【817】 地獄が見えたおやっさん手をのばして  (一体 2005-11-08 04:52:08)


 この作品は壊れ系ギャグです。読まれるさいは十分にお気をつけ下さい。




 「ここが本堂よ」
 「うわあ、なんか歴史っていうか、文化ってものを感じさせてくれるね、志摩子さん」
 「ふふ。うちは大して歴史があるお寺じゃないけれどね」 
 「ううん、そんなことないよ。すっごく立派だと思う」

 祐巳は本心からそう思った。リリアンに通ってる自分が言うのもなんだけど、やっぱりこういったお堂という清浄な場所に入ると日本人の本能にも似た記憶が刺激されるのか、自然と敬うような気持ちになってしまう。
 むろん、祐巳の心の中ではマリア様を敬う気持ちも矛盾なく両立してる。常日頃から捧げるマリア様に対する敬愛する気持ちと、宗派の違う神聖な場所に入って自然と湧き上がってくる畏敬の念はまた別物だ。
 欧米の人たちなどの敬遠なクリスチャンからしてみれば、こういった感性は理解しがたいのかもしれない。けど、こういった外人からみれば、いいかげんさ、もとい日本人から見れば、おおらかさ、は日本人特有の美徳だと思う。って、自分が言うのはずうずうしいけど。
 
 「じゃあ、わたしはちょっとここを離れるわね」
 「あ、うん」

 志摩子さんはそう言って、本堂を後にした。  
 さて、と。
 志摩子さんが居なくなって、この本堂には祐巳しかいなくなった。
 このまま、ぽけっ、と志摩子さんが帰ってくるのを待ってもいいけど、それも何か芸がないような気がする。
 そうだ、せっかくだから本尊を拝ませてもらおう。 
   
 うん、せっかく本堂に入ったのだから、ここの、というよりお寺の一番の家主さんともいえる本尊に挨拶しないのは罰当たりだと思う。

 祐巳は、さっそく本堂の中央に鎮座している本尊に、挨拶を兼ねて拝むことにした。

 「えっと、マリアさま、ならびに仏像さま。二股をかける様で恐縮ですが、やはり祐巳がいつも志摩子さんのお世話になっている以上、ご挨拶をせねばと思った次第でして。て、何を言ってるんだ、自分。・・・・・・えーと、すみません、まあ、不束者ですが、よろしくお願いします、ということで」

 だめだ、我ながら訳の分からない挨拶をしてしまった気がする。
 
 (て、あれ?) 

 気のせいだろうか? 今、祐巳の目の前の仏像が笑ったように見えた。
 ふむ、流石に先ほどの挨拶は失笑ものだったか。・・・・・・と、そんな分けないないか。 自分で自分の馬鹿な考えに突っ込みを入れながら、祐巳は仏像にお辞儀をして元いた場所で志摩子さんを待つことにした。

 ことっ 

 祐巳が正座をして志摩子を待っているところに、祐巳の背後で物音がした。
 祐巳が、はて? と思いながら物音の振り向いてみたが何も変わった事もなく、ただ仏像が立っていただけだった。
 うーん、気のせいだったのかな。祐巳はそう思おうとしたが、あることに引っかかった。

 ん? いまさっき、おかしいところがなかったか?
 祐巳は、さっきの自分の記憶を反芻した。

 (えっと、何も変わった事もなく、ただ仏像が立っていただけだった、だったっけ。別におかしいことはないような)

 ・・・・・・いや、ちょっと待て?

 いや、おかしいって。無茶苦茶おかしいって。「ただ仏像が立っていただけだった」って。
 祐巳が慌てて振り向くと、祐巳の記憶が確かならさっきまで中央で鎮座していたはずの仏像が仁王立ちしていた。

 (あ、あれって、確か座禅をくんでなかったっけ?)
 
 ごしごし

 祐巳は、自分の目を擦って見る。
 だが、やはり仏像は立っていた。
 再度、目を擦ってみる。

 ごしごし

 やっぱり立っていた。

 (あ、あれっ、疲れているのかな)

 しかし、いくら祐巳が目を擦っても仏像は座るどころか、さらに「常識」というものをどこかに置き忘れてきたとしか思えないようなことが祐巳の目の前で展開していた。

 くねりひねり

 さっきまで本堂の中心に鎮座していたはずの本尊は、立ち上がってだけではあきたらず今度は腰を振りはじめた。
 祐巳は、泣きたい気分でもう一度目を擦ってみる。

 ごしごし

 くねりひねり
 
 やっぱり振っていた。

 ごしごしごしごしごしごしごしごし!

