【851】 悲しみにさようなら  (ROM人 2005-11-13 22:05:36)


Ver.2の最初にこれを書くのもなんですが……(w
「悲しみにさようなら」というタイトルで思わず書いてしまいました。

【No:622】「笑えない明日」から始まる、がちゃSレイニーダークルート(仮称)にまつわるお話です。
【No:728】「雨上がり妹を乃梨子に」で終わりの予定だったんですが……これで多分このシリーズで思い残すことはないと思います(^^;

※この話は琴吹 邑さんが「このセリ掲示板」のNo.10で書かれた「Resurrection」ともリンクしています。
……というよりも、あの作品を読ませてもらってこの作品を書きたくなったんですけど。


【諸注意】
※この話は、【No:622】「笑えない明日」の時点で最悪のどん底なシナリオとなっています。
暗い話で、原作登場人物の死などがあります。
なお、この話はあくまでがちゃSレイニーシリーズから妄想した三次創作のような位置づけなのでその点ご注意願います。





 暑い夏もすぎて、季節は秋と呼ばれる時期となった。
 夏の名残も、随分と少なくなっている。
「また、ここに来ていたのね」
「……はい」
 たくさんの墓標が立ち並ぶ、広大な墓地。
 その中の一つの前に二人の姿が並んでいる。
 墓石には「松平」の文字。
 まわりの墓よりも数倍の立派さと存在感を持ったその墓に、真新しい真っ赤な薔薇の花が生けられている。
「乃梨子ちゃん……妹が出来たそうです」
「そう……」
 立ち上る線香の煙に包まれながら、二人は手を合わせる。
 無言の刻がしばし流れる。

「今日、私の夢に瞳子ちゃんが出てきたんです」
 じっと手を合わせていた彼女はそう言って顔を上げた。
 彼女は私の大切な妹。

 リリアン女学園の高等部を卒業しても、彼女が私の大切な妹であることには代わりはない。
 私はリリアンを卒業した後、外国へ渡った。
 笑顔を無くした妹を残して、薄情な姉と思われるかも知れないけれどそれはどうしようもないことだった。
 小笠原の跡継ぎとしての責任が私の肩に重くのしかかっていたのだ。
 いや、違う。 私は逃げたのだ。
 笑顔を無くしてしまった妹にどう接していいのかわからずに、触れてしまったら壊れてしまいそうで恐かったのだ。
 祐巳はリリアンを卒業した後、大学へは進まずに父の経営する設計事務所で事務をやっていると聞いていた。
 昨日、一時帰国を果たした私は、何より先に祐巳と会いたいと祐巳の家へ向かった。
 そして、祐麒さんに祐巳の行き先を尋ねた先がここだった。

「瞳子ちゃん……にっこり笑ってました。 蔦子さんにもらったあの写真みたいに。 あんな瞳子ちゃんの顔……私あんまり見たことがなかったんですよね」
 祐巳の言うあの時の写真とは、学園祭の時の写真だった。
 若草物語のエイミー役の衣装を着たまま、学園の中を走り回った二人。
 あの時の二人を見た誰も、今のこんな結末を想像してもいなかっただろう。
 たくさんの障壁を乗り越えて、きっとどの姉妹よりも仲睦まじい姉妹になったと思ったはずだ。
「瞳子ちゃんと姉妹になっていたなら、あんな笑顔を沢山見ることが出来たんでしょうか?」
「そうね」
 そうなっていたら、きっと毎日がどんなにか楽しかったことだろう。
 祐巳の姉である私がヤキモチを焼くくらい、二人は仲の良いところを見せてくれたはずだ。
「ねえ、祐巳……。 私と一緒に来ない?」
 私は、祐巳にそう告げた。
 『一緒に来て欲しい』そう告げるために、私は日本に戻ってきたのだ。
 祐巳の顔に笑顔を取り戻したい。
 祐巳の顔から笑顔を消してしまったあの事件は、私のせいでもあるのだから。
 どんなに時間がかかってもいい。
 包み込んで守るのが姉というなら、私はあの時包み込むことも守ることも出来なかった。
 だから、もう一度……。


「……ありがとうございますお姉さま。 でも、私は此処(日本)でもう一度やり直してみようと思っています」
「えっ……」
「夢の中で、瞳子ちゃんに怒られたんです。 『おめでたい祐巳さまらしくありませんよ』って」
「……祐巳」
「一年、ブランクが出来ちゃいましたけど……私、リリアン女子大に進みます」
 そこで、もう一度やり直してみたいと祐巳は言った。
「お姉さまに甘えてしまったら、多分私はダメになっちゃうと思うんです……そうしたら今度こそ瞳子ちゃんに愛想つかされちゃいます」
 そして、まだどこかぎこちなさの残る笑顔。
 でもそれは、久しぶりに見た愛しい笑顔だった。
 祐巳も前を向いて歩き始めた。
 頼ってもらえない寂しさは残るけれど、それ以上に私の心は祐巳の笑顔で満たされた。

 帰ろう。
 そう、祐巳が自慢できる姉で居続けるために。
 私は静かに祐巳を抱きしめると、そう誓った。



 FIN

―――

そう言えば、祐巳sideの救いが無かったなと今さらながらに思ってました。
「いい加減、このシリーズ掘り起こすなっ!」って思ってる方も多いと思われますが、
多分、これで終わりだと思いますのでどうかご勘弁を。


【レイニーダークルート(仮) まとめリンク】

【No:622】「笑えない明日」 −ROM人
     ↓
【このセリ掲示板: No:3】「悲しみの別れ 〜笑えない明日 〜」 −琴吹 邑さま
     ↓
【No:728】「雨上がり妹を乃梨子に」−ROM人
     ↓
【このセリ掲示板: No:10 】「Resurrection」 −琴吹 邑さま
     ↓
【No.851】 「悲しみにさようなら」−ROM人


【852】 誘惑に負ける快眠推進倶楽部  (柊雅史 2005-11-14 01:50:49)


 春。
 平均気温がぐんぐん上がって、ひらひらと桜の花が舞い始めると、どうしたって逃れられない魔の手が襲い掛かってくる。
「くぁ……ふ……」
 紅薔薇さまの称号を無事継承した祐巳は、少々その偉大な称号には不釣合いな大きな欠伸を漏らしていた。
「はぁー……ぬくぬくだねぇ……」
 薔薇の館の窓際に椅子を寄せて、窓枠に顎を乗っけて目を細める。
 眼下を歩いていた一年生たちが、きゃあきゃあ騒ぎながら手を振って来たので、祐巳はふらふらと力なく手を振り返してあげた。
 一年生たちは黄色い歓声を上げると、ぱたぱたと駆けて行った。その背中を見送って、祐巳はもう一度「くあ〜」と欠伸を漏らす。
 春の使者、春の魔の手。
 それは他でもない、眠気である。
「気持ち良いなぁ……これはのんびりしないとバチが当たるよ。うん」
 むにゃむにゃと呟いて、軽く目なんて閉じてみる。瞼の裏側に桃源郷が見えた。
 ――と。
「お姉さまっ!」
 バタン、と物凄い音を立てて扉を開けながら、とてつもなくお怒りモードの瞳子ちゃんが入ってきた。
「あ、瞳子。ごきげんよう〜」
「ごきげんよう、じゃありませんわ! 何をしてらっしゃるのですか!」
 ひらひらと手を振った祐巳に、瞳子ちゃんは眉を逆立ててズンズンズンと接近し、祐巳の頭の上から手を伸ばして窓を閉めてしまう。
 祐巳はちょっと口を尖らせた。
「ああ、せっかく気持ちよかったのに」
「気持ち良いのは結構ですが、腑抜けた間抜け面を全校生徒に披露しないで下さいましっ! 私、お姉さまが窓から身を乗り出して大欠伸している姿をみて、穴があったら入りたい気分でしたわ!」
「やぁ、瞳子は今日も元気だね」
「お姉さま!」
 このぬくぬくした陽気の中、ハイテンションに身振り手振りを交えて注意してくる瞳子ちゃんに、祐巳としては素直に感心したのだけど、この反応はあまりお気に召さなかったらしい。
「良いですか、私はこれから演劇部に戻りますけれど、今度同じことをしたら問答無用に天誅ですわ!」
「なんだ、今日は演劇部なんだ?」
「そうですわ。部室に行こうと思ったら……あの腑抜けた顔! とてもまっすぐ部室になど向かえませんでした! 後生ですから、紅薔薇さまとしての自覚をもう少し持ってくださいませ!」
「はいはい。分かったから、部活頑張ってね」
「……本当に分かりましたの?」
 疑いの目を向けてくる瞳子ちゃんの背中を押し出すようにして、祐巳は瞳子ちゃんを送り出した。まぁ確かに、さっきのは少々紅薔薇さまとしての品位に欠けてたかな、なんて反省しつつ、瞳子ちゃんに閉められてしまった窓を全開にする。
 そよそよと暖かい春風が吹いてきて、祐巳は一瞬で『反省』の単語を忘れた。
「はぁ……これでのんびりしないのは、神様への冒涜だよねー」
 組んだ腕に顎を乗せ、そよ風を頬に感じながら、祐巳はうっとりと目を閉じるのだった。


 階段を駆け上がる瞳子の足取りは、常日頃のおしとやかさを忘れて荒々しい物になっていた。
 普段なら、ギシギシ鳴ることで有名なこの階段でさえ、ほとんど音を立てずにしっとりと歩くのが瞳子の密かな日課なのだけど、今日ばかりはそんなことに構っている暇はない。部活を終えて薔薇の館に戻ってきた瞳子が見てしまった光景。あれを見て、のんびり歩いていられるほど、瞳子はのんびり屋さんではないのだ。
「お姉さまったら、あれほど言いましたのに!」
 薔薇の館の前まで来て、瞳子は思わず唖然としてしまった。
 開いた薔薇の館の二階の窓。
 そこに連なるは、紅薔薇さまと黄薔薇さま、更には白薔薇さまの気の抜けた寝顔がズラリ。
「全くもう! 乃梨子さんと菜々は何をしているのですか!」
 いくらお姉さまでも、黄薔薇さまや白薔薇さまがいれば、春眠に身を委ねたりはしないだろう、と思ったけど甘かった。
 そもそも黄薔薇さまもいい加減な性格の持ち主だし、白薔薇さまものんびり屋だ。お姉さまの誘惑と春の魔手に陥落してしまったのだろう。
 けれど、それを止めるのが乃梨子さんであり、菜々なのではないだろうか。今年の薔薇さまを助け、時にはフォローするのに、中々頼もしいつぼみの仲間が揃ったと、瞳子なんかはかなり期待していたのだけど。
「お姉さま方の寝顔を晒すなんて、なんたること! どうして乃梨子さんは注意しないのですか、日和見の菜々はともかく!」
 バタン、と扉を勢い良く開き、瞳子は大きく息を吸い込んだ。
「お姉さま!」
「あ、瞳子、お帰り〜」
 むっくり体を起こして、お姉さまが朗らかに笑う。
「待ってたんだよ。なんか私一人寂しくて」
 言いながらお姉さまが指し示した両脇――黄薔薇さまと白薔薇さまを見て、瞳子は思わず絶句する。
 そこには、窓に寄りかかってくつろぐ薔薇さま方の膝に頭を乗せて、くーくーと安らかな寝息を立てるつぼみが二人。
 正に『堕落』を絵に描いたような光景だった。
「瞳子もおいでよ。一緒にお昼寝しよ〜」
 笑みを浮かびながら手招くお姉さまに、瞳子は日頃鍛え上げた肺活量を120%活用して、大きく息を吸い込んだ。




「はい、お姉さま!!」




【853】 目覚めよ今まで何をしてきた  (ROM人 2005-11-14 05:30:12)


Y.さんの書かれた【No:816】「マリア象桂さん前途多難」の続きを書いてみたりしようと思います。
リレーという事なので、最後は投げっぱなしで終わると思うので、
続けてみたい人はよろしくです。





「んー。 やっぱり、人間の体はいいわぁ〜。 あの娘に返すのがもったいないなぁ」
リリアン女学園建設と同時に作られた古いマリア様の石像。
それが一般的な私のイメージだ。
でも、今は違う。
長い年月を経て、乙女達の祈りが私という人格を生み出した。
毎朝、毎夕、様々な祈りを受け止めてきた私は、ある種の霊力を持つことが出来た。
ただの石像でしかない私は少女達の願いを叶えることなど出来はしない。
ずっと見守り続けた日々だった。
必死に祈り続けていたあの娘は、突然姿を見せなくなった。
また、卒業してずいぶん経ってから教師として戻ってきた娘も居た。
一つ一つみんな違う顔を持ち、いろんな願いを持っていた。
たくさんの姉妹の契りも見届けた。
そう言えば、この娘もお姉さまがいたんだっけ。
とりあえず、その場でくるりと回ってみる。
動けるって素晴らしい。
ただ見てるだけなんて、もううんざり。
それに、一度この制服着てみたかったのよねー。

「桂? そんなところでくるくると回って何をしているのかしら」
ふと、背後から声がかけられた。
えっと、この子は……この娘のお姉さまだったわね。
「あ、ごきげんようお姉さま」
好都合よね、姉だと知っていれば名前知らなくてもぜんぜん平気なんだから。
とりあえず、お姉さまと呼んで話を合わせておけば問題ないし。
「まったく、こんな場所でくるくる回っていたらここを通る人達の邪魔になるじゃないの……」
そう言われてまわりを見てみたら、すでに運動部の生徒達が登校してくる時間になっていた。
「ほら、桂もマリア様にお祈りをすませてしまいなさい」
そう言って、桂ちゃんのお姉さまは何事もなかったように、私の代わりに据えられている象の像に手を合わせている。
つーか、誰もその光景に疑問を抱かないのか?
普通に手を合わせて、何事もなかったように去っていくよ……。
こいつら、私の代わりにスーパーマリオの像を据えて置いても完璧にスルーしそうで恐い。
とりあえず、私は私の代わりに据えてある象の像に手を合わせると姉についていった。


「あら、桂さん何処へ行かれるの?」
昇降口で姉と別れた私はとりあえず、二年生のクラスへと歩いていった。
そう言えば、私は桂ちゃんが何処のクラスだか知らなかった。
元々、存在感薄いのよね……この子。
だから、簡単に体を乗っ取れたといえばそれまでなんだけど。
「あ、志摩子さん。 ごきげんよう」
この子は印象が強いわ。
やたらと仏臭がする割に、根強いキリシタン。
お寺の娘なんだっけ?
一見、洋風の外見なのにねぇ。
前に一度、この娘に乗り移ろうとしたら酷い目にあったわ。
彼女にはかなり強力な守護霊がひっついてて……思い出すだけでも恐ろしいわ。
「なんか、今日の桂さん変よ?」
教室に入るなり、自分の席がわからなかったり、
話しかけてくる生徒の名前がわからなかったり。
いえ、私はちゃんとリリアンに通う生徒全員をちゃんと見守ってるんだってば。
ほら、例えば印象が薄い子とか、私に祈るときって別に自分の名前頭に浮かべてから祈ったりするわけじゃないじゃない。
だから、一緒にいる姉妹がお互いのことを祈ったりする時じゃないと名前ってわからないのよ。
そうすると、当然姉妹の居ないこの名前は結構わからない場合もあるのよ?
居眠りしていたり、ぼんやり他のこと考えて上の空だったりじゃないのよ? 本当よ。
この志摩子さんの場合は、ずっと自分の家のことで悩んでたみたいだし、一緒にいる妹が頭の中志摩子さんとのあんな事や、こんな事ばっかりだから印象に残りやすかったのよ。
そう言えば、この子の姉もやっかいな性格してたわねぇ。

あ、授業が始まった。
この先生、ここの卒業生ね。
あの頃はお姉さまべったりで、姉妹愛が行き過ぎてて本気で将来を心配したけど最近じゃちゃんと男性の交際相手が居るのよね。
あの頃、私に祈っていた内容生徒にばらしたら面白いことになりそうね。
しっかし、眠くなる授業よね。
いいか、眠っちゃっても。
どーせ、私が困る訳じゃないしぃ。
ちょっと寝たぐらいで桂ちゃんに体を取り戻される様なこともないでしょう。


……zZZ


「ちょっと、桂さん……桂さん……もう、お昼よ」
「ほぇ? 志摩子ひゃん」
見ると、志摩子さんが困ったような顔で私を見つめていた。
「もう……一時間目からずっと寝て居るんだもの。 先生方カンカンに怒っていたわよ」
あちゃー、気持ちよすぎて思いっきり爆睡しちゃった。
「ほら、涎」
見ると、とりあえず開いて置いたノートの上が大洪水。
水性のペンで書いた文字は見事に滲んで読めなくなってしまっていた。
まっいっか。
どーせ、マリア像にテストも勉強も関係ないしー。

「早くしないと、お弁当食べる時間無くなってしまうわよ」
志摩子さんはそう言って、お弁当の包みを手に教室を出ていった。
多分、また妹と一緒にお昼の時間を過ごすのだろう。
さて、桂ちゃんはいつもはどうしているのかなっと。
私はさりげなく、桂ちゃんの鞄の中を探ってみた。
お弁当は入っていないようだ。
ということは、パンを買って食べるのね。
私はお財布を持って、パンを買うためにミルクホールに向かった。





うーん、お腹一杯。
なんだかお財布の中のお金が全部無くなっちゃったけど、まあ良いよね。
パンをあるだけ買い占めてみんな食べちゃった。
え? カロリー取りすぎ?
私、マリア像だから全然へーき。
それに、私の体じゃないしー。
おいしいって幸せよねー。

そんなこんなでお腹一杯でやっぱり午後の授業もお昼寝タイムでした。
志摩子さんは、心底呆れた顔をしてたけど。
クラスメイト達も「テスト前の大事な授業で居眠りなんて余裕たっぷりね」とか言ってた。
なんでも、テストに出る重要な所のネタばらしを教師がしたとかしないとか。
まあ、私には関係ないけどさ。
さーて、次は部活、部活っと。
やっぱり、青春といえば部活よねー。

えへへ、一回やってみたかったのよねー。 テニスってやつ。




………………………
……………
……





桂です……。
どうも一週間ほど、体を乗っ取られていたようです。
期末試験が目前に迫っています。
試験範囲も、何もかもわかりません。
おまけにノートは涎の染みだらけで、全て再起不能です。
クラスメイト達の視線もなぜか冷たいです。
お財布の中にお金がありません。
貯金箱の中のお金も、通帳にあったはずのお金もすっかり消えてしまっています。
どうやら、みんなあのマリア像が下ろして食べてしまったようです。
体重計に乗ったらビックリでした。
苦労してダイエットに励んでいたはずなのに、ゲッ……ってくらい増えてました。
部活もようやくレギュラーになったのに、下ろされていました。
おまけに、お姉さまにも何をしたのかわからないけどずっと口をきいてくれません。
授業態度の悪さで親が呼び出しをくらいました。
お小遣い、当分無しだそうです……。
そうそう、その上勝手に妹が出来ていました。
松平瞳子ちゃんです。
無理矢理、首にロザリオをかけて妹にしたらしいです。
そのせいか、祐巳さんが口をきいてくれなくなりました。
それどころか、明らかに敵を見るような冷たい視線を私に向けてきます。
リリアン瓦版にも色々書かれてしまい、みんな冷たい目で私を見ています。
祐巳さんから無理矢理瞳子ちゃんを奪い取った悪者という扱いのようです。
今日も、靴箱にカミソリレターが届き、上履きの中に画鋲が仕込まれていました。
なんで、私……こんな目にあうのでしょう。
リリアンの生徒として清き正しい生活を送っていただけなのに……。

あのマリア像は「また体貸してもらうからね」と言っていました。
マリアどころか悪魔です……アレは。

確かに、祐巳さんにはこれ以上ないってくらい私のことを認識してもらえました。
最悪の形で。
地味すぎると言われた私は、薔薇の館の住人と並ぶ有名人になれました。
これも最悪の形で。
……誰か、あの悪魔を退治してください。
私にどうか平穏な日々をお返しください。
テニス部で汗を流し、お姉さまとのんびりとほんのりあたたかい時間を共有し、
ごく普通のリリアンの生徒としての幸せな時間を……。


ああ、また私の意識が暗闇に落ちていく……。
また、あいつが私の体を好き勝手に弄ぶ……。



誰か、助けてください。


――――――
ROM人の後書き。
可愛そうな桂さんを誰か救ってあげてください。
こんな話にしちゃってごめんなさい >Y.さん


【854】 軽部逸絵、出前迅速  (朝生行幸 2005-11-14 17:44:14)


「逸絵ー!二丁目の高橋さんとこに出前行っといでー!」
「あいあいさー。行って来まーす!」
 二学期中間試験直後の、とある土曜日。
 リリアン女学園高等部二年松組軽部逸絵は、叔母が経営するラーメン屋で、アルバイトの真っ最中だった。
 陸上部で鍛えた俊足を生かし、界隈では最速の出前持ちとして名を馳せている。
「ただいま戻りましたー!」
『速っ!』
 五分もしない内に戻って来た逸絵に、叔母は常連客共々、思わず感嘆の声を上げた。
「本当に届けたんだろうね?」
 あまりの速さに、少々疑わずには居られない叔母。
「もちろん。なんだったら、高橋さんに聞いてもらってもいいよ」
 自身満々の逸絵。
 叔母も、本気で疑っているわけではないが、その速さはどうだ。
「まぁいいさ、逸絵が嘘吐くわけがないしね。それじゃ、次の出前を頼むよ」
「いえっさー。んーと、山田さんとこね。行って来まーす」
 おかもちを片手に、ダッシュで飛び出す逸絵。
 高橋さんちと違って、山田さんちはちょっと遠い。
 さっきほど速くは帰って来られまい。
「ただいま戻りましたー!」
『ってオイ!?』
 常連共々、再び驚く叔母。
「いくらなんでも速すぎだろ?」
「伊達に陸上部に入っているわけじゃないのよ」
「でもさぁ…」
「疑うんなら、山田さんに電話で…」
「あーもう分かったよ。お疲れさん」
「えへへ。でも、そろそろお腹すいたなぁ」
 時刻はそろそろ2時を指そうとしている。
 お昼のピークは過ぎたところだ。
「あぁ、いい時間だね。逸絵、何食べる?」
「えーとね、チャーシュー麺とチャーハン大盛り、餃子二人前」
「どれだけ食べるつもりだい」
 苦笑いしながらも、旺盛な食欲の逸絵に感心する叔母。
 下手な男性客よりも量が多い。
「はいよお待たせ」
「…叔母さんも、非常識なぐらいに速いじゃないのよ」
 5分もせずに、逸絵の前には注文通りのメニューがずらり。
「こっちは実績があるんだよ」
「こっちも(ズズ)そうなんだけどね」
「まぁ、お互い様ってとこね」
「そうね(ズズズ)」
 親子ほど歳が離れている(当たり前)のに、気が合うのか妙に仲がいい二人だった。

「さぁ、今日は大口のお客様が二組あるよ。逸絵、ご苦労だけど、出前しっかり頼むよ」
「任せてよ。それで、どことどこ?」
「一つ目は、支倉さんとこさ。20人前のラーメン餃子を6時に届けてくれってさ」
「はー、はせく…支倉!?」
 逸絵が驚くまいことか、リリアンの生徒会、山百合会幹部、黄薔薇さまこと支倉令の家ではないか。
「どーして令さまの家に…」
「確かあそこは道場やってたね。門下生に振舞うんじゃないのかい?」
「あー、なるほど。でも…」
「どうしたの?」
「なんだか行き難いなぁ。恥ずかしいと言うべきか、バイトしてるところ見られたくないと言うべきか…」
「ちゃんと許可取ってるんだろ?本人がいるとも限らないし。それに仕事は仕事、諦めな」
「はーい。それで、もう一つは?」
「えーとねぇ…」
 がさがさと注文ノートを開く叔母。
「あーこれこれ。リリアン女学園高等部…薔薇の館だと」
「なんですとー!?」
 逸絵が更に驚くのも無理はない。
 薔薇の館といえば、リリアンで最も有名でありながら、最も近づき難い場所。
 そんなところに、場違い極まりないラーメンを届けようというのか。
 しかも、三角巾に店名が入ったエプロンという格好で。
「ラーメン6人前、チャーハン6人前、餃子12人前を、7時にだって」
 普通に考えれば12人前のこの量。
 しかし、山百合会関係者は現時点で実質6人しかいないはず。
 ということは、同数のゲストでもいるのか。
 それとも、6人でこの量を食らい尽くすというのか。
 生徒が学校で出前を取っていいのか、という疑問はまるで浮かばない逸絵だった。

 ラーメンと餃子が乗った6段の大きなお盆を担いで、支倉宅まで走る逸絵。
 さすがに重くて遠いが、根性だけは人並み以上の自信がある。
 5時45分に店を出て、丁度6時に到着した。
 根性どころか、体力も脚力も人並み以上だ。
 案の定、支倉道場には多くの門下生が居るだけで、令と由乃は居なかった。
 やはり、薔薇の館にいるのだろう。
 代金を受け取り、すぐさま店に取って返した。
「お疲れさん。次のが出来てるよ」
「了〜解。すぐに行って来ます」
 3段に積み上げられた大きなお盆を担いで、再び同じ道を走る逸絵。
 次の目的地リリアン女学園は、支倉家から更に10分ほど離れた場所にある。
 さっきより大分軽くはあるが、距離が増えた分、苦労は変わらない。
 更なる根性で、走る走る。
 最速の出前持ちの面目躍如だ。
 念の為持って来た生徒手帳を門衛に提示し、首尾よく高等部敷地内に入った逸絵。
 涼しくなった秋口の夕暮れではあったが、汗が流れ落ちる。
 これは、部活よりもしんどい。
 敷地内では、歩きながら呼吸を整える。
 息も絶え絶え、汗がだくだくでは失礼ってものだ。
 館の前で大きく深呼吸して、扉をノックする。
「失礼しまーす」
「はい」
 時間に合わせて待機していたのだろうか、すぐに扉が開き、顔を見せたのは、祐巳と由乃のつぼみコンビ。
「あれ?」
「あら?」
『ひょっとして、逸絵さん?』
「毎度。ご注文の品、お届けにあがりました」

 2階の会議室に入ってみれば、なんと驚いたことに、山百合会関係者以外にも、意外な顔ぶれがいた。
 生徒会活動を手伝っていた瞳子と可南子はまぁ分かる。
 しかし、写真部の蔦子と笙子、新聞部の真美と日出実まで居ようとは。
「お待たせしました。…けど、パーティーか何かですか?」
「ま、いろいろ兼ねた慰労会ってところね」
「お姉さまと瞳子ちゃんが、ラーメン食べたことが無いっていうから、ちょうどいい機会だし、誰も反対しなかったんで、こうなったわけ」
 小声で、逸絵に説明する祐巳。
「それにしても…」
 逸絵の姿を、上から下までまじまじと見つめる由乃。
「制服と体操服以外の逸絵さんって、初めて見るから新鮮ね」
「うんうん、よく似合ってるよ。まるでラーメン屋さんみたい」
 ラーメン屋だよ、ともう少しで祐巳に突っ込むところだった。
「まさか、注文したお店が、逸絵さんの家だったなんてねぇ」
「正しくは、叔母の店なんだけどね。小遣い稼ぎのために手伝ってるの」
「わ、それってアルバイトじゃないの?叱られるよ?」
「大丈夫よ。ちゃんと許可は取ってるから」
「部活はどうしたのよ」
「もちろんやってるわ。手伝いは時間がある時だけ。結構良い運動になるから、鍛錬にもなるし、お金ももらえるし、一石二鳥ってやつね」
「バイトか…、一度やってみたいんだけどね」
「ラーメン屋はやめた方が良いわよ。おかもち持って走り回るんだから、由乃さんには無理ね」
「ぶぅ」
 膨れっ面した由乃を見て、微笑む逸絵。
「それじゃ、失礼します。鉢は後日引取りに参りますので」
「ご苦労様」
 代金を受け取り、薔薇の館を辞す逸絵。
 ラーメンをずぞぞぞと啜る山百合会の面々を想像して、思わず笑みが洩れる。
 由乃と令が交換しながら食べているとか、祥子と瞳子に食べ方を教える祐巳とか、考えるだけで面白い。
 みんなが食べているところを見たかったなぁと、帰り道で思うのだった。

 早く帰って、夕飯にチャーシュー麺とチャーハン大盛り、餃子二人前を食べよう。
 そして、学校に行ったら聞いてみよう。
 どう?美味しかった?と。


【855】 如何に久しき摩訶不思議報告  (ケテル・ウィスパー 2005-11-14 19:51:15)


No.767 → No.785 → No.830 → これです。

「さ〜〜〜、ここは!」
「ちょっと瞳子…」
「白薔薇ファンならもうおなじみ、講堂裏の桜の木の所です」
「いや…だから瞳子…」
「も〜〜、なんですの? せっかく気をきかせて白薔薇姉妹のホームグランド『伝説の桜の木』の所に来ましたのに」
「それでここに来たのかい。 だいたい『伝説の木』じゃあないし、第一そのゲーム、ケテルはやったこと無いし」
「よく『桜の木の下には死体が埋まっている』と申します」
「ちょっと〜〜、私のことは置いてけぼりなの?」
「ささ、乃梨子さんこれをどうぞ」
「………これは?」
「いやですわ、これをご存じないのですか?」
「知ってるけど、これで何をやらせる気なのよ?」
「これは地面に穴を掘ったりする道具ですわ。 まれにお料理に使ったりする人もいらっしゃるようですけれど」
「それも知ってるけど、スコップなんか持たせて私にどこを掘れってのよ?」
「いやですわ乃梨子さん、先ほど申し上げましたでしょ?『桜の木の下には死体が埋まっている』それを検証するために、ここを掘りましょうというのですわ」
「検証するまでも無いわ、作り話よ。 そんな危ない所に志摩子さんと何度も来るわけ無いじゃない」
「……では、『桜の木の下には死体が埋まっている』と言うのは……」
「図書館に行って『桜組伝説』でも読んでみたら? そこになら載ってるかもしれないよ」
「ううううっ、残念ですわ…」
「それより気になることがあるんだけれど……」
「何かキャッチしましたの?」
「……瞳子、あんたさっきまで何も持ってなかったわよね?」
「そうですわね」
「……どこからこのスコップを取り出したの?」
「………」
「以前のSS( No665 ) でもどこからともなくバスケのウェアーを着たままの可南子を取り出したわよね」
「………………」
「あんたのその能力の方がよっぽど摩訶不思議だし、検証した方がいいんじゃあないのかな?」
「こ、この業は、松平家に伝わる門外不出、一子相伝、奇妙奇天烈、摩訶不思議、出前迅速、落書無用な業なのですわ」
「…なんか途中からずいぶん古めのドラ○もんの歌になってたようだけど……まあ……いいわ……とにかくここに死体なんか無いわよ」
「ご、誤魔化せたのでしょうか? これで……でもこの業は、ブラックテクノロジーの一つ……たとえ乃梨子さんでもお教えする訳にはまいりませんわ…(全文小声ですわよ)……」
「なんか言った?」
「いい〜〜え〜〜な〜〜んにも」
「……変なの、なんか”ブラック何とか”とか、”たとえ乃梨子さんでも”とか聞こえたような気がするんだけれど……」
「あ〜〜〜〜〜そ、そ〜〜れは気…そう気のせいですわ! ええ、絶対気のせいです!! ささ、次の場所に参りましょう!」
「あ、ちょっと瞳子! そんなに急がなくたっていいじゃない!! ……ごめんね…騒がせちゃって。 ちゃんとあとでお詫びに来るから」
『…………………』 
「………そんなこと無いよ、結構いいやつだよ。 騒がしいけどね」
『………。 …………』
「まあね、でも、たぶん大丈夫だよ。 あなたが心配しなくても」
『…………。 ……………………。』 
「うん、またあとで必ず来るから。 あなたもがんばってね、志摩子さんと春を楽しみにしているから」
『…………』

                〜〜〜〜〜〜 あと三回です・・・・


【856】 ドリルに帰りたいゆくあてもなく  (Y. 2005-11-14 20:18:17)


つい、続き書いちゃいました。
【No:816】→【No:853】です。






ん〜、ちょっと失敗しちゃったかしらね。
かっつん(桂ちゃんのあ・だ・名♪ カワイイでしょ?)にプラスになるように動いたつもりなんだけど、日に日に体は弱っていくし、お体拝借して遊んだ時も拝まれてた時には数度しか受けたことの無い視線がビンビンくるのよ。

・・・・・・確かに、遊んでたわよ? でも、アレくらい普通でしょ?
でもあのドリルちゃんは気に入ったから妹にしてみたんだけど、あの子ユミちゃんのことが好きみたいなのよね〜。
帰ったら息子のキーちゃんに怒られちった(てへっ☆)

というわけで、ちゃんとお話をしてロザリオも返してもらい、恋のキューピットも務めさせていただき〜。
これでかっつんもユミちゃんと仲直りできたみたいだし、(言い訳考えるの苦労したわよ〜、ドリちゃんの気持ちを気付かせるためってことにしたけどね。)この時ばかりは久しぶりに五寸釘より感謝の祈りが多くもらえたわ。
これでかっつんのお願いも円満に叶えられたわよね?
これでとりあえずは私の憑依もおしまい


















・・・・・・なわけないじゃない♪

ドリルンがかっつんの妹になってた時にちょちょいっと仕掛けをさせてもらったのよ、ドリドリに☆

まだいつでもかっつんに憑けるけど、彼女じゃ絶対入れない場所があるのよ。
そう、薔薇の館。
ドリーは今や紅薔薇のつぼみの妹ですもの、フリーパスげっとよ!

うふふ、早速お祈りに来てくれたわねドリルゥちゃん☆
いざ、ヴァルハラヘ! ・・・・・・あら、宗教違ったかしら?


・・・・・・

・・・・

・・・

・・





何で? 何でなの?

何で体じゃなくてドリルに憑いちゃってるのワタシ!?


