【1051】 知られたくないしたい事と出来る事  (沙貴 2006-01-25 22:40:46)


「チケット余っている?」

 薔薇の館で乃梨子さんから唐突に告げられたそんな言葉に、可南子は内心とても驚いた事を覚えている。
 でもそれは乃梨子さんがいきなり声を掛けてきたことに驚いたのでも、告げられた言葉が意外過ぎたことに驚いたのでもない。
 考えないようにしていた”余っているチケット”を急に思い出させられたこととに驚いて。
 そして予想以上に驚いた自分に対して、もう一度驚いたのだ。
 可南子は自分でも気付かないうちに、チケットに対して随分なタブー意識を持ってしまっていたらしい。
 
「余っているわよ」
 返した口調に不審な点は無かっただろうか?
 このシーンを思い出す時、可南子はいつもそれが不安になる。
 あの場所には可南子と乃梨子さんだけではなくて祐巳さまが居られたし、花寺の男達も居たから。
 
 チケットが余っていること自体は別に大した事ではない。
 とは言え、プレミアチケットであるリリアン女学園学園祭の入場チケットが手元に余っていると言うことは、余り誇らしいことでないのは確かだろう。
 核家族の多い昨今だけど、構成家族が父、母、娘だけという三人家庭は結構少ない。
 兄弟が居たりすればその分枚数が追加で必要だし、近所付きあいでチケットが流出することも珍しくは無い。近所に親戚が住んでいれば更に必要になる。
 それでもチケットが余るということは、本人・家庭共に人付き合いが少ないという意味に他ならないからだ。
 事実だけれど、余りみっとも良いものではない。つまり、弱みだ。
 祐巳さまにも男達にも決して見せるわけにはいかない。
 
「何枚欲しいの?」
「な、何枚あるの?」
 続けた言葉に乃梨子さんが珍しく狼狽した。
 ある程度は自覚があったが、余程インパクトのある台詞だったのだろう。一枚余っているだけでも稀有なチケット、それを複数枚ちらつかせた訳だから無理も無い。
 しかしお陰で自分から意識を遠ざけることも出来た筈だ。
 ほっとして可南子は。
「二枚……待って」
 自分でも思い掛けない数を口にしてしまっていた。
 
 
 一人の生徒に配られるチケットは五枚、だから可南子が呼べる相手は五人だけ。
 でも本当は、そんなに要らない。呼ぶ相手はそんなに居ない。寂しいことかも知れないけれど。
 一枚は勿論母だ。娘の学園祭に割ける時間があるかどうかは甚だ疑問だけれど、来て欲しいと素直に思うし、一つ屋根の下で暮らす唯一の家族だ。渡さないなんてことはそもそも選択肢に上らない。
 
 一枚は――父だった。チケットの渡し相手として咄嗟に換算したのは、父だった。
 家でゴロゴロしていた父。
 時々思い出したように、近所の学校へバスケのコーチをしに出かけていた父。
 母と良く喧嘩をしていた父。
 では、無くて。
 子供のように顔を輝かせて、バスケットボールを追っていた父。
 試合で苦戦する可南子達へげきを飛ばす父。
 物凄く簡単そうに、けれどとても綺麗にスリーポイントシュートを決めてみせた父。
 そんな在りし日の、可南子の知る世界中の誰よりも格好良かった父だった。
 
『はいこれ』
『ん、なんだいこれ。肩叩き券にしては時期外れだぞ』
『何が哀しくてこの歳で肩叩き券なんてあげなきゃいけないの。学園祭のチケットよ、リリアンにはこれが無いと入れないの』
『おお、そうなのか。ありがとう、楽しみにしているよ。考えてみればお父さん、可南子の制服姿も余り見たことがないしな――』
 
 なんて。
 馬鹿馬鹿しすぎて泣けてくる、そんな幻想染みた会話が真っ白な背景で可南子の脳裏を通り過ぎた。
 有り得ない妄想だ。
 幼稚な願望だ。
 
 そしてもう一枚は、夕子先輩。通い始めた高校の学園祭チケットを、中学校の頃の先輩に渡す。大好きな先輩に渡す。
 それはとても自然なことだ。渡せるものなら渡したい。
 二歳離れた可南子を良く可愛がってくれたし、何よりバスケを教えてくれた。
 可南子がバスケにはまった理由は、父よりもすぐ傍でプレーしていた夕子先輩の存在がやっぱり大きい。
 夕子先輩のようになりたい。
 クールで、スマートで、格好良くなりたい。
 そんな単純な羨望が、可南子の根底にはある。

 ……あった、だろうか。
 今でもその思いに陰りはない。夕子先輩は憧れの先輩だ。大好きな先輩だ。自信を持って可南子は断言できる。
 でもきっと、それを口にしてはいけない。
 そんな資格は可南子にない。
 憧れている、とか。大好きだと。
 言ってはいけないのだ――その夕子先輩を酷く酷く傷つけた男を父に持ってしまっているから。
 だからチケットは渡せない。その前に立つことすら、許されない。
 
『夕子先輩、これどうぞ』
『あ、学園祭の入場チケットね。良かったー、くれなかったらどうしようかと思っていたの』
『あげるに決まっているじゃないですか。必ず来てくださいね、私、生徒会の劇に出ていますから』
『生徒会……山百合会、だっけ? うん、絶対観に行く。約束ね』

 だから。
 こんな会話は成立しないのだ。
 本来なら高い確率でありえただろうこの二人の逢瀬は、儚い夢想として可南子の中に生まれて消えた。
 消えてしまった。
 
 消えてしまった、のだ。
 
 
「四枚までなら良いわよ」
 ずらっと並んだ四枚のチケットを扇状に広げて眺める乃梨子さんをどこか呆然と見ながら、可南子は小さく息を吐いた。
 

 〜 〜 〜


 学園祭の日は迫ってくる。
 チケットを渡すにしても父らと直接顔を付き合わせて手渡しと言うことはありえないから、郵送になるだろう。
 とすると、タイム・リミットは学園祭当日よりも二日ほど早くなる。
 送るならそれまでに封筒と切手を用意して、流石にチケットだけを渡すわけにもいかないから手紙を書かなければならない。
 送ろうと思ってその瞬間に任務完了出来るほど簡単なことではないのだ。

 にも拘らず、可南子は未だ迷っていた。
 手元に残った三枚のチケットのうち、既に母へ渡した一枚を除いた残りの二枚は今尚鞄の中で眠っている。
 送るなら送るで早く送らなければならないし、送らないなら送らないで未練がましく持ち歩かずさっさと破り捨てれば良い。
 そんなことは誰よりも可南子本人が判っているが、それが出来ないからこそ細川可南子なのである。
 クールを装っていても、何につけてもいざ切り捨てるときに躊躇してしまう。
 花寺学園祭近辺でのイベントを経てもまだ直らないその習性は、ほとほと可南子の根幹にあるのだと痛感する。

「祐巳さまのこともそうだしね」
 薔薇の館での合同練習を終え、一人帰る銀杏並木。
 自虐的にそう呟くと、”祐巳さま”の単語が静かに胸を打った。
 冬の到来を予感させる冷たい風が、俯いた可南子の前髪を揺らす。
 こつこつと煉瓦畳を叩くローファーの音が、漏らした可南子の独り言を掻き消した。

 祐巳さま。
 年下の子に鬱陶しがられることを承知でそれでも「このままにはしたくない」と張り切って奔走する無邪気さは相変わらず。
 男密度の多い現在の薔薇の館でどうにか可南子が立ち位置を確保できているのは、可南子が男嫌いだということを良く知っている祐巳さまの細かい配慮のお陰だ。
 でもそれを単純に喜んで受け入れられる程可南子は素直ではない。
 また、人の少ない場所を好んできた性根は今更直せない。正直今の薔薇の館は息が詰まる。
 
 でも。
「可南子ちゃーん! 待ってー!」
 幾ら放課後の遅い時間帯とは言え、人目を憚らずに大声で名前を呼ぶ。
 そんな祐巳さまの無垢――能天気さが心地よいと感じていることも事実なのだ。
 そしてその傍に用意してもらった居心地の良い場所も好きだ。
 心から。

「祐巳さま」
 振り返って、可南子は軽く頭を下げた。
 手痛く傷つけられて。手酷く傷つけて。
 本当なら向き合うことも許されないはずの祐巳さまとの、縁。
 それを結局切り捨てるどころか手紙と一緒に強く握り締めてしまっている可南子は、だから、細川可南子なんだろう。
 
 
 紅薔薇のつぼみらしからず、プリーツを翻して駆けてきた祐巳さまは可南子の前で立ち止まって膝に手を付き、ぜぇぜぇはぁはぁとこれまた淑女らしからず荒れた息を吐き出した。
「よ、良かった……間に合ったよ」
 マラソンを終えたばかりのように背中を丸めて肩で息をする祐巳さま。本当に全力疾走してきたらしい。
 背中を摩って差し上げようかと思って伸ばした手が、しかしピタリと空中で静止する。
 拳一つ分の隙間が、何故だか埋められなかった。
「ん、何?」
 影が落ちたことに気付いたのか、元々ある身長差も合間って完全に下から見上げる祐巳さまの視線に疑問が乗る。
 可南子は視線を彷徨わせながらも「いえ、その、落ち葉が」とか何とか言って、祐巳さまの肩辺りを払う振りをした。
 その時でもやはり触れられない。
 ついさっきまで昔を思い出していたから、祐巳さまに引け目を感じているのか。
「ありがとう」
 祐巳さまはそんなことなど(当たり前だけれど)露知らず、にっこり笑って無防備なお礼を言う。
 熱くなる頬を自覚しながら、可南子は何とか目を逸らすことに成功した。

 祐巳さまがそこまでして可南子を追ってきたのは、何のことはない。
 要約すれば、祥子さまが瞳子さんに取られてしまったから一緒に帰ろう、というものだった。
「それに、可南子ちゃんと一緒に帰ることなんて殆ど無かったしね」
 何の気ない祐巳さまのそんな言い訳は、ぐさりと刺さる言葉のナイフ。
 可南子は今まで何度も祐巳さまと一緒に帰っているし、そのことを祐巳さまもご存知のはずだ。
 皮肉としては最上級だが――本当は皮肉でもなんでもない。
 並木道をすり抜ける木枯らしのように冷え切った可南子の性根が曲解しているだけ。
「でもそれは祐巳さまがいつも紅薔薇さまとご一緒するからでしょう? 私とだけじゃなくて、瞳子さんとも乃梨子さんともご一緒されている場面は余りお見受けしませんけれど」
 だからここは言葉通り受け取っておけば良い。
 祐巳さまの発言の裏を読んでも馬鹿を見るのは本人だけだから。

「あはは、それは酷いよ。それじゃ私いつもお姉さまと一緒に居るみたいじゃない」
「え、違うんですか?」
「うわっ、真顔で聞いたよ! 可南子ちゃん、それはないよー」
 ころころ表情を変える祐巳さまは、誰かさんと同じくオーバーアクション。
 そして誰かさんと決定的に違うのは、表面化している感情が演技ではなく本音であるということだ。


 誰かの隣を歩く時、背の高い可南子は基本的に歩幅の関係上少し歩みを緩めなければならない。
 そしてその中でも祐巳さまはかなり速度を落とさなければならない相手だった。
 足の長さがどうこうと言うより、祐巳さまがゆっくり歩く方だから。
 生き急いでいるつもりは無いけれど、可南子はこういう場合に自分の歩行速度は人より速いのだと強く感じる。
 それはきっと道端に落ちている色んなものを見逃してしまう、勿体無い歩き方なんだろう。
 そう考えると、祐巳さまの歩き方は人として本当に好ましいものだと思う。

「学園祭の時、劇以外の間って可南子ちゃんは何をやっているの?」
 時期が時期故に、やはり話題は学園祭のことが多くなる。
 並木道を歩きながらぽつぽつ交換する言葉から「劇」「学園祭」に関連するものを引っこ抜けば、会話は半分くらいに減ってしまうのではないだろうか。
 でもそれは逆に、色んな人が同じ事柄に関して考えて、会話して、思いを馳せているということだから。
 悪いことではない。きっと。
「クラスの出し物があります。とは言っても展示会ですが……その分暇な時間が長いですね」
「あ、それじゃあ」
 ぴん! と祐巳さまの頭の上で電球が光った気がした。
 苦笑して可南子はそっとその電源スイッチをOFFにする。
「すみません、言い方が悪かったですね。暇な拘束時間が長いんです。元々余り見て回るつもりは無かったから、結構な時間を当番で引き受けてしまって」
 そっかー……そっかー、とエコーすら聞こえてきそうに気落ちした声で相槌を打ってくれた祐巳さま。
 先手を取ったのが拙かったのか、可南子は必要以上に声量を上げてフォローを入れた。
「私達のクラスでももう姉妹になっている人は多いですから。折角のイベントを詰まらない仕事で潰させたくはないですしね」
 勿論それは建前で、見て回る気も無ければ見て回る相手もいないから、と言うのが味気ない本音だったりするが、それは今言わなくて良いことだ。
 
「でもそれだと可南子ちゃんが詰まらないでしょう? 折角のイベントは、うん、やっぱり無理してでも楽しむべきだよ」
 祐巳さまはめげなかった。
 可南子のことを気に掛けてくれることは嬉しいのだが、紅薔薇のつぼみである祐巳さまこそ多忙な一日になることは間違いない。
 イベントは無理をしてでも楽しむべき、を否定する気は可南子に無いが、限界と言うものもある。
 それに何より。
「祐巳さまも、学園祭は紅薔薇さまと回りたいと思うのですけれど?」
「う」
 誰かが嫌な思いをして誰かが楽しむのは筋違いだと、可南子は思う。
 祐巳さまが可南子に構ってくれるなら可南子は確かに嬉しいし学園祭がもっと楽しくなるだろうけれど、祐巳さまの学園祭はかなり楽しくなくなる筈だ。
 何と言っても祥子さまと回れる最後の学園祭。可南子だけではない、祐巳さまファンへのサービスも考えれば時間なんて分単位のスケジュールになるだろう。
 
 それはいけない。
 もし可南子に姉妹がいるなら話は別だが、現在可南子には姉も妹も居ないし、当面できる予定も作るつもりもない。
 暇な仕事は暇人がやればいい。
 これは献身ではなくて、適材適所というやつだ。
 人が出来ることは、その人それぞれに決まっているのだと思う。
 
「私の分まで楽しんでください。そうすれば、私が受け付けで潰す時間も報われます」
 駄目押し、と言わんばかりに可南子はそう締めくくった。
 ここまで言えばお人好しの祐巳さまと言えど引いてくれるだろう。そう思った。
 皆が皆無条件で幸せになればそれは素晴らしいことだけど、それは無い。
 それは、無いのだ。
「でも――」
 そう言って祐巳さまは視線を落とした。
 
 違う。
 祐巳さまは見た。可南子の鞄を。
 それは最近になって感じるようになった祐巳さまの視線。
 始めは意味が判らなくて気味が悪かったけれど、今でははっきりと判っている。
 祐巳さまは、あの時から薔薇の館で乃梨子さんから「チケットある?」と聞かれた時から時折可南子の鞄を見るようになった。
 何故なら、その中にチケットが入っているから。
 父と夕子先輩に渡そうとしてまだ渡せないで居る、二枚のチケットが入っているから。
 祐巳さまは何故か。けれど確信を持って。それを知っているから。

 風が吹く。
 刺すような斜陽が頬を焼く。
 祐巳さまの優しさが胸に染みる。
 祐巳さまの無邪気さが胸を抉る。
 走馬灯のようにして先程までの会話が脳裏を駆け巡った。
 飽き足らず、乃梨子さんとチケットを挟んで会話した、あの時まで時間が戻る。ばれないように(しているつもりだろう)こちらをちらちら見ていた祐巳さまが視界の端で揺らめく。
 祐巳さま。
 それは祐巳さま、なんて残酷な――

「うん、そうだね」
 と。
 暗い感情に取り付かれそうになった丁度その時、祐巳さまは言った。
 顔を上げて、目を細めてにっこり笑って。
「うん、そうするよ。私、目一杯楽しむ。可南子ちゃんの分まで、お姉さまと、由乃さんと、志摩子さんと」
 急激なテンションの切り替えについていけない可南子の手をぎゅっと握った。
 冷風に吹かされたその手は氷のように冷たかったけれど、きっと可南子も似たような体温だ。
 それ以上に肌の滑らかさに可南子はどきりとした。

「ごめんね、ヘンなこと言っちゃったね。ごめんね、力になれなくて。でも任せて、可南子ちゃん。私馬鹿だから、遊んで楽しむことだけは得意だから。可南子ちゃんのお陰なんだって思いながら目一杯お姉さまに甘えてくる」
 ちょっと早口でそういった祐巳さまの言葉の中に気になる箇所が一つだけあったけれど。
 でもそこは突っ込んではいけない部分なのだろう。
 だから可南子としては、その手を握り返して言えば良いのだ。
「はい。是非に」
 それだけ。
 でも、心からの本音を。


 〜 〜 〜
 
 
「ちょっと瞳子張り切りすぎだよね」
 本番最後の舞台練習、舞台袖で待機している可南子に乃梨子さんは苦笑して言った。
 可南子は「本当に」と頷きはしたものの、現在目の前で行われている過剰に元気な瞳子さんの演技は本当に凄くて目が離せない。
 気には食わない相手でもやはりここは本業、付け焼刃の可南子や祐巳さまとは次元が違う。
 大仰な身振り手振りに完璧な滑舌、舞台中央を挟んで反対側に居る可南子ですら引き込む指先の演技力。
 まるで瞳子さんの周りだけ時間の流れが異なっているように、古めかしいリリアンの制服こそ真新しく思えた。
 心の中で賞賛する。
 勿論、心の中でだけだけど。
 
 瞳子さんは、演劇部内での悶着により面倒な事態に発展しかけた時期があった。
 祐巳さまのおせっかいによって事無きを得たということは乃梨子さんから聞き及んでいるけれど、その場を実際に目にした訳では無いので仔細は判らない。
 気にならないといえば嘘になるだろう。
 (元々は瞳子さんを解雇する為の)説得に向かった祐巳さまと瞳子さんの会話。
 立ち聞きに行った祥子さまや由乃さまとは違い、志摩子さまにやんわりと足止めされて可南子と乃梨子さんは聞けていない。
 言い換えれば、その三人だけ聞けていないのだ。
 何をどう間違えれば解雇勧告が瞳子さんの奮起に繋がるのか、想像の範疇を超えている。
 気になる。気になるとも。
 とは言え祐巳さまと瞳子さんのどちらが気になるのかは、また別の難しい問題だ。
 
「でも元気になって良かったよ」
「うるさいだけだわ。舞台で大きな声は良いけれど、薔薇の館でもキャンキャン吼えるのだもの」
「それが良いんじゃない」
 演技を見ながらいつものように皮肉だか悪態だかを吐いて会話を流そうとしていた可南子は、けれど意外な乃梨子さんの肯定に驚いた。
 振り返ると、舞台袖の暗い照明でもはっきりと判るくらいに意地悪く笑って乃梨子さんは言う。
「私は正直、静かで無口な瞳子は見たくないな」
 想像して。
 可南子はくっと笑った。
「それは……確かに近付けないわね」
 
 薔薇の館で静かに文庫本を読んでいる瞳子さん。目は良い筈だが、ここは敢えて縁なし眼鏡をプラス。
 或いは、暗い背景の片隅で縦線を背負って、俯いて、地面に”の”の字を書いている瞳子さん。
 近付けない。近付きたくない。
 例え髪型が時代錯誤なまでに稀少なアレでも、それは瞳子さんではない。
 瞳子さんの格好をした別のナニカだ。
 
「だからうるさいくらいが瞳子なんだって」
 時々思うが、そう言って笑う乃梨子さんは痛快だ。
 その痛快さは純粋な好意の象徴、乃梨子さんは美幸さんや敦子さんに対してこんな物言いをしない。
 きっと、可南子に対しても。
「容赦ないのね」
「私はそんなだから」
 そして乃梨子さんはにししとシニカルに笑う。冷笑、しかも愛あるそれが似合う人だ。
 嘲笑、しかも自嘲の似合う自分とは大違い。
「……終わったようね」
 可南子は、舞台から袖にはける瞳子さんの背中を見ながらそう言って会話を切った。
 
 
 けれど中々どうして、瞳子さんは本当に気の抜けない人で。
「ね、祥子さま? 優お兄様に学園祭のチケット渡された?」
 何て一言から始まった会話であっさりと可南子の心を掻き乱してくれた。
 でも勿論それは可南子に対するあてつけでも何でもなくて、勝手に可南子が右往左往しているだけだ。
 
「チケット? ええ、一応ね」
 台本から顔を上げ優雅に頷いてそう仰った祥子さまに、瞳子さんは「うーん」と可愛らしく小首を傾げて顎に指を当てる。
「じゃあ私が差し上げたらチケットが二重になってしまいますわね」
 別段困った風も無く困った様子を装えるジェスチャーに嘆息。
 基本的にオーバーアクションの瞳子さんは表現したい感情は駄々漏れだが、実際の感情が読めないので閉口する。
 今だって困っていると主張しているものの、実際に困っているかどうかは判らない。余り困っていないような気がするが確証はない。
 
 渡すべきか、渡さざるべきか。
 どういう偶然か、それは現在可南子が頭を悩ませている問題と全くの同一だ。
 とは言え中身は全く異なって、瞳子さん的には渡したいけれど渡さない方が良いのかも知れない、という悩み。
 可南子的には渡したいかどうかも判らないので余ったままのチケットを持て余している、と言う悩み。
 並べてみるとずいぶんと格差のあることだと思う。
 
 可南子は咄嗟に、瞳子さんに渡さないで欲しいと思った。
 理由は特にない。だからこそ咄嗟なのだ。
 
「あら、構わないのではなくて?」
 けれど、祥子さまはそれを否定する。
「実際に使うのは一枚でも、優さんに来て欲しいという瞳子ちゃんの気持ちは伝わるわ」
 祥子さまの言葉はずしりと可南子の胸を直撃した。
 
 渡すことに意義がある。それは全くもっての正論だ。
 仕事の忙しい母に渡すチケットの半分くらいはその意味に当たる。
 私はあなたに来て欲しいと思っています、と言う自己主張。
 来て下さい、と言うお願い。
 それがチケットを渡すと言うことの隠された意味だろう。

 来て欲しいなら渡せば良い。
 そうか。そうなのだ。
 チケットを渡したいか渡したくないかではない。
「来て欲しいか、来て欲しくないか」
 その二択だ。

 呟いた可南子の言葉は瞳子さんの「そうね。そうしますぅ」と言う大声で掻き消され、この時ばかりはうるさいばかりのその声に可南子は感謝したのだった。


 〜 〜 〜


 学園祭当日。
 家を出る時、可南子は一つの封筒を手にしていた。中身は勿論学園祭のチケット二枚と、二人に宛てた手紙だ。
 大したことは書いていない。
 簡単な近況と、学園祭で劇に出ますと言う報告。そして、遅れてごめんなさいの一言だけ。
 とは言え、それを書く為にレポート用紙を何枚も無駄にしてしまったりはしたのだが。
 
「これでやっと、全部はけたのね」
 それを投函して、手元から完全にチケットが無くなったのを実感して。
 可南子はなんだか肩の荷が下りたような、ちょっと勿体無いような、微妙な感慨に息を漏らしたのだった。

 学園祭当日に送るのだから絶対に間に合わない。
 だから会うことは出来ない。
 でも、破り捨てることはやっぱり出来なかった。
 来て欲しくない、なんてやっぱり思えなかった。
 
 人が出来ることは、その人それぞれに決まっているのだと思う。
 可南子には父も夕子先輩も、そのどちらも学園祭に呼ぶことは”出来ないこと”だけど、チケットを送ることは”出来ること”なのだ。
 心の底から父を許せる日が来るとは思えない。
 でも心の底から父を嫌える日もまた、きっとやっては来ないだろう。
 夕子先輩に正面から頭を下げられる日も――遠い。
 だからこそ、見えない未来を憂いて立ち止まることは駄目なことだ。
 せめて、自分に出来ることをやろう。

 少なくとも、チケットを送ることで可南子の中で踏ん切りはついた。
 後は劇と展示会の受付を適度に頑張ればそれで良い。
 味気なくはあるけれど、少なくともそれで一年椿組の姉持ちは学園祭をより楽しめるのだし。
 約束を守ってくれるなら、祐巳さまも学園祭をより楽しんでくれる筈だから。
 
 それだけ出来れば、まぁ。
 今年の可南子の学園祭としては万々歳。
 そんな気がするのだ。


【1052】 九死に一生大パニック  (柊雅史 2006-01-25 23:53:39)



 ――事件は放課後の体育倉庫で起こった。


「……あれ?」
「いかがなさいましたか?」
 扉を開けに行った祐巳さまの声に、瞳子は跳び箱の横からひょいと顔を出して入り口を覗き見た。
「……なにをやっているのです?」
 ガタガタと扉を揺すっている祐巳さまのへっぴり腰を見て、瞳子は抱えていたゼッケンの山を床に置くと、扉と格闘している祐巳さまに近寄った。
「瞳子ちゃん……なんだか、この扉……固くて……っ」
 うんうんと顔を赤くして扉を引いている祐巳さまに、瞳子はちょっと呆れたようにため息を吐く。
「祐巳さま、最近運動不足ではありませんこと?」
「う……いや、だって寒いし」
「丸顔が一層丸くなっても知りませんわよ? どいて下さい、代わりますわ」
 力を入れて疲れたのか、手をぷらぷらと振っている祐巳さまを押しやって、瞳子は扉に手をかけた。レールの角度を確認し、変に乗り上げないように真っ直ぐに扉を引く。こういう扉を開くにはコツがいるのだ。祐巳さまのような不器用な方には少々荷が重かったようですわね――などと、次のセリフを考えていた瞳子だけれど、扉は僅かに動いたところでガキッと何かに引っかかって動きを止める。
「……むむ」
「瞳子ちゃんてば、運動不足?」
「……何かが引っかかっているのではありませんか?」
 珍しく皮肉を口にする祐巳さまは無視し、瞳子はレールの先を確認した。
「……別に何もないね」
「そうですわね……」
 祐巳さまとちょっと顔を見合わせて、瞳子はもう一度扉を引っ張ってみる。祐巳さまも逆側の扉――体育倉庫の扉は2枚の鉄扉が左右にスライドする扉だった――を引っ張ってみた。
 結果は同じ。どちらの扉も1センチとして動かずに、ガキッと音を立てて動きを止めてしまう。
「……考えてみれば」
 諦め悪く扉を引っ張っている祐巳さまに対して、早々に諦めた瞳子は、ここに来た時のことを思い出しながら言った。
「私たち、ここに入ってから扉を閉めましたでしょうか?」
「うーん、閉めてないと思うよ」
 祐巳さまがようやく諦めて手をぷらぷら振りながら答える。
「そうですわ。ゼッケンを取りに来ただけですし、すぐに終わるので扉は開けっぱなしだったはずですわ。ですが、今扉は閉まっています。これはどういうことでしょうか?」
「そりゃ、誰かが閉めたんじゃないの? 意外に手間取ったし、ゼッケン探し」
「ええ、どうやらそのようですわ」
「……?」
 頷く瞳子に祐巳さまはちょっと首を傾げ――それから、何かを思いついたように「あ!」と声を上げた。
「もしかして、その時に鍵も閉められたとか!?」
「恐らく、そうでしょう」
 ワンテンポ遅い祐巳さまの反応に、瞳子はちょっと呆れる。
「え、えええ? ちょっと、それって大変じゃない! 下手すると明日まで誰も来ないよ? 私たちがこんなところにいるなんて、お姉さまたちは知らないんだから」
 祐巳さまが焦ったように言い、わたわたと手を無意味に振り回す。
 瞳子と祐巳さまが今体育倉庫にいることは、確かに祥子さまや他の山百合会のメンバーの誰も知らない。たまたま早く薔薇の館に来た祐巳さまと瞳子が――瞳子は遊びに来ただけだけど――誰かが来るのを待っている時に、不意に祐巳さまが思い出したのである。
「そういえば明日体育でゼッケン使うんだった。今の内に出しておこうかな」
 思い立ったら吉日――というより、明日の朝にはきっと忘れてるという、いかにもな理由で、体育倉庫に向かおうとした祐巳さまに、瞳子は手伝いを申し出た。薔薇の館で一人で待ち続けるというのは、少々虚しいと思ったからだ。
 だから祐巳さまと瞳子の目的地が体育倉庫だということは、思い立った祐巳さまと同行者の瞳子しか知らない。しかし「明日まで誰も来ない」というのは、いくらなんでもあり得ないだろう。
「大丈夫ですわ、祐巳さま。鞄は薔薇の館に置いてきましたし、少なくとも祥子さまは先に帰ったりはしませんわ」
「あ、そうか。さすが瞳子ちゃん、冷静だねー」
 祐巳さまがポンと手を打って、感心したように言う。
「当然ですわ。どんな時でも冷静さを失わなければ、自ずと道は拓けるものですわ。それに、そんなに心配なさらなくても――」
「じゃあ、焦っても仕方ないし、二人でお喋りでもしながら、のんびり待とうか」
 にこっと笑みを向けて来た祐巳さまに、瞳子は言いかけた言葉を飲み込む。
 ついでに、制服のスカートに伸ばしかけた手を、ピタリと止めていた。
「……そ、そうですわね。ええ。誰かが探しに来てくれるまで、どうしようもありませんものね。ここは悠然と構え、焦らず冷静にお喋りでもしていましょう」
「そうだねー。あ、ところで瞳子ちゃん、さっき何か言いかけてなかった?」
「い、いいえ、別に何も。――あ、そうですわ、祐巳さま。立ちっ放しでは疲れますし、あそこのマットにでも腰を下ろしましょう」
「あ、そうだね。そうしよっか」
 瞳子の指し示すマットを見て、祐巳さまが頷く。床運動用のマットは少々汚れていたので、二人はそれぞれハンカチを敷いて腰を下ろすことにした。


「はぁー、でも瞳子ちゃんが一緒で良かった。一人だったら今頃大パニックだったよ」
 瞳子に軽く肩が触れるくらいの距離に腰を下ろし、祐巳さまがちょっと情けない声を漏らす。どうしてこう、この人はナチュラルにこちらが身構えたくなるような距離に近付いてくるのだろう。
「でも、こうして一緒に閉じ込められていなければ、今頃祐巳さまの帰りが遅いということで、探しに来ていたかも知れませんわ。そうしたら出れましたのに」
「んー、そうかもしれないけど。でもやっぱり、短い時間でも一人で取り残されるのはイヤだなぁ……絶対、こんな風に落ち着いていられなかっただろうし」
「まぁ、祐巳さまでしたらそうでしょうね」
「それにホラ、ちゃんと助けが来るって分かっていれば、なんだかちょっとドキドキしない? お姉さまたちには悪いけど、少し楽しいって言うか」
「ま、まぁ、それは確かに……」
「瞳子ちゃんとなら、お喋りしてれば楽しいしね」
「そ、そうですか……ま、まぁ、私も祐巳さまとでしたら、悪くありません」
「へ?」
「き、気を使わないで済みますもの。これが相手が令さまですと、何を話して良いのか、困るところでしたわ。ええ。別に祐巳さまだから良かったというわけではなく、ですわ」
「んー、確かに由乃さんとか乃梨子ちゃんとでも、楽しそうだよね。志摩子さんは……私もちょっと緊張するかもだけど。頼りにはなりそうだけどね」
 うんうん、と頷く祐巳さまに軽く嘆息して、瞳子は話題を変えることにした。
「ところで祐巳さま、先日乃梨子さんがですね――」


 クラスの出来事や最近見たテレビのことなど、適当なことでも楽しく話していれば時間はあっと言う間に過ぎるものだ。
 ピピッ、と瞳子の腕時計が音を立て、6時を告げた。
「――6時ですわ」
 祐巳さまが視線で問い掛けてくるのに、瞳子は答える。
「もう6時かー。えーと、私たちがここに来たのって、何時くらいだろう?」
「多分、4時過ぎじゃないでしょうか。正確には分かりませんけど、薔薇の館にもしばらくいましたし」
「じゃあ、もう2時間も経ったんだ。あっという間だったけど、そろそろお姉さまたちも心配してるかなぁ……」
 祐巳さまがちょっと憂鬱そうな表情になる。話している間は純粋に楽しかったのだけれど、どうも時間を告げる腕時計の音が、祐巳さまを現実に戻してしまったらしい。
 不安そうな祐巳さまの横顔に、瞳子の胸がちくちくと痛くなる。そういえば、最初に比べて祐巳さまが随分と瞳子に接近して、ピッタリ密着してくることを、素直によろこ――いやいや、何でもないことだと無視していたけれど、徐々に祐巳さまも不安になっていたのかもしれない。
(……そうですわ。いくら単純な祐巳さまでも、助けが来るはずだからと言って、完全に冷静になれるハズがありませんわよね……)
 瞳子はちょっと後悔する。らしくなく、先輩として気にしない素振りを演じていた祐巳さまに、瞳子はすっかり騙されてしまったらしい。
 反省して、瞳子はよし、と決心した。当初のセリフとは違うセリフを思い浮かべ、思い切って口を開く。
「あ、あの! 祐巳さま――!」

 ぷるるるる……ぷるるるる……

 瞳子が正に口を開いたその瞬間。
 いきなり電子音が辺りに鳴り響き、瞳子と祐巳さまは動きを止める。
「……」
「……」
 思わず互いに顔を凝視し合い、それから祐巳さまがゆっくりと瞳子のスカートのポケット辺りに視線を落とす。
「えーと……瞳子ちゃん?」
「は、はい……?」
「電話、鳴ってるよ……?」




「それにしても瞳子ちゃんってば、たま〜に凄く抜けてるんだから。まさか携帯電話持ってたことを忘れるなんて……あはははは!」
 鞄はあれども中々戻らない瞳子と祐巳さまに、心配して電話をかけて来た乃梨子さんと祥子さまに救出され、薔薇の館で紅茶を飲みながら祐巳さまが物凄く嬉しそうに笑っていた。
「し、仕方ないではありませんか。最近、購入したばかりなのですわ!」
「だからって、そんなシチュエーションで携帯の存在を忘れるぅ? 前代未聞の事件だわ! 瞳子ちゃん、ナイスよ!」
 抗議する瞳子に、由乃さまがバシバシと机を叩きながら笑っている。体育倉庫に閉じ込められた上、簡単に助けを呼べる携帯電話の存在を忘れていた瞳子は、余程祐巳さまと由乃さまの笑いのツボを刺激したらしい。
「さ、祥子さまぁ〜。祐巳さまと由乃さまが酷いですわ! 瞳子だって怖い思いをしたのに、それをあんな風に笑うんですぅ!」
「そ、そうね。大変だったわね、瞳子ちゃ……」
 助けを求めた瞳子を、祥子さまが真顔で慰めながらも、最後の最後で奇妙に顔を歪ませて、慌ててそっぽを向く。
 ふるふると肩が震えているのは――まさか、祥子さまに限って笑いを堪えている、なんてことはないと瞳子は信じたかった。
「まぁまぁ、良かったじゃない、笑い話で済んで」
「そうね。乃梨子が番号を知らなかったら、大変だったわ」
「黄薔薇さま、白薔薇さま……」
 多少顔が緩みつつも、無事を喜んでくれる二人に、瞳子はちょっと感動し――そこで、ジーッと瞳子を見詰めている視線に気付く。
 他でもない、電話をしてくれた乃梨子さんだった。
「の、乃梨子さん、何か……?」
「自業自得」
「う……っ!」
 ぽつりと小さく呟き、呆れ返った視線を投げかけてくる乃梨子さんに、瞳子は気まずげに視線を逸らす。


 乃梨子さん、あなたが勘の鋭い方だというのは、重々承知しておりますので。
 どうか真相は、そっと心の裡に収めておいてくださいませ……。



【1053】 (記事削除)  (削除済 2006-01-26 01:25:59)


※この記事は削除されました。


【1054】 生と死の境超・タヌキどこへ向かってゆく  (計架 2006-01-26 12:28:40)


「・・・まいったなぁ」


私は、やけにゆっくりと目の前に迫るモノクロの炎を見ながらつぶやく。

炎・・・といっても単純な火事なんかじゃない。

・・・いや、火事と言えば、火事なんだけども。

唯ここが、地上にはえている建物なんかじゃなくて、地上から3000mも離れた旅客機の中と言うのが問題だった。


「流石に今回は・・・無理かな・・・」


私の人生は、決して平坦な物ではなかった。

そもそも波乱万丈になった切っ掛けは、高校一年の時のアレだろうか?

