【901】 引き出しから出た物令さま特製の金太郎  (六月 2005-11-22 22:05:47)


「令ちゃん、お昼まだー」
「由乃ぉ〜大掃除手伝ってくれないなら自分の部屋に戻りなよ」
「えー、やだよー。暇なんだもん」
終業式も終わり、冬休みに入ったある日。年末のお掃除に勤しんでいる・・・んだけど、由乃が邪魔。
自分の部屋の掃除は小母さんに手伝って貰って済ませてるからって、忙しい時に遊びに来ないで欲しいなぁ。
「いつもなら早めに済ましてて大掃除なんてやんないのに。今年はどうしたの?」
私の机に腰掛けて足をパタパタさせてるのは可愛いけど、床の埃が舞い上がってるんだってば。
「忙しかったのよ。山百合会に優先入試の勉強に剣道部に道場にデート・・・げふんげふん、とにかく、忙しかったの」
「ふーん、谷中さんとこのお坊ちゃんと仲良くやってるんだ。
 ねぇ、何これ?」
由乃はぴょこんと飛び降りると、机の引き出しを開けて中を漁り始めた。
「ちょっと、勝手にひとの机開けないでよ」
「なによ!ちょっとくらいは手伝って上げようと思ったのに。令ちゃんのばか!」
引き出しの中身を手当たり次第に投げ付けてくる。せっかく片付けたのに、やり直しになるじゃないの。
と、由乃が投げ付け床に落ちた物の中かに、丸めた布の固まりがあった。
「ん?あーっ!これそんな所にあったんだ。うわぁ、懐かしいなぁ」
拡げて見るとそれはそれは懐かしい私のお宝だった。
「なに?真っ赤な布に金の字?」
黄色い布を「金」の字に切り抜いて、ひし形の真っ赤な布地に縫い付けて、紐で首にかけられるようにした物。
所謂「金太郎さんの前掛け」というやつだ。
「私が初めて作ったものだよ。金の字の縫い目なんかガタガタでしょう?
 でもね、必死で作ったんだよ。まだ小さかった由乃のために」
由乃は首を傾げてるけど、随分と昔のことだから憶えていないのかもしれないわね。
「私?なんで私が??」
「あー、覚えてないかな?由乃がね五月人形見て欲しがったの。金太郎さんの前掛け。
 男の子の物をお母さんたちが作ってくれるわけも無かったから、私がこっそり作って由乃にあげたんだよね。
 それがこんな所から出てくるなんてねぇ・・・」
前掛けを手にしても思い出せないみたいで、縦にしたり横にしたりしながら悩んでる。
「うーん、昔の私はそんなことやってたのか・・・さすがに恥ずかしいわ」
「ま、そのおかげで由乃が元気になったと思えば、良い思い出よ」

そう、この前掛け着けてる小さな由乃可愛かったなぁ。
本当の金太郎さんみたいに裸に前掛け一つ。
あー、もし今の由乃が着けてくれたら・・・。
『ねぇ、令ちゃん見て・・・』
もじもじと恥ずかしそうな由乃萌えー!
控えめな胸を控えめな布地で隠す姿が激しくはぁはぁですよ!
『あーん、胸しか隠れないよコレ』
って、あぁ布の下は生まれたままの姿ですか。眩しいよよしのぉん!
『あんまり見ないでぇん』
可愛がってあげるよよしのぉぉぉ!

「・・・ちゃん・・・令ちゃん!こら!支倉令!」
「あぁん、可愛いよ由乃ー!」
「うわっ!抱きつくな!」
ばしっ!と大きな音がして頭を横から殴られたような衝撃が来た。
「おぶっ!・・・はっ!由乃、私なんで竹刀で殴られてるの?」
「令ちゃんが思い出し笑いしてたから見てたら、顔真っ赤にして鼻血垂らしながら妄想してるから起してあげたのよ。
 で、私がどうしたって?」
凄みのある笑みを浮かべた由乃が竹刀を床に突いて仁王立ちしている。
怖い!めちゃくちゃ怖い!
「ひっ!由乃さん、そそそそそれはですね、話せば長いことながら」
「じゃあ話さなくていい。どーせ私にその前掛け着けさせようとか考えてたんでしょ!
 エロ妄想に耽るとは鍛錬が足りーーーん!天誅!」
「いやーーーーーっ!!」

目が覚めると部屋中が返り血で染まっていて、血だらけの竹刀が私の傍に転がっていた。
あぁ・・・大掃除やり直しなのね・・・トホホホ。





**********

年が明けて始業式の日。
薔薇の館でみんなでお茶会を楽しんでいるときに、つい前掛けの話を漏らしてしまった。
私がエッチな妄想に耽っていたことを暴露してしまったなんて恥ずかしいわ。なんて思っていると。
「祐巳、今から私の家に来なさい。さ、帰るわよ」
「へ?は?お、お姉さま??」
「お待ちください、祥子さま!私も一緒に参りますわ」
と、紅薔薇姉妹揃っていきなり帰って行った。んー、どうしたんだろう?祥子ったら。
「乃梨子、帰りましょう。私の家にいらっしゃい。
 おかっぱ頭の乃梨子ならよく似合うと思うわ」
「え?あの、志摩子さん??」
あれ?白薔薇姉妹まで、急に?一体何事?・・・首を捻っていたら。
「・・・令ちゃん。余計な事喋ってくれたわね」
あの、由乃さん?
「祐巳さんと乃梨子ちゃんがお持ち帰りされちゃったじゃないのよ!!」
えぇーっ!もしかして祥子と志摩子、それに瞳子ちゃんが祐巳ちゃんと乃梨子ちゃんに金太郎さんの前掛けを着せようとしてるわけ?
しかも私の話を聞いて「裸前掛け」をやろうとしてるの?ってもう手遅れ?
「そう、令ちゃんが悪い!折檻ね・・・」
あの、由乃さん、その手の釘バットはどこから?そんな大上段に振りかざして・・・


【902】 黒く染まる思い出  (朝生行幸 2005-11-23 10:49:12)


「暑いなぁ…」
 夏真っ盛りの薔薇の館で、ぼそりと呟いたのは、黄薔薇さまこと支倉令。
 当然、クーラーなんて気の利いたモノがあるワケでなく、窓を全開にして自然の風を取り入れるか、団扇や下敷きをパタパタさせる以外に、涼しくなる手段は無いと言ってよい。
「こんな日は、流石に熱いお茶なんて飲む気になれませんよね」
 スカートをたくし上げてバサバサと、リリアンの乙女らしからぬ行動をしているのは、白薔薇のつぼみ二条乃梨子。
「はしたなくってよ、乃梨子ちゃん」
「スミマセン。ですが、この熱さはどーにも…」
 乃梨子を軽く嗜めたのは、紅薔薇さまこと小笠原祥子。
「確かにそうなのだけれど…」
 そう言う祥子も、胸元を広げて団扇でパタパタやっているのだから、人に言えた義理ではなかったりするのだが。
 この夏最高気温とまで言われた本日の昼日中、煽られたのかセミがジージーショワショワやたらとうるさい。
「ただいま戻りましたー」
 階下から聞こえる声に、一斉に反応する。
 ギシギシと音を立てて階段を上る複数の足音。
 姿を現したのは、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳、黄薔薇のつぼみ島津由乃、白薔薇さまこと藤堂志摩子の三人だった。
「アイス買って来ましたー」
『おお〜う』
 テーブルの上に置いた袋に注目する一同。
 ドライアイスに触れないように、早速中身を取り出せば、一つとして同じ物がないスティックタイプが合計6つ。
「私はコレ」
 由乃が一番に取ったのは、オレンジ色が禍々しい『デカント』。
「私はこれを」
 志摩子が手にしたのは、三色に分かれた『王将アイス』。
「私はコレー」
 祐巳が取ったのは、持つ部分がガムで出来ている『ガムンボー』。
「では、私はこれを」
 乃梨子が手にしたのは、袋に変な漫画が載っている『コーラセマン』。
「私はこれをいただくわ」
 祥子が取ったのは、バニラをクランチで包んだ『チョコバリ』。
「じゃぁ、残りは私が…」
 最後に残ったアイスを手にした令。
 どれが残るか多少不安ではあったものの、自分が一番食べたいのが残ったので、ホッと一安心。
 令が食べたかった最後の一品。
 それは、『クロキュラ』だった。
『いただきまーす』
 ようやくこの暑さから解放される。
 そんな想いでいっぱいなのか、笑みを浮かべながらアイス食らう一同。
 歯を舌を喉を刺激する冷たさが、非常に心地良い。
「懐かしい味だねぇ。ねぇ由乃さん、一口交換しようよ」
「良いわよ。志摩子さん、ピンクのところちょっと頂戴?」
「構わないわ。乃梨子、それはどんな味かしら?」
 互いにアイスを食べあう下級生たちは、まるで小学生のように微笑ましい。
 子供を見守る親のような優しい目で見る、祥子と令だった。
「令ちゃんのも、一口頂戴?」
「それは構わないけど…、いいの?」
「何が?」
「これってねぇ…」
 なにやらもったいぶる令に、胡散臭げな視線を送る由乃。
「こうなるのよ!」
 口を開けた令。
 その舌は、クロキュラの名に恥じないぐらい真っ黒に染まっていた。
『!?』
 あまりの黒さに驚いたのか、祐巳が半泣きになった。
 その結果、何も悪くは無いはずなのに、皆に迫られヘイコラ謝るハメになった黄薔薇さまだった。

 その後、残ったドライアイスを用いて、水をボコボコ噴出させたりスモークごっこをしたのは言うまでもない。


【903】 置き去りにされた心あります  (8人目 2005-11-23 13:38:18)


『がちゃSレイニー』

     †     †     †

「マリア祭の頃から、ずっと祐巳さまのことを見ていたんです……」
「そうなんだ。でも、私はそのときからずっと、瞳子ちゃんに嫉妬してたから」
「……」

「いいのよ。さっき瞳子ちゃんは謝ってくれた、その気持ちを持っていてくれただけでいいの。だって瞳子ちゃんは、いつも通り祥子さまに接していただけでしょ? 変に勘繰ったのは私」
「でも。私はもっと、祐巳さまのことを考えるべきだったんです。あの時、薔薇の館の一階で、祐巳さまの声が聞こえたんです。それなのに私は、祥子さまに問い掛けることしかしなかった。もしあの時、私が注意していれば――」

     †     †     †

 金曜日の放課後、薔薇の館。
 彩子お祖母さまの容体が急変したと祖父の病院から知らせを受け、祥子さまに伝えた後のことだった。

『私より瞳子ちゃんの方を選ぶんですね!』

 祐巳さまの声が聞こえる。祐巳さま、より? 私? 何故?
 その帰り道、私は気になったので、さりげなく祥子さまに訊ねた。

「祥子お姉さま。祐巳さまのこと、よろしいのですか?」
「……瞳子ちゃんもわかっているでしょう? お祖母さまに『祐巳には言わないで』って頼まれたから。祐巳に心配をかけたくないって」
「そう、ですか……」

     〜     〜     〜

 日曜日、彩子お祖母さまのお見舞いの帰り道に、祥子さまが悪心(おしん)を訴えた。
 いつもの車が使えず、仕方なく優お兄さまの運転する車を出してもらい、それで酔われたのだ。
 まったく優お兄さまったら。もう少し丁寧に運転できないものでしょうか。私ですら気持ち悪くなったくらいです。
 祥子さまは『もう二度と乗らない』と仰っていたけれど、同感ですわ。

 祥子さまの様子もだいぶ落ち着き、お休みになられたので、瞳子はそっと部屋を出た。
 居間でくつろいでいる優お兄さまのところに行くと、

「さっちゃんの様子はどうだい?」
「もう大丈夫ですわ。今はお休みになられています」
「そうか」
「心配するくらいなら、最初から――」
「ああ、今度からそうするよ」

(はぁ、“今度”はもう無いと思います)

「そう言えば、さっき祐巳ちゃんから電話があってね」
「祐巳、さま?」
「うん、さっちゃんの代わりに僕が出たんだけれど。今日、三人でドライブして、さっちゃんが車に酔ったから電話に出られないって話をしたら。急ぎの用じゃないから、さっちゃんには伝えなくて良いって言われてね。よく解からない電話だったな。ははは」

(優お兄さまには、一生わからないと思います)
 おそらく祐巳さまは、祥子さまに本当のことを聞きたかったのではないのだろうか。
 そして、何か誤解をなさっている?

     〜     〜     〜

 その予感は的中した。用事があるはずの祐巳さまは、薔薇の館に姿を現さなかったらしい。

「祥子お姉さま。やはり祐巳さまに、全てをお話された方が良いと思いますわ」

 私は祥子さまに提案した。彩子お祖母さまが危篤だと聞かされたのだ。
 祥子さまは、明日から学校をお休みして付き添うことになる。このまま放っておいて良い筈ありません。

「そう、ね。祐巳にこれ以上黙っていることは出来ないわ、逆に心配をかけているみたいだもの。でも、祐巳に会えないのよ。学校には来ているらしいのだけれど」
「それなら帰りに昇降口でお待ちになったらいかがでしょう。私も、そちらで待ち合わせいたしますわ」
「わかったわ。帰りに昇降口で」

 その日の帰り道、あの事件が起こった。

「もう、いいんです」
「あっ、祐巳さま!?」

 祐巳さまは、悲しそうな顔で祥子さまと瞳子の顔を見比べ、雨の中を傘も差さずに走っていかれた。
 祥子さまは驚いていたが、そのまま後を追いかけるように無言で歩き出す。
 正門前で、投げ出されて雨に濡れ、土で汚れた祐巳さまの傘と鞄を祥子さまが拾い、

「祐巳」

 祥子さまが呼びかけても、こちらを向こうとはしない。
 祐巳さまは聖さまの胸で泣いていた。

「お世話おかけします」

 祥子さまは祐巳さまの傘と鞄を聖さまに託し、彩子お祖母さまの入院されている病院へ行くために、車の後部座席へと乗り込んだ。私もそれに倣う。
 緩やかに走り出す車のミラーに、祐巳さまがチラリと写った気がした。

「祐巳さまのこと、よろしいのですか?」

 以前にも使った問いかけ、再度祥子さまに問う。
 だけど、祥子さまは何も答えなかった。窓の外をじっと見つめ、硬く握られた手は微かに震えていた。
 昇降口で私を見た時の祐巳さまの表情が、頭から離れない。

(私の、所為?)

     〜     〜     〜

 翌日のお昼休み。ミルクホールからの帰り道に、祐巳さまの笑顔を見てどうにも我慢できなくなった。

「最低」

 祥子さまが祐巳さまのことを、どれだけ大切に思っているかわからないのだろうか。
 祥子さまが彩子お祖母さまのことで大変な時に、昨日あんなことをしておいて、今日はもうヘラヘラ笑っていられるなんて。

「見損ないました、祐巳さま」
「……あなたにそんなこと言われる筋合いはないわ」

 落ち着いて、真っ直ぐ瞳子の目を見て、祐巳さまが言い返してきた。
 確かに私は関係がない、むしろ事態を悪化させていたのだろう。
 気持ちが揺らぐ。でも、昨日の祥子さまを思い出すと黙っていられません。

「筋合いなんてあってもなくても、私は言いたいことは言うんです」

 双方、友人たちに腕を掴まれて引きずられる。でもここまできたら止まらない。
 連れて行かれる前に言っておかなければならない。祐巳さまの本心を問い質したい。

「反論があるなら、おっしゃればいいんです。言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうなんです」
「大事なことから目をそらして、どうしてヘラヘラ笑っていられるんですか」

 私に言いたいことは無いのですか? 祥子さまのこと、大切ではないのですか?
 だけど祐巳さまは何も言い返しては来なかった。

「やっぱり、祐巳さまは祥子お姉さまに相応しくありませんっ」

 私のことは、どう責められようともかまいません。ですが、
(このままでは八方塞がりの祥子お姉さまが、あまりに不憫です)

     〜     〜     〜

 瞳子は、彩子お祖母さまが入院されている病院には行かなくなった。正しくは、行けなくなったと言うべきか。
 もともと、お見舞いに行く祥子さまに我侭を言って、ついて行っていただけなのだから仕方が無い。
 先週から祥子さまは学校を休み、学校から病院に通うことを止め、彩子お祖母さまに付き添っている。
 祐巳さまも薔薇の館に戻ったようだ。祥子さまのことを待つ気になったのだろうか。
(それで良いですわ。もう私は、お邪魔いたしませんから……)

 そんなある日、午前中にだらだらと降り続いた雨が、お昼休みに止んだ。その時を狙ってなのか、瞳子は祐巳さまに呼び出された。
(いったい何をされるのでしょうか。もしかして仕返し……)
 あれから数日、瞳子はあの時の自分の行動を少しは反省していた。凄い噂も聞いた。
 つい、かっとなって公衆の面前で祐巳さまに暴言を吐いたけれど、やはり悪いのは自分なのだ。
 我ながら、はしたなかったと思いつつ、でも噂と同じようなことをされるのは不本意。
 それに、今度は冷静に祐巳さまの本心を聞いてみたいとも考えた。

 ……つもりだったのに。祐巳さまが、わけのわからない暴走をはじめた。話についていくのがやっとだ。

「期間限定、一学期いっぱい。無報酬、お茶飲み放題。どう?」

 どうやら私に山百合会の手伝いを頼みたいらしい。せっかく貴女の邪魔をしないと決めたのですよ?
 なのになぜ私なんかに。私を嫌っていたんじゃないのですか? もう、全然わからない。
 思いついた言い訳で、なんとか誤魔化そうとするのだけど、全部さらりと躱されていく。
(はぁ、まったくこの人は……)

「他の皆さんは承知しているんでしょうね」
「へ?」
「私が手伝いにいくという話です」
「え、じゃあ――」

 屈託の無い笑顔。
 このまま素直に認めてしまっては、なんだか一方的に負けたような気がする。それだけは気に入らない。

「ただし、紅薔薇さまがお休みの間だけです。黄薔薇さまや由乃さまの分まで、お手伝いをするつもりはありません」
「よし、その条件のんだ」

 うやむやのうちに乗せられてしまった様な気が、しないでもないけれど。
 それにしても、祐巳さまがわざわざ私を指名する理由がわからない。

「でも、何で祐巳さまが来たんですか」
「何か言った?」

 目障りな筈の私を傍において、何かを企んでいる? でもこの笑顔に嘘偽りは無いだろう。何故?
 ぼんやりと考え事をしていると、
(あれ? 腕に違和感が、って、うわっ!?)

「――何してるんですかっ!?」
「え? ああ、腕くらい組んだ方がいいかなって」

(ななな何を考えているんですか貴女はっ!? まったく……)

「だから、わざと仲よくみせる必要はないんです、ってば」

     〜     〜     〜

 私が山百合会のお手伝いをはじめて数日。
 あのいじいじしていた祐巳さまは、もうどこにも居ない。今は元気で、天真爛漫に磨きがかかっている。
(いったい、何を考えていらっしゃるのでしょう)
 その祐巳さまが、とうとう瞳子に絡んで来た。理由は祥子さまのことだ。
 いつかは追求されるだろうと予想はしていたけれど、祥子さまとの約束を破るわけにはいかない。いや、私が伝えて良いことではないのです。
 ですが。この状態の祐巳さまに絡まれて平静を保っていられるほど、私の意思は強くないらしい。それは先日の一件で証明済みです。令さまにも軽くあしらわれた今、残る手段は一つ、不本意ですが逃げ出すしかありません。
 なのに、付かず離れず祐巳さまがついてくる。

「元気になっちゃって」

 あんなことがあったのに、何一つ解決していないのに、どうして一人で元気になれるのですか?
 私の……。私はどうすれば良いのですか?

「祥子さまを好きな人が、祥子さまがいない分がんばるべきじゃない?――」

 もう、祐巳さまは大丈夫だろう。だから祥子さまも。
 だから、私のことは……もういいですわ。


【904】 信じているから  (琴吹 邑 2005-11-23 16:45:17)


がちゃSレイニーシリーズです。

【No:776】貴女の心に と 【No:783】よりそう約束踏み出した一歩の間に入るお話です。



 志摩子さんは今日は用事があるからと帰ってしまった。

 私はどうすればいいのだろう。全ては瞳子のため、そう思ってがんばってきたのに、何でこうなったんだろうと、薔薇の館に向かいながらぼんやりと考える。
 これからどうすればいいのだろう……と。


 ビスケット扉を開けると、そこには可南子さんと令さまがいた。
 私は二人にごきげんようと小さく挨拶して、紅茶を入れようと、流しの方に向かう。


「姉妹の複数人制の騒動に関しては、だいぶ沈静化してきたようです。少なくても、放課後校内をざっと回った感じでは、改めて姉妹の申し込みをしている人を見かけることはありませんでした。

「そうみたいだね。昼休みまでは結構あったけど、放課後は私も追いかけられなくなったし。ありがとう可南子ちゃん。助かったよ」

 どうやら志摩子さんが提案した姉妹の複数人制の影響を可南子さんが令さまに報告しているようだった

 私は大きくため息をつくと、3人分の紅茶を煎れた。
「乃梨子ちゃん、今日は志摩子は?」
 しばらくして、私に声がかかった。
 今日は寄るところがあるから、薔薇の館にはこないそうです」
「そう。可南子ちゃんちょっと出てくるからお留守番してくるから、祥子そろそろ戻ってくると思うし」
 可南子さんはその言葉にこくりと頷いた、
「乃梨子ちゃん、ちょっとつきあって」
 私はその言葉にのろのろと立ち上がり、外にでていく令さまの後に続いた。

 令さまは、階段を降りると、1階の倉庫の扉をあけた。
「入って」
 倉庫の整理でもするのだろうか? 少しは身体動かせば、この憂鬱な気分も晴れるかもしれない。
 そう頭の中でちらりと思うけど、内心ではそんなことしても、気分は晴れないと理解していた。
 だって、この気分をはらすには、きっといつものようにつんつんしながら祐巳さまの横に立ってなければならないのだから。瞳子が祐巳さまを姉として。
 私も志摩子さんもその日が少しでも早く来るようにしたかったのに……。それが、このざまなのだから。
 このままじゃいけない、どんどん気が滅入ってしまう。
 気分を切り替えなきゃとぶんぶんと首を横に振った。
「乃梨子ちゃん。祐巳ちゃんたちは大丈夫だよ」
 私の心を見透かしたように、令さまがそういった。
「でも……」
 令さまは小さくほほえむと、私の手をとり、そのまま、私の身体を引き寄せた。
「え?」
 次の瞬間私は令さまの腕の中にいた。
「よく、がんばったね。乃梨子ちゃん。本当はこの役目は志摩子の役目だけど、志摩子も今はいっぱいいっぱいだから」
「令さ、ま?」
「もうあの二人は大丈夫だから。そう、祥子が言ってるから大丈夫」
「祥子さまが言ってるからって、どうして?」
「祥子が言ってたよ。妹のためなら、どんなバカだと思えることだって出来てしまうって。私には祥子が何をやったかわからないけど、きっと、祐巳ちゃんと瞳子ちゃんのためになることだと思うよ」
「でも、でも………」
「もう大丈夫。お疲れさま」
 そう言ってぎゅっと抱きしめられた。
「………」
 反論したいことはいっぱいあった。でも、今はその令さまの優しさが心地よすぎて、張りつめた物が、一気にゆるんでしまった。
 涙がどんどんこぼれ落ちてくる。
 ぽん、ぽんと背中を軽くたたかれながら、私は声を殺して令さまの胸で泣いていた。



「おちついたかな」
「はい」
「えっと、済みませんでした令さま」
「べつに、たいしたことしてないよ。仲間が困っているときは助けるのは当然でしょ」
 そういって、ぱちんとウインクを飛ばす令さまは見とれるくらいかっこよかった。
「じゃあ、温かくて美味しい紅茶を入れてもらえる?」
「はい!」

 泣いたことですっきりしたのか。私の気持ちはずいぶん軽くなっていた。
 もうここまで来たら、本当に瞳子と祐巳さまの問題だから。
 今度瞳子を見るときは、瞳子の胸にロザリオがかかっているそう信じて待つしかないから。
 私たちに出来ることはここまでだから。
 だから、後は待つしかないのだ。瞳子と祐巳さまを信じて。


【No:783】よりそう約束踏み出した一歩 につづく


【905】 (記事削除)  (削除済 2005-11-23 17:53:39)


※この記事は削除されました。


【906】 帰れない  (まつのめ 2005-11-24 09:14:32)


 題名待ちに疲れ気味。
【No:887】の続き。



 その3


 もちろんこんな状況良くないことくらい分かってる。
 誘拐同然で連れ出されて、家には連絡させてくれない。
 途中何回か休憩を入れながらだけど聖さまは車を走らせ続けて、もう4時間くらい経っていた。
 どう考えても今日中に家に帰るのは無理だ。
 車はちょっと前にICを降りて一般道に入っていた。
「ちょっと休もうか。といっても車の中だけど」
 そう言って聖さまは車を路肩に停め、ドアを開けて外に出た。
 何をしに行ったのかと思っていたら、後ろから物音がしたので後ろを見ると、後ろのハッチが上がってるのが見えた。座席の後ろからなにか取り出しているらしい。
 ばんっ、とハッチを閉めて、戻ってきた聖さまは大きなバッグを抱えていた。
 後部座席にバッグを入れて中をまさぐっていた聖さまはやがて、「祐巳ちゃんはこれ使って」とかいって毛布の端を祐巳に差し出した。
「聖さまは?」
「私はこれでいいわ」
 聖さまはジャケットをバッグから引っ張り出していた。
 エアコンは入れっぱなしで休むから大丈夫だって。

 毛布に包まりながら今日一日のことを思い起こした。
 今朝は普通に起きて普通に登校してクラスのお友達とおしゃべりして、授業を受けて、お昼休みは薔薇の館に行って、みんなとお弁当を食べて。そうだ今日最後にお姉さまと会ったのはお昼休みだった。それから午後の授業を受けて由乃さんは部活だから一人で薔薇の館に向かって。
 こんなとんでもないことになるなんて思ってもいなかった。
 そのとんでもないことの元凶は隣で寝息を立ててるんだけど。
「祐巳ちゃん」
 ……聖さまは起きてたみたい。
「巻き込んじゃってごめんね」
「それって誘拐犯の台詞じゃないですよ」
「あははっ、そりゃそうだ」
 普段はふざけていて、でも祐巳が困っている時助けてくれる頼りになる先輩。
 祐巳にとって聖さまはそんな人だった。
 そして、力を貸してくれるときも決して深く踏み込んでこない。何も聞かずにただ必要なものを与えてくれる。それは聖さまの優しさだと思っていた。
 だから今日の聖さまはとてつもなく変に思えたのだ。
「聖さま」
「ん? なあに」
「何か、あったんですか?」
「そうね……」
 巻き込んだって言ったってことは、その何かを聞く権利があるのかもしれない。
「月並みだけど、失恋といったところかな」

 明るくて笑顔の可愛い子だった。
 その子とは親友になれると思っていた。
 でも彼女は聖とのことにのめりこみ周りが見えなくなっていった。
 だからこちらから距離を置いた。
 結果、それが彼女を傷つけることとなり、その関係は終わった。

「……駄目だったのよ。あの子は私と同じだった。
 距離をおこうとしたなんて詭弁だわ。私はすべてを投げ出して向かってくるあの子に恐怖したのよ。
 ただ怖くてそこから逃げ出したの。
 あの子が学校から居なくなったって聞いて、居てもたっても居られなくなって、でもどうしたらいいか分からなくて、気が付いたら薔薇の館の前に立っていたわ。
 それで中に入ったら祐巳ちゃんが寝ていて」
「それで思わずお持ち帰りしてしまった?」
「そうなの」
 なんか大変な話だった気がするんだけど、話を聞いているあいだ色々なことを考えたんだけど、聖さまは深刻な顔してたわけじゃなくて、最後には冗談を言った後みたいにカラっと笑ったもんだからそんな思考も全部どこかへ吹っ飛んでしまった。
 もう大丈夫なのよ、なんて笑う聖さまに、じゃあ何でこんなことするんですかなんて思いつつ、でもこんな話をしてくれるのは祐巳が信頼されているから? とか、色々な想いが浮かんできた。

 話が終わって静かになったので、聖さまの方を見ると目を瞑っていた。
「……聖さま、まだ起きてます?」
「なに?」
「その、彼女のこと、今でも……」
「そうね……」
 聖さまの答えは無かったけど、きっと聖さまも相手の人以上に傷ついたんだ。
 どうしてだか判らないけど、なんとなくそう思った。

「……そっちへ行っていい?」
「へ?」
「というか行くわねちょっと詰めて」
「って、狭いですちょっとむりくっつきすぎぎゃー」
 せ、聖さまに襲われたー。
 最後の「ぎゃー」は聖さまに抱きつかれたから。
「ほら、これなら大丈夫」
「重くないですか?」
 なんというか、祐巳は聖さまに抱えられて一緒の毛布に包まりシートに寝そべっていた。
 まあ、車の座席なので聖さま膝の上に座っているようなものなんだけど。
「私が上じゃ祐巳ちゃんがつぶれちゃうでしょ」
「そうですけど……」
 いくら聖さまのほうが背が高くても所詮は女の子同士なわけで、私を抱えたまま眠ったら聖さまが大変なことになる気がするんだけど。
「一晩だけ」
「え」
「一晩だけ私に元気をわけて」
「聖さま……」
「そうしたらきっと……」
 こんなわけのわからない行動も許せてしまうのは聖さまだからなのだろうか。
 これ以上のことは断固拒否しようと心に誓いつつ、でもこれがお姉さまだったらきっと眠るどころの騒ぎではないんだろうなぁなんて、この状況で考えてしまう祐巳は意外と神経が太いのかもしれなかった。



 〜 〜 〜


「捜索願は出さないで」
「でも、祐巳がさらわれたのよ」
「あなたは聖を犯罪者にするつもり?」
「そんな……」




(続く【No:908】)


【907】 二人で血が萌えて  (朝生行幸 2005-11-24 12:55:35)


 これは、【No:784】の続編みたいなものです。
 さらに、柊さんの【No:787】及び【No:788】を読んでおくことをお勧めします。
 また、ちょっと『いやん』で『あはん』な内容ですので、そーゆーのが苦手な方は読まないほうが良いと思います。



「あ痛!?」
 思わず額に手をやりながら天を仰いだのは、黄薔薇さまこと支倉令だった。
 一昨日はニ年生、昨日は一年生、そして今日は、三年生の健康診断日。
 そのために必要なポンチョがカバンに入っているのを、昨夜しつこいぐらいに確認したというのに、今入っていないのはどういうことか。
「ったく…」
 毒づく令。
 恐らくは、由乃の仕業だろう。
 昨夜の夕食後、令の部屋を訪れた、従姉妹であり制度上の妹であり黄薔薇のつぼみの肩書きを持つ島津由乃が、ポンチョを忘れた紅薔薇のつぼみ福沢祐巳と、一つのポンチョに二人で入る、所謂二人ポンチョをやっちゃったと、恥ずかしさ半分、嬉しさ半分で語っていたのだから。
 多分、令が風呂に入っている時か今朝の朝食時に、同じ恥ずかしさを体験させたいがために取り除いたに違いない。
「参ったなぁ…」
 溜息を吐きながら、辺りを見回す。
「どうしたの令さん?」
「あ、いやいや。実は、ポンチョを忘れちゃってね」
「まぁ?じゃぁどうするの」
「それを今考えてるんだけどね」
 令がいる三年菊組は、他のクラスに比べて、比較的背が低い生徒が多い。
 実際にこのクラス、身長175cmの令が、頭一つ飛び抜けている状態だ。
 こうなったら、誰かさんの思惑通り二人ポンチョをせざるを得ないのだが、釣り合うクラスメイトが居ないのだ。
「仕方がないか…」
 腹を括った令は、隣のクラスに赴いた。

「すまないねぇ祥子」
「貴女らしくない失敗ね」
 令は今、隣の松組に所属する、同僚であり親友でもある紅薔薇さまこと小笠原祥子のポンチョに入っていた。
 三年生の場合、一年生や二年生に比べ診断内容が少ないため、2クラス同時に診断が行われる。
 同時に行われる隣組が松組だったのは、令にとって幸いだった。
 祥子の身長は170cm、松組には、彼女以外にもバレー部員やバスケットボール部員等背が高い生徒はいるが、やはり裸に近い格好での接触には、親しい人に頼るのは必然だった。
「忘れたのは事実だけど、私のせいじゃないんだ」
「どういう意味?」
「昨日の祐巳ちゃんと乃梨子ちゃんの会話聞いてた?」
「ええ、由乃ちゃんと瞳子ちゃんが、それぞれ一緒にポンチョに入ったって話でしょ?」
「由乃が、私にもさせたいらしくてね」
「…なるほど。まんまと乗せられたってことね」
 祥子の髪から漂う芳香を楽しみながら、しばらくえっちら歩いているうちに令は、彼女の耳が少し赤くなっていることに気が付いた。
 言うまでもないが、令は現在、祥子の背中に抱き付くような形になっている。
 祥子の耳元に令の鼻息がかかる度に、彼女がほんの少しだけ身体を震わすのだ。
「どうしたの?耳が赤いよ」
「ば、バカね、何を言ってるの」
 令の囁きに、動揺したように答える祥子。
 耳元どころか、首筋まで真っ赤になる始末。
「ふふ…」
 万事控えめな令は、普段は祥子にイニシアチブを取られっぱなし。
 自分の性分だからそれはそれで良いのだが、しかしこんな機会をみすみす逃すほどお人よしでもない。
「ふー」
「きゃん!」
 祥子の耳に息を吹きかけた令。
 普段の凛とした態度とは裏腹に、妙に可愛い小さな悲鳴をあげた祥子。
「ちょ、ちょっと令、止めてよね」
「うん、ゴメンよ」
 まるでホストのようだ。
 更に、祥子の背中に身体を密着させ、今度は大胆にも、耳たぶに軽く噛み付く。
「あん!」
 祥子の足が止まった。
「どうしたんだい?」
「あ、貴女ねぇ。あ…」
 力を入れてぎゅっと強く抱きしめれば、切なそうな声を上げて、弱々しく振りほどこうとする。
 令が本気で抱きしめれば、祥子には振りほどくことなど不可能なので、本気ではないのだろう。
「急がないと遅れるよ?」
「…え?ええそうね」
 半ば呆然としていた祥子を促し、再び歩き出す二人。
 サラサラ流れる綺麗な髪の祥子。
 ロングヘアーが似合わないと自覚している令からすれば、実に羨ましい話だ。
 指で襟元の髪を掻き分け、露になった白い首筋にチュッと小さな音を立てて口付けすれば、
「うぅん!」
 祥子の身体がビクリと震えた。
「れ、令!いいかげんにして!」
「祥子、綺麗な肌をしているね」
「そ、そう?ありがとう…」
「張りがあってすべすべしてて、きめ細やかで白くって」
 言いながら、ポンチョで隠れた祥子の身体を、両手でまさぐりだす令。
「肌だけじゃないよ、祥子。羨ましいよ、顔も髪もスタイルも、何もかも」
「ダメ、お願い…」
「マリア様は不公平だよね。どうして祥子ばっかり贔屓にするんだか」
「やだ…」
「食べてしまいたいぐらいだよ」
「も、もうやめて…」
「うんやめる。さぁ先を急ごう」
 ガク。
 思わず膝が崩れそうになった祥子。
 その変わり身の早さはどうだ。
(わざわざポンチョに入れてやってるというのに、よくも散々からかってくれたわね。ちょっと期待していたのは内緒だけど)
「令?」
「何?」
 カチーンときていた祥子、ニッコリ笑って顔を向けると、
「エイ!」
 思いっきり、令のつま先を踵で踏みつけた。
「!?」
 不意に訪れた激痛に、声にならない叫び声を上げた令、涙目になりながらも、逃げ出すことができないので、ひたすら我慢するより他ないのだった。

「──ということがあったのよ由乃ちゃん」
「ちょっと祥子!内緒って言ったでしょ?」
「へぇ〜〜〜〜、そんなことしたんですか。そりゃ確かに令ちゃんのポンチョを抜き取ったのは私ですけど…、ふ〜ん?」
 底抜けに座った目付きで、令を睨む由乃。
「いやあのね、これには深いようで浅く、重いようで軽い理由があってね?」
「令ちゃん?声で聞きたくはないわ。身体に直接聞きたいの」
「え?いや、まさかアレを…?」
 オタオタしている令に、憐憫と蔑みの視線が集中した。
「帰るのが楽しみね、令ちゃん?」
「いや〜〜〜〜!それだけはやめて〜〜〜〜!」
 薔薇の館に、絶叫が轟いた。

 その後、令がどうなったのか、由乃しか知らない。


【908】 帰りたい  (まつのめ 2005-11-24 15:21:57)


【No:906】の続き。



 その4


 祐巳はお祭りとかの出店のひよこやさんの前にいた。
 いろんな色のひよこが狭いところに満員電車みたいにぎしぎしに詰められてぴーぴー鳴いていた。
「こういひよこってすぐ死んじゃうんだよね」
 誰かの声が聞こえた。
 祐巳は色を着けられたひよこは痛々しいと思った。
「おねえちゃん、買っていかない?」
 店番をしているのは何故かリリアンの制服を着た聖さま。本当は『元』が付くはずなのに、祐巳は白薔薇さまだと思った。
 祐巳は手をのばし着色されていないと思うひよこを一匹両手で持ち上げた。
 そのひよこの色ははなぜか白かった。
 祐巳はそのひよこを買った。
 白いひよこを抱えながら祐巳は、このひよこはニワトリになれないんだと思った。
 店番をしていた白薔薇さま、制服を着た聖さまが「ありがとう」と言うのを聞いた。



 こつこつと何かを叩く音が聞こえる。
 目を開けると窓の外に見たことのある顔が見えた。
「えーっと、黄薔薇さま……じゃなくて江利子さま?」
 ああ、そうだった。
 祐巳は車の中で一泊したことを思い出し、あわてて江利子さまが催促をするように叩いている窓を開けた。
 朝の冷たい空気が車内に侵入してきて寒さに首をすくめた。
「素敵なベッドに寝てるのね」
 江利子さまの言葉にはっとなった。
 そういえば、祐巳は聖さまを下敷きにしていたのだけど……。
「ん……」
 聖さまと祐巳はいつの間にか横向きになっていて狭い座席に左肩を下にして並んで横になっていた。
 やはり寝苦しくて寝返りを打ったのだろう。
 それでも狭いところに無理やり二人で横になって寝ていたわけで、祐巳は首やら腰やらが痛くなっていた。
「聖さまっ!」
 祐巳は聖さまを起そうとして声をあげた。
「祐巳ちゃん寒いよー」
「ぎゃう」
 何が起こったのか言わずもがな。
「あれー、江利子だー。なんだ夢か」
 眠そうな目で窓の外を見た聖さまは、じたばたしている祐巳を抱きしめたままそんなことを言った。


「うふふ、私が一番だったようね」
 江利子さまは聖さまの車の助手席で満足げに微笑んでいた。
 当然祐巳は後部座席だ。
「こんな面白いことはじめたのになんで教えてくれないのよ」
 なんでも蓉子さまを中心に捜索体制がしかれているとか。
 江利子さまも関わっているってことは元薔薇さまが全員出張っていることになる。もっともその一人は犯人役なんだけど。
「別に江利子のためにはじめた訳じゃないし」
 捜索本部は聖さまの意図がわからないが、祐巳と一緒ということを鑑みて、大きな問題になるような行動は起さないだろうという判断から、祐巳の家族には心配しないように事実の一部を伝え、一晩様子を見るという結論を出したそうだ。
 でも江利子さまはじっとしていられず、というか探し出す自信があったらしいんだけど、経路やら出発時間やらから推理してこの街で一泊するだろうと昨日のうちに兄たちを引き連れてここまで来てたそうだ。
 見つけたのは偶然。江利子さまにとっては面白くないことに、一晩捜索しても見つけられなかったから、捜索に付き合った兄たちはもういいだろうと江利子を連れて帰ろうとしたのだ。
 折りしも早朝ホテルを出て高速道路のインターに向かう途中、見覚えのある黄色い軽乗用車が路肩に止まっているのを発見した江利子さまは兄に車を停めさせ、期待に胸を膨らませて軽乗用車に駈けより中を覗いたら案の定、祐巳と聖さまが寝ていたというわけ。
 聖さまと帰るからと江利子さまは兄たちを先に帰らせたそうだ。
「……ほんとうに書置きしか残さなかったんですね」
「そういったじゃない」
 江利子さまの出現は聖さまにとってもイレギュラーであったようだった。


「電話するわよ。いいわね」
 江利子さまが捜索本部に連絡を入れれば今回の逃走劇は終焉を迎える。
「ええ」
 聖さまはこれ以上何処かへ行こうという気はなさそうだった。
 しかし、そのとき江利子さまがただ祐巳たちを見つけたくらいでおとなしく引き下がるわけが無いということを失念していたのは車の窮屈なシートで一泊して疲れていたからだとしか言いようがない。
「あー、蓉子、私、江利子よ。いま聖と祐巳ちゃんと一緒に居るんだけど」
『え? どういうこと? 見つかったの? ちょっと電話が遠いみたいだけど……』
「そういうわけだから、祐巳ちゃんを返して欲しかったら私たちを見つけてごらんなさい」
『ちょっと! なにがそういうわけなのよ! 返してほしかったらってなに!?』
「んじゃ、あ、そうそう、人質の声を聞かさないとね、祐巳ちゃんちょっとかわって」
『人質って江利子ぉ! 何考えてるのよーっ!』
 いきなり電話を代われって、受話器から聞こえてきたのは蓉子さまの叫び声だった。
「え? 蓉子さま!?」
『祐巳ちゃんっ! 祐巳ちゃんなのね? まって祥子と代わるから』
「お、お姉さまっ!」
 ここで、とっさにお姉さまとかわる蓉子さまの判断力はすごいと思った。
 受話器から離れて蓉子さまがお姉さまを呼ぶ声が聞こえた。
 そして。
『祐巳? 祐巳なの?』
「はい、お姉さま」
 普段なら放課後別れて翌日の朝会ったくらいの間隔なんだけど、何故か懐かしいと感じるお姉さまの声。
『無事なのね』
「はい、病気もしてません。元気です」
 お姉さまを安心させたかったけどあまり言葉が浮かばなくて変な受け答えになってしまった。
『良かった』
「はい、そこまでね」
「あっ」
 お姉さまの声をもっと聞きたいと思っていたのに、江利子さまに電話を取り上げられてしまった。
「聖、なにか言うことある?」
「貸して」
 江利子さまは聖さまに電話を渡した。
「蓉子に伝えといて。私はもういいんだけど江利子なんかスイッチが入っちゃったみたいだからって」
『聖さま。ほかに言うべきことがおありでしょう?』
「えーなんだろう、祐巳ちゃんにはちゃんと同意をもらったし」
『……私はあなたを必ず追い詰めます』
「おー怖い」
 向こうの声も電話から聞こえてきていた。
 そんな挑発すること無いのに。
『ちょっと、今何処に』
 蓉子さまの声が聞こえたところで江利子さまが電話を取り上げて切ってしまった。
「さて、じゃあ行きましょうか!」
 なんだか目を輝かしてる江利子さまに聖さまは苦笑い。
 祐巳は『もう、どにでもして』って気分だった。




(続く【No:911】)


【909】 乃梨子ちゃんの妹にパラレル乃梨子  (まつのめ 2005-11-24 17:57:44)


「とりあえず、私を妹にしてくれます?」
「……なんでそうなるのよ」
 最近、時空が可笑しい、いやおかしい乃梨子の周辺。
 このあいだも、平行世界からガチな乃梨子&志摩子さんが現れて騒ぎを起したことが記憶に新しい。
「だって、一番話が判りそうだし」
「わかんないわよっ! 何処がどう分岐したら私が中学からリリアンに入るっていうの?」
 そうなのだ。
 こんどは中等部からリリアンに通ってた私が現れたのだ。
「……だって菫子さんが」
 そういって俯く私。
 なにやら暗い過去がありそう。
 ちなみに今回はタイムスリップも入ってって、学年が一つ下だった。
「だいだい、こっちじゃあなた学籍もないでしょ?」
 そういう問題じゃないんだけど、とりあえず突っ込めるところには突っ込むのがここでのたしなみだ。
「あ、それならこっちの菫子さんがリリアン同窓会のコネを駆使して……」
 そう言いながら真新しい学生証を開いて見せてくれた。
「それって、今年度の学生証じゃない! いったい……」
 菫子さんて何者?
 つまり、この子は堂々と学校に通えるのか。
「って、同姓同名じゃないの」
「良くある名前だし別に良いんじゃない」
「顔もそっくりで?」
「お姉さまぁ」
「やめんか」

「あら、ごきげんよう、乃梨子……」
「あ、志摩子さん」
「……また二人なのね」
「はぁ」
 良くあることと認識されているのが良いことなのか悪いことなのか。
 卒倒されたり、一々何が起こったか説明しなくていいだけマシといえるが、乃梨子としては『変な人』と認識されているようであまり嬉しくなかった。

 というわけで何故か薔薇の館に寛ぐ白薔薇姉妹プラスワン。
「じゃあ、あなたは乃梨子の妹になりたいのね」
「はい!」
 志摩子さんの問いかけになんか目を輝かせて返事をする乃梨子。
 紛らわしいな、じゃあ小乃梨子でいいや。
 あ、でもあの目、知ってる。
 あれは祐巳さまが祥子さまを見る時の目だ。
「ちょっと」
 乃梨子は小乃梨子だけにに聞こえるくらいの小声で言った。
「なによ」
「いいからこっち来て」
 そして、志摩子さんにはちょっとこの子と話がありますといって流しの方まで彼女を連れて行った。

