【1451】 静かなる奇跡眠りなさい、この胸で  (若杉奈留美 2006-05-07 12:10:29)


薔薇の館の住人たちは、大きなため息をついた。

(まったく…パソコン同好会も何考えてるのかしら…
「オフ会専用の建物を作れ」ですって?そんなもの自分たちで見つけなさいよ)

ことの発端は1時間ほど前。
突然パソコン同好会の会長が薔薇の館にやってきた。

「山百合会の皆様方、どうかわがパソコン同好会に、オフ会専用の建物を作って頂きたいんです」
「…お、おふかい?何なのそれ?」

瞳子はこの手の話題があまり得意ではない。

「ネットつながりの仲間が直接会うことだよ」

乃梨子に説明されて、ようやく納得した感じ。

「なぜ学園内に必要なのかしら?」

ちあきは至極もっともな質問をした。

そのとたん、会長の目がキラリと光ったかと思うと、まるで山奥を流れる激流のように、
自分たちのネットワークの広さと規模の大きさ、気遣いなしに気楽に集まれる場所の大切さをよどみなく説かれてしまった。
しかもこちらが用意した質問にも、あたかも予想していたかのような態度であっさりと答えられてしまう。
あまりにも堂々と質疑応答に応じるため、ちあきは自分のペースをすっかり乱され、
思わず許可してしまいそうになった。

「ダメだよ」

乃梨子の一言に救われた。

「そんなこといちいち認めてたら、いくら金持ちなこの学校でも破産する。
それほど必要なら、学園内じゃなくてもっと別の場所を探せばいいじゃない。
少なくとも、これが認められるほどこの学校は甘くはないよ?」

その目に有無を言わせないものを感じ取ったのか、会長は

「ではこの件は保留で」

と一言言い残して、あっさり引き下がるしかなかった。

「ちあき、お疲れ様」

乃梨子と瞳子は、かたわらでぐったりしている紅薔薇のつぼみにそっと声をかけた。


それから残っていた仕事を片付けて、さあ帰ろうかという頃。

「ちあき?どうしたの?」

ちあきはまだ動けないでいる。
しかもなんとなく様子が変だ。
額に手を当てた乃梨子がつぶやいた。

「熱はなさそうだけど…疲れきってて動けないみたいだね」
「ちあき、大丈夫?立てる?」
「…分かりません…」

無理もない。
各部の部長や先生方との交渉、妹たちの面倒など、ちあきは先頭にたって
積極的に仕事をこなしている。
その中には、さっきのパソコン同好会みたいに、まるで自分たちのことしか
考えてない人間もいる。
そういった人間とも持ち前の交渉能力でできる限りの話をしなければならないの
だから、疲れて動けなくなっても責められない。
ちあきの辞書には、きっと「他人に甘える」という文字がないのかもしれない。
もうすぐ校内の施錠の時間。
このままちあきを放って帰るわけにはいかない。
どうしようかと考えあぐねる乃梨子だったが…
先に動いたのは瞳子だった。

「ほらちあき、こっちへきなさい」

なんと自分より20cmは背が高いだろうという妹を、瞳子は背負って帰ろうとしたのである。

「ちょっと瞳子、無理するなってば」
「乃梨子さんが手伝ってくださればいいんですわ」

すでにちあきは眠ってしまっている。
完全におんぶするつもりでいる瞳子を、止めるわけにもいかなくて。
乃梨子はしかたなく、ちあきを瞳子の背に負わせた。

「よいしょ…っと」
「ありがとうございます」

乃梨子たちは校門を出た。


太陽はすでに西の空。
東の空から一番星が、ごきげんようと姿を現す。
背中に感じる重みとぬくもり。
そしてかすかな息遣い。
穏やかな時間の中を、ゆっくりゆっくり歩み行く、紅白の薔薇。

「…今まで私はたくさんの人に守られて、ここまできましたわ。
だから今度は私の番なんです。
ちあきは自分ですべてを背負い込んでしまうから…
今度は私がちあきを守る番なんです」

瞳子は優しいまなざしを見せた。
その横顔が、なんとなく輝いて見えるのは、夕日のせいだろうか。

「いい妹にめぐりあえて…よかったね」
「祐巳さまが教えてくれたんです。何があっても、愛しぬくことを。
だから私も、何があっても、この子を愛しぬきます」

それはとても、静かなる奇跡。

「大丈夫よちあき…どんなことがあっても、おばあちゃんになっても、
なんとしてでも守ってあげる。
あなたは大切な、大切な妹なのだから…」

今夜は一晩中抱いていてあげよう。
この胸で眠らせてあげよう。
ちあきのご両親には自分から言えばいい。

すでに空は青みを増している。
星たちも光を放ち始めている。
柔らかな思いを胸に、瞳子は家路を歩いていた。




【1452】 最上の甘い罠  (翠 2006-05-07 18:46:46)


【No:1286】→【No:1288】→【No:1291】→【No:1297】→【No:1298】→
【No:1413】→【No:1416】→【No:1418】→【No:1427】→【No:1434】→
【No:1448】の続き




先日の例の騒ぎから数日経ちました。
結局、あの動くアレ(思い出すのも嫌です)は破壊する事に成功しました。
あの時の私のお姉さまである祐巳さまと、乃梨子さんのお姉さまである白薔薇さまは凄かった。
今、思い出しても色々な意味で身震いしてしまいます。
動くアレ(多分、呪われていたんじゃないかと)の攻撃を平然と受け止める白薔薇さま。
「乃梨子シールド!」
「ええっ!?志摩――――ぶっ!!」
そして、祐巳さまの凄まじい攻撃。
「瞳子ミサイル!」
「なっ!?お姉さ――ま゛ーーーー!?」
祐巳さまに全力で投げられた瞳子さんが、弾丸となって動くアレに突き刺さり見事に粉砕。
ですが、勝利の余韻に浸る間もなく、勢い余った祐巳さまと白薔薇さまがそのまま戦闘開始。
瞳子さんの縦ロールが如何に手触り、弾力、攻撃力、味(?)、全てに於いて優れているか、
祐巳さまの妹自慢から始まって、じゃんけん、あみだくじ、指相撲、喉自慢、鬼ごっこに至り、
最終的に両者が得意とする格闘戦に雪崩込んで、互角の戦いを繰り広げた挙句、
マリア様のお庭を半壊させてしまいました。
そういうことで現在、業者に大急ぎで改修作業を進めさせています。



「暇ね」
いつもの薔薇の館、いつもの部屋、ちょっと豪華になった席で祐巳さまが退屈そうに仰いました。
「ええ、暇ね」
黄薔薇さまが頷きます。
そうなのです。
少し前にあった新入生の歓迎会は、波乱を含みつつも盛況の内に終わってしまいましたし。
しばらく何も行事がありません。
つまり、この時期、私たちは何もする事がなくてとても暇なのです。
その為、今日は乃梨子さんと白薔薇さまはここに来ていません。
菜々さんは来るはずなのですが、用事か何かで遅れているようです。
「ねぇ、由乃さん」
「なに?」
「そろそろお互いに呼び方を変えてみない?」
祐巳さまが、何か面白おかしいことでも思い付いたようです。
黄薔薇さまは気付いていないようですが、私には分かりました。
「呼び方?」
「うん。もっと親密に呼び合わない?」
「し、親密?」
黄薔薇さまが驚いている。
「うん。親密に……、ね?」
「で、でも、瞳子ちゃんや可南子ちゃんに悪いわ」
どの口でそんな事を仰っているのですか?
見ていて腹が立つくらい、顔がにやけてますよ?
私の隣に座って二人を見ていた瞳子さんも、私と同じ事を思ったようです。
黄薔薇さまを冷ややかに見ています。
「じゃ、せーので一緒にね」
「え?ちょっと祐巳さん」
「せーの」
さぁ、いったいどう呼び合うのか?
「ゆ、祐巳」
「よしのん」
お互いに呼び合って、黄薔薇さまが硬直した。
対称的に、にっこりと微笑んでいる祐巳さま。
「よしのんって何よ!」
「由乃さんの渾名。それよりも、なんで私を呼び捨てにしたの?」
「し、親密といえば、やっぱり呼び捨てでしょ?」
令ちゃんと祥子さまもそうだったでしょ?
と、微かに頬を染めながら黄薔薇さま。
「もう、由乃さんったら……」
同じように照れたように頬を染めながら祐巳さま。
チラチラと上目遣いで黄薔薇さまを見る。
そんな祐巳さまに、黄薔薇さまがぽ〜っと見惚れています。
気持ちはよく分かります。
ですが、ダメです。そこでそんな反応してしまっては祐巳さまの思う壺です。
案の定、
「……いったい何様のつもり?」
と、瞬時にバカにした表情になって祐巳さまが続けました。
黄薔薇さまが、頬を赤くしたまま硬直。
さすがに今のはダメージが大きかったようです。
あの様子では、しばらくの間は元に戻りそうにありません。
祐巳さまに持ち上げられたら、必ず落とされると思ってないとダメですよ?
まぁいいです。お陰で祐巳さまの興味が黄薔薇さまから外れました。
隣の瞳子さんに視線を送ります。
『どうします?』
『構って貰います』
「お姉さま」
瞳子さんは、余程祐巳さまに構って貰いたかったようで、すぐに話し掛けています。
それにしても瞳子さん。
本当に変わりましたね。
悪い意味ではなく、いい意味…………ええっと、なにか違うような?…………そう、変な意味で。
一時はどうなる事かと思っていたのですが、余計な心配だったようです。
祐巳さまを泣かせたと聞いた時には、縦ロールを引き千切ってやろうかと思いましたが……。
でも、本当に素敵な姉妹になったわね、瞳子さん。
「お、お姉さまっ!?」
私の隣では、瞳子さんが祐巳さまの膝の上で抱きかかえられています。
あー、いいですね、それ。
後でぜひ私にもお願いします。
「瞳子は軽いわね」
「そ、そうですか?」
不安そうな瞳子さんを安心させるように、祐巳さまが耳元に口を近づけて囁く。
「本当よ。それに柔らかくて良い匂いがする」
「……」
真っ赤になって俯く瞳子さん。
「瞳子かわいい」
言って、瞳子さんの首筋に口付ける祐巳さま。
あの祐巳さま、それ強過ぎませんか?
「お姉さまっ!」
「ん、どうしたの?」
「痕をつけるのは止めて下さい!」
そうです。体操着に着替える時とか非常に困ります。
特に瞳子さんは、首筋が見える髪型ですから。
「えー。瞳子は羞恥プレイが好きだったんじゃないの?」
そうだったのですか、瞳子さん?
危ない性癖は集団プレイの一つだけかと思っていたのですが。
「誰がですかっ!前々から思っていましたが、お姉さまは私をなんだと思っているんですかっ!?」
「瞳子ミサイル」
「もう二度と投げないで下さい!ものすごく痛かったんですよ?ちょっぴり泣いたんですよ?」
でしょうね。
動くアレを粉々に砕いた後、散らばった破片の中で目を回してましたし。
でも、祐巳さまに膝枕で介抱されてたじゃないですか。
しかも、途中で目が覚めてたのに気絶してるフリして、太腿に顔を埋めてましたよね?
おまけに匂いまで嗅いでニヤ〜って笑……っと、瞳子さんが私を睨んでいます。
まぁ、これ以上は瞳子さんの名誉のため、やめておきましょう。
「分かった。瞳子が言うなら止める」
「約束ですよ?もし次、投げたりしたら……、嫌いになりますよ?」
「あー、でもほら、何かの拍子につい、って事があるかもしれない」
普通ありません。
「本当に嫌いになりますよ?」
「瞳子が私の事を嫌いになるのなら、それは仕方ないわね。その時は姉妹を解消すればいいの?」
祐巳さまのセリフに瞳子さんが慌てた。
「それはダメですっ!」
「んー、なんで?」
うわ、意地の悪そうな顔しますね祐巳さま。
「え、えっとですね……」
瞳子さん、ガンバレ!
「と、瞳子は寂しいと死んでしまうんです」
可愛い事を言いますね。さすが瞳子さん。
でも……、それはちょっと言い訳には苦しいです。
「そうなの?」
「そうなんです。だから姉妹の解消なんて絶対ダメです」
けれど、祐巳さまはそれについては何もツッコミを入れなかった。
「それは困ったわね」
「困りました」
言いつつも二人とも困った顔はしてない。
当然ですね。ただ、ジャレあってるだけだから。
「どうすればいいの?」
「投げなければいいんです」
「分かった投げない。約束する」
「あと、痕をつけるのも止めて下さい」
あ、ちゃんと覚えていたのね。
瞳子さん、その事は忘れたのかと思ってました。
「えー?それはいいじゃない。瞳子は私のモノだって証なんだから」
「もう…………、仕方ありませんね」
結局、許すんですね。
まぁ、仕方ありません。瞳子さんは祐巳さまには弱いですから。
それにしても、二人のこの幸せそうな顔。
羨ましい。早く私と替わって瞳子さん。
「ところで、瞳子」
「……え?あ、はい、なんです?」
幸せに浸りすぎていたようで、直に返事を返せなかった瞳子さん。
この世の幸せを独り占めしてるみたいな表情になってます。
祐巳さまが、そんな瞳子さんの耳元で囁きました。
「私たち、もっと親密に呼び合わない?」
うぁ…………、ここでそうきますか。
言われた途端、顔色を変えた瞳子さんが私に視線を向けてきました。
『ど、ど、ど、どうしましょう?』
『落ち着いて瞳子さん。力を合わせて二人で問題を解決しましょう』
こくん、と頷く瞳子さん。
「どうしたの瞳子?」
「いいえ、なんでもありません」
祐巳さまにそう返して、瞳子さんがこちらを見てきました。
『それで、私はどうすれば?』
相手は祐巳さまです。
そう簡単にはいきません。
私は頭の中で様々なパターンをシミュレートしてみた。
その結果、最も有効な手段が一つだけ見つかりました。
『瞳子さん』
『どうですか?何かありました?』
『ええ、たった一つだけ』
瞳子さんの表情がぱぁっと晴れました。
『それは?』
私は答えた。
『諦める』
『な、なんですかそれは!?』
いや、だって、ねぇ……。
相手は祐巳さまですよ?
どうにかなると思いますか?
そう思うと同時に、私の心を読んだのか、瞳子さんの顔が青褪めました。
『まぁ、そういう訳で頑張って下さい』
『薄情者っ!』
「もう、瞳子ったらどうしたのさっきから?」
私たちがどんな遣り取りをしていたのか分かってるクセに、
わざわざ祐巳さまが瞳子さんに尋ねています。
「いえ、なんでもありませんわ」
瞳子さんの視線があちこち泳いでます。
ああ、ダメっぽいですね。
「瞳子は私をなんて呼んでくれるのかな?せーのでいくわね」
「ちょ、ちょっと待っ……」
慌てる瞳子さんを華麗に無視して祐巳さまが強引に話を進めます。
「せーの」
どうか、最良の答えを選んで下さい。
瞳子さんが失敗すると、次は私の番なんですから。
「ゆ、祐巳」
「瞳子」
瞳子さんが詰んだ。
よりによって、なんでその呼び方を選んだのよ?
「卑怯ですっ!いつもと変わってないじゃないですかっ!!」
「今以上に親密になろうと思ったら、残されてるのは融合くらいしかないでしょ?」
もうほとんど恋人関係ですからね。
「融合なんてそんなのはイヤよ。瞳子には私のこの手で触れたいもの」
「お姉さま……」
瞳子さんが、涙ぐんでいます。
祐巳さまの妹で恋人で玩具な瞳子さん。
別に羨ましくはない。
私も同じだし。
「それに、瞳子を渾名で呼ぶのもイヤ。私は、瞳子って呼びたいの」
「お姉さま……。私は……、私は嬉し――――」
瞳子さん。
感激するのは結構ですが、何か忘れていません?
「ところで、なんで私を呼び捨てに?」
泣き笑いの表情で、瞳子さんが彫像のように固まりました。
ああっ!瞳子さん、気を確かに!
「いつから私を呼び捨てに出来るほど偉くなったの?」
ガタガタと震えながらも首だけ動かして、瞳子さんが私を見てきました。
『助けて……』
視線にそんな想いが込められてるのが直に分かります。
私は瞳子さんをじっと見つめながら、同じように視線で答えました。
『ムリ』
先程までと違う意味で瞳子さんが泣き出しそうです。
「どこを見ているの?早く答えなさい」
「あわわわ」
怯える瞳子さん。
そんな瞳子さんに追い討ちをかける祐巳さま。
「返答如何によっては死も有り得るわ」
「きゅう――――」
あ、その前に恐怖で死んだ……。

「まだまだね」
気絶した瞳子さんを椅子に戻しながら祐巳さま。
「少し、やりすぎでは?」
「瞳子を立派な黒薔薇さまにする為よ」
「それはそうかもしれませんが……」
「まぁ、黒か紅かなんてどっちでもいいんだけど」
瞳子さんが聞いたら泣きますよ?
祐巳さまに言われたから黒薔薇さまになろうと頑張ってるんですから。
「さてと……」
瞳子さんを落ちないようにちゃんと椅子に座らせた祐巳さまが、突然私の膝の上に乗ってきた。
「な、なんの真似です!?」
祐巳さまは答えずに自分の背中を私の胸に押し付けてくる。
こ、これは!
まるで私が祐巳さまを抱き締めているような!
「私はね、可南子には抱き締めて貰うのが好きなのよ」
ほらほら、と言いながら私の手を持って、自分の体の前方向に持っていく。
いいのですか?
力いっぱい抱き締めますよ?
もう離しませんよ?
「慌てないで、ね?」
慌ててなどいません。
混乱しているだけです。
と、祐巳さまが何か思いついたような表情をされました。
こ、この上、何がくる!?
祐巳さまが、瞼を伏せて恥ずかしそうにしながら仰いました。
「抱いて……」
ぐふっ!
鼻血が噴き出るかと思いました。
ついでに意識も飛ぶかと思いました。
今のは危なかった……。
そんな私を横目で見て、楽しそうに笑顔を浮かべている祐巳さま。
意地悪ですね。
「ごめんごめん。可南子の反応が面白かったから」
いえ、さっきのは良かったです。
できればもう一度お願いしたいくらいです。
でも、今回はもう止めておいて下さい。
もう少しで私は限界っぽいです。
分かってくれたらしく、ふふっ、と笑った後に祐巳さまが尋ねてくる。
「ねぇ、私が抱き締めるのと、私を抱き締めるのと、どっちがいい?」
「そんなこと決められません」
どちらも非常に捨て難い。
というか、できれば両方お願いしたいです。
「可南子ったら欲張りね」
言って、くるりと私の膝(というか太腿)の上で回転する祐巳さま。
またまた、ぶはっ!
ちょっと出た?
出てませんよね鼻血?
「これなら両方、堪能できるわね」
私の顔の数十センチ前には、悪戯っぽい笑みを浮かべた祐巳さま。
これ以上ないくらい幸せです!
「私と同じようにぎゅってしてね」
祐巳さまが、私の背中に回した手に力を入れて、強く、そしてやさしく抱き締めてくる。
「りょ、了解です!細川可南子、いきますっ!」
祐巳さまの背中に回した手に同じように力を込める。
すっぽりと私の両手に収まる祐巳さまの身体。
くぁぁっ!
相変わらずの、この素晴らしい抱き心地!
に、二度と離したくない!
また天罰を喰らってもいい!
このままお持ち帰りしたい!
ああ、意識飛びそう……。
鼻血噴きそう……。
って、ダメよ耐えるのよ!
これはきっと、私に対する祐巳さまの試練なのよ!
持てる気力を振り絞って飛びそうになる鼻血と意識を必死に堪える。
そんな時、
「耐えたご褒美」
と、悪戯っぽい目をして私の顔に自分の顔を近付けてくる祐巳さま。
――――!?
唇に温かで柔らかな感触。
視界いっぱいに広がっているのは、目を閉じている祐巳さまの顔。
じゃあ、今、私の唇に触れているのは祐巳さまの唇?
いまさら確認するまでもない。
仄かに甘く、蕩けてしまう様なキス。
こ、これこそ、まさしくこの世のHEAVEN!?
生きてて良かった。
し、幸せ――――。
って今、幸せ過ぎて本当に意識が飛びかけた……?
だ、ダメよ!
せめてあと二秒は保たせ……。
「可南子?おーい、可南子?」
あれ?
祐巳さまの……声が……遠い――――。





「可南子ちゃんもまだまだね」
幸せそうな表情のまま、遠い世界に旅立った可南子を眺めながら、復活していた由乃さんが呟いた。
そうね、鍛え甲斐(弄り甲斐)がありそうだわ。
でも、由乃さんも人のこと言えないよねぇ?
「なによ祐巳さん?」
私の視線に気付いた由乃さんが言ってくる。
「けっこう早く復活したなぁ、って」
「ダメージは大きかったわ」
悔しそうに由乃さん。
私を指差して言ってくる。
「でも、いつもいつもやられっ放しな私じゃないのよ!」
私の中ではいつもやられ役なんだけど。
これからに期待するわ。
実際、期待してるし。
そんな事よりも、とりあえず今は……。
「ねぇ、由乃さん」
「何よ?」
警戒しつつ厳しい目で睨んでくる由乃さん。
酷いなぁ、と思いつつ、
「お茶淹れて」
と言ってみた。
「自分で淹れなさいよ!」
「面倒」
「本気でぶつわよ」
あんまり怒ってばかりだと皺増えるよ?
「えぇー、お茶飲みたーい」
ちょっぴり甘えた声を出してみる。
「自分で淹れて飲めばいいじゃない!なんで私が淹れないといけないのよ!?」
これくらいじゃ効かないか。
以前は効いてたんだけど。
耐性が付いたかな?
「今日だけなら『祐巳』って呼び捨てにしても構わないから」
「そ、そんな事でこの私が言う事を聞くとでも?」
目が泳いでるわよ。
仕方ないわね。
「『由乃』の淹れたお茶がいいな」
「いいわよ。何杯でも淹れてあげる」
ふむ、呼び捨ての効果は抜群のようね。
今度、志摩子さんたちにも試してみよう。
私は心にそう決めた。



「祐〜〜巳っ♪よ・し・の、特製の甘々ミルクティーでい〜〜い?」
鼻歌を歌いながら機嫌良く聞いてくる由乃さん。
……あなた誰よ?
キャラが壊れてるわよ?
そんな事を思っていると、数分前に遅れてここにやって来た菜々ちゃんが私に尋ねてきた。
「あのオモシロ生物はなんですか?」
「多分、あなたのお姉さま」
「新たにお姉さまを探そうかな…………」
美味しいお茶を淹れられるなら、私が貰ってあげるわよ?


【1453】 (記事削除)  (削除済 2006-05-07 21:39:20)


※この記事は削除されました。


【1454】 対立シスターはさらし者  (クリス・ベノワっち 2006-05-08 03:48:30)


「乃梨子? ・・・ちょっといいかしら」

三学期になって早々、志摩子さんが一年の教室に訪ねてきた。
志摩子さんに会うのは正月以来だったので、人知れず頬が緩んでしまう。いかんいかん、御主人様に喜ぶ犬のようだ。若干熱を帯びた顔を意識しつつ乃梨子は廊下に向かった。

「ごきげんよう志摩子さん。久しぶりっ!」
「ごきげんよう乃梨子。 ・・・今、大丈夫?」
慈愛に満ちた微笑って、こういうのをいうんだろうなぁ。と、見惚れていると志摩子さんが小首をかしげた。
「・・・?乃梨子?」
「あ、ごめんなさい。久しぶりに会えたから嬉しくって」
胸の前で両手をあわせる。別に仏像が趣味だからでは『断じて』無い。
「御免なさいね。やっぱり正月は実家の方が忙しくて・・・もっと乃梨子と色々出かけたかったのだけれど」
「いいよいいよ、そんなの。私も実家に帰ってたし、もっと落ち着いたらゆっくりと行こうよ。もうすぐ選挙もあるしさ」

 そうなのだ。次期、生徒会役員選挙までそんなに日もない。祥子さまや令さまは三年生だから進学とか色々あるのだが、白薔薇家は志摩子さんが二年生の為、三学期のイベントは選挙くらいのものなのだ。選挙といっても今年は他に立候補者が出そうも無いし、つぼみ達が全員二年だしで、混乱も無く終るだろう。  ・・・と、思っていた。

「その事なのだけど・・・。私ね、立候補しないつもりなの」
「・・・・・・・・・・・は?」
「乃梨子に・・・立候補してもらいたいのよ」
「・・・・・・・・・・えぇと、あれ?」
「駄目かしら?」
「っっ!駄目駄目駄目っ!なんで私なの?っていうか志摩子さんは?」
「私は今年一年白薔薇さまを勤めたし。来年は他の事にも挑戦したいの。大丈夫よ乃梨子、あなたなら立派に出来るわ」
「ちょっと待ってよ!志摩子さんは白薔薇さまやめちゃうの?」
「結果的にはそうなるのかしら、ね?」
 
 ね。って、そんな可愛く言われても。もう頭の中がぐちゃぐちゃで何も考えられない。ああでも志摩子さんってホントに可愛いなコンチクショウとか、そんなどーでもいい事は考えれるから不思議だ。

「・・・志摩子さんの挑戦したい事って、何?」
乃梨子は真っ直ぐ志摩子さんを見据え尋ねる。山百合会よりも、そして、ひょっとしたら私よりも『それ』は重いのだろうか?もし、そうだとしたら自分はどうしたらいいのだろう?自分には何が出来るのだろう?

「進路をね、一年間じっくりと考えていきたいの」
志摩子さんは穏やかな微笑をたたえたまま言葉を紡ぐ、きっと私の心のうちの不安とか全部わかっているのだろう。
「今のまま白薔薇さまとしてもう一年すごせば、私はきっと進路を決められずに卒業を迎えると思うのよ。もっとマリア様の近くに身を起きたいの、シスターにも色々お話をお伺いしたいし・・」
「・・・山百合会にいたら、それは出来ない事なの?」
 すがるような目で乃梨子は訴える、いやだ、志摩子さんが遠くに行ってしまう。姉妹をやめるわけではないけれど、志摩子さんのいない薔薇の館なんて想像したくもない。
「・・・? 山百合会はやめないのよ?」
きょとんとした目で志摩子さんは言う。ああもぅ一々可愛いなぁキスしちまうぞ。とか物騒な考えが頭を掠める。じゃなくて。あれ?やめないの?んん?
「だって、乃梨子が白薔薇さまになれば、姉がその手伝いをするのは当然の事でしょう?」
さも当然と、志摩子さんは眩しそうに笑う。なんか話してるうちに志摩子さんに誘導されてるような気がしないでも無いのだが。現状が大きく変わる訳でもないし、第一、志摩子さんの力になれる事が嬉しいかもしれない。
「・・・ぅん。じゃあ、やってみようかな?」
乃梨子が言うと志摩子さんは乃梨子の両の手を取り「ありがとう」と微笑む。
「それに、私が白薔薇さまになったら由乃さまのブレーキになれそうですよね?祐巳さまは、むしろアクセル?」
「乃梨子ったら・・・。駄目よ、祐巳さんを悪くいうものではないわ」
怒られてしまった。ちょっと調子にのっちゃたと自覚してたら
「祐巳さんは、ね。サイドブレーキたらん、としてるのだと思うの。・・・ただ『ちょっと』効きが甘いのね」
にっこりと酷い事をおっしゃる。先輩を話のタネにするのは不謹慎と思いつつも、祐巳さまにはそれを許してしまうなにかがある。
「・・・ちょっと、ね」
「ええ、ちょっと」
二人でクスクス笑い合う。横を通り過ぎるクラスメイト達が志摩子さんの微笑みにきゃあきゃあ言いながら教室へ入っていく。ふと、自分も来年、ううん数ヶ月後には下級生から白薔薇さまと呼ばれる様になるのかなと思った。

__________________________
 
 由乃は悩んでいた。祐巳さんはそうでもないのかもしれないけど、私にとっては死活問題なのだ、だってこの私が主導権をにぎれないなんて・・・。

「次はこの案件なんだけど・・・」
この度、めでたく黄薔薇さまになった由乃がプリントをひらひらさせつつ言うと、
「却下です」
白薔薇さまである乃梨子ちゃんが即答する。
「・・・まだハナシ終ってないんだけど」
ジト目で睨みつつ返すが、乃梨子ちゃんは、にべも無く繰り返す。
「ですから却下です。次の案件に行きましょう」
「ちょっと!なんで乃梨子ちゃんが勝手に決めるのよ」
テーブルに両手を打ち付け勢い良く立ち上がる。祐巳さんがちょっとびっくりしてこっちを伺う。
「そうよ!祐巳さんはどうなの?」
同士を得んとばかりに迫っても最近の祐巳さんははっきりしない。
「私はどっちでも・・・」
「何よそれ!」
バンバンバンとテーブルを平手で殴打する、テーブルに罪は無いのだけれど、ストレスを溜め込むのは良くない。由乃式健康法だ。
「・・・分かったわ、じゃあ決を採りましょう」
「反対に1票」
乃梨子ちゃんが間髪いれずに答える。むぅ可愛くない。
「賛成に1票」
乃梨子ちゃんの方を見やりニッコリと微笑みつつ言う。多少顔がひきつっているかも知れない。
「反対に1票」
瞳子ちゃんだ。今や紅薔薇のつぼみであり、(由乃にとって)不幸な事に奴は乃梨子ちゃんの親友というポジションにいる。意見も乃梨子ちゃんよりになるのも仕方ないところか。
「じゃあ・・・私も反対に」
「祐巳さんっっ!」
親友よりも妹なのっ、私達の方が付合い長いじゃないっ!と目で訴えるが、祐巳さんは、はなっからこっちを見ちゃいない。もう瞳子ちゃんしか目に入らないのね・・・。
「由乃さん、ごめんなさいね。反対に1票」
ええ、あなたは乃梨子ちゃんの姉ですとも。聞く前から分かってましたよ。
「反対に一票」
「・・・菜々、あんたね」
「なんでしょう、お姉さま」
「姉を助けるのが妹じゃないの?」
「姉妹の有り様はそれぞれだと思います、それに・・・」
菜々は続ける
「剣道部でいえば、ライバル校の太仲に姉もいますし・・・」
菜々はにっこり笑う。由乃は菜々に初めて会った時の事を思い出していた。そう、菜々は誰かに似ていたのだ。髪型と、なによりもその『おでこ』に特徴のあるあの方に・・・
「私は姉と闘う事が趣味みたいなものなので。」
さりげなく爆弾を落とす。なんで私は菜々を妹に選んだのだろう・・・

「じゃあ、賛成1、反対5でこの件は却下します」
乃梨子ちゃんがテキパキと進めていく。由乃は机に突っ伏してぼんやりとそれを見ている。

 ふと頭をよぎる。もし志摩子さんが白薔薇さまだったなら、乃梨子ちゃんはもっと控え目だったのではないだろうか。志摩子さんも自己主張はするものの、真っ向から由乃に向かって来るタイプではない。つまりは、由乃が先頭をとって歩いて行けたのではないかと思うのだ。
 ちら、と志摩子さんの方に目をやると、今や白薔薇さまたる乃梨子ちゃん以上の発言権を持った(姉の言う事は絶対だしね)マリア様が、嫣然と微笑み返してくる。
「・・・志摩子さん。選挙辞退したの進路の為じゃないでしょう?」
由乃の問いかけに「うふふ、どうかしらね」と、志摩子さんは答える。

そして今日も令ちゃんの体には青アザがつくのだ、ごめんよぅ令ちゃん。(うさばらし)


【1455】 (記事削除)  (削除済 2006-05-08 22:08:42)


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【1456】 (記事削除)  (削除済 2006-05-09 00:53:11)


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【1457】 天然記念物伝説を作れ!  (朝生行幸 2006-05-09 01:42:59)


「今日はよく降るねぇ」
 白く冷たい粒子を、ハラハラと音も無く落す曇天の空を見上げながら、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳が呟いた。
 風はそれほどきつくはないが、流石に窓を開けていると、室内とはいえ寒さはひとしお。
 ブルリと一つ身震いすると、パタリと窓を閉めた。
「積もるかなぁ?」
「鬱陶しいだけですよ」
 半ば独り言に近い祐巳の発言に、久しぶりに薔薇の館を訪れていたかつての助っ人、細川可南子が答えた。
「あ、そうか。新潟って、日本でも有数の豪雪地帯だもんね」
「あー、なるほど」
 白薔薇のつぼみ二条乃梨子の説明に、祐巳は納得って顔。
「あまりにも高く降り積もるものですから、新潟の人たちはみんな、頭まで隠れて前が全然見えなくなるので、真っ直ぐ歩けないんですよ。私は背が高いから大丈夫でしたが」
 おや、あの可南子さんがちょっと自虐が入ったジョークを、と感心しながら、くすくす笑う乃梨子だったが、
「そうだよねぇ、可南子ちゃんは背が高くてよかったねぇ」
 間違った方向で本気で感心している祐巳に、頬が引き攣った。
 可南子も、困ったような呆れたような、微妙な表情だった。
 実は、松平瞳子も居合わせているのだが、露骨に溜息を吐いていた。
「祐巳さん、可南子ちゃんの冗談だって分かってる?」
 見かねて指摘する、黄薔薇のつぼみ島津由乃。
「え?冗談だったの?」
「当たり前じゃないの。確かに可南子ちゃんは、女子高生の標準身長を遥かにブッちぎってはいるけど、彼女より背が高い人なんて幾らでもいるわ。みんな頭まで隠れるわけないでしょ?」
「そんな! 可南子ちゃんが私を騙すなんて! 嘘でしょ!? 嘘って言って!」
 台詞は結構悲壮そうではあるが、祐巳の目はあからさまに笑っていた。
「もちろん嘘に決まっています! 私は決して祐巳さまを騙したりしません!」
「いい加減になさいませ! 可南子さん、嘘って言った時点で騙していることになるでしょう? それにお二人とも、演技下手過ぎ! 台詞棒読み過ぎ!」
 我慢できなくなったようで、ついに瞳子のツッコミが炸裂した。
「なんですと!? ジ・侮辱罪で訴えるよ!?」
「祐巳さま定冠詞の読みが違います」
「『ザ・ウル○ラマン』や『ザ・インタ○ネット』よりマシでしょ」
 確かに、冗談にも程があるタイトルではあるが。
「まぁ何にせよ、雪にあまり良い思い出はありませんね」
 しみじみと語る可南子の眉毛は、相変らずの困り眉だった。
「そう言えば…」
 何かを思い出した祐巳。
「乃梨子ちゃんも、雪に良い感情は持っていないんじゃない?」
「確かに当時は大いに後悔しましたが、今ではむしろ感謝しているぐらいですよ」
「お陰でリリアンに入れたもんねぇ」
 ニヤケながら冷やかす由乃の言葉に、顔が赤くなる乃梨子。
「京都だったっけ? 西の方って、行くのは速いけど、帰りは遅くなるんでしょ?」
『…はぁ?』
 一同、また始まったか?と思いつつ、誰とも無く目を合わせた。
「あの、祐巳さん? どういう意味?」
「まさか、自転の反対方向に進むから、目的地が近づいてくるので速いって意味じゃないでしょうね?」
「そうだよ。帰りは逆に遠ざかるから時間がかかるんだよね?」
「あっはっはっは、さすが祐巳ちゃん。相変らず面白いねぇ」
『聖さま?』
 振り向いた祐巳と由乃の視線の先には、今まさに窓から入ってこようとしている、前白薔薇さまこと佐藤聖がいた。
「その理屈だと、2〜3秒ジャンプしているだけで、1kmちょっと西に着地することになるね」
 ぱたぱたと、肩に積もった雪を払う聖。
「え?じゃぁタイミングと方角を巧いこと調整すれば、世界記録も夢じゃないってことですか?」
「アホですか祐巳さまは。同じ慣性系の運動に影響するわけないじゃないですか」
「…ああそうか」
 黙って聞いてた由乃、乃梨子、可南子は、苦笑いが止まらない。
「で、その聖さまは何のご用です?」
「いや、たまたま通りがかったら愉快な話をしているのが聞こえたから。じゃぁね祐巳ちゃん。ちゃんと勉強しないと、後輩にバカ呼ばわりされても仕方がないよ」
「誰がバカですか!? いくら聖さまでも許しませんよ」
「瞳子ちゃんなら許すわけ?」
「乃梨子ちゃんも、ごきげんよう」
「あ、ハイ。ごきげんよう」
 そのまま、来た時とは違い、ちゃんとドアから出て行った聖だった。
「何を暢気に挨拶してるのよ乃梨子ちゃん。聖さまはあなたにとっても敵なのよ。あの顔を忘れないようにシッカリと覚えておかないと」
「いえ、忘れようがないんですけど。それに聖さまは敵だったんですか」
 乃梨子は、なんだか祐巳のキャラクターが分からなくなってきた。
「可南子ちゃんも、私がバカだと思ってる?」
 小首を傾げ、潤んだ瞳を上目使いにしながら問う祐巳に、可南子は、
「大丈夫です祐巳さま、あんな連中の言う事を、真に受ける必要はありません」
 あっさり丸め込まれてしまった。
 もっとも、可南子は常に祐巳派だが。
「ごきげんよう」
「あ、蔦子さん。ごきげんよう」
 突然、何の前触れもなく姿を現した、写真部のエース武嶋蔦子。
「何かあったの? さっきそこで聖さまにお会いしたけど」
「いえ、何でもないよ。単に窓から入って来ただけ」
「そう、ところで…」
「え? ツッコミなし?」
 可南子なみに困った顔の乃梨子。
 どうにもこの二人は侮れない。
「皆さんのスナップを持って来たわ。欲しい写真があれば焼き増すから選んでもらえる?」
 その言葉に、十数冊のアルバムを渉猟する一同。
「…あの、蔦子さま?」
「何かしら、白薔薇のつぼみ?」
「どうして、ローアングルとか着替えとかの、キワドイ写真しかないんですか?」
「その中には、志摩子さんの写真も当然だけどあるのよね」
「さすがエースですね」
 すっぱりと手の平を返す乃梨子は、良くも悪くもリリアンに染まっている。
「現像しながら思ったんだけど、可南子ちゃんはともかく、乃梨子ちゃんもまぁ除外するとして…」
「…何?」
 不穏さを感じたのか、眉を顰めながら訊ねる由乃。
「みんな、あまり胸がないのね」
 ちなみに蔦子は、あまり目立たないが結構デカかったりする。
『なんだとう!?』
「おっと、地雷を踏んだかな? じゃぁごきげんよう、それは後日取りに伺うわ。アデュー」
 捕まる前に、さっさと立ち去る蔦子だった。
「くそう、許さんぞカメラ小僧め小僧じゃないけど! 追うわよ祐巳さん瞳子ちゃん、あのムカムカボインメガネをボブボブにしてやるわよ!」
「ボブボブって何?」
「お待ち下さい由乃さま。この松平家秘伝の『釘バット』を装備すれば、由乃さまの凶悪さに更に磨きがかかって」
「誰が凶悪よ! とにかくあのアマいてもうたる。続け〜!」
 先頭切って走り出す由乃に、祐巳と瞳子は、成り行きながらも後を追うのだった。

