「祐巳さん」
「え? なあに?」
由乃さんは部活。 乃梨子ちゃんはまだ来ていない。
お姉さまと令さまは今日は予定があって来れないということで、志摩子さんと二人きり。
「ごきげんよう」と挨拶を交わして自分のお茶を入れ、席に着いたところで志摩子さんが話しかけてきた。
「あ、いえ……ごめんなさい。やっぱりいいわ」
「やっぱりって?」
話し掛けておいてそれはないと思う。
雑談とかのときは黙って聞いてる人だから志摩子さんから話しかけてくるときはなにか重要っていうか実のある話のはず。
「やっぱり」なんて言って引っ込められたら余計気になってしまう。
「いえ、私の個人的な話だから……」
うわぁ。
ますます気になる。
志摩子さんが祐巳に話し掛ける『個人的な話』ってなんなんだろう。
「志摩子さん、何の話かわからないけど、それ話すと私に迷惑がかかるとか思ってない?」
「え……」
志摩子さんは思ってます、って顔をした。
「私ちょっと頼りないかもしれないけど、志摩子さんの友達だよね」
「え、ええ。もちろん。それに頼りないなんて思っていないわ」
嬉しいことに志摩子さんはそう言ってくれた。
「だったらさ、やっぱりなんていわないで、話してくれないかな? 私、迷惑なんて思わないよ?」
「そう…、そうよね。 ごめんなさい」
志摩子さんは謝ってから、おそらくまだ来ていない乃梨子ちゃんを意識したのだろうか、窓の方に一度視線を向けたあと、また祐巳の方を向いた。
「乃梨子に」
そして、何から話したらいいのか戸惑うように志摩子さんはゆっくりと話をはじめた。
「親しい下級生が出来たの」
「……そう」
「祐巳さん」
「なあに?」
「『いまさら』って思ったでしょ?」
「ごめん、思った」
だって乃梨子ちゃんの親しい下級生って言ったら、このあいだも四、五人の中等部の子たちと追いかけっこしてたし、祐巳が目撃しただけでも最低七、八人はいるはずだ。
「そうじゃないのよ。 確かに乃梨子には中等部との交流で頑張ってもらっているのだけれど」
話によると、おでこに落書きされたり強引に連れ去られたりと乃梨子ちゃんも苦労しているみたいだ。
そういえば最近乃梨子ちゃんちょっと疲れている?
普段はあんまりそういうの表に出す子じゃないのに、最近は薔薇の館にくるなりため息をついたりしてたっけ。
「学校の外でも会ってる子がいるみたいなの」
「みたい? 乃梨子ちゃんから聞いたんじゃないんだ」
「ええ、乃梨子は何も話してくれないから……」
そうだったんだ。
なんだか乃梨子ちゃんはなんでも志摩子さんに話すみたいに思ってたけど。
「でもそれって偶然会ったとかじゃないのかな」
なんか一方的に慕われてるみたいだから街で偶然会って付きまとわれちゃったのかもしれないし。
「ええ、私も最初はそう思ったのだけど」
「他にもなにかあったの?」
「朝、一緒に登校して来たのを見たわ」
「え? でも中等部とじゃ時間が合わないんじゃない?」
「そうなのよ。 中等部のほうが早いから乃梨子の方があわせなければ一緒になんてなれないのに」
つまり、乃梨子ちゃんが積極的にその中等部の子に時間を合わせたということになる。
「そうか……もしかして今年の山百合会のクリスマスパーティーに連れてきたりして」
「……どうして私に教えてくれないのかしら」
そう言って沈み込む志摩子さん。
ここは親友として、祐巳が励ましてあげないと。
「あ、あの、恥ずかしかったんじゃないかな、いつも相手をするのが疲れるみたいなこと言ってたし、意外と照れ屋さんじゃない乃梨子ちゃんて」
「もう、乃梨子もお姉さまになるのよね……」