【857】 菜々×由乃素朴な疑問  (柊雅史 2005-11-14 22:05:02)


 今日も新生山百合会は平和だ。
「それでですね、美幸さんってばおかしいんですのよ。結局最後まで気付かずに、HRを受けて来たそうですわ。一年生の教室で!」
「ぅわぁ……それは恥ずかしいねぇ」
「あらあら。一年生の誰も注意してくれなかったのかしら?」
「すっかり馴染んでいたそうですわ。これで美幸さんも有名人ですわね」
 基本的にお喋り好きの瞳子を中心に、祐巳さまと志摩子さんが聞き手。山百合会の決裁待ちの案件をほったらかしにして、執務室は一転、臨時茶話会みたいな雰囲気になっていた。
 ここのところ――年度が変わって、志摩子さんたちが三年生になってからというもの、毎日のように見る光景。まぁ、別に仕事が立て込んでるわけでもないし、良いんだけどね。
「――志摩子さん、祐巳さま。お茶のお代わりはいかがですか?」
「そうね、乃梨子。お願いできる?」
「あ、じゃあ私も」
「でしたら、瞳子もお手伝いしますわ。参りましょう、乃梨子さん!」
「はいはい」
 たかがお茶にも全力投球の瞳子に引っ張られながら、乃梨子は給湯室に向かう。
 給湯室で手分けをして、自分たちの分も含めたお茶を4杯揃え、乃梨子は瞳子と揃って執務室へ戻って来た。
 ――そこへ。

 ダッダッダッダッダッダッダッダッダ……。

 階段を、騒々しく駆け上がってくる足音が近付いてきた。
「はぁ……今日も参りましたわ」
「そうみたいだね」
 溜息を吐く瞳子と乃梨子の眼前で、ビスケット扉が勢い良く開き――

「待てこら、菜々! 私の話を聞きなさい!」
「ごきげんよう、紅薔薇さま、白薔薇さま。それとつぼみさま方。本日もご機嫌麗しゅうございます。ああ、この優雅な雰囲気の3%で良いので、お姉さまに分けていただければ!」
「なんですってー! 菜々、あんたが悪いんでしょうが!」
「あら、お姉さま。大変です、トレードマークの三つ編みが崩れてますわ。ぐいぐい」
「あぃた! 引っ張るな!」

 いきなりドタバタと室内に転がり込んできた黄薔薇姉妹の、いつも通りの騒々しさに、乃梨子と瞳子は揃って盛大な溜息を吐いた。



 訂正。
 今日も新生山百合会は騒々しくて物騒だ。
 ――黄薔薇姉妹のお陰で。



「とにかく二人とも、竹刀は危ないからしまおうよ」
 祐巳さまが間に入り、とりあえず黄薔薇姉妹は間に祐巳さまと志摩子さんを挟んで離れた位置に腰を降ろした。
「ぁう、そこ、私の席ですのに……」
 当然のように祐巳さまの隣を確保し、置いてあった瞳子の筆記用具をわざわざ横に追いやる由乃さまに、瞳子が無念そうに呟く。
 諦めろ、瞳子。
「ちょっと祐巳さん、聞いてよ。菜々ってば酷いのよ! 祐巳さんからも叱ってやってちょうだい! あの子、全然私の言うこと聞かないんだから!」
「んーと、事情が分からないし……ほら、基本的に他所の家のことはノータッチであるべきって、蓉子さまの代から」
「じゃあ聞いてよ! 聞けば祐巳さんも私の気持ちが分かるから!」
「う、うん。聞く聞く。聞くから……」
 こくこく頷く祐巳さまに、瞳子は不満顔いっぱいで淹れたばかりのお茶を差し出す。
「お姉さま、どうぞ」
「あ、うん。ありがとう」
 にっこり祐巳さまが笑って瞳子の柳眉が和らいだ瞬間――
 横手から伸びた手が、祐巳さまのカップをかっさらい、一気にぐびぐびぐびーとカップの中身を飲み干していた。
「ぅああ!?」
 瞳子がそれはもう珍妙な奇声を上げて、カップをさらった主、由乃さまを凝視する。
「くはぁ……。祐巳さんの妹は出来た子ね。とても美味しいお茶だったわ。部活動を終えたばかりの先輩にお茶を淹れてくれるなんて素晴らしいわ! 私の妹は全然、その気がないみたいですけど!」
「……由乃さまのために淹れたわけではないですわ」
 ぶすっとした表情で呟く瞳子だけど、もちろん由乃さまは聞いていない。
「はぁ……白薔薇さま、聞いてください。うちのお姉さまは勝手に他人のお茶を飲んだりするんです。妹としてコレほど情けないことがありましょうか」
 一方で菜々ちゃんがそう嘆きながら、乃梨子が志摩子さんの前に置いたカップをぐびぐびと飲み干す。
「をいちょっと待てコラ」
 思わず呟く乃梨子に、志摩子さんが「まぁまぁ」と笑顔で宥めてくる。紅薔薇姉妹は紅薔薇姉妹で、同じように祐巳さまが瞳子を宥めていた。
「全くもう……由乃さん、今日の喧嘩の原因はなんなのよ?」
 首尾よく瞳子を説得し、お茶を淹れ直すべく給湯室へ追い払った祐巳さまが、呆れたように由乃さまに尋ねる。
「原因? それはね、菜々が私の顔を潰したのよ!」
「それは心外な。私はただ、本気でお姉さまと戦っただけです」
「だからって開始2秒で一本取るなんて酷いじゃない! 剣道部は失笑の嵐よ!」
「それはだって……お姉さまの悔しそうな顔を見たかったんですもの」
「それが本音かぁー!」
 うがー、と由乃さまが頭を抱える。祐巳さまは困ったように、由乃さまと菜々ちゃんの顔を交互に見た。
「あぁ……あのお姉さまの呆然とした表情! みるみる内に真っ赤になるお顔! 屈辱に震える唇! 素敵!」
「アホかー! 菜々のお陰で武道派・黄薔薇さまの名が潰されたのよ!」
「大丈夫です、お姉さま。お姉さまが黄薔薇さま=弱いというレッテルを確立しても、私が来年、名誉挽回してみせます! ああ、美しき姉妹愛!」
「どこがよ!」
 だんだんと机を叩く由乃さまに、この場にいない瞳子以外の面々が揃って溜息を吐いて黄薔薇姉妹を見た。
「……くだらないなぁ」
 呟いた乃梨子はこの場に瞳子がいなくて良かったと安堵した。あの子も意外と沸点低いから、そんな理由で一生懸命淹れたお茶を横取りされたなんて知ったら、黄薔薇姉妹の喧嘩に参戦しかねない。
 祐巳さまが黄薔薇姉妹の間を取り持っている様子を眺めながら、乃梨子はちょっぴり昔を懐かしむ。
 毎日が平和だったあの頃が懐かしいなぁ――



 翌日も新生山百合会は平和だった。
「それでですね、敦子さんってばおかしいんですのよ。結局最後まで気付かずに、体育着を前後ろで過ごしたのですわ」
「ぅわぁ……それは恥ずかしいねぇ」
「あらあら。クラスの誰も注意してくれなかったのかしら?」
 瞳子のお喋りに、今日も祐巳さまと志摩子さんが付き合っている。まぁ今日も仕事がないから別に良いけれど。
「――それはそれとして、そろそろ由乃さまたちが来る頃ですわね」
 ふと時計を見て、瞳子が溜息を吐く。
「全く……そもそも、どうしてアレだけ毎日やりあっている二人が、姉妹なのでしょうか。あれだけ衝突してばかりなのに、由乃さまも何を思って菜々を妹にしたのでしょうか」
「んー、そうだねぇ……」
 祐巳さまがちょっと考えて、にっこり微笑む。
「きっと由乃さんは、それが楽しくて菜々ちゃんを妹にしたんだと思うよ」
「そ、そうなのですか……?」
「菜々ちゃんに振り回されている時の由乃さんって、凄く楽しそうだもん」
 祐巳さまがそう言った瞬間――

 ダッダッダッダッダッダッダッダッダ……。

 今日もまた、階段を騒々しく駆け上がってくる足音が近付いてきた。
 またか、と思って一同がビスケット扉を見詰めると、案の定扉が勢い良く開かれて――

「ちょっと祐巳さん、聞いてよ!」

 由乃さまが、それはもう輝くような生き生きとした顔で飛び込んできた。



 黄薔薇姉妹を加えた山百合会は、今日も少し騒々しいけれど。
 やっぱり平和みたいです。


【858】 超人の琴吹命ある限り!  (琴吹 邑 2005-11-15 00:13:41)


クロスオーバー・ナイトウィザード。
タイトルが要求するのでオリキャラです。
世界観は知らなくても追ってフォローするつもり。
最後までいけるかなあ……。頑張って書いてみます。

プロローグ


 秋葉原にある輝明学園の女子寮の一室。そこから物語は始まる。

 trrrr

 突然鳴り響く、0-phone(携帯)の着信音
 その着音に直ぐに反応する独特な髪形の女の子。
「はい、琴吹です」
 お下げをわっかにして留めたようなコアラヘアーという独特な髪形をした少女の名は
琴吹 優といった。
「仕事ですか? え? リリアン女学園? あそこは紅き一角獣と疾風のハヤブサ・閃光の鷲が……紅き一角獣は卒業? なるほど、閃光の鷲と疾風のハヤブサだけじゃ対処しきれないんですね? 眠れるタヌキはまだ? ………そうですか。わかりました。いつもの通り、この件には私が一番適任だと言うことですね? 了解です。アンゼロットさん」

 翌日、優はリリアン女学園に編入し1年椿組に組み込まれた。


「はじまして、いろいろな事情で、こんな中途半端な時期に転校してきた琴吹 優といいます。これからみなさん宜しくお願いします」


 こうして、琴吹 優の短いリリアンでの生活が幕を開けた。


【859】 やさしさ2ch用語でズバット惨状!?  (六月 2005-11-15 00:23:56)


「かしらかしら」
「たりないかしら」

放課後の椿組の教室、たりないというならお前らの頭・・・げふんげふん、ほわほわと美幸さん、敦子さんがやってきた。

「乃梨子さん、私達乃梨子さんに個性が足りないのではないかという結論に達しました」
「はぁ?」

しかも私の目の前に突然瞳子と可南子さんが現れこうほざきやがったのだ。
別に私はあんたらのような、ほわほわコンビやドリル頭、のっぽストーカーなんて個性は欲しくない!
と、叫びたいところだが我慢して先を促した。

「いきなり結論を出したってのはともかく、私のどこが個性が足りないって?」
「まず、その言葉遣いですわ。優雅さというものがありません。
 リリアンの淑女としてもっと私達のように柔らかく、淑やかにお喋りできませんの」
「かしらかしら」
「できませんのかしら」

いや、お前らのは優雅というより古臭いって。

「私は庶民だからね。可南子さんも似たようなものじゃない?」
「私は乃梨子さんほどフランクではありません。常に礼儀正しくあるつもりです」

いや、あんたのは慇懃無礼ってやつだろ。

「というわけで、乃梨子さんにもより個性的な言葉遣いをして頂きたいと」
「瞳子さんのような旧時代の遺物になる必要はありませんが」
「可南子さんのように冷血漢になる必要もありませんわ」

おいおい、あんたら仲間じゃなかったのかよ。

「喪前らもちつけ」
『・・・・・・は?』
「個性的に喋れつったのは喪前らだろ(゚Д゚)ゴルァ!!」
「の、乃梨子さん?それはどちらの地方の言葉遣いなのでしょう?」
「お前らは本当に個性というものが解っているのかと問いたい。
 問い詰めたい。小1時間問い詰めたい」

よしよし、瞳子達は混乱しているようだ。そうだろう、リリアンのお嬢様達がこんなネット世界のスラングなんて知るわけがない。
いつもいつも振り回されるだけじゃ芸がない。たまにはこいつらを困らせてやるのも良い気分だ。
って、あれ?なんで瞳子達は私の後ろを見てるんだ?

「・・・乃梨子」
「へ?しまこたん?ガ━━━━(;゚д゚)━━━━━ン !!!」
「乃梨子が壊れた・・・」

志摩子さんはクルリと身を翻らせると涙を流しながら走り去って行った。
おバカ連中に付き合っていて志摩子さんが来ているのに気が付かなかったとは、一生の不覚・・・il||li _| ̄|○ il||li


【860】 旬を味わうカレイドスコープ  (joker 2005-11-15 00:37:36)


ツンツンがお好きなお方
Aコース 【No:861】→【No:860】
デレデレがお好きなお方
Bコース 【No:860】→【No:861】




「るんるんるん♪」

 薔薇の館から蝶ごきげんな鼻唄が聞こえてくる。
「今日の瞳子ちゃん、可愛かったなぁー♪」
 その正体は紅薔薇のつぼみこと、福沢祐巳である。今日も後輩である松平ドリルンをおちょくってきて、テンションMAX、ご満悦じゃ〜、という感じで蝶ごきげんであった。
「ごきげんよう、祐巳さま。今日は一段とごきげんですね。」
「あっ、乃梨子ちゃん。ごきげんよう♪」
 そこに、白薔薇のつぼみこと、二条乃梨子がやって来た。
「今日は何かいい事があったんですか?」
 乃梨子がたずねると、祐巳は元気一杯に話始める。
「うん、さっきね、瞳子ちゃんに抱きついたんだけど、少し低い位置で抱きつく形になっちゃってね。その時に私のほっぺと瞳子ちゃんのほっぺがくっついてね、その時の瞳子ちゃんたら、顔真っ赤にしちゃって、それがもう可愛いくて、思わず瞳子ちゃんのほっぺを、つんつんってしたら、また真っ赤になってね、それがホントに本来に可愛いくってねー」
 脳みそが半分溶けております。
 そんな祐巳に乃梨子はため息をついて、(そんなに可愛いなら妹にすればいいのに)と心の中で呟く。だが祐巳はそんなのおかまいなしに「ねっ?乃梨子ちゃんも可愛いと思うでしょ?」と聞いてくる。
「瞳子はツンデレですからねー」 半ばやり投げぎみに答える乃梨子。そんな乃梨子の言葉に、祐巳は何やら考え込んでいる。
「ツンデレかぁ〜。じゃあツンドリな瞳子ちゃんもあるのかな〜」
 ツンドリ…一体何処からその発想が出てくるのだろうか。
「あのツンドリな瞳子ってなんですか?」
「いっつもツンツンしながら、ドリドリ言ってる瞳子ちゃんだよ。」
 言われて少し想像してみる。
(ツンツンしててドリドリ言ってる瞳子かぁ)
  ツンツンドリドリ
「くくっ」
「ねっ、面白いでしょう?」
 思わず笑ってしまった乃梨子に祐巳が笑顔で聞いてくる。
「ええ、とても面白いですね。」
「だよねー。」
 そして二人は皆が来るまでツンドリ話に花をさかせたという。

 ドリュン!

「ん?」
「どうしたの、乃梨子ちゃん?」
「今、何か音が……」
「そう?私は何も聞こえ無かったよ。気のせいじゃない?」
「そうですね。」
「でさー、そのツンドリな瞳子ちゃんは―――」


【861】 空前絶後真っ白に  (joker 2005-11-15 00:42:52)


ツンツンがお好きなお方
Aコース 【No:861】→【No:860】
デレデレがお好きなお方
Bコース 【No:860】→【No:861】




ドリドリドリ……

 一年椿組に奇怪な擬音が鳴り響く。

ドリドリドリ……

「え、え〜、この時の単振動数から……」
 物理教師(27歳:独身)もこの異様な擬音と雰囲気にたじたじである。

ドリドリ…ドリュン!

「ひっ、ひぃぃー!!」
 擬音が一瞬強く響くと同時に、物理教師(27歳:独身/最近恋人と別れた)が逃げていった。

「ちょっと、瞳子!あんたいい加減にしな!!」
 さすがにこの事態を重くみた乃梨子は親友を止めにかかる。
「……何ですの」
 擬音を発声するのを辞め、振り返る瞳子。ちなみにこの時、瞳子の恐ろしい程の睨みで、4、5人が気絶した。
「あんた何さっきから快音を呟いているのよ!また祐巳さまと何かあったの?」
 一刻も早くこの事態を解決しようと奮闘する乃梨子に瞳子は
「……煩いですわ、この仏像オタク、略して仏オタ!!」
 爆弾発言どころか、核兵器を投げつける。
「……誰が仏オタじゃーー!!!」
『ひっ、ひぃぃぃぃーー!!』
 この時、乃梨子の形相を見た4、5人が気絶した。
「まあ、自覚が無かったんですの?危険な仏オタだこと。」
「煩い!あんただってツンデレ、ダブルドリルツイスターじゃない!何そのドリル?クラッシュギア?もうブームは過ぎたのよ!!」
「きぃーー!!言いましたわね!!?この利己リコ離婚の呪いの市松人形!!」
「誰が離婚じゃい!私と志摩子さんは永遠に姉妹なのよ!!」
「ふん!女子高に来てガチになるなんて、とんだ適応能力ですわ!!」
「あんた、私と殺る気かーー!?」
「望むところですわ!!」

 そのまま取っ組みあい、殴り合う二人。その格闘に巻き込まれて行くクラスメート達。
 この様子を見ながら、可南子はとりあえず、今日も平和だ、と思い込むことにした。


【862】 ステキなセクシーボディーに銀杏臭漂う  (柊雅史 2005-11-15 01:50:36)


「第1回お姉さまを喜ばしちゃおう選手権ですわー!」
「わー、ぱちぱちぱちー」
 いきなり現れた同僚・つぼみコンビのハイテンションな宣言に、乃梨子は仕事の手を止めて二人を見上げた。
「ぱちぱちぱちー」
 菜々が「早く早く!」と視線で促してくるので、乃梨子は仕方なくワケの分からないまま拍手をする。それで満足したのか、瞳子が身振りで「静粛に!」と拍手を止めた。
 どうしよう、いきなり帰りたくなってきた。
「さて、それではルールを説明しますわ。ルールは簡単、一番お姉さまを喜ばせた人が勝者ですわ」
「いや、いきなりルールとか言われても」
「なんですか、ノリが悪いですわね。分かりました、1から説明して差し上げます。つまりですね、今回は私たちつぼみの中で、誰が一番お姉さまを喜ばせることが出来るのかという、姉妹愛を競うゲームで」
「あのね。やんないよ、そんなの」
 得々と説明を始めた瞳子を遮って、乃梨子は首を振る。
「あのさぁ、忙しいとは言わないまでも、仕事はあるんだから。遊んでないで少しは仕事しようよ」
「まぁ、白薔薇のつぼみさまは不戦敗ですか」
 菜々が乃梨子の説得を遮ってくる。
「仕方ありません。では、お姉さまとラブラブ、ベスト・オブ・薔薇姉妹の座は、私と紅薔薇のつぼみさまで競いましょう。あ、そうそう。白薔薇のつぼみさまには、最下位の証、ワースト・オブ・薔薇姉妹の称号を差し上げます。ちなみに明日のかわら版に『白薔薇姉妹がワースト・オブ・薔薇姉妹、もっとも愛のない薔薇姉妹は白薔薇だった』という特集記事が出ますので、後ほど新聞部のインタビューを」
「ちょっと待ったぁ!」
 しれっととんでもないことを言う菜々に、さすがの乃梨子も立ち上がった。
「何よその、もっとも愛のない薔薇姉妹って! 冗談じゃないわよ!」
「え、だって、白薔薇のつぼみさまは戦うことすら放棄するんですよね? どこに愛があるんですか? 私は戦いますよ、由乃さまとの絆を証明するために」
「いやだから、戦うことイコール絆って考え自体がおかしいって言ってるのよ、私は」
「なるほど、分かりました。つまり白薔薇のつぼみさまは、白薔薇さまとの愛の絆は戦う価値もないと言いたいわけですね?」
「なんだとぉ!? 上等じゃない、やってやるわよ!」
「はい、白薔薇のつぼみさまもご案内ですねー」
 ばん、と机を叩いた乃梨子の視線を涼しげに受け流して、菜々が瞳子に合図を送る。
「では、改めてルール説明ですわ。よろしいですか、乃梨子さん?」
 にっこり微笑む瞳子に、乃梨子はしまった、と後悔した。まんまと菜々の口車に乗せられてしまった。さすがに常日頃から、由乃さまを口先三寸で操って遊んでいるだけのことはある。
「先程も言いました通り、ルールはとにかくお姉さまを喜ばした人が勝ちですわ」
 瞳子の説明を聞きながら、乃梨子は深い溜息を吐き――それから、心を切り替える。
(すんごくやりたくないけど……やる以上は、勝つわよ!)
 姉妹なりたての黄薔薇姉妹、まだまだ新婚の紅薔薇姉妹。比べて円熟期に入った白薔薇姉妹は、どうも周囲から見て「並」扱いされることが多い。
 けれどそれは違う。積み上げてきたものは、他の二組よりも遥かに多いのである。ベスト・オブ・薔薇姉妹、良いじゃないか。それは成り立て黄薔薇姉妹にも、新婚紅薔薇姉妹にも似合わない。熟年白薔薇姉妹にこそ相応しい称号である。
「――以上、ルールを遵守し、お姉さまを喜ばせましょう!」
「おー!」
 瞳子と菜々が元気良く拳を突き上げる。
「おうよっ!」
 乃梨子も並々ならぬ気合いを入れて、拳を真っ直ぐ突き上げた。



 最初の挑戦者は菜々だった。
「ふっふっふー。うちのお姉さまは日頃から私に良いようにからかわれてますからねー。ちょっと持ち上げれば、簡単に喜びますよー?」
 余裕綽々で髪型などを整えながら、菜々が不敵に笑う。
 しかし菜々、やはり自覚ありまくりで由乃さまをからかっていたんだな。しかも何気に由乃さま評が酷いぞ。
「――参りましたわ、由乃さまです」
「では、行って来ます。どうぞご覧あそばせ」
 ほほほ、と笑って菜々がスキップしながら由乃さまに近付いていく。菜々が声を掛けると、由乃さまが「ごきげんよう」と声を掛けた。
「ごきげんよう、お姉さま。菜々、お姉さまと会えて嬉しいです」
 猫撫で声で言う菜々に、由乃さまが一歩後退する。
「あれ? なんで逃げるんですか、お姉さま?」
「なんでって……むしろ怖いわよ、菜々」
「怖いって、酷いですよぉ。菜々は思うんです、お姉さまが由乃さまで良かったって。本当ですよ? お姉さま、大好きですぅ〜」
 媚を売りながらえいっと抱きつこうとした菜々を、由乃さまは素早くバックステップでかわし、すかさず抜いた竹刀でドンッと突き返した。
 って言うか、薄気味悪いのは分かりますが、そこまでやりますか由乃さま?
「あうっ……酷いですぅ、お姉さまぁ」
「ち、近寄らないで! なによ、今度は何をするつもりなのよ!? 罠なんでしょう、どうせ? いつもいつも私が引っかかるとは思わないことね!」
「え、ちょ、お姉さま?」
「菜々が愛想が良いなんて、何か企んでるに決まってるじゃない!」
「そ、そんなことは……まぁ、ありがちですけど」
「ほらやっぱり!」
 完全に甘い雰囲気どころか、じりじりと身構えながら互いの距離を測る戦闘モードに移行した黄薔薇姉妹を遠くから眺め、瞳子がふっと小さく笑った。
「愛されてますわねー、菜々さん」
「全くだ」
 乃梨子はうんうんと頷いた。



「さて、次は私ですわね」
「うぅ……酷い、酷いよ、お姉さま。そりゃ、確かに基本的に私は由乃さまで遊ぶことを生きがいにしてるけど、いくらなんでも竹刀で突っつくなんて酷すぎるぅ……」
 気合いを入れる瞳子の隣では、菜々がなんか凄く落ち込んでいた。
 もしかして菜々、冗談でもなんでもなく、この勝負に勝つつもりだったのだろうか?
 日頃の行いを思い出し、それは無謀だろう、と乃梨子は心中で呟いた。
「まぁ、常日頃から、時には気持ちを伝えあっておきましょう、というのが教訓ですわね。その点、私たち紅薔薇姉妹は問題ありませんわ」
「似たようなもんだと思うけどなぁ……」
「失敬な。それは確かに、姉妹になるまでは色々ありましたけれど、その後は概ね良好です。それにお姉さまは由乃さま程猜疑心を持っていませんし、基本的に単純ですもの」
「……だからさぁ、なんでお姉さま評が微妙に酷いかなぁ」
「おっと! 参りましたわよ、乃梨子さん! それでは、行って参りますわ!」
 乃梨子のささやかなツッコミを無視して、瞳子が気合いを入れて祐巳さまに近付いていく。ごきげんようと挨拶をする紅薔薇姉妹を見守りつつ、瞳子はどんな手で行くのかと、興味津々で乃梨子は耳をそばだてた。
「お姉さま、ちょっとお願いがありますの」
「ん、なぁに? 瞳子からお願いなんて珍しいね」
「実は、そのぅ……今日、ちょっと縦ロールの巻き加減が上手く行かなくて」
 くるくると指先で縦ロールを弄りながら、瞳子が溜息を吐く。
「良かったら、お姉さまにセットして頂きたいのですが」
「えぇ!?」
 瞳子の申し出に祐巳さまが驚愕の表情になった。
 乃梨子も思わず「そう来たかー!」と爪を噛む。
「い、良いの、瞳子ちゃん?」
「もちろん、お姉さまがお暇なら、ですけど」
「うんうん、暇、暇。すっごく暇だよぉ〜」
 尻尾があればパタパタ振りそうな勢いで、祐巳さまが頷いている。
「……やりますね、紅薔薇のつぼみさま」
「菜々、復活したんだ」
「ええ、まぁ。今度復讐すれば良いや、と思えば気が楽です」
「……成長する気ないわねー」
「それよりも、紅薔薇のつぼみさまの作戦です。紅薔薇さまのお気に入りである縦ロール。けれど普段は決して触らせないでおく。なんて用意周到なのでしょう――」
 菜々が感心するが、乃梨子も同感だ。確かにあれなら、祐巳さまが喜ぶことは確実である。
「……どうしますか、白薔薇のつぼみさま。あれを上回るには――生半可な攻撃じゃ、通じませんよ」
 菜々の指摘に乃梨子は頷いた。仲睦まじく薔薇の館に向かう紅薔薇姉妹を見送って、乃梨子は学年トップクラスの頭脳をフル回転させるのだった。



「さぁ、最後は乃梨子さんですわね♪」
 30分後、妙に可愛らしいリボンを縦ロールに巻いた瞳子が、上機嫌で戻って来た。濃厚な30分を過ごしたのだろう、心なしか縦ロールのスプリングも強めに見える。
「まぁ、私とお姉さまには勝てないと思いますけど」
「ふふふ、それはどうかな?」
 得意げな瞳子に乃梨子は笑みを浮かべる。
「乃梨子さん、自信ありげですわね?」
「まぁね。祐巳さまの弱点である縦ロールを武器にした瞳子の作戦は、正直凄かったと認めてあげるわ。でも、勝機は十分ある」
「ふふふ……楽しみですわね。紅と白、雌雄を決する時が来たわけですわね」
「あのー、一応黄色もいるんですけど」
 オズオズと手を上げた菜々は、当然無視することにした。
「……まぁ、良いですけどー。あ、来ましたよ、白薔薇さま」
「よし――!」
 志摩子さんの姿を認め、乃梨子は気合いを入れた。
「……瞳子、確かに瞳子と祐巳さまの絆は、私と志摩子さんの絆に匹敵するかもしれない。それに勝つためには、簡単なこと! 志摩子さんの好きなものをもう一つ加えれば良いのよ!」
 宣言し、乃梨子はポケットからちょっと学校を抜け出して購入して来た『それ』を取り出して、握り締める。乃梨子自身という武器にこれが加われば、瞳子+縦ロールを凌ぐことは間違いない!!




 そう――最終兵器は志摩子さんの大好物、銀杏の実だっ!!




「ぅわ〜〜い、志摩子さ〜〜〜ん♪」
 両手でぎゅにゅう、と銀杏の実を握り締めながら、乃梨子はハイテンションで志摩子さんに駆け寄って行った。志摩子さんは乃梨子に気付いて振り返り――
「ごきげんよう、のり……」
 と言ったまま固まって。
 一目散に、逃げて行ったのだった。




 あれぇ……?


【863】 魔法使い記念撮影切ないほど  (一体 2005-11-15 05:20:10)



 「マ、マジ狩るクラッシャーミラ狂由乃 お、お呼びとあらば そく参上!!・・・・・・うっうっ」
 「よっ、お似合いやで!」

 (こ、殺す!! い、いつか絶対ぶち殺す!!)

 上の心温まるやりとりは、由乃があるもの拾ったことから始まった。
 それは、リリアンから帰宅途中の帰り道。
 
 (ん、なんだろう、あれ?)
 
 由乃は、道端に細長い棒状のものがアスファルトの上に転がっているのを発見した。
 ひょい、と由乃はそれを手にとって見る。
 それは、あるものを連想させてくるようなシロモノだった。

 (これって、アレか? よく魔法少女とかが使うステッキってやつ?)
  
 そう、それはTVアニメとかにでてくる、いわゆる魔女っ娘の必須アイテムの一つであるステッキのような形状をしていた。

 (どこかこの辺の子が忘れて帰ったのかな? に、しても)

 懐かしい、由乃はそう思った。その水晶が先についたステッキを見ると、由乃が子供の時にはまった「マジカル魔法少女ジンバブエ」を思い出させてくれる。
 
 マジカル少女ジンバブエとは由乃が小学校の時に好きだったアニメで、部族に代々伝わる魔法のステッキを盗み出したジンバブエがその力を使って悪の組織アパルトヘイトに正義の鉄槌を下す、というまあいわゆる普通の魔女っ娘ものだ。
 
 由乃としてはあのジンバブエの手段を選ばない狡猾さが大好きで、番組のテーマでもある「勝てば官軍」には大いに共感を感じたものだった。
 
 ただ、どうしてなのか5話ぐらいでいきなり何の前触れもなく番組がイスラエルが舞台という斬新な設定で、やたらと敵幹部が自爆したがる「魔法少女マジカルテロル」になってしまった。(これもこれでおもしろかったが、やっぱり突然終わった) せっかく敵幹部の息子に取り入って、ひと時のラブロマンスを味あわせた後一片の容赦なく裏切ってパパもろとも地獄のどん底につき落とす、という展開が終わりを迎えていて楽しみにしてたのに、とても残念だったと記憶している。

 (あーあ、好きだったのになあー)

 本当にあの時は残念だった。お父さんに、どうしてジンバブエやってないの! って突っかかったぐらいだ。お父さんは、おとなには色々事情があるんだよ、って少しほっとした表情を浮べながら言っていた。
 幼かった時の由乃は、おとなの事情、とやらが分からなかったが、今なら分かる。お父さんはこういいたかったのだろう。

 (はあー、やっぱりスポンサー会社が倒産でもしたんだろうなー まったく世知辛い世の中ね)
 
 と、昔を振り返るのはそれぐらいにしておこう。由乃はステッキに意識を戻した。

 (たしかジンバブエって、こうだったっけ?)

 きょろきょろ

 由乃は周りに人がいないのを確認すると、右手に持っていたステッキを上にかざした。

 「ジンバブー ジンバブー 黒い神さま虐げられてるものに力を貸してくださいな よーし 今日も白ブタどもの悲鳴を上げさせちゃうぞ マジカル魔法少女ジンバブエ 気が向いたらそく参上!」
 
 くるくるくる

 その瞬間、由乃の体がピンクの光に包まれた。

 (なっ! なっ!) 

 そして、そのリボンのような光が消え去ると。
 
 「なんじゃこりゃー!!!」 
 
 そこにはえらいものが出現していた。

 「なっ、なんなのよこれ?! なんなのこの痛いコスチュームは?」

 その右手にはステッキを持ち。ひらひらのフリルのついたやたらと頭の悪そうな服を着た由乃の姿があった。

 「ちょっ、誰か説明しなさいよ!! 訳わかんないわよ!!」

 由乃がそう叫んだ時、それに答えるような声が由乃の頭に響いた。

 ナレーション
 (説明しよう! 島津由乃は今日から魔法少女になったのだ!)

 「ぜっ、全然説明になってねえぇぇー!! まっ、魔法少女ってなによ!?」

 由乃が混乱の度を極めているところに、背後から声が掛けられた。

 「そこから先は、わてが説明しましょ」
 「なっ!」

 由乃が振り向くと、そこにはクマのヌイグルミというか、タヌキの出来そこないみたいなのが2本足で突っ立っていた。
 
 「・・・・・・えっと、アンタ誰? つーか、何?」
 「ワシか、魔法の国から愛とムチと希望を伝えにきた、さすらいのケロル三等兵とはわしのことや。まあ、みなからは親しみを込めてサンペイと呼ばれとるで」
 「サ、サンペイ?」
 「あ、サンちゃんでもええよ」

 やばい、聞いてはだめだ。目の前で起きてることを幻聴という方面に追いやって、由乃はさっさと帰宅の路につくことにした。

 「あっ、ちょっと、待たんかい」

 幻聴だ。これは幻聴だ。
 たとえ、由乃がピンクのふりふりを着ていたとしてもこれは幻聴だ。
 だが、この幻聴はしつこかった

 「つれないなあ、今日からアンタの相棒になるっちゅうのに。あ、せや、お近づきの印にこれでもうけとってや、おっと」

 はらり
 
 その幻聴は、そういいいながら一枚の写真のようなものを落としている。
 
 !!!!!

 その写真に写ってるものを認識した時、由乃は凍りついた。
 その写真には、ドえらいものが写っていた。

 「こ、これは!!」
 「よく映ってるやろ。あんさんの変身シーンやで。ま、思い出に一枚どうぞってやつや」
 
 そう、その写真にはピンクのヒラヒラをきている由乃の姿が写っていた。それだけでも人生を3回ほど繰り返してもお釣りがくるくらいの羞恥心満載なのに、さらにその写真の由乃は変身ポーズをとっているという、他人に見られたら自分が死ぬか見た相手を殺すしかない、という明るい未来図が目に見えるようなお宝映像だった。
 
 「うおおおおー!!!」

 びりびりびり!!

 間髪いれずに、由乃はその業にまみれた写真をこの世界から抹殺した。だが。 
  
 「あー、そのポーズは気に入らんかったか。なら、好きなもん選びなはれ」 

 目の前の何かはサービス精神満点に、ご丁寧にずらっと10枚ほど由乃の変身シーンがコマ送りになっている写真を並べてきた。
  
 「いや、わいってよく落し物をよくするんや。この前も、つい、うっかりと写真を落としてしもうてなー」
 「く、くううう!!」

 由乃は悟った。由乃が人としての大切な何かを失わずにすむかどうかは、この目の前のクリーチャーに握られたということが。

 「・・・・・・わ、私になにをさせたいの?」
 「話が早くて助かるで。何、悪い話やないで。あんさんの、魔法使いになりたい、ちゅう夢を人助けをしながら叶えられるのやから」
 「別に、魔法使いなんてなりたくないのだけど」
 
 かちゃ  
    
 『ジー・・・ジンバブー ジンバブー 黒い神さま虐げられてるものに力を貸してくだ・・・』

 「なりたいです! なりたいと思ってました!! ですからテープを止めてください!!」
 「せやろ、人間やっぱり正直が一番やで」
 「ぐうううっ!!」

 由乃はあまりのことに歯軋りをした。だが、だめだ。ここで爆発したら。ヤツからなんとしてもブツを取り上げないと大変なことになってしまう。 

 (がっ、我慢よ、島津由乃。そう、臥薪嘗胆よ!)

 由乃は知識としては知っていても、自分自身一生使うことは使うことはないだろう四字熟語を頭に思い浮かべた。

 「じゃあ、話を続けさせておらうで」
 
 そう言って、サンペイは由乃に語りはじめてきた。
 
 「わては、魔法の国にある魔法を世界に促進させるための秘密企業組織「マジカル☆さいとう」(有)から派遣されてこの世界にやってきた、いわば企業戦士ってやつや」
 「マ、マジカル☆さいとう?」
 「せや、自分で言うのもなんやけど、向こうじゃ「マジカル☆たかお」(有)と唯一張れる組織やで」

 つっ込み所は満載だが、あまりまともに聞かない方がいいと判断した由乃は先を促すことにする。

 「で、そのサンペイさんはどういう理由で私を魔法少女にさせたいのかしら」
 「この世界に魔法を促進させるため、やな」
 「その、魔法を促進させる、の意味が分かんないんだけど?」
 「簡単に言えば、この世界とわてらの世界は微かにやが見えない線で繋がっとるんや。で、近いうちいつかは完全につながるっちゅうんがうちの学者さんたちの見解でな。ま、といっても10年後か、100年後かわからんのやけどな」
  
 そのあっさりと述べられた言葉に、由乃は目を大きく見開く。

 「つ、繋がんの? 私たちの世界とあんたたちの世界が?」
 「せや、いつになるかはっきりとは分からんがな」
 「で、でも、それと私が魔法少女になるのってどんな関係があるのよ!」
 
 由乃がそう言うと、サンペイは溜め息を一つついた。
 
 「一つ聞くが、あんさんはもしそうなったらどうなると思うんや」
 「ど、どうなるっていわれても」

 話をいきなりこっちに振られたので、由乃は面食らってしまった。

 「分からんか。じゃ、質問を変えるで、あんさんたちの文明は何によって成立してるんや?」

 私たちの文明?・・・・・・それは、間違いなく。

 「・・・・・・科学、かな」
 「せや、この世界は科学っちゅう力で成り立っている。で、わてらの世界は魔法で成りたっとるんや」
 「さっぱり話が見えないのだけど」

 サンペイの言葉の言いたいことわからず由乃がそう言うと、サンペイは人形の癖に器用に肩をすくめていた。

 「あんさんは、例えばやけど、今この瞬間から魔法の国が隣に引っ越してきました。今から魔法は常識の枠組みとしてください、なんていわれたらどう思うんや?」

 どう思う、といわれても。 
 それは今、由乃が置かれている状況に近いのだろうか?

