【1101】 静天然系二人きりで  (投 2006-02-09 18:08:04)


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火曜日、放課後。

学園祭もあと二週間足らず、となると合唱部も当然忙しい。
今日は掃除当番ではないから、早速音楽室に行って練習しないと。
リリアンで歌うのはもしかしたら、今度の学園祭で最後になるかもしれないから。

「あら?」
なぜか扉が半開きになっている。
まだ掃除が終ってないのかしら?
そう思って覗いてみたけれど、どうやら誰もいない様子。
閉めるのを忘れたのだろうか?
中に入って扉を閉める。
と、次に私が目にしたのはグランドピアノ。

……先客がいたのね

椅子に座って、ピアノに両腕を枕にして顔をこちらに向けている。
普通なら気付くはずだけど、こちらに気付かないのでどうやら眠っているようだ。
そっと、起こさないように近づいてみる。

少女、それもとびきりの美少女が眠っていた。
瞑っている眼から一筋の涙が零れている。

絵になるわね……。

眠っている美少女にグランドピアノ、更には涙。物悲しげな光景。
絵にして飾っておきたいくらいの神々しさが、そこにはあった。

まぁ、絵心はないけどね。
それにしても、こんな子がいるとは驚いたわね。
ああ、そう言えば少し前に噂があったような気がする。
『謎の美少女、突如現る』だったかしら?
知り合いの新聞部の方が、インタビューをしようとしたが、
断られたとか言ってたような記憶があるし。
この子のことかしら?

それよりも、まだ他の人は来ないから大丈夫だけど、起こした方がいいかしら?
そんな事を思っていたけど、それは少女が自分で起きた事で杞憂に終わる。

「ごきげんよう」

まだ寝ぼけているのか、ぽぅっとしている少女に挨拶してみるけれど返事はない。
しばらくそのまま見ていると、ばっと上体を起こし、あたふたと慌て始める。
こちらに気付き、ばつの悪そうな顔をした後に、笑顔でごきげんようと返してきた。

面白い子ね。

悪い意味ではなく、良い意味でそう思った。
百面相とでも言えばいいのだろうか?
表情がよく変わる様は、とても可愛らしい。
けど、その笑顔は少し曇って見えた。
私はポケットからハンカチを取り出し、少女に差し出す。
少女は首を傾げて、私とハンカチを不思議そうな表情で見比べる。

「目、赤いわよ」

え?と驚いた顔をしたあと、自分の頬を右手の人差し指で少しこすり、納得したようだ。

「あの、自分のハンカチがありますから」

そう言って、やんわりと私の申し出を断って、自分のハンカチを引っ張りだす。
涙の跡を拭いている少女に私は尋ねてみた。

「なにかあったの?」

本来なら聞くべき事ではないと思う。
でもこの時、私は何故か少女の事が妙に気になっていた。

「それは……」

少女は言いにくそうに口を閉ざしてしまった。

「ああ、ムリに言わなくてもいいのよ、私が勝手に気にしただけだから」

そう私が言うと、少女は少し安心したような表情をみせた。
だから続ける。

「ただ、何故かしらね?あなたのその笑顔が曇って見えたから……」

少女は驚いたような顔をして私を見つめてくる。
本当に表情のよく変わる子だ。
もし、あの人の事がなければ妹に選んでいたかもしれない。

「なんで……、そう見えたんですか?」

「泣いてたから。嬉し涙って訳ではなさそうだし、それに……、そうね。
 昔、と言ってもそんなに昔でもないんだけど、同じような顔をしていた人を知っているから……」

それは、あの人があの出来事から立ち直りかけていた頃に見た笑顔。
そして、かつての私がしたことのある笑顔。
悲しくて、でも表に出さないようにして、ムリに作った笑顔だからよく知っている。

少女は、知らないうちに私が出した信号のようなものを感じたのかもしれない。

「……悲しかったんです」

ぽつりと少女は零した。

「誰でも良かったのかなって、私じゃなくても。誰でも良かったのかなって、
 そう思ったらすごく悔しくって。でもそれよりもずっと悲しくて、
 その人に会ったのはまだ三回目だったんですけど、それでも大好きだったから……。
 ほとんど一目惚れだったんですよ」

どうやら少女は誰かに裏切られたか、それに近い事をされたようだ。
そして、そのせいで彼女の笑顔は空っぽになってしまった。

「悲しかったのね」

「……はい」

「たくさん泣いた?」

「……いいえ、泣きませんでした。終わったと認めたわけじゃありませんから」

え?

少し驚いた。
終わったと認めたわけじゃないって、
そんな言葉が出てくるとは思わなかったから。

「終わったって思ったけど、諦められないですから。嫌いって言ってしまったけど、
 それでも諦められないですから」

「そう、強いのね」

「強いんじゃないんです。ただ、弱くはなりたくなかったから」

弱くなりたくない……、か。

「それに、本当に弱いところを見せたいのは一人だけですから……」

「そう……」

だからこの子は泣かなかった。
きっと、傷ついた時もこの少女は泣いてない。
少女を傷つけてしまったのが、ただ一人弱いところを見せてもいい相手だから。
なるほど、十分強いと思うわよ?
この子にそこまで想われてる人が羨ましい……。

それにしても、私が心配する必要は無かったわね。
今はまだ笑顔は曇ってるけど、きっと晴れる。
だってこの子は諦めてない。
前に進もうとしてる。自分の力で、自分の意思で。
それに、この子が好きになった相手なら、きっとその人もこの子の事が好きだろう。
こんなに素敵な子が好きな人なんだもの。

けれど、もし、本当にありえない話だと思うけど、
それでもこの子の笑顔が曇ったままなら、そうね……。
留学を取り消して、この子の姉になるのもいいかも知れないわね。

「あの、すみません。こんな事……」

「いいのよ。それよりそろそろ行くんでしょ?」

「あ、はい。お手伝いの約束があるので」

「そう。頑張ってね」

はい……、そう言って少女は扉に向かいかけたところで、何かを思い出したように振り向く。

「あの……、私は一年『待って』……え?」

少女のセリフを遮って、私は続ける。

「名前はいいわ。少しだけだったけど弱みを私に見せちゃったでしょ?
 だから、そうね……。自己紹介はあなたの笑顔が元に戻った時にしましょうか。
 その時は、弱みを見せちゃった事なんて吹き飛ぶくらいの笑顔でお願いね」

少女は驚いたような顔をしていたけど、少し微笑んで、
はい……、と応えた。

「ごきげんよう」

「ごきげんよう」

少女は去った。お手伝いって言っていたけれど、そこにきっと一番好きな人がいるのだろう。
それでいい、応援してるわよ。

ふふふ、少し悪戯っぽく笑う。
本当の笑顔を取り戻して、次に会った時に私だって気付くかしら?
まだ二ヶ月近くあるけれど、冬休みにはずっと伸ばしてきた髪を切ろうと思う。
もしかしたら、気付いてくれないかも知れない。
その時はまた、お互い初対面で「初めまして」もいいと思う。


さぁ、学園祭まであと少し、私も頑張ろう。


あの少女の想いが、想い人に伝わりますように。
私の想いを、いつかあの人へ伝えることができますように。
私はそっと歌を紡ぎだす……。




 祈りをこめて、想いをのせて、歌ってみるのは素敵でしょう?




まだまだまだまだ続く……のか?


※設定2 「変わってる部分」のところ 思い込んでしまうこともあるけど、
    ちゃんと前を見て進む強さがある。

※設定4 ??(バレバレですw)
    祥子との連弾シーンは設定と話の都合上ありえないので登場。
    姿は見えずとも同じ学園内ですし…

※設定? 内緒♪
    設定1 あとは内緒、に連動。
    見つけても気にしちゃ駄目。間違いでは無いのであしからず

設定2の隠し部分は『レイニー』時ではないのでこれ位で落ち着くのがちょうどいいかな、
と最初から考えていたので。なので祐巳の立ち直り(?)が早めです。


【1102】 未来へGO!  (投 2006-02-09 21:54:36)


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クラシック音楽が鳴り響く体育館。
現在ここでは、ダンス部のメンバー約二十人と、
山百合会のメンバーでのシンデレラの舞踏会シーンの練習中。
パートナーである祥子がいないので、私は一人で踊っているわけなんだけど……。


昨日は大変だった。
色々な意味でほんとうに。
あのあと話し合って、祐巳ちゃんにはシンデレラに参加してもらうことになり、
その事を志摩子から伝えてもらう事になった。
今日の昼には用件を伝えたと言ってたけど、
祐巳ちゃんは掃除当番で少し遅くなるらしいから、きっとそろそろ来るだろう。
本来なら迎えにいかなければいけないんだけど、本番まであと少し。
まだまだ色々覚えなければいけない事もあるし、演劇の練習だけでなく、
生徒会としての仕事も沢山あるので、正直、時間が全く無い。
と、そんな事を思ってたら、祐巳ちゃんがやってきた。
辺りを見回して、きょろきょろとしているのは祥子の姿を探しているからかな?

「いらっしゃい、祐巳ちゃん」

壁際にいた紅薔薇さまが、祐巳ちゃんを呼んで白薔薇さまとお姉さまの四人で何かを話している。

練習中なので、ずっと見ている訳にはいかないけど、ちらっと見た限りでは、
普段通りの祐巳ちゃんのようだ。
と、言っても普段の祐巳ちゃんを知らないので、あくまで私の知る限り、
昨日出て行った時のままでは無いってことだけど。
見た限り、特に何も無く大丈夫そうなので、チラチラ見るのはやめるけど、
それにしても思ってたよりも、ずっと強いのかも知れない。

音楽が終った。
少しだけ休憩時間に入る。
由乃がみんなにタオルを渡し、最後に私のところにきた。
渡されたタオルで首筋に浮かんだ汗を拭く。
と、小さな声で話し掛けてきた。

「ねぇ。祐巳さんのこと、どう見える?」

「どうって……、あんまり変わりないように見えるけど?」

「うん。ちょっとびっくりした」

「それは私もおんなじ」

二人でそちらの方を見る。
祐巳ちゃんは、白薔薇さまに手を引かれてダンスの基本を教えて貰っている。
紅薔薇さまはダンス部員たちに、最初の立ち位置や身体の向きを指示している。
お姉さまは……、壁際で欠伸をしていた。
すぐに視線を外して見なかったことにした。
まぁ、たまたまだろう。
その証拠に、手に書類を持っている。
先ほどまではダンスの練習を見つつ、そっちの仕事もこなしていたようだし。

「一、二、三、一、二、三」

白薔薇さまのリズムをとる声が体育館に響いている。
どうやら祐巳ちゃんはダンスは初めてらしい。
まぁ、でなければ基本からって事は無いだろうけど。
あんまり運動は得意ではないようで、かなり四苦八苦しているのが分かる。
それでも、一生懸命覚えようとしている姿がとっても微笑ましい。

あ、足踏んだ……。

「令ちゃん?」

おっと、由乃が私を呼んでる。

「大丈夫。私達が心配するほど祐巳ちゃんは弱くないと思う」

「うん……、そうみたい」

由乃もそう思ったようで呟くように言った。
視線を再び戻してみると、振り付けの打ち合わせを済ませたダンス部員たちが、
奇妙なものでも見るように祐巳ちゃんたちを見つめている。
と、白薔薇さまが大きく片手を上げて告げる。

「はーい。それでは皆さんに新しいお友達を紹介します。福沢祐巳ちゃんです。
 今日から群舞に参加しますから、仲良くしてあげてくださーい」

祐巳ちゃんは相当驚いているようだ。
口をパクパクさせながら目を白黒させている。
そんな祐巳ちゃんに何事かを耳元で囁いてから、白薔薇さまはその背中をそっと押した。

「誰か組んであげて」

周囲がざわめく中、お姉さまが面々の顔を見回しながら言った。

「じゃ、私が」

お姉さまが言ったからではなく、ただ祐巳ちゃんが気になっていたから、私はすぐに立候補した。


練習が再開された。
クラシック音楽が体育館に再び流れ始める。
祐巳ちゃんは思ったよりも物覚えが早いらしい。
たどたどしいながら、しっかりとステップが踏めてる。
まぁ、人の事を言えるほど私もうまくはないけど。
これならちょっとくらい話をしても大丈夫かな?

「昨日はごめんね、止められなくて」

え、って顔したあとに首を振るからちょっとステップが乱れてしまう。
なんとか元に戻して、

「そんな、私の方こそ、すみませんでした」

申し訳なさそうな顔して謝ってくる祐巳ちゃん。
そのまま言葉を続ける。

「薔薇さま方にもさっき謝られたんですけど、っと」

また少しステップが乱れる。
それでも今度は、先ほどよりかなり早く元に戻せた。

「もう大丈夫ですから」

「そう……」

もう大丈夫。
どういう意味の大丈夫なんだろうか?
祥子のこと、もうどうでもいいって事だろうか?
それとも?

「祥子さま、今日は来てないんですね」

少し残念そうに、そして少し安堵したように祐巳ちゃんが言った。

「祥子のこと、気になる?」

「……」

答えなかったけど、表情を見ればよく分かる。
すごく気にしてる。
祥子のこと、祐巳ちゃんは大好きなんだね。
嫌っても嫌っても、嫌いになれないくらい。
大丈夫、うん大丈夫。
祐巳ちゃんなら大丈夫。
祥子だって大丈夫。
昨日の、あのあとのこと言ったらびっくりするかな?
祥子もね、祐巳ちゃんの事が大好きだよ……。

笑顔はまだ曇ってるままだけど、祐巳ちゃんは凄く可愛い。
外面だけでなく内面もすごく可愛い。
祐巳ちゃんにこんなに想われている祥子が、ちょっと羨ましいなって思ってしまう。

一、二、三、一、二、三。

ステップを刻もう、がんばれ祐巳ちゃん。

一、二、三、一、二、三。

ステップを刻もう、がんばれ祥子。




 大切な人と刻む未来は、きっと素晴らしいものになるに違いないから……




まだまだまだまだまだ続く……のか?



ダンスシーンて短いなぁ……


【1103】 (記事削除)  (削除済 2006-02-10 02:35:52)


※この記事は削除されました。


【1104】 (記事削除)  (削除済 2006-02-10 20:11:23)


※この記事は削除されました。


【1105】 始まりはここから〜  (投 2006-02-10 20:41:58)


【No:1088】→【No:1093】→【No:1095】→【No:1097】→【No:1101】→
【No:1102】の続き




水曜日、昼休み。

「はい、祐巳さん」

昼休み、祐巳さんを誘って講堂の裏手で昼食をとっていた時、
私が差し出したのはシンデレラの台本。
祐巳さんはお弁当箱を置いて、台本を受け取りゆっくりと開いた。

「ブルーの箇所が祐巳さんの台詞だから」

ありがとう、と言って祐巳さんが数ページめくる。

「あんまりセリフは多くないね」

「あら、シンデレラの方がよかったかしら?」

「姉B役で十分です」

冗談で言ってみると、片手を振りながら苦笑する。
そして、ふと疑問に思ったのか尋ねてくる。

「でも、なんでシンデレラの部分にピンクの印が打ってあるの?」

「ふふ、裏表紙をご覧になって」

祐巳さんは首を傾げながらも、言われた通りに台本の裏表紙を見た。

「これって……、祥子さまの?」

「ええ、もう覚えられたそうよ。それに、その印を付けたのは両方とも祥子さまなのよ」

ピンクの印は主役のシンデレラの台詞だ。
祥子さまはかなりの量のそれをもう覚えられたらしい。

「祥子さまは……」

「今日は、薔薇の館には来るとおっしゃってたわ」

そっか……、と呟いて祐巳さんは台本を脇に置いて、お弁当の残りを食べ始める。






あの時……。

「祥子さまも他のお姉さま方も、大切なことをお忘れになっていませんか」

「大切なこと?」

「祐巳さんのお気持ちです」

この後どうなるのかは、なんとなくだけど分かっていた。
もう遅いとは分かっていた。
それでもそう言ったのは怒っていたから。
妹にすると決めた祐巳さんを放って、話を進めていた祥子さまに怒っていたから。
そして、なによりも祐巳さんのことに気付いてあげて欲しかったから……。
祐巳さんが、祥子さまの事を好きって事はすぐに分かった。
祐巳さんが見てたのは祥子さまだけだったから。
それなのに、祥子さまは気付かなかった。
祥子さまは、自分の事に気を取られすぎて、全く祐巳さんの事を見ていなかった。
何もしなくても祐巳さんが傍にいてくれると、信じ過ぎていたからかも知れない。
祐巳さんの居場所を作ってあげなかった。
シンデレラの降板の話の時。
立場があやふやなままの祐巳さんにとって、あれはどんなに苦痛だっただろう?
祥子さまが主役のシンデレラを降りたいが為に、誰でもいいから適当に妹を選んだって、
誰だってそう思ってしまう。
そう思ってしまったら、写真が出てきてもちょうどいい材料にされただけだって、
そう思ってしまっても仕方ない。

そして、祐巳さんは出て行った。
泣きそうになりながらも、決して泣かずに出て行った。

もしも、の話だけれど。
お姉さま方に紹介するより先に、ちゃんとした姉妹になっていれば……、そして、
シンデレラ降板の事より先に写真を見せる事ができていたなら、誰だって認めていたはず。
二人がお互いに相手を好きなんだって、誰だってすぐに分かる。
純粋に好きだから姉妹にしたって、あの写真を見れば誰だって納得できた。

そうであれば、シンデレラ降板の話と姉妹になった理由が無関係になる。
シンデレラ役が嫌で最初にぶつかった生徒を妹に選んだと、祐巳さんだって誤解しなかった。
今更やり直せないことだけど、ほんの少し順番が違っていれば誰も傷つく事は無かったのに。






「志摩子さん?」

呼びかけられてる事に気付き、我に返る。

「どうしたの?」

「なにか考え込んでたみたいだけど、お弁当食べないと時間なくなっちゃうよ?」

「あら?ごめんなさい。少し考え事していたわ」

お話は最後までお弁当を食べてからの方がいいわね。
祐巳さんを見ると、もうお弁当は食べ終ったのか、既に後片付けを始めている。
しばらく静かな時間が訪れる。
5分ほどでなんとか食べ終えた私は、お弁当箱を片付けながら言った。

「もう少ししたらギンナンの季節ね」

「へ?」

祐巳さんが、ぽかんと口を開いたまま妙な声を出す。

「祐巳さん、その驚き方はちょっと……」

クスクス笑いながら私。
それにばつが悪そうな顔をして祐巳さんは溜息を吐いた。

「笑われちゃった。それより、いきなりギンナンってどうしたの?」

ごめんなさいね、と謝ってから続ける。
私が、ギンナンとかユリネとか大豆が好きな事。
銀杏並木で落ちたギンナン拾いをする事。
志摩子さんって変わっているね、と祐巳さん。
2人で笑いあう。
まだ祐巳さんの本当の笑顔は見えない。
同じクラスだから見たことがある。
少し前に、クラスメートの桂さんと話をしている時の祐巳さん。
本当に楽しそうだった。
昨日の休み時間に、その桂さんも祐巳さんの異変に気付いたようで心配していた。

「この間はごめんなさい」

「……実は昨日、薔薇さま方とか令さま、今日の朝には由乃さんにも謝られたんだ。
 その時にも言ったんだけど、謝らないといけないのは私の方。ごめんなさい。
 みなさんに迷惑かけたと思うから、それに挨拶もせずに飛び出しちゃったし」

「あら、挨拶をしなかったのは私達もよ?」

2人言い合って、もう一度笑いあう。
ふと気付いたけれど、少しずつ笑う度に祐巳さんの笑顔が戻ってきているような気がする。
本来、祐巳さんはとても明るい人だから。
クラスではあまり話した事は無かったけど、見ていたから分かる。
祐巳さんは気付いていないかもしれないけど、登校した時に必ず祐巳さんに挨拶をしてるのよ?
祐巳さんには沢山の人が挨拶してるから、気付かないのも仕方ないかも知れないけれど。
でも、やはり祥子さまでないと本当の笑顔は戻らないし、引き出せないのね。
けれど、それも時間の問題。
今日中には祥子さまが何かしら行動を起こされるでしょうね。

「祐巳さん」

「なぁに、志摩子さん?」

「祥子さまは桜も銀杏もお嫌いなのよ」

「はい?」

「味がまずいから見たくもないそうよ、ふふふ」

きっとあなたは達はうまくいくから。
そのお祝い代わりよ。

祐巳さんは不思議そうに首を傾げている。
私は右手を祐巳さんに差し出した。

「お近づきになれて良かったわ」

呆気に取られた表情を浮かべたあと、苦笑しながら同じように右手を差し出し、

「うん、私も」

言って私の手を握る。
とても暖かな手。
なんでも許してくれそうな、お日様の手。

いつか話せる時がくるでしょうか?

誰にも言えない隠し事。
こんなにも罪深い私は許されることはないでしょう。
ですが、そんな私でも……、




 この大切な人たちを誇りに思います……




まだまだまだまだまだまだ続く……のか?



火曜日と水曜日の昼休みの出来事が混ざってます。


【1106】 百戦錬磨  (朝生行幸 2006-02-11 00:36:42)


 ザン。
 漫画で良く使われる効果音とともに、現れた複数の影。
 細川可南子は、突然現れた彼女達に、ワケも分からないまま包囲されてしまった。
 複数どころか、かなりの大人数で、全員一様に体操服を着込んでおり、殺気立った目付きで遠巻きにしている。
 中には見知った相手もいるが、どうやら話が通じる状態でもなさそうだ。
 用事があって上京してきた両親から妹の次子を預かり、彼女を背負って担当区分の掃除をしていたところでこの始末。
 右手には箒、背中には赤ん坊の妹。
 そして周囲は十重二十重の人の壁。
「細川可南子!」
 包囲している生徒の一人が、可南子の名を呼んだ。
「我等が運動部連合の代表が、あなたをどうしても連れて来いと仰せよ!」
 困り眉を更に困らせて、彼女に目をやる可南子。
「素直に従えば良し、従わなければ…」
「従わなければ、どうなると言うのかしら?」
 誰かと思えばその相手は、バスケ部の副部長。
 目が少々血走っている。
「背中の子の安全は…まぁそれは保障するけど、あなた自身は少々痛い目に合うかもしれないわよ!」
 いくら次子の安全は保障すると言っても、この人数で悶着が起これば、安全であろうはずがない。
 どう動くにしても、まずは次子の安全を最優先で確保しなければ。
 可南子は、バスケ部に所属しているゆえ運動部連合寄りなのは言うまでもないのだが、どうして副部長が、しかも無理矢理連れて行こうとするのか。
 いずれにせよ、そっちが強引な手を使うのなら、こちらも相応の対応をするのみ。
 腹を括った可南子は、箒を構えると、最も薄い層に向かって突撃した。

 第一の包囲を突破するも、次々に襲い掛かってくる女生徒たち。
 竹刀と防具で完全武装の剣道部を、箒でバシバシと叩き伏せ、テニスラケットを振り回しながら迫って来るテニス部員を、箒でペシペシと叩きのめし、金属バットを振り上げながら追いかけてくるソフトボール部員を、箒でツンツクと突き転がしつつ、中庭に向けて疾走する。
 折れてしまった箒を捨てて、田沼なんとかって剣道部員から奪った竹刀を構え、単騎で無人の野を駆けるが如く突き進む可南子の姿は、将に一騎当千、言うなれば、阿斗を背負って魏軍を駆け抜けた趙子龍といったところ。
 可南子が向かうのは、薔薇の館。
 かつて可南子自身、山百合会の助っ人として働いたことがある上、山百合会幹部は全員次子と面識があるため、妹を預けるにはもってこいの場所。
 そこに辿り着くことさえ出来れば…。
 お気楽にケラケラ笑う次子を背中にしながら、必死で駆け抜ける可南子だった。

 薔薇の館玄関前。
 いくら対立しているとはいえ、リリアン女学園高等部の象徴とも言うべき薔薇の館にちょっかい出す生徒などいようハズもないが、念の為交代で見張りを置くようにしている山百合会。
 今日は、黄薔薇さまこと島津由乃、由乃益徳の番だった。
 ドアの前、蛇矛を片手に仁王立ちしたその様は、さながら長阪の燕人。
 地鳴りが聞こえる方を見やれば、竹刀を手にした細川可南子を先頭に、多数の生徒が砂埃を上げながら迫って来る。
 すわ敵襲か?と、蛇矛を構えて待ち受けるが、よくよく見れば、困った表情で赤ん坊を背負ったまま走る可南子。
 オマケに、待てーとか、止まれーと聞こえるからには、追いかけられていると判断するのに、そう時間はかからない。
「黄薔薇さま、お助けくださ〜い」
「可南子ちゃん、早く中へ!」
 頷いてドアを開け、可南子を促す由乃。
 可南子を通してドアを閉めた由乃は、その前に陣取った。
 追いかけてきた運動部連合の生徒たち、今度は由乃を包囲した。
 例え大人数で包囲したとしても、流石に相手が黄薔薇さまともなると、おいそれと手は出せない。
 この状況でも由乃は、見るからに「楽しそう」って風情で、目が爛々と輝いており、しかも今にも斬りかかって来そうな雰囲気。
 遠巻きにしたまま、足が竦んでしまった生徒もいるのか、全然動きがない包囲陣に不満な由乃は、
「身はこれロサ・フェティダなり。来たりてともに死を決すべし!」
 大音声と同時に蛇矛を横薙ぎすれば、その凄まじい迫力に、気を失う生徒もちらほら。
 それを見て肝を潰した包囲陣、倒れた生徒を介抱しつつ、潮を引くように去って行った。
「…なんだ。ツマンナイの」
 心底つまんなさそうに、由乃はボソリと呟いた。

 事情を聞いた運動部連合の代表は、由乃を『万人の敵』と呼び、可南子(with次子)を迎え入れた紅薔薇さまこと福沢祐巳は、彼女を『これ一身肝なり』と称して、大いに褒め称えたのはまた後の話…。


【1107】 逃亡した志摩子、  (Y. 2006-02-11 06:57:49)


 森の・・・さん


1 ある日 (銀杏の)森の中 祐巳さんに 出会った

  匂い立つ森の道 祐巳さんに出会った

2 祐巳さんの 言うことにゃ 志摩子さん お逃げなさい

  スタコラ サッサッサのサ スタコラ サッサッサのサ

3 ところが 祐巳さんが あとから ついてくる

  トコトコトコトコと トコトコトコトコと

4 志摩子さん お待ちなさい ちょっと 落としもの

  銀杏いっぱいの 大きな頭陀袋(ずだぶくろ)

5 アラ 祐巳さん ありがとう お礼に (袋の銀杏の一割を)あげましょう

  ラララ ララララ ラ ラララ ララララ ラ
 


【1108】 私でさえ魅了する貴女だきしめて  (投 2006-02-11 16:13:38)


【No:1088】→【No:1093】→【No:1095】→【No:1097】→【No:1101】→
【No:1102】→【No:1105】の続き




「ごきげんよう」

館の出窓から外を覗いていた私は、祐巳ちゃんの声に顔を上げた。

「うん、ごきげんよう」

薔薇の館には現在、私と祐巳ちゃんの二人しかいない。
みんな掃除当番とか、そんな理由で遅れているようだ。

「あ、コーヒーでも飲む?」

「いいんですか?」

「セルフだけどね」

言ってあげると祐巳ちゃんは、じゃあ頂きますね、と言って伏せてあったカップを手にとった。

それにしても、ダンスの練習の時も思ったけど、実にかわいい。
頭でも撫でてあげようか?

「白薔薇さまはお掃除は?」

「3年生になると要領よくなるものなの」

祐巳ちゃんが聞いてきたので答えてあげると、怪訝な表情で私を見てきた。

「サボリですか?」

「白薔薇さまがサボってどうするの?示しがつかないじゃない。そうねー、
 三年生になれば祐巳ちゃんにも分かるよ」

「えー」

唇をとんがらせて抗議してくる。
あはは、本当に表情がよく変わるわね。
と、急に真剣な表情で、

「質問してもいいですか?」

「難しい質問はイヤよ。前の時間が数学だったもんで疲れてるの」

そう、睡魔との戦いは厳しいのだ。

「祥子さまのことなんですけど……」

あー、それは大変難しい問題だ。
ちょっと私が答えるべき話じゃないと思うし。
まぁ、とりあえず聞いてみよっか。

「祥子がなに?」

「その、昨日、練習に来られなかったみたいですけど……」

なるほど、気になってたわけね。

「んー、その質問には答えられません。今日は来るはずだから本人に聞いた方がいいと思う」

「そうですか……」

「そうなんです」

言ってチラリと窓から外を見ると、おや、ちょうどそのご本人がやってくるではないか。
もう少しで着くわね。

「あ、そうだ祐巳ちゃん、ちょっとこっちに来て」

「はい?」

「ほらほら、いいから」

なんだろうって顔しながら、素直にこちらに寄ってくる。
本当に素直だね、とっても羨ましい。

「はい、回転して」

腕を取りながらクルっと回すと、すっぽりと祐巳ちゃんの身体が私の両腕の中に収まる。

「ろ……、ろろロさ・ぎガンテぃあ!?」

「イントネーションがおかしいわよ」

きゅっと力を入れてみると、本当に抱き心地がいい。
なんだか、お日様を抱いてるみたいにぽかぽかしてくる。
祐巳ちゃんは、慌ててはいるけど暴れない。
だって、もう空だけどコーヒーカップを持ったままだし。
そっと、耳元に唇を寄せる。

「祥子のこと嫌い……?」

そう囁いたけど、ピクリと身体を震わせただけで、特に返事はなかった。

「祥子のこと、好き?」

沈黙。
けど、少し頷いたのが分かった。

「ごめんね」

「……もう謝ってもらいましたよ?」

「そうじゃなくてね。私、祐巳ちゃんのこと前から知ってた」

え……?驚いたようにこちらに振り向こうとするけど、
私が少しきつく抱きしめているから、こちらには振り向けない。すぐに諦めた。

「二学期に入ってちょっとした頃なんだけど、昼休みに祐巳ちゃんを見かけた事があるの。
 その時は祐巳ちゃん、友達と二人でいたけどすごく楽しそうに笑っててね。
 表情も良く変わるし、密かに百面相とか名付けたんだけど」

「ひゃ、百面相ですか……」

少し落ち込んだのが分かる。

「うん、表情のコロコロかわるとってもかわいい百面相。褒めてるんだよ?だからあの時、
 笑顔の素敵な祐巳ちゃんが初めてここに来た時、全然心配してなかった。
 あんなに楽しそうに笑ってたから、それが曇るはず無いって思ってた。
 祐巳ちゃんの事、全然気にしてなかった。ちゃんと見ておくべきだったのに……。だから、ごめん」

「……はい、許します。ううん、許させて下さい」

「祐巳ちゃんはやさしいね……」

と、セリフの途中で扉が開く。
やっと、来たわね。

「や、祥子」

挨拶しつつ片手を上げる。
その際に、祐巳ちゃんが私の腕からすり抜けて私の横に立ち、
祥子の方を見ずにカップをテーブルの上に置いた。
そんな祐巳ちゃんを見たあとに視線を祥子に移す。
祥子は睨みつけるように私を見ていた。
おー、怖い怖い……。

「白薔薇さま、何をなさってたんです?」

「抱っこ」

「白薔薇さまっ!!」

「はいはい、ごめん。でも私より先に祐巳ちゃんに言う事があるんじゃない?」

その言葉に祥子は祐巳ちゃんの方を見る。
祐巳ちゃんも祥子の方を見た。
二人が見つめ合う。

「私は、外で待ってるね」

私がここにいては言いにくい事もあるだろうと、部屋から出ようとして一歩踏み出した。
と、僅かに右腕を引っ張られた。
振り向いて見ると、祐巳ちゃんの左手が私の制服の袖を掴んでいた。
私の方は見ていない。ほとんど無意識に掴んでしまったのかも知れない。
怖くて、不安で自分でも気付かず。
強いけれど祐巳ちゃんはまだ一年生。そう修羅場をくぐってる訳じゃないだろう。
それでも、先に口を開いたのは祐巳ちゃんだった。

「何も……、言ってくれないんですか?」

「……」

「本当に……、どうでも良かったんですか?私は……、私は祥子さまの事……」

少し俯き加減になった祐巳ちゃんの瞳が揺れてた。
袖を掴んでいる手がさっきより震えてる。
祐巳ちゃん、すごく怖がってる。
祥子、がんばれ!
祥子は大きく息を吸ったあとゆっくりと口を開いた。
震える声で、途切れ途切れに。

「あの日、私が、そこの扉……、を飛び出す時ね。……あなたを、探そうって思ってたの」

祥子の強く握り締めている両手が小さく震えている。
どんなに勇気がいることか。
自分の想いを、一度嫌いと言われた相手に伝えるのは。

「一目……惚れ……、だったのよ」

「え……?」

祐巳ちゃんが顔を上げて祥子を見た。
祥子は真っ直ぐに祐巳ちゃんを見ている。
決して目を逸らさない。

「あ……の日の……朝に、貴女と……初め……て逢った時に。だか……ら、ごめんな……さい」

祥子が謝りながら泣いた。
謝った後はもう言葉にならなかった。
ぽろぽろと次々に零れる涙。
何か言おうとしたけれど、嗚咽しか漏れてこなかった。
祐巳ちゃんが私の制服の袖から手を離し、ゆっくりと祥子に近づいた。
そっと、手を伸ばす。

「私……、もです」

呟くように言って祥子を抱きしめた。

「ごめんなさい……。だ……大……す……あれ?」

大好きって言おうとして祐巳ちゃんは泣いた。
悲しい涙じゃないから私がいても泣いた。
もう止まらなかった。
止める必要もなかった。
二人は抱き合ったまま泣いた。
でもそれは嬉しくて、とても幸せなこと。






「落ち着いた?」

二人を椅子に座らせ、紅茶を淹れたカップを渡す。
すみません、二人は同時に呟いた。

「良かったわね、祥子」

「……はい」

「祐巳ちゃんも、誤解は解けたようだし」

「はい……」

あれから祥子は、今回の件、誤解について祐巳ちゃんに全て話した。
時折、嗚咽を漏らしていたがもう落ち着いてる。大丈夫だろう。

「で、どうするの。ロザリオは渡すんでしょ?」

祥子は、自分の胸元のそれを制服の上からギュっと右手で握った。

「……今はまだその時ではありません」

私と祐巳ちゃんの、「え?」が重なった。
すぐに渡すものだと思ってたんだけど?

