このネタでまだ引っ張りますか。
【No:505】 → No530 → No548 → No554 → No557 → No574 → No583 → No.593 → No.656 → 【No:914】→ というわけでまだ続く。
「あら志摩子じゃない」
「え?」
ぱっと見、こんな商店街に似つかわしくないような綺麗な人だった。
つややかな黒髪を顎の長さで綺麗に切りそろえた、率直に言って美人さん。
なんて見とれていたら、
「やあ、久しぶり」
『美人さん』の後ろに志摩子さんのお姉さまの佐藤さんが軽く手を上げて爽やかな笑顔で微笑みかけていた。
ということは、この人も例の山百合会の関係者?
「こんなところで会うなんてどうしたの?」
「あ、ええと……」
佐藤さんが後ろで『しーっ』てゼスチャーしつつウィンクするもんだから『私は志摩子さんじゃない』っていうセリフを思わず飲み込んでしまった。
「ここって、学校ともあなたの家からもずいぶん離れてるわよね……聖?」
『美人さん』は佐藤さんのほうに振り返った。
「ん? なあに?」
「どうして志摩子を呼んだの?」
「あら、どうして私が呼んだって思うのかしら?」
「だってそれ以外考えられないじゃない。 志摩子が家からも学校からも遠い駅の商店街までわざわざ買い物に来たとでもいうの?」
いえ、商店街には買い物で来たんです。
「あははは、蓉子にはかなわないわね。そうよ。私が呼んだの」
おっと。
「どうして?」
「だって在学中は志摩子を家に呼んだことなんてなかったから。いい機会だと思って」
「いい機会って、在校生の志摩子をわざわざ呼ぶ理由がわからないわ」
よくもまあ、とっさにそんな嘘がぽんぽんと出てくるものだ。
放っておくとなにやら面倒なことに巻き込まれそうな気配がしてきたので止めようとしたのだけれど。
「あ、あの……」
「志摩子は黙ってて」
ぴしゃりと言われてしまった。
でも、志摩子じゃないし。
「……まあ、いいわ。 来てしまったものは。 拒む理由も無いし」
蓉子さんだっけ。
彼女はため息混じりにそう言って、険しかった表情を緩めて私の方を見た。
リリアン関係者はみんな名前で呼び合うから佐藤さん以外の苗字がわからないんだけど。
志摩子さんの苗字は聞いたことあった気がするけど忘れた。
蓉子さんは言葉を続けた。
「でも、聖のことだから、理由なんて説明していないでしょうけど」
「はぁ」
知りませんとも。
佐藤さんとも会うのはこれが二度目だし。
「ねえ、蓉子、ちょっと志摩子に話があるから先行ってて」
そう言って佐藤さんは鍵を蓉子さんに渡した。
「って、ご家族は?」
「この時間はいないわよ。知ってるでしょ?」
「それっていつの話よ?」
「今もそうよ」
「……判ったわ。 先行ってる。 江利子を待たないとね」
会話からこの二人は付き合いが長いんだなということが感じられた。
ついでに佐藤さんはご家族と暮らしていて、平日の夕飯前の時間でも家には誰もいないと。
「さて……」
佐藤さんは蓉子さんを見送ると振り返って言った。
「暇だったらもう少し付き合って欲しいんだけど」
「暇そうに見えました?」
「道端で買主を待つ犬に話し掛けるくらいには」
「ぐっ」
見られてたか。
「べ、べつに、暇じゃなくても犬を構うくらい……」
「でも、買主が来たら慌てて離れて、そのあと物欲しそう見送ってたなぁ」
うわっ、そこまで見てたのか。
「も、もの欲しそうになんかしてませんよ……」
「でもってその後、つまらなそうに小石を蹴るような動作をしたあとぶらぶらと。 なにやってんのかなーって思ってこっちに来たんだけど」
