【788】 やっぱりありえない迷探偵由乃  (柊雅史 2005-10-31 23:19:54)


※この作品は【No:787】切れ味鋭い名探偵 の続きとして書かれています。
※先に【No:787】をご覧下さい。というより、先に読まないと理解不能です……。


〜あらすじ〜

祐「大変だよ、由乃さん! 一年生の健康診断の日に、乃梨子ちゃんの白ポンチョが盗まれちゃったんだって!」
由「ふふふ、事件ね。事件なのね! この安楽椅子探偵由乃さんが見事に解決してみせるわ!」
乃「由乃さま、安楽椅子探偵はマープルですよ。クィーンじゃありません」
由「犯人はズバリ、花寺の男子生徒Aくんね! 乃梨子ちゃんの白ポンチョの匂いを嗅いでむふふ、と」
乃「き、気持ち悪いこと言わないで下さい!」
祐「由乃さん、でも怪しい人物は見付かってないんだよ? 男子生徒がいたらさすがに大騒ぎになるんじゃない?」
由「バカね、祐巳さん。今のは冗談よ。でも良いところに気がついたわ」
祐「良いところ?」
由「そう。つまりこういうことなのよ――」

果たして、乃梨子の白ポンチョを盗んだ犯人は誰なのか!?
そしてその目的とは!?
謎とも言えない謎もどきに、名探偵由乃が玉砕覚悟で挑戦する!
ちなみに、過去の戦績を見る限り、マリみてミステリーシリーズの主役が祐巳だということは、由乃には秘密の方向で!
それでは解決編のはじまりはじまり〜。


   †   †   †


「つまりね、どんな犯罪にも動機というものは存在するのよ。それを考えれば自ずと犯人は見えてくるわ」

テーブルの周りをゆっくりと回りながら、由乃が得意げに説明を始める。聴衆は祐巳と乃梨子の二人。どちらもなるほどって頷いた。

「さて、そこで考えて欲しいんだけど、白ポンチョを盗む動機は何かしら? しかも診断後に白ポンチョが戻って来たことから、目的は白ポンチョ自体にはなかったことになる」
「――犯人の目的は私に診断中、白ポンチョを使わせないことにあったわけですね?」
「そうよ。その結果乃梨子ちゃんが取った行動――それこそが動機だったのよ!」
「私が取った行動、ですか?」
「そう――二人ポンチョよ!」
「二人ポンチョ!?」

由乃の指摘に乃梨子は驚きの声を発したが、それは祐巳にとっては想像通りの答えだったらしい。祐巳が納得顔で頷いているのを確認し、乃梨子は戸惑いの表情を浮かべた。
そんな乃梨子に祐巳が主観いっぱいの説明をしてくれた。

「分かるな〜。あれ、結構萌えるものがあるもんね。乃梨子ちゃんと瞳子ちゃんの二人ポンチョ姿だったら、是非見たかったもん、私も」
「それよ、祐巳さん! 分かるでしょう、乃梨子ちゃん? 犯人は二人ポンチョで恥ずかしがる乃梨子ちゃんを見たかったのよ!」

ビシッと指を突きつけてくる由乃に、乃梨子は軽い眩暈を覚えた。
なんだその、くっだらない理由は――というのが、乃梨子の率直な感想だったのだが、先輩二名はどうやら本気のようである。
乃梨子にはついていけない世界だが、これがリリアン・クォリティというヤツなのだろう。

「――さて。動機が明らかになったところで、犯人だけど。そこで問題となるのが、乃梨子ちゃんのクラスメートの証言なのよ。あの証言、覚えてる?」
「怪しい人物が机に近付いたのは見ていない――」
「そうよ! それは言い返せば、怪しくない人物が乃梨子ちゃんの机に近付かなかった可能性はゼロじゃないってことになるわ!」

由乃の指摘に乃梨子はなるほど、と頷いた。あの時、瞳子たちはクラスメートに「怪しい人物を見なかったか」と聞いて回っていたのである。
その場合、もしも犯人が乃梨子の机に近付いても怪しいと判断されない人物だったら――?
乃梨子の脳裏に、一瞬、信じられない光景が浮かんだ。

「気付いたわね、乃梨子ちゃん!」
「うっ……! で、でも、そんなこと……!」
「認めるのよ、乃梨子ちゃん!」
「でも、そんなことはあり得ません!」
「いいえ! 乃梨子ちゃんが言わないなら、私が言ってあげるわ! このリリアン女学園の中で、乃梨子ちゃんの机に勝手に近付いてももっとも怪しくない人物! その人が乃梨子ちゃんの教室に来ても、誰もおかしいとは思わない人物! そして彼女は学年別に行なわれる健康診断で、祐巳さんや蔦子さんの二人ポンチョ姿を目撃した可能性が高く、乃梨子ちゃんの二人ポンチョ姿を見たいと考えても不思議ではない人物! そう、犯人は――」
「由乃さま、やめてください!」
「犯人は、志摩子さんよ!」

