【No:909】の続き。(関連作品【No:607】【No:930】)
「留年したわけじゃないのよ」
「いや、タイトルに言い訳されても……というかまだいたのね」
目の前には志摩子さん。
といっても平行世界から一年ずれてやってきて何故か同じクラスに編入されてしまった志摩子さんだ。
紛らわしいので、本物の志摩子さんより一つ年下だから心の中では『小志摩子さん』って呼んでいたんだけど、本人に言ったら響きが『小悪魔』みたいで嫌っていわれた。
「……」
「あれ、どうしたの?」
志摩子さんは顔を手で覆って言った。
「酷いわ。『まだ』なんて。乃梨子さんは私がいなくなって欲しいのね?」
「いや、そういうわけでは……」
でも今までの例からしていつか早い時期にいなくなる筈だし、その話題に触れるたびに全存在を否定されたみたいに嘆かれてはやってられないのだけど。
「……ね、志摩子さん、別に嫌いとか存在を認めないとかそんな事言ってないでしょ?」
「今言ったわ」
「あのね」
もう。しょうがないな。と乃梨子は仕方なさそうに言った。
「私は、志摩子さんと同じクラスになれて嬉しいのよ」
「……本当?」
「本当だってば。だってこうやって志摩子さんの顔が一日中見られるんだもん」
それを聞いた小志摩子さんはなぜか表情を曇らせた。
「そう。そうなのね。やっぱり乃梨子さんが大好きな『白薔薇さまの志摩子さん』の代わりなのね」
そう言って悲しそうに俯く小志摩子さん。
「あのねー、白薔薇さまは別格なの。それ以外だったらあなた、私の中では破格に優遇されてるんだから。判ってる?」
区別のために小志摩子さんと話すときは志摩子さんのことは『白薔薇さま』と言うようにしている。
「判るわ。だから、乃梨子さんはいつも私に白薔薇さまをダブらせて見ていて本当の私を見ることは無いんだわ」
「うっ……」
そりゃ、そうだけど。
微妙に違うけど殆ど外見から性格まで果ては名前まで志摩子さんだし。
あれだけ志摩子さんに惚れ込んでる乃梨子が彼女を別物と見ろというのはむしろ酷というものだ。
「かしらかしら」
「悲劇かしら」
来たよ。
どういう仕組みなんだかしらないけど、ふわふわと舞い降りた敦子と美幸。
「かつての恋人に似てるがために愛された〜」
「しかしそれがゆえに本当の愛を得られない〜」
「……それでもいいの、あなたが私を見てくれるのなら」
「「「ああ、なんて悲しい恋なのでしょう!!」」」
ちなみに三番目の台詞は小志摩子さんだ。
いいのよ。判ってたんだから。
志摩子さんの顔が悲んでいたら、たとえそれが演技だって判っていても放って置けないのよ。
と思いつつ、るーっと涙を流す乃梨子であった。
どうしてこんなになってしまったのだろうと。
「というわけで乃梨子さん」
「なによ」
傷心の乃梨子はぶっきらぼうに答えた。
「こんなにクラスに馴染んでいるのだから、あんな言い方はないと思うの」
いやな馴染み方だよ。
さっきまで悲しい顔をしてた小志摩子さんは敦子美幸と並んで天使のような微笑を浮かべていた。
「……わかったわよ。私が悪かったわよ」
乃梨子は投げやりにそう答えた。
「ささ、それでは仲直りの握手を」
「美しい友情ですわ」
敦子と美幸に促されて席を立ち、乃梨子が小志摩子さんの前に立つと、小志摩子さんは何か思いついたように胸の前で手を合わせて言った。
「そうだわ」
「な、なに?」
『天然の思いつきはロクなことがない』
乃梨子は今までの経験からそんな教訓を得ていた。
そして、小志摩子さんはこんなことを言い出したのだ。
「これから私のことは呼び捨てで『志摩子』って呼んでくださらない?」
「ええ!?」