どうやら佐藤さんは道路の反対側から一部始終観察してたようだ。
「どう?」
なんか『してやったり』という顔でそんなこといわれても、いえ、すみません、暇だったんです。
「……お付き合いさせていただきます」
二回目にして主従関係確定だ。 くそう。
じゃあ行こうかと、目的地は佐藤さんの家らしいんだけど、そこ向かう道すがら。
「朝姫ちゃんってこのへんに住んでるんだ」
「ええ、佐藤さんもですか?」
「うん。じゃあご近所さんだったんだ」
「はぁ。そうですねえ」
ご近所といってもこちらは駅から自転車だし、方向も違うし。
「あんまり嬉しそうじゃないわね」
「べつに喜ぶようなことじゃないですよ」
「そうかな……あ、それはそうと、蓉子や江利子の前では志摩子の振りをするの忘れないでね。そのために呼ぶようなものなんだから」
「まあ、それは良いですけど、江利子って? 蓉子さんってさっきの人ですよね?」
「江利子は江利子よ。会えば判るわ」
判るもんか。
「まあ、もう一人来るってことですよね」
「そうそう」
何が嬉しいんだか。
佐藤さんは台詞の後に音符がついてるみたいに上機嫌だ。
「あー、蓉子そこで待ってたんだ」
蓉子さんは家に入らずに外で待っていた。
「やっぱり勝手に他人の家に入るって言うのは気が引けるわ」
「そんなの気にしなくて良いのに」
佐藤さんは大雑把。 蓉子さんは常識的。
佐藤さんの知り合いということでどんな変わった人なのかと、ちょっと構えていたんだけどほっとした。
蓉子さんとは仲良く出来るかも。
「それにほら、ここなら江利子を待つのにも丁度良いし」
「……なんか蓉子らしいわ」
「いちおう誉め言葉と取っておくわ」
そんな会話をしつつ……。
「さあ、志摩子も遠慮しないで」
「は、はい」
やっぱり『志摩子』といわれると違和感。
それに、会って二回目の人の家にお邪魔しちゃっていいのかなって思ってしまう。
「なにやってるの? さあ、入った入った」
「あっ、ちょっ」
玄関で靴を脱いでそれを揃えようと振り返ったら、後ろから抱きつくように両手を掴まれて引きずり込まれてしまった。
「この辺に適当に座ってて」
「あ、はい」
結局、抱きかかえられるように部屋まで連行された。
佐藤さんは部屋の真中に置いてあった小さなテーブルの前で私を解放した。
「ここが、えっと、」
佐藤さんと呼びそうになって口篭もる。
「お姉さま」
「そう、お、おねえさまの部屋?」
「そうよ。なにもなくて殺風景でしょ」
「そんな、ちゃんと生活感ありますよ」
女子大生の一般的な部屋がどうあるべきかなんて知らないけど殺風景なんて事は無い。
ちゃんと一人の女性が生活している部屋だってわかるし、少なくとも私の部屋より整然として綺麗な部屋だと思った。
「うふふ、あなたからそういわれるなんて」
「え?」
どういう意味だろう?
佐藤さんは返事の代わりに微笑みつつ私の頭をなでた。
「なあに、今のやり取り」
蓉子さんが目を見開いてこちらを見つめていた。
「ん? なんか変だった?」
「いえ、珍しいと思って。抱きつきは祐巳ちゃん専門だと思ってたのに」
「そっか。祐巳ちゃんともご無沙汰だっけ」
「久しぶりだからかしら?」
誰だ? ユミちゃんって。
「そうかもね」
えーと、あ、祐巳さん。たぶん福沢さんだ。
「あなたたちって互いに干渉しない姉妹だったじゃない」
「それがなに?」
「いえ、まだ完全に理解できたわけじゃないから」
「『完全』だって。さすが蓉子だわ」
えっと、蓉子さんは完全主義。 志摩子さんと佐藤さんはあまり干渉しあわない?