「今日は何だったんだろ? 可南子さんは来るし聖さまは来るし蔦子さまも来るし」
 開いたままのビスケット扉を眺めながら、呟く乃梨子。
「誰だって、時には感傷的になるものですよ」
「あははは!! んな事あるかい可南子君、そら現代人が忘れかけてるメルヘンやで!!」
「ちなみに細川家にも、代々伝わる『鉄板巻いた角材』があるんですが、どれぐらいの破壊力があるか試してみましょうか」
 可南子の身体が持つポテンシャルに恐れをなした乃梨子は、辺りに誰も居ないのを幸いに、平謝りに謝ったのは言うまでも無い。


【1458】 (記事削除)  (削除済 2006-05-09 22:11:48)


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【1459】 (記事削除)  (削除済 2006-05-10 17:28:57)


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【1460】 祐巳は魔法使いでリリアン魔法女学園炎の魔女が  (クゥ〜 2006-05-10 21:04:47)


 そこは真っ暗な闇。
 「祐巳さん、右!!」
 「了解!志摩子さん、支援して!!」
 「ええ、分かっているわ!!――幻影!!」
 志摩子さんの言葉で周囲に霧が生まれ、祐巳、由乃さん、志摩子さんの姿が霧の中にいくつも浮かび上がる。
 「よし!!――氷結!!」
 由乃さんの言葉で一帯が凍りついた。
 「「祐巳さん!!」」
 「了解!!――矢の雨!!」
 祐巳の一言でいくつもの矢が降り注ぐ。
 「やった?!」
 そう思った瞬間。
 ギュロロロロロ!!!!!!
 激しい機械音と共に降り注いだ矢が弾け飛び、氷は砕け。霧は霧散する。
 ゆっくりと四散していく霧の中から現れたその姿。
 真っ赤な瞳。
 口は鋭い歯が並び。
 炎を纏い。
 その頭には本体の数倍するドリルが炎を絡ませていた。
 炎の魔女にして、ダンジョン・紅薔薇の魔人『瞳子』
 「さ、流石ね『瞳子』」
 「でも、この試練を通らないとあの方たちの元にはいけないわ」
 「うん、そうだね」
 祐巳たち三人は頷き『瞳子』を見る。
 炎を纏ったドリルが唸りを上げている。
 「でも、ちょっと怖いかな?」
 「祐巳さん……」
 「まったく、恐れをなしてどうするのよ!!そんなことで薔薇の称号が貰えるとでも思って?」
 「わかってるって、でも、具体的にどうするの?」
 祐巳の言葉に押し黙る由乃さん、志摩子さん。
 三人の力と『瞳子』の力はどう見ても開きがある。
 「アレ、やってみる?」
 「でも、アレは!!」
 「三分の一の確率」
 「私たちがこのダンジョンの挑戦を許された理由」
 「ダメもと」
 「それではやってみる?」
 志摩子さんの言葉に頷く、祐巳と由乃さん。
 「「「魔人召喚!!『可南子』!!」」」
 祐巳、由乃さん、志摩子さんは手にした杖を合わせ呪文を叫んだ。
 一帯に巨大な竜巻が出現。
 「よし!!上手くいった!!」
 由乃さんが、喜びの声を上げた瞬間。
 竜巻は突然旋風になり。
 「よしのー!!」
 コロボックル『令ちゃん』が現れた。コロボックル『令ちゃん』は間違って呼び出して以来、由乃さんを気に入りたまに出てくるように成った。
 何時もなら、久しぶりと歓迎するところだが……。
 「……」
 「……」
 「ぶわかぁぁぁぁ!!!!!」
 ポッコーーーーン!!!
 「また呼んでねー」
 由乃さんに蹴られ闇の中に消えていくコロボックル『令ちゃん』
 「はぁはぁ、この大事なときに……」
 コロボックル『令ちゃん』を蹴り飛ばした由乃さんはゆっくりと後ろを向く。
 ギュロロロロロロロ!!!!!!!!
 そこには炎を纏った『瞳子』がいた。
 「「「!!!!!!!!!!!!」」」


 「あ〜ぁ、失敗かぁ」
 「でも、一年生でダンジョンに下りる許可が出ただけでも私は凄いと思うな」
 「それじゃぁ、ダメなのよ」
 由乃さんは桂さんの慰めの言葉に不満を漏らす。実を言えば祐巳も不満だった。
 ここは魔女を育てる学園。
 海と空の狭間にある小さな世界。
 ここには三つのダンジョンと一つの迷宮がある。
 一つは祐巳たちが挑戦した魔人『瞳子』のいる『紅薔薇』
 一つは白き仏と呼ばれる魔人『乃梨子』がいる『白薔薇』
 一つは閃光の狂人の名を持つ魔人『菜々』がいる『黄薔薇』
 それらの試練を超えた者はダンジョンの名である薔薇の名を名乗ることが出来、今その名を持つのは。
 「あっ、薔薇さま方!!」
 「えっ?」
 桂さんの一言に慌ててそちらを見る祐巳たち。
 そこには『紅薔薇』を名乗る蓉子さま。
 『黄薔薇』を名乗る江利子さま。
 そして『白薔薇』を名乗る聖さまがいた。
 三人は祐巳たちの方に歩いてきて、祐巳の前に蓉子さま。
 由乃さんの前に江利子さま。
 志摩子さんの前に聖さまが立った。
 「ダンジョン、紅薔薇。失敗したそうね」
 「だから、まだ無理だと言ったでしょう?」
 「まぁ、大怪我はしなかったみたいだから良しというところね」
 蓉子さまは少し残念そうに、江利子さまは楽しそうに、聖さまはニコニコと笑っていた。
 「つ、次は負けません!!」
 由乃さんの言葉に頷く祐巳と志摩子さん。
 「そう?でも、そうでないと困るわ。だって、この学園最大の試練、迷宮『薔薇の館』があるのだもの、ここでつまずいてもらってもねぇ」
 由乃さんの言葉に笑いながら言い返す江利子さま。二人はそのまま睨み合う。
 「でも、ほどほどにしておきなよ。まぁ、無理に止めないけどね」
 少し、ぶっきらぼうに言いながら志摩子さんを見る聖さま。
 「祐巳ちゃん、魔人に心を開いてはダメよ。貴女は私のモノなのだから」
 そう言って祐巳を抱きしめる蓉子さま。
 「特に、迷宮『薔薇の館』の主。魔人『祥子』にはね」
 蓉子さまの言葉が祐巳の心を締め付ける。蓉子さまは知っているのだ、祐巳が禁忌である魔人に恋心を持ってしまったことを。
 祐巳は、蓉子さまに分からないようにそっと魔人『祥子』から貰ったロザリオを握り締める。
 「貴女はいずれ紅薔薇の名を次ぐのだから」
 「はい、蓉子お姉さま」
 祐巳は小さく頷いた。
 自分の夢は優秀な魔法使いになること、魔人は使役する存在で、魔法使いが心許す存在ではない。
 たとえどんなに美しく、強くても。
 ……でも、あの方は。
 美しく、強く、悲しい。
 何百年も迷宮『薔薇の館』に一人っきりの魔人。
 祐巳は蓉子さまの胸の中で静かに目を閉じる。でも、思うのは偶然の出会いをした魔人『祥子』のことだった。


 ここはリリアン魔法女学院。
 一人前の魔法使いを育てる場所。
 祐巳の夢はりっぱな魔法使いに成ること。
 それはより強く、より強大な魔人を使役し、強力な魔法を操ること。
 祐巳はその教えと自分の夢に今戸惑いを覚えていた。





 Key挑戦SS第二弾。
 今回、魔法関係で三つそろったので書いてみましたが、最初、ギャグを考えていたのにこうなってしまって困ったものです。失敗、でも、聞いてみたいと言うことで。
                          『クゥ〜』


【1461】 由乃と傷だらけの天使達  (C.TOE 2006-05-11 01:26:51)


冬休みに入ってすぐ、朝早くに由乃がやって来た。

「とにかくいいから来て」

用件も言わずに由乃が強引に家から連れ出す。
こういう時はたいていろくでもない用件なのだが、なぜかほいほい付いて行ってしまう。
家から出て・・・家からは出たが、敷地からは出なかった。連れて行かれた先は・・・家の自転車小屋。

「えーと、なに?」
「なにって、見ればわかるでしょ。これよ、これ」

そう言いながら令の自転車をバンバン叩く。

「自転車に乗りたいの?」
「令ちゃん、わかってて言ってる?」

由乃は自転車に乗れない。
学校は歩いて十分のところにある。
元々病弱という事もあって、ほとんど出歩かない。
病院に行く時は車。
自転車に乗る必要が無いまま、今に至ってしまった。
それが突然自転車に乗りたいというのはどういう風の吹き回しだろう。
・・・単に、出歩けるようになったからその移動手段が欲しくなっただけ、と気付くのにそれほど時間はかからなかったが。



「令ちゃん、しっかり支えててよ」
「大丈夫だって」

令は後ろの荷台部分を押さえながら言う。
由乃が脚に力を入れて漕ぎ出す。が、すぐにふらふら、どうにも危なっかしい。バランスが全くとれていない。

高校生になってから自転車の練習というのは、どうなのだろうか。
初等部三年の時、それまで自転車に乗れなかったので乗る練習をした友人を知っているが、かなり苦労したようだ。こういうものは体で覚えるものなので、大きくなると難しくなってしまうという話を聞いた事がある。

「うわっ、うわっ、うわっ」
「バランスをとって」

さすがに自転車+由乃を手だけで支えるのはかなり厳しい。それも後ろの荷台部分で。
令は方法を変えてみる事にしたが、

「由乃、私に頼っちゃ駄目だよ」
「そんなこと言ったって」

令は後ろから横に移動し、ハンドルの左側を支える事にした。しかし由乃が令側に重心を傾け、一人でバランスを支えようとしないのだ。

後ろも駄目、横も駄目、前は邪魔なので論外、令は苦戦しながらも支えていると、由乃の乗った自転車はふらふらしながらも前に進むようになった。まだかなり危なっかしいが。

「令ちゃん、このまま学校まで行きましょ」
「え!?駄目だよ!まともに曲がれもしないのに!」
「大丈夫よ!こういうのは乗りながら覚えていくものよ!」

由乃の言ってる事は正しいが、それは公園とか安全な場所での話。まあ、この辺りはそんなに交通量が多くないから安全だと思うけど。
学校まで歩いて約八分、自転車なら・・・今の由乃でも五分もあれば充分に着く。
由乃にとって学校は第一目標だったようだ。よく知ってる道だし、距離も手頃だし。
などと考えながら、由乃の自転車の隣を走って付いて行く。

「もう着くわね」
「由乃、横見てると危ないよ」

そう言って視線を正面に戻した時だった。

「猫!?どきなさい!ああっー!!」
「由乃ー!?」





令と由乃が互いを見た時に電柱の陰から猫が出て来た。
とっさに由乃はハンドルをきり、猫を避けたが自転車は見事に電柱と衝突。
由乃はとっさに飛び降りた、というよりは遠心力と慣性で放り出された。
それを令がとっさに受け止めた。
令はお尻を打ち手に擦り傷数カ所。軽装の夏だったらこの程度では済まなかっただろう。
猫は少し離れた場所で前足を舐めている。接触したようには見えなかったが、令には単に毛繕いをしているのか傷を舐めているのかの区別はつかない。
そして由乃は無傷。

由乃が無傷だったのは受け止めたのが令だったから。
令がかすり傷で済んだのは受け止められたのが由乃だったから。

心臓が悪かったのは由乃だが、令は何度も心臓に悪い思いをしている。
由乃が良くなった今でも、あまり状況は変わっていない。

「えーと、令ちゃん―」

由乃がもじもじしている。いつもイケイケ青信号の由乃にしては珍しい。

「いまのランチじゃなかった?」

令に受け止められたままの由乃が話しかけてきた。
昔に比べれば丈夫になったとはいえ、華奢というのは変わらない。

「ランチ?・・・ああ、メリーさんのこと。・・・そうだったかな?」

たしかに黒っぽい猫だったが、メリーさんかどうかわからない。そんなに注意深く観察したわけで無いし、既に立ち去って確認できないから。

「そう・・・あの・・・」

いつになく神妙な由乃。令が気付かなかっただけで、ひょっとして脚でも捻挫したのだろうか?

「よ、由乃?」
「次はランチが避けられるようになるから」
「う、うん?」



「ごめん、令ちゃん」

由乃は令に受け止められたまま謝った。
令はそっと由乃を抱きしめた。
華奢な由乃万歳。



壊れた自転車を引っ張って、家に帰る。
二人とも口を利かない。
こういう事は初めてではないが、今日はおまけがあった。今までは“壊れた自転車”のような物質的なものは無かった。これも由乃が元気になった証拠、と令はあきらめる事にした。

自転車を小屋に置くと、島津家に行き報告。由乃は令の傷の事は触れずに自転車の事だけを報告した。令も黙っていた。わざわざ言うほどの怪我ではないから。

叔父さんは二つ返事で新調を了承してくれた。
「由乃が自転車に乗れた」と言いながら叔父さんは泣いて喜んでいたが・・・叔父さん、泣くところが少し違います。というか、まだ安全に乗れるようになっていません。
叔母さんは、嬉しいような困ったような複雑な表情をしながらも、令と由乃の分の自転車を新調してくれた。叔母さんの「財政緊急出動につき、あなたのおこずかいカット」の台詞に叔父さんは本当に泣いていたが。



自転車店でそれぞれ気に入った自転車を見繕うと、店の小父さんが由乃の特訓をしてくれる事になった。この小父さんは令が自転車の修理をしてもらいに行くといつでも嫌な顔一つせずに修理してくれる親切な人だ。
小父さんは「自転車に乗れない人間に自転車を売って事故られでもしたら自転車が可哀想だ」と言っていたが、令にとっては正直ありがたかった。

特訓といってもこの小父さん、由乃の自転車のペダルを外してしばらく乗りまわすように言っただけ。由乃は何か言いたそうな顔をしていたが、黙って言われたとおりペダルの無い自転車に乗っていた。ちなみに推力は自分の脚。足で地面を蹴って前に進むという、何の特訓だかよくわからない方法。令もわけもわからず付き添っていた。
15分ほどして小父さんが自転車にペダルを付けた。令も由乃も半信半疑だったが、事故前と比べると信じられないほど上達していた。小父さんによると、初心者はペダルを漕いで進む事を優先して気をとられてしまい、バランスをとる努力を知らないうちに後回しにしてしまっているという。だからペダルを外して漕げないようにしておいて、自転車の重さを体に覚えさせる。それだけで自転車を含めたバランスのとり方を覚えるというのだ。
令はこれは将来役に立つと思い、更に質問する。小父さんも快く答えてくれる。その間に由乃はかなり上手になったようだ。



そして二日後。
買物から帰って来て、何気なく郵便受けを見ると、令宛に封書が来ていた。差出人を見ると、祥子の名前。
こんな時期に祥子が令宛に封書とはどういう事だろうか。何か用事があるなら、電話か直接会って話すと思うのだが。そう思いながら家に入ると。

「令ちゃん、これ見た?」

由乃がまた来ていた。なにやらカードを持って。
帰って来て早々「これ見た?」と言われるのもちょっとなぁと思いながら、由乃のカードを受け取る。

見ると、祥子からの招待状だった。新年会のお誘い。由乃に来てるという事は、この封筒には令宛の分が入っているのだろう。
玄関で立ち話を続けるわけにもいかないので、とりあえず自分の部屋に向かい、中を確認した。

「やっぱり同じか」

封書を開けて中身を確認した由乃がつぶやく。
由乃は既に祐巳ちゃんに電話をかけていろいろ聞いていた。山百合会のメンバーが誘われているらしい。
清子小母さまの事だから、特に用意するものは無いと思うけど、後で祥子に確認しておいたほうが良いだろう。とはいえ、手ぶらでお邪魔するわけにもいかないから何か持って行った方が良いのはたしか。

「ところで、駅伝はいいの?」

令は気になっていた事を由乃に聞いた。去年、あれほど直に見て応援したいと騒いでいた箱根駅伝。今年は、いや来年か、見に行かないのだろうか。

「もういい。ていうか、小笠原家の新年会のほうが良い」

由乃の答えはあっさりしたものだった。
令は、相変わらず由乃に振りまわされたまま年を越すのだなーと思いながら二、三打ち合わせした。
祥子の家には自転車で行く事になった。
由乃、自転車で行く気なんだ。まあ、それが一番安上がりで早いんだけど。本当に安上がりかどうかは別として。いや、安上がりにするためにもう少し練習させたほうが良いのかな。今度は自転車だけで済まない可能性があるんだし。



そして一月二日。
無事、由乃と二人、何事も無く祥子の家の駐車スペースに二台の自転車を停める事が出来た。


そこで思い出した叔母さんの台詞

「遠足は、家に帰るまでが遠足」

帰りも無事故でありますように。


【1462】 (記事削除)  (削除済 2006-05-11 19:34:53)


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【1463】 素敵に無敵な祐巳ただいま五歳!  (クゥ〜 2006-05-11 21:59:24)


 祐巳が五歳児でリリアン高等部に編入している設定です。
 詳しくはこちら→【No:1442】




 「ふぅ、つまらないわね」
 今日は差し迫った文化祭を目前にして、最近お手伝いとして薔薇の館に来てくれている祐巳ちゃん。山百合会主催シンデレラに参加が決まり。日曜日にも練習と成ったのだが、祐巳ちゃんを姉Bの役にしたのが不味かった。
 似合わないというか、それ以前の話に成ってしまい。なかなか練習が進まないのだ。
 「いっそのこと、シンデレラにしてしまう?」
 そんな話も出たが、何時までも話は平行線をたどっていき。決まらない。最初こそ、祐巳ちゃんの話に乗っていた江利子も白薔薇対紅薔薇の紛争になってくると飽きてきた。
 「う〜ん。お腹が少し空いたわね」
 「あっ、それでしたら外に行ってコンビニで何か買ってきますか?」
 「そうね……あぁ、いいわ。私が行ってくる。祐巳ちゃんも一緒に行く?」
 「うん!えりこおねえちゃん」
 祐巳ちゃんが笑顔で江利子の手を取ってくる。ちなみに、祐巳ちゃんは姉Bのドレスを着ている。手芸部が誰よりも先に祐巳ちゃんのドレスを仕上げてしまったことも問題を複雑にしてしまったのだが、紅いドレス姿の祐巳ちゃんは本当に可愛くこのままお持ち帰りしたいほどだ。
 「江利子さま、そのまま祐巳ちゃんと帰らないでくださいね」
 由乃ちゃんが、祐巳ちゃんの手を引いて出て行こうとする、江利子を睨んでいる。なかなか先を読んでいるようだ。
 「はいはい、大丈夫よ。飲み物と何か後いるものある?」
 「あっ、それでは簡単なデザートかなにか」
 「OK、わかったわ」


 ……由乃お姉ちゃんが言った「デザート」この一言が、この後、山百合会を地獄に落とすことに成ってしまうの。


 姉B姿の祐巳ちゃんを連れ薔薇の館を出て、銀杏並木を抜けて校門の方に向かう。その道すがら、祐巳ちゃんを見た部活生たちが集まってくる。
 はっきり言って、祐巳ちゃんのこの格好は犯罪寸前。
 しかも祐巳ちゃん、心得たもので首を少し傾け笑ったり、その姿で走ったりと愛嬌を忘れない。当然、周囲に集まった生徒たちからは黄色い声援が上がる。
 「祐巳ちゃん、そろそろ行こうか?」
 「うん!!」
 祐巳ちゃんは大きな返事をして江利子に抱きついてくる。
 きゃぁぁぁぁ〜〜〜〜〜。
 「なかなか楽しませてくれるわ」
 黄色い悲鳴を聞きながら江利子が囁くと、祐巳ちゃんは江利子にしか分からないように小さく舌を出して笑う。
 「えへへへ、少しやり過ぎちゃった」
 祐巳ちゃんの正体は分かっていても、怒る気にはなれない。もしかしたら、ある意味、祐巳ちゃんは天然なのかもしれない。
 いや子供らしい一面か?
 「……」
 「……なに?」
 フッと気がつくと祐巳ちゃんが江利子を覗いている。
 「江利子お姉ちゃん、もしかして子供っぽいとか思ってる?」
 「流石、祐巳ちゃん鋭い」
 本当に鋭い。まぁ、紅薔薇さまなら大人の顔色を伺って育ってきたと言うだろう。そして、言い当てられた場合は誤魔化さないのが祐巳ちゃんは好きらしい。
 「もぅ!!」
 少し膨れ顔の祐巳ちゃんを連れ校門を出て、すぐ近くのコンビニに向かう。
 コンビニには数人のリリアン生の姿があった。
 江利子と祐巳ちゃんはごきげんようと挨拶を交わす。
 「あら、江利子さん。ごきげんよう」
 「ごきげんよう、良さん」
 「ごきげんよう、りょうおねえちゃん」
 「ごきげんよう、祐巳ちゃん。素敵な格好をしているのね」
 江利子のクラスメイトの良さん。たしか運動系の部活に入っていて引退した今でも後輩の指導をしていると聞いたことがある。今日もそうなのだろう。
 「今日は二人してどうしたの?」
 「山百合会の劇の練習よ。それでちょっと休憩がてら買い物にね」
 「そう」
 「そういう良さんは?」
 「まぁ、似たようなものかな。それで何を買いに来たの?」
 「お茶とかデザート関係をね」
 「デザート……」
 江利子の話を聞いて少し考え込む良さん、その顔がニヤリと笑う。
 「それならお薦めがあるわよ」
 「お薦め?」
 良さんがそう言って江利子と祐巳ちゃんを連れて行ったのはお弁当のコーナーだった。
 「あった、あった。これよ」
 そう言って良さんは一個のおにぎりを取って見せる。
 「新製品!!デザート系!!チョコレートおにぎり!!」
 それを見て流石の江利子も言葉を失った。
 「他にもあるのよ、蜂蜜コーヒーゼリーに、あとこれなんかお薦め、プリン!!」
 それを見て江利子の顔に笑いが浮かぶ。
 結局、江利子は複数個のデザート系おにぎりを買った。祐巳ちゃんは嬉々としてレジを済ませる江利子を見ながら、新製品の札の横に、コンビニの店員さんが書いたであろうコメントを見ていた。
 『レジャーシーズン!!イベントの小さなアクセントにどうぞ。注、昼食には向きません』
 「江利子さま……」
 祐巳ちゃんは江利子に分からないように、自分に被害が及ばない方法を考えていた。



 薔薇の館に戻ると喧騒は終わっていた。というよりも、江利子が祐巳ちゃんを連れて出たことでそちらが気になり。話し合いが止まってしまったらしい。
 「まぁ、ちょうどよかったわ」
 江利子は買ってきたコンビニの袋からジュースとおにぎりを取り出す。
 「なんでおにぎ……り、なにコレ?」
 テーブルに置かれたおにぎりを取った紅薔薇さまが固まる。
 令たちも気がついたのか、それぞれ動かない。
 「な、なんですか!!コレ?!」
 「何って、由乃ちゃんが言っていたデザートよ」
 「デ、デザートって」
 「これ、食えるの?」
 「私は遠慮したい……」
 「はい、せいおねえちゃん!!」
 白薔薇さまが手に持ったプリンおにぎりを、テーブルに置こうとした瞬間。祐巳ちゃんが極上の笑顔でおにぎりを差し出す。しかも、姉Bのドレス姿で迫る。
 「うっ、まぁ、コンビの製品だしね。ねっ、令」
 「そ、そうですね」
 白薔薇さまは何を思ったか隣の令を見て、令も何故か頷いてしまう。
 「はい、れいおねえちゃんも!!」
 祐巳ちゃんがこの好機を見逃すことはなく、白薔薇さまの言葉をつなげるようにプリンおにぎりを令に手渡した。


 白薔薇さまアンド令VSプリンおにぎり。
 二人の口にプリンおにぎりが入った。
 もぐもぐも。
 最初は海苔とご飯の味、噛み続けるとプリンの味が舌に伝わる。徐々に混ざっていくプリン。プリンは溶けていくので食感は悪くない。そう感じた瞬間、プリンのシロップが一気にご飯に混ざっていく。
 甘い。
 シロップの甘味だけが強調され、二人の口が止まった。
 キョロキョロとお茶を探すがそこにあるのはジュース。グレープとオレンジ。炭酸なし。
 二人ともオレンジを選択。
 一気に流し込もうとする作戦のようだ。
 が、オレンジとシロップが混ざった瞬間感じたのはオレンジの嫌な苦味。
 それでも流し込むことに成功。
 「「はぁはぁ、あぁぁぁぁ」」
 「まだ、のこっているよ?のこすと、わるいこ、なんだよ!!」
 「「えぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜!!!!」」

 結果、全部食べきった二人は今部屋の隅でのの字を書いている。なんだか、精神的なトラウマになったようだ。


 二人の結果を見て紅薔薇さまやその他は当然怖気づく。まぁ、仕方ない。江利子はそこでやめようとした……が、祐巳ちゃんはそうではなかった。
 今度は紅薔薇さまと由乃ちゃんに標的を向けた。
 差し出したおにぎりは蜂蜜コーヒーゼリー。
 「あの、祐巳ちゃん」
 「私は、ほら、ねぇ祐巳ちゃん」
 「たべて」
 祐巳ちゃんは泥団子を差し出す園児のように二人に笑顔を向ける。
 「「はい」」
 泥団子のほうがどれだけ平和か、今、二人はそう思っているに違いない。
 なぜなら笑った笑顔が引きつっているから……。


 紅薔薇さまアンド由乃ちゃんVS蜂蜜コーヒーゼリーおにぎり。
 さっきの二人とは違い小さく頬張る二人。具が出ないのでただのおにぎりと思った。が、溶けた蜂蜜の甘味が既にご飯に絡んでいた。
 ご飯の味はなく。ただ、蜂蜜を嘗めている甘味。ただ、ご飯粒の食感が悪い程度。
 これならいけると思ったのか二人は二口目へと向かう。
 二口目、だが、二人の口は動かない。歯に当たる奇妙な食感。このまま噛んではいけないと本能が叫ぶ。
 「たべて」
 祐巳ちゃんのダメ押し。
 二人は意を決して二口目を食べる。
 ご飯がゼリーを通さないうちに流し込むのが危険回避の方法だが、目の前にはグレープジュース。
 だが、二人は忘れていた。蜂蜜を!!そして、グレープと蜂蜜が混ざり合った。
 「ぜんぶ、たべてね」
 祐巳ちゃんの微笑み。二人は震えながら頷いた。


 結果、二人はテーブルの下で痙攣中。大丈夫だろうか?


 残るはチョコレートおにぎりのみ!!
 ここまで来たらと、江利子は祐巳ちゃんに視線で合図を送る。
 祐巳ちゃんは小さく頷いた。それを見て、祥子と志摩子の表情が引きつていた。
 「はい、おねえさま、しまこおねえちゃん!!」
 差し出されたチョコおにぎり。
 「祐巳、私、これの食べ方が分からないのよ」
 「祐巳ちゃん、私もコンビ二はあまり行かないから」
 祥子も志摩子も同じように逃げようとする。が、祐巳ちゃんは小さな手でおにぎりの袋をはずすと両手で一つずつ持ち。祥子と志摩子の前に差し出した。
 「はい、あ〜ん」
 笑顔でおにぎりを差し出す祐巳ちゃん。
 これには祥子も志摩子も逃げられなかった。


 祥子アンド志摩子VSチョコレートおにぎり。
 祐巳ちゃんの「あ〜ん」でチョコレートおにぎりを食べる二人。だが、おにぎりの味しかしない。二人は少し安心したとき、ついに具であるチョコレートが口に入った。
 この瞬間、飲み込めばよかったものの、固形のチョコを噛み砕く二人。口の中に広がるチョコの甘み。だが、これならいける。二人はそう思った。
 だが、砕けていくチョコが徐々に食感を悪くしていく。それでも食べられる。
 そう思っていた、海苔が絡むまでは。海苔とチョコとご飯が混ざり。口の中に広がるのはカカオの香り。甘みは消え。
 チョコと海苔の香りが口の中で混ざり合う。
 祥子と志摩子の動きが止まった。
 これ以上噛んではいけない。そう思っているのだろうが、今、問題は香りなのだ。
 「おねえさま、しまこおねえちゃん。だいじょうぶ?かわいそうだから、のこりは、ゆみがたべてあげるね」
 そう言って、二人の残りのおにぎりを食べてしまう祐巳ちゃん。勿論、祐巳ちゃんの食べたおにぎりにはチョコは入ってはいなかった。そして、噛むのを我慢していた二人は限界に来たのか。ジュースで流し込む。
 「「!!!!!!!!!!」」


 結果、胃もたれを起こしたらしい二人はテーブルに倒れていた。


 「はぁ、面白かったわね。祐巳ちゃん」
 「うん、でも」
 「でも?」
 「えりこおねえちゃんは、なにもたべていないよ?」
 「あぁ、私はいいのよ」
 祐巳ちゃんの言葉に背筋に冷たいものを感じた江利子だったが、遅かった。
 「ゆみが、たべようとおもってかったけど、いま、ゆみ、おねえさまと、しまこおねえちゃんののこりたべたからあげるね」
 そう言って祐巳ちゃんが差し出したのは、オカズ系シュールストロレミングおにぎりだった。
 「たべて」
 祐巳ちゃんの背中の後ろに、六つの紅い瞳が輝いていた。



 「ふぅ、美味しい」
 祐巳は一人、薔薇の館から離れ、古びた温室でオレンジジュースを飲んでいた。
 外からは悲鳴が聞こえるが、聞こえない、聞こえないと呪文のように呟き。
 溜め息を一つついて呟く。
 「……あんな物、売るなよ」


 その後しばらく薔薇の館は悪臭の館の異名を囁かれていた。





 良さま、砂森 月さま。こんなところでどうでしょう?良さまは、江利子をそそのかす役にしましたが、勿論、本人とは関係ありませんので許してください。あと、苗字は流石に決められないのですみません。


 また、今回食べたのはチョコおにぎりとプリンおにぎりのみです。この二つは『クゥ〜』の感想で書いてありますのでご了承ください。

 一応【五歳】の番外になります。
                                  『クゥ〜』


【1464】 知られたくないラブやん  (六月 2006-05-11 23:21:44)


クロスオーバーです。
おそらく、がちゃS史上最低クラスに下品ではないかと・・・。
読み飛ばすのが精神衛生によろしいかもしれません。
*****



ハイ!!わたし、愛の天使ラブやん!!ひとくちでゆうとキューピッドってヤツねん(はーと)
愛に飢えた子羊たちをラブまみれにするのがわたしのお仕事!!これでも有能(だったの)よ?
ヤヤ!?なにやら強烈な片思い電波が!額のラブセンサーがビンビンよ!
発信地は-----日本、東京ね。
よーっし、ここは一発、華麗に登場して「愛の天使ラブやん、見〜〜〜〜参っ!!」

「いやーーーーーっ!!また?またなの?」
全裸で天蓋付きベッドの上に正座した髪の長い女が、ドデカイ液晶テレビでどこぞの風呂場の盗撮らしき画面を観ながら鼻息荒くしてるデスよ。
「な、なんデスかアナタは?ノックくらいしなたい!!」
「そっちこそ服くらい着なさいよ!なんで全裸で正座しながら盗撮ビデオ観てるのよ!?」
二人でギャーギャー言い合っていると「こんっこんっ」とドアがノックされた。
「祥子さん、何を騒いでいるの?」
祥子と呼ばれた髪の長い女はベッドの脇に置いてあったネグリジェをすぽっと被ると。
「お母様!聞いてください、あの変な女が突然・・・」
指さされたわたしはヒラヒラと手を振ってみせる。が、お母様とやらは部屋の中を訝しげに見渡すだけだ。
「・・・誰も居ませんわよ」
「いえ、お母様の目の前に居るじゃないデスか!」
お母様は祥子の肩に手を置くと、着物の袖で眦を押さえながら。
「祥子さん・・・疲れているのね。大丈夫よ、貴方の成績なら優先入試くらい簡単よ。無理なさらないでお休みなさい」
「いえ、あの・・・」
「貴方は自慢の娘。さーこと融の愛の行為の結晶ですもの」
「行為言うなや」
お母様はほろほろと涙を零しつつドアを閉めて出て行った。

「わかったかしら?わたしは他人には見えないのよ」
「・・・ということは本当に?」
「そう、わたしは愛の天使!あなたの強烈な片思いパワーがわたしを呼び寄せたのよ!あなたの愛を成就させるために!!」
羽を広げびしっ!と天空を指差す。
「天使さまが・・・わ・・・私の・・・愛を成就?」
「いえーっす!!私のこなした仕事は(カズフサを除きほぼ)100%の恋愛成就!そのわたしが来たからにはあなたの思い必ず実らせてみせる!!」
「私が18年生きてきた中で唯一見つけた真実の愛、その愛が実ると言うのね!?もう、隠し録りモニター観ながらハァハァ言ってなくてもイイのね!?」
おいおい、盗撮魔かよ。
「うん・・・犯罪行為曝さなくていいから、私に任せてね」

「で、その片思いの相手ってどんな男?イケメン?」
この私から見ても祥子は美人だと思う。どんな男だって簡単にオトせるんじゃないかってくらい。
「男なんて汚らわしい」
「へ?」
ちょいまてや。
「愛しのあの娘!リリアン女学院高等部2年松組福沢祐巳4月生まれ紅薔薇のつぼみマイプリティキュートプティスール!!」
祥子が本棚から取り出した数十冊のアルバムを開くと、出て来るわ出て来るわ。幼い雰囲気の両おさげの可愛らしい少女の写真が・・・何百枚あるんだ?
「・・・えっと・・・ロリでレズ?」
「失礼ね、同性愛と言いなさい。百合くらいは許してあげるわ」
「・・・えーっと」
かなりヤバイ?こいつ。
「あぁ、祐巳!こっそりと福沢家のバスルーム、トイレ、祐巳の寝室に仕掛けたカメラで撮り溜めたDVDが2000枚。某有名造形師に作らせた人肌シリコン製等身大祐巳フィギュアに、写真部謹製等身大抱き枕&シーツ。祐巳のお宅にお呼ばれした時に内緒で借りてきた祐巳のぱんちぃを被ってハァハァしなくてもイイのね!!」
「ああああああああああああ・・・ロリでレズで盗撮魔で下着ドロの金に飽かせた犯罪者だわ」
「ホントに失礼ね。私はひとよりほんのちょっとお金持ちなだけよ」
「普通はそこまでできる財力ねえよ!!」

「で、100%恋愛成就できると言った天使さまはどのような方法で私の思いを実らせてくれるのかしら?」
痛いところを突いてくるわねこの犯罪者。
「まぁいいわ、では犯罪者がその後輩とラブラブになろう作戦行くわよ」
「ちょーっと待ちなさい!後輩なんて他人行儀な。祐巳と私は姉妹なのよ。『妹とラブラブ大作戦』になさい」
姉妹?えーっと・・・。
「・・・近親相姦?」
「違います!リリアンでは個人的に深ーーい関係にある、ごくごく親しい上級生と下級生が姉妹の契りを交わすのよ!」
「・・・そんだけ親しいのに片思い?」
「し、仕方ないじゃないの!?姉は妹を教え導くもの、猥らな欲望・・・など・・・うわぁぁぁぁん!」
肝心なところはヘタレかい!?
「あーもう、変なところで真面目なんだから。まーイイわ、とりあえず決め台詞考えましょう。彼女を思い浮かべてここ一番の台詞を!」
「祐巳、その書類間違っていてよ」
「・・・・・・えっと、なにそれ?」
をい、どこの世界で愛を囁く時に、事務仕事の間違いなんぞ指摘するんですかい?
「あの娘が一生懸命に格闘した書類に間違いを見つけた時!指摘されて喜びの表情から一転して、髪の毛までも項垂れて涙目のあの表情をみると背筋にゾクゾクと走るものが・・・あぁん」
じーざす・・・終わってるわ。犯罪者にサディストの変態項目追加。
「・・・・・・そ、それじゃ勝負服よ。ビシッと決める時の服を出して!」
「ふむ、これね」
と、取り出したのは深い緑色にアイボリーのカラーが付いたセーラー服。
「・・・えっと、なんで制服?つーか、それじゃ彼女も同じ服じゃないのよ!」
「お、同じ服・・・」
ん?こいつが着てる制服が変だ。裾が短いのは最近の風潮に乗ってるのかと思ったら、袖丈も妙に短い。
「ちょっと待って、あんたその制服妙に小さくない?まさか!?祐巳さんの制服??」
「チ、チガウデスヨ」
下着泥棒だけじゃなくて制服泥棒もかよ、こいつ。
「わたし帰る・・・」
「ちょっと待ちなさいよ!私の愛を叶えるんじゃなかったの?恋愛成就100%というのは真っ赤なウソなの?貴方の仕事は何なの!?」
「うぅぅぅ、犯罪者からそこまで言われるとさすがに落ち込むわ。やってやろうじゃないの!電波受信っ!」
ラブやんはカップルを作り上げる最適な方法をどこからか受信することができるのだ!!
「卒業間近な祥子は祐巳さんを・・・そう、自宅に誘う!卒業前に思い出が欲しいの!と。厳しいお姉様が最後の最後に見せる儚げな姿!それこそが祐巳さんの母性本能に訴える最良の方法なのよ!!」
「なるほど!それは素敵な方法ね。そして祐巳と私は最後の一線を越えて結ばれるのね!」
「いや、それは飛ばし過ぎだから。とにかく、学校へ行きましょう!ここがあなたの度胸の見せ所よ!」
「うおっしゃーーー!!」

学校に着いて祐巳さんを探していると、そこには先客が居た。
「なんでミノっちが居るのよ!?」
「なんすか先輩!わたしだって天使の仕事してるだけッスよ!あの祐巳ちゃんに片思いの子の恋を成就させるっす!ほら、決め台詞イッパツかますッス!」
「祐巳さまは最低です」
こいつもダメ人間かよ!?


