「とりあえず、私を妹にしてくれます?」
「……なんでそうなるのよ」
最近、時空が可笑しい、いやおかしい乃梨子の周辺。
このあいだも、平行世界からガチな乃梨子&志摩子さんが現れて騒ぎを起したことが記憶に新しい。
「だって、一番話が判りそうだし」
「わかんないわよっ! 何処がどう分岐したら私が中学からリリアンに入るっていうの?」
そうなのだ。
こんどは中等部からリリアンに通ってた私が現れたのだ。
「……だって菫子さんが」
そういって俯く私。
なにやら暗い過去がありそう。
ちなみに今回はタイムスリップも入ってって、学年が一つ下だった。
「だいだい、こっちじゃあなた学籍もないでしょ?」
そういう問題じゃないんだけど、とりあえず突っ込めるところには突っ込むのがここでのたしなみだ。
「あ、それならこっちの菫子さんがリリアン同窓会のコネを駆使して……」
そう言いながら真新しい学生証を開いて見せてくれた。
「それって、今年度の学生証じゃない! いったい……」
菫子さんて何者?
つまり、この子は堂々と学校に通えるのか。
「って、同姓同名じゃないの」
「良くある名前だし別に良いんじゃない」
「顔もそっくりで?」
「お姉さまぁ」
「やめんか」
「あら、ごきげんよう、乃梨子……」
「あ、志摩子さん」
「……また二人なのね」
「はぁ」
良くあることと認識されているのが良いことなのか悪いことなのか。
卒倒されたり、一々何が起こったか説明しなくていいだけマシといえるが、乃梨子としては『変な人』と認識されているようであまり嬉しくなかった。
というわけで何故か薔薇の館に寛ぐ白薔薇姉妹プラスワン。
「じゃあ、あなたは乃梨子の妹になりたいのね」
「はい!」
志摩子さんの問いかけになんか目を輝かせて返事をする乃梨子。
紛らわしいな、じゃあ小乃梨子でいいや。
あ、でもあの目、知ってる。
あれは祐巳さまが祥子さまを見る時の目だ。
「ちょっと」
乃梨子は小乃梨子だけにに聞こえるくらいの小声で言った。
「なによ」
「いいからこっち来て」
そして、志摩子さんにはちょっとこの子と話がありますといって流しの方まで彼女を連れて行った。
「どういうことよ?」
「どういうって?」
「あなた志摩子さんを知ってるの?」
「あたりまえじゃない。白薔薇さまなのよ。それよりどうして白薔薇さまのこと『志摩子さん』なんて呼び方するの? 信じられない」
「え?」
「そりゃ、さいしょ私が白薔薇のつぼみなんてラッキーなんて思ったわよ。でもなに、いくら高等部受験組みだからってなに? ちょっとなれなれしすぎじゃないの」
「あ、あのね、あなたは知らないでしょうけど、志摩子さんとはいろいろあったの」
「また言った。考えてみればラッキーなんかじゃなかったわ。不幸よ。あなたみたいなのが白薔薇さまの妹だなんて」
「あなたみたいのって……」
突込みを入れようとして気が付いた。
ちょっと早口なこのしゃべりかた。多分この子、けっこう煮詰まってる。
最初はなんか結構冷静でさすが私、なんて思ってたけど実はいろいろ鬱積してたようだ。
「だってさ、気が付いたら志摩子さまと学年が二つ違ってて、しかも外部受験の子がちゃっかりつぼみになっちゃってるし。あー、もうもとの世界に戻りたいわ!」
つまり話をまとめると、中学受験でリリアンに入った私は白薔薇さまのファンになってたってことだ。
「……いいたいことはそれだけ?」
「まだあるわよ」
「なによ。良いわよ聞いてあげるから」
相手が心乱してると、自分は冷静になるようだ。
最初あったときはこっちが取り乱してたから今度はこちらが聞く番ってことで。
「なによ偉そうに」
「言いたいことあるんじゃないの?」
「だって……」
あれ、俯いちゃった。
「どうしたの?」
肩に手をかけて優しく声をかけてみる。
