乃梨子の綿密な人生設計によると、今頃乃梨子はごく普通の友人たちと、ごく普通に恋の話などに一喜一憂しつつ、ごく普通の男性と清い交際などを続け、ごく普通に悩んだり喜んだりしながら、青春を謳歌しているはずだったのだ。
「乃梨子さん乃梨子さん乃梨子さん乃梨子さん! 一大事ですわ、事件ですわ、事件は現場で起こっていますわー!」
なんか物凄い勢いで頭の両脇のドリルをぶるんぶるんと震わせながら、突進してくる友人が一人。
「かしらかしら」
「驚天動地かしら」
その背後で、ふわふわと漂っている友人が約二名。
ドリル少女とふわふわ天使's。なんかもう「普通」なんて単語とは180度かけ離れた存在である友人たちに、乃梨子はちょっと溜息なんぞを吐いてみた。
どこで私、道を踏み外しちゃったんだろうな――なんて、密かに涙しながらも、ドリルの突進をドスンと受け止めてあげた。小柄な瞳子の突進は大したことない衝撃だったけど、ドリルの切っ先がちょっぴり頬に痛かった。
「――で、どうしたの? 頼むから分かりやすく簡潔に、脚色せずに手際よく教えてくれるかな?」
自由に喋らせると三日三晩喋りつくした挙句に、結局要点を伝えずに「疲れたのでまた明日お話しますわ、ごきげんよう」とか言い出しかねない瞳子に、ごくまっとうなリクエストをしてみた。誰かコイツに「普通」とか「常識」の単語を教えてあげてください。
「それが……志摩子さまが、浮気なのですわ!」
「な、なんですって――!?」
珍しく簡潔に事態の説明をしてくれた瞳子に、乃梨子は思わず色めき立つ。
「かしらかしら」
「修羅場かしら」
視線を向けた美幸さんと敦子さんが、瞳子の報告を肯定した。凄く分かり難い肯定方法だけど、慣れればこの二人の言いたいことも、なんとかまぁ、分かるような分からないような、微妙なところまでレベルアップ出来るのだ。いや、レベルダウンかもしれんけど。
「私、見てしまったのですわ! 志摩子さまが乃梨子さん以外の一年生と仲睦まじくお喋りしているところを!」
「かしらかしら」
「秘密の逢瀬かしら」
瞳子のみならず美幸さんと敦子さんも目撃者ということで、乃梨子はちょっと血の気が引くのを感じていた。
「うそっ! 志摩子さんが、浮気だなんて……!」
信じたくない、けれど3人の様子に、乃梨子は少し不安になる。
「相手の子はどなたか分かりませんでしたわ。あまり見覚えのない方でしたわ」
「どこ!? どこで見たの!?」
「かしらかしら」
「家庭科実習室の前かしら」
「ありがとう、美幸さん!」
美幸さんの答えを聞いて、乃梨子は瞳子を適当にその場に放り投げて(瞳子は文句を言ってたがもちろん無視だ)駆け出していた。
志摩子さんが浮気――だなんて!
そんなの、信じられない!
ちゃんとこの目で確かめてやるんだから――!
そんな思いで廊下を駆け抜けた乃梨子の視界に、家庭科実習室の前で一年生と仲良くお喋りをしている志摩子さんの姿が飛び込んできた。
「し、志摩子さん――!?」
廊下を駆けながら、思わず呼びかけた乃梨子の耳に。
志摩子さんのセリフが飛び込んできた。
「――まぁ。銀杏にはそんな料理方法もあるのね!」
銀 杏 談 義 で す か ーーーーーー!!
にこやかに一年生と話を続ける志摩子さんの背後を、乃梨子は「あっはははー!」なんて笑いながら、爽やかに駆け抜けて行った。
乃梨子の綿密な人生設計によると、今頃乃梨子はごく普通の友人たちと、ごく普通に恋の話などに一喜一憂しつつ、ごく普通の男性との清い交際などを続け、ごく普通に悩んだり喜んだりしながら、青春を謳歌しているはずだったのだ。
だが現実では、乃梨子はごく奇特な友人たちと、リリアン特有の姉妹の浮気話などに一喜一憂しつつ、ごくあっさりと志摩子さんとの姉妹関係を受け入れ、こんな些細なことに狼狽したり空回りしたりしながら、青春を謳歌しているわけで。
ホント、どこで道を踏み外したかな私――なんて思いつつも。
これはこれで、乃梨子は今、とても幸せな毎日を過ごしているのだった。