このお話には微量ではありますがGL要素が含まれています。誠に勝手ながら苦手な方はスルーしていただきますようお願いいたします。
ただし主題はそこではありませんので、読んでいただければうれしいです。
作者敬白
「ごきげんよう、志摩子さん」
ある日の放課後、いつものように乃梨子が薔薇の館のビスケット扉を開けるとそこにいたのは白薔薇さま・志摩子さんだけだった。
他のメンバー、わけてもリリアンのしきたりには人一倍口うるさい瞳子がいる時はリリアンの流儀に則って『お姉さま』と呼ぶことにしている乃梨子だが、二人っきりの時は親しみを込めて 『志摩子さん』 と呼ぶのは二年生になった今でも変わらなかった。
「ごきげんよう、乃梨子」
乃梨子の挨拶に志摩子さんは仕事の手を止めて、いつものように柔らかく微笑んで応えてくれた。
この笑顔に会えただけで乃梨子にとってその日一日は充実したものであったと心から思える、そんな素敵な笑顔だった。
「今お茶いれるね」
「ええ、お願いね」
先に来た志摩子さんがセットしておいたのだろう、電気ポットには既にお湯が沸いていて乃梨子はすぐにお茶の準備を始めることが出来た。
最初に食器棚から丸くて白い磁器製のポットを取り出すと電気ポットからお湯を注いで温め、その間に二人分のカップとソーサーを用意してポットと同じようにカップにもお湯を注ぎ温める。温まったポットのお湯を捨てて代わりにダージリンの茶葉をティースプーンで二さじ入れた後、改めてカップ二杯分のお湯をポットに注ぐ。
蓋をして茶葉を蒸らす間 『美味しくなりますように』なんて、家で菫子さんとお茶を飲む時には決して考えないようなことを思って、そんな自分が照れくさくてつい頬を染めてしまう乃梨子だった。
頃合いを見計らいポットからカップにお茶を注ぐと二人分のカップをトレイに載せてテーブルへ運び、お待ちどおさま、と言って一客を志摩子さんに、もう一客を志摩子さんの隣、自分の場所に置く。そしてトレイを流しの方に返すと志摩子さんの隣に戻って座った。
「どうかな?」
志摩子さんが一口すすった後、顔を覗き込むようにして尋ねると志摩子さんは笑顔で応える。
「とっても美味しいわ」
「よかった」
お茶を上手にいれたことを誉められた。たったそれだけのことが乃梨子にとってはこの上もない喜びに感じられた。だってそれが志摩子さんの言葉なのだから……。
心まで温かくなるような志摩子さんの笑顔につられるように、乃梨子も笑みを浮かべてカップを口に運ぶ。その時志摩子さんは言った。
「だって乃梨子が心を込めていれてくれたんですもの」
「っ! あっつぅ!」
おそらく志摩子さんにすれば何気なく言ったのだろう。しかしそんな何気ない言葉にドキリとした乃梨子は思わずむせ込んでしまった。
「大丈夫? 乃梨子」
志摩子さんはポケットから白いハンカチを取り出すと、むせた拍子に唇の端からわずかにこぼれたお茶をふき取ってくれるのだった。
「ん、ちょっと舌を火傷しちゃったみたい」
赤くなり照れ笑いする乃梨子に、しかし志摩子さんは真顔で言う。
「まあ大変、ちょっと見せてごらんなさい」
「や、別に大したことないから」
「いいから」
「……うん」
みっともないところを見せてしまった気恥ずかしさからあわてて頭(かぶり)を振る乃梨子だが、真剣な表情の志摩子さんにおされてやむなくチロッと舌先を出してみせた。
息がかかるほどに近づいた志摩子さんのきれいな顔に耐えられず、乃梨子は我知らず目を閉じる。
「よく見えないわ。もう少し出してみて」
「……」
言われるままに出した舌の先はやはり火傷のせいだろうか、少しヒリヒリする。だが次の瞬間、乃梨子はそれとは別の感覚を覚えた。そう、それは正しく『触覚』だった。
驚いて目を開けると、目の前には乃梨子と同じように小さく舌を出した志摩子さんがいた。
「何したの、今……」
「ウフフ、知りたい? こうしたの」
悪戯っぽく笑うと志摩子さんは乃梨子の顔を両手で引き寄せ、舌の先で乃梨子の唇にそっと触れた。
「なっ! 志摩子さんっ!」
真っ赤になり口を押さえて飛びずさる乃梨子に、ほんのりと頬を染めた志摩子さんは言う。
「赤くなってて痛そうだったんですもの。もしかして乃梨子はイヤだったのかしら」
「イヤじゃなくてむしろうれしいっていうか、ってそうじゃなくて私たち女の子同士なんだしこういうのはどうかと……」
ギリギリで残った理性で乃梨子が言うと、志摩子さんは萎れたようにうな垂れて言った。
「ごめんなさい。乃梨子がイヤならもうしないわ」
「違うの志摩子さん! 私も志摩子さんとならイヤじゃないよ!」
「そう、うれしいわ。だったらもう一度」
腰に手を回され抱き寄せられながら、乃梨子は小さく呟いた。
「待って。ここじゃ祐巳さまや由乃さまが来ちゃう」
「フフフ。大丈夫、誰も来ないわ。だって私がみんなに言っておいたから。 『今日は薔薇の館に来ないで』って」
「えっ? それじゃあ」
志摩子さん、もしかして初めから……。
そう問い掛けようとした乃梨子の口は、志摩子さんに優しく塞がれてしまった。
そして乃梨子は自分にも意味の分からない熱い涙が頬を伝うのを感じるのだった。
「よーし書けたっと。投稿ボタンをポチッとな。ニヒヒッ、今回は何票入るかな」
乃梨子が図書館にある端末のディスプレイで自分の作品を腕組みして満足気に読み返していると、背後から声が掛けられた。
「何してるの?」
しかし投稿後も誤字チェックに余念のない乃梨子は振り返らずに後ろの声に応える。
「うん、『ぐちゃぐちゃSS掲示板』 に投稿してたの。最近ハマッててね」
「何だか楽しそうね」
「妄想垂れ流しでとっても楽しいよ。うーん、それにしてももうちょっと黒志摩子分があった方が良かったかなあ」
「黒志摩子ってなあに?」
「ぐちゃSでは志摩子さんは黒いのがデフォなのよ」
「まあ、そうなの」
校正に集中してディスプレイから目を離さず生返事で応えていた乃梨子だが、ふと気づいた、画面に映り込む背後の人の顔は果たして。
「 し 、 志 摩 子 さ ん !?
今日は環境整備委員会の日だったんじゃ!」
「最近乃梨子が図書室で何かしてるって聞いたから、ちょっと見に来たの。そう、乃梨子はいつもこんなことを考えていたのね」
「ち、違うの志摩子さん! これには理由(わけ)が!」
「フフフ、話は薔薇の館で聞かせてもらおうかしら。ちょうど今日は誰も来ないはずだから」
「誰も来ないって、そんな……」
「怖がることないのよ。さあ行きましょう」
いつものように微笑んでいるのになぜかとっても怖い志摩子さんに手を曳かれて薔薇の館へ向かいながら、しかしこれから起こるであろうことがまた一つぐちゃSに投稿するハァハァネタになるかも、などとチョッピリ期待しているダメダメな乃梨子であった。