由乃の宣言に乃梨子は両耳を押さえつつ、ブルブルと震えていた。その様子が、由乃の指摘が乃梨子の思い浮かべた答えそのものであったことを示している。
重苦しい沈黙が、薔薇の館を満たしていた。

「――行き過ぎた姉妹愛。それが引き起こした、悲しい事件なのね……」

由乃がぽつり、と呟く。

「乃梨子ちゃん、悲しんじゃダメ。確かにあの志摩子さんが、こんな変態チックな犯罪に走ったのはショックかもしれない。けれどそれも乃梨子ちゃんへの愛ゆえの所業なのよ。乃梨子ちゃん、あなたがすべきことは志摩子さんを責めることじゃない。白ポンチョ姿で優しく迎え入れてあげることじゃないかしら?」
「由乃さま……私、私、志摩子さんのためならいくらでも……!」

涙ながらに力説する由乃と、同じく涙ながらにタイを解き始める乃梨子に、祐巳はちょっと困ったような顔になった。

「あのー、由乃さん、乃梨子ちゃん。盛り上がってるところ悪いんだけど、良いかな?」
「なによ、祐巳さん? 乃梨子ちゃんの愛の旅立ちを邪魔するつもり?」
「い、いや、乃梨子ちゃんが旅立つと言うなら止めるつもりはないんだけど……」
「じゃあ、黙って見守りましょう。乃梨子ちゃんの愛の脱皮を!」
「う、うーん……」

きらきら目を輝かせる由乃は、祐巳の目から見ても物凄く楽しそうだった。どう好意的に見ても、事態を楽しんでいるとしか思えない。これで由乃曰く「愛の脱皮」を文字通り乃梨子が敢行してしまうのは、少し可哀想な気がした。

「……まぁ、止めないけど。でもさ、今の由乃さんの説明には無理があると思うんだけど」
「――ほう?」

呟いた祐巳に、乃梨子がタイを解く手を止め、由乃が鋭い眼光を祐巳に注いだ。
ちょっとたじろいだ祐巳だが、由乃に視線で促されて言葉を続ける。

「私も最初は由乃さんの考えもありかな、とは思ったんだけど、やっぱり不自然だと思うんだよね。確かに志摩子さんは乃梨子ちゃんの机に近寄っても怪しくはないけれど、少なくともクラス中に尋ねれば一人は言うと思う。『怪しい人は見なかったけど、志摩子さんが乃梨子ちゃんの机で何かしていた』って」

祐巳に視線で問われて、乃梨子は首を振った。
確かにそんな風に志摩子さんの存在を匂わせたクラスメートは一人もいなかった。

「絶対におかしいよ。私だったら、休み時間に令さまが教室に来たら、席を外していた由乃さんが戻って来た時に、絶対に伝えるもん。『今、令さまが来てたよ』って」
「――言われてみれば、そうですね」

解きかけたタイを結びなおしながら、乃梨子はほっと安堵のため息を吐いた。
そうよね、志摩子さんがそんな変態チックな犯罪を犯すはずないじゃない、と乃梨子は自分を叱責しておいた。
そんな乃梨子を横目で確認し、由乃が祐巳に食い下がる。

「――でも、もしかしたら志摩子さん、朝の内に薔薇の館で白ポンチョを盗んだのかも」
「だとしても、少なくとも白ポンチョを返す時に誰かに見付かっているはずだし、そもそも返す時も薔薇の館ですれば良いんじゃないかな? 第一、志摩子さんには動機がないよ」
「動機? だから、志摩子さんは乃梨子ちゃんの二人ポンチョ姿を――」
「見れなかったはずだよ。だって、健康診断は学年ごとに行なわれるんだから。乃梨子ちゃんが二人ポンチョをしていた時に、志摩子さんは自分の教室から離れられなかったはずでしょう?」
「むぅ……」

祐巳の指摘に由乃が唸る。確かにその通りだった。志摩子の乃梨子に対する溺愛っぷりを考えて、志摩子なら乃梨子の二人ポンチョ姿を見たがるだろう、と思ったのだが、今回の事件では通常、志摩子には乃梨子の艶姿を見る機会がないのである。

「でも、それじゃあ誰が犯人なのよ? 志摩子さん以外に、乃梨子ちゃんの机に近付いて怪しまれない子なんている?」
「……由乃さん、真相が分かってて乃梨子ちゃんをからかってたわけじゃないの?」

