【924】 ハセクラシルクハット捕物帖  (春霞 2005-11-28 02:22:19)


 えー、ある意味において おりきゃら が出演しています。 苦手な方はスルーして下さいますよう。 
 ではご賞味ください。

                            ◆◆◆



 そのシルクハットには心があった。 いつの頃からとも知れないが。 所謂物心ついたのが帽子屋の店頭であったから割と早熟ということになるのだろう。 
 彼の周りに積み上げられた、様々な同属たちにも僅かながら心の萌芽というものが見え隠れして。 ぽつりぽつりと泡粒のような独り言を呟いているものもいたが、彼ほどに確固とした自我を獲得した物は見当たらず、話し掛けても応えがないので、やや寂しい思いをしたことを覚えている。 
 そのご、売られていった後で、主の頭に乗っかりながら行き交う物達を観察すると、半分ほどの同属にはハッキリした自我があったようである。 大抵の帽子は、その主の性格に似る傾向があるようだ、とも見て取っていた。 
 まあ、さもありなん。 彼が世間に出た頃は、帽子なくして巷を歩くのは恥かしい事だとされていた時代である。 朝起きてから、夜就寝するまで、四六時中主人の頭の上に居るわけだ。 これは性格も似てこようと言うものである。 主人に似る飼い犬、と思ってくれてよろしかろう。 
 とは言え、彼ほどに確固とした自我を持って世界と対峙していた帽子は、少なくとも彼の知る範囲では、みつから無かった。 (作者註:彼は、その生涯において、ほぐわーつに生息する偉大なる先達と邂逅することは有りませんでした。 残念な事です。) 彼もまた、主の人となりに影響されてか、深い思索を好むようになり。 或いは帽子界初の哲学者は彼であったかもしれない。 
 その帽子であるが。 いかに世間を分析しようと、世界の真理に思いをはせようと。 帽子は帽子である。 歳月が経つにつれ草臥れてくるのは致し方の無いところ。 わが身を見遣れば所々擦り切れて、これはそろそろお払い箱かと覚悟を決めて待ち受ける日々が暫らく続いた。 
 たしか秋口の事であったと記憶している。 珍しく主人は家族と一緒に朝食を取っていた。 広いダイニングルームの細長いテーブルに座った家族は、殆んど食器の音をさせずに静かな時間を過ごしていた。 やがて、次女であったか、一人の少女が口を開いた。 「お父さま…」 
 うつらうつらしていた帽子は、その会話の内容を覚えていない。 ただ、主が執事を呼んで新しいシルクハットを持ってこさせたことを覚えている。 ああ、これでお払い箱だなあ、と覚悟を決めた帽子は、主の頭の上から下ろされるとそのまま目の前の少女の上にすっぽりと収まった。 
 新しい帽子を被った主が、少女に 「お揃いだな。 」 と微笑んだのが驚きだった。 普段しかつめ面を崩さない主にもこのような顔が出来たのか。 少女はきゃらきゃらと笑って、帽子の鍔をキュッと掴みくるくると回った。 
 よほど嬉しかったのだろう。 はしたない事、と嗜める母の声も聞かずに回り続ける少女の感触は随分と不思議だった。 主よりも随分と小さい頭骸。 すっぽりと鼻先までずり落ちてしまう。 三つ編みにした2つのお下げ髪が、襟元からひゅんひゅんと振れ上がり帽子の唾にはたはたと触れる。 ふと、帽子はなにやら今まで感じた事の無い暖かなものが胸内に有るのに気付いた。 なるほど、自分は新しい主に譲渡されたらしい。 
 そうは言っても、少女がシルクハットを被るなど、普通ありえない話で。 まあ、一時の玩具としてあてがわれ、やがて忘れ去られて朽ちていく事は予想の範疇であった。 ……はずであったが。 かれの帽子生(?)は更なる転変を迎える。 
 新しい主は、じょがっこう と言うところに通っていたが、ある日彼をそこへ連れて行った。 人力が呼ばれ、袴姿の少女の膝上に乗って、初めての場所に向かう。 
 そこで彼は未知のものを体験する。 面白がる同輩の少女たちが次々に彼を被って廻り、大きい頭。 小さい頭。 形の良い頭。 なにやらゴツゴツした頭。 柔かい髪。 硬い髪。 艶やかな髪。 跳ねている髪。 色々なものを経験したが、それはまあ、帽子にとって驚愕すべきものではない。 
 問題は、一人の少女が彼をひっくり返し、彼の中からあるものを取り出したことに始まる。 

 卵が出てきた。 (わ、私は鶏だったのか?) 
 コインが出てきた。 (私は蝦蟇口だったのか) 
 鳩が出てきた。 (私は、) 
 万国旗が出てきた。(わた、、)
 兎も出てきた。 (わ、、、、、) 

 ラムネの瓶が出てきた。 (、、、、、) 

