【701】 (記事削除)  (削除済 2005-10-07 20:05:42)


※この記事は削除されました。


【702】 危険な関係明日はどっちだ?  (一体 2005-10-07 21:27:12)


 このSSは一体のNo.550「黄色薔薇ごっこは道なき道」とNo.687「由乃ビーム騒動」の続きみたいなものになっております。前のを読んでも読まなくても電波作品ですので読まれる場合は十分にお気をつけください。冗談抜きで、原作の雰囲気などまったくありません。
 さらにふざけたことにネタがディープなところがいくつかあります。特に前半などは麻雀がわかりませんとさっぱ分からないと思います。
 完全に読み手のことなど考えていない作品になっておりますが、それでもよろしかったら読んでいただきたいと思います。
 では、本編にいかせていただきたいと思います。



 「天上天下唯我独尊」、それはいつのまにか薔薇の館にかけられた掛け軸に書かれている言葉だった。もうこの言葉だけで誰が掛けたかは考えるまでもないだろう。

 そして、いつのまにかその隣に「下克上」などと書かれた掛け軸がかかっていた。これは間違いなくその妹(仮)が掛けたのだろう。

 さらに、その隣に「お菓子の家がほしい」などという、誰が、というより、何を考えて、といいいたくなるような文字が無駄に達筆で書かれた掛け軸が7月頃から掛けられていた。おそらく七夕かなにかと勘違いしてるのだろう。

 そしてたった今、掛ける本人が魂を慟哭を込めてで書いた4枚目の掛け軸が掛けられ・・・ってあれ?

 ばりっ! びりびり!

 ええと、スペースがないので「お菓子の家がほしい」の掛け軸をゴミ箱に捨てた後に掛けられようとした。
 それは震える字で、大きくこう書かれていた。

 「明日は、どっちだ」

 と。  

 ここは昔は薔薇の館と呼ばれたところ。
 いったい自分たちは何をやっているのだろう? 乃梨子は目の前で展開されていることを見て思う。  

 じゃらじゃら

 ぱちっ

 「あ、そのド○ミ、ポン!」
 「くぅぅっ! せ、せっかくいいツモ流れでしたのに。なんてことするのですか、祐巳さま!!」
 「ひがまないの、ドリル。あ、そのジャ○アン、ドンジャラ!」
 「キィィィィー!!」
 「ふふ、高いわよ。ジャ○アン、ス○オ、の○太、しず○ちゃんのレギュラー四暗刻単騎、32000ドラ! あ、ドリル、ハコったわね。はーい、じゃあ今回のアンケート調査をやるのはドリルに決定!」 
 「サッ、サマですわ! サマ! そっ、そんなでかい役、簡単に出きるわけありませんわ!」
 「んなわけないでしょ! さっさとやりなさい!」
 「くぅぅっ!」
 「だめだよ、瞳子ちゃん。そんな牌切っちゃあ。そこでジャ○アンは危なすぎるよ」 
 「いっても無駄ですわ、祐巳さま。所詮、瞳子はタコ突っ張りですから」
 
 確かに祐巳さまのいう通り、あの場面でジャ○アンを切るのはタコ過ぎる選択だろう。だが、乃梨子はあることを知っていた。由乃さまのスカートにあるポケットが、困ったときに好きな牌をとり出せる四次元ポケットだということが。
 
 ここまで来ると説明は要らないかもしれないが(いやいるか)、少し前から山百合会では「山百合ドンジャラ」なるものが流行りはじめ、そして最近ではその熱が生じて、それに負けたものがバツゲームとして山百合会の仕事をやらされるという、マリアさまに見られたら申し開きが出来ないことを行っていた。
 
 もし、リリアンの生徒たちに山百合会の仕事がこんなもので決められていることを知られると、ドンジャラどころかしりとり侍よろしくチャンバラで袋叩きにあうのは間違いないだろう。
 ちなみに今日やっていた山百合ドンジャラは、ドベになったものが由乃さまの気まぐれで急遽つくられた山百合会が主催するアンケート「ゴロンタとランチ、呼び名はどっちでしょう?」を生徒に配るという、やりがいどころかやりきれなさしか残さない仕事をやらされる人間を決める為に行われていた。
 で、結果はさっきの通り。瞳子のタコっぷりが見事に炸裂して、若くして人生のやり切れなさを嫌でも体験できる貴重なチャンスをゲットしている。
 
 ちなみに乃梨子と志摩子さんは、一回戦であっさり二人でワンツーフィニッシュを決め勝ち抜けを確定させている。
 まあ自慢ではないが、志摩子さんと乃梨子の二人のコンビ打ちは「哭きの志摩子」、そしてそのオヒキである乃梨子は「オヒキノリ」(なんでノリでとめんのよ! コを入れんかい!!)などとご飯が恋しくなりそうな名前で呼ばれ、リリアンでは最強のコンビ打ちとしてなんとなく恐れられていた。 
 
 みなは言う、志摩子さんが鳴くたびに牌が光って見える、と。
 
 「あら、あなた、背中が煤けてるわ」 

 どこかで聞いたことがあるようなセリフを志摩子さんが口にしたとき、相手は魅入られたかのように当たり牌をきってくる。まさに志摩子さんは「哭きの志摩子」だった。
 
 ・・・ただ、鳴いてさらされるのがジャ○アンとかス○オとかなのでイマイチかっこよくないのが玉にキズなのだが。
 あと他にも「超天然ジャン師」とか「裏ドラジャンボ宝くじ」とか「タコドリル」とか「振込み青信号」などの、人として、それは・・・、と突っ込みを入れたくなるような通り名が目白押しだ。

 ふっ。まあ、あんなのが相手なら、しばらくは鳴きの志摩子とオヒキノリのコンビの最強の名は揺らぐことはないだろう。

 ・・・・いや、ちょっと待て、自分。
 
 だめだ。最近この空気が当たり前に感じてしまいそうになる自分を乃梨子は叱咤した。 

 (ちがう、ちがうぞ、二条乃梨子。今、私がいいたいのはそんなことじゃない!) 

 別にドンジャラのことなどどうでもいい。ここで大切なのは、人としてどうよ? といわれそうな明後日の方向に向かって由乃さまとドリル、山ザル会二人のトップランナーがその無駄なエネルギーを尽きることなく発揮させ突っ走ってトップを争い、すぐその後ろには山ザル会第二集団であるタヌキとノッポが「逃がすものか!」とばかりにぴったりと二人の後をマーク、さらにその後ろに、実は楽しんでいるんじゃないのか? と乃梨子が思ってしまう行動が多々ある志摩子さんがクマのぬいぐるみを抱えながら嬉しそうにその4人を後ろからぴったりとストーキングしていて、そして、その遥か後方に両手両足を「腐れ縁」という名の切っても切れないロープにつながれた乃梨子が「ずざざざ!」とその5人によって引こずられているという、この涙で明日が見えない状況をいかにするべきかだった。

 ・・・ああ、マリアさま。明日は、どっちなのですか? 乃梨子は明日が見えません。さっぱり見えません。お先、真っ暗です。
 
 乃梨子が心の中で涙を流していると、最近では由乃さまドリルに続く第三の女として乃梨子の心の涙腺を緩くしてくれるのに大いに貢献してくれている黒ダヌキが話し掛けてくる。

 「乃梨子ちゃん、私が書道部の人に頼んでかいてもらって飾ってた短冊知らない? なんか今日きたらなくなったんだけど?」
 
 やっぱりあれ、七夕用だったのか。この人は、笹のはサラサラ、というより頭からなにかサラサラでてるんじゃないだろうか? 乃梨子は激しくそう思った。

 「いえ、全然知りません」
 「そんなー せっかく願い事を書いてもらったのに!」
 「彦星が持っていったんじゃあないですか?」
 「あ、そうか。そうだったんだ。なあんだ、えへへ」
 
 もし乃梨子が彦星だったら、あんなものは間違いなくミルキーウェイの道端に捨てて帰る。まさに星の屑だ。あれがなにかの役に立つとすれば、せいぜい織姫との話のネタにするぐらいだろう。

 (明日に、明日になればいいことが・・・あったためしがない。い、いや、信じよう。明日はきっといいことが起こる)
   
 乃梨子はそう己に暗示を掛けながら薔薇の館を後にしたのであった。

 そして、次の日。
 
 乃梨子が薔薇の館にやってくると、昨日乃梨子が掛けた掛け軸の隣に「バケツサイズのプリンが食べたい」という掛け軸が半ばムリヤリに掛けられていた。
 
 それと、乃梨子の掛けた掛け軸の「明日はどっちだ」の文字の下に「←あっちかな?」とミミズが這ったような字で書かれている。
 
 さらに、瞳子の入れてくれたお茶を飲んだ由乃さまが、最近無駄に鍛えぬかれた肺活量を惜しげもなく発揮させコロニーレーザーのように激しくお茶を噴出し、それは何故かいつも射線上正面にいる祐巳さまにごんぶとな勢いで命中してた。・・・「はぶあ!」といって吹き飛ぶタヌキを見て、ちょっとだけ乃梨子はすっきりした。
 
 そして、その後にノッポを含めた恒例の山百合バトルロイヤルが、「志摩子」と名札のついたクマのぬいぐるみに生温かい目に見守られながら祐巳さまのゴングで開始され、乃梨子はいつものように祐巳さまから解説を求められる。

 「はい、やっぱり今日も解説者は乃梨子ちゃんです。乃梨子ちゃん、どうぞ」
 
 乃梨子は、祐巳さまに向かって魂の叫びで答えた。

 「明日はどっちだー!!!」
 「以上、乃梨子ちゃんからでした!」
 
 ・・・マリアさま、乃梨子には明日がさっぱり見えません。明日は、どっちなのですか? ぐすん。

 終わり。

 ・・・すみませんでした。


【703】 続いていく暴れ馬三奈子  (篠原 2005-10-08 00:54:44)


 がちゃSレイニーシリーズ。【No:610】とまたもや概ね同時刻。三奈子 side です。


 朝の狂乱と喧騒の中、号外を手に眉をひそめているのは誰あろう築山三奈子その人だった。
 一つには真美のこと。この間せっついた時には時期尚早とか言って人を追い返したくせにこのいきなりの号外は何事か。これは姉に対する裏切りではないだろうか?
 別に無断でことを進められてさびしいから言ってるわけでは断じてない。そういえば最近ちょっと冷たいというか、お姉さまに対して当たりが厳し過ぎるんじゃないかとか思わないでもないが、そういうことを言ってるわけではなくて。
 まあ、あの時に既に今回のことが準備してあったというのなら実のところ大したものだが、見る限りこのいかにも急造な記事内容やレイアウトからこれが本当に突発的な号外らしいことがわかる。

 らしくない

 それが三奈子の第一印象だった。確証もなしに記事を書くコじゃないし、了解も取らずに公表するコでもないはずなのに。これはむしろ三奈子らしいといえるかもしれない。ある意味確かに姉妹だといえなくもないが。
 多夫多婦制については採決が取られたこと以外、結果も何もなし。人を煽るにはうまい方法ではある。事実、学園中凄い騒ぎになってるし。そしてそのあたりが、三奈子が眉をひそめていた理由でもあった。
 スールのあり方について、三奈子は意外なことに保守的だった。神聖だからこそ、ドラマがあるのだ。自分が言うのもかなりなんだけれど、軽率だと思う。騒ぎになるのはわかりきっていたはずだ。
 もしこの騒ぎで多重スールが成立してしまったら、そしてその後で否定の方針に向いたら(たぶんそうなる)、待っているのはおそらく悲劇でしかない。例え事態をどう収束しようとも、責任なんて取りようがないのだ。
 三奈子の脳裏に2人の友人の顔が浮かぶ。それは三奈子の心に刺さった棘だった。この状況を誰より憂いていたのは、ひょっとすると築山三奈子だったのかもしれない。とりあえず他のことは置いておいても、この騒ぎだけは収めなければ。
 幸いなことに紅薔薇さまが公式見解として既に否定の意を表明したらしい。このへんはさすがというか対応が速い。これを正式コメントとして号外を出せばそれだけでもだいぶ騒ぎは収まるだろう。コメントさえ取れれば記事はすぐに書ける。
 『紅薔薇さま 多夫多婦制を全面否定』
 既に頭の中には見出しが踊っていた。
 問題はその後だ。数、というか人手だ。新聞部部長としてのネットワークはあるが、授業中となるといろいろ問題だ。そういえば図書室にもコピーがあったはず。図書委員の友人の顔を思い浮かべ、協力を頼めないか考えてみる。
「あっ」
 一人の友人の姿を見かけて声をかける。とりあえず、なりふり構っていられなかった。途中、新聞部一年を一人捕獲、事情は大体聞いたけれども、現時点での真美の居所まではさすがにわからなかった。しかも何故か怯えた顔をして逃げた。人をなんだと思っているのか。さらにその後にもう一人、友人を巻き込んで最低限の人員確保後、部室に向かう。

「紅薔薇さま!」
 真美を捕まえるつもりだったが、見つかったのは紅薔薇さまの方だった。
 真面目な彼女のことだから遅れることはあるまいと踏んで教室で捕まえるつもりだったが、ここで捕まえられたのは幸いだ。とにかく最優先は彼女のコメントなのだから。
「紅薔薇さまとしての、正式なコメントをお願い。次の休み時間に号外を出すわ」
 いきなりでさすがに驚いたようだったけど、事態を少しでも収める為の協力を即断してくれたのはさすがというか。
「ところで、真美を見なかったかしら?」
「さあ、私も探しに来たのだけれど、たぶん追いかけられているのでしょうね」
「妹がとんだご迷惑をおかけして」
 祥子さんはくすくすと笑う。
「あなたからそんな言葉を聞けるなんてね」
「祥子さん、それはちょっと酷いんじゃない」
「ごめんなさい。今回の件はそもそも私達の落ち度ですものね。妹達が引き起こした事だし」
 彼女も随分変わったものだと思いながら、三奈子は改めて部室に向かった。

 既に頭の中で組み立てていた文章を記事に起こすのは、さして時間もかからなかった。試し刷りの後、授業中に職員室のプリンターを使うのははばかられたから図書室でのコピーを友人の一人に頼む。
 人手が足りず、枚数自体も足りない以上、通常の配布形式では埒が明かない。だから各クラスに直接ばら撒いていくという強硬手段を取ることにした。
「私は2年の教室を回るから二人は3年と1年のクラスをお願い。いい。一クラスずつまわって直接教室の中にこの束を投げ入れるのよ。別に誰かに手渡しする必要もないから。この状況で号外が出れば間違いなくみんな跳び付くわ」
 かなり乱暴な手段である。というか、後で問題になるかもしれない。それはもう全て三奈子がやったことにして引っ被る。今は拙速を尊ぶだ。

「こんなふうに授業サボるの、初めてかも」
「私も」
 巻き込まれた不運な二人の三奈子の友人、浅香と真純はおそらく初めて、顔を見合わせて笑った。
 二人の心には傷がある。その傷が癒えるにはまだ時間がかかるだろう。けれど、それは真剣だった証でもある。二人とも、とても真剣だったからこそ傷付いたのだ。だからこそ、今のこの浮かれた馬鹿騒ぎは容認し難いものだった。
「いこうか」
「うん」

「悪いけどね。真美。今回ばかりは手出しさせてもらうわよ」
 そう呟いて、三奈子はにやりと笑った。誰よりも状況を憂いていたにもかかわらず、ひさしぶりに湧き起こる高揚感と充実感を止められない三奈子だった。

 そして1時間目の休み時間、この日2回目の号外が飛び交うことになる。







 ……………ちなみに、真美のぐったりした姿を見てそのクラスには号外を投げ込まず、こっそりそこの生徒に手渡ししていったのは、三奈子のちょっとした意地悪である。


【704】 救われてほしいから全力でサポート  (くま一号 2005-10-08 02:04:19)


がちゃSレイニーシリーズ 【No:667】の続き うーなんか責任が……

「やりすぎたなあ。」
一時間目のあと、べったり机に突っ伏す由乃。両側にたれさがった三つ編みが憮然としている。
(ここまで、いきなり追っかけっこになるとは思わなかった。)

 だいたい、桂さんと由乃はだれにも追いかけられないと思ったからこその作戦だった。
白薔薇姉妹だけがあわてる計算だったんだけど。二人で祐巳さんをガードする、はずが。

(認識が甘かったか。黄薔薇のつぼみって名前だけでおっかけてくるかなあもう。)

 暴走する、ときには頼れる、見かけははかなげな美少女、というのはお姉さまとしてはツボなのを本人は気づいていない。

(桂さんって、地方大会優勝してインターハイ行ったんだっけ。忘れてた。)

 一度ロザリオを突き返したコンビだけに、複数姉妹制なんかには本当はなってほしくないのだ。それだけではなく。

(志摩子さんが全責任を問われるよね、たぶん。)

 けどなあ。これだけ騒ぎになるってことは、今の姉妹に満足してない人がそれだけいるってことなんだろうか。それはそれで。
(志摩子さんと真美さんが、現実ってのを見せてくれたことになるのかなあ。)

 とにかく、悩んでいるのは由乃らしくない。出した号外は戻らないんだから、否定のインタビューでもなんでもしてやろうじゃないの。

 由乃がそう決心して真美さんの机の方を向いた時、騒ぎが起きた。

「号外ですって。」
「え?朝配ってたのじゃなくて?」
「紅薔薇さまが、複数姉妹を否定したって。」

「ちょっと! それみせて!」ひったくる真美さん、そこへ頭を突っ込むように由乃がのぞき込む。後ろからのぞき込む祐巳さん。
 パシャ、とシャッター音。こんな時にもそれかい、と思ったら、蔦子さん右手にカメラ左手に号外、もう一通り読んだらしい。

「うー、お姉さまだわ。らしくないことを。」言いながら、顔はちょっとゆるんでいる真美さん。どう見ても少しほっとした顔。

 その騒ぎに追い打ちをかけるように、スピーカーが鳴った。

『二年藤組 藤堂志摩子さん。至急生活指導室まで来てください。繰り返します……』

「わあ、まずい。」由乃。
「どうしよう、由乃さん。授業……。」茫然とする祐巳さん。
「私の責任、だよね、これ。行くわ。」きっ、と立ち上がる真美さん。
その真美さんにしっかりシャッターを切ってから、はあ、とため息をついて、蔦子さんが続く。それを言うなら、真美さんに伝えた由乃はどうなるの?
「みんな、私のためにしてくれたんだよね。お姉さまも。」祐巳さんが言う。「行こう。」

「おうっ、きりきり殴り込みでいっ。」
「由乃さん、それ全然違う。」


【705】 (記事削除)  (削除済 2005-10-08 02:09:17)


※この記事は削除されました。


【706】 孤独な紅葉狩りこの思いは・・・  (水 2005-10-08 02:52:45)


 いつまでたっても決して慣れる事はありえないもの。
 それは志摩子さんとの二人の時間。


 今日は連休を利用して、ちょっと遠くまで足を延ばす事にして。
 降り立ったのは、人影疎らな午後の田舎駅。 心地良い風に緑が匂う。
 ホームからうかがえる光景はすでに秋の気配。
 一頃より緩くなった陽射しに、紅葉が好く映えている。

 無人の駅舎を後にして、線路と並行する通りを下りの方へと歩き出す。
 通りとはいえ、ちょっと進めばそこはもう森のような所。
 美しく色付いた木々のあいだをゆっくりと歩く私の装いは、この場に不似合いだろうか。

 旅行前に新しく買って貰えた、黒いワンピースと靴。

 この先の山寺までの道行には向かないか。 失敗したかもしれない。
 少々危うい足元に、踏みしめながら歩を進める私の鼻先に訪れたものを手に取ってみる。

 もみじ。 いや、カエデか。
「きれいだな……」



 秋に最も相応しい色に着飾った一葉に、しばらく足を止めて見入ってしまった。
 予定よりもだいぶ時間が遅くなったけれど、ゆっくりと歩みを再開する。


 真っ赤な、本当に真っ赤な木々を見上げながら歩き続け。

「志摩子さんと一緒に来るはずだったのにな……」

 ぽたりぽたりと何かが落ちた。


【707】 賭けに負けていたらあなた色に染めて日出美ちゃんを  (ROM人 2005-10-08 08:11:49)


「ええ、かまわないわ」
「本当にいいの? だって、貴方達姉妹になったばかりでしょう?」
「しかたないの。 何だかわからないけど、妹を賭けて勝負しないといけなくなったから」
「なんでまた……」
「実は……」


話は3日前に戻る。
一日の授業が終わり、これから部活や帰宅する生徒の間を縫って、
私、山口真美はタレコミのあったとある場所へと向かっていた。
デジカメのダイヤルをまわし、電源を入れポケットにしまい込む。
瞬時に取りだしシャッターを切るためだ。
場所は、人気のない古びた温室の近く。
そこに二人の人影を見つけた。
ここからは細心の注意を払って行動しなくてはならない。
少しずつ、ターゲットとの距離を縮めていく。
発明部に作らせた高性能な小型集音マイクのスイッチを入れ、
二人の会話をモニターする。

「蔦子さま………」
「笙子ちゃん」
「んっ……」
二つの影が一つになる。
お互いの背中に腕をまわし、情熱的な口づけがかわされる。
今だ!

パシャ。

私のデジカメが決定的瞬間を記録した。

「し、しまった!!!」
「つ、蔦子さま」
ターゲット二人は私に気がつくと顔を青ざめた。
山百合会の人間以外で、この学園の誰でも知っている有名人。

「フィルムをよこしなさい!!」
「残念でした、デジカメなの」
「じゃあ、データを消しなさい!」
「大丈夫、キスしている所は写ってないから。 さすがにそれは載せられないしね」
「そ、そういうことじゃないぃ!!!」
普段のクールな彼女はどこへやら。
笙子ちゃんのことになると我を忘れるのよね。
「抱き合っていい感じに見つめ合ってるシーンよ。 うーん、我ながら上出来。写真部に入部すれば良かったかしら」
デジカメの液晶に先程撮った写真を写し、彼女に見せる。
「……くっ!! まぐれよ、それに露出がいまいちで(以下、難しいカメラ用語が200行分ぐらい続くので割愛)」
「写真の技術は、あなたには敵わないけど構図はバッチリでしょうが。 決定的瞬間をわざと外して、なおかつリリアンかわら版に載せられる限界の中での最高の構図だわ」
「うっ……」
そう、無条件にいい写真を撮ればいいというわけではないのだ、この場合。
生徒同士のキスシーンの写真など載せたら、生徒指導室モノである。

「わかった。 認めるわ、確かにその写真は良く撮れている。 でも、こっちもあっさりと引き下がるわけには行かないわ」
彼女の顔は、普段の余裕たっぷりの彼女の表情に戻っていた。
「これを見てもらおうかしら」
彼女はポケットから×印のついた封筒を取り出した。
その中から一枚の写真を抜き取ると私に突き出した。

「こ、これは……」
頭の中が真っ白になった。
こんな物いつの間に撮ったのだこの盗撮マニアは!
私と日出美が薄暗い夕方の部室で………キスをしながらお互いの体をまさぐって………。
「は、犯罪よ! こんなのどうやって……」
「決定的瞬間ってのは、こういうのよ。 しかも、貴女達に気がつかれないように……(ここから盗撮用のカメラについての講釈が500行ほど続くので割愛します)」
「これで、お互いチャラにしない? あなたがどうしても記事にするというなら、私はこの写真を来年の文化祭で一番目立つところにパネル展示することになるけど?」
「つ、蔦子さま……それはいくらなんでも」
「笙子ちゃんは黙ってて。 それとも記事になりたい?」
「うっ……」


「……わかった。 この記事は無かったことにするわ」
選択肢は他になかった。
記者としてはたとえ自分の身を犠牲にしようとも記事を表に出すべきなのだろう。
でも、私はそれが出来なかった。

「さて、ここで終わりといきたいところだけど、一つだけ片づいてない事があるの」
「え?」
「さっき、真美さんは自分の撮った写真を自慢してくれたわね。 そこで私の勝負心が疼いてしまったのよ」
「な、何を言ってるのよ」
「写真部のエースとして、新聞部に写真のことで負けるわけには行かないわ。 勝負よ、真美さん」
「え? だ、だからどうしてそうなるのよ」
「負けるのが恐い?」
「そもそも、写真の勝負じゃあなたに有利すぎるじゃない」
当たり前だが、新聞部は写真を撮るのは本業ではない。
写真を撮るのが本業の写真部に、しかもそのエース相手ではハンデが大きすぎる。
「大丈夫、相手は笙子ちゃんだから」
蔦子さんにいきなり話を振られた笙子ちゃんは、祐巳さんばりの百面相を披露している。
「で、どうするのよ。」
「勝負の方法は、祐巳さんと瞳子ちゃんの決定的瞬間を撮ること。 カメラは笙子ちゃんも真美さんと同じデジカメを使ってるからちょうどいいわね。 メーカーは違うけど、性能に大差無さそうだから」
「わかったわ……」
「で、真美さんが勝負に勝ったらさっきの記事にしていいわ」
「つ、蔦子さま!!」
いきなりの爆弾発言に、笙子ちゃんは顔が真っ青になった。
「このぐらい、きつい罰ゲームがないと面白く無いじゃない。 それに笙子ちゃん本気出さないでしょう?」
「で、でもぉ」
笙子ちゃんは、蔦子さんの出した条件を撤回させようと必死だ。
「それで、私が負けたらどうすればいいの? まさか、あの写真を」
「ううん、そんな事すれば写真部が学園側から大変なお咎めを頂くわ。 真美さん、あなたが負けたら日出美ちゃんを私にちょうだい」
「「えっ!?」」
私と笙子ちゃんの声がハモった。
蔦子さん、笙子ちゃんの前で堂々と浮気宣言!?
ってゆーか、相手が日出美!?
「そ、そんなのOK出来る分けないでしょ」
「大丈夫、変なことはしないわ。 写真部にもらうって事よ。 今年の写真部の新入部員数少なかったのよね。 それに、どいつもこいつも見込みゼロ。 後から入った笙子ちゃんのが一番のみこみ早いのよ」
そりゃそうだろう。
写真部のエースが付きっきりで指導して居るんだから。
ああ、笙子ちゃんまで変な盗撮狂になったりしないと良いのだけれど。
実際、今年も写真部の入部数は大した数じゃなかったようだけど。
そのほとんどが、蔦子さんの狙いで徹底的に無視され→幽霊部員なのだから、一応写真部のエースとしては心配なのか。
てゆーか、あんたのせいだろうが。
技術は教わるんじゃない、盗むのだとか言いつつ部室には現像以外顔を出さない。
何処にいるのか神出鬼没で誰もわからない。
たまに部室に現れれば、下級生がコンパクトカメラだデジカメだを持ち込むと小一時間問いつめる。(でも、笙子ちゃんがデジカメ持ってきたら何も言わないどころか一緒に楽しそうに説明書を見ながら使い方を教えていた)
そもそも3年生もほとんど幽霊部員。
写真部は武嶋蔦子のためにあると言っても過言じゃない。