「どういうことよ?」
「どういうって?」
「あなた志摩子さんを知ってるの?」
「あたりまえじゃない。白薔薇さまなのよ。それよりどうして白薔薇さまのこと『志摩子さん』なんて呼び方するの? 信じられない」
「え?」
「そりゃ、さいしょ私が白薔薇のつぼみなんてラッキーなんて思ったわよ。でもなに、いくら高等部受験組みだからってなに? ちょっとなれなれしすぎじゃないの」
「あ、あのね、あなたは知らないでしょうけど、志摩子さんとはいろいろあったの」
「また言った。考えてみればラッキーなんかじゃなかったわ。不幸よ。あなたみたいなのが白薔薇さまの妹だなんて」
「あなたみたいのって……」
 突込みを入れようとして気が付いた。
 ちょっと早口なこのしゃべりかた。多分この子、けっこう煮詰まってる。
 最初はなんか結構冷静でさすが私、なんて思ってたけど実はいろいろ鬱積してたようだ。
「だってさ、気が付いたら志摩子さまと学年が二つ違ってて、しかも外部受験の子がちゃっかりつぼみになっちゃってるし。あー、もうもとの世界に戻りたいわ!」
 つまり話をまとめると、中学受験でリリアンに入った私は白薔薇さまのファンになってたってことだ。
「……いいたいことはそれだけ?」
「まだあるわよ」
「なによ。良いわよ聞いてあげるから」
 相手が心乱してると、自分は冷静になるようだ。
 最初あったときはこっちが取り乱してたから今度はこちらが聞く番ってことで。
「なによ偉そうに」
「言いたいことあるんじゃないの?」
「だって……」
 あれ、俯いちゃった。
「どうしたの?」
 肩に手をかけて優しく声をかけてみる。
「……どうやったら元に戻れるかさっぱり判らないし」
 あ、やっぱりそこか。
 でも前の時はいつのまにか居なくなってたけどな。
「憧れの志摩子さまには既に妹がいるし」
 心細かったのかな。
 そうだよね。 たった一人で似てるけど知らない世界に放り出されたわけだから。
「だから、事情を判ってくれる人の妹になって……」
 こちらの世界では私しか頼れなかったのか。
 時間がずれてるし設定もだいぶ違っちゃってるから迂闊に家族や知り合いに会えないし。
「……志摩子さまの孫になって可愛がってもらえたらって」
「あのさ、気持ちはわかるけどさ……」
 乃梨子がそう言うと小乃梨子は顔を上げて言った。
「そして、あわよくばこっちの私と入れ替わって志摩子さまの妹に!」
「……こら」
「というわけで、ぜひとも妹にしてください」

 流石、私。
 したたかというか、転んでもただでは跳ね起きないというか。
 一瞬でも同情した私が馬鹿みたい。
「だれがあんたなんか。だいたいあなたこっちの世界の人じゃないんだからすぐ居なくなるでしょ」
「ええっ、酷い」
「なによ」
「私の存在自体を否定する発言だわ」
「というか事実じゃない」
「ひどーい!」
 なんかはっちゃけ過ぎよこの子。
 私って、中学からリリアンに居たらこうなるのかしら。
 なんて思ってたら。
「乃梨子、喧嘩しちゃだめよ」
 いつのまにか志摩子さんが近くに来てた。
「志摩子さま、乃梨子お姉さまが酷いんです」
「こらっ! 勝手に姉扱いするな!!」
「こわーい」
「あらあら」
「志摩子さんに抱きつくなっ!」
「だめよ乃梨子、乃梨子ちゃんが怖がってるわ」
 抱きつく小乃梨子の頭を撫でながら志摩子さん。
「だ、騙されちゃだめよ志摩子さん、その子は……」
「私はいいと思うのだけど」
「え?」
「妹も孫も乃梨子だなんて、私、幸せだわ」
「あのー」
「あ、でも姉妹になるかどうかには干渉するつもりは無いわよ。これは私がそう思ったってだけだから」
 って、そんなこといわれたら干渉されたも同然なんですけど。
「そうだわ、乃梨子は嫌みたいだからこっちに居る間あなたの面倒は私がみるっていうのはどうかしら?」
「ほ、ほんとうですか!」
「ちょ、ちょっと待って……」
「そうね。今日から私の家に泊まるといいわ」
「は、反対! それにもう小乃梨子のことは菫子さんも承知してるし」
 冗談じゃない。 志摩子さんの家にお泊りなんて私もまだしたことないのに。
「でも、ケンカするじゃない」
「しない、しませんよ。ほら、よく知ってるから遠慮ないだけで」
「そうなの?」
「そうそう」
 そういってまだ志摩子さんにしがみついている小乃梨子を引き剥がして。
「ほらこんなに仲がいいんだから」
 今度は私が抱きしめて見せた。
「……よかったわ」
 志摩子さんはそれを見てやわらかく微笑んだ。

「じゃあ、ロザリオをください」
「なんでよ」
「あら、あげないの?」
 ちょっとまって。
 なんでなんでそうなる。
「あー、その子、乃梨子ちゃんの妹なんだ」
「ええ。これから儀式なの」
「わー、いいところにきちゃった」
 いつのまにか、祐巳さまと由乃さまも来てるし。
「お姉さま?」
「あのね……」
「乃梨子、選びなさい。この子を妹にするか、私がこの子を世話するかを」
 思い切り干渉してるし。
 といいつつ、志摩子さんが何を考えてるか判ってしまう自分が今は悔しかった。
「……帰れる兆候があったらすぐ返しなさいよ」
 たぶん、この子について私と同じことを思ったのだ。
 帰れるまではさびしい思いをさせないようにと。
「わーい、これが志摩子さんがつけてたロザリオ」
 首に掛かったロザリオを触りながら喜んではしゃぎまわる小乃梨子。
 なんか神聖な雰囲気も何もない儀式だった。
 が、その直後。
「乃梨子ちゃん!」
 がばっ、と志摩子さんに抱きつかれた。
 って、志摩子さん?
「あら?」
 目の前にも志摩子さん。


 結局のところ、小乃梨子と同じ世界から来た志摩子さんだったわけだけど。
「の、乃梨子ちゃん、そのロザリオは?」
「え? これはお姉さまから……」
 そう言って小乃梨子は乃梨子の方に視線を向けた。
 それを聞いたあっちの志摩子さんはショックのあまり……。
「なんてことなの……」
「ああ、志摩子さん!」
 倒れそうになったところを乃梨子が抱きとめた。
「ど、どうしよう?」
 あっちの志摩子さんを抱きかかえながらこちらの志摩子さんに聞いてみた。
「……乃梨子ちゃん」
 志摩子さんが『ちゃん』付けで呼ぶのは小乃梨子の方だ。
「えっと?」
 当の小乃梨子は状況がわかっていない様子。
 一応、心配は心配なんだろうけど、戸惑いの方が強いみたい。
 志摩子さんでは説明しづらそうなので乃梨子が小乃梨子に説明した。
「あなたが私の妹になったって聞いて志摩子さんがショックを受けたのよ」
「……なんで?」
「なんでって……」
 私ってこんなに鈍かったかしら?
「この志摩子さんがあなたに特別な想いをもってたからに決まってるじゃない」
「まさか」
 小乃梨子は本っ気で信じられない、という顔をした。
 どうやら小乃梨子にとって志摩子さんは憧れの白薔薇さま。高嶺の花だったらしい。
 きっと『憧れの人が実は自分を想ってくれていた』っていう少女漫画みたいな展開にはついていけないのだろう。

「で、どうするの?」
「え、えっと、これは返します」
 まだ、なんか動揺してるというか混乱してるというか状況にいまいちついてこれない小乃梨子は、ロザリオの十字架を手に取ってそう言った。
「待って」
「え?」
 志摩子さんだ。 あっちの志摩子さんの方。
 いつまでも抱えているわけには行かないので椅子を持ってきて彼女には座ってもらっていたのだけど。
「姉妹の契りはそんなに軽いものじゃないわ。あなたなら判るでしょ?」
 そして、椅子から立ち上がって小乃梨子に近づき、ロザリオを外そうとしてたその手を取った。
「で、でも……」
 なにやらおかしな方向に話が行きそうなので乃梨子が口をはさんだ。
「あの、それはこの子が独りだと思ったから私が……」
 でも、それを遮って向こうの志摩子さんは言った。
「私はこちらの世界の人間ではないわ。ましては薔薇さまでもないし」
「それとこれとどんな関係が……」
「乃梨子ちゃんがこちらで頼れる人を見つけたのならその方がいい。私はここでは何も出来ないもの」
 そう言って、あっちの志摩子さんは目を伏せた。
 ああ。 と乃梨子は思った。
 そうなのだ。
 志摩子さんはこういう人だった。
 小乃梨子のことを思って身を引いてしまおうとする志摩子さんにどんな言葉をかけたらいいのだろう。

「……そんなことは無いわ」
「え?」
 こんどはこちらの志摩子さんが言った。
「……あなたは乃梨子ちゃんが居なくなって必死で探していたのでしょう?」
 そういえばいきなり抱きつかれたっけ。
 小乃梨子がこっちに来たから当然向こうでは居なくなってたわけだ。
 愛されてるなー。 ちょっとうらやましい。
 志摩子さんは乃梨子が居なくなったら必死で探してくれるだろうか?
「こちらの世界まで来てしまうくらい必死になって」
 そういわれて改めて小乃梨子の方を見るあっちの志摩子さん。
 小乃梨子の方はずっと(あっちの)志摩子さんを見つめたままだった。
「志摩子さま……」
「乃梨子ちゃん……」

 ぱちぱちぱち。
 いつのまにかギャラリーと化していた『その他』の山百合会メンバー達から拍手が巻き起こった。

 よかったね。
 思いが伝わったね。

 「おめでとう」と祝福するみんなに囲まれて二人は泣きながら幸せそうに笑っていた。

「よかったわね」
 志摩子さん(当然こっちの)が乃梨子に声をかけた。
「うん」

 そして、小乃梨子は乃梨子にロザリオを返し、改めて向こうの志摩子さんからロザリオを受け取り、この件は一応の終結を見せたのだった。

 結局、今回の事件は、違った形での乃梨子と志摩子さんの邂逅を見てしまったようなものだったが、なにやら初々しい自分達の姿を見るにつけ、前よりも志摩子さんと仲良くなれたような気がした乃梨子であった。






 ところでその後、あの二人はどうなったのかというと……。
「乃梨子さん、乃梨子さん」
「あ、志摩子さん……」
 実はまだ居て、むこうの志摩子さんが乃梨子と同じクラスだったりします。



【910】 NGだらけの山百合会トラップ発動用意周到  (一体 2005-11-25 05:56:17)


 読んでいただける前に、この作品の注意点を述べさせていただきます。
  
 注意1 言葉使いがちょっとワイルドな表記があります。  
 注意2 ていうかみんなワイルドです。(変態さんです)
 注意3 長いです。(約20KBちょっとあります)

 内容は壊れ&下品な表現が使われていますので、そういうのが苦手な方はすみませんが読まれないで下さい。
 
 

 ようやく夏の残暑も去ろうかという9月の終わりごろのある日の昼休み、祐巳は由乃さんと何気ない会話を楽しんでいたりした。

 「祐巳さん、昨日の「鬼軍曹」見た?」
 「うん、見た見た。軍曹、ついにやっちゃった、って感じだったよね」
 「まあいつかはやるかと思ってたけどねー」  

 祐巳と由乃さんが話しているのは、今女子高生の間でブレイクしてるTVドラマ「渡る世間は鬼軍曹」についてだった。そのストーリーを簡単に説明すると、第二次世界大戦を戦っていた通称「鬼ヒゲ軍曹」こと山田太郎軍曹率いる小隊が、落雷に巻き込まれ現代日本にタイムスリップしてはっちゃける、というまあよくありがちの恋愛ものだったりする。

 「いよいよ次週で最終回かー」
 「そうだね、確かタイトルは「下せ天誅!!さらば!鬼ヒゲ小隊」だったっけ?」
 「そうそう、次週テロップに軍曹率いる小隊が国会に『この○▲民が!!』って叫びながら襲撃をかける姿が映ってた!」
 「わあ、早く次週にならないかな!」

 二人はもう秋を感じさせる心地よい風を浴びながら楽しく会話を続けた。
 話題の内容は日頃どんな番組を見ているかに移り、どんなスポーツ、どんなバライティ、どんなクロマティを見ているのかと進んでいき、そして由乃さんが次にあるジャンルを上げたとき祐巳の口の動きが止まることになる。 

 「じゃあ、祐巳さんはどんなクイズ番組見るの?」

 (うっ、クイズかぁ・・・そういえば最近みてないなぁ)
 
 正直、祐巳はあんまりクイズ番組は見ない。いや、正しくは好きではないといった方が正しいだろう。
 昔はそうでもなかったのだが、最近、家族でクイズ番組を見ているとき、祐麒が「どこの電波?」と評した答えを祐巳が口にするたびに、お父さんは「祐巳はお母さんに似たんだなあ」といった後に、目にも止まらぬ電光石火のスピードでお母さんが「何言ってるのよ、お父さん(強調)に似たのよ」と表情は笑いながらも目は全然笑ってないその顔で即座に否定するのを見せられてると悲しくなって嫌いになった。

 「うーん、クイズはあまり見てないかな」
 
 ちょっと考えた後に祐巳が正直にそう答えると、由乃さんはビックリしたように祐巳に返してきた。

 「うそ。見てないの、祐巳さん。色々な臓物が出題される「臓物奇想天外」とか、クイズで答えるよりもラスト1分のパネルを力ずくで奪う方が勝ちパターンな「ファイナルアタック!25」とか、色々な国の恥部を暴き出して出題して外交問題にもなった「なるほど・ザ・アナザーワールド」とかいろいろあるでしょ!」
 「う、ううん、そんなの見てない。だいたい、そんな食事中の団欒時に臓物なんか見たくないし」
 「もう、祐巳さんの感性はだいぶ遅れているわね」
 
 どっちかというと、由乃さんの感性が人とはかなり(間)違った方向にダイヴしてるのではないだろうか、と祐巳は思う。
 そのダイヴしてるっぽい由乃さんは、ふう、と溜め息をひとつ着いて祐巳に話しを続けてくる。それがまたとんでもない話だった。

 「いいわ、じゃあ祐巳さんにもクイズのおもしろさをおしえてあげる!」
 「へっ?」
 「へっ、じゃないでしょ。今日の放課後。やるわよ、祐巳さん!」
 「な、何を?」
 「何を、ってクイズに決まっているでしょ! 祐巳さんにクイズのおもしろさを教えてあげるわ!」
 「え、あの、由乃さん?」
  
 祐巳があまりの展開についていけないでいると、由乃さんは祐巳に最終勧告を突きつけてくる。

 「じゃあちょっと山百合会のみんなにも言ってくるから、祐巳さんがクイズの真髄が知りたい、って言ってたって」  
 
 がたっ、たたたた…
 
 「ちょっ、待って、待って、由乃さーん!! そんなの別にいいってー!!」

 祐巳が叫んだが聞こえなかったのかあるいは無視したのか、由乃さんは教室を猛スピードで飛び出していった。…ああ。
 

 そして、その日の放課後。
 真っ直ぐに帰宅にしようとした祐巳のその肩に、何者かの手がポンと置かれていたりした。
 あまり振り向きたくはなかったのだが、祐巳が振り向くとその先にはやっぱりというかなんというか、そこにはとってもにこやかな顔をした由乃さんが祐巳の目の前に立っていたのだ。ぬう。

 「どこへいくのかなあ、祐巳さん?」

 そのにこやかな由乃さんの顔は、祐巳にとっては危険のサイン以外に他ならなかったので、とっさに家に帰るための言い訳を試みることにする。

 「え、えっと…今日は4時から再放送の「水戸黄悶絶Σ」があるからお家にかえりたいなあ、なんて思っていたりして」
 
 時代劇好きな由乃さんなら、と祐巳は由乃さんに家に帰るため軽いジャブを放ってみた。だが、祐巳のけん制に由乃さんから返ってきたものはジャブどころかストレートがカウンターで祐巳のハートにブレイクすることになる。

 「あ、それなら家にサードシーズンまでBOXがあるから大丈夫よ。次の日曜日にでも一緒に見ましょう、祐巳さん」(にこっ)
 「ぶっ!!」

 (そ、そんなBOXがあるの!? サ、サードシーズン? し、しかも、私ひょっとして全部由乃さんと一緒に見ないといけないの、それ?)

 祐巳の人生でも燦然と輝くであろう「やるせない休日の過ごし方」のフラグが立ってしまったことに対して、祐巳がやりきれれない気持ちになっているところに、由乃さんが追い打ちをかけてくるように口を開く。

 「だいたいさっき言ったばかりなのにもう忘れたの、祐巳さん? 今日はクイズをやる、っていってたじゃない!」
 「あ、あれは、由乃さんが勝手に」
 「何、せっかく親友がわざわざ祐巳さんのために骨を折ってあげているのに、親友の心使いを無にするつもり?」

 由乃さんの心使いというより、由乃さんは悪魔の使いなんじゃあないだろうか、と祐巳は思わないでもなかったが、そんなことをうかつに言ったら祐巳の骨が折られかねないので、祐巳はあきらめの表情を浮かべ由乃さんに白旗を上げることにした。

 「…はい、わかりました」
 「うん、わかればよろしい。さあ、いくわよ」 
 
 (いったい私はどこに行くのだろう? はあ)

 こうして後の祐巳にとって思い出すのもつらい精神切断ウルトラ(につらい)クイズの幕は開けたのであった。
 
 ファ、ファイナルアンサー!!


 
 祐巳は由乃さんに半ば無理やりという形で薔薇の館に連れて行かれると、もうすでにそこには祐巳たち以外の山百合会メンバーが皆揃っていたりした。
 祐巳はおどろいた。だって、今日は山百合会でやることは何もなかったはずだから。
 て、ことは、まさかみんな? 祐巳はみなが揃ってる理由にそれ以外の思い当たる節がなかったので、その嫌な答えが合っているかどうか確かめるべく由乃さんに確かめることにする。 
 
 「ちょっ、由乃さん。まさかみんなに声をかけたの!?」
 「あたりまえじゃない。やっぱりこういうのはみんなでやらないとおもしろくないでしょ」
 
 おもしろくない、ちっともおもしろくない。
 冗談ではない。どうして由乃さんはこう物事を大きくしたがるのだろうか? 
 二人が館の入り口でひそひそ話をしていると、少し苛立った声で祥子さまが祐巳たちに声をかけてくる。

 「ちゃっと、何ごちゃごちゃいっているの二人とも。だいたい祐巳、仕掛け人のあなたが遅れてどうするのよ、まったく」
 「へ?」
 
 気のせいだろうか? なにか今とても聞き捨てならないようなことを聞いたような? 

 「えっと、お姉さま、誰が仕掛け人なのですか?」
 「何言っているのよ、あなたは。今日、由乃ちゃんが昼休みに「今日の放課後、祐巳さんが第一回3薔薇対抗クイズでポン!をやるといってますので放課後は是非薔薇の館へおこしください」と言ってきたわよ。だったら仕掛け人はあなたに決まってるじゃない、祐巳」

 ぽん!

 今、祐巳の頭から何かが抜けていった。とりあえず抜けていった何かは置いといて、祐巳は慌てて口を開いた。

 「し、仕掛けてません、そのようなこと間違っても仕掛けてません! 陰謀です、私の隣にいる人の陰謀です!」 
 「隣って、あなたのとなりには誰もいなくてよ、祐巳」
 「あら?」

 その祥子さまの指摘に祐巳が慌てて自分の隣を見ると、さっきまでそこにいたはずの由乃さんがいなくなってた。
 祐巳が慌てて仕掛け人を探してみると、いつのまにかその「必殺!仕掛け人」である由乃さんは何事もなかったかのように由乃さんのスカートをめくっていた令さまをタコってたりする。

 ドカ! バキ! ボコ! ドコッ!!

 ようやく令さまをタコり終わった由乃さんは、祐巳と目が合うと実にすっきりとした笑顔で祐巳に「グッ!」と親指を立ててくれた。
 祐巳も嬉しくなって親指を・・・・・・って待て自分。
 あぶないあぶない、ついうっかり由乃さんの笑顔に騙されそうになってしまった。

 「由乃さん、そんなのはほっておいていいから。ええと、なんかいつのまにか私が発案者っぽくなってるのだけど。随分とインチキ話をみんなに伝えてない、由乃さん?」
 「もう、祐巳さんったら、せっかく私が気を利かせてあげたっていうのに」
 「それ全然気を利かせると違うと思うんだけど。どちらかというとスパイスが効いてるっていうか、パンチがきいてるっていうか…」
 
 祐巳が由乃さんと押し問答をしているとき、祥子さまが割って入るように2人の会話に入ってきた。

 「おだまりなさい、お二人とも。誰が、なんて問題はここまできたらもう関係ないわ。ここで大切なのはメンバー全員が3薔薇対抗クイズでポン!をやるから集まったってこと、つまりクイズをやるってのはみなの総意、これはもう山百合会の決定事項なの」 
 「でっ、でも、お姉さま!」
 
 祐巳が祥子さまに抗議をしようとすると、今回の悪の元凶が入りもしないフォローを入れてきた。

 「そうよ、祐巳さん。みんなを困らせないで」
  
 祐巳としては、行動倫理の5割が人を困らせる成分でできてるっぽい(後の5割は令さまを悶絶させるくらい困らせる)由乃さんにだけはいわれたくない。 
 祐巳がそう思っていると、背後からゾンビのようにゆらりと立ち上がってきた何かが声をかけてくる。生きてたんだ。
 
 「ま”あ”ま”あ”、ぜっかくみんなごうして集ま”っだのだからやっでびてもいいんじゃない、祐巳ぢゃん」

 ぷっ(鼻血の音)

 祐巳としては、さっきまで自分の妹のスカートをめくって鬼のようにタコられて顔面がスリル満点のテーマパークのようになっているような人からは言われたくはない。しかもとめどなく鼻血でてるし。
 ここで、新たに祐巳を諭さすかのようなほんわかした声が祐巳の方にかけられる。
   
 「祐巳さん、やってもいいんじゃなくて?」
 「えっ、志摩子さんってクイズが好きなの?」

 正直、それは以外だ。そもそも志摩子さんってバライティ番組なんて見そうになし。 

 「別に、好きってわけじゃあないけど…でも、せっかくみんなでやるっていって集まったのだから、やってもいいんじゃないかしら」
 「うーん」
 
 祐巳の抗議も空しく、どうやら大勢はやってみよう的な空気になってきてる。
 
 (はあ、仕方がない。ちゃっちゃっとやって終わらせてよう)

 仕方なく祐巳があきらめのため息を浮かべているところに、ちゃくちゃくとルールのようなものが祐巳の周りで話し合われていた。
 ここで簡単にルールを説明すると、紅、黄、白の薔薇姉妹がそれぞれチームとなり、それぞれが交代でクイズを出題して出題されたほうも交代で答えるという真に簡単なものだ。
 だいたいルールの方も決まったころにある提案が出されたりした。

 「でも、ただクイズを答えるだけって言うのも芸がないわね。なにか罰ゲームでもいれない?」

 この祐巳の心臓に優しくない言葉を言ってきたのは、あまり地球と令さまに優しくない由乃さんだったりする。
 バツゲームって、由乃さん。正直それは、祐巳としては勘弁して欲しい。ただでさえクイズが苦手なこのタヌキにその提案はいじめにしかならない。

 (反対! 絶対反対!!)

 祐巳はそう思いながらも、下手に由乃さんに抗議をしたら逆効果になりかねないので黙っている。
 しかし、このまま黙っていても事態は進展しない。誰かやんわりと反対してくれないかな、と祐巳が願っているとここで一人の方から声があがる。

 「由乃さん、それなら提案があるのだけど」
 「何、どんな罰なの志摩子さん」
 
 祐巳は、その声の主が志摩子さんだったことで安心にも似た気持になる。

 (良かった、志摩子さんだったら罰ゲームっていってもソフトなやつに決まってる)

 よし、路線変更。罰ゲーム反対じゃ無くて、志摩子さんの罰ゲームに賛成しよう。
 祐巳がそう思いながら志摩子さんの罰ゲームの内容について聞くことにする。

 「罰ゲームは、正解を答えられないたびに、服を一枚ずつ脱いでいく、ってのはどうかしら?」
 
 うんうん、やっぱり志摩子さんの罰ゲームはソフト・・・じゃない!! な、なんじゃそりゃ!!

 「ちょっ、志摩子さん!?」
 「あら、祐巳さんは自信がないの?」

 むろん、自信はある。
 そう、自慢ではないが天性の超天然であるこの祐巳が正解を答えるわけなどなく、どんな簡単な問題がこようともその天から与えられた天然ボケをいかんなく発揮する自信が・・・だめじゃん、自分。
 ここで、祐巳と志摩子さんの会話を遮るような声がかかる。
 
 「ふざけているの、志摩子?」
 
 その声は祥子さま、って考えてみたら別に祐巳が慌てる必要などなかったのだ。普通に考えれば祥子さまがそのようなことを認めるはずが無い。
 だが、その鶴の一声がかかったのにもかかわらず志摩子さんは全然表情を変えてはいない。そしてさらにとんでもないことを続けて口にしたのだ。

 「ああ、もちろん祥子さま薔薇さま方がお脱ぎになる必要はありませんわ。ここは私たちの妹、つまり蕾たちがお手つきのたびに服を脱ぐというのはいかがでしょうか?」
 
 「ぶっ!!」

 「…祐巳たちが?」
 「はい、答えるのは姉妹で交互でやりますが、ペナルティーはあくまでその妹である蕾が受ける、と」
 「…なるほど」
 「なっ、なるほど、って、おっ、お姉さま!」 
 「祐巳、あの子たちに生まれてきたことを後悔させてあげましよう。ふふ。
 「はっ、早くも、ここに後悔しているタヌキがいます!」

 (だ、だめだ。お姉さまはやる気満々だ)

 いや、それ以前に志摩子さん。同じ二年生でも薔薇さまな自分だけセフティーなそのルールは酷いと思うぞ。
 祐巳が志摩子さんに文句を言おうとした矢先に、どこかから大きな声があがる。

 「それ、イイ!!」

 どぼぅ!!
 
 だがそんな寝言を聞き逃してもらえるわけもなく、その発言者は自分の妹から容赦ないツッコミをもらっていた。
 で、今度はそのツッコミを入れた人自身が志摩子さんに向き合ってたりする。
 
 「ちょっと、自分が薔薇だからって、その不平等なルールは酷いんじゃないの!」

 おお、流石は由乃さん。祐巳の言いたいことを全て代弁してくれた。
 祥子さまが急に考えるようなそぶりを見せたのでちょっと焦りはしたが、由乃さんがあの様子ならこの話はながれるだろう。
 祐巳が安心しているところに今度は志摩子さんが口を開く。

 「由乃さん、ちょっとお耳をお借りしていいかしら」
 「な、なによ、志摩子さん。いっとくけど納得なんてしないからね」

 由乃さんのその言葉を了承と受け取ったのか、志摩子さんが由乃さんに耳打ちを始める。
 でもまあ、あの剣幕の由乃さんの納得させることは並大抵ではできないだろう。ふむ、志摩子さんが何を考えているのかは知らないが、あまり由乃さんを怒らせない程度にした方がいいと思うぞ。 

 「ええとね…祐巳さ…パン・・G・T…チャ・・ス」
 「ふむふむ、なるほど! 確かにチャンスだわ!」  
 
 気のせいだろうか? 何かとても祐巳のハートを熱くさせる言葉がとびかっているような気がするのだが? 
 志摩子さんと由乃さんが二人同時に祐巳の方に一瞬顔を見せた後、またお互い顔を向け合いクックックッと笑っていた。
 
 「いいわ、契約成立ね」
 
 (た、企んでる、絶対企んでいるよこの人たちー!!)

 この状況は明らかにやばい。祐巳は他に反対してくれそうな人を慌てて探すことにした。 ・・・・・・といっても、よく考えれば現時点で志摩子さん、由乃さん、ヘタレ、祥子さまが賛成もしくはそれに準じているので、あと残っているのはさっきから一言も口を開いていない乃梨子ちゃんだけだったりするのだが。
 とにかく、このまま座して死を待つよりはダメ元で攻めてみよう。祐巳は一縷の望みをかけて、乃梨子ちゃんに意見を求めてみることにする。
 
 「乃梨子ちゃんは服を脱ぐだなんて、そんなの本当にいいの?」
 
 祐巳はそういうと、乃梨子ちゃんは祐巳の胸元をチラリと見た後、こう言ってきた。

 「祐巳さま、わたし、脱いでも凄いんですよ」(にやり)

 乃梨子ちゃんから返ってきた返事は「ダメ元」というより「ダメダメ」だった。
 とりあえず祐巳は、乃梨子ちゃんを相手にしないことに決めた。

 クイズが始まると、祐巳はもう怒涛の勢いだった。
 そう、怒涛の勢いで祐巳の服は剥ぎ取られていた。

 「はい、問題。池波先生著、武士道一直線(こんな作品ありません)の主人公、殺助の決め台詞は?」 
 「ええと、わ、わかんない・・・て、ていうか、その問題って全然一般問題じゃないんじゃあ?」
 「ブブー!! じゃあ、令ちゃん。リボンとって!」
 「ごめんね、祐巳ちゃん」
 「ひゃあ!」 

 そして、お次は志摩子さん。

 「じゃあ、問題。煩菩爺阿寺(ボンボヤージ)にある本堂にある本尊の作者の名前は?」
 「そ、そんなのわかるわけないよ! て、ていうかそんなトンデモ寺、本当にあるの?!」  
 「ええ、あるわ(もちろん大ウソ) ふふ、乃梨子、やっておしまい。あ、パンツはまだよ」
 「はい、わかりました。じゃあそのソックスをいただきます!・・・あ、クサ!」 
 「クサいっていうなー!」

 こうして阿鼻叫喚な宴は進んでいき、進むたびに祐巳の身も心も寒くなってゆく。

 そうこうしてるうちについに最終問題。祐巳はなんとか耐えた、最後の砦だけは守った。
 祐巳はあられもない姿になっても、とりあえずほっとしている。なぜなら次は祥子さまがお答えする番だったから。
 なぜ祐巳が安心できるのかというと、祥子さまはこれまで見事に全問正解してくれてたりした。
 でも逆の見方をすれば、この自分の情けない姿は完全に祐巳だけのせいだったりする。正直、それはそれで情けないといえば情けないのだが。まあ、頼りになるお姉さまをもったことは幸せだということにしておこう。
 
 ただ、これまでにちょっと祐巳には気になることがあった。気のせいか、クイズが進むにつれ祥子さまの顔が赤くなっていた。それになんだか息が荒くなってきたような気がするような気も。はて? なんでだろう?

 「じゃあ、最後の問題いくよ」

 おっと、しまった。祐巳は令さまの声に慌てて我に返ってクイズの方に意識を戻す。やはり大丈夫だろうといっても不安は残る。いくら祥子さまでも分からない問題はそりゃああるのだから。
 祐巳は令さまから出される問題に集中する。

 「・・・・・・日本では紅薔薇と呼ばれ親しまれている薔薇を、フランス語で正式になんと述べるか」

 (・・・・・・へっ?) 

 なんだそれは? 祐巳は目を丸くした。だってそれは祐巳たちにとってはクイズにもならない当たり前の事なのだから。
 まさか、何かの引っかけなのか? 祐巳は思わず出題者である令さまの表情をうかがう。
 令さまと目が合うと、令さまは祐巳にウインクを返してくれた。それで祐巳は全ての疑問が氷解する。だって、令さまのそのウインクと表情がこういっていたのだから「もう、いいじゃない」って。
 祐巳も感謝の意を込め、笑顔で令さまにウインクを返すことにした。 

 (ありがとうございます、令さま。この借りは今度、令さまが由乃さんに襲われても逃げるのをやめて生温かくそばで見守ってあげますので!) ※結局見殺し 

 ふう、やれやれ。一時はどうなることかと思ったけど、なんとかお嫁にいける身体は死守できそうだ。
 祐巳が安心の溜め息をついているところに、その後ろから二つの悲鳴のような声があがる。 

 「ちょっと、令ちゃん。なんなのよ、その問題にもならない問題は!!」
 「ふざけないでください、ロサフェティダ!!」

 (やーい、ざまあみろ!)
 
 その悲鳴のような声はもちろん由乃さんと志摩子さん。その二人は令さまのクイズに内容に文句をいってたりした。でも、それはもう後の祭り。今更出題が変わるなんてことはありえないし、それはこちらとしても認めるわけにはいかない。

 (あ、危ないところだった。もし最後の回答者が自分だったり由乃さんや志摩子さんが出題者だったら、祐巳はお嫁にいけなくなってしまうところだったかもしれない!)

 まあでも、ここまでくればもう大丈夫。後は祥子さまが分かりきった答えを口にするだけ、それですべてが終わる。
 祐巳は安心して祥子さまが口を開くのを待った。
 やがて、祥子さまがゆっくりと口を開き祐巳たちにとって当たり前のことを口にする。
 
 「・・・・・・ヘチマよ」

 そう、正解である「ヘチマ」・・・・・・って正解ちゃうし!! なんだよ「ヘチマ」って!! 

 「あ、あの祥子、もう一度いってくれないかな? な、なんか聞きなれない変な単語が聞こえたのだけど」
 「あら、その年で耄碌したの、令。いいわ、もう一度いうわよ。正解はズバリ、ヘチマ。ヘチマ・キネンシスよ。どう、正解かしら?」
 
 祐巳が「耄碌してるのはお姉さまの方です! このヘチマ頭!」と叫ぼうとしたが、その前に祐巳の周りから実に嬉しそうな声がかかる。

 「あら〜 紅薔薇さま。残念ですけど、本当に残念ですけど、それは不正解ですわ〜」と由乃さん。
 「ええ、紅薔薇さま。由乃さんの言う通りで惜しいですけど、本当に惜しいですけど、不正解です」と志摩子さん。
 
 ひょっとしたらこの二人はもう祐巳の親友としては不正解なのだろうか? と祐巳がそう思っているとき、祥子さまが口を開いた。 

 「そう、それは残念」(あっさり)

 祥子さまはちっとも残念そうでない口調でそう言った後、静かに祐巳の方に顔を向けてくる。

 「ごめんなさい、祐巳。ちょっとこの出題は、私には荷が重すぎたみたいだわ」
 「お、重くない、ちっとも重くない。全然フライ級です、お姉さま。む、むしろヘヴィなのは祐巳の心です!! 底がぬけそうです!!」、

 だが祐巳の底が抜けたことなど知ったことがないように、祥子さまはその美しい顔を明後日という名の方向に向けて黄昏ていた。

 「・・・・・・あなたの期待に応えられないなんて、私ったら姉失格ね」
 「今だけは激しく同意ー!!」

 祐巳の心が不条理と言う言葉の意味をかみ締めているとき、ふっふっふっ、という笑い声が後ろから聞こえてくる。
 驚いて祐巳が振り向いてみると、そこには生きた不条理たちが祐巳に迫っていたりした。

 「さて、それじゃ最後の一枚をいただきますか」と舌なめずりをしている由乃さん。
 「そうね、かわいそうだけどルールだから」との言葉とは裏腹に手をわきわきしてやる気マンマンな志摩子さん。

 そして、祐巳の前からも、

 「ああ、ごめんなさい、祐巳。私のせいで・・・」と恍惚の表情を浮かべている祥子さまが祐巳に迫っていた。

 じりじり。

 3人がゆっくりと祐巳に対する包囲の間を狭めてくる。
 祐巳が、この世界に神も仏もなく、マリアさまはこの哀れな子羊を見てらっしゃらないのか、と思っている、そのとき。 
 
 「ちょっと、やめなさいよ!」
 
 と、その3人に鋭い声がかかる。 
 みなが思わず振り向いてみると、それは祐巳にとってはあまりにも意外な人からの救いの声だった。そこにはまるでいつものヘタレっぷりがウソのような令さまがいた。
 祐巳にはその令さまが輝いてみえた。例えるなら、そう、大富豪で革命が起こった後の「スペードの3」みたいな。
 
 (ああ、感謝します。やっぱりマリアさまは見ておられたのですね!) 

 祐巳がマリアさまに感謝を述べているとき、動きが止まった3人が口を開いた。

 「何言ってるのよ、令ちゃん!」
 「どうしたのですか、黄色薔薇さま?」
 「なんなの、令?」

 3人が口々に令さまの真意を質そうとする。ただ、その檄レアな令さまの様子に3人の動きは止まったままだった。
 令さまが再び鋭く口をひらいた。

 「みんな、みんなちょっと落ち着いて! 祐巳ちゃんが怯えているじゃない!」

 祐巳がその言葉に令さまに感謝の視線を送っていると、先ほどの3人が口をごもらせている。

 「え、あ、でも」
 「・・・・・・それは」
 「う、そうね。ちょっと慌てすぎたわ」 
 
 (うん、流石令さま。はりぼてみたいだとはいえ、黄色薔薇やっていることはある)

 3人の対応をみて、令さまがよしよしといった感じで再度口を開く。 

 「だからここは、ジャンケンして勝ったものが剥ぎ取れる権利を取る、これでいきましょ」

 (こ、このドはりぼて!!)

 令さまの言葉を聞いた3人が、実にイイ顔をしながら同意の声をあげる。

 「なるほど、それでいきましょ!」と由乃さん。
 「それですわ、令さま」と志摩子さん。
 「そうね、それしかないわね」と祥子さま。
 そして「ちょっと待てい!」という祐巳の声は、何事もなかったかのようにスルーされた。
 
 やはりこの世界には神も仏も無く、マリアさまもこの哀れな子羊を見てなかったのだろう。おそらく神さまと仏様は二人で釣りにでもでかけ、マリアさまはテラスで昼寝でもしているにちがいない。
 祥子さまが祐巳の方に顔をむけてくる。 

 「祐巳、あなたもそれでいいわね」
 「いえ、ちっとも」
 「祐巳、私を困らせないで」
 「そのお言葉、そっくりそのままお返ししていいですか、お姉さま?」 
 「・・・・・・わかって、祐巳。私だって辛いのよ」

 おそらく、お姉さまの辛さと祐巳の辛さの方向性は天と地の開きがあるのではないだろうか? 
 祐巳がそう思っているとき、後ろからも悲しそうな声が聞こえてくる。

 「そうよ、祐巳さん。つらいのはあなただけじゃないのよ。祐巳さんの下着を剥ぎ取れるのはたった一人なのよ!」
 「ええ、祐巳さん。私たちの気持ちも察して」

 何が悲しくて、自分の下着を剥ぎ取る変態さんたちの気持ちを察してあげないといけないのだろうか? だれかこのやるせない気持ちを察して欲しい。
 ここで、ある意味トドメをさしてくれた方から(口調だけは)優しい言葉がかけられる。

 「祐巳ちゃん、優しくしてあげるからね」
 
 祐巳は、生まれて初めて殺意という感情が芽生えたりした。
 だれでもいいから助けて、と祐巳が思っているそのとき。

 『とんとん』

 と薔薇の館の入り口がノックされた。

 「「「「なっ!!??」」」」 

 ・・・がちゃ

 ゆっくりと薔薇の館の扉が開かれ、その突然の訪問者はゆっくりと館の中へ足を進めてくる。
 しかも、シルエットは二人だった。

 (ひょ、ひょっとして救いの手が!? しかも2人!! か、神さま仏様、待ってました!!)

 祐巳は期待に満ちた目で入り口を見る。
 やがて、シルエットの二人が明らかになってくる。その二人は祐巳がよく知ってる二人だったりした。
 
 そこには・・・・・・最新のカメラ(動画ももちろんOKよ!)を完全装備した蔦子さんと、いつのまにか姿が見えなくなっていた乃梨子ちゃんが立っていた。
 乃梨子ちゃんが、それはもう嬉しそうにニッコリ笑って口を開いた。 
 
 「みなさん、いい人をお連れしてきました」
 
 (わー!! 神も仏もないー!! 祐巳にとっては、神は神でもトンデモ厄病神!! 仏は仏でもお陀仏でした!! マリアさま助けてー!!)