 「そりゃ、びっくりするというか、簡単に、はいそうですか、と納得できないと言うか」
 
 由乃がそう言うと、サンペイはニヤリと笑っている。

 「せやろ、魔法と科学っちゅうもんはいわば水と油みたいなもんや。せやのに、いきなりずっと科学で文明を築いてきた世界に魔法っちゅう科学と相容れない世界が隣に引っ越してきたら、どうなるかは火を見るより明らかやで。ヘたすりゃ、戦争になるかもしれん」
 「せ、戦争って」

 言葉の意味としてはともかく、生活をしていく上で全く縁のないその言葉に由乃は実感が湧かなかった。

 「歴史っちゅうもんを紐解くと、戦争ちゅうもんは資源確保が目的とかのやつはともかく、相手に対する無理解、もしくは価値観の相違という感情的なことが発端となったんも多いんや。まあ、ただ支配欲に駆られて、っちゅうんも多いけどな」
 「だ、だからといってそう簡単に戦争なんて」
 「ま、確かにいきなりドンパチやらかす可能性は低いやろうけど、このままで繋がると揉めることは間違いないと思うで。だいたい・・・・・・」

 ここで、サンペイが少し顔を曇らせた。

 「・・・・・・あんさんがたの世界は、その前例があることやしな」
 
 (前例? そのようなもの、あっ)

 由乃が頭を巡らせていると、ある忌まわしき歴史上の出来事が頭に浮かんだ。 

 「・・・・・・ひょっとして、魔女狩りのこと」 
 「せや。ま、それだけやないけどな」
 「で、でもあのときは時代が時代だし。だいたいそのあとで、あの裁判は間違いでした、って発表されているじゃない」
 「殺されたあとに、そんなん言われても嬉しくないと思うけどな」
 「うっ、そりゃあまあ」
 「と、あんさんに文句言うのは筋違いやったな。結局、ワイが言いたいのは、この世界は科学で理解できないものは異端として扱われる、とうちの世界が結論したことなんや」
 
 由乃はなんとなくだが、サンペイの言いたいことが分かったような気がした。
 
 「つまり、このままではこの世界とサンペイの世界は仲良くできない、って言いたいの」
 
 由乃がそう言うと、サンペイは良くできました的な表情を浮かべている。

 「ぶっちゃけた話、その通りや。で、うちの世界のお偉いさん方はこう考えたんや、この世界に魔法が日常にあっても違和感がないようにゆっくりと魔法を浸透させる、と。そのためにある計画を発動させたんや」
 「どんな?」

 由乃がそう言うと、サンペイはにやっとして口を開いた。

 「聞いて驚きなはれ。その名も、人類魔女っ子化計画や!」
 「・・・・・・はい??」

 由乃は驚いた。
 いろんな意味で驚いた。
 今、こいつは何を言ったのだろう。
 人類? 魔女ッ子化? 計画? 単語の一つ一つの意味はわかる。だが、その3つをいっぺんにまとめると、とても正気とは思えない言葉になった。
 聞き間違いだろうか? いや、そうであって欲しい。

 「あの、もう一度言ってくんない?」
 「なんや、若いのに耳が遠いんやな。人類魔女っ子萌え化計画や」
 
 ・・・・・・気のせいだろうか? さらにもう一つ激しく聞き逃せない単語が増えたような気がする。

 「いったいそれは何をする計画なのよ?」
 「簡単なことや、罠にかかった、もとい選ばれた少女に魔法少女の力を与え魔法を世のため人のために使って、この世界の若者達に愛と希望と萌えを与えて魔法が存在することを当たり前と感じてもらい、これから10年、20年後にその彼らがこの世界をリードするころにうちらの世界の存在を明かして、お互いお互いを干渉しない対等の不可侵条約を結ぼうって計画や!」
 
 ふざけた計画名の割には意外とスケールがでかいし、なんとなくだが理に叶ってるような気もする。だが、萌えを与える、というところがよく分からなかった。

 「萌え、って何? 他のはなんとなく分かったけど」
 「何をいっとるんや、萌えこそがこの計画の一番のポイントなんやで!」

 力説されてしまった。もう、これでもかってくらい。

 「・・・・・・一番なの?」
 「電話は二番やで」

 いや、そんなん知らんて。
 まあいい。細かいことを言っても仕方がない、さっさと終わらせてとりあえずヤツが今握っている写真だけでもとり返そう。

 「まあいいわ。それじゃあ私は何をすればいいわけ?」
 「おっ、やっとその気になってくれたっちゅう訳やな。よっしゃ、なら今あんさんが握っとるステッキの説明からさせてもらうで」
 
 由乃は、自分の手に握られている呪いのアイテムを見つめる。

 「ステッキて、これ?」
 「せや、そのステッキはあることをしたら契約が発動する仕組みになってな。一度契約すると、その発動させたもんしか使えん仕組みになっとるんや。せやからこのステッキは、あんさん専用や」
 
 あること、その言葉に思わず由乃は身震いした。

 「あることって・・・・・・ひょっとしてアレ?」
 「せや、変身ポーズや。あのお約束のポーズが人前でできんと、魔法少女にはなれんからな。ま、ある意味、羞恥心をいかに克服するかが魔法少女になるための第一歩てとこやな」

 由乃は呪った。自分自身の軽率さを、マジカル魔法少女ジンバブエを、そしてこの目の前のクリーチャーを。
 
 「いや、なかなか自然に変身ポーズをとってくれる人間が少のうて困ってたとこやったんや。ルールで、ヤラセはあかん、ちゅうことになっとるしな」
 「・・・・・・どうして、やらせはだめなの?」
 「そりゃ、やってくれるかどうかも分からんのに、わてらの正体をうかつに明かすわけにもいかんし、だいたいワシらが求めとるんは、羞恥心を物ともせず自ら進んでポーズを取ってくれる強者やからな」

 (つ、つわもの)

 もうだめだ、耐えられそうにない。自分自身の自尊心を守るために由乃はさっさと話を進めることにした。

 「・・・・・・ちなみに、どうすれば魔法は使えるの」
 「いや、その点あんさんの変身ポーズは完璧やったで」
 「うっさいわ!! さっさと話を進めんかい!!」
 「お、おこらんでもええやないか、せっかく人が誉めとるのに」

 これ以上変身ポーズの話をしたら許さん、という由乃のおどしが効いたのか、サンペイはしぶしぶと説明を進めてくる。

 「じゃ、さっきの続きやけど、まず、このステッキの名前をつけてやってや」
 「な、名前なんているの?」
 
 サンペイが、呆れたような顔をしてきた。

 「なんや、せっかくこれから一緒にやっていく相棒に名前もやれんのかいな」
 「い、いや、そういうわけじゃないけど」
 
 由乃がそう言うと、さっきとはうって変わってサンペイは笑顔を由乃に向けてきた。

 「なら、ええ名前を付けてやってや。やり方は簡単や、○○ステッキて呼ぶだけでええんや」
 「え、ステッキは外せないの?」
 「せや、ステッキちゅう部分は彼らの体を表すもんやからうかつには変えれんのや。まあ、剣とかでも○○の剣とか、結局のところその存在の意味を表せとる言葉はついとるやろ」

 なるほど、人間で言うとステッキは苗字に当たる所なのかもしれない。少し違うかも知れないが、由乃はそういう風に納得した。

 「あ、でも、気いつけえや、一回名前を言ったらもうやり直しは利かんから」
 「わ、わかったわ」
 
 チャンスは、一回、か。

 まあ、あんまり長いこと一緒にいられないけど・・・・・・ていうかいたくないけど、こうなったら毒を食わらば皿屋敷だわ。
 
 (よし、これに決めた!)

 由乃はいくつか考えた名前の中で、一番魔法少女として王道の名前にすることにした。

 「やっぱり魔法少女と言えばこれね。いい、ステッキ。あんたの名前はマジカル。そう、マジカル☆ステッキよ!!」

 ぴかっ!!

 その瞬間、まるでそれに応えるかのように、ステッキの先端からまばゆい7色の光が放たれた。

 「きゃっ、なっ、何?」

 由乃が驚いていると、サンペイも由乃に負けず劣らず驚いたような声をあげてきた。 

 「いやあ、わしも何回か見てきたが、こんなに喜んだステッキを見るのははじめてやな」
 「よ、喜んでるの、これ?」
 「ああ、それだけは間違いないで。ステッキの輝きの強さが、感情のパラメーターちゅうわけやな」、
 
 喜んでる、そういわれると流石に由乃も悪い気はしなかった。

 (へえ、なんか、かわいいじゃない)

 あんまり長く付き合いたくはないけれど、仲良くやれるならそれに越したことはない。ひょっとしたら、見た目の痛さを除けばだが、案外楽しめるのかもしれない。
 しばらくすると、ステッキの輝きがようやく収まってきた。

 「せや、ステッキの先端についている水晶を見てみい。それで簡単な意思の疎通ができるで」
 「本当に!」

 やっぱり光るだけだと感情の起伏は分かったとしても、その感情が怒りなのか喜びなのかはっきりと分からない。たとえ簡単でも、ハッキリと意思の疎通が出来るのなら絶対にそっちの方がいい。
 由乃は嬉しくなって、ステッキの水晶の方に視線を向ける。
 そこには確かに日本語で文字が映し出されていた。

 あれ? 

 「・・・・・・ねえ、サンペイ。一つ聞きたいのだけど?」
 「なんや、どうかしたんか?」
 「どうしてステッキの水晶に映し出された「マジカル」が、「マジ狩る」になってんの?」

 そう、そのステッキの水晶には「私の名 マジ狩る☆ステッキ ヨロ!」と、えらい表記がなされていた。

 「ん、なんか問題があるんかいな?」
 「大ありよ! 人が真面目に付けた名前、何トンデモ変換してんのよ、コイツ!!」
 「ああ、まあそう責めたるなや。こいつはわしと違って、日本語表記は苦手なんやから。ま、OSも古いし、仕様ってやつや」
 「ふっ、ふざけんなぁ!! さっさとバージョンアップしとけぇぇ!!」 

 ぴかっ ぴかっ ぴかっ

 由乃が怒りの咆哮をあげていると、ここでステッキが光を放ってきた。どうやら何かを訴えているみたいだ。

 (な、なんなのよ! ひょっとして、怒ってんの?・・・・・・言い過ぎたかしら?)

 由乃が少し反省しながら水晶を覗き込んで見ると、さっきまでと文字が変わっていた。
 そこには、こう書かれていた。

 「首領☆マイ ボス!」 

 「何が、首領(ドン)☆マイ ボス! じゃあ!! シャレを聞かせたつもりかぁぁ!!」
 
 狙ったのか偶然なのか、その駄洒落に由乃が怒りの突っ込みを入れているとき突然の突風が襲ってきた。

 びゅうぅー!

 その瞬間、
  
 はらり ひらひらひら
 
 「あ”」×2

 その突風によって、サンペイの手に握られていたものが大空高く舞い上がってるのが由乃の視界に入ってくる。

 (あ、あれは、まさか、まさかぁ!!)

 そう、それは紛れもなく、由乃のこれからの人生を素敵な方向に捻じ曲げてくれかねない例のブツだった。

 「ちょっ!! あ、あんた何してんのよ!!」

 だが、言われた方はサバサバとしていた。

 「いや、ま、不幸な事故っちゅうことで」
 「ふ、ふざけんなあ!! あれを他人に見らでもしたら、私の人生がエビゾリ140℃ぐらいまっとうな方向から歪んじゃうじゃないの!! な、なんとかしなさいよ!!」
 
 由乃が切羽詰ってそう言うと、サンペイがニヤリとした表情を浮かべてきた。

 「せや、ならちょうどええ機会や。あの舞い上がってる写真に向かってステッキをかざして適当でええから呪文を言った後、最後はマジ狩る☆ファイヤーと叫びなはれ。何、安心せい。自動ホーミングで全て焼き払ってくれるで」
 「・・・・・・マ、マジ狩る、って叫ばないといけないの?」 
 「当たり前やで。魔法ちゅうもんは、己のイメージを具現化するんや。そしてその思いを相棒であるステッキの名前を叫ぶことによってさらに増幅されステッキもそれに応える形で発動されるんや!」
 「くっ、わかったわよ!」

 正直、魔法を使うのは気が進まなかったし叫びたくもなかったが、背に腹は変えられない。由乃はステッキを握り締める。

 (た、頼むわよ、マジ狩る☆ステッキ!)

 ぴかっ ぴかっ ぴかっ

 まるで由乃の思いに応えるかのように、マジ狩る☆ステッキが光を放つ。 

 「逝け逝け☆ゴーゴー!」

 ・・・・・・応援してくれているのだとは思うけど、なんか素直に頷けなかった。

 (ま、まあいいわ。よし!)  

 由乃は気を取り直し狙いをさだめ、空に向かって大きく叫んだ。

 「わが人生をエビゾリさせてくれる悪しき存在よ、その報いをもって無にかえるがいい。マジ狩る☆ファイヤァァァァ!!」(ちょっとノリノリ)

 ブオオオォォー!!!

 次の瞬間、その宙に舞っている写真に向かって紅蓮の炎が激しく噴出した・・・・・・由乃の口から。

 (ちょっ、まっ、またんかいぃぃ!!)
 
 自分の口から激しく炎が噴出すという奇跡体験を体験した由乃は、慌てふためいてサンペイのほうに目を向ける。
 そのサンペイは、安心させるかのような笑顔を由乃に向けてくる。
 
 「ああ、安心せい。それは魔法の炎やから自分が焼けることはせえへんから」 
 「んーっ!! んーっ!!」(そういう問題じゃねえぇぇ!!!)

 ブォォォ!!・・・・・・ボォ・・・ォォ・・

 危険な写真を見事に焼き払ったあと、ようやく由乃の口から吐き出されていた炎が治まった。
 完全に炎が収まったことを確認すると、由乃は鋭い視線をサンペイに向ける。

 「・・・・・・ねえ、サンペイ?」
 「なんや、よっちゃん」
 「よっちゃんて誰やねん!! ていうか、なんでマジ狩る☆ファイヤーが私の口から吐き出されたのよ」

 由乃がサンペイに詰め寄ると、サンペイからあっさりと答えが返ってきた。

 「ああ、あれは人によって変わるんや」
  
 由乃は、その言葉の意味がよく分からなかった。

 「・・・・・・人によって変わる??」
 「せや、魔法ちゅうもんはさっきも同じこといったけど一番大切なんはイメージなんや。使用者のイメージに合わせて、相棒のステッキが魔法を発動してくれるんや」
 
 ・・・・・て、いうことは、まさか!?

 サンペイの言葉の意味を確かめるため、由乃は口を震わせながらサンペイに問いただす。 

 「つ、つまり」 
 「さっきのは、ステッキの中でもあんさんの一番ピッタリのイメージっちゅうことや。いや、ワシも長いこと魔法少女みてきたけど、だいたい7〜8割ぐらいはステッキから発射で、残りはせいぜい利き腕ぐらいなんやけどな。まさか、口から噴出すとは思いもせんかったで」

 (わ、私も思いもしなかったわよ!!)

 そのあまりにふざけた答えに、由乃の心は魂の叫びをあげながら相棒に問い詰める。

 「コ、コラ、マジ狩る!! 私のイメージは「口から炎」なんかい!!? 何とか言いなさいよ、マジ狩るぅ!! マ、マジ狩るぞ☆オラァ!!」

 ぴかっ ぴかっ ぴかっ

 その魂の慟哭にマジ狩る☆ステッキはただ一言、

 「ベスト☆チョ椅子!」

 という素敵な文字を、その先端についた水晶に輝くように映し出していた。

 「ふ、ふざんけんなぁぁ!!! 何が、チョ椅子、だあぁぁ!!!」 

 由乃は怒りと悲しみに震えていると、どこからか悲鳴のような声が聞こえてくる。 
 
 「いやぁぁー!! だれかー!!」

 その叫びを耳にしたサンペイの目がキランと光った。

 「おっ、どうやら、マジ狩る☆クラッシャーミラ狂由乃の初出番みたいやで!」(にやり) 
 「なっ、何なのよ、そのふざけた魔法少女というより無法少女みたいな通り名はぁ!!」
 「いや、だって、ステッキがそう言っとるで」
 「なっ!?」

 由乃が驚いてステッキの水晶を覗いてみると、

 ぴかっ ぴかっ ぴかっ

 「ボスの名は マジ狩る☆クラッシャーミラ狂由乃 だよ!」

 と点滅していた。 

 ぷちん

 それを見て、由乃の中の何かが壊れた。

 「い、いや、いやだぁぁー!! こんなステッキとは一緒に出来ない、出来ないよぉ!! おうち帰るぅぅ!!」
 「なに、安心せい。写真とテープならまだまだいっぱいあるで。なんなら動画も見せたるで?」
 
 そういってサンペイがHDDカメラを構えた瞬間、見事にハモった二つの悲鳴が大空にこだました。
 
 「誰かぁぁ 助けてぇぇー!!」×2
 
 ぴかっ ぴかっ ぴかっ

 「ボス 私 そばに☆憑いてる!」
 「憑くなぁぁ!! あっちいけえぇぇ!!」

 ・・・・・・そして冒頭の、マジ狩る! な気分の由乃に戻る、もとい魔法少女デビューが幕を開けるのであった。

 「マ、マジ狩るぞ!!☆オラァァー!!!」

 終わり。

 このような作品(またかよ)を読んでくださり本当にありがとうございます。一度ぐらい魔女っ子モノを書いてみたかったので、書いてみたはいいが、このようなものになってしまいました(汗


【864】 (記事削除)  (削除済 2005-11-15 05:31:27)


※この記事は削除されました。


【865】 探し続けようくれた希望に  (ROM人 2005-11-15 13:30:13)


くま一号さんの書かれた【No:779】『幸せだと思う』の続きが読みたいので
瞳子カナダ行きBADエンド(?)を書いて催促してみようという試みです。

くま一号さんが【No:779】『幸せだと思う』の続きを書いてくださったら記憶の彼方へポイしちゃってください。





リリアンにまた秋がやってきた。
体育祭と学園祭の準備に追われ、祐巳さま達は毎日忙しい。
祐巳さまと志摩子さんは現在外回りの仕事に出ている。
そういう私も、現在目の前の書類の山に溜息をついているところだ。
今現在、薔薇の館の住人は六人。
祐巳さま・由乃さま・そして志摩子さんの三薔薇様と私と菜々ちゃんの蕾二人と瞳子の妹だけ。
瞳子は今カナダにいる。
せめてもの救いは、瞳子が残していってくれた瞳子の妹である良子ちゃんが働き者だと言うことだ。
来年の山百合会はどうなってしまうんだろう。
元々、リリアン女学園に一番ふさわしくないと思っていた私が、
唯一三年生の薔薇様になることになるのだから皮肉なものだ。

「どうしたの? 溜息なんて」
「あ、祐巳さまごきげんよう」
「紅薔薇様、ご、ごきげんよう」
外回りから帰った祐巳さまの所に瞳子の妹が駆け寄った。
あなたの妹のせいで溜息をついていたんですよとは間違っても言わない。
二人がどんな困難を乗り越えて姉妹になったのかを知っているから。
それでも、現実的に来年の山百合会に不安を感じてしまうのはしかたのないことで。
特に、同じ蕾の菜々ちゃんはくせ者である。
興味のあることに関してはもの凄いやる気を見せるが、そうでないことには全く無関心。
その極端さが、仕事のやる気にも反映され、
おまけに姉の由乃さまがそれに乗っかる形で、仕事をサボったりするものだから困りものである。
由乃さまは菜々ちゃんを猫っ可愛がりしていて叱る気すら見られない。
さらに、困ったことに菜々ちゃんには中等部の二年生に姉妹の約束をしている娘が居ると言う。
つまり、来年妹を作る気はさらさら無いと言うことだ。
どーすんだよ、おい。

「いえ、目の前の書類にちょっとウンザリしてただけです」
「確かに、すごい量だねぇ……」
祐巳さまは苦笑している。
だから、それはあなたの妹がカナダに(以下略
「私も手伝うよ」
そう言って祐巳さまは私の前にある書類を一束手に取った。
「あはは、しかしすごい量だね〜」
「本当に終わるんでしょうか……。 由乃さまと菜々ちゃんは相変わらず剣道部ですし」
この忙しいというのにあの二人はほとんど部活に足を運んでいる。
元々、デスクワークが嫌いなタイプなのだろう。
今までは上級生である薔薇様が居たからしかたなくやっていたのだろう。
もっとも、こういう仕事が好きな人は居ないかもしれないが。

無言で書類の上にペンを走らせ続ける三人。
瞳子の妹が入れた紅茶を飲みながら、ひたすら書類に向かい合う。
志摩子さん、早く戻ってこないかなぁ……。


それからしばらくして志摩子さんも戻ってきた。
四人でひたすら書類を片づけた。
そろそろ帰ろうかと思った頃、部活を終えた黄薔薇姉妹が爽やかな顔で現れた。
お茶だけ飲みに来たな……こやつらは。

そんなこんなで六人揃ってのお茶会を終え、私達は帰る。

黄薔薇姉妹と菜々ちゃんと親友らしい瞳子の妹が先を歩く。
そんな三人の背中を見つめるような形で、私達は歩いている。
「祐巳さま、これでよかったんでしょうか」
「え? 何が?」
「瞳子をカナダに行かせてしまってよかったんですか?」
「うーん、確かに寂しいけど……まあ、毎日メールのやりとりしてるし」
そう言った祐巳さまだけど、やっぱり寂しそうだ。
「やっぱり、顔を見たりお喋りしたり出来ないのは寂しいけど、瞳子ちゃんには夢を叶えてもらいたいし」
寂しくないわけないのだ。
祐巳さまは、お姉さまである祥子様も瞳子と同じく留学中。
たった一人で日本に取り残されているのだから。
「乃梨子ちゃんには苦労かけちゃうよね」
「……そんなこと」
「瞳子ちゃんったらカナダに行く前に、私に新しい妹を迎えたらどうですかなんて言ったんだよ。」
「瞳子が?」
そんな話、初めて聞いた。
もちろん、祐巳さまが瞳子以外を妹にしたという話も聞いていない。
「私……やっぱり、もう一度妹作った方がいいのかな」
「ダメです!」
私は声を荒げていた。
祐巳さまが瞳子以外の下級生を妹にするなんて。
そんなの嫌だ。
「乃梨子ちゃん……」
「祐巳さまの妹は瞳子だけです。
 瞳子だけじゃないとダメなんです!
 もし……もし、どうしても妹の手が必要なら……
 私が瞳子の代わりに祐巳さまの妹の仕事を引き受けますから!」
「乃梨子ちゃん……」
「みんな居るじゃないですか! それに、祐巳さまの跡は良子ちゃんが立派に継いでくれるはずです!」
私は祐巳さまに抱きついて泣いていた。
祐巳さまは優しく私を抱きしめてくれた。
そうか……瞳子が居なくて寂しかったのは私自身も同じだったんだ。
「……なんか、祐巳に妹を取られた気分だわ」
「し、志摩子さんっ!!」
私はあわてて祐巳さまから離れた。
「冗談よ。 それに、祐巳にだったら乃梨子を貸してあげてもいいかもしれないわ。 貸すだけなら」
そういって、志摩子さんはころころ笑った。
「……もう、志摩子ってば」
気がついたら三人とも笑っていた。
随分先を歩いている黄薔薇姉妹と瞳子の妹が立ち止まってこちらを伺っていた。
「さあ、祐巳行きましょ」
「うん」
私達は手を繋いで走り出した。
私の右側に志摩子さん、左に祐巳さま。
来年のことを考えると、まだちょっと不安だけどきっと何とかしてみせる。

ねえ、瞳子。
また、会えるよね?
帰ってこないと祐巳さまも私のお姉さまにしちゃうぞ?
私の空いてるもう片方の手で、祐巳さまも掴んじゃうからねっ!



―がちゃSレイニーシリーズ  乃梨子、強欲エンド―





(おまけ)

「ああああああああ、結局何も解決してないし、
 やっぱり来年三年生の薔薇様は私だけだーーーー。 瞳子のバカーーーーーーーー!!!」
でも、やっぱり家に帰るとポジティブが持続しない乃梨子なのだった。


【866】 桂さんの名字は  (気分屋 2005-11-15 19:06:12)




このSSはパロディ且つイフ要素も含んでいます。苦手な方は読まないが吉です。







昼休み桂さんとお弁当を食べている時、桂さんをチラチラ見ながら私はひとつの決意を固めた。

前から気になっていることを桂さんに聞いてみることにした。

「桂さんってさ」

「ん?わたしがどうかしたの?祐巳さん」

「名字無いよね」

「い…いやぁ……そんな事ない…けど」

明らかに動揺している。何だか余計気になってきた。

「それっておかしいよね」

「そ……そうかなぁ…名字が無いなんて…この日本には五万とあることだよ」

五万人も名字が無い人がいたら大変ですよ、桂さん。

「桂さんってホントは名字あるんじゃないの?」

ビクッ!

「そ…そそそそそ」

これかなり面白い、私がしている道路工事のような桂さんがつぼにはまってしまった。

「そんな事ないよ!私は名字が無いのよ!」

あ、復活した。けど、顔は動揺の色を隠しきれていない。

「ホントは名字があるんでしょ?」

「あるんだったら、みんなに…言ってるわよ」

桂さんは目を泳がせながらミルクホールで買ったコーヒー牛乳を飲んでいる。

「そう、例えば………」

私は考えた、そう、名字があるのに人に言えない名字……つまり、人に言うのが嫌な名字、っていう事は……

「人に言うのが恥ずかしい名字……とか?」

ブウウウウゥゥゥ!!

桂さんは口から大量のコーヒー牛乳を吐いた。

「げほっ、げほっ」

「桂さん、はしたないよ」

桂さんはまだむせている。

「そんな……名字…ゲホッ…あるわけないでしょ」

「いや、一見名字だけなら違和感無いけど……」

ドクン、ドクン、桂さんはかなり緊張しているようだ。背景にドクンと言う文字がたくさん出ている。

「…そう、下の名前が桂だったら、あっという間にとあるの有名な落語家の名前につながってしまうとか…」

ギクッ!!!!

「……ち…ちがうよぉ」

声が思いっきり裏返っていますよ、桂さん。

「その名字は、1高橋、2佐藤、3田中、そして…………4小枝、さあどれだと思う?」

「え…えっと、1の高橋……かな」

「ちなみに、これに正解したら皆にはバラさないであげるよ」

「祐巳さんは私の名字……知らないでしょ?」

「桂さんの顔を見たらわかるわ、さあ、オーディエンスとテレホンにヒフティヒフティもあるわよ、桂さん」

「……じゃ…じゃあ、オーディエンスで」

「あらかじめ、リリアン生徒100人に聞いておいた、アンケートです。

  1 高橋 0
  2 佐藤 0
  3 田中 0
  4 小枝 100……です」

「それ絶対嘘でしょ!」

「そんな事無いよ」

「じゃあ、ヒフティヒフティで!」

「1と2と3が消えます。あ、口が滑っちゃった。消えるのは1と2だけだよ。3も消えちゃったらもう4の小枝しか無くなっちゃうもんねぇ〜?」

「…ワザと言ってるでしょ?」

「まさかぁ?」

「じゃ……テレホンを」

「はい、これどうぞ。もうつながってるからね」

私は桂さんに携帯電話を渡した。

「もしもし?」

『あ、もしもし?桂さん?』

「その声は蔦子さん?」

『そうだよ、今私、小枝って言う人の家にお邪魔してるんだけど』

「………へえ……えっ?」

『今小枝さんに変わるね』

『お〜い、桂聞いてるか?』

「こ…この声は…」

『そうだ、桂、お前のお父さ…』

プツッ…プープープー…

桂さんは携帯を切ったようだ。

「どうしたの桂さん。答え教えてもらった?」

「……わ…私は…」

「うん、桂さんは?」

「……私の…私の名字は!……こ…こえ」









……ん……んん…

チュン、チュン鳥の声がする。

「ふああ」

あ〜、変な夢見たなぁ、少し嫌な汗が出てるよ。私が祐巳さんの視点で自分を陥れようとする夢なんて……けど夢でよかったぁ。

「桂早く起きなさいよぉ〜!」

下から声がする。さてと学校に行こう。

学校の授業は普通に消化していく蔦子さんが休みなのが気になったが何事も無く、もう昼休みだ。

今は祐巳さんとお弁当を食べている。

なんだろう。

祐巳さんがチラチラ見てくる。

まさか………ね、あれは夢だし……けど、蔦子さん休みだし……………なんだかデジャブ。

「桂さんってさ」

ああ、やっぱり。だけど、大丈夫あれは夢。

きっと、大丈夫だ。

「ん?私がどうかしたの?祐巳さん」

私は平静を装って答えた。

「名字無いよね」

そして私の日常はループしていく。

切れ目の無いメビウスリングの様に………






==続く?==


【867】 (記事削除)  (削除済 2005-11-15 22:01:23)


※この記事は削除されました。


【868】 悲しみのファイナルアンサー  (ケテル・ウィスパー 2005-11-16 00:28:51)


No.753 → No.778 → No.825 → No.836の続きです。


「確かに令ちゃんは戦闘力は高くても人を傷つけたりは出来ない。 まあ、私絡みだとどうかはわからないけど。 祥子さまは、危険となれば祐巳さんにそんなこと絶対にさせないでしょうね。 自分達で手は下さない。 話が大きくなりすぎるかしら? 瞳子ちゃんも同じかな? 秘密裏にって言う訳にはいかなくなるでしょうね。 乃梨子ちゃんは………きついかな……祐巳さんの言っていることが本当ならね」
「納得してくれてたわけじゃあないんだ…」
「あまり表沙汰にしたくないのは分かるわ、できれば山百合会の中だけで済ませてしまいたいって言うのも、消去法で行ったら………私しか居ないって言うのもね……」

 二人目の犠牲者がでたあと、学校は生徒にたくさんの宿題を押し付けて一時閉鎖されることになった。 
 休みをいいことに祐巳の家に大量の宿題とともにやってきた由乃、今日は泊まっていくことになっている。 さっきまで祐麒に数学と物理を教えてもらってある意味ご満悦な由乃に祐巳はすべてを話した。 祐巳の表情からただ事ではないのを察してくれた由乃だが、今は苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「符合するのよね。 きつく香水を付け出したのは死臭をごまかすため、怒りっぽくなったって言う乃梨子ちゃんの話。 祐巳さんがいま話した内容と符合するわ……でも…」

 祐巳は穏やかな表情をして由乃を見つめる。 由乃が出す答えを知っているかのように。

「………ごめん。 断っていい? ……いくら私が『イケイケ青信号』でも命がけって事だと……」
「うん、そう言うと思ってたよ。 一人で何とかしてみるよ」
「…………」

 穏やかな祐巳の顔を睨み付けていた由乃は、テーブルに手を付いて立ち上がり、ダークブラウンのチェック柄のロングスカートを揺らしながら祐巳の部屋からゆっくりと出て行く。

「……………なかったわ」
「…え?」
「……聞きたくなかったわ、この話…」

 一瞥をくれてから扉を閉めた由乃は、そのまま暫く扉に背中を預けて廊下の天井を見つめていたが、深い溜息を吐いたあとゆっくりと廊下を歩き、祐麒の部屋の前にやってきた。 何度か無遠慮に入ったことはあるのに、なぜか今日は緊張してしまう。

 ”コンッ コンッ コンッ”

 ゆっくりとしたノックをして部屋の主が出てくるのを待つ。 やがて扉が開き祐麒が人懐っこそうな顔を覗かせる。

「由乃さん。 どうかしたの?」
「……少し、いさせてくれる? 祐巳さ……ううん。 私が落ち着くまで、少しの間でいいの……」
「…どうぞ……少しの間でも一緒にいてあげるよ」

 自分の席と由乃が勝手に決めているベットの横、絨毯の上に腰を下ろす。 祐麒は当然のように由乃のすぐ横に座る。 祐麒の肩にもたれかかる由乃、祐麒も何か話しかけるでもなく黙って肩を貸している。 

 ゆったりと   ゆったりと   時間もなにも考えずに…………。


 * * * * * * * * * * * * * * * *


「カット〜〜! ご苦労様〜」
「由乃さ〜〜ん、アドリブ多かったよ〜〜。 合わせるこっちの身にもなってよ、本格的な女優じゃあないんだから」
「由乃さん、この後アクションシーンがあるじゃない、殺陣シーンでのアドリブは怪我の元よ」
「分かってるわよ〜〜、まかせて、そっちはしっかりやるから」
「ホント頼むよ〜〜、私がピンチになった時、颯爽と現れて助けてくれなくっちゃ困るからね」
「だから今後の展開ばらしちゃだめでしょ」
「でも由乃さま、祐麒さんとのシーンこれでいいんですか?」
「え? なにが?」
「だって、励ましてもらったりするシーンですよね? なにも言わない、キスすら無しって…」
「あ〜、そういうこと。 祐麒君とはこんな感じ多いわよ」
「そ、そうなんですか?」
「『イケイケ青信号』『ブレーキの壊れた暴走機関車』の由乃さんが? 思いっきり振り回しているかと思っていたけれど?」
「ちょっとちょっと! えらい言われようじゃない!」
「意外でしょ? 祐麒に聞いてもマッタリしてる事も結構多いって言うのよ」
「そ、そりゃあ引っ張りまわしてるかもって自覚はあるけど……。 この前はスケート教えてもらったし、インライン・スケートとMTBの乗り方とか。 あ、スノボもやってみたいわね…。 そうそう祐巳さん、今度スキューバ・ダイビングの講習受けに祐麒君と行って来るからよろしくね」
「私によろしくされても困るよ〜」
「動き回ってる時もいいんだけど、祐麒君と二人で寄添ってマッタリしてる時間ッたら……はぁぁぅっ……」
「……? (ヒラヒラヒラ) あっちの世界に行っちゃった……かな?」
「おつかれさま〜〜」
「あ、お疲れさま祐麒さん。 なにをなさっていらしたの?」
「殺陣の時は俺サポートに回るのでその打ち合わせを……ときに…由乃さんはなにをしているんです?」
「祐麒さんとの愛欲の日々を思い出しているのよ」
「ええ〜っ?!」
「『マジ狩る☆クラッシャーミラ狂由乃ン』のこと考えてんでしょ」
「由乃ンじゃな〜〜〜い〜!!」


「菜々さんなにをなさっているんですの?」
「由乃さまに言うとダメージのありそうな単語をメモってるんです」
「菜々の場合わかっててやってる分性質が悪いわよね……由乃さまも大変だわ……」
「そのうちそれに喜びを感じるようになるかと………」
「な、なにか黒い計画を遂行中のようですわよ……そういえば、あなた出番なんかありましたの?」
「志摩子さまに食べられていた女学生役を二回やりましたが?」
「あんただったんかい!」


【869】 激突  (朝生行幸 2005-11-16 14:28:13)


「志摩子さんの分からず屋!」
 絶叫一つを残し、薔薇の館から走り去ったのは、白薔薇のつぼみこと二条乃梨子だった。
「乃梨子、待って」
「ダメよ志摩子さん」
「そうよ、この問題に姉妹の情は禁物だよ」
 乃梨子を引き止めようとした白薔薇さまこと藤堂志摩子を制止したのは、黄薔薇のつぼみ島津由乃と、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳。
「でも…」
「例え姉妹であっても、譲れない一線ってものがあるの。分かるでしょ?」
「そうだね。むしろ姉妹だからこそ、譲れないのかもしれないけど」
「…分かったわ」
 つぼみたちの言葉に、従わないわけにはいかない志摩子だった。