「……どうやったら元に戻れるかさっぱり判らないし」
あ、やっぱりそこか。
でも前の時はいつのまにか居なくなってたけどな。
「憧れの志摩子さまには既に妹がいるし」
心細かったのかな。
そうだよね。 たった一人で似てるけど知らない世界に放り出されたわけだから。
「だから、事情を判ってくれる人の妹になって……」
こちらの世界では私しか頼れなかったのか。
時間がずれてるし設定もだいぶ違っちゃってるから迂闊に家族や知り合いに会えないし。
「……志摩子さまの孫になって可愛がってもらえたらって」
「あのさ、気持ちはわかるけどさ……」
乃梨子がそう言うと小乃梨子は顔を上げて言った。
「そして、あわよくばこっちの私と入れ替わって志摩子さまの妹に!」
「……こら」
「というわけで、ぜひとも妹にしてください」
流石、私。
したたかというか、転んでもただでは跳ね起きないというか。
一瞬でも同情した私が馬鹿みたい。
「だれがあんたなんか。だいたいあなたこっちの世界の人じゃないんだからすぐ居なくなるでしょ」
「ええっ、酷い」
「なによ」
「私の存在自体を否定する発言だわ」
「というか事実じゃない」
「ひどーい!」
なんかはっちゃけ過ぎよこの子。
私って、中学からリリアンに居たらこうなるのかしら。
なんて思ってたら。
「乃梨子、喧嘩しちゃだめよ」
いつのまにか志摩子さんが近くに来てた。
「志摩子さま、乃梨子お姉さまが酷いんです」
「こらっ! 勝手に姉扱いするな!!」
「こわーい」
「あらあら」
「志摩子さんに抱きつくなっ!」
「だめよ乃梨子、乃梨子ちゃんが怖がってるわ」
抱きつく小乃梨子の頭を撫でながら志摩子さん。
「だ、騙されちゃだめよ志摩子さん、その子は……」
「私はいいと思うのだけど」
「え?」
「妹も孫も乃梨子だなんて、私、幸せだわ」
「あのー」
「あ、でも姉妹になるかどうかには干渉するつもりは無いわよ。これは私がそう思ったってだけだから」
って、そんなこといわれたら干渉されたも同然なんですけど。
「そうだわ、乃梨子は嫌みたいだからこっちに居る間あなたの面倒は私がみるっていうのはどうかしら?」
「ほ、ほんとうですか!」
「ちょ、ちょっと待って……」
「そうね。今日から私の家に泊まるといいわ」
「は、反対! それにもう小乃梨子のことは菫子さんも承知してるし」
冗談じゃない。 志摩子さんの家にお泊りなんて私もまだしたことないのに。
「でも、ケンカするじゃない」
「しない、しませんよ。ほら、よく知ってるから遠慮ないだけで」
「そうなの?」
「そうそう」
そういってまだ志摩子さんにしがみついている小乃梨子を引き剥がして。
「ほらこんなに仲がいいんだから」
今度は私が抱きしめて見せた。
「……よかったわ」
志摩子さんはそれを見てやわらかく微笑んだ。
「じゃあ、ロザリオをください」
「なんでよ」
「あら、あげないの?」
ちょっとまって。
なんでなんでそうなる。
「あー、その子、乃梨子ちゃんの妹なんだ」
「ええ。これから儀式なの」
「わー、いいところにきちゃった」
いつのまにか、祐巳さまと由乃さまも来てるし。
「お姉さま?」
「あのね……」
「乃梨子、選びなさい。この子を妹にするか、私がこの子を世話するかを」
思い切り干渉してるし。
といいつつ、志摩子さんが何を考えてるか判ってしまう自分が今は悔しかった。
「……帰れる兆候があったらすぐ返しなさいよ」
たぶん、この子について私と同じことを思ったのだ。
帰れるまではさびしい思いをさせないようにと。
「わーい、これが志摩子さんがつけてたロザリオ」
首に掛かったロザリオを触りながら喜んではしゃぎまわる小乃梨子。
なんか神聖な雰囲気も何もない儀式だった。
が、その直後。
「乃梨子ちゃん!」
がばっ、と志摩子さんに抱きつかれた。
って、志摩子さん?
