【751】 めでたし、聖寵右往左往  (林 茉莉 2005-10-21 02:47:17)


 十一月も終わりに近づいたある晴れた朝。
 瞳子は今朝も目を閉じ指を絡めて、マリア様にいつもと同じようにお祈りを捧げる。
 (マリア様、どうか今日こそ祐巳さまの前で素直になれるよう、勇気をお与えください)

 このお祈りを、もう一体何度繰り返したことだろう。
 二つの縦ロールを小さく揺らして顔を上げ、ひとしきりマリア様を見つめた後、いつもと同じように自嘲して校舎の方へ歩き出そうとした。と、その時。

『その願い、聞き届けたり』
「!?」
 不意に背中から聞こえた、妙に朗々とした声に驚いて振り向く瞳子だが、今お祈りを済ませたマリア様の前には誰もいない。マリア様の前を素通りする生徒などもちろんいないので、近くに人影もない。
 第一自分は声に出さず、心の中で祈ったはずだ。誰かに聞かれようはずもない。それともうっかり声に出してしまっていたのだろうか。そしてそれを運悪く、誰かに聞かれてしまったのか。
 そう、例えばよく植え込みの中に潜んでいる写真部のエースの方とか、近頃自分をマークしているらしい新聞部のホープとか。
 そう思って茂みの中を覗いてみたが、人影はおろか、誰かが潜んでいたような形跡すら無かった。

(気のせいですわね)
 そう結論づけて再び校舎へ向かおうとした時、今度はさっきよりさらにはっきりとした声が聞こえた。
『気のせいじゃないわよ。一年椿組、演劇部所属、松平瞳子ちゃん』
 驚いて振り向くが、やはりそこには誰もいない。マリア様の像以外には。
「誰ですの? 冗談は止めてください」
『ま、冗談なんてひどいわね。私よ、わーたーし♪』
 まさかと思ってふと見上げたマリア様のお顔は、気のせいかわずかに口角が上がったように見えた。
「……ふっ、あり得ませんわね。瞳子ったら疲れてるんでしょうか」
 そう一人ごちてきびすを返すと、瞳子は足早に校舎へ向かって歩き出した。

『ちょっとお待ちなさい』
「ぐえっ」
 制服のカラーが後ろから引っ張られ、首を絞められる形になった瞳子は思わず女優らしからぬうめき声を上げた。
『そんな邪険にしないでよ』
 せき込みながらその声に振り返ると、微笑んで立っていたのは紛う方なきマリア様だった。

「いやーーーーっ! むぐぐっ」
『ちょ、大きな声出さないの! はしたないわね』
 驚いて悲鳴を上げる瞳子だが、その口はマリア様の手で塞がれてしまった。
「んぐんぐ、もががっ!」
『いいからちょっと落ち着きなさい』
 必死に抗う瞳子を、マリア様はあり得ないような力で近くの茂みの中にズルズルと引っ張っていった。そこでひとしきり暴れて疲れた瞳子がおとなしくなると、マリア様はやっと口を塞いでいた手を離してくれたのだった。

「ハァ、ハァ、あなた、ハァ、ハァ、一体、何なん、ですの」
『何って見ての通り、迷える子羊を優しく見守るマリア様よ。あなたも私に毎朝お祈りしてるでしょ?』
 マリア様は通路から見えないように、生け垣の陰にしゃがんで小声で答えた。
「私がお祈りしているのは、人を羽交い締めにして植え込みに連れ込むようなマリア様ではありませんわ!」
『仕方ないじゃない。あなたが往来で大声を出すんだから』
「それにマリア様ならいつものようにあそこにいらっしゃるじゃありませんか!」
『バカね、人気者の私がいなくなったらみんな悲しむでしょ? だから今あなたの目の前にいるのは言ってみれば、んー、そうねぇ。……中の人? そんなことより聞いて聞いて。あなたね、年に一度のラッキーチャンスに当選したのよ。おめでとう!』
 マリア様はうれしそうにそう言って瞳子の両手を取ると、ブンブンと上下に振り回した。
「は? 何をおっしゃってるのか分かりませんわ」
『んもう、鈍い子ね。だからあなたは今年度私にお祈りを捧げた、ちょうど延べ一万人目の子羊なのよ。毎年記念すべき一万人目には願いを一つだけ叶えてあげることになってるの。どう? うれしい?』
「結構です。生憎瞳子は人にかなえていただきたい願いなどありませんから。例えあったとしても自分で何とかしますわ!」
 人のお世話をすることは好きだが、世話になることは嫌いな瞳子はいつもの調子で断る。しかしマリア様は薄笑いを浮かべて余裕で切り返してきた。
『そんなこと言っちゃって、素直じゃないわね。あなたこのところずっと同じお祈りをしてるじゃない。マリア様はみてるのよ』
「な、何のことか分かりませんわ!」
 マリア様はプイッと横を向く瞳子の頬に、人差し指をグリグリと押しつけて言った。
『またぁ、とぼけちゃってこのぉ。毎朝毎晩同じこと聞かされるからすっかり覚えちゃったわ。やってみせましょうか? お目々をきらきらさせちゃって、『マリア様、どうか祐巳さまと一日も早くラブラブになれますように』 なーんてね♪ いやーん、恥ずかし〜ぃ!』
 マリア様は両手で赤らめた頬を押さえ、クネクネと身悶えている。
「なっ、嘘です! 瞳子、そんなこと言ってませんわ!」
 傍目には自分はそんな風に見えているのか。瞳子は恥ずかしさのあまり耳まで真っ赤になって否定するが、マリア様は鼻で笑って言う。
『いーや、言ってるね』
「言ってませんったら言ってません!」
 いきり立って立ち上がった瞳子の腕を取り、改めてしゃがませると、挑発するようにマリア様は言う。
『ふぅーん、じゃあ何て言ってるの?』
「瞳子はただ祐巳さまの前で素直になれますようにと……」
『で、そうお祈りするようになってはや三月、と』
 腕を組み、うんうんと頷くマリア様。
「もうほっといてください!」
『だからぁ、あなたのその恥ずかしい願いを叶えてあげるって言ってるじゃない。叶えて欲しいからお祈りしてる訳で、まさに渡りに船、地獄に仏とはこのことじゃない?』
「……地獄に仏って、あなたマリア様じゃないんですの?」
『あらやだ私ったら。でもシスターになりたいっていうお寺の娘さんがいるくらいですもの。私が御仏におすがりしたって別に、ねえ』
「そんなこと瞳子に同意を求められても困りますわ。とにかく! あなたのご厚意だけは頂いておきますが、これは瞳子の問題ですから、瞳子が自分でなんとかします! 朝拝に遅れますのでこれで失礼します!」

 そう言って立ち上がると、瞳子はガサガサと生け垣をかき分けて通路へ戻り、校舎の方へ急ぎ足で歩いていく。
 しかし結構ですと言われてはいそうですかと引き下がっては沽券にかかわると思ったのか、マリア様も生け垣を飛び越え瞳子の後を追う。そして追いついて横に並ぶと腕をガバッと肩に回して言った。
『遠慮すること無いのよ。あなたと私の仲じゃない』
「遠慮なんかしてませんわ。それについさっき初めて会ったばかりですけど」
『もうずっと毎日会ってるわよ』
「知りません! もう付いて来ないでください!」
『いいからいから♪』

 そんな風にマリア様と口論しながら下足箱のある昇降口までやってくると、そこでは乃梨子さんがちょうど靴を上履きに履き替えているところだった。
「助けてください、乃梨子さん」
「ごきげんよう、どうしたの? 藪から棒に」
「どうしたもこうしたも、この迷惑な人にいい加減離れるように、乃梨子さんからも言ってやってください」
 振りほどこうにも両腕で頑強に首に巻き付いて、結局ここまで付いて来てしまった背中のマリア様を親指で指して瞳子は言った。
 ところが乃梨子さんは困惑の色を顔に浮かべて、聞き返してきた。
「は? 迷惑な人って?」
「だからこの朝からマリア様のコスプレをした、なんだか危ない人ですわ」
「……言ってることがよく分からないんだけど」
「ですから……。あの、まさか、もしかして見えていないとか……」
「瞳子の話がさっぱり見えないわ」
『あのね、瞳子ちゃん。私の姿は当選者にしか見えないの。私ってば人気者だから、みんなに見えちゃったら大変でしょ? だから迂闊なことを言うと、あなたが危ない人に見えちゃうから気を付けてね』
 突然会話に割り込んできたマリア様に、驚いた瞳子は聞き返した。
「え? じゃああなた、一体何なんですの? 幽霊?」
『失礼ね。だからさっきからマリア様だって言ってるじゃない。これで分かったでしょ』
「ちょっと、さっきから独り言言ったりして、よく分からないけど大丈夫?」
「な、何のことですの? それより早くしないと朝拝に遅れますわよ」
 訝しむ乃梨子さんの追求を何とか誤魔化して、瞳子は乃梨子さんとともに一年椿組の教室へ向かった。もちろんマリア様におんぶお化けのごとく貼り付かれたまま。




 キーンコーン、カーンコーン。
 (ふう、やっと午前の授業が終わった。……疲れましたわ)
 瞳子はぐったりと机に突っ伏してそっとつぶやいた。

『どうしたの? 大丈夫?』
「どうしたのって、誰のおかげだと思っているんですか! あなたが授業中、あの先生は去年はもっと髪が薄かったからきっとヅラにしたんだとか、この先生は毎年ここで同じ冗談を言っているとか、下らないことを際限なく話しかけてくるからじゃないですか!」
「私、授業中に話し掛けてないけど……」
 マリア様に小声でキビシク説教する瞳子が顔を上げると、困惑顔で答えたのは乃梨子さんだった。
「ごめんなさい! 瞳子ったらどうかしてましたわ」
「あんた授業中ずっとブツブツつぶやいてたみたいだけど、ほんとに大丈夫なの?」
「な、何のことかさっぱり分かりませんわ。瞳子は普段通りですわよ」
 心配げに聞いてくる乃梨子さんに、日頃鍛えた女優としての実力を総動員して笑顔でそう答えると、瞳子は席を立ちよろよろとミルクホールへ向かった。

『勉強したらお腹すいちゃったわね。今日のお昼は何かしら』
「……瞳子はすっかり食欲が失せましたわ」
 ミルクホールへ向かう道々、ウキウキと話しかけるマリア様にうんざりとした調子で返す瞳子。
『育ち盛りなんだから、ちゃんと食べなきゃ大きくなれないわよ。色々な所が』
「大きなお世話です」
『祐巳ちゃんってあなたと同じでお胸が慎ましいじゃない。でも周りにいる人は結構豊かな人が多いわよね。』
「……」
『私の睨んだところ、コンプレックスの裏返しで、彼女きっと巨乳好きよ。だからぁ、頑張って大きくすればきっと気に入ってもらえると思うの♪ 私ね、いい豊胸体操』 「ごきげんよう、瞳子ちゃん」 『知ってるのよ』
「ああもう、うるさい、うるさい、うるさーい!」
 マリア様の下世話な話を無視してズンズン歩いていたが、我慢も限界に来て瞳子はとうとう声に出してしまった。
 そしてその時不幸にも、自分に掛けられた挨拶をうっかり聞き逃してしまっていたのだった。

「あ、 ご、ごめんね」
 その声に我に返り恐る恐る振り向くと、そこにいたのははたして、いきなりの剣幕にびっくりして固まっている祐巳さまだった。
「ゆ、祐巳さま!? その、今のは祐巳さまに言ったんじゃありませんから!」
 
 あわてて頭を下げる瞳子に、祐巳さまは目を白黒させつつも気を取り直して話し掛ける。
「……そう? ねえ、よかったら」 『あらあら、やっちゃったわね。でもまかせて。ちゃんとフォローしてあげるから』 「これから一緒にお昼しない?」
「もうこれ以上瞳子に構わないでください!」
「そ、そうなの?」
「す、すみません。祐巳さまに言ってるんじゃないんです!」

「さっき乃梨子ちゃんから、朝から瞳子ちゃんの」 『チャンスよ! こういう時はわざと弱いところを見せて相手の保護欲につけ込むの!』 「様子がおかしいって聞いたんだけど……」
「瞳子、そういうの嫌いです!」
「そ、そうだよね。瞳子ちゃん、私なんかよりずっとしっかりしてるもんね」
「だから違うって言ってますのに!」

「……なんだかよく分からないけど……。でもほら、このごろ瞳子ちゃんと」 『あなたってやればやるほど墓穴を掘るタイプだったのね』 「おしゃべりする機会がなかったから、やっぱりいっしょに、ね?」
「誰のせいだと思ってるんですか!」
「わ、私のせいだったの?」 『意地を張るのもほどほどにね』
「いいからもう黙っててください!!」

 ついに爆発してしまった瞳子だが、ふと気づけば祐巳さまと瞳子(とマリア様)の周りには結構な人だかりが出来ていた。
 祐巳さまと瞳子は、ある意味リリアンで今最も注目を集めている二人なのだ。その二人が昼のミルクホールで口論をしていれば、いやでも人が集まろうというものだ。例え当事者は口論をしているつもりが無かったとしても。

「みなさま、お騒がせして申し訳ございませんでした。別にこれは何でもありませんの。みなさまこの後も引き続き楽しいお昼のひとときをお過ごしくださいませ。さっ、祐巳さま、参りましょう」
 にっこり笑って周囲を見回してそう言うと、瞳子は百面相に忙しい祐巳さまの手を取って足早に人垣をくぐり抜けていった。




 祐巳さまの手を引いて中庭にやって来ると、瞳子は出し抜けに頭を下げて言った。
「先ほどは申し訳ありませんでした」
「うん、別に気にしてないけど、ほんとに何だかおかしいよ。何かあったの?」
 祐巳さまは小首を傾げて聞いてくる。そんな仕草が可愛らしくてとっても素敵です。
 でもはたしてこれが、説明して納得してもらえるようなことだろうか。良くて医務室行き、悪ければ救急車を呼ばれて病院送り、がオチだ。
 だから仕方なく瞳子はしらを切り通すことにした。

「本当の本当に何でもありませんから」
「そう? ちょっと見せてみて」
 そう言うと祐巳さまは瞳子の前髪をかき分けて、瞳子の額に右の手のひらをあてがってきた。
 そんな思わぬ不意打ちに瞳子は真っ赤になって飛びずさった。
「な、何するんですか、いきなり!」
「もしかして熱でもあるのかなって思って」
「だから何でも無いって言ってるじゃないですか!」
「でも何だか顔が赤いよ」
「これはその、祐巳さまが……」
「私が?」
「とにかく何でも無いったら無いんです!」
 顔が赤いって、誰のせいだと思ってるんですか。今日ばかりは祐巳さまの鈍さにうんざりする瞳子だった。
 ところがそんな瞳子の思いを知らぬ気に、今度はなんと自分のおでこを瞳子の額にくっつけてきて、その上逃げられないように両手で肩をつかまれてしまった。それは見方によってはまるで……。
「うあぁっ☆」
「やっぱり熱があるよ。すっごく熱いもん。あれ? どうしたの? 瞳子ちゃん? しっかりして、瞳子ちゃん!」
 不意に訪れた至福の中、頭に上った血が臨界点に達した瞳子は遠ざかる意識の中でつぶやていた。
 ならば取り敢えず、そのお顔を遠ざけてください、と。




 気がつくと、白いカーテンに囲まれたベッドに寝ていた。どうやら自分は気を失って医務室に担ぎ込まれたらしい。瞳子はまだぼんやりとした頭でそんな現状を確認した。
 腕時計を見ると、もう午後の授業は終わっているようだ。窓の外の空は、もう暮れ始めていた。

 それにしても今日は何て一日だったんだろう。
 朝から変なお化けに取り憑かれてずっと振り回され、お昼休みにはミルクホールであんな醜態を晒してしまい。
 でも最後は祐巳さまのお顔をあんなに間近で見られて……。
 フフフッ。
 思い出すと自然に笑みが浮かんできて、照れくさいような、暖かいような心地が湧いてくる。

『ほらね、願いが叶ったでしょ? それにしても失礼ね。お化けって何よ、お化けって』
 寝返りをうって声のする方を見ると、ベッドの脇にマリア様がたたずんでいた。
「……まだいたんですか」
『まだあなたから感謝の言葉を聞いてないからね』
 ため息混じりの瞳子の言葉に、マリア様はそううそぶいた。

「感謝って、あなた結局邪魔しかしてないじゃないですか」
『でも結果オーライだったでしょ? だったらいいじゃない。大体あなたね、神頼みなんかより先ず自助努力が大切なのよ。神は自ら助く者を助くっていうでしょ』
「それがマリア様のセリフですか。それに瞳子は最初から自分で何とかするって言いましたわ」
『そうだったかしら、ホホホのホー。でも私たち、何だか気が合いそうね。だからこれからも特別に遊んであ・げ・る。そうね、あなたが祐巳ちゃんからロザリオを受けるその日まで』
「結構です。瞳子は気が合いそうにありませんわ」
『またまたぁ、照れちゃって可愛い♪ 知ってるわよ。そういうの、ツンデレっていうんでしょ?』

 カッチーン。
 人は図星を突かれると立腹する。
 一番言われたくないことを言われた瞳子は布団をはね除け、ガバッと上体を起こして言った。
「ツンデレ言うな! それと」
 ちょうどその時マリア様の後方のカーテンが開かれ、絶妙のタイミングで祐巳さまが乃梨子さんとともに入ってきた。
「具合はどう? 瞳子ちゃん」
「二度と瞳子の前に現れないでください!」
 そう叫んでマリア様をズビシッと差した瞳子の指は、マリア様が見えない祐巳さまと乃梨子さんには、真っ直ぐに祐巳さまに向けられているように見えたことだろう。
 祐巳さまはその場で凍りつき、乃梨子さんは「やっちゃったー」という風に片手で顔を覆っている。

 やがて解凍した祐巳さまは悲しげな笑みを浮かべて言った。
「……やっぱりそうだったんだ。ごめんね、今まで気が付かなくて。これからはなるべく瞳子ちゃんの前に現れないように気を付けるから……」
「ち、違います! そうじゃないんですの!」
 しかし祐巳さまは瞳子の弁解を聞くこともなく、身を翻して駆けていってしまった。

「心配して見に来てくれた祐巳さまに向かって、あんたなんてことを」
 そう言い捨てると、祐巳さまを追って乃梨子さんも出ていった。
 いつもは何かと瞳子の味方をしてくれる乃梨子さんだが、その時の、今までに見たこともないような冷たい目が瞳子には痛かった。
「いえ、あの、違います! 誤解ですわ!」
 静かになった医務室には、瞳子の言い訳だけが空しく響いていた。

『さ、さーてと、そろそろお暇しようかしら。これでも私結構忙しくてね。これからちょっとゴロンタちゃんの人生相談にのってあげなきゃいけないの』
 引きつった笑顔を浮かべ、聞かれてもいないことをしゃべりながらマリア様はこの場から退散しようとしていた。
 だが俯いたまま、背中に「ゴゴゴゴゴゴゴゴ……」という書き文字を背負った瞳子が静かに、しかし地獄の底から響くような声で呼び止める。
「……ちょっと待ちなさい」
『やーね、怒っちゃだめよ。人生こんなこともあるわ。人間万事塞翁が馬。待てば海路の日和あり。照る日もあれば曇る日も。重いコンダラ試練の道を、三歩進んで二歩下がる♪ これからもあなたのこと、マリア様がみてるわ。それじゃね。アデュー♪』
 矢継ぎ早に言うだけ言って、マリア様は消えてしまった。

「く、……このっ、バカーーーーーーーーーーーーッ!!」
 日頃鍛えた腹式呼吸による発声の賜物で、瞳子の心の叫びは高等部の全ての生徒の耳に届いたのだった。




 その日以来、瞳子はマリア様にお祈りをする代わりにものすごい目で睨みつけるようになり、それはめでたく紅薔薇のつぼみの妹になれた日まで続いたという。
 一方瞳子に睨まれる時のマリア様の像はといえば、目をそらして頬に一筋の汗を浮かべている、とまことしやかに囁かれるのだった。


【752】 (記事削除)  (削除済 2005-10-21 20:50:24)


※この記事は削除されました。


【753】 暗黒の食べ放題  (ケテル・ウィスパー 2005-10-21 22:11:43)


「ふふふ……良い色よ、あなたの小腸、あなたの大腸、あなたの肝臓…ふふふふ…おいしそう…」

 ゴボッゴボッ …… 校舎の壁に押さえつけられて口から血の泡を吐き出している女生徒。 制服は胸元から裂かれ、あらわになった肌は血に染まり内臓が露出している。
 右手を腹腔に突っ込んで、ゆっくり内臓を引きずり出している少女。

「……ほら、良い色でしょう? でも残念ね…あなたは……食べられないのよ……」

 ズルッ・・・一気に引きずり出される内臓。 大きな快感に震えるように ビクッビクッ…と痙攣する女生徒、その度に口元から血があふれ出す。
 血の滴る小腸に目を細めて微笑み、見せ付けるように口に付け無造作に一口齧り取る。 

「……おいしいわよ、とっても…他の物もおいしそうね……残さず食べてあげるから安心してね……」
「ゴ…ォプォ……ロ……ロ…サ……」

 何かを言おうとした…しかし、小腸を放り出した少女は、横隔膜を破ってまだ脈を打っている心臓をつかみ力を込める。

「ここは、歯ごたえがあっておいしいのよ、そうねここから頂くことにしましょうか。 ……それでは…ごきげんよう……」

 その瞬間背を大きく反らせて弛緩する女生徒、心臓はつかみ出され地面がさらに血で染まる、辺りは噎せ返る様な血の匂いが充満していった。 血の匂いに酔ったようにうっとりと心臓を眺めて……。


* * * * * * * * * * * * * * *



「か、かか、カ〜〜〜〜ット〜〜〜〜!!!!」
「こ、怖すぎるわよ! 志摩子さん! 終始微笑んでる辺りが特に!」
「あら? そうかしら?」
「だ、だから、その人形に手首突っ込んだままこっちを向かないで! ほんとにも〜〜科学部もコリすぎなのよ。 ここまでリアルに作らなくったっていいじゃない!」
「怖すぎるよ〜〜、志摩子さんその血、早く拭き取ってよ〜」
「ふふふ、ただの血糊じゃないの、そんなに怖がらなくてもいいんじゃないかしら」
「だから〜〜〜、微笑みながらその人形をもって〜にっこり微笑みながら血を滴らせているのが怖いんだってば〜〜」
「もう一体あれば ”パペットマペット”?」
「嫌過ぎますわそれは!!」
「確実に子供泣くわよそれ!」
「……腹話術習おうかしら…」
「やめて! 絶対にやめて! 志摩子さん!!」
「も〜〜床の掃除も大変ですわ。 誰ですの? こんな事をやろうって言い出したのは」
「え〜と〜〜、主に白薔薇姉妹?」
「”極上生徒会”ごっこ〜〜〜」
「「「いや〜〜〜〜〜!!」」」

「志摩子さん…うれしそう(クスッ)」


【754】 それだけは忘れないで  (朝生行幸 2005-10-21 23:04:15)


「ですわですわ」
「心配ですわ」

 一年生に似たような二人が居るとも露知らず、ぽよぽよほえほえとお気楽な雰囲気を撒き散らす美佐と里枝の二年生コンビは、自分の席で“日本全国雑煮大全”なる本を読みながら、令ちゃんにこれを作らせようと企んでいる黄薔薇のつぼみ、島津由乃に近づいて行った。

「ですわですわ」
「心配ですわ」
「…何が言いたいの?」
 本を開いたまま、ひらひらと舞い踊る二人を胡乱な目付きで睨む由乃。
「だって、茶話会があったにもかかわらず、未だ由乃さんは独り身ですもの」
「同じクラスメイトとして、友人として、とても心配しておりますのよ」
「大きなお世話よ」
 かつての儚げな雰囲気はどこへやら、気に入らなければ薔薇さまにも平気で逆らえる(そして大いに後悔する)由乃、バタンと本を机に叩き付け、吐き捨てるように言った。
「私たちは、心から心配し、そして応援してますのよ。そんなことおっしゃらないで」
「そうですわ、つぼみが二人も居るのは松組の誇り。でも、祐巳さんには候補がいらっしゃるけど、由乃さんにはいないんですもの」
「あのねぇ…」
「もしよろしければ、私たちが1年生を紹介しても差し上げますわ」
「そうそう、由乃さんに憧れる1年生を、何人か知ってますから」
「それこそ余計なお世話よ!私にだって、候補はい…」
 両手を組み合わせ、好奇心一杯の目で乗り出してくる美佐と里枝。
(しまった、誘われたか!?)
 最近由乃が、中等部のある個人に接触している事実は、知られていないようで結構知られていた。
「あーしまった、この本今日返さないといけないんだった失礼ごきげんよう」
 誘導されたことに気付いた由乃、慌てて立ち上がると、わざとらしく棒読みセリフで席を離れた。
「ああ、由乃さん」
「由乃さん!」
 振り返ることなく教室を出て行く由乃を、呆然と見送る二人。
「逃げられましたわ」
「逃げられましたわ」
 由乃の机の上には、例の本が置いたままだった。

「このままではいけませんわ」
「いけませんわ」
「なんで私まで…?」
 紅薔薇のつぼみこと福沢祐巳は、美佐と里枝、そして更に二人のクラスメイトに無理矢理連れられて、放課後のミルクホールに来ていた。
 レイニー騒動を強制的に思い出させるようなメンバーに、祐巳の表情が若干曇る。
「祐巳さんはオブザーバーです。おそらくリリアンの中では、二番目か三番目に由乃さんを良く知るお方ですから」
 もちろん一番は黄薔薇さまということだろう。
「さらに祐巳さんは、すでに妹候補をお持ちですから、必ずしも安泰とはいえませんが、心配する必要はないでしょう。でも、由乃さんの場合は…」
「未だ候補すら居ない状態。大きなお世話とは分かってますけど、黙っていられないのもまた事実です」
「そんなワケで、ぜひともお知恵を貸していただきたいのですわ」
「由乃さんを下手に突っつくと、あとで酷い目に会うんだけど…」
 困った顔の祐巳。
「でも、心配しなくてもいいと思うな。由乃さん、目星は付いてるみたいだし」
「そう言えば先程、妹候補を匂わせるような発言をなさってましたわね」
「候補がいるのであれば、とっとと…失礼、早く妹になさればよろしいのに」
「そうも行かないみたいだよ。これ以上は言えないけれど」
 実際は、言えないのではなく、言える事がないのだが。
「では、下手な口出しはかえって逆効果ということですわね?」
「うん。そっとしておくのが一番だと思うな」
「そうですか…。私たちとしましては、早く、本当に早くお決めになっていただきたいのですけれど」
「紅薔薇のつぼみがそうおっしゃるなら、いましばらく様子を見させていただくことにしましょう」
「ですわですわ」
「心配ですわ」
「だから、由乃さんは大丈夫だって」
 八の字眉で、突っ込む祐巳。
「ちがいます、祐巳さんのことを言っているのです」
「へ?私?」
「せっかく妹候補…松平瞳子ちゃんがいるというのに、何をグズグズなさってるのかしら?」
「ととととと、瞳子ちゃん?」
「二学期もとうに半分を過ぎたと言うのに、いまだブゥトン二人に妹がいない。これは由々しき事態です。白薔薇のつぼみは一年生だから、仕方がありませんけれど」
「そこで私たちは、祐巳さんにも早々に妹を決めていただくため、由乃さんをエサにして、ここまで来ていただいたのです!」
「なんて回りくどい…」
「貴女が言う事ではありません!事実、祐巳さんも回りくどいぐらいに妹をお作りにならないではありませんか」
 立ち上がってまで突っ込みを入れる里枝。
「うー、まぁそうだけど…」
「まさか、他にも候補がいて、決めかねていらっしゃる?」
「そう言えば、あのデッカイ…失礼、背の高い」
「可南子ちゃんのことだったら、それは違うよ。あの子はきっぱりと私の妹にはならないって」
「じゃぁ、フォークダンスで一緒に踊っていた…」
「あの子も違うよ。だって、名前も知らないんだもの」
 なんでそこまで知ってるんだ。
「じゃぁ一体…」
「そんなに急かさないでもらえるかな。私だけが一方的に決め付けていいことじゃないもの」
 かつては、一方的に決められてしまうところだった祐巳だけに、同じ轍は踏みたくない。
「多分大丈夫。多分、年内には決まると思う。多分。うん、多分だけど」
「それって、やはり…?」
「多分ね」
「…そこまでおっしゃるなら、ここまでにいたしましょう。でも、忘れないでいただきたいのは、私たちだけではなく、それこそ一年生から三年生まで、そしておそらくは紅薔薇さまが一番、紅薔薇のつぼみの妹が早く決まることを期待していると言う事を」
「うん」
 力強く、きっぱりと頷いた祐巳だった。
「でも、口外無用だよ?新聞部には絶対に知られたくないからね」

 *****

「ですわですわ」
「安心ですわ」

 心の枷が外れたのか、いつも以上にぽよぽよほえほえとお気楽な雰囲気を撒き散らす美佐と里枝の二年生コンビは、自分の席で“おでんと関東煮はどう違うのか”なる本を読みながら、そう言えば具の種類や味付けが違うような気がしている黄薔薇のつぼみ、島津由乃に近づいて行った。

「ですわですわ」
「安心ですわ」
「…何が言いたいの?」
 本を開いたまま、へろへろと舞い踊る二人を、またかと言わんばかりの目付きで睨む由乃。
「だって、近々紅薔薇のつぼみの妹が出来るって噂ですもの」
「あら美佐さん、それは内緒だったのでは?」
「まぁ里枝さん、嬉しくて思わず口が滑ってしまいました」
「あらあら、困ったことですわ」
「えぇえぇ、とっても困った…ってあら?」
 目の前に由乃の姿は既になく、辺りを見回しても見当たらない。
 廊下を窺えば、真美を追いかける祐巳を、さらに追いかける由乃の後姿が見えたが、何ゆえ由乃が祐巳を追いかけているのかは、二人には定かではなかった。

 疾走する真美、祐巳、由乃のそばで、数回シャッター音が鳴ったが、三人には聞こえなかったのはお約束…。


【755】 魂にかけて誓う!ゲッター変形戦闘へ行こう  (六月 2005-10-22 00:04:46)


「うぉおおおおおお!八海山おろしぃぃぃ!」
ドズゥゥゥン!!
ゲッター3の凶悪な投げ技で放り上げられ、凄まじい勢いで地面に叩きつけられた敵が粉みじんになる。
巨体とパワーをフルに使った必殺技が決まった瞬間だ。
「やったね、可南子さん」
「伊達に新潟で修行してませんわ」

「まだですわ、可南子さん!乃梨子さん!次が来ます」
機械化されたヴェロキラプターの様な敵が数をなして群がってくる。
「速い!チェンジよ!瞳子!」
ゲッター3の巨体では不利と見た乃梨子の声に、瞳子は瞬時に反応しスイッチを押した。
「オープン・ゲット!チェンジ、ゲッター2!!
 ミラージュドリル!」
ぎゃおぉぉぉぉん!
一瞬にして変形し左手のドリルで敵を引き裂く。
「瞳子さん、まだ来ます!」
「分かってますわ。ツインドリルストォーーーム!」
すばっ!ずばばっ!ずばばばばばばばばばばっ!!
両手のドリルが巻き起こす風に敵が動きを止めるすきに突撃、超旋回する両手のドリルで無数の敵が肉片へと姿を変えていく。

『おのれゲッターロボ、全メカビースト発進させろ!』
『『はっ!皇帝閣下!』』
子狸顔の半分が機械に覆われた皇帝の命令に、双子の巨漢が応え、配下へと指示を飛ばす。

「乃梨子さん!要塞からメカビースト軍団が!」
半機械の恐竜軍団が要塞の各所から現れ、ゲッターの眼前に終結する。
数の上では圧倒的に不利な状況に乃梨子は不敵に北叟笑むと叫んだ。
「オープン・ゲット!チェンジ、ゲッター1!
 一気に片付ける!摩訶般若波羅蜜多心経観自在菩薩行深・・・
 一撃必殺!ストナーサーンシャァーーーーインッ!!!」

『うぉおおおおお!』
地上に現われた太陽の閃光に恐竜軍団諸共、要塞も包み込まれていく・・・・・・

*********
「きゃーーーーっか!却下ですわ!」
「菜々ちゃん、私達の出番は?」
「はい、ゲッターを着ぐるみでやる予定ですので、薔薇さま方はそちらを」
「えー、そんなの動けないよー」
「そんな着ぐるみ作れる部があったかしら?」
「あ、花寺の映画研究会の全面協力です。
 乃梨子さま、瞳子さま、可南子さまも映像でのカットインということで」
「祐麒くんが敵の皇帝なの?」
「駄目ですか?」
「ダメ」
「ツインドリルストームって、瞳子の髪形を玩ぶなんて許せませんわ!」
「ま、可南子さんも協力してくれないと思う。つーか、何で私が般若心経を・・・」
「ということで・・・」

却下=5票  採用=1票

「第一、合ってないよー。ゲッターは1が紅、2が白、3が黄じゃないと変よ」
「祐巳さん詳しいのね」
「祐麒がいろいろビデオ借りてくるからねー」


【756】 祐巳×瞳子秒殺個別指導  (柊雅史 2005-10-22 00:21:52)


某月某日――
瞳子がグレた。


「またまたぁ〜、乃梨子ちゃんってば冗談ばかり」
「それが冗談じゃないから、こうして相談してるんです!」
けたけたと笑う祐巳さまに、乃梨子は必死になって説明した。
「私もいつも通り、どうせマンガかテレビの影響でも受けて遊んでるだけだろうと思って放っておいたんですけど、どうも今回はマジみたいでして」
「私、今朝ちょっと肩がぶつかっただけで、トイレに連れ込まれましたわ」
くすん、と涙声で訴えるのは、瞳子の友達代表として同行してくれた美幸さんである。
「そこで殴る蹴るの暴行を――」
「えぇえ!?」
「してやりますわ、と脅されました」
「――あ、実行したわけじゃないのね」
ほっと安堵の息を吐く祐巳さまに、美幸さんはふるふると震えながら身を乗り出した。
「いいえ、いいえ紅薔薇のつぼみ! あの時の瞳子さんの目は本気でしたわ! 私、あまりの恐怖で危うくお漏らしをしてしまいそうに――」
「そ、そうなんだ……それは災難だったね。えっと、コンビニにもパンツって売ってるよ?」
美幸さんの訴えに祐巳さまが慌てて美幸さんの肩を叩いて慰めてから、ちょっと考え込んだ。
「でも――確かに瞳子ちゃんが本気で凄んだら、ちょっと怖いかもね」
「そこなのです、祐巳さま」
祐巳さまの感想に乃梨子は頷く。
「瞳子のヤツ、変に演技力だけは図抜けてるじゃないですか。ですから、どうすれば相手を怖がらせられるかとか、知り尽くしてるんですよ。実際の暴力に訴えないだけに、余計に性質が悪くて」
実際、乃梨子も廊下で敦子さんに絡んでいる瞳子を目撃したが、あのやさぐれた感じは筋金入りのヤンキーって感じだった。
しかも瞳子は乃梨子に気付くと、一目散に逃げている。絡む相手を選んでいる辺り、いつになく厄介だ。
「――とにかく椿組を中心に、瞳子の被害者が増えています。このままではいつ、先生方や山百合会の方の耳に届くかと思いまして。まずは先に、祐巳さまに相談しようと思ったんです」
「そっか。――ありがとう、乃梨子ちゃん」
お礼を言う祐巳さまに、乃梨子は少し安堵した。
瞳子のことを相談するのに、祐巳さま以上の適任者はいないと乃梨子は思っている。学園祭の時もそうだけど、案外この人は頼れる人なのだ。瞳子と祥子さま絡み限定で。
「近い内に話をしてみるよ」
力強く頷く祐巳さまに、乃梨子はよろしくお願いしますと頭を下げた。


瞳子の傍若無人ぶりは加速していた。
「瞳子あんた、このタイはなんなのよ!?」
大きめにカスタマイズされたタイを見て乃梨子が注意をしても、瞳子はふんっとそっぽを向くだけだ。
「放っておいて下さいませ。別に校則違反をしているわけではありませんわよ? 校則ではタイを結ばないことを禁止しているだけですもの。それでも何か文句があるのかしら?」
「く……」
確かにリリアン女学園の校則は厳しくないから、瞳子の言う通り、多少制服を着崩したところで校則違反にはならない。
そんなことは明記するまでもなく、リリアン女学園の生徒なら秩序を守ってしかるべきだし、実際に制服を着崩し、放課後に寄り道しまくるなんて生徒は、これまで出てこなかったのだ。もちろん、姉妹制度がその一役を買っていたというのもある。
だから校則も本当にないに等しかった。瞳子はそれを良いことに、やりたい放題である。
「……こんな時、瞳子にお姉さまがいれば」
そう思わずにはいられない。最近はついに瞳子のことは山百合会の一部でまで話題に上がるようになったのだけど、結局のところ「校則違反はしていない」と言われてしまえば、それ以上強くは言えないのが現実なのだ。
それはお姉さまの仕事であり、瞳子はそのお姉さまがいない。
理論武装して巧みに立ち回る不良少女のなんて厄介なことだろう。最近ではリリアン女学園にもごく少数存在している、不良グループ(ただし他の学校に行けば十分『優等生』で通用するような不良っぷり)が瞳子に接触しつつある、という噂を聞いた。
これはそろそろ本気でヤバイ。祐巳さまは何をしているのかと、思わず詰め寄った乃梨子だが。
「それが、瞳子ちゃんに全然会えないのよ。すぐに逃げられちゃうの」
困ったように言われてさもありなん、と納得した。
初期には乃梨子からも逃げていた瞳子である。どこまで増長しようとも、祐巳さまや祥子さまなどの、頭が上がらない相手からはしっかり逃げ続けることだろう。自己分析の出来ている、頭の良い不良少女は本当に厄介だ。
「――分かりました。なんとかして瞳子をとっ捕まえます」
「うん、そうしてくれると助かる。私の足じゃ瞳子ちゃんに追いつけないんだよね」
「それでは明日の放課後――椿組まで来てくださいますか?」
「うん、分かった」
祐巳さまがちょっと緊張した面持ちで頷く。

