今日は2月13日世間で言うバレンタインデーの前日である。
私は薔薇館で仕事をしている。
明日は誰にチョコレートをあげようかな。由乃はあげないと何されるかわからないし、お姉さまはもちろん必須、後は祥子にもあげよう。それから志摩子にも、蓉子様と聖様は………あまったらで良いかな。本命のチョコレートは祐巳ちゃんにあげよう。
祐巳ちゃんのことは友達としての好きじゃなくて、恋人になりたいって言う意味で好きだから。けど由乃がいつも邪魔をして二人っきりになれたことが無い。
けど今は……
「皆さん遅いですね」
そう言って横に座っている祐巳ちゃんが話し掛けてきた。今この薔薇館には祐巳ちゃんと私しかいない。
「そうだね。掃除が長引いているのかな?」
私は適当にあいづちを打ちながら書類に集中している。何かに集中しないとすぐ隣に座っている祐巳ちゃんのことを意識してしまう。それなのに祐巳ちゃんは私にいろいろ話題を振ってくる。
例えば、好きな食べ物とか嫌いな食べ物、好きなTVの番組は?とか、ああ、少し静かにして欲しい。何でこんなに喋りかけてくるんだろう。
「あっ……すみません」
どうやら顔に出てたらしい。
「いや、違うよ。書類でへんな所があっただけだよ」
「そうですか。よかった」
祐巳ちゃんはホッとしたような表情を浮かべて笑いかけてくれた。………可愛いな……ハッ!ダメだダメだ!今は書類に集中しなくちゃ!
「あ、そうだ!明日バレンタインデーですよね」
ああ、今その話題は出さないで欲しかった。さっきから祐巳ちゃんは誰が本命なんだろう?とかさっきまで考えていた所為か急に祐巳ちゃんは本命のチョコレート誰にあげるの?と聞きたくなった。抑えるんだ!明日私が祐巳ちゃんにチョコレートを渡す時に聞けるじゃないか!何も今ここで無理に聞くことは無いよね。
「令様は誰に本命のチョコレート渡すんですか?」
「それはもちろん祐……じゃなくて!」
危ない危ない。あと少しで当たってないのに砕ける所だった。何とかこの話題をそらさないと!
「そう言う祐巳ちゃんの本命は誰なの?」
って私はアホか!ああ、今のはかなりやばい。
「山百合会みんなですよ」
………そうか。そうだった。祐巳ちゃんはこう言う子だったんだ。よく言えば純真無垢な天使、悪く言えば天然だったんだ。
「私も一応山百合のみんなにも上げるけどね」
そう言うと祐巳ちゃんの顔が小悪魔みたいな笑顔で
「にもってつまり他に本命がいるということですね」
「あっ」
しまった、口が滑った。祐巳ちゃんは誘導尋問です。とか言って自慢げに笑っている。それから私はもう喋らないようにした。
「令様……令様…」
いきなり私が黙ったから祐巳ちゃんが不安になったのだろうか。しつこく話し掛けてくる。
「すみません」
あやまらないで欲しい、そんな悲しい顔をしないで欲しい私が悪いのだから。
「すみません。……だから私を嫌いにならないで下さい」
「……嫌いになるわけ無いじゃない」
「えっ?」
「私は祐巳ちゃんのことが……」
ああ、私は筋金入りのアホなのか。すると、ビスケット扉が開いて祥子と志摩子がはいってきた。た……助かった。危うくとんでもない事を口走る所だった
それから4人でお茶を飲みながら、みんなが来るまで待った。祥子達が来て3分もしないうちに全員がそろって、仕事をした。その間祐巳ちゃんが何故か私のほうを見ていたのを視界のはしでちらちら見えていた。
「ふぅ、あら、もうこんな時間」
祥子が時計を見ながら言った。確かにもう下校時間だ。そうと決まれば、なるべく早くここから出よう。これ以上ここにはいたくは無かった。
「今日はこれで失礼します」
そう言って私はみんなより一足早く私は帰る事にした。
ちょうど階段を降りた所で後ろから声をかけられた。
「令様!、ちょっと待ってくれませんか?」
この声だけで胸の鼓動が早くなるのは多分あなたには分からないだろうね。
「なに祐巳ちゃん?」
振り返って祐巳ちゃんを見上げてみると、急いで追いかけてきたのか息が乱れながら階段を急いで降りてきた。
「危ないよ。そんなに早く降りてきたら」
「大じょう……キャ!」
祐巳ちゃんは階段から足を滑らせた。危ない何とかして受け止めないと!