(志摩子さんのバカ、志摩子さんのバカ、志摩子さんのバカ…)
 心の中で悪態を吐きながら、早足で歩く乃梨子。
 口惜しさのあまり、視界が滲む。
 信じていたのに、裏切られた。
 心が張り裂けそうだった。
 こうなったら、仲間を集めて証明し、見返してやるしかない。
 あなたたちは、邪道だってことを。
「乃梨子さん!?」
 リリアンの乙女らしからぬ大股歩きの乃梨子に声をかけたのは、クラスメイトの松平瞳子。
「瞳子…」
「ど、どうなさったの?」
 瞳子が驚くのも無理は無い。
 一年生最強を謳われてる“あの”乃梨子が、目にうっすらとだが、涙を浮かべているのだから。
「あなたは味方よね?親友だもんねそうだよね?」
 瞳子の手を握り、すがるように訊ねる乃梨子。
 瞳子の顔が赤くなった。
「も、もちろん私は乃梨子さんの親友、味方ですから安心なさいな。それで、一体どうなさったの?」
「実は…」
 薔薇の館での出来事を、簡潔に説明する。
「なんですって!?白薔薇さまのみならず、祐巳さままで!」
「由乃さままでそうなのよ。私、口惜しくって口惜しくって」
「こうなったら、少なくとも同数を集めて、真っ向から勝負する他ありませんわ!」
「うん、賛同者を集めないと…」
「ごきげんよう、白薔薇のつぼみ、瞳子さん」
 図書館の影から現れ、作戦会議中の二人に挨拶したのは、一部で話題の一年生内藤笙子。
「ごきげんよう笙子さん」
「ごきげんよう…、乃梨子さん?」
 笙子を前に、乃梨子にそっと耳打ちする瞳子。
 頷いた乃梨子は、笙子に問い掛けた。
「笙子さん、ちょっと質問なんだけど…」
「はい?」
「あなたはどっちかしら?」
 薔薇の館での出来事を説明する。
「もちろん…」
『ようし!』
 笙子の答に、淑女らしからぬ気合の入ったガッツポーズを決める二人。
「笙子さん、時間ある?悪いけれど協力して」
「ええ、かまいませんよ」
「それじゃ…」
 パシャリ。
 駆け出そうとした三人に向かって、一瞬の光が浴びせ掛けられた。
「めずらしいスリーショットね」
『蔦子さま!?』
「ごきげんよう。なんだか面白そうなお話だったけど」
 乃梨子と瞳子が、笙子を左右から同時に肘で突っ突く。
「蔦子さま?」
「何?笙子ちゃん」
「お聞きだったのなら話は早いです。蔦子さまはどっちですか?」
「私はね…」
 ニヤリと笑みを浮かべて蔦子が口にした答に、愕然とする笙子。
 あまりのショックに足元がもつれ、倒れかかったところを乃梨子が支える。
 笙子の顔は、真っ青だった。
「ど、どうして…?信じていたのに」
「ちょっと大丈夫?なにもそこまで驚かなくても」
「触らないで下さい!」
 腕を引っ込める蔦子。
 ちょっとショックを受けているようだが、それでもやはり譲れない一線なのか、それ以上何もしなかった。
 肩を借りて、なんとか立っている笙子を左右から支える乃梨子と瞳子は、いつにない迫力で、蔦子を睨みつける。
 しかし、それを涼しい顔で見返す蔦子。
 薔薇さますら恐れない蔦子にとって、二人など物の数ではない。
「おやー?修羅場発見?」
 気の抜けたような声で、睨みあう4人に割り込んだ人物。
 後に妹を連れた、新聞部部長山口真美だった。
「おや真美さんごきげんよう」
「ごきげんよう。なんだか、険悪な雰囲気なんだけど」
「ちょっとした対立ってところかしら」
「真美さま」
「何かしら白薔薇のつぼみ?」
「日出実さんも答えてください。お二人はどっちですか?」
 対立の元となった出来事を説明する。
「私は…」
 真美の答えに、満足そうに頷く乃梨子と瞳子。
 しかし…。
「お姉さま、お姉さまには悪いですが、私は違います」
「な、なんですって?」
 ガビーンと、少々古い表現で驚く真美。
「ちょっと日出実、あなた私に逆らうの?」
「いえ、逆らうのではありません。これは、個人のアイデンティティの問題で、姉妹の情に左右されるものではありません」
「くっ…」
 真美以上にクールと言われる日出実、さすがに冷静だ。
 しかしなんてことだ、せっかく4人まで味方を集めたのに、相手は5人まで増えたではないか。
 しかも相手は薔薇さま一人につぼみ二人、更には写真部のエースと粒揃いだ。
 まさしく決定打に欠けていた。
「いいわよ、そっちがその気だっていうのなら。行くわよ」
 いつの間にか先頭に立った真美、三人を引き連れて、早足で去って行った。
「…なんだったんでしょう?」
 四人を見送りながら、呟く日出実。
「さぁてね。それを知るには、薔薇の館かな?」
「どうしてですか?」
「簡単な推理よ。どう?あなたも来る?」
「…はい」
 ちょっと迷ったが、蔦子に従うことにした日出実だった。

「こうなったら、薔薇さまのどちらかを引き込む必要があるわ。そうすれば、少なくとも立場は対等になれる。あとは、舌先三寸で説得するのみ!」
「それが一番難しいのでは…」
「ともかく…いた!」
 丁度校舎から出て来たのは、黄薔薇さまこと支倉令。
『令さま!』
 4人一斉に声をかければ、引き攣った表情でたじろぐ令。
「…ごきげんよう。揃ってどうしたの?」
「実はですね…」
 事の次第を説明する乃梨子。
「なるほど。そんなことがあったのか」
「で、黄薔薇さまはどちらですの?」
「安心して。私は貴方たちと一緒よ」
 それを聞いて、ハイタッチで称え合う一同。
「よし、これで対等。あの5人を、ギャフンと言わせてやらなくちゃ」
 自信に溢れた表情で、薔薇の館に取って返す一同だった。

「なるほど、さすがは乃梨子ちゃん。『転んだら一人では起きられない』娘ね」
「由乃さん、それを言うなら『転んでも只では起きない』じゃないかしら?」
 ワザとなのか素なのか判断しにくい由乃のボケに、冷静に突っ込む志摩子。
「何にしろ、勝算なしに帰ってくる娘じゃないわね」
 薔薇の館では、祐巳、由乃、志摩子、蔦子、日出実の五人がお茶を飲みながら相談していた。
「そろそろ戻ってくるんじゃ…、来たみたいね」
 バタンとドアが開く音がし、階段をドスドスと踏み鳴らす複数の足音。
 2階の会議室に姿を現したのは、令、乃梨子、真美、瞳子、笙子の五人。
「やっぱり令ちゃんは敵に回ったのね」
「こればかりは、いくら相手が由乃でも譲れないからね」
 火花を散らす黄薔薇姉妹。
 姉妹やそれに近い間柄同士が、計ったように二つに分かれ、お互い真剣な眼差しで見詰め合っている。
 祐巳と瞳子、志摩子と乃梨子、蔦子と笙子、真美と日出実。
 ヘタ令とはいえ、黄薔薇の貫禄は十分だし、乃梨子も他のつぼみには引けを取らない。
 二年生トリオ+蔦子の組み合わせは、リリアンを揺るがすに足る。
 双方、互角と言って良いだろう。
「で、決着はどう付けるつもり?」
 強気の由乃、負けるとは思っていないようだ。
「人数は同じ、主張は真っ二つ。となれば、公平な人物の判断に委ねるのが妥当だと思うけど?」
「…なるほど。要するに、紅薔薇さまの態度如何ということですね」
 大切な親友の令と、かけがえのない妹祐巳が分かれて争っているこの状態、恐らく紅薔薇さまこと小笠原祥子は、両者納得する公平な判断を下すであろうことは、両陣営にも容易に想像できる。
「そういうこと…と言ってる内に、来たようだね」
 しずしずと階段を上がる静かな足音。
「ごきげんよう。遅くなってごめんなさ…い?」
 あまりみかけない顔ぶれを含めて、奥の席と手前の席で対立していることは、来たばかりの祥子にも理解できた。
「祥子」
「何?」
 両者を代表し、令が祥子に訊ねた。
「祥子は、カレーに『福神漬け』か『らっきょ』か、どっち?」
 全員、祥子の答を聞き逃すまいとばかりに耳をそばだてる。
「福神漬け…」
 令たちのチームが身を乗り出す。
「らっきょ…」
 祐巳らのチームが笑みを浮かべる。
「なにそれ?」
 一同、盛大にズッコケた。

「なにそれ?そんなことで皆争ってたの?」
「そんなこととは何ですか!?カレーにはらっきょ、これしかないんです!」
 由乃が、声高に主張し、祐巳、志摩子、蔦子、日出実がウンウンと頷く。
「違います!カレーには福神漬け!らっきょなんて邪道です!」
 負けじと主張する乃梨子に、令、真美、瞳子、笙子が大きく頷く。
「残念だけど、私は食べたことがないから、どちらが良いかは判断しかねるわね」
 半分呆れ顔で、皆を宥める祥子。
「じゃぁ、一度皆で食べに行きましょう。そこでお姉さまに判断していただくのです」
「それいいね。全員の目の前で祥子が判断すれば、キッパリと勝敗が決するから」
「じゃぁ次の日曜日のお昼、M駅のカレー屋さんで」
「逃げるんじゃないわよ」
「由乃さんこそ」
 こうして、勝敗を決するステージは、日曜日に持ち越されたのだった。

 その結果は次のリリアンかわら版に掲載され、その影響でリリアンにカレーブームが巻き起こったのは言うまでもない。
 え?どっちが勝ったかって?
 それは各人、リリアンかわら版を見てくださいな。


【870】 醒めない夢  (ROM人 2005-11-16 15:32:07)


学園祭もようやく終わった。
忙しい毎日から解放され、私は少しだけ開放的な気分になる。
こないだの学園祭の夜、私は妹の祐巳に妹を作るように言った。
瞳子ちゃんに可南子ちゃん、どちらを妹にするにしてもいい加減何とかしなくてはいけない時期ではないだろうか。
けして、去年の学園祭が終わるまで自分が妹を作らなかったから言う資格がないと思って黙っていたわけではない。
「祥子さん」
私を呼ぶ声、振り返るとそこには同じクラスの美冬さんが立っていた。
「祥子さん、今日日直でしょ? 先生が授業の教材を取りに来て欲しいって」
「そう、ありがとう」
「結構大変そうだから、手伝うわね」
「大丈夫よ」
「いいから、いいから。 もう一人の香里さんは妹さんの病院に付き添いでお休みでしょ?」
そう言って、美冬さんは私の手を取って少し早足になる。





「ほら、一人じゃ無理だったでしょ?」
「そうね、助かったわ」
教材の量は確かに多く、一人だと二往復しないといけない量だった。
二年の終わり頃から、何となく彼女は私のまわりにいることが多い。
放課後など祐巳が一緒の時は遠慮してか他のクラスメイトの所へ行ってしまうのだけれど。

気がつくといつも側にいるクラスメイト。
「それって、友達って言うんじゃない?」
「やっぱり、そうなのかしら」
お昼休みの薔薇の館。
今日は祐巳達は午後の授業の関係で来ていない。
私は、令と二人で昼食を摂っていた。
「祥子はもう少し、私とか山百合会以外の人ともうち解けた方がいいよ」
「失礼ね」
令にそう言われて、プイと横を向いたりしたけれど……。
確かにそうだ。
私は、山百合会やそれに近しい人間としかまともに付き合ったことがない。
私自身が、知らず知らずのうちに遠ざけてしまっていたり、同級生達とどう接してよいのかもあまり考えたりしたこともなかった。
紅薔薇の蕾の妹→紅薔薇の蕾→紅薔薇様と学園の中心組織にいる割には、私はどこか別の離れたところにいるみたいだった。
多分、令や祐巳が居なかったら……お姉さまの卒業したリリアンで私はどうしていただろうか。
高校生活も残り少ない。
このままでいいはずはない。
美冬さんに友達になってもらえるだろうか?
リリアンを卒業しても連絡を取り合えるような友人を一人でも増やしておけるだろうか?
私は、少し残してしまった弁当箱をしまうと教室へ急いで戻った。



「え?」
「美冬さん……今さらだと思うけど、私と友達になっていただけないかしら」
「……さ、祥子さん? え? わ、わた……わたわたわたわた私でいいの?」
美冬さんはまるで祐巳のように表情をぐるぐる変えていた。
断られる?
そう思った瞬間、私の手は美冬さんにしっかりと握られた。



それから、私達は徐々にうち解けていった。
一ヶ月もすると、お互いを呼び捨てする仲になれた。
令の他にも同じ歳の友人が出来て私は嬉しかった。
私はよく美冬と待ち合わせて一緒に帰るようになった。
もちろん、祐巳も一緒だ。
美冬はどうせ暇だからと山百合会の仕事を手伝ってくれることもあった。
祐巳も「お姉さまが二人になったみたいだと」喜んでくれている。
思い切って、美冬さんと友達になってよかった。







夢を見ていた。
小さな女の子が遊んでいる。
ブランコで元気よく。
私は危ないからやめるべきだと思った。
案の定、女の子は手を滑らせブランコから落ちてしまった。
膝から赤い血が流れていた。
私がハンカチを差し出して、女の子の血を拭いた。
女の子はごめんなさいと謝った。
……………
………
……






三学期になった。
年が明けて、いよいよ私がリリアンで過ごす最後の学期となった。
祐巳の選挙とバレンタイン。
私は、このリリアンであとどれくらい思い出を作ることが出来るのだろう。
不思議な違和感があった。
「ねえ、佳奈美さん。 美冬見なかったかしら?」
「美冬?」
美冬にこないだ借りた本を返そうと思ったけれど見つからないので、私は近くにいた佳奈美さんに聞いたのだが、佳奈美さんは私のことを不思議そうに見るだけだった。
「そう、美冬どこに行ったか知らない?」

「美冬さんって誰?」
「え?」
佳奈美さんは、美冬なんて名前の人は知らないと言った。
そんなはずはない。
佳奈美さんは美冬の友達の一人の筈だ。
「祥子さんでも寝ぼけたりすることあるのね」


「美冬さんなんて人、この学校に居ないわよ」



そんなはずはない。
でも、佳奈美さんが冗談で言っているようにはとても見えない。
そんな馬鹿な……美冬さんはちゃんと昨日までここに……。
そう思って美冬さんの席を見てみると、そこにあったはずの美冬の席が忽然と姿を消している。
転校?
いや、そんな話を聞いた覚えはない。
それに、佳奈美さんは明らかに初めから美冬のことを知らないみたいだ。

それからしばらくして担任がやってきたが、HRで美冬の名前が呼ばれることは無かった。



おかしい。





お  か  し  い。





お    か    し     い。 




四限目の授業が終わり、昼休みになると私は居てもたっても居られなくなり、
祐巳と待ち合わせている薔薇の館に駆けていった。
そう、祐巳はいつも美冬と私と三人で帰っていたじゃないか。
美冬の事をもう一人のお姉さまだって慕っていたじゃないか。
だから………だから………!!!



「いえ、お姉さま。 私も美冬さまなんて存じませんけど」



そんなこと。




そんなこと。




そんなはずが………。









キキィーーーガシャン。

私は、その光景をじっとバスのリアウインドウから身を乗り出して見ていた。
「みふゆちゃんっ!」

大きなトラックが、さっきまで祥子達の居た幼稚舎の門に激突していた。
トラックからは黒い煙と炎がめらめらと立ち上っていた。
家に着いてから、私はそれが事故だったと知った。
運転手はお酒を飲んでいたらしい。

テレビのニュースにさっき一緒だったみふゆちゃんの写真が出ていた。

まっしろなハンカチとチョコレート。
あげるって言ったのに……。
「お礼だって」そう言って私にチョコレートを差し出したみふゆちゃんの顔が頭から離れない。

またねって言ったのに。
今度会ったら友達になれるかも知れないと思ったのに。
だって、今まであんな風に私に話しかけてくれたのみふゆちゃんだけだったんだから。
まわりの子たちは、遠巻きに私を見ているだけだった。
遠くでひそひそ陰口を利いたりするだけで、話しかけてくる子なんて一人も居なかった。
いつも一人だった。
ようやく、私に話しかけてくれた人が居たのに……。






私は、全てを思い出してしまった。
朝、目が覚めたら私は泣いていた。
それから、どうやって学園に着いたのかはまるで覚えていない。
確か、マリア像の前で心配そうな顔をした祐巳のタイを結び直したような気はしている。
教師の授業もまるで音量を零にしてしまったテレビのようだった。
美冬と再会したあの日のことを私は思いだしていた。

………………
……………
…………
………
……






「……美冬!?」
授業が終わった私は、ふらふらと教室を後にした。
一人で居るのが恐い。
だから、祐巳のクラスへ行って彼女を誘って薔薇の館へ行くつもりだった。
しかし、私は見つけてしまった。
下校中の生徒達の仲に、小さな人影を。

美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…!!!!

その姿が、古い温室の中に消える。
私は、それに呼び寄せられるように中に入った。

「……全部、思い出しちゃったんだね」
悲しげな美冬の声。
「ごめんなさい……」
「ううん、いいの。 それに、祥子には私のこと忘れて欲しいから」
「え?」
「私はもうすぐ消えて無くなる。 だから、その時には全て忘れて欲しい。 みんなの記憶の中からは、もうすでに私のことは消えて無くなってる」
「そんなの嫌……私、あなたのこと忘れないから」
「もう、いいの。 あなたに思い出してもらえて、友達にもなってもらえて私……幸せだった。 だから、もう十分だから。 私は、ここに存在して居ちゃいけないんだから」
制服姿の美冬が白く輝き、透き通っていく……。
大きな白い翼が美冬の背中に現れる。
「私は、小さい子供のままで大人になることは出来なかったから。 たぶん、マリア様がそんな私にプレゼントをくれたんだと思う。 でもね、私が居なくなることで悲しむ人を出してしまうのは嫌だから……」
「いや……美冬!!」
私は、消えそうな美冬を捕まえようと手を伸ばす。
「ありがとう……祥子……祥子が私のことを忘れてもずっと私は祥子のことが好きだから」
「うっ……美冬………だめ………私は……忘れない………忘れたくな……い」
私の意識がだんだんと遠くなっていく。
視界がぼやけて、美冬の姿が……見えなくなって……。






「お姉さま!  お姉さま! しっかりしてくださいお姉さま!」
体が揺さぶられる感覚。
そして聞こえてくる声。
それは、愛しい祐巳の声で……。
「……ここは?」
「古い温室です」
「私、何を……」
「いつまで経っても、薔薇の館にいらっしゃらないので心配してみんなで探したんですよ」
そういう祐巳の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
頭が何だか重い。
そして、どんなに考えてみても自分がなぜここに居るのか思い出せなかった。
「さあ、お姉さま。 薔薇の館へ行って熱いお茶でもお入れしますから」
祐巳に肩を貸してもらいながら私は温室を後にした。
なぜだか、私は持ってきた覚えのないハンカチをしっかりと握りしめていて。
ただ、それを大切に持っていなければならないと思うのだ。




『さちこちゃん、これ。』
『あげるって言ったじゃない』
『お母さんが返しなさいって。 それとこれ……お礼だって』


―――――――――――――

最近、何だか美冬が流行っているとか?
そんなわけで、某たい焼き食い逃げ娘っぽい美冬とか書いてみました。
奇跡は起こったりするから奇跡なんですよ。


【871】 (記事削除)  (削除済 2005-11-16 18:29:16)


※この記事は削除されました。


【872】 ビター・テイスト示現流  (joker 2005-11-16 20:51:34)


「こんばんわ。ニュースの時間がやって来ました。キャスターの二条乃梨子です。」
「同じく島津由乃よ!」
「……あの〜、志摩子さんの筈では…?」
「ああ、志摩子さん?脅し――用があるから無理だそうよ。祐麒くん見てる〜?」
「…うぅ、志摩子さん……。」
「では、早速ニュースを伝えるわよ!乃梨子ちゃん!」
「……はい、ニュースをお伝えします。今日未明、がちゃS内に申告なバグが発生するという事態が発生しました。作品内のリンクが繋がら無かったり、リロード画面に直接ジャンプ出来ない等の障害が出た模様です。現在は復旧しました。」
「ふん!まったく、迷惑よね。」
「由乃さま、過激な発言は控えて頂きたいのですが……」
「なによ!本当の事を言っただけじゃない!」
「……次に参ります。年末に『がちゃ of the year』が決められ事が某道化王から発表されました。集計は12月25日に行われます。」
「詳しくはサイトだそうよ。全く暇人ね!」
「…多分、暇じゃないと思うんですけど。」
「どうでもいいわよ!で、次のニュースは?」
「いや、もう無いですけど…」
「あっそう。では今日のニュースは以上です。また次回お会いしましょう。ごきげんよう〜。」
「……落ちまで持っていかれた…」


【873】 瞳子ちゃんご乱心  (素晴 2005-11-17 00:00:01)


体育祭に修学旅行、学園祭と盛りだくさんの2学期もあっという間に大部分が過ぎ去り。
茶話会だの、剣道の交流試合だの(ってこれは主に令さまと、別の意味で由乃さんが大変だっただけなのだが)のイベントも済んで、ようやく落ち着いた頃には、期末試験が間近に迫っていた。

そして、祐巳は、憔悴していた。
「abandon...捨てる、見捨てる、断念する...英語、捨てちゃおうかなぁ」
昨日も夜遅くまで奮闘してはいたのだが、一向に頭に入らないのだ。
今日も気合を入れて、こうして放課後にわざわざ図書館閲覧室まで来て勉強しているのに、眠気ばかり先に来て全然先に進まない。
「amiable...愛想のよい、気だての優しい...(...エイミーか...)...瞳子ちゃん...(...かわいかったなぁ...)」
判ってはいるのだ、自分でも。憔悴している割にはボケボケしてるなって。

「お呼びになりまして、祐巳さま」
突然、背後から声をかけられた。不意のことでも、あわてず、身体全体で振り返る、というのが淑女のたしなみというものではあるが、座っている椅子の真後ろに立たれていたのではさすがに無理がある。とりあえず首だけで振り向くとそこにいるのは1年椿組、松平瞳子ちゃん。
「と、瞳子ちゃん?!どうしてここに?!」
「あら、私が図書館に来てはいけないわけでもありますの?」
「そ、そんなことないよ、ただ丁度、最近会ってないなあ、なんて考えてたところだったから」
学園祭のときの瞳子ちゃんを思い出して一人ニマニマしていました、なんて正直に答えてしまったら、それはただのヘンタイさんだろう。
「まったく祐巳さまときたら、図書館まで来て何をされてるんですか」
「ああうん、期末試験に向けてちょっと気合を入れて勉強を、ね」
「とてもそのようには見えませんでしたけれども」
「あは、は」

「あ、そうだ。ねえ、瞳子ちゃん、英単語とか歴史年表とか、覚えるコツって、何かない?」
まさかそんなことを聞かれるなんて思ってもみなかったのだろう。瞳子ちゃんは目を白黒させる。
「お勉強のことを、1年生の私にお聞きになりますの?そういう質問は、由乃さまや白薔薇さま、それか祥子お姉さまにでもお聞きになれば……あ……」
言った所で気が付いたのだろう。瞳子ちゃんはしゃべるのをやめた。
「お姉さまはほら、試験勉強とかしない方だから。それに、瞳子ちゃん演劇部だから台詞とか覚えたりするじゃない?だからそういうコツなんかも知ってるんじゃないかなと思って。コツだから、1年生とか2年生とか、覚える内容はあんまり関係ないはずでしょう?」
「祐巳さま、今、しゃべりながらその理屈考えたでしょう?」
「あれ、ばれた?」
「まるわかりです」
うーん。どうやら祐巳の顔には、思考を表示する電光掲示板でもついているらしい。顔をさすっていると、
「顔に書いてある、というのは比喩表現ですわ。顔をこすったところで字が消えるわけではありませんのよ」
きびしいツッコミが入る。考えていることをことごとく言い当てられて、がっくりとうなだれる祐巳を哀れに思ったか、瞳子ちゃんは小さくため息をついた後で言ってくれた。

「仕方ありませんわね。これは秘伝中の秘伝ですから、本来お教えすることは禁じられているのですが……他ならぬ祐巳さまの頼みです、こっそりお教えしましょう。ただし、簡単ではありませんわよ?」
ゴクリ。
「う、うん、わかった……」
それを聞いて瞳子ちゃんは満足したようにうなずくと、鞄から台本?いや、古文の教科書らしきものを取り出した。
「今からお手本を見せますから、ようく、見ていてくださいましよ?」
そう言うと、瞳子ちゃんは教科書の1ページ目をにらみつける。
一体何が始まるのかと、祐巳がどきどきしながら見ていると、やおら瞳子ちゃんが教科書のページを破り取った。
ビリッ。
「な、何」
祐巳が止める間もなく。小さく丸められた それ は、瞳子ちゃんの口に消える。
「と、瞳子ちゃん?ヤギじゃないんだから、そんな、お腹壊すよ?それに、教科書食べちゃったら授業で困るじゃない?」
もぐもぐもぐ。祐巳の言葉にかまわず、しばらく咀嚼していた瞳子ちゃんだが、やがて、ゴクリ、という音とともに、彼女の咽が嚥下の動きをした。そして再び開いた唇からは、驚くほど低い声が洩れ出たのだった。
「『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。おごれる人も久しからず、ただ春の世の夢の如し。竹着物持つ胃には滅びぬ、人絵にか是の前のち利に同じ。瞳子銀杏を問うライブ、死の兆候、 quando corpus、……』」
最初の部分は祐巳でもわかる。「平家物語」の冒頭部分だ。だが途中からはさっぱり判らない。祐巳には異国の呪文のようにすら聞こえる。
「瞳子ちゃんが、壊れた……」
だって。教科書を千切っては食べ、わけの判らないことを口走るのだもの、乱心したとしか思えない。

だが、ひとしきり台詞を言い終わった瞳子ちゃんはふう、と息をついた後、にっこりと微笑んだ。
「いかがですか。このようにして、書いてあることを身に付ける、のです。」
どうやら祐巳の杞憂だったようだ。
「ああ、瞳子ちゃんが帰ってきた……」

「さあ、今度は祐巳さまの番ですわ」
「! きてない……」
しけ単を手にした瞳子ちゃんが迫ってくる。逃げようにも、椅子に座り、机に挟まれたこの状態、椅子を押さえつけられては逃げようがない。
祐巳も覚悟を決めた。

ビリッ。クシャクシャ。ムシャムシャ。ゴクリ。
ビリッ。クシャクシャ。ムシャムシャ。ゴクリ。

「さあ、まだまだありますわ。どんどんお食べくださいな」
祐巳の、いつ終わるとも知れない試練の時が始まった。




       +   +   +




瞳子がそこで祐巳さまを発見したのは、まったくの偶然だった。
閲覧室の机に突っ伏した、見覚えのある髪型のその方にそっと近づいてみると、どうやらよくお休みのご様子だ。おそらくはこの閲覧室でお勉強をするつもりでいらしたのだろうが、早々に力尽きたようだ。まったく、期末試験も近いというのに、呑気な方だ。
ふと気が付くと、祐巳さまが何やら、もごもごとつぶやいている。何か呼ばれたような気がして、瞳子は顔を近づけてみた。
「……瞳子ちゃん……もう、食べられないよ……」
なんとまあ、わかりやすい寝言であろうか。どんな能天気な夢を見ていることやら。
辺りを見回したところ、人影はまばらで、これなら祐巳さまが見世物になることもないだろう。
瞳子はそっと、その場を離れた。

祐巳さまの口元に、ティッシュを配置して。


【874】 守りたいもの貴女の温もりだけで  (六月 2005-11-17 00:49:46)


「おや?あれは」
年末の日曜日、待ち合わせの駅前のコーヒースタンドに向かう私は、懐かしい人の姿を見かけた。
飾り気の無いファーコート、ブルージーンズにスニーカー、髪も後ろで纏めただけのシンプルなスタイル。
ふむ、ここは声をかけておいた方が良いかな?そう判断した私はその方に近づいた。
「ごきげんよう、克美さま」
「え?あ、たしか・・・武嶋・・・蔦子さん?」
「はい、武嶋蔦子です。はじめまして」
うん、こういう時は写真部のエースという通り名も悪くないわね。
初めて会った先輩でも顔も名前も知られてるから話は早い。
「それで、何か用かしら?」
「お忙しくなければ。
 これから笙子ちゃんと待ち合わせなんですが、30分ほど早く着いたもので、ご一緒にお茶でもしませんか?」
普通なら顔も知らない後輩に付き合う酔狂な人も居ないと思うけど、私と克美さまは直接の面識が無いだけで深い繋がりがあるから。
「・・・そうね、急ぎの用事は無いし。いいわよ、笙子の事も聞きたいし」

店に入るととりあえず四人掛けの席を確保。
中は暖房が良く効いているから、お互いコートやジャケットは脱いで椅子に放っておき、カウンターでコーヒーを受け取り席に戻る。
セルフサービスの気軽さが好きで私はこの店が気に入ってる。
「さて、本当ならここで『いつも笙子さんにはお世話になっております』と言わないといけないんでしょうけど。
 そういう雰囲気でもないですね」
「いいわよ。どうせ笙子が面倒ばかりかけてるんでしょう?
 カメラなんて禄に持ったこともないのに写真部に入ったりして。
 鬱陶しいようなら追い出しちゃっても良いのよ」
手厳しいなあ。家族だから気軽に言えるんだろうけど。
「いえいえ滅相もない。こちらも勉強になりますから。
 昔モデルだっただけあって、被写体の心理の読み方はなかなかのものですよ」
コーヒーの熱で冷えた両手を温めながら話をする。
妹だからといって弁護する訳ではない。事実、笙子ちゃんは「写される側」の感覚には敏感なのだ。
「そうなの?あの子写真嫌いになってたみたいだったけど」
「だからでしょうね、自分がどう撮られるのが嫌か分かってるから、被写体の魅力を引き出すのがうまいんですよ」
「そういうものかしら・・・」
克美さまはテーブルに肘を付き、顎に手を当てながら思案顔だ。
「経験と直感がものを言う世界ですから。教本通りじゃ良い写真は撮れません」
私がにやりと笑うと克美さまははっきりと顔を顰めた。

「耳が痛いわね」
「おや?鉄薔薇さまともあろうお方が弱音ですか?」
リリアンの高等部在学中の克美さまの徒名だ。リリアンで徒名を付けられるなんて珍しい、貴重な体験だけど大抵本人は知らない。
「鉄薔薇さまって・・・どうせ私は教科書どおりの勉強しか脳がない頑固者ですよ。
 今の笙子を見てると羨ましくなるのよ。あんなに生き生きとすることなんて私には無かったから」
カップの中のコーヒーをスプーンでクルクルとかき回す姿は可愛い。一枚撮りたいところだけど、今はまずいかな。
「勝手にライバル視してた鳥居江利子さんに追いつくことばかり考えてて、趣味と呼べるものすら無かったんだから。
 高等部で楽しんだことなんて何一つ残って無い、今思うと寂しい青春だったわね」
「そうですか?バレンタインのあの笑顔は極自然だったと思いますよ。
 楽しいことがあったから笑っていられたのでは?」
うんうん、あの写真の中の克美さまと笙子ちゃんはすごく自然で、本当に仲がいい姉妹という感じだった。
「ふふっ、あの写真ね。笙子がはしゃぎまわって見せに来たわよ。
 『蔦子さまにこんな良い笑顔撮ってもらえた!』ってね」
「それは恐悦至極」
「そうね、あの時よね、私だけが見てると思ったあの人に振り向いてもらえた。
 ううん、あの人も私を見ていたんだって分かった。だから特別。
 その瞬間が残っていたんだもの、私まで感動しちゃったわ」
詳しいことは知らないけど前黄薔薇さまと克美さまの間に何か特別な感情があったのだろう。
それがあのバレンタインで良い方に変化したということかな。
「あなたのお陰で笙子の高校生活は充実したものになりそう。よろしくね武嶋蔦子さん」
そう微笑む克美さまはしっかりと姉の顔をしていた。
「いえいえ、私こそ笙子ちゃんのお陰で楽しませて頂いていますから。
 カメラだけが私の生きがいだったのに、まさかロザリオ渡したくなる子が出て来るなんて」
「くすくす、あなたも私と似たようなタイプだったのかしら?」
「えぇ、カメラしか脳が無い頑固者だった私に、人に何かを教える楽しさをくれましたよ。
 笙子ちゃんを写すのも楽しいし、カメラを教えるのもとても楽しくて・・・。
 こんな世界があったんだな、と」
きっと私も同じような顔してるんだろうな。笙子ちゃんのことになると、私も平静じゃいられないから。
「そうね、そう言った点ではあなたも、充実しつつももったいない青春になるところだったわけだ」
「本当に・・・」
そんなところまで私と克美さまは似ているのか。
自分の道を邁進する、と言えば聞こえは良いけど、結構孤独で寂しい道だったのかも知れない。
それを笙子ちゃんはバレンタイン企画にフライングして二人の姉の道を変えてしまった。
笙子ちゃんには感謝してるけど・・・。
「「でも笙子には内緒に」」
「ふふふふっ」「あはははは」

ひとしきり笑い合った頃、ようやくお姫様のご到着だ。
「あ、お姉さま!お待たせしました・・・・・・って、なんでお姉ちゃんが居るの?!」
んー、やっぱりこの子にお姉さまと呼ばれるのはくすぐったいけど心地良い。
「遅いわよ笙子、大事なお姉さまを待たせるとは、躾がなって無かったかしら」
「そのお陰で克美さまとお話できたわけですから、許してあげましょうよ」
私がウィンクして合図すると克美さまはすぐに分かったようで、今までの話は私達の内緒と決まった。
「そうね、それじゃあお邪魔虫は退散するとしますか。
 笙子、今日は楽しんでいらっしゃい」
「ふぇ?お姉ちゃんどうしたの?なんからしくない・・・」
笙子ちゃん、あなたのお姉さんにもあなたの知らない一面ってのがあるのよ。
「それでは、ごきげんよう克美さま。またお話しましょうね」
「はい、ごきげんよう蔦子さん。またね。
 あーあ、私も何か大学のサークルに入ろうかな」
克美さまの言葉に笙子ちゃんは目を白黒させている。
「えぇぇぇー?お姉さまー何があったんですか??」
「んー、それはねぇ・・・ヒ・ミ・ツ☆」
私達を変えてくれた貴方、いつまでも暖かな貴方のままで居てね。私達の妹、笙子・・・。


【875】 (記事削除)  (削除済 2005-11-17 11:25:10)


※この記事は削除されました。


【876】 蟹名静ロザリオ落とし大当たり  (気分屋 2005-11-17 16:09:57)




この作品は静×祐巳となっています。





現在時刻は放課後、黄昏時とでも言うのだろうか。

「ふう、選挙では志摩子さんに負けちゃったな」

私は蟹名静、白薔薇の座を狙ったけど、藤堂志摩子に破れた。けど、満足のいく結果だった、後は、私が望むのは……

イタリアに留学するまで、慌ただしくなく、ただ静かな日常と……

「もう、これもいらないかな」

私は手の中にあるロザリオを見る。そう……白薔薇になれたら誰かを妹にしようと思って買ったものだった。

私は校舎の窓からそれを捨てる事にした。これ拾ってまた誰かが有効に使うのも良し、捨てられても私が捨てたのだから文句など言えない。ごめんね、結局君を使ってあげる事が出来なかった。ごめんね。

「えい!」

私は思いっきり投げた、誰にも当たらない事を祈って……

「ウワァ!」

下から何か悲鳴が聞こえた。人に当たったのだろうか?けどこんな遅い時間に人なんか誰もいないと思ってたし、けどロザリオは小さい割には重い。怪我をしているかもしれない。

私は急いで階段を駆け下り、外に出て悲鳴を上げた生徒を探した。するとマリア像の前に1人の少女がしゃがんでいた。

あれ?あの子どこかで見たことあるような。とにかく、声をかけてみよう。

「あの、ごめんなさい!怪我無かった?」

「え?」

しゃがんでいた少女がこっちを振り向いた。その少女とは…

「ゆ…祐巳さん?」

「あ…静様」

どうやら、私のロザリオに当たってしまった不幸な少女は祐巳さんだったらしい。

「ごめんなさい、私校舎からロザリオ投げちゃって、どこか怪我しなかった?」

「いえ、怪我はしてませんけど、なんだが首に重いものが引っ掛かったみたいな感じがしたから怖くなってしゃがんじゃったんです」

首に当たったのか……確かに首のところが少し赤い、

「首みしてくれる?痕が残ってたら大変だし…」

「はい、すみません」

なんで、謝られているのか解からないが見ることにしよう。

カシャ

ん?…祐巳さんってロザリオ二つ持ってたのかな?

「ロザリオ……二つあるよ」

「へ?」

「いや、だからロザリオが二つ首にかかってるんだけど」

「ええ!?私祥子様からもらったロザリオしかかけていませんよ!」

じゃあ、まさか。じゃあ、まさかこれは……

「私のロザリオ?」

「ええ!静様のロザリオォ!?いつの間に?」

どうやら、私には先天的な輪投げの才能があるらしい。

「ぐ…偶然だね」

「ホントに……そうですね」

「ん?」

「どうかしたんですか?」

胸のあたりに十字架のような赤い後が出来ている。

カシャ

「痣みないなのできてる」

「痣ぐらい別にいいですよ。ロザリオでちょうど隠せますし」

なんとか、隠せるぐらいだ。

「ホントにごめんなさい」

「いえ、良いんですよ。それより、はい」

そう言って、祐巳さんは私にロザリオを差し出してきた。

私は1つの案を思いついた。

「それ、祐巳さんにあげるわ」

そうだ、あげよう。私が持っていても無意味なものだし、祐巳さんにもらってもらえるのならこのロザリオも本望だろう。

「ええ!?けど…」

「いいのよ。あげるわ」

「けど、ロザリオもらうってことは……」

「いいから…もらって欲しいの」

「は……はい。うれしい…です」

なんだか祐巳さんが妙に照れてる。何でだ?