古風・・・といえば聞こえはいいものの、周囲から見れば唯時代遅れなだけだろう・・・な校風のリリアン女学院。

その高等部の1年の時、私は彼女とであった。

私のお姉さま、小笠原祥子さまと。

唯の平凡な一学生でしかなかった、それも、特技も何も無く、平均点だけが売りだった私が・・・世界でも有数の小笠原財閥との関係を持った切欠。

今では財閥お抱えのカウンセラーなんかやってるんだから。

まぁ、そんなこんなで私の生活は一変した。

一生徒だった私が、薔薇様と呼ばれる生徒会長となり、何の注目もされていなかった自分が、一躍学園中の有名人となり・・・うぬぼれ出なければ、それなりに認められていたと思う。

卒業後、私は大学部へは進まず、カウンセラーへの道を選んだ。

その理由は単純だ。

高等部で、私は悩んでばかりだった。

自分に自信が無く、紅薔薇様とよばれる事が分不相応に感じ、一時期、それから逃げ出しそうにもなった。

そんな時支えてくれたのが同じ薔薇様の由乃さんと志摩子さん。

先代黄薔薇様の令さま。

先々代の薔薇様、聖さまと江利子さま、蓉子さま。

私の妹になった瞳子。

そして、お姉さま・・・

いろいろな人に支えられた。

いろいろな人に助けてもらった。

だから、私も誰かを支えられる人間になりたかった。

皆私の決めた道を祝福してくれた。

私も自分が間違った道を進んできたとは思わないし、思えない。

そして、思う必要もないと思う。

人の気持ちはどんな難解な書類よりも難しい。

その気持ちに長い間関わってこられた自分の人生を、否定する事なんてできない。


「・・・って、何だこの遺書じみた思考は?」


いや、まぁ、こんな状況だから、生き残るのは絶望的だとわかってる。

でも、余裕あるな私・・・

聞こえないけど、周りを見れば恐怖で顔を引きつらせた人ばかりなのに・・・

・・・いや、そういう感想を持てることじたい余裕の表れとも取れるか。

まぁ、それもこの能力のおかげか。

死にかかったけど、今この瞬間だけは感謝しよう。

カウンセラーになって一年、私は事故にあった。

こんな、旅客機での事故じゃない。

交通事故だ。

もっとも身近にあるのに、誰もそれが自分に降りかかるとは考えて居ない、そんな事故。

あの時も死んだと思った。

結果、私は死なず、約一年後に病院で目を覚ましたわけだけど。

あの時は落ち込んだなぁ・・・

人の精神の不安を取り除く仕事をしてる私が、大切な人たちに大きな・・・大きすぎる心配をかけた。

あの時は本気でカウンセラーを止めようかと思ったけど・・・

・・・いや、それは今はいいか。

病院で目を覚ました私は、ちょっと特殊な能力を持っていた。

それが、これ。

脳に伝達される情報を抑制する事によって知覚できる時間を数倍から十数倍にまで増幅できる、『超集中』とでもいえる能力。

音を脳に伝達させなくする事で約4倍、色を識別しなくする事で約5倍と言ったところだろうか。

そんなわけで、今私の感覚では20分の1のスピードで世界が回っている。

目の前から迫る炎も、地上に向けて落下する旅客機も。

ついでに言うなら恐怖に引きつる乗客も、だ。

まぁ、そんな訳で多少の余裕がある。

・・・とは言っても、身体の耐久力が上がったわけではないし、この状況をどうこうできるような能力でもないわけで。

現実逃避気味に過去を振り返っているといったところかな?

・・・そう言えば・・・自力で走馬灯(?)を見た人間なんて私位なものじゃなかろうか?

うん、凄いぞ、私。

・・・いやいや、そうでなくて。

・・・色々考えてるけど、結局私はどうしたいんだろ?

過去を振り返って喜んだり落ち込んだり。

確かに、もうすぐ終わるだろう人生だ。

それはそれでいいのかもしれない。

後悔しない為になら、残された実質数分・・・私主観では数十分を色々楽しかった事を思い出すのに使えばいいかもしれない。

でも、なんだろう?

私がしたいのはそんな事じゃない。

そんな気がする。

って、カウンセラーのクセに自分の気持ちも判らないのかよ私・・・

あ、なんか沈んできた・・・

う〜ん・・・

何だろう?

いつかも感じたような・・・

そんな気持ちだ。

・・・そうだ。

あぁ、そうか。

私は今の生活に満足してる。

それは間違いない。

私は今の行き方に満足している。

それも間違いない。

でも、まだ満足していない事も、あるんだ。

私は、今終わるこの人生に、満足していない。

あぁ、そうだ。

そうなんだ。

私は、まだ終わりたくないんだ。

志摩子さんと。
由乃さんと。
令さまと。
聖さまと。
江利子さまと。
蓉子さまと。
蔦子さんと。
真実さんと。
笙子ちゃんと。
菜々ちゃんと。
乃梨子ちゃんと。
可南子ちゃんと。
祐麒と。
優さんと。

・・・瞳子と。

・・・お姉さまと。

まだ、生きて生きたい。

まだ、30年に満たない時間しか生きていない。

こんな所で終わるのは・・・まだ、嫌だ。

私はまだ満足してない。

私は・・・

そう。私は・・・


「私は・・・まだ生きたい!」


そして・・・

だから。

私は。

旅客機の亀裂から青い海が見えた時。

シートベルトを乱暴に外し。

迷わずにその海に向かって飛び込んでいった。



〜だから私は生きていたい〜

     完


はじめまして計架です。
まりみてのSSはこれが初めてですね。
「一体どんな状況だよ!」
なんていう突っ込みは無しの方向で(汗

key1の生と死の境はともかく・・・Key2に超・タヌキなんてのがあって吃驚で、なんとなく変な能力身につけさせてみました。
これで超になるんだろうか?
key3のどこへ向かってゆく・・・本当にどこへ向かっていくんだろう?

ではまたいつか。




・・・いつか・・・は来るのか?


【1055】 機械仕掛けの夢  (林 茉莉 2006-01-27 00:02:05)


「ごきげんよう。おや、乃梨子さんだけですか?」
 土曜日の午後、薔薇の館の二階、通称ビスケット扉を開けて瞳子がやって来た。
「ごきげんよう。お姉さまは環境整備委員会、由乃さまと菜々ちゃんは部活」
 先に来て、ひとり書類整理をしていた乃梨子は応える。
「委員会も部活も参加せず、いつ来ても必ずいる薔薇の館の主(ぬし)みたいな方が、今日は珍しくいらっしゃいませんわね」
「あんた自分のお姉さまにそこまで言うか。祐巳さま、今日はちょっと来れないって」
「そうですか。何かご用でもあるんでしょうかね。でもそれなら乃梨子さんではなく、瞳子に一言おっしゃって下さればいいのに」
「それは無理よ。だって事情が事情だもん」
「どういう事ですの?」
 真面目な顔をした乃梨子の言葉に、瞳子の表情に一瞬影がさす。祐巳さまのこととなると随分分かり易くなるもんだ。
「瞳子と顔合わせづらいんだって」
「瞳子と?」
「それがね」
 乃梨子はさっき祐巳さまから話を聞かされた時の様子を思い浮かべ、微苦笑しながら話し始めた。


  ☆ ☆ ☆


「乃梨子ちゃーん!」
 放課後の掃除を済ませ薔薇の館へ向かって歩いていた乃梨子の背中に、聞き慣れた声が掛けられた。ゆっくり振り返り、乃梨子も応える。
「ごきげんよう、紅薔薇さま」
「ごきげんよう。これから薔薇の館?」
「はい。祐巳さまも?」
「うーん、今日はパスさせてもらうわ。悪いけどみんなにそう言っておいて」
「分かりました。でも瞳子、きっとがっかりしますね。今日は部活が休みだから早く来れるって言ってましたから」
「うぅ、そうなの? でもそれじゃ、なおさら行けないよ」
「また何かやらかしたんですか、瞳子のヤツ」
「ううん、違うの。そうじゃなくて私の方に問題があって」
「……私でよろしければ間を取り持ちますが」
 片や鈍感、片や意地っ張りで何かと行き違うことの多いこの姉妹の仲裁をするのは、最近ではすっかり乃梨子の役目になっていた。
「別に瞳子と何かあった訳じゃないの。ただね、昨夜(ゆうべ)変な夢を見ちゃって……」
「夢ですか」
 何があったのかと思いきや、夢見が悪くて妹に会いたくないとはねえ。
 徹頭徹尾現実主義者の乃梨子には、たかが夢見が悪いくらいで大好きな姉妹に会えないなんて考えられないことで、内心ガクッと脱力した。しかしそんな可愛らしいところもきっと祐巳さまの人気の秘密なのだろうな、とも思う。そこへ祐巳さまはとんでもない告白をし始めた。
「瞳子とね、その、キ、キスする夢見ちゃったの。ね、どう思う?」
「いえ、あの、どう思うと言われても」
 訊いてもいないのに恥ずかしい夢の内容を聞かされ、自分の方が恥ずかしくなり思わず赤くなる乃梨子だった。
「それだけじゃないの。もっとスゴイ事もしちゃったの。こんなのってやっぱり変かな?」
(変だよ! 変に決まってるだろ! なんだよスゴイ事って!)
 表情を変えずに、しかし心の中では盛大にツッコンだ後、気を取り直して乃梨子は言った。
「もしかするとそれは、祐巳さまの隠された願望かも知れませんね」
「ええっ? やっぱりそうなのかな? どうしよう。こんなこと瞳子に知られたら軽蔑されちゃうよ」
 やっぱりって祐巳さま。考えていたんですね、ほんとにそんなこと……。
 鎌を掛けたつもりだったのだが、目の前の子ダヌキはまんまと引っ掛かって見るも哀れに狼狽えている。
「ねえ、私どうすればいい? 乃梨子ちゃん」
 そんなすがるような目をしないでください。どうすればいいのか訊きたいのはこっちです。
 こんなしょーもない厄介事からは早々に手を引きたい乃梨子は自慢の脳細胞をフル回転させて、そして尤もらしく言ってみた。
「祥子さまにご相談されたら如何ですか。祥子さまなら何かいい知恵を授けてくれるかも知れませんよ。それにしばらく会っていらっしゃらないのでしょう? ちょうどいい機会じゃありませんか」
「そうか! そうだよね。お姉さまならきっと邪な欲望も受け止めてくれて、そうすれば瞳子に変な妄想することもなくなるよね。じゃあこれから早速お姉さまのおうちに行ってくる。あっ、その前に一度うちに帰ってお泊まりの用意しなくちゃ。ありがとう、乃梨子ちゃん。ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 輝く笑顔で去っていく祐巳さまを、乃梨子も笑顔で見送った。
 祐巳さま自分で言っちゃったよ、邪って。
 それにしても、お泊まりでどうやって邪な欲望を受け止めてもらうつもりなんだろう。そんな疑問がふっと脳裏をよぎったが、上手い具合に厄介払いも出来た事だし、これ以上関わらないと決めた乃梨子は頭を振って邪推を振り払った。


  ☆ ☆ ☆


「とまあ、そんなわけでね。祐巳さま、あんたとキスしたいんだってさ。うれしい?」
 からかうように言った乃梨子だったが、瞳子から返ってきた反応は意外にもツンデレではなく真正の怒りだった。真っ赤になって瞳子はまくしたてる。
「何て事をしてくれたんですか、乃梨子さん! 祥子お姉さまの処へ行かせてしまっては瞳子の努力が水の泡じゃありませんか!」
「えっ? ご、ごめん。って、努力って何のこと?」
 余りの剣幕に思わず謝った乃梨子だが、それでも瞳子の不審な言葉を聞き逃すことはなかった。
「仕込みが上手くいったのに仕上げを祥子お姉さまに持っていかれるなんて、トンビに油揚げさらわれるようなものですわ!」
 地団駄を踏んで瞳子は悔しがっている。
「あのー、言ってることがよく分からないんだけど。何なの、仕込みって」
「ンもう、乃梨子さんともあろう人が鈍いですわね。だから祐巳さまの夢は自発的に見たものではなく、瞳子が見させたものなのです」
「まだよく分かんないんだけど、要するにキスしたいのは祐巳さまじゃなくて瞳子なの?」
「悪いですか?」
 うわ、開き直ってるよ、こいつ。
 ツンッとすまして全く悪びれる様子のない瞳子に、乃梨子はあきれて言い返す。
「そんな胸張られてもねぇ。そりゃ確かにリリアンの姉妹制度はちょっと特殊だけど、普通そこまでしないでしょう」
「では訊きますが、乃梨子さんは白薔薇さまとキスしたくないんですか?」
「さすがにそこまではね」
 乃梨子は普段のポーカーフェイスで応えるが、人の表情を読むことに長けた瞳子は一瞬の動揺を見逃さず、尚も追求してくる。
「白薔薇さまがしたいとおっしゃっても乃梨子さんはしたくないと言い切れるんですか?」
「いや志摩子さんそんなこと言わないし」
 次第にしどろもどろになる乃梨子。
「もし仮に言われたとしたら、本当に拒みきれるんですか?」
「あ、当たり前よ」
「 本 当 に そ う で す か !? 」
「ごめんやっぱり無理かも」
 乃梨子、スキよ。乃梨子と一つになりたいの。ね、いいでしょ。
 うっかりそんな志摩子さんのビジョンを脳裏に描いてしまった乃梨子は、いともたやすく陥落したのだった。そんな乃梨子に瞳子は自信満々で言い切った。
「そうでしょう。それが正しい姉妹というものです」
「正しいのかよ」
「乃梨子さんのように、姉に対して邪な欲望を抱いているけど切っ掛けが掴めなくて悶々としている、そんな哀れな子羊のために瞳子は一肌脱ぎましたの」
「邪な欲望はあんただろ」
「で、他ならぬ親友の乃梨子さんには瞳子から耳寄りな福音がありますのよ。これから瞳子の家へ参りましょう」
 何だよ、耳寄りな福音って。新興宗教がスポンサーの深夜のテレビショッピングかよ。
 しかし普段の乃梨子ならこんな事で仕事を放り出すようなことはないのだが、あわよくば志摩子さんとスゴイ事が出来るかも、という欲望に幻惑されて、うっかり瞳子の口車に載せられてしまった。後にして思えばこれが乃梨子の敗因だった。


  ☆ ☆ ☆


 初めて訪れた瞳子の家は、やはりハンパじゃなく大きかった。しかし祐巳さまから祥子さまのお邸の非常識なまでの大きさを聞いていたので、それについては概ね想定の範囲内だったといえる。
 それより驚いたのは瞳子の部屋に入り、さらにその奥の扉を開けた時だった。
「何これ。どこの宇宙戦艦?」
 教室ほどの広さの暗い部屋は、四方を囲む壁の内の一つに大型のディスプレイがいくつもはめ込まれている。その前には5人分の無人の座席と色々な操作盤があり、さらにその後方にキャプテンシートと、それを三方から取り囲むコンソールが色とりどりに光っている。
「ここがお姉さまに素敵な夢を見て頂くためのオペレーションルームですの」
 そう言ってキャプテンシートに収まると、瞳子はコンソールを操作してディスプレイ群を起動させる。
 突然のまばゆい光に目が馴染んでくると、ディスプレイにはよく見知った人の寝間着姿が映し出されているのが見えた。
「これは昨夜、お休み前のお姉さまの様子です。可愛らしいパジャマでしょう。瞳子がプレゼントしましたの」
 うれしそうに瞳子が指さすディスプレイの中の祐巳さまは、タヌキ柄のパジャマを着ている。
「ああ、お風呂上がりに髪を下ろしたお姉さまもステキ。シャンプーの香りがしてきそうですわ」
「ステキはいいけど、あんたこれ覗きじゃない。犯罪だよ」
「大丈夫ですわ。バレるようなヘマはしませんから」
「問題そこかよ。いくら祐巳さまがスキだっていってもやり過ぎだって」
「ホホホ、そんなこともあろうかと、乃梨子さんのためにも、ほら」
 瞳子がコンソールを操作して映像を切り替えると、そこに映し出されたのは乃梨子にとって見間違うはずのない、その人の部屋だった。
「し、志摩子さん! ああ、お風呂上がりの志摩子さんステキ! ってそうじゃねぇ! あんた志摩子さんまで! 許さん、絶対許さーーん!」
 瞳子の斜め後ろに立っていた乃梨子は、間髪入れずに裸締めで瞳子の首を極めにかかった。
「く、苦しい。落ち着いて、乃梨子さん!」
「いいから消せ、今すぐ消せ! さもないとお前を消す!」
「落ち着いてください、乃梨子さん! 瞳子は別に白薔薇さまには興味ありませんわ!」
「何だとぉー! 志摩子さんに興味がないとはどういう事だっ!」
「どっちなんですか! いいから落ち着いてください!」
 タップする瞳子にお構いなく、乃梨子はすごい力で締め上げる。だが落ちる寸前の瞳子が最後の力を振り絞ってコンソールの『ド』ボタンを押したのが見えた。するとその時。
 ゴイ〜ン!


  ☆ ☆ ☆


「乃梨子さん乃梨子さん、しっかりしてください」
「……あれ、私、どうしたの?」
「いきなり気を失ってびっくりしましたわ」
 なんだかズキズキする頭頂部を押さえて、床に倒れていた乃梨子は瞳子に助けられて半身を起こした。その時視界の片隅に、宇宙戦艦の艦橋に似つかわしくないものが転がっているのを認めた。
「何あれ」
「何って見ての通りですわ」
 そうだ、思い出した。確か瞳子の首を極めている時にいきなり頭に衝撃を受けて、それで意識を失ったんだ。
「意外に効きますわね、金だらいって」
「他人事みたいに言うなーー!」
 再び瞳子に掴みかかろうとした乃梨子だが、ふと天井を見上げると乃梨子のちょうど頭上に一斗缶がスタンバイしていたのでやめておいた。
「白薔薇さまの件ですが、あれは乃梨子さんを親友と思っての事ですのよ。乃梨子さんには特別に、白薔薇さまの映像に限っていつでもご自分のパソコンからアクセスできるように、IDとパスワードを付与しますわ。いつでも見放題ですわよ♪」
「私は覗きなんかしない!」
 きっぱりと言い放つ乃梨子に、しかし瞳子は冷静に語りかける。
「分かってませんわね。いいですか、これは覗きではなく視姦、いえ監視ですわ。いついかなる時も大切なお姉さまをお守りするのは、妹としての当然の責務ですのよ。乃梨子さんがお守りしなくて誰が白薔薇さまをお守りするというのですか」
「なるほど。確かにあんたの言う通りだ」
 志摩子さんは私が守る! 24時間いかなる時も! お部屋でもお風呂場でも! 着替え中にも入浴中にも!
 あっさり前言を撤回して、拳をグッと握り締めて乃梨子は言った。怜悧な乃梨子の頭脳も、志摩子さんのことに関しては都合良くできていることを本人は気づいていなかった。

「さて、ちょっと遠回りしましたがここからが本題ですわ」
 改めてキャプテンシートに座り直して瞳子は言う。
「我が松平電機産業(注1)が総力を結集して作り上げたシステムを、今こそ見せて差し上げますわ!」
 高らかに宣言した瞳子はシートの足下に置いてあったバッグからサブノートサイズのパソコンを取り出すと、やおら起動させ始めた。
 しかしそのままPCが起動するのを待っている瞳子を不審に思った乃梨子は、覗き込んで訊いてみる。
「ちょっと瞳子、何それ?」
「何ってドリソニック(注2)のGet's noteというPCですわ。ご存じありませんか?」
「いやそれは知ってるけど、何で今出すのかってこと」
「だから今アプリを立ち上げてるんじゃないですか。聞いてなかったんですの?」
「は? そのPCで? じゃあこの部屋は一体何よ」
「瞳子は女優ですから何事も形から入りますの」
「うわ、意味ねぇ」
「あ、立ち上がりましたわ。見ててください。先ずここにお姉さまの名前を入力します。ふ、く、さ、゛、わ、ゆ、み、っと」
「一本指打法でしかも平仮名入力かよ」
「そうするとプリセットされたデータがロードされます。あら、お姉さまったらもうすぐ女の子の日なんですわね」
「どんなデータだよ」
「で、次に瞳子の名前を入力して、それからお姉さまに見てもらいたい夢のシチュをチェックボックスメニューから選んで、と。今日は祥子お姉さまのお家にお泊まりに行ってらっしゃるから『冬眠』っと」
「どうぶつ扱いかよ」
「ふう、これで今夜は朝まで前後不覚で眠り続けますわ。あとはタイマーをセットしたら最後に電波発信ボタンをポチッとな、ですわ」
「電波? 可南子さんかよ」
「電波は可南子さんの専売特許ではありません。大出力の電波なら誰でも受信可能なのですわ」
「よくそんなもの電波監理局が認可したな」
「電波監理局? 何ですの、それは。可南子さんですか?」
「可南子さんはもういいっちゅーの。つまり違法電波かよ」
「違法かどうか存じませんが、ご近所からテレビに有料チャンネルのようなスゴイ映像が混信すると苦情とお礼が殺到しましたから」
「おいおいおい!」
「今は静止衛星から超指向性レーザーで祐巳さまにピンポイント送信に切り替えましたわ」
「もう何でも有りだな」
「とまあ、こんな具合に夢を利用して、深層心理からお姉さまを意のままに操るというわけです」
「守るんじゃなかったのかよ」

「乃梨子さんもこれをご自分のPCにインストールして下さい。白薔薇さまと乃梨子さんのデータも入ってますからすぐに使えますわ」
「ありがとう、と言いたいところだけど、志摩子さんに妙な設定送信したらどうなるか分かってるでしょうね」
「もちろんですわ。瞳子はお姉さまを弄る、もとい守るのに忙しくて白薔薇さままで手が回りませんもの」
「じゃあありがたく使わせてもらうわ。お姉さまを守るために!」
「そうですわ。お姉さまを守るために!」
 そのシステム、守るためと違うだろ! とツッコむ良識ある第三者は、生憎その場にいなかった。


  ☆ ☆ ☆


 月曜日の朝、あからさまに憔悴した乃梨子は朝拝前に瞳子の教室を訪ねていった。
「……ごきげんよう」
「ごきげんよう、って感じじゃありませんわね。どうかしましたか」
「あのソフトだけどさぁ、なんかバグってない?」
「バグ? そんなはずありませんが」
「志摩子さんに送信する前にちょっと自分で試してみたんだけど、送信したはずの設定とは随分違う夢見ちゃったんだけど」
「え? 自分に送信したんですか」
「不味かった?」
「いえ、別に不味くはないですが」
「何よ、その奥歯に物の挟まったような言い方は。何かあるのね。怒らないから言ってみなさい」
「実はちょっとしたサービスと思いまして、乃梨子さんに向けて送信したんですの、瞳子も」
「……それってもしかして、祐巳さまとあんたの?」
 頬を赤く染めて恥じらいながら、瞳子は無言でコックリと頷いた。
「いらん事するなぁっ! おかげで紅白姉妹入り乱れてスゴイ事しちゃったじゃない! 私は志摩子さんと二人っきりがよかったのに!」
 涙目でマジギレする乃梨子をしり目に、腕組みした瞳子は神妙な面持ちで言った。
「それにしても自分に送るというのは盲点でしたわね。瞳子も今晩早速やってみます。さすが乃梨子さん、斬新な使い方、グッジョブですわ」
「ほっとけぇーーー!」


  ☆ ☆ ☆


(注1)松平電機産業:【No:428】紛れもないパワー強力マスコットガール の設定をお借りしました。
(注2)ドリソニック:【No:430】女王恋と危険渦巻くキャンペーン実施中 の設定をお借りしました。


【1056】 笙子、ふわふわふぁんし〜替え歌  (柊雅史 2006-01-28 11:49:04)



『や・み・にかぁ〜くれて、い・き・る〜♪
  私たち新聞部姉妹なのサ〜♪』


 蔦子と真美が今日の成果を早速現像すべく、揃って写真部の部室に戻ってきた時だった。
 妙に軽快でノリノリで、楽しそうな声が扉の向こうから聞こえてきた。
「今のは……日出実ちゃんの声じゃない?」
「あの子ったら……何をしているのよ……」
 思わず口元を緩めて蔦子が尋ねると、真美ははぁとため息を吐いて頭を押さえた。
「くふふ……妖怪人間なんて、渋いチョイスじゃないの」
「……全く。恥ずかしい……」


『人に姿を見せられぬ〜♪
  けもののようなこの眼光♪』
『早くスクープをものにした〜い!』


 ノリノリの日出実の歌に、絶妙な合いの手が入る。蔦子にはイヤになるくらいに聞き覚えのある声だった。
「……今のはあの子よね、最近写真部によく来てる。笙子さん」
「笙子ちゃん……あなた、何をしてるのよ……」
 真美の指摘に蔦子は額を手で覆って、がっくりと項垂れる。


『黒いうわさを吹き飛ばせ〜♪』
『三奈子! 真美! 日出実!』
『新聞部姉妹♪』


 思わずがっくりと廊下に膝を着いて沈み込んでいた蔦子と真美は、顔を見合わせて立ち上がった。とりあえず早いところ踏み込んで、注意しなければ。なんというか、こんな歌が流れてくる写真部というのは、正直恥ずかしすぎる。
 蔦子がノブに手を伸ばしたその瞬間――


『ネガに涙を流す〜♪
  わたしは写真部エースなのサ〜♪』


 笙子の声で2番が始まった。
「ちょっと……」
「蔦子さん、ストップ。写真部エースって言えば、蔦子さんのことじゃないの。これは聞かない手はないわ」
 真美は素早く蔦子の手を掴み、にやりと笑みを浮かべた。


『技をこらして祐巳の絵を
  写す望みに燃えている〜♪』
『早く祐巳さんを撮りたい!』


「おー、さすが良く見てるわ、笙子さん」
「笙子ちゃん……orz」


『邪魔な祥子を吹き飛ばせ♪』
『蔦子! 蔦子! 蔦子ぉ!!』
『写真部エーース♪』


「それにしても、紅薔薇さままで呼び捨てにするとは、中々やるわね、あの子たち」
 笑いを堪えながら真美が蔦子の肩を叩く。
「まぁ『さま』付けだと、やっぱり文字数が合わないものね。じゃ、今度こそ止めに行きましょう、蔦子さん」
 面白い物を聞いて上機嫌な真美がノブに手をかけた瞬間。


『写真に願いをかける
  私は一般生徒なのサ♪』


 再び笙子の歌が聞こえ、真美は動きを止めた。


『蔦子サマのために頑張って
  いつかは生まれ変わるんだ♪』
『早く妹になりたい!!』
『蔦子サマのポリシーを吹き飛ばせ♪』
『蔦子! 笙子! いつかは!』
『写真部姉妹♪』


 『イェ〜イ!』とノリノリの声が聞こえてくる写真部部室に背を向けて、真美は笑いで肩を震わせて、蔦子はぐったりと顔を覆って項垂れていた。
 背後からは「中々良い出来じゃないですか、笙子さん」という日出実の賞賛の声と、「昨日一晩考えたんですよ〜」という笙子の得意げな声が聞こえてくる。
 なんと言うか……笙子には、もっと有意義な生き方ってものを教えたくなるような会話である。
 どうしたものかと蔦子と真美が途方に暮れていると、部屋の中のテンションは更に上がったのか、再び先程の歌が、しかもよりハイテンションになって聞こえてきた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
新聞・写真部姉妹(一部仮)  作詞:内藤笙子

  闇に隠れて生きる
    私たち新聞部姉妹なのさ
  人に姿を見せられぬ
    けもののようなこの眼光
 (早くスクープをものにしたい!)
  黒いうわさを吹き飛ばせ
 (三奈子! 真美! 日出実!)
     新聞部姉妹

  ネガに涙を流す
    わたしは写真部エースなのさ
  技をこらして祐巳の絵を
    写す望みに燃えている
 (早く祐巳さんを撮りたい!)
  邪魔な祥子を吹き飛ばせ
 (蔦子! 蔦子! 蔦子!)
     写真部エース

  写真に願いをかける
    私は一般生徒なのさ
  蔦子サマのために頑張って
    いつかは生まれ変わるんだ
 (早く妹になりたい!!)
  蔦子サマのポリシーを吹き飛ばせ♪
 (蔦子! 笙子! いつかは!)
     写真部姉妹

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「……だ、そうですが、蔦子さん?」
「……これを聞いて、何をどう答えろと……?」
 蔦子はふらりと立ち上がって、よろよろと部室から遠ざかっていった。
 その脱力した後姿に苦笑して、真美は呟く。
「蔦子さん……早いところ妹にしてあげないと、ますます変な子になっちゃうわよ、笙子さん……」


 そして呟く真美の背中から。
 3度目の替え歌が聞こえてきたのだった。


【1057】 (記事削除)  (削除済 2006-01-28 16:47:52)


※この記事は削除されました。


【1058】 母の日とは違うのだよ  (六月 2006-01-29 00:39:34)


それは6月の第3日曜日、子供を持つ男、特に可愛い可愛い娘を持つ者にとってどれほど待ち遠しい日であるか!
しかし、焦ってはならん。男たるものどっしりと構えて・・・夕餉の席でこう口にすれば。
「おい、志摩子、今日は何の日だ?ん?」
「存じておりますわ、『父の日』ですわね」
そう、さすがは我が子、打てば響くように答えてくれるではないか。
これまでも毎年母の日だけでなく、父の日にもやれ工作で作った木魚だ、やれ家庭科で習った手料理だと、心付けを忘れるような子ではない。
志摩子も高校三年生という多感な時期ではあるが、今年はどうやって親への感謝を表わしてくれるのか楽しみだ。

「えぇ、昨年まではそうでしたわね・・・。
 今年は少し趣向を変えて、お兄さまに手ほどきをいただきケーキにしましたの」
賢文に、というのは気になるが、目の前にある愛娘手製の西洋菓子の魅力に比べれば些細な事だ。
白いクリームに覆われたそれをナイフで切ると、黄色と茶色の複雑な模様をした断面が顔を出す。どうやらマーブルケーキと言う物らしい。
それでは早速、とフォークを手に取ると、志摩子はにっこりと微笑みながらこう言った。
「このケーキにはお父さまへの想いを存分に込めさせていただきましたの」
わしへの想いだと?いやいやそれはいかんぞ、父は嬉しいが父子でそのような懸想をされてはちと困る。

「昨年度は本当にお世話になりました。
 体育祭では袈裟でお越になられ、皆さんに喜んで頂き私もいたく感じ入りました。
 そうそう、その前に花寺学院での講演会では随分と愉快なお話をなさったとか」
・・・えーっと志摩子、目が笑ってないデスよ。
「学園祭では素晴らしいファッションでおみえになりましたわね。志村の小父様と。
 春には私が卒業するわけでもないのに式に参列されていましたね、それもまた袈裟で。 祐巳さんや由乃さんのご家族と盛り上がっておられたようで、喜ばしいことですわ」
凄まじく黒い闘気が立ち上っておられますが、志摩子さま。
「その感謝の気持ちをたっぷりと込めて作りましたので、これまでにない自信作となりましたわ」
そ、それは感謝の気持ちではなく、怨念というものではないでしょうか。
シスターを目指していた純真な志摩子は何処へ。
「山百合会の皆さんのお陰で、人は己の感情と向き合い、それを現す勇気が必要なのだと教えて頂きました。
 さぁ、お父さま、存分にお召し上がりください」
嫌な汗を背中に流しながら、口の端が微妙に持ち上がった笑みを浮かべた娘に見つめられると、目の前のケーキから謎の殺気を感じてしまう。
「さぁ、遠慮なさらずに・・・」
仏に仕える身でありながら、神の御名を唱えつつケーキへと手を伸ばし・・・・・・・・・。






「志摩子さん、ご住職は?」
「さぁ、どうしたのかしら、胃が痛いと寝込んでいるのよ」


【1059】 まぶしい物語が始まる2人きりで  (OZ 2006-01-29 00:49:44)


1023→1031→今回


私の頬にとても暖かいものが、伝った。

瞳子ちゃん・・・なんで泣いているの? 何で?・・・ 

なんか・・私が迷惑を掛けちゃっているのに、何で? 泣いているの?

お願い・・・ おねがい・・・ なかないで・・・ 私は・・・ 笑顔の彼方が・・ 好きなの・・・

瞳子ちゃん・・・



1時間前

「おっかしいな〜〜? 確かに1階の物置に体操着の袋を置いたんだけれども・・・ ないよ〜〜 どこよ〜〜 」
祐巳は月明かりの中、半泣きの中、自分の荷物を探していた。
 電気を付ければいいと、普通、皆様は御思いだが、そこはそこ、勉強は出来なくても気真面目な祐巳ちゃん、学園の消灯時間があるため、月明かりの中でもぞもぞそとしている。
お姉様である祥子様にも無様な姿を晒したくないのも在った。

「うう〜〜 どこよ〜〜 暗いよ〜〜 怖いよ〜〜 」すでに涙目
 ガタ!!
 月明かりに大きな、とても大きな影が躍り出た!!
「ウピャ〜!!」祐巳はまるで漫画のキャラクターのように飛び上がり。
「ごめんなさい!!ごめんなさい!! 間食のお菓子はもう止めます!! 大入道(だいだらぼっち)様、南無網!!なむあみ!! うう〜〜 」ぶるぶる

「ゆ、祐巳様、私です可南子です!!」
「え?か、可南子ちゃん??」
「そうですよ!? 大入道なんて、ちょっと傷つきました!!」ぷいっとそっぽを向く。
「ご、ごめんね、ホント、あの、その・・・」
「ふふ、冗談です、別にいいですよ。」
ふにゅっと笑顔になる

「ところで、可南子ちゃんはどうしたの?」
「たぶん、祐巳様と同じで忘れ物を採りに来ました。」
「あは! じゃあ一緒に探そう? ね?」

ガサゴソガサゴソ

「あ、あの、祐巳様?」ガサゴソ・・
「ん〜〜 なに〜〜 ?」ガサガサゴソゴソ・・・
「も、もし、私が祐巳様の、あ、あの、もしもですよ、そ、その、妹にして下さいと言ったら、ど、どうします?」

  ・・・

「私の妹になりたい?」
「え、うじゃ!! そんなんじゃなっくって、えっと、その、瞳子さんは、その、ええ!瞳子さんは・・・祐巳様の、えと、・・・」
「可南子ちゃんは、私の妹になりたくなくて、瞳子ちゃんを推薦するっ と? 可南子ちゃんは、そんな、気はないって・・・」

う、うええ〜 ち!! 違うんです!! なりたい!! い、いや、 その、でも違うんです!! 
  あ、あの、祐巳、祐巳さま、瞳子は、瞳子は・・・

「瞳子さんは良い子です!! 本当に、良い子です!! たぶん・・・」
 今までに無い様な、激しい声で叫んだ!!