「白薔薇さま。私、シンデレラの役をやります」

「……なんで?」

「祐巳に私の事を見て貰いたいからです。小笠原祥子としての私も、紅薔薇のつぼみとしての私も、
 強いところも弱いところも、全てを含めた私を見て貰いたいから」

「祥子はこう言ってるけど、祐巳ちゃんはそれでいいの?」

「祥子さまが決めた事なら」

「うん、分かった」

「ありがとうございます」

祐巳ちゃんは、そんな祥子にぽ〜っとした表情で見とれている。
祥子さま凛々しいです……、とか、そんな事を思っているんだろう。
わずかに頬が紅くなっている。まだ姉妹でもないのに、かなりの妹ばかに見えるんだけど……。
まぁ祐巳ちゃんだし、いっか。かわいいし。

そろそろ皆、集まってくる頃かな?

祐巳ちゃんが来る前の時のように、出窓から外を眺めてみる。
まだ知ってる顔はそこからは見えなかった。
生真面目に掃除してる蓉子の姿が頭に浮かぶ、サボってる蓉子の姿なんて浮かぶ事はないけど。
それにしても、自分の妹達の事でしょうが。
早く来なさいよ。
まぁ、いいもの見せて貰いましたし、祐巳ちゃんを抱き締められたからいいけどね。
でも貸し一だ、蓉子、覚えてろ……。

ふと、横目で二人を見てみると、
優しげな表情で微笑む祥子と、楽しそうに笑う祐巳ちゃんが見えた。
思わず見惚れた。
祐巳ちゃんの笑顔がとても綺麗だから。
なるほど、祥子が一目惚れするわけだ……。

繋いだなら、その手は離さないように。
それにしても、みんなが来たら驚くだろうなー。




 2人とも太陽みたいに輝いてるんだから……




まだまだまだまだまだまだまだ続く……のか?


【1109】 決着私はそれだけでもいい  (くま一号 2006-02-11 22:17:08)


〜〜〜 聖ワレンティヌスがみてる 〜〜〜 Part 2

┌【No:1084】
├これ

【No:440】→【No:511】の設定が下敷きになってます。

 †     †     †

 家に帰ると笙子は、カメラからメモリーカードを抜き取ると、制服を着替える間も惜しんでお父さんの部屋に駆け込んだ。
あんなカメラを買ってしまったら、さすがにパソコンまで買うお金はない。会社に行っている間はいつでもお父さんのパソコンを使っていいことになっていた。

「えーと、ちさとさまが一本取ったところ……」

 連写に切り替えてからだから、だいぶ後の方……あった。
順番に並べて、プリントアウトする。普段なら写真用紙に『これ』というのだけを印刷するのだけれど(そうじゃないと写真用紙って高いんだもん)今日はA4普通紙にずらっとならべてみた。

(うん、よく撮れてる)

 他の写真も何枚かコマ落としみたいに印刷して、パソコンの電源を切った。自分の部屋へ持って帰る。

(でも、これって大スクープじゃないの?)

 令さまが高校生女子に一本取られたところって、ほとんど写真にはなってないんじゃないだろうか。そもそも、おととしの交流試合で、大仲女子の田中長姉大将さんから一本目を取られて以来のことではなかろうか。
 うわっ。すごいものが撮れたかも。わくわくしてしまう。

 プリントアウトした紙を広げる。
順番に追っていくと、令さまとちさとさまの動きがくっきりわかる。さっきの記憶と突き合わせながら一枚一枚見ていく。

 ちさとさまが左へステップして、逆胴を狙いに行く。これはムリだ。令さまが簡単にかわして竹刀を擦りながら小手へ。しゃくいあげるように受けたちさとさまの体勢はくずれている。令さまが連続技で小さく振りかぶる。
 あ……この時には、ちさとさまが反応してる。その場で見た時には、かなり強引によけたように見えたけど、ちゃんと令さまの動きが見えてたんだ。
 ちさとさまが右へ飛び、令さまの竹刀を避けて顔を振った時にはもう振りかぶってる。
令さまの竹刀が空を切って、ちさとさまの左肩に当たった時には、ちさとさまは踏み込んで竹刀が降り始めてる。

 そして。面が決まる。交錯して行き違う二人。



 これはまぐれ当たりじゃない。
ちさとさまは令さまに追いついたんだ。

 胸が熱くなる。

 去年のバレンタインデートがきっかけで、令さまを追いかけて剣道部に入ったちさとさま。
追いかけて、追いかけて、とうとう絶対に追いつけないはずの令さまに追いついたんだ。

 涙が出そう。よかったね。ほんとうによかったね。
由乃さまの代わりにはなれない。それがわかっていてもがんばって、令さまがいなくなってしまう前に追いついたんだ。

 と、扉がノックされた。

「笙子、いる?」
「あ、お姉ちゃん、帰ってたんだ。入って」
あわてて、涙を拭いてプリントアウトを片づける。


【1110】 きせかえ姉妹  (投 2006-02-11 22:36:09)


【No:1088】→【No:1093】→【No:1095】→【No:1097】→【No:1101】→
【No:1102】→【No:1105】→【No:1108】の続き




金曜日、放課後。

今日は被服室で演劇に使う衣装の、仮縫いの試着を行っている。

「まー、シンデレラお美しいわ」

金や銀の糸で飾られた光沢のあるアイボリーのドレスは、清楚で豪勢で、とても祥子に似合っていた。
さすが祥子、似合うわねぇ。
お姫様って感じがちゃんと出てる。

「胸もと、少し開きすぎじゃないかしら?」

祥子が気にしながら呟くと、義母役のドレスをたくしあげて江利子が飛んできた。

「駄目よ、勝手に襟を詰めちゃ。少しくらい祥子ファンにサービスしなさい」

と言って祥子をその場でクルリと回転させ、祐巳ちゃんの前で向き合うようにして止めた。
どう?江利子が祐巳ちゃんに尋ねる。

「と、とっても似合ってます」

真っ赤になりながら祥子を見つめている祐巳ちゃんを見て、江利子は満足したようだ。
祥子もそんな祐巳ちゃんを見て満足したようで、それ以上は何も言わなかった。

「祐巳ちゃん、寸法はピッタリみたいね」

そのまま、祐巳ちゃんの衣装を確認している江利子を見ていると、江利子が楽しそうに言った。

「祐巳ちゃんもあのドレス着てみる?」

「ええええー?」

突然大きな声を祐巳ちゃんが上げたからみんなが驚いている。
江利子は構わず、祥子それ脱いで、と続けた。
渋っていた祐巳ちゃんだけど、江利子が相手ではどうにもならないようで、
結局、着替えさせられることに。


「うわー、かわいいなぁ」

隣で見ていた聖が、シンデレラの衣装に着替えた祐巳ちゃんを眺めながら呟いた。
確かにかわいい。山百合会のメンバーも手芸部のメンバーも皆、
祐巳ちゃんを見てかわいいとか、似合ってるとか褒めている。

「どうせなら髪型も変えてみましょうか」

調子に乗った江利子が楽しげに言う。
皆もそれに賛成した。

そんな暇はないけど。
まぁ、今日くらいは大目にみましょうか。

江利子に連れられて行く祐巳ちゃんを、心配そうな表情で見ている祥子。
まだ姉妹ではないけれど、既に立派な姉ばかっぷりを覗かせている。
私はそんな祥子を眺めながらふと、この間のことを思いだした。






あの時……。

祐巳ちゃんと蔦子さんが部屋を出て行ったあと、呆然としている祥子に私は言った。

「祥子、今すぐ祐巳ちゃんを追いかけなさい」

けれど祥子は動かなかった。
心を失ってしまったように、無表情でぴくりとも動かなかった。

祐巳ちゃんを追いかけようとしていた他のみんなも、そんな祥子に気付いて動きを止めた。

「祥子……?」

私の呼びかけに祥子は涙で応えた。
つっと頬を涙が伝う。
私は聖と江利子に目配せをした。
二人はすぐに分かってくれたようで、私と祥子を残して皆を引き連れて部屋から出て行く。
全員が部屋から出るのを見計らって、私は席を立って祥子の傍に立つ。

「祥子、あなた……」

そっと肩に手を触れると、祥子の身体が小刻みに震えている事に気付いた。

「祐巳ちゃんの事……」

「………………った」

「え?」

「嫌……われて……った」

両手を握り締めながら呟いている。

「好き……、だったのね?祐巳ちゃんの事」

祥子は小さく頷いた。
ポタポタと、涙がスカートに落ちて染みていく。

「あの時、あなたは祐巳ちゃんを探しに行こうとしたのね」

再び小さく頷く。
そして祥子は声を上げて泣きだした。
見栄も誇りも何も無く、ただ泣くだけの一人の少女の姿がそこにある。

「ごめんなさい。私があなたを追い詰めなければ、こんな事にならなかったのに」

間が悪すぎた。
それは分かる。
勘違いさせてしまった。
祥子のことばかり気にしすぎて、祐巳ちゃんの状態に気付けなかった。
祐巳ちゃんを傷つけてしまった。
祥子も傷ついてしまった。

「祥子、聞いて。祐巳ちゃんはあなたのこと、本当に嫌ってはいないと思うわ」

「え?」

涙に濡れた顔を隠しもせず、私の方を見る。

「お手伝いには来ますって言ってたでしょう?
 あれは、きっと祥子とまだ関わっていたいからではないかしら。
 だから、まだ終わってはいないはずよ。終わるとしたら、それは祥子が諦めたとき」

「……で……も、どうす……れば」

「どうするかは祥子が決める事でしょう?」

傍にいるから、寄り掛かってもいいから。
あなたが考えて、あなたが答えを決めなさい。
どれくらい時間が経っただろうか?
次第に落ち着いてきた祥子は、ゆっくりと言う。

「あ……やま……り……ます」

「ええ、そうね謝らなければならないわね。あなたも、私達も」

祥子はこれから、どうするかを決めた。
謝ること。
誤解を解くこと。
明日の山百合会の仕事は休ませて欲しいこと。
考えることがあるのだろう。
きっとそれは、祐巳ちゃんのこととシンデレラの役のこと。
それくらい分かる、だって祥子の姉だもの。

祥子は強くなれる。
祐巳ちゃんの為なら強くなれる。
それは、時には弱点になってしまうかも知れないけれど。
私は、少し祐巳ちゃんに嫉妬した。

さて、もう祥子は大丈夫。
みんなを呼びに行きましょうか。






「…………」

皆が皆、沈黙を以って応えた。

……反則よね?

いつもの左右二つに分けていた髪型がストレートに変わっただけ。
それだけなのに、こうまで変わるとは……。

「あの……?」

反応の無いみんなを見て、不安そうに首を傾げる。
茶色がかった黒髪がそれに合わせて揺れた。
皆の視線は祐巳ちゃんに釘付けだった。
お化粧をしている訳ではない。
確かに美少女な祐巳ちゃんだけど、
今の祐巳ちゃんは、いつもより数段上の更にとんでもない美少女。
雰囲気も大人っぽくなって、落ち着いて見えて、少しお姉さんっぽいというか……。

「どこのお姫様よ……?」

江利子がぽつりと呟いた。
私もそう思った。
どこかのお城から抜け出してきた本物のお姫様。
思わず溜息をつきたくなる。
いや、実際についていたかも知れない。
と、そんな中、祥子が複雑そうな表情で祐巳ちゃんを見ていた。

「どうしたの?」

「え……?あ……お姉さま。いえ、なんでもありません」

ふふ、変な祥子。一瞬、誰だか分からなかったとか?
それとも、こんな祐巳ちゃんを皆に見られた事に嫉妬した?


「胸が……」

仕事どころでは無くなりそうだったので、元の髪型に戻して衣装を脱いでもらう。
脱ぐと同時に祐巳ちゃんは悔しそうに呟いた。
いくらかショックを受けているみたい。
祥子に慰められている祐巳ちゃんを見て、思わず笑みが零れてしまう。

あなたが慰めてもそれは逆効果よ?

それにしても祐巳ちゃんは不思議な子ね。
何時の間にか皆を笑顔にしてくれる。
あの時、あんなに悲しい顔をしてた祥子が、今はとてもやさしい微笑を浮かべているもの。

「いい子ね、私も祐巳ちゃん欲しいわ」

近くに寄ってきた江利子が私に言った。

「あら、駄目よ。祐巳ちゃんは祥子が大好きなんだから」

「逆もでしょ?」

そうね、と二人で笑いあう。
なになに?聖が私達の方へと寄ってくる。

「ふふふ、なんでもないわよ?」

祐巳ちゃんと祥子、二人なら心配ない。




 きっと四季咲きの、大輪の花を咲かせるわ……




まだまだまだまだまだまだまだまだ続く……のか?


【1111】 克美様のハッピーデイズ  (くま一号 2006-02-11 23:02:54)


〜〜〜 聖ワレンティヌスがみてた 〜〜〜 Part 3
┌【No:1084】
├【No:1109】
├これ

【No:440】→【No:511】の設定が下敷きになってます。


 †     †     †

 成人式の前後の連休にはセンター試験がある。講義室が使えないし準備もあるので、大学はまだ休み。お姉ちゃんは家に帰ってきてた。

 それにしても、暮れに帰ってこないって電話があった時は、驚いたなあ。

“あ、笙子ねえ、お正月は帰らなくてその次の週に帰るから”
“え? お姉ちゃんどうするの?”
“うん、大学の友達とスキーに行くのよ”
“えええっ?”

『お姉ちゃんが』
『大学の友達と!』
『スキーに行くので!!』
『正月には帰ってこない!!!』
 お姉ちゃん、いえ内藤克美さん、あなたはいったいどうしたんですか。



「はいるわよ」
「うん、お帰りなさい」
「ただいま笙子。なーに、まだ着替えてないの? ああ、それね、すんごいカメラを買ったって。お母さん目を丸くしてたわよ」
「うん、そうだよ」
「あのね、笙子。そんなことしてる間にもライバルは勉強してるのよ。ちゃらちゃらしてたらいい大学へは入れない。だいたいそんなカメラ、使い方覚えるのだけだって時間がかかるじゃないの。そんなことしてる暇があったら勉強するの。お姉ちゃんはちゃんと志望校に入ったわよ。ライバルがまだ油断してる一年生の時から勉強すれば有利なんだから」
「だあって」
ぷーっとふくれてみせる。いつものお姉ちゃんだ。いつもの……あれ?

「ぷっふふふふふっ」
「お姉ちゃん?」

「それで? 妹になるのならないの?」
「お、おねえちゃん!?」
「聞いたわよ。武島蔦子の金魚の糞なんでしょ?」
「き、きんぎょのふん〜〜〜!! ひどーい」
うそだあ。お姉ちゃんがどうして。

「で、妹になるのならないの?」
「三奈子さまみたいなこと言わないでっ。誰に聞いたの?」
「ほお、築山三奈子が追っかけてくるくらいの有名人になったか」
とん、と肩に手を置くお姉ちゃん。
「部室が隣だからですっ」
なんか、ずいぶん雰囲気が変わったな。これ、ほんとにお姉ちゃん?

「蓉子に聞いたのよ」
「ようこ、さんってまさか、ロサ……」
「そう。その先代紅薔薇の水野蓉子。一緒にスキーへ行ってね。ふふふ、蓉子は祥子さんや祐巳ちゃんから情報が入ってるからいろいろ聞いたわよ、あることないこと」
「えええええっ。あることないことって、ななな、なにを」

 信じられない。だいたい、蓉子さまだってお姉ちゃんの分類では『浮かれている人たち』の中にはいるんじゃなかったっけ? 山百合会幹部なんて暇人のあつまりで、あこがれるなんてミーハーだけって言ってたのはどこのどなたですか。

「茶話会のこと、とか、金魚の糞のこととかね。デジカメラちゃんってだれのことかしら」
「おおおねえちゃんっっ!」
 真美さまならともかく、お姉ちゃんからこの攻撃は予想もしてなかった。うわあ、なんかまた顔がほてってきた。


「あれ? この写真って」

 あ、写真立て。去年のバレンタインのお姉ちゃんと私の写真。まずい。蔦子さまが言ってた。 
『克美さまがこんな写真見たら激怒するわよ』
ところが。

「なつかしいわ」
眼を細めて優しく笑うお姉ちゃん。写真の中のお姉ちゃんの表情と同じだ。
「蔦子さまが撮ってたの」
「うん、いい写真だわ。さすが蔦子さんね」
「そうでしょ」胸を張る。
「お、もうのろけ? でも、ひとつの奇跡よね。本当なら一緒に高等部にいるはずがないのに制服で一緒に写ってる。まるでスールみたいにね。私にも焼き増ししてくれないかしら」
「もちろん、してくれると思う。頼んどく」
「うん、お願い」


「お姉ちゃん、変わったね」
「笙子も変わったわ。たぶん、この日から変わったのよ。違う?」
「うん、たぶん、そう。でも、お姉ちゃんはバレンタインデー、何があったの?」
「この日の試験で合格したわ」
「うそ、そんなことじゃないでしょ」
「なによ、笙子だって見てたじゃない。わからないなら秘密!」
「お姉ちゃんずるい。」


「蓉子がね。」お姉ちゃんは急に話を変えた。
「この日が人生最良の日だったって言うのよ」
「あ、それ、聞きました。薔薇の館を人でいっぱいにするのが蓉子さまの悲願だったって」
「そう。だから願いがかなったこの日に受験した大学に入っちゃった。第一志望じゃなかったのに」
くすっ、と笑う。
「私もね、最良の日だったのよ」
「そんなの、聞いてない」
「話してないもの」
「やっぱりお姉ちゃんずるい。私のことは全部蓉子さまから聞き出したくせに」
「全部は聞いてないわよ。妹になるのならないの?」
「あーーん、秘密!」

「あはは。勉強『も』しなさいよ」
「はーい」
「じゃあとでね」


 とぼけたふりをしたけれど、本当はだいたいわかってる。
お姉ちゃんも追いついたんだ、あの日。
勉強しても勉強しても追いつけなかったあの人に。

会ってみたいな、と思った。その人に。


【1112】 もう一回ド根性  (Y. 2006-02-11 23:22:06)


  由乃の星



 思い込んだら試練の道を 行くが由乃の ど根性 

 真っ黄に燃える姉妹の印 まだ見ぬ妹掴むまで 

 血の汗流せ 涙を拭くな 行け行け由乃 どんと行け 


 心臓止まろうと やりぬく闘志 おさげがうなる 青信号 

 書類にまみれ 令ちゃん踏んで 勝利の凱歌を あげるまで 

 血の汗流せ 涙を拭くな 行け行け由乃 どんと行け 


 やるぞどこまでも 命をかけて 手術で復活 山百合会 

 でっかく生きろ ロザリオ燃えろ 姉妹(スール)の誓いを 果たすまで 

 血の汗流せ 涙を拭くな 行け行け由乃 どんと行け



【1113】 (記事削除)  (削除済 2006-02-12 02:27:06)


※この記事は削除されました。


【1114】 悪戦苦闘  (投 2006-02-12 16:06:41)


【No:1088】→【No:1093】→【No:1095】→【No:1097】→【No:1101】→
【No:1102】→【No:1105】→【No:1108】→【No:1110】の続き




土曜日、二時半ごろ。

薔薇の館に差し入れがあった。

「二年桜組です。当日カレー屋を開くので、お味見お願いしまーす」

ちょうど芝居の稽古中だったけど、
全員一致で中断して端に寄せていたテーブルを元に戻した。
どうぞ、と桜亭と書かれたピンクのエプロンドレスを着た生徒三人が、
おかもちから三つずつお皿を取り出してテーブルの上に並べた。

「あれ?一つ多い」

三人は首を傾げている。八人に対してお皿は九つ。
聖のところの人数を間違えたんだろう。
案の定で、

「誰よ?三×三なんて言ったの」

「あ、白薔薇さまのところは二年生がいないんだ」

コソコソと話しているのが聞こえる。

そう言えばふと思い出したけど、
二日前、二人が仲直りしてから蓉子が新聞部と交渉したらしい。
今までは、なんとか情報が漏れるのを押さえていたけど、それももう限界で、
祐巳ちゃんに迷惑が掛かるのを防ぐため、お手伝いに来ている事など、
情報を提供するかわりに本人に直接取材するのは控えて欲しい……と。
祐巳ちゃんがお手伝いにきている事はすでに噂で流れていたけど、
その他のことは全く知られてなかったから新聞部も承諾したらしい。
ちなみに、噂の発生源はダンス部等の演劇を手伝ってもらっているクラブだと思う。

「足りないよりいいじゃない?残りの一つも頂いていい?」

聖がそう提案すると、おろおろしていた三人も落ち着いたようで、
やっと試食を開始する事ができた。
なるほど、聖のファンが多い理由がよく分かった。

「試作品ですので、率直なご意見をいただきたいんです」

見るとお皿の上には二種類のカレーが盛り付けてあった。
ライスを真ん中に堤防のようにして左右に完熟トマトの入った紅いカレーと
ココナッツミルクの入った白いカレー。

「一皿で二種類食べられるのはいいわね、でもご飯の量がカレーに比べて少ないかな……?」

蓉子が言うと、聖が続けた。

「それに、色的に地味じゃない?」

確かに……赤、白、白。
もう少し色を付けた方がいいと私も思う。
それと、個人的にはライスはふっくらよりもパラパラの方が好きなのよね。

「緑ね、茹でたブロッコリーとかそんな物を添えた方がいいと思う」

「確かに、そうですね」

桜亭の生徒たちが真剣にメモを取る。
続けて今度は私が発言。

「ご飯を炊くとき、水分を少なめにしてみたらどうかしら?私はパラパラのライスの方が好き」

すると志摩子が、

「私はこれくらいふっくらしている方が好きですが……」

と言う。
そこでアンケートをとってみたところ、『パラパラ』派が三人、『ふっくら』派が三人、
『どっちでもいい』が二人だった。
他には『ココナッツ自体が嫌い』、と祥子の我侭な意見もあったが却下。
いくつかの問題点を指摘し、アドバイスをして試食会は終わった。

「帰って皆で検討してみます。お皿はあとで取りに来ますので、そのまま置いておいて下さい」

彼女達は次の出前があるとかで早々に帰った。

「あれ、いま何時?」

聖が言うと蓉子が腕時計を確認して答えた。

「じきに三時ね、そろそろ迎えに行かないと」

「誰が行く?」

今日は花寺学院の生徒会長が練習に参加する。
学園側の許可は貰っているけどここは女子高、その敷地内に若い男性が入るわけだから、
迎えを出す約束をしてあった。

「あの、残った一つはどうしましょう?」

祐巳ちゃんがテーブルを拭きながら、先ほど聖が引き取った皿を指して訊いてきた。
と、そんな祐巳ちゃんを見て聖が言った。

「ちょうどいいや。祐巳ちゃん、お使いをお願い。
 正門で待ち合わせている花寺の生徒会長をここまで連れてきて欲しいんだけど」

「???」

お皿の事を尋ねたのに返ってきたのがお使いの話だったので祐巳ちゃんは首を捻って、
わけが分からないって顔をしている。

「カレーはその人に食べてもらうからね」

「あ、はい。あ!そういうことですか」

そう言われて分かったようで、納得した表情を浮かべ、うんうんと頷いている。

「なんで部外者にごちそうなんか」

祥子が不快そうに言ったが、

「我々だけスパイシーじゃ、失礼でしょ?」

聖の一言で沈黙。
まぁ、私だってニンニクの臭いをプンプンさせながら他人、それも男性に接するのは抵抗を感じる。
それより、そろそろ迎えに行かないと本当に間に合わなくなるわよ?

「あと、八分」

腕時計を見ながら言うと、祐巳ちゃんは困ったように、

「私、お顔を知らないんですけれど?」

と言ってくる。

「正門に立っている花寺の生徒なんてそういないわ。名前は柏木さん。結構いい男性よ?
 すぐわかるから、それより、あと七分三十秒」

「あああ……で、では行ってきます」

祐巳ちゃんは慌てながら薔薇の館を出て行った。
ここから正門まで歩いて十数分。早歩きでも間に合うかどうか。
まぁ、頑張ってね祐巳ちゃん。


祐巳ちゃんが出て行って数分したころ、祥子が突然、先に体育館に行くと言い出した。
止める間もなく出て行ったので、誰も引き止める事ができなかった。

「あれ、どう思う?」

聖が訊いてくる。

「さあね、何か気に入らない事でもあるんじゃないの?」

祥子ではないから私には分からない。
ただ、本当に男嫌いだからってだけで考えてもいいのだろうか?
何か違うような気がする。






「ようこそ柏木さま」

「今日はわざわざのお運び、ありがとうございます」

「ああ、お荷物はこちらにお置きになって」

私と聖と蓉子の三人は、とっておきの笑顔で客人を迎えた。

「お招きりがとう。とても素敵な館ですね」

場慣れしているというか落ち着いているというか、
薔薇の館なんていう外部者から見れば得体の知れない場所に連れてこられ、
同年代の女性に囲まれても、臆することなく社交的に振舞う柏木さん。

そんな柏木さんを眺めていると、近くにいた祐巳ちゃんがぽつりと呟いた。

「うちの弟だったら、赤面して泣いて帰ってくる……」

「あれ、祐巳ちゃん弟いるの?」

いつの間にか聖が祐巳ちゃんに近寄っていて訊いている。

「はい、花寺学院に」

「赤面するくらいの方がいいよ、変に世慣れてちゃ気持ち悪いって」

チラチラ柏木さんの方を見ながら聖。
柏木さんの事をあまり気に入らないみたいで、やたらと刺のある言い方をする。
祐巳ちゃんの側で聖はカレー皿にかかっていたラップを外して、
ナプキンで包んでいたスプーンを取り出す。

「冷めちゃったの出すんですか?」

「早く食べさせないとリリアンの生徒はカレー臭いってレッテルを貼られちゃうからね」

祐巳ちゃんの質問に答える聖。
それは私も同意見。ここにはレンジもないし、冷めたものはどうにもならない。

「おまたせしました。桜亭特製、『冷めてもおいしいカレー』です」

適当なことを言いながら聖は柏木さんにカレーを差し出した。
当然、柏木さんは嫌とはいわないだろうと、あの蓉子までも積極的に勧めている。
悪女ね、蓉子。

柏木さんの事はしばらく蓉子に任せていれば問題ないでしょ。
私は少し離れたところで観察。
どんな人物かは大抵の人は見ていればなんとなく分かる。
積極的に話しかけるのは観察が終わってから。

「で、彼を見てどう思う?」

あっちから帰って来た聖が、私の隣にいる祐巳ちゃんに柏木さんの印象を尋ねた。

「知的で社交的で几帳面。あとさわやかです」

「客観的に異性と見てどう?私はそういうの弱いから祐巳ちゃんの意見を聞きたいな」

「ええと、うーん、多分かなりいい線いってるんじゃないかな……、と」

「って事は祥子の相手役として合格ね」

聖は言ったけど、祐巳ちゃんは何故そんな事を聞かれたのか分からないって顔をしている。

「ちょっとね、祥子の事情は複雑なんだ……」

小笠原家父子のお妾さんの話は結構有名なのよ、
つまり、それが祥子の男嫌いに繋がるの……、と聖は続けた。

「なるほど、それで好感の持てる男性が必要というわけですか」

へぇ、祐巳ちゃんにしてはなかなか鋭いわね。
ちょっと感心したわ。

「あの……、その祥子さまは?」

「んー、少し前に出て行っちゃった。確か体育館に行くって言ってたなぁ」

「わ、私も先に行っています」

祐巳ちゃんはそう言うと体育館履きを手に出て行った。
何もそんなに慌てなくてもいいのに。
聖と顔を見合わせて苦笑した。






「王子さまね」

「ええ」

「間違いなく」

祐巳ちゃんが出て行って、十分後。
柏木さんの衣装の試着のために、私達は被服室にいた。
目の前には王子さまの衣装を着た柏木さん。

いるのねぇ、王子さまって。

「どうですか?寸法は合ってますか?緩い所とかありませんか?」

「いいですよ。問題ありません」

何事もなく試着を終え、では劇の練習の為に体育館に向かいましょうか、という事になった。






祐巳ちゃんと一緒にいた祥子の、柏木さんとの対面は特に滞りなく終わった。
少しばかり笑顔が引きつっていたけど……。

「初めまして、小笠原祥子と申します。よろしくお願いいたします」

「……こんにちわ」

今までのはなんだったのよ?と蓉子に視線を送る。
知るわけ無いでしょ?と視線が返ってきた。
聖が呆れた顔で私達を見ている。

少ししてダンス部のメンバーが合流すると、舞踏会のダンスシーンを合わせてみる事になった。
舞台の下から蓉子が指示を出す。
柏木さんがそれに応える。
祥子が柏木さんの側につく。
何故か祐巳ちゃんが令に注意されていた。
多分、祥子の事が気になって仕方がないんでしょうね。
皆が舞台の上に上がって、音楽がスタートした。

さすがにずっと習い事をしていただけあって、祥子と柏木さんのペアはずっとスマートに踊れていた。
それに比べて他のペアは散々なものだった。
他のペアとぶつかるもの、舞台軸に消えてしまうもの、
調整するべき所がまだまだある。
いくつか指示を飛ばし、修正しながら少しずつ形にする。

「ラストいきまーす」

さすがに三回目になると皆も慣れたのか、他のペアにぶつかったりするものはいなくなった。

音楽が終わった。

祥子が柏木さんから急に離れたのが見えた。
そのまま祐巳ちゃんの方へ向かい、祐巳ちゃんのパートナーの令に腕を掴まれていた。
何か話しているけど、ここからでは聞き取れない。
令の腕を振り切って祥子が外へと出て行く。
祐巳ちゃんが令に背中を押されてその後を追った。
何があったか分からないけど、祐巳ちゃんがいるなら大丈夫でしょ。


十五分後、二人が戻ってきて今度は芝居の稽古が始まる。

「ダメね」

隣で見ていた蓉子が呟く。
祥子の機嫌がものすごく悪い。
祐巳ちゃんもそんな祥子を気にしてか、セリフを間違うわ、動きはぎこちないわで散々だった。

蓉子と二人で溜息を吐いた。

「溜息つくと幸せが逃げるわよ?」

聖が冗談交じりにそう言ってくる。

じゃあ、つかないから幸せにして、と私と蓉子は同時にもう一つ溜息をついた。






一年生三人に柏木さんの見送りを任せて私達は薔薇の館に戻ってきた。
この頃になると祥子の機嫌も直っていて、
いっそのこと本気で祐巳ちゃんにシンデレラをやってもらう?
と蓉子、聖の三人で冗談半分に話をした。

はっきり言って私達もお手上げ。
どうにもなりそうにない。
それでも、祥子をシンデレラから降ろさないのは祥子が自分で決めたことだから。
分かってる?




 逃げないって決心したなら、あとはぶつかっていくだけなのよ?




まだまだまだまだまだまだまだまだまだ続く……のか?