決戦は明日の放課後――
祐巳さまと瞳子の、直接対決である。


   †   †   †


「それでは本日の授業はここまでにしましょう」
シスターがそう言って、その日の最後の授業が終わった。
「起立、礼!」
当番の子が声をかける。軽く頭を下げながら、乃梨子はちらりと教室の後方へ視線を投じた。
最近の瞳子はついに掃除当番をサボリ始め、授業が終わると同時に教室を出て行ってしまう。だからこそ、祐巳さまも瞳子に中々会えないでいるのだ。
まずはそれを阻止する。今の瞳子に対抗できる子はそうそういない。鋭い眼光で睨まれて「おどきなさい!」と一喝されれば、ぶるぶる震えてお漏らししそうになる、美幸さんみたいな子ばかりなのだ。一年椿組は。
乃梨子はそんなことないのだが、一人では教室の前後にあるドアの両方をカバーすることは出来ない。それでこれまでは取り逃がしていたわけだが、今日ばかりは違う。強力な助っ人がいるのだ。
「――瞳子、待ちな。今日こそは話を聞いてもらうよ」
案の定鞄を手に帰ろうとした瞳子の前に、乃梨子は立ち塞がる。
「乃梨子さんと話をすることなんてありませんわ」
「そうはいかない。こんなこと、良くないわよ」
「――ふん。うるさいですわ」
くるっと瞳子が背中を向けて、教室の後ろに向かう。そっちのドアから出ようというのだろうが、甘い。
「――可南子さん!」
「!!!」
乃梨子の掛け声に瞳子が驚愕の表情で振り返り。
教室後方のドアの前に、可南子さんが立ち塞がる。
「く――可南子さん、あなたまで私の邪魔をするんですの?」
「私個人はあなたのことなんてどうでも良いのだけど」
ぐっと腰を落とし、両足を肩幅に開いて、可南子さんは両手を大きく広げる。
「祐巳さまに頼まれた以上――私は私の役割を果たす……」
きゅっきゅっきゅっと可南子さんがサイドステップを開始した。
右に、左に。低い体勢を保ったまま素早く往復する。右手は頭の上に、左手は体の横に。瞳子の行く手を塞ぐようにしてゆらゆらと揺れている。
「あ、あれは――!」
成り行きを見守っていた敦子さんが驚愕の声を上げる。
「伝説の――バスケ部のお姉さま方とのワン・オン・ワン100連戦を完封した、サイドステップディフェンス! まさかこの目で見られるなんて思いませんでしたわ!」
「ぅわ意味ねー」
別にドアの前に立っていれば良いだけなのに、きゅっきゅっと音を響かせながら、瞳子の周りを回っている可南子さんに、乃梨子はツッコミを呟いていた。
今日の可南子さんは、上履きではなくてバスケシューズである。
凄い気合いだ。空回りしてるけど。
「――祐巳さま、ですか。イヤな方の名前を聞きましたわ」
瞳子が不機嫌そうに呟き、腰を落として可南子さんをにらみつけた。
「上等ですわ。――そこを通していただきます」
「させない……」
かつて天敵同士として冷戦を繰り広げていた二人が、今正に正面からぶつかろうとしている。
ごくり、と一同が喉を鳴らした。
「――行きますわ!」
「ふっ!」
ダッシュする瞳子の前に可南子さんが素早く移動する。可南子さんナイス、と乃梨子が拳を握った瞬間。
「オフェンスチャージング!」
「――っ!?」
瞳子が叫ぶと同時に、可南子さんがビクッと両手を挙げて一歩後退する。
その瞬間、瞳子はするりと可南子さんの横をすり抜けた。
「さ、触ってないわ!」
「イヤ駄目じゃんそれじゃ!」
焦って言い訳する可南子さんにとりあえずツッコミを入れて、乃梨子は廊下に出た。今や廊下を走ることすら躊躇わない瞳子が相手では、既に手遅れかもしれないが――
「ハイ、そこまで」
乃梨子とは反対方向へ走っていた瞳子の前に、ふわりと人影が立ち塞がった。
「――志摩子さん!?」
「白薔薇さま!?」
乃梨子と同時に瞳子も驚きの声を上げる。それでも勢いを止めずに駆け抜けようとした瞳子に志摩子さんが手を伸ばし――
「えいっ」
すんごい気の抜けた掛け声と共に、瞳子の体をどうやったのか、くるりとその場で180度回転させた。
「!?」
いきなり視界がくるっと回ったからだろうか。瞳子が驚きの表情で2・3歩たたらを踏む。
「志摩子さん、ナイス!」
その隙に駆け寄った乃梨子が瞳子の手を掴んだ。
「くっ――離して!」
「ダメ! 今日こそは逃がさないんだから!」
「この――っ! いくら乃梨子さんと言っても、容赦はしませんわよ!?」
ぐっと瞳子が鋭い目を向けてくる。
「今すぐに離さないと――殴りますわよ? これはどう見ても正当防衛よね?」
にやり、と笑みを浮かべて拳を握る瞳子に、乃梨子の背中にちょっと冷や汗がにじむ。
そんなのは嘘だと分かる。そもそも瞳子は乃梨子より遥かに運動神経も悪いのだから、本気で取っ組み合えば乃梨子が勝つのは間違いないのだ。それに瞳子は暴力だけは振るっていない。
「私がそんなことをしないとでも? 甘いわね、乃梨子さん。それは単に必要がなかったからだけよ。でも乃梨子さんは違う。なら、私は躊躇ったりはしないわ」
いつものお嬢様言葉をやめた瞳子は中々の迫力だし、その視線も握った拳も、本気でそう言っているんじゃないか、と乃梨子に思わせるに十分である。
けれど乃梨子は手を離さなかった。
瞳子はそこまで――他人に暴力を振るうまでは悪くなっていないって思う。
それに――もしここで瞳子に殴られても、それでも良いと乃梨子は思った。痛いのはイヤだけど、それで瞳子を祐巳さまに会わせられるなら。祐巳さまが瞳子を元通りにしてくれるのなら――
(そうよ……私はイヤなのよ! 元の瞳子の方が、好きなのよ!)
だから乃梨子はいつでもその小さな拳が飛んできても良いように、体を硬くした。
「私は、本気よ!」
「私だって本気だ!」
睨んでくる瞳子を乃梨子も睨み返す。
瞳子は全く視線を動かさない。ちょっと冷たい、視線。例え演技でも、これは確かに美幸さんならお漏らしするかも、と乃梨子は思った。
「――仕方ありませんわね」
瞳子が溜息を吐いて、ぐっと拳を握る。
本気か、と乃梨子がもう一度体を硬直させたところで――
「ハイ、そこまでー」
再び、志摩子さんがほわほわとした感じで割って入ってくれた。
「残念だけど、その続きはまた今度どこかの海辺で夕方にしてちょうだい。さすがに手を上げれば、山百合会でも庇いきれないわ。それに――」
にこっと志摩子さんが笑みを浮かべた。
「間に合ったみたいだから」
「――!」
志摩子さんの言葉に瞳子が背後を振り返る。乃梨子もその視線を追って、ほっと安堵の息を吐き出した。
「――瞳子ちゃん!」
祐巳さまが、そこにいた。


廊下には緊張が満ちていた。
一年生の間では、豹変した瞳子のことは有名だったし、その瞳子と祐巳さまの微妙な関係も周知の事実である。
「瞳子ちゃん、ようやく会えたね」
「……ふん!」
声を掛ける祐巳さまに、瞳子がそっぽを向く。
祐巳さまはゆっくりと瞳子に近付いていく。
その様子を見守りながら、乃梨子は祈るように両手を握っていた。
祐巳さまが以前、演劇部と問題を起こした瞳子を諌めた話は聞いている。そのやり取りまでは分からないけれど、今は祐巳さまの手腕にすがる思いである。
祐巳さまならきっと、瞳子を説得してくれる――そう思いながら、乃梨子は祈っていた。
「……瞳子ちゃん」
祐巳さまが瞳子の目の前に立ち、片手をゆっくりと上げる。
まさか、叩くつもりか――!?
乃梨子が息を飲んだその瞬間。
「ダメじゃない、こんなことしちゃ」
つん、と祐巳さまが瞳子のオデコを指で突っつき――
「……ごめんなさい」
瞳子がしおらしく、謝った。


    そ  れ  だ  け  か  よ  !?


にこにこ微笑む祐巳さまに、廊下中から無言のツッコミが聞こえたような気がした。



   †   †   †


それで瞳子がどうなったかと言えば、すっかりと更生していた。
「乃梨子さん、本日は一緒に帰りません?」
にこにこと話しかけてくる瞳子に、乃梨子は溜息を吐く。
あの苦労と恐怖の日々はなんだったんだろう――と。
あれだけクラスを巻き込んで、美幸さんを危うくお漏らしさせそうにしておいて、オデコつんで終了、である。多分、乃梨子じゃなくても溜息を吐きたくなるだろう。クラスメートは純粋に喜んでいたように見えたが、多分陰で溜息を吐いているに違いない。そうであって欲しいとも思う。あれで素直に瞳子の更生と祐巳さまの手腕(?)に感動できる感覚の持ち主とは、正直やっていけない。
「今日は薔薇の館に行くから無理」
「まぁ、そうですの? では、瞳子もご一緒しますわ。お手伝いいたします」
「へいへい」
それが最初から目的だったんじゃないのか、と乃梨子は半眼で瞳子を睨んだ。
「まぁ乃梨子さん、お顔が怖いですわ」
とか言う瞳子に、ちょっと腹が立つ。
もうこうなったら、今度は乃梨子がグレてやろうか。すっかりリリアン女学園に馴染んだ乃梨子だが、一応中学までは普通の学校に通っていたのだ。瞳子よりよっぽど派手にグレてやる自信がある。
そうなったら瞳子はどうするだろうか。今回の乃梨子のように、奔走してくれるだろうか。
多分、心配はいらないだろう、と乃梨子は思う。
瞳子は基本的にお節介なところがあるし、根はやはり真面目な生粋のリリアン生だし。
それに一応、親友だし。
「――ま、そしたらあれかな。私もオデコつん、で陥落だろうなー」
志摩子さんにオデコつん、をされることを想像してみる。多分それで乃梨子の反乱もゲームオーバーだ。
「オデコつん? 何の話ですの?」
「んー、私と瞳子が似てるって話」
乃梨子はちょっと笑いながら、鞄を手に立ち上がった。
「じゃ、行こうか」
「はいですわ♪」


かくして、リリアン女学園には平和が戻った。
だが、瞳子の反乱はこれで最後とは限らない。
けれど、例えまた同じようなことがあっても、きっと大丈夫だろう。
どうせまた、祐巳さまが瞳子を秒殺ノックアウトしてくれるだろうから――


【757】 シマコフ(ロシア人)不条理な出来事  (柊雅史 2005-10-22 02:12:22)


私はとても日本が好きだった。

「トードー先生、こんちは〜」
「オウ、ユウキくん。コンニチハ」
花寺学院の生徒たちには裕福な家庭の子供が多いからか、外国人を見ても身構えたりはしない。恐らくパーティなどで青い目を見慣れているのだろう。私にもとてもフレンドリーに話しかけてくれた。
もちろん、中にはごく普通の家庭に育ち、少し外国人コンプレックスを持っている生徒もいるのだけど、例えばこのフクザワユウキくんのように、人種の違いなど物ともせずに話しかけてくれる子も多い。
「先生、荷物持とうか? それ、結構重そうだし」
「オウ、ソレハタスカリマス」
花寺学院は私にとって天国のような職場だった。興味のある日本文化的にも、多くの古い資料を抱えているし、何よりも生徒たちが賢く、優しく、そして文武に熱心である。
私の受け持つロシア民俗学など、受験には全く関係のない科目だが、大学までの一貫教育である花寺学院なので、興味を抱いて熱心に授業を聴いてくれる子も多い。このユウキくんもその一人である。
ユウキくんもそうだが、総じてここの生徒たちは度量が大きい。余程伸び伸びと育てられたのだろう、外国には外国の文化・歴史があり、そこに根付いた生活や習慣があることを素直に受け入れられる。私はかつてアメリカやヨーロッパ、そして母国であるロシアでも教鞭をとったことがあるのだが、この学院での生活が一番楽しかった。やはり私も一教師、優秀な子達に物を伝えることに楽しみを覚えてしまう。
「そういえば、先生の名前ってなんでしたっけ? ちょっとリリアンに送る書類に書く必要があるんですけど」
廊下を歩きながら、ふとユウキくんが聞いてきた。
私の名前はロシアでもちょっと珍しいのだが、日本人には少々発音し難いものである。トードーとユウキくんは言っているけれど、正確には「トードゥ」だし、ファーストネームも一度で正しく発音できた日本人はいない。
「ワタシノナマエデスカ? ワタシノナマエハ――」



ロシアに生まれ、いくつかの国を渡り歩いた民俗学教師である私は、それこそ、この地に骨を埋めても良いとさえ、思っていた。
そう……ある年の、秋半ばを過ぎるまでは。



「先生、ごきげんよう」
「オウ? ゴキ……?」
「ごきげんよう。挨拶の一つだよ」
「オウ、ナルホド。ニホンゴニハイロイロナアイサツガアルノデシタネ」
ある日、私は突然珍しい挨拶で生徒から声を掛けられた。日本語はとても難しい。挨拶一つ取っても、英語とは比べ物にならない数である。
「ごきげんようっていうのは、まぁ、丁寧な挨拶ですね」
初めて聞いた挨拶について尋ねると、ヤマノベ先生がちょっと笑いながら教えてくれた。
「あまり使われない挨拶ですが、とても綺麗な日本語だと私は思いますね」
「ソウデスネ。ゴキゲンヨウ……トテモヤサシイヒビキデス」
私はちょっと嬉しかった。その日以降、何人かの生徒たちが私に「ごきげんよう」と挨拶してくれるようになったのだ。
それが――これから起こることの、予兆だとは知らずに。


「ごきげんよう、ロサ・ギガンティア」
「ゴキゲンヨウ……ロサ……?」
「先生のことですよ〜」
「ワタシノコトデスカ? エート、ロサ……?」
「ギガンティア」
ある日、私は妙な呼び名で呼ばれるようになった。
「ロサ・ギガンティアというのは、えっと……確か、白薔薇さまのことですよ」
「シロバラサマ……?」
「ええ。ただちょっと、どうしてトードゥ先生がそう呼ばれるようになったのかは分かりませんけど」
「ソウデスカ……」
ヤマノベ先生に言われて、私も首を傾げた。
私が白薔薇、というのはどういう意味だろうか。
「それよりも、トードゥ先生。今度、リリアン女学園から臨時講師の依頼が来たそうで」
「エエ、ソノトオリデス。ライゲツニ。トテモユウシュウナガッコウトキイテイマス」
「そうですね。あそこはお嬢様学校でもありますし」
「トテモタノシミデス」
私はヤマノベ先生にリリアン女学園のことを教えてもらった。
花寺学院とは姉妹校的存在であること。
この辺りでは有名なお嬢様学校であること。
そこの山百合会というところが、花寺学院での私の授業の評判を聞いて、臨時講師を依頼してきたということ。
何故かヤマノベ先生はその辺りの事情にも詳しかった。とても頼りになる先生だ。
「ソウデスカ、ワタシノヒョウバンヲ。トテモウレシイデス……」
私は危うく涙を零すところだった。遠く海を渡って教師をしていて良かったと思う。
お陰で、しばらくの間は私が急に変な呼び名で呼ばれるようなことなど、すっかり忘れてしまっていた。
それを思い出したのは、帰り道でコンビニエンスストアに寄った時のことだ。
『薔薇族』
ふと、そんな雑誌が視界に飛び込んできたのだ。
「ソウイエバ、ロサ・ギガンティアハバラノコトデシタッケ」
呟いて、その雑誌を手にし――私は、その場で凍りついた。


薔薇族という雑誌は――いわゆる、ホモ・セクシャルの雑誌だった。


「ごきげんよう、ロサ・ギガンティア」
「ウ……ゴキゲンヨウ……」
「ごきげんよう、ロサ・ギガンティア」
「ゴキゲンヨウ……」
今日もまた、皆が私をロサ・ギガンティアと呼ぶ。
私は声を大にして叫びたかった。
私には男色の気などない、と。
どうしてこんなことになったのだろう。何が私の、楽園のような学院生活を狂わせたのだろう。
ヤマノベ先生と仲が良いのが悪いのだろうか。
しかし私は、ヤマノベ先生を尊敬しているだけである。それだけで男色疑惑なんてあんまりじゃないだろうか。
「トードゥ先生、最近元気がないようですが……」
「ヤマノベ先生……」
「今日はリリアン女学園での臨時講義の打ち合わせでしょう? 少しのんびりと気晴らしをしてくると良いですよ」
「ハイ、ソウデスネ……」
私はヤマノベ先生に見送られながら、学院を出た。その道中も、生徒たちが少し笑いながら私に声を掛けてくる。
ごきげんよう、ロサ・ギガンティアと。
私は泣きたくなった。
どうして私がこんな目に合わなくてはならないのだろう。
楽しかったはずの学院。天国のようだと思った職場、だったのに。
「ママン……モウカエリタイヨ……」
遠く、ロシアの地に残してきた母の顔が浮かんだ。
厳しい冬が近付いている。母は元気だろうか。
「コトシデ……カエリマショウカ……」
ふと、そんな呟きが口をついて出て来る。
そして、突如私を襲った原因の分からない変化に、沈み込んだ気持ちのまま、私はリリアン女学園の門をくぐったのだった。



「ごきげんよう、トードゥ先生。本日はようこそおいでくださいました」
丁寧な物腰で私を迎えてくれたのは、ふわふわな髪を腰まで垂らした少女だった。
僅かな物腰だけで、この子が淑女であることが分かる。横に控えているショートカットの少女も、非常に知的な光を目に宿していて、私はこの二人の出迎えに非常に感心した。
礼儀正しく、優雅で知的な物腰。ヤマノベ先生の言っていた「お嬢様学校」というのも納得である。
「先生の授業はとても面白いと聞いています。不躾なお願いを快く受けていただいたことを、皆とても感謝していますわ」
来客用のスリッパを揃えながら、その少女が柔らかな笑みを浮かべる。
「イエ、コチラコソトテモコウエイナコトデス。エエト――」
「あ、申し訳ありません。私ったら、挨拶もしないで」
私に名乗っていなかったのを思い出したのか、その少女は慌てて居住まいを正した。
「私、ロサ・ギガンティアをしています」
「ロサ……?」
「はい。生徒会の役職のようなものですわ。ロサ・ギガンティアをしています、藤堂志摩子です。よろしくお願いします」
ぺこり、と丁寧に頭を下げる少女に。
私は、思わず叫んでいた。



「お、お前が原因か――――――――――――――――――――っ!!!(ロシア語)」



私の名前はシマコフ・トードゥ。
日本人は「h」の語が呼びにくく、聞き取り難いのか、大抵の日本人は最初にこう、私の名前を間違える。


『シマコ・トードー』


かくして、花寺学院学園祭より始まった、私を取り巻く不条理な出来事の原因は判明し。
私は、来年故郷に帰ることにした。


【758】 滅び逝く・・・美学  (朝生行幸 2005-10-22 20:29:42)


 放課後の、薔薇の館…の裏手。
 校舎に囲まれた中庭で、6人の生徒が、3人づつ2グループに分かれて対峙している。
 ひとつのグループは、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳、黄薔薇のつぼみ島津由乃、白薔薇さま藤堂志摩子の二年生チーム。
 もうひとつのグループは、白薔薇のつぼみ二条乃梨子、同クラスの松平瞳子、細川可南子の一年生チーム。
 そう、彼女たちは今、軟式野球をやっていた。

 乃梨子が投げる紫色のビニールボールが、軌跡を残して疾走する。
 由乃が振るう、先に穴が空いたプラスチックのバットが、鋭い空振り音を発しながら弧を描く。
 返って来たボールをキャッチしながら、勝ち誇った笑みを浮かべる乃梨子。
 小学生の頃は、男子をバッタバッタとなぎ倒して来た乃梨子にとって、運動能力に劣る由乃なぞ、はっきり言って敵ではない。
 続く祐巳や志摩子もあっさりと下し、瞬く間にチェンジとなった。

 ボールを握るのは、黄薔薇のつぼみ。
 ただでさえ野球どころかソフトボールの経験もない彼女にピッチャーをさせるなんて、二年生チームはやる気があるのか?と思うと同時に、由乃さまに押し切られたんだろうな、とも思う乃梨子。
 なんせ今までが今までだから、無駄にスポーツに飢えているのも仕方がない。
 しかし、軟式野球とはいえ、そう簡単に勝てるものではない。
 それを教えて差し上げようではないか。
 一番にバットを握るのは、やはり乃梨子。
 制服のままではあるが、その構えはなかなか様になっている。
 豪快に足を振り上げ、第1球を投じる由乃、もう少しで見えてしまうところだった。
 投げる球は意外に速く、予想以上に良いコントロールに思わず見送ってしまう乃梨子だった。
 先ほどの乃梨子のように、勝ち誇った笑みを浮かべる由乃。
 それを見て、乃梨子の闘争心に火が点いた。
 負けず嫌いではないが、なめられるのは我慢ならない乃梨子、真剣な眼差しで、由乃が投げる球を見る。
 気合を含むバット一閃、軽快な音とともに、ボールがショートを守る志摩子の脇をすり抜けた。
 すぐに校舎に当たって跳ね返るので、あんまり塁は稼がれない。
 乃梨子は、一塁上に立った。
 続く可南子もヒットを放つ。
 瞳子が打った凡フライを祐巳が受け損ね、とうとう満塁にまでなる始末。
 乃梨子が三塁、可南子が二塁、瞳子が一塁に立った。
 怒りを隠そうともしない由乃が、更に次のバッターに球を投げようとしたとき、ハタと動きが止まる。
 何故なら、次のバッターがいないから。
 なんせ1チーム3人だから、3人が塁に出れば、次のバッターがいなくなるのは当然だ。
 振り向いた由乃が、各塁の一年生を、どうするのよ、といった目付きで見渡す。
 こんなことなら三角ベースにするんだった、という後悔と一緒に息を吐くと、片手を挙げて乃梨子が言った。

「透明ランナー!」

『なにそれ?』

 乃梨子以外は、初めて耳にする単語だった。


【759】 (記事削除)  (削除済 2005-10-23 02:59:04)


※この記事は削除されました。


【760】 永遠と決めた明日につながる今日  (ROM人 2005-10-23 03:02:28)


『筋書きのない人生の変わり目  【No:132】』から始まる、がちゃSレイニーシリーズ。
『身を焦がす未練いっしょに暴走 【No:742】』くま一号さんの続きを書いてみたり……。

☆最初に謝っておきます。 はっきり言って後先考えてません。


「結婚式ね。」
「ぎゃう。ゆゆ祐巳さまいきなり抱きつかないでください!」



 ――――――――――――――――――――――――――
|☆さて、瞳子はどうする?               
|                           
|  >祐巳さまから逃げ出す             
|   じっとしている                
|   悲鳴を上げ、祐巳を痴漢の現行犯で警察に突き出す
|   振り向いて、祐巳さまの唇を奪う        
|   怪しげな踊りを踊る              
|   白ポンチョミラクルターン           
|                          
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



祐巳は瞳子をぎゅっと抱きしめた。
もう離さない、ただただ無言で腕の中の少女の感触を確かめていた。
ようやく、もう一度話が出来る。
今度は、間違わない。
しかし、腕の中の瞳子は祐巳を振り払って駆けだした。

「瞳子ちゃん!!」
瞳子に突き飛ばされ、しりもちをつく形になってしまった祐巳はあわてて立ち上がり瞳子を追いかけようとした。
その時、強烈な急ブレーキの音と衝撃音が祐巳の耳に届いた。





ピッピッと、規則正しい電子音と生命維持装置の作動音が薄暗い室内にやけにはっきり聞こえる。
沈痛な表情でベットに寝かされた少女をずっと見つめる祐巳さまに、私は声をかけることが出来なかった。
あの現場に私達は遅れて到着した。
片輪が脱輪し、電柱に激突している巨大なトラック。
路面に散乱したガラス片とゴムの焦げた臭い、そして路面にくっきりと刻まれたブレーキ跡。
そのすぐ側で、ぐったりと動かない瞳子を抱きかかえ、必死に名前を呼びかけている祐巳さまの姿があった。
「……瞳子ちゃん! ……瞳子ちゃん! ……瞳子ちゃん!」
すでに涙声で、動かない瞳子に必死に呼びかけていた。

不幸な事故だった。
祐巳さまを振り払って闇雲に駆けだした瞳子は、赤信号を無視して車道を横切った。
そこにいささか速度超過気味のトラックがやってきて運転手は急ブレーキをかけた。
しかし、トラックの右前輪はその急ブレーキに耐えられず脱輪。
いわゆる欠陥車両というやつであるが、
そのせいで大きくスピンする形になったトラックは電柱に激突し、くの字にへし曲がった。
運転手も重症でこの病院のどこかで治療を受けているという。
瞳子は間一髪トラックに轢かれずにすんだ。
轢かれていれば間違いなく即死だっただろう。
だが、避けた際に激しくガードレールに頭を強打し、意識不明の重体となってしまった。
祐巳さまは時折、ううっと嗚咽を漏らすと涙を流していた。
その姿はあまりに痛々しく、見ていられなかった。
瞳子の家からきた婆やという人は、瞳子の両親と連絡を取り、医師の話を聞き時々様子を窺いに来ていた。
瞳子の両親は瞳子が言っていた通り、やはりカナダにいるそうだ。
知らせを受け、一番早い飛行機で帰国するという。
私は、祐巳さまと二人無言でこうして意識の戻らない瞳子を見ていた。

「……私のせいだ」
ずっと無言だった祐巳さまが最初に言った言葉はそれだった。
ただ呼吸を繰り返すだけの瞳子を見つめて、ずっと自分を責め続けていたのだろう。
「祐巳さまのせいじゃありませんよ……」
そう、これは多分今回のことに関わった全ての人のせい。
瞳子を追いつめてしまった人達。
お節介をしようとしていた私達。
瞳子の気持ちに築かなかった祐巳さま。
素直になれなかった瞳子。
だから、一人だけが悪いなんて事はきっと無い。
多分、運が悪かったのだ。

「自分を責めても、何もいいことはありませんよ」
私の背後からその声は聞こえた。
「福沢様と二条様、ご挨拶が遅れました。 私は……」
それはようやく各方面と連絡を取るのに終われていた婆やさんだった。
私の叔母よりも年上に見える彼女は、きっと忙しくあちこちを飛び回る瞳子の両親の代わりに、
常に瞳子の側にいたのだろう。
実際に会うのは初めてだが、瞳子の話は両親のことよりも彼女のことが多い。
「お嬢様をどうか許してあげてください。 
 お嬢様は小さい頃から、旦那様と奥様に連れられ大人社会の中で生きてきた物ですから
 自分の感情を押し殺して、自分を偽るのが上手になられてしまって」
彼女が瞳子を見る目は、母親かおばあちゃんのそれに近いように思えた。
瞳子の子供時代。
婆やさんは、昔話をするように瞳子の小さいときのことを語ってくれた。
忙しい両親に連れられ行動するときは常に瞳子の周りは大人だけだった。
我が儘を言うことも許されず、常に良い子で居なくてはならない。
いつしか、瞳子は子供らしい笑顔をあまり見せなくなった。
婆やさんはそれがすごく悲しかったという。
「それでも、私に学園での話をしてくださるときは、時々可愛らしい笑顔を見せてくださったんですよ」
私は直感した、瞳子にとって両親でもなく常に無条件で味方で居てくれるのは彼女だけだったんだ。
「私も、リリアン出身なんですよ」
だから、学園の話をしやすかったんでしょうねと彼女は笑った。
家では笑顔を無くした瞳子。
きっと、そんな瞳子が唯一笑顔で居られる場所がリリアンだったんだろう。
だから、両親に最初で最後の我が儘を言って此処に残ったんだ。
「旦那様と奥様は何もわかっていらっしゃいません。 お嬢様のお気持ちなど……」
瞳子の両親は事故の知らせを聞いて、「だからあれ程、一緒にこっちへ来るべきだと言ったのに」と言ったそうだ。
「先ほどは、私も少々旦那様に無礼な言葉を吐いてしまいました」
電話口で婆やさんは瞳子の両親と喧嘩してしまったそうだ。
雇い主である瞳子の両親と喧嘩などすれば、最悪クビになるかも知れない。
しかし、黙っていることが出来なかったのだと婆やさんは言った。

「う……」

「瞳子ちゃん!?」
「瞳子!?」
「お嬢様!?」
婆やさんの話を聞いている最中に、瞳子がかすかな呻き声を上げた。
祐巳さまが傍らのナースコールを握りつぶさんばかりにひっ掴んだ。

「う…うう……」

それから1分も経たない間に医師や看護婦が駆けつけた。
私達は廊下に追い出される形になり、瞳子の意識が戻ることを祈るしかなかった。
祐巳さまはロザリオをぎゅっと握りしめて。
婆やさんはしっかりと手を合わせて。
私は、志摩子さんと行ったお寺のお守りを握りしめて。

それからしばらく経って、
額の汗をぬぐいながら部屋から出てきた医師から瞳子の意識が戻ったことを知らされた。

しかし……。


「……福沢祐巳さま? 二条乃梨子さま?」
意識の戻った瞳子は、私達のことを覚えていなかった。
瞳子が私をフルネームでさま付けで呼ぶ。
その違和感が、瞳子が全てを忘れてしまったと思い知るのに十分だった。
知らない人を見る目で私達を見る瞳子。
祐巳さまは、まるで死刑宣告を受けたように言葉を失っていた。





瞳子は、数日で一般病室に移された。
元々、頭を強く打ったこと以外、大した外傷もなかった。
帰国した両親は医師の説明を受けると、瞳子のカナダ行きを当面取りやめる事にした。
私を含め、山百合会の面々は何度も病室に足を運び、少しでも瞳子の記憶が戻らないかと色々な話をした。
祐巳さまはあれからほとんど毎日ここに通い詰めている。
それは、私も同じなのだけれど。
山百合会の方は、残りのメンバーで何とかやってくれている。
「心配しないで、乃梨子。 好きな人の仕事を代わるのは苦じゃないわ」
「そうそう、それが仲間って物よ。 まあ、私と令ちゃんに何かあったときはよろしくって事で」
「梅雨の時期は、志摩子と乃梨子ちゃんに随分負担かけちゃったからねぇ。 ねっ、祥子」
「わ、わるかったと思ってるわよ。 そういうわけだから、乃梨子ちゃんは瞳子ちゃんの所に行ってあげて」
それから、「祐巳をよろしく頼むわね」と紅薔薇様は付け加えた。

「瞳子にはイチゴ牛乳っと」
私は瞳子と祐巳さまを病室に残し、自動販売機の所まで飲み物を買いに来ていた。
記憶を無くした瞳子は、まるで別人のようだった。
見た目も髪の毛を下ろしているため違って見えるが、
何よりにこにことたおやかな笑みを浮かべ、穏やかな表情をしている瞳子など、
今までは想像もつかなかった。
あれが、本来の瞳子の姿なのだろうか?
三人分の紙パックを抱え、瞳子の病室まで戻ると廊下に祐巳さまが立っていた。
「どうかされたんですか?」
医師の巡回時間にしては早すぎるし、
病室内から慌ただしさを感じないから瞳子に何かあったわけでも無さそうだ。
「……あ、乃梨子ちゃん」
私に気がつくと、祐巳さまは力無く顔を上げた。
「……瞳子ちゃんじゃない」
祐巳さまはつらそうな表情を浮かべ、私にそう言った。
「……それ、どういう意味ですか」
私は、祐巳さまが発した言葉にいらつきを感じた。
「……ぜんぜん違うの、別人みたい」
病院の廊下に乾いた音が鳴り響いた。
そう、私が祐巳さまの頬を打った音だ。
祐巳さまは力無く、その場に崩れ落ち、言葉を無くしたままずっと私を見つめていた。
「当たり前です! 祐巳さまは瞳子がどんな目にあったと思ってるんですか!
 今の瞳子は私達のことも覚えてない、今まで瞳子が瞳子として生きてきた全てを忘れてしまったんです。
 だから、だから……」
それは、八つ当たりに近かったかも知れない。
今の瞳子は、私が好きだった今までの瞳子じゃなくなってしまったんだ。
医者は、もしかしたらこのまま瞳子の記憶は戻らないかも知れないと言われた。
入学してから、ずっと私の側にいた瞳子はもうどこにも居ない。
それでも、あんな事故から瞳子が生きて戻ってきてくれただけでも幸運だったんだと、
自分で納得しようとしていた。
「……すみませんでした。 祐巳さま」
私は叩いてしまったことを詫び、祐巳さまに手を貸し立ち上がらせた。
「ううん、ごめんね……少し自信無くなってたんだ。
 もう、元の瞳子ちゃんに戻ってくれないんじゃないかと思って」
「私達が弱気になってちゃダメですよ」
「そうだね。 乃梨子ちゃんの言う通りだね」
追いつめられていたのは私自身だ。
なのに、この先輩は叩いたことを咎めもせず、手を取り前に進もうとしてくれる。
瞳子……私、あんたが祐巳さまを好きな理由ちょっとわかった気がするよ。
だから、絶対瞳子の記憶を元に戻してみせる。
あの小生意気で、お節介で、意地っ張りな瞳子に戻してみせる!
……あ、それじゃふりだしか。
祐巳さまの妹になれるぐらいには素直な瞳子になってもらう。
私は、そう心に決め、祐巳さまともう一度瞳子の側へ戻った。





あの事故から1ヶ月が瞬く間に過ぎていった。
結局、瞳子は記憶が戻らないままリリアンに戻ってきた。
期末試験を受けていない瞳子は、事情が事情だけに冬休みの間補習授業を受けた。
これで何とか進級には問題ないと言うことだ。
時期的に、蕾は時期生徒会役員の選挙の準備に追われていたため、
瞳子は、まるで祐巳さまの妹のように祐巳さまの選挙の準備を一緒にしていた。
こんな時、以前の瞳子ならどうしていただろう。
あの事故が無くて、瞳子が無事に祐巳さまの妹になっていたのなら。
私と祐巳さまは選挙の準備の合間を縫っては瞳子を色々な場所に連れて行った。
ミルクホール・演劇部の部室・写真部。
特に写真部では、蔦子さまが撮った瞳子の色々な場面を見せた。
その中には学園祭で祐巳さまに手を引かれエイミー姿で走って居る写真もあった。
瞳子は写真に写る自分を真剣に見て居たが、何も思い出せないようだった。
写真の中にいる自分の髪型に違和感があったのか、今は下ろしている髪を時折弄っていた。

「その髪型、してみる?」
それは私の希望だったかも知れない。
それで瞳子の記憶が戻る訳じゃないのに。
きっと私は、私の知る瞳子の姿をもう一度見たかっただけだと思う。
私の申し出に瞳子は頷いて、宿直室のドライヤーなどを借りて瞳子のいつもの髪の毛を再現することになった。

「これで、よいのでしょうか?」
見慣れたいつもの髪型。 
しかし、それがひどく懐かしく感じる。
瞳子はその渦巻き状の部分をバネのように伸び縮みさせている。
「瞳子ちゃん!」
一緒に瞳子の髪型をセットした祐巳さまは思わず瞳子を抱きしめていた。
私は先を越されてしまったので、じっとその光景を見ていた。
「ゆ、祐巳さま……く、くるしいです」
不思議な違和感があった。
それは、まるで……。


一月も、終わり二月になった。
今年の生徒会役員選挙は何事もなく無事終了した。
クラスの話題もバレンタインデーの話になってきたりする。
去年、好評だったという蕾の宝探しを今年もやりたいと新聞部の部長が持ちかけてきた。
正直なところ、今の山百合会はそれどころじゃないはずなのだが……。
瞳子の記憶は相変わらず戻る気配がない。
穏やかな笑顔で話す瞳子にもだんだん慣れてきてしまった。
私はそれが嫌で、つい瞳子につらくあたってしまうことが幾度とあった。
蕾の宝探しについての話し合いは、結局去年通りの内容で行われる事になったそうだ。


「えーーーーーーーーーーーー!? カードを見つけた人と私がデート!?」
志摩子さんと一緒の帰り道。
私は思わず、叫んでしまった。
「そうよ、乃梨子聞いてなかったの?」
志摩子さんは「話はちゃんと聞いてないとダメよ」といって蕾の宝探しについて説明してくれた。
なんでも、企画の内容は校内に蕾がバレンタインカードを隠し、それを参加者が探し出す。
そのカードを見事見つけられた人は、カードの蕾と半日デートすることが出来るのだという。
「費用は新聞部が出してくれるわ。 だから心配はいらないわ」
ちょっと待ってください志摩子さん……費用の問題じゃないです。
志摩子さん以外の女の子とデートなんて……。
私が、あれこれ悩んでいると志摩子さんは楽しそうにくすくす笑いだした。
「もちろん、私も参加するわよ? ちゃんと見つけてあげるから安心して」
その言葉で、私の気持ちは絶望から幸運にひっくり返っちゃうのだから我ながら単純だと思う。
バレンタイン……楽しみだなぁ。
よし、頑張って志摩子さんにチョコレートを贈ろう。
そう決めたら、その日は久しぶりに心が軽くなった気がした。


「ねえ、瞳子はバレンタインどうするの?」
「ああ、乃梨子さん……そうですね、薔薇様達にもよくして頂きましたし、
 山百合会の皆様に渡したいと思っています」
「祐巳さまにも?」
「もちろんですわ。 あと、乃梨子さんにも」
「そう……」
以前の瞳子なら、きっと祐巳さまには意地はって渡さないような気がする。
記憶を無くしたおかげで、瞳子は祐巳さまに素直になることが出来た。
でも、それじゃ意味無いんだよ……。



「バレンタインの日に、私……瞳子ちゃんにロザリオを渡そうと思ってる」
由乃さまが剣道部、三年生は今日は登校していない。
志摩子さんは環境委員の仕事で遅れてくることになっている。
瞳子は今日は病院で早めに帰った。
薔薇の館には祐巳さまと私だけ。
「今のままの瞳子にですか?」
「うん、瞳子ちゃんが記憶を無くしたのは私のせいだもん……」
「それで、瞳子は本当の瞳子は喜ぶんでしょうか?」
私の言葉に祐巳さまはそれ以降口を開かなかった。
二人っきりの会議室に重苦しい空気が漂う。
祐巳さまはどんなつもりで瞳子を妹にするつもりなのだろう。
自らの贖罪のため? 記憶を無くして変わってしまった今の瞳子も好きになったから?
それとも、今の瞳子に前の瞳子を重ねてみているから?
でも、そんなの嫌だった。
祐巳さまには、絶対に本当の瞳子にロザリオを渡して欲しかった。



