら言いなさい。材料から道具一式、作業場所までこちらで用意しましょう」
本気だ。本気と書いてマジと読むくらい本気だ。しかもどうやら既に決定事項になってるらしい。
「私には穏やかに見るものの心を溶かす笑顔の菩薩像をお願いね」
客観的に見ればとても魅力的だろう笑顔で紅薔薇さまは言った。
「私は凛々しく雄々しく勇ましく、見るものに勇気を与える阿修羅像がいいかな」
黄薔薇さままでちゃっかり便乗してるし。しかも阿修羅像って。いいのかそれで?
参考資料とかいう祐巳さまと由乃さまのアルバムを渡されて、乃梨子はなんかもう断る気力も失せてきた。いや、決して「もちろん謝礼も別に払います」とかいうセリフに屈したわけではない。
「…それで、順番はどちらを先に?」
一瞬、薔薇さま二人は目を合わせる。
「令、順番は私が先でいいなら令の分の材料も提供するわよ」
「材料?」
「材料の良し悪しで仕上がりもだいぶ変わってくるのでしょう?」
「ええ、まあ、それは確かに」
「わかった。順番は譲る」
ここで順番争いでもして共倒れになればという儚い願いももろくも崩れ去った。
どうせここで断っても、明日になったら人を疑うことを知らない志摩子さんが
「お二人がこんなことを言っていたのだけれど、どうかしら?」
とか言ってきてどうにもならなくなるのだ。乃梨子には志摩子さんの『お願い』を断ることなんてできないのだから。とっさにそこまで読めてしまう自分の頭の回転が速さがうらめしいぞコンチキショウ。
「それじゃあ、よろしくね」
笑顔で去っていく薔薇さま方を、乃梨子はただ呆然と見送った。
後日。
「二条乃梨子さん」
「はい?」
乃梨子は新聞部の真美さまに呼び止められた。
「写真を渡せばその人にそっくりな木彫りの人形を作ってくれるというのは本当?」
「ちっがーうっ!!!」
………微妙に歪んだ噂が広まっている気がするのは気のせいでしょうか? マリア観音さま。