話を進める為の話でした…。
多少混乱しながら原作と睨めっこ。
それにしても、1巻て本当に由乃、志摩子、どこにいるんだー?
てくらい出番がないですねー。あと令も微妙w

カレーの話はいらないだろー?と、思いましたが、半ば意地で…
書かなかったら半分近く減ります(笑


【1115】 置き去りにされたまぼろしの  (沙貴 2006-02-12 20:44:09)


 薔薇の館には安らかな沈黙が落ちていた。
 ひしめき合っているとまでは言わないまでも、サロンに居る人数は決して少なくない。
 だと言うのに、その誰もが無言でいるから、室内は呼吸音すら聞こえてきそうなほどの静謐に満ちている。
 
 すー。すー。
 
 正確には、呼吸音すら聞こえてくるほどの静謐に満ちている、だろうか。
 定期的な呼吸が志摩子の耳にははっきりと聞こえている。
 志摩子は開いた文庫本に視線を落としたままくすりと笑った。
 呼応して、部屋の空気が僅かに身じろぐ。
 小さな呼吸音が聞こえる静寂なのだから、志摩子の笑い声なんてそれこそ反響すら伴って部屋中に響いてしまった。
 
 すー。すー。
 
 たじろがないのは、その吐息だけ。
 志摩子の笑い声(と言えるほどの声量ではなかったけれど)が収束しても、変わらず続いている。静かな音。安らぎの声。
 志摩子がそんな心地良いBGMに耳を澄ませる中、ぱたんと誰かが本を閉じた音がする。
 顔を上げると、丁度机を挟んで対面に座っていた祥子さまがハードカバーの本を閉じられたところだった。
 整った眉を寄せて、苦笑交じりに溜息を漏らす。
「ふぅ」
 どこか艶っぽい祥子さまの美声が、静かな部屋に響き渡った。
 
 すると、それが薔薇の館全体のスイッチを切り替えてしまったかのように、本を読んでいたり書類に印を付けていた部屋の住人達が顔を上げる。
 二人並んでリリアンかわら版今週号を読んでいた由乃さんと令さま。
 それに、不急ではあるもののすることがないからと、学園祭で使用した器材貸し出し台帳と在庫一覧をチェックしていた乃梨子。
 あらかじめ顔を上げていた志摩子を含めて皆が一斉に声の出所、即ち祥子さまを見て。
 そしてそのまま視線を追ってゆく。祥子さまのすぐ脇に座り、テーブルに屈服する一人の少女へと。
 
 すー。すー。
 
 静かな呼吸音の発生源。
 安らかな寝顔を浮かべて、熟睡する祐巳さんがそこに居た。
 
 
 祐巳さんが眠ってしまったのは、乃梨子曰く雑談の最中らしい。
 一階倉庫で器材の整理を終えてからサロンに帰って、祥子さまと令さまの淹れて下さったお茶を頂いて。
 妹談義から学園祭の話題になって、一段落した頃には既に祐巳さんは夢の中だった。
 乃梨子は眠そうにしていた祐巳さんを時折盗み見るようにしてチェックはしていたけれど、結局眠りに落ちるのを確認しながらも声を掛けなかった。
 お疲れのようでしたからと乃梨子が苦笑った時、祥子さまは「しようがない子ね」と祐巳さんの頬を一撫でして微笑まれた。
 
 眠りに落ちた祐巳さんの顔は、母親の胸で眠る赤ん坊のように安心しきっている。
 本当に眠かったのだろう、いざ待望の眠りを得て歓喜しているようにすら見えた。
 そんな寝顔を眺めていると、その眠りを阻害してしまいそうな会話を続けるのが皆忍びなくなったようで、自然と雑談も途絶える。
 静かにプリントや本を取り出し始めた乃梨子らに合わせて、志摩子も鞄の中から読みかけの歴史小説を取り出したのだった。
 
 
 そうして始まった緩やかな沈黙を祥子さまが打ち破った。
「今日はもうお開きにしましょうか。このまま待っていても祐巳は起きないでしょう」
 祥子さまが笑いながらそう言うと、由乃さんは背筋を伸ばして「うーん!」と唸る。
 乃梨子は握っていたボールペンをくるりと指先で回して背凭れに体を預け、それでぎっと椅子が鳴いた。
「それじゃ、カップを片付けますね」
 志摩子が言って、自分の分と祥子さまの分を手に取る。
 すると乃梨子が自分の分と祐巳さんの分を取り、そして由乃さんが自分の分と令さまの分を持って給湯室に移動した。
 椅子を引いたりカップを取ったりする物音が立って、俄かにサロンは騒がしくなる。
 その中でも、祐巳さんは眠り続けていた。
 
「祐巳。祐巳ったら」
 乃梨子と二人並んでカップを洗っていると、そんな祥子さまの声が聞こえてきた。
 本当に良く眠っていたから、中々起きてくれないのだろう。苦労している祥子さまの声が何度も聞こえる。
 乃梨子も志摩子もくすくす笑いながら洗っていると、紅茶を入れただけの六つのカップはあっという間に洗い終わった。
 洗い籠に並べて、台を拭き終わった由乃さんと合流する。
「あーあ、こりゃ駄目だ。負ぶっていく?」
 令さまのそんな声を聞きながらサロンに戻ると、溜息混じりに「困ったこと」と呟いた祥子さまが祐巳さんの肩に手を置いていた。
 机に両肘を突いて、組んだ手の甲に顎を置いている令さまはどこか楽しそうに笑っている。
 
 結局起こす事を諦めたのか、祥子さまはもう一度椅子に深く座り直した。
「いいわ、あなた方先に帰ってちょうだい」
 そしてもう一度ハードカバーを開いて読書の体勢に入った祥子さまに、令さまは驚いて問われる。
「祥子はどうするの?」
「私? あと5ページでこの本を読み終わるから。それまで、この子を寝かしておくわ」
 だから気にしないで、と。
 かと言って「判りました、ではごきげんよう」というにはどこか薄情な気がして、志摩子は無意識に令さまに視線を送った。
 由乃さん、志摩子、そして志摩子を一度見てから結局向き直った乃梨子の視線を受けて令さまが唸る。
 仰った。
「判った。それじゃ帰ろうか、由乃」
 
「良いの? お姉さま」
 由乃さんが問い返すと、令さまは笑ってぽんぽんと由乃さんの頭を優しく叩いた。
「私達が無意味に残っていたら、祐巳ちゃんが責任感じちゃうかも知れないでしょ。だから帰っちゃった方が良いのよ。祥子は残るって言ってるんだし……ね、祥子?」
 手早く机の上を片付けてコートを持って。
 てきぱきと(ついでに由乃さんの分までも)帰り支度を整えた令さまがそう言うと、祥子さまも「そうね。私もそう思う」と首肯された。
 最上級生の薔薇さま二人が決定した時点で、同じ薔薇さまとは言え志摩子に拒否権は無い。
 勿論あったとしても、令さまと同じように帰った方が祐巳さんの為になると思っているので使いはしないけれど。

 それに、このまま白薔薇・黄薔薇が帰れば薔薇の館には紅薔薇の二人が残ることになる。
 祥子さまが薔薇さまになり、祐巳さんがつぼみになってもう半年以上が経つけれど、その間色々忙しくて姉妹水入らずな場面はなかなかなかった筈だ。
 そういう意味でも、ここは祐巳さんを寝かせたまま場を離れるのが正解なのだと思う。
 志摩子が乃梨子に視線で「良いかしら」と問うと、無言で頷いて帰り支度を始めてくれた。
 

 四人揃ってビスケット扉の前に立つ。
「それじゃね」
「ごきげんよう、祥子さま」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「ええ、ごきげんよう」
 そして各々、定例の挨拶を交わして扉を抜けた。
 ぱたん、と。
 静かに閉まった扉の向こうで祐巳さんは勿論、眠り続けていた。
 
 
 〜 〜 〜
 
 
 館を出たところで、剣道場に寄っていくと仰った令さま・由乃さんペアと別れた志摩子は、図らずも乃梨子と二人きりで銀杏並木を歩いていた。
 薔薇の館では紅薔薇が二人きり。
 剣道場への道程では黄薔薇が二人きり。
 そして銀杏並木で白薔薇が二人きり。
 取り立ててどうということはないかも知れないそんな些細なことに、けれど志摩子は静かに感謝した。
 好きな人と二人きりで居られることを超える幸せはそうそうないから。
 こんなことなら、これからも時折祐巳さんには居眠りしてもらおうかしら――なんて。
「ふふ」
 思わず浮かんだそんな考えに志摩子は口元を緩ませる。
 
 しかし、そんな笑みを瞬く間に消してしまうほどの冷たい風がひゅっと吹いた。
 志摩子は大きく身震いして首を縮込ませる。
「っぅー、もう冬本番、って感じだね。志摩子さん」
 隣で志摩子と同じように、けれどそれよりはもう少し幼稚で大袈裟に、体を震わせた乃梨子が言った。
「そうね。これからどんどん寒くなるわ」
 言いながら、そっと手を伸ばして乃梨子の手を握る。
 一瞬びくりと驚いて震えた乃梨子の手は、すぐに指を絡めて握り返してくれた。
 滑らかな指の感触。冷たい肌が徐々にお互いの体温で温まってゆく。
「春が待ち遠しいよ。冬は良い思い出が無いからさ」
 そう漏らした乃梨子に、志摩子は「気が早いわ」と苦笑した。
 
 冬本番、と言うもののそれはあくまで体感的、あるいは暦上での話だ。まだまだ晩秋の域を出ない季節に春を待ち侘びては鬼も笑おう。
 すると乃梨子は唇を尖らせて言った。
「リリアンに来れたのは結果的に良かったけど、大雪で人生が狂ったのは間違いないし。あの時は本当、ただ帰るだけでも大変だったんだから」
 それに、と乃梨子は続ける。
「春を待つのは逆に、良い思い出があるからなの。あの桜の下で志摩子さんと出会えたこと。大切な、思い出だよ」
 乃梨子はぎゅっと繋いだ手に力を込めた。
 繋いだ手から何かの想いが伝わってくるようで、志摩子は歩きながらそっと眼を伏せる。
 
 
 桜。
 粉雪のようにして花弁の舞い踊っていた、春先の邂逅。
 銀杏の木に交じってただの一本だけ咲いている桜の木。聖さまとの思い出の場所。
 その聖さまの幻影を追いかけていた当時に、そのまま追いかけて空へと飛び立とうとしていた当時に、地面へとしっかりと繋いでくれた子。
 それが隣に居る乃梨子なのだ。
 乃梨子に言われるまでもなく、その出会いは忘れもしない一瞬だ。大切な、思い出だ。
 
 聖さまとの思い出の場所である一本桜がそのまま乃梨子との思い出の場所になっている。
 皮肉のようであり、奇跡のようでもあるその事実が、結果的に志摩子の安定に大きく寄与していることは疑いようのない事実だった。
 だから桜は大切な木だ。重要な花だ。
 きっと、白薔薇と同等かそれ以上に。
 
 
 ――。
 
 
「桜」
 ふと、その時。
 桜。
 その単語が表紙へ大々的に記された一冊の書籍が脳裏を駆け巡った。
 それは慌しい最中に触れ合い、けれどがっちりと志摩子の心を捉えた手作りの冊子。
 眼を開けた志摩子は足を止めて問うた。
「ねえ、乃梨子。今日はこれから何か予定があるかしら?」
 手を繋いでいる相手が急に立ち止まった所為で、ぐいと引っ張られた乃梨子が驚いて振り返る。
「特にないけど……どうしたの?」
「思い出したの。学園祭でその桜にちなんだ面白い本を読んだのだけれど、それが今図書館にあるのよ」
 乃梨子は無言で言葉の先を促した。
「良ければ一緒に読みに行かない? 考えてみれば、乃梨子の言う通り私達と桜って無縁じゃないものね」
 言い終わった丁度のタイミングでひゅるりと強くて冷たい風が吹き、志摩子の髪を乱雑に散らす。
 もう、と呟いて髪を直そうとした志摩子を制して、乃梨子がそっとその髪を梳いた。
 二度、三度。
 すぐに直った柔らかな髪に指を差し込んだまま、固まった志摩子を見つめて乃梨子は言った。
「うん、良いよ。行こう。外は寒いしね」
 
 手を握り直した乃梨子に引かれて、寒風に背中を押されて。
 そうして志摩子は帰り道から外れて図書館へと向ったのだった。
 
 
 〜 〜 〜
 
 
 目指したものは今年度の学園祭二年桜組で志摩子が読んだ「桜組伝説」。
 高等部各学年六クラスある中、唯一第二学年にのみ存在する桜組に関する考察や推察、物語をまとめた冊子だ。
 勿論その殆どは良くも悪くも創作で、論文というよりも小説の短編集+詩集といった意味合いの方が強い。
 その分とても読みやすく、また面白いものばかりが収められていた。
 ざっと読み流しただけでもそれなりに本は読んでいる志摩子をしてそう感じさせたのだから、”今年度の”「桜組伝説」は中々の秀作だったと言って良い。
 
 その所為だろうか。
「貸し出し中……みたいだね」
 ずらりと並んだ桜組伝説の背表紙を指でなぞっていた乃梨子が落胆して言った。
 その通り、現在図書館の桜組伝説コーナー(と言うほど立派なものでは無いが)にある冊子の年号は全て今年度ではなかった。
 学園祭中でも結構な人気のあった冊子だ。志摩子と同じように、後からゆっくり読みたいと思う者が多かったと言うことだろう。
 残念だがこればかりは仕方がない。
 
「でも、こうしてみると壮観ね。まさかこんなに出ているなんて」
 無作為に一冊の桜組伝説を棚から取り出した志摩子は、その表紙を撫でながら呟く。
 図書委員に場所を聞いた時には、今年度の作品と一緒に過去偶然にも作成された桜組伝説が何冊か並んでいるだけだろうと思っていたが、そんなものではなかった。
 寧ろ、今年度の作品が今までに作成されたあたかもリリアンの歴史であるかのような作品群の末端に加えられているような印象だ。
「忘れられた思い出、というところかしら」
「詩人だね、志摩子さん」
 茶化した乃梨子に笑い返しながら棚に視線を走らせると、それぞれ年号と共に装丁、タイトル、厚さが微妙に違うのが判る。
 内容も小説限定のものから完全に詩集となっているもの。あるいは、今年度のそれと同じように複合形態を取っているものと様々で。
 そのどれもが面白そうだけれど、全てを読もうと思えば一ヶ月ではきっと足りない。
「でもそれだけ、桜組の謎に皆興味津々なんだね。私達の代も、やっぱり四月五月はその話題ってあったもん」
 一冊の桜組伝説を手に取っている志摩子に気付いたのか、歩み寄りながら乃梨子は言った。
 
 外部入学組などが加わる高等部入学のタイミングは、初等部・中等部と継続してリリアンで過ごしてきた女生徒達もその外部刺激を強く受ける。
 だから今まで常識として考えていたことや、暗黙の了解となっていたことが表面化しやすいのだ。
 桜組の謎もそうだし、姉妹制度もそう。クラス編成や制度自体に意義を問う声も年度明けは良く上がる。
 とは言え、大概は大勢としてのリリアン流儀に飲み込まれて有耶無耶になってしまうのだが。
 
「そうね、私達もそうだったわ」
 言いながら辺りを見渡した志摩子は、周りに人気がないことを確認する。
 本来なら読書スペースに移動すべきだが、目的の冊子が見つからなかった以上はそこまで本格的に読み耽ることもないだろう。
 本棚に凭れ掛かり、すぐ隣にやって来た乃梨子にも見えるように本を持った。
 ほんのちょっとだけ、この場で読ませてもらおう。
 はしたないかも知れないけれど、人が来ればすぐに棚に仕舞ってしまえば良い。
 逆に、あんまりにも面白いなら読書スペースに移動しても構わない。
 それを決める為の試し読みだ。
「この年度のものを少し、読んでみましょうか」
 二人並んで表紙を眺めながらでは余り意味の無い宣言だな、と思いつつも志摩子がそう言うと。
「うん。楽しみ」
 と、すぐ隣から嬉しい返答が帰ってきた。
 やはり勧めた本を楽しみにしてくれるのは嬉しいものだ。
 冊子を二人で持って、広げる。
 
「タイトルは『桜の中の魔』……ね」
 気を良くして呟いた志摩子は勿論、乃梨子も程無く幻想的なその物語に飲み込まれていった。
 
 
 〜 〜 〜
 
 
「パラレルワールド、ってやつかな」
 読み終わると、乃梨子が溜息と共に吐き出した。
 そうね、と志摩子は唇だけで答える。
 桜を基点にした合わせ鏡の世界。もしかしたら本当にあるかも知れない、ただ誰も気付かないだけで。
 良くある話と言えばそれまでだが、それは即ちそういった物語に惹かれる人が良くいるということ。
 ここではないどこかへ行きたい。
 けれど何もかもが全く違う場所は不安で行きたくない。
 だから、現実の世界と殆ど同じだけれど、どこかほんの微かにだけ違う場所へ行きたい。そう例えば、李組の代わりに桜組があるような世界へ。
 
 あらゆる時点で分岐する、世界という名の多層次元。
 そう考えれば李組が桜組だったり、桜組が李組だったりする世界があっても全くおかしくはない。
 志摩子らの世界だって、本当は二年李組がある世界とパラレルに位置する世界かも知れない。
 そう言った発想は志摩子も素直に面白いと思う。
「ぞっとするなぁ」
 でも乃梨子は言った。
「合わせ鏡みたいな世界があるってことは、別の世界にも私が居るってことだろうし。そっちの私がどんな風になっているのか、知りたいような知りたくないような」
 志摩子は首を横に振って微笑む。
「大丈夫よ」
 だって、どちらの世界でも白雪は百代と出会っているのだ。きっと、心からの友達と言える相手に。
 それなら何の問題もない。
 例え別の世界があったとしても、志摩子と乃梨子は。
「どんな世界でも、乃梨子は私と出会って今みたいにこうしているわ」
 肩を寄り添って、一冊の本を読んで。
 照れ合いながら笑う。そんな間柄になっているに決まっているのだ。
 
「つ、次は『桜の扉』だね。早く読もう、志摩子さん」
 露骨に照れた乃梨子が先を促す。
 もう少し突付いても可愛くなりそうだったけれど、言った志摩子も本当はかなり照れていたので大人しく促されるまま先を読むことにした。
 
 
 〜 〜 〜
 
 
 一転、『桜の扉』はシンプルな短編だった。
 八百万の神に根付いていそうな設定と展開は、クリスチャンではあるものの生粋の日本人である志摩子にも理解しやすい。
 世の中には科学で解明できないことがあれば、神の御業としても理由付け難い不思議なことも多いのは事実としてある。
 でもそれを科学で説明したり、神学的に体系付けることに意味なんてきっとない。
 不思議なことは不思議なことで良いと思う。
 そんな印象を受けたが、しかし、物語としては。

「哀しいお話だわ」
 志摩子が端的にそう感想を述べると、隣で乃梨子も頷いた。
「うん。はっきりとは書かれてないけど、きっと霞は本当に触れ合えていたんだよね。桜の木と」
 でも結果的にその触れ合い、深い交流こそが彼女の病に繋がった。
 桜の木にどんな意志があったのか。自意識によるものか、それとも木自身にも抗えない絶対的な何かの力がそこにあったのか。それは判らない。書かれていない。
 しかしどんな理由があったにせよ、どんな過程を経たにせよ、霞は倒れた。
 それは悲劇だ。
 彼女が倒れた理由も、癒した手法も、そして、癒された後の話も。
 
「触れ合うことが必ずしも良い結果を招くとは限らない、のね」
 それは果たして誰のことか。誰と、誰のことか。
 志摩子は真摯に、二人の未来を黙祷した。
「でもさ、きっとそれは無駄にはならないよ」
 その祈りが丁度終わるタイミングで乃梨子は言う。
「傷付いても、苦しくても。誰かと触れ合うことは、それだけで価値のあることだと思う。大事なことだと思う」
 そんなに大きな口が叩けるほど色んな出会いをしているわけじゃないけれどね、と締め括った乃梨子は何だか凄く格好良くて。
 
 その笑顔を見られるのが自分一人しか居ないことがとても残念だった。
 誇らしくも、あったけれど。
 
「さぁ次は『桜の埋葬』、ね」
 タイトルを読み上げた志摩子は、しかし物騒な言葉に一瞬詰まる。
 思わず目線を上げると、読む為にかなり顔を近付けていた乃梨子も顔を上げた。
 その為偶然にも至近距離で目線を合わせる羽目になり、慌てて志摩子も乃梨子も本に視線を落とす。
 
 しかしそれから続いた作品は、高まった動悸を抑えてくれるどころかより一層に隣の体温を意識させるような、一つの恋物語を描いていたのだった。
 
 
 〜 〜 〜
 
 
 言葉も無かった。
 『桜の埋葬』は幻想的で、背徳的で、純愛で、暗く、重く、けれど、爽快感すら伴い、胸を締め付けるような小説だった。
 『桜の扉』よりもダイレクトに志摩子の心に突き刺さる。
 思わず八重を抱き締める富士子に強く感情移入してしまった志摩子は、身を切るような悲恋に切なさを禁じえなかった。

 乃梨子の顔を見ようとして、失敗する。
 顔が上げられない。怖いのだ。見てしまうことが。
 今は――そう、『桜の中の魔』の白雪と百代のように二人寄り添っている。きっと別の世界でもそうだろう。
 でも、いつか二人は離れなければならない。それは勿論、別の世界でもそのはずだ。
 志摩子も乃梨子もリリアンを卒業する。
 そして主と結婚するか、他の男性と結婚するだろう志摩子の未来予想図はそのまま乃梨子にも当て嵌まる。
 まぁ、乃梨子は主と結婚することはないだろうけれど、誰か男性と結婚することはきっと間違いない。
 乃梨子は利発だし可愛いから、世間に出れば世の男性が放ってはおくまい。
 それに乃梨子自身も、一人身でいる事を選択はしないだろう。良くも悪くも冷静で頭の良い子だから。
 
 二人。
 志摩子と乃梨子の二人はいずれ離れるのだ。
 きっと。
 二度と会えなくなることはないだろうが、こうやって肩を寄り添って一冊の本を読むことは――きっと。無くなってしまう。
 それなら。
 それなら、いっそ――?
 
「乃梨子」
「志摩子さん」
 
 二人は呼び合って。
 勇気を振り絞って。
 顔を上げた。
 
 見慣れた乃梨子の可愛らしい顔がアップで瞳に写りこむ。
 艶めかしい緑の黒髪は図書館の明るい照明に煌いていて。
 切り揃えられたおかっぱが、静かに揺れていた。
 
 失いたくない。
 
 原始的な欲求に沿って本を持つ志摩子の片手が離れかける、行き先はそのか細い乃梨子の。
 か細い、志摩子の細腕でも折れてしまいそうなその。
 
 
「次は、『桜の枕』」
 
 ――。
 
 乃梨子が、言った。
 途端、志摩子に正気が戻る。
 自分は何を。自分は何を恐ろしい事を考えていたのか?
 どっと汗が吹き出た。
 心臓が胸を突き破って出てきそうなまでに激しく鼓動している。
 力の抜けた手で再び本を持ち直すだけでも随分体力を浪費した。
 
「読もう、志摩子さん。次の話」
「ええ……そうね」
 
 それだけの返答を搾り出すのに、志摩子は酷く苦労してしまった。
 
 
 〜 〜 〜
 
 
 結局、その直後に祐巳さんが祥子さまを探して図書館にやってきたので、『桜の枕』は読み切れなかった。
 だから志摩子と乃梨子の間で、桜のイメージは『桜の埋葬』で止まってしまっている。
 
 しかし志摩子はまた、時間を見つけて再び桜組伝説を読みに図書館へ足を運ぶ事を決めていた。
 『桜の枕』の先が気になることも勿論だし、もともと読みたかった今年度の桜組伝説が読めていないのだし、何より。
 早く富士子とのトレースを解除しなければ、自分が何を仕出かすか判らなかったからだ。
 
 完全に閉塞された二人の世界で耽溺した、幻想の桜花が降り注ぐ世界。
 それは、空想の中の物語というには酷く具体的に志摩子の心を捉えていた。
 まるでその世界に一人だけ、あるいは二人だけ、置き去りにされてしまったかのように。
 そこまで考えて、志摩子はくすりと笑う。
 それが一人だとすれば果たして、置き去りにされているのはどちらだろうか。
 
 
 あの時。
 『桜の埋葬』を読み終えたその時。
 本から手を離そうとしたのは、志摩子だけではなかったのだから――。


【1116】 アクシデントファイアースーパーロボット大戦  (Y. 2006-02-12 23:55:54)


しりーず?
【No:1107】→【No:1112】→これ





 ○○○○ー Z???



リリアンにそびえる 黒髪の城

スーパーストーカー 細川〜可南子

無敵の力は祐巳さまのために

正義の心で (祐巳と一緒に)ファインダーにイン!

飛ばせ鉄球 バスケ部シュート

今だ だすんだ 異母妹(いぼまい)次子

可南子〜 可南子〜

細川〜 Z!



祐巳を(レイニーで)くだく 縦巻きの城

スーパードリル 松平瞳子

正義の怒りは 祐巳さまのために

拒否ったロザリオ 今更後悔♪

発射命中! ロケットドリル

今だ だすんだ 盾(シールド)ロール

瞳子〜 瞳子〜

祐巳さまー LOVE!




【1117】 出廬  (朝生行幸 2006-02-13 01:26:46)


「それじゃ、行こうか」
 紅薔薇さまこと福沢祐巳が、黄薔薇さまこと島津由乃と、白薔薇さまこと藤堂志摩子を促しながら立ち上がった。
「え?どこへ行くのよ」
 あまりに唐突だったので、思わず問い掛ける由乃。
「ある人を誘いに、ね」
 それだけ言うと、志摩子に目配せして、二人して部屋を出る祐巳。
 置いて行かれそうになった由乃は、慌てて二人を追いかけた。

 三人がやって来たのは、クラブハウスだった。
 三薔薇さまの登場に、ざわつく周囲の生徒たち。
 一見余裕に見える微笑を浮かべつつ、祐巳たちは二階に向かった。
 そして、あるクラブの部屋の前に立つと、その扉をノックする。
「はい」
 顔を出したのは、おそらく一年生であろう生徒、薔薇さま方を前に、驚愕の表情を浮かべていた。
「ごきげんよう、突然お邪魔してごめんなさい。武嶋蔦子さんにお取次ぎいただけないかしら」
 極上の笑み(のつもり)で、その生徒に取次ぎを頼む。
「あ、も、申し訳ありませんが、蔦子さまは今…」
「あー、盗撮…じゃない、撮影に出掛けてるんだね」
「は、はい」
 挨拶も忘れるほど動揺しているのは何故だろうと思って、彼女の視線を追えば、憮然としている由乃に向いているようだった。
 そりゃ、不機嫌そうな薔薇さまを前にすれば、動揺もするだろうて。
「じゃぁ、蔦子さんが戻ってきたら、伝えておいていただけるかしら?私たち薔薇さまが訊ねてきたと」
「はい、承知しました」
「それではごきげんよう」
「ご、ごきげんよう」
 目的の相手である武嶋蔦子への訪問、一度目は空振りに終わった。

「さて、そろそろ行こうか」
 週を改めた月曜日。
 祐巳は、再び蔦子を訊ねるべく、由乃と志摩子を促した。
「………」
 あからさまに不機嫌な顔で、座ったまま沈黙を守る由乃。
「…由乃さん、行かないの?」
「…行かない」
「どうして?」
「なぜわざわざ私たちが行かないといけないのよ。呼び出せばいいじゃない?」
「用事があるのは私たちだよ。呼び付けるなんて失礼じゃない」
「でも…」
 どうやら由乃は、山百合会以外の人物に頼ることを、快く思っていないようだ。
「いいよ由乃さん、無理強いはしないから。行こう志摩子さん」
「ええ」
 渋る由乃をそのままに、薔薇の館を出る二人。
 しばらく進んだところで、後ろの気配に振り向けば、相変らず仏頂面ではあるものの、ついてくる由乃の姿があった。
「来ないんじゃなかったの?」
「…二人が行くのに、私が同行しないわけにはいかないでしょ」
 その言葉に、内心ホッとした祐巳と志摩子は、ニッコリと笑みを浮かべたのだった。

 再び訪れたクラブハウス。
 ある意味敵地であるここまで、二度も三薔薇さまが連れ立ってやって来たことに、前以上にざわつく生徒たち。
 彼女らを刺激しないように、優雅に振舞いつつ、向かうのは二階の写真部室。
 扉をノックすれば、
「はい」
 聞いたことがある声と同時に、扉が開く。
 そこには、
「ごきげんよう、薔薇さま方」
 蔦子の一番弟子を称して憚らない生徒、内藤笙子が立っていた。
「ごきげんよう笙子さん。蔦子さんにお取次ぎいただけないかしら」
「わざわざご足労いただきましたが、残念ながら蔦子さまは…」
「今日も撮影に出掛けてる…と」
 鼻で息を吐きながら、呟く祐巳。
「はい。申し訳ありませんが」
「いえいいのよ。こっちが勝手に押しかけて来てるだけだから。かえって気を使わせちゃったね」
「とんでもないです」
「また改めて顔を出すよ。悪いけどコレ、蔦子さんに渡してもらえるかな」
 ポケットから、不在だった場合を考えてしたためておいた封書を取り出し、笙子に渡す。
「承知しました。責任をもって、蔦子さまにお渡しいたします」
「よろしくお願いします。ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 こうして蔦子への訪問は、二度目も空振りに終わったのだった。

「さぁ、今日こそは」
 勇んで立ち上がる紅薔薇さま。
 頷いて、白薔薇さまも同時に立ち上がった。
 三人して薔薇の館を出るも、由乃は面白くない顔で、途中で立ち止まる。
「…由乃さん?」
「どうかしたの?」
「…どうして、そこまで蔦子さんに拘るの?」
 由乃からすれば、山百合会以外の、しかも文化部同盟寄りの人に、そこまで祐巳たちが拘る理由が分からない。
 しかしそれは表向きのことで、本当の理由は『嫉妬』だということを自覚していた。
「いい?由乃さん。厳しいことを言うけど今の山百合会にはね、大局を見定められる人材は居ないのよ。私なんて、なんの取り得もないし」
「そうね。私も乃梨子も、与えられた仕事をこなすことは出来ても、全体を見通して的確な判断を下すことは出来ないわ」
 祐巳の言葉に、相槌を打つ志摩子。
「その点蔦子さんなら、持ち前の行動力も去ることながら、各部とのコネやそこから得られる情報を利用して、全体から個人まで、全てを見通すことが出来るのよ」
「………」
 二人が言う事はもっともだ。
 校内の目立った事件の殆どを、新聞部よりも早く察知・把握し、八方全て丸く収めるように行動が出来るのは、現時点では蔦子をおいて他ないだろう。
 それは、黄薔薇革命やイエローローズ騒動等で、一年生の頃からすでに証明されている。
「それにね…私、蔦子さんに何度も助けられてるから」
 そもそも紅薔薇さまになった顛末からして蔦子が始まりだったし、山百合会の一員になってからも、バレンタイン絡みやなんやと、蔦子のさり気ない働きによって大いに助けられている。
「私も、彼女にとてもお世話になったことがあるわ」
 乃梨子を妹にするかどうか迷っていた時、蔦子の気配りのお陰で、随分と志摩子も助けられたものだ。
 由乃も、黄薔薇絡みの問題が多い中、間接的ではあるが蔦子に助けられていると言っても過言ではないだろうし。
「だから、蔦子さんは私たちには必要な人材なんだ。分かってくれるかな?」
 二人にそこまで言われては、由乃ももはや反対する気にはなれない。
「…仕方がないわね」
 納得したのか、表情を幾分和らげて、歩き出す由乃だった。

 そして、三度訪れたクラブハウスの二階は写真部室。
 ノックに応じて、前回と同様に笙子が顔を出した。
「ごきげんよう。蔦子さんにお取次ぎいただけます?」
「ごきげんよう、ようこそいらっしゃいました薔薇さま方。蔦子さまなら、折りよく在室しております。どうぞ、お入り下さい」
 笙子に促され、部室に足を踏み入れる三薔薇さま。
「蔦子さまは、ただいま現像中です。すぐにお呼びしますので」
「あ、ちょっと待って。その現像って時間がかかるの?」
「…そうですね、あと20分ぐらいで終わるのではないかと」
「じゃぁ、済むまでそっとしておいてあげてよ」
「でも、お待たせするわけには…」
「いいのよ。勝手に押しかけてきたのはこちらの方だから。ね?」
「…分かりました。では、こちらでお待ちください」
 ごちゃごちゃしたテーブルを空け、パイプ椅子を用意し薔薇さまを座らせた笙子は、
「どうぞ」
「おかまいなく」
 インスタントながらも紅茶を振舞った。
 談笑すること十数分、暗幕を払って蔦子が姿を現した。
「はいよ出来上がり。笙子ちゃん、こっちをファイルしておいて」
「はーい。蔦子さま、先程から薔薇さま方がお待ちになってます」
「え?いつから?」
「15分ほど前からです」
「どうしてすぐに呼んでくれないのよ」
 珍しく非難が混ざった口調の蔦子。
「紅薔薇さまが、現像が終わるまで待つと仰ったんです」
「そう…」
 それ以上追求することなく、薔薇さまが待つテーブルまで移動する。
「ごきげんよう薔薇さま方、お待たせして申し訳ありません」
「いえ、了承も無く訪れたこちらが悪いのですから。それと、笙子ちゃんを責めないで下さいませ」
「恐れ入ります。それで、御用の向きは…」
「申し訳ありませんが、人払いを…」
 頷いた蔦子、笙子に目配せすれば、彼女は他の部員を引き連れて、部室から去って行った。
「笙子ちゃんに手紙を預けていたんだけど、読んでくれた?」
「もちろん。でも、私ではあまり力になれないと思うけど」
 第三者がいなくなったところで、ざっくばらんな口調に変わる。
「そんなことないよ。私たちには、蔦子さんが必要なんだ」
「あなたが応じてくれれば、『鬼に金棒』だわ」
「わざわざ訊ねてきたんだから、断るなんて言わないでよ」
 由乃の言葉に、苦笑いを浮かべる蔦子。
「一応写真部と新聞部は、中立って立場なのは言うまでもないわよね?」
「もちろん」
「更に言えば、写真部は文化部同盟寄りなのよね。それでも私を誘うの?下手をすれば、今以上に対立の根が深くなるかもしれないわよ」
 ジャーナリズムを標榜する中立の写真部及び新聞部が、どこかの勢力に肩入れなどしようものなら、非難を浴びるのは当然であろう。
「それでも構わないの?」
「ええ。私たちには、どうしても蔦子さんの力が必要なのよ。お願い蔦子さん!」
「蔦子さん」
「蔦子さん!」
「………」
 席を離れた蔦子、窓から外の景色を眺めつつ、思案することしばし。
「分かったわ。私のために、わざわざ三度も訊ねて来てくれたことだし。及ばずながら協力するわ」
 三人を見渡し、力強く頷く蔦子に、祐巳たちの顔がパッとほころぶ。
「笙子ちゃん、薔薇さま方の礼に答えるべく、私は山百合会に協力することにしたから。でも、あなたたちは、中立の立場として写真部をそのまま支えていてちょうだい」
 戻って来た笙子に、出廬する意向を伝えれば、
「そう仰ると思ってました。どうか山百合会の皆さんのお力になってあげてください」
 笑顔で、蔦子に応じた。