 瞳子さんの心を晴天するには祐巳様しかないと思った、悔しいけど、あと、嫉妬してるんだけど・・・

「はっきり言いなさい!! ・・・ お願い・・・ お願いよ・・ 可南子ちゃん、きちんと言って・・・ 正直、私、瞳子ちゃんの気持ちも、可南子ちゃんの気持ちも解んないよ・・・ ほんとに・・・解んないよ・・・ 」
その言葉を聴いた途端、

ドキドキ!!  そして だんだんムカムカ!!・・・(瞳子さんに、特に、祐巳様に・・・)

「では!! はっきり言わせて頂きます!!」 可南子は強く言い放った。
「祐巳様は瞳子さんが好きですね!?」
「は? へ? ええ? 」
「好きですね!?」
「は、はい!!? 好きです。」
 「よ、宜しいです。」
「あ、有り難うございます」

「そして、私は、祐巳様が好きです!!」
「あ、有り難う。」

「そして、私、可南子は、瞳子さんが大好きです。そ、そのごめんなさい!!」

可南子は静かに、でも顔を真っ赤にし、薔薇の館を去った、でも、去り際にぼそっと・・・

瞳子さん、ほんとに彼方がうらやましい。 


瞳子は薔薇の館、その外にいた、月の光を浴びながら、そして色々聞こえていた。
「ほんとに馬鹿なんですから、そして・・・御節介なんだから・・・可南子さんは・・・」
何か複雑な顔をしつつ、薔薇の館の倉庫の前をいったりきたり、
意を決し、倉庫に入った。
「祐巳様・・・」
「瞳子ちゃん・・・」

ギギ〜〜ッ バタン    カチャ

「祐巳様、何をなさっているのですか?」
「あ、あはは、忘れ物、体操着、探しているの。ちょっと置き忘れちゃって ・・・ 瞳子ちゃんはどうしたの?」
「き、奇遇ですわね、私も、です。」

「ウフ、一緒だね、瞳子ちゃん。」
「い、一緒ですわね・・・」ポ
「で? あった?」
「いまだ、発見ならず、です。」
「じゃ、とりあえず、帰ろうか、また明日探せばいいんだし、ね?」
「うん、そうですわね・・・」
ロザリオの授受の事もあり、何かよそよそしい2人。

ドアノブに手をかざした祐巳は・・・あれ?
「どうしました?祐巳様?」
「あかない・・・」

「  へ ?  」


続く

〜〜〜〜〜〜〜



「ああ祐巳!!私が一緒ならびっくりなんてないのに・・・」
「祥子、いい加減にしなよ、祐巳ちゃんだってもう大人なんだから。
「令、何言ってるの!! 祐巳は!! 祐巳はいつまでたっても、そう、永遠の処女(私にとって)なのよ!!」
(逆ピーターパンかよ!!)
「で、でも、それはおかしいんじゃ・・・」
「うるさい!!お黙りなさい!!」
突っ込み無視かい・・・

「瞳子ちゃん、逃げたほうがいいかも・・・」



【1060】 とにかく君に幸あれ  (林 茉莉 2006-01-29 02:32:44)


「瞳子ちゃん、私の妹になりなさい」
 いつものように優しく、しかしきっぱりと言う祐巳さまの瞳は、これまで見たことも無いような強い光を湛えていた。


 2月のとある放課後、瞳子は帰りがけに祐巳さまに捕まり、そのまま古い温室まで手を曳かれてやって来ると、もう何度目かになる姉妹の申し出を受けていた。
「何度言われても瞳子の気持ちは変わりません。失礼します」
 そう言ってきびすを返し出口に向かう瞳子の背中を、祐巳さまの声が追う。
「待ちなさい」
 いつもと違う、強い意志の感じられる言葉に、背中を向けたまま思わず瞳子は立ち止まった。
「私ね、瞳子ちゃん。クリスマスイブのあの日以来、ずっとあなたのことを考えてきたの。瞳子ちゃんが何を考え、何を思っているのか理解してあげたい。瞳子ちゃんのために何かをしてあげたい。瞳子ちゃんの側にいてあげたい、ってね」
「施しなら結構ですと、あの時も言ったはずです。もう私に構わないでください!」
 またこの繰り返しだ。
 祐巳さまは誰にでも優しく、そして誰からも愛される。それは祐巳さまが持って生まれた資質と、多分ご家族によって育まれた賜物だろう。
 泣いてすがれば祐巳さまはきっと瞳子を案じ、抱きしめ、そして守ってくれる。
 でもそうじゃない。瞳子の欲しいものはそれではない。この渇望は、意識して望まなくても周りの人たちから愛されるのが当たり前のようになっている祐巳さまには、おそらく一生分からないだろう。
 いつもと違う祐巳さまの様子に何かを期待してしまった自分を嘲笑(わら)い、その反動で瞳子は祐巳さまに背中を向けたまま、きつい言葉を語気強く投げつけてしまった。
 だが今日の祐巳さまはやはりいつもと違っていた。
「いいから聞きなさい」
 今までなら瞳子の拒絶に易々と引っ込めていた腕を、今日は決してひかない。そんな決意の籠もった声だった。
「瞳子ちゃんに何かしてあげたい、瞳子ちゃんのためなら何だってしてあげられる。ずっとそう思ってその気持ちをぶつけてきたんだけど、でも分かってもらえなかった」
 分からないのはお互いさまです。きっと瞳子と祐巳さまはご縁がなかった、そういう星の下にあったということです。
 そう言ってもうこれで終わりにしようとした瞳子だったが、瞳子が言うより先に祐巳さまが言葉を繋いだ。
「それでもうだめかも知れない、もう諦めるしか無いのかも知れない。そう思ったの。そうするとどうしようもないほど泣けて来ちゃってね」
 その言葉に瞳子は身をこわばらせた。今まで自分で拒否しておきながら、改めて祐巳さまからそれを聞かされるとこんなにも辛いものなのか。でもそれは瞳子自身が決めて、覚悟していたこと。痛みなんかいつかは薄れていく。たとえ消えることがなかったとしても。
 ただ、瞳子に関わったことで祐巳さまにまで悲しい思いをさせてしまったこと、それが切なかった。だって瞳子は祐巳さまを……。

「でもね、泣いて泣いて泣き続けてやっと泣きやんだ時、何でこんなに悲しいんだろうって、ふと思ったの」
 本当に終わってしまった。祐巳さまと心から笑いあえる日はもう永遠にやって来ない。寂寥に満たされた心で立ちすくむ瞳子の耳を、祐巳さまの言葉がただ通り過ぎて行く。
「瞳子ちゃんのために泣いたの? ううん、違う。悲しいのは私自身。それでやっと気づいたの、瞳子ちゃんを妹にしたい理由(わけ)に。瞳子ちゃんのためじゃなくて、私が瞳子ちゃんでなくちゃだめなの。……あなたが好き。いつも側にいて欲しい。だから私の妹になって下さい」
「祐巳さま」
 不意打ちのような言葉に驚いて振り向くと、祐巳さまは首から外したロザリオを胸の前で握り締めていた。
 ゆっくりと歩み寄る祐巳さま。
 動けない。拒絶の言葉を吐く口も、この場を逃げ出すための足も。いや、もう動く必要なんかなかった。
 瞳子を必要とする祐巳さま自身のお気持ち。本当に欲しかったその言葉を聞くことが出来たのだから。
「本当によろしいのですか。こんなに我が儘で、扱いにくい子で」
「言ったでしょ。あなたでなきゃだめなの」
 瞳子を見つめる祐巳さまの瞳には、温かい優しさが満ちていた。
 もういいんだ、この人の前では素顔を晒しても。この人ならどんな私でもきっと受け止めてくれる。
 そう思うと我知らず、瞳子の頬を熱いものが伝っていた。
「お受けします」
 頭を少し下げた瞳子に、祐巳さまは両手でロザリオの鎖を輪の形に広げてそっと掛けてくれた。そして盾ロールの乱れを直し、頬の涙を指で拭うと言った。
「ありがとう。それと……ごめんね、こんなに待たせちゃって」
 気がつけば祐巳さまの頬も濡れている。
「私こそごめんなさい。私、祐巳さまに今までずっとひどい事を」
「ううん、瞳子ちゃんにひどい事されたなんて思ったことないよ」
「祐巳さま」
「瞳子ちゃん」
 どちらからともなく手を伸ばすと、二人は抱き合って静かに泣き続けた。

「そうだ、もう一つ受け取ってもらいたいものがあるんだ」
 二人で一しきり泣いた後、えへへっと笑って瞳子の背中に回していた腕をほどくと、祐巳さまはバッグの置いてあるところへ行き、何かを取り出した。そして背中に隠したまま瞳子の所まで戻ると「はいっ」と言って、きれいな包装紙に包まれ、リボンで飾られた小さな箱を差し出す。
「開けてみて」
 祐巳さまに促されて開けた箱の中には、小さな手作りのチョコレートが入っていた。
「祐巳さま……」
「1日遅れでごめんね。ほんとは昨日渡したかったんだけど、バレンタインイベントの間に瞳子ちゃん帰っちゃったみたいだから。でも多分上手に出来てると思うんだ。よかったら食べてみて」
 瞳子は一つ摘むと口の中に入れてみる。
「どう?」
「とっても美味しいです、お姉さま」
「よかった」
 うれしそうに笑う祐巳さまのお顔が、また少し滲んでくる。
 口の中のチョコレートはほどよい甘さと微かな苦味、そして涙でほんの少ししょっぱかった。

(終)










  ☆ ☆ ☆


「ど、どうかな?」
「ボツ」
「えぇ! またなの? どこがいけなかったの?」
 放課後の一年椿組の教室には、短編小説を持ち込んだ少女と、その原稿を読む強面の編集の二人がいた。
 編集(瞳子)に容赦ないダメ出しを食らった持ち込み少女(祐巳さま)は落胆の色を隠せなかった。

 年明け早々に再び姉妹の契りを申し込んできた祐巳さまに瞳子が出した条件、それは瞳子が納得するシチュエーションならロザリオを受けるというものだった。そのため祐巳さまは脚本を書いて、こうして瞳子の下に足繁く通うようになっていた。

「細かいことを言い出せばキリがありませんが、全体的に祐巳さまに都合が良すぎますわね。そんなことだから『福沢時空』と言われるのです」
「ふくざわじくう? 言われるって誰に?」
 瞳子は目を丸くして尋ねる祐巳さまを無視して続ける。
「第一手を曳かれて易々と温室について行くような瞳子ではありません」
「でも来てもらわないと話が始まらないし」
「それは古い温室にこだわるからですわ」
「ロマンチックな場所ってリクエストしたの、瞳子ちゃんだよ」
「何も古い温室だけがロマンチックという訳ではないでしょう。それにあの温室も、もうワンパターンですわ」
「じゃあどうすればいいの?」
「それを考えるのが祐巳さまのお役目でしょう」
「そんなぁ」
 食い下がる祐巳さまを瞳子はバッサリと切って捨てる。
 もはや涙目の祐巳さまに瞳子は尚も追い打ちをかける。
「それともう一つ。誤字には注意してくださいと、この間から口を酸っぱくして言ってるのに相変わらずですわね。なんですの、『盾ロール』って。失礼にも程がありますわ」
「……ごめんなさい」
 侃々諤々と議論を戦わす二人は、既に本来の姉妹制度を完全に忘れていた。

「ねえ瞳子ちゃん、こんなに頑張ってるんだからこの辺でそろそろ手を打たない?」
 気を取り直した祐巳さまは、えへへっと愛想笑いを浮かべて瞳子に言う。しかし瞳子は妥協を許さない。
「何をおっしゃいます。表現者たるもの、努力に評価を求めてどうするのですか。評価は作品のみが受けるべきものですわ」
「……はい」
「次こそはいいモノを期待していますわよ」
「……」
 がっくりと肩を落とし、トレードマークのツインテールも萎(しお)れて去って行く祐巳さまの後ろ姿を見送りながら、瞳子はニシシッと忍び笑いを漏らすのだった。










  ☆ ☆ ☆


「ごきげんよう」
 朝、乃梨子が教室に入ると、ニマニマしながら瞳子が何かを読んでいるのが目に入った。
「ごきげんよう。見てください乃梨子さん。昨日また一つ素敵なお話をゲットしましたわ!」
 乃梨子に気づいた瞳子は席までやって来て、何か書かれているレポート用紙を乃梨子に渡した。それはたしか通算5本目だっただろうか、祐巳さま脚本、瞳子主演の茶番劇の台本のようだ。
 受け取った乃梨子はしばらく黙って読んでいた。読み終わった頃を見計らって瞳子が言う。
「どうですか。なかなか素敵でしょう」
「そうだね」
 冷静に応える乃梨子の反応も知らぬ気に、一人テンションの高い瞳子は続ける。
「書く度に瞳子に対する愛が深まってきてたまりませんわ。もうこれは祐巳さまからのラブレターですわね」
「まあそうだね。で、これでOKにしたの?」
「いいえ。祐巳さまには悪いですがもう少し頑張って頂きます。だってラブレターと姉妹の主導権の両方が手に入りますから、こたえられませんわ!」
 そんな浮かれまくる瞳子に、乃梨子は言った。
「ああ、それでか。瞳子それちょっとヤバイよ。昨日祐巳さま、薔薇の館であんまり凹んでたから、どうなさったんですかって訊いてみたの。そしたら、『もう瞳子ちゃんと姉妹になるのは諦めるかも知れない』って力なく言うの」
「えっ! そんな……」
 一瞬にして顔色を失う瞳子。
「あんたちょっとやり過ぎだって。祐巳さま本当に諦めちゃったらどうするの」
「ど、どうしましょう、乃梨子さん」
「知ーらないっと」
 その日一日、瞳子は自慢の縦ロールもほどけて、フッと息を吹きかければサラサラと崩れ落ちそうなほど真っ白に燃え尽きていた。










  ☆ ☆ ☆


 放課後、乃梨子が薔薇の館に行くと祐巳さまが先に来ていて、何か書類を書いていた。
「ごきげんよう、祐巳さま」
「ごきげんよう。ねえねえ、どうだった?」
 挨拶もそこそこに、祐巳さまは急かすように訊いてくる。
「それはもうビビりまくってました。かわいそうなほどに」
 実は今朝のことは、祐巳さまに頼まれたブラフだったのだ。本当は昨日の祐巳さまといえば、「あはは、またダメだったよー」なんてあっけらかんとしたものだった。
 だから本来なら瞳子の味方をする乃梨子だが、しかし「一日も早く瞳子ちゃんと姉妹になりたいの。ねっ、お願い」なんて痛いところを突かれたら、断れるものではない。
 乃梨子は祐巳さまに今日一日の瞳子の様子、朝の会話から始まって放課後に至るまでを、こと細かに報告した。
「あはは、そうなんだ。じゃあ次こそは採用されるかな」
「だといいですね」
「よしっ! 頑張ろうっと!」
 そう言って祐巳さまは書きかけの6本目の脚本に取り掛かった。
 私にあんな仕掛けを頼んだのに、瞳子が頭を下げてくるのを待つんじゃなくて、ちゃんと脚本は書くんだ。律儀ですね、祐巳さま。
 祐巳さまのそんなところが嫌いではない乃梨子は、二人が早く姉妹になれたらいいね、と思って小さく笑った。












(つーか二人して下らねぇ事に私を巻き込むんじゃねぇーーー!!)

 来年度が思いやられる乃梨子の、魂の叫びだった。


【1061】 癒し系魔法少女敦子と美幸  (柊雅史 2006-01-29 22:09:04)



 ここはリリアン女学園。
 マリア様のお庭に集う少女たちが、心安らかに日々を過ごす地上の楽園。
 けれど、そこに通う生徒たちは知らない。この平和な日々が誰かの手で守られているということを。
 楽園にも、時にはその和を乱さんとする『闇』が現れる。
 そしてこれは、その『闇』と戦う、決して表舞台には現れることのない、
 二人の少女の物語である――


     †   †   †


「ぅぇへへへ……祐巳さま、祐巳さま……はぁはぁ……」
「ドリドリィ〜☆ 祐巳さまステキですわドリドリィ〜☆」
 夕暮れのキャンパスに、二つの不気味な影が存在していた。一方のシルエットは驚くほど背が高く、もう一方は頭の左右にくるくるの縦ロールがついている。
 細川可南子と、松平瞳子。
 リリアン女学園に通う二人の生徒――だが、どこか様子がおかしかった。
「あぁ……祐巳さま。祐巳さまを思い切り高い高いして差し上げたい……はぁはぁ」
「あぁ……祐巳さま。祐巳さまを思い切りドリルで貫きたい……ドリドリィ〜☆」
 少し前を行く紅薔薇のつぼみこと、福沢祐巳。その姿を見詰める二人の目は、どこか危険な色を宿していた。普段とあまり変わらないよ〜な気もするけれど、はぁはぁぶりが普段の3倍増しである。
「くっふふふ……今日は邪魔な紅薔薇さまはお休み。チャンスですわよ、瞳子さん?」
「ええ、可南子さん。拉致って捕らえてドリドリィですわよ」
 頷きあう二人の背後に、ずもももも、と黒いオーラが立ち上った。二人はそっと足音を忍ばせ、前方をのんびり歩く紅薔薇のつぼみに接近する。
「はぁはぁ……ゆ、祐巳さまぁ……」
「はぁはぁ……ゆ、祐巳さまぁ……ドリドリィ☆」
 平和でボケボケっとした顔で歩く紅薔薇のつぼみまで、あと3歩。
 正に二人が地面を蹴って襲いかかろうとした、正にその瞬間だった!

「お待ちなさい、かしら!」
「かしらかしら、そこまでかしら!」

 鋭い制止の声が響き、可南子と瞳子の足元に、銀色に輝くロザリオが打ち込まれる。
「ぬぅ!」
「ドリィ☆」
 慌てて後ろに飛びのく二人の前に、ふわりと音を立てずに二つの人影が舞い降りる!
「かしらかしら、見つけたかしら!」
「邪悪な存在、許さないかしら!」
 リリアン女学園の制服に身を包み、ふわふわと重力を無視して浮かぶ、二つの影!
 そう、その正体は――!
「マリア様のお庭で不埒な真似は許さないかしら!」
「癒し系魔法少女、敦子と美幸、参上かしら!」
 正体バレバレ、敦子と美幸だった!
「可南子さんと瞳子さんの、祐巳さまを想う気持ちを誑かすなんて許さないかしら!」
「かしらかしら、許さないかしらー!」
 ビシッと手にした聖書を突きつける二人に、可南子と瞳子は気圧されるようにじりっと一歩下がった。
「ドリドリィ☆ やはりあなたたちが癒し系魔法少女でしたのね、敦子さん、美幸さん!」
「聖書朗読クラブなら、常に聖書を携帯していてもおかしくない……そういうことね」
 可南子がなるほどと頷いて、敦子と美幸を鋭く見据える。
「ぅあ……に、睨んでも怖くないかしら……」
「せ、聖書の調べを聴いて浄化されるかしらぁ……」
 ちょっとへっぴり腰だが、敦子と美幸は素早く聖書を開いて身構える。
 そう、リリアン女学園を守る癒し系魔法少女の武器は、リリアンっぽく聖書なのである。
「面白い……私の、祐巳さまを高い高いして差し上げたいと想う気持ちを、あなたたちに止められるかしら!?」
 可南子が素早く地面を蹴った! 元々運動神経の高い可南子の運動能力は、邪悪な何かの影響で3倍増しだ! 残像すら残す勢いで突進する可南子に対して、敦子が素早く聖書をパタンと閉じた!
「聖書朗読・アタ〜〜〜〜〜ック!!」

 ごずめり。

 敦子が突き出した手に握られた聖書が!
 突進した可南子の顔面にめり込んだ!!!
「ぶ、物理攻撃……!?」
 空中で聖書に顔面から突進する形になった可南子が「それ反則ぅ」と呟きながら地面に落ちる。その隙を敦子も美幸も見逃さなかった。
「せ、聖書朗読アタックアタックアタックアタックアタックアタックアタック!」
「アタックかしらアタックかしらアタックかしらアタックかしらアタックかしら!」
 ごず、めご、ごき、ごめ、ごりごり。
 そんな擬音を発して、癒し系魔法少女の聖書朗読アタックが可南子の背中や後頭部に打ち下ろされる!
「や、止めてぇーーーーーーーーー!」
 聖書朗読アタックの聖なる力の波動に耐え切れなくなった邪悪な何かが、泣きながら可南子の体から飛び出していく。決して物理的にボコられて泣いているわけではないので、念のため!!
「はぁはぁ……やったかしら!」
「癒し系魔法の前に敵はないかしら!」
 ふぅ、と爽やかな汗を拭って二人の魔法少女は爽やかな笑みを浮かべ、もう一人の邪悪なる者に視線を転じる。
「さぁ、瞳子さんに取り付いたアナタ! アナタも聖書の調べを聴いて癒されるかしら!」
「マリア様の御言葉に耳を傾けるかしら!」
 ちょっぴり強気に宣言する二人に、残った瞳子が笑みを浮かべる。
「ふふふ……可南子さんを祓ったくらいで、調子にのらないで下さいませ、ドリドリィ☆ 私の祐巳さまをドリルで貫きたい願望は、その程度で怯むものではありませんことよ、ドリドリィ☆」
 不敵に笑う瞳子の縦ロールがうにょうにょと動き、シャキンと音を立てて硬化する!
「喰らいなさいですわ……必殺、デモンズ・ドリル!」
 瞳子が叫ぶと同時に地面を蹴る!
 キランと鋭くドリルを輝かせながら、瞳子はえいやと敦子にキックをお見舞いした!
「あいた! ど、ドリルじゃないのかしら!?」
「う、嘘吐きは泥棒の始まりかしら!」
 よろめく敦子をフォローするように、美幸は聖書を閉じて大きく振りかぶった!
「聖書朗読アターーーーーーーック!」

 ガィィィン!

 鋭く打ち下ろされた聖書の固い背表紙が、金属音を立てて何かに阻まれる!
「か、かしらぁ!?」
「盾ロール・モードの前に、聖書の背表紙など無力ですわドリィ☆」
 ドリルから素早く盾ロールに変形した瞳子の髪に、必殺の聖書朗読アタックを封じられた美幸が、驚愕の表情で立ち尽くす。
「そして今度こそ……デモンズ・ドリルーーー! ですわドリィ☆」
「かしらかしらーーー!」
「きゃあー、かしらー!」
 再びドリル形態になった瞳子の髪の一撃に、敦子と美幸は吹き飛ばされた。
「く……髪の毛だから痛くないけど、厄介かしら」
「かしらかしら」
 必殺の聖書朗読アタックを破られ、ダメージを食らった(よ〜な気もする)二人は、焦りの色を滲ませる。
「おーほほほほ! 癒し系魔法少女、敗れたりですわ! ドリドリィ☆」
 高笑いをする瞳子に、敦子と美幸は素早く視線を交錯させた。
「こうなったら、奥の手かしら! 美幸さん!」
「分かったかしら、敦子さん!」
 二人は素早く手を握り合うと、それぞれもう一方の手に握った聖書を天高く掲げる。
「ブラック・バイブルーーー!」
「ホワイト・バイブルーーー!」
 ドドーン、と落雷にも似た何かが、二人の聖書に降り注ぐ!
「ぬ……何事ですの!? ドリィ☆」
 驚く瞳子の眼前で、光に包まれた敦子と美幸が、今正に必殺技を繰り出そうとする!
「マリア様の美しき魂が!」
「邪悪な心を打ち砕く!」
『癒し系魔法! ホーリーバイブル・スクリューーーーー!!』
 七色に包まれた敦子と美幸は、手にした聖書を大きく後ろに引き絞り――
『マーーーーーーーーックス!!』
 投擲した!!

 ごめり。

 鋭く投じられた聖書を顔面でキャッチし――
 瞳子はぱたり、とその場に倒れたのだった……。


     †   †   †


 ここはリリアン女学園。
 マリア様のお庭に集う少女たちが、心安らかに日々を過ごす地上の楽園。
 けれど、そこに通う生徒たちは知らない。この平和な日々が誰かの手で守られているということを。

「かしらかしら、ごきげんようかしら〜」
「可南子さん、瞳子さん、ごきげんようかしら〜」
「ああ、敦子さん、美幸さん……」
「ごきげんようですわ……」
 ふわふわと挨拶をする敦子と美幸に、可南子と瞳子はどこか元気なく挨拶を返した。
「かしらかしら、元気ないかしら?」
「どうかなさいましたかしら?」
「なんだか少し、頭が痛くて……」
「可南子さんもですの? 私も朝から頭痛が止まらないのですわ」
「まぁ、それは大変かしら」
「かしらかしら、大変かしら」
 敦子と美幸はふわふわと首を捻りながらしばし考え――
「そんな時は、聖書朗読かしら」
「お二人とも、是非とも聖書朗読クラブへお入り下さいかしら」
 ふわふわと笑みを浮かべて携帯サイズの聖書を差し出す二人に。
 可南子と瞳子は揃って悪寒にも似た何かを感じ、謹んで二人の厚意を辞退するのであった。


 ここはリリアン女学園。
 その平和を守る二人の癒し系魔法少女の正体と存在を知る者は、今のところマリア様しかいない。


【1062】 どうにもこうにも瞳子父、娘溺愛力の限り  (柊雅史 2006-01-30 00:46:53)


 ごきげんよう、諸君。
 私が松平家当主、スペシャル・ラブリー&グレート・プリティな瞳子の父である!
 日頃から可愛い我が瞳子を可愛がって頂いて至極感謝である。が、しかし! 最近急増している可愛い瞳子を邪な目で見る輩は今度切りに行くので覚悟しておくが良い! 瞳子に近付く悪い虫は、私が切り捨ててくれる! こんなにも可愛い瞳子を思う気持ちは分かるが、出直して参れ、この虫けらどもがっ! ふんぬぬぬ……!!!
 はっ……失礼、取り乱してしまったようだ。
 今日は特別に、可愛くて可愛くてその可愛さは将来世界の社交界を席巻すること間違いなしの我が愛娘、瞳子と私の日常をお知らせしよう。ふっふっふ、親ばかと呼ぶなら呼ぶが良い、私は瞳子のためなら小笠原家にも口喧嘩までならする覚悟である! すげぇぜ、お父さん! 頼りになるぜ、お父さん! 瞳子、お父さんをもう少し誉めてくれても良いんじゃないかな!?
 さて、本日は日曜日。今日ばかりは瞳子も少しお寝坊さんだ。すーすーと、可愛い寝息を立ててベッドに横になっている瞳子が、今、正に私の目の前にいる! ぬっはぁぁぁ! 可愛い、可愛すぎるよ、愛娘! お父さんは嬉しい! 今、無性に嬉しい! っくはぁー!!
「ふふふ、瞳子、朝だぞー。朝ごはんが出来てるぞー。さぁ、起きなさーい」
「すーすー」
 優しく揺り動かした私に、瞳子は可愛らしい寝息で応える。はぁはぁ。
 その白磁のような頬が、まるでアレだ。私のおはようのキスを待ち侘びているかのようではないかね!? そうだ、そうだとも! 思えば4歳の頃まで、瞳子のことは私がそうやって起こしてあげていたではないか! 5歳の時に照れて引っ叩かれて以来ご無沙汰ではあるが、瞳子だって照れてるだけだとも! 応、その通りだとも!!
「瞳子ちゃ〜ん、起きましょうね〜。んー……」
「何をしてるんですか旦那さまぁ!!」

 ドン! ごろごろごろ……ごめし。

 突如現れたメイドに横から突き倒されて、私はクローゼットにしこたま後頭部を強打した。
「ぬぅ、彩子くん、何をするのかね!」
「それはこちらのセリフですわ、旦那さま! 私の瞳子お嬢様に何をなさるおつもりですか!?」
「誰のだね、誰の! 瞳子は私の娘だよ、君ぃ! それに私はただ、瞳子におはようのキスをしようとだな……」
「おはようのキスですって!? 旦那さま、お嬢様はもう16歳なのですよ! もうそんなお年ではありません!」
「ぬ、ぬぅ……!」
 メイドの癖に妙に迫力ある彩子くんに気圧された私の眼前で、彩子くんが瞳子を揺り動かす。
「おはようございます、お嬢様。朝ですよ」
「ん……彩子さん……おはよう、ですわ……」
 もそもそと起き上がる瞳子は、ちょっとぼんやりしていてとても可愛い。うむ、瞳子可愛いよ、瞳子!!
「はい、おはようございます。――ちゅ☆」
「ぬぁあああああああああああああああああああああああ!?」
 起き上がった瞳子のほっぺに、彩子くんがキスするのを見て、私は思わず叫んでいた。
「あ、彩子くぅん! 君は! 君は! 何をしているのかね!?」
「おはようのキスですわ、旦那さま」
「君は! 君は過去の自分の言動をお忘れかね!? にわとりでももう少し記憶力を持っていると私は愚考するのだがどうかね!?」
「まぁ、旦那さま。私と旦那さまは別ですわ。――ね、お嬢様?」
「ぬぅ、瞳子! 瞳子も何か言ってあげなさい! あ、彩子くんは瞳子に、おはようのききききき、キスなどをだねぇ!」
「き……」
 詰め寄った私を見て、瞳子が目を丸くして言った。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああっ!!!」


 瞳子。
 悲鳴を上げて私を追い出すとは、どういうことなのだね……?(涙)


 そんな朝のスキンシップを終え、私は仕事に出掛ける。仮にも松平グループを束ねる身、悲しいかな瞳子と日曜日をエンジョイするなんて時間はそうそう取れないのである。
「――このように、我が社の製品は従来のものに比べて30%のコストダウンを実現しまして――」
 そんなどこかの会社の営業トークを、私は不機嫌に聞き流していた。正直、私にとっては30%のコストダウンなどどうでも良い。それよりも、最近すっかり私のスキンシップを拒むようになってしまった瞳子のことの方が気がかりである。
(ぬぅ……瞳子、どうしておはようのキスをさせてくれないのだ……)
 説明を終えた取引先の社長を睨みつつ、私は自問する。
 まぁ、アレだな。きっと照れてるだけなのだろう。何しろ瞳子の将来の夢は、お父様と結婚すること(@3歳の頃)だからな!
「……そ、そういえば、ですね。松平社長」
「……なんだね?」
「いえ、その……ははは、最近、うちの娘がですねぇ……」
 私の不機嫌な空気に耐えられなかったのか、その社長は引きつった笑いで世間話などを始める。
 曰く、最近娘さんが冷たいだとか。
 洗濯物を別にされるだとか。
 なんと言うか……涙を誘う話である。
「そうか……苦労しているのだね、君も」
「はぁ……。松平社長のところも、お嬢様がいましたよね。とても可愛らしいと評判の」
「む……ま、まぁ、それほどでもあるがな」
「お嬢様はいかがですか? 洗濯物とか」
「はっはっは、私はそこまでは嫌われておらんよ。まぁ確かに、最近少し照れてスキンシップが減ってはいるがね」
「そうですか……いや、羨ましいですな。うちの娘もお嬢様のように、もう少し優しい子でしたら、良かったのですが」
 はぁ、とため息を吐くその社長に、私は歩み寄って握手をしていた。
「まぁ元気を出したまえ! きっと娘さんも照れているだけだとも! おお、そうだ。ところでこの製品、コスト30%ダウンだそうだな! うむ、良かろう、早速契約しようではないか! はっはっは、きっとこれで君の娘さんも、君を尊敬するだろう!」
「は、はい! ありがとうございます!」
 頭を下げる、娘に洗濯物を別にされている社長に、私はうむうむと頷いた。
 そうだとも、確かに最近スキンシップは減っているが、なんの、優しい瞳子はそこまで私を嫌ってはいないではないか! ぬっはっはっは、いやむしろ、瞳子は私を愛しているに違いない! くぅぅ、照れ屋さんな瞳子もまた、可愛いではないかね、諸君!?


 その日の帰宅は午前1時過ぎ。さすがに瞳子も既に寝ている時間だった。
「……仕方あるまい。寝る前に瞳子の寝顔でも見て寝るか……」
 私は一日の疲れを引きずりながら、そっと瞳子の部屋のノブを回し――
「……ん?」
 ドアには鍵でもかかっているのか、ノブは一向に回らなかった。
「あー、彩子くん、彩子くん」
 ちょうど通りかかった彩子くんを呼び止める。
「なんだか、瞳子の部屋に鍵がかかっているようなのだが?」
「ええ、今日の昼間に業者の方に来ていただいて、中から鍵をかけられるようにしました」
「そうなのかね? まぁ、確かに最近は物騒だからな。しかし、それでは朝など、不便ではないかね?」
「あぁ、それなら大丈夫です、ここに鍵がありますから」
 彩子くんがポケットから鍵を取り出す。
「一応、奥様や他のメイドも持っていますので、ご安心下さい」
「む、そうかね」
 なるほど、と頷いて手を出した私に。
 彩子くんはにっこり笑って言った。
「もちろん、旦那さまのはございません」
「…………………………………………………………………………………………」
 呆然と立ち尽くす私に、彩子くんが立ち去り際に、声を掛ける。
「あ、それと。旦那さま、旦那さまの洗濯物は、今日から青い籠に入れてくださいませ」
「な、ななななななな、何故かね!?」
「お嬢様のリクエストです」
「…………………………………………………………………………………………」
 サラッと言い残して立ち去る彩子くんを見送った私は……
 私は……
「ぬ、ぬおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
 固く閉じた瞳子の扉と、格闘を始めた。


 瞳子、瞳子……可愛い私の瞳子!
 照れているだけだよね、瞳子!
 お父さんを嫌っていないよね、瞳子!?


 バキッと音がして、ノブが壊れた。
 父の愛は、たかが鍵一つくらいの障壁など、物ともしないのである!
「瞳子ー! 今、今お父さんが行くぞ! 瞳子ーーーーーーー!!」

 ばりばりばりばりばりばり……!!

