【890】 秘密の物語が始まる  (ケテル・ウィスパー 2005-11-20 09:19:08)


【No:753】→【No:778】→【No:825】→【No:836】→【No:868】の続きです。

 由乃に一緒に戦うのを断られた翌日、祐巳はリリアンの高い外塀を見ていた。 由乃を家まで見送るついでに母が持たせてくれた山梨のみやげ物などを渡して、その後リリアンまで来たのである。

 あのあと2時間ほどして祐巳の部屋に帰ってきた由乃、二人とも他愛の無い話題を話したり宿題をしたりして、志摩子のことも、これから起こる戦いのことも一切話さなかった。

 正門からは離れた場所、バスの通る表の通りから見えない場所で、祐巳は壁に手を付いて辺りを見回す。
 祐巳は、まだ志摩子はリリアンの校内にいると考えている。 確証は無論無い ”封印を解かれて鋭くなった感”っとしか言いようは無い。 今日ここへ来たのはすぐに乗り込むためではない。 志摩子が学校外へ出ないように結界を張るため。 もちろんもう外にいるのならまったくの無駄骨になってしまう。 が、祐巳は自分の感を信じることにした。

 持って来ていた小剣を構える。 胸の前で水平にささげ持つ、暫く目を閉じてそのまま瞑目していた。 頃合いが来たと思った時に切っ先を壁に向けるとそのまま押し出す、力などまるで入れていないのに ”スウゥ〜ッ”と何の抵抗も無く壁の中に刺さっていく小剣。 やり方を教えてもらったわけではない、体がそう動くのである。 そして呪文もまた同じ、口をついてその言葉は紡がれる。


『ヤタノ カカミ
        カタカムナ カミ』


 リリアンの上空に、金色の光の粒子が集まり渦を描くように動き出す、それはやがて円になり、円の中に十字が現れる、円と十字の接する所と、その接点と接点のちょうど半分の所に小さな円が描かれる。
 大きな円と十字そして八個の小さな円。 ”ヤタノカカミ図象”と言う。


『ヒフミヨイ  マワリテメクル  ムナヤコト
          アウノスヘシレ  カタチサキ
 ソラニモロケセ  ユヱヌオヲ
           ハエツヰネホン カタカムナ』

    
 祐巳の口から呪文が紡がれると、先に描かれた ”ヤタノカカミ図象”を中心に一言一言が円と十字、半円と直線、十字と小さな丸、などが組み合わさった、文字のようなものが時計回りに渦を描くように浮かび出てくる。

 やがて呪文が完成すると祐巳は壁に刺していた小剣を抜き放つ、図象は溶けて花びらのようになり、リリアン女学園全体に降り注ぐ。

 霞のような花びらのような光がリリアンを覆ったのを見つめていた祐巳は、一つ小さくうなずいてダッフルコートの中に小剣をしまいこむみ、ゆっくりとバス停の方角に歩き出した。


 祐巳が向かったバス停の方角からちょうど反対の壁の影から一部始終を見ていた人物がいる。 祐巳が呪文を唱えて上空に奇妙な図象を現出させたのも、その図象が光る花びらのようになりリリアンに降り注ぐ幻想的な光景も見ていた。 ゆっくりとバス停に向かっていく祐巳の背中を見送って、壁に背を預けて苛立たしげに髪をかき上げた後、少し間をおいて首を弱々しく横に振る。

「……だめだって………わたしは…祐巳さんが‥思っている…ほど……強く…ないよ……」

 コートのポケットの中でギュッと拳を握り締めて、由乃はいつまでも足元を見つめ続けていた。



学校が再開されたのは、それから一週間後のことだった。


 * * * * * * * * * * * * * *  


「カット〜。 OKです〜」
「よかった〜〜〜、咬まずに言えて〜」
「祐巳さま、お疲れ様です。 紅茶でよろしいですか?」
「ありがと〜〜瞳子ちゃん」
「由乃さまの分もございますわ、どうぞ」
「ありがとう。 あれ? この辺に菜々がいなかったっけ?」
「はあ、志摩子さまの特殊メークを見学しに行きましたわ」
「はぁ〜…ほんとにも〜ちょこまかと……」
「それよりご覧になりましたか? 志摩子さまのメーク……すっごいですわよ」
「まだ見ていないけれど?」
「私も見ていないけれど、だいたい想像はつくわ」
「半年前に亡くなっている設定ですわよね、生き胆を食べて体が腐るのを先延ばしするにも限界があるとかで、手足の先などから腐っていって…」
「こんな感じになってしまっているんですって」
「「うあぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜」」
「あら? どうしたのかしら?」
「な、なな、ななな、なんなのよ〜〜〜?! その胸のところのは〜〜?!」
「ふふふ、ネタばらしは、このあたりまででいいのではないかしら?」
「え? ………ま、まあ……そうね…あんまりバラすとね……」
「それぇ〜〜グロ過ぎだよぉ〜〜志摩子さ〜ん」
「そうかしら? 前もって知っていた方がいいのではないかしら? 乃梨子は怪しい目つきをして鼻を押さえていたけれど?」
「あの娘はも〜〜…、将来心配になってきたわ」
「平気よ、あとで私が修正しておくから」
「さらっとなんか言ったわね……まあいいか、乃梨子ちゃんだし」


「菜々ちゃん、ちょっとそこの台本取って……」
「これですか? ”リリカル乃梨子”?」
「違うわよ! みんなが忘れかけてくれている私の魔法少女物じゃあなくて、この話の台本! ……そう言えば…この話ってなんていうシリーズなんだろう?」
「さぁ? 聞いたことも無いんですけれど……はい、これですね。 なにするんですか?」
「確かどこかで…ワイヤーを使ってたはず‥‥なんだけど…二、三ヶ所‥切れ目でも入れといてやろうかと……」
「それって、志摩子さまも危険な目にあうのでわ?」
「うぐぅっ」

         〜〜〜〜〜〜〜 つづく ・・・・・・・


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