【902】 黒く染まる思い出  (朝生行幸 2005-11-23 10:49:12)


「暑いなぁ…」
 夏真っ盛りの薔薇の館で、ぼそりと呟いたのは、黄薔薇さまこと支倉令。
 当然、クーラーなんて気の利いたモノがあるワケでなく、窓を全開にして自然の風を取り入れるか、団扇や下敷きをパタパタさせる以外に、涼しくなる手段は無いと言ってよい。
「こんな日は、流石に熱いお茶なんて飲む気になれませんよね」
 スカートをたくし上げてバサバサと、リリアンの乙女らしからぬ行動をしているのは、白薔薇のつぼみ二条乃梨子。
「はしたなくってよ、乃梨子ちゃん」
「スミマセン。ですが、この熱さはどーにも…」
 乃梨子を軽く嗜めたのは、紅薔薇さまこと小笠原祥子。
「確かにそうなのだけれど…」
 そう言う祥子も、胸元を広げて団扇でパタパタやっているのだから、人に言えた義理ではなかったりするのだが。
 この夏最高気温とまで言われた本日の昼日中、煽られたのかセミがジージーショワショワやたらとうるさい。
「ただいま戻りましたー」
 階下から聞こえる声に、一斉に反応する。
 ギシギシと音を立てて階段を上る複数の足音。
 姿を現したのは、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳、黄薔薇のつぼみ島津由乃、白薔薇さまこと藤堂志摩子の三人だった。
「アイス買って来ましたー」
『おお〜う』
 テーブルの上に置いた袋に注目する一同。
 ドライアイスに触れないように、早速中身を取り出せば、一つとして同じ物がないスティックタイプが合計6つ。
「私はコレ」
 由乃が一番に取ったのは、オレンジ色が禍々しい『デカント』。
「私はこれを」
 志摩子が手にしたのは、三色に分かれた『王将アイス』。
「私はコレー」
 祐巳が取ったのは、持つ部分がガムで出来ている『ガムンボー』。
「では、私はこれを」
 乃梨子が手にしたのは、袋に変な漫画が載っている『コーラセマン』。
「私はこれをいただくわ」
 祥子が取ったのは、バニラをクランチで包んだ『チョコバリ』。
「じゃぁ、残りは私が…」
 最後に残ったアイスを手にした令。
 どれが残るか多少不安ではあったものの、自分が一番食べたいのが残ったので、ホッと一安心。
 令が食べたかった最後の一品。
 それは、『クロキュラ』だった。
『いただきまーす』
 ようやくこの暑さから解放される。
 そんな想いでいっぱいなのか、笑みを浮かべながらアイス食らう一同。
 歯を舌を喉を刺激する冷たさが、非常に心地良い。
「懐かしい味だねぇ。ねぇ由乃さん、一口交換しようよ」
「良いわよ。志摩子さん、ピンクのところちょっと頂戴?」
「構わないわ。乃梨子、それはどんな味かしら?」
 互いにアイスを食べあう下級生たちは、まるで小学生のように微笑ましい。
 子供を見守る親のような優しい目で見る、祥子と令だった。
「令ちゃんのも、一口頂戴?」
「それは構わないけど…、いいの?」
「何が?」
「これってねぇ…」
 なにやらもったいぶる令に、胡散臭げな視線を送る由乃。
「こうなるのよ!」
 口を開けた令。
 その舌は、クロキュラの名に恥じないぐらい真っ黒に染まっていた。
『!?』
 あまりの黒さに驚いたのか、祐巳が半泣きになった。
 その結果、何も悪くは無いはずなのに、皆に迫られヘイコラ謝るハメになった黄薔薇さまだった。

 その後、残ったドライアイスを用いて、水をボコボコ噴出させたりスモークごっこをしたのは言うまでもない。


一つ戻る   一つ進む