(祐巳さんと祥子様が素敵な姉妹になれますように…)
心の底からそう願った桂は最後に涙を流した。そして最高の場所である自分に幕を引いた。
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時は少し遡り、学園祭を前日に控えた放課後。
桂と祐巳は学園祭で発表するクラス出し物の準備に忙しかった。
「祐巳さん、この後は?」
「んー、多分、山百合会の劇のお手伝い行く…と思う」
クラスの中でも、部活や委員会出し物の準備と掛け持ちの生徒は多かった。
実際、桂と祐巳も掛け持ちではあったが、頼まれたら断れない性格からか、
二人残って、クラス準備をする日も多々あった。今日もそうだ。
「そっか。上手くいくといいね」
「うん、でも私の役はそんなに出番ないから〜」
桂が上手くいくといいと言ったのは、祐巳と紅薔薇の蕾の事だったが、
そのまま祐巳の勘違いにのって話す事にした。
「それでも、山百合会主催の劇!羨ましいな!」
「なんで、私なんだろうね。きっと桂さんの方が山百合会の方々の事知ってるんじゃない?」
今、祐巳が持っている『山百合会の知識』は大抵、桂から聞いたものだった。
「もっと自信持ってよ。祥子様に選ばれたんでしょ」
「桂さんの事、親友と思ってるから言うけどさ。実はそういう事じゃないんだよね」
その返事に桂はびっくりした。
紅薔薇の蕾に選ばれたという事を否定された事より、自分の事を『親友』と呼ばれた事に。
そのびっくりは桂の顔にも出ていたが、祐巳は『姉妹問題』の事に対するリアクションと勘違いし、
山百合会の手伝いをする事になった経緯を話した。
「だから、私じゃなくても、あの場所に居た1年生なら誰でも良かったんだ」
「そっかぁ。それで大好きな祥子様の妹になる事を迷ってるんだね」
「私みたいな個性のない人間が山百合会になんて、考えられないよ」
桂は祐巳の話に何個かひっかかる点を見つけたが、どれが重要かわからなかった。
なので、どれが重要な点か、話しながら探す事にした。
「祐巳さん、素敵な姉妹ってどうやって生まれるんだろうね」
「え?そりゃ素敵な人達が当然のように惹かれあって生まれるんじゃない?」
祐巳の返事に桂は、それが答えなのだと思った。だからバラして話す。
「惹かれあうって言っても出会わなければ惹かれあわないよね」
「うん。じゃあ出会う事は必要だね。って、それって運じゃない?」
「運だね。祐巳さんにはそれがあった。他の誰よりも、ね」
「でも、惹かれあってないよ!私の一方通行だもの・・・」
祐巳は珍しく大きな声で反論した。しかし、桂は動じなかった。
「それは祥子様の心の中だからね。私にはわからない。じゃあ惹かれあってないと仮定しようか。
出会う運、惹かれあう想い、素敵な人達。これが祐巳さんの言った素敵な姉妹の条件だよね。
なら今は『運』で1勝。『想い』で1敗。あ、この1敗もあくまで仮定の上だけど」
桂は桂らしからぬ長台詞で話した。
「じゃあ残りは『素敵な人達』なわけだ。祥子様は素敵じゃない?」
「素敵に決まってるじゃない!でも」
桂は知っている。もしかしたらまだ山百合会の方々でさえも気付いていない事を。
だから、祐巳が間違った答えを言う前に静かに言った。
「祐巳さんは素敵だよ」
「どうして…そんな事言えるの?」
「祐巳さん、私達親友でしょ。って、さっき親友って言ってもらえるまで私の一方通行かと思ってたんだけど。
山百合会の人達が気付いてなくても。祐巳さん自身が気付いてなくても、私は気付いている。
祐巳さんは人の心を優しくする才能を持ってる。それは、とてもとても素敵な事よ」
その時、祐巳は(その才能を持ってるのは桂さんでは?)と思った。
しかし、流れから話も逸らせず、自分に向き合ってみても出る答えはなかった。
「そんなのわからないよ」
「わからなくてもいいんじゃない。でも親友の言葉を信じてくれるよね?」
「桂さんの事は信じてるよ、でも」