 祐巳が絶望に打ちひしがれているときに、ようやく息を整えた蔦子さんが叫ぶように口をひらいた。

 「ま、間に合ったー!! 祐巳さんのしっぽりサービスカットォー!!」

 祐巳は蔦子さんに叫び返した。

 「ええ、変態さんは間に合ってます!! さっさと帰れー!!」(絶叫) 

 こうして薔薇の館にそろった奇人変人さんたちの手によって、この後も祐巳は翻弄されることになった。
 どう翻弄されたのかは……聞かないで、お願い……うっうっ。

 おわり。

 
 連載ものの続きがさっぱり浮かばないので、気分転換にこんな長くて馬鹿作品を載せてしまいました。このような馬鹿作品を最後まで読んでいただいて、本当にありがとうございました。
 


【911】 パッションフルーツと呼ばないで  (まつのめ 2005-11-25 13:49:09)


【No:908】の続き。



 その5(顛末)


 結局、あのあと、江利子さまを加えて一日ドライブを楽しんだ(楽しんだのは殆ど江利子さまだった気がするけど)後、泊まろうとしたホテルで祐巳はお姉さまと再会した。
 もちろん、蓉子さまも一緒だった。
 あのときのお姉さまは格好よかった。
 お姉さまはホテルのロビーに入ったところで仁王立ちして、聖さまを見るなりニヤリと笑い「小笠原の力を見くびらないことね」と決め台詞。
 まるで映画の1シーンを見ているようだった。

 そのあとは蓉子さまと祥子さま、それに運転手の松井さんであの黒塗りの高級車に乗って家まで送ってもらったのだ。
 江利子さまと残された聖さまがあれからどうしたのかは知らない。
 なんか「こうなったら流氷見に行くわよ!」とか江利子さまが張り切ってたけど。
 というか、この時期、流氷は見られないんだけど。


 そんなこんなで翌週の月曜日。
「聞いたわよ。大変だったんだって?」
 由乃さんがどこからか話を聞いたらしくそう話し掛けてきた。
「え、うん、まあ」
「聖さまなにを考えてるのかしら。やっぱり白薔薇って謎だわ」
 結局、聖さまの失恋の傷心旅行につき合わされちゃったのだ。
 でも祐巳が居たことで聖さまも元気になられたみたいだし、べつに怒りが湧いてくるということも無かった。
 むしろ、いままでいっぱい助けてもらった何分の一かでも恩返しが出来たのならと、嬉しくさえ思えるのだ。
 でも、そんなことを口にしたらお姉さまに呆れられてしまった。
 お姉さまや家族に心配をかけてしまったのは確かにマイナスだけど、祐巳的にはプラスマイナスゼロだと思っていたのに。
 そんな祐巳に由乃さんは言ってくれた。
「でもさ、寝ている間に連れ去られるなんて、祐巳さんもちょっとボケすぎよ?」
「ええっ!? な、何で知ってるの?」
 由乃さんはそんな祐巳をみてやれやれ、という顔をした。
「……対策会議は山百合会メンバー全員居たのよ」
「ぜ、全員!?」
 なんてこと。祐巳はお姉さまと元薔薇さま達だけだと思っていたのに。
「なに驚いてるのよ。あたりまえでしょ? 瞳子ちゃんと可南子ちゃんも居たんだから」
「げっ……」
 「祐巳さまはおめでたすぎます」という瞳子ちゃんの言葉が祐巳の脳裏にリアルに浮かんできた。
 しばらく山百合会での立場が悪いことを覚悟する祐巳であった。


 放課後になって薔薇の館に向かう途中。
「やっぱり普通っていいな」
 先日の『突発的な事件』を思い出すにつけ、祐巳の口からそんな言葉が漏れた。
「なにが『いいな』なのよ」
 隣を歩いていた由乃さんが訝しげにそう言った。
「だって……」
 今日はよく晴れていて、中庭にも陽の光があふれてるし。
 ほら、のんびりと歩いていく猫のゴロンタとか。
 由乃さんはそんなゴロンタを見て目を瞬かせた。
「あれ? ランチいたんだ」
「え? 居たんだ、って?」
「あら、祐巳さん知らなかったの、ランチが居なくなったって噂」
「噂?」
「保健所に連れ去られたとか事故に遭ったとかいろいろあったのよ。志摩子さんが心配しちゃって大変だったんだから」
 そういえばこのところ志摩子さんの元気が無かったような。
 祐巳に覚えが無いってことはその話題が話されたとき丁度いなかったのだろう。
「そうだったんだ……」
 ゴロンタはそんな噂は何処吹く風といった風情で陽に包まれたぽかぽかの中庭を横切っていった。
 そして、その向うにはゴロンタを見て立ちすくむ聖さまが……
「って、聖さま!?」
「あ、あなた、戻ってきたのね……」
「え?」
 脈絡を感じられない聖さまの言葉に何のことですか、と聞きそうになって、聖さまの視線が祐巳に向いていないことに気付いた。
 というか、ゴロンタを見て話してる?
 ゴロンタは『にぁ〜』と聖さまに答えるように鳴くと聖さまの方へ近づいていった。

「……そうだったの」
「あ、あの?」
「よかった。あなたが居なくなったって聞いどうしようかって思ったわ」
 なんか祐巳が近くに行っても無視して猫と会話する聖さま。
「せ、聖さま……」
「あら祐巳ちゃん」
 聖さまがおかしくなっちゃった!? っと泣きそうになってた祐巳になにやら気楽に声をかける聖さま。
「な、なにかあったんですか?」
「いえね、この子ったら、お歳暮で貰いすぎた鰹節とか煮干をしばらくあげていたらそれに執着しちゃって」
 そう言いながら聖さまはゴロンタを抱き上げた。
「はあ?」
「私の顔みるたびにおねだりするようになっちゃったからあげるのをやめたのよ」
 ここで祐巳は「あれ?」と思った。
 なにか、聞いた話に合致するような気がするんだけど……。
「そうしたら、なんか大学部の方まで来るようになっちゃって、危ないから追い払ったの。 そうしたら彼女なんか拗ねちゃって、高等部まで様子を見にきても姿を見せてくれなくなっちゃったんだよね」

 『結果、それが彼女を傷つけることとなり、その関係は終わった』

「それって」
 聖さまは抱きかかえたゴロンタに向かって言った。
「でも鰹節と煮干はもうあげられないのよ。あなたは私に依存しちゃだめなの」
 にゃっ!
「いたっ!」
 ゴロンタはひと鳴きすると聖さまの腕に爪を立て捕縛を逃れ、走り去ってしまった。
「あっ! 大丈夫ですか?」
 走り去るゴロンタを見送った後、聖さまは振り返って言った。
「やっぱり、失恋だよねぇ」
 聖さまはちょっとだけ寂しそうな顔をした後、微笑んで見せた。
「あ、あのもしかして、あの時言ってた彼女って……」
「ん?」
 あの時って? と、首をかしげたあと、聖さまは「ああ、そうか」と大げさに手を打つジェスチャーをした。
「言わなかったっけ?」
「せっ……」
「せ?」
 なにかな? と呑気な聖さま……。

「聖さまのばかぁ!!!!」

 傷心の祐巳は走り去った。






「祐巳ちゃんどうしたのかなあ、ねえ由乃ちゃん?」
「さ、さあ?」
 今回ほとんど部外者だった由乃にわかるはずもなく。




(完)


【912】 身を焦がす未練冬雷  (六月 2005-11-26 00:52:16)


乃梨子ちゃんに志摩子の兄貴のこと教えた時の顔は実に面白かった。
これがお祖母ちゃん気分ってやつかな。特に孫が一途な性格だと余計に楽しい。
こんな楽しいことを蓉子や江利子はやってたわけだ。ちと羨ましいぞ。
乃梨子ちゃんと別れた後、久しぶりに高等部の庭を散歩していると。
「佐藤聖さん?」
声をかけられたらまず立ち止まり、「はい」と答えながら体全体で振り返る。それがリリアンの乙女の嗜み。
「ごきげんよう学園長」

「ずいぶんとごきげんのようね。何か良いことがあったのかしら?」
ふむ、どうやら幸せオーラがだだ漏れだったようだ。
「えぇ、まあ。孫がこんなに可愛いとは知りませんでしたよ。
 高等部在学中に楽しめなかったのが残念です」
「あらあら、あなたの孫というと二条乃梨子さんね。あまり苛めてはだめよ」
苛めるなんて人聞きの悪い、可愛がると言うんです。
「いやぁ、志摩子LOVEって感じが可愛いんですよ。
 志摩子の一挙一動に振り回されてるんだろうなと思うと余計に」
「まぁ」
「私や志摩子はそういう感覚とは無縁でしたからね、乃梨子ちゃんが羨ましいですよ」
あの頃はお姉さまを慕ってどうこうなんて、恥ずかしいとか私は言ってたからなぁ。
志摩子もそういう感情を表に出す子じゃなかったし。
乃梨子ちゃんに感化されて感情を表わすようになった志摩子はいい顔してる。

「そう、でも良かったわ。あなたが元気になって」
「あの節は学園長にはご迷惑おかけしました」
今にして思えば栞との事では学園長にも迷惑かけてたっけ。
私や栞を護ってくれようとしていたんだと、今なら分かる。
「あなたが良いお友達を持って居ただけ。
 私は何もしていないわ・・・いえ、何も出来なかったと言った方が良いかもしれないわね。
 あなた達の気持ちが分かってしまったから」
「そういえば学園長は・・・」
学園長も同じ想いを経験していたんだって、後から聞かされた。「いばらの森」に心を閉じ込めてた一人だったんだと。
「あの時は大変だったわね、セイさん」
「春日さんとは今でも?」
「えぇ、二人で居るとね、長い時間を取り戻しているみたいで楽しいわ」
セイとカホリはいばらの森を抜け出して、幸せになれたのだろうか。

「佐藤さん、あなたは今でも久保さんに会いたいと思っていますか?」
思わず苦笑してしまう。昔の私なら感情的になっていたような話題だ。
「会いたいと思います。・・・ただ、まだ少し早いかなとも。
 栞と離れ離れになり身を裂かれるような、胸を焦すような想いに気が狂いそうだったあの頃。
 お姉さまや蓉子に守られ、いつもと変わりなく接してくれる江利子に救われました」
何も言わずにただ見守ってくれたお姉さま、手を出さずに見守ることがどれだけ難しいか、それをやってのけるんだからお姉さまには敵わない。
汚れ役まで買って出てくれる蓉子、余計なことは言わず変わりなく私をみてくれる江利子、親友というのはこういうものなんだろう。
「志摩子に出会い誰かに必要とされることの温もりに触れることが出来ました。
 そして祐巳ちゃん。彼女にあるがままを受け入れて生きる強さを分けてもらって、今の私になれたのだと思います」
ただ側にいるだけで分かってしまう存在、志摩子。自分で自分に罪を着せてしまう危うさは、まるで鏡のようだった。
しかし、そんな私や志摩子に生きる強さ。他人との関わりを恐れず、あるがままに受け入れて行く強さをくれた祐巳ちゃん。あの子にも敵わないな。本人は全く気が付いていないようだけど。
「今はまだ自分と周囲というものを受け入れて歩き始めたばかりではないかと。
 そんな自分が栞に会っても、また栞を苦しめるだけかも知れません。だからまだ早いんです、たぶん」

「そうね、あなた達はまだ若いんですもの、時間は沢山あるわね。
 久保さんも今のあなたの言葉を聞けば安心するでしょう。
 あなたがしっかりと前を見据えて生きていることが良く分かりました、と」
栞なら喜んでくれるだろう。自分の幸せより他人の幸せを喜ぶ子だったから。
「しかし、栞は大丈夫だったのでしょうか?私には仲間達が居てくれました。
 栞はたった一人で苦しんで居たのではないかと、それだけが気掛かりで・・・」
それは今でも気になってしまう。彼女からこのリリアンという楽園を奪ったのは私なのだから。
私さえもっと大人だったら、栞を苦しめることも無かったのだろうと。
「久保さんにもあちらでお友達が出来たそうよ。
 彼女にはあなたの様子をそれとなく知らせて、安心するように伝えてあるわ」
「え?学園長、栞の居場所を?」
学園長は知っているというの?栞がどこへ行ったのかを。
「忘れて居ませんか?私はこちらでの久保さんの親代わりでもあったんですよ。
 他の学園へと移ったからとその役まで降りたわけではありません。私が薦めたのですから。
 それとも私がそのような人に見えますか?」
「いえ、学園長がそのような事をなさるとは思いません。しかし、ご存じだったんですか・・・」
考えてみれば知らない方がおかしいか。学校に無断で転校なんて出来る訳が無い。
すべてを知った上で、敢えてなにも語らなかったのだろう。私がまた走りださないように。
「ゆっくりと考えなさい。そして久保さんと会う自信がついたら、いつでもいらっしゃい。
 その時にはすべてを話して上げましょう。では、ごきげんよう」
「ごきげんよう、学園長」
毅然とした立居振舞いは凛々しくも柔らかだ。まったく、この学園には私の敵わない人が多すぎる。
それがまた心地良いのだけれど。

晩秋の空を眺めると寒々とした薄い雲がどこまでも、どこまでも続いている。
また、冬が来る。あの辛い冬を忘れることは出来ないけれど、今は新しい希望が生まれた。
栞、いつか必ずあなたに会いに行ってみせるわ。
その時はきっと二人静かに話せるよ、そしてこんな穏やかな時間を過ごす術を教えてくれた仲間達のことを話そう。
私はそんな未来を夢にみることが出来るようになれたよ。



【913】 花は幻想のままに  (ケテル・ウィスパー 2005-11-26 05:04:33)


【No:753】→【No:778】→【No:825】→【No:836】→【No:868】→ 【No:890】の続きです。

 学校が再開されてから2日がたった。 
 祐巳は暇をみては校舎内を歩き回っていた、志摩子の姿が万が一生徒の中に紛れていないか? 少しでもいい、気配は感じられないか? できれば、新たな罪を犯すその前に。


 放課後、掃除の生徒以外はすぐに帰宅するように言い渡されている。 掃除が終わった生徒も一旦職員室に行き点呼をしてから速やかに帰宅するように定められている。

 祐巳は今、薔薇の館の1階で一人、時が来るのを待っている。
 由乃にいっしょに帰ろうと言われるかと思ったが一人教室から離れることが出来た、祥子や瞳子に会わないよう注意しながら薔薇の館の中に潜りこむ。 空気がこもっていたがまさかおおっぴらに窓を開けるわけにもいかず、その中に身を置く事にした。
 昨日こっそり運び込んでおいた大きい剣(つるぎ)、自分が身に付けて持ち歩いている小さい剣(つるぎ)。 赤金色の不思議な淡い光を放っている剣(つるぎ)が暗い物置の中をやわらかく照らしだしていた。

 祐巳が結界を張ってから一週間、リリアンの中に閉じ込められているだろう志摩子の体はすでに限界のはず、新たな獲物を狩れなければ体の腐りはさらに進んでしまうだろう。

 剥き身の剣(つるぎ)を携えて祐巳はゆっくりと立ち上がる。

 薔薇の館の扉を開けるとすでに逢魔々時、死人憑きに魅入られた志摩子もそろそろ動き出す時間。 志摩子がどこに潜んでいるのか探りあてることが叶わなかったので、とにかく校内を歩き回るより仕方ない、自らがそれを誘き出すための餌として。 不思議と恐怖心は無い。

『なゃ〜〜ぅ』
「……あなたも一緒に来る?」

 扉のすぐ横に、まるで祐巳が出てくるのを待っていたようにゴロンタが現れる。 先導してやると言っているように祐巳の少し先を歩いていく。 小さな騎士(ナイト)の先導で、祐巳は校内の探索を開始する。


 銀杏並木の近く……

 マリア様の像の前……

 校庭……
 
 校舎の外回り……

 中庭……

 お御堂……

 古い温室……

 クラブハウスの外周…… 

 そして白薔薇姉妹の、祐巳にとっても、思い出の場所。 桜の木の近くまで差し掛かった時…。

「ぁぐぅ……!」

 重い物を地面に落とした時のような音がしてうめき声が耳に届いた。 音のした方に向かって迷わず祐巳は走る。 しかし、誰かがまだ校内に残っていたなんて。
 事件があってから校舎の廊下や施設の明かりは、夜になっても点けられたままになっている。

 桜の木の近く何者かの影、誰かを組み敷いて首に手を掛けているのは志摩子、そして組み敷かれているのは…。

「…?! 乃梨子ちゃん!!」


 * * * * * * * * * * * * * * * *


「カ〜〜ット! 記録OK? 一旦休憩入れます!」
「乃梨子、重くなかったかしら?」
「…いえ……むしろ…心地いい…い、いえ!!も〜〜大丈夫です! どんどん乗っちゃってください!!」
「? 乃梨子、乗るシーンはここまでなのだけれど……」
「あ……いえ……そうでした(ちっ)」
「乃梨子ちゃ〜〜ん、な〜〜に赤い顔してんのかな〜〜?」
「由乃さま……放って置いてください!」
「どうだったのかな〜〜? 志摩子さんに押し倒されるって言うのは?」
「え? そ、それはも〜〜天国にも上るような、いいフトモモで……い、いえ! な、なんでもありません!!」
「ははははは、聞いた祐巳さん?! いいフトモモだったんだって! …え? 祐巳さんどうしたの? 手なんか上げちゃって、銃でも突き付けられてるみたいだけど?」
「……みたいじゃなくて本当に突き付けられているんだけど……」
「はぁ〜? こんな所でそんなぁぁ〜〜?!」
「ホールドアップよ由乃さん。 乃梨子をバカにしたら許さないわ」
「ど、どこからそんな物を…?」
「ふふふ、バイオニック・志摩子2で使うかもしれない候補の軽機関銃なんですって。 私の身長とのマッチングとかいろいろと考えているみたいね」
「な〜〜んだ〜〜モデルガンなんだあ〜、びっくりした〜〜」
「びっくりしたわ〜〜、心臓に良く無いからやめてよね〜志摩子さん」
「改造したのだから大丈夫なんでしょ?」
「む〜〜〜!! 改造言わないで!!」
「でも、ずいぶん大きいのだね〜、何ていうの?」
「M249……でしたよね、祐麒さん?」
「そうM249軽機関銃…あと三〜四種類候補があるらしいけど? バルカン砲はビジュアル的にはいいけどあきらめたらしいよ。 三砲身とはいえ毎分3700発の反動を支えるのは無理でしょう」
「正確には ”ガトリング砲”よ、バルカン砲は商品名ですって」
「あ、祐麒。 これ、監督がここで読み上げろって」
「え? ……マジで? じゃあ……
 ”次回いよいよアクションシーンです! 祐巳は志摩子を倒し乃梨子を救うことが出来るのか? また、由乃の動向は? ひょっとしたら投稿規程に引っ掛かるんじゃないかと言う不安をはらみつつ、次回を待て”
                ………こ、こんなもん?」
「……ぜんぜん似合わないよ祐麒……」
「え〜〜っと、なんて言ったらいいのかしら?」
「た、確かに似合わないけれど、これはあれよ…あれ……そう! 監督の人選ミスよ! 祐麒君のせいじゃあないわ!」
「……なんかダメ押しされたみたいで………」
「ご、ごめんね…祐麒君……」


「ひょっとしたらって思ってはいたのですが…」
「なんですの? 菜々ちゃん」
「お姉さまの最大の弱点は祐麒さんですか?」
「う〜〜ん……、まあ、そうですけれど。 でもそうとばかりも言えませんわよ」
「なんでですか?」
「恋する乙女は言語に絶するほど強くなれますわ、だから最大の弱点かもしれませんけれど、最大のエネルギー源とも言えますわ」
「下手につつくと命取りになりかねませんね……」
「…………どう言うつつき方しようと思ってらしたの?」
「それは秘密です」

              〜〜〜〜〜〜つづく・・・・・ 


【914】 置き去りにされた志摩子、  (まつのめ 2005-11-26 12:33:53)


忘れられてるかもしれませんが、【No:656】紛れもない偽志摩子だったんですね・・・の続きです。




 志摩子に話しかけてきた生徒と共に、目的地らしき教室に入ってから、志摩子は切り出した。
「すみません。私は藤沢朝姫さんじゃないんです」
「は? 何を言い出すの」
 行動する前に悩んでしまうのは志摩子の悪い癖である。
 こんな所まで来る前にさっさと言えばよかったのに、ここまでついて来てしまったのは、自分が問題の朝姫さんにどのくらい似ているか判っているだけに、どうやって説明したらカドが立たず、かつ誤解を招かずに理解してもらえるかを悩んでしまった結果であった。
「あの、こんな紛らわしい格好してますが、実はこの近くのリリアン学園に通っている藤堂志摩子と申します」
 結局悩んだ挙句、ストレートに主張するという実にシンプルな結論に達したわけだが。
「……藤沢さん、そのネタ面白くないわよ」
 まったく信じてもらえなかった。
「あの、ネタとかじゃなくて……」
「嫌になったのなら言ってくれればいいのよ。 別に強制するつもりはなかったんだから」
 彼女は眉を顰めてそう言った。
 どうやら、朝姫さんの拒絶と受け取ってしまったようだ。
「あの、ですから私は……」
「わかったわ。 もういい。 私が勝手に勘違いしてたみたいだから」
「あ、あの……」
 志摩子は困った。
 このままでは朝姫さんを悪者にしてしまう。
「……そうよね。 いつも冗談交じりできっぱり断ってくれたものね。 でも私はいつもまじめだったのよ?」
「あの、お話を……」
「今日はなに? わざわざ断るために黙ってついてきたの? だったらそんなの余計なお世話だわ。 だいたい藤沢さんがしおらしくついてくるなんておかしいと思ったのよ」
 駄目だ。この人、人の話を聞かない。
「私のこと笑いに来たのよね。 変な趣味もった人だって。 どうせ私は……」
 なんだか語りに自虐が入ってきたのでやむを得ず、すーと息を吸った後、志摩子は叫んだ。
「話を聞いてください!!」
「……へっ?」


 志摩子の大声にびっくりしてようやく彼女の語りは止まった。
「私を朝姫さんだと思うのは仕方ないと思いますが、確認だけでもしてもらえませんか?」
 どうもこの人は思い込みが激しいみたいだ。
 こういうタイプの人は強く出ないと勝手に結論を下されて話が何処かへ行ってしまうのだ。
「確認?」
「ええ、この時間は普通、朝姫さんはどちらにいらっしゃいますか?」
「どちらにって……生徒会室でしょ」
「ではそこに行きましょう」
 彼女は『行きましょう』という言葉に表情を変えた。
「行ってどうするのよ。 私をさらし者にしようっていうの?」
「そんなこと考えていません!」
 彼女は眉をひそめたたまま志摩子を見ていた。
 どうも生徒会室には行きたくないらしい。

「……もしかして、生徒会の方と仲がよろしくないのですか?」
 そう聞くと彼女はまた観察するようにじっと志摩子の顔を見つめ、言った。
「確かに藤沢さんっぽくないわ」
「だから朝姫さんではないと言ってます」
「生徒会室に本物の藤沢さんがいるって言うの?」
 彼女の表情は、まだ疑っている風だ。
「えっと、少なくともご本人がいらっしゃらなくても事情を知った方がいるはずですので」
「まあ、いいわ。 どういうつもりだか知らないけど私を生徒会室に連れて行きたいのね」
「私は場所を知らないので案内して欲しいんですが……」
「いーわよ。 偽者の藤沢さん。 なんてね」
 全然信じてくれないのだけど、行ってくれるだけで十分だった。
 ここで一人で彼女を説得するよりもはるかにましだから。



「え? 帰った?」
「うん、まあ、帰ったというか連行されたというか」
 志摩子が生徒会室に着いたとき、祐巳さんと由乃さんがさっきまで居たのだけど、もう帰ったことを告げられた。
 生徒会室にはこの前会った会長の桜さんと宮野さんだけだった。
「連行?」
「なんか気に入られちゃったみたいで、私ら以外の連中と一緒に」
 要はどこか寄っていきましょう、ということになったらしい。
 結果的に志摩子は置いてかれてしまったのだ。

「……じゃあこれ、本当に藤沢さんじゃないの?」
 と、ここまで一緒に来た彼女が言った。
「あら、斎藤さん? 生徒会室に来るなんて珍しい」
 桜さんは言った。彼女は斎藤さんというらしい。
「この方に案内していただいたんです」
 志摩子がそういうと、桜さんの正面に座っていた宮野さんがなにやら神妙な表情で言った。
「藤堂さん、なんかされなかった?」
「え? 何か?」
「斎藤は朝姫に執心だからね、間違えられて変なことされたんじゃない?」
「変なことってなによ?」
 ここで斎藤さんが会話に割り込んできた。
「私は藤沢さんにだって嫌がることはしないわよ」
「どうだか。朝姫にまとわりつくのやめてよね」
「あなたにそんなこと言われたくないわ」
「朝姫は嫌がってるわよ」
「藤沢さんは私のこと嫌ってなんか居ない。私にはわかるもの」
「それ、錯覚よ」
 志摩子が返事をする隙もなくぽんぽんと言葉の応酬が始まった。
「あの、けんかしないで下さい……」
「いいのよ。この二人いつもこんな感じだから」
 自分が原因のようなので止めようとしたら、桜さんは全然気にしない風でそう言った。

 結局、斎藤さんは間違いを認めて早々に生徒会室から去っていった。
 桜さんの話だと、彼女はまじめな性格でここに居ない生徒会の残りのメンバーと相性がわるいとか。
 といっても、『残りのメンバー』というのが不真面目というのではなく彼女らもやるときはやるのだが、普段のノリが合わないのだそうだ。
 会ったこともない人たちの話をされても困るのだが、要は気に病む必要はないと言いたかったらしい。 


「藤堂さん帰るよね」
 宮野さんが言った。
「え? ええ」
「居てもしょうがないもんね」
「……そうですね」
 首謀者の由乃さんが帰ってしまったのだから。
 宮野さんの話し方が乃梨子に似てて何故かほっとしてしまうと同時に、無性に薔薇の館に残してきた乃梨子に会いたくなった志摩子だった。

「送りますよ」
「え?」
 志摩子が帰ろうとすると宮野さんが席を立った。
「玄関までだけど」
「あ、はい」
 断る理由もないのでそう答えた。
「斎藤に襲われるといけないからね」
 生徒会室を出たところで彼女はそう言った。
「……誰が襲うのよ」
「げ、斎藤」
 斎藤さんが廊下に立っていた。
「さっきは、ごめんなさいね」
 志摩子に向かって彼女はそう言った。
 さっきは宮野さんに追い払われるような感じで行ってしまったので、改めて志摩子に謝りに来たようだ。
「あ、いえ、私もこんなかっこうしてますから」
「でも、よくにてるわ。親戚じゃないのかしら?」
「何回か同じことを言われましたけど……」
「ちょっと、斎藤」
 桜さんはああいってたけど、宮野さんは斎藤さんが本当に嫌いのように見えた。
 志摩子はあまり人が争うのを見たくないので居た堪れない気持ちになった。
「なによ」
「あんた、藤堂さんまで手ぇ出すつもり?」
「手だすってなに? あなた私をなんだと思ってるのよ?」
「朝姫と違って藤堂さんは大人しいからって、朝姫の代わりに……」
「そんなわけないでしょ! 藤沢さんの代わりなんかじゃないわ。 私は純粋に藤堂さんが気に入ったのよ!!」
「え!?」
 驚いたのは、初対面の人に『気に入った』と言われたからからだ。
 志摩子は自分に数分一緒に居ただけで気に入られるような要素があるなんて思ったことは一度もなかった。
「否定するのはそこかい!」
 髪形が似てることもあり、突っ込みをいれる宮野さんの姿に乃梨子がダブって見えた。
「あ、あの……」
「ほらっ、もう行こう! こんなのと関わったらロクなことないから!」
 宮野さんは志摩子の肩を抱くように手をかけて廊下の先に向かって歩き出した。
「あ……」
 顔だけ振り向いたら斎藤さんと目が合った。
「じゃあね」
 斎藤さんは笑って手を振っていた。

「あ、ごめんね。つい」
 早足でしばらく歩いたあと、宮野さんは肩に回していた手を解いた。
「いえ」
 たぶん朝姫さんのつもりで。
 志摩子にはそこまでする親しい同級生はいないのでちょっとだけ羨ましいと思った。
 が、そう思った直後、祐巳さんと由乃さんの顔が浮かび、『親しい同級生がいない』なんて思った自分を心の中で恥じた。

「基本的に悪いやつじゃないんだけど……」
 宮野さんは斎藤さんが見えなくなってから言った。
「斎藤さんですか?」
「そう、ちょっと趣味がね」
 そう言って言葉を濁す宮野さん。
 さっきの斎藤さんに対するキツい口調とはうって変わって、穏やかな言い方だった。
 どうやら思ったほど深刻に嫌ってる訳ではなさそうなのでほっとした。
 桜さんの言うとおりで、リリアンではあまり見られない話し方に余計な心配をしてしまったようだった。
「……あの方、女の人が好きなんですか?」
 『趣味』のところ、心当たりがあるので聞いてみた。
「あれ、藤堂さんそういうの理解あるの?」
「というか身近にそういう方が居ましたので」
「ってことは、藤堂さんも?」
「あ、いえ、その方は私をそういう対象に見ていなかったみたいですけど」
「じゃあ、片思いなのね?」
 宮野さんはなにやら興味深げに志摩子のことを見ていた。
 そんな宮野さんの視線に申し訳なさそうに言った。
「いえ、あの、私はそういう趣味って訳ではないんですけど……」
「あ、ごめん。『身近』にって聞いて勝手にそうおもってたわ」
 志摩子はやっぱり乃梨子に似てると思った。
 『距離』を気にせず踏み込んでくるところとか、失言に気付くときっぱり謝るところとか。
「でもリリアンの学生を外の方が見るとそう見えることが多いみたいですよ」
「姉妹制度ね。たしかにうちの学校じゃ考えられないわ」
 そんな会話をしているうちに外来用玄関に着いてしまった。

「じゃ、またね、っての変だけど」
「こういうときリリアンでは『ごきげんよう』なのよ」
「あ、それ便利」
「うふふ」
「じゃあ、ごきげんよう藤堂さん」
「ええ、ごきげんよう」

 由乃さんに振り回されてここまで来てしまったようなものだけど、志摩子は今、良い気分だった。
 興味があった『乃梨子に似ている宮野さん』とお話が出来、親しくなれたから。
 それだけで来た甲斐があったと、そう思えたのだ。




(続【No:916】)


【915】 身が持たない正々堂々  (沙貴 2005-11-26 13:05:38)


 藤堂志摩子にとって島津由乃は特別だ。
 
 志摩子ら現二年生の中では薔薇の館の最古参である由乃さんは、薔薇の館の空気を誰よりも知っている。
 それはきっと紅薔薇さまの小笠原祥子さまや、由乃さんの姉にして黄薔薇さまの支倉令さまよりも。
 二年生の半分も過ぎようとしている今、高等部進学と同時に薔薇の館入りした由乃さんの薔薇の館歴は一年半超。
 祥子さまや令さまが薔薇の館入りした正確な時期を志摩子は知らないが、相当に早くでなければ由乃さんの記録を乗り越えることは出来ないだろう。
 
 そして意外にも、その記録と志摩子の記録はかなり密接に関連している。
 志摩子もかなり早い時期、昨年の五月頃から薔薇の館には出入りしていたからだ。勿論、その頃は単なるお手伝いとしてではあったけれど。
 前白薔薇さま、愛する永遠なるお姉さま、佐藤聖さま。
 その手に引かれて薔薇の館へ、薔薇ファミリーと称されるお姉さま方の中に引き込まれた志摩子は、そこで多くのものを得た。
 両手に抱えて尚余りある、大きくて尊いものを得た。
 そしてそれは、由乃さんに取っても同じである筈のことだった。
 
 この繋がりはきっと、志摩子と由乃さん限定のものだ。
 
 
 〜 〜 〜
 
 
「あ、コーヒーはそっちよ」
 給湯室にある小さなテーブルの上に放置されていたインスタントコーヒーの瓶を手にしたは良いものの、どの棚に何が入っているかなどをまだまだ覚え切れてはいない志摩子が右往左往しながら棚の中身を確認していると、そんな声が背後から聞こえた。
 振り返れば、そこには棚の中身とは逆に十分見慣れて覚え切った二本のおさげ髪を垂らした少女が一人。
 給湯室の扉に手を掛け、反対の手で志摩子の対面にある棚を指差して立っていた。
「ごきげんよう、志摩子さん」
「由乃さん。ごきげんよう」
 手を腰の前で組み、二人揃ってぺこりと頭を下げる。
 上げた顔には、二人ともに笑みが浮かんでいた。
 
 
 季節は初夏、時間は放課後。
 マリア祭などの行事がある割には祝日の多い五月末のことで、志摩子は急場のヘルプを頼まれていた。
 とは言えそれも慣れたもので、志摩子はもう館の扉を叩いて延々三十分待つような真似はしない(手伝い二度目の時にあった。既に中に居られた前紅薔薇さまや祥子さまが仕事に集中される余りノックに気付かず、遅れた前黄薔薇さまがのんびり来られた正式な時間の三十二分後まで志摩子は玄関で待機していた)。
 勝手知ったる他人の家、ノックに反応が無いとわかると志摩子は躊躇もなくその扉を開けた。
 
 冷え切った館内の空気と、扉を開けた志摩子自身が突き崩した静謐から鑑みるに、今日は本当に人が居ないようだ。
 そう判断した志摩子は知らず張っていた肩の力を抜いて、ぎしぎし鳴る階段を登ってサロンを目指す。
 人が居なくて久しい館内の気温は五月末と言う季節を考えるとやや過ぎるくらいに低く肌寒かったが、ステンドグラスを通過して差し込む日の光に当てられた階段の手すりは仄かに温まっていた。
 愛しむように志摩子が撫でると、その掌を優しく柔らかく温め返してくれる。
 物理的に暖かい屋敷に志摩子の頬が緩んだ。
 本当に、ここは。
 
 
 そして会議室に入った志摩子が鞄を置いて、何の気なしに給湯室へ入った際に見つけた。
 それは蓋こそ閉まっていたものの、置かれっぱなしになっているコーヒーの瓶。
 聖さまが好んで飲まれるものの、逆に聖さま以外は殆どお召しにならないインスタントコーヒーだ。誰が出してそのままにしたのかなどは、余り考えるまでもない。
 くすくす笑って手に取ったものの、戻す場所がわからず途方に暮れた。
 そんな志摩子に助け舟を出してくれたのが、いつの間にか入ってきていた由乃さんだったのだ。
 
「白薔薇さまったら。朝にでも来られたのかしら」
 ぱたん、と小さな音を立てて棚の扉を閉めた志摩子に、由乃さんは笑いながらそう言った。
 両手に抱えていたから瓶自体がコーヒーのそれだとはわかり辛かったはずだ。
 けれど的確にそれをコーヒーだと理解して、且つ、その置き場所を指示し、出しっぱなしにした人を言い当てた。
 志摩子と同じ、いいやそれ以上に館とその住人を理解している由乃さんが眩しくて、志摩子は少し目を細める。
「なあに、志摩子さんたら」
 そう言ってくすぐったそうに笑った由乃さんは本当に可愛らしくて、志摩子は仄かに令さまを羨ましく思った。
 けれど勿論、そんな心積もりは隠して志摩子は首を振る。
「いいえ、何でも。それより由乃さん、お一人?」
 それは何の気なしに言った一言だったのだが、由乃さんは一瞬驚いて、それから目に見えて落胆した。
 
「ご、ごめんなさい。気に障ったかしら」
 何が悪かったのかはさっぱりわからなかったが、志摩子に台詞に原因があることは間違いがない。
 慌てて謝った志摩子を片手で制した由乃さんは、「大丈夫よ」とはっきりと告げて給湯室の中に入ってきた。
 志摩子がしまったコーヒーの棚とは反対方向。
 紅茶の缶が並んだ棚に向かいながら由乃さんは言う。
「わかってることなんだけど、ね。私は黄薔薇のつぼみの、妹なんだなって」
「」
 何か言おうとして、言えなかった。
 由乃さんが言いたいのは「私の隣にお姉さまが居ないのはそんなに変なの」と言うことだ。
 そして志摩子は、確かに、一人で薔薇の館に居る由乃さんに違和感を覚えてしまった。
 だからこそ「お一人?」なんて聞いてしまったのだ。
 
 取り返しの付かない失言に志摩子が二の句を告げないで居ると、その一切を気に留めないように由乃さんは手際よく紅茶を用意していく。
 ソーサーを並べて、カップを置く。それぞれ二人分だ。
 館で人の動く気配は給湯室にしかない。
 由乃さんに気付けなかった志摩子の感覚は当てにはならないかも知れないが、でも由乃さんが今用意しているカップは高い確率で由乃さんと志摩子のものだろう。
 一応常時沸いたお湯が用意されているポットを志摩子がシンク脇から机に移動させると、さも当然のように由乃さんはその前に葉を入れたサーバーを置いた。
 ポットのお湯を注ぎながら由乃さんが呟く。
「志摩子さんて意外にわかりやすいのね」
「え?」
 聞き慣れない表現をされたようで問い返すと、由乃さんはしっかり「志摩子さんはわかりやすいわ」と繰り返して肯定してくれた。
 わかりやすい。
 わかりやすい、と来た。
 志摩子は自慢では無いが、これまでに「何を考えているかわかりにくい」「ミステリアスだ」と言う評価を受けることは多かったが、「わかりやすい」と評されたのは由乃さんが初めてだった。
 
「さっきちょっと私のこと羨ましそうに見たでしょ。私が白薔薇さまの飲み物とその置き場所がすぐにわかったから。それに、一度した失敗を自分で勝手に根に持って落ち込んじゃうタイプだ」
 (何故か)少し楽しそうに、そう言ってカップの立てる湯気を眺める由乃さん。
 お盆にソーサーごと移しながら、志摩子はでも首を振った。
「羨ましかったのはそうだけれど、白薔薇さまの飲み物、と言うよりはここ、薔薇の館に関してかしらね。やっぱり一日の長があるから、手際が良いもの」
 志摩子はそう言いながらも自分でちょっと嘘っぽいなと思う。
 言ったことは事実だが、由乃さんが言う通り白薔薇さまの云々が全く無いかといわれればそうでもないのだ。
 ちょっと悔しかったのは事実だから。
 でも由乃さんはそこに言及しないで、ただ「わかったわかった」って言うように声もなく笑った。
 
 
 サロンに戻って、対面に座って。
 お互い紅茶を一口飲んで、ほうと溜息。
 人が足を踏み入れてからそんなに時間はたって居ない筈なのだが、サロンは志摩子が来た時に比べて随分と温まっているように思えた。
 肌寒さなどどこにもない。
 それは勿論陽射しと紅茶の所為であるのだろうけれど、それら以上に由乃さんのお陰に違いなかった。
 誰かが居る場所は、ただそれだけで温かくなる。
 薔薇の館で志摩子が知ったことの一つだ。
 
「ごめんなさい」
「は?」
 苦ではない沈黙の中で紅茶を二口三口飲んだ後、志摩子は言った。
 悪意ある言い方をするなら、由乃さんを令さまのオマケのように考えていたことを黙っているのに耐えられなかった。
 それはアイデンティティの否定だから。
 人は一人で生きてはいけないものだけど、だからと言って誰かの傍でしか生きられない訳じゃない。
 由乃さんは由乃さんで、令さまは令さまだ。
 例え姉妹であったとしても――志摩子は未だに姉妹のシステムをはっきりとは理解していないけれど――それは変わらない事実。
 
 けれど由乃さんは言葉の意味がわからなかったらしく、眼をぱちくりさせて志摩子を見ていた。
「ほら、さっき給湯室で」
 けれど志摩子がそう言うと、由乃さんは「えっ、あっ、ああ」と言葉にならない相打ちを打った後。
「あははははは!」
 と淑女らしからぬ大声で笑った。
 それで言葉を失ったのは志摩子だ。
 笑われるようなことを言った覚えは無いし、こちらとしては誠意ある謝罪をしているつもりなのだが、それに対する返答が爆笑とは。
 箸が転んでも可笑しい年頃であることはおたがいさまだが、それはこんな場面で適用される言葉ではない。
 志摩子の言葉など真面目には受け取って貰えないのだろうか。
 そう思うと無性に悲しくて、紅茶も陽射しも暖かいのに急に肌寒くなって、目の奥が熱くなる。
 
「あーおかしい」
 そう言いながら志摩子とは別の理由で浮かんだ涙を人差し指で拭った由乃さんは、改めて佇まいを正した。
 眼を脇を掻く様な仕草で志摩子も零れかけていた涙を掬う。
「本当、気を使うんだから」
 紅茶を一口飲んで、続けた。
「大丈夫よ、って言ったでしょ。それに実際、教室以外だと殆どお姉さまと一緒だもの」
「でも」
 少し体を前に倒して志摩子が言い縋ると、由乃さんは「それに」って。
「そんなイメージも直に無くなるわよ。今は私も高等部に上がったばかりでお姉さまも過保護気味だけど、そのうち構っていられなくなるでしょうし。山百合会の雑務なんかは私達一年生に任せっぱなしになったりもするんじゃないの」
 由乃さんはまたそこでちょっと、紅茶を飲んだ。
 
 私達。
 誰も妹でもない、単なるお手伝いの志摩子がそれに含まれているのだろうか。
 普通に考えれば入っているわけは無いのだけれど、由乃さんの口振りは由乃さん自身と志摩子の二人を指しているように聞こえた。
 返答に窮していると由乃さんはカップを置いて笑う。
「逃げられないわよ」
 その笑顔はにこり、と言うよりもにやり、であったけれど。
「今志摩子さんが来てくれているのはただのお手伝いだって、わかってる。でも、もう私と志摩子さんは出会っちゃったんだから。こうやって薔薇の館でお茶を飲むくらいに親しくなったんだから。逃がさないわ。これからも忙しくなったら真っ先にお声が掛かる事を理解しておいてね」
 逃がさない、逃げられない。
 どこかで聞いたようなその単語は酷く心地良く志摩子の心に染み入った。
 
 でも。
 咎人である志摩子には枷こそが相応しいと言う思いはある。
 あるけれど、同時にそれすらも許されざる罪だと知っている。
 枷は嵌められた人だけを捕らえるものではない。嵌めた人をもそこに縛り付けてしまうものだ。
 もし由乃さんが志摩子に枷を、薔薇の館の安寧と言う枷を嵌めるなら。
 いざ、もし、志摩子がリリアンを離れることになったら。
 リリアンから逃げ出してしまうようなことになったら。
 由乃さんは安寧の中で独りになってしまうのだろうか。
 それは罪だ。
 イエズス様を欺くことと同じくらいに大きな、大きな罪。
 
「でも私は」
「でもは無し」
 そう思って否定しようとした志摩子を、由乃さんは一刀両断した。
「良い場所よ、ここは。さっき志摩子さんも言ったけれど、私は志摩子さんよりも長くここに居るからそれが良くわかる。黄薔薇さまも、白薔薇さまも、紅薔薇さまも。お姉さまも祥子さまも、皆居る。ここはきっとね、誰だってそう思える場所なんだって思う」
「誰だって――?」
 問い返すと、由乃さんは頷いた。
「私のように薄弱な少女も。志摩子さんのように憂い顔が似合う美少女も」
 突っ込みたい部分は言葉の前半にも大いにあったが、敢えてそこは飲み込んで志摩子は言う。
「私は美少女なんかじゃないわ。有り触れてる顔よ」
「そういう敵を増やす発言は止めなさい」
 大笑いしながらそう言う”薄弱な”由乃さんこそ美少女の形容にはぴったりだと、志摩子は唇を尖らせて思った。
 
「とにかく」
 こほん、とわざとらしく咳払いをしてから、由乃さんは言う。
「私はそう言うの良いな、って思っているの。そうなれば良いな、かな。志摩子さんはまだお客さまかも知れないけど、いつか、薔薇の館の一員として。正々堂々と、志摩子さんとこうやってまたお茶を飲めたら良いなって。それだけ覚えておいて」
 薔薇の館の一員。
 それは白薔薇さまの――白薔薇さまに限った話ではないけれど――妹になって館に残ること、のようには聞こえなかった。
 ただ館を構成するパズルのピースとして、そこに居られたら良いと。
 姉妹制度の盛んなリリアン高等部でそれは非常に困難なことだとわかっている。
 懇意にしてくださっている薔薇のお姉さま方には申し訳ないけれど、姉妹に関する見えない圧力は何も薔薇ファミリーからだけ受けているのではない。
 薔薇ファミリーの注目度にしろ姉妹制度にしろ、知識量は志摩子の比ではない由乃さんにだってそれは十分に判っている筈だ。
 
 なのに由乃さんは言ってくれた。また、お茶を飲みたいって。志摩子とお茶を飲みたいって。
 その心遣いへの感謝と、想われる幸せへの感激に胸が詰まる。
 でも。
 ああ、でも。
「そうなったらどんなに良いか」
 漏らすように、由乃さんに聞こえないような小声で、そうとしか答えられない自分はやはり咎人なんだ。志摩子は泣きたくなった。
 踏み出せない。
 あと一歩、踏み出せない。
 由乃さんが折角歩み寄ってくれているのに、諸手を広げて待ち構えてくれているのに。
 飛び込めばきっと心地良いだろう。
 白薔薇さまはどんな顔をされるか想像できないけれど、拒絶するようなことは……ないと信じたい。
 どちらにしろ、由乃さんを含めた皆さんは暖かく迎え入れてくれるに違いない。
 誰の妹でなくとも。薔薇の称号なんて無くても、ここは志摩子の居場所になってくれるだろう。
 でも。
 それは。
 
「だから、それだけ覚えておいて。それ以外は今は、良い」
 思考の袋小路に蹲った志摩子を引っ張り上げるように、由乃さんはそれだけ言って紅茶をぐいと飲み干した。
 そして今度こそにこりと笑ってくれた由乃さんに、でも志摩子はまだ笑い返すことは出来なかったのだった。
 
 
 〜 〜 〜
 
 
 それからもう一年と少しが経つ。
 その間に色々なことがあった。本当に色々なことが。
 
 結局志摩子は由乃さんの言う通り、薔薇の館は本当に良い所だと理解したし、正々堂々と館に居座ってお茶を飲むことも当然になった。
 館に導き、そこに留めてくれたのは聖さま。
 胸に抱えた咎を(半ば無理矢理)取り払ってくれたのは祥子さま、令さま。
 そして今、しっかりとリリアンの大地を踏み締めてここに居られるようにしてくれたのは乃梨子だ。
 それらの殆ど全てを傍で見てくれていたのは由乃さん。
 去年の後半から館入りしたにも関わらず、今や色んな意味での館の顔になった祐巳さん。
 
 沢山の人に囲まれて、愛しい方に支えられて、志摩子は今胸を張ってリリアンに立っている。
 志摩子は薔薇の館を愛している。その住人を愛している。
 そして由乃さんもまた同様である事を志摩子は知っていた。
 長く時を過ごせば過ごすだけ果てしなく良さの判る場所だから、居る時間の長い二人が最も館とその住人を知っている。
 
 威圧感すら伴って迎えてくれる格調高い玄関の扉も。
 柔らかな陽射しの溢れる階段も。
 季節ごとに空気の装いを変えるサロンも。
 いつも変わらなく埃っぽい一階の物置も。
 何もかもが、愛しい。
 在るだけで幸せになる、とても稀少な存在だ。
 
 山百合会の総本部と言う肩書きのお陰で一般生徒は中々来れないけれど、それは本当に勿体無いことだと志摩子は思う。
 でも足を踏み入れる人が厳選されているからこそ、今の薔薇の館があるということも知っているから。
 難しい。一言では言い切れない。
 ただ少なくとも、今の薔薇の館を志摩子も由乃さんも愛しているし。
 今後館で何かが変わったとしても、それは変わらず愛し続けられるだろう。
 
 だから志摩子はもう悩んだりしない。
 リリアンに自分の居場所は確かにあるのだ。
 乃梨子の隣。由乃さんの隣。祐巳さんの隣。聖さまの後ろ。祥子さまの後ろ。令さまの後ろ、そして。
 薔薇の館。
 そこが志摩子の居場所。
 しっかりと前を向いて生きていける場所。
 志摩子はもう悩まない。
 もう決して俯かない。
 顔を前に向けて、誇りをもって歩んでゆけるのだ。
 
 
 そして今、誇らしげに顔を上げる志摩子の前に。
 馴染んだ体操服を身に纏い、籠を背負って正面を向く志摩子の前に。
 
 これから必殺の魔球を投げる球児のように、スポンジボールを右手で掴んで前に持ち、炎を背負って立ち塞がる彼女が居た。
「本気になったこの私から逃げられるとは思わないことね! 志摩子さん!」
 リリアン体育祭。二年生競技、『玉逃げ』。
 どういう訳だか、志摩子は由乃さんと限りなく一方的な決闘状態になっていた。
 
 アーメン、アーメン。
 主よ、私を平穏と安寧へお導き下さい――
 
 そんな志摩子の祈りは、渾身の力で投げられた由乃さんの第一球で打ち砕かれる。
 
 
「きゃっ、痛い、きゃぁっ!」
 逃げる志摩子に投げ付けられるのはスポンジボールなのだから、当たっても決して痛くなんてない。
 でも、ぽこぽこぽこぽこ当てられ続けていると条件反射的に口が勝手に痛いっ、なんて言ってしまうのだ。
 すると如何に競技とは言え、そこで攻撃の手は一瞬止んでしまう。これは志摩子だけに言えたことではなかったが、志摩子の場合は現白薔薇さまと言う威光も合間って顕著だった。
 唯一つの例外を除いて。
「ええい! それっ!」
 志摩子の悲鳴を掻き消す威勢の良い掛け声と共に、どんどん飛んでくるカラフルなスポンジボール。
 そのうち幾つが籠に入っているのか志摩子にはさっぱりわからない。
 わからないけれど――
 飛んでくるボールの半分くらいは後頭部で受けていることはわかっていた。
 と言うか由乃さん、籠に入れる気ある……?
 