挑戦的に問いかける由乃に、祐巳がきょとんとした表情になる。

「何よ、それ? ちょっと祐巳さん、中々痛烈な皮肉を言ってくれるじゃない?」
「そ、そういうわけじゃないよ。――あれぇ? じゃあ、どうして由乃さんてば、灰色の脳細胞、なんて言ったの?」
「なんとなくよ!」
「そ、そうなんだ……私、てっきり真相に気付いた由乃さんからのヒントだとばっかり……」

胸を張って「なんとなく」などと断言する由乃に、祐巳はちょっと乾いた笑みを浮かべる。
頼むからそういう、紛らわしいことはしないで欲しいなぁ、と思ったりした。

「と、とにかく、状況を整理してみると分かるんだけど、部外者はもちろん、志摩子さんでさえ、少なくともポンチョを返すことは不可能だと思う。特にポンチョが戻された時は、既に乃梨子ちゃんのポンチョがなくなるっていう事件があった後なんだから、どんなに怪しくない人物であれ、乃梨子ちゃんの机に近付いていれば、絶対に誰かが証言しないとおかしいでしょ?」
「じゃあ、誰が犯人なのよ。まさか透明人間とか言い出さないでしょうね?」
「透明人間なんて言わないってば。答えはもっと単純なことだよ。動機の面から考えても、答えはこれしかないって思う。ポンチョを隠しちゃうなんて危険なことをする以上、犯人は確実に乃梨子ちゃんの二人ポンチョを見ることの出来る立場にあったはずだよね。乃梨子ちゃんがどんな順番で診断を受けるか分からない以上、確実に見ることの出来る人物は凄く限られてくるけれど、どんな事態が発生したとしても、確実に見ることの出来る人がいる――」
「――あ、そういうことですか!」

祐巳の説明に乃梨子が納得したように手を叩いた。それを見た由乃がむっと表情を曇らせる。

「それで灰色の脳細胞ですか」
「うん。たまたま、私も最近読んだから、由乃さんの一言で気付いたんだけどね」
「――それが偶然だったわけですか」

笑みを浮かべあう祐巳と乃梨子に、由乃の肩がぷるぷると震えた。
既に由乃の我慢は限界寸前、爆発までの秒読み段階に入ったことを察したのか、祐巳が慌てて説明を続けた。

「絶対に乃梨子ちゃんの二人ポンチョ姿を見れる保証がある人物。そしてクラスメートの証言を考えると、ちょっと反則っぽいけど答えはこれしかないと思うよ、由乃さん」
「だから、誰なのよ犯人は!」
「うん、犯人は……一年椿組のクラスメート、全員なんだよ」


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「クラスメート、全員……?」

唖然とする由乃に、なんとなくすまなそうな表情で祐巳は頷いた。

「うん。クラスメートなら絶対に乃梨子ちゃんの二人ポンチョ姿を見れるでしょう? だから最初はクラスメートの誰かだと思ったんだけど、犯人が単独だと志摩子さんと立場が一緒なんだよね。怪しくないけど、ポンチョを返す姿を目撃されれば、誰かしらが証言するはず。誰が犯人だと仮定しても、クラスメートの証言を満たすことが出来ない以上、間違っているのはクラスメートの証言の方なんじゃないかな?」
「そ…んなの! だって、こーゆう場合、普通犯人は一人じゃないっ!」
「そんなことありませんよ。探偵側を除く登場人物の全てが犯人だった、っていう有名な推理小説もありますから」

乃梨子の説明に由乃が沈黙した。推理小説も剣客小説と同様に愛読する由乃なので、もちろんそういう小説の存在も知っている。
確かに、クラスメートの証言を正しいとするならば、誰も白ポンチョを盗むことも戻すことも出来ない状況で、白ポンチョが盗まれて戻された事実がある以上、前提となる証言が正しくないことになるのだ。

「……ズルイ。そんなのズルイ!」

何の気なしに由乃が呟いた「灰色の脳細胞」という単語から、祐巳は真相に気付いたのである。由乃の悔しさと来たら、この場に令がいたら確実に(八つ当たりで)殴り倒していたことだろう。
ひとしきり地団太を踏んでから、由乃はため息を吐いて椅子にぐったりと腰を下ろした。

