【908】 帰りたい  (まつのめ 2005-11-24 15:21:57)


【No:906】の続き。



 その4


 祐巳はお祭りとかの出店のひよこやさんの前にいた。
 いろんな色のひよこが狭いところに満員電車みたいにぎしぎしに詰められてぴーぴー鳴いていた。
「こういひよこってすぐ死んじゃうんだよね」
 誰かの声が聞こえた。
 祐巳は色を着けられたひよこは痛々しいと思った。
「おねえちゃん、買っていかない?」
 店番をしているのは何故かリリアンの制服を着た聖さま。本当は『元』が付くはずなのに、祐巳は白薔薇さまだと思った。
 祐巳は手をのばし着色されていないと思うひよこを一匹両手で持ち上げた。
 そのひよこの色ははなぜか白かった。
 祐巳はそのひよこを買った。
 白いひよこを抱えながら祐巳は、このひよこはニワトリになれないんだと思った。
 店番をしていた白薔薇さま、制服を着た聖さまが「ありがとう」と言うのを聞いた。



 こつこつと何かを叩く音が聞こえる。
 目を開けると窓の外に見たことのある顔が見えた。
「えーっと、黄薔薇さま……じゃなくて江利子さま?」
 ああ、そうだった。
 祐巳は車の中で一泊したことを思い出し、あわてて江利子さまが催促をするように叩いている窓を開けた。
 朝の冷たい空気が車内に侵入してきて寒さに首をすくめた。
「素敵なベッドに寝てるのね」
 江利子さまの言葉にはっとなった。
 そういえば、祐巳は聖さまを下敷きにしていたのだけど……。
「ん……」
 聖さまと祐巳はいつの間にか横向きになっていて狭い座席に左肩を下にして並んで横になっていた。
 やはり寝苦しくて寝返りを打ったのだろう。
 それでも狭いところに無理やり二人で横になって寝ていたわけで、祐巳は首やら腰やらが痛くなっていた。
「聖さまっ!」
 祐巳は聖さまを起そうとして声をあげた。
「祐巳ちゃん寒いよー」
「ぎゃう」
 何が起こったのか言わずもがな。
「あれー、江利子だー。なんだ夢か」
 眠そうな目で窓の外を見た聖さまは、じたばたしている祐巳を抱きしめたままそんなことを言った。


「うふふ、私が一番だったようね」
 江利子さまは聖さまの車の助手席で満足げに微笑んでいた。
 当然祐巳は後部座席だ。
「こんな面白いことはじめたのになんで教えてくれないのよ」
 なんでも蓉子さまを中心に捜索体制がしかれているとか。
 江利子さまも関わっているってことは元薔薇さまが全員出張っていることになる。もっともその一人は犯人役なんだけど。
「別に江利子のためにはじめた訳じゃないし」
 捜索本部は聖さまの意図がわからないが、祐巳と一緒ということを鑑みて、大きな問題になるような行動は起さないだろうという判断から、祐巳の家族には心配しないように事実の一部を伝え、一晩様子を見るという結論を出したそうだ。
 でも江利子さまはじっとしていられず、というか探し出す自信があったらしいんだけど、経路やら出発時間やらから推理してこの街で一泊するだろうと昨日のうちに兄たちを引き連れてここまで来てたそうだ。
 見つけたのは偶然。江利子さまにとっては面白くないことに、一晩捜索しても見つけられなかったから、捜索に付き合った兄たちはもういいだろうと江利子を連れて帰ろうとしたのだ。
 折りしも早朝ホテルを出て高速道路のインターに向かう途中、見覚えのある黄色い軽乗用車が路肩に止まっているのを発見した江利子さまは兄に車を停めさせ、期待に胸を膨らませて軽乗用車に駈けより中を覗いたら案の定、祐巳と聖さまが寝ていたというわけ。
 聖さまと帰るからと江利子さまは兄たちを先に帰らせたそうだ。
「……ほんとうに書置きしか残さなかったんですね」
「そういったじゃない」
 江利子さまの出現は聖さまにとってもイレギュラーであったようだった。


「電話するわよ。いいわね」
 江利子さまが捜索本部に連絡を入れれば今回の逃走劇は終焉を迎える。
「ええ」
 聖さまはこれ以上何処かへ行こうという気はなさそうだった。
 しかし、そのとき江利子さまがただ祐巳たちを見つけたくらいでおとなしく引き下がるわけが無いということを失念していたのは車の窮屈なシートで一泊して疲れていたからだとしか言いようがない。
「あー、蓉子、私、江利子よ。いま聖と祐巳ちゃんと一緒に居るんだけど」
『え? どういうこと? 見つかったの? ちょっと電話が遠いみたいだけど……』
「そういうわけだから、祐巳ちゃんを返して欲しかったら私たちを見つけてごらんなさい」
『ちょっと! なにがそういうわけなのよ! 返してほしかったらってなに!?』
「んじゃ、あ、そうそう、人質の声を聞かさないとね、祐巳ちゃんちょっとかわって」
『人質って江利子ぉ! 何考えてるのよーっ!』
 いきなり電話を代われって、受話器から聞こえてきたのは蓉子さまの叫び声だった。
「え? 蓉子さま!?」
『祐巳ちゃんっ! 祐巳ちゃんなのね? まって祥子と代わるから』
「お、お姉さまっ!」
 ここで、とっさにお姉さまとかわる蓉子さまの判断力はすごいと思った。
 受話器から離れて蓉子さまがお姉さまを呼ぶ声が聞こえた。
 そして。
『祐巳? 祐巳なの?』
「はい、お姉さま」
 普段なら放課後別れて翌日の朝会ったくらいの間隔なんだけど、何故か懐かしいと感じるお姉さまの声。
『無事なのね』
「はい、病気もしてません。元気です」
 お姉さまを安心させたかったけどあまり言葉が浮かばなくて変な受け答えになってしまった。
『良かった』
「はい、そこまでね」
「あっ」
 お姉さまの声をもっと聞きたいと思っていたのに、江利子さまに電話を取り上げられてしまった。
「聖、なにか言うことある?」
「貸して」
 江利子さまは聖さまに電話を渡した。
「蓉子に伝えといて。私はもういいんだけど江利子なんかスイッチが入っちゃったみたいだからって」
『聖さま。ほかに言うべきことがおありでしょう?』
「えーなんだろう、祐巳ちゃんにはちゃんと同意をもらったし」
『……私はあなたを必ず追い詰めます』
「おー怖い」
 向こうの声も電話から聞こえてきていた。
 そんな挑発すること無いのに。
『ちょっと、今何処に』
 蓉子さまの声が聞こえたところで江利子さまが電話を取り上げて切ってしまった。
「さて、じゃあ行きましょうか!」
 なんだか目を輝かしてる江利子さまに聖さまは苦笑い。
 祐巳は『もう、どにでもして』って気分だった。




(続く【No:911】)


一つ戻る   一つ進む