 こうして写真部のエース武嶋蔦子は、三薔薇さまによる『三顧の礼』に報いるため、ついに立ち上がることを決意した。
 写真部室で行われたこのやりとりは、後に『部室対』と呼ばれ、瞬く間に学園中に広まり、運動部連合、文化部同盟に対し、強力な影響を及ぼすことになるのだった…。


【1118】 もういちど風よ光よ麗しきは華のごとく  (春霞 2006-02-13 01:44:02)


 福沢祐巳はぬるま湯なのだ。 



 松平瞳子は脚本を書く。 1日に1本、欠かさずに書く。 

 例えば定期考査などで書けないときには、試験が明けてからまとめて日数分書く。 そして、少なくとも3日以上放置してから一度見直して、アラのあるところを直してゆく。 それはもうここ数年来ずっと続く日課になってしまった。 
 何故か? 
 松平瞳子は女優になりたいのだ。 それも端役ではなく、脇役でもなく、主役として。 銀幕の中や舞台の上で、観客の心を全て鷲掴みに支配してしまえるような大女優になりたいのだ。 

 だから彼女は脚本を書く。 役を演ずるのは役者の仕事だ。 だが、演ずる世界を用意するのは脚本家の仕事だ。 脚本家には脚本家なりの世界観があり、脚本家なりの美意識がある。 それらを余すところ無く受け止めて、更に自分なりの世界を積み上げたい。 それだけの事が出来る役者になりたい。 
 だから彼女は脚本を書く。 脚本家をより理解するために。 

 そして瞳子は今夜も、木目縞も美しい飴色の文机に向かって脚本を書こうとしていた。 出来るならば雰囲気を出すために、部屋の明りを全て落として、机上のアールヌーボ様式のスタンド一つで執筆にいそしみたいところだが、それでは覿面に目を悪くしてしまう。 役作りとしてなら眼鏡をかけるのも厭(いと)わないが、目を悪くする事で役者として不利にはなりたくない。 だから今も部屋の中は煌々と灯りがともっている。 

 このように、自分の趣味を抑えて目をそこねないように律するなど、瞳子は多くの場合、役者としての自分に有益であるか、無益であるかという観点から物事の価値を判断する。 
 だから例えば、瞳子はTVをみない。 あの低俗な箱の中には役者にとって有益なものは何も無いから。 映画が見たければ続き部屋を改造して造ってもらったホームシアターで見ればよいし、スポーツが見たければ競技場まで足を運べばよい。 ニュースは新聞で事足りるし、即時性が必要なものはお付きのメイドが知らせてくれる。 無くても何も困らない。 

 で、あるから、毎朝のごとく級友たちが教室で 「ごきげんよう」 の挨拶もそこそこに盛り上がる前日のTV番組の話は良くわからない。 瞳子は不思議でならなかった。 あんなものの何が楽しいんだろう、と。 理解できないからと言って、彼女たちの楽しみにあえて水は差さないけれども。 だからそんな時、瞳子は自分の存在感を薄くぼやかせて適当な相槌を打つのに終始するのだった。 

 二条乃梨子という友達が出来て、瞳子は正直楽になった。 彼女もあまりTVを見ないらしいから、彼女の傍にいるときはその手の話題を振られずに済むのだ。 とは言え、周囲の少女たちの方で押しかけてきてTVの話に流れる事もままあるが。 そういう時、乃梨子はちゃんと聞き役を勤めるだけでなく、解らない事は質問するし、おかしな事には突っ込みを入れる。 そのあたり、本当に律義者というかなんというか。 初春頃の付き合いの悪さはすっかり姿を潜めていた。 

 相手の話は良く聞いてくれて、困ったときにも冷静さを失わずに最善の助言を与えてくれて、ぼけたら突込みまで入れてくれる。 普段はクールで男前なくせに、白薔薇さまが絡むともうメロメロに人格が変わる。 そんな全てが、周りから好感を持って受け止められていた。 そう、二条乃梨子は学園中から愛されているのだ。 

 ふと、眉をひそめた瞳子は、机から立ち、壁の一隅に向かう。 生まれて初めての親友のことを思いかえすうちに、嫌なキーワードにたどり着いてしまったようだ。 心のかさぶたを擦ってしまった感覚には未だに慣れることが出来ない。 

 壁に作り付けの書棚の、観音開きの扉をひらいて過去の脚本を整理した書類挟み箱を引き出してゆっくりと繰り始める。 

 学園中から愛されている、か。 
 紙を繰る手を止めないまま、無意識にあの人の事を考えてしまう。 

 二条乃梨子は学園中から愛されている。 それは中等部からも拝観遠征ツアーが組まれるほどに。 
 でも、今の学園には彼女以上に愛されている人がいる。 
 先輩からは愛され。 同輩からは好かれ。 後輩からは慕われる。 職員からは親しまれ、大学部の学生からは可愛がられ、中等部にもファン倶楽部がある。 

 福沢祐巳、さま。 

 つと、指先が目当ての一枚を見つける。 数日前に書いた脚本。 

 毎日脚本を書くということは、毎日日記を書くということに似ている。 もちろん、その日の出来事を脚本の中に綴(つづ)っているという事ではないが。 楽しい事があった日は、楽しげな。 哀しい事があった日は哀しげな。 いきどおろしい事が有った日は、荒れた。 そんな脚本が書きあがってしまう。 例え悲劇を書いたとしても、楽しい事があった日に書いた悲劇は、何故か言葉の端々がスキップしているようで、幸せな気持ちになれる悲劇 などという訳のわからないものが出来上がってしまったり。 
 更にいえば瞳子は万年筆を使うので、書き連ねた筆跡からも、そのときの自分の感情がどんなものであったかわかってしまう。 ゆき過ぎて行った感情を後から見つけ出す事が出来るという点で、毎日書く脚本は、日記と同じような能力がある。 

 心象的時間旅行能力。 

 SF小説の主人公のように、生身で時間をさかのぼり過去を改変する事は出来なくても。 記憶と感情を遡る事で得た、新たな教訓の元に未来を改変することの出来る力。 

 そして、 
 あの日、あの夜、後夜祭が終わってから書いた脚本には、一行。 

    『福沢祐巳はぬるま湯なのだ。』 

   と、しるされていた。 

 これは脚本ではない。 かといって日記でもない。 
 あの夜。 お祭りの興奮冷めやらぬままに、さあ今日は何を書こうかしらと文机に向かった瞬間。 フラッシュバックのように思い出される真っ暗い校庭、鮮やかに燃え上がるファイヤーストーム。 そして脳裏に降りてきた一片の言葉。 

『福沢祐巳はぬるま湯なのだ』 

 時折こういうことがある。 何を思うでもなく、ある言葉が頭の中で燦然と輝く。 その一節をおもむろに原稿用紙に書き落とすと、あとはその前後のシーンを猛然と埋めてゆくのだ。 台詞を、情景を、役者を。 そうして一つの世界を築きあげる。 こんな時は大抵、後から読み返してもなかなかの傑作と思えるものができるているのだ。 だから瞳子はそんな力のある言葉が脳裏に煌めくことを、ひそかに ”天啓が降りてくる” と呼んでいた。 

 あの夜も天啓が降りてきた。 でも、あの夜は何故か、この一節以外何も書けなかった。 

 松平瞳子が役者としての自分に課した戒律には、早寝早起き、というものがある。 役者というものは重労働なのだ。 重い衣装を着込んで舞台の上にたちっぱなしで何時間。 焼け付くような照明にてらされても、観客の見えるところには1滴の汗もかかず。 台詞を間違える人だの道具を無くす人だの、精神的に絞り上げられる状況も頻発する。 対抗するには何は無くとも充実した体力が必要だ。 

 だから瞳子は早く寝る。 そして早く起きて、屋敷の敷地内を走る。 敷地内と言って馬鹿にしたものでもない。 丘(築山)は有るし、小川も流れている。 ちょっとしたクロスカントリーの気分になれる位の広さはある。 瞳子の家は本館はバロック風で、これに合わせた前庭も成型庭園だが、祖父の住む離れは和風だし、その向うには日本庭園が広がっている。 一回りするだけでも1〜2kmほどのジョギングにはなる。 
 
 いつも規則正しく早く寝るために、時として脚本を書くための時間はとても短くなる事がある。 短いときは30分。 それでも、日課となっていて慣れている分、短い時間なら短いなりに、工夫の聞いた一人芝居や一場物などを書き上げるのに困る事は無い。 

 あの夜も、後夜祭の始末などで帰宅は随分と遅くなった。 だから書くための時間は1時間も取れなかった。 短いと言えば短い。 だけど、天啓が降りてきたのに。 何も書けない筈は無いのに。 

 それでも、筆は止まってしまった。 

 例えば乃梨子さんを嵌めたときの推理仕立ての奴は30分で書き上げた。 あのときの天啓は 『あなたには、こちらの方がお似合いよ!』 だった。 今、仲良くなった2人の間では、時折この言葉が飛び出す。 おもに乃梨子さんが瞳子に絡むときに使ってくる。 瞳子がダージリンを飲もうと紅茶缶を取り出すと、こつんと肩をぶつけて 『あなたには、こちらの方がお似合いよ〜』 と、アールグレイの缶を押し付けてきたり。 そして、2人して流しの前でくすくす笑いあうのだ。 
 2人の間にかすがいを渡す、我ながら歴史に残る名言だったと思う。(おもに自分史に限られるが) 

 『福沢祐巳はぬるま湯なのだ』 この言葉から構想は湧かない。 脚本の1角を構成する言葉ではない。 
 『福沢祐巳はぬるま湯なのだ』 こんな言葉を言った人は、学園祭の日、誰もいなかった。 だからこれは日記でもない。 
 ではこの言葉は何なのだろう。 私の心の奥から浮かび上がってきた、言葉。 

 心の奥から? 

 では、この言葉は私の心にとっての福沢祐巳なのだろうか。 
 ぬるま湯。 ……暖かい水。 冷たいお湯。 冷水のように心臓を刺激せず。 熱水のように肌を焼かず。 体温に程近い、水。 
 それに身を浸せば、優しいぬくもりで全身の緊張を緩めてくれる。 

 だが存外、ぬるま湯と言うものは芯から温まるには役に立たない。 温度こそ体温よりも高いものの、体温を上げるほどの力は無い。 
 むしろ、ぬるま湯は、そこから離れてしまうと、あとは身体を濡らす湯の残滓が、体温を奪ってゆくばかり。 

 瞳子は熱いお風呂が好きだ。 のぼせるほどの熱いお湯に長く長く入っていると、身体の中が思いっきり元気になって、悪いものを排出しようとフル回転してくれるのがわかるから。 
 瞳子は凍るような冷たいシャワーが好きだ。 肌をさす痛みに耐えているうちに、身体が冷水に対抗するために段々と体温を上げていくのが心地よい。 自分の身体が頑張っていると言う事がわかるのが嬉しい。 

 ぬるま湯はどうなのだろう。 好きなのか、嫌いなのか。 

 好き、とはいえない。 だが嫌いと言うわけでもない。 あえて言うなら苦手、なのだろうと思う。 

 では、松平瞳子は ”ぬるま湯” である福沢祐巳を苦手なのか。 
 ……どうやらそうらしい。 

 熱いお風呂が好きなように、瞳子は熱い人間が好きだ。 こちらも熱く対する事もあれば、あえて冷ややかに鼻であしらう事もある。 
 凍るような冷たいシャワーが好きなように、瞳子は冷たい人間も好きだ。 相手よりも更に冷え冷えと応ずる事も有れば、あえて熱く挑発する事もある。 

 いまだ十数年の人生だが、瞳子はどんな人間に相対しても対応に困った事が無い。(優兄さまのような千年うなぎはべつであるが) 
 どこを押せば泣き、どこを押せば笑い、どこを押せば怒るか。 瞳子には、まるで感情を切り替えるボタンを目の前に差し出されているかのように、あいての反応が予想できる。 

 だが福沢祐巳は違う。 怒るべきときに怒らない。 泣くべきときに泣かない。 あまつさえ、はんなり笑って腕を絡めてくる。 あんな生き物は知らない。 

 「怒るべきときに怒って、泣くべきときに泣けばよろしいのよ。 やれば出来るのだから。」 そうしたら、私はもっと楽に福沢祐巳に関われるのに。 

 楽に、関われる……?  わたしは、あの人に関わりたいのだろうか。 

 あの日、あの雨の日。 遠ざかる車窓の向うの情景が忘れられない。 
 祥子お姉さまは、未練を断ち切るように膝元ので握り締めたこぶしに視線を落とし、後ろを振り返りはしなかった。 
 でも瞳子は振り返って見ていた。 ほかの誰も見ていないだろう、瞳子だけが知っている福沢祐巳の表情を見つめていた。 

 雨の中濡れそぼち。 涙でぐしゃぐしゃの顔には泥がはね。 トレードマークのツインテールもペッショリとうな垂れ。 地べたに這いつくばっている。 そのみすぼらしいさま。 
 だがなんと生命そのものに満ちていた事か。 最後の最後まで顔を上げ、去りゆく車から視線を反らさない心。 
 あのとき、あの人の魂そのものが、剥き出しのままにあそこにあった。 
 雨に濡れ 泥に汚れたまま、それでもその華のような麗しさは瞳子の心を貫いた。 

 ぞくり、と瞳子の中の何かが反応する。 

 ”あの” 福沢祐巳が欲しい。 
 細川可南子の夢見ていたような、風のような、光のような 白く透明な天使ではなく。 
 下級生の危機に庇護してくれる、物分りが良くて、やさしい上級生でもなく。 
 泣いて、怒って、笑い、悲しむ。  全身全霊で生きてる、なまなましい感情を持った ”あの” 少女が欲しい。 

 私は、福沢祐巳に関わりたいらしい。 本気で。 

 瞳子は微笑んだ。 暗く陰惨な、ファウスト氏を誑かしたメフィストフィレスのような笑みだった。 
 今までどれほどひどい態度を採ってきた事か。 
 今までどれほどむごい言葉を投げつけてきた事か。

 それを判っていてもなお、心のベクトルが曲げられないと言うならば。 祐巳さま、 
 あなたはこれから私の本気を、思い知る事になるでしょう。 その身で。 

 あれは誰の言葉だったか、 
 『スープは熱いうちに。 しかして陰謀は冷やせば冷やすほど美味。』 

 くすくすくす。 

 時間をたっぷりかけ、からめ手を攻め、退路も援軍も断ち。 
 じわじわと真綿で首を締めるように、恐怖と苦痛と歓喜を与え。 
 遠からず、わたしなしでは生きられぬようにして差し上げますわ。 



 時計はもう就寝時間を告げている。 
 瞳子は机の上に置いたままの白い原稿用紙をみた。 今日の脚本は書けなかった。 だが、 
 さらさらと一文を書き連ね、万年筆をおく。 

 今宵は何もかけませんでしたが、自分自身を知ることの出来る有意義なひと時でした。 

 おやすみなさいませ。 ”わたくしの” 祐巳さま。 


                       ◆ 

 机の上の原稿用紙。 
 
  『全てを失い、ただ一つを手に入れましょう』 








==================================
v0.1:読み仮名を削除。 漢字書きの一部を平仮名にほどく。 2006/02/14

 【No:1122】 ←関連SSあります。 


【1119】 ほのぼの愛憎劇  (投 2006-02-13 18:24:01)


【No:1088】→【No:1093】→【No:1095】→【No:1097】→【No:1101】→
【No:1102】→【No:1105】→【No:1108】→【No:1110】→【No:1114】の続き




土曜日。

リリアン学園祭の前日。

気分が悪い、と言って体育館を出たさっちゃんを僕は追いかけていた。
一年半もずっと僕を避けて、ようやく捕まえたと思ったら今度は初対面のフリをしてきた。
いったいどういうつもりなのか分からない。
いや、分かってはいる。
そうなるように仕向けたから。
ただ、誤算だったのが、正面からぶつかってくると思っていたのに逃げられた事だ。
そのまま事態は変わらずあやふやなまま。
さっちゃんはずっと不機嫌なまま。
もう一度、何か事を起こさないと駄目かな?






一週間前の土曜日。

リリアンの学園祭のゲストとして呼ばれた僕は学園の正門で迎えを待っていた。
三時ちょうどに話し掛けられる。

「失礼ですが、柏木さんですか?」

「あ、はい」

顔を上げ、声のした方を向いた僕は正直驚いた。
さっちゃん以外にこんな子がいたなんて。

道すがら少女と自己紹介しあった。
少女の名前は福沢祐巳ちゃんと言った。
他愛ない話をしていて気付いたが、よく表情の変わる子だ。
好感が持てた。
歩いているうちに二股に分かれた道でそれを見つけて足を止めた。

「あ、マリア像だ。リリアンの生徒はここを通る時、かならず手を合わせているんだろう?」

「よくご存知ですね」

「うん、どういうわけかうちの一族って、男は花寺、女はリリアンって感じだから。
 母も祖母も叔母も従姉妹もみんなリリアン」

僕は形ばかりだけど、手を合わせて目を閉じた。
それにしても、祐巳ちゃんとはとても話し易い。
目を開けて隣を見ると、祐巳ちゃんが同じようにお祈りをしていた。

誰かに……、似ている?
どこかで……?

祐巳ちゃんのお祈りが終わって、僕は再び案内されながら話をする。

「ご兄弟とかはいるの?」

「ええ、一応。年子の弟が」

「ひょっとして花寺とか?」

「ええ、そうですよ」

ああ、ようやく納得した。
福沢……。
うん、多分そうだと思う。
なるほど、姉弟だったわけだ。

「こちらから入ってください」

来客用の玄関からスリッパを取り出してくれる。

「上履きを持ってくればよかったね。体育館で練習するって聞いたから、
 屋内用の運動靴は持ってきたんだけど」

「大丈夫ですよ」

祐巳ちゃんは言うけれど、やはり居心地が悪い。
でも他にどうしようもなく、僕はそのまま案内される。

体育館で会ったさっちゃんは不機嫌だった。
笑顔だったが、それが引きつっていたからすぐに分かった。

「初めまして、小笠原祥子と申します。よろしくお願いいたします」

「……こんにちわ」

まるで初対面のような挨拶。
少なくとも一年半前はこんな挨拶はされなかった。
すぐにさっちゃんが離れていく。

この反応は考え付かなかった。
平手打ちの一つでも飛んでくると思っていたんだけど……。






そしてそのまま学園祭前日まで、ほとんど話もできないまま。
このままでは埒があかないと、少し荒療治をする事にした。
祐巳ちゃん達はきっと今ごろ僕達を探している。
特に祐巳ちゃんはさっちゃんの事、本気で好きだから、きっとここにいる事を見つけてくれる。

奇しくもここは以前、手を合わせたマリア像の前。
きっと少々の無礼も許してくれるだろう。

「さっちゃん」

「……」

さっちゃんの手首を掴む。

「何故、逃げるんだい?」

さっちゃんが振り返って僕を睨む。

「せっかく久しぶりに会ったんだから、ゆっくり話しくらいしてくれてもいいと思うけど?」

「そう……、ですね。ちょうどいい機会です。あなたとの婚約を解消したいのですけれど?」

うん、こっちを向いた。
けれど、まだ弱い。

「ようやく口を利いてくれたと思ったら何の冗談かな?」

「冗談ではありません!」

少し、腕に力を入れてみる。

「やめてったら、離して!」

さっちゃんが叫んだ。

「おのれ柏木、両刀だったか……!」

聞いた事のある声に二人して振り向くと、佐藤聖さんと祐巳ちゃんがそこにいた。

「白薔薇君、誤解されるような発言はしないで貰いたいなぁ」

「じゃ、その手は何だ?祥子から手を離せ!」

かなり頭に血が上っているようで、聖さんの言葉遣いは相当荒いものだった。
それは、さっちゃんのことを本当に心配しているからだろう。

「離してもいいけど、そうするとこの人が逃げるから」

「逃げなきゃならないのはあなたの方でしょ。たとえ女でもこれだけ人数が集まったら、
 易々と突破できるとは思えないけど?」

なるほど、確かに。
次々に集まる関係者。
と、さっちゃんが僕の腕を振り解いて僕から離れた。

「どういうことか説明してもらおうじゃないの、柏木さん」

蓉子さんが僕を睨みながら言ってくる。

「説明なんか聞かなくてもいいわよ。痴漢の現行犯なんだから警察に引き渡せばいいわ」

「賛成。祐巳ちゃん、守衛さん呼んできて」

「……」

でも祐巳ちゃんは動かなかった。
だって、彼女は祥子の事が好きだから。

「行けません……、祥子さまが困るから」

「え?」

僕に集中していた視線が一斉にさっちゃんの方へと向く。

ん?

祐巳ちゃんが僕を睨むように見てきた。
何故かひどく狼狽した。
一瞬だけ合った目を逸らし、祐巳ちゃんはさっちゃんの方へと近づく。

「柏木さんが警察に連れて行かれるの、嫌ですよね?」

「どうしてそう思うの?」

さっちゃんが不思議そうに祐巳ちゃんに尋ねる。

「顔に書いてあります」

「私のこと、よく分かるのね」

「……はい。どうしてだかすごく」

そう……、と一度頷いてさっちゃんが皆の方に向いた。

「皆様、お騒がせしてごめんなさい。柏木さんが痴漢だというのは誤解です。
 どうぞ許して下さい」

さっちゃんが深く頭を下げると、今度は僕と祐巳ちゃん以外が慌てた。
けど、構わずさっちゃんは続ける。

「彼、柏木優さんは……、私の従兄なの」

「従兄!?」

聖さん達が声を上げて驚いている。

「それだけじゃなくて、私の……、婚約者でもあるの」

「ええっ!?」

祐巳ちゃんが大声を上げた。
他の面々は、この事実に声も出せずに大口を開けて驚いている。

「だから、警察沙汰はちょっと困るな。僕達は結婚を言い交わした仲なのだから、
 手ぐらい握るし」

いくら婚約解消を確実なものにしてもらうのが今の目的とはいえ、警察沙汰は勘弁してもらいたい。

「肩だって抱くし」

さっちゃんの肩を実際に抱いてみる。

「キスだって」

さっちゃんの顔に自分の顔を近づけながら、ぐっと歯を食いしばる。

激しい平手打ちの音が銀杏並木に木霊した。

「調子に乗るの、おやめになったら!」

さっちゃんが自分の右手首を左手で押さえた。
身を翻し駆け出そうとして止まった。
さっちゃんが見てるのは祐巳ちゃんだ。
祐巳ちゃんがじっと、さっちゃんを見ている。
さっちゃんが息を大きく吸い込んだ。

「優さん……、好きでした」

「でも……、今は嫌いです」

僕の方は見ないまま、そう言って走り去っていく。
祐巳ちゃんが僕に近寄ってきて頭を下げた。

「ごめんなさい」

『わるかったわ』

え……?

祐巳ちゃんはもう、さっちゃんを追って走り出していた。

祐巳ちゃんに重なって一瞬だけ浮かんだのは、
ずいぶん昔に僕達が出会った、ある一人の女の子。
もう顔なんて覚えていない。
でも祐巳ちゃんにすごく似ていた気がする。
しかし、あの子は確かさっちゃんより年上だったはず。
では……、祐巳ちゃんのお姉さん?

結局、答えは見つからない。
そして、僕は、

「後輩が失礼いたしました。ところで、頬に立派な紅葉が咲いていますわ。
 薔薇の館までいらして下さいな。お冷やしになりませんこと?」

そう皮肉たっぷりに言ってくる蓉子さんに、お願いします、と苦笑しか返せなかった。




 まぁ、ほら……自業自得、因果応報って言葉もあるし……




もうちょっと!続く

柏木さん書いてて面白かった……


【1120】 祐巳分補給  (投 2006-02-13 19:46:41)


【No:1088】→【No:1093】→【No:1095】→【No:1097】→【No:1101】→
【No:1102】→【No:1105】→【No:1108】→【No:1110】→【No:1114】→
【No:1119】の続き




先週、土曜日。

柏木さんを薔薇の館に案内した日。
姿の見えない祥子さまを追って、私は聖さまに聞いた通り、体育館へやってきた。
靴箱を見ると、上履きが一つだけ入っていた。
持ってきた体育館履きに履き替えて中に入る。

「祥子さま」

舞台の上に腰掛けている祥子さまを見つけて、私は駆け寄った。
俯き加減だった顔を上げて私を見る祥子さま。
私は舞台に手をついて飛び乗ると、祥子さまの隣に腰掛けた。

「スカートが汚れるわよ」

祥子さまが横目で笑った。

「だったら祥子さまは?」

「今、気がついたんだもの」

言うけれど、そのまま座り続ける祥子さま。
その横に私。今、この広い体育館に二人きりだった。

「どうして先にこちらに……?」

「……」

祥子さまはすぐに答えなかった。
けれど、そのまま沈黙していたらぽつりと零した。

「見てやろうと思ったのよ」

「え?」

「祐巳が迎えに行った花寺の生徒会長の姿をね」

「そうですか……」

「確かに花寺の生徒会長と踊るのは不本意だけど、私は逃げない。
 あなたが見ているから私はぜったいに逃げないわ。
 それに私は負けるのが何より大嫌いなの」

ふふ、そうですね。祥子さまはそうでなくっちゃ。

と、祥子さまが舞台からぴょんと飛び降りた。

「みんなが来るまでダンスの相手をしてあげるわ」

「えっと……、あんまり上手くありませんよ?」

遠慮気味に言った私の手を取る祥子さま。
少し強引に舞台の上から引きずり下ろし、左手で私の右手を取り、残った右手で腰を引き寄せた。

「ほら、はじめるわよ」

と言われましても……、ものすごく緊張するんですけど。

「一、二、三、一、二、三」

カウントを取られて仕方なく左足を下げる。
心臓が破裂しそうなくらい脈打ってる。
多分、顔も真っ赤。
なんだか手の平に汗までかいてしまってる気がする。
それでも、何回も練習で繰り返してきたので、ちゃんと踊れていると思う。
上手く踊れているかは自信ないけど……。
私は祥子さまの顔を見上げた。
やさしく微笑んでいた。
だったら、私も微笑んでいよう。
私達は無言で、お互いの顔を見つめ合ったまま踊り続けた。






今週、水曜日。

蔦子さんが私の元にやってきた。
そして一言、

「祥子さまがおかしい」

失礼な。祥子さまはおかしくないです。

「いや、ごめん。だからそんな顔しないで……」

それは私に失礼です。

「昨日、部室に祥子さまがふらっと現れてね、
 あの時の写真、学園祭で展示してもいいわよっ、て……」

それは確かにおかしい。
あの祥子さまが自分で出向いて……?
頼みごとをする本人が来なければ徹底無視するような厳しいところがある人なのに。

「そういうわけで、これは祐巳さんのもの。良かったわね」

渡されたのは例のツーショット写真。
嬉しいけど、なんだか複雑。
今は祥子さまの様子の方が気になる。
今日、薔薇の館でそれとなく尋ねてみようか……。

というわけで放課後、薔薇の館。
会議室に入ると、そこには祥子さまが一人窓辺に椅子を寄せて外の景色を眺めていた。
私が入ってきたことにさえ気付いていない。

「あの、祥子さま……」

声をかけてみると、ゆっくりとこちらに振り向いた。

「祐巳……、いつ来たの?」

「つい先ほどですけど……」

「そう。皆さんは?」

「掃除当番とかではないでしょうか?
 志摩子さんは環境整備委員会のお仕事で遅くなるそうです」

「そう……」

それきり沈黙。会話が続かない……。
えっと、頑張れ私。

「あの、祥子さまはクラブは?」

「やってないわよ」

非常に簡潔に答えが返ってきた。
祥子さまは再び、窓の外を眺め始める。
私は、意を決して尋ねてみる事にした。

「祥子さま、何をお悩みなんですか?」

「……」

「……私には言えない事なんですか?」

「……私の問題よ」

小さく呟いた。
それが何を意味するのか分かったから続けた。

「柏木さんに関係のある事ですか?」

祥子さまが少し驚いたような顔で私を見た。
でもすぐに顔を逸らす。

「……会ってみたら大丈夫かも、って期待したんだけれど。でもだめだったわ」

祥子さまがそう言って大きく溜息を付いた。






土曜日。
学園祭前日。

ちょっとした、ううん、大きな事件が起こった。
私達が打ち合わせしている最中に祥子さまと柏木さんが二人でいなくなったのだ。
二人一組で捜索隊を組んだ私達は由乃さんを留守番役に残して、
祥子さまを探してあちこち探し回っている。
私は聖さまと組んで、消えた二人の事を話しながら探していた。
話していたのは祥子さまが柏木さんのことが好きとか、そういう事。
それは、いつも祥子さまの事を見ていたから分かってた。
悔しかったけど、仕方ない。
そんな時、祥子さまの悲鳴が聞こえてきた。

その場所に急ぐと、祥子さまの手首を掴んでいる柏木さんの姿があった。
聖さまと柏木さんの二人が言い合っていると、結局みんなが集まってきた。
『守衛さん呼んできて』と言われた時、私は動けなかった。
だってそれは非常に困る。
祥子さまも、その祥子さまの好きな人である柏木さんも。
だから『行けません……祥子さまが困るから』と言った。
柏木さんを見ていた全員の視線が一斉に祥子さまの方へと向く。
私はすぐに祥子さまの方を向かずに柏木さんを睨んでみた。
そんな私の視線と、こちらを向いた柏木さんの視線が交差した時、柏木さんがひどくうろたえた。

 祥子さまにあんなことしたんだから、その罰です。

すぐに視線を祥子さまに向けた。
それから、祥子さまが柏木さんとの関係をみんなに話し始めた。
二人が婚約者だって話には驚いた。
それから、柏木さんが祥子さまにキスをしようとして……。

「調子に乗るの、おやめになったら!」

祥子さまの平手打ちが柏木さんに見舞われた。
そして、身を翻してその場から逃げようとした祥子さま。
私はじっと祥子さまを見た。

逃げるんですか?

私の前で、今このまま、ここから逃げるんですか?

そんな想いを込めて。
そんな私に気付いたのか、祥子さまと視線が合った。
と、目を閉じて、祥子さまが息を大きく吸い込んだ。

「優さん……、好きでした」

「でも……、今は嫌いです」

その言葉は、私が一番大切な人に言ってしまった言葉。
だから、どれくらい悲しくて辛かったか、よく覚えている。
祥子さまは駆け出した。
私はすぐに追わずに、尻餅をついている柏木さんの方に近寄った。

「ごめんなさい」

柏木さんに頭を下げた。

祥子さまの事は私に任せてください。

そのまま、柏木さんの方は見ずに私は祥子さまを追い始めた。




第二体育館に行く途中に古びた温室がある。
教室よりも少し小さな温室。
祥子さまがそこに飛び込んで行ったのが見えたので、私も後を追う。
扉を開けると、祥子さまの声が聞こえた。

「祐巳?」

「はい」

返事をして中に入る。
小さな室内には机や棚を使って、プランターや植木鉢がゆとりをもって置かれている。
室内は西日が入ってかなり暖かかった。
通路を進むと、一番奥の棚に、祥子さまは座っていた。
泣いてはいなかった。
泣きそうではあったけど、たぶん私の前では泣かない。

弱いところも見せてくれたっていいんですよ?

私は祥子さまの隣にあった鉢植え除けて、そこに座った。

「お話、しませんか?」

「……?」

「あの日の朝に会ったとき、祥子さまがご自分でおっしゃいましたよ。
 『あなたとは今度ゆっくりと、お話してみたいわね』って」

「そうね……」

と、祥子さまは呟いた。
それから、祥子さまは柏木さんのことを教えてくれた。
親同士が決めた婚約者であること。
悪い人ではないが、自分本位で他人の気持ちが理解できない人ってこと。
祥子さまが高等部に入った時にとても衝撃的な事、『男の人しか愛せない』と言われたこと。
そして婚約解消を切り出したら、あんな騒ぎになってしまったこと。

よく柏木さんのこと見てますね。
よく柏木さんのこと知ってますね。
柏木さんのこと好きだったんですね。

ここのところ、祥子さまを見ている時に柏木さんの事も見ていたから分かった事がある。
だから少々、訂正したい部分もあったけれど、
わざわざライバルの有利になるような事をしなくてもいいだろう、と私は黙っておくことにした。

「祥子さまは、もう大丈夫ですね」

「え?」

「だって、ちゃんとご自分のお気持ちを柏木さんに伝える事ができたから」

「ふふ、そう?それなら、それはきっとあなたのおかげね」

祥子さまはそう言って立ち上がる。

「祐巳、ありがとう」

「はい」

結局、祥子さまは泣かなかった。
それはきっと強くなったから。
自分の心とちゃんと向き合えたから。
自分の想いを柏木さんに伝えたから。

そして、私が傍にいるから……、と少しは自惚れてもいいですか?