「あははは! そらそらっ!」
 追う由乃さんから飛んでくるボールの数は、時間が経っても一向に減る気配が無い。
 それどころか、疲れが足に来た志摩子の動きの方が鈍って、今では殆ど由乃さんの独壇場だ。
「ん、もうっ!」
 それでも、志摩子は悲鳴を上げて走り続ける。
 図らずも公衆の面前で行われていた白薔薇さまと黄薔薇のつぼみのじゃれあいに、茶々を入れるような輩はもう殆ど居なくて。
 追う由乃さん、逃げる志摩子。
 一年も前に行われた二人のお茶会の時には確かにあった、見えない確執なんてそこには無い。
 遠慮も苦悩も、そんなものはこの一年で色んなところに置いてきてしまったから。
 
 由乃さんは正々堂々とお茶を飲みたいと言った。
 志摩子もそれを願っていた。
 
 でも。でもだからって。
 
「足が止まってきたわよー! 志摩子さん!」
 人の後頭部目掛けて嬉々としてボールを振り被るのは、果たして正々堂々なのか。
 確か逃げる相手を背後から切り付けるのは武士道不覚悟が云々だと以前に由乃さん自身が言っていた気がするけれど。
 そうしてちょっとだけ振り返った志摩子の顔面に。
 ぽこっ、と。
 スポンジボールが直撃した。
 
 
 由乃さんの事は好きだし、愛しているけれど。
 正々堂々と向かい合うのは体力勝負だ。
 『玉逃げ』終了のピストル音と同時にくず折れた志摩子は、荒れた息を必死で整えながらそんな事を思っていた。
「お姉さまーっ! 大丈夫ですかーっ!」
 遠いところから聞こえた乃梨子のそんな声に、どれだけ救われたかわからない。
 志摩子は乃梨子に顔だけ向けて、何とか笑みを作り上げた。
 そして籠を下ろしてふうと一息。
 
 体力勝負でも良いのだ。
 今の由乃さんにとって体を動かすことは一種のステイタスなのだから。
「だらしが無いわね、ほら」
 ちゃんと、こうやって手を差し伸べてくれる由乃さんと向かい合うことが出来るなら。


【916】 持ちつ持たれつ志摩子のそっくりさん  (まつのめ 2005-11-26 14:22:51)


このネタでまだ引っ張りますか。
【No:505】 → No530 → No548 → No554 → No557 → No574 → No583 → No.593 → No.656 → 【No:914】→ というわけでまだ続く。



「あら志摩子じゃない」
「え?」
 ぱっと見、こんな商店街に似つかわしくないような綺麗な人だった。
 つややかな黒髪を顎の長さで綺麗に切りそろえた、率直に言って美人さん。
 なんて見とれていたら、
「やあ、久しぶり」
 『美人さん』の後ろに志摩子さんのお姉さまの佐藤さんが軽く手を上げて爽やかな笑顔で微笑みかけていた。
 ということは、この人も例の山百合会の関係者?
「こんなところで会うなんてどうしたの?」 
「あ、ええと……」
 佐藤さんが後ろで『しーっ』てゼスチャーしつつウィンクするもんだから『私は志摩子さんじゃない』っていうセリフを思わず飲み込んでしまった。
「ここって、学校ともあなたの家からもずいぶん離れてるわよね……聖?」
 『美人さん』は佐藤さんのほうに振り返った。
「ん? なあに?」
「どうして志摩子を呼んだの?」
「あら、どうして私が呼んだって思うのかしら?」
「だってそれ以外考えられないじゃない。 志摩子が家からも学校からも遠い駅の商店街までわざわざ買い物に来たとでもいうの?」
 いえ、商店街には買い物で来たんです。
「あははは、蓉子にはかなわないわね。そうよ。私が呼んだの」
 おっと。
「どうして?」
「だって在学中は志摩子を家に呼んだことなんてなかったから。いい機会だと思って」
「いい機会って、在校生の志摩子をわざわざ呼ぶ理由がわからないわ」
 よくもまあ、とっさにそんな嘘がぽんぽんと出てくるものだ。
 放っておくとなにやら面倒なことに巻き込まれそうな気配がしてきたので止めようとしたのだけれど。
「あ、あの……」
「志摩子は黙ってて」
 ぴしゃりと言われてしまった。
 でも、志摩子じゃないし。
「……まあ、いいわ。 来てしまったものは。 拒む理由も無いし」
 蓉子さんだっけ。
 彼女はため息混じりにそう言って、険しかった表情を緩めて私の方を見た。
 リリアン関係者はみんな名前で呼び合うから佐藤さん以外の苗字がわからないんだけど。
 志摩子さんの苗字は聞いたことあった気がするけど忘れた。
 蓉子さんは言葉を続けた。
「でも、聖のことだから、理由なんて説明していないでしょうけど」
「はぁ」
 知りませんとも。
 佐藤さんとも会うのはこれが二度目だし。
「ねえ、蓉子、ちょっと志摩子に話があるから先行ってて」
 そう言って佐藤さんは鍵を蓉子さんに渡した。
「って、ご家族は?」
「この時間はいないわよ。知ってるでしょ?」
「それっていつの話よ?」
「今もそうよ」
「……判ったわ。 先行ってる。 江利子を待たないとね」
 会話からこの二人は付き合いが長いんだなということが感じられた。
 ついでに佐藤さんはご家族と暮らしていて、平日の夕飯前の時間でも家には誰もいないと。
「さて……」
 佐藤さんは蓉子さんを見送ると振り返って言った。
「暇だったらもう少し付き合って欲しいんだけど」
「暇そうに見えました?」
「道端で買主を待つ犬に話し掛けるくらいには」
「ぐっ」
 見られてたか。
「べ、べつに、暇じゃなくても犬を構うくらい……」
「でも、買主が来たら慌てて離れて、そのあと物欲しそう見送ってたなぁ」
 うわっ、そこまで見てたのか。
「も、もの欲しそうになんかしてませんよ……」
「でもってその後、つまらなそうに小石を蹴るような動作をしたあとぶらぶらと。 なにやってんのかなーって思ってこっちに来たんだけど」
 どうやら佐藤さんは道路の反対側から一部始終観察してたようだ。
「どう?」
 なんか『してやったり』という顔でそんなこといわれても、いえ、すみません、暇だったんです。
「……お付き合いさせていただきます」
 二回目にして主従関係確定だ。 くそう。


 じゃあ行こうかと、目的地は佐藤さんの家らしいんだけど、そこ向かう道すがら。
「朝姫ちゃんってこのへんに住んでるんだ」
「ええ、佐藤さんもですか?」
「うん。じゃあご近所さんだったんだ」
「はぁ。そうですねえ」
 ご近所といってもこちらは駅から自転車だし、方向も違うし。
「あんまり嬉しそうじゃないわね」
「べつに喜ぶようなことじゃないですよ」
「そうかな……あ、それはそうと、蓉子や江利子の前では志摩子の振りをするの忘れないでね。そのために呼ぶようなものなんだから」
「まあ、それは良いですけど、江利子って? 蓉子さんってさっきの人ですよね?」
「江利子は江利子よ。会えば判るわ」
 判るもんか。
「まあ、もう一人来るってことですよね」
「そうそう」
 何が嬉しいんだか。
 佐藤さんは台詞の後に音符がついてるみたいに上機嫌だ。


「あー、蓉子そこで待ってたんだ」
 蓉子さんは家に入らずに外で待っていた。
「やっぱり勝手に他人の家に入るって言うのは気が引けるわ」
「そんなの気にしなくて良いのに」
 佐藤さんは大雑把。 蓉子さんは常識的。
 佐藤さんの知り合いということでどんな変わった人なのかと、ちょっと構えていたんだけどほっとした。
 蓉子さんとは仲良く出来るかも。
「それにほら、ここなら江利子を待つのにも丁度良いし」
「……なんか蓉子らしいわ」
「いちおう誉め言葉と取っておくわ」
 そんな会話をしつつ……。
「さあ、志摩子も遠慮しないで」
「は、はい」
 やっぱり『志摩子』といわれると違和感。
 それに、会って二回目の人の家にお邪魔しちゃっていいのかなって思ってしまう。
「なにやってるの? さあ、入った入った」
「あっ、ちょっ」
 玄関で靴を脱いでそれを揃えようと振り返ったら、後ろから抱きつくように両手を掴まれて引きずり込まれてしまった。

「この辺に適当に座ってて」
「あ、はい」
 結局、抱きかかえられるように部屋まで連行された。
 佐藤さんは部屋の真中に置いてあった小さなテーブルの前で私を解放した。
「ここが、えっと、」
 佐藤さんと呼びそうになって口篭もる。
「お姉さま」
「そう、お、おねえさまの部屋?」
「そうよ。なにもなくて殺風景でしょ」
「そんな、ちゃんと生活感ありますよ」
 女子大生の一般的な部屋がどうあるべきかなんて知らないけど殺風景なんて事は無い。
 ちゃんと一人の女性が生活している部屋だってわかるし、少なくとも私の部屋より整然として綺麗な部屋だと思った。
「うふふ、あなたからそういわれるなんて」
「え?」
 どういう意味だろう?
 佐藤さんは返事の代わりに微笑みつつ私の頭をなでた。

「なあに、今のやり取り」
 蓉子さんが目を見開いてこちらを見つめていた。
「ん? なんか変だった?」
「いえ、珍しいと思って。抱きつきは祐巳ちゃん専門だと思ってたのに」
「そっか。祐巳ちゃんともご無沙汰だっけ」
「久しぶりだからかしら?」
 誰だ? ユミちゃんって。
「そうかもね」
 えーと、あ、祐巳さん。たぶん福沢さんだ。
「あなたたちって互いに干渉しない姉妹だったじゃない」
「それがなに?」
「いえ、まだ完全に理解できたわけじゃないから」
「『完全』だって。さすが蓉子だわ」
 えっと、蓉子さんは完全主義。 志摩子さんと佐藤さんはあまり干渉しあわない?
「今のでちょっと判りかけてたつもりだったのがまた判らなくなったわ」
 すみません。 私は志摩子さんじゃないもので。
「まあ、それはともかく、江利子はまだなの?」
「もう少し待って来なかったら電話かけるわ」
「そうしてくれる? 私は飲み物とか用意してくるから」
「あ、もしかして、志摩子呼んだのって……」
 そのとき蓉子さんの言葉を遮ったのは携帯の着信音だった。
 着信音といってもマナーモードにしてあったみたいで無粋なブーンという振動音だけど。
 蓉子さんはバッグから携帯電話を取り出して電話に出た。
「あ、江利子? 今何処よ?」
 もうひとり来ることになっていた江利子さんだ。
 それはいいんだけど私はその前の『もしかして』なんなのかが気になった。
 電話は『駅まで来た』という連絡だそうだ。
 それを聞いて佐藤さんが言った。
「丁度良いわ。志摩子、ちょっと江利子迎えに行ってくれない?」
「ええ? 私ですか?」
 おっと、蓉子さんがまだびっくり顔になってる。
「あの……」
 ちょっとぼろが出るっぽいので佐藤さんと廊下に出た。

「私、その江利子さんの顔知りませんよ?」
「あー、それなら向こうがわかるから」
「それじゃ駄目ですよ」
「おでこ」
「は?」
「こういう風におでこ出してる筈だから」
 そう言って佐藤さんは前髪を両手でたくし上げて見せた。
「はぁ」
「わかんなかったら戻って来ちゃっていいから、取り合えず行ってみて」
 戻ってきちゃってって、お友達に迎えを出すのにそんないいかげんなことでいいのかな?
 ま、私が心配することじゃないのでしょうけど。
「えーっと志摩子さんの振りは?」
「あなた志摩子のことあまり知らないでしょ?」
「まあ、何回か会ったくらいだけど」
「だって全然演技なんてしてないじゃない」
「わかりますか」
 実は黙ってただけで演技なんてしてないのだ。
「判るわよ。私を誰だと思ってるの?」
「志摩子さんのお姉さま」
「そういうこと」
 なんか態度が偉そうだ。
 黙ってればバレないからさっさと行って来て、だそうだ。

 そういうわけで、駅前に逆戻り。
 駅を出たあたりにいるそうなのでそこに向かう。
 えーとおでこおでこ。
 丁度駅から降りる広い階段を降りきったところの真中にヘアバンドをしておでこを全開にした女性が立っていた。
 年恰好も佐藤さんと同じくらいだしこの人かなと思って近づいていった。
 が、一度、目が合ったのだけど、その人は興味なさそうに目をそらして駅前の大きな時計の方に視線を向けてしまった。
 どうやら違っていたみたいだ。
 仕方が無いのでそのままその人の横を通って駅の階段に向かおうとして……。
「待ちなさい」
「ぐぇっ」
 いきなり後ろから襟首を掴まれた。
「人のおでこをじろじろ見ておいて何事も無かったように立ち去ろうとするのはなんなの?」
「い、いえ、まれに見る美しい額でしたのでつい見とれてしまったのです。 お気になさらないでください。 では」
 関わっちゃいけない類の人だ。 目を合わせないで早急に立ち去るのが吉。
「こら、逃げるな!」
「ぅぇ」
 また首が絞まって変な声がでてしまった。
 っていうか捕まった。
「……」
 なんか値踏みするようにじろじろと見てるし。
 なんなんだ、この人。
「今日の志摩子はなかなか面白いわね。 聖の差し金かしら?」
「え?」
 志摩子?
 あー、やっぱりこの人が江利子さんか。
 蓉子さんが常識人だったから油断した。
 この人は佐藤さん並に変な人だ。
「あなた、暇ならもう少し付き合いなさい。 もうすぐ迎えがくるはずだから」
「あ、それなら私がその迎えですけど」
 きゅっ
「うぐぅ」
 いい加減手を離して欲しいんですけど……。
「だったら遊んでないでさっさと案内しなさい!」
(どっちが遊んでるんだか……)
「ん? 何か言った?」
「い、いえ、こちらです、さ、参りましょう」




(つづく。長いので分けました【No:918】)


【917】 瞳子と可南子の宇宙戦艦祐巳巫女ナース  (水 2005-11-27 07:11:43)


 あの、乃梨子にとって痛恨の極みでしかなかった茶話会からこっち。
 乃梨子に代わって可南子さんが、瞳子の隣に居るのを時折見かけるようになって。


 泣きたくなった。

 絶対に誰にも言わないけれど。


 二人で居るのを見かけた時はいつも、彼女らは酷く深刻そうな表情をしていて。
 乃梨子には近寄り難く、物陰から見詰める事しかできなかった。

 それで。


 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜

「お正月。素敵な振袖を着付けて初詣でに行くのですわ。お賽銭を投じてお願いをするのです、『運命のひとと出会えます様に』と。そして」
「そして?」
「当然おみくじを引きますわよね、そこで登場です。神社の境内、おみくじ売り場にいらっしゃるのは?」
「巫女さんね。……祐巳さま巫女(ご、ごくり)」
「ふふん♪」

「私の番ね。リリアンの乙女といっても今ぐらいの時期にもなれば、部活中のちょっとした遠慮も無くなって練習はどんどんハードになって行くわ」
「当然ですわね」
「なのに日常に慣れてしまって寒い季節には特に必要なウォームアップをおざなりにして、練習中に足を痛めてしまうの。そして」
「そして?」
「胸の内の失意と共に運び込まれるのは、病院。足を治してくれるのは医者だけど、落ち込んだ気持ちを笑顔で癒してくれるのは?」
「ナースさんですわね。……祐巳さまナース(ご、ごくっ)」
「……フッ」

「次ですわ。遠い未来から人が訪ねて来るのです。あなたの能力がどうしても必要なのです、と」
「あら、路線変更ね」
「科学技術の発達で戦争による死者がゼロになって、ゲーム的な勝ち負けで覇権を争っている時代なのですわ」
「SF?」
「ただ、あまりに便利過ぎてその時代の方々は身体的な能力が下降線を辿っていらっしゃるので、身体能力と機械知識を併せ持った私達の時代で人材発掘に勤しんでいる、というわけなのです。そして」
「そして?」
「スカウトされるのですわ、宇宙戦艦の艦長に。搭乗するのは自分一人きり。船の大きさからは想像もできない事なのですが、科学のおかげで一人で操船できますの」
「……ふ〜ん」
「孤独な艦長をサポートしてくださるのは人格を持ったコンピューター、素敵な電子の妖精なのですわ。二人きりの艦内で、いつも励ましてくださるその方と等しく名付けられた、その戦艦の名前は?」
「う、宇宙戦艦フクザワ・ユミ……(ぐ、ぐびっ)」

「くすくすっ、究極と至高の対決。今回は究極の祐巳さまの勝利ですわね♪」
「クッ……」

「ちょっとまって、その三つを全て合わせてみたらどうかしら?」
「は? 合わせるんですの?」
「想像してみて……」


『宇宙戦艦・祐巳巫女ナース……(ご、ごきゅり)』


「はっ。……貴女、お顔が崩れていらっしゃいますわよ」
「……ふん、貴女こそ、だらしないその口元何とかしたら」

 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜


 と、別にライバルから一転、無二の親友となっちゃった訳じゃなくって。
 単に、二人の萌えシチュがピッタリコと完全に一致するので、ただそれのみを披露しあっていて。
 内容が内容なので、周りに気取られないように表情を取り繕っていたんだっていう事は。
 乃梨子には気付ける筈も無かった。


【918】 偽志摩子スーパー1  (まつのめ 2005-11-27 12:02:25)


聖と朝姫の出会いについては No.583 をご参照ください。
【No:505】 → No530 → No548 → No554 → No557 → No574 → 【No:583】 → No.593 → No.656 → No.914 →【No:916】→ これ



 佐藤さんの家に戻ると、蓉子さんが玄関を開けてくれた。佐藤さんは出かけたそうだ。
 なんでも買い忘れたものがあるとか。
 だったら江利子さんの迎えも行ってくれたらよかったのに。
 なんて思ってたら、
「だだいまー」
 佐藤さんはすぐ後ろを歩いていたみたいなタイミングで帰ってきた。
「あら、聖、出かけてたの?」
 江利子さんが佐藤さんの顔を見てそう言った。
「江利子いらっしゃい。 久しぶりよね」
「そうね。久しぶり。一昨日電話で話した気もするけど」
「こうやって顔を見るのがよ」
「で、今日は何をしてくれるの? なんか志摩子まで呼んじゃって、期待していいのかしら?」
「いいわよ。 きっとレアなものが見られるわ」
「……何をするつもりなの?」
 最後のは蓉子さんだ。
 どうもこの仲良し三人組の突っ込み役は蓉子さんのようだ。
「廊下で立ち話なんてしてないで部屋に入ってよ」
「そうね」


 で、目の前には蓉子さんと江利子さん。
 佐藤さんは飲み物を取りに台所へ行ってる。
「なんかこういうのって高校のときは無かったわよね」
「まあ、薔薇の館で済んでたというか」
 そんな会話を聞きながら、なんだか、ここに居ていいのかなーって思ってしまう。
 居心地が悪いって程じゃないんだけど、私、全然関係ない人だし。
「おまたせ」
 佐藤さんがパックのジュースとコップを持ってきた。
「飲まないの?」
「アルコールは志摩子が帰ってから」
「残念」
 そっか。やっぱり大学生が集まったら酒盛りか。
 ん?
 まてよ。
 佐藤さんって去年卒業だから……。
「志摩子、どうしたの?」
「まだ未成年なのでは?」
「堅いこといわないの。なに? 志摩子も飲みたいの?」
「飲みませんっ!」
「こら、現役に飲まそうとしない」
「聞いただけよ。蓉子ったらカタいわね」


 そして。


「……えっと、『判りにくい上に似てないから誰だか判らないモノマネ』その3でした」
「「あはははは」」
「………」
 『なにかやって』って言われて軽く披露したのだけど。
「志摩子、すっごくいいわよ!」
「ねっ、最高でしょ?」
「……」
 この反応は何?
 どちらかというと「真面目にやれー」と野次が飛んでくるような芸なのに。
 佐藤さんと江利子さん(いまだに江利子さん苗字は謎だ)はもうバカ受け。こんなくだらない芸で腹がよじれるほど爆笑する人はじめて見た。
 一方の蓉子さんは芸を披露すればするほど顔色が悪くなっていって、こちらも謎は深まるばかりだ。
 ほんとうは「それはモノマネとして正しいの?」という突っ込みを蓉子さんに期待してたんだけど。
「あはははっ」
「聖、お手柄よ! これは私も意表を突かれたわ」
 爆笑コンビはもう涙まで流して笑ってる。 というかあんたら笑いすぎ。
「……志摩子、ちょっとこっちにきて座りなさい」
 蓉子さんは青い顔して真面目にそんなことを言ってくるし。
 終わるきっかけを待っていた私はこれ幸いと、蓉子さんの前に正座した。
「志摩子」
 蓉子さんは言った。
「何があったか知らないけど、悩みがあるんでしょう? 相談にのるわよ?」
 うわっ、この人、本っ気で心配してるよ。
「えーと……」
 どうやら志摩子さんは一発芸とかしない人らしい。
「お願いだから自棄にならないでちょうだい。あなたがそんなことじゃ来年の山百合会が駄目になってしまうわ」
 むっ
 藤沢朝姫って人間が、駄目人間だって言われてるみたいでちょっと腹が立った。
 まあ、志摩子さんは、薔薇さまだっけ、三年生に混じって生徒会幹部に名を連ねるほど優秀な人みたいだけど。
 なんか優秀な姉を持って、ことあるごとに比較されて卑屈になるできの悪い妹の気分がわかった気がする。
 いや、考え過ぎかもしれないけど。

 蓉子さんの説教がいよいよ盛り上がってきたところでまた携帯の振動音が聞こえた。
「いいとこだったのに……」
 って、この人、説教好きだ。

「はい、水野です」
 水野っていうのか。やっと苗字が判明した。
「あ、そうよ……え?」
 あれ、なんっか固まっちゃった。
 と思ったらなにやら眉間にしわを寄せてこちらを見た。
 なんなんだ。
 そしてまた携帯に向かって言った。
「あ、あんた誰よ?」
 なにやら不穏な雰囲気が……。
「嘘つきなさい、志摩子はここに居るわ」
「え?」
 もしかして、志摩子さんから?
「どうしたのよ? え? その前に名乗りなさいよ、結局あなたは誰なの? 志摩子の声を上手く真似してるみたいだけど」
 やっぱりそう。
 水野さんはここにいる私が志摩子さんだと思ってるから向うの本物の志摩子さんを偽者と疑ってるんだ。
「はあ? 誰よそれ? ええ? なんでなの? もう、判ったわよ。代わるから。 志摩子」
 なんだろ。
「志摩子! なにボーとしてるの、『自称志摩子』が電話代われって」
「え、私ですか」
「そうよ。早くして」
 そう言いながら水野さんが差し出す携帯を私は受け取った。
「はい、もしもし」
『あのう、もしかして朝姫さん?』
「あ」
 そうか。こっちにも自分が居るといわれたら当然、思い当たるよね。
『……ですよね?』
「はい。そうですよ」
 このあと少しの間沈黙があった。 困惑の表情が目に浮かぶ。
『なんで、そこに居るんですか?』
 さもありなん。
 私だってなんでか良くわからんのですよ。
「強いて言えば、佐藤さんかな」
 そう言った。 というかそれ以外になんといおう。
『……お姉さまですか』
 やっぱり、とつぶやくのが聞こえた。
 やはり佐藤さんは『そういう人』で確定と。
「実は駅前で捕まりました」
『あの、お姉さまが迷惑をかけてしまって』
「いえいえ、志摩子さんが気に病む必要はないですよ。なんか家が近かったのがそもそもの不幸の原因だし」
 そういえばまだ苗字を思い出せていなかった。
 名前で呼んじゃったけど馴れ馴れしいとか思ったかな?
 なんて思ってると、視界の隅で佐藤さんが江利子さんになにか耳打ちしてるのが見えた。
 江利子さんは聞きながら目を見開いてこっちを見てる。
 なんだろ?
「ちょっと」
「え?」
 詰め寄ってきたのは蓉子さん。
「どういうことなの?」
「どういうといいますと?」
「まさか、あなた本当に志摩子じゃないの?」
「えーと……」
 仕掛け人の佐藤さんを見ると、江利子さんと並んで、笑いを堪えてる?
 蓉子さんと一緒に見世物になってたようだ。
 さっきのは江利子さんに私のことを説明していたのだろう。
 じゃあ、もういいってことで。
「……申し遅れました。私、藤沢朝姫と申します、朝姫は朝昼夜の朝にお姫さまの姫と書いてアサヒと」
「ま、まだ担ごうとするのね、でもその手には乗らないわよ。今、電話の相手から言われたんでしょ?」
「ええ? 本当ですよ?」
「誰なの? 電話の相手は!?」
 うわぁ、この人頭カタイわ。
「あはははは」
「聖! 何笑ってるのよ! あなたは知ってるんでしょ!?」
「電話は本当に志摩子からよ、さっき蓉子の携帯に電話するように伝えておいたの」
「嘘っ! じゃあここに居る志摩子はなんなのよ!」
「朝姫ちゃんよ。いま自己紹介したじゃない」
「あははははは」
 こんど笑い声をあげたのは江利子さんだ。
「江利子まで私をバカにするのね!?」
「落ち着いてくださいよ蓉子さん」
「落ち着けですって? あなたもどうして聖の口車に乗ってそんなことを」
「ちょっと……」
「真面目なあなたがどうしてっ!」
「痛い痛いっ!」
 思い切り掴みかかられた。
「ちょっと、蓉子っ!」
「あははははは!」

 収拾がつかないというのはこういうのだっていう実体験だった。
 携帯電話のむこうで志摩子さんが叫んでるのが聞こえてきた。
 電話越しに身内のパニックが聞こえてきてさぞ慌てたことだろう。


「ありがと、元気でたわ」
 おでこの艶もひときわな江利子さん。
「……わたしは元気吸い取られたわ」
 蓉子さんはぐったり。
 つまるところ、今日は『江利子さんを元気付ける会』だったそうで。
 私と蓉子さんはダシに使われたわけだ。
 蓉子さんは最終的に私が志摩子さんじゃないって信じたわけじゃなくて、本人曰く、『疑う気力がなくなった』そうだ。
 もう、どうでもいいって。

「じゃあ、私は帰りますから」
 そう言って私は席を立った。
「あら、もう帰っちゃうの?」
 江利子さんが言う。
「ヒマな大学生と違うんです。それにそろそろ母が帰ってくる時間なので」
「そう、残念ね」
「朝姫ちゃん、今日はありがとね」
 佐藤さんが言った。
「いいえ、私から言うのもなんですが、蓉子さんをあまりいじめないでやってください」
「あははっ、朝姫ちゃんやさしいのね。 蓉子は大丈夫よ。 あのくらいすぐ復活するから」
「そうあって欲しいですけどね」
 蓉子さんはまだ気分悪そうに横になっていた。

「玄関まで送るわ」
 そういって佐藤さんは玄関の外までついてきた。
「じゃ、さよなら」
 そして、私が行こうとすると、
「……って、なにしてるんですか」
「なにって、別れの抱擁」
 正面から抱きしめたれたのだ。
 とりあえず、黙って抱かれていた。
「……お母さんとは上手くいってる?」
 佐藤さんは私を抱きしめたままそんなことを聞いてくる。
「仲は悪くないですよ。 働いていてあんまり会えないけど」
「そう。いいお母さんなのね」
「どうしてそう思うんですか?」
 適当なこと言ったらシメるぞ。
 って思ったら。
「だって、朝姫ちゃんがこんなにいい子だから」
 直球だった。
「……ほ、誉めたって何も出ませんよ?」
 とはいったものの、母が誉められて悪い気はしなかった。
「寂しかったらいつ来てもいいわよ」
 なんでこの人はこんなことを言うのだろう。
「……寂しいのは佐藤さんの方だったりして」
「あ、言ったわね」
 そう言いながら佐藤さんは私を開放した。
「じゃ、またね」
「『また』があるか判りませんよ?」
 というか御免こうむりたいといったところ。
 まあ、今日は楽しかったけど。

 佐藤さんの家から歩き出して、角を曲がる前に一度振り返ったら佐藤さんはまだ私を見送っていた。
 私と目が合って大げさに手を振る佐藤さんを見ながら思った。

 そういえば、私が母子家庭だって佐藤さんに言ったっけ?





(※飲酒は二十歳になってから。これ良い子のお約束【No:972】)


【919】 熱い卒業旅行  (マリみて放浪者 2005-11-27 15:38:48)


設定としてはNo.893の共学化を採用してます。


リリアンと花寺が合併して最初の卒業式を迎え祐麒たちは無事卒業した。次はシスター上村のコメントである。
「これで安心して生活を送れます」


福沢姉弟、由乃、志摩子、報道二人に小林、アリス、高田の9人は卒業旅行にと二泊三日の日程で栃木県日光市にやってきた。途中お昼ご飯にと宇都宮によるのだがそこでお約束となっている争いが一回勃発している。有名な餃子屋にての昼食時、祐麒の周りに誰が座るのかで祐巳・由乃・志摩子が争った。他のメンバーはいつものことだと既に無視して席に着いている。結果は祐麒の裁定により隣に由乃と志摩子が真向かいに祐巳が座ることになった。餃子に舌鼓を打った一行は再び電車で日光市に向かい夕方の少し前にチェックインした。夕食の前に風呂に入る事になりそこでまた一騒動起きるのである。


「相変わらず祐巳さんら三人はすごいな」
「本当よね」
「羨ましい限りだ」
上から小林、アリス、高田の科白である。
「当事者じゃないからそんなこと言えるんだよ。俺の身にもなってみろ」
祐麒は言い返すもあっさり切られる。
突然小林ら三人に冷たいものが感じられた。


【920】 どうしよう大混乱だけでなく  (朝生行幸 2005-11-27 20:03:01)


**第一章**

志「お姉さま、一体何処に行ってたんですか!」
聖「いや、何処って…」
志「さあ、急いで帰りますよ、ええ、帰りますとも。帰るともさ」
聖「し、志摩子?なにをそんなに慌ててるの」
志「なにを仰ってるのですか。すぐに実力テストですよ、勉強しないと」
聖「大丈夫よテストぐらい…」
志「なんてことを仰るのですか!」
聖「あなた、いつに無く強気ね」
志「いいですか、今回のテストでお姉さまの命運が別れるんですよ。留年して、もう一度白薔薇さまになりたいですか?私はそれでも構いませんが、留年生が生徒会長というのは、ちょっと、いいえ、かなり恥ずかしいことですよ」
聖「い、いや、それは困るなぁ」
志「ですよね?留年はイヤですよね?だから勉強するんです。留年しないために。なんとしてでも、お姉さまを卒業させるために!留年させないために!」
聖「留年留年言わないでよ。だいたい、それ以前に、出席日数の方が気になるんだけど…」
志「そんなもの、気長に補習を受けていればなんとでもなると、鳥頭の人が言ってます。とにかく、なんとしてでもいい点数を取らないと」
聖「いやあの、卒業って実力テストで決まったっけかな…?」
志「赤点でもとった日には、とても卒業なんておぼつかないです!」
聖「そりゃそうだけど、なんか納得いかないわね」
志「薔薇さま方にもお願いして、お姉さまにもうみっちりと叩き込んであげます。そうです、叩き込んであげます!」
聖「ええと…、聞いてる?」
志「聞いてます!こうなったらお姉さま、私の家に泊りこみで…」
聖「勉強以外にも、目的を持ってそうだな」
志「いいえ、勉強一筋!テストが終わるまで、食事もお風呂もトイレも寝るときも一緒です!」
聖「おい、風呂どころかトイレまでか?」
志「お姉さまに卒業証書を持たせるのが、わたしの目標です!」
聖「いや、そんな大層なことじゃないと思うんだけど」
志「そんなこと言っていいんですか?卒業出来ないと、紅薔薇さまに笑われますよ」
聖「くっ、嫌な名前を出したものね」
蓉「呼んだかしら?」
聖「よ、蓉子!?なんでここにいるの!」
蓉「そんなことはどうでもいいの。でもあなたは、どうやら留年決定本決まりのようね」
聖「くそう、まだ決まってないけど、スゲエ腹立つわね」
蓉「あら、腹はたつけど悔しくないワケね?そうなのね?」
聖「ぐぅ、この握り締めた拳骨のやり場はどこにある…?」
令「あ、紅薔薇さま。ごきげんよう」
蓉「あら令、ごきげんよう」
聖「ここにあったわ、でえええええい!」
(どがし☆)
令「あ痛!?何をなさるんですか聖さま!」
聖「私の愛のムチよ。しかし、頑丈ねあなたも」
令「え、愛?愛なんですか?でもでも、私にはお姉さまと由乃が…、ううん、でも聖さまもいいな」
聖「あ、あれ?マジに受け取ってるんじゃないわよ」
令「でも聖さまには、志摩子がいるのに…。ひょっとして二股ですか?」
聖「サラっと、とんでもないこと言わないでよ!」
志「そんな!お姉さまが浮気しているなんて!相手は誰なんです!」
聖「浮気なんかしてないわよ!(とは言い切れないけど)」
志「ひどいです。今まで一生懸命に尽くした私をほっぽっといて、ほかの女に手を出すなんて」
聖「だから、(表向き)浮気なんてしてないってば」
蓉「相変わらず、往生際が悪いわね、聖は」
聖「知らないって行ってるでしょう。ねぇ志摩子?誤解間違い勘違いよ」
志「いいえ、聞く耳持ちません。こうなったら紅薔薇さま黄薔薇さまに協力して頂いて、半ば強制的に相手を聞き出します。覚悟はいいですね!?」
聖「なんでそうなるの!」
祐「あれ、なんの騒ぎですか?」
由「ごきげんよう紅薔薇さま」
蓉「ごきげんよう、祐巳ちゃん由乃ちゃん。良いところに来たわ」
祐「随分とにぎやかですけど」
由「何かあったのですか?」
蓉「どうやら聖が、浮気をしているらしいの」
祐「ええ!?白薔薇さまが浮気を?」
由「白薔薇さまが、そんな鬼畜で外道なことをなさっていたなんて…」
聖「違うって言ってるだろおがあ!」
由「女の敵ですね。そんな輩は、とっちめて差し上げないといけません」
祐「白薔薇さま、私見損ないました」
聖「なんで私ばっかり、よってたかっていじめられなきゃならないのよぉ」
志「さあ、あらいざらい白状してもらいます。薔薇の館へゴー!」
聖「まま待って、止めてくれー!」
由「白薔薇さま、自業自得というものです。志摩子さんを手伝ってあげないと。令ちゃん、動けないように押さえつけて差し上げて」
令「はいな。聖さま、私を怨まないで下さい。身から出たサビってやつです」
祐「白薔薇さま、キリキリ歩けです」
聖「どおしてみんな、私の話が聞けないのよー!」
蓉「やっぱり、日ごろの行いかしらね」
聖「私がなにをした?」
蓉「自分の胸に、手を当ててみれば?」
聖「だうううう」



**第二章**

全『ごきげんよう』
江「あらまあ。総出でどうかしたの?」
志「黄薔薇さま、聞いてください!」
江「どうしたの志摩子。目が真っ赤よ」
志「お姉さまが…グス」
令「どうやら聖さま、浮気しているらしいんですよ」
江「まぁ」
祐「志摩子さんが可哀相です」
江「ほんと、可哀相にねぇ、志摩子(なでなで)。こんな極道娘は、ちょっとばかりヒドイ目に会わないと分からないものなのよ」
聖「誰が極道だ!?私はホントに何もやってない!」
江「ねぇ聖?しらばっくれるのも、大概にした方がいいわよ?」
由「まあ江利子さま、血に飢えた野獣が獲物を見つけたような、野卑で野蛮なその目つき、久しぶりに見ました」
江「…なんだか気になる言い方だわね」
令「あの目付きは怖いんだけどね」
由「あら、どうして?」
令「由乃も、よく同じ目付きしてるのよ」
由「そんな、令ちゃんったらお上手ねぇ」
令「誉めてないんだけど…」
祐「紅薔薇さま、黄薔薇さま。ちゃっちゃと始めましょう」
蓉「そうね。さあてそれじゃ、志摩子のためにもとっちめてあげましょう」
江「ええ。主に私の暇つぶしのためでもあるけど、気持ち良く歌ってもうらおうかしら。くすくす」
聖「うわ、こいつら目がマジだわ」
江「みんな、手伝ってもらえるかしら?」
由「もちろんです。志摩子さんの無念を晴らして差し上げましょう」
令「同情しますよ、白薔薇さま」
祐「どきどき。どんなことになるのか、ちょっと楽しみ」
聖「祐巳ちゃん、覚えてなさいよ…」
蓉「そんな台詞も、しばらくは言えなくなりそうね」
聖「ぐぅ…」
江「んっふっふっふ〜♪こんな時のために、秘密兵器を用意してたのよね〜」
聖「秘密…兵器?ひょっとしてそれって、すごくイヤな気分になるんじゃ…?」
江「もちろん。あ、でも意外とイイ気分になるかもね」
聖「だあ〜、やめろ、やめてくれー!」
江「暴れちゃダメよ。令、この手錠でテーブルに拘束して」
令「はいお姉さま」
蓉「祐巳ちゃんは、ドアの鍵を閉めて来て」
祐「はい」
江「蓉子、窓は閉まってる?」
蓉「OKよ」
江「由乃ちゃん、流しの棚から例のクスリを…」
由「はーい」
江「志摩子、隣の部屋にカメラがあるから取って来て」
志「はい」
江「では、ショータイムの始まりね♪」
蓉「どう?まったく動けないでしょ」
聖「いったい、なにをする気なんだよう」
江「もちろん決まってるじゃない。聞きたい?」
聖「うう、聞きたくないけど、聞かないのもアレだし…」
江「うふふ、教えてあ・げ・な・い♪」
聖「クソー、殺せ〜!いっそ殺してくれ〜!!」
蓉「まぁ、見て見て、志摩子。感極まって泣いて喜んでるわ」
聖「喜んでなんかいねー!」
蓉「もっと、自分に正直になった方がいいわよ」
志「お姉さま、最後のチャンスです。素直に白状すれば、ここまでにしておいてあげます」
聖「知らないって、言ってるでしょ〜!あなたは私の事が信じられないの!?」
志「聞く耳持ちません。さあ、白状するか否か!」
江「すごい迫力ね、志摩子」
志「わたしは本当は、こんなことしたくないんです。でも…」
江「そうよねー。ねぇ聖、素直になったら?」
聖「だから、全く知らないって言ってるでしょ!?」
由「どうやら、一筋縄ではいかないようですね」
令「交渉決裂ですか」
江「仕方がないわね。んでは、プスッとな」
聖「うえっ、な、何を…?」
蓉「筋弛緩剤よ。すぐに動けなくなるからね」
祐「ああ、なんだかどきどきしますね」
聖「にゃ、にゃらにゃがうにょかにゃひ…」
蓉「さすが、良く効くわね。祐巳ちゃん、もういいから手錠を外して」
祐「はい」
江「それではまずは、秘密兵器第一段!『モヒカンかつら』よ!」
聖「にゃにぃ!?」
江「これを頭に被せると…」
全『ぶわはははははははははははは!!』
令「似合いますよ、白薔薇さま。マッドマックスみたい」
由「令ちゃん、たとえが古いわよ。でも、素晴らしいわ。これはもー永久保存版にするべきです」
祐「カッコいいです白薔薇さま」
江「うくくくくく、ダメだわもう、うぷぷぷぷぷ」
志「………(必死に笑うのを我慢している)」
蓉「くすくすくす。ね、ねえ志摩子、笑っていないで写真を…」
志「は、はい。でも手が震えて、うまく撮れないかも…(パシャパシャ)」
聖「ようぇー、やうぇよよー」
江「じゃ、じゃあ次。秘密兵器第二段!『髭メガネ』よ!」
聖「にょえ!?」
江「これをこうして、と…」
全『ぎゃははははははははははははは!!』
祐「最高です。下手な芸人真っ青」
由「道行く人たちが、皆振り返るわね」
蓉「江利子、パッチと腹巻はないの?(パシャパシャ)」
志「………(顔が真っ赤)」
江「それはさすがに無いわね。でも、うふふふふ、こんなに似合う娘は初めてだわ」
聖「はふひてふへー…、にゃのふー」
江「さあて、それでは最後の仕上げと行きましょうか」
由「どうするんですか?」
江「その前に、聖を裸にしないとね。眼鏡とモヒカンも取って頂戴」
蓉「それじゃ、スパッと脱がすわね」
由「うふふ、白薔薇さまの肌って綺麗ですね」
令「一度、相手してもらえば?」
蓉「あら令。面白い冗談ね」
令「あ、いやその…」
祐「脱がし終わりましたよ」
蓉「江利子、それで最後のは…?」
江「じゃじゃ〜ん!これよ!」
志「そ、それは!
江「そう、ピンクのフリル付きエプロンよ!」
蓉「ま、まさか!禁断の裸エプロンを!」
令「くっ、恐ろしい、恐ろし過ぎます!」
祐「や、やめてください。それだけは!」
由「あまりにも危険です!」
江「ダメ、やると言ったらやるの。ホイ!」



**最終章**

『……………………』
 全員、聖の裸エプロンに絶句していた。
 予想を遥かにブッちぎった、あまりにも可愛い姿なので、二の句が告げなかったのだ。
「ほねがひ、もう、やめへ…」
『うっ…』
 涙を溜めながら懇願する聖の姿に、思わず呻き声を上げてしまう。
 全員、現代風に言うところの、聖に萌え萌え状態だった。
「たれか、らすけれ…」
「聖、今すぐ助けるから!」
 耐えられなくなったのか、一番に蓉子が動く。
「待ちなさい蓉子、聖を助けるのは私よ!」
 それを止める江利子。
「白薔薇さま、私がついてますから!」
 駆け寄る祐巳。
「祐巳ちゃんには無理よ。聖さまを救うのは私!」
 祐巳を押し退けようとする令。
「令ちゃんは引っ込んでて。聖さまは私が!」
 令を蹴り倒す由乃。
「お姉さまを助けることができるのは私だけです。手出し無用!」
 普段の物静かな雰囲気とは裏腹に、やたらと強気な志摩子。
「何よ、そもそも志摩子の行動が原因じゃないのよ!」
「最初は私とお姉さまだけの問題でした。口出ししてきたのは紅薔薇さまでしょう?」
「その割には、薔薇さまに手伝ってもらおうとか言ってたじゃない」
「嘘も方便です。紅薔薇さまは、私とお姉さまの仲を引き裂くおつもりですか?」
「引き裂くもなにも、あなたに聖は渡さないわ!って、ちょっとあなた達!」
「お姉さまをどうするつもりなのです!」
『ばれた!?』
 他の4人は、口論中の2人に気付かれないように、こっそり聖を運び出そうとしていたのだが、見付かってしまった。
「こうなったら、実力で排除するわ。覚悟なさい!」
 三年生から一年生まで、立場を超えた大乱闘が始まった。

「大丈夫ですか?聖さま」
「え?ああ、うん、ありがと…って祥子?ここは?」
「私の部屋です」
「へーそう。で、なんで祥子の部屋に?」
「いやですわ聖さま。あなたが誘ったのでしょう?」
「はい?」
「だって、そんな姿で、私をすがるような目付きで見ていらっしゃったじゃないですか」
「はぁ?」
「だから、皆が凄まじい殴り合いをしている中から、聖さまをお助けしたのです。大丈夫、もう何も心配は要りません。私が一生面倒見て差し上げますから…くすくすくす」
「いや〜!おウチに帰して〜!」
「ダメですよ聖さま。逃がしませんからフフフフフ」
「たーすーけーてー!!!」
 あまりにも広大な小笠原の敷地、聖の叫び声は、何処にも、誰にも届かなかった…。


【921】 三賢者  (joker 2005-11-27 20:54:52)


 私は賢者蓉子。三賢者(通称Magi)のうちの一人、赤の賢者(マギ・キネンシス)である。
 前回(【No:448】)、私は暴走寸前の聖を静める為、遂にキリスト家に行く事にしたのだが……。

「ねえ、江利子。本当に連れて行って大丈夫なの?」
 私は、いつもの倍テンションが高い聖を指して言った。
何故なら、此処までの道中「あの」聖が、一切ナンパをしていないのだ。宿屋からキリストの住む牧場まではそんなに離れてはなかったが、此処まで来る途中に、いかにも聖好みの女の子が何人かいた。いつもの聖なら、私が目をはなした数秒のうちには手をだしている。にもかかわらず、今日の聖は目すらくれていない。訪問を許したとはいえ、さすがに心配になってくる。
「だから、大丈夫よ。遠目だったから聖には分からなかっただろうけど、間近で会ったら手を出す気がなくなるわよ。」
 フフフ、と嗤う江利子に不気味さを感じつつ、とりあえず、先に進むことにした。


「さあ、着いたわよ!ここが、かの有名になる、キリストさんの生まれ家よ。」
「意外と普通の所なのね。」
 今、とある農家の前に私達はいる。思ったよりも、というより、何の変哲も無いただの農家だ。
「当たり前じゃない。今はただの人なんだから。」
「…江利子、いい加減人の心を覗くのやめてちょうだい。」
「さあ!入るわよ!」
 人の話聞けよ!
「ごめんくださーい」
 私の心の中のツッコミすら無視しやがります、この凸。
「はい、今開けますね。」
 そうこう考えている内に、中から綺麗な人が出てきた。おそらくキリストの母親、マリアだろう。
「わっ……」
 聖がいろいろな意味で絶句している。確かに、マリアは絶世の美聖女と言っていいほどだったが、何故か頭の中で「シスター上村」という単語が浮かび上がった。


「へぇー、最近赤ちゃんが生まれたんですか。見てみたいです。」
 私は自分でも白々しいな、と思いながら話す。
 あれから、江利子の商談や聖とマリアさんのお茶会等を経てようやく本来の目的となった。
「いいですよ。今は隣の部屋にいるんですよ。こちらですよ。」
 私達三人はマリアさんに案内され、遂にキリストと面会する。三人で同時に揺り篭の中を覗きこむとそこには……

「むぅ…」「なるほどね…」「…フフフ」




 これは、遠い昔、三賢者がまだ幸せだった時の、旅の物語である。


「〜三賢者〜いざキリストへ!シリーズ(完)」


【922】 (記事削除)  (削除済 2005-11-27 22:40:35)


※この記事は削除されました。


【923】 梅雨明け宣言いといとし  (8人目 2005-11-28 00:39:16)


『がちゃSレイニー』

     †     †     †

「ごめんね。私、気付けなくて」
「あ……」

 瞳子の頬にハンカチを当てる祐巳さま。
 話している間に、少しずつ瞳に溜まっていた涙だった。だけど、これは安堵の涙。
 ずっと心に抱え込んでいた、あの時のことを打ち明けることが出来たのだ。謝ることも。
 そして、わかってもらえたから。いま溢れるのは嬉しい涙。