「私なりに、日出美ちゃんを観察したのだけれど、彼女は真面目ね。 真美さんの言うことをきちんと理解し、自分でも努力してる。 あんな真面目な子は貴重だわ」
確かに、日出美はいい子だ。
だからこそ私は妹にしたのだ。
一人の真面目な部員は、百人の不真面目な部員より価値がある。
量より質という訳か。
いや、それならなおさら負けるわけにはいかない。
新聞部にだって日出美は未来の大切な柱になるはずの人材だ。

「でも、日出美がなんて言うかわからないわ」
「大丈夫、口説き落とすのは得意だから」
蔦子さんの眼鏡が怪しく輝く。
こいつ、日出美をどうするつもりだと思わずツッコミを入れたくなった。
「むぅ〜、蔦子さま。 本当に、写真部のためなんですよね?」
ほら、笙子ちゃんもヤキモチを焼いている。
その後、むくれた笙子ちゃんをなだめる蔦子さんを30分ぐらい見ていた。

「で、勝負するわよね?」
「でも……」
「ふーん、まぐれでいい写真撮ったからってまた撮れるとは限らないものね」
返事を拒む私に、そう彼女は勝ち誇ったように言った。


カチン


「受けてやろうじゃないの、その勝負。 そこまで馬鹿にされて黙っていられないわ!」



……その夜、私は結構後悔していた。
負けたらどうしよう。_| ̄|○
とにかく、頑張らないと。
まず、被写体の二人に気がつかれないようにするテクニックを、元祖ストーカー少女のあの子に学ぼう。
それから……


こうして私、山口真美のの長く過酷な日々は幕を開けたのだった。


【708】 多重次元屈折現象正直違う  (ケテル・ウィスパー 2005-10-08 09:31:44)


「うわっ! これは退散した方がよろしいですわね」

 偵察に来ているだけだったが菜々に見つかってしまった、床に異空間からの穴が開いてそこから異形の鬼が姿を現す。 隠れていた場所からひらりと躍り出た瞳子は、先に逃がしていた由乃に追いつきそのまま一気に抜き去る。

「由乃さま急いでくださいませ! 追っ手が迫ってきますわ」
「そ、そんなこと言ったって、私は…そんなに早くない……」
「あそこです! あそこの光に飛び込んでくださいませ!」

 長い通路の先に階段があり、その上の辺りからたしかに光がさしていた。 しかし、通路を走っていた由乃が、床から滲み出すように現れた機械とも植物とも取れない触手に足を絡まれる。

「な、なによこれ? 取れない、取れないわ! ちょっと! あ、あれってなんなの?!」

 由乃の指差す方を見ると頭が三つ、腕が8本、うねうねとした足がやはり8本生えている鬼が迫ってきていた。

「仕方ありませんわね! レーザートマホークで迎え撃ちますわ!!」
「れ、レーザートマホーク?」

 瞳子は背中に括り付けていた得物を引っこ抜く。

「って、そ、それは………。 ど〜見たってただの棒っ切れに懐中電灯を括り付けただけの物じゃないのよ!!」
「おっしゃる通りですわ、でも……」

 瞳子はまったく悪びれた様子も無く括りつけられた懐中電灯のスイッチを入れる。 そしてスカートのポケットをごそごそまさぐってマッチを一本取り出し、棒の柄の部分にこすり付けて火を点け、棒に結び付けられていたロウソクに火を点ける。

「私がこれを”レーザートマホーク”だと空想(イメージ)すれば、この棒はSF映画に出てくるようなスーパーウェポンに変化するのですわ」

 空電のようなエネルギーの迸りを纏いながら、ただの棒切れはみるみるうちに大きな斧に変化する。

「ここは異界ですわ、人間の深層意識が支配する”夢”のような場所。 そして……わたくしは『夢を操る者』」
「え?」

 ぬめぬめと足をうごめかせ鬼が近づいてくる。 瞳子は大きくレーザートマホークを振りかぶると・・・・・。

「いけーー! レーザートマホーク!!」

 振りかぶったレーザートマホークを鬼に向かって投げつける。 ものすごい勢いで回転する光の円盤となって近づく鬼に吸い込まれていく。 いささか派手な爆発を起こして鬼の体が四散する。 ブーメランよろしく戻ってきた大きなレーザートマホークを、瞳子は片手で受け止め、その光っている刃を使って由乃の足に絡み付いている触手を焼き切る。

「あなた……何者なの?」
「私は、火曜星の夢使い、松平瞳子ですわ。 さあ、出口に行きましょう、お姉さまが待っていらっしゃいますわ」

 レーザートマホークの柄には似つかわしくないロウソクの火をフッと吹き消すと、レーザートマホークだった物はただの棒切れと懐中電灯に戻った。 
 階段を登り、光の塊のような所に迷うこと無く飛び込む瞳。 一瞬躊躇した由乃だがここにいてもしょうがないと覚悟を決めて、その光の塊に飛び込んだ。



「いった〜〜い……。 えっ? ここは…」

 そこはおもちゃ箱をひっくり返したような……おもちゃ屋だった……古い店舗、無造作に陳列されている昔のSFのロボット、絶滅して久しい人が乗って遊ぶ象、組み立てかけのプラモデル、ブロマイドの数々、絵本の数々……。 

「童遊斎…おもちゃ店? ここでいいの?」

 『お姉さまが待っている』瞳子と名乗った少女はそう言っていた。 ここがその場所なのだろうか?

「ごめんくださ〜〜い……」

 店の中も足の踏み場に困るほど雑然としている。 花寺の生徒会室といい勝負かもしれない。 苦労して店の奥に行くとそこに制服姿で机に突っ伏している少女がいた。 頭には狐のお面、手には酒ビンとコップ、机の上にはビールの空き缶、空の一升瓶……。

『この人が飲んだのかな……』

「あの〜〜、もしも〜〜し起きてくださ〜〜い」

 なかなか起きてくれない少女におろおろしていると、机の片隅にいて『ディスコミュニケーション』と言う漫画を読んでいた市松人形が一つため息を吐くと漫画を置いてから、机の上をトテトテトテっと歩いて来て手近にあった酒瓶を持ち上げると無造作に寝ている少女の頭に振り下ろした。

「ぃったあ〜〜〜〜ぃ!! ……あら? どちら様ですか?」
「あ、あの〜、私、松平瞳子ちゃんの紹介で来た…」
「あ〜、瞳子ちゃんから聞いていますよ。 島津由乃さん」
「はい」
「ふふふ、私は瞳子ちゃんの姉(グランスール)です」
「姉(グランスール)? じゃあ、あなたも夢使い……」
「はい! 日曜星の夢使い、福沢祐巳です! またの名を……童遊斎(わらべゆうさい)と申します!」



* * * * * * * * * * * * * * * *



「菜々ちゃん、この鬼なんかは、どうやって動かすつもりなの?」
「ワイヤー操作で問題ないと思います」
「……この『レーザートマホーク』はどうするつもりなのかしら?」
「それはCGを使えばいいんですよ」
「私……市松人形……」
「そう……じゃあ祐麒君はどう使えばいいのかしら?」
「私……市松人形……」
「それはですね、”橘一”と言う金曜星の夢使いがいましてですね、それをやってもらう予定です」
「私……市松人形……」
「ふ〜〜ん……ねえ菜々……」
「私……市松人形……」
「なんでしょう?」
「祐麒君を『ロリコン』役にするって、どういうこと・な・の・か・し・ら?」
「私……市松人形……」
「…………あ〜、祐麒さんは『シスコン』でしたね」
「私……市松人形……」
「うん、そう…いや、ちがうでしょ!!」
「私……市松人形……」
「火曜星! 遊奉(あそびたてまつる)!! 現実(うつしよ)は夢、夜の夢こそ、真実(まこと)!!」
「私……市松人形……」
「瞳子さまはお気に召したようですね」
「私……市松人形……」
「まあまあ。 じゃあ、決を採りましょうか。 ……」
「私……市松人形……」


 却下=4票  採用=2票

「舞台上ではちょっとね〜、CG? ワイヤー?」
「私……市松人形……」
「猟奇殺人って言うのがちょっと……。 お酒を飲むシーンもどうなのかしら?」
「私……市松人形……」
「私は……大酒飲みなの?……」
「私……市松人形……」
「祐麒君が『ロリコン』って段階で没決定よ」
「私……市松人形……」
「乃梨子……かわいそうに……」
「しまこさ〜〜ん」

「やっぱり、金曜星は小林さんのほうが良かったんでしょうか?」


【709】 出来る事としたい事  (琴吹 邑 2005-10-08 22:44:38)


このお話はがちゃSレイニーシリーズ 【No:704】「救われてほしいから全力でサポート」の続きになります。


「黄薔薇のつぼみ」
 祐巳さんたちと一緒に行ったら、桂さんに呼び止められた。
「桂さん。なに?」
「生活指導室じゃなくて、私につきあってもらえないかな?」
「でも、志摩子さんが……」
「その件も含めてね。今の騒動、止めないとまずいと思うの」
「それは……」
「今、積極的に、この事態を止めている人たちっていないじゃない? 山百合会の人物が積極的に止めにかかるのは良いことだと思うし、こういう事態を積極的に黄薔薇のつぼみが止めているというのは、結構大きいと思うんだけど。わたしはこの件に関しては、黄薔薇のつぼみが一番適任じゃないかなと思うのだけど………」
「ふむ……」
 確かに今まで思わず逃げ回ってたけど、逃げ回るのは趣味じゃない。
 私が、積極的に止めにはいることで、事態が多少なりとも沈静化するのであれば、新聞部に漏らした分も多少は償えるかも知れない。
 元々、否定のインタビューでも何でもやろうと思っていたことだし、それくらいは何でもなかった。
「それに志摩子さん、怒られないと思うんだよね」
「え?」
 私の周りにいた、みんなが一斉に首をかしげる。
「志摩子さんなんか悪いコトした?」
「あ、確かにそうかもね」
 蔦子さんが、ぽんと手をたたく。
「だってこの騒ぎ……」
 祐巳さんが心配そうに、そう呟く。
「志摩子さんは山百合会で姉妹の複数人制提案しただけでしょ? 元々明文化されている物ではないし。それに、その提案も次に出た号外を読む限り、可決されてる訳じゃないんでしょ? 私には志摩子さんが怒られる要素って考えられないのだけど……」
「でも……」
「わたしは、発端の責任取って、沈静化しなさいねって釘刺されるだけじゃないかなと思うんだけど………。まあ、先生の考えはわからないけどね」
 桂さんのその言葉に私は少し迷って、決断した。
「桂さんの言うことも一理あるわね。志摩子さんは祐巳さんたちに任せる。私は桂さんと一緒に黄薔薇のつぼみとして、複数人制の活動をしている人の説得にあたることにする」
「わかった。私は心配だから、志摩子さんの様子見に行くよ」
 祐巳さんは迷った表情をしながらもそう言った。
「それじゃあ、後でね」
 そう言って、私と桂さんは、生活指導室とは反対の方に歩き出した。



「じゃあ、頑張ってね、黄薔薇のつぼみ。私は協力してくれそうな人をもう少し探してみるから」
「わかった」
 私が頷くと、桂さんは心当たりでもあるのか、近くの人に声を掛けていた。
「みゆきさん。呼んでもらえせんか?」


 さて、私は、何からやろうか。と考えようとしたところで、声をかけられた。
「黄薔薇のつぼみっ。やっと捕まえました。私を妹にしてください」
「あのねえ」
 そう言うと思って、ふと考え込む。
 相手に姉がいなければ、私は別に妹を断る必要がないのか……。
 頭の片隅にちらりと菜々の顔が浮かぶが、とりあえず、それは置いておく。

「私は姉妹の複数人制は反対なの。あなたにお姉さまがいるならそう言うことは言わない方がいいわ。お姉さまが悲しむから。でも、いないなら、多少は考えてあげても良いわ」

 考えをまとめると、私はにっこりと笑ってこう言った。



【No:733】へ続く


【710】 こちらも負けじと一服  (朝生行幸 2005-10-08 22:50:26)


「なー、ユキチ?」
「ん?」
「確か山百合会ってさぁ、優雅にお茶なんか楽しんでるんだよな?」
「うん、そう聞いてるけど」
「ふーん」
 祐麒の返事に、なにやら考え込むような小林だった。

「すまん、遅くなっちまった」
 慌てて生徒会室に駆け込む祐麒。
「おう、ごくろーさん」
 部屋には、薬師寺兄弟を除いたいつものメンバーが揃っていた。
 生徒会長福沢祐麒を筆頭に、小林、高田、有栖川の4人。
「お茶が入ってるわよ、どうぞ」
 有栖川が、受け皿に乗った湯呑みと、煎餅が乗った器を祐麒の前に置く。
「あ、ありがと」
 ずずず〜っと熱いお茶をすすり、ほわっとすることしばし。
「…なんで、熱いお茶なんだ?いつもはペットボトルに紙コップなのに」
「お隣さんを見習ってみたのよ」
「リリアンのことか?」
「そうそう」
 祐麒の実の姉福沢祐巳が所属するリリアン女学園高等部の生徒会は、マリア様のお心にちなんで山百合会と呼ばれている、らしい。
 そこでは、朝や昼や放課後の役員活動時、それぞれ持ち寄った各種お茶やお菓子などを楽しむそうだ。
 それを真似て、ここ花寺でも同じことをしてみようと言うことだった。
「アリスが持って来たのか?」
 祐麒が指差す先には、急須といくつもの湯呑みがある。
「いいえ」
「じゃぁどうしたんだ?」
「あー、それな」
 小林が口を挟んだ。
「発掘したんだ」
「へ?」
「だから、そのガラクタの中から探し出したんだよ」
 実際のところ、物置と化している花寺生徒会室。
 要るんだか要らないんだか分からないガラクタがぎっしりだった。
「…よく見つけたな」
「苦労したよ」
 顔と腕が黒くなった高田が呟いた。
「そんで、そのポットは?」
「発掘したんだ」
「お茶っ葉は?」
「発掘したんだ」
「煎餅は?」
「発掘したんだ」
「………」
 苦い物を噛んだような顔で、一同を見回す祐麒。
「いつのものかは知らないけど、まだ使えるかどうか分からなかったからな。悪いけどユキチに試してもらった」
「ブッ!」
 祐麒は、思わず口の物を吐き出してしまった。
『汚ぇ!』
 一斉に退く小林たち。
「んなもん俺に飲ますんじゃない!」
「嘘だよ」
「嘘よ」
「嘘だ」
 叫ぶ祐麒に、口を揃えて応じる三人。
「そんなもん、普通使うわけないだろ?新しく準備したものだよ」
「くっ、お前等なぁ…」
「本当にからかい易いなお前って」
「表情がころころ変わるところなんて、祐巳さんソックリね」
「ユキチは、守りが弱いんだな」
 好きなことを言う連中に、こめかみの辺りが引き攣る祐麒だった。

 遅れてやって来た薬師寺兄弟にも同じことをする小林、高田、有栖川の三人。
 誰かさんのようにお茶を噴出す兄弟を、祐麒は苦笑いしながら見ていた。
 小林と高田が、酷い目に会ったのは言うまでもない。


【711】 朝起きたらたまらないファイアー  (一体 2005-10-09 00:11:38)


 この作品はみゆきさまのNo.651「道草を食う淑女」と一体のNo.682「SP孤軍奮闘」の続きのようなものになっております。
 この作品の共犯者、もといアイデア提供者は「さんたろう」さま(この前は本当に失礼いたしました)と「水」さまのお二人です(笑)


 ええと、この作品は注意点がお代わり自由なぐらいあります。

 その1 オリキャラ視点です。
 その2 原作キャラが一人もでません(笑)
 その3 内容が腐ってます。もはや原作とは別物どころか、マリみてSSといっても誰も信じてくれません。冗談抜きで原作の雰囲気を大切にされている方は読まれないでください。

 では、本編にいかせていただきます。




 ダバダ〜ダ〜ダ♪ ダバダ〜ダバダ〜♪

 
 こぽこぽこぽ
 
 ちゃ・・・くるくるくる
 
 かちゃ
 
 こくこく・・・ふぅ 

 ダバダ〜ダ〜ダダバダ〜ダバダ〜♪  

 祥子さま専属SPリーダーであり護衛のプロ中のプロである守矢の朝は、一杯のコーヒーではじまる。
 
 「ふっ、戦士のささやかな休息というやつか」

 ダバダ〜♪ ダバダ〜♪ ダブボッ!!

 「休息じゃなくて、おのれはさっさと急速に動かんかい!!」
 
 守矢は何者かに背後から後頭部をドカッ!と蹴られ、その顔の前半分はコーヒーの中へダウントリムで激しく急速に潜行を開始していた。
 
 ぶくぶくぶく・・・ぷはっ!!
 
 このような非常時にも、守矢プロらしく冷静に心に余裕を持ちつつコーヒーを優雅に鼻から味わいながら後ろにいる闖入者の方に目を向ける。

 「なにをするのだね。熱いじゃないか、シルバー君!?」
 
 だが、そこには守矢の抗議などどこ吹く風の守矢の部下でありSSS(スリーエス)NO2のシルバーが鬼の形相で仁王立ちしていた。

 「なにをまったりとしとんじゃぁー!! おんどれは!! 今、何時だと思っとるんじゃー!! はよ時計を見んかい!!」

 守矢はシルバーにそういわれると、プロらしく全く無駄のない必要最低限の動きで机の上にあったこの部屋唯一の時計に目をやる。守矢は、そこから得られた情報の結果を必要と思われるところだけを選び出し、冷徹なプロらしくシルバーに答える。
 
 「2分30秒ぐらい?」 
 
 どかっ!! 

 「なんでおのれは、そこで砂時計に目をやるんじゃあ!! 3分か!? おのれの時間は3分から先はないんかい!!」
 「い、いや、時計(ロレッタス)は、「祥子さま道草事件」のせいでの給料カットされて苦しかったから売っちゃったし」
 「知るか!! それならテレビでも点けんかい!!」   
 「わ、わかったから、怒らないで、ねっ、いい子だから」

 守矢はシルバーが怖かったので、さっそくTVのスイッチを入れる。

 ぷつっ

 『おひ〜る休みはウキウキウォッチング♪』
 「なっ!?」

 その画面から流れてくる映像を見たとき、守矢が己がプロにあるまじき失態をやってしまったことに気づく。

 「な、なんということだ」
 「・・・やっと己のやってしまったことの重大さに気がついたのですか、隊長」   
 「ああ、まったくプロとして恥ずかしいな」
 「わかってくれたらいいです。まあ、いかにわれ等SSS(スリーエス)といえど人間ですから間違いは起こりうります。・・・隊長が、隊長なのがちょっと間違ってる、と思うときもありますが」  
 
 守矢はあまりのことに頭を抱えていた。 
 
 「まいったな、10時からコンビニでバイトだったのに完全にすっぽかしてしまった。怒っているだろうな、店長。ああっ」
 「そりゃあ怒るでしょう・・・って待て? 今、なんつった、お前」
 「ん、聞こえなかったのかね、シルバー君。今夜はカレーにする? それとも、お・ふ・ろ? だが」
 「んなこと一言たりとも言ってねえだろうがぁ!! コンビニ? バイト? どういう意味だよ!!」
 「いや、最近ちょっと生活苦しいから副業はじめようと思って、ちょっくらプロらしく近くのコンビニにでも働こうかと」
 「ふざけるなぁ! それの何処が「プロらしく」になるんじゃあ!!! どこの世界にコンビニでレジを打つSPがおるんじゃあ!!!」
 「いや、店長に、一応、本業でSPの隊長やってたりします、っていったら何故か知らないけど大ウケして、いいよっ! 君、採用決定! って。やっぽ、ほら、SPの隊長って結構頼りにされるんじゃあないかな?」
 「ちがうわぁ!! ネタと思われてるだけじゃあ!! だいたいそんな事せんでもいい給料もらっとるだろうがぁ!!」
 「ふむ、それが今月はカットされたのと、なんかこの前、こちらに振り込んでください っていうダイレクトメールが来て、振り込んだらどうもサギだったみたいで」
 「みたいで、じゃねえぇ!! SPのプロがそんなもんに引っかかるな!! むしろあんたがリーダーなのがサギじゃあ!!」
 「まあ、そんなに怒らないで、シルバー君。ほら、地が出てるよ」
 「誰のせいだと思っとるんじゃあ!!」
   
 まったく、シルバーは守矢の右腕にふさわしい優秀なSPなのだが、時々冷静さを欠く嫌いがあるな。守矢は冷静にそう観察した。

 「で、今日は何しに来たのかね、シルバー君。いっとくが、金は借せんぞ?」
 「隊長に金を借りるほど落ちぶれてません! 隊長、今日は10時からXデーの打ち合わせをするっていってたじゃあないですか!」
 「Xデー?」

 その言葉に守矢は訝しげになる。
 
 (エックスデー・・・オプティックメガ・・・いや、惜しいが、少し違う。モルダーな人? いや、これも違う)

 守矢の鍛えぬかれた頭脳はフル回転して、やがて一つの答えを導き出した。

 「ふっ、落ち着きたまえ、シルバー君。私を誰だと思っている。栄光あるSSSのリーダーであるこの守矢に抜かりがあると思うのかね?」
 「なっ、まさか、もう」
 「ああ、もうすでに準備は万全、後は時が来るのを待つだけだ」
 
 守矢のその言葉にシルバーは己を恥じるような表情を浮かべた後、慌てて守矢にSSSの敬礼である「全ては祥子さまのために!」のポーズ決めて返してきた。

 「しっ、失礼しました、守矢隊長! まさかもう準備を終えられていたとは、このシルバーの考えなど隊長の足元にも及びません」
 「いや、かまわんよ。誰にだって間違いはある。大切なのは、同じ過ちを繰り返さない、こと。そうは思わないかね、シルバー君」
 「はい、その通りです。このシルバー改めて敬服いたしました。で、ちなみに隊長は、Xデーをどのようにされるのですか?」  
 「うむ、来週の火曜日のことだが」
 「あれ、火曜日でしたっけ? 確か、水曜日だと聞いてたのですが?」
 「何を言ってるのかね、シルバー君。火曜日の夜8時に駅前の「つぼ八」に集合、の連絡が来てるだろう」 
 
 「・・・つぼ八?」
 
 「ああ、今度のSSSの飲み会はそこだ。幹事の私が言うのだから間違いない・・・ってあれ?」

 その瞬間、今まで数え切れないぬるま湯のような修羅場を潜り抜けてきた守矢にさえ、これまで味わったことがない氷のようなまでに冷たい殺気が守矢の全身を貫くように鋭く襲ってきた。

 (ちょっとヒンヤリして気持ちいいかも。い、いや、そんなこと言ってる場合じゃないっぽい!)

 「あ、あのシルバーさん、どうなされたのですか? な、なにか気に障ることでもあったのですか? あ、ひょっとして会費を使ったのばれちゃった?」
 
 だが、守矢の懺悔の言葉にもシルバーはその目になんの人間らしい感情も浮かべず、ただ見るもの全てを凍らせるような冷たい殺気をその両眼から漲らせ守矢の方へ向けている。

 「・・・隊長」
 「はい、なんでしょう、シルバーさま」  
 「一昨日、電話で言いましたよね。来週の水曜日に女王様とコードネーム「タヌキ」が遊園地に遊びに行くと約束した、と」
 「言ってたっけ?」

 カチャ

 「あ、あれ、シルバーさま。どうして拳銃をだして、撃鉄をひいて、銃口をこちらにお向けになられるのですか? 人様に銃口を向けちゃあいけません! ってご両親からいわれませんでした?」
 「残念ですが、うちの教育方針は「殺るときゃ 殺る!」でして」
 「は、話せばわかる、シルバー君。えっと、何の話だっけ、そう! 君は、私と遊園地に行きたい、そう言いたいんだね?」

 プチッ!! 

 「往生せいやぁぁー!!」 

 ぱん!ぱぱぱん!! パリン!! バババ!! 