【1465】 乃梨子はガチ知らないウチに  (無糖 2006-05-11 23:29:42)


志摩子さんとふたりっきりの薔薇の館。
響くのはペンを走らせる音や紙をめくる音だけ。
会話も無く静かに仕事をこなしていく。ふたりだけならこれが普通だ。
会話が無くても伝わる信頼関係。
阿吽の呼吸、そういったものが志摩子さんとわたしの間にもあったらいいなと思う。

ふと横をみると、志摩子さんと目が合った。
「少し休憩しましょうか」
「うん、志摩子さん」
お互いに微笑みあう。
偶然かも知れないけどちょっとうれしくなる。

「ありがとう、乃梨子」
志摩子さんのために紅茶を入れる。さっきまでの仕事と同様かそれ以上に大仕事だ。
志摩子さんはもちろん、祐巳さま、由乃さま、はたまた黄薔薇様、紅薔薇様にまで聞き倒して
教わった技術を細心の注意を払いながら駆使して最高の紅茶を入れれるよう努力する。
ようやく慣れてきたところといったその作業はひどく疲れもするが、それでも
「おいしいわ」
その一言を聞くたびに、もっとおいしくいれたいと思うのだ。
我ながら単純だなぁとは思うけど。
幾分照れながら自分で淹れた紅茶を一口。
上出来上出来。
満足感に浸りながらほっと一息。

休憩時間は話も進む。
と、言ってもわたしが喋ることの方が多いのだが。
でも志摩子さんの「そうなの」とか「まあ」とか反応してくれるたびにこちらも楽しくなってくる。
昨日見たテレビやHP、チェックした仏像展のことから今日のドリル観察日記まで調子に乗って話していたら、
そうだわと今思いついたとばかりにパンと手を合わせ志摩子さんがこう言ってきたのだ。





「そういえば、乃梨子はガチなのかしら」





ぶっ!
危うく紅茶を吹くとこだった。
「も、もう一度言ってくれる?」
「乃梨子はガチなのかしら?」
今度は首を傾げながら、そう呟くその姿はとてもかわいかったが、今はそれどころではないのだ。
(ガチなのかしらって……)
そういう趣味があると思われては困る。
同性愛者がどうというわけではないが、世間にはやっぱり受け入れがたいものだし。
なにより志摩子さんに『勘違い』でちょっと引かれるのは耐え難い。
そう思って即座に否定しようとしたのだが。
(何で志摩子さんはそんなことを?)
ふと、そこがひっかかった。
(第一、面と向かってそんなことを聞くか?)
あのマリア様のような弥勒様のような志摩子さんが。
そっと志摩子さんの表情を伺うが、いつものふわりとした微笑み。
特に真剣でもからかっている様子も心配してる様子も見えない。
(真剣だったりしたらまだ話は見えるんだけど……)
つまり、志摩子さんは普通の調子でわたしがガチかどうか聞いてきてるわけだ。
(って、どんな状況だよ!)
いきなりのこの展開に思わず突っ込む。

(落ち着きなさい二条乃梨子。聞いてきた意図はわからないけど答えは何も変わらないじゃない)
そう、答えはノーだ。ノーなんだけど……
(普通の調子で聞いているって事は、本当にガチだと思っていて気遣ってくれてるってこと?……へこむなぁ)
いろいろ考えたがその可能性が高いのではないか。
重い告白をしやすいようにわざと軽めに……つまり、こういうことか。


「……うん、わたし、そうなのかも」
「そう……でも乃梨子だったらわたし……」


紅く頬を染めた志摩子さんも素敵……うわ、ちょっとくらっと……
いや!わたしはノーマルのはずだから!
でも、ちょっとこんな展開だったらありかな……って違う!
勘違いしてるんだったら早くきっぱりと違うって言わなきゃ!





「ど、どうしてそんなこと聞くの?」
と、わたしはそう言い切ったのだ。
……日和ったとか言うな。

少しどきどきしながら答えを待っていると、
「今日廊下で『乃梨子さんは絶対ガチですわ!』って話し声が聞こえてきたから」
とりあえず聞いてみようと思って、そう変わらずに微笑みながら言ってくれました。
はは、考えすぎってこと?
まあ、現実はこんなものよねー、ちょっと期待した自分が恥ずかしい……って
期待なんてしてないからっ!
……誰に弁解してるんだ?
この方向に思考を向けると何か墓穴を掘る気がするので、とりあえず思考を変えて。
この話の元凶について。乃梨子さんという呼び方。私の会話から思いついたという証拠から類推すると奴しかいない。
(瞳子め……明日絶対あのドリル伸ばしてやるっ!)
八つ当たり気味に復讐を心に誓っていると、志摩子さんは最後にこうおっしゃったのだ。





「ところで、ガチってなんなのかしらね?」
ああ、知らなかったのね……そりゃ普通に聞くよねー
首を傾げる志摩子さんがまぶしすぎて、ヨゴレなわたしは正視できないのでした。


【1466】 悪戦苦闘戦場だけど  (朝生行幸 2006-05-12 13:30:56)


 無機質な黒いボディの全身に、不可視のエネルギーが満たされ、沈黙が静かに破られた。
 凄まじい遠心力を発生させつつ、目にも止まらぬスピードで回転するアクリルの円盤。
 反射する光線は、全ての情報をよどみなく読み込み、完全に失われていた記憶を確実に再生させていった。
 光に匹敵するスピードで、一千万を越す色彩が目を焦がす。
 そう、祐麒は今、PS2を起動した直後だった。

 話は数時間前に遡る。
 今日の授業が終わり、いつものお勉めとして生徒会役員室、俗称“ガラクタ小屋”に向かった祐麒。
 扉に手をかけ、今まさに入ろうとした途端、中から漏れ聞こえる悪友同僚の声に、思わず動きが止まる。
 何故なら彼等の会話には、“ユミ”という単語が含まれていたからだ。
 花寺学院生徒会会長福沢祐麒には、隣のリリアン女学園生徒会、通称山百合会の役員を務める、実の姉福沢祐巳がいる。
 双方の学園祭で、互いの生徒会が協力し合うというしきたりがあるため、当然ながら花寺生徒会と山百合会の面々には面識がある。
 つまり、彼等が口にする“ユミ”は、芸能人やアニメのキャラクターといった、ほとんど手が出せない者を除いては、福沢祐巳以外では有り得ないと判断できるのだ。
 後を通りかかる生徒たちの奇異な視線に気付かず、扉に張り付くようにして聞き耳を立てる祐麒。
『ユミったらさぁ、可愛い顔してスゴイんだから』
『オレのユミだって、何人でも相手にできるぜ』
『また、ツインテールが可愛いんだユミったらさぁ』
 いつの間にか、拳を思いっきり握り締めていた祐麒、引き剥がすように指を伸ばせば、手の平が少し血で滲んでいた。
 怒りで体がワナワナと震えだす。
(畜生コイツ等、“俺様”の祐巳を散々呼び捨てにしやがって…)
 ドバン。
 渾身の力で扉を開け、ズカズカと乗り込んだ祐麒の表情は、かなり恐かった。
「おいお前等! さっきから聞いてりゃ、ユミユミと馴れ馴れしいにも程があるぞ!?」
「よー、ユキチ…って、何の話だ?」
「トボケルんじゃない! “俺”の祐巳を…」
「なんだ、また始まったのかシスコン野郎」
「な!?」
 絶句する祐麒だがさもありなん。
 花寺生徒会内部では、祐麒の姉想いは修復不可能という認識で満たされているのだから。
「よく聞けユキチ。確かに俺たちはユミユミと言ってたが、それはお前の姉の祐巳ちゃんじゃない」
「…じゃぁ、誰なんだよ」
「コレだよ」
 それは、某ゲームのパッケージ。
「これのエディットキャラのことだ」

 で、話は現在に戻る。
 つまり祐麒の同僚たちは、K○EIのPS2用ゲーム“真・○國無双4猛将伝”で、武将をエディットし、それを使ってプレイしていたのだ。
 これまで祐麒は、全キャラコンプリートと全シナリオ攻略を優先していたため、エディットの存在は当然知ってはいたのだが、手を出すまでには至らなかった。
 それゆえ、こんなキャラクターを作成できるとは知らなかったのだ。
 早速エディットモードに入り、新キャラ作成を行う。
「えーと、名前はやっぱりこうだよな」
 漢字で、“福沢祐巳”と入力する。
「性別は女で、髪型は当然四つ目のツインテールだな。そして顔だけど…」
 祐巳っぽい顔は、三つ目と五つ目だが、どっちかって言うと、五つ目の方が『はにゃん』とした表情だ。
「やっぱ五つ目だな」
 確かに、“カッコイイ顔”よりは“はにゃん顔”の方が、雰囲気は合っている。
「次は体型か…。もちろん、一番細くて一番低いだな」
 どうやら祐麒には、シスコン属性だけでなく、若干のロリ属性があるらしい。
「次は防具か…。頭は赤の“女官衣”だな」
 よく見れば花飾りっぽいのだが、遠目ではリボンにも見えるので問題なし。
「胴は武闘衣で腰は女官衣、どちらも色は緑だ」
 ロングスカートなので、リリアンの制服に見えないこともない。
「最後にモーションか…。攻撃力と移動力を考えれば、馬超だよなぁ。“絶影”に乗せれば、ほぼ無敵になるし」
 そして、馬超モーションを選択。
「最後は音声か。イメージなら無邪気だよな」
 そしてエディットが終了し、無事“福沢祐巳”が完成した。
 とりあえず適当なシナリオを選び、当然キャラ選択は“福沢祐巳”だ。
「ふふふ、さぁ祐巳。二人でイイコトしような…」
 テレビに向かって含み笑いする祐麒は、ひたすら不気味だ。
 それからは、ひたすら“福沢祐巳”でプレイしまくり、あっと言う間にフルパラメータ。
 最終的な装備アイテムは、“絶影鐙”、“陽玉”、“青龍胆”、“活丹”、“乱舞極書”、“白虎牙”、“真空書”、それにユニーク武器“龍騎尖”を装備すれば、最強キャラの完成だ。
 9999人KOも実現してしまった。
 薄暗い部屋でただ一人、最強最高“福沢祐巳”でプレイしまくりながら、
「祐巳ー! 強いよー!」
「さすが俺の祐巳ー!」
 などと、ハァハァ言ってる祐麒は、いろんな意味でとても恐かったのだった。
 なんせ大きな声で叫ぶものだから、隣の部屋に丸聞こえ。
 それからしばらくは、祐巳の機嫌が悪かったのだが、原因が自分にあろうとは思いもしなかった祐麒だった。

「へへ、俺のユミ、大喬モーションなんだけど、動きが可愛いよ」
「俺のユミは、呂布モーションでがっさ強いぜ」
「私のユミさん、周泰モーションでザクザク斬りまくりよ」
 相変らず花寺の面々は、マイユミ自慢花盛りだった。
「どうしたユキチ、元気ないぞ」
「そりゃ、元気もなくなるよ」
「何があったんだ?」
「実はさぁ、エディット武将が全部、祐巳に消されちまった…」
「変な衣装着せたんじゃないのか?南方衣とか…」
「いや、そりゃ妖姫衣とか着せ替えて遊んではいたけど、それだけじゃない」
「じゃぁ何だ?」
「エディットキャラで“山百合会”を作ったんだが、どうやら祐巳のやつ、他のキャラクターを使われるのが嫌らしい。せっかく“志摩子”や“支倉令”を作って鍛えてたのになぁ…」
『………』
 さすがにそこまでやるのはどうかと思うぞ、と口には出さないが心で呟く同僚たちだった。

 一方、祐巳のメモリカードには、アフロで髭面の“福沢祐麒”が登録されているのだが、それはここだけの話ということで…。


【1467】 ようやく実力を発揮  (翠 2006-05-13 01:24:29)


【No:1286】→【No:1288】→【No:1291】→【No:1297】→【No:1298】→
【No:1413】→【No:1416】→【No:1418】→【No:1427】→【No:1434】→
【No:1448】→【No:1452】の続き




それは、突然のことだった。
いつものように、みんなで仕事をしていた時のこと。
隣の志摩子さんに消しゴムを貸して貰いつつ、その横顔にぽ〜っと私が見惚れていると、
突然、祐巳さまが椅子を蹴ってバク転を開始。
呆気に取られる私たちの前で、そのまま四回転ほどして、
壁にぴったりと張り付いたままこちらを向いて動かなくなった。
遂におかしくなってしまわれた……。
悲しく思っていると、いきなり私の隣の志摩子さんが椅子を蹴って飛んだ。
机を飛び越して向こう側に着地、そこから再び跳躍。
たった二歩で壁際まで飛び、祐巳さまと同じように壁に張り付いたままこちらを向いて動きを止める。
し、志摩子さんまでおかしくなった……。
私が大ダメージを受けていると、二人の奇怪な行動を見た由乃さまが額から汗を流しながら尋ねる。
「え、ええっと……、どうしたの二人とも?」
志摩子さん達は答えない。
ただ、首を振るばかりでいつまで経っても答えなかった。
そんな二人に腹を立てた由乃さまが椅子から立ち上がり、怒鳴ろうとした瞬間、
今度は瞳子と可南子が椅子を蹴って同時に飛んだ。
二人して見事な後方宙返り二回ひねりを決めると、志摩子さんたちと同じように壁にくっついて、
こちらを凄い目で見てくる。
二人はそれら一連の行動を全て同時に行った。
ある意味凄かったけど、ある意味で怖くもあった。
隣を見ると、由乃さまが険しい表情と目で四人を見ている。
「なんなのよ、もう!」
と、怒鳴り散らす由乃さまの隣で、菜々さんが椅子から立ち上がった。
強張った表情で志摩子さんたちの方へと向かい始める。
「ちょ、ちょっと菜々?」
流石に由乃さまが慌てた。
まさか菜々さんまでおかしくなった?
菜々さんはそのまま壁際まで歩いていくと、先の四人と同じようにこちらを向いて動きを止めた。
ん?
「いったいなんなのよ?」
「由乃さま……」
腕を組んで志摩子さん達を睨んでいる由乃さまに話し掛ける。
「どうしたの、乃梨子ちゃん?」
「いえ、みなさんの目が気になって……」
「目?」
由乃さまが五人のいる方に目を向ける。
みんなは一様にこちらを見ている。
どこを見ている?
「……」
「……」
由乃さまも気付いたらしい。
「あの、なんだか非常に嫌な予感がします」
「奇遇ね。私もよ」
みんなが見ているのは……。
恐る恐る、私と由乃さまは後ろへと振り向いた。
そこに、ヤツがいた。
壁にくっついていた。
黒くて早くて凄いヤツ。
ごくり、と唾を飲んだ。
隣の由乃さまは完全に固まってしまっている。
慎重に動こう。
刺激を与えてヤツに逃げられてはダメだ。
対策を練って、できるだけ速やかに跡形もなくヤツを消去しなければならない。
そっと隣の由乃さまに呼びかける。
「由乃さま、ここは静かに行動し「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
叫び、その場から反転して、机の角で腰を強かに打ち付けて逃げていく由乃さま。
ものすごく痛そうだったけど、一人で逃げ出したのだから、いい気味だと思った。
!!
カサカサ……。
ヤツが動いた。
思わず全身に力が入る。
ダメだ!動くな!
今、私まで動いてしまったらヤツを見失ってしまう。
それだけは避けたい。
本能のままに逃げようとする体を無理やり精神力で抑え付けた。
そのままヤツの一挙一動を注視する。
僅かなスキさえ逃しはしない。
大丈夫、ヤツが飛ぶにはこの時期、湿度が足りない。
奇襲はない!
私の後方でみんなの声がする。
「乃梨子、頑張って!」
志摩子さん声だ。
それだけで勇気が沸いてきた。
私の勇姿を見ていてください!
「と、とう……こ」
「な、なん……、です?」
祐巳さまと瞳子の震える声。
祐巳さまって、アレが苦手だったんですね。
まぁ、私も得意じゃないですが……。
「あ、アレをやっつけて」
「な、何を言って……」
「い、一日……、わ、私を好きにしても……、いいから」
「そ、そんな……。いえ、ですが……。ああっ、私は、私はどうすればっ!?」
瞳子が本気で悩んでる。
でもさ、私がやっつけるから瞳子は来なくてもいいよ。
というか、来ても邪魔にしかならないだろうから。
ところで、ヤツを始末したら祐巳さまを一日私の好きにさせてくれるんですよね?
「い、いいわよ」
「お、お姉さまっ!?ちょっと乃梨子さんっ、どういうつもりですか!?」
祐巳さまの位置からは私の顔は見えないはずなのに、なんで考えてる事が分かるんだろう?
瞳子も分かってるようだし……。
多分、可南子も分かってると思う。
「来たわー、ヤツが来たわー。テカってるー、あはははは」
……それどころではないみたいだけど。
ええっと、とにかく紅薔薇姉妹は本当に謎だと思う。
まぁ今はそれは置いといて、折角祐巳さまが約束してくれたんだし、精一杯頑張るとしよう。
でも、何か叩くものがないと。
チラリと辺りに視線を走らせると、由乃さまの竹刀が視界に入った。
どうしようか?
「乃梨子ちゃんっ!それは許さないわよ!」
竹刀を見つめながら悩んでいると、そう釘をさしてくる。
でも、由乃さまが一人だけ先に逃げた事を私は忘れてはいない。
やっちゃおうか?
と、本気で考えていると菜々さんが言ってきた。
「ちょうどいい物が私の鞄の中にあるので使ってください」
菜々さんは大分落ち着いているようだけど、こちらには近付こうとしない。
やはり苦手なのだろう。
それよりも、今は……。
視線はヤツに固定したまま、そっと体を移動させる。
ピクッ!
私の動く気配を察したのか、ヤツが動きを止めた。
上体を少し上げて、何かを探るように触覚をピコピコ動かしている。
思わず息を呑んだ。
そのまま数秒の時が過ぎる。
ヤツが上げていた上体を元に戻した。
ふぅぅぅぅぅぅぅ。
心の中で安堵の溜息をつく。
なんていうか、ちょっと自分でもバカなんじゃないかと思い始めている。
たかがヤツ如きの為に、なんでこんなに苦労しないといけないんだろう?
さっさと終わらせよう。
そして、志摩子さんに褒めて貰って、祐巳さまを一日私の好きにするんだ。
みんなの期待の眼差しが、私の背中に集まっているのを感じる。
やるぞ!!
私は行動を再開した。
ゆっくりと菜々さんの鞄に近寄り、そっと手を伸ばす。
よし、掴んだ。
ヤツの方を見ながら鞄を開ける。
よし、開いた。
ヤツの方をチラチラ見ながら、瞬間的に鞄を覗き込んだ。
「……」
い、今、妙なモノが見えたような?
視線をヤツに戻して、自分の行動を振り返る。
菜々さんの鞄を持った。
開いた。
うん、ここまでは良し。
覗き込んだ。
……。
いや、菜々さんと言えばアレだ。
現在の、碌でもない山百合会に残った唯一まともな常識人、言うなれば山百合会最後の砦。
きっと私の見間違いに違いない。
私は確認の為にもう一度、手に持っている鞄を覗き込んだ。
中には、お祭りの屋台で売っているようなセルロイドのお面が数個と、
割り箸に輪ゴムをくっ付けて、自作したと思われる輪ゴム銃が三つに、
何に使うのか用途不明の五寸釘が数本。
『らくがきちょう』と書かれたノート一冊に、ルービックキューブが一つと知恵の輪が四つ。
それと、由乃さまと瞳子の写真が数枚あった。
……ああ、山百合会も終わったなぁ、と思っていると、菜々ちゃんが言ってきた。
「武器になりそうな物がないですか?」
「輪ゴム銃?」
「違います。そんな物ではなくて、乃梨子さまに相応しいものがあるじゃないですか」
私に相応しいもの?
……うーん、分からない。
仕方ないから一つ一つ鞄から取り出して、菜々さんに見せる事にした。
取り出すごとに、由乃さまが、
「あんた、なんであんなモノを持ってきてるのよ?」
と菜々さんに尋ねられていたが、菜々さんが気にしていないようなので私も気にしない事にした。
「あ、それです」
「こ、これ?」
手元に視線を落とす。
いくらなんでもムリだって。
それよりも、これが私に相応しいってどういう意味ですか?
私の手には、五寸釘数本。
これでヤツを?
困ったように視線を向けると、
「乃梨子さまならやれます」
と菜々さんが返してきた。
ムリ。
絶対ムリだって。
思いながら釘を見つめていると、
「乃梨子ならやれるわ」
と、志摩子さんの声。
続けて、
「乃梨子ちゃん頑張って」
と、祐巳さまの声。
「やります」
お二人の声援を受けた私に不可能な事などありません。
指と指の間に五寸釘を挟んだ。
……これでヤツを仕留める。
投げやすいように構えて、ヤツの隙を探る。
ヤツはそんな私に気付いたのか、再び上体を上げてその場でじっとしながら触覚だけを動かしている。
緊張の一瞬。
私の頬を額から流れた汗が伝う。
ヤツが、触覚の動きを止めた。
私が狙うのは、ヤツが上体を戻す瞬間。
その時は、すぐに訪れた。
ピクリ、とヤツが動いた。
今――――っ!
手首のスナップだけで五寸釘を投げる。
「歴代でも最強と謳われる事になる白薔薇さま、『飛び道具の乃梨子』。
 この一投が、まさにその『飛び道具の乃梨子』誕生の瞬間であった」
祐巳さまが何やら言っているが無視。
それどころではない。
投げた五寸釘の行方を目で追う。
まるで弾丸のように一直線にヤツに向かって飛んでいく。
固唾を飲んで見守る中、ヤツは……、ヤツはあっさりとそれをかわした。
サッでもヒョイっでもなくて、カサカサっと。
投げた五寸釘が壁に突き刺さる。
その瞬間、ヤツが笑ったような気がした。
『ケケッ、その程度かYO?まぁオイラは、三億年前から存在する生きる知恵と本能の塊、
 小娘如きにやられはしないZE!(乃梨子脳内でのヤツのセリフ)』
私もニヤリと笑みを返した。
『ふっ、甘い』
ヤツが勝ち誇ったように上体を上げようとした時、
『ひでBUっ(乃梨子脳内でのヤツのセリフ)』
二本目の五寸釘がヤツに突き刺さった。
それは影矢と呼ばれる技。
本来は、相手の死角になるように矢を放つ。
私は一本目の五寸釘の影になるように、重ねて二本目を同時に投げていた。
ヤツはそれに気付かなかった。
見事に餌食になった。
南無……。
心の中で呟いて、額の汗を拭う。
確かにアンタは強敵だった。
けど、私の方が強かった。
ただ、それだけのこと。
……………………って、これじゃ本当に私もバカだ……。
一人で落ち込んでいると、
「やったわ、流石は乃梨子!」
「すごいっ、乃梨子ちゃんっ!」
志摩子さんと祐巳さまが私に抱きついてくる。
そうですか?
すごいですか?
私に抱きつきながら、二人ともすごく喜んでいる。
だから、こんなにも喜んでくれるのなら、それなら私は喜んでバカになろうと思った。
「でも、後始末はちゃんとしてね」
「当然よね?乃梨子」
「え゛?」
二人の言葉に、額から汗が伝って頬を経由して床に落ちた。
そりゃないよ……。



ようやく、自分の空けた穴とヤツの処理が終わった。
一人壁際で黙々と割り箸やら何やらを使って作業するのは、苦痛と屈辱以外なにものでもなかった。
まぁそれも終わった事だし、とりあえず早くこれを捨てに行こう。
ヤツ入りの袋を持って扉に向かっていた時に、ガタッと椅子の音がした。
見ると、みんなが椅子から立ち上がって何かに注目していた。
ひょっとして……。
部屋の扉を開けながら、横目で確認。
やっぱり。
みんなが仕事を続けていた机の上にいるソイツ。
黒くて早くて凄いヤツ。
二匹目。
『HEY、オイラと勝負してみないかYO?(乃梨子脳内でのヤツ二匹目のセリフ)』



「乃梨子ちゃん出番っ!」
「乃梨子ぉぉぉぉぉぉぉ!」
「自分でやれ」
言い残して扉を閉じる。
同時に、みんなの悲鳴が部屋の中から響く。
私は鼻歌を歌いながらゴミ捨て場へと歩き始めた。


【1468】 (記事削除)  (削除済 2006-05-13 20:13:11)


※この記事は削除されました。


【1469】 今夜は眠れない腕枕をしてほしい腕がありえない方向に  (若杉奈留美 2006-05-13 23:03:29)


次世代山百合会シリーズ。


このところ雨が降り続いている。
昨日も雨。今日も雨。
そして天気予報では明日も雨。
そのせいか、薔薇の館はなんとなく重い雰囲気に包まれていた。

「ああもう、どうしてこんなに雨ばっかりなのよ〜!」

智子がついにぶち切れた。

「お姉さま、もう何とかしてくださいよ〜」

傍らにいた姉に、智子は力任せに抱きついている。
ちあきはやれやれという表情で、そんな智子を抱いてあやしている。

「また始まった」

他のメンバーも慣れたもので、そんな2人にはおかまいなしにそれぞれの世界にいる。
それもそのはず、智子は雨の日が大嫌い。
雨が降るたびにこうして機嫌をそこねて、近くにいる人に甘えまくるのだ。
その相手は美咲だったり真里菜だったり、あるいは菜々やさゆみのときもある。

「ちあきさま、もしかして今日もお泊り決定ですか?」

黄薔薇のつぼみの妹にたずねられ、面倒くさそうにうなずくちあき。

「理沙ちゃんもつきあう?智子の意外な一面が見えるかもよ」
「遠慮しときます」

あっさり一言で切り捨てられてしまった。

「あれ?美咲ちゃんは?」
「今日は用事があるからお先に、だそうです」

(…逃げたのか…)

どうやら今日は、一晩中つきあうことになりそうだ。
他のメンバーは、ちあきと目を合わせようともしない。
ちあきはこれから始まる幼児退行を思って、深々とため息をついた。

その夜。
佐伯家にやってきた智子は、ちあきの両親にそつのないあいさつ。

「本日は突然お邪魔して、申し訳ございません。
お口に合うかどうかわかりませんが、よろしければ…」

そう言って差し出した箱の中には、お取り寄せでしか味わえない高級なケーキ。
両親は舞い上がっている。
そしてもうひとつ。

「ごきげんよう、はるかちゃん。はいこれ、おみやげだよ」

なんと生後9か月になるちあきの妹、はるかにも赤ちゃん用のおもちゃをプレゼント。

「あらいいの?ありがとう」
「どういたしまして。はるかちゃん、どうかしら?」

はるかは早速、中に小さな鈴の入った輪っか型のおもちゃを口にくわえていた。

「どうやら気に入ったみたいね…」

さすがはお嬢様、プレゼントのセンスのよさと目上への礼儀正しさはかなりのもの。
そこだけ見ていると、むしろ年齢以上に大人な感じなのだ。
本当はベタベタに甘えたがるのだが、それを両親に言ったところで信じてはもらえないだろう。

(外面がいいって、このことよね…)

内心複雑な思いで、ちあきは妹を見つめていた。


「お姉さま〜」

夕食を食べ終わってちあきの部屋に着くと、智子はいきなりちあきの膝の上に寝転んだ。

「はいはい」

智子に膝枕をしてやり、髪や背中を撫でてやる。

「もしかして、耳かきもしてほしかったり…?」
「はいvv」
「仕方ない子ね…」

そんなこともあろうかと、ちあきは耳かきを常備していたのだ。
苦笑しつつ、丁寧に耳かきをしてやる。

「気持ちいい〜…!」

このうっとりした表情。
ここまで喜んでもらえるなら、やってあげたかいもある。
耳かきを終えると、
智子はちあきの手を自分の脇腹のあたりに持ってきた。

「ここさすってvv」
「…よしよし」

その後あちこち体を撫でて、ときおり胸に抱いてやって。

(赤ちゃん帰りしすぎだ…)

確かにちあきは智子の姉である。
しかし、その関係が血縁に保証されているわけではない。
智子の胸にかかる金属質のロザリオ1本で支えられている絆なのだ。
リリアンの姉妹制度は夫婦の関係にも例えられるが、いつかの令と由乃みたいなことだって、絶対ないとは言い切れない。
それを承知で、ここまで何のためらいもなく甘えられるとは…。
ちあきはわが妹ながら、うらやましくさえなってきた。

(もしも立場が逆なら…私が妹で智子が姉なら…私はこんなに本心をさらけ出せただろうか?)

どうにも結論の出なさそうな質問を、ちあきは胸の中で繰り返していた。
先ほどまで止んでいた雨が、また降り出してしばらくしたとき、
智子はちあきの膝から起き上がった。

さすがにお風呂は1人で入れたようだが、その後さらなる赤ちゃん帰りが、
ちあきを待ち受けていた。


隣の部屋に、布団が2人分敷かれている。
しかし智子は、自分の布団をなぜか隙間なくくっつけている。

「お姉さま…腕枕してください」
「智子…あなたねえ」
「…だめ?今夜はせっかくお姉さまがそばにいるのに…
暗闇で1人で寝なくてもいいのに」

少し潤んだ瞳で、上目遣い。
これではまるで捨てられた子猫みたいではないか。
無理もない。
智子の両親は仕事の都合で、日本とドイツをひんぱんに往復している。
たとえ日本に帰ってきたときでも、あまり家族で過ごす時間はない。
もしも自分が智子の立場だったなら…
そう考えると、とてつもない寂しさが胸に広がる。

(まあいいや…もう、とうの昔に覚悟はできてる)

ちあきは智子の枕の上に、自分の腕を乗せた。

「ほら、おいで」

頭を乗せてきた智子を、ちあきはもう一度抱き寄せて、眠るまで背中をポンポンと
叩いてやっていた。

「いい子ね、智子。さあ、もう寝なさいね」

やがて聞こえてきたのは、とても静かな寝息…

「ぐぉ〜、ががががが」

…もとい。

「ぐぉ〜、ががががが」

とても盛大なイビキだった。

(だから嫌だったのよ…智子に添い寝するといつもこうなんだもん)

その夜、ちあきはろくに眠れなかった。



翌朝。
ちあきの目を覚まさせたのは、目覚ましでも朝の光でもなかった。

(何これ…)

智子の頭が乗っていないほうの腕が、どう考えても不自然な方向に曲げられている。
しかも、その腕は智子の両腕にがっちりと締め付けられ、抜こうにも抜けない。
どうやらちあきの腕は、抱き枕にされてしまったようなのだ。

(うっ…動かせない…)

無理やり引っ張るとかえって自分が痛い目にあう。
ちあきは智子を起こさないよう、そっとその腕をはずした。

「う…う〜ん…」

智子が抱きついてこようとするのを、ちあきは辛うじてよけた。
腕枕していたほうの腕は、すでに感覚を失って、動かすことさえままならない。
どうにか痛みをこらえて準備をしたのだが…
結局その日にリリアンの生徒たちが見たものは、いつもより5割増しの笑顔を振りまく
紅薔薇のつぼみと、目の下にクマを作ってどんよりしたオーラを漂わせながら歩く、紅薔薇さまの姿だった。

〜おまけ〜

それからさらに数日後のある日。
ちあきはセーラーカラーとスカートのすそをこれでもかというほど翻して、
学校中を逃げ惑っていた。

「ちあきさま〜!私にも腕枕してくださ〜い!!」

いったいどこから伝わったのか、学校中の生徒たちがちあきを追い回している。

(これは夢よね?そうよ、きっと夢よ)

必死に自分に言い聞かせるが、迫ってくる生徒たちの異様な形相と地響きのような足音が、それがまぎれもない現実であることを物語っていた。

「お、お願いみんな、落ち着いて!話を聞いてちょうだい!」

必死の叫びもむなしく、生徒たちはちあきをじりじり追い詰めてくる。
そしてちあきの体にかかる、ありえないほどの重み。

(ああ…マリア様はどこで何しているのかしら)

はらはらと涙をこぼした次の瞬間、ちあきは意識を失った。



【1470】 誤算  (朝生行幸 2006-05-14 02:03:15)


「くっくっくっくっく…」
 新聞部部長築山三奈子は今、部長になって初めて自分だけで取材・校正・編集したリリアンかわら版を見ながら、一人ほくそえんでいた。
 そのかわら版には、山百合会幹部の一人黄薔薇さまこと鳥居江利子による『黄巾の乱』に関する記事が載っていた。
 去年の夏前に勃発した『黄巾の乱』は、平穏だったリリアン女学園高等部に未曾有の大混乱をもたらした。
 同山百合会幹部の一人紅薔薇さまこと水野蓉子が召集した、各運動・文化クラブの部長や実力者によって、事態はなんとか収拾したのだが、何を勘違いしたのか三奈子は、自分が呼ばれたのは、蓉子と肩を並べ、江利子に匹敵する人物として名指しされたと思い込んでしまったのだ。
 確かに三奈子は、良い意味でも悪い意味でも、リリアンで屈指の有名人ではあったが、当然、その行動には賛否が分かれていた。
 特にかわら版がらみでは、むしろマイナス評価が多いのだが、それでも彼女の持つ異常なまでの行動力とゴシップの収拾能力は、そのマイナスをあっさりと覆すだけのエネルギーを秘めていた。
「私も三年生になれば、部長の座は真美に譲らなければいけないわ。でもその前に、大きな業績…、芳名でも悪名でもどっちでもいいから、とにかくリリアン史に残るようなことをやっておかないといけないわね…。それには、口ウルサイ妹抜きで、強力な助っ人が必要だわ」
 考えに考え抜いた結果、一つの案が浮かんだ。
「彼女さえ味方に付けることができれば…」
 三奈子は、早速行動に移った。

