【935】 祥子、思い通りに  (まつのめ 2005-12-04 17:53:20)


本流の『【No:516】どうしたいの』の続きです。



 朝の密会で祥子さまは言った。
「昨日は志摩子と話をしたの?」
「え、はい」
「志摩子の気持ちは聞けたのかしら?」
「えっと、わたしと一緒なら薔薇の館にも行っていいってそう言ってました」
「そう。それは白薔薇さまと仲直り出来そうってことなのかしら?」
「あ、いえ」
 昨日の朝、祥子さまが「上手くいく方法を考えましょう」と言った後、祐巳は一番近くに居るのだからと、志摩子さんの気持ちをそれとなく確かめておくように言われていた。
「その、白薔薇さま……嫌い、なのかな? 志摩子さんは白薔薇さまが私のことは嫌っていないと思う、って言ってたのですけど」
 それを聞いた祥子さま、難しい顔をされて、少し考えた後、言った。
「……もしかして昨日、志摩子はあなたと聖さまのことしか話さなかったの?」
「いえ……」
 そんなことは無かったとおもうのだけど、でも確かに「山百合会嫌い?」って聞いたら逆に質問されちゃったしそれに近かったような。
 でも、なにか言ってたはず。
 えーっと、白薔薇さまは、志摩子さんに……。
「あっ! 似てるって言ってた!」
「祐巳」
 祥子さまは眉をお下げになった。
「ちゃんと判るように話して。何が似てるの?」
「え、あ、志摩子さんが白薔薇さま似てるって」
「それだけ? どんなところが似てるとかそういう話はしなかったの?」
 そこまでは。というかそのへんの話は抽象的すぎてよくわからなかったのだ。
 それに……。
「あ、あの、私が白薔薇さまのことでいろいろ考えてたからあんまり志摩子さんの気持ちは聞けなかったので……」
 申し訳なさそうな表情をする祐巳に、祥子さまは一息つくように「ふぅ」とため息をついた後、言った。
「そうだったわ。志摩子はすすんで自分のことを話す子じゃないもの」
「え?」
「はぐらかされたのよ。あなたより志摩子の方が役者は上のようね」
 そうかな?
 と、昨日のことを思い出してみたが、はぐらかされたかどうかなんて祐巳には判らなかった。
 判ったことといえば、祥子さまのお役に立てなかったってことだけだ。
「仕方がないわね……」
 祥子さまは肩から前に垂れた一房の黒髪を片手で後ろにたくし上げながら言った。
「私が聞くわ」
「ええ!?」
 祐巳は驚いた。
 いきなり祥子さまが出てきて大丈夫なのか?
 祐巳と違って祥子さまは山百合会側の人なのだ。今、志摩子さんにアプローチなんてしたら……。
「あのときの話は私も聞いてたのだしもう立派に当事者だわ。 それに、あなたの話だけ聞いて、待っているのはもう飽きたのよ」
 祥子さまはそう言うのだけど、祐巳は祥子さまが動くと聞いて考えてしまうことがあった。
 祐巳は恐る恐る言った。
「あ、あの」
「なにかしら? 言いたいことがあるならお言いなさい」
 ちょっと気に障られるかも知らないから心にととどめておこうと思っていたのだけれど、結局、表情で見抜かれてしまうので自分から言うことにしたのだ。
「え、えっと、もうよろしいのでしょうか」
「なにがよろしいのかしら?」
「その、今は堂々と蓉子さまの妹として」
「……」
 ああ、やっぱり。
 蓉子さまという言葉がでたとたんに祥子さまはなんか『ご不満』という表情を浮かべられた。
 それを見た祐巳はやっぱり言わないでおこうかなんて思ったのだけど。
「祐巳の言いたいことはわかったわ」
「えっ」
 もう判ってしまわれたのですか。
「確かに、今、私は期せずしてお姉さまに再び甘える機会を得ています」
「あ……」
 流石、祥子さま。これだけで判ってしまえるなんて。祐巳の表情がわかりやすいというのもあるのだろうけど。
 つまり、祥子さまは、春から再び蓉子さまの妹と言う立場に戻られて、また一年間蓉子さまと姉妹生活を楽しむことが出来るってわけ。
「朝の会話もあなたは志摩子のこと、私はお姉さまのことばかりだったものね」
 祥子さまは先行した記憶がある分、蓉子さまの心情がよく分かると、それは嬉しそうに蓉子さまとの話を祐巳にしてくれた。
 幸せそうに蓉子さまの話をする祥子さまを見て祐巳は自分もこんな風にお姉さまのことを話すんだろうな、なんて思ったりしたものだ。
「……私が動き出すともうそうも言ってられなくなるわね」
「え、ええ、そうなんです」
 頭脳明晰な蓉子さまのことだから、祥子さまが動き出せばその行動を不審に思うはず。
 そうなれば、円満な姉妹関係に波風が立つことは必至なのだ。
「気遣ってくれたのよね?」
 そう言って祥子さまは『にっこり』と笑われ、祐巳に一歩近づいた。
 ……祥子さま。祐巳はうれしゅうございます。そうやって祥子さまが新たな怒りをおさえる術を身に付けつつあることが。
「は、はい……」
 で、でもですね、その笑ってるんだけど笑ってない表情で迫られると、以前の爆発寸前って表情の百倍くらい怖いんですけど。
「祐巳それはね……」
 ぽん、と祥子さまは祐巳の肩に手を置いた。
「……大きなお世話というのよ!!」
 ひいぃっ。
 お顔を近づけて声をあげるものだから祐巳は思わず頭を抱えて縮こまった。
 それは、祥子のお美しいお顔を間近にしたら祐巳の心臓がドキドキものなのだけど、同じドキドキしてても今のはちょっと意味が違うのだ。
 でも、とりあえず爆発したので祐巳は内心ほっとしていた。
 笑いながら怒る祥子さまなんて恐ろしすぎて、付き合っていたら身が持ちそうにないから。

 ふわっ、と、祐巳は祥子さまの髪のにおいに包まれた。
 祐巳を祥子さまが抱きしめたのだ。
「祐巳。私はね」
 先ほどとは違って優しい声で祥子さまが言った。
「え?」
「私はもう大丈夫よ。もう十分すぎるくらいのものをお姉さまから貰ったから」
「お姉さま……」
「だから、これは恩返しをする機会だと思ってるのよ」


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