「――瞳子ちゃんがね、居なかったら。今の私はこんな風じゃないと思うんだ。祥子さまだってそう」
「祐巳さまと、祥子さま、も?」
「そう。あのとき喧嘩して、それでも瞳子ちゃんは、いつも私を手伝ってくれてたでしょ?」
「それは……」
「部活で忙しい瞳子ちゃん、手伝ってくれてすごく助かってたんだから」

 意地悪だった瞳子のことは、気にされてない様子だから。もうそのことに触れないでおこうと思っていたあの時期。
 傍で祐巳さまを見ているうちに、気が付けばいつも目で追いかけている私がいて。
 一緒にいると、お人好しでおめでたい祐巳さまに、振り回されもしたけれど。楽しかった。
 そんな祐巳さまに惹かれる自分。それに気が付いた時、あの梅雨のことが瞳子の枷となった。
 こんな私に資格なんて無いんです。だから見ているだけで、近くに居るだけで良いんです。そう自分に言い聞かせた。

「祐巳さま……」

 離れるほどに想いは募る。乃梨子さんに図星を突かれたときは、強がっていたと思う。
 由乃さまと、祐巳さまが茶話会で妹を探すのだと聞いた時には、押しつぶされそうだった。
 瞳子のことを妹にと、祐巳さまが考えていないことに気付いて、悲しかった。

 周りの視線が痛かった。噂も、話し声も聞きたくない。
 それよりも。祐巳さまが瞳子のことを、どう思っているのかが気になった。
 でも、うやむやにしている自分が腹立たしくて、祐巳さまに憤慨して。忘れようと思って、でも忘れられない想い。茶話会が終わるまで何もしなかった。出来なかった。

「もう、我慢しなくていいよ」

 祐巳さまが聞いてくれる。瞳子の言葉を待ってくれているのだ。
 今なら言えることがある。聞きたいこともある。でも、これだけは早く伝えたい。だから、

「わ、私っ!」
「な、何?」
「祐巳さまのこと、す……好きです! 大好きなんですっ! だから……」

 祐巳さまは驚いていた。
(固まってないで、何か仰ってください。祐巳さまっ!)
 演技でなら何ともないのに、今は顔も胸も熱い。胸に掌を当て、早い鼓動を感じる。
 でも、なんだか心が軽い。もういいんだって思えた。一番伝えたかったのはこれだったから、続きはなくてもいい……でも。

 そのまま何かを考えていた祐巳さまは、にっこりといつもの笑顔に戻って、

「瞳子ちゃん」
「は、はいっ」
「暗くなってきたから……帰ろう」
「は?」

 そう言うと祐巳さまは急に立ち上がり、瞳子の手を引いて温室の出口に向かう。
 気付けば周りはもう暗くなっていて、祐巳さまと手を繋いでいなければ小さな段差で躓きそうだった。
 外は、まだ雪がちらちらと降っていたが、風は収まっていた。

「あの……」

 そういえば、祐巳さまは帰り支度をされている。スクールコートも私が腕に抱えているし、それを着ようともなさらないで急いでいる風だ。なにより、薔薇の館のことはよろしいのかしら?
 手首の時計を見ると確かに遅い時間だけど、部活が終わるにはまだ少し早い時間帯。少し暗いのは天気と季節の所為だ。

 前を歩く祐巳さまは瞳子の手をぎゅっと握り締めているけれど、一度もこちらを振り返らない。その手の温もりが嬉しくもあり、寂しくもあった。
 講堂の脇から大学の敷地を横目にマリア様のお庭の前へ。中途半端な時間帯なのだろう、人影もまばらだ。二人並んでマリア様に手を合わせる。祐巳さまは帰ると仰っていたから、このまま正門に向かうのかしら。

「瞳子ちゃん?」
「……何でしょう」

 不意に呼ばれて振り向くと、先にお祈りを終えていたらしい祐巳さまが、瞳子を見ていた。

「私のこと好きだって言ってくれてありがとう。何度も言うけれど、瞳子ちゃんのこと大好きだよ」

 ああ、そうだ。あの時も瞳子のことを大好きだって言ってくれたのに。馬鹿な私。
 瞳子を見る祐巳さまの笑顔、見ていたようでちゃんと見ていなかったのは私。
 だって、祐巳さまは瞳子のことをしっかり見ていてくれていたのに。私は自分の気持ちをずっと隠していたのだから。

「だから、私だけの妹になってくれませんか?」
「えっ?! どうして……?」

(何故? 温室では妹に出来ないって仰ってましたのに)
 見ればロザリオが、祐巳さまの掌から下がって揺れている。

「妹にしたいのは瞳子ちゃん一人、だから、私だけを選んで欲しいの」
「祐巳さま、だけ……」

 ロザリオの鎖を輪のように広げて、胸の前に掲げる祐巳さま。
 でも、本当に受けていいのだろうか。

「瞳子で、よろしいのですか?」
「うん、瞳子ちゃんがいいの」

 祐巳さまならそう言ってくれるだろうなって思っていても。本当に言われれば、やっぱり嬉しい。

「何があっても、返しませんよ?」
「うん、いいよ」

 祐巳さまのロザリオ、返すものですか。ええ、返しませんとも。

「瞳子の姉は、すごーく大変かもしれませんよ?」
「うっ。で、でも私は姉に相応しくないかもしれないけれど、頑張るから。駄目、かな?」

 そんなことはありません。私が姉と認めるのは、後にも先にも貴女一人だけです。瞳子をこれだけ振り回せる人は、祐巳さましかいませんよ? だから大変なのは瞳子かもしれないんです。
 でもこんなこと、口が裂けても言いませんから。

「お受けします」
「ありがとう、瞳子ちゃん」
「はい……」

 雪がゆらゆらと舞う中、祐巳さまはゆっくりとロザリオをかけてくれた。


【924】 ハセクラシルクハット捕物帖  (春霞 2005-11-28 02:22:19)


 えー、ある意味において おりきゃら が出演しています。 苦手な方はスルーして下さいますよう。 
 ではご賞味ください。

                            ◆◆◆



 そのシルクハットには心があった。 いつの頃からとも知れないが。 所謂物心ついたのが帽子屋の店頭であったから割と早熟ということになるのだろう。 
 彼の周りに積み上げられた、様々な同属たちにも僅かながら心の萌芽というものが見え隠れして。 ぽつりぽつりと泡粒のような独り言を呟いているものもいたが、彼ほどに確固とした自我を獲得した物は見当たらず、話し掛けても応えがないので、やや寂しい思いをしたことを覚えている。 
 そのご、売られていった後で、主の頭に乗っかりながら行き交う物達を観察すると、半分ほどの同属にはハッキリした自我があったようである。 大抵の帽子は、その主の性格に似る傾向があるようだ、とも見て取っていた。 
 まあ、さもありなん。 彼が世間に出た頃は、帽子なくして巷を歩くのは恥かしい事だとされていた時代である。 朝起きてから、夜就寝するまで、四六時中主人の頭の上に居るわけだ。 これは性格も似てこようと言うものである。 主人に似る飼い犬、と思ってくれてよろしかろう。 
 とは言え、彼ほどに確固とした自我を持って世界と対峙していた帽子は、少なくとも彼の知る範囲では、みつから無かった。 (作者註:彼は、その生涯において、ほぐわーつに生息する偉大なる先達と邂逅することは有りませんでした。 残念な事です。) 彼もまた、主の人となりに影響されてか、深い思索を好むようになり。 或いは帽子界初の哲学者は彼であったかもしれない。 
 その帽子であるが。 いかに世間を分析しようと、世界の真理に思いをはせようと。 帽子は帽子である。 歳月が経つにつれ草臥れてくるのは致し方の無いところ。 わが身を見遣れば所々擦り切れて、これはそろそろお払い箱かと覚悟を決めて待ち受ける日々が暫らく続いた。 
 たしか秋口の事であったと記憶している。 珍しく主人は家族と一緒に朝食を取っていた。 広いダイニングルームの細長いテーブルに座った家族は、殆んど食器の音をさせずに静かな時間を過ごしていた。 やがて、次女であったか、一人の少女が口を開いた。 「お父さま…」 
 うつらうつらしていた帽子は、その会話の内容を覚えていない。 ただ、主が執事を呼んで新しいシルクハットを持ってこさせたことを覚えている。 ああ、これでお払い箱だなあ、と覚悟を決めた帽子は、主の頭の上から下ろされるとそのまま目の前の少女の上にすっぽりと収まった。 
 新しい帽子を被った主が、少女に 「お揃いだな。 」 と微笑んだのが驚きだった。 普段しかつめ面を崩さない主にもこのような顔が出来たのか。 少女はきゃらきゃらと笑って、帽子の鍔をキュッと掴みくるくると回った。 
 よほど嬉しかったのだろう。 はしたない事、と嗜める母の声も聞かずに回り続ける少女の感触は随分と不思議だった。 主よりも随分と小さい頭骸。 すっぽりと鼻先までずり落ちてしまう。 三つ編みにした2つのお下げ髪が、襟元からひゅんひゅんと振れ上がり帽子の唾にはたはたと触れる。 ふと、帽子はなにやら今まで感じた事の無い暖かなものが胸内に有るのに気付いた。 なるほど、自分は新しい主に譲渡されたらしい。 
 そうは言っても、少女がシルクハットを被るなど、普通ありえない話で。 まあ、一時の玩具としてあてがわれ、やがて忘れ去られて朽ちていく事は予想の範疇であった。 ……はずであったが。 かれの帽子生(?)は更なる転変を迎える。 
 新しい主は、じょがっこう と言うところに通っていたが、ある日彼をそこへ連れて行った。 人力が呼ばれ、袴姿の少女の膝上に乗って、初めての場所に向かう。 
 そこで彼は未知のものを体験する。 面白がる同輩の少女たちが次々に彼を被って廻り、大きい頭。 小さい頭。 形の良い頭。 なにやらゴツゴツした頭。 柔かい髪。 硬い髪。 艶やかな髪。 跳ねている髪。 色々なものを経験したが、それはまあ、帽子にとって驚愕すべきものではない。 
 問題は、一人の少女が彼をひっくり返し、彼の中からあるものを取り出したことに始まる。 

 卵が出てきた。 (わ、私は鶏だったのか?) 
 コインが出てきた。 (私は蝦蟇口だったのか) 
 鳩が出てきた。 (私は、) 
 万国旗が出てきた。(わた、、)
 兎も出てきた。 (わ、、、、、) 

 ラムネの瓶が出てきた。 (、、、、、) 

 コクコクと咽を震わせて飲み干す姿を見ながら、彼は自分が物入れとしての素養を持っていることに気が付いた。 あるいは帽子が進化するとこのように成るのかも知れぬ。 帽子としてのアイデンティティの崩壊を何とか乗り越えて、彼は新しい自分を受け入れた。 

 やがて、彼の新たな主になった少女は帰宅したが、かれは女学校の片隅の新しい木造の離れに置き去りにされた。 そのご、主以外の少女達からも可愛がられながら、或いは物置に仕舞いこまれ。 或いは少女の頭を飾り。 或いは物入れとして役に立つ帽子生をゆるゆると続けてきた。 もう顔も思い出せなくなった初めの主や、ここに連れてきた2番目の主の事などを時折思い起こしながら。 長い長い年月を過ごしてきたようだ。 


                             ◆

「ふーん。 なんだかいいお話だね。帽子さん。 それはそれとして、なんで私の頭に乗ってくれないのかな? 」 
 帽子の昔語りという、驚天動地の事態にも動じない辺り紅薔薇さまとして見事に胆力がついたものだ。 黄薔薇さまの得意技のお話から、流れ流れて、紅薔薇さまがシルクハットを持ち出してきて、順番に被ってみようと言い出したときは、こんな事になるなど思いもよらなかった。 

「それは、まあ、据わり心地が悪いから、と言う事に尽きるのう」 
 最初に持ち出してきた紅薔薇さまが、シルクハットを頭に載せたとたん、それはひょいと跳び上がって床の上に落ちた。 「あれ、風かな? 」 のんきに呟いて拾い上げようとした所で、再び帽子が跳ね、その手をすり抜ける。 そこから先は大騒ぎである。 捕まえようとするもの。 キャーイヤーと叫びながら凶器をどりどりさせるもの。 無言でファイティングポーズをとり仁王立ちするもの。 
 小半時ほどの追いかけっこの後、お互いに息を切らせて対峙する紅薔薇さまと帽子に志摩子さんが声をかけた。 
 「まあまあ、2人とも。 ここはお互い理解しあうためにお話し合いから始めましょう。 」 そういってふんわり微笑んだのに、両者は力なく頷いた。 (ちなみにこの騒動の間中、志摩子さんは「あらあら、まあまあ、大変大変」 といいながらまったりと紅茶をすすっていた。 都合3杯。 何しろ私がお代わりを煎れたのだから間違いない。) 

 帽子の方は、騒動の最中に入り口の扉脇まで滑っていった椅子の背に居座り。 紅薔薇さまはテーブルを挟んだ反対側に腰を落ち着けた。 私を含め、みな紅薔薇さまの脇に座る。 警戒心の強い野生動物には距離を置くのが得策であろうと言う判断である。 
 そうして前述の身の上話が始まったのだった。 

「えー、わたしは確かに癖毛だけど。 頭はそんなに大きくないし。 何所が駄目なの? 」 頬を膨らまして紅薔薇さまが抗議する。 
「髪質も骨格も申し分ないのだがのう。 髪形が良くないのう。 ついんてーるじゃったか? 乗り心地が悪いでのう。 拒否権を発動するぞえ。 」 帽子の言葉が終わらぬうちに瞳子が反応する。 
「んまあ。 こんなに愛らしい髪型の何所がいけないのです。 帽子の分際で。」 うきーと言いながら、帽子に掴みかかる。 あんた先刻は、怖かったんじゃないのか? 
「おうおう。 お主はもっといかんのう。 そのようなどりるが2つも装備されて居っては、私の繊細なぼでぃに穴があいてしまう。 」 へらへらと笑いながらひょういひょいと避けると、帽子は可南子さんの頭上にとびのった。 
「うむ。 これは良いのう。 髪質と言い。頭の形状と言い。 逸品じゃ。 なにより満州までも見晴るかせそうな高さがなお良いのう。 」 内心かなりのダメージを喰らったらしい可南子さんが、ガッと掴みかかるところをすり抜けて、次のターゲットに飛び移る。 
「うむ。これも悪くは無いのう。 惜しむらくはデコ周りが滑り易すぎて落ち着けぬ事かのう。」 余計なお世話でーす、と楽しげに頭上を押さえに掛かる菜々ちゃんの両手をすり抜けるとは。 本当に敏捷だ。 
「むむむ。 この馥郁たる香り。 まろやかな触り心地。 フィットする頭骸骨。 絶品じゃ! 」 勝手なことをほざかれても、志摩子さんは相変わらずマイペースである。 「あらあら、光栄ですわ。 でも私の乃梨子の据わり心地も素敵ですわ、きっと。」 
「ほほう、ご推薦か。」 トンと頭に軽い感触。 
「なるほど。 深い香木の香り。 艶やかな黒髪。 良いのう。 じゃが、 」 頭の上でしゃべられる感覚に戸惑っている乃梨子は、しばらく対応が遅れた。 
「したが、おぬし。 シルクハットが全く似合わんのう。」 乃梨子は脱力したまま、蝿を追うように頭の上で手を払った。 

 最後に黄薔薇さまの頭にすぽんと跳び乗る。 
 普段なら菜々ちゃんと一緒になって大騒ぎをしそうな黄薔薇さまが、そう言えば今回はやけに静かだ。 怪しげなものが頭上に跳び乗って来たにも拘らず、悠々と紅茶をすすっている。 
「これは良いのう。 丸さと言い。 質と言い。 これが良いのう。 なによりお下げ髪が良いのう。 」 感慨深げな呟きに、襲い掛かるのをためらう一同。 そうしているうちに。 
「よいのう。よいのう。 ここがよいのう。」 段々と呟きが小さくなっていき。 やがて静かに途切れた。 

 黄薔薇さまは優しく帽子を取り上げ、丁寧に目前のテーブルに置き直すと。 ふと、愛しげに鍔をなぜた。 
「まあ、この子もたまには可愛い女学生と遊んで見たくなったのでしょう。 大目に見てやって? 祐巳。」 
「うーん。 髪を下ろしたら乗ってくれるかな。」 ちょいちょいとリボンをいじる紅薔薇さま。 
「あら、きっとからかっていたのよ。 祐巳みたいに愛らしい女の子に被ってもらって悦ばない帽子さんはいらっしゃらないわよ、きっと」 もう一度被って御覧なさいな、と。 ほんわり微笑む志摩子さんに促されて、紅薔薇さまが慎重に帽子を被る。 
 帽子はもう跳ねだしたりしない。 ツインテールの少女の頭上に、黒光りするシルクハット。 なんだか妙な、微笑ましい光景だ。


 微笑ましい光景なんだが、あの大騒動の後でその会話ですか… 
 本当に、もう、なんだか。 色々と敵わないと思う乃梨子だった。 



                            了 


                           ◆◆◆ 

「え? あれ。 これで終わり? 私の出番は? 」 
----貴女の出番は最初から有りませんが。 
「ええ? でもほら。 タイトル見て。タイトル。 『ハセクラシルクハット捕物帖』 ですよ。 私が出てないのは変でしょう。 全国200万乙女たちが私の出番を待っているんです。」 
----よぅくご覧下さい。 『ハセクラ』 であって『支倉』 では有りませんよ。 
「でもでも、読みは一緒じゃないですか。 ちゃんとどっちも『はせくら』 でしょう。 出演させてください、お願いします。」 (ぺこぺこ) 
----貴女は今、”出演させて”(ださせて) と言いましたね? 
「はあ、それが何か? 」 
----書かれた言葉がそのまま脳内にたどり着くわけでは無いという事です。 例えば 白薔薇さま 
「ろ、ろさぎがんてぃあ 」 
----例えば 細川可南子 
「はりがね… 」 
----例えば 松平瞳子 
「つんでれどりる…… 、 って。じゃあ。 『ハセクラ』 も何か別の読み方に脳内変換されて居るんですか? 」 

----音転という言葉をご存知で? 知らないようですね。 身近な例としては 『新しい』 という言葉があります。 元々『新』 とは『あらた』 と読んでいました。 ですから本来は 『あ・たら・しい』 ではなく 『あ・らた・しい』 が正しい読み方です。 ですが、長い長い日本語の歴史の中で、おそらくは音の据わりが良いなどの理由で、 『あ・らた・しい』 は 『あ・たら・しい』 に代わっていったのです。 
「じゃ、じゃあ。 『ハセクラ』 は? 
----それはもちろん、 『セクハラ』 の音転ですな。 つまり『せくはらシルクハット捕物帖』 と言う事です。 
「な、な、な。 何てこと。 じゃあ私はずっと セクハラ令と呼ばれて返事をしていたの? そんな! 20年近く日本人やってきたのに知らなかった。 一体いつからそんなことに… 」 orz 

----ああ、それはもちろんつい先ほどからですよ。 
「え? 」 
----私が作った造語です。 凄いでしょう。(えっへん)   あれ、もしもし。 セクハラ令さん? ゆらりと立ち上がってどうしましたか? 何ですか、その手に持っている木刀は。 真赤に塗られていて”由乃専用”の銘が入っていますが。 あれですか? 3倍強靭だとか。 3倍振りが速いとか。 3倍根性が入っているとか。 
「……3倍ぶん殴る!」 


----うわ、いけません。暴力は! ぼかぐしゃgty( 



         (R15指定の残虐な描写があります。 がちゃS倫理審査会の規定により検閲・削除されました) 


                             ◆ 


 一人の修羅が立ち去った後には、原形を推測できない肉隗と、震える血文字だけが残されていた。 

 ”はんにんはセクハ〜” 


【925】 切磋琢磨斜め上へ  (いぬいぬ 2005-11-28 22:29:38)


※最初に謝っときます。下品ですいません。
 それから、聖さまファンの方々にも謝っときます。セリフすら無いのに思いっきり汚れ役です、すいません。



 冬の寒さが厳しくなってきた薔薇の館で、私、二条乃梨子は、いつものようにお茶の準備をするべく、流しでカップを出しながら、お湯が沸くのを待っていた。
 私の後ろでは、志摩子さん祐巳さま由乃さまの2年生トリオが何やら真剣に議論している。
何だろう? みんなヤケに真剣な顔で悩んでるな。
「・・・・・・きっと・・・・・・越冬隊の・・・・・・」
「奥さんが・・・・・・・・・」
「・・・・・・寒さに負けず・・・・・・・・・」
 何だろう? 漏れ聞こえてくる単語が意味不明だな。
 いや待て。盗み聞きはリリアン生としてはしたない。私はとりあえず沸騰したお湯をポットに入れ、茶葉が開くのを待った。
「そこで正式に隊員番号が与えられたのよ!」
「ああー・・・そうかもねー」
 エキサイトする由乃さまと納得する祐巳さま。
 何だ? 隊員番号って。盗み聞きする気は無くとも聞こえてきちゃうから、気になって仕方ないな。
 そろそろ飲み頃な紅茶をカップに移し、私はテーブルへと向かった。
「どうぞ」
「ありがとう乃梨子」
「わ、良い匂い。乃梨子ちゃん、最近一段と紅茶入れるの上手くなったね」
「ありがとうございます祐巳さま。由乃さまミルクは?」
「ありがとう、自分で入れるから置いといて」
 そんな会話を済ませ、私は志摩子さんの隣に座る。3人とも紅茶を楽しんでいるので、さっきまでの気になる会話は途切れたままだ。
 おや? テーブルの上に何か紙切れが置いてあるな。しかも良く見てみれば、3人とも紅茶を飲みながらもその紙切れに視線が集まっている。どうやら、さっきの話題の中心は、この紙切れみたいだな。
 しかし、さすがに「さっきは何の話だったんですか?」と聞くのも、盗み聞きしてましたと白状するようで、切り出しずらいな・・・
「え〜と・・・ じゃあ、さっきまでの推測をまとめてみましょうか」
「そうね、もう一度整理してみましょう」
 お、由乃さまがさっきの話題に戻るみたいだな。チャンス!
「・・・志摩子さん、何の話? 」
 私はなるべくさりげない調子で、志摩子さんに聞いてみた。
「ああ、あの紙に書いてある事なんだけど・・・」
「紙? 」
 やっぱり、あの紙について議論してたみたいだな。肝心の紙は由乃さまが持ってるんで、何が書いてあるのかは解からないけど。
「まず、オランダ人の人妻だって事は間違いないわよね」
「そうだよね、訳せばそうなるよね」
 オランダ人? 人妻? 何の話だろう? 由乃さまの言葉に、祐巳さまはヤケに納得してるけど・・・
「そうね、そこまでは正解だと思うの。ただ、その後の南極っていうのが・・・ 」
 南極? 志摩子さん、何が正解なの? ってゆうか何の話なの?
「だから、南極越冬隊員の旦那さんに同行した奥様だってば! 間違い無いわよ! 南極越冬隊の他に、わざわざオランダから南極まで行く人なんて考えられないわ! 」
「そうかもね。・・・で、実はその奥様、勝手に同行しちゃっただけの素人だったから、最初は隊員番号が無かったんじゃないかと? 」
「そう! それで、最初は他の隊員にも疎ましがられて認めてもらえなかったんだけど・・・ 」
「・・・いつしか活躍が認められて、正式に隊員番号も与えられたという事かしら? 」
 志摩子さんまで会話に夢中だ。
 でも何でイキナリ南極越冬隊の話になったんだろう?
「でも、隊員番号が若すぎない? 」
 祐巳さま、若すぎる隊員番号って何ですか?
「それは、凄い活躍をしたから、隊長に次ぐくらいの番号が与えられたって事でしょ。いわば名誉隊員扱いってとこじゃないかしら? 」
「そっかぁ・・・ 」
 何だろう? 何か南極越冬隊に関する感動秘話みたいな話かな・・・ 
「そうね、それならこの隊員番号も納得できるわね」
 あ、志摩子さんも納得してる。
「ねえ、元々隊長の奥様だった可能性は? それなら南極に行ったのも、隊長に次ぐ番号なのも納得できるし・・・ 」
「いや、隊長の奥様だからって南極までついて行くとは限らないし、仮に隊長の奥様だから同行できたんだとしても、それだけでこの番号を与えられたら、他の隊員が納得しないんじゃないの? 」
「そっか、優秀な人はいっぱいいそうだしね。“どうしてあの人が俺よりも番号が上なんだ!”とか言い出すかも・・・ いや待って!元々その奥様が越冬隊員として優秀な人だったとしたら? 」
「祐巳さん、仮にも南極越冬隊よ? やっぱり体力勝負になると思うし、そうなれば男性には敵わないんじゃないかな」
「ああー・・・ サバイバル能力とかも必要そうだもんねぇ・・・ 」
 疑問の声を挙げた祐巳さまが、由乃さまの推測に納得する。何か結論が出た雰囲気だな。
 しかし、疑問を放置せず切磋琢磨し合うのは良いけど、置いてきぼりは勘弁だなぁ。
 う〜、会話についていけないからモヤモヤする・・・ 仕方ない、もう一度聞くか。
「志摩子さん」
「何? 乃梨子」
「何の話をしていたの? 」
「ああ、乃梨子だけ置いてきぼりにしてしまったわね。ごめんなさいね」
「いや、それは良いんだけど・・・ で、何の話? 」
「実は、山百合会の仕事の関係でお姉さま・・・聖さまに教えてもらう事があってね? 」
 “聖さま”という名前を聞いただけで、私は何か嫌な予感がしてきた。
「その時、忘れてはいけないから教わる事をメモしてもらったのだけど・・・ 由乃さん、ちょっと良いかしら? 」
「何? 」
「そのメモを貸してちょうだい」
 志摩子さんが由乃さまからメモを受け取る。
「このメモの裏に書いてあった言葉の意味が解からなくて・・・」
 嫌な予感が益々膨らんでいくのを実感しながら、私はメモを見た。
 その裏には、こんな文字が派手な色使いで書いてあった。

 『ダッチワイフ 南極2号』

 ・・・・・・“性”さまめ。
 良く見れば、メモは広告か何かの切れ端で、切れた部分には値段らしき文字の欠片が見て取れた。
 何で普段からこんな広告持ち歩いてんのよ! あの変態エロ魔人!!
 ・・・しかし、リリアン育ちってこんな物も知らないのか・・・ この文字を見て南極越冬隊を連想するなんて、世間知らずの本物のお嬢様学校なんだなぁと、私はあらためて実感していた。
 ・・・まあ、それはそれとして。
「由乃さま」
「何? 乃梨子ちゃん」
「竹刀貸して下さい」
「え? 何よイキナリ。何に使うの? 」
「今ならヤツはたぶん隣りの敷地に・・・ いや、変な事には使いませんから」
「ヤツ? 隣り? 」
「とにかく、お借りします」
 私は有無を言わせず竹刀をつかみ、バランスを確認するために2、3回素振りをしてみた。そんな私の様子を見て、由乃さまは何となく腰が引けている。
「ちょっと・・・ 何する気? 」
「大丈夫ですよ、乾いて凝固する前に濡れた布巾か何かで拭き取れば、シミは残りませんから」
「シミって・・・・・・ 何でもない」
 おや。さわやかな笑顔で答えたつもりだったけど、由乃さまが黙り込んじゃった。
 
 さて、セクハラ魔人を退治しに大学の敷地まで行きますか。


【926】 (記事削除)  (削除済 2005-11-29 19:28:59)


※この記事は削除されました。


【927】 愛は永遠暗黒祐巳好き好き大好き♪  (朝生行幸 2005-11-29 23:07:13)


「お姉さま!」
「なーにー、瞳子ちゃん」
 眉を吊り上げて、お気楽な表情の紅薔薇さまこと福沢祐巳に詰め寄ったのは、紆余曲折あったものの、なんとか無事に紅薔薇のつぼみとなった松平瞳子だった。
「いい加減そのヘラヘラした態度、お止めになって下さい!それと、ちゃんは無しと、何度も申し上げたハズです!」
「えー、いいじゃない。別にヘラヘラしていないし、瞳子ちゃんは瞳子ちゃん。問題なし!」
 まるで意に介さない祐巳。
「いいですか?お姉さまは、高等部を代表する生徒会長1/3として、もっと威厳を持っていただかないといけないのです。それなのに、まるで考え無しのように…」
「瞳子ちゃん?」
 ニッコリと笑みを浮かべながら、後手にクルリと瞳子に向き直る祐巳。
 瞳子は、思わず言葉を飲んだ。
「あんまりいい気になるなよ?」
「なっ!?」
 顔は笑っているのに、目は笑っていないことに、今更ながらに気付く。
「ちょっと“紅薔薇のつぼみ”になれたからって調子に乗ってると、切ない目に会うよ?」
「………」
 絶句する瞳子。
 これが親しみ易さが最大の売りの祐巳とは、まるで信じられない。
 ショックで立ち尽くす瞳子の襟元を掴んだ祐巳は、
「私はお前のなんだったっけ?」
 瞳子の目を覗き込むようにして問いかける。
 その強烈な威圧感は、先代を遥かに上回っていた。
「お、お姉さま…です」
「リリアンの制度は知ってるよな?」
「も、もちろん…」
 はっきり言って、今の祐巳はかなり怖い。
「言ってみ?」
「あ、姉が妹を導くがごとく、先輩が後輩を指導する…です」
「つまり、お前は私の言う通りにしてればいいってことだよな?」
「そ、それは…」
「んー?妹の分際で、姉に逆らうつもり?ブゥトンってそんなに偉いのか?紅薔薇のつぼみが高等部の掟を否定しようとは、なんとも恐れ知らずだなぁおい」
「………」
「もう一度聞くよ。私はお前の何?」
「お姉さま…です」
「そんで、お前は私の妹でいたいんだよな?」
「は、はい…」
 怯えているのか、微かに震えている瞳子。
「じゃ、瞳子ちゃんでいいよねー♪」
 そう言いながら抱きしめ、頭を撫でてやる祐巳だった。
「ねー、瞳子ちゃん。ずっとずっと、卒業してもずっと私たちは姉妹だからね」
 さっきまで怖くて足が竦んでいたのに、祐巳に抱きしめられた途端、何故か幸せな気分になってしまう瞳子。
 結局瞳子は、普段の態度や中身に係わらず、祐巳が好きでたまらないのだ。
「じゃぁ行こうね瞳子ちゃん♪」
 背中からガバチョと抱きつき、瞳子を促す祐巳。
「も、もうお姉さま。あまりくっつかないで下さいまし!」
「えー、いいじゃない」
「大体ですねお姉さま。お姉さまはもっと…」
「瞳子ちゃーん?」
 瞳子の言葉を遮って、祐巳は耳元で囁いた。

「いい気になるなよ?」


【928】 かわいい娘には眼鏡平和を乱すもの白薔薇  (六月 2005-11-30 21:03:07)


先にお詫びします。壊れネタばかり書いてごめんなさい。m(_._)m

**********



「だから、志摩子が1番!」
「由乃ちゃんがダントツよ!」
「いいえ、祐巳ちゃんに勝てるわけないでしょ!」
卒業間近なとある冬の日、薔薇の館のサロンはある意味熱い空気に満たされていた。
嫌な方向へと暴走する熱い空気に1年生トリオは呆れ果てていた。
「帰ろうか?」「そうね・・・」「そうしましょう」

**********

それは聖さまの一言から始まった。
「ねぇ、山百合会って眼鏡っ娘成分に欠けてると思わない?」
『はい?』
どこの星から電波を受信したのか謎な聖さまの言葉に、蓉子さま、江利子さまは鳩が豆鉄砲食らったような表情をした。
「百合の私に知性の蓉子、アンニュイ江利子にボクっ娘令にお嬢な祥子」
「別に令は『ボク』なんて言わないわよ」
「天然志摩子に病弱由乃ちゃん、ドジっ娘祐巳ちゃんと萌え要素満載なのに、眼鏡っ娘だけが居ないのよ!」
ツッコミどころも満載な聖さまだが、何か思うところがあるのか江利子さまの青信号が点灯してしまった。
「ふむ、武嶋蔦子ちゃんは?」
「カメラちゃんは薔薇の館の住人じゃ無いからダメ」
両手で大きく×を作る聖さまに江利子さまが「それで?」と話しを促した。
「で、私は眼鏡よりサングラスキャラだし、蓉子と祥子は萌えよりもざーますオバサンっぽいし。
 江利子は眼鏡より凸が目立つし、令は・・・ねぇ」
「凸言うな!」
「ざーますオバサンって、ひどっ!たしかに私や祥子だとキツイ感じになるけれど・・・」
聖さまにダブルツッコミを入れる薔薇さま方。
「と言うことで、志摩子に眼鏡かけてもらいましょう。ほわほわ天然萌え少女にぴったりだと思わない?」
「甘いわね。眼鏡っ娘は、1に読書家、2にはかなげ、34がなくて、5におさげ!
 それこそが眼鏡っ娘だと山本一番星さまがおっしゃっておられるのよ!つまり由乃ちゃんこそNo.1!!」
「江利子、それは妄想戦士の・・・あなた何に毒されてるのよ・・・。
 おさげならツーテールの祐巳ちゃんだってそうよ。しかもドジっ娘。こけて眼鏡落として探す仕草なんて萌え萌えよ」
蓉子さままでが聖さまの電波に毒されたらしくノリノリだ。

丁度、その三薔薇さまがノリノリのタイミングに、私、福沢祐巳と由乃さん、志摩子さんがサロンのドアを開けてしまったのだった。
『ごきげんよう』
私達が挨拶をすると聖さまはどこからからシャキーンと眼鏡を取り出してこう言った。
「ごきげんよう、早速だけど志摩子、この眼鏡かけなさい」
「はい?あの、お姉さま私は特に目が悪いわけで「いいから!」
いつになく厳しい聖さまの言葉に志摩子さんも怯えながら眼鏡を手にした。
「あの、これで良いでしょうか?」
凛とした知的少女の雰囲気を纏った志摩子さんの姿に、びしっとサムアップを決めて聖さまが宣言する。
「ふっふっふっふ、さすが志摩子。みなさいよ、この儚げな美少女!眼鏡っ娘萌え〜!」
だが、青信号江利子さまも黙っていない、志摩子さんから眼鏡を取り上げると由乃さんに突き付けた。
「由乃ちゃん、これを着けなさい」
「江利子さま、なんで私が「着けなさい!」
江利子さまの気迫に由乃さんもたじたじだ。
「まったく、なんで私が眼鏡なんてかけなきゃいけないのよ」
ぶつぶつと文句を言う由乃さんだったが、三つ編みおさげに眼鏡というその姿は定番の『委員長』そのものだ。
「ふふん!よーっく見なさい。これが正統派眼鏡っ娘というものよ」
「まだよ!祐巳ちゃん!」
「あぅぅ、私もですか?蓉子さまぁ」
ついに私の番が回ってきた。私が眼鏡かけると幼く見えるんだけど。
「これよこの上目使いにツーテール&眼鏡のロリ、これが萌えじゃないとしたら何を萌えと言うのよ!?」
蓉子さま、壊れちゃってますか?
「蓉子、そんな男に媚を売る萌えなんて認めないわよ」
「そうよそうよ、上野不忍池の『めがねの碑』が泣くわよ」
「あのね江利子、あなたお凸で変な電波受信してない?メガネっ娘教団に入信してないでしょうね?」
喧々諤々、三人は萌えの何たるかを議論し始めてしまった。私達を置き去りにして。
どうして頭の良い人が壊れると取り返しの付かないところまで逝ってしまうんだろう。
サロンのテーブルの上に眼鏡を置くと、私達三人は薔薇さま方に気付かれないようにそっと部屋を出た。
『お先に失礼します。ごきげんよう』

「あら?祐巳、もう帰るの?お姉さまは来られなかったの?」
薔薇の館を出たところでお姉さまと令さまに出会った。
「・・・紅薔薇さまは黄薔薇さま、白薔薇さまと3人だけでお話しされたいそうですので、お先に失礼するところです」
「そうなの?ご卒業前に心残りがないようになさりたいのかしら。
 いいわ、お邪魔にならないように先に帰りましょう」
「えぇ、それが賢明だと思います」
ここはとっとと帰る方が良い。
中で何が起っているのかお姉さまに話しても理解の範囲外だろうし、私達も三薔薇さまが発する嫌な空気から逃げ出したいから。

**********

翌朝、昨日の後片付けが気になった私は早めに登校して薔薇の館に向かった。
まだ冷たい空気に身を縮めながらサロンのドアを開くと。
「志摩子よ、一番可愛いのは!」「いいえ、由乃ちゃんよ!」「違う、祐巳ちゃん以外に居ないわ!」
まだやってたんかい、この三莫迦は・・・。


【929】 ごめんなさいねむい摩訶不思議報告  (ケテル・ウィスパー 2005-12-01 03:28:24)


【No:767】→【No:785】→【No:830】→【No:855】→【No:877】→【No:900】→
これが最終回

「さあ! 泣いても笑ってもHP放ったらかしてでも最終回なのですわ!」
「だめじゃんそれじゃあ…1ヶ月くらい放ったらかしだったよね」
「しようがないのですわ、書き上げた1/3を削除してこれから書き直す予定なのですから……」
「大して変わらないんだからいいんじゃないのかな〜」
「だめですわよ! だいたい乃梨子さんの台詞のタイミングを調整するんですのよ? もうちょっと早くあの台詞を言っていただければ、今頃このがちゃがちゃSS掲示板上で宣伝も出来たでしょうに」
「ってか私の責任なの? なんか納得いかないな〜」
「まあそれはさておき、最後の舞台はここ、生物室ですわ…」
「いや…もうわかったから。 帰っていい?」
「ダメですわ。 あ、ひょっとして乃梨子さん、グロい系がダメ…」
「それでいいから帰っていい?」
「そんな訳ありませんわよねぇ〜、以前かかわった交差点は人間がパーツで浮かんでいたと仰っていましたわよね」
「…ちっ、覚えてたか…」
「だいたいそれでは『六個しかないのが七番目の不思議』と言うコメントと同じではありませんか」
「それでいいじゃない……だいたい6個や7個じゃすまないんだから」
「そんなにあるんですの? まあいいですわ。 さあ〜、それでは行っきますわよ〜〜」
「考え無しに開けてま〜…」
「ひ、ひぃぃやぁあああああ〜〜〜〜〜!? が、が、骸骨が〜〜〜〜た、タップダンス踊ってますわ〜〜〜! こ、こっちでは人体模型さん1号と2号が消毒用エタノールで酒盛りしてます〜〜〜! お造りはホルマリン標本ですの?! そういえば幾つか無くなっていると聞いたことが……って、乃梨子さん! 座禅組んで自分の所だけ結界を張らないでくださいませぇぇ〜〜〜〜!」


 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *


「はぁ、はぁ、はぁはぁ……」
「だから帰ろうって言ったのよ」
「さ、最後に来て……なんか…ひどい目に会いましたわ…」
「あそこの連中は格好のわりには明るいんだけどね。 悪乗りするから…」
「まさか、しゃる・うぃ〜・だんすのお相手させられるとは思いませんでしたわ…」
「『きゃあきゃあ』言いながら楽しそうだったじゃない」
「さ、さあ〜、次ぎ行きますわよ…」
「私帰るわ、マジで」
「え〜〜? そんなこと仰らずに『学園の不思議丸ごとツアー』の名が廃りますわ! 次は屋上ですか?」
「廃れさせなさいそんなもん。 ふぅぁあぅ…もういい加減眠いしね……寝不足はお肌の敵よ」
「まだ気にするほどではないと思いますけれど?」
「そんな事言っているうちに、曲がり角過ぎて気が付かないうちに一方通行の坂道を転げていくのよ……」
「ど…どうしても帰ってしまわれるのですの?」
「誰がなんと言おうと帰る」
「そうですか…では…」
「私が付いて行ってあげようか? 瞳子ちゃん!」
「うぎゃぅ!? ゆ、祐巳さま?! な、なんでここに?」
「ん〜〜? なんか瞳子ちゃんが楽しそうなことやってるかな〜〜って、この辺に ”ピ、ピッ”ってね。 あ、乃梨子ちゃん、ごきげんよう」
「……ごきげんよう…あんまりご機嫌な時間じゃあないですけど」
「ちょ、ちょっと、祐巳さま。 いかげん放してくださいませ! それになんですの、その危ない電波な発言は」
「だ〜って、そう感じたんだもん、そう、これはもう運命だね。 と言うわけで乃梨子ちゃん、ここから先は私が引き継ぐから帰ってゆっくりしてもらっていいよ」
「……まあ、他のよりはいいとは思うけど…一つ聞いておきます。 ちゃんと返してくれますよね?」
「……あ〜、それは大丈夫、そっちの趣味は無いから。 五体満足で返すよ」
「…ふむ…それならいいです」
「? 乃梨子さん、遅くまで付き合っていただいてありがとうございました。 あとは…その……嫌ですけれど祐巳さまと周りますから。 車、正門に来るように手配いたしますからそちらをお使いくださいな」
「……そう…じゃあ、また明日…」
「ごきげんよう、乃梨子さん」
「ごきげんよう、乃梨子ちゃん」
「……ごきげんよう…」

 ・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・

「……悪くはないんだろうけど……ホントに大丈夫かね〜…瞳子のヤツ…。 しかし……古い学校だとは思っていたけれど、まさか座敷童子でいるとはね……」

〜〜 〜〜了・・・


【930】 パラレル乃梨子奇奇怪怪  (まつのめ 2005-12-01 15:04:03)


 放課後、乃梨子が薔薇の館に行くと、まだ誰も来ていなかった。
 いや、ビスケットと形容される扉から会議室に入った時は誰も居ないと思っていたのだけど。
 テーブルを拭いておこうかなと流しの方に視線を向けてドキッとした。
 なぜならそこに黒とアイボリーのコントラスト。要はリリアンの制服だが、誰やら生徒の後姿があったからだ。
「あ、ごきげんよう……どちら様?」
 肩で切りそろえられたストレートの黒髪は、該当する人が思い浮かばなかった。
 いや、なんか見覚えだけはあるんだけど。
「あの?」
 その生徒は声をかけたのに振り返らずそこに立っていた。
 まさか立ったまま寝てるわけじゃあるまいし。
 乃梨子が近寄っていくと、足音に気づいたのか彼女は振り返った。
「もしかして、私に言ったの?」
「え?」
 振り返ったその顔を見て乃梨子は固まった。
 というか、その心情を一言で表すとこうだ。

 『またか』

 後姿に見覚えがあって当然だ。
「あら、ごきげんよう」
 そう言って笑う顔は毎日鏡で見慣れた乃梨子の顔そのもの。
「あ、あのね……」
「ごめんなさい。ちょっとボーっとしてたから」
「いや、そういう問題じゃなくて」
 なんでこの子はこんなに落ち着いてるんだ。
 今度はどういう世界から来たのやら。
「とりあえず、名前を聞いておくわ。 まあ判ってるけど」
「え? 私の名前知ってるの?」
 と、彼女は目を瞬かせた。
「そ、そりゃね……」
 なんか、調子が狂う受け答えだ。
 私がものすごい天然な世界から来たってところか。
「……あなた、私があなたと同じ顔してるのになんとも思わないの?」
 乃梨子がそう言うと、彼女はじっと乃梨子の顔を、乃梨子がいらいらし始めるほど見つめた後、こんどは顎に手をやって首を傾げて考えるポーズをしたまま、またこんどは乃梨子が地団駄を踏みたくなるほど考え込んだ。
「・………ああ、もう、あんたも乃梨子なんでしょ!」
 とうとう切れそうになった乃梨子がそう叫ぶと彼女は乃梨子の方を見てまた一瞬の間。
「……ああ」
 そう言ってぽんと手を打った。
「そういえばそうかも」
「そうかもって、あんた自分の名前も忘れちゃってたの?」
「んー、結構長いこと人と話してなかったし」
「って、引きこもりかよ」
「あー、それそれ。最近はそういうのよね。なんだっけポッ○ー?」
「ヒッキーだろ!!」
 だめだ。
 こんどのは完全にボケ役にはまってる。
 自分とドツキ漫才なんて痛々しくて見てられないじゃないの。 
「とりあえず判ったから大人しくしててくれる?」
 乃梨子は頭を抑えつつそう言った。
「えー、もっとお話しましょうよ」
 彼女はそう言った。
「人と話すの苦手じゃないの?」
 だって引き篭りって言ったらそういうものでは。
「というか、誰も相手にしてくれないから」
 天然過ぎて相手にされなくなってそれで外に出なくなった?
 どういうパラレルワールドなんだ。
 あまりに違いすぎるので乃梨子はちょっとだけ興味が出てきた。