「で、私に何の用?」
 白薔薇さま佐藤聖が、三奈子の前に立っていた。
 以前に比べればかなり角が取れた様子の聖は、一見ぶっきらぼうな口調ながらも、笑みを浮かべていた。
「単刀直入に言います。私に協力していただけません?」
「…協力と言うと?」
「ご存知のように、我が新聞部が発行している『リリアンかわら版』は、園内に多大な影響を与えています。それはすなわち、かわら版愛読者のほとんどが、取り上げる、そして今後も取り上げるであろう生徒たちのことを知りたがっている証拠。見たい聞きたい騒ぎたい。でも、そうそう人目を引くような事件は起きません」
「でしょうね。それで?」
 腕を組みながら、次を促す。
「ご協力していただけるなら、たとえ白薔薇さまお一人であっても、山百合会の意見として前面に押し出すことができます。そうすれば、言いにくいことも言わせやすいし、聞きにくいことでも聞くことが可能になります。その結果、小さい出来事でも大きく膨らませることができる…」
「捏造ってこと?」
 呆れを含んだ口調で問い掛ける聖。
「いいえ、捏造まがいの記事ですら、イエローローズで懲りてますから、そんなことは行いません。ただ、三年生になるまでに、出来るだけ多くの記事を書きたい。それだけです。まぁいずれにせよ、その気になれば好き放題できることには変わりありませんが」
「私にはなんのメリットもないわね」
「そうでもありませんよ」
「?」
「新聞部の情報を侮ってはいけませんよ。例えば白薔薇さまの、身長体重スリーサイズ、それぞれ…」
 それを聞いた聖は、思わず息を飲んだ。
 言うまでも無く、生徒の身体測定・健康診断の結果は、学園内でも高度の機密に属する。
 養護教諭の資料を見るしか知る手段はないのだが、その資料は、学園長でも勝手に見ることはできない。
「…と言う事は、蓉子や志摩子や祐巳ちゃんの資料も揃っているってこと?」
「もちろん、山百合会関係者や学園内の有名人は、全て網羅済みです。口が堅い山百合会幹部のお一人になら、全部は無理でも一部を教えて差し上げるのは吝かではありませんよ?」
「築山三奈子さん」
「はい?」
 薔薇さまの貫禄を発揮し、凛とした声で三奈子の名を呼んだ聖。
「見損なっては困るけど、見損なっても構いません」
 と、割とあっさり陥落した白薔薇さまだった。

「困ったことになったわ…」
 薔薇の館にて、深刻な顔で呟く紅薔薇さまこと水野蓉子。
「ほっときなさいよ、どうせすぐに飽きるわ」
 自分のことは棚に上げ、常軌を逸した速度で資料を処理する黄薔薇さまこと鳥居江利子。
 蓉子の妹、紅薔薇のつぼみ小笠原祥子にも妹ができ、人数が一人増えたのはいいのだが、薔薇さまが一人抜けたような状態にあるので、山百合会全体の処理能力は若干低下の様相を呈している。
 それでも仕事に遅れがないのは、蓉子や江利子たちの能力が突出しているからに他ならない。
 そんな実力者の蓉子が不安になるのだから、事態はやはり深刻なのだろう。
 実際のところ、聖の後ろ盾で行動する三奈子はかなり図に乗っており、山百合会への被害の報告は、引きも切らないほどだった。
 その様は、まさに飛将軍を従えた董仲頴といったところ。
「それでお姉さま、どうなさるおつもりですか?」
「一番困るのは、三奈子さんと聖…白薔薇さまが手を結んでいるってこと。あの二人の関係をなんとかして断ち切らないとね」
「ほっときなさいよ。どうせすぐに離れるわ」
 相変らず、全く他人事の江利子だったが、全ての元凶が自分であることには気付いていないようだった。
「私たちの言葉なんて、聞き入れてくれないのは目に見えているわ。むしろ逆効果になりかねないわね。こうなったら、外部の生徒に頼るしか…」
「当てはあるんですか?」
 黄薔薇のつぼみ支倉令が、ヤル気のない姉に代わり、蓉子に問うた。
「ええ、たった一人。山百合会関係者以外で、唯一聖に影響を与えることが出来るであろう人物。それは…」
 蓉子が挙げた人物の名に、一同は感嘆の声をあげたのだった。

 こうして蓉子の計略、すなわち『リリアンの歌姫』蟹名静による『連環の計』は図に当たり、三奈子と聖の関係は決裂した。
 あまりにも調子に乗りすぎた三奈子の専横による被害の責任を免除するという条件で、静に説得された聖は、いい加減やり過ぎていた三奈子に辟易していたので、これ以上被害が拡大しないうちに、手打ちにすることにしたのだ。
 その結果、三奈子は早々に部長の座を妹に譲り、半ば隠居状態に陥ることになったのだった…。


【1471】 あなたと二人でちょっぴりオトナ味  (雪国カノ 2006-05-14 21:25:44)


まえがき。
えー私のサイトに足をお運び頂いている匿名希望さまからのリク作品です(笑)百合要素(16禁くらい?)を含んでますのでご注意を…管理人さま、アウトな様でしたら削除お願いします。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


少しだけ騒がしいリビングに由乃さんが戻ってきたのを見て祐巳は立ち上がる。

「――皆入ったよね?」

わかっていることだけど念の為確認した。

(私が入ったら種火落としちゃうし…落とした後でまだだった、なんて笑えないしね)

「ええ。皆お先に頂かせてもらったわ。後は祐巳さんだけよ」

志摩子さんがそう言ってくれた。これで祐巳も一安心。

「じゃ、福沢祐巳。お風呂行ってきます♪」



7月のとある土曜日。今日は祐巳の家に合宿と言う名のお泊り会なのだ。

薔薇の館で、昨日から両親も祐麒も留守だと話の種にしていたら由乃さんと菜々ちゃんが『女の子一人は危ない!ここは合宿よ』なんて声を揃えて言いだして。

実はまだ話の続きがあったのに白薔薇姉妹がのほほんとOKを出したものだから、黄薔薇姉妹によってどんどん進めらていく。なぜか紅薔薇姉妹はおいてけぼりで。

そんな訳で急遽決定した『祐巳さんが危ないのは見過ごせないから山百合会合宿in福沢家』だった。

(楽しい夕食。そして今に至る、と。でも由乃さんもネーミングセンスないような…)

リビングを出るときにそう思った祐巳だった。

◆◆◆

コックを捻ると勢い良くお湯が吐き出される。全身にシャワーの雫を受けながら暫くそのままでいる。

祐巳は今日これからのことを考えると楽しくて仕方がなかった。

(二人になれないのが…ちょっと残念だけど)

大好きなあの子の顔を思い浮べて、抱き締められないのを淋しく思う。…でも。

(昨日も…泊まりに来てたんだし。合宿だけど今日も、なんて思うのは贅沢だよね)

お湯を止めながら、欲張りだと自分に苦笑い。そう。話の続きとは、あの子が昨日から泊まりに来てくれていたことだった。

気を取り直して髪の毛を洗いにかかる。シャンプーでわしゃわしゃと洗うのが実は好きだったりするのだ。子供の頃は祐麒とウルトラマンだのサリーちゃんのパパだのやって遊んだりもした。

「――ふんふんふふん♪」

次は体、と鼻唄混じりにスポンジを手に取った所で。

――カラッ

「へ?」

突然扉が開けられた。何事かと祐巳が振り返ったその先にいたのは、さっきまで頭に思い描いていた――バスタオル姿の瞳子だった。いや、頭の中ではちゃんと服を着ていたのだが。

「お背中流しますわ」
「……え?」

瞳子は祐巳がいいとも駄目とも言わない内にさっさと中に入ってくる。呆然としていた祐巳だったけど、カラッと扉の閉められる音で我に返った。

「と、瞳子!ななな何してっ」
「…だからお背中を流しにって今さっき言ったではありませんか」

言ってることが理解できない。何が何だかわからなさすぎてもう言葉すら出ない状態だ。金魚のように口をパクパクさせて、そして自分が何も身に付けてないことに、はたと気付く。

「き、きゃぁぁぁ!」
「…お姉さま。そんなに騒がなくとも宜しいでしょう」

今更ながらに悲鳴をあげて瞳子に背中を向けたら呆れられた。

「スポンジ、貸してくださいな」
「あ…ちょっと!」

言ったそばからスポンジを奪い取られた。取り返そうとするも『駄目です』と突っぱねられて敢えなく失敗。スポンジは既にボディソープがつけられて泡々になっている。こうなると祐巳に為す術はなく仕方なく諦めた。

(…本当は嬉しかったりするんだけど)

瞳子が祐巳の背中を流してくれている、と思うと自然に頬が緩んでくる。

「痛くないですか?」
「うん。大丈夫。むしろ丁度良くて気持ちいいよ」

丁寧に、でも肌を傷つけない程度の力で。背中越しに瞳子の優しさが伝わってくる。思ったことを口にすると気を良くしたみたいでスポンジがやたらとリズミカルに弾みだした。

「ふふ♪背中は済みました。ではこちらを向いてください」
「?」

こちら、とは即ち瞳子のいる方で…とつらつら考えてやっと答えに辿り着く。

(って…ええええ!?ま、前も!?)

「ほらお姉さま」
「いっ、いいよ!こっちはいいから!!」

祐巳は全力で拒否する。が瞳子も引く気はないみたいだ。

「何言ってるんですか。早くこっち向いてください」
「やだ!!自分でするってばっ」




――擦った揉んだの言い争いの末、祐巳は何とか勝利を(じゃんけんで)もぎ取った。瞳子には先にお湯に浸かってもらっている。むすっとしていて見るからに不満そうだ。

「お姉さま。これ、何ですか?…桃?」

今も不機嫌なのかと思っていたらそうでもないらしい。湯船に浮かんでいる布袋をこれと指差して聞いてきた。

「んー?…ああ、うん。桃の葉だよ」
「へぇ…桃の葉風呂ですか。珍しいですわね」
「そうかな?まぁ蜜柑とか菖蒲の方がメジャーだよね……瞳子。もうちょっとそっち寄って」

お湯を掬って遊んでいた瞳子と向かい合わせになるように湯船に身を沈める。

福沢家のお風呂は広い。大人一人がかなりゆったりできる程のスペースがある。まぁ一般家庭に比べたらというだけの話で、瞳子や祥子さまの家には足元にも及ばないに決まってるけど。

「香りがいいでしょ?それにね。桃の葉は汗疹とかかぶれにも効くんだよ」

トロッとしたお湯を掬って笑顔を向ける。そして暫く桃の香りを楽しんでいたら…あることを思い出した。

「あーっ!!」
「な、何です?」

祐巳が急に大声をあげたから瞳子を驚かせてしまったみたいだ。

「皆は!?瞳子がここにいること、気付いてるんじゃないのっ!?」
「そのことでしたら大丈夫ですわ。皆さんは今頃、乃梨子さんが持ってきて下さった映画を御覧になってるでしょうから」

何だそんなこと、みたいな顔して澄まして答えてくれる。

「映画?乃梨子ちゃんが?」
「…気を利かせてくれたんです。わざわざ部屋の明かりまで消してくれて」
「気を利かせる?何でまた…」

瞳子の言ってることはわからないことばっかりだ。

(誰に気を利かす必要なんてあるんだろう?それに電気を消す理由って何?)

「………瞳子は」

一人?マークを飛ばしながらうんうん考えていると瞳子が俯いて何か呟いた。

「え?」

聞き取れなくて問い返すとがばっと顔をあげて…

「瞳子はお姉さまと二人になりたかったんですっ」

と言った。いや、どちらかというと叫んだに近かった。

「確かに昨日も二人で過ごしましたわ!でもそれだけじゃ足りないんですっ!もっと一緒に…今日もっ」

瞳子は早口で捲くし立てた。喋るスピードに比例するように顔が赤くなっていく。

「瞳子…」
「二人になりたいって思ってたのは……瞳子だけなのですか?」

ぽつり、と洩らす瞳子。その瞳には涙が浮かんでいて不安気に揺れている。

(同じこと…瞳子も思ってたんだ)

今にもその涙を溢しそうな瞳子を安心させたくて微笑みと共に言葉を紡ぐ。

「そんなことないよ。私も…思ってた。瞳子と二人になりたいって」
「お姉さま…」

抱き寄せようとして、一点に目を奪われた。そこには紅い痕。鮮やかな紅い花が一輪…昨夜、祐巳が咲かせた花。

白桃のような滑らかで白い胸元が薄赤く色付いて、目立たない筈なのになぜか更に際立って見えて、思わず息を飲んだ。

(ちょっと…まずいよ…)

慌てて目を逸らす。目に涙を浮かべて全身がほんのり赤く染まっている瞳子は綺麗だった。

「お姉さま?」

訝しんだ瞳子は顔を背ける前の祐巳の視線を追っていく。

「あ…これ…。昨日の?」
「――っ!」

自分が見ていたものに気付かれて祐巳は肩を震わせた。瞳子はそんな祐巳を見て何を思いついたのか含んだような笑みを浮かべる。

「昨日お姉さまがつけたものですわね。…あら?お姉さま。どうしたんですの?」
「別…に。何でもないよ」

さっきまでの不安に彩られた儚い表情は消えて、代わりに楽しむような妖しい微笑み。意識しないようにしてるのを完全に見透かされている。

「ね…お姉さま。キスして下さい」
「なっ!な…に言って…」

ぱしゃっと水音を立てて瞳子が距離を詰めてくる。近づくことで肌が触れ合い祐巳の鼓動をより一層早めた。

「お姉さま」
「とう…こ…」

頬を一撫でされて唇が重ねられた。甘い痺れが祐巳を襲う。

「ん…んんっ」

息をつく暇も与えられずに深く口付けられる。奪うように、だんだん激しさが増していく。

(これ以上は…だめっ…止まれなく…なっちゃう!)

「み、皆がっ」

堪らなくなって祐巳は声をあげた。既に手には力が入らなくなっていたけど無理矢理に体を離す。荒い呼吸を整えようと一つ深呼吸。

「…そろそろ出ないと。皆気付くし…もう出よう」

返事を待たずに先に立ち上がった。一呼吸分間をおいてから『仕方ないですわね』と言う瞳子の声を背中に聞いて浴室を後にする。




(あんな瞳子…初めて…)

――思い出しただけで頭がクラクラする。体が熱いのは…きっと。お風呂の所為だよね?


【1472】 淑女細川可南子、たまらない  (朝生行幸 2006-05-14 23:31:57)


 いつものように、マリア像の前。
 紅薔薇のつぼみ福沢祐巳が、朝のお祈りを済まして身を翻したその直後。

 ぼすん。

 と、いつの間にか目の前に立っていた深い緑色の壁に、顔から突っ込んでしまった。
 痛みを堪えようと、目を瞑って歯を食いしばったのはいいのだが、返って来た衝撃は思いのほか軽かった。
 やたら柔らかく、また同時にやたら弾力のある、暖かくて、しかもなんだか良い香りがするその謎の壁。
 祐巳にしては珍しくパニックを起こすことも無く、妙に冷静な頭のまま、壁の正体を探るべく両手を伸ばして触ってみれば。
 むにむに。
 もにもに。
 遥か昔〜と言っても十数年ぐらい前〜に経験したことがある、なんだかちょっと懐かしい感覚。
 一歩下がって確認すれば、それはリリアン女学園高等部の制服で、ちょうど祐巳の額辺りに、タイの結び目があった。
 ふと顔を上げてみれば、そこには若干赤くなって祐巳を見下ろす後輩の顔があった。
 つまり祐巳は、自分の真後ろに立っていた細川可南子の豊満な胸に、顔面から突っ込んだ形になっていたのだった。
「あ、ごきげんよう可南子ちゃん」
「ご、ごきげんよう祐巳さま」
 何故かどもる可南子。
「ごめんね。後にいたなんて、全然気が付かなかったもんだから」
「いえ、大丈夫ですのでお気になさらず」
「そう。お祈りは済んだ?」
「はい」
「じゃぁ、一緒に行こうか」
「ええ」
 可南子の手を取った祐巳は、そのまま下足室まで引っ張るように歩いていった。


「祐巳さん、早く早く。理科室まで移動しないと」
「ああ、待ってよ由乃さん」
 親友にしてクラスメイトにして山百合会の同僚、黄薔薇のつぼみ島津由乃にせっつかれた祐巳は、
「先に行ってるからね」
 教室を飛び出して行った由乃に、数秒遅れて教室を後にした。
 出来るだけ見苦しくないように最大限急いで、階段手前の角を曲がった途端。

 ぼすん。

 と、突然現れた深い緑色の壁に、顔から突っ込んでしまった。
 痛みを堪える間もなく返って来た衝撃は、思いのほか軽かった。
 やたら柔らかく、また同時にやたら弾力のある、暖かくて、しかもなんだか良い香りがするその謎の壁。
 まさかねぇ、と、妙に冷静な頭のまま、壁の正体を探るべく両手を伸ばして触ってみれば。
 ふにふに。
 ぷゆぷゆ。
 数時間前にも体験したはずの、なんだかちょっと懐かしい感覚。
 一歩下がって確認すれば、それはリリアン女学園高等部の制服で、ちょうど祐巳の額辺りに、タイの結び目があった。
 ふと顔を上げてみれば、そこには案の定、若干赤くなって祐巳を見下ろす後輩の顔があった。
 つまり祐巳は、角から姿を現した細川可南子の豊満な胸に、再び顔面から突っ込んだ形になっていたのだった。
「あ、ごきげんよう可南子ちゃん」
「ご、ごきげんよう祐巳さま」
 何故かどもる可南子。
「ごめんね。急いでいたもんで、止まれなかったものだから」
「いえ、大丈夫ですのでお気になさらず」
「そう。このお詫びは、放課後にするから」
「いえ、そんなにお気を使われなくても」
「いいのいいの。じゃぁ、また後で」
「あ、はい」
 可南子に手を振りながら祐巳は、そのまま理科室まで急いで歩いていった。


「ごめんなさい、通して、通して下さい」
 ミルクホールで、アンパンとチョココロネを買ったあと、後に続く生徒たちを掻き分けつつ移動する祐巳。
 昼休みのミルクホールは、高等部のみならず中等部の生徒たちも利用するため、かなり混雑する。
 皆の邪魔にならないように移動し、ようやく人の波から解放された途端。

 ぼすん。

 と、目の前にあった深い緑色の壁に、顔から突っ込んでしまった。
 パンだけは潰さないように、とっさに体を捻って堪えようとしたが、返って来た衝撃は思いのほか軽かった。
 やたら柔らかく、また同時にやたら弾力のある、暖かくて、しかもなんだか良い香りがするその謎の壁。
 おいおいまたか?、と、妙に冷静な頭のまま、壁の正体を探るべく片手を伸ばして触ってみれば。
 まにまに。
 もすもす。
 今日だけでも三度目の、なんだかちょっと懐かしい感覚。
 一歩下がって確認すれば、それはリリアン女学園高等部の制服で、ちょうど祐巳の額辺りに、タイの結び目があった。
 ふと顔を上げてみれば、そこには案の定、若干赤くなって祐巳を見下ろす後輩の顔があった。
 つまり祐巳は、列の最後尾に並んでいた細川可南子の豊満な胸に、三度顔面から突っ込んだ形になっていたのだった。
「あ、ごきげんよう可南子ちゃん」
「ご、ごきげんよう祐巳さま」
 何故かどもる可南子。
「ごめんね。前が良く見えなかったから、気付かなかったの」
「いえ、大丈夫ですのでお気になさらず」
「そう。でも、迷惑かけてばっかりだね」
「いえ、そんなことは思ってもいませんので」
「ううん、ちゃんとお礼はするからね。また後で」
「あ、はい」
 可南子に手を振りながら祐巳は、薔薇の館に向かった。


「ごきげんよう、皆様」
 放課後、担当区分の掃除を済ませ、薔薇の館を訪れた祐巳。
 ビスケット扉を開けて、元気良く挨拶をしながら会議室に足を踏み入れた途端。

 ぼすん。

 と、目の前にあった深い緑色の壁に、顔から突っ込んでしまった。
 なんとなく予感があったので、いちいち堪えようとはしなかったが、やはり返って来た衝撃は思いのほか軽かった。
 やたら柔らかく、また同時にやたら弾力のある、暖かくて、しかも嗅ぎ慣れた大好きな香りがするその謎の壁。
 こんなこともあるもんだねぇ、と、妙に冷静な頭のまま、壁の正体を探るべく両手を伸ばして触ってみれば。
 まふまふ。
 ぱふぽふ。
 四度目のはずだが、なんだかちょっと違う懐かしい感覚。
 一歩下がって確認すれば、それはリリアン女学園高等部の制服で、ちょうど祐巳の鼻の辺りに、タイの結び目があった。
 ふと顔を上げてみれば、そこには若干赤くなって祐巳を見下ろす先輩の顔があった。
 つまり祐巳は、たまたま扉の前に立っていた、姉である紅薔薇さまこと小笠原祥子の豊満な胸に、顔面から突っ込んだ形になっていたのだった。
「あ、ご、ごきげんようお姉さま」
「ご、ごきげんよう祐巳」
 何故かどもる祐巳と祥子。
「申し訳ありませんお姉さま。まさか扉の前に立ってられるとは思ってなかったもので」
「いいのよ祐巳、事故だったのだから」
「いえ、そればかりか、お姉さまのお胸になんてことを」
「…それにはちょっと驚いてしまったけど」
「あ、あの、お詫びと言ってはなんですが、よろしければ私の胸を…」
「な、何言ってるの祐巳。そんなことは、誰もいない所で言って頂戴」
 辺りを見渡せば、当然山百合会関係者が勢揃いしているわけで。
 由乃はニヤニヤしているし、黄薔薇さま支倉令と白薔薇さま藤堂志摩子は生暖かい目で見ているし、白薔薇のつぼみ二条乃梨子は羨ましそうな顔をしていた。
 恥ずかしさのあまり、祐巳は真っ赤な顔で俯いてしまった。


「うう、可南子ちゃんのせいで…」
「?」
 涙ぐみながら責める祐巳に、可南子は訳もわからないまま、困惑の表情をするだけだった…。


【1473】 沈黙の歌姫雨の足音紅桜と共に過ぎてゆく  (クゥ〜 2006-05-15 01:18:54)


 ARIA第五弾です。本来ならGW中に書きたかったのですが【五歳】にはまってしまい書けませんでした。
 今回、話を大きく進めるつもりだったのですが、自分で走ってしまった感じに成ってしまいました。いつものようにゆるゆる読んでください。

                                      『クゥ〜』


【No:1328】―【No:1342】―【No:1346】―【No:1373】―【No:1424】




 「あつ〜い」
 「ぷいにゅ〜」
 アクア・アルタも終わり、本格的なAQUAの夏が近づいてきたようだ。それとも浮き島の火炎之番人―サラマンダーさんたちが今日は暖めすぎているのかも知れないが、今日は本格的な夏を思わせるほど暑い。
 祐巳は何時もの通りゴンドラの練習をしていたが、この暑さに少しバテ気味。
 「はぁ〜、アリア社長。ジェラートでも食べますか?」
 「ぷいぷい!!」
 「それじゃぁ、灯里さんが教えてくれたジェラート屋さんに行きましょう!!」
 「ぷいにゅう!」
 祐巳はゴンドラを旋回させ、ジェラート屋さんを目指す。
 灯里さんが教えてくれたジェラート屋さんは、サン・マルコ広場にいつもお店を出している。若い夫婦で、味の種類は少ないがジェラートにしては少し硬めで祐巳も気に入っているお店だ。
 サン・マルコ広場の名物、翼を持つ獅子の像を掲げる二本の柱が見えてくる。
 「あれ?」
 よく見れば今日はやたらとサン・マルコ広場に屋台が出ている。
 「なんでしょう?お祭りでしょうか?」
 祐巳は船着場にゴンドラを着けると、アリア社長とジェラート屋さんに向かう。
 ……風鈴?
 いつも見ない出店には、風鈴がいくつも飾られ。いつかTVで見た、風鈴市のような光景。
 ……日本からの入植者の人が広めたのかな?
 祐巳がなんとなくそう思いながら、ジェラート屋さんに向かう。アリア社長はもうすでにジェラート屋さんの前で祐巳を待っていた。
 「はい、ありがとうね」
 祐巳はジェラートを二つ、若い奥さんから受け取ると建物の影に入り、ジェラートを嘗める。
 「う〜ん、冷たい!!」
 「ぷいにゅ〜!!」
 祐巳はジェラートを食べながら、風鈴屋さんを眺める。ときどき、風が吹くと、飾られた風鈴たちが優しい音を響かせる。
 「夏かぁ」
 本当なら、大事な友人たちと受験の準備や、山百合会の仕事に大忙しだったはずだ。こちらの時間とあちらの時間が同じに流れるなら、もうお姉さまは卒業し大学生として祐巳たちを見守ってくれている時期。
 だが、祐巳はここにいて未だ戻る術はなく、こちらから離れたくない友人や理由も出来てしまった。来た当初なら、きっと帰れると分かれば帰っていたと思うが、今、帰れると分かったとき祐巳はどう選択するのか、自分でももう分からない。
 もしも、本当にもしもだが、お姉さまが、由乃さんが、志摩子さんが皆がこのAQUAに来ることがあるなら、祐巳が知っている多くの場所を案内したい。
 勿論、祐巳が漕ぐゴンドラで。
 このジェラートや、おいしい、じゃがバター屋さん。お気に入りの小道―カッレや静かな無人島。この前教えてもらった、鳥居がまるで迷宮のような日本村に行くのも良いかも知れない。
 ――ちり〜ん。
 この風鈴市の光景も見せてあげたい。
 修学旅行で行ったヴェネチアと、違う姿を持つネオ・ヴェネチアの風景。
 でも、それは決して叶えられない夢。
 「風鈴かぁ、買って帰ろうかな」
 「風鈴、違う。夜光鈴」
 ――ちり〜ん!!
 「ぎゃう!!」
 「ぶいにゅ!!」
 突然、後ろから声をかけられ驚く祐巳とアリア社長。
 「ごきげんよう、祐巳、アリア社長」
 「こんにちは、祐巳ちゃん、アリア社長」ちり〜ん。
 「あぁ、ごきげんよう。アテナさん、アリスさん」
 振り向くとそこにはオレンジ・ぷらねっとのアリスさんとアテナさん。まぁ社長は……「ぶいにゅう!!」
 すでにアリア社長のもちもちポンポンに噛み付いていた。
 アリスさんが手馴れた手つきでまぁ社長を抱き上げ、まぁ社長の脅威から助かったアリア社長だったがジェラートが地面に落ちていた。
 「ぷい〜にゅ〜」
 ――ちり〜ん。
 落ちたジェラートを見つめ泣くアリア社長の前にアテナさんが風鈴を持って座り込み鳴らしていた。もしかして慰めているのだろうか?
 「あれ?」
 見ればアテナさんだけでなく、アリスさんも風鈴を持っている。しかも……。
 「アリスさんも風鈴を買ったの?それにそのオレンジ・ぷらねっとの制服」
 「はい、夏服に変わりました。それと、祐巳はでっかい間違いをしています。これは夜光鈴です!!」
 「夜光鈴?」
 「はい、風鈴とは違い、夜に夜光鈴の中心の玉が光ります」
 「光るの?」
 「はい、でっかく光ります。祐巳は買わないのですか?」
 「う〜ん。どうしようか考えていたところかな?でも、そんなに素敵な物なら買ってみてもいいかも」
 「でっかいお薦めです。なにせ夜光鈴はAQUAの夏の風物詩ですから、良い物は早い者勝ちですよ」
 それを聞いた祐巳は夜光鈴を買うため、落ちたジェラートを未だ諦めきれないアリア社長を連れ。アリスさんたちと別れて、夜光鈴の出店に向かった。
 勿論、その前に落ちたジェラートを綺麗に掃除しておく。ネオ・ヴェネチアの観光業に携わる水先案内人―ウンディーネ見習いとして街を汚さないのは当然の心がけ。
 祐巳は夜光鈴屋さんをいくつか見て回る。
 夜光鈴の形はTVでよく見るガラス製がほとんどでどれも素敵だ。
 でも、せっかくならコレと思うお気に入りを買いたいと思ってしまう。
 ……どれが良いかなぁ。
 そんなことを思っていると、祐巳を呼ぶ声が聞こえてきた。
 「お〜い、祐巳ちゃ〜ん」
 「あっ、灯里さん、藍華さん」
 声の方を見れば灯里さんと藍華さんが向かってくる。近づいてくる二人の手には夜光鈴。よく見れば藍華さんの制服も半そでに変わっている。どうやら姫屋も夏服に変わったようだ。
 「ごきげんよう、灯里さん、藍華さん」
 「ごきげんよう、祐巳ちゃん」
 「お二人はもう夜光鈴を買ったんですね」
 「勿論、夜光鈴はAQUAの夏の風物詩よ。買わないでどうしますか」
 「そうそう、でも、祐巳ちゃん。夜光鈴のこと知っていたんだ」
 「いいえ、風鈴は知っていましたけど。夜光鈴はついさっきアリスさんに教えてもらったばかりですよ」
 「え〜ぇ、そうなの……せっかく祐巳ちゃんを驚かせようと思っていたのに〜」
 灯里さんは残念そうに呟く。
 「灯里ったら、それじゃぁ、いまから買いに?」
 「はい」
 祐巳が頷くと、理由は違うがしょぼくれている灯里さんとアリア社長を藍華さんが連れて行ってしまった。ただ、アリア社長はなんだか嬉しそうにしていたからもしかしたら灯里さんにジェラートを強請るつもりかもしれない。
 ……一言、言っておくべきだったか?
 祐巳はクスクスと笑いながら、夜光鈴のお店を見て回る。
 夜光鈴の絵柄は金魚や花火、笹などや、にゃんにゃんぷ〜などのキャラクター物などもあった。
 だが、やっぱりコレと思う一品が見当たらない。
 ……困ったなぁ。私ってこんなので悩みだすと長いから。
 自己分析をしながらも、なかなか決まらない。
 「ふぅ、暑い」
 こうして日向にいると汗が落ちてたまらない。
 「ハンカチ、ハンカチと」
 ハンカチで汗をと思っていたら……。
 「ひゃう!!」
 「祐巳ちゃん」
 首筋に冷たいものがあたる。見れば灯里さんが祐巳の横に立っていて、その手には濡れたハンカチが握られている。
 「はいコレ。今日は暑いから、少しみっともないけどコレで冷やしているといいよ」
 「…………あっ」
 優しい笑顔の灯里さん。祐巳はちょっとだけその笑顔に見とれてしまう。
 ……私ったら。
 「それで、なにか良い物が見つかった?」
 「あっ、いえ、それがなかなか」
 灯里さんは今祐巳が覗いていたお店を一緒に覗く。
 「それで祐巳ちゃんはどんなのが好み?」
 「好みと言われても……風鈴……夜光鈴は買ったことないのでちょっと、そういう灯里さんは?」
 「う〜ん、私は第一印象かな?まぁ、せっかくの夜光鈴だから気に入ったの選びたいよね」
 「そうですね」
 祐巳は灯里さんと連れ立って、お店屋さんを見て回る。
 何軒くらい見て回ったころだろうか、祐巳はようやくコレと思う夜光鈴を見つけた。
 薄い空色の色つきガラスに、何の花か分からないが赤と白と黄の花が三つ寄りそって花束のように書かれていた。
 「えへへ」
 ――ちり〜ん。
 祐巳は手の中で風鈴を振ってみる。夜光鈴の耳に心地よい音が響いた。
 「早く光るところが見てみたいですね〜」
 「うん。綺麗だよ」
 祐巳は灯里さんと船着場の方に向かう。
 「お〜い」
 船着場のところで藍華さんが手を振っている。
 「ぷいにゅ〜」
 その足元に座っているアリア社長は何だかまだいじけている。見れば藍華さんの手にはジェラート。
 アリア社長には渡らなかったらしい。
 「藍華ちゃ〜ん、アリア社長!!」
 灯里さんが先にゴンドラの方に入っていく。祐巳はこけたりしてせっかくの夜光鈴を壊したくないのでゆっくりと歩いていく。
 ――ちり〜ん。
 「ん?」
 祐巳がゴンドラの方に歩いていくと、サン・マルコ広場の二本の柱の片方にその女性を見つけた。
 この暑いのに真っ黒なドレスに顔を隠す黒いベール。
 「あっ、喪服だ」
 そうそれは喪服だ。だが、周囲に彼女のような服装の人はいない。
 もしかしたら誰かのために祈っているのかも知れない。そう思うと祐巳は女性をジロジロ見たことが恥ずかしくなり視線をはずそうとする。
 「あっ」
 そのとき彼女の顔が上がる。彼女の視線はベールに隠れ分からないが、祐巳は反射的に小さく頭を下げた。女性も小さく頭を下げる。
 祐巳は顔を真っ赤にして小走りで逃げるようにゴンドラの方に逃げ出した。
 「どうしたの、祐巳ちゃん?」
 ゴンドラのところに来ると、すでにゴンドラに乗り込んだ灯里さんが聞いてくる。
 祐巳は自分の態度が恥ずかしくなり、俯いてしまう。
 「もしかしたら噂の君にでも会ったんじゃぁない?」
 「噂の君?」
 「そう、なんか灯里も会ったことあるらしいけど、あの柱のところに出る幽霊。喪服姿の女性で、夜にゴンドラを漕いでいるとサン・ミケーレ島まで乗せていってと出るらしいわよ」
 サン・ミケーレ島は確か墓地だけの島。管理人などもいないと聞いた。
 祐巳が慌てて柱のほうを見ると、彼女はいなかった。
 「ひっ!!」
 「なっ!なに?どうしたの」
 「い、いえ、何でもありません!!ゴンドラ出します!!」
 祐巳は慌ててゴンドラを岸から離す。
 「まったく、本当に見たんじゃないでしょうね。まぁ、いいわ。祐巳ちゃん」
 「はっ、はい!」
 「肩に力が入りすぎているわよ。深呼吸」
 「えっ……はい」
 祐巳は藍華さんの指導通りにゴンドラを漕ぐのを止め、小さく深呼吸をしてゆっくりとオールに力を込める。
 「うん、いい感じ。それじゃぁ、そのまま舟謳―カンツォーネいってみよう!!」
 「うえぇぇぇ!!!」
 悲鳴を上げる祐巳に、藍華さんは容赦なくカンツォーネを求めてくる。
 「あはは、祐巳ちゃん、そんなに緊張しない。なんならお得意の「マリアさまの心」でもいいから」
 「うん、それでよし!!やりなさい」
 「うぅ……」
 祐巳はしょうがなくカンツォーネの変わりにマリアさまの心を謳う。
 ……あっ。
 マリアさまの心を謳いながら、祐巳はサン・マルコ広場にあの喪服の女性を見つけた。広場の岸から海を見ているようだ。
 ……なんだ、気のせいだったのか。
 祐巳は少しホッとして謳に気分を集中する。
 祐巳が謳うマリアさまの心がサン・マルコ広場の海に流れていく。


 「ところで、どうして藍華さんが、このゴンドラに乗っているんです?姫屋ってサン・マルコ広場の近くですよね?」
 「なに?この大先輩が指導してやったというのにその言い草は?うぅ、藍華、悲しいわぁ」
 「藍華ちゃんたら」
 藍華さんのお芝居に笑っている灯里さん。ゴンドラの先に吊るした祐巳の夜光鈴が涼しげな音を奏でながら揺れていた。
 まぁ、藍華さんが用もなくARIAカンパニーに顔を出すのはいつものこと、だから、祐巳も本当のところは気にしてもいない。
 ただ、あの後カンツォーネを二曲も歌わされ少し怒ってはいたが。
 「でも、祐巳ちゃん。カンツォーネはゴンドラを漕ぎながらも謳えるようにならないとダメだよ」
 「……はい」
 顔に出ていたのか、突然、そんなことを言われ祐巳は頷くしかなかった。
 「あれだったらアテナさんに頼んで教えてもらうのもいいわね」
 「アテナさんにですか?でも、アテナさんはオレンジ・ぷらねっとですよ」
 「私は姫屋よ」
 確かに祐巳はゴンドラを操りながらのカンツォーネはまだまだだった。
 「聞いてみます」
 「よろしい」
 祐巳が漕ぐゴンドラがARIAカンパニーに近づいていくと、ARIAカンパニーの前に白いゴンドラが停泊している。
 「あれ、これって」
 白いゴンドラに入ったラインはオレンジ。どうやらアテナさんのゴンドラらしい。噂をすればなんとやら。
 「あら、帰ってきたのね」
 祐巳と灯里さんの大先輩であるアリシアさんのお出迎え。その後ろからはアテナさんにアリスさんが顔を出す。
 「ありゃ、いつもの面々がそろった。うるさいの一人除いて」
 「うるさいとは誰のことだ?ああん」
 藍華さんが嬉しそうに呟くとアテナさんの後ろからもう一人、藍華さんの先輩で姫屋の晃さんが姿を現す。
 本当にいつもの面々がそろってしまった。
 「三人とも上がってきなさい。せっかく皆そろったのだから、夜光鈴を見ながら夕食と行きましょう」
 「「「はーい」」」
 三人の声が響いた。
 ARIAカンパニーの二階のテラスに小さなテーブルを出して、皆が持ち寄った夜光鈴をテラスに吊るし、夜光鈴の光と音を楽しみながらの夕食会。
 アリシアさんと祐巳、晃さんの共同で作った夕食は少しスパイスが効いていたが暑い日にはちょうどいい味で、お喋りも弾み。
 怪談話なども出てきたのはほんのお遊びだったが、藍華さんがアテナさんにカンツォーネの相談をしろと言ったため。見返りとしてその場で謳わせられたのはたまらなかった。
 まぁ、そのおかげでアテナさんが暇なときに練習に付き合ってくれると約束してくれたのだが、アテナさんも忙しい上これからは観光シーズンで暇なときだけとの約束になった。
 「それじゃぁ」
 楽しい時間というのは本当に早く過ぎていき、夜光鈴を楽しみながらの夕食も終わり、祐巳たちはアリスさんたちを見送る。二つの白いゴンドラが夜の闇へと消えていく。
 祐巳たちはゴンドラが見えなくなると、二階のダイニングへと向かう。
 「はい、祐巳ちゃん、灯里ちゃん」
 二階に上がった祐巳と灯里さんに、アリシアさんが真っ白な制服を手渡してくる。
 「わぁ、夏服ですね」
 「祐巳ちゃん、夏服は明日からね」
 「はーい」
 真新しい白い制服は、少し新品の服の香りがした。
 「……」
 「……」
 「「えへへへへ」」
 祐巳が制服を抱きしめていると、同じように抱きしめている灯里さんと視線が合う。二人とも同じように照れて笑った。
 やっぱり衣替えは何だか嬉しいものだ。
 と、言うことでアリシアさんが帰るとすぐに二人で夏服に着替えてみた。
 真新しい制服の見せ合いっこ、なんだか照れてしまう。
 「祐巳ちゃん、へへへ」
 「何ですか?」
 真新しい夏の制服を着た灯里さんは悪戯っ子のように笑っていた。
 「……?」
 灯里さんの笑いの正体、それは夜のネオ・アドリア海にゴンドラを浮かべ、ゴンドラの先に夜光鈴を一つ吊るしてのティータイム。
 静かな波に揺られながら、灯里さんとアリア社長と一緒に淡い夜光鈴の光一つを眺めて楽しむ、さっきの夕食とは違い静かに流れる時間。
 祐巳にとって、どちらもとても素敵な時間だった。