まっすぐ祐巳ちゃんは私のほうへ落ちてきた。よしっ!何とか受け止めれたぞ。
しかし、祐巳ちゃんはよほど勢い良く降りてきたのか支えきれずに祐巳ちゃんに押し倒される形になった。
「っい……」
変な声を出しちゃったな、声にならない声とはこのことだろう。
「令様!大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫、祐巳ちゃんの体重が軽くて助かったよ」
と背中の痛みとは裏腹の精一杯の笑顔を作る。
「でも、ずっと上に乗られるのはきついかも…」
そう言うと祐巳ちゃんはすみませんでした!と急いで私の上からどいてくれた。
「す…すみません」
顔が真っ赤になってる。やっぱり恥ずかしいのかな。
「それよりどうしたの?何か用があってきたんでしょ?」
「あの、よろしかったら一緒に帰ってよろしいですか?と」
「いいよ。じゃあバス停まで一緒に行こう」
祐巳ちゃんの顔は満面の笑みだった。ズキッ!背中が痛い、変な所に当たったみたいだ、祐巳ちゃんにはさとられないようにしよう。
私と祐巳ちゃんはバス停まで一緒に会話をしながら、歩いた。
「あの今日はいろいろとありがとうございました」
「気にしなくていいよ」
そしてごきげんようと言って別れた。
家に帰っても背中の痛みは消えず立っているのもだるい状態だったので、ベッドの中に入って今日は早く寝る事にした。
翌朝、私は目を覚ますと同時に激しい痛みが襲ってきた。今日は…今日だけは私の思いを伝える日なんだ。だから意地でも学校に行く事にした。昨日は背中が痛くて1個しか作れなかったけどこれだけでも持っていこう。
学校についてマリア様にお祈りをしていると後ろから声をかけられた
「ごきげんよう、令様昨日はすみませんでした」
「ああ、ごきげんよう。でも大丈夫だから気にしないで」
背中の痛みで額から汗が出ている。でも、これぐらいならバレないはずだ。
「でも、顔色がすぐれませんよ?額から汗も出てますし」
「えっ?」
なんで分かるんだろう。朝学校に行く時も両親になにも注意されなかったのに
「保健室で休んだほうがよくないですか?」
確かにそうだ。だけどこの子は…祐巳ちゃんは……自分の所為で私が怪我をしたと知ったらとて
も悲しむだろう。私は祐巳ちゃんの笑顔を見ていたい。だから……
「実は……」
だから私は…初めて……初めて………あなたに嘘をつこう。
「朝の軽いトレーニングで家から学校まで走ってきたんだよ」
「そうですか。…でも、それでも顔が真っ青にはならないんじゃ……」
ごめんね祐巳ちゃん。
「大丈夫だって言ってるでしょ!早く教室に行って!」
こんなに声を荒げるのは多分リリアン入学してから初めてかもしれない。周りの生徒が驚きの視線で私を見ている。祐巳ちゃんに嫌われるだろう。だけど…だから…お願い早く教室に行って!
「全然大丈夫そうじゃないですか!」
えっ?
