「紅薔薇さまは凄いですよね。あの白薔薇さまと黄薔薇さまをまとめているんですから」
「白薔薇さまも黄薔薇さまも、もう少しきちんとしてくだされば。お姉さまももう少し楽ができますのに」
可愛い妹と孫に力説されて、蓉子は目を細めた。
「ありがとう。でもね、私たちには私たちだけの役割分担っていうのがあるのよ」
「そうかもしれませんけど……」
まだ不満そうな祥子に手を伸ばし、蓉子はそっと頭を撫でてやった。
子供扱いを嫌がる彼女だけど、蓉子にこうされるのだけは別らしく、ちょっと目を細めて嬉しそうな顔を見せる。
「こんなに思ってくれる妹と孫がいるんですもの。これ以上を望むなんて罰が当たってしまうわ」
「お姉さま……」
祥子を安心させるように、蓉子はにっこり微笑んだ。
「何が役割分担だよ、よく言う」
「全くだわ。確かに役割分担はあるけど、それは決して祥子が考えているような、蓉子が貧乏くじを引いている分担の仕方じゃないっていうのに」
「貧乏くじ! 蓉子が! ありえねー!」
くわーと頭を抱える聖と、ぶちぶち文句を言い続ける江利子に、蓉子はちょっと苦笑した。
「失礼ね。私だって色々と苦労しているのよ」
「苦労はしているだろうさ。でもねぇ……」
「ええ。まるで蓉子がクリーンなイメージってのは気に食わないわね」
「全くだ。私たちの中の蓉子のポジションを教えてやりたいよ、祥子に」
「どうぞご自由に。教えても信じないでしょうから、あの子も祐巳ちゃんも」
涼しげに応じる蓉子に、聖と江利子が「これだよ」とため息を吐く。
強烈な個性の集団である3人の薔薇さまを中心とした山百合会。
悪ふざけ大好きの聖と、思い込んだらまっしぐらの江利子。物事をぐいぐい引っ張っていく二人に対して、蓉子の役割はといえば、表面上はその二人のフォロー、ということになっているけれど。
強烈な個性の二人が、結局いつも正しい方向に突き進んでいるのは、そうなるように二人を上手くコントロールしている存在があるわけであって。
「――いいじゃない。あなたたちだってそれが楽しいんでしょう?」
「いうなよ」
「それを自覚して徹底する辺り、蓉子の黒さよね」
「陰謀好きの黒蓉子。紅薔薇じゃなくて黒薔薇の方がよっぽど似合ってる」
けたけたと笑う聖に釣られるように、蓉子も江利子も笑みを浮かべる。
3人だけが知っている、それぞれの役割分担。
本当によくもまぁ、自分が紅薔薇さまである時に、両脇にこの二人がいてくれたものだと蓉子は感謝する。
他の誰でもなくこの二人だからこそ、蓉子はなんだって出来るし、なんだってやっていて楽しいのだ。
自分たちの後を継ぐ祥子たちは、どんな関係を築いて行くのだろう。
そんなことに少し思いを馳せながら、蓉子はぶーぶー文句をたれ続けている二人の薔薇さまに、何気なく「ところで」と声をかけた。
「もうすぐ、バレンタインなわけだけど――」
蓉子の台詞に二人が文句を一旦止めて、視線をこちらに向けてくる。
さて今度はどんなことをしてやりますか、と聖が視線で問いかけてくる。
「築山三奈子さんを使って、ちょっと面白いことしてみない?」
ここはリリアン女学園。
事件の陰で一人の薔薇さまが嬉々として暗躍していることなど、平和に暮らす生徒たちは誰一人として気付くことはなく。
バレンタイン企画を手に山百合会へ乗り込む後輩を確認すると、蓉子は二人の親友と一緒に、笑いながらその場を後にするのであった。