「……ふぅ」
ふいに見えた人影に誘われるように私は屋上にやってきた。
屋上の一番高い場所、給水塔のある場所でぼんやりしゃがんでいたのは瞳子だった。
私は、声をかけようと近づいたが、ふと見えた横顔に私は息を呑んだ。
もう随分みていない瞳子の表情。
溜息を繰り返す、悩み事を抱えた瞳子の表情。
あの日以来、瞳子はいつも穏やかな微笑みを讃えていた。
私の頭の中で、バラバラに散らばっていたパズルのピースが組み合わさっていくようだった。
「瞳子」
「あっ……の、乃梨子さん」
私の姿を確認した瞳子はあわてていつもの表情に戻った。
「あんた、記憶戻っていたんだ」
「えっ? な、何を……」
「もう、芝居はやめてよ。 本当は随分前に記憶戻ってたんでしょ?」
「……ばれてしまいましたか。 乃梨子さんには敵いませんわ」
問いつめた私に、瞳子は素直に白状した。
瞳子は冬休みの頃から記憶が戻っていたのだそうだ。
「お父様にもお母様にも嘘をついていました。 婆やには気づかれてしまいましたけど」
「心配したんだぞ……」
私は瞳子のおでこを指ではじいた。
「痛いです……乃梨子さん」
「騙した罰だ」
「ごめんなさい……」
「それじゃ、みんなに謝りに行こ」
私は瞳子の手を引き、薔薇の館へ向かおうとした。
しかし、瞳子は動かない。
「お願いです……皆さんには言わないでください」
振り返って瞳子の顔を見ると、瞳子は泣きそうな顔をしていた。
「瞳子の記憶が戻ったら……瞳子はカナダに行かなくちゃいけなくなります。
 それに、祐巳さまとも……一緒にいることが出来無くなっちゃいます」
瞳子は私の袖をぎゅっと握りしめて絞り出すように言った。
祐巳さまは記憶を無くした瞳子だから側に置いてくれるのだと。
瞳子の記憶が戻ったら、元に戻ってしまうと。
「それは……」
それは違うと言おうとした私は見てしまった。
ボロボロと涙を流し、全てに怯えるような弱々しい瞳子の姿を。
だから、それ以上何も言えなくなってしまった。
私だけは味方だから。
そう瞳子に教えるために、ただ優しく瞳子を抱きしめ、瞳子が泣きやむのを待つしかなかったのだ。





―――――――

えっと、ごめんなさい。
勝手にROM人的分岐をまたしても勝手に作ってしまいましたw
……微妙に、ROM人が書くと瞳子がひどい目にあう確率高いですね。
でも、瞳子好きなんですよ。


【761】 (記事削除)  (削除済 2005-10-23 13:04:57)


※この記事は削除されました。


【762】 (記事削除)  (削除済 2005-10-23 15:52:17)


※この記事は削除されました。


【763】 絢爛舞踏スキャンダラスな貴女  (joker 2005-10-23 22:06:56)


No760→
(☆は二周目)
 祐巳さまから逃げ出す
 じっとしている
 悲鳴をあげ、警察につきだす
 振り向いて唇を奪う
→怪しげな踊りを踊る
 白ポンチョミラクルターン
 心に怒りの炎を燃やしてフレイムヘイズになってみる ☆


怪しげな踊り踊る


「アーーー、アンマレミイヤーーですわーーー!」

「とととと、瞳子ちゃん!?」
 祐巳に抱きつかれた瞳子は、いきなり南米の奥地に住む民族のような奇声をあげながら、突如踊りだした。

「アーーー、イサカミイヤーーーーですわーーー!」

 その場にいた祐巳だけでなく、結婚式に集まっていた人達も驚愕して見ている。

「アーーー、アレマカミイヤーーーですわーーー!」

 そんな視線をものともせず、一心不乱に踊る瞳子。
「と、瞳子ちゃん。瞳子ちゃんってば!……えっ、私も踊るの……?やっ……ちょっと、瞳子ちゃ……!」
 そして巻き込まれる祐巳。

「アーーー、マサカミイヤーーーですわーー!」

 そしてそのまま、結婚式会場の舞台でしばらく踊り続けたそうな。

「………瞳子が壊れた…。」

 乃梨子達が来てもまだ。


【764】 夕焼け占い  (沙貴 2005-10-24 00:20:44)


「真っ赤な夕焼けの翌日は、良いことがあるのよね」

 銀杏並木で隣を歩く最愛の姉にして従姉妹、そんなちょっと特殊な関係の支倉令こと令ちゃんは唐突にそんなことを言った。
 正確にはその前まで、もう秋深しで日が落ちるのが早いわね、うん、夕焼けが凄く綺麗、とか天気に関する会話をしていたのでそこまで唐突と言う訳では無いのかも知れないけど。
 少なくともそれは由乃に取って全く予想出来ない角度から打ち込まれた一言だった。思わず眉が寄るのを自覚する。
 そのお陰で余程不審な眼差しを向けてしまったのか、令ちゃんは慌てて訂正するように顔の前で何度も手を振った。
「根拠は何もないんだけど」
 そう言って苦笑する令ちゃんの顔に何処か陰りを感じて、由乃は足を止める。
 澄んで鮮やかに夕焼けを浮かび上がらせる秋の空気が一陣の風を呼び、ざぁっと紅葉した銀杏の枝条を鳴らした。
「由乃?」
 足を止めた由乃に気付いて、振り返って歩みを止めた令ちゃんが問うた。
「嘘。根拠、あるんでしょう」
 力強く断言した由乃の言葉に、令ちゃんの目が丸くなる。
 由乃は風に揺れる二本のお下げが鬱陶しくて、右手で左肩を抱くようにして髪を押さえた。
 すると図らずも、鞄を握っているから真っ直ぐ下に下りている左腕を抱え込むような演技掛かった仕草――言い換えれば気障な仕草になってちょっと照れる。
 でも令ちゃんはそう言う事を気にしないし、それどころか逆に結構好きなことも由乃は勿論知っていた。
 
 令ちゃんは何回か由乃の目、地面、空、また由乃の目、と言う風に視線をループさせてから漸く、はぁって息を吐く。
 「改めて言うとちょっと恥ずかしいんだけどな」って漏らしてから令ちゃんは少し先に有る脇道への分岐路を指した。
 直進すればマリアさまの庭(マリアさまの像がある分かれ道の通称)を通って正門に出る、由乃と令ちゃんがいつも辿る道程。勿論今日も辿ると思う。
 右折すれば運動場・武道場方面。今日は山百合会の仕事があるからと二人とも剣道部をお休みしている以上、ちょっと行き辛い方向だ。
 左折すれば校舎に通じる小径に出る。中途には本道には無いベンチも幾つかあるし、向かうとしたらそこかな。
 案の定令ちゃんは先導するように半歩だけ由乃に先行して、分岐路で左に進路を取った。
 予想通りになったことがちょっとだけ誇らしい。
 予想通りになったことがちょっとだけ面白い。
 総じて、やっぱり令ちゃんは単純だなぁってことだろうか。
 多分それで、やっぱり由乃は令ちゃんが大好きってことなんだろう。
 
 進行方向を変えたお陰で、それまで視線を上げた正面にあった夕焼けは、今や由乃達を右側面方向から煌々と照らしている。
 林立する銀杏をすり抜けて差し込む斜光は、煉瓦敷きの小径と令ちゃんに複雑な陰影を落としていた。
 秋だなぁって、思う。
 視線を右に飛ばして眺めた夕焼けは気持ちが良いくらいに真っ赤で、何故だか令ちゃんの言葉をそのまま鵜呑みにしても納得できそうな気がした。
 
 
 小径に入って一番初めのベンチに令ちゃんは座った。
 由乃も当然それに習って隣に腰掛けると、さっきまで側面だけを照らしていた夕焼けが真正面から鮮やかに突き刺さってくる。
 偶然なんだろうけど、夕焼けについてじっくり話すには良いロケーションだ。
 令ちゃんは由乃の鞄も纏めてベンチの脇に置くと、こんな事を言った。
「由乃は夕焼け占いって、知ってる?」
 出ました、乙女の重要単語。
 女の子なら小さな時から大好きで、周りの印象からして見ると大人になってもやっぱり大好きな”占い”。
 ミスターリリアンとまで称されたボーイッシュな見た目に何故か比例して、現山百合会幹部内で夢見る乙女指数が抜群に高い令ちゃんがそれを嫌いな訳がない。
(やれやれ、またか)
 そうは思ったものの、流石にそれをそのまま口に出すほど由乃は姉不幸者ではない。
「知らないけど、令ちゃんは知ってるの?」
 だから努めて普通に受け答えする。
 でも相手は由乃の令ちゃん、言葉に微塵も載せなかった筈の胸中もしっかり受け取ったみたいで、やっぱり少し陰の掛かった苦笑を見せた。
 
「簡単なの。夕焼けの次の日は、良いことがある。夕焼けじゃない次の日は、良いことはない」
 夕日に顔を向けてそういう令ちゃんの横顔は格好良かったけど。
 端正な顔立ちに、辺り一面を幻想的なくらい朱色に染める陽光が当たって上気したように見える横顔はいつものように格好良かったけど。
 口から出た言葉は途方も無く馬鹿らしかった。
「何、それ。占いでも何でもないじゃない」
 夕焼けの有無が、次の日に起こる良い事の有無。
 意味の判らない二元論だし、そもそも最悪でも”良いことはない”なんて自分に都合が良過ぎるんじゃなかろーか。
 血液型、星座、動物占いは勿論六星占術とか零占いと言う小難しい占いも手掛ける令ちゃんにしては、随分陳腐で曖昧な占いを口にしたものだと思う。
「うん、占いでも何でもないんだよ」
 そして令ちゃんはあっさりそんな事も言ってのけた。
 自分で”夕焼け占い”と言っておきながら「占いじゃない」なんて酷過ぎる。
「何、それ」
 だから抗議の意味も込めて、ちょっと前と全く同じ言葉を言ってみる。
 勿論、中に込める怒りのオーラは五割増し(当社比)で。
 
 すると令ちゃんはもう一度由乃の方を向いた。
 今日三度目になる陰りを帯びた笑み、それはどこか遠い日の記憶を撫で付ける。
 ああ、見覚えの有る笑みだと由乃は思った。
 それは由乃がまだ手術を受ける前、病室で何度も見た顔だ。
「覚えてる、由乃。昔さ」
「私がまだ病弱だった頃?」
「良く入院、って、そう。そうそう。何で判ったの?」
「判るわよそれくらい。そんなことで勝手に話の腰を折らないで」
 全く由乃を何だと思ってるんだ。
 世界で一番令ちゃんのことを理解しているのは由乃なのに、令ちゃんはまだまだ由乃のことを理解していない。
 でもまぁ、それでも世界で一番由乃のことを理解しているのは令ちゃんなんだろうけど。
 
「もう。それでね、ずっと昔の話よ。本当に昔、私が小学校に入った頃じゃなかったかな」
 令ちゃんが小学校に入る頃――と言うと、九年前。ああ、それは本当に昔の話だ。
 九年前と言えば、高々十七年程度しか生きていない由乃達に取って半生以上前の話なのだから。
(しかしまた随分古い話を持ち出そうとしてるな)
 中途半端な相槌は話の腰をまた折りかねないので、由乃は敢えて口には出さずに居た。
「小さかったから由乃は良く体調を崩してさ。ううん、多分本当に体調が悪かったんじゃなくて、ちょっと熱があるとか、ちょっと風邪気味かな、くらいで大騒ぎして病院行き、入院ってなってた」
「まぁ、過保護だったわよね」
 令ちゃんも含めてって由乃は言おうと思ったけど、言わなくても通じると思い直したから止めた。
 勿論通じた令ちゃんは、今度は陰がある苦笑ではなくて純粋に”参ったな”って笑う。
(うん、令ちゃんはそっちの方が似合ってるよ)
 それが嬉しくて由乃も少し笑った。
 
 「その頃の」まで言った令ちゃんは夕日に向き直って、続けた。
「秋の日だったと思う。季節の変わり目は本当に由乃、弱かったから。春秋の思い出は病室から始まる気がするよ」
「そりゃすみませんねーだ」
 何だ何だ、愚痴っぽい。
 こっちだって倒れたくて倒れてた訳じゃないし、熱が出るのは体が勝手に出してただけだ。今更そんなこと言われたって何も言える訳ないじゃないか。
 だから、いーって歯を見せて反抗したけど、令ちゃんはでもそれを無視して言った。
「今みたいな夕焼けの真っ赤な病室とか、雨が降って薄暗い病室でさ。由乃が泣くんだよ。おうちにかえりたい、ここはやだ、さみしい、かえりたい、って」
 その時の事を思い出しているんだろうか、令ちゃんの目が正面の夕焼けじゃなくて何処か遠いところを見ているような気がした。
 同じ風景が見えるかと思って目を凝らしてみたけど、由乃の目に写るのは沈みゆく真っ赤な夕日だけだった。
 覚えていない。
 それが途方もなく悔しかった。
「私も子供だったから、基本的には一緒に泣いてた。かえりたいね、さみしいね、って。でもやっぱり”よしののれいちゃん”としては何とか元気付けたかったんだ。泣いている由乃は見たくなかった」
 そこまで聞いて、由乃は何となく話の矛先が見えて来た。
 でもそれを言おうとしてくれる令ちゃんを遮りたくなかったし、何より予想じゃなくて正確に事実を知りたかったから。
 だから素直に。
「それで、令ちゃんは何て言って元気付けてくれたの?」
 って、聞いた。
 
 
 〜 〜 〜
 
 
『よしの、だいじょうぶだよ。きっともうすぐかえれるよ』
『いつ? いつ、よしのかえれるの?』
『えっと、うんと、ほら、きょうはあめだから。あめだからきょうはちょっとだめかもしれない』
『あめだとだめなの?』
『うん、あめだとおそとであそべないでしょ?』
『でもれいちゃんのおへやであそべるよ?』
『うん、でもいっかいおうちにかえらないとあそべないから。だから、おそらがはれないとだめなんだよ』
『いつ? いつ、おそらはれるの?』
 
『えっと――あそうだ! ゆうやけだよ!』
『ゆうやけ?』
『うん。ほら、ゆうがたになるとおへやがまっかになるでしょ? あれがゆうやけっていうんだ』
『うん』
『ゆうやけのつぎのひはおそらがはれるんだよ。おかあさんがいってたんだもん、ぜったいだよ!』
『おへやがまっかになったら、かえれるの?』
『うん、そうだよ。きっとかえれるよ』
 
『でもきょうはゆうやけじゃないよ……?』
『うん、ごめんねよしの。でもきっとあしたはゆうやけになるよ。だからあしたのあしたはおうちにかえれるよ』
『あしたの、あした』
『きっとすぐだよ! あしたもくるから、あしたのあしたはいっしょにかえろう!』
『うん……うん、いっしょにかえろう!』
 
 
 〜 〜 〜
 
 
 それは由乃の予想通りと言うか、有り触れた幼児期の勘違いと言うか。
 少なくとも別に令ちゃん好みの乙女チックエピソードとは言えないような気がする、中途半端な問答だった。
 聞いた由乃は何故かちょっとがっかりしたけど、まだ話は終わっていなかったようで、耳馴染みの有る令ちゃんの声は尚も聞こえてくる。
「それでね、本当に次の日は綺麗な夕焼けになって、その次の日に一緒に帰ったの。手を繋いでね、笑いながら」
「でもそれって偶然でしょ?」
「うん、偶然。雨の日に退院することもあったし、夕焼けの翌日に退院できるどころか精密検査が追加されたり、入院延長のお告げがあったり、色々あったよ」
 そう言って笑う令ちゃんは嬉しそうで、でもやっぱりちょっとだけ影が差していて。
 きっとこの思い出を完全無欠に忘れ去っている由乃を無言で責めてるんだろう、ってちょっとネガティブに考えてみたりもした。
 でもそんな昔の事を覚えてる令ちゃんの方が変だと思ったから、由乃はそれについて謝ることはしなかった。
 忘れちゃってるものは忘れちゃってるんだし、今更取り繕いようがない。
 無くした昔を掻き集めるくらいなら、今からその夕焼け占いとやらを知って理解すれば良いのだ。
(ま、そんな大仰なものでもなさそうだけど)
 
「それが何で、夕焼けの次の日は良いことがある、に繋がる訳?」
 由乃がそう言うと、今度は令ちゃん「さぁね」なんてはぐらした。
「ちょっとちょっと、さぁね、はないんじゃないの。それじゃ判んない」
「そう言われてもね、私だって判らないんだもの。子供の考えなんだから仕方ないじゃない」
 そう言って肩を竦めた令ちゃんはまた夕日に視線を向けて、少し笑う。
 その微笑からはさっきまでとはちょっと違って、何か吹っ切ったような達観したような――そんな笑顔に見えた。
「でもね、その後から私と由乃……と言うより、昔の”わたし”と”よしの”にとって夕焼けって特別になったの」
 令ちゃんが途中で言い直したのが辛くて、思わず顔を背けてしまった。
 でもそれは事実だ。
 令ちゃんの言う通り、そのエピソードを忘れ去っていた由乃にとって夕焼けは”特別”なんかじゃなかった。
 それこそ、”秋だなぁ”って思うくらいのものでしかない。間違いなく、令ちゃんの夕焼けと由乃の夕焼けは重みが違う。
 言い直されたのも当然だ。
 
 そんな由乃の葛藤に気付かず、令ちゃんは続けた。
「今日は夕焼けだから、明日はきっと退院できる。今日は夕焼けだから、明日はきっと由乃の好きなハンバーグだ、って。ふふ、後者は結構私も努力して実現させてたのよ。まだ頼めばどうにかできるレベルだったからね」
 それらを言い直せば、”夕焼けの次の日は、良いことがある。夕焼けじゃない次の日は、良いことはない”になる訳だ。
 それを”占い”と言い切ってしまう辺りが、高い令ちゃんの乙女指数面目躍如というところだけど、占い結果の実現に奮闘する令ちゃんの姿が微笑ましくて由乃はくすくす笑った。
「でもそれを何で急に思い出したの? 令ちゃん、今まで一言もそんなこと言わなかったじゃない」
 言ってから、由乃は自分が最悪の失敗をした事を理解した。
(って、言ってから理解したって遅いんだってば島津由乃!)
 令ちゃんは、またあの顔――陰のある苦笑を浮かべて、眺めていた夕日から無理矢理視線を剥がすようにして由乃に向いた。
「言うまでもないかな、って思ってたんだ」
 それは。
 敢えて言うまでもないくらいに下らない占いに過ぎないって意味か。
 敢えて言うまでもないくらいに由乃も同じことを考えていると思ってたって意味か。
 由乃の胸が、手術をしてからは動作良好オールグリーンな胸が、軋むように痛んだ。
 
「そっか」
 急に泣きたくなった自分を隠すように、由乃はそれだけ言って夕日を見る。令ちゃんと見詰めあう資格がないと思った。
 由乃が世界で一番令ちゃんを理解しているなんておこがましかった。
 ”令ちゃんの由乃”が聞いて呆れる。
 馬鹿なんじゃないか。
 今まで由乃は色んな人に馬鹿、って言ってきた、令ちゃん、祐巳さん、志摩子さん。
 でもその言葉は今こそ、由乃に向けるべきだと思う。
 令ちゃんの思い出を勝手に忘れ去ってしまっていた由乃にこそ向けるべきだと思う。
 由乃の馬鹿。
 由乃の、馬鹿。
 
 
「まあ、古い話だから」
 そう言って令ちゃんはベンチから立ち上がった。
 鞄を二つ持って、由乃の前に立つ長身から落ちる影が由乃をすっぽり包む。
 無理矢理にでも話を途中で切ったのは令ちゃんの優しさだ。
 でも話を続けさせてくれないのはその裏側、残酷な思いやりだ。
 由乃は令ちゃんを見上げた。
 涙で目は潤んでいるだろうけど、そんなこと何の意味もなかった。
 
「古くない。全然古くないよ、令ちゃん」
 由乃は言って立ち上がる、それでも背の高い令ちゃんと身長は割と一般的な由乃だと、一歳の年齢差にも関わらず約頭一つ分の差が出来る。
 構わない。由乃は令ちゃんの胸倉を掴んだ。
「夕焼けの次の日は良いことがあるのよ。そうでしょう、ねえ令ちゃん」
 鬼気迫る由乃に押されて、令ちゃんが半歩後退る。
 構わない。由乃は半歩前に出た。
「期待しちゃうんだから。今日位に綺麗な夕焼けなら、明日。明日絶対良いことあるんだから」
 そこまで言って。
 そこまで言って、令ちゃんはやっと。
 
「うん、良いことあるよ。明日は絶対良いことあるよ。令さんのお墨付きだから」
 
 そう言って笑ってくれたから。
 だから、由乃は。
「うん、うん、明日、明日きっとね」
 って。
 ちょっと零れた涙を誤魔化すようにして、令ちゃんの胸に顔を押し付ける。
 これで良いんだ。
 これで”夕焼け”は再び由乃と令ちゃんの間で”特別”になった。
 無くした昔を掻き集めるんじゃなくて、今を作ればそれで良い。それがきっと将来の昔になってくれる筈だから。
 由乃はそう思った。
 
 令ちゃんは何も言わないで一回だけ、ぽんって背中を叩いてくれた。
 
 
 〜 〜 〜
 
 
 お祈りを済ませた”マリアさまの庭”を通って、改めて帰路に着いた頃にはもう夕焼けなんて言っていられる時間帯じゃなくなっていた。
 切れ掛かった街灯がちかちか。
 仕事も部活も関係ない、単なる寄り道が原因で招いた帰路時間としてはリリアン的に結構アウトな気もする。でもそれをするのが当代生徒会長と次代生徒会長(予定)だから大丈夫――何が、と言われても凄く返答に困るけど。
 
 学校の正門から、島津・支倉両家玄関まで約八分。
 薄暗い夜道とは言え高々そんな短時間を怖がるような肝っ玉の持ち方はしていない由乃は、再開した令ちゃんとの雑談に興じながら、頭の別の部分ではある事を考えていた。
 それは”明日の何をもって良いこととするか”。
 由乃は令ちゃんほどロマンチストではない。夕焼けだから明日に良いことが有るとは盲信出来ない、でも折角令ちゃんのお墨付きまで貰ったのだから何かしらの良いことがないと我慢ならない。
 令ちゃんだって昔は由乃のハンバーグの為に帆走したのだから、それくらいの努力と言うか下積みと言うか根回しと言うか――ぶっちゃけ裏工作? は許されると思うのだ。
 
 それを考えること約八分。
 勿論そんな短い時間でどうこう出来る訳もなく、由乃はそのまま自宅前で令ちゃんと別れた。
 さぁどうしたものかなーと考えながら玄関を開けると。
「あ、おかえり由乃」
 玄関先で何やら怪しげな大袋を抱えたお母さんと遭遇した。
「お母さん、それ何?」
「それ何、ってこれは由乃が買っておいた花火じゃない。今年こそ家族ぐるみじゃなくって令ちゃんとやるんだーって張り切ってたの忘れたの?」
 
 ああ、そう言えばそんな事もあったような。
 と言うかここまで物忘れが酷いとなるとちょっと病気なんじゃなかろーか。
 と。
「それだ!」
「はぁ?」
 思わず大声を上げた由乃にお母さんは訝しげに眉を寄せたけど、そんな事は関係ない。
 鞄は玄関に放り投げて奪い取るようにしてその花火セットを抱える。
「これ、やる! まだ湿気てる訳じゃないよね?」
 言いながら袋を引っ張ったり、透明の中身を覗いてみたりしたけど、当然それで中身が湿気てるかどうかなんてわからない。
 お母さんは呆れたように言った。
「大丈夫よ、そういうものは大体一年は持つようになってるから。でも今からだとちょっと急ね」
「違うわ、明日よ! 明日やるの、花火! ああ、もう絶対やる! 決定決定!」
 
 
 半狂乱に浮かれて由乃は花火を抱き締める。
 がさがさした感触は全然気持ちの良いものじゃなかったけれど。
 
 由乃と令ちゃんの夕焼け占いは、中々好調な滑り出しなようだった。
 だってその翌日の花火大会は――令ちゃんだけでなく、現山百合会幹部総出のとても思い出深いものになってくれたのだから。
 これを良いことと言わずして何と言う。
 
 
 だから由乃は今日も空を見上げて言うのだ。
「真っ赤な夕焼けの翌日は、良いことがあるのよね」
 
 
「へ? 夕焼けの次の日って晴れるだけなんじゃないの?」
 
 とりあえず、場の空気を読まない祐巳さんは折檻決定。


【765】 ありがとう愛してる  (春霞 2005-10-24 02:54:14)


『がちゃSレイニーシリーズ』

【No:742】 くま一号さん作 『身を焦がす未練いっしょに暴走』 
【No:760】 ROM人さん作   『永遠と決めた明日につながる今日』 の続きです。 
この枝分岐を〆て見た積もりですが、如何でしょう? 


           ◆ 


「初めまして、瞳子ちゃんのお父さま。 」 
「初めまして。 福沢祐巳さん。 」 

 都内の高級ホテルのラウンジ。 


「私の事は 『秀行小父さま』 と呼んでもらえるかな。 ちゃーんと聞いているよ。 なんでも小笠原の融さんは、『融小父さま』 と呼ばせて喜んでいるとか。 ズルイよねえ、自分だけ。 」 
「ええー! どうしてソレを。 」 
「瞳子がね。 私も忙しくて、なかなか一家団欒の時間と言うものは持てないのだが。 カナダに往く前。 瞳子との時間を作ると、すぐに君や祥子ちゃんや、あと二条家の乃梨子ちゃんの話になってね。 誰がどうした、こうした、とね。 演劇を嗜んでいるせいか、舌のまわる事まわること。 誰も止められずに聞き入るしかなくてね。 まあ、その時に。 体育祭の時だったかな? 」 
「はわわ 」 祐巳は、瞳子ちゃんが一体普段自分のナニを家族に話していたのか、ということに滑っていきがちな自分の意識をぐっと修正して、本題に踏み出した。 

「その、この度はお忙しいところを、無理にお時間を頂きまして申し訳ありません。 (え…と) 秀行小父さま。 」 
「いやいや、定例の支店長会議で帰国したついでだから。 大した事じゃあない。 むしろ年寄りばかり相手にしているよりも、可愛いお嬢さんのお願いを聞くほうが楽しいんだから。 気にしない。気にしない。 」 

瞳子ちゃんのお父さんは、随分と砕けた方のようだ。 けれど融小父さまや、柏木さんのような軽薄な感じではなくて。 どちらかと言うと、包容力があって、緊張している若者を巧くリラックスさせてくれているような。 体も縦も横も大きくて、たくわえた口髭とか優しい目元と相まっておっきな縫いぐるみさんのような暖かさがあった。 

「じゃあ、お言葉に甘えて。 単刀直入にお願いします。 瞳子ちゃんをカナダに連れて行かないで下さい。 」 
 祐巳は堰を切ったように今までの事を話し始めた。 巧く順序だてる事も出来ずに、支離滅裂なまま、とにかく自分の思いを理解してもらおうと必死だった。 
 瞳子ちゃんとの出会い。 意地悪された事。 喧嘩した事。 でも気がつくと傍にいて。 いつも真剣に自分のことを考えてくれていた事。 日常のなんてことは無いやり取り。 時折見せてくれる、演技ではない笑顔。 そして溢れ出た愛おしさ。 決着を付けようと自分が追いかけたせいで怪我をした事。 そして。 

 ……そして、瞳子が既に記憶を取り戻している事。 屋上の会話を聞いてしまった事。 

「瞳子ちゃんが記憶を取り戻したら、カナダに連れて行くって。 そう聞きました。 」 
 祐巳は、膝の上の両手が白くなるほど強くこぶしを握り締めた。 
「でも、私は瞳子ちゃんと一緒に居たいんです。 ちゃんと姉と妹の関係を結んで。 導いて。 いえその、頼りない姉にしか成れないかも知れないけど。 あの娘の微笑を包み込んで上げられるような。 そんなふうに。 そんなふうに、過ごしたい。 」 
 激情をつのらせ、最後は涙声になりながら訴える。 秀行氏はそっと手巾を差し出し、祐巳が落ち着くのを待った。 

   ・・・・・・・・

「…すいません。泣いてしまって。 」 
「いや、君の気持ちはよく判ったよ。 瞳子は愛されているね。 娘に成り代わり御礼を言おう。 ありがとう。 」 秀行氏はそっと微笑んだ。 
「じゃあ! 」 
「だが、駄目だ。 瞳子はカナダに連れて行くよ。 」 優しい微笑みのまま、鋼のような言葉が続く。 
「どうして? 理解していただけたんじゃ。 」 
「うん。 君の情。 君の理。 君にとっての真実は判った。  …だが。 それは他の人間にとっては、また別の話だと言う事に、気が付いているのだろう? 君は充分に聡明だから。 」 
「それは、、、。 判っています。 でも、瞳子ちゃんは。 その。 私の事を好きです。 私もあの娘を愛しています。 当事者にとって、これは確かな真実なんです。 」 
「私たち家族は当事者ではないのかね? 私たちもまた、瞳子を愛しているよ。 世界の誰よりも。 」 
「それは、でもっ 」  祐巳の反駁をさえぎり、容赦なく畳み掛ける秀行氏。 
「あい。 と言ったね。 相手を自分に縛り付け、好きと言う気持ちで雁字搦めにするのが、君の愛かい? 瞳子にとっての最善が、君の傍らに居る事ではないかも知れない  と言う可能性を、ちゃんと考えたかな? 」 

 ひうぅっ。 

 追い詰められた祐巳が、正体なく泣き出しそうになった時。 真打は颯爽と現れた。 

「お父さま!!! 何をおっしゃっているのですか。 (私の)祐巳さまを泣かせるなんて!!! 」 
 ラウンジをさりげなく仕切っている観葉植物の壁を突き抜けて、松平瞳子が現れた。 形の良い眉毛を逆立て、まるで雛を守る母鳥のようなすさまじい形相である。 
「おや瞳子。 久しぶりだね。 クリスマス休暇以来だが、ずいぶんと元気そうじゃあないか。 それなら飛行機の旅も問題無さそうだねえ。 」  が、秀行氏にはいつもの愛娘のご乱行に過ぎない。 動ずる事もなく飄々と受け流してしまう。 
 ふと、瞳子の背後を見遣り苦笑する。 
「優君か。 」 
 はっはっは。 と。 この場の深刻さにも拘りなく、相変わらず無意味なさわやかさを振りまく柏木さんが隣のブースから挨拶をしてくる。 
「やあ、どうも。 秀行叔父さん。 ご無沙汰して居ります。 申し訳ありませんね。 大事な話だと言うのは分かっていたので、終わるまで待つつもりだったのですが。 祐巳ちゃんが泣いちゃったところで瞳子が暴れ始めまして。 押さえ切れませんでしたよ。 」 はっはっは。 
「それは大変だったね。 優君。 瞳子が暴れるのを押さえるのは、なかなかに難しい。 」 腕組みして、うんうんと頷く秀行氏。 

 なんか、狐と狸? 

「ところで柏木君。 これは松平の問題だ。 」 一転して、秀行氏は凍るように冷たい目で柏木さんを見つめた。 
「はいはい。判っていますよ。 」 柏木さんも、口元だけ微笑んでいるが、目が怖い。 
「断れない相手からのお願いで瞳子を連れてきましたが。 あとは叔父さんにお任せしますよ。 」  はっはっは。 柏木さんは、最後に意味ありげに祐巳を見てから、やっぱり無意味に颯爽と去っていった。 


 柏木さんの影が消えるのを見届けてから、瞳子は父の正面に立って切り出した。 ちなみに秀行氏の対面には、今まで会話していた祐巳が座っているので、つまり瞳子が居るのは祐巳の座るシングルソファーのすぐ脇と言う事だ。 
 怒鳴りこんで以来、決して祐巳を正面からとらえようとしないが。 瞳子の視界には、白馬の王子様を見上げるように綺羅綺羅ウルウルした瞳の祐巳の姿がばっちりと映りこんでいた。 
「お父さま! 私は。 私も。 そのあの。 ゆゆゆゆ祐巳さまを。 あああああああいあいあいあいあい。 」 
「お猿さんかい? 」 判っていてとぼける秀行氏。 
「愛しています!!!! 」  突っ込みの勢いも借りて歯切れよく宣言する瞳子。 
「と、当事者が、二人とも愛し合っているのですから。 お父さまは口を出すべきでは有りません。 」  ぜいはあ。 大きく肩で息をしながら、松平瞳子は、いまルビコン川を渡ったと確信していた。 
 隣には、うっすらと頬を染めた祐巳がいて、指先で瞳子の制服の袖口をおずおずと掴んでくる。 

「うん。だがね。 君は松平瞳子なんだよ。 」 穏やかに指摘する秀行氏。 
 そう言われて固まる瞳子。 
 声も無い瞳子に代わって、意味がわからず目を白黒させている祐巳に丁寧に説明を始める秀行氏。 一つ一つ言葉を選び、口調さえも一変させて真摯に語る姿は、誠実さと大人の余裕を感じさせ好感を抱かせるが、話す内容は祐巳を打ちのめすものだった。 
「小笠原程でないにせよ、松平もそれなりに由緒も、財もある家なんですよ。 そして瞳子は跡取です。 他は知りませんが、当家のでは女子と言えども跡を継ぎます。 婿には入ってもらう事になりますが。 当家の当主は、婿殿ではなく瞳子が担います。 ですから、幼少より英才教育を施してきました。 それと同時に、人としての幸せも追い求めて欲しいのは親心です。 ですから瞳子とは1つの約束を交わしてあります。 」  終始微笑みながら。秀行氏は淡々と説明を続ける。 

 跡取教育を全力で受ける事。 ただし、人生で只一つ、瞳子の自由を認める。 
 そして瞳子は中等部時代に、その 『只一つ』 を選び取った。 

「それは演劇の道です。 瞳子は22歳になるまで、跡取教育を受けつつ、また演劇の道に邁進する。 22歳の誕生日の時点で、私たちを説得できるだけの成果を演劇で見せられれば、跡取の話は白紙に戻す。 」 

 そう言う契約。コントラクトなのだと。 さらに秀行氏は祐巳の知らない事を告げる。 

「元々カナダ留学は、瞳子が中等部の頃に既にあったのですよ。 ただ、やはり語学など留学準備に1年くらい必要な事。 また、向こうの。 ああ、留学先はケベックのリリアンと姉妹校のカソリックの高校ですが。 ここの新学期が9月半ばからと言う事もあり。 高等部に進学したほうが何かと都合が良いと言う事になって。 結局高等部1年の2学期から留学しようと。 そう言うつもりで準備をすすめてきたのです。 だからこそ娘は、数ある姉妹の申し出も断ってきた。 のですが… 」 

 ふと、愛しげに娘を見て続ける。 

「演劇部で役を貰った。 山百合会で役を貰った。 途中で抜けては迷惑が掛かる。 そう言って、文化祭までは待ってくれ と。 まあ、そのくらいズレても新学期の遅れはそう大したものではありませんから。 娘の好きにさせていたのですが。 」 

 そうこうする内に、自分のほうが根回しが効いて、先にカナダに転勤になった。 が、瞳子の留学は最初から決まっていた事なのだ。 と。 そう説明されてしまえば、祐巳にはもう反論できる手がかりもなかった。 
 瞳子の人生にたった一つ許された可能性。 演劇。 瞳子ちゃんがもしそれを諦めて、ただリリアンで幸せな学生生活を送る事を選んでくれれば、私たちは本当に幸せだろう。 だけど、鈍い祐巳にもわかる真摯な演劇への思い。 そしてなによりその才能。 

「祐巳さま! 私は、私はっっっ。 」 苦悩をにじませた顔で、何かを叫びそうな瞳子の口元に、祐巳はそっと人差し指で封をする。 
「瞳子ちゃんが何を言おうとしているか、多分判るよ。 でも言っては駄目。 」 祐巳は声も無く涙を流しながら、瞳子を見上げた。 瞳子が自分の為に、たった一つの夢をなげうとうとしている。 いつもの鈍さからは思いもよらぬほどに、瞳子の心の動きに聡いのは、ようやく2人が通じ合ったという事なのか。 だが、最早何もかもが遅い。 祐巳は苦い思いを押し殺して、しっかりと瞳子の目を覗き込んだ。 
 瞳子はその日初めて祐巳と目を合わせ、続けるべき言葉を失った。 
「瞳子ちゃんは演劇をやるべきなんだよ。 私は大丈夫。 愛してるって、言ってくれたね。 それだけで心はこんなにキラキラしてる。 それだけで充分だよ。 世界のどんな遠くに行っても、私は瞳子ちゃんを。   …瞳子を愛しているから。 それだけ、覚えていて。 」 
「でも祐巳さま! 」
「最後だから、お姉さまらしい事をさせてね。 瞳子。 才能と、意思と、機会とが揃っているときに。 尻込みしてちゃ駄目だよ。 瞳子は出来る娘、でしょ? 」 
「祐巳さま… 」 
「一回だけ、お姉さまって呼んでくれる? 」 
「お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さまーー 」 

 もはや声も無く抱き合って泣き崩れる二人。 それを何故かニコニコしながら見つめている秀行氏。 


 と、
 がごい〜〜ん。 
 すさまじい音がした。 
 泣き濡れていた二人も思わず顔を上げるほどに。 

 後頭部をさすりながらにこやかに振り向く秀行氏の背後には、ちょっと吊り目で波打つ巻き毛がゴージャスな絶世の美女がぷりぷりと怒っていた。 右手に持ったひしゃげた燭台はなんなのか。 音の原因は何なのか。 怖くて聞けない二人であった。 

