【789】 ご冗談も程々に  (朝生行幸 2005-11-01 00:51:22)


「ごきげんよう」
 ビスケット扉を開けて部屋に入って来たのは、演劇部所属の一年生、松平瞳子だった。
「あ、瞳子ちゃんごきげんよう。ここに来るのも随分久しぶりだねぇ。どうかしたの?」
 目を輝かせて瞳子を歓迎しているのは、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳だった。
 放課後の薔薇の館には、当然のことながら山百合会関係者が勢揃い。
「あ、いえ、ちょっと落し物を…」
 実は、祐巳が居ない時に、ちょこちょこ乃梨子について、ここに来ていた瞳子。
 ハンカチを薔薇の館に忘れたことに気付いた瞳子は、それを取りにやって来たのだった。
「落し物…?あーあー、うん、皆で探してあげるよ」
 立ち上がった祐巳は、テーブルの下や床の上に目をやりながら、あちこちウロウロとし始めた。
 祐巳に合わせるように、薔薇さまたちやつぼみも全員、同じように何かを探し始める。
「…あの、皆様?何をなさって…?」
「心配しなくていいわよ、すぐに見つけてあげるから」
 まっかせなさい、と言わんばかりに胸を叩く由乃。
「…見付からないわねぇ」
 しばらく皆で探し回るも、まったく見当たらない。
「そうだね、そんなに広くないから、すぐ分かりそうなもんなんだけど」
「ここにもありません」
 流しの棚にも見付からない。
「えーと、だから皆様、一体何を?」
「瞳子ちゃん落としたんでしょ?」
「ええ」
「だから、探しているんだけど」
「ですから何を?」
『胸』
 全員一斉に、瞳子に向かってキッパリ言った。

「オイ、ちょー待て」
「大丈夫、すぐに見付かるよ」
「そうそう、安心して見てて」
「ヤメロお前等。ええから人の話を聞け」
『何ーな』
 口調が変わった瞳子に、異口同音に答える一同。
「どこの世界に、胸落す人間がおるねん」
『ここに』
 一斉に、瞳子を指差す一同。
「うんうん、苛立つ気持ちも分かるけど、まずは見つけてからね」
 瞳子の肩をポンと叩き、慰めるように由乃が言った。
「ンなもん見付かるわけないやろが!?」
 由乃の腕を強引に振り払いつつ、否定する瞳子。
『どーして?』
「胸なんか落としとらへんからに決まっとるやろがい」
「だって、実際に無いじゃない」
 そう言いながら、瞳子の胸をペタペタ触る祐巳。
「触るな!」
「うわー、本当に無いよ。早く見つけてあげないと」
「アンタに言われたないわ!見付からん、絶対に見付からんからやめー!」
 ハーフー息の荒い瞳子に、全員が怯えたような視線を向ける。
「くーはー、とにかく、私が落とした…と言うより忘れたのはただのハンカチです。胸なんかじゃありません…」
「あ、なんだ。それならそうと、早く言ってくれれば良かったのに」
 安堵の表情を浮かべる祐巳。
「聞こうとしなかったのは何処の誰ですか!?」
「ハイ、これでしょ」
 祐巳が、自分のポケットから取り出したのは、紛れもなく瞳子のハンカチ。
「…何故祐巳さまが?」
「瞳子ちゃんのものだって分かったから、あとで渡そうと思って」
「へ?」
 きょとんとする瞳子。
「だってこの匂い…じゃない香り、瞳子ちゃんと同じだもの」
 言いながら、ハンカチを鼻に付けて、スースー匂いを嗅ぐ祐巳。
 ふにゃっとした雰囲気で、若干顔が赤くなっていた。
「止めてください!ヘンタイさんですか祐巳さまは?」
「えー?」
 ハンカチをひったくった瞳子に、不満げな声をあげる祐巳。
「まぁ、なんにせよ、探し物が見付かったんだから、オッケーってことで」
 無責任に言い放つ由乃。
「全然オッケーじゃありません…」
 1オクターブ低くなった瞳子の声音に、ビクリを身体を震わす一同。
「皆さん、散々な扱いして下さいましたわね…ふふふふふふ」
「…あの、瞳子ちゃん?」
「深く傷ついた私の心を癒すには、相応の贄が必要ですわ…」
 ゴゴゴゴゴゴと、いつになく迫力ある効果音が、瞳子の背後に響き渡る。
「皆さん、早く逃…」
「逃がしません!くっふっふっふっふっふ」
 乃梨子の言葉を遮り、断言した瞳子は、唯一の出入り口である扉の前に陣取ったまま、不気味な笑い声を上げ続けた。
「ふふふふほほほほははははへはほへほははほはへは…」
『ギャー!!!!』
 凄まじい絶叫が、薔薇の館に轟いた。

 全て砕け散った二階の窓ガラス修繕のため、二日間立ち入り禁止になった薔薇の館。
 新聞部が必死になって取材するも、当事者全員が口をつぐんでいたため、結局真相は解明出来なかった…。


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