「…何してるの?」
「キャッ」
何故か木の上に登り、完全?に木々と同化しながら、カメラを構えて何処かを一生懸命覗き込んでいる内藤笙子に声をかけたのは、写真部のエース武嶋蔦子だった。
完璧なまでに隠れたつもりだったのに、あっさり見付けられた笙子は、驚きの声をあげた。
「…蔦子さま」
「危ないわよ。早く降りていらっしゃい」
枝の上の笙子を見上げながら、手招きする。
「分かりました。でも、よく見付けられましたね」
「そりゃね。そこはもともと私が発見したスポットだし。それに…」
「それに?」
「見えてるわよ?」
「え!?」
慌ててスカートを押えようとした笙子だったが、片手を離した瞬間体勢を崩し、そのまま枝からすべり落ちた。
「キャァ!」
「危ない!」
とっさに駆け出し、手を伸ばした蔦子は、ギリギリのところで笙子を受け止めることに成功した。
しかも、お姫様抱っこの状態で。
蔦子の腕力は、下手をすれば運動部活をしている他の生徒よりも強い。
小柄で細身の笙子一人分ぐらい、軽々…とまではいかないまでも、支えるには十分だった。
「は〜、間に合った…。大丈夫?」
笙子の顔を覗き込むようにして、問い掛ける蔦子。
蔦子の吐く息が、笙子の顔をくすぐる。
「………」
呆然と、蔦子の瞳を見詰める笙子。
「笙子ちゃん?」
「…え?あ、は、はい。だ、大…丈夫です」
何故か顔が真っ赤な笙子。
蔦子は訝しげに、眉を顰めた。
無理もないだろう、憧れの蔦子さまにお姫様抱っこされ、しかも自分は相手の首に手を回しているし、おまけにアップで迫られた日には、赤面しない方がおかしいというものだ。
「怪我はない?痛むところはある?」
「…いえ、どこも…」
「そう。良かったわ」
そぉっと下ろそうとした蔦子。
もうちょっとこのままで居たいなぁと、笙子が思ったその時。
「何してるの〜?」
「わぁ!」
「きゃぁ!」
突然背後から聞こえた声に驚いた蔦子、そのまま笙子を落としてしまった。
「あー、ごめんなさい笙子ちゃん!」
「あ痛たたたた…、だ、大丈夫です蔦子さま」
「ちょっと真美さん!?驚かさないでよ!」
笙子の手を取って立ち上がらせつつ、声の主、新聞部部長山口真美に詰め寄る蔦子。
「おっと失礼。だって、良い雰囲気だったもんだからつい…」
「そう思っているのなら、尚のこと声をかけてもらいたく無かったわね」
土が付いた笙子のお尻辺りを軽くはたきながら、口を尖らせる蔦子。
「ごめんねー。でも、良い写真が撮るためには、仕方が無かったんだわ」
『はぁ?』
ニッカリ笑みを浮かべながら、真美が指差すその先には、左手にカメラを持ち、右手のピースサインを二人に向けた、真美の妹高知日出実が立っていた。
「ようやく笙子ちゃんにも春が来たかな?蔦子さんも、そろそろ彼女のために腹を括るべきね」
「大きなお世話よ!」
「おー、怖い恐い。ゴメンね笙子ちゃん。じゃーねー」
「あ、コラ!?」
同じような走り方で去ってゆく新聞部姉妹に、小さく悪態を吐く蔦子だった。
「ったくもぅ…」
「…蔦子さま、あの」
「あー、ゴメン笙子ちゃん。あのね…」
「はい…」
「…もうちょっとだけ待って欲しいんだわ」
「…はい」
「…ホント、ごめん」
「………」
笙子の手を握ったまま、無言で歩き出す蔦子。
笙子は、なんとなく嬉しそうな顔で、黙ってついて行った。
後日談ではあるが、日出実が撮影した『お姫様抱っこされた笙子と見詰め合う蔦子』の写真は、蔦子の最高傑作の内の一つである『躾』に匹敵する名作として、リリアン高等部に知れ渡ることになったのだった。
それだけではない、同時に撮られた他の写真も、何時の間にやら知れ渡り、姉妹じゃないと言い張るのは当事者だけという変な展開に陥ってしまったのは、二人にとって予想外の出来事…。