「やあ、綾子さん。 遅かったね。 」 すっかり口調が戻っている秀行氏。 
「さっきから居たわよ。 瞳子の成長にはいい肥しかと思って、貴方に任せて影から見ていたのに。 瞳子は兎も角、他所さまのこんなに可愛い女の子を泣かすなんて。 鬼ですか! 貴方とはもう離婚です! 離婚! 」 ぷいと明後日を見るしぐさが、誰かにそっくりなような…。 
「お母さま、、、今、なんて。 」  あ、やっぱりね。 顔も仕草もそっくりだし。 瞳子ちゃんが大きくなったら、こんな風になるんだ。 
「瞳子はいいのっ! あんたは人生大体において思うが侭なんだから。 多少試練とか遭った方が人間に幅が出るわよ。 」 不満げな瞳子の声を遮って、ざっくり切って捨てるお母さま。 突然 にんまりして猫なで声になる。
「そ・れ・よ・り。 まーったく、こんな可愛い上級生引っ掛けちゃって。 私に似て たらしよねー 」 
「ひっかけって!!!」 絶句する瞳子ちゃんをほったらかしに、お母さまが祐巳に抱きついてくる。 
「ねー祐巳ちゃん。 私の娘になりなさいな。 もー瞳子ったら生意気で可愛くないのよー? そのてん 祐巳ちゃんは天使だもんねー 」 ぎゅぎゅぎゅ。 たゆんたゆんの豊満な胸が、祐巳の顔を埋め尽くし息の根を止めようとする。 

 瞳子ちゃんも大きくなったら、この位になるのかぁ。 良いなー。  酸欠のせいで、変な方向へ思考を飛ばしかける祐巳を、ばりんっと 毟り取って瞳子がその腕の中に保護する。 
「お母さま! お姉さまにちょっかいを出さないで下さい! 」 
「あらあらー、いつのまにスールになったのー? 」 にまにましながら追求してくるお母さま。 と、一転。 
「まあ、からかうのはこれ位で、まず祐巳ちゃんを安心させて上げなきゃね。 」 

「え? 」 展開のはやさに呆然としている祐巳を拝むように、謝ってくるお母さま。 
「ご免なさいね。 うちの親馬鹿な宿六と、ツンデレ娘が大迷惑かけちゃって。 」 
「お母さま!!! 」 
「お黙んなさい。 おばか娘。 あんたもうちょっと物事を考えなさい。 今は何月よ。 」 
「え? 2月半ば、ですわ。 それが? 」 
「あんたね。 あんたの記憶が回復したー。 よーし転校だー! って、今から手続きして、実際に通い始められるのはいつよ! 」 
「え? リリアンの書類手続きをして。 在籍証明とか成績証明とかが出るのに2週間? 向こうの手続きがあって、早くて3月の半ばですわね。 」 
「向こうの学制を考えなさいって。 向こうは6月で終業なのよ。 2ヶ月ちょっとで単位が出るはず無いでしょう! 」 
「あっ 」 
「交換留学とか、親善留学とかならともかく。 あんたの場合進学留学なんだから、単位もらえないと意味ないでしょうが。 」 
「それでも姉妹校ですし… 」 
「高校1年の2月半ばで移籍じゃ、リリアンの方でも単位出せないでしょ。 」 
「ああー! じゃ、じゃあ 」 
「クリスマス休暇明けから転校して、後期全部使えるなら別だけど、この時期に移ってもむーだ。 あんたの記憶が戻ろうと、らりほーのままだろうと、大勢に影響なし! 次の機会は早くても今年の9月。 準備を考えて夏休み移籍。 」 
「じゃあ、まだ5ヶ月も一緒に居られるのね。 瞳子 ……ちゃん。 」 
「おねえ、、、 祐巳さま …… 」 じっと見詰め合う二人。 
「はいはーい。 二人の世界に言っちゃう前に、続きを聞くー。 」 
「きゃっ。 」 「そそそ、そんなこと。 」 

「あとは瞳子の覚悟と踏ん張りよ。 今年の9月にするか、来年の9月にするか。 決めるのはあんた。 私たちは口を挟まない。 なんと言っても、あんた自身の、たった一度きりの人生なんだから。 だけど、どっちを選ぶにしても苦しいよ? 当主教育は緩める気は無いし、判定期限を緩める気も無い。 大学卒業までに、演劇人としてひとかどに成ってなかったら、あんたは晴れて松平の当主さまだ。 来年移籍になれば、それだけ向こうでの実績作りに時間が掛かる。 それでも良いなら、私達は、あんたがいつから留学するかなんて気にしないわよ? 」 

「覚悟なんて有りますわ。 努力なんていくらでもします。 後悔なんて有り得ません。 おね、、、 祐巳さまの傍に、少しでも、少しでも長く居られるのなら。 」 

 祐巳のなかで、瞳子の宣言はイエズスさまの福音のように高らかに鳴り響いた。 
「来年? だったら。 だったら瞳子。     スー」 
「無理です! 駄目です! 祐巳さま、それだけは! 来年といっても、結局一学期で転校するのでは。 それで、館の住人になるのは不誠実と言うものですわ。 一緒に居られるだけで良いのです。 それ以上を望んではばちが当たります。 」 
「称号の事? うん。 それは結構重い事かもしれないけど。 でも良いんだよ。瞳子ちゃんは気にしなくても。 私は、紅の称号を継いでもらう為に瞳子ちゃんが欲しいんじゃないの。 一緒に居て欲しい。 心を寄り添わせる姉妹になりたいから瞳子ちゃんを選んだの。   …きっとね、祥子さまも、先代の容子さまも鼻で笑うと思うのよ。 ふふん、って。 『薔薇は継ぎたい人が継げば良いし、私は薔薇の系譜に連ねたくて貴女を選んだのではないわ』 って 」 

「祐巳 さま 」 

「だから、これから先は 『イエス』 以外は聞こえないよ?  瞳子、私のロザリオを受け取って、私の妹になって下さい。 」 




例えばこんなおとぎ話。 

   瞳子がなんと答えたか? 
   そんな事は、別に大した問題じゃなくて。 
   ようは今、まさに、世界は2人の為にあるってこと。 





========================================================================================== 
v2.1 がちゃSリンクを張るついでに、中身の言いまわしや、後半の言葉足らずを修正。 2005/11/09 


【766】 エチュードもう迷わない  (8人目 2005-10-24 16:09:26)


 『がちゃSレイニー』

 ☆ 白ポンチョミラクルターン。

     †     †     †

「ぎゃう。ゆゆ祐巳さまいきなり抱きつかないでください!」
「うふふ、瞳子ちゃんも怪獣の子供なんだ。それに、あのとき言ったでしょ? 私、瞳子ちゃんの事が大好きだって。だから抱きしめたいの。嫌かな?」

 逃げる瞳子ちゃんを追いかけて、やっと捕まえることができたのだ。

「確かに仰っていました。でも祐巳さまには……」

 顔が真っ赤になった瞳子ちゃんは、諦めたように溜息を一つ吐いた。
 そしてどこからともなく、綺麗な白の刺繍がなされた、シーツのような白いものを取り出す。
 レースのフリフリ付だ。
(豪華なシーツだなぁ……)
 ふわりと、時間が止まっているかのように、ゆっくりと空中を漂う白くて薄い羽の衣。
 ぽーっとそれに見とれてしまっていた祐巳は、抱きついてすぐ近くにある瞳子ちゃんの瞳が真剣になっていたのに気付いて、慌てた。

「祐巳さま。それでは賭けをしましょう」
「えっと、賭け?」
「そうです。祐巳さまと瞳子とで賭けを行い、祐巳さまが勝ったのなら観念して祐巳さまとお話をします」

 いきなり何を言うのだろうか。
 それに高等部に進学してからというもの、ここ一番で私に賭け事が絡む確立がやたらと高い気がする。
 これも運命なんだろうか。

「わ、私が負けたら?」
「そのときは……残念ですが瞳子の好きなようにさせてもらいますわ」
「そんな。瞳子ちゃん、お願いだから。賭けなんてしないで私と最後までお話して? ね?」
「問答無用です!」
「うっ……」
「では賭けの方法を説明します。10分以内に祐巳さまが瞳子を捕まえる事、範囲はあの教会の敷地内です」

 その教会では結婚式が行われていた。
 今日の主役のお二人と、それを見送っている参列者が見える。
 どこかで見たことがあるような、懐かしい景色。

「でも、もう……捕まえているじゃない」

 そう。ここに来てからずっと、瞳子ちゃんを逃がすまいと抱きしめている。
 しがみ付いていると言ってもいい。

「そうでしょうか?」

 瞳子ちゃんは先程取り出した布を、ふわりと頭から被ると、祐巳の腕の中から一瞬のうちに消えた。

「へっ? え……えー!?」
「祐巳さま。淑女が大声をあげて、はしたないですわよ。それではスタートです」

 それはそうだけれど、無理もないのではないだろうか。
 だって、今まで祐巳の腕の中にいた瞳子ちゃんが、忽然と居なくなったのだから。

 声のほうを振り向くと瞳子ちゃんがシーツ……いや、あれは白ポンチョだ。
 それを被って、ふわふわくるくると舞っていた。
 寂しそうな、それでいて悲しそうな表情をしている。
(それよりも何? 今のは魔法? そんなバカな)

「と、とと瞳子ちゃん?」
「瞳子を捕まえられるかしら……」
「そんなのずるい」

(なし崩し的にその事象を受け入れてしまう私ってば……)
 祐巳が唖然としていると。
 教会の方へ、瞳子ちゃんはゆっくりと歩いていく。
 それにしても。まじっくアイテムを持っている瞳子ちゃんてば余裕。

「祐巳さま。時間がありませんよ?」

 瞳子ちゃんは、一度だけ悲しそうに振り向いて祐巳に念を押したあと、踵を返してまた歩き出した。

「わ、わっ」

 忘れていた。慌てて腕時計を見る。
 あと……9分しかない。
 けれど追いかけても、瞳子ちゃんはふわりとかわして教会の入口に瞬間移動する。
(やっぱりずるい、瞳子ちゃん)
 後を追って誰もいなくなった教会に入る。
 しんと静かな教会の中、瞳子ちゃんが長椅子に座って目を瞑り、お祈りをしていた。
 祐巳が近づくと、

「祐巳さまは、どうして瞳子が好きなのですか?」

 しんとした空間に瞳子ちゃんの問いかけが響き、高い天井に吸い込まれていった。
(瞳子ちゃんの、好きなところ……)
 出会った頃から今まで。
 最初の頃は険悪になったこともあるけれど、それよりも多くのものを、祐巳は瞳子ちゃんから受け取ってきた。
 一つずつ頭の中で挙げていく、瞳子ちゃんの好きなところ。大切にしたい瞳子ちゃんとの思い出。
 でも、好きという気持ちには、これだと言う理由なんてなかった。
 気がつけば、いつも祐巳の近くに居てくれた瞳子ちゃん。
 瞳子ちゃんが好き。ただそれだけなのだ。

「それは……」

 瞳子ちゃんが立ち上がり、くるりと舞って透きとおる。
 消えた。
 すぐに辺りを見まわして、瞳子ちゃんの気配を探す。
 大きな柱の影に、瞳子ちゃんの縦ロールと白いレースが見えた。

「私の気持ち、祐巳さまに解からない……」

 ポンチョの裾を翻してふわりと跳ねると、今度は長椅子と長椅子の間にある中央の通路に現れる。
(瞳子ちゃんの気持ち……)
 瞳子ちゃんと出会ってから今まで、私は瞳子ちゃんの気持ちを真剣に考えた事があったのだろうか?
 心の底で考えるのを避けてなかっただろうか?
 わからない。
 だって瞳子ちゃん、教えてくれない。いつも、見せてくれない。
 瞳子ちゃんの素顔が……わからない。

「祐巳さまが妹を迎えるのは、何故ですか?」

 下を向いて泣き出しそうな瞳子ちゃん。
 そしてその言葉が心に突き刺さる。
 私は、本気で妹を迎える気があったのだろうか?
 妹を迎えるのは、何のため?
 祥子さまがそう言ったから?
 ちがう。
 来年、ご卒業される祥子さまの代わり?
 ちがう!
 私は……私は……。

「瞳子を……本当に必要としてくださいますの?」

 大きな十字架の前で跪いていた瞳子ちゃんが、ゆっくりと立ち上がった。
 こちらに振り向いた瞳子ちゃんの瞳から、ぽろぽろと雫が床に落ちる。
(瞳子ちゃんが遠くへ行ってしまうのは、やだ)
 瞳子ちゃんと、離れたくない。
 そう考えて。自分も、ぽろぽろと涙をこぼしているのに気がついた。
(私は……本当に瞳子ちゃんが好きだったんだ)

「瞳子を妹にするのは何故? 誰のためなのですか?」
「わっ私は――」

 泣きながら駆け寄り、瞳子ちゃんを抱きしめて答えを叫ぶ。
 だが、自分の声も、周りの何も、聞こえなかった。
 音のない世界。
 そして長椅子も十字架も無い、暗闇の世界。

 瞳子ちゃんが豪華な白ポンチョを祐巳に着せて、抱きしめ返してきた。
 暗闇の中、瞳子ちゃんだけが薄く淡く光る。
 けれど、白ポンチョを脱いだ瞳子ちゃんは、今にも消えそうだった。

 気付けば。
 虚無だと思っていた世界に、音楽が微かに流れている。


 ──恋の二重唱


『練習は……出来ましたか?』

     〜     〜     〜

「――沢さん。福沢さん? 聞いていましたか? 前に出て、この問題を解いてくださいね」
「へっ?! あ、はい……」

 今は……授業中だった。


【767】 回りくどい六条梨々の摩訶不思議報告  (ケテル・ウィスパー 2005-10-24 16:10:13)


「ごきげんよう。 学校にはよく七不思議と言う物がありますわ、ご多分にもれずこのリリアンにもそのような話があるのですわ」
「誰に向かって言ってんのよ…」
「今回は、それを究明しようと言う話ですわ」
「だからって、夜中に学校に来るこた〜ないでしょ」
「ノリが悪すぎですわ乃梨子さん。 最近は長いSSが多いからこういう小ネタ的な物は手短にするという配慮をしなければならないのですわ」
「はいはい、みんなを敵に回すみたいな発言はやめますよ。 さっさと済ませましょ」
「そうそう、それでいいのですわ。 まず最初は、3階の西階段ですわね」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「さあ〜、着きましたわ。 ここはおなじみですわね」
「……って言うかありがち…」
「も〜〜、しゃんとしてくださいませ。 階段と言えば『普段は十二段なのに夜中に数えると十三段あってそれを数え終わると踊り場にある鏡があの世につながって連れて行かれる』バリエーションはいろいろあるようですが、さあ〜乃梨子さん数えてくださいな」
「1,2,3、……」
「乃梨子さん、この場で数えてどうするんですの? ちゃんと一段一段登って数えてくださいまし」
「……いいじゃん、ここからでだって数えらえるんだし」
「だめですわ! それでは”踊り場の鏡”があの世につながっているか確かめられませんわ!」
「……自分で行きなよ…」
「え? いや、その〜…… え!? あ〜〜〜〜〜、押さないでくださいまし……し、しょうがありませんわね〜、怖がりなんですから……。 一段 … 二段 … 三段 … の、乃梨子さん……帰っちゃ嫌ですわよ……」
「あ〜、見ててやるから、さっさと数えて」
「… 四段 … 五段 … 六段 … 七段 ……な、なんでしょう? ドキドキしますわね」
「運動不足?」
「そんなことありませんわ! 演劇部で鍛えていますもの! 八段 …… 九段 ……… 十段 ………… 十一段 ……………」
「ペース落ちてるじゃない。 サクサク行こうよ」
「わ、分かっていますわ!! た、ためですわよ! あっさり終わっては面白くありませんもの」
「がんばれ〜、あと二段で瞳子はあの世行きだよ〜」
「クッ…人事だと思って…はぁ〜ふぅ〜〜、はぁ〜ふぅ〜〜、はぁ〜ふぅ〜〜……いきましゅわぁ〜」
「なに緊張してんのよ」
「……… 十二段 …………………… 十 …… 三 … だ ……… ん ………」
「……お〜〜い、どうなった〜〜?」
「……な、なんとも……ありませんわ…ね……」
「七不思議なんてそんなもんだよ。 だいたいここホントに普段十二段なの? 夜中に数えに来る暇人なんてそうそういやしないでしょ? ”願い事がかなう”ならまだしも」
「普段使わない階段ですし、いちいち数える訳ありませんけれど……、そんなもんなんでしょうか?…… い、いえ! まだまだ続きがありますわ! 次に行きましょう次に!」
「あ〜もうそんなに急がなくってもいいじゃない。 ………残念だったわね、久しぶりの獲物だったのに……もっとも、私の目の届く所で好き勝手させる気は無いけどね」
「乃梨子さん! なにをされているんですの、早くいらしてくださいな!」
「あんまり大きな声出すと守衛さんが来るわよ! ……あんたも早い所どこか行くことをお勧めするわ」
「ホントに、次はなんとか七不思議レポートにして見せますわ!」
「だから、怖い思いをするのは瞳子だけじゃない……」
「次回こそお楽しみに! ですわ!!」
「まだ続かせる気なの?」


                 〜〜〜〜  続く…… 〜〜



【768】 行くべき道  (琴吹 邑 2005-10-24 21:38:48)


がちゃSレイニーシリーズです。

『舞台女優前後不覚応援キャンペーン  【No:748】』の続き。
『永遠と決めた明日につながる今日  【No:760】』にて、ROM人さんの示された分岐を表示。

     †     †     †

「結婚式ね。」
「ぎゃう。ゆゆ祐巳さまいきなり抱きつかないでください!」

. 〆 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
|  ☆ さて、瞳子はどうする?

|    祐巳さまから逃げ出す。     → 『永遠と決めた明日につながる今日  【No:760】』
|  >.じっとしている。
|    悲鳴を上げ、警察に突き出す。
|    振り向いて、唇を奪う。      → 『恋は一瞬愛し合うデスティニー  【No:769】』
|    怪しげな踊りを踊る。.       → 『絢爛舞踏スキャンダラスな貴女  【No:763】』
|    白ポンチョミラクルターン。    → 『エチュードもう迷わない  【No:766】』 
|    泣き出す。

.  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 祐巳さまに抱きしめられていた。いつもみたいにじゃれ合い、という感じではなく、私を引き留めたいという強い意志を感じて、私はゆっくりと力を抜いた。


 何も話をしなかった。何か話をしなければいけないと思っているのだけれど、言葉が出なかった。
 もう決心したはずなのに。その決心した言葉さえ、祐巳さまに伝えることが出来なかった。
 祐巳さまも、何から話して良いのか、迷っているようで、ただじっと、私を後から抱きしめていた。

 だから、私たちは自然と、目の前で執り行われている結婚式の様子を見つめていた。

 参列者のおめでとうという声が、響く中、幸せそうな顔をする二人。
 ちらちらと雪が舞う中でライスシャワーがまかれ、新婦さんが一段高いところに立った。
 一呼吸置いてあたりを見渡した新婦さんと目が合った。すると、その新婦さん何故かとびきりの笑顔を私に向かって投げかけたのだ。
 そして、新婦さんは手に持っていたブーケを中空に放り投げた、それは綺麗な放物線を描き、雪を舞い踊らせながらぱさりと、私の手の中にすっぽりと収まった。

「あーいいな、いいなー瞳子ちゃんちょうだい」
「だめです。これは瞳子がもらったモノです」

 そのブーケは僅かな時間、この騒動が起こる前の私たちの関係を取り戻させてくれた。


 ブーケを受け取ってしまった手前、私たちは成り行きで、新郎新婦の出立を見送った。
 やがて、結婚式の参列者も、三々五々帰っていき、教会に私と祐巳さまだけ取り残された。
 雪が舞う中、私たちは向かい合って立っていた。

「遅くなっちゃったねえ……怒られちゃうかな?」
「そうかも知れませんね。祐巳さまは」
「え? 私だけ?」
「瞳子は早退届出していますから」
「そっか……カナダ……」
 そういって、祐巳さまは口をつぐんだ。そして、一度大きく息を吐くと、しっかりと私の目を見ていった。
「放課後時間ちょうだい。話したいことがあるから、どうしても、瞳子ちゃんに言わないといけないことがあるの」
「………」
 私は祐巳さまに背を向けた。
 多分今回の事件の話なんだろうなと思う。でも、今更だなと思う。だって祐巳さまは複数人妹を持っているのだから。
 そして、これは、瞳子のちっぽけなプライドでしかないのだけど、祐巳さまの本当の特別で無いのなら、祐巳さまの妹になりたいとは思わなかった。
 だからこそ決めたカナダ行きだった。
 それでもかまわず祐巳さまは言葉を続けた。
「放課後、古い温室で待ってるね。来るまで待ってるから」
 私は、その言葉に返事を返すことはしなかった。
「最後に一つだけ。私は、妹を作っていないから………それじゃあ、後でね」
 私はその言葉に振り返ったが、祐巳さまの背中は舞い落ちる雪の向こうに霞んでいた。

「祐巳さま……」

 私は空を見上げ、雪の舞い落ちる様をじっと見つめていた。


【No:774】に続く


【769】 (記事削除)  (削除済 2005-10-24 21:56:06)


※この記事は削除されました。


【770】 (記事削除)  (削除済 2005-10-25 05:33:02)


※この記事は削除されました。


【771】 なにわ言葉叫びながら  (朝生行幸 2005-10-25 13:09:33)


 ハンドルを握ると人が変わる。
 あなたの身近にも、そんな人が結構居るだろうと思います。
 例えば家族、友人、学生なら同級生、社会人なら同僚や上司、先輩後輩など。
 そして、私の妹もそんな一人だったりします…。

「志摩子さん」
「乃梨子」
 リリアン高等部での三年間で、私の意識は大きく変貌しました。
 友人たちとの関り、妹との出会い、山百合会や環境整備委員会を通じての人との繋がり…。
 それら全てが、私を変えました。
 今では、変わって良かったと心の底から思っています。
 私は高等部卒業後、大学部に進学しました。
 そして、妹の乃梨子も、同じリリアン大学部に進学。
 三代に渡るかつての白薔薇さまが全員大学部にいるのは、ありそうであまり無いことではないでしょうか。

「お待たせ。さ、乗って乗って」
 高等部卒業後、すぐに教習所に通い出した乃梨子は、同時にネットで株を購入し、免許を取得する頃には、中古車1台を買えるだけの資金を得ていました。
 そうして乃梨子は今、買った車に乗って、私を家まで迎えに来てくれたのです。
「それじゃぁ、お願いするわね」
「うん」
 乃梨子の車は、赤い色のスポーツカー。
 フロントグリルには『H』のマークが輝き、ヘッドライトの形が涙を溜めているように見える、ちょっとずんぐりしているけど同時にシャープでもある、スリードアのクーペ。
「乃梨子、この車、なんて言ったかしら?」
「ああコレ、インテグラって言うの」
 そう、乃梨子が買ったのは、『ホ○ダインテグラiS(LA-DC5)』という車でした。
「シートベルト締めた?」
「ええ、大丈夫よ」
「では、しゅっぱ〜つ♪」
 ご機嫌な乃梨子は、パーキングブレーキを下ろし、素早くシフトノブを『D』に入れ、滑らかに車を前進させました。
 彼女はもちろん、私も今日は上機嫌です。
 さすがに大学部となると、学年ごとのギャップが大きく、なかなかスケジュールを合わせることができません。
 校内で少し顔を合わせたり、電話のやりとりは頻繁に行っていますが、プライベートでは、時間が非常に取り難いのです。
 そんな中、私たちは久しぶりに、二人だけでお出かけが出来るのですから。
 エンジン音は、ステレオから聞こえるアヴェ・マリアの曲に掻き消され、ほとんど聞こえず、窓の外を流れる見慣れたはずの景色は、普段と違う環境にいるせいか、少し変わって見えました。
 私の家小寓寺の辺りは、民家は少ないものの、比較的曲がりくねった坂道が多いので、途中バスとすれ違いながら、乃梨子は慎重に走らせます。
 しばらくして国道に出た私たちは、休日にしては交通量が少ない道を、他愛の無い会話をしながら走り抜けて行きました。

「ん?」
 ルームミラーに目をやりながら、訝しげな表情をする乃梨子。
 助手席側のドアミラーを覗けば、やたらゴツイ格好の車が、後にぶつかりそうなぐらい近くに寄っているではありませんか。
 しかも、パッシングまでする始末。
「ちっ、野郎…。ケンカ売ってんのか?」
 いつもの乃梨子らしからぬ、剣呑な口調。
「…ねぇ乃梨子?あなた、まだ初心者よね?」
「ええそう…ってしまったぁ!マーク貼り忘れた!」
 どうやら後の車は、レーシーな雰囲気のこの車に対し、勝負を吹っかけようとしているみたいです。
「クソッタレ、このまま舐められっかぁボケェ」
 多分ノーマルのオートマチック車で、走り屋仕様っぽい車に勝てるわけないのですが、乃梨子のハートはごうごうと燃えている模様。
 まさか、乃梨子がハンドル握ると豹変する人だったとは…。
 しかも、口調まで変わっています。
「志摩子さん、速いん平気?」
「え?ええ、大丈夫…だけど」
 お姉さま…聖さまの乱暴な運転によって、耐性が付いてしまった私、多少のことでは動じなくなっています。
 良いことなのか悪いことなのかはさておいて。
「ほな、シートに深く座って、ベルトしっかり締めといてや。行くで!」
 グイっとアクセルを踏み込む乃梨子。
 ATとはいえ、5速まであるiS、キックダウンが効いて、一気に加速します。
「一応リミッターは外してんねや。下手な走り屋ぶった連中なんぞに、負ける車やあらへんで!!」
 i-VTECエンジン(と言うらしいです)が唸りを上げ、スピードメーターの針が、180をあっさりと突破しました。
「オラオラオラオラオラァ!ついて来れるもんならついて来さらせンダラァ!」
 車体がビリビリと振動し、風景がまったく形を成さない状態。
 後に来ていた車は、とうの昔に視界から姿を消していました。
「乃梨子!?」
「何!?」
「スピードを落として!」
 いくらなんでも、こんなスピードで捕まってしまえば、免停は確実。
 しかも走っているのは国道、他の車も通るし、信号もあれば人もいます。
 すぐにスピードを落す乃梨子。
「あちゃー、やっちゃったよ…」
 赤信号で停車した乃梨子は、落胆の言葉と共に、ハンドルに突っ伏しました。
 日中に国道にて200オーバーで走ったのは、ひょっとしたら乃梨子が最初で最後かも知れません。
「乃梨子?」
「何?」
「…まぁ、過ぎてしまったことは仕方がないわ」
「そうだね…」
「取りあえずは…そうね、当初の予定通り」
「うん。はぁ…」
 溜息を吐きつつ、再び慎重に走り出す乃梨子でした。

 結局、捕まることはなかった乃梨子でした。
 あとで聞いた話なのですが、煽ってきた例の車は、花寺の卒業生で見知った某二人組が乗っていたそうです。
 ちょっとした悪戯のつもりだったのに、いきなりブッちぎられて、どうしようもなかったと。
 しかも、外装だけ先行していたので、中身はまったくノーマルのまま。
 普通に走っていても、乃梨子の車に勝てたかどうかって代物だとか。

 お姉さまも乃梨子も、ハンドルを握ると性格が変わる人。
 ひょっとして私も、二人と同じなのでしょうか。
 そう考えると、怖くて免許を取る気になれません。
 白薔薇さま経験者ながら、こんなに白薔薇さまを(別の意味で)恐れるとは、思いもしませんでした。
 願わくば二人とも、事故だけは起こしませんように。
 アーメン。


【772】 (記事削除)  (削除済 2005-10-26 21:22:15)


※この記事は削除されました。


【773】 続いていくさーこさまとみき感慨無量  (六月 2005-10-27 00:37:49)


年の初めのためしとて〜♪終わり無き世のめでたさを〜♪
新春四日のうららかな昼、福沢家は例年にないお客様への対応に大慌て。
昨年末に三が日を祐巳と過ごしたい、祥子と瞳子が争奪戦を起した。
どちらの家に祐巳を招待するかで口論になり、祥子の強権発動で松平家お取潰しか?!
という事態にまで発展しそうだったのを、祐巳の「三人で、お姉さま、瞳子、私の家で一泊ずつにしましょう。それが嫌なら誰の家にも泊まりません」の一言でなんとか収めたのだ。
そして、二日は祥子宅へ、三日は瞳子宅へとお泊りし、今日は祐巳の家へ二人を迎える事になっていたのだが・・・。

玄関先に車が止まる音を聞きつけて、いそいそと祐巳はお姉さまを迎えに出た。
もしも見えるなら、飼い主の帰りを待ち侘びた犬のように尻尾をブンブン振っていることだろう。
「お待たせ、祐巳」
「いらっしゃいませ、お姉さま。さすが松井さんですね、ここがすぐに分かるなんて。
 さ、瞳子も待ってますよ、どう・・・ぞ、あれ?」
一人だと思った祥子さまの後から車を降りてくる影に祐巳は首をかしげた。
「おじゃましますね、祐巳ちゃん」
「清子小母さま?え?あ?え?」
長い黒髪の和服姿の小笠原清子が、とてもうれしそうにほほ笑みながら福沢邸の玄関先に佇んで居る。
対象的に祥子さまはこめかみを押さえ眉間に皺を寄せていた。
「私が今日は祐巳のところに泊まると話したら、お母様がついて来てしまったのよ」
「祥子さんばかり楽しんでずるいわ。私も祐巳ちゃんと遊びたいのに」
拗ねる清子さまは反則的に可愛い。
「と、とにかく中にお入りください」

お二人を居間にお通しすると、そこでは福沢母と瞳子が談笑していた。
「ちっ・・・いらっしゃいませ、祥子さま」
「瞳子ちゃん、いまあなた舌打ちしなかった?
 それにここは祐巳のお家よ、あなたに『いらっしゃいませ』等と言われる所以は無いわ」
コタツに入ったままの瞳子の目の前に祥子さまが仁王立ちになる。
「あら、お姉さまがおっしゃいましたのよ。
 『瞳子、自分の家のつもりでリラックスしていいのよ』と、”自分の家のつもりで”と」
「そんなものただの社交辞令じゃない!」
二人の言い合いは一種のレクリエーションだろうと祐巳は苦笑しながら眺めている。
まるで江利子さまと由乃さんみたいだな、と思いながら。
間に挟まれて苦労していた令さまの気持ちが少し分かった気がした。
「ま、まぁまぁ、お姉さまも瞳子も、仲がいいのは良いけど先におばさまを紹介させてね。
 お母さん、こちらが祥子さまのお母様、清子小母さまよ」

みきは清子さまに向き合うと、普段からは見えぬような優雅な雰囲気で挨拶をした。
「ようこそ、いらっしゃいました」
「初めまして、小笠原清子です。急なことでご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「福沢みきです。こちらこそたいしたお構いもできませんで、申し訳ありません。
 何も無いところですが、どうかごゆっくりとしていらしてくださいませ」
さすがはリリアンで昔取った杵柄というか、こんなに物腰が変わるものだろうか。
と、そんなみきを清子さまはじっと見つめている。何か気になることがあるのか小首をかしげながら。
「・・・不躾で失礼ですが、みきさん、どこかでお会いしたことございませんでしたか?」
「はぁ、どうでしょう?私も清子さまとどこかでお会いしたことがあるような気がするのですが・・・」
「もしかしてリリアンの卒業生ではありませんこと?」
「はい。清子さまもですか?」
しばらく見つめ合っていたが、清子さまはふと何かを思い出したらしい。
「・・・・・・祝部・・・みきさん?お神酒のみき」
「え?・・・あ!さ、さーこさま!」

両手で顔を覆い感涙に咽ぶみきを清子さまはそっと抱きとめる。
「あぁ、またさーこさまにお会いできるなんて・・・夢みたい」
「うふふ、泣き虫さんねみきさんは」
清子さまに抱かれているみきには、今この時がまるでリリアン高等部時代に時間が戻ったように感じた。
恥ずかしげに頬を染め清子さまを見上げる。
「あのときの本、憶えていらっしゃいますか?今でもあれは私の宝物なんですよ」
「温室でサインをしてあげたあの本ね。懐かしいわ」
みきの両手を清子さまは包み込むようにとるとにっこりと笑う。
「あの時は妹にしていただくことが出来ませんでしたが・・・」
「祐巳ちゃんが私の娘の妹に・・・なにか運命のようなものが続いているのかもしれないわね」
二人顔を見合わせ、まるで姉妹のように優しくほほ笑みあっていた。

突然の出来事に呆然としていた祐巳だったが、二人の姿に感動して涙がこぼれそうになっていた。
「お母さんと小母さまが高等部からの知り合いだったなんて知りませんでした」
祥子さまも感動しているのか、体を震わせている・・・のだが・・・。
その思考は祐巳の斜め45度ほど宙を彷徨っている。
「運命・・・あぁ、やっぱり祐巳と私は結ばれる運命にあったのよ。
 そうだわ、この機会におばさまに祐巳との結婚を許していただ」すぱーーーーん!!
どこからか飛んで来たスリッパが祥子さまの顔面にしっかりとめり込んでいる。
「あら、祥子さま、失礼しましたわ。ちょっとスリッパが飛んでしまって。おほほほほほほほほ」
「瞳子ちゃん!!」
再会の感動に浸るみきと清子さまを余所に、居間の中を走り回る祥子さまと瞳子の鬼ごっこに、ただただ呆れる祐巳だった。


【774】 密かに膝枕ビター・テイスト  (8人目 2005-10-27 02:08:11)


『がちゃSレイニー』

     †     †     †

 リリアンのマリア像の前で、先ほどのお詫びを込めてお祈りをする。

 瞳子は迷っていた。深い深い迷宮をどう進むべきなのか。
 早退届を出している瞳子は、別に教室に戻る必要はない。例え戻るとしても、あれだけの啖呵をきって飛び出して来たのだ。かなり戻り辛い、と言うかこれで戻ったらどうかしてる。
 今、瞳子にはこのリリアンに居場所が無い。

(こういう事、以前にもありましたわね……)

 『もう、どうにでもなれ』

 あれは、たしか演劇部で先輩ともめて教室を飛び出した時。そのあと、どうしたのか。ついこの前の事なのに、記憶が朧気だ。
 雪がはらはらと舞うリリアンを彷徨っていた私は、薔薇の館を見上げる。

(ああ、薔薇の館で山百合会の劇に専念しようとしたのでした)

 だけど山百合会からも『いらない』と追い出されそうになった。
 本当は瞳子のためを思ってくれていたのだろうけれど、そう言われたように感じたのだ。
 私はそれを思い出すと、踵を返し歩き始める。居場所を求めて。

(あの時、私に引導を渡す役目が祐巳さまでしたのに……)

 なぜだか解からないけれど、祐巳さまは事もあろうにその役目をあっさりと放棄したのだ。
 大好きなお姉さまである祥子さまにしかられるかもしれないのに。

 『嘘つきね』

 そうだ。瞳子は演劇が好きだって、祐巳さまが言ってくれたのだ。
 瞳子のエイミーが見れなくて残念そうな祐巳さまに、私はつい事情を喋っていた。いや、他人が聞けば泣き言か言い訳。そのあと山百合会の見解を祐巳さまが仰った直後だったろうか、その役目を放棄したのは。

「祐巳さま……どうしてですの?」

 講堂を横目に歩いていると、古い温室が目に留まる。今、リリアンで瞳子が居られるのは、ここくらいしかないだろうと思う。と、風が吹いて雪が踊る。凄く……寒い。慌てて扉を開けて中に入る。
 扉を閉めると暖かな空間、古くてもさすがは温室だ。私はロサ・キネンシスの近くの棚に腰を下ろし、ほっとする。
 悩みや悲しい事、辛い事があるといつもここに来てしまう。なんだかロサ・キネンシスに悪い気がする。
 今回は……今回も祐巳さまに関してだ。

 『私は、妹を作っていないから………』

 そう聞こえたと思うのだけど自信がもてない。先ほどの祐巳さまの記憶、外でしんしんと降る雪の様に淡い。

(あれは……夢?)