「今のでちょっと判りかけてたつもりだったのがまた判らなくなったわ」
すみません。 私は志摩子さんじゃないもので。
「まあ、それはともかく、江利子はまだなの?」
「もう少し待って来なかったら電話かけるわ」
「そうしてくれる? 私は飲み物とか用意してくるから」
「あ、もしかして、志摩子呼んだのって……」
そのとき蓉子さんの言葉を遮ったのは携帯の着信音だった。
着信音といってもマナーモードにしてあったみたいで無粋なブーンという振動音だけど。
蓉子さんはバッグから携帯電話を取り出して電話に出た。
「あ、江利子? 今何処よ?」
もうひとり来ることになっていた江利子さんだ。
それはいいんだけど私はその前の『もしかして』なんなのかが気になった。
電話は『駅まで来た』という連絡だそうだ。
それを聞いて佐藤さんが言った。
「丁度良いわ。志摩子、ちょっと江利子迎えに行ってくれない?」
「ええ? 私ですか?」
おっと、蓉子さんがまだびっくり顔になってる。
「あの……」
ちょっとぼろが出るっぽいので佐藤さんと廊下に出た。
「私、その江利子さんの顔知りませんよ?」
「あー、それなら向こうがわかるから」
「それじゃ駄目ですよ」
「おでこ」
「は?」
「こういう風におでこ出してる筈だから」
そう言って佐藤さんは前髪を両手でたくし上げて見せた。
「はぁ」
「わかんなかったら戻って来ちゃっていいから、取り合えず行ってみて」
戻ってきちゃってって、お友達に迎えを出すのにそんないいかげんなことでいいのかな?
ま、私が心配することじゃないのでしょうけど。
「えーっと志摩子さんの振りは?」
「あなた志摩子のことあまり知らないでしょ?」
「まあ、何回か会ったくらいだけど」
「だって全然演技なんてしてないじゃない」
「わかりますか」
実は黙ってただけで演技なんてしてないのだ。
「判るわよ。私を誰だと思ってるの?」
「志摩子さんのお姉さま」
「そういうこと」
なんか態度が偉そうだ。
黙ってればバレないからさっさと行って来て、だそうだ。
そういうわけで、駅前に逆戻り。
駅を出たあたりにいるそうなのでそこに向かう。
えーとおでこおでこ。
丁度駅から降りる広い階段を降りきったところの真中にヘアバンドをしておでこを全開にした女性が立っていた。
年恰好も佐藤さんと同じくらいだしこの人かなと思って近づいていった。
が、一度、目が合ったのだけど、その人は興味なさそうに目をそらして駅前の大きな時計の方に視線を向けてしまった。
どうやら違っていたみたいだ。
仕方が無いのでそのままその人の横を通って駅の階段に向かおうとして……。
「待ちなさい」
「ぐぇっ」
いきなり後ろから襟首を掴まれた。
「人のおでこをじろじろ見ておいて何事も無かったように立ち去ろうとするのはなんなの?」
「い、いえ、まれに見る美しい額でしたのでつい見とれてしまったのです。 お気になさらないでください。 では」
関わっちゃいけない類の人だ。 目を合わせないで早急に立ち去るのが吉。
「こら、逃げるな!」
「ぅぇ」
また首が絞まって変な声がでてしまった。
っていうか捕まった。
「……」
なんか値踏みするようにじろじろと見てるし。
なんなんだ、この人。
「今日の志摩子はなかなか面白いわね。 聖の差し金かしら?」
「え?」
志摩子?
あー、やっぱりこの人が江利子さんか。
蓉子さんが常識人だったから油断した。
この人は佐藤さん並に変な人だ。
「あなた、暇ならもう少し付き合いなさい。 もうすぐ迎えがくるはずだから」
「あ、それなら私がその迎えですけど」
きゅっ
「うぐぅ」
いい加減手を離して欲しいんですけど……。
「だったら遊んでないでさっさと案内しなさい!」
(どっちが遊んでるんだか……)
「ん? 何か言った?」
「い、いえ、こちらです、さ、参りましょう」
(つづく。長いので分けました【No:918】)