『あぎゃー!!!』
リリアンに通う乙女らしからぬ絶叫が二つ、同時に松組に轟いた。
叫び声をあげたのは、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳と、写真部のエース武嶋蔦子の二人。
『ど、どうしたの?』
これまた同時に、二人にそれぞれ別々に問い掛けたのは、黄薔薇のつぼみ島津由乃と、新聞部部長山口真美だった。
『ポンチョ忘れた…』
力なく呟いた二人を、クラスメイトは呆れた表情で見るだけだった。
「くっ、私としたことが…」
「ちょっと蔦子さん、もう少しゆっくり歩いてもらえない?」
「あ、ゴメン」
「あー、やっちゃった…」
「ほら祐巳さん、ちゃっちゃと歩く」
「う、ゴメン」
今日はリリアン女学園高等部二年生の、健康診断日だった。
施設への移動や診察のために、制服の代わりに身に纏うポンチョ。
それをうっかり忘れてしまった祐巳と蔦子は、それぞれ由乃と真美のポンチョに入れてもらい、現在移動の真っ最中だった。
「だーかーら、蔦子さん、貴女のペースで歩かないでよ。私はそんなに早足じゃないんだから」
真美の背中にピッタリ張り付いた状態の蔦子、つい癖で早足になるので、真美を背中から無理矢理押し出してしまうのだった。
「そんなこと言ったって、癖ってなかなか抜けないものへれ…?」
「私のペースに合わせるだけでしょ?何も難しくないってば」
蔦子は、真美より背が高い。
真美の頭頂部が、ちょうど蔦子の鼻の頭ぐらい。
真美の髪が蔦子の鼻をくすぐるので、語尾がたまに変な音になる。
悪態を吐きながらも、顔が赤い真美。
なんせ背中には、結構肉感的な蔦子が密着状態。
体温と感触がダイレクトに伝わるので、照れくさいような気持ちいいような。
「だーかーら、祐巳さん、もうちょっと早く歩かないと、どっちも見えちゃうよ?」
祐巳に後から張り付かれた状態の由乃、ついつい早足で歩いてしまうため、ゆっくり歩く祐巳と離れてしまいそうになる。
「そんなこと言ったって、由乃さんが早く歩き過ぎなんだよ?」
「そんなに早く歩いていないわよ。祐巳さんが遅過ぎるだけよ」
祐巳は、由乃よりほんの少しだけ背が高い。
実際の差は、1〜2cmってところだ。
密着していると、祐巳は前が見えないので、由乃の右肩に顎を乗せて歩く。
体温が平均より低い由乃、平均より高い祐巳の体温を背中でダイレクトに感じつつ、耳にも祐巳の吐息が当たる。
その為か、由乃の顔が若干赤くなっていた。
『それじゃ、リズムに合わせて』
数メートル離れて、同時にイチニイチニと歩き出す。
まるで二人三脚だった。
隣同士並んだ祐由と蔦真が、互いに見合わせ微笑を交わすと、周りの失笑を買いつつも、先を争いだした。
イチニイチニ、イチニイチニ。
ついつい熱中してしまった両者、そのおかげで目的地を行き過ぎてしまったのは、当然の成り行きと言うべきか…。