 コクコクと咽を震わせて飲み干す姿を見ながら、彼は自分が物入れとしての素養を持っていることに気が付いた。 あるいは帽子が進化するとこのように成るのかも知れぬ。 帽子としてのアイデンティティの崩壊を何とか乗り越えて、彼は新しい自分を受け入れた。 

 やがて、彼の新たな主になった少女は帰宅したが、かれは女学校の片隅の新しい木造の離れに置き去りにされた。 そのご、主以外の少女達からも可愛がられながら、或いは物置に仕舞いこまれ。 或いは少女の頭を飾り。 或いは物入れとして役に立つ帽子生をゆるゆると続けてきた。 もう顔も思い出せなくなった初めの主や、ここに連れてきた2番目の主の事などを時折思い起こしながら。 長い長い年月を過ごしてきたようだ。 


                             ◆

「ふーん。 なんだかいいお話だね。帽子さん。 それはそれとして、なんで私の頭に乗ってくれないのかな? 」 
 帽子の昔語りという、驚天動地の事態にも動じない辺り紅薔薇さまとして見事に胆力がついたものだ。 黄薔薇さまの得意技のお話から、流れ流れて、紅薔薇さまがシルクハットを持ち出してきて、順番に被ってみようと言い出したときは、こんな事になるなど思いもよらなかった。 

「それは、まあ、据わり心地が悪いから、と言う事に尽きるのう」 
 最初に持ち出してきた紅薔薇さまが、シルクハットを頭に載せたとたん、それはひょいと跳び上がって床の上に落ちた。 「あれ、風かな? 」 のんきに呟いて拾い上げようとした所で、再び帽子が跳ね、その手をすり抜ける。 そこから先は大騒ぎである。 捕まえようとするもの。 キャーイヤーと叫びながら凶器をどりどりさせるもの。 無言でファイティングポーズをとり仁王立ちするもの。 
 小半時ほどの追いかけっこの後、お互いに息を切らせて対峙する紅薔薇さまと帽子に志摩子さんが声をかけた。 
 「まあまあ、2人とも。 ここはお互い理解しあうためにお話し合いから始めましょう。 」 そういってふんわり微笑んだのに、両者は力なく頷いた。 (ちなみにこの騒動の間中、志摩子さんは「あらあら、まあまあ、大変大変」 といいながらまったりと紅茶をすすっていた。 都合3杯。 何しろ私がお代わりを煎れたのだから間違いない。) 

 帽子の方は、騒動の最中に入り口の扉脇まで滑っていった椅子の背に居座り。 紅薔薇さまはテーブルを挟んだ反対側に腰を落ち着けた。 私を含め、みな紅薔薇さまの脇に座る。 警戒心の強い野生動物には距離を置くのが得策であろうと言う判断である。 
 そうして前述の身の上話が始まったのだった。 

「えー、わたしは確かに癖毛だけど。 頭はそんなに大きくないし。 何所が駄目なの? 」 頬を膨らまして紅薔薇さまが抗議する。 
「髪質も骨格も申し分ないのだがのう。 髪形が良くないのう。 ついんてーるじゃったか? 乗り心地が悪いでのう。 拒否権を発動するぞえ。 」 帽子の言葉が終わらぬうちに瞳子が反応する。 
「んまあ。 こんなに愛らしい髪型の何所がいけないのです。 帽子の分際で。」 うきーと言いながら、帽子に掴みかかる。 あんた先刻は、怖かったんじゃないのか? 
「おうおう。 お主はもっといかんのう。 そのようなどりるが2つも装備されて居っては、私の繊細なぼでぃに穴があいてしまう。 」 へらへらと笑いながらひょういひょいと避けると、帽子は可南子さんの頭上にとびのった。 
「うむ。 これは良いのう。 髪質と言い。頭の形状と言い。 逸品じゃ。 なにより満州までも見晴るかせそうな高さがなお良いのう。 」 内心かなりのダメージを喰らったらしい可南子さんが、ガッと掴みかかるところをすり抜けて、次のターゲットに飛び移る。 
「うむ。これも悪くは無いのう。 惜しむらくはデコ周りが滑り易すぎて落ち着けぬ事かのう。」 余計なお世話でーす、と楽しげに頭上を押さえに掛かる菜々ちゃんの両手をすり抜けるとは。 本当に敏捷だ。 
「むむむ。 この馥郁たる香り。 まろやかな触り心地。 フィットする頭骸骨。 絶品じゃ! 」 勝手なことをほざかれても、志摩子さんは相変わらずマイペースである。 「あらあら、光栄ですわ。 でも私の乃梨子の据わり心地も素敵ですわ、きっと。」 
「ほほう、ご推薦か。」 トンと頭に軽い感触。 
「なるほど。 深い香木の香り。 艶やかな黒髪。 良いのう。 じゃが、 」 頭の上でしゃべられる感覚に戸惑っている乃梨子は、しばらく対応が遅れた。 
「したが、おぬし。 シルクハットが全く似合わんのう。」 乃梨子は脱力したまま、蝿を追うように頭の上で手を払った。 