 一歩部屋に踏み込んだ私を、おっそろしいほど強力な電撃が貫いた。


 瞳子……。
 いくらなんでも、電撃トラップまで仕掛けなくても……良いんじゃないかなぁ……。


 薄れ行く意識の中――
 私はまだ小さい瞳子の、可愛らしい笑顔を見たような気がしたのだった。


【1063】 ある意味で普通の女の子  (朝生行幸 2006-01-30 01:10:15)


「〜♪」
 特に意味もなく、気分だけで鼻歌を歌いながらクラブハウスの階段を上るのは、新聞部部長山口真美だった。
 廊下に適当かつ無造作に並べられた、各クラブの荷物を軽快に避けながら、新聞部室に向かう。
 扉を開けようと、取っ手に手をかけたその時。
『うわ〜!』
 部屋の中から、部員たちのおそらくは感嘆の声が聞こえた。
 何の話をしているのかちょっと気になり、取っ手からそっと手を離した真美は、音を立てないように、扉の前で耳を欹てた。
『どう?スッゴイで………これ』
 なにやら自慢気に聞こえるその声は、真美の姉であり前部長、築山三奈子のものだった。
『大きい〜』
『こんなの入る……すか〜?』
 所々が聞き取り難くく、話の内容を想像で補完するしかない状態。
『もち……よ。入るかどうか試し……る?』
『でも、私たち初め………ですし』
『大丈夫、一度……しまえばあとは……だから』
『じゃぁちょっと…』
『おっと、それはまた後でね。先に………くことがあるわ』
 急に声音を変える三奈子。
 何かを感じたのか、更に中に集中する真美。
『なんでしょうか?』
『いい?私たちがヤルことは、…に危険よね』
『はい』
『だから、万が一のために、コ…ド…ムを付けておく必要が…わ』
 よく聞こえなかったが、何か聞き捨てならない単語を聞いたような気がする。
 止めるべきか、それとも…?
「ごきげんよう真美さん。…何やってるの?」
「シィー!静かに!」
 器用に小声で叫ぶ真美に、訝しげに眉を顰めたのは、声をかけた張本人、写真部のエースこと武嶋蔦子だった。
 室内の音を盗み聞きしているのは、言われるまでもなく分かっているのだが、それが三奈子だというのならともかく、真美がしているとは、蔦子にも予想外の出来事。
 なんとなく興味を惹かれ、蔦子も同じようにドアから聞こえる声に集中する。
『コ……ーム、ですか?』
『そう、これさえ付けていれば、もし……が漏れてしまっ…安全だから』
『そうですね』
『さぁ、好きな色…選び…』
『わたしはグリーン…』
『私は赤いのが…』
『じゃぁワタクシは青い…』
「なんで色なんて選ぶのかしら?」
 訝しげに呟く蔦子。
 途中からしか聞いていないため、どうも要領を得ていないようだ。
「………」
 最初から聞いていた真美、漏れ聞こえてくるそれぞれセリフの、聞き取り難い部分を無理に補完すればするほど、変な方向に想像してしまい、顔が段々赤くなってくる。
『早速付けていいですか?』
『ええ、ちょっと待っ……。すぐに取り出……』
「ちょっと待ったぁ!!」
 ドバムと扉を開けて、転がり込むように室内に足を踏み入れた真美は、大声で三奈子を制止した。
『!?』
 イキナリ乱入した真美に、目を白黒させる三奈子と部員たち。
「お姉さま!部室でいったいナニをしているのですか!?」
「何って…。可愛い後輩たちに、部員としての心得と、元部長である私の輝かしい歴史の足跡を教えているだけなんだけど」
「へ?」
 三奈子と部員たちの前には、今にも溢れそうなぐらいの、古新聞や原稿用紙、かわら版の準備稿、フロッピーディスク等が詰まったダンボールが置いてあった。
 資料と称して、有名どころの新聞やトースポダイスポなども詰め込んでいるため、余計に嵩が増している。
「じゃぁ、スゴイとか大きいって…」
「このダンボールや、入ってる原稿の量よ」
「入るかどうかって話は?」
「みんなに渡したダンボール箱を置くスペースのこと」
「じゃぁ、危険なことって…」
「張り込みや潜入って危険よね。中には反発する相手もいるから」
「じゃぁその…コなんとかを付けるって話は…」
「コードネームよ。名前を知られると面倒だし、情報を漏らさないように、それぞれ決めておけば安全でしょ」
「それじゃ、色は何を…」
「それぞれの箱に、コードネームに含まれている色を貼っておけば、どれが誰のだか一目で分かるでしょ」
「じゃぁ、さっきまでの会話は…」
「だから、最初に言った通りよ」
 ガックリと、その場で跪く真美。
 自分が想像していたことを思い返すと、顔から火が出そうなくらいに恥ずかしい。
「どうしたの真美?大丈夫」
 慌てて真美の元に駆け寄る三奈子。
 真美は、三奈子の顔を見ることが出来ず、ひたすら俯きつづけるだけだった。
「真美さん、何を考えていたのかはあえて聞かないけど…」
 蔦子が、真美の横にしゃがみつつ、その背中をポンポンと叩く。
「どうやら、想像が過ぎたみたいね」
 その言葉に、更に顔を上げることが出来ない真美だった。

 これ以降、部長が認めた正規の資料・原稿・版下以外、部室に置くのは禁止とされた。


【1064】 ひとりぼっちの瞳子のハッピーデイズ五・七・五  (冬紫晴 2006-01-30 02:53:36)


※3人います。順に、可南子ちゃん、祐巳、瞳子ちゃん

情けない 私にあれだけ 突っかかり 発破をかけて
 ふて腐れ 世をはかなんで 逃げようと していた私を
引き留めて 連れ戻そうと あなたは 必死だったのに
 今度は 逃げ出して 閉じこもり 消えようだなんて
許さない そんなことは 逃がさない 絶対にあなたを
 敵になる 今度は私が 友になる 私が今度は いてあげる
 何があっても 放してあげない


両親の 名を少しでも 受け継いで いるというなら
 なけなしの 力をもって 凍えてる あなたの心を
少しでも あたためたいと 思うだけ 祝福したいの
 それも罪? 私の押しつけ? ただ私 あなたを思えば
悲しくて 守りたくなる それだけの ことだというのに
 受け止める 覚悟はなくて それだけど どうしようもなく
待っている それでは足りずに 追いかけて つかまえなければ
 あなたはどこかに 消えてしまいそう


断った 私は悪い? 悪くない 私は一人
 内側に 暖かな気持ち だからこそ 受け入れられない
うそをつく 同情なんて そんなこと してないことは
 私はもう わかっているのに 哀れみの 言葉を聞けば
思い知る 私の立場 人形の 私の立場
 棄てられて たたきつけられ 泣くことを 忘れてしまった
うそをつく 涙を流し うそをつく 笑顔を作り
 うそをつく 演技をしながら うそをつく すべてのひとに
泣き方も 笑い方すら 忘れてる 何時の間にやら
 忘れてる 自分の気持ちも 何もない 哀れな人形

場違いな 私がいても 祝福は 私を包んで
 守られて いることを感じ 心から 感謝の気持ち
満たされて あふれ出しそう

 ありがとう 私の友達 一言が 言えないだけで
やわらかく あたたかい何かに 守られて 私は幸せ
 でもだめだ 今の私は 受け取れない 先が見えない

 兄様が むかえに来たよと 微笑んで 手をさしのべる
場違いな 私はその手を 取るしかない

 ここが私の 家ならいいのに


【1065】 蔦子さんブーム  (柊雅史 2006-01-31 01:09:30)



 かつて黄薔薇革命が勃発した時に、続発する由乃さんごっこを評して「リリアンの生徒は総じて退屈を持て余している」みたいなことを、私は祐巳さんに言ったことがある。
 つまり結論から言えば、今回の出来事も「リリアンの生徒が総じて退屈」だったからこそ、起こったことだったのかもしれない。
 あの……悪夢のような、出来事は。


「ふんふんふん〜♪ 今日は晴天、絶好の写真日和ねー」
 ある晴れた日の朝、私は上機嫌でリリアン女学園の門をくぐった。毎朝、マリア様像の前で祈る少女たちを写真に収めることを生きがいの一つにしている私は、お天道様が爽やかに輝いているだけで上機嫌になれる。美しい少女たちの背景に広がるのは、うす曇りの空よりも青く澄み切った晴天の空に限る。自然の陽光こそが、少女たちをもっとも輝かせる光源と言えるだろう。
「ふんふんふん〜……ん!?」
 鼻歌交じりにいつもの定位置――マリア様像の脇の茂みに身を潜めようとした私は、そこで不意に殺気にも似た気配を感じて、パッと顔の前に手をかざす。
 パシャリ。
 その瞬間、聞きなれたシャッター音が茂みの中から聞こえ、私は呆れたようにため息を吐いた。
「こーら! 勝手に人の写真を撮るんじゃありません!」
 私が茂みを掻き分けると、そこでちょこんと小さくなっていた少女が「えへへ」と照れたように笑った。
「さすがです、蔦子さま。せっかくご機嫌な蔦子さまを撮れると思ったのに」
「あのね、笙子ちゃん。イヤがる人を勝手に無理矢理、無許可で撮影しちゃダメじゃないの」
「えー。でも蔦子さまだって、してるじゃないですかぁ」
「私は良いのよ。みんな喜んでくれてるんだから」
 ぶー、と口を尖らせる女の子――最近仲良くなった一年生の笙子ちゃんを一睨みして、私は茂みの中に分け入った。
「でも、祐巳さまだって嫌がってるじゃないですか? でも蔦子さまは遠慮なく撮りまくってます」
「祐巳さんは良いのよ、それが可愛いんだから」
 笙子ちゃんの訴えを適当にかわしつつ、私はマリア像に向けてカメラを構え、露光やシャッタースピードを調節する。毎日同じ場所から写真を撮っているけれど、同じ設定で同じようにベストショットが狙える、なんてことはない。毎日の微調整が大切であり、また楽しくもあるのだ。
「むー、そんな蔦子さま理論に負ける笙子じゃありません!」
「はいはい。――ほら、黙って。来たわよ」
 並木道を歩いて来る生徒の姿を認め、私は笙子ちゃんの口に軽く指を触れて、そのお喋りな口を封じた。笙子ちゃんは少し顔を赤くして黙りこくり、慌てて買ったばかりの一眼レフを構える。
「ふふふ、良い感じだわ。今日は湿気も絶妙、日差しも絶妙。良い写真が撮れること間違いなしね」
「蔦子さま、昨日も同じこと言ってましたけど、私も同意見です!」
 力強く応じる笙子ちゃんと並んで、私はカメラを構える。こちらに歩いてくるのは、見たところ運動部の一年生だろうか。すらりと伸びた健康そうな足が魅力的である。これはローアングルから撮るに限ると判断し、私はぐっと姿勢を低くした。
 その一年生は胸元に両手を揃え、ゆっくりと近付いてきた。
「はは〜ん、さてはロザリオでも見ているのね? くぅ、可愛いわね! さては昨日、ようやくお姉さまを持った陸上部の里谷かおるちゃんかしら!? OK、かおるちゃん、蔦子さんが記念すべき素敵な朝の一枚をゲットしてあげるわよ!」
 ついつい興奮にあがりそうになる呼吸を抑えながら、私はかおるちゃん(仮)の接近を待つ。カメラのファインダー越しに綺麗な足が見え、スカートが見え、そして胸元が見え――
「――んぁ?」
 私は思わず、みょ〜な声を漏らしていた。
「な、何事……?」
 思わずカメラから目を離し、私は肉眼でかおるちゃん(仮)の姿を確認する。瞬きを繰り返し、ジーッとその胸元に視線を集中する。
 ――間違いなかった。
 その子が胸元で大事そうに抱えていたのは、ロザリオなんかじゃなく。
 カメラだった。
「……しかも写るんデスかよ」
 げっそりと呟く私の眼前で、その子は「はうっ!」と小さく声を上げると、素早い身のこなしでマリア様へのお祈りも抜きに、いきなり傍らの茂みに飛び込んだ。
「えーーーー!?」
 いきなりの展開に思わず立ち上がる私の目の前で、その少女は茂みの向こうにカメラを向けて、叫んだ。
「ぬっふっふ! 裕子さまの朝練風景ゲーット! ああ、飛び散る汗! 風にたなびくストレートヘアー! ステキです!」
「なんですとぉ!?」
 その叫びを聞いた私は、とりあえず突然の少女の奇行に対する疑問を横に追いやって、茂みを飛び出してその少女の隣へと突っ走った!
「裕子さまと言えば陸上部のエース! そのカモシカのごときおみ足は、正にリリアン一の美脚! そして走る時に舞う黒髪は、正に天使の翼が如し! ああ、ステキ! 素晴らしい一枚をありがとう!!」
 素早くシャッターを切った私は、ふー、と一仕事終えて汗を拭い、それから思い出した。隣で写るんデスを構えていた少女のことを。
「ああ、そうだったわ。あなた、一体……」
 振り向いた時、件の少女の姿は既になかった。


 朝一に遭遇した奇行少女は、それ単発だったなら「リリアンにも変わった子がいるのね〜」という、笑い話で終わったのだろうけど。
 その日の変事はそれだけに留まらなかった。


「こ、これは一体……」
 朝の勝手に撮影会を終え――とりあえず二人目以降はまともな写真が撮れた――教室に赴いた私は、そこで繰り広げられている光景に目を疑った。
「うふふ、さつきさんの間抜け顔、頂き♪」
「わ、酷いよ、冴子さん!」
「んー、その憂い顔が中々良いわね。どれ、一枚……」
「そうねぇ、今の一枚はさしずめ『日直当番のため息』といったところかしら?」
「私は知っている! 友子さんが密かに生徒手帳の中に令さまの写真を入れていることを!」
「いや〜、麻衣子さんはイイ! 凄くイイ!」
 そこかしこでカメラを構えては、パシャパシャとシャッターを切るクラスメートたち。
 それだけならまだしも。
「な、なんでしかもみんなメガネ!?」
 カメラを構えたクラスメート――実にその数、クラスの半数を超えている――は、何故か皆、揃ってどこかで見たような丸眼鏡をかけていた。
「な、何事!? ぅあ、大きな目が可愛い小夜さんまで、眼鏡を!? あ、今日子さん眼鏡似合う可愛い一枚頂き! い、一体何が起こっているの!?」
 とりあえず驚きながら眼鏡の似合う子の写真を撮り、私は狼狽して周囲を見渡した。こんな時、頼りになるのはやはり真美さんである。
「ごきげんよう、蔦子さん」
「! 真美さ――」
 パシャ。
 振り向きかけた私の眼前にカメラが付き出され、シャッターが切られる。
「ふむ……今のは『写真部のエース・狼狽の図』ってところかしら?」
 満足げに頷く真美さんの手には、本格的な一眼レフカメラが握られ。
 もちろん、眼鏡もしっかりかけていた。
「ま、真美さんまで!?」
 驚きながらもとりあえず眼鏡真美さんを撮影し、私は真美さんの手を引っ張って廊下に出た。
「真美さん、これって一体、何? 何が起こってるの?」
「何って、蔦子さんブーム」
「――は?」
 私の問いに対する真美さんの答えに、私の思考が一瞬停止する。
「だから、蔦子さんブームよ。リリアンのカリスマカメラマン、武嶋蔦子が今、最高にクールという評判が話題を呼び、リリアン女学園は今、空前の蔦子さんブームに沸きあがってるのよ」
 当然のように言う真美さんに、私はちょっと頭痛を覚えた。
 蔦子さん、ブーム? なによ、それ?
「必須アイテムはカメラと眼鏡。そして蔦子さんらしい行動――つまりは、シャッターチャンスを逃さない、その情熱的行動を模倣する。それが蔦子さんブームなのよ」
 えい、とばかりに呆然自失の私を写真に収め、真美さんは普段の真美さんらしい、ちょっと苦笑に近い笑みを浮かべた。
「ま、大丈夫よ。きっとみんな、すぐに飽きるから」


 真美さんの予言通り、蔦子さんブームはあっという間に廃れることになった。
 やはりフィルム代が、女子高生の懐には痛かったのだろう。ブームはその日一日で終了することとなる。
 だがその間、私の受けたダメージは計り知れなかった。
 隙あらば、カメラを構えて一斉にシャッターを切るクラスメートたち。
 迂闊に欠伸でもすれば、瞬時にカメラに取り囲まれる。
 お昼を食べれば、口を開けた瞬間に皆が素早く箸をカメラに持ち変える。
 しかも体育の時間には、ギラギラと迸るような歪んだ情熱が、着替え中のクラスメートを狙っているのだ。
「あー……さすがに頭痛い……」
 ようやくブームも下火になりつつあった放課後。私は祐巳さんに頼み込んで薔薇の館に避難させてもらって、ズキズキ痛む頭を抱え込んだ。
「あはは、大変だね、蔦子さん」
 祐巳さんが笑いながらぐったりしている私を写真に収める。なんかもう、写真に写るのは苦手だから止めて、と言う気力もない。
「災難でしたわね、蔦子さま。とりあえずお茶をどうぞ」
 瞳子ちゃんが紅茶を勧めてくれ、さぁお飲み下さいとカメラを構えている。
 なんと言うか……薔薇の館も、十分汚染されていた。
「あぁ……もう。ねぇ、祐巳さん。私ってば、いつもあんな感じなわけ……?」
 ずず、と紅茶をすすって、私は祐巳さんに尋ねた。
 いつでもどこでもカメラを構え、迫ってくるクラスメートや後輩、先輩たち。
 そのレンズの光――カメラと眼鏡の――を思い出して、私はぶるっと身震いした。
「うーん、そんなことないよ、蔦子さん。大丈夫!」
 ぐったりした私を元気付けるように、祐巳さんが明るく励ましてくれた。
「蔦子さんの方が、もっと強引で抜け目なくて、凄いから!」


 この時ばかりは。
 さすがの武嶋蔦子さんも、ちょっとばかり日頃の行いを反省したのだった。


「――まぁ、だからといって、止めるつもりはないけど」
 茂みに身を潜めて呟きながら、私はカメラを構える。
「おお! あの二人は先日姉妹になったばかりのホヤホヤ姉妹! OK、この武嶋蔦子さんが、思い出に残る一枚を撮って差し上げましょう!」
 素敵な一枚の予感に、興奮するのを抑えながら、私は素早くシャッターを切る。

 写真部エース・武嶋蔦子。
 どんなに日頃の行いを反省しようとも、誰も私の写真にかける情熱は、止められないのだ。


【1066】 五・七・五をやってみた  (柊雅史 2006-01-31 02:31:06)


 銀杏の葉 二人で踏んだ 帰り道     ――詠み人・松平瞳子

 帰り道 寒くてそっと 身を寄せる    ――詠み人・福沢祐巳

 身を寄せる あなたの頬は 紅葉のよう  ――詠み人・松平瞳子

 紅葉のよう? 瞳子ちゃんのも 同じだよ ――詠み人・福沢祐巳

 同じだよ? わたくしはただ 寒いだけ  ――詠み人・松平瞳子

 寒いだけ? それじゃあ手でも 繋ごうか ――詠み人・福沢祐巳



「……祐巳さま、もはや全然俳句になってないと思いますが……?」
「んー、まぁ良いじゃない。細かいことは気にしない、気にしない」
「……まぁ、祐巳さまに風流を期待するほど、瞳子は愚かではありませんけど……」
「むー、私だってその気になれば、ちゃんとしたの詠めるってば」
「では、その気になってくださいませ」
「良いよ。んーと……」




 帰り道 手には紅葉と あなたの手    ――詠み人・福沢祐巳





 繋いだ手を振り解く歌を、瞳子は最後まで口に出来ませんでしたとさ。


【1067】 食物連鎖の頂点にいるハニー!  (OZ 2006-01-31 02:48:17)


 午前の授業終了のベルが学園中に鳴り響く。
 
 そして、今日も毎日のように繰り返される学園の風景、いや、今やこれがリリアンの日常行事といっても・・・もはや間違いではない。
 ミルクホールを照れながら、しかし優雅に歩く一人の美少女、その名を『福沢祐巳』といった。
 だだでさえ毎日満員御礼なこの場所、しかし彼女の周りには一切ない、まるで、モーゼが海を割ったかのように生徒は前を空ける。
 今、影から監視している私でさえ今すぐ出て行って露払い、いや、お姫様抱っこして連れて行きたいくらいだ!!
 
・ ・・ やばい!! 気を引き締めろ!!

   
   〜〜〜〜〜〜〜 数ヶ月前〜〜〜〜〜〜〜


「ご、ごきげんよう、あ、あの、その・・・」
「どったの〜〜 祐巳ちゃんだっけ? そんなに強張らなくてもいいのに。それともお姉さんが色んなマッサージして緊張をほぐしてあげようかな?いひひ。」
「い、いえ!? そ、そんな!!」 顔を真っ赤にする祐巳ちゃん。うひ!!かわいい!!
「聖、ただでさえ始めての事に緊張しているんだから、あんまり私の孫をからかわないで頂戴!!」
「へ?蓉子!? て、言うことは、祐巳ちゃんは祥子の妹になったの!?」
「蓉子の言うとおり、今日から祐巳ちゃんは私たちの仲間よ、いいわね?聖?」
「江利子・・・ な〜〜んだ、祥子でかした!! まさか彼方見たいな仏頂面な子にこんな可愛い妹が出来るなんて。
「ロ!!白薔薇様!!それはいくらなんでも失礼ではなくって!!」
「あはは、ごめんごめん。冗談、言い過ぎた、私だって、蓉子や江利子同様とても嬉しいんだから、ね?」

少し遅れて、令と由乃ちゃんが現れた。

「ごきげんよう、遅れてすみませんお姉さま方。」
令は祐巳ちゃんを見るなり、頬を赤らめた。
「 ああ、彼方が祐巳ちゃんね、祥子からは話は聞いてるよ、ホント祥子の言うとおりカワイイ子ね!!」満面の笑みを浮べ令は話しかける。
   ズガン!!
物凄い音と共に令が吹っ飛んだ。
「あっらーー どうしたのかしら、お・ね・え・さ・ま 足元はよく確認なさらないと。」可愛くニコッと微笑む
「よ、由乃、ほ、ホントに、い、痛いよ・・・」
「何のことかしら、浮気者の お・ね・え・さ・ま・」 「よ、よし、の、しゃれになってないよ〜〜〜」
「なにはともあれ、祐巳さん、歓迎するは、良かったら良いお友達になってね?」ポ
「よ、由乃さん・・・ ありがとう・・・」
その光景を見ていた祥子はゆっくりと優しく祐巳を胸に抱き「良かったわね祐巳、皆、彼方を受け入れてくれたわ。」
「お、お姉様・・・」祐巳ちゃんは瞳に涙を浮かべながら頭を下げた。
「皆様、有り難うございます!!」

しかし、私には何となく見えてしまった、泣きながら頭を下げた祐巳ちゃんの顔は・・・ その・・・ 笑っていた。

その日から世界(リリアン)の歯車が変わり、不思議な方向へと進んでいった。

あれほど、冷静で何事にも完璧を求める紅薔薇姉妹の蓉子そして祥子、事もあろうが祐巳ちゃんを家にやってきた子猫を可愛がる子供の様に可愛がっている。
びっくりしたことに、黄薔薇3姉妹が悔しそうに、いや、嫉妬の様な目で、いや、もはや恨みにも似た目でその光景を見ている、江利子のこんな顔を見たのは初めてだ。
「祐巳、はい、あ〜〜ん」 「お、お姉様」 あ〜〜ん
「祐巳ちゃん、私のは? あ〜〜ん してくれないの?」
 「よ、蓉子さま・・」 あ〜〜ん
2人の申し出に可愛く あ〜〜ん とする祐巳ちゃん、くそ!!可愛い!! 私もしたい!!

「なんだ!!この気持ちは!!おかしい!!私はリリアンの女の子、全員が好きなのに、ここまでたった一人に心奪われるなんて、
そんなの無い!!でも!! 祐巳ちゃんは超可愛い・・・」

 私は裏庭で一人葛藤していた!! 何かおかしい!!何か引っかかる!!
「ふふ、苦しんでおいでですね、白薔薇様」
「そ、その声は、東○ポちゃんにパパラッチちゃん!!」

「新聞部!! 山口真美です!!」 「写真部!! 武島蔦子です!!」
「ああ、ごめんね、冗談、で、何か知ってるの?」わたしは2人に聞いた。
真美ちゃんがゆっくりと話し出した。
「知っているというか、その、新聞部、写真部で徹夜で情報収集していて、分かった事といえば!!」
「分かったことといえば!?」ごくり
「分かった事といえば、ご学友の桂さんが消えたこと、後は、何も解りません。」
「だめじゃん!!」ずっこけた。いや!!友達が消えたことはいろんな意味で問題だ。

でも、蔦子ちゃんが後を追うように、「まあ、まあ、しかし、変なんです、桂さんが消えた後、私は不思議な夢を見ました、そして、変な声を聞きました・・・」
「ど・どんな?」
「あ、あの、それは・・・ 実は!!」
ごくり! 「 それは? 実は!!」

いきなり!! 「それは!! 祐巳さんが、きゃわゆいってことですう〜〜〜 !!」 身体をくねくねさせ、もだえる東ス○、
もういいか、真美ちゃん!!
「な、何なに!?」

「ま!! 真美さん!?  離れてください白薔薇様!!」
蔦子ちゃんが叫んだ!! 「いつの間に感染していたの!! いつの間に!! くそう!! くそう!!」
ゆっくりと真美ちゃんは私たちのほうにふりむいた、なんだ!! なんなんの!! 瞳孔がピンク、しかもハートマークになっているよ!!
「御気をしっかり!! ここは私が何とか食い止めます!! 説明はあとです!! 行ってください!!」
「うふ、うふふ、さあ、蔦子さんも、白薔薇様も、祐巳様の愛の園にいきませう・・・」じりじり・・・

「ごめん・・ 真美さん」
蔦子は自分のカメラを真美に向け、そして、フラッッシュの角度を・・・ 真美に向けた・・・ 真美の顔が一気に青くなる。
「つ、蔦子さん・・・ あ、あなたは、私を殺すの? 友達の、私を、殺すの? ね、ねえ? つた、こ、さん?」
「それが・・・約束よ・・・」パシャッ!! 蔦子のレンズから七色の光、蔦子のフラッシュから黄金の光・・・
    

あり・が・と・う・・・

ねえ?蔦子さん? なに?真美さん? これからはお互いどうなるか解らない、もし、おかしくなったら、其の時は、殺し合いましょう・・・
お互い、好きな人を傷つけたくは無いじゃない?
ええ、そうね、好きな人を傷つけるくらいなら・・・死んだほうがましね。


「真美さん・・・ さようなら、そして、次は、地獄で会いましょう・・・ 」カメラ越しだったが・・・彼女は泣いていた。
い!! いやだ!! 何なんだよ!! これは!! も、もう、いやだ!! 大好きな後輩が、そんな、そんな、助けて、助けてよ、祐巳ちゃん、お願い、蓉子、江利子・・・ し・・・ま・・・

私は気持を、心の滝壷の奥の奥深くにまでに沈めていた、もう、誰とも話したくない、もう、誰とも会いたくない・・・

・ ・ お姉様・・

「お願い!!黙って!! いやだ、もう・・誰とも話したくない、誰とも会いたくない。」ここで、一生泣いていたい・・・

・ ・栞様とも会いたくないですか?・・

「・・・」

・ ・ 私ともお話しするのは・・・いやですか?

その声は、まるで賛美歌のように、その、私の心に染み入ってきた。 
「し、志摩子、なの?」

はい

「ど、何処、いってたの?」
お姉様と、祐巳さんを助けるための力を蓄えに行ってました
「あなた? 何者? なの・・・」
いやですわ、私はお姉様の妹、藤堂志摩子ですわ。

 ・・・

何か気づいた!! 今は泣いてる場合じゃない、「はは、そうだね、まあ、ともあれ、皆を祐巳ちゃんを、助けに行こうか!!」
「志摩子、貸してくれる?」

はい!!お姉様!! 志摩子の背中には真っ白な羽が生えていた。ようにみえた・・・


【1068】 ゆみたん間が悪かった新刊では必ずや  (mim 2006-02-01 22:37:13)


「ここで待っていれば二人になれると思って」
「待っていれば………って?」
「これ」
「あ」
祥子さまが手提げから出したものが、クリスマスプレゼントであることはすぐわかった。開けなくても、中身もわかった。包装された平たい箱は、去年と同じだ。
「ハンカチですね」
「去年と同じで芸がないと思わないで。今年は手を加えてみたのよ」
開けてみて、と促されて包装をとく。中から現れたのは白いハンカチ。
ゴージャスなレースで縁取りされているのは、去年と変わらない。けれどイニシャルのSの部分には、上からブルーの糸でYの文字が刺繍してある。Sを消すようにではなく、どちらも見えるようにうまく重ねて。まるで、何かのロゴマークみたいに見えた。
そして、アルファベットの周りには。
「ツバメ……黒いツバメ……。お姉さま、これは……」
「そう、ヤクルトスワローズのロゴよ。紅薔薇にピッタリでしょう?」
「で、その心は?」
「来年には『Y』を挟んで『T』と『S』が並んでいるでしょう!」
「山田君!座布団全部もっていって」


注1:2006/1/10付けでヤクルトスワローズは「東京ヤクルトスワローズ」へチーム呼称変更

注2:これは瞳子ちゃんに断られた直後の会話です。


【1069】 ハッピー志摩子さん自業自得薔薇の舞  (Y. 2006-02-01 23:37:41)


【No:1021】→【No:1025】→コレ。







うふふふふふ、二年になってクラスが変わってしまって祐巳さんの寝顔や授業中のペンを咥えた唇の膨らみとか着替え中の○○○とか・・・・・・ゲフンゲフン、まぁ、そんな愛すべき姿が由乃さんに奪われてしまっていたのだけど、マリア様は見ていてくださったのね。

祐巳さんにもご加護があるように今度ミサにらt・・・・・・誘ってみようかしら。乃梨子もたぶん来るでしょうね、どうやって撒こうかしら。




そうそう、乃梨子も戻ってきてしまっていて二学期からリリアンに転校してくるそうなのよ。それまでにはある程度のポジションには就いておく必要があるわね。

ちなみにドリルに関しては昨日の会議で祥子さまが抑えるということで決定したわ。
これで赤と黄は三すくみ状態。あとはお姉さまを注意すればいいだけ。まぁ、きっと赤薔薇さまが勝手に抑えて下さるでしょう。









あら、あれは祥子さまの家の特殊部隊『KOUMON(Knight Orders of United Matsudaira and Ogasawara organizatioN ・・・小笠原・松平連合騎士団)』ではないですか。
しかもその先では祥子さまとカニが私の祐巳さんを〜〜〜〜〜!!!!!


くっくっく、丁度いいです。
こんなこともあろうかと、こんなこともあろうかとぉ〜〜、長年研究してきた日舞の動きを取り入れた舞踏格闘術の最初の餌食となってもらいましょう。
曲は『剣の舞』で。・・・・・・え? 日舞じゃないだろ? フフ(ニヤリ)





※BGMとして『剣の舞』をかけるか、イメージしていただけるとアレかと。



せーの






走って走って近づいて


投げて投げて転がして


襲ってきた三人組をポイッと投げ飛ばす






※繰り返し、その他各自で補完お願いします。










ふぅ、粗方終わったわね。返り血も無いし私がやったっていう証拠も隠滅済み。ふっ、問題ないわ。
さて、丁度うまい具合に言い争ってくれてるわね。
今のうちに白鳥のように舞って鷹のように近づく。





ちょいちょい


「あぇ? あ、志摩子さん、ごきげんよう!」

がふぅっ、困った顔から一瞬にして満開になる笑顔、わが生涯に一片の・・・・・・いや、ここで果てては今までの苦労が水の泡よ。抑えて抑えて、Be cool・・・・・・

ふぅ。

「ごきげんよう、祐巳さん。祥子さまにも挨拶したいところだけど・・・・・・お取り込み中のようね。」

挨拶はもちろん笑顔で! そして困った顔は右斜め15度にかしげてそっと頬に手を添える。できれば祐巳さんの頬にも触りたいわ、なんて大胆かしら。

「う〜ん、何かさっき祥子さまにタイを直してもらった後からこんな状態なんだよね、どうしよう?」

「そうね、でも深刻そうな話みたいだから邪魔するのはよくないわね。それに、もう二十分よ、遅刻してしまうわ。」

「えええええええぇぇぇぇ! やばいよ〜、一時間目の宿題終わってないよ。しかも先生が鬼の村松だし私出席番号で当たるし、どどど、どうしよう???」

「あら、それなら私が見せてあげるわ。その代わり、帰りに駅前のカフェで餡蜜一つ、ね?」

「え! ほんと? ありがとーーー、それくらいでいいなら感謝してもしきれないよ! あ、そだ、一応祥子さまと静さまにご挨拶してこなきゃ」

よし、アポゲットぉ! 視線の先では祐巳さんらしく始業時間のことも伝えようとしておろおろしてる。でも、あきらめたようで私のほうへ戻ってきてくれる。あ、涙目じゃない、薔薇の館での祥子さまの書類には存分に色をつけてあげましょう。

その前に祐巳さんの目元をハンカチで拭ってあげて、

「祐巳さん、どうしたの?」

このハンカチは永久保存ね。

「うぅん、何でもない。あ、もう後五分しかないよ! 急がないと!」

そう言って駆け出しながら私の手を握って引っ張る。役得役得v

「あ、待って、祐巳さん」












何とかギリギリ教室には間に合いました。








でも、祥子さまとその他お姉さま方多数はリリアン史上初めての集団遅刻となってシスターにこってりしぼられたとの専らの噂です。







お昼は蔦子さんと・・・・・・あら、名前は何と言ったかしら、ヅラさん、いえ、カポエラさん? ・・・・・・とにかくその方たちと祐巳さんの四人で頂きました。







放課後は撮影を頼んだ蔦子さんに協力してもらって祐巳さんと二人でカップル用巨大餡蜜をいただきました。






・・・・・・後で蔦子さんに写真を撮ってくださったお礼をしなくてはね。




【1070】 (記事削除)  (削除済 2006-02-02 22:22:16)


※この記事は削除されました。


【1071】 (記事削除)  (削除済 2006-02-03 01:13:36)


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【1072】 陰謀花寺へ出張♪  (マリみて放浪者 2006-02-03 15:20:26)


夜も更けたころリリアンに通う二人の薔薇様はとある計画を立てていた…
「うん♪これはいい考えだわ」

「ふふふ。これで一歩出し抜けれるわ」

「ん?なんだか寒気が…」
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」


明くる日、白薔薇と黄薔薇の二人からこんな議題を出された。
「リリアンと花寺の関係をもっと良くするための方法」である

具体的には三薔薇が花寺で一週間過ごすというものである。
この案に関して両校の教師から中止の意見は出なかった。

初日
朝から祐麒の席の周りは賑やかだった。
両側を志摩子と由乃が、真後ろを祐巳が座っていた。これは護衛も兼ねたものであるが志摩子と由乃のお願い攻撃に元の生徒が撃沈した結果である。
さて授業は恙無く進みお昼とあいなった。
祐麒は三人を連れて生徒会室へと行こうかと考えていた矢先である。
「祐麒さん、実はお弁当を作ってきたので食べて頂けないでしょうか?」「祐麒くん、バターケーキを作ったの。食べて?」
二人の攻撃にたじろぐ祐麒。周りは二人の視線で見てみぬふり。
そこに祐巳が助け船を出した。
「どうであれ、一旦移動しよ?」と。
四人は生徒会室に向かった。


【1073】 (記事削除)  (削除済 2006-02-03 20:20:33)


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【1074】 気づいた時には  (ケテル・ウィスパー 2006-02-04 00:48:06)


「……残念ですが…お断りさせていただきます」

 菜々は深々と頭をたれて由乃に謝った。 

 入学式の後の公孫樹並木でようやく菜々を見つけた由乃は『私の妹になってほしい』とロザリオを渡そうとしたのだった。
 時としてかなり無理やりな理由をつけて何度か会っている由乃としては、断られるとは思ってもみなかったのだが、菜々は少し冷めた目をして断った。

「………理由…聞かせてくれるかしら?」
「……招いていただいたクリスマス会でのこと、覚えていらっしゃいますか?」
「ええ、当然でしょ」
「会自体は大変楽しかったです。 お招きいただいて感謝しています。 ただ、あの時、支倉令さまが他の大学を受験されると由乃さまに告白された時……事前に聞かされていなくて驚いたとはいえ、その瞬間他の事に目が行かなくなられましたね。 私はそれを見てどう考えたと思います?」

 菜々は正面から由乃を見据える、その強い意志を持った瞳に押されそうになる。
 言葉が出てこない、怒りから? 由乃はブルブル震えだしそうになる手を押さえて首を横に振る。

「この人の世界は”支倉令さま”なんだ”支倉令さまが中心”なんだ、そういう狭い範囲の関係で満足できてしまうんだ。 紅薔薇のつぼみも白薔薇さまも同じですね。 お二人もそうでしたけれど”親友”だと言っていらっしゃいましたけれど、自分に言い聞かせるために、お互いにそのことを確認し合うために言い合っている、ただそれだけの虚構の関係なんだ。 私にはそう感じられました。 そして由乃さまは”支倉令さまが居てくれれば他はなにもいらない”んだと……」
「そ、そんなこと…「無いって言えますか?」」

 由乃と菜々の間を桜の花びらをはらんだ風が抜ける。 晴れやかとはいい難い二人の雰囲気に下校する生徒達は遠巻きにして通り過ぎて行く。

「支倉令さまも考え無しにしていらしたと思いますけれど、無責任に甘やかしていらしたんじゃないですか? 由乃さまが本当の親友や友達を作れないのをどこかで安心している令さまがいる。 由乃さまもそれに甘えて今のままでいいやと思っているた」

 淡々と話す菜々、言葉の端々になぜか若干の憎悪が含まれている。

「そういう関係もあるでしょうね、二人で完結できるならそれもいいでしょう。 でも知っていましたか? 人間の死亡率って100%なんですよ。 ”支倉令”という温室はひょっとしたら1秒先には無くなるんです。 温室の中でしか生きられない、咲けない花はその時どうなるんですか? 私は、そんな者のお守りはごめんです」
「……私だけならともかく……令ちゃんの…!」

 由乃はキッと菜々を睨み付けると手を振り上げる、しかし由乃のそれに反応できない菜々ではない、平手が当たる前に片手だけで完全にガードしてしまう。

「…スール制についてとやかく言う気はありません。 ただ私は、そんな狭い範囲で満足することは出来ませんから。 せっかく高等部に来て、中等部以上に自由に動き回れるようになったのに『少数の人間関係で満足しなさい』なんて、そんな縛りは願い下げです」


【1075】 最新式叫びながら大パニック  (朝生行幸 2006-02-04 11:43:54)


 夜の10時、小笠原邸。
 紅薔薇さま──リリアン女学園高等部では、ロサ・キネンシスとして崇め奉られている生徒代表の一人──小笠原祥子が、小さなライトが一つだけ灯った薄暗い自室で、だらしなく頬をニヤケさせながら、ほくそえんでいた。
 白磁のような白い肌、長く綺麗な髪、切れ長の目付き、高い鼻、薄赤い整った唇、そんな誰もが感嘆し嫉妬する美しい顔が、全て台無しだった。
「うっふっくっくっふっふっく……」
 はっきり言って、気持ち悪いことこの上ない。
 祥子の目の前には、ドアとしての機能を満たしてはいないが、誰がどこから見てもドアにしか見えないドアがある。
「うっふっく、小笠原グループが総力を結集して作り上げた、この『どこでもド…げふん、『自分が行きたいところに好きなように行けるドア』…。とても素晴らしいわ!と言っても、試作品なのでせいぜい半径50km以内が限度なのだけれど」
 見た目はまったく某漫画に出てくる便利な道具とそっくりなのだが、ドアノブの下に、パネルのようなものが付いているのが相違点と言えるだろう。
「ここに住所を入力すれば、行きたい場所にすぐ行けるって寸法よ!」
 不自然に一人で説明セリフだが、まぁそこは勘弁していただきたい。
「早速祐巳に…」
 最愛の妹、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳に、真っ先に教えてあげたいとは思ったものの、他の皆に自慢したい気持ちもある。
「いえ、祐巳は最後にして、二人で存分に楽しむことにしましょう。まずは他の皆に教えてあげなければ…」
 祥子は、ドアを使う前に、いそいそと外出着を纏い、靴を小脇に抱えて、どこに行っても大丈夫な姿になっておいた。