「あら?」
目の前にも志摩子さん。
結局のところ、小乃梨子と同じ世界から来た志摩子さんだったわけだけど。
「の、乃梨子ちゃん、そのロザリオは?」
「え? これはお姉さまから……」
そう言って小乃梨子は乃梨子の方に視線を向けた。
それを聞いたあっちの志摩子さんはショックのあまり……。
「なんてことなの……」
「ああ、志摩子さん!」
倒れそうになったところを乃梨子が抱きとめた。
「ど、どうしよう?」
あっちの志摩子さんを抱きかかえながらこちらの志摩子さんに聞いてみた。
「……乃梨子ちゃん」
志摩子さんが『ちゃん』付けで呼ぶのは小乃梨子の方だ。
「えっと?」
当の小乃梨子は状況がわかっていない様子。
一応、心配は心配なんだろうけど、戸惑いの方が強いみたい。
志摩子さんでは説明しづらそうなので乃梨子が小乃梨子に説明した。
「あなたが私の妹になったって聞いて志摩子さんがショックを受けたのよ」
「……なんで?」
「なんでって……」
私ってこんなに鈍かったかしら?
「この志摩子さんがあなたに特別な想いをもってたからに決まってるじゃない」
「まさか」
小乃梨子は本っ気で信じられない、という顔をした。
どうやら小乃梨子にとって志摩子さんは憧れの白薔薇さま。高嶺の花だったらしい。
きっと『憧れの人が実は自分を想ってくれていた』っていう少女漫画みたいな展開にはついていけないのだろう。
「で、どうするの?」
「え、えっと、これは返します」
まだ、なんか動揺してるというか混乱してるというか状況にいまいちついてこれない小乃梨子は、ロザリオの十字架を手に取ってそう言った。
「待って」
「え?」
志摩子さんだ。 あっちの志摩子さんの方。
いつまでも抱えているわけには行かないので椅子を持ってきて彼女には座ってもらっていたのだけど。
「姉妹の契りはそんなに軽いものじゃないわ。あなたなら判るでしょ?」
そして、椅子から立ち上がって小乃梨子に近づき、ロザリオを外そうとしてたその手を取った。
「で、でも……」
なにやらおかしな方向に話が行きそうなので乃梨子が口をはさんだ。
「あの、それはこの子が独りだと思ったから私が……」
でも、それを遮って向こうの志摩子さんは言った。
「私はこちらの世界の人間ではないわ。ましては薔薇さまでもないし」
「それとこれとどんな関係が……」
「乃梨子ちゃんがこちらで頼れる人を見つけたのならその方がいい。私はここでは何も出来ないもの」
そう言って、あっちの志摩子さんは目を伏せた。
ああ。 と乃梨子は思った。
そうなのだ。
志摩子さんはこういう人だった。
小乃梨子のことを思って身を引いてしまおうとする志摩子さんにどんな言葉をかけたらいいのだろう。
「……そんなことは無いわ」
「え?」
こんどはこちらの志摩子さんが言った。
「……あなたは乃梨子ちゃんが居なくなって必死で探していたのでしょう?」
そういえばいきなり抱きつかれたっけ。
小乃梨子がこっちに来たから当然向こうでは居なくなってたわけだ。
愛されてるなー。 ちょっとうらやましい。
志摩子さんは乃梨子が居なくなったら必死で探してくれるだろうか?
「こちらの世界まで来てしまうくらい必死になって」
そういわれて改めて小乃梨子の方を見るあっちの志摩子さん。
小乃梨子の方はずっと(あっちの)志摩子さんを見つめたままだった。
「志摩子さま……」
「乃梨子ちゃん……」
ぱちぱちぱち。
いつのまにかギャラリーと化していた『その他』の山百合会メンバー達から拍手が巻き起こった。
よかったね。
思いが伝わったね。
「おめでとう」と祝福するみんなに囲まれて二人は泣きながら幸せそうに笑っていた。
「よかったわね」
志摩子さん(当然こっちの)が乃梨子に声をかけた。
「うん」
そして、小乃梨子は乃梨子にロザリオを返し、改めて向こうの志摩子さんからロザリオを受け取り、この件は一応の終結を見せたのだった。
結局、今回の事件は、違った形での乃梨子と志摩子さんの邂逅を見てしまったようなものだったが、なにやら初々しい自分達の姿を見るにつけ、前よりも志摩子さんと仲良くなれたような気がした乃梨子であった。
ところでその後、あの二人はどうなったのかというと……。
「乃梨子さん、乃梨子さん」
「あ、志摩子さん……」
実はまだ居て、むこうの志摩子さんが乃梨子と同じクラスだったりします。