 だけど瞳子の手には花嫁のブーケがある。祐巳さまと一緒にいた証だ。

「そう言えば、祐巳さまはなぜ瞳子を追いかけてきたのでしょう……」

 祐巳さまが複数の妹を迎えたという噂を聞いて、頭に血が上ってしまい、全てをうち捨ててしまう覚悟で教室から飛び出した。祐巳さまから逃げ出して白薔薇さまのロザリオを“受け取った”そんな瞳子の事など、いまさら追いかけなくても良いのではないだろうか。
 瞳子自身、それに関しては軽率な自分にかなり辟易している。これでは面と向かって祐巳さまばかりを責められない。
 祐巳さまは瞳子を、何人もの妹の中の一人に迎えるおつもりなのだろうか。でも……そんなのは絶対に嫌。

(白薔薇さまのロザリオは乃梨子さんに返してしまったけれど……。勢いで突き飛ばしてしまった乃梨子さんは大丈夫でしょうか)

 祐巳さまから逃げた事、白薔薇さまのロザリオを受け取ってしまった事、自暴自棄になって暴れてしまい皆に迷惑をかけた事、いまさらながら後悔の念が押し寄せる。いったい私はどうすればいいのだろう。

(もう……消えてしまいたい。祐巳さま……)

     〜     〜     〜

「――子ちゃん。瞳子ちゃん。私にはまだ妹が一人もいないわよ」
「祐巳、さま? 本…当…ですの?」
「そうよ」

 どうやら眠ってしまっていたようだ。ぼんやりと正面に祐巳さまのお顔が90度……。

「って、えぇぇぇぇぇっ!!」

 座りながら眠ってしまっていた私に、祐巳さまが膝枕をしていた。瞳子の体にはスクールコートがかけられている。びっくりして慌てて起き上がろうとする私を祐巳さまはそっと制し、

「もう少しこのまま。ね?」


【775】 やっぱりリコちゃん慟哭  (朝生行幸 2005-10-27 11:35:08)


 10月27日の朝、椿組で一番最後に教室に入った、白薔薇のつぼみこと二条乃梨子。
 当然のことながら、クラスメイト全員の視線が集中する。
 ノロノロと教卓の前まで歩くと、真正面を向いて、全員の顔を力なく見渡す。
 そして、大きく息を吸い、開口一番。
「阪神日本一、ならずー!」
『ああーん!』
 乃梨子の音頭に合わせて、全員が落胆の叫び声をあげた。
「いやーなによあの試合。弱かったわね阪神も」
「かしらかしら」
「日本一無理かしら」
「いや、なれんかったっちゅーねん」
 椿組に集う乙女たちは、一部例外を除いて、全員乃梨子に影響されていた。
 もしここに阪神の選手がいたなら、皆で徹底的に攻め立てるところだ。
「それにしても、大量得点差で四連敗とは思いもしませんでしたわ」
「酷かったよねアレ。これなら、昔のようにロッテファンでいるべきだったわ」
 阪神が一敗するたびに、乃梨子の機嫌が悪くなり、三連敗した次の日には、誰も乃梨子に近づけなかった。
「まーなんにしても、終わったことは仕方がない。取りあえずはおめでとーロッテ!」
『おめでとーロッテ!』
「覚えてろー阪神!」
『覚えてろー阪神!』
 阪神を責める悪態は、担任が教室に来るまで、椿組の教室に響き続けた。

 そして、阪神ファンの担任も、落胆していたのは言うまでもない。


 ※これは、No.676の続編のようなものです。


【776】 貴女の心に  (琴吹 邑 2005-10-27 14:21:01)


がちゃSレイニーシリーズです。

風さんが書かれた『密かに膝枕ビター・テイスト  【No:774】』の続きになります。


「それではごきげんよう」
 SHRが終わると蔦子さんがあっという間に教室を飛び出していった、何か約束があるのだろうか?
 そんな蔦子さんを見送くった後、私は祐巳さんを見た。
 5時間目と6時間目の間に帰ってきた祐巳さんは、疲れたのかくたりと机に突っ伏していた。
 帰ってきたときの祐巳さんの言葉からすれば、これから瞳子ちゃんと最後の対決のはずだけど、大丈夫なのだろうか?
 声を掛けようと思って、祐巳さんに前に行くと、不意に祐巳さんが顔を上げた。
「行かないの?」
「行くよ。掃除が終わったら」
 その言葉に少しあきれる。確かに祐巳さんは今週掃除当番だけど、今はそれより優先させなければいけないことがあるはずだ。
「掃除? そんな物手近な友達に任せて、祐巳さんはととっと瞳子ちゃんを捕まえてきなさい」
「うん。えっと……じゃあ、由乃さん。掃除当番代わってもらえるかな?」
「もちろん!」
 友達という言葉を受けて、直ぐに私に掃除を振ってくれたのが嬉しかった。
「ありがとう。それじゃあ、行ってくるね」
 そういったときの祐巳さんは、不安げで、まだ何か迷っているように思えた。
「祐巳さん。今日は薔薇の館に来なくていいからね」
「うん。わかった」
「それから……」
 だから、私は祐巳さんの後ろに回り、ぽんと背中を軽くたたいた。
 私の青信号を祐巳さんに分けてあげる気持ちで。
「頑張って!」
 もう、立ち止まっている時期は過ぎたから。後は青信号で突っ走るしかないから。
「うん。ありがとう」
 その気持ちが伝わったのか、その祐巳さんの言葉から先ほどの迷いは感じられなかった。




 SHRが終わって、教室から出ると廊下に志摩子さんがいた。
「瞳子は戻ってきませんでした」
 唇をかみしめ、そう志摩子さんに報告する。
 祐巳さまは、瞳子に追いついたんだろうか? 結局そのあとどうなったんだろうか?
 知りたいことはいっぱいあったが、私の元に入ってきた情報は、校外まで瞳子を追いかけていった祐巳さまが戻ってきた。ただそれだけだった。
「そう」
 その報告に志摩子のさんの心配の色も濃くなる。
「お姉さま……」
 瞳子と祐巳さまを何とかしたいと始めた今回の件だけど、その結果がこれだ。志摩子さんは後悔しているのかも知れない。
 そう思うと悔しくて、ぎゅっと拳を握りしめた。
 志摩子さんはそんな私の様子に気が付いたのか。
 握りしめた拳を手に取ると言った。
「大丈夫よ。乃梨子。大丈夫……きっとマリア様が見てるから」
 そういって、私に微笑む志摩子さんを見て、私も何とか微笑み返すことが出来た。





 乃梨子と別れてから私は銀杏並木に来ていた。並木道の向こうに見える私服の集団。少し踏み出せば、そこは大学の敷地。
 しばらく、並木道の向こうを行き交う大学生をじっと眺める。
 頼ってはいけないと思う。でも、もし、こうやってここに立っているだけでお姉さまに会えるとしたら、それは頼っても良いのではないか。
 乃梨子の手前ああは言ったが、正直もうどうしたらいいのかわからなかった。
 すがるような気持ちで、5分、いや10分くらいその場で行き交う大学生を見ていたけど、お姉さまは通らなかった。
 もう卒業したお姉さまに頼るのは、やっぱり良くない事よね。そう思い直し、お聖堂と向かった。
 愛すべき鈍感な友人と、素直でない後輩の仲を祈るために。
 私にできることはもうそれくらいしかなかったから。





 教室から温室へ向かっている途中で、お姉さまと令さまにあった。
「祐巳ちゃん、戻ってきてたんだね? どうだった?」
「はい、これから、瞳子ちゃんとちゃんと話をする予定なんです。瞳子ちゃんが来てくれればですけど」
「そう、頑張ってね」
「祐巳。今日は、薔薇の館に来なくていいわ。でも、明日は、少し早く来なさい」
「はい、お姉さま」
「それから……タイが曲がっていてよ」
 お姉さまはそういっていつもの通り私のタイを直してくれた。
「いってらっしゃい」
 その言葉に見送られ、私は温室へと向かう。

 温室へ向かいながら、朝温室で考えたことを、思い返す。

 瞳子ちゃんに言わなきゃいけないこと。それは、私の正直な気持ち。
 瞳子ちゃんに妹にしてくださいと言われた時には見えなかった気持ちが、休んでいたときにはおぼろげだった気持ちが、学校に着たときは揺れていた気持ちが、今は完全に固まっていた。

 それから、瞳子ちゃんに言ってもらわなきゃいけないこと。
 あの雨の日の出来事。瞳子ちゃんが持っているあの雨の日の蒼い色を別の色に塗りつぶさない限りは妹にできない
 それだけは、しっかりもう一度しっかりと頭に入れておかないと。

 あとは、瞳子ちゃんと話をするだけ。問題は瞳子ちゃんと会えるかどうかわからないことだけど。
 でも、瞳子ちゃんは来てくれる。不安に思いながらもなぜか心のどこかでそう確信している自分がいた。



 温室にはいると、すぐにロサ・キネンシスの前に向かう。瞳子ちゃんと話をする場所はここに決めていたから。
 ここは、お姉さまとの想い出の場所で、だからこそ、瞳子ちゃんとの想い出の場所にもしたかったから。
 そのロサ・キネンシスの前には先客がいた。
 それは見覚えのある人影。そして、その人影を見て、心から安堵する。
 少なくても、話し合うことなく、別れてしまうことだけはなくなった事に。
 「瞳子……」
 呼びかけようと思って、彼女が眠っているのに気がついた。
 いろいろあったし疲れたんだろうなと思う。
 私は彼女のそばに座るとゆっくり彼女を膝の上に倒し、風邪を引かないように、着ていたスクールコートを彼女にかけた。


 彼女の寝顔を見ながら、私は彼女の目が覚めるまでずっと彼女の頭を撫でていた。


 それは、彼女と私との間に久しぶりに訪れたとても穏やかで、優しい時間だった。


【No:783】へ続く


【777】 (記事削除)  (削除済 2005-10-27 23:03:26)


※この記事は削除されました。


【778】 謎の捕食者の眼  (ケテル・ウィスパー 2005-10-28 01:52:38)


o.753 の続きです。

 翌日、リリアン女学園は大騒ぎだった。 警察の車両が並木道に入り込み、外の道はマスコミの車両、上空にはヘリコプターが飛び回っていた。 取材と証して生徒達にマイクを向けてくる記者達をシスターが追い回す場面が見られた。

「怖いわね…私たちも気を付けなっちゃ、遅くなりやすいんだし」

 薔薇の館の窓から上空を飛び回っているヘリコプターを眺めながら由乃がカップを指先で弄ぶ。 紅茶は淹れたものの、とても悠長に飲んでいる気分ではない。

「そうだね、でもちょっとホッとしたかな…」
「なんでよ?」
「由乃さん、『犯人は私が見つけてやる!』とか言い出しはしないかって……」
「…さすがにこれはね……身の危険を感じちゃうわね……犯人を見つけたとしても殺されたんじゃあね……」
「ごきげんよう…祐巳さま、由乃さま」
「ごきげんよう乃梨子ちゃん」
「ごきげんよう……この挨拶も皮肉よね…ご機嫌なわけ無いじゃない。 あれ? 志摩子さんは? 一緒じゃあないの?」

 カバンを置いて自分の席に着いた乃梨子は、一つ溜息を吐いて話し始める。

「途中で紅薔薇さまと黄薔薇さまにお会いしまして、一緒に職員室に行きました」
「あ〜…、そうなんだ。 で? どうだった? 外の様子は?」
「はい……、マスコミがすごかったですね、シスターに追いかけられても怒鳴られてもマイクを向けてくるんですから。 いつもの7倍くらい疲れましたよ……」
「ははは、ご苦労様」
「それで……小耳にはさんだんですけれど……」
「なに?」

 机の上で手を組んでいる乃梨子に注目する祐巳と由乃。 二人を順繰りに見てから乃梨子は少し小声で話し出す。

「……被害者の内臓が無くなっているのはご存知ですよね?」
「ええ、そう聞いているわ…」
「殺してから、内臓を抜き取るなんて、悪逆非道にも程があるわ!」
「生きていたんだそうです……」
「…え?」
「生きながら内臓を引きずり出されたんだそうです」
「「……」」

 顔が青ざめて絶句してしまう祐巳と由乃。 気は引けるが乃梨子は聞いたことを話すことにした。

「微笑んでいたんだそうです……被害者は……」


  * * * * * * * * * * * * * * * * * *



「カ〜〜ット! は〜〜い、ご苦労様〜〜!」
「続き作る気でいたんだこれ…」
「そのようね……犯人ばらしているのにやる意味があるのかしら?」
「犯人は志摩子さんでしょ? 先が分かっているのにつまんなく無いかなぁ〜」
「でも由乃さん、『血まみれの美少女が見たいんだ〜〜』って言う人もいるかもしれないよ?」
「そんな変体は、即磔よ! 打ち首獄門よ!」
「でも、志摩子さんが人の内臓を食べる理由は? まだ分からないこともあるよね」
「う〜〜ん……、切り裂きジャックの生まれ変わりとか?」
「どうやら違うみたいだけれど?」
「え〜〜、そうなの〜〜。 ねぇねぇ、祐巳さんはどう思う?」
「ほえ〜? う〜〜ん、う〜〜ん……。 と、瞳子ちゃんどう思う?」
「なんでそこで私に話を振るんですか?」
「え〜〜…っと……なんとなく」
「怪僧ラスプーチンかエリゼヴェート・バートリーでも憑いているのではありませんか」
「……なんだって。 どうかな?」
「私が言ったんですわよ!」
「ふふふ、違うようだわ。 そのうち分かるようになるわ」
「って言うか読んでくれているのかしらね〜これ…」
「それを言っちゃあだめよ」


「とりあえず、まだ続くみたいです……細々とですけれど……志摩子さん、悪役のままでいいのかな…」


【779】 幸せだと思う  (くま一号 2005-10-28 09:17:21)


がちゃSレイニーシリーズ、『舞台女優前後不覚応援キャンペーン  【No:748】』の続き。
『永遠と決めた明日につながる今日  【No:760】』にて、ROM人さんの示された分岐(なんかずいぶん増殖してるしぃ)を表示。
_______


「結婚式ね。」
「ぎゃう。ゆゆ祐巳さまいきなり抱きつかないでください!」

♪−−−−−−−−−
☆さて、瞳子はどうする?

   1.祐巳さまから逃げ出す
    [永遠と決めた明日につながる今日  【No:760】:ROM人さま
   →[ありがとう愛してる  【No:765】:春霞さま
   2.じっとしている
    [行くべき道  【No:768】:琴吹 邑さま
   →[密かに膝枕ビター・テイスト  【No:774】:風さま
   →[貴女の心に  【No:776】:琴吹 邑さま
   3.悲鳴を上げ、祐巳さまを痴漢現行犯で警察に突き出す

   4.振り向いて、祐巳さまの唇を奪う
    [恋は一瞬愛し合うデスティニー  【No:769】:良さま
   5.怪しげな踊りを踊る
    [絢爛舞踏スキャンダラスな貴女  【No:763】:jokerさま
   6.白ポンチョミラクルターン
    [エチュードもう迷わない  【No:766】:風さま
   7.結婚して!と抱きつき返す

   8.泣きながら、走り出し、後から来たクラスメイトに抱きつく

熊一號9.結婚式に乱入する。←これもーらった(タイトルがいまいち反則?)
♪−−−−−−−−−


「瞳子ちゃん?」
「は、はい。」
 さすがに鍛えた瞳子も息があがっている。
林に囲まれた小さな教会では、参列者たちが中へ入ってゆくところだった。
式がはじまるらしい。

「姉妹は夫婦とは違う。でもね、私が妹にしたいのはほんとにひとりだけだよ。」

「ゆ、ゆ、祐巳さま、その、だって」
「他の誰も妹にはしていないわ。あなたに妹になってもらうために手伝ってもらったの。ほんとよ。」
「そうやってそうやっていつだって祐巳さまは瞳子を……ぐすっ……振り回して……瞳子はカナダへ行ってしまいますの。もういなくなるんですっ。」

「たとえ、瞳子ちゃんがカナダへ行ってしまうとしても、瞳子ちゃんにロザリオを渡したい。」

「祐巳さまっ!!」

 祐巳さまが体を離して、正面から瞳子の目を見る。
ここで負けては……必死で見返す。
祐巳さまの瞳が綺麗だ……そして私が映っている。この時をどんなに待ち望んだだろう。
 どうしてこんなに、こんがらがってしまうの?

 ちらちらと雪が舞う。祐巳さまの顔の向こうに教会の入り口が見えてる。
新郎新婦、それになんて呼ぶのだったかしら付き添いの子供たちが両側に二人。
花嫁さん、きれいだな、って、こんなときに何を考えているんだろう。


「だから、これ、受け取ってくれるかな?」
ロザリオを輪にして差し出す祐巳さま。

「受け取れませんっ」
「どうして?」優しく聞く祐巳さま……どうしてって、どうしてそんなになにもかも包み込んで、あなたは優しいのですか。

「どうしてって、どうしてって祐巳さま!! 紅薔薇のつぼみがいなくなるんですよ。ですから祐巳さまは紅薔薇さまとしての自覚が足りないといつも申し上げて」

「瞳子!」
「はいっ」
 ……迫力だあ。ここで呼び捨ては卑怯、だと思う。

「称号はどうでもいい。お姉さまもみんなもわかってくれるわ。ただの瞳子と祐巳として考えて欲しいの。瞳子ちゃん。私の妹になってください。世界のどこにいてもあなたは私の妹でいてくれるって信じてる。」

 ……話すのよ、演技なしで。後悔しないために今、話すの。

「祐巳さま、それでもやはり受け取れません」
「どうして、って聞いていいかな」

「祐巳さまが、私が祐巳さまの中に祥子お姉さまを見ているって言った時、そんな馬鹿なって思いました。」
「瞳子ちゃん、それは私のとんでもない誤解だった。今はもうわかっているよ。」

「最後まで聞いてください。祐巳さまがそう思われたのは、可南子のことがあったからだけではないのでしょう? 梅雨時のその、祥子お姉さまとのすれ違いのことをお忘れになっていないのでしょう?」

「ちょっと待って、瞳子ちゃん。あれは、祥子さまを信じきれなかった私が悪いんだし、私は瞳子ちゃんから意地悪をされたなんて思っていない。」
「意地悪をしてたんですっ。あの時、『祥子お姉さまを奪っていった祐巳さま』にあてつけてなかったとは瞳子には言えないんです。」

「あれは終わったこと……」
「終わってませんっ。忘れられないんです。あの時のばかだった瞳子が今になって瞳子を罰するんです。」
「いいえ終わっているの。ねえ、瞳子ちゃん。あの時、祥子さまに会っていきさつを聞く前に私は元気を取り戻して、薔薇の館に戻ったわ。覚えているでしょう?」
「はい。」

「瞳子ちゃんのおかげよ。『だいじなことから目をそらしてへらへらしてる』って、きっつかったけどさあ。ふふふ。そして、一緒に弓子さんと会ったわよね。」
「はい。彩子大叔母さまの姉妹だった方、です。」
「あ、やっぱりそうだったんだ。」
「はい。」

「あの時、お姉さまを信じさせてくれたのはあなたよ。そして祥子さまのいない薔薇の館で私を支えてくれたのはあなたなの。」
「信じられません。私はずっと祐巳さまにつっかかって素直じゃなくてその」
「可愛かったわよ。」
「な!!」

「いつもの言葉遣いを忘れてる瞳子ちゃんもとっても可愛いわ。」
「祐巳さまあぁ」

 かなわない。この人にはきっと、ずっとかなわないんだ。
もう、なにもかもまかせよう。だいじょうぶ。

 教会の扉は開いたままだ。
神父さまのお話が始まっているらしく、声が聞こえてくる。

 顔が熱い。きっとまた真っ赤になってるんだ。くちをぽかんとあけてしまう。
どうして祐巳さまはこうも……。祐巳さまの前だけではこんな風になってしまうんだろう。


−−それでは典礼312番「慈しみ深き」を歌いましょう。みなさん、ご起立ください。
−−”いーつくしみふかーき〜


 いいえ、ここまで来て自分に嘘をついてもしかたありませんわね。

「瞳子ちゃん、あなたは素直で優しい子よ。その女優の仮面の下になにを隠しているの? 今度のカナダ行きもぎりぎりまで隠していた。おうちのこと、関係あるんでしょう。」
「はい、祐巳さま。」
「じゃ、これ、受け取って。そこから先は姉として聞きます。」

「松平瞳子さん。私の妹になってください。」

「お受けします。」
「ありがとう。」

 教会の中、新郎新婦が立ち、神父さまが見える。
そして、マリアさまが慈しみ深く、見守っている。

 そして。祐巳さまがロザリオを私にかけた。



−−では、 マリアさまのこころ をうたいましょう
オルガンの伴奏が始まる。

「瞳子ちゃん、踊ろう!」
「え? え? え?」
「ワルツで踊るの。」
「きゃう。」

 ”マリアさまのこころ それは青空
 ”わたしたちをつつむ ひろい青空

 ”マリアさまのこころ それは樫の木
 ”わたしたちをまもる 強い樫の木

 楽しい。パーティーで踊ったりするの、こんなに楽しいと思ったことはなかった。
このまま曲が終わってしまいませんように……




 え? 令さまと祥子お姉さま、が、踊っている!!!?

 由乃さまと、あれ、パートナーは中等部の子?

 白薔薇さまと乃梨子さん、あーあ、乃梨子さん、あし、踏んでる、踏んでるあああ。

 ”マリアさまのこころ それは山百合
 ”わたしたちもほしい 白い山百合

 わ、教会の中の人たちが気がついた。あー、踊り出しちゃった。
つ、たこさま? カメラを構えながら踊るのは、笙子さんに失礼だと思いますけどって、笙子さん液晶画面見ながら撮ってるわ。で、メモとりながら踊るってどういう技ですか、新聞部姉妹。

 ”マリアさまのこころ それはウグイス
 ”わたしたちとうたう もりのウグイス


 って、椿組みんないるんじゃないの? 敦子さんと美幸さんがふわりふわり。可南子さんがワルツを踊ってる所って想像したこともなかったわ。千草さんと、その、身長差が・・・・・・。


……載るわね、この写真。

 なんか、涙が出てきちゃう。みんなで、踊って、楽しくて、こんなことあの学園祭からずっとなくって……

 ”マリアさまのこころ それはサファイア
 ”私たちを飾る 光るサファイア


 パチパチパチパチ 周りじゅうから拍手。
そして、教会の中からも、参列者や新郎新婦、神父さまも手をたたいている。
みんなにとりかこまれて、背中をたたかれて
そこからわんわん泣いてしまってなにがなんだかわからなくなってきたんだけど

 どうやら全員、教会の中に招き入れられてしまったらしい。






(典礼聖歌 第七編 一般賛歌 「マリアさまのこころ」:
作詞・作曲および著作権者 佐久間 彪:
 著作権は放棄されていませんがカトリック教会より自由な使用が許可されています・・・使い方にもよるのでしょうけれど。
JASRAC(日本音楽著作権協会)データベースで調べたのと教会で聞いてみました。
なお、漢字表記は原詩と変わっています。)


【780】 (記事削除)  (削除済 2005-10-28 12:39:10)


※この記事は削除されました。


【781】 愛だけでは届かない!此処からが新しい夢  (六月 2005-10-29 01:14:48)


(一応)がちゃSレイニーシリーズです。

『身を焦がす未練いっしょに暴走  No.742』からの分岐。
* これはある意味バッドエンドですのでご注意ください。m(_._)m


「結婚式ね。」
「ぎゃう。ゆゆ祐巳さまいきなり抱きつかないでください!」

****************************************
*  ☆ さて、瞳子はどうする?

*    祐巳さまから逃げ出す。
*    じっとしている。
*  >悲鳴を上げ、警察に突き出す。
*    振り向いて、唇を奪う。
*    怪しげな踊りを踊る。
*    白ポンチョミラクルターン。
*    泣き出す。

****************************************

「瞳子ちゃん、私・・・」
「きゃあああああああああああああああああああ!!!」
「と、瞳子ちゃん!?」
「痴漢ですー!だれか!誰か助けてくださーーーーい!!」
「え?あの?え??」
さすがは演劇部期待の星、その声量はすさまじく、あちこちから人が集まって来てしまった。
しかも間が悪いことに自転車を押した警官がこちらに来るではないか。
「こらー!そこっ、何をやっている!」
「ほぇぇぇぇぇ???」
警官に詰め寄られあたふたとしている祐巳の手をかいくぐり、瞳子はその場から一目散に逃げ出した。
「あ、瞳子ちゃ「どこへ行く!何をやっていたのかと聞いているんだ!」
警官に腕を掴まれた祐巳の視界から瞳子の姿は既に消えた後だった。

--------------------------------------------

追いついた薔薇の館の面々の説明で解放された祐巳だったが、今すぐにでも泣き出したい気分だった。
瞳子ちゃんに大切なことも話せなかった。いや、拒絶されてしまったのだ。
リリアンの銀杏並木まで戻った時には歩くのも億劫になり、可南子だけが肩を抱いて一緒に歩いてくれて居るだけだ。
「あぁ・・・もう、駄目だね・・・警察に突き出されるくらい瞳子ちゃんに嫌われてるんだ」
「そ、そんな事ありません、祐巳さま。瞳子さんは不器用なだけなのですよ。
 第一、祐巳さまを嫌う事の出来る人間がどこに居るでしょう?
 そもそもですね・・・・・・」
可南子ちゃんの「祐巳さま賛歌」は10分ほど続いただろうか、俯き落ち込んでいた祐巳も苦笑しつつ元気を取り戻しつつあった。
「ありがとう。こんな私を支えてくれるのは可南子ちゃんだけだよ」
「私はいつでも祐巳さまの味方です。どのようなことであったとしても、祐巳さまのお役にたってみせます」
「そうかぁ・・・」
祐巳は首にかけていたロザリオを外すと、手のひらに乗せじっと見つめた。
このロザリオを欲しがっていたあの子は、もう手の届かないところに行ってしまった。
あの子の心を最後まで分かってやれなかった情けない自分。
そんな自分でも支えてくれる子がいる。その子とならまだやり直せる、今なら。
「瞳子ちゃんに振られたとか嫌われたとか、もうどうでもいいの。
 いつも私の傍に居て私を見て支えてくれる人に妹になって欲しい・・・」
ロザリオを掲げ、可南子ちゃんを見つめる。
「可南子ちゃん、私の妹になって!」
「ゆ、祐巳さま!だめです!一時の感情に流されては。
 私は祐巳さまの妹にはなれないとお話したではないですか」
「分かってる・・・でも、今の私には可南子ちゃんしか居ないの・・・助けて・・・」
「祐巳さま・・・」
今ここで断るのは簡単だ。でも、そうすると多分祐巳は二度と妹をつくろうとしないだろう。
それは薔薇さまとしてたった一人で全校生徒を背負って行くようなものだ。誰の支えもなく・・・。
可南子は思った、これからただ一人ですべてを背負おうとする祐巳を助けたい。
その気持ちに素直に従うことに決めた。
「お受け、します」
祐巳は頷くと可南子の首にロザリオをかけ、そして可南子に縋り付き泣いた。過去を振り払うかのように、ただ泣き続けた。

「祐巳さま、瞳子は」「ダメよ乃梨子、もう、終わってしまったの」
祐巳に近づこうとする乃梨子ちゃんを志摩子さんが押し止どめ、首を横に振った。
瞳子ちゃんと祐巳の関係は終わってしまったのだと。愛だけでは届かない想いがあるのだと。
「そうね、これが瞳子ちゃん自身が選んだ道なのだから。
 これ以上私達が手出ししても、もう・・・」
祥子さまも大きくため息をつくと、遠い秋空をじっと睨みつけるように見つめた。
「結局、私たちがしたことって、全部無駄だったのかな?令ちゃん」
「友達のために良かれと思ってやった事に無駄な事なんか無いよ、たぶん」
もどかしくも絡み合わなかった想いを見やるように、皆でいつまでも空を見上げ立ち尽くすのだった。


翌朝、乃梨子がマリア様の前でお祈りをしていると、後から来た可南子さんが隣に並んだ。
「可南子さん・・・」
彼女の首には瞳子がするはずだった紅薔薇のロザリオがかかっている。
可南子さんはどういう気持ちでそれを受け取ったのか、昨日から考えているけど、私には分からない。
「乃梨子さん、これも一つの運命だったのかも知れません。
 瞳子さんが居ない今、誰かが祐巳さまを支えなければならないのなら、私はただそれを果たすだけです」
「そうか、それも一つの道なのかも知れないね・・・」
可南子さんは自分が瞳子の代わりでもかまわないと云っているんだ。
祐巳さまのためならどんな役でも引き受けるつもりなんだろう。その潔さはかっこ良かった。
それなら、私は友人として、仲間として可南子さんと祐巳さまを応援して行くだけだ。そう心に決めた。

--------------------------------------------

そして私達が教室に入った時、あまりの衝撃に暫く言葉がでなかった。
可南子さんより先に立ち直った私は、そこに居ないはずの誰かに向かって叫んでしまった。
「とうこぉーーー!!なんであんたが居るのよ!?」
「な、何でと言われましても・・・そ、その・・・書類の不手際があって、今年度からの転校が出来なくなってしまったのです。
 それであと一年だけリリアンに通うことになったのですわ。
 まぁ、祐巳さまにも後で昨日のことは謝罪しなければいけませんが」
「なったのですわ、ってそれじゃ済まないのよ瞳子さん!!」
「なんですの可南子さんまで?」
可南子さんは片手を額に当てると天を仰いだ。「Oh, my god」と声が聞こえそうだ。
私は瞳子の胸倉をつかむと指一本の隙間も無い距離まで顔を近づけこう言った。
「瞳子、耳かっぽじって、気をしっかり持って聞きな。
 昨日、あんたに振られた祐巳さまはね、あんたのフォローをしてくれた可南子さんに、ロ・ザ・リ・オを渡したの!
 全部手遅れなのよー!!」
「・・・・・・・・・・・・えぇぇぇぇぇ?!?!」
瞳子の絶叫が震わせる教室に、山口真美さまと高知日出美さんがひょっこりと顔を出した。
「新聞部です。紅薔薇の蕾の妹、細川可南子さんはいらっしゃいますか?」
ほらみろ、もうこれを引っ繰り返すなんて出来ない、というか、これ以上学園を引っ掻き回すなんて無理だ。
「どうするんですか、瞳子さん!今さら祐巳さまにロザリオを突き返すわけにもいかないんですよ!」
「祐巳さ・・・ま・・・」
可南子さんの腕の中にもたれるように倒れかかり、瞳子は気を失った。
まったく、この子はどこまで私達を騒がせば気が済むんだろう・・・。


【782】 月影ミステリアス  (沙貴 2005-10-29 09:48:56)


 見上げた夜空は雲ひとつなく晴れ渡り、その端っこで上弦過ぎの半月が煌々と輝いていた。
 辺りに響くのはりぃりぃ聞こえる虫の声と、それに覆い被さる火薬の音。それに乙女達の歓声。
 ススキは生えていないし月も満月では無いけれど、時折吹き抜ける風の冷たさが秋の到来を告げていた。
 
 現在二条乃梨子らは親しき仲間で連れ合って、宵闇に紛れて花火を楽しんでいる。
 でも一言で花火とは言っても、カラフルに彩られた家族用の花火セットがメインだから、秋の風情があると言うにはちょっと現代的過ぎた。衣装だって皆思い思いの私服だし、”日本の花火”を象徴する浴衣で現れたのは小笠原祥子さまただお一人だった。
 花火の明かりが明滅するのは、別に蛍飛び交う野原でなければ水音が涼しい河原でもない。
 どこにでも有る――と言うと少し失礼だけど、郊外の一般的な一軒家のそれよりは幾分広いとは言え極普通の、支倉令さまと島津由乃さまのお宅のお庭だ。
 
 名実共に住宅街のど真ん中なので、少し視線を飛ばせば家々の窓から漏れる人工の光が目に付く。
 街灯は辺りに何本もあるし、少し歩いて街道に出ればコンビニも傍だ。車の駆動音は少し歩くまでもなく聞こえてくる。
 でも花火と夜闇の合わせ持つ空気はそんな現代パワーをものともせず、”和”と言う独特の風情溢れる空間を現代家屋の合間に形成してくれていた。
 少し時期外れなのはご愛嬌。
 いくら純正カトリックのお嬢様学校に通っている女子高生とは言え、日本人たるもの”和”の心を忘れてはいけない。
 自他共に認める仏像愛好家である乃梨子は、辺りから滲み出る心地良い雰囲気を感じながらそんな事を思って頷いていた。
 
 そんな乃梨子の正面には一つの人影。
 乃梨子がきょろきょろと辺りに散らしていた視線を戻すと、目の前にはその”和”と対極にありそうな容姿と信仰を持ちながらも、”和”に最も近い住居と生まれを持つ藤堂志摩子さま――志摩子さんが居た。
 蹲って向かい合う二人の間、ちろちろと地面で燃える灯りに照らされた志摩子さんの横顔は、今更言うべきことでもないかも知れないけれど、美人だった。
 曖昧な風に揺れる赤い小さな炎が、それに見惚れる志摩子さんの顔を夜の闇から柔らかく浮かび上がらせている。
 それはまるで下方からライトアップされた一枚の絵画。
 日本人離れした顔つきと幻想的な淡い光源のお陰で、そのイメージがより強固なものになって乃梨子の目に焼きついた。
 今日の志摩子さんは長袖の白いTシャツとベージュ色のスラックス。全体的に淡い色彩のコーディネイトが志摩子さんらしいな、って思う。
 
 そして元々闇の中でぼんやりとは浮かぶ白色系の衣装と、絹のような志摩子さんの肌、微風に揺れるふわふわの巻き毛が小さな炎に照らされて微かな陰影に揺れている。
 これはもう、例えそれが100%妹馬鹿であろうと断言しなければならない。
 今、この瞬間、あらゆる意味で世界で一番綺麗なのは志摩子さんなのだと。
 今の志摩子さんに比べればマリアさまは勿論、どんな美人も色褪せてしまうだろう。
 まぁ勿論、それを実際に口にしようものなら、現在少し離れた場所でラブラブ空間を展開し始めた福沢祐巳さまや、通りの向こうで大はしゃぎする声が聞こえる由乃さまから猛烈な反感を食らうだろうから声には出さない。
 でも、それでも思ってしまうのが、それでも(胸中とは言え)断言してしまうのが、妹と言うものなのだ。うん。
 そんな馬鹿なことを思ってしまうくらい、志摩子さんと夜と花火の合わせ技は破壊力が絶大だった。
 
 とは言え。
 志摩子さんを華麗にライトアップする炎の出所がヘビ花火と言うのは正直どーか、ということに関して乃梨子は否定の言葉を持たないのだけれど。
 
「志摩子さん……面白い?」
「ええ、とっても」
 
 実は乃梨子は、未だに志摩子さんのことが掴みきれていない。
 
 
 〜 〜 〜
 
 
 実は志摩子は、未だに乃梨子のことが掴みきれていない。
 
 もっとも、山百合会幹部内に限らずリリアン女学園内で最も乃梨子のことを理解しているのは志摩子であろう。
 その自覚はあるし自信もあった。もしそれが覆されようものなら、志摩子は間違いなく寝込んでしまう。
 とは言え、幸運にも今のところリリアンかわら版に「激白! これが白薔薇のつぼみの全てだ!」なんて見出しが躍る計画はないようなので、当分その地位が揺るがされることはない筈だ。
 乃梨子を庇護し、導き、覆い包むのは姉である志摩子の特権。
 それは絶対に揺るがない事実だが、でも、それと乃梨子の全てを知って理解しているのかと言えばそうでもない。
 乃梨子はそんなに底の浅い人間ではないのだから。
 
 その全ては乃梨子は頭が良いと言う事実に集約された。
 古い話だが、新入生代表で挨拶をしたと言うことからもそれは推し量れる。それに学力が高いということは勿論だが、それ以上に乃梨子の”頭の良さ”は別のところに出ていると志摩子は踏んでいた。
 仏教を信仰している訳ではない、けれど古き造詣の込められた仏像に美と素晴らしさを見出していると明言する乃梨子は、それを口にするだけの知識と経験を持っている。
 それは天性の才などでは決してない、乃梨子が自分の意思で努力をして勝ち取った功績だ。苦心して手に入れた何物にも換えがたい、それこそ志摩子の信仰心に匹敵するほど尊く形のない何かだ。
 それを手にしている。更に新しいものを、良いものを手にしようと努力し、実践している。
 即ち、乃梨子は自分にとって何が価値があるものなのか、何が必要なものなのかを考え、しっかりと理解しているに他ならない。
 それを一言で表現する場合に、志摩子は”頭が良い”以外の言葉を知らなかった。
 
 その分乃梨子は早すぎる思考の回転が災いするのか、時々暴走するように考えを迷走させる事がある。
 そんな時は決まって大仰な身振り手振りと共に早口になるのですぐ判った。
 いつもはすっと心の奥底まで染み込むような視線を投げてくるのに、その時ばかりはまともに志摩子の目を見ることが無いし、上気した頬はああ、やっぱり乃梨子は一つ年下なのだなと知らず思えてしまうくらいに可愛い。
 姉馬鹿だと詰られても良いから、頭が良くて可愛くて、それで志摩子を好きでいてくれる乃梨子は最高の妹なのだと大手を振って自慢したい。
 しかしそんな事をすれば姉馬鹿の年季が違う令さまや、梅雨を越えて以降薔薇の館やそれ以外の場所で度々祐巳さんと衝突しながらも、最後には必ず微笑んで締め括られている祥子さまから烈火の如き反論を受けるだろう。
 だからそんな命知らずなことはしないけれど。
 
 そこまで考えて、ふと思った。
 見詰める柔らかな炎の中に、薔薇の館でエキサイトする祐巳さんと祥子さまの姿がおぼろげに浮かび上がる。
 考えてみれば、志摩子は乃梨子とただの一度でも、そのような口論らしきものをしたことがあっただろうか?
 だからこそ、乃梨子の深い思考や奥底の考えに手が届いていないのではないか――?
 