 パネルに行きたい住所を入力し、『GO』ボタンをぽちっとなと押せば、ドアが一瞬白い光に包まれ、通行可能を示すグリーンのライトが点灯した。
「行くわよ令、この素晴らしい装置をあなたに見せてあげるわ〜」
 ガチャリと音を立て、ドアを潜り抜けた祥子。
 一歩踏み出したその先は、妙に白く霞んでいて、前がよく見えない。
「あら…?間違ったの…かしら」
 立ち込める、まるで煙のような湯気のような白いもやを手で振り払っていると…。
「祥子!?」
 聞き慣れた声が反響しながら、祥子の耳に届いた。
 声の方を見れば、そこには黄薔薇さま──ロサ・フェティダとして崇め奉られている生徒代表の一人──支倉令が立っていた。
 湯船の中、胸元を両手で隠した状態で。
 そう彼女は、入浴の真っ最中なのだった。
 健康的な肌に、少し広い肩幅、鍛えられているはずなのにまるで損なわれていないメリハリのあるスタイル。
 明るいショートヘアに、鋭くも優しい目付きの、まるで少年のようなその顔は、多少困惑気味ではあったが。
「令?令なのよね?」
 探るように、少しづつ前進する祥子。
「キャァ!」
 今更ながらに可愛い悲鳴を上げて、令は湯船にその身を隠した。
「ど、どうして祥子がここに?」
「ええ、あなたに見せたい物があって…。でもあなた、どうして裸なの?それに、ここはどこ?」
 まだ分かっていないようだ。
 檜で出来た、それは広くて立派な浴場だと言うのに。
「…いやあの私、入浴中なんだけど」
「ああ、それで…、え?」
「………」
「ご、ごめんなさい!」
 謝ると同時に、大慌てで扉をくぐる祥子だった。

「はーはー、まさかお風呂場に繋がっているなんて…」
 しばらくして、ようやく気を取り直した祥子は、パネルに行きたい住所を改めて入力し、『GO』ボタンをぽちっとなと押せば、ドアが一瞬白い光に包まれ、通行可能を示すグリーンのライトが点灯した。
「行くわよ志摩子、この素晴らしい装置をあなたにも見せてあげるわ〜」
 ガチャリと音を立て、ドアを潜り抜けた祥子。
 一歩踏み出したその先は、妙に白く霞んでいて、前がよく見えない。
「あらら…?また間違ったの…かしら」
 立ち込める、まるで煙のような湯気のような白いもやを手で振り払っていると…。
「祥子さま!?」
 聞き慣れた声が反響しながら、祥子の耳に届いた。
 声の方を見れば、そこには白薔薇さま──ロサ・ギガンティアとして崇め奉られている生徒代表の一人──藤堂志摩子が立っていた。
 湯船の中、胸元を両手で隠した状態で。
 そう彼女は、入浴の真っ最中なのだった。
 白く滑らかな肌に、ややなで肩、出るところは出て、引っ込むところは引っ込む、高校生には見えないグラマーな身体付き。
 フワフワ巻き毛に、静かな目付きの、まるで西洋人形のようなその顔は、多少困惑気味ではあったが。
「志摩子?志摩子なのよね?」
 探るように、少しづつ前進する祥子。
「きゃぁ!」
 今更ながらに可愛い悲鳴を上げて、志摩子は湯船にその身を隠した。
「ど、どうして祥子さまがここに?」
「ええ、あなたに見せたい物があって…。でもあなた、どうして裸なの?それに、ここはどこ?」
 まだ分かっていないようだ。
 古くはあるが、それでも大きくて清潔な浴場だと言うのに。
「…いえあの私、入浴中なんですけど」
「ああ、それで…、え?」
「………」
「ご、ごめんなさい!」
 謝ると同時に、大慌てで扉をくぐる祥子だった。

「はーはー、まさかまたお風呂場に繋がっているなんて…」
 しばらくして、ようやく気を取り直した祥子は、パネルに行きたい住所を改めて入力し、『GO』ボタンをぽちっとなと押せば、ドアが一瞬白い光に包まれ、通行可能を示すグリーンのライトが点灯した。
「行くわよ由乃ちゃん、この素晴らしい装置をあなたにも見せてあげるわ〜」
 ガチャリと音を立て、ドアを潜り抜けた祥子。
 一歩踏み出したその先は、妙に白く霞んでいて、前がよく見えない。
「あららら…?また間違ったの…かしら」
 立ち込める、まるで煙のような湯気のような白いもやを手で振り払っていると…。
「祥子さま!?」
 聞き慣れた声が反響しながら、祥子の耳に届いた。
 声の方を見れば、そこには黄薔薇のつぼみ──ロサ・フェティダ・アン・ブゥトンとして次代の薔薇さまがほぼ約束されている──島津由乃が立っていた。
 湯船の中、胸元を両手で隠した状態で。
 そう彼女は、入浴の真っ最中なのだった。
 透き通るような白い肌に、細い肩、凹凸があまり無い身体付き。
 波打った茶色い髪に、挑戦的な目付きの、まるで猫を彷彿とさせるその顔は、多少困惑気味ではあったが。
「由乃ちゃん?由乃ちゃんなのよね?」
 探るように、少しづつ前進する祥子。
「キャー!」
 今更ながらに可愛い悲鳴を上げて、由乃は湯船にその身を隠した。
「ど、どうして祥子さまがここに?」
「ええ、あなたに見せたい物があって…。でもあなた、どうして裸なの?それに、ここはどこ?」
 まだ分かっていないようだ。
 モダンではあるが、それでいて現代的な浴場だと言うのに。
「…いえあの私、入浴中なんですけど」
「ああ、それで…、え?」
「………」
「ご、ごめんなさい!」
 謝ると同時に、大慌てで扉をくぐる祥子だった。

「はーはー、まさか三度も風呂場に繋がっているなんて…」
 しばらくして、ようやく気を取り直した祥子は、パネルに行きたい住所を改めて入力し、『GO』ボタンをぽちっとなと押せば、ドアが一瞬白い光に包まれ、通行可能を示すグリーンのライトが点灯した。
「行くわよ乃梨子ちゃん、この素晴らしい装置をあなたにも見せてあげるわ〜」
 ガチャリと音を立て、ドアを潜り抜けた祥子。
 一歩踏み出したその先は、妙に白く霞んでいて、前がよく見えない。
「あらららら…?また間違ったの…かしら」
 立ち込める、まるで煙のような湯気のような白いもやを手で振り払っていると…。
「祥子さま!?」
 聞き慣れた声が反響しながら、祥子の耳に届いた。
 声の方を見れば、そこには白薔薇のつぼみ──ロサ・ギガンティア・アン・ブゥトンとして次代の薔薇さまがほぼ約束されている──二条乃梨子が立っていた。
 湯船の中、胸元を両手で隠した状態で。
 そう彼女は、入浴の真っ最中なのだった。
 きめ細かい肌に、なだらかな肩、着痩せするのか見た目よりはややふくよかな身体付き。
 肩口でバッサリ切り揃えられた黒髪に、達観したような目付きの、やや無表情とも思えるその顔は、多少困惑気味ではあったが。
「乃梨子ちゃん?乃梨子ちゃんなのよね?」
 探るように、少しづつ前進する祥子。
「キャァ!」
 今更ながらに可愛い悲鳴を上げて、乃梨子は湯船にその身を隠した。
「ど、どうして祥子さまがここに?」
「ええ、あなたに見せたい物があって…。でもあなた、どうして裸なの?それに、ここはどこ?」
 まだ分かっていないようだ。
 いかにもマンション風の、あまり大きくない浴場だと言うのに。
「…いえあの私、入浴中なんですが」
「ああ、それで…、え?」
「………」
「ご、ごめんなさい!」
 謝ると同時に、大慌てで扉をくぐる祥子だった。

「はーはー、それにしても、どうして風呂場に繋がるのかしら…」
 この手の道具は、入浴中の浴室に繋がるものと相場は決まっているものだが、漫画を殆ど読まない祥子には、知る由も無い。
 しばらくして、ようやく気を取り直した祥子は、もう他の人に見せるのは諦めて、パネルに一番最初に行きたかった場所、即ち福沢家の住所を入力した。
 これまで全て浴室だったのだから、今度もきっと祐巳の入浴中に繋がるに違いないと、かなりの下心で『GO』ボタンをぽちっとなと押せば、ドアが一瞬白い光に包まれ、通行可能を示すグリーンのライトが点灯した。
「行くわよ祐巳、この素晴らしい装置をあなたにも見せてあげるわ〜」
 ガチャリと音を立て、嬉々としてドアを潜り抜けた祥子。
 一歩踏み出したその先は、妙に白く霞んでいて、前がよく見えない。
「うふふ、予定通りね」
 立ち込める、まるで煙のような湯気のような白いもやを手で振り払っていると…。
「祥子さん!?」
 くぐもった声が反響しながら、祥子の耳に届いた。
 声の方を見れば、そこには紅薔薇のつぼみ──ロサ・キネンシス・アン・ブゥトンとして次代の薔薇さまがほぼ約束されている──福沢祐巳が立っていた。
 浴槽の外、泡立つタオルを持った状態で。
 そう彼女は、祥子の期待通り、入浴の真っ最中なのだった。
 女の子にしては妙にガッシリしており、広い肩、予想以上に胸が無い身体付き。
 やや茶がかった髪に、丸い目付きの、まるで狸のようなその顔は、多少困惑気味ではあったが。
「祐巳?祐巳なのよね?」
 探るように、少しづつ前進する祥子。
「ど、どうして祥子さんがここに?」
「ええ、あなたに見せたい物があって…。でもあなた、どうして裸なの?それに、ここはどこ?」
 分かっているのに、分かっていないように振舞う祥子。
「…いえあの、入浴中なんですけど」
「ああ、それで…、え?」
 その時、『自分が(省略)ドア』から吹き込んだ微かな風が、辺りのもやをサッと払う。
 次の瞬間、目の前の祐巳らしい人物の、その全貌が明らかになった。
 祐巳には絶対にあるハズの無い物を、曝け出した状態で。
「………」
「………」
 あまりの出来事に隠すのも忘れている花寺生徒会長──祐巳によく似ているが別人であり、実はその弟である福沢祐麒──と。
 ある一点を、微動だにせず凝視したままの祥子と。
 本来なら有り得ないシチュエーションで、そのまましばしの時が過ぎ…。
「キャァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
 祥子の絶叫が、福沢家の浴室に轟いた。

 ほうほうの体で、自室に逃げ帰った祥子。
 彼女は、二度と『自分が(省略)ドア』を使うことはなかった。


【1076】 新しく生まれ変われこれが私の答え  (沙貴 2006-02-05 08:58:04)


 福沢祐巳はぬるま湯なのだ。
 
 可愛らしい笑顔、高い声、柔らかな手先、小さな体躯、そして何よりも寄る者全てを無意識に安堵させるその空気。
 そんな福沢祐巳を人間以外で例えた時に、真っ先に思いついたものがぬるま湯だった。
 ぬるま湯。
 体温よりは高いけれど、火傷を負う程もは高くない温度を持った水、いや、お湯。
 浸けた指先や足先を優しく包み込むそれは、全身を浸した時にこそ全てを温もりで満たしてくれる。
 緩やかに立つ湯気は露な身を覆い、たゆたう水面は肌を優しく撫でて。あらゆる不安を拭ってくれるだろう。
 身を浸せばきっと離れられなくなる。
 その心地良さから。
 その温もりから。
 
 それが良いことなのか、それとも悪いことなのかは判らない。
 人は一人で生きなければならないと言う法律は無いし、強く依存する間柄が不幸を呼ぶと決定付けられている訳でもないから。
 ただそれはきっと、自分の別の何かをも温めて溶かし切ってしまう温度を持った関係でもあるのだろう。
 それは、ある意味で自己の否定だ。
 馬鹿馬鹿しい意地と、無価値な誇りで守り通してきたちっぽけな心の壁。
 それがあってこその自分である、と言う自覚はある。
 でも福沢祐巳と言うぬるま湯は、その根底を揺るがす。溶かしてしまう。
 
 恐ろしい、という感情が適当だろうか。
 自己を否定されることが恐ろしい。
 否定された後の、未来の自分を見つけてしまうことが怖い。
 自分が変わってしまうことが、こんなにもおぞましい。
 
 福沢祐巳はぬるま湯なのだ。
 だから。
 きっと、身を浸してはならないのだ。
 
 
 〜 〜 〜
 
 
 天高く舞い上がる火の粉を眺めながら、松平瞳子は重い、重い息を吐いた。
 グラウンドの中央でパチパチと音を立てて燃え上がる大きなかがり火、ファイアーストーム。
 リリアン学園祭の後夜祭も佳境に入っていた。
 
 今年の学園祭一度きりしか使わないと判っている展示物。
 または、お客の呼び込みに使われたポスターやチラシが継続的に炎に投げ込まれて、それがより一層にグラウンドを明るめている。
 ファイアーストームの周りでは、二人や三人くらいの小グループが幾つも輪になっていて、きゃあきゃあと歓声を上げながらはしゃいでいた。
 ある人達はしようもない追いかけっこに興じ、他のある人達はファイアーストームにくべられていた薪の一本を高々と掲げて、盛る炎を眺める。
 家から持ち込んだのか、それとも部活か何かで用意していたのか。
 赤、青、緑と、色をコロコロと変えてゆく手持ち花火を手に持った生徒達も居た。彼女らの振り回す手の先で、綺麗な光の輪が幾つも生まれて消える。
 にぎやかなブラスバンドの演奏がそれに華を添えた。
 
 
 瞳子はそれらから随分と離れた位置を一人歩いている。
 同じクラスの敦子さんや美幸さんからは炎に誘われたけれど、断った。今は一人が良かったから。
 ひゅるりと吹いた夜風が瞳子の足元から砂を攫ってゆく。
 二の腕を擦って寒さを堪えた瞳子は「あぁ」と漏らして、天を仰いだ。
「スクールコート……教室でしたわね」
 多少でも寒さを和らげてくれただろう、リリアン指定唯一の防寒着は鞄と一緒に一年椿組に置いたまま。
 炎の傍で過ごすことを予め決めていた敦子さんらが教室にコートを置いていこうとしたから、釣られて置いてきてしまったのだ。
 今頃瞳子のコートも、人気を失い暗く冷えた教室で寒さに震えていることだろう。
 ちらりと校舎の方角を見て、瞳子は首を横に振る。
 我慢出来ない寒さではない。それなら我慢しよう。
 
 ざく、ざく、ざく。
 光の縁から遠い、グラウンドの隅を歩く瞳子の靴が砂を食む。
 生徒達の歓声が遠い。身を切る寒さが冬の到来を告げていた。
 ふと、瞳子は左手を持ち上げて、見る。
 冷たい風に晒されて温もりの消えた掌、”ぬるま湯”に浸されていたのはもう何時間も前の話だ。
 ぐっと拳を作る。
 ずき、と。
 頭の片隅が痛む。
「祐巳さま」
 呟いたその名前が脳裏で響いた。
 
『いっそ、このまま出かけない?』
 無意識に瞑った瞼の裏で、祐巳さまはそう仰った。
『ほら、約束したじゃない。瞳子ちゃんが一年椿組を案内してくれるって』
 さも名案を思いついた、と言わんばかりに輝いた笑顔。酷く幼稚に見えた事を覚えている。
 その時の言葉もはっきりと思い出せた。
 逆に、その時自分が何を言ったのかは殆ど覚えていなかったけれど。
『私、今しか時間無いんだわ。というわけで、よろしく』
 ぎゅっと両手で握られた左手。
 火が付いたように熱くなったのは、きっと祐巳さまの体温が高かった。
 だけでは、無いのだろう。
 
 意外に力強い祐巳さまに手を引かれて、更衣室を抜け出して。
 人垣をすり抜けながら一年椿組を目指す。お互いに時間は無いから駆け足だ。
 その中、エイミーの格好をしていた瞳子は、紅薔薇のつぼみたる祐巳さまと手を繋いでいた所為もあって随分な好奇の視線を感じた。
 注目を浴びることが何よりも大好きな瞳子だが、その時ばかりは流石に肩身が狭かった。
 向けられた視線が、全て色良いものだった――わけではなかったからだ。
 鈍感な祐巳さまはきっと気付いてはいなかっただろう。
 
 でも寧ろ、それはそれで良かったのだ。
 揶揄も邪推も、気付かないならそれに越したことはない。
 傷付くのは瞳子一人でも――
 
「瞳子」
 
 気落ちしかけていた、酷くベストなタイミングで。
 瞳子はそんな声を聞いた。
 振り返る。
 ファイアーストームの遠い光を逆光に背負って、泣きそうに笑う乃梨子さんがそこにいた。
「乃梨子さん」
 呼び返した瞳子の声は、何故だかとても小さく響いて風に消えた。
 
 
 ざく、ざく、ざく。
 グラウンドの隅をゆっくり、ゆっくり歩く瞳子らの靴が砂利を踏む。
 二人並んで歩いているのに、瞳子の耳には自分一人分の足音しか聞こえなかった。
 それだけ外界に向ける気力が無くなっているのか、はたまた乃梨子さんなんて本当はこの場に居ないのか。
 どちらでも良かった。
「驚きました。白薔薇さまとご一緒されていたのでは?」
 独り言を呟くような、それこそ風に吹かれて消えるだけの小声で瞳子は問う。
 幻覚かも知れなかった乃梨子さんは、でもそれをちゃんと聞き入れてくれた。
「うん、さっきまで一緒だったよ。でも別れてきた」
 無言で続きを促すと、ざく、ざく、と響く瞳子の足音の合間を縫って乃梨子さんは言う。
「また後で合流はするんだけどね。折角だから色んなところに行ってみましょうって」
「判りませんわね。それなら一緒に出かけられたら良いのに」
「それはそれで楽しいだろうけど、こうやって瞳子と一緒に歩くのも楽しいからさ」
 にっ、と降り注ぐ月光に乃梨子さんは笑った。
 いつの間にか辺りの明かりは薄明るいファイアーストームの端末から、薄暗い月明りに変わっている。
 
「楽しい?」
 瞳子は問う。
「うん」
 乃梨子さんは頷いた。
「私は……特には」
 瞳子は首を振った。
 ざく、ざ。
 足音が止まった。
 その時気付いた、瞳子が聞いていたのは自分の足音ではなくて乃梨子さんの足音だったんだと。
 そして同時に気付いた、ほとほと、今の自分には余裕がないことを。
 
「ごめんなさい、乃梨子さん。今、私――」
 歩くのを止めて、でも顔を見るのは申し訳なくて俯いたまま瞳子は詫びた。
 思わず漏らした本音は声を掛けてくれた乃梨子さんに対する酷い言葉だったし、それが本音であるということもまた酷過ぎたから。
 でも、それでも、取り繕って雑談に興じることはその時の瞳子に出来なかった。
 どんなに酷い人だと思われても、見っともなくても情けなくても、今は、今だけは誰にも邪魔されたくなかった。
 乃梨子さんにすらも。
「瞳子」
 呼ばれても、顔を上げることは出来ない。
 振り返ることもしないままじっと耐える。
 乃梨子さんは怒っているだろう、悲しんでいるだろう。
 でも、瞳子も今は頭痛すら伴った静かな激情と向き合っているのだと判って欲しかった。
 それがどんなに理不尽でも、何とか、判って欲しかった。
 
 背後で乃梨子さんが動く気配がする。
 退転して去ってしまうのだろうか。瞳子がそう思ってざくりと砂がずれる音がした瞬間。
 ふわりと羽が落ちてきたように、静かに二つの掌が瞳子の背中に当てられた。
 涙腺が激しく刺激される優しい暖かさが二つ、背中に灯る。
「判ったよ。私、ファイアーストームの方に行ってくる。椿組の皆も結構そこにいたからね」
 それは仄かな、そして過ぎるくらい頭の良い乃梨子さんの優しさだった。
 私はファイアーストームの辺りに居るから、気が向いたら来ると良いよ――と、瞳子には聞こえた。
「またね」
 
 背中の温もりが消える。
 静かな夜を振るわせる足音を立てて乃梨子さんが瞳子の後ろから去っていってしまった。
 瞳子は少し浮かんだ涙を拭って、でも、一度も振り返らなかった。
 
 
 ざく、ざく、ざく。
 歩き続ける瞳子の靴が土を踏み締める。やがて土の合間に背の低い雑草が混じるようになった。
 リリアンのグラウンドには周囲を堤のようにして取り囲む盛り土がある。
 体育の見学の時や、校庭清掃などの例外を除けば殆ど人の来ない場所だ。
 とは言え校庭の真中でファイアーストームをする後夜祭もその数少ない例外に当て嵌まり、長く校庭の端に横たわる土手にはリリアンの制服やスクールコートがちらほらと宵闇に紛れていた。
 瞳子もそして、それに加わる。
 土手を半分ほど上って校庭側に振り返ると、今は遠いかがり火とその周りではしゃぐ生徒達が一望出来た。
 いつかの、フォークダンスを遠巻きに眺めた時を思い出す。
 あの時はもっと近い場所からだったし、日の光が燦々と降り注ぐ時間帯だったし、何より隣には乃梨子さんがいた。
 こんな遠い場所から、月明りだけが静かに降り注ぐ時間帯で、たった一人で眺めている今とは大違い。
 
 スカートのポケットからハンカチを取り出して、傾いた地面に敷いた。
 その上に腰を降ろすと硬い土の感触でお尻が痛んだけれど、それ以上に痛んだのが脚だった。
 考えてみれば今日は演劇、山百合会の劇、それに学園最中の散策に加えて後夜祭の散策――徘徊。
 脚もそろそろに限界だったのだろうか。
 
「はぁ」
「ふぅ」
 
 吐いた溜息が、図らずも傍の生徒と重なった。
 無意識に声のした方向に顔を向けた瞳子は――同様に見返してきていたその生徒と顔を見合わせて絶句する。
 闇に紛れる黒髪と、既に異常な域に達しているだろう気配の無さ、それは。
「細川」
 可南子、さん、だった。
 余りの衝撃で、言葉が途中で途切れた瞳子とは反対にすぐ我を取り戻した可南子は、嘲笑だか微笑だか微妙な笑みを浮かべて。
 そのまま、何も言わずに顔を前に向けた。冷たさすら感じる無表情の横顔が、月光に妖しく浮かぶ。
 
 可南子さんが何も言わなかったのは挨拶をするまでも無いとの判断か、挨拶をしたくない気分だったのか、あるいは瞳子がそんな気分だと知っていたのか。
 そのどれでもない、もしかしたらそれらの全部の理由で何も言わなかった可南子さんの隣は、意外なほどに心地の良い場所だった。
 それは多分、瞳子らしからず静寂を求めている今の心境が、元々物静かな可南子さんの空間とマッチしていたからだろう。
 辺りに満ちる静かな沈黙が、遠くから聞こえる歓声に震える。
 瞳子はそっと眼を伏せた。
 
『あ、これ可愛い!』
 瞼の裏で広がった、昼の一年椿組で祐巳さまがはしゃぐ。
 手にしているのは椿組生徒特製アクセサリー、数珠リオ。紅・白・黄の順番でビーズを並べたそれは瞳子の自信作だ。
 同系色のグラデーションをつけたシンプルなものや、それでなくても全体的に淡色系の多い数珠リオラインナップの中で一際浮いている。
 が、目立つべくして目立っているそれが、またどことなく瞳子らしいとは乃梨子さんの弁。
 失礼な方ですわね、とは返したものの内心とても嬉しかった。
 別の何かに例えるくらいには、乃梨子さんも瞳子の事を考えていると言うことだから。
 
 でもそれが祐巳さまの手に握られていると、何だか瞳子自身が祐巳さまの手に取られているようでヘンな気分だった。
 思わず眉間に皺が刻まれる。
『え、あっと……あ、これなんかも良いね。ピンクだし、私、好きな色だなー……なんて』
 だからってそれを元の場所に置かれるのも嫌だ。
 それはつまり、瞳子自身が要らないと。瞳子ではない別のものが良いと言われたようなものだから。
 つまりが、祐巳さまがその数珠リオに関して何をやっても気に食わないのだ。瞳子的には。
 ずきりと。
 頭が痛む。
 
 はぁ、と溜息を吐いて眼を逸らした次の瞬間。
『やっぱり私はこれにするよ。良いよね、瞳子ちゃん?』
 祐巳さまは瞳子の数珠リオを握り締めてそう仰った。
 見ると、少し不安げな色を残した丸い瞳が瞳子を覗き込んでいた。
『どうして私に聞く必要があるんですか。ご自分でお決めになってください』
 殆ど条件反射的に瞳子はそう減らず口を聞いたけど、祐巳さまは結局それに決めた。
 それが嬉しかった事を瞳子は決して否定しない。
 でも、祐巳さまが別の数珠リオを選んだとしても、それはそれで嬉しかったのだろう。瞳子的には。
 そう思う。
 
 眼を開ける。
 後夜祭の歓喜から少し外れたグラウンドの土手に、冷たい風が吹いた。
 身を裂くような寒さが薄いワンピースを通じて瞳子の肌を刺す。
 幻想の中で垣間見た、暖かな椿組が恋しかった。
 暖かな――
 祐巳さまの隣が懐かしかった。
 
 
 〜 〜 〜
 
 
 福沢祐巳はぬるま湯なのだ。
 
 優しく、温かく、心地良く全身を包み込んでくれるぬるま湯。
 全身を浸せば、きっと離れられなくなるぬるま湯。
 
 それでも尚、無理矢理にでも身を離せば。
 一度近付いてしまってから、距離を取るなら。
 
 ぬるま湯だからこそ、中途半端に温まってしまった身と心が寒さに震え上がる。
 温まってしまったから。
 安らいでしまったから。
 だから、寒さに耐えられない。
 胸を抉る孤独が心を奥底まで切り裂いてゆく。
 
 祥子さまのような方なら、こんなことは決してない。
 あの方は熱湯のような情熱と、氷水のような冷徹さを持った方だから。
 優しくされればそれだけで明日を生きる活力になる。それくらいは十分に温めてくれる。
 冷たくされればそれはとても辛いけれど、辛過ぎる分諦めもつく。今度こそは優しくされようと頑張れる。
 
 祐巳さまは駄目だ。
 あの方の無条件で無為な優しさは余りにも心地良すぎる。
 瞳子の奥の、更に奥まで踏み込んで、過剰なまでに癒して、温めて。
 そして、するりと手の中から抜ける蜘蛛の糸のように、何も残さず去ってしまわれる。
 一人残された瞳子は寒さに震えるだけなのに。
 
 だから傍に。
 傍に居続けて欲しいのに。
 
 
 〜 〜 〜
 
 
「はぁっ」
 
 涙が溢れた。
 知ってしまった、瞳子は気付いてしまった。
 祐巳さまが好きだと。
 福沢祐巳さまが好きだと、瞳子は思い知らされた。
 
「ぅぁっ」
 両の手で顔を覆う、嗚咽が止まらない。
 胸の奥から湧き出る寂寞が、辺りの寒さで助長された。
 一人で居る今が。
 一人で遠いかがり火を眺める今が。
 余りにも空しい。
 どこまでも切ない。
 
 赦される筈が無いのに。
 瞳子自身が赦す筈が無いのに。
 
 瞳子の祥子さまを奪った祐巳さまが好きだなんて。
 祥子さまが妹になさった祐巳さまが好きだなんて。
 瞳子が常日頃憎まれ口を叩いている祐巳さまが好きだなんて。
 本気で最低だと罵った、祐巳さまが好きだなんて。
 
 赦されない。
 絶対に赦さない。
 
「ああっ」
 涙が後から後から零れ出す。
 祐巳さまに溶かされた瞳子の何かが流れ出すように。
 決して手を伸ばしてはならない祐巳さまの温もりがただ恋しくて。
 涙が止まらなかった。
 
 赦されないのに、誰より瞳子が赦さないのに、こんなにも恋しい。
 触れ合う時間が、触れ合う温もりが、こんなにも愛しい。
 手には入らない恋しさ。
 手に入れてはならない愛しさ。
 感情が爆発する。
 
 
 嫌だ。
 嫌だ、もう嫌だ。
 こんなに空しくなるだけの恋しさなんて要らない。
 こんなに切なくなるだけの愛しさなんて要らない。
 こんな寒さには耐えられない。我慢なんて出来ない。
 哀しいのも、寂しいのも嫌だ。
 だから。
 だからぬるま湯の温もりなんて要らない。
 要らない。
 要らない――っ!!
 
 
 ふぁさっ、と。
 
 
 突然、瞳子の視界が真っ暗に染まった。
 眼を瞑っていたしそもそも辺りは月明りしかない土手だったのだけれど、それよりも更に辺りが暗くなる。
 何か――布のようなものが被せられたのだ、と数秒ほどしてから瞳子は気付いた。
 けれどそれがスクールコート、人の温もりの残ったコートだと知るには僅か一秒ほど。
「声を殺していなさい。あなたの泣き声なんて聞きたくないわ」
 脇から飛んだそんな声。
 酷く冷たい、でも今の瞳子には温か過ぎる可南子さんの声。
 泣くな、とは言わなかった。
 喉の奥が震える。
 ぞっとするくらいに絶望していた。
 
 声と、姿を隠してくれるコートの下で。
 瞳子は思い切りに腕を噛んで泣いた。
 きっと、きっと泣くのはこれで最後にする為に。
 だから今は泣こうと思った。
 冷たい風を遮る可南子さんのコートに包まれて、仄かな温もりと共に背中を押してくれた乃梨子さんの掌を思い出して。
 胸の内だけに残る祐巳さまの温かさに浸って。
 
「ぅぁぅっ、ふくっ、ぅ、ぅぅく――」
 
 今は泣こうと思った。
 溶かされた何かをもう一度作り上げる為に。
 二度と溶かされないように冷たく、硬く、凍りつかせる為に。
 出会った頃のような、もしかすればあの頃よりももっと強固な壁を作る為に。
 二度と祐巳さまの為、そして自分の為に泣かない為に。
 今は泣こうと思った。
 
 祐巳さま。
 祐巳さま。
 好きです。
 好きです。
 
 好き、でした。
 
 次に会う時には、もう瞳子は変わってしまっているでしょうけれど――
 どうか、祐巳さまは変わらないで居てくださいませ。
 瞳子の好きだった祐巳さまで、居てくださいませ。
 
 さようなら、祐巳さま。
 
 
「うぅぅっ、ぅぅ、くぅぅ――っ!!」
 
 コートに隠された、小さな小さな世界の中で瞳子は泣いた。
 独り。
 寒さに震えながらもそっぽを向いてくれている可南子さんの隣で。
 思うままに泣いた。
 
 
 月と、マリア様だけがそんな瞳子を見ていた。


【1077】 もしも志摩子が戦うおかしな夢をみて  (亜児 2006-02-05 14:44:14)


 「志摩子さん。貴女さえいなければ、私はあの方の妹に
  なれたかもしれない。悪いけど、消えていただくわ!」
 「静・・・。私もお姉さまを通してわかりあえると
  思っていましたが、これ以上の話し合いは時間の無駄
  のようですね。」

 私と静は、廃墟で対峙している。お互い武器を構えた。
私はショートソードとスモールシールド。静も同じ
様なショートソード。間合いは、ほとんじ同じ。こちらの
攻撃が届かないということは、相手の攻撃も届かないと
いうこと。私たちは向かい合ったまま走り出す。先手を取らねば
静には勝てない。直感でそう思った私は、柱の陰から飛び出し、
跳躍して先制攻撃を仕掛けた。予想外の方向からの攻撃に静は、
一瞬焦りの色を見せるが、口元に小さな笑みを浮かべた。


「その勇敢さには敬服するわ。でも、甘いわよ!」

 次の瞬間、私は自分の目を疑った。静のショートソードが
まるで蛇のように伸びてゆく。

「カインドランブラー!」

 生きている蛇のように、伸びたソードは確実に私を狙ってくる。
空中では体勢の変えようがない。紙一重のところで身体をひねって
なんとか串刺しになるのを避けることには成功したが、着地のことまで
考えている余裕はなく、地面に叩きつけられた。

「くっ!」
「さすがね。白薔薇のつぼみの称号は伊達ではないと言ったところかしら。」

 静さまは、余裕の笑みを浮かべて私を見下ろしている。激突の衝撃から
まだ立ち上がることができない。ここへ追撃されたら、いくら私でも耐えるのは
かなり厳しい。しかし、静さまは離れた場所から攻撃を仕掛けるそぶりを見せない。
私が立ち上がるのを、わざわざ待っているようだ。

「どう?素敵でしょ。蛇腹剣っていうの。私の意志で剣にも
 鞭にもなるのよ。あなたを倒すためにわざわざ取り寄せた
 甲斐があったわ。」

 私は、なんとか立ち上がって再び武器を構えた。それを確認すると、静さまは
再び攻撃を仕掛けてきた。真面目というか、バカ正直というか。いや、真っ向勝負
で私に勝たないと意味がないと考えているに違いない。それならば、こちらも
それに応えるのが筋というもの。シールドを構えて、隙をうかがう。リーチの差は
圧倒的だ。しかし、そこにこそチャンスが生まれる。左右へ細かくステップを
刻んで攻撃をかわしながら、少しづつ間合いを詰めてゆく。多少のダメージは
必要経費と割り切って静さまの攻撃を避ける。直撃こそ避けたが、何度か攻撃を
喰らってしまう。あちこちが痛むが、構わずにさらに前進する。入った!この間合い
ならば、私の攻撃も届く。攻撃を避けた動作からから、そのまま横斬りを繰り出す。

「もらった!」
「それはどうかしら?クリミナルシンフォニー!」

 何が起きたか全くわからないうちに、私は空高く持ち上げられて、
そのまま叩きつけられた。全身がバラバラになるような衝撃。

「さすがに勝負アリって感じかしら?」

 静さまは、悠然と構えて私を見下ろしている。完全に勝ったつもりでいる
ようだ。私は、剣を支えにしてなんとか立ち上がろうとするが、下半身に
力が入らない。

「この技を喰らって立ち上がるとは、見上げた精神力ね。でも、
 身体がついていってないみたいよ。」
「まだ勝負は・・・ついてません・・・!」

 この人だけには負けられない。ただ、その感情のみが今の私を
支えている。戦闘において優劣を決するのは技ではない。己の
信念が強い方が勝つ。これまでの経験から得たことだ。満身創痍の
身体をひきずって、再び静と対峙する。身体に蓄積しているダメージを
考えれば、次の一撃でしとめない限り私は負ける。

「そろそろ終わりにしましょうか!」

 静の言葉で、私は地面を蹴って駆け出した。蛇腹剣の攻撃を避けて、
剣が戻るまでに、攻撃を決めるしかない。ギリギリまでひきつけてから
蛇腹剣を避け、低い姿勢のステップからコンビネーションを繰り出す。

「ヘブンズジャッジメント!」

 1撃目で静の身体を浮かせると、立て続けに剣での連撃を叩き込む。
最後は、右肩にキックを打ち込んだ。受身も取れないまま地面に
叩きつけられる静。

「ぐはっ!」

 口から鮮血を吹き出す静。着地を決めたものの、これ以上
戦うのは不可能だ。静が立ち上がらないことだけを祈る。

「完敗ね。さあ殺してちょうだい。」
「それはお断りします。」
「どうして?」
「私もあなたも聖さまが好き。それでいいじゃありませんか。」
「ははははっ。やっぱり貴女には敵わないわ。」

 私は踵を返して静の元から去ってゆく。あの方の待つ街に
帰ろう。キズの手当てをしていると、きっと悪戯をしてくるに
違いない。そう思うと笑いがこぼれた。








「・・・えさま。お姉さまっ!」
「・・・・乃梨子。」

 私が目を覚ますと妹の乃梨子が心配そうに顔を
覗き込んでくる。

「大丈夫ですか?ずいぶんと苦しそうな顔してましたから。」
「大丈夫よ。ちょっとおかしな夢を見ていただけだから。」

 そう言って私は乃梨子がいれてくれた紅茶を口へ運んだ。

(終わり)







【1078】 (記事削除)  (削除済 2006-02-05 14:55:00)


※この記事は削除されました。


【1079】 危機感ゲームマスター  (六月 2006-02-05 23:31:22)


「お、お、お、お、お姉さま〜!
 た、た、た、た、大変です〜!」
「どうしたの?そんなに慌てて。もう少し紅薔薇のつぼみとしての自覚をもちなさい」
「はぁ、すみません。
 ・・・ってそんなこと言ってる場合じゃないんですよ!」
「だから、どうしたの?」
「例のバイトがばれそうです」
「へ?・・・例のバイト?
 もしかして、小笠原の系列のゲーム会社のあれかしら?」
「そうなんです!なんでも初等部の子達にも大人気だそうで、それが中等部の子や、姉妹の居る高等部にまで噂が広まっているそうでして。
 で、あれが私達に似ていると・・・先程も質問攻めに会いまして」
「こんなことなら届けを出しておくのだったわ。モデルくらいならと甘くみていたわね」
「はい、クラスメートがカードを持って来ているなんて思いもしませんでした。
 まさか高等部にまで『オシャレ魔女 ラ○andベ○ー』が噂になるなんて・・・」


【1080】 勇気をいただきます  (OZ 2006-02-06 00:49:12)


【No:1067】→今回

 私は薔薇の館に着いた

はあ、はあ、「し、志摩子、とりあえず、こっからどうしたらいい?」
   とりあえず、と、いうか、黄薔薇姉妹を何とかしませんと・・・
「うみゅ?」
扉の前には木刀を持った令と竹刀を持った由乃ちゃんが立っていた。
由乃ちゃんは爽やかな笑顔をしつつ、「ごきげんよう、聖様、館に入りたいのですか?」

「入りたいといったら?」私は由乃ちゃんと令を睨む!!
「しっつも〜ん!! 聖様は『祐巳様』を好きなんでしょう?」
「え、ええ、好きだよ、」
「あっそう、でも、私のほうが ・・・ 『祐巳様』を愛してんのよ!!」
「お命頂!!」いきなり竹刀(直線)で突いてくる!!

