【812】 もし妹でなくとも愛させて欲しいから  (六月 2005-11-06 22:02:49)


「明日出発だった?」
「うん」
「そう・・・」
2学期末の試験が終わり明日から試験休み。
その休みを使って新潟のお父さんのところに遊びに行く予定を入れていた。
しかし、その日が近づくにつれお母さんの様子がおかしくなって行った。
妙にそわそわしたりふて腐れたり、可南子もただただ戸惑うばかりだ。
今日も朝から私の予定を聞いてため息ついていたし・・・。
放課後、M駅前で旅行に必要なものを買い足す。
歯磨き粉や歯ブラシくらい貸してもらえるだろうけど、あまり迷惑をかけるわけにもいかないと思うから。
100円ショップで旅行用の洗面用具を買って、さて家に帰ろうと店を出た時。
後ろから「可南子ちゃん」と声をかけられた。聞き覚えのあるその声は。
「祐巳さま」

「へぇ、試験休みはお父さんのところに遊びに?
 私もねぇ、お姉さまと遊園地デートなんだぁ。えへへ」
駅前のコーヒーショップに誘われて、テーブルを挟んで座る祐巳さまのころころと緩んだ笑顔が本当に幸せそうで、こちらまでほのぼのとした気分になってくる。
「楽しみですね、祐巳さま」
「うん!・・・可南子ちゃんは?」
私も笑顔でお答えできれば良かったのですが、自分でも表情が陰っているのが分かる。
「私も楽しみにしていたのですが、最近母の様子が気になって」
「どういうふうに?」
首をかしげつつ私を見つめる祐巳さまは、心配そうな表情で私の話を聞いてくれている。
姉妹でもないのに、ここまで私のことを気にかけてくださる優しさは私に隠し事をさせない。
「休みが近づいてきてからそわそわしたり、私の予定を何度も聞いてきたり、変なんですよ。
 お父さんのところに遊びに行くだけだから心配しなくても良いのに」
私の言葉を聞いた祐巳さまはしばらく考え込んだ後、急に真面目な顔になると。
「ねぇ、可南子ちゃん。こういう言い方は良くないかもしれないけど・・・。
 可南子ちゃんのお母さんは、夕子さんにお父さんを盗られたようなものだよね。
 そこに可南子ちゃんまで仲良くなれば、お母さんは一人になってしまう・・・そう考えちゃうんじゃないかな」
と、びっくりするような言葉を口にされた。
「きっと寂しいんだと思うよ。
 だから、可南子ちゃんがしっかり言葉にして伝えなきゃ。お母さんが好きだって」
「色々あったけど、今はお父さんも夕子さんもお母さんもみんな大好きなんだって。
 心を込めて伝えればきっと分かってくれるよ」
そうか、自分のことばかり考えていて、また周りのことを考えていなかったのか。
「そういえば、母とちゃんとした時間をとって無かったような気がします」
お父さんと仲直りできたのがうれしくて、そちらばかり見ていたのかもしれない。
うんうん、と祐巳さまは頷きながらも。
「クリスマスやお正月はお母さんと一緒に過ごせば良いじゃない。
 一緒にケーキ食べて、一所におせち作って、一緒におこたに入って、ね」
「はい、そうします。母と話して一緒に居られるように」

「よかったね」と言ってくださる祐巳さまと別れ、家路につく。
また、祐巳さまに救ってもらった。姉妹にはなれなかったけど、大好きな先輩が大事なことを教えてくれたってお母さんと話そう。
私は今、愛すべき人達に囲まれてとても幸せなんだって。


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