いつまでもここにいて、みなさんに心配かけるわけにもいかなくて、
私と祥子さまは出口へと向かう。
その途中、

「気が付いて?この温室にある植物の半分以上が薔薇なのよ」

「え?そうなんですか?」

全く気付かなかった。
祥子さまにばかり気を取られていて、それには気付けなかった。
なるほど、見てみるとほとんどが薔薇の花のようだ。

「これが、ロサ・キネンシス」

そう言って祥子さまが目の前の気を指した。
派手では無いけれど、美しい紅い花がいくつも開花している木だった。

「四季咲きなのよ。この花のこと、覚えておいてね」

はい、忘れません。だって祥子さまのことですから。

せっかく急いで帰ったのに、薔薇の館にはもう誰もいなかった。






日曜日。
学園祭当日。

午前十一時時頃、祥子さまが一年桃組の教室に訪ねてきた。

「あ、じき交代の人が来ると思うので……」

祥子さまをお待たせするのは気が引けたけれど、
さすがに受付を放って行くわけにもいかない。

「いいわよ。私は待ってる間にこの展示を見せてもらうから」

そう言って『十字架の道行』の十四枚の絵を眺めていく。
ちなみに『十字架の道行』とはキリストの死刑宣告から死に葬られるまでの、
十四の場面を黙想して終わる祈りのこと。
我がクラスでは十四枚の絵を複製し、解説を付けた物を展示している。

「で、どうなの?」

一緒に教室でお留守番をしている桂さんが、祥子さまを見て飛んできた。

「?」

「ロザリオはもう貰ったの?」

「ああ、ううん。まだだけど……」

「そうなの?何してるのよ、早く貰っちゃえば?」

「え〜っと、貰っちゃえばって言われても……」

頂戴、って言って貰えるようなものでは無いと思うんだけど。
と、そこに交代の生徒がやってきたので、私は受付の椅子を立った。

座布団に付いたお尻の跡をパタパタと叩いて消していたら、祥子さまが戻ってきた。

「あ、祥子さま。記帳していってください」

仕事納めにノートを開いて差し出すと、筆ペンで達筆に小笠原祥子と記される。

「それじゃ行きましょう。皆さん、失礼」

桂さんも他の生徒も、祥子さまに圧倒されてしまったようで、何も言えないままに私達を見送った。


二人、手をつないで歩く。
まずは劇を手伝って貰ったクラブの出し物から見て回ることにした。
発明部、手芸部、美術部。
ダンス部はさすがに展示物は無かったけど。
それから忘れてはならないのが写真部。
あの写真の特大パネルの前でなんと、再び二人でツーショット写真を蔦子さんに撮ってもらった。
それから二年桜組、桜亭のカレー。
食べ終わって、さすがにお腹がいっぱいになって少し休憩。
その時に祥子さまが話かけてきた。

「祐巳、訊きたいことがあるの」

「あ、はい。なんでしょう?」

祥子さまの真剣な表情に思わず私も身構える。

「あなた、実のお姉さまはいらっしゃる?」

「へ?い、いえ、いませんけど?」

「……そう」

なんだか妙な事を尋ねられた。
どうして私に姉がいるって思ったんだろう?

「あの、どうしたんです?」

「昔、ずっと昔ね。女の子と会った事があるの」

それはとても不思議なお話。

 お父さまの仕事関係で連れられて行った遊園地だったと思うのだけど……。
 私と優さん、柏木さんの事ね。それから親戚の女の子と三人でいた時にね、
 そこで一人の女の子に会ったのよ。
 その時のことはあんまりはっきりとは覚えていないけれど、
 その子の事は覚えていてね。笑顔が祐巳にそっくりなのよ。
 でもその子は私より年上で、だから祐巳ではないし。
 それで、もしかしたら祐巳の実のお姉さまかなと思ったの。

 少しだけその子の言葉も覚えているわ。
 『ふーん、じゃあ、さっちゃんてよぶわね』
 優さんはそれまで祥子ちゃんって呼んでたのに、
 その子の影響でさっちゃんって呼ぶようになったのよ。
 あと、覚えているのは私の言葉ね。
 『あなたのほうがとしうえだったの?わるかったわ』
 
「この間、シンデレラの衣装を祐巳が着て髪を下ろしていたとき、どこかで見たような……、
 そんな気がしたの。それから柏木さんのことがあって忘れていたけど、今ふっと、思い出したの」

「なるほど。不思議な話ですね。私は年上ではありませんし……」

本当に不思議な話だと思った。
と、祥子さまが慌てて椅子から立ち上がる。
どうしたのかと尋ねてみれば集合時間をとうに過ぎているとのこと。
私も慌てて時計を見る。
集合時間は十二時半。
現在十二時四十五分。

うわ、遅刻っ!


舞台は午後の二時からだった。
現在、一時五分前。
蓉子さまに怒られ、二人で素直に謝る。
急いで衣装に着替え、次は髪をセットしなければならない。
江利子さまがやってくる。

「二人ともこっち!まったく」

祥子さまの髪も祐巳ちゃんの髪も、結い上げるのに時間がかかるのに遅れてくるなんて!
と、江利子さまの愚痴を聞いて苦笑いを浮かべる私。
尤も、祥子さまより短いぶん、私の方が早く終わったけど。
しばらくして祥子さまの方もなんとか結い終わった。

「ところで、柏木さんは?」

「約束の二十分前に到着して、体育準備室で待機してもらっているわ」

近くにいた令さまに尋ねてみると、そんな答えが返ってきた。
あ、ちゃんと来てたんだ……。

「祐巳、口紅忘れてるわよ」

祥子さまが、筆でピンクの口紅をつけてくれた。
お揃いの口紅。

幕の間から客席を見ると、かなりの人数のお客さんが見えた。
もうほとんど満席に近い。

「昨日は叩いてごめんなさいね」

舞台の袖で柏木さんに会うと、祥子さまは自ら進んで歩み寄った。

「いや、僕の方こそ、すまない。今日は完璧に役を演じてみせるよ」

そう言ってさわやかに笑ってみせる柏木さん。
む、ライバルは強敵です。

「始まるわ」

祥子さまが言った。
舞台の上には既にシンデレラの家のセットが準備されている。
私は祥子さまの手をとった。

「私、がんばります」

「ええ、がんばりましょう」

手を離す。
祥子さまが舞台中央に歩み出る。
開演の挨拶。
照明が消えてスポットライトが舞台を照らす。
私達のシンデレラが始まる。さあ行こう、あの場所へ。




 大好きな人のいるあの場所へ……




長い……次で最後です。


【1121】 世界中の誰よりも嬉しい  (投 2006-02-13 21:24:06)


【No:1088】→【No:1093】→【No:1095】→【No:1097】→【No:1101】→
【No:1102】→【No:1105】→【No:1108】→【No:1110】→【No:1114】→
【No:1119】→【No:1120】の続き




友達とお別れしたくなかった。
マリア様なんて信じられなくなった。
この街を離れたくなかったのに、お願いを聞いてはくれなかったから。
桜の花の咲き誇る頃、この街を離れる前の最後の日曜日に、両親と弟の四人で遊園地に行った。



後夜祭。
音を立てながら炎が天に向かって伸びていく。
今日だけの為に準備された紙や板切れなどが集められ、思い出を炎に替える。
グラウンドの中央では、生徒達を中心にファイヤーストームが行われていた。
私のクラスの『十字架の道行』は、絵と解説文をセットにして学園に残される事となった。
私はシンデレラの台本を炎の中に投げ込んだ。
これで何も残らない。残らないから思い出はより鮮やかに心の中に焼き付けられる。
あの、お気に入りだった紅いリボンのように……。



両親は弟を連れてお手洗いに。
私はお手洗いから少し離れた場所で待っている。
道行く人達は楽しそうに笑いながら過ぎて行く。
今、迷子になったら、この街からいなくならなくて済むだろうか?
ムリ、迷子になったら両親は私を探すだろう。
お気に入りだった髪を括っている左右の紅いリボンを外した。
これならすぐに見つからないかも知れない。
と、風でリボンが一つ飛んだ。



「探したわよ」

炎の周辺で生徒達がフォークダンスを踊っているのを、
離れたところから眺めていた私に声が掛かった。
声だけで誰か分かったので、思わず微笑んでしまう。

「ちょっといい?」

「はい」

私は立ち上がった。

「閉幕してからバタバタしていて、祐巳とちゃんと話ができてなかったから」

微笑みを浮かべた祥子さまがそこにいた。






何年ぶりかで両親に連れられて行った遊園地。仲のいい親戚の子達も一緒に来ている。
両親が、偶然出会った仕事関係の方だと思われる家族連れの男の人と話をしている。
そこから少し離れたところで、親戚の子達と三人で待っていると紅いリボンが飛んできた。
あ、綺麗なリボン、と親戚の子が呟いたのが聞こえた。
そこへ一人の女の子が近寄ってくる。リボンを拾って、その子のものだと思って渡した。
その子は無言で受け取って、私の顔をじっと見てくる。
びっくりするくらい綺麗な女の子、でもなんだか悲しそうな顔をしていた。



後夜祭。
音を立てながら炎が天に向かって伸びていく。
今日だけの為に準備された紙や板切れなどが集められ、思い出を炎に替える。
グラウンドの中央では生徒達を中心にファイヤーストームが行われていた。
私は、一人の少女の姿を探してグラウンドを歩いている。
すれ違った生徒に『お疲れ様でした』と言われる。
返事を返して再び探してみるが、ここにはいないのか見つからない。
トラックの堤のように盛り上がった緩やかな土手を登ってみると、
探していた少女はそこにいた。



親戚のあの子が、こんな礼儀知らずな人は放っておけばいいと言った。
なんだかケンカになりそうだったので、
『ありがとうっていったらうれしくなるよ?』
咄嗟に思いついた事を言ってみる。
その子は迷ったあと、小さな声で、でも笑顔でありがとうと言ってくれた。



「探したわよ」

炎の周辺で生徒達がフォークダンスを踊っているのを、
離れたところから眺めていた少女に声を掛けた。
声だけで私が分かった様で、思わず微笑んでしまう。

「ちょっといい?」

「はい」

少女は立ち上がった。

「閉幕してからバタバタしていて、祐巳とちゃんと話ができてなかったから」

微笑みを浮かべた祐巳がそこにいた。






ありがとうって言ってみると、ちょっと幸せになった気がした。
だからお礼に大切なリボンをあげようとしたけど、この子はリボンを付けてなかったから、
もう一人の、今まで見たこともない髪型の子に自分のお気に入りの紅いリボンをあげた。
その子は嫌そうな顔しながらも受け取ってくれて、小さな声でありがとうって言ってくれた。
もっと幸せになった気がした。






「舞台成功おめでとう」

しばらく2人で歩いて、私と祥子さまは気付けばマリア像の前にいた。
祥子さまの手から、ミルクホールの自動販売機で売っているりんごジュースを受け取って、
乾杯、って紙パックの側面をくっつけてからストローに口を付けた。

「楽しかったわ」

「……私もです」

祥子さまが、手に持っていた飲みかけのジュースを倒れないように地面に置いた。



祥子さまの話してくれた不思議なお話。
不思議な話だと思った。
なぜ年上の子だと思われたのか。
それは……、多分だけど、
柏木さんも祥子さまも同じ記憶違いをしていると思う。
自分の言ったセリフだと思い込んでいるようだし。
だってあのセリフは私が言ったんだから。






自己紹介をした。
「ふーん、じゃあ、さっちゃんてよぶわね」 
一番気になった子の名前はすぐに覚えた。
その子はとてもおとなしく、けれど笑顔がとても素敵な女の子だった。
もう一人、リボンをあげた女の子は頬を紅く染めてチラチラと私を見ていた。
この二人は驚くことに、私と同じ学園に通っているらしい。
私はもう通うことはないだろうけど。
一人だけいた男の子は口調のきつい私が少し苦手なようだった。
面白くて睨むようにして見ると、やたらと慌てていた。
そして、すぐに別れが来る。
両親と弟がお手洗いから出てきたのが見えたから。
でも、もう少しお話がしたくて彼女達のことを訊いてみると、
さちこって女の子の方が私より年上だった。
もう少しだけ、もう少しだけ……、と思いながら三人と話していると私の名前が呼ばれた。
ああ、もう行かなきゃ……。
だから、三人にお別れを言った。
またいつか、どこかで会おうねって約束した。
叶うことはないだろうって想いながら。
でも……、

もう一度、会いたいと思う。
そうだ、マリア様に祈ってみよう。
今更また信じるなんて怒られてしまうかも知れないけど……。
でも、もし会えたら、マリア様にありがとうってたくさん言おう。






「このロザリオ受け取って貰えるかしら?」

「はい。あの……、ありがとうございます」

「…………」

「祥子さま?」

「ふつう、お受けします。って言うものなのよ」

少し呆れ気味に、でも嬉しそうに祥子は言った。
ロザリオが祐巳の首にかかった。

「嬉しいから、ありがとうでいいんです」

「そう。祐巳がいいならそれで構わないわ。
 じゃあ私からも。受け取ってくれてありがとう。……あら?そう言えば…………」

「祥子さま、どうしたんです?」

「何故かしら?またあの女の子の事思い出したのよ。
 ありがとうって言わない子だったの」

「きっと今はどこかで言えてますよ」

祐巳がやさしい微笑みを浮かべた。


家庭用の打ち上げ花火が、二人を祝福するように夜空に弾けた。
グラウンドの方から流れてきていた音楽が変わった。

「あ」

二人同時に気が付いた。

『マリア様の心』

「あら、このリズムならワルツで踊れるわね」

「……踊りませんか?」

二人互いに手を取った。




「祥子さま、祥子さま」


   ――あなた、おなまえは?


「大好きです、祥子さま」


   ――ふーん、じゃあ、さっちゃんてよぶわね


「私、祥子さまと出逢えて本当に幸せなんですよ」


   ――あなたのほうがとしうえだったの?わるかったわ





   ――ありがとうって、いってみるとなんだかうれしいわね


「ありがとうとか、おめでとうって言葉は人を幸せにできるんです」


   ――あなたがおしえてくれたのよ、さっちゃん


「それがたくさん紡がれて、人はたくさん幸せになるんです」


   ――またいつかあえたらいいわね?


「だから、きっと未来にはたくさんの幸せが溢れているんです」


      ほら、貴女に逢えました







 ―――あなたに百万の祝福を、その未来に百万の幸福を―――





  そして、たくさんの『ありがとう』がマリア様に届きますように……





  おしまい。






――設定等――
※設定1 あとは内緒
    あちこちにヒント(?)を書いておきました。

    パラレル美少女祐巳懐かしさと予感→『話したことも無いのに、知っている?』
                     『見た事もないのに、知っている気がする?』

    静天然系二人きりで→その人に会ったのはまだ『三』回目

    他にもたくさんあります。また、全くない話もあります。紹介はしないけど……

    ありきたりな、過去に会った事があるってオチでした……ただし、
    祐巳→過去が現在の祥子口調。そして礼儀知らず(笑 というかお姉口調。
    祥子→過去が現在の祐巳口調。
    柏木→少し明るい感じ?さすがに昔から今の口調は怖い。過去の祐巳が苦手。
    見たこともない髪型の子(笑)→この頃の祐巳に憧れました。紅いリボンが宝物。
    という恐ろしい裏設定が……


【1122】 頑張る最後はハッピーエンド  (春霞 2006-02-13 22:26:29)


 机の上の原稿用紙。 
 
  『全てを失い、ただ一つを手に入れましょう』 

                             了   っと。 

                           【No:1118】←瞳子の書いた脚本の全文はこちら  




「ふう」 瞳子は軽く息をついて、額に薄くにじんだ汗を拭った。 
 何かをやり遂げたような爽やかな笑顔。 

「流石わたくしですわ。 昼休みのたった30分で、これだけの物を書き上げるとは」 
「うん、さすがだ」 
「そうでしょう、そうでしょう。 もっと誉めてくださっても一向に、、、  ……え?」 汗を拭う左手がぴたりと止まり、ギリギリとブリキが立てるような音をさせて、瞳子の首がゆっくりと後ろを向く。 

 机に向かう青ざめた瞳子を、静かな表情で見下ろす乃梨子。 

 瞳子の額を、先ほどまでの爽やかさなどかけらも無い、嫌な汗が滝のように流れ始めた。 
「えーーむぎゅ、ぐふん」  そして、鍛えられた咽がフルに活用されようとした瞬間、既に予想済みの乃梨子の手によって口元を遮断され、瞳子は逆流する空気にむせた。 

「しー」 乃梨子はチラリと周囲を見回す。 
 間髪いれず対処したつもりだが、少しだけ漏れた叫び声に非難の視線が突き刺さる。  それはそうだろう。 ここは図書館の閲覧室なんだし。 いくら子羊の園と言っても、図書館の無頼漢は排除されて当然。 

 乃梨子は脳みその1/3をつかって冷静に状況を分析するや、右手でフリーズしたままの瞳子の腕を取り、左手で最前まで瞳子が向き合っていた大学ノートを取り上げた。  そのまま有無を言わせず、人気の無さそうな書架の奥へと引きずっていく。 ちなみに、脳みその残り2/3でナニを考えていたかは、その後の言動ですぐに明らかになる。 

「のののの乃梨子さん。 みみみみ見ましたか?」 辛うじて再起動した瞳子は周囲の状況を理解したのか、ひきずられながらこそこそと問い質してくる。 

 乃梨子は、黙ったまま引きずりつづけ、書架の並びの一番奥までたどり着くと、整然と並び立つ本の隙間から見渡して、近くに人気の無い事を確認した。 
「うん、見た」 簡潔に、ずばりと答える。 
「どどどど、どこから」 
「ほとんど初めっから」 

 口をぽっかりとあけて立ち尽くす瞳子。 いつも自身の影のように身に纏わせている演技の薄衣がすっかり剥がれ落ちている。 
 瞳子の素顔って、初めて見たかもしれない。 胸の内を表にあらわさないまま、乃梨子は読み損ねていたノートの冒頭の部分を開く。 

 3度、読み直した。 その間瞳子はまだ呆然としたままである。 

 読み終わった乃梨子は、表情を変えないままじっと瞳子の目を見つめる。 

 あうあう。 
 声にならないままパクパクと口を動かす瞳子の顔は、絶体絶命の状況に徐々にピンクに染まっていった。 

「ちちち、ちがいます。 これはあくまで脚本で、フィクションで、非現実であり、ただの虚構ですなのですわ。 だから、わたくしが決して祐巳さまに興味があるとか、関わり合いになりたいとか、欲しいとか好きとかそういうことは無くてつまり。恐怖も苦痛も与えるつもりは無くてその、むしろ喜びがどうとか言うのはやっぱり嘘で。私無しでは生きられないとかいうのもいわゆる一つの言葉の綾あやで。つまりむしろ祐巳さまのにぎやかな表情が演劇の役に立つから近くで観察すると瞳子にとっても決して無益ではないと言うか有益であると言えなくも無いかなと言うことが、つまりそれはあくまで演劇のためであって。スールがどうとか、好きとか嫌いとか瑣末さまつな問題はこの際どうでも良くて。要するに私が祐巳さまを好きだと言う事などありえないのです!!!」 

 (お見苦しくて申し訳ないが、この間、一息(ワンブレス)である。 読者諸氏にはお許し願いたい。 瞳子、君は今人類の限界を超えた。) 

 いっそ艶やかに、うなじまで桃色に染まって目には涙を浮かべ、ぜいはあ、と息の荒い瞳子。 
 全く対照的なのが乃梨子である。 表情筋の一筋も動かさぬままに、瞳子の狂態を見つめる眼差しは冴え冴えとして、顔色はむしろ青白く見えるほどである。 黒々とした鴉の濡れ羽色のおかっぱ髪にふちどられたさまはとても凄烈だ。 

 息を整えなおした瞳子が、再び弁明の連射を始めようとした瞬間、機先を制した乃梨子の唇がひらいた。 
 艶やかに熟れたグミのような愛らしい唇からこぼれた言葉。 

「わたし、しんゆう?」 
「へ? 」 

 瞳子の目の前でじわじわと表情を変えてゆく乃梨子。 普段が冷静で無表情に近いだけに、僅かに口元を緩め、少し目が細められただけで劇的なまでに愛らしい微笑が生まれる。 
 瞳子自身もあまり見たことの無い乃梨子の心からの微笑に麻痺しかけた意識が、それでもかろうじて頭脳の後ろの方でからからと勝手に回した演算装置から分析結果を引っ張り出す。 

 結論。 わたくしが自分でノートに書いてます。 > 親友。 

「そそそ、、、、っ」 そこに喰い付きやがりますかーーー! 声にならない絶叫を上げる瞳子。 薄桃色に染まっていた顔が、ドカンという勢いで見る見る赤味を増す。 

 顔が火がついたように熱い。 それを自覚した瞳子は、これ以上見つめられないようにくるりと後ろを向く。 

「そんなことはありません。 わたくしに親友など居りません。 あれは脚本の中の演出です。 わたくしが目指すのは極北にて煌々と輝く演劇界の孤高の薔薇。 孤独こそ我が伴侶。 周囲の羨望こそが我が力。 他人の嫉妬こそ我が命。 誰であろうとわたくしの親友などなりえません。」 
 この口は誰の口だろう。 条件反射のように強がりと暴言を吐き出しつづけるこの口。 止めようにも一度動き出したら自分自身にも止められない。 己の無様さを恥かしく、切なく思いながらうつむく瞳子をそっと後ろから抱締める ふたつの腕(かいな)。 

 やさしい声がする。 
「わたし、しんゆう!?」 
「ううう」 

 抱締められた背中が、泣きたいほど温かくて。 
「私は親友など要りません。 袖触れ合うだけで、プレゼントを贈りあうだけで、ただ毎日言葉を交わすだけで。 成り立ってしまう親友など、全くこれっぽっちも必要ありません。」 それでも我を張る自分は、一体何が言いたいのか。 

 熱い声が耳元にかかる。 
「わたし、しんゆう!!」 
「だから!!!」 
「友達になろうよ。 瞳子。 真実を分かち合う友達、真友になろう。」 反論しようとした瞳子の台詞を遮って、乃梨子の心からの言葉が瞳子の胸をつく。 

 ぐうう。 瞳子の顔は最早トマトもかくやと言うほどに真っ赤である。 もちろん怒りからではない。 

「乃梨子さん」 いままで無意識に両脇で固く握り締めていたこぶしをゆっくりとほどき、瞳子は自分を後ろから抱締めている乃梨子の両腕の上に、胸元に抱き込むように自分のそれをそっと添えた。 
「はい。真友になりましょう」 
 うつむいていた視線を上げ、潤んだ目許のままゆっくりと乃梨子に向き直ろうとする瞳子。 っと。 

「ややや、っぱり駄目ですわ。 嘘ですわ。 これは劇の練習なのですわw」 と、またぞろ抵抗を始める。 
 やれやれ、本当に素直じゃない、と思ったが、今度は乃梨子に向かって言っているのではないような? 
 瞳子の視線の先を追うと、、、 



書架|_・)  じーーーーー 



書架|))ササッ



「あああああ、お待ちになって。 白薔薇さま。 誤解、誤解ですわwww」 
 追いかけようとする瞳子を、もう一度、ホキュっと抱締めなおす乃梨子。 
「で? 返事は?」 
「それどころでは無いでしょう! 今、白薔薇さまが。 白薔薇さまに見られて」 
「ああ、うん。 あっちは放っておいていい。 後でフォローしとく。 それより今は瞳子のほうが大事。 ねえ、ちゃんと返事を聞かせて?」 
「わたしの方が……?」  大事? ぽぽっ 

 人生最大級の殺し文句に、ついに観念したか。 瞳子が逃げるそぶりを止めたので、乃梨子はゆっくりと腕を緩める。 

 恥かしさに死にたくなりながらもなんとかかんとか振り向いて、体だけは乃梨子に向き直ったものの、何をどう言えばいいものか。 視線を合わせられないままに、あちこちをふらふらと見渡しながら。なんとなく名残惜しげに、乃梨子の腕のあたっていたところを、つと、なでてしまう瞳子。 

 自分の行為に ひゃん とばかりに我に返り、両手で顔を覆ってしまう。 乃梨子に抱締められた感触が、体中に残っている。 
 そうして両手の指の隙間から、なにやら恨めしげな眼差しで上目遣いに見つめてしまう。 

「ちゃんと顔を見せて。 わたしの目を見て言って?」 普段の無表情とは落差の激しい、暖かい笑みを向ける乃梨子。 
 ゆっくりとゆっくりと顔を覆う手を下げてゆく瞳子。 下ろした手のやり場が無いのか、胸元で組み合わせてもじもじとさせている。 いつもの自信に溢れた姿とは違う、女優の仮面を被っていない、生(き)のままの松平瞳子だった。 

「わたくしも」 眉を八の字に下げて、今にも泣きそうな。 「わたくしも、あなたと真友になりたい。 貴女でなくては嫌です。 お願いします。 わたくしと真友になって下さい。 乃梨子さん。 」 

 満面の笑みで応える乃梨子。 
「うん、百点満点」 もう一度ゆっくりと抱擁する。 赤く染まった瞳子の顔を、自分の肩口に押し付ける。 制服のカラーの影から、瞳子のくぐもった声がする。 
「わたくしに、こんな恥かしい台詞を言わせたのは、乃梨子さん。 貴女が初めてですわ」 がうがう。 
「なによ。 舞台の上ではもっと恥かしい台詞でも平気で使ってるくせに」  くすくす。 
「わたくしが、わたくしの意思で言った。 人生で最も恥かしい台詞、ということです!」 ぐりぐり。 
「へー。 じゃあ、わたしが瞳子の初めての人になるんだ 」 それは光栄。 

 腕の中で瞳子の動きが激しくなる。  それを牽制するように。 

「あんた、このさき祐巳さまにもっと激しく、もっと恥かしい台詞を言うんでしょう? このくらいで悶えててどうするの」 
「祐巳さまは、関係ありません!!!」 
「あー、はいはい。 わかったわかった。 」 

 更に激しく暴れ始める瞳子。 その姿はジェットモグラーか轟天号か。 自分の顔がどうなっているか判っているのだろう。 これ以上はびた一文。 顔も、耳の先さえ乃梨子さんに見せてなるものかと、ぐりぐりと乃梨子の胸元に突入する瞳子。 

 そうやってじゃれているふたりの頭上で予鈴が響く。 

「あっと。 もうこんな時間。 」 瞳子を抱締めたまま頭上を振り仰ぐ乃梨子。 
「じゃあ、先行ってるよ。 瞳子は顔を冷やしてから追っ駆けてきな」 ぽん。 一つ瞳子の頭を叩いて、乃梨子はあっさりと書架の谷間から出てゆく。 

 最後に瞳子の顔を覗き込まなかったのは、乃梨子なりの最低限のやさしさだろう。 
「ほんっとーに、最低限しかやさしくないんですから。」 乃梨子を見送る瞳子の顔はやっぱり真っ赤なままだった。 嬉しいんだか悔しいんだか自分でもよく判らなくなった顔に、ふと手を当てる。 
 手のひらの感触が冷たくて気持ちいい。 
「これでは、なかなか火照りが収まりそうにありません。 まあ大変、授業に遅れてしまいますわね。 どうしましょう」 
 幸せなため息をつきながら、瞳子は、生まれて始めてのドキドキを実はかなり楽しんでいた。  










-----------------------------------◆◆◆----------------------------------- 
お、ま、け。 


「一つ積んでは父のため〜♪」 しょり 
「二つ積んでは母のため〜♪」 しょりしょり 
「三つ積んでは国のため〜♪」 しょりしょりしょり 
「四つ積んでは何のため〜♪」 しょしょり しょり 
「昼は一人で遊べども〜♪」    しょり 
「日も入りあいのその頃に〜♪」 しょりり 
「地獄の鬼が現れて〜♪」    しょりりりん りん 
「積みたる塔をおしくずす〜♪」 


「……志摩子さん。 なに、やってんの?」 乃梨子は、脱力のあまり台厨の入り口に寄りかかるようにして、頭をガシガシとかいた。 

「あら、乃梨子。 早かったのね。 せっかく乃梨子がお泊りに来てくれるのだから、今夜はお刺身にしましょうかと思って。 」 でも、朝の約束どおりに来てくれるとは思わなかったわ。 
 という声は、小さすぎて乃梨子には届かない。 

「それで、包丁を砥いでいる、と?」 耳に届く言葉にそのまま合いの手を入れる乃梨子。 
「そうよ? なかなかいい切れ味になって来たわ。」 勤めて、いつものように会話を成り立たせる志摩子。 

 ふう。 二人ともが同じように、密(ひそ)かに一つ息をつく。 

「包丁を砥ぐのは兎も角。 そういう歌を口ずさみながら、そういうかおをされてもね。」 
「まあ、この唄、包丁砥ぎに良く合うのよ? 顔のほうは、生まれたときからこの顔ですもの、仕方が無いわ」 乃梨子はわたしの顔、きらい? 