 くねりひねりくねりひねりくねりひねりくねりひねり

 なんか、腰を振りながらこっちに迫ってきてる。・・・・・・マ、マリアさま、助けて。

 (な、なんなの、アレ!!)

 残念ながら、仏像が祐巳の方に腰をくねりながら迫ってくる、などというファンシーな出来事に対して祐巳の危機管理対処プログラムはない。
 祐巳がなすすべないままに、その仏像はどんどんと祐巳の方に迫ってくる。
 
 くねりひねりくねりひねりくねりひねりくねりひねりくねりひねりくねりひねり

 「ひ、ひぃぃぃぃー!!」

 その仏像は祐巳の目の前に来ると腰をひねるのをやめ、ゆっくりと祐巳の方にお辞儀をしてきた。

 「やあ、いらっしゃい、福沢さん」
 「・・・・・・へ??」
 「おや、忘れてしまったかな?」
 「い、いや、その」

 残念ながら、祐巳には腰を振るような動く仏像さんとお友達になった記憶はない。知り合いたくもない。
  
 「あ、そうか、この格好がいけないのかな? この前文化祭でお会いした、志摩子の父です。いつも娘がおせわになっているね」

 今、自分はどういう顔をしてるのだろう。ていうか、目の前のこの人は何を考えているのだろう。祐巳は激しくそう思いながら、なんとか志摩子さんのお父様に、はあ、とだけ返事をした。 

 (え、えっと・・・・・・) 

 だめだ、志摩子さんのお父様にあったらキチンと挨拶しなくちゃ、と意気込んで何パターン通りで挨拶を考えていたのだが、こんな、志摩子さんのお父さんが仏像の格好をして祐巳の方に腰をひねりながら迫ってくる、などという年末ジャンボ以下な確率のシチュエーションはうかつにもシミュレートしていなかった。 

 ・・・・・・いや、ごめん。そんなシミュレート、人として無理。

 「おや? 顔色がよくないな。どうかしたのかね?」 
 
 祐巳としては、どうかしてるのはあなたの方じゃないですか! と小一時間問い詰めたかったのだが何とか堪える。

 「え、えっと、おじさまは、ここで何をなさってたのでしょうか?」
 「ああ、今日はお客様が、つまり福沢さんのことだが、こちらにこられると聞いていたのでね。驚かそうと思って、つい、張り切ってしまったよ」
 「はあ」

 どうせ切るのなら腹を切ってほしい、と祐巳が思っているときに入り口の扉が激しく叩かれた。 

 どんどん! どんどん!

 「ゆっ、祐巳さん! まさかとは思うけど、そこにお父様はいるかしら!?」
 「え、えっと、それ・・むぐっ」
 
 (しぃーっ)

 恥ずかしい人は、祐巳の口を塞ぎながらひそひそと耳打ちしてきた。

 「ゆ、祐巳さん、もっ、申し訳ないが、志摩子には私がここにいるのは内緒にしてくれないかね」
 「なっ、何でですか?」
 「う、うむ、実は志摩子には、友達の祐巳さんがうちにきますけど「絶対」に顔を出さないでくださいね、ってちょっとしたスキンシップを交わしていてね」
 「は、はあ、わかりました」

 どんどん!! どんどん!!  

 「ちょっと、そこにいるのですか! お父さまぁぁー!!」

 どんどん!!・・・・・・バァーン!! 

 「ふしゅー・・・・・・祐巳さん、お父様はこちらにお見えになったかしら?」
 「え、えーと、あれ?」

 さっきまで祐巳の隣にいた恥ずかしい人は、何事もなかったかのようにもの凄いスピードで仏像に擬態して鎮座していた。
 仕方がない、いくら恥ずかしくてもあれは志摩子さんのお父さんだ。祐巳はおじさんの芝居に乗ってあげることにした。
 
「えっと、こっちにはそんな恥ずかしい人は来てないよ、志摩子さん」

 ごふっ!

 あれ、後ろから何か噴出した音が聞こえてきた。なんで?

 「そう、そんな恥ずかしい人は来てないのね。じゃあ、「動く石像」とかこなかった、祐巳さん?」
 「ううん。動いたのは仏像だよ、志摩子さん」
 
 ごぼっ、ごぼっ!

 あれ、さっきから後ろからセキみたいなのが聞こえてくる。もう、せっかく祐巳がうまく芝居をしてるのにどうして邪魔をしてくるのかな? おじさんったら、ばれても知らないよ。

 「そう、やっぱり」
 「へ? なにがやっぱりなの、志摩子さん」
 「いいえ、なんでもないわ。ねえ、祐巳さん、悪いのだけど人に案内させるからちょっとだけ離れに行ってもらえないかしら?・・・・・・あそこだったら悲鳴は聞こえないし」
 「へ、悲鳴?」
 「あら、何を言ってるの祐巳さん。悲鳴だなんて誰もいってないわよ。ふふ」
 「え、いや、志摩子さん、さっき」
 「うふふ、祐巳さんったらおかしいわ」
 
 (気のせいだったのかな)

 祐巳はとりあえずそう納得することにした。だが、祐巳の後ろから「がたがたがた」と震える音が聞こえてくるのは気のせいじゃないと思う。
 まったく、せっかく祐巳が上手く志摩子さんを騙したっていうのにこれじゃあ台無しじゃないか。 
 祐巳がぷんすかと怒っていると、志摩子さんが続けて話し掛けてきた。
 はて、気のせいだろうか? その志摩子さんからは日頃の菩薩の姿からは想像できない修羅のようなオーラが感じられる。

 「祐巳さん、ちょっと私の話を聞いてくれるかしら」
 「あ、うん」
 「この前、檀家の方が見られたとき、檀家の方が「ほっ、仏が腰を振りながらパントマイムした!!」って、ファンキーなことおっしゃって以来、うちのお寺は怪奇と奇跡の狭間のような噂がたってるのよ」
 「へえー、すごいんだね」
 「で、しょうがないから、お父、いえ仏様にこう言ってさしあげたの」
 「なんて?」
 「仏様。今度、お客様を驚かすようなことをされましたら、天界に光の速さで送ってさしあげますわよ、って・・・・・・まったく、この前にあれだけ締め付けたのに、どうやら仏様は天界に帰りたいみたいね」

 ふむ? つまりこういう意味かな。

 「ゴーゴーヘヴン! ってやつ?」

 祐巳がそう言うと、志摩子さんは壮絶な笑みをその顔に浮かべていた。祐巳にはまるで、その笑みは鬼女の笑みのように見えた。

 「・・・・・・どちらかというとGO TO HELL!!ってほうかしらね。うふふ」

 がたっ! ダダダ!!
 
 そのとき、中央に鎮座していた仏像が立ち上がり、祐巳の横を物凄いスピードで駆け抜けていった。
 そして、それに呼応するかのように志摩子さんの右手が動く。

 「成仏ゥゥ!!」

 ひゅん!! どかっ!!

 「ブ、ブッダァァ!!」

 ぱたっ
 
 だが、手を伸ばして出口に届こうかといったところで、志摩子さんの右手に握られた木魚のバチが目にも止まらぬスピードで放たれ、それはものの見事に動く仏像の後頭部に炸裂し「動く仏像」は「物言わぬ仏像」になっていった。

 ずるずる

 見事に狩りに成功した志摩子さんは、GETした獲物をリング中央、じゃなかった仏殿の中央に引こずっていき何かいろいろな大きさや形をした「独鈷」みたいなものを取り出している。

 「・・・祐巳さん、悪いのだけどしばらく離れの方に行ってもらえるかしら」

 その志摩子さんの言葉は、有無を言わさない何かがあった。
 祐巳は悟った。今、この瞬間から、この場所はお寺の敷地内でもっとも危険な場所になったということが。 

 「う、うん、わかった」
 
 祐巳がこの部屋を出た瞬間、部屋の中から血の気の凍るような殺気が祐巳の身体を通り抜ける。
 
 「成仏なさい! この生グサァァァァァ!!」
 「しっ、志摩子、刺すのはやめてぇぇー!!」

 あれ? 
 今、なんか変な悲鳴が聞こえたような? 

 「珍念さん(小間人)。さっき変な声が聞こえませんでした?」

 珍念さんはゆっくりと首を振ってくる。

 「全ては御心のままに、インシャラー」

 珍念さんはそう言って両手を合わせていた。ここって何屋さんなんだろ?
 とりあえず祐巳も拝むことにした。なんまいだぶなんまいだぶ。

 チーン

 終わり。

 ええ、ごめんなさい。


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