 「ファ、ファ嫌ァァァァー!!!」

 
 (いろんな意味で)終わり。 

 ええと、こんなもの最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。


【712】 幸せになれますように  (いぬいぬ 2005-10-09 01:41:53)


「聖父と聖子と聖霊との御名によりて・・・Amen」
 寒さが肌に染み入るような冬の礼拝堂で、私は今日もマリア様に祈りを捧げる。
 
 大切なあの人との別離を決意したあの聖夜から二週間が過ぎた。リリアンから遠く離れたこの北の地での生活にも、ようやく慣れてきた気がする。
 外は一面の銀世界。純白の雪が、全ての罪を覆い隠してくれるようで、正直私はほっとしていた。まだ私はあの人への思いを断ち切れていないから。
 もし今あの人が私の前に現れたら、私は落ち着いていられる自信が無い。そう思うと、この雪が私をあの人から隔離してくれているようで、少し安心してしまう。まるで罪から逃げる罪人のようだ。
 ・・・いや、「罪人のよう」ではなく罪人なのだろう。私はマリア様の教えに背き、あの人を愛したのだから。
 だから今日も私はマリア様に祈る。心穏やかにすごせますようにと。
 そんな私の背後から、コツコツと杖を突く音が聞こえてきた。
「おはよう栞。今日も早いね」
 声をかけてくださったのは、この教会の老シスター。行き場の無かった私を受け入れてくれた方だ。
「おはようございますシスター」
 私の返答に、シスターはうなずく。もう90近いお年らしいが、膝が悪い事以外はとてもそうは見えないほどだ。失礼ながら背は低いが、姿勢も良く威厳のある方だと思う。
 初めてお会いした時は怖そうな方だと思ったが、私にあてがわれた部屋に案内された時、部屋が綺麗に掃除されていたのと「これでも飲んで、さっさと眠りな」と無愛想に渡されたティーセットに、シスターの優しさが感じられて嬉しかったのを鮮明に覚えている。あの紅茶の香りがどれだけ私の心に安心をもたらしてくれただろうか? シスターには、いくら感謝をしても足りないくらいだ。
 私はシスターに少しでも恩返しをすべく、日々教会のために動いている。まあ、この教会にはシスターと私の二人しかいないので、自然にそうなってしまうのだけど。
「今日もマリア様に祈ってるのかい?」
 物思いにふけっていた私に、シスターは突然そんな事を聞いてくる。
「はい」
 そう返答する私をシスターはしばらく黙って見つめていたが、やがて静かに語り出した。
「・・・・・・それは本当に『祈り』かい?」
「え?」
 私は意味が解からず問い返す。
「おせっかいはガラじゃないんだけどね・・・ あんたのそれは『祈り』なんかじゃないと思うよ」
「・・・どういうことですか?」
 益々意味が解からず、私はシスターに答えを求めた。
「マリア様の前に跪いてる自分の顔を鏡で見てごらん。そりゃあ苦しげな顔をしてるよ」
「私が・・・そんな顔を?」
 あっけに取られる私に、シスターは「やっぱり自覚が無かったのかい・・・」と嘆きつつ、こんな事をおっしゃった。
「あんたのソレは『祈り』じゃない。まるで罪人が許しを請うているようなもんさ」
 罪人という言葉に、私はドキッとした。まるで心を読まれたかのようだったから。
「まあ教会には赦しを請いに来る人間もいるけどね。でもあんたのは赦しを請うって言うよりも、言い訳してるみたいだよ」
「そんな!私は・・・」
 普段、厳しいが優しいシスターの言葉とは思えず、私は言葉に詰まる。
 いや、言葉に詰まったのは、心のどこかでシスターの言葉を認めているからだろうか?
「悪いがあんたの事情は全部聞いてるんだよ、学園長からね。あんたは祈る事で自分が女を愛した事に贖罪を求めてるのかい?」
 私はシスターの言葉に反論できなかった。
「あんたは自分が人を愛した事を『罪』だと考えてるのかい?自分の愛を『無かった事』にして欲しいのかい?」
「そんなこと・・・」
「あの愛は勘違いでした。愛したと思ってた人は、実は大して好きでもありませんでした。そう言ってマリア様に赦しを・・・」
「違います!」
 気付くと私は涙を流してした。
「私は・・・私は聖を愛していました!・・・いえ、きっと今も・・・」
 激高し叫んだ私を見たシスターが、微かに微笑んだのが判った。
「そうかい・・・」
 少し嬉しそうにうなずくシスターの顔に、私は誘導尋問されていた事に気付いた。でも何故こんな事を? 私の疑問に答えるように、シスターは静かに語り出した。
「ねえ栞。確かに教会は同性愛を禁じてる。でもね、人を愛する事まで禁じちゃあいないんだよ?」
 シスターは私のそばまで歩いてくると、私の肩に手をかけながら語り続ける。
「あたしはね、愛に種類なんか付けて区別する必要なんて無いと思うのさ。親が子を想う愛。男が女を想う愛。愛には色々な形があって良いと思うんだ。愛をもって接するという事は、それがどんな対象に向けられていたとしても尊い物さ。見返りも求めずに与える純粋な愛ならば、その全てがね」
 そう言って微笑むシスターの顔に浮かぶのは、確かに『慈愛』という名の愛だろう。
「だから栞。あんたが愛した人に向けた想いが、何の見返りも求めない真っ直ぐな物なら、それも確かに愛なんだよ? それは誇って良い物だよ」
 気付くと私はまた涙を流していた。
「だからね、あんたは何も心配しなくても良いんだ。何も臆する事無く、安心してここで愛する者達のために、自分のために、『祈り』を捧げてれば良いんだよ」
 そう言いながら、シスターはそっと私を抱きしめてくれた。
「・・・・・・ありがとうございます」
 全て赦されたような気がした私はシスターに感謝の言葉を送りたかったが、やっと口に出せたのはそれだけだった。
「・・・まあ、こんな事言ってたってのは、他の教会には内緒だよ? 中には保守的な奴らもいるからね。・・・いや、もう遅いか?昔からこんな調子だからこそ、こんな僻地の神父もいないような教会に飛ばされてきたんだからねぇ・・・」
 シスターは悪戯っぽく微笑んで見せてくれた。私も涙に濡れた顔で、何とか微笑む事ができたと思う。
 そういえば、あの聖夜以来、初めて笑ったような気がする。
「さて・・・腹が減ったね。 栞、『祈り』が済んだら朝食の準備をしとくれ」
 そう言って、シスターは立ち去る。
「はい」
 私は穏やかな気持ちで、再びマリア様に向き直る。
 朝日に照らされたマリア様は、リリアンのお聖堂で見た時と同じように輝いている。
 私は静かに跪いた。そして、ここへ来てからおそらく初めての『祈り』を捧げる。
「聖が・・・私の愛したあの人が幸せになれますように」
 
 愛するあの人のために祈る私を、マリア様がみてる。


【713】 (記事削除)  (削除済 2005-10-10 00:46:31)


※この記事は削除されました。


【714】 真剣勝負ホンネとタテマエ  (琴吹 邑 2005-10-10 03:24:55)


琴吹が書いた【No:678】「心の扉華麗にスルー 」の続きになります。

物語を最初から確認したい場合は
http://hpcgi1.nifty.com/toybox/treebbs/treebbs01.cgi?mode=allread&no=81&page=0&list=&opt=
を参照してください。



「日曜日ですが、花寺の生徒会長とどこに行ったんですか?」
「花音寺です。花音寺の秘仏を見せてもらいに行きました」
「二人で?」
「ええ、ご存じだと思いますけど、花音寺は、花寺学園に近く、花寺の生徒会長と白薔薇さま、私と歩いていたら目立つだろうなと言うことで、それを避けるために」
「なんで、花寺の生徒会長と?」
「花音寺の秘仏というのは、基本的に一般公開していない物なんです。そこで、花音寺と縁の深い、花寺の生徒会長さんにお願いしたわけです」
「花寺と花音寺って縁が深いんですか?」
「花寺学院は花音寺が創設した物だというのはご存じではないですか? 花寺の生徒会長の口添えがあれば秘仏を見られると思ったからです」
「見た後はどうしたんですか?」
「秘仏のお礼に、お茶をご馳走して、それから、駅ビルに行って白薔薇さまと合流して、そこで、生徒会長さんとは別れました」
「………」
「以上で良いですか?」
「乃梨子さん。つまらない」
「そんなこと言われてもねえ」
 人がいなくなった教室で、私はインタビューを受けていた、
 目の前にいるのは、新聞部の日出実さん。昨日のことを受けて、早速取材に来たようだ。
 まあ、この程度のことは予想済だったので、難なく対処する。志摩子さんと途中であったのも、幸いした。
「じゃあ、ここからはオフレコで………。で、花寺の生徒会長さん、どうだった?」
「どうっていわれてもね。ここで、私がよく言っても、悪く言っても色々ありそうだから、ノーコメントにしておく」
「口が堅いなあ………。まあこんな所かなあ………。恋物語なんてそう簡単に落ちてるわけ無いしねえ」
「まあ、そう言うことね」
「残念………ありがとう。この記事だとかわら版に載るのは微妙な所ね」
 そう、ぶつぶつ言いながら、日出実さんは帰っていった。
 ふぅ。どうやら、山は乗り越えたようだ。ほっと一息ついて、ぼんやりと窓の外を眺める。
 夕焼けの校庭。陸上部がトラックをぐるぐる回っているのが見える。
 昨日出したメール。最後の追伸の意図は伝わっただろうか?
 祐巳さまの弟さんだから、伝わっていないだろうなと、ぼんやりと考える。
「聞きましたよ。乃梨子さん。祐麒さんとデートだったんですか?」
 その声に、びくりと身体を震わせる。
「と、瞳子。びっくりさせないでよ。」
 一息ついたところで、後から声を掛けられた。完全に不意打ちだったので、本当にびっくりした。
「で、祐麒さんとデートだったんですか?」
「デートかどうかはともかく、なんで、瞳子がその話題を?」
 「ちょっと忘れ物を取りに戻ったんですの、そうしたら、なにやら面白そうな話題が聞こえてくるものですから」
「盗みぎきとは、あまりよくないんじゃない?」
「聞こえてしまっただけですわ」
 といいつつ、目をそらす瞳子。
「まあ、新聞部のインタビュー受けていたくらいだから、別にかまわないけどね」
 その言葉に目を丸くする瞳子
「かわら版で交際宣言とはやりますわね」
「だれがそんなことするかっ!」
 瞳子のドリルを片方取り、すぐさま瞳子の顔に向かって投げつけた。
「まあ、それは、冗談としても……」
 そう言いながら、瞳子は私の後の席に座った。
「私は、乃梨子さんのこと応援しますわ」
 彼女は、真面目にそう言いきった。
 彼女の中では、私が祐麒さんに恋をしていることは確定されてしまったようだ。
 その確定された事項を何とか取り消したくて、私は最後の抵抗を試みる。
「瞳子の中では、確定事項かい。あのねえ、誤解されると嫌だから、しょうがないから、教えるけど、祐麒さんの評価はマイナスだったんだよ」
「そうですか………」
 その言葉はやはり効果があったようで、ちょっと考え込む瞳子。
 どうやら、もう一つの山もうまい具合に越えられそうだ。
 そう思っていたら、瞳子は何かを思いついたように、クスリと笑った。
 瞳子の笑いに私は思わず身構える。そして、瞳子が言った言葉は、私にとって、完全に想定していない言葉だった。
「ねえ、乃梨子さん。祐麒さんの評価は、どういう題目で、つけたのかしら」
「………」
 思わず沈黙する私に、勝ったとばかりに笑みを浮かべる瞳子が恨めしい。
 わたしは、ため息をついて、祐麒さんの評価したときの題目を言った。
「………二条乃梨子が福沢祐麒を好きではない事を確認する」
「やっぱり。乃梨子さんだから言い訳するために一ひねりしてあると思いました」
「絶対ばれないと思ったんだけどね………」
 私はそう言って、ため息をつく。
「私もほとんど騙されそうでした。でも、先ほど外を見ていた乃梨子さんは、どう見ても恋する乙女の表情をしてましたから。その評価はあり得ないなと思って」
「ほんとに人をよく見てるよ。瞳子は。悪いけど、まだ誰にも言わないでくれる?」
 その言葉に、瞳子はほほ見えながら頷いた。



 祐麒さんの評価はマイナス。
 評価した題目は、『二条乃梨子が福沢祐麒を好きではない事を確認する』
 マイナス×マイナスはプラス
 それは、二条乃梨子は福沢祐麒を好きであるということ。
 つまり、二条乃梨子は、福沢祐麒に恋をしているということ。


 そう、二条乃梨子は福沢祐麒に、恋している。



FIN


☆☆☆☆☆☆☆☆
  あとがき
☆☆☆☆☆☆☆☆
今回の話はとあるサイトのアンケートの結果を受けて考えた物です。
自分で読むなら、乃梨子との話が読んでみたいなと。
で、どういう話にしようかと思って、乃梨子だから、行動的だけど慎重に行くのではないか。だから、ます自分の気持ちを確認するための行動を取るのではないか。
というふうな、感じで書き始めました。
だから今回の目標というのは、べたべたな恋愛話にしないことと最後の一文、「二条乃梨子は福沢祐麒に、恋している」と言う文を書きたくて、こういう展開になりました。
がちゃSだけに予期せぬイベントも起きましたけど。途中で雨が振って相合い傘とか。


いままで、やったことのない連載というかたちもすごく面白かったです。
いままで、全部が書き終わるまで感想とかもらえないし、感想そのものももらえないことがほとんどでしたから、
途中で、色々コメントを入れてくれたみなさんには本当に感謝しています。
ありがとうございました。

その後は何か書けたらいいなと思っています。
で、羽藕観音経由でAIRに絡めることが出来ないか、いまAIRをやってみたりとかしてます。どうなるかはわからないですけど。

あと、質問ですね。メールの追進の意味ですけど、あれは、IMソフトへの登録許可を意味しています。
それが伝わるかどうかは微妙な表現ですけど。


それでは、ありがとうございました。


【715】 (記事削除)  (削除済 2005-10-10 18:14:26)


※この記事は削除されました。


【716】 (記事削除)  (削除済 2005-10-10 18:16:04)


※この記事は削除されました。


【717】 島津由乃、覚醒サプライズ  (朝生行幸 2005-10-11 00:45:12)


「う〜ん…」
 胸が苦しい。
 まるで、何かに締め付けられるように。
 心臓の手術を無事に終え、おおかた一年が経過しようというのに、胸周り全体を押さえつけるかのような苦しみが、近頃毎晩のように襲い掛かって来るのだ。
 目覚めれば、枕どころか下着まで寝汗でべっとりと濡れる始末。
 寝間着を脱ぎ捨て、不快な下着を外せば、ようやく苦しみが去ってゆく。
 一体、自分の身体に何が起きたのだろう。
 不安を胸にしながらシャワーに向かう、黄薔薇のつぼみ島津由乃だった。

 ようやく人心地ついたところ、鏡の前に立ち、自身の身体を確認する。
 特に腫れや赤味といった以上は無い。
 下着の跡が、残っているぐらいだ。
「何なんだろう…、病院に行った方がいいのかな」
 術後の検査入院以外、医者に一度もかかっていなかったというのに。
 ちょっと身体を動かしてみても、ちょっと走ってみても、多少動悸はするものの、普段とそう変わらない。
 心臓は問題なく機能しているようだ。
「……」
 なんだか良くわからないが、考えていても仕方がない。
 制服に着替えるため、由乃は自室に戻った。

 身体にバスタオルを巻いたままで、ドライヤーを当てながら髪を梳き、纏め、編み上げるといういつもの作業。
 そして、新しい下着を取り出し、身に着ける。
 しかし…。
「…あれ?」
 留まらない。
 いや、届かない、と言った方が適切か。
 下はともかくブラの方は、背中の金具が届かない。
「まさか…?」
 信じられない現象を前に、しばし固まる由乃。
 しかし、再び動き出した彼女の行動は素早かった。
 急ぎ携帯電話を手に取ると、一番良く使う番号を呼び出した。
『もしもし、おはよ…』
「令ちゃん、すぐ私の部屋に来て!」
『ちょっと由乃?いったい…』
「いいから早く!」
 ブツ。
 10秒もかからず終わる通話。
 おそらく、二人の間で最も短い会話だった。

 どどどどどどどど。
「どーした由乃ぅ!」
「ノックぐらいしろバカーっ!!」
 スパカーン。
「げふっ!」
 由乃が投げたドライヤーが、哀れ令の顔面に直撃した。
「う、ぐぅ…、で、で由乃、いったい何が…?」
「計って」
「え?」
「だから、計って」
「だから何を?」
「私の胸よ胸、バスト!」
「なんで?」
「いいからとっとと計れやワレー!」
 カポーン。
「がはっ!」
 再び、由乃が投げた巻尺が令の顔面を直撃した。
 鼻血をダラダラ流しながらも、少し嬉しそうな顔で由乃のバストサイズを計る令。
 なんだかちょっと、鼻息が荒い。
「えーっとね(はぁ)、ななじゅう(はぁはぁ)…いや、はちじゅう…は行き過ぎか?むう、どっちだ?」
「早くしてよ」
「ちょっと動かないで、はっきりしないでしょ。えーと…」
 令が口にしたサイズは、由乃の予想を裏付けるものだった。
「…くっくっくっくっく、うっふっふっふっふ、あっはっはっはっはっは」
「あの、由乃さん?」
「くわーっはっはっはっは!見とれよ祐巳すけ乃梨すけドリ太郎!」
 勝ち誇ったような高笑いが、朝の島津家に響き渡った。

「ごきげんよう!」
 放課後の薔薇の館。
 今日このタイミングの為に、体調が悪いふりをして、祐巳やクラスメイトたちを欺いてきた由乃。
 紅薔薇さまと令がいないのを確認した上で、ビスケット扉をバタムと開けた。
 部屋には、白薔薇姉妹と祐巳、瞳子の4人。
「ふっふっふ…」
「ごきげんよう由乃さん。…体調は大丈夫なの?」
「いやーねもうばっちりよかんぺきもんだいなし!」
 あまりの不気味さに、顔を見合す4人。
 体調はともかく、頭も大丈夫かと問いたくなる。
 いつもに増して、青信号…どころか、エンジン暴走ブレーキ故障ってな有様。
「と、こ、ろ、で!」
 腰に手を当て胸を張り、辺りを睥睨する由乃。
「今日の私、一味違うでしょ!」
 まじまじと由乃を観察するも、違いが分からない4人。
「…どこが?」
「いつもと変わらないようですが」
「特に違いは見当たらないけれど」
「分かりませんわね」
「どーして分からないのよ!」
 プチ。
『(あ、切れた)』
 警戒する一同。
「この、大胆かつセクシーな胸元を見て、なんとも思わないの〜!?」
「いつも通りペッタ…ゴホンゴホン」
「まったい…げふんげふん」
「あら可愛い」
「洗濯い…あーあー、喉が…」
 ブチ。
『(あ、本当に切れた)』
「これでも、分から…!?」
「待った由乃ー!!」
 制服を捲り上げ、脱ごうとした由乃に、下着が見える直前に抱き付いて引き止めたのは、居るはずの無い令だった。
「どうして令ちゃんが居るのよ!」
「こんなことだろうと思って、隣の部屋に潜んでたのよ」
「まぁいいわ。令ちゃん、皆に教えてあげて、私の輝ける成長の記録を!」
 大仰に手を振る。
「はぁ…。あのね、由乃ったらねぇ」
 しぶしぶ…といった風情を漂わせつつも、半ば嬉々として説明を始める令。
「…だったのよ」
 令が口にした由乃のサイズを聞いた4人の反応。
 志摩子は余裕の微笑を浮かべているが、これはまあ仕方がない。
 反面、祐巳と瞳子は、頬が引き攣っていた。
 予想通りの祐巳と瞳子の反応に満足する由乃。
 しかし、まったく無反応だった乃梨子には納得がいかない。
「乃梨子ちゃん?」
「なんでしょうか由乃さま」
「貴方はなんとも思わないわけ?」
「なんとも、とは?」
「新しい私のサイズに、感想はないの?」
 詰め寄る由乃。
「あぁ、そういうことですか」
「そういうことよ。どうなの?」
 更に詰め寄る由乃に、大きくなった喜びは分からないでもないが、少々くどいなと思った乃梨子。
 “白”薔薇のつぼみなのに、“黒”い意識がむくむくと頭をもたげて来た。
 そして取った態度とは。
「…フン」
 鼻であしらうことだった。
「ムッキ〜〜〜!!!!!!」
 今度こそ、本当にブチ切れた由乃だった。

 帰宅後、由乃が令に八つ当たりしたのは言うまでもない。


【718】 乃梨子と祐巳は秘密冒険者  (きら 2005-10-11 02:40:08)


はじめまして、いつもこちらの掲示板を見て楽しませてもらってたのですが、ピピッと来たタイトルが出たので挑戦してみました。
無駄に長い&迷走しててごめんなさい……orz

 †

今日の薔薇の館はいつもと比べてかなり静かだった。
おもしろいようにメンバーの用事が重なり、館にいるのは祐巳さまと私だけ。
私たちはしばらく二人きりで黙々と作業をしていたが――
「う〜ん。乃梨子ちゃん、なかなかはかどらないね……」
「やはり2人だけで作業するには無理があるのでは?」
テーブルの上に広げた書類に突っ伏す祐巳さまを見て、私は紅茶を入れに席を立った。
「あ、乃梨子ちゃん私も手伝うよ」
「いえ、大丈夫ですよ」
「2人きりしかいないのに乃梨子ちゃんだけにやらせたら、なんだか私が偉そうな先輩みたいじゃない」
「はぁ……」
別に誰かが見てる訳でもないのに、と心の中で突っ込んでみたが、口には出さなかった。
祐巳さま――紅薔薇のつぼみの性格を、私はいまだに掴みきれていない。


特に会話もなく2人で並んでお茶の準備をする。
季節は秋に入り、だんだんと日が短くなってきていた。
薔薇の館に差し込む夕日が部屋と2人を茜色に染める。
すこし肌寒さを感じるほどに下がった気温と、夕暮れ時の切ない感じが重なり、私は急に寂しさのようなものを感じた。急激に心が重く鈍くなり、世界が色褪せて見える。寂しいというよりも、心が乾いている、と言ったほうが近いかもしれない。
なんで急にこんな気分になったんだろう。考えてみる。否、正確には考えるポーズを取っただけ。
考えるまでもない、それは薔薇の館に志摩子さんがいないから――
「……ちゃん、乃梨子ちゃん!」
「っ!?」
気づけば目の前に祐巳さまの顔がどアップで迫っていた。
「どうしたの? ぼーっとしちゃって」
「あ、いえ、何でもありません……」
「そうぉ?」
すこし心配そうな顔でこちらを見る祐巳さまに笑顔を返そうとしたが、なんだか頬の筋肉が重くて上手くいかなかった。


まいったな、ここまで重症だったなんて。依存しすぎってやつなのかな。
私は志摩子さんがいないだけでまったく調子の出ない自分にちょっとショックを受けていた。けれどそんなことを考えていても、渇きが癒されるわけもない。
せめて物理的にでも潤いと温もりを得ようとティーカップに口をつけた瞬間、祐巳さまが口を開いた。
「乃梨子ちゃん、もしかして志摩子さんがいなくて寂しいの?」
「んぐっ! げほっ、げほごほ……!」
「の、乃梨子ちゃん大丈夫!?」
なんでこんなタイミングでそんなこと聞くかな……うぅ、恥ずかしい。こんなリアクションを取ってしまっては、そうですと認めたようなものだ。今さらはいともいいえとも答えられない私を見て、祐巳さまは突然席を立った。
「ね、乃梨子ちゃん。今から薔薇の館を冒険しない?」


「へっ?」
思わず目の前の誰かさんのような間の抜けた声を出してしまう。
「冒険、ですか?」
「うんそう、冒険。私と乃梨子ちゃんとで薔薇の館を冒険するの」
「といいましても……」
冒険もなにも、この狭い館内で何をどうすると言うのだろう。
「いい? 乃梨子ちゃん。敵は『影』よ」
「はぁ……影、ですか?」
「そう。明るく華やかな薔薇の館は今、影に侵略されているの。そこで私たちは影を踏まないように光の道を進み、影の親玉を倒すの」
「えーとつまり……影の部分を踏まずに進めばいいということですか?」
「うん、簡単に言えばそういうこと」
そういって祐巳さまはにっこり微笑んだ。やっぱりこの人はよく分からない……。
「さ、そうと決まれば開始しよう! じゃあ行くよー」
「ちょ、ちょっと祐巳さま……」
なんだかペースに巻き込まれてる。なぜか縦ロールヘアのクラスメイトの顔が頭を掠めた。


まずは出入り口のビスケット扉に向かう。床には窓枠の細い影が走っているが、普通に歩いてまたげるものだ。
「おっと、いきなり難関かも」
扉の1メートル手前で私たちは立ち止まった。窓から差し込む夕日が作る道と扉の間に、大きな影が出来ている。
「乃梨子ちゃん、これで足場を作ってくれないかな?」
と祐巳さまが私に何かを手渡した。
「なるほど、鏡、ですか」
「扉の近くに、足場を作ってもらえるかな」
「はぁ……、わかりました」
いまいちノリの悪い私に比べ、祐巳さまはやる気満々だ。
「ん、しょっと……」
携帯用の手鏡の向きを上手く調節し、10cm×30cmほどの長方形の足場を作る。鏡で太陽光を反射させるなんて何だかずいぶん久しぶりのことで、ちょっと新鮮な気分だった。
「オッケー、乃梨子ちゃん。そのまま動かさないでね〜」
祐巳さまは片足で光の上に立つと、扉を大きく開け放ち、廊下に出た。
「よし、これで扉は突破だね! 乃梨子ちゃんは悪いけど、ジャンプして飛び越えてくれるかな?」
「分かりました」
およそ80cmほどの幅の影。私は体重を後ろにかけた後、そのまま前方へ体重移動し跳躍する。廊下の光が当たっている部分に着地する予定だったのだが、ちょっと勢いが良すぎた。
「わっ!うわっ……」
着地した後も勢いを殺しきれず、そのまま前方の影の部分に足を踏み出しそうになり――


「あぶない!」
すんでのところで祐巳さまに抱きとめられた。
「ひゃ〜、あぶなかったね」
「た、助かりました……。ありがとうございます」
「いや〜私も咄嗟だったから、上手く止められて良かったよ」
私たちはお互いの顔を見てクスリと笑う。
「よし、じゃあ次は階段を下りよう」
「了解です」
踊り場のステンドグラスが作る色とりどりの光の階段を、手すりの影をよけながら降りていく。ちょっと綺麗かも、などと足元を見ながら進んでいると、
「あ、忘れてた。赤い色の部分は踏んじゃダメだから」
「ええっ!?」
まさに赤い色のついた段を踏もうとしていた足を急停止させる。
「あはは、うそうそ冗談」
「祐巳さま……」
おそらくふくれっ面になっていたのだろう、私の顔を見て祐巳さまは楽しそうに笑う。むー……ちょっと悔しい。
またしばらく進んだ所で私は報復を試みた。
「あ、祐巳さま。今ちょっと影踏みましたよ?」
「えぇっ!? そんな、私ちゃんと――」
「なーんて、冗談です」
祐巳さまはこちらをぽかんと見たあと、してやられたという顔になり、赤くほっぺを膨らませて抗議してきた。
「んもー、乃梨子ちゃんたら」
なんだかその様子がとても無防備で可愛くて、思わず笑みがこぼれる。
「ふふっ、仕返しですよ」
「あー、笑ったな」
「すみません。だって祐巳さまがあんまり……」
「あんまり、何?」
「あ、いえ、何でもないです」
「えぇー! 途中でやめないでよ、気になるじゃない!」
「ごめんなさい、内緒です」
「うーん……まぁいいわ、今日のところは不問にしてあげましょう」
由乃さまの調子を真似て、すまし顔で言う祐巳さま。
「ははー、ありがたき幸せ」
私もおどけて少しずれた返事をし、二人で階段を降りていった。