「じゃあ今日はどうして薔薇の館に居るの?」
 とりあえず、彼女と自分の分の紅茶をいれ、二人でテーブルに落ち着いた。
「……ここのこと薔薇の館って呼んでるの? 素敵な名前ね」 
 彼女は紅茶を一口味わって「おいしい」本当に嬉しそうに微笑んだあと、質問には答えず、目を輝かせてそう聞いてきた。
 まあ、知らないよね。学校に殆ど来てなかったんだろうな。
「そうよ。ってもしかして今日ずっとここに居たとか?」
「そうだけど」
「あなたね」
 なにを思ったか、きっと学校に来る気になって、でも教室に行く気になれずに、いや教室がわからなかったのかも。
「授業くらい出なさいよ。教室判らなかったら職員室行って聞くとかできるでしょ?」
 乃梨子がそう言ったとき、彼女は悲しそうな顔をした。
「できないわ」
「なんでよ?」
「だって……」
 そう言って彼女は部屋の中に視線を彷徨わせた。
 まあ、想像はつくけど、せっかく学校に来る気になったんだからもう少し頑張れば良いのに。
 話をしてみて彼女は外見はそっくりだが中身はまったく違う人間だって気がした。
「心配しなくてもここってお嬢さま学校だし、引き篭もりだったからっていじめるような人はいないよ?」
「そうかな?」
「そうよ。まあ、今日はもう放課後だから仕方が無いけど、明日はちゃんと教室行ってみな」
「うん、そうね。となりの校舎なら……」
 そう言って彼女は校舎のある方向、そこは会議室の壁だが、に視線を向けてから続けた。
「……何とかなるかも」
「何とかって、そんなに難しく考えること無いと思うけど」
 思案している彼女の横顔に向かって乃梨子がそういうと、彼女は再び振り返って乃梨子の顔を見つめた。
 そして、『合点がいった』というサインだろうか、瞬きを一回してから言った。
「わかったわ。私、頑張ってみる」
 その瞳に力がこもったのを見て乃梨子はなんだか嬉しくなった。
 乃梨子の目をまっすぐ見詰めて彼女は言った。
「あなたっていい人なんですね」
 その天然らしい直球な言葉に乃梨子はおもわず顔を赤らめた。
「な、なに言ってるのよ。私はあなたなのよ。あなたの一つの可能性なんだから」
「よく分からないけど、あなたには感謝するわ。 そうよね。一つのところに引き篭もってちゃ今の時代やってけないものね」
「そうそう」
 ずいぶん違った世界もあったもんだと思いつつも、なんだか綺麗にまとまったので乃梨子はいい気分だった。
 後どれくらいこの世界に留まるのか判らないけど、何も知らない彼女にはもっといろいろ教えてあげたいと思った。
 ちょっと不思議なこの学校の習慣のこととか。
 根っからの善人でお節介なクラスメイトのこととか。
 銀杏のなかに一本だけ生えている桜の木のこととか。
 そして、彼女の世界にも居るであろう志摩子さんのこと――。

 話が一段落したところで乃梨子は、ちょっと冷めてしまった紅茶をすすった。
 そして、彼女の為に入れた紅茶のカップに視線を向けて、紅茶に手を付けてないなぁ、と思ったそのときだった。
「乃梨子?」
 後ろから志摩子さんの声が聞こえた。

 どうやら話に夢中になってて階段を上る足音に気づかなかったようだ。
「あ、ごきげんよう、志摩子さん」
 乃梨子は椅子から振り返って志摩子さんに挨拶した。
「ごきげんよう、乃梨子」
「今、お茶の用意しますね。ちょっと彼女と話し込んじゃって……」
 そう言うと、志摩子さんは可愛らしく首を傾げて言った。
「乃梨子、彼女って誰のこと?」
「え? だれって・……」
 志摩子さんならきっと『またなのね』と即、理解してくれるであろうもう一人の別の世界からやってきた私がそこに……
「……あれ?」
 乃梨子の向かいの席には手をつけられていない紅茶のカップが置いてあるだけだった。
 さっきまで自分と同じ顔をした彼女と話をしていたはずなのに、そこはまるで最初から誰も居なかったように椅子も引かれる事が無く……
「なんか話し声がしたから誰かお客さんが来てるのかと思ったのだけど」
 そういって志摩子さんは部屋の中を見回した。
「そ、そんな……」
「乃梨子?」
「うそっ! だって今確かにここに」
 乃梨子は席を立って流しの方に走った。
「なんて隠れちゃうのよ!」
「乃梨子っ! 落ち着いて!」
「だ、だって……」
 そんなはずは無い。
 だって、元の世界に帰ったのなら、なんで座っていた椅子まで元に戻っちゃうのよ。
 消えたんなら痕跡が残ってるはずでしょ?
 ここで、乃梨子は彼女は紅茶を一口飲んでいたことを思い出した。
 なのに最後に彼女から視線を外した時、紅茶は手がつけられていなかったのだ。
 そんなことはありえない。
 いままで別世界からやってきた乃梨子達はそれはもう嫌というほど痕跡というか傷跡を残して去っていったのだから。


「……そう、そんな子がいたのね」
 意気消沈した乃梨子はなぐさめてくれる志摩子さんに消えてしまった彼女の話をした。
「志摩子さん、信じてくれる?」
「ええ、乃梨子が嘘をつくなんて思わないわ」
 志摩子さんはそう言ってくれたけど。
「……私、夢見てたのかな?」
「でも乃梨子はそう思わないのでしょう?」
「うん」
 確かに彼女は居たのだ。
 だって、彼女の分の紅茶を入れたのは事実なんだから。
 いや乃梨子がそう思いたいだけなのかもしれないけど。




 乃梨子の抱えた謎は意外に早く解明されることになった。




 薔薇の館のサロンには続々と他のメンバーがやってきて、いつも通りのお茶会の風景に変わっていた。
 話の流れで乃梨子がついさっき体験したことを披露するハメになったのだが、そのとき、祥子さまが言ったのだ。
「それは、座敷わらしだわ」
「ええ!?」
 祥子さまは続けた。
「先々代の紅薔薇さま、お姉さまのお姉さまがそういう話をしていたのを思い出したわ」
「そうね、座敷わらしということなら乃梨子の話とも符合するわ」
 志摩子さんもそう言った。
 そういえば、と志摩子さんの言葉に乃梨子も考えた。
 確かに薔薇の館に憑いていて、誰にでも見えるわけじゃないって考えればあの彼女の言葉も納得がいく。
 でも、乃梨子には一つだけ納得がいかないことがあった。
 乃梨子はみんなの会話が一通り収まってから言った。
「じゃあなんで私とそっくりだったのかしら……」
 そう言ったときの、みんなの納得したような顔と、その直後のなんともいえない気まずい雰囲気はしばらく忘れられないであろう。






 座敷わらし ― 小児の姿をした妖怪もしくは家神。黒髪のおかっぱ頭で和服を着た童子の姿で描写されることも多い。座敷わらしがとどまる家は栄えるという。


【931】 祐巳による今週の毒針  (朝生行幸 2005-12-01 18:06:48)


「おーい、瞳子ちゃーん」
「あら、ごきげんよう祐巳さま」
 廊下をしずしずと歩きながら、ド縦ロールをぽよんぽよんと上下に揺らす松平瞳子に声をかけたのは、紅薔薇のつぼみこと福沢祐巳だった。
「ごきげんよう。ちょっとミルクホールまで付き合ってくれないかな?」
「ええ、構いませんが」
「良かったー。あそこは一人では行き難いモンね。お礼に何かご馳走してあげる」
「いえ、そんなことで、祐巳さまに散財させられませんわ」
「いいからいいから。たまにはセンパイらしいことさせてよ」
「でも…」
「瞳子ちゃん?」
 祐巳は、ギラリと目を光らせながら瞳子を睨みつけた。
「何度も言わせるなよ?」
「う…、は、はい」
「じゃー行こうねー♪」
 頬を引き攣らせた瞳子の手を取って、歩きだした祐巳だった。

 相変らず盛況のミルクホールに、足を踏み入れる二人。
「瞳子ちゃんは何が良い?」
「ご馳走していただく身分で、注文なんてできませんわ。お任せします」
「そう?じゃぁ私のお任せってことで」
「はい、それで」
「じゃ、席を取って待っててね。買って来るから」
 笑顔のまま、人で溢れるカウンターに向かう祐巳。
「ゴメンねー、紅薔薇のつぼみがお通りだから、とっとと道を空けてくれるかなー?」
 その一言に、まるでモーセの十戒のように人が左右に分かれた。
 ほとんどは「まぁ祐巳さまがいらしゃったわ」という雰囲気だったが、ごく少数は「なんじゃコイツ」といった目で見ていた。
「ごきげんよう。調子はどう?」
 顔は見たことはあるが、名前までは知らない同級生(多分)の売り子に声をかける祐巳。
 ミルクホールは、学園長が委任したパートのおばちゃんが取り纏めているが、販売をしているのは高等部の生徒によるボランティアだった。
「ごきげんよう、紅薔薇のつぼみ。ぼちぼちといったところですね」
「ふーん」
「何になさいます?」
「そうねー、きつねうどん二つ」
「…は?」
 思わず、マヌケな顔で聞き返す売り子。
 ここで売っているのは、パンの類だけで、学食のようなメニューは無いというのに。
「だから、きつねうどん二つだってば」
 にこやかに、注文を繰り返す祐巳。
「あの祐巳さま?」
「何回言わせるつもり?」
「………」
 半眼で目を覗き込まれた売り子は、泣きそうな顔になった。
「じゃぁ他のものでいいわよ。んーとね、カツカレー大盛り二つね」
「………」
 身体を震わせながら、青い顔で目を潤ます売り子に、さらに畳み掛ける祐巳。
「あ、あの祐巳さま。ここにはうどんやカレーは置いてありません。申し訳ありませんが、他のものを…」
 慌てて、隣にいた別の売り子がフォローに入った。
「あ、そうなんだ。ごめんね?私の間違いだったんだね」
 祐巳は、泣きそうだった売り子の手をそっと両手で握り、優しい声で謝った。
「い…いえ、お気になさらず」
 売り子は、先程とは打って変わって、頬を赤らめ、ほわんとした表情で祐巳を見詰め返していた。
「じゃぁ、餡ぱん二つ…どっちもつぶ餡ね。こし餡入れたら明日の朝日は拝めないよ。それとチョココロネ二つ、あと、その空のケースを一つ」
「あああああの祐巳さま?ケースはお売りできませんが」
「ちょっと借りるだけだよ。すぐ返すからね」
「はぁ、そうおっしゃるのなら」
 代金を払い、袋に入った餡パンとコロネ、空のケースを手にして、瞳子がいる席に移動する。
「お待たせ。はい瞳子ちゃん」
 言いながら祐巳は、空のケースを瞳子の前に置いた。
「な、なんですのこのケースは?」
「どうぞ召し上がれ?」
「なっ!?」
 驚く瞳子。
「食べないの?ケース。美味しいかもしれないよ?」
「こんなもの、食べられるわけないじゃないですか!?」
「瞳子ちゃん?」
 再び、嫌な光が灯る目で、瞳子を睨む祐巳。
「私に任せるって言ったよね…。ふ〜ん、瞳子ちゃんは私に嘘吐いたんだ」
「嘘もなにも、これは食べ物ではないではありませんか!」
「あはは、冗談だよじょーだん。本当はこっちね」
 パンをテーブルの上に置いた祐巳、
「瞳子ちゃんのマネー♪」
 そう言いながら、チョココロネを両手に持って、耳の横に掲げた。
 それを見た瞳子、思わず噛み締めた奥歯が、ギリリと音を立てた。
 しかし、祐巳の機嫌を損ねても困る。
「…ほほ、ソックリですわね」
 瞳子は、引き攣った笑みで応じた。
「はい、餡パンとコロネね」
「…いただきます」
「どうぞどうぞ」
 先程からの祐巳の言動に、不信感を拭えないながらも、下手に逆らうとコワイので、できるだけ下手に出ることにしようと判断した瞳子は、コロネから手を付けた。
「あははー、共食いだねー♪」
「………」
「あれ?」
「………」
 カチンとくるものがあったが、あえて無視して、祐巳の顔を見ないようにしながら、黙々と食べ続ける瞳子。
「あ痛!」
「………」
「痛い!」
「………」
「痛!」
「………」
 瞳子がコロネを一口噛むごとに、嫌な笑みを浮かべてちゃかしてくる祐巳。
 しかし、瞳子が沈黙を守ったままなので、それ以上言わなくなった。
「祐巳さま、飲み物を買ってきますわ。何がよろしいですか?」
「え?いいよ、悪いよ」
「いえ、ご馳走になるお礼ですわ。遠慮なさらず」
「そう?じゃぁメッコールかサスケかドクターペッパーで。無ければマックスコーヒー」
「分かりました」
 売っていないのは明らかなのに、あっさりと返事した瞳子に、拍子抜けする祐巳。
 どうもさっきから空回りしているようだ。
「どうぞ」
「ありがとう瞳子ちゃん…てあれ?私が頼んだ…」
「残念ながら、祐巳さまが仰ったものはありませんでしたので、申し訳ありませんがこれでご勘弁くださいな」
 目の前に置かれたのは、苺牛乳だった。
「…いただきます」
「どうぞどうぞ」
 漸く、一矢報いた瞳子だった。

「付き合ってくれてありがとね。また一緒に行こうね」
 ミルクホールを後にした祐巳は、瞳子に礼を言った。
「いえ、こちらこそ。瞳子でよろしければ、いつでもお声をかけて下さい常識の範囲内で」
「ちぇ、夜中の二時三時に呼びつけようと思ってたのに」
 なんと言うか、近頃の祐巳は、妙に黒い。
「…祐巳さま、最近ちょっと目に余る言動が散見されますが」
「そうだ、今度妹のことで相談に乗ってくれるかな?」
 瞳子に対するある種の切り札でもって、封じる祐巳。
「え?あ、はい…」
「ありがとー。妹にするなら、瞳子ちゃんのような素直で良い子がいいなぁ。それじゃーね♪」
「あ、はいごきげんよう祐巳さま」
 もちろん祐巳の妹になりたくはあったが、考え直した方がいいかな、とも思う瞳子だった。

「困りましたわね…」


【932】 留年し、パラレル志摩子  (まつのめ 2005-12-02 14:46:49)


【No:909】の続き。(関連作品【No:607】【No:930】)



「留年したわけじゃないのよ」
「いや、タイトルに言い訳されても……というかまだいたのね」
 目の前には志摩子さん。
 といっても平行世界から一年ずれてやってきて何故か同じクラスに編入されてしまった志摩子さんだ。
 紛らわしいので、本物の志摩子さんより一つ年下だから心の中では『小志摩子さん』って呼んでいたんだけど、本人に言ったら響きが『小悪魔』みたいで嫌っていわれた。 
「……」
「あれ、どうしたの?」
 志摩子さんは顔を手で覆って言った。
「酷いわ。『まだ』なんて。乃梨子さんは私がいなくなって欲しいのね?」
「いや、そういうわけでは……」
 でも今までの例からしていつか早い時期にいなくなる筈だし、その話題に触れるたびに全存在を否定されたみたいに嘆かれてはやってられないのだけど。
「……ね、志摩子さん、別に嫌いとか存在を認めないとかそんな事言ってないでしょ?」
「今言ったわ」
「あのね」
 もう。しょうがないな。と乃梨子は仕方なさそうに言った。
「私は、志摩子さんと同じクラスになれて嬉しいのよ」
「……本当?」
「本当だってば。だってこうやって志摩子さんの顔が一日中見られるんだもん」
 それを聞いた小志摩子さんはなぜか表情を曇らせた。
「そう。そうなのね。やっぱり乃梨子さんが大好きな『白薔薇さまの志摩子さん』の代わりなのね」
 そう言って悲しそうに俯く小志摩子さん。
「あのねー、白薔薇さまは別格なの。それ以外だったらあなた、私の中では破格に優遇されてるんだから。判ってる?」
 区別のために小志摩子さんと話すときは志摩子さんのことは『白薔薇さま』と言うようにしている。
「判るわ。だから、乃梨子さんはいつも私に白薔薇さまをダブらせて見ていて本当の私を見ることは無いんだわ」
「うっ……」
 そりゃ、そうだけど。
 微妙に違うけど殆ど外見から性格まで果ては名前まで志摩子さんだし。
 あれだけ志摩子さんに惚れ込んでる乃梨子が彼女を別物と見ろというのはむしろ酷というものだ。

「かしらかしら」
「悲劇かしら」
 来たよ。
 どういう仕組みなんだかしらないけど、ふわふわと舞い降りた敦子と美幸。

「かつての恋人に似てるがために愛された〜」
「しかしそれがゆえに本当の愛を得られない〜」
「……それでもいいの、あなたが私を見てくれるのなら」
「「「ああ、なんて悲しい恋なのでしょう!!」」」
 ちなみに三番目の台詞は小志摩子さんだ。
 いいのよ。判ってたんだから。
 志摩子さんの顔が悲んでいたら、たとえそれが演技だって判っていても放って置けないのよ。
 と思いつつ、るーっと涙を流す乃梨子であった。
 どうしてこんなになってしまったのだろうと。

「というわけで乃梨子さん」
「なによ」
 傷心の乃梨子はぶっきらぼうに答えた。
「こんなにクラスに馴染んでいるのだから、あんな言い方はないと思うの」
 いやな馴染み方だよ。
 さっきまで悲しい顔をしてた小志摩子さんは敦子美幸と並んで天使のような微笑を浮かべていた。
「……わかったわよ。私が悪かったわよ」
 乃梨子は投げやりにそう答えた。
「ささ、それでは仲直りの握手を」
「美しい友情ですわ」
 敦子と美幸に促されて席を立ち、乃梨子が小志摩子さんの前に立つと、小志摩子さんは何か思いついたように胸の前で手を合わせて言った。 
「そうだわ」
「な、なに?」

 『天然の思いつきはロクなことがない』

 乃梨子は今までの経験からそんな教訓を得ていた。
 そして、小志摩子さんはこんなことを言い出したのだ。
「これから私のことは呼び捨てで『志摩子』って呼んでくださらない?」
「ええ!?」
「だって、瞳子さんや可南子さんは呼び捨てなのに」
「それでしたら乃梨子さんは私達も時々呼び捨てにしてくださいますわ」
「そうですわ」
 敦子と美幸がそう補足した。
「で、出来るわけ無いじゃない! 志摩子さんを呼び捨てにするなんて」
 乃梨子は思わず叫んだ。
 
「それですわ!」
「え? 瞳子?」
 いつのまにか瞳子が乃梨子の背後まで来ていた。
「今まで聞いていて判ったのですけど」
「なによ、立ち聞きしてたのね?」
「というか、今までのやり取りはクラス中に聞こえてましてよ」
 うっ、そういえば、ここは昼休みの教室だった。
「で、話の続きですけど、乃梨子さんは白薔薇さまとこちらの志摩子さんを同一視して憚らない頑固者のようですわ」
「って、頑固者ってほどじゃないと思うけど……」
 乃梨子がそういうと、瞳子は「はぁ」とあきれたようにため息をついてから言った。
「自覚がないのですわね。今までのやり取りは誰が聞いてもそう思えますわよ」
「そうかな。ねえ可南子はどう思う?」
「……瞳子さんの言う通りだと思いますわ」
 可南子はどこからとも無く現れて答えだけ言って去っていった。
「そんな……」
 乃梨子はショックを受けた。
「というわけで、乃梨子さんが志摩子さんと白薔薇さまをちゃんと区別して認識する第一歩として、呼び捨ては最適なのですわ」
「なんかこじつけっぽいわ」
「文句はちゃんと同一視しなくなってから言ってほしいものですわ」
「うっ……」
 明らかに不合理な理屈なのだが、志摩子さんが絡んでるせいか冷静に反撃できない乃梨子だった。
「そうですわね、でしたら公平に志摩子さんも『乃梨子』って呼び捨てにすれば良いのですわ」
「まあ、それは名案だわ」
 そう言って小志摩子さんは花を咲かせたように微笑んだ。
「ま、まってよ」
 慌てて止めようとする乃梨子を無視して小志摩子さんは言った。
「じゃあ、乃梨子?」
 そして、乃梨子の目の前で催促するように乃梨子を見つめた。
「うわぁ」
 それ無理。ますます志摩子さんじゃない。

「さあ、乃梨子さん」
「友情の一歩ですわ」
 小志摩子さんの両隣で敦子と美幸が微笑んでいる。
「さあ乃梨子さん、その甘美な声で彼女の名前を言ってあげてください」
 瞳子がその横でそう宣言する。
「ちょっとま……」
「違いますわ。 彼女の名前は?」 
「いや、だから……」
「さあ、乃梨子さん!」
「乃梨子が私の名を呼んでくれないと悲しいわ」
 そう言って頬に手を当てて俯き加減に悲しい顔をする小志摩子さん。
 その仕草にダメージ(?)を受ける乃梨子。
「しっ……」
 ぐっ、と期待の目で見つめる一同。
 乃梨子はなんとか切り抜けようとするが、目の前で小志摩子さんか志摩子さんの声で乃梨子って言ってそれがどう見ても小志摩子さんじゃなくて志摩子さんにしか見えなくてだから志摩子さんが、じゃなくて小志摩子さんは志摩子さんでいや違う志摩子さんは志摩子さんじゃ無いんじゃなくて志摩子さんが志摩子さんであれ?
「し? その続きは?」
「乃梨子さん頑張って!」
「友情ですわ!」
 そして、小志摩子さんはこれ以上ないっていう程の微笑みを浮かべてこんな風に言った。

「の・り・こ(はあと)」

 乃梨子の顔があっという間に真っ赤に染まった。
「う……」
 言葉が途切れたまましばらくぷるぷると震えている乃梨子。
「「「う?」」」
 一同は、いや、もはやクラスメイト全員が注目していたのだけど。






「うわーーーん!!」

 


 

 ………。

 教室から走り去った乃梨子。

 シンと静まり返る教室。


「乃梨子さん……」
「泣きましたね」
「泣きましたわ」

「……ちょっとやりすぎたかしら?」
 頬に手を当てて小首を傾げる小志摩子さん。


【933】 エルガイム祥子さまって意固地  (朝生行幸 2005-12-02 18:21:33)


「だから、それは違うって言ったでしょう?」
「でも、普通は全部カタカナで読みますよ」
 薔薇の館で、妙に熱の入った議論をしているのは、紅薔薇さまこと小笠原祥子と、その妹福沢祐巳だった。
「あら、そんな決まりなんてあるのかしら?中には例外もあるのではなくって?」
「ですが、過去にそんな例はありません。そもそも、お姉さまの解釈は無理矢理です」
 普段は祥子の言うがまま(誇張)の祐巳も、譲れないのかやたらと反抗的だった。
「でもホラここ、どう考えてもそうでしょ」
「だから、そこはカタカナなんですよ。どうしてそこだけ無理矢理漢字に直すんですか」
「あら、乃梨子ちゃんなら賛同すること間違いなしね」
「想像世界のロボットアニメなんですよ?どうしてピンポイントにその単語が出てくるんだか」
「どうあれ、ここはコレで間違いなしなの」
「納得できませんよ」
「あなたの意見はどうあれ、私はあくまで主張するわ」
 只でさえ頑固な祥子、ひたすら自説を押し通していた。
「あの〜…」
 実は山百合会関係者は全員揃っているのだが、何故か名前が挙がった白薔薇のつぼみこと二条乃梨子、我慢できずに言葉を挟んだ。
「一体、なんのお話ですか?」
「“ぶつ”よ」
「違います、“いむ”です」
「はぁ?」
 さっぱり要領を得ない説明をした紅薔薇姉妹。
「だから、このパッケージを見て」
 それは、日本サン○イズ製の昔のアニメDVD。
「えーと。あー、重戦機…」
「“ぶつ”よね、乃梨子ちゃん?」
「違いますってば。“いむ”だよね乃梨子ちゃん?」
「………」
 漸く合点が行った乃梨子、あまりのバカバカしさに、呆れを通り越して苦笑いしか浮かばない。
「すいません、聞かなかったことにします」
 お手上げの乃梨子、あっさり関ることを放棄した。

「だから、“ぶつ”なのよ」
「違います。“いむ”です」
 再び、無意味な論争を繰り返す祥子と祐巳を尻目に、
「結局、何だったの?」
 と、乃梨子にそっと問い掛ける白薔薇さま藤堂志摩子。
「うーん、すっごいバカバカしい話なんだけど…」
 困った顔で、メモ帳を取り出した乃梨子。
「つまり、紅薔薇さまが言いたいのは…」
 ペンが走り、メモ帳に書き込まれた文字、それは…。 

「重戦機えるがぶつ」


【934】 超鬼畜なお姉さま!山百合会で一番怖い紅の十字架  (春霞 2005-12-03 00:39:06)


【No:765】 『ありがとう愛してる』 の番外編。 かな。 
   だけど、そちらを読まなくても単独で充分楽しめるかと思います。 

 ただしオリキャラが幅を効かして居ります。 苦手な方はスルーな方向で。 


                    ◆◆◆

 「あらまあ、すごいですねえ」 
 みきはほかんと口を開いたまま、車用の門が自動で開いてゆくのを眺めた。 
 一方ハンドルを握る祐一郎氏は、静々と動いていく扉自体は気にも留めずに、脇の方をじいっと見つめてなにやら口の中でぶつぶつと呟いている。 
 「これって薬医門様式だよな。 トラックが通れそうなサイズなんてはじめて見た。 当然近代の模造だよな。 ん? でも基礎の年季の入り方は、100年くらい経っていそうだが…」 
 どうやら職業意識を刺激されてしまったようだ。 そうこうする内に、扉は ごうん という重い音を立てて開ききった。 桧板のように見えるが、中に鉄板でも仕込んであるのだろう。 
 はっと気がついたみきが、隣をつつく。 
 「ほらあなた」 
 「ああ、うん。 」 なにやらまだぶつぶつ言っている。 ほらほら、とさらに突付かれて彼はようやくアクセルを踏んだ。 そこから車まわしまでが100Mほど有っただろうか。 たどり着いてみれば事前に連絡があったのだろう、玄関には様式美にのっとったメイド達と使用人の列がずらりと並んでいた。 2人がドアに手を掛けるよりも早く、外側から使用人によって恭しくひらかれる。 

 すっかり雰囲気に飲まれてギクシャクと降り立てば、すかさず押し出しの効いた老紳士が深々とお辞儀する。 
 「ようこそいらっしゃいました。 福沢祐一郎さま。 福沢みき様。 私めは当家の筆頭執事を勤めます長谷部でございます。 どうぞ、お気軽に ”せばすちゃん(ハート)”とお呼びください。 」 謹厳な面持ちを全く崩さず、真摯な表情で改まる様子は、全く冗談を言っているようには見えない。  「となりはメイド長を勤めます、飯倉でございます。 控えますは、使用人どもでございます。 主じより、『当家一の姫の姉妹(すーる)は、すなわち当家の新たな姫と思い仕えよ。 ご両親様は、当家主筋格として扱え』 と、お世話を言いつけられております。 以後、ご自分のお宅と同然に思し召し、何なりと申し付けくださいませ。 」  
 そこでメイドたちがうち揃って挨拶をした。 「「「お帰りなさいませ。 ご主人様。 奥様。 」」」 
 祐一郎氏はかなり精神的なダメージを負った様である。 ぐらぐらしているうちに、気の効いた若者が車のキイを静かに受け取ると、そのままドライバーシートにすわり、さっさと乗り去ってしまった。 車庫に入れられてしまうようだ。 「あ」 みきは小さく呟いた。 すぐに帰るつもりだったのに。 執事さんや(主に)メイドさんたちに圧倒されちゃってる。 男の人ってこういう時、てんで駄目ね。 

 「ありがとう。 長谷部さん。 では案内をお願いしますね。 」 
 みきは、にっこりと微笑んで夫の腕を取った。 やはり女性は強い。 

 …… 因みに『せばすちゃん(ハート)』と呼んで貰えなかった執事の顔が一瞬哀しげになったが、すっぱりと無視する みき だった。 祐一郎氏は心理的に一杯いっぱいで、気付いてもいないし。 

                 †  †  † 

 しかし、女性が強いのは相手方も同じだったりする。 
 応接室に通された二人を待っていたのは、その家の女主人だった。 
 スリムなニットのパンツ。 ざっくりしたサマーセータ。 全体をモノトーンでまとめた中で、胸元に燦然と輝く大きな紅玉のブローチ。 その華やかさに負けぬだけのゴウジャスなセミロングの巻き毛が縁取るメリハリの利いた あでやかな顔(かんばせ)。 
 「はじめまして。 松平綾子でございます。 お嬢様には、うちの娘が本当にお世話になっております。 」 
 優雅な所作で、手ずから紅茶を入れながら、にこやかに切り出す綾子。
 「これはご丁寧に。 福沢みきでございます。 」 
 「 (あぅ、) 福沢祐一郎です。 」 みきに肘でつつかれた祐一郎氏は挨拶するものの、まだ雰囲気に飲まれている。 この場はみきが対応するしかないようだ。 
 「こちらこそ、うちの祐巳が色々とご迷惑をお掛けして。 」 
 「いえいえ、こちらこそ。 本当に、お嬢様には感謝して居りますわ。 あの天邪鬼で頑固者だった娘が、お嬢様の妹(プティ・スール)に成ったおかげで見違えるように(でれでれーんに蕩けるほど)素直になってくれましたの (相手は祐巳ちゃん限定ですけれど) 」 
 「まあ、そう言っていただけると、多少気が楽ではございますが。 今日も折角のご好意でお泊り会に参加させていただいた挙句に熱を出したとか。 本当にご迷惑をお掛けしまして…。 」 
 「あらー。 お恥ずかしい話ですが。 あれは私のせいなんですの。 祐巳ちゃんがあんまりにも可愛らしいものですから、夜遅くまで遊んでもらってしまって。 本当に申し訳ありません。 」 


 長くなりそうだ。 すっかり取り残された祐一郎氏は、ぼんやりと室内を見回していた。 
 調度品に優しげな物や、それでいて華やかな物が多いところを見ると、この部屋は奥さんのお客さんを迎えるための専用室らしい。 飾ってある賞状や色紙なども綾子宛になっているものばかりである。


 「あ、奥さまも リリアンの出身なんですね。 」 
 つい、ぽろりとこぼれてしまったその一言は、丁々発止の駆け引きを繰り返していた 女性二人の間に1つの波紋を生じさせた。 

 「「え? 」」 
 ぐりんと女性二人に睨まれた(ように感じた) 祐一郎氏は、慌てて言い添えた。 
 「いや、ほらパネル。 リリアンの制服だし。 あの門も。 」 
 一面に、様々な写真を飾っている中に、 いかにも綾子さまと思しき少女が卒業証書の筒を手に、誇らしげにリリアンの門前に佇んでいる。 今も昔も変わらぬ、深い深い黒に緑を一滴垂らした裾の長いワンピース。 きゅっと結ばれたセーラカラーはアイボリー。  まごう方無きリリアン娘である。 

 とはいえ、ポニーテールでもツインテールでもない。 幾つも幾つも頭からぶら下がっている縦ロールは、一体なん本有るのか。 ゴウジャスを通り越した奇観と言うべきかも知れない。 

 みきは何やら思案顔になって、ふと会話が途切れた。 
 「松平、綾子さま。 松平、綾子さま、、、 」 
 「あ、私の旧姓は……」 綾子に教えられる前に、みきは自分でその答を見つけた。 
 卒業写真の少し上に、卒業証書も飾ってある。 その名は。 

 「か、柏木 綾子!!!!  ………さま!!! 」 
 腰を浮かせながら指差して叫ぶ。 
 「縦ロールプリンセス、 女たらしの女王様。 山百合会最凶。 紅の十字架! の綾子さま?! 」 
 ガクブル状態で半分使い物にならなくなったみきを支えながら、祐一郎氏は聞き覚えのある単語に反応した。 
 「山百合会、の 紅の十字架?  ってことは、あれかな。 紅薔薇さまって事かな。 そうすると祐巳の直系の先輩にあたるわけだ。 わあ、凄い偶然だねぇ。 」 
 その言葉に激しく首を振るみき。 
 「いいえ、綾子さまは 白薔薇さまだったわ。 なのに”紅”の字を持ってらしたの。 」 

 「あら? あらあらあら? あらあらあらあら?」 綾子さまがにこりと笑んだ。 
 「私の字(ふたつな)に随分とお詳しい事。 同世代でいらしたのね。 旧姓はなんと仰るのかしら? 」 

 あうあう、と言葉にならないみきの代わりに祐一郎氏が応える。 
 「祝部(ほうりべ)。 祝部みきですが。 」 

 「まあ、覚えておりますわ。 確か1年も2年も桃組だった。 一つ下の みきちゃんね。 皆の憧れだった、妹持ちの清子さまに『妹にして下さい』 っておねがいした。 清子さまは、あの通り純真な方ですから、『可愛い1年生の好意が嬉しいわ』って、まんざらでも無さそうに自慢してたけれど。 生真面目に受け取りすぎるあの娘。 姉を取られそうだと思い込んだ私の大事な親友・紅薔薇の蕾が泣くので。 私、代わりに いっぺん絞めてさし上げようかしらと思った事もありましたわ。 ふふふ。 今となっては良い思いでですけど。 」 

 「うふふ。 そう、あれは遠い過去の思い出ですわ。 」 
 「ほほほ、そうよね。 」 

 別の何かが始まったらしい。 しまったと、内心臍を噛む祐一郎氏だった。 
 熱を出したと言う祐巳を迎えに来ただけの筈が、なにやら長くなりそうだ。 
 夕食には帰るつもりだったが、残してきた祐麒には自力で食料を調達してもらわねばならないかもしれん。 
 このぶんでは、熱を出した祐巳も、本当にナニをされたのだか。 

 ぐるぐる考える氏の脇では、静かで深い戦いが続いていた。 



**********************************************************************

------あの場面には同情するよ 『せばすちゃん(ハート)』 折角の執事業の醍醐味なのにな。 みきさんも冷たいな。 
======作者さまに同情されましても、なんと申しますか。 お、そうそう、良い言い回しがございましたな。 確か…… 『同情するなら出番をくれ』 で、ございます。 ほっほっほ。 


v1.1:若干加筆・修正 2005.12.03 09:36 


【935】 祥子、思い通りに  (まつのめ 2005-12-04 17:53:20)


本流の『【No:516】どうしたいの』の続きです。



 朝の密会で祥子さまは言った。
「昨日は志摩子と話をしたの?」
「え、はい」
「志摩子の気持ちは聞けたのかしら?」
「えっと、わたしと一緒なら薔薇の館にも行っていいってそう言ってました」
「そう。それは白薔薇さまと仲直り出来そうってことなのかしら?」
「あ、いえ」
 昨日の朝、祥子さまが「上手くいく方法を考えましょう」と言った後、祐巳は一番近くに居るのだからと、志摩子さんの気持ちをそれとなく確かめておくように言われていた。
「その、白薔薇さま……嫌い、なのかな? 志摩子さんは白薔薇さまが私のことは嫌っていないと思う、って言ってたのですけど」
 それを聞いた祥子さま、難しい顔をされて、少し考えた後、言った。
「……もしかして昨日、志摩子はあなたと聖さまのことしか話さなかったの?」
「いえ……」
 そんなことは無かったとおもうのだけど、でも確かに「山百合会嫌い?」って聞いたら逆に質問されちゃったしそれに近かったような。
 でも、なにか言ってたはず。
 えーっと、白薔薇さまは、志摩子さんに……。
「あっ! 似てるって言ってた!」
「祐巳」
 祥子さまは眉をお下げになった。
「ちゃんと判るように話して。何が似てるの?」
「え、あ、志摩子さんが白薔薇さま似てるって」
「それだけ? どんなところが似てるとかそういう話はしなかったの?」
 そこまでは。というかそのへんの話は抽象的すぎてよくわからなかったのだ。
 それに……。
「あ、あの、私が白薔薇さまのことでいろいろ考えてたからあんまり志摩子さんの気持ちは聞けなかったので……」
 申し訳なさそうな表情をする祐巳に、祥子さまは一息つくように「ふぅ」とため息をついた後、言った。
「そうだったわ。志摩子はすすんで自分のことを話す子じゃないもの」
「え?」
「はぐらかされたのよ。あなたより志摩子の方が役者は上のようね」
 そうかな?
 と、昨日のことを思い出してみたが、はぐらかされたかどうかなんて祐巳には判らなかった。
 判ったことといえば、祥子さまのお役に立てなかったってことだけだ。
「仕方がないわね……」
 祥子さまは肩から前に垂れた一房の黒髪を片手で後ろにたくし上げながら言った。
「私が聞くわ」
「ええ!?」
 祐巳は驚いた。
 いきなり祥子さまが出てきて大丈夫なのか?
 祐巳と違って祥子さまは山百合会側の人なのだ。今、志摩子さんにアプローチなんてしたら……。
「あのときの話は私も聞いてたのだしもう立派に当事者だわ。 それに、あなたの話だけ聞いて、待っているのはもう飽きたのよ」
 祥子さまはそう言うのだけど、祐巳は祥子さまが動くと聞いて考えてしまうことがあった。
 祐巳は恐る恐る言った。
「あ、あの」
「なにかしら? 言いたいことがあるならお言いなさい」
 ちょっと気に障られるかも知らないから心にととどめておこうと思っていたのだけれど、結局、表情で見抜かれてしまうので自分から言うことにしたのだ。
「え、えっと、もうよろしいのでしょうか」
「なにがよろしいのかしら?」
「その、今は堂々と蓉子さまの妹として」
「……」
 ああ、やっぱり。
 蓉子さまという言葉がでたとたんに祥子さまはなんか『ご不満』という表情を浮かべられた。
 それを見た祐巳はやっぱり言わないでおこうかなんて思ったのだけど。
「祐巳の言いたいことはわかったわ」
「えっ」
 もう判ってしまわれたのですか。
「確かに、今、私は期せずしてお姉さまに再び甘える機会を得ています」
「あ……」
 流石、祥子さま。これだけで判ってしまえるなんて。祐巳の表情がわかりやすいというのもあるのだろうけど。
 つまり、祥子さまは、春から再び蓉子さまの妹と言う立場に戻られて、また一年間蓉子さまと姉妹生活を楽しむことが出来るってわけ。
「朝の会話もあなたは志摩子のこと、私はお姉さまのことばかりだったものね」
 祥子さまは先行した記憶がある分、蓉子さまの心情がよく分かると、それは嬉しそうに蓉子さまとの話を祐巳にしてくれた。
 幸せそうに蓉子さまの話をする祥子さまを見て祐巳は自分もこんな風にお姉さまのことを話すんだろうな、なんて思ったりしたものだ。
「……私が動き出すともうそうも言ってられなくなるわね」
「え、ええ、そうなんです」
 頭脳明晰な蓉子さまのことだから、祥子さまが動き出せばその行動を不審に思うはず。
 そうなれば、円満な姉妹関係に波風が立つことは必至なのだ。
「気遣ってくれたのよね?」
 そう言って祥子さまは『にっこり』と笑われ、祐巳に一歩近づいた。
 ……祥子さま。祐巳はうれしゅうございます。そうやって祥子さまが新たな怒りをおさえる術を身に付けつつあることが。
「は、はい……」
 で、でもですね、その笑ってるんだけど笑ってない表情で迫られると、以前の爆発寸前って表情の百倍くらい怖いんですけど。
「祐巳それはね……」
 ぽん、と祥子さまは祐巳の肩に手を置いた。
「……大きなお世話というのよ!!」
 ひいぃっ。
 お顔を近づけて声をあげるものだから祐巳は思わず頭を抱えて縮こまった。
 それは、祥子のお美しいお顔を間近にしたら祐巳の心臓がドキドキものなのだけど、同じドキドキしてても今のはちょっと意味が違うのだ。
 でも、とりあえず爆発したので祐巳は内心ほっとしていた。
 笑いながら怒る祥子さまなんて恐ろしすぎて、付き合っていたら身が持ちそうにないから。

 ふわっ、と、祐巳は祥子さまの髪のにおいに包まれた。
 祐巳を祥子さまが抱きしめたのだ。
「祐巳。私はね」
 先ほどとは違って優しい声で祥子さまが言った。
「え?」
「私はもう大丈夫よ。もう十分すぎるくらいのものをお姉さまから貰ったから」
「お姉さま……」
「だから、これは恩返しをする機会だと思ってるのよ」


【936】 地下に潜った桂さん  (誓 2005-12-04 19:52:51)


 (祐巳さんと祥子様が素敵な姉妹になれますように…)
心の底からそう願った桂は最後に涙を流した。そして最高の場所である自分に幕を引いた。

                    ●

時は少し遡り、学園祭を前日に控えた放課後。
桂と祐巳は学園祭で発表するクラス出し物の準備に忙しかった。
 「祐巳さん、この後は?」
「んー、多分、山百合会の劇のお手伝い行く…と思う」
クラスの中でも、部活や委員会出し物の準備と掛け持ちの生徒は多かった。
実際、桂と祐巳も掛け持ちではあったが、頼まれたら断れない性格からか、
二人残って、クラス準備をする日も多々あった。今日もそうだ。
 「そっか。上手くいくといいね」
「うん、でも私の役はそんなに出番ないから〜」
桂が上手くいくといいと言ったのは、祐巳と紅薔薇の蕾の事だったが、
そのまま祐巳の勘違いにのって話す事にした。
 「それでも、山百合会主催の劇!羨ましいな!」
「なんで、私なんだろうね。きっと桂さんの方が山百合会の方々の事知ってるんじゃない?」
今、祐巳が持っている『山百合会の知識』は大抵、桂から聞いたものだった。
 「もっと自信持ってよ。祥子様に選ばれたんでしょ」
「桂さんの事、親友と思ってるから言うけどさ。実はそういう事じゃないんだよね」
その返事に桂はびっくりした。
紅薔薇の蕾に選ばれたという事を否定された事より、自分の事を『親友』と呼ばれた事に。
そのびっくりは桂の顔にも出ていたが、祐巳は『姉妹問題』の事に対するリアクションと勘違いし、
山百合会の手伝いをする事になった経緯を話した。
「だから、私じゃなくても、あの場所に居た1年生なら誰でも良かったんだ」
 「そっかぁ。それで大好きな祥子様の妹になる事を迷ってるんだね」
「私みたいな個性のない人間が山百合会になんて、考えられないよ」
桂は祐巳の話に何個かひっかかる点を見つけたが、どれが重要かわからなかった。
なので、どれが重要な点か、話しながら探す事にした。
 「祐巳さん、素敵な姉妹ってどうやって生まれるんだろうね」
「え?そりゃ素敵な人達が当然のように惹かれあって生まれるんじゃない?」
祐巳の返事に桂は、それが答えなのだと思った。だからバラして話す。
 「惹かれあうって言っても出会わなければ惹かれあわないよね」
「うん。じゃあ出会う事は必要だね。って、それって運じゃない?」
 「運だね。祐巳さんにはそれがあった。他の誰よりも、ね」
「でも、惹かれあってないよ!私の一方通行だもの・・・」
祐巳は珍しく大きな声で反論した。しかし、桂は動じなかった。
 「それは祥子様の心の中だからね。私にはわからない。じゃあ惹かれあってないと仮定しようか。
  出会う運、惹かれあう想い、素敵な人達。これが祐巳さんの言った素敵な姉妹の条件だよね。
  なら今は『運』で1勝。『想い』で1敗。あ、この1敗もあくまで仮定の上だけど」
桂は桂らしからぬ長台詞で話した。
 「じゃあ残りは『素敵な人達』なわけだ。祥子様は素敵じゃない?」
「素敵に決まってるじゃない!でも」
桂は知っている。もしかしたらまだ山百合会の方々でさえも気付いていない事を。
だから、祐巳が間違った答えを言う前に静かに言った。
 「祐巳さんは素敵だよ」
「どうして…そんな事言えるの?」
 「祐巳さん、私達親友でしょ。って、さっき親友って言ってもらえるまで私の一方通行かと思ってたんだけど。
  山百合会の人達が気付いてなくても。祐巳さん自身が気付いてなくても、私は気付いている。
  祐巳さんは人の心を優しくする才能を持ってる。それは、とてもとても素敵な事よ」
その時、祐巳は(その才能を持ってるのは桂さんでは?)と思った。
しかし、流れから話も逸らせず、自分に向き合ってみても出る答えはなかった。
「そんなのわからないよ」
 「わからなくてもいいんじゃない。でも親友の言葉を信じてくれるよね?」
「桂さんの事は信じてるよ、でも」
桂は少しでも彼女に自信を持って欲しかった。自分にはない自信を。
実際、紅薔薇の蕾との姉妹関係がどうなるか、桂にはわからなかったし、
もし上手くいかなかった時、自分の助言は残酷な物になるのではないか、とも思う。
しかし、桂には『そんな事』関係なかった。
 「2勝1敗で祐巳さんの勝ち〜」
「もう!桂さんどこまで本気なのよ」
祐巳は今日最高の笑顔で親友を怒った。
その笑顔を見て桂は思う。
たとえ残酷な未来が待っていたとしても、(いつでも私は祐巳さんの最高の場所になるから)
だから、祐巳がドコにいっても大丈夫。(いつまでも親友でいようね、祐巳さん。私はそれだけで…)

         それすらも叶わないと、まだ気付かない桂は笑っていた。

 「今日はこれくらいにしようか。私も部活の方あるし。祐巳さんもシンデレラの所に行っておいで」
「…うん、今日はありがとね。少しだけど自信がでてきた、かも」
その言葉に桂は顔を強張らせたが、顔を背けてできる限り優しく答えた。
 「お礼なんていいよ、親友じゃない」
そして「ごきげんよう」と別れの挨拶を告げる。親友として最後の。

                    ●

 「親友・・・か」
最高の言葉、そして残酷な言葉。
友達やただのクラスメイトならば、まだ桂の望む未来があったのかもしれない。
欲を言えば、祐巳より1年早くか遅く、生まれたかった。
しかし、その事はとうに『諦めて』いた。
 「特別になれた。その事がこんなに嬉しいのに。なんでこんなに悲しいんだろう」
桂はわかっている答えに対する疑問を投げかける。
そうする事で更に深い答えが導き出される事を知っているから。
 「それは、私がほしかった特別じゃないから…なら私がほしかった特別って何だろう」
わからないはずもない疑問を自分に投げかける。
しかし、答えはない。立ち止まった場所は、はからずしもマリア様の前だった。
 (マリア様、私はどうしたら良いのでしょうか)
当然、答えはない。
しかし、声が桂の心に響いてくる。
  『貴方はどうしたいの?』
それはマリア様の声なのか、もしかしたら桂自身の声だったのかもしれない。
それでも、桂にはマリア様の声に聞こえた。
  『貴方の望みは何ですか?』
 (私の望み。それは私と祐巳さんが想い合う事。でもそれは叶わない想い)
  『何故、叶わないと思うのですか?』
 (祐巳さんには想い人がいるから。私と祐巳さんが想い合うという事は、
  彼女の想い人と上手くいかないという事。それは彼女にとって、とても辛い事だから)
自分の答えの中に、桂は新たに深い答えを見つけた。
 (祐巳さんには想い人と歩いていってほしい。
  想いも告げず、親友の『フリ』までする私はもう並んで歩けない)
  『それでも貴方は迷っている。ならばココで誓いなさい。
   何事にも怯まない決意で。後ろを振り返ったりしない覚悟を』
 (『飛び立つ大切な人の幸せを妬まない。その決意を』)
 (『最高の場所を捨て、一生徒からスタートする勇気。その覚悟を』)
いつしか、マリア様の声は桂の声になっていた。
  (そうすれば私は、薄い未来の上を歩いていける。
  どうか忘れて下さい。親友の皮を被った私の事を。自分の事しか考えない卑怯な私の事を)

口を真一文字に結び、桂は本物のマリア様に手を合わせる。

 (祐巳さんと祥子様が素敵な姉妹になれますように…)
そして最後に涙を流した。

       ◆    ◆    ◆     ◆     ◆     ◆
       あとがき
       はじめまして、失礼致します。『誓』と申します。
       いままでコッソリROMっていたのですが、この度、初SSを書かせていただきました。
       元は「ロサ・カツーラ」から始まるタイトルのコメディだったのですが、
       ブラウザが固まった為、新しいタイトルで書いているとこうなりました(笑) 
       支離滅裂な所も多々ありますが、ご指摘や感想いただけると嬉しいです。


【937】 ダイナミック生報告  (いぬいぬ 2005-12-05 01:04:16)


※このSSは、【No:810】から続いて祐麒×可南子な設定でお贈りします。





 ダンッダンッ  キュ!