 一日一日が暑くなる日々のなか、祐巳はアリスさんと合同練習をいつものように続け。夜は灯里さんとアリア社長との静かなティータイムを楽しむ初夏の日々。
 残念ながらアテナさんとの練習はまだだったが、アテナさんと同じ水の三大妖精と呼ばれるアリシアさんの多忙さを見ていれば文句は言えない。
 そんなある日、その日は朝の間降っていた雨のおかげでアリシアさんも暇になり、同じく暇に成ったらしいアテナさんが約束を守ってきてくれた。
 祐巳は、日ごろの多忙さを知っていたから断ろうとしたが、アテナさんはこれからもっと忙しくなるからと言ってきかない。
 そこに助け舟を出してくれたのはアリシアさんだった。
 それならと祐巳のゴンドラ練習ついでにピクニックに行くことになった。
 祐巳のゴンドラに灯里さん、アテナさん、アリア社長が乗り込み。アリシアさんが最後にお弁当を持って乗り込んだ。
 「それじゃぁ、しゅっぱーつ!!」
 空は少し曇っているが時期晴れるだろう。灯里さんの掛け声で、祐巳はゴンドラを漕いで行く。
 「それじゃぁ、祐巳ちゃん。カンツォーネの練習開始」
 「はい!!」
 漕ぎ方の練習はアリシアさん。カンツォーネはアテナさんと贅沢な指導者に教えられながら祐巳のゴンドラはサン・マルコ広場の前を進んでいく。
 ……あっ、あの人、今日もいるんだ。
 ほぼ、一月前。夜光鈴を買った日に出会った喪服の女性。祐巳がときどきこのサン・マルコ広場を通るとたまに見かけるようになった。祐巳は見習いのため、お客は乗せられないので小さく頭を下げるだけなのだが、何時しか相手の女性も祐巳を見ると頭を下げてくれるように成っていた。
 「どうしたの祐巳ちゃん」
 「あっ、いえ、ちょっとした知り合いに挨拶を」
 「あらあら、祐巳ちゃんもこのネオ・ヴェネチアに慣れたのね」
 「えへへ」
 そう言われると少し恥ずかしいのは何でだろう?
 祐巳が漕ぐゴンドラはネオ・ヴェネチアの街を離れ田園風景の中の水路を進んでいく。
 「私、こっちまで来たの初めてです」
 「あらあら、そう、それじゃぁ、覚えておくといいわよ。こっちのほうには大事な観光場所があるから」
 「はい!!」
 祐巳は頷く。
 確かに街から離れたというのに、ウンディーネの白いゴンドラをよく見る。
 ……それにしても。
 何故だろうか?祐巳のゴンドラと相手のゴンドラがすれ違うさい必ず相手のウンディーネから「がんばれー」とか「もう少しよ。頑張ってね」とか声をかけられる。
 祐巳はゴンドラを操りながらのカンツォーネに悪戦苦闘していたから、返事が上手く返せなかったが相手のウンディーネはそれでもニコニコしていた。
 それにしてもこの水路はゴンドラだけでなく、大型の船も以外に多く通っていくので大変だ。
 大型の船が通ると波が起きてゴンドラを操るのも一苦労、それなのにカンツォーネの歌詞や音を間違うとあのおっとり系のアテナさんが怒るのだ。
 「ふぅぅぃ」
 どうにかこうにか祐巳はカンツォーネの練習をしながら、水路の行き止まりまで辿り着く。
 「ここが終点ですか?」
 祐巳がそう聞くとアリシアさん、アテナさん、灯里さんは同時にクッスと笑った。祐巳が行き止まりと思ったのは、水上エレベーターの門だった。
 水路を行く少し大きな船が一艘、入れるくらいのスペースに上から水が落ちてきて溜まっていく。ゆっくりのんびりしたエレベーターは三十分くらいかけてゴンドラを上の水路へと上げていく。
 「なんだか、のんびりしてますね〜」
 「そうね〜でも、そこがいいんだよ〜」
 「ですね〜」
 「あらあら、それじゃぁ、祐巳ちゃんはカンツォーネを謳ってね」
 「うえぇぇぇ!!」
 「はい」
 せっかくのんびり休めるかなと思ったのに、祐巳は再びカンツォーネを謳い。水上エレベーターの管理人のおじさんに拍手を貰ってしまった。
 祐巳のゴンドラは水路を進んでいく、先のほうには小高い丘と発電用の風車が並んでいる。二つ目の水上エレベーターを過ぎる頃には雲の隙間から日差しが差し込み、風を受けて回る風車は差し込んだ光に照らされ祐巳たちを誘っているようだ。
 祐巳が操るゴンドラが丘の水路の小さな船着場に辿り着く。
 「祐巳ちゃん、後ろを見てごらん」
 「?」
 アテナさんに言われ来たほうを見ると、やってきた水路の先にネオ・ヴェネチアが見える。
 「うっわぁ」
 「あの丘に登るともっとよく見えるよ」
 灯里さんに言われ丘に登る。
 「わぁ……」
 ネオ・ヴェネチア。ネオ・アドリア海。多くの島々に浮き島。360度のパノラマが広がる光景は確かに凄い。
 「あれ?」
 祐巳は周囲を一望しながら、丘の船着場の反対に小さな社を見つけて降りていく。
 「これは?」
 そこにあったのは小さなお地蔵さん。ただ、祐巳が知るお地蔵さんとは違い頭が丸くなく祐巳のようなツインテールをしているようなそんな頭。
 「見守りさん、と言うのよ」
 祐巳の後に来た灯里さんが教えてくれる。
 年代や製作者は分からないらしいが、日本からの入植者がここに置いたらしい。確かに方向は日本村の方を向いている。
 「でも、本当、なんだか祐巳ちゃんに似ているね」
 「そ、そうですか?」
 「うん、もしかしたら祐巳ちゃんを知っている人が作ったのかも知れないよ?」
 いや、流石にそれはないだろう。一瞬、乃梨子ちゃんの顔が浮かんだが、どう考えてもありえない話ではある。
 「祐巳ちゃん、立ってみて」
 「はい?」
 「合格おめでとう」
 灯里さんは、祐巳の前に立つと左手を取り。左手の手袋を外した。
 「あ、灯里さん!?」
 「ここはね希望の丘とウンディーネの間では呼ばれているのよ。難しい陸橋水路を一人でゴンドラを操ってこれるのが、両手袋―ペアが片手袋―シングルに成るための昇格試験なの」
 「?…え、えーと……それじゃぁ」
 「うん、だから合格。祐巳ちゃんは今からシングル。半人前さん」
 「あっ、あぁぁ」
 突然のことに驚きもあったが、嬉しさもあって祐巳は笑っていいのか、泣いて喜んでいいのか分からない。
 「なんか、凄く嬉しいです」
 「よかった。アリスちゃんもきっと喜ぶわ」
 「アリスさん?」
 「うん、あの子も今日、片袋手―シングルから手袋なし―プリマに成るための昇格試験を受けているはずだから」
 「そ、そうなんですか?!」
 アテナさんの言葉には少し驚いた。確かに考えればアリスさんほどのウンディーネを観光シーズンに使わない会社はないだろう。ただ、アテナさんが、大事な後輩の昇格試験ではなく。ライバル会社の見習いの練習に付き合っうとは思わなかったからだ。
 「大丈夫よ。今のアリスちゃんならね。それに祐巳ちゃんも会社は違っても大事な後輩だから」
アテナさんが嬉しいことを言ってくれる。
 「あらあら、そうね。でも、それよりも祐巳ちゃんの昇格試験に立ち会えなかったことに怒るかもよ。アテナちゃん?」
 「……な、なんで私が?」
 「あら、アリスちゃんにとって祐巳ちゃんは大事な親友。その昇格試験に立ち会いたいって前から言っていたのに、アテナちゃんが立ち会ったからかしら」
 アリシアさんの言葉にアテナさんが顔を青くする。
 「……そ、それはアリシアが……はぁ、困った」
 アテナさんの困った顔を見て祐巳たちは笑った。


 祐巳の昇格試験が終わり、丘の上でアリシアさん特性のお弁当を食べて水路を降りてくると辺りは真っ暗に成っていた。
 途中、用事があるというアリシアさんを降ろし、アテナさんをオレンジ・ぷらねっとに送っていくことになった。アテナさんには遠慮されたがそれでは流石に祐巳の気分が悪いのと、大丈夫とは分かっていてもアリスさんの昇格試験が気になるし、祐巳もアリスさんに報告したいという気持ちもあった。
 祐巳が漕ぐゴンドラは、オレンジ・ぷらねっとに向かう。その途中、ゴンドラはサン・マルコ広場も前を進む。
 「すみません」
 サン・マルコ広場の街灯の下、あの女性が声をかけてきた。
 祐巳はこんな時間までこの女性は何をしていたのかと思うが、女性は船着場の先端で祐巳を待っていたようだ。
 「あわわわ」
 何故か灯里さんが震えている。アリア社長は敵でも睨むように女性を見ている。
 「はい?」
 祐巳はゴンドラを止め、女性を見た。
 なんだか変な感じ。
 「サン・ミケーレ島まで乗せていってくださらない?」
 サン・ミケーレ島?!
 こんな夜に何の用事があるのだろう?でも、祐巳にしてみればこれが最初のお客さまになるわけだが、今はアテナさんを送らなくてはいけない。
 「アテナさん、灯里さんどうしましょう?」
 祐巳は、指導者である灯里さんとアテナさんにお伺いを立てるしかない。
 祐巳は、昇格したとはいえ一人前の手袋なし―プリマではない。いくらお客を乗せることが許されるとはいえ、あくまで同乗の指導者に従わなければいけない立場だ。
 「私はいいよ」
 「……うん、いいよ」
 灯里さんは少し考えて頷いた。祐巳としては二人もの指導者に従わない理由はなく女性を乗せ夜の海にゴンドラを漕ぎ出す。
 真っ暗な海。
 ランタンと夜光鈴の光だけが周囲を照らす。
 ……うぅ、ちょっと怖い。
 「あ、あの、お客さま。カンツォーネでも謳いましょうか?」
 沈黙と怖さに耐え切れなかった祐巳が話しかける。
 「歌?」
 「はい、何かリクエストがあれば知っている謳なら謳いますが」
 「そう、それじゃぁ……マ…マリアさまの心……そう、マリアさまの心がいいわ」
 お客さまの出したリクエストに少し驚いた。だが、祐巳にとっては一番良い謳であることに違いない。
 祐巳はゆっくりと謳い出す。
 マリアさまの心を……。

 祐巳の謳が暗い海に広がっていく。

 少しして祐巳の謳に、アテナさんの澄んだ謳声が重なる。

 そして、もう一人の謳声が重なった。

 三人目の謳声。それは灯里さんではなく。喪服姿の女性だった。

 アテナさんに負けないほどの美声。だが、祐巳はこの謳声を知っていた。

 ……ありえない。でも、本当に。

 祐巳が操るゴンドラはサン・ミケーレ島に辿り着く。
 「お客さま、着きましたよ」
 祐巳はゴンドラを船着場に泊める。船着場から見えるサン・ミケーレ島は赤い花でいっぱいだ。
 「ありがとう、貴女の謳声素敵だったわ」
 「いえ、お客さまの方が素敵でした」
 「いいえ、貴女のほうが素敵よ。だから、貴女ともっと一緒にいたいの」
 「祐巳ちゃん!!」
 灯里さんの声が響く。次の瞬間祐巳は女性に手を取られ引きずられるようにサン・ミケーレ島の墓地の中を入っていた。
 先の方に門のようなものが見える。後ろからは灯里さん、アテナさんが追いかけてくる。
 「ダメ!!ダメです!!静さま!!」
 祐巳が叫んだ瞬間。女性いや静さまが足を止める。
 「し……ず……ゆ、み」
 ゆっくりと顔を隠していたベールが風に飛ぶ。
 「……祐巳ちゃん?……」
 「はい」
 そこにいたのは、祐巳が知っている姿のまま何も変わらない静さまだった。
 ザッン!!
 灯里さんがアテナさんが追いつく。
 「その子から離れなさい!!」
 アテナさんの声が響く。祐巳は笑顔で大丈夫ですと告げると、灯里さんとアテナさんはその場に止まる。
 「祐巳ちゃん……私……」
 「静さま……どうして……」
 こんな再会があるのだろうか?そう思ったときもう一つ影が現れる。
 それは人よりも大きな姿の猫。猫の王さま。
 「ゴロンタ」
 「……ゴロンタ?メリーさん?」
 どうやら静さまもゴロンタの名を知っていたようだ。
 ゴロンタは優しい目で、静さまを見ている。まるで話しかけるように。
 「そう、ここにいる私はただの……」
 いや、話しているようだ。
 「祐巳ちゃん、祐巳ちゃんに謝らないといけないわね」
 「えっ?」
 「だって、ここに祐巳ちゃんは過去のリリアンから時間と空間を越えてきたのでしょう?ゴロンタが教えてくれたわ」
 そう言って静さまは話し出す。
 静さまがどうして地球―マンホームから離れたAQUAにいるのかその原因は分からないこと。そして、静さま自身、本当の魂ではないこと。
 ゴロンタが気がついたときには静さまはAQUAにいて、人を惑わせていたこと。
 ゴロンタにとって大事な人につながる人を助けたくても助けられず、マンホームとAQUAがもっとも近づく時と桜の力を借りて原因を探ろうとして祐巳を巻き込んだこと。
 それと今のゴロンタに祐巳を元の世界に戻す力がないこと。
 「そう、ですか」
 「地球と火星は離れていくだけ。今度の大接近まで何十年かかるか分からないと」
 全部の話を聞いた祐巳は暗い気持ちで俯いている。
 静さまも言葉なく立っていた。そんな静さまを見て祐巳は思う。静さまだけでもと。
 「ゴロンタ、静さまだけでも元の世界に返せない?」
 「祐巳ちゃん?」
 「静さまは一種の幽霊でしょう?だから」
 祐巳の言葉にゴロンタは小さく頷く。その顔は笑っていた。
 ガッゴン!!
 大きな音がして先に見える石の門が開き風が巻き起こる。
 「わっ!!」
 「きゅあぁ!!祐巳ちゃん!!」
 「祐巳ちゃん!!」
 祐巳の手を灯里さんがアテナさんが握り締める。その様子を静さまは優しい笑顔で見ていた。
 「祐巳ちゃん……良い友人をこちらでも持ったのね」
 「はい、静さま」
 「そう、それじゃぁ、ごきげんよう。祐巳ちゃん」
 静さまの体が浮き上がり門の方に流れていく。
 「あぁ、静さま!!これを!!」
 祐巳は慌てて、ポケットに入れていた左手の手袋を静さまへと投げる。
 「それを!!あの人に届けて!!」
 静さまは手を伸ばし、祐巳の手袋をしっかりと受け止め。微笑みながら、門の中へと消えていった。
 風が収まり静さまもゴロンタももういない。ただ、風に散らされた赤い花びらだけがあの日の桜のように舞っていた。
 「祐巳ちゃん」
 「えへへ、やっぱり帰れないみたいです。帰れるのか、帰れないのか知りたかったけど、やっぱり答えを知ってしまうときついですね」
 答えは知りたかった気もするが、同時に知りたくもなかった。それは、祐巳が帰れるか帰れないか自分で選択するとき答えが出せなく成っていたからだ。
 だから、帰れない選択だけと分かったのは、選択から逃げるようだが少しホッとした気持ちもあったのだ。
 灯里さんはそっと祐巳を抱きしめてくれる。
 祐巳は泣かなかったが、そっと灯里さんの胸の中で目を閉じた。
 止んでいたはずの雨が霧雨のように降り始め。
 「ごきげんよう、静さま」
 祐巳は小さく呟いた。



 「ジャンです!!」
 「じゃーん!!だよ」
 あの夜から数日後。雨に打たれしっかりと風邪をひいた祐巳、灯里さん、アテナさんは元気に回復し、快気祝いアンド祐巳とアリスさんの昇格を祝い。ゴンドラを三艘並べてのティータイムを楽しんでいた。
 祐巳とアリスさんはお互いの手を見て笑いあう。さっきまでアテナさんと一緒に叱られていたというのに……。
 ゴンドラの上には皆の夜光鈴が飾られ、本日のメインイベントを待っていた。
 夜光鈴の光る元である夜光石の寿命はだいたい一月。
 最後の夜はこうして役目を終えた夜光石に感謝して、夜光石が取れる海に最後の輝きを見守りながら還してやるのだ。周囲を見れば、祐巳たちだけではなく多くの人が夜光鈴を持って海辺へと出てきている。
 「あっ、私のが来た!!」
 最初は藍華さんの夜光鈴。それに続いて次々に夜光鈴が戻っていく。
 祐巳の夜光鈴も最後の輝きを放つ。
 「「「わぁ!!」」」
 祐巳の夜光鈴は驚くほどの光を放って、海に戻っていった。
 「祐巳!!それ!!」
 アリスさんの声に祐巳は自分の夜光鈴を見つめる。
 「……夜光石の結晶」
 なくなったと思ったものが、別の姿でそこに残っていた。

 祐巳の夜光鈴には小さな涙形の夜光石の結晶が輝いていた。






 「祐巳?」
 小笠原祥子はフッと呼ばれた感じがして空を見る。
 見たことのない赤い花びらが舞い落ちてくる。
 「何かしら?」
 その中にキラッと光るものが空から落ちてきた。
 祥子は両手を伸ばしそれを受け止める。
 それは青い片方の手袋だった。





  と、こうなりました。まぁ、あの方をこんな形で出して叱られそうですが、カンツォーネを書こうとするとどうしても登場させたかったのが本当のところです。まぁ、いろいろ布石しすぎて途中で気がついた人も多いでしょうが、なにせタイトルからしてアレですから。
 それと過去の作品にあったコメントの多くに見られた祥子たちが全員でAQUAに来る話しを祐巳の想いとして入れてみたのですが上手く言ったかどうか?夢オチみたいなことも考えてはいたのですが……雰囲気的にこちらかと?あぁぁ、でもう〜ん。←決断力ナシ!!
 あと、それともう少し続きます。あと二回で終わらせるなんて言ってすみません!!
『クゥ〜』の力量不足のせいです。本当、ごめんなさい!!
                               『クゥ〜』


【1474】 わいわい  (翠 2006-05-15 23:40:48)


【No:1286】→【No:1288】→【No:1291】→【No:1297】→【No:1298】→
【No:1413】→【No:1416】→【No:1418】→【No:1427】→【No:1434】→
【No:1448】→【No:1452】→【No:1467】の続き




「持ち物検査よ!」
薔薇の館にみんなが集まった時に由乃さんが言った。
あー、多分先日の騒ぎの時に発覚した、菜々ちゃんのアレのせいだ。
「なによ、祐巳さん。文句あるの?」
いいえ。この私も紅薔薇さまとして、学園に必要ない物を持ってくるのはどうかと思うし賛成よ。
「あるに決まってるじゃない、息抜きは必要よ?その辺りの事が分からないなんて由乃さん、バカ?」
「祐巳さん!?」
「お姉さま、本音と建前が逆ですわ」
瞳子、分かっててやってるから無粋なツッコミなんて入れないで。
「というわけで、マイナス二十ドリルね」
「なんですか、その単位は!?」
「ドリルはツッコミの単位よ」
「そんなこと聞いた事がありません」
瞳子が私を睨んでくる。
何が気に入らないの?あ、景品が無い事かな?仕方ないわね。
「百ドリル集めると、素敵な縦ロールをあげるわ」
「いりません!」
「じゃ、横ロールは?」
「なんですかそれは?」
瞳子をからかって遊んでいると、横から由乃さんが割り込んできた。
「ちょっと祐巳さん。話が脱線してるわよ」
「させようとしてたんだから当然よ」
「……」
今度は由乃さんが睨んできた。
仕方ないので溜息をつきながら尋ねてみる。
「で、結局どうするの?持ち物検査、やるの?やらないの?」
「やるわよ!」
「じゃ、早くやってよ。こっちは色々と忙しいのよ」
「あ、あんたねぇ……」
由乃さんがまた私を睨んできた。
そんな由乃さんに話し掛けたのは乃梨子ちゃん。
「由乃さま、祐巳さまを構っていると話が進みません」
「乃梨子ちゃん、そんな……、私のことなんてどうでもいいのね?」
泣き崩れる私。
「はいはい、祐巳さまは黙っておいてください」
「りょうかーい」
今は乃梨子ちゃんをからかっても仕方ないので、大人しく自分の席に戻る。
「じゃあ、みんな鞄を机の上に置いて」
由乃さんの言う通りにみんなが鞄を机の上に置いた。
「じゃ、まずは乃梨子ちゃんから」
「はい」
乃梨子ちゃんが鞄を開けて、中のものを机の上に置く。
「どうですか?私は要らない物なんて持ってきてませんよ?」
当然ですが、と自信満々の乃梨子ちゃん。
「……」
由乃さんが額に手を当てた。
「乃梨子ちゃん」
「なんですか?」
「なんで鉛筆と消しゴムばっかり出てくるのよ?」
「え?ああ、投げるのに最適なんです」
「と、飛び道具の乃梨子……」と由乃さんが呻いた。
ああ、乃梨子ちゃんも遂にこちら側に来てしまったのね。
ようこそ乃梨子ちゃん、私は歓迎するわ。
「もういいわ。次は志摩子さん」
由乃さん、諦めちゃったみたい。
「ふふ、いいわよ」
乃梨子ちゃんと同じように自信満々な志摩子さん。
志摩子さんが鞄を開けて、中のものを机の上に置く。
「どう?」
「……」
普通に教科書やら筆箱やらが出てきた。
期待外れもいいところ。
いや、待て。
相手は志摩子さんなのよ。
……アレだ!
「由乃さん、あの教科書」
「え?これ?」
由乃さんが私の指差した教科書を手に取ると、志摩子さんの顔色が変わった。
「別に何も変わったところなんて……」
教科書を開く。
「……」
教科書の隅に約二百ページに渡って描かれている、
乃梨子ちゃんと志摩子さんが絡んでいるちょっとエッチなパラパラ漫画。
志摩子さんの顔が真っ赤(というか真っ青)になった。
「次は菜々ね」
あ、由乃さん、見なかった事にした。
きっと由乃さんには刺激が強かったのね。
まぁ、いいわ。
次は楽しめそう。
だって、由乃さんに名前を呼ばれた菜々ちゃんは目に見えてうろたえているもの。
「ええっと……」
「早くしなさい」
「はい……」
強い口調で言われた菜々ちゃんが、渋々鞄を開けて、終始無言で中のものを机の上に置く。
おお!
次から次へと出るわ出るわ。
紙パックの牛乳(なんとなく理由が分かって皆の涙を誘った)とビー玉四つ。
数冊の文庫本に爪楊枝が数本と、オカリナとトライアングルとカスタネットが各一つずつ。
何に使うのか分からないものから、なんで持ってるのか分からないものまで、
所狭しと机の上に並べられていく。
由乃さんが呆れた顔してそれらを眺めている。
「オモシロ生物の妹は、やっぱりオモシロ生物でしたとさ」
そう言った私を睨んだあと、菜々ちゃんに向かって怒鳴る由乃さん。
「菜々っ!あんた、学校をなんだと思ってるのよ!」
「出会いと別れを経験し、青春を謳歌しつつ勉学に励む場所です」
「……」
由乃さん沈黙。
教科書一冊すら入っていない鞄の、どの辺りに勉学が入っているのか聞いてみたい。
私がウズウズしていると、由乃さんが諦めたように、
「次、可南子ちゃん」
と言った。
ちぇ、残念。
「はい、どうぞ」
可南子ちゃんの鞄からは、当然のように今日使った教科書が数冊出てきた。
ん?
「ねぇねぇ、この『祐巳さま帳(ユミ・ノート)』ってなに?」
表紙にそんな題名が書かれていたノートがあったので尋ねてみる。
「その名の通り、『祐巳さま帳(ユミ・ノート)』です」
ノートを開いてみる。
事細かに私の事が書かれていた。
ほー、なかなかやるわね。
でも、スリーサイズの部分は少し訂正しておきたい。
というか、ちょっとくらい水増ししておいて欲しい。
「あ、一昨日の可南子としたエッチな事まで書かれてる」
「ええっ!?」
そんな事してたなんて知りませんよ?と、私の隣の瞳子が言ってくる。
「瞳子は演劇部の方に行ってたもの、知らないのは当然よ」
「ズルイですっ、お姉さまっ!可南子さんもっ!」
「この間、瞳子さんも私に内緒で祐巳さまとこの場所で何かされていませんでしたか?」
「確かに私には、この間ここで瞳子と何かした記憶があるわ」
「……」
瞳子が顔を真っ赤にして黙った。
「ここでそういう事するのは止めてよね」
由乃さんが投げやりな感じに言ってきた。
言うだけ言ったという感じだ。
その事に関してはもう諦めてるっぽい、そのままの調子で言葉を続ける。
「じゃ、次は瞳子ちゃんね」
「はい」
瞳子が鞄から出したのは写真。
私の写真ばかりだ。
「これなんて最高の一枚です」
疲れて眠ってる時の私の写真をみんなに見せながら言う瞳子。
「少し涎が垂れているところがポイント高しですわ」
「それは没収」
「ああっ!そんな……」
瞳子からその写真を奪い取った。
ガックリと膝を落とす瞳子。
「ああっ!瞳子さん、これは!?」
可南子がある一枚の写真を手に取って、感動に打ち震えている。
「さすが可南子さん、お目が高いです」
瞳子、即座に復活。
「お姉さまが最も美しく見えるようにあらゆる要素を計算し、そこに究極のエロスを加えて撮影した、
 その名も……、『お姉さま、えちぃスペシャル』ですわっ!!」
「な、なんですってー!!!!?」
可南子が瞳子に合わせて驚いている。
瞳子たちを見ながら、
「ネーミングのセンスの悪さは祐巳さん譲りね」
「……瞳子のアレは天性のモノよ」
してやったり顔で言ってきた由乃さんに、悔しいけど私はそうとしか返せなかった。
おのれ、後で瞳子にお仕置きしなければ……。
私がそう決めた時、瞳子が肩をブルっと震わせて周囲を見回した。
さすがにいい勘してるわね。
「それじゃあ祐巳さん、いいかしら?」
由乃さんが尋ねてくる。
「ダメと言っても見るんでしょ?」
「ええ」
「仕方ないわね」
溜息をつきつつ鞄を開けて、中のものを机の上に置く。
私の鞄の中にはこれ一つしか入ってなかったから取り出すのは楽だった。
「なんで人生ゲームが出てくるのよ?」
「みんなで遊ぼうと思って」
「何しに学校に来てるのよ?」
「由乃さんをからかいに」
にっこりと笑って言ってみる。
「はいはい。そうでしょそうでしょ」
由乃さんってば、つまんない返し方するわね。
私が教育してあげようかしら?
私がそう思った時、由乃さんが肩をブルっと震わせて周囲を見回した。
由乃さんも勘が鋭いようね。
これから先も面白くなりそうだわ。


「さて、色々と問題はあったけど、ようやく全員終わったわね」
みんなの視線が由乃さんに集まる。
「な、なによ?」
「由乃さんのは?」
みんなを代表して尋ねてみる。
「私は変なモノなんて持ってきてないわ」
そう言った由乃さんの目が泳いでいる。
私は志摩子さんに視線を送った。
そのまま目で会話。
『志摩子さん、頼んでいい?』
『ええ、引き受けるわ』
直後に志摩子さんが椅子から立ち上がってよろめいた。
「ああっ、ごめんなさい」
由乃さん鞄にぶつかって、謝りながら由乃さんからは見えないように志摩子さんの右手が動いた。
一瞬で由乃さんの鞄が開いて、その中身が机の上に飛び出す。
「……由乃さん?」
「……黄薔薇さま?」
「……お姉さま?」
みんなが白い目で由乃さんを見た。
由乃さんの鞄から飛び出てきたのは、破魔矢、厄除けのお守り。
聖水の入った小瓶に木の杭に銀の弾丸。
令さまと菜々ちゃんの写真が一枚に、『えくすかりばー』と名前の彫られたペーパーナイフ。
『えくすかりばー』は私的にかなりポイントが高かった。
それにしても、由乃さんはこれらを使って何を退治するつもりなのだろうか?
いや、なんとなく分かってはいるけれど、それではあまりに……。
ともかく、私は青い顔してる由乃さんの肩をポンっとやさしく叩いた。
由乃さんが、はっとした表情で縋るように私を見てくる。
だから、私はとびっきりの笑顔とやさしい声で言ってあげた。
「由乃さんが一番おかしい」
「…………」
由乃さんは何も言わずにその場に両手両膝をついた。




「ただの魔除けのつもりだったのよ」
由乃さんが小さな声で言った。
「へー」
「ふーん」
呆れた表情しながら瞳子と可南子。
「何よその返事は!?」
「お姉さまはバカですから、本気であれらを使って紅薔薇さま方を退治しようとしていたのでしょう」
裏切る菜々ちゃん。
「菜々っ!?」
ショックを受けている由乃さん。
「ガンバレ由乃さん」
「祐巳さんに応援されるのが一番腹が立つわ」
そう?
それはともかく、今はゲームに集中しようよ。
「ほら、由乃さん」
「分かってるわよ」
由乃さんがボードにくっ付いているルーレットを回す。
数秒間くるくると回って……、止まった。
由乃さんが止まったマス目には、『子供が生まれる』と書かれている。
「由乃さん、また子供?」
「そんなにポンポン生んでどうするんですか?」
「いったい何人生む気です?」
「お姉さま、節度という言葉をご存知ですか?」
「煩いわよ!」
怒りながら四人目の子供を自動車コマに乗せる由乃さん。
由乃さんは由乃さんで面白いんだけど……。
やっぱり今注目すべきなのはこっちね。
「乃梨子、次は乃梨子の番よ」
志摩子さんに言われて、力無くのろのろとルーレットに手を伸ばす乃梨子ちゃん。
回したルーレットが止まって、乃梨子ちゃんがコマを進めたマス目には……。
「ふふふっ、乃梨子ったら、益々泥沼の借金地獄にハマっていくわね」
「…………」
乃梨子ちゃんって、ゲームでも運が悪いのね。
この悪さは相当のものよ。むしろ誇ってもいいわ。というか誇れ。
……まぁ色々とガンバレ!乃梨子ちゃん。



「こんなのやってられるかー!」
「乃梨子さんが切れましたわっ!」
「ナイス乃梨子ちゃん!」
「ああっ!?便乗して黄薔薇さまが一緒になってボードを投げてますっ!」
「退避ー!退避ー!あぁ毎日本当に楽しいなぁ。入ってよかった山百合会」
「まぁ乃梨子。大暴れね」

こうして今日も楽しい一日が過ぎていくのです。




由乃さん、乃梨子ちゃん。それ壊したら弁償してね。


【1475】 桜の花が咲く頃に再び  (いぬいぬ 2006-05-16 01:51:27)


 このSSは、オリジナルキャラが乃梨子の妹候補として登場します。そして、あまりにも長くなったので、全四話に分けました。各話とも、それなりに独立した作品としても読めるよう努力はしましたが、できれば第一話から順にお読みいただければ幸いです。
 