「じゃあ、私はこれで。山百合の仕事頑張ってね」

「は…はい、明日からよろしくお願いします」

何だか良く分からないけどよろしくされてしまった。私はその後家に帰って寝ることにした。

その間、頭の隅に何か引っ掛かるものがあるのが気になったが、どうせたいした事じゃないだろう。

私はそんなことを考えながらいつの間にか寝てしまった。






「チュン、チュン」

鳥の鳴き声だろうか、多分今は朝だ。

「ふぁぁ」

うう、何だか昨日は気になることがあってなかなか寝付けなかった。だけど、今日も学校に行かなくちゃならない。




私は今校門をくぐった所にいる。なんだか周りの視線が痛い。
私はその原因を嫌と言うほど知る事になる。

「号外ですよぉ〜」

そう言って新聞部だろうか、生徒が号外を配っている。

私はその号外を見て固まってしまった。

『衝撃!黒薔薇、紅薔薇の蕾を妹に!?』

そんな!?私は祐巳さんを妹にした記憶は無い。
だが、号外には証拠写真といわんばかりに一面に私が祐巳さんの首にロザリオとろうとしている写真が載っていた。だが、このトップを見てこの写真を見れば誰でもロザリオをかけているように見えるだろう。
いったい誰がこんな写真を…

「わ…私は許可なんて取ってないわよ」

「私が取りました」

後ろには祐巳さんがモジモジしながら立っていた。

「ど…どういうことなの?」

「だって、静様は私にロザリオをくれたでしょ?」

「あ…あがたわ…」

この写真は蔦子と言う子がとったらしい。そうか、なるほど祐巳さんは誤解をしているんだ。

「あげたけどアレは…」

「…嘘だったんですか?」

う、祐巳さんが目を潤ませながら見てくる。

マズイ!流されるな!

「いえ、あの祐巳さん」

「……お…お姉さま」

「へ?」

なんだ?祥子さんでもいるのかな。周りを見渡してもそれらしい人物はいない。

祐巳さんは照れながらこちらを見ている。ま…まさか……

「わ…私のこと?」

「そう…です。呼んでみたかったんです。静様の事をお姉さまって」

くぅ!耐えろ!流されるな私!

「そ…そう」

「あの……もう1つお願いがあるんですけど…」

上目遣いで見てこないで……私の理性が…

「な……………なに?」

「祐巳って読んでください」

グハァ!………ああ、私は今まで何を我慢していたんだろう。

「ゆ、祐巳」

「はい、お姉さま」

「祐巳!」

「お姉さま」

だめ。これは言っちゃダメなんだ。ダメ言ってはダメ!

「私はあなたのこと好きなの」

「わ…私も…です」

涙が出るほどうれしいとはこのことだろうか。

「祐巳、私うれしくて、天にも昇る思いよ」

「だったら、昇天してあげるわ!」

後ろから、声がした。振り向くとそこには

「さ…祥子さん」

「泥棒ネコのようなまねをしてただで済むとは思わない事ね!」

「静お姉さま頑張って!」



私は蟹名静、私が望む事は…イタリアに留学するまで、慌ただしくなく、ただ静かな日常と…………


私が祐巳さんに思いを伝えず静かに残りの期間祐巳さんに尽くす事だ。



全て望みとは逆だったが、これはこれでいいと思う。




「再選挙よ!蟹名静!」

…………これ以外は。










====続く====



【877】 摩訶不思議圧倒的勝利!!  (ケテル・ウィスパー 2005-11-17 20:29:16)


No.767 → No.785 → No.830 → No.855 → これです。

「誰も見ていないかもしれないアホネタシリーズ、自分のHPホッタラカシなのにまたまた登場ですわ」
「むなしい事言わないようにね」
「と言うわけで」
「あ〜〜もういいよ、とっとと終わらせようよ」
「乃梨子さんの許可が下りたところで…」
「最初っから求めて無いじゃん、許可なんて」
「やってまいりましたのは、男性陣には秘密の場所、人によっては花園になってしまい、あまつさえビデオなんぞを仕掛ける不埒者まで現れる……」
「前振り長いわね〜、トイレじゃん要するに」
「ダメですわ乃梨子さん、男性も読んでいらっしゃるのですから。 もっとソフトに、オブラートに包む様に…」
「じゃあなんて言うのよ?」
「…………ご不浄?」
「なかなか伝わらないと思うけれど? はぁぁ〜……クラブハウスから講堂裏へ行ってまた校舎内のトイレに入るって、コース取りに脈絡無さ過ぎよ」
「乃梨子さん乃梨子さん、こんな小ネタのしょ〜もないSSに脈絡なんか求めたら負けですわ」
「…出てる時点で負けな気がするんだけど……」
「最初から負けているのなら気にすることなど無いでしょう。 トイレの怪談の定番と言えば”トイレの花子さん”ですわね、早速呼んでみましょう。 ……何番目だったでしょうか?」
「知らない。 端から全部やってみたら?」
「そうですわね、手間は掛かりますけれど検証のためですものね」

  一つ目

 ……コンコンコン……

「花子さん、花子さん、いらっしゃいますか?」

  シ〜〜〜〜ン

  二つ目

 ……コンコンコン……

「花子さん、花子さ〜ん、いらっしゃいますか?」

  シ〜〜〜〜〜〜ン

  三つ目

 ……コンコンコン……

「花子さん、花子さん!、いらっしゃいますか?」

  シ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン

  四つ目

 ……コンッコンッコンッ……

「花子さん! 花子さん!! いらっしゃいますか?!」

  シ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン

  五つ目

 ……コン! コン! コン!……

「花子さん! 花子さん!! いらっしゃいませんの?!」

  シ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン

  六つ目

 ……ゴンゴンゴンゴンゴン!……

「花子さん! いい加減出ていらっしゃいませ!!」

  シ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン

「瞳子、あんたの方が怖いから」
「ぬっ〜〜〜〜〜、花子さんはどこに行かれたのですか?! とんだ裏切り者ですわ!!」
「…裏切り呼ばわりしてるよ…」
「まあいいですわ、花子さんなんか放っておいて。 トイレには”赤い紙青い紙”がいますわ!」
「いや、もう逃げてるんじゃない?」

『赤い紙がいいか 青い紙がいいか』

「?!」
「あらら……」
「いましたわ! 乃梨子さんいましたわよ!」
「あ〜〜はいはい、いたね……」

『赤い紙がいいか 青い紙がいいか』

「え〜と、え〜〜と、な、なんと答えるのでしたっけ?」

『赤い紙がいいか 青い紙がいいか』

「金色がいい」

『……赤い紙がいいか 青い紙がいいか』

「だから金色」

『赤い紙がいいか! 青い紙がいいか!』

「金色たら金色」

『赤か青だと言っておろうが〜〜〜〜!!』

「魍魎界の底まで飛んで行きな〜!!」」(ドグァアアアアア〜〜〜ン)

『ひぃぃ〜あぁぁぁぁぁぁ〜っ〜……… …  …』

「…………乃梨子さん……そんな…襲い掛かってきた”赤い紙青い紙”を殴り飛ばしてしまわれるなんて……」
「次ぎ行くんでしょ?」
「い、イエッサ〜〜〜〜ッ!!」

              〜〜〜〜〜〜 あと二回です・・・・・・


【878】 電動ドリルに前方後円ドリル  (六月 2005-11-18 00:11:31)


まだ誰も来ていない早朝の薔薇の館。
ひとりでゆったりとお茶の時間を過ごす。
先月お姉さまが卒業なされ、紅薔薇さまという大任を受け継ぎ、先日の入学式で在校生代表挨拶という役も無事になし終えてほっと一息ついている。
今日からは新1年生達も期待に胸を膨らませて登校して来るのだろう。
しかし、私はお姉さまが居ない生活に馴れることが出来ずに気分が落ち込んだままだ。
しっかりしないといけないと思いつつも、ふとため息が漏れてしまう。

そんなことを考えていると、いつの間にか時間が経ってしまったようで、薔薇の館の入り口が開く音がしてざわざわと騒がしい話し声が聞こえて来た。
「ごきげんよう、みなさん」
「ごきげん・・・・・・ぶふぁ!!」
人の顔を見ていきなり吹き出すとはなにごと?
「何なのですか?乃梨子さん」
「い、いや、ごめん瞳子、くっくっくっく」
よくみると菜々ちゃんと乃梨子さんの妹が必死に笑いをこらえているようで肩を震わせている。
私の妹はなにやら困ったように表情をくるくる変えている。
「何があったんですの菜々ちゃん」
「いやぁ、今年の1年生はすごいです。薔薇さまへの憧れでいっぱいいっぱいなんですね」
薔薇さまへの憧れ?
「瞳子、1年生達の登校風景見てないんでしょ?
 一回り教室と昇降口見ておいでよ。紅薔薇さま人気のすごさがよぉーーーーっくわかるよ」
私も人気があると言われれば悪い気はしませんが、笑っているというのが気になりますわ。
まあ、このままここに居ても話していただけないようですし、仕方ありません一回りしてきましょう。
「それでは行ってきますわ」






ばーん!!と大きな音を立てて(お姉さま命名)ビスケット扉を開け、ずんずんと部屋の中へと入って行く。
今、私の顔は真っ赤になっていることだろう。乃梨子さん達が大笑いしながら迎えてくれました。
「あれは何ですの!!あんな・・・あんな・・・」
「いやぁ、あれは入学式の挨拶が効いたんだろうねぇ。
 瞳子の人気がいちばーん!」
あーもう、乃梨子さんの能天気な言葉が腹立たしい。
1年生達の姿を見て怒りのあまり震えが止まりませんでしたわ。
ごく少数のショートカットの子達を除き、ほとんどの1年生が縦ロールにしているなんて。
前後左右どこを向いても、大小様々な縦ロールの子達ばかり。
「いやぁ、今年はドリルが大豊作だ」
納得いきませんわーーー!!!


【879】 ひとめぼれ姫  (柊雅史 2005-11-18 01:03:49)


 瞳子はリリアン女学園の廊下を、淑女らしからぬ勢いで突き進んでいた。
 ずんずんずん、と効果音でも響かせるような迫力に、廊下でお喋りをしていた一年生たちが口をつぐんでは、何事かと瞳子のことを振り返る。
 普段なら「ごきげんよう、紅薔薇のつぼみ」と声を掛けられれば、優雅な微笑で応えるようにしている瞳子も、今日ばかりは「ごきげんよう、急いでいるので失礼」と、無愛想に応じるのが精一杯。そのくらいに、瞳子の機嫌は悪かった。
 目指すは一年椿組の教室。昨年一年を過ごした懐かしい場所だったが、今は懐かしげに『一年椿組』と書かれた入り口の札を見る余裕もない。むしろ敵を見るような鋭い視線を投げかけて、一気に閉じていた扉を開ける。
 突然の瞳子の――紅薔薇のつぼみの訪問に、室内に残っていた生徒たちが、一斉に振り向いて息を飲んだ。ひりつくような緊張感を肌に感じながら、瞳子はぐるりと室内を見回す。目当ての人物の顔を発見し、瞳子は演劇部で鍛えた複式呼吸をフル稼働して、誰にともなく言った。
「ごきげんよう。清香さんはいらっしゃる?」
 瞳子の呼び掛けに、一人の生徒が驚いたように立ち上がった。


「――それは誤解です、紅薔薇のつぼみ」
 瞳子の追及に、その生徒――西園寺清香は首を振った。
「誤解ですって!?」
 清香の応えに瞳子が眉を吊り上げる。その表情に清香は僅かに怯んだ様子だった。
「どの口がそんなことをおっしゃるのかしら? あなたが犯人でなければ、どなたが犯人と言うのかしら!?」
 瞳子の刺々しい詰問に、清香はおろおろと狼狽する。こんな時、瞳子の女優としてのスキルは絶大な威力発揮する。表情や口調などで相手を怯ませることなど、相手がお姉さまや祥子さまでない限り容易い児戯のようなものだ。
「そ、それは……」
「あなた以外に考えられないでしょう。それでも白を切るつもり?」
「あ、あの……」
 瞳子の鋭い眼光を受けて、清香は力なく項垂れた。
「も、申し訳ありません……」
 泣きそうな声に瞳子は「やっぱりあなたなのね」と呟いた。
「あの場所にいた関係者の中で、リリアン女学園に通っているのは私とあなただけですものね。すぐに誰が犯人なのか、分かるに決まっているじゃない」
「で、でも……」
「でも? でも、なんですの? この期に及んで何を言い訳するつもりかしら? 私が、敬愛するお姉さまを侮辱されて、黙っておとなしくしているような気質でないことは、ご存知でしょう?」
「ち、違うんです! それは誤解です!」
 清香が必死に首を振る様子に、瞳子は僅かに眉を寄せた。
「誤解? どういうことかしら?」
「私、紅薔薇さまを侮辱するつもりなんて、なかったんです! 本当です!」
「なんですって? あなた――私たち姉妹を『お米姉妹』なんて呼んでおいて、よくもそんなことを! お姉さまを『コシヒカリ姫』と呼ぶことを、侮辱ではないと言うつもり!?」
「私、紅薔薇さまのことをそんな風に呼んでいません!」
「じゃあ、どうして『お米姉妹』になるのかしら? ゆかりさまに何を吹き込まれたかは知りませんけど――」
「そうじゃないんです! だ、だから、私はただ、瞳子さまのことを――」
「――私のことを?」
 清香の口から瞳子の名前が出てきて、瞳子は再び眉を寄せた。
 紅薔薇姉妹のことを一年生が『お米姉妹』と呼んでいる――瞳子がその噂を聞いた瞬間思い出したのが、かつて別荘でお姉さま――祐巳さまが付けられていた『コシヒカリ姫』という呼称だった。そのあだ名を付けたのが西園寺ゆかりさま。そしてその妹である清香がリリアン女学園に入学したのを思い出した瞬間、瞳子の堪忍袋の緒は切れたわけなのだけど。
 どうしてここでお姉さまではなく、自分の名前が出てくるのだろう――と、瞳子は首を傾げた。
「私が、何?」
「あ、いえ、それは……」
 慌てて口をつぐむ清香に、瞳子は再びプレッシャーを与えた。
「お言いなさい」
「そ、その……」
 瞳子の迫力に屈して、清香が恐る恐る口を開く。
「わ、私たちはただ――瞳子さまのことを『ひとめぼれ姫』と呼んでいただけです……」


「いえあの、瞳子さまが紅薔薇さまにひとめぼれという話題が出た時に、確かに紅薔薇さまの例のあだ名が思い浮かんで思わず『じゃあ、紅薔薇のつぼみはひとめぼれ姫ですね』とか言っちゃったのは認めますけど、私以外の子は別に紅薔薇さまのあだ名は知らないし、なんとなく『ひとめぼれ姫って可愛いですわね』みたいな風潮がすっかり定着した結果、瞳子さまの紅薔薇さまへの傾倒振りと我が侭っぷりがお姫さまっぽいし、じゃあそうお呼びしましょう、そういえばひとめぼれというお米もありましたわ、みたいな変な流れになって、だから、私たちは別に紅薔薇さまを侮辱するつもりはなくて、どちらかと言いますと瞳子さまと紅薔薇さまの仲が睦まじくて羨ましいな、みたいなそういう敬愛の意を込めて『お米姉妹』とお呼びしt」


「お黙りなさい!」
「はいぃ!」
 わたわたと早口で言い訳にならない言い訳を説明する清香を一発で黙らせて、瞳子は座った目で清香を睨みつけた。
「――誰がひとめぼれ姫ですか」
「そ、その……す、すいません……」
「勘違いも甚だしいですわ。ええ。私は即刻、その不名誉なあだ名の撤回を要求いたしますわ!」
「は、はい! そ、それはもちろん……」
「私が、ひとめぼれだなどと! 私とお姉さまの関係はそんな浅薄なものではありませんわ! じっくりと、時と共に育てた真の姉妹愛! それをひとめぼれだなんて、不愉快にも程がありますわっ!」
「は……えぇ?」


 お米姉妹、ひとめぼれ姫。
 そんな不名誉なあだ名は、瞳子がじっくりねっぷりたっぷりと、清香に瞳子とお姉さまの馴れ初めを説いたことによって、消え去った。
 瞳子としては、大満足である。


 だが一方で――
 最近、紅薔薇姉妹のことを古酒姉妹などと呼ぶ一年生がいるとかいないとか。
 瞳子は近い内に、清香にことの真意を問い詰めようと、思っている。


【880】 仰天交響曲  (朝生行幸 2005-11-18 01:25:12)


 これは、No.771の裏話です。

「よう」
「よう」
 M駅前のロータリーに停まった一台の車。
 やたらゴツイエアロパーツやカーボンボンネット、GTウィング等で飾られた、おまけに派手なカラーリングでステッカーも貼りまくりの、おめーそりゃやり過ぎだ、と言われても仕方がないような外観。
 見てくれだけは、まるでサーキットで使用されるレースカーだ。
 サベ○トの4点式シートベルトを外し、レ○ロのフルバスケットシートから、もたつきながら降り立ったのは、おめーそりゃやり過ぎだ、と言われても仕方がないような、無駄にマッチョな男。
 元花寺高校生徒会役員の一人、高田鉄。
 彼の挨拶?に、半分呆れ顔で応じたのは、これまた元花寺生徒会役員、小林正念。
「これが、お前の言ってた車か?」
「ああ。中古車を買って、俺好みにカスタムしたんだ」
「…良くは知らないけど、カスタムにかかった金で新車が買えるんじゃ?」
「言わないでくれ」
「…やっぱりそうか」
「きれいさっぱりスッカラカンだよ。お陰で、中…」
 ブッブー!
 後のタクシーが、クラクションを鳴らした。
「いけね。移動するから乗ってくれ」
「はいよ。しかし、大丈夫なんだろうな?」
「任せろよ。これでも免許は持ってるんだぜ?」
「当たり前だろ!」
 助手席側も、ご丁寧にも○カロのフルバケ。
 セダンに比べ、異様にホールド感が高く異様に低いシートに、小林もビックリ仰天。
「それじゃ行くぞ」
 いきなりクラッチミスでエンストを起こしながらも、たどたどしく走り出す、高田の愛車?『ニッ○ンスカイラインGT-R』。
(今日が俺の命日になるんじゃないだろうな…)
 外観の割にはヤケに静かな音の車内で、不安を抱きながら半分覚悟を決めた小林だった。

 めずらしく交通量が少ない日曜日ゆえか、結構余裕で軽快に走るGT-R。
「でよー、………だったんだぜ?」
「マジ?そりゃー………だなオイ」
 他愛の無い話で、久しぶりに盛り上がる二人。
 小林は花寺大学に進学したが、高田は別の大学に行ったので、会うのは数週間ぶりだった。
「そしたらさぁ…」
「待ておい、あの車」
 交差点で、目の前を通り抜けようとしている赤い車。
 どこかで見た人物が、助手席に見えた。
「…俺の見間違えでなければ、志摩子さんに見えたんだが」
「ああ、間違いなく白薔薇さまだ」
「誰と乗ってるんだ?男か?男なのか?」
「落ち着け鉄ちん。男とは限らないだろ?ともかく、追いかけろ」
「あ、ああ」
 信号が替わるのももどかしくアクセルを踏み込めば、案の定エンストしながらも、例の赤い車を追いかける。
 幸いにも、間に挟まってた一台がコンビニに入っていったので、すぐ後に着くことが出来た。
「インテグラか、良い車に乗ってるな…。どうだ?」
「うーん、よく分からないな、もうちょっと寄せてくれ。ぶつけないようにな」
「おう」
 車間距離約2mまで近づける高田。
 絶対にブレーキが間に合わない距離だ。
「小さいな…、男じゃなさそうだ。髪の色は黒みたいだから…」
「と言う事は、乃梨子ちゃんか?」
「みたいだな。どうやら、白薔薇姉妹が仲良くドライブってところか」
「…オイ、チャンスじゃないのか?」
「チャンスって、お前まさか…」
「ああ、お近づきになれるチャンスじゃないか。いや贅沢は言わない。お茶ぐらいでいいから」
「随分積極的だな。とりあえず、もうちょっと距離を取れよ」
「志摩子さんは綺麗だし、乃梨子ちゃんは可愛いし、どっちにしようかな」
「っておい、人の話を聞けよ」
「いや待てよ?この状態でどうやってコンタクト取るんだ?」
「だから危ないって。もうちょっと離れろよ」
「ああそうだ。こうすれば…」
 なんの前触れもなく、パッシングをかます高田。
「これで向こうも気付いて…」
 次の瞬間、インテグラが凄まじいスピードで加速した。
「く…れる…?」
 呆然としている間に、更に距離が開く。
「追いかけろ!」
「お、おう!」
 アクセルを踏み、6速までシフトアップするも、速度は頭打ちなのか、メーターは120の辺りで止まったままだった。
「もっと出ないのか!?」
「これが限界なんだ!中身は全くいじってないから!」
「なにー!?」
 既にインテグラは見えなくなっていた。
「なんてこったい…」
 速度を50kmまで落とした車内で、呆然と呟く小林。
「だから言っただろう?外装で資金が尽きたから、中身は全然変わっていないって」
「聞いてねーよ!ったく、お前と一緒だな。見かけばかりで中身が全然伴ってねぇよ」
「どう言う意味だよ!?」
「プロテインで腫れただけの筋肉なんざ、飾りにもならねーって言ってんだ!」
 はっきり言って、口では朴訥な高田に勝ち目はない。
 車内の口論は、高田が完全に凹み切るまで続いた。
 その結果、いじけてしまった高田に車から降ろされた小林は、電車で帰るハメになったのだった。

 後日、二人の友人福沢祐麒から姉の祐巳を通じて、例の赤いインテグラに乗っていたのは、予想通り元白薔薇姉妹だったことが判明した。
「あぁ、惜しかったなぁ。もっと親しくなれたかもしれなかったのに」
「そうだな。誰かが短絡にもパッシングさえしなかったら、予定通りお茶ぐらい飲めたかもしれんな」
「俺のせいだっていうのか?」
「100%そうだと思うぞ」
「なんだと?」
「大体だな…」
 やっぱり口論では、小林に勝てない高田だった。


【881】 (記事削除)  (削除済 2005-11-18 03:27:08)


※この記事は削除されました。


【882】 おままごとサービス  (気分屋 2005-11-18 20:05:25)




お昼休み、薔薇館で志摩子さんと由乃とで弁当を食べていると由乃さんが変な提案をしてきた。

「ねえ、祐巳さん、おままごとしない?」

「え?おままごと?」

おままごととか言ったら幼稚園の子がするようなアレかなぁ?

「私おままごとなんてやった事無いのよ」

「あら、志摩子さん私が教えてあげるわ。おままごととは……」

「おままごととは…?」

「いかにリアリティを追求するかにあるの!」

「そうなの?」

志摩子さんが聞いてきた。

「そうじゃなかったような」

「そうよ!間違いなくそうだわ!だからしましょう!お医者さんごっこ!」

「いや、何かタイトル変わってない?」

「お医者さんごっこなら患者さんは祐巳さんね。お医者様は私か由乃さん」

「……なんで私なの?」

「まあ、言わずもがな…ね」

「そうよ!祐巳さんこの世には二種類の人間がいるのよ!」

ああ、なんかそれ聞いたことがあるようなぁ。

「そう、それはタチとネコよ!」

いや、やっぱり聞いたこと無い。

「ねえ、志摩子さん嫌な予感するから、やめようよ」

「私はしたいわ。お医者さんごっこ」

志摩子さんが笑ってる。天使のような微笑が今では小悪魔のように見えるよ。

「祐巳さん、今ここで私たちと一緒にお医者さんごっこするか、後で保健室のベッドでお医者さんごっこするかどっちがいい?」

「それって絶対的に二択なの?」

「二択なのよ」

「二択よ」

「じゃ、1つ質問していい?」

「いいわよ。祐巳さん」

志摩子さんは聞き分けが良くて助かるよ。

「なんで保健室なの?」

「保健の先生さえ追い出せば誰も来ないでしょ?」

由乃さん、怖い事いわないで。

「今ここでお医者さんごっこをします!」

「じゃあ、配役決めましょう」

「じゃあ、私お医者さんがいい!」

私は身の安全のために先手を打った。

「却下よ」

「却下ね」

ええ!?却下とかありなの!?

「私と志摩子さんはお医者さんと看護士さんね」

「私は看護士役ね、最初お医者さん役は由乃さんに譲るわ」

「で祐巳さんは風邪気味の患者さん役ね」

「なんでわざわざ風邪気味って設定にするの?」

「服を脱がす事が出来るからよ」

「いや、関係ないでしょ」

「さあ、スタート!」

え?え?なにもう始まってるの?

「あ、祐巳さん一旦外に出て、5分後に呼ぶから呼んだら部屋に入ってきてね」

志摩子さんはそう言って私の背中を押し外に出した。




5分後

「次の方どうぞぉ」

なんか呼び出し方妙にリアルだなぁ。

「失礼しまぁす」

そう言って、私は中に入る事にした。

「どうぞ、そこの椅子に座ってください」

看護士役の志摩子さんが促してくれた。

「ありがと、志摩子さん」

そう言った瞬間に由乃さんに睨まれた。

「あ…ありがとうございます」

由乃さんの顔は満足気になった。ふう、ヘタになれなれしく出来ないな。

それにしても、この仕切り確か保健室にあったやつじゃなかったっけ?しかも、由乃さん白衣着てるし。

「で、今回はどうしたんですか?」

「え?あ、ああ、確か風邪です」

「では、服を脱いで下さい」

「え?ええ!?」

由乃さんあなたなにいってるんですか!?

「さあ、脱いでください、先生の言うことは絶対です」

「ちょ、待ってよ!……やめ…いやああ!」

私は何故か下着姿にされた。

「うう、どうして下着姿にするのよ!」

「見たかったから…じゃなくて、診察が出来ないからよ」

「いいから、早く診察でも何でもしてください!」

「あら、患者さんホントに何でもしていいの?先生はホントになんでもするわよ」

「診察だけしてください」

「ちっ、解かりました。見た感じじゃ解からないわね」

ちっ、ってあなた。

「風邪は見ただけじゃ、解からないと思うよ」

「じゃあ、先生アレですね」

「そうね。アレしかないわね」

アレってなんだか。滅茶苦茶いやな予感するんですけど。

「アレとは?」

志摩子さんが私に向かって言った。

「触診よ」

「ええええ!?」

志摩子さんに目を向けている間にいつの間にか由乃さんが私の両手をリボンで結んだ。

「ちょ、なにやってるの!」

「最初は痛いけど…」

「痛いけど?」

「すぐに良くなるわ」

うわぁ、聖様みたい。じゃなくて!

「いやぁぁぁぁ!」

「待ちなさい!」

その時扉からお姉さまが入ってきた。

「お姉さま!…………お姉……さま?」

入ってきたのはお姉さまだったが、何故かお姉さまは白衣を着ていた。

「由乃、志摩子、患者の容態は!?」

「へ?お姉さま?」

「風邪のようですが」

「どうも診ただけでは決められず」

「じゃあ、体温計でもすればいいでしょ!」

「体温計は無いのよ。祐巳さん」

「診ただけでは解からないのね?」

そう言った、お姉さまの息遣いはドンドン荒くなってゆく。

「そうです教授」

ええ!?お姉さま教授役だったの?志摩子さん。

「ですからアレしかありません」

「そう、アレしかないですよ教授」

「…ハァハァ…そう、アレしかないわね」

あれ?何だかついさっきこんなやりとりがあったような。

「あ……あの、アレとは?」

あ、何だかこんな質問もついさっきやってたような……

「ふふ…決まってるでしょ?触診よ」

何故に!?

「って、志摩子さん!足もリボンで結ばないで!」

「そうよ、志摩子さん、足結んじゃったら、足開けないじゃないの」

いや、突っ込むとこそこじゃないと思います。

「目隠しって言うのも良くないですか?」

「目隠しで触診なんて聞いたこと無いよ!」

「気にしないで祐巳さんこれはお医者さんごっこだから」

「今の状況第三者の人が見たら絶対、お医者さんごっこには見えないと思います!」

「少しうるさいわね。タオルでも噛ませようかしら」

「いやぁ!たすけてぇ!」

「ちょっと、待ちなさい!」

そして、扉から出てきたのは紅薔薇様だった。

「よ…蓉子様!…………蓉子…様?」


入ってきたのは確かに蓉子様だった。だがその蓉子様は、何故か白衣を着ていた。


そして、開口一番……





「祥子、由乃ちゃん、志摩子、患者の容態は!?」





もう、お医者さんごっこなんてしません。















番外編


私と祥子は珍しく一緒に弁当を食べた。

そして、ついでに薔薇館に寄ろう。という話になり、薔薇館の前まできた。

「なに?これ?」

そこには手紙付きの白衣がドアにかけられていた。

手紙には「この白衣を着てから入ってください」とかかれている。

「いったい、誰がしたのでしょうか?私が見てきます」

そう言って祥子が上に上がってからもう5分近く立った。少し不安になったから、私も行く事にしよう。

ギィィ、階段を上る度にきしむ音がする。

「いやぁ!たすけてぇ!」

祐巳ちゃんの声だ!

私は階段を急いで上り、ドアを開けた。

すると、そこには下着姿の祐巳ちゃんが手足を縛られて、祥子と由乃ちゃんと志摩子が祐巳ちゃんを押さえつけていた。

「ちょっと、待ちなさい!」

「よ…蓉子様!………蓉子…様?」

祐巳ちゃんは泣き出しそうな顔をしている。

私は無償にその顔を見たら虐めたくなって来た。

多分、祥子もあの祐巳ちゃんの顔を見てしまったから、この状況になったのだろう。

そして、私もつい……

「祥子、由乃ちゃん、志摩子、患者の容態は!?」

と言ってしまった。














==了==


【883】 あのささやかな闇の奥  (春霞 2005-11-19 01:44:44)


【No:863】 一体さま作  『魔法使い記念撮影切ないほど』 と 
【No:881】 風さま作    『初めてのマジカルウサギガンティア』 が楽しそうだったので 
【No:647】 拙作      『サスペンス絶対領域全開』         から乱入しまーす。 (^o^) 


                  ◆◆◆


「ふははははは。 小娘どもめ。 真の魔界の力を思い知るがいい!」 
『うむ。 もそっと尊大に。 見下すような感じでな 』 

 うううぅ。 契約とは言え何で私がこんな事を。 顔が見えていないのだけが救いです。 
 可南子は、羞恥のあまり真赤に染まった顔を誰にも見られないよう、元々深く被っていた魔女帽の鍔を更にぐいと引きおろした。 

 何故こんな事になってしまったのか。 原因ははっきりしている。 目の前の奇天烈な格好をした魔女っ娘達のせいだ。 まさかマリアさまの園。リリアン学園に私以外にも魔女が居るなんて。 しかもこの頭の弱そうな格好。 正当な魔術師としてのアイデンティティが崩壊しそうで正視していられませんが。 叩きのめすには目を逸らす訳にもいきません。 何という試練。 

 一方は ”マジ狩るクラッシャーミラ狂由乃” とか、リングネームみたいなのを名乗っていますが。 口から火を噴いたりする辺り、本当にその筋の人なのかも。 小柄で華奢っぽいから違うかしら? ウェーブの掛かったかなり長い髪をふわふわさせて、ひらひらの多いピンクのドレスを着ています。 傍らには自立型の縫いぐるみを侍らせ、手にするは巨大でファンシーなステッキ。 凄く可愛らしい顔なのだけれど、詳しい特徴は見た端から忘れていくという、いわゆる正統派魔女っ娘と言う奴のようですね。 胸も無いし…。 

「だれがぺッタンかーーっ!!!」  轟 とそこらじゅうを焔が吹き荒れる。 口から焔、……正統派じゃないのかも。 

 もう一方は ”マジカル☆ウサギガンティア志摩子” と名乗っています。 所謂きょぬう型魔女っ娘。 最近アキバとか言う土地で増殖中のあの系統です。 こちらは毎回遭遇するたびに衣装が変わっていますね。 どうやらかなりの衣装持ちらしいです。 きょうは背中にウスバカゲロウの羽が生えています。 淡い緑色のふんわりとしたドレス。 ドロワーズのアンダーに3段のパニエ。 頭には小さなシルバーのクラウン。 コンセプトは妖精の女王でしょうか。 手に持つのも小さくて可愛らしい、星をあしらったスティック。 どちらにしろ、いつも胸元が大きく開いているのは仕様のようです。 何故かいつも、おかっぱ頭のリリアン女学生がハン○ィ・カムを構えて周囲を駆け回るのも仕様のようです。 なんとなく、見覚えのある女生徒なのですが、眼前から撮影機械を放すことが無いので、顔は判りません。 

「あんまり見ないで下さい……」 えいえい。 と恥かしげにスティックを振ると。 そこいらの雑草が凄い勢いで成長を始め、 やがて ”マジカル☆ウサギガンティア志摩子” の姿を覆い隠してしまいました。  ……なんのつもりかしらね? アンブッシュってやつかしら。 

『そこな小物ども。 マジカル☆さいとう(有) と マジカル☆たかお(有) で在ったか? 業務ご苦労である。 したがこの領域は既に、我、魔界公爵Sallosと 我が配下のテリトリー。 無謀な戦闘は止め、即刻立ち去るがよかろう。 我は無用の争いを好まぬゆえ、逃げる者は追わぬぞ? 』 

『なに言うてまんねん! シェアは奪い取ってこそのシェア。 相手が公爵とその太鼓持ちやから言うて、引く理由なんぞ ち〜ともありまへん。 大体、公爵はんと言えど、この世界で魔力全開っちゅう訳にはいかへんでっしゃろ。 商機は大有りどっせ。 マジ狩る☆はん 』 妙な縫いぐるみが 妙な踊りを踊りながら 妙な関西弁で吼えています。 

「うがー! マジ狩る☆ 言うなーーー! そこのきょぬうも、そこの爆乳も、全員滅びろぉぉぉぉ。 」 
 轟々とさらに高温の焔が撒き散らされ、マジカル☆ の方を隠していた茂みを蒸発させています。 当人は、そよ風でも吹きぬけた風情で 「あらあら、まあまあ きょぬうだなんて。 恥ずかしいわ 」 と頬を染めながら量感豊かな胸元をそっと両腕で隠してますが。 (もちろん隠し切れないぶんが、腕の間からはみ出している。) 

 私は、漆黒のインパネスを下から押し上げている、自分の胸元を見おろしました。 カムフラージュの為に、インパネスの下は普通の白いシャツと、紋章つきのブレザー。 少し短めのプリーツスカートをはき。 首元はストライプのネクタイを締めてアクセントにしています。 最近ボタンがきつくて留めるのに苦労しています。 特に胸元が。 その点リリアンの制服はゆったりしていて楽なのですが。 「爆乳と言われても、、、」 困惑して胸元に手をやった拍子にぶるんと大きく揺れてしまう。 

 ぷつん。

 ころーん。ころーん。ころーん。 

 …………
 ……

 ボタンがはじけ跳んでしまったみたいです。 (いやん) 

「ふくくくくく。 抹殺、だぁぁぁぁい 決定ぃぃぃぃ! 」 最早目つきがおかしいですね。 

『やれやれ。 正義の魔法少女(達)に相対する、悪の美人魔女のはずが。 なにやらあっちの方がよっぽど悪役のようじゃのう 』 
 公、暢気なことを。 取り敢えず一度引きましょう。 シナリオが完全に崩れていますよ。 
『ううむ。 せっかく出張ってきたんじゃから。 もそっと派手にやりたい所じゃが 』 
 そんなの、どうでも良いです。 あんな変な人たちと長々と係わり合いに成りたくありません。 こんな所をもし、祐巳さまに見られたら。 恥かしくて死んでしまいます。 ああ、ストーカをしていた頃の、あの我が身を隠してくれた木々の陰。 あのささやかな闇の奥が懐かしい。 

