【754】 それだけは忘れないで  (朝生行幸 2005-10-21 23:04:15)


「ですわですわ」
「心配ですわ」

 一年生に似たような二人が居るとも露知らず、ぽよぽよほえほえとお気楽な雰囲気を撒き散らす美佐と里枝の二年生コンビは、自分の席で“日本全国雑煮大全”なる本を読みながら、令ちゃんにこれを作らせようと企んでいる黄薔薇のつぼみ、島津由乃に近づいて行った。

「ですわですわ」
「心配ですわ」
「…何が言いたいの?」
 本を開いたまま、ひらひらと舞い踊る二人を胡乱な目付きで睨む由乃。
「だって、茶話会があったにもかかわらず、未だ由乃さんは独り身ですもの」
「同じクラスメイトとして、友人として、とても心配しておりますのよ」
「大きなお世話よ」
 かつての儚げな雰囲気はどこへやら、気に入らなければ薔薇さまにも平気で逆らえる(そして大いに後悔する)由乃、バタンと本を机に叩き付け、吐き捨てるように言った。
「私たちは、心から心配し、そして応援してますのよ。そんなことおっしゃらないで」
「そうですわ、つぼみが二人も居るのは松組の誇り。でも、祐巳さんには候補がいらっしゃるけど、由乃さんにはいないんですもの」
「あのねぇ…」
「もしよろしければ、私たちが1年生を紹介しても差し上げますわ」
「そうそう、由乃さんに憧れる1年生を、何人か知ってますから」
「それこそ余計なお世話よ!私にだって、候補はい…」
 両手を組み合わせ、好奇心一杯の目で乗り出してくる美佐と里枝。
(しまった、誘われたか!?)
 最近由乃が、中等部のある個人に接触している事実は、知られていないようで結構知られていた。
「あーしまった、この本今日返さないといけないんだった失礼ごきげんよう」
 誘導されたことに気付いた由乃、慌てて立ち上がると、わざとらしく棒読みセリフで席を離れた。
「ああ、由乃さん」
「由乃さん!」
 振り返ることなく教室を出て行く由乃を、呆然と見送る二人。
「逃げられましたわ」
「逃げられましたわ」
 由乃の机の上には、例の本が置いたままだった。

「このままではいけませんわ」
「いけませんわ」
「なんで私まで…?」
 紅薔薇のつぼみこと福沢祐巳は、美佐と里枝、そして更に二人のクラスメイトに無理矢理連れられて、放課後のミルクホールに来ていた。
 レイニー騒動を強制的に思い出させるようなメンバーに、祐巳の表情が若干曇る。
「祐巳さんはオブザーバーです。おそらくリリアンの中では、二番目か三番目に由乃さんを良く知るお方ですから」
 もちろん一番は黄薔薇さまということだろう。
「さらに祐巳さんは、すでに妹候補をお持ちですから、必ずしも安泰とはいえませんが、心配する必要はないでしょう。でも、由乃さんの場合は…」
「未だ候補すら居ない状態。大きなお世話とは分かってますけど、黙っていられないのもまた事実です」
「そんなワケで、ぜひともお知恵を貸していただきたいのですわ」
「由乃さんを下手に突っつくと、あとで酷い目に会うんだけど…」
 困った顔の祐巳。
「でも、心配しなくてもいいと思うな。由乃さん、目星は付いてるみたいだし」
「そう言えば先程、妹候補を匂わせるような発言をなさってましたわね」
「候補がいるのであれば、とっとと…失礼、早く妹になさればよろしいのに」
「そうも行かないみたいだよ。これ以上は言えないけれど」
 実際は、言えないのではなく、言える事がないのだが。
「では、下手な口出しはかえって逆効果ということですわね?」
「うん。そっとしておくのが一番だと思うな」
「そうですか…。私たちとしましては、早く、本当に早くお決めになっていただきたいのですけれど」
「紅薔薇のつぼみがそうおっしゃるなら、いましばらく様子を見させていただくことにしましょう」
「ですわですわ」
「心配ですわ」
「だから、由乃さんは大丈夫だって」
 八の字眉で、突っ込む祐巳。
「ちがいます、祐巳さんのことを言っているのです」
「へ?私?」
「せっかく妹候補…松平瞳子ちゃんがいるというのに、何をグズグズなさってるのかしら?」
「ととととと、瞳子ちゃん?」
「二学期もとうに半分を過ぎたと言うのに、いまだブゥトン二人に妹がいない。これは由々しき事態です。白薔薇のつぼみは一年生だから、仕方がありませんけれど」
「そこで私たちは、祐巳さんにも早々に妹を決めていただくため、由乃さんをエサにして、ここまで来ていただいたのです!」
「なんて回りくどい…」
「貴女が言う事ではありません!事実、祐巳さんも回りくどいぐらいに妹をお作りにならないではありませんか」
 立ち上がってまで突っ込みを入れる里枝。
「うー、まぁそうだけど…」
「まさか、他にも候補がいて、決めかねていらっしゃる?」
「そう言えば、あのデッカイ…失礼、背の高い」
「可南子ちゃんのことだったら、それは違うよ。あの子はきっぱりと私の妹にはならないって」
「じゃぁ、フォークダンスで一緒に踊っていた…」
「あの子も違うよ。だって、名前も知らないんだもの」
 なんでそこまで知ってるんだ。
「じゃぁ一体…」
「そんなに急かさないでもらえるかな。私だけが一方的に決め付けていいことじゃないもの」
 かつては、一方的に決められてしまうところだった祐巳だけに、同じ轍は踏みたくない。
「多分大丈夫。多分、年内には決まると思う。多分。うん、多分だけど」
「それって、やはり…?」
「多分ね」
「…そこまでおっしゃるなら、ここまでにいたしましょう。でも、忘れないでいただきたいのは、私たちだけではなく、それこそ一年生から三年生まで、そしておそらくは紅薔薇さまが一番、紅薔薇のつぼみの妹が早く決まることを期待していると言う事を」
「うん」
 力強く、きっぱりと頷いた祐巳だった。
「でも、口外無用だよ?新聞部には絶対に知られたくないからね」

 *****

「ですわですわ」
「安心ですわ」

 心の枷が外れたのか、いつも以上にぽよぽよほえほえとお気楽な雰囲気を撒き散らす美佐と里枝の二年生コンビは、自分の席で“おでんと関東煮はどう違うのか”なる本を読みながら、そう言えば具の種類や味付けが違うような気がしている黄薔薇のつぼみ、島津由乃に近づいて行った。

「ですわですわ」
「安心ですわ」
「…何が言いたいの?」
 本を開いたまま、へろへろと舞い踊る二人を、またかと言わんばかりの目付きで睨む由乃。
「だって、近々紅薔薇のつぼみの妹が出来るって噂ですもの」
「あら美佐さん、それは内緒だったのでは?」
「まぁ里枝さん、嬉しくて思わず口が滑ってしまいました」
「あらあら、困ったことですわ」
「えぇえぇ、とっても困った…ってあら?」
 目の前に由乃の姿は既になく、辺りを見回しても見当たらない。
 廊下を窺えば、真美を追いかける祐巳を、さらに追いかける由乃の後姿が見えたが、何ゆえ由乃が祐巳を追いかけているのかは、二人には定かではなかった。

 疾走する真美、祐巳、由乃のそばで、数回シャッター音が鳴ったが、三人には聞こえなかったのはお約束…。


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