【911】 パッションフルーツと呼ばないで  (まつのめ 2005-11-25 13:49:09)


【No:908】の続き。



 その5(顛末)


 結局、あのあと、江利子さまを加えて一日ドライブを楽しんだ(楽しんだのは殆ど江利子さまだった気がするけど)後、泊まろうとしたホテルで祐巳はお姉さまと再会した。
 もちろん、蓉子さまも一緒だった。
 あのときのお姉さまは格好よかった。
 お姉さまはホテルのロビーに入ったところで仁王立ちして、聖さまを見るなりニヤリと笑い「小笠原の力を見くびらないことね」と決め台詞。
 まるで映画の1シーンを見ているようだった。

 そのあとは蓉子さまと祥子さま、それに運転手の松井さんであの黒塗りの高級車に乗って家まで送ってもらったのだ。
 江利子さまと残された聖さまがあれからどうしたのかは知らない。
 なんか「こうなったら流氷見に行くわよ!」とか江利子さまが張り切ってたけど。
 というか、この時期、流氷は見られないんだけど。


 そんなこんなで翌週の月曜日。
「聞いたわよ。大変だったんだって?」
 由乃さんがどこからか話を聞いたらしくそう話し掛けてきた。
「え、うん、まあ」
「聖さまなにを考えてるのかしら。やっぱり白薔薇って謎だわ」
 結局、聖さまの失恋の傷心旅行につき合わされちゃったのだ。
 でも祐巳が居たことで聖さまも元気になられたみたいだし、べつに怒りが湧いてくるということも無かった。
 むしろ、いままでいっぱい助けてもらった何分の一かでも恩返しが出来たのならと、嬉しくさえ思えるのだ。
 でも、そんなことを口にしたらお姉さまに呆れられてしまった。
 お姉さまや家族に心配をかけてしまったのは確かにマイナスだけど、祐巳的にはプラスマイナスゼロだと思っていたのに。
 そんな祐巳に由乃さんは言ってくれた。
「でもさ、寝ている間に連れ去られるなんて、祐巳さんもちょっとボケすぎよ?」
「ええっ!? な、何で知ってるの?」
 由乃さんはそんな祐巳をみてやれやれ、という顔をした。
「……対策会議は山百合会メンバー全員居たのよ」
「ぜ、全員!?」
 なんてこと。祐巳はお姉さまと元薔薇さま達だけだと思っていたのに。
「なに驚いてるのよ。あたりまえでしょ? 瞳子ちゃんと可南子ちゃんも居たんだから」
「げっ……」
 「祐巳さまはおめでたすぎます」という瞳子ちゃんの言葉が祐巳の脳裏にリアルに浮かんできた。
 しばらく山百合会での立場が悪いことを覚悟する祐巳であった。


 放課後になって薔薇の館に向かう途中。
「やっぱり普通っていいな」
 先日の『突発的な事件』を思い出すにつけ、祐巳の口からそんな言葉が漏れた。
「なにが『いいな』なのよ」
 隣を歩いていた由乃さんが訝しげにそう言った。
「だって……」
 今日はよく晴れていて、中庭にも陽の光があふれてるし。
 ほら、のんびりと歩いていく猫のゴロンタとか。
 由乃さんはそんなゴロンタを見て目を瞬かせた。
「あれ? ランチいたんだ」
「え? 居たんだ、って?」
「あら、祐巳さん知らなかったの、ランチが居なくなったって噂」
「噂?」
「保健所に連れ去られたとか事故に遭ったとかいろいろあったのよ。志摩子さんが心配しちゃって大変だったんだから」
 そういえばこのところ志摩子さんの元気が無かったような。
 祐巳に覚えが無いってことはその話題が話されたとき丁度いなかったのだろう。
「そうだったんだ……」
 ゴロンタはそんな噂は何処吹く風といった風情で陽に包まれたぽかぽかの中庭を横切っていった。
 そして、その向うにはゴロンタを見て立ちすくむ聖さまが……
「って、聖さま!?」
「あ、あなた、戻ってきたのね……」
「え?」
 脈絡を感じられない聖さまの言葉に何のことですか、と聞きそうになって、聖さまの視線が祐巳に向いていないことに気付いた。
 というか、ゴロンタを見て話してる?
 ゴロンタは『にぁ〜』と聖さまに答えるように鳴くと聖さまの方へ近づいていった。

「……そうだったの」
「あ、あの?」
「よかった。あなたが居なくなったって聞いどうしようかって思ったわ」
 なんか祐巳が近くに行っても無視して猫と会話する聖さま。
「せ、聖さま……」
「あら祐巳ちゃん」
 聖さまがおかしくなっちゃった!? っと泣きそうになってた祐巳になにやら気楽に声をかける聖さま。
「な、なにかあったんですか?」
「いえね、この子ったら、お歳暮で貰いすぎた鰹節とか煮干をしばらくあげていたらそれに執着しちゃって」
 そう言いながら聖さまはゴロンタを抱き上げた。
「はあ?」
「私の顔みるたびにおねだりするようになっちゃったからあげるのをやめたのよ」
 ここで祐巳は「あれ?」と思った。
 なにか、聞いた話に合致するような気がするんだけど……。
「そうしたら、なんか大学部の方まで来るようになっちゃって、危ないから追い払ったの。 そうしたら彼女なんか拗ねちゃって、高等部まで様子を見にきても姿を見せてくれなくなっちゃったんだよね」

 『結果、それが彼女を傷つけることとなり、その関係は終わった』

「それって」
 聖さまは抱きかかえたゴロンタに向かって言った。
「でも鰹節と煮干はもうあげられないのよ。あなたは私に依存しちゃだめなの」
 にゃっ!
「いたっ!」
 ゴロンタはひと鳴きすると聖さまの腕に爪を立て捕縛を逃れ、走り去ってしまった。
「あっ! 大丈夫ですか?」
 走り去るゴロンタを見送った後、聖さまは振り返って言った。
「やっぱり、失恋だよねぇ」
 聖さまはちょっとだけ寂しそうな顔をした後、微笑んで見せた。
「あ、あのもしかして、あの時言ってた彼女って……」
「ん?」
 あの時って? と、首をかしげたあと、聖さまは「ああ、そうか」と大げさに手を打つジェスチャーをした。
「言わなかったっけ?」
「せっ……」
「せ?」
 なにかな? と呑気な聖さま……。

「聖さまのばかぁ!!!!」

 傷心の祐巳は走り去った。






「祐巳ちゃんどうしたのかなあ、ねえ由乃ちゃん?」
「さ、さあ?」
 今回ほとんど部外者だった由乃にわかるはずもなく。




(完)


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