※このSSは、祐麒×可南子な感じでお送りします。
だれもはけなかったガラスのくつをシンデレラがはくと、おうじさまは、こういいました。
「ああ、やっとめぐりあえた。シンデレラ、どうかわたしのつまになってださい」
シンデレラは「はい」とうれしそうにへんじをし、おうじさまのつまになりました。
こうしてシンデレラは、おうじさまといつまでもしあわせにくらしました。
シンデレラはずるい。
だって王子様のそばには、彼に気に入られたくて一生懸命お化粧したり、ダンスの練習をしたりした女の子が大勢いたはずなのに。
だから、綺麗なだけで王子様を射止めてしまったシンデレラはずるい。
幼い頃、少しませていた私は、そんな事が気になる子供だった。
そして、自分の身長が他の子よりもずいぶんと高くなりだした頃、私はシンデレラのまわりにいた「選ばれない女の子」なんだと自覚し出した。
秋も深まり、リリアンの学園祭が近付く頃、私はあまり機嫌が良く無かった。
そもそも花寺の男達と一緒に劇をするというだけでも抵抗があったのに、紅薔薇さまの一言で、自分がよりによって男役をやらされる事になったから。
お父さんのせいで男性が信用できなくなっていた私には、全てが苦痛だったが、一度引き受けた事を途中で投げ出す事も出来ず、淡々と与えられた役を演じていた。
私はつい、祐巳さまに「やっぱり、やりたくなかった」なんて愚痴をこぼしてしまった。こんなに困っている私に気付いて欲しいという『甘え』だったのかも知れない。
妹になる気も無いクセに、私は祐巳さまに何を求めているのだろう?
そんな私の気持ちをイラつかせる原因がもう一つある。
「細川さん、このシーンのセリフなんだけど・・・」
福沢祐麒さん。花寺の生徒会長で祐巳さまの弟。偽りの祐巳さまを演じる不愉快な『男』。
他の花寺生徒会のメンバーは、背の高く無愛想な私には近付かず、優しく応対してくれる祐巳さまや黄薔薇さまに話かけると言うのに、この人は何故か、平気で私に話しかけてくる。
「劇の事なら紅薔薇さまか黄薔薇さまに・・・」
他の男達は、こんなふうに無愛想に応じる私に恐れをなして話しかけなくなるというのに、この人は・・・
「うん。でもこのシーンで俺とセリフのやり取りするのは細川さんだし」
やんわりと拒絶する私に気付きもせずに、平気で会話を続ける。
誰にでも分け隔て無く接するところは、この人が祐巳さまの弟だと実感させる。でも私は、同年代の男の人にどう接して良いものやら判らず、劇の事など当たり障りの無い会話を無愛想にする事しかできなかった。
何故だか、そんな自分にもイライラする。
この人の事を良く見ていると、劇の練習の合間にも他の花寺のメンバーの行動に注意したり、花寺とリリアンの間で意思の疎通を取り持ったりで、おそらく一番忙しく動きまわっている。
生徒会長の責任を果たしているその姿は、素直に凄いと認めても良いかな・・・
「細川さん、このシーンの立ち位置なんだけど・・・」
忙しく動き回る合間に、また私に話しかけてくる。
私は少しだけ丁寧に応じてあげる。きっと、この人の疲労は私なんかよりも大きいと思ったから。
軽く立ち位置やセリフの確認を終わらせると、この人には珍しく溜息をつくのが聞こえた。
「・・・・・・大変ですね。劇の他にも色々とやらなければならない事が多そうで」
私は思わずねぎらいの言葉をかけていた。
・・・我ながら、珍しい事をするものね。
「ん? いやぁ、そんなに大変でも無いよ。奴らの面倒見るのは日常茶飯事だしね」
祐麒さんはそう言って花寺のメンバーに目をやる。
「そうなんですか?」