「だって、瞳子さんや可南子さんは呼び捨てなのに」
「それでしたら乃梨子さんは私達も時々呼び捨てにしてくださいますわ」
「そうですわ」
敦子と美幸がそう補足した。
「で、出来るわけ無いじゃない! 志摩子さんを呼び捨てにするなんて」
乃梨子は思わず叫んだ。
「それですわ!」
「え? 瞳子?」
いつのまにか瞳子が乃梨子の背後まで来ていた。
「今まで聞いていて判ったのですけど」
「なによ、立ち聞きしてたのね?」
「というか、今までのやり取りはクラス中に聞こえてましてよ」
うっ、そういえば、ここは昼休みの教室だった。
「で、話の続きですけど、乃梨子さんは白薔薇さまとこちらの志摩子さんを同一視して憚らない頑固者のようですわ」
「って、頑固者ってほどじゃないと思うけど……」
乃梨子がそういうと、瞳子は「はぁ」とあきれたようにため息をついてから言った。
「自覚がないのですわね。今までのやり取りは誰が聞いてもそう思えますわよ」
「そうかな。ねえ可南子はどう思う?」
「……瞳子さんの言う通りだと思いますわ」
可南子はどこからとも無く現れて答えだけ言って去っていった。
「そんな……」
乃梨子はショックを受けた。
「というわけで、乃梨子さんが志摩子さんと白薔薇さまをちゃんと区別して認識する第一歩として、呼び捨ては最適なのですわ」
「なんかこじつけっぽいわ」
「文句はちゃんと同一視しなくなってから言ってほしいものですわ」
「うっ……」
明らかに不合理な理屈なのだが、志摩子さんが絡んでるせいか冷静に反撃できない乃梨子だった。
「そうですわね、でしたら公平に志摩子さんも『乃梨子』って呼び捨てにすれば良いのですわ」
「まあ、それは名案だわ」
そう言って小志摩子さんは花を咲かせたように微笑んだ。
「ま、まってよ」
慌てて止めようとする乃梨子を無視して小志摩子さんは言った。
「じゃあ、乃梨子?」
そして、乃梨子の目の前で催促するように乃梨子を見つめた。
「うわぁ」
それ無理。ますます志摩子さんじゃない。
「さあ、乃梨子さん」
「友情の一歩ですわ」
小志摩子さんの両隣で敦子と美幸が微笑んでいる。
「さあ乃梨子さん、その甘美な声で彼女の名前を言ってあげてください」
瞳子がその横でそう宣言する。
「ちょっとま……」
「違いますわ。 彼女の名前は?」
「いや、だから……」
「さあ、乃梨子さん!」
「乃梨子が私の名を呼んでくれないと悲しいわ」
そう言って頬に手を当てて俯き加減に悲しい顔をする小志摩子さん。
その仕草にダメージ(?)を受ける乃梨子。
「しっ……」
ぐっ、と期待の目で見つめる一同。
乃梨子はなんとか切り抜けようとするが、目の前で小志摩子さんか志摩子さんの声で乃梨子って言ってそれがどう見ても小志摩子さんじゃなくて志摩子さんにしか見えなくてだから志摩子さんが、じゃなくて小志摩子さんは志摩子さんでいや違う志摩子さんは志摩子さんじゃ無いんじゃなくて志摩子さんが志摩子さんであれ?
「し? その続きは?」
「乃梨子さん頑張って!」
「友情ですわ!」
そして、小志摩子さんはこれ以上ないっていう程の微笑みを浮かべてこんな風に言った。
「の・り・こ(はあと)」
乃梨子の顔があっという間に真っ赤に染まった。
「う……」
言葉が途切れたまましばらくぷるぷると震えている乃梨子。
「「「う?」」」
一同は、いや、もはやクラスメイト全員が注目していたのだけど。
「うわーーーん!!」
………。
教室から走り去った乃梨子。
シンと静まり返る教室。
「乃梨子さん……」
「泣きましたね」
「泣きましたわ」
「……ちょっとやりすぎたかしら?」
頬に手を当てて小首を傾げる小志摩子さん。