「なんでそんなに顔が青いんですか?なんでそんなに汗をかいてるんですか?」
ああ、どうしてだろう……
「さっきだって背中をかばってるみたいだったし…それに」
どうして、あなたはこう言う時だけ……
「それに、私令様の事がす……って令様!」
どうして、あなたはこう言う時だけ……人の痛みに敏感なんだろう。
祐巳ちゃんが倒れているように見える、でも、本当はきっと倒れているのは私だろう。周りから悲鳴が聞こえる。由乃が言うヘタ令にしては頑張ったほうだと思う。
「祐巳ちゃん、泣かないで…」
そう言って私の意識はそこで途切れた。
「…れ…ま………れい…さ……」
誰の声だろう。左手に少し湿った感じがあるけど、なんだかとても温かい。
「……令…ま……令様…令様……お願い……グスッ…目を覚まして…ください」
ああ、この声を聞くだけで…胸の鼓動が早くなる………この声を間違えるはずがない。この声は……
「……祐巳ちゃん…」
「令様!目を覚ましたんですか?」
祐巳ちゃんが目に大粒の涙を浮かべている。そしてここは…薬の匂いがする保健室みたいだ。
「あれ?私どうして……」
「周りに…いた人たちに……頼んで一緒にここまで運んで……グスッ…きたんです」
そう言って祐巳ちゃんは私に鞄を差し出した。
私は鞄を受け取って
「あの……ごめんね」
「いえ…それよりなんで黙ってたんですか!」
「えっ?だって祐巳ちゃんが悲しむと思「そんなの令様がいなくなっちゃうよりマシです!」」
「保健の先生は背中に少し重い打撲をしただけだって言ってたけど……放っておいたら、大変な事になるんですよ!」
「………」
「もう……私に隠し事は止めてください」
そう言って祐巳ちゃんは私の左手を強く握った。夢の中のあの温かい手は祐巳ちゃんの手だったんだ。
「うん。わかったよ、ごめんね」
「わかったのならご褒美です」
祐巳ちゃんの顔からもう涙は消えていた。ご褒美ってなんだろう?祐巳ちゃんは鞄の中から黒い包みを取り出した。
「これは?」
「今日は何の日ですか?」
ああ、そう言うことか確か山百合みんなに配るとか言ってたような…。まあ、私は祐巳ちゃんにとってはその他大勢って所だろう。
けど、もらえる事はうれしい。
「チョコレート?」
「はい、本命のチョコレートです」
一瞬祐巳ちゃんが何を言っているのか分からなかった。
ホンメイ……ホン・メイリンと言う中国人名を省略したものだろうか?
いや、そんなはずは無い!この日この状況このタイミングどう考えても本命と言う意味しか聞き取れない。
「私が本命?」
「はい」
「祥子とかじゃなくて?」
「もちろんです」
「山百合みんなが本命って言ってたよね」
「令様は特別注の特別です。さっき倒れた時も言いかけてましたけど」
「なに?」
「す…好きです」
夢だったら覚めないで欲しい。けどこの背中の少しマシになった痛みは間違いなく現実だった。
そう言えば確か私の鞄の中にも……
「はい、これ」
「えっ?私にですか?」
「時間が無かったから一つしか作れなかったけど。ただ確かなことはそれが本命ってこと」
「ええっ!でも…なんで」
「好きだからかな。友達としてのじゃなくてね」
「由乃さんじゃなくて?」
「もちろん」
「えっ?けど……あの…でも!」
相も変わらず百面相をしている。
「さっき隠し事をしないで下さいって言ったのは誰かな?」
「それは……そう…ですけど」
「だから、私はあなたのことを好きです。いや、愛しています」
祐巳ちゃんの顔は真っ赤になっていく、
「その……うれしいです」
「私もだよ」
自分でもここまではっきり言えるようになるなんて思っていなかった。いよいよヘタ令ともさらば、かな?そう思って横を見ていると
「令様こっち向いてください」
「えっ?なに?……んっ!?」
あれ、今なにされたんだ?もしかしてあれが噂に聞く…
「…キス?」
そう思った瞬間体中の血液が顔に集まっていくのが分かった。
「少し早いけどホワイトデーのプレゼントです」
「ゆ……祐巳ちゃ〜ん……」
情けない声が出てしまった。
「3月14日のホワイトデー楽しみにしてますよ」
少しホワイトデーが待ち遠しくなった。やっぱりそれは祐巳ちゃんが今隣にいてくれたおかげだと思う。作ったチョコレートはたった一つ。だけど私にとっては最高のバレンタインデーになった。
けど、やっぱり、さっきのは訂正です。私はまだしばらくはヘタ令のままだと思います。
「祐巳ちゃ〜〜ん…」
===了===