「志摩子さん……面白い?」
 地味に燃える花火を見詰め続ける志摩子に、困ったような顔の乃梨子が問う。
「ええ、とっても」
 志摩子が答えると、やっぱり乃梨子は困った顔のままだったけれど、それ以上言葉は続くことは無かった。
 
 決してその沈黙が不快だった訳じゃない。一緒に居られるというその事が志摩子にとって最大に重要なことだから。
 でも、その少し前にぶつかり合いながらも絆をより強くしてゆくお二人の幻視を見てしまった志摩子は、ほんの少しだけ。
 踏み込んでこない乃梨子に寂しいと思う気持ちを隠せなかった。
 
 
 〜 〜 〜
 
 
 皆で花火を行った翌日、土曜日の放課後。
 薔薇の館で偶然にも二人きりになった祐巳さんに相談すると、祐巳さんは人懐っこく笑った。
「コツなんて、私の方が知りたいよ。志摩子さん、言っておくけどお姉さまと言いあうのって気力も体力も結構いるんだから」
 そう言って心底疲れた風に肩を落とす祐巳さんのお気持ちはごもっとも。
 でもその理由の半分くらいはお姉さまが祥子さまであるという事実に端を発している気がするけれど、志摩子は敢えてそこには突っ込まないでいた。
「けれど由乃さんが言っていたのだけれど、祐巳さんと祥子さまの掛け合いはじゃれ合っているだけなんだって。それなら本当に嫌だ、とか。悩みながら喧嘩しているわけでは無いのでしょう?」
 志摩子がそういうと、祐巳さんは判りやすく顔を顰めて「それは、そうだけど」と呟いた。
 
 他の人が来るまでの小休止。志摩子と祐巳さんの間におかれた紅茶が立てる湯気が、残暑の厳しいサロンで緩やかに立ち上る。
「確かに、本当に心から嫌だって思いながら言い合ってる訳じゃないよ。何て言うのかな、私が何を言っても大丈夫だって思ってるから、思いついた事をそのまま言ってるって部分があるの」
 志摩子が無言で頷くと、祐巳さんはカップに指を掛けながら続けた。
「だからね、多分それだけなんだと思うよ」
 しかし祐巳さんのその一言は、中々に難題だった。
 何度か自分の中で咀嚼して消化しようとするものの、その言葉は受け取った志摩子の胸の内で燻るだけで、一向に形を変えようとはしない。
 
 苦しむ志摩子に気付いてくれたのか、祐巳さんが慌てたように言う。
「そ、そんなに難しく考えないで。単純に思った事を言っているだけなんだ、ってば。ただ私達の場合はお姉さまが”ああ”だから」
 祐巳さんの言いたいことはそれで大体判った。
 喧嘩腰になりたくてなっている訳じゃないけれど、祥子さまの気性が激しいから自然とヒートアップしてしまう、ということだ。
 でもそれなら。
「じゃあ私達の場合は、どう転んでも”ああ”はならないということなのかしら」
 
 志摩子が漏らすようにそう呟くと、祐巳さんは言った。
「”ああ”なる必要があるなら、なるんじゃないかな。必要がないならならないよ。だって必要ないんだもの」
 単純で当たり前の事を言ってくれたその言葉は、だからこそ志摩子の胸に突き刺さる。
 
 必要かそうで無いか。
 単純で簡単なようなその二択は、言葉とは裏腹に酷く深く難解なものに思えた。
 
 
 〜 〜 〜
 
 
 艶やかに色づいた銀杏並木を行く陰が二つ。
 人肌に漸う感じられる程度の微風に振り落ちる銀杏の中を、乃梨子は由乃さまと共に歩いていた。
 目指すは薔薇の館、学園祭を控えた今では部活で忙しい由乃さまも可能な限り山百合会の活動に参加する事を余儀なくされている。
 令さまは三年生で引退試合も近い。
 山百合会の雑務は少しでも多く由乃さまが引き受けるから令さまには練習に専念して欲しい、と言う意志が無言のうちに働いているのだろうか、最近の令さまと由乃さまでは薔薇の館への顔出し頻度が明らかに後者へ偏っていた。
 山百合会幹部内で最も感情的な由乃さまが不満顔を一切しないところを見ると、やはりそう言った意志が介在している可能性は高い。
 その結果一年生だから欠かさず山百合会の活動に参加し、お姉さま方が来られる前にお茶の準備をしようと張り切る乃梨子と、由乃さまが単独でエンカウントする確率はここ最近で飛躍的に高まっていた。
 
 掃除当番で少し遅れてしまった今日は、もう志摩子さんも薔薇の館に居るだろうなぁ。
 お茶が用意できなくて残念だなぁ、と割と真剣に悔やむ乃梨子が昇降口を出るのを見計らったように、偶然にも見覚えのあるお下げ髪が眼前を通過する。
「由乃さま」
 乃梨子がそう声を掛けると、由乃さまはゆっくり振り返って「乃梨子ちゃん。ごきげんよう」といって微笑んだ。
 下校時間なので昇降口には多くの生徒がごった返していたが、黄薔薇のつぼみの微笑にその半数以上が動きを止める。乃梨子の背後では露骨に「きゃあ」なんて悲鳴まで聞こえた。
「ごきげんよう」
 軽やかに挨拶を交わし、乃梨子は由乃さまに連れ添うようにして薔薇の館に向かう。
 歩き始めて十歩以上経ってから、やっと昇降口付近の空気が解凍されたのを乃梨子は背中で感じ取った。
 
 この辺りが同じつぼみでありながらも、自分と由乃さまの違いだなぁと乃梨子はふと思う。
 そもそも今でこそ同格のつぼみだが、来年になれば由乃さまは黄薔薇さま。乃梨子はそのまま白薔薇のつぼみ。
 生徒の人気に格差があることはある意味で当然だ。
 乃梨子が誰かに挨拶してもこんな反応には先ずならない。
 悔しいとかそう言う事では全く無くて、単純に、由乃さまはやはり上級生なのだなと再確認する。
 
 再確認したところで薔薇の館への道すがら、乃梨子は聞いてみた。
「姉妹関係のコツって何だと思われますか?」
 って。
 
 
 由乃さまは笑った。
 それは笑った。
 ほんの数秒前に”やっぱり由乃さまは上級生だ”とか、砕いて言うと”凄いなぁ”とか、思った事を全部無かったことにしたくなるくらい笑った。
「乃梨子ちゃん、何の冗談? 一番聞かれる筈のない質問を一番聞く筈のない人間から聞いた気がするわ」
 そう、大口を開けて笑った由乃さまには流石に腹が立ち、乃梨子は「何も笑うことは無いじゃないですか」と不快感を露に抗議すると、由乃さまは不意に笑うのを止めて仰った。
「何が切っ掛けで悩んでいるのかは知らないけどそれは意味の無い質問よ、コツなんてある訳がないわ。ああ、もしかして去年のベスト・スール賞?」
 隣(半歩先)を歩きながら振り返って言う由乃さまは楽しげに笑っていたけれど、公私を問わず長く妹の由乃さまから”コツなんてある訳ない”と断言されるとは予想していなかった乃梨子は驚いた。
 返答に窮していると由乃さまはそれを肯定と受け取ったのか、話を続ける。
「あれはね、というより他人から与えられる賞全般に言えると思うんだけれど。ただのまやかしよ、他人は外側からしか本人を見れないんだし、姉妹とかの人付き合いって外側からじゃ殆ど何も見えないもの」
 
 乃梨子は額に皺を寄せて、由乃さまの言葉を少し考えて、更に噛み砕いて言いなおした。
「つまり、姉妹関係のコツは当事者の二人にしか判らないと?」
 由乃さまは振り返りもせずに「と言うより」と前置きして仰る。
「姉妹関係といっても結局は一対一。聞いたこと無いかしら、姉妹の契りは結婚と同じ。姉妹の破局は離婚と同じ」
 それは乃梨子にとって聞いた事のない例えだった。
 結婚、破局って。正しくリリアンかわら版が喜んでつけそうな煽り文句だ。
 しかしそれは、乃梨子も人伝程度に知っているリリアン高等部で昨年巻き起こった一大センセーション、黄薔薇革命の張本人が口にするには重みがあるのだか無いのだか判らない言葉だった。
 額面通りに受け取るなら、由乃さまは令さまに離婚届と結婚届と叩きつけたことになるのだし。
「結婚するのも離婚するのも、結局は本人の問題でしょう? 子供が居るなら話は別だけど、姉妹関係にそれはないし。本人同士が”良い”と思うことが正解だし、そうでない部分は相談したり喧嘩したりしてルールを決めていけば良いの」
 
 「もっとも」、と付け加えた由乃さまは笑う。
「私とお姉さまは特殊だから。何にせよ参考にはならないわね」
 
 それこそ、ごもっともだと乃梨子は思った。
 
 
 〜 〜 〜
 
 
 その日の晩。土曜日だと言うのに遅くまで仕事をしていた白薔薇姉妹が薔薇の館に施錠をして、銀杏並木に足を踏み入れた時には辺りはどっぷりと夜の闇に包まれていた。
 たわわに茂った銀杏の枝条から差し込む月明りが綺麗で、煉瓦造りの並木道に落ちる月影が幻想的。
 閉校時間を大きく過ごした時間帯のリリアン敷地内に人の気配は殆どない。
 勿論シスターや警備の方々は居られるのだろうけれど、志摩子が乃梨子と二人きりと言う空間に思いを馳せられるくらいには辺りは静寂に満ちていた。
 すぐ隣を歩く乃梨子の横顔はいつもの通り凛々しい。
 乃梨子の顔なれば見ずともほぼ完璧に脳裏で再現できる志摩子だが、しかしその横顔は志摩子の知る限り、何かに悩んでいる顔だった。
 小さな悩み、大きな悩みとあるだろうけれどそこまでは当然志摩子には判らない。
 そしてそれを無理矢理にまで聞き出す、ような真似は志摩子に出来ない。
 かと言って無為に看過することもまた、出来ない。
 気になるけれど、どこまで踏み込んで良いのかが志摩子に判定出来なかった。
 
 志摩子は溜息を一つ落とした。
 この葛藤が。
 一歩踏み出せない悩みこそが、祐巳さんの言っていた”必要か否か”の境目なのに。
 祐巳さんは、本当に必要ならそう願わなくても勝手に一歩踏み出すものだと言った。
 にも関わらず今もって志摩子は乃梨子に対して踏み出せないでいるなら、それは必要でない踏み込みなのだろうか。
 胸を突く寂しいと言う感情は不要なそれなのだろうか。
 
「志摩子さん、今日ね、由乃さまと話した」
 
 そんな志摩子を見透かしたように、不意に乃梨子は口を開いた。
 薔薇の館で作業している際に、「ブラスバンド部の演目は何だっけ?」「来週頭に申請書を提出する、と言うことで先延ばしになっています」と言った感じのやりとりが数度あったことは志摩子も知っているが、今更改まって言うということでは無いだろう。
 恐らく、それ以外の何かを、乃梨子は由乃さんと薔薇の館以外の場所で話したのだ。
 乃梨子は謳うように呟いた。
「難しいね、姉妹って」
 
 志摩子は言葉を失う。
 その悩みは。
 その言葉は。
 何故、乃梨子が。
 頭の中をそんなぶつ切りの疑問が飛び交う中、乃梨子は続ける。
「いや、って言っても志摩子さんとの姉妹関係がわからなくなったとかそんなのじゃなくて。そんなのじゃ全然なくて。何て言うのかな、私、志摩子さんともう半年近く一緒にいるのに志摩子さんのことがまだまだ判ってないなって思ってさ。ううん、そんな簡単に判っちゃうくらい志摩子さんが単純な訳はないんだけど」
 あ、拙い、と志摩子が思った時には乃梨子の口はもう滑らかに動き始めていた。
「志摩子さんのことをちゃんと判ってるのかな、って。私。ちゃんと判らないと姉妹関係が成り立たないってまでは思わないけど、でもそれでも、志摩子さんの例えば好きなこととか、好きなものとか。まだまだ知らないんじゃないかなって思って。私本当に、志摩子さんの全部を好きで居られているのかなって」
「乃梨子!」
 こういう場合は早めに止めないといけない。
 止めるには大声で名前を呼べばいい、と言うことを志摩子は知っている。そして思惑通り、呼んだ瞬間乃梨子は口を噤んだ。
 
 もうそれだけで、志摩子は殆ど全てを理解してしまった。
 
 自分の迷い。乃梨子の悩み。祐巳さんの言葉。由乃さんの多分助言。
 姉妹関係はきっと、お互いを分かり合うだけが全てではないのだ。
 例えば今の志摩子と乃梨子のように、馬鹿らしくも全く同じ悩みで頭を抱えることも十二分に”繋がり”と言えるのではないか。
 その証拠に、今なら志摩子は乃梨子の胸中が手に取るように判る。
 そしてこれから話せばきっと乃梨子も志摩子の胸の内をイヤと言うほど知れるだろう。
 それはきっと世界で志摩子と乃梨子だけが結びつく強固な一本の糸だ。
 
『”ああ”なる必要があるなら、なるんじゃないかな。必要がないならならないよ。だって必要ないんだもの』
 
 祐巳さんの言葉が脳裏で木霊する。
 志摩子は思った。
(つまり、私達にはやっぱり必要ではなかったのね)
 それはとても幸せな結論に思えた。
 
 
 〜 〜 〜
 
 
 大声で名前を呼んだ志摩子さんは、喋りを止めた乃梨子を満足そうな目で見詰めた。
 月明りに照らされたその姿はいつぞやの花火の時に勝るとも劣らない美しさだったけれど、それよりも、柔らかく――それこそ幸せそうに笑う志摩子さんの笑みが胸に刺さる。
 何故、そんな嬉しそうに笑えるのだろう、って。
 乃梨子は本当に悩んで、志摩子さんの事をもっと知りたいって思っているのに。
 志摩子さんと乃梨子は同じ考えじゃなかったのだろうか。そう考えるだけで、胸が締められるように痛んだ。
 
 でも志摩子さんは再びゆっくり歩き始めながら言った。
 いつの間にか足を止めていた乃梨子もそれに続く。
「私もね、同じ事を考えていたわ。乃梨子のことをもっと知りたいって。私は乃梨子のことをまだまだ、本当は知っていないんじゃないかって」
 月影の落ちる銀杏並木に志摩子さんの声が響いた。
 でもそれは意味がない悩みだ、と乃梨子は自分の事を棚に上げて思う。
 乃梨子は結構我が強い方だと自覚しているし、思ったことは割とそのまま口に出る。その結果”あの”祥子さまと衝突することすらあるのだから、結構判りやすい性格なんじゃないかと思っているから。
 
 そこまで考えて。
「ああ」
 そこまで考えて、乃梨子は理解した。
 それはきっと、乃梨子のことではなくて。乃梨子だけのことではなくて。
「私は春以来、悩みでも何でも余り溜め込もうとはしていないつもりなのだけれど、乃梨子は頭が良いから私の知らないところで色々考えていたり、私とは違うことを感じ取っていたりするんじゃないか、ってね」
 自分は判りやすい筈だけど、相手のことが良く判らない。
 どこかエゴ染みたそんな考えを二人揃って持っていたのだ。
 同じ悩みを同じタイミングで抱えていたのだ。
 それは多分に偶然なのだろうけど、何故だか乃梨子は急に可笑しくなって苦笑う。
 
 志摩子さんもそれを見越していたかのように笑って、言った。
「だからね、私達はきっと一緒なのよ。悩むことも。考えることも」
 それは不思議なほど心に染み入る言葉だった。
 思わず泣きたくなるくらいに自信満々に言い切られた確信だった。
 
 勿論普通に考えればそんな事は有り得ない。
 私、二条乃梨子と藤堂志摩子は別の人間だから。悩むことも考えることも全くの別物だ。
 
 でも。
「うん。そうだね、志摩子さん。きっとそうだよ」
 それを何の根拠も無く信じることが出来るくらい、月影に躍る志摩子さんの笑みは綺麗だったし。
 月明りをすり抜けるように届いた志摩子さんの声は澄んでいたから。
 乃梨子はそれを何の根拠も無く信じた。胸を包んでいたもやもやした何かが、一陣の風に吹かれるようにして消えるのを感じた。
 
 それはきっと、月光に包まれた銀杏並木で掛けられた志摩子さんの魔法で。
 そしてきっと、月影に彩られた煉瓦並木で掛けた乃梨子の魔法だった。
 世界で只一人、乃梨子と志摩子さんにだけ掛かる。
 目先の迷いに気を取られて見えなくなるところだった乃梨子らの目を覚ましてくれた、不思議な魔法。
 
 
 乃梨子は一歩進んで、空いていた志摩子さんとの隙間を埋めた。
 それだけでこんなにも近くに居る事を感じられる。
 志摩子さんの言う通り、悩むことも考えることも一切の打ち合わせ無しで同じになるのなら。
 後はこうして、物理的に一歩踏み出すだけで良かったのだ。
 心はもうとっくに繋がっていたのだから。
 不満があるなら近寄れば良い。たったそれだけのことだったのだ。
 
「さあ、早くマリアさまにお祈りして帰りましょう」
 そう言ってくるりと踵を返す志摩子さんに、乃梨子は「うん!」と元気良く返事をすると同時に、胸中で『ありがとう志摩子さん』って思った。
 不安を拭ってくれて。
 優しい言葉を掛けてくれて。
 
 振り返った志摩子さんはもう一度はっきり笑ってくれたから。
 月影に照らされたその微笑みは本当に神秘的で、乃梨子にとって見えない絆を再確認する最高の微笑だった。
 
 
 降り頻る月明りの中を歩く二人を、遠くマリアさまが見詰めていた。


【783】 よりそう約束踏み出した一歩  (8人目 2005-10-29 18:54:21)


『がちゃSレイニー』

     †     †     †

「瞳子ちゃん」
「な、なんでしょうか。祐巳さま」
「このまま、お話して良い?」

 祐巳さまの膝枕。この体勢はかなり恥ずかしいが、祐巳さまの悲しそうな、それでいて真剣な目に説得されてしまう。

「…しかた、ありませんわね」

 私はふいと横を向く。先ほどの夢のこともあり、まともに祐巳さまを見られない。

「瞳子ちゃんが、うなされてたの。私に『妹なんていませんよね?』って。それと、『助けて』って」
「えっ?! そ、そんなことはありませ―――」
「もう隠さないで瞳子!! もう、嘘はつかないで。私から、逃げないで、お願い、だから」
「!!」

 ぽたぽたとスクールコートに落ちる祐巳さまの涙。震えているのが伝わる。
 な、泣かせてしまいました。参りました、あぁどうすればいいのでしょう。

「瞳子ちゃんの苦しそうな寝顔を見て、それを聞いてすごく悲しかった。私のせいだって思った。だから」
「祐巳さま…」
「お願い…」

 祐巳さまにそんな顔でお願いされてしまうと、何も言えなくなる。
 それに、それは図星だった。自らの弱い心を守るため、いつも自分自身をも、ごまかしていたのだから自業自得だろう。そのことを気付かれて、結果的に祐巳さまを傷つけることになってしまった。

「はぁ、年貢の納め時ですわね。わかりました、もう祐巳さまから逃げたりいたしません」
「…ありがとう。約束、ね?」
「は、い」

 それで、いったい何を言われるのだろうか。しばらく沈黙が続いて、祐巳さまが話し始めた。

「あの、ね。包み隠さず正直に話し合うことは、お互いにとって凄く辛いことになるかもしれない。でも、それを乗り越えないといけないと思うんだ」
「どういうことですか?」

(祐巳さまは相変わらずですわね)
 自分の身を守るためには、それを簡単に出来ない。
 ドロドロとした嫌な人間関係、相手の心を探りあう会話。周りはみんな敵になりうる世界。
 相手から一歩どころか二歩でも離れていないと危険。私はそんな中で育ってきた。

「それができるのは、お互いを信頼するってことでしょ? 感情的になって、もし酷いことを言ってしまっても、冷静になって反省して素直に謝り続ければ、きっと許してもらえる。正しいことならしっかり説明すればいいの。好きな相手とは、それを繰り返して、もっと仲良くなっていくんじゃないのかな。
 怖がって何も話さなければ、何も伝わらないし何も進まないの。もちろん言わなくていい余計な一言っていうのは言わないほうが良いけれど。えっと、先輩からの受け売りなんだけれど」
「………」

(やっぱり祐巳さまって、おめでたいですわ。でも…)

「この前の話、瞳子ちゃんは私の妹になりたいと思ったのよね?」
「いえ。あ、はい。そ、そうですわ。でもそれは―――」
「私はまだ、はっきりと返事をしていないでしょう? 瞳子ちゃんを振ったわけじゃないの」
「!」

 そうだった。わかってもらえなくて悲しくて、途中で逃げ出したのは私。
 最後まで話し合うべきだったのだ。そうすれば、ここまでこじれることはなかった。
 祐巳さまだけが悪いのではない。私は祐巳さまを信じきれなかったのだから。

「あの時のことは私の勘違いだったと、休んでいた間よく考えて反省したわ。悪かったって。瞳子ちゃんのこと信じてあげられなくて、本当にごめんなさい」
「もう、いいですわ。解かって頂けたのなら」

 妹は一人もいないと先ほどしっかりと聞いた。
(そ、それではもしかして、祐巳さまは私を?)

「でもね。でもそれが解かっただけじゃ、瞳子ちゃんを妹に出来ないの」
「な! …何故ですの?」

 振り向いて“キッ”と祐巳さまを見るが、この体勢では迫力不足もいいところ。
 一気に奈落の底へ落とされてしまった。またいつもの性格が顔を覗かせそうになる。でも約束したのだ、もう逃げないと。だから頑張って続きを聞くしかない。

「まだ大事なことが、いくつか残っているから」
「大事なこと?」
「瞳子ちゃんは私にまだ何か隠してる気がする。私に言いそびれたこと、聞けないことあるでしょ? 私にもね瞳子ちゃんに言わなかったこと、聞きたいことがあるから」
「もう何も隠してなどいませんわ。全部あの時に言いましたから。それを聞いて祐巳さまは勘違いなさったのでしょう?」
「それは夏休み以降のことでしょ。私が言いたいのはその前なの。あの梅雨の頃」
「!!」

 それは心に封印してしまった誰にも言えないこと。慌てて飛び起きる。が、約束を思い出して、静かに祐巳さまの傍に座りなおす。祐巳さまは動かなかった。
 それを抱えているのが辛かった。白薔薇さまには少し話してしまったけれど、本当にさわりだけ。全部じゃない。
 私はコートをぎゅっと抱きしめた。あったかなこのコートは祐巳さまの優しさだから。
 祐巳さまはロサ・キネンシスを真剣な目つきで見つめながら続ける。

「あの頃、私は瞳子ちゃんに嫉妬していたの。焼き餅をやいたのよ。祥子さまのことを祥子お姉さまと呼ぶ貴方に」
「そ、それは」

 祐巳さまの口調が変わった。全てを吐き出すように、ゆっくりと話す。

「祥子さまは毎週、遊園地デートの約束を私としてくれていたの。でも祥子さまは、それを毎週キャンセルして、私から離れていった。それなのに祥子さまは、貴方といつも一緒に居るの。
 内緒話をしていたのを、ずっと私は見ていた。貴方が祥子さまとドライブに行く話も聞こえたわ。いつも祥子さまは上の空で、聞いても何も話してくれなかった。そしてデートの約束もしてもらえなくなったの」

「ある時薔薇の館で、我慢できずに祥子さまに想いを打ち明けたの。ずっと延期されてきたデートの次の約束をしてくださいって。夏でも秋でも、いつになっても良かったのよ。
 でもその時、貴方の呼ぶ声が聞こえて、私は思わず『私より瞳子ちゃんの方を選ぶんですね』ってすがりついたの。でも、祥子さまは怒って貴方と出て行ってしまわれた」

「………」

「次の日、大切な、本当に大切な傘を無くしたの。それが祥子さまと重なって、家で随分と泣いたわ。
 それでもその次の日、勇気を出して祥子さまに謝ろうって。電話をかけたけれど柏木さんが出て、三人でドライブに行ったと聞かされた。その時に、首からロザリオを外したの。
 祥子さまに嫌われてしまったんだって、もう疲れてしまったの…。あとは貴方の知っている通り」

「あの後ね、いろんな人に支えてもらって、嫌われてても祥子さまを好きでいようって頑張ったんだけど。
 本当の私はね、すごく弱いの。今は祥子さまと言い合ったりできる様になったけれど。それでもね」

「………」
「と、瞳子ちゃん?!」

(涙、止まらない)

 最初、大好きな祥子お姉さまの妹になった祐巳さまを、ちょっと意地悪してあげようと思ったことは間違いない。祥子お姉さまに相応しい方なのか、試したと言ってもいいだろうか。
 彩子お祖母さまのことは口止めされていたので仕方がないけれど。祥子お姉さまに甘えて、ベッタリ引っ付いていたのは間違いないのだから。

 何も事情を知らずに、二ヶ月近くもそんな目にあっていたら、私ならすぐに音を上げて挫けるだろう。いつもみたいに、うち捨てているかもしれない。私は祐巳さまの立場になって考えることを疎かにしていたのだ。
 祐巳さまが雨の中を走っていかれた日。帰りに彩子お祖母さまのことを祐巳さまにお話すると、祥子お姉さまから聞かされた時には、もう遅かったのだ。それなのに私は祐巳さまに対してなんてことを…。

「うぐっ、ゆ、祐巳さま、ごめんなさいっ」
「………」

 祐巳さまが私を抱き寄せた。そして私が落ち着くまで、しばらくの間沈黙が続く。

「あの時は、祐巳さまのことを考えずにずいぶんと酷いことを。本当に、本当にごめんなさい」
「やっぱり瞳子ちゃんにもあるのね。それで、私に色々隠し事をしたまま、私の妹になるつもりだったの?」
「それは…」

 さきほどまでの真剣な表情と違って微笑んでいる祐巳さまは、いつもの口調に戻っていた。でも、

「瞳子ちゃんは、さっき約束したよね? 全部言いなさい」

 なんてその顔で言われたら、瞳子は絶対逃げられないのですけれど。


【784】 ついうっかり  (朝生行幸 2005-10-29 21:32:17)


『あぎゃー!!!』
 リリアンに通う乙女らしからぬ絶叫が二つ、同時に松組に轟いた。
 叫び声をあげたのは、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳と、写真部のエース武嶋蔦子の二人。
『ど、どうしたの?』
 これまた同時に、二人にそれぞれ別々に問い掛けたのは、黄薔薇のつぼみ島津由乃と、新聞部部長山口真美だった。
『ポンチョ忘れた…』
 力なく呟いた二人を、クラスメイトは呆れた表情で見るだけだった。

「くっ、私としたことが…」
「ちょっと蔦子さん、もう少しゆっくり歩いてもらえない?」
「あ、ゴメン」

「あー、やっちゃった…」
「ほら祐巳さん、ちゃっちゃと歩く」
「う、ゴメン」

 今日はリリアン女学園高等部二年生の、健康診断日だった。
 施設への移動や診察のために、制服の代わりに身に纏うポンチョ。
 それをうっかり忘れてしまった祐巳と蔦子は、それぞれ由乃と真美のポンチョに入れてもらい、現在移動の真っ最中だった。

「だーかーら、蔦子さん、貴女のペースで歩かないでよ。私はそんなに早足じゃないんだから」
 真美の背中にピッタリ張り付いた状態の蔦子、つい癖で早足になるので、真美を背中から無理矢理押し出してしまうのだった。
「そんなこと言ったって、癖ってなかなか抜けないものへれ…?」
「私のペースに合わせるだけでしょ?何も難しくないってば」
 蔦子は、真美より背が高い。
 真美の頭頂部が、ちょうど蔦子の鼻の頭ぐらい。
 真美の髪が蔦子の鼻をくすぐるので、語尾がたまに変な音になる。
 悪態を吐きながらも、顔が赤い真美。
 なんせ背中には、結構肉感的な蔦子が密着状態。
 体温と感触がダイレクトに伝わるので、照れくさいような気持ちいいような。

「だーかーら、祐巳さん、もうちょっと早く歩かないと、どっちも見えちゃうよ?」
 祐巳に後から張り付かれた状態の由乃、ついつい早足で歩いてしまうため、ゆっくり歩く祐巳と離れてしまいそうになる。
「そんなこと言ったって、由乃さんが早く歩き過ぎなんだよ?」
「そんなに早く歩いていないわよ。祐巳さんが遅過ぎるだけよ」
 祐巳は、由乃よりほんの少しだけ背が高い。
 実際の差は、1〜2cmってところだ。
 密着していると、祐巳は前が見えないので、由乃の右肩に顎を乗せて歩く。
 体温が平均より低い由乃、平均より高い祐巳の体温を背中でダイレクトに感じつつ、耳にも祐巳の吐息が当たる。
 その為か、由乃の顔が若干赤くなっていた。

『それじゃ、リズムに合わせて』
 数メートル離れて、同時にイチニイチニと歩き出す。
 まるで二人三脚だった。
 隣同士並んだ祐由と蔦真が、互いに見合わせ微笑を交わすと、周りの失笑を買いつつも、先を争いだした。
 イチニイチニ、イチニイチニ。

 ついつい熱中してしまった両者、そのおかげで目的地を行き過ぎてしまったのは、当然の成り行きと言うべきか…。


【785】 奇跡を呼んで行き当たりばったり生報告  (ケテル・ウィスパー 2005-10-30 08:39:30)


No.767 の続きです。

「呼ばれなくても参上します学園七不思議探検隊ですわ」
「今さらだと思うんだけど ”学園の七不思議”って、ネタ的に旬を過ぎちゃってない?」
「いいのです! 七不思議は永遠に仏滅ですわ!」
「いやそれじゃあダメでしょ」
「で、乃梨子さんも納得したところで…」
「納得してないって」
「今回は ”音楽室の怪”ですわ!」
「っとに、リリアンの防犯対策はどうなってんのよ? こんだけ大声上げてて守衛の一人も来ないなんて……」
「それには大変な事情があるのですわ」
「なによ? まさか札束切ったんじゃないでしょうね」
「そんな事はしていませんわ。 差し入れに特性ジュースをお持ちしただけですわ」
「………睡眠薬盛ったの?!」
「……音楽室の七不思議と言えば、定番の目が動く肖像画ですわね」
「お〜〜い瞳〜子〜〜、ちょっと私の目を見て説明してくれない?」
「このドアを開けますと! 肖像画がギロッっと睨んでくれるわけですわ!!」
「だから瞳子、何やったのか釈明してみなさいよ」
「さあっ、開けますわよ〜〜。 乃梨子さん準備はよろしいですわね」
「……はぁ〜、っとにも〜。 開けるのやめときな、前みたいに取り憑かれたく無かったらね。 今そこマジでやばいよ」
「……マジでやばいんですの?」
「私は平気だけどね。 音楽室の端っこの所に霊道がかかってるね、そこからあぶれて来たのが溜まってるから。 性質が悪いのが多いかな? 瞳子だと一発で憑かれるね」
「だ、だって。 昼間はここで授業を受けているんですのよ……」
「昼間と夜の顔が違う場所なんてどこにだってあるよ。 学校は顕著に出るね、あ〜あと神社とか、島原の原城もそうらしいね」
「の、乃梨子さんこのままではレポートできませんわ。 何とかできませんの?」
「私が何とかしちゃったらその瞬間にここは七不思議から外れるけど……いいの?」
「……う…うぅぅぅ。 そんなのダメですわ……た、たとえこの身が果てようと……」
「ちょ、ちょっと…瞳子?」
「ほ、骨は拾ってくださいませ乃梨子さん!」
「暴走すんなって瞳子!」
「いきますわ〜〜〜〜〜〜〜(ガラガラッ〜)……………………(チラッ)………な、なにも……なにも見えませんわ………ね……。 なんとも無いではありませんか乃梨子さん」
「………瞳子の体質がここまでとは、とんでもないヤツよね……」
「え? なんですの乃梨子さん、私を脅しておいてなんとも無いではありませんか」
「ええそうね、脅すようなことは言ったわね。 今ここには一体の霊体もいないわ、全部瞳子が背負い込んじゃったから……」
「……え? ……ええ? ……えええええええ〜〜??!!」 
「私が手をだすまでも無かったか、瞳子が学校の七不思議の一つをつぶしました」
「そ、そんな。 わ、わたくしそのようなつもりでは…」
「一時的だけどね」
「へ?」
「その祐巳さまみたいな受け答え……紅薔薇の伝統にする気なの?」
「ゆ、祐巳さまは、か、か〜〜か〜関係ありませんわ〜」
「さ〜〜て、この場合どうしたらいいんだろ? 除霊か浄霊か……どっちがいいかな〜」
「あの乃梨子さん、聞いておられますか? ここでは祐巳さまも紅薔薇の伝統もまったく関係ないのですわよ」
「あ〜、そうか、話し通してないから、このままここでやるのはまずいか……話し付けておいた方がいいかな?」
「乃梨子さん、乃梨子さん! 聞いていらっしゃいますか? もしも〜〜〜し!!」
「瞳子、あんた自分に憑いた不成仏霊と祐巳さまの話とどっちが大事なの?」

                         〜〜〜〜〜〜  続く…… 〜〜


【786】 (記事削除)  (削除済 2005-10-31 00:30:43)


※この記事は削除されました。


【787】 切れ味鋭い名探偵  (柊雅史 2005-10-31 01:14:21)


某月某日、一年生の健康診断の日。
事件は、一年椿組で起こった。

「あ、あれ? ポンチョがない……」

今朝は朝食を抜いただとか、昨日は寝る前にバストアップ体操を3時間ぶっ通しでやっただとか、最後の無意味な抵抗で盛り上がる教室内で、鞄を手に呆然と呟いた少女がいた。
二条乃梨子、16歳。あるいは白薔薇のつぼみ、と呼んだ方が分かりやすいだろうか。一年生の中でももっとも有名で、同時に人気のある少女だった。

「どうかしましたの?」

乃梨子の様子に気付いたのか、声を掛けてきたのは、いち早く白ポンチョに着替えを終えた、縦ロールが麗しい松平瞳子。
乃梨子の(一応)親友である。

「瞳子。それが……確かに入れたはずなのに、白ポンチョがないの」
「……乃梨子さんてばうっかりさんですわね。お忘れになったのですか?」
「そんなはずないよ! 今朝、家を出る前にちゃんと確かめたもの!」

くすくす笑う瞳子に乃梨子は強い口調で反論する。
今朝方、確かに乃梨子は鞄を開けて白ポンチョの存在を確認していた。それは間違いない。その時に鞄から出しもしなかった。
乃梨子が夢遊病か何かの精神疾患でも抱えていない限り、鞄の中には白ポンチョがあるはずなのである。
だけど現実には、鞄の中には白ポンチョの姿はなかった。何も入っていない布袋が、所在無げに隅っこで潰れているだけである。

「かしらかしら」
「どうかしたのかしら?」

乃梨子が困惑していると、ふわふわと白ポンチョの裾をたなびかせながら、敦子と美幸が乃梨子に近付いてきた。

「敦子さん、美幸さん。乃梨子さんの白ポンチョがなくなったそうですわ」
「かしらかしら」
「それは事件かしら?」

瞳子が状況を説明すると、敦子と美幸が乃梨子の鞄を覗き込んで、困ったように首を傾げる。

「確かに、入れてきたはずなんだけど」
「乃梨子さんの勘違いではありませんの?」
「そんなはずないよ! 絶対、この目で確かめたもの!」

断言する乃梨子に、瞳子と敦子と美幸は顔を見合わせる。
乃梨子の性格は三人ともイヤというほど理解している。うっかりとか勘違いとか、そういう単語にもっとも縁遠いのが、この二条乃梨子という少女である。

「かしらかしら」
「窃盗かしら?」
「……かもしれませんわ」

乃梨子の勘違いでないならば、その可能性はあり得るだろう。瞳子と美幸と敦子は、手近のクラスメートたちにも事情を話し、心当たりがないかを確かめてみた。

「かしらかしら」
「心当たりはないかしら?」

美幸と敦子のなんとなく逆らい難い質問に、クラスメートは揃って首を振った。乃梨子自身は昼休みや授業の合間の休憩時間に教室から出てはいたけれど、その時にはクラスメートの半数以上が常に教室に残っていたのだ。
そして、その中で誰一人として、乃梨子の机に近付いた怪しい人物を見た者はいなかったのである。

「かしらかしら」
「奇々怪々かしら」
「少なくとも、教室で盗まれたわけではなさそうですわね。――乃梨子さん、どういたします?」
「どう、って言われても――」

瞳子に問われて乃梨子は困惑した。確かに今は誰が乃梨子の白ポンチョを盗んだのか、悠長に考えている場合ではない。隣のクラスから係りの子がやって来て、椿組の健康診断開始を告げた。
このままでは乃梨子は、白ポンチョなしの上半身裸な恥ずかしい格好で健康診断を受けることになってしまう。

「――仕方ないわね」
「どういたしますの?」
「瞳子、入れてくれる?」

乃梨子は溜息混じりに、親友に懇願した。


----


「――ということがあったのです」
「そっかぁ。乃梨子ちゃんもやっちゃったんだね。二人ポンチョ」
「ににんぽんちょ?」
「うん。二人羽織ならぬ、二人ポンチョ。私と蔦子さんも、前の健康診断でやっちゃったんだよね」

放課後、薔薇の館でお昼の出来事を話した乃梨子に、紅薔薇のつぼみである福沢祐巳が苦笑交じりに応じていた。

「私と蔦子さんが忘れてね、由乃さんと真美さんに入れてもらったんだけど。なんかもう、凄く恥ずかしかったよ」
「確かに、二度と経験したくない体験でした」

同じトラウマを持つもの同士の気安さか、乃梨子も笑いながら応じる。

「でも、解せないのはその後なのです。診断を終えて教室に戻ったところ――鞄には白ポンチョが戻っていたのです」
「えぇ? それ本当?」
「はい。診断の前には確かになかったんです。それは瞳子も敦子さんも美幸さんも確認しています。――けれど、戻った時には白ポンチョがあった。少なくとも私が白ポンチョを持ってくるのを忘れたわけではなかったわけです」
「……それって、大事じゃない?」
「はい。もしかすると……」

思わず真剣な顔で頷きあう乃梨子と祐巳だった。
診断前になかった白ポンチョが、診断後には戻ってきた。これは間違いなく、第三者の介入があったという証拠である。そのまま戻ってこなければ、乃梨子が忘れただけ、という可能性もあるのだが――

「マズイんじゃないかな。シスターに報告は?」
「いえ、まだしていません。白ポンチョが消えた状況もそうなのですが、戻った状況もよく分からないのです。ご存知の通り、診断中とはいえ、教室内が無人になることはめったにありません」
「うん、そうだね」

乃梨子の指摘に祐巳も頷いた。診断中は色々な教室を回って診断を受けるのだが、なんだかんだで待ち時間も結構多い。そんな時、とりあえず教室に戻って時間を潰す、なんて生徒も結構多いのである。

「事実、教室に戻ったクラスメートは誰一人として、怪しい人物が私の机に近付いた様子はなかった、と言っていました。そうしますと――」
「外部犯の犯行じゃ、ない?」
「そうなのです。でも――分からないのは、どうして白ポンチョなんて盗んだのか、ということです。鞄の中には財布もありましたけど、そちらは手付かずでしたから」

祐巳と乃梨子は互いに顔を合わせながら、うーんと唸った。白ポンチョなんて盗んで、犯人は何をしたかったのだろう。

「――なるほど、問題は動機ね」

そこに、横手から声がかかった。

「動機?」
「由乃さま、何か心当たりが?」

声を発したのは、黄薔薇のつぼみこと、島津由乃。読んでいた文庫本をパタンと閉じると、目を輝かせながら自信満々に胸を張った。

「今の話――中々興味深いわね」

そういう由乃が読んでいた本を、乃梨子はちょっと確認してみた。
エラリー・クィーン短編集とか、表紙に書いてある。

「問題は正にそれよ。白ポンチョなんてどうして盗んだのか。そしてもう一つ――乃梨子ちゃんのクラスメートの証言ね」
「証言?」
「そう……。怪しい人物を見なかった、という証言。全ての謎の答えは、この証言に隠されているわ。それは白ポンチョを盗むという、一見すると意味不明の犯行動機にも合致する。――灰色の脳細胞を働かせるのよ、祐巳さん、乃梨子ちゃん?」
「……それはむしろポワロだと思いますが」

義務感からとりあえず軽いツッコミを入れてから、乃梨子は由乃に向き直った。

「つまり由乃さまは――犯人が分かった、というわけですか?」
「当然よ!」

胸を張る由乃に、乃梨子の隣で「うーん」と唸っていた祐巳が、ポンと手を打った。

「そうか、さすが由乃さん。だから灰色の脳細胞なんだね!」

得心がいったような由乃と祐巳を交互に見て、乃梨子はちょっと複雑な面持ちになる。

(……由乃さまと祐巳さまに分かって私に分からないなんて……ちょっと、自信がなくなりそうなんだけど……)

溜息を吐きつつ。
乃梨子は由乃に、犯人の名を聞いた。


※解答編は【No:788】へ


【788】 やっぱりありえない迷探偵由乃  (柊雅史 2005-10-31 23:19:54)