『あー。これこれ。 帰ってきや。 しようが無いのう。 では此度は大技を見せて置いて引く事にしようぞ。 ただし、去り際にちゃーんと ”ほほほ”笑いと、捨て台詞は忘れずにの! 』 
 はあ。 取り敢えず、撤退許可には感謝します。(ようやくこの恥辱プレイから解放されますね。) 
『なんの。 相方の精神の平安を図ってこそ、真のぱーとなーしっぷ というものよ。 ほっほっほ。 』 
 心の平安と言うのなら、下らないシェア争いに鼻面を突っ込む事自体を止めて欲しいのですが…。 
『ふふん。 聞こえんのう。 それより、ほれ。 大技じゃ、大技♪ 』 
 わかりましたよ。 では、、
『おう、口上も忘れるでないぞ。 びしっと決めてみや? 』 


「まったく、胸の薄い野獣娘と、露出狂の白痴娘の相手は疲れる。 これを受けて黙るがよいわ。 永遠にな!」 
 懐から、自分の軽量型マジックワンドを取り出す。 皇龍のひげを埋め込んだ一品を高く掲げると、魔界公爵Sallosの力が涛々と雪崩れ込んでくる。 やがてそれは我が身の丈を超えるような緋色の大剣に姿を変えた。 流石に尋常でない魔力を感じ取れたか。 今までひたすら騒いでいた マジ狩る☆ も、ほえほえしていた マジカル☆ も。 真剣な顔で身構えた。 

 じりじりと引き絞られてゆく緊張。 それはやがてピークに達しようとし。 



「ちょーーーーっと、まったーーー!! 神々の巫女、あらゆる神威の代理人。 祝部のゆーみん ただ今参上。 呼ばれてなくても押しかけますっ! 」 

 ま、また次のが orz 
 脱力しながら横目で見遣ると、今度はどうやら毛色が違うようだ。 
 上は白衣。下は緋袴。 艶やかな半襟。 さらに薄く透ける千早をはおり。 手には鈴鉾。 頭には飾り烏帽子に、簪を挿し。 麗々しくも着飾った。 これはつまり巫女? 
 ってゆうか。 魔法少女カモフラージュを突き抜けて、私の心眼はそこに祐巳さまを見出した。 

「うわわわわん。 」 悲鳴をあげて、緋色の大剣を足元に叩きつける。 一気にはじける魔力。 爆風で視界が煙に包まれる。 私はマジックワンドの位相をひねり、賢者の杖を呼び出した。 スタっとばかりそれに飛び乗り。 もういっそ大気圏外までも脱出して、火星まででも逃げ出さんばかりに加速します。 

 背後で祐巳さまが 「あれ? 可なk…」 と呟いたような気がするかど。 聞こえない。 絶対に聞こえない。 もう当分公爵の仕事は引き受けない。 引き受けないったら引き受けないからね。 




 もうバスケに専念しようと、心に誓う可南子だった。 




『ほ、ほ、ほ  そうはいかんぞえ。 りたーんまっちじゃ』 by Sallos 


【884】 HR(ハードレイ)イっちまったよ・・・令ちゃん  (柊雅史 2005-11-19 04:14:51)


「由乃、いる〜?」
 ある休日。会心の作と呼ぶに相応しいケーキを焼き上げることに成功した令は、上機嫌に由乃の部屋をノックしていた。
「由乃〜。由乃の好きなチョコレートケーキだよ〜。この間食べたいって言ってたよね? 今回は正直、かなりの自信作だよ〜」
 ノックをしながら呼びかける。令のケーキが大好物のお寝坊さんは、きっと今頃布団の中で絶賛格闘中だろう。
 お布団の温さが恋しい。けれどケーキも食べたい。
 悶々と葛藤している由乃の姿を思い浮かべると、ついつい令の頬も緩くなる。
「由乃〜。美味しい紅茶の葉っぱも手に入ったんだ。一緒にお茶しようよ〜」
 令のケーキ+美味しい紅茶。このコンボに勝てる眠気なんてそうそうあるはずがない。
 そろそろ由乃が不機嫌面で(そのくせ、ケーキにわくわくしながら)出て来る頃だなって、長年の付き合いから判断して、令は一歩離れたところで由乃の登場を待った。
 1分、2分、3分……。
 じりじりと由乃の可愛い仏頂面を待っていた令は、さすがに様子がおかしいことに気付く。
「由乃? どうしたの、由乃?」
「あら、令ちゃん?」
 令が焦り始めたところで、由乃のお母さんが令に気付いて声を掛けてきた。
「あ、おばさま。こんにちは」
「こんにちは、令ちゃん。由乃なら今朝、早くに出かけちゃったわよ?」
「えぇ?」
 おばさまに由乃の不在を告げられて、令は目を丸くする。
「え、だって。昨日の夜、私、確か由乃に言っておいたはずなのに」
 今日は久しぶりにケーキを焼くんだと、令は昨夜遊びに来た由乃に告げておいたのだ。それを聞いていたはずの由乃が出かけてしまうなんて――しかもお寝坊さんのくせに朝早くに――これまでになかったこと。俄かには信じられなかった。
「なんだか、昨日遅くに電話が掛かって来て――有馬さん、だったかしら? その子と駅前のケーキ屋さんに行くって言ってたわね」
「あ、有馬……!?」
 おばさまが口にした名前に、そして由乃が令のケーキを捨てて駅前のケーキ屋――かつて由乃が『令ちゃんの足元にも及ばないわ!』と酷評したケーキ屋だ――に行ったという事実に、令はショックを受け。
 思わず、手にしていたケーキを取り落とした。



「……有馬菜々……また、あの子なの!?」
 一人で食べるには手に余る、形の崩れたケーキを頬張りながら、令は悔しげに呟いた。
 最近、由乃の話に良く出て来る名前。由乃の妹候補、有馬菜々。
「憎い……憎いわ! 有馬菜々が憎い! 大体、最近私の出番少なすぎ! この間出たのいつよ! 黄薔薇ってキーワードで思い浮かべるのは、みんな由乃と有馬菜々のこと! 待ってよ、まだあの二人は黄薔薇姉妹じゃないのよ、私が天下の黄薔薇さまなのよ!」
 がしがしとフォークをケーキに突き立てながら、令は意味不明の愚痴を零す。
 最近、気付いてはいた。
 黄薔薇、とか、黄薔薇姉妹、というタイトルの作品にすら、自分の出番がほとんどないことに。大抵は菜々に全てを持って行かれ、仮に出番があったとしても、祥子のオチに持っていくための前フリ程度。ちょっと待ってよ、私はミスターリリアン、リリアン女学園の人気ナンバーワンを争う黄薔薇さまなのよ、と、令はチョコレートケーキをめった刺しにしながら血の涙を流す。
「なんで……なんでよ! なんで私の扱いはこうなるのよ! 原作も含めて!」
 ダンッ、と令がケーキを貫いてテーブルにフォークを突き立てた。
 正に、その瞬間。

「かしらかしら」
「お悩みかしら」

「誰!?」
 いきなり聞こえてきたふわふわな声に、令は弾かれたように背後を振り返った。
 しかし、そこは令の自室。もちろん人影などどこにもない。
「……そ、そうよね。空耳、そらみ」
「かしらかしら」
「ご相談かしら」
「――ひぃ!」
 背後を振り返った令の、その背後。
 そこに突如として現れた気配が、令の左右の耳元で囁いた。
「だだだだだ、誰!?」
「かしらかしら」
「お悩み天使かしら」
 慌てて床を転がるようにして逃げた令は見た。
 リリアン女学園の制服を着た、どこかで見たことのあるような二人の少女を。
「あ、あなたたち、どうしてここに!?」
「かしらかしら」
「些細なことかしら」
 こくん、と首を傾げる二人に、全然些細じゃないよと令は内心でツッこんだ。
「かしらかしら」
「それよりお聞きかしら」
「かしらかしら」
「令さまはお悩みかしら」
「かしらかしら」
「お悩み解決かしら」
「かしらかしら」
「私ばかり喋って不公平かしら」
 令の眼前でちょっとコンビのあり方を考慮して左右入れ替わった正体不明の二人は、これでよしと頷きあうと、令に4つの瞳を向けてきた。
「出番の少なさは令さまが原因かしら」
「かしらかしら」
「ある意味仕方ないことかしら」
「かしらかしら」
 全然不公平を解消してないコンビは、まぁ気付いてないから幸せそうにそう言った。
「わ、私が、原因……?」
「そうかしらそうかしら」
「かしらかしら」
「令さまはキャラが立っていないかしら」
「地味かしら」
「う……」
 見るからにキャラが(間違った方向へ)立っている二人に指摘され、令は苦渋の面持ちになった。
 それは令も密かに気にしていたことだ。
 山百合会の他の面々や、新参者の有馬菜々に比べ、自分はちょっと影が薄くてキャラが弱いんじゃないかな〜、って。
「キャラを確立するかしら」
「脱皮をするかしら」
「新境地開拓かしら」
「へたれだけじゃ生きてけないかしら」
 ふわふわと厳しい意見を口にする不審人物コンビに、令はごくりと喉を鳴らした。
 挙動はとことん怪しい二人だけれど。
 これは、令につかわされた天使たちなのかも知れない――と。



「ただいま〜」
 上機嫌でスキップなどしながら帰宅した由乃は、元気良く帰宅の挨拶を居間に投げかけて、軽快なステップで階段を上がった。
「ふんふんふん〜♪」
 今日の菜々とのデートを思い出し、調子っぱずれの鼻歌も出る。くるりと一回転しながら自室のドアを開け、由乃は暗くなった部屋の電気を点けた。

「由乃帰宅フォーーーーーーーー!」

 瞬間、部屋がピンク色に染めあがり、なんか聞いたことある声が響き渡る。

「どーもー、ハードレイです! 由乃鼻歌可愛いよフォー! おかえりフォー!」

 何事かと動きを止めた由乃の視界に、なんか見覚えある物体が映った。
 剣道のお面を被り。
 黄色いひらひらの衣装を着込み。
 ちゃんちゃかちゃんちゃかとサンバのステップを踏むその物体――

「れ、令ちゃん……?」
「いえ〜〜〜す、ハードレイです! サンバのリズムフォー! カナリアでフォー!」

 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃか。
 令ちゃんらしき物体が身動きする度に、衣装が擦れて耳障りな音が鼓膜を震わせる。
 由乃は無言のまま、部屋の入り口付近に置いてあった5kgの鉄アレイを手にすると、思いっきり振りかぶった。





「だから天使が……天使たちがぁ……」
 えぐえぐと泣きながら、勝手に電灯を外して付け替えたミラーボールの撤去作業に勤しむ令ちゃんは、なんかワケの分からない言い訳をしていた。
 ベッドに腰を下ろし、憮然とした表情で令ちゃんの作業を監視しつつ、由乃はちょっとだけ反省する。



 これからはもう少し、令ちゃんのこともかまってあげようかな、と――


【885】 スキャンダラスな貴女右往左往  (沙貴 2005-11-19 12:33:22)


 花寺学園祭の(恐らく)メインイベント、『花寺の合戦・セカンドステージ、リリアンの陣』は予想外に強烈なものだった。
 男子校の学園祭、と言うことで由乃もある程度は覚悟していた。
 由乃が今までに経験したことがある学園祭は、幼稚舎から現在の高等部に至るまで幸か不幸かリリアンだけだ。
 共学の学校の学園祭すら行ったことがないのだから、いきなり男子校の学園祭に放り込まれても圧倒されるだけなのは目に見えている。

 しかしリリアン女学園生徒会幹部の一人、黄薔薇のつぼみとして敵陣に乗り込む以上、無様な姿は見せられない。
 島津由乃と言う一個人としてはもちろんだし、リリアンの代表として来ているのだと言う責任がその思いを駆り立てる。
 そう、薔薇さまではなくともその妹、つぼみとして堂々といなければならない。
 散々難癖を付けて言い訳をごねて、結局本当に昨年の花寺学園祭を逃げ切った当代某薔薇さまとは違うのだ。
 なめんなよ、ってなもんである。
 覚悟完了、敵は花寺にあり! と由乃は玄関先から同行した令ちゃんが半ば引いてしまうほどにテンションを上げていた。
 
 
 〜 〜 〜
 
 
 けれどその覚悟は結局「ある程度」に過ぎなかったんだな、と地響きすら巻き起こして櫓へと突進する男子生徒の山を見ながら思う。
 はっきり言って尋常ではない。
 リリアンでは十年待っても決して見ることが出来ない光景だろう。
 百年待ってもきっと駄目だ。
 それくらいに迫力のある、と言うか獣地味た連中の「合戦」だった。
 
 また一人、櫓を目指して滑り台を駆け登っては足を滑らせ、転げ落ちていく。
 滑り台に塗りたくられているどろどろした黄色の何かが体中に纏わり付いて、地面に返ってくる頃には目も当てられないことになっていた。
 それでもまた登るのだからその胆力たるや流石はオトコノコ、と言う感じはするけれど――
 正直、あんまり近付きたくない容貌ではある。
 生粋のお嬢様である小笠原祥子さまなら、その姿を目にしただけで凍り付いてしまうだろう。
 親友にして由乃と同学年ながら白薔薇さまの藤堂志摩子さんは祥子さまほどお嬢様然としている訳では無いけれど、それでも温厚派だ。
 泥塗れの男子生徒の前で何とか作る引き攣った笑顔、と言うのが可哀想なほどしっくり来る。
 
 その点由乃の姉である令ちゃんは、自宅の剣道場と言う男子が多い空間で長く生活してきたお陰で、そう言ったことに対する免疫は強い。
 それは間違いなく山百合会最高値で、だからこそ泥塗れの彼らに「おめでとう!」なんて朗らかに言いながらシールを貼れるのだ。
 恐らくこれが出来るのは今の山百合会では令ちゃんだけだろう。
 由乃が仮に黄薔薇さまとして令ちゃんの場所に座ったとしても、果たしてそれが出来るかどうか。
 ただシールを貼ったり、引き攣った顔で「おめでとう」を言うことは出来るだろうけど、心からの笑顔は多分無理。
 そう考えると、各色毎の滑り台に凝らされた趣向は本当に絶妙の配置だったと思う。
 
 
 そんな事を考えながら櫓を見上げたり遠い人垣を眺めたりしていると、不意に目の前を上から釣られたバケツが通り過ぎた。
 見上げると、令ちゃんのボディーガード役である小林君がちょいちょいと今由乃の眼前を通過したバケツの中身を指している。
 そのバケツは中に手紙なり品物なりを入れて櫓を上下させ、イベントの関係上櫓の椅子を離れることが出来ない薔薇さまとその補佐であるつぼみとの意思疎通に使われていた。
 櫓の高さは意外にも高くて、周りの喧騒もあって普通の声では殆ど届かない。とは言え周りに人が多くて大声を上げる訳にもいかず、アナクロながらそのバケツは非常に有効だった。
 ついさっきも、喉が渇いた令ちゃんが泣き言を言うのに使われたばかりだし。
 
 今度はお腹でも空いたのかなー、とバケツを覗き込んでみると。
『ごめん、洗ってきて』
 なんて泥だらけの手紙と、これまた泥だらけのタオルが二枚入れられていた。
 何でこんなにタオルが泥だらけになるんだろうと由乃は一瞬悩んだけど、考えてみれば答えはすぐにわかった。
 泥だらけの男子が握り締めて持ってくる泥だらけの問題用紙にシールを貼っていれば、そりゃあっという間に貼る側の手も泥だらけになる。
 令ちゃんはそれが気になるほどの潔癖症ではないけれど、それを失礼だと考えてしまうくらいには礼儀を重んじるタイプだ。
 だから一枚シールを貼る度に手を拭っていたんだろう、それなら二枚のタオルもすぐに汚れてしまう。
(全く、令ちゃんらしいというか何と言うか)
 確か令ちゃんは三枚か四枚のタオルを大体常備しているから、二枚が使い物にならなくなったということは結構切迫していると言うことだ。
 由乃は息を吐いてそれらを掴むと、運動場の手洗い所目指して駆け出したのだった。
 
 
 二枚のタオルを掴んで走る内に何となく櫓を振り返った由乃は、令ちゃんの座する櫓の隣、紅薔薇の櫓上で立ち上がり何やら祐麒君と口論している祥子さまの姿が眼に写った。
 すぐに座り直されたので祥子さまの姿は見えなくなったし、屈みこんだんだろう祐麒君も消えてしまったのでそれ以上は判らない。
 本当に口論だったのか、それすらも曖昧だ。それくらいに一瞬の出来事だったから。
 でも由乃はその時、直感で感じとっていた。
 紅薔薇で何かが起きている――って。
 

 程無く手洗い所についた由乃は蛇口を一杯に捻って水を勢い良く出すと、二枚のタオルをその下に置いた。
 重ねておいた上側のタオルを引き上げて、割と盛大に付いている泥を水流と擦り洗いで落としていく。
(うーん、でも気になるなー。祥子さまが言葉を荒げるのはいつものことだけど)
 ごしごし擦りながら由乃は晴れ渡った青空を見上げた。
(花寺の生徒会相手に何か言うかな? 担当の祐麒君と相性が悪いってこともないだろうし)
 ざぶざぶ。ごしごし。
 ぼたぼた水を滴らせるタオルを見詰めながらうーん、と唸る。
(祐巳さんの弟君だから祥子さまも気を張らずに済んでいる、ってことなら良いことなんだろうけど)
 油汚れと言う訳でもないし付いたばかりの汚れだから、そんな事を考えながらだと二枚のタオルはあっという間に洗い終わった。
 ぱんぱんと広げて水を弾けば、清潔な無地のタオルが顔を出す。
(ん? 祐巳さん?)
 そこで由乃は気が付いた。
 櫓で立ち上がっていたのは祥子さまだ。
 その前に立っていたのは祐麒君。
 櫓に同席していた筈の祐巳さんは何処に居た? いや、居なかった。
 祥子さまの傍には間違いなくセットとして存在する筈の祐巳さんが居なかった。
 
 見間違いだろうか? 口論していた相手が祐巳さんだったとか。
 もしくは由乃から見えない位置に実は居て、単に見逃してしまっただけだったとか。
 そうかも知れない。そうじゃないかも知れない。判らない。
 とは言え、洗い所でタオルを前に首を傾げても記憶がはっきりする訳も無い。
 由乃はタオルと一緒に思考も畳んで櫓に向かった。
 
 
 合戦はまだまだ拮抗状態。でもそれは初めの頃とは少し様相を変えていた。
 流石にクリアーされた問題も多くなり、答え続けたチャレンジャーの体力も少なくなり、群がるように櫓に駆け寄ってきていた男子生徒の姿はもう無い。
 あるのは、整列されている訳じゃないのに一列に並んで滑り台へ突貫する、まだまだ元気な人達の姿だ。
 多分、櫓に突っ込んではどこかで休み、突っ込んでは休み突っ込んでは休みを繰り返している間に自然と人の流れみたいなものが出来たのだろう。
 如何に血気盛んなオトコノコとは言え、体力も無尽蔵ではないというところか。
 
 遠目から見える、櫓の上で暇そうに欠伸を噛み殺す令ちゃんに笑みが零れる。
 戻ったらちょっと上にお邪魔してみようかな。祐巳さんも上がってたことだし。
 なんて事を考えながら由乃は軽くスキップを踏んで櫓を目指した。
 
 と。
 その脇を駆け抜ける一陣の風ありけり。
 
「わっ」
「ごめん、ちょっと急いでて!」
 ぶつかりしなかったけれど、遠く(令ちゃん)を眺めていた由乃は殆ど対応できずに声を上げる。
 もしそれがぶつかるコースを取っていたら間違いなく正面衝突していた。
 そうなれば、身長・体重その他諸々同年代女子の平均を僅かに割り込んでいる由乃は哀れ吹っ飛ばされてしまっただろう。
 ああ、でもこの場合は多分ぶつかった相手にも結構な損害が出そう。
 
 物凄い勢いで、それこそ風のように由乃の脇を通り過ぎたのは祐麒君だったから。
 花寺生徒会でもアリスの次に華奢な彼だから、多分ぶつかっても大事故になるまでは無いだろうけど、その分お互いのダメージも大きそうだ。
 これが高田君とか薬師寺さん(どっちでも可)だったりしたら、為す術もなく由乃だけが吹っ飛ばされて終わりなんだろうけど。
 しかも相手はノーダメージっぽく。
 
 って、それは良くて!
「祐麒君! どうしたの! どこ行くの!」
 見た目はもちろん、おっとりながらも意外に考えるところは考えている、正に祐巳さんと瓜二つの祐麒君が慌てて駆け抜けるなんて並大抵じゃない。
 あっという間に小さくなる背中に声を掛けたけど、返事は返ってこなかった。
 聞こえなかったのか答えたくなかったのか。
 どちらにしろ、それを確認する間も無く祐麒君は由乃の声が届かないところにまで行ってしまった。
 今から走っても絶対に追いつけない。
 性差を上げるまでもなく元々徒競走は得意じゃないし。
 だから由乃は、瞬く間に遠ざかる祐麒君の背中を悔しげに見詰めることしか出来なかったのだ。
 
 ここでやれやれ、と肩を竦めて櫓に戻れば。
 戻るなら、それはきっと黄薔薇のつぼみ島津由乃ではない。
 祐麒君が慌ててどこかにいってしまうのは、まぁ、それ単体ならそんなに珍しいものじゃないんだろう。
 何といっても生徒会長だし、段ボールの一件を鑑みても結構アクティブな面もあるから。
 でもその祐麒君は、ほんの少し前に櫓の前で祥子さまと口論していた。
 そして――振り返って確認する。
 紅薔薇の櫓。その上、祥子さまとボディガードの代役だろうか、薬師寺さん(どっちか判らない)の姿があった。
 けれど祐巳さんの姿はやはり無い。
 口論と、走り去った祐麒君と、消えた祐巳さん。どういう繋がりかはわからないけど、少なくとも由乃の中でそれらは一つに纏まった。
 
 いつの間にやらシグナル・ブルーは点灯している。先ほど祐麒君が通りすがりにスイッチを押していったに違いない。
 とにあれ櫓を目指して超特急、少し前までのスキップなんて有り得ない。
 降りっぱなしだったバケツにタオル二枚を放り込み、即座にポケットから生徒手帳を取り出す。
 由乃がタオルを放り込んだからだろう、ゆっくり持ち上がり始めたバケツを掴んで無理矢理引き止めた。
 小林君が紐を引くのを止めた事を確認して、急いでページを繰る。事態は一刻を争うのだ(多分)。
 
『何かあったみたい。調べてくる』
 
 由乃は手帳にそれだけを書き付け、千切り取ってバケツに放り込む。
 そして踵を返し、今はもう無い祐麒君の背中を改めて追った。
 背後でバケツがゆるゆる上がり始めるのを確認する間は、無かった。
 
 
 目指すは生徒会室である。
 理由は二つ。
 一つは、祐麒君が急いで向かう場所としてとりあえず思いついたのが生徒会室だったこと。
 もう一つは、今となっては随分前のことだけれど、少し前に由乃が祐巳さんとすれ違った時に祐巳さんが向かったのが生徒会室だったことだ。
 ちらりと腕時計を確認すると、すれ違った頃からもう三十分ほど経過している。
 まさか未だに生徒会室に居るとは考えられないし、いかに広い敷地とは言え元々行動範囲が制限されているから学校内で迷うとも考えにくい。
 何かが起きている。それだけは間違いない。
 最後に見た祐巳さんの姿を思い出していると、徐々に胸の奥が疼くように恐ろしくなってくるのが判った。
 
 そもそも、人が一人消えると言うことは物凄い大事件だ。
 もしかしたら祐麒君は警察を呼びにいったんだろうか、何て事を考えてしまう。
 もちろん、学園祭のゲームがまだ続いているから多分それは杞憂なのだろう。
 でもそれが将来的に無いとも限らない。祐麒君が解決できなければ本当に警察沙汰になるかも知れない。
 その対象が祐巳さんだなんて。
 祐巳さんだなんて――そんなことは、あっちゃいけない。
 これがリリアンの学園祭中であればまだ良かったのに。
 花寺構内で居なくなったという事実が、背筋が凍るほど怖い。
 
 祐巳さん。
 祐巳さんっ――!
 
 
「アリス!」
 生徒会室の扉を開けて室内に飛び込んだ由乃は、それだけで事態が本当に切迫していることを理解した。
 アリスが一人、机の上で両手を組み、重い空気を背負って額を預けている。
 その姿はまるで仏教学校の花寺ではアンマッチなカトリックの懺悔のようであったけど、そこに突っ込めるほど由乃に余裕は無い。
 物音に顔を上げたアリスに、立て続けて質問を投げ付けた。
「祐巳さんが来たわよね、どこに行ったの。あ、あと祐麒君来なかった」
 するとアリスは安堵したような、それで苦しそうな、悲しそうな、凄く微妙な表情を浮かべた。
 首を振ったアリスは答える。
「それが……誘拐されたかも知れないの」
 由乃は絶句した。
 誘拐。誘拐。
 事態に対してある程度までは覚悟していたけれど、やっぱりその覚悟も「ある程度」に過ぎなかったのか。
 実際にアリスの口から告げられたその単語は、眩暈がするほど禍々しい言葉に思えた。
 
「ユキチもうん、来たわ。それでね、生徒会室の前に段ボールがあったの覚えてる?」
「っええ」
「あれが無くなっているの。だから今、その目撃情報を聞き込みに行ってる」
 足ががたがた震えた。
 動悸がはっきりと聞こえて忌々しい過去の記憶が蘇る、一年前の由乃ならきっとこの場で倒れていた。
 けれど。
「判った。私もその線で当たってみる、アリスは続けてここに居て。誰か帰ってくるかも知れない」
 今の由乃は倒れない。
 倒れるより先にすることがある。出来ることがある。
 それは間違いなく幸せなことだったけれど、こんなことで実感したかった幸せではない。
 由乃は歯軋りして、生徒会室を飛び出した。
 
 今はもう居ない由乃の幻影を扉にしばらく見詰めて、アリスは再び机に向き直って祈った。
 それは仏教の念仏でもキリスト教の祈りでもなく、ただただ真摯な人の祈りだった。
「祐巳さん……無事で居て――」
 
 
 〜 〜 〜
 
 
 人が一人入るくらいの段ボール箱。それ自体は珍しくないけれど、本当にそれで人を運んだのだとしたら結構目立ったはずだ。
 一人が抱えて持つのだけでは無理だろうし、単純に底が抜けてしまう。
 だから底を支えながら四隅を持つのが妥当。となると、四人がかりで運んだことになる。
 一つの段ボール箱を四人で運べば絶対に目立つ。
 
 そんな由乃の、そして恐らく祐麒君も辿っただろう思考に基づいて聞き込みを行った結果、やはり結構な割合で目撃されていた。
 特に学園祭と言うことで、出店なんかで移動せずに居た生徒が多かったことが幸いした。
 これは生徒会室が校舎にある花寺ならではだ。
 もし同じ事をリリアンでやれば、薔薇の館から人を連れ去っても校舎内の人間に見つかる確率はかなり低い筈。
 とは言えリリアンにそんな不埒な輩が侵入できる訳はないけれど。
 ……できる訳はない筈だ。

 兎も角、目撃情報の聞き込みを続けていくうちにやがて由乃は推理小説同好会の展示室に到達した。
 やっぱりか、と言うか何と言うか。
 推理小説同好会がどうこうではなく、花寺の学生が犯人なんだろうとは聞き込みの途中から気付いていた。
 これだけの派手な舞台だ。本気でリリアンのお嬢様を狙った営利目的の誘拐でないことは用意に想像がついたが、かと言って油断は出来ない。
 お金が目的じゃない誘拐なんてゴロゴロしている。
 そこまで考えた由乃は顔を真っ青にして祐巳の現在を案じた。
 本当に、何で、どうして、こんなことになったんだろう。
 何で祐巳さんがこんな目に合わないといけないんだろう。
 
 でも辿り着いた先は推理小説同好会。
 俄かに雲行きがおかしくなってきている。
 もしかすれば、もしかする。
 何と言っても「推理小説」同好会、整った舞台での派手なイベントはそりゃあお手の物だろう。
(だからって、冗談でしたなんて一言で許されることではないけれど)
 でも由乃が危惧したようなことにはなっていないように思える。
 それはそれで非常に重畳だ。
 
 情報によると、随分前に件の段ボール箱が運び込まれて以来かなり慌しくなっているらしい。
 元々パッとしない同好会の癖にはパンダのきぐるみで客引きをする、と言うことで一部では結構注目されていたようだ。
 とは言え良い意味の注目では決して無かったと言うのが哀愁を誘う。
 しかして今はそれもどうでも良い。
 
 ちらりと時計を見ると三時二十分を指していた。
 花寺の合戦もあと十分で終わる。もしここで祐巳さんを確保できなければ一大事になることは避けられない。
 由乃は意を決して、扉を開けた。
 
「おや、今日は――」
「わっ」
 そして再び扉を閉めた。
(な、何なのよ! 何なのよいきなり!)
 それもその筈、展示室の真中ではTシャツ短パンの男性が、他数人とトランプをしていた。
 由乃は男性に免疫が無いわけじゃないけど、今日散々観てきた男子は学ランや体操服だったのだ。
 不意を突かれると対処できない、何のかんので女子高育ちな由乃であった。
 
 溜息を一つ。
 
「おや、今日は千客万来だ」
 改めて、わざわざ「おや」からセリフを言い直した男性を睨みつけて、改めて由乃は室内に踏み入った。
 展示室には先の男性が一人、それに四人の学生がやはりトランプをしている。
 机の上で行われていた七並べは佳境に入っているようで、トランプのカードを慌てて並べたようには思えない。
 そして当然ながら、祐巳さんの姿も少し前に辿り着いただろう祐麒君の姿もそこには無かった。
「不躾だけれど、福沢祐巳さんはどこに居るのかしら。ここに居るのよね?」
 由乃がそう言うと、びくりと学生服の四人がびくりと体を震わせる。
 その様が何とも小者っぽく、如何にも「僕達は悪い事をしましたー」と言っているようで間抜けだ。
「もう居ないよ」
 だからこそか、そう答えたのは一人別格のオーラを放っている半裸の男性だった。
 由乃が睨んでも微動だにしないその人は、トランプを伏せて机に置いて由乃に向き直る。
「祐巳ちゃんにもユキチにも会わなかったのかな? 皆、間が悪いな……兎に角もう戻っている頃だと思う」
 
「どういうことですか」
「それは僕の口からは言えない。詳細は祐巳ちゃんかユキチから聞いてくれないか」
「そうじゃなくて」
 祐巳ちゃん、だなんて。
 見ず知らずの上に誘拐した割にはいけしゃあしゃあと親しげに言ってくれるじゃないか。
 何様のつもりなんだ。
 祐巳さんはそりゃ親しみのある人ではあるけど、それは別に誰彼構わず馴れ馴れしくしていいってことじゃない。
 暗いそんな感情が胸に沸いたその時。
 
「え? あれ?」
 不意に由乃は思い出した。
 今でこそ沈痛な面持ちは隠さないが、その整い過ぎた顔の造りと所作には見覚えがある。
「もしかして、去年の王子さま? ですか?」
 気障ったらしい生まれながらの王子さま。
 祥子さまの従兄弟にして婚約者、名前は確か――柏木さん。
 昨年のリリアン学園祭で演じられたシンデレラでは、天性の才を生かして見事王子の役を演じきった人だ。
 大層な揉め事もあるにはあったけど。
 すると柏木さんは一瞬顔を顰めたけど、すぐに何度も頷いた。
「ああ、そうだよ。去年はお世話になったね、由乃ちゃん」
 そしてにっこり笑って爽やかスマイル。
 別の意味で寒気を感じるほどの完璧な笑みと、一年前にちらっと関わった後輩の名前と顔を覚えているこの完璧さ。
 本当にこの人は王子さまなんだなと思う。
 
 柏木さんなら、祥子さま繋がりで祐巳さんとは交流がある。
 時々思い出したように祐巳さんが柏木さんに関して愚痴ってくるので、結構な回数で関わりがあるのだろう。
 それなら”祐巳ちゃん”にも納得だ。ナチュラルに言われた”由乃ちゃん”にも納得しよう。
 それに今はやっぱり、それどころじゃないのだし。
「判りました、それでは仔細は祐巳さんから余すことなくお聞きすることにいたしますわ」
 祐巳さんが居ないならこんなところに興味など無い、と踵を返して「ごきげんよう」。
 叩き付けるように締めた扉の奥から「ひっ」と言う情けない声が聞こえた。
 
 〜 〜 〜

 
 丁度由乃がグラウンドに戻った時、ゲーム終了を告げる法螺貝が辺りに鳴り響いた。
 それで一斉にグラウンドで駆けずり回っていた生徒が倒れこむ。
 心身ともに疲弊し切った彼らの様は、正に死屍累々と言った感じだった。
 
 その中で、よたよた。
 よたよたと、櫓に歩み寄る影ありけり。
 
 パンダの着ぐるみが力無く歩を進めながら、ゆっくり、覚束ない足取りで櫓へ。
 紅薔薇の櫓へ向かっている。
 それはまるで、歩き始めたばかりの赤ん坊が母親の元によちよち歩いていくように。
 見た目は間抜けだけど、可愛らしくて笑みが零れそうだけど、その仕草は強かに由乃の胸を打った。
 あのパンダは母親を求めている。その抱擁を求めている。
 それが全身から滲み出るような歩みだったから。
 
 そしてその抱擁は為された。
 他ならぬ祥子さまの腕によって。パンダはそれで、本当に力尽きたように縋った。
 それはきっと奇跡の瞬間だった。あるいは、祥子さまの愛が何かに勝利した瞬間だった。
 尊い祥子さまとパンダ――もう由乃は判っている、祥子さまと祐巳さんとの絆がそこにあった。
 
 櫓を降りた令ちゃんが固まっている。
 志摩子さんが穏やかな瞳で眺めていた。
 乃梨子ちゃんが志摩子さんに近寄る途中で視線を祥子さまに飛ばして凍り付いている。
 不審に気付いたギャラリーが徐々に、徐々に人垣を為し始めた。

 
 その中で、由乃は。
「祐巳さん!」
 無粋だとは思いつつも、抱き合う祥子さま達へ駆け出していた。
 漸く見つけた祐巳さんが愛しかったのは祥子さまだけじゃないのだ。
「祐巳さんっ!」
 二人の世界に浸っている祥子さまも祐巳さんも、すぐには気付いてくれなかったけれど。
 

 由乃はこの瞬間にこそ、全速力で走ることが出来る幸せを実感することが出来ていた。


【886】 (記事削除)  (削除済 2005-11-19 16:15:48)


※この記事は削除されました。


【887】 何度でもパッション  (まつのめ 2005-11-19 18:35:06)


 期待すると足下をすくわれる話。



 その1


「ごめん、祐巳ちゃん。私はあなたに近づきすぎちゃったみたいだ」
「え?」
 どうやら居眠りをしていたみたいだった。
 けど、眠る前のことが良く思い出せない。
 まだ半分まどろみから抜け出していない私の意識は、祐巳が車の助手席に座っていることを認識できた。
「……ここ、何処?」
 窓の外は知らない風景だった。
 知らないといっても海外とかじゃなくて、何処までも平坦で、緑の畑とか田んぼとかが広がってて、家もぽつぽつとあるような、関東近県に見られる余り面白くもない風景だった。
「どこか」
「どこかって……え?」
 改めて外を眺めると車はあまり混んでいない片側二車線の広い道路を走っていた。
 そこで祐巳はちょっと前のことをようやく思い出せた。
 思い出すのに時間がかかったのは、今の状況が、居眠りしだす前の状況とあまりに違っていたから。
 だって、祐巳はたしか薔薇の館でお姉さま方が来るのを待っていたはずなのだから。
「えーーっ! せ、聖さまっ!?」
「ん? 大声出してどうしたの?」
「どうしたのって……私、なんで……」
「祐巳ちゃんがあんまり可愛いから持ってきちゃった」
 聖さまは悪戯っぽい笑みを顔に貼り付けたまま、ハンドルを握っていた。
 持ってきたって、物じゃないんだから。
「ごめんね、ちょっとだけ私と失踪するの付き合って」
 ってなんか不穏なこと言ったぞ。失踪ってなんだ失踪って。

 祐巳が不可解な聖さまの言動に混乱しているうちに、車はターミナル駅の駅前へ至る大きな交差点を折れてにぎやかなところに入っていった。
「あの、何処に向かってるんですか」
「とりあえず、お買い物かな」
 とりあえずということはここはが目的地じゃないらしい。

 車を路肩に停めて、祐巳たちは駅前のショッピングセンターの中を歩いていた。
「あの、お買い物って」
「ん? 祐巳ちゃんそろそろお腹すいたかな?」
「え? いえ」
 そういえばそろそろ夕飯時。
「あ、家に連絡しないと」
 公衆電話を探そうとあたりを見回していたら、聖さまに肩を抱き寄せられた。
「やめて。さっき言ったでしょ」
「さっきって? あ!」
 失踪するのつきあって。
「で、でも」
 やっぱり両親に心配かけるのは困るし、もしかして心配した両親がお姉さまに連絡でもしたら……
 って、お姉さま! 何も連絡しないてお姉さまきっと心配してる。
「大丈夫よ。ちゃんと書置きしてきたから」
 口に出す前に聖さまの返事が返ってきた。いつものことだが、顔に出てたようだ。
 書置きと聞いてちょっと安心したが、さっき不穏なことを言ってたことを思い出し恐る恐る聞いてみた。
「あの、書置きって、何を書いたんですか?」
「んー、失踪っていったらやっぱり『探さないでください』かな」
「さっ、さっ、さっ」
 探さないってくださいって、家出じゃないんだから…
 あまりのことに言葉が出ないでいたら
「あ、ちゃんと『祐巳ちゃんを貰っていきます』って書き添えたから」
「全然だめじゃないですかーー!」


 〜 〜 〜



 令がビスケットの扉を開けると佇んでいる祥子の背中があった。
「あれ、祥子どうしたの」
 いつもなら一人でもお茶くらい入れてくつろいでるのに。
 近づいてよく見るとなにか肩を震わせている。
「さ、祥子?」
「これは、私にたいする挑戦とみたわ」
 ばん、と掌で紙切れをテーブルにたたきつけた。
「なにそれ」


『思うところあって旅に出ます。
 探さないでください。
 
 佐藤 聖

 PS.一人じゃさびしいので祐巳ちゃんを貰っていきます』






(続く)
 --------------------------------------------
 これだけじゃあんまりなのでもう一ついきます。
 --------------------------------------------



 その2


「祐巳ちゃんこっち」
 聖さまは婦人服コーナーに祐巳を引っ張っていった。
「あの、これは……」
「これなんか祐巳ちゃんに似合いそうだな」
 なんか嬉々としてワンピースを選んだりしてる。
 さすがの祐巳にも先の展開が読めてきたので先手を打って言った。
「服なんか買ってくれても受け取りませんからね」
「なーに言ってるの、これからずっとそのと制服着て生活するつもり?」
「そんなわけ無いじゃないですか家に帰ったら着替えますよ」
「あら、帰さないわよ」
「え?」
「私の服もあるからそれでもいいんだけど私ってあんまり可愛い服持っていないのよね。やっぱり祐巳ちゃんには可愛い服着て欲しいし」
「ちょっと、待ってください、まさか本気でしっそ……」
 肩を抱き寄せられて口を塞がれた。
「声が高いわよ。不審に思われて通報されたらどうするの」
 ほ、本気なのーー?


