【No:765】 『ありがとう愛してる』 の番外編。 かな。
だけど、そちらを読まなくても単独で充分楽しめるかと思います。
ただしオリキャラが幅を効かして居ります。 苦手な方はスルーな方向で。
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「あらまあ、すごいですねえ」
みきはほかんと口を開いたまま、車用の門が自動で開いてゆくのを眺めた。
一方ハンドルを握る祐一郎氏は、静々と動いていく扉自体は気にも留めずに、脇の方をじいっと見つめてなにやら口の中でぶつぶつと呟いている。
「これって薬医門様式だよな。 トラックが通れそうなサイズなんてはじめて見た。 当然近代の模造だよな。 ん? でも基礎の年季の入り方は、100年くらい経っていそうだが…」
どうやら職業意識を刺激されてしまったようだ。 そうこうする内に、扉は ごうん という重い音を立てて開ききった。 桧板のように見えるが、中に鉄板でも仕込んであるのだろう。
はっと気がついたみきが、隣をつつく。
「ほらあなた」
「ああ、うん。 」 なにやらまだぶつぶつ言っている。 ほらほら、とさらに突付かれて彼はようやくアクセルを踏んだ。 そこから車まわしまでが100Mほど有っただろうか。 たどり着いてみれば事前に連絡があったのだろう、玄関には様式美にのっとったメイド達と使用人の列がずらりと並んでいた。 2人がドアに手を掛けるよりも早く、外側から使用人によって恭しくひらかれる。
すっかり雰囲気に飲まれてギクシャクと降り立てば、すかさず押し出しの効いた老紳士が深々とお辞儀する。
「ようこそいらっしゃいました。 福沢祐一郎さま。 福沢みき様。 私めは当家の筆頭執事を勤めます長谷部でございます。 どうぞ、お気軽に ”せばすちゃん(ハート)”とお呼びください。 」 謹厳な面持ちを全く崩さず、真摯な表情で改まる様子は、全く冗談を言っているようには見えない。 「となりはメイド長を勤めます、飯倉でございます。 控えますは、使用人どもでございます。 主じより、『当家一の姫の姉妹(すーる)は、すなわち当家の新たな姫と思い仕えよ。 ご両親様は、当家主筋格として扱え』 と、お世話を言いつけられております。 以後、ご自分のお宅と同然に思し召し、何なりと申し付けくださいませ。 」
そこでメイドたちがうち揃って挨拶をした。 「「「お帰りなさいませ。 ご主人様。 奥様。 」」」
祐一郎氏はかなり精神的なダメージを負った様である。 ぐらぐらしているうちに、気の効いた若者が車のキイを静かに受け取ると、そのままドライバーシートにすわり、さっさと乗り去ってしまった。 車庫に入れられてしまうようだ。 「あ」 みきは小さく呟いた。 すぐに帰るつもりだったのに。 執事さんや(主に)メイドさんたちに圧倒されちゃってる。 男の人ってこういう時、てんで駄目ね。
「ありがとう。 長谷部さん。 では案内をお願いしますね。 」
みきは、にっこりと微笑んで夫の腕を取った。 やはり女性は強い。
…… 因みに『せばすちゃん(ハート)』と呼んで貰えなかった執事の顔が一瞬哀しげになったが、すっぱりと無視する みき だった。 祐一郎氏は心理的に一杯いっぱいで、気付いてもいないし。
† † †
しかし、女性が強いのは相手方も同じだったりする。
応接室に通された二人を待っていたのは、その家の女主人だった。
スリムなニットのパンツ。 ざっくりしたサマーセータ。 全体をモノトーンでまとめた中で、胸元に燦然と輝く大きな紅玉のブローチ。 その華やかさに負けぬだけのゴウジャスなセミロングの巻き毛が縁取るメリハリの利いた あでやかな顔(かんばせ)。
「はじめまして。 松平綾子でございます。 お嬢様には、うちの娘が本当にお世話になっております。 」
優雅な所作で、手ずから紅茶を入れながら、にこやかに切り出す綾子。
「これはご丁寧に。 福沢みきでございます。 」
「 (あぅ、) 福沢祐一郎です。 」 みきに肘でつつかれた祐一郎氏は挨拶するものの、まだ雰囲気に飲まれている。 この場はみきが対応するしかないようだ。
「こちらこそ、うちの祐巳が色々とご迷惑をお掛けして。 」
「いえいえ、こちらこそ。 本当に、お嬢様には感謝して居りますわ。 あの天邪鬼で頑固者だった娘が、お嬢様の妹(プティ・スール)に成ったおかげで見違えるように(でれでれーんに蕩けるほど)素直になってくれましたの (相手は祐巳ちゃん限定ですけれど) 」
