忘れられてるかもしれませんが、【No:656】紛れもない偽志摩子だったんですね・・・の続きです。
志摩子に話しかけてきた生徒と共に、目的地らしき教室に入ってから、志摩子は切り出した。
「すみません。私は藤沢朝姫さんじゃないんです」
「は? 何を言い出すの」
行動する前に悩んでしまうのは志摩子の悪い癖である。
こんな所まで来る前にさっさと言えばよかったのに、ここまでついて来てしまったのは、自分が問題の朝姫さんにどのくらい似ているか判っているだけに、どうやって説明したらカドが立たず、かつ誤解を招かずに理解してもらえるかを悩んでしまった結果であった。
「あの、こんな紛らわしい格好してますが、実はこの近くのリリアン学園に通っている藤堂志摩子と申します」
結局悩んだ挙句、ストレートに主張するという実にシンプルな結論に達したわけだが。
「……藤沢さん、そのネタ面白くないわよ」
まったく信じてもらえなかった。
「あの、ネタとかじゃなくて……」
「嫌になったのなら言ってくれればいいのよ。 別に強制するつもりはなかったんだから」
彼女は眉を顰めてそう言った。
どうやら、朝姫さんの拒絶と受け取ってしまったようだ。
「あの、ですから私は……」
「わかったわ。 もういい。 私が勝手に勘違いしてたみたいだから」
「あ、あの……」
志摩子は困った。
このままでは朝姫さんを悪者にしてしまう。
「……そうよね。 いつも冗談交じりできっぱり断ってくれたものね。 でも私はいつもまじめだったのよ?」
「あの、お話を……」
「今日はなに? わざわざ断るために黙ってついてきたの? だったらそんなの余計なお世話だわ。 だいたい藤沢さんがしおらしくついてくるなんておかしいと思ったのよ」
駄目だ。この人、人の話を聞かない。
「私のこと笑いに来たのよね。 変な趣味もった人だって。 どうせ私は……」
なんだか語りに自虐が入ってきたのでやむを得ず、すーと息を吸った後、志摩子は叫んだ。
「話を聞いてください!!」
「……へっ?」
志摩子の大声にびっくりしてようやく彼女の語りは止まった。
「私を朝姫さんだと思うのは仕方ないと思いますが、確認だけでもしてもらえませんか?」
どうもこの人は思い込みが激しいみたいだ。
こういうタイプの人は強く出ないと勝手に結論を下されて話が何処かへ行ってしまうのだ。
「確認?」
「ええ、この時間は普通、朝姫さんはどちらにいらっしゃいますか?」
「どちらにって……生徒会室でしょ」
「ではそこに行きましょう」
彼女は『行きましょう』という言葉に表情を変えた。
「行ってどうするのよ。 私をさらし者にしようっていうの?」
「そんなこと考えていません!」
彼女は眉をひそめたたまま志摩子を見ていた。
どうも生徒会室には行きたくないらしい。
「……もしかして、生徒会の方と仲がよろしくないのですか?」
そう聞くと彼女はまた観察するようにじっと志摩子の顔を見つめ、言った。
「確かに藤沢さんっぽくないわ」
「だから朝姫さんではないと言ってます」
「生徒会室に本物の藤沢さんがいるって言うの?」
彼女の表情は、まだ疑っている風だ。
「えっと、少なくともご本人がいらっしゃらなくても事情を知った方がいるはずですので」
「まあ、いいわ。 どういうつもりだか知らないけど私を生徒会室に連れて行きたいのね」
「私は場所を知らないので案内して欲しいんですが……」
「いーわよ。 偽者の藤沢さん。 なんてね」
全然信じてくれないのだけど、行ってくれるだけで十分だった。
ここで一人で彼女を説得するよりもはるかにましだから。
「え? 帰った?」
「うん、まあ、帰ったというか連行されたというか」
志摩子が生徒会室に着いたとき、祐巳さんと由乃さんがさっきまで居たのだけど、もう帰ったことを告げられた。
生徒会室にはこの前会った会長の桜さんと宮野さんだけだった。
「連行?」
「なんか気に入られちゃったみたいで、私ら以外の連中と一緒に」
要はどこか寄っていきましょう、ということになったらしい。
結果的に志摩子は置いてかれてしまったのだ。
「……じゃあこれ、本当に藤沢さんじゃないの?」
と、ここまで一緒に来た彼女が言った。
「あら、斎藤さん? 生徒会室に来るなんて珍しい」
桜さんは言った。彼女は斎藤さんというらしい。
「この方に案内していただいたんです」
志摩子がそういうと、桜さんの正面に座っていた宮野さんがなにやら神妙な表情で言った。
「藤堂さん、なんかされなかった?」
「え? 何か?」
「斎藤は朝姫に執心だからね、間違えられて変なことされたんじゃない?」
「変なことってなによ?」
ここで斎藤さんが会話に割り込んできた。
「私は藤沢さんにだって嫌がることはしないわよ」
「どうだか。朝姫にまとわりつくのやめてよね」
「あなたにそんなこと言われたくないわ」
「朝姫は嫌がってるわよ」
「藤沢さんは私のこと嫌ってなんか居ない。私にはわかるもの」
「それ、錯覚よ」
志摩子が返事をする隙もなくぽんぽんと言葉の応酬が始まった。
「あの、けんかしないで下さい……」
「いいのよ。この二人いつもこんな感じだから」