「てい!!」 ぺシ
由乃ちゃんは私にへろへろっと向かってきたので、ペシっとやり、その後やさしく掴み、やさしく寝かせてあげた。
気を失った由乃ちゃん。
く〜〜、祐巳ちゃんもいいけど、由乃ちゃんもやっぱ、可愛い!! チッスくらいはいいかな? ドキドキ む〜〜〜
       お姉様!!

                      ごう!!

私の目の前に木刀が現れた!! おわ!!いっけね、家来を忘れてた。
「よ、由乃を、かどわかすのは、誰?」
「 令!! 」
「誰であろうと、私の由乃は、私の由乃は、私と、祐巳様の物なの!! でも私は由乃の物!!わかんない!!でもいいの!!」
はあ、はあ、息を荒げながらも言葉を続ける令。
「自分もよく分からなくなってきましたが、なんだか聖様が、ほんとに憎くなってきました・・・ でも、なぜか、苦しいんです!! 怖いんです!!」
ゆらりと木刀を振り上げる令、
こりゃ やばい!!身を固める私、 でも、何も無かった。
「あれ?」よく見ると

「な、なん!?だ!! 動かない、身体が!!」
   お姉様、令様は私が抑えています、だから、行ってください!!
「で、でも・・・」
 大丈夫です、強力な助っ人が付いていますから。
聖の周りに小さな光をもった蛍みたいな、いや、光の粒、そう言って間違いない、でも、この光、何か見覚えがある・・・ いや今はそんなこと考えてる暇はない。

2階の踊り場に着いた

「ハロ〜〜 せ・い・さ・ま・」
踊り場でにこやかな笑顔をしている真美ちゃん
「ま、真美ちゃん、な、なんで?」
「うふふふ・・・ びっくりしました、あれは、え・ん・ぎ・ 私は祐巳様の僕、蔦子さんのあんな攻撃くらいどってことありませんわ。」
「蔦子ちゃんはどうしたの?」
「ここに居ましてよ、聖様、いや白薔薇様!!」 蔦子ちゃんは真美ちゃんにずるずると引きずられながら現れた、最早立つ力も無くなっているようだ。でも、まだメガネは曇っていない。

 お願い・・・    頭の中に声が聞こえた・・・
「カメラちゃん!!」
 殺して・・・    このままじゃ、・・・
「いやだ!! 祐巳ちゃんも、カメ・違う 蔦子ちゃんも助ける、それが、私の使命だ!!」
 みんなをきずつけたくないんです・・・
「まったく、2人とも強情なんですから、私の手には負えませんね・・・ では、祐巳様にお願いしますか。」
「何だって!? 祐巳ちゃん・・・?」

ビスケット扉がゆっくりと開かれる、そこには蓉子と祥子が祐巳ちゃんにぴったりくっ付いている。
「あら?聖ったら未だ祐巳様の僕になってないの? しかも蔦子ちゃんも。」
「いやだわ、お姉様、聖様や蔦子ちゃんが入ったら楽しい時間が減りますわ!!」
「祥子!!蓉子!!」

「祐巳様、すみません、こんな事でお手を煩わしてしまって・・・」
「いいのよ、真美、彼方は良くやってくれた、それに大事なお客様を連れてきてくれたしね。」
祐巳ちゃんはゆっくりと私に近づきつつ、
「聖様、私のことが嫌いなんですか?」
「いいや、好きだよ、できれば、色んな事したくてたまらない。」
「なら、なぜ、私のとりこにならないのです? 蓉子様やお姉様のように?」
「それは秘密、教えて欲しかったら皆を解放して!!」

「ふん!! まあいいでしょう、と、言ってもお2人は私の呪縛からはそう簡単には逃げられませんよ、 聖様、それと志摩子さん。」
   あら? やっぱりばれてました?
「当たり前でしょ、聖様や蔦子さんを覆っている色を見れば一目両全。」
   それなら話が早いですわね、『祐巳さん』から離れなさい
「いや、と、言ったら?」
   実力行使です
「できるかしら?」
   私には強力なお友達がいますから・・・

そのとき、
「祐巳〜〜 いったい何を話してるの?」 がばっと祐巳に抱きつく祥子
「大丈夫です!!お姉様。愛してます!!」 頼むから離せ!! いいところなんだから!! お姉様!!

  今です!! お姉様、光を・・・

「こ、これ? 私、どんな効果も分からないけど、志摩子から『光』を貰ったの。」手のひらに乗せた光が先程よりも眩しく光りだす。
「こ、この、ひ、ひかりは・・・」
祐巳ちゃんの顔が青ざめる・・・
少し聖の身体の回りを飛び回っていた『光』は一点、祐巳の身体の回りを廻りはじめる。


うわああああああ〜〜〜〜
「い、痛い!熱い! いやああ〜〜 助けて!!いやあ!!お姉様!!」
まるで『光』は祐巳ちゃんの身体を焼いていくように
「ゆ!!祐巳!!」
「祐巳ちゃん!!」もはや蓉子も祥子も半狂乱
「祐巳ちゃん苦しがってるよ!! ねえ志摩子!! 大丈夫なの!?」

大丈夫です、私を信じてください

「で、でも・・・」

あの光は、どんな力も『並』してしまう力があるんです。今、痛がっている祐巳さんは、本当の祐巳さんではないんです。


光の中


貴様、何者だ!?
別に、ただ祐巳さんを守りたい、それだけの存在・・・
ほざけ!! たった人間一人を守るためだけに、そんな力が出るわけない!!
でも、私はそのたった一人の人間を守りたいの。
うそだ!! うそだ!! うそだ!! そんなの認めない!!
ふん!! あんたに認められなくってもいいわ!! どうでもいいから!! とっとと、出で行きなさい!!
物凄い光一閃、 邪悪な物は消え去った
私はここまで、さよなら、祐巳さん・・・




祐巳ちゃん・・祐巳ちゃん・・・
ユサユサ身を揺すられ

「お母さん・・・」
「祐巳ちゃん・・・良かった・・・」
私は病院のベットの上にいた。でも、何か変な夢を見ていたような気がする。
「祐巳!!」
お姉様が鬼のような顔をして私を見ている、こ、怖ひ・・・ と、思ったら、いきなり滝のように涙を流しだす。
「祐巳、よかった、本当によかった・・・ 私をこんなに心配させて・・・ 本当におばかなんだから!! 」私は抱きしめられた
「ふえ?」回りを見ると、江利子様、令様、由乃さん、聖様、志摩子さん、蔦子さん、真美さん、皆泣いている
「皆さん、お姉様・・・すみません、ご迷惑おかけしたようで、そして、本当におばかな妹で・・・」私は祥子様をぎゅっと抱き返す

聞くところによると、私は薔薇の館でいきなり倒れ、そしてそのまま一週間ほど病院で寝ていた、とのこと
その後体力も回復したこともあり、私は学園に復帰した。
クラスの皆が寄ってきて色んなやさしい言葉をくれた、嬉しかったけど何か心に穴が開いたように感じて、聞いてみた。

「あの? ところで桂さんは?」

私の言葉に皆、目を白黒している

「だれ? 桂さんって? ねえ知ってます?」
少しムカッと来た、「何言ってるの? 桂さんは、桂さんよ!! 私の友達の!!」
「ねえ? 知ってます? 桂さんって?」
「いいえ、私は存じ上げませんけど・・・ 」クラス中がざわざわしだす。そのとき
扉を開け、志摩子さんが入ってくる、同級生とはいえ突然の白薔薇の妹(しかたないけど正直、紅薔薇の妹の私とはえらい違い、ガックリ。)の登場に皆一斉に静かになる。
「祐巳さんは、まだ病み上がりで疲れていますわ、山百合会としても当分ゆるりとさせてあげたい、だめかしら?」にっこりと微笑む
その、天使のごとき笑顔に誰も何も言えず各々の席に帰る。

「ねえ、志摩子さん、志摩子さんは、桂さん、知ってるよね!?」
「ええ、知っていますわ、でも今は、少し休んでください。」






「志摩子、お疲れ、祐巳ちゃんは?」
「保健室で可愛い寝息を立ててます。」
「よし!! 見に行こう!!」
「その前にお仕事ですよ、お・ね・え・さ・ま・ 」聖の耳をぎゅっと掴む志摩子
「じょ、冗談だよ志摩子、怖いよ、本当にごめん、 そんでもって、やめて、ちくちくするのは」蛍のような小さな『光』が聖にぶつかっていた。
「んで、だれ? その前に、微妙に痛いって、やめて!!」ちくちく

「あのお方です。」目の先には新聞部姉妹がいた。目をピンクにして、姉である美奈子ちゃんを林の中から(一応姉妹なんだから堂々とすればいいのに・・・)うっとり見ている真美ちゃん。
どうやら、真美ちゃんが今回のキャリアーのようだ、でも、
「真美ちゃん、また彼方なの、抗体無いの?」
 ガクッと傾く、聖をちくちくしていた『光』もボトッと落っこちた。


「とは言え、私の初陣だ!! 皆を守りたい気持ちは誰にも負けないつもり!! 志摩子、私に勇気を少しでいいからかして!!」
  志摩子の姿は光に変わり、言った。   
  
  もちろんですわ お姉様

「そして、彼方がいるからこそ私は怖くない!!」聖は『光』に話しかけた。
   
  そんな いやですわ せいさま

「本当だよ、さあ行くよ!!志摩子、桂ちゃん!!」



【1081】 (記事削除)  (削除済 2006-02-06 03:06:46)


※この記事は削除されました。


【1082】 (記事削除)  (削除済 2006-02-06 06:10:34)


※この記事は削除されました。


【1083】 (記事削除)  (削除済 2006-02-06 06:28:18)


※この記事は削除されました。


【1084】 見極めろ剣道場で  (くま一号 2006-02-06 08:05:29)


 その日。笙子は武道場へ剣道部の練習を撮影に来ていた。

 冷たい一月初旬の夕方。
蔦子さまとの激論(というより一方的に講義を受けていた)の末に、お年玉と、んヶ月分のお小遣いを前借りして買った、高級機種のデジカメ、ニキャン一眼レフ、Shinepix12400 。 1200万画素でひたすら令さまを狙う。卒業して外部の体育学部へ行くという令さまを撮る機会は、もうそんなに何度もあるわけはない。

 †     †     †

 〜〜〜〜〜 聖ワレンティヌスがみてた 〜〜〜〜〜


「んーーもうっっ!」
ほんとに、言うことを聞いてくれないんだからっ。

 さすがに、デジカメでもこのクラスになると、シャッターを押せばだれでもそれなりにきれいな写真ができる、という甘いものじゃない。高解像度の分、わずかな手ぶれでもクオリティが落ちる。被写体の動きが激しいのでオートフォーカスは使っていない。
『まず、使い方になれなくっちゃね』 蔦子さまはそういって、時々笙子に課題をくれる。今日は、令さまの竹刀をとらえるのに必死になっていた。

『あれだけ言い張ったんだから、デジカメを生かさなくっちゃね、笙子ちゃん』
蔦子さまはそう言った。デジカメの利点は速さなのよ。これだけのカメラを使いこなすには動きのあるものに挑戦しなきゃ。

 剣道部の交流試合の時の、令さまの一本の瞬間を捉えた蔦子さまの写真がある。
田中次姉さんに、面を決めた瞬間が見事に捉えられている。しかし、フィルムカメラ。
『ね、竹刀が田中さんの面にあたって後頭部に巻き付いたように見える、でもこのシャッタースピードでもぶれているでしょう。でもね、あなたのカメラならくっきり写るはずなのよ。シャッタースピードが倍以上なんだから』
『えええ!? そんなの神業ですよお。竹刀があたった瞬間にシャッターを押さなければいけないんでしょう?』
『もっちろん。でもさあ、笙子ちゃん、リズム感はいいわよね。令さまのリズムに合わせて自分の身体も動くつもりで、やってごらんなさい。しばらく剣道部に張り付き取材よ。がんばってね、デジカメラちゃん』
『うう。その呼び名、だれがつけたんですかあ。メカゴジラみたいできらいです』

 そういうわけで、稽古が始まると同時に剣道場に貼り付いている笙子なのだったが。
(ふぅ。蔦子さまみたいにシャッターの感触だけでどんな写真ができたかなんて分からないから、モニターが見られるのは便利なんだけど)
何度やっても、竹刀が当たった瞬間はまだ一度も捉えられない。
(ほんとに、甘いもんじゃないなあ。蔦子さまっていくつぐらいからカメラをもっていたのかしら)

 蔦子さまは使い方に慣れろって言ったんだからね。
慣れるタメなのよ、というので動画モードにしてみたらこれは大失敗。動画再生するとちゃんと写っているように見えるのに、
(コマ毎に見るとすんごいブレなんだもの)
蔦子さまの解説。
『あははは、笙子ちゃん、それはだめ。あのね、テレビの画面をよーく見てごらんなさい。せいぜい200万画素相当よ。その上、動画は一秒間に25コマか30コマって決っているの。でもあなたのカメラのシャッタースピードは最高一万分の一秒なのよ。ぜんぜん桁が違うんだから』
『そういう蔦子さまのカメラは?』
『シャッタースピード? 三千分の一秒くらいね。機械のシャッターと電子シャッターではそれくらいの差があるのよ』

(ほんとに、桁が違うわ。それにしても蔦子さま、デジカメのこともほんとによく知っていらっしゃる。やみくもにアナログにこだわっているわけじゃなくて、ちゃんと選んでいるのね)
決定的瞬間をまるで外しているとはいえ、笙子の撮った写真の令さまの竹刀はぴたりと止まったようにくっきり写っているのだ。

 さっきから稽古をつけられているのはちさとさま。
練習を始めてから、令さまの防具に竹刀の先を触れることさえできない。ほとんど動かない令さまの周りをぐるぐる必死で動いて、わずかでも令さまの構えを崩そうとしているのだけれど、まったく動じたように見えない令さま。
 そういえば、去年のバレンタインデーのあと、ちさとさまは令さまのあとを追いかけて剣道部に入った、という。でも、足元にも追いつけない、って真美さまの取材に一緒に行った時にちさとさまは微笑んでいたけれど。

(なんだか、蔦子さまには永久に追いつけないって思い知らされてるみたい)
もう、涙がでてきそうになっている蔦子おっかけの笙子なのだった。

 半分やけっぱちになった笙子は、さっきから最高速の連写モードに切り替えていた。
(フィルムじゃないんだからメモリーがいっぱいになったら消せばいいんだもん)

 ちさとさまが左に飛んで逆胴を狙う。
簡単にかわし抜いて、決まりの小手面の連続技にはいる令さま。笙子のカメラが追う。

 その時、それは起きた。

 強引に首を右に振って避けるちさとさま、令さまの剣がそれてちさとさまの左肩に落ちるその瞬間。

「めーーーーん!!」

 ほとんど悲鳴みたいな甲高い声が響いた時、ちさとさまの竹刀が令さまの面の脳天を撃った。

「え??」


「ちさとっ。今、なにをした?」
「え? わ、わかりません」
うれしいという前に茫然としているらしいちさとさま。面を着けているので表情はよく分からない。
 あちらで、防具を外していた由乃さまの口が『れ』の字に開こうとしたのが分かったけど、さすがに今は稽古中。なにもいわずに目をつり上げている。

「ふふふ、私から一本取ったのは初めてだね」
「はいっ!」
「さあ、今のを忘れないうちにもう一本!」
「はいっ!!」

 結局、その日。
まぐれあたりは二度は起こらなかった。
まぐれ、がなんだったのか、それは誰も知らない……
ただ、それだけのことだった。その時には。

 でも。
笙子のカメラには、一万分の一秒刻みの記録が残されていた。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「『つづく』と祐巳は言った」
「お久しぶりです。後書き姉妹なのですわ」
「えーと、これが病院送りになったノートパソコンのHDDの藻屑と消えた中篇の導入部の再現なんだけど」
「そうなのですわ。本当は、あるサイトさんの企画に投稿するはずだったのですわね。ところが投稿目前に消失」
「でもなんとか書き上げたいの。そのお世話になったサイトさんが閉鎖してしまう前の最後の企画なのよ。でもねえ締切りが」
「いつなんですか?」

「バレンタインデーの翌日」

「むっっっちゃおめでたいですわ祐巳さま。あと十日もないじゃないですか。ムリです。むーりー」
「そうなの。しかもこれが最後の企画だから、少しずつ投稿していって、もし完結しなかったら『次』はもうないのよ」
「はあ。それでがちゃSでなんとかあがいているのですわね。間に合わなくてもなんとか完結はさせようと」
「うん。でも完結しなかったらあちらに投稿はしない覚悟。ああ、私はがちゃSのがちゃがちゃタイトルで発想をおこさなければSSが書けない体質になってしまったのね」
「祐巳さまの自業自得です(ジト眼)」

「しかたありませんわね。しかもまたヲタクなカメラ話なんですかあ? 萌えがぜんぜんないんですけど」
「ううん。カメラ話は導入部でおしまい。だって『聖ワレンティヌスがみてる』なのよ。でも設定としては【No:440】→【No:511】を引き継いでいるわ」

「さーて、書くわよー」
「仕事もしてくださいね」


【1085】 未来の白チーズ  (まつのめ 2006-02-06 17:21:53)


「昔、初等部の時、家庭科の時間に白チーズの授業があって」
「し、白チーズ!?」
「私、白チーズをもらった時、すごく幸せな気分になったんです」
 瞳子ちゃんは、うっすらと笑った。そのときの気持ちを思い出したのか、そのときの自分を振り返って笑ったのか。 というかそれもしかしてヤバイ代物じゃあ?
「色のついてない白チーズ、切り分けるための線だけがうっすらと浮かび上がっているだけの。 私はこれからこのチーズを私の色に染めて……、うふふふふふ……」
「って、ちょっと、瞳子ちゃん!」
 こ、これって世に言うフラッシュバックってやつ?
 瞳子ちゃんは組んだ手を胸の前に持ってきて恍惚の表情で笑っている。
 白チーズには心を沸き立たせるなにか不思議な力があるようだ。
 祐巳には到底理解できないであろうが。
「でも……」
「な、なに?」
 突然瞳子ちゃんは帰ってきた。
「……授業が進んで少しづつ白チーズが様々な食材や調味料に染まっていくと、私は気づいたんです。 そんなに上手くいくものではないんだ、って。 私は誰にも負けないチーズ料理を作ろうって思っていたのに、出来上がったものは、私の思い描いていたものとはまったく別のものでしたから。 私はレストランのショーウィンドウに並んでいるような完璧な一品をこしらえたかった。 なのに出来上がったそれは小学生のレベルを超えられなかった」
 そりゃそうでしょう。小学生なんだから。
 それより白チーズの授業ってなに?
 祐巳はそればかりが気になって瞳子ちゃんの話に集中できなかった。
「キラキラしていたはずの白チーズは、次第に輝きを失いました。もう、元には戻りません。 私が汚してしまったから」
 えーっと……。
 白チーズ事体が謎なのに瞳子ちゃんがそれで何を言いたいのかなんて判るはずもなく。
 とりあえず祐巳は言った。
「な、何かあったの?」
 それはもう、腫れ物に触るように。
 まあ、あれだ。
 小学生だった瞳子ちゃんがその白チーズでなにか素敵な料理を作りたかったんだ。
 でも思い通りにいかなくて絶望したと。
 ほほえましい幼少時の失敗談だ。
 人並みに失敗をする祐巳にもそういう恥ずかしい話は思い出せないほどあった。
 いや、ちょっと違うような……。
「白チーズひとつですらそうなんです。 人生だってそんなに上手くいくはずない、って悟っただけです」
 白チーズ……。
 やっぱり、それって人生踏み外すようなヤバイ代物なんだ。(違います)
 気が付くと祐巳たちは図書館の脇を通り過ぎ、銀杏並木のマリア像の側まで来てしまっていた。
 もう時間も遅く、マリア像の前には誰も居なかった。
「完璧なものが仕上げられないのなら、いっそそのままピンクの花柄とか緑に白抜きの水玉模様とかにデコレーションすればよかったって」
 いや、それはないだろう。
 百歩譲ってピンクの花柄のチーズは良いとしても(いや食品としてもうダメだけど)緑の白抜きってちょっとカビっぽくて嫌だ。
 あれ、でもそういえばそういうチーズもあったような。
 祐巳はデパートの『世界の食品展』だかで見たような気がした。
 でもあれは確か食用の青カビを使うって書いてあった。
 祐巳が青カビチーズに思いをめぐらせているうちに瞳子ちゃんの話は先に進んでいた。
「……先生からは問題児だって見られて、家庭科の成績も落ちたでしょうけど、そうしたら私だけの綺麗なチーズを作れたかもしれない。でも、私には出来なかった」
「瞳子ちゃん……」
 それは出来なくて良かったんだよ、と続けようとした。
 でも、こういう事は『言わぬが花』っていうんだ。多分。
 そう思い直して祐巳は口をつぐんだ。
 祐巳は言葉を捜した。 じゃあ、いったいなんて言葉をかけたらいいのだろう。 誰かに教えて欲しかった。 なんと言ったら瞳子ちゃんを救えるのだ。
 瞳子ちゃんは祐巳の眼差しに気づくと、ハッとしたように背を向けて足早になった。
「……世迷いごとを言いました。忘れてください」
 まるで夢から覚めたみたいに、今までしゃべっていたことは何かの間違いだったとでもいうように。
 でもそんなことは無理だ。 一度聞いてしまったことは消せやしない。
 瞳子ちゃんが己のなした罪を一人抱えていることを、白チーズという悪魔に取り付かれてしまっているということを。(えぇ!?)
 どんどん離れていく瞳子ちゃんとの距離。
 どうしたらいいのだ。
 どうしたら繋ぎ止めておける?
 どうしたら――。
「瞳子ちゃん!」


   ・
   ・
   ・


「瞳子ちゃんと何かあったの?」
「ロザリオ、受け取ってもらえなかった……」
「そう」
「やっぱり、白チーズじゃないと受け取ってくれないのかなぁ……」
「し、白チーズ?」
 涙を流しながら謎の単語を口にする祐巳。
 そんな祐巳を抱きつつ、祥子は山百合会の未来を憂い、涙するのだった。






(未来の白チーズ・完)


【1086】 どうしたいの菜々ちゃんに  (まつのめ 2006-02-06 17:54:00)


【No:1074】のまつのめのコメントをご参照ください。(文句があったら一本書く)




「……残念ですが…お断りさせていただきます」

 菜々は深々と頭をたれて由乃に謝った。 

 入学式の後、銀杏並木で菜々を捕まえた由乃は『私の妹になってほしい』とロザリオを差し出したのだった。
 時としてかなり無理やりな理由をつけて菜々と会っている由乃だったが、毎回それなりに菜々を満足させられたと自負していた。
 そう。姉妹の契りを結ぶには十分なだけのお付き合いはしているつもりだったのだ。
 ただ、菜々に初めて出会ってから四ヶ月余り経った今でも、彼女のベクトルがいまいち由乃の方を向いていないこともまた事実であった。
 だから今回の申し出は、菜々の中でいつも自分が主役でないことが面白くない由乃にとっては、一撃必殺の奥義あるいは抜き放った伝家の宝刀、受けてみよ我が快心の一撃なイベントだったのだが……。

「……理由を……聞かせてくれるかしら?」

 由乃の一撃はいとも簡単にかわされて、手痛い反撃を食らってしまった。
 笑顔を引きつらせつつ理由を問う由乃に菜々は冷めた目で言った。

「私が由乃さまの妹にならない理由ですか?」
「そうよ。 私の何処が気に入らないわけ? それとも黄薔薇のつぼみになるのは嫌なのかしら?」
 選挙は無事に済み、由乃は黄薔薇さまになっていた。
 そのときも確か菜々は祝福の言葉をくれたはずだ。

「由乃さまが黄薔薇のつぼみであるかどうかは問題ではありません」
「じゃあ、私自体にに問題があるのね?」
「……」
 流石に菜々といえども面と向かっていきなり上級生に『貴方は問題がある』とは言えないであろう。 菜々は由乃の問いに沈黙した。
 しかし沈黙したということは肯定したも同然である。
 由乃はいつのまにかきつく握り締めていた。
「選挙のとき由乃さまは言いましたよね? 私が薔薇さまのつぼみになってみたいかということを」
「ええ、確かに聞いたわ」

 あの時はそんなに真剣な雰囲気ではなかった。
 選挙の結果を受けて祝福ムードの中、お決まりのお祝いの言葉のお返しとして菜々に言ったのだ。
 確か話の流れで菜々はそのまま高等部に進学するのか聞いて、菜々がそのつもりだと答えたので「じゃあさ」と。
「……菜々は薔薇さまのつぼみになってみたい?」
「そうですね……」
 そのとき菜々が何を考えているのか由乃には読めなかった。
 菜々はまるでお昼ご飯に何を食べたいか聞かれて考えているような屈託の無い表情で視線を上に向けて考えていたのだ。
 結局、菜々は「高校に入学してから考えることにします」と答えた。
 ここに至ってじらされた由乃は「この娘どうしてくれよう」と思ったが、「なりたくない」とは言わなかったのでなんとか爆発するのをこらえることが出来たのだった。

「今のがあの時の答えってわけ?」
「いいえ、薔薇さまのつぼみになることについてはまだ考えていません。 私が考えていたのは由乃さまの妹になることです」
「でも断るって言ったじゃない」
 なんとか平静を保っている。 でも、そろそろ笑顔でいるのは限界かもしれない。
「……由乃さまは、去年のクリスマス会でのこと、覚えていらっしゃいますか?」
「ええ、当然でしょ」
 これはまたずいぶん前のことを、と由乃は思ったが、そのときのことは良く覚えている。
 菜々を山百合会のみんなに会わせるべく画策して祐巳さんや乃梨子ちゃんにまで迷惑をかけてしまったのだ。
「会自体は大変楽しかったです。 お招きいただいたことは今でも感謝しています」
 菜々は言った。
「ただ、あの時、支倉令さまが他の大学を受験されると由乃さまに告白された時……」
「……ああ」
 あのとき、由乃は思い切り取り乱した。
 令ちゃんがあんな重大なことを由乃に話さずにいたことがものすごくショックだったのだ。
 でも由乃は泣きそうな声で「ごめん」を繰り返す令ちゃんにあれ以上追求することなんて出来なかった。
 それに、令ちゃんは別に由乃のことをのけ者にしようとしたわけじゃなく、令ちゃんなりのなにか考えがあってそうしたのだってことがなんとなく判ったから。
 でも。
 あのときの一部始終を菜々は見ていたのだ。
 菜々は言った。
「私はそれを見てどう考えたと思います?」
 正面から由乃を見据える、その強い意志を持った瞳に押されそうになった。
「この人の世界は“支倉令さま”なんだ、支倉令さまが中心なんだって」
 その通りだった。
 「黄薔薇革命」以来、令ちゃんの保護下から抜け出したつもりになっていた、対等な関係に進化したと思っていたけれど、それは令ちゃんと由乃の二人の関係においてであって、外から見れば「二人の世界」は相変わらず「二人の世界」なのだ。
 “依存している”といわれれば確かにそうなのかもしれない。
 そういう要素もあるだろう。 でもそんな単純な一言で表せるほど薄っぺらな関係ではないのだ。 由乃と令ちゃんは。
「……幻滅したのね」
 由乃が自嘲気味にそう言うと、菜々は一寸表情を変えた。
「あの、由乃さま?」
「なに?」
「幻滅という言葉は前提にある評価があってのことだと思うのですけど」
「……つまり幻滅するほど評価されていないってこと?」
「そこまでは言ってません」
「言ってるわよ!」
 それは薄々感じていたのだ。
 あるときはアドベンチャーだったり、あるときは令ちゃんとのお手合わせだったり、菜々の関心事はいつでも由乃の外にある。
 いまいましい。
 いや、目の前の菜々が悪いわけではない。
 腹が立つのは自分の不甲斐なさ。
 出会ってからこれだけ時間があったにもかかわらず、今だに一度も菜々の関心のまんなかに居たことがないってことだ。
「違います」
 由乃が怒鳴ったのに、菜々は全然動じた様子も無く言った。
「どこが違うのよ!」
 由乃はもはや笑顔で居ることを忘れていた。
「たしかに由乃さまは不意打ちのように面白そうなことを私のところへ運んできてくれます」
 不意打ちなのか。
 由乃としては不自然なく、きわめて普通にアプローチしているつもりだったのだが。
 怒っているのに、意外と冷静に分析している自分がいることに由乃は驚いた。
「そのことについては感謝してますし、これからもそうあって欲しいなんて図々しくも思っていました」
「だったらなんでなのよ」
「由乃さまは……」
「え?」
「黄薔薇のつぼみ、今は黄薔薇さまに成られた方。 剣道部に二年生の終わりの方で入部された方。 一昨年のリリアンかわら版に載っていたアンケートとは全然違うお方」
 それは別に親しくならなくても外からの情報で十分わかることばかりだった。
「それがなに?」
「そして由乃さまの世界は支倉令さまを中心に回っていることを知りました」
「それが何だって言うのよ! 私は菜々が言いたいこと全然判らないわ!」


 その後、なにか決定的なことを言われたような気がする。
 でも何を言われたのか良く覚えていない。
 ただ、気が付くと由乃は菜々の頬を張っていた。

 負けたと思った。

 菜々はその運動神経を持ってすれば由乃の平手を容易に捕まえることが出来たはずなのにそれをしなかったのだ。
 その直後の菜々の瞳。
 それが由乃を哀れんでいるように見えてますます敗北感に輪をかけていた。

「馬鹿にしないで!」

 その叫びが負け犬の遠吠えであることは由乃自身が判っていた。
 菜々の口が何かを紡ぎ出すまえに由乃は駆け出した。
 怒りと悔しさと悲しさと、いろんな感情が綯い交ぜになった涙が由乃の頬を濡らしていた。

 もう、菜々の言葉はひとことも聞きたくなかった。


【1087】 (記事削除)  (削除済 2006-02-06 18:15:30)


※この記事は削除されました。


【1088】 パラレル美少女祐巳懐かしさと予感  (投 2006-02-06 23:26:28)


月曜日。
一般の生徒が来るにはまだ早い時間。
いつもの朝と同じように登校していた私の前に、一人の少女がいた。
朝に弱いはずの私なのに、この時ははっきりと目を覚ましていた。
いや、覚まされたと言うべきだろう……、その少女に。

マリア像の前で手を合わせている少女の後姿を見た瞬間に、既に私は彼女の虜だった。
少女の持つ雰囲気に囚われていた。
話したことも無いのに、知っている?
見た事もないのに、知っている気がする?
ただ暖かな日差しのような、そこにいるだけで安心できるようなそんな雰囲気を持つ少女。
私よりも背が低いのに、まるで母のような後姿……。
だから、お祈りが終わりこの場を去ろうとした少女を、つい呼び止めてしまった。

紫色のリボンを使って左右で縛って留めているほんの少しだけ茶色がかった黒髪が、
振り向いた拍子に陽光の軌跡を残して揺れる。
私は言葉を失ってしまった。

まさかここまでとは……。

目を見張るような美少女が一人、私の前で目を白黒させている。
呼吸が止まるかと思った。これは夢だと思った。
知らず手が震える。鼓動の音が早鐘のように身体の中に鳴り響く。
もしかしたら顔も赤くなっているかもしれない。

「あの、私に何かご用でしょうか?」

突然、上級生に呼び止められたからか、幾分か緊張しているようにも見えるけど、
それでも、それすら少女の魅力を引き立てているかのように思える。

言葉を発した少女によって、半ば呆けていた意識が戻り我に返る。
何か言わなくては……、そう思うのに声が出ない。
もともと少女に落ち度は無い、その後姿に惹かれてつい声をかけてしまっただけだから。
何も用などあるはずが無い。
けれど……、

「呼び止めたのは私で、その相手はあなた。間違いなくってよ」

このまま、この少女とここで別れてしまっていいの?
そう思うと、咄嗟に言葉がでてきていた。

「持って」

声は震えてなかったと思う。
今までの人生で一番緊張したのはこの時だと、間違いなく思えるけれど……。

いきなり声を掛けられて、いきなり鞄を持ってだなんて、
呆れられても仕方が無いと思う。
けれど、気付いたら少女に向かって私は鞄を差し出していた。
ただの上級生で終わりたくなかったから。
嫌われてもいいから覚えて欲しかったから。

彼女は素直に鞄を受け取った。
ここまで近づくと少女の顔がよく見える。
整った細く濃い眉。少し大きめだけれど意思の強さを秘めた黒曜石のような瞳に、
彫刻を思わせるような整った鼻に、ふっくらとした桜色の唇。
きめが細かく、透明感のある色白の肌は明るく映え、とても美しい。
そして、私はそんな少女の頬がピンク色に染まるのを見てしまった。

私だけではないのね?

だからだろうか、美の呪縛から解き放たれた私は両手を伸ばし、

「タイが、曲がっていてよ」

そう言って、曲がってもない少女のタイを直していた。

「私は二年松組、小笠原祥子。あなた、お名前は?」

頬を赤く染め、俯いていた少女は私を見上げながらはっきりと言った。

「一年桃組三十五番。福沢祐巳です。
 福沢諭吉の福沢にしめすへんに右を書いて祐、それに巳年の巳です」

「祐巳さん……、祐巳ちゃんでいいわね。いい名前ね」

「ありがとうざいます」

名前を褒められて嬉しかったのか、笑顔を見せて頭を下げる。
私は祐巳ちゃんから鞄を受け取ると、まだ赤くなっている彼女に、

「身だしなみはいつもきちんとね。マリアさまが見ていらっしゃるわよ」

いままで、誰にも言ったことの無い言葉を掛けてみる。
祐巳ちゃんは、申し訳なさそうな表情をしながら「すみません」と、また頭を下げた。
それが微笑ましくて、つい、

「あなたとは今度、ゆっくりとお話してみたいわね」

なんて、思わず言ってしまう。
祐巳ちゃんは私の言葉に、下げた頭を急に上げ、驚いたような顔で私の顔を見る。
 
しまった……、嫌われる?、調子に乗りすぎたかしら?

けれど、それは杞憂に終わった。
だって祐巳ちゃんは、ぱっと、可憐に咲いた花のような笑顔で「はい」と応えてくれたもの。

現金なもので、鞄を渡す時には嫌われてもいいと思っていたのに、もう嫌だと思う自分がいる。
この子、祐巳ちゃんだけには嫌われたくないと思う私がいる。
他の人間だったならば、例え私がその人に好意を持っていたとして、
拒絶されてもどうにも思わないだろう。
出会って数分のこの子に、何故こんなにも気を許してしまうのか自分でも分からない。
けれど、それは不思議と不快ではなかった。

「ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう」

気が付けば、思ったよりだいぶ時間は過ぎていて、
薔薇の館まで急いで行かなければならない時間になっていた。

祐巳ちゃんと挨拶を交わし、別れ、私は薔薇の館へと続く道を歩く。

別れた後もこんなにもドキドキしている。
あの人を好きだと気付いた時に似た想い、
あの初恋に破れる前の、恋する少女のような懐かしさ……。
ああ、やっと分かったこの気持ちは……。

今日、祐巳ちゃんに出会ったのは偶然で、
2人が出会ったのが運命ならば、
その相手が私だったのは、必然だったと自惚れてもいいかしら?
思うだけなら、傲慢になってみてもマリアさまは許してくれるかしら?

運命とか、そんな曖昧な言葉は好きではないけれど、今日だけは信じてみよう。
私が運命なんて信じるのは奇跡のような事なのよ?
あなたにはあなたのすごさが分かるかしら?


