【813】 笑う白薔薇姉妹ゆらゆらと  (朝生行幸 2005-11-07 13:50:01)


 穏やかな日差しが差し込む、紅葉色付く秋の山。
 ほんの少し冷たい風が、木々を揺らす。
 リリアン女学園高等部生徒会、通称山百合会の面々は、連休の一日を利用して、日帰りハイキングに来ていた。
 三薔薇さまと三つぼみの計六人は、秋を満喫するため、素材は現地調達での芋煮会を催す予定だ。
「さぁ、それじゃ紅黄白のチームで、食材探しだね」
 音頭を取るのは、黄薔薇さまこと支倉令。
 アウトドアに関しては、令にアドバンテージがあるのは言うまでもない。
「こんな山で何が採れるの?」
「そうだな、まずはキノコ類が主だね。あとは栗とか、他には山菜の類かな」
 紅薔薇さまこと小笠原祥子の疑問に、丁寧に答える令。
 なんせ真性お嬢様祥子には、社交界の知識は溢れんばかりにあっても、レジャーの知識は皆無と言ってよい。
「山菜なら、少しは分かります」
 珍しく、自信あり気に主張する、白薔薇さまこと藤堂志摩子。
「とりあえず、目に付くもの片っ端から集めて、あとで選別しよう」
 全員、令の言葉に頷いた…かと思ったら、一人だけ首を動かさない者がいた。
 黄薔薇のつぼみ、島津由乃だった。
「令ちゃん、それじゃ面白くないわよ」
「どういう意味?」
「せっかく各薔薇姉妹でちょうど二人づつなんだから、料理対決にしようよ。素材集めも含めてね」
 ニヤリと嫌な笑みを浮かべる由乃を、胡乱な目付きで見る紅白姉妹。
 由乃が言いたいことは分かっている。
 料理が得意な令にかかれば、即興アウトドア料理でもまずは失敗しない。
 美味しくない料理を食べて困っている連中を笑ってやるつもりなのだろう。
「それ良いですね。そうしましょう」
 涼しい顔で応じたのは、白薔薇のつぼみこと二条乃梨子。
 不安げな志摩子に目配せするところを見ると、何か考えがあるようだ。
「ただし、対決ですから、出来た料理は別の姉妹にずらして食べるってことで」
 つまり、紅黄白の料理を、黄白紅で食べるということだ。
 必然的に、白薔薇姉妹が、黄薔薇姉妹の料理に当たることになる。
「ちょっと、それは…」
「いいアイデアね、そうしましょう。まさか言い出しっぺの由乃ちゃんが、反対するわけないわよね?」
 物言いをつけようとするも、祥子に遮られる由乃。
「…はい」
 結局自爆した形になってしまった。
 ふもとに流れる河原に場所を取り、かさばる荷物は管理人に預けて、いざ、山に突撃する一同を、紅薔薇のつぼみこと福沢祐巳は、おろおろしながら黙って見ていることしかできなかった。

「もうこうなったら、食べられる食べられない無関係に放り込んでやるわよ」
「それは危険なんじゃないかなぁ」
「何よ、美味しい料理を作られる令ちゃんなら、逆に不味い料理も出来るでしょ?」
「いやー、失敗したならともかく、意識して不味い料理を作ったことはないなぁ」
「今それをやるべきなのよ。あ、禍々しくも毒々しい怪しいキノコはっけ〜ん♪」

「志摩子さん、どうするの?私あんまり詳しくないんだけど」
「大丈夫よ。とりあえず目標を山菜に絞りましょう。ついでにシメジあたりでも見付かれば御の字ね」
「自生の果物でもあればなぁ。柿とかリンゴとかブドウとか」
「それは多分無理だけど、あけびやむかごならあるかもね。ヤマイモもあるだろうけど、掘るのが大変」
「まぁ、食べられるものなら、それでいいか」

「お姉さま、私、さっぱりなんですけど」
「あら寄寓ね、私もさっぱりよ」
「じゃぁどうするんですか?」
「食べるのは私たちじゃなくて令たち。適当に拾って、適当に作ればいいだけの話よ」
「お姉さま、適当すぎます」

 およそ二時間後、河原に戻って来た一同は、互いに火花をちらしつつ、早速料理に取り掛かる。
 さすがに、いかにも毒があります、と主張して憚らないキノコは、令によって全て取り除かれたものの、実は由乃は一個だけ隠し持っていた。
 紅薔薇姉妹が集めた食材は、適当だったにも係わらず全て安全な代物だったし、白薔薇姉妹も志摩子の知識が役立ったのか、変なものは一切混ざっていなかった。
 慣れた手つきで、素早く調理する令に、それを見ているだけの由乃。
 令ほどではないものの、やはり手馴れているのか効率よく進める白薔薇姉妹。
 調理実習程度の技術で、たどたどしく調理する紅薔薇姉妹は二人とも指を切っていた。
 40〜50分ほどで、ようやく全姉妹の料理が完成した。
 一見まともに見える、三種の芋煮。
 もちろん、令の最後の味見の後に、由乃は怪しいキノコを入れるのを忘れなかった。

「では、紅チームの料理は黄チームが、黄チームの料理は白チームが、白チームの料理は紅チームが食べるってことで」
 乃梨子の言葉に応じて、交換が始まった。
 乃梨子の意図としては、一番美味しいであろう黄薔薇芋煮を白が食べる、完璧だ。
 由乃の意図としては、白薔薇に仕返しするため、怪しいキノコを入れる、完璧だ。
 祥子の意図としては、どうせ自分が食べるのじゃないから適当でいいわ、完璧だ?
 祐巳には、なんだか黒いものが立ち上っているように見えたのは気のせいか。
『じゃぁいただきまーす』
 一斉に、内心ドキドキしながらも箸をつける。

「んー、あら?」
 白芋煮を食べた祥子、これは美味い。
 そこそこ料理が出来る志摩子と乃梨子が普通に作ったのだから、そこそこ美味くて当然だ。
「あー、美味しいですねぇお姉さま」
「そうね、これは当たりだわ」
 
「うーん…お?」
 紅芋煮を食べた令、意外に美味い。
 薄味だし、具の大きさがまちまちではあるが、一応火も通っているし問題はなさそうだ。
「へー、祥子もなかなかやるねぇ」
「くっ、祐巳さんが作った割には、まぁまぁね」

「く〜〜〜、え?」
 黄芋煮を食べた乃梨子、ちょっと警戒していたが杞憂だったようで、さすがに美味い。
 味付けも抜群、材料は全て綺麗に切られ、見た目も完璧、素材の味が完全に生きていた。
「想像以上の腕前ですね令さまは」
「ええ、リリアン一の噂は、伊達ではないのよ」

「美味しかったですねぇお姉さま。もっと怖いことが起きると思ってましたけど」
「そうね、普通に食べられて良かったわ」
「もうちょっと味があれば良かったけど、そこそこ美味しかったわね令ちゃん」
「そうね、どこかで味付けが破綻してると思ってたけど、そんなこともなかったし」
「ははは、志摩子さん、美味しかったねははは」
「うふふそうね乃梨子、さすが令さまうふふふ」
「また、機会があればやりたいわね」
「そうだね、結構面白かったし」
「そうですねうふふふふふふふ」
「由乃さん、結局見てるだけだったね」
「何を言うのよ祐巳さん、応援してたわよ」
「はははそれを見てるだけだったってわはは」
「じゃ、片付けようか」
「そうね、祐巳、由乃ちゃん」
「はーい」
「はい」
「うふふふふふ乃梨子うふふ私たちもふふふ」
「はははははははーいはははは」
『………』
 とうとう沈黙した紅黄姉妹。
「志摩子?」
「うふふ何でしょうか令さまふふふふふ」
「乃梨子ちゃん?」
「ははははははは呼ばれました祐巳さま?あははははは」
「…何をさっきから笑っているの?」
「うふふふふ何のことですか祥子さまふふふ全然笑ってなんかいませんがふふふふ」
「乃梨子ちゃんも変よ?」
「はははは由乃さま自分を差し置いて人を変だなんてははははは」
「どーゆー意味よ!?」
「うふふふふふふ」
「ははははははは」
 ついに、腹を抱えて笑い出した二人。
「待って由乃」
 殴りかかろうとした由乃を引き止める令。
「あー、やっぱり…」
「どうしたの?」
「ほら、これ」
 令が箸で摘み出したのは、退けたはずの怪しいキノコ。
「毒性は弱いし致死性ではないけど、笑いが止まらなくなるんだ」
「どうしてそんなものが?」
「調理前に確認したから、入っているわけないんだけど…、紛れ込んだか、誰かが入れたかどっちかだろうね」
「誰がそんなものを入れ…」
 何かに気付いたのか、ギギギと祥子、令、祐巳の首が動き、ある人物を凝視した。
「ななななな、なんのことかしら(スヒースヒー♪)」
 吹けない口笛を吹きながら、分かりやすく誤魔化そうとする由乃。
「はぁ〜〜…。元に戻るには、数時間はかかるなぁ」
「うふふふふそれじゃしばらくはふふふふずっと笑いふふふふふ続けるってうふふふふふ」
「そうなるわね」
「そんなはっはっは困るじゃないですかはっはっはっはっはわはははははあはははははは」
「でも、微妙に楽しそうなのは気のせいかな?」
『うふあはふはふはふはふあふそんなわけないでしょうふはふはふはふはふはふはふは!?』
 結局効果が切れるまで、河原に並んで座った白薔薇姉妹から、謎の笑いが延々と響き続けたという…。

「祐巳さま、こんどの調理実習時、このキノコを由乃さまの材料に入れてください」
「いやあの、私由乃さんと同じ班なんだけど…」
「大義の前に犠牲は付物です。タヌキの一匹ぐらい気にしてはいけませんくっくっく」
「黒いよ乃梨子ちゃん。それに、本人を目の前にして言うセリフじゃないと思うな」


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