「可南子!」

 パシッ! ダンッダンッ キュキュ!

 第2クォーターの残り時間は1分を切った。得点差は58−17でリリアンリード。この点差なら無理をする必要は無いけど、今の私ならばもう1ゴール決められるはず。
 パスを受け取った私はディフェンスの動きを読み、敵をかわしながらゴール下へ切り込む。今日はヤケに周りが良く見える。振り切ったディフェンス、その向こうに見えるゴールネット。私は軽く身を沈ませ、ゴール目がけて飛んだ。
 まるでスローモーションのように見える風景。迫るリンク、私の手に運ばれるボール、そしてリンクの先にいる祐麒さん。
 ・・・・・・・って、え?!

 ガゴンッ!   テン・・・テン・・・テン・・・     ピピーッ!

 ああ、入らなかった・・・
 じゃなくて! 何でココに?! 恥ずかしいから来ないでって言ったのに・・・
 私は混乱しながらも、ハーフタイムの笛の音に従い、リリアンのベンチへと戻った。
「可南子ちゃん、今日は良い動きしてるわね! 」
「・・・ありがとうございます」
 部長の言葉に我に返った私は、何とか言葉を返した。
「それにしても、さっきのシュート、途中でバランス崩したみたいだけど、どこか痛めたの? 」
「いえ、そういう訳では・・・」
 私は思わずバランスを崩した“訳”のいた辺りに視線を送った。
 部長が何気なく私の視線を辿る。しまった! この人、敵の視線からパスコースとか読むの得意だったっけ・・・
「・・・・・・・・・・・・ふ〜ん? 」
 観客席を見て、部長は何やらニヤリと笑っている。ああ・・・ 見つかっちゃったかも。
 女子高同士の練習試合だから、男子がいると異様に目立つし・・・ って、目が合ったからって手なんか振らなくて良いから!
「・・・・・・間に立ってる私は無視ですか・・・ 可南子ちゃん? 」
「はい! 」
「ふふっ。そんなに緊張しなくても、怒ったりしないわよ。むしろ嬉しいくらい」
「はあ・・・・・・ 」
「後半はあの人にミスした姿なんて見せたくないわよね? 」
「・・・・・・はい」
 そうだ、まだ試合は前半が終わったばかり。後半戦で無様な姿を見せる訳にはいかないわ。集中力を切らないように、私は気合を入れなおした。
 見に来てしまったのなら仕方ない。こうなったら私の活躍を見てもらおう、あの人に・・・
 だから、そんなに大きく手を振らなくて良いから! 気付いてるってば!!





「今日はまさに大勝利って感じだったわね」
「そうね、あのレベルの相手に105−38なんて得点差で勝ったなんて信じられないわ」
「チームとして上手く機能したのもあるけど、やっぱり可南子ちゃんの活躍が大きいわね」
「そうね、最後なんかダンクシュートまで決めてくれたし! 本当に良く活躍してくれたわ! 」
「ありがとうございます」
 試合後の興奮に包まれたチームメイト達に囲まれ、私も少し興奮気味だった。
 それにしても、またこんな空気に触れる機会があるとは思わなかったわ。中途入部だったから最初はみんなともギクシャクしてたけど、今では同じ1年の仲間も私をチームメイトとして認めてくれているし。
 やっぱりバスケットって良いなぁ。
 ・・・・・・まあ、それはそれとして。え〜と・・・
「何をキョロキョロしてるのかな? 」
 ビクゥ!
「な、何がデスカ? 」
「またまたぁ、とぼけちゃって。探してたんでしょ? 」
「な、何ヲデスカ? 」
 内心、冷や汗をかきながら、私は部長の質問に対してしらばっくれる事にした。
「もう、素直じゃないわね・・・ どうせさっきの『さっきの男の人なら、試合終了と同時に消えちゃったわよ? 』・・・・・・あら、そうなの? 」
 副部長?! 何でこの会話に混ざってくるですか?!
「何不思議そうな顔してるのよ可南子ちゃん。ハーフタイム中の会話、まる聞こえだったわよ? 」
「あ・・・ 」
 そうか・・・ 試合中とはいえ、皆すぐそばにいたものね。
「何の話ですか? 」
「別に何でもな『いや、今日の可南子ちゃんの活躍は、彼氏が見に来てくれてたからだって話よ』・・・ ちょ! 部長! 」
 誤魔化そうとする私の言葉をさえぎって、部長が余計な事を言い出した。
『彼氏が見に来てた?! 』
 うわヤバ! 全員が注目してる!
「彼氏って本当に? 」
 いや・・・ あの・・・
「まあ、可南子さん男性とお付き合いしてたの? 」
「うわぁ素敵! 『私、あなたのために頑張るから』って感じ? 」
 いや、そんなつもりじゃ・・・
「可南子さんたら、やるわねぇ。で、お相手はどんな方なの? 」
「あ、私聞いた事ある! 確か学園祭の時に花寺の生徒会の人と・・・ 」
「まあ! 花寺の? 」
 ちょっと待って! どこからその情報仕入れてきたの!? 秘密にしてたのに・・・
「その情報、新聞部の方から? 」
「いえ、私の聞いた所によると、黄薔薇の蕾がニヤニヤしながら語ってくれたとか・・・ 」
 ・・・・・・あの暴走機関車め。
「まあ、それなら情報源は確かね」
 確かか?
「確か、学園祭の劇・・・ とりかえばや物語の出演者で・・・ 」
「もしかして、あの大きな双子の人? 」
 違う! 断じて違う!!
「ああ〜、あの大きな人か」
 誰?! 今、納得した声出したの!
「いえ、私の聞いた話では、主役を演じた・・・ 」
「主役って言えるほどの演技はできませんでしたけどね」
「また、ご謙遜なさって」
「確かお名前は・・・ 」
「あ、福沢祐麒と言います」
「ああ、これはご丁寧にどうも・・・ 」
「いえ、どういたしまして」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 祐麒さん?!
 何でココに・・・ ってゆーか何でナチュラルに会話に混ざってるの?! 
「ゆ、ゆ、ゆ、祐麒さん! ど、ど、ど、ど、ど、」
「何か聞き覚えのある道路工事だな。『どうしてここに?』って言いたいの? 」
 私は声にならず、無言でコクコクうなずいた。なんでそんなに冷静に会話を続けられるのよ!
「いや、待ち合わせは試合の後って言われたけど、可南子が試合に出てるって聞いたら、どうしても見たくなって・・・ 」
 あああああ。恥ずかしいから見に来ないでって言ったのに!
 うわ、顔が熱い。私今、真っ赤になってるんだろうな・・・
「まあ、貴方が可南子ちゃんの? 福沢って苗字、もしかして・・・ 」
「あ、はい、福沢祐巳の弟です。年子なんで学年は同じですけど」
『きゃああああ! 紅薔薇の蕾の?! 』
 うわぁぁぁ、ギャラリーが盛り上がっちゃった。だから来ないでって言ったのに・・・
「そうですか、紅薔薇の蕾の・・・ で、いつからお付き合いを? 」
 ちょっと部長・・・
「えっと、きっかけは学園祭の時で・・・ 」
 正直に答えなくて良いから!
「まあ素敵! 共演をきっかけにだなんて、芸能人みたいですわ! 」
「いや、そんなカッコイイ話じゃないんですけど・・・ 」
「またご謙遜を。でも羨ましいですわ、今日は可南子さんを見に? 」
 副部長まで・・・
「ええ、見に来るなと言われてたんですけど、どうしても試合中の可南子が見たくて・・・ 」
「ああ、愛されているのね、可南子ちゃん。で、今日はこれから? 」
「あ、駅前の映画館に・・・ 」
『きゃあああ! デートよデート! 』
 みんな、この手の話題が好きなんだなぁ・・・
 しかしヤバい。なんかもう収集付かなくなってきた・・・ このままじゃ、みんなのオモチャにされてしまう・・・
「素敵ねぇ・・・ 部活の後のデート。しかもお相手は花寺の生徒会長」
「いや、生徒会長って言ってもそんな大したものじゃ・・・ 」
 はやく祐麒さんを連れて脱出しなければ・・・
「またまたご謙遜を。・・・で、可南子さんとはドコまで? 」
「? だから駅前の映画館に・・・ 」
 何やら誘導尋問まで始まっちゃったみたいだし、このままだと素直に余計な事まで喋り出しそうな気が・・・
「いやだわ、祐麒さんたら。とぼけちゃって」
「はい? 」
 ・・・・・・誰だ今気安く“祐麒さん”て呼んだの。
「もう、祐麒さんたら意外と食えないお方なのね」
 ・・・・・・部長か。覚えておこう。
「でも信じられないわ、可南子ちゃんの唇がもう殿方に奪われてしまったなんて・・・ 」
 何? その見え見えの引っ掛け。さすがにそんなわざとらしい・・・

「奪ったなんてそんな、あれは可南子のほうから・・・ 」

「うわああぁ&%9Θ※■◎○;y=ー( ゚∀゚)・∵.☆★{|>@^@−ywrgs;ぁあああ!!! 」
 私は祐麒さんの手をつかむと、全力で走り出した。
 何言ってるの何言ってるの何言ってるの何素直に白状してるの!!
 ああああぁぁぁ。もう! 明日からどんな顔して部活に出れば良いのよ?!
 このままじゃ、この先どんな事までサラっと白状されるか解からないわ。ここは一つ、心を鬼にしてキツく言っとかないと・・・
 バスケ部のみんなが見えなくなった辺りで、私は走るのをやめ、祐麒さんに向き直った。
「祐麒さん! 」
「何? 」
「・・・・・・何でそんなに嬉しそうな笑顔なの」
「え? いや、未だに手をつなぐのが嬉しくて・・・ で、何? 」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何でもない」
 
 その笑顔とセリフは卑怯だよ、祐麒。


【938】 エネルギー充填敦子と美幸  (朝生行幸 2005-12-05 18:45:14)


「それでは、お二人にはこれを履いていただきますわ」
 松平瞳子が差し出した、リリアン女学園高等部指定の『靴』を受け取ったのは、彼女のクラスメイトである敦子と美幸だった。
 ここは、都内からマスクされた車で2時間以上走った上にたどり着く、ある研究所の中。
 その一室にて、瞳子、敦子、美幸、それに数人の研究者及び技術者が顔を合わせていた。
「新しい機能でも付いたのかしら」
「バッテリー寿命が延びたのかしら」
 椅子に座ったままの状態で、その靴を履く二人。
「機能面での追加はないですけれど、40%の軽量化と共におよそ4倍のバッテリー寿命延長に成功しましたの。それと、10kgの運搬能力増加といったところですわ」
「素晴らしいですわね。以前は長くて20分が限度でしたのに」
「一時間以上使えるなんて、とても革命的ですわ」
 立ち上がった敦子と美幸、スイッチや調整ツマミ等が付いたワイヤレスグリップを握り締めた。
「では、ポチっとなかしら」
「ポチっとなですわ」
 スイッチをオンにした二人、そのままフワフワと、約1mほどの高さまで浮遊した。
「如何です?」
 浮いた二人を見上げながら、瞳子が問い掛けた。
「前のに比べたら、随分安定してますわね」
「移動もし易くなってますわ。思い通りに動けます」
 ツマミを調整しながら、高度を上げたり下げたりする二人。
 移動や方向転換なども、以前に比べてかなりスムーズだった。
「運搬能力の向上に伴って、バランスを大幅に見直しましたの。他に何か問題点はございませんか?」
「大丈夫じゃないかしら」
「問題無しじゃないかしら」
「そうですか。では、いつものようにレポートをお願い致しますわね?」
「分かりましたわ」
「分かりましたわ」

 こうして敦子と美幸の二人は、瞳子の後ろ盾によって、AGAS(Anti Gravity Air-floating System:松平電機工業製)、『エンジェルズ・ウィング(仮)』と呼ばれる反重力システムの実機使用を許されており、同時にテストレポートを義務付けられているのであった。
 白薔薇のつぼみすら見抜くことが出来ないその機能のほどは、皆さんすでにご存知の通り。
 しかし、完全な実用化まで持って行くには、まだまだ課題が山積みなのであった…。


【939】 日光月光は声を大にして言う夜を埋めて  (朝生行幸 2005-12-06 11:56:37)


「きゃ〜〜〜〜〜!!!!」
 夜のしじまを引き裂いて、若き女性の悲鳴が響き渡る。
 袋小路に追い込まれた二十歳前後のその女性は、迫り来るあからさまに怪しい格好の、どこからみても変質者を前にして、恐怖に引き攣った表情を浮かべながら、尻餅をついた状態で、後ずさりすることしか出来なかった。
「うっへっへっへ、こんな月の無い夜遅くに、一人だけでうろついているからこんな危険な目に会うんだよぉ?」
 いや〜な笑みを浮かべつつ、変に説明的なセリフを口にする変質者。
 右手には、少しだけ差し込む街路灯の光を反射させてキラリと輝く短いナイフ、左手は、いやらしくわきわき動く指。
「もっへっへっへ、恨むのなら、こんな月の無い夜遅くに、一人だけうろついている自分を恨むんだな」
「いやぁ〜〜〜〜〜!!!」
『そこまでだ!』
 路地裏に響く、高らかかつシブイ響きを伴った二つの声。
「だ、誰だ!?」
 辺りをキョロキョロ見回す変質者。
「ここだ!」
 声に応じて、変質者が見上げれば、そこには謎の人物が二人。
「とぅ!」
 掛け声と共に、ブワっと何かがはためく音がすれば、二つの巨大な影が変質者の前に落ちてきた。
 そう、落ちてきたのであった。
 凄まじい衝撃音と一緒に。
「…う、痛い」
「うん、痛い」
 腰や膝を撫で摩りながら、ゆるゆると立ち上がる二つの影。
 暗いので輪郭ぐらいしか認識できないが、かなり大柄なのが見て取れる。
「こ、これ以上の狼藉は、我々が許さない」
「うん、許さない」
 身体を微かに震わせながら、変質者に向かって指を突きつけた。
 しかし、やはり痛いのだろう、その場に蹲り、必死に耐えているようだった。
 あまりの出来事に、女性も変質者も、呆然とするばかり。
 二人とも、何が起きたんだ?と、目を白黒させるだけだった。
「よし、なんとか収まった」
「うん、収まったね」
「そんなわけで、仕切りなおしとしよう」
「うん、仕切りなおしとしよう」
『では改めて!』
「これ以上の狼藉は、例え天が許しても、この我々が許さない!」
「町の平和を乱す悪党は、このゲンコツが滅ぼす!」
 ちょうど鏡になるようなポーズで、ビシっと決めた謎の二人。
 とは言え、狭い路地なので、かなり窮屈そうではあったが。
「決まったな」
「うん、決まったね」
 小声で確認しながら、満足そうに頷きあう二人。
「なんだ?この無闇にデカイ変な二人組は」
 まるでコントのような展開に、思わず疑問の声をあげる変質者。
「なにを?変なのは貴様であって我々ではない!」
「そうだ!人を変と言うやつが変なんだよ!」
 子供の理屈であった。
「兎にも角にも、女性を襲う貴様のような変質者は、滅すべし!」
「滅ぶべし!」
「うるせぇ!退きやがれ変態コンビ!うおおおおお!」
 いずれにしろ、このままでは拙いと判断した変質者、立ち塞がる二人組に向かって、ナイフを構えつつ突進した。
「うお、武器を持つとは卑怯なり!」
「うん、卑怯なり!」
 慌てて、狭い路地で身をかわす大男たち。
「うおおおおお!」
 変質者は、突進の姿勢のまま二人の間をすり抜け、そのまま路地から出て行った。
「そんな単調な攻撃が、我等に通用するか!」
「うん、通用するか!」
『さぁ、かかって来い!わっはっはっはっは』
 意味無く高らかに笑う二人。
 しばらく笑い続けるも、変質者が戻ってくるわけもなく、ただ悪戯に時間が過ぎ行くのみ。
「わっはっはっは…」
「わっはっはっは…」
「………」
「………」
「…逃げられた?」
「うん、逃げられたようだね」
『………』
 しばしの沈黙。
「まぁそれはともかく!」
「うん、ともかく!」
 二人して同時に、女性の方へ振り向いた。
「ひっ!」
 案の定、怯える女性。
 まぁ、仕方がないと言えば仕方がないだろう実際の話。
「だいぜうぶですかおぜうさん」
「お怪我はないですかおぜうさん」
 しかし、二人の紳士的?な態度に、少しは落ち着いたのか、なんとか自力で立ち上がった女性。
「あーはい…。だいぜうぶ…です」
「それは良かった」
「うん、良かったね」
「こんな月の無い夜遅くに、一人だけでうろついていると、危険な目に会いますよ」
「うん、こんな月の無い夜遅くに、一人だけでうろついていると、危険な目に会うね」
「では、我々はこれで」
「うん、これで」
 再び鏡のように向かい合ったポーズで、ビシっと決める二人。
「あ、待って下さい!」
 去ろうとした二人を呼び止める女性。
「あ、あの、ありがとうございました?よろしければお名前を…」
「我が名は日光!」
「我が名は月光!」
『ううううううううおおおおおおおおおおあああああああああああああ!!!!!』
 近所迷惑以外の何者でもない意味不明な雄叫びを上げる二人。
 寝静まっているはずの家々の窓に、一斉に明りが灯り出す。
「あ、やべ」
「うん、そうだね」
 日光月光と名乗った無駄にデカイ二人組は、大慌てで路地から立ち去っていった。
 取り残された女性、我に帰るまで、しばしの時間を要した。

 町内会の回覧版に、次のようなお知らせが入っていた。
『町内に変質者現る!最近見られるようになった、怪しい人物。初期の目撃情報では、変質者は中肉中背で単独行動ということだったが、新たな目撃情報によれば、やたらと大柄の二人組だという。実際、『屋根の上に立っていた』とか、『謎の雄叫びが聞こえた』との通報があとを断たない。この事態に対処すべく、警察に協力依頼の上、町内パトロールを強化しようと、満場一致で可決することに…』

「困ったことになった…」
「うん、困ったね」
「どうして我等正義の味方が迫害されねばならないのだろう…」
「うん、迫害されるんだろうね…」
 自分たちの行動に問題があるとは、露ほどにも思わない二人であった…。


【940】 (記事削除)  (削除済 2005-12-07 00:51:38)


※この記事は削除されました。


【941】 見上げたもんだ並薔薇のつぼみ直撃  (六月 2005-12-07 01:08:44)


注:オリキャラ出ます。


*****

「ご、ごきげんよう、ロ、紅薔薇さま!お願いがあります!」
放課後、薔薇の館からの帰り道、枯葉舞う並木道を抜けマリア様の前で手を合わせている時、下級生らしき娘に呼び止められた。
久しぶりの姉妹水入らずでの帰り道を邪魔されて、紅薔薇のつぼみである私の妹は不満気な顔を隠そうともしていない。
「今度の日曜日にお付き合いください!」
ちょ、ちょっと待った、今ここでそんなことを言ったら妹の怒りが爆発するから。
「何ですのあなたは!無躾にも程がありますわ!
 妹である私を前にしてお姉さまをで、で、で、デートに誘うなど、何様のつもりですの!?」
ぶるんぶるんと頭の両脇にあるドリルが回って危ないことこのうえない。
「・・・へ?でーと?えーーー?ち、違います!紅薔薇さまとデートなんて畏れ多いこと出来ません!」
両手をぷるぷる振って必死な様子はちょっと可愛いなぁ。私の妹もこのくらいの可愛さがあれば良いんだけどなぁ。
人が見てる前だと小言が多くて可愛げが無いんだから・・・。
それはともかく、ここは私が助け舟を出さないとだめか。
「まーまー、落ち着いて。それで、どう言うこと?」
「は、はい、今度の日曜日にお姉さまの試合があるんです。
 都大会の準決勝で事実上これが引退試合になると思うんです」
今度は両手を握りこぶしにしてファイティングポーズ?そうやって迫られると引くんだけど。
「それで、紅薔薇さまにお姉さまの応援に是非お越し頂きたいのです」
ふむふむ、泣かせるわね。お姉さま想いの見本のような妹ね。
でも、私の妹は簡単には落とせないわよ。
「何を考えていらっしゃるの?
 やれ試合だ、やれ大会だとその度に薔薇さま方が応援に駆けつけて居たら、いくつ体があっても足りないではありませんか。
 黄薔薇姉妹のようにお二人が剣道部所属とか、私のように演劇部所属という事情があれば別ですが」
「分かっています。ですが、お姉さまの最後の試合を紅薔薇さまに応援して頂きたいのです!」
紅薔薇のつぼみの言葉にも一歩も引かない度胸、気に入ったわ。この子のお姉さまに会ってみたいわ。
「最後の大会で準決勝進出という晴舞台に慣れておられず、お姉さまは舞い上がってしまっているのです。
 このままでは折角の実力の半分も出せないまま終わってしまうかもしれません。
 そこで荒療治に紅薔薇さまからお姉様に渇を入れて頂きたいのです」
んー?都大会の準決勝?なんだか覚えがあるような。どこの倶楽部だっけ?
「どの倶楽部でも同じようなことはあります。
 あなたのお姉さまがどなたか存じ上げませんが、お姉さまと縁の薄い方にまで・・・」
「お姉さまが言っていました、紅薔薇さまとは『最近は付合い減ったけど親友だったんだ』って」
私の親友だった?あれ?それって・・・、
「楓!何をしているの!?」
「お姉さま」
彼女のお姉さまが良いタイミングで登場・・・って、え?まぁ、久しぶり。
「桂さん!
 あ、じゃあ楓ちゃん?あなた桂さんの妹なのね?」
「はい!」
と言うことはこの子もテニス部なのかな?
桂さんが大舞台を前に悩んでいる姿に暴走しちゃった訳だ。
「桂さまですか?あまり存じ上げないのですが」
「あー、うん、瞳子を妹にする頃からあまり顔を合わせることが無くなったから知らないかもね。
 中等部からの大事なお友達なんだよ」
桂さんはテニス部の部長じゃないから薔薇の館に来ることも無いし、2年生の時にクラス替えがあってからあまり桂さんと話をすることが無かったから、瞳子とは面識が無いんだったわね。
「楓、余計なことはしないで。祐巳さんは薔薇さまだから忙しいんだし、出来ないこともあるの」
桂さんが楓ちゃんの肩に手を置いて見つめ合うように説得している。
でも、『薔薇さまだから忙しい』って、桂さん私を美化してない?薔薇さまだからって特別じゃないんだよ。
「で、でも、お姉さまが心配で・・・」
「だからって祐巳さんに迷惑かけて良いわけないじゃないの」
「そうですわ、一つ前例が出来てしまうと、次から次とお姉さまに応援依頼に来る倶楽部が出てしまいます」
うーん、瞳子の言うことは尤もだね。でもね・・・。
「そうねぇ、頼まれたら薔薇さまが応援に来てくれる、なんて広まるとまずいよね。
 で・も、紅薔薇さまでなく、福沢祐巳個人が親友の応援に行くのはかまわないと思うんだよね」
「祐巳さん?!」「お姉さま!」
楓ちゃんの頭を軽くポンポンと撫でてあげて聞いた。
「で、楓ちゃん。桂さんの試合ってどこでやるの?」
「日曜日にK区テニスの森公園で10時からです!祐巳さま、よろしくお願いします!!」
あなたの気持ち受け取ったよ。お姉さまのために自分が出来ること、何でもしてあげたい。私だってそう言う気持ちは持っていたことあるんだから。
「うん、OK!桂さん、私が応援に行くからには優勝しないと許さないからね!」
こういう時ははったりでも良いから発破かけてあげないとね。
びしっと親指立ててバチコーンとウィンクしてみせる。
「祐巳さん・・・わ、わかったわ!私頑張る!」
「お姉さま・・・」
「楓、戻って練習よ!」「はいっ!」
桂さんもやる気が出たのかガッツポーズで応えてくれた。
そしてすぐにでも走りだそうとする楓ちゃんをギュッと抱き締めると、
「ありがとう、楓」
と小さく呟いた。桂さんの腕の中で楓ちゃんも嬉し恥ずかし気にコクリと頷いた。
桂さん、お姉さまのためなら薔薇さまも恐れずに突撃するような立派な妹を持ったね。
「桂さん、良い妹が居て幸せだね」
「まったく、お姉さまは甘すぎます。日曜日は私とデートしてくださるはずでは無かったのですか?」
瞳子ったら不満気に頬を膨らましている。そんなところが可愛いんだけどね。
「ん?んー・・・行き先変更、ってことで。
 たまにはスポーツ観戦というのも良いんじゃない?」


【942】 スーパーナチュラル手のひらにしか解からない  (春霞 2005-12-07 02:19:06)


紅の十字架シリーズ(くま一号さん命名) 
【No:934】『超鬼畜なお姉さま!山百合会で一番怖い紅の十字架』の時間的には少し前の話です。 
が、単独でもご賞味いただけるかと。 
なお、相変わらずオリキャラがノシてます。 苦手な方はスルーして下さい。 


                   ◆◆◆


 しずかにしずかに扉が開いてゆく。 日頃の手入れが良いという事も有るだろうが。 さらに蝶番に油をさした効果もあり、なにより侵入者の細心の注意によって実に滑らかな動きだ。 
 程なく、細身の人ならすり抜けられるだけの隙間が出来あがった。 
 すかさず床を這うほどに低く、不審者の影が室内に滑り込む。 1つ、2つ、そして3つ。 

 分厚いカーテンに遮られて、日の差し込まない室内はひどく暗い。 入り口もすぐに閉ざされ、僅かに差し込んでいた廊下の灯りも失われた。 鼻を摘まれても判らないほど濃密な闇が生まれ。 不審者たちは息を殺して毛足の長い絨毯の上に伏る。 まずは目が慣れるのを待つのだ。 

 やがて闇の中に、天蓋付きのクラシカルなベッドが浮かび上がってくる。 
 3つの人影は、ベッドの上から自分たち以外の呼吸音を2つ、聞き取って頷きあった。 1つはじつに穏やかに大らかな安心しきったもの。 1つは浅く、早く、ややくぐもっている。 

 先頭に立つ影が、人差し指を振って合図をすると、続く影は窓際にはいより、残る一つは懐からなにやら塊を取り出した。 指揮をとっている影はそのままジリジリとベットにむかう。 塊を持った影も背後に続き、なにやらスイッチを入れた。 
 キュイ。 電子音がしてインジケータランプが灯る。 ビデオカメラだったようだ。 それを眼前に構え、静かに立ち上がる。 
 ベットの中からは、まだ静かな寝息しか聞こえない。 
 指揮をとっている影がわざと小さく囁いた。 

 「ゆーみーちゃん。 とうこー。 起きなさーい。 朝ですよー。  …起きないと寝顔を撮っちゃうわよー。 」 
 ベットの中の気配が反応しない事を確認すると、綾子は窓際で待機するメイドB子こと別当和子ベリーザに合図した。 
 ジャッ。 カーテンが大きく開かれる。 春のうららかな朝日に室内が白く染めあげられ、すかさず綾子の背後に控えていた、同じくメイドのA子こと阿佐美彩子がビデオカメラをまわし始めた。 

 ベットの上には、普段のツインテールをほどいた祐巳が静かに寝息を立てている。 横向きになった体には、半分しか毛布がかかっていない。 くま柄のパジャマの背中が少しめくれ上がり、すべらかな肌が剥き出しになっている。 
 「祐巳ちゃんったら。 春とは言え、風邪を引いちゃうわよ。  …彩子、撮っているわね? 」 
 「もちろんです、綾子さま。 本当に可愛いらしいですね。 お嬢様が夢中なのも解ります。 」 
 「抱きしめて、頬擦りしたくなっちゃいますねー。」 全てのカーテンを開け終わったベリーザが枕元に戻ってきてコクコクと頷いている。 
 「まあ、駄目よ。 祐巳ちゃんは私のものなんだから。 抱きしめていいのも 私、だ、け」 
 「あの、綾子さま。  お嬢様の立場は… 」 汗ジトで突っ込む彩子さん。 
 「あらやだ。 間違えちゃったわ。 祐巳ちゃんは私の瞳子のものなんだから、私と、瞳子以外が抱きしめちゃ駄目なのよ。 良いことベリーザ? 」 
 「はーい。 了解です奥様。 私は姫様をお世話していられれば幸せですから 」 ヒョイと肩を竦めるベリーザちゃん。 
 「ところで、その姫様は? 」 
 3つの視線がベッドの上に集中する。 
 すやすやと寝息を立てる祐巳の横顔。 背中ははみ出しているものの、肩口からお腹、足元までは毛布の下に潜っている。 
 「向こう側には落ちていらっしゃいませんでしたよ。 」 カーテンを開けるときに窓がわから確認していたベリーザちゃんは、綾子の顔を伺う。 
 「昨夜はご一緒に休まれたのですから、お嬢様はこの毛布の下と言うことに… 」 

 キラーン。 二人のメイドには、綾子の目が光ったように見えた。 

 「彩子、準備は 」 
 「もちろんです 」 まわしっ放しのカメラを構え直す。 
 「ベリーザ、静かに、丁寧に。 だけど大胆にね。 おやりなさい。 」 
 「はーい。 奥さま。 」 

 静々と毛布がめくられていく。 祐巳の方が露わになり。 2の腕が見えてくる。 その隙間に波打つ髪が見てとれる。 どうやら祐巳は瞳子の頭を抱え込んでいるらしい。 
 と、ベリーザちゃんの手が止まった。 
 「どうしたの? ベリーザ」 
 「ええと…」 僅かに躊躇してから、ベリーザちゃんは腹を決めた。 「すいませんね。姫様 」 
 がばっと一気に引っぺがす。 
 そこには、予想通り頭を抱え込まれた瞳子が居た。 
 予想と違っていたのは、瞳子の目が既に開いていた事だった。 

 頭を祐巳の胸元にきゅっと抱え込まれて、どうやら身動きが取れないらしい。 手は祐巳の肘の辺りにあるが、指先だけでパジャマの生地を摘んでいる。 腰回りは、はしたない祐巳の両足に絡み着かれ、がっちりとロックされている。 下ろした巻き毛の隙間から見える、耳の端や頬は真赤に染まり、目はまるで徹夜でもしたかのように血走っている。 息は速く、浅く今にも絶えそうなほど弱々しい。 

 それらの全てをつぶさに見て取った綾子は、ニヤニヤしながら愛娘に訊いた。 
 「瞳子、あなた若しかして一晩中起きてたんでしょう。 愛しいお姉さまの柔い部分を感じてはあはあしちゃってたのね? どうせなら、折角の祐巳ちゃんの胸の中なんだから、そのまま夢うつつの桃源郷にでも逝っちゃえば良かったのに。 」 
 くすくす笑いながら、綾子は内心不審にも思っていた。 
 いつもの瞳子なら、この位からかえば激烈な反応が返ってくるはずである。 自慢のドリルをぶん回して、女優稼業で鍛えた声量を存分に発揮するところなのだが。 きょうは反応が無い。 
 まあ、今朝はまだツインテールにしていないのだから、ドリルは回しようが無いのだが。 

 そうこうしていると ようやく、か細く くぐもった声が届いた。 
 「助けてくださいまし。 お母様。 お姉さまの手と足を除けて下さい。 後生ですから〜 」 
 「変な娘ね。 自分で除ければ良いじゃないの。 祐巳ちゃんって、別に怪力って訳でもないのでしょう? 」 
 「出来ないからお願いしているのです。 押し退けようと何所に触れても、ふにふにのヤワヤワのすべすべで。 もう、もう! 」 

 泣きそうな声と言うか、鳴きそうな声というか、微妙に艶やかな声音である。 
 どうやら一晩中何度となくトライしては、自分の煩悩に撃退される状況であったらしい。

 本気でテンパッて居るらしい娘の姿に、綾子はようやく母らしい態度で応じてあげた。 
 祐巳の手と足を そうっと剥がしてあげたのだ。 が、剥がしたそばからグリュンと抱きつき直してスッポンのように離れない。 3回試しても駄目な事を悟ると、綾子は手の空いているベリーザちゃんに手伝わせて、手と足を分担する事でようやく瞳子を祐巳から離すことに成功した。 
 彩子さんは、もちろんその一部始終をビデオで撮影中である。 

 本当にふにふにで、良い感触ね。 自分の手のひらを見下ろしながら、いまの素敵なスーパーナチュラルヤワヤワを反芻していると、荒い息を吐きながらベッドサイドに腰掛けていた瞳子が、助け出してもらった礼も言わずに、慌てて続きのバスルームに跳び込んでいった。 

 足元に視線を落とすと、毛足の長い蒼い絨毯の上に、ポツリと血の後がにじんでいた。 

 「あの娘、もしかして一晩中鼻血をこらえていたの? 」 我が娘ながら、随分と可愛くなったものだと感心していると。 ベッドの上で祐巳が 「ふにゅ」 と唸った。 

 「まあ、たしかに、こんな素敵なところにずっと密着していたのなら解らなくは無いけど。 」 
 綾子は、はだけた祐巳の胸元にそっと手を延ばして止めた。 そこに触れていいのは、やっぱり瞳子だけのような気がしたのだ。 
 「惜しいわねー。 」 呟きながら、代わりに祐巳の頬をぷにぷにすると、何が嬉しいのか眠りながらクスクス笑いを始める。 
 「うわ。 本気で堕ちちゃいそう。 拙いわ。 …彩子、彩子。 ビデオはもういいから、祐巳ちゃんが風邪を引かないようにね。 ベリーザは瞳子のほうを。 お願いね? 」 

 「はい、綾子さま 」 
 「はい、奥さま 」 


  …………………… 
  ……………… 
  ……… 

 
 指示こそしたものの、祐巳の寝顔から目を離すに離せなくなった綾子がふと傍らの気配に気が付いた。 瞳子の世話を言いつけたはずのベリーザちゃんが、なにやら生唾を飲み込みながらベットの上を凝視している。 先程、スペシャルホールドを2人掛かりで解除され、大の字に寝ている当の祐巳はと言えば、ふみゅふみゅと鳴きながら、なにやら体の周囲をまさぐっている。 
 はっと何かに気がついたベリーザちゃんは、お仕着せのメイド装束の内、ピカピカに磨き上げられた黒のローファを脱ぐや、やにわにベッドの上に上がりこみ、そうっと祐巳の隣に寝転がった。 
 よくよく躾られている筈のベリーザの無作法な振る舞いに、綾子があっけに取られていると、傍らの彩子も何かに気がついたように、再びビデオカメラをまわし始める。 
 室内には、かすかな電子ノイズと、もふもふという 祐巳がベットの上をまさぐる音だけがしていた。 

 その祐巳の手が、ベリーザちゃんの肢体にパフっと当たる。 パフパフ。 2、3度叩いて確かめるや、やにわに祐巳がくるりと丸まり、ベリーザちゃんを抱きかかえた。 右手と左手でしっかり抱き込み、両足でも密着ホールドする。 先程と全く同じコアラさん状態になってしまった。 
 今回はさらに、ヘッドドレスで飾られたベリーザの頭部に、自分の頬をすりすりし始めるし。 

 「もしかして、祐巳さまは普段、抱き枕か、ぬいぐるみと一緒に眠ってらっしゃるのでしょうか? 」 実はクールにヒートアップしている彩子が、カメラの向うで掠れた声で呟いたが、彩子の脳には、もはやてんで届いていなかった。 
 一人至福を味合うベリーザちゃんを前に、 綾子の意識は”ずるいずるいずるいずるい、次は私が私が私が……” というフレーズだけに満たされていたのだから。 

 その静かに均衡した状態は、鼻血の処置を終えて帰ってきた瞳子が絶叫するまで続いたという。 


 ここにまた1人、どころか3人纏めて『魔性の女』福沢祐巳に魅入られた子羊たちが生まれたのは、綾子達とマリア様だけの秘密です。 
------------------------------------------------
 v1.1:柊様の指摘を受け、A子=阿佐美彩子 に訂正。 さらに末尾を加筆。    2005/12/07 20:00 


【943】 それでいいのかよ!江利子が語る異論  (誓 2005-12-07 06:12:41)


 「……なのよ。祐巳ちゃん、聞いてる?」
「はぁ」
はぁ、としか言いようがない私、福沢祐巳は今日も今日とて、薔薇の館に向かうべく図書館の脇を歩いて……いなかった。
 「『はぁ』じゃないでしょ。返事は『はい』」
「は、はい! って黄薔薇様。すみません、お話がよくわからないのですが」
私は珍しく黄薔薇様にお誘いを受けて、ミルクホールに来ていた。
 「全然オッケーじゃないじゃない!もう一度説明するからよく聞いてね。
  まず、虫歯で空いた穴にゴハン粒が入った事が前回の敗因だったのよ。私はそれを学んだわけ。
  だからね、虫歯になったらパンだけを食べる。
  そうしたら虫歯の穴にゴハン粒は入らないのよ。でも、そんなの無理よね。だから、、、」
私がわからなかったのは、なぜ黄薔薇様が私に虫歯対策の話をしているか、だったんだけど。
聞きなおした所為か、黄薔薇様の虫歯対策論は更に熱が入っている。
このまま生返事をしていると、延々、話が続きそうな気がするので、ここは落ち着いて私の話を聞いてもらおう。
 「、、、でね、そこでオブラートなわけ、、、何?」
「あ、話の腰を折ってしまってすみません。まず私の話を聞いて下さい」
 「あぁ、たしかに祐巳ちゃんの意見も聞きたいわね。やっぱり紙粘土の方がいいと思う?」
はっきり言います。私には虫歯対策論に対する意見なんて何一つありません。そうじゃなくてですね。
「あの、何故なんですか?」
 「そりゃ、オブラートに包めばゴハン粒もバラけないまま飲み込めるじゃない。でも、これが孫子の時代だったら、、、」
あぁ、私のバカ!オブラートの事聞いてどうするのよ!
「ち、違うんです!」
 「え、オブラートは違うの?まぁ、味しないしね。じゃあ、こんなのはどうかしら。昔、中南米でね、、、」
違うんです。そうじゃないんです黄薔薇様。というか、何故そんなに楽しそうなんですか。
結局、私は『何故私に話すんですか』って一言がどうしても出なくて。
それから30分、黄薔薇様の虫歯対策論に付き合わされた。

 「でね、ワシントンは言ったのよ。『それは僕がやりました』ってね。
  だから、それを応用して虫歯に、、、って祐巳ちゃん!?なんで泣いてるの!?」
「歯医者さんに行ってください…」
それだけ言うのがやっとだった。


       ◆    ◆    ◆     ◆     ◆     ◆
       あとがき
       最後のツッコミ待ちで30分以上ボケ続けた江利子様でした。
       といっても江利子様なら孫子の兵法から導き出される新手の虫歯治療法を
       考えてくれそうです。


【944】 いつもの3倍って言わないで宇宙船  (朝生行幸 2005-12-07 21:36:11)


※オリジナルキャラ?しか出ませんが、オリジナルキャラには見えないでしょう(笑)。

「ふわわわ〜〜」
 目覚めると同時にデッカイ欠伸をブチかましたのは、現在火星に向けて航行中の宇宙船『キネンシス号』クルー、福沢裕未だった。
 クルーと言っても、打ち上げやペイロード、生命維持などにかかるコストを、最低限まで思いっきり削っているため、搭乗員は彼女一人だけだった。
 つまり、彼女のみでキャプテンでありミッションスペシャリストでありエンジニアでありメカニックなのである。
 しかし火星到達まで約6ヶ月かかるため、帰還までの1年ちょっとの間、クルーのメンタル面をもサポートする人工知能“ギガンティア”が、もう一人のクルーとして装備されていた。
『おはよー、裕未ちゃん』
 目覚めた裕未に声をかける人工知能ギガンティア。
 言葉使いが誰かさんにそっくりだが、それはまったくの偶然である。
「おはようございます、せーさま」
 何故か裕未から“せーさま”と呼ばれているギガンティア。
 裕未がギガンティアのマニュアルに載っていた開発者の名前、“Cesammer Suger”から取ったらしい。
『朝だよー。朝食摂って、スケジュール通りに行こうねー』
「はーい」
 ベッドから起き出し、歯を磨き顔を洗い、宇宙服に着替えると、人工重力区画を後にした。
 コックピットに移動し、シートに着く。
 食事は基本的にコクピットで行われる。
 睡眠中はともかく、クルーが起きている場合は、できるだけ何かをさせておく方が良いので、船内からの外部チェック、計器チェックを行いながら食事をさせる決まりなのだ。
「今日の朝食は何ですか?」
『今日はねー、裕未ちゃんの大好きなカレーだよー』
「わお♪」
 実は裕未は双子だった。
 地球にいるもう一人は、裕未とは全く逆で、甘いものが大好きで、辛いものが苦手。
 裕未の方は、辛いものが大好きで、甘いものが大の苦手なのだ。
 故に、朝っぱらからのカレーライスも、平気で食べられる。
『しかも、辛さ3倍だよー』
「むーん、おっけー!」
 辛ければ辛いほど、挑戦されているようで我慢が出来なくなる裕未。
 どーんと来いってんだ。
『それだけじゃないよー』
「まだ何かあるんですか?」
『おーよ。なんと、量までいつもの3倍だ!』
「なんですとー!?」
 一食の量が全体的に少ない裕未、健康管理の観点から、一ヶ月に摂取するべき量が決まっているため、大体一週間に一回ぐらいの割合で、不足分を補う量の摂取を強要される。
「どうして朝ご飯の時に3倍なんですか?」
 不満で裕未は、口を尖らした。
『あははー、だって最初に言ってたら面白くないでしょ?だから、サプラーイズ』
「まぁサボってた私も悪いんですけど」
『ゴメンね、でも、決まりだから』
「はーい」
 しぶしぶスプーンを口に運びながら、各所をチェックする裕未。
 食事のあとは、船外活動、その後は動力チェックなど、目が回るような忙しさだ。
 そんな毎日が何ヶ月と続くが、裕未はギガンティアのサポートのもと、確実に前進していた。

 火星到達まで、あと二ヶ月ちょっとだった。


【945】 秘められた萌ノート  (林 茉莉 2005-12-08 00:00:06)


 このお話には微量ではありますがGL要素が含まれています。誠に勝手ながら苦手な方はスルーしていただきますようお願いいたします。
 ただし主題はそこではありませんので、読んでいただければうれしいです。

 作者敬白





「ごきげんよう、志摩子さん」
 ある日の放課後、いつものように乃梨子が薔薇の館のビスケット扉を開けるとそこにいたのは白薔薇さま・志摩子さんだけだった。
 他のメンバー、わけてもリリアンのしきたりには人一倍口うるさい瞳子がいる時はリリアンの流儀に則って『お姉さま』と呼ぶことにしている乃梨子だが、二人っきりの時は親しみを込めて 『志摩子さん』 と呼ぶのは二年生になった今でも変わらなかった。
「ごきげんよう、乃梨子」
 乃梨子の挨拶に志摩子さんは仕事の手を止めて、いつものように柔らかく微笑んで応えてくれた。
 この笑顔に会えただけで乃梨子にとってその日一日は充実したものであったと心から思える、そんな素敵な笑顔だった。

「今お茶いれるね」
「ええ、お願いね」
 先に来た志摩子さんがセットしておいたのだろう、電気ポットには既にお湯が沸いていて乃梨子はすぐにお茶の準備を始めることが出来た。
 最初に食器棚から丸くて白い磁器製のポットを取り出すと電気ポットからお湯を注いで温め、その間に二人分のカップとソーサーを用意してポットと同じようにカップにもお湯を注ぎ温める。温まったポットのお湯を捨てて代わりにダージリンの茶葉をティースプーンで二さじ入れた後、改めてカップ二杯分のお湯をポットに注ぐ。
 蓋をして茶葉を蒸らす間 『美味しくなりますように』なんて、家で菫子さんとお茶を飲む時には決して考えないようなことを思って、そんな自分が照れくさくてつい頬を染めてしまう乃梨子だった。

 頃合いを見計らいポットからカップにお茶を注ぐと二人分のカップをトレイに載せてテーブルへ運び、お待ちどおさま、と言って一客を志摩子さんに、もう一客を志摩子さんの隣、自分の場所に置く。そしてトレイを流しの方に返すと志摩子さんの隣に戻って座った。

「どうかな?」
 志摩子さんが一口すすった後、顔を覗き込むようにして尋ねると志摩子さんは笑顔で応える。
「とっても美味しいわ」
「よかった」
 お茶を上手にいれたことを誉められた。たったそれだけのことが乃梨子にとってはこの上もない喜びに感じられた。だってそれが志摩子さんの言葉なのだから……。
 心まで温かくなるような志摩子さんの笑顔につられるように、乃梨子も笑みを浮かべてカップを口に運ぶ。その時志摩子さんは言った。
「だって乃梨子が心を込めていれてくれたんですもの」
「っ! あっつぅ!」
 おそらく志摩子さんにすれば何気なく言ったのだろう。しかしそんな何気ない言葉にドキリとした乃梨子は思わずむせ込んでしまった。
「大丈夫? 乃梨子」
 志摩子さんはポケットから白いハンカチを取り出すと、むせた拍子に唇の端からわずかにこぼれたお茶をふき取ってくれるのだった。
「ん、ちょっと舌を火傷しちゃったみたい」
 赤くなり照れ笑いする乃梨子に、しかし志摩子さんは真顔で言う。
「まあ大変、ちょっと見せてごらんなさい」
「や、別に大したことないから」
「いいから」
「……うん」
 みっともないところを見せてしまった気恥ずかしさからあわてて頭(かぶり)を振る乃梨子だが、真剣な表情の志摩子さんにおされてやむなくチロッと舌先を出してみせた。
 息がかかるほどに近づいた志摩子さんのきれいな顔に耐えられず、乃梨子は我知らず目を閉じる。
「よく見えないわ。もう少し出してみて」
「……」
 言われるままに出した舌の先はやはり火傷のせいだろうか、少しヒリヒリする。だが次の瞬間、乃梨子はそれとは別の感覚を覚えた。そう、それは正しく『触覚』だった。
 驚いて目を開けると、目の前には乃梨子と同じように小さく舌を出した志摩子さんがいた。
「何したの、今……」
「ウフフ、知りたい? こうしたの」
 悪戯っぽく笑うと志摩子さんは乃梨子の顔を両手で引き寄せ、舌の先で乃梨子の唇にそっと触れた。
「なっ! 志摩子さんっ!」
 真っ赤になり口を押さえて飛びずさる乃梨子に、ほんのりと頬を染めた志摩子さんは言う。
「赤くなってて痛そうだったんですもの。もしかして乃梨子はイヤだったのかしら」
「イヤじゃなくてむしろうれしいっていうか、ってそうじゃなくて私たち女の子同士なんだしこういうのはどうかと……」
 ギリギリで残った理性で乃梨子が言うと、志摩子さんは萎れたようにうな垂れて言った。
「ごめんなさい。乃梨子がイヤならもうしないわ」
「違うの志摩子さん! 私も志摩子さんとならイヤじゃないよ!」
「そう、うれしいわ。だったらもう一度」
 腰に手を回され抱き寄せられながら、乃梨子は小さく呟いた。
「待って。ここじゃ祐巳さまや由乃さまが来ちゃう」
「フフフ。大丈夫、誰も来ないわ。だって私がみんなに言っておいたから。 『今日は薔薇の館に来ないで』って」
「えっ? それじゃあ」
 志摩子さん、もしかして初めから……。
 そう問い掛けようとした乃梨子の口は、志摩子さんに優しく塞がれてしまった。

 そして乃梨子は自分にも意味の分からない熱い涙が頬を伝うのを感じるのだった。















「よーし書けたっと。投稿ボタンをポチッとな。ニヒヒッ、今回は何票入るかな」
 乃梨子が図書館にある端末のディスプレイで自分の作品を腕組みして満足気に読み返していると、背後から声が掛けられた。
「何してるの?」
 しかし投稿後も誤字チェックに余念のない乃梨子は振り返らずに後ろの声に応える。
「うん、『ぐちゃぐちゃSS掲示板』 に投稿してたの。最近ハマッててね」
「何だか楽しそうね」
「妄想垂れ流しでとっても楽しいよ。うーん、それにしてももうちょっと黒志摩子分があった方が良かったかなあ」
「黒志摩子ってなあに?」
「ぐちゃSでは志摩子さんは黒いのがデフォなのよ」
「まあ、そうなの」
 校正に集中してディスプレイから目を離さず生返事で応えていた乃梨子だが、ふと気づいた、画面に映り込む背後の人の顔は果たして。


「 し 、 志 摩 子 さ ん !?