自分が原因のようなので止めようとしたら、桜さんは全然気にしない風でそう言った。
結局、斎藤さんは間違いを認めて早々に生徒会室から去っていった。
桜さんの話だと、彼女はまじめな性格でここに居ない生徒会の残りのメンバーと相性がわるいとか。
といっても、『残りのメンバー』というのが不真面目というのではなく彼女らもやるときはやるのだが、普段のノリが合わないのだそうだ。
会ったこともない人たちの話をされても困るのだが、要は気に病む必要はないと言いたかったらしい。
「藤堂さん帰るよね」
宮野さんが言った。
「え? ええ」
「居てもしょうがないもんね」
「……そうですね」
首謀者の由乃さんが帰ってしまったのだから。
宮野さんの話し方が乃梨子に似てて何故かほっとしてしまうと同時に、無性に薔薇の館に残してきた乃梨子に会いたくなった志摩子だった。
「送りますよ」
「え?」
志摩子が帰ろうとすると宮野さんが席を立った。
「玄関までだけど」
「あ、はい」
断る理由もないのでそう答えた。
「斎藤に襲われるといけないからね」
生徒会室を出たところで彼女はそう言った。
「……誰が襲うのよ」
「げ、斎藤」
斎藤さんが廊下に立っていた。
「さっきは、ごめんなさいね」
志摩子に向かって彼女はそう言った。
さっきは宮野さんに追い払われるような感じで行ってしまったので、改めて志摩子に謝りに来たようだ。
「あ、いえ、私もこんなかっこうしてますから」
「でも、よくにてるわ。親戚じゃないのかしら?」
「何回か同じことを言われましたけど……」
「ちょっと、斎藤」
桜さんはああいってたけど、宮野さんは斎藤さんが本当に嫌いのように見えた。
志摩子はあまり人が争うのを見たくないので居た堪れない気持ちになった。
「なによ」
「あんた、藤堂さんまで手ぇ出すつもり?」
「手だすってなに? あなた私をなんだと思ってるのよ?」
「朝姫と違って藤堂さんは大人しいからって、朝姫の代わりに……」
「そんなわけないでしょ! 藤沢さんの代わりなんかじゃないわ。 私は純粋に藤堂さんが気に入ったのよ!!」
「え!?」
驚いたのは、初対面の人に『気に入った』と言われたからからだ。
志摩子は自分に数分一緒に居ただけで気に入られるような要素があるなんて思ったことは一度もなかった。
「否定するのはそこかい!」
髪形が似てることもあり、突っ込みをいれる宮野さんの姿に乃梨子がダブって見えた。
「あ、あの……」
「ほらっ、もう行こう! こんなのと関わったらロクなことないから!」
宮野さんは志摩子の肩を抱くように手をかけて廊下の先に向かって歩き出した。
「あ……」
顔だけ振り向いたら斎藤さんと目が合った。
「じゃあね」
斎藤さんは笑って手を振っていた。
「あ、ごめんね。つい」
早足でしばらく歩いたあと、宮野さんは肩に回していた手を解いた。
「いえ」
たぶん朝姫さんのつもりで。
志摩子にはそこまでする親しい同級生はいないのでちょっとだけ羨ましいと思った。
が、そう思った直後、祐巳さんと由乃さんの顔が浮かび、『親しい同級生がいない』なんて思った自分を心の中で恥じた。
「基本的に悪いやつじゃないんだけど……」
宮野さんは斎藤さんが見えなくなってから言った。
「斎藤さんですか?」
「そう、ちょっと趣味がね」
そう言って言葉を濁す宮野さん。
さっきの斎藤さんに対するキツい口調とはうって変わって、穏やかな言い方だった。
どうやら思ったほど深刻に嫌ってる訳ではなさそうなのでほっとした。
桜さんの言うとおりで、リリアンではあまり見られない話し方に余計な心配をしてしまったようだった。
「……あの方、女の人が好きなんですか?」
『趣味』のところ、心当たりがあるので聞いてみた。
「あれ、藤堂さんそういうの理解あるの?」
「というか身近にそういう方が居ましたので」
「ってことは、藤堂さんも?」
「あ、いえ、その方は私をそういう対象に見ていなかったみたいですけど」
「じゃあ、片思いなのね?」
宮野さんはなにやら興味深げに志摩子のことを見ていた。
そんな宮野さんの視線に申し訳なさそうに言った。
「いえ、あの、私はそういう趣味って訳ではないんですけど……」
「あ、ごめん。『身近』にって聞いて勝手にそうおもってたわ」
志摩子はやっぱり乃梨子に似てると思った。
『距離』を気にせず踏み込んでくるところとか、失言に気付くときっぱり謝るところとか。
「でもリリアンの学生を外の方が見るとそう見えることが多いみたいですよ」
「姉妹制度ね。たしかにうちの学校じゃ考えられないわ」
そんな会話をしているうちに外来用玄関に着いてしまった。
「じゃ、またね、っての変だけど」
「こういうときリリアンでは『ごきげんよう』なのよ」
「あ、それ便利」
「うふふ」
「じゃあ、ごきげんよう藤堂さん」
「ええ、ごきげんよう」
由乃さんに振り回されてここまで来てしまったようなものだけど、志摩子は今、良い気分だった。
興味があった『乃梨子に似ている宮野さん』とお話が出来、親しくなれたから。
それだけで来た甲斐があったと、そう思えたのだ。
(続【No:916】)