【No:935】の続きです。時々戻ったりしてるので時系列の整理が必要ですね。
午前中の最後の授業は移動教室だった。
「祐巳さん」
教室に戻る途中でいつのまにか居なくなっていた志摩子さんが少し遅れて帰ってきて祐巳に声をかけてきた。
「あ、志摩子さん。何処へ行ってたの?」
「いえ、紅薔薇のつぼみの呼び止められて」
「え? 祥子さまに!?」
「ええ」
さすが、祥子さま。
今朝言ったことをもう実行されている。
「で、祥子さまはなんて?」
興味深げに聞いてくる祐巳に、志摩子さんは少し考えるように間を置いてから答えた。
「……今日の放課後、祐巳さんと一緒に薔薇の館に来て欲しいって」
「あ、それだけ?」
祐巳はちょっと拍子抜けした。
祥子さまの事だから、聖さまのことをどう思っているかだとか、根掘り葉掘り志摩子さんに聞いたんじゃないかと思ったのに。
「それから、白薔薇さまのことも聞かれたわ」
おっと。
やっぱり聞いたんだ。
「それで?」
先を促したが、志摩子さんはそれには答えずに言った。
「それより、祐巳さん?」
そして、まっすぐ向き直ってじっと祐巳の目を見据えた。
「な、なに? 改まっちゃって」
志摩子さんは祥子さまとはタイプが違うけど、学園きっての美少女だ。
そんな志摩子さんにこんな間近で見つめられたらドキッとしてしまう。
そういえば、と祐巳は思った。
未来を知っているとはいえ、入学早々祥子さまと並ぶほどの美少女に声をかけていきなり仲良くなってしまった自分ってなんなのだろう。
『前回』は平凡を絵に書いたような人だったはずなのに、『今回』は周りから見たら祐巳は相当変な人に見えただろうなと思うのだ。
そう考えると思い当たる節があった。
昼休み以外の休み時間は志摩子さんと離れているというのに関わらず、あまり回りの人が話題を振ってこないというか。
やはり前回のように『平凡』で『当り障りのない』人物とは見られていないのだろう。
これはいまさらといえばいまさらなことなのだけど。
見つめられて動揺してか、そんなことを考えてしまった祐巳は、志摩子さんの次の言葉で別の意味でさらに動揺させられることとなった。
「祐巳さんって、もしかして紅薔薇のつぼみと……」
漫画ならギクッという擬音が大きく書かれたであろう。
……まさか、祥子さまが?
『秘密にしておきましょう』と言った祥子さま自身がばらしてしまったのなら祐巳があせる必要はない。
でも、そうじゃなさそう。
今、志摩子さんは『もしかして』って言ったのだ。
志摩子さんが祥子さまの様子だか言葉だかから祐巳との関係に気づいてしまったのかもしれない。
でもその志摩子さんの言葉の続きは語られることは無かった。
「ねえ、ねえ、紅薔薇のつぼみが何?」
桂さんが祐巳の後ろで聞き耳を立てていたようで、志摩子さんの『紅薔薇のつぼみ』という言葉にそう聞いてきたからだ。
「か、桂さん……」
実は教室に戻ってくる途中で志摩子さんを見失ったのは桂さんに話し掛けられたからだったのだ。
そのときは別に山百合会とは関係のない話題だったのだけど。
「やっぱり祐巳さん達が山百合会の人からアプローチされてるって噂、本当だったのね」
「え、いや、それは……」
『やっぱり』ってことは知ってたということだ。
教室に戻る途中もその話題につなげるつもりで話し掛けてきたのだろう。
「祐巳さん、行きましょう」
桂さんとの会話を遮るように志摩子さんがそう言った。
「え? あ、志摩子さん?」
「あ、ちょっと……」
志摩子さんは席に戻ってお弁当を取り出してから一度祐巳の方を見て、祐巳が同じようにお弁当を出しているのを確認すると、教室の前の扉の方へ歩いていった。
「じゃ、桂さん、また後でね?」
祐巳は桂さんに「ごめん」と頭を下げて、志摩子さんの後を追った。
薔薇の館には祐巳は二回、志摩子さんは一回赴いている。
一回目の時は『黄薔薇のつぼみの妹』の由乃さんが教室まで呼びに来たのでそれなりに噂になった。
これが呼び出されたのが志摩子さんだったら結果も違っていたのだろうけど、その行動はどうあれ、もともと祐巳はぱっとしない生徒だったので『別にたいしたことじゃない』と答えてしばらくしたら話題にもされなくなっていた。
そして、二回目の志摩子さんと行ったときは、別にお迎えがきたわけじゃなくこちらから出向いたのでクラスの人たちは全然認識していないかった。
それが今になって桂さんは『祐巳さん達が』と明らかに志摩子さんも含めた噂を持ってきたのだ。
しかも『やっぱり』と。
多分、二回目の訪問のとき、薔薇の館に入っていく二人を見てた人がいたのだろう。
もちろん書類の提出など、一般生徒が薔薇の館に入るのは珍しいことではないのだけど、噂になったのは部活に入っていなくて(志摩子さんは委員会やってるけど)山百合会との接点を考えにくい二人だって知っている人にそれが伝わったからだと思う。
だた、そんな噂を聞いても祐巳は一々弁解したり対処する気にはならなかった。
だって、これから山百合会に関わっていく過程でもっと噂が流れるにきまってるから。
だから祐巳が願うのは、志摩子さんや白薔薇さまを傷つけるような噂だけは広まらないで欲しいということだけだった。
結局あのあと、志摩子さんは祥子さまに関する話題に触れることは無かった。
そのことが逆に祐巳には不安の種となったのだけど。