  今日は環境整備委員会の日だったんじゃ!」


「最近乃梨子が図書室で何かしてるって聞いたから、ちょっと見に来たの。そう、乃梨子はいつもこんなことを考えていたのね」
「ち、違うの志摩子さん! これには理由(わけ)が!」
「フフフ、話は薔薇の館で聞かせてもらおうかしら。ちょうど今日は誰も来ないはずだから」
「誰も来ないって、そんな……」
「怖がることないのよ。さあ行きましょう」



 いつものように微笑んでいるのになぜかとっても怖い志摩子さんに手を曳かれて薔薇の館へ向かいながら、しかしこれから起こるであろうことがまた一つぐちゃSに投稿するハァハァネタになるかも、などとチョッピリ期待しているダメダメな乃梨子であった。


【946】 肋骨に食い込む拳栞に阿修羅バスター  (六月 2005-12-08 00:26:37)


大学二年の春。
私は身をえぐるような辛い出会いを経験した。

私が栞に再会したのは、春のある日、いつもより早めに講義に出席しようとした、そんな日だった。
目が覚めるといつもよりも早い時間だったが、二度寝する気にもなれず、陽気に誘われるようにリリアンの庭へと向かった。
ふと、あの桜に会いたくなって高等部の公孫樹並木を歩いていると、一人のシスターが同じように前を歩いているのが見えた。
どうやら彼女も同じ公孫樹の中に一本だけ咲き誇る桜を目指しているようだ。
邪魔をしては悪いと思いつつも、その彼女の後ろ姿に惹かれるものがあり、後ろについて行くことにした。
桜を愛でる彼女をそっと見守るように、離れたところからみていると彼女がこちらを振り向いた。
その瞬間、私は全身に電撃が走ったかのような衝撃を受けた。
「・・・・・・栞」
「聖」
ふらふらと引き寄せられるように栞に歩み寄り、抱き締めようとした。
「栞、わたしはあなたを・・・」
どぐぉぉぉっ!!
栞の拳が私の鳩尾に深々と突き刺さる。
「久しぶりね、聖。あれから随分と楽しい学園生活を送っていたそうね。
 とても可愛らしい妹ができたとか」
ぎしぃ!
栞の細い腕が私の首に食い込みネックブリーカーが決まる。
「私が一人、悩み苦しんでいる間に、妹以外にも可愛がっている後輩もできたそうね。
 一緒にお泊まりするくらいに」
ずだーーーん!
片腕は私の首に巻き付けたまま、空いた片手でジーンズを掴むと空中高く持ち上げられ、ブレーンバスターで地面に叩きつけられた。
「最近は大学の近くに入り浸っている素敵な彼女もできたそうだし」
ぎぎぎぎぃ!
栞の両足で首四の字固めを極められる。すべすべの太股で締め付けられるのは嬉しいが、このままでは殺られる!
「栞!聞いて!すべて誤解よ!」
「問答無用!待っててね聖、すぐに主の下へと送ってあげるわ」
いや、まだ死にたくはないわ、栞。話しても解らないなら、拳には拳を!
ゴロゴロとローリングで無理やり栞を引きはがすと、彼女の後ろから両腕を掴み抱え上げ、ダダッと桜の木を駆け登る。
そのまま空中高くジャンプすると、栞の両足にも足を絡めさせ、私の肘と膝で身動き取れないように押さえ込む、変形阿修羅バスターに持ち込み、全体重をかけて地面へと叩きつけた。
ずずずずぅぅん!!
地面にめり込んだ栞を抱き起こすと、
「わかった?私は今でもあなたを愛しているわ」
「えぇ、あなたの想い受け取ったわ、聖」
桜の花が舞い散る中で二人抱き合うのだった。

てか、栞。随分とワイルドになったわね。




【947】 とっとこ接近遭遇リコちゃんが  (joker 2005-12-08 01:30:15)


なんかもー、めちゃくちゃです。




 最近、時空が非常にオカシイ。二条乃梨子は目の前の……というより、眼下の光景に、何もかもが嫌になった。とくに作者が。
『ごきげんようなのだ。』
「………………」
 そこに居たのは、わずか十数センチあるかないかの小さな物体……もとい、生物である。しかも、乃梨子にそっくりなネズミ化の生物、ぶっちゃけ乃梨子型ハムスターである。しかも喋るし。
「……どこをどう間違えたら、私が人間じゃなくてハムスターになるんだよ…」
 目の前でクシクシとやっている生物に軽く絶望を覚えながら、乃梨子は呟く。
 というか、ありきたりだなー。とっとこときて、そのままハムスターとか出すなよ、作者。ハムスターな私……全然似合ってない…。
 心中で作者に毒づくが、どうにもならない。そんな理不尽な世界。
「…ねえ、そこのリコスター。私なハムスターがいるって事は、志摩子さんなハムスターもいるんでしょ?」
 とりあえず、この事態を打開するために、動き始める乃梨子。
『志摩子さんなハムスター?いないよ、そんなの。』
「えっ?」
 意外な展開に驚く乃梨子。
 だって、私ときたら志摩子さんじゃない!と心の中で叫んでみても、決してそうならない不条理な世界。私だけハムスターにして、志摩子さんがセットじゃないなんて。
このファッキン作者!死んzya
「……はぁ〜。ねぇ、あんたこれからどうするの?」
 もう色んな事が欝になってきたが、とりあえず、自分なハムスターをどうにかせねば、とリコスターに聞いてみる。
『うーん……分かんない。』
「分からないって、あんた、自分の事でしょう?」
 自分の事なのに、全く気にしないリコスター。どうやら、天然も入っているらしい。
 とそこに、誰かがやって来る。
「ごきげんよう、乃梨子」
「志摩子さん!」
 最愛の姉の登場に、さっきまでの欝さなんて、みじんも見えなくなるくらい明るくなる乃梨子。だが、そうは問屋がおろさない。
『ごきげんようー。』
 志摩子を一目見た瞬間に机からジャンプして志摩子に飛び付くリコスター。
「ちょ!あんた!何、志摩子さんに飛び付いてるのよ!」
『志摩子さーん、私行くとこないのー。』
「あらあら、今度はハムスターなのね。じゃあ私が飼ってあげるわ。」
「し、志摩子さん?」



 こうして、リコスターはしばらくの間、藤堂家に飼われる事となり、その間、乃梨子は嫉妬に狂うのであった。


【948】 変わりゆく頭痛のタネ  (沙貴 2005-12-08 02:12:51)


 
 リリアン体育祭の当日、昼休み古い温室にて。
 松平瞳子は紅薔薇さまを見かけた。
 まだまだ残暑厳しい秋の頭、折りしもその日は絶好の日和だった所為で、温室内の温度と湿度はかなり酷いものになっていたに違いない。
 けれど紅薔薇さまは苦しそうな素振り一つ見せずに、膝の上に広げたお弁当を楽しげに摘んでいて。
 寧ろ微笑みすら浮かべているそのお顔を眺めていると、温室内が暑苦しかろうと想像した自分が余りにも俗っぽく思えて嫌な感じがした。
 
 手早く昼食を取り終わって、腹ごなしの散歩途中で温室に寄った瞳子は、そんなガラス越しに見えた紅薔薇さまの微笑みに足を止める。
 余り見たことのない笑みだ。
 いや、それは少し嘘。余り見せてもらったことのない笑みだ。
「ま、当然ですわよね」
 そう呟いて軽く息を吐く瞳子の視線の先には、同じように暑かろう温室で朗らかに笑う紅薔薇のつぼみ、福沢祐巳さまが居た。
 紅薔薇さまのあの微笑みは、現在ではもう殆ど世界で只一人の祐巳さまだけに向けられる特別製になっている。
 だから、あの笑顔の紅薔薇さまの傍には祐巳さまが居ることが”当然”なのだ。
 更に言えば、祐巳さま”だけ”が居ることが当然。例え祐巳さまが相手でも、校内の例えば銀杏並木なんかでは紅薔薇さまは”ああ”は笑わない。
 事実上学校を引っ張る薔薇さまのお一人であるから、不用意に笑うこともままならないのだ。
 まぁ、紅薔薇さまが単に意地っ張りで人に弱みを見せたがらないと言うことも大きいのだろうけど。
 
 紅薔薇さま――祥子お姉さまの微笑み。
 その輝きを一身に受けるのは自分だと信じて疑わなかった時期もあったが、今では冗談でもそんな事は言えない。色んな意味で。
 悔しくないと言えば嘘になるけれど、今更言っても仕方のないこと。
 紅薔薇さまと出会ったのは瞳子が先だけど、内面に踏み込んだのは祐巳さまが先だった。
 笑って、泣いて、時に怒って紅薔薇さまを振り回す祐巳さまと、ひたすら腕に縋って甘える瞳子。これじゃあ勝負にもならない。
 はぁ、と再び息が漏れる。
「そんなに寂しいなら飛び込めば良いじゃん」
 すると、そんな声が瞳子の背中にかけられた。
 振り向かずとも判る、淑女に有るまじき乱暴な言葉遣いの同級生は瞳子の知る限り一人しか居ないから。
「私もそこまでお邪魔虫を徹底するつもりはありませんわ。それに寂しいだなんてどこの誰が」
「目の前の瞳子が、だよ。瞳子、周りに誰もいないと思うと気が抜けるから良く判る」
 そう言ってくすりと笑った乃梨子さんは、今も温室を眺める瞳子の隣にそっと並んだ。
 
 並木道の多いリリアンのこと、身を隠す木陰は辺りに多い。
 今、瞳子と乃梨子さんが立っている位置もその一つで、こちらから温室は全景が見えるもののあちら側からは目を凝らさないと判らないだろう。
 丁度時刻も昼過ぎで、日向の部分は照り返しが凄い。その分、影で暗い場所は一層に見え辛くなっている筈だ。
 その証拠に、乃梨子さんが横に並んだ所為で目立ちやすくなったにも関わらず、祐巳さまも紅薔薇さまも瞳子らのことに全く気付かない。
 とは言え、多分にお互いしか見ていないから周りに気付かない、と言うこともあるのは瞳子だって判っていた。
「失礼ですわね。私これでも女優の端くれ、いつだって気なんて抜いたりしませんわ」
 漸く祐巳さまらから目を逸らし(いつの間に祐巳さまを見ていたんだろう? 初めは紅薔薇さまを見ていたのに)、乃梨子さんを軽く睨みつける瞳子。
 すると乃梨子さんは「おお、怖」なんて漏らしながら全然怖くなさそうに肩を竦める。
 その仕草で一気に毒気が抜けた。
 何だか最近、乃梨子さんの前では随分ペースを崩されるようになってきている気がする。
 元々何処か達観めいた、飄々とした部分のあった乃梨子さんだけれど、リリアンに通い始めて早半年。
 ”異世界”への戸惑いがなくなって余裕が出てきたと言うところだろうか。
 勿論、瞳子との距離が狭まっていることも大きいだろうけど。大きい筈だ。大きい。うん。
 それが嫌な訳では無いのだけれど、何故だか無性に悔しい。
 
「乃梨子さんはどうしてこちらへ?」
 悔しさを振り払うように瞳子が言うと、乃梨子さんは「どうして?」と首を傾げた。
「ちなみに私は、散歩の途中でたまたま紅薔薇さまをお見かけしたから、ですけれど」
 先んじるように続けて言うと、乃梨子さんはくっくと(くすりと微笑むよりは余程似合う笑顔で)笑う。
「誰も瞳子の理由は聞いてないけど……私も似たようなものだよ。食後の散歩をしてれば見慣れたモノが見えたから」
 モノ、と言いながら瞳子の左縦ロールを指でつんと突ついた。
 弾かれた髪が頬に当たってこそばゆい。
 こそばゆさの半分は勿論、髪の感触だけど、残りの半分は”乃梨子さんが突ついた”こと。
 思えばお互い気安くなったものだ。
「もう。重ね重ね失礼ですわね、私は髪の付属品ですか?」
 その気安さで持って、未だ突つき続ける乃梨子さんの手を払う。
 乃梨子さんはにかっと笑って(ああ、それも似合う)「まさか」と言った。
「勿論、縦ロールこそ瞳子の付属品だよ。今じゃね」
 
「昔は逆だった、と言うことでしょう?」
「だってインパクトありすぎだもん」

 全く、本当に気安い。
 瞳子も、乃梨子さんも。
 
 
 不意に、視線を感じた。
 本当なら感じる訳は無い、だって瞳子らは只ですら見え辛い場所に居る上に周りに人気だって殆ど無いのだから。
 けれど女優の感か親戚の縁か、瞳子は気付いた。
 そして振り返る温室、こちらを向いていた紅薔薇さまとガラス越しに視線が交差する。
「あ――」
 思わず声が漏れた。
 それは本当に突然のことで、乃梨子さんのじゃれあっている最中で、頭が付いていかなくて。
 例え遠く離れていても、ガラス越しであっても、紅薔薇さまの驚いたようなお顔はやっぱり綺麗で。
 今まで何度も見た、祥子お姉さまの顔で。
 やがて柔らかく微笑まれても、それはさっきまで祐巳さまに向けていた笑顔とはどこか違っていて。
 それが判るくらいには、人の顔を観察してきた自分が空しくて。
 気付きたくなかった。
 そう思った時には、視線が落ちていた。
 
 祥子お姉さまは、瞳子が腕にしがみ付いていた頃から変わって欲しくなかった。
 瞳子は、祥子お姉さまの傍に、祥子お姉さまの傍だけに幸せを感じていた頃から変わりたくなかった。
 祥子お姉さまは、瞳子だけを「仕様が無いわね」と言う目で見つめていて欲しかった。
 瞳子は、祥子お姉さまだけを大好きで居たかった。
 
 知りたくなかった。
 祥子お姉さまの腕にしがみ付ける人が瞳子以外に居ることを。
 瞳子は祥子お姉さまの傍でなくても、幸せを知れるくらいには大人になったことを。
 祥子お姉さまの――紅薔薇さまの目は、今やたった一人に惜しげもなく注がれていることを。
 瞳子は、祥子お姉さま以外の――方、を、気にかけてしまうようになるなんてことを。
 気付きたくなかった。
 苦しみだか後悔だか、何だか判らないそんな感情は頭の奥底に血が溜まったような鈍痛になって、瞳子の眉を寄せた。
 
「瞳子」
 俯いた瞳子の肩に手を置いて、乃梨子さんは言う。
「そろそろ、行こうか」
 それはとても優しい声で。顔を伏せたまま目だけ向けると、乃梨子さんは小さく頷いた。
 顔を上げる。
 紅薔薇さまは再び祐巳さまの方を向いて、何か話されていた。朗らかに笑う。笑い声が聞こえてきそうなほどに。
 祐巳さまに瞳子らのことは言わなかったようだ。
 その心遣いがただ嬉しくて、瞳子はぺこりと温室に頭を下げた。
 
 くるりと踵を返して、乃梨子さんを追い越しながら瞳子は言った。
「戻りましょうか。午後の部は割とのんびり始まりますけれど、早めに戻って体力を回復させておくのも大事ですわ」
 「あ、ちょっと瞳子!」、なんて慌てた乃梨子さんの声は無視。
 木陰を出ると、肌を刺すように厳しい日光が燦々と眩しかった。
 やっぱり暑いじゃないだろうかと少しだけ振り返る。でも生憎と、温室の方向は丁度駆けてくる乃梨子さんで塞がれて見えなかった。
 何だか、それが少し嬉しかった。
 
 
「午後って何からだっけ? 袴競争?」
 瞳子の隣に改めて並んで、少し上を向きながら乃梨子さんがぼやく。
 どうでも良いけれど、そんなに注意力散漫だと転んでしまわないのだろうか。
「先に教職員リレーがありますわ。袴競争はその次ですわね」
 そう答えた丁度のタイミングで案の定躓いた乃梨子さんは、けれど「っと」なんて軽く体勢を立て直した。
 でも流石にそれだけでは勢いは殺しきれずに、乃梨子さんはととっと更に二歩ほど前に進んで振り返る。
「ああ、あったね。そんなの」
「そんなの、って乃梨子さん」
 二歩歩いて追いついて。
 どこまでも御座なりに切り捨てた乃梨子さんに少し呆れて咎めるように言ったけれど、本人はどこ吹く風で笑っていた。
「だって私は参加しないし、お姉さまの居る二年生も参加しない。それどころか三年生だって参加しないんだもん、期待しろって方が無理だと思うけど?」
 
 乃梨子さんの言い方は乱暴だけれど、大筋では瞳子も同じだ。
 かと言って同意するわけにもいかないので、軽く首を振って瞳子は乃梨子さんの脇を通り過ぎる。当然、乃梨子さんは合わせて歩き出した。
「ああ、それじゃあもしかして袴競争には白薔薇さまと出場されるのかしら?」
 それなら教職員リレーから意識が飛んでいてもおかしくは無い。いやいや、そんなことを考える余裕なんて全くない筈だ。
 何せ袴競争といえば、一つの袴に姉妹の二人で入り、協力してゴールを目指すリリアンならではの競技。
 古来の和服である袴を使っているのにリリアンならでは、と言う辺りに微妙な矛盾がある気がするけど、それはこの際気にしない。
 名実共に白薔薇さまにメロメロな乃梨子さんであれば、袴競争を控えている今なら血圧だってかなり高いだろう。
「ううん、それは無い。私は兎も角、お姉さまは――」

 間。

「あんまり、前に出るの好きじゃないから。多分。きっと」
 と言いつつも顔を引き攣らせる乃梨子さん。
 何かいやーな予感を感じているようで、そわそわと二の腕を摩ったりし始めた。
「まぁ、白薔薇さまが出る、と仰れば乃梨子さんに拒否権は無いのでしょうけれど。良いじゃないですの、姉妹仲良く袴に入って」
 自然とにやついてしまう口元を堪えながら言うと、乃梨子さんは心底嫌そうに顔を顰める。
「ごめん、嘘ついた。お姉さまが、って言うより私がちょっと嫌だわ」
 でしょうとも。
 瞳子は唇だけでそう呟いた。
 気安くなったとは言え乃梨子さんは乃梨子さん。
 白薔薇のつぼみという立場にいても、未だに目立つことは結構嫌う傾向にある。
 漸く一矢報えた瞳子はそれで、くすくす笑った。
 
 
 〜 〜 〜
 
 
 赤チームである為鉢巻や横断幕で真っ赤に染まった瞳子ら一年椿組の席付近は、まだまだ昼休みも中盤だからだろうか閑散としていた。
 皆思い思いの場所で昼食を取っていたり、のんびり家族や友人、姉妹と過ごしていたりするのだろう。
 姉妹はいないけれど、昼休みの間中をべったりと家族と過ごすほど家に懐いている訳ではない瞳子と、実家の関係で大人の方々に良く知られている白薔薇さまを昼休みに連れ出すことを失敗した乃梨子さんくらいなものだ。
 昼食後に散歩をしてクラスに戻り、尚時間をたっぷり余してしまっているようなレア・ケースは。
 
「まだまだ暑いですわね」
「そうだね」
「あら、可愛い。幼稚舎の子でしょうか」
「どこどこ?」
「ほら、あちら」
「ああ、本当だ。可愛いね」

 なんて身があったり無かったり、大概は身の無い会話を続けるともなく続けながら、瞳子は乃梨子と一緒に居た。
 午後の喧騒は校庭の各所から上がって、トラックに隣接している瞳子らの居る生徒の応援席の辺りこそが酷く静かで。
 そのギャップが瞳子らがまるで世界から切り離されたかのような浮遊感を生んでいた。
 けれどそれが怖かったり、寂しかったりするような感傷は何故だか浮かばなかった。
 勿論、荒唐無稽な幻想に過ぎないと瞳子が知っていたこともあるけれど、やはり隣に誰かが居るという安心感がそうさせてくれるんだろうと思う。
 瞳子は乃梨子さんを見た。
 でも今の乃梨子さんは履き古したスニーカーで地面をぐりぐりやるのに夢中で、そんな視線には全く気付きもしない。
 全身から発せられる気楽さが、でも、やっぱり瞳子を安心させるのだ。
 
 そう思って少し微笑んだ瞳子は、しかし俯いてその顔を隠した。
 何故なら、被ってしまったから。
 気楽さ、瞳子を信頼して全く無くしてしまっている緊張感。
 それは乃梨子さんだけの専売特許じゃない。一人、瞳子は同じものを持っている先輩を知っている。
 その方と、眼前の乃梨子さんの姿が微かに被った。
 想像の中で跳ねる二房のくせっ毛が日光に映える、ふわふわと軽やかに笑うそれは祐巳さま。
 先程まで温室で紅薔薇さまと談笑していた、瞳子の祥子お姉さまを盗っていった”妹さま”だ。
 
 
 端的に振り返ると、気に食わなかった。
 その一言で全てを説明出来る、瞳子の祐巳さまへの感情。
 後からしゃしゃり出てきた癖に瞳子の専用席であった筈の祥子さまの隣にいきなり居座ったのだから、瞳子には一つや二つ、三つや四つの恨み言を言う権利くらいあるだろう。
 けれど紅薔薇姉妹破局の危機にまで追い込む気は無かった。
 あれは祐巳さまが不甲斐なかったこともあるけれど、瞳子にも勿論責任はある。それくらい判っている。
 今にしてみれば汗顔の至り、蒸し返されると言葉も無い。誰も蒸し返すことなんてしないけれど。

 あの頃、瞳子は良く頭痛を抱えていたように思う。
 頭痛、と言うには少し違うだろうか。苛立ち、不快、嫌悪、それらがごちゃ混ぜになった、つまりが”悪意”。それが瞳子の頭の奥を刺激していた。
 脳の底で疼いていた。
 そしてそれは実は、今も時折瞳子の頭を刺激する。
 後悔、謝意、羨望、切望、負では無いかも知れないけれど正の感情でも決してないそれらがごちゃ混ぜになった何か。
 祐巳さまを見ていると、そのどこか危うい言動を見ているとそれが疼く。
 紅薔薇さまの傍に居る祐巳さまを見ていると更に、細川可南子の隣に居る祐巳さまを見ていると尚も痛む。
 思えば、瞳子にとって祐巳さまは常に頭痛の種だったのだ。
 その理由こそ、移ろい続けているかも知れないけれども。
 
 
 突然鳴り出した、軽やかな音楽に瞳子の顔が上がる。
 見れば幾人かの生徒が校庭の真中に集まって、大きな円を描くようにして並んでいた。
「フォークダンスか」
 呟いた乃梨子さんの言葉通りそれは有志参加のフォークダンス、残り僅かとなった昼休みの余興だ。
 既にダンスは始まって、最初から参加していた彼女らは楽しげにステップを踏んでいる。
 最初のペアの大概は姉妹なのだろうか。どのペアも同学年ではちょっと無い身長差が見受けられた。
 軽快な音楽と、日光に勝るとも劣らず輝く笑顔が眩しい。
 少し陰鬱な自己分析の袋小路に向かっていた瞳子を引っ張り上げるには十分だった。
 
「行ってみませんか、乃梨子さん。楽しそうですわよ?」
 瞳子は何の気なしに言った。
 乃梨子さんと違って瞳子は目立つことは大好きだ。
 例え目立てなくても、楽しそうな人の輪があるのにそれを遠巻きに見詰め続けるだけ、なんてことは我慢できない。
 その輪に入って、一緒に楽しんで、笑って。
 それが途方も無い幸せに繋がるんだってことを瞳子は良く知っている。
 人に取り入ることは瞳子の処世術だけど、それと同じくらい瞳子は人が好きなのだ。
 だと言うのに。
「いやー、私は良いよ。遠慮しとく」
 乃梨子さんはやっぱり、首を振ってしまった。
 手と首を一緒に振るということは心底に嫌なのだろう。
 確かに、乃梨子さんとフォークダンスはややミスマッチな部分がある、ような気もする。イメージ的に。
 とは言え、瞳子が誘って振られたのは間違いが無くて。
「そんなこと言わずに、乃梨子さんたらぁ」
 科を作って食い下がるものの、乃梨子さんたら「その手には乗らない」と言わんばかりに薄ら笑って後退った。
 
「もう、人が折角――」
 説得を諦めて、やっぱり一人でも参加しようかそれとも大人しく見ているだけにしようかと悩み始めた瞳子の目の前を横切る人影。
 いや、本当はずっとずっと遠くなのだが瞳子の視力はかなり良いから。
 例えぱらぱらと輪へ向かう人の群に紛れていたとしても、知っている――気にかけている方の顔ははっきりと見出せる。
 祐巳さま。
 もとい。
 紅薔薇さま。祥子お姉さまが祐巳さまに手引かれて輪の中へと加わった。
 
 瞳子は立ち上がる。参加するかしないかに結論が出たからだ。
「ん、行くの?」
 隣から掛けられた乃梨子さんの声に「ええ」とだけ軽く答えて、グランドの中央へ向かい始めた瞳子は、中途で我を忘れたように駆け始めた。
 紅薔薇さま、及び紅薔薇のつぼみがフォークダンスに参加されたことで一斉に増えた輪への参加者に気後れした訳ではない。
 一刻でも早く紅薔薇さまに御手を取って頂いて踊って頂こうと、ミーハー魂を燃やしたわけでも、無い。
 
 高い瞳子の視力は捕らえてしまったのだ。
 瞳子に先んじて輪に参加した、薄気味が悪いほど伸びた長いワンレングスの黒髪。紅薔薇さまと同じような髪型なのに、瞳子は未だそこに一切の類似性を見出せていない。
 そして不気味さで言えば髪のそれには比べ物にならない、その高過ぎる身長。
 細川可南子。
 間違いなかった。
 
 
 ダンスの輪まで辿り着いた瞳子は、既に参加している細川可南子のすぐ隣に割り込むように身を捻じ込んだ。
 元々そこにいた方には少しだけずれて貰って、それが多少心苦しかったけれどそれ以上にその場所を確保することがその時の瞳子にとって大事だった。
 細川可南子を放って置けない。そう思ったことは事実だったから。
 勿論それは、彼女を心配していると言う風な意味では決して無かったけれども。
 だから瞳子が。
 背の低い自分が場違いな男性パートに紛れてしまったことや、このまま進めば程無く祐巳さまと踊ることになる、ということに気付いたのは踊り始めてからのことだった。

(はぁ、オクラホマ・ミキサーは男女の身長差がある方が映えますのに。災難ですわ)
 愚痴るような胸中はけれど億尾にも出さず、瞳子は踊る。
 そして曲が流れてパートナーチェンジとなると、不恰好にならない程度に少しだけ爪先立って見た。
 苦しくはあるが、しかし見っとも無く肩を上げて女性パートの後ろから手を回すよりはましだろう。
(これくらいのフォローは私の方で必要でしょうね。あの方は抜けているから)
 
 曲が進む。
 人が流れる。
 祐巳さまが近付いてくる。
(ああけれど、それ以前に祐巳さまの場合私がいきなり目の前に出てくる事の方が驚かれる気がしますわ。情けない悲鳴なんて上げられたくはないですけれど)
 ちらっと細川可南子を見て、視線を戻す。
(細川可南子と踊りたくないから、とでも先に言っておけば良いでしょうか。他に――)
 再び素早く視線を走らせる。
 随分と遠く離れたところに、見覚えのある上品な後頭部を見つけて再び顔を戻した。
(紅薔薇さまが男性パートだから女性パートに入り損ねた、も良いですわね。余り細川可南子に傾倒していると思われるのも癪ですし)
 
 人が流れる。
 祐巳さまが近付いてくる。
 楽しげに笑い、踊る祐巳さまが。
 後、二人。
 胸がざわめく。
 頭のどこから微かに疼く。
 
 祐巳さまが近付いてくる。
 一歩、また一歩と。
 先程考えた胸中の台詞を復唱する。大丈夫。言える。澱みなく言える。
 後、一人。
 そしてその手を握ったのは細川可南子だった。
 
 
 ――。
 
 
 ずき、と。
 また、頭の片隅が傷む。
 
 次のパートナーチェンジが、酷く遠かった。


【949】 それはデマだ!エスパー疑惑リコちゃんは  (まつのめ 2005-12-08 13:43:58)


 クラブ棟の一角、新聞部の部室はリリアンかわら版発行にむけて大詰めを迎えていた。
 そんな、部員達が校正やら編集作業やらに集中している中、お姉さまが言った。
「なんてことなの」
 こういうときのお姉さまをかまうとロクなことにならないので無視を決めこんでいると、音も無く背後に忍び寄ってきて抱きつくように首に手を回してきた。
「もう、真美ったら、ここは『どうしたのですか?』って聞いてくるところでしょう?」
「……仕事の邪魔をしないでください」
 真美は振り返らず、キーボードを叩く手も休めずに言った。
「ううっ……」
 肩に掛かっていた重みがなくなるのを感じた。
 今日はやけにあっさり引き下がったなあ、と思いつつ、真美は再び記事の編集に集中した。
「真美が冷たいよう・……」
 後ろの方からなにやら聞こえてくるが気にせず画面に集中する。
「一年の頃はあんなに可愛かったのに、しくしくしく……」
 かわら版の発行を遅らせるわけにはいかないのだから芝居がかった言葉が聞こえてきても無視無視。
「おねーさま、おねーさまって私の後に付いて来てたあの可愛い真美は何処へ行ってしまったの?」
 いの間にかキーボードを叩く手が止まっている。
 というか、手が震えていたりする。
「……あの時の真美は可愛かったわ。そう、部室で二人きりにになったとき、真美は私に言ったの。『おねーさまだいす「お姉さま! いいかげんにしてください!」
 部室の隅でとうとう一人芝居まで始めるもんだから、編集作業をしていた部員達まで興味津々と聞く体制になっていた。
「人を巻き込んで過去を捏造しないでください」
「だって、真美が話を聞いてくれないんですもの」
「今はどういう時かお姉さまならお分かりでしょう? 遊ぶんなら後にしてください」
「遊ぶなんて、私は記事になる話題を提供してあげようと思っているのに」
「はいはい、後で聞きますから、今は大人しくしててください」
 聞かない、とは言わないのは、こんなのでも一応真美のお姉さまだから、というより三奈子さまの妹になった以上避けられない試練だ、という諦めに近い理由からだった。
「真美、話題というのは生ものなのよ?」
「はあ?」
 いいたいことはわかるんだけど、どうせ今の思い付きを聞いてほしいが為の方便に決まってる。
「後でなんて言ってると、腐っちゃうわよ」
「生モノでもクダモノでも結構ですからとにかく今は邪魔をしないでください!」
「あの、真美さん?」
 強い態度でお姉さまを黙らせようとしていたら、同級生の部員が声をかけてきた。
「なに? なにか問題でもあったかしら?」
「いえ、あとは校正だけですし、私たちでなんとかなりますから……」
 彼女の訴えるような目は言外に『妹なんだからコレ何とかしろよ』と語っていた。
「はぁ……」
 真美はため息を一つ。
「お姉さま」
「なあに?」
 期待に目を輝かせてるよ。この人。
「話を聞きますから、場所を変えましょう。ここじゃ作業をしている部員の気が散りますから」
「そう、そうよね、じゃあミルクホールに行きましょう。もちろん奢るわよ。たまにはお姉さまらしいことしないとね」
 奢らなくてもいいですから、お姉さまらしい威厳を身につけてください、と思ってもいまさらだ。
 真美は残りの作業を他の部員に託して、部室を後にした。
 無駄に陽気なお姉さまを伴って。

 放課後のミルクホールは人がいない。
 そこについた時、人影は真美とお姉さまの二人だけだった。
 好きなのを選んでいいわよといわれて真美は紙パックのカフェオレを選び、お姉さまはイチゴ牛乳を自分の物として購入した。
「じゃあ、さっそくだけど」
 イチゴ牛乳を一口飲んで喉を潤してから、お姉さまはメモ帳をテーブルに開いて見せた。 

『二条乃梨子=エスパー』

 そこにはそんな文字が書かれていた。
「で、この根拠も現実性のかけらもなさそうな落書きがどんな『記事になる話題』に繋がるのですか?」
 『うんざり』という顔をして真美はそう言った。
 たしかに、既成の枠に捕らわれない自由な発想は誰にも真似の出来ないお姉さまの長所の一つであろう。
 が、毎回それに振り回される真美にとってそれはは頭痛の種でもあった。
 長所というのは往々にして同時に欠点でもあるのだから。 
「まあ、真美ったら。私の話を聞いたらそんな顔してられなくなるわよ?」
 鼻息も荒く、得意満面といった風でそう話すお姉さまだが。
「はあ、話を聞きますから先を続けてください」
 真美はそのためにここに来たのだから、と先を促した。
 いわば、新聞部の業務を滞りなく遂行するための生贄として捧げられてようなものなのだから。
 生贄は生贄らしくその責務を全うしなければならないのだ。
 なんて考えつつ、ちょっとネガティブ思考に陥ってるなあ、などと反省してみたり。
 まあ、その原因は目の前でごきゅごきゅと喉を鳴らしてイチゴ牛乳を飲んでいたりするのだが。

「じゃあ、話すけど」
「どうぞ。話してください」
 真美は投げやりに相槌をうった。
 そんな真美の態度を気にしない風でお姉さまは言った。
「まず、真美は根拠がないなんていったけど、これはちゃんと裏付けになる証言があったのよ」
「証言?」
「ええ。情報ソースは約束だから明かせないけど校内で複数の目撃者がいたのよ」
 怪しい。
 情報ソースが明かせないところがものすごく怪しいんだけど。
「それで?」
「『白薔薇さまは彼女がいるだけでリラックスする』」
「・……それは白薔薇姉妹のお惚気じゃないんですか?」
「あら、他にも肩こり、神経痛、身体の冷えにも効果があるとか」
「乃梨子ちゃんは通販の健康グッズか何かですか!」
「まあ、これは序の口ね」
 というか序にもなっていない気がするんですけど。
「つぎは聞いて驚くわよ?」
「はあ、どうぞ続けてください」
 これは試練。
 真美は思った。
 これは安穏な来年を迎えるための試練なんだわ。耐えるのよ、真美。
「なんと、彼女が素性の知れない謎の大学生の身分を言い当てたという情報が!」
「……えー」
「なによその気の抜けた反応」
 すみません。これが精一杯なんです。
 と、お姉さまのために驚いて見せようと努力した真美は心の中で謝った。
「まあ、いいわ。それもここまでよ。次はなんと彼女が同時に教室と薔薇の館の両方に居たと言う――」
「お姉さま、それってどちらかと言うと学校の怪談では?」
「……なんだ。知ってたのね?」
「座敷わらしの噂なら結構前からありましたよ? 出所は知りませんけど」
 なんの前提も無く座敷わらし=乃梨子ちゃんという公式が成り立ってるのは彼女に対していささか失礼ではあるが、このとき真美はお姉さまの相手に精一杯でそこまで気が回らなかったのだ。
 それはともかく、噂話と言うものは時々本当に荒唐無稽な話がまことしやかに語られるものだ。
 校舎に棲みつく座敷わらしの話や、夜な夜な動き回る理科室の標本、夜中に悲しげな曲を奏でる音楽室のピアノ等。
 何処の学校でも定番の怪談話はこのリリアンにもあった。
「そうなのよ。でもね、その怪談の発端が乃梨子ちゃんの超能力だったと考えたらどうかしら?」
「どうかしらって……」
 自由な発想も程々にしてください。
 二の句がつげない真美は心の中で嘆いた。
「ほら、骨格標本が一晩経つと移動してるとか、音楽室の肖像画の目が動くとかって乃梨子ちゃんのPK能力で説明がつくじゃない」
「いや、そんなこといったら誰だって良いじゃないですか。乃梨子ちゃんに限る理由がわかりません」
「あら、そうかしら?」
「それに、13階段の話とかはどうするんですか?」
 階段の段数が変わるってあれだ。
「それは催眠術で数える人を」
「それは超能力じゃないじゃないですか! もうわけわかりませんよ!」
 ダンっとカフェオレの紙パックが飛び上がるほどテーブルを叩いて真美は思わず立ち上がっていた。
 そのとき、真美は視線を感じ、ミルクホールの入り口のほうに振り返った。
「えっと、真美さま……」
「と、三奈子さま?」
 そこで目を丸くしてこちらを見ていたのは、まさに話題の人、二条乃梨子ちゃんと彼女のクラスメイトで乃梨子ちゃんに負けず劣らず話題の多い、松平瞳子ちゃんであった。

 お姉さまは二人に休憩ならご一緒しましょうと手招きをし、彼女たちはしぶしぶながら、という感じで真美たちと同じテーブルについた。
 真美の代になってからはそうでもないが、お姉さまが編集長の頃、山百合会とは色々あった。だから彼女たちが警戒するのは無理もない。
「なんの話をされていたのですか? ずいぶんとエキサイトされていたようですけど?」
 瞳子ちゃんがそう聞いてきた。
 なるほど報道関係者に色々聞かれるのは警戒するが逆に聞くのなら大丈夫って訳だ。
「いえね、ちょうど白薔薇のつぼみのことを話していたのよ」
「はぁ? 私ですか?」
 お姉さまの言葉が意外だったのか、乃梨子ちゃんは声のキーが八度くらい上がっている。
「そうだわ。この際だから聞いちゃおうかな」
「お姉さま、こんな与太話に白薔薇のつぼみを巻き込まないでください」
 思わず真美はそう突っ込みを入れた。
「あなた、仮にも私の妹なんだから、お姉さまのまじめな話を与太話だなんて言うものではないわ」
「判りました、でもお姉さまの『まじめな与太話』はまだ本人に確認するほどの物ではありませんからもっと確かな情報を掴んでからにしてください」
「……まだ言うのね」
 不満そうなお姉さま。
 真美としては、あんな人格まで疑われそうな話は内輪だけにしてもらいたいのだ。
「でもわかったわ。真美の言うことも一理あるから、もう少し地道に調査をするわ」
「そうです、そうしてください」
 引きさがったお姉さまにほっとする真美だが。
「あの……」
「結局、何の話だったんですか?」
 疑心暗鬼な乃梨子ちゃんに困惑気味の瞳子ちゃん。
 そりゃ、自分の名前が上がったとなれば気になるだろう。
 ここは適当に誤魔化して……。
「実はね、乃梨子ちゃんがエスパーじゃないかって話をしていたのよ」
 ごん。
 真美は突っ伏した。
「あら、真美。何で寝ているの?」
「お、」
「お?」
「おねーさまっ!!」
 がばっ、と起き上がり、真美はそう叫びながらまた立ち上がった。
「おおっ!?」
「どーしてお姉さまはそうして身内の恥を外部にさらしますかっ!!」
「あら、恥だなんて心外だわ。私の何処が恥なのよ?」
 あなたはそんな私の妹になったのよ? とお姉さま。
「それは、お姉さまの周りのことを省みない行動力とか、部員の何人たりともついていけない奇抜は発想とかは時々は尊敬してますけど!」
「なんか誉められてる気がしないんだけど……」

 まあまあと、何故か瞳子ちゃんと乃梨子ちゃんが真美をなだめる役回りをした。
 たしかに突っ込み役の真美がテンパってたら彼女らが動くしかないのかもしれないけど。
 結果的に真美が身内の恥を晒した格好になってしまって、真美はずーんと落ち込んでいた。

「でも、流石は三奈子さまですわ」
 瞳子ちゃんが言った。
「ちょっと瞳子何の話?」
 乃梨子ちゃんの表情は訝しげだ。
「あら、どういうことかしら?」
 って、お姉さまの目がまたとんでもないことを言い出す時みたいに輝きだしてる?
「さっきの話のことですわ」
「さっきのというと?」
 ヤバイ。
 この二人、何気にノリが合ってるよ。
「乃梨子さんの事を見抜いたのは私に続いて三奈子さまが二人目ということですわ」
 キラーンと瞳子ちゃんの目が光ったように見えたのは錯覚だろうか。
「ちょっと瞳子?」
「まあ、ここは私にお任せください」
 どうやら瞳子ちゃん、さっきのお姉さまの話の件でお姉さまと交渉するつもりらしい。
 乃梨子ちゃんはそんな瞳子ちゃんに黙ってうなずいた。
 ちょっと信頼しきれないって感じだけど話を見守ることにしたようだ。
 真美もまあ『お手並み拝見』といったところ。演劇部の彼女はなかなか食えない性格だから、お姉さまとどう交渉するのか興味があった。

「三奈子さま、これはここだけの話に留めて欲しいのですけど」
 瞳子ちゃんはそう切り出した。
「あら、それは私の所属する部活を知ってていってるのかしら?」
「だからこそです」
「……つまり情報提供と引き換えに条件を出そうと?」
「さすが三奈子さま、話が早いですわ」
 そして瞳子ちゃんはそのトレードマークとも言えるたてロールをぽよんと揺らしてお姉さまに近づき、顔を寄せて言った。
「・……大きい声ではいえませんが」
 ごくっ、とお姉さまの喉が鳴った。
 思わず乃梨子ちゃんといっしょに真美も身を乗り出して聞き入る中、瞳子ちゃんは言った。

「乃梨子さんは本当にエスパーなのですわ」

「・…やっぱり」
「ちょ、瞳子!?」
 それを聞いて乃梨子ちゃんは慌てていたけど、真美は額に手をやりため息をついた。
 そして心の中でつぶやいた。


 『おまえもか』


【950】 (記事削除)  (削除済 2005-12-08 22:16:00)


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