 結局、買ったワンピースに着替えて、あと少しの食料を買って、車に戻った。
「聖さま」
「ん? 食べなよ。おなかすいてるでしょ?」
 聖さまはコンビニで温めてもらった鍋焼きうどんを食べながら陽気に話し掛けてくる。
 失踪なんて言葉は大げさなのかもしれないけど、聖さまは私に連絡を取らせてくれなかった。
「どうしてこんな事するんですか」
 もう7時過ぎ。お姉さまは心配しているだろうか。もしかしたら先に帰ったと思って何も知らないかもしれない。でも両親はきっと心配してる。だって、無断で夕飯時にも帰っていないなんて。
 聖さまは黙ってしまった。
 車はまだ路肩に停車していた。
 窓の外は会社帰りらしい背広姿の男の人やスーツ姿の女の人が通り過ぎていく。
「私は誘拐犯なのかな……」
 聖さまがぼそっとつぶやいた。
「帰ってもいいよ。駅はすぐそこだし」
 こんな顔もするんだ。聖さまって……
 祐巳はダッシュボードのまんなかの窪みになったところに置かれたお金を見た。さっき、コンビニで食料を買う時、小銭が足りなくて聖さまが1万円札を出したんだけどそのおつり。
 逃げる気になったらそれを奪って車から飛び出せばいい。そう言っているみたいだった。
 でも祐巳はそうしてまで逃げ出そうという気にはなれなかった。
「聖さまなんか変」
「そうかもね」
 誘拐まがいのことをしたり、服を買ってくれたり、普段から何を考えているのか判らないのに、今日の聖さまはいっそう訳がわからなかった。
「祐巳ちゃん、ごみ、これに入れて」
 聖さまはコンビニ袋をごみ入れにして後ろの座席に放り込んだ。
 その後は何も言わずにキーをまわしてエンジンをスタートさせた。

 車は先ほど走っていた片側二車線の広い道路に戻り更に先へと向かっていた。
「さて、祐巳ちゃんの同意が得られたってことで」
「ど、同意なんてしてません!」
 本当はさっきお金を借りて家に電話をしてきたかったのだが、あの時、聖さまを残して車から出て行ったら何か聖さまが取り返しのつかないようなことになってしまうような気がして言い出せなかったのだ。
「でも、帰ってもいいよって言ったのに帰らなかったじゃない」
「それはそうですけど……」
 あんな顔して『帰っていい』なんて反則だと思う。
 でも今はいつもと同じに祐巳をからかうような軽薄な聖さまに戻っていた。
 もしかして取り返しのつかないことになってしまったのは祐巳の方かもしれないのだった。



 かさっ、かさっと紙の音がする。
 気が付くと車は止まっていて聖さまはなにやら地図を広げていた。
「まだ寝ててもいいわよ」
 祐巳は自分の位置がさっきより後ろになっていることに気づいた。
 居眠りをしている祐巳が寝苦しくないように聖さまがシートを倒してくれたようだった。
「あの、何処に向かっているんですか?」
 緑色に光るデジタル時計が八時三十分を示している。
「んー、北の方」
 いや方角を聞いているのではなくって、目的地を聞きたかったのだけど。
「もうすぐパーキングに寄るから、お手洗いは我慢してね」
「パーキングって?」
 改めて外の景色を確認すると、オレンジ色の高い外灯がずっと遠くまで並んでいる、これっていわゆる高速道路ってやつ?
 車は車両専用道路の脇の停車できるところ、なんていうんだっけ名前は忘れたけど、そこに停車していた。



 〜 〜 〜



「北だわ」
 蓉子さまは言った。
「前に聖は車で遠出するんだったら流氷を見に行きたいって言ってたのよ」
 祥子が聖さまの置手紙を見てから2時間。
 聖さまがらみということで急遽、蓉子さまを呼び、もともと仕切る人なので、彼女が対策本部長的立場で動いていた。
 場所は薔薇の館から小笠原邸の居間に移り、今は祐巳ちゃん連れ去り事件の対策会議が行われているところだ。
「聖さまが祐巳ちゃんを連れて行ったっていうのは確実なの?」
「目撃者が居たわ。聖さまらしき人が祐巳らしき生徒を背負って車に乗り込んで行くのを見たって」





(続く【No:906】)
 --------------------------------------------
 さて、どうしたものか。


【888】 (記事削除)  (削除済 2005-11-19 22:58:42)


※この記事は削除されました。


【889】 麗しき夢は覚め私に出来ること  (春霞 2005-11-20 02:53:29)


  【No:436】 『月の光の下で眼鏡を取った蔦子さん』 (無印)、 
  【No:463】 『女心と秋の空すなわちそんな一日』  (黄薔薇革命)、
  【No:471】 『気をつけて寒すぎる冬の一日は』    (いばらの森)、
  【No:481】 『ダンス・イン・ザ・タイトロープ』      (ロサ・カニーナ)、
           と同じ世界観ですが、単独でもご賞味いただけます。
           原作『マリア様がみてる --ウァレンティーヌスの贈り物(前編)--』 を読了後、ご覧下さい。


「うわ。これ苦い。 苦いよ蔦子さん。」 
「そりゃあそうよ。 無糖ブラックコーヒだもの。」 考えても御覧なさい って。 何でそんなもの買ってきたのとむくれる祐巳に、蔦子さんは続ける。 折角の甘くて美味しいチョコレートに、ミルクたっぷり砂糖たっぷりの缶コーヒを合わせたんじゃ、チョコレートの美味しさを味わい尽くせない。 やはり甘いものは苦いものとペアにすべきだ。 そもそも発祥以来数百年を研鑚してきた茶道を見れば、苦いものと甘いものの組み合わせがベストマッチングである事は明らかで……云々。 

「うわ。わかった。 わかりました。 降参。 」 立て板に水の弁舌の前に、アップアップと押し流されると。 蔦子さんは眼鏡のフレームを押し上げながら満足そうに微笑んだ。 
「私に口先で勝てるわけ無いじゃない。 」 ちょっとは学習しなさい。 って言われても、つい出ちゃう言葉は仕方ないよ。 本当に弁論部も真っ青な口の巧さね。 
 ごまかすために、また一口。 蔦子さんの買ってきた缶コーヒを口に含むと、やっぱり苦ーい。 背筋がび〜んってするくらい。 ついつい口元がむぎゅぎゅ ってなってしまう祐巳に気が付いて、蔦子さんは今度は優しく苦笑する。 

「だから。 そうやって舌を苦味に反応させて、それから甘いものを含むと、ね? 」 そう言いながら、私の作ってきたトリュフを一つつまむと、あーん、 って差し出してくる。 え? あーん? 
「ど、ど、ど、どういう 」 
「あーん って言ったら一つでしょう? はい。 あーん 」 ますます優しげに微笑む蔦子さんは、有無を言わさずチョコを口元に差し出してくる。 
 うーー。 と暫らく唸ったあと、祐巳は開き直る事にした。 これも蔦子さんなりの一つの友情なんだって事で。 お姉さまにチョコを受け取ってもらえなかった私を、蔦子さんなりに励ましてくれてるんだよね。 きっと。 

「あーん。 」 誰かに手ずから食べさせてもらうのなんて、何年ぶりだろう。 巧く受け取れなくて、唇が蔦子さんの指に触れた。 唾液が付いちゃったかも。 
「ごめんなさい。 汚しちゃった? 」 口の中にチョコを入れたまま、もごもごと謝ると。 
「気にしなさんな。 どうせ、今から暫らくはココアパウダーまみれになるんだし。 」 蔦子さんは そうカラリとわらって、祐巳の唇が触れたココアに汚れた指をぺろりと舐め上げた。 そうしてから、自分も一つつまむ。 
「あら? 美味しいじゃないの。 実質初めてなんでしょう、手作りは。 」 凄いじゃない、って。 どうも本気で誉めてくれているらしい。 混ぜるだけなんだから簡単なんだけど、蔦子さんも普段はお菓子とか作らないのかな? 
「うん、有難う。 いつも義理チョコは市販ので済ませてるから。 こっちも食べてみる? 」 悪戯心を出して、祐巳は本当は白薔薇さまが食べるはずだった、すんごい方を差し出した。 
「へえ、二つも作ってたんだ。 」 本命以外にも作るなんて、一体誰の為かなー? ってニヤニヤしながら手を伸ばす蔦子さん。 なんだかちょっぴり親父がはいっているぞ。 最近流行りなの? 

 食べて驚く姿を想像して、にまにましながら指先の動きを見つめていると、不意に蔦子さんが真顔になって目を細めた。 
「うん。 ちょっとは浮上したみたいだね。 よかった。 」 そのままぽいっと口の中に放り込む。 
「ま、まって! 食べちゃ駄目!   ……って、遅かった? 」  おそるおそる上目遣いに確認すると、 数秒間硬直していた蔦子さんは、何とか再起動に成功したみたいで。 
「ま、まあ。 なかなか個性的な味ね。 斬新ね。 」 って。 うんうんと頷いているけど。 こめかみからだらだら汗が落ちているよ。 
「本当にごめんなさい。 悪戯のつもりで、すごく不味いのも持ってきてたの。 白薔薇さまに渡すつもりだったんだけど。 」 平謝りする祐巳に、蔦子さんは今度は本当の微笑を向ける。 
「不味くは、無いよ。 これは本当。 」 硬直しちゃったのは、甘い味を予想していたところに、凄くスパイシーで個性的な刺激が襲ってきたからで、実際、よく味わってみればこれも趣があっていい。 って。 いろいろ説明してくれるけど、やっぱり悪戯しようと思ったのは祐巳のほうが悪いんだから。 
「ほんとうに、ごめんなさい。 」 ここでは、蔦子さんの口車に乗っちゃいけないよね。 謝るべき事は謝らないと。 蔦子さんの折角の真剣な友情を茶化しちゃったのは良くないもの。 

「ほんとうに、いいのよ。 だいたい私にとって、祐巳さんが作ってくれたものは、それだけで何もかも素晴らしいものなんだから。 」 

 え? 

 いまは2月。 武蔵野の日暮れは早い。 斜陽のなかの蔦子さんは、なんだかいつもと違うようで。 何が違うのかもよく判らないまま、祐巳は背筋が震えるのを感じた。 

「も、もうかえりましょう。 遅いし。 バスがなくなっちゃう。 」 少し上ずった声で立ち上がる祐巳に。 
「そうね。 祐巳さんは先に帰ってて。 私は現像の続きが有るから、もう少し残るわね。 」 立ち上がりざまに、2つの小箱を取り上げて、 蔦子さんは部室に戻っていく。 これ陣中見舞いに貰っておくわ。 いいでしょう? 

 疑問形でも、断られるとは思っていない。 自信家なんだね。 



 颯爽と去ってゆくのを見送り。 祐巳は、ふと。 蔦子の指が触れた唇を、人差し指でなぞった。  そこは少しだけ火照っていた。 


                                ◆◆◆ 


「取りあえず作ってみて、やっぱりプレゼントできなかったら私に声かけて。教室で一緒に食べてあげるからさ」 

 バレンタインまで一週間を切った昼休み。 そんなふうに祐巳さんに声をかけながら、蔦子の頭の一部では、自分に都合のいい。 都合のよすぎる想像が突っ走っていた。 我ながら、祐巳さん中毒だなあと思いながら。 蔦子は、いやいや、こんな妄想は実現しない方がいい。 祐巳さんが幸せな方がいいよ。 祐巳さんが祥子さまにちゃんとチョコを渡せて、それで自分にもちょっとだけおこぼれがあれば、それがベストなんだ。 そう言い聞かせながら、自分の頭の中の天使と悪魔の戦いを、ある意味楽しんでも居るのだった。 


 これって、ある意味青春の苦悩、ってことでしょう? そういうのも良いものよ。 私も女子高生なんだし、ね? 




                                ◆◆◆ 


 乙女達の園。 マリア様に見守られて、少しつよくなった少女が そこにいた。 


---v0.1:2005/11/20 18:35


【890】 秘密の物語が始まる  (ケテル・ウィスパー 2005-11-20 09:19:08)


【No:753】→【No:778】→【No:825】→【No:836】→【No:868】の続きです。

 由乃に一緒に戦うのを断られた翌日、祐巳はリリアンの高い外塀を見ていた。 由乃を家まで見送るついでに母が持たせてくれた山梨のみやげ物などを渡して、その後リリアンまで来たのである。

 あのあと2時間ほどして祐巳の部屋に帰ってきた由乃、二人とも他愛の無い話題を話したり宿題をしたりして、志摩子のことも、これから起こる戦いのことも一切話さなかった。

 正門からは離れた場所、バスの通る表の通りから見えない場所で、祐巳は壁に手を付いて辺りを見回す。
 祐巳は、まだ志摩子はリリアンの校内にいると考えている。 確証は無論無い ”封印を解かれて鋭くなった感”っとしか言いようは無い。 今日ここへ来たのはすぐに乗り込むためではない。 志摩子が学校外へ出ないように結界を張るため。 もちろんもう外にいるのならまったくの無駄骨になってしまう。 が、祐巳は自分の感を信じることにした。

 持って来ていた小剣を構える。 胸の前で水平にささげ持つ、暫く目を閉じてそのまま瞑目していた。 頃合いが来たと思った時に切っ先を壁に向けるとそのまま押し出す、力などまるで入れていないのに ”スウゥ〜ッ”と何の抵抗も無く壁の中に刺さっていく小剣。 やり方を教えてもらったわけではない、体がそう動くのである。 そして呪文もまた同じ、口をついてその言葉は紡がれる。


『ヤタノ カカミ
        カタカムナ カミ』


 リリアンの上空に、金色の光の粒子が集まり渦を描くように動き出す、それはやがて円になり、円の中に十字が現れる、円と十字の接する所と、その接点と接点のちょうど半分の所に小さな円が描かれる。
 大きな円と十字そして八個の小さな円。 ”ヤタノカカミ図象”と言う。


『ヒフミヨイ  マワリテメクル  ムナヤコト
          アウノスヘシレ  カタチサキ
 ソラニモロケセ  ユヱヌオヲ
           ハエツヰネホン カタカムナ』

    
 祐巳の口から呪文が紡がれると、先に描かれた ”ヤタノカカミ図象”を中心に一言一言が円と十字、半円と直線、十字と小さな丸、などが組み合わさった、文字のようなものが時計回りに渦を描くように浮かび出てくる。

 やがて呪文が完成すると祐巳は壁に刺していた小剣を抜き放つ、図象は溶けて花びらのようになり、リリアン女学園全体に降り注ぐ。

 霞のような花びらのような光がリリアンを覆ったのを見つめていた祐巳は、一つ小さくうなずいてダッフルコートの中に小剣をしまいこむみ、ゆっくりとバス停の方角に歩き出した。


 祐巳が向かったバス停の方角からちょうど反対の壁の影から一部始終を見ていた人物がいる。 祐巳が呪文を唱えて上空に奇妙な図象を現出させたのも、その図象が光る花びらのようになりリリアンに降り注ぐ幻想的な光景も見ていた。 ゆっくりとバス停に向かっていく祐巳の背中を見送って、壁に背を預けて苛立たしげに髪をかき上げた後、少し間をおいて首を弱々しく横に振る。

「……だめだって………わたしは…祐巳さんが‥思っている…ほど……強く…ないよ……」

 コートのポケットの中でギュッと拳を握り締めて、由乃はいつまでも足元を見つめ続けていた。



学校が再開されたのは、それから一週間後のことだった。


 * * * * * * * * * * * * * *  


「カット〜。 OKです〜」
「よかった〜〜〜、咬まずに言えて〜」
「祐巳さま、お疲れ様です。 紅茶でよろしいですか?」
「ありがと〜〜瞳子ちゃん」
「由乃さまの分もございますわ、どうぞ」
「ありがとう。 あれ? この辺に菜々がいなかったっけ?」
「はあ、志摩子さまの特殊メークを見学しに行きましたわ」
「はぁ〜…ほんとにも〜ちょこまかと……」
「それよりご覧になりましたか? 志摩子さまのメーク……すっごいですわよ」
「まだ見ていないけれど?」
「私も見ていないけれど、だいたい想像はつくわ」
「半年前に亡くなっている設定ですわよね、生き胆を食べて体が腐るのを先延ばしするにも限界があるとかで、手足の先などから腐っていって…」
「こんな感じになってしまっているんですって」
「「うあぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜」」
「あら? どうしたのかしら?」
「な、なな、ななな、なんなのよ〜〜〜?! その胸のところのは〜〜?!」
「ふふふ、ネタばらしは、このあたりまででいいのではないかしら?」
「え? ………ま、まあ……そうね…あんまりバラすとね……」
「それぇ〜〜グロ過ぎだよぉ〜〜志摩子さ〜ん」
「そうかしら? 前もって知っていた方がいいのではないかしら? 乃梨子は怪しい目つきをして鼻を押さえていたけれど?」
「あの娘はも〜〜…、将来心配になってきたわ」
「平気よ、あとで私が修正しておくから」
「さらっとなんか言ったわね……まあいいか、乃梨子ちゃんだし」


「菜々ちゃん、ちょっとそこの台本取って……」
「これですか? ”リリカル乃梨子”?」
「違うわよ! みんなが忘れかけてくれている私の魔法少女物じゃあなくて、この話の台本! ……そう言えば…この話ってなんていうシリーズなんだろう?」
「さぁ? 聞いたことも無いんですけれど……はい、これですね。 なにするんですか?」
「確かどこかで…ワイヤーを使ってたはず‥‥なんだけど…二、三ヶ所‥切れ目でも入れといてやろうかと……」
「それって、志摩子さまも危険な目にあうのでわ?」
「うぐぅっ」

         〜〜〜〜〜〜〜 つづく ・・・・・・・


【891】 ドクター継母  (いぬいぬ 2005-11-20 10:27:19)


※ このSSは、江利子が山辺氏の妻となってから数年後という設定でお贈りします。

一部、設定が【No:435】とリンクしておりますが、このSS単体でも問題なくお読みいただけます。





「まだ熱が下がらないみたいね。食欲はある?」
「・・・・・・・・・・・う”・・・・・・・・ま・・・だ・・・・・・」
「ああ、ごめんなさい。返事しなくて良いから」
 お母さんが優しく私の額を撫でてくれる。指先が冷たくて気持ち良いなぁ・・・
「でも、インフルエンザでなくて良かったわね。風邪だから、滋養に良い物を食べて暖かくしていれば良くなるわよ」
 うん、そうする。
「とりあえず食欲無くても何か食べないとね」
 ・・・・・・まだ喉痛いんだけどな。
「喉が痛くても飲み込めるように、柔らかい物作ったから。少しでも食べてちょうだい」
 さすがだなぁ、お母さん。何でもお見通しなんだね。
 ・・・・・・私の事、良く解かってくれてる人がいるって嬉しいな。
「バナナをココナッツミルクで煮て、お砂糖で味付けしてみたの」
 美味しそうだな。それなら食べられるかも・・・
「バナナは滋養に良いし、砂糖は喉に良いのよ。それに、マレーシアでは風邪の時、民間療法としてココナッツミルクを2リットル飲むらしいわ」
 ・・・・・・2リットル?
「まあ、さすがにイキナリ2リットルも飲んだらお腹壊しちゃうわよね」
 良かった・・・ お母さんが何だか嬉しそうに話してるから、本当に2リットル飲まされるかと思った。
「どうしたの? 不安そうな顔して。いくら私でも2リットルも飲ませたりしないわよ? 」
 いや・・・ 絶対にしないとは言い切れないと思うな、お母さんの場合。
「ほら、暖かいうちに食べて。はい、アーン」
 アー・・・ ん、何かヌチャヌチャしてる・・・
「お味はどお? 」
 今、味なんか解かる訳・・・・・・ あれ? 甘い? 
 わぁ・・・ 甘さが口の中に染み込む感じ。ここの所、何食べても味が解からなかったから、ちょっと幸せ。
「フフフ。どうやら、お気に召したようね。そんなに美味しいのかしら? どれ、私も一口・・・」
 あ、お母さんたら、それ私のなのに!
 ・・・・・・あれ? 何で眉間にシワ寄せてるの?
「よくこんな物食べられるわね・・・」
 おい! ちょっと待て!! どういう意味よそれ?!
「あ〜・・・ 血糖値が急上昇しそう。甘さって、限度超えると舌がしびれるのね。初めて知ったわ」
 え?
 ・・・もしかして、今の私に味が解かるってのは、極度に甘いって事?
「良く考えたら、バナナもココナッツミルクも糖分含んでるものね。そこに砂糖なんか入れたら、この凶悪な甘さにもなろうってものよね。甘いの嫌いな人ならショック死するかも」
 え・・・ そんなに甘いの? すごく美味しかったんだけど・・・
「まあ、あなた昔カルピスの原液を嬉しそうに飲んでたくらいだから、甘いのは平気なのかもね」
 え”?!  私、そんな事してたの?
 とめてよ! 母親として!
「はい、アーン」
 アー・・・  んぐ、むぐ・・・・・・やっぱり美味しいなぁ。
「いっぱい食べてね。・・・・・・・・・・・・・・・モノスゴイ勢いで太りそうだけど」
 !!!
「はい、アーン・・・・・・ どうしたの? ほら、お口開けて」
 絶対イヤ。
「あ、“太りそう”って言ったの気にしてるの? あなたまだ小学生なんだから、少しくらい大丈夫よ」
 絶対イヤ!! 乙女心は成長期なんて言葉には誤魔化されないんだから!
「もう、仕方無いわね・・・ そうだ!」
 ・・・何? そのヤケに嬉しそうな顔。
「これも民間療法なんだけどね・・・」
 何?その袋。
「兄貴に頼んで、ようやく入手できたのよ(ガサガサガサッ!)」
 !! い、今、袋が動いたぁ!!
「あら、イキが良いわね(ガサガサガサガサッ!)」
 イキ?! イキって何よ!
「イモリって、こんなに激しく動く生き物だったのね(ガサガサッ! ピタンッ! ガサガサッ!)」
 イモリ?!
 い、い、い、い、今のピタンって音、もしかしてシッポ?! シッポで紙袋叩いてんの?!
「まあ、黒焼きにするから、食べる時は暴れないから・・・(ガサッ! ピタンッ!)」
 そういう問題じゃない!! 
「あ、黒焼きってね? 空気を遮断して炭化するまで焼くんであって、コゲとは違うんだって。だから苦くないらしいわよ? (ガサガサッ! ピタンッピタンッ! ガササッ!)」
 苦いとか苦くないとかの問題じゃないわよ!!
「少し焼くのに時間かかるけど(ガサガサガサガサッ! バリッ!)・・・あっ」
 バリ?

 ひゅうぅぅぅん・・・・・・・       ぴとっ

「!!!!!!%$!’(;゚Д゚)%&☆○◎※gnhfuok・゚・(ノД`)・゚・Ш*>‘‘P+|¥!!」
「あら。さっきのバナナが効いたのかしら? こんなに元気に動きまわれるなんて」
 

 ベッドから飛び出した私は、壁際で崩れ落ちながら一つの事実を知った。
 人間、どんなに消耗してても、緊急事態(イモリが空中遊泳の末に顔に貼りつくとか)の時は、ちゃんと動けるんだって。

「良かった。もう大丈夫ね」

 大丈夫ぢゃない。色んな意味で大丈夫ぢゃない。










「まだ熱が下がらないみたいね。食欲はある?」
「・・・・・・・・・・・う”・・・・・・・・ま・・・だ・・・・・・」
「ああ、ごめんなさい。返事しなくて良いから」
 私は、お母さんの額を優しく撫でてあげた。
「移しちゃってゴメンね? でも、風邪だから、滋養に良い物を食べて暖かくしていれば良くなるわよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。お母さんじゃあるまいし、イモリなんか捕獲してきてないから」
 お母さんは、まだ不審そうに私を見ている。
「ほら、お母さんの作ってくれたバナナのミルク煮、私も作ってみたの。遠慮せず食べてね? はい、アーン」
 お母さんは、しぶしぶバナナのミルク煮を食べ始める。
 ふふふふふ・・・・・・ いっぱい食べて、いっぱい貯えてね? 体脂肪とか体脂肪とか体脂肪とか。
 それにしても、バナナと同量の砂糖をブチ込んだのに、普通に食べてるなぁ・・・ やっぱり風邪の時は味覚が鈍ってるのね。
 私は続いて紙袋を取り出す。
「!!!」
 お母さんの顔色が変わる。
 あ、お母さんの動揺する顔って初めて見るかも。
「だから、イモリなんか捕まえてないってば」
 私は紙袋から、10cm程に切った長ネギを取り出してみせた。
「・・・・・・・・・」
「安心した?」
 お母さんが、見て解かるほど安堵している。まったく、イモリなんて捕まえる訳無いじゃない。

 同 じ こ と し て も 、 面 白 く な い し ね 。

「私も民間療法について調べてみたんだけどね? 」
「 ? 」
 私は長ネギの皮を一枚剥き、にっこりと微笑みながら教えてあげた。
「長ネギをオシリの穴に差し込んどくと、熱が下がるんだって♪」
「 !!! 」
 お母さんは、慌てて逃げようとするけど、風邪で体力が落ちてるから、小学生の私でも簡単に捕まえる事ができた。
「大丈夫大丈夫。痛いのは最初だけらしいから」
「!?!(&&%&☆=〜−0gwsmt+*(;゚Д゚)◎■△☆★!!!」
「はい、脱ぎ脱ぎしましょうね〜」
 私は、尚も逃げようとするお母さんのパジャマを、ぱんつごと一気に引きずり下ろし、ゆっくりと長ネギを構えた。





※ 以下がちゃSルール(18禁)に従い描写を削除


【892】 生きていたい  (たいら 2005-11-20 12:44:24)


「それなら私のために死んでくれるかしら?」

*生きていたい*


シンと静まり返った薔薇の館には現在私と江利子しか居ない。どこか暖かな空気の流れるこの場所は唯一私の居場所なんだとこのごろ思い始めた。
そんなことを考えてる今も目の前の人物は何を考えているのか分か私には理解できない表情で窓の外をじっと眺めている。時折ふと何かを見つけては小さく口元を緩める。
私はこの瞬間がとてつもなく好きだ
「ねぇ蓉子…あなたは誰のために生きているのかしら?」
窓の外を眺めたままいきなり問いかけてきた。私はというと、ため息を一つ漏らして答えを出しかねていた。
するとこちらを振り向きジッと見つめてくる。答えを求めるように眼をそらさない。
私はこの瞬間がとてつもなく嫌いだと思った。
「私は…」

「               」

私の答えを聞いた江利子は満足そうにいつもよりも優しい笑みを浮かべ私の頬を撫でると唇を重ねてきた。やわらかい感触を一通り楽しむと彼女はゆっくりと体を離した。
「だからあなたは好きよ」
優しく一言つぶやいてからまた窓の外へ眼を向ける。
私の好きな時間が戻ってきた。


「ねぇー江利子ー」
駄々っ子の様な口ぶりで袖をぐいぐいと引っ張ってくる聖に明らかに不機嫌そうな眼を向けて低音で返事してみる
「何よ…」
「祐巳ちゃんは?」
「知らないわよ。私は祐巳ちゃんの姉でも何でも無いんだから」
ため息混じりに袖をつかんでいる手を払うと流しへ向かいアールグレイの入った缶を取り出し淹れ始める。それでもなお相手は近づいてきて後ろから質問を繰り返してきた。
「じゃぁ他の皆は?」
「知らない」
振り向く事もなく答えた時、後ろから腕を回された。
「…ちょっと…何してるのよ…」
「だって江利子しか居ないんだもん」
イライラする
こんな風に接する時の聖のことを私はどうしても好きになることが出来ないのだ。
「江利子…」
「ちょっと…もう…」
振り払おうと体を捩っても相手の力にはかなわなかった
きつく抱きしめる腕と背中に密着する体。首元にうずめられている頭。
相手の体温が伝わり、ゆっくりと腰周りから手が這い上がってくる。
次の瞬間にはその手は私の頬を撫でていく
生暖かい…それでもハッキリとした体温は微かに私を安心させた。
唇が重なっている時にはもうお互いの体は向き合っていて、相手の手は今でも私の頬を撫でていく。唇が離れる時にはその手は最初の位置。腰へと戻っていた。
「江利子…どうして蓉子なの…?」
少し甘えるように上目遣いがちに聞いてくる聖の頬を撫でながら私は答えを返す前に聞き返す。
「聖…あなたは一体誰のために生きているのかしら?」
「誰のために?」
唐突な質問に怪訝そうに眉を寄せると相手は何かをひらめいたかのように顔を上げ耳元で囁いた。
「私は江利子のために生きてるよ」
「私のために?」
「そう、江利子のために。」
至極満足そうに笑顔を向ける相手にがっかりした表情を浮かべるとため息を一つ。
「だからあなたはダメなのよ」
相手を突き放すとぬるくなった紅茶を手にいつもの定位置に腰掛けた。
それから何分かたって令と由乃ちゃんがドアを開くまで部屋には冷め切った空気が流れていた。

「ねぇ江利子…あの答えの何がいけなかった?」
薔薇の館に居る間中そんな事を何度も聞く聖に私は呆れ、その答えを返すことは無かった。
期待はしていなかったがあんなにくだらない答えを返されるとこちら側としてもため息しか出ない。私が求めているのはそんな答えではないのに。そんな思いを浮かべていてもきっとはほんの少しも相手には伝わっていないだろうけれど
「きっと誰彼構わずあんな事言っているのね」
冷ややかな声で言うと聖は不思議そうに眉を寄せて私の目を覗き込み続けた。


仕事が片付くと皆はそろって薔薇の館に漂う暖かい雰囲気を楽しむかのようにくつろぎ始めた。窓の外を眺めてみるとどんよりとした分厚い雲が空を覆っている。まるで自分の心の中をあらわすかのように。
同じように窓の外を見つめる江利子はどこか物憂げで私の中の想いをいっそう熱くさせた。
あの瞳に映っている誰かは私じゃない。そう思うと少しの息苦しさを覚え、その誰かを横目で見た。
「何?」
「何も」
眉を寄せて目線を外す私を誰かはよくは思わないだろう。
それでもいいとさえ思った。優等生の仮面をかぶった誰かはきっと江利子の求めるものを提示したのだろう。
答えが知りたい。
江利子の求める答えを…。
そう思ったときにはもう体は動いていて椅子の倒れる音を部屋に響かせながら立ち上がった。
「江利子、話があるの、すぐ終わるからちょっと着いてきて」
「何処に着いていけっていうのよ。寒いのに…嫌よ。」
「いいから、来て」
「嫌。」
部屋に居る誰の眼にも分かる程、険悪な空気が先程までの雰囲気を壊していった。皆が来る前から放っていた雰囲気に気づいていただろう。江利子は別として私の態度は明らかにいつもとは違っていたはずだ。
「江利子…すぐ終わるって言ってるんだから良いじゃない」
優等生な誰かさんがその場を取り繕うように江利子に投げかけると、しぶしぶ…本当にそんな風に立ち上がり、大きなため息を着いた江利子は先に部屋を出て行った。
「少しだけよ。」
私は続いて部屋を出ると後ろ手にドアを閉めた。部屋を出る間に横目で見た誰かは心配そうに私達を見つめていた。


いつもはこんなところへはあまり来たりはしない。しかし流石に外では体の芯まで冷えきってしまうような風が吹き抜けている。
私達はしかたなく古びた温室へ向かった。
いくら派手に風が通り抜けないからといって寒くないというわけではなかった。隙間風が吹き込む温室は予想以上に体温を奪っていく。
「で…何かしら」
ため息混じりに聞いてきた江利子はめんどくさそうに鉢棚に腰を降ろした。ハンカチを敷かない所を見ると本当にさっさと館へ戻るつもりらしい。
「さっきの答え…江利子が求める答えは何?私と蓉子との違いは何?」
私と誰かの違いなど一目瞭然だ。
性格なんかまるっきり違うし、頭の出来も違う。要領のよさ、てきぱきと何でも片付けてしまうところなんて感心してしまう。
その上面倒見がよく、いくら他藩だからといって問題が起きればその本人達には負担をかけないようにそれとなくいい方向へ向かうよう対処する。なんにたいしてもそこそこで、適度に手を抜いて楽をしようとする私とはまるっきり違うのだ。
だけど私が聞きたいのはそんな誰かと私の違いではない。
江利子が誰かさんを選ぶ理由。私ではなくてなぜ蓉子なのか。そういうことなのだ。
「貴女は私のために生きている。と言ったわね。だけどそんな事冗談でも言えるあなたに幻滅したわ。いくら私を思ってくれているからって私のために生きられるなんて本当にごめんだわ。願い下げよ。」
冷たい声で、淡々と話す江利子にわけのわからない気分になった。
では一体江利子は誰のために生きているといって欲しかったのか、その質問の意図が全くつかめない。愛した人のために生きれるのなら、それで幸せじゃないか。何の不服があるというのだ。
「…だったら…蓉子はなんて答えたの…?」
搾り出すような声で誰かの答えを尋ねた。
その答えこそが私と誰かの違いならばそれを是非聞かせていただこうじゃないか。
「自分のためよ」
「え?」
「あの子は私の質問にまっすぐにこう言ったわ」

『私は自分自身のために生きているのよ』

一瞬何を言ってるんだと鼻で笑った。その答えが江利子の求めていた答えなの?あたしは少しも理解出来なかった。
「…それが江利子の求めた答え?自分自身のために生きているなんて…そんなの…」
「じゃぁ聞くけど…あなた…私のために生きているというのなら
 私のために死んでくれるのかしら?」

私のために死んでくれるのかしら? 

