ある日の放課後の事である。
乃梨子は校舎から中庭へ出る扉から出たところで空を見上げていた。
いつもはただ通り過ぎるこの場所で立ち止まったのは、ここしばらく晴天が続き、乾燥して白っぽくなった地面にそろそろ潤いが欲しいかな、などと考えてしまったからだ。
柄にも無いことを思ってしまったのは環境整備委員をやっている志摩子さんの影響かな、と、その自分に向けられる優しい笑顔を思い出して乃梨子は顔を綻ばせた。
そして、早く薔薇の館に行かなければ、と再び乃梨子は歩みを進めようとしたのだが。
「逆青田買い同好会、二番隊!」
「青田買われ隊、またの名を『乃梨子さまに抱きつかれ隊』推参!」
「げっ!」
ついこのあいだ、放課後中乃梨子を追い掛け回した連中だった。
いや、乃梨子が逃げたから追いかけてきたのだが、その目的を聞けば逃げたくもなるというもの。
でもあの時は番号はついていなかったはず。
とりあえず、逃げる。
「今日こそ乃梨子さまの奥ゆかしいお胸を我が物に!」
「大きなお世話よ!」
といいつつ、乃梨子はもう走り出していた。
逆青田買いと称する集団はいくつか存在している。
まず、先日の一発芸で突っ込まれることに情熱を傾ける一番隊だ。
そして今日二番隊と名乗った乃梨子とスキンシップを図ろうとする集団。
その他にもともとのリーダー格の子、この子は割と常識が通用する、が居る、正統なファンクラブ的活動(?)をしているゼロ番隊とでも言うべき子たちがいる。
まとまって行動しているのはこの3つくらいだけど、他にも一人か二人でゲリラ活動に出る子がいるから油断は出来ない。
菜々ちゃんは別格。あの子はこっち側(青田買い)に馴染んじゃって見かけるときは大抵瞳子たちとつるんでるから。
それはともかく、自称二番隊に追いかれられつつ乃梨子が中庭を抜けて渡り廊下から再び校舎内に逃げ込もうとした時だった。
「あら、乃梨子さん?」
「瞳子、そこどいて!」
乃梨子の進路に丁度そこを通りかかった瞳子が。
「うわっとっ」
あわや正面衝突というところで、瞳子がバックステップで乃梨子をかわしたもんだから、衝突に備えていた乃梨子は勢い余ってつんのめった。
「乃梨子さん!?」
「「「乃梨子さまっ!」」」
それはもう豪快に転んだ。
「痛ったぁ……」
とっさに手を付いて床に顔面でダイビングは避けられたのだけど、変な体制で転んだために足をくじいてしまったのだ。
「乃梨子さん、今はちょっと急いでいるので保健室までお供出来ないのですわ」
瞳子は申し訳なさそうにそう言った。
「あ、いいよ、大したことないし」
そう言って、瞳子を安心させるために立ち上がろうとした。
「「「乃梨子さまっ!」」」
「うわっ・……なに?」
「無理なさらないでください」
「折れているかもしれませんから」
「いや、そんなこと無いって」
「私達が保健室までお送りします、いえ、是非送らせて下さい」
なんかみんな鼻息が荒いんですけど……。
「ちょ、ちょっと、本当に大したこと……」
「では私が肩をお貸しします」
「話を聞けって……」
「では私は反対側の肩を」
仕方が無いので、両側から方を支えられてとりあえず乃梨子は立ち上がった。
「では私は右のおみ足を」
「こら……」
「それでは私は左を!」
「まてまてまてーーー!」
両足を捕らえられて乃梨子の身体は地面から離れてしまった。
「あっ、すみません、腰を支えませんと」
「恥ずかしいじゃない! 下ろしなさい!」
それはたとえるならば、『御輿』。
「乃梨子さん」
ちょうど顔の近くに瞳子が居た。
「あー、瞳子何とかしてよ、この子たち」
「……ご冥福をお祈りしますわ」
チーン。
絶句する乃梨子の脳裏に幻聴が響く。
「では、逆青田買い同好会、二番隊!」
「『乃梨子さまに抱きつかれ隊』改め『乃梨子さまをお持ち帰り隊』いざ!!」
「ばかぁ、下ろせー! 下ろしてぇ〜」
先日の一番隊と共に彼女たちには別名があった。
技の一番隊、力の二番隊と。
――その日の乃梨子の行方は誰も知らない。