「うん。日光月光先輩は人の話を聞かないし、アリスは色んな意味で自由だし・・・」
苦笑しながらぼやく様子に、私も思わずクスリと笑った。
「小林はろくな事考えないし、高田はそもそも考えないし・・・ ああ、ゴメン。愚痴なんか言って」
「いえ、平気ですよ」
愚痴を言っている途中にまで気を使う祐麒さんに、私はまた笑いが込み上げてくる。
基本的に優しい良い人なんだな。
「でも、他の人より忙しく動き回ってますよね」
「それもいつもの事だし。・・・って見られてたのか」
自分がまるで祐麒さんを見つめていたかのような事を言ってしまったのに気付き、私は何となく恥ずかしくて祐麒さんから目をそらした。
「リリアンの人に気を使わせないように、密かに動いてたつもりだったんだけどなぁ・・・」
良かった。この人はただ、忙しく動き回る姿に気付かれた事に驚いただけみたい。
誤解されていなかった事に安心して、私はまた祐麒さんを見る。すると祐麒さんは心配されたと思ったのか「いや、本当に平気だから」なんて言ってくる。
「別に大変な事じゃないよ。・・・・・・・・・女装させられる事に比べればね」
「女装、イヤなんですか?」
「まあね。たいていの男はそうだと思うよ」
苦笑する祐麒さんを見て、私は自分の先入観を少し恥じた。
女装する祐麒さんを見て、テレビで見た『本人を小馬鹿にしたようなモノマネ』をする芸人を連想して、祐巳さまを侮辱されたような気がして腹が立ったけど、考えてみれば、祐麒さんも好き好んで女装していた訳ではないのだ。
もしかしたら、望まぬ男役を演じさせられている私と同じ境遇かも知れないわね。
山百合会でも、劇を支える裏方でもないのにここにいる私は、何となく部外者のような気がしていたけど、ようやく仲間に巡り合えたような気がしていた。
翌日から、私は祐麒さんと劇についての会話の他に、普通に雑談をするようになった。
祐巳さまの家での様子や、花寺のメンバーの事。昨日見たテレビや、最近寒くなってきた気温の事。そんな他愛無い会話に、ほっとしている自分に気付いた。
似たような悩みを持つ“仲間”がいるというのも悪い気はしないものね。
そんな事を考えながら祐麒さんを見ていると、紅薔薇さまにダメ出しをされていた。
「祐麒さん、もう少し女らしい感じでセリフを言えないかしら?」
「・・・・・・はあ、努力してみます」
そんな二人のやり取りに思わずクスリと笑っていると、祐麒さんが出番を終えてこちらに歩いてきた。
「お疲れ様です」
「いや、本当に疲れるね。『もっと女らしく』なんて、産まれて初めて言われるからなぁ・・・」
そう言ってお互いに笑いあう。
「私も男役なんてどうしたら良いのか良く解かりません」
「だよねぇ」
「でも私、この身長じゃあ、女らしい役にも向いてないですけどね」
私は思わず祐麒さんに愚痴をこぼした。
あれ?身長へのコンプレックスなんて、あまり人には言った事無いのにな・・・
「そう?でも細川さん、モデルみたいで綺麗じゃん。きっと舞台に映えるよ?」
いきなり真顔でそんな事を言われて、私は返す言葉に困ってしまった。
「な!・・・急に何を言い出すんですか。変なお世辞はやめて下さい」
「別にお世辞って訳じゃあ・・・」
「・・・ちょっと風にあたってきます」
私はその場にいるのが恥ずかしくなって、祐麒さんの前から慌てて立ち去った。
頬が熱い。まったく、あの人は何を考えてあんな事を言い出したんだろう。モデルみたいだなんて・・・
教室から出ると、ちょうど祐巳さまと出くわしてしまった。
「あれ?可南子ちゃん、どこ行くの?」
「・・・ちょっと外で涼んできます」
