『がちゃSレイニー』
† † †
「令。姉妹制度に関しては、あなたも当事者でしょ。軽く引き受けてしまって大丈夫なのかしら?」
問題にされている当事者は、薔薇の館の住人と新聞部。
なのに何故、令だけが? 釈然としない気持ちで聞くと、
「それ、祥子に言われたくないなぁ。投票なんて後先考えずに言い出したの、誰」
「くっ」
確かに令は、剣道部では皆と平等に由乃ちゃんと接しているけれど。
でも納得いかないわね。私がいつ誰を贔屓したのよ。
……もしかして茶話会のこと、いえ梅雨のことが原因かしら。
「まぁ仕方がないし、大丈夫だとは思うよ。だって三奈子さんが書いた第二号外、よく出来ているから」
「と、当然よっ。私は、やる時はやるんだから」
さっきまで呆然と立ち尽くしていた三奈子が、いつのまにか傍にいる。話を聞いていたのだろう。
祥子は、第二号外をしっかりと読んでいたわけではなかった。
各教室に配られた第二号外は部数も少なく、朝に三奈子の説明を聞いただけだった。
「どういうことかしら」
「この記事にはね、贔屓がないの。多姉多妹だけじゃなくて、多姉一妹、一姉多妹、一姉一妹、姉妹を持たない、それぞれの長短がよく調べてある。わかり易く例を挙げて書かれているのよ。姉妹は規則ではないこと、選択するのは個人、その問題は姉妹の責任と言うことも明確にしてある」
「お家騒動に、他藩は口出ししないのが礼儀。前年度の薔薇さま方も言ってらしたから」
(そう言えば三奈子さんは、前年度の薔薇さま方のファンだったわね)
姉妹問題は当事者間で解決すること。それに規則でもないことを、公表せずに薔薇たちが話し合ったり採決したりしたからと言って、そのまま規則になるということなど民主主義に反している。
「それに各薔薇の見解、というか賛否が添えてあるだけのレイアウト。見出しは派手だけど朝に起きた事実、記者の感情や思わくは一切書かれていない。珍しく公正な記事でしょ」
令はそう言いながら、先ほど発行された第二号外をぴしと叩いた。
「もう。珍しくってなによっ。失礼ね」
三奈子さんが吼えるが、顔は恥ずかしそうだ。自覚しているらしい。
「なるほど。でもごめんなさいね、令。賛成の志摩子はともかく、令の反対を勝手に載せてしまって」
「いいのいいの、本当のことなんだから。あと、つぼみの賛否を載せなかったのは良い判断よ」
そう。つぼみやその妹は、正式な山百合会の役員ではない。
姉を助けるために、自主的に手伝ってくれているのであって、それも強制ではないのだ。
「そうね。つぼみ以下に、こういった重要案件を採決する権限はないわ」
「話題にはなるんだけれど、つぼみだものね」
残念だけど、と三奈子さん。いつもの真美さんと、立場が逆転してるわね。
「少しは成長したのね、あの頃が嘘のよう」
「祥子さん、それは言わないで。今回は収拾させたいのだから煽るのはダメ。それにこれは妹たちの不始末なんだから」
「由乃も絡んでるからお互いさま。それにしても最初の号外。らしくないね」
「……弁護になるかもしれないけれど、生徒の支持やその影響を計りそこねたのかもしれないわ。例えばそう、黄薔薇革命や温室の妖精と違って」
そう、今回は姉妹制度そのものに言及してしまったのだ。
神聖なもの、タブーに触れてしまったと言っていいだろうか。
「でも驚いたわ。こんなにも早く調べて、記事にすることが出来るなんてね」
「大切な友達や姉妹のことで、いろいろ考えていたこともあってね。記事はその友達に手伝ってもらえたの」
彼女もいろいろと理由ありらしい。
あとは実際の投票のことだけれど、どうするのだろうか。啖呵を切った手前、祥子や志摩子は関われない。
「令。投票のこと、何か考えがあるのかしら?」
「うーん、今回のは採決って言うのは違うんじゃないかな。どちらかと言うと全生徒による世論調査に近い。決まっても規則にするわけじゃないからね」
「そうよね。時期はどうするの? よければ新たに号外を出すけれど」
さっきの話、聞いていなかったのか、聞こえなかったのか。
若しくは聞こえてない振りなのか三奈子が嬉々としている。
「だめよ。さっき令は放送を使うって言っていたじゃない」
「それなら仕方がないわね。となると……選挙管理委員になら手伝ってもらうことが出来るわよね。公正だし」
「そうね。ある程度流れが決まれば、あとは選挙管理委員に託すわ。日時は……準備もあるから。やるとしたら試験前か最終日、若しくは終業式の日かな」
選挙管理委員。来年一月の選挙まであと一ヶ月と少し。実直なリリアンの生徒らしくすでにその準備を終えているだろう。
しかし、今から手伝いを頼むのは心苦しい。あまりにも多くの人を巻き込んでしまった。
なぜ、こんなことになったのだろう。最初はただ妹たちのためだけだったのに。
やはり、黙っていないで最初から手を出しておくべきだったのか。
「期間を空ければ冷静になれるけれど。時間が経ちすぎると、間違って重複してしまった姉妹の傷は大きくなるわよ」
「だから、この第二号外が助けになる。全生徒に行き渡るように増刷して、放課後までに配ってくれないかな。もちろん投票のことはノータッチでお願いね」
「令さん……わかったわ。お昼には配れると思う」
じゃあね、と三奈子と別れる。
これから新聞部に投票のことを説得して、号外を増刷するのだから大変だろうと思う。
(そう言えば三奈子さん、今日は休みなのかしらね)
「令。あの、ありがとう……」
「ん」
何にしても助かった。こんな時、私が頼れるのは令だけなのだ。
とても大切な親友。
『二年藤組 藤堂志摩子さん。至急生活指導室まで来てください。繰り返します……』
教室に向かう途中、呼び出しの放送がかかり、令と顔を見合わせる。
「志摩子、大丈夫かな」
「理由が何かはわからないけれど、今回の一件ではなさそうね。呼び出しは一人だけだもの」
「そうよね」
他に呼び出しがないと言うことは、少なくとも姉妹制度や新聞部のことではなさそうだ。
それよりも、もっと気になることが目の前にあった。
「祥子。あれ瞳子ちゃんじゃない?」
「あら本当。何をしているのかしら……」