 それでは第一話をお楽しみ下さい。






 春。今年もリリアンの銀杏並木には、1本だけ混ざった桜が咲き誇っている。
 まるで、何かを引き寄せるための甘い罠のように。



 新学期を向かえ、数週間が過ぎた。
 新入生を迎え、無事おメダイの授与も終わり、山百合会の仕事もひとときヒマになったので、今日は仕事無しで帰ろうと決った日のこと。乃梨子はひとり、銀杏並木を歩いていた。
 いつもクールな表情を崩さない乃梨子だが、今、その表情はなぜか冴えない。
 その原因は、志摩子と一緒に帰ろうと思ったが、そのためには彼女が環境整備委員の仕事を終えるのをぼーっと待たなければならないためか。それとも、盛大なすれ違いの果てに祐巳と姉妹になった“親友”瞳子を心配した気疲れが今頃出たのか。はたまた、入学式当日に姉妹の契りを結び、学園中を大騒ぎの渦に巻き込んだ黄薔薇姉妹の後始末に疲れたのか。
 ・・・・・・まあ、その全てが重なった疲労が原因であろう。
「 はあ・・・ 」
 歩きながら溜息をつく乃梨子。
 特に何か用があって銀杏並木を訪れたのではない。だが、特にすることも無いと自覚してしまった瞬間、なにやら疲労感に襲われたようだ。
 しかたなく目的地も決めずぶらぶらと歩いていると、やはりどうしても銀杏並木に1本だけ咲き誇る桜に目が行く。
( 志摩子さんとあの桜の下で出会って、もう1年もたったんだなぁ・・・ )
 なんとなく桜に近付き、立ち止まる乃梨子。
 普段は特に意識しないが、こうして傍で見上げると、やはり志摩子との出会いに関わる大切な樹だと思えた。
( あの頃は、お姉さまなんて存在が理解できなかったのにね )
 1年前の自分を思い出し、思わず苦笑する。
( まあ、“因縁”があったから志摩子さんとも姉妹になれたんだろうけど・・・ )
 志摩子と自分の関係を、なんとなく仏教用語になぞらえるところが、なんとも彼女らしいと言えよう。
( 因が私達の心。縁が志摩子さんに引き合わせてくれたこの桜や、京都の大雪ってところかな? )
 因とは、結果を生じさせる直接的な原因。縁とは、それを助ける外的な条件。仏教で言うところの因縁とは、そのような意味である。
( それにしても、不思議な美しさがあるわよね、この桜。だいたい、なんだって1本だけこんなところに植えたんだか・・・ )
 ヒマを持て余していることもあり、飽きることなく桜を見上げ続ける乃梨子だった。
( なんだか普通の桜とは違うように思えてくるよねぇ )
 普段なら、現実的な乃梨子はそんなことを思わないかも知れない。やはり、特別な桜だという思いが強いのだろう。
( なんだか、桜の精とかが潜んでても納得できたりして・・・ )
 自分らしくない子供っぽい考えに乃梨子が苦笑していると、突然、咲き乱れる花の隙間から桜の精が顔を出した。
「 ・・・えっ?! 」
 あっけにとられる乃梨子。思わず目をこすってもう一度見てみるが、やはり花の隙間から美しい顔が出ているのが見える。
「 え? え? な、何? 」
 何度見つめなおしても、その姿は消えない。
 さらさらと音をたてそうに流れ落ちる白金の髪。陶器のように白く滑らかな肌。極北の流氷を想わせるアイスブルーの瞳。それらが、完璧なほどの美しさを体現している。
 乃梨子は、自分の見ているものがまだ信じられないらしく、思わず自分の頬をつねってみる。
 すると、桜の精が、乃梨子を見下ろした。
( ・・・・・・魅入られる? )
 乃梨子がふと、そんな予感に囚われていると、桜の精が言葉を発した。
「 よお!! 」
 したっ!と片手を挙げながら、やけにフランクな感じで声をかけてくる桜の精。
「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え? 」
「 あ、やべぇ、違った。ごきげんようだ。ごきげんよう!! 」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごきげんよう 」
 外見とはあまりにもかけ離れた、良く言えば元気いっぱいな、悪く言えば下品な言葉使いに、乃梨子は機械的に返事をすることしかできなかった。
 やっぱり幻覚だろうか? そう思った乃梨子がもう一度頬をつねると、桜の精は不思議そうに聞いてきた。
「 ほっぺたつねるのクセなのか? 」
「 え・・・ いや・・・ 」
「 じゃあ、マゾなのか? 」
「 誰がマゾだ!! 」
 思わず突っ込む乃梨子。
 それと同時に我に返った乃梨子は、桜の精がリリアンの制服を着ているのに気付いた。
「 え・・・ あなたリリアンの生徒? 」
「 おう! 」
 白い歯を見せて、子供のようににぱっと笑う桜の精。
「 一年・・・ え〜と・・・ 松組? 」
「 なんで疑問系なのよ! 」
「 漢字良く知らない・・・ 」
「 ・・・ああ、ごめん 」
 明らかにアングロサクソン系の容姿を持つ樹上の彼女のようすから、まだ日本に馴染んでないと推測した乃梨子は、口調を和らげた。
「 日本に来てまだそんなに経ってないのね? 」
「 ・・・たって? 」
「 日本で暮してる時間がまだ短いでしょ? ってことよ 」
「 時間? 」
「 そう。 日本に住んでどのくらい? 」
 そう問いかける乃梨子に、桜の精は指折り数え始めた。
「 え〜と・・・ もうすぐ誕生日だから・・・ 」
「 だから? 」
 まだ日本語での会話に慣れてないのだろう。そう思った乃梨子は辛抱強く彼女の返事を待つ。
「 だから・・・ もうすぐ16年? 」
「 そう、16ね・・・・・・ って、中味バリバリ日本人じゃねえかよ!! (どごっ!) 」
 大声で突っ込みつつ、乃梨子は思わず桜の樹を殴りつけた。樹上の彼女も思わずビクっと身構える。
 出会いのインパクト(見た目と口調のギャップとか)が大きすぎて、乃梨子も失念していたが、思いっきり日本語で会話していたのだから、良く考えれば日本に来て日が浅いはずは無いのだ。
「 おお〜。 ずいぶん怒りっぽいな? 」
「 誰のせいだ誰の! 」
「 牛乳飲んでないだろ? 」
「 カルシウムなら足りてるわよ! てゆーかカルシウムが足りないと怒りっぽくなるってのは化学的根拠なんか無いわよ!」
「 きっと、おっぱい小さいのもそのせいだな? 」
「 それも科学的な根拠は・・・ っつーかアンタ、喧嘩売ってるわね? 」
 思わず胸の辺りを隠す乃梨子。繊細な乙女心はイヤな現実を素直に受け入れられなかったりするのだ。
「 とりあえず降りてきなさい! 」
 さすがにいつまでも桜の樹の上にいたら危ないと思い、乃梨子は彼女にそう呼びかける。
「 降りるのか? 」
「 そうよ! こっちに来なさい! 」
「 そっち? 」
「 そうよ! 早く! 」
 イライラと叫びながら手招きする乃梨子を見て、何故か樹上の彼女は何故かまたにぱっと笑った。
「 おーし! 降りるぞー! 」
 そう言って、座っていた枝の上に、こちらを向いて嬉しそうにしゃがみこむ彼女。
「 ・・・・・・え? 何して・・・ 」
 彼女の様子を不思議そうにながめていた乃梨子だが、そこではっと気付いた。
 さっき自分は何と言った? 確か「降りろ」。その次に「こっちに来なさい」。つまり・・・
「 いや! ちょっ!! まっ!! 違! 」
「 いっくぞー!! 」
 こっち(乃梨子のほう)に(飛び)降りる気まんまんな彼女の様子にうろたえる乃梨子だが、樹上の彼女はそんな乃梨子にはおかまい無しに、枝の上でその身をたわめる。まるで獲物に飛び掛る猫のように。
「 だ!・・・ そんな勢いつけたら・・・ 待ちなさ・・・ 」
「 せーのー・・・ 」
「 むむむむむむむむむ無理だから! そんな自由落下してくる人間なんて私 『 とうっ!』 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 」
 ムササビのように元気良く飛び出した彼女は、見事に乃梨子目がけて笑顔でフリーフォール。
 一瞬逃げようとした乃梨子だったが、自分が逃げたら彼女が死にかねないと思い直し、その場にとどまる。
「 く! ここここ来いやぁぁぁぁぁぁぁ!!! 」
 ヤケになり、絶叫と供に両手を広げる乃梨子。乃梨子の全身からは、見事受け止めてやろうという気迫がみなぎっていた。
 ・・・が、普通の女子高生にそんな筋力があるはずも無く。
「 ぬおぉぉぉぉぉぉ (どずん!!) ぁおうぐっ! 」
 もし、その光景を目撃した人物がいたのならこう思っただろう。二人の姿はまるで、プロレスでトップロープからダイビングを仕掛ける善玉レスラーと、お約束のようにそれをまともに受ける悪役レスラーのようだったと。
「 あははははははははははは!! 」
「 ううぅ・・・ 生きてる。私、生きてる・・・ 」
 何故か大喜びな桜の精と、とりあえず生き延びたことに安堵し、涙する乃梨子。二人は絡み合って大地に倒れているが、とりあえず無事なようだ。
「 あははははは! すごいすごい! 気持ち良かったぞ! もう一回やって良いか?! 」
「 ・・・・このバカ! なんてことするのよ!! 」
 我に返り起き上がった乃梨子に怒鳴られ、身をすくめる桜の精。
「 ・・・え ・・・怒った・・・ のか? 」
「 当たりまえでしょ! 運良く助かったから良いようなものの、最悪二人とも死んでたかも知れないのよ! 」
「 ・・・・・・・・・ごめ・・・ んなさ・・・ 」
 改めて見てみれば、まさに幸運としか言いようが無かった。
 飛び降りた彼女が150cmに満たないほど小柄だったこと。乃梨子が倒れこんだ地面で、芝生がクッションになってくれたこと。この偶然が重ならなければ、本当に危ないところだったであろう。
「 まったく! 高校生にもなって、その程度の判断もつかないの?! 」
「 ・・・・・・・・・・ごめんなさい 」
「 今日はたまたま怪我も無いけど・・・ 」
「 ・・・・・・が ・・・・・・・だから・・・ 」
「 え? ・・・あ 」
 乃梨子が見ている前で、桜の精はぽろぽろと涙をこぼしていた。まるで幼い子供が親に叱られたように。
 それを見て、乃梨子も口ごもる。考え無しに飛び降りたのは確かに彼女だが、乃梨子の言葉を勘違いしたことが原因なのだ。
 自分に非が無いとも言い切れないと、乃梨子は少し反省する。
「 私がバカだから・・・ 」
「 え? 」
「 私がバカだから・・・ いつも、みんな怒るんだ。 私が・・・ 頭が悪いから・・・ みんな・・・ みんな私から逃げてくんだ 」
 そこに、さっきまでの桜の精はもういなかった。
 そこにいるのは、鼻水まで垂らして泣きながら、自分を責める子供だけだ。
 乃梨子はそんな彼女を見て悟る。
( ・・・ああ、この子はいつも大真面目なんだ )
 そう。そこに悪意など何も無く、真っ直ぐに生きているだけなのだろう。そう悟る。
( でも、いつでも全開で生きてるから、まわりのスピードに合わせるってことができずに、それがまわりとの距離を生んで・・・ )
 不器用なのだろう。生き方も、何もかも。
( そうやって、気付けばいつの間にか、ひとりっきりになってたりしたのかもな・・・ )
 きっと彼女は、人と触れ合うのは大好きなのだろう。
 だから尚更、ひとりになるのを怖がる。まわりに拒絶されるのが怖いのだ。顔をくしゃくしゃにして泣き出すほどに。
「 ごめん・・・・・なざい・・・うっく 」
「 もう良いから 」
「 ・・・ぅえ? 」
「もう良いのよ。ホラ 」
 不思議そうにこっちを見る彼女の顔を自分のハンカチで拭きながら、乃梨子は微笑んでみせた。
「 ・・・・・・もう怒ってないか? 」
「 ええ 」
「 ホントか? 」
「 怒ってないってば 」
「 でも・・・ 私が飛び降りたから・・・ 」
「 怒ってないって言ってるでしょ! ・・・・・・・・・・・・・・あ 」
「うぇぇぇぇ! やっぱり怒ってるぅぅ! 」
 しつこく聞かれ、軽くキレた乃梨子を見て、彼女はまた泣き出してしまった。
「 ・・・ああ、もう、どうしたら・・・・・・ 」
 しばらく困った顔で彼女を見ていた乃梨子は、言葉ではなく態度であらわすことにした。
「 うあぁぁぁぁぁ! ・・・・・・うぇ? 」
 そっと自分を抱きしめている乃梨子に気付き、彼女は泣き止んだ。
「 良いのよ 」
「 ・・・・・・何が? 」
「 間違えても良いの。いや、間違えることは、悪いことではないのよ 」
 疑うような眼差しで見つめてくる彼女に、乃梨子は自分の取った行動に照れて赤くなってはいたが、優しく諭すように語りかける。
「 間違えても良いの。 失敗しても良いの。 大事なのはね? 間違いに気付いて、そこから正しい方向に向かって歩き出すこと 」
「 歩く? 」
「 人は、やり直せるってことよ 」
「 やり・・・直す 」
「 そう。・・・いや、正確には違うかな? 人生にやり直しは利かない。でも、あきらめずにもう一度挑戦することはできるわ 」
 乃梨子は「まるで子供を躾けてる母親みたいだな」と自覚しながら、やっと泣き止んだ彼女の頭を優しく撫でてやった。
「 だから、間違いを認めて謝ることができたあなたは、泣かなくても良いの。 正しい方向に、もう一度進みだそうとしたんだから。 判った? 」
「 ・・・・・・・・・・・・うん 」
「 返事は“はい”よ 」
「 はい 」
「 良く出来ました 」
 そう言って微笑む乃梨子の顔を見て、彼女もやっと微笑む。
「 ああもう、こんなに顔ぐしょぐしょにして。だいたい私はこんな人生語るガラじゃ ・・・・・・って、何笑ってるのよ? 」
「 お母さんみたい! 」
 笑顔で喜ぶ彼女の言葉に、乃梨子は恥ずかしくなって耳まで真っ赤になる。
「 うるさい! 誰がお母さんか! 」
「 でもホントのお母さんよりおっぱい小さ・・・・・・・・イダダダダダダダダダ!! ギウギウギウ!! 」
「 さっき泣いたカラスがもう笑ったって、こういう時に使うのかしらねぇ? 」
「 ギウギウギウ! ほへんははい! ははひへ〜! (訳:ギブギブギブ! ごめんなさい! 離して〜!) 」
 微笑みながら彼女の両頬をギリギリとつねりあげる乃梨子に、無条件降伏とばかりに泣きながらギブアップ。 ほっぺたをつねられてるせいで、正確に発音できていないけれども。
「 まったく! 調子に乗るんじゃない! 」
「 イタタタタ・・・ もげるかと思った 」
「 自業自得・・・・・・ あれ? あんた裸足じゃない 」
 見れば、彼女の小さな足は泥だらけだった。
「 お? そう言えばそうな 」
「 そう言えばって・・・ 自分のことでしょうが! 」
「 でも、裸足気持ち良いぞ? 」
「 ・・・・・・“でも”の使いどころおかしいし 」
「 日本語は難しいな 」
 困ったもんだとでも言うように、腕を組んで呟く彼女の顔を見て、乃梨子は再び悟った。
( ああ・・・ この子ホントにバカだ )
 哀れんだ笑顔で断言するのは、少し可哀そうな気もする。
「 ・・・・・・? なんで半笑いなんだ? 」
「 なんでもないわよ。それよりも、靴をどこにやったのよ 」
「 靴? え〜と・・・ 」
 乃梨子に問われ、辺りをキョロキョロ見回し始める。
「 う〜んと・・・・・・・・・・・ あ 」
「 思い出した? 」
「 うん! 」
「 どこ? 」
「 覚えてない! 」
 
どがっしゃぁぁぁぁ!

 笑顔で断言され、顔から地面に滑り込む乃梨子だった。
「 イタタタタ・・・ あ、あんた今、思い出したって言ったじゃない! 」
「 思い出したよ? 」
「 だから・・・ 」
「 覚えてないのを思い出した 」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ?! 」
「 な? 合ってるだろ? 」
「 威張って言うことか! 意味解かんねぇよ!! 」
「 頭悪いなぁ・・・ 」
「 オマエに言われたくないわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 」
「 だからなぁ・・・ 」
 乃梨子が残り少なくなってきた根気を総動員して彼女の話を聞いてみると、こういうことらしい。

 靴をどこに脱いできたか忘れた。
    ↓
 あちこち探し回ったが見つからない(この時点で足が泥だらけになった)
    ↓
 そうだ! 高いところから見れば見つかるかも! (ここで「 私って頭良いよな? 」と聞いてきた彼女の頭を乃梨子が無言ではたく)
    ↓
 桜に登る(銀杏より登りやすかったらしい)
    ↓
 乃梨子と遭遇
    ↓
 笑顔で乃梨子へとフリー・フォール   ( ←今ココ )

「 まったくもう・・・ どうやったら自分で靴を脱いだところを忘れられるのよ 」
「 不思議だな 」
「 だからオマエが言うなぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 」
 突っ込みすぎて過労死するかもしれない。この時、乃梨子は本気で恐怖にかられた。
 それはさておき。彼女をこのまま放置するのも忍びない乃梨子は、どうするか思案する。
「 う〜ん・・・ 靴は後で探すとして、とりあえず履くものを・・・ ああ、そういえば薔薇の館の倉庫に、誰のだか判らない運動靴があったっけ 」
 薔薇の館の1階にあった靴を思い出し、乃梨子はとなりで立つ彼女の足を見る。
( 足首細っ! いやいや、そうじゃなくて・・・ こんな小さな足なら、とりあえずアレを履けるわね )
 一瞬、別のことに気を取られたが、彼女の足を見て、そう判断する。
「 よし、まずは薔薇の館に来なさい。履くもの貸してあげるから。それからアンタの靴を一緒に探してあげるわ 」
「 薔薇の館? 」
「そうよ。ここからそんなに離れてないから、裸足でもなんとか歩いて行けるし。 知ってる? 薔薇の館 」
「 知ってる! 菜々のいるとこな? 」
「 え? アンタ菜々ちゃんと知り合いなの? 」
「 尻を合わせてお知り合い〜 」
「 黙れ。 質問に答えろ 」
「 ・・・・・・知り合いです 」
 くだらないギャグを言ってケタケタ笑っていた彼女だが、乃梨子の顔を見て何かを悟り、急におとなしく答えた。ついでに初めて敬語でしゃべった。
「 まあ、同じ学年だから不思議ではないけど・・・ どこで知り合ったのよ? 菜々ちゃん松組じゃないでしょ 」
「 御聖堂の屋根に登ってたときに・・・・・・ 」
「 ・・・アンタら、どこで知り合ってんのよ。 つーか菜々ちゃんもアクティブにもほどがあるわね。うすうす判ってたけど 」
 なんだか未知の野生生物の生態を垣間見てしまったような気になる乃梨子だった。
「 とりあえず、御聖堂の屋根・・・ ってゆーか、むやみに高いとこ登るの禁止! 」
「 え〜? 」
「 ・・・・・・返事は? 」
「 はい。解かりました 」
 やたらとラフな口調の彼女も、少しはスムーズに敬語が出るようになったようだ。乃梨子の刺すような眼光のおかげで。
「 まあ良いわ。 とにかく薔薇の館に向かうわよ 」
「 うん・・・ じゃなかった。 はい! 」
「 よろしい 」
「 えへへへへへ 」
「 ふふふふふ 」
 いつの間にか自然に笑い合えるようになったふたり。
 でもその姿が、“姉妹”というよりも“ご主人様と飼い犬”という感じだったりするのはご愛嬌だ。
 微笑みながら薔薇の館へと向かうふたり。その姿は、とても十数分前に初めて出会ったようには見えない。
 まるで、ふたりでいることが当然のようなその姿は。
「 まあ、今行っても館には誰もいないはずだけど、おとなしくするのよ? 大事な書類とか備品とかもあるんだから 」
「 は〜い 」
「 そう言えばあんた名前は? 私は乃梨子。二条乃梨子よ 」
 乃梨子に問われ、彼女は元気良く答えた。
「 Светлана! 」
「 は? 」
 彼女の言葉はロシア語なのだが、乃梨子にはネイティブな発音が聞き取れなかった。
「 あ、そっか、ロシア語なんだけど・・・ えっと・・・ “すべとらーな”って言わなきゃ解からないかな? 」
「 ああ・・・ 日本語風に発音するとそうなんだ・・・ 」
「 “スヴェータ”でも良いぞ? お母さんはそう呼ぶし 」
「 ん〜、それもなんか・・・ 」
 なんだかしっくりこない。乃梨子はしばらく「スヴェ・・・ ラーナ・・・ スーナ・・・ 」などと呼び方を思案していたが、ぽんとひとつ手を打つと、こう提案した。
「 “とら”って呼んで良い? 」
「 乃梨子の好きにして良いぞ! 頭悪くてロシア語の解からない乃梨子ならしょうがないしな!」
「 ・・・・・・それはどうもありがとう。あと、呼び捨てにすんな 」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い。 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい乃梨子さまのお好きなようにお呼びくださ痛い痛い痛い・・・ 」
「 そう。理解してくれて嬉しいわ 」
 なんとなく、桜の樹からダイブしてきた姿から猫科の獣を連想したからこんな呼び名を思いついたのだが、彼女も納得してくれたようだ。
 初めて“ウメボシ”という激痛を伴なう日本文化に触れて、彼女も感動してくれたのかもしれない。
 ちょっと涙ぐんでたりするのも、きっと感動の涙だ。 ・・・・・・ということにしておこう。
「ところで、どこの出身? 」
「 千葉! 」
「 ・・・・・・同郷かよ。え? ちょっとまって、ご両親、ロシアのかたじゃないの? 」
「 お父さん日本人! お母さんロシア人! 」
「 そうなんだ。どんな出会いだったのかなぁ・・・ 」
 乃梨子の呟きに、とらが考え込む。
「 えっと確か・・・ お母さんが真夜中に真っ黒なゴムボートで宗谷岬の近くに上陸 『 判った、もういい、黙れ 』・・・どうした? 乃梨子 」
「なんか、このまま聞いてたら後戻りできないような単語が飛び出しそうだから 」
 聞かなきゃ良かった。てゆーか上陸すんな。乃梨子はまだ見ぬとらの母に、心の中で突っ込んだ。真正面から本人に言ったら命にかかわると思ったから。
「 ・・・ところで、そもそもなんで靴脱いだのよ? 」
 露骨に話題をすり替える乃梨子だった。
「 だって、追いかけてる時に足音たてると気付かれるし 」
「 ・・・・・・・・・は? 」
 また意味が解からなかった。
「 ・・・追いかけるって誰を? 」
「 ん〜とね〜、・・・・・・・・・・あー! いたー! 」
「 え?! 」
 突然叫ぶ彼女に乃梨子が困惑していると、彼女は腰を落とし、足音を殺して歩き始めた。完全に獲物を狙う体勢だ。
「 いったい誰を・・・・・・ って、猫? 」
 彼女の視線の先には、一匹の猫がいた。どうやら追跡対象は猫らしい。
「あれはもしやゴロンタ・・・ 」
 乃梨子達の視線に気付いたのか、ゴロンタがふいに歩く方向を変えた。その瞬間・・・
「 ね────こ────!!! 」
 いきなり叫びつつ全力疾走に移る彼女。その速度は瞬く間にトップスピードへと達していた。小柄な外見からは想像もつかないほどの瞬発力を秘めているようだ。
「 うわ速っ! って、ちょっと待ちなさい! そっちは薔薇の館とは反対方向・・・ 」
「 ね────────こ────────!!!! 」
「 アンタそんな絶叫してたら足音消した意味無いじゃない! ・・・って待ちなさいコラァ! 」
「 ね────────こ────────・・・・・・・・・・ 」
 乃梨子の叫びなど聞きもせず、彼女はドップラー効果さえ残しつつ、全速力で駆けてゆく。
「 待てぇぇぇ!! つーか人の話を聞けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 止まれぇぇぇぇぇ・・・・・・・・ 」
 ひとり取り残された乃梨子も、とらの後を追い全力で駆け出したのだった。
 


 夕暮れのリリアンに響きわたるふたつの絶叫。
 後に『 突っ込んでシバくのが姉。 妹は全力天然ボケ。 』という、紅薔薇姉妹の持つ格言の劣化コピーのようなあだ名を地でゆく新白薔薇姉妹の伝説の、これが幕開けであった。


 


【1476】 切ないほど疲れ果てて  (いぬいぬ 2006-05-16 01:59:43)


 このSSは、二条乃梨子とオリジナルキャラ(妹候補)の交流を描いた四部作の第二話となります。
 できれば第一話である【No:1475】から先にお読み下さい。





「 ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・ くそっ! どこへ隠れた? 」
 暗い建物の中、彼女は全神経を集中し、ターゲットを探していた。
 物陰に隠れ、暴れる心臓をなんとか押さえ込み、はずむ息を無理矢理押し殺す。そうしながらも、意識は常にターゲットを探している。
 呼吸が整ったことを確認した彼女は、闇の中へ呼びかける。
「 出てきなさい! 鬼ごっこはもう終わりよ! 」
 呼びかけながら、わざとターゲットの気配とは反対側へと歩き出す。すると、遮蔽物を縫うように走る影が、彼女の背後へと走り抜けようとする。その瞬間。
「 そこだ! 」
 彼女は手にしていたロープを引く。
「 おわ?! 」
 影が悲鳴をあげる。彼女の引いたロープは、逃げ出そうとしていた影の前にあるテーブルを引き倒したのだ。影も思わず足が止まる。
「 逃がすかぁ!! 」
 ロープを投げ捨て、影に襲い掛かると、意外にも影はあっさりと捕獲できた。
「 あははははは、捕まっちゃった 」
「 笑うとこじゃない! 」
 乃梨子は思わず、とらの後頭部へ突っ込みを入れた。




☆ 前回のおさらい☆ 
 スヴェトラーナ( 通称とら@乃梨子命名 )は、ゴロンタ追跡のために足音を消そうと靴を脱いだ
    ↓
 靴をどこに脱いできたか忘れた。
    ↓
 あちこち探し回ったが見つからない(この時点で足が泥だらけになった)
    ↓
 そうだ! 高いところから見れば見つかるかも!
    ↓
 桜に登る(銀杏より登りやすかったらしい)
    ↓
 乃梨子と遭遇
    ↓
 桜の上から笑顔で乃梨子へとフリー・フォール
    ↓
 乃梨子と仲良くなる
    ↓
 ゴロンタ再発見、追跡再開    ( ← 第一話ココまで )
    ↓
 途中で目的を見失い、乃梨子と鬼ごっこ開始
    ↓
 乃梨子、とらを捕獲   ( ← 今ココ )




「 ・・・で、なんで私から逃げたのかな? 」
「 面白そうだったからたたたたたたた痛い痛い痛い! 耳引っ張るのやー! 」
「 まったくもう。 偶然、薔薇の館の方向へ向かったから良いようなものの、私はあんたとの鬼ごっこなんて醜態をリリアン中に晒す気は無いんだからね! 」
 そう、とらの逃走劇( 途中までは確かとらのゴロンタ追跡劇 )は、偶然にも薔薇の館でフィナーレを向かえていた。
 館では地の利がある乃梨子が、とらを捕まえたのは必然でもあったのだ。
「 ほら! アンタの履けそうな靴探すんだから、ちゃっちゃと起きる! 」
 乃梨子は、裸足のとらに靴を与えるという当初の目的を果たそうと、床に転がるとらに激を飛ばした。
 が、反応が無い。
「 ん? あ、コラ! 何寝てんのよ! 起きろー! 」
 恐らく、はしゃぎまわった疲れが一気に出たのであろう。とらは安らかな寝息をたてながら眠っていた。
「 幼児かオマエは! 突然電池切れたみたいに寝るなー!! 」
 とらは、乃梨子の声などおかまい無しにすやすやと眠っている。
「 ああ、もう、声枯れちゃうわホントに。 ・・・いいや、とっとと靴探して履かせてやろう。起きたら一緒に靴探しに行けばいいや 」
 もはや突っ込み疲れで体力の限界を感じつつある乃梨子は、とらを床の上に放置して、ひとりで靴を探し始めた。
「 え〜と・・・ 確かこの辺に・・・ ああ、あったあった 」
 探し物はすぐに見つかった。誰の物かは判らないが、この白い運動靴は乃梨子が1年のときからこの倉庫にあるのだから、持ち主もその存在を忘れていることであろう。
 乃梨子は、その白い靴をとらの足に履かせてみた。
「 うん、ちょっととらには大きいけど、紐をきつめに縛ればなんとかなるわね 」
 そう言いつつ、乃梨子はなんとなくとらの足首を掴んでみた。
「 ・・・細いなぁ。この細い足でよくあれだけ派手に暴れまわれるもんよね 」
 人種の違いのせいか、ロシア人と日本人のハーフとはいえ、とらの身体的特徴は、白人種のそれであった。細く、長い足。
「 なんか不公平よね。ここまで容姿に違いがあるなんて 」
 純日本人体系&モンゴロイド顔の乃梨子は、ふぅと溜息をつく。床の上に眠っているとらの姿は、まるで精巧なビスクドールのように綺麗だったから。
 乃梨子はとらの足を見ながら、自分のスカートを少しめくり上げ、自分の足と見比べてみる。
「 うっ・・・ ふ、太・・・・・・・ いや、気にしちゃダメよ二条乃梨子。気にしたら負けよ。人種が違うんだから仕方ないわ。そもそも人間は見た目だけじゃなくて・・・・・・ 」
 なにやら小声でブツブツと自己弁護を始める乃梨子。
 自分が志摩子と初めて出会ったときに、その外見の美しさに魅かれた事実は、心の棚の一番奥へと投げ込まれているらしい。
 乃梨子がスタイルの不公平に負けないように自分に暗示をかけていると、倉庫の扉ががちゃりと開いた。乃梨子は扉に目を向ける。
「 ・・・あ、瞳子。祐巳さまも。 ごきげんよう 」
 何気なく挨拶をした乃梨子だったが、扉の向こうからは何故か返事が無い。
「 どうしたの? 瞳子。黙り込んじゃって 」
「 ・・・・・・・・・・・・・・・乃梨子さん 」
「 何? 」
 気のせいか、やけに瞳子の声が冷たい。
「 お姉さまとふたり、ヒマだったので薔薇の館で紅茶でも飲もうと思って来てみたのですが・・・ 」
「 あ、そうなんだ 」
「 なにやら人気の無い倉庫の中から“きつめに縛る”なんて声が聞こえてきたから、何かと思って扉を開けてみたら・・・ 」
「 え? 」
「 そんな小さな子を連れ込んで・・・ 見損ないましたわ 」
「 はあ? 」
 声だけでなく、視線も冷たかった。
 瞳子が何を言っているのか判らない乃梨子は、ふと、自分の置かれた状況を分析してみた。
 人気の無い倉庫で、床の上に力なく横たわる美少女の足を掴み、自分もスカートを少したくし上げている。
 しかも、“きつめに縛る”とか呟きながら。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・え〜と 」
 己の置かれた状況に、ちょっと冷や汗のでる乃梨子。
「 まさか乃梨子さんが小さい女の子に興味があったなんて・・・ 」
「 !! ち、違! そんな趣味は断じて・・・ 」
「 しかも、眠らせたところを縛ろうとするなんて・・・ 」
「 そんな趣味も無い! 」
 乃梨子の弁解には耳を貸さず、いたたまれない表情で一歩下がる瞳子。なんか「 恐ろしい・・・ 」とか呟きながら。
「 違うってば! 断じてそんな趣味は持ち合わせて無いから!! 」
「 言い訳は見苦しいですわ、乃梨子さん 」
「 言い訳じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! 」
 思わず絶叫する乃梨子。
「 違うんだって! この子は小さいけど高等部で・・・ 」
「 信じられませんわ。 そんな小さな高校生なんて。何か証拠でもないことには信じ『 瞳子、その子が高等部なのは本当だよ 』 ・・・・・・疑ってごめんなさい乃梨子さん 」
 背後からかけられた祐巳の言葉を、証拠など無しに信じる瞳子。
「 変わり身速っ! つーか祐巳さまの半分でも良いから私のことも信用しようよ・・・ 」
「 それは無理な相談ですわ 」
「 うわ、無理とか言い切りやがった・・・ 」
「 私のお姉さまへの信頼を仮に100キネンシスとすると・・・ 」
「 何? その変な単位 」
「 乃梨子さんへの信頼は、36キネンシスくらいでしょうか 」
「 少なっ! ・・・・・・ああ、もういいや。 あんたが祐巳さまと他人を比べるだけでも良しとするわよ 」
「 まあ、何を落ち込んでらっしゃるんですか。由乃さまより14キネンシスも多いんですのよ? 」
「 ・・・・・・・・ああ、そうなんだ・・・ 」
 なんだか勝った気がしないし、勝っても別に嬉しくないなぁなどと思う乃梨子だった。
 さり気なく由乃に喧嘩を売るようなことを言っている瞳子の横を通り、祐巳が倉庫に入ってきた。
「 何組かは忘れちゃったけど、私がおメダイ渡したからね、覚えてるよ 」
 とらの顔を見ながら、そんなことを言う祐巳。さすがは食肉目イヌ科でも薔薇さま。新入生の顔を覚えていたらしい。
 ・・・まあ、とらのこれだけ目立つ外見を忘れていたら、それはそれで問題だが。
「 祐巳さま、ありがとうございます。おかげであらぬ疑いを『 でも、未成年者略取誘拐は三月以上五年以下の懲役だよ 』・・・って、アンタも疑ってんのかい! 」
 真顔でヒドい指摘をする祐巳。ある意味瞳子よりも容赦が無い。
「 ちなみにこの見成年者略取誘拐、わいせつ目的の場合は一年以上十年以下の懲役なんだって 」
「 まあ、では乃梨子さんは? 」
「 当然、わいせつ目て 『 違あぁぁぁぁぁぁァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁう!!! 』 え〜? 違うの? 」
 乃梨子の全身全霊をかけた否定に、何故か残念そうな声をあげる祐巳。実は乃梨子のことが嫌いなんじゃなかろうか?
「 わいせつ目的違う! じゃなくて、そもそも誘拐じゃない! 」
「 ・・・・・・・・・う〜。 乃梨子うるさい〜 」
 ここでやっととらのお目覚めである。
 ぐしぐしと目をこすりながら起き上がるとらが、乃梨子にはこのときばかりは救いの神に見えていた。
「 とら! 」
『 とら? 』
 不思議そうにハモる紅薔薇姉妹に、乃梨子は「 本名スヴェトラーナ、略して“とら”です 」と律儀に説明してから、再びとらに向き直った。
「 とら、この二人に説明してあげて。なんでアンタがここにいるのか、その訳を! 」
 期待に満ちた顔の乃梨子にうながされ、紅薔薇姉妹を見るとら。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰〜? このタヌキとドリル〜 」
 寝ぼけまなこで、そんな触れてはならないようなことを言い出した。
 ドリル呼ばわりされた瞳子が、とらに一言言おうと一歩近付こうとするが、それを制して祐巳が前にでる。
 それを見て、乃梨子は慌てて祐巳ととらの間に割り込んでとりなそうとしたが、祐巳と目が合った瞬間、その瞳に何を見たのか、慌てて視線をそらすと、そのままガタガタと震え出した。
「 とらちゃん? 」
「 はい 」
 にっこりと優しく語りかける祐巳の笑顔を見て、とらは何故か一気に目が覚めたようだ。正座して静かに返事をしている。
「 私の名前は福沢祐巳 」
「 はい。記憶しました 」
「 間違ってもタヌキなんて呼んじゃダメよ? 」
「 はい、理解しました。以後注意します福沢祐巳さま 」
 一見、祐巳は優しく微笑んでいるだけにしか見えないのだが、とらの野生の感は、その内面に何を見たのか、一秒たりとも祐巳から目を離さずに、祐巳の言葉を復唱している。敬語で。
 固まっている乃梨子ととらの様子に満足したらしい祐巳は、「 判ってくれれば良いのよ 」と、笑顔でうなずいた。瞳子はそんな祐巳に「 素敵・・・ 」などと呟きつつ、熱い視線を送っている。
「 さて、いつまでも乃梨子ちゃん達からかっててもしょうがないから帰ろうか? 瞳子 」
「 そうですわね、お姉さま 」
「 全部判っててやってたのかよ! この腹黒タヌキ姉妹が!! 」と、乃梨子は心の中で全力で突っ込んでいた。声に出すと、どんな反撃が飛んでくるか解らなかったから。
「 それじゃあ、ごきげんよう、乃梨子ちゃん 」
「 ごきげんよう、乃梨子さん 」
「 ・・・・・・・・・・ごきげんよう 」
 力無く答える乃梨子の背中には、祐巳に怯えきったとらがしがみついていた。
 今年はあの化け物がいるから無理として、来年はなんとしてでも瞳子を押さえ込まなくては。白薔薇の未来のために。
 乃梨子は閉じられた扉に向かい、かたく心に誓うのだった。
「 くっそ〜・・・ 今に見てろよ、紅薔薇姉妹め・・・ ( 怖いので小声 ) 」
「 ( ガチャッ )あ、そうそう乃梨子ちゃん 」
「 ひぃっ! な・な・な・な・な・なんですか祐巳さま! 」
 いきなり扉を開けて戻ってきた祐巳に、乃梨子が自分の呟きを聞かれたのかと恐怖していると、祐巳はにっこりと微笑みながらこう言った。
「 ロリコンもほどほどにね♪ ( バタンッ ) 」
 言いたいことだけ言って満足したらしい祐巳が扉の向こうに消えると、極度の緊張感から解放された乃梨子は、その場にばったりと倒れ込んでしまう。
「 乃梨子! 」
「 うう・・・ とら、私はもうダメかもしれない 」
「 乃梨子! 死ぬな! 」
「 ・・・・・・・死なねぇよ 」
 思わず突っ込みつつも、心配そうなとらの顔に、乃梨子はほんの少しだけ、満足感を覚える。
「 死ぬなら飲み物用意してからにしろ? 私はのどが渇いたぞ? 」
 ・・・・・・まず、こいつから何とかせなアカンな。
 薄れゆく意識の中、乃梨子はそう思ったのだった。
 


【1477】 自分にできること  (いぬいぬ 2006-05-16 02:10:37)


 このSSは、乃梨子とオリジナルキャラ(妹候補)の交流を描いた四部作の第三話となります。
 できれば【No:1475】→【No:1476】→本作品 と続けてお読み下さい。

 尚、文中のロシア語表記はネットで調べながら丸写しなんで、間違ってたら笑ってスルーして下さい(笑




 
 薔薇の館の2階では、金髪のビスクドールと黒髪の日本人形が連れ立って紅茶を入れていた。
「 紅茶はね、熱湯で淹れたほうが美味しいのよ 」
「 へ〜、玉露とかとは違うのな 」
「 沸騰したての熱湯をティーポットに注いで、熱湯が100℃から95℃くらいまで冷める最初の30秒で味が決まると言っても過言じゃないの 」
「 おお! 一発勝負だな? 」
「 ふふっ、まあそんなとこね。 どう? 少しは勉強になった? 」
「 は〜い! 」
「 そう、良かったね 」
「 でも私、紅茶嫌い。緑茶が良い 」
「 淹れる前に言えやコラァ!! (すぱぁん!!) 」
「 痛っ! も〜、乃梨子は凶暴なんだから・・・ 」
「 だから呼び捨てにするなっつーの ( すぱぁん! ) それと、私が手を出さざるをえないのは誰のせいだと思ってんのよ!! (すぱん!すぱぁん!! ) 」
「 うおぉぉぉ・・・ 2連発とは高等技を・・・ 」
 とらは、乃梨子の平手による突っ込みの直撃を頭の前後から受け、軽いパンチドランカー症状を起こしてフラついていた。
 金髪がボケて、黒髪が突っ込む。このふたりは、おおむねそんな関係だ。
「 このまま乃梨子の突っ込みを受け続けてたら・・・ 」
「 バカになるって? 大丈夫よ、それ以上バカになりようなさそうだから 」
「 いや、私の頭が衝撃に耐えられるように進化して、きっと甲羅が生えてくるな! 」
「 ・・・・・とりあえず、人類のままでいなさい 」
「 乃梨子、人は常に進化し続ける生き物だぞ? 」
「 人類に甲羅を獲得するようなユカイな未来は無ぇ!! ( すぱぁぁぁん!! ) 」