 呟(つぶや)くような問いかけに、乃梨子は大きく頷いた。 
「そんなかおの志摩子さんは嫌い。」 

 あらまあ。乃梨子に嫌われちゃったわね。 と、静かに微笑む志摩子。 

「瞳子とのことが気になるなら、ちゃんとわたしに聞けばいいんだよ。」 
「まあ、気になるなんて事はなにも無いわ。 あれは美しい友情の発露、だったのでしょう? 」 判っているわ。 と微笑を深める志摩子。 

 しかし、志摩子が微笑めば微笑むほど、乃梨子の胸が痛む。 

「なんで、志摩子さんはそんなに物分りがいいふりをするの? そんな歪んで今にも壊れそうな微笑で。 そんな表情(かお)の志摩子さんは嫌いだよ。 まるで、泣いてるみたいに見えるもの。」 

 ひくう。 

 ひとつ、図星をさされた志摩子の咽がなる。 

 それでも、作り笑いを押し通そうと言う志摩子。 ---だって、解っているんですもの。 乃梨子と瞳子ちゃんの確かな絆が生まれて。 互いの信頼を確かめ合っているんだって。 美しい友愛だって。 
「だったら、なんでそんな泣きそうな目で見るの?」 
 柔かくさえぎる乃梨子。 

 でも、だって。 苦しいの。 判っていても胸が苦しいの。 どうすればいいの? 乃梨子が瞳子ちゃんを見つめるやさしい眼差しを思い返すたびに、わたしの心にどす黒いものが湧き上がってゆく。 こんなの。 こんなことでグラン・スールなんて。 
 こんな情けない姉では、乃梨子に嫌われてしまうわ。 駄目よ。 それだけは。 嫌! 乃梨子に嫌われたら生きていけないもの。 
 あなたに嫌われないために。 ちゃんと、せめてお姉さまらしくしてなくっちゃ。 泣いたら駄目。 微笑んでなきゃ。 励ましてあげなきゃ。 友情を喜んであげなきゃ。 

 泣いたら駄目、なのに。 

 ぼろぼろと、心に反して目からこぼれ落ちる、熱いもの。 

 ひいいいいん。 ひいいいいん。 

 堰を切ったように声を上げ。 子供のように泣きじゃくる志摩子の脇にひざまずき、乃梨子はその手に握ったままの包丁をそっと取り上げる。 
 乃梨子の顔に浮かぶのは、やっと本音を言わせることができたという安堵と、大事な人を泣かせてしまったという悔恨と。 

 すっぽりと腕の中に治まる華奢な少女。 

「ねえ、志摩子さん」 腕の中で泣き止まない少女を、ゆっくりとあやしながら、乃梨子は志摩子の心をほぐしてゆく。 
「わたしは、志摩子さんの奇麗なところに一目ぼれしたけど。 でもね。 志摩子さんの泣いているところが好きだよ。 怒っているところが好きだよ。 拗ねているところが好きだよ。 落ち込んでいるところが好きだよ。 」 
「どんなにか無様な姿を見せられたからって、わたしが志摩子さんを嫌いになることは無いの。 だから、もっとね、自分を出して良いんだよ。 感情を出してもいいの。 そうしたら、わたしはもっと嬉しいから」 

 ふえ。 

 泣きはらし、ぐじゃぐじゃの顔のまま乃梨子を見上げる。 つい今しがたまで顔に張り付かせていた、氷のようなこわばった微笑みは片鱗も無い。 

 それは乃梨子が本当に見たかったもの。 あらゆる感情を、その真っ直ぐな視線にのせて自分を見つめてくれる、いとおしい人。 

「乃梨子が好き。」 「うん、志摩子さんが好き。」 
「乃梨子が大好き。」 「志摩子さんが大好きだよ。」 

    「「貴女が、世界中で一番一番、大好きよ」」 

 ゆっくりと満面の笑みを浮かべ、今度は自分から抱きついてくる志摩子。 
 乃梨子は胸の中に優しく抱き込みながら、もう大丈夫。 と、思った。 


「で? 瞳子ちゃんとは二股なの?」 
「え?」 胸元を覗き込むと、そこには一気に吹っ切れた、志摩子さんの悪戯な微笑み。 

 えーと、志摩子さんは大丈夫。 うん。きっと。 


 でも、自分は大丈夫じゃないかも。 多分かなり。 
 一晩中、寝かせて貰えないんだろうな、と思いながらも、それが幸せな乃梨子だった。 


 それにしても志摩子さん。 切り替えはやすぎだよw 


==============
v0.1: 沙貴さまの誤字指摘に対応 
v1.0: 下から2行目を、ちょっぴり言い回しを変更
v1.1: 読み仮名を廃止。 一部の漢字を平仮名にほどく。 言い回しを変更 2006/02/14


【1123】 実質的な制圧宣言ノーと言えない招待されて  (六月 2006-02-14 01:20:09)


『黄薔薇交差点』

┣ 『気づいた時には 【No:1074】』
┣ 『負けじ魂増殖 【No:1081】』 (分岐点)
┣ 『ためらわない君の首筋に 【No:1091】』 (由乃)
┣ 『迷わず歩き出す誰も知らないしゃべり場 【No.1103】』 (由乃)

続き?です。ちょっと急展開。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ねぇ、祐巳さん、たまには私がお節介するのも悪くないかもしれないわよね?
 お友達としては心苦しいところだけど・・・」
「何か思いついたの?」
「ちょっと由乃さんと菜々ちゃんには大変かもしれないし、・・・嫌われてしまうかもしれないけど」
「それでも、由乃さんのために何かをしてあげたいんでしょ?だったらそれは間違いじゃないよ」
由乃さまに先に帰ってもらった後の薔薇の館で、志摩子さんと祐巳さまは二人で顔を見合わせてクスリと笑った。

***

ある放課後、1年生の教室の前に立ち、近くに居た子に目的の相手を呼び出してもらう。
そういえば、私が1年生の時にも同じように呼び出されたっけ。
「有馬菜々さん、お願いがあるのだけど宜しくて?」
「はぁ・・・」
クラスメイトが白薔薇のつぼみに呼び出されてるとあって、教室内は蜂の巣をつついたように騒がしい。
「大したことではないの、あなたと会いたいという方がいるのよ。
 一緒に来ていただけないかしら」
「どちらへでしょうか?」
「薔薇の館」
「それは・・・、島津由乃さまがお呼びだということでしょうか?」
そう疑うのが当然かな。でもね、今回はハズレ。
ただ、由乃さまでないというのは、この子には却って厄介かもしれないわね。
「いいえ。白薔薇さまと紅薔薇さまよ」
「私は・・・」
「黄薔薇さまはご存じではないわ。というより関係ないと言った方が良いかしら」
山百合会、それも薔薇さま二人に呼び出されていると、それが後ろの子達に聞こえるように態と声を大きくした。
断れば後ろの子達が騒ぎ立てるだろうということを見越して・・・って、黒いなぁ、これでいいの?志摩子さん。

***

「有馬菜々さんをお連れしました」
薔薇の館の二階、執務室の扉を開けると、怖いくらいににこやかな志摩子さんと祐巳さまがいつもの席に着いて待ち構えていた。
「お久しぶりね、菜々さん。乃梨子、お茶お願いね」
「はい」と答えてお茶の支度に取り掛かる。菜々さんは開口一番、志摩子さんにズバッと切り込んで行く。
「それで、私に用とは何でしょうか?由乃さまとの事であれば、余計なことはなさらないで頂きたいのですが」
「由乃さん?そうね、あとで由乃さんにもお話はしないといけないわね。
 でも今は菜々さん、あなたにだけ用事があるの」
出来上がったお茶を菜々さん、祐巳さま、志摩子さんの前に置いて私は部屋を出る。
あくまでも、薔薇さま二人だけが用事があるということにするために。
「さて、剣道部の活動予定表がここにあるのだけれど、少なくとも週二回は休みがあるようね。
 そのお休みを私達に分けて頂けないかしら?」
「どういう事でしょう」
ぽやぽやとした雰囲気を纏いながら祐巳さまが口を挟んだ。
「あのね、菜々ちゃんに山百合会のお手伝いをお願いしたいの。
 新学期も始まったばかりで紅薔薇のつぼみにも、白薔薇のつぼみにも妹が居ないの。
 そのうえ、黄薔薇さまにも妹が居ないものだから、人手不足で大忙し」
身振り手振りも大袈裟に話しているのは、瞳子を真似ているつもりだろうか。
「・・・それで、私に黄薔薇さまの妹になれ、と」
「それは由乃さんと話し合ってちょうだいね。今は関係の無いことだから。
 必要なのはあなたのような資質。薔薇さま相手に及び腰にもならず、といって浮き立つこともない。
 そのような優秀な人材が必要なの」
年上相手でも一歩も引く事なく、菜々さんは志摩子さん達に噛付いて行く。
扉の向こうで聞いている私でさえ冷や冷やする。私も去年は同じように祥子さま達に向かって行っていたというのに。
「そういう人は他にも居るのではありませんか?2年生のお姉さま方にはいらっしゃらないのですか?
 私だけということはないと思いますが・・・」
「居ればあなたに頼まないわ。
 私達もね去年の茶話会で経験済みなのよ、それだけの下級生を探すのがどれだけ大変か」
志摩子さんが大きくため息をつき、首を左右に振って見せる。
「しかし・・・」

「由乃さま!」
薔薇の館の玄関ドアが開き、その人が足音高く乗り込んで来た。
「何をしてるのよ!!」
「あら、由乃さん、どうしたの?」
ブルブルと震える身体から絞り出すように両手をテーブルに叩きつけると、由乃さまは志摩子さんに向かって叫んでいた。
「どうしたもこうしたもないわよ!今日は集まりが無い日じゃなかったの?
 私だけのけ者にしておいて、菜々を呼び出すってどういうことよ!?」
しかし、志摩子さんはその叫びもどこ吹く風と涼しげな顔をしてこう言った。
「あら、たまたまよ。それに折角の人材を埋もれさせるのが惜しくて、お手伝いをお願いしているの。
 私達相手に臆することが無い人なんてそうそう居ないでしょう?クリスマスの集まりでそれが分かっていたからお願いしているの。
 それとも、由乃さんが今すぐに人手を増やしてくれるのかしら?」
由乃さまは菜々さんに姉妹の申し出を断られたと志摩子さんから聞いている。ここで菜々さんを妹に、なんてことができる訳がない。
しかも、由乃さまの人脈は少ない。それは志摩子さんもなんだけど、つい昨年辺りまでは友人らしい友人も居なかったそうだし。
祐巳さまの豊富な人脈頼りになってしまうが、いつまでもそれに頼り続ける訳にも行かない・・・。
妹を見つけるか、代りの下級生を連れて来るか、由乃さまを追い込むことになる。
「くっ・・・出て行って、今すぐ!出て行ってよ!」
菜々さんを指さし叫ぶことしか今はできないようだ。
「祐巳さん」
志摩子さんの合図に祐巳さまが席を立ち、菜々さんの肩を抱いて出て行く。

「どういうつもりよ、志摩子さん。余計なお節介しないでよ!」
涙を浮かべつつも厳しい視線で由乃さまが志摩子さんを睨みつける。
微かに語尾が震えているのは、今日の出来事を志摩子さん達の裏切りだと思っているからだろうか。
「先程言った通りよ。山百合会に必要な人材が欲しいの。
 乃梨子や瞳子ちゃんが妹を持つまで、人手不足が解消されないでしょう?」
「だからって・・・」
「もちろん、由乃さんが妹を持ってくれれば状況は良くなるのだけれど」
そこで由乃さまは何かに驚いたように顔をあげた。
「まさか、私に聖さまの真似をしろって言うの!?」
一昨年、先代白薔薇さま佐藤聖さまと志摩子さんは、当時の紅薔薇さまから同じように追い詰められていたらしい。
「志摩子さん、黒薔薇さまって名前変えたら?」
「うふふ、懐かしいわね。静さまを思い出すわ」
はー、っと大きく息を吐いて由乃さまは手近な椅子に座り「友情からのお節介じゃ怒るに怒れないじゃない・・・」などと呟いている。
「一体、何を考えているの?志摩子さん」
「薔薇の館の運営・・・そして、反撃の機会を待って居る友人にそのチャンスをあげること、かしら」
どういう事だろう?私と由乃さまは顔を見合わせ、それから志摩子さんの言葉を待った。
「これで菜々ちゃんが薔薇の館にくる口実はできたと思うわ。
 このあと、菜々ちゃんと由乃さんがどのような関係を作り上げて行くのか、それは由乃さんの自由よ」
苦虫を噛潰したような表情をして、机に突っ伏しながら由乃さまはこう応えた。
「・・・分かった、癪だけど志摩子さんの手に乗ってあげる。でも、菜々は私を受け入れないかもしれないわよ」
「そうね・・・その時は、諦めるしかないわね」
窓の外、遠くを眺めながらもどこか微笑んでいる志摩子さんが不思議だった。

***

祐巳さまに背を押されていた菜々さんは、薔薇の館の外に出るとようやく口を開いた。
「よろしいのですか?」
「何が?志摩子さんと由乃さんが喧嘩しないかって?」
にこにこと微笑む祐巳さまに、半ば呆れつつも。
「違います。私がここに出入りしても良いのか、ということです」
「あぁ、善いんじゃない?人手不足は本当だし。菜々ちゃんみたいな子なら歓迎だよ。
 茶話会の後大変だったんだ。目ぼしい子に手伝い頼んだんだけど、舞い上がっちゃって全然駄目だったの。
 それに比べて、本当にしっかりしてるね、菜々ちゃんは」
笑いながらぱしぱしと背中を叩かれ、反論する勢いもなくしてしまう。
「はぁ・・・」
「今日はあんなだったけど、次は大丈夫だよ。だから、お手伝いをお願いね」
祐巳さまの言葉はそのまま聞けば能天気に聞こえるかもしれない。
けれど、祐巳さまも一応は薔薇さま、いや、ある意味その笑顔の裏を読ませない手管に長けている一番の狸なのだった。
「もし、私がサボったらどうなさるおつもりですか?」
「ん?何もしないよ。そう、何もしない。
 菜々ちゃんのクラスメイトや新聞部が騒いでも何もしない、だけかな?」
それは暗に『騒ぎを納めて欲しいなら薔薇の館に来い』と言っているようなものだ。
ここに来てようやく菜々さんも、自分が薔薇さま二人に完全に嵌られた事に気が付くのだった。


【1124】 おそろい組  (朝生行幸 2006-02-14 01:50:02)


「ごきげんようお姉さま」
 紅薔薇さまこと小笠原祥子が、扉を開けて姿を現した途端、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳は、待ってましたとばかりに挨拶した。
「ご、ごきげんよう祐巳」
 いつもとは違う態度の祐巳に、少々たじろぐ祥子。
「どうぞお座り下さい。お姉さまにお願いがあるんです」
「お願い?」
 促されるままに椅子に座りつつ周りを見れば、居るのは祐巳と祥子だけ。
 どうやら、一人で時間を持て余していたようだ。
「はい。ちょっと目を瞑っていただけます?」
 言われた通りに目を瞑れば、祐巳の手が顎辺りに添えられ、ほんの少し顔を上げられた。
 一体何をされるのかと、ドキドキ半分ワクワク半分の気分でいれば、左眼の下を、チョンと突付かれる。
「はい、おしまいです」
 さっぱりワケが分からないまま眼を開ければ、目の前には少し大きめの鏡を持った祐巳。
 鏡を覗けば、そこには『泣き黒子』が付いた祥子の姿があった。
「やっぱり思った通りです。お姉さまは、泣き黒子がとってもお似合いです」
 祐巳が言うように、長い黒髪で切れ長の目をした祥子には、泣き黒子が非常に似合っていた。
 とても高校生とは思えない妖艶な雰囲気に、祐巳の顔が赤くなっている。
(自分で言うのもなんだけど…、確かに良く似合っているわね)
 改めて自分の顔を見詰める祥子。
 これは新しい発見だった。
「どうしてこんなことを?」
「はい、ちょっとクラスで流行ってまして。で、お姉さまならコレが似合うだろうなと思ってたら、案の定でした」
 流行と聞いて多少眉を顰めるも、そこまで喜んでいる祐巳の気分を害する気にもなれない。
「じゃぁ、他にも付け黒子を持っているのかしら?」
「はい、ここにあります」
 ポケットから、シール状の付け黒子を取り出す祐巳。
「じゃぁ、あなたもお座りなさい」
 肩に手を回して、祐巳を椅子に座らせた祥子、いきなり髪を纏めているリボンを外した。
「え?お姉さま何を…」
「………」
 祐巳の疑問には答えず、その髪を解き、ブラッシングして出来るだけ綺麗に流すと、自分と同じ位置に黒子を付けた。
「どうかしら?」
 鏡を覗いた祐巳、そこには、普段の子供っぽい自分ではなく、大人っぽい雰囲気の、妖艶までは程遠いがそれなりに艶やかな自分の姿があった。
「こ、これが私…?」
 ベタな台詞と思いながらも、口に出さずには居られない。
「あなたも良く似合ってるわ。黒子一つで、こんなに変わるものなのね」
 微笑みあう二人の姿は、なんちゅーか妙に色っぽかった。

「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 黄薔薇さまこと支倉令と、黄薔薇のつぼみこと島津由乃が、連れ立って現れた。
「ごきげんよう、令、由乃ちゃん」
「あー、祥子さまも付けてる!」
 思わず、祥子を指差す由乃。
「ごきげんよう令さま、由乃さん。お姉さま、とっても似合ってるでしょ」
「わー、わー、祥子さま素敵!」
 どうやら由乃も祥子の泣き黒子を気に入ったようだ。
「祐巳さんも、髪を下ろしているせいか、可愛いと言うより美人に見えるわ」
 祥子と祐巳を交互に見やり、賞賛を惜しまない。
「令さまは付けないんですか?」
 若干辟易しつつ、令に話を振る祐巳。
「そーよ、令ちゃんにも付けるのよ。ねぇ祐巳さん祥子さま、令ちゃんにはどこが似合うかしら?」
 すっかり興奮している由乃、令は口を挟めず、苦笑いしっぱなし。
「うーん、そうねぇ…。ここなんてどうかしら?」
 いきなり令に近づき、唇の左下辺りにペタっと黒子を貼り付けた祥子。
「わぁ、令さまカッコイイです」
「そ、そうかな?」
 照れつつも鏡で確認すると、確かに結構似合っている。
「由乃さんも、同じところに付けてみようよ」
「待って。その前に…」
 自前の付け黒子を取り出し、祐巳や祥子と同じ場所に付けてみる。
「………」
 はっきり言って、似合っていない。
 どうやら泣き黒子は、猫目には合わないようだ。
「やっぱり由乃さんは…」
 由乃の三つ編みを解き、手早く流すと、
「こっちの方がいいよ」
 令と同じ場所に付け替える。
 ソバージュっぽい髪型に強気な目付きとその黒子は、普段とは180度違う活発な雰囲気を醸し出していた。
「そうね、そっちの方が良く似合ってるわ。黄薔薇姉妹のベストポイントはそこかもね」
 祥子の意見に、コクコクと頷く祐巳。
 泣き黒子が似合わないのは気に入らないようだが、令と同じ場所が似合っているのは嬉しそうな由乃だった。

「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 そこに連れ立って現れたのは、白薔薇さまこと藤堂志摩子と、白薔薇のつぼみ二条乃梨子だった。
「ごきげんよう志摩子、乃梨子ちゃん」
「あら?」
 挨拶もそこそこに、志摩子が不思議そうに呟いた。
「祐巳さん由乃さん、どうかしたのかしら?髪が解けてるけれど」
「髪だけじゃないのよ」
「?」
 祥子の言葉に、二人を良く見れば、まるで雰囲気が違うのに、今更ながらに気付く志摩子。
 乃梨子も、祐巳と由乃のみならず、祥子と令にも黒子があるのに気付いた。
「今流行りの付け黒子ね。皆さんとても似合ってますわ」
「志摩子さんと乃梨子ちゃんは、どこが似合うのかな?」
 祐巳は、とりあえず目元、顎の辺り、鼻の下と、由乃と一緒に試してみるも、二人ともイマイチ似合わない。
「うーん、どこもしっくり来ないわね」
「ここはどうかな?」
 悩む由乃を尻目に、令が志摩子に黒子を付けた位置は、眉間に程近い額の辺りだった。
 祥子も、乃梨子の同じ位置に黒子を付けた。
『おーう』
 4人そろって、感嘆の声をあげる。
 まるで、パズルのピースが当てはまったようにピッタリだった。
「すごい、なんだかとってもエキゾチック」
「これで肌が褐色なら、アラビアン風だね」
「インド風でもあるわね」
「うんうん、ララァっぽいね」
 トンチンカンな意見もあるようだが、片や西洋人形のような美女志摩子に、片やクールな美少女乃梨子。
 鏡で自身を確認した二人は、多少照れ臭そうではあるものの、満更でもなさそうだった。

「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 そこに姿を現したのは、祐巳の助っ人としてしばらく薔薇の館に出入りすることになった、演劇部所属の松平瞳子と、乃梨子・瞳子のクラスメイト細川可南子だった。
「ごきげんよう、良いタイミングで」
 祐巳は、二人の手を引いて椅子に座らせた。
「何ですかいきなり。しかもそんなお姿で」
「まずは可南子ちゃんから。もう場所は決まってるから」
 瞳子の疑問には答えず、一切の躊躇いもなく、黒子をペタリと付けたその場所は、紅薔薇姉妹と同じ目元。
『ほほーう』
 一同うち揃って、感心することしきり。
 祐巳の予想通り、可南子には泣き黒子が良く似合っていた。
 只でさえ困り眉の可南子、黒子が本物の涙のように見えて、祥子や祐巳とは逆に、非常に可愛く見える。
「次は瞳子ちゃんだね」
 同じように目元に付けるも、どうも似合わない。
 周りの皆も、納得が行かない様子。
「ここがダメなら…、こっちかな?」
 白薔薇姉妹のように額に付けるも、やっぱりどうも似合わない。
「…じゃぁ、ここかな?」
 黄薔薇姉妹と同じ、顎辺りに付ければ、
『あらピッタリ』
 あまりにも違和感無く収まったため、見事に言葉を一致させた一同。
「…と言う事は、可南子さんは紅薔薇向きで、瞳子は黄薔薇向きってことかな?」
 と言う乃梨子の台詞に、
「納得行きませんわー!!!!」
 瞳子の絶叫が、薔薇の館に轟いた。


【1125】 yeah!めっちゃ鯖缶  (Y. 2006-02-14 13:28:40)


しりーず?
【No:1107】→【No:1112】→【No:1116】→これ





Yeah!めっちゃ鯖缶 ウキウキな味希望

Yeah!ズバッとディナータイム ノリノリで食したい


時代をちょびっと先取るぞ リリアン瓦版を開くのじゃ。

すんげぇ すんげぇ すんげぇ すんげぇ 捏造

すんげぇ すんげぇ すんげぇ すんげぇ イマジン


(今日は)女子達みんなが勝負時

ライバルなんかにゃ負けないぜ。 (祥子さまーーー!)

すんげぇ すんげぇ すんげぇ すんげぇ 熱い (祐巳さまーーーv)

すんげぇ すんげぇ すんげぇ すんげぇ バトル (もらってーーーw)


たまには腹痛に なっちゃう時もある

でも食うのさ なんとか かんとかね!

i@yumi . . /(アイユミドットドットスラッシュ)




Yeah!めっちゃ仏像 ウキウキな寺希望

Yeah!ズバッと激写タイム ノリノリな乃梨子ちゃん


Yeah!めっちゃ志摩子 勇気を振りしぼって

Yeah!ズバッとピロータイム

新しい自分を 応援したげたい

ノリノリを誘っちゃえ!





どんな場所でも気を抜くな ひょんな出会いもあるものぞ。

すんげぇ すんげぇ すんげぇ すんげぇ 気合

すんげぇ すんげぇ すんげぇ すんげぇ ロザリオ


ほんとは不安よ 私に出来るかな

でもなさねば なんとか かんとかね!

puti@soeur . . /(プチスールドットドットスラッシュ)



Yeah!めっちゃリリアン ウキウキな姉希望

Yeah!ズバッと青田タイム バリバリに買われたい



Yeah!めっちゃ祥子 ウキウキな祐巳希望

Yeah!ズバッと○○○タイム ノリノリで恋したい



Yeah!めっちゃ由乃 勇気を振りしぼって

Yeah!ズバッと改造

新しい自分を 応援したげたい

ノリノリで突撃!



【1126】 しずかに眠れ空に向かい  (Y. 2006-02-14 13:43:41)


しりーず?
【No:1107】→【No:1112】→【No:1116】→【No:1125】→これ



〈Sei Side 1 year ago〉


 ふりそそぐ陽を浴びて 汚れなく君は笑い

 何もかも知りたくて 私はただ礼拝堂(そこ)へ向かう



 ゆっくり時が流れてゆく 祈る君に寄り添って

 どんな反対もはねのけて ふたりでどこかへ 逃げたいよ



 果てない想いを 君に捧げよう

 握りしめた この手は はなさない 吹雪の中でも

 新しい日々へと ともに出ていこう

 胸ふるわす 私らが見てるのは 狭かった私らの世界




〈Youko Side〉


 形の違う心 何度でもぶつけあって

 人はみな それぞれに (彼女たちを)別れさす術を行使



 ひとり かくしてきた傷跡 今頃何を思うのだろう?

 怖がらないで迷わないで 私はその心を 包みたいよ



 果てない想いは 君に伝わらない

 かわした言葉 その声は響き続ける 季節が変わっても

 どこにも逃げないで 同じ時を過ごそう

 絆深き 私らを待ってるのは 静かにゆらめく 未来




 果てない想いを 君に捧げよう

 握りしめた この手は はなさない 嵐の中でも

 薔薇のメンバーで ともに支えあおう

 胸ふるわす 私らが見てるのは どこまでも明るい 未来


【1127】 外伝祐巳さまなんて  (投 2006-02-14 18:14:19)


【No:1088】→【No:1093】→【No:1095】→【No:1097】→【No:1101】→
【No:1102】→【No:1105】→【No:1108】→【No:1110】→【No:1114】→
【No:1119】→【No:1120】→【No:1121】の未来の話




戦争ですわ。
ええ、そうですわ。これは戦争ですわ。
全ては、私のお姉さまであるあの方のせいです。
私と姉妹である事はいいんです。
それは胸を張って言えます。
問題は、お姉さまであるあの方が、やたらと生徒に人気がある事なんです。



バレンタインデー当日。
姉妹になって初めてのバレンタイン。
チョコレートを贈るとは決めたものの、
どんなチョコレートを贈るか悩み、その結果、当然のように手作りにすることに決めました。
ですが、今まで手作りチョコなど作った事がなかったので、仕方無しに料理の本を見たり、
乃梨子さんと一緒に作ってみましたが、うまくできているか保障はありません。
ですが、お互いに味見してみて、これなら大丈夫!と思ったので良しとしましょう。

お姉さまは喜んでくれるでしょうか?
……大丈夫のはずです。
お姉さまは私の虜ですもの。

そういえば、今日は放課後に山百合会と新聞部が合同で行うイベントがある事を思い出しました。

紅いカードはお姉さまのカード。
探し出せば、お姉さまとデート。
何がなんでも見つけなければなりません。
他人がお姉さまとデート……、なんて考えるのも嫌です。
他人は全て敵です!

ぎゅっと拳を握って薔薇の館へ向かった私が見たものは……。

な、ななな、なんですの!この人数は!?

思わずぽかーんと大口を開けて、リリアンの生徒にあるまじき表情で呆けてしまいました。
いえ、表現が豊かで女優としてはいいんです!

そうではなくて。なんですかこの人達は?

人、人、人。
見える限り人の群れ。
一年生、二年生は言うに及ばず、この時期、忙しいはずの三年生の姿まで見えます。

「瞳子」

「うわあ」

思わず変な声を上げてしまったではないですか!
後ろから突然、話し掛けないで下さい乃梨子さん。

「な、なんですか、乃梨子さん?」

「変な声……」

「それは空耳です。それで、何か用ですの?」

「んー、瞳子も大変だなーって思って」

「どういう事です?」

「ほとんど祐巳さま目当てでしょ、これ?」

「……」

……時が止まった気がしましたわ。
ですが、確かにお姉さまの人気はおかしいほどにあります。
私のお姉さまは、本当に可愛らしいんです。
部屋に飾っておきたい位に可愛いんです。
山百合会のお姫様って呼ばれているんです。
私の自慢のお姉さまなんです!
いえ、ですが、いくらなんでも……。

「ねぇねぇ、やっぱり紅薔薇のつぼみ狙い?」

「当然よ!ずっとファンなんだから!可愛いよねー」

貴女達は、たった今から私の敵になりました。
覚えておいて下さい、名も知らぬ同級生の方々。
ついでにそこの二年生の方々も。
あと、そちらで瞳子の大切なお姉さまを真っ赤な顔で眺めている三年生の方も。

「動け瞳子」

「はっ?」

私ったら何を?
乃梨子さん、ありがとうございます。

「ま、そういうわけで頑張れ」

頑張れと言われましても……。
ああ、もう少しでイベントが始まってしまう。

そして遂に始まってしまいました。
一斉に探索を開始し始める生徒たち。
私達、つぼみの妹達はハンデがあるので、一般の生徒より遅くスタートしなければなりません。
ふと、隣に立つお姉さまを見るとなんだかいつも以上に、にこにこしています。

なんだか、腹が立ちますわね……。

「はい、いいですよー」

新聞部の方の声とともに、私は探索を開始します。

きっとあそこのはずです。
古びた温室。
私との思い出が、沢山詰まっている場所。
姉妹になる前から、お昼休みになると二人で過ごしていた場所ですもの。
それに、去年のイベントの時は、祥子お姉さまがそこに隠していたと聞きましたし。
あそこしかありません!

誰にも追いつかれないようにそこに行ってみると、
案の定、ロサ・キネンシスの根元に先に誰かが掘った跡が残っていました。
ですが、さすがに手で掘るわけにもいかず、どうしましょうかと迷っていると、
温室の扉が開く音が聞こえてきました。

しまった!尾けられていた?

「スコップいるでしょ?」

「……」

入ってきたのは、何故かお姉さまでした。
これって反則になるのでは?
でも、私の為に?
と、思いつつもそれを受け取って掘ってみますと、一枚のノートの切れ端が出てきました。

『はずれ』

「…………」

「…………ぷっ」

無言で掘った土を元に戻す。
思いっきりお姉さまを睨んだあと、顔を背けて私は次の場所を探し始めます。
と、いっても他にお姉さまが隠すような場所なんて思い浮かびません。
考えながら、あちこち歩いている私の後をお姉さまはずっと付いて来ます。
何故か嬉しそうに微笑みながら。

ああっ、もうイライラする!

「なんですか、さっきからずっと!」

「ううん。あそこに隠していたら瞳子が見つけてくれてたんだなーって嬉しくてね。でも、
 去年にお姉さまがあそこに隠したから、他の人も探すかなって考えて別の所にしたの。ごめんね」

「……」

お姉さまの言いたいことは分かりますが、
感情が追いついてこないというか……。
はぁ、もういいです。
どうせ、どこに隠したかなんてちっとも浮かばないですし。

「薔薇の館に帰ります」

「じゃ、一緒に帰ろっか」

誰とデートすることになっても知りませんからね!



結局、紅いカードを私は見つける事はできませんでした。
紅いカードは数百人いたのに、誰も探し当てることはできなかったのです。
しかも、お姉さまはどこに隠したかは内緒、と皆の前で言いました。
後から訊けば、隠し場所を発表しない事は新聞部と交渉していたので問題は無いそうです。
三奈子さまだったらともかく、真美さんなら融通が利くのよ、と言ってました。
ただ、その代償は高かったけど、とちょっぴり涙目だったのが気になります。
どんな代償だったのか、そのうち問い詰めてみようと心に決めました。



「お姉さま。これ、ど、どどど、どうぞ!」

「うん。ありがとう」

イベント後の薔薇の館で、私はお姉さまにチョコレートを渡しました。
もう少しスマートに渡したかったのですが、過ぎたことは仕方ありません。

甘く小さなチョコレート。
少し歪になってしまいましたが、この世でただ一人、お姉さまの為だけの、私の手作りの甘いお菓子。
一つだけ口に入れて、お姉さまは笑顔で「おいしい」と言ってくれたのです。
それだけで私は幸せです。

「そう言えば、カードはどこに隠していたんです?」

間違いなく、温室のロサ・キネンシスの所だと思っていたのですが。
あの時はショックですぐに館に戻ってしまいましたし。
お姉さまは皆の前では教えてくださらなかったし。

「ふふふー」

妖しげな笑みを浮かべながらお姉さまは、
自分のポケットを指差しました。

「あの……、まさか?」

「本人が持っていたらいけないってルールには無かったわ。それに、
 ちゃんと探してもいい範囲には必ずいたわよ。もちろん、これも許可を貰ったわ。
 尤も、瞳子の傍を離れないっていう条件付きだったけど」

紅薔薇のつぼみと、その妹がカード探しで一緒にいるなんて怪しすぎるでしょう?
もし、その事について怪しまれたら、カードを出さないといけなかったのよ。
でも、瞳子にも気付かれないなんて思わなかったわ。

お姉さまは淡々と続けました。
気付けば、何時の間にか口調が過去のお姉さまのものになっています。
普段は鈍かったり、考えている事が顔に出るくせに、たまに過去の性格が顔を覗かせるのです。
そうなると手が付けられません。
祥子お姉さまですら、今のお姉さまには敵いません。
しかもかなりの悪戯好き。
お姉さまのもう一つの顔。

それにしても、私にまで気付かれないなんて思わなかったわ……、ですって?
温室で見つける事が出来なくて、それどころではなかったんです!仕方ないじゃありませんか!

「そ、そんなの反則ですわ!」

分かってます。
どうなるかは自分でもよく分かってます。

「お姉さまは別として、あなた以外の誰ともデートなんてしたくないもの。
 それとも、あなたは私が他の子とデートしてもいいの?」

タチが悪い。
私が何も言えなくなるのが分かってて言ってますわね。
お姉さまが他の子とデートなんて考えるのも嫌ですもの。
ええ、そうです。
私がお姉さま中毒なのは自分でもよく分かっています。

「ああ、そうだ私からも」

お姉さまはそう言って、自分の髪を留めてあった白いリボンを解きました。
ほんの少しだけ茶色がかった黒髪がふわりと広がりました。
あの頃に比べて、ずいぶんと大人っぽくなっていますが、当時の面影があります。
お姉さまが髪を下ろしている時の姿なんて、私でさえそうそう見る事のできるモノではありません。
この機会にしっかりと目に焼き付けておきます。
……相変わらず、おかしい程の美形っぷりです。
普段は美少女なのに、髪を下ろしただけでここまで大人っぽく見えるなんて反則です。
何か得体の知れない力が働いているとしか思えません。

「なに?」

「いえ」

見惚れていました、なんて言えるはずがありません。
と、お姉さまが手を差し出してきました。
なんでしょうか?
そう思いながら同じように手を差し出すと、

「あげるわ」

と、つい先ほどまで、お姉さまが付けていたリボンを渡されました。
ふふ、私の宝物がまた一つ増えました。

「そのリボンを受け取ってしまった私の大切なかわいい妹は、
 次の日曜日に私とデートをしなければならないの」

「え?」

お姉さまの顔には悪戯っ子のような笑みが浮かんでいます。

大切なかわいい妹……?

ようやく、何て言われたのかを理解して、思わず俯いてしまいました。
だって私の顔はきっと真っ赤。
こんなにドキドキしているんですもの。
ま、まさか、聞こえていませんよね?
あ、ああ。そ、それよりもデートの約束のお返事をしませんと……。

「……はい」

小さな声になってしまったけれど、お姉さまには聞こえたらしく、
楽しみね……、とお姉さまが呟くのが聞こえました。

その時にはリボンを付けていきます。
お姉さまに頂いた大切なリボン。
紅いリボンと白いリボンを片方ずつ。
だから、変だと思いますけど、
二つとも、お姉さまに頂いた大切な宝物なんだから許して貰います。
どちらか選ぶなんてできませんもの。

それに、きっとお姉さまはそんな私を見てこう言うと思います。

『ありがとう』

って、満面の笑みを浮かべて……。




 変で悪いですか?大好きな人の笑顔はいつでも見ていたいんです!




パラレル風味、祐瞳バレンタインSS
なんとなく書いてみた。
2006 4/5ちょっと修正(謎)


【1128】 (記事削除)  (削除済 2006-02-14 18:21:20)


※この記事は削除されました。


【1129】 愛し合うデスティニーよりぬきつぼみさん  (六月 2006-02-14 22:16:08)


「さて、瞳子ちゃん、この紙袋はどうしたものかしら?」
「祥子さま、もちろん、悪・即・滅ですわ。焼却炉に消えて頂くというのは如何でしょうか?」
放課後の薔薇の館で皆が勢揃いしている中、祐巳だけが何か忘れ物があったと教室に戻っているその隙に・・・。
私と瞳子ちゃんは祐巳が置いていった紙袋に嫉妬の炎を燃やしていた。
今日はバレンタインデー、恒例になりつつある新聞部主催の「つぼみのカード探し」も終わり、皆で一息ついているところだが、この、この目障りな紙袋!
祐巳に懸想した子達から貰ったに違いないチョコレートの山に、激しい憤りと嫉妬を感じているところだ。
「と、瞳子ちゃん、それはまずいんじゃないかなぁ」
「令のくせに余計な口は挟まないの!」
私の一喝に、皆壁際まで後ずさってガタガタ震えている。
「では、瞳子ちゃん、捨てていらっしゃい」
「イエス、マム!」
ビシッと敬礼をすると瞳子ちゃんは紙袋を抱えて出て行った。
まぁ、祐巳には皆で分けて貰ったとでも言えば、優しいあの子のこと、深くは追求しないだろう。
うんうん、完璧。「そうかなぁ・・・」ジロッ!ヘタ令は黙っていなさい!