感慨深く志摩子さんはそうつぶやき、物憂げに窓の外の空を見上げるのだった。
「志摩子さんってば……」
「ごめんなさいね、祐巳さんにこんな話」
確かに乃梨子ちゃんに先を越されたらもうお姉さまになんて言い訳したらいいやらな話になっちゃうんだけど。
でも。
「ううん、そんなこと無いよ。 話してくれてありがとう」
〜 〜 〜
志摩子さん、それは誤解ってものです。
祐巳さまも適当なことを言って誤解に輪をかけないで下さい。
ビスケットの扉の外で立ち聞きをしていた乃梨子は心の中でそうツッコミを入れた。
いや、本当は話の途中で乱入して思い切り否定したかったのだ。
でも、なにやら祐巳さまが綺麗にまとめてしまって、志摩子さんと祐巳さまの友情に無粋なツッコミで割ってはいるのが躊躇われたのだ。
確かに外であの子たちに会ったけどそれは祐巳さまが最初に言った通り偶然会った以外の何者でもなかった。
まさが志摩子さんに目撃されてたなんて思わなかったけど、『言ってくれな』かったのは志摩子さんの方だ。
もし言ってくれたらちゃんと説明できたのに。
それから中等部の方が早いから時間を合わせられないなんていうけど、中等部の登校時間より早く登校しているのは志摩子さんでしょうに。
乃梨子はそれにあわせて朝の薔薇の館で出来るだけ長く志摩子さんと一緒に居るために早く登校しているだけなのに。
一緒に来たのはそれがバレて、待ち伏せされるようになったってこと。 別に乃梨子があわせてるわけじゃない。
と、ここまで心の中でツッコミを入れた乃梨子は呟いた。
「……まあ、これから誤解を解けばいいか」
話も一段落したみたいだし。
そう思って茶色いの扉ノブに手をかけようとしたその時だった。
「乃梨子さま」
来たよ。
一階の入り口の扉を遠慮がちに開けてこちらを伺っている中等部の制服。
そのとき、乃梨子の背中で扉の開く音が聞こえた。
「あら、乃梨子」
「あ、志摩子さん」
振り向くと扉が開いて志摩子さんが顔を見せていた。
「入れてあげなさい」
「え?」
「あんなところで待たせてはいけないわ」
「あ、あの、あの子は別に……」
乃梨子が連れてきたわけではないと続けようとしたがその前に志摩子さんが声をかけてしまった。
「あがってらっしゃい。 お茶をご馳走するわよ」
「は、はい!」
ちょっと不安の入った表情だったのが、ぱあっと輝いた。
「はぁ……」
祐巳さまの言ってた通りにため息をついてから乃梨子は言った。
「じゃあ、一階の倉庫に椅子があるから足りない分7つくらい持って上がってね」
「「はい!」」
元気な声が薔薇の館に響く。
「わぁ……乃梨子ちゃん……」
祐巳さまはそれだけ言うと、会議室で展開されている光景に見入っていた。
祐巳さま、口がちゃんと閉まってないのがちょっとバカっぽいですよ?
「でも嬉しいわ」
「志摩子さん……」
嬉々として人数分のお茶の用意をする志摩子さんは。
「やっとちゃんと紹介してくれるのね」
そう言いながら、なにやら小さいポットであっという間に紅茶を十数杯入れるという神技を見せた。
「志摩子さんってば」
「どの子にロザリオを渡すのかしら?」
そういうつもりは全然無いんですけど。
「あ、でも別に全員に渡してもいいのよ。 そうねその方がいいわ」
「あのー」
「でもそうするとロザリオが足りないわ」
志摩子さんはこの子たちを全員妹にしろとおっしゃりますか。
「ああ、そうだわ、まだ時間はあるもの。 これから用意すればいいのだわ」
「志摩子さーん……」
部屋を埋める中等部の制服たちとやたらハイテンションな志摩子さんを見ながら乃梨子はだーっと涙を流すのだった。