私は先に一階に降りた祐巳さまの隣に立った。
祐巳さまはある方向を見つめている。視線の先を追うと、そこは階段の下だった。
もうこの時間では真っ暗になっており、奥に置いてあるはずのダンボールを視認することもできない。ちょっと立ち入りがたい雰囲気だった。
「あそこに影の親玉がいるの」
「……ちょっと、気味が悪いですね」
「でしょう? 私もこの時間帯にここを見るたびにそう思ってたの」
そういうと祐巳さまは私の手を握った。
「でも今日は……」
祐巳さまは私と向かいあう形で、私の手を引いて後ろに下がる。
程なく私たちは一番闇の濃い隅っこにたどり着いた。
「っわ……」
「おっと」
足元にあった何かにつまづき、私は祐巳さまの胸に飛び込む姿勢になった。
「すみませ――」
離れようとした瞬間、またしても抱き止められた。
「ふふっ、なぁんだ」
「祐巳さま?」
「二人なら、ぜ〜んぜん怖くないや」
「……そうですね」
私とほとんど背の変わらない祐巳さまの腕は、とても温かかった。


私たちは2階に戻るとカップを片づけ家帰り支度をした。
それにしてもなぜ祐巳さまはいきなりあんなこと――冒険などを始めたのだろう。私を元気付けるため? 確かに祐巳さまはそういう気遣いも出来る方だ。けれど今日のは……

あ。

「祐巳さま」
「ん? なあに乃梨子ちゃん」
「もしかして祥子さまがいらっしゃらなくて寂しかったんですか?」
「えっ!? どどどど」
「どうしてそれを?」
「どどど、どうかなー?」
「……。寂しかったんでしょう?」
「どど、どうかなー?」
「寂しかったんですよね?」
「ど、どうかなー……」


「……でも」
「はい?」
「もしもあの夕日の中で私一人だけだったら、もしかしたら……ううん、きっと私泣いちゃってたかな」
「……」
私は思い出す。私はまだ当分お姉さまと一緒にいられるが、祐巳さまのお姉さま――祥子さまは、あと数ヶ月で卒業なさってしまうということを。
「祐巳さま」
「ん? なぁに?」
「どんな影が相手だろうと、私は祐巳さまと一緒に戦う仲間ですから。いいえ、私だけじゃないです。もちろん志摩子さんや由乃さまだって」

「……ありがとう、乃梨子ちゃん」

「いいえ、祐巳さま。私こそ……」

二人の秘密の冒険。
気づけば私は渇きなどとっくに忘れていた。


【719】 そして逃げ場無し  (いぬいぬ 2005-10-11 13:47:23)


※このSSは、原案:ROM人さん 脚本:いぬいぬ でお送りします。
 尚、当SSの設定は【No:527】及び【No:712】とリンクしておりますが、内容はまるで別物なので、
 
 気 に し な い で 下 さ い



 

 春の陽射しが降り注ぐ真昼のマリア様のお庭で、新任教師佐藤聖は身動きが取れずにいた。
 とは言っても、別に縛り付けられていたりする訳ではなく・・・
「はい、佐藤先生。あーん」
 聖に爪楊枝に刺さったタコさんウィンナーを差し出すシスターに動きを封じられているのだ。
「・・・・・・シスター久保」
「・・・・・・・・・・・・・・・(聞こえないフリ)」
「・・・・・・・・・・・栞」
「なあに?聖(満面の笑み)」
「生徒の目もあるんだから・・・」
「ひどいわ!私の作ったお弁当なんか食べられないって言うのね!」
 そう言って泣き崩れたのは、今年からシスターとしてリリアンに赴任してきたシスター久保。つまりはリリアン高等部時代に聖と愛を確かめ合った久保栞である。
 久保栞であるはずなのだが・・・
「食べないなんて言ってないじゃない。ただ周りの・・・」
「(笑顔で)この唐揚げなんて上手く出来てると思うの!はい、あーん」
「・・・・・・・・・嘘泣きかよ」
 先程からこの調子で聖を翻弄しているシスターがあの栞とは、聖にはどうしても納得できなかった。てゆーか信じたくなかった。
「栞・・・なんか性格変わってない?」
「そんな事無いわよ?ただ・・・」
「ただ?」
「お世話になったシスターに教わったの!愛は“何でもあり”だって!」
(※作者注:そこまで言ってません)
「どんなシスターよソレは?!」
「シスターの言葉で目覚めた私は、シスターの遺志を継ぐために真実の愛に生きる事にしたのよ!」
(※作者注2:まだ死んでません)
 何やら天を仰ぎ拳を握り締めている栞の様子に、聖はゲンナリと溜息をつく。
「・・・・・・なんかイヤな悪霊に取り付かれてるみたいだなぁ・・・」
 悪霊呼ばわりされたシスターは、遥か北の地でクシャミをしていた。
 実は栞に愛を説いたシスター、高齢を理由にシスターを引退しただけである。
 ただ、自分の一言で予想以上にはっちゃけた栞を教会に残すのは世間的にヤバいと判断し、「もうアタシにはこの子の面倒見るのは無理!こうなったら栞のはっちゃけた愛の元凶であるヤツに後始末を押し付けよう」と、リリアンへの紹介状を書いただけである。
 
 押し付けられたほうは良い迷惑だったが。
 
 (私、栞との間に生まれたようなマイノリティな愛は幸せな結末を迎える事はできないのかって疑問に答えを見つけるためにリリアンに戻ってきたはずなんだけどなぁ・・・)
 はっちゃけすぎたかつての愛しい人に己のアイデンティティの崩壊を感じつつ、聖は栞を見つめた。すると栞は何を勘違いしたのか、目を閉じて唇を突き出してきた。
(・・・・・・私、ホントにこの子の事愛してたのかなぁ?)
 聖は泣きたくなってきた。
 しかし、今の栞はそんな聖の気持ちなどお構い無しだった。いつまでたっても唇に求める刺激が訪れない事に業を煮やし、くわっと目を開けると、おもむろに聖の顔をワシヅカミにし、自らの元へ強引に引き寄せ始めた。
「ちょっ!・・・栞!」
「シスターはこうもおっしゃったわ。『そこに愛があるなら何も臆する事は無い』と」
(※作者注3:微妙に曲解してるうえに根本的に間違ってます)
「そんな教えがあるかぁ!!」
 このままではヤられる。聖が全力で抵抗していると、救いの手は思わぬ角度から現れた。

 どがしっ!!

「はぐぁっ!」
 救いの手・・・てゆーかバレーボールは、栞のテンプルに激しく突き刺さった。栞はもんどりうって倒れる。
 栞の魔の手から逃れた聖は、救いの手(バレーボール)を差し伸べ(投げつけ)た救世主を探した。すると、そこにはもう一人のシスターがたたずんでいた。
「・・・・・・志摩子!」
「ごきげんよう佐藤先生、・・・ついでにシスター久保」
 救世主は、この春からシスターとしてリリアンへ赴任してきた志摩子だった。
 救いの手(てゆーかバレーボール)の直撃を受けた栞はしばらく激痛にのた打ち回っていたが、“ついで”扱いしてくれた志摩子の接近に、殺意の燃えたぎる目で復活する。
 そんな栞の眼光をさらりと受け流し、志摩子はこんな言葉を栞に投げかけた。
「あら、シスター久保。そんな所でお昼寝なんかしていると、ゴミと間違われて回収されますよ?」
「・・・お気遣いどうも、シスター藤堂。あなたこそ人に向かって全力でバレーボールを投げつけるなんて、リリアンのシスターの質を疑われるようなマネをなさらないで下さる?」
「まあ、とんだ言いがかりだわ。生徒が遊んでいたバレーボールがたまたま飛んできただけではなくて?」
 栞の追求にも、あくまでも涼しい顔の志摩子。
「・・・何処にそんな生徒がいるっていうのかしら?」
 ヤンキー漫画に出てきそうな表情でメンチを切りながら問い詰める栞の言葉に、志摩子はゆっくりと後ろを見回すと、いけしゃあしゃあとこう言った。
「きっと皆さん、シスター久保の顔が恐ろしくて逃げてしまったんですわ」
「・・・・・・まあ!一瞬で視界から消えるなんて、忍者みたいな生徒がいるものですわね!」
「そうですねぇ。ウフフフフフフフフフフ」
「ホホホホホホホホホホホホホホホホ」
 両雄一歩も譲らず。
 互いに明確な殺意のこもった目で微笑み合う二人の様子に、聖は恐怖のあまり一歩も動けなかった。
「・・・・フン!まあ良いわ。・・・・・・・聖♪」
 一瞬前までの般若の形相を消して、栞は再び聖の横に座りなおす。その変わり身の早さに聖はびくっと怯えた。
「さあ、ランチの続きにしましょうか?」
 聖が硬直していると、再び救いの手が差し伸べられる。
「シスター久保?佐藤先生は嫌がっているのではなくて?」
 栞の反対側に座り込んだ志摩子が、聖を引き寄せながら問い詰める。
「あら、そんな事はありえなくてよ?」
 栞も負けじと引き返す。すると志摩子は再び引き返しながら凶器攻撃に出る。
「でも、“ブサイク”と一緒に食事なんかしたら消化に悪いわ」
「ブ!・・・・・・・・・・・・・・この小娘ぇ・・・・・」
 志摩子のダイレクトな攻撃に、栞は地の底から湧き上がるような声を出す。
(死ぬ・・・・・・私は悪くないのに、このままだとたぶん死ぬ)
 魔女二匹の禍々しいオーラに圧倒され、聖は密かに死を予感していた。
 しかし、予想に反して栞は無理矢理微笑むと、聖に向き直った。
「聖♪ あなたのために特別に紅茶をブレンドしてきたのよ」
 そう言って、ステンレスの魔法瓶を取り出した。そして志摩子に向かって悪意のカタマリのような笑顔でこう言う。
「あらシスター藤堂、そんな乞食みたいな物欲しそうな顔をしても、これはあげないわよ?これは聖のためだけに入れた特製紅茶なんだから」
 その一言にプツンと切れた志摩子は、栞から魔法瓶を奪い取り、イッキにそれを飲み干した。

 ばぶぅっ!!

 飲み干した以上の勢いで紅茶をリバースした志摩子を見て、栞は嬉しそうに笑う。
「まあ、どうしたの?シスター藤堂。あなたの大好きな銀杏がタップリ入ってるのに。・・・・・・・・・・・・・生の外皮ごと」
 さすがの銀杏好きな志摩子も、生の外皮の強烈な臭気には勝てなかった。口元を押さえたまま微かにケイレンしている。
「おっほっほっほっほっほ!引っ掛かったわね!人の恋路を邪魔する者は、哀れな末路が待っているのよ!!」
 勝利を確信した栞は、魔女そのものな高笑いをあげる。
「ほ〜っほっほっほっほっ『がこんっ!』ほぎゃぁ!」
 勝ち誇る栞のスキを衝き、志摩子は魔法瓶を栞の顔面に力いっぱい投げつけた。
 大きなダメージにしばらくはうずくまっていた二人だが、やがて銀杏の臭気に包まれた志摩子と額から流血した栞が同時に立ち上がる。
「何さらすんじゃワレェ!!」
「上等じゃコルァ!!」
 とてもシスターとは思えない雄叫びを上げた二匹の魔物は、聖を挟んで臨戦態勢に入る。 
(誰か・・・誰でも良いから助けて!)
 聖は助けを求め、辺りを見回す。すると、近くの茂みの影から、コチラを見ている人物と目が合った。
(あれは・・・山辺さん!)
 茂みの影から様子を伺っていたのは、聖が担任を受け持つ、江利子の義理の娘だった。
 彼女は江利子から「かつての自分と同じ愛を知りながら、それを失おうとしている生徒の救いになるべくリリアンに舞い戻った聖の手助けをしてやって欲しい」と直々に“お願い”された、リリアンでは数少ない聖の理解者。言わば隠れた聖の味方である。
 聖はヒーローを見る子供のようなキラキラした笑顔で彼女に手を伸ばす。
「山辺さん!この二人を何とか・・・って、あれ?」
 あきらかに助けを求めている聖を無視し、彼女は何やらピコピコと携帯電話を操作している。
「・・・山辺さん?」
 聖の問いかけに、彼女はようやく携帯電話を操作する手を止めた。
「・・・・・・・・・何してんの?」
 不安そうな聖に、彼女は真顔でこう呟いた。
「お母さんに面白そうなネタを送るとポイントがたまるんです」
「・・・・・・・・・・・・ポイント?」
「ポイントが一定量たまると、お小遣いがアップするんです♪」
 実に嬉しそうな笑顔だった。
「お小遣いって・・・・・・いや、それよりこの二人を・・・」
「あ、佐藤先生自身の色恋沙汰はお母さんの“お願い”の対象外ですから」
「ええっ?!」
「それじゃあ私はこのへんで」
「ちょっと!!待っ・・・」

 がしっ!

 突然肩をつかまれた聖が振り返ると、二匹の魔物がニヤリと笑うのが目に入った。
「私をほっぽらかして・・・・・・」
「・・・女子高生に色目を使うんですか?お姉さま」
「違・・・そんなんじゃなくて・・・」
 逃げ場を無くした聖は必死で弁解しようと試みるが、もはや二匹の魔物は聞く耳を持ってはくれなかった。
「私以外の女に色目を使うとどうなるか・・・・・・・」
「体に教えてさしあげますわ」
 そう言って、二人して聖を茂みの奥へと引きずって行くのであった。
「何でこんな時だけ結託して・・・・・・誰か───!!へるぷみ─────!!!」


 

 
 私立リリアン女学園。
 
 元号が明治から三回も改まった平成の今日でさえ、十八年通い続ければ温室育ちの純粋培養お嬢様が箱入りで出荷される、という仕組みが未だに残っている貴重な学園である。

 だが、

 その歴史も近い将来、終止符を打つのかも知れない。

 二匹の魔物によって。


【720】 馬耳東風夢はピンク色  (六月 2005-10-11 16:30:18)


新年度がスタートしてひと月あまり、ようやく祐巳も紅薔薇さまと呼ばれることになれたころ。珍しいお客様が薔薇の館を訪れた。
「ごきげんよう、祐巳ちゃん元気?」
「ごきげんよう、蓉子さま!お久しぶりです」
先々代の紅薔薇さまこと水野蓉子さまが現れたのだ。
「ごきげんよう、祐巳」
「お姉さま?」
「はーい、私達も忘れないでね」
「お姉さま」「令ちゃん?」「聖さま、江利子さま、令さままで」
先代、先々代の薔薇さま勢揃いとは一体何事が起こったのだろう?と祐巳達は少しばかり身構えた。
「それで、蓉子さま?どのようなご用事でこちらへ?」
「えぇ、大学部の令のところに来たついでにね、素敵な薔薇さま方の様子を見に来たのよ」
どうやら、もののついでに寄られただけらしく一安心だ。
「蓉子さまが令ちゃんに?」
蓉子さまは両手を組んで優雅に微笑み、あごを乗せながら軽く肯いた。さすが碇総司令、器用なことをげほげほ・・・。

「私は由乃ちゃんの妹に挨拶にね」「ちっ、来なくていいのに」
「由乃ちゃん、何か言った?」
「いいえー、何も言ってませんわ江利子さま。菜々、これが曾祖母さまの鳥居江利子さまよ」
「これ?」「あら、しつれい、おほほほほ」
うわ、江利子さまと由乃さんの間にバチバチ火花が飛び交ってるのが見えるよ。

「私は江利子の運転手。ついでに祐巳ちゃんと乃梨子ちゃんを抱っこぉぉっ?志摩子、いますげぇ睨まなかった?」
「さぁ?どうでしょう?お姉さま・・・乃梨子には手出し無用に願いますわ」
「・・・はい」っておとなしい。斜め上逝く思考の聖さまも志摩子さんには勝てないみたいだ。

「ということで、はい。この本読んでみるといいわ。それと、これが私のお奨め」
そう言うと長方形のちょっと変わったバッグ(タンクバッグと言うらしい)から、数冊の本とカタログを取り出した。
「あ、ありがとうございます、蓉子さま」
「世界のバイクカタログ?令さま、バイクに乗られるのですか?」
「うん、いつもいつもお父さんの車が借りれるとは限らないし、遠征用に自分専用のを持っておこうと思って。
 とりあえずはお父さんにお金を借りて、バイトして返せる程度だから高いのは買えないけどね」
ちゃんと自分のお金で買うつもりなんだ、令さまえらい。私なんかだとお父さんにお願いして買ってもらいそうな気がする。
「ほんだPS250?ごつくて変な感じ。令ちゃん、もう少し格好いいのにしたら良いのに」
「令は剣道の道具も載せたいらしいから、大きな荷物が積めるのってそういう形になるのよ」
「こればかりは仕方ないのよね」と肩をすくめていらしている。かなり詳しいようだけど、もしかして・・・。
瞳子も同じ疑問を持っていたのか蓉子さまに質問した。
「蓉子さまもバイクに乗っていらっしゃるんですの?」
そういえば今日の御召し物は、スリムなジーンズに革の派手なブーツ、肩や肘がいかめしいレザージャケットだった。
たしかに祐麒が時々読んでるバイク雑誌に出てくるようなスタイルだ。
「蓉子ってば『せっかくだから一番上の資格取るわ』って大型二輪免許なんてのを持ってるのよ」
「これよ、ヤマハYZF-R1、逆輸入172psのフルパワー仕様。
 パワーの割りにしなやかで華麗な走りが楽しめるところが気に入ってるわ」
「このあいだ一緒に高速にのったら、私のぶーぶー置き去りにして一瞬で消えてったわね。
 蓉子があんなスピード狂だとは知らなかったわ」
「ほぇー」
指し示されたページにあったバイクの、ディープレッドメタリックという色は紅薔薇さまだった蓉子さまらしいのかもしれない。
しかし、蓉子さまがスピード狂とは・・・ま、無茶苦茶な運転をする某銀杏王子様と似たようなものかなぁ・・・頭の良い人がはじけると。

「ふふふ、ほら、祐巳。見てちょうだい」
「あ、お姉さまも免許を?」
なんと、祥子さままで免許をお持ちになっているなんて!
「そうよ、令に負けていられないから。普通四輪と普通二輪」
「っても、祥子のはAT限定だけどね。私のはMT、ちょっと違うのよね」
「いいの!あんな繁雑な操作なんて優雅とは言えないわ」「はいはい、お嬢様の運動神経だとそんなものよね」「令!」
あー、ちょっと中途半端な負けず嫌いだけど、カッコ良いですお姉さま。
「でも、お姉さまがバイクなんて・・・随分と活動的になられたんですね。素敵です、お姉さま」
「うふふ、私のシルバーウィングで二人きりで出掛けましょう、祐巳!」
「あら、祥子。忘れたのかしら?免許取得後一年以内の二人乗りは禁止よ、違反行為はだめよ」
「がーん、そんなぁ・・・祐巳と二人きりで・・・ぴったりと寄り添って・・・私の夢が・・・」
えーっと、お姉さまは私との何を夢見ていらしたのでしょう・・・祐巳はちょっと怖くて聞けません・・・。

「お姉さま、このベスパというバイク、可愛らしいと思われませんか?」
「ベスパ?あー、あの有名な」
瞳子は知らないのかな?一昔前の映画やテレビで有名な、可愛いスクーターだね。
「ご存じなんですの?」
「ほら、ローマの休日、あの映画の中でオードリー・ヘップバーンが乗ってたバイクだよ。
 女優な瞳子にも似合うかもしれないね」
「・・・お、お姉さまの方がお似合いになると思いますわ」
「ありがと。でも乗ってみたいなぁ。お姉さまと一緒にお出掛けできるし、瞳子のお家にも遊びに行けるし、ね」
「と、瞳子の家は遊び場ではありません。・・・でも、いつでも喜んでお待ちしておりますわ」
素直じゃないなぁ、瞳子は。そういうところも可愛いんだけど。

「へー、エストレイアって言うのかぁ。ね、志摩子さん、これ小寓寺のお庭にあっても違和感無い気がしない?」
乃梨子ちゃんが選んだのは、レトロスタイルのスポーツモデルらしい。
白薔薇姉妹のイメージに合ってるかも。
「そうね。もしかして乃梨子も乗ってみたいの?」
「う、うん、そうしたら志摩子さんのお家まで行くのが楽になるかなぁ、って」
「そう、ちょっと練習してみる?お父さまの・・・えっとカブ号だったかしら、庭で乗ってみるといいわ。
 私も以前乗ったことがあるの。寺の敷地内だけなら免許が無くても警察の方に怒られないんですって」
にこにこと話す志摩子さんだけど、自宅の庭でそんなことをしていたわけなのね。ってみんな驚いてますよ。

「むむっ、祐巳さんだけじゃなく志摩子さんまで・・・菜々私達も何か選ぶのよ!負けていられないわ」
「それではお姉さま、このスズキ250SBというのどうでしょう?
 色が良いですよ『チャンピオンイエロー』だそうです」
「それよ!黄薔薇こそ勝利者!私達のためにあるようなものだわ!!」
って、由乃さん。それは由乃さんの身長じゃ足が着かないんじゃないかなぁ・・・。公道で無茶は止めようよ。青信号全開で走られたら怖いんですけど。

「よぉーっし、それじゃ早速、運転免許取りに行くわよ!」
早速青信号が点灯してしまったようだけど、ここは止めないと。
「まって、由乃さん。志摩子さん、校則はどうなってる?禁止されてたりしない?」
「えーっと、リリアンの校則には特にそのような項目は無いわね。学校内への乗り入れは禁止だと思うけど」
「では問題無しということで「新聞部対策考えないとね」
「そうね、私達のまねをする生徒たちが増えると問題が出てくるわね」
「むーっ」
頬をぷーっと膨らませてむくれてる由乃さんも可愛いけど、薔薇さまの影響力は無視できないよ。
「リリアンの生徒が揃ってバイクで走り回っていて、『チーム山百合会』なんて呼ばれるなんて事になったら洒落にならないでしょ?」
とりあえず、夏休みになって親や先生に確認をとってから、と納得してもらう事になった。
蓉子さまや(珍しく)江利子さまも「焦らなくても、卒業したら好きなだけ乗れるわよ」って抑えに回ってくれた。
「しっかし・・・いいなぁ、私も免許取ろうかな」
これまでにこにこと私たちを眺めていた聖さまがようやく口を開いた。
「あら、聖、あなた車だけじゃ足りないの?」
片目を瞑り、立てた人差し指を左右に振りながら「ノンノン、わかってないなぁ」と。
「いやね、江利子、こう、お景さんとか、祐巳ちゃんとか、可愛い女の子を後ろに乗せてみたいなーって思うのよ。
 んで、時々急ブレーキかけるの、わ・ざ・と。そうしたら自然と私に抱き着いてくれるじゃない。
 しかもよ密着した時に私の背中に、後ろの娘の胸があたるわけよ、むにゅって。かー、もうたまんないわ」
私達の話を聞きながらそんな事を考えていたのですか?聖さま・・・いやさ、佐藤性さま。
「このエロ薔薇」
「なによ、これこそバイク乗りのロマン、漢のロマンよ、絶対!」
「「「「「「んなわけあるかい!てか、人の話聞いて無いだろ!」」」」」」
やっぱり聖様の思考はどこか斜め向こうを逝ってしまってるらしい。


【721】 (記事削除)  (削除済 2005-10-11 21:19:48)


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【722】 内藤笙子、凶器攻撃  (篠原 2005-10-12 04:01:18)


 部室のドアを開けた蔦子はその場で固まった。

 え? これは何? いったい何事?

 思考がパニくる。
 何故か目の前には笙子ちゃんが立っている。いや、それはいい。写真部に入部しているのだから。
 問題はなぜ頭に犬耳が付いているかということだ。ついでに言えば後ろに尻尾も見えている。しかもぱたぱた動いてるし。

「ごきげんよう、蔦子さま」
 はっ!
「ご、ごきげんよう、笙子ちゃん」
 落ち着け、写真部エース武嶋蔦子ともあろうものが、こんな被写体を前にカメラも構えず固まっているとは。
 あらためて目をやれば、いつものようににこにこと見上げてくる笙子ちゃん。プラス犬耳。プラス尻尾。

 ぱたぱた

 尻尾が嬉しそうに振られている。
 ……っく、これは。いや、だから落ち着け。背後にいる連中はわかってるのだ。まさかこっちに飛び火してくるとは思わなかったが、笑われたのを根に持ってるな。
 とはいえ結構前の話だ。確か【No:4】とか、【No:14】とか、【No:15】とか、それくらい古い話だぞ。
 って、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
「ちょっ、ちょっと離れて……」
「え?」
 途端に、哀しそうな顔になる笙子ちゃん。

 ぐふぅ

 力無く垂れた耳と尻尾が哀愁をさそう。ああもう、なんて無駄に高機能。
 だから上目使いにそんな捨てられた子犬のような目で見ないでちょうだい。
 そ、そうだ、見えるからいけないんだ。うん。眼鏡を外せば。冴えてるぞ、私。
「蔦子さま?」
「いや、ちょっと目が痛いだけだから」
「大丈夫ですか?」

 ぐぱっ

 近眼なんてものともしないくらいの至近距離に笙子ちゃんの顔がっ!(しかも心配そうな憂い顔!)
「蔦子さま!?」
「あっ!?」
 仰け反った瞬間、足を滑らせ視界が回る。

 ゴンッ!!

「蔦子さまっ! 蔦子さまっ!!」
 泣きそうな顔でしがみついている笙子ちゃんの頭にはやっぱり犬耳が揺れていて、ちょっと頭を撫でてみたいなんて思いつつも、薄れてゆく意識の中で蔦子が最後に思ったことは、これで萌え死にの汚名だけは被らなくて済むなということだった。


【723】 またしても杉浦仁美のメランコリーの雨  (ケテル・ウィスパー 2005-10-12 15:14:11)


「ごきげんよう、乃梨子さん……ちょっとよろしいでしょうか?」

 朝1年松組の教室に入るなり、私は乃梨子さんに今の危機的状況を報告することにいたしました。

「……ぅくっ…ぐすっ……はぁ〜…。 ごきげんよう…瞳子……どうしたの?」

 『六千人の命のビザ』を読んで、珍しく感動の涙を流している乃梨子さんが私の方に顔を向けます。

「あの〜、ここではちょっと……よろしいですか?」
「あ〜、いいよ」

 ハンカチで目元を押さえている乃梨子さんを伴って歩いていると、なんだか私が、乃梨子さんを泣かせるような事をしでかしたと勘違いされそうですけれど……。
 階段の影に場所を移して、 教室では言いにくい原因が入っている胸ポケットに手を伸ばします。

「で? どうしたの? まあ、瞳子の背中見たらなんとなく分かったけど」
「じつは……ですね…こんな風になってしまいまして……」

 胸ポケットから ”そろ〜〜〜〜っ”っと取り出したそれを恐る恐る乃梨子さんに渡します。

「ちょっと…これ、もしかして土曜日に渡したの?」
「その……もしかしなくても、土曜日に頂いたものですわ」
「どこ行きゃあ1日でこんなになるのよ!」

 乃梨子さんに手渡した物は ”数珠”。 乃梨子さんが『お守りに使いなよ』と作って頂いた物です。 材料費は私が出していますが。 
 乃梨子さんが選んだ白と無色透明な天然水晶で作った物でした。 それがたった1日で白の石は黒ずみ、透明な石は染みが出来ていたり、表面はつるつるなのに中にヒビが走っていたりと、散々な状況になっているのです。

「はあぁ〜、この数珠はもうだめだね、効力無くなっちゃったよ。 何やってたのよ昨日?」
「その〜……えっと…祐巳さまと……K駅近辺を…少し…」
「………あぁ、デートね。 それだけでこんなになるって、そんなにハードな所なんてあの近辺にはないと思うけれど」
「道路脇に花束があった所がありましたわ。 たぶんそこで…」

 乃梨子さんが、私がお持ち帰りしてしまった霊の霊視をしています。 私自身は幽霊キャッチャーと言うだけでまるで見えませんから困った物ですわ。

「3〜4歳位の女の子と、シスターだ」
「え?」
「女の子の方が交通事故だね、子供はなかなか難しいしな〜言うこと聞いてくれないし。 シスターは……あ〜…そう言うこともあるか…」
「な、なんですの?!」
「……肉欲魔人………ま、そんな感じ」

 一瞬言いよどんだ乃梨子さんの口から、とんでもない単語を聞いたような気がしますけれど。 突っ込んで聞きたくはありませんわ。

「その2体が強く出てるけれど、他にもたくさん背負い込んだね、土曜日一掃したと思ってたけど、瞳子の幽霊キャッチャーの能力の方が一枚上手だったみたいだね。 でもね〜、学園内じゃあ浄霊時間掛かるんだよねぇ〜お伺い立てようか?」
「”神仏の領域”って言うのですわね。 でも、1日位なら大きな影響は受けないでしょうから…」

 神仏の領域の近くで浄霊や除霊をしますと『領域荒らし』と見なされるらしく乃梨子さんが痛い目を見るのだとか。 そのため、乃梨子さんは、まずご自分の守護霊様にお願いして、そこから守護神様に話を上げて、神域からの許可を取り付けてこなければならないのだそうです。

「危険だから数珠が壊れたって事を忘れてない? う〜〜ん、まいったな〜。 今日は放課後薔薇の館で会議があるんだけど……ホントに大丈夫?」
「大丈夫ですわ、1日位耐えて見せます」
「…そう。 一応授業中にお伺い立ててもらうよう頼んでみるけど、この場合なかなか許可が来ないように思うから。 ………遠隔でやれるかな? 取り合えず今夜電話するから。 般若心経5枚かな、やり方はこの前教えた通りにね」
「分かりましたわ。 10時位でお願いしますわ」
「OK、10時頃ね」

 乃梨子さんの霊能力に気が付いた時から、私が取り憑かれ易い、お持ち帰りしやすいと分かった時から何度もしている事、簡単に時間だけを打ち合わせて教室に戻ることにいたしました。

「でもさ、皮肉なもんだよね……」
「なにがですの?」
「マリア祭の時の、数珠を晒しものにしていた瞳子が、今じゃあその数珠をお守りにしているんだからさ」
「………………ほんとうに……でも、皮肉とは言いたくないですわ?」
「なんで?」
「あ〜……、なんでもありませんわ」

 皮肉……とは思いたくありませんわ。 理由はいろいろありますけれど、口に出すつもりなどありません。


 教室に戻ると普段通りに、乃梨子さんは本の続きを読み出して、また涙を流し。 私は、敦子さんや美幸さんと乃梨子さんの周りで『かしらかしら〜♪』などと踊ったりしていました。

* * * * * * * * * * ** * * * * *

 憑いていたシスターの色情霊の怖さを思いっきり味わったのは、その日の昼休みでした。
 
 ええ、もう。 思い出したくもないのですわ! 祐巳さま、ごめんなさい……。


【724】 (記事削除)  (削除済 2005-10-12 19:59:44)


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【725】 新たな妹候補その名は「桂」  (六月 2005-10-13 00:23:29)


「という話ですが、祐巳さん、どうなの?妹にするの?」
ちょ、ちょっと待ってよ、そんな無茶苦茶な話は無いよ。
「無理、ありえないよ、真美さん」
「そうなの?祐巳さんに『妹にしてください』って申し込んだって聞いたんだけど」
真美さんにしては珍しく誤報に惑わされてるなぁ。
というか、どうやったらそんな噂が出てくるんだろ?
「あのね真美さん、桂さんは同級生だよ。妹に出来るわけないじゃない。
 ねぇ、志摩子さん」
話を振られた志摩子さんは、可愛らしく唇に人差し指を当てて考え込んだ後、「桂さんってどなたかしら?」って。
ひどっ!!一年間同じクラスに居たのに忘れたの!?というか、今も同じクラスだよ!
たしかに、桂さんは影が薄いよ!テニス部でも活躍してるかどうか分からないよ!
黄薔薇革命のときも噂だけでリリアンかわら版にも載ってなかったよ!
アニメでもトイレの出番カットされたり、真美さんに取って代わられてるよ!って関係ないか。
それでも忘れるなんて酷いよ志摩子さん・・・。

「蔦子さんは覚えてるよね?」
「そりゃ、リリアン女学園全校生徒の顔を覚えてる私が知らないわけないでしょ?
 というか、噂の原因も知ってるよ」
おぉー、さすが蔦子さん。その原因とは!?
「桂さん曰く・・・・・・『落第でもなんでもするから、出番をくださーーーーい!!』だそうよ」
・・・忘れちゃってもいいよね、桂さん。


【726】 (記事削除)  (削除済 2005-10-13 02:32:03)


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【727】 (記事削除)  (削除済 2005-10-13 10:19:05)


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【728】 雨上がり妹を乃梨子に  (ROM人 2005-10-14 06:53:40)


この作品はROM人の書いた 【No:622】「笑えない明日」の完結編です。


――――――――――――――


3月、卒業していく志摩子さん達を遠くから見守った。
自分からロザリオを返したくせに、本当はどこかでかすかな期待を抱いていたのかも知れない。
風の噂で、志摩子さんは修道院に入ったことを聞いた。
もう、会うこともないのだろう。

銀杏の中にただ一本の桜の木。
そう、ここは私の思い出の場所。
ゆっくりと見上げると、今年もこの桜は見事な花を咲かせるのだろう。
志摩子さんにロザリオを返してからは、ずっとこの場所に近寄らないようにしてきた。
そこには、いつも志摩子さんが居るような気がしていたから。
桜の幹をぎゅっと抱きしめる。
懐かしい思い出がよみがえってきて、胸がぎゅっと締め付けられて苦しい。
祥子さま、令さま、祐巳さま、由乃さま、志摩子さん……。
あの山百合会での日々が蘇り、私は涙を堪えきれなくなる。
志摩子さんが手首に巻いていたロザリオ。
私の同じ場所には自分で刻み続けた傷痕。
何度か病院のお世話にもなった。
心配した両親に連れ戻されそうにもなった。
しかし、私はここに居る。
友を罠にはめ、自殺に追い込んだ罪人の私が出来ることはそれだけだった。

『乃梨子さんのせいじゃありませんわ』
風に乗ってあの子の声が聞こえたような気がした。
私はまだ許してもらいたいと思っているのだろうか。

「あっ……すいません」
ふいにした気配に振り返った私を見たその子は、驚いたような顔でそう言った。
桜の木を見つめながら泣いていた私をみて、彼女はどう感じたのだろうか。
ペコリと頭を下げ、逃げるように立ち去っていく。
その後ろ姿に、私は凍り付いた。
縦ロールの髪の毛が揺れていた。






4月、彼女は再び私の前に姿を現した。
あの日から、ずっと通っていたあの場所に。
あの日から私はあの子を探し回った。
結局見つからなかった私は、
彼女のことをだんだんと桜の木が見せてくれた幻だと思いこむようになっていた。
あんまり私が瞳子のことばかり考えていたから、そんな幻を見たのだと。

「桜……綺麗ですね」
彼女の第一声はそれだった。
今年もあの桜は見事な花を咲かせていた。
私は返事を返す事も忘れ、その子を見つめてしまった。
「あの……」
「と…う…こ……」
「え!?」
私は思わず、その子を抱きしめてしまった。
私の腕の中で彼女は驚いた顔のまま固まってしまった。
「わ、私は神尾悠奈で……あ、あああ、あの……は、はなしてください」
私は夢中で彼女にしがみついてしまった。
だって、彼女はまるで瞳子が生き返ったみたいにそっくりだったから。


「そう……なんだ」
私と悠奈ちゃんは、以前志摩子さんとお弁当を広げたあの場所に座り、
桜の花を見上げながらお互いの話をした。
悠奈ちゃんは今年高等部に入学した一年生だった。
道理で3月の間ずっと探し続けても見つからなかったわけだ。
彼女は演劇部で輝いていた瞳子に憧れていて、
いつの間にか瞳子の髪型を真似たりするようになったのだという。
「学園祭も見に来たんですよ。 
 エイミー役の瞳子さまはすごく輝いてました。 それに、山百合会の劇も……」
そこまで話して、彼女は口籠もった。
「私のこと、知ってるんだ」
「はい。 瞳子さまの一番の親友で二条乃梨子さまですよね」
彼女は、今でも私が瞳子の親友だと思っているのだろうか。
「親友じゃ……ないよ」
私は、自嘲気味に笑った。
「え? だって……」
「親友だと思っていたのは私だけだったんだよ。 私は瞳子のことを何も知らなかった。
 勝手に親友だと思って、勝手に瞳子のためだと瞳子を罠にはめ、自殺に追い込んでしまった。
 親友なんてとんでもない、私は……私が瞳子を殺したんだよ!!」
私は我を忘れ、彼女につかみかかって声を荒げていた。
彼女は私の剣幕に驚いたのか、一瞬顔を恐怖に歪めたが、ゆっくりと優しげな笑みを浮かべた。
「そんなこと、ないですよ。 瞳子さまはいつだって乃梨子さまのことばかり見てたんですから
 伊達にずっと瞳子さまを見続けてきた訳じゃありませんよ、私は」
ずっと彼女は、瞳子と私を見ていた。
私は全然気がつかなかったけど。
「だって、私は……」
私は、あの時のことを悠奈ちゃんに全て話した。
隠しておくべきではないと思ったし、私が瞳子を追いつめてしまったのは事実だから。
「瞳子さまは、本当に乃梨子さまのことが好きだったんですね……」
悠奈ちゃんは時折、瞳子が死んだときのことを思い出したのか悲しそうな顔をしたが、
全てを語ってもまだ、彼女は優しげな微笑みを崩すことはなかった。
「瞳子さまの死は悲しかったです。
 でも、瞳子さまは自分の命をかけてまで乃梨子さまの幸せを願ったんです。
 それって、すごい事じゃないですか。
 だから、今の乃梨子さまをみたら瞳子さまは悲しむと思います」
少し怒ったような顔で……優しく。
「あの山百合会が壊れてしまったとき、悠奈はすごく悲しかったんです。
 どうして、みんな瞳子さまが望んだことをわかってくれなかったんだろうって」
この時、私はどんな顔をしていたのだろう。
ゆっくりと私は彼女に抱きしめられた。
私の心の中の雨雲が少しずつ消えていき、明るい日の光が、凍り付いた私の心を溶かしていく。

瞳子ごめんね……やっぱり私は瞳子のことわかってなかったよ。
私が一人で生きる事なんて瞳子は望んだりしないのに。

だから、振り返るのはもうやめる。
瞳子はきっといつだって私のことを見てくれている。
だから私はまた歩き始める。


「そうだ、忘れてた……悠奈ちゃんごきげんよう」
「あ、悠奈も忘れてました……ごきげんよう乃梨子さま」


それから、私こと二条乃梨子が神尾悠奈を妹にし、
2月、選挙に1年生ながら出馬し、
当選した悠奈は私の咲かすことの出来なかった白薔薇を立派に咲かせてくれることになる。
でもそれは別のお話。


笑えない明日−TrueEND



【レイニーダークルート(仮) まとめリンク】

【No:622】「笑えない明日」 −ROM人
     ↓
【このセリ掲示板: No:3】「悲しみの別れ 〜笑えない明日 〜」 −琴吹 邑さま
     ↓
【No:728】「雨上がり妹を乃梨子に」−ROM人
     ↓
【このセリ掲示板: No:10 】「Resurrection」 −琴吹 邑さま
     ↓
【No.851】 「悲しみにさようなら」−ROM人


【729】 (記事削除)  (削除済 2005-10-14 21:33:12)


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【730】 笑顔の力  (六月 2005-10-15 00:18:32)


リリアン女学園の銀杏並木をあても無く歩いていると、晩秋の冷たい風が頬をかすめていく。
どこか寒々しい曇り空は今の私の心を写しているみたいだ。
こんなにも悩み続けるなんて、らしくないじゃないか、武嶋蔦子。
ため息だけが「ふぅ」と零れる。

「ごきげんよう」
「・・・ごきげんよう、志摩子さん」
銀杏拾いに興じる白薔薇さまか、いつもならシャッターチャンスは逃さないんだけど・・・。
「何かお悩みのようね、蔦子さん」
にっこりとほほ笑みながら痛いところを突いてくる、それは白薔薇の血統なんですかね、まったく。
しかも、見つめ合ったままで何も言わないなんて、・・・りょーかい、降参です。
「志摩子さんは乃梨子ちゃんを妹にする時に悩んだりした?」
「えぇ、それはすごく。
 ・・・薔薇さまの称号が乃梨子の重荷になりはしないか、私が妹を持ってもいいのか、悩んだわ」
薔薇さまの称号か、たしかにそれは重いかも。
「でも、乃梨子がその悩みを半分持ってくれた。だから迷うのをやめたの。
 私は乃梨子が好き、一緒に居たいから」
「志摩子さんもストレートに言ってくれるわね」
まったく、こっちはどんな顔して聞いていたら良いのよ。
「笙子さんは嫌い?祐巳さんは喜んでいたわね、蔦子さんにも良い出会いがあった、と」
本当に心臓に悪いことを真っすぐに聞いてくるんだから・・・。
「好き嫌いじゃないの、私はこの学校の生徒一人一人の一瞬を、平等に写し、残していきたいのよ。
 一人だけを特別扱いするようなことは出来ないわ。それは他の人たちに対する裏切りだもの」
私の話聞いた志摩子さんはしばらく小首をかしげたあとポツリともらした。
「ということは、蔦子さんのポリシーはその程度のものだったということじゃ無いのかしら?」

って聞き捨てならないわね。
「どういう意味?たとえ白薔薇さまのお言葉でも怒るわよ」
「だって、特別な人が一人出来ただけで、蔦子さんは蔦子さんで無くなってしまうのかしら?
 笙子さんにのめり込んで、他を捨ててしまうほど、武嶋蔦子さんは弱い人なの?
 だから逃げているのかしら?」
私は・・・逃げている・・・怖いのかもしれない、笙子ちゃんが好きな自分が・・・。
「写真か、笙子さんか、どちらか選ばなければいけない・・・と、そう思い込んでいるのね。
 どちらも手に入れれば良いのに」
その言葉にはっと顔を上げる。柔らかな髪を風に揺らし、まるでマリア様のように微笑む志摩子さんの顔を茫然と見つめた。
「三奈子さまは新聞部の活動をあれだけこなしながら、真美さんをおろそかにしたかしら?
 桂さんのお姉さまは桂さんとテニスのどちらかだけを大切にされていたかしら?
 蔦子さんが笙子さんと写真の両方を大事に思う、これはごく普通のことではないのかしら?」
でも、私が写真に熱中したら笙子ちゃんのことをどこまで思っていられるか自信が・・・。
「それに、笙子さんは写真に夢中な蔦子さんと、写真を捨てた蔦子さんのどちらが好きなのかしら?」
それは私の心の奥を一番突いた言葉だった。笙子ちゃんは私の写真が好きだと言ってくれた。
私の写真の中で輝けると喜んでくれた。そしてこんな私の側に居るために写真部に入部した。
そうだ、笙子ちゃんにとって私は『写真部のエース武嶋蔦子』なのだ。
「姉妹(スール)は姉が妹を教え導くもの、だけど、姉は妹に支えられて成長して行くものでもあると私は思うの」
志摩子さんの指が私のカメラをそっと撫でていく。
「ねぇ、蔦子さん。笙子さんにカメラを教えること、一緒に写真を撮ることは楽しくない?」
えぇ、楽しいわ。撮影技術を教えている時のあの笑顔が好き。カメラ恐怖症を克服しようとしている姿が愛しい。

「人は出会うべくして出会うものだわ」
えぇ、ただシャッターを切るだけじゃない楽しさをあの娘が教えてくれる。
私に力をくれる笙子ちゃんの笑顔のためにも、もう、迷わない!
「ありがとう、志摩子さん。これから笙子ちゃんに妹になって、と言ってくる」
「酷いこと言ってごめんなさいね。ロザリオは持っているの?」
ロザリオか、きっと私達にはそんなものは要らない。
「ううん、これがある。私の一部になっているコレをあの子に託すわ」
私が長年慣れ親しんだこのカメラ。これが写真部姉妹のロザリオよ!


【731】 (記事削除)  (削除済 2005-10-15 15:37:36)


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【732】 融合解除今、必殺のリリアン大戦  (joker 2005-10-15 22:55:12)


「私のターンよ!『黄薔薇の蕾』、攻撃!」
「何の!トラップカードオープン!『スキャンダル』!」
「あっ!私のカードが!!」
「じゃあ次は私のターンだね。ドロー。まずは…、魔法カード『百面相』!」
「そ、そのカードは!!!」


 昼休み。由乃と祐巳は薔薇の館で、最近リリアンで流行っているとあるカードゲームに興じていた。

 その名も『リリアンうぉ〜ず』。

 始まりは、とある一年生が有名なカードゲームを参考に作ったゲームである。
 最初のうちは一年生の中だけで流行っていたのだが、何時からか2、3年の間でも噂となり、今では学校全体で大ブームとなっていた。ちなみに、カードは漫究が作って週に1、2度配布している。

「『紅薔薇さま』召喚!由乃さんにダイレクトアタック!!」
「ぐあぁぁー。また負けたー!」
 今の勝負で12敗目を喫した由乃は、カードを投げて机にうつ伏せになる。
「ねぇー、祐巳さん。何でそんなに強いのー?」
 由乃の問いに祐巳は困ったような表情をする。
「え〜と、……ワンパターンだからじゃないかな……?」
 そうなのである。由乃は性格通りのイケイケ戦法でトラップがあっても突っ込んでくる。最初の時は、何度か負けていた祐巳も、最近では負け無しなのである。
「う〜〜、言ってくれるわね〜、祐巳さん。」
 机につっぷしたまま、恨めしそうな目を向けて由乃が言う。
 ちなみに、由乃は山百合会の中で勝率は一番下である。ちなみにちなみに、勝率No.1は志摩子でNo.2は祥子である。今では志摩子の『桜の木』からの白薔薇コンボは最強の代名詞となっている。
「…由乃さん、何時までも拗ねないでよ〜。この前手に入れた『謎の中学生』のカードあげるからさ〜。」
 祐巳がそういうと、由乃は目を輝かせて飛び起きる。
「ホント!?じゃあ私もマジックカード『ドリル』あげるわ。」
「わっ、本当に?ありがとう!」
 こうして、由乃と祐巳が仲良くカード交換をしている頃、最強の志摩子が教室で謎の無名に負けて大騒ぎになっていた。


【733】 学園長としゃべり場  (くま一号 2005-10-16 00:17:12)


できることとしたいこと 【No:709】 琴吹さん からの続き


 志摩子が生徒指導室の前に来た時には、真美さんだけがいた。
「今日のギャラリーは私だけなの。それに私も授業をさぼるわけにはいかないのだけれど。でも今日の号外は私の責任で出したから。」

 それでわかった。真美さん、自分のせいで私が呼ばれたんだと思っているのね。

「残念ね。いつもなら山百合会と新聞部写真部勢揃いでお迎えしてくれるはずなのに。」
「あのー志摩子さん? ねえ、私も一緒に行くわ。」

 いや、そういうことで呼ばれたのではないだろう。それなら私だけが呼ばれることはないはず。

「真美さん、さぼりはだめよ。いえ、今日の号外の件で呼ばれたのならば、最初から真美さんも一緒のはずだわ。たぶん、そのことじゃないのよ。」
「うん、みんなもそう言ってたんだけど。」
「みんな?」
「うん、松組でね。志摩子さん、別に悪いことをした訳じゃない、事情を聞かれて収拾するように言われるんだろうって言ってたのよ。でも」
「そうだと思うわ。大丈夫。」

 そう言って、ドアをノックする。ちょうどその時本鈴が鳴った。

「わかった、私は戻るわ。」
そう言う真美さんを背にドアを開ける。
「失礼します。藤堂志摩子、まいりました。」

 意外に、中にいたのは学園長シスター上村おひとりだった。
「呼び立ててごめんなさいね。ちょっとあなたとお話ししたかったの。姉妹のことで。」
「あの、リリアンかわら版の号外のことですか。お騒がせして申し訳ありません。」

「ふふふ。あのね藤堂さん、桜組伝説、じゃないけど、こういうことは何年かに一度ずつ起きているのよ。」
「は?」
 ぽかん、と口を開けてしまった。それじゃ私は?

「まあ、あなたみたいに薔薇さまが全校相手に言ってのけたのはめずらしいことだけれど。」
「はあ。」
「特に外部から来た人には二人の先輩後輩だけが結びつけられるのを奇異に思う人がいてもおかしくないでしょう? 何人もの妹、というより子分ね、引き連れていた姉御肌の子もいたし、何人かのお姉さまにうまくあまえていた子もいたわ。」
「あの、そんなことをして周囲の人たちは何も言わなかったのでしょうか。」

「そうねえ。」
学園長は少し考え込んだ。
「むしろ、普通の姉妹の仲がよすぎるほうが、私にとっては頭痛の種ね。」

 ずき、と胸の痛み。お姉さま、佐藤聖さまは私に詳しいことはなにも話さなかった。そういう姉妹だった。令さま、由乃さんや祐巳さんはなにか知っていることがあるらしいけれど聞いてみようと思ったことはない。聖さまは私にそう言うものは求めなかった。

「姉妹、という形はともすれば行き過ぎた親密さ、というのかしら、あなたにはわかると思うけど、走って行きがちなのですよ。先入観だったのかしら、あなたにはそういう心配をしていたの。実はね。」
「私がですか!?」
「二条乃梨子さんがあまりにこの学園になじんで変わってしまったのでね。少し心配したのですよ。」

 乃梨子が? いえ、学園長の口ぶりからすれば、姉妹という制度が高校生の女の子にとって決して安定なものではないらしい。お姉さまは姉妹、という形に頼ることをしなかった。でも姉妹という形を利用して隠れ蓑にしたり、もっと想像するなら姉が妹に迫ったり、そんな場面をシスターは見てきたのかもしれない。

「だからね、今度のことがあなたの提案だったって聞いて、あなたがいい方に変わったなって安心したのよ。」
「あ、あの、畏れ入ります。」

 これは、まいった。お兄さまにも柔らかい色がついた、と言われたばかりじゃないの。乃梨子が、そして祐巳さんや瞳子ちゃんや仲間たちが私を変えてくれた。

「それで、どうなの?」
「どう、とは?」
「松平瞳子さん。複雑な子よ。本人もまわりもね。」

 複雑な。たしかにそうかもしれない。女優、という殻で身を包んでしまうまでにいったいなにがあったんだろう。祐巳さんは、直感的にそれを感じて、その殻を破ることができる。祐巳さんだけができる。そのことに祐巳さんだけが気がついていないのが不思議なこと。

「まわり、とは家の事情とかがやはりあるんでしょうか。」
「それは私から話すことはできないけれど、名家というのはいろいろ抱えているものはあるはずね。」
「なにかあるだろう、とは思っておりました。演劇のことはいろいろと話すのですが、自分のプライベートなことはほとんど話さない。実の姉妹がいるのかさえ知りません。」

「それは、よくあることかもしれないけれどね。あなたにお兄さんがいることだって、ほとんど誰も知らないでしょう?」
「ええ、のり…二条さんにさえ話していなかったのに気がついて自分でも驚いたところです。」

「あら、それは私も驚きましたね。黙っていてもわかると思っているのは佐藤さんの影響かしら。」
ふふふ、とほほえむ学園長。そんなところまで見られていたとは。
それは、あの聖さまの妹、そして外部受験組で首席の乃梨子を妹にした、ずっと注目されていたのかもしれない。

「シスター、そんなことをお話になるために私をお呼びになったのですか。」

「まあ、そうね。松平瞳子さんを支えてあげて欲しいの。これからなにがあるかわからないとしても後ろ盾になってあげて欲しい。そうお願いしたかったの。」

「そんな……この授業中にお呼びになったということは、これからすぐになにかあるのですね。」

「そう思ってもらってもいいわ。あなたと二条さんそして」
「そして?」
「福沢祐巳さんもついてくれるわね、必ず。あなたがたはいい仲間を持っているわ。」

ふと、学園長が遠い目をしたような気がした……気のせいだろうか。

「わかりました。」
「今のあなたは、松平さんの姉、なのでしょう?重い役目になるかもしれませんよ。福沢さんと二人で支えてちょうどいいくらいのね。」
「はい。覚悟しておきます。」

「だいぶ時間を取らせてしまったわね。授業に戻りなさい。」
「はい。」

「失礼します。」
「あ、藤堂さん。」
「はい?」
「騒ぎはあまり心配しなくてもおさめられると思うわよ。あなたにはいい仲間がいるのだから。」
「ありがとうございます。」

 姉妹騒ぎどころではなくなるようなことが瞳子ちゃんに降りかかるというのだろうか。

 瞳子ちゃんにこれから起こること。たぶん松平家にかかわることで、瞳子ちゃんの運命を左右するようなことを学園長は知らされている。なんだというんだろう。祐巳さんに、そう祐巳さんに知らせなくては。


【734】 照れくさい二人だけの宝物  (六月 2005-10-16 00:42:52)


No.730の続き・・・オチ?・・・です。

先週号のかわら版を握り締めて、お隣の部室、新聞部のドアをノックした。
「さて、真美さん、本日は良い情報をお持ちいたしましたの。先日の記事のお礼にね」
「そんなお礼なんて構いませんのに。武嶋蔦子さんと言えば、写真部のエース。山百合会の方々に次ぐ有名人ですし」
真美さんのにやにや笑いに、私のこめかみがヒクヒクと痙攣する。
報道コンビと呼ばれ、それなりに親友だと思っていたのに、この悪魔!
「私達姉妹のことを取り上げていただいたのに、せっかくですのでお礼を言わせてくださいな」
あーあ、真美さんの後ろで日出美ちゃんがわたわたしてるわね。心配しなくてもここで暴れる気は無いわ、私はね。
「すでに新聞部も噂はご存じとは思いますが、私達のまねをしている姉妹が出ているということですわね」
「えぇ、姉が愛用の品を妹に渡す、深いつながりを示す良いお話だと思いますわ。
 蔦子さんと笙子さんのカメラがつなぐ絆に皆憧れたのでしょうねぇ」
おやおや、真美さんにしては甘いわね。それで困ったことが起きているというのに。

「えぇ、色々と起こっているようで、桂さんが妹にしたい1年生にテニスラケットを渡そうとしたとか」
窓の外で祐巳さんが祥子さまを追いかけているのが見えた・・・そろそろね。
「他にも、手芸部では編み棒を渡したとか、発明部では顕微鏡をとも聞いていますわ。
 ただ、茶道部では数百万の茶器を、弦楽部ではストラディバリウスを渡そうとした方も居たみたいね。
 あまりに高価な物の授受となると、と山百合会でも問題視して会議をしているそうですわ」
だんだんだんだんっ
クラブハウスの廊下を怪獣が足音高く近づいてくる音が聞こえる。
「ということで、肝心の情報、山百合会、特に紅薔薇さまがお怒りなのよね。
 対策考えた方が良いわよ・・・遅いかもしれないけど」
バタンッ!ばこっ!
新聞部の扉が豪快に開け放たれ、勢いで蝶番が外れた。
そこには怒髪天を衝く勢いで紅薔薇さま、小笠原祥子さまが鼻息荒く仁王立ちしていた。
「部長さんはいらっしゃるかしら!?」
「は、はいっ!!」
「祐巳から聞きました!先週号のかわら版のせいで大変なことが起きているそうではないの!?」
「え?あ?蔦子さん、祐巳さんに売ったわね!?」
「聞いているの!?」
笑いを押し殺しながら新聞部の部室を抜け出す。こってりと紅薔薇さまに絞られてくださいね、真美さん。

写真部の部室に戻ると、笙子ちゃんが心配そうな顔をして私が帰ってくるのを待っていた。
「つた・・・お姉さま、大丈夫でしたか?何か大きな音も聞こえていたんですが・・・」
「大丈夫」あなたは何も心配しなくて良いの、そっと笙子ちゃんの頬に触れる。
「私達の秘密を面白おかしく書き立てた新聞部には紅薔薇さまの雷が落ちるけどね」
頬に触れていた手を肩にやり笙子ちゃんを抱き寄せると、シャラリと首元から鎖が触れ合う音が聞こえた。
「着けてるんだ」
「はい、やっぱりこれに憧れていたので」
笙子ちゃんのその首にはロザリオがかかっている。ロザリオが無くて寂しそうにしている姿に結局負けたようなものだ。
なんだろう、実の姉妹が居るとこんなに甘え上手になるものなんだろうか・・・。
「いいのよ、笙子。
 でも、本当はカメラのほかにロザリオも渡していることは、私達だけの内緒だからね」
「うん、内緒!」


【735】 沈む夕日見つめ田植えをしよう!二条乃梨子、  (ROM人 2005-10-16 02:42:53)


「志摩子さん、もうすぐ日が沈みますね……」
「そうね、でもあと少しだから」

「周りで作業している人、誰も居ませんよ?」
「あと3カ所の田圃に植えれば終わりだから♪」

どこからどう見ても洋風な顔立ちに、手ぬぐいをかぶりもんぺ姿の現白薔薇様。
リリアンの生徒の誰がこんな姿を想像するだろうか。
二条乃梨子はそのアンバランスだが、なぜかそんな姿が似合ってしまう志摩子さんにもう一度惚れ直してしまう。

「あ、あと3カ所!?」
「そうよ」
「もう、だいぶ薄暗いんですけど……」
「平気よ、乃梨子が居るのだもの」

だからその何だかわからない根拠はどこから来るというのだろう。
でも、志摩子さんと一緒だから嬉しいんだ。
嬉しいということにしておこう。

とりあえず、「なんてタイトル引いてるんだROM人よ」と乃梨子は空に向かって呟いた。


【736】 (記事削除)  (削除済 2005-10-16 06:39:38)


※この記事は削除されました。


【737】 意固地そしてただ  (くま一号 2005-10-17 19:47:15)


がちゃSレイニーシリーズ 【No:733】の続き

「あ、そう。午前中までで早退するの。」
「そうですわ。なにやら周りが騒がしいですけれど私には関係ありませんから。」

うーん、ほんとに祐巳さまと話す時間なくなっちゃうなあ、どうしよう。
志摩子さんの呼び出しも気になるし。

「それで、なにをしに? 今度は瞳子が熱を出すの?」
「乃梨子さんには関係ありませんわ。」
「なによそれ。気になる言い方ね。」

「なんでもありませんのよ。この松平瞳子には日本は狭すぎるのですわ。」
「ちょっと、瞳子ーーーー。どういうことなのよっ。」
「どういうことって言葉通りですわよ。」
「瞳子、ちゃんと話しなさいよ。」


・・・・・・


 三時間目の授業中、志摩子さんは教室に戻ってきた。
席に戻る途中、とん、となにかを私の机の上に。紙が結んである。メモだ。

『桂さんへ
瞳子ちゃんの身の上に何か起こるらしい 学園長に支えてほしいって言われた
次の休み時間に私は一年椿組へ行くから 祐巳さんを連れてきてくださらない?
お願い』

 OK、とサインを出す。志摩子さんがうなずく。
姉妹のことではなかった、ということはよほどのことが瞳子ちゃんに起こるんだろうか。
さっき、由乃さんや祐巳さんたちと、姉妹の間が混乱してしまう悲劇をなんとか防ごうって、真美さんにもう一度号外を出してもらうか、それとも志摩子さんに提案を引っ込めてもらおうかって話し合ったところだった。

 どちらにせよ、三時間目が終わったら松組へ行くつもりだったから、祐巳さんには急いで伝えなければならない。

 たいくつな……先生ごめんなさい……授業が終わって、志摩子さんと顔を合わせる。
「桂さん、ごめんなさい、お願いします。」
「ええ、祐巳さんを連れて一年椿組へ行くわ。」

 二年松組の教室前にはさっきのメンバー、祐巳さん、真美さん、蔦子さん、由乃さんが待ちかまえていた。
「桂さん! 志摩子さんからなにか聞いた?」
「それなの、学園長の呼び出しは姉妹のことじゃなかったのよ。」

 志摩子さんの伝言を見せて、様子を話す。

「うーん、それだけじゃなにがなんだか。」と、蔦子さん。
「とにかく一年椿組へ行こう。瞳子ちゃんが気になるよ。」
祐巳さんが、駆け出そうとしたところへ、乃梨子ちゃんが階段を駆け上がってきた。

「祐巳さま〜。大変です、と、瞳子が。」

「ちょっと、落ち着いて。」真美さんがとりあえずなだめる。

 そうしている間に、乃梨子ちゃんにだいぶ差をつけられた志摩子さんがやってきた。

「瞳子が、カナダへ行っちゃうって。」
「えー。カナダ?」
「どういうこと?」
「そんなの聞いてない。」

 乃梨子ちゃんと瞳子ちゃんでこんな話があったらしい。


『お父様がバンクーバーの支社長になって、もう家族はあちらに住んでいるのですわ。』
『え? じゃあ瞳子、今ひとりなの?』
『ずっとついていてくださる婆やがいますからひとりじゃありません。別に不便はありませんけど。』
『そんなこと全然言わなかったじゃない。』
『聞かれませんでしたから。』

『あのねえ。まさか今日の午後からいきなり移住しちゃうっていうんじゃないでしょうね。』
『おほほほほ。海外旅行もしたことのない方はこれですから。カナダに住むためにはビザがいりますのよ。午後はカナダ大使館にビザを受け取りに行ってくるのですわ。』
『受け取りに、ってことは申請はもうしてあったんだ。』
『ええ。駐在者の帯同家族っていうそうですけど、すぐに下りますのよ。』

『最初、家族と一緒に行かなかったのに、どうして今になって急にそんなことを言うの?』
『だから、松平瞳子の舞台には日本は狭すぎるって言ってるじゃありませんか。』

『瞳子。この前の雨の日の翌日にビザの申請、出したね。』

『祐巳さまには関係ありません!!』
『そのむきになりかたが、関係あるって言ってるようなもんだよ。』
『いくら乃梨子さんでも私のことをそんな風に邪推する権利はありませんわ。』
『瞳子っ。それでいいのか。ほんとにそれでいいのかよ。』
『だから、そういううじうじした日本は瞳子にはもう関係ないのです。来週にはカナダの大地が瞳子を待っているのですわ。』
『瞳子、ちょっと待て。とにかく祐巳さまと話そうよ。』
『忙しいんですのよ、出国前は。荷造りのために明日からはほとんど学校へは来ませんわ。』
『そんな……。』
『鈍感な方には逃がした魚は大きいってお伝えくださいませ。おほほほほほ。』


「瞳子ちゃん、そんなことを。」がっくりとうなだれる祐巳さん。
「止めるのよ。とにかく、止めて祐巳さんと話を……。」と由乃さん。
「でも、そこまで決まってしまったものを戻せるかしら。瞳子ちゃんもご両親と離れているわけだし。」と真美さん。

「そういえば、瞳子ちゃん、夏にカナダへ行くって言っていたわよね、でも行かなかったそうだけれど。」
「ええ、志摩子さん。遊びに行くんじゃなくて、家族で移住の下見、というより準備に行くことになっていたらしいんです。9月のあちらの学校の新年度から転校することになっていたらしいんだけど。」
「どうして行かなかったんだろう。」と由乃さんが腕組みをする。
「それはわかりません。家族は行ったのに瞳子だけ残ったそうです。そこは瞳子は口を割らないですから。」

「乃梨子ちゃん、お願い。四時間目が終わったら、瞳子ちゃんが帰る前に引き留めて。絶対に瞳子ちゃんと話したい。」
「はい、祐巳さま。首に縄つけてでも、つかんでおきます。」
「お願いよ。このまま離ればなれなんて、絶対にいやだもの。」



*注意 ストーリーの都合上、実際のカナダの入国管理制度とは違いがあります。
ご了承ください。


【738】 加東さんに小説を書いてみる  (一読者2 2005-10-17 21:03:19)


 今日も加東景の家には友人が来ている。
 景より一つ年の若い友人、佐藤聖は、ここ二三日景の家で課題などを読んですごしている。
「家でやれば?」と聞くと、「ここでやるほうが落ち着く」だそうだ。
 景は本を読む友人をしばらく眺めていたが、窓のほうに目を移した。
 ……やまないな。雨。
 課題のレポートは進まない。シャーペンを持った手を止めながら。雨の叩く窓を眺めていた。
 雨の日は憂鬱だ。そういえば父が逝った日の朝も雨が降っていたっけ。
 景の頭にはぼんやりとそんな考えが浮かんだ。別に雨が嫌いなわけでもなく、雨の降った後の晴れ上がった空を見るのも好きだっだ。雨の音に耳を傾けるのも心地よいと思う事が多い。でも時たま、憂鬱になる日もあるのだ。
「あれ、加東さん、レポート進んでないね」
 いつの間にか、佐藤さんは本を閉じ景の方を見ていた。
「朝から元気ないけど。大丈夫?」
「……別に大丈夫だけど…… 少し憂鬱な気分かも」
「ふーん。ま、そんな時もあるよね」
 佐藤さんは大きく伸びをしてしてからあくびをした。
 どうやら本を読むのも飽きたようで、流しに向かってお茶を飲み始めた。勝手知ったる我が家のようだ。
「あっそうそう」
 台所から振り返り佐藤さんが声をかけてきた。
「昨日調子が乗らなくて小説を書いてみたんだ。しかも加東さんが主役。加東さんの魅力を余すところなく書いてみた」
 この友人はたまに突拍子のないことをしてくる。
 調子が載らないから小説? 何故私が主役? などという一般的な疑問は役に立たない。
 たぶん本人がやりたかったのだろうなと言う答えを、景は佐藤さんと知り合って日が経つにつれて分かってきた。
「元気のない加東さんにプレゼントふぉーゆー。ねえ、読んでみてよ」
 佐藤さんは鞄をガサゴソとあさり始めた。
 受け取った原稿用紙の表紙には『めがねの詩(うた)』の文字。
 五秒で内容がわかる題名だ。
「書いてるうちに乗ってきちゃって気がついたら夜明けだよ。なに? 創作意欲って言うの? いやー、すごっ……てなにやってるの! 加東さん!!」
 景は無言で破り捨てた。
 原稿は三秒で屑に変わった。
 周りで「私の意欲作が〜」と言う声が聞こえるが無視する。……よけい憂鬱さが増えたような気がする。
 窓に目を向ける。
 少しするとまた静かになり雨の音だけが聞こえてきた。
 雨の音は落ち着く。確か昔は憂鬱な気分になることはなかったと思う。いつの日からたまに憂鬱な気分を感じるようになったのだろうか。
 ……と、こんなことをしてる場合じゃない。はやくレポートに戻ろう。
 さて取り掛かろうと目を移すと佐藤さんは再び本を読んでいた。
 普段おちゃらけている佐藤さんも本を読んでいるときは物静かな顔に変わる。何故だかこんな顔をどこかで見たような気がした。
 佐藤さんの様子を見ていると、ふと、景の口からは疑問に思っていたことがついて出た。
「なんで英文なんだろう……」
「えっ?」
 聞いてないと思っていた佐藤さんが返事を返してきた。
「あっ、いや、何でもないんだけど」
「そう言われると気になるじゃん」
「ふと佐藤さんって何で英文科選んだのかなって思っただけ。ただそれだけだから」
「そんなこと気になる? 学科なんかテキトーに決めてる人多いよ」
「ふと思っただけだから。でも前から気になってたは確か。やっぱり英語に興味があったからとか」
「そうじゃないけど。私はむしろ加東さんのほうが何で選んだのか気になってる。いや、雰囲気的にはバッチし合ってるんだけど」
 質問に質問で返された。
 そういえば私が英文科を選んだのはどうしてだろう。
 景は思い返してみたが、ごく自然に英文科を選んでいたような気がした。
「私の場合は家に本があったからだと思う。父が文学好きだったから蔵書がたくさんあったの。それで自然に読んでいるうちに英文に進もうって」
 父は物静かな人だった。雨の日は二人でめいめい本を読んでいたような気がする。そういえば逝く前の朝も本を読んでいたっけ。いつも通りの物静かな横顔だったのを覚えている。
「ふーん。加東さんらしいね。昔から文学少女だったのか」
「それで佐藤さんはどうなの?」
「なにが?」
「佐藤さんが英文科に進んだ理由」
「えー? 言うのー?」
「私の番終わったんだから、ほら」
 佐藤さんは露骨にいやそうな顔をした。
 そこまでいやそうな顔をしなくてもいいのに。
「しょうがないなー。元気がなかったりおしやべりだったりする加東さんのために、今日は特別だよ?」
 佐藤さんは勿体つけるようにたっぷり間を取ってから話し始めた。
「決めたのは去年の冬だけど、漠然と思ってたのは一昨年の冬以降。図書館で本を読んだから。終わり」
「ちょっと、それしゃあ理由がわからないわよ……」
「でも詳しくっていってもなあ……」
「佐藤さんじゃないけど逆に気になるわよ」
「でも聞いてもつまらないよ?」
 佐藤さんはしぶしぶといった感じで話し始めた。
「一昨年冬から去年始めぐらいの頃、聖書を読んでみようと思ったの。英文で」
「英文で?」
「そう。本当は原文で読みたかったけどそれは無理だから。辞書片手に読んでみたけど何がいいのかさっぱり」
 景は佐藤さんの行動のほうがわからなかったが、いつもの突拍子もない行動だろうと思い、聞き流した。
「その本の隣に英文の小説があって、そっちのほうが面白かったし、気づかされることも多いなあなんてね」
「その時本が好きになったの?」
「ん、ま、そうだけど、オチの方が気にかかってて。そっちの方が大きいかも」
 佐藤さんは苦笑いを浮かべた。
「実はその三ヶ月前にも本を読み漁ってた時期があって全く同じものを読んでたんだよね。図書カードに自分の名前が載っているの見てはじめて気づいたってオチ」
「あなたねえ……」
「結局神様の良さは分からなかったけど、色々な人がいて、色々な考えがあって、反発することも、分かることも分からないことも、戻ってきたとき分かることもやっぱり違うということも。ごちゃ混ぜになってたけど色々あるって分かったから。その印象が強かったから、冬に英文科に行こうって、思ったのだと思う」
 佐藤さんが話している顔は何を思っているのか静かな穏やかさがあった。
 ああ、この顔は見たことがある。
 物静かな父が、たまに本のことを――文学に限らずだが――話すときにこのような顔をしていた。そして父は口癖のように加えていた。「これは本に限らず、人間についても少しだけ、言えるかも知れないな」と。
 そんな本好きだった父と重なる佐藤さんの姿に、景は意外な一面を見たような気がした。
 同時に雨が憂鬱な理由も分かった気がした。
 雨がまた、好きになれそうな気がした。

 今日も今日とて景の家には友人が来ている。
 景より一つ年の若い友人、佐藤さんは、ここ一週間ばかり景の家にいついている。
「いいかけん家でやりなさいよ」と言うと、「やっぱりここでやるほうが落ち着く」だそうだ。
 景が雑誌をめくっていると「あっ、そうそう」と佐藤さんは言った。
「やっと新作できたよ。今度も自信作」
「新作?」
 新作とは何だろう。
 景が疑問に思っていると、佐藤さんは続けた。
「小説だよ。小説。加東さんも期待して待ってたよね?」
 また訳のわからない事をと思っていると、佐藤さんはがさごそと鞄をあさり始めた。
 ……まあ、読むのもいいか。
 どんなに突拍子もない話でも、佐藤さんの考えの片鱗が見えるかもしれない。たとえそれが違う考えだとしても、付き合ってみるのもいいかも知れない。
 期待に満ちた顔で差し出す佐藤さんの原稿を受けとった。そこには大きく題字が書かれていた。
『めがね白書』
 景は無言で破り捨てた。


【739】 マジで恋する生徒会  (朝生行幸 2005-10-17 22:09:47)


「おーす」
「おーす」
「おーす」
 M駅前で、異口同音に挨拶を交わしたのは、花寺生徒会四天王のうちの三人、祐麒、小林、高田の三人だった。
「アリスは?」
「あー、あいつ用があるから来られないんだと」
「めずらしいな、アイツなら喜んで来そうなのに」
「まぁ、ダメだってんなら仕方がない。行くぞ」
 高田に先導され、後をついて行く祐麒と小林だった。

「しっかし、よく行く気になったな」
「ま、高田は変にマニアックなところがあるからな」
「何が悪いんだよ」
「悪くはないけど、なんだか恥ずかしいと言うべきか、格好悪いと言うべきか」
「俺はあんまり行きたくないんだけどな」
「怖い物見たさ?」
「それに近いかもな」
「とにかく、こっちだこっち」

「どーしてこうなるんだよ…」
 頭を抱えながら、祐麒が呟く。
「それはこっちのセリフよ」
 祐麒の実の姉祐巳が、フリフリメイドの格好で、弟の頭をお盆で軽く叩いた。
 ここは、駅から数筋離れた商店の間にある、最近オープンしたばかりのメイド喫茶だった。
「まさか、祐麒君にこーんな趣味があったなんてねぇ」
 猫目を細めて、からかうような視線を送るのは、祐巳の友人、島津由乃。
「でも、お姉さんも同じ嗜好みたいだから、やっぱり姉弟なのね」
「志摩子さん、どう言う意味?」
「だって、メイド服を着るって聞いた時、面白そうって笑ってたじゃない」
 口元に手を当てながら微笑むのは、やはり祐巳の友人、藤堂志摩子。
 恐れ多くも、リリアン女学園高等部生徒会、通称山百合会の二年生トリオが勢揃い。
「俺は高田に付き合ってるだけだ。それより、祐巳こそなんでこんなところに?」
「こんなところって失礼ね。ちゃんと許可は取ってるのよ」
 話によれば、この店は学園長の身内がオーナーで、お嬢様ばかりのリリアン生にも、社会経験を積ませようと言う事で、それに先んじて試験的に生徒会の人間を働かせてみようという趣旨なのだそうだ。
 メイド喫茶で、どんな社会経験が積めるのかは甚だ疑問だが。
 それにしても、現役の白薔薇さまと、紅薔薇黄薔薇のつぼみが、メイド喫茶で働いていようとは。
「三人とも何してるの…ってユキチ!?」
『アリス?』
 なんとそこに現れたのは、花寺生徒会四天王の残り一人、有栖川ではないか。
 しかも、祐巳たちと同じメイド服を着て。
「なんて格好してんだよアリス」
「もちろんアルバイトだからよ。似合ってるでしょ」
「用があるってこのことだったのか」
「そうよ」
「お前らしいと言えばお前らしいな」
「顔だけは女だもんな」
「胸は無いけどな」
 当たり前である。
「それより、ご注文は?」
 ぶっきらぼうに注文を取る祐巳。
「祐巳、それは客に対する態度じゃないよな」
 ニヤニヤしながら、祐巳に突っ込む祐麒。
「アンタねぇ…」
「待って祐巳さん。…ここは私たちに任せて」
 祐巳を引っ張って、そっと耳打ちする由乃。
 そして、志摩子とともに満面の笑みを浮かべて祐麒たちに、
『お帰りなさいませ、ご主人様♪』
 只でさえ、リリアンでも屈指の美少女由乃と、リリアントップクラスの美女志摩子だ。
 フリフリメイド姿の彼女たちにそんなこと言われたら、男子校生徒なんぞひとたまりもない。
 祐麒は顔を赤らめて目を逸らし、小林はだらしなく頬を緩め、高田は口を半開きにしたまま呆然としている。
 注文を取り、運ぶ。
 その間ずっと極上の笑みを見せられれば、鼻の下も伸びるというものだ。
「なによ、いくら由乃さんと志摩子さんが可愛いからって、デレデレしちゃって」
「仕方がないわよ。いくら可愛いっていっても、ユキチがお姉さんに見とれるなんてことないだろうから」
 彼等の態度になんだか釈然としない祐巳を、そっと宥めるアリスだった。

「可愛いかったなぁ、由乃さん…。お姫様だっこしたげたい…」
 小林が、融けそうな声で呟く。
「志摩子さんは美しい…。惚れてしまいそうだ…」
 まるで女神にでも出会ったように、陶酔した表情の高田。
「うん。祐巳があんなにも…」
『なんだと!?』
「…ぅえ!?、え、いやなんでも無い、なんでも無いったら」
 慌てて誤魔化そうとする祐麒だが…。
「ああ、ユキチがシスコンって本当だったんだな」
「度し難いヤツだなお前って」
「まぁ、あんな姉がいるなら分からんでもないが」
「理性を無くすんじゃないぞ?犯罪だぞ?」
「五月蝿い!なんでも無いって言っただろー!」

 こいつらに、通じるわけがなかった。


【740】 末期症状終らない夢を見ながら志摩子さんがいっぱい  (春霞 2005-10-17 22:55:47)


「志摩子さんが一羽〜、、、、 」 ふるるん。 
「志摩子さんが二羽〜、、、、 」 ふるるん。 

 何所とも知れぬ闇の中。 ボンヤリとした明かりが照らし出すのは乃梨子の手元。 
 そこには手の中に収まるくらいの志摩子さんがいた。 何故かウサ耳が生えているけど。 
 乃梨子は手乗りウサ志摩子の耳をつまんで、ふるるん、と揺らめかす。 

「志摩子さんが三羽〜、、、、 」 鈴を振るように揺らしてやると、何故か志摩子さんは数が増える。 
 振るたびに現れる残像が、やがてその存在感を増してゆき、4、5回も繰り返すと、もう確固たる実体を持ってふわんと足元に落っこちる。 
 手元に残る始めの志摩子さんは、ミニチュアなリリアンの制服を着ている。 今足元に落ちたほうはスク水姿だ。 どうやら完全に同じ姿の志摩子さんが増えるわけではないらしい。 

 これは夢だ。 夢とわかる夢だ。 
 乃梨子は相も変わらず ふるるんっと志摩子さんを揺らしている自分自身を、どこか高いところから無感動に見下ろしながら確信していた。 
 そして、この夢から抜け出す方法も、何故か確信していた。 ちびウサ志摩子さんでここを埋め尽くせばいいのだ。 
 薄ボンヤリとしていて、何所に壁があるのか判らないが。 いやそれ以前に室内なのか屋外なのかもわからないが。 乃梨子には確信があった。 いつかこの地は志摩子さんで一杯になる。 そうして、素晴らしい新世紀が訪れるのだ。 

 ふるるん。 「志摩子さんが二十二羽〜」 
 ふるるん。 「志摩子さんが…、 おや〜、これは志摩子さんじゃない〜」 

 空中にある複製体を器用につまんで、乃梨子は首を傾げた。 手乗りの大きさとウサ耳は同じだが、志摩子さんの柔かい栗色の巻き毛が、背中まで被う射干玉の黒髪になっている。 
 何か一文字の名前が脳裏をよぎったが、乃梨子は深く追い掛けずに、その黒髪ウサをぽいと背後に放った。 
 「志摩子さんで無いならいらない〜」 

 ふるるん。 「志摩子さんが二十三羽〜」 今度は緋袴すがたのウサ志摩子さんが出来た。 
 ふるるん。 
 ふるるん。 
   ・
   ・
   ・
 あ、また変なのが。 こんどは妙にラテンっぽい顔のウサだ。 いらない。 
 どうも数十羽に一羽の割合で、変なのが複製されるようだ。 悪戯っぽい顔のとか。 いきなりアリアを歌いだすやつとか。 
 そんな不純物をぽいぽい背後に放りながら、どんどん志摩子さんを増やしてゆく。 

 やがて、どれほどの広さか見当もつかなかったその場所が、ウサ志摩子で満々る時がきた。 

 清々しい金の光が天の彼方から差し込むと、その紗の中からにじみ出るように、 観音菩薩さまがお出ましになった。 苦界に惑いし一切衆生を救う 志摩子観世音菩薩の光臨である。 
 地に満ちる ちびウサ志摩子が一斉に祈りを捧げる。 

 乃梨子は歓喜の涙を流しながら、彼方の観音さまへ向かって歩き始めた。 
 ああ、あそこにたどり着けば、救われる。 

 瞼躁と歩を進める乃梨子の背後の闇の中から、かすかに呼びかける声がする。 が、最早聞こえないのか。 乃梨子は振り返る事無く歩みつづける。 
 『乃梨子おおお。 帰ってきてえええ。 私を置いて行かないでえええ。 』 


                 ◆ 


 「乃梨子ー。 ご免なさい。 銀杏がこんなに危険なものだなんて知らなかった。 知らなかったのよおおお。」 
 真っ白いシーツのベットの上で、青ざめた表情で時折痙攣する乃梨子。 枕もとで号泣する白薔薇さま。 さらに首をかしげるお医者さま。 
 「おかしい。 4-メトキシピリドキシン中毒症なのは間違いないはずだが。 これだけの単位のビタミンB6製剤を投与して、何故回復しない? お嬢さん。 この患者は一体どれほどの銀杏を食べたのか知っていますか? 」 

 白薔薇さまは、その時ばかりはほんのりと頬を染めて答えたそうだ。 



 「大した量では有りません。 ほんの、たらい1杯分ほどです。 」 





 はたして乃梨子が生還できたのかどうかは、読者の皆さんのご想像に委ねよう。 
 くれぐれも、食べすぎにはご注意を。 


 天高く馬肥ゆる秋の出来事であった。 


【741】 (記事削除)  (削除済 2005-10-18 12:36:44)


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【742】 身を焦がす未練いっしょに暴走  (くま一号 2005-10-18 15:10:38)


がちゃSレイニーシリーズ 【No:737】の続き


(だまって行けばよかったのに、なぜ乃梨子さんに話したんだろう。)

 止めて欲しかった? いいえ、瞳子はもう決めたこと。
あの、脳天気な方に振り回されるのはもうごめんです。いえ、あの方と私の意志とはなんの関係もありません。
 瞳子は自分の意志で世界へ翔ぶのですわ。

 四時間目が終わる。昼休みになったら、車が迎えに来てカナダ大使館へ。
最後の挨拶にもう一度だけ登校するけれど、それでおしまい。
そう、おしまい。涙なんて流さない。新天地が瞳子を待っている。

「それじゃあ、これまで。来週までに今の課題をレポートで提出するように。」
授業が終わった。机の上を片づけて立ち上がると、乃梨子さんが待ちかまえていた。

「瞳子、ちょっと待って。」
「時間がなくってよ。またあらためてお別れのご挨拶に参りますわ。」
「待てって言うのに。」
凄い力で腕をつかんでいる乃梨子さんを、無理矢理ふりほどく。
「乃梨子さん、これは持つべき人にお返ししますわ。」
ロザリオを外して、乃梨子さんにかける。
「ダメっ、志摩子さんにもらったんだから志摩子さんに返さなきゃダメだよ。受け取らないっ。」

 一年椿組ディフェンス陣は、ふーん五人、ゾーンディフェンスですわね。
一番やっかいなガードののっぽは、後ろの扉、ならば前へ。

「瞳子は行くと言ったら行くんですっ」
言い捨てて、ロザリオを外そうとしていた乃梨子さんを突き飛ばす。がたんっと机にぶつかる乃梨子さん。ごめんなさい。

 左右から敦子さんと美幸さんが挟むように塞いでくるのを、二人の間をカットイン。そこへインターセプトに出てきた千草さんに右にフェイント。あっ、と右に振られた千草ちゃんの左を駆け抜け、一気に机三つ分前進。

 教壇の前から前扉に駆け抜けようとしたところに、来ましたね。細川可南子。
「ばかドリル!!」
「ノッポにそんなことを言われる筋合いはありませんわ。」
「自分だけで暴走してどうすんのよ。」
「まわりが騒ぎすぎなのですわ。自分で決めたんですっ。」
 いいながら隙をうかがう。

「可南子ちゃん!」
「あ、祐巳さま!」

 はっ、と可南子の注意がそれたすきに、教室の扉を飛び出す。

「待ってよ! 瞳子ちゃん!」

 え? 今、可南子さん、お幸せに、って言った?
えーい、今はそんなこと関係ありません。祐巳さまの足の速さは体育祭の時に見てますからね、追いつかれやしません。

 私はもう半分リリアンの生徒ではありませんからね。プリーツもカラーも関係ありません。でも、あなたは紅薔薇のつぼみなんですよ。あーあ、まわりが唖然としてみていますわ。ほんとうにあれで来年紅薔薇さまがつとまるのかしら。ちゃんと支えてあげる人が、支えて……。
 いえ、終わったことは終わったことなんですっ。

 廊下を駆け抜けたところでもうだいぶ差がついて、でも靴を履き替えている間はないので外靴を手に持って、上靴のまま飛び出る。いいでしょう? もう使わないものだもの。



 マリア様に心の中でさようなら、と挨拶をして、正門まで一気に走っていく。
ん? 正門に人だかり。

 あーーーあ。真っ赤なロードスター、そのまえで『ふっ』なんて髪をかき上げる優お兄さま。

「お兄さまー。お、お待たせしましたー。」

『優さん! 瞳子ちゃんを車に乗せないで。祐巳と私からのお願いよ。』

 放送!! 祥子お姉さま!? まさか紅薔薇さまがそんなこと。

「お兄さま?」
「ごめんよ、瞳子。ボクは祐巳ちゃんの頼みは聞くことになってるんだ。」
「お兄さま!」
「拗ねるんじゃないよ、瞳子。」

「瞳子ちゃーん、待ってー。」
祐巳さまの声が迫ってきた。

 えーい、もうしょうがない。
どこへ行くって行く当てはないけど、もう走るしかないでしょうが。
校門を走り出て、外へ駆け出す。

 このあたり、花寺とリリアンの敷地が広がっている周りは、武蔵野の雰囲気を残した林がところどころにあって、閑静な住宅地。

「瞳子ちゃん、逃げたって、どこまででも追っかけていくからねー。」
「いまさら、なにを言ってるんですかー。」

 林の中に、駆け込む。追ってくる祐巳さま。
「待ってよー、瞳子ちゃーん。」
「待ってって言われて待つ人はいませんわー。」

 だんだん、自分がなぜ走っているんだかわからなくなってきた。
ただ、林の中で二人きり、祐巳さまと走っている。


 走る、走る、ただ、祐巳さまと二人で走る。


 だいぶ息切れがしてきた。

 この時間もそろそろ終わりかな。ほんとうに終わりなのね。

 なんだろう、人が集まっている。教会だ。


「結婚式ね。」
「ぎゃう。ゆゆ祐巳さまいきなり抱きつかないでください!」


【743】 (記事削除)  (削除済 2005-10-18 22:49:50)


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【744】 (18禁)ペット生活  (六月 2005-10-18 23:06:26)


薔薇の館の会議室で福沢祐巳は頭を抱えて唸っている。
「・・・な、なんてキーワード引き当ててるんだか。
 こんなの潔癖症のお姉さまが見たら、どれだけお怒りになるか」
ちらりと隣の席の祥子さまを覗き見ると・・・。
「ペット・・・18禁・・・ゆ、祐巳をペットに、はふぅん」
えっと、ロザリオ返していいですか?お姉さま。
なにやらピンク色の世界に突入したお姉さまを置いて、黄薔薇姉妹の様子を見ると。
「由乃ぉん、私、由乃のペットならなってもいいわ」
「えー、いまさら令ちゃんをペットにしてもなぁ。今と変わらないしぃ」
「そんなぁ、見捨てないでよー、由乃ぉぉー」
「令ちゃんうざい!」
あーあ、どつき漫才やってる。というか、令さま、黄薔薇さまとしてのプライド無いんですか。
なんだか涙が出てきちゃった。
白薔薇姉妹は、と。志摩子さんはいつも通りほわほわと微笑んで乃梨子ちゃんを見つめてる。
で、その乃梨子ちゃんは・・・。
「あぁ、志摩子さんをウサ・ギガンティアにしてペットにしたい。
 でも、私が志摩子さんのペットになってセクハラされ放題もいい!
 あーん、悩むー」
壊れてた。ここにはまともな人は居ないんですか?

そうやってがっくりと落とした肩を、ものすごい力で掴まれた。
おそるおそる振り向くと、そこには鼻から一筋の血を垂らしたお姉さまが、般若の形相で私を見つめていた。
「あの、お姉さ「帰るわよ!祐巳!今日はうちに泊まりなさい。いいわね!?」
あう・・・私の意見は無視なのですね。
そのまま祥子さまに引きずられて行く福沢祐巳16才、今夜私の純潔は散ってしまうのでせうか?
痛いのだけは嫌だなぁ、とぼんやりと考えている私の目の前で、ビスケット扉が地獄の門のように閉じて逝くのだった・・・。


【745】 我田引水我がたなごころに  (ケテル・ウィスパー 2005-10-20 03:19:11)


「だ、だれ?」
「おまえか、宗教などと言う戯言を信じて人生を棒に振ろうという愚か者は」

 マリア象の前でいつものように祈りをささげていた志摩子は、背後から言い知れぬ圧迫感を感じ振り返った。 

そこには髪の長い良く知った顔の少女が立っていた。 しかし、その目は志摩子の知っている目の輝きとは明らかに違う光を宿していた。 

「由乃さん、なにを言っているの?」
「誰が宗教などと言う物を考えたのか知っているか?」
「そんなこと決まっているわ。 全宇宙の創造者にして人類の原罪を購う為に……」

 ”くくく”っと笑う由乃。 いや、由乃の姿をした何者か。 どう対処したらいいのか分からず何も出来ないで立ちすくむ志摩子。

「宗教の教理など聞きたくないわ。 本当のことを教えてあげましょうか? 宗教を創造したのはサタン様よ」
「な、なにをバカなことを言っているの、全知全能の神が人間を教え導くために、神の御使いとしてイエズス様をこの世に使わしたのよ…」

 志摩子の言葉には答えず由乃の姿をしたものは、ゆっくりと近づいてくる。

「その昔、人間は争うことなく穏やかに暮らしていたのよ。 ある時サタン様はこのままではいかんと考えられた。 なぜなら、すべての人間が清く正しく美しくでは悪魔が活躍できないからよ」

 周りの景色が変わる。 紀元前の光景? 違う、歴史と言う概念が生まれるよりもはるかに前の光景。 そして、それと折り重なるようにいる異形の者たち。

「この世の闇の部分には至高界にも魔界にも属さない中途半端な、俗に妖怪だの邪神だの低級神だのと言われるやつらが巣くっているのよ、サタン様はそやつらに知恵を授けて人間に取り憑くことをすすめたわ。 人間に憑依したそやつらは、自ら預言者だの神の啓示を受けたなどと言って信者を集めた。 低級なやつらだけれど超自然の存在、ちょっとした奇跡の真似事くらいは出来る、おろかな人間達はそれを見て、これこそ神の御業、宇宙の神秘であると信じ込み、その者を教祖とあがめるようになったの。 これが宗教の始まりよ」

 預言者、教祖と思われる人間に折り重なる異形の者、それに付き従う信者達。

「その後人間界がどうなったか。 無数の宗教が乱立し、反目しあい、ついには武力闘争にまで発展していったのは周知の通りよ。 宗教を信じる者にとって、自分達が信じる神こそが唯一無二で絶対だから、他宗教を信じる者は全て異端で偶像崇拝者と言うことになるわ。 だから『改宗させよう、それが出来ないなら弾圧しよう、それもかなわぬ時は抹殺すべし』 あらゆる宗教は結局ここに行きつくのよ」

 見るに絶えない戦いのビジュアルは目を閉じて耳をふさいでも志摩子の脳裏に襲い掛かる。

「十字軍を見なさい。 アステカの悲劇を見てみなさい、神の名において、聖戦の美名の下にどれだけの人間が殺されて、いくつの文明が闇のかなたに葬り去られたのか。 たとえ異教徒であろうと、人間が人間を殺して良いと言う法はないでしょ。 宗教はそんな単純な道徳律すら忘れさせるのよ、人間の良心を麻痺させる麻薬のような物。 これが悪魔が作った物でなくてなんだというの」
「な、なんと言う異端の論理を……」
「宗教が無ければ、人間の歴史はこれほど血生臭くならなかったでしょうね。 図書館にでも行って宗教関係の本を読み漁ってみるがいいわ、宗教の歴史はそのまま腐敗と殺戮、破壊と堕落の歴史なのだから」
「あ、あなたは誰なの?! 由乃さんを返して」
「ふふふ、由乃と言うのこの娘は。 私の名前? わたしは……」

 黒い闇が体から立ち昇り形を成していく、糸の切れた操り人形のように床に倒れる由乃、その背後に髪の長い麗人がマントを翻して立っていた。

「アスタロト。 魔界の大公爵だ」


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * 

「う〜〜んなんと言ったらいいのでしょうか? 取りあえず魔界の大公爵はまずいと思いますわ。 この論理を舞台上でやるのも問題があると思いますし」
「リリアンにけんかを売っているみたいな内容ね……」
「やっぱり白薔薇にけんか売っているでしょ菜々ちゃん」
「まあまあ、乃梨子そんな怖い顔しないで」
「でも、志摩子さん…」
「わ、私こんな長い台詞覚えられないわよ!」
「いえお姉さま、そこは根性で覚えてもらいませんと」
「根性で覚えられるってもんでも無いでしょ!」
「空気イスをしながら口頭で読み上げると良いそうですよ」
「いやそれ違うし、どっかの漫画でそんなのがあったけど……」
「詳しいですね祐巳さま」
「弟から奪い取って読んでるから」
「あ、祐巳さん、その本貸してね」
「いいけど」
「では、決を採りましょうか? やらなくても分かるのだけれど」

 賛成:1票  反対:5票

  否決


「アスタロトさんかっこいいのにな〜、人情家の悪魔」


【746】 苦悩舞台女優愛だけでは届かない!  (くま一号 2005-10-20 13:09:52)


がちゃSレイニーシリーズ
【No:709】 「出来る事としたい事」 琴吹 邑さんと 【No:733】 「意固地そしてただ」 くま一号 の間にツッコミ

 祐巳が生徒指導室に向かう途中、お姉さまと令さまが三年生の校舎からやってくるのが見えた。志摩子さんの呼び出しにやはり駆けつけてきたのだろう。
 ところが、生徒指導室に向かわずに、物陰から外を見ている。

「お姉さま」
「祐巳、ごきげんよう」
「祐巳ちゃん、ごきげんよう」
「あ、あ、ごきげんよう。ってお二人とも落ち着いてていいんですか?」

「志摩子の方は大丈夫よ。」
「志摩子の『方は』って、お姉さま?」
「まったく、ほんとにあなたたちって世話が焼けるわねえ。」
「あれよ。祐巳ちゃん。」

 黄薔薇さまがくいっとあごを向けた先。

「藍子ちゃんと千草ちゃんとのぞみちゃん。」
「そう、茶話会トリオ。」
 ウワサばらまき活動中、らしい。

「あの三人がどうかしたんですか?」
「その向こうの廊下。あそこなら話も聞こえそう。」

あれ? 向こうにも物陰にだれかいる。
ちらっと見えた……縦ロール!?

「あれは……。」
「瞳子ちゃん、なんかやっかいな勘違いしてるねえ。」
「茶話会で祐巳は妹をみつけなかった、とみんな思っていたわ。でも、今度の騒ぎであの三人がみんな祐巳の妹になった、なんて瞳子ちゃん思っていそうね。」
「そんなあ。」

「祐巳ちゃんの人気からすれば、三人見つければ三十人はいるわね。」
「令! 害虫じゃないんだから。せめてネズミくらいにしておきましょう。」
「瞳子ちゃんにすれば、害虫みたいなものよ。」
「お姉さまも黄薔薇さまもむちゃくちゃ言わないでくださいっ」

「ほれ、予鈴なったよ。ここは時間切れ。」
「祐巳、一つだけ言っておくわ。瞳子ちゃんは一つ切り札を持ってる。なにもかも捨てる哀しい切り札を持ってるの。あなたが包んであげなければ、瞳子ちゃんは最後の札を切るわ。誤解を残したままそうさせてはだめよ。」
「お姉さま、切り札って。」
「それは、言わないでおくわ。瞳子ちゃんが使わないことを祈っててよ。」
「お姉さま……。」

「祥子、祐巳ちゃん、ほら、授業。」
「はいはい、行くわよ。」
「あ……の……。」


【747】 (記事削除)  (削除済 2005-10-20 17:17:41)


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【748】 舞台女優前後不覚応援キャンペーン  (8人目 2005-10-20 18:06:39)


『がちゃSレイニー』

     †     †     †

「可南子さん。瞳子さんを逃がしてしまって…よろしかったのですか?」

 瞳子に突き飛ばされた乃梨子さんを助け起こしていると、背後から声が聞こえた。
 千草さんだ。藍子さんと、のぞみさんも傍にいる。
 乃梨子さんはお姉さまに伝えると言って、すぐに教室から走って出て行ってしまった。
(はしたないわね。人の事は言えないけれど)

「祐巳さまが来てたでしょ?それに祐巳さまは本気だから。ド…瞳子はちょっとやそっとじゃ逃げられないわよ。あの二人は話し合うことが必要なの。それより、あなたたちこそどうして―――」

 その時、前置きもなく突然、紅薔薇さまの声が響いた。

『優さん! 瞳子ちゃんを車に乗せないで。祐巳と私からのお願いよ。』

「「くすっ」」
「ふふ…」
「あはは…」

 まさか紅薔薇さまが私用で放送を使うとは。やはり祐巳さまの周りには、お節介な人が集まるのね。
 ひとしきり笑って、茶話会トリオに疑問を投げかける。

「どうして祐巳さまの手伝い…いえ、祐巳さまの噂を広めたの?」
「「「………」」」

 三人、目を見合ってうなずく。

「祐巳さまに頼まれましたの。瞳子さんの耳に入るようにって」
「私たちは祐巳さまの妹になる気はありませんので、名前は伏せておきましたけれど」
「なるほど、それを瞳子が勘違いして信じたのね。自分が受け取ってしまった志摩子さまのロザリオの重みも相まって。それであの暴走か…」
「少し薬が効きすぎましたでしょうか?」
「それくらいで丁度良いと思うわ。瞳子は天邪鬼な上に隠し事が上手くて、すぐ逃げるから。何もわかっていないのに、諦めがいいと言うか、途中で舞台から降りようとするのよ。隠しているものを全部打ち明けた方が、スッキリすると思うのにね」
「「はぁ…」」

 瞳子はずっと、遠くから“祐巳さま自身”を見てきた。その想いは私の上を行っている。
 同じ祐巳さまを傍で見ていた私だからこそ気づけるくらいの微かな想い。それがわかったから私と瞳子は天敵と呼ばれるほどの仲になったのかもしれない。
 だけど私は瞳子より先に舞台から降りた。瞳子とは見ていたものが違っていたと気付いたから。
 祐巳さまに全てを打ち明けて、仲違いして、拾われて。学園祭までの間、本当の祐巳さまを見て気付いたから。
 始めから勝負にはなっていなかったのだ。はっきり負けたと悟った。

「それよりも、みんなで祐巳さまの後を追いかけるんでしょ?」
「な、なぜそれを…」
「だてに半年も祐巳さまと瞳子を見てきていないわよ。祐巳さまの考えそうなことだわ。それに、瞳子にも荒療治が必要よ」

 追いつめられなければ素直になれないなんて、なんて厄介な性格だろうか。
 この先の祐巳さまの気苦労を思うと同情する。

「でも。あなたたちは、祐巳さまの妹に瞳子が決まっても良いの?」
「私たちには…まだそんな資格がありません。可南子さんや瞳子さんと違って、純粋に祐巳さまを見ていなかったから」
「それに気付いたのが、剣道部の交流試合の翌週」
「祐巳さまが訪ねていらっしゃった時です」
「私もあなたたちと変わらないわ。わかったのなら今からでも遅くはないわよ?だいぶ瞳子に先を行かれたけれど」
「いえ。祐巳さまの心には、もう瞳子さんがいらっしゃいますもの…」
「そう…」

(さて、それじゃ最後の仕上げね)

 敦子さんと美幸さんが、祐巳さまの後を追っているから居場所はすぐに知れる。
(お昼だから他の組の娘も混じっているわね。丁度いいわ)
 廊下や教室で、唖然とこちらを見守っている一年生たちに、

「みなさま。このお昼休み、祐巳さまと瞳子さんの舞台を見てみたい方はついて来ませんか?」
「「お昼を後回しにする価値はあるかもしれませんわよ」」

 茶話会トリオはそう言うとすぐに教室を出て行った。
 祐巳さまと瞳子の舞台まで、敦子さんたちと連携してみんなを誘導するために。


【749】 五歳児大胆不敵  (いぬいぬ 2005-10-21 01:55:10)


「ね、令ちゃん。たまにはアクション物も面白かったでしょ?」
「そうだね。ストーリーも良く考えられてたし」
 冬のある日、休日を利用して映画を見に来た黄薔薇姉妹。二人は公園のベンチで、今見て来た映画のパンフレットを手に、楽しく語らっていた。
「そうなのよ!特にクライマックスで、主人公が敵地に赴く事になるまでの心理的な変化を上手く描いてたわよね!」
「うん。あれは良い演出だったね」
 木枯らしが吹くのにもかまわず、二人の会話は熱を帯びている。よほど面白い映画だったのだろう。
「いや〜、久しぶりにスカっとする映画だったわ〜」
 由乃はそう言いながら、手元のパンフレットに目を落とす。
 令は、そんな由乃を見て微笑む。映画も楽しかったが、こんなに喜ぶ由乃を見られた事も嬉しいらしい。
 そんな上機嫌の令と由乃にゆっくりと近付いてくる人影がある事に、二人はまだ気付いていなかった。
「あら、久しぶりね二人とも」
『江利子さま?!』
 驚いた二人の声が重なる。近付いてきた人物は江利子だった。
「まあ、二人で映画を見てきたのね。相変わらず仲が良いわねぇ」
 由乃の手にあるパンフレットを見ながら、そんな呟きをもらす江利子。
『・・・どうしてこんな所に?』
 再び二人の声が重なった。令のは純粋に驚きの質問だったが、由乃の言葉からは「せっかく盛り上がってたのに、なんでアンタと今ココで会わなくちゃならないのよ・・・」というニュアンスがありありと感じられた。
 そんな由乃の雰囲気に気付かないはずの無い江利子だが、悠然と微笑みながら答えを返した。
「今日はお買い物よ」
 そう言って江利子は、公園の入り口にある大型ショッピングモールを目で指し示す。その建物の中には、今しがた黄薔薇姉妹が映画を見てきたミニシアターも含まれている。
「もうすぐ、この子の5歳の誕生日だから、プレゼントを選びにね」
 江利子は楽しそうにそう言うと、自分の右下に視線を向ける。
 そこで黄薔薇姉妹は初めて気付いた、江利子が小さな女の子を連れている事に。どうやら江利子の突然の登場に意識が向かい、その子の存在に気付かなかったようである。
 それは小さな少女だった。彼女はグレーのダッフルコートを着て、寒さから身を守るようにコートに付いたフードをすっぽりと被っていた。その姿はまるでペンギンの雛のようだ。 
 令は何かを思い出し、はっとして呟く。
「あ・・・ひょっとして山辺さんの?」
「そう。娘よ」
 江利子達3人の視線が山辺氏の娘に集まる。すると彼女は、少し照れたように赤くなりながらも「こんにちは・・・」とはっきり挨拶をした。
『・・・こんにちは』
 可愛らしい彼女の仕草に、黄薔薇姉妹も思わず挨拶を返しながら微笑んだ。
「お父さんにはプレゼント選びを任せられないものね?」
 江利子が娘に聞くと、彼女は少しムっとした顔になり、こう言った。
「・・・・・・もうカセキはいらない。ホネとタマゴばっかりなんだもん!」
 きっぱりと否定する彼女に、由乃は思わず吹き出した。
 そんな由乃を、江利子はじっと見つめている。
(・・・また何かケンカ売ってくる気ね?)
 自分を見つめる江利子の視線に由乃は警戒していたが、江利子の口からは予想外の言葉が出てきた。
「・・・本当に元気になったのね」
「はい?」
 江利子が何を言いたいのか判らず、由乃はキョトンとしている。
「こんな木枯らしの吹く日に外にいるのに、とても顔色が良いわ。手術直後は体調を崩したりしてたけど、もうすっかり元気になったのねぇ」
 そう言って優しく微笑む江利子に、由乃は「はあ・・・どうも・・・」としか返せなかった。まさか江利子が自分の体調を気遣ってくれるとは思わなかったので、いきなりの江利子のセリフに少し照れ臭くなり、顔が赤い。令は隣でそんな由乃を見て嬉しそうにしている。
「げんきに・・・おねえちゃんびょうきだったの?」
 3人の会話に置いてけぼりをくった娘は、不思議そうな顔で江利子聞いた。
「このお姉ちゃんはね、手術をしたのよ」
 江利子はゆっくりと娘に言う。
「しゅじゅちゅ?わるいところをなおしたの?」
 舌足らずな言葉にまた微笑みながら、江利子は右手で自分の心臓を指し、「ココをね」と教える。
 娘はしばらく不思議そうにしていたが、やがて由乃のほうへと歩き出した。そして由乃の胸をペタペタと触りだす。
(あはは、触っても判らないんだけどなぁ・・・)
 いまいち手術というものが判っていないらしい彼女の様子に、由乃は苦笑している。
 娘はしばらくそのまま考え込んでいたが、突然ぱっと明るい顔になった。
「わかった!」
 突然大声をあげた彼女に3人の視線が集まると、続けてこんな事を言い出した。
「しゅじゅちゅでわるいところをとっちゃったんだね!」
『え?』
 触って判るものでもないだろうに。3人が疑問の声をあげると、娘は由乃の胸をぱんぱん叩きながらこんな事を言い出した。
「だって、なんにもないもん!」
 
 ピキッ!