「お待たせしました、お姉さま、瞳子・・・あれ?」
「瞳子ちゃんならすぐに戻るわよ」
お茶を淹れてあげようと立ち上がると、祐巳が首をかしげながら聞いてきた。
「ここにあった紙袋知りませんか?」
唇に手を当てる仕草も可愛いわ。
「あれ、祐麒と花寺生徒会宛だから無くすと大変なことになるんですよ」
あぁ、そうなの、あれは花寺宛な・・・・・・のぉぉぉぉぉぉぉ!?
「困ったなぁ、弁償に私の手作りチョコで許してくれるかなぁ」
は、花寺の男共なんぞに祐巳の手作りなんて勿体なすぎるわ!彼奴等には虫下しチョコで十分よ!
「ち、ちょっと用事を思い出したわ。すぐに戻るわね」
だらだらと嫌な汗をかきながら、根性で微笑みをつくり静かに執務室のドアをくぐる。
ダダダダダッ!
リリアンの淑女とも思えぬ勢いで階段を駆け降り、瞳子ちゃんの下へと一気に駆け抜ける。
その姿を見た陸上部の生徒は後に語った『さすがは薔薇さまね、スカートの裾を乱れさせることもなく、100mを9秒フラットで走っていたわ』と。

「うふふふふ、悪は滅びなさい」
メラメラと揺らめく炎を映したその瞳は、どっちが悪やねんというツッコミが入りそうなほど妖しく輝いていた。
今まさに紙袋を焼却炉に放り込もうとした刹那。
「ストーーーーーーーップ!お待ちなさい、瞳子ちゃん!!」
だだだだだっ!どげしっ!「あつっ!あつっ!あつっ!!」
ギリギリのところで駆け込み、焼却炉にぶつかってしまった。
「ど、どうしたんですの?祥子さま」
制服に着いた煤を叩きながら。
「それは祐巳宛では無いそうよ!花寺宛てだそうだわ」
「花寺、ですか?」
「それを無くすと、祐巳が弁償に手作りチョコを振舞うと言っていたわ」
「なんですって!そそそ、そんな勿体ないことを?お姉さまの手作りは私、いえ、私達紅薔薇姉妹のためだけで良いのです!」
ちょっと不穏当な言葉があるようだけど、今は聞き流しておきましょう。
「そういう訳で、それは持って帰りましょう」
「あぶないところでしたわ、お姉さまの手作りチョコは花寺の下種になぞ渡すわけにはまいりませんわ」

寸でのところで間に合ってよかった、と二人で薔薇の館に戻ってくると、そこには何故か祐巳一人だけが待っていた。
「お姉さま、瞳子、話は令さまから聞きました」
ゆ、祐巳、その笑顔は恐いわ。というか、ヘタ令め、余計なことを喋りやがって、お仕置きよお仕置き。
「あの、お姉さま、瞳子は祥子さまの命令に逆らえずに従っただけですの。どうかお許しください」
ちょっと、瞳子ちゃん一人だけ良い子ぶるつもりなの?
「焼却炉に持って行こうと言ったのは瞳子ちゃんなのよ、信じてちょうだい祐巳」
「二人とも、そこに正座しなさい!」
いつもの優しい祐巳とは思えない勢いで叱られて、大慌てで二人とも床に座り込んだ。
「二人とも、嫉妬心でこんなことをするなんて恥ずかしくないのですか?
 私は裏切られた気持ちで、とても悲しいです」
いやっ!そんなこと言わないで祐巳!あなたに嫌われたら生きていけない!
「いいですか?二人とも目を閉じて!」
あぁ、祐巳に叩かれるのかしら?確かに私達は醜い嫉妬でイケナイ事をしでかしてしまったわね。
目を閉じていても隣りの瞳子ちゃんが震えているのが分かる。ギュッと歯を食いしばってその時を待つ。
「口を開けて」
え?とにかく言われるままに口を開けると、コロリと何かが舌の上を転がった。
・・・甘い。
目を開けると、苦笑いした祐巳がそこに居た。

「今年は誰からもチョコは貰っていません。・・・ま、可南子ちゃんは特別だけど。
 他は二人のために断ったんですからね」
祐巳の手が私と瞳子ちゃんの頬を撫でる。
「だから、もうこんな事しちゃダメですよ」
撫でていた手で、私達の頬を軽く抓る。
「うぅぅぅ、お姉さまごめんなさいぃ〜」「許して、祐巳〜」
「はいはい、もう二度とこんなことしちゃいけませんよ。約束できますか?」
優しく叱る祐巳の胸に二人してしがみつき、涙を流しながらガクガクと首を振る。
「さ、いい子だから泣かないで。二人のためにトリュフチョコ作って来たんですよ。一緒に食べましょう」
見事なほど薔薇さまとして開花した祐巳の優しい笑顔に包まれて、紅薔薇姉妹はそれはそれは甘い一時を過ごすのだった・・・。






「で、可南子ちゃんは粛正ね」( `ー´ )
「了解しました、祥子さま」∠ξ( ̄∧ ̄)ξ
「もう、少しは反省してよ・・・」⌒*(つД`)*⌒


【1130】 (記事削除)  (削除済 2006-02-15 02:29:48)


※この記事は削除されました。


【1131】 つい見てしまう太陽の少女未来の白地図  (OZ 2006-02-15 04:14:24)


【No:1023】→【No:1031】→【No:1059】→ 今回


色々あって現在、なぜか閉じ込められてしまった2人


  夢を見ていた・・・ ような気分になっていた




お願い なかないで・・・ 私は・・・ 笑顔の彼方が・・ 好きなの・・・ 瞳子ちゃん・・・




祐巳様は私の膝の上で可愛く寝息を立てている。私はその寝顔に目を奪われている。
ふと、祐巳様の眼が少し開いた。

「おはようございます、祐巳様。 実際は、今晩は、なんですけど」その声を聞いた祐巳は、
「と、瞳子ちゃん!!」ガバッ!!と祐巳は飛び起き。
「瞳子ちゃん!! 泣いちゃダメ!! 私が悪いんだから!! 笑顔が一番!!」祐巳には似使わない形相!! 100面相中の101的、そんでもって瞳子ちゃんに抱きつきジタバタジタバタ!!

  
 まったく 祐巳様ったら・・・


「いやですわ!!祐巳様、いつ瞳子が泣いていたって言うんですの?」 プイッとそっぽを向く瞳子の瞳には、いまだ・・・ 仕方ないが乾ききれてない(ごめん、その、どう表現していいか解らない)モノが光っていた。
「で、でも・・・  およ? 私、寝てたの?」


祐巳はきょろきょろと周りを見渡し、確認した。間違いなく、ここは薔薇の館一階の物置。
鍵が壊れたらしく2人は閉じ込められている。
「はい、ちょっとですけど、とてもぐっすり。」
「あ、あは、は、   ごめんね・・・」
「別に・・・ 構いません・・・」

「でも・・・ さっきの夢、すごくよかったの。」
「祐巳様は、瞳子か泣くのがそんなに嬉しいんですの!?」
「ち、違うって、瞳子ちゃんが泣くのは別、これは夢の話ね、あのね、白地図にどんどん絵が書き込まれるの、ポイント、ポイントに、ここは薔薇の館、ここはお姉様の教室、ここは、ここは、って感で、どんどん色が付けられていく白地図はまるで絵本の様だった、でね、その夢の中では私はなぜか『太陽』として書かれてたの。」
「はあ・・・祐巳様は太陽・ですか?」まあ、解ります、(色々な意味で)
「そして、瞳子ちゃんが なぜか『月』だった、 すごく綺麗な・・・ とは言え、夢だから私たちには全然関係ないんだけれどもね。」

  ・・・

「勝手な夢は構いません、そして月は確かに綺麗です。 けど、なにか私には納得いきませんは!! 月は太陽の光を浴びて輝いているだけではないですか、結局は日陰の存在でしかありません・・・」
でも、祐巳は慈愛に満ちた目で瞳子を見つめた。
「うん、瞳子ちゃんと同じように夢の中の『月』もそう言ってた。 でもね、『太陽』は静かに呟いたの。」

 
 あなたがうらやましい・・・ って


瞳子にはその呟きの意味がまったく解らなかった。
「へ?? どうしてですの? 太陽は大地を暖め、人の身体も暖めてくれる、何しろ皆を照らしてくれる。でも月にはそんなこと出来ません。」
「うん、確かに『月』の光は大地や人の身体を暖めることは出来ないかも、でも、一人ぼっちの心や、孤独な心を暖めることはたぶん『月』の光にしか出来ない、と、夢の中の『太陽』はそう思っていてね、 そして、嘆いているの、『私には大好きな・たった一人も照らせない、暖められない ・・・』って。

瞳子の心は物凄く締め付けられた。




「瞳子ちゃん、先日家に来てくれたこと、本当に嬉しかった。」

「うお!! い、いきなり話を変えるのですね、   あれはたまたまですは!!」 プイ!!
ふふ、「それでもいいの・それでも・・」憂いをおび、なぜか背を向ける祐巳
その背中を瞳子はなぜか直視できなかった、
「ゆ、祐巳さま・・・」
背を向けながら「瞳子ちゃん、よければまたウチに来てくれる?」
「へ? なぜです?」
「だって、ウチのお母さん、瞳子ちゃんのことすっごく気にいってるんだもん。」
「・・・ お母様のため・・・ だけ、ですか? 」
「そ、その、だめ?」
「ゆ、祐巳様は・どうなんですか?」 祐巳沈黙・・・
 もじもじ


「でも、瞳子ちゃんは祥子様を好きなんだよね?」
「ええ、祥子様は大好きなお姉さまですは。」
「だよね・・・」複雑な顔をする祐巳。
 もじもじ
 もじもじ


「で〜〜〜い!! 祐巳様!! 話を戻します!! もじもじはもういいです!! まったく祐巳様は!! 良いですか、言いたいことがあるなら仰ってください!! 」 瞳子の感情は爆発寸前。 ていうか爆発してますね。
 祐巳は少しびっくり、(心臓が口から飛び出そうだった)そしていった。
「き・・・   ほ・・・   し・・・ い・」顔を赤くして、またもじもじ
「聞こえません!! お願いです!!はっきり・はっきり・・ 聞かせてください・・・」私の声は小さくなっていった。
意を決したのか今度ははっきり、と、までは言えませんけど。
「お、お願い、また来て、お母さんはもとより、瞳子ちゃんが来てくれれば、その、私が、嬉しいの。」
素直に嬉しかった、涙が出そうになった、心が暖かくなっていくのが全身で判る、やっぱりこの人は私にとっては太陽なのですね!? 

でも、反面、確認しなくてはいけないことがあった。 深呼吸を一回、落ち着け。

「有り難うございます、祐巳様、でも、一つ聞きたいことがあります。」
いまだ、祐巳は瞳子に背を向けている。
 ・
 ・
 ・
「祐巳様は、瞳子に何も聞こうとなさらないんですか?」



「祐巳様。」



「聞かないよ。」    
・・・?
「聞こえなかった? 私は聞かないって言ったの。」 祐巳様は私に言った。

「なぜです?」

「なぜって? それは、私が瞳子ちゃんの力になれるか判らないから、瞳子ちゃんが私を必要としてくれるか判らないから、瞳子ちゃんが私をどう思っているか判らないから、 だから聞かない、私はバカだから内容が何なのか判らないけど、聞いたらちょっかいを出すと思う、ううん、絶対出す、でも、それで瞳子ちゃんに迷惑を掛けちゃたら私は・・・ それが怖いの、   ごめんね、ほんと、結局自分勝手だよね・・・」肩が震えている。

夜を照らしていた月が雲に隠れ、物置の中が暗闇になる。

闇の中

「その、違います祐巳様、本物のバカで自分勝手なのは瞳子です、1年前のことを思い出すと自分で自分が憎らしくなるくらいです、祐巳様には何も心配することはございません、祐巳様の夢を借りるわけでは有りませんが、やはり祐巳様はこの学園にとって『太陽』なお方です。」





「本当に?」
「はい、本当に。」
「瞳子ちゃんにも?」
「うえ ・・・ も・ももも!!もちろん・・・ ですは!!」
「でも・・・この前・・・ ロザリオ・・・」 クスン
「もう! 先程も言ったとおり、其の時は私がバカだったからですは。私の事も気持ちの整理が付いたら祐巳様にお話します。」ふん! 
 言った後 は!! うは!? うえ〜〜〜〜
今、私すごい告白をしてしまったんじゃないかしら!!

「瞳子ちゃん」

雲が切れ、再び月の光が物置の中を照らすと、祐巳様は私に向いていた。

祐巳様は私を見つめていた、月の光に照らされた彼女は、その、とても美しくて素晴らしかった・・・

「夢で見たとおり、やっぱり瞳子ちゃんは『月』があってる、私の暗くなった心をこんなにも照らしてくれる、暖めてくれる、だからもう一度、お願いしたい、 彼方じゃなきゃ嫌なの。」

私の心はもう決まっていた、いくら月の光が心にとって暖かいといっても太陽(祐巳様)の暖かさ、慈愛、抱擁(夢だけれど、夢じゃない)には、誰にも勝てない。勝てるわけありません。

「では、言います!」 ごくり
「はい!!」 これまたごくり

「私は彼方の良い姉にはなれないかも知れない、でも、彼方が私の妹になってくれたら私は嬉しいし、幸せ、だ、だから、これを、彼方の首に掛けてもいい?」

祐巳様の首からはずされたロザリオは月の光に照らされ、まるでダイヤモンドのごとき輝きを放っていた。

「お受け・・・します・・・」
「ありがとう、瞳子ちゃん。」


窓越しの月だけが2人を見ていた。











もう一回、ちょびっと続く、はず?


  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





「まあ、大体予想していた展開よね。」
 ビリビリバリバリ!! (ハンカチを破っている祥子様)
「落ち着きなさいよ、祥子、ハンカチに罪はないでしょう?」
「で、でも私の祐巳が〜〜〜〜」涙はらはら、ハンカチビリビリ!!
「もう、彼方もこれでおばあちゃんなのよ、しっかりしなさいよ。ね?」

「・・・それもそうね、でも、とりあえず腹いせ第2弾行きましょうか。」
「え?」
「聖様と令が隠れてラブラブって、由乃ちゃんと志摩子と静さんに教えるの。」
   ぶっ!!
「 マジでやめて、お願い!!うそだし!!そんなことないし!!」青ざめる令様
「もう、メール送っちゃった。うふ。」


【1132】 (しょぼん)心を吹く風  (ROM人 2006-02-15 13:01:33)


『午前0時をお知らせします』
ラジオが2月14日の終わりを告げた。

祥子は今年も忘れている。
もしかしたら、祐巳ちゃんあたりが思い出してくれるかなぁーなんて少しは思ったけれど、
電話もチャイムも鳴ることはなかった。
リリアンを離れ、共学の大学に進んだ私はもしかしたら渡す立場だったのかもしれない。

いやね、私泣いてなんていないわよ。
目が、ちょっとだけ汗をかいてるだけ。

♪〜

あっ! 携帯にメールが!?
祥子……やっと思い出してくれたのね!


『おっす、蓉子元気? ふふふ、じゃーん。 志摩子からおいしそうなチョコレートケーキが届いたんだ♪〜』


_| ̄|○……聖からだった。
しかも、ご丁寧にチョコレートケーキの写真が貼付されている。
自慢かよ! 惚気かよ! ウワァァァンヽ(`Д´)ノ!!




……そして、去年は一日遅れで届いた祥子のチョコレートだったが、今年はついに3月になっても届かなかった。
完全に忘れられちゃったみたい。
あんなに「お姉さま、お姉さま」って言ってくれていた祥子が懐かしい。
祐巳ちゃん……ちょっとでいいから私に祥子を返して………。
ほんの少しだけでもいいから……。


私の枕は何故か今日も濡れている。
……だから、泣いてないんだってば。


******************
お久しぶりです。
名前の通り、最近はROMオンリーです(笑)


【1133】 小さな部屋つぶやき  (六月 2006-02-15 15:59:36)


『黄薔薇交差点』

┣ 『気づいた時には 【No:1074】』
┣ 『負けじ魂増殖 【No:1081】』 (分岐点)
┣ 『ためらわない君の首筋に 【No:1091】』 (由乃)
┣ 『迷わず歩き出す誰も知らないしゃべり場 【No:1103】』 (由乃)
┣ 『実質的な制圧宣言ノーと言えない招待されて 【No:1123】』

続き。菜々独白
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

私、有馬菜々には友達が居ない。
いや、正確に言うなら「心を開ける親友・仲間が居ない」だろうか。
別に人付き合いが悪いわけでもなく、人間嫌いでもないのだから。

ずっと昔、まだ小さかったころにはそんな想いを持つことは無かった。
そう、あれは小学校に通い始め、剣道を始めてからだろうか・・・。
祖父は私に剣道の素質があるという。
事実、同年代の子達よりも早くに昇段し、練習相手は姉さん達や年上の子が多く『特別』扱いされた。
しかし、それは結果として同い年の子達から浮いてしまうという事にも繋がった。

私は祖父の養女となり有馬の姓を名乗ることになった。
一番上の姉さんは田中の姓と道場を継ぐことが決まっているようなもので、自分には関係が無いと考えていたようだ。
しかし、あとの二人の姉さんにとっては、私が有馬を継ぐというのはかなり微妙な気持ちだったらしい。
姉妹仲が悪くなったということは無いが、年上である姉さん達よりも私が認められていることに、割り切れない何かがあるのは確かだ。
姉妹の中で私だけが『特別』なのだ。

中学に入るとき、姉さん達とは別の学校を選んだ。
学校で剣道を続けるのに、姉さん達と、いや姉さん達が比較されることが面白くなかったからだ。
それに四姉妹で一人だけ姓が違うことをとやかく詮索されるのもつまらない。
姉さん達と違う道を行くことで面白い何かが見つかるかもしれないという期待もあった。
実際リリアンの校風は独特で面白い。驚きに満ちていた。
だが、ここでも私は浮いてしまうことになった。中等部からの入学組であり、剣道に長けていることが知れ渡り、『特別』視されている。


一人きりの部屋で布団に包まれ、天井の染みをぼんやり眺めながら考える。
いつも『特別』扱いされていた私を普通に扱ってくれたのは島津由乃さまが初めてだった。
リリアンの生徒でありながら太仲の応援をしていたことも、田中四姉妹の一人とわかっても、生来の冒険好きが顔を出し突っ走っても変わらなかった。
それはとても嬉しくて・・・怖かった。
山百合会という『特別』に自分の身を置くことが。なにより、令さまのように由乃さまの『特別』になることが。
だから、由乃様とぶつかり合い、距離を置く・・・逃げてしまっていたのかもしれない。

しかし、もう逃げることは出来ない。白薔薇さまと紅薔薇さまに追い詰められてしまったのだから。
「でも、今さらどんな顔して由乃さまに会えばいいのよ?」
『うるさいよ!菜々!』と姉さんたちに叱られるまでずっと、布団の上を頭を抱えてゴロゴロと転がりまわっていた。


【1134】 (記事削除)  (削除済 2006-02-15 22:29:45)


※この記事は削除されました。


【1135】 甘い時間  (琴吹 邑 2006-02-15 23:18:01)


 その日は事件があった日。彼女が初めて薔薇の館に来た日。
 彼女と扉でぶつかったときその時から私は、彼女に惹かれていたんだと思う。
 それが何故なのかわからない。彼女を見た瞬間、私は彼女が欲しいと思っていたのだ。
 だから、彼女が申し訳ありませんと言った時は正直ショックだった。
 彼女が薔薇の館を去った後、二階からその背中を、見送っていると、心が疼いた。
 そして、心の奥底から、何とも言えない気持ちが、沸々と湧いてきたのだ。
 だから、私はわざわざ彼女の後を追いかけて宣言したのだ。
「必ずあなたの姉になってみせるから」と





 館に戻ってくるとそこにはお姉さましかいなかった。
 他の人たちは私が彼女を追いかけている間にもう帰ったようだ。
「お帰り。祥子。ここに座りなさい」
 そう言って、私を隣の席に座らせた。
 お姉さまは私が座るのを見るとすくっと立ち上がり、座っている私の背後に回った。
 次の瞬間感じたのは、香水のような甘い匂いと温かいお姉さまの体温。
 そして、ぎゅっと抱きしめられる感覚だった。

 耳にかかる吐息。その感覚は稲妻のように、私の背筋を通り抜ける。
 綿菓子に包まれているような甘い感覚。
 その感覚に、私は今までの憂鬱な思いも昂揚した思いもすべてお湯に入れた一匙の砂糖のように溶けていく。



 その体勢は、お姉さまが私に甘える時間の始まりを告げる合図だ。
「祐巳ちゃんに振られちゃったわね」
 お姉さまの甘えは、私にとってあまりおもしろくない言葉から始まった。
「ええ。でも、私は、祐巳を必ず妹にします。私は……」
「祥子」
 お姉さまはそう言って、私の決意の言葉を遮った。
「そんな言葉、今は聞きたくないわ。紅薔薇さまとしては、一刻でも早く妹を作ってほしいところなんだけどね」
 そう言いながら、お姉さまは私の首元に顔をうずめる。
「祥子の姉としては、あなたを祐巳ちゃんに取られるのは、やっぱり寂しいからね」
 お姉さまは耳元でそうささやき、さらにぎゅっと私のことを抱きしめる。それにより密着度がまた一段強くなる。
 今の私にとってその感覚は至福とも言える感覚だった。
 いつもは私がお姉さまに甘えているのだけど、たまにお姉さまはこうやって私に甘えてくれる。
 小笠原家の重要人物ではなく、私という人間を心から必要とされている。それが心に直接伝わってくる。
 それが嬉しくて私はお姉さまに抱かれながら、目をつむりお姉さまに身体を預けた。


 それから先は沈黙の時間。その沈黙は甘く優しい。
 私たちはお互いの体温と匂いを感じながら、長くて短い間、二人だけの時間を心ゆくまで楽しんだ。


 やがて、私にとって至福の時間も終わりを告げる。
 お姉さまがそっと、私を抱きしめる手を緩める。
 いつもなら、すぐにでも、私に甘えるお姉さまは姿を隠すのだが、今日は違った。
「祥子、今日あなたの家に行って良いかしら、ピアノを聞かせてほしいの」
「いつもの曲ですね?」
お姉さまがうちに来てくれることも嬉しいのだが、この曲をリクエストしてくれるのはもっと嬉しい。
「ええ、いつもの曲よ」
 お姉さまはそう言ってにっこり笑う。

 お姉さまが私に甘える時にリクエストする曲。
 それは、私の気持ちそのものだから。

 お姉さまがリクエストする曲はエリック・サティの「ジュ・トゥ・ヴ」

 その意味は『あなたが大好き』


【1136】 貴女しかいないでもレイニー再び  (くま一号 2006-02-16 01:51:12)


〜〜〜 聖ワレンティヌスがみてる 〜〜〜 Part (謎)

「前書き姉妹ですぅ。祐巳さま、なんなんですか Part(謎)ってのは。(謎)ですよ(謎)」
「そのー、ね、瞳子ちゃん、ほんとは15日締め切りのイベントを週末まで延ばしてもらったの。それでも書き上がるかどうか全然自信ないのよ」
「だからっていきなりタイムワープってその」
「名付けて『銀杏の中の桜方式』」
「はあ、先を書いちゃってあとからつじつまを合わせるんですか。今野先生でさえ苦労して裏視点からのBGNを付け加えてやっと何とかなったという、あれをやるんですね、カクゴはいいですかカクゴは」
「自爆のカクゴはできてるわよ」


┌【No:1084】
├【No:1109】
├【No:1111】
ずーっと先

├これ

【No:440】→【No:511】の設定が下敷きになってます。

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「……残念ですが…お断りさせていただきます」

 菜々は、由乃に深々と頭をたれた。 

 選挙の開票結果発表のあと、公孫樹並木でようやく菜々を見つけた由乃は『ちょっと早いけど、高等部に入学したら私の妹になってほしい』とロザリオを渡そうとしたのだった。
 時としてかなり無理やりな理由をつけて何度も『デート』につき合わせている由乃としては、断られるとは思ってもみなかったのだが、菜々は少し冷めた目をして断った。

「理由、聞かせてくれるかしら?」
「招いていただいたクリスマス会でのこと、覚えていらっしゃいますか?」
「ええ、当然でしょ」
「会、自体は大変楽しかったです。 お招きいただいて感謝しています。 ただ、あの時、支倉令さまが他の大学を受験されると由乃さまに告白された時……事前に聞かされていなくて驚いたとはいえ、その瞬間他の事に目が行かなくなられましたね。その前は令さまのお見合いと聞いて飛び込んで壊そうとした。私はそれを見てどう考えたと思います?」

 菜々は正面から由乃を見据える、その強い意志を持った瞳に押されそうになる。
 言葉が出てこない、怒りから? 由乃はブルブル震えだしそうになる手を押さえて首を横に振る。

「この人の世界は”支倉令さま”なんだ”支倉令さまが中心”なんだ、そういう狭い範囲の関係で満足できてしまうんだ。 紅薔薇のつぼみも白薔薇のつぼみも同じですね。 お二人も姉は甘えさせてくれればいい、私にはそう感じられました。 そして由乃さまは”支倉令さまが居てくれれば他はなにもいらない”んだと……」
「そ、そんなこと…「無いって言えますか?」」

 由乃と菜々の間を冷たい風が吹き抜ける。 由乃が次期黄薔薇さまに決まったというのに晴れやかとはいい難い二人の雰囲気に下校する生徒達は遠巻きにして通り過ぎて行く。

「支倉令さまも考え無しにしていらしたと思いますけれど、無責任に甘やかしていらしたんじゃないですか? 由乃さまが『令ちゃんの由乃』でいるのをどこかで安心している令さまがいる。 由乃さまもそれに甘えて今のままでいいやと思っている」
「私だけじゃなく令ちゃんの」

 由乃はキッと菜々を睨み付けると手を振り上げる、しかし由乃のそれに反応できない菜々ではない、平手が当たる前に片手だけで完全にガードしてしまう。

「由乃さま。黄薔薇さまを越えようとは思わないんですか」
「令ちゃんを、越える?」
「ええ」
昂ぶることもなく、菜々は淡々と話し続ける。

「私にとって、姉というのは実の姉たちです。みんな尊敬する姉であり、剣の道では先輩であり師です。そして倒すべきライバルでもありました」
「師……」
「その姉たちに私は打ち勝ってきました。でも、勝ったからといって姉妹の順番が変わる訳じゃありません。やっぱり尊敬する大好きなお姉さんです。姉妹、というのはそういうものだと思ってきました。そしてその彼方に令さまがいる。それなのに」
「……菜々」

「由乃さま」ぎらり、と由乃をねめつける。
「あなたには、黄薔薇さまを越えようとする気概が、意志が感じられない。いつも甘えるだけの、受け止めてくれるだけの令さまに慣れてしまった。高等部でお会いした方々の中で、師を越える気概を持っているのは笙子さまだけだったんです」

「……そう、そんな風に見えていたの。でも、私はともかく祐巳さんや乃梨子ちゃんもそうだっていうの? よく見もせずに言っているなら許さないわ」
「そうでしょうか。乃梨子さまにとって白薔薇さまは完璧なマリア様。まして祐巳さまにとっての紅薔薇さまは絶対なのではありませんか。姉を越えようなんて考えてもいないのではありませんか。考えていたら、なぜ祐巳さまは立候補を渋ったのですか。リリアンの大学部へ行ったらそのまま祥子さまが紅薔薇さまの役をしてくれるとでもいうのでしょうか。そんな人達が薔薇さまを務められますか」
「菜々、それ以上、私の大事な人たちのことを言ったら」

「そして、由乃さま、なぜ笙子さまの撮った写真を見ないのですか。由乃の令ちゃんが敗れたところなんか見たくもないですか。令さまを破ろうとするのなら見なければいけないのではありませんか。それとも」
「それとも?」

「相手がちさとさまだから見たくないんですか」


 ぱしいぃぃぃ


 あ……やっちゃった……。菜々、避けなかったな……。
どこか非現実的なところで考える。


「…スール制についてとやかく言う気はありません。 ただ私は、そんな狭い範囲で満足することは出来ませんから。 せっかく高等部に来て、中等部以上に自由に動き回れるようになるのに『少数の人間関係で満足しなさい』なんて、そんな縛りは願い下げです」

「わかったわ。もう、二度と言わない。でも、これだけは言わせて」
「はい」
菜々の眼が由乃を見つめる。これが、最後だ。なぜ、こんなことになるのだろう。

「菜々の言うような師弟関係だったら、教師と生徒がいればいいわ。姉妹なんかいらない。前の紅薔薇さまの言葉だけどね、『姉は包み込んで守るもの、妹は支え。』っていうの。 あなたが理解する時がくるのを祈っているわ。そしてその時に後悔しないことも」
「後悔はしません。 ごきげんよう」

「ごきげんよう、菜々。叩いてごめんなさい」
「いいえ。それくらいの覚悟はしていました」

 くるり、と踵を返し、振り向きもせずに菜々は去った。




「振られちゃったよ、笙子ちゃん」
菜々の去った方を見つめたまま、由乃が言う。

「お気づきでしたか」
 公孫樹の陰から出てくる笙子ちゃん。
「ふふ、蔦子さんみたいなわけにはまだまだいかないわね。撮った?」
黙って首を横に振る笙子ちゃん。
「せっかくの大スクープなのに」
島津由乃ともあろうものが、笑いがひきつってるんだろうな。

「菜々さんは以前の由乃さまを知りません。菜々さんのスタート地点に立つまでに、由乃さまが16年かかってることを実感として知らないんです。だから黄薔薇さまとの姉妹関係なんてわかるわけが……」
「だからなに!? 菜々にとっては、今の菜々にとってはそんなこと関係ないのよ」
「説明すればいいじゃありませんか」
「ううん。詳しく聞きもせずに菜々がそう思うのなら、それだけの縁だったのよ」
「でも……」
「でもはなし。もう、終わったの」

「なんで笙子ちゃんが泣くのよ」
「だって……」
「それより、笙子ちゃん、あの連続写真、ちょうだい」
「え?」
「こうなったら意地よ。菜々は令ちゃんと手合わせの約束をしてるの。支倉道場でね。そのときに令ちゃんも菜々も、まとめてなで斬りにしてやるわ」
両手をぐっと握りしめる。

「はいっ。由乃さまっ。」
涙を押し隠すように、にっこり笑う笙子ちゃん。

「あ……」
「なあに?」
「条件があります」
「皆まで言うな。そなたの姉と共に撮り放題差し許す」
「姉じゃありませんっ」


「……うまくは、いかないね、笙子ちゃん」
「……はい、由乃さま」

「とはいえ、ねえ。これから例によって支倉・島津家で祝賀会なんだわ」
とほほの顔になる由乃。
「ねえ、一人分予約余っちゃうからさ、来ない?」
「え、え、来ない、って私ですか?」

「他に誰がいるのよ。あなたよ、笙子ちゃん」
「そんなあ」
「ずっと私の妹代わりでがんばってくれたわ。今日ぐらいいいじゃない。蔦子さんは……今日は祐巳さんから離れないわ」
「そう……でしょうね……」

「ほーら、そんな暗い顔しないっ」
笙子の肩に腕を回す由乃。
「きゃん。はい、今日はお伴します」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「というわけなんだけどね、瞳子ちゃん」
「って前回はまだ1月の3学期始まったトコロじゃないですか。いきなり当選発表ですかあ?タイムトラベルものじゃないんですから」
「そうなんだけどねえ、ケテル・ウィスパーさまの発端からはじまった競作、風さまと六月さまのストーリーが進んでしまうと、かぶりそうなのよ。まつのめさまの挑発に乗ってしまった以上これは早く出したかったの。それにHDDの藻くずになっちゃったヤツ、思い出したところから投入していかないとほんとにもう時間がないのおー」
「読者無視ですね。しかもこの物語時間で、まだ一月下旬ですよ。決着はバレンタインですよバレンタイン。まだ3週間あるんですよ」
「げ。ゆるしてください。まあそのー。はい。まあ、刑事コロンボみたいな倒叙ってのもあることだしぃ」
「ぜんぜんちがいますっ」
「えーと、風さまとのコメントで書いたように、ケテルさんの部分は魅力的なんだけど、前提抜きで吹っ飛びすぎているから、回想シーンにするか時間を戻すしかないのよ。前提が必要なのね」
「まあそういうことにしといてあげますから、ちゃんと完結させてくださいね」



【1137】 始まりマリア象  (篠原 2006-02-16 02:06:10)


「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 爽やかな挨拶が澄み切った青空にこだまする中、祐巳はいつものようにマリア象の前で手を合わせ………
「って、象!!!」
 マリア様の頭が象さんだった。しかも穏やかに微笑んでるぅ!
「それはガネーシャです」
「うあっ!!」
 後ろからの声に祐巳が慌てて振り返ると、そこに居たのは駱駝に乗った女性だった。……象の次は駱駝ですか。っていうか誰?
「私はゴモリー。ある御方の使いであなたを迎えに来ました」
「あるおかた?」
「それはお会いになればわかります。ちなみに島津由乃はアスタロトから、藤堂志摩子は大天使から迎えを受けています」
「由乃さんと志摩子さんが?」
「二人のことが気になるのなら、それについても聞くことができるでしょう」
 胡散臭い。とても胡散臭い。そもそもガネーシャって何? アスタロトって? なぜ駱駝?
「このあたりは『歪み』があって異世界との干渉を起こしています。本来この世界に存在しないはずの悪魔が実体化しているのもその為です」
「へえ……」
 半笑いを浮かべた祐巳のすぐ傍を、御伽噺に出てくるような妖精が通り過ぎた。
「いきなりで戸惑うのもわかります。少しあたりをまわってくれば状況はわかるでしょう。ですが、あまり時間はありませんよ」