※この作品は【No:787】切れ味鋭い名探偵 の続きとして書かれています。
※先に【No:787】をご覧下さい。というより、先に読まないと理解不能です……。


〜あらすじ〜

祐「大変だよ、由乃さん! 一年生の健康診断の日に、乃梨子ちゃんの白ポンチョが盗まれちゃったんだって!」
由「ふふふ、事件ね。事件なのね! この安楽椅子探偵由乃さんが見事に解決してみせるわ!」
乃「由乃さま、安楽椅子探偵はマープルですよ。クィーンじゃありません」
由「犯人はズバリ、花寺の男子生徒Aくんね! 乃梨子ちゃんの白ポンチョの匂いを嗅いでむふふ、と」
乃「き、気持ち悪いこと言わないで下さい!」
祐「由乃さん、でも怪しい人物は見付かってないんだよ? 男子生徒がいたらさすがに大騒ぎになるんじゃない?」
由「バカね、祐巳さん。今のは冗談よ。でも良いところに気がついたわ」
祐「良いところ?」
由「そう。つまりこういうことなのよ――」

果たして、乃梨子の白ポンチョを盗んだ犯人は誰なのか!?
そしてその目的とは!?
謎とも言えない謎もどきに、名探偵由乃が玉砕覚悟で挑戦する!
ちなみに、過去の戦績を見る限り、マリみてミステリーシリーズの主役が祐巳だということは、由乃には秘密の方向で!
それでは解決編のはじまりはじまり〜。


   †   †   †


「つまりね、どんな犯罪にも動機というものは存在するのよ。それを考えれば自ずと犯人は見えてくるわ」

テーブルの周りをゆっくりと回りながら、由乃が得意げに説明を始める。聴衆は祐巳と乃梨子の二人。どちらもなるほどって頷いた。

「さて、そこで考えて欲しいんだけど、白ポンチョを盗む動機は何かしら? しかも診断後に白ポンチョが戻って来たことから、目的は白ポンチョ自体にはなかったことになる」
「――犯人の目的は私に診断中、白ポンチョを使わせないことにあったわけですね?」
「そうよ。その結果乃梨子ちゃんが取った行動――それこそが動機だったのよ!」
「私が取った行動、ですか?」
「そう――二人ポンチョよ!」
「二人ポンチョ!?」

由乃の指摘に乃梨子は驚きの声を発したが、それは祐巳にとっては想像通りの答えだったらしい。祐巳が納得顔で頷いているのを確認し、乃梨子は戸惑いの表情を浮かべた。
そんな乃梨子に祐巳が主観いっぱいの説明をしてくれた。

「分かるな〜。あれ、結構萌えるものがあるもんね。乃梨子ちゃんと瞳子ちゃんの二人ポンチョ姿だったら、是非見たかったもん、私も」
「それよ、祐巳さん! 分かるでしょう、乃梨子ちゃん? 犯人は二人ポンチョで恥ずかしがる乃梨子ちゃんを見たかったのよ!」

ビシッと指を突きつけてくる由乃に、乃梨子は軽い眩暈を覚えた。
なんだその、くっだらない理由は――というのが、乃梨子の率直な感想だったのだが、先輩二名はどうやら本気のようである。
乃梨子にはついていけない世界だが、これがリリアン・クォリティというヤツなのだろう。

「――さて。動機が明らかになったところで、犯人だけど。そこで問題となるのが、乃梨子ちゃんのクラスメートの証言なのよ。あの証言、覚えてる?」
「怪しい人物が机に近付いたのは見ていない――」
「そうよ! それは言い返せば、怪しくない人物が乃梨子ちゃんの机に近付かなかった可能性はゼロじゃないってことになるわ!」

由乃の指摘に乃梨子はなるほど、と頷いた。あの時、瞳子たちはクラスメートに「怪しい人物を見なかったか」と聞いて回っていたのである。
その場合、もしも犯人が乃梨子の机に近付いても怪しいと判断されない人物だったら――?
乃梨子の脳裏に、一瞬、信じられない光景が浮かんだ。

「気付いたわね、乃梨子ちゃん!」
「うっ……! で、でも、そんなこと……!」
「認めるのよ、乃梨子ちゃん!」
「でも、そんなことはあり得ません!」
「いいえ! 乃梨子ちゃんが言わないなら、私が言ってあげるわ! このリリアン女学園の中で、乃梨子ちゃんの机に勝手に近付いてももっとも怪しくない人物! その人が乃梨子ちゃんの教室に来ても、誰もおかしいとは思わない人物! そして彼女は学年別に行なわれる健康診断で、祐巳さんや蔦子さんの二人ポンチョ姿を目撃した可能性が高く、乃梨子ちゃんの二人ポンチョ姿を見たいと考えても不思議ではない人物! そう、犯人は――」
「由乃さま、やめてください!」
「犯人は、志摩子さんよ!」

由乃の宣言に乃梨子は両耳を押さえつつ、ブルブルと震えていた。その様子が、由乃の指摘が乃梨子の思い浮かべた答えそのものであったことを示している。
重苦しい沈黙が、薔薇の館を満たしていた。

「――行き過ぎた姉妹愛。それが引き起こした、悲しい事件なのね……」

由乃がぽつり、と呟く。

「乃梨子ちゃん、悲しんじゃダメ。確かにあの志摩子さんが、こんな変態チックな犯罪に走ったのはショックかもしれない。けれどそれも乃梨子ちゃんへの愛ゆえの所業なのよ。乃梨子ちゃん、あなたがすべきことは志摩子さんを責めることじゃない。白ポンチョ姿で優しく迎え入れてあげることじゃないかしら?」
「由乃さま……私、私、志摩子さんのためならいくらでも……!」

涙ながらに力説する由乃と、同じく涙ながらにタイを解き始める乃梨子に、祐巳はちょっと困ったような顔になった。

「あのー、由乃さん、乃梨子ちゃん。盛り上がってるところ悪いんだけど、良いかな?」
「なによ、祐巳さん? 乃梨子ちゃんの愛の旅立ちを邪魔するつもり?」
「い、いや、乃梨子ちゃんが旅立つと言うなら止めるつもりはないんだけど……」
「じゃあ、黙って見守りましょう。乃梨子ちゃんの愛の脱皮を!」
「う、うーん……」

きらきら目を輝かせる由乃は、祐巳の目から見ても物凄く楽しそうだった。どう好意的に見ても、事態を楽しんでいるとしか思えない。これで由乃曰く「愛の脱皮」を文字通り乃梨子が敢行してしまうのは、少し可哀想な気がした。

「……まぁ、止めないけど。でもさ、今の由乃さんの説明には無理があると思うんだけど」
「――ほう?」

呟いた祐巳に、乃梨子がタイを解く手を止め、由乃が鋭い眼光を祐巳に注いだ。
ちょっとたじろいだ祐巳だが、由乃に視線で促されて言葉を続ける。

「私も最初は由乃さんの考えもありかな、とは思ったんだけど、やっぱり不自然だと思うんだよね。確かに志摩子さんは乃梨子ちゃんの机に近寄っても怪しくはないけれど、少なくともクラス中に尋ねれば一人は言うと思う。『怪しい人は見なかったけど、志摩子さんが乃梨子ちゃんの机で何かしていた』って」

祐巳に視線で問われて、乃梨子は首を振った。
確かにそんな風に志摩子さんの存在を匂わせたクラスメートは一人もいなかった。

「絶対におかしいよ。私だったら、休み時間に令さまが教室に来たら、席を外していた由乃さんが戻って来た時に、絶対に伝えるもん。『今、令さまが来てたよ』って」
「――言われてみれば、そうですね」

解きかけたタイを結びなおしながら、乃梨子はほっと安堵のため息を吐いた。
そうよね、志摩子さんがそんな変態チックな犯罪を犯すはずないじゃない、と乃梨子は自分を叱責しておいた。
そんな乃梨子を横目で確認し、由乃が祐巳に食い下がる。

「――でも、もしかしたら志摩子さん、朝の内に薔薇の館で白ポンチョを盗んだのかも」
「だとしても、少なくとも白ポンチョを返す時に誰かに見付かっているはずだし、そもそも返す時も薔薇の館ですれば良いんじゃないかな? 第一、志摩子さんには動機がないよ」
「動機? だから、志摩子さんは乃梨子ちゃんの二人ポンチョ姿を――」
「見れなかったはずだよ。だって、健康診断は学年ごとに行なわれるんだから。乃梨子ちゃんが二人ポンチョをしていた時に、志摩子さんは自分の教室から離れられなかったはずでしょう?」
「むぅ……」

祐巳の指摘に由乃が唸る。確かにその通りだった。志摩子の乃梨子に対する溺愛っぷりを考えて、志摩子なら乃梨子の二人ポンチョ姿を見たがるだろう、と思ったのだが、今回の事件では通常、志摩子には乃梨子の艶姿を見る機会がないのである。

「でも、それじゃあ誰が犯人なのよ? 志摩子さん以外に、乃梨子ちゃんの机に近付いて怪しまれない子なんている?」
「……由乃さん、真相が分かってて乃梨子ちゃんをからかってたわけじゃないの?」

挑戦的に問いかける由乃に、祐巳がきょとんとした表情になる。

「何よ、それ? ちょっと祐巳さん、中々痛烈な皮肉を言ってくれるじゃない?」
「そ、そういうわけじゃないよ。――あれぇ? じゃあ、どうして由乃さんてば、灰色の脳細胞、なんて言ったの?」
「なんとなくよ!」
「そ、そうなんだ……私、てっきり真相に気付いた由乃さんからのヒントだとばっかり……」

胸を張って「なんとなく」などと断言する由乃に、祐巳はちょっと乾いた笑みを浮かべる。
頼むからそういう、紛らわしいことはしないで欲しいなぁ、と思ったりした。

「と、とにかく、状況を整理してみると分かるんだけど、部外者はもちろん、志摩子さんでさえ、少なくともポンチョを返すことは不可能だと思う。特にポンチョが戻された時は、既に乃梨子ちゃんのポンチョがなくなるっていう事件があった後なんだから、どんなに怪しくない人物であれ、乃梨子ちゃんの机に近付いていれば、絶対に誰かが証言しないとおかしいでしょ?」
「じゃあ、誰が犯人なのよ。まさか透明人間とか言い出さないでしょうね?」
「透明人間なんて言わないってば。答えはもっと単純なことだよ。動機の面から考えても、答えはこれしかないって思う。ポンチョを隠しちゃうなんて危険なことをする以上、犯人は確実に乃梨子ちゃんの二人ポンチョを見ることの出来る立場にあったはずだよね。乃梨子ちゃんがどんな順番で診断を受けるか分からない以上、確実に見ることの出来る人物は凄く限られてくるけれど、どんな事態が発生したとしても、確実に見ることの出来る人がいる――」
「――あ、そういうことですか!」

祐巳の説明に乃梨子が納得したように手を叩いた。それを見た由乃がむっと表情を曇らせる。

「それで灰色の脳細胞ですか」
「うん。たまたま、私も最近読んだから、由乃さんの一言で気付いたんだけどね」
「――それが偶然だったわけですか」

笑みを浮かべあう祐巳と乃梨子に、由乃の肩がぷるぷると震えた。
既に由乃の我慢は限界寸前、爆発までの秒読み段階に入ったことを察したのか、祐巳が慌てて説明を続けた。

「絶対に乃梨子ちゃんの二人ポンチョ姿を見れる保証がある人物。そしてクラスメートの証言を考えると、ちょっと反則っぽいけど答えはこれしかないと思うよ、由乃さん」
「だから、誰なのよ犯人は!」
「うん、犯人は……一年椿組のクラスメート、全員なんだよ」


----


「クラスメート、全員……?」

唖然とする由乃に、なんとなくすまなそうな表情で祐巳は頷いた。

「うん。クラスメートなら絶対に乃梨子ちゃんの二人ポンチョ姿を見れるでしょう? だから最初はクラスメートの誰かだと思ったんだけど、犯人が単独だと志摩子さんと立場が一緒なんだよね。怪しくないけど、ポンチョを返す姿を目撃されれば、誰かしらが証言するはず。誰が犯人だと仮定しても、クラスメートの証言を満たすことが出来ない以上、間違っているのはクラスメートの証言の方なんじゃないかな?」
「そ…んなの! だって、こーゆう場合、普通犯人は一人じゃないっ!」
「そんなことありませんよ。探偵側を除く登場人物の全てが犯人だった、っていう有名な推理小説もありますから」

乃梨子の説明に由乃が沈黙した。推理小説も剣客小説と同様に愛読する由乃なので、もちろんそういう小説の存在も知っている。
確かに、クラスメートの証言を正しいとするならば、誰も白ポンチョを盗むことも戻すことも出来ない状況で、白ポンチョが盗まれて戻された事実がある以上、前提となる証言が正しくないことになるのだ。

「……ズルイ。そんなのズルイ!」

何の気なしに由乃が呟いた「灰色の脳細胞」という単語から、祐巳は真相に気付いたのである。由乃の悔しさと来たら、この場に令がいたら確実に(八つ当たりで)殴り倒していたことだろう。
ひとしきり地団太を踏んでから、由乃はため息を吐いて椅子にぐったりと腰を下ろした。

「……ねぇ、祐巳さん。私ってもしかして、探偵役に向いてないのかな……?」
「え、えーと……そ、そんなことないよ。うん! 根拠はないけど」
「う、うぅぅ……」

机に突っ伏す由乃の姿に、祐巳と乃梨子はそっと笑みを交換するのだった。


----


「むちむちぷっちん、ぷちむっちん〜♪」

その日、松平瞳子は上機嫌で意味不明の鼻歌を歌いながら廊下をスキップして進んでいた。

「うふふ。昨日はとても良い日でしたわ。背中に感じる乃梨子さんの体温。柔らかくてすべすべの触感。思い出しただけで蕩けてしまいそうですわ〜♪」

緩みまくった顔のまま、瞳子は元気良く教室の扉を開けた。

「皆さま、ごきげんよう!」

元気良く挨拶した瞳子だが、返事が返って来ないことに首を傾げ、そこで教室内の異様な雰囲気に気が付いた。
クラスメートは皆、揃って自分の席に着席し、項垂れた姿勢で暗雲を漂わせていたのだ。

「な、なんですの、これは……?」
「ごきげんよう、瞳子」
「ひぃ!?」

戸惑う瞳子の横手から、突如冷たい挨拶が掛けられた。
教室の扉に寄りかかるようにして、乃梨子が冷ややかな笑みを浮かべている。

「の、乃梨子さん……ど、どういたしましたの? なんだか雰囲気が怖いですわ」
「この状況でもあくまで冷静さを保てるなんて、さすが女優よね、瞳子。でも、あなたたちの悪巧みは全て明るみに出ているのよ」
「……そうですか」

あなた『たち』の部分を強調する乃梨子に、瞳子は椿組一同で計画した『乃梨子さん二人ポンチョ計画』が露呈したことを悟った。完璧と思われた計画だったのに、どうしてバレてしまったのだろう。気にはなったけれど、今はそれどころではない。
乃梨子が怒っているのは間違いない。ここは上手く彼女のご機嫌を取らなくては――

「乃梨子さん、聞いてくださいまし」
「一つだけ、腑に落ちないことがあったのよね」

言い訳をしようとした瞳子を制して、乃梨子が腕を組む。

「確かに祐巳さまの推理は完璧だったわ。でも、これだけの計画、必ず首謀者がいると思った。祐巳さまはそこまで教えてくれなかったけど、むしろ逆に祐巳さまのその態度で確信したわ。この計画の首謀者が誰なのか」
「……」

乃梨子の独白に瞳子が僅かに唇を噛む。

「そうよ、この計画を立てるには動機が必要だった。私の二人ポンチョ姿を見るという動機が。そして首謀者が誰なのか、というのも同じ。クラスメートを巻き込んだ一大計画を立てるのに、その首謀者には他の誰よりも強い動機があるはずだった。そう――私と、二人ポンチョを『する』という動機が! 私がポンチョがないという窮地に陥った時、誰よりも二人ポンチョをお願いする可能性が高い上に、誰よりも早く着替えを終えて、最初に私に声を掛けてきた相手――つまり、瞳子! あんたが首謀者でしょう!」
「そ、そんな、誤解ですわ!」

ビシッと瞳子を指差す乃梨子に、瞳子は泣きそうな表情で首を振った。

「いいや、瞳子、あんただ! 祐巳さまが首謀者をかばった理由も、瞳子が首謀者なら分かるし、何よりもこれだけの行動力を発揮できるのは瞳子くらいしかいないもの!」
「そんな……! 乃梨子さん、それは誤解です! ねぇ、美幸さん、敦子さん! 乃梨子さんに何かおっしゃってください! 私ではないと!」

瞳子が涙を溜めた目で親友二名を振り返ると、美幸と敦子は椅子に座ったまま、ふわふわと上半身を左右に揺らした。

「かしらかしら」
「司法取引かしら」
「ぅわ裏切りましたわねこんちくしょう、ですわ!」

ふわふわと「交換条件かしら」「無罪放免かしら」と呟く二人に中途半端に乱暴で、中途半端に丁寧な悪態を吐いた瞳子は、そこでポンと乃梨子に肩を叩かれた。
おそるおそる振り返れば、満面の笑みの乃梨子がそこにいた。

「――さて。どうしてくれようか?」
「あああぁぁぁ……」

ぷるぷる震える瞳子の両肩をガッチリ拘束しながら、乃梨子はずるずると瞳子の足を引きずって、教室を後にするのだった。



その日の放課後。
薔薇の館にて、白ポンチョ姿で給仕に勤しむ松平瞳子の姿が目撃されたとか。
真っ赤な顔で紅茶を注いで回る瞳子の姿に、一番ご満悦だったのは、他でもない福沢祐巳だったという。

乃梨子はふと思う。
祐巳さまが瞳子のことを黙っていたのは、こんな展開すら読みきっていたのではないか――と。

とりあえず、次期紅薔薇さまに逆らうことだけは決してすまいと、乃梨子は決意するのであった。



                   【白ポンチョ盗難セクハラ事件・完】


PS
真剣に考えた方、ホントごめんなさい……。


【789】 ご冗談も程々に  (朝生行幸 2005-11-01 00:51:22)


「ごきげんよう」
 ビスケット扉を開けて部屋に入って来たのは、演劇部所属の一年生、松平瞳子だった。
「あ、瞳子ちゃんごきげんよう。ここに来るのも随分久しぶりだねぇ。どうかしたの?」
 目を輝かせて瞳子を歓迎しているのは、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳だった。
 放課後の薔薇の館には、当然のことながら山百合会関係者が勢揃い。
「あ、いえ、ちょっと落し物を…」
 実は、祐巳が居ない時に、ちょこちょこ乃梨子について、ここに来ていた瞳子。
 ハンカチを薔薇の館に忘れたことに気付いた瞳子は、それを取りにやって来たのだった。
「落し物…?あーあー、うん、皆で探してあげるよ」
 立ち上がった祐巳は、テーブルの下や床の上に目をやりながら、あちこちウロウロとし始めた。
 祐巳に合わせるように、薔薇さまたちやつぼみも全員、同じように何かを探し始める。
「…あの、皆様?何をなさって…?」
「心配しなくていいわよ、すぐに見つけてあげるから」
 まっかせなさい、と言わんばかりに胸を叩く由乃。
「…見付からないわねぇ」
 しばらく皆で探し回るも、まったく見当たらない。
「そうだね、そんなに広くないから、すぐ分かりそうなもんなんだけど」
「ここにもありません」
 流しの棚にも見付からない。
「えーと、だから皆様、一体何を?」
「瞳子ちゃん落としたんでしょ?」
「ええ」
「だから、探しているんだけど」
「ですから何を?」
『胸』
 全員一斉に、瞳子に向かってキッパリ言った。

「オイ、ちょー待て」
「大丈夫、すぐに見付かるよ」
「そうそう、安心して見てて」
「ヤメロお前等。ええから人の話を聞け」
『何ーな』
 口調が変わった瞳子に、異口同音に答える一同。
「どこの世界に、胸落す人間がおるねん」
『ここに』
 一斉に、瞳子を指差す一同。
「うんうん、苛立つ気持ちも分かるけど、まずは見つけてからね」
 瞳子の肩をポンと叩き、慰めるように由乃が言った。
「ンなもん見付かるわけないやろが!?」
 由乃の腕を強引に振り払いつつ、否定する瞳子。
『どーして?』
「胸なんか落としとらへんからに決まっとるやろがい」
「だって、実際に無いじゃない」
 そう言いながら、瞳子の胸をペタペタ触る祐巳。
「触るな!」
「うわー、本当に無いよ。早く見つけてあげないと」
「アンタに言われたないわ!見付からん、絶対に見付からんからやめー!」
 ハーフー息の荒い瞳子に、全員が怯えたような視線を向ける。
「くーはー、とにかく、私が落とした…と言うより忘れたのはただのハンカチです。胸なんかじゃありません…」
「あ、なんだ。それならそうと、早く言ってくれれば良かったのに」
 安堵の表情を浮かべる祐巳。
「聞こうとしなかったのは何処の誰ですか!?」
「ハイ、これでしょ」
 祐巳が、自分のポケットから取り出したのは、紛れもなく瞳子のハンカチ。
「…何故祐巳さまが?」
「瞳子ちゃんのものだって分かったから、あとで渡そうと思って」
「へ?」
 きょとんとする瞳子。
「だってこの匂い…じゃない香り、瞳子ちゃんと同じだもの」
 言いながら、ハンカチを鼻に付けて、スースー匂いを嗅ぐ祐巳。
 ふにゃっとした雰囲気で、若干顔が赤くなっていた。
「止めてください!ヘンタイさんですか祐巳さまは?」
「えー?」
 ハンカチをひったくった瞳子に、不満げな声をあげる祐巳。
「まぁ、なんにせよ、探し物が見付かったんだから、オッケーってことで」
 無責任に言い放つ由乃。
「全然オッケーじゃありません…」
 1オクターブ低くなった瞳子の声音に、ビクリを身体を震わす一同。
「皆さん、散々な扱いして下さいましたわね…ふふふふふふ」
「…あの、瞳子ちゃん?」
「深く傷ついた私の心を癒すには、相応の贄が必要ですわ…」
 ゴゴゴゴゴゴと、いつになく迫力ある効果音が、瞳子の背後に響き渡る。
「皆さん、早く逃…」
「逃がしません!くっふっふっふっふっふ」
 乃梨子の言葉を遮り、断言した瞳子は、唯一の出入り口である扉の前に陣取ったまま、不気味な笑い声を上げ続けた。
「ふふふふほほほほははははへはほへほははほはへは…」
『ギャー!!!!』
 凄まじい絶叫が、薔薇の館に轟いた。

 全て砕け散った二階の窓ガラス修繕のため、二日間立ち入り禁止になった薔薇の館。
 新聞部が必死になって取材するも、当事者全員が口をつぐんでいたため、結局真相は解明出来なかった…。


【790】 波瀾の予感読んで納得  (柊雅史 2005-11-01 01:49:09)


「いくらなんでも、一線を越えるのはマズイと思いますわ」

 放課後、薔薇の館にやって来た乃梨子は、扉の向こうから聞こえてきたそんなセリフに、ノブに伸ばした手を止めていた。
 声の主には心当たりがありすぎる程にある。演劇部の性なのか、普段から複式呼吸がデフォルトで、人一倍声の響く親友、瞳子の声だった。
「良いのよ、祐巳さんにはこのくらいがちょうど良いわ。少しは焦らせないとダメよ。それには既成事実が一番だわ」
 答えているのは由乃さまだった。瞳子と由乃さま。なんとも微妙な組み合わせである。
「そうかもしれませんけど……でも、やはり私は祐巳さまを裏切ることは……」
「瞳子ちゃんの気持ちは分かるけど、時には荒療治も必要なのよ、祐巳さんみたいなタイプには。――大丈夫、祐巳さんが怒った時は、私がなんとかするわ」
「ですけど……」
 瞳子にしては煮え切らない受け答え。乃梨子は思わずドアに耳をつけながら、今聞いた会話を反芻してみた。
「……一線を越えるって、どういうこと……?」
 瞳子と由乃さまが、一線を越える。口に出してみて、乃梨子は頬が熱くなるのを感じた。一線を越えるなんて、普通に生活をしていて口にするセリフじゃない。
 もちろん『一線を越える』という表現には、ソレ以外の意味もあるのだけど。薔薇の館のような人気の少ない場所で、密やかに口にするとなると、その意味するところは一つに絞られてくる。
 しかも、祐巳さまを裏切るだとか、荒療治だとか、既成事実だとか……。
「ちょっと、瞳子……あんた、何考えてるのよ……?」
 季節は既に新年を迎え、そろそろ次期薔薇さまを決める選挙の季節になっても、未だに祐巳さまと瞳子の仲は進展していなかった。全ては祐巳さまが最後の決断を下せずにいるからではあるのだが――だからといって、その祐巳さまに決断をさせるために選ぶ手段としては、ソレは最悪の選択肢ではなかろうか。
(確かに瞳子が由乃さまのものになってしまうと言う危機感があれば、祐巳さまも動くかも知れない。けど……けど……!)
 そんなのは間違ってる、と乃梨子は思う。
「――良いから瞳子ちゃん、私に任せなさい」
「由乃さま……やっぱりダメ。ダメですわ……」
「ここまで来て何を言うつもり? 瞳子ちゃんだってその覚悟があったからこそ、ここに来たのでしょう?」
「最初は、そう思っていました。でも……」
 迫る由乃さまに、渋る瞳子。二人のやり取りを聞きながら、乃梨子は拳を握って瞳子を応援していた。
(そうよ、瞳子! 安易な方法に頼っちゃダメ! 頑張って!)
 乃梨子は声にならない応援を送りながら、再びゆっくりとノブに手を伸ばした。
 瞳子なら、きっとこんなことは突っぱねてくれると思う。いくら瞳子が不器用でも、こんな最悪な選択はしないと信じている。
 でも――乃梨子は知っているのだ。どんなにしっかりしているように見えても、瞳子だって普通の高校一年生である。時には弱気にもなるし、道を間違えることもある。
(その時は――私が止めてあげなくちゃ)
 口には出さないけれど、乃梨子は志摩子さんとのことで瞳子に感謝していた。
 だから、もし瞳子が間違った選択をしてしまったなら、それを腕ずくでも止めようと思う。例え先輩である由乃さまと衝突しようとも。
「――瞳子ちゃん。瞳子ちゃんは祐巳さんがこのままで良いと思ってるの?」
「そ、それは……」
 一転して優しく語り掛ける由乃さまに、瞳子の口調に迷いが生じた。
(バカ、瞳子! しっかりしなさいよ!)
 乃梨子が必死に声にならないエールを送るが、扉の向こうでは由乃さまが更に優しい口調で瞳子を口説きにかかる。
「瞳子ちゃん、私は祐巳さんのことが好きよ。大好きなの。令ちゃんと同じくらい――ううん、もしかしたら令ちゃんよりも。瞳子ちゃんだって、祐巳さんのことが好きでしょう?」
「そ、それは……」
「ううん、言わなくても良いわ、私には分かってるから。だから、ね。私は祐巳さんのことが好きだから――だから、今は祐巳さんを裏切ることになるとしても、私は一線を越えるべきだと思う」
「……」
 重苦しい沈黙が続いた。
 乃梨子もノブに手をかけたまま、ジッと扉の向こうに耳を澄ます。
「――瞳子ちゃん。私に、任せてくれる……?」
(瞳子、断って!)
 由乃さまの最後の一押しに、僅かな間を置いて。
「……分かりました……由乃さまに、お任せします……」
 瞳子の、ギリギリ聞こえるような答えが耳に届いた瞬間。
 乃梨子は、扉を大きく引き開けていた。

「バカなことはやめてください、由乃さま!」

 飛び込んだ乃梨子に、由乃さまと瞳子がハッと振り返る。マズイところを見られたという表情――そして、乃梨子はその背後に置かれた物に気付く。


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃      ☆ 選挙アンケート ☆

┃ Q.次期薔薇さまになって欲しいのは誰ですか?

┃    福沢祐巳  730票
┃    藤堂志摩子 750票
┃    島津由乃  730票
┃    その他    75票

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 ホワイトボードに書かれたアンケート結果を、由乃さまが今まさに、改ざんしようとしていた。

『福沢祐巳  1001票』




「いくらなんでも、一千を越えるのはマズイと思いますわ」
 文字にすれば、納得だった。


【791】 すごいパワー仮面『ノリ』ダー  (いぬいぬ 2005-11-01 02:36:07)


※このSSは仮面ライダー(1号)とのコラボレーションでお送りします。





(・・・あれ? 何で体が動かないんだろう?)
 朦朧とする意識の中で、二条乃梨子は自分の体に違和感を感じていた。
(ひょっとして金縛りってやつ?)
 乃梨子は試しに右手を上げようとしたが、上手くいかなかった。
(これは・・・脳だけが起きているレム睡眠てやつか。それとも完全に夢の中なのかも・・・)
 とりあえず、頭脳は冷静に働くようだ。乃梨子は体を動かす事を諦め、再び眠りの海に沈もうと意識を手放す。
『さあ乃梨子。改造人間のポテンシャルをフルに発揮して、世界を征服するのよ!』
(え?改造人間て何? 私の事? て言うか誰あんた)
 突然脳裏に響いた声の主を突きとめようと、乃梨子は目を開こうとする。
(・・・上手く目が開かない。でも少し見えてきたな・・・・・・え〜と声の主は何処かな?)
『まずは○○党と△△総理に献金している××商事に忍び込み、闇献金の証拠をつかんで永田町の動きを牛耳るわよ!』
 ヤケに生々しい日本征服の第一歩を指示するなあと思いながら、乃梨子は声の主のいる方向を探り当てる。
(女の人だな・・・しかし、永田町の金の動きを探る改造人間て・・・・・・)
『そして、日本中の公共事業に絡み、巨額のリベートで左団扇よ!』
(・・・・・・何?この金の亡者。て、あれ?あの人影は・・・)
『ほ〜っほっほっほっほっ!!』
(菫子さん?!)





チュンチュンチュン・・・チチチ・・・・・・
「・・・・・・嫌な夢見たなぁ」
 さわやかな朝の光に包まれながら、さわやかでない顔で乃梨子は身を起こした。
 寝覚めは最悪の部類であり、何だかヤケに体が重い。
「寝る前にネットで仮面ライダーのサイトなんか見てたからかなぁ? それにしても、菫子さんが悪の女幹部だったのは、意外と似合うと言うか何と言うか・・・」
 乃梨子は何となく自分の手のひらを見る。昨日までと何ら変わらない、自分の手がそこにあった。
「何、確認してるんだか・・・本当に改造されてる訳無いじゃない」
 乃梨子は苦笑しながらベッドから抜け出し、リビングへと向かった。
 リビングに着くと、すでにスーツを着た菫子が座ってコーヒーを飲んでいた。テーブルにはもう朝食が並んでいる。
「おはよう、菫子さん」
「おはよう。何だか疲れた顔してるねリコ。寝不足かい?」
「いや、変な夢見ちゃってね。寝覚めが悪かったの」
「へぇ・・・」
 乃梨子は椅子に座り、「いただきます」と朝食を取り始める。
 しばらくは無言でサラダをつついていた乃梨子だったが、あまりにも荒唐無稽な夢だったと思い出し、苦笑しながら菫子に話しかけた。
「私が仮面ライダーになる夢でね・・・」
「ほう・・・」
 菫子は興味を引かれたのか、笑いもせずに聞いている。
「菫子さんが私を改造した悪の組織の女幹部なのよ」
「私ゃ悪役かい」
「でもリアルな夢でねぇ。起きた時に思わず自分の体が改造されてないか確認しちゃったわよ」
「ライダースーツでも着てたのかい?」
「まさか。何の変哲も無い、昨日までと同じ私の手よ」
 乃梨子はヒラヒラと左手を振って見せた。
「そりゃあそうだろ。『私、ライダーです!』って主張しまくってる姿だったら、私ゃあ困っちまうよ」
「そうだよね」
 菫子にそう言われ、乃梨子は再び苦笑する。
「市街地での作戦活動も考慮して、外見は今までのそれと区別が付かないようにしたんだからね」
「ふ〜ん、そうなんだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ え゛?」
「お陰で、あんたの改造費だけで東京都の予算がまかなえるくらいの額が掛かっているんだからね」
「・・・・・・・・・・・・」
「でもまあ、改造人間は世界制服のための貴重な戦力だから、“組織”のほうも納得して湯水の如く金を使わせてくれたよ」
「な・・・何言ってるの菫子さん」
「まあ、プロトタイプだから費用も掛かっただけで、汎用型の量産が始まれば一気にコストダウンも進むし・・・」
「ちょ、ちょっと待って!」
「何?」
「・・・・・・えっと・・・もしかしてギャグ?」
 涼しい顔の菫子に、乃梨子は恐る恐るそう聞いてみる。
「・・・・・・・・・乃梨子。口ん中・・・上あごの辺りを舌でなぞってみな」
 菫子に言われるままに、乃梨子は舌先で口の中を探ってみた。
「・・・・・・・・・・・・・!!」
「金属のプレートがあるだろ?」
 確かに何か硬い舌触りがあった。乃梨子は心拍数が上昇し、イヤな汗をかき始めた。
「左右の奥歯の上にあるプレートは舌で開閉できるようになっているよ」
 まるで暗示に掛かったように、乃梨子は舌でプレートを押してみる。すると、本当にプレートがスライドし、シャッターのように開いた。
 イヤな汗がその量を増した。
「舌の筋肉の動きがシャッターのロックになってるから、食べたり話したりしたくらいじゃ開かないから安心おし」
「口の中にシャッターが存在するという時点で、何をどう安心しろと言うのよ?!」
 乃梨子はたまらず叫ぶ。しかし菫子は相変わらず涼しい顔で聞き流す。
「意外と肝っ玉の小さい子だね。もう改造終わっちゃってんだから、腹をくくりなさいよ」
「うわぁぁぁぁ!! やっぱり改造されてたの? 私!」
「うん。昨夜チョコチョコっと」
「何でそんな軽いノリなのよ───!!」
 菫子の言葉に、乃梨子は頭を抱えて絶叫する。それもそうだろう、朝起きたら「あんたの服、洗濯しといたから」みたいな気軽さで「あんたの体、改造しといたから」と宣言されたのだから。
「だいたい何で私なのよ!」
「戦闘時の統計でね、兵士は男より女に出合った瞬間のほうが油断する確率が高いのよ。で、候補は女になった。でも、生体部品との適合検査で合格者がなかなか出なくてね。イライラしてた時に洒落であんたの髪の毛を検査に回したら、見事適合しちゃって・・・・・・」
「洒落で姪の人生弄ぶなぁぁぁぁ!!!」
 乃梨子はヘラヘラ笑いながら言う菫子につかみ掛った。
「おっと」
 
 ピッ!            ギシッ!!

「?!」
 菫子が手に持っていたボタンを押すと、乃梨子の動きが止まった。
「改造人間てのは兵器だからね。わるいけど緊急停止装置を組み込ませてもらったよ」
 乃梨子の顔が赤く染まる。今すぐにでも菫子に飛び掛りたいのに動きが取れず、怒りに身を焦がしているのだろう。
「でも、改造人間って言っても、食事もできれば眠る事もできるようにしてあるんだ。普通の生活を送れるようにしてあるから、あんたがそう望むなら一般人としての生活もできるんだよ?」
 乃梨子は紅潮した顔で震えている。
「それに、“組織”が世界制服を実行するのはもう決定事項だから、改造はあんたのためになると思うんだけどねぇ。何も知らずに支配される側に回されるよりマシだろ?」
 乃梨子の額に汗が浮かび始める。確かに無駄なくらい人体に近い構造になっているようだ。
「とりあえず機能の説明するから、どうするかはそれから判断・・・・・・リコ?」
 菫子が何かに気付き、話を中断した。その時、乃梨子の顔色は赤を通り越して紫になりつつあった。
 菫子はしばらく考え込んでいたが、やがて何かに思い当たり、手元のボタンを操作した。
 
 ピッ!              ドタッ!!
 
 ボタンの操作と同時に、乃梨子は崩れ落ちた。床に倒れ伏した乃梨子は、ゼェゼェと荒い息をついている。
 菫子はそんな乃梨子の傍らにしゃがみ込む。
「・・・・・・・・・・・・・・もしかして、心臓まで緊急停止してた?」
「・・・・・・殺す気か!」
 菫子正解! 賞品は乃梨子の殺意のこもった視線だった。
 やがて乃梨子は起き上がり、菫子を問い詰めだした。
「菫子さんが悪党の一味だなんて思わなかったわ。何で悪の組織なんかに入ったのよ!」
「マッドサイエンティストってのは、そういう生き物なのよ!」
 キッパリとそう宣言され、乃梨子は膝から崩れ落ちた。
 そんな乃梨子に、菫子は静かに語り出した。
「リコ」
「何よ死神博士」
「良く知ってたわね、そんな名前・・・ 聞きなさいリコ。あんたに適合反応が出たと知った時、正直迷ったわ。でもね、組織が動き出せば世界の在りようを急激に変えて行くのよ。ただし、戦争なんかしたんじゃあ世界が疲弊しちゃうから、世界の裏側から魔の手を伸ばしてね」
 乃梨子は菫子の話を聞きながら立ち上がる。
「そうなった時、あんたを守りきれる自信が無かった。私も所詮は雇われの身だからね。だからせめて、あんたに“力”を与えたかったのよ、あんたが敵と認めた相手と戦う力をね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・それ今思いついたでしょ?」
「うん」
「・・・やっぱシメる」
「おっと!」
 菫子に駆け寄ろうとする乃梨子に、さっきのボタンを掲げて威嚇する菫子。
「卑怯な・・・」
「“狡猾”と言いな。そのほうがマッドな雰囲気が出るわ」
「うわ、殺してぇ・・・」
 緊急停止ボタンを前に歯噛みする乃梨子に、菫子はニヤリと笑ってみせた。
「とにかく説明を聞きなさい、仮面『ノリ』ダー」
「おかしな名前付けんな!!」
「私は別にかまわないんだけどね。あんた、使い方も知らない機能で志摩子ちゃん傷付けても良いの?」
「う・・・」
 イヤな形で志摩子の名を出され、乃梨子は戸惑った。
「 戦闘用の改造人間の力が暴発した日にゃあ、洒落じゃ済まない事態になるわよ?」
「・・・・・・・・・」
「説明聞く?」
「・・・判ったわよ」
 乃梨子はしぶしぶ菫子の話を聞く事にした。
「OK。じゃあまず先程のシャッターの中に押しボタンがあるのを確認しなさい」
 言われるまま舌先で探ると、確かにボタンが存在した。
「右のボタンを舌で押す」
 言われたとおりにすると、乃梨子の視界に四角い半透明のホログラムが白く浮かび上がった。
「うわ?!」
「落ち着いて。視界にカーソルも見えるでしょう?」
「・・・あ、ホントだ」
「それは、あんたの意識と連動してるから、左下の『スタート』にカーソルを合わせて」
 ホログラムを良く見ると、確かに左下に『スタート』と書かれた緑色のタブが存在した。乃梨子はカーソルに意識を集中してみる。
「・・・・・・・・・動いた!」
「カーソルが『スタート』に重なったら、左の奥歯の上のスイッチを舌で押して」
「ああ、スタート画面が立ち上がった・・・・・・って、何だかモノスゴク見覚えがあるんだけど?!」
「Windows XPよ」
「マイクロソフト製かよ!!」
「色んなデータにアクセスするのに便利だからね。Internet Explorerも入ってるわよ。イヤなら後でFire foxでもLinaxでも好きな物インストールしなさいよ」
「うぅ・・・ Anti Virusも入れたほうが良いのかなぁ・・・」
「そんなちゃちなセキュリティより高性能なのがインストール済みだから安心しな。ちなみにあんたの髪の毛がケーブルになるから、たいがいの電子機器に繋げるわよ?」
 正直、乃梨子は改造人間と聞いて、テクノロジーの極地のような物を連想していたのだが、XPで制御されていると聞き、何だか自分が家電の仲間みたいな気分になってしまった。
 だが菫子は、そんな乃梨子の落ち込みなどお構いなしに次の行動を指示する。
「『スタート』メニューの『戦闘』をクリック」
 クリックに応え、ホログラムに『戦闘』ファイル内のプログラムらしき物が展開する。
「・・・・・・『ライダーキック』とか表示されてるんだけど」
「『ライダーキック』をクリックすると・・・」
 半ば無意識にクリックすると、いきなり乃梨子の体が空中に飛び上がった。
「何?!」
 突然の自分の行動に驚く乃梨子。そして、体は勝手に空中で身を縮めると、肩口からブースターロケットが出現。
「ちょっと!!」
ロケットに点火し、十分な推進力を得ると、一気に体を伸ばしてキックの体勢に入った。
「嫌あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 乃梨子の目の前には壁。しかし『ライダーキック』は急に止まらない。

 ゴガンッ!!