「……ねぇ、祐巳さん。私ってもしかして、探偵役に向いてないのかな……?」
「え、えーと……そ、そんなことないよ。うん! 根拠はないけど」
「う、うぅぅ……」

机に突っ伏す由乃の姿に、祐巳と乃梨子はそっと笑みを交換するのだった。


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「むちむちぷっちん、ぷちむっちん〜♪」

その日、松平瞳子は上機嫌で意味不明の鼻歌を歌いながら廊下をスキップして進んでいた。

「うふふ。昨日はとても良い日でしたわ。背中に感じる乃梨子さんの体温。柔らかくてすべすべの触感。思い出しただけで蕩けてしまいそうですわ〜♪」

緩みまくった顔のまま、瞳子は元気良く教室の扉を開けた。

「皆さま、ごきげんよう!」

元気良く挨拶した瞳子だが、返事が返って来ないことに首を傾げ、そこで教室内の異様な雰囲気に気が付いた。
クラスメートは皆、揃って自分の席に着席し、項垂れた姿勢で暗雲を漂わせていたのだ。

「な、なんですの、これは……?」
「ごきげんよう、瞳子」
「ひぃ!?」

戸惑う瞳子の横手から、突如冷たい挨拶が掛けられた。
教室の扉に寄りかかるようにして、乃梨子が冷ややかな笑みを浮かべている。

「の、乃梨子さん……ど、どういたしましたの? なんだか雰囲気が怖いですわ」
「この状況でもあくまで冷静さを保てるなんて、さすが女優よね、瞳子。でも、あなたたちの悪巧みは全て明るみに出ているのよ」
「……そうですか」

あなた『たち』の部分を強調する乃梨子に、瞳子は椿組一同で計画した『乃梨子さん二人ポンチョ計画』が露呈したことを悟った。完璧と思われた計画だったのに、どうしてバレてしまったのだろう。気にはなったけれど、今はそれどころではない。
乃梨子が怒っているのは間違いない。ここは上手く彼女のご機嫌を取らなくては――

「乃梨子さん、聞いてくださいまし」
「一つだけ、腑に落ちないことがあったのよね」

言い訳をしようとした瞳子を制して、乃梨子が腕を組む。

「確かに祐巳さまの推理は完璧だったわ。でも、これだけの計画、必ず首謀者がいると思った。祐巳さまはそこまで教えてくれなかったけど、むしろ逆に祐巳さまのその態度で確信したわ。この計画の首謀者が誰なのか」
「……」

乃梨子の独白に瞳子が僅かに唇を噛む。

「そうよ、この計画を立てるには動機が必要だった。私の二人ポンチョ姿を見るという動機が。そして首謀者が誰なのか、というのも同じ。クラスメートを巻き込んだ一大計画を立てるのに、その首謀者には他の誰よりも強い動機があるはずだった。そう――私と、二人ポンチョを『する』という動機が! 私がポンチョがないという窮地に陥った時、誰よりも二人ポンチョをお願いする可能性が高い上に、誰よりも早く着替えを終えて、最初に私に声を掛けてきた相手――つまり、瞳子! あんたが首謀者でしょう!」
「そ、そんな、誤解ですわ!」

ビシッと瞳子を指差す乃梨子に、瞳子は泣きそうな表情で首を振った。

「いいや、瞳子、あんただ! 祐巳さまが首謀者をかばった理由も、瞳子が首謀者なら分かるし、何よりもこれだけの行動力を発揮できるのは瞳子くらいしかいないもの!」
「そんな……! 乃梨子さん、それは誤解です! ねぇ、美幸さん、敦子さん! 乃梨子さんに何かおっしゃってください! 私ではないと!」

瞳子が涙を溜めた目で親友二名を振り返ると、美幸と敦子は椅子に座ったまま、ふわふわと上半身を左右に揺らした。

「かしらかしら」
「司法取引かしら」
「ぅわ裏切りましたわねこんちくしょう、ですわ!」

ふわふわと「交換条件かしら」「無罪放免かしら」と呟く二人に中途半端に乱暴で、中途半端に丁寧な悪態を吐いた瞳子は、そこでポンと乃梨子に肩を叩かれた。
おそるおそる振り返れば、満面の笑みの乃梨子がそこにいた。

「――さて。どうしてくれようか?」
「あああぁぁぁ……」

ぷるぷる震える瞳子の両肩をガッチリ拘束しながら、乃梨子はずるずると瞳子の足を引きずって、教室を後にするのだった。



その日の放課後。
薔薇の館にて、白ポンチョ姿で給仕に勤しむ松平瞳子の姿が目撃されたとか。
真っ赤な顔で紅茶を注いで回る瞳子の姿に、一番ご満悦だったのは、他でもない福沢祐巳だったという。

乃梨子はふと思う。
祐巳さまが瞳子のことを黙っていたのは、こんな展開すら読みきっていたのではないか――と。

とりあえず、次期紅薔薇さまに逆らうことだけは決してすまいと、乃梨子は決意するのであった。



                   【白ポンチョ盗難セクハラ事件・完】


PS
真剣に考えた方、ホントごめんなさい……。


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