「中、そんなに暑いの? 顔真っ赤だよ?」
「ええ・・・まあ・・・ 失礼します」
祐巳さまに指摘されて、私の頬は益々熱くなってしまった。
・・・みんな祐麒さんのせいだ。
外へ出た私は、冬の到来を予感させる冷気にあたり、頬の熱をさます。
私は何となく、祐巳さまと初めて出会った頃の事を思い出していた。思えば祐巳さまも、私の身長など全く気にせず、私を一人の女の子として見てくれていたわね・・・
中学生になる頃から背の伸び始めた私は、何時の間にか身長のせいで偏見を持たれる事が当たり前になってしまっていた。そのせいか、急に普通の女の子として扱われると、どうして良いか解からなくなるみたいだ。
そうよ、きっと福沢家の人は、みんなあんな感じなんだわ。祐麒さんは別に私の気を引くためにあんな事を言い出したんじゃない。
私はシンデレラじゃなく、周りにいた“その他大勢”。一人でドキドキしたりして、馬鹿みたいじゃない。
そろそろ頬の熱も引いた。教室に戻って劇の練習に参加しなきゃ。きっと祐麒さんも何事も無かったように迎えてくれる。
・・・そう、今までどおり、ただの仲間として。
そんな事を考えていたら、何だか急に寒い気がしてきて、私は教室へと戻って行った。
教室に戻ると、劇の練習が続いていた。ちょうど祐巳さまがセリフを言うシーンだった。
私はそっと舞台を見つめる輪に加わろうとしたが、急に呼び止められた。
「細川さん」
祐麒さんだ。私に呼びかけながらこちらに近付いてくる。
・・・え? 何?
祐麒さんはいきなり、私の顔に手を伸ばしてきた。私が突然の事に固まっていると、祐麒さんは私の髪にそっと触れた。
何? どうしていきなりそんな・・・
あ、男が女の髪に触れるのは、かなり親密な間柄の証拠だって何かで聞いたような・・・
でも、そんな、私達まだ何も・・・
「髪に葉っぱ付いてるよ」
・・・忘れてた。
祐巳さまで思い知ってたはずなのに。福沢家の天然さ加減を。
また頬が熱くなったのを自覚しつつ、私はかろうじて「・・・どうも」とだけ返す事ができた。
・・・・・・何だかどっと疲れた。
最近、祐麒さんのせいで妙に劇の練習が疲れる。
例えば、台本を持ってセリフの練習をしている時。私の手をじっと見ていると思ったら突然・・・
「細川さん、指綺麗だね」
「・・・そうですか」
お願いだから余計な事を言わないで欲しい。幸い、そういった雑談は、周りに人がいない時に行われるので、変に噂されるような事は無かったけど。
・・・私もいちいち雑談に付き合わなければ良いのだけどね。でも今更無愛想に応じるのもアレだし・・・
私は祐麒さんの天然な発言に直撃される度に、頬の熱を冷ますために外で冷気にあたるはめになる。いい加減、自分はシンデレラじゃないって自覚できても良い頃なのになぁ・・・
祐麒さんの前から逃げ出して、しばらく外の空気にあたっていると、頬の熱が引いてきた。
でも何だか、体の芯が暖かいままだ。どうしてだろう?
そろそろ練習に参加するために教室へ戻ろうとすると、下足箱の影に二つの人影が見えた。
そのうちの一人が祐麒さんだったので、私は何となくそっと近付いた。二人はまだ私に気付いて無い。
「・・・だから、今度の日曜に付き合ってくれないかな?」
その言葉を聞いて、私は思わず足を止めた。良く見ると、祐麒さんはリリアンの生徒に向かって話しかけている。
・・・乃梨子さん? 間違いない、相手は乃梨子さんだ。
「判りました。私なんかで良いのなら」
「じゃあ、日曜にM駅に10時で良いかな?」
「はい」
何だろう・・・ 今日ってこんなに寒かったっけ?