だって、一目惚れだったんですからね…………。


今日は良いことがありそうな予感がする。
それは、きっと大切にしたい人に出逢えたから。
これからも彼女と関わっていけるから。




いつもと変わらぬ朝なのに、
鬱陶しい日の光も冷たいだけの空気も、ほんの少しだけやさしい、
いつもと違った朝のできごと……。




続く……のか?


【1089】 環境整備委員会はじめちゃいました  (いぬいぬ 2006-02-07 00:26:12)


 麗しき乙女の園リリアン。
 そんなリリアンでも、時の流れがある以上、段々と麗しくなくなってしまう部分もある訳で・・・
 例えば、薄汚れてしまったベンチ。
 例えば、枯れてしまった草花。
 そんな麗しき学園の“小さなほころび”を、そっと癒してくれる天使達。それが環境整備委員会の乙女達である。



 環境整備委員会は、今日も学園の為に献身的に働いていた。
 本日の活動は、花壇の中で枯れてしまった秋の草花から、冬の草花への植え替え。
「志摩子さま、シクラメンはここに植えればよろしいですか?」
「そうね・・・ あ、パンジーはシクラメンを囲むようにね」
「はい、志摩子さま」
「志摩子さん、花壇の柵にする竹が足りないのだけど・・・」
「それなら、用務員の方に言えば新しい物を頂けるわ」 
 彼女達の中心で、忙しく指示を出すのは白薔薇さまである志摩子だった。
 志摩子は別に委員会の幹部という訳ではなかったが、やはり白薔薇さまである以上、どうしても頼られがちである。そして、志摩子もそれを苦にした様子も無く、むしろ委員会のため、学園のために、率先して働いていた。
 委員会の乙女達も、そんな志摩子の様子に尊敬と憧れを抱き、環境整備委員会は益々志摩子を中心にして動くようになってゆく。
 志摩子の的確な指示の下、花壇の植え替えはあらかた終わりに近付いていた。細々とした片付けをしながら、彼女達は満足気な顔で花壇を見ている。
「お姉さま」
「あら乃梨子。どうしたの? 」
「うん、一緒に帰ろうかと思って・・・ 」
「もう・・・ 今日は山百合会の仕事も無いし、私は遅くなるから先に帰って良いと言ったのに」
 志摩子は呆れたように言うが、その顔は、嬉しさを隠せていなかった。
「えへへへ・・・ たまには待つのも良いかなと思ってね」
「うふふふ。じゃあ、もう少し待っていてくれる? 」
「うん! 」
 幸せそうに笑いあう白薔薇姉妹に、周りの乙女達も思わず微笑んでいた。
「ちょっと志摩子さん。姉妹で仲がよろしいのは良いけど、まだ作業の途中でしてよ? 」
 白薔薇姉妹にやや刺のある言葉をぶつけてきたのは、環境整備委員会の副委員長だった。
 良いところに水を差されて、乃梨子は憮然とした表情になったが、志摩子が「ごめんなさい、すぐに作業に戻るわ」と言って、乃梨子に目配せしたので、乃梨子も黙って環境整備委員の輪から、そっと離れた。
( ・・・作業の途中って言っても、もう片付けも少ししか残ってないのに)
( きっと、白薔薇さまの人気が妬ましいのね)
( ご自分が副委員長なのに頼られないものだから・・・)
( そりゃあ、あの性格じゃあ・・・ )
( しっ! あの方に聞こえたら大変よ? )
 乃梨子の耳に、委員会の乙女達のそんな囁きが漏れ聞こえてくる。
( ・・・なるほど、それであんな刺々しい態度に出る訳だ。嫉妬って見苦しいなぁ・・・ )
 乃梨子は内心納得する。同時に、そんな理由で志摩子との楽しいひと時を邪魔してくれた彼女に、益々反感を覚えた。
 だが、刺のある言葉を投げつけられた志摩子自身が素直に作業に戻ってしまった手前、乃梨子が文句を言う訳にもいかない。
( 志摩子さんも、もう少し自分に対する敵意に反抗しても良いのにな・・・ )
 そんな事を考えながら志摩子を見ると、何やら満足気な顔で微笑みながら花壇を見つめていた。
( ・・・志摩子さんにそんな攻撃的な事は似合わないか。あの優しさも含めて志摩子さんの魅力だもんね)
 思わず釣られて微笑む妹バカな乃梨子だった。
 しばらくすると作業も全て終わった。委員会の乙女達が、作業用の体操服から制服に着替えて帰ろうとしていると、志摩子が突然みんなを呼び止めた。
「みなさん、作業が長引いてお腹がすいてませんか? 私、軽いオヤツを準備してきたんで、よろしければ・・・ 」
 志摩子の「オヤツ」という言葉に、乙女達の顔がほころぶ。献身的な天使達とは言え、働けば当然お腹が空くのだ。ましてや年頃の乙女達、オヤツという言葉には滅法弱かった。
 みんなの笑顔を見て、志摩子はかたわらに置いてあったバッグから、何か箱を取り出したが・・・
「志摩子さん! あなた、学園にオヤツなんか持ち込んで良いと思っているの? 」
 またしても噛み付いてきたのは、副委員長だった。
「仮にも白薔薇さまと呼ばれる人が校則違反だなんて、はしたないのではなくて? 」
 志摩子が言い返さないのを良いことに、さらに問い詰めてくる副委員長。
 確かに箱入り娘養成所とも呼ばれるリリアンだけあって、それなりに校則は厳しい。「授業に無関係な物を校内に持ち込んではならない」という校則もある。だが、軍隊ではあるまいし、一切の娯楽を否定している訳でもない。ましてや志摩子は、仕事で空腹になるだろうと、環境整備委員のためにオヤツを用意したのだ。
 周りにいる環境整備委員会の面々も、さすがに不愉快そうな顔で副委員長を見つめる。
 そして、それまで何も言い返さない志摩子の手前、我慢していた乃梨子が、もう我慢の限界となり、副委員長に文句を言ってやろうと一歩前に踏み出そうとした。
 が、その一歩は横から伸びた手にさえぎられた。他ならぬ志摩子自身の手によって。
「志摩子さ・・・ 」
 乃梨子は志摩子を見るが、静かに諭すような瞳に、何も言えなくなる。
「ごめんなさい。そうよね、私のおかれた立場を考えれば、他の人達に悪影響を与えてしまうかもしれないわ。軽はずみな行動だったわね」
「そうよ。もう少し白薔薇さまとしての自覚を持った行動をして欲しいものね」
 志摩子が素直に謝罪したのを良いことに、副委員長は益々尊大な態度で言葉の刺を投げつけてくる。
 乃梨子は思わず拳を握り締めていた。いくら志摩子が敬虔なクリスチャンとは言え、今のは誤る必要など無いはずだ。そう思い志摩子を見るが、また静かな瞳に諭されてしまう。
 周りで事の成り行きを見守っていた環境整備委員達のまとう空気も、寒々としたものになっていた。
 志摩子が少し寂しげに風呂敷から取り出した箱を見つめていると、副委員長は志摩子の手からヒョイと箱を取り上げてしまう。
 あっけにとられる一同に、副委員長はこう宣言する。
「・・・校則違反の物は没収。生徒手帳にもそう書いてあるでしょう? 」
 そう言って、箱を手に歩き出してしまった。
 まるで教師のような振る舞いに、乃梨子をはじめとする一同は、怒りを通り越して呆れてしまった。
 なんとなく白けてしまった一同に、志摩子が話しかける。
「みなさん、ごめんなさいね? 変な期待をさせてしまって・・・ 」
「そんな! 志摩子さまのせいではありません! 」
「そうよ、志摩子さんは悪くないわ」
「副委員長が厳しすぎるのよ」
 落ち込む志摩子を励ます環境整備委員達を見て、乃梨子は「これなら、あの副委員長がいても、そんなに志摩子さんにひどい事はできないだろう」と、少し安心した。
 しかし、乃梨子が何気なく副委員長の行く先を見た瞬間、そんな考えは吹き飛んでしまった。副委員長が向かう先には、焼却炉があったのだ。しかも、副委員長は迷い無く焼却炉の扉を開けている。
( な! 何してんのあの人! )
 先程よりも激しい怒りに、乃梨子は走り出そうとした。
 が、またしても横から伸びた手にさえぎられる。志摩子の手に。
「放して志摩子さん! 」
「落ち着いて、乃梨子」
「だってあいつ、志摩子さんの持ってきた物を焼却炉で焼くつもりだよ?! 」
 緊急事態に、先輩を“あいつ”呼ばわりする乃梨子。そんな乃梨子の言葉に、環境整備委員達も副委員長が何をしようとしているかに気付いた。
「乃梨子、お願いだから落ち着いて」
 志摩子の手を振り切ろうとする乃梨子を、志摩子はしっかりとつかんで放さない。
 乃梨子は志摩子の顔を泣きそうになりながら見つめた後、悔しげに副委員長を睨みつける。すると、副委員長の唇が、フッと嘲笑を浮かべるのが見えた。
「 !!  放して志摩子さん! 」
「だめよ乃梨子」
「だってあいつ、今笑ったんだよ?! あいつ、校則違反を罰したいんじゃなくて、単に志摩子さんのした事が気に入らないんだ! 」
「行ってはだめよ、乃梨子」
「あんな事するのを放っとけないよ! 」
「いえ、今行くと危ないから・・・ 」
「危なくたって! ・・・・・・・・・って何が? 」
 乃梨子の疑問には、次の瞬間に“答え”が返ってきた。焼却炉の中から。

 ぽ ん !!

『・・・・・・・・・・・・え? 』
 何だか小気味良い破裂音に、志摩子以外の全員が、当の副委員長までもがあっけに取られて呟くと、“答え”は焼却炉の中から益々盛大に聞こえてきた。

 ポ ン !! ポ ぱ ん !! ポ パ パ ン !! ぱ ぱ ポ パ ン !!!

 鳴り響く破裂音と共に、何か小さな粒が焼却炉から飛び出し続けている。
「きゃぁぁぁぁぁぁっ! 」
 副委員長が悲鳴を上げてしゃがみ込むのを、一同はぽかんと見ていた。
 そんな一同の中で、志摩子だけが無邪気に微笑んでいる。

 ポン! ぽパン! ポぱぱパン! 「きゃぁぁぁっ!! 何?! 」パパパン! ポン! パポン! ポぱパパパン! ぱパパパン! 「いやぁぁぁっ! 何なのよ〜! 」ぱパパぽん! ぽん! パン! パパポン! ぱパパパパパパん! 「誰か〜! 」 ポぽん! ぽん! ぱパン! ぽん! 「助けて〜!! 」 パパぽん! ぽんポぱパパぽん! ぱポン!

 もはや副委員長は、頭を抱えて泣いていた。
 もういっそ気持ち良いくらい連続して鳴り止みそうにない破裂音を聞きながら、呆然としている一同。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・志摩子さん、あれってもしかして・・・ 」
「パップコーン」
「・・・・・・・・・・何でそんなに発音良いの」
「修学旅行の影響かしら? 」
「イタリアって英語圏じゃないぢゃん!! 」
「良いツッコミだわ乃梨子」
 相変わらず無邪気に微笑んでいる志摩子。
(まさか、こうなる事を予測して素直に箱を渡したりした訳じゃあ・・・・・・ まさかね )
 己の考えに戦慄する乃梨子に、志摩子はぽつりと呟く。
「・・・ここまで予想どおりだと、かえってつまらないわね」
 溜息と共に出たそんな鬼のようなセリフに、一同は黙って副委員長に合掌したのだった。





 数日後、環境整備委員会に、新たなメンバーが加わった。
「乃梨子、解からない事があったら、何でも聞いてね? 」
「うん。宜しくね、志摩子さん」
 新たなメンバーは乃梨子だった。
 実はあのポップコーン(志摩子に言わせると“パップ”コーン)騒動の直後、うすら寒くなるような微笑を浮かべる志摩子に恐怖した環境整備委員達の、『お前“アレ”の妹だろ? 何とかしろよ・・・』的な視線という無言のプレッシャーに負けた乃梨子が、志摩子の“お目付け役”として委員会入りする事になったのである。
 とある2年生委員の「人が死んでからじゃ遅いから・・・ 」というセリフに後押しされる形で委員会入りした乃梨子。「あの2年生の言葉は洒落になってないよな」などと回想しながら、今日は志摩子の隣りで草むしりをしている。
( でも私、本当に志摩子さんが暴走した時に止められるのかなぁ・・・ )
 乃梨子が不安になるのも当然である。だが、環境整備委員達は、はなから乃梨子にストッパーの役目など期待してはいなかった。むしろ志摩子の脅威が訪れた時に、真っ先に被害を受けて、その後ろにいる人間への被害を最小限に食い止める“防波堤”として、志摩子のすぐ隣りに立つ人間が欲しかっただけである。
 環境整備委員用語で言うところの“生贄”というやつだ。
 志摩子のにじみ出る性格の黒さは、これ程までに周囲に影響を与え、無垢だったはずの乙女達をここまで残酷にできるものなのだろうか(笑)
( でも、志摩子さんを放置して、犯罪者になられたら私も困るし・・・ 将来的に。そうなる前に、どんな手を使っても食い止めなきゃ )
 乃梨子も乃梨子で、姉を犯罪者予備軍扱いであった。しかも、自分の将来に悪影響を及ぼす事前提である。
 この姉にしてこの妹ありといったところであろうか・・・
 乃梨子が何となく志摩子の後姿を見ていると、志摩子がこちらを振り返った。
「乃梨子」
「何? 志摩子さん」
「野生の虎が、獲物になりそうな小動物を狙っていたとして・・・ 」
「 ? 」
「その虎の行動を阻止しようと見張っていても、ただの人間には、なすすべが無いと思わない? 」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ですよね〜」
 次の犠牲者は私かなぁ・・・ 
 乃梨子はそんな事を思いながら、やけに綺麗に晴れた空を見上げた。
 


【1090】 旗揚げ  (朝生行幸 2006-02-07 01:00:27)


 体育館の裏手に、銀杏に紛れて一本だけ咲き誇る桜の木の下。
 少しだけ冷たい春風と、うららかな陽光が、肌に気持ち良い。
 両手を広げて、舞い散る花びらをほんのちょっぴりナルシストっぽく全身に浴びているのは、白薔薇さまこと藤堂志摩子だった。
「あー、いたいた。志摩子さん」
「ふふん、思った通りね」
 志摩子にとって聖地に等しいこの場所で、背後からの聞き慣れた声に振り向けば、そこには紅薔薇さまこと福沢祐巳と、黄薔薇さまこと島津由乃が立っていた。
 なにやら大きな包みを抱えた状態で。
「祐巳さん、由乃さん」
 春を迎え、三年生になった三人。
 山百合会では、一年ぶりに揃った三年生の薔薇さま。
「はい、コレ」
 祐巳から手渡された、妙に長い包み。
 志摩子の身長を、遥かに上回っている。
 祐巳も二つの細長い包みを、そして由乃も、志摩子と同じぐらい長い包みを抱えていた。
「これは何?」
「開けてみて」
 言われるままに包みを開けば、現れたのは長大な刃を持った長柄の得物、即ち青龍偃月刀。
 祐巳の包みからは、2本の刀剣、即ち雌雄剣。
 由乃の包みからは、波打った穂先の長柄の得物、即ち蛇矛。
「これはいったい…?」
 困惑の表情で、得物を見上げる志摩子。
「それにしても、良い天気だね」
「そうね、桃林じゃないのは残念だけど」
 志摩子の呟きには答えず、桜の木を見上げてなにやら話している祐巳と由乃。
「それじゃ、始めようか」
「うん。志摩子さんもこっちに」
 志摩子を促し、桜の木の下で向かい合う。
「いい?志摩子さん、私たちに合わせて」
「え?ええ…」
 何を始めるのかサッパリだが、とりあえず頷く。
『我等三人!』
「わ、われらさんにん?」
 祐巳と由乃、持ってた得物を持ち上げ、音を立ててかち合わせる。
 慌てて、同じことをする志摩子。
『生まれた日は違えども!』
「う、うまれたひはちがえども!」
 何をしているのか、漸く理解できた。
『願わくば、同年同月同日に卒業せん!』
「ねがわくば、どうねんどうげつどうじつにそつぎょうせん!」
 そう彼女たちは、三國志で御馴染みの『桃園の誓い』みたいなものをしているのだ。
「薔薇さまになった私たち、高校生活最後の一年を悔いなく過ごすために、更に団結してやって行くわよ」
「そんなワケで、誓いの杯ね。私たち、スールではないけど姉妹のような関係で、中睦まじく、ね」
 祐巳の合図で現れた白薔薇のつぼみ二条乃梨子が、それぞれの得物を受け取り、包みなおして立ち去って行ったかと思えば、入れ替わりに紅薔薇のつぼみ松平瞳子が現れ、木の下にビニールシートを敷くと簡易テーブルを開き、恭しく運んできたティーカップとティーポット、茶菓子が乗ったトレイを置いて、三人に向かって一礼すると、黙って立ち去って行った。
「それでは、かんぱ〜い♪」
 芳香を放つ紅茶が入ったカップを掲げて、祐巳が音頭を取れば、残る二人もそれに応じる。
「まぁ実際は、『桃園の誓い』なんて無かったらしいんだけど」
「そこは気分ってことで。それにしても、お酒じゃないのが残念ねー」
「ちょっと由乃さん、学校でお酒は拙いよ」
「学校でなくても、お酒は拙いのではないかしら?」
「えー?結構美味しいわよ」
「でも、どうして私が雲長なのかしら」
「それを言ったら、私なんて益徳よ、益徳」
「私が先主ってのも変な話なんだけど」
 他愛ない会話を続ける三人だが、結構詳しいなあんたたち。
 こうして、こっそり覗いていた写真部のエース武嶋蔦子嬢に命名された、薔薇さまたちによる『桜下の誓い』は、リリアン史に残ることになったのだった。

 しかしこの後、山百合会、運動部連合、文化部同盟による三つ巴の争い(?)、いわゆる三国鼎立時代になろうとは、誰に予測できようか…。


【1091】 (記事削除)  (削除済 2006-02-07 03:17:39)


※この記事は削除されました。


【1092】 (記事削除)  (削除済 2006-02-07 18:38:31)


※この記事は削除されました。


【1093】 とてもやわらかい空間貴方にだけ譲れない!  (投 2006-02-07 18:40:11)


【No:1088】の続き




「ごきげんよう」

まだ人の少ない教室へと足を踏み入れる。
すると、今日は珍しくいつもより目立つ友人の姿を見つけた。

「へぇ、祥子さまとねぇ」

なんだか普段より笑顔が眩しい祐巳さんを、教室に入ってすぐに発見した私は、
何かいいことでもあったの?
と、軽い気持ちで話し掛けてみたけれど、彼女の話は私の予想を上回っていて、
なんとか言葉を返したものの、内心は複雑だった。

祐巳さんは、二学期の始業式に転校してきたばかりで、
あまりここの事が分かってないようで、説明する私としても気を使ってしまう。
あ、でも祐巳さん、初等部の1年生まではここにいたんだっけ?

「えっとね、祐巳さん」

とりあえず、山百合会のことと姉妹制度の事くらいは説明しとこう。
祥子さまと出逢ったってことは、多分、山百合会とも関わることになるだろうから。

「ロサ・きねんシす・アン・ブゥとん……、が紅薔薇のつぼみ……、で祥子さま……」

一生懸命、覚えようとしているんだろう。
小さな桜色の唇から何度も繰り返し紡がれるのは、さっきからずっと祥子さまのことばかり。






始業式が終った後のホームルーム、みんなの前で自己紹介をしている祐巳さんを見た時から、
私の視線は彼女に釘付けだった。
緊張気味に自己紹介する姿は本当に可愛らしくて、
クラスのあちこちから溜息が零れたのを今でも覚えてる。
それは羨望の溜息、そして嫉妬の溜息。
神様は不公平だと、そんなことはずっと昔から知ってるはずなのに、
それでも美の集大成みたいなものを見せられたら、愚痴の一つでも零してみたくなる。

祐巳さんが私の後ろの席になった時、私は憂鬱な気分になった。
自分の容姿が並だとは良く知ってるけど、それでも多少の自尊心はある。
容姿が全てでは無いとも思ってるけど、それでもすぐ近くの席にいるだけで、
どうしたって比べられてしまう。
だからという訳でもないけど、私はなるべく彼女の事を意識しないようにする事にした。
ホームルームの時間も終わり、生徒たちは皆、帰り支度を始める。
今日は部活はお休み。
なので、私も帰る準備を始めていたんだけど、

「あの……」

後ろの席から掛けられた声に思わずドキリとする。
だってそれは間違いなく彼女の声。
嬉しかった……、けれど少し嫌だった。
そう思ったことは顔に出ていないだろうか?
ゆっくりと振り返った。

「どうしたの、祐巳さん?」

「えっと、あのね……」

その綺麗な可愛らしい顔に困ったような表情をのせつつ、
それでも思い切ったように彼女は口を開いた。

「下駄箱ってどこにあるの?私、道を覚えてなくて……」

その言葉に、頭の中が真っ白になった私は、何を言われたか理解すると共に吹き出した。
あれだけ真面目な顔して下駄箱の場所?
確かに転校したてで、しかも初日。
それでも、一回は履き替えたはずなのに覚えてないとは思わなかった。
私のさっきまでの葛藤っていったい……。

「そうね〜、きっと靴のたくさんある場所にあるんじゃないかしら?」

だから非常に自分勝手だけど、ちょっとくらいの意地悪は許して貰おう。
これくらいの意地悪なら許してくれる?

「え〜?分かんないってば」

……。
許す、許さない以前の問題だった。
えっと、祐巳さんって天然?

「案内するから、もう帰る用意はできたの?」

「ちょ、ちょっと待って」

机の上の荷物を慌てながら鞄に詰め込む彼女を見ていると、
羨望とか嫉妬とか、そう言う感情は何時の間にか、どこかに吹き飛んでしまっていて、
自分でも気付かないうちに微笑んでいた。

祐巳さんは超人ではない。
容姿は人並みはずれているけど、人並みに悩んだりもするし、
成績は平均(本人が言ってた、簡単に嘘を付くような子ではないから本当だと思う)。
ちょっと思考が他人とズレてる気がするけど……。
少しおっちょこちょいで、考えていることがすぐに表情に出る天然娘。

「お〜い、置いてくよ?」

何時の間にか帰宅の準備をした祐巳さんが私を見つめてる。
おっと、いけないいけない。というか、

「下駄箱の場所、わからないんじゃなかったの?」

「うわ、意地悪だ」

「教えてあげようとしてる人に向かってそんな事言っていいのー?」

「う……、ごめんなさい」

面白い。からかうと打てば響くように返ってくる。
病み付きになりそう。

「そう言えば……、自己紹介がまだだったわね、私は……」






「ねぇねぇ、桂さん?」

「うん?なに祐巳さん?」

ふと我に返ると、祐巳さんが私を真剣な表情で見つめている。

「一応、なんとか覚えたと思う。えっと、
 ロサ・キネンシス・アン・ブゥトンが祥子さまで、
 紅薔薇のつぼみがロサ・キネンシス・アン・ブゥトンの日本語名?
 ロサ・キネンシスが水野蓉子さま、
 ロサ・ギがんてィアが佐藤聖さまで、
 ロサ・フェチだ……?が鳥居江利子さまでしょ?」

「イントネーションがおかしいんだけど……」

それでも、祥子さま関係の事はちゃんと覚えてるみたい。

それにしても、祐巳さんの傍って本当に居心地がいい。
そして、それだけじゃなくて本当に楽しい。
自然とやさしい気持ちになれる……、ちょっと意地悪したくなる時もあるけど。
私らしくない表現になるけど、お日様みたいな人で、
とてもあったかくて、安心できる空間を作れる人。
だからかな?
転校してきて、一月ほどしか経っていないのに彼女の周りにたくさんの人たちが集まるのは。

だから、例え相手が祥子さまであれ、そう簡単に友人を独り占めさせたりしませんよ?
祐巳さんが祥子さまを本気で求めるなら応援はする。
悔しいから手は貸さないけど。

祐巳さんを独り占め、それが許されるのは祐巳さんが望んだ人だけ。
それは私ではない。だから私は独り占めできないし、そもそもしようとは思わない。




 だって、お日様を独り占めなんてしたらきっと妬かれてしまうもの……




まだ続く……のか?


※設定1 祐巳は転校生
     1話目書いた時こんな目立ってお姉さまがいないはずないだろう?と思ったから
     あとは内緒
※設定2 性格などはあまりかわらない。百面相健在。
     ただし話の都合上、変わってる部分があります、少しだけだけどそれは後ほど


【1094】 貴女の温もりだけで  (林 茉莉 2006-02-07 20:13:52)


『聖夜の施しをなさりたいなら、余所でなさってください。とにかく、そのロザリオは受け取れません。戻して下さい』
 そう言い残すと、瞳子ちゃんはどんどん遠ざかっていく。
(待って。お願い、話を聞いて!)
 だが、その叫びは声にならない。追いかけるための足も動かない。雪の舞い落ちる夜空の下、ただその場に立ちつくし、静かに涙をこぼすより他に何する術もない祐巳だった。


  ☆ ☆ ☆


「うぅ……ん、夢、か……」
 窓から差し込んだ光で目を覚ました祐巳は、涙で濡れた頬を手で拭い、そしてまた沈み込んだ。
 クリスマスイブの日、瞳子ちゃんに姉妹の申し出を拒否された傷心の祐巳は、祥子さまのお気づかいで年末を祥子さまと二人きり、別荘で過ごすことになった。

「おかえりなさいませ。祥子お嬢さま、祐巳お嬢さま」
 松井さんの運転する車に乗ってやって来た別荘では、沢村さんご夫妻が夏休みの時と同じように温かく出迎えてくれた。きっとまた楽しい思い出を作ることが出来る。そしてお姉さまと二人、笑って東京に帰ることが出来る。祐巳はそう信じたかった。しかし楽しくあるべき最初の朝は、悲しみと共に明けたのだった。
 この気持ちはロザリオを拒絶されたことなのか、それともあの時の暗い瞳の瞳子ちゃんを思ってのことなのか、祐巳にはまだ分からなかった。

「私、どうしたら……」
 小さく溜息をつき、そっと呟いたその時。
「祐巳、どうしたの? 大丈夫?」
「え? お姉さま……、ってえぇぇぇぇぇ!」
「どうしたの? 怖い夢でも見たの?」
「どどどど、どうしてここに!?」
「あら、だってここ、うちの別荘ですもの」
 祥子さまは事も無げに言う。
「たた、確かにその通りですが、そういう問題じゃなくて、何で私のベッドに入っているんですか!?」
 昨夜ベッドに入った時は確かに一人だった。しかし今、祐巳の隣には祥子さまが収まっていたのだ。ちゃっかり自分の枕持参で。
 さっきまでの悲しい気持ちもどこへやら、すっかり狼狽する祐巳に、祥子さまはいつもと変わらない落ち着きで言う。
「そんな事より大変よ。私たち遭難してしまったの」
「へ? 遭難?」
「そうなんです」
「寒いです、お姉さま」
「そうね、だから急いでパジャマを脱ぎなさい」
 脱ぎなさいと言っておきながら祐巳のパジャマのボタンに手を伸ばし、祥子さまは自ら脱がせにかかる。あわててその手を掴み、祐巳は叫んだ。
「なっ、ちょっ、お姉さま! ちょっと待って下さい! さっぱり意味が分かりませんが!」
「バカね。冬山で遭難といえば肌と肌で温め合うのが常識でしょう。さ、早く脱ぎなさい」
「そこもかなり分かりませんが、もっと分からないのは遭難の部分です!」
「そうなん さう― 0 【遭難】(名)スル 生死にかかわる危険な目にあうこと。『アルプスで―する』 分かったかしら。さあ脱ぎなさい」
「そんな辞書を棒読みされても! ここ、建物の中なんですよ!」
「外をご覧なさい。すっかり雪に閉ざされてしまっているわ」
 促されて外を見ると、確かに二階の窓に届かんばかりの雪が積もっている。でも変だ。昨日はせいぜい1m程度しか無くて、しかも道路は除雪されていたのに。一晩でこんなに降るものなの?
 半身を起こしてさらによく見ると雪は降っているのではなく、「小笠原重工」と書かれた、何か巨大なホースのようなものから吹き出されているのが見えた。
「お姉さま、あれってスノーマシンじゃ」
「そうね。一体誰の仕業かしら。じゃあ脱ぎなさい」
 誰の仕業って、どう考えても一番怪しいのは私のパジャマを脱がせに掛かっている人だと思いますが!
「で、でも源助さんやキヨさんもいるから平気ですよ!」
「二人には休暇を与えてさっき帰って行ったわ。それより今は私たちが生き延びることが先よ。だから取り敢えず脱ぎなさい」
 いやあの、お二人が帰れるくらいなら、遭難では無いのでは!?
「そうだ! 電話で助けを呼びましょう!」
「それが今朝から電話が通じないのよ。雪で断線したのかしら。だから脱ぎなさい」
 そう言ったお姉さまの背後の机の上に、やけに大きなニッパーが置いてあるのが見えた。
「あの、私、こんな事もあろうかと、携帯持って来てるんです! ほら、ちゃんとアンテナ3本立ってますから大丈夫ですよ!」
 祐巳は目覚まし時計代わりに枕元に置いてあった携帯を取って言った。
「チッ!」
「チッてなんですか? とにかく今掛けますから、お願いですからちょっと待って下さい!」
「あなたこそちょっとお待ちなさい」
 祥子さまは自分の枕の下に手を入れると、何かのリモコンのようなものを取り出した。そしてカチッと音を立ててダイヤルのようなものを捻って言う。
「どう? まだアンテナは立ってるかしら」
「え? あれ? 2本になっちゃってます」
 それを聞いた祥子さまは、ダイヤルをmaxと書いてある方一杯に回す。
「今度はどう?」
「あぁ! 圏外になっちゃいました」
「ふぅ、やっぱり田舎はまだまだ携帯は通じにくいようね」
 手の甲で額の汗を拭うと、晴れ晴れとした笑顔で祥子さまはそう言った。

「さあ、もうおとなしく脱ぎなさい」
 上半身を起こしていた祐巳をベッドに押し倒すと、祥子さまは再び祐巳のボタンに手を伸ばす。
 よく分からないけど、祥子さまは何があっても何かをヤル気だ。
 もうだめだ。遂に観念した子ダヌキは頬を桜色に染めると、そっと呟いた。
「私、初めてなんです。……優しくして下さい」
「もちろんよ」
 捕食者の目で満足げに微笑んで、祥子さまは応える。
 お父さん、お母さん、ごめんなさい。今から祐巳は大人の階段を上ります。でもお姉さまなら後悔していません。
 祐巳が覚悟を決めて、瞳を伏せたその時だった。

  ス パ ー ン !

 何かが何かをはたく小気味いい乾いた音が部屋中に響き渡り、二つめのボタンを外し掛かっていた祥子さまがドサリッと祐巳の上に頽(くずお)れた。
「ごきげんよう、祐巳さま」
 巨大ハリセンを携えてニッコリ笑うは、盾ロールの少女。祐巳が妹にと望む、しかしこの状況で現れてくれるのはちょっと微妙なその人、瞳子ちゃんだった。
「瞳子ちゃん! いいところだったのに! じゃなくていいところに!」
 祐巳は覆い被さっていた祥子さまをあわてて押しのけて、ゴロンとベッドの下に転がし、はだけ掛かったパジャマのみごろを整える。その様はまるで恋人に浮気現場に踏み込まれた時のそれだった。
「実は昨夜両親と喧嘩して、家を飛び出してしまったんですの」
「またなの?」
「それで当て処(ど)もなく歩いていたら柿ノ木さんちの角で、西園寺の曾お祖母さまとばったりお会いしまして」
「え〜っと、どこからツッコンだらいいのかな?」
 そんな話をしながら、どこから出したのか瞳子ちゃんは筵(むしろ)と荒縄で手際よく祥子さまを簀巻きにした。そして肩に担ぎ上げると祥子さまの部屋に運んでいったようだった。


  ☆ ☆ ☆


「とにかくありがとう。助かったよ」
 最後は同意の上だったことを棚に上げて被害者面で、戻ってきた瞳子ちゃんに祐巳は愛想笑いを浮かべて言った。そんなベッドの祐巳に歩み寄りながら、瞳子ちゃんは真顔で応える。
「礼には及びませんわ。祐巳さまがご無事で何よりです。それより大変ですわ」
「大変? っていうか何でベッドに入ってくるの?」
「瞳子たち、遭難してしまったんですの。ですから脱いで下さいませ」

(終)



次回

 待ってろ祐巳! 俺が温めてやるからな!
  ――遭難救助・祐麒編――

をお楽しみに!


【1095】 傑作だけでは飽き足らず  (投 2006-02-07 20:25:20)


【No:1088】→【No:1093】の続き




ふっふっふ、何度見ても、これは最高傑作!
しかも二枚も!
祐巳さん、驚くかな?
確か今は音楽室の掃除のはず、早速、探しにいくとしますか。






「祐巳さん、祐巳さん」

ちょうど掃除が終ったのか、祐巳さんが同じ掃除当番の三人と音楽室から出てくる。
あまりの間のよさに、思わず笑いを零しそうになりながら、彼女に声を掛ける。

「あ、蔦子さん。私に何かご用でも?」

「少々お話が……」

お話……、と言うか交渉なんだけどね。
他の掃除当番の人たちに別れを告げて、私達は話を続ける。

「私が写真部なのは、よ〜っく知ってるわよね?」

そう言うと、彼女は苦笑いを浮かべながら「うん、よく知ってる」と応えた。
まぁ、当然といえば当然で、
彼女が転校してきて二日目に、カメラへの思いとか、ポリシーとか、
趣味とか好物とかその他諸々を叩き込んだのは私だ。
当然、ばっちり覚えて貰えるまで。
なにしろ、被写体が人間だけに、最初からこういう人間なんだって知ってもらえていれば、
こちらとしても動きやすいから。
それに、そうそうトラブルも起こりはしない。

「まさか、また変な写真?あんまり変な写真はイヤよ?」

「変な写真ってひどいなー、祐巳さん。でも安心して今回は最高傑作よ!」

言って二枚の写真を取り出す。
彼女はポカーンと、美少女にあるまじき表情でしばらく写真を見つめていたが、
その写真が何を写したものか理解できたらしい。

「えー!」

叫んだ後に、目に見えてうろたえ始める。
あー、こんな表情もいいな。やっぱり祐巳さんは最高の被写体ね。

「二枚とも祐巳さんと祥子さまのツーショット。一枚は望遠でのアップ。
 よく撮れてるでしょう?どう?欲しい?」

「す、すごい……。欲しい!!」

「タイトルは『逢瀬』。でも、さすがにそれはマズイから展示する時は『躾』ね」

「逢瀬って……。え、展示?」

「学園祭の写真部展示コーナーで飾らせてもらいたいのよ」

ご冗談でしょう?
いいえ、冗談なものですか。

「この写真を上げるのはいい。そのかわり二つ条件を呑んで欲しいの。
 一つ目がさっき言った展示の件。もう一つが、紅薔薇のつぼみに許可を取ること」

「許可って、さ、祥子さまに?」

「そう、祥子さまに」

無理、絶対に無理だってば!
祐巳さんはそう言うけれど、私はそうは思わない。
なにしろ、あの祥子さまが下級生と頬を染めて見つめ合ってるのよ?
そればかりか、タイまで直してあげてるし。
今までになかった不信な行動。
私でなくても、何かあると疑ってしまうじゃない。
それにこの二人の表情は間違いなく……。
おっと、それどころじゃない。今はこっちに集中しないと、
さて、弁論部に誘われたこともある私の腕の見せ所ね。






リリアン女学園高等部の生徒会である山百合会。
今のこの時間なら山百合会のメンバーは、木造二階建ての『薔薇の館』と呼ばれる、
教室の半分ほどの小さな建物の中に集まっているはず。
あっけなく陥落した祐巳さんを連れて、私はその薔薇の館の前に来ていた。

「じゃ、ノックするね?」

別に私に断らなくてもいいと思うけど、祐巳さんはそう言って木の扉をノックする。

ヤバイ緊張してきた……、祐巳さんの方を見ると、なんだか彼女の方が落ち着いて見える。
と、彼女は首を捻った。

「出てこないね?聞こえないのかな?」

確かに。
聞こえているのなら、出てきてもいいくらいの時間は経っている。
もう一回ノックしてみるね?言って彼女が手を振り上げたと同時に、

「山百合会に、何かご用?」

うわぁ!!
思わず叫びそうになったけど、なんとか堪え、全身で後ろに振り返った。
そこにいたのは白薔薇のつぼみこと藤堂志摩子さん。
ふわふわ巻き毛の、見目麗しい私達のクラスメート。
微笑まれたりしたら思わず赤面しそう。
考えてみれば、祐巳さんも美少女なんだよねー、ひょっとして来るとこ間違えたかな?
と考えていると、祐巳さんがちょうどいいとばかりに志摩子さんに目的を話す。

「私と蔦子さん、紅薔薇のつぼみにお話があって。とりついでもらえるかな?」

「あら、でしたらお入りになったら?祥子さまは二階にいらっしゃると思うし、どうぞ?」

志摩子さんは私達に微笑みながら扉を開け、入り易いように扉を押さえる。

「行こう、蔦子さん」

祐巳さんが私の腕を取りながら声を掛けてくる。
ちょ、ちょっと待って、まだ心の準備が……

入ってすぐのフロアに人気は無い。

「こちらよ」

フロア左手にあるやや勾配の急な階段へと案内される。
志摩子さんはその階段の手前で止まった。

「この階段を上って右手側に会議室があるわ、そこに祥子さまもいらっしゃるはずよ」

ごくり……、思わずつばを飲み込む。
そんな事言われると、ただの階段がすごく怖い……。
ここに入ってきた時と同じように、祐巳さんが私の腕を取る。
だから、なんでそんなに落ち着いてるのよ?
思ったけど、祐巳さんの事だから何も考えてない可能性がある。
わざわざ言わないけど……。

ギシギシと鳴る階段を上りきると、確かに言われたとおりに扉がある。
祐巳さんが小さくビスケットみたい……、と呟いたのが聞こえた。
薔薇の館でビスケットの扉とか、よくそんな発想が浮かぶなぁと、
呆れ半分に感心していると、扉の向こうから耳をつんざくような声が聞こえてきた。

「横暴ですわ!お姉さま方の意地悪!」

あれ?この声って……、

「よかった。祥子さまいらっしゃるみたい」

志摩子さんがドアノブに手をかけた。

「ええっ?」

祐巳さんが、やたらと驚いている。
まぁ、確かにあの写真にこういうのは写らないし(写すつもりはないし)、
朝に、私が見ていたときも無かったから、祐巳さんが驚くのもムリはない。
というか私も驚いた。

いつものことよ……、志摩子さんは言って、ノックもせずにゆっくりと扉を開けた。

「分かりました。そうまでおっしゃるなら、ここに連れてくればいいのでしょう!
 ええ、今すぐ連れて参ります」

そんな言葉と共に、一人の生徒が勢いよく部屋から飛び出してきた。
ちょうど内側からドアノブに手をかけたところで、こちら側から引いてしまったからだ。
結果……、

「え……?」
「わぁっ!」

飛び出てきた人影は、私の前にいる祐巳さんを道連れに廊下に倒れこんでしまった。
何が何だかわからない、すごい状態になってしまっている。

ああ、まいったなぁ、こんなことになるとは思わなかった。
思えばあの最高の二枚の写真に浮かれていたのが悔やまれる。




 カメラを持ってくるのを忘れていた事に今ごろ気付くなんて……




まだまだ続く……のか?