彼女の言葉が幾度も頭の中で交差した。


江利子から投げかけられた新たな質問の答えを言わないうちに誰かが温室へ脚を踏み入れた。
「…今日の仕事はもう終わったから他の皆は帰らせたわ
 私も帰るからゆっくり話していて…あなた達の荷物は此処へ置いておくわね」
そう、現れたのは私には提示できなかった江利子の望む答えを出した誰かさんだった。ごきげんよう、と帰ろうとした蓉子の腕を江利子は、待って。と掴んで私に向かって言った。
「あなたは私のために生きて居ないじゃない。だって私のために死ねないもの。
 そんな嘘をつかれながら共に過ごすくらいなら私は蓉子を選ぶ。自分自身のために生きているときっぱり言い放った蓉子を愛するわ。
 人は誰かのためには死ねない。それが愛する人の為でも。自分自身の道を歩き生きて、最後は自分自身で道を断ち切るのよ。それが人間というものじゃない?少なくとも、私はそう考えている。
 あなたも胸を張って自分自身のために生きなさい。それが今あなたのするべきことよ。」
江利子は一気に言葉をぶつけてきた。それから自分の荷物をおもむろに掴むと蓉子の腕を掴んだまま温室を離れていった。
「だけど…誰かのために生きている。そんな風に言ってしまえるあなたも…嫌いではないわ」
最後に一言残して。


温室に残された私は突きつけられた言葉を幾度も頭の中で繰り返しながら二つの影が見えなくなるまでその影を眼で追い続けた。
芯まで冷え切った体に微かな温もりをあたえるため側に置かれたコートまでゆっくり脚を運ぶ。丁寧に畳まれたそれは蓉子の性格を現すかのように静かに置かれていた。
腕を通し温室を出ると二つの影が居なくなったのを確認して呟いてから温室を後にした。

「…それでも私はあなたのために生きて、あなたのために死んでいきたい…」







【893】 今年から共学男はつらいよ  (マリみて放浪者 2005-11-20 13:04:06)


リリアン女学園と花寺学院が合併!リリアン女学園学園長のシスター上村のコメントです。「恐かった…。もうあんなことは懲り懲りです」

突然発表されたこの報道にとある女生徒らはほくそえんだ。


年度も改まり祐巳達は三年生になりクラス発表の時である。一組に福沢姉弟、島津由乃、藤堂志摩子、武嶋蔦子、山口真美らが主なメンバーである。今日から祐麒の苦難が始まる…。

始業式から数日、クラスも共学の雰囲気に慣れ始めたそんなお昼に戦争は起きた。
「祐麒くん。一緒にお昼ご飯食べよう?」
「あっ、由乃さん。いいよ。」
とそこに…
「祐麒さん、由乃さんとよりも私と一緒しませんか?」
「志摩子さんは乃梨子ちゃんとお昼食べたら如何かしら?」
「そういう由乃さんは菜々ちゃんと食べたら如何かしら?」
「志摩子さんに御心配いただけるなんて光栄だわ。ですが私も菜々も熱々ですから。」
「そう。それはさておき祐麒さん行きましょう。」
「いいえ。祐麒くんとお昼を食べるのは私よ。」
その頃祐麒は…
「祐巳、助かった。下手すると昼飯が食べられなくなるところだったよ。」
祐巳と食べていた。第一ラウンドは祐巳の勝ちだった。


【894】 ジャングラーに乗ったスキャンダラスな貴女  (よしはる 2005-11-21 00:42:06)


※このSSは【No,696】と微妙にリンクしています。





つい先日まで煩かった太陽が嘘のように静まり、うっすらと肌寒くなってくる。

暑すぎず寒すぎず。かといって春先のように忙しいわけでもない。
運動するにも読書するにも、そして食事するにも最適なこの季節。

曰く
スポーツの秋
読書の秋
天高く馬肥ゆる秋


私のお姉さまが、大好きな、秋。


……お姉さまが、大好き…?



『だいすきよ。乃梨子』
『私もっ、私もだいすきだよ!志摩子さん!!』
『うふふ。こんなになっちゃって。かわいいわね』
『あっ、ダッ、ダメだよ、こんなところで』
「乃梨子さん」
『志摩子さん』
「乃梨子さん?」
『し、志摩子さっ、ぁぁん』

「乃梨子さんっ!!」

「ぅひゃい!?」
「まったくもう。瞳子が話しかけているのにボーっとしちゃって。なにを妄想してらしたのかしら?」

マリア像の前にいたはずが教室へと変わってしまった。

「……なんだドリルか。で?何?私に用でもあるの?」
「あるから話しかけたんです!……今ドリルとかおっしゃいませんでした?」
「言ってないよそんな事。で?話は?」
「なんかひっかかりますわね。…まあいいわ。乃梨子さん、今日は薔薇の館へは?」
「もちろん行くよ。もうすぐ学園祭だもん。しなきゃいけないことまだまだある……ってあれ?あれぇ?ヤッバ、もうこんな時間!もっと早く言ってよ!」
「教えて差し上げようにもどっか別の世界にイッてらしたんだもの。」
「まぁいいや。教えてくれてありがとう、ドリル!!」

瞳子にきちんとお礼を言いながら、薔薇の館へ全力疾走を開始する。
後ろの方でキーキー音がしているが気にしている時間はない。
きっとオイルが切れただけだろう。


忘れていたが、私にとって今年の秋は『学園祭の秋』なのだ。

来るべく学園祭に向けて連日会議やらなにやらで大忙し。
私にとってリリアンの学園祭は初めてだし、なにより『白薔薇さまの蕾』である。
慣れてないだの分からないだのと弱音を吐いている暇はない。
寸暇を惜しんで働かなければならないのだ。

(妄想に耽りすぎた。紅薔薇さま意外に体育会系な所があるし、なによりも志摩子さんと一緒にいられる時間が減ってしまうではないか。)

そんなことを考えているうちに薔薇の館へ到着した。
怒られるかもしれないが一気に階段を駆け上がり、扉の取っ手に手を掛ける。
「すみません遅くなりましっ!!?」
目の前にある光景に、思わず声が裏返ってしまう。
相手にとって失礼かもしれないが、生憎私にそんな余裕はなかった。

灯りをつけず、カーテンを閉め切った部屋。
夕陽(といってもそんなに赤くはないが)で仄かに光が差し込んで少し心細い。
その中に僅かに目に映る気配。
果たしてそこに居るのは人か化生か?

「……ごきげんよぅ…乃梨子ちゃん…」

……なんだ、古代怪獣ツインテール(エビ味)か。
正体が発覚し、思わず安堵のため息を付く。

「ごきげんよう。ツイ…祐巳さま。他の方達……より先にどうなさったんですか?」
「ちょっとね。いろいろね。」
「何があったかは存じませんが、このままこんな暗い所に居たらもっと落ち込んじゃいますよ。」
言いながら明かりをつけてカーテンを開ける。
二人分のお茶を入れて祐巳さまの前に座った。
二人でお茶を飲んで一息つく。
落ち着いたのか祐巳さまの目に少しだけ光が戻ってきた。

「それにしても何で私が落ち込んでるってわかったの?」
『顔を見れば一目瞭然ですよ』とツッコミたいのを我慢する。
「えっと、ほら、前にもこんな状況があったじゃないですか。」
「へ?……そういえばあったかな?…ああ、あったねぇ」
「あの時はしばらく瞳子が怖かったですよ。」
「私も私も。でも楽しかったよ。乃梨子ちゃん、話を作るの上手いんだもん。あやうくだまされるとこだった。」
…あの話で騙されるのは祐巳さまだけだと思います。
                            ・・・
確か梅雨頃、祐巳さまが落ち込んでおられた時に瞳子の髪型の使い方について話したとき、私の話を祐巳さまは本気で信じていた。
話の最中にコロコロ変わる百面相を見たくて二時間近く話したっけ。

「ところで祐巳さま。仮面ライダーって観たことあります?」
「へ?乃梨子ちゃん?あれはテレビの中のお話だよ?」
「そうではなくて。テレビ番組の話です。」
「ああ、なんだ。テレビか。私はないけど祐麒が観てて人形もいっぱい持っててね。昔は嫌々ながらもお人形遊びに付き合ってたなあ。」

遊んでるうちに段々ノってきて、最後はケンカをしていたであろう光景が乃梨子の脳裏に浮かんだ。

「じゃあアマゾンってご存知ですか?」
「うん、知ってるよ。あのツノがあってツメがあるやつでしょ?でもいきなりどうしたの?」
「いえ、ちょっと気になる話を聞きまして。初めはからかわれてるって思ったらしいんですが、見たって言う人が多いらしいんですよね。仕舞いにはその娘まで…」
「どういうこと?らしいってことは乃梨子ちゃんのことじゃないのね?」

(よし。うまく喰い付いてくれた。)
乃梨子はニヤついてしまいそうになるのを必死に堪える。
中学時代に流行り、乃梨子が馬鹿にしていた噂がこんな所で役に立つことになろうとは。

(騙すんじゃない。祐巳さまを元気付けるため。やっぱり元気でいて欲しいし)
自分に言い訳をしながら話を続ける。

「ウチのクラスの娘がその娘のお姉さまのお姉さまから聞いた話らしいんですが」
「うんうん」
「一年前の学園祭が終わってからしばらくして、十二月の頭くらいらしいのですが妙な噂が出回ったんです。」
「『三つ編みの少女がリリアンの制服でバイクに乗っていた』って。」
「ええ!?バイクに!?リリアンの生徒が!?でもそんな噂があったら真っ先にリリアン瓦版に載るんじゃあ」
「はい。その娘のお姉さまのお姉さま…雅子さまとおっしゃるんですが、新聞部の部員だったので当然詳細を調べて記事にしようとしたんです。ですが…」
「ですが!?」
「三奈子さまがえらく反対したらしいんです。」
「三奈子さまが!?」
「ええ。雅子さまもいつもと違いすぎるその態度になにかあると踏んだんです。それで
三奈子さまが定期的にネタを探しているK駅周辺を張り込みしていたら、三奈子さまが路地裏に入っていくのを目撃、後をつけたのですが、見失いました。」

(ああ、やっぱり楽しい…!)
驚き方も一回一回バリエーションに富んでいる。
こんな表情を魅せられて途中で止めることができようか。





   複雑に入り組んだ路地裏を抜けると小さな工場に着いた。

   「おかしいわね。こっちに来たはずなのに。」
   小さく口に出した言葉は工場からの音に掻き消される。
   獣の呻き声に聞こえるそれは一定した大きさではない。
   
   雅子がそこに着いて一分が経った。
   迷った末、開いていた扉から中へ入る。
   隙間から差し込む光のみである。
   あまり広くはない空間に人はいない。
   ここは駐車場なのか、下は土が剥き出しである。
   
   不意に顔に雨粒が落ちてきた。
   「…え?なんで雨が」
   雨漏りかな?何となしに顔を上に向ける。
   そこには。
   全長二メートルはあろうかという蜘蛛が十の赤い瞳でこちらを見ていた。
   悲鳴すらあげられない恐怖は雅子に幻覚を見せた。
   バイクが跳び、細かい牙を立てようとした蜘蛛を吹き飛ばす!
   その人物には見覚えがあった。
   頭を三つ編みにし。
   身体を包むのは深い緑。
   首から掛かる銀のロザリオ。

   そこから先は一瞬。
   異形に姿を変えたその人は五体の蜘蛛を切り刻み、何もなかったかのように去っていった。




「確かその頃でしたよね?手術されたの。」
「そうだったの…そういえば皆が強くなったって言ってたけど…」
「でも信じられないよ、由乃さんが改造され「てるわけないでしょ」」
「私もです。まさか[シュラララ]だったなんんシュラララ?」


「……大丈夫、劇で使う予定の偽物よ。本物そっくりでしょ?発明部の自慢の一品。」
「か、カッコいいですね堂に入ってるというか様になってるというか」
「………ビルゲニアァああァあswでfghjkl;:!!!!!」
「祐巳さまっ!!なんでトドメを!ってか壁に穴が空いてるあれあそこにある襤褸切れ祐巳さまあれなんで模造刀に血が付いてるんちょっまっ」







      『黄薔薇さまの蕾ご乱心!?』
先日紅薔薇さまの蕾、白薔薇さまの蕾の両名が薔薇の館周辺でボロ切れになっていた事件につきましては目撃者もおらず、また回復した両名ともが怯え続けて口が聞けない状態であったため捜査に困難がありましたが、解決の糸口となる情報を入手しました。

紅薔薇さまの蕾の親友Kの証言

『テニス部の部長のお使いで薔薇の館までいきました。
ノックをしても返答がないので忘れられ、いえ誰もいらっしゃらないのかなと思い扉を開けようとした瞬間、轟音とそれに混じって何かが潰れる鈍い音が聞こえました。
慌てて中に入ると黄薔薇さまの蕾が血だらけの刀を握って肩で息をしていました。
「劇で使う模造刀を試していたのよ」と言っていました。』

この証言を両名に確認したところ返事は得られませんでした。
我々はさらに詳しい調査を進める予定です。

※なおプライバシー保護のためモザイクをかけ、名字不明のため仮名を使用しています。


【895】 @祐巳ミミック  (ケテル・ウィスパー 2005-11-21 02:22:04)


 ごきげんよう。
 え〜、由乃です。
 今日は祐巳さんと志摩子さんと三人で、カラオケボックスに来ているんだけど……祐巳さんがまたやってくれちゃったんで……はぁ〜。

 まあ気心の知れた親友同士のこと、遠慮なんかせずに好きな歌を歌いまくった……主に私が大黒摩季とか大黒摩季とか……あ〜いや、もちろん祐巳さんも2割半ほど…志摩子さんは2曲くらい…歌ったかな?

 終わり近づいた頃、祐巳さんが古いアニメソングを入れた。

「ダーティー・ペア? ロ・ロ・ロ・ロシアンルーレット?」
「古いアニメなんだって、この前ネットで見つけてその替え歌が面白くってねぇ〜」
「あらそうなの? 楽しみだわ。 あ、入ったみたいよ」   
「じゃあ、いっきま〜〜す」

コ・コ・コ・コ・コシ・コシアン♪
コ・コ・コ・コ・コシ・コシアン♪

甘くないアンコは 欲しくない
いつもたっぷり 堪能させてよ
忙しい時には誘われちゃうのよ
増えるウエスト 気にしない〜

今夜秘密の甘味屋においでよ
たまにゃ 無謀な甘さに 酔いしれ
肥えて行くよな現実慣れたら怖いよ
癖になりそな 満足感

コ・シ・アン
コシアンル〜〜レット
今すぐアンコに白黒つけて〜〜♪

鈍く光ったメーター見るたび
「ヒッ」と脅えるかわいいデブチン
イチかバチかでアナタを太めにするまで
私危険なコシアン・ル〜レ〜ト

モグモグパクパク Food Food
ウキウキパクパク Fat Fat
モグモグパクパク Food Food
ウキウキパクパク Fat Fat
か・く・ご・をきめて〜〜♪

今夜秘密の甘味屋においでよ
たまにゃ無謀な甘さに酔いしれ
肥えて行くよな現実慣れたら怖いよ
癖になりそな満足感

コ・シ・アン
コシアンル〜〜レット
ここまで来たら後には引けない〜〜♪

鈍く光ったメーター抱きしめ
肩を震わすかわいいデブチン
イチかバチかでアナタを太めにするまで
私危険なコシアン・ル〜レ〜ト

モグモグパクパク Food Food
ウキウキパクパク Fat Fat
モグモグパクパク Food Food
ウキウキパクパク Fat Fat
か・く・ご・をきめて〜〜♪


 あのね祐巳さん。 私達も花も恥らう乙女な訳で”肥えていく現実”なんかに慣れたくないわけよ。 も〜〜、あたしゃ目の前にくるくる回りながら無謀な甘さの餡子を大量に持ってうれしそうに近づいて来る祐巳さんがはっきり見えたわね!
 志摩子さんも青い顔しているし、ひょっとして最近体重増えたのかしら? 私も人のこと言えないかも。

 祐巳さんはよっぽど面白かったのか、もう一回同じ曲を入れたようだけど、私と志摩子さんの二人で祐巳さんからコントローラーをひったくって、もちろん、その曲をキャンセルにした。


【896】 リリアン大騒動初登場1位  (篠原 2005-11-21 04:09:15)



 ここはリリアン女学園。純粋無垢な乙女の園。だがしかし、ここ数年の間にリリアン女学園ではいろいろな『問題』が起こっていた。そして薔薇の館でも、議題の一つとして取り上げられることになった。

「それにしても、そんなにいろいろ『問題』があったのかしらね? 黄薔薇さまは聞いている?」
 首をかしげた紅薔薇さまは、黄薔薇さまに水を向けた。
「少しくらいは聞いてるけど……白薔薇さまはどう?」
「ええ、私もそれほど知りませんでしたので、少し乃梨子に調べてもらったのですけど、乃梨子?」
「はい」
 志摩子さんの言葉に、乃梨子は調査結果を手に立ち上がった。
「私が調べた範囲では、評判になっているもののほとんどは噂の域を出ないものばかりでしたが、話題性の高かったものから10大ニュースとしてまとめましたので、第1位から順を追って説明します」
「あら、1位から発表してしまうの?」
 紅薔薇さまの意外そうな声が割って入る。
「はい、たぶんその方がわかりやすいかと」
「そう」
 なんだか少し残念そうに見えるのは気のせいだろうか。まあどうでもいいのだが。

 第1位 妊娠堕胎疑惑

 さすがにこれはざわついた。
「これははっきりした根拠も無いようで、頬をはらして涙ぐんでいたとか、そのあと病院で見かけたとか、その程度のことからの憶測、あくまで噂のレベルでしかないようです」
 祐巳はオヤッと首をかしげた。どこかで似たような話を聞いたような……。見れば祥子さまは苦笑している。いや、他の皆も微妙な表情だった。

 第2位 援助交際疑惑

 紅薔薇さまの目が吊り上った。
「夜な夜な違う男性とデートをしていた生徒がいたという話ですが、どうもこれは相手が家族の方だったらしいというオチがついたそうです。
 それと別に本命がいて、その方と付き合いが始まったという話もありますが、やはり噂話の範疇ですね」
 ワンツーフィニッシュかよ。由乃は心の中で毒づいた。皆は何故か納得したように頷いていた。

 第3位 駆け落ち未遂事件

 一瞬、皆が固まったように見えたが、乃梨子は構わず説明を続けた。
「結局相手が待ち合わせ場所にあらわれず、未遂で終わってしまったそうです。この振られた方の人は一時期やさぐれていたものの無事に卒業されたそうですが」
 皆が複雑な表情をしている中、志摩子はゆっくりと目を閉じた。
「さすがにベスト3はインパクトのあるタイトルが続きますね」
 まだ微妙な雰囲気が漂っていたが、それを打ち消すように乃梨子は先に話を進めた。
「4位以降は少し小犯罪的なものが続きます」

 第4位 盗難事件

「人の鞄の中を勝手にあさり、中のものを持ち出した輩がいたようです」
 一人憤慨する乃梨子に白薔薇姉妹を除く全員が視線を泳がせた。その様子を一通り見渡して、今度は志摩子さんが口を挟む。
「乃梨子、先を続けてちょうだい」
「あ、はい」
 もう少し引っ張りたかったが志摩子さんが言うなら仕方ない。5、6、7はまとめていった。

 第5位 盗撮、第6位 セクハラ、第7位 ストーカー

「そういうことをするひとがいたようですね。セクハラはなんでも抱きつき魔みたいな人がいたとかで」
 あー、と全員(特に祐巳)が頷いた。

「8位以下は学校問題ですね」

 第8位 イジメ

「学園の憧れの人と仲良くなった1年生が嫌がらせで上履きを隠されたり靴の中にクリップを入れられたりという事件です」
 祐巳さまが申し訳なさそうな表情をしたのはいいとして、由乃さまが笑っていたのもこの際おいておくとして、志摩子さんが首をかしげているのはちょっと悲しい乃梨子だった。

 第9位 不登校

「登校拒否?」
「いえ、由乃さま。拒否というより痴情のもつれかなにかで引きこもり状態だったそうです」
 ああ、と黄薔薇姉妹は納得顔をし、紅薔薇姉妹は赤面した。

 第10位 下級生が上級生に反抗

 上下関係の厳しいリリアンでは、これもそれなりの事件らしい。
「具体的にはどんなことがあったの?」
「下級生が上級生にくってかかったというか、『最低』発言ですとか『年功序列反対』発言ですとか……」
 紅薔薇さまのもっともな疑問に応えながら、乃梨子は少し気まずそうに語尾を濁した。
「ああ」
 紅薔薇さまが笑う。祐巳さまは苦笑した。瞳子がここにいたらどんな反応をしたかちょっと興味があったが、志摩子さんの表情が翳ったのを見て、乃梨子は慌てて言葉を足した。
「もっと凄いのは妹が姉にロザリオを投げつけたという話もあるそうです。ちょっと眉唾な気もしますが」
 あ、笑っていた黄薔薇姉妹が固まった。
「私がざっと調べた範囲では、信憑性にかなり疑わしい部分もありますがここ数年のうちにこのような様々な『問題』が起きているということです」
 配られた資料に各々がもう一度目を通す。


 薔薇の館に沈黙が降りた。


 どうしよう。と祐巳は思った。だってこれほとんど薔薇の館発いやいやとっても身近に覚えがいやいやいや………
「と、とにかく、今更過去を振り返ったところで仕方ないですし、それよりこれからのコトを考えましょう」
「そ、そうね。祐巳、そのとおりだわ」
 祥子さまの賛同の声に、ようやく固まった空気がぎこちなく動き出す。
 この後、学園内の治安維持を目的とした組織の創設が検討されたりしたが、結局のところリリアン女学園は今日も平和なのだった。


【897】 六番目のサチコ貴女しかいない  (朝生行幸 2005-11-21 22:43:55)


「ヴぁ〜〜〜…」
 虚ろな目付き+鼻声のコンビネーションで、放課後の薔薇の館を訪れた、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳。
 のろのろとした足取りで階段を上がり、ビスケット扉を開ければ、そこには人気が全く無い薄暗くガランとした会議室。
「あ゛〜、まだ誰も居ないのね…」
 窓を開けてやや肌寒い外気を取り込み、だるい身体で軽く掃除し、ポットで湯を沸かす。
 いつもの席に座り、天井を見上げながらボ〜〜〜っとすることしばし。
 ポットが吐き出すしゅわしゅわという音だけが、祐巳の耳朶を打つ。
 誰かが階段を上がる音が微かにしているが、祐巳には聞こえていない様子。
「ごきげんよう」
 姿を現したのは、黄薔薇のつぼみ島津由乃。
「ごぎげんようよじのざん」
「…随分酷い鼻声になってるわね。大丈夫?」
「ざあどうだろうね」
「熱は?」
 言うなり由乃は、祐巳の額に自分のオデコをくっ付けた。
 ドキンと心臓が跳ね上がった祐巳、こころなしか体温が上昇したような気がした。
 なにせ相手はリリアン屈指の美少女。
 どアップでその顔を見た日には、同性であってもドキドキせずにはいられない。
「う〜ん、ちょっと熱っぽいかな?」
「…ぞのようだね」
「早く帰った方がいいんじゃない?」
「ばだ大丈夫だどおぼうよ」
「そう?」
 その時、誰かが階段を上る、規則正しい足音が聞こえてきた。

「ごきげんよう」
 姿を現したのは、白薔薇さまこと藤堂志摩子。
「ごきげんよう」
「ごぎげんようじばござん」
「どうしたの祐巳さん。風邪?」
「びだいだんだよね」
「熱は?」
 言うなり志摩子は、祐巳の額に自分のオデコをくっ付けた。
 ドキンと心臓が跳ね上がった祐巳、更に体温が上昇したような気がした。
 なにせ相手はリリアンでもトップクラスの美女。
 どアップでその顔を見た日には、同性であってもドギマギせずにはいられない。
「少し熱っぽいようだけど?」
「…ぞのようだね」
「早く帰った方がいいんじゃないのかしら?」
「まだ大丈夫だどおぼうよ」
「そう?」
 その時、誰かが階段を上る、結構ウルサイ足音が聞こえてきた。

「ごきげんよう」
 姿を現したのは、黄薔薇さまこと支倉令。
「令ちゃん」
「ごきげんよう令さま」
「ごぎげんようべいざば」
「どうしたの祐巳ちゃん。風邪?」
「…ぞのようでず」
「熱は?」
 言うなり令は、祐巳の額に自分のオデコをくっ付けた。
 ドキンと心臓が跳ね上がった祐巳、もっと体温が上昇したような気がした。
 なにせ相手は、ミスターリリアンとまで言われた宝塚系の美女。
 どアップでその顔を見た日には、同性であってもズッキンドッキンせずにはいられない。
「結構熱っぽいようだけど?」
「…ぞのようでずね」
「早く帰った方がいいんじゃないかな?」
「ぼうずごじ大丈夫だどおぼいばず」
「そう?」
 その時、誰かが階段を上る、おとなしい足音が聞こえてきた。

「ごきげんよう」
 姿を現したのは、白薔薇のつぼみこと二条乃梨子。
「乃梨子」
『ごきげんよう乃梨子ちゃん』
「ごぎげんようのりごぢゃん」
「どうしたのですか祐巳さま。風邪ですか?」
「…ぞのようだの」
「熱は?」
 言うなり乃梨子は、祐巳の額に自分のオデコをくっ付けた。
 ドキンと心臓が跳ね上がった祐巳、もっともっと体温が上昇したような気がした。
 なにせ相手は、白薔薇のつぼみという肩書きに恥じないクールな美少女。
 どアップでその顔を見た日には、同性であってもドッキンチョせずにはいられない。
「かなり熱っぽいようですね?」
「…ぞうみだいだね」
「早く帰った方がいいんじゃないですか?」
「だぶんもうぢょっど大丈夫だどおぼう」
「そうですか?」
 その時、誰かが階段を上る足音は聞こえなかったが扉が開いた。

「ごきげんよう」
 姿を現したのは、祐巳の専属助っ人松平瞳子。
『ごきげんよう瞳子ちゃん』
「瞳子ちゃんごきげんよう」
「ごきげんよう瞳子」
「ごぎげんようどうごぢゃん」
「どうされたのですか祐巳さま。風邪ですか?」
「…あい、ぞのどおり」
「熱は?」
 言うなり瞳子は、祐巳の額に自分のオデコをくっ付けた。
 ドキンと心臓が跳ね上がった祐巳、かなり体温が上昇したような気がした。
 なにせ相手は、ドリルに目を奪われがちだが、大きくトンがった瞳の結構美少女。
 どアップでその顔を見た日には、同性であってもムラムラせずにはいられない。
「だいぶ熱っぽいですわよ?」
「…ぶん、わがっでるよ」
「早くお帰りになられた方がいいとおもいますが?」
「だいぞうぶ、だいぞうぶだがらぼうずごじだげ」
「そうですか?」
 その時、誰かが階段を上る、静かな足音が聞こえてきた。

「ごきげんよう」
 姿を現したのは、紅薔薇さまこと小笠原祥子。
「ごきげんよう祥子」
『ごきげんよう祥子さま』
『ごきげんよう紅薔薇さま』
「ごぎげんようおでえざば」
「どうしたの祐巳。風邪?」
「いえ、だだだんにあだばがいだぐでさぶげがしで、のどがいだぐではだびずがでで、かんぜつがいだぐでねづっぼいだげでず」
「それを風邪って言うのよ。熱は?」
 言うなり祥子は、祐巳の額に自分のオデコをくっ付けた。
 ドキンと心臓が跳ね上がった祐巳、めちゃくちゃ体温が上昇したような気がした。
 なにせ相手は、慕って止まない先輩であり憧れの美女であり大好きでたまらないお姉さま。
 どアップでその顔を見た日には、平静を保つことなんて不可能だった。
「熱っぽいどころじゃ…」
 ちーん。
 都合六人の美女軍団?にデコ当てされた祐巳、ラストの最も強力な破壊力の祥子によって限界に達してしまったのか、もたれかかるようにしてダウンしてしまった。
「祐巳?祐巳!」
「保健室に!急いで!」
「祐巳さま!」
「祐巳さん!?」

 急に慌しくなった薔薇の館。
 意識を失った祐巳は、心配そうな一同の心境とは裏腹に、ヤケに幸せそうな顔をしていた。


【898】 ワンちゃん素敵だキャンペーン実施中  (西武 2005-11-22 16:03:46)


「やったわよ、真美さん」
「どうしたの」
「まず、これをみて頂戴」
「おー♪」
「ようやく不遇な日々も終わったわ」
「今の紅薔薇さまが敵?に回ってから、長かったわね」
「お気に入りが二匹?もいる、筋金入りのかだだものね」
「でも」
「そう」
「ついに、希望の星が誕生したわ」
「これには、『躾』とつけるつもりなの」
「さすがね、蔦子さん」


「じゃ、館にはわたしが連れて行くから」
「盛り上げはまかせてね。すぐに押しかけるわ♪」


【899】 甘い猫語で  (気分屋 2005-11-22 20:16:03)


「ゴホッ、ゴホッ」
由乃さん風邪かなぁ、さっきからずっと咳き込んでるし、
「ねえ、ねえ由乃さん大丈夫?」
「う、うん」
涙目で答えてくる。なんだか可愛いな。…ハッ、ダメだダメだ!
ここは薔薇の館放課後で、今は由乃さんと私しかいない。

「それより皆遅いね」
「そうね皆遅い…ゴホッ…わね」

由乃さん何だか苦しそうだ。保健室に連れて行こうかな。

「大丈夫?由乃さん」
「だ…大丈夫よ」

必死に咳きをこらえているようだ。

「む…無理なんかしなくていいからね」

「無理ニャんかしてないわ」

………え?今なんと?

「由乃さん、もう一回言って」
「だから、無理なんかしてないって」

なんだ、空耳か。そうだよね。紅茶でも飲みながらみんなが来るのでも待とうかな。

「へんニャ祐巳さん」
「…っ!」

うわ!危うく紅茶を噴出すとこだった。

「今由乃さん『へんニャ』って言わなかった?」
「え?そんな事いってニャいわよ」

どうやら本人には自覚がないらしい、どうやら、咳き込むのを我慢して声が裏返ってるみたいだ。
しかも、無理しているのか目がかなり潤んでいる。ほっぺたも少し紅潮しているようだ。

「………由乃さん可愛い…」
「ななな、ニャに言ってるのよ!」

ああ、何だか今なら私をからかう聖さまの気持ちがわかる気がする。

「だって、由乃さんさっきから『ニャ』って連発してるよ」
「…そんな事ニャいわよ」
「ほら、言ったでしょ?」
「言ってニャい!」
「また、言ってるよ」
「言ってニャいってニャん回も言ってるでしょ!」
「わあ、今度は二連発!」
「…………」

あれ?怒っちゃったかな?

「祐巳さんのバカァ!」

由乃さんはやっぱり怒っていた。
けど、風邪の所為かいつもの令さまにぶつけているような迫力はない。
よ…由乃さんが…………涙目で…頬が紅潮していて…ネコみたいな言葉……江利子さまが見たらそりゃもう涙を流しながら喜ぶ光景だろう。

「由乃さん、風邪ひいてるんだから、興奮しちゃダメだよ」
「祐巳さんが意地悪するからでしょ!」

ああ、私にも江利子様と同じ血が流れてたんだろうか。
由乃さん可愛いなんだか無性にいじめたくなって来ちゃう。

「由乃さん…落ち着いて」
「いやよ!祐巳さんどうせ私のことネコみたいって言うつもりでしょ!」

ネコ…………とタチ……ハッ!違う違う!
ダメだ、だんだん思考が聖さまになっていくみたい、言動は蓉子様…そして行動は…………江梨子さまに…

「由乃さん静かにしてくれないと怒るよ」
「祐巳さんが怒ってもちっとも怖くなんてニャいわよ!」

私の最後の忠告を無視して…どうなっても知らないの由乃さん。

「由乃さん」
「ニャによ!って、うわっ!」

私は由乃さんを押し倒した。

「ちょ、何するのよ!」
「由乃さんを静かにするのよ」
「祐巳さん…ニャんでか解からないけど怖いわよ」
「あら、さっき怖くないって言ったのは誰だっけ」
「祐巳さん…ニャんだか蓉子様みたい」
「またネコみたいだよ」

その言葉に由乃さんがまた少し怒り出した。

「祐巳さん放しなさいよ!」
「ああ、またうるさくなってきちゃったなぁ」
「な…何よ、それ!祐巳さん今日なんだか変よ!」
「キスしたら静かになるかなぁ?」
「いや、ならないから!」

私は由乃さんにキスをしようとした。すると、階段がきしむ音がした。
その時私は正気に戻った。

「うわっ!ごめんなさい由乃さん!」
「…いいのよ」

そして由乃さんは席についた、不穏な言葉を残して…

「明日がとても楽しみね」

と…

翌日風邪をひいた祐巳が由乃に仕返しをされたのは言うまでもない。









==了==


【900】 摩訶不思議報告かしら  (ケテル・ウィスパー 2005-11-22 21:43:41)


【No:767】→【No:785】→【No:830】→【No:855】→【No:877】→ これです。

「残す所今回を含めて二回となりました『リリアン探検隊』」
「当初と名前違うんじゃない?」
「し〜〜っ、黙っていれば皆さんに分かりませんわ」
「上にナンバー出しているんだから、それで辿って行けばいいんじゃん」
「誰がそんな物好きな事されると言うんですの?」
「わかんないわよ、ネットの世界は広いから」
「でも、広いようで浅い所が多いですわ」
「………座礁しないようにね……」
「今回やって来ましたのは校庭です。 実は、いい情報を入手してきたのです。 なんと『校庭を二宮金次郎の銅像がジョギングをしている』ッと言う…」
「古っ!」
「……え? ふ、古いんですの?」
「いま頃そんなこと言ってんの瞳子だけよ、だいたいリリアンの校庭に二宮金次郎の銅像ってあるのか思い出してみなよ」
「…………………な、なかったと思いますわ………で、では、花寺から出張してきているとか…」
「何のために? 女生徒の残り香でも嗅ぎに来たの? 嫌過ぎるでしょそれは。 それに、花寺にだってあるかどうかわからないでしょ? 金次郎の銅像がさ」
「ううぅぅっ、あ、そうですわ! マリア様の像との逢引き…」
「あんた的に有りなのそれ?」
「ぅぅぅぅっ……嫌ですわ…」
「はあぁっ〜。 『マリア様の像が筋トレしてる』とかならリリアン的に面白いかもだけど…」
「それですわ! さっそく細川可南子を呼び出しましょう!」
「……なんで?」
「あのズルズルを着せて筋トレをさせましょう!」
「やめなって。 だいたいバスケ部の朝練で早いんだからいま頃寝てるだろうし」
「ちっ、使えないやつ…」
「本人目の前にして言いなよそういうことは」
「はぁ〜。 仕方ありませんわね、あと一回しかありませんけれど、マリア様に有終の美を飾れるようにお祈りしてから校舎内に入りましょう」
「あ〜そうね、移動の脈絡については言うだけ無駄なわけね」
「当然スルーですわ」

  *  *  *  *  *  *  *

「……これは驚きですわ………こんな所に摩訶不思議があったとは……早速証拠写真を…」
「やめときなよ、一日中立ちっ放しなんだから……しかも、お祈りの時、生徒の無意味なお願いまで聞かされて……心労だって溜まってるだろうし」
「……そうですわね、ごゆっくりお休みくださいませ、マリア様……」
                    


                 〜〜〜〜〜次回最終回〜、ですわ!・・・・・・


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