「まあ、そう言っていただけると、多少気が楽ではございますが。 今日も折角のご好意でお泊り会に参加させていただいた挙句に熱を出したとか。 本当にご迷惑をお掛けしまして…。 」
「あらー。 お恥ずかしい話ですが。 あれは私のせいなんですの。 祐巳ちゃんがあんまりにも可愛らしいものですから、夜遅くまで遊んでもらってしまって。 本当に申し訳ありません。 」
長くなりそうだ。 すっかり取り残された祐一郎氏は、ぼんやりと室内を見回していた。
調度品に優しげな物や、それでいて華やかな物が多いところを見ると、この部屋は奥さんのお客さんを迎えるための専用室らしい。 飾ってある賞状や色紙なども綾子宛になっているものばかりである。
「あ、奥さまも リリアンの出身なんですね。 」
つい、ぽろりとこぼれてしまったその一言は、丁々発止の駆け引きを繰り返していた 女性二人の間に1つの波紋を生じさせた。
「「え? 」」
ぐりんと女性二人に睨まれた(ように感じた) 祐一郎氏は、慌てて言い添えた。
「いや、ほらパネル。 リリアンの制服だし。 あの門も。 」
一面に、様々な写真を飾っている中に、 いかにも綾子さまと思しき少女が卒業証書の筒を手に、誇らしげにリリアンの門前に佇んでいる。 今も昔も変わらぬ、深い深い黒に緑を一滴垂らした裾の長いワンピース。 きゅっと結ばれたセーラカラーはアイボリー。 まごう方無きリリアン娘である。
とはいえ、ポニーテールでもツインテールでもない。 幾つも幾つも頭からぶら下がっている縦ロールは、一体なん本有るのか。 ゴウジャスを通り越した奇観と言うべきかも知れない。
みきは何やら思案顔になって、ふと会話が途切れた。
「松平、綾子さま。 松平、綾子さま、、、 」
「あ、私の旧姓は……」 綾子に教えられる前に、みきは自分でその答を見つけた。
卒業写真の少し上に、卒業証書も飾ってある。 その名は。
「か、柏木 綾子!!!! ………さま!!! 」
腰を浮かせながら指差して叫ぶ。
「縦ロールプリンセス、 女たらしの女王様。 山百合会最凶。 紅の十字架! の綾子さま?! 」
ガクブル状態で半分使い物にならなくなったみきを支えながら、祐一郎氏は聞き覚えのある単語に反応した。
「山百合会、の 紅の十字架? ってことは、あれかな。 紅薔薇さまって事かな。 そうすると祐巳の直系の先輩にあたるわけだ。 わあ、凄い偶然だねぇ。 」
その言葉に激しく首を振るみき。
「いいえ、綾子さまは 白薔薇さまだったわ。 なのに”紅”の字を持ってらしたの。 」
「あら? あらあらあら? あらあらあらあら?」 綾子さまがにこりと笑んだ。
「私の字(ふたつな)に随分とお詳しい事。 同世代でいらしたのね。 旧姓はなんと仰るのかしら? 」
あうあう、と言葉にならないみきの代わりに祐一郎氏が応える。
「祝部(ほうりべ)。 祝部みきですが。 」
「まあ、覚えておりますわ。 確か1年も2年も桃組だった。 一つ下の みきちゃんね。 皆の憧れだった、妹持ちの清子さまに『妹にして下さい』 っておねがいした。 清子さまは、あの通り純真な方ですから、『可愛い1年生の好意が嬉しいわ』って、まんざらでも無さそうに自慢してたけれど。 生真面目に受け取りすぎるあの娘。 姉を取られそうだと思い込んだ私の大事な親友・紅薔薇の蕾が泣くので。 私、代わりに いっぺん絞めてさし上げようかしらと思った事もありましたわ。 ふふふ。 今となっては良い思いでですけど。 」
「うふふ。 そう、あれは遠い過去の思い出ですわ。 」
「ほほほ、そうよね。 」
別の何かが始まったらしい。 しまったと、内心臍を噛む祐一郎氏だった。
熱を出したと言う祐巳を迎えに来ただけの筈が、なにやら長くなりそうだ。
夕食には帰るつもりだったが、残してきた祐麒には自力で食料を調達してもらわねばならないかもしれん。
このぶんでは、熱を出した祐巳も、本当にナニをされたのだか。
ぐるぐる考える氏の脇では、静かで深い戦いが続いていた。
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------あの場面には同情するよ 『せばすちゃん(ハート)』 折角の執事業の醍醐味なのにな。 みきさんも冷たいな。
======作者さまに同情されましても、なんと申しますか。 お、そうそう、良い言い回しがございましたな。 確か…… 『同情するなら出番をくれ』 で、ございます。 ほっほっほ。
v1.1:若干加筆・修正 2005.12.03 09:36