※設定3 蔦子は表面上変わりありません ほぼ原作のままです。
    どこまでも蔦子さんなのです理想はw
    原作片手に色々手を加えてますが、今回はあちこち端折って話を進める事を
    一番に考えていたので、あんまり蔦子らしさが出てないです。
    なので、思考が微妙(?)に投仕様(注1)になってます。せっかくSS書いてるんだぜー、
    しかもパラレル設定なんだぜーちょっとくらい弄ろうぜーと神の声が(嘘

※注1  妖しい病気のこと


【1096】 (記事削除)  (削除済 2006-02-08 02:25:13)


※この記事は削除されました。


【1097】 薔薇の館の二階で魂の再出発  (投 2006-02-08 18:23:56)


【No:1088】→【No:1093】→【No:1095】の続き




祥子さまが戻ってきたのは、捨てゼリフを残して部屋から飛び出して行ったすぐあとの事だった。
しかも、志摩子さんと蔦子さん、さらに頭に超が付くほどの美少女とを連れて……。
そして、呆気にとられる私達の前で突然の姉妹宣言。
混乱する周囲を他所に、祥子さまは紅薔薇さまに向かって勝ち誇ったような顔をしていた。

「とりあえず、席につきましょうか」

紅薔薇さまの一言に私を含めたみんなは従った。


紅茶を蔦子さんと見知らぬ少女に差し出した私は、令ちゃん……、お姉さまと共に、
壁際にある流し台の側に椅子を寄せて座った。

まずは簡単な自己紹介、まぁ無難ね。
そもそも、相手のことを知らないのに話を進めるわけにもいかない。

見知らぬ少女の名前は、福沢祐巳と言った。
薔薇さま方を前にしてか、緊張しているように見える。
でも、どちらかと言うと、蔦子さんの方が緊張しているように見えた。
それはそれで面白いけど、やはりここは祐巳さんの方に目がいってしまう。
なにしろ、祥子さまが妹にすると言ったのは彼女のことだから。
しかも、祐巳さんの方も祥子さまのことをいい意味で気にしている様子。
さっきから、チラチラと祥子さまの方を見ては頬を染めているし。
ふ〜ん、これは姉妹成立確定ね。

「祥子。あなたは、自分に課せられた仕事から逃げ出したい一心で、
 通りすがりの祐巳さんを巻き込んでいるだけでしょう?」

白薔薇さまの一言に、祐巳さんが首を傾げた。
同時に蔦子さんが挙手。

「何かしら、武嶋蔦子さん」

「お見知り置きとは光栄です。白薔薇さま」

「あなたのことを知らない生徒はいなくてよ。有名人ですもの」

確かに……、いろんな意味で蔦子さんは有名だから……。
隣では令ちゃんも、うんうんと頷いているのが見えた。

「私には、話が全然見えません。」

確かに……、私達は知ってるけど、蔦子さんも祐巳さんも何も知らないはず。
そこで薔薇さま方が説明を始める。

今年の学園祭で、山百合会はシンデレラを上演すること。
人手が足りなくて困っていること。
主役が祥子さまであること。
ゲストとして花寺から生徒会長が来ること。
しかも王子様役を演じて頂くこと。
けれど、祥子さまが男嫌いなのでそれに反対していること。

祥子さまがそれで思い出したのか言う。

「妹一人作れない人間に発言権はない、っておっしゃったわ」

「確かに言ったけど。だからといって『誰でもいいから妹にしろ』という意味ではないわよ。
 部屋から出て一番はじめに出逢った一年生を捕まえて 妹にするなんて、
 なんて短絡的なの。藁しべ長者じゃあるまいし」

今……?
薔薇さまの言葉と同時に、祐巳さんの表情が凍った。
祥子さまはそれに気付かず、なおも続ける。

「藁しべ長者、結構じゃないですか。あれは、確かラストはめでたしめでたしでしたわよね?」

「じゃあ、あなたは祐巳さんを別の誰かを交換するまでのつなぎにする気だったの?
 そんな関係、認めるわけにはいかないわ」

祐巳さん?

俯いた祐巳さんに気付かず、薔薇さま方と祥子さまは興奮気味に続けている。

「祐巳のことはずっと面倒みます。私が教育して立派な紅薔薇にしてみせます。
 だったら問題ないのでしょう?」

駄目!それ以上は駄目です!祥子さまっ!

「思いつきで言うのはおやめなさい、祥子」

「なぜ、思いつきだとおっしゃるの?」

「あなた、祐巳さんとは今さっき会ったばかりじゃない。
 それなのにどうしてそんな約束できるの?」

祐巳さんの表情は、すでに完全に俯いてしまっているので見えない。
けど……。

「待ってください」

その時、志摩子さんがすっと立ち上がった。

「祥子さまと祐巳さんは、今さっき会ったのではないと思うのですが」

チラっと祐巳さんの方を見ながら志摩子さん。
どうやら祐巳さんの様子に気付いているみたい。
心配そうな顔をしている。

「だって、祐巳さんは祥子さまを尋ねてここにいらしたんですもの」

「え?そうなの祐巳さん?」

紅薔薇さまが祐巳さんに尋ねる。

「……はい」

薔薇さま方の前だから、緊張して消え入りそうな声になったと思えてしまう。
薔薇さま方は勘違いしてる。
私も勘違いしていた。
祐巳さんが緊張していたのは、薔薇さま方の前だからではなく、祥子さまの前だから……。

「証拠もあります」

蔦子さんが、ここぞとばかりに割って入って紅薔薇さまに何かを渡した。
それがぐるりと皆に回覧される。
祐巳さんと祥子さまの写真だった。
2人だけで写っている写真。
祥子さまのこんな表情は今まで見たこと無い。
そして祐巳さんのこの表情。
だから分ってしまった。
ただの祥子さまファンだと思ってた。けど違った。
と、

「ご覧になってお分かりいただけたでしょうか?私と祐巳は、
 この写真にあるようにごく親しい間柄ですの。それに、
 他人が選んだ妹をどうこう言われるのは筋違いじゃありませんこと?」

写真を見て勇気付けられたのか、祥子さまが話を続ける。

「いいわ、認めましょう」

紅薔薇さまがそう言うと、祥子さまはぱぁっと表情を明るくした。

「ただし、シンデレラの降板までも認めたわけではないわよ」

「約束は!?」

ふふん、と紅薔薇さまは鼻で笑った。

「それはあなたが勝手にわめいていただけでしょ?妹のいない人間に発言権はない、
 とは確かに言った。だから、今後は自由に発言してちょうだい」

「じゃあ役を降ろしてください」

「だめ。男嫌いは『役を降りざるをえないほど重大な理由』になりえないから。
 あなたの場合、じんましんが出るとかじゃないでしょう?
 ただ『嫌』と言うのを認めていたら世の中は回っていかないの。
 そういうのわがままっていうの。あなたなら十分理解できる事だと思っていたけど?」

わざとらしく、大きな溜息を付く紅薔薇さま。

「帰ります」

祥子さまは椅子を立ち上がった。
そんな祥子さまに、紅薔薇さまは座ったまま見上げて言った。

「待って、一つだけ確認させて。祐巳さんは祥子の何?」

「え?」

「今でもあなたは祐巳さんを妹と思っているのかしら」

「もちろん、祐巳は私の妹ですわ」

その言葉に祐巳さんはゆっくりと顔を上げた。
笑顔だった。
空っぽのような笑顔だった。

「もうロザリオをあげたの?」

「まだです。ご希望なら皆様方の前で、儀式をしてもかまいませんけれど?」

皆、気付かない。
いや、志摩子さんと蔦子さんは気付いてるようだ。
少し驚いた事に、令ちゃんも気付いたようだ。
私に視線を送ってくる。
けれど、どうすればいいのか分からない、そんな顔をしている。
私だってどうすればいいのか分からない。
あんな表情をしてる人になんて言えばいい?
今更、会話を止めても無駄なのはわかる。

「お待ちになって」

意を決したのか、志摩子さんが叫んだ。

「祥子さまも他のお姉さま方も、大切なことをお忘れになっていませんか」

「大切なこと?」

「祐巳さんのお気持ちです」

志摩子さんの言葉に私は驚いた。
え……?何を言ってるの?それって今、一番まずいことでしょ?

「なるほど。たとえ紅薔薇のつぼみからの申し出であろうと、
 『ごめんなさい』してしまう人がいないとも限らないわね」

「祥子があなたを妹にしたいそうだけど。ロザリオを受け取る気持ちはあって?」

駄目っ!
私は思わず立ち上がり、声を上げた。

「あのっ」

ガタッ。

けれど、私の声は椅子を立ち上がった祐巳さんの立てた音にかき消されてしまった。
全員が祐巳さんを見る。
祐巳さんの様子にやっと気付いたのか、祥子さまの表情が驚きに変わる。
薔薇さま方もようやく気付いたようだ。
けど、もう遅い……。

「だ……で……良かっ……んですか?」

祐巳さんは、俯いて呟くように言った。

「え?」

「誰でも良かったんですね」

「え?何を……言って……」

祥子さまは祐巳さんが言いたいこと、全然わかってない。
今にも泣きだしそうなのに。
これじゃ、あんまりだ。

「蔦子さん、帰りましょう」

「ちょ、ちょっと、祐巳さん?」

蔦子さんが驚いたような表情をする。
ああ、駄目だ。やっぱり遅かった……

「山百合会のお手伝いには来ます……」

祐巳さんはそう言って扉に向かう。
横顔だったけど、瞳が一瞬、揺らいだのが見えた。

「ゆ、祐巳?」

祥子さまの声に、祐巳さんの歩みが止まる。
そして背を向けたまま言った。


「祥子さま……、好きでした」


震える声で、けれど祐巳さんは決して泣かなかった。


「でも……、今は嫌いです」


祐巳さんが扉から出て行く。
一瞬、私と蔦子さんの目が合った。
お互いどうするべきかは、もう分かってる。
まだ、まともに話もしたことも無い私では役には立たない。
だから祐巳さんのこと、今は蔦子さんに任せる。
「ごきげんよう」と残して蔦子さんは祐巳さんの後を追った。
 

私にできること、まずは『反省』。
過ぎてしまった事はどうにもならないと思う。


あの会話の流れでは、祥子さまが部屋を飛び出して一番最初に会ったのが祐巳さんで、
それで適当に姉妹に選んだ、そう思い込んでしまっても仕方ない。
あの写真が出てきても、全部取って付けた様な理由にしか聞こえなかったのだろう。

きっと祥子さまは『妹一人作れない人間に発言権はない』と言われなくとも、
祐巳さんと姉妹になろうとしていただろう。
あの写真を見れば分かる。
まるで恋する乙女のような表情をお互いに浮かべている2人。
なのに、すれ違ってしまった。
好きだったからこそ、裏切られたと思ってしまった……。

みんなが悪かった、祐巳さんの様子に気付けなかった人も、
気付いてたのに何もできなかった私達も。
けど、本当はただ間が悪かった。
それだけの話……。


『反省』が終ったなら次は、『前進』。
間違ってしまったことに気付いたんだから、




 それを正そうと思うのなら、前に向かって進むしかないでしょ?




まだまだまだ続く……のか?



ど、ど、ど、どーすんの?いいのかこの話の流れで?
と、ちょっと後悔……
設定2の「変わってる部分」が次回でわかります。多分w


【1098】 (記事削除)  (削除済 2006-02-08 18:34:41)


※この記事は削除されました。


【1099】 使用上の注意妹をバックアタック  (ケテル・ウィスパー 2006-02-09 01:01:57)


【No:1074】
 ↓
【No:1081】
 ↓

〆―――――――――――――――――――
|
|☆さてどうする?
|
┣ 『気づいた時には     【No:1074】』
┣ 『負けじ魂増殖      【No:1081】』 (めにゅう)
┣ 『ためらわない君の首筋に【No:1091】』
|  ????
|  ????
|>抜刀する
|

☆〔抜刀する〕

――――†――――†――――†――――

「分かったわ」

 菜々の、止めと言える台詞を聞いあ後、由乃はそう呟いた。
 その表情には、さっきまでの戸惑いはない。そして、何らかの決意を秘めた表情で、こう続けた。

「それにしても、貴方も大した事ない人だったのね。」
「は?」

 明らかに攻撃的な言葉に、菜々は眉をひそめて、少し睨みつけるように由乃を見る。だが由乃はその視線を無視して、続ける。

「大した事ない、って言ったのよ。たかがスール程度の環境に置かれたぐらいで、自分の世界が狭くなるなんて、底が知れてるわね。」
「……………」
「私も見誤ったわ。アドベンチャー好きって言うだけで、貴方を過大評価していたみたい。ごめんなさいね。貴方、案外普通の人だったのね。」

 強い口調で続ける由乃に、菜々は由乃を本格的に睨みつける。

「ええ、私は案外普通の人なんです。だから、普通じゃ無い事にこだわるんです。それが何か?」
「別に。ただ、私は貴方にだけは文句を言われたくないと思っただけよ。」
「……どういう意味ですか?」

 由乃の言葉に、菜々は怪訝な顔をして問掛ける。

「私だって、自分の事ぐらい薄々感じてはいたわよ。 だから、変わろうとしているのよ。親友を支えて、親友に支えられて、もっと強くなる為に、令ちゃんが居なくてもいいように。 たとえ今は、私のそんな様子が虚構であったとしても、私はいつか必ず、実軸にしてみせるわ。 だけど、貴方は、自分が普通である事を認めて、それ以上成長をしようとしていないじゃない。 普通でない事を周りばかりに求めて、普通でない周りに身を置く事で自分を安定させている貴方に、とやかくは言われたくないわ。」

 そう言って、由乃は静かに竹刀を取り出す。

「私は変わるわ。貴方を妹にして。」

 そう言って、水平に竹刀を構える。

「力ずく、でもですか。ですが、貴方程度の腕で私を倒せると思っているんですか?」

 由乃に問掛けながら、菜々も竹刀を取り出す。

「倒してみせる。そして、菜々を、妹にする。」

 由乃の言葉を火蓋に、菜々が疾走する。一瞬で由乃の前まで間を詰めて、由乃の突き出されたままの竹刀を掻い潜ろうとした、その瞬間

「……bayonet」

 由乃がそう呟くと同時に、由乃の竹刀の剣先が光り、そして、菜々の意識は薄れていった。

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


「……ここは?」

 菜々が目を覚ますと、そこは見慣れない真っ白な部屋だった。

「やっと目を覚ましたわね。」

 不意に声がして、ドアの方に顔を向けると、そこには由乃が林檎と果物ナイフと皿を持って入ってきた。

「あの、ここは何処ですか?」
「ここは高等部の保険室よ。まったく、貴方を運ぶのに苦労したわ。」

 そう言って近くにあった椅子を、菜々のいるベッドの方に引き寄せて、腰をかける。
 そして、皿を机に置いて、林檎をたどたどしく剥きはじめる。
 しばらく、林檎の皮を剥く音がだけが聞こえた後、菜々が言葉をきりだす。

「私、負けたんですね。」
「そうよ。勝者は私。負けたのは菜々。」

 ちっとも気を使わずに言う由乃に、菜々は少しだけ苦笑する。

「ところで、私は一体どうやってま―――」
「それにしても、これは黄薔薇の運命かしらね?」

 菜々の言葉を遮って、由乃が菜々に問掛けるように言う。菜々は何の事だか分からず、きょとんとして由乃を見つ続けていると、由乃が少し顔を赤くして、菜々の胸元を指差す。

「ベッドで寝込んでいる相手にロザリオ享受だなんて、変な伝統が出来ちゃったわね。」
「あっ…」

 由乃の言葉に、慌てて胸元を見ると、そこには綺麗なロザリオが首にかかっている。

「いい、菜々。貴方がなんと言おうと、今から貴方は私の妹よ!分かったわね!?」

「……はい。」

 顔を真っ赤にして、目を反らして言う由乃に、菜々は小さく微笑んで、応えた。

 私はこの人となら変われるかもしれない。と菜々は、林檎と同じくらいに真っ赤になった由乃を見て、そう心のなかで呟いた。


【1100】 yeah!めっちゃかわいい娘には眼鏡  (春霞 2006-02-09 02:10:00)


 私はK。 ある時は諜報員。 ある時は探偵。 ある時は情報屋。 
 絢爛豪華なスポットライトを浴びる多くの人々を友人に持ち、それが故に悩める貴人たちからの依頼は引きも切らない。 高貴なる人々は、自分たちの醜聞が漏れるのを極端に嫌うが、同じ社会的階層に生きる真に有能な私に頼る事は躊躇しない。 だがしかし私自身が表舞台に立つ事は決してない。 闇に生まれ、闇に生き、闇に沈むが定めのイリーガル。 
 それがわたし。 

 今日も朝早くから依頼人に呼び出されていた。 
 穏やかな日差しが依頼人の背後から差し込んでいる。 だから逆光となる表情はしかとは見えないが、おそらくはいつものように穏やかな微笑を口元に浮かべているのだろう。 そして目は決して笑わない。 対峙する人間の心の奥底までを見通す、透徹した眼差し。 
 この女の前では、世間ずれしていない箱入り少女たちなど、自ら開いた書を指し示すかのように心の奥底までを見せてしまうのだろう。 
 私にとっても決して油断ならない相手だ。 

 リリアン女学園、学園長。 この地に棲まう最大の大だぬき。 

「よく来てくださいました。」 
「……」 
「相変わらず、愛想の無いこと。 女の子はもう少し柔かくなくてはね。 」 
「……」 
「まあ、よろしいわ。 このたびの依頼ですが-----」 

                 ◆◆◆ 

 やれやれ、随分と奇妙な依頼だった。 
 園長室を後にして、わたしは微かにため息をついた。 
 まあ、アノ学園長から来る依頼に、シンプルとか、簡単と言う言葉は無いんだけどね、いつも。 

 それに私以外にこの依頼を受けられるものはいないだろう。
 なぜなら私は、閉ざされた秘密の花園、難攻不落のリリアン女学園でただ一人の探偵なのだから。 外部の男が、この学び舎の中に入れるわけも無く、またこの園には私のほかに人材がいない。 (パパラッチやブン屋、妄想小説家などバラエティに富む陣容では有るが。) 
 情報収集能力と、明晰な頭脳と、隠伏できる技術とそして正道を見失わない義の心。 探偵業というのは、目立ってはいけない。 姦計にはまってはいけない。 悪心に惑わされてはいけない。 噂話の好きな少女の園では、情報収集能力は取り立てて突出している必要が無い。 
 おかげで後継者には難儀をしている。 
 私が前任者から引き継いだのは中等部の2年の時だった。 お下げ髪も愛らしい、だが特徴の無い平凡な少女だった、と言う事しか覚えていない。 
 『よかった、卒業する前に貴女を見つける事が出来て。』 ---見つけられてしまった---あえて凡庸な生を楽しんでいた私は愕然とした。 考査では常に平均点プラスマイナス5点に収め。 一般的な少女の話題を常に押さえ、部活も最大人口の物を選び。 多数の中に完全に埋没してきたと言うのに。 
 『私も同じだから。』 そのお姉さんは、あえて解らぬふりで曖昧に微笑んで見せた私の表情の奥を読みぬく。 
 真実他人を恐怖したのは、あの時が初めてかもしれない。 そして、恐怖が尊敬の念へと昇華するのにさほど時間はかからなかった。 引き継ぐ時間が無かったと言う事もある。 高等部3年生の冬と言う貴重な時間を費やして、その人は私に、技能の全てと、人脈の全てを引き継いでくれた。 
 そして何よりも、道を過たない心を。
 
 あれから3年が経つ。 あの愛しい人の顔を、私はもう覚えていない。 私にとって始めての”お姉さま”。 そう呼ぶ事は一度も無かったけれど。 多くのものを与えてくれた大事な人。 高い能力を持つが、目立ちたくが無い故に、常に中庸を歩んできた私に、新しい人生を与えてくれた人。 
 あの人から預かったものを、私もそろそろ後継に託さなくてはいけないのに。 なかなかその相手が見つからない。 
 春頃に一人、これはと言う外部入学生が居たのだけれど、隠身には長けていても、心が随分と押し曲げられているようにみえて断念したのだ。 この少女には力を与えては行けない、振り回されて暴走するだろう。 そう思えたから。 
 だけど半年くらい経って、私の大事な祐巳さんが何かをしたらしく、その少女は自身の身の丈さながらに、心を正しく素直に大きく成長させる事が出来たようだ。 
 実のところ、最近気になっている。 彼女なら正当な後継になってくれるのではないかと。 

                 ◆◆◆ 

 物思いにふけっている間に、2年生の廊下まで来てしまった。 まだ朝が早いので、朝連の終わった運動部員がちらほらといるだけの教室。 藤組みへと向かう途中、松組の前を通りかかると、祐巳さんがいるのに気付く。 珍しい。一人だ。 朝が早いとはいえ。 べったりの由乃さんも。 ストーカの蔦子さんや真美さんもだれも傍にいない。 

 なにを思い悩んでいるのか、椅子に座ったまま頭を机の上にのせて、グリグリと振り回している。 可愛い。 彼女は感情の発露が本当に素直だ。 笑っているときも、はにかんでいるときも、泣いているときも、怒っているときも。 妬心に苦しんでいる姿でさえ、とても愛しい。 心を秘めてしまう自分とは正反対な、まぶしい少女。 

「祐ー巳ーさん! ごきげんよう、、、でもない? 」 普段殺している気配を、少しだけ表に出して明るく声をかける。 
「あー、ごきげんよう。 うーん、でもない、かも。 ---さんは早いね。 朝練? 」 たはは、と苦笑いしてばつが悪そうにしている祐巳さん。 
 彼女は紅薔薇のつぼみと言う号を、いつも深刻に受け止めすぎている。 だから『ああ、紅薔薇のつぼみに相応しくないところを見られちゃったよ。 しっかりしなくっちゃ。 でも、彼女だったら見られても大丈夫か。 不幸中の幸いだよ。』などと考えている事が、顔が口ほどに物を言い、全部解ってしまう。 ついでに『あの件で凹んでいるのは気付かれないようにしなくっちゃ。 まだ、一般生徒に知られちゃまずいよね。』とも考えているんだね。 

「うん、まあそんなところ。 で、祐巳さんの悩み事は難しい事? さしずめ山百合会がらみ!でしょう。」 
「えええ、どうしてわかっちゃうの?」 って、解りやすすぎなんだけどな。 さて、今時分に山百合会で挙がる深刻な問題か。 さっきの学園長のアレかな。 
「もしかして、眼鏡事件?」 
「どどどど、どうして知ってるの?」 驚く様子が、尻尾を毛羽立てている狸みたいで、思わず微笑んでしまう。 
「いや、ちらほら話題になってるし。」 
「あー、そっか。 そりゃそうだよね。 うち(山百合会)にまで話が来るくらいだもの。」 
「PTAのほうでも動揺してるって聞いたけど…?」 
「うん、そうみたい。 中等部生や私たちなら、それなりに対応できるからこんなに動揺しないんだろうけど。 なにしろ幼稚舎生じゃあね。 お母さんたちがナーバスになっちゃうのも仕方ないよ。 最近物騒だし。」 わたしがかなりの事を知っているのに観念したらしい。 素直に話しに応じてくる。 

                  ◆◆◆ 

 最初に事件が起こったのは一週間前の事でした。 
 と、いっても不穏な話でなく。 優しいお姉さんにお礼が言いたいが、どなたか判らないだろうか、という問い合わせでした。 

 ある一人の幼稚舎の少女が、エスコートガードに伴われて帰宅したとき、少女の顔には、ちょっと大き目のトンボ眼鏡と手には玩具のポラロイドカメラが合ったという事です。 
 眼鏡は度の入っていない伊達でしたが、カメラの方はちゃんと映す事の出来るものだったとか。 もちろんご両親が買い与えたものではありません。 
 お母様は、最初はてっきり幼稚舎のお遊戯の持ち帰りと思ったそうです。 
 エスコートガードの女性は、リリアンの校門を出るときから少女が携えていたので気にも留めなかったとか。 むしろ、道すがら少女に何枚かの写真を撮ってもらったそうです。 
 玩具とは言えちゃんと映るものを娘がもらったことを気にしたお母様が、翌日の連絡帳にこう書いていらっしゃいます。 
 『大き目のトンボ眼鏡は可愛らしくて、娘もお気に入りですし。 玩具のカメラも、そこいらじゅうをはしゃいで撮って回るほど悦んでいます。 とはいえ、幼稚舎生に与えるには若干高価すぎるのではないでしょうか』 
 
 連絡をもらった修道女達は大いに困惑しました。 全く覚えが無いからです。 
 といっても、翌日からその少女はトンボ眼鏡をかけて登校しましたし、暇さえ有ればパシャパシャと写真を撮っています。 
 だれかがその2つを与えたのです。 
 それを聞いたお母様が少女に問い質したところ、『きれいなおねえちゃまにもらったの〜』という答えが返ってきたとか。 
 伝え聞いた私たちの困惑はさらに深まりました。 幼稚舎では修道女たちを『シスター』と呼ばせます。 『おねえさん、おねえちゃま』とは呼ばせていません。 
 それで、改めて少女に相手の風体を問い質したところ、どうやらリリアンの生徒が与えたらしい、と言う事が判りました。 
 タイかリボンかは少女が記憶していなかったのでわかりませんが。 

 それで、取り敢えずは優しいリリアン生のおねえちゃんが、可愛い幼稚舎の後輩に玩具をあげた。 と言う事で向うさまとの事は収まるはずでした。 3日前までは。 

 3日前に1人。 2日前に4人。 昨日には7人の幼稚舎生が新たにトンボ眼鏡をかけて帰宅し。 その手にはカメラが握られていました。
 
 貴女も承知のとおり、リリアン生の母親はやはりリリアン出身者が多い上に、同世代の娘を持つ親はやはり年齢が近い事が多いせいで、親の連絡網は密で、強固です。 
 今回の件も、母親ネットワークであっという間に広がり、その中から不安の声も少なからずあがっております。 
 いくら相手がリリアン生らしいとは言え。 

 しかも、もらった幼稚舎生達は、いずれの例外も無く”とても可愛い”容貌をしているのです。 聖職者がこういうことを言うべきではないのでしょうが、親御さんから大事な娘さんをお預かりしている事を考えると。 その、いわゆる変質者、が入り込んでいる可能性も無視できないと言う結論に至りました。 
 今後暫らく、各方面の協力を得て学園周辺のガードレディを増員しますが。 それは外部の人間に対しては有効ですが。『きれいなおねえちゃま』が本当にリリアンの生徒だった場合も考えておく必要があります。 

                  ◆◆◆ 

 学園長の説明を思い返しながら、祐巳さんの話に相槌を打つ。 
「それで、朝の集まりでお姉さまがいきり立っちゃって。 武嶋蔦子さんをお呼びなさい! って。 宥めるのに一苦労したの」 
「それは大変だったわね。 紅薔薇さまの一喝ってすっごく、怖そう。 良く宥められるわね」 
「まあ、妹(すーる)やって、結構それなりに経ってますから、これくらいは」 心なしか胸を張っているみたい。 薄くてよく判らないけど。 
「それにしても、蔦子さんは違うと思うな。 すっごく怪しいけど、確かに」 
「そうなんだよね。 違うとは思うよ。 でもやっぱりすっごく怪しいんだよね」 
「普段が普段だけにねー」 
「普段が普段だもんねー」 
 意見が一致しちゃったか。 
「私の普段が、何だって?」 私の背後から蔦子さんが現れ、祐巳さんの驚く顔をパシャリ。 
 わたしは気配に気がついていたから、特に驚かないけど。 顔だけは驚嘆させてておく。 祐巳さんに不審に思われないように。 

「ごきげんよう、祐巳さん。 ---さんも。」 どどどどど、と土木工事を始めた祐巳さんに、気にせずにこやかに挨拶する蔦子さん。 わたしはついで。 
「ご、「ごきげんよう、蔦子さん」」 
「で、?」 普段は噂話に無頓着な蔦子さんも、流石に自分の噂は気になるらしい。
 祐巳さんの正面の席は私が使っていたので、隣に腰を落ち着けて話を促す。
 
 そして赫々云々、と祐巳さんが説明するに連れて、蔦子さんの眉間にしわが生まれ。 段々と深くなっていく。 
 祐巳さんの話が終わる頃にはがっくりと肩を落とした蔦子さんは、珍しくカメラを机の上に手放し、両手でこめかみを揉み始めた。 相当頭痛がしてるのかな? ……と、いう事は。 

「それ、あたしじゃない」 
「うん、だとおもった」 
「やっぱりねー」 口々に同意する私と祐巳さん。 え? なんでかって? 

 確かに蔦子さんは眼鏡をかけている。 カメラを手放さない。 それに眼鏡を外すと大美人だし、美少女好きだ。 守備範囲は幼女から少女、熟女に老女までとても手広い。 まったく条件にはぴたりと当てはまるようだが、ここで問題になるのは”美”少女好きという蔦子さんの、その好みであるわけ。 

 蔦子さんは、真剣な眼差しの少女が好きだし、汗を飛び散らせて運動する少女が好きだし、照れてはにかんでいる少女が好きだし、ぽかんとした顔の少女も好きだし、わたわたしている少女の顔も好きだ。 みんなみんな”美しい”といっていつも連写に余念が無い。 
 むしろ世間一般的超絶美少女の紅薔薇さまや黄薔薇さまの写真はそれほど多くなく。 
 なにより蔦子さんにとって一番”美しい”被写体は誰あろう祐巳さん自身なのだから。 
「ようするに、世間一般的”美”少女しかターゲットにしていない時点で、蔦子さんは容疑者リストから外れてるよ。」 私はわかってるから。 お姉さまに説明するのには苦労したけど。 との祐巳さんの説明に、何故かほんのり頬を染める蔦子さん。 

「ありがとう。 わかってくれる人がいるのは嬉しいものだね」 
「いや、蔦子さんの趣味自体は理解できないんだけど」 「ねー」 とまたまた意見が一致する私たち。 うふふ、嬉しい。 

 まあ、蔦子さんの苦悩っぷりで、犯人が誰かは目星がついたし。 動機がわからないのは、自分で何とかしましょう。 
「あ、いけない。 予鈴までにノートを写さなきゃ。 今日は当りそうなんだ」 じゃあね、ごきげんよう。 さりげなく席を立ち藤組みに向かう。 おしゃべりしているうちに、だいぶ生徒の数が増えている。 

 廊下の向うから、真美さんが腕組みをしてやってくる。 一応挨拶をしたけど、考え事に夢中なのか、私が気配をまた殺していたせいなのか、気付かずにいってしまった。 
 新聞部も嗅ぎ付けたのかもしれない。 早目に決着をつけたほうがよさそうね。 

                 ◆◆◆ 

 ああやっぱり、内藤笙子さん、貴女が犯人だったのね。 

 その日の夕暮れ時。 幼稚舎から正門へ向かう並木道から少し脇に入ったところ。 
 金色の光の中で描き出される光景。 
 大きな木の影からのぞく私の視線の先では、愛らしい少女と愛らしい幼女が、”素敵なお姉さまを陥落させるための眼鏡の効用と留意点” というてーまで熱い討論をしていた。 
 2人の顔にはおそろいのトンボ眼鏡。 

 そこへ、 
 夕暮れの並木道で戯れる美少女と美幼女。 普段なら迷わずシャッターを切るはずの蔦子さんが、フラフラと現れてうめいた。 
「笙子ちゃん、一体何故こんな事を」 
 と、その前に立ちふさがる小さな影。 笙子ちゃんを庇うように大きく両手を広げ、その幼女は声を張り上げた。 
「あなたね、わたちの かわいいしょうちゃんを いじめているのは! しょうちゃんはね。 おっきくなったら よーちゃんがいもうとにしてあげるの。 あなたはおよびでないの。 あっちいきなさい。」 


 ……つまり、眼鏡分とカメラ分の枯渇した内藤笙子ちゃんが。 自分にも装着した上で、舌先三寸で巧く言い包められそうな幼稚舎生をターゲットに、ミニ蔦子を作って回っていた、と。 
 さらに今日に至っては、幼稚舎生のよーちゃん(推定5才)のほうが、笙子ちゃんの身の上話に同情した上義憤に駆られて、将来の姉妹(すーる)を誓い合って、誓いの眼鏡を交換したところに、丁度悪の根源。 武嶋蔦子が現れて、三角関係の弩修羅場に突入した。 訳か。 

 まあ、おませな女の子ならば、きれいなお姉さんとの『2人だけの秘密』は絶対に守るよなあ。 だから、最初にはっきりとした人物像が浮かばなかったのか。  

 とりあえず、報告すべき点は一通り押さえたかな。 
 なんだか凄く疲れてきたけど、まああの学園長なら悪いようにはしないだろうし。 
 あのひとは大だぬきだけど、女の子が大好きな(真性の)ひとだから。 少女(や幼女)を守るために労苦を惜しまないしね。 

 それじゃあ、報告を済ませたら、この事件はこれでおしまい。 やれやれ、妹問題か。 

 私も後継者を何とかしないとね。 ふう。難問だ。 





 私はK。 ある時は諜報員。 ある時は探偵。 ある時は情報屋。 
 我がふたつ名は、ロサ・トリビウム(Rosa Trivium)。 雑踏の中に埋没し、溢れかえる平凡の中から真実の花を見出すもの。 
 誰も私の調査から逃れる事は出来ない。 


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