 ☆前回までのおさらい☆
 スヴェトラーナ( 通称とら@乃梨子命名 )は、ゴロンタ追跡のために足音を消そうと靴を脱いだ
    ↓
 靴をどこに脱いできたか忘れた。
    ↓
 あちこち探し回ったが見つからない(この時点で足が泥だらけになった)
    ↓
 そうだ! 高いところから見れば見つかるかも!
    ↓
 桜に登る(銀杏より登りやすかったらしい)
    ↓
 乃梨子と遭遇
    ↓
 桜の上から笑顔で乃梨子へとフリー・フォール
    ↓
 乃梨子と仲良くなる
    ↓
 ゴロンタ再発見、追跡再開    ( ← 第一話ココまで )
    ↓
 途中で目的を見失い、乃梨子と鬼ごっこ開始
    ↓
 乃梨子、薔薇の館でとらを捕獲 
    ↓
 1階の倉庫でとらに靴を履かせる
    ↓
 その様子を紅薔薇姉妹に目撃され、未成年者略取誘拐( わいせつ目的 )と勘違いされる
    ↓
 乃梨子、慌てて違うと全力で弁解
    ↓
 しれっと「 そんなことは判ってる。判っててからかっただけ 」とのたまう紅薔薇姉妹
    ↓
 乃梨子、力尽きる    ( ← 第二話ココまで )
    ↓
 疲れたので、とりあえずお茶にする     ( ← 今ココ )




「 紅茶も美味しいな! こんな美味しい紅茶飲んだの初めてだぞ?! 」
「 そりゃ良かった。 お世辞でもそう言ってもらえると嬉しいわ 」
「 お世辞じゃないぞ! いつもは紅茶飲むと、甘すぎてそれでいてすっぱくて、口の中がキュっとするんだ 」
「 レモンとか砂糖とか入れすぎなんじゃないの? 」
「 紅茶以外は何も入れてないぞ? 」
「 え? じゃあそんなはずは・・・ 」
「 粉も缶に書いてある分量しか入れないし 」
「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それはもしかして、名○レモンティーとかいうものじゃあ・・・ 」
「 ああ〜、そういえば○糖って書いてあったな 」
「 それは紅茶じゃない。いや、あれはあれで私は好きだし、紅茶かもしれないけど、茶葉から入れるものとは別物よ 」
「 紅茶じゃない? 」
「 そう。だからこの紅茶と一緒にしないで 」
「 騙したな!! 」
「 ・・・・・・いや、今私に怒ってもどうにも 」
「 敵か? 敵なのか? 名○!」
「 いいから落ち着け。とりあえず紅茶を 」
「 くっそ〜、許さないからな名 (すぱぁんっ! ) ふぎゃっ! 」
「 座れ。そして紅茶を飲め 」
「 ・・・・・・・・・・・・判りました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・突っ込まなくたって、口で言ってくれりゃあ判 『 何か言った? 』 ・・・・・・いえ、何も 」




 夕暮れのオレンジに染まった陽射しを受けて、とらは静かにティーカップを傾けている。
 その端整な横顔は、乃梨子が「貴族ってこんな感じなのかも」などと思うほど、気品に満ち溢れている。
 夕日を受けて鮮やかなオレンジ色に染まる髪。彫りの深さが顔に落とす陰影。ティーカップを持つ細くしなやかな指先までもが・・・

 ずぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ・・・

「 ・・・・・・台無しだ 」
「 何が? 」
 思いっきり音をたてて紅茶をすするとらに、乃梨子は頭を抱えて呟く。
「 紅茶を飲むときは・・・ いや、飲み物を飲むときは、音をたてるんじゃありません! 」
「 あ〜、そんな風習もあったな? 」
「 風習ちがう。一般常識よ 」
 なんだか子供の躾けに手間取る母親みたいな心境で乃梨子はとらに注意してみた。
 とらは乃梨子の注意を受けて反省したのか、ティーカップに視線を落として考え込む。
「 ・・・・・・・・・じゃあ乃梨子、これを紅茶じゃなく蕎麦だと思って 『 思えるか 』 ・・・・・・・・けち 」
 間髪入れずに否定してくる乃梨子に、くちを尖らせてすねるとら。
 その顔がちょっと可愛いだなんて思ってしまったのが悔しくて、乃梨子は無視を決め込んだ。
「 ねーねー、乃梨子― 」
「 ・・・・・・・・・・・・ 」
「 乃梨子さま 」
「 ・・・何よ? 」
「 お菓子無いの? 」
「 アンタ本当にずうずうしいわね 」
 そう言いながらも、確かもらい物のクッキーが残ってたはずなどと考える乃梨子。
( 私・・・ なんでこんなにムカつくやつのために色々してやってるんだろう? )
 ふと、そんな基本的なことを思った乃梨子は、そっととらの横顔を盗み見る。
「 何? 」
 乃梨子の視線に気付いたとらが問いかけてくる。
「 ・・・・・・・・・・・アンタ、顔“だけ”は綺麗よね 」
「 おう! 良く言われるぞ、それ 」
 からかったつもりが、笑顔でそう切り返され、逆に乃梨子が恥ずかしくなった。皮肉とか良く判ってないんだろうなぁと乃梨子は溜息をつく。
「 お父さんも良く言ってる。“俺に似なくて本当に・・・ 本当〜に良かった”って 」
 2回繰り返すとこに実感がこもってるななどと思い、乃梨子はクスリと笑う。
「 ・・・・・・じゃあ、お母さんが綺麗なひとなんだ 」
「 綺麗だよ! 元モデルだったって言ってるし 」
 モデルがどんな紆余曲折を経て、宗谷岬に上陸したのか・・・
 乃梨子は疑問に思ったが、危険を感じて深く追求するのをやめた。
「 そう言えば、産まれたときから日本にいるんだっけ? 」
「 うん、だからロシア語解かんない! 」
「 え? だってアンタ、ネイティブなロシア語っぽい発音で自分の名前言ってたじゃない 」
「 お母さんが言ってるロシア語だけは、聞いてて覚えちゃった。だから、他にも単語だけ知ってる言葉が少しあるよ? 」
「 へ〜・・・ 例えば? 」
「 ・・・・・・・ 」
 とらが急に気まずそうに口ごもる。
「 どうしたの? 」
「 ・・・お父さんがね? “頼むからお母さんの言葉を真似るのだけはやめてくれ ”って 」
「 あ、そうなの? 」
 お父さんはロシア語解らないから、娘には日本語を話して欲しいのかな? などと乃梨子は推測したが・・・
「 “そんな勢いで罵ったら、絶対に揉め事になるから”って 」
「 ・・・・・・そ、そうなんだ・・・ 」
 普段どんな罵詈雑言を吐いてるんだろう? 乃梨子はますますとらのお母さんが判らなくなった。
「 あ、でも、お母さんの言葉を覚えるほど聞いてるってことは・・・ 」
 言いかけて、乃梨子はしまったと思った。
 意味の解らないロシア語ですら覚えてしまうほど聞いている。しかも、それは罵詈雑言の類いだと言う。
 つまり、それほどの悪意ある言葉を母親から・・・
「 うん、お母さんにはいっぱい怒られた 」
「 ・・・とら 」
 何故か笑顔で言うとらに、乃梨子は胸が締め付けられるような気がした。とらの笑顔が急に儚いものに見えてきたから。
 この子の笑顔は、もしかしたら仮面なんじゃないだろうか? 涙を隠す、仮面なんじゃないだろうか?
 乃梨子は、親友である瞳子の顔を思い浮かべていた。
 泣く子供を親が叱るのは良くあることだ。でも、子供は子供で、どうしようもないから泣くのだ。
 そんな、どうしようもなく悲しい子供を、親は親の事情だけで叱る。
 躾けならば良い。愛情から叱るのなら良い。でも、もしそうじゃなければ?
「 とら・・・ 」
 乃梨子はふいに、とらを抱きしめてやりたい衝動にかられた。
 抱きしめてやりたい。抱きしめて、抱きしめて、抱きしめた後に、無理に笑わなくても良いんだと言って、さらに抱きしめてやりたい。
 だが、乃梨子は動けなかった。笑顔を浮かべるとらのまえで、動けなかった。
( 私はこの子をどうしようと言うんだろう )
 今日初めて会った子。もしかしたら、明日からはまた他人に戻ってしまうかも知れない子。
( 他人? )
 その単語が、乃梨子はひどく嫌な気がした。しかし、それもありえることだと、どこか冷静に考える自分もいる。
 乃梨子の心の中では、昨日までのクールな自分と、今日とらに出会ってしまった自分が口論している。
( 今日会ったばかりの子じゃない )
( そう、今日あったばかりの子 )
( そんな子に、どうしてそこまでかかわるの? この子の家庭のことでしょう? )
( ・・・・・・解らない )
( あなたが手を差し伸べなくても、この子はきっと昨日と同じように明日も生きていく )
( そうかも知れない )
( 明日になれば、また他人に戻っているわ )
( 他人? )
( そう、あの桜の樹で出会う前の、他人 )
( 他人・・・ )
( 昨日までの私が知らなかった、ただの見知らぬ1年生 )
( ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嫌 )
( 何故? 偶然出会っただけでしょう? )
( 他人に戻るのは嫌 )
( 何故? たまたま靴を失くして困っていたから、助けてあげただけでしょう? )
( いまさらこの子と他人になるなんて嫌! )
( だったら、どうしたいの? )
( 私は・・・・・・ )
 この子に何かしてやりたい。
 この子を助けられるなら、何でもしてやりたい。
 心の奥底から溢れてくる感情のままに、乃梨子はとらの横顔にそっと手を伸ばす。
「 ・・・・・・・でも、いっぱい怒られた後に、いっぱい誉めてくれた! 」
「 え? 」
 突然、嬉しそうに言うとらの様子に、乃梨子は伸ばした手を慌てて引っ込めた。
「 いっぱい殴られた後に、いっぱい抱きしめてくれた! いっぱい我慢した後なら、いっぱいわがまま聞いてくれた! 」
「 ・・・・・・・・・・・・・・・・そっか 」
「 だから、良いロシア語も知ってるよ? お父さんも、それなら使って良いって! 」
「 そっか 」
 良かった。この子はとても大切に愛されているんだ。
 そう気付いた乃梨子は、泣きたいような、笑いたいような、不思議な気持ちに気付く。
( 私、ひとりで焦って馬鹿みたいじゃない。まったく、コイツに付き合ってると、なんだか私まで馬鹿になりそうだな )
 自分が変わってゆきそうな予感。それが、怖くもあり、待ち遠しくもあった。
 その気持ちはきっと・・・
「 んっと・・・ Ялюблютебяとか、Дорогоймойとか・・・ 」
「 ロシア語は解からないってば。何て意味よ? 」
「Ялюблютебяは愛してる。Дорогоймойは大切な人って意味だ! 頭の悪い乃梨子にも理解できたか? 」
「 ええ、おかげさまでね。これは感謝の印しよ 」
「 あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!! いだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 」
 乃梨子の感謝の印し、日本の伝統文化“ウメボシ”に感涙するとら。
「 まったく。アンタに頭悪いって言われたくないってのと、乃梨子さまと呼べってのを、何回言えば覚えるんだか・・・ 」
 呆れた口調で言いながら、紅茶を飲む乃梨子。
「 ううぅぅ・・・ はみ出るかと思った 」
「 出ねーよ 」
 そんな突っ込みと共に、ぱすっととらの頭をはたく乃梨子。
 とらは何故だかそこで「 てへへ 」と笑い、乃梨子もつられて笑ってしまった。
( まあ良いか )
 乃梨子は思う。今はこれくらいで良いと。
( 明日もきっと、私とコイツは他人に戻ったりはしないから )
 今はまだ、それだけで良いと。
( 焦らず行きますか。コイツはじっくり躾けないと覚えそうにないから )
 たぶん手のかかる子。そんな子の世話をしてまわる毎日。
 忙しくなりそうな予感に、乃梨子は何故だかちょっとわくわくしている自分が不思議でもあり、誇らしくもあった。


【1478】 白薔薇もう我慢しない  (いぬいぬ 2006-05-16 02:24:50)


 このSSは、乃梨子とオリジナルキャラ(妹候補)の交流を描いた四部作の完結編となります。
 できれば、【No:1475】→【No:1476】→【No:1477】→本作品と、順にお読み下さい。





「 ところでアンタ、いつからリリアンに通ってるの? 」
 中等部、つまり去年から通っていたとしたら、いくら敷地が違うとは言え、こんなに目立つ顔のとらを知らなかったのはおかしい。そんなふうに思い、乃梨子はとらに聞いてみた。
「 今年からだよ 」
「 ふ〜ん・・・ 」
 やっぱり私と同じで高等部からか。乃梨子はなんとなく仲間意識のようなものを感じる。
「 何でリリアンに通おうと思ったの? 」
「 ・・・・・・さっきから質問ばっかりだな? 乃梨子 」
「 乃梨子“さま”でしょ (すぱん!) 」
 乃梨子も、こんなにとらのことを知りたがる自分に驚いていたが、とらに指摘されたのが恥ずかしくて、突っ込むことで誤魔化したりしていた。
「 リリアンに通う気はなかったんだけど・・・ 」
 突っ込まれたところをさすりつつ、とらがそんなことを言う。
 そんなところまで一緒なのかと驚く乃梨子。
「 そうなの? 」
「 うん・・・ いや、はい 」
 すうっと上がる乃梨子の手を見て、慌てて言いなおすとら。どうやら徐々に調教は進んでいるようだ。
「 じゃあ、なんでまたリリアンに? 」
「 お父さんとお母さんが、“このままじゃあ貴方、色々とマズいから”って・・・ 」
「 ・・・何よ? 色々とって 」
「 何だろうな? 」
「 自分のことでしょうが! 」
 思わず突っ込む乃梨子をよそに、とらは回想モードに入る。
「 中学校の頃は、なんも考えなくても済んでたのに・・・ 」
「 いや、今もあんまり考えてるようには・・・ 」
「 千葉の田舎でタヌキとかキジとか色々追い掛け回すのが楽しかったなぁ・・・ 」
「 ・・・・・・それでゴロンタのことも追いかけてたのね。」
 もはや習性だな、などと思う乃梨子。
「 タヌキ・・・ キジ・・・ 鹿・・・ カラス・・・ 」
「 やけに種類が豊富ね 」
「 ・・・・・・みんな美味しかったなぁ 」
「 喰ったのかよ!! 」
 うっとりした顔で呟くとらに、おもわず全力で突っ込む乃梨子だった。




  ☆前回までのおさらい☆
 スヴェトラーナ( 通称とら@乃梨子命名 )は、ゴロンタ追跡中に自分の靴を見失う
    ↓
 高いところから見れば見つかると思い、桜に登る(銀杏より登りやすかったらしい)
    ↓
 乃梨子と遭遇
    ↓
 桜の上から笑顔で乃梨子へとフリー・フォール
    ↓
 乃梨子と仲良くなる
    ↓
 ゴロンタ再発見、追跡再開    ( ← 第一話ココまで )
    ↓
 途中で目的を見失い、乃梨子と鬼ごっこ開始
    ↓
 乃梨子、薔薇の館でとらを捕獲 
    ↓
 1階の倉庫でとらに靴を履かせる
    ↓
 その様子を紅薔薇姉妹に目撃され、未成年者略取誘拐( わいせつ目的 )と勘違いされる
    ↓
 乃梨子、慌てて違うと全力で弁解
    ↓
 しれっと「 そんなことは判ってる。判っててからかっただけ 」とのたまう紅薔薇姉妹
    ↓
 乃梨子、力尽きる    ( ← 第二話ココまで )
    ↓
 疲れたので、とりあえずお茶にする     
    ↓
 乃梨子、とらと雑談するうちに、とらと他人になりたくない自分に気付く    ( ← 第三話ココまで )
    ↓
 乃梨子、とら自体に興味を抱き、色々と探りを入れてみる  ( ← 今ココ )




「 アンタねぇ・・・ リリアンでいきなり獲物を捕獲したり、それを食べたりしちゃダメだからね? 」
「 何で? 」
「 何でって・・・ 」
 確かにとらのご両親の言うとおり、コイツはこのままだと色々とマズいかも知れない。
「 ご両親の心配も判るわ・・・ てゆーかアンタ、どんな育ち方したのよ? 」
「 どんなって・・・ お父さんとお母さんに育てられたよ? 」
「 いや、そうじゃなくて 」
「 ちなみに言葉使いが荒いのは、お父さんの日本語を受け継いだかららしいぞ? 」
「 ああ、日本での生活長いクセに何か変だと思ったら、そういうことか・・・ 」
「 あと、“私たちの技は、全てお前に叩き込んだ。もう、どこへ行っても生き残れるサバイバル能力はあるな!”って誇らしげに言ってたぞ 」
「 原因、全部両親じゃねえかよ!! 」
「 あ〜、何かそんなことも言ってたな。“調子に乗って色々教えた私たちにも原因はあるが、まさかここまで野生化するとは・・・”とかなんとか 」
「 それで慌ててリリアンに放り込んだと 」
「 うん。“あの伝統と格式の権化みたいなとこなら、なんとかしてくれるだろう”って 」
「 丸投げかよ・・・ 」
「 迷惑な話しだよな? 」
「 ・・・色々な意味でね 」
 やはりリリアンが嫌なのか、ちょっと憤慨しているとら。
 それをを眺める乃梨子は、「でも、試験に受かって高等部に入れたってことはコイツ、記憶力はそれなりに高いんだろうなぁ・・・ バカだけど 」などと思っていた。
 乃梨子はふと、一番気になったことを聞いてみた。
「 ・・・・・・リリアンそんなに嫌い? 」
 すると、とらは少し考え込んだ後で、笑いながらこんなことを言い出す。
「 今は結構好き。意外と広くて気持ち良いし、菜々とか面白いし・・・ 」
「 そう 」
「 お父さんもお母さんも一緒に東京に出て来てるから、家ん中は千葉とそんなに変わらないし・・・ 」
「 そうなんだ 」
 そこでとらは乃梨子を見る。
「 乃梨子も優しいし 」
「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ばーか。おだてても何も出ないわよ? 」
 苦笑しながら、とらを軽く小突くと、とらも照れ臭そうに「 てへへ 」と笑う。そんなとらを見て、なんだか暖かい気持ちになる乃梨子。
 乃梨子がそんな暖かい気持ちに浸っていると、薔薇の館の階段を登ってくる足音が聞こえてきた。
( 誰だろう? )
 紅薔薇姉妹は乃梨子イジリに満足して帰ったし、黄薔薇姉妹はきっと、仕事が無いのを良いことに、どこかで大暴れだろう。
 とすると・・・
「 志摩子さん、ごきげんよう 」
 現れたのは、志摩子だった。
「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 」
「 どうしたの? 」
 何故か無言で立ち尽くす志摩子。
「 ・・・・・・・・・ああ、ごきげんよう乃梨子 」
 なんだか落ち着きの無い様子で、取り繕うように挨拶を返す志摩子。だが、いつまでたっても部屋の中に入ってこようとしない。
 乃梨子が志摩子の様子を不思議に思っていると、志摩子がおずおずと口を開いた。
「 あの・・・ そちらはどなたかしら? 」
 とらのほうを目で示しながらそう聞いてくる志摩子に、乃梨子は「あれ?」と思う。
 志摩子さんて、こんなに人見知りしたっけ?そう思いながらとらを見たとき、何故志摩子がオロオロした様子なのかに思い当たった。
 とらの座っている席は、いつも志摩子が座っている席だったのだ。乃梨子の隣りの、志摩子の指定席。
「 あ・・・ ちょっととら 」
「 とら? 」
 不思議そうな顔の志摩子。
「 あ、ちょっと待っててね志摩子さん。とら、こっちの席に移って 」
「 え〜、何で〜? 」
「 良いから移りなさい 」
「 あの・・・ 私は別に・・・ 」
「 乃梨子はわがままなんだから・・・ 」
「 呼び捨てにすんな! 」
「 その席でなくても・・・ 」
「 痛っ! も〜、判ったよ〜 」
「 判りましたでしょ? 」
「 かまわない・・・ のだけど・・・ 」
 乃梨子ととらの漫才に混じれずに、だんだん声が小さくなる志摩子。
 なんだか寂しそうな志摩子に気付かずに、乃梨子はとらを追い立てる。
「 ほら、自己紹介しなさい 」
「 ・・・・・・・・・これ誰? 」
「 これって言うな!( すぱん! ) 私のお姉さまの藤堂志摩子さまよ 」
 そう乃梨子に紹介され、なんだかちょっとだけ胸を張った様子で部屋に入ってくる志摩子。
 いっぽうとらは、乃梨子にはたかれた頭をさすりつつ、何故か警戒した様子で志摩子を見つめていた。
「 何で私の後ろに隠れてんのよ? ほらほら、前に出てご挨拶! 」
 乃梨子に押され、とらはやっと一歩前に出る。でも、小さな手で、乃梨子の制服の袖口を掴んだままだった。
 どうやら志摩子のことを、乃梨子が大切に扱う人物だと理解したらしく、なんとなく防衛本能のようなものが働き始めたらしい。まるで、小さい子がお気に入りのオモチャを決して手放さないような感じで。
「 ・・・・・スヴェトラーナ虎原・・・です 」
( コイツ、苗字までとらだったのか )
 乃梨子はここで初めてとらの苗字を知ったが、姓、名、どちらにしても“とら”で正解だったようだ。
「 呼びにくいから“とら”で良いからね、志摩子さん。あと、こんなナリだけど、日本語で大丈夫だから 」
「 そう・・・ よろしくね? とらちゃん 」
 どこかぎこちなく微笑む志摩子。
「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・よろしく 」
「 どうしたのよとら? さっきまで無駄に元気だったのに・・・・・・ って何で私をにらむのよ? 」
 急に静かになったのは、乃梨子を取られそうな気がしたからで・・・
 乃梨子をにらむのは、そんな気持ちに乃梨子が気付いてくれないからで・・・
 気付いてくれない乃梨子にとらは・・・
「 ・・・・・・何でもない 」
 上手く自分の気持ちを言葉にできないとらは、そっぽを向くことで、無言の抗議をすることにしたようだ。
「 それで・・・ 」
「 え? 」
「 とらちゃんは今日は何故薔薇の館に? 」
「 ああ、それは・・・ 」
 乃梨子は、今日一日の自分ととらの行動を、かいつまんで志摩子に説明した。
「 そう、靴を・・・ 」
 志摩子は何か言いたそうだったが、それっきり口を閉ざす。
 何故乃梨子がそこまでとらの面倒を見るのか、聞いてみたいような、聞きたくないような、そんな感じ。
「 志摩子さん、とりあえず座ってよ、今日はもう環境整備委員の仕事は終わりなんでしょ? 」
「 ええ 」
「 じゃあ、お茶淹れるね。何が良い? 」
 そこで志摩子はとらに牽制球。
「 昨日と同じものを 」
「 判った。緑茶ね 」
 私はあなたよりも長く乃梨子と過ごしているのよ? とでも言いたげな志摩子のセリフに、とらはますます不機嫌になる。ぶつぶつと小声で「 乃梨子だって“さま”つけてないじゃん・・・ 」などと呟きながら。
 乃梨子がお茶を淹れに行ってしまったので、無言で席に着くふたり。
 席に着いても無言のままで、ときおりチラチラと互いの様子をうかがっている。どこかピリピリした空気で。
 そんなふたりに気付かない乃梨子は、鼻歌なんか歌いながらお茶を入れている。徐々に緊張感の高まってきたふたりはやがて、のん気な様子の乃梨子にも尖った視線を向け始めた。
 この場に築山三奈子女史でもいれば、この場面にこんなふうにキャプションを付けてくれただろう。
『 きーっ! この女誰よ?! あなたの何なのよ?! 』と。
「 はい、志摩子さん。おまちどうさま 」
 ふたりの間に流れる微妙な空気に気付かぬまま、乃梨子は自分の席に戻る。とらと志摩子に挟まれた席に。
「 ありがとう乃梨子 」
 笑顔でお茶を受け取った志摩子は、再びとらに牽制球。
「 うふふふ。乃梨子の淹れてくれるお茶は、いつ飲んでも美味しいわ 」
「 そ、そう? 」
 突然志摩子に誉められ、照れる乃梨子。
 だが、とらは気付いていた。志摩子のセリフに込められた意味を。
 つまり、「私はいつでも乃梨子の淹れてくれるお茶を飲んでいるのよ」と。
 志摩子もとらが言葉の意味に気付いたことに気付き、余裕の笑みでとらを見た。それで益々むくれるとら。
 しばらくうつむいていたとらだったが、やがてニヤリと笑うと、急に乃梨子に甘えだした。
「 ね〜、乃梨子・・・さま。靴紐がきつい 」
「 緩めなさいよ 」
「 やって〜、乃梨子・・・さまやって〜。私、紐結ぶの苦手〜 」
 足をバタバタとさせてそう言うと、乃梨子は「仕方ないわね」などと言いながら、とらの足元にひざまずく。
 すると、今度はとらが余裕の笑みで志摩子にニヤリと笑いかける。
 志摩子はあからさまにムっとした顔で乃梨子の背中を見つめている。「私ですらそんなことしてもらったこと無いのに・・・ 」などと呟きながら。
「 これくらいで良い? 」
「 うん・・・ じゃなかった、はい! 」
「 はい、じゃあちゃんと座りなさい 」
「 ありがとー! 」
 そう言いながら、乃梨子の腕に抱きつくとら。
「 こ、こら! ちゃんと座りなさいってば! 」
「 は〜い 」
 ここでもう一度とらは志摩子を見てニヤリ。
 しかも、怒りながらもとらの手を振り解かない乃梨子に、志摩子はますます表情が険しくなる。
 普段、それほどスキンシップをはかるほうではない志摩子にはできない行動なだけに、その怒りもひとしおだった。
 そして、とらは更にもうひと押し。
「 乃梨子・・・さまは優しいな? 」
「 誉めたって何も出ないって言ったでしょ? 」
「 優しいから優しいって言っただけだもん。今日初めて会った私に、こんなに優しいんだから! 」
 とらは、志摩子にこう伝えたかったのだ。「 過ごした時間の長さなんか関係無いもんね! 私たち、今日初めて会ったのに、こんなに仲良しだぞ!」と。

     ぷ つ ん

「 ん? 」
 何かが切れた音を聞いたような気がした乃梨子は、辺りを見回すが、それらしきものは見当たらない。
( 気のせいかな? )
 いや、気のせいではなかった。
 確かに切れていたのだ。
 志摩子の理性の糸が。
「 乃梨子 」
「 え? 」
 志摩子によばれて乃梨子が振り向くと、そこにはやけに晴れやかな笑顔の志摩子がいた。
 クッキーを右手に掲げた志摩子は、満面の笑みで乃梨子に近付き、こう言い放った。
「 はい、あ〜ん 」
「 し・し・し・し・し・志摩子さん?! 」
 いきなりな志摩子の行動に慌てる乃梨子。
「 ど、どうしたの? 急に 」
 乃梨子の戸惑いに、志摩子は答えた
「 あ〜ん・・・ 」
 いや、答えていなかった。てゆーかむしろ聞いちゃいなかった。
「 し、志摩子さん、そんないきなり・・・ 」
「 あ〜んして?乃梨子 」
「 いや、そんな急に・・・ 」
「 あ〜ん 」
「 は、恥ずかしいし・・・ 」
「 あ〜ん 」
「 ・・・・・・・・・ 」
 あ〜ん。もぐもぐもぐ・・・ ゴクン。
 普段からは想像もつかないような強引な志摩子に、乃梨子はついに「あ〜ん」してしまう。
 乃梨子も乃梨子で、普段からこんなダダ甘なスキンシップには慣れていなかったので、真っ赤になって黙り込んでしまった。
 いや、実はメチャメチャ嬉しかったのだけれども。
 志摩子の大技を呆然と見送るしかなかったとらに、志摩子は「フッ」と微笑む。普段は絶対しないような、高慢に見下ろす感じの笑みで。

     ぷ つ ん

「 ん? 」
 乃梨子はまた、何かが切れた音を聞いた。が、またしても回りにはそれらしき物は見当たらない。
 言うまでもないが、こんどはとらだった。
「 あ〜ん 」
 今度はコイツか・・・ そう思った乃梨子は、二度目なので、いくぶんか余裕を持ってとらのほうへ振り向いた。
「 ・・・・・・・・・・へ? 」
 が、しかし。乃梨子の予想とは裏腹に、とらはクッキーなど持っていなかった。
「 あ〜ん・・・ 」
 そこには、そう言いながら口を開けて待つとらの姿があった。まるで親鳥からエサをもらうのを待つ雛鳥のようだ。
「 ・・・いきなり何してんのよアンタは 」
 そう言いつつ、自分が「あ〜ん」されるんではないことにほっとした乃梨子は、クッキーを数枚掴み、「ほら」ととらの口に捻じ込んだ。
 はたから見れば、フォアグラ用のガチョウに餌を捻じ込んでいるような色気も何も無い光景だったが、それでもとらとしては満足だったらしく、ボリボリとクッキーを咀嚼しながらも無理矢理ニヤリと笑い、志摩子に挑戦的な視線を投げつけた。
「 まったく何考えてんだか・・・ ねえ? 志摩子さ・・・ うお?! 」
 はたから見たらフォアグラ農場のような光景だろうが何だろうが、すでに乃梨子の姉であり、「乃梨子の妹として甘える」ことのできない志摩子には、とても容認できない光景だったようだ。乃梨子の背後には、見たこともないような恐ろしい眼光で、鬼のようにとらをにらみつける志摩子がいた。
「 し、志摩子さん? ・・・あの、いったい・・・・・・ 」
 初めて見る「鬼気迫る志摩子」に、乃梨子は怯えている。
 志摩子はそんな乃梨子を見て、急に優しく微笑んだ。
「 乃梨子、今日の帰りにウチに寄って行かない? 」
「 はい? 」
「 腕によりを掛けて夕食をご馳走するわよ? 」
 そう言いながら、腕を絡めてくる志摩子。
「 い、いや、あの、え? う、うん・・・ 」
 想像以上に大きいし柔らかい。そんなことを考えてしまい、パニくる乃梨子。
 ちなみに、何が大きいかは言うまでも無く。
「 乃梨子! 今度、千葉に行こう! 獲物の取り方から上手な干し肉の作り方まで教えるぞ? 」
 そう言って、乃梨子の首に後ろからしがみつくとら。
「 いや・・・ 私、血を見るのはちょっと・・・ 」
「 大丈夫! 私が全部やったげるから、安心して何日でも山に潜伏できるぞ! 」
 乃梨子が引いてるのにもお構いないしに、興奮した顔でまくし立てるとら。
 迷惑そうにしながらも、首筋にしがみつかれているので、すぐ横にとらの顔があり、「うわ、やっぱり綺麗だなコイツ」などと、少し見惚れる乃梨子。
「 ・・・・・・・・・・・・・とらちゃん。ちょっと馴れ馴れしいのではなくて? 」
 乃梨子の視線を奪っているとらに嫉妬した志摩子が、とうとう直接攻撃に出る。
「 志摩子こそ遠慮しろー! 乃梨子の独り占め反対! 」
 とらも負けずに反撃に出る。志摩子のこともついでに呼び捨てだ。
 乃梨子は、ここでやっと事の重大さに気付いた。
( こ、これは・・・ もしかして、私の奪い合い? )
 予想外のことに、泣き笑いの顔になる乃梨子。
 もしかしたら、幸せに慣れていないのかも知れない。
( いやでも・・・ え〜? いや、そんな・・・ あ、志摩子さんの胸が・・・ いやいや、そんな場合じゃなくて! う・・・ とらって意外と良い匂い・・・ でもなくて!! )
 もはやまともに考えることもできない乃梨子をよそに、志摩子ととらの直接対決は続く。
「 乃梨子、こっちを見て 」
 志摩子が乃梨子の顔を両手で包み、無理矢理自分のほうへ向ければ・・・
「 乃梨子! ロシア仕込みのちゅーしてやるぞ? 」
 とらが横から乃梨子の唇を狙う。
「 乃梨子・・・ 」
「いや、あの・・・ 」
「 乃梨子! 」
「 えっと・・・ その・・・ 」
 ふたりに詰め寄られ、完全に硬直する乃梨子。
「 乃梨子。私のこと、好き? 」
「 え? う、うん。す、好きだよ? 」
 志摩子に問われ、思わず本音を告白する乃梨子。
 真っ赤になっている乃梨子と、そんな乃梨子を見て微笑んでいる志摩子を見て、なにやら泣きそうになっているとら。
「 Безтебяжитьнемогу・・・・・・ 」
「 え? 何? 」
 囁いた言葉が乃梨子に伝わらず、益々泣きそうなとら。日本語では上手く伝える言葉にならないらしく、「う〜 」とうなりながら、乃梨子を引き寄せようとするばかりだ。
 そうこうしているうちに、志摩子が実力行使に出た。乃梨子の首筋にしがみつくとらの頭をがっしと掴み、むりやり引き剥がそうとしている。
「 ちょっと?! 志摩子さん?! 」
 とらも負けじと志摩子の顔をグイグイ押し始める
「 と、とら! よしなさいって! 」
 押された志摩子の顔が、なにやらユカイなことになっているが、さすがに今笑ったらヤバいと思い、乃梨子の表情も引きつっていた。
( 誰か・・・ 誰でも良い! 助けて! )
 天国のような。地獄のような。
( もうマリア様でもサタン様でも誰でも良いから!! )
 そんな、愛の嵐に巻き込まれ、乃梨子は溺れそうになるのであった。







 
 





「 ・・・・・・・・・・・ね? 入らなくて正解だったでしょう? お姉さま 」
「 くっくっくっくっ・・・ ほんとにね 」
「 スヴェータがいるから、何かおもしろいことになると思ったんですよ 」
「 いやぁ、おもしろいモノ見せてもらったわ。まさか志摩子さんが、あんなに感情をムキ出しにするなんてね 」
 乃梨子が愛の嵐にもみくちゃにされていたとき、ビスケット扉の前には、ヒマを持て余して薔薇の館に来ていた黄薔薇姉妹の姿があった。
 どうやら志摩子の後にここへ来たらしいが、菜々の機転のおかげで白薔薇家のお家騒動を特等席で観察することに成功したようだ。
「 それにしても逸材ね、とらちゃんて。あの子なら、乃梨子ちゃんの妹として大歓迎よ 」
「 おもしろくなりそうですものね 」
 そんな会話を交わし、ニヤリと悪人風の笑みを浮かべる黄薔薇姉妹。
 おもしろそうなことをトコトン追求するその姿は、もはや(令を除いた)黄薔薇家のお家芸とも言えるかも知れない。
「 ところで菜々。あんた何でビデオカメラなんか持ってんのよ・・・ 」
「 乙女の必需品ですから 」
「 ・・・・・・校則違反だっつーの 」
「 あら、じゃあお姉さまは見たくないんですか? このビデオ 」
「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・見たい 」
「 ふふふ。 あとでダビングしますね 」
 由乃の反応まで予想済みだったらしい菜々の堂々とした様子に、由乃も呆れ気味だった。
「 ところでお姉さま 」
「 うん? 」
「 私、スヴェータと知り合ってから、簡単なロシア語をいくつか教えてもらったんですよ。スヴェータ本人から。 」
「 へ〜 」
「 で。さっき、揉み合いになったときに、スヴェータが何かロシア語を呟いてたでしょう? 」
「 ああ、そういえばそうね。・・・で、そんなこと言うってことは、意味が判ったんでしょう? 何て言ってたの? 」
「 うふふふふふふふ・・・ それはですねぇ 」
 菜々はニンマリと笑いながら、由乃に教えてあげた。





『Безтебяжитьнемогу』

貴方がいなければ、生きてゆけない。 






【1479】 薔薇は気高く咲いて燃え尽きた日本一の着ぐるみ師  (六月 2006-05-16 23:15:06)


「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 さわやかな朝の挨拶が、澄み切った青空にこだまする。
 マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で背の高い門をくぐり抜けて行く。

 無事に選挙も終わり、4月からは祐巳が紅薔薇さまと呼ばれるようになる。いいえ、無事にとは言えなかったかしら。
 祐巳にとっては薔薇さまになることよりも大切なことがあった。だから危うく立候補の期限を過ぎてしまうところだったのだ。
 瞳子ちゃんを妹にすること。薔薇さまになることよりも、そして他の誰よりも瞳子ちゃんが大事なんだと、分かってもらうまで大変だった。だからロザリオを受け取らせ、選挙の届けを出したのは締め切りの1時間前だったなんて・・・今だから笑って話せることだ。

 さて、今日はバレンタインデー。昨年から恒例になりつつある新聞部主催のイベントで瞳子ちゃんや乃梨子ちゃん、令が走り回る。去年よりもなぜか参加者(特に3年生)が多いのは気になったけど、無事に終わった。
 白いカードは乃梨子ちゃんが、黄色のカードは去年と同じ田沼ちさとちゃんが、紅のカードは・・・それはもう大変な争奪戦だったようだけれど、最後には可南子ちゃんと瞳子ちゃんがじゃんけんをして瞳子ちゃんが手に入れていた。
 祐巳は「お姉さまが探してくれなかったのは寂しい」と言うけれど、「いつでもデートに付き合ってくれるのでしょう?たまにはおばあちゃんらしくしてみたいのよ」と言って瞳子ちゃんに譲ることにしたのだ。ちょっと妬けるけど。