 最後に黄薔薇さまの頭にすぽんと跳び乗る。 
 普段なら菜々ちゃんと一緒になって大騒ぎをしそうな黄薔薇さまが、そう言えば今回はやけに静かだ。 怪しげなものが頭上に跳び乗って来たにも拘らず、悠々と紅茶をすすっている。 
「これは良いのう。 丸さと言い。 質と言い。 これが良いのう。 なによりお下げ髪が良いのう。 」 感慨深げな呟きに、襲い掛かるのをためらう一同。 そうしているうちに。 
「よいのう。よいのう。 ここがよいのう。」 段々と呟きが小さくなっていき。 やがて静かに途切れた。 

 黄薔薇さまは優しく帽子を取り上げ、丁寧に目前のテーブルに置き直すと。 ふと、愛しげに鍔をなぜた。 
「まあ、この子もたまには可愛い女学生と遊んで見たくなったのでしょう。 大目に見てやって? 祐巳。」 
「うーん。 髪を下ろしたら乗ってくれるかな。」 ちょいちょいとリボンをいじる紅薔薇さま。 
「あら、きっとからかっていたのよ。 祐巳みたいに愛らしい女の子に被ってもらって悦ばない帽子さんはいらっしゃらないわよ、きっと」 もう一度被って御覧なさいな、と。 ほんわり微笑む志摩子さんに促されて、紅薔薇さまが慎重に帽子を被る。 
 帽子はもう跳ねだしたりしない。 ツインテールの少女の頭上に、黒光りするシルクハット。 なんだか妙な、微笑ましい光景だ。


 微笑ましい光景なんだが、あの大騒動の後でその会話ですか… 
 本当に、もう、なんだか。 色々と敵わないと思う乃梨子だった。 



                            了 


                           ◆◆◆ 

「え? あれ。 これで終わり? 私の出番は? 」 
----貴女の出番は最初から有りませんが。 
「ええ? でもほら。 タイトル見て。タイトル。 『ハセクラシルクハット捕物帖』 ですよ。 私が出てないのは変でしょう。 全国200万乙女たちが私の出番を待っているんです。」 
----よぅくご覧下さい。 『ハセクラ』 であって『支倉』 では有りませんよ。 
「でもでも、読みは一緒じゃないですか。 ちゃんとどっちも『はせくら』 でしょう。 出演させてください、お願いします。」 (ぺこぺこ) 
----貴女は今、”出演させて”(ださせて) と言いましたね? 
「はあ、それが何か? 」 
----書かれた言葉がそのまま脳内にたどり着くわけでは無いという事です。 例えば 白薔薇さま 
「ろ、ろさぎがんてぃあ 」 
----例えば 細川可南子 
「はりがね… 」 
----例えば 松平瞳子 
「つんでれどりる…… 、 って。じゃあ。 『ハセクラ』 も何か別の読み方に脳内変換されて居るんですか? 」 

----音転という言葉をご存知で? 知らないようですね。 身近な例としては 『新しい』 という言葉があります。 元々『新』 とは『あらた』 と読んでいました。 ですから本来は 『あ・たら・しい』 ではなく 『あ・らた・しい』 が正しい読み方です。 ですが、長い長い日本語の歴史の中で、おそらくは音の据わりが良いなどの理由で、 『あ・らた・しい』 は 『あ・たら・しい』 に代わっていったのです。 
「じゃ、じゃあ。 『ハセクラ』 は? 
----それはもちろん、 『セクハラ』 の音転ですな。 つまり『せくはらシルクハット捕物帖』 と言う事です。 
「な、な、な。 何てこと。 じゃあ私はずっと セクハラ令と呼ばれて返事をしていたの? そんな! 20年近く日本人やってきたのに知らなかった。 一体いつからそんなことに… 」 orz 

----ああ、それはもちろんつい先ほどからですよ。 
「え? 」 
----私が作った造語です。 凄いでしょう。(えっへん)   あれ、もしもし。 セクハラ令さん? ゆらりと立ち上がってどうしましたか? 何ですか、その手に持っている木刀は。 真赤に塗られていて”由乃専用”の銘が入っていますが。 あれですか? 3倍強靭だとか。 3倍振りが速いとか。 3倍根性が入っているとか。 
「……3倍ぶん殴る!」 


----うわ、いけません。暴力は! ぼかぐしゃgty( 



         (R15指定の残虐な描写があります。 がちゃS倫理審査会の規定により検閲・削除されました) 


                             ◆ 


 一人の修羅が立ち去った後には、原形を推測できない肉隗と、震える血文字だけが残されていた。 

 ”はんにんはセクハ〜” 


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