 その時、令は確かにそんな音を聞いた気がした。由乃のこめかみ辺りから。
 江利子はその言葉を聞いて、一瞬無反応だったが、やがてニッコリと微笑んだ。令や由乃が知っている(と言うかさんざん思い知らされた)面白いモノを見つけた時の江利子の顔だった。
 江利子は娘の傍にしゃがみ込むと、由乃に聞こえるようにこう言った。
「何にも無いの?」
「うん!」
 元気良くお返事ができる5歳児。
 彼女はふと江利子の胸を触ってみる。そして何かを確認すると、再び由乃の胸を触りだした。
「やっぱりそうだ!えっちゃんとちがって、なんにもないもん!」
「そ、そう・・・そんなに違うの」
 えっちゃんも嬉しそうだ。てゆうか必死に笑いをかみ殺していた。
「うん!おとなのおんなのひとは、おっぱいがおおきくなるんでしょ?でもこのおねえちゃんはおおきくないもん!しゅじゅちゅでとっちゃったからだよね!」

 めきっ!!

 突然聞こえた異音を不審に思い、令は音の出所を探ろうと辺りを見回す。すると異音は由乃がつかんでいるベンチの手すりから聞こえていたのだった。
 この細い手の何処にこんな剛力が潜んでいるのか? 由乃の手は徐々に手すりに喰い込んでゆく。
「よ、由乃・・・」
「・・・・・・・・・」
 さすがに5歳児にキレるような大人気ないマネは出来ないと、由乃は無言で耐えていた。
 無理矢理笑顔をキープしようとするが、こめかみに浮かんだ血管が全てを台無しにしていた。もはやその顔は般若にしか見えない。
 そんな由乃に、江利子は嬉しそうにトドメを刺しに出た。
「良かったわねぇ、由乃ちゃん。悪い所が“まったく”無くなって。もう心配いらないわよね?なんせ悪い所が“まったく無い”んですもの♪」

 ぼぎっ!!

 何の罪も無いはずのベンチが、とうとう由乃の握力に屈し砕け散った。
 令はもはや由乃の隣りで震えるしか無かった。心の中で「お姉さま!お願いだからその子を連れて早く逃げて下さい!」と叫びながら。
 しかし、そこは5歳児。令の祈りなどお構い無しに、再び由乃の胸をペタペタ触るともう一度叫んだ。
「うん、やっぱりない!もうわるいところぜんぜんないよ!」
 江利子と一緒にトドメを刺す5歳児。
 全く悪気の無い所が末恐ろしい。それどころか、本人は励ましているつもりのようだ。
 彼女の言葉を聞いていた江利子は、これ以上笑いを我慢しきれないらしく、微かに震えている。
「・・・そ・・・ぷっ!・・・・・・それじゃあ由乃ちゃん、ごきげんよう。・・・・・・クッ!・・・手術が成功してほ、ほ、本当に良かったわね」
 所々セリフを噛みながら、江利子は大満足で娘の手を引き、ショッピングモールへと歩み去っていった。
 その後姿を見送りながら、由乃はまだ無言だった。無言の般若だった。
「由乃?」
「・・・・・・・・・」
「あの・・・落ち着いてね?」
「・・・・・・・・・」
「あの子も悪気があった訳じゃあ・・・」
「・・・・・・・・・」
「小さい子の言う事なんだから・・・」

「小 さ い っ て 言 う な ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ !!!!」

 内蔵の核融合エンジンが臨界に達した般若は魔人と化し、つかんだベンチを片手で振り回す破壊神へと進化していった。





本日の被害
ベンチ   : 木っ端微塵
外灯2本 : 中ほどよりへし折れ大破
令     : 全身打撲で全治4週間


【750】 放課後の打ち上げ花火  (沙貴 2005-10-21 01:59:25)


 それは二学期も始まって一週間が過ぎた頃。
 学園祭の準備も俄かに熱を帯びてきて、特に山百合会幹部の間では顔を合わせる度に何かしらの予定確認や調査報告などが欠かさず挟まれるようになった。
 大変と言えば大変、味気ないと言えば味気ない。
 でもそのお陰で、山百合会幹部唯一にして永年称号の噂も高い万年平均点であるところの福沢祐巳は、去年や中学校の頃のように夏休みボケを九月中頃まで引っ張ることなく、例年に比べると多少とは言え、しゃっきりして日々を過ごす現在に至っている。

 ちなみに祐巳のお姉さまにして麗しの紅薔薇さま、小笠原祥子さまは祐巳を三倍くらいしゃっきりさせた感じで薔薇の館で仕事をこなしたり、構内を闊歩されたりしていた。
 どうも先日のOK大作戦での失態を取り返そうと頑張っておられるらしい。懸念の花寺生徒会との公的な会合の日も近い。気が抜けないのだろう。
 だから凄くしゃっきり。
 空気で言うならピリピリ。
 だと言うのに、そのお姿を誤解して「凛々しい紅薔薇さま、何て素敵……」とうっとりする下級生がリリアンでは続発している。
 祐巳からしてみると、お姉さまの気苦労も知らないでけしからん! と思う気持ちが半分。
 もう半分は、そんな彼女達のやっぱり三倍くらいうっとりして「凛々しいお姉さま、何て素敵……」と見惚れる自分が居るので、とてもではないけれど下級生とは言え注意なんて出来ない。ごめんなさい、お姉さま。

 でも妹として、祐巳はそんな祥子さまに少しでも肩の力を抜いて欲しいと色々考えてはいるのだが、如何せん”コレ!”と言うのが浮かばない。
 肩を揉んで欲しがるとは思えないし、ゆっくりした時間を作ってもらおうにも目の前にはじりじりとにじり寄る学園祭の準備。花寺の影。
 不用意な事を言って怒られるのは嫌――、基本的には嫌だけど。それ以上に祥子さまの負担になりたくない気持ちが大きかった。
 どうしたものか。
 祐巳は人知れずうんうん悩みながら日々に忙殺されていた。


 そんなある日のこと。
 足し合わせるとしゃっきり指数が急上昇する紅薔薇姉妹、まだまだ新婚気分が抜け切らなくて足し合わせると甘々指数が急上昇する白薔薇姉妹をさて置いて、夏を過ぎて俄然フルスロットルなのが言わずもがな黄薔薇姉妹だ。
 剣道部の合宿や富士登山を乗り越えて、令さまは勿論由乃さんも体力ゲージはこの夏でぐーんと伸びている。
 良く運動して良く食べて良く眠る、という非常に健康的な生活を続けているので、昨今頻度を増した薔薇の館での事務作業などどうと言うことは無い、とは由乃さんの弁。
 無闇に仰々しい科白と仰け反るように張った胸がとても”らしい”。
 そんな由乃さんはその日、結構な時間になっていたにも関わらず西の空で煌々と燃える夕日に頬を火照らせて突然こんな事を言い放った。

「ねえ今日の放課後、皆で花火をしない?」

 今日は金曜日で、明日は土曜日とは言え学校はちゃんとある。
 何故急にそんな事を言い出したのか、明日では駄目なのか、色々気になるところはあったけれど、それらを祐巳が問い掛ける前に由乃さんはがたっと音を立てて立ち上がった。
「夏休みにやろうと思っていた花火が余っちゃってるの。お姉さまと二人でしても良いんだけれど、どうせなら人数が多い方が楽しいじゃない」
 そう言ってばちんとウィンクした由乃さん。その視線が祐巳に援護射撃を要請している。
 でもこれは祐巳にとって正しく渡りに舟。
 皆で花火、良いじゃないか。
 残暑も厳しい今が、花火をするなら今年最後のチャンスに間違いない。
 祐巳もそこまで花火に思い入れがある訳じゃないけど、したいかしたくないかの二択なら、断然したいに一票を入れる。
 それに何より、これこそ祥子さまのストレス発散の良い機会になると思うのだ。
 ”山百合会”や”紅薔薇さま”から離れてほんの少しでもはしゃぐことが出来れば、今よりずっと楽になる。と思う。祥子さまがはしゃげるかどうかは別の問題だけれど。
 何にせよ祐巳には否定する理由がない。由乃さんの援護射撃、任された。

「それ良いね。うちも今年は忙しくて家族で花火も出来なかったし、何か物足りないと思ってたんだ」
 パンチ力不足は否めないけれど、それでも”賛成”の意思表示にはなった筈。
 見ると、由乃さんは少しだけ眉を寄せて「仕方がないなぁ」って顔をしていた。むむ、やっぱりちょっと不満が残りましたか。少し悔しい。
「でもどうして今日なんです? 来週なら連休もありますし、それにせめて明日なら翌日が休みなのですが」
 そんな事を思っている間に、先ほど祐巳が(というより恐らく皆が)思っていた疑問をストレートにぶつける声が上がった。
 物怖じしないはっきりとした物言いは、一年生ながら既に白薔薇のつぼみの貫禄たっぷりな乃梨子ちゃん。
 挑戦的とは言わないまでも、真剣な瞳で純粋に思った疑問を投げてきた。
 乃梨子ちゃんの疑問も無理は無い。祐巳だって援護射撃の要請が無ければ聞いていただろう。何で今日なの、って。

 由乃さんは頷いた。
「尤もな疑問よね、でも今日じゃないと駄目なの。先ず、来週の連休は剣道部の方で練習試合が入っちゃってるからどうしても抜けられないのよ。流石に試合の前後で花火が出来るほど私もパワフルじゃないわ」
 そうなの? と口に出そうとした祐巳は寸前でそれを撃墜することに成功した。
 由乃さんの中では”味方”側であろう祐巳からの突っ込みは、獅子身中の虫とも取られかねない。
 祐巳がそんな些細なことに肝を冷やしているなんて露知らず、由乃さんの熱弁は続いていた。
「明日は私用で申し訳ないのだけれど、家族で食事に出ることになっているの。それに花火をするなら少しでも広い方が良いから島津と支倉の庭でやろうと思うのよ。だから私とお姉さまが確定で参加できる日、となると意外に合わなくてね。今日を逃すと多分花火の時期じゃなくなっちゃう」

 すると乃梨子ちゃんは志摩子さんの方を見たので、祐巳も祥子さまの方を見た。
 祥子さまは書類を手に取っていたけれど、視線は由乃さんに向いていたから真剣に仕事をしていた風ではない。
「お姉さま、如何ですか?」
 祐巳がそう問うと、祥子さまは「そうね」と答えて祐巳の方を向いてはくれたものの、表情から察するに余り乗り気では無さそう。
 やはり突発的過ぎたか。それとも、いや、考えてみれば祥子さまは”皆集まって庭で花火”自体が未体験なのかも知れない。
 祥子さまは負けるのがお嫌いだから、未知から逃げるような真似はしないけれど、好き好んで未知に飛び込むほど好奇心旺盛な訳でもない。
 でもここは頑張りどころだ、とお腹に力を入れてみる。
「最近お姉さま、少しお疲れのようでしたし……偶にはお仕事もお休みしては」

「そうそう。祥子は生真面目だからねー、あんまり肩に力入れっぱなしでも駄目でしょ」
 すると意外なところから助け舟。
 現山百合会で祥子さまを呼び捨てに出来る只一人、黄薔薇さまの令さまがいつの間にか由乃さんから目を離して紅薔薇姉妹を眺めていた。
「それに打ち上げ花火とかも入ってる大きな袋が余っているんだ。人数は本当、多い方が寧ろ助かる」
 令さまが両手を広げて”大きな”を表現すると、その大袈裟な動きに祥子さまはくすりと苦笑する。
「まあ令、それじゃあ私は頭数合わせなのかしら」
「祥子が来れば祐巳ちゃんは確定でしょう? 逆に祥子が来ないと祐巳ちゃんも多分来れないし、来ても楽しめない。このセットを逃す手は無いなぁ」
「全く、憎たらしいわね」
 そう言いながらも祥子さまは笑っていた。
 流石は令さま、祐巳とは違うアプローチで祥子さまを誘導している。
 あんな風に軽んじるような言い方をすれば、生粋のお嬢様である祥子さまはプライドが邪魔して中々断り辛いはずだ。
「きっと楽しいですよ。少し時期は遅いですが、花火と言えば風流ですし」
 祐巳が最後の一押し。
 祥子さまはそこでやっと、「仕方ないわね」って頷いて下さった。


「ところで祐巳」
「はい?」
 志摩子さんもいつの間にか賛成に回っていて、結局少なからず拗れていたのは祥子さまのところだけだったようで。
 話が纏まると同時に皆して帰り支度を始めた中で、祥子さまはそっと耳打ちするように祐巳に聞いた。「あなた、どんな格好で由乃ちゃんのお宅にお邪魔するの?」って。
 さて、どんな格好ときた。
 流石に制服でとはならないので一旦解散してから集合と言う形にはなると思うのだけれど、別に学校的に重大なイベントと言う訳でもなければ街に出る訳じゃないから衆目に晒されることもあんまりない筈だ。そもそも宵の集まりだし。
 でも全く動かないかと言えばそうでもない。
 手持ち花火を提灯代わりに夜道を歩くのは楽しいし、仕掛け花火は往々にして逃げる必要性が出てくる場合があるから、咄嗟に動けないロングスカートとかはちょっと。残暑とは言え朝夕はそれなりに冷えるからフレアーもアウト。
 となると、必然的にパンツルックになってくる。
 だから普通に長袖TシャツにGパンとか、いわゆる――
「普通の格好、のつもりですが」
「普通の格好、ね」
「はい、普通の格好、です」
 別に祥子さまを馬鹿にしているわけじゃないけれど、そうとしか答えようが無かった。

 しかし待てよ、祐巳。
 自分と祥子さまの”普通”が一緒じゃないことは今まで何度もあった。
 ”普通”と言うある意味一般常識的なものに期待してなあなあに済ますことは良くない。
 この場合、齟齬があると恥をかくのは他ならぬ祥子さまなのだから。
「あのお姉さま」
「でも意外にと言うと失礼だけど、令の家も凄いわね。打ち上げ花火まで用意しているなんて」
 ――ほら。
 ほら、ほら、ほら。こんな所にも落とし穴がぽっかり開いている。
 祥子さまの脳裏には、イベントの開始や終幕の際に天高く花開く、盛大なスターマインが打ち上がっている筈だ。
 確かに打ち上げ花火と言えば普通そちらだけど、それは幾ら領地を二つ合わせて広いとは言え住宅街のど真ん中である島津・支倉両家でやって良いものではない。
 綺麗だの凄いだの言う前に煩いし何より近隣の皆さんから大ヒンシュクを買ってしまう。

「えっとお姉さま。打ち上げ花火と申しましても、それではありません」
「それ、って。私は何も言っていないわよ」
 祐巳は軽く首を振った。
「お姉さまのことでしたら大体判ってしまいますので。良いですかお姉さま、お姉さまは手持ちの花火はご存知でしょうか? これくらいの長さで、先端に火を――」
「失礼ね。それくらい知っているわ、テレビでやっていたもの」
 言い換えればご自身ではやったことがない、と言うことですね。
 確かに手持ち花火、ネズミ花火なんかは派手だしドラマなんかでも結構小道具として使われるシーンは多いから、観たことがあるのは納得できる。
 しかし打ち上げ花火、いわゆる仕掛け花火まで使われるかどうかと言えば微妙だ。
 使われたとしても、実際に目の当たりにしないと何からどうやって火と光が出ているのかが判らない可能性の方が高い。
「ごめんなさい、それで令さまが仰っていたのはそう言った類の打ち上げ花火だと思われます。手持ち花火を三本くらい纏めて上に向かって噴き出す感じのものです」
 「まあ」と口に手を当てた祥子さまの美しいお顔が微かに歪んだ。恐らく想像の範疇を超えたのだろう。
 言った祐巳だって手持ち花火を三本まとめて上に向ける、とだけ聞いても実際の仕掛け花火の想像には到達しない。
 何だか良くわからない筒状のモノが上に向かって燃えているイメージになってしまう。
 でも重要なのはそこじゃない。打ち上げ花火=スターマイン、と言う等式を破壊することが大事なのだ。

「一度観て頂ければ判ると思います。手持ちの花火よりは派手ですし、物に因りますがとても綺麗ですから」
 祐巳がそう言うと、祥子さまは納得したような釈然としていないような微妙な顔のまま頷いた。
 こればっかりは実際に観てもらった方が早いと思った祐巳は、それ以上とんちんかんな解説を続けることはしなかった。多分この選択は正解だったと思う。
 
 でも、お陰で大事な事を言うのをすっかり忘れていたのだ。


 〜 〜 〜


「ああ、お姉さま――」
 そして気づいた時には大体遅い。
 そりゃあもう、遅すぎる。気付いたと言う時点で、もう修正しようにもどうにも間に合わないのだ。
 祐巳は三秒きっかり見惚れてから、改めて頭を抱えた。
 祥子さまの打ち上げ花火がスターマインだったように、祥子さまの花火大会用衣装の”普通”は何と浴衣だった。
 勿論皆で着るならそれも楽しいのだけれど、元々住宅街のど真ん中でやるこじんまりとした花火大会だからということで皆それぞれラフな格好で来ている。
 祐巳や由乃さん、令さんは勿論志摩子さんもストレートジーンズやスラックスのパンツルックだし、意外にも唯一スカートを穿いていた乃梨子ちゃんの丈も、おしとやかと言うよりは結構活動的な膝までの短さだ。
 その中で、祥子さまお一人だけシックな色合とは言え滲み出る気品と艶やかさは隠せない浴衣で現れた。

「ごきげんよう」
 呆気に取られる面子を一人一人見渡すように、余裕を持って微笑みながら挨拶する祥子さまは髪をアップに纏められた所為もあっていつにも増して色っぽくてお美しかった。
 でも、祐巳は気付いてしまった。
 会場(と言うより島津家の門から一歩中)へ脚を踏み入れた瞬間の、戸惑い。
 図らずも浮いてしまった自分への不快感。
 それらを歩み進める中で一見払拭してしまった風に装える祥子さまは流石と言うしかない。言うしかないけれど、でもそれは。
 でもそれは、辛い強さだ。
 これが小笠原祥子なのだと言う強さを見せつけるような、痛々しいまでの強さだ。
 
 だから祐巳はすぐに我を取り戻して駆け寄った。
 祥子さまの眼前にまで辿り着くや否や、急いで頭を下げる。
「ごめんなさい、お姉さま。私、お衣装のことでご相談されていたのに」
 口に出してから気が付いた。そうだ、夕方――帰宅する前に一度祐巳は祥子さまから格好に関して相談を受けていたのだ。
 あれは質問ではなく相談だった。
 祥子さまご自身も薄々気付かれていた祐巳達とのギャップを埋める為の相談だったのだ。
 それに正しい回答をするどころか失念して、祥子さまの不安を拭って差し上げることが出来なかった。そして現状を招いた。
 祐巳の所為だ。
 そう思うと目の奥が急に熱くなった。
 祥子さまは今日もいつもと変わらずお美しい、でもその美しさは時として強烈な浮遊感を本人と周りに与えてしまう。今日のことが良い例だった。
 祐巳の所為だ。

「ごめんなさい、ごめんなさいお姉さま」
 口にする度に胸が締めつけれられるような痛みが走った。
 祥子さまに楽しんで頂く為に、祥子さまの肩に圧し掛かった重荷を少しでも一時でも降ろしてもらう為に半ば無理矢理に来て頂いたのに。
 袖を通している気の抜けたTシャツが責めてくるようだった。
 でも、祥子さまは顔の上げられない祐巳の頬をそっと撫でて仰った。
「馬鹿な子ね。あなたが謝ることではなくてよ」
「でも」
 顔を上げた祐巳を正面から見据えて、祥子さまは微笑んだ。
 その微笑は本当に優しくて柔らかくて暖かくて。
 自分は何て無力なんだろうと思い知らされると同時に、それだけで途方もなく救われる自分を感じる。
「元々私は静かに眺めているつもりだったから。それに、その分あなたが綺麗な花火を見せてくれれば良いわ」
 だから涙をお拭きなさい、って。
 どこからか取り出して頬に当てて下さったハンカチからは、和風の出で立ちとは正反対のラベンダーが柔らかく匂った。


 それから始まった花火大会は、何もかもがきらきらしていた。
 花火は勿論綺麗だったし、ネオンの少ない住宅街だと秋の澄んだ空気に広がる星空も良く見えた。

 手持ち花火を提灯代わりに、街路へ飛び出した由乃さんを追って令さまが駆ける。
 でもそんな令さまの手には帰り用の灯りのつもりか、予備の手持ち花火が握られていた。多分、あれらが燃え尽きるまでは帰ってこないだろう。
「あ、令ちゃんナイス! 丁度切れちゃったのよー」
 通りの向こうから何て弾むような声が聞こえて、祐巳は祥子さまと顔を見合わせて笑った。
 支倉家側の庭の片隅で、志摩子さんが蹲って何かを観ていた。地面で燃える炎と、その根元からしゅるしゅる動く不気味なそれ。
 ヘビ花火。渋い。渋すぎる。
「志摩子さん……面白い?」
 珍しく戸惑ったような乃梨子ちゃんの声が静かに届いた。
 すると志摩子さんはにっこり笑って「ええ、とっても」。乃梨子ちゃんはもう苦笑うしかないみたいだった。

「これは何かしら、祐巳?」
 不憫な乃梨子ちゃんに胸中で合掌していると、祥子さまは置いてあった花火の袋から何かを取り出した。
 元々大きな袋一杯に花火が入っていたとは言え、アクセル全開の由乃さんと祥子さまに綺麗な花火を見てもらおうと張り切った祐巳のお陰で中身は粗方消化されている。
 そんな中で残るものと言えば、最後の締めに置いてある仕掛け花火。打ち上げ式のものを令さまに頼んでこっそり置いて頂いている。
 そして、もう一種類。どうしても残る花火があった。
「あ、それは線香花火ですね。多分お姉さまも観たことはあるんじゃないでしょうか?」
 線香花火と言えば、ドラマの小道具としても結構な王道だ。
 しかもこちらは手持ち花火やネズミ花火と言った中盤のイベントで発生する花火大会よりも、物語のクライマックスで発生する花火大会なんかで使われやすい。
 だからドラマで手持ち花火を観たことがあると仰った祥子さまなら知っているだろうと思って祐巳はそう言ったのだが、意外にも祥子さまは首を横に振った。
「判らないわ。火が点けば思い出すかも知れないけれど」
 それが祥子さまのお誘いだと気付けない程祐巳は鈍感ではない。
 急いで少し離れた所の石に蝋で立てられていた蝋燭をおっかなびっくり持ってきた。

 二十本くらい入っている袋から祥子さまと祐巳で一本ずつ線香花火を抜き取る。
 凄く近くで屈みこんでいるから祥子さまの良い匂いが火薬の匂いに交じって香った。
 お手本と言う訳では無いけれど、湿気ていないかの確認も兼ねて祐巳が先に花火を蝋燭の上に翳す。
 程無くぱちっと音がして線香花火の先端に火が灯ると、あっという間に火薬部分が赤く丸く纏まった。
「ああ、これは」
 祥子さまが至極納得した風に何度か頷かれるのに呼応するようにぱち、ぱち、と線香花火から火花が散る。
 やっぱり祥子さまも観たことがあるみたい。
 何だかそれが嬉しくて顔を上げると、祥子さまは祐巳の動きをトレースするように花火を静かに炎で炙り、程無くぱちぱちと音を立てさせ始めた。

 それから少し、長いような短いような、沈黙の時間が降りた。
 それはとても安らぐ時間で。
 まるで世界が祐巳と祥子さまだけを残して閉じてしまったかのように静かで。
 ぱちぱち立てる花火の音だけが耳に付いた。
 仄かな灯りに照らされる祥子さまは今まで見た中でも一番にお美しくて。
 その正面。
 傍に自分が居られる奇跡を祐巳は改めて夜空に感謝した。

「あ」
 でも線香花火はやがて落ちてしまう。
 祐巳の花火が落ちてからすぐに祥子さまのそれも灯を無くした。
 消えた線香花火を二人で摘んだまま、蝋燭の炎に頬を照らして。
 寂しいかな、って祐巳は少しだけ思ったけれど。
 すぐ正面に祥子さまが居られるから、落ちた線香花火を想うのではなくて次の花火を差し出せる。
 次の花火を、火が落ちても、また次の花火を。
 そうすればずっとずうっと祥子さまと遊んでいられる。
 そんな気がした。


 祥子さまと二人きりで静かに炎と戯れたこの瞬間を祐巳は一生忘れない。


 最後に残しておいた打ち上げ花火に火を点けて、突発的山百合会親睦花火大会in島津・支倉家はフィナーレとなった。
 素早く仕掛け花火に火を点けて対比する令さまは手慣れていて、きっと由乃さんと今まで何度もやってきたんだろうなと祐巳は思った。静かに見えてくるそんなエピソードに胸が少し温かくなる。
 点火の大役を果たした令さまを抱きつくように迎え入れ、頬を摺り寄せるストレートな由乃さんの愛情表現や。
 打ち上がる瞬間を待ち侘びながら寄り添う志摩子さんと乃梨子ちゃんらの姿が愛しくて、また少しずつ胸が温かくなった。
 祐巳の隣で花火の導火線を見つめるのは祥子さま。
 一歩近寄って祥子さまの肩に頭を乗せると、祥子さまは何も言わずに支えて下さった。
 微かに触れ合う腕と、心持凭れ掛かる頭の部分から祥子さまの体温が伝わる。
 令さまのように抱き寄せることはしないけれど、しっかりと支えて下さってくれている。
 それだけで祐巳は幸せだった。

 お姉さま。
 私は本当に、あなたの妹になれて良かったです。
 あなたの傍に居ることが出来て良かったです。
 これからも、ずっと。
 一緒に居たいです。

 そんな、短い祐巳の祈りが終わるのを待ち構えていたように。
 六人の美少女達の視線を独占していた打ち上げ花火から、一発の火薬弾が勢い良く夜空へと舞い上がった。


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