 イベントも終わり薔薇の館で一息入れようとつぼみ達がサロンの扉を開ける。そしてテーブルの上の大量のチョコレートと4つの包みを見て目を白黒させている。
「おかえりなさい。疲れているところを悪いのだけれど、もう一仕事よ」
「紅薔薇さま、そのチョコレートの山はなんですか?」
 乃梨子ちゃんが興味津々に訊ねてきた。イベントが終わるまでこっそりと隠しておいたのだから、ビックリしているのだろう。
 小さなハート形のチョコレートを4、5個づつ、可愛いくラッピングした小さな包みがたくさん出来上がっている。
「清子小母さまが作ったんだよ。幼稚舎への慰問用にね」
 私と令で説明する。今年もバレンタインの日に高等部がイベントをやるという話を聞き付け、幼稚舎でも何かをやろうということになったらしいこと。
 しかし、幼稚舎の子供たちにとっては、チョコレートに想いを託すなんてまだまだ早く、ただ「チョコレートが貰える日」の認識しかないそうだということ。
 そこで、公然と校内にチョコレートを持ち込む高等部・・・薔薇さまが・・・子供たちにチョコレートをプレゼントして欲しいということを。
「なるほど、高等部のお姉様方から幼稚舎の子供たちへのプレゼント、というわけですね?」
「そう、志摩子は理解が早くて良いわ」
 柔らかく微笑む志摩子に乃梨子ちゃんが見惚れている。
「でも、それならそうとおっしゃって頂ければお手伝いしましたのに」
「それがさぁ、話をしたら清子小母さまが乗り気でね。全部とられちゃったよ」
「とられちゃったって、何?これ全部清子小母さまがお一人で作られたんですか!?」
 由乃ちゃんがチョコレートの包みを手に取って驚いている。
「そうなのよ。それで、幼稚舎の子供たちが喜ぶ顔が見たいって、ビデオカメラなんて渡されたわ。私は使ったことが無いのに」
 誰か使える?とそれぞれ顔を見回すと、皆気まずそうな表情を浮かべる。乃梨子ちゃんだけがおずおずと手を挙げて。
「あの、多分使えると思います。プロ用とかでなければ」
「そう、無理なら構わないから、出来るところまでやってくれるかしら?」
「はい」
 ふと、祐巳がチョコレートの横の包みを指さして。
「お姉さま、それでそちらの包みは何なのでしょう?」
「幼稚舎で普通にチョコレートを渡して終わり、では寂しいでしょう?そこで一芸を披露するのはいかがかしらとお話したら是非にと言われたのよ。その準備ね」
 私の言葉に志摩子と由乃ちゃんは何かを感じ取ったらしく、眉を寄せて互いの顔を見合わせている。まったく、祐巳ももう少しこの勘の良さは見習って欲しいところだ。
「祥子さま、もすごーく嫌な予感がするのですが・・・」
「どうしたの?由乃さん」
「祐巳さん、気が付かないの?山百合会で一芸を披露するって、誰が何をやるの?」
「誰が?えーっと、お姉さま・・・ってことはないですよね?」
「そうね、私と令は挨拶やチョコレートのプレゼントという役があるわね」
「瞳子や乃梨子ちゃんは・・・」
「私達の手伝いをやってもらうわ。1年生にいきなり芸をやれと言っても無理でしょうし」
「ということは・・・えぇぇぇぇ!?私達のがやるんですか?でも準備も無しに・・・ま、まさか!?」
「・・・祐巳さん、気が付くのが遅いわ」
 私はにっこりと微笑むと一つずつ包みを開けていく。
「これは令が持ってきたのね、手品の道具」
 由乃ちゃんが令を睨みつけるが、令は窓の外を向いて「言い天気だねぇ」なんて言っている。
「こっちは着物。志摩子、私の着物でも着れるでしょう?扇子も用意しておいたわ。曲はナ・イ・ショ」
 額に手を当てふらつく志摩子を乃梨子ちゃんが後ろから支えている。
「それからこっちはパンダの着ぐるみ。もう一つが・・・ほら、ザルとCD。優さんから借りて来たのよ」
「ひょえぇぇぇぇ!?」

Ave Maria, gratia plena, Dominus tecum, benedicta tu in mulieribus et benedictus fructus ventris tui Jesus♪
 グノーのアヴェ・マリアが流れる幼稚舎の教室で・・・。
 振り袖姿の志摩子が「日本一」と書いてある扇子を手に踊っている。
 ぽかーんと口を開けて見てる子やくすくすと小さく笑っている子。その子供たちよりも大きな口を開けて乃梨子ちゃんと瞳子ちゃんが呆然としている姿に、私と令も笑いが止まらない。
 曲が終わるとぱちぱちぱちと小さな手で拍手する可愛らしい音が響く。
 真っ赤な顔をした志摩子がお辞儀をして慌てるように衝立の陰に姿を隠す。恥ずかしそうにしているのは子供たちに見られているからではない、どこから聞き付けて来たのか「山百合会が幼稚舎を慰問する」という噂に集まった、高等部や中等部の子達が覗いているからだ。
 続いて由乃ちゃんの手品が始まった。CDを取り替えて「オリーブの首飾り」が流れる。
「はいっ!ウサギさんだよ!」
 空の箱からぽんっとヌイグルミのウサギが出てくる。去年見た鳩らしきヌイグルミとは違い、ごくごくまともなヌイグルミ。おそらく令が作って取り替えておいたのだろう。
「ほーら、こんなところからコインが出て来た」
 最前列の子に近づきポケットを触ると2枚3枚とコインが増える。突然のことなのに去年よりも上手くなっているとは、もしかしてこっそりと練習していたのかしら?
「お姉さま、なぜこのような話しをお受けになったのですか?」
 パンダの着ぐるみを着た祐巳が隣に並び訊ねてくる。本当にこの子は一番大事なことには鋭いのね。
「結局、この一年の間にお姉さま、いえ、薔薇さま代々の夢。開かれた山百合会には手が届かなかったわ」
「でも、こうやって頼られる存在にはなれているでは無いですか?」
「そうね、でもそれはあなた達つぼみのおかげよ。茶話会もそう。祐巳が由乃ちゃんや志摩子の心を開かせ、沢山の生徒たちに親しみやすいから。私の力ではないわ」
 祐巳の頬にそっと手を添える。柔らかくて温かな存在が私の心を静かに溶かす。
「だからといって私が祐巳と同じことをやろうとしても、必ずしも良い結果になるとは言えないわ。だったら、もっとあなた達を活躍させる舞台を用意すること、それが私の務めだと思うのよ」
 頬を触られてくすぐったそうにする祐巳、憮然とした表情の瞳子ちゃんが睨みつけてくるが、今はまだあなたの出番ではないのよ。
「頑張ってちょうだい。私は卒業までの日々を笑って過ごしたいわ」
「はい!不肖福沢祐巳、笑いの神を降臨させてみせます!」
 由乃ちゃんの手品が終わり、令がCDを取り替える。
 ザルを手に持ったパンダが舞台の中央に飛び出しクルリと回る。
「パンダさんだー!!」
 登場しただけで子供たちは大喜びだ。外から覗いている高等部の子たちは最初は誰か気づかなかったようだが、勘の良い子が「紅薔薇のつぼみではないのかしら?」と気づいたようだ。
「瞳子ちゃんと乃梨子ちゃんの芸も楽しみだわ」
「は?私達は無理ですよー」
「それが山百合会の伝統よ。祐巳や志摩子から聞いて無いの?卒業式前の「薔薇さまを送る会」で1年生は一芸、それも笑えるものを披露するのよ」
「無理!絶対、無理!!」
「まだ時間はあるわ、考えておきなさい。さ、祐巳の踊りが始まるわよ」
安来〜千〜軒名の〜出〜た所♪
安来節の意味は分からなくても、着ぐるみパンダの軽妙な踊りに幼稚舎の子供たちも大声で笑っている。
ありがとう、祐巳・・・あなたと一緒に笑って過ごせる日々は本当に幸せだったわ・・・。
「あらえっさっさ〜♪」


【1480】 (記事削除)  (削除済 2006-05-16 23:36:49)


※この記事は削除されました。


【1481】 叶えて欲しい想い  (クゥ〜 2006-05-16 23:51:36)


 これはKey挑戦第二弾で書いた【祐巳が魔法使い】の続きです。
 この手のSSは好みが大きく分かれると思うので、嫌いな方は許してくださいますよう。
                                  『クゥ〜』


 「ふぅ」
 眠れない。
 志摩子さんと由乃さんと祐巳の三人で、紅薔薇のダンジョンに挑戦して数日。
 このところ祐巳は眠れない夜を過ごしていた。別に蒸し暑いとか寒いなどの理由ではなく。精神的な理由だとは分かっている。
 祐巳はベッドから降りると、同室の蓉子さまを起こさないように部屋を出る。
 魔法使いを養成するこの学園の寮は、上級生と下級生の二人一部屋。
 下級生が上級生のお世話をするかわり、上級生は下級生の教育を任されていて、同室の下級生が問題を起こした場合。責任を問われもする。
 祐巳の同室は、学園中の憧れを受ける紅薔薇の称号をもつ水野蓉子さま。
 祐巳にとって蓉子さまは、憧れの魔法使いであるとともに、落ちこぼれだった祐巳に魔法の技術を教え。現一年生中で最強クラスまで上げてくれた恩人でもある。
 そんな蓉子さまに、祐巳は逆らうことはしない。
 逆らう気もない。
 ただ、最近の蓉子さまは少しおかしい。いや、過保護すぎると言った方がいいかもしれない。
 ……やっぱり、アレが原因かな?
 祐巳は誰もいない暗く冷たい廊下を歩き、行き止まりのテラスに出る。
 そこから見えるもの、それはこの学園最大の試練、魔人『祥子』の住む。迷宮『薔薇の館』。
 「『祥子』さま」
 魔法使いの禁忌――魔人を愛しては成らない。
 祐巳と魔人『祥子』の出会いはほんの偶然。
 「……はぁ」
 「月夜の下で、溜め息をつく乙女が一人」
 「せ、聖さま!!」
 いつの間にか、祐巳の後ろには、祐巳のトリオ(トリオとは大掛かりな魔法を使うとき相性がいいものが三人一組で組む小グループ)を組む志摩子さんの同室の上級生にして、白薔薇の称号を持つ佐藤聖さまが立っていた。
 「ごきげんよう、祐巳ちゃん。一瞬、魔人『祥子』が迷宮から抜け出てきたかと思ったよ」
 「ごきげんよう、聖さま。残念ながら、魔人『祥子』と似ているのはこの長い髪くらいですが、似ていますか?」
 祐巳の髪は長く、腰の下まで伸びていて、いつもはそれを左右に結んでツインテールにしている。
 「こうして話すのは久しぶりだね」
 「そうですね。紅薔薇のダンジョンへの挑戦とかあってそれどころじゃぁ、なかったですから」
 「そうね。せっかく学園初の一年で薔薇の称号を持つ生徒が誕生するかと思っていたけど、残念だったわね」
 「それは、すみません。ご期待に応えられなくって」
 「あはは、いいよ。そんなの私らには関係ないし」
 聖さまは笑って祐巳を見る。
 「そんなことよりも、祐巳ちゃんと話できなかった最大の理由は蓉子にあるでしょう?」
 聖さまの突然の言葉、だが、それは真実でもある。
 蓉子さまは、祐巳が志摩子さんや由乃さんと話しているときも常に側に居る。そして、蓉子さまのトリオである、聖さまや江利子さまが近づくと祐巳に用事を言いつけ近寄らせないようにしていた。
 「そ、そうですか?」
 だが、祐巳に蓉子さまを悪く言うことは出来ない。
 「祐巳ちゃん、良い子だね。だからこそ言っておかないといけないことがあるの」
 「言っておくこと?」
 「そう、蓉子が祐巳ちゃんに過保護になる理由。それが私の責任だから」
 そう言って聖さまは静かに話し始めた。

 「時期はほんの一年前。祐巳ちゃんが入学してくる前のこと、私はトリオを組む蓉子と江利子の三人だけで、学園からの依頼を受けて、この空間から外の世界に出かけたことがあるの」
 祐巳はその話を聞いて驚く、去年といったら聖さまたちは二年生。確かに、学園のお仕事で外の世界に出かけることはあるが、それは一般的に三年に成ってからがほとんどで二年のとき、それも聖さまたちだけで仕事に出るなんて信じられない話だ。
 「それで北の方に行ったんだけどね。私はそこで犯してはならない禁忌を、犯してしまったの……そう、魔人を愛してしまった」
 祐巳は言葉を失う、それは今の祐巳そのものだから。
 「相手は氷の魔人『栞』……綺麗な。そう、綺麗で純粋な魔人だった。私と彼女は確かに愛し合っていたと思う、私が更なる禁忌に触れようとするまでは……祐巳ちゃん」
 「はい?」
 「祐巳ちゃんは、どうして魔人に魔法使いが恋してはいけないか分かる?」
 「はぁ、魔人とは使役するもので、使役する魔法使いが心を許してはいけないということですか?」
 「う〜ん、模範的な回答だね。魔人というのは知っての通り、強大な力を持ちそう簡単に魔法使いに使役されない。でもね、魔人はもともとは人……魔法使いの成れの果てなんだよ。ゆえに魔人」
 祐巳は聖さまの言葉に黙る。なぜなら、その言葉さえ禁忌なのだから。
 「そして、更なる禁忌。魔法使いから、魔人に変わる事」
 祐巳の視線が今まで以上に厳しいものに変わる。今の祐巳でさえ、それは考えてもいない……いや、考えることさえ許されないことだからだ。
 「でも、実際にそんなことが出来るのですか?」
 祐巳の声はとても冷たい。
 「祐巳ちゃんたら、ふぅ、そうね。魔法使いから魔人になる方法はただ一つ、魔神を呼び出し同化する事だからね。でも、私は『栞』の側にいたくって魔神を呼び出そうとして見事失敗」
 「当然です。魔神とは自然そのもの力が具現化したもの、そんなもの呼び出そうとするなんて制御できなければ大災害を引き起こしますよ」
 「うん、それでも呼び出そうとしたの、でも、蓉子と江利子に止められてね。挙句の果てに『栞』は魔人の聖域から姿を消してしまったのよ」
 「魔人が聖域から姿を消した!?」
 魔人とは、その姿や力が強大なゆえそのままでは安定しない。それゆえダンジョンや迷宮を作り結界を設け、力を安定させているのだ。そして、聖域と呼ばれるそこから出ることは、最終的に魔人の消滅を意味する。
 だから、魔人を呼び出す魔法使いは、聖域の変わりに魔人に魔力を与えることで、魔人の強大な力を使うのだ。
 「それで」
 「それで?それで終わりだよ。私はまたこの学園に戻ってきて、『栞』はもうどこに行ったのかさえわからない」
 そういう聖さまの顔は笑っていた。
 「ただ、蓉子と江利子はこのことを知っているから、蓉子は祐巳ちゃんが心配なのよ。私と同じことにならないか。だから、あんなに過保護に成って蓉子らしくないけどね」
 聖さまはそう言ってテラスの出入り口に向かう。
 「だから、祐巳ちゃん。蓉子のこと嫌いに成らないでね」
 「き、嫌いになんか、成りません!!」
 「そう、よかった」
 聖さまは笑ってテラスを出て行った。
 祐巳はゆっくりと振り返り、迷宮『薔薇の館』を見つめていた。


 聖さまと夜のテラスで話して数日。
 「おまちなさいませ!!」
 「はい?」
 祐巳が、夕暮れの校舎を寮の方に向かっていたときだった。
 不意に後ろから声をかけられたので振り返ると、赤いドレスの少女が立っていた。
 「久しぶりね」
 「はぁ」
 少女は祐巳のことを知っているようだが、祐巳は少女を知らない。
 「ちょっと貴女、私のこと覚えていないようね」
 「はぁ」
 「私ですわ」
 「私さんですか?」
 「て、天然は嫌いですわ!!」
 少女が怒った瞬間、少女の縦ロールの髪が炎を纏ったドリルに変わり、祐巳を襲撃する!!
 「ちょ!!ちょっと!!」
 ズゴゴゴゴ!!!!グォォォゴォォ!!!
 「きゃぁぁぁ!!!!」
 爆音をともない土煙が上がる。
 「貴女!!魔人『瞳子』!!」
 「あたりですわ」
 『瞳子』は、少女の姿のまま凶悪な炎のドリルを出現させる。
 「ど、どうやってダンジョンから!?」
 「どうやって?当然、歩いてですわ。別に聖域から抜け出たところですぐに消滅するわけではありませんから」
 ニッコリと笑う瞳子。だが、その頭には炎を纏ったドリルが唸りを上げていた。
 「じゃぁ、どうして私を?この前の仕返し?」
 「この前?おほほ、そんなつまらない事ではないですわ」
 「つ、つまらない?じゃぁ!!どうして?」
 「貴女が、『祥子』さまに色目なんか使うからですわ!!」
 再び『瞳子』のドリルが祐巳を襲う。
 バッシィーーー!!!
 だが、それが祐巳に届きことはなかった。
 「「祐巳さん!!」」
 「由乃さん!!志摩子さん!!」
 「祐巳ちゃん!!」
 「蓉子さま!?」
 祐巳の危険に駆けつけてきたのは、祐巳とトリオの由乃さんと志摩子さん。そして、蓉子さま。
 「あら、蓉子、久しぶり」
 「貴女、『瞳子』!!」
 「「えっぇぇ!!」」
 蓉子さまの言葉に流石に驚く由乃さんと志摩子さん。
 「まったく、これからだというのに」
 「『瞳子』これはどういうことなの、今すぐやめなさい!!」
 「勿論、分かっておりますわ。蓉子さま。私も契約を交わした相手の命令とあれば引きますわよ」
 そう言って笑って帰ろうとする『瞳子』に、由乃さんがキレた。
 「ちょっと!!待ちなさいよ!!祐巳さんを突然襲っておいて、逃げるつもり!!」
 「逃げる?私が?」
 「そうよ」
 睨み合う由乃さんと『瞳子』。
 「そこまで言うなら、少し遊んであげましょう!!」
 「祐巳さん!!志摩子さん!!」
 突然、その姿を変えていく『瞳子』。由乃さんは祐巳と志摩子さんを呼び杖を合わせ、叫ぶ。
 「「「魔人召喚!!『可南子』!!」」」
 「や、やめなさい!!『瞳子』!!三人とも!!」
 蓉子さまの声が響くが遅かった。
 巨大な竜巻が出現。その中から、魔人の中でもっとも巨大とされる魔人『可南子』が出現する。
 「なっ!!『可南子』ですって!!」
 驚く『瞳子』に、『可南子』はその巨体から鉄拳を振り下ろす。
 魔人『可南子』の巨大な鉄拳が、炎を纏った『瞳子』のドリルと激突した。
 魔人同士の激突。
 爆炎と爆音が周囲に広がる。
 「ど、どうなったの?」
 土埃が収まっていく。とっさに自分の身を守った蓉子さまはの目に、二つの魔人が姿を現す。
 「まったく、こんな未熟者たちにしてやられるなんて、中途半端に出てきてしまったのが間違いだったようですわね」
 『瞳子』の声が周囲に響く。
 「蓉子さま、この子なら、確かに貴女が求めた『祥子』さまを手に出来るかもしれませんわね。貴女がそれを望むならですが?」
 「『瞳子』」
 「本当に未熟者ですが見込みは大きいですわね。ですから、その者たちには紅薔薇の蕾の称号を与えますわ。伝えておいてくださいませ……それでは、ごきげんよう」
 そう言って『瞳子』は姿を消し、『可南子』もその姿を消した。
 「……そうそう、言い忘れておりましたが、その祐巳って子。『祥子』さまに魅了されていましてよ。おほほほ!!!」
 「くっ!!」
 『瞳子』の声に、蓉子さまは顔をしかめ。土煙の中に祐巳たちを見つけ急いで駆け寄る。
 「祐巳ちゃん!!祐巳ちゃん!!」
 蓉子さまは祐巳たちを調べ、ただの魔力不足で気を失っているだけだと安心すると、迷宮『薔薇の館』を見つめる。
 「『祥子』……祐巳ちゃんに手を出さないで」
 蓉子さまは小さく呟くのだった。


 この事件の後、祐巳が正式に魔人『瞳子』から与えられた紅薔薇の蕾称号を、由乃さん、志摩子さんの同意を受け。名乗ることと成った。



なんでしょうねぇ……コレ?書いていて上手くまとまらないし。
続きを希望してくださった方々、こんなものですがいいですか?
                            『クゥ〜』


【1482】 夢を見る月のない夜に帰りたい  (クリス・ベノワっち 2006-05-17 01:55:50)


 あれから、もう2年。

 私は今でも彼女の夢を見る。
 
 回数こそ減ったものの、その想い・記憶は決して色褪せる事はない。

 今では、私の隣には大好きな友人がいて、それを幸せに思うし。

 彼女との別れすら、決して間違いではなかったとも思うのだ。

 それでも、私は夢を見る。

 彼女の声。彼女のぬくもり。彼女の眼差し。

 夢の中の彼女はいつも、儚げに微笑んでいる。

 私は彼女に触れたくて、夢中で手を伸ばす。

 けれど、その手は空を掴むばかりで、決して彼女には届かない。

 私は叫び声をあげ、必死に彼女に近づこうとする。一歩。もう一歩と。

 彼女が目前に迫り、やっと触れられると思った刹那。彼女は悲しそうな顔を見せ、涙を流す。

 そして・・・

 

 私は目を覚ます。

 きっと私は泣いているんだろうな。

 水が欲しいけれど、体がだるくて立ち上がる気力もない。

 しばらくの間、その気だるさに身を任せていると。ドアノブが静かな音を立てて回った。

 「大丈夫?聖。」

 相変わらず気が利く。蓉子の右手には水の入ったグラスが見えた。

 「うなされていたけれど、何か夢でも見ていたの?」

 コップを渡しつつ問い掛ける蓉子に、私は無言で首を振る。

 「何でもない。」

 蓉子は不満気に、まだ何か問いたい様子を見せるが、思い直したのだろうか私を黙って見つめる。

 「・・・蓉子。」

 「何?」

 「・・・愛してるよ。」

 軽口に真っ赤になった蓉子が無言で枕を投げつけてくる。そのままプリプリと怒りながら自分の布団に入り私に背をむける。

 私は笑い声をあげ「ごめんごめん」と繰り返し自分の布団に戻る。

 それからしばらくして、隣から蓉子の寝息が聞こえ始めた頃、私は一つ寝返りを打ち窓を見やる。

 満月から少し欠けた月が、ぼんやりとした光を部屋に投げかける。

 そして私はまた思い出すのだ。”月”という希望すら射すことのなかった、けれど泣きたい位に幸せだった日々の事を。

 もしもマリア様が願いを叶えてくれるのならば、一日だけあの日々に私を戻して欲しい。

 そして彼女に伝えるのだ。

 『愛してるよ、栞。あなたに逢えて、私は本当に幸せだった。』と。


【1483】 聖が  (まつのめ 2006-05-17 11:42:29)


 番外です

…【No:992】→【No:1000】→【No:1003】→【No:1265】→【No:1445】 【No:1447】
※起点は『【No:314】真説逆行でGO』です。[HomePage]→「がちゃS投稿リスト」に一覧があります。



 ある日の昼休み、紅薔薇さまこと水野蓉子は薔薇の館に向かっていた。
 リリアンのお庭と言えばタイは翻さぬよう、スカートのプリーツは乱さないようにお淑やかに歩くのが嗜みだ。
 全生徒の代表たる薔薇さまともなるとそこは完璧な淑女を演じてしかるべきところだが、今日の紅薔薇さまこと水野蓉子はそんなことより優先事項がある様子。
 それでもぎりぎり法定速度は守っている宅配トラックのように、タイは翻る直前、スカートのプリーツの秩序はかろうじて保たれているあたりは水野蓉子の水野蓉子たるところなのかもしれない。そんな蓉子が向かうのは中庭にこじんまりと佇まう古風な装飾を施された洋館、薔薇の館なる大仰な名前が付与された山百合会の本拠地である。
 蓉子は、そのプチクラシカルな建物に到着し、古びてぎしぎしと小気味良い音を立てる階段を上るのももどかしく、ようやく会議室に至ると、ビスケットと比喩された茶色い扉を開けるなり、そこでのんびり昼食をとっていた薔薇さま三角形の頂点の一つ白薔薇さまと呼ばれたその端正なマスクを持つ一人の女生徒に噛み付いた。噛み付いたと言ってもこれは比喩であって、実際にそのまっすぐな黒髪麗しい水野蓉子が、そんな趣好をお持ちの読者諸氏を悦ばすような行為に走ったわけではない。
 要は声を荒げて白薔薇さまに迫ったのである。
「どういうつもり?」
「どういうって?」
 蓉子の多少慳ある言い方に動じた様子も無く白薔薇さまである佐藤聖は飄々とした様子でそれに応じた。
「朝、あなた祐巳ちゃんと話してたでしょ?」
「見てたの?」
「あんなところで話をしていればいやでも見えるわ」
 今朝、HR開始まぎわの時間のことだ。中庭で聖とあの福沢祐巳が一緒にいるのを目撃したのは。
 蓉子が今一番心を痛めているのは、今の状況の原因である数ヶ月前の『あの事件』からずっと、福沢祐巳と藤堂志摩子という一年生の助っ人と白薔薇さまである聖が仲違いをしているという事実だった。
 なのに、今朝突然、何事もなかったように二人寄り添ってなにやら平和そうに話をしているではないか。
 佐藤聖という人間はいつでもこうなのか? 蓉子が心配して何とかしたいと遁走しても全く変わらず、かと思うと蓉子の知らないところでいつのまにか状況が変わってしまっている。その度に蓉子は歯がゆい思いや、果ては嫉妬まで感じる始末なのである。
 聖は本当になんでもないことのように「そう?」と答えた。
「で、どうなの?」
「どうなのって?」
「祐巳ちゃんよ」
「別に。 仔猫の話をしただけだから」
「なによそれ」
「あの子に聞けば。 喜んで話してくれると思うわ」
 逸(はや)る蓉子に、聖は面倒くさそうにそう答えた。

 結局、蓉子は、祐巳達が手伝いに来た時、我慢できずに福沢祐巳を連れ出してその辺を問い質した。
 聞いてみれば先日カラスに襲われた仔猫の手当てを聖が手伝ったとか。
 それが縁で今日も話をしたのだそうだ。
 悲しげに「彼女には会えない」と洩らした、いつぞやの聖の言葉は何処へやら。
 今でも避けてはいるが、会えば聖は彼女と普通に話が出来ることが判明した。

 翌日の昼、薔薇の館に現れた聖に蓉子は言った。
「祐巳ちゃんたちを避けるのもう止めるのね」
「たまたまよ」
「どういうこと?」
「仔猫のことがあったから普通に話せただけだわ」
 おそらく仔猫という共通の話題を話すことで聖は彼女との『距離』を保つことが出来た、ということなのであろう。
「それで良いんじゃないの?」
「それで良いって?」
「聖はなにか祐巳ちゃんとの間に特別なものを求めてるの?」
 最初から視線を合わそうとしていない聖は、返事はせず、テーブルにある自分のカップを見つめていた。
「私は普通でいいと思ってるんだけど」
「普通?」
「そうよ。普通に先輩後輩の関係から始めれば」
「……少し考えさせて」
「もうあの子たちは毎日来るのよ? 今後、放課後はずっと来ないつもりなの?」
「仕事はちゃんとするわよ」
 聖はそう言った。
 まだ、聖は彼女を避けつづけるつもりなのか。
 白薔薇さまのために一人で出来る仕事を都合するのは蓉子の仕事だった。





 -------------------
 短いです。
 テキストに残っていた短い会話を無理やりSSにしたようなもの。


【1484】 ドリル魔術どりるみるきーぱんち目からドリル  (くま一号 2006-05-17 20:13:00)


(なななな、なんなんですか、このタイトルは!!! 瞳子許せませんわ)

− 出ちゃったものはしかたないだろう。

(つまり要するに簡潔にまとめて言うと、クロスオーバーでやりますのね。そりゃあ、今日、第六巻(和訳)の発売日で、盛り上がってますけど、今までこのクロスオーバーはぜっっったい誰かやってますわよ)

− 二番煎じも気にしないのがくまのいいところだからいいんだ。

(いいところなんですかあああぅぅ)




† ドリー・ポッターと賢者の石 †

 リリアン通り四番地の住人、ミナコ・ダーズリー、マミ・ダーズリー夫妻は、「おかげさまで、私どもは『どこから見ても『まとも』な人間です』」というのが自慢だった。不思議とか神秘とかそんな非常識はまるっきり認めない人間で(でもフィクションは大暴走しても認めるらしい)摩訶不思議な出来事が、マリアさまの庭の彼女らの周辺で起こるなんて、とうてい考えられなかった。

 ミナコ氏は『穴あけ瞳子』を製造している、松平電動工具有限会社の社長だ。



(ちょぉぉっと待ったあぁぁ。ナレーター!! やっぱりくっきりはっきりこのネタですのね。少なくとも七千八百回は使われたネタだと思いませんの? なんですかドリー・ポッターって!)

− 登場人物がナレーターに話しかけちゃいけないね。

(その、無駄にさわやかで、いやみなくらいにイヤミな声はスグルお兄さまですのね)

− よくわかったね。いやあ、そこまでおだてられると照れるなあ、瞳子。

(おだててませんっっ。いきなり、三つめの文から『穴あけ瞳子』ってなんなんですか、穴あけ瞳子って)

− 原文通りだよ。

(うそ。……ほんとだ……って『穴あけドリル』じゃないですかぁorz。ここここ、こんなの翻訳の時にわかりやすいように書き換えたに決まってますわ)

− じゃ、原書を持ってこようか。ほら、ブルームズベリー版の英国バージョンだよ。

(えーと、いきなり冒頭ですよねえ)

− 読んであげよう。"Mr Dursley was the director of a firm called Grunnings, which made 『DRILLS』 . " ほら、間違いないだろう。

(あああああ、そこだけ大文字全角二重カギ括弧付きにしなくてもよいのですわあぁぁぁぁ。やめましょう。即刻おやめください、お兄さま)

− 主役だぞ。

(は?)

− 女優が主役を振られて、役をえり好みしてもいいのかな?

(うぐ)

− そんなこというから、彼女の配役は教えてあげないよ。

(わわわ、わたくしは、祐巳さまがどの役をやろうと関係ないのですわ。ええ、関係ありませんとも。たとえ誰が相手役であろうと、演じきるのが女優というものです)

− 祐巳ちゃん、なんて一言も言ってないけどね。

(あわわわ、それはそのあの、ですから、やりますわ、やりますからつづけてくださいませ、スグルお兄さま)

− うむ。


 ミナコ氏は『穴あけ瞳子』を製造している、松平電動工具有限会社の社長だ。




(だあかあらあ、瞳子じゃなくてドリルぅぅぅぅ)

− どっちでも同じじゃないか。

(同じじゃありませんっ)

− もう、とにかく先に行くぞ、瞳子。


 ミナコ氏は『穴あけ瞳子』を製造している、松平電動工具有限会社の社長だ。
すらり、として意外にスタイルがよく、腰まで伸ばした髪をポニーテールにしているのがチャームポイントである。マミ氏の方は、ばっさり切った短髪を七三にわけて、なんの飾りもない大きなピンを三つ目立たせて、いかにも『書くぞ』という雰囲気をただよわせている。二人とも垣根越しにご近所の様子を詮索するのが趣味だったので、この髪型が便利なのだ。ダーズリー夫妻には、ヒデミという女の子がいた。どこを捜したってこんなにデキのいい子はいやしない、というのが二人の妹馬鹿の意見だった。

 そんな、絵に描いたように満ち足りたダーズリー家にも、たった一つ秘密があった。

−−あのポッター一家のことが知られてしまったら一巻の終わりだ。
 ダーズリー家の家風とはまるっきり正反対だったからだ。

 ポッター家にも小さな女の子がいることを、ダーズリー夫妻は知ってはいたが、ただの一度も会ったことがない。



 さて、ある火曜日の朝のことだ。物語はここから始まる。
 窓の外を大きなたぬきが滑空していったが、二人とも気がつかなかった。
ミナコ氏が家を出て通りに出たところで、初めておかしいぞ、と思った。猫が地図を見ている? ネコ耳のメイド喫茶のアルバイトが出てきたんだろう、と、言い聞かせ、町はずれまで来ると、なんと、マントを着た集団がいた。旗幟に「青田刈られ隊」とか「つっこまれ隊」とか書いてあったような気がしたが、ひたすら見ないことにして、とにかくオフィスに着いた。

 ミナコ氏のオフィスは十階で、いつも窓に背を向けていた。そうでなかったら、今朝は穴あけ瞳子に集中できなかったかも知れない。真っ昼間からタヌキが空を飛び交うのを、ミナコ氏は見ないで済んだ(見たら記事にできたのに)が、たくさんのひとが目撃した。

 いつものように、朝礼の前に社歌が流れる。ミナコ氏作詞のこの曲で、一日の仕事を始めるのだ。

//

 ドリ〜ル ドリ〜ル あなたの街の〜♪
 逢いたい 逢いたい 祐巳さまに逢いたい〜♪

 細川可南子が尾行(つけ)てゆく
 扉の陰に佐藤聖
 地球の平和を乱すやつらさ〜〜〜♪

 松平ドリ〜ル工業
 ダイヤモンドドリル ダダッダー!!
 松平ドリ〜ル工業
 電動モーター 大地に響け!

 壁に穴あけ 家に穴あけ 大地に穴あけ
 東へ西へ〜 あける〜 あける〜

 松平ドリ〜ルこーーーぉーーぎょーーーーー  あーーーーーー

 んじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃ♪

 どりーる あーうと♪

//

 今日も、この騒々しい歌と共に、仕事が始まる。



(ちょっとーー。待てやコラ。社名かわってるやんけ。電動工具じゃなかったんかい。だいたい、どりるあうとってなんやねん、オラ)

− 瞳子、言葉遣いが悪くなったね。

(そういう問題じゃないでしょう、スグルお兄さま)

− ここはすらっとスルーしてほしかったんだけどね。関係ないけど瞳子、スグル、とカタカナで呼ぶのはやめてくれないか。

(どうしてですの?)

− いや、なにか額にいやな気を感じるんだけど。

 そこへ、さっきの緑色のマントを着た、『乃梨子さまにつっこまれ隊』がどどどどどどどどど、と乱入して、無言でナレーターの額に黒マジックで『肉』と書いてそのまま走り去っていった。

−ああああああ、ボクはマッチョは嫌いなんだよぉーーー

(なんか、まとまりもなにもないですわね、これ、投稿ボタン押すんですか?)

−つづかない。


【1485】 スペシャルデラックスみんなでやろうか?  (? 2006-05-18 00:20:39)


スポットライトに浮かぶ人影。椅子に座って俯いた少女が一人。顔を上げる。
「みなさん、ごきげんよう。私は福沢祐巳。タヌキとか、百面相とか色々と言われていますが、
 そうではありません。ただのこの物語の語り手です。そこのところ決して間違えないように」
すっと、指差す。その方向には池があって、大きな桃が浮いていた。
「今から私は、ある有名な物語の真実を語ろうかと思います。それでは、お楽しみください」
スポットライトが消える。


「ねぇ、私の出番って本編にあるの? へ? マイク入ってる? うわ――――」


昔々、ある私立リリアン女学園・高等部の薔薇の館に、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんの名前は佐藤聖さま、おばあさんの名前は小笠原祥子さまと言いました。
「ちょっと、なんでよ!? 聖の相手は私のはずでしょ!?」
……そして、蓉子さまの出番はまだのはずですが、なぜだか出てきてしまったようです。
「あのね祐巳ちゃん。そんなことを聞いているんじゃないの。私は『可南子ちゃん』『はい』……」
蓉子さまが何事も無く立ち去ったあと、おじいさんは山へ芝刈り「えー、そんなの面倒くさい」……。
芝刈りに「そんな事より、祐巳ちゃんと遊びたいな」素直に行ってよ……。
芝刈りに行くと栞さまが「え? マジ!?」……ようやくおじいさんが芝刈りに行きました。
ついでに縛られてしまえ、とナレーターが思っていると、次におばあさんが川へ洗濯に行きました。
「ちょっと祐巳、私はおばあさんではなく、お姉さまよ」
おばあさん、早く川へ洗濯に行ってください。
「今後、私は祐巳に『おばあさん』と呼ばれても、返事をしないことにしましたから」
早く川へ行ってくれると、あとでネコミミ付けて『お姉さま大好きニャン』と言っ「行くわよ」……。
おばあさんがマリアさまのお庭にある池で洗濯をしていると、
「祐巳。これは池っていうのよ」とナレーターにツッコミを入れてきます。
ナレーターが無視していると、川上から「この池に川上も何もあったものではないわ」大きなモノ? 
由乃さん。これって桃だよね? 間違えてるよね? 何を考えながら『モノ』なんて書いたのかな? 
あ! そういえば、祐麒のってあんまり大きくないのよ。なんで知ってるