No326 の『あれから志摩子さんとは順調に友情を深め』の一言ですませてしまった期間にあったエピソードの一つ。
それは祐巳が由乃さんに呼ばれてはじめて薔薇の館に行ったちょっと前のこと。
「……何を言ってるの?」
お昼休みに志摩子さんがもらした言葉を祐巳は聞き流すことが出来なかった。
「え?」
「どうして志摩子さんが私の重荷になるの? そんなわけ無いじゃない」
志摩子さんは祐巳にとってきっと重荷になると言ったのだ。
そんなわけない。その言葉は本心だし、そのときの祐巳にとってはそれ以上に『真実』でもあった。
でも、志摩子さんはこう続けた。
「でも、祐巳さんは私のこと全部知ってるわけじゃないわ」
「それは……」
きっと志摩子さんがお寺の娘だからってことを言っているんだと思う。
でも『知ってるよ』とはいえない。
だって言ったら、いつだれに、ってことになるし、それで未来から戻りましたなんて言ったら精神を疑われるだけだし。
でも祐巳の今の気持ちだけはなんとか志摩子さんに伝えたかった。
「……志摩子さん、私も私のことで志摩子さんに言えないことってあるよ」
そういったら、志摩子さんは驚いたように目を見開いて祐巳を見た。
「祐巳さん」
「なに?」
「『私も』って?」
「え?」
「どうして私が祐巳さんに話せないことがあるって思うのかしら」
「え、いや、その、なんとなく?」
祐巳が思わぬ指摘に焦っていると志摩子さんは続けた。
「いえ、そうよね。ごめんなさい正解よ」
ちょっとびっくりした。
志摩子さんって頭良いから時々祐巳の何気ない言葉に突っ込みをいれて祐巳をドキッとさせてくれる。
「……じゃあおあいこだよね」
そういって祐巳が笑うと、志摩子さんは顔を伏せた。
「志摩子さん?」
どうしたの? と祐巳が聞くと志摩子さんは顔を伏せたまま言った。
「それでいいの?」
「え」
「もしかしたら私が祐巳さんにとって我慢ならないような嫌な子かもしれないのに」
「そ、そんなわけないじゃない!」
志摩子さんは祐巳の声にびっくりして伏せていた顔を上げた。
「あ、ごめん。……でも私は志摩子さんのどんな話を聞いたって絶対志摩子さんのこと嫌いにならないよ」
「……」
志摩子さんは祐巳を見つめたまま黙っていた。
「ね?」
祐巳が見つめ返したままそう言うと志摩子さんは慌てたように口元を手で覆い、祐巳の視線を避けるように後ろを向いてしまった。
「し、志摩子さん?」
「……ち、違うの」
「え、違うってなにが?」
顛末を知っているとはいえやっぱり志摩子さんの行動はよくわからない。
祐巳が聞いても志摩子さんは背中を見せたままだった。
「ねえ、志摩子さん。 私また変なこと言った?」
そう言うと、志摩子さんの肩がビクッと反応した。
反応はしたけど答えてくれなかったので祐巳は続けた。
「私ももしかしたら志摩子さんが迷惑するほど変な人かもしれないもんね……」
『未来を知っている』祐巳の行動は傍から見れば『変な人』だということは、流石の祐巳も気づいていた。
そして、知っていることを知らないように完璧に振舞えるほど祐巳は器用でないのでこればかりはどうしようもないことにも。
それから志摩子さんはしばらく祐巳に背中をみせたままだった。
「……くすくす」
聞こえてきたのは笑い声?
「あのー?」
「どうしてかしらね」
志摩子さんは向こうを向いたまま顔を上げた。
「え? なに?」
「祐巳さんって不思議」
「不思議?」
狸顔とか百面相とかなら判るけど不思議といわれたのははじめてだった。
どうしてって聞いたけどなんか「うふふ」と笑うだけで答えてくれなかった。
祐巳に言わせれば、志摩子さんの笑うツボの方がよっぽど不思議だった。
なにがそんなに可笑しかったのか、涙まで浮かべていたのだから。