 状況がまともでないことはすぐにわかった。神話や伝説の中の存在があたりを徘徊しているのだ。道なりに進んで角を曲がると、目の前に犬の顔があった。二本足で立って、手には棒切れを持っていたが。祐巳の姿を認めたそれは、その棒切れをふりかぶった。
「きゃああああああ」
「伏せてっ!」
 頭を抱えて蹲った瞬間、目の前のそれが吹っ飛んだ。
「……え?」
「あいかわらず無防備なんだから。祐巳さんは」
「由乃さん!!!」
「はい。ごきげんよう」
 びゅんっ、と手にした木刀を一振りして笑顔で応える由乃さん。
「ご、ごきげんよう………じゃなくて! なに、なにこれ? どうなってるの?」
「落ち着いて、祐巳さん。大丈夫だから。ううん、むしろ好都合なのよ。私は力を手に入れた。もう病弱だの体力無しだの言わせない! なんだってできるわ。祐巳さん。あなたもコチラにきなさいよ。この力で一緒に世界を掴みましょう」
「由乃、さん?」
「お待ちなさい」
 差し伸べられた手を取ろうとした瞬間、横から声がかかった。
「志摩子さん!?」
「ちっ!」
 憎々しげに舌打ちする由乃さん。ちょっと信じられない光景だった。対する志摩子さんも厳しい視線を由乃さんに向けていた。
「祐巳さん。惑わされてはいけないわ。由乃さんは手にした力に溺れているだけ。それでは世界を混沌に導くだけだわ」
「それが何? 力あるものがその力を行使することに、躊躇う理由なんてないでしょう」
「力だけでは何も解決しないわ。その考え方が世界に混乱を呼ぶのだと、何故わからないの」
「自分達に従わないものを力ずくで排除する輩がよく言うわね」
「残念なことだと思います。でも秩序だった世界の為には仕方のないことです」
「はっ、聞いた? 祐巳さん。自分達の価値観を押し付けて、異なる価値観を排除する。どこの独裁者よ。人から自由も意志も奪う世界にどんな意味があるっていうの?」
「自由と言えば聞こえはいいけれど、皆が己の欲望にまかせて行動していたら、虐げられるのは弱者です。
 私達が目指すのは弱者が弱者というだけで虐げられるようなことの無い平和な世界。由乃さんならわかってくれると思ったのだけれど?」
「うるさいっ!!」
 本気の怒号。
 二人の言葉はどこまでいっても平行線のようだった。
「今更話をするだけ無駄よね」
 そう言って由乃さんは、祐巳を救ってくれたその剣を志摩子さんに向ける。わずかに身を沈めると、次の瞬間弾けるように突進した。普通の人であるところの祐巳の目では追いきれない程のスピードで。

 真正面から突っ込んでくる由乃に対し、志摩子はふわりと体を横に開き、舞うような動きでその突進をひらりと躱した。
「菜々!」
 間髪入れず叫ぶ由乃。
 その一撃を躱して体が流れている志摩子の横合いから、小柄な人影が突っ込んでくる。それを認めた志摩子は体が流れるままにふわりと回りながら遠心力にまかせて腕を横から振り抜いた。
 竹刀に横からの衝撃を受けて、菜々はわずかに姿勢を崩す。その横を腕を振り切った回転そのままにゆるやかにまわりながらすり抜けていく志摩子。
 眼前に迫る切っ先を掌で横からはたいたのだ、と気付く。おそらくその反動すら利用しての回避だろう。
 直後、菜々は足を踏ん張って無理矢理体の行き足を止める。ギリギリと足にかかる負荷を無視して踏ん張ったその勢いを逆方向へ開放し、志摩子の背後から追撃をかける。
 ゆるやかな回転を止めた志摩子は視線を由乃の方に向けていた。
 (とれる!?)同時に感じるかすかな違和感。進路を塞ぐように飛び出す人影が視界に入るのもまた同時だった。止まれない。避けられない。咄嗟に菜々は竹刀を新たに現れた人影に叩き付けた。
 一瞬の交錯の後、大きく退がって距離をとる菜々。
 二人の間に立ち塞がったのは、両手に一刀ずつ二刀を構えた乃梨子だった。その二刀をもって、菜々の一撃をはじき返したのだ。
「遅くなってすみません」
「いいえ、助かったわ。乃梨子」
 視線を由乃に向けたままの志摩子がわずかに笑みを浮かべる。
「由乃さん。今日のところはこのくらいにしておきましょう。祐巳さんが困っているわ」
「逃げる気?」
「由乃さま」
 あくまで戦闘態勢を崩さない由乃だったが、味方のはずの菜々にまで諌められて、ムッとしたような顔になる。
 だが、潮時だ。と菜々は思った。最初の一撃、奇襲が躱された時点で機は去った。切り返しの追撃をかけたのは、あまりに鮮やかに避けられたが為に、菜々の剣士の部分がうずいたからにすぎない。
 まして2対2になった以上、このまま続けるのは得策ではなかった。それは由乃もわかっていることだ。
 渋々構えを解く由乃を見て、それまでただ成り行きを見ているだけだった祐巳は大きく息を付いた。

 そんな様子をわかっているのかいないのか、志摩子さんは気にした風もなく言葉を続ける。
「祐巳さん。よく考えて自分で決めて。あなたの進むべき道を。私達はあなたを歓迎するわ」
 いつものような穏やかな笑みを浮かべてそう告げると、志摩子さんは踵を返して立ち去った。後を一度も振り返ることなく。その後ろを、祐巳に目礼した乃梨子ちゃんが、こちらは由乃さん達から視線を外すことなく志摩子さんの背後を守るように付いて行く。
「ふん。気取っちゃって」
 面白くなさそうに由乃さんが呟く。が、すぐに気を取り直したようにニッと笑った。
「まあ、いいわ。今回は祐巳さんと話したかっただけだし」
 そしてあらためて祐巳を見て言う。
「祐巳さん。よく考えて、そして決めて。私はいつでも大歓迎だから」
 志摩子さんと同じようなことを言って、由乃さんも引き上げていく。その後をペコリとおじぎをした菜々ちゃんが続いていった。
「……なんなのよ」
 言うだけ言ってさっさと引き上げていった友人二人を見送って、祐巳は一人途方に暮れる。
 この後、人も悪魔も巻き込んだ2つの陣営、ロウ(秩序)とカオス(混沌)の争いに否応も無く巻き込まれていくことになるとは、神ならぬ身の祐巳には知る由も無かった。


 皇紀26XX年、世界は悪魔の跳梁跋扈する異界と化した。
 これが後に『時空歪曲現象における異世界相互干渉作用及び異種生命体顕現による世界侵食』と呼ばれることになる事象、俗に『リリアン黙示録』とも呼ばれる大厄災の、世界の終わりの始まりだった。






        『真・マリア転生 リリアン黙示録』 始まります。

【No:1137】→【No:1885】→【No:1984】→【No:2022】→【No:2035】→【No:2122】→【No:2155】→【No:2174】→【No:2231】→【No:2296】→【No:2355】→【No:2385】→【No:2418】→【No:2434】→【No:2581】→【No:2627】→【No:2724】→【No:2760】→【No:2793】→【No:2807】→【No:2856】→【No:2934】→【No:2953】→【No:3099】


【1138】 困った銀杏サブレ二人だけの秘密  (Y. 2006-02-16 09:09:53)


ごきげんよう、祐巳さん


あ、ごきげんよう、志摩子さん。今から薔薇の館?


えぇ、今日はお菓子を焼いてきたから皆さんで頂こうと思って。さっきも乃梨子に食べさせてあげたらとても喜んでいたわ。


うわぁ、楽しみだなぁ。昨日新しいお紅茶も入れたし丁度よかったね。


そうね、でも紅茶よりも緑茶の方が合うかもしれないわね。


あれ? じゃあお菓子って和菓子なの?


いいえ、サブレよ。


???


あら、気になるんだったら一枚食べてみる? たくさんあるから大丈夫だと思うの。


え、ホント? じゃあ一枚もらお・・・・・・うぷっ、この臭い、もしかして・・・・・・


えぇ、銀杏よ。この前一度試しに創ってみたら案外においしかったんだけど何だか物足りなくて。
今回は大きめにすり潰して食感も楽しめるようにしてみたの。


って、ほとんどまるごとじゃん!


あら、そうかしら。ほら、どうぞ


う・・・・・・やっぱり、今はいいや。みんなで食べる時にし


・・・・・・食べてくれないのね? こんなにおいしいのに・・・・・・


あああぁぁぁ、食べる食べるよぉ〜〜。だから泣かないで〜〜


うん。はい、祐巳さん、あ〜〜〜〜〜〜ん


えぅ? ももも、もし、もしかして?


あ〜〜〜〜〜〜んv


い、いや、自分で食べるからそれはちょっとやめ


あぁん?


ナンデモナイデス、ハイ


あ〜〜〜〜〜〜ん


えぇい、ままよ! あ〜〜〜〜〜〜ん・・・・・・ごふっ、うぶ、もきゅも、うぐぐ、銀杏生だ、もはぁっ、ごぶっ、も、もきゅもきゅ・・・・・・ごくん。


どう?


まz、お、おいしかったよ・・・・・・だからこれは二人だけ・・・・・・いや、乃梨子ちゃんと三人で食べたいなぁ、ううん食べないといけないなぁ〜〜〜はははっはは(お姉さま、お姉さまは私が守ります)


あらだめよ、祐巳さん。まだ欲しかったら何度でも作ってあげるわ。でも今日は独り占めはダメ。・・・・・・あら、もうこんな時間、急がないと


あ、待って志摩子さん。あう、動いて、動いてよぉ私の体! このままじゃ、お姉さまが、皆の命がぁ!


ガサッ


!! 誰?


ゆ・・・・・・祐巳さま・・・・・・ガクッ


の、乃梨子ちゃん! だ、だいじょう・・・・・・ぶ・・・・・・? バタッ




翌日、志摩子以外の山百合会メンバーは総じて学校を欠席したという。


【1139】 一騎当千あなたに私は倒せない狙う  (亜児 2006-02-16 19:31:37)


 「ふぅ・・・・。」

 私は思わずため息をこぼした。すると隣にいた乃梨子がそれに
気づき、心配そうな顔で私の顔を覗き込んでくる。

「大丈夫ですか?」
「ええ。この戦争が終われば、きっとみんなが平和に
 暮らせる世の中になるはずよ。」
「それを信じて、今日まで戦ってきました。ケッツェンベルグさえ
 落としてしまえば、きっとこの戦争は終わります。」
「そうね。明日は早いわ。もう寝ましょう。」
「はい。」

 そう言って私と乃梨子は毛布にくるまった。もう何ヶ月も自分のベッドで
寝ていないことに気づいた。今は戦争なんだ。そんなことを愚痴っても仕方ないこと。
隣の乃梨子はすでに気持ちよさそうな寝息を立てて夢の中だ。何回やっても
市街戦は好きになれない。視界が悪く、相手の方が有利で同じ時間戦ったと
しても、精神の消耗度合いが全く違う。いけない。こんなことを考えるとますます
目が冴えてくる。今は明日のために少しでも眠らなきゃ。眠れなくても横になって
目を閉じているだけで体力は回復するそうだ。この部隊に入ったばかりの時に
先輩の兵士が教えてくれたことだ。

〜次の日〜

 私たちの部隊は予定通りの時刻にキャンプを出発して
ケッツェンベルグの街へと向かう。
ケッツェンベルグ。相手の国の首都。ここさえ陥落させてしまえば長きに渡った
この戦争に終止符が打てる。戦場においての雑念は即、死につながる。
馬を走らせながら、私は心から全ての雑念を捨て去ってゆく。先頭を走っていた
部隊長が馬を止める。私たちもそれに習って馬を止めた。

「今日のこの戦に勝利すれば、この戦争は終わりだ。
 国に待っている大切な人のためにも、絶対に生きて帰れ!
 俺が言いたいのはそれだけだ!」
「はいっ!!」

 部隊長の言葉に全員が返事をかえす。そう。全ては今日で終わる。国の王宮に
いるあの方のためにも絶対に負けられない。隣にいた乃梨子は、微笑みながら
手を重ねてきた。

「志摩子さん。気合いが入るのはわかるけどまだ始まってないんだよ?
 緊張してたら普段の力が出せないよ。」
「ふふふふ。それもそうね。」

 乃梨子のおかげで妙な緊張感から解放された。後は斥候の合図を待って
攻め込むだけ。予定時刻を少し過ぎた頃、街から合図が送られた。

「全軍、突撃ーーー!!」

 部隊長の合図で、全員が街へ向かって馬を走らせる。乃梨子はぴったりと私の後に
ついてくる。特に約束もしていないのに、こうしたことがいつの間にやら
当たり前になっていた。

「行くわよ!乃梨子!」
「はいっ!」

 事前の打ち合わせ通りに私たちは、部隊から離れて別行動を開始する。私たちだって
好き好んで戦争してる訳じゃない。無益な殺生はするなというのが私の部隊の
信条だった。私たち2人で敵の大将を捕らえて短時間でこの戦いを終わらせるのだ。
逆に言えば、私たちが手こずればそれだけ両軍に死者が増えることになる。多くの
人の命が私たちに懸かっている。馬を走らせると事前の情報どおりに塀が壊れて
中に入れる場所が目に入った。馬を止めて、辺りを警戒しながら街へと侵入する。

 陽動が上手くいっているらしく、私たちは1人の敵に遭うこともなく敵の
本陣近くまで、接近することに成功する。本陣には最低限の見張りしかいない。
私は乃梨子と顔を見合わせて静かにうなづいた。小声でカウントダウン。

「3、2、1、GO!!」

 私たちは、GOの合図で物陰から飛び出して、本陣へと突撃する!!不意を
つかれた護衛の兵たちは、武器を構える間もなく昏倒するしかなかった。

「待ちかねたわ!」
「?!」

 声のする方を見ると、長髪の女騎士がゆっくりとこちらへ歩いてくる
ところだった。確か祥子とかいったか。この国の最強の使い手のはずだ。
その彼女が最前線ではなく、こんな処に?

「ふふふ。裏をかいたつもりでしょうけど、そうはいかないわ。」
「全てはお見通しという訳ですね・・・・。」
「この小笠原祥子。逃げも隠れもしません!正々堂々、1対1の
 決闘を申し込むわ。」
「わかりました。受けて立ちます!」
「ちょっと志摩子さんてば。別に奴の誘いにのらなくても・・・」
「彼女は人を騙すような方ではないわ。心配しないで。」

 私の身を案じた乃梨子が口を挟むが、私の心はすでに決まっていた。この人を
倒して、この戦いに幕を引く!乃梨子を下がらせて祥子の前へと歩み出た。
お互いに武器を構える。私は、ずっと愛用してきたショートソード&スモール
シールド。対する祥子の武器は、レイピア。細めの刀身を持つその剣は、
リーチを活かした突きには優れる反面切る、なぎ払うといった攻撃には向いていない。
 
「それならっ!!」

 私は地を蹴って祥子へ突撃する。一見、自殺行為にも思えるこの行為にも
はっきりとした理由がある。相手の長所をつぶしてやればいいのだ。しかし、
自分の予想よりも長い間合いから祥子の攻撃が私を捉える!

「ランページ・バレット!!」

 超高速で繰り出させる無数の突き。≪紅蓮の剣舞≫との二つ名をもつだけ
あって、その技のキレ・スピード・破壊力。どれをとっても今まで倒して
きた者の比ではない。シールドでガードをしているが、突きの威力で私は
ジリジリと交替してゆく。

「どうしたの?一騎当千の≪エンジェル=ダスト≫の力はこんなものなの?」
「はっ!」

 私は一旦後ろへ飛び、間合いを取る。相手のペースで戦えば負ける。
私と祥子の剣技は、おそらくほぼ互角。それは相手も同じことを
考えているのがわかる。無茶な攻撃は仕掛けずに、呼吸を整えている。
こうしてにらみ合っている間にも、両軍には死者が増えていくのだ。
堪えきれずに私は仕掛けた。

「甘いっ!!」

 私の攻撃を紙一重のところで避けると、避けた動作から突きを繰り出す。
無防備な姿勢の私は、その攻撃を避けることが出来ずに肩から出血する。

「ぐはぁあ!」
「最強の使い手と聞いていたけど、この程度なら私が相手を
 するまでもなかったかもね。」
「それでも、貴女に私は倒せない!」
「その身体でいつまで戦えるのかしら!」

 祥子は勝機と感じ取ったのか怒涛のラッシュを仕掛けてくる。気づいた身体で
なんとか攻撃をしのいでいく。ピンチの中にこそ、チャンスがある!攻撃を避けて
いくうちに私は壁まで追い詰められてしまう。祥子の口の端がわずかに上がった
のを私は見逃さなかった。

「もう逃げ場はないわ!ランページ・バレット!」
「ガーディアンジャッジメント!!」

 限界まで研ぎ澄ませた集中力で祥子の技の先端をシールドで受け流し、
相手の姿勢を崩す。そのままシールドで祥子の身体を打ち上げ、連撃を
四肢に叩き込み、最後に左回し蹴りで壁に叩きつけた。

「ぐはぁああああああ!」

 私は着地すると剣を鞘へ納めると、倒れている祥子へ近づいてゆく。
空を見上げる祥子の表情はスッキリしたものだった。

「私のランページ・バレットを止めたのは偶然?」
「いえ、最初にその技を放った時に貴女の口の端が
 すこしだけ上がったのを見ました。きっと技を
 使う時のクセなんでしょう。」
「あの一瞬にそれを見抜いたというの?」
「ええ。それにきっと貴女はもっとも自分が信頼している
 技で止めを刺しに来ると思ったからです。だから
 そこを狙いました。」
「ふははははは。負けたわ。私の完敗よ。でも
 どうしてかしら?貴女を憎いとは思えないの。」
「信念によって戦う相手は、憎悪の対象にはなりえません。
 私たちは剣を通してしか理解できない仲間なのかもしれませんね。」

 私が目で合図を送ると、乃梨子は作戦終了を知らせる狼煙を上げた。これで
ようやく長かった戦争も終わりだ。私はそのまま踵を返して、乃梨子と
一緒に部隊へと戻っていった。明日は何もしないで、ゆっくり休もう。

(終わり)



  


【1140】 (記事削除)  (削除済 2006-02-16 23:11:55)


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【1141】 (記事削除)  (削除済 2006-02-17 01:21:03)


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【1142】 (記事削除)  (削除済 2006-02-17 23:19:09)


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【1143】 あなたを想っている  (琴吹 邑 2006-02-18 04:15:23)


 祥子が妹を作ろうとしている。
 その娘は福沢祐巳ちゃん。
 おとなしそうな娘だけれど芯はしっかりしている。そして、あんな風に巻き込まれたのに祥子をかばえる優しい娘だ。
 あの娘なら、凝り固まっている祥子の心をもっと、柔らかく温かくしてくれる。そんな予感がする。きっと祥子の心が今まで以上に柔らかく、温かくなる。
 それは私にとって、喜ばしいことだ。祥子は、最初、冷たく尖った氷のような心だったから。

 私と出会って祥子は変わった。冷たく尖った氷は少し溶けて丸くなった。それは、私にとって誇りに思うことだ。
 でも、それでも、彼女の中の氷を私では完全に溶かすことはできなかった。
 彼女はそれをやってしまう。そんな予感がする。

 私が祥子に対して、できなかったことをやってしまうであろう娘がいる。
 そのことを少しでも不快に思う自分がいるのがすごく嫌だった。


 祥子に妹ができる。今の状況を考えれば、紅薔薇さまとしては確かに助かることだった。今の山百合会は7人しかいないから。
 でも、祥子の姉として、それが嬉しいかと言われれば、それは複雑だ。祥子が妹を持つのは良いことだと思う。
 そうは思うが、祥子が私の元から離れて行ってしまうようで少し寂しい。いや、かなり寂しいのだ。
 今日だって、本当は祐巳ちゃんに振られた祥子を慰めてあげないといけないと、祥子の顔を見るまで思っていた。
 でも、祥子の顔を見たとたん、心が疼いたのだ。
 その疼きははとても強く、我慢することができなかった。
 だから、私は二人きりの薔薇の館で祥子を抱きしめたのだ。
 私が祥子の大切な存在であると言うことを確認したくて。

 いつもなら、それで心が落ち着くはずなのに、今日に限ってはだめだった。
 だから、今日は祥子にわがままを言ってしまった。
 祥子の弾くピアノが聞きたいと。

 私は、品行方正な薔薇さまだと思われているようだが、けしてそんなことはない。欲望を持った一人の人間なのだ。
 だから、妹である祥子を独り占めしたいと思ってしまう。
 それが祥子のためにならないとわかっていても。

 私はあなたの姉だから、あなたがどれだけ祐巳ちゃんを欲しているかわかってしまう。
 きっと、あなたは遅かれ早かれ祐巳ちゃんを妹にしてしまうだろう。

 だから………

 だから、あなたが私の妹から祐巳ちゃんの姉になる前に、いまは私だけの妹でいて。


 そう思いながら、私はいつもの曲をリクエストする。
 私が祥子にわがまま言う時に必ずリクエストする曲。

 それは、エリック・サティの「ジュ・トゥ・ヴ」
 
 その意味は『あなたが欲しい』



このお話は【No:1135】とリンクしています。


【1144】 (記事削除)  (削除済 2006-02-19 00:11:38)


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【1145】 (記事削除)  (削除済 2006-02-19 14:13:52)


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【1146】 (記事削除)  (削除済 2006-02-19 18:25:47)


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【1147】 忘れられない思い出もう我慢しない  (朝生行幸 2006-02-20 01:09:34)


「はぁ………」
 音楽室の窓際の席で、溜息一つ。
 『リリアンの歌姫』こと蟹名静は、気だるげな表情で、一人窓の外を見つめていた。
 廊下の方から聞こえる、パタパタという足音。
「掃除日誌忘れちゃったよ〜」
 言わずもがなのことを言いながら、慌てて音楽室に駆け込んできたのは、紅薔薇のつぼみの妹、福沢祐巳だった。
「祐巳さん…」
「あ、ごきげんよう静さま。いらしたんですか」
「ええ。…相変わらず、元気そうね」
「あーはは…、それだけが取り得ですから」
「そうね…」
 そのまま静は元の姿勢に戻り、窓の外に目を向けた。
 無為に時間が流れることしばし。
「あの…」
 沈黙に耐えられなくなったのか、遠慮がちに静に話し掛ける祐巳。
 日誌のことは、既に失念しているようだ。
「…何?」
 物憂げな目で応じる静。
「え、あの、えーと…。元気なさそうですね」
「そう見える?」
「はい。バレンタインの時は、あれだけお元気だったのに」
「まぁね。でも、何をするにも乗り気でない日ってあるでしょ」
「それはそうですが…」
 困った顔で黙り込む祐巳。
「ああ、ごめんなさいね。別にあなたを困らせるつもりは無いのよ」
 苦笑いしながら、慌てて祐巳を宥める静。
「実はね、祐巳さんには打ち明けるけど…」
「?」
「最近は、全力で歌っていないなぁと思って」
「はぁ、全力ですか」
「ええ。学校では、本気で歌うなって、くどいくらいに念を押されているのよ」
「どうしてですか?」
「それは…、ちょっと言えないわね」
「そうですか。でも、もうすぐここを去られるのに、未練を残したままでよろしいのですか?」
「!」
 祐巳の言葉に、ハっとした表情を浮かべた静。
 確かに祐巳の言う通りだ。
 未練を残さないためにも、生徒会選挙に出馬し、バレンタイン宝探しに参加し、志摩子とデートまでしたのだ。
 ここで、何を遠慮する必要があるのか。
 完全に吹っ切れた静は、先程とは打って変わって晴れやかな表情をしており、目がキラキラと輝かんばかり。
「ありがとう祐巳さん。そうよ、その通りなのよ!」
 立ち上がった静、天井に向けて拳を振り上げた。
「いえ、どういたしまして…」
 面食らったようで、目を白黒させる祐巳。
「じゃぁ、やるわ。祐巳さん、当然付き合ってくれるわね?」
「はい?な、何を…?」
 それには答えず、音楽室のド真中に立って、軽く発声練習をした静。
「それでは…」
 大きく息を吸い込み、腹に力を入れ、その口からゆっくりと発せられた歌。
 始めは小さく、だんだん大きくなってゆく。
 そして、際限なく大きく響き渡る静の歌声。
 壁がきしみ、窓がガタガタと音を立て始める。
 完全にリミッター解除モードの静の声によって生じた振動は、音楽室のみならず隣接する他の教室にも伝播していき、更には校舎全体にまで及ぶ始末。
 すぐ近くの祐巳は、あまりの声量に、耳を覆って目を瞑り、歯を食いしばらないと耐えられない状態。
 静の歌声が最高潮に達した次の瞬間。
 校舎だけでなく、体育館、図書館、お聖堂、クラブハウス、薔薇の館に至る全ての建物の窓ガラスが、轟音と共に砕け散った。

「は〜、スッキリ♪」
 これ以上は無いと言わんばかりに、満足げな顔の静。
「ありがとう、祐巳さんのお陰…ってあら?」」
 礼を言いつつ祐巳に目を向けるも…。
「………」
 彼女は、白目を剥いて気を失っていた。

 弁償は、出世払いになっていることはあまり知られていない。


【1148】 こんな気持ちはうぎゃぁぁぁぁぁぁ!哀れみたまえ  (mim 2006-02-20 01:25:24)


バレンタインディのイベントが終わり祥子が靴を履き替えようとしたらロッカーから手紙が出てきた。

『日曜日の夕方、薔薇の館にいらしてください。 Yumi & Toko』

すったもんだの挙句、二人は姉妹となり、今日の祐巳のカードも瞳子ちゃんが見つけたようだ。

「結局なるようになったということね。ちょっと淋しい気もするけど、これで私も安心して卒業できるわ」


日曜日、祥子がビスケット扉を開くと、
「「ごきげんよう!(祥子)お姉さま、お待ちしていました」」
祐巳と瞳子ちゃんが出迎えてくれた。
「ふふふふふ、あなたたち、今日はデートだったのでしょう。私がお邪魔してよかったのかしら」
「お姉さまには散々ご心配意をおかけしましたので、瞳子ちゃんと相談して今日はお姉さまを寸劇でおもてしすることにしたんです。演劇部の瞳子ちゃんには敵わないかもしれませんが、私もがんばりますのでどうかご覧になってください」
「台本は瞳子が書きました。元本はこちらの白編です」
瞳子ちゃんが差し出した本のタイトルは『ウァレンティーヌスの贈り物(後編)』。


劇が始まった。どうやら、バレンタインディのイベントで祐巳のカードを見つけた瞳子ちゃんが日曜日の学校で週末デートをするという筋書きのようだ。
(それって、そのままじゃないの)と祥子はツッコミたくなったが無粋なのでやめておいた。劇は佳境に入っている。


「祐巳さまはどうかわかりませんけれど、今日は楽しかったですわ。私、祐巳さまに意地悪をして差し上げたかったんですの」
「意地悪?」
「平気な顔をしていましたけれど、以前祐巳さまに拒絶されたのを結構恨みに思っていましたのですのよ、私」
「え〜!私、瞳子ちゃんのこと拒絶なんかしてないよぉ」
「ふん、なにをおっしゃいますか祐巳さま。『チェリブロ』から『さつさつ』あたりまで瞳子のことを邪魔に思っていらしたくせに!」
「どどどどど、どーしてそれを……」
「おめでたい!祐巳さまの百面相を見れば誰だってそれくらい分かります!」
「うひゃー」
「祐巳さま、話を本題に戻しますわよ」

「だから、何か憎まれ口叩いたり振り回したり−。でも、完璧に悪役に徹することができないところが私の弱いところですわ」
「最初のころは結構完璧に悪役に徹してたような気が……」
「祐巳さま、そんな無駄なアドリブはいりません。これからがいいところなんです。まじめにやってください」
「(ひーん、怖いよう)……、私、瞳子ちゃんのことが好きだよ」
「ありがとうございます。瞳子も祐巳さまのことが、す、す、す、す、すkiss」
「「ぶちゅー」」


ギリギリギリ
(私の目の前で祐巳とキスなんかして……。瞳子ちゃん度胸あるわね。後でこのハンカチみたいにしてあげるわ)とハンカチの残骸を握り締め額に青筋をたてた祥子は思った。


「「はぁ、はぁ……」」

「皮肉ですわね。もしかしたら私たち、紅薔薇さまの存在がなければもっと早く姉妹になれたかもしれないですわ。……二人とも紅薔薇さまのことが大好きだっていうのに」
「でも、紅薔薇さまは存在するから」


「というわけで、」

祥子のほうを見た祐巳は言った。この世のものとも思えぬ素晴らしい笑顔を浮かべて

「紅薔薇さま。卒業しちゃってもいいよ」(will最終頁準用)


「いいいいいやぁぁぁぁぁ〜」
祥子の悲鳴が薔薇の館に木霊した。




その後、祥子は三学期期末試験を白紙で提出し留年を図ったが、なまじこれまでの成績が優秀であったため、学園長の恩情により無事卒業の運びとなったという。


めでたし せいちょう


【1149】 (記事削除)  (削除済 2006-02-20 15:03:41)


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【1150】 恋のメビウスリリアンの中心で  (Y. 2006-02-20 15:28:45)


大分、そうとう、何気なくほったらかしにしてた逆行ものです。
他の作者方のSSには及びもつかないほどのレベルの低さだと思います。
お読みの際にはご注意ください。

【No:1021】→【No:1025】→【No:1069】→It’s.







はぁ、一体何があったんだろ?
朝は静さまと祥子さまにはさまれてうれし・・・・・・かったけどすごく怖かったし。
妹にするとか言ってたけど聞き間違いだよね?
そりゃあ、本当だったらモロヘイヤ濃縮還元250%ジュース飲んでも気にしないくらい嬉しいけど、こんな平凡を絵に書いたような子狸なんか選ばれるわけないよね。
そういうのはきっと志摩子さんみたいに綺麗な人がなるべきだよ。
・・・・・・はぁ、もうやめよ、自分で言ってて落ち込んでくるわ。

で、今その志摩子さんが隣にくっついてます。
朝一緒に来て、休み時間、昼休み、トイレ。
個室まで気を許したら入ってきそうな予感がムンムンでした。
しかも視線が熱いです。
えぇ、たぶん黒い紙を持ってきたら燃えます、確実に。
だんだんうっとりしてきているのは気のせいでしょうか? 気のせいですよね? 気のせいって言ってよ!

ハァ、ハァ、とりあえずこのことは北海道の釧路湿原辺りに埋めておいて、私は音楽室の掃除当番に来ています。
どうしてここで踏みとどまっているかというと、何だかピンク色の、私にまとわりつくようなオーラがそこはかとなく感じ取れるからなのであります、長官!
私の隣にいる、あ、志摩子さんじゃない方ね、のまき絵さんと佳苗さんも固まってます。

ドアの開ける人を譲り合って五分くらい。
そうこうしているうちに勝手に重い扉が開きました。
そこにはいい笑顔の静さま。
あぁ、ぷりぃずへぅぷみぃ、志摩子さんと睨みあっちゃいました。

「ごきげんよう」
「ごきげんよう、白薔薇のつぼみ・・・・・・いや、まだ違ったわね、志摩子さん」

うわ、火花散ってる。
そこっ! 挨拶だけでなんでそんなに険悪になるのよ!

「朝、私の祐巳さんを攫って行った泥棒猫はあなただったのね」
「いえ、私はクラスメートである私の祐巳さんが遅刻するといけないのでお取り込み中らしかったお二人から救助しただけですが?」

そりゃ助かったけどさ、今のこの状況はナニ?

「それに静さまはお姉さま、いえ、聖さまのことが好きだったのではなかったのですか? ずいぶんと心変わりが早いのですね?」
「あら、それはとうの昔の話よ。そうでなくともそれとこれとは別。私は祐巳を妹にしたい、それだけの話よ。」
「そうですか、でも却下です。祐巳さんの隣は私のものです。それだけは譲れません」
「でも、もう片方は空いているわよね? どの道私はあと半年で留学する予定なんだから、その後はあなた一人でウハウハよ? まぁ、とりあえずの同盟ということでどうかしら? あなたに聖さまや祥子さんの相手は辛いでしょ?」
「・・・・・・」

いや、悩まないでよ首を横に振ってよそんな話どっかにポイしちゃってよ
それ以前に当事者ほうっておいて話進めないで、お願いだから。
てゆーか掃除させて。

ん、握手? 握手か? 握手するのん?

ガシィッ!

「よろしく頼みます」
「えぇ、所有権は基本的に一日交代でいいわね?」
「はい。でも、他の方々の排除後までですよ?」

いやーーーーーーーーー!


キーンコーンカーンコーン――


いつの間にか掃除も終わってる。
え、何でみんな目そらすの? ご愁傷様? うらやましい?
どうぞどうぞ代わってあげるよ。
やっぱいい?
遠慮しなくていいからさ。

ぎゃうっ

両腕を志摩子さんと静さまに捕獲されてしまいました。
あー、何ていうか、グレイ?
もうグレちゃうよ?

うん、自分でも寒かった。
でもさ、このままどこにいくんだろう?



ねぇ? マリアさま?(泣)


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