桂は少しでも彼女に自信を持って欲しかった。自分にはない自信を。
実際、紅薔薇の蕾との姉妹関係がどうなるか、桂にはわからなかったし、
もし上手くいかなかった時、自分の助言は残酷な物になるのではないか、とも思う。
しかし、桂には『そんな事』関係なかった。
「2勝1敗で祐巳さんの勝ち〜」
「もう!桂さんどこまで本気なのよ」
祐巳は今日最高の笑顔で親友を怒った。
その笑顔を見て桂は思う。
たとえ残酷な未来が待っていたとしても、(いつでも私は祐巳さんの最高の場所になるから)
だから、祐巳がドコにいっても大丈夫。(いつまでも親友でいようね、祐巳さん。私はそれだけで…)
それすらも叶わないと、まだ気付かない桂は笑っていた。
「今日はこれくらいにしようか。私も部活の方あるし。祐巳さんもシンデレラの所に行っておいで」
「…うん、今日はありがとね。少しだけど自信がでてきた、かも」
その言葉に桂は顔を強張らせたが、顔を背けてできる限り優しく答えた。
「お礼なんていいよ、親友じゃない」
そして「ごきげんよう」と別れの挨拶を告げる。親友として最後の。
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「親友・・・か」
最高の言葉、そして残酷な言葉。
友達やただのクラスメイトならば、まだ桂の望む未来があったのかもしれない。
欲を言えば、祐巳より1年早くか遅く、生まれたかった。
しかし、その事はとうに『諦めて』いた。
「特別になれた。その事がこんなに嬉しいのに。なんでこんなに悲しいんだろう」
桂はわかっている答えに対する疑問を投げかける。
そうする事で更に深い答えが導き出される事を知っているから。
「それは、私がほしかった特別じゃないから…なら私がほしかった特別って何だろう」
わからないはずもない疑問を自分に投げかける。
しかし、答えはない。立ち止まった場所は、はからずしもマリア様の前だった。
(マリア様、私はどうしたら良いのでしょうか)
当然、答えはない。
しかし、声が桂の心に響いてくる。
『貴方はどうしたいの?』
それはマリア様の声なのか、もしかしたら桂自身の声だったのかもしれない。
それでも、桂にはマリア様の声に聞こえた。
『貴方の望みは何ですか?』
(私の望み。それは私と祐巳さんが想い合う事。でもそれは叶わない想い)
『何故、叶わないと思うのですか?』
(祐巳さんには想い人がいるから。私と祐巳さんが想い合うという事は、
彼女の想い人と上手くいかないという事。それは彼女にとって、とても辛い事だから)
自分の答えの中に、桂は新たに深い答えを見つけた。
(祐巳さんには想い人と歩いていってほしい。
想いも告げず、親友の『フリ』までする私はもう並んで歩けない)
『それでも貴方は迷っている。ならばココで誓いなさい。
何事にも怯まない決意で。後ろを振り返ったりしない覚悟を』
(『飛び立つ大切な人の幸せを妬まない。その決意を』)
(『最高の場所を捨て、一生徒からスタートする勇気。その覚悟を』)
いつしか、マリア様の声は桂の声になっていた。
(そうすれば私は、薄い未来の上を歩いていける。
どうか忘れて下さい。親友の皮を被った私の事を。自分の事しか考えない卑怯な私の事を)
口を真一文字に結び、桂は本物のマリア様に手を合わせる。
(祐巳さんと祥子様が素敵な姉妹になれますように…)
そして最後に涙を流した。
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あとがき
はじめまして、失礼致します。『誓』と申します。
いままでコッソリROMっていたのですが、この度、初SSを書かせていただきました。
元は「ロサ・カツーラ」から始まるタイトルのコメディだったのですが、
ブラウザが固まった為、新しいタイトルで書いているとこうなりました(笑)
支離滅裂な所も多々ありますが、ご指摘や感想いただけると嬉しいです。