 乃梨子の『ライダーキック』は、見事マンションの壁(7階)をブチ破り、その破壊力を見せ付けた。
「な・な・な・な・7階ぃぃぃぃぃぃ?!」

 ひゅうぅぅぅぅぅぅ・・・・・・・                  ごしゃ!

「あ、ヤな音」
 菫子はボソっと呟いた。
「生きてるかなぁ? 一応500mくらいの自由落下には耐えるように設計してあるけど。耐衝撃テストなんかしてないしなぁ・・」
 のんきにそんな事を言いながら、菫子はコーヒーをすする。すると、外から激しい音が聞こえて来た。

 ・・・・・・・ドダダダダダダ   ガチャ!  バタン!

「こんな時でもきっちり階段駆け上がってドアを開閉して入ってくるなんて・・・律儀ねリコ」
「殺す気かあ!!!」
 どうやら設計どおりの強度が出ているようだ。
 乃梨子はとても7階から自由落下したとは思えないほど元気一杯に菫子に抗議した。
「『ライダーキック』とかの『戦闘』プログラムは、クリックと同時に起動するから・・・」
「クリックする前に言えやぁぁぁぁ!!」
「まあ無事だったんだから良いじゃない」
 けろっとした調子で言う菫子に、乃梨子は返す言葉が見つからない。
「だいたい、こんな大げさな戦闘力なんて、何処で発揮するって言うのよ」
「改造人間の運用場所に想定してるのは、戦争じゃなくテロの制圧部隊みたいなもんだから・・・」
「・・・テロリストが相手かい。それにしても屋内でこんな破壊力を行使するなんて、どんな敵を想定してるのよ?」
「そうねぇ・・・今、窓の外にいるやつらみたいな感じ?」
「え?」
 菫子の言葉が引鉄になったかのように、マンションの窓から全身黒尽くめの戦闘員が5名ほど飛び込んできた。
「ショッカー?!」
「リコ!『戦闘』ファイル内『変身』!」
 菫子の言葉に乃梨子が反射的に『変身』をクリックすると、乃梨子の髪が爆発的に伸びる。そして、髪が全身を包み込んだ瞬間、乃梨子の髪は白く輝いた。
「うわわわわ!何コレ何コレ何コレぇ!!」
 白い輝きが消えると、そこには一人のライダーが立っていた。
 昆虫を思わせる有機的なフォルム。そのくせ女性らしいボディラインを保つ姿は、異世界の生物のようだ。そしてその全身は虹色の光沢を持つ白で統一されていた。
「イィィィ!!」
 乃梨子の姿を見て、戦闘員達が奇声を上げながら一斉に襲い掛かる。
「うわ!ちょっと待って・・・・・・って、あれ?」
 突然の襲撃に怯えた乃梨子だったが、その手足は的確に戦闘員を屠ってゆく。
「え?私、何でこんなに強いの?」
 気が付くと、乃梨子は全ての戦闘員を葬っていた。
「『変身』モードに入ると、ある程度の戦闘はオートでこなすようにプログラミングされてるんだよ。この程度のザコなら楽勝さ」
 菫子がそう言いながら歩み寄ってきた。
「・・・・・・XPって侮れないなぁ」
 乃梨子が妙な感慨にふけっていると、菫子が真剣な表情で語り始めた。
「これからは、嫌でもコイツらと戦う事になるんだよ」
 そう言って、倒れている戦闘員を指差す。
「コイツらって・・・ 何者なの?」
「さっき話した“組織”の戦闘員さ」
「・・・・・・・・・・・・・・え?」
 乃梨子が呆然とした顔になる。
「チョッと待って!菫子さん、その“組織”に所属してたんじゃなかったの?!」
 乃梨子の疑問に、菫子は悲しそうな表情で答える。
「リコ、あんたを悪の手先にしたくなかったんだよ。だから私は昨夜、あんたを改造した直後に組織の基地から、あんたを連れて逃げ出したのさ」
「菫子さん・・・」
「悪に手を染めるのは私の代で終わりにしたかったのよ。あんたには、真っ直ぐに生きて欲しくてね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・本当は?」
「組織の金、チョロまかしたのバレたみたい」
「あんたって人は! どうして私にとばっちりを受けさせるのよ!!」
 乃梨子は今度こそきっちりシメようと、菫子に襲い掛かる。
「だから無駄だって」

 ピッ!           ギシッ!

「くっ!」
 乃梨子はまたも動きを止められてしまう。

 ピッ!

 菫子は、乃梨子を自由にすると、余裕綽々で語り始めた。
「まあ聞きなリコ。あんたもどうせ組織を潰さないと、組織があんたを回収しに来るんだよ?せっかく作った改造人間なんだからね」
「う・・・それは・・・」
 予想できる未来に、乃梨子は絶句する。
「だから、組織が壊滅するまで戦うしか無いんだよ。そうすりゃあんたは晴れて自由の身、私の追っ手も全滅、どうだい?利害は一致してるじゃないか」
「・・・何か納得行かない。全部菫子さんのせいな気がするのは気のせい?」
「気のせいだね」
 あつさり断言する菫子に、乃梨子は明確な殺意のこもった視線を送る。
「まあ、このまま“組織”をほっとけば、いずれ志摩子ちゃんあたりにも被害が及ぶかもね」
「!! ちくしょう、やるよ!やりゃあ良いんでしょうが! こうなったら組織を壊滅させてやらぁ!!」
「良く言った!頑張るんだよ?リコ」

「人事みたいに言うなぁぁぁぁぁぁぁ!!!」




 
 行け!仮面『ノリ』ダー!
 戦え!仮面『ノリ』ダー!
 菫子のチョロまかした金を踏み倒せるその日まで!
 何も知らず組織に従っているだけの戦闘員を皆殺しにするその日まで!


「うぅ・・・何かナレーションが犯罪者みたいな扱いだ・・・」
「上手い事言うねリコ」
「反省しろよあんたは!!」


【792】 山百合会で一番怖い放課後  (林 茉莉 2005-11-01 03:33:57)


前書き
 このお話は黒祐巳で有名な有機化合物 ver.3.0さまのGJなWeb Comicを元ネタとさせて頂きました。
 この場をお借りしてネタ拝借をご快諾くださった有機化合物管理人 ユーキさまに心よりお礼を申し上げます。
 ありがとうございました。m(_ _)m




「どうです、乃梨子さん。なかなかの出来でしょう?」
「……瞳子、ほんとにやるの?」
「もちろんですわ。これで祐巳さまを……。フフフのフ」




 今宵はハロウィン・ナイト。
 ナイトというにはいささか早過ぎる放課後の薔薇の館で、乃梨子は何だかウキウキと楽しそうな瞳子をあきれ顔で見ていた。
 一方瞳子はといえば演劇部の備品の黒いマントを羽織って、手には大きなオレンジパンプキンをくり抜いて作ったオバケの仮面を持っていた。オバケ仮面の両側にはご丁寧にニンジンを螺旋状にかつら剥きして作った縦ロールまで付いている。
「いつもいつも祐巳さまにはいい様にあしらわれていますが、今日はこれでおどかしてさし上げますわ」

 アホかお前は。子供じゃないんだしそんなモンで驚くか。それに普通かぶるものじゃないだろ、それは。
 そう言いたくてウズウズする乃梨子だったが、この日のためにわざわざ自分で作って用意したという友が哀れでツッコめずにいた。

 そうこうする内にギシギシと階段を上がってくる音が聞こえてきた。
「瞳子」
「ええ、お顔と一緒であの落ち着きなさ気な足音は祐巳さまに間違いありませんわ。しかも上手い具合にお一人のようですわね」

 手にした仮面をガポッとかぶり、ビスケット扉の前で待ちかまえる瞳子。
 祐巳さまは扉の前に着き、今まさにノブに手を掛けたようだ。
 ガチャッ。
「ごきげんよう」
「Trick or Treatですわーーー!」
「じゃあTrick」
「……え?」
 案の定祐巳さまは少しもあわてず、想定範囲外の切り返しにあわあわしているのは瞳子の方だった。

「あの、普通こういう場合Treatでは?」
「なんだ、考えてなかったの? じゃあ私が教えてあげる。ちょっと借りるね、乃梨子ちゃん」
「ご存分に」
「ゆ、祐巳さまどちらへ?」
「いいからいらっしゃい」
 にっこり微笑むと祐巳さまは瞳子の手を引いて会議室を出ていった。向かった先は一階の今は物置に使われている部屋のようだ。




「ぷはーっ、堪能しました♪」
「ひどいです、祐巳さま。えぐっえぐっ」
 およそ三十分後、出ていった時と同じように瞳子の手を引いて、にこにこしながら祐巳さまは戻ってきた。
 出ていった時と違うのは瞳子が赤い顔をしてベソをかいているのと、祐巳さまのお顔がなんだかイイカンジにツヤツヤしていることだ。
「はーっ、頑張っちゃったからのど乾いちゃった。乃梨子ちゃん、お茶もらえるかな」
 分かりましたと答えて席を立ったが、しかし乃梨子の脳細胞はめまぐるしく回転していた。
 瞳子は一体何をされたんだ? 祐巳さまはどう頑張ったんだ?
 聞きたい、もンのすごく聞きたい。でも聞いてはいけないような気もする。
 それにしても瞳子、あんた泣いてるわりには微妙にうれしそうにも見えるんだけど。

「瞳子に何をされたんですか?」
 知的探求心(?)を抑えられず、乃梨子は思いきって尋ねてみた。すると祐巳さまは笑って言う。
「知りたい? だったら志摩子さんに教えてもらうといいよ」
 ちょうどその時、ビスケット扉の外から階段を上る微かな音が聞こえてきた。
 間違えるはずもない。あれは確かに志摩子さんだ!

 その瞬間、乃梨子が瞳子からマントとカボチャ仮面を光の早さで奪い取り、期待に胸を膨らませて扉の内側でスタンバイしたのは言うまでもない。


【793】 初期不良ドリティック・ロール  (朝生行幸 2005-11-01 16:03:21)


 ウィーン、キリキリキリ…
 ウィーン、キリキリキリ…
 私がいるクラス、一年椿組では、さっきからこんな音がひっきりなしに響いていた。
 音が聞こえるたびに、可南子さんのシャーペンの芯が、ぽきりぽきりと折れてゆく。
 音が鳴るたびに、敦子さんと美幸さんが、すがるような目付きで私を見る。
 音がするたびに、教師のチョークが、黒板の上で嫌な引っ掻き音を放つ。
 今、椿組を支配しているのは、怯えたような感情のみ。
 この中で苛立ちという別の感情を持っているのは、私と可南子さん、そして音の発生源である松平瞳子の三人だけではないだろうか…。

 チャイムが鳴るやいなや立ち上がった私、二条乃梨子は、同時に席を立った可南子さんとともに瞳子の腕を取ると、半ば強引に教室から連れ出し、階段の踊り場辺りまで引っ張っていった。
 ウィーン、キリキリキリ…
「な、なんですのお二人とも!?」
 若干の怯えを見せる瞳子には構わず、その肩をグッと押える。
 ウィーン、キリキリキリ…
「いったい何なの?さっきから無意味に…」
 ウィーン、キリキリキリ…
「回転するその妙な物体は」
 腕を組んで、うんうん頷く可南子さん。
 ウィーン、キリキリキリ…
「妙な物体って失礼ですわね。私のトレードマークとも言うべき…」
 ウィーン、キリキリキリ…
「麗しのド縦ロールに決まっているではありませんか」
「(ド?)麗しいかどうかはともかく、まぁ百歩譲ってトレードマークなのは認めるけど…」
 ウィーン、キリキリキリ…
「私が聞きたいのは、なぜ中途半端な回転を繰り返しているのかってこと」
 ウィーン、キリキリキリ…
「なななな、なんのことかしら?これはいつもと全然変わっていませんわよ」
「どこが!?昨日までは、回転も怪音もしてなかったはずなんだけどね」
 ウィーン、キリキリキリ…
「うぅ…」
「止められないの?」
 ウィーン、キリキリキリ…
「…無理です。今朝、新しいのを取り付けたまでは良かったのですけれど」
 ウィーン、キリキリキリ…
「学校に来てからは、回転しては止まり、回転しては止まりで、まったくコントロールが効きませんのよ」
「とっとと外せよ」
 ウィーン、キリキリキリ…
「外すには専用の工具が必要ですし、『作業を行うには、確実に停止した状態でないと危険です』と取扱説明書にも書いてありましたので…」
「なんでそんなややこしい物装備してるのよ!?」
 ウィーン、キリキリキリ…
「何をおっしゃるの乃梨子さん!私のアイデンティティを否定なさるおつもり!?」
「そんなこたどうでもいいの。耳障りで目障りだから、どうにかして止めるなり外すなりしなさい!」
「無理です!私の意思ではどうにもなりません!」
 ウィーン、キリキリキリ…
「分かったわ。こうしましょう」
「可南子さん?」
 言うが早いか、可南子さんが放った強烈なボディブローが、瞳子に深々と突き刺さった。
 まるで、まくのうちのガゼルパンチを彷彿とさせる。
 ウィーン、キリキリ…キリ…キ…
「ぐ…」 
 崩れ落ちそうになった瞳子をさっと抱き上げる可南子さん。
「ちょっと無茶よ!」
「止まりましたか?」
 気を失った瞳子を見れば、確かにド縦ロールの回転は止まっており、力なくぶら下がっているだけだった。
「…止まったみたいね」
「おそらく2〜3時間は目を覚まさないと思います。紅薔薇さまにお伝えして、瞳子さんが気付かない間に帰宅させるのが一番かと」
「…分かった、伝えてくるわ。悪いけど、瞳子を保健室までお願い」
「ええ」

「──ということがあったのです」
「それでお姉さまは早く帰ったんだね」
「そうです。祐巳さまにはご心配になられたでしょうが…」
「いいのよ。原因がはっきり分かったんだから」
 不安そうだった祐巳さまの表情に生気が戻り、ようやくホッとすることが出来た。
 まったく紅薔薇の血筋って、どうも積極性に欠けるような気がする。
 先代紅薔薇さまは、積極的で面倒見が良いって聞いていたけど、これでは本当かどうか疑わしいぐらいだ。
「明日になれば、お二人とも元気に登校してくるでしょう」
「うん。それにしても…」
「はい?」
「やっぱり、あのド縦ロールって回転できたんだね…」
「そうですね。私も目の当たりにしなければ、とても信じられなかったと思います」
「抱き付くときは注意しないと、顔を抉られちゃうかもしれないね」
 いえ、そんな心配するのは祐巳さまだけです。

 そもそも、瞳子に抱き付く物好…ゴホン、抱き付きたがるのは、リリアン広しといえども祐巳さまだけでしょう。
 え?私?
 私はもちろん、志摩子さん一筋。
 理由は…、まぁ、祐巳さまが瞳子に対して持っている感情と同じ、ってことにしときましょうか。


【794】 (記事削除)  (削除済 2005-11-01 22:11:48)


※この記事は削除されました。


【795】 やっぱり祐巳が好きユミユミ詐欺  (アヤ 2005-11-01 22:35:39)


3回のコール音のあと、祥子は電話に出た。
「はい、小笠原でございます」
「福沢と申します。祥子さまはいらっしゃるでしょうか?」
「まぁ、祐巳なの?」
「はい。あの、お姉さまに少しお話したいことが・・・」
「何かしら?」
「実は、ちょっと、事故してしまって・・・」
「祐巳は大丈夫なの!?」
「私は大丈夫なんですが、相手が・・・それで、少しお金が必要なんで、
 ○○の口座に振り込んでいただけますか?」
「わかったわ。祐巳が無事なら、それでいいわ」
    がちゃん


瞳子は、ワンコールで電話に出た。
「はい、松平瞳子ですわ」
「あ、瞳子ちゃん?私、ユミだけど」
「ゆ、祐巳さま!?」
「瞳子ちゃん、突然で申し訳ないんだけど、お金貸してくれるかな?」
「え?ええ、祐巳さまのためならっ!」
「ありがとう。じゃあ、××銀行に振り込んでおいてね」
    がちゃん

可南子の場合、男対策のナンバーディスプレイがあるので、0.03秒で出た。
「もしもしっ!細川ですがっ!」
「あ、可南子ちゃん?ユミだけど」
「祐巳さま!何か連絡が?」
「ううん。ちょっと、用事があって」
「用事?」
「あのね、今ちょっと、お父さん倒れちゃってね、家計ピンチなの。
 お金、貸してくれるかな?」
「是非!」
「じゃあ、○×信用金庫に振り込んでね」
     がちゃん









「ふー、なんとか集まりそう」

「あー!祐麒!あんたが電話持ってたの!?貸して!」

(まさか、祐巳のフィギュア作りのために、借金作ったなんて、言えないからな・・・)


【796】 (記事削除)  (削除済 2005-11-01 23:36:57)


※この記事は削除されました。


【797】 結婚式夢が実現  (六月 2005-11-02 00:37:47)


*妄想炸裂してますので、毒されないようにご注意ください。(笑)

とある晴れた秋の日。リリアン女学園近くのホテルでパーティーが行われている。
佐藤聖さまの結婚披露パーティだ。そこに半年前に大学を卒業したばかりの私、福沢祐巳も招待されていた。
「ご結婚、おめでとうございます。聖さま」
「祐巳ちゃんありがとね、っと」
うわっ、タキシード着たまま抱き着いてきたよこの人。
「もう、抱き着かないでくださいよー」
「ははっ、ごめんごめん。抱き納めだから許してよ」
何年経っても変わらないんだから困ったものだ。変わったのは私達かな?
抱き着いて来るだけだから慌てて振りほどくのもめんどうだし、祥子さまもヒステリー起こす事なく呆れてみてるだけだ。
あ、でも・・・急に手を引かれて聖さまから引きはがされた。
「お姉さま、油断しすぎですわ。こんな女たらしに近づいてはいけません!」
「瞳子、女たらしって・・・ま、そうだけどね」
「祐巳ちゃん否定してよ!聖ちゃん悲しい」
慣れてない瞳子がヒステリー起こしちゃった。


「お姉さま、新婦をほったらかしにしていて良いんですか?」
「ん?志摩子と乃梨子ちゃんが居るから大丈夫なんじゃない」
栞さんと話していた志摩子さんがやってきた。「お久しぶり」って言葉を交わし合う。
ピンクのフリルが可愛いドレス姿の栞さんと、シックなスーツの乃梨子ちゃんはまだ向こうで話してるみたいだ。
「栞さまも変わりましたねぇ。たしか、シスター志望だったんですよね?」
「ん、私も驚いた。まさかシスターになるのをやめて、リリアン女子大の神学部で助手やるなんてね」
聖さまが眩しそうに栞さんをみてる。本当に栞さんのことが好きなんだな。
「シスターになることだけが神の教えを学ぶ道ではありませんわ。
 宗教を知るためにはもっと広い見識が必要です。
 御仏の慈悲を学ぶのもまた一つの道のように」
そういえば志摩子さんもリリアンに研究員で残ってるんだった。でも御仏?
「おいおい、志摩子は仏門に入るなんて言わないでしょうね?
 どうも白薔薇家はストイックなのが多いなぁ」
「さあ、どうでしょう?乃梨子のそばに居るにはその方が都合が良いですから。
 乃梨子が兄に代わって小寓寺の跡継ぎになってくれるそうなので、私も家に残るつもりですし」
乃梨子ちゃんは造形大学で仏像の美術研究と彫刻をやっているそうだ。
そして時間が空くと小寓寺で尼僧になるため、志摩子さんの小父様から修行を受けているとか。
「志摩子さん、乃梨子ちゃん仏師になれそうなの?」
「えぇ、彫刻の才能もあったみたいで、大学を出た後、暫くは京都で修行するつもりみたい」
「ふーん、寂しくなるんじゃない?志摩子」
「そのときは乃梨子のところに押しかけ女房に参りますわ」
「ははっ、志摩子変わったね。ずいぶんとふっ切れて良い感じだよ」


あ、懐かしいおデコ・・・ちがう、懐かしい方がやってきた。
「おめでとう、聖」
「やぁ、江利子。ん?今日はあの娘は?」
きょろきょろと辺りを見回すけど、いつも江利子さまにくっついてる女の子がいない。
赤ん坊を抱えた江利子さまが居るだけだ。
「珍しく旦那と一緒に遊びに行ってるわ。今日は息子だけ。
 ほーら、聖おばちゃんにご挨拶なさい」
おばちゃんって言われてさすがに聖さまも苦笑してる。
そこに令さまも顔を出した。
「おめでとうございます、聖さま」
「よっ、令。元気そうでなによりだ。で、結婚はまだ?」
「えぇ、まだ彼が18ですから。大学を出てからということで」
令さまがまだ黄薔薇さまだったころにお見合いした男の子も随分と大きくなったものだ。
「おやおや、それを待ってる間に令がおばさんになったらどうするんだよ、ねぇ」
「はぁ、おばさんと呼ばれるならそっちの方が良いですよ。
 彼とデートしてると女の子にナンパされるんですよ。美少年と美青年って。
 私達は男女のカップルだー、って叫びたくなるくらい」
ミスターリリアン現役ですか、令さま。
そんなことを考えていると、ぽんっと肩を叩かれて振り返る。
「ごきげんよう、お姉さん」
「へ?あ、もう由乃ってば、大丈夫なの出歩いてて」
まだお腹は目立ってないけど、もともと身体が丈夫じゃないんだから無理はしないようにして欲しいなぁ。
「大丈夫、安定期に入ってるから。それに妊婦もね少しくらいは体を動かさないと、健康に悪いのよ」
「俺がついてるから大丈夫だよ姉貴」
「ん、祐麒ならしっかりしてるから安心か」
大学卒業と同時に入籍、妊娠5カ月の由乃さん。祐麒も緩みまくった顔して、幸せそうでなによりだ。


黄薔薇家が栞さんに挨拶に行くのと入れ違いに別の方が・・・誰だっけ?
「おめでとう、聖」
「お姉さま、ありがとうございます」
聖さまのお姉さまかぁ、綺麗な人だな。
「しかし、同性婚ってのも驚いたけど、あの栞さんと結婚するというのが一番驚いたわ。」
「あの時、お姉さまや蓉子に助けていただいた恩は一生忘れません。
 そのお陰で今の私があるようなものだし、今のように冷静に栞と一緒に居られるようになったんですから」
「そう・・・」と聖さまの頬に両手を添えて微笑まれた。
「ほんと、しっかりと感謝してよ。
 そして二度とあんなことは起こさないと誓ってちょうだい。」
いつの間にかやってきた蓉子さまの言葉に、聖さまもしっかりと頷く。
そしてにやっと笑いながら、肘でうりうりと蓉子さまを小突いている。
「蓉子?今日はだんなは?」
「旦那じゃない!柏木さんは仕事のパートナーよ!あくまで仕事仲間」
「はいはい。てかわたしゃ柏木なんて一言も言ってないんだけど」
真っ赤になってる蓉子さまを小突きまわす聖さま。
口では否定しているけど私達は知ってる。
婚約を破棄された柏木さんと、密かに聖さまに想いを寄せていた蓉子さまが、恋に破れた者同士慰めあっているうちに仲良くなっているのを。


「しかし、こうやって同性婚ができるなんて、本当に祥子のおかげよね。
 小笠原の力で国会まで動かすんだからなぁ、自分の欲望のためとは言え」
「欲望なんて人聞きの悪いこと言わないでください!」
祥子さまを怒らせないでくださいよ、聖さまぁ。後のフォローが大変なんですから。
「えー?それが本音でしょう?祐巳ちゃん欲しさに世界の方を動かしちゃったんだから。
 ねぇ祐巳ちゃん」
な、なんでそこで私に話しを持ってくるんですか!?祥子さまが睨んでいるじゃないですか!
「ほぇぇ?わ、私に話を振らないでくださいよ・・・。ねぇ、お姉さま」
「祐巳、いつも言ってるはずよ。
 私はお姉さまと呼ばれても返事はしません。ちゃんと私のことを呼びなさい」
「はぅ」
祥子さまに睨まれ、皆からなんだか期待がこもった視線で見つめられる。
うぅ、皆の前だとまだまだ恥ずかしい。けど、言わないと祥子さまの機嫌を損ねたままだ。
「ごめんなさい・・・・・・・・・あ、あなた」
「はいっ!」
私と祥子さまの左手の薬指には、お揃いのシルバーのリングが幸せ色に輝いていた。


【798】 どこへ向かってゆく異邦人  (朝生行幸 2005-11-03 00:51:53)


 昼休みのことだった。
 前日、予習が間に合わなかった紅薔薇のつぼみこと福沢祐巳は、一人図書館で勉強していた。
「祐巳さま?」
「あ、乃梨子ちゃん」
 声をかけてきたのは、たまたま居合わせたと思われる、白薔薇のつぼみ二条乃梨子。
「めずらしいですね、こんな所でお会いするなんて」
「お互いさまだよ。成績優秀な乃梨子ちゃんが、図書館に用があるなんて」
「私だって、本ぐらい読みますよ。で、何をお読みになってるんです?」
「これ」
 本のタイトルを乃梨子に見せた祐巳。
 “種の起源”だった。
「生物の予習が出来なかったから、目を通しておこうと思って」
「へー、予習にしては、結構ディープなモノを…」
 はっきり言ってこの本、あまり読書をしない祐巳では、集中しても、読破に早くて半月はかかる。
 昼休みでは、序文すら全て読めないだろう。
 もっとも、いくら祐巳でも最初から読んだりはしないだろうが。
「そうかな?」
「ええ、“グレートブリテン及び北アイルランド連合王国”出身の“チャールズ・ロバート・ダーウィン”が著述した、“自然選択の方途における種の起源、あるいは生存競争による優越種の保存”を読むには、かなりの時間を必要としますから」
「…はい?」
 いきなりペラペラとワケのわからんことを口にした乃梨子に、思わず訝しげな表情をする祐巳。
「簡単に言えば、“イギリス生まれのダーウィンが書いた種の起源”です」
「…なんだか、早口言葉みたいだね」
「正式な名称で言うと、やたらと長くなります」
「もう一度言ってくれるかな?」
「イギリスの正式名称は“グレートブリテン及び北アイルランド連合王国”、ダーウィンのフルネームは“チャールズ・ロバート・ダーウィン”、種の起源の正しいタイトルは“自然選択の方途における種の起源、あるいは生存競争による優越種の保存”です」
「へー…」
 呆然とする祐巳。
「まぁ、こんなこと覚えるぐらいなら、それこそ種の起源の内容を覚える方が、よっぽどためになりますが」
「でも、なんか格好良いよ」
「そうですか?覚えて同じクラスの方々に教えて差し上げます?」
「あ、それいいね。教えて教えて?」
「いいですけど…」
 予習はどうした、とは言えない乃梨子だった。

「キリスト教系の学校なのに、ちゃんと進化論を教えてるのねー」
 生物の授業が終わり、祐巳と由乃、蔦子と真美が雑談していた。
 ちなみに祐巳は、せっかくの昼休み、例の早口言葉を覚えるのに必死で、予習なんか出来たわけがなく、先生の質問に答えられず、若干へこみ気味だった。
「そういえばそうね、創造論を教えられても不思議はないんだけど」
「ま、日本にはファンダメンタリストなんてそんなにいないとは思うけどね」
「ファンダメンタリストって何?」
 祐巳が問い掛ける。
「“聖書根本主義者”のこと。人間は、“創世記”の記述どおりに作られたって盲信している人たちね」
 やれやれといった風情で、肩をすくめる蔦子。
「あーなるほど。人が猿から進化したってことを認めたがらないわけね」
「その人が猿から進化したって主張自体誤解なんだけど、ま、そう言うこと。現実に目を瞑って、理想の中で生きたいって困った方々なわけよ。バカバカしい例として、スコープス裁判があるわね」
「スコープス裁判?」
 祐巳が疑問の声をあげた。
「アメリカでの話なんだけど、テネシー州で、スコープスという生物学教師が、進化論を教えたが故に訴えられたのよ。進化論を教えるのを禁止する法律があったばかりにね」
「なにそれ?」
「キリスト教の人が多いアメリカだからこその話なのよ。日本じゃ、少なくはないけど多くもないしね」
 確かに、熱心なキリスト教信者なんて、日本では滅多に見かけない。
「なんにせよ、バチカンで一番偉かった人だって進化論を認めてたんだから、片が付いたと言えば付いたんだけど、納得しない人間の方が多いんだなぁ」
「大抵の宗教って、生活に根付いているもんね」
「そうね。まぁ、我々は信仰してるって言うほど熱心ではないわけだ。食事する前に手を合わせ、寺に参ってクリスマスを喜び、神社で拍手を打つ。道教に仏教にキリスト教に神道、まったく無節操な民族だわ日本人ってのは」
 なかなか深い会話を続ける一同。
 おかげで祐巳は、例の早口言葉を切り出すことが出来なかった。
「確かに無節操ね。クリスマスやバレンタインやら。どっちも大元はキリスト教に行き着くけど、直接は関係ない話だし」
「そうなの?」
 祐巳が問う。
「そうよ。サンタクロースってのは、もともとトルコの司教、聖ニクラウスの逸話に基づいているの。娘を売ろうとしていた隣家の窮状を救うため、金貨を投げ入れたのが始まりらしいわ。それがどうしてキリストの誕生日に結びついたのかはサッパリだけど。セントニクラウスが訛って、サンタクロースになったのは有名な話ね」
「そう言えば、聞いたことがあるわね」
「バレンタインだってそう。3世紀のころ、時のローマ皇帝が若い兵士達の結婚を禁じたため、哀れに思った聖バレンチノが密かに祝福してあげたらしいの。でも皇帝に知られてしまい、処刑されてしまったのが2月14日。それが始まりらしいわ」
「それでその日なのね」
「そそ。もっとも、日本で女性が男性にチョコレートをプレゼントするという風習は、某製菓メーカーによる陰謀ってもっぱらの噂…と言うより、ほぼ真実に近いそうよ」
「結局、日本人が踊らされているのには変わりないってわけね…」
「政教分離がなされてるのは、大いに結構なんだけどね。国是に宗教が絡むと、某中近東の国々みたいになっちゃうわけ。お陰で話が進まない進まない」
 腕を組んで、うんうんと頷く、由乃、蔦子、真美。
 なんだかよく分からずついて行けないまま、祐巳は首を傾げるばかりだった。

 そして、当然ながら、放課後には殆どを忘れてしまったわけで…。
「ごめん、乃梨子ちゃん。もう一回教えて?」
「はぁ…」
 昼休みの時間を返せ、とは言えない乃梨子だった。



注)「種の起源」の原題は「On the Origin of Species by Means of Natural Selection, or the Preservation of Favoured Races in the Struggle for Life」です。
訳者によって、和名に若干の違いが表れますが、大意は作中の通りです。
また、後半の談義については、一応調べた上で書きましたが、もし間違いがあればご指摘ください。


【799】 惨事のあなた初めてのビキニ  (ケテル・ウィスパー 2005-11-03 02:43:40)


スレイヤーズすぺしゃる×マリみて。 菜々のシナリオシリーズです。


「ほ〜〜ほっほっほっほっほ!! ついに追いついたわよ、福沢祐巳!」

 ビシッ! っと私を指差すのは、フワフワの髪、均整のとれたうらやましくなるようなプロポーションの美少女。 しかし、その容姿も、肩にはトゲトゲの付いたショルダーガード、首に髑髏の首飾り、無意味に露出度の高い黒い服に黒いマント。 晩秋の風にふかれてちょっぴり寒そうなのは、自称私のライバル藤堂志摩子。

「さあ、この前の依頼料、私の取り分をきっちりいただきましょう!」
「くっ、まだ覚えていたのね。 いいかげんしつこいわよ! あなたは志摩子なんだから二、三歩歩いたら忘れればいいのよ!」

 4、5日前のこと、私はもう名前さえ覚えていない小さな村で『近くにあるダンジョンのモンスターを退治して欲しい』と言う依頼を受けた。
 ダンジョンの中でお宝漁って、攻撃魔法撃ちまくってストレス発散できて、依頼料金貨10枚! なかなかおいしい仕事だったのだが、それに頼みもしないのにくっついてきたのが、金魚のウンチの志摩子だった。
 祝杯と称して食堂で油断している時に、スリーピングの魔法をかけて眠らせて出てきたのだ。 『御代は連れが払うから』とお会計係に言っておくのは基本です。 

「何気にひどいことを言われたようだけれど…」
「何気じゃあないから、本気で言ってるし」
「なんですって! 祐巳、あなたとは本気で決着をつけなければならないようね! そうして依頼料を私のものに!」
「この四、五日で何回もやっている気がするけれど。 いいわ、私もいい加減うんざりしてきたことだし。 本気で行かせてもらうわよ!!」
「ほ〜ほっほっほっほっ〜〜。 ……ってちょっと祐巳! そ、その呪文は!」

 志摩子が焦りだした。 そうこの呪文は魔導師の仲間内ですら禁忌にされている。  
『黄昏よりも昏きもの 沸き出でる硫黄より黄色きもの…』

「祐巳! その呪文はしゃれになら無いからやめておきなさい!」

 あんたは今までしゃれで攻撃呪文を私に繰り出しとったのかい!

『時の流れに埋もれし、偉大な汝の名において…』

 キョロキョロと周りを見回し逃げ場所を探している。 よっぽどあの時怖かったんだろう。 私も今、とっても怖いよ……。 始めちゃった物はしょうがないね、今さら止められないし。

『我ここに 闇に誓わん……』

「翔封界!!(レイ・ウイング)」

 今さらながら高速飛行術を唱えて飛び立った志摩子、だがこの広範囲無差別いてこましたれ魔法からはもはや逃げられないだろう。 たぶんそれは私も………。

『我等が前に立ち塞がりし すべての愚かなるものに…』

 私の視界が滲む、今さらながらだけれど”やめておけばよかった”と後悔しだしている。

『我と…汝…が……力もて……』

 声が上ずり、途切れ途切れの詠唱になってくる。 

『等しく……滅びを………与え…ん‥こ…と‥‥を!』

 無常とはこのこと、悪魔が溜息を吐くように呪文が完成してしまった。

 私の目から涙が零れ落ちる。 等しく私も滅ぼされてしまうのねっと思いながら、黄色い光を開放する。

『……ヨ、ヨシノ・スレイ〜〜〜〜ブ〜〜〜!!』

 解き放たれた光芒は真っ直ぐ志摩子に向かって行き炸裂した。 そしてその衝撃波とともに聞こえてくるのはこの魔法が確かに炸裂したことを知らせてくれる声。

『   令ちゃんの〜〜! バカ〜〜〜〜〜〜〜!!!!  』

「あ、あ〜…はっはっはっはっ……。 はぁぁ〜〜……」

 まあ、志摩子を完全に葬るには元素レベルまで分解しなきゃダメだろうから。 またそのうちのこのこと出てくるだろうけれど。 問題は……このあとの楽屋落ちかな?



  * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



「よくわかってるじゃない、ってか、私は魔王なのかい菜々! ……菜々? どこ行ったの? さっきまでここにいなかった?」
「さっきソロ〜ッと出て行きましたわ」
「……私こんなに肌を出すコスチューム嫌だわ。 それにあの下品な高笑いはちょっと…」
「肌を晒すなんて物じゃないわね、マイクロビキニね、それにこの術の名前間違ってるわ」
「ほぇ? そうなの? この手の小説って読まないからわかんなかったけれど」
「ドラゴンをこの術で倒したことから、「ドラゴンスレイヤー」=「ドラグ・スレイブ」ってなったのよ。 名前からすれば、私を倒したから「ヨシノスレイヤー」=「ヨシノ・スレイブ」って言うことになるのよ! って事は何? 私はドラゴンかそれに近いようなモンスターなの?! 却下よ! 何が何でも却下!! 菜々! あとで教育的指導よ!」
「こんな服着たく無いから……」
「”大平原の小さな胸”とか言われるのは嫌だし…」
「まあ、私はたいした出番はありませんけれど、お姉さまがそうおっしゃるなら…」
「志摩子さんの肌を晒させるなんて冗談じゃないわ」

 賛成:0票   反対:5票   棄権:1票

    否決・・・・・・

「あ、逃げて来ちゃいましたけど。 あの場で済ませたほうが良かったでしょうか?」


【800】 (記事削除)  (削除済 2005-11-03 09:19:48)


※この記事は削除されました。


一つ戻る   一つ進む