寒すぎて少し振るえてきちゃったな。
私は歩き出す事ができず、去って行く二人を見送る事しかできなかった。
「そこ。大納言・・・・・・えっと可南子ちゃん。そこのセリフ、もうちょっとうれしそうに言えないかしら?」
「うれしそうに、ですか」
教室に戻った私の演技はボロボロだった。
「『私は何て幸せ者なんだ』」
「何か嘘っぽいわね」
紅薔薇さまのカットがかかる。私は何故だかイライラしていて、思わず「具体的に指示して下さい」なんて言い返してしまった。
こんな気持ちの時に、『私は何て幸せ者なんだ』なんて、上手く言える訳無いじゃない。こんな・・・
私はシンデレラなんかじゃないと判っていたはずなのに、何故こんな気持ちになっているんだろう?
祐麒さんはただ、劇の仲間と雑談していただけ。
私はそれに応えただけ。
そのはずなのに・・・
その後、私の出番はひとまず終わりになったけど、私の心の中のわだかまりは消える事は無かった。
週が開けて月曜日、私の心はだいぶマシな状態になっていた。
相変わらず祐麒さんは話しかけてくるけど、私は上っ面だけ応じてみせる。
そう、ただの仲間なんだから、全く話さないのも不自然だしね。
今は劇の練習に集中しよう。そうすれば余計な事を考えずにすむから。
昨日、祐麒さんが誰と過ごしたかなんて、気にせずに済むから。
文化祭が近付いた事で、練習は段々と密度の濃い物になってきている。出番を終え、少し時間の空いた私は、緊張をほぐすためにそっと教室を抜け出し、外の空気を吸いに行く事にした。
下足箱のあたりまで来たところで、私は二つの人影に気付いてしまった。
・・・祐麒さんと乃梨子さんだ。
私はまた、そっと二人の様子を見つめた。ここからでは二人の会話は聞こえないけど、何か楽しそうな雰囲気は判った。
祐麒さんがポケットから何かを取り出して、乃梨子さんに見せている。
それは、綺麗な青いヘアピンだった。あれならリリアンでも常に身に付けている事ができるだろう。祐麒さんも良く考えたものね・・・
青いヘアピンを見て笑い合う二人。
あれが乃梨子さんのガラスの靴なのね・・・ 私は何となくそんな事を思った。
そうね、お似合いかも知れないわね、あの二人なら。
私はそれ以上見ている事が出来ずに、二人に気付かれないように外へと駆け出した。
シンデレラはずるい。そこにいるだけで、王子様の心を射止めてしまうから。
そして私はシンデレラなんかじゃない。それは解かっていたはずなのに・・・
解かっていたはずなのに、涙が出るのは何故だろう。
この胸の痛みは何だろう。
「馬鹿みたい。こんな背の高いシンデレラなんて、いる訳無いのに・・・」
そんな事は解かっていたはずなのに・・・
こんな事なら、あの人を好きになんてならなければ良かった。
そんなどうしようもない事を思いながら、私は少しだけ泣いた。
秋に色付いた銀杏の葉が、私の涙の代わりに降り注いでくれているような気がして、ほんの少しだけ、私は泣いた。
さよなら、私のかなわぬ恋。
おうじさまは、ガラスのくつのかわりに、あおいヘアピンをもってシンデレラをさがしにきました。
いちょうのはっぱがまいおちるなみきみちに、せのたかいシンデレラをさがしにきました。
そのあおいヘアピンは、おうじさまがにちようびにいちにちかけてえらびぬいたいっぴんです。
おうじさまのおねえさんに「なんでのりこちゃんまでつれてきたの?」といわれたときに、「リリアンそだちのかんせいは、たまにオレのそうぞうをこえるからな。ふつうのおんなのこのすきなものがしりたかったんだよ」といって、おねえさんをふきげんにさせてまでえらびぬいたヘアピンなので、きっとシンデレラもよろこんでくれるでしょう。
なきむしのシンデレラが、おうじさまとおうじさまのもつすてきなプレゼントにきづくのは、ほんのちょっとだけあとのはなし。
さよなら『かなわぬ恋』。
こんにちは『素敵な恋』。