【651】 道草を食う淑女  (朝生行幸 2005-09-27 22:54:22)


「昨日の帰り道、途中で道草食っちゃったよ」
「いいわね祐巳さんは。私なんて家が近いから、滅多に道草なんて食えないわ」
「私も帰宅時間が長いから、あまり道草食ってる時間がないわね」
 祐巳、由乃、志摩子の二年生トリオが、薔薇の館で雑談していた。
 その様子を、静かに見守る乃梨子と瞳子の一年生コンビ。
「まぁ、特に用がなければ道草なんて食わないしねぇ」
 瞳子にしか聞こえないような小さな声で、乃梨子はそっと囁いた。
「……」
 眉を顰めて、二年生たちを見ている瞳子。
「瞳子は、道草食うのは反対?」
「え?あ、いいえ。別に構わないと思いますわ」
「そう?その割には、嫌そうな顔してたみたいだけど」
「そ、そんなことありませんわ。食う食わないは、本人の自由ですし」
「そりゃそうだろうけどね」
「私は食べたことありませんけれど…」
「?」
 なんだか違和感があったが、三年生の薔薇さまたちが来たので、そのまま忘れてしまった乃梨子だった。

「祐巳さま、私も昨日、道草食ってしまいましたわ」
 嬉々として、祐巳に話し掛ける瞳子。
「へぇ、瞳子ちゃんもそんなことするんだ。いつも真っ直ぐ帰ると思ってたよ」
「そりゃ、私だって道草くらい食べますわ。でも、あれって全然美味しくないですわね」
『へ?』
 その場に居合わせた全員が、アンタ何言ってんだ?と言わんばかりの目で瞳子を見た。
「苦くて、青臭くて、とても食べられたものじゃありませんでしたわ」
 冷や汗を流して硬直する一同だったが、納得したのか、誰ともなく咳払いする。
 困った表情の祐巳を肘で突付いて、唇の動きだけで「あとは任せたわよ」と言った由乃は、そのまま何事も無かったかのように振舞う仲間に加わった。
「あのね、瞳子ちゃん」
「はい?」
 ほっとくわけにも行かない、祐巳は瞳子に話し掛けた。
「道草食うのは、体にあまり良いことじゃないから、もうやらないようにしようね。私も二度としないから。ね?」
「そうですか?祐巳さまがおっしゃるなら、私もそうしますけれど」
「うん、そうしてくれると嬉しいよ瞳子ちゃん」
 仕方がありませんわね、とでも言いたいような顔の瞳子だった。

 さすがの祐巳も、本当のことは言えなかった。
 まさか瞳子が、“道端に生えている草”を食べるなんて、思いもしなかったから。
「お嬢様って怖いなぁ…」
 祐巳は、誰にも聞こえないように小さな声で呟いた。


【652】 レッスン最新兵器  (joker 2005-09-27 23:15:27)


j:「これはケテルんの『バイオニック志摩子』に繋がっているかもしれません。」
焔:「(jをハリセンで殴り)…思いっきり繋がるように書かれてます。」





 ある平和な日の放課後。私と志摩子さんは、薔薇の館で久しぶりの平和な時間を過ごしていた。
 とは言うものの、こう何も無いと退屈だなー、などと考えながら志摩子さんを見ると、何やら腕をがちゃがちゃといじっている。どうやら自分でメンテナンスをしているようだが、あんまり気持ちの良いものでは無い。
 と、志摩子さんは私の視線に気付いたのか、作業をやめてこちらを心配そうに見る。
「…乃梨子?具合でも悪いの?」
「えっ?全っ然。元気だけど、いきなりどうしたの志摩子さん?」
「…乃梨子の顔色がとても悪そうに見えたから……」
 と、心配そうに言う志摩子さん。どうやら自分でも気付かないうちに、そんな顔になっていたらしい。まあ、無理もないだろう。私の大好きな人がサイボーグなんかにさせられて、目の前で腕のメンテなんてやられたら、どうしても暗くなってしまう。
 それを察したのか、私に志摩子さんが元気づけるように話しかけてくれる。
「あ、あのね。この前、ラボでのメンテの時にね、新しい機能がつけられたの。」

「…………………」
 どうやら私が暗くなっている理由までは察して無いようだ。
 そんな私に気づかず、志摩子さんはさらに話しを続ける。
「それでね、ここのボタンを押すとね……」
 と言いながら志摩子さんが右腕のボタンを押すと、腕が分解し、長刀が握られた右腕が再構築される。同時に、志摩子さんの髪が少し長くなって、灰色がかったストレートになる。そして、制服も分解し(改造されていたのか!?)、軍服のような服に再構築される。
「ね、凄いでしょう?これなら一瞬で変装が出来るわ。」
「………………」
 これでバニー服もお終いね。と、嬉しいそうに話す、「片翼の天使風に変化した志摩子」を見ながら、乃梨子は、(あの神羅キネンシス!いつか絶対つぶしてやる!)と心に固く誓ったとか。



 後日、小笠原ラボに大剣をもった軍服オカッパに襲撃された。その際、志摩子の最新兵器のデータや、メンテ、制御用システムがことごとく破壊された為、セフィロス装備は断念され、志摩子は元のバニー装備に戻されたそうな。

「あの方が良かったのに……」
「志摩子さん!お願いだから、あれだけはやめて!」


【653】 心中穏やかではない突き放す愛のカタチ  (篠原 2005-09-28 04:04:30)


 がちゃSレイニーシリーズ。【No:610】と概ね同時刻……ちょっと後か。蔦子 side ということで。


 正直、このお祭り騒ぎは蔦子には理解し難いものだった。
 黄薔薇革命のことからも大騒ぎになるだろうとは思ったが、ここまで酷いとは思わなかった。
 さて、笙子ちゃんはどうしてるだろう、と思ったそばから目の前を駆け抜けるふわふわの髪。
「笙子ちゃん!」
「あ、蔦子さま」
 いつもの笑顔、ではなく、一瞬気まずそうな表情を見せる笙子に蔦子は表情を曇らせた。
「どうしたの?」
 聞くまでもなく、笙子を追って2年、3年の生徒達がわらわらと現れる。
 まるでゾンビだな。蔦子はひそかにそう思った。
「あ、えと」
 思わずといったふうに蔦子の後ろに隠れる笙子ちゃん。

 ざわっ

 周囲に動揺の気配が走る。
「で?」
 蔦子は一文字で状況説明を促した。後ろに隠れた笙子ちゃんに視線を向けると、笙子ちゃんはぷるぷると首を横に振って見せた。ついで蔦子は、冷ややかな視線を追ってきた生徒達に向ける。


 笙子が蔦子にベッタリなのは既に学園内では有名な話だ。
 とはいえ、未だスールの契りを交わしたという話は伝わっていない。ならば遠慮するいわれはないはずだ。ましてや多夫多婦制となればなおさらのこと。3年生の何人かが代表してそういったことを告げる。多夫多婦制は別としても、姉でもない蔦子にとやかく言われる筋合いは無い。


「大勢で一人を追いかけているように見えたから割って入ったのだけれど、そういうことなら私は関与する気はないわ。どうぞご自由に」
 冷ややかな口調でそう言って、蔦子さまは笙子の前からその身をどけた。
 別に、「私を倒してからにしなさい」なんて言葉を期待していたわけじゃない。けれど、これはちょっとショックだった。少しは庇ってくれると思ったのに。
 悲しくなって蔦子さまを見上げると、一瞬だけこちらを見た蔦子さまは、すぐに前方に視線を戻して言葉を続けた。
「受け入れるならこれ以上追いかけられることはないでしょうし、面と向かって断られても追いかけてくるような恥知らずはこのリリアンには居ないでしょう。どちらにしても逃げ回る必要はなくなるわ」
 ひやり、とする物言いだった。場が硬直する。
「ごめんなさい!」
 笙子は慌てて前に出ていた。
「私、皆さまのロザリオを受け取る気はありません。本当にごめんなさい」
 皆に向かって頭を下げる。


 こうまではっきり言われて、なおかつ大本命と思しき蔦子を前にして、それ以上食い下がるものはその中には居なかった。



「お騒がせしまして……」
「別に笙子ちゃんのせいではないでしょう」
 蔦子さまは優しい笑顔を向けてくれたけど、すぐに険しい顔になる。
「それにしても、皆も何を考えているんだか」
「私は、少しわかります」
「え?」
 驚いた、というよりは、意表をつかれた、という顔だった。
「私だって普通のリリアンっ娘並には興味ありますもの。蔦子さまもおっしゃっていたじゃないですか。ロザリオの授受に込められたものは重いんだって」
「だったら尚更よ。こんな軽々しく騒ぎ立てるようなものじゃないでしょう」
「申し込む側も応える側も、勇気が要りますから。こんな風にお祭り騒ぎにまぎれての告白なら、断られても傷が少なくて済みますし」
「それはそれで真剣味が足りないんじゃない?」
 その冷めた口調は、いつもの蔦子さまらしくないな、と笙子は少しだけ思う。
「でも、今まで言い出せなかった人にとっては、なによりきっかけになるかもしれないじゃないですか」
「浮かれてか、自分の考えも無しに感化されてか、私にはその程度にしか見えないけどね」
「そういう人もいるかもしれないけど……」
 その人の胸の内は、その人にしかわからない。笙子自身、蔦子さまに妹にして欲しいとは言い出せないからこそ、そんな人達ばかりではないと思うのだ。いや、思いたいだけかもしれないが。それが無下にできなかった理由でもある。

「全てがそうとは限らないと思います」
「どうかしらね」
 そう返して、蔦子は今更ながらに今日の笙子ちゃんはなんだかいつもより食い下がるな、と思った。
 あらためて見た笙子ちゃんは、蔦子の目を真っ直ぐに見て、そして言う。
「姉妹を持つ気の無い蔦子さまには、わからないことかもしれませんね」
「………そう、かもね」
 今回、先に目を反らしたのは蔦子のほうだった。
「邪魔をしてしまったのなら、悪かったわ」
「いえ。あれは助かりました」
 そう言った後、笙子ちゃんは何故か一瞬きょとんとした顔をして、今度はいつものようにニコッと笑った。
「ありがとうございました」
 ………よくわからないコだ。そういえばたまに突拍子もない行動に出るし。
「とりあえず部室に行きませんか? ここにいるとまた誰が来るとも限りませんし」
「え? ああ、そうね」
 ふう、とため息をついて蔦子は眼鏡に手をやった。
「蔦子さま、早く!」
「わかったわかった」
 姉妹問題に関してはどうやら蔦子の方が分が悪いらしい。笙子ちゃんに引きずられるように移動しながら、蔦子はぼんやりとそう思うのだった。


【654】 ドリルがスキンシップひととき  (くま一号 2005-09-28 08:35:51)


がちゃSレイニーシリーズ
祥子、新境地  【No:610】 風さんのつづきです。


 祥子は新聞部に申し入れをするためにクラブハウスへ来た、のだが。
ここへ来るまでが大変だった。
「私の妹は祐巳だけでしてよ。」
「姉妹複数制を取ろうなどという話が決ったわけではありません。山百合会が決める話でもありませんわ。」
「あなたを妹にする理由がありません。あなたもあなたもあなたも。ないと言ったらないのです。」

 はあ。
さすがに疲れて、新聞部のドアをノックする。自分の方からここへ足を運ぶのはいつ以来だろうか。

 返事がない。
「だれもいらっしゃらないの?」
ドアを開けると……だれもいらっしゃらないのね。はいはい。
自分たちも朝拝に出なければいけないのだから、号外の配布はいつも予鈴の10分前にはやめてしまうはず。なにをやってるのかしら、と周りを見渡せば……そういうことか。

 真美さん、その細かな配慮と男前と言っていい決断力。ひそかに慕う一年生が多く日出実さんが射止めた、という話が伝わった時にはなげいた一年生も多かった。あの暴走三奈子にはもったいないと思っていた三年生だって多かっただろう。
 その日出実ちゃんといえば、まあかわいくない一年生の代表なんだけど……みんな一度は待ち伏せ食らったことくらいあるから。でも真美さん譲りの気配りは忘れない子だったと思う。

 ふーむ。当人達も追いかけられているのか。まあ、それもいいだろう。号外配っていたくらいだから、校門かマリアさまのあたりできっとつかまっているのに違いない。

 さて、戻らなくては。

 ……ん?

「瞳子ちゃん? 瞳子ちゃんでしょ? 出ていらっしゃい。」
そう、あなたも新聞部に文句があってきたわけね。
「紅薔薇さま。」
「あなたはこの大騒ぎの中で追いかけられていないのね。」

「今、私に声を掛ける方は居ませんわ。声を掛けて欲しい人にも会いませんでしたし。」
目を伏せてつぶやく瞳子ちゃん。「ここまで素通りして来ました。」

「祥子お姉さま、私……。」
「あなたはがんばったわよ。瞳子ちゃん。あなたは何も考えずにそのまま祐巳にぶつかればいいの。」
「でも、祥子お姉さま! 私は祐巳さまにとってなんなのでしょう。あの彩子大叔母さまが末期(まつご)のとき、もしも、もしもわたくしがいなかったら、祥子お姉さまと祐巳さまは仲違いすることがなかったのではありませんか? わたくしがいたから祐巳さまは傷ついて祥子お姉さまを信じることができなかった。祥子お姉さまはわたくしがいたから祐巳さまに正直なことを言うことができなかった。違うのですか?」

「違ってよ。瞳子ちゃん。」
優しく髪をなでる。
「私が休んでいる間、あなたは薔薇の館に手伝いに来ていたのよね。呼んできたのは祐巳なんでしょ?」
「そうです。でも。」
「でもは、なし。あの子はそのあとも何度もそういうことをしているわ。仲違いしたままではいられない相手は自分の懐へ引きずり込むの。うまいのよ。あなたのほうがよく知っているのではなくて?」
「そうです。でも。」

「じゃあ、逆にあなたがあのときいなかったらどうなったと思って?」
「わたくしが、いなかったら、ですか。」考え込む瞳子ちゃん。

「私が彩子お祖母様の所に行ったままになっている。瞳子ちゃんがいない。あなたなしで、祐巳が立ち直れたとでも思っているの?」
「え? 考えたこともありませんでした。」

「じゃ、考えてごらんなさい。聞いているわよ。あのころから始まったんですってね。セクハラ祐巳。まったく聖さまったらなにを教えて御卒業なさったのやら。」
「あ・あ・あああ・あの。」
「あなたに、見損ないましたって怒鳴られて、そのあなたを薔薇の館に引っ張り込んで、そしてあなたは祐巳を支えてくれた。違う?」
ふわり、と瞳子ちゃんを抱きしめる。

「祥子お姉さま。」少し上気した顔で見上げる瞳子ちゃん。

「包み込んで守るのが姉。支えるのが妹。ちゃんとあの時から祐巳を支えてくれていたのよ、あなたは。」
「……。」
「だいじょうぶ。そんなことがわからない祐巳ではないわ。いえ、わからなかったから志摩子が祐巳のおしりをひっぱたいた。これでもわからなかったらこんどは私がおしりをひっぱたいてあげてよ。」
「あ、ありがとうございます。」こらえきれずにすすりあげる瞳子ちゃん。

「それ、よこしなさい。」
「は?」
「志摩子のロザリオ。もういらないのではなくて?」
「でも、これは直接志摩子さまにお返しした方が。」
「そう、あなたがそう思うならそうすればいいわ。今日は、祐巳と約束しているの?」
「いいえ、なにも。」
「この騒ぎ、おおかた、二年生三人がそれぞれ暴走したんでしょう。たぶん由乃ちゃんが意地になって先頭に立ってね。あなたが今日は声を掛けられそうもないなら、祐巳とゆっくり話すチャンスも増えるわ。」
「はい。」
「今度は逃がしちゃだめよ。」
「はい、祥子お姉さま。」

キーンコーン

「予鈴がなったわ。急ぎましょう。」
「はい、お姉さま。」


【655】 紛れもない大阪弁で  (朝生行幸 2005-09-28 14:14:47)


「なんでやねん」
「なんでやねん」
 さわやかなツッコミが、澄みきった青空にこだまする。
 しかし、あまりにも爽やか過ぎるのは、アクセントがおかしいからか。
 いま、リリアン女学園一年生の間では、大阪弁が大流行していた。

 どちらかといえば、あまり流行には振り回されたくないのが信条の、白薔薇のつぼみこと二条乃梨子は、にわかに流行り出した、関東モンがよく口にするようなエセ大阪弁に対し、嫌悪感を露にしていた。
 クラスメイトのヘタクソ極まりない大阪弁に、溜息が止まらない状態。
「もういい加減にしてよ!喋られない方言なんて、無理に使わないで!」
 5時限目と6時限目の間の休み時間、乃梨子の叫びに、教室が静まりかえった。
「乃梨子さんは、大阪弁がお嫌いなのかしら」
「大阪弁に限らず、方言は嫌いじゃないわよ。嫌いなのは、聞くにたえない下手な方言だけ」
「あら?どうして乃梨子さんは、人をそこまで下手と言い切れるのかしら」
 まるで、下手と言われたのが心外だと言わんばかりの瞳子。
「…私、本場の大阪弁が使えるからよ」
 しぶしぶと、理由と説明する乃梨子。
 乃梨子の大叔母菫子は若い頃、大阪に10年ほど住んでいたという。
 独特の節回しとテンポに魅入られた乃梨子と妹は、菫子に教わりながら、ほぼ完璧な大阪弁をマスターしたのだった。
 今の状態で理由を人に知られると、またぞろ寄って来られると思ってたので、あえて黙っていたのだが…。
 案の定、クラスメイト全員の視線が、乃梨子に集中する。
「乃梨子さん、ぜひ本場の大阪弁を教えて下さいな!」
「私もお願いしますわ!」
「いえ、私が先です!」
 いつものように、乃梨子をめぐってドッタンバッタン大騒ぎ。
 相変わらず、変な方向でモテまくる乃梨子。
「乃梨子さんは、私に教えてくださるのです!」
「いいえ、最初に教わるのは私ですわ!」
「私に決まってます!」
「誰があなたなんて!」
「いいえ私が…」
『乃梨子さん!当然私達に、大阪弁を教えて下さいますわね!?』
 奪い合っても埒があかないと判断したのか、一部を除いた全員が、乃梨子に詰め寄った次の瞬間。
 
「なんでやねん!!!」

 乃梨子の完璧な発音の「なんでやねん」が、椿組の教室に轟いた。

 6時限目は、授業にならなかった。


【656】 紛れもない偽志摩子だったんですね・・・  (まつのめ 2005-09-28 14:21:39)


【No:505】 → No530 → No548 → No554 → No557 → No574 → No583 → 【No:593】 → こんなに続けるつもりじゃなかったんだけどまだ続く(困った)



 由乃さんを先頭に、目的地に向かった。
 行きかたももう調査済みだとか。
 由乃さんの中では先日の『作成会議』の日には、もう行くことが決定してたみたい。
 目的の都立K女だけど、正式名称は都立K女子高校ではなくて、都立K高等学校坂上女子だとか、元々共学高だったのがなにかの都合で女子部が一校に独立したのだとか、だから近所に都立K高等学校という共学高もあるとか由乃さんからどうでもいいトリビアを聞きながら、リリアンからその通称K女までの徒歩数十分の道のりを歩いていった。というか良く調べたこと。

 途中、歩道橋で祐巳と志摩子さんが由乃さんのぱんつを目撃したりと多少のハプニングはあったものの、無事都立K女の校門前に到着した。
「ふう、やってくれるわね都立K女」
 いや、一番張りきってた由乃さんが息を切らし気味なのであんまり無事じゃないかも。
「由乃さん、前かがみになると見える……」
「ええっ! もう、このスカート!」
 慌ててお尻をおさえる由乃さん。
 それにしても、この貸してくれたスカートって由乃さんのはともかく、祐巳や志摩子さんがはいてるのも標準より短めだったみたい。
 なぜなら、周りに下校するK女の生徒がぱらぱらと見られるんだけど、大半の生徒はスカートが膝丈だから。
「で、どうするの?」
「どうするもこうするも、中に入らなきゃ始まらないでしょ」
「そりゃそうだけど、当てはあるの? 朝姫さん、だっけ? を探すとか」
「それをこれから探るんじゃない」
 祐巳はそれを聞いて絶句した。
 あまりに由乃さんが自信満々、事前調査万全みたいに見えたから当然現地での行動計画みたいのもあるとばかり思っていたのだけど、考えてみれば由乃さんがそんな緻密に計画するわけない。でも、そうすると、行き方とか学校のことを調べたのってもしかして令さまが?
 などと考えていたら、「祐巳さん」と志摩子さんに声をかけたれた。
「由乃さん行っちゃったわよ」
「え?」
 気が付くとずんずんと学校の中に入っていく由乃さんの後姿が見えた。
 祐巳は志摩子さんと慌てて後を追った。

 校門から入るとすぐ校舎に囲まれた小奇麗な中庭があり左手のほうに来客用のエントランスらしい入り口が見える。
 祐巳たちはその反対、右側の校舎のおそらく生徒が利用しているであろう、ちょっと奥まったところにある入り口に向かった。
「ねえ、由乃さん」
「なによ?」
「なんか、すれ違う人の視線を感じるんですけど」
 最初、スカートが標準より短すぎるせいかとも思ったんだけどそうでもないみたい。
 確かにだいたいの子は膝丈なんだけど、短い子がいない訳でもないし。
「そうね。何故かしら」
 志摩子さんも不思議そうに首を傾げてた。

 下駄箱の並んだ昇降口に来て問題が発生した。
「しまった。上履きを持ってくるんだった」
 今脱いだ靴を指先でつまみあげながら由乃さんが言った。
「由乃さん無計画すぎ」
「あっちに来客用のスリッパはないかしら?」
 志摩子さんが向かいの校舎を見ながら言った。
「それは難しいんじゃないかな」
 リリアンの制服で来たのなら来客を装うのもアリだろうけど、わざわざ着替えてここの生徒になりすましてるのに受付でスリッパを借りるのは不自然もいいところ。
「こんなところで立ち往生してると目立つわ」
 そう、さっきから下校する生徒達の視線を集めてしまってるのだ。
「一旦、靴はいて外いこうよ」
 そう言って祐巳が片方のつま先を靴に挿し入れた時だった。
「ちょっと、あなた」
「え?」
 わりとよく通る声に振り返ると、一人の鞄を下げた生徒がこちらを見ていた。
「私?」
「そう、そこの三つ編みのあなた」
 祐巳たちは顔を見合わせた。
 そのあとの由乃さんの行動は早かった。
「逃げるわよ!」
「ええぇ!?」
 志摩子さんが由乃さんに習って外履きを手に校舎の中へ駆け込むのを見て、祐巳も遅れてそれに従った。
「あ! こらっ、ちょっと……」

 しばらく一階の廊下を走った後、あの声をかけてきた子が追ってこないのを確認して三人は立ち止まった。
 もう下校ラッシュも落ち着いたらしく廊下には他に人影は無かった。
「ふう、危なかったわね」
「どうかしら」
「あのひとなんで声かけてきたんだろう?」
「判らないけど、必要の無い接触は避けるべきだわ」
「そうかな、案内を頼めたかもしれないのに」
「……」
「な、なに?」
 変なこと言ったかな? 二人に注目されてしまった。
「祐巳さん、おめでたいわね」
「ごめんなさい、私もそう思ったわ」
「志摩子さんまで!?」

 上履きを履かずに廊下を歩くのはなんか心もとないのだけど、それでも由乃さんを先頭に校内探検は始まっていた。
「あ、トイレ発見!」
「由乃さん、女子高生が叫ぶ台詞じゃないと思うんだけど」
「ちょっと待ってて。行って来るから」
「あ、私も」
 慣れないスカートで冷えたのだ。
 しかし、冬場もこんなスカートで頑張ってる子もいるけど体壊さないのかな、と思ってしまう。
 志摩子さんを残して、由乃さんと一緒にトイレに駆け込んだ。
 ちなみに、お掃除をする人には申し訳ないけどトイレでは手にもっていた下履きを履かせてもらった。


 〜 〜 〜 〜
 

「あ、藤沢さん、考えてくれたのね?」
 トイレに行った二人を待っていた志摩子に声をかける者がいた。
「え?」
 朝姫さんの関係者らしいが、それは先日の三人とも違うK女の生徒だった。
「思い立ったが吉日よ。さあ、行きましょう」
 彼女は志摩子の手を取ってずんずんと歩いていく。
「あ、あの……」
 どう説明したら良いかわからず、志摩子はされるがままについて行くしかなかった。


  〜 〜 〜 〜


「志摩子さーん!」
 私が廊下を歩いているとなんだか見かけない三つ編みの子が私に声をかけてきた。
「あの……」
「勝手にどこか行っちゃ駄目じゃない」
 この間に引き続いてまた『志摩子』なんだけど、私は困っていた。
 だって、ここは学校の中で、この人うちの制服着てるのに。
「志摩子さんどこ行ってたの?」
 もう一人の両側で髪を結んでる子が言った。
「どこっていうか……」
「あんまり歩き回ったら見つかっちゃうよ?」
「え? 見つかっちゃう?」
「そうそう、ここにはあなたのそっくりさんがいるんだから。間違えられてボロだしたら不味いでしょ」
 ん、なんか判ってきた。
「ボロってどんな?」
「だから、私たちがリリアンだって、志摩子さん聞かれたら素直に言っちゃいそう」
 やっぱり。うちの生徒にしては品の良い顔してると思ったのよね。
「はぁ」
 わざわざ制服まで変えて。
 ほら、こんな短いスカートまで用意して。
 私は三つ編みの子のスカートに手を伸ばした。
「きゃっ! なにするの?」
「あ、ごめんなさい。つい」
 白でした。
 よく居るんだよね。もう女子高なのに何がしたいんだか、めくってくれと言わんばかりの短いスカートはいてくる子。
 そういう子はたいていみんなの餌食になるのだ。「そんなに見せたいのなら見てやる」って。
「志摩子さんなんか変なもの食べた?」
「え?」
「なんかトイレから帰ってきてから変」
「そういえば変ね」
 なんか疑いの目で注目されてしまう。
 でも、このまま正体をバラすのって面白くないな。
「え、えーっと、そうだ、生徒会室いきましょ」
 春子とか明美にも見せよう。こんな面白いもの一人だけで楽しんじゃもったいない。
「「えっ!?」」
「こっちだから」
「ちょっと」
「志摩子さんっ!」
 

「……あなた何者!?」
「え?」
 生徒会室前まで来たとき、三つ編みの子が私に言った。
「あなた志摩子さんじゃないわね」
 眉を吊り上げ、びしっと私を指差して。
「なんでそう思うのかな?」
「だってあなた上履きはいてるじゃない」
「上履き?」
 思わず足元を見る。
「そうよ、私たち今日は上履き忘れてきて裸足なんだから!」
 本当だ、この子たち二人ともソックスだけ。
「由乃さん、それ威張れることじゃないよ」
「もう、祐巳さん突っ込み入れるところじゃないでしょ」
 やっぱみんな「さん」付けなんだ。
 なんか新鮮。それにこの二人面白い。
「生徒会室にスリッパあるから」
「って何者よ!」
 三つ編みのヨシノさんが言う。
 なんか凄んでるつもりらしいんだけど、どうしても上品さが漂うのでいまいち怖くない。
 っていうか可愛いんだよね。背もちょっと小さいし。
「……判ってるくせに」
「あの、朝姫さん?」
 ツインテールのユミって子がそう言った。
「そっ、正解! 『ごきげんよう』、はじめまして。ユミさんとヨシノさんでいいのかしら?」
「あ、ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう……」
 流石、お嬢様。凄んでいても挨拶は返すあたり、躾はしっかりしてるんだ。
「ようこそ坂女生徒会へ」
「さかじょ?」
「K女じゃないんだ」
「ああ、うちの通称。学校の正式名称から取ってるんだけど関係者はみんなそう呼んでるわ」


 〜 〜 〜 〜


「いまきたぞー」
「あー、朝姫おそーい」
「おせーよ。何やってたんだてめー」
「うるせーよ」
「ご苦労さん。その方たちは?」
 生徒会室まで案内された祐巳たちはまず、そこでやり取りされる挨拶にまずカルチャーショックを受けた。
 ここって女子高だよね? 花寺とかじゃなくて。
 外見はどう見ても普通の女子高生なのにさっき交わされた言葉はいったい?
 一瞬、異次元世界に足を踏み入れてしまったような錯覚を覚えた二人であった。
「あ、こちらリリアンからのお客さん」
「「え?」」
 朝姫さんの紹介で、思い切り注目を浴びた。

「えーっと、リリアンの方々ようこそ。私が生徒会長の桜ですけど……」
 二人がかしこまりつつ自己紹介をした後、会長と呼ばれた人は困惑気味に挨拶を返した。
「あ、いえその」
「急にお邪魔してしまって……」
 ばつが悪いことこの上ない。
 というか、朝姫さんと生徒会長の桜さん以外はみんな珍獣でも発見したかのような目で見てるし。
「なかなか面白い趣向ですね」
 祐巳たちの服装のことだ。
「はい、なんといいますか、このことはどうかこ内密に……」
(ちょっと祐巳さん)
(なに?)
(そんな言い方しないでよ。なんか負けたみたいじゃない)
(見つかった時点で負けだと思うんだけど?)
「えっと、紅薔薇のつぼみさんと黄薔薇のつぼみさんでいいのかしら?」
「え?」
(ちょっとどういうこと? 正体ばれてるわよ?)
(しらないよ)
 会長は前回のリリアン訪問のとき二人の名前を聞き及んでいて、それをしっかり記憶していたのだが、そんなのことは今の祐巳たちにわかるはずもない。

 ……そして数分後。

「ねね、由乃ちゃん、そのスカートどうしたの?」
「え、これは令ちゃ、いやお友達に貸してもらって……」
「可愛いーっ、由乃ちゃん人形みたい! その三つ編み自分で編むの? ねえねえ」
 由乃さん大人気。
「えー、あたし祐巳ちゃんの方が『お嬢』って感じでいいなー」
「お、お嬢!?」
 いや、祐巳も妙に気に入られてしまったようだ。
 もちろん、祐巳はそんなこと言われたのは初めてである。
 これがいわゆる『外の学校』と箱庭リリアンの温度差とでもいおうか。
 なにやらここの生徒たちの視線を集めていた理由もどうやらこれらしい。
 特にこの学校に由乃さんのような長い三つ編みの生徒はいないとのこと。
 これは比較の問題だなんだけど、リリアン育ちの品のよさが三人も居れば注目を集めても仕方が無いそうだ。
 由乃さんも志摩子さんも何気に美少女だし。
「あれ?」
 そこまで考えて祐巳は思い出した。
「どうしたの?」
「志摩子さんは?」




(続きます【No:914】)


【657】 支倉☆令17さいv釘バット幸せだと思う  (六月 2005-09-28 17:31:13)


「・・・由乃さん・・・居ませんね・・・よしっ!」
お隣の玄関を覗きこみ、誰も居ないことを確認すると足早に家を出た。
このところこうやって由乃に見つからない様に出かけるのが週末の恒例になりつつある。
家がすぐ隣だからバレナイようにするのは大変なのだ。

「行ったみたいね」
「だね・・・で、どうするの?」
「後をつけるに決まってるじゃない!行くわよ祐麒君」
祐麒君は由乃から「正月あたりから令ちゃんの様子が変だ」と聞かされて、とうとう尾行にまで付き合わされる事になってしまったらしい。
どこが変なのか祐麒君が聞いてみると、一言「スカート穿いてた」とだけ。
祐麒君には女性がスカートで何がおかしいのか分からなかったらしいが、「令ちゃんは普段は動きやすいようにジーンズなんかのパンツスタイルだ」と聞かされてようやく納得したということだ。

そろそろバレンタインに向けてのセールに賑わうM駅前、駅の西コンコースに入ると彼の姿が見えた。
「お待たせ。寒くなかった?」
「いえ、僕も今来たところですから」
そっと彼の頬に手を添えると、ひやりと冷たさが手に伝わってきた。
「こんなに冷たい・・・無理しないで」
「大丈夫ですよ。令さんの手が暖かだから、余計に冷たく感じるだけですよ」
彼の頬に当てた私の手に自分の手を添えて下ろしぎゅっと握って来る。
そして、手を繋いだままで「そろそろ行きましょうか」とエスコートしてくれる。
二人、手を繋いだまま歩き出そうとした・・・その時。

「れ・い・ちゃ〜ん」
地獄の底から響いてくるような声に呼びとめられた。
「よ、よしのひゃん?」
背筋を走る冷たい悪寒に思わず声も裏返ってしまう。
振り返るとそこには真紅のオーラに身を包んだ鬼が、釘バットを下段に構えて立っていた。
「何をコソコソしてるのかと思ったら、そんなショタっ子相手にデートとはねぇ」
「な、なんですか子供扱いしないで下さ、ひぃっ!」
由乃は凍りつくような視線で「谷中さんちのお坊ちゃまは黙ってて」と一瞥をくれた。
「あ、あのね由乃、由乃は祐麒君とのお付き合いで週末は忙しそうで・・・」
「わかってる」
「私もね男性とお付き合いしてみたいなぁ、と・・・歳の差はあるけど・・・」
「わかってる」
「それでは何にお怒りなのでしょう?由乃さま・・・」
「ふっふっふっふ、令ちゃんが私に隠れてコソコソしてるのが気に入らないってのよ!
 私と祐麒君とのことで令ちゃんが寂しがってると思うから、ちゃんと誰かが側に居てくれるってんなら安心できるのに、それを!」
「あの、由乃さん・・・」
高々と掲げられた釘バットが振り下ろされる瞬間、祐麒君が肩をすくめ首を振ってるのが見えた・・・そう、止められないのね・・・。


今、私は彼の小さな膝に膝枕して貰っている。
あれから十分ほど釘バットでぼこぼこにされて、由乃の息があがったところで祐麒君が止めてくれたらしい。
由乃は「これからは令ちゃんの面倒はあんたがみなさいよ!」と捨て台詞を残して帰って行ったそうだ。
全身ずたずたで痛くてたまらないんだけど・・・由乃がこんなに私を心配してくれてたなんて、嬉しくて、結構・・・幸せなんじゃないかな、と思っている。


【658】 ミッションの味わい方  (8人目 2005-09-28 23:31:00)


『がちゃSレイニー』

     †     †     †

 早朝。マリア様のお庭の前の茂みで、なにやらコソコソと密談している三人の娘たちがいる。
 彼女たちのお名前は、藍子ちゃん、のぞみちゃん、千草ちゃん。一年生ですね。

「さて、さっき祐巳さまに頼まれた噂を流す前に、かわら版号外に載ってしまいましたけれど?」

 三人のリーダー格らしい藍子ちゃんが、まず問題を提起する。

「まさか新聞部が先に動くとは思いませんでしたわ」

 ノリ体質なのか合いの手を打つ、のぞみちゃん。

「祐巳さまは『新聞部には内緒にね』と仰ってましたから、関係がないと思いますわよ」

 大人しそうな千草ちゃんが、冷静に分析している。

「そうなのよねー。収拾がつかなくなるから、とも言ってましたし」
「「どうしましょうか」」
「「「はぁ」」」

 三人はそれぞれ、かわら版号外を手にプチ会議のようなものを開いていた。
 『白薔薇さまが多姉多妹制を提案したらしい』
 『白薔薇さまが二人目の妹を松平瞳子嬢にしたらしい』
 かわら版号外には、こんな事が書かれているのだ。

「号外には、祐巳さまのことが書かれてませんわ」
「祐巳さま、まだ誰にも言ってないって仰ってたじゃない」
「じゃあ、祐巳さまのことだけにしましょうよ。噂を流すのは」
「私も、それがよろしいかと思いますわ」
「賛成」
「なら、今から三人で行動するわよ。のぞみさんも千草さんも良い?」
「一人では心細いから助かるわ」
「ええ」

 ふーん。なるほど、そういうわけですか。では彼女たちの奮闘を見守りましょう。

     〜     〜     〜

 三人が一年生の下足室に入ると、かわら版号外の影響なのか、かなり騒がしい。

『号外はもう、お読みになりまして?・・・』
『ええ?あの白薔薇さまが?・・・』
『そうなの。それでね、この号外によると、瞳子さんを・・・』
『こうしてはいられないわ。それでは早速・・・』
『えー。あなた、お姉さまがいるんじゃないの?・・・』
『それはそれ、これはこれよ。先にお姉さまにも聞いてみますけれど・・・』

 その迫力に圧倒される三人。自分たちが関係者で訳知りで冷静なぶん、尚更だろう。
 そして自分たちが何も知らなければ、かなりの確立で仲間に加わっていたであろう事も。

「私たち理由を知っているから。傍で見ていると少し複雑よね」
「うーん。人のふり見て我がふり直せ、って耳が痛いわ」
「祐巳さまは“多姉多妹制”に反対でいらっしゃるから。私たちもそれを尊重していますし」
「そう、祐巳さまには幸せになってもらいたいから。良い?いくわよ」

 藍子ちゃんが号令を出して、かわら版号外の話をしている集団に近づき、行動を開始する。

「みなさん、ごきげんよう。ねぇ聞きました?紅薔薇のつぼみのこと」
「ごきげんよう。ええ、驚きましたわ。何人か妹を迎えたらしいとか」
「ごきげんよう。妹は誰なのかしら。もしかして、この号外と関係がありますの?」

『えっ!? まさか紅薔薇のつぼみまで・・・』
『それ本当?』
『号外にも白薔薇さまの事が書いてありますし・・・』
『本当かも・・・』

「うまくいったわね。次いくわよ」
「おー」
「ふふふ」

 順調に広めています。恐ろしいですね。

     〜     〜     〜

 それから三人は、お手洗いや廊下で、紅薔薇のつぼみの噂を広めていきました。
 お手洗いでは、個室が数箇所、埋まっているのを確認して。
 慣れたのか、廊下では立ち話や、すれ違いざまに話すという荒業などもやってのけました。考えてますね。
 内容は先程と同じなので割愛します。しつこいのは嫌われますから(笑)。

「結構ドキドキしたわね」
「少し楽しいかも」
「油断は禁物ですわよ」

 あのー、あなたたち。当初の目的は覚えてますか?

     〜     〜     〜

「これくらいで、どうかしら」
「十分だと思いますわ」
「調子に乗って、張り切りすぎたかもしれませんわ」
「あとは、祐巳さまが、お昼休みに迎えに来てくれるまで、いつも通りにしていましょう」
「そうね」
「のぞみさん。秘密を言っては台無しですから注意してくださいね。祐巳さまに顔向けできませんよ」
「わかったわよ千草さん。なぜ私だけ?藍子さんもでしょう?」
「私は大丈夫よ。口は堅いほうだし、周りを見てるだけで楽しいもの」
「もう。二人とも解かってらっしゃいますの?」
「「はいはい」」
「はぁ」

 この時、リリアン女学園高等部のそこここで、小さなドラマが展開されていた事は、三人は知らない。


【659】 ネタばらし辞典なんてグレート  (くま一号 2005-09-29 01:41:10)


☆マリみてパラドックス 第4話☆

「祐巳さま」
「ゆーみーさーまー」
「ゆみさまっっ」

「はいっ。なななに瞳子ちゃん」
「なーに、ひとりでルンルンと」
「あーーー。やっぱりそうみえる? でも、大発見って感じで盛り上がってしまったもので」
「【No:648】でメールをいただいた二条姓で?」
「そうなのよ。謎が解けた〜って」
「で、日本史の教科書だの人名辞典だの家系図だの広げてなにやってんですか」

「話せば長いことながら」
「短くっ」
「うっく。あのね、マリみての命名規則。苗字の」
「ああ。なんか歴史的名前が多いとか、大名ばっかりとか」

「そう。それを一歩進めて、瞳子ちゃんを松平=徳川家康として、主要登場人物の姓が全部家康つながりで解ける。だから、マリみてのほんとの主人公は瞳子ちゃんだっ。という説を立てたことがあるのよ」
「えええ?」
「んで、それを某所に投稿したんだけど」
「某所って」
「某辞典」
「某ってぜんぜん伏せ字になってないんですけど。ちなみに2005年9月28日現在なんかトラブルみたいでアクセスできませんわ。これを書くのに困っているのに」

「でも、その時は決め手に欠けるというか、解ききれなかったの」
「それが、二条姓は実は珍しいってご教示のメールをもらったとたんに」
「推理力爆発。祐巳えらいっ」
「……話半分どころか三分の一ですわね。しかもまたSSとは言えなくなりそうな展開」
「なんか言った? いいのよ。ご教示メールのお礼に一本なんだから」
「はああ。いくらSSじゃなくて一発ネタでも感想でもなんでもありのがちゃSだからっていいのかしら」

「じゃあ、その某辞典ってのに投稿したところまでまず説明してくださいませ。辞典ではそんなに長文を書くわけにはいかなかったのでしょう?」
「それは瞳子ちゃんからどうぞ。仮にも松平なんだから」
「仮にもって、松平家は由緒正しき親藩の出、世が世なら小笠原家より主筋なのですわよ」
「はいはい。まあとにかく、山百合会から」

「小笠原は言うまでもなく大名家で徳川幕府の武家礼法の家元ですわね」
「でも家康の頃はちょっと微妙なのよ。裏切って追われて戻ってきて結局家康の孫娘が小笠原家に嫁いだり」
「最後は親戚になるのですわね」

「島津も言うまでもないわね」
「薩摩の島津。でも、こちらも島津義久対家康となると敵味方ぐっちゃですわ。徳川政権成立後、九州の勢力圏を鹿児島だけに押し込められて、それが明治維新につながったという話もあるくらいですから」

「支倉は?」
「同時代としては支倉常長をあげるしかないでしょう。家康との直接の関係はないのですけれど」
「伊達政宗の家臣よね」
「そうです。遣欧使節としてバチカンまで行くのですわ。今野先生もはずせなかったのでしょう」
「でもそのあとは不遇なのよね」
「政宗が常永を派遣したのは貿易の利益が欲しかったからなのでしょう。その交渉が不成立で徳川時代になって鎖国になってからはかえって邪魔になってしまったのですね」
「そう、ヨーロッパから持ってきたものは全て行方不明。一旦日本の歴史からは抹殺されるのね。そして、ヨーロッパで再発見される」
「バチカンに常永が鼻をかんだちり紙があるそうですわよ。ハンカチを使わず、あちらでは高価な紙を使うのがよほどめずらしかったらしくて」
「令さまの使ったティッシュを400年保存? 由乃さんでも絶対やらないわ」

「えーと、鳥居、水野は三河時代、あるいはもっと前からの松平家の家臣なのですわ。武将として有名な人はあんまりいませんから江戸期の鳥井耀蔵とか水野忠邦とかの官僚の方が有名かもしれませんわね」
「家康にとっては保護者ね」

「問題は聖さまで、佐藤という人はたくさんいるけどこれって大物がいない。これは祐巳さま、解いたのですわね」
「そう、もともと『春日せい子→須賀星→佐藤聖』ってネタなんだから春日なのよ」
「春日と言えば大奥で権勢をふるった春日局」
「やっぱり、先代薔薇さまは保護者系ね」

「藤堂。藤堂高虎と言えば、徳川政権確立期の家康の謀臣ですわ。築城に長けていたとか服部半蔵なんかの忍者を使ったのも高虎ってことになってるみたいですわね」

「ここで、乃梨子ちゃんが出てくるのよ。これまでの定説は二条城から取ったんじゃないかってことなのね」
「人名じゃないのに?」
「うん、状況証拠がそろっているの。まず、作ったのは家康」
「ああ、時代が合っているのですわね」
「さらに決定的なのは、今の二条城の姿は家康没後の大改修後の姿なんだけど、それをやったのが藤堂高虎なのよ」
「はああ。家康つながりに、藤堂つながり。なるほど」
「乃梨子ちゃんはここではひとまず置くわね」

「あとから出てくる人物も山百合会に入りそうな人はみんななにかしら家康関係が出てくるのですわ。細川可南子でさえ」
「まだフルネーム呼び捨てにしてるの? 瞳子ちゃん」
「いけませんか。細川は熊本の大名家で、家康と関わるのは藤孝、忠興親子ですわね。ガラシャ夫人は忠興の妻。関ヶ原の時に石田三成の軍勢が人質にと屋敷に押しかけたところ、カトリックは自刃を禁じているからと家臣に首をはねさせて館に火を放ったというあのガラシャ夫人」
「その家臣の名前が伝わっててねー。小笠原さんって言うんだけど。それは別の話」
「あらららら」
「まあとにかく家康側に豊臣方の大名を寝返らせる忠興の役割はそれだけ大きかったってことなのね」

「笙子さんも一瞬由乃さまか祐巳さまの妹になるかって思いましたけれど。内藤家も譜代なのですわ」

「有馬は全然別の家系の二つの大名家が、九州のすぐ近くの場所にいるので混乱するんだけど」
「ここは島津義久と同盟を組んだキリシタン大名としても有名な有馬晴信を取るべきでしょう」
「最後は、密貿易の疑いで家康に切腹させられるのよね」
「げ」
「どうも、黄薔薇は瞳子ちゃんと相性が悪い名前ばっかり持ってきてるわよ」
「ふーっ」
「威嚇しないの」

「三奈子さまはすごいのですわ。築山殿と言えば家康の正室で、家康の命で殺されてしまう。すぐあとに嫡男の信康にも切腹を命じているのですわね」
「武田家に通じて裏切ろうとした、というので信長が怒り、泣く泣く家康が切ったというのが表向きの歴史」
「ですけど、家康自身がじゃまだったからだとか、酒井忠次陰謀説とかいろいろあって歴史の謎なのですわね」
「どっちにしても瞳子ちゃんにぶち殺される運命なのよ」
「うそお」

「蔦子さんがよくわからないのね」
「この前の投稿の時には、三河湾の竹島か琵琶湖の竹生島(ちくぶしま)を竹島って呼ぶことがあるからそのへんの縁なのかなあって書いたのですわね」
「でも、あれから竹生島は竹武嶋って表記がもともとだってことがわかったの」
「はああ。なるほど」
「でもねえ、信長がこの島を好んで、安土城もこの島の近くにしたって話はあるんだけど家康との縁はあんまり知らないのよ」
「調査継続ですね。ちょっと説得力がないですわ」

##
「と書いた後、もはや2006年も9月なんですけどぉ」
「竹島、えーと三河湾の方、徳川家のゆかりの神社なのね。で、琵琶湖の方の竹生島から神社を勧請してるの」
「で、やっぱり竹武嶋って」
「書くのよ」
「ふーん。これは、決めてもいいかなあ」
##


「あと、田沼家、小山田家、親藩譜代が多いのよ。ただ山口真美さんと高知日出実ちゃんはわからないんだけどね」
「長州と土佐を置き換えたという説はありますわ。」
「新聞部は怨念ありげな人か官軍かあ。さすがに長宗我部はなかったかしら、ね」

「優お兄様や男性陣はどうなのですか?」
「無視」
「えええ?」
「だって主要登場人物じゃないもん」
「要するに違う命名規則になってるらしいので、全然わかんないんですね」


   †

「と、ここまでがこの前までにわかっていたことね」
「よく調べましたわね」
「いいえ、辞書に書いてあった先人の努力の集大成よ。くまが独自に調べたのは春日局と竹武嶋それと二条城の藤堂つながりだけ」
「つまり私を中心にした命名になっていて、だから瞳子が主役っ。と祐巳さまは主張したいのですね」
「そうなの。すくなくとも祐巳一年生編までは確実にね」


「それで、五摂家の二条家がどうかかわるんですか?」
「それがねえ、結構浅くない縁なのよ。大名、武家に限定したのが間違いだったんだわ」

「少し家康時代より歴史をさかのぼるけどいいかしら」
「いやと言ってもやるんでしょ」
「まあ、そうなんだけど。織田信長はお飾りに足利義昭を将軍にしたけど、裏切ったので追い出しちゃった。でも、自分は将軍にならずに右大臣になったのよね」
「武家の統領じゃなくて官職をもらってどうしようとしたのかしら」
「わからないけど、義昭の裏切りからあと将軍ってつかえないって思ったんじゃないのかしら。とにかく秀吉もその線で行くのよ」
「関白になって、太閤なんて称号をいわば自分で作ってしまうのですわね」
「そこで出てくるのよ二条さん」
「は?」
「秀吉に関白の座をとられちゃったの。二条昭実さんっていうんだけど」
「小物じゃないですか」
「まあ、まだ先があるのよ」

「秀吉亡き後、二条さんは関白の座に戻るのですわね? そして徳川幕府の時代」
「家康こと瞳子ちゃんは、征夷大将軍になって幕府を開いて、ちゃんと支配権を握るのね。摂政も関白もいらないってわけ」
「あのー。祐巳さま。その『家康こと瞳子ちゃん』ってものすごっっっくいやなんですけど」
「だって主役よ主役」
「たぬきおやじじゃないですかああああ。祐巳さまの方がたぬきですぅぅぅ」
「言ってはならないことを言ったわね。成敗」
「あああああ。あの、耳に息を吹きかけるのはやめてください。ごめんなさいごめんなさい。だから先をすすめてくださぁぁい」

「はいはい。で、その関白二条昭実は、朝廷と幕府の交渉の矢面に立つの」
(このネタで萌え票取ろうと思ってもムダだと思うけどなあ)
「公家諸法度って、幕府が朝廷を抑える法律を作っちゃうわよね、瞳子ちゃんが」
「だーかーらー、たぬきおやじじゃないんですってば」
「そこで板挟みの苦しい交渉をすることになるのよ。二条さん」
「それだけですか?」

「あのね、瞳子ちゃん。征夷大将軍って誰が任命するの?」
「えっと、天皇」
「形の上では時の帝よね。でも、実際は?」
「あああ。つまり家康に征夷大将軍の位をいやいや与えたのが」
「二条さんなのよ、たぶん」

「ようやく話が見えましたわ」
「つまり、瞳子ちゃんに天下を取らせるのは乃梨子ちゃん」
「うわわ。ものっすごい飛躍。二条城の方が説得力があるような……」

「そういうわけで、これからマリみては瞳子ちゃんの天下なのよ」

「ちょーっとまったーー」
「なによ」
「一番肝心の祐巳さまはどうしたんですか祐巳さまは」
「わからないのよ」
「おーーーい」

「どうがんばっても福沢諭吉しか出てこないのよね」
「諭吉って大名家と関係あるんですか?」
「全然。咸臨丸に乗ってカリフォルニアへ行ったり、洋学を学んで慶應義塾を作ったりするまでは、ただの中津藩の下級武士よ。エピソードとして、そのカリフォルニアでね、街の人に初代大統領のジョージワシントンの子孫がどこにいるかって聞いてみるの」
「はあ」
「それで誰も知らなかったので、『初代将軍家康みたいな人の子孫がどこにいるか全然知られてない。おお民主主義』って感激したって自分で書いてるんだけど、その程度しか関連がないのよ」

「ふーん。で、祐巳さまはそれをどう解くんですか?」
「祐巳は庶民中の庶民って設定よ。たとえ設計事務所の社長令嬢でもね。大名の姓なんかつけるわけにはいかない。それじゃあ庶民を連想させる姓ってなんだろうってことになるわね」
「はいはい」
「想像なんだけど、そこで『天は人の上に人を作らず』が頭に浮かんだんじゃないかしら」

「なるほどね。それが結論ですか。なんだかものすごーーーーく、尻切れトンボなんですけど。ものすごいマリみてパラドックスその4があるかと思ったのに」
「あるのよ」
「え?」
「マリみての恐るべき真実があるの」
「ななななんなんですの?」

「第一巻の冒頭、祥子さまと私、そして蔦子さんが出てくるわね」
「はい。『タイがまがっていてよ』の『躾』の撮影シーンですわ」
「もうひとり出てるでしょ」
「ああ、あの『スターは素人のことなんか、いちいち覚えてやしないわよ』の方ですか? 苗字なんかないじゃないですか。解くもなにもないですわ」
「そこに真相があるのよ。いい、瞳子ちゃん」
「はい?」



「今の日本で、唯一、姓のない家は?」



「まさか……う・そ……」



【660】 焔の贈り物  (春霞 2005-09-29 01:48:11)


【No:619】:Sollaさま作 『瞳子がありえないだろ!』 
【No:647】:拙作     『サスペンス絶対領域全開』    の続きになります。 



「さて、まずはお楽しみ頂けました出しょうか。 本人曰く、紅をふった細川可南子嬢のマジックでした。 」 
 うおーー。 という、なんだかリリアンには有り得ないような歓声と拍手が沸き起こる。 
「恐縮です。 では、続きましては私の芸をお見せいたします。 支度をして参ります間しばしご歓談ください。 」 
 軽く一礼をすると、ビスケット扉の向こうへ消える。 閉まりしなに、瞳子に目配せをすると、何が嬉しいのか瞳子は楽しげに給湯室へ。 
 残る面々はというと、口々に可南子の芸を誉めながら、今宵ばかりは体重の心配を忘れて楽しくお茶菓子をぱくついている。 わけても祐巳は、それまでの由乃と瞳子の間の自席から立ち上がると、ほてほてと移動するや可南子の膝の上にちょこんと座った。 
 一瞬、その場を緊張が走る。 当の可南子は困ったような、嬉しいような複雑な顔でそうっと祥子の方を見やった。 
 祥子は可南子から贈られた大きな紅薔薇の花束に顔を埋め、深々と芳香を楽しんでいたが、祐巳のはしたない姿に、一瞬険を見せた。 それでも場をわきまえているのか、あるいは部外者の敦子と美幸がいるせいか、ため息ひとつで矛を収め、隣の令と談笑を再開する。 
 祐巳はといえば、そんな危険にも気づかずに可南子の袖を持ち上げては、 鳩は何処から出したのか、とか。 ひらひらしていたのは本物の蝶か、とか。 ずいぶんと可南子のマジックを気に入ったようである。 挙句の果てに、インパネスを何処に仕舞ったのかとばかりに可南子の服をまさぐり始めたものだから、さすがに祥子の雷が落ちた。 
「祐巳、はしたなくってよ!! 」 
 やりすぎな自覚があったらしい祐巳は、キャンッと首をすくめると尻尾を巻いてすたこら自席にもどって澄ましこむ。 このあたり蕾もずいぶん鍛えられたようで、だいぶ面の皮が厚くなっていた。 山百合会は来年も安泰か? 
 そうこうしている内に、瞳子が白い布で覆った何かを手押し車に載せて戻ってきた。 
 舞台の上に、もう一枚の白い布を広げると、傍らに台車をとめたまま、ビスケット扉をノックする。 
「乃梨子さん、よろしくて? 」 
 応えもなく扉が開くと、そこにはその銘にふさわしい真っ白い乃梨子がいた。 
 着物は白く。 袴は白く。 足袋も白く。 たすきも白い。 鉢巻きもまた白いが、そのしっとりとした射干玉(ぬばたま)の黒髪と、べにを指したようなその唇。 ふたつだけが鮮やかだ。 
 顔色は白を通り越してむしろ蒼白いところを見ると、準備と称して禊ぎでもしていたらしい。 可南子のすまなさそうな視線に気づくことなく、乃梨子は伏目がちにしていた晴眼を大きく開き、同時に第二視界(セカンド・サイト)をひらいた。 


 いかな可南子といえど、Sallosという公爵級の力を呼び込んだのでは無理もない。 その残り香や、眷属たちの足跡がそこここに黒々と残っている。 むろん、普通に見えるものではない。 幸い退出の儀はこの上もなく巧くやってあるし、普通に生活する分にはこの程度なら何の問題もないが。 リリアンの生徒会幹部室をこのままにしては置けない。 
 乃梨子は事前に相談してくれた可南子に内心感謝しつつ、舞台に上って傍らの台車から白布を取り去った。 
 白い乃梨子の清廉な気配に、固唾を飲んで見守っていた一同は、そこでほうっと息を吐いた。 あったのは何の変哲もない背の低い丸太ん棒が2つ。 誰もが拍子抜けする中、志摩子だけがその笑みを深くし、祐巳だけが小首をかしげた。 二人の様子に笑みを深くした乃梨子は、自分の前に2本の丸太を並べると、懐から木槌とノミを取り出した。 

 がつん。 一方の丸太の角を勢いよく削り飛ばす。 そのまま第二撃がくるのかと思いきや、もう一方の丸太の方に槌を振り下ろし、その角を削り飛ばす。 
 そのまま交互に槌を下ろすという不思議なやり方に周りがざわつく中、祐巳はじーっと乃梨子の手元を見つめていた。 

 きんのこな。ひのこな。あおのこな。 金の粉。 焔の粉。 蒼の粉。 
 乃梨子が槌を振るうほどに、その全身から綺羅綺羅とした金の粉が飛び立つ。 一方の丸太に注がれると呼応するように眩しい焔の粉が沸き立ち。 一方の丸太に注がれるや水晶の欠片のような蒼の粉が舞い降りる。 祐巳の目にはそんな風に見えた。 そして見えないものも有った。 
 輝く粉の残滓は、部屋の隅々にまで広がり、祐巳に見えない黒いものを焼き、静め、払拭してゆく。 

 玉散る汗に濡れながら、一刀一刀丸太に魂を注ぎ込んでいく。 
 ほどなく、荒削りながらも2体の像が出来上がった。 
 皆がいっせいに拍手する。 

「拙い芸ではございますが、令さま、祥子さま。 貰って頂けますか? 」 
 いつもは冷静沈着。無表情が売りの乃梨子が、満足感のあまり全開の笑顔で3年生に像を差し出す。 
 令はその笑顔にちょっとどきりとしながら像を受け取って、しげしげと見入った。 
「これ、不動明王? 」 
 降魔の剣を持ち、検索を持つ。 憤怒の相で牙をむく。 不動尊であろう。 だが本来男性の姿のはずが、胸元はふくらみ腰回りは円やかで、なによりも顔が由乃に似ている。 みつあみだし。 
「のーりーこーちゃーんー。 喧嘩売ってる? 」 大きく買うたるど。 われー。 
 淑女らしくない声をすっぱり無視して、もう一体を祥子に差し出す。 
「こちらは祥子さまに。 」 
「まあ、これは祐巳ね? 」 さすがに祥子さまは目ざとい。 
 頭の脇からツインテールが出ている時点で、もはや大決定らしい。  一応、宝冠をかぶり釧(くしろ)で身を飾り定印を結んでいるのだが。 
「今回は宴会芸ということで、一刀彫りの荒削りですが、預けていただければもう少し綺麗に仕上げて差し上げられますよ? 」 これは大日如来です、などとは一言もいわずに穏やかに告げる。 
「いいえ。これで良いわ。 これが良いわ。 祐巳の愛らしさと暖かさがよく現れていてよ。 」 
「うん。私もこれで良い。 由乃の事が良く表現されていると思う。 」 由乃にがぶがぶと噛み付かれたまま、令はさわやかに笑った。 

 喜んでもらえたらしい。 場も清められたし。 ミッションコンプリート、かな? 
「乃梨子。 シャワーを浴びてらっしゃい。 暖まるまで帰ってきては駄目よ。 なんなら私が付き添って行きましょうか? 」 
 ニコニコしたまま背中に焔を背負うという、器用な事をして志摩子が乃梨子に迫っている。 
 たしかに乃梨子の着物は全身ぐっしょりと汗を吸い、ここは暖房のない薔薇の館。 季節は冬である。 志麻子の言うことももっともだ。 

「ちゃんと自分一人で暖まってきます。 」 そんな焔の贈り物はいらないよう。 
乃梨子は小さくつぶやいた。 



褒められたかったのに、怒られちゃった。 (メソ 


【661】 1つだけ確かなことは  (水 2005-09-29 03:06:00)


がちゃSレイニーシリーズ。 番外編?
くま一号さま作『ドリルがスキンシップひととき【No:654】』の続き……で良いのでしょうか。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



 薔薇の館から教室へと引き上げる。

 途中、乃梨子さんとは二手に分かれた。 二人一緒だと目立ってしょうがないという理由にして。
 本当の所は可南子にとって、乃梨子さんは足手まといだから。 乃梨子さんには悪いが、姉の不始末の所為なのだと諦めてもらおう。
 可南子一人なら追っ手をまくのになんら苦労はしないのだから。

「あっ、一年の細川可南子さんよね?」
 普段からは考えられない喧騒の中庭、おそらくは上級生の数名に早速声を掛けられる。
「……急ぎますので」
 そう言い残し、可南子はちょっと小走りでその場を後にする。
「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
 当然追いかけて来るが。
「では、ごきげんよう」
 近くの通行人をスクリーンにして、はい、さよなら。 一丁上がり。 これ位はお手の物。
 どうという事は無く、単にバスケットの技術の応用だ。 長身ばかりが目を引くだろうが、実はこれでも技巧派として鳴らしたのだ。



 それでも要らぬ接触は避けようと、足早に教室を目指していたが。

『でも……』
 聞こえてきた声がなんとなく気に掛かって、可南子は足を止めた。

 声の出所に目をやると、ちょっと木立の陰になった所に頭が見える。 1、2、3人。
 その内の一つは編み込み三つ編み頭。 見覚えがある。 可南子のクラスメイト、名前は敦子、だったと思う。
 ちょっと様子を見ることに決めた。

 三人の内で可南子が見知らぬ、おそらくは上級生の二人が熱心に敦子さんに話し掛けている。

「前から敦子ちゃんの事、可愛いなって二人で言ってたのよ」
「あ、ありがとうございます」
「あの話は知ってるでしょう、受け取ってよ」
「え〜っと……」
「大丈夫よぉ。 先にお姉さまになってる方を邪魔にしたりはしないから」
「そうよ、みんなで仲良くやりましょうよ。 きっと上手く行くわ」
「そ、そうですわね。 そういうお積もりならば……」
 敦子さんは説得されてしまったようだ。 最初の不安そうな顔が、明るい笑顔になってしまった。

(ああ、世話が焼けるわね)
 後で泣かれる方が面倒だという事にして、可南子はちょっかいを出す事にした。


「止めておきなさい。 後悔するわよ、敦子さん」
「えっ? か、可南子さん」
 いきなりの闖入者に驚いているようだ。
「な、なによあなた。 あなたには関係無いじゃない、横から口を出さないでよ!」
「そうよそうよ!」
 多分二年生だろうが、先輩二人が盛んに吠え掛かってきた。 面倒だから適当にあしらう事にする。
「あなた方よりは敦子さんと関係あると思うけど。 クラスメイトだもの。 そっちこそ邪魔よ、口を挟まないで」
「ぐっ……」
 頭の悪い連中は放っておいて、可南子は敦子さんに向き直った。

「敦子さん、教えてあげるわ」
「な、なに?」
「一つだけ確かなことは、あなたがロザリオを受け取ってしまったら後で絶対皆が泣くって事。 あなたのお姉さまを含めてね」
「えっ?」
 敦子さんは予想もしてなかった様子で目を丸くする。

「何言ってるのよあなた、みんなで仲良くすれば良いじゃない!」
「そうよ、血の繋がった本当の御姉妹の場合、たくさん御姉妹がいらっしゃっても仲良くやっているじゃないのよ!」
「そうですわよね?」これは敦子さん。
 可南子は敦子さんと話をしているのだが、用の無い先輩方二人が食って掛かってきたので相手をしてやる。

「ふう、頭が悪いわね。 本当の姉妹の場合、表面上はどんな関係に見えたとしても、その根底には覆せない序列があるから成り立っているのよ。 歳の差という名のね。 あなた敦子さんの二人目のお姉さまになって、一人目の上に立つの? 下に就くの? 全く対等というのは有り得ないわ」

 理屈が正しいかどうかは分からないが、構わず言い放つ。 こんなものは勢いさえ有れば良い。
 すると、何か思う所があったのか、先輩方二人は静かになった。 こんな人達はどうでも良いから放置する。

「そう言う訳で、スールというのは普通の姉妹の有り様とは違うのよ、敦子さん。 特別なの」
「そんな事、言われなくても」
「分かってないわ。 あなたお姉さまとはスールの契りを結んだのよね?」
「それが?」
「この場合の契りって、結婚に近いものじゃない。 あなた聖書朗読クラブよね、今まで何を学んできたのかしら」
「あっ……!」
 やっと話が通じたようだ。 思っていたよりも苦労した可南子は、内心でホッと息をついた。



「ありがとうございました、可南子さん。 ご助言頂きまして……」
 敦子さんは目に見えて落ち込んでいる様子だが、律儀にも可南子に頭を下げてきた。 先輩方は、「ごめんなさい」と一言だけ残して立ち去った。

「目は覚めたようね」
「ええ、済みませんでした。 可南子さんにお手数をお掛けしてしまって」
「済まないと思うなら、ちょっと頼まれてくれない?」
「え? ええ、良いですけど……」
「あなた今から聖書片手にお姉さまの所まで行って、一緒にクラブ活動なさい」
「は?」
「さっきの先輩方みたいな愚かな連中の暴挙を未然に防ぐのよ。 とっ掴まえて説教するの」
「あ……」
「この役目はあなたたち聖書朗読クラブに一番相応しいのではない?」
「そうね、その通りだわ……。 分かったわ、可南子さん。 お姉さまを通してクラブの皆さまにも動いて頂きますわ」
 敦子さんの目に輝きが宿り始めた。 いつもの調子に戻りつつあるようだ。

「悪いわね、私は他にする事があるの。 任せていいかしら」
「ええ、勿論です。 では早速動きますわ、ごきげんよう可南子さん」
「ごきげんよう敦子さん。 頼むわね」

 可南子は元気良く駆けて行く敦子さんを見送りながら、すべてが上手く行ってくれるように、自分が上手く立ち回れるように、いつの間にか祈っていた。


______________________
まつのめさま作『理想すれちがう【No:662】』に続く


【662】 理想すれちがう  (まつのめ 2005-09-29 09:52:28)


がちゃSレイニーシリーズ。 番外編の番外
水さま作『No.661 1つだけ確かなことは』の続きかもしれない?


「敦子それは違うわ」
「お姉さま?」
 可南子に諭されて複数の姉を持つことや複数の妹を持つことが間違いであることを布教すべく姉の居る聖書朗読クラブの活動場所へ来た敦子であったが。
「確かに今までの姉妹制度は一対一。姉妹のちぎりは結婚のような物でしたわ。でも白薔薇さまはその制度に疑問をもたれたのよ」
「で、でも」
「一人の姉が一人の妹を責任を持って導くということは確かな絆を築くものだし、姉妹双方の成長につながるすばらしいものだわ」
「それならば……」
「でもね、その反面、独占欲のようなものを助長してしまってそれが元で多くの悲劇が生まれたてきたことも事実なの。あなたもいくつか話を聞いたことがあるはずよ?」
 姉の言い分はこうであった。確かに敦子の言うように、多夫多妻制を盾に他人の妹を勝手に自分の妹にするような行為は問題外であると。しかし現在の妹も同意の上で新たに妹を迎えたり、姉の承諾を得た上で別な上級生の妹になるのは問題が無いのではないかと。もちろん独占したければ一対一のままで居ればよいのだし。
「なにも白薔薇さまは全ての姉妹が一対多や多対一になれと仰っているわけでないわよね」
「そうですが……」
「白薔薇さまの提案なさったのは姉妹制度の可能性を広げるもの。このようなことを思いつかれる白薔薇さまはすばらしいお方ですわ」
 きらきらと後光がさして見えるのは錯覚であろうが、彼女は敦子の姉である。
 疑うことを知らない善意の人、敦子を上回る『超子羊』なのは言うまでも無い。

「それはちょっと頂けませんわ」
 それに口をはさんだのはもう一人の『超子羊』、美幸の姉であった。
「もちろん妹の同意を得てもう一人妹を持つのことは賛成ですけど。そうなれば妹同士は違った意味の姉妹となり、今の姉妹制度いわば家族のような形に進化しますわ。つまり家族愛を育むすばらしい関係に。でも妹が別の姉を持つとなると意味が違ってきてしまいますわ」
「それでは、貴方は白薔薇さまのご提案には反対なのですか?」
「いいえ、それはすばらしい提案だと思うのですけど、姉が妹を導くという原則からするとそのまま採用するわけには行かないと思うのですけど」
「そうでしょうか、人にはそれぞれ長所というものがありますから複数の姉から学ぶことでより深い洞察を培うこともできると思いますが」
 ここへ来て、二人の討論に意見をはさむものが出てきた。
「いいえ、わたくしも複数の姉をもつことは反対ですわ」
「わたしは逆ですわ、一人の姉から複数の妹という形で家族を形成するとなると派閥のようになってしまい、争いの元になりますわ」
 子羊達が争っておられる。
 もはや聖書朗読クラブ全体を巻き込んでの乱闘(討論だから乱討?)となっていた。
「あ、敦子さん……」
「美幸さん、どうしましょう」

 『多夫多妻制を盾に他人の妹を勝手に自分の妹にする』等の一般生徒が安易に走っている行為に反対なのはどうやら統一見解らしいのだが、論点はもうそんなところからはるか遠方へ飛び去りつつあった。


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09/29 10:09 矛盾があったのでセリフ一部修正


【663】 陰謀弱肉強食  (ケテル・ウィスパー 2005-09-29 11:45:25)


瞳子
「と言うわけで、なかなかよさそうなのが出ましたので、こっちで乃梨子さんの霊視をお送りしますわ。 何人が期待しているか分かりませんけれど」
乃梨子
「帰ろうか?」
瞳子
「そういうわけにもまいりませんでしょう? え〜と、信康は家康に対する不満、憤りがあったとのことですわね? と言うことは、武田勝頼と内通していたのですか?」
乃梨子
「……してないね。 『この人が生きていれば、歴史が変わったかも知れないって言うくらい聡明な人』とも言ったでしょ? 勝頼の器は見抜いてるよ。 殺されたのは……内部事情かな?」
瞳子
「内部事情ですの?」
乃梨子
「今川の血を引いていて、武将としての風貌も器も申し分ない信康の周囲には、反・信長グループが集まるでしょ? 家康の親・信長を支持する家臣団は警戒を強めるわね。 徳川としては武田氏や北条氏と言った強敵に対抗するためには、信長との同盟は最優先事項でしょ」
瞳子
「と言うことは……織田方からの圧力ですの?」
乃梨子
「言葉にされていないけれどね。 もう少し徳川が強かったら。 あるいは信康が周囲に目を向けて、うまく立ち回ったら命を落とすまでには到らなかったかもね。 母親譲りの貴族的プライドの高さが死に至らしめたのかもね。 …………母子の恨みって強いわ……。 信長って結局天下を取れなかったはずだわ」
瞳子
「あら、本能寺の変は母子の恨みも含まれていますの?」
乃梨子
「強いよ〜〜、この恨み……」

参考:ソノラマMOOK『霊能者・寺尾玲子の新都市伝説 闇の検証 第四週』


【664】 スクール水着でハジける心此処に有り  (朝生行幸 2005-09-29 12:24:43)


「あ…」
 早めに登校し、水泳大会の準備に勤しんでいた山百合会幹部の一人、白薔薇さまこと藤堂志摩子は、何かを思い出したように、小さな声をあげた。
「どうしたの?志摩子さん」
 傍らにいた、紅薔薇のつぼみこと福沢祐巳が、志摩子に問い掛ける。
「あ、いえ、薔薇の館に忘れ物をしてしまったの。どうしようかしら…」
「必要なものなら、取りに行かないといけないんじゃ?」
 聞き耳を立てていたのだろう、黄薔薇のつぼみこと島津由乃も、会話に加わる。
「ええ、でも…」
 ためらいがちの志摩子。
 なぜなら彼女は今、水着姿だったのだから。

 水泳大会ということで、水泳部員を筆頭に、各クラスの体育委員と山百合会が準備を行うことになっていた。
 学校行事に山百合会が参画しないはずがない。
 上は薔薇さまから下はつぼみまで、全員総出で準備中なのだ。
 当然、全員水着であるのは言うまでもない。
「あそっか、さすがに水着姿じゃ行き難いよねぇ」
 ちょうど登校のピーク時。
 そんな生徒に溢れる時間に、水着姿の白薔薇さまが闊歩すれば、いろんな意味で大反響が起きることは目に見えている。
「着替えるのはちょっと…」
 一度濡れてしまった水着は脱ぎ難いものだし、一度脱いだ水着は、心情的に改めて着に難いものだ。
 上に制服を着る手もあるが、濡れてしまうし、タオルを巻いても、それはかえって妖しさが増す。
「うーん、どうしたものか」
 二年生が揃って悩んでいると…。
「祐巳!?」
「はい!」
 紅薔薇さまこと小笠原祥子が、祐巳を呼んだ。
「なんでしょうお姉さま?」
「悪いけれど、薔薇の館に置いてあるクラスのプラカードを取って来てもらえるかしら?」
「…え?」
「一階の倉庫に置いてあるから。そうね、重いから乃梨子ちゃんに手伝ってもらって」
「う、えーと、はい」
「じゃぁ、頼んだわね」
 準備に戻る、水着姿の祥子。
 祐巳は、その後姿に見とれつつも困った顔をしていた。
「仕方ないかぁ。乃梨子ちゃん?」
「なんでしょうか祐巳さま」
 かくかくしかじかと説明すると、やはり乃梨子も格好が気になるのか、あまり良い顔しなかった。
「気持ちはわかるよ。でも、一人で行くよりマシだよね。ついでだから、志摩子さんも一緒に」
「そうね。三人なら少しは気にならないかも」
 こうして三人は、学校指定のスクール水着のまま、薔薇の館へ移動することと相成った。

 山百合会関係者のうち丁度半分が、水着のまま敷地内を歩くこの珍事。
 登校中の生徒たちが、黄色い悲鳴を上げながら、三人に注目する。
 目がハートとはこのことだった。
 照れと恥ずかしさで、背中がむず痒い。
「うーん、予想通りの反応なんだけど」
「人目を引き過ぎですね。やっぱり着替えた方が良かったかもしれません」
「でも、ちょっと気分が良いわ」
『志摩子さん!?』
 予想外の志摩子の言葉に、驚きの声をあげる祐巳と乃梨子。
 ずずいと先頭を歩く志摩子は、ギャラリーに向かって手を振りながら、ニッコリと白薔薇スマイルを振り撒きまくる。
 中には、失神して倒れる生徒までいる始末。
「私達、見られているのね」
 両手を頬に当てて、身体をくねらす志摩子。
 図らずも胸が寄せて上げて状態となり、ただでさえボリューム満点の志摩子の胸が、さらに強調される。
「うわー、どうしよう。志摩子さんハジけちゃったよ」
「でも、そんな志摩子さんもステキ♪」
「って、あらら」
 こりゃダメだ、まさか、乃梨子までおかしくなるとは。
 祐巳がどうしようと途方に暮れていると、
「祐巳さま!」
「あ、ごきげんよう瞳子ちゃん」
「暢気に挨拶なんてしてる場合ですか!なんですのその格好は!白薔薇さまや乃梨子さんまで!」
「そうは言ってもねぇ」
「とにか、く…」
 乃梨子を見た瞳子は、言いかけて絶句した。
「な、なに瞳子。どうしたの?」
 答えずに瞳子は、乃梨子の姿を、特に胸元を凝視すると、
「う、う、裏切り者〜〜〜〜!!!!」
 ワケのわかんない絶叫と共に、涙を流しながら走り去った。
「な、なんだったのかな?今の」
「さぁ、私にもとんと…」
 ウキウキと先を歩く志摩子と、土煙を上げて走る瞳子を見ながら、呆然と立ち尽くす二人だった。

 その後、何人かの生徒が競技に出られなくなるというトラブルはあったものの、水泳大会は無事に終了した。
 写真部公認の写真は、厳重な管理の元、希望者に配布された。
 しかし、当然ながら、裏ルートの写真も存在するわけで…。
 学園敷地内を歩く白薔薇姉妹、紅薔薇のつぼみの写真は、かなりの値で取引されたという。
 特に、はっちゃけ志摩子の写真には、天井知らずの値が付いたとか付かなかったとか…。


【665】 六条梨々の持ちつ持たれつ  (ケテル・ウィスパー 2005-09-29 12:30:24)


「皆さんごきげんよう。 やっぱりここでしたわね。 乃梨子さん、そろそろ行きませんと日出実さんが待ちかねていらっしゃいますわよ」

 放課後の薔薇の館、お茶も配られてさあ仕事を始めようかとしていたところへ、ビスケット扉を開けて瞳子が進入してきた。

「日出実さんが待っているって……、あぁぁ〜……。 あっちか……」

 あっち……。 六条梨々の仕事、新聞部に投函される心霊関係と思われる相談事を解決に導いたりすること。 殆んどはその場で簡単な解決方法を提示して終わってしまうのだけれど、中には現地に出向かなければならない物もあり、それを瞳子がレポート風に話を起こして、日出実さんが添削してからリリアンかわら版に掲載される。 同じレ
ポートは出版社にも送られていて漫画になっていたりする。  嘘みたいな話だよね。

「そうですわ、今回のはなんだか写真もあるとおっしゃっていましたわ。 と言うわけで皆様、乃梨子さんと私は新聞部に行ってきますわ。 つきましては、戦力不足かもしれませんがこれを進呈いたしますわ」

 そういうと瞳子は、何処からとも無くバスケ部のウェアを着たままの可南子さんを取り出した。 ポカ〜ンとしたまま周りをキョロキョロしている可南子さん。 瞳子、あんたが今使った技の方が『摩訶不思議』だと思うんだけど。

「すみません、一時間ほど行ってきます」
「私はかまわないけれど、祐巳さん由乃さん、どうかしら?」
「いいんじゃないの? 人身御供は置いて行ってくれるんだし」
「うん、いいよ。 実は結構楽しみにしてたりするんだ〜〜」
「怖いの苦手なくせに」
「そ、そこは〜〜…ほら、怖い物見たさって言うか……」

 にぎやかに雑談を始めた志摩子さんたちを横目に挨拶をしてから階段を下りる。 あれ? 瞳子は? ……あ〜祐巳さまに弄られてるのか。 まあいいか、そのうち来るでしょう。



 《ふふふふ、なんだかんだ言って律儀にやるんだよね〜あんたは》

『まだいろいろ迷っているんですけれど?』

 《悩みな悩みな、まだいろいろ見て聞いて経験していっていい時期なんだから》

『……突き放すように言ってくれて…』

 《イニシアティブは生きているあんたにあるんだから、当然でしょう》

『600年前の巫女さんのくせして”イニシアティブ”なんて言葉知ってるんだ』

 《バカにするんじゃないよ。 16年もこっちにいれば教わらなくったって外国語の一つや二つ覚えるさ。 授業とか言うので習ってなくたってね。 》

『マジで巫女さんだったのか疑わしいわ』

 《な〜に言ってんだか。 私が巫女であんたの事主護霊として守ってやってなかったら、いま頃こんなにまっすぐ育ってなかったんだよ、性格までは手を回せなかったからまっすぐじゃあないか。 あんたくらいの霊能力持っている人間を低級霊が放って置くわけないでしょ。 ある意味恩人だよ私は》

『あ〜言えばこう言うんだから……それにしても口が悪いわ…』

 《私の言葉はあんたに分かりやすいように引っ張られるんだよ》

『前に聞いた事あるんだけど…ってことは何? 私の言葉遣いが悪いって言いたいの?』

 《へぇ〜、自覚あったのね。 ま〜ったく、こんなのを妹にしている志摩子さんがかわいそうだわ》


「ちょっと! 志摩子さんは関係ないでしょ!!」 


 ………廊下でいきなり叫び声をあげてしまった私を『疲れていらっしゃるのね…』っという顔をして遠巻きにしている生徒がちらほら………。 


 《はははは、まだまだだね〜、この程度で声出しちゃうようじゃあ》

『くそ〜〜っ、後で覚えとけよ〜〜』

 《ほ〜〜ら、また口が悪い》

『〇☆/!▼%\$!!』


【666】 そのとき  (まつのめ 2005-09-29 17:40:38)


がちゃSレイニーシリーズ。 番外編の番外の後始末
まつのめ作『No.662 理想すれちがう』の責任をとって続き。


 聖書の引用まで持ち出して、聖書朗読クラブ内の論戦も絶頂を迎えようとしていたそのときだった。
「みなさま現実にそぐわない理屈を言い合っている場合ですか!」
 鶴の一声、ではないが、運動部で鍛えられた腹筋で発する大声は聖書朗読クラブの活動場所に大きく鳴り響いた。
「可南子さん?」

 そう、勘違いしている輩をただす役を聖書朗読クラブに託すというアイデアは、敦子が先輩方に捕まっているのを助けた時の思い付きだったが、可南子は敦子を見送ったあと、彼女に任せて本当にクラブの人たちが動くのだろうかということがずっと気がかりだったのだ。
 そして、とうとう我慢できなくなって来て見たら案の定この惨状。
 思わず乱入して大声をあげていたというわけである。

「あら、細川可南子ちゃん?」
 敦子の姉が言った。可南子は有名人なので面識のない敦子の姉も名前を知っていた。
「聖書朗読クラブに御用かしら?」
「ええ、こちらの先輩方はよもや勘違いなどなさってらっしゃらないでしょうけど……」
「勘違いとは?」
「敦子さん、さっき何をされそうになったかちゃんとあなたのお姉さまに伝えたのですか?」
「あ、いいえ、ただ『白薔薇さまの提案なさったことは間違っています』と……」
「『既に姉妹関係があろうとも気に入った子を姉妹にして良くなった』なんて都合の良い解釈をして、実際に行動に出てしまっている人たちがたくさん居るってことをちゃんと言わなきゃ駄目でしょう?」
「それは伝えましたが」
「さっきあなたも申し込まれたってことは?」
「それは……」
 一番重要なことがやはり、伝えきれていない。
 他人事ではなかなか人は動かないものなのだ。
 彼女らを動かすには自分の妹が被害にあっているという事実が一番効くというのに。

 とはいえ、敦子のことを伝達能力で劣っていると責めることはできない。
 山百合会の周辺に居る一年生達が特別しっかりしているのであって、彼女は平均的リリアン生なのだ。
 むしろ友達の美幸と共に良くやってくれているといえる。

「それは本当なの?」
 可南子の話を聞いていた敦子の姉が言った。
「ええ、敦子さんは先ほど複数の先輩方に妹になるように説得されていました」
「なんてこと……」
 ああ、なんて世話の焼ける、と思いつつ敦子の姉に先ほど敦子に言ったようなことをもう一度説明した。
「結婚と姉妹は厳密には違います。でも、あなたの言いたいことは判りました」
 精神論を論じるつもりも無いしそういう知識もない可南子は自分の言葉で現在の状況がどう良くないのかを語ったのだが、彼女は理解し、協力を申し出てくれた。
「白薔薇さまが何を考えていらっしゃるのかは白薔薇さま自身の口から語られるのを待ちますわ。それより、現存する姉妹の関係を壊すような行いを止めなくてはなりません」

 「みなさま、お聞きになりましたか」と、聖書朗読クラブのみんなに呼びかける敦子の姉を見ながら、可南子は、これからしばらくはこうして後始末に駆け回ることになるんだろうなと考えていた。


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09/29 20:10 最終版。← 20:45 コメントのみ修正


【667】 真美の真実意外に?  (くま一号 2005-09-29 22:08:03)


そのとき  【No:666】 まつのめさんに続いてしまいます。

 二時間目、世界史の授業中。
真美は、上の空で脱力していた。
(今朝は修羅場だったわ。)

 三つ編みとツインテールが見える。後ろにはメガネ。三人とも朝拝の鐘と同時に教室に駆け込んできたし、一時間目のあとは三人ともぐったりと机に突っ伏していたので、話もしていない。
(つぼみ二人の動きが見えるんだから、動かなくてもいいのよね。ちょっと休ませてもらうわよ。)

 夕べ志摩子さんから電話がかかって、あらかじめ準備していた白薔薇さまのインタビュー記事中心の号外の発行を許可された。内容は、志摩子さんが瞳子ちゃんにロザリオを渡し、瞳子ちゃんがそれを受けたことに関する志摩子さんの想い。薔薇の館での打ち合わせ以来、祐巳さんにはちょっとショックが大きすぎたらしいけれどおおむね志摩子さんの予定通りに行っているらしかった。

 編集はできていたから、プリントアウトして配るだけ。とはいえ祐巳さんが登校してくる朝である。校門からマリア様の前まで、号外を配っている新聞部員は同時に取材班でもあるのだ。部員全員に招集をかけて、マークする相手を決める。日出実は瞳子ちゃんに貼り付け、自分はもちろん祐巳さんをマークする。なにか、起こるはずだった。


 そのなにかは、あまりに早くやってきた。そう、真美が早出のために起きるまもなく。
半分ねぼけながら電話に出ると、由乃さんだった。

「で、新聞部に何をしろというの? 黄薔薇のつぼみ。」
「山百合会は新聞部に命令できるタチバじゃないわよ。ただ、投票があって、そういうことがあるのよって情報を編集長さんに教えてあげただけ。」
「意図のあるリーク情報は嫌いだわ。」
「知らないよりもいいでしょ? 祐巳さんに協力して欲しいの。」
「個人的な友情の領域を越えているわよ、由乃さん。」
「わかってる。それでも。」
「わかったわ。聞いておく。」
「あとで会いましょう。」
「私は校門で号外を配ってるわ、今のを記事にしてもしなくてもね。」

 一気に着替えて、ゼリーインビタミンを二つ、つかんで飛び出す。
編集にはせいぜい30分しかない。号外はほとんど全員が取っていくし、先生方も持って行く。一人で何枚も持って行く人だっている。中等部、大学部から花寺までも一応読者のうちに入れている真美だ。高等部全18クラス分に一割増くらいでも号外ははける。

(職員室のレーザープリンターも借りなきゃ。)

 今考えているのは発行手順だけ。記事の内容は、潜在意識に任せておく。日出実たちと話さなければどうせ書けない。

  †

 全員がそろって、由乃さんの電話の内容を伝える。案の定、新聞部員の意見は割れた。
「騒ぎになりますわ。山百合会の公式発表まで抑えるべきではないのかしら。」
「恭子、そうはいかないわ。高等部の全員に関わる姉妹の問題を山百合会幹部が採決した。今日、登校してくる紅薔薇のつぼみの意見によっては結果が決まるか薔薇の館が二つに割れるか。これは高等部全員が知る権利のあることよ。」

 さすが我が妹。飲み込むのは早い。

「でも、せめて薔薇さまの誰かに確認を取らなくてもいいのでしょうか。」
「真美さま、黄薔薇のつぼみの電話の内容は、信じてもいいのでしょうか。」
「それは聞く相手が違うわ。日出実?」
「え?」
「昨日は、白薔薇のつぼみに突撃するって言ってたわよね。なにか聞いたんでしょう?」
「……」

「薔薇の館のあやしげな打ち合わせから付き合わせてごめんなさいね。そう、私は祐巳さんのために私情で動いていたわ。これ。」と、今頃大量に刷っている予定だった号外を叩く。
「私の個人的なお願いで作ったようなものよね。」
「お姉さま。」
「だから、昨日、乃梨子ちゃんから取材したことを日出実が私に隠していたとしても怒らない。怒らないから言ってごらんなさい。由乃さんの電話の話と一致するの?」

「……一致…します……。しますけど、これでは瞳子さんも乃梨子さんもあんまりかわいそうです。せめて、せめて白薔薇さまに連絡を取ってから…。」
「だめよ、日出実。」

 決めた。記事に、する。

 座の中心に進み出る。仁王立ち、腰に手。すこしはお姉さまみたいに凛々しく見えるかしら。

「みんな聞いて。最初の号外は、白薔薇さまと瞳子ちゃんたちのプライベートな話だったわ。だから白薔薇さまに許可をもらって号外を出すつもりだった。その後追いが出たとしても、それはその人達の自分の責任よ。」
 うなずく一同。

「でもね、今度の内容は違うの。山百合会幹部の採決があった。高等部全員の関わる問題を6人に決められていいの? 姉妹複数制にかわら版が反対するって意味じゃないのよ。全校へのアンケートもなしに投票がされてる。これは、本来の新聞部の伝えなければいけないことなのよ。」
「でも、お姉さま。山百合会幹部の決議に拘束力なんてないです。採決したことも公表してません。号外にするのは早すぎませんか。」
「日出実、あなたが裏を取ったことを疑う趣味はないわよ。それで充分。これはね、たとえ薔薇の館の許可がなくても、リリアン瓦版が載せなければいけない記事なのよ。そうでしょう?」
「はい。」

「利用されるのではないわ。高等部の全員のために。」

 そう、これはリリアン瓦版の誇りを賭けた決断。

「編集長として決定します。号外を差し替え、姉妹複数を可能にする制度について、山百合会幹部が採決を取っていることを記事にするのよ。」
「はいっっ。」

「いいわね、編集に30分。日出実!」
「はいっ。」
「白薔薇さまのインタビュー記事を三分の一に縮めて。瞳子ちゃんにロザリオを渡したことだけに絞るの。」
「はい、お姉さま。」

「恭子。」
「はい。」
「レイアウトを変えている時間はないわ。白薔薇さまと瞳子ちゃんの写真はそのまま。志摩子さんのインタビューを左下につっこんで、残りを開けて。」
「はい。」

「それから礼子。職員室へ走って。レーザープリンタ押さえてきて。智美? 見出しをお願い。」
「どうするの? 真美。『山百合会で採決!姉妹が多夫多婦制に!』ってこれじゃきつすぎるわよ。」
「きつすぎるくらいでちょうどいいわ。自分たちの姉妹の身の上になにが起こるのか、全員のアタマにたたき込むのよ。」

「お姉さまはメイン記事を?」
「もちろんよ、日出実。由乃さんの言葉通りに書いたらとんでもないことになるわ。私が書いても相当とんでもないことになるでしょうけれどね。」

 それからの騒ぎったら……。それにしても、私を妹にとか、妹にしてくださいとか、山口真美、いつのまにこんな人気者になったんだ? いや、だれでもいいのか、あの子たちは。

 さて。どう収拾するか。薔薇の館のお手並み拝見と行きましょう。

『ロザリオはただの飾りです。姉妹というのはそこに居なくても信じられる人。ロザリオという物でつながっているわけではないわ。』
『瞳子さんにロザリオを渡したけれど、私の妹は乃梨子。瞳子さんがある人と仲直りするまで、そしてある人が誤解を解くまで、わたくしは瞳子さんを預かっているのよ。』

 元の号外から日出実が切り落とした部分。なかなか、やる。もちろん『あとで使うために』残したに決まっている。さすがに中等部の時から黄薔薇革命の後始末も、イエローローズの後始末も読んでいただけのことはあって、その辺の勘はするどい。

 それなら、私の尻ぬぐいは日出実に任せて、今日はやっぱり予定通り祐巳さんにぴったり張り付く、というのが正解ね。

 まだまだ忙しい一日になりそうだった。
お姉さま、今日は登校してないといいんだけどなあ。
これ以上、かき回す人が増えたら、ぜーんぶ日出実にまかせて小寓寺に座禅でも組みに行くわ。


【668】 RX−78猛将伝  (六月 2005-09-29 23:45:14)


次は2年生の競技「玉逃げ」だ。
去年は志摩子さんが由乃さまに追い回された忌まわしい競技。
今年、私、二条乃梨子は桜組で白色の、可南子さんは椿組で赤色、瞳子は松組だから緑色の鉢巻を締めている。
そして、やっぱりというか、可南子さんがカゴを背負って逃げ役にまわった。
ただでさえ運動神経抜群のバスケ部の期待の星、しかもあの長身でカゴを背負われてはそうそう簡単に玉が入るものではない。
だがしかし、去年は逃げ回る役だった白薔薇の意地にかけて、今年は追い回す役になると、そしてどうせ狙うなら難敵をと誓ったのだ!
「可南子さん、恨みはないが狙わせて頂きます!」
そう乃梨子は宣言したのだった。
「ふっ、一個でも玉が届けばよろしいですわね」
ふっふっふっふ、相手にとって不足なし、燃えてきた!
「まぁ、お二人が潰しあって頂ければこちらも楽できますわ」
あ、瞳子も居たっけ。
「忘れるなんてひどいですわ、瞳子もカゴを背負ってますのに」
あー、紅薔薇の威光ってやつかな?でも瞳子は小さいから狙い易くてつまんらないんだよなぁ。
「ふん、勝手になさってください」
狙うと怒るくせに、相手にされないとなると拗ねるんだから。

ピストル音が鳴り響くと同時にダッシュ!可南子さんを探す。
色とりどりのスポンジ玉が飛び交う中、軽やかなステップで身をかわす可南子さんを発見!一気に駆け寄った。
後ろに回り込み玉を投げ込もうとした刹那、カゴの重みを遠心力に変えクルリと振り向いた彼女と正面から対峙することになった。
「くっ、通常の3倍のスピードで動けるとは!」
「ほほほほほ、運動性能だけが全てではないのですよ」
長い髪の毛を振り回すと、カゴに投げ込まれようとした玉が弾かれて周りに落ちる。
「ちぃ、そんなことまで出来るのか!?だがっ!!」
舞うように逃げる可南子さんに一息で近づくと、ぴったりと動きを合わせ横へ横へと回り込む。
「なに?私の動きについてこれるとは!」
「志摩子さんに日舞を習ったのよ!あなたの動きくらい手にとるように見えるわ、一つ!」
後ろに回り込みカゴへと玉を投げ込んだ。
さすがに可南子さんも必死になって逃げようとするが、私も擦り足のままで動きを合わせ逃がさない。
「二つ!」
「えぇぇいっ!山百合会の白いやつは化け物か!?」
「三つ!」

と鬼気迫る戦いを繰り広げる私達の間に気の抜けるような声がかけられた。
「乃梨子さん、乃梨子さん」
「なに?瞳子!いま忙しいの!」
「もう、終わってますよ」
「「へ?」」
追いかけっこを止めた私達が辺りを見回すと、玉逃げに参加している2年生全員が私達を取り囲むように見つめていた。
いや、全校生徒注視の中で二人だけがバトルを繰広げていたのだ。その注目度たるや・・・。見事に校庭中にドッと笑いが巻き起こってしまった。
「「いやぁぁぁぁぁぁ!!!」」
羞恥に血が昇った可南子さんと一緒にその場に気絶したのだった・・・。

気が付くとそこは志摩子さんの膝の上だった。
「あ、あ、あ、あの志摩子ひゃん!」
跳び起きようとした私をそっと押さえると「いいのよ」と。
「乃梨子は一生懸命に頑張ったんだもの、休んでいて良いの」
そう言って頭を撫でてくれた。
あぁ、そうが、私にもまだ帰れる場所があるんだ・・・。


【669】 ありきたりな八月は  (ROM人 2005-09-30 00:29:37)


澄み渡る青空に向かって、細い煙のすじが立ち上る。
屋上に照りつける太陽の熱。
8月のリリアンに彼女は居た。

「あつい……」
太陽がそろそろ真上に差し掛かろうとしていた。
煙草も残り数本。
そろそろ、この暇つぶしも終わりだ。
補習授業をサボって、屋上で煙草を吹かす。
汚れのない子羊ばかりのリリアンで私は異端者だった。
母親の熱心な説得でこの学園に半ば無理矢理入学させられた彼女は、
もう1年半をこの学園で過ごそうとしていた。
母の通った学園。
当然、自分にはなんの関係もない。
母は、姉妹制度で出来た姉妹について熱っぽく語る。
入学当初から母は、私に姉が出来る日をいつかいつかと待ちわびていた。
しかし、私にそのつもりはなかった。
お節介なクラスメイト達も、やたらと私に姉を作るように勧めた。
しだいにそれが煩わしくなり、いつの間にか私はこうして屋上に通うようになった。
お節介を焼こうとするクラスメイトも一人減り、二人減りしていくうちに私は一人になった。
今では誰も私に関わろうとしない。
教師やシスターですら積極的に私に関わることはない。
授業をサボって屋上で過ごすこともたまにある。
退屈なありきたりの日常。
同じような毎日がただただ過ぎていく。
このただ燃え尽きることを繰り返す煙草のように。
「熱っ!」
気がつくと、煙草は根元まで燃え尽きようとしていた。
私はあわてて思わず、それを放り投げてしまった。
……これで、煙草がばれて停学か。
それもいいかも知れないな。
「きゃっ!」
下の方からそんな悲鳴が聞こえた。
そして、覗き込んだ私と目があった。

それは、紅薔薇の蕾『松平瞳子』だった。





「まったく、火のついた煙草を投げるなんて」
脳天に煙草の直撃を受けたクラスメイトは、あれからすぐに屋上にやってきた。
紅薔薇の蕾になって幾分態度が丸くなった彼女だったが、その剣幕はかつての彼女を思わせる。
いや、彼女が変わったのは現紅薔薇様の福沢祐巳様の妹になったからだろうか。
「ちょっと、聞いてますの? 雅美さん!」
気がつくと、彼女の顔が至近距離にあった。
松平瞳子は下級生にも絶大な人気を誇る美少女である。
紅薔薇様と並んで歩くと下級生達から感嘆の声があがる。
下駄箱にも姉と同様溢れんばかりのラブレターが届くそうだ。
私とは違って、このリリアンの生徒であることがピッタリだと思う。
私は、彼女の瞳に吸い寄せられるように彼女の唇を自分の唇で塞いだ。
「!?」
彼女は私からあわてて飛び退いた。
「な、なにをするんですの!!!」
「口止め料よ。 それで煙草の件は黙っていてもらえる?」
見る見る彼女の顔が真っ赤になっていくのがわかる。
「な、なんでそれが口止め料なんですの! 大体、奪われたのは瞳子の方で……」
「何? 初めてだった?」
「だから、そんな事じゃなくて……」
「気にしないで、私も初めてだから。 そういうわけで、煙草の件は内緒ね」
そうして私は立ち上がると、屋上を後にしようとした。
「待ってください。 話は終わってません!」
「まだ何か?」
「瞳子は別にシスターに言ったりしません。 
 でも、煙草は二十歳になってからじゃないといけないと瞳子は思います」
ああ、そうか。
彼女はシスターに言うつもりじゃなく、自分で私に説教をしようと思ったのか。
「じゃあ、二十歳の誕生日の30秒後と今と何が違うと思う?」
「だって、法律でそう決まって居るんですからいけないと思います」
「そう、じゃあ法律で決まっていないのなら……」
私は不適な笑みを浮かべて、彼女を抱きしめ再び唇を奪った。
「こういう事をしてもいいわけだ」
「……なっ」
彼女の平手が私の頬を打った。
「じゃあ、そう言うことだから」
私は彼女に背を向け、屋上を後にした。





退屈な補習授業は続く。
窓の外、流れる雲をずっと見つめる。
今頃彼女は、薔薇の館で山百合会の仕事でもしているのだろう。
しくりと胸の奥が痛んだ。
姉の前で幸せそうな笑顔を浮かべる彼女の姿が脳裏に浮かんでいる。





9月。
夏休みが終わり、二学期が始まった。
姉妹の夏休みの出来事を語り合うクラスメイト達。
うざったい。
「瞳子さんは、夏休みの間はどうされてましたの?」
「前半は両親に連れられていつものカナダへ、後半は山百合会の仕事でずっと薔薇の館でしたわ」
「えー、じゃあずっと祐巳さまとご一緒でしたの? 羨ましいですわ」
羨ましいのか?
私は聞こえてくるひな鳥のさえずり声に一々心の中でツッコミを入れた。
例え、大好きなスールと一緒だと言っても、彼女たちは貴重な夏休みを生徒会の仕事に捧げているのだ。
それのどこが羨ましいのだ。
薔薇様などと持ち上げられ、結局はいいようにタダ働きを強いられてるだけだ。
くだらない。
純粋培養のお嬢様達の会話に嫌気がさした私は、今日も屋上への階段を登っていく。
私以外の誰も居ないその場所は楽園だった。

制服の汚れも気にせず、コンクリートの上に横になる。
流れる雲をぼんやりと眺めて、スカートのポケットを探り煙草を取り出す。
箱から一本取り出すと口にくわえ、ライターで火を付ける。
空に向かって伸びていく煙。
それがスッと姿を消した。
「またこんな所で煙草なんて……」
そこにいたのは、さっきまで友人達に囲まれていた彼女だった。
「ほっといて。 あなたには関係のない事よ」
「ほっとけません。 瞳子は紅薔薇の蕾ですから」
生徒会の人間だから、間違った生徒には注意する。
正義感の強い彼女には、私は随分悪者に見えることだろう。
「紅薔薇の蕾は大変ね、校則違反者の取り締まりまでしなきゃいけないなんて」
私は皮肉を込めてそう言った。
「瞳子は雅美さんのことが心配だから……」
彼女の顔は本当に心配そうな顔をしていた。
それが自分に向けられていると思うと少し心が痛む。
「そんな顔してると、またキスしちゃうぞ」
気まずい空気に耐えられなくなった私は、軽口を叩いて彼女の額を弾いた。
瞬間、彼女の顔はトマトのように真っ赤になった。

「と、とにかく煙草なんてダメです」
「法律違反だから?」
「それもありますけど、体に悪いんです」
「別にいいじゃない。 都会の空気を吸っていれば同じ事よ」
「でも……」
私の屁理屈に彼女は押され気味だ。
「わかったわよ」
くしゃりと煙草の箱を握りつぶす。
煙草なんてただの暇つぶしの道具だ。
そして私は、彼女の隙をつき彼女を抱きしめ唇を奪った。
その時だった。
誰も来ないはずの屋上の扉が開いたのは。

「瞳子、瞳子ちゃ〜ん。 えっ!?」

そこに現れたのは、彼女の姉であり全校生徒の憧れの存在である紅薔薇様だった。


それから紅薔薇様と私の瞳子さんをめぐった三角関係が始まり、
リリアン女学園唯一の不良少女である私の九月は、
ありきたりではなくなってしまったのだった。







なんじゃこりゃ(w
終わっとけ。

※元ネタのようなそうでないような物はお察しください。



【670】 相当言葉遣いが悪い祐巳  (朝生行幸 2005-09-30 00:39:53)


「おうテメェ等、廊下は走んなコラ」
 どこかから聞き慣れた声の、それでいてリリアンでは普通耳にしないガラの悪い言葉が聞こえた。
 言葉の主をきょろきょろと探せば、廊下の先に、ピコピコ揺れるツインテールの後姿。
「祐巳さま!」
 紅薔薇のつぼみこと福沢祐巳に、松平瞳子が話し掛けた。
「おう、瞳子ちゃんやないか。機嫌はどないや?」
 かなり正確な発音で、関西風のなまりが響く。
「それはともかく、なんて言葉使いをなさっておられるのです?」
「おいおい、先に聞いたんはこっちや。お前が先に答えんかい」
 言葉はやたらと悪いのに、顔はニコニコとしている祐巳に、違和感バリバリ。
「うー、えーと、ごきげんよう祐巳さま」
「おう」
「で、どうしてそんな…」
「ホラ、この前瞳子ちゃんグレたじゃない?…じゃない、グレたやんけ?」
「今は無理に悪くしなくても良いですから」
「あ、そう?えと、それでね、迫力有る言葉使いって、関西弁がピッタリって聞いたから、乃梨子ちゃんに教わったの。なかなか凄みがあるでしょ?」
「いいえ全然」
 勝ち誇ったような態度の祐巳を、あっさり否定する。
「え?どうして?乃梨子ちゃんだって、言葉は大丈夫って太鼓判を押してくれたのに」
「そうですね、私も“言葉は大丈夫”だと思います」
「なのにどうして…?」
「それはですね、祐巳さま」
 変わって答えたのは、師匠の乃梨子。
「祐巳さまは、態度がまったくついて来ていないからです」
「なんやとコラ?」
「それです。その場合、困ったような表情をするのではなく、片眉を上げて、相手を睨みつけるようにしませんと」
「えー、そんなこと出来ないよ…出来るかい」
「瞳子もだいぶ無理があったけど、祐巳さまもまったく向いていないようですね」
「なにをおっしゃいますか乃梨子さん!私は祐巳さまみたいにヘラヘラしてませんわ」
「うわ瞳子ちゃん、今酷いこと言ったね…じゃない、言いよったな?」
「祐巳さまは所詮は付け焼刃。一度本気でグレた私の言葉に、勝てるはずがあらへんわい」
「どっちもどっちだけど。私の本気の大阪弁モードに、勝てる思てんのかコラ」
 一年生の教室が並ぶ廊下で、響き渡るはかなり悪い言葉使い。
 しかも二人は山百合会関係者で、一人はそれに最も近いと言われる生徒。
 遠巻きにして、動向を見守る数多くのギャラリー。
「それじゃ、誰が一番迫力があるか勝負よ!…ではなくて、勝負じゃワレ!」

 当然のことながら、人畜無害の祐巳や瞳子に勝ち目があるわけでなく。
 シスター上村ですら、お御堂で夜が明けるまで祈ることになったこの事件の後、白薔薇のつぼみこと二条乃梨子は、“リリアンのなにわ突っ込み隊長”として、卒業してもなお恐怖の代名詞として語り継がれることになったのだった…。

「くうう、乃梨子ちゃんに勝てるのは、志摩子さんだけなの…?」
「乃梨子さんは、紅薔薇さまや黄薔薇さますら恐れない方ですものね…」


【671】 白ポンチョの中身満身創痍  (ケテル・ウィスパー 2005-09-30 00:44:33)


 今日はリリアン女学園内に、テルテル坊主の群れが闊歩している。 
 名物の白ポンチョに身を包んだ生徒達が、マリア様の庭を闊歩しているのだ。

「はぁ〜、毎回憂鬱よね〜、自分のスタイルの悪さが数字で出て来るんだもん」
「そんな事言って、祐巳さん結構自信があるんじゃないの〜?」
「そんなことないよ〜」
「祥子さまに、可愛がってもらってるんじゃ・な・い・の〜?」
「///、も〜〜〜由乃さん! そんなことしてないんだから!」
「あ〜〜ら、そんなことってどんなことなの?」

 雑談を交わしつつ他愛のないじゃれあいに興じているつぼみ二人を、クラスメートは暖かく見つめていたのだが………。


* * * * * * * * * * 


「………そ、そんな……うそよ……あんまりよ…まさか…まさか……」
「な、なによ? 何か問題でもあったの?」

 由乃の測定表を覗き込んだとたん、祐巳はブルブル震えだす、その瞳にはうっすら涙を浮かべている。

「よ……由乃さんの……」
「……私の?」
「……胸が…大きくなってる〜〜〜〜〜〜!!」
「はぁ〜〜? ってちょっと祐巳さん!! 何処へ行くのよ?!」

 白ポンチョを翻してその場を脱兎のように逃げ出す祐巳を、あっけに取られて見送るクラスメート達。 

『やっぱり、やっぱり……』

「男の人に胸もんでもらわないと、大きくならないんだ〜〜〜〜〜〜!!!!」

 遠くから聞こえて来た祐巳の雄叫びに、学園中が恐怖したと言う……たった一人を除いては……。

『別に…揉んでもらってないけど……祐麒君、もうちょっと待っててねぇ〜』


【672】 祐巳と可南子よ新しい温室で枕を並べる  (ROM人 2005-09-30 03:42:27)


可「祐巳さま……制服が湿ってきて冷たいです」
祐「ごめんね、こんな事に付き合わせて」
可「いえ、祐巳さまは悪くないです」

リリアンの新しい温室。
なぜだかその中で制服姿のまま枕を並べて横になる生徒が二人。

時は夕暮れ。
温室とはいえ、下は地面。
制服に下着に地面の水分が染みこんでくる。
泥だらけの制服。
帰りはどうしようか。

それでも、祐巳と可南子は寝そべっている。

可「祐巳さま……いつまでこうしてればいいのですか?」
祐「わかんない」
可「ROM人のやつ、なんでこんなタイトルを引いてるんだ……でも、ちょっとうれしい///」

祐「明日も学校あるんだよね。 制服どうしようか……」
可「どうしましょうか……」
祐「可南子ちゃん、そろそろ帰ろうか」
可「そうですね……」


ヤマ無し、オチ無し、ただの思いつき。


【673】 バストアップして  (朝生行幸 2005-09-30 11:43:16)


「それでは、この記事はそのまま使うことにします」
「次に、これらの写真ですが…」
 次回出版予定のリリアンかわら版の準備稿を持って、薔薇の館に来た新聞部部長山口真美と写真部の武嶋蔦子は、メイン記事の扱いについて、山百合会関係者と打ち合わせを行っていた。
 今回に限り、紅薔薇と白薔薇が中心なので、特にやることがない黄薔薇姉妹は、全員分のお茶を用意するべく、シンクの前に立っていた。
「紅薔薇さま白薔薇さまはアップで、つぼみのお二人はバストアップで行きます」
 背中越しに、打ち合わせを聞いていた黄薔薇のつぼみこと島津由乃の動きが、ピタリと止まる。
(ばばばば、バストアップ?)
 聞き捨てなら無い言葉に、由乃の青信号が灯った。
 只でさえ成長に乏しいアノ部分を気にしているというのに、祐巳や乃梨子だけバストアップとは、おのれ新聞部、私に対する挑戦か!
 鬼の形相で、真美と蔦子を睨む由乃。
「では、レイアウトはこれで」
「あと、なにか付け加えることはありませんか?」
 背を向ける形になっているので、由乃の視線には気付かない二人。
「了解しました。どうも、お手間を取らせまして、申し訳ありませんでした」
 真美が、紅と白の薔薇さまに頭を下げる。
「いいえ、完成が楽しみだわ。しっかりね」
「はい、ありがとうございます」
「どうぞ」
 黄薔薇さまが、自ら淹れたお茶を皆に配る。
 ガチャンと音をたてて、真美と蔦子の前にカップを置く由乃。
 叩きつけるように乱暴にカップを置く由乃の態度に、令は眉を顰めた。
「ちょっと由乃、もうちょっと静かに置きなさい」
 令に注意されるも、頬を膨らませてそっぽを向いた由乃。
「ごめんなさいね。どうぞお飲みになって」
『は、はぁ…』
(何か、怒らせるようなことしたかな?)
(さぁ、心当たりはないんだけど)
 アイコンタクトで、ある程度の意思疎通が可能な真美と蔦子は、二人して理由を考えるも、答えはサッパリ出てこなかった。

「それでは失礼します」
 真美と蔦子は、お茶を飲みながらしばしの談笑の後、薔薇の館を去っていった。
「由乃、さっきの態度は何?お客様に失礼でしょ」
「……」
 無言のまま、再びそっぽを向く。
「由乃ちゃん、あなたも来年は薔薇さまなのよ?いちいち言われなくても分かるわよね?」
「由乃さん?感情のまま行動するのは、責任ある立場の人がやることではないと思うわ」
 埒があかないと踏んだのか、祥子と志摩子が口を添える。
「…お二人には、私の気持ちなんて分からないわよ!」
 捨て台詞を残して、薔薇の館を飛び出す由乃。
「どうしたのかしら?」
『……』
 祥子の呟きに答えられる者は、ここには居なかった。

「ちょっとそこの二人!」
 肩を並べて歩く真美と蔦子に向かって呼びかける由乃。
「あら由乃さん、ごきげんよう」
「ごきげんよう…じゃなくて!」
「いったいどうしたの?先程からご機嫌斜めのようだけど」
「斜めも斜め、納得いかないからよ」
「だから、なんのこと?」
「どうして、祐巳さんと乃梨子ちゃんだけバストアップなのよ?」
 聡明な真美と蔦子のこと、由乃の言葉に、何故お腹立ちなのかピンと来た。
(なるほど、だから怒ってたんだ)
(ええ、結構誤解を招きやすい言葉だものね)
 困った顔で、再びアイコンタクトの二人。
「あー、えーと由乃さん?」
「何よ」
「怒らないで聞いてもらえるかしら」
「だから、何よ」
「バストアップというのはね…」
 簡潔かつ分かり易い蔦子の説明に、由乃の顔が真っ赤になった。
「え、えーとその、ゴメン。このことは内緒にしてくれる?」
「さーて、どうしようかしら?」
「記事にするのも面白いかもね」
「そんなぁ…。お願い!一生に一度のお願い!」
 嫌な笑みを浮かべる真美と蔦子に、泣きそうな顔ですがる由乃。
「冗談よ。青信号もいいけど、まぁそれが由乃さんの最大のウリだけど、もうちょっと冷静に行動するよう、忠告させていただくわ」
「そうそう。へんな意地を張る癖がついちゃうと、柔軟性に欠けてしまうからね」
『では、ごきげんよう』
 立ち去る二人の背中を、呆然と見つめる由乃。
 恥ずかしさとバツの悪さで一杯の由乃は、赤い顔のまま、立ち尽くすことしか出来なかった。

※バストアップ:
一般的には、女性が物理的に胸を大きくする(または見せる)ための手法を指すが、胸像(胸から上の像や写真、絵など)もこう呼ばれる。


【674】 がっかり…水野蓉子冬休み  (mim 2005-10-01 00:19:03)


なぜだろうと考えてしまう。
江利子は中等部にまで名前が売れているというのに....
聖は孫にセクハラしているとというのに....
私は何をしているのだろうか....

祐巳ちゃん
しりとりの例だったら私でもよかったんじゃない?

あなた大物よ。この私にやきもちやかせるんだから....


【675】 想い真相  (8人目 2005-10-01 01:08:55)


『がちゃSレイニー』

     †     †     †

 由乃さんと桂さんとで密談した古い温室を出て、少し考えを整理するために一人になる。
 祐巳は、ヴァレンタインデーの日に見つけた、人気のない茂みの奥をゆっくりと歩いていた。
 よくランチが通る場所だが、祐巳も時々利用している、いわゆる獣道ってやつだ。このまま進むと校舎の裏に出る。
 秋の天気の良いお昼には、志摩子さんもよく見かけた。リリアンは道と道の間隔が広く、その間には緑が茂っているのだ。

(考えることが多いよ〜)

 整理するには、あまりに多くの想定外。脳味噌はパンク寸前。
 祐巳の大作戦そのものは、途中ハプニングもあったが、あの様子だとつつがなく進行しているみたいだ。
 このまま順調なら、お昼には作戦の第三段階に移行できると思う。でも、それはとりあえず置いておく。
 それとは別に。薔薇の館で志摩子さんと話しながら、新しい情報を少しずつ追加していた祐巳は。やっと、まとめの段階だった。

(志摩子さんに、先に種明かしされちゃった)

 志摩子さんは、誰の悲しい顔もこれ以上見たくないと言っていた。
 でもね、瞳子ちゃんの事情を志摩子さんから聞いて、祐巳が納得して瞳子ちゃんと姉妹になったとしても。まだ瞳子ちゃんのレイニーブルーは残ったままだ。
 そして祐巳が気付いた振りをして、手を差し伸べてハッピーエンド?今回はそれで良くても、そんなの瞳子ちゃんのためにならないと思う。
 本当は、悩んで言い難い事を自分から言わなければ、自分から話せるようにならなければ、いつまでたっても解決なんてしないのだ。
 祐巳のときは蓉子さまや聖さまが後押ししてくれた。でも瞳子ちゃんにはそんな人がいない。

(私はもう隠す事なんてしないんだけれどね。梅雨の時に反省してから、勘違いも含めて全部正直に話しているし。あははは……)

『……はぁ』

 志摩子さんは、『瞳子ちゃんは祐巳さんに絶対話さない』って言っていた。
 ならば、このまま普通に姉妹になっても瞳子ちゃんは話さないだろう。いつかは話してくれるかもしれないけれど、そんな関係ではお互いを信じ続ける事が出来ないと思う。経験上……。
 正直、何も話してくれない瞳子ちゃんの想いを、いつも気付いてあげられる自信が無い。それに、それだけだと相手を甘やかしているだけだ。
 双方が相手のことを想っていても、それが相手に伝わらなければ、いつかレイニーブルーが訪れる。
 それでも片方が相手を想い続けてさえいれば、相手に伝えられるチャンスがあれば、いつかは解決するだろう。どれだけの時間がかかるか、わからないけれど。

(梅雨の時の瞳子ちゃんの想いは、内容はともかく、もともと言わせるつもりだったのよね)

 瞳子ちゃんの悪評をなんとかしたいのが、その理由。
 聡い瞳子ちゃんのこと、公衆の面前で言い合うくらいの話。それなりの理由があったはず。
 けれど、私たちは最後まで話し合わなかった。だから今日、あの時の想いを聞き出すための舞台を準備しているのだ。
 無理やりにでも聞き出す。そのためなら、どんなに自分が汚れても構わないと思っている。

 志摩子さんから聞いた。あの時から瞳子ちゃんの時計は止まったままらしい。
 祐巳が自分の問題だと片付けて、全てを許してしまったからだ。機会は失われてしまった。

(大作戦を後押しする材料が、増えたのよね)

 だから少し修正しよう。そのまま今までの想いを全部吐き出させる。
 同じ、意地っ張りで強情だからよくわかる。自分の想いを出せずに、祐巳はいつも落ち込んでいたのだから。
 プライドを捨てて、破れかぶれでも、口に出して話してしまわなければ、蓄積されていく。

(まぁ、出した後に祥子さまに逃げられて、その次は私が逃げた。それが祥子さまと私のレイニーブルーなんだけど)

 祐巳は瞳子ちゃんを信じると決めたのだ。最後まで双方が逃げないで話し合いさえすれば、受け止めて答えを出せる。
 瞳子ちゃんの止まった時計を動かして進める。その時は、お昼休み。場所は薔薇の館とその周辺。
 と、そこまで考えて、自分が立ち止まっていたのに気がついた。

『やばっ、急がないと朝拝の時間に送れちゃう。それにしても……』

 祐巳が志摩子さんから先に聞いてしまった事を、瞳子ちゃんが知ったらどう思うのだろうか。
 瞳子ちゃんの後悔、事情、そして祐巳への想い。自分から話さなければならない事を、先に誰かに言われていたと知ったら。教えられていたと、あとで知ったら。
 そして祐巳に全部知られていて、でも瞳子ちゃんは隠したままで姉妹になったら……きっとすごく傷つくと思う。

 だから、姉妹になる前に必ず全部言わせなくちゃならない。それまでロザリオの授受はしない。それと一つだけ、あの言葉を祐巳に言ってくれるまでは。
 新たなプレッシャーがのしかかってしまった。

(答え合わせは楽でいいんだけれどね……少し重い真相、かな?)

 なんとか、朝拝の鐘の音と共に、パタパタと二年松組の教室に滑り込んだが。

『うぅ、考えることが多すぎて授業の内容が頭に入らないよぅ……』


【676】 幸せだと思う本気のゲーム  (朝生行幸 2005-10-01 01:51:55)


 9月30日の朝、椿組で一番最後に教室に入った、白薔薇のつぼみこと二条乃梨子。
 当然のことながら、クラスメイト全員の視線が集中する。
 スタスタと教卓の前まで歩くと、真正面を向いて、全員の顔をぐるりと見渡す。
 そして、大きく息を吸い、開口一番。
「阪神優勝、おめでとー!」
『おめでとー!』
 乃梨子の音頭に合わせて、全員が歓喜の叫び声をあげた。
「いやーめでたい。強くなったわね阪神も」
「かしらかしら」
「優勝かしら」
「いや、優勝したっちゅーねん」
 椿組に集う乙女たちは、一部例外を除いて、全員乃梨子に感化されていた。
 もしここに大量のビールがあったなら、皆でかけ合うところだ。
「それにしても、乃梨子さんがトラ○チとは思いもしませんでしたわ」
「んーいや、昔は地元のマリンズだったんだけどね。大叔母の影響かな、タイガースファンになっちゃって」
 乃梨子が一喜一憂するたびに、感化するクラスメイトが増えていき、夏休み前には、ほぼ全員が阪神ファンと化していた。
「まーなんにしても、こんな喜ばしいことはないね。ありがとー阪神!」
『ありがとー阪神!』
「ありがとー監督!」
『ありがとー監督!』
 選手一人一人を称える歓声は、担任が教室に来るまで、椿組の教室に響き続けた。

 そして、担任も阪神ファンなのは言うまでもない。


【677】 ロザリオを返した瞳子、センチメンタル  (ROM人 2005-10-01 04:13:56)


ありきたりな八月は  【No:669】の続きです。

――――――――――――――――



「瞳子ちゃん……どういうこと?」
見られてしまった。
よりにもよって、彼女の姉である紅薔薇様祐巳さまに……。
最悪だ。

次の日、祐巳さまは登校してこなかった。





授業中、こっそり彼女の様子を窺い見る。
彼女の表情は暗い。
授業にも集中できていないようだ。
それはそうだろう。
彼女の姉祐巳さまは、彼女の弁解も聞かず、
この世の終わりのような顔をして、屋上から走り去ってしまったのだから。
休み時間、彼女の友人達が必死に事情を聞き出し励まそうとしていた。
しかし、彼女が理由を語ることなど無いだろう。
私とキスしていたところを姉に見られて、
姉との関係が壊れてしまったのではないかと落ち込んでいるなどと誰が言えよう。

彼女と姉の祐巳さまがどれほどの試練を乗り越え、ようやく結ばれたのかは何となく知っていた。
それを壊したのは私だ。
ベストスール賞確定と言われた二人を引き裂いたのは私だ。
でも、壊れてしまった物は仕方が無いじゃないか。
私と彼女のキスシーンを見られてしまったのだって運命だって言える。
……何故だ? どうしてこんなに嬉しいんだろう。
彼女はきっと苦しんでいるはずなのに。
どうやって姉との関係を修復すればいいのかと悩んでいるはずだ。
私は、人の不幸を喜ぶような最低の人間だったのか?


屋上で、いつものように寝ころび空を眺める。
たぶん、彼女は来ない。
スカートのポケットに手を伸ばす。
「……そうか、やめるっていったっけ」
『瞳子は雅美さんのことが心配だから……』
あの時の彼女の顔が脳裏に浮かんだ。
胸一杯に空気を吸い込んだ。
「雅美さん……ですよね」
下の方から声がした。
私の居る場所は、給水塔がある屋上でも一番高い場所。
彼女の居る場所からは誰か居ることぐらいしかわからないだろう。
「私なんかになんのご用でしょうか? 白薔薇の蕾」
私はわざと皮肉を込めてそう呼んだ。
「その呼び方、出来ればやめて欲しいんだけど」
「そう? でも、あなたは白薔薇の蕾でしょう?」
全くといって関わり合いのない彼女が、こうして私を訪ねてくる理由はたった一つだ。
「それで? 私になんの用? あいにく、私は山百合会の方に訪ねてきてもらう理由はないはずだけど」
「山百合会としてでもなく、白薔薇の蕾としてでもなく、私は瞳子の親友としてあなたに会いに来たのよ」
私はゆっくりと体を起こした。
険しい顔で私を睨むように見ている彼女と目があった。
「それで?」
「あなた、瞳子のことどう思ってるのよ」
「そう、あの子話したんだ」
彼女はいつも遠くから親友を見守っていた。
取り巻きのようにべったりくっついている二人と違って、
あっさりとした関係だが、最後に彼女が頼りにするのはいつも白薔薇の蕾である彼女だった

「いいえ、違うわ。 瞳子は何も話さなかった。
 いつも放課後は、一番に薔薇の館に来る瞳子がこの頃遅れてくるようになった。
 祐巳さまに会えるのを楽しみに、いつだって掃除当番が終わると私のことも待たずにあわてて行っちゃうのに。
 そんな瞳子が、遅れてくる。 そして、様子がおかしい。 
 だから、私……瞳子の後をつけたんだ」
「へぇ、山百合会の皆さんは覗きが趣味なのね」
「ちゃかさないで!!」
彼女は必死になっているように見えた。
白薔薇の蕾と言えば、下級生からは冷静沈着な山百合会の参謀として憧れのまなざしで見られている。
そんな彼女が見せる一面に少しばかり驚いた。
「あなたは、どう思ってるの? 瞳子のこと本気で好きなの?」
「別に」
「別にって!?」
彼女の表情が凍り付いた。
「別に、何とも思ってないわ。 ただキスしたかったからしただけ。
 彼女の唇がやわらかくて気持ちよかったから」
「そんな、そんなことで瞳子とキスしたって言うの!!」
その先に続く言葉は、聞かなくてもわかっている。
そのせいで、彼女と紅薔薇様の関係がおかしくなってしまった。
そして、そのせいで彼女が悲しんでいると言いたいのだろう。
「理由はそれだけ。 私にとって彼女はここで吸っていた煙草と同じよ」
「……お願い。 瞳子をこれ以上苦しめないで。
 瞳子はやっと祐巳さまの妹になれたんだから。
 瞳子は何年分も苦しんで苦しんで、やっと祐巳さまの妹に……
 だから……だから………もう、苦しめないであげて」
罵られると思った。
非難の声が飛んでくると思った。
もしかしたら、私の居る場所まで登ってきて殴りかかられるかもしれないと思った。
しかし、彼女はただそう言って泣き崩れた。
だから、私は知ったのだ。
「あなたは好きなのね」
「……そうよ、私は瞳子が好き。 でも、私は親友で居るしかないから。
 それより先は望んではいけないから」
彼女は、本当は紅薔薇様にも彼女を渡したくないんだ。
でも、彼女が好きだから、自分の気持ちを押し込めて親友というボジションに身を置いている。
私は静かにはしごを下り、彼女と同じ高さに立った。
「あなたが彼女を好きなのはわかったわ。 でも、だからといって私はどうもしない。
 彼女がここに来れば、私はキスをするし。 来なければ何もしない。
 それだけよ」
私は、顔を覆って泣き続ける白薔薇の蕾を屋上に残し立ち去った。





そして、騒がしい一日が始まった。
『紅薔薇姉妹の破局』
お昼休みに配られたリリアンかわら版の号外には、そのような文字が飛び交ったらしい。
登校してきた祐巳さまに彼女がロザリオを返したというのだ。
幸いなことに、私の名前は載っていなかった。
紙面には、浮気の責任を取って姉にロザリオを返したという彼女の写真が掲載されていた。
その時の言葉のやりとりまで伝わってきそうな見事な写真は、3年の武嶋蔦子の手による物だろう。
当然、リリアン中の生徒が紅薔薇の蕾の浮気相手が誰なのかに関心を寄せている。
このまま行けば、リリアンかわら版に名前が載るのは、高等部に進学して以来2度目になる。
確か、マリア祭前後に出たかわら版に『今年の一年生』みたく名前が載ったことがあったはずだ。
いや、そんなことはどうでもいい。
まさか、新聞部に追い回されるはめになるとは……。
こういうのは、読んでネタにされている人間を気の毒だと思いつつも楽しませてもらうのがいい訳で、
ネタにされるのはたまったもんじゃない。
とりあえず、私は屋上に逃げることにした。


思い扉を開き、誰も居ない屋上に出る。
予鈴が鳴り、午後の授業の始まりを告げる。
いつもの給水塔へのはしごを登っていくと、そこにあるはずのない人影が見えた。
小さく体を丸め、私が登ってきたことにも気づいていないかのようにしていたのは彼女だった。
「紅薔薇の蕾が授業をボイコットですか?」
彼女の体が僅かに動く。
「……瞳子はもう、紅薔薇の蕾じゃありませんわ」
その声は弱々しく、まるで別人のようだった。
静かにゆっくりと彼女は顔を上げた。
制服の袖の部分がぐっしょりと濡れていた。
真っ赤に腫れた目。
それは、彼女がずっとここで泣き続けていたことを示していた。
「馬鹿なことを……何故、紅薔薇様にロザリオを返した?」
「……瞳子はわからなくなってしまったんです。 
 ここで、あなたに出会って。 キスされて。
 最初は頭に来たんですけど、それから何だかあなたのことばかり考えるようになって
 祐巳さまと一緒にいても、どうしてもあなたのことばかり気になってしまって……。
 それで、今朝。その事を、祐巳さまに言いました。」
「…………」
「祐巳さまは、「瞳子はその人が好きになっちゃったんだね」って悲しそうな顔をされました。
 そして、瞳子は祐巳さまにロザリオを返しました。
 瞳子は祐巳さまの妹で居る資格が無くなってしまったから」



「よっと」
突然、私達の背後に人の気配が現れた。
目の前の彼女の表情が固まる。
そして、振り返った私の目の前に立っていたのは今話していた紅薔薇様だった。

「私ね、欲張りだから瞳子……瞳子ちゃんが私を見てくれていないと嫌なの。 だから、勝負よ雅美さん」
そう紅薔薇様が言った直後、眩しい光が私を襲った。
「私は諦めないからね。 絶対、瞳子ちゃんをもう一度振り向かせてみせるから」
紅薔薇様はそう言って、ロザリオを高々と掲げた。
いつの間にか側にいる眼鏡をかけ、カメラを首から提げた武嶋蔦子さまとメモ帳を持った山口真美さま。
「ちょ、ちょっと待ってください……こ、これは」
何が何だかわからない。
「紅薔薇様のかわいい妹をたぶらかした罪は大きいわよ?」
武嶋蔦子さまの眼鏡が怪しく輝く。
「ここのところ、大きなニュースが無くて困っていたところなの。 ネタ提供ありがとう」
山口真美さまもニヤリと不適な笑みを浮かべた。

「お待ちください!」
さらに下からはしごを勢いよくよじ登ってきたのは白薔薇の蕾。
「もう、瞳子は誰にも渡しません!」

「あら、モテモテねぇ瞳子ちゃん」
いつの間にか黄薔薇様まで居る。
とおもったら、その後ろには白薔薇様がにっこりと笑って立っていた。

みんなの獲物?である瞳子さんはあまりのことに目を点にして呆然としていた。


「絶対負けないんだから!」 
「負けませんから、祐巳さま」

「だから、私の意志は……」
かくして、私は松平瞳子を巡る乙女の戦いに強制参加させられることとなったわけで。
でも、本当のところ私は彼女のことをどう思っているのだろうか。  


とりあえず、明日からが思いやられる……。




―――――――――――――
なんか、もの凄いことになってる(w
最初は、瞳子が祐巳の妹になった後の
レイニーブルーみたいな感じにしようと思っていたはずなのに……。
微妙に乃×瞳風味も……。
この話の乃梨子はガチレズです(ぉ


【678】 心の扉華麗にスルー  (琴吹 邑 2005-10-01 08:59:21)


琴吹が書いた【No:626】「おいしいやきもち 」の続きになります。

物語を最初から確認したい場合は
http://hpcgi1.nifty.com/toybox/treebbs/treebbs01.cgi?mode=allread&no=81&page=0&list=&opt=
を参照してください。



「ただいまー」
 家に帰ると、私は、ぐったりとソファーに座り込んだ。
「おかえりーどうしたの? なんか疲れているみたいだけど」
「うん、ちょっとねー」
 正直、疲れたのだ。祐麒さんと一緒にいた時間は、楽しかったけど、かなり緊張していたし。
 ただ何より、疲れたのが志摩子さんだった。志摩子さんもやっぱり女の子なんだなあと。
 志摩子さんが、あんなに眼をきらきらさせて、祐麒さんと仏像を見に行ったときのことを聞いてくるとは思っても見なかった。
 まあ、誘っていかなかったことのささやかな復讐も多少は混じっているのかもしれないけど。

 結局、あそこで、別れてしまったから、祐麒さんに対してのマイナス点がプラスになることはなかった。
 多分、あのままどこか行っても、マイナスがプラスになることはなかっただろうと思うけど。
 とりあえず、半日の評価の結果として、彼の評価はマイナスだったのだ。
「覚悟決めなきゃダメかな?」
 私は、菫子さんに聞こえないように、そうぽつりとつぶやいた。




 晩ご飯を食べ、お風呂から上がると、パソコンの電源を入れた。

 OSが立ち上がると、すぐにインスタントメッセージングソフトがメールの着信を告げた。
 広告かなと思いつつ、メールボックスをあけると、「本日はお疲れ様でした。」というタイトルでメールが届いていた。



subject:本日はお疲れ様でした。
sender:福沢 祐麒

本日はお疲れ様でした。
あまり関心の無かった仏像に、少し興味が湧いてきました。
特にあの羽付きの仏像は興味深く、後で、自分でも調べてみようと思いました。

あのあと、藤堂さんはどうでしたか?
二条さんは大丈夫でした?




 なんで、祐麒さんが私のアドレスを知ってるんだろうと首をかしげ、すぐにそう言えば祐巳さまに、アドレスを教えたことがあったのを思い出した。
 その祐巳さまの方から、メールが来たことは一度もないのだけれども。
 リリアンでメールアドレスの交換をしたことがないから、意外とリリアンではパソコンの普及率は低いのかもしれない。
 そんなことを頭の片隅で思いながら、私は返信ボタンをクリックした。



subject:本日はお疲れ様でした。ありがとうございました。
sender:二条乃梨子

本日はありがとうございました。
この機会に、仏像に関心を持っていただけたならば、幸いです。
羽藕観音は確かに調べてみると、面白いかもしれません。
何かわかったら、是非教えてもらえないでしょうか。

心配かけまして、本当にすみません。
藤堂さん――志摩子さんの方は大丈夫です。

私の方も、特別問題ありません。
まあ、問題になるとすれば、明日以降だと思いますが……。

今日はとても楽しかったです。ありがとうございました。

PS
このメールアドレスで、インスタントメッセージングサービスに登録してあります。


私は、文面をもう一度読み直した後、メール送信のボタンをクリックした。



【No:714】へ続く


【679】 (記事削除)  (削除済 2005-10-01 16:05:33)


※この記事は削除されました。


【680】 いつかきっと  (朝生行幸 2005-10-01 22:24:12)


 毎日、ベッドの上で見上げるのは、鈍色の空。
 まれに日差しが差し込むも、すぐに閉じる雲の亀裂。
 病床についてから、いったいどのくらい経ったのだろうか。
 近頃は、雨の日にはいつも、あのことを思い出す。
 彼女は今、何をしているのだろうか。
 
 日々衰える我が身を嘆きつつ、心に浮かぶのはあの日の後悔。
 なぜ、謝ることが出来なかったのだろう。
 たった一度のつまらない意地のせいで、埋まることの無かった小さな溝。
 これは、己が犯した罪への懺悔。
 涙に似た雨が放つ静かな音だけが、自由に聞けるBGM。

 白む視界、動かない身体、そして、今にも途絶えそうな呼吸音。
 唯一持って行くことが出来るのは、やはりあの日の後悔だけ。
 珍しく雲間を切り裂き、我が身を照らす光。
 それは、やがて辿ることになる天への掛け橋。
 最後に願うのは、きっと届くはずのない想い。

「彩子さん」
 届くはずのない願い、聞こえるはずのない声。
「弓子さん」
 届くはずのない想い、出せるはずのない声。
 それは、神様がくれた、最後のプレゼント。

「ねぇ、奇蹟って信じる?」


【681】 みたこともない志摩子さんの怒り  (いぬいぬ 2005-10-02 11:58:18)


「乃梨子、ご飯はこれくらいで良い?」
「うん、そのくらいで」
「足りなかったらオカワリしてね?」
「はーい」
 二条乃梨子は幸せであった。
 今日は待ちに待った初めてのお泊り。小寓寺には何度も来ていたが、一泊するのはこれが初めてである。本堂で住職(志摩子の父)の説法を聞いたのも楽しかったが、メインは何と言っても志摩子の部屋で一緒に寝るという一大イベントだ。今はその前菜とでも言うべき夕食の真っ最中である。
 メニューはカレーライス、だが肝心なのはメニューではなく志摩子直々に給仕をしてくれるという行為である。志摩子が自分のために何かしてくれるだけで胸がいっぱいになりそうな乃梨子だった。
(ああ・・・良いなぁ、志摩子さんの割烹着。洋風な外見とのギャップがまた・・・)
 乃梨子は脳みそが溶けそうだった。それはもう祥子への思いを語る祐巳と「リリアン脳みそ液化選手権」を戦い抜けるほどに。
 一緒に食卓に座っている志摩子の両親は、すでに眼中に無かった。
(和服に合わせてアップにした髪のうなじがまた・・・)
 溶けていると言うより煮えていると言ったほうがより正確かも知れない。
(食事の後は当然お風呂よね。志摩子さんの白い肌を・・・)
「乃梨子?」
「私が洗ってあげるからね?」
「・・・? 何を?」
 思わず妄想が口に出ていた。
「!・・・いや!・・・その・・・・・・そう、お皿!お皿洗う!食後の片付けは私がやるから!」
「・・・そう?じゃあお願いしようかしら」
「うん、まかせて」
 どうやら寸でのところで誤魔化せたようだ。
(・・・危ない危ない。迂闊な事を口走ったら警戒されちゃうからね・・・)
 無警戒な志摩子をどうしようというのだろうか?
(何気なく『志摩子さん、背中流そうか?』とか持ちかけて・・・)
 どうやら乃梨子の中ではすでに志摩子との入浴は決定事項らしい。
(その後はほっかほかの志摩子さんを・・・)
「熱いうちに食べてね?」
「もちろん!」
 元気良く返事をする乃梨子を見て微笑む志摩子。妹が何を『熱いうちに食べる』つもりなのかには気付くはずも無かった。
 おもいきり返事をしてから現実と妄想がごっちゃになりかけていた事に気付いた乃梨子は、とりあえず食事をする事にした。
 何と言っても志摩子の手料理なのだ。これを熱いうちに頂かなければバチが当たるというものだ。まあ、すでにバチ当たりな煩悩に毒されてはいるが。
 乃梨子は「いただきます」と手を合わせ、スプーンを取る。そして普段からの習慣で、醤油さしを手に取り、カレーにかけようとした時・・・

 がっし!!

 突然、醤油さしを持った右手を掴まれた。
 驚いた乃梨子が自分の右手を掴んでいる手を見ると、それは志摩子の手だった。
「・・・どうしたの?志摩子さん」
 乃梨子の問いかけに、志摩子は厳しい表情でこう呟いた。
「邪道よ」
「・・・はい?」
 志摩子の言葉の意味が判らずに、乃梨子が間の抜けた声をあげると、志摩子は雄弁に語り出した。
「そもそもカレーライスとは、インド発祥のスパイスをふんだんに使ったカレーがシルクロードを渡り、イギリスでライスと出会い、今の形、いわゆる日本式の『カレーライス』の原型ができたと言われているわ。そんな永い旅路の果てに完成されたカレーライスに、アナタは醤油という異分子を加えようというの?」
 どうやら志摩子はカレーにはこだわりがあるらしい。それも並々ならぬモノが。
 乃梨子は志摩子の真剣な表情を見て、ここは逆らわないほうが得策だと判断し、醤油さしを置いた。
「判ったよ志摩子さん。私が間違ってた」
「良かった。判ってくれたのね乃梨子」
 志摩子が本当に嬉しそうな顔をする。それを見た乃梨子もほっと息を吐いた。
(良かった・・・お風呂までイヤな雰囲気を引きずらないで済んだみたい)
 いまだ乃梨子の中では「志摩子と入浴」は確定事項らしい。
 その後、乃梨子はおとなしく醤油無しでカレーを食べた。いつもの味がしないカレーに物足りなさを感じながらも、志摩子との入浴+αのためなら苦にはならなかった。
 もぐもぐとカレーを咀嚼しながら、乃梨子は切り分けられたトマトに手を伸ばす。取り皿に数切れのトマトを取り、食卓のスミに置かれたマヨネーズを取ろうと右手を伸ばし・・・

 がっし!!

(また?!)
 そう、また志摩子に右手を掴まれたのだ。
 乃梨子が恐る恐る志摩子を見ると、またもや険しい表情の志摩子が呟いた。
「・・・邪道よ」
 さっきよりも迫力を増したような志摩子にたじろぐ乃梨子に、志摩子は再び雄弁に語り出す。
「そもそもトマトは南米のアンデス高原が原産地と言われているわ。一説には紀元前1000年にはすでに栽培が行われていたとも言われているけれど、一般には10世紀頃メキシコに持ち込まれたトマトの野生種が栽培され始めた説が有力よ。そんな永い歴史を持つトマトに、アナタはたかだか2世紀程度の歴史しか無いマヨネーズをかけようと言うの?それは1000年以上の歴史を持つトマトに対する冒涜ではなくて?」
 どうやら志摩子はこだわりを語り出すと止まらない性格のようだ。
「いや・・・そんな事言われても・・・」
 乃梨子の戸惑いももっともである。
「トマトを真に味わおうと言うのならば、素材のままで。もしくは同じように永い歴史を持つ塩で頂くのが礼儀だと思うわ」
「・・・・・・・・・判りました」
 志摩子の瞳に何か異様な光を見た乃梨子は、素直に従う事にした。
 ・・・まだ志摩子との入浴をあきらめていなかったから。
「良かった。判ってくれたのね乃梨子」
 先程と同じように、志摩子は嬉しそうに微笑む。
(良し!まだお風呂はイケる!)
 志摩子のこだわりと乃梨子の執念。姉妹のイヤなせめぎ合いに何やら不穏なモノを感じ取った志摩子の両親は、無言で夕食を続けるのであった。



 妙な緊張感の漂う夕食を終え、一息ついていると、志摩子のお母さまが食後のデザートを運んできてくれた。
(・・・さて困ったぞ)
 乃梨子はデザートを見て悩み始めてしまった。デザートは西瓜だった。
(ここはやはり、何もかけずにそのまま食べるべきか・・・いやでも、さっき志摩子さんは塩には一目置いているような発言をしたし・・・)
 綺麗な半月を描く西瓜を前に、乃梨子は脳細胞をフル回転させていた。素直に志摩子に聞けば良いのかも知れないが、ここまでに二回、志摩子にたしなめられている身としては、ここで一つ名誉挽回と行きたいところだった。
(そう、楽しい入浴のために!)
 結局はそれしか頭に無い乃梨子だった。
 乃梨子は拙速を否とし、ここは志摩子の出方を探ることにする。全神経を動員して志摩子の一挙動に全てをかける。
 乃梨子が注目していると、志摩子が塩の入った瓶に視線を送るのが判った。
(見切った!!)
 乃梨子はここが勝機とばかりに塩の瓶を掴み取る。そして志摩子の反応を伺ってみると、志摩子がニッコリと微笑むのが見えた。
(勝った!私は勝ったんだ!勝利は我が手に!ついでに志摩子さんの柔肌も我が手に!!)
 煩悩をスパークさせた乃梨子は意気揚々と西瓜に塩を振る。そしてゆっくりとスプーンに手をのばし・・・

 がっし!!

「・・・・・・え?」
 己の勝利を確信していた乃梨子は、呆然と志摩子を見た。
(あれ?だってさっき塩を取るの見て微笑んで・・・)
 乃梨子が戸惑っていると、志摩子はこう呟いた。
「・・・スプーンを使うなんて邪道よ」
「そっちかよ!!」

 この後、事態を重く見た乃梨子は、泣く泣く「志摩子とのめくるめく入浴タイム」をあきらめ、志摩子のご両親による「志摩子のこだわり講座VOL.1 入門編」を受講したのであった。


【682】 SP孤軍奮闘  (一体 2005-10-02 20:50:57)



 始めに個人的なあいさつをさせていただきます。
 
 みゆきさま、この前みゆきさまの作品「道草を食う淑女」の簡易コメントで失礼なことをしたにもかかわらず、寛大にもお許しどころか、続きを書いて、などと背中を押しまくってくださってありがとうございました(笑)

 どこが続きやねん! と突っ込みをしたくなるような作品ではありますが、みゆきさまの「道草を食う淑女」の続きを意識してかかせていただきました。もしよかったら読んでやってください。・・・ただ、かなりふざけた内容ですので合いそうになかったら、すみませんが読むのをやめてください(汗
 
 あと「さんたろう」さまと「水」さま、まことに勝手ながら簡易コメントからアイデアを借用させてもらってます。

 では改めて。
 この作品を読んでくださる方にいくつか注意事項があります。
 
 その1 この作品はみゆきさまのNo.651「道草を食う淑女」の続き(のようなもの)になっております。もしお読みいただけるのであればそちらの作品の方からお読みになってからお読みください。でないと話の内容がさっぱり解からないと思います。

 その2 この作品はマリみて原作キャラがほとんど出てきません。完全にオリキャラ視点の話になってますので、そういった話が苦手な方はお気をつけてください。 

 いきなりの長文、失礼いたしました。では本編の方にいかせていただきます。 


 

 
 これは「祥子さま専属SP」通称SSS(スリーエス)に所属する、祥子さまに全てを捧ている者たちのある悲しき戦いの物語である。
 

 ぴー ぴー

 「祥子さま専属SP」通称SSS(スリーエス)のリーダーである守矢は、そこに点灯する光を訝しげに見つめていた。
 なんだ、一体? 守矢はそう思いながら自分の右手にあるロレッタス(パチモノ)に目をやる。
 
 (やはり、定時連絡にはまだ少し早いな)

 ここでいう定時連絡とは、我らが信奉してやまない我らの主であり守護の対象でもある祥子さまの現状報告についてのことだ。そして今守矢が訝しげに思っているのは、本来なら定時連絡しか鳴ることがない呼び出しが、その定時時間から10分ほど早く鳴ってるからだった。
 ここで簡単に理由を推測するなら、祥子さまに対してイレギュラー的なことが起こった、ということになる。そうであればもう少し慌ててもよさそうだが、守矢は訝しげには思っててもまだ焦りとよべるのものには襲われてはいない。
 それは守矢の、いついかなることがあってもプロたるもの冷静にならなければならない、というプロたる矜持がそうさせてるのもあるのだが、その点滅がエマージェンシーを知らせる中でも危険度が一番ランクが低い「注意されたし」だったことも関係していた。
 
 (・・・とはいえこのままほおっておくわけにはいかないな) 
 
 守矢は溜め息をつきながらゆっくりと受話器に手を伸ばした。
 
 (ふん、プロたるものいかなるときにもクールに、そしてスマートにやる。それが俺の美学)

 がちゃ・・・するっ・・ちん!

 「あ”!!」

 (し、しまった。て、手が!!)

 受話器を掴んだまではよかったが、きのう行われた「第25回SP対抗指相撲世界大会日本代表一次予選」で酷使されあまり血が通ってなく、すっかりクールに冷え込んでいた守矢の指は守矢のいうことを聞いてくれず、何事もなかったかのように手にとった受話器を元あったところにピンポイント爆撃でスマートに投下していた。

 がちゃ!

 「もしもーしもしもーし?! ハロー? 誰かいませんかー」
 「ツーツー・・」

 ダメ元で受話器を取ってみるが、受話器の向こうからは無情にも「拒絶」という名の電子音しか返ってこなかった。
 
 つー(冷や汗) 

 (ま、また、やっちゃった。・・・い、いや、慌てるな、俺。プロたるものいかなるときにも冷静に、・・・で、でもどうしよう、俺)

 ピピ! ピピ!

 どうしよう、と守矢が頭を抱えていると、再度受話器がけたましい音をたてて鳴り響いた。しかも何気にさっきより1ランク上の「なにやってんの!」に鳴り方が変わっている。
 
 (よっしゃー!!)
 
 ぐっぐっ、守矢ははやる心を抑えながら右腕を何度もマッサージし己の握力があることを確認して、今度こそとゆっくりと受話器に手を伸ばした。

 (そう、俺はプロ。同じ失敗は2度と繰り返さない男。ふっ)

 がちゃ 

 「うむ、私だが?」
 「シルバー(コードネーム)です・・・隊長、さっき受話器を落としませんでした?」
 
 ぎくっ!!

 「う、うむ、シルバー君。君はなかなかするど・・じゃなくて何を言っているのかな、君は?」
 「まあいいです。いつものことですし」
 「い、いや、君は私のことを何か勘違いしてないかね、うん?」
 「(無視)さっそくですが、先ほど「女王さま」が気になる会話をなされておりましたので報告します」
 「あ、ああ、わかった。さっそく頼む」
 「はい」

 その声のあと、少し雑音が入ったような声が守矢の持っていた受話器から流れ出した。
 
 「ぴー、○△、ちょっと道草というものを教えてほしいのだけど」
 
 この会話の途中に入っている○△とは別に放送禁止用語ではない。万が一にこの通信が盗聴をされることによって、この会話の当事者が祥子さまと推測できそうなものは全部伏字、もしくはコードネームに置き換えて通信を行っている。
 ここで一旦テープが止まり、受話器の声がシルバーに再度切り替わった。

 「隊長、先ほど女王さまが口にされた「道草」という言葉を記憶しておいてください」
 「道草? 道草って、あの道草か?」
 「はい、普通であればあの帰りにどこかに寄ったりするという道草しかないのですが・・・このあとの女王様の会話からどうも変な方向に移行しているというかなんというか」
 「・・・話がさっぱり見えんな?」
 「まあこの先の会話を聞いてくだされば解かっていただけると思います。あ、それから今の内に報告をしておきますが、女王様の会話相手はコードネーム「赤いタヌキ」です」
 「何ッ!! や、やつか!!」   
 
 「赤いタヌキ」このコードネームを耳にしたとき流石の守矢も冷静ではいられなかった。なぜならこの奇妙なコードネームを持つものの動きによって、コードネーム女王さま、つまり祥子さまの行動は大きく左右され、それによってわれわれSPの行動も大きく右往左往させられたのだ。
 護衛というものはある程度の行動予定(行動パターンも含む)の情報が不可欠である。そして幸いにもその点では主人である祥子さまは護衛する側からしてみれば実にありがたいお方だった。そう、1年程前にあの「赤いタヌキ」と出会うまでは。
 祥子さまがあのタヌキに出会ってから祥子さまは明らかにお変わられになられた。それも、恐れおおいことながら言わせてもらえば、いい方向に。
 その功績は確かに「赤いタヌキ」のおかげもあるのだろう。それは守矢も認めざるを得ない。だが、あのタヌキが「超天然」という天から与えられたスキルを遺憾なく発揮するたびに、祥子さまはそれに巻き込まれ、そして護衛をする側の胃はその以前よりも3倍以上にキリキリと痛んでいた。
 
 (あ、あの「赤いタヌキ」が関係してるのか!)

 他にもコードネーム「ギンナン」「青信号」「ヘタレ」「名無し」など色々いるがヤツだけは別格だ。我がSSSにとって「赤いタヌキ」は恐怖の代名詞に他ならなかった。

 「隊長? 隊長、聞いてますか、隊長?」
 「ん、今日の夕飯はカレーだったかな?」
 「激しく現実逃避しないでください! じゃあ続きを流しますよ。あ、解かりやすく自動翻訳をONにしときましたので」 
 「あっ、ちょ、ちょっと、まだ心の準備が!」  

 だがそんな守矢のことなど無視して、シルバーは非情にもテープを再生させた。

 「ぴー、タヌキ(※自動コードネーム翻訳です)、ちょっと道草というものをおしえてほしいのだけど」
 「えと、道草、ですか? 女王様(※自動コードネーム翻訳です)」
 
 (間違いない、赤いタヌキだ。くっ、今度はなにをやらかす気だ!)

 「ええ、今日、ドリルちゃんがこういったの。女王様、ドリルは庶民の方々の習慣を体験してまいりましたわ。ドリル、庶民の方々が言う「道草」なるものを昨日やってまいりました、って」
 「はあ」
 「ええ、ちょっと苦かったですけど、いい体験をさせてもらいました、って自慢げに話してきたのよ」
 「はあ」
 「はあ、じゃないでしょ。タヌキ、わたしはあなたのなんなの?」
 「じょ、女王様です」 
 「声が小さくてよ。もっと大きな声で」ビシ!
 「女王さまー!!」
 「そうよ、わたしはあなたの女王様。なら私の言いたいこともわかるでしょ。仮にも一年生であるドリルちゃんが刻一刻と庶民の暮らしに触れているのに、あなたの女王様である3年生のこの私が知らないなんて、そんなこと許されると思ってるの、タヌキ!」ビシ! 
 「え、えーと、つまり女王様は、ドリルちゃんと同じ体験がしたい、というわけですか?」
 「そう、ようやく私のいいたいことがわかったわね。これは命令よ。私に道草なるものを教えなさい。いいわね、タヌキ」ビシ!
 「はい、わかりました、女王様。それじゃあマヨネーズを用意しときます」

 「ぶっ!!」
 
 赤いタヌキがマヨネーズと言った瞬間、守矢は激しく噴出した。

 (マ、マヨネーズだと? どうして道草にマヨネーズがいるんだ?・・・いや、それ以前にさっきの会話少しおかしいところがなかったか? ちょっと苦かったですけど、だと? あれはどういう意味だったんだ?)
 
 そんな守矢の疑問をよそにテープは最後に「期待しているわ、タヌキ」という祥子さまの声とともにぷっつりと切れていった。
 その沈黙を打ち破るようにシルバーの声が守矢にかけられる。

 「以上で会話の全てを終了です、隊長」
 「・・・どういう意味だ? いや、ここに出てくる「道草」とはどういう定義で捉えられているんだ?」   
 「はい、それについて分析班の方から先ほど連絡があったのですが、どうも昨日薔薇の館に仕掛けられた盗聴器からもたらされた情報によると、昨日、コードネーム「ドリル」が「雑草を食べた」、とのことです」
 「ドリルが雑草を食べた、だと?」
 「はい、ドリルのいう「道草」とは、道に生えてる草を食べる、ということみたいです」 
 「・・・つまり女王様の「道草」もそれと同じなのか?」
 「はい、おそらくは」 
 、
 雑草を食べた、マヨネーズ、赤いきつねは超天然、その3つのキーワードが守矢の頭の中を激しく猛スピードで駆け巡り、やがて一つの答えを導き出した。
 
 問1 次の式から導かれる正解を答えよ。 (10点) 

 雑草を食べた+マヨネーズ+赤いきつねは超天然

 カシャカシャ チーン!!

 =混ぜるな危険!!

 ワーニン!! ワーニン!! いま守矢の頭の中では最大級のエマージェンシーのサイレンが高らかに鳴り響いていた。
 雑草を食べる、だと。あの祥子さまが雑草を食べるだと! 許されない、そんなことは決して許されることではない。守矢が怒りに打ち震えているところに、ヒンヤリとした声が守矢にかけられる。

 「隊長、タヌキを捕獲しますか?」

 その声はむろんシルバー。だが、先ほどのような気軽さは全然なく、その声はまさしく祥子さまの邪魔になりそうなものは一片の容赦もなく片付けることができる祥子さま親衛隊ナンバー2であるシルバーに他ならなかった。
 その冷ややかな声を聞いた守矢は、自らの冷静さを取り戻しゆっくりとシルバーに返した。

 「いや、それはできない」
 「なぜです? あれさえ大人しくさせておけば雑草など食べる心配もしなくていいでしょう?」

 苛立っているシルバーに対して、守矢は諭すような口調で答える。 

 「忘れたのか、シルバー。われわれは影、決してその存在を表に出すわけにはいかない。非常時でもない限り私達が護衛として干渉していいのは、あくまであのお方の日常生活に影響を与えない程度、だ」
 「そ、そうかもしれませんが、このままでは」
 「むろん、手は考えてある」
 「ど、どのような?」

 守矢は祥子さま専属SP隊長として高らかに宣言した。

 「ハーブを買い占めろ!!」   
 
 「ハ、ハ−ブを? ハーブって、あのハーブですか?」
 「そうだ、あの香辛料に使われるハーブだ! 急げ!」
 「そ、それをどうするのですか?」
 「決まっている、あのお方の通りそうな道に生えている雑草を全てハーブに植え替えるのだ!!」
 「なっ! そ、そんな無茶な!」
 「無茶は承知だ。だが、もはや残された道はそれしかない。むろん、全ての道は不可能だから一部の広い道には工事中などの偽装をやりできるだけハーブの方に誘導させる。いいか、我らSSS(スリーエス)の矜持にかけてあのお方に雑草など口にさせてはならぬ! 我らの存在意義は、この一戦にあり、だ!!」
 「は、はいっ! わかりました!」
  
 こうしてSSS(スリーエス)VS赤いタヌキ、SSS(スリーエス)による圧倒的なまでの超天然に対する絶望的な抵抗を告げる戦いのゴングが高らかに鳴らされた。
 
 その勝敗は・・・どうでもいいので割愛しときます。 終わり。

 
 ・・・ええと、みゆきさま、ごめんなさい。こんなのしか書けませんでした(汗


【683】 ツンデレ♪簡単テクニック  (アヤ 2005-10-03 00:19:23)


「瞳子の『ツンデレ♪簡単テクニック』」
「・・・何やってんの、瞳子」


「瞳子が思うのには、乃梨子さんには『ツンデレ』が足りないのですわ」
「はぁっ!?」
「乃梨子さんは、志摩子さまに甘えてますか?」
「・・・まぁ、それなりに」
「たとえばどんな甘え方を?」
「うーん、荷物持つと言われたら、素直に持ってもらうとか?」
「駄目ですわっ!」

「・・・人を指差さないでよ」
「あ、ごめんなさい」

「で、何が駄目なの?」
「ツンデレの基本、『甘えたいのだけれど、恥ずかしくてできない。気持ちの裏返しで
 ツンツンしちゃう』感を出さないと!」
「何それ?」
「たとえば、『いいえ、結構ですっ!』と断ったのに、耳が赤いとか・・・」
「(それ祐巳さまと瞳子じゃん)・・・他には?」
「一緒に帰ろうと誘われても、用事があるからと断ったり、
 誉められてもぶすっとしたり・・・すべて顔を赤らめるのが大事ですわ。
 余計かまいたくなる要素ですの」
「・・・そう?」
「ええ!是非試してみては?」
「うん・・・」







「祐巳さん・・・」
「わっ!志摩子さん、どうしたの?」
「それが・・・最近、乃梨子が冷たいの」
「(そういえば、最近の乃梨子ちゃん、ツンデレっぽかったなぁ・・・)
 大丈夫よ!私が乃梨子ちゃんに甘えられる、簡単テクニックを伝授してあげる!」
「テクニック?」
「あのね、―――――――――」


【684】 マイナスイオンで途方に暮れる  (朝生行幸 2005-10-03 18:48:46)


「見て見て、瞳子ちゃん。ホラこれ」
「祐巳さま、なんですかそれ?」
 なんだか誇らしげに、手の中の宝石を転がす祐巳。
「へへへ〜、綺麗でしょ。これ、トルマリンっていうの」
「ああ、10月の誕生石ですね。それが如何しましたか?」
「これってスゴイんだよ。マイナスイオンを常時発散しているから、とっても身体に良いんだって」
「へぇ〜」
 感心する瞳子。
「あの〜祐巳さま?」
「何?乃梨子ちゃん」
 申し訳なさそうに、祐巳と瞳子の会話に口を挟む乃梨子。
「知らない人は、よく騙されるのですが。トルマリンというのはですね…」
 トルマリンとは、応力を加えることによって、初めて表面に電荷が生じる『圧電素子』と呼ばれる結晶体である。
 圧力による電位で圧力センサとして、分極変化による電荷で温度センサとして利用される。
 言うまでもないが、良く言われるところの『常にパワーを放出している』のフレーズは、物理の基本中の基本、『エネルギー保存則』に反しているので、このフレーズを臆面もなく使っている場合は、ほぼ確実にインチキと判断できる。
 また、『トルマリンからマイナスイオンが発生する』との主張はまったくのデタラメ、そもそもトルマリンは、マイナスイオンなんぞ一切発生させない。
「それに、マイナスイオンが身体に良いなんてこと自体、まったく実証されていないんです。マイナスイオンがブームになっているのは日本だけ。まったく、バカバカしい話ですよね」
『へ、へぇ〜…』
 淀むことなくとうとうと語る乃梨子に、感心することしきりの二人だった。

「瞳子ちゃんにも、コレあげる」
「いったい何ですの?」
 祐巳から渡されたフェルトの袋の中には、備長炭が入っていた。
「これを持っているとね、有害な電磁波から守ってくれるんだって」
「ああ、ちょっと前に良く言われていましたね」
「テレビとか携帯電話とか、電気製品からの電磁波対策に抜群なんだよ」
「へぇ〜」
 感心する瞳子。
「あの〜祐巳さま?」
「何?乃梨子ちゃん」
 申し訳なさそうに、再び祐巳と瞳子の会話に口を挟む乃梨子。
「知らない人は、よく騙されるのですが。電磁波というのはですね…」
 電磁波は、それこそあらゆる電気製品等から、大小強弱問わず発生しているのは事実である。
 炭は黒炭と白炭に分かれ、前者は低温、後者は高温で焼かれている。
 1000℃以上で焼かれた備長炭は、通電性が増し、その結果、電磁波は人体よりも先に炭に流れることになる。
 これが、一般的に電磁波を遮断すると言われる現象だが、実際に遮断するには、対象物を完全に覆う必要がある。
 持っていたり、近くに置くだけではほとんど効果がないのだ。
「ですから、本当に電磁波から身を守ろうとするならば、備長炭スーツとでも言うべき服を作って着込まないと、まともに防ぐことはできません。気休めか、せいぜい静電気を逃すことぐらいにしか使えませんね」
『へ、へぇ〜…』
 流れるようにとうとうと語る乃梨子に、感心することしきりの二人だった。

「瞳子ちゃんも、これ要るかな?」
「何ですか?祐巳さま」
 祐巳が手にしているのは、陶器のような質の小さなタイルだった。
「これはね、遠赤外線を放射するセラミックだよ」
「そう言えば、遠赤外線は身体に良いと言われてますね」
「うん、遠赤外線を浴びたら、脳からアルファ波が出てリラックス出来て健康に良いんだって」
「へぇ〜」
 感心する瞳子。
「あの〜祐巳さま?」
「何?乃梨子ちゃん」
 申し訳なさそうに、三度祐巳と瞳子の会話に口を挟む乃梨子。
「知らない人は、よく騙されるのですが。遠赤外線というのはですね…」
 遠赤外線とは、波長の長い赤外線のことで、人体に吸収されやすいのは事実である。
 そもそも、熱を持った物体、例えば日光に照らされた石ころや、日当たりの良い部屋の窓枠などであっても、必ず赤外線を放射している。
 また、温かい環境に居れば(特に冬場)、リラックスするのは当たり前。
 そして、人間の脳は、リラックスすれば自然とアルファ波が出るようになっている。
 アルファ波が出ればリラックスできるという間違った説明が多いが、実際はその逆で、リラックスしたからこそアルファ波が出るのだ。
 リラックスして、心身ともに落ち着いていれば、身体に良いのは当然だ。
「ですから、そのセラミックが熱を帯びているのなら、赤外線は必ず放射されますが、それが健康に直結するとは限らないんです。その辺の関係を理解していない人が多いのは問題ですね」
『へ、へぇ〜…』
 詰まることなくとうとうと語る乃梨子に、感心することしきりの二人だった。

「ねぇ、瞳子ちゃん…」
「どうかされましたか?祐巳さま」
「私って、騙されやすいのかなぁ」
「……」
 返答に困る瞳子だった。


【685】 (記事削除)  (削除済 2005-10-03 19:04:01)


※この記事は削除されました。


【686】 新必殺技記憶喪失  (mim 2005-10-03 19:35:02)


「妹オーディション」より

うっとりとした目をしてロザリオを手の平で転がす少女の姿を眺めながら、由乃は「この子、どこかでみたことがあるような気がする」と思った。
どこでだろう。記憶ははっきりしない。でも、漠然とまったく知らない人ではないような気がするのだ。もしかしたら、直接会ったのは初めてなのかもしれないけれども。
「あ、ごめんなさい。お返ししますね」視線に気づいた少女が、あわててロザリオを差し出すので、由乃はその手の平から摘み上げた。江利子さまが曲がり角から姿を現したのは、まさに二人の手と手が触れあった瞬間だった。
「よしのちゃ――」
「ああっ、前黄薔薇さまだ。すみません、サインしていただけますか」
その時、やっと由乃にも理解できた。
「……まさか、その子?」

由乃は、その時聖さまのことを考えていた。


【687】 由乃ビーム騒動  (一体 2005-10-03 22:12:53)


 このSSは、一体のNo.550「黄色薔薇ごっこは道なき道」の続編のようなモノになっております。ですからこのSSを読んでいただく前にそちらの作品から読んでいただければ幸いです。でないとただの電波作品になってしまいますので(笑) 
 それからこの作品は完全なバカ作品です。間違っても原作の雰囲気など微塵もありませんので、読まれる際はお気をつけください。
 では、本編に行かせていただきたいと思います。


 今日もいつもどうりに、薔薇の館では黄色薔薇さまである由乃さまと乃梨子の親友であるドリルこと瞳子の熱いバトルが繰り広げられていた。

 「ちょっと、ドリル。お茶汲んでちょうだい!」
 「キィィー! どうして私が由乃さまのお茶を汲まなければならないのですの!!」
 「そんなのあたりまえじゃない、あなたは私の第37代目の妹(仮)なのよ」
 「くぅっ! グゥの根が出ないぐらい凄いのを入れてやりますわ!!」 
 
 はあ、またか。乃梨子は一つ溜め息をつく。ツッコミを入れたいのは山々だが、流石にかれこれ一週間、週6でほぼ同じ時間にまるで目覚まし時計のように鳴り始める二人を見せつけられてきた乃梨子の気力は根こそぎ奪われていた。 
 
 (ああもう、お前らがそんなにガミガミ鳴らなくてもこっちは起きとるわい! むしろお前らの方がええかげん目を覚まさんかい!!) ※乃梨子さんストレス過多

 さっき乃梨子はサラリと一週間といったが、実はこれは普通ではありえないぐらい凄いことだった。そう、瞳子はあのブレーキペダルのかわりにアクセルペダルが2個ついたダンプカー由乃さまのスールローテーションに選ばれて一週間も続いているという前人未到の金字塔の記録を打ち立てていたのだから。
 
 かちゃ

 乃梨子がそのようなことを考えていると、瞳子が由乃さまに言われた通りにお茶を出しているのが乃梨子の視線の端に入ってきた。

 「ふん、ご所望のお茶ですわよ。どうぞ、お姉さま(仮)」
 「あら、いい香りね。ありがとう、ドリル」

 とりあえず、ここは一時休戦といったところか。
 由乃さまは微笑を浮べながら瞳子の入れてくれたティーカップを手にとり、瞳子も笑みを浮べながら自ら入れたほのかに湯気が立ち上るティーカップをゆっくりと手にとっていた。
 二人のその様子を見て乃梨子は、案外二人の相性は悪くないのかな、となんとなくだが感じないでもなかった。
 瞳子も由乃さまも二人は否定するだろうけど、乃梨子からみればお二人は結構似たもの同士、意外とお似合いのスールになるのかもしれない。 
 
 (・・・瞳子がいいのなら、それもいいのかもしれない。祐巳さまのことを考えるとちょっと複雑だけど・・・ってやめよう。これじゃあ、あのときと一緒だ)

 ふう、乃梨子は勇み足をしそうになる自分の気持ちにブレーキをかけるように溜め息をついた。そうだ、あのとき乃梨子はオーディションのときに、瞳子にお節介をかけようとしたけど、やめた。だって、それは結局、瞳子自身の問題なんだ、ってあのときに乃梨子は分かったのだから。
 だから乃梨子はもう瞳子になにもいわない。たとえこのまま二人が本当のスールになったとしても、それならそれでいい。うん、そう思う。 
 とりあえず乃梨子はそう考えを総括しようとしたとき、「ぶぼっ!!」という激しい奇声が乃梨子の耳に飛び込んできた。

 「ぷーっ!!」

 驚いて乃梨子が振り向くと、由乃さまの口からお茶が拡散メガ粒子砲のように激しく噴出し、それは綺麗な虹でも出るんじゃないかと思わせるような美しい放物線を描きながら、由乃さまの射線上正面にいた祐巳さまに激しく降り注いでいた。・・・ちょっと綺麗だった。

 「こ、こら、ドリル!! どうしてこのお茶はこんなにスパイシーなのよ!! グゥの根どころか、息の根が止まるところだったじゃない!!」
 「あら、お姉さま(仮)。いくら瞳子のお茶がお気に召したからってわざわざ祐巳さまにお分けにならなくてもよかったですわよ。おかわりならいくらでもございますのに、ほら」

 瞳子はそう言いいながら、右手に「辛さ×10辛!! いろんな意味でお世話になったあの方に!」と表面にプリントアウトされた「ねりわさびZ」(特許出願中)を右手に持ち微笑を浮べていた。

 (・・・前言(大)撤回、ない。この二人がスールになるなんて、ない。たとえ地球が3回滅亡しておつりがでるくらいの一大スペクタクルに襲われても、絶対にない!!)

 ここで二人はお互いをけん制するかのように、じりじり、と間合いを詰める。それはまるで熟練した練達者のようにまったく無駄な動きがなかった。

 (・・・ていうかその無駄のなさが山百合会にとっては全くの無駄ではないのか? もっと違うことに力つかえよ、あんたら)

 対峙した二人がゆっくりと口を開き、戦いの前哨戦ともいえる舌戦を開始した。

 「・・・どうやら姉(仮)として、妹(仮)を躾ないといけないみたいのようね、ドリル!!」
 「ふっ、躾られるのはどちらですわね? お姉さま(仮)!!」

 やがて二人がお互いに戦い前の挨拶を終え1分の隙のないファイティングポーズをとるにつれて、乃梨子は暗澹たる気持ちに激しく襲われる。
 
 (・・・ああ、やっぱりこうなるのか)

 お願い、誰か仲裁に入って、と乃梨子が願わずにいられないところに、ここで2人に割ってはいる声があがる。だが、ここで素直に乃梨子の期待どうりにいくほど最近の山百合会は乃梨子に対して優しくはない。

 「そこの2人! よくも私の祐巳さまに汚らわしいものを!!」
 
 (・・・ああ、やっぱりお前もか、ノッポ)

 ここで被害者の祐巳さまに、せめて妹(仮)である可南子だけでも止めてもらおうとしようとしたが、その祐巳さまは「わくわく!」といった表情を浮べながら可南子の方に「頑張れ! 可南子ちゃん」などとエールを送っていた。

 (・・・だめだ、このタヌキにはなんの期待も出来ない) 

 もはや残された手段は一つ、ここは山百合会最後の良心ともいえる乃梨子の姉でもある志摩子さんに頼るしかない。
 乃梨子にとっての最後の砦である志摩子さんに仲裁を頼むべく、志摩子さんの座っているイスに視線を向けた。しかし、

 「志摩子さん・・・って、あら?」

 そこに最後の砦はなかった。
 乃梨子がさっきまで志摩子さんが座っていたイスを見てみると、そこには志摩子さんの姿はなく、かわりに「志摩子」と書かれた名札がついたクマのぬいぐるみがちょこんと座っていた。

 (ちょっ、志摩子さん、ど、何処に言ったの、志摩子さん!?)

 きょろきょろ

 乃梨子は慌てて志摩子さんを探してみるが志摩子さんは何処にも見当たらなかった。だが、志摩子さんは見当たらなかったがかわりに部屋の中で少し不自然なところが乃梨子の目に入ってきた。

 (ん、あれ? なんで窓が全開に?・・・ってまさか!)

 乃梨子が慌てて全開になっていた窓の方にいくと、そこには頑丈そうなそうなロープが窓の縁に括り付けられ、そのロープは真っ直ぐに館の外の地面まで垂らされていた。
 そして乃梨子はそのまま薔薇の館の2階から外を見回すと、約20メートルぐらい先に志摩子さんらしき人影が銀杏並木の方に向かっていくのが見えた。
 乃梨子はその人影に向かって叫んだ。

 「志摩子さーん!!」

 その声が聞こえたのか、その人影は正面の方を乃梨子の方に向けてきた。それは紛れもなく乃梨子の姉である志摩子さんだった。
 
 「志摩子さーん!! 助けてー!! 志摩子さーん!!」

 乃梨子がそう言った後、志摩子さんはちょっと困ったような表情を浮かべたあと、ゆっくりと首を振ってきた。
 それはまるで「そんなのムリ」といっているように乃梨子は見えた。

 「ちょっ、志摩子さん! そりゃないよ、志摩子さん!!」  

 だが志摩子さんは何事もなかったかのようにその足取りを銀杏並木の方に向けてダッシュ! そしてあっという間にその姿は見えなくなった。
 乃梨子が打つ手がなくなったことで愕然としているところに、乃梨子の耳に何か「カーン!!」と金具を叩くようなような物音が聞こえてきた。
 乃梨子が慌てて振り向いて見ると、そこには右手にゴングを持って左手のハンマーで叩いてなにかの合図をしているような祐巳さまがいた。

 (・・・ああ、始まってしまった)

 その鐘が鳴ることの意味、それは、マリアさまが目をそむけたくなるような光景が薔薇の館で開始される合図に他ならなかった。
 次の瞬間、薔薇の館は激しい怒声と物音に襲われた。

 「うおおおー!! ドリルゥゥゥー!!」
 「きぃぃぃぃー!! このイケイケエェェー!!」
 「全ては祐巳さまのためにイィィー!!」
  
 ドン!! バタ!! ごとごと! ばきっ!!
 
 ここで、祐巳さまが乃梨子に話し掛けてきた。 

 「はい、今日も解説者は乃梨子ちゃんです。乃梨子ちゃん、どうぞ」
 「・・・だ、だめだこりゃ!!」
 「はい、乃梨子ちゃんからでした!」

 乃梨子はいつも激しく思う。このままでいくと「山百合会」が「山猿会」と呼ばれるようになるのは時間の問題ではないだろうか、と。
 
 するするする。
 
 がっしゃーん!!
 
 (ん!?)ひょい

 その思いは志摩子さんの脱出用ロープを伝って薔薇の館から逃げ出している乃梨子の頭上を、薔薇の館の2階からイスが猛スピードで流星のように流れていくのを見て確信に変わっていくのであった。
 乃梨子がロープを伝い地面に降り立ったとき、上の方から金物を叩くような物音が聞こえてくる。 
 
 カン!カン!カン!

 「勝者! 可南子ちゃん!」
 「やりましたわ、祐巳さま!」  
 
 ・・・マリアさま、乃梨子はもう挫けそうです。

 終わり。

 すみません、すみません、本当にすみません。完全なるバカ作品ですみません。


【688】 可南子、自爆した  (いぬいぬ 2005-10-03 23:10:45)


 文化祭を間近に控えたとある日、「とりかえばや物語」の練習会場である被服室の片隅で、劇の主役の姫君は鏡を見ながら手芸部と発明部の技術の進歩に舌を巻いていた。
 鏡の中には普段の三割り増しの美しさを誇る自分がいるのだ。正直、最初は衣装も全く似合っていないと嘆いたものだが、手芸部にメイクに精通する部員がいたことが幸いし、今では見た目だけは立派な主役級だと自分でも思えるほどに進化をとげていた。
 ここまでやってくれた部員達の熱意に答えるためにも頑張らねば。姫君はそう決意し、鏡の前でどの角度が一番綺麗に見えるかと研究を始める。
「精が出ますね」
 そう言いながら姫君のもとに歩み寄って来たのは右大臣、細川可南子だった。
 密かに努力する姿を見られた姫君は、かすかに頬を赤らめて照れ笑いを浮かべた。可南子もそんな姫君を見て微笑む。
 しかし可南子はすぐに微笑みを消してしまった。そして少し疲れたようにうつむいてしまう。そんな可南子の様子に、姫君は「どうしたの」とでも言いたそうな顔で彼女の顔を真正面から見つめる。
 あいかわらず思った事が顔に出やすい。そんな事を思うと少しだけ気持ちが楽になったような気がして、可南子は姫君に問いかける。
「私・・・やはり劇を続けるのが辛いです。でも、あなたの無心で頑張る姿を見ていると、自分が甘えているだけのような気がしてきました・・・ 私ももっと熱心に練習すれば、そのうち劇を楽しいと思えるようになるんでしょうか?」
 そんな可南子の疑問に、姫君は「大丈夫」とでも言うように一つうなずくと、可南子にこうアドバイスを送った。
「うん、きっと楽しくなると思うよ“細川さん”。“俺”も正直、嫌々始めたんだけど、やってるうちにだんだん楽しくなってきたクチだから。 ・・・・・・まあ、女装が楽しくなってきた訳じゃないけどね」
「?!」
 姫君は祐麒だった。確かに手芸部と発明部の技術の進歩は素晴らしいものがあるようだ。
 しかし、可南子のダメージは大きかった。まさか自分がよりによって祐巳と祐麒を間違えるとは思ってもみなかったから。そもそも以前、女装した祐麒を祐巳と呼ぶ令に不快感もあらわに「この『間違い探し』には、いったいどんな意味があるんですか」と吐き捨てたのは、他ならぬ可南子自身だったのだから。
 あまりの自爆っぷりに言葉も出ず、可南子は真っ赤になってしまった。そして「し、失礼します!」と叫び、祐麒の前から逃げ出したのであった。
 
 
 そんな可南子の様子を見ていた人物が二人。宰相(由乃)と若君(祐巳)だった。


 可南子は恥ずかしくて祐麒の前から逃げ出したものの、劇の練習をほっぽり出して逃げる訳にもいかず、被服室の隅、祐麒のいたところとは部屋の中で反対側にあたる所まで避難してきていた。
(ああぁ・・・・・・なんて間違いを・・・・・・・・・よりによって男を祐巳さまと勘違いするなんて。カーネル・サンダースの人形を人だと思って話しかけるよりも恥だわ)
 そこまでの恥かどうかは意見の分かれるところだと思われるが、とにかく可南子は頭を抱えてうずくまりたいほど落ち込んでいた。恥ずかしさのあまり、頬が熱かった。
 そんな可南子のもとに、宰相(由乃)と若君(祐巳)が近寄ってくる。どうやら落ち込んだ様子の可南子を(若君が)心配しているらしい。
「どうしたの?可南子ちゃん。そんな思いつめた顔して」
 今、最も目を合わせずらい人物に顔を覗き込まれて、可南子はさらに赤面してしまった。
「な・・・なんでもありません」
 祐麒を祐巳だと思って話しかけてしまった罪悪感から、可南子は不自然なくらい若君から顔をそむける。だが、普段は天然子狸な若君も、何故かこんな時だけしつこく食い下がってくる。回り込んで再び可南子の顔を覗き込みながら、突然核心を突く疑問をぶつけてくる。
「祐麒と話してたけど、あいつ何か失礼な事でも言ったの?」
「い、いえ!・・・そういう訳では・・・」
 なんでこの人は時々こう鋭いんだろう?可南子はドキドキしながらさらに若君から顔をそむけた。
 その時、そんな可南子の反応を見ていた宰相が、突然ひらめいた自分の推理を自信満々に言い放った。
「・・・判った!あなた恋をしてるわね?」
 宰相は可南子を指差して宣言した。
「はい?・・・・・・ち、違います!」
 可南子は慌てて否定するが、青信号の点った宰相は簡単には止まらなかった。
「またまた・・・誤魔化さなくたって良いのよ? ・・・密かに想いを寄せるあの人に思い切って話しかけたは良いけど、優しく微笑むあの人の顔を見たら急に恥ずかしくなって慌てて逃げ出した・・・ってトコかしら?」
 何やら陶酔した顔でその場のシチュエーションまでも勝手に推理しだすイケイケ宰相に、可南子は絶句してしまう。
「可南子ちゃんたら意外と積極的なのねぇ・・・ 言ってくれれば協力してあげたのに」
 ニンマリと笑う宰相を見て、可南子は我に返り慌てて反論する。
「だから違うと言っているでしょう!そんなんじゃありません!」
「・・・じゃあ、何で真っ赤になって逃げてきたのかなぁ?」
 宰相はヤケに嬉しそうだ。
「う!・・・・そ、それは・・・」
「それは?」
 祐巳の前で真実を語る訳にもいかず、可南子が黙り込む。そして、そんな可南子を見ている宰相の顔は益々ニヤニヤと楽しそうになってゆく。まるで獲物を見つけて舌なめずりをしているかのように。
 そんな宰相の顔を見て若君は「何だかんだ言って江利子さまに似てきたなぁ・・・」などと思ったが、後が怖いので口には出さなかった。
 そして宰相は徐々に可南子を追い詰めてゆく。
「素直になって良いのよ?可南子ちゃん。なんせここには憧れの人の実のお姉さまもいるんだし、正直に吐けば悪いようにはしないわよ?」
 まるで犯罪者を尋問する町奉行のような宰相のセリフに、隣りで話を聞いていた天然子狸な若君が助け舟を出す。
「由乃さん、そんなふうに言われたら、可南子ちゃん困っちゃうよ」
「・・・祐巳さま」
 やっとこのくだらない会話が終わると思い可南子がほっと息をつくと、若君は続けてこんな事を言い出す。
「こういうのはヘタに回りが手を出すと上手く行かないものなんだから。そっと見守ってあげようよ」
「祐巳さま?!」
 さすが天然モノの子狸。宰相の推理を微塵も疑っていないようだ。
「可南子ちゃん、私も応援するからね!何か祐麒に聞きたい事とか言いたい事があったら、私が橋渡しになるように頑張るから・・・」
「ち、違うんです祐巳さま!私は・・・」
 思い余った可南子がいっそ本当の事を言おうとすると、若君は笑顔でこんな事を言い出した。
「だからストーキングしちゃダメだよ?」
「まだそのネタ引っ張るんですかぁぁぁぁぁぁ!?」
 応援だか嫌味だか判らない若君の言葉に、可南子は泣きながら被服室を逃げ出したのだった。



 
 夕暮れの迫る頃、可南子は被服室に返ってきた。逃げ出してしまったために劇の練習に迷惑をかけてしまった事と、誤解を解かずに祐巳の前から逃げ出したのを謝らなければならないと思ったから。ついでに言えば右大臣の衣装も着たままだったし。
 そっと被服室を覗くと、若君が衣装を着たまま机の位置を直しているところだった。 祐巳ひとりのほうが話しがし易い。可南子はそう思い、そっと被服室へ入ってゆく。すると可南子の気配を感じたのか、若君が振り向いた。
「・・・先程は突然逃げ出したりしてすみませんでした」
 可南子がそう言いながら頭を下げると、若君は優しく微笑みながらゆっくりと首を振る。まるで「大丈夫だよ」と励ますように。そんな若君の顔を見て、可南子は心安らぐ自分の気持ちに気付く。
(ああ、この人は私が間違った時にも見放さずそばにいてくれる・・・ いつもとかわらず優しく微笑みながら)
 可南子はそれだけで嬉しくなり、不覚にも少し涙ぐんでしまう。
 この人の妹になる気は無い。しかし、一人の先輩として、また一人の友人としてそばにいて欲しい。そうすればまた自分が道を誤った時にも導いてくれるだろうから。
 可南子は自分が祐巳に何を求めていたのかにやっと気付けた事が嬉しくて、思わず自分の心情を語り出した。
「私、もう少し劇の練習を頑張ってみようと思います・・・ でも、不器用だから、また間違ったほうへ進むかも知れません。だから・・・」
 可南子は真っ直ぐに若君を見つめる。若君も可南子の真剣な様子に気付き、真正面から可南子の視線を受け止める。その視線が勇気を与えてくれるような気がして、可南子は自分の思いを正直に解き放つ。
「私を導いて・・・そばにいて導いてくれますか?」
 真っ直ぐな可南子の願いに、若君は赤くなりながら照れ臭そうに答えた。
「・・・・・・俺なんかで良ければ」
「?!・・・・・・またアンタかぁぁぁぁぁぁ!!」
 自爆リターンズ。
 二度目の勘違いに可南子は逆ギレし、祐麒につかみかかった。
「何?・・・・・・ちょ!・・・可南子さん落ち着いて・・・」
「馴れ馴れしく名前で呼ぶなぁぁぁぁぁ!!」
 そして可南子はふと気付く。今の会話が、はたから聞けばまるで愛の告白のようであったと。目を潤ませて「そばにいて」などとオネガイしてしまった自分を思い出し、可南子は真っ赤になりながら益々逆上しだした。
「忘れなさい!今、私が言った事を全部忘れなさい!!」
「いや、そんな事言われても・・・ 聞いちゃった後だし」
 根が正直な若君は、その場を取り繕うという事ができなかった。そんな若君のセリフに、可南子は益々パニックに陥り・・・
「記憶を失えぇぇぇぇぇ!!」
 若君の頭をつかんでブンブン揺さぶりだした。
「うわ・・・ま・・・・・・細・・・やめ・・・」
 若君はなんとか可南子の手から逃れようともがくが、激しいシェイクにだんだん意識がモウロウとしたきた。
「やめ・・・・・・細か・・・・・・わさん・・・」
「まだ忘れないかぁぁぁぁ!!」
 そんな若君に、可南子はお構いなしに高速シェイクを続ける。そしてとうとう若君は限界を迎え・・・
「・・・・・・・・・もう・・・・・ダ・・・メ」
「え?・・・きゃあ!」
 可南子もろとも倒れ込んでしまった。
「イタタタタ・・・」
「・・・・・・・・・・・・気持ちワリィ・・・」
 目を回し仰向けに倒れ込んだ若君。可南子もそんな若君の上に倒れ込んでしまった。
 その時、被服室の扉が開かれた。
「騒いでいるのは誰?」
 そう言いながら入ってきたのは祥子だった。後ろには山百合会の面々や劇に協力している手芸部や発明部、さらには花寺の生徒会役員達もいる。
 祥子の声に、可南子は反射的に声のしたほうへ顔を向けた。祥子から何か小言でも言われるかと思いながら扉のほうを見るが、祥子は何を言うでもなく呆然と立ち尽くしている。後ろに控える面々も同様に無言だ。
 そんな一同の様子を不審に思った可南子が改めて自分の置かれた状況を確認すると、『仰向けになった若君の上に馬乗りになっている自分』という、のっぴきならない状況に気付いた。
「イヤ違!・・・ これはその!・・・」
 可南子は慌てて弁解しようとするが、パニくっているために上手く言葉にならない。そして、そんな可南子を見た祥子はというと・・・
「・・・・・・・・・・・・そういえば発明部に新しくできた舞台装置を確認しに行かなければならなかったわね?」
 そんな事を呟きながら被服室から立ち去ろうとする。どうやら見なかった事にする気らしい。
「まっ!・・・話を聞いて・・・」
 可南子は被服室の扉に向かいすがるように手を伸ばすが、一同は生暖かい視線を送り返してくるばかりで、全員がいそいそと立ち去ろうとするばかりであった。
 可南子が絶望感に囚われていると、突然祥子が立ち止まり、こちらに向き直る。そして祥子は可南子に語りかけた。
「可南子ちゃん」
 良かった、どうやら話を聞いてもらえそうだ。そう思い可南子がほっとしていると、祥子のこんなセリフが聞こえてきた。
「恋愛は自由だけど、劇に影響の無い範囲でお願いね」
「ちが!・・・私はそんな・・・・・・」
 可南子は尚も手を伸ばし弁解しようと試みるが、返ってきたのはやはり生暖かく見守ろうという視線ばかりだった。しかも、いつの間にか姫君に着替えていた祐巳や『やはり私の推測は正しかった!』とでも言いたげなイケイケ宰相が、小さなガッツポーズで「頑張れ♪」とブロックサインまで送ってくる始末だった。
 あまりの事態に可南子が口をパクパクさせていると、たまたま取材に来ていた真美の「生々しすぎて瓦版には載せられないなぁ・・・」などという呟きまで聞こえてくる。
(新聞部にまで引かれる私っていったい・・・)
 可南子がガックリとうなだれていると、若君が下から呼びかけてきた。
「細川さん・・・」
 何かと思い、可南子が次のセリフを待っていると・・・
「脳をゆすっても記憶は無くならないと思うよ」
 今頃そんな事を言い出した。
 そのセリフを聞いた可南子は再びブチ切れ、若君の顔を両手で左右から鷲づかみにしながらずいと顔を寄せ、視線で殺そうかとでもいうように睨みつけた。
「この大変な時にアナタって人は!」
 
 カシャ!

「・・・・・・え?」
 突然扉のほうから聞こえた音と光に驚き、可南子がそちらを向くと、カメラを構えた蔦子と目が合った。
「せっかくだから記念に一枚撮っといたよ♪ じゃ、後は二人でごゆっくりどうぞ」
 蔦子は笑顔でそんな事を言いながら扉を閉めた。
「・・・・・・・・・え?・・・・・・えーと・・・」
 可南子はあっけにとられながらも、再び自分の置かれた状況を整理する。すると『自分が若君(祐麒)に馬乗りになり、さらには若君(祐麒)の顔を両手で抱え、自分から顔を近づけている』という状況に気付く。
 平たく言えば『若君を押し倒して襲ってる右大臣』というシチュエーションだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・終わった」
 可南子はバッタリと倒れ込んでしまった。
「細川さん?!どうしたの?貧血?!」
 やはり天然子狸の弟も天然だったようだ。
 自分がどんな状況に巻き込まれたかサッパリ気付いてない若君は、必死に右大臣(可南子)を呼び起こそうとするのであった。







 この後、目を覚まさない右大臣(可南子)を心配した若君(祐麒)が、心配のあまり右大臣(可南子)をお姫様抱っこで保健室に強制連行するという荒業を披露したり、蔦子の現像した例の写真を見て「いやぁぁん♪右大臣が若君を襲ってるぅ!」と狂喜乱舞するというマニアな一面を見せた笙子から写真が流出したりで、可南子はすっかり「花寺の生徒会長とお付き合いしている」という認識を持たれてしまった。
 さらには「校内でコトにおよんだ勇者」として、学園祭が終わった後まで好奇の視線に晒され続けたのだった。
 
 
 


【689】 姉妹交錯模様  (六月 2005-10-03 23:38:09)


いぬいぬさまのNo.681「みたこともない志摩子さんの怒り」にコメント書き込みながら思いついてしまったので・・・。
続き・・・かもしれません。(汗



一昨日の夜は志摩子さんのお宅にお泊まりできた。とっても嬉しかったはずなのになぁ・・・。
まさかあんなことで喧嘩になるなんて思ってもみなかった。
というか、志摩子さんって結構頑固だなと思う。

放課後、今日は薔薇の館に集まる日。吉と出るか凶と出るか分からないけど、無理矢理瞳子も連れて行く。
「なんですの?乃梨子さん。今はお手伝いも必要ない頃だと思いますけど」
「とにかく、サンプルは多い方が良いの。大事な話なんだから手伝ってよ」
「サンプル??」
目を白黒させている瞳子を引っ張って薔薇の館の扉をくぐる。
階段をギシギシ言わせながら足早に登り、ビスケット扉を開ける。
祥子さま、令さま、由乃さま、志摩子さんが揃っていた。祐巳さまがまだのようだけど、すぐに来るだろう。
「ごきげんよう。本日は皆様にお尋ねしたいことがあります」
挨拶もそこそこに本論に入る。怪訝な顔をする皆様方の中で志摩子さんだけは私の意図をすぐに分かってくれたようだ。
「乃梨子・・・そうね、皆さんの意見からどちらが正しいか、はっきりさせようというのね」
志摩子さんの言葉にうなずくと私はこう尋ねた。

「皆様は目玉焼きには醤油をかけますか?ソースですか?」

祥子さまと令さまはポカンとしていたが、由乃さまがすぐに反応してくれた。
「んー、私と令ちゃんは醤油かな?ね」
「・・・え、あ、そうだね、普通は醤油だよね」
令さまの言葉に祥子さまが憮然とした表情を見せる。
「あら、令。普通はソースではなくて?塩分の摂り過ぎは良く無いわ」
今度は令さまがムッとした顔をする番だ。
「いや、ふ・つ・うは醤油だよ、祥子。ソースなんて邪道でしょう?」
「邪道とは聞き捨てなりませんわ、黄薔薇さま。瞳子もソースを使っていますわ」
よし、瞳子。あんた偉い。親友は好みまで似るんだね、うん。
「ソースなんて甘ったるいものは邪道よ!邪道!」
由乃さま、そんな指差してまで・・・って志摩子さん肯いてるし。
「あら、由乃ちゃん、大豆の絞り粕の醤油と違って、ソースは果汁や野菜の栄養も摂れる健康食なのよ。
 それが分からないようではまだまだね」
祥子さま、タカビーなお嬢様と思ってましたが、あなたは私の仲間です。

「ちょっと待った!なんでこんな論争になるわけ。別に醤油でもソースでも良いでしょう?」
さすがヘタ令さま、中庸な意見に逃げましたね。でも、そういう問題じゃないところに来てるんですよ。
「実は一昨日、志摩子さんのお家にお泊りさせていただいたのですが、昨日の朝食に出た目玉焼きで意見が分かれたのです。
 それまでは志摩子さんの拘りに合わせていましたが、これだけは私の美学として許せないんです!
 目玉焼きには絶対ソースだと、そう私は叫びたい!」
「えぇ、私も乃梨子の嗜好には些かなりと思うところがあります。
 日本人なら目玉焼きには醤油しか考えられません」
皆様、志摩子さんが我を通そうとしている姿にそろって驚いている。
でも私はそれほど驚かない、だって志摩子さんはホントは強情で欲張りなんだから。
「そう、それで志摩子と乃梨子ちゃんが珍しく喧嘩しているというわけね」
白薔薇姉妹でもそんなことがあるのね、と祥子さまが呆れたように呟いた。
「それならこう言うのはどうかしら?
 今はここに居る6人で3対3で引き分け、あと一人がどちらを選ぶか多数決で決着よ」
「あとひとり・・・来ていないのは祐巳さんね。いいわね?乃梨子」
由乃さまの提案に皆頷いた。最後の選択は祐巳さま次第となったのだ。


薔薇の館を緊張した空気が包む中、下の扉が開き数人分の階段を上る足音が聞こえて来た。
「おそくなりました!ごきげんようお姉さま
 真美さんが次号のかわら版の原稿チェックをしてほしいとのことでお連れしました」
祐巳さまの後ろから新聞部の真美さまと写真部の蔦子さま報道コンビが顔を出した。
「ごきげんよう、祐巳。
 早速で悪いんだけれど、あなた、目玉焼きには醤油?それともソース?」
「ふぇ?」
「せっかくだから真美さんと蔦子さんも教えて下さるかしら?」

突然のことで祐巳さまのお顔がにぎやかになっている。報道コンビも話が見えずに顔を見合わせていた。
「さぁ!早くおっしゃい!」
「は、はい!・・・えーっと」
祥子さまの勢いに押されて真美さま、蔦子さま、祐巳さまの順でこう答えた。
「七味唐辛子ですね」
「ケチャップかな」
「マヨネーズです」
重苦しい沈黙を破って全員が一致した叫びを上げた。
「「「「「「あんたら邪道だ!!」」」」」」

こうなったら新聞部に頼んで全校アンケートでもしなきゃいけないのかなぁ・・・。


【690】 毒も牙も棘もなく月の光の下で  (篠原 2005-10-04 03:59:53)


 前回【No:634】までのあらすじ
 リリアンに吸血鬼の噂が流れていた。志摩子は薔薇の館で、乃梨子は教室で、その話を聞かされたのだった。
 うさんくさい噂や吸血鬼に関する通り一遍な説明、聞いたことのない解釈など、乃梨子が聞いた話はさまざまだった。
 例えば、となりのクラスのA子さんが襲われて今日は登校していないとか。もう名前も忘れたが、昨日から風邪で欠席届が出ていたのは確認した。
 例えば、聞いたことのない吸血鬼の説明。吸血鬼に襲われたものは、その時点でほぼ死ぬ。だが(矛盾した言い方だが)一部の死者は甦り、知性もなく人を襲う食屍鬼(グール)となる。それらの中には、人を襲いエネルギーを採り続けるうちに稀に自我を取り戻すものがいる。それが俗に言う吸血鬼だが、ここまで至るのに普通は何年もの時を要する。だが自我も知性もなくただ人を襲う存在が、数年にわたり放置されることはまずありえない。大抵はその前に処分されるから吸血鬼が意図せず生まれてくることはほとんどないと言っていい、とか。だったら吸血鬼なんて出てこないのでは?
 例えば、単に変質者がこのあたりをうろついているのでは、という説………すでに吸血鬼でもなんでもねえ!
 等々、さまざまな噂が流れていたのだ。
 ………いや、前回はここまでの内容は無かったけれども。



「そういえば、乃梨子は吸血鬼の噂というのを聞いている?」
 それはいつもの帰り道、いつもとは違う志摩子さんの言葉だった。
「ああ、うん。結構広まってるみたいだよ」
 志摩子さんの問いに、乃梨子は教室ににんにくまで持ち込んだ二人のクラスメイトのことを話して聞かせる。
「結局十字架の方は押し付けられちゃったんだけどね」
「ふふふ、そうなの。そういえば、由乃さんも……」
 志摩子さんが足を止めて鞄の中を探り出したのに気付いて、乃梨子は振り返った。
 その瞬間、空気が澱んだ。そして「それ」が目に入る。木の後ろから現れ、志摩子さんに近づく人影。志摩子さんは鞄の中から何かを取り出そうとしていて、気付いた様子も見えなかった。
「志摩子さん! 後ろ!!」
「え?」
 叫びながら走り出す。わずか数歩の距離が、とてつもなく遠く感じられた。
 振り向いて手をかざした志摩子さんと、後ろから伸びてきた手が……

 バチィッ

 白い火花が散った、ように見えた。弾き飛ばされたそれが、慌てて離れて行くが、それを追う余裕はさすがに無かった。
「し、志摩子さん!」
 うわずった声を上げる乃梨子に、志摩子さんはいつもと変わらぬ穏やかな声で、見当違いな言葉を紡ぐ。
「乃梨子、真っ青よ。大丈夫?」
「私じゃなくてっ!」
 乃梨子は癇癪を起こした子供のようにダンと足を踏み鳴らした。
「志摩子さんは大丈夫なの!?」
「ええ。本当に効いたのかしらね」
「え?」
 少しおどけたように言う志摩子さんの手には、鞄の中から取り出した物、由乃さまから渡されたという十字架が光っていた。
「乃梨子も、貰った十字架は身に付けておいたほうが良いわね」
「う、うん」

 ………でもそれって、本物の吸血鬼だったってこと?




 「それ」がここにいるのは、単なる偶然だった。狩る者の存在を感じて本能的にその場から離れ、迷い込んだ先がたまたまここだったというだけのことだ。
 そして今、「それ」は餓えていた。怯えてもいた。
 ここには糧となるものがたくさんいたが、そのほとんどは「それ」にとっての活動時間外に行動していた。
 日の光の下では活動できない「それ」にとってその少女は、獲物を狩る貴重なチャンスのはずだった。だが襲いかかった少女からは、狩る者と似た力を感じた。実際に、弾きとばされてダメージを受けていた。
 「それ」は今、餓えて、怯えていた。

「!?」

 「それ」は違和感にふと動きを止めた。
 白き清浄なる空気があたりを覆う。その不快感に、もがき暴れ出そうとして、それすら自由に任せぬことに気付く。

 その目の前に。

「かしらかしら」
「お覚悟かしら」

 待ちかまえていたかのように、影絵のような二人の人影がふわふわくるくる舞いおりる。

「かしらかしら」
「お覚悟かしら」
 まわりをふわふわくるくる舞いながら、二人は既に結界で動きの鈍ったそれに、にんにくやら十字架やら聖水やらを容赦なく次から次へと降り注ぐ。戦い方も何もない、単純な物量戦だったが、それの動きを止めるのにさして時間はかからなかった。ちなみに、二人が惜しげもなくばらまいているのは教会で対魔処理を施されたれっきとしたマジックアイテムだったりするが、それはさておき。
「頃合ですわね」
「そうですわね」
 二人はそろって前に出る。

 くるりと回って杭をかざし

「灰は灰に」

 くるりと回って槌をかざし

「塵は塵に」

 振り下ろされる杭と槌

 軋む肉の音と断末魔が月夜に響き、そして消えた。
「今宵、この月、光のもとで」
「闇へ還れ。風に散れ」
 ふわふわくるくる舞う二人。

 人の形をしたものが、灰となって散っていく。
 そこに、もうひとつの人影があらわれる。
「お疲れさまです」
「あらあらあらあら」
「まあまあまあまあ」
「白薔薇さまも、お疲れさまです」
「これくらいのこと、私達にはなんでもありませんわ」
 嬉しそうに浮かれまくる二人に、志摩子は穏やかな笑みを向ける。
「二人は乃梨子と同じクラスだったわね」
「そうですわそうですわ」
「乃梨子さんとはとてもなかよしですわ」
「そう、これからも乃梨子をよろしくね」
「もちろんですわ」
「そうですわ」
 自分が何気なく言った一言が乃梨子の苦労に拍車をかけるだろうとは思いもしない志摩子である。
「………」
 ふと見上げた月は眩しいほどに白く明るく、志摩子自身を冴え冴えと照らす。志摩子は祈るように目を閉じた。それはマリア様のお庭に集う乙女達への加護の祈りか、それとも灰となったものへの祈りか。
 月の光の下で、二人の少女は言葉も忘れてそれに見惚れていたのだった。


【691】 ジョーカーのジャスティス  (琴吹 邑 2005-10-04 13:32:07)


このお話はがちゃSレイニーシリーズ 【No:588】「根回し次世代」の続きになります。




「私は、これ以上、姉も妹も作りませんから。ごめんなさい」
 そう言って、姉妹の申し込みをしてくる人に、丁重にお断りを入れる。
 しかし、思った以上に学園が騒ぎになっている。
 勢いでここまで来てしまったが、こういう風になってしまったのは失敗だったかもしれない。
 でも、私に取っては、最善を尽くしてきたつもりだ。たとえ、それが他の人から見たら、間違った方法でも。

 教室に着くと、朝のこの時間にしては、人がまばらだった。
 姉妹の申し込みにでも、行ってるんだろうか?
 そう思うと、気分が少し憂鬱になる。
 席に座り、ぼんやりと窓の外を眺める。
 令さまが十数人の人を引き連れて校庭を走っていくのが見えた。
 それを見ると、ため息がこぼれる。
 やはり軽率だったのではないかと、後悔の念があふれ出す。
 私は左手首をぎゅっと握り、そこには存在しないロザリオを握りしめた。

「ごきげんよう、志摩子さん。なんかすごいことになってるね」
 そう言って、桂さんは、手に持っていた、号外をひらひらと私に見せた。
「祐巳さんも複数人妹を持ったって、聞いたんだけど、本当?」
「え?」
 私が問い返すまもなく、その言葉を発した桂さんは、クラスにいる人たちに囲まれた。
「桂さん、それ本当なの?」
「さ、さあ、私も噂で聞いただけだから、よくわからなくて。だから、志摩子さんに聞いてるんだけど……」
 みんなの視線が、私に集中する。
「そんな話、聞いたこと無いわ」
「そう。じゃあ、誰が知ってるのかなあ。他の人にも聞いてみよう」
 桂さんがそうつぶやくと、幾人かが、私もそうしようとか言って、うなずいていた。


「ねえ、志摩子さん。志摩子さんは、ううん。白薔薇さま。姉妹の複数人制は山百合会としての白薔薇さまの提案なの?」
 鞄を自分の席に置いてから私の席に戻ってきた桂さんは、私にだけ聞こえる声で、そう聞いた。
 同じクラスになって、桂さんが私のことを白薔薇さまと呼ぶことは、あまりなかった。だから、それが、公人としての立場で、本当にそう言ったのかという意味だとすぐにわかった。
 私は、その言葉に小さく首を横に振った。
「そうじゃなくて、祐巳さんと瞳子ちゃんを何とかしてあげたい志摩子さんとしての行動だった?」
 今度は小さく、でも、強く首を縦に振る。
「そう、わかった。私は姉妹の複数人制には反対だから。私もできる限りがんばってみるよ。黄薔薇革命の時の想いを繰り返したらダメだよね……」
 桂さんはそう言って自分の席に戻っていった。
 私は何も言うことができずに、桂さんの背中を見守っていた。


【692】 壮絶達人意気衝天  (朝生行幸 2005-10-04 16:23:19)


 M駅前の噴水脇で、静かに佇む一人の少女。
 その肌は抜けるように白く、その身体は折れそうなぐらいに繊細。
 だが、その猫目がちな瞳には、立ち塞がる物全てを薙ぎ倒さんばかりの力強い光が灯っていた。
 時折、思い出したように顔を動かせば、その度に、一纏めにした三つ編みが、まるで猫の尻尾のように左右に揺れる。
 そして、小さな溜息とともに、元の姿に戻るのだった。
(遅いなぁ…)
 待ち合わせの相手は、未だ来ない。
 10時の約束なのに、時間は既に9時55分、几帳面な相手のことだ、遅くとも10分前には到着しているはずなのに…。
「彼〜女、今ヒマしてる?」
 時計を睨みつつ溜息を吐いていた少女に、軽薄そうな声がかけられた。
 顔を上げた少女の目に映ったのは、どこから見ても、釦を一つ掛け違えたようなマヌケな格好のチンピラっぽい二人の男。
「いいえ、時計を見て時間を確認するのに大変忙しいのです。申し訳ありませんが、邪魔なさらないでください」
「そんなこと言わないでよ。退屈させないからさぁ」
 しつこく食い下がり、少女の手を取ろうとするチンピラA。
 相手がまだ、きちんとした身形のぱりっとした好青年であるのならともかく、イカれたスットコドッコイ風情では虫唾が走ろうと言うもの。
 少女は、チンピラAの手首を握り、反対に捻って体を入れ替えると、軽く一振り、チンピラAを一瞬で地面に叩き付けた。
 チンピラBは最初は驚いていたようだが、怒りの方が勝ったのか、凶悪な形相で少女に掴みかかった。
 必死で相手の腕を捌くも、さすがに単純な力勝負では、華奢な少女に勝ち目はない。
 チンピラBの腕を振りほどくことも出来ず、振り上げた拳が少女の顔に中ろうとしたその時。
 一陣の風が巻き起こり、鈍い衝撃音とともにチンピラBは、数メートル先を転がった。
「ふん」
 チンピラBを吹っ飛ばした大柄な男は、鼻で軽く息を吐くと、少女が倒したチンピラAの襟首を引っ掴み、同じ方向に片手でポイと投げ捨てた。
「大丈夫か?」
 勢いでしりもちをついていた少女に、膝を突いて手を差し伸べながら、優しく問い掛ける男。
 五部刈り頭に三角巾、サングラスに白い割烹着という、あからさまに怪しい格好ではあるが、男の持つ雰囲気になんとなく安心感を覚えた少女は、その手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
「はい、ありがとうございました」
 微笑みながら、礼を言う少女。
「いやいや、困っていたようだから、助けただけだよ。怪我は無いかな?」
「ええ、大丈夫です」
 少女の言葉に、ニヤリと笑みを浮かべて親指を立てる男。
 少女も、親指を立てて、男に応じた。
 その時。
「おいお前!その娘に何をしている!」
 そこには、少女が待ち合わせをしていた、一見女性と見まごうばかりに端正な顔立ちの人物が立っており、男に指を突きつけて詰問した。
「由乃を離せ!」
「令ちゃん!?」
 男と少女の間に割って入った、令ちゃんと呼ばれた人物は、男に向かって凄まじい勢いで掌打を放った。
 男は、素早く一歩下がると、相手の掌の勢いを殺しつつ捌き、さらに数歩下がって、充分な間合いを取った。
 睨みあう、男と令。
「令ちゃん、あのね…」
「黙ってて、すぐに片付けるから」
 少女を制し、滑るような足取りで、一気に間合いを詰める、黄薔薇さまこと支倉令。
 いつもは冷静な彼女ではあるが、由乃〜従姉妹であり、妹(スール)であり、そしてこの世で一番大切な、黄薔薇のつぼみこと島津由乃〜のことになると、我を忘れることもしばしば。
 いまも、由乃の言葉が耳に入らない状態だ。
 問答無用で相手の急所を狙い、打ち倒そうとする令。
 だが、中れば確実に昏倒させられる攻撃を、ほぼ完全なブロックで防ぐ男。
 支倉家に伝わる、門外秘伝と称する武術を駆使するも、まったくと言ってよいほど致命打を与えられない。
(くっ、こいつ何者だ!?)
 心に焦りが生じる令。
 しかし、相手の男も同じ心境だった。
 予想以上のスピードで、一気に間合いを詰めてくる令と呼ばれた人物の動きは、今まで闘ってきた相手の中でも、トップクラスの速さだった。
 しかも、一撃一撃が重く、更には、確実に急所を狙ってくる。
 もし中れば、大地を舐めることになるだろう。
 それに相手は間違いなく誤解しているし、最初は男かと思っていたが、身体つきや接触時に香る匂いから女であると判断できる、本気で闘うわけにはいかない。
 由乃と呼ばれた少女も、不安げな表情であたふたとしているところを見ると、止めたいけど止めに入られない、そんなジレンマに陥っていると考えられる。
 そんな少女の前で、令を倒すわけにはいかないではないか。
 おまけに、周りには人垣が出来ており、見物客まで居る始末。
(コレしか手はないか…)
 双方丸く治めるには、引き分けに持ち込むしかない。
 覚悟を決めた男は、動きを止め、令の攻撃に集中する。
 リーチは互角、スピードは令が上、パワーは男が上。
 令の渾身の一撃に合わせ、まったく同じタイミングで拳を放つ男。
 まるで、畳をバットで思いっきりぶっ叩いたような音が響く。
「きゃっ!?」
「ぐわっ!」
 令は、後方4メートルぐらいまで吹っ飛んだが、受身を取って、くるりと立ち上がった。
 男は、後方2メートルぐらいまで吹っ飛び、ごろごろ転がって大の字に倒れ伏した。
「令ちゃん!」
「いったい何者なの…?」
 自問する令。
 相手の打が中った部分には、鈍い痛みが広がっている。
 動かせるということは、骨には異常がないということだが、おそらく痣は免れないだろう。
「あ痛たたた…」
 吹っ飛んだ挙句転がったにも関らず、サングラスを落としていないことに気付いた男は、我ながら大したもんだと、変なところで感心していた。
 身体に鈍い痛みを感じつつ、起き上がろうとするが、力が入らない。
 回復には、しばらくかかりそうだ。
「お兄さま!?」
 一人の少女が人垣から姿を現し、男に駆け寄った。
 白い清楚な雰囲気の服装に、ふわふわとした巻き毛、そして掛け値なしに美しい顔。
 その顔は、双方、とても良く知った人物で…。
『志摩子(さん)!』
 令、由乃、男の声が綺麗に重なった。

「志摩子のお兄さんとは露知らず、失礼しました」
「はっはっは、いやいや、気にしないでくれ」
 場所は変わって、駅裏手の喫茶店。
 あのままではマズイため、場所を移すことになったのだった。
 改めての自己紹介の後、令は、謎の男〜白薔薇さまこと藤堂志摩子の実の兄、賢文〜に、頭を下げて謝っていた。
「止めようとしたのに、令ちゃん全然聞いていないんだから」
 憮然とした表情で、令を責める由乃。
「だって、どう見たって怪しい…失礼、胡散臭い…失礼、常軌を逸した…失礼」
「もういいよ。確かに、この格好は怪しい上に胡散臭くて常軌を逸しているからなぁ」
 今はサングラスを外しているが、三角巾、割烹着はそのままの賢文、確かに怪しいことこの上ない。
「この人はね、チンピラに絡まれていた私を助けてくださったんだから」
「重ね重ね、申し訳ありません。由乃を助けていただき、ありがとうございました」
「相手が一人だったら、由乃さんだっけ?だけでも大丈夫だったろうけど、もう一人に苦戦してたようだから思わずね。それにしても、二人とも、格闘技かなにか習ってる?」
 並んで座る令と由乃に、好奇心一杯といった雰囲気で問い掛ける賢文。
「ええ。私は父から、『支倉流』と呼ばれる武術を学びました。護身術がほとんどなんですが」
「私も、伯父さんから、護身術を少しだけ」
「支倉…?」
 片眉を上げる賢文。
「お兄さま、令さまのお宅は、小寓寺の檀家ですよ」
「ああそうかそうか、支倉のおやっさんか」
 隣に座った志摩子の言葉に、合点が行ったように、手の平をポンと叩く。
「と言う事は、令さんはおやっさんの娘さん?」
「そうです…。父をご存知なんですか?」
「うん、何度か手合わせして貰ったことがあるよ。道理で、どこかで見た型だったわけだ」
「お兄さんも、大した腕前をお持ちですが…」
「俺も親父に叩き込まれたんだよ。あの頃は、生傷が絶えなかったな」
「え?令ちゃん、あの住職のことよね」
「だろうね。そう言えば、いい体格していらしたなぁ」
 体育祭のことを思い出す、令と由乃。
「何時、お習いになったの?」
 不思議そうな顔で、賢文に問う志摩子。
「ああ、お前が生まれる前の話だ。お前だって、親父からいくつか習ってると思うが」
「どうしてそうお思いになるの?」
「だって、こないだ幼稚園にお前を連れて行こうとした時、俺の手をあっさり振り払っただろ?」
「ええ」
「そう簡単に外れるほど、やわな掴み方してなかったんだがな」
 由乃には、思い当たるところがあった。
 そもそも志摩子は、静かな物腰やおっとりとした雰囲気とは裏腹に、かなり優れた体術を持っている。
 日舞の名取りになるには、相応の安定した運動能力が必要だし、普段もほぼ一定の歩幅と速さで、滑るように歩く。
 玉逃げの時にも、怯えて逃げ回っているように見えて実は、冷静な観察の上で行動していたのだから。
 由乃から逃げっ放しだったことを差し引いても、カゴの玉数は、一番少なかったからして。
 しかも、忘れもしない、祐巳が初めて薔薇の館に来た時、扉を開けた本人である志摩子ではなく、その後にいた祐巳に祥子が激突したのは、志摩子がまるで分かっていたかのように避けたからであることを、しっかりと見ていたのだから。
「確か、支倉のおやっさんとウチの親父は、同門だって言ってたな」
「と言う事は、父と住職は兄弟弟子?」
「そうなるな。図らずも俺たちと君たちも、ある意味同門ってわけだ」
「…世の中狭いもんだねぇ令ちゃん」
「そうね…」
「そうだなぁ」
「ええ…」
 感心するべきか呆れるべきか、判断に迷う四人だった。

「いたぞ!こっちだ!」
 喫茶店を出た一同を包囲する、見るからに一般人とはかけ離れた剣呑な雰囲気を持った複数の男たち。
 総勢7人で、何人かは得物まで持っていた。
 その中には、先程由乃に投げ飛ばされ、賢文にすっ飛ばされたチンピラA、Bまでが含まれている。
 緊張が走る令と賢文。
 いくら護身術を身に付けているとはいえ、由乃と志摩子の戦闘能力はあまり高くない。
 油断している相手に対し、不意打ちに近い攻撃でなんとかってところだ。
 数はそのまま脅威に転化する、圧倒的に不利な状態だった。
「けっ、さっきはよくも舐めたマネしてくれダフゥ!?」
 先手必勝、賢文は、後にあったゴミ箱を引っ掴んで、口上中の男に投げ付けた。
 見事命中、白目を剥いて倒れたチンピラB。
 令と賢文は、由乃と志摩子を壁際に寄せ、守るように立ち塞がる。
「行けるか?」
「由乃と志摩子を守りながらだと、せいぜい二人が限度ですね…」
「くっ、せめて味方があと一人でもいれば…」
 誰かが警察を呼んでも、すぐにはやって来ないだろう。
 絶望的な戦いに、二人が覚悟を決めた次の瞬間。
「助太刀いたす!」
 時代がかったセリフと同時に、一人の中年男性が姿を現した。
 見た目はタクシーの運転手っぽいが、その構えはなかなか堂に入っている。
 彼の実力は未知数だが、これで少なくとも、後の二人は気にする必要がなくなった。
 由乃と志摩子の二人で、一人ぐらいには渡り合えるだろうから。
『かたじけない!』
 勇気百倍、前に出た令と賢文は、助っ人と肩を並べて、チンピラ6人と対峙した。

「志摩子、由乃ちゃん」
 ビルの角から、二人を呼ぶ声がする。
 そちらに目をやれば、なんとそこには、紅薔薇さまこと小笠原祥子が手招きしていた。
 慌ててそこまで移動する二人。
「祥子さま、どうしてここに」
「たまたま買い物に出てきたのだけれど、貴方たちが絡まれているのを見て、助けに来たのよ」
「あの人は?」
「あれは運転手の松井よ。私のボディーガードも兼任してるから、腕は保証できるわ」
 1対2のカードが三つ。
 ナイフやバットといった得物を持つ相手に怯むことなく、積極果敢に挑む令、賢文、松井の三人。
 得物に頼り切った単調な攻撃を、捌き、掻い潜り、避け、そして確実にダメージを蓄積させていく。
 上段蹴りと肘打ちで、ほぼ同時にチンピラA、Dを倒した賢文。
 右回し蹴りと、その回転の勢いを利用した脚払いで、同時にチンピラC、Fを叩きのめした令。
 チンピラEとGの頭を引っ掴み、側頭部をぶつけ合って、同時に昏倒させた松井。
 お互いに顔を合わせ、頷いた三人は、累々と横たわるチンピラどもはそのままに、スタコラサッサとその場から立ち去った。

「ご苦労様」
「祥子!?」
 驚く令。
「どちらさん?」
 このメンバーの中で、唯一祥子を知らない賢文が訊ねた。
「こちら、先輩の小笠原祥子さま。で、こちらは…?」
 言いよどむ志摩子。
「これは私の運転手兼ボディーガードの松井よ」
「松井?はて、どこかで聞いたことあるような…」
「悪い冗談だね賢文くん」
 帽子を取って、顔を見せる松井。
「…あー、思い出した。兄弟子の松井さんか!随分老けたなぁ」
「そりゃ、あれから十数年経ったからねぇ。相応に歳は取るものだよ」
 結構失礼な賢文の態度に、これっぽっちも動じない松井。
「それに、君も人には言えないと思うよ」
「松井、こちらの方を知ってるの?」
「お嬢様、こちら藤堂賢文と言いまして。昔の修行先の弟弟子にあたります」
「藤堂…?」
 訝しげな表情の祥子。
「祥子さま、賢文は私の兄です」
「あら、そうなの?志摩子にお兄さまがいらっしゃったなんて初耳よ」
「祥子、私もさっき知ったところなんだ」
 祥子の肩を叩く令。
「それにしても…」
 呟く由乃。
「祥子さまと松井さん、志摩子さんとお兄さま、私と令ちゃん…。片方が全員同門だなんて、どんな運命の悪戯なのかしら」
「これで祥子さまが、松井さんから護身術か何かを学んでいらっしゃったら、全員同門になりますね」
「あらよく知ってるわね。中等部に上がった頃から、松井から習っていてよ」
『え』
 由乃と志摩子の軽い冗談が、まさか本当だったとは。
「やっぱり、世の中広いようで狭いんだねぇ…」
 全員、なんと言って良いのか分からないような表情で、遠くを見ていた。

 予期せぬ同門大集合の珍事。
 そして噴水前、喫茶店前での大乱闘の一部始終は、たまたまその場でカメラを回していた某写真部のエースに撮影されていた。
 しかも、動画で。
 当事者たちがそれを知るのは、月曜日の放課後になってからだった。
 令が、賢文が、松井が、まるで姫君を守る騎士のごとく戦うその姿は、凛としてかつ誇らしげだった。
 改めて感心する、山百合会関係者一同+1。
「黄薔薇さま、この動画の公開許可をいただきたいのですが…」
 撮影した本人、武嶋蔦子が令に問う。
「却下。リリアンに直接関係のない人が映っているのよ。許可は出せないわ」
「じゃぁ、黄薔薇さまだけが映っているシーンだけでも…」
「ダメ。それでも相手が映るでしょ。万が一、連中に知られて逆恨みでもされてみなさい。酷い目に合うわよ」
「それは無いわ」
 祥子が口を挟む。
「どういうこと?」
「連中の身元はすでに確認済み。二度とあんなことが出来ないよう、体に教えておいたから、問題は無しってことね。どちらにしても、公開の許可は出せないけれど」
「む〜」
 かなり怖いことをサラッと言った祥子に気付くことなく、悔しがる蔦子。
「こんなことが必要以上に知られたら、令が私より目立ってしまうじゃない?そんなこと、許されなくてよ」
「って、おい祥子、私の人気が上がるのが嫌って言うの?」
「そうよ。あなたは目立ってはいけないの。ねぇ由乃ちゃん?」
「紅薔薇さまのおっしゃる通り!」
 只でさえ地味に人気のある黄薔薇さま、これ以上モテれば、由乃の心中は穏やかでは居られなくなる。
「ちょっと由乃まで!?」
「まぁそれは半分冗談だけど、最大の問題は、コレはかなりの不祥事ってこと。三年生で現役リリアン生徒会役員、そして仮にも薔薇さまの一人が街中で乱闘騒ぎとなれば、下手すれば軽くて停学、重ければ退学処分を受けることになり兼ねないわよ」
 顔色が変わる一同。
「あの人ごみの中に、何人かリリアン生がいたかもしれないけど、多分彼女らは口外したりはしないわ。あとは、令本人と私たちが、知らぬ存ぜぬを決め込むだけ。だから、残念だろうけど却下します。よろしいかしら?」
「…了解しました。これは封印することにします」
 令の進退が左右されるのであれば、無理は通せないし、ましてや、自分の意地のみで人の人生を狂わすことはできない。
 諦める蔦子だった。
「でも、信用できる身内に配るぐらいは大丈夫だと思うわ。そうね、3つほどコピーをいただけるかしら?」

 こうして、例の出来事は、当事者のみが知る事件として、しばらくの間は表に出ることは無かった。
 そう、しばらくは…。

「ホラ菜々、令ちゃんスゴイでしょ♪」
「本当ですねお姉さま。さすがは令さまです」
 令や祥子の卒業後、例の動画の一部が、誰かさんのせいで流出したのは、また別の話…。


【693】 天使との邂逅しかしてその実態は  (くま一号 2005-10-04 22:38:51)


「祐巳さま〜祐巳さまっ。」
「なに、瞳子ちゃん?」
「依頼ですぅ。」
「い、依頼ってなによ。私たちは怪盗紅薔薇よ、怪盗なのよ。杏里よ杏里。TMネットワークじゃないのよ、掲示板にXYZとか書いてないの、100トンハンマーとか出てこないの、まして心臓移植で若い娘に憑依したりしないのおおおっ。(ぜーぜー)」

「祐巳さま、そこまで意地にならなくても。最後のはまだアニメ化されてないしぃ。」
「この10月からアニメ始まったわよ。あのね。最近怪盗紅薔薇、出番が少ないじゃない。ここは一発どかーんと決めなきゃいけないのに。」
「祐巳さま、セリフながい。コメントくどい。がちゃSレイニーシリーズの作者陣みなさん引いてしまったじゃないですか。今日、琴吹さまの投稿があってほっとしましたわよ。」
「うーん、それはまずいわね。」
「だから依頼なのですわ。」

「だれから。」
「うちのクラス、一年椿組の敦子さんと美幸さん。」
「それはだめよ、瞳子ちゃん。逃げよう。」
「どうしてですの? 瞳子の中等部からのお友達ですのに。」


「食われる。」


「あ・・・・・・。」
「キャラの勢いで負けてる。絶対、食われるわ。逃げるのよ。」

「かしらかしら。」
「かしらかしら。」
「ポートレートかしら。」
「記念写真かしら。」
「あ、出た。」
「逃げ損ねたじゃないの。」

「それで、祐巳さまと瞳子さんに。」
「探していただけるのですわ。」
「って、あの、話を聞いてくれる? いい子だから。」
「この二人に話を聞いてって言ってもムダだと思いますけど、祐巳さま。」

「私たち、今年のバレンタインデーに。」
「バレンタインデーに。」
「フライング参加いたしましたの。」
「いたしましたの。」

「なのに笙子さんだけあんなにいい写真を。」
「いい写真を。」
「それで、蔦子さまと。」
「らぶらぶに。」
「らぶらぶに。」

「で、私たちへの依頼というのはなんなの?」
「なんなのかしら?」
「瞳子ちゃん、そこで巻き込まれないのっ。」
「はあ、昔は三人組だったものでつい。」

「笙子さんにお聞きしたら。」
「私たちの写真も。」
「あるはずかしら。」
「あるはずなのかしら。」
「らぶらぶするのですかしら。」
「なのかしら。」

「そうなのかしら。」
「瞳子ちゃんってば。冷静にっ。ふーん、蔦子さんそんな写真撮ってたんだ。まさか笙子ちゃんみたいに高等部の制服でまぎれこんだの?」
「まぎれこんだのかしら?」
「瞳子ちゃんっ。」

「スクールコートなのですわ。」
「ただかぶっていただけなのですわ。」
「なのに笙子さんったらお姉さまの高等部の制服まで準備して。」
「やりすぎなのですわ、と思ったらあれで蔦子さまとらぶらぶに。」
「らぶらぶに。」

「らぶらぶはわかったからーーーーっ。」
「蔦子さまの写真を探せばいいのですわね。簡単じゃありませんか。」
「写真部なのかしら。」
「そうなのかしら、って祐巳さまも巻き込まれてるんですけど。」
「えーい、とにかく今年のバレンタインの写真を探せばいいのね。」

「わたくしたちも。」
「らぶらぶしたいのですわ。」
「したいのですわ。」

「って、あなたがたお姉さまがいるじゃない。」

「細かいことは気にしなくていいのですわ。」
「いいのですわ。」
「中等部の記念にきらきらするのですわ。」
「きらきらするのですわ。」

「はいはい、わかったわなのかしら。」
「かしらをつければいいというものではないのかしら。」
「それは私たちに文章力がないから仕方ないのではないのかしら。」
「やっぱり食われているのではないのかしら。」

「かしらかしら。」
「ここで続くのかしら。」

「って、こんなの続くのかよ。」
「瞳子ちゃん、ツッコミが乃梨子ちゃんになってる。」
「うがーっ。」
「あの、一つだけ確かめておきたいんだけど。」

「かしらかしら。」
「なにかしら。」

「あなたがたは、姓のない家のご出身であらせられたりはしないわよね。」
「その話はもう終わったのですわーーーーーー。」


【694】 居場所  (ROM人 2005-10-05 12:24:44)


「こんな所に呼び出して、一体何の用?」
 すらりとした長身、祥子お姉様を思わせる長い髪の少女。
 一時は、祐巳さまの妹候補の座を奪い合ったライバル。
 そんな彼女を私は剣道の交流試合の会場に呼びだした。
「一緒に黄薔薇様の応援でもしましょうって訳じゃないわよね?」
 会場の中央では、今も竹刀を振るい接戦を繰り広げる姿があった。

「……可南子さん」
 私はゆっくりと言葉を紡いだ。
 もう、戻ることは出来ないから。



「祐巳さまの妹になってください」







祐巳さまと由乃さまの妹を決めるという噂の茶話会が行われる。
私の周りでは、その話題で持ちきりで、
祐巳さまの妹候補として有力視される私と細川可南子に自ずと注目が集まった。
様々な憶測や嫉妬から来る陰口。
もちろん、そんな物に負けるほど私も細川可南子もヤワじゃなかった。
特に、私の場合は過去の祐巳さまに対する接し方について色々言われているようだ。
あの梅雨の日の一件についても、今更のように持ち出してくる。
確かにあの件については、何も知らなかったとは言え、
祐巳さまに色々酷いことを言ってしまったと反省している。

「瞳子さんはもちろん茶話会に参加されるのですよね?」
遠巻きにコソコソ言い合う連中の中には、こうしてわざわざ本人にアタックしてくる人もいる。
「いいえ、参加するつもりはありません」
私はもう何度目かわからない答えを返す。
何となく、私には確信めいた物があったのだ。
祐巳さまはこのイベントで妹を作ることはない。
それに、例え祐巳さまがこのイベントで妹を作るとしても、どんな顔をして参加すればいいと言うのだ。
祐巳さまは瞳子が茶話会に参加したらどんな顔をするだろうか。
細川可南子が参加したら祐巳さまは妹にするのだろうか?

祐巳さまの隣に立つ彼女を想像する。
それはまるでパズルのピースがピッタリとはまるように絵になる。
頭の中で組み上がったパズルをぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
こんなの嫌だ。

こんなの嫌だ。

こんなの嫌だ。

ダメだ、考えると気分が重い。
今日は部活の無い日なので早めに帰ろう。
楽しくないことを考えて落ち込むなんてつまらない。
そうだ、明るくいつだって強気に。

だが、その夜。
一本の電話が、終焉の日を告げたのだった。





「祐巳さまの妹にはならないわ」
細川可南子はそう言った。
祐巳さまに別の誰かを重ねてみていたと彼女は言った。
学園祭の瞳子が祐巳さまに手を引かれ、舞台衣装のまま駆け抜けたあの日。
彼女、細川可南子にも大きな出来事があった。
「祐巳さまには感謝している。 だから、私は妹にはならないと言ったの」
ほんの数日前の話だったという。
細川可南子は祐巳さまに妹にはならないと告げたそうだ。
そして、彼女は祐巳さまの友達というボジションを勝ち取った。
「だから、貴女がなりなさいよ。 祐巳さまもまんざらじゃ無さそうでしょ?」
「……瞳子は祐巳さまの妹にはなれません」
そう、あの日かかってきた一本の電話が残酷な運命を瞳子に教えたのだった。
「どうして?」
「……」
「なりたかったんでしょ? 祐巳さまの妹。 ずっと、貴女のこと見てたからわかるわ」
そう言った細川可南子の顔は、啀み合っていた頃には見たこともない穏やかな表情だった。
「……私はなれないんです。 祐巳さまの妹には……紅薔薇の蕾の妹には」
そう、私はなることが出来ない。
祐巳さまの妹になる人間は、のちに紅薔薇の蕾になり、紅薔薇様となることが求められる。
「恐いの? 振られるの」
「違うんです。 瞳子は紅薔薇様(ロサキネンシス)の華を咲かせることが出来ません」


あの日、かかってきた電話は父の知り合いからだった。
「……すまないな。 せめて高校を卒業するぐらいまでと思ったんだが」
父の知り合い、それは瞳子の許婚の父親だった。
相手の家は、松平家とほぼ同格か少し上の家柄。
長男が跡を継ぎ、様々な事業で業績を伸ばし、力を付けている。
松平家の一人娘の瞳子は、そんな家の次男と生まれる前から将来が決められていた。
相手はすでに一度離婚を経験し、2人の子持ち。
そのうち一人は瞳子よりも年上だ。
いわゆる、政略結婚というやつだ。
中年で、頭もだいぶ薄くなった相手と瞳子は結婚しなくてはならない。
瞳子と結婚することで、彼は松平の跡継ぎとなり、
家同士の繋がりが出来て双方の家の発展に繋がるのだそうだ。
当事者の娘の気持ちなど、その決定に影響しようはずもない。

「……そんなのって」
「相手の男性にどうやら好きな人が出来たらしいです。
 お酒を飲むところの女の人で、歳は22歳〜25歳ぐらいらしいです。
 瞳子がすぐに結婚しなければ、そっちの人と話が進むみたいですね」
「やめなよ、そんな結婚。 どうせ、その相手は誰だっていいんでしょ?」
「そうでしょうね。 多分、瞳子と結婚しても外に女の人沢山作ると思います」
「だったら!」
「……瞳子の力でどうにかなる問題じゃないんですよ」
そう。
嫌だと言えるなら、どんなに幸せだろう。
松平の家も、何もかも捨てて飛び出せたらどんなに素敵だろう。
人並みに、自由な恋をして、大好きな人と結ばれて、幸せな家庭を作る。
そんな些細な幸せを夢見ることさえ許されないのだ。
瞳子は一人で生きていく術を持たない。
松平の家を捨て、生きて行くには瞳子は無力だった。
女優になりたかった。
女優になれば、一人でも生きていけるだけ稼ぐことが出来る。
女優という目立つ職業ならば、松平の家に圧力をかけられ、無理矢理連れ戻されることもない。
幼稚舎の頃、好きな男の子が居た。
毎日、公園で待ち合わせて遊んだ。
でも、その男の子はある日突然にいなくなってしまった。
彼のお父さんが急に海外出張になってしまったからだ。
その時は、ただ悲しかった。
でも、ある時偶然知ってしまった。
彼のお父さんの会社は当時、海外に支社が無かった。
それを無理矢理海外に支社を作らせ、彼のお父さんをそこに飛ばしたのは、
松平の力が働いたのだという。

「瞳子は来年はもう、リリアンには居ません。 だから、蕾の妹にはなれないんです」
「でも……」
「お願いです、可南子さん。 瞳子は貴女だったら祐巳さまの妹になられても納得できます。
 ですから……」


無言の刻が過ぎていく。
会場の真ん中で、竹刀のぶつかり合う音だけが聞こえる。

「……」
「……試合、終わっちゃいましたね」
「……ねえ、紅薔薇様には話したの?」
「……祥子お姉様も、多分知ってますわ。 でも、どうにもならないことですから」

「……逃げよう」
 立ち上がった瞳子の手を可南子さんがぎゅっと掴んだ。
「無理ですわ。 祥子お姉様程じゃないですけど、瞳子にもたくさんの監視がついています」
「でもっ!」
「いいんです。 とっくに諦めはついていますから。 可南子さん、祐巳さまをお願いします」

瞳子の手を掴んだ可南子さんの腕の力が弱まる。
そう、どうにもならないんです。
だから、瞳子は可南子さんににっこり微笑んで背を向けた。

残された時間はもう残り少ない。
この制服に袖を通すのはあと何回だろう。
だから残された時間は少しでも笑顔でいたい。
瞳子の居場所が無くなるその時まで。


――――――――――――――――――
何書いてるんだorz……。
居場所ってキーワードから、こんな話を連想。
妹オーディションであの二人はどんな会話をしたんだろう。
早く、知りたいよーってことで。


【695】 かごめかごめ  (六月 2005-10-05 23:54:08)


かごめ かごめ かごの中の鳥は いついつ出やる
夜明けの晩に 鶴と亀がすべった うしろの正面 だあれ

晩秋のとある放課後、今日も薔薇の館でみんなとお仕事。
蓉子さま、江利子さま、聖さま、三薔薇さまを筆頭に、祥子さま、令さま、志摩子さん、由乃さん、そして祐巳と久しぶりに勢揃いしていた。
静かな室内にはカリカリとペンを走らせる単調な音だけが響いている。
『うー、眠いなぁ・・・』
まだまだ新米の祐巳に割り当てられるのは、重要度の低い単純なチェック作業の繰り返し。
単調すぎてついつい睡魔に襲われてしまうようなものばかりだ。
ペンの動きが遅くなり、次第に顔が下を向き、机に突っ伏す寸前で必死に眠気に耐える。
『ぅぅぅ・・・もうだめ・・・』

「あら?祐巳ちゃんったら。随分と眠そうね」
ふと顔をあげた蓉子さまに見つかってしまった。
「ぅぅ・・・すみません、蓉子さま・・・」
「しゃきっとしなさい!みっともないまねをしないの」
祥子さまにも怒られてしまったけど、もう顔をあげる気力もない。
机に突っ伏したままで眠りについてしまいそうだ。
「待ちなさい祥子、そろそろ休憩するには良い頃合いだわ。
 白薔薇さま、黄薔薇さま、ちょっと一息つかない?」
「そうね、そろそろ休まないと目が疲れたわ」
「私も、いいかげん同じ姿勢続けると腰にくるわー」
聖さま、おじさんくさいですよー、って言えないけどね。
「それじゃ、お茶入れますね。令ちゃ、お姉さま、黄薔薇さま、何になさいます?」
「そうね、紅茶がいいかな」
「由乃ちゃん、私も同じでよろしく」
あ、由乃さんがお茶をいれに立つみたいだ。
「お姉さまは何になさいます?」
「そうだね、コーヒーにしてくれるかな?志摩子」
志摩子さんもするなら私もやらなくちゃ・・・。
両手をついて立ち上がろうと思うんだけど・・・半分眠った体が言うこときかない・・・。
「ふふ、祐巳さんはそのまま休んでいて、私と由乃さんでするから」
「うん、ごめんねー志摩子さーん」

流しからかちゃかちゃというカップが触れ合う音と、志摩子さんが小さな声で歌ってるのが聞こえる。
「かごめ かごめ かごの中の鳥は いついつ出やる・・・」
あれ?なんだっけこの歌?頭がぼんやりして思い出せないなぁ。

「はい、令ちゃん、江利子さま」
「あ、ありがとう、由乃」
「由乃ちゃん、ありがとう」
令さまと江利子さまに紅茶を渡すと由乃さんがそのまま席に着く。
「お姉さま、ブラックでよろしかったですか?」
「ん、おーけーおーけー」
志摩子さんが聖さまにマグカップを渡し、自分の席に戻ったようだ。
カチャリと音がして蓉子さま、祥子さま、突っ伏した祐巳の前にも紅茶のカップが並んだ。

あれ?そういえば、誰が私のカップを?全員、席について談笑している?
と、後ろに誰かが立っている気配がして。
「・・・うしろの正面 だあれ」


【696】 ドリル神拳インドの山奥で戦え  (よしはる 2005-10-06 00:10:22)


「……雨、全然止まないね」
「……止みませんね」
「……あ、瞳子ちゃんだ」
「……瞳子ですね」

 …勘違いされると困るので先に言っておくが、祐巳さまのことをどうでもいいとか私の機嫌が良くないからこのようなやり取りになっているということは、断じてない。

 会話を続けようとさっきから努力しているつもりなのだが、いかんせん私と祐巳さまの接点などはないに等しいし、なにより今日の祐巳さまはいつにも増してボーっとしている。
 目に映ったものに対してただ言葉を発しているだけで、会話にならないのだ。


 ここは薔薇の館である。
 つい先日ロザリオの享受をして私のお姉さまになった志摩子さんはまだ来ていない。
 黄薔薇姉妹は二人仲良く部活動へ行っていて、今日は来られないらしい。

 そして。
 祐巳さまがこんな状態になってしまった原因である小笠原祥子さまはここ数日学校をお休みになられている。
 つまり今薔薇の館には私たち二人しかいないのだ。

(それにしても、なぜこんなにボーっとしていらっしゃるのかな。復活したとおもってたのに。)
 祐巳さまは昨日瞳子に薔薇の館への助っ人を頼みに行っていた。
 その前に薔薇の館へ来たときにはすでに六割方復活されていたはずである。

 なんにしてもこのままはよくない。いろいろとよくない。
 志摩子さんが指示した書類の整理も全く手を付けていない。
 なんとかして祐巳さまに元気を取り戻してもらわねば、仕事にならない。
 ここに来て数日の私にはできることが少なすぎる。
(しょうがない。こうなったら…

「そうだ祐巳さま。瞳子についてこんな逸話があるのをご存知ですか?」
「瞳子ちゃんについて?なに?どんなこと?」
「私もクラスメートからきいたので真偽の程は定かではありませんが…」

                  …瞳子には犠牲になってもらおう)





 インド北方、ラホールと呼ばれるこの地の山の奥深くに、密僧が修行している寺がある。
 その寺には限られた人間にしか知られていない古代より伝わる拳法が存在する。
 あまりに強力すぎたため、またその修行があまりに過酷なためにいまではそれを教えることはない。
 ――――そう、今では。

 これは。
 若干七歳にしてその拳法を伝承し、愛のために闘った一人の少女の物語である。

 


「そ、その少女が瞳子ちゃんだって言うの?」
 うそだぁ、と言いながらもこの目を見る限り全否定というわけではないらしい。
 …この人本当に大丈夫だろうか、と失礼なことを考えながらも即興で話をまとめてみる。
「本当ですよ。普段から歩き方をみるとスキがないって言うか。どうにも怪しんでいたんですよ。」
「あれは格闘家の足運びです。」
「でもさっき真偽は定かじゃないって……」
 む。意外にスルドイな。
「あれは言葉のあやです。……それでは続けていいでしょうか?」
 疑いながらもキラキラした目でこっちをみてくる。
 はやく、はやくって。
 その目に少し気圧されながら、私は次を話し始めた。





 少女の周りを十五人の男が囲んでいる
 なにもない、ただ砂礫のみ広がる大地に

 いずれも筋骨隆々、最低でも身の丈180センチといった化物共
 その手には様々な武器を携えている
 
 対する少女は素手
 その身体はあまりに華奢で、風が吹けば飛んでいってしまいそうである
 それは対比することさえ愚かしいのかもしれない
 
「う〜ん、こんな所でこんな可愛い子を見つけるなんてラァッキイ〜」
 男の一人が口に出した言葉はヤニ臭を伴い、少女の顔をしかめさせる
「おいおい怖がらすんじゃねーよ。これからいい所に行こうってのによー」
「そうだよマーくん。よしよし怖くないでちゅよ〜。いっちょに行きまちょうね〜」
 別の男が少女に手を近づけた

 瞬間

 男の身体は木の葉のように宙を舞った


「ば、ばかな!このガキ、なにもんだ!!」
「ア、アニキ!あの頭に輝く双つのドリルはまさかっ!?」

「……ごちゃごちゃと煩わしい方達ですわね」
 少女が初めて口を開く。
「くっ…!!野朗共!ドリルは二つしかねえんだ。全員でかかれぇ!!」
「お、おぅ!」
 男共が少女に肉薄する
 だが
 男共は遅すぎた


 男共が迫ってくる
 少女は短く息を吸い、眼を見開きそして

「どぉ〜りどりどりどりどりどりどりどりっっ!!どりぃっっっ!!」

 声とともにドリルはそのバネを最大限に活用、回転を加え敵を穿つ!!

「あ、あれ?痛くねえぞ?」
「こんにゃろ〜脅かしやがって!」
「待てお前ら!動くなぁっ!!」

 男の一人が気がつき叫ぶがもう遅い

「……残念ですわね。あなたがた

      〔?どっどりゃ?どりゃどど・・どぶりっっっ!!!!!〕

                              既に死んでいてよ」




「……これが私が知っている瞳子の、ドリル神拳の全てです。」

 話しながら頭の中でストーリーを構成したが、結構まとまったかもしれない。
 最初はそれでも怪しんでいた祐巳さまがどんどんハマっていき、今では軽く興奮しているし。
 
「すごいよ乃梨子ちゃん!瞳子ちゃんってそんなに強かったんだ!!」
「ねえ、続きは?ないの?」
「もう夕方ですし、今日はここまでにしましょう。」
「え〜っ。もうちょっとでいいからさ。乃梨子ちゃん、おねがい!」
「そうですわ。」
「祐巳さま、先程言いましたようにこの話は「ぜひ続きが聞きたいわ」続きがあるんですってあれ?」


「ど、どりる、じゃないどちらさまでしたっけ?」
 ヤバイヤバイヤバイ!視線が死線にかわっている。
「ワタクシ、松平瞳子と言いますの。お見知りおきを」
 あ……祐巳さま涙流しながらガクガク震えている。
「どなたか薔薇さまに用があって伺ったんですけど、お二方代わりにお願いできるかしら?」
 ギュインギュインとドリルの回る音がする。ああ。
 −−−−志摩子さんさようなら−−−−−−−−−−


     ◇       ◇        ◇


「ねえ由乃。祐巳ちゃん大丈夫なの?もう三日も休んでるけど」
「わからないわよ。電話したとき弟さんがでたんだけど、モーター音が耳から離れないっていってたらしいわ。」
「モーター音?なにソレ?」
「あ、乃梨子も同じようなことを言っていました。」
「乃梨子ちゃんも?…いったい何があったのかしら?」


―そんな会話から数日後―

「あ、ごきげんよう。祐巳ちゃん、乃梨子ちゃん。すっかり元気みたいだね」
「「ごきげんよう。令さま。」」
「ねえ令ちゃん。こんどリルー〔〔ビク!!〕〕ショネルって言うケーキ屋どうしたの二人とも?」
「「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」」
「ちょっとなんなのよ?どうしたの?」


  しばらく二人はドリルという言葉を聞くたびに、瞳子ちゃんを眼にするたびに延々と頭を下げ続け学校中の噂になったそうな。







 
 
 


【697】 魔法少女明日はどっちだ?  (いぬいぬ 2005-10-06 01:31:01)


「おめでとう!アナタは今日から魔法少女よ!」
 早朝のリリアンで、突然そう呼びかけてきたのはゴロンタだった。しかも猫にあるまじきことに後ろ二本足で立ち、肉球をこちらに「びしっ!」と突きつけながら。
「・・・・・・・・・・あ〜・・・最近、学園祭の準備で疲れてるからなぁ」
 ゴロンタから視線をそらしつつ、乃梨子はそう呟く。そしてそのまま立ち去ろうとする。
 そんな乃梨子の様子に慌てたゴロンタは、再び乃梨子の前に回りこみ、今度は乃梨子の視線の高さに自分を立たせるためにマリア像の台座に必死でよじ登った、そして改めて「びしっ!」と肉球を突きつける。
「おめでとう!!アナタは今日から魔法少女よ!!」
 少し息があがっていたが、先程よりもボリュームを上げて同じセリフをぶつけてきた。
 そんなゴロンタと、乃梨子は目が合ったはずなのだが・・・
「・・・・・・・・幻覚かぁ・・・・・・寝不足なのかも知れないなぁ」
 再度視線をそらし、何事も無かったかのように歩き出す。どうやら徹底的に無視する作戦にでたようだ。
「ちょっと待ちなさいってば!私は幻覚じゃないわよ?!」
 ゴロンタは慌ててマリア像から飛び降りると、乃梨子に並んで歩き出した。
「ちょっと!こっち見なさいってば!明らかに見えてるし聞こえてるでしょう?!」
「・・・幻聴と幻覚が同時進行なんて疲れ過ぎだな、私」
 乃梨子は決してゴロンタと目を合わさず、いつもの五割り増しという競歩並みのスピードで立ち去ろうとする。
「コラー!」
「うわぁ!!」
 業を煮やしたゴロンタが乃梨子の頭に飛び乗ると、さすがに乃梨子も立ち止まった。
「いいかげん話を聞きなさいよ!」
「イタタタタ!聞く!聞くから爪しまって!刺さるから!」
 やっと自分と会話し出した乃梨子の言葉を聞き、ゴロンタは乃梨子の頭から飛び降りる。
「まったく・・・アタシを無視するから痛い目にあうのよ。まあとりあえず人目につくとマズいから、どこか人気の無いところへ行きましょうか」
「・・・人目につくのがイヤなわりには通りの真ん中で堂々とポーズとってたじゃない」
「確か古い温室があったわよね?そこに行きましょう」
 ゴロンタは乃梨子のツッコミを鮮やかにスルーしつつ、温室へと誘うのであった。



 温室へ辿りつくと、乃梨子は恐る恐るゴロンタへと話しかけた。
「えっと・・・・・・ゴロンタだよね?アナタ」
「アナタに合う前にもその呼び方する人がいたけど・・・そのゴロンタって名前やめてくれる?私のことはエリザベスと呼んでちょうだい」
 二本足で立ち上がったゴ・・・エリザベスはそう言うと、手(前脚)を腰(と思われるあたり)に当てて、偉そうにふんぞり返った。
「ゴロンタじゃないの?」
「それはアタシがただの猫だった時に人間が勝手に付けた名前よ!レディに向かって“ゴロンタ”なんて名前付けるなんて何考えてるのかしらね?」
 そう言われ、乃梨子は聖のヘラヘラと笑う顔を思い浮かべる。
「ん〜・・・何考えてるかは私にもいまいち・・・」
 それはこっちが聞きたい事だと思う乃梨子だった。
「ん? ただの猫“だった”って事は、もともとはゴロンタなのね?」
「だからゴロンタはやめてちょうだいってば。今はマリア様からアナタの使い魔としての使命を賜ったエリザベスなんだから」
「マリア様から?」
「そうよ!」
 エリザベスはまた「びしっ!」と肉球を突きつけてくる。どうやらお気に入りのポーズらしい。
 しかし、いかにリリアンに通っているとはいえ、乃梨子は神の存在など信じてはいなかった。
「マリア様ねぇ・・・」
「あ!その顔は疑ってるわね?」
「だっていきなりそんな事言われても・・・」
「アタシがこうして喋ってる時点で超常の力が介在しているって気付きなさいよ」
「・・・理解できない事をイキナリ信じろって言われてもなぁ」
「なんなら理解できるまで説明しましょうか?」
「できるの?」
「物理学や神秘学の講義みたいなのを600時間くらい聞くのに耐えられるなら」
「・・・・・・やめとく」
「そう、残念ね。じゃあ、アタシが遣わされた理由から説明しましょうか」
 エリザベスはそう言うと、落ち着いて話すためか、猫らしくちょこんと座り込んだ。
「最近、この世界が乱れまくってるのはアナタも薄々感じてるでしょう?テロ。異常気象。大きな旅客事故。そんな大事以外にも子供を虐待する親や、他人を蹴落として富を独り占めする者。人の心そのものが乱れているわ」
 エリザベスの言葉に思い当たる事が多かったので、乃梨子は思わず真剣に耳を傾ける。その相手が猫だと思うと少し悲しくもあったが。
「そんな世の中に希望の光を灯すため、マリア様はご自分の御使いとも言える存在を送り出す事にしたの。それが・・・」
「・・・私?」
「そうよ」
 あまりにも唐突で大げさな話に、乃梨子は呆然としてしまう。
「いきなりそんな事まかされてもなぁ・・・ だいたい何で私が選ばれたの?」
「そんなのまさに“神のみぞ知る”ってやつよ。私なんかには計り知れない理由があるんじゃない?」
 エリザベスが立って喋っている時点で超常の力が働いているのは判る。しかし、どうも話が大きすぎてピンとこない。乃梨子は腕を組んで考え込んでしまった。
「もう・・・ 魔法少女としての自覚に乏しいわね。じゃあ、とりあえず形から入ってみましょうか」
「はい?」
 乃梨子の態度にいらだったエリザベスは、そう言うと乃梨子を見つめる。するとその瞳が紫色に輝きだし、辺りに白く輝く粒子が舞い始める。
「ちょっと!何を始める気?」
 白い粒子は徐々にエリザベスの周りに密集してゆく。そして直視できない程の輝きになった時、それは乃梨子に向かって放たれた。
「きゃあ!・・・・・・何?今の」
 乃梨子が眩しさのあまり閉じていた目を開けると、まず自分の手が見えた。その手は白いレースのロンググローブに包まれていた。
「何これ?!」
 驚いた乃梨子が見下ろすと、変化はグローブだけではなかった。フリルのカタマリのような白いパフスリーブのドレス。背中には物語りに出てくる天使のような羽。足元はスパンコールが眩しいハーフブーツ。ご丁寧に頭にはティアラが乗っていた。女の子向けのアニメなんかに出てくるいわゆる“魔女っ娘”そのもののコスチュームだった。
 温室のガラスに写った自分の姿を見て、乃梨子は倒れそうになった。
「似合わなすぎる・・・ ていうかイタすぎる」
 ミニスカートから覗く足をスカートの裾を引っ張って隠しながら、乃梨子は「何でこんなめに・・・」と呟いていた。もはや泣きそうである。
 そんな乃梨子を見て、エリザベスは満足そうにうなずいている。
「うんうん。やっぱり魔法少女はこうでなくっちゃ!どお?少しは魔法少女としての自覚出てきた?」
「出るかぁ!!なんなのよこのイタいコスチュームは!!」
「イタいとは何よ!!せっかく2日もかけて考えたのに!!」
「こんなモン2日もかけて考案してるヒマがあったら、その時間使ってアンタが世直ししなさいよ!!」
「こんなモンとは何よ!!このいかにも魔法少女ですっていう王道なコスチュームの良さが判らないの?!」
「こんなモンの良さが判るのは夢見る少女と夢見すぎて取り返しのつかなくなった大人だけよ!!」
「“夢見る”と“夢見がち”を一緒にするな───!!」
 魔法少女と使い魔の猫。本来ならば手に手を取って世界のために協力するのがスジなのだろうが、このコンビにそれを期待するのは無理なようだ。
「いいから早く元に戻しなさい!!」
「しょうがないわね・・・ じゃあコレ」
 魔法少女としての自覚の全く無い乃梨子に溜息をつくと、エリザベスはクリスタルのような素材でできた全長30cm程のロッドを何処からともなく取り出した。ロッドの表面には細かな紋様が刻まれている。
「今どっから出し・・・ イヤ、もはや深く追求すまい。コレ何よ?」
 何かをあきらめた乃梨子が聞くと、エリザベスは面倒くさそうに答えた。
「魔法少女って言えば魔法のステッキでしょうが」
「私はこのイタい格好を元に戻せって言ったんだけど?」
「イタいって言うな。自覚が在ろうが無かろうが、アンタが魔法少女になった事実はもう変えられないのよ。ついでだから魔法の実践を兼ねて、そのステッキで自分で戻してみなさい」
「・・・・・・コレで?」
 乃梨子は胡散臭そうにステッキを見つめる。
「ステッキの先端に大きなクリスタルが付いてるでしょう?それに向かって意識を集中させれば、魔法が発動して自分の思い描くとおりの姿になれるわよ」
 そう言われ、乃梨子はクリスタルに向かって集中し始める。同時に頭の中にリリアンの制服を思い浮かべた。すると、クリスタルの中心が微かに白く輝きだした。先程、エリザベスが乃梨子を変身させた時と同じ色の輝きだった。
「その調子よ!」
「むぅ・・・・・・・・・」
「意識をクリスタルだけに向けて!」
「・・・・・・・・・・」
「クリスタルが輝きで満たされれば魔法が発動するわよ!」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って発動しないじゃない!!」
「あれ?」
 乃梨子のブチ切れた様子を見て、エリザベスも首を傾げる。
「おかしいわね?そんなに難しい事じゃないんだけど・・・」
「おかしいのはこのコスチュームだけでたくさんよ。もう授業始まっちゃうから元に戻してよ!」
 いらだった乃梨子はステッキをエリザベスに突きつけてどなる。
「こらえ性の無い子ね。もう少し頑張りなさいよ」
「頑張りかたも良く判らないのに、どう頑張れっていうのよ!」
 乃梨子は地団駄を踏み始める。
「気が短いわねぇ・・・ とにかく、これからアンタは世界の為に魔法を使わなけりゃならないのよ。ここで使いこなせなけりゃ後々困るのはアンタなのよ?」
「今もう困ってるわよ!だいたい魔法少女になる事を承知した覚えも無いんだからね!」
 ロッドを突きつけてくる乃梨子にエリザベスは溜息をつく。
「まったく・・・さっきも言ったと思うけど、魔法少女になったっていう事実はもう変えられないのよ?つまり変更不可。そもそもアンタの信仰心に打たれたみたいな事をマリア様言ってたから、祈る事は不得手じゃないんでしょう?だから、もう少し努力してみなさい“藤堂志摩子”!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「『え?』って何よ?」
 不思議そうな顔で聞いてくるエリザベスに向かって乃梨子は自分の顔を指差し告げる。
「“二条乃梨子”」
「・・・・・・・・・え?」
「私の名前は二条乃梨子」
「・・・・・・・・・え? だって・・・」
 急にオロオロしだしたエリザベス。乃梨子はそんな彼女を冷徹に見下ろしつつ、一歩詰め寄る。
「だってもクソも無いの。私の名前は二条乃梨子なの!」
「え・・・でも、手首にロザリオ巻いてるからすぐ判るってマリア様が・・・」
「これは志摩子さんに貰ったの」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
 エリザベスはまた何処からともなく一枚の紙を取り出す。乃梨子も覗き込んでみると、なにやら履歴書のような物らしく、顔写真とプロフィールのようなものが載っている。
 載っていたのは間違い無く志摩子だった。
 エリザベスはキョトキョトと写真と乃梨子を見比べる。
「・・・・・・・・・・・あれ?」
「・・・・・・顔写真、載ってるわね」
「いや、だって・・・」
「良く確認もせずにロザリオだけで判断したわね?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「もう魔法少女である事実は変えられないとか言ってたわね?どう責任取るつもり?」
「・・・えーと・・・・・・」
 エリザベスは冷え切った表情の乃梨子から目をそらすと、履歴書らしき紙を何処かへしまい、猫らしく四足に戻ると、こう呟いた。
「・・・・・・二、ニャ〜ン」
「い・ま・さ・ら・ただの猫のフリが通用するかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 乃梨子は魔法のステッキでエリザベスを撲殺するべく襲い掛かった。エリザベスも本能的に身の危険を感じ、爪と牙を駆使して応戦したのであった。
 

 こうして、早朝の温室で始まったもはや魔法とは何のかかわりも無いバトルは、2時間に及んだという。
 魔法少女乃梨子がこの後どうなったかは定かではない。
  

 
 


【698】 (記事削除)  (削除済 2005-10-06 21:56:16)


※この記事は削除されました。


【699】 猫が寝込んだ猫が寝込んだ  (朝生行幸 2005-10-06 22:19:09)


「なーんちゃって、なっはっはっは」
「…それがどうしたの?」
「…それってゴロンタのこと?」
「…いや、なんでもない」
 あまりにも冷たい仕打ちの二人、紅薔薇さまと黄薔薇さまの反応。
 白薔薇さまこと佐藤聖は、思わず意気消沈してしまった。

「うーむ、ベタ過ぎたか。他には、猫が寝転んだ…一緒か」
 “白いネタ帳”と名付けられた、最初のページ以外真っ白なノートを前に、普段はあまり使わない脳をフル稼働させる聖。
「さっきから、何をブツブツ言ってるの?」
 前の席に座ったクラスメイトの佐々木克美が、呆れたような口調で尋ねてくる。
「うーん。いやさぁ、“猫が寝込んだ”って言っても、誰も笑わないのよ」
「…当たり前じゃないの」
「貴方までそう言う?」
「じゃぁ、とっておきを言ってみなさいな。私すら笑わせられないようなら、山百合会には通用しないわよ」
 二人は、クラスメイトたちが様子を窺っていることに気付いていない。
「よし、それじゃとっておき。ヘソで茶沸かすんじゃないわよ」
「随分強気なのね。さぁどうぞ?」
「行くわよ」
 何故か緊張とともに、静けさに支配される藤組。

「ゴロンタが寝ごろんた!!!」

 ゴロンタではなく、聖を除いた藤組全員が寝込んだ。


【700】 させたいキスどう?  (ROM人 2005-10-06 22:48:32)


#このお話は、百合っぽいです。
#女の子同士のキスシーンとかあるので御注意ください。

午後の退屈な授業が始まる。
午前中の最後の授業が体育で持久走。
これだけ条件が重なれば、たとえリリアンの乙女達と言っても
睡魔に勝てない者達が続出する。

私、細川可南子もその一人だ。

いや、いつもは起きていられるんだけど。
そう、最近入部したバスケ部で少し頑張りすぎてるせいもあるんだから。
こら、そこ! 言い訳くさいとか言わない!

大体、この眠ってくださいと言わんばかりの単調な教師の授業運びだって問題だ。
生徒の集中力を高める為には……ダメだ、子守歌だ。

見ると二房のチョココロネも僅かに上下に揺れている。
マーブル模様のシャーペンを握ったまま、そろそろ彼女も夢の世界へと旅立とうとしていた。
授業中、居眠りをしていたことを後でからかったら、彼女はどんなリアクションを取るだろう。
一時期は、本気で啀み合ったりもした彼女だが、途中で気がついたことがある。
彼女はかわいいのだ。
ちょっかいを出して、怒らせるとその怒り顔がとてつもなくかわいい。
ぷんすかと怒る彼女を見るのが私は楽しくてしかたがないのだ。
私は、眠りに落ちそうだったのを必死で立て直した。
一緒に眠ってしまったのでは優位になって彼女を弄ることが出来ないから。
彼女の手に握られていたシャーペンが、かすかな音を立て彼女の机の上に転がった。
完全に眠ったな……。
後は、じっと我慢してこの授業を乗り切るのみ!
私は彼女のいろんな姿を想像しながら、必死に耐えた。





「み、見ていたんですの!?」
案の定、授業中の居眠りについて指摘すると彼女の顔は真っ赤になった。
「ええ、よく眠ってたわ」
「ううっ……」
「寝言で「祐巳さまぁ……好きです」とか言ってたわよ」
「そ、そんな事言うわけがありませんっ!!!」
子供のように握りしめた拳を振り回す。
ぜんぜん痛くないけど、当人は本気で殴りかかっているつもりなのだろう。
「ノートが涎でびしょびしょになっちゃったんじゃない?」
私はなおもからかい続ける。
すると、彼女は言葉に詰まり、さらに真っ赤になる。
「図星?」
「と、瞳子はそんなことないですから!」
「じゃあ、ノート見せてみなさいよ」
「ノ、ノートは、う、うちに忘れてきてしまったのですわっ!」
明らかに動揺している。
もう一押し。
「ふふふ、祐巳さまにも教えてあげようかしら」
彼女にとって致命傷となるキーワード。
「……」
「あら、どうしたのかしら」
急に彼女は押し黙る。
ちょっと効き過ぎた?
「……言わないでください」
私の袖をぎゅっと握り、俯いたまま彼女は言った。
「どうしようかしら」
「……なんでも言うことを聞きますから、(祐巳さまには)言わないでください」
どうしたのだろう。
彼女にしては、やけにしおらしい。
居眠りの件について、祐巳さまに知られると困ることでもあるのだろうか。
でも、これはチャンスだ。
「なんでも言うことをきくというの?」
「ですから、お願いです。 言わないでください」
その表情は真剣だ。
少し潤んだ瞳。
それは、今まで見た彼女の中で一番かわいい表情。
おもわず、胸がドキッとなる。

”自分だけのモノにしたい”

私の中で、どす黒い感情が高まってくる。
私は、彼女を誰も居ない空き部室に連れ込み鍵をかけた。

「そう、じゃあ……私にキスして。 唇に」
「えっ……。」
「私の唇にキスしてくれたら、言わないであげるわ」
私の目は、彼女のやわらかそうな唇に釘付けになっていた。
彼女は、急に体をこわばらせ、私から逃げようとする。
でも、私はそれを許さない。
伊達に、バスケ部で鍛えているわけではない。
逃げようとする彼女をいとも簡単に私は捕まえた。
「そ、そんな……き、キスだなんて……」
「そう、それなら……してもらうのは許してあげるわ」
そう言って、彼女の不意をついて唇を奪う。
やわらかい唇の感触と、ほんのりと苺の味。
授業中、隠れて飴をなめていたのね。
ガバッと彼女は私から逃れた。
「な、なにをするんですの!!」
「キス」
「そ、それはわかってますわ!」
「なんでかって事? それは私があなたのことを好きだから」
「な、なんで……」
「前から、かわいいと思っていたのよ。 年下だったら妹にしたいぐらい」
「で、でも」
隙を見せた彼女をもう一度捕まえる。
「か、可南子さんは瞳子のことが嫌いだったはずでは……」
まだ、彼女は私の言うことが信じられないようだ。
「信じられない? じゃあ、これでどう?」
私はもう一度彼女の唇を塞いだ。
今度は長く、そして情熱的に。
彼女の唇をこじ開け、堅く食いしばられた歯をこじ開け彼女の舌と私の舌を絡ませる。
「い、いや……瞳子は……こんなこと……こんなこと……」
私は優しく彼女を包み込むように抱きしめた。
「私の恋人になりなさい。 あなたに拒否権はないわ。 この部屋にはビデオカメラが仕掛けてあるのだから」

私は、欲しかったモノを手に入れた。
彼女は、だんだんと諦めたように私に従うようになった。
12月、瞳子は祐巳さまの妹になった。
もちろん、そう仕向けたのは私だ。
瞳子と私の関係がバレ無いようにするためのカムフラージュだ。
瞳子は祐巳さまの前では良き妹を演じている。
祐巳さまは気がついていないようだ。
ただ、市松人形が私と瞳子のことを訝しげな目で見ていた。
やつは要注意だ。
瞳子は私だけのモノだ。
誰にも渡しはしない。



「さあ、瞳子。 私にキスをしてごらん?」
「はい……可南子さん」



――――
なんだ、これは……。
普通に、可南子×瞳子のラブラブ話を書くつもりだったのに_| ̄|○


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