No.778 → No.753 → No.825 の続きです。
「う、うそ……そんな、し、志摩子さんが……死んでいるって……うそでしょ? お母さん」
「…………」
祐巳の問いかけに、母、美紀はだまって首を横に振った。
両親が山梨から帰ってきて家事から解放される。 祐麒に食事のことで文句を言われることも無くなるとホッと胸を撫で下ろしていた祐巳は。 突然に、祖母が上京してきた時に良く使う1階の和室に来るように言われた。
めったに入らないその部屋で、細長い古びた木の箱を前に母から聞いたのは、志摩子は少なくとも半年前にすでに死んでいると言うこと。 いまの志摩子を動かしているのは魍魎の類であると言うこと。 そして、今リリアンで起きている猟奇殺人事件は志摩子が犯人であると言うことを告げられた。
「”死人憑き”と言ってね、実は誰もがその種を持っているの。 大抵の場合その種が孵る前に人間の方が死んでしまって死体は焼かれてしまうのだけれど。 極まれに、生きているうちにその種が孵ってしまう人がいるの。 でも、死人憑きの種が孵るということは、原因はともかくその人は寿命が来たと言うことなの。 でも、そのことに気が付かない。 やがて、体は腐り始める、意識は混濁してきて凶暴になっていくの」
淡々と話す母の言葉を、俯いたまま聴いている祐巳。 親友が死んでいる、それも半年も前に。 でも、その半年間、確かに志摩子と会って話をしたり、一緒に山百合会でがんばってきた思い出がある。 記憶がある。
「体の腐りを止める方法があるの……」
「じゃあ、志摩子さんを元に戻せるの?」
「元に戻すことは出来ないわ、自然の摂理に反することだから。 一時的に体の腐りを止める方法よ、……若い女の生き胆を食べるの…」
「!?」
「そうすれば一時的にだけれど腐るのを止められる。 でも、それもどんどん周期が短くなっていく…」
「そ、そんな……」
「祐巳…」
姿勢を正したまま語りかける美紀を、すがるように見つめる祐巳。 決定的な言葉は聴きたくなかった、しかし、美紀は娘を包み込むような優しい声で語りかける。
「これ以上、志摩子ちゃんに罪を負わせる気なの?」
「私には…私には出来ないよ! そんな方法なんて知らないよ!!」
「いいえ、祐巳。 あなたは知っているのよ、祈部の流れを汲むあなたは」
「えっ?」
「曾お婆さまに封印されているのよ、これからの時代に必要ないかもしれないって。 私よりも強いって言われたわよ」
「わかんない! わかんないよ、そんな事言われたって!!」
「また、犠牲者が出るわ」
「!? そん…な……」
「あなたと、もう一人の協力者がいれば、防げるかもしれないのよ」
逃げ出したい衝動にかられるが、その場から立ち上がることが出来ない。
出るかもしれない犠牲者、新たな罪を負う志摩子、知っていてそれを止めなかった自分。
「……封印を…解けば……志摩子さんを……次の被害者も……救うことが出来るの?」
「救える可能性はあがるわよ」
一時の間をおくように沈黙が部屋の中を支配する。
やがて顔を上げた祐巳の瞳に、ある決意を読み取った美紀は、古びた木の箱を開くと、中から全長30cm刃渡り20cm程の細身の銅矛のような剣を取り出す。 もう一本、形は同じでもこちらは全長で90cmの大剣。 どちらも赤金色に輝く見たことも無い金属で出来ている。
「こっちの小さい方を祐巳が使うの。 もう一本の長い方は協力者に使ってもらって、人選は任せるわ。 命を託すかもしれないから慎重に選ぶのよ。 じゃあ、封印を解くわ……」
美紀は小さい方の剣を手にするとその切っ先を祐巳の額に当てる。
『カタカムナ ヒヒキ マノスヘシ
アシアトウアン ウツシマツル
カタカムナ ウタヒ』
剣の切っ先と、祐巳の額の辺りが共鳴を起こしたように光を放つ。 それも一瞬だけだった赤金色の光が収まった時、祐巳の中に封印されていた物が渦を巻くように流れ込んできた。
* * * * * * * * * * * * * * * *
「はい、カット〜。 お疲れ様でした〜〜」
「ふふふ、孤立無援になってしまったのね私は…」
「志摩子さん、私はどんな時だって志摩子さんの見方だよ」
「乃梨子ちゃん『志摩子さん』になってるわよ。 まあいいか〜私も令ちゃんって言っちゃうし」
「でっかい、自爆です」
「いや、なんか日本語として変だし」
「でっかい、大きなお世話です」
「乃梨子、そのくらいにして、でないと私ゴンドラを漕ぎながらカンツォーネを歌わなければならないから」
「志摩子さんはどっちかと言うと『あらあら』『うふふ』っと言ってる人の方がにあいそうだけどね」
「はいはいはい! 私は姫屋の令嬢で『はずかしい台詞禁止!』って言う! っでノームの彼氏は祐麒君」
「……いや、あの脱線しすぎだから…」
「じゃあ、話を戻して。 あの呪文って何なの?」
「こういう使い方をするものじゃないのは重々承知しているんだけれど。 皆さん分かりますかね?」
「う〜〜〜〜ん、どうなんだろ?」
「ちなみに、あの赤金色の金属は ”ヒヒイロガネ”。 まあいわゆる ”オリハルコン”です」
「くわしいわね祐巳さんのくせに」
「はぅぅ〜、くせには無いよ由乃さん〜」
「もしかして祐巳さんってば ”ウィスパード”? いくら作者のHNに”ウィスパー”付けてるからって」
「暴走し過ぎだと思いますけれどね。 そうだ瞳子、出てみる気ある?」
「えっ? 出演者の都合でもつかなくなったのですか?」
「うん、まあそんなところ。 どう? 祐巳さまとも競演できるよ」
「い、いえ…こ、この際祐巳さまは関係ありませんわ! あ、あ〜、あくまでも女優として…」
「次の犠牲者役なんだって」
「……嫌ですわ、そんな役!」
〜〜〜〜〜〜 もう二、三回かな〜 続く・・・・・