「逆青田買い同好会一番隊!」
「別名青田狩られ隊参上!」
今日は5人か。
こうして校舎から出たところで取り囲まれたのは何回目だろう。
いい加減慣れてきた乃梨子は苦笑しつつ一応ツッコミを入れた。
「……一応聞いておくけど、一番隊ってことは2番とか3番もあるのね?」
それを聞いた一番隊はぱあっと表情を輝かせた。
やっぱりそこに突っ込んで欲しかったのね。
「はい、上は中等部から下は幼稚舎まで実に一万と六千三百八十四番隊を数え……」
「ふーん」
いまいちつまらなかったのでそう答えたら。
なんか言った子はなんだかわなわなと震えだした。
「青田狩られ隊の掟その1!」
「え?」
「スベったら厳罰!!」
「いやーーーっ!」
「ちょ、ちょっと!?」
何をするのかと思ったら、複数で取り押さえて額にマジックで落書きだった。
「うぅっ……」
処罰が下った子は額に「中」とかかれて涙目になっている。
なんで『中』なのか良くわからないけど。
なんかかわいそうだけど、まあ一緒にやってるわけだから放っておいて大丈夫と判断した。
というか関わりたくないし。(本音)
「で、結局あなたたち何がしたいわけ?」
「それはもちろん」
今度は別の子だ。
「寿限無の暗唱を乃利子さまに披露しに!」
「……」
突っ込まない。
「じゅ、寿限無、寿限無、五劫のすりきれ……」
お、頑張るな。
でもなんか脂汗かいてる。
「……やぶらこうじのぶらこうじ……」
声が震えてきた。
というか
「……の長久命の長助?」
最後は疑問形だった。
「ふうん?」
「「処罰!」」
暗唱の子はがっくしとうな垂れて、左右から腕を捕らえられ、植え込みの向うに連行されていった。
これで終わればいいんだけど、彼女は額に「寿」と書かれて他の子たちと一緒に帰ってきた。
いや、乃梨子が隙を見てさっさと逃げてしまえば良いのだけど、この子らの活動は微妙に高等部に広まってしまって、乃梨子は彼女らの担当にされてしまっていた。
この間なんかは無視して薔薇の館まで行ったら、志摩子さんにまで「相手をしてあげないと」と言われてしまったのだ。
そんなわけで、実に不本意ではあるが、乃梨子が一通り見てあげると彼女らは満足して帰るということもあり、時間のあるときはこうして付き合うことにしたのだ。
「さて、あとは何かな?」
まだ三人いるし。
今回は突っ込まなければ勝ちらしいし、さっさと終わらせよう。
乃梨子がそう思っていると、次の子が一歩前に出た。
「乃梨子さま!」
「はい?」
「私は平家物語の冒頭部分の暗唱をっ!」
うーん、元気がいいけど、また暗唱なのね。
「いいわよ?」
平然とそういう。
「うっ……ぎ、ぎおんしょうじゃのかねの『おと』」
「かねの『こえ』でしょ?」
「しまったあっ!!」
「「処罰ーーっ!!」」
『処罰』された子も一緒に指差して叫んだ。
というか人を指差すのははしたないわよ?
三人目、額の文字は『平』だった。
「では代わりまして私が松尾芭蕉の奥の細道の……」
っていうかいつから暗唱大会に?
でも突っ込まないわよ。
「そうぞ?」
「えー、月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人也……」
あら。この子は流暢だわ。
しばらくそれ聞いていると、
「……取もの手につかず。『ももしき』の破を」
「ちょっとまって、『ももしき』じゃないでしょ?」
「え? 違うんですか?」
百人一首の『ももしきや ふるきのきばの しのぶにも……』とごっちゃになってるんじゃ?
「残念。もったいないからちゃんと覚えようね?」
意味わかってないで覚えたんだろうな。
「あ……」
4人の視線に気付いて青くなる『奥の細道』の子。
「……」
無言で連れ去られた。
というかなんでわざわざ物陰に行くのかな。
彼女は額『もも』とひらがなで書かれて帰ってきた。
「そ、それでは殿を勤めさせていただきます私は円周率の暗唱を」
おおっ、いきなり円周率とは。
全部国語で攻めてくると思ったら変化球だよ。
「いいわよ。でも検証は出来ないわ」
「はい、それなら『こんなこともあろうか』と!」
そう言って襟元から折りたたまれた紙を出した。
というか何処に入れてるのよ。
「ここに2万桁まで打ち出してあります」
「用意周到ね」
その紙を受け取り……って温いんですけど。
「はい。乃梨子さまの為に胸元で暖めておきました」
つ、突っ込まないわよ。
「じゃ、始めていいわよ」
突っ込まないのって結構ストレス溜まるな……。
「はい。それでは、『3』、以上」
「……」
しんと静まり返る中庭。
「い、いえ、新学習指導要領で円周率が3になったという……」
風が吹いて乃梨子の手元でコピー用紙がかさかさと音を立てる。
「で、ですから、その話題を皮肉ったネタでして……」
それぞれの文字を額にした子たちが『円周率』の子の肩にぽんと手を置いた。
「青田狩られ隊の掟その2!」
「スベったネタを解説するべからず!」
「うっ……」
連れて行かれた。
もちろん額の文字は『3』だ。
これで全員終わったわけだが。
「最後に乃利子さま!」
「なあに?」
まだ終わらないの?
「乃利子さまは何か暗唱なさりませんか?」
「え? 私?」
「乃利子さまは学年主席ですから暗唱などいくつもこなされてますよね」
「ええ、まあ……」
受験のとき散々やったけど。
「それならば是非!」
額に文字書いた子が5人並んで迫ってくるとなんか滑稽だわ。
「じゃあ、あれでいいか……」
そして、自称一番隊の子たちの前で乃梨子はすらすらと暗唱をし終えた。
「「「「「……」」」」」
なにやら嫌な空気が流れる中庭。
「あ、あれ?」
「……乃梨子さま。それはどういうネタですか?」
「ネタじゃないわよ?」
「では素で言ってる訳ですね?」
「素で、ってこれは私が勉強以外で暗記した中で一番親しんでるものなのよ?」
なんだろう。
『般若心経』唱えたくらいでなんでそんなに真剣に話し合いを始めちゃうのかしら?
彼女たちは額をつき合わせてなにやら話し合ってる。
「……でも」
「……そう思うわ」
「……やっぱり」
あ、なにやら結論が出たみたい。
そしてまた乃梨子の前に並ぶ逆青田買い同好会一番隊の面子。
「はい、それでは発表します」
「は、発表?」
「乃梨子さまの額の文字は」
「え!?」
「「「『肉』に決まりましたっーーー!!」」」
「ちょっとまてーーっ」
〜 〜 〜 〜
その後、薔薇の館に赴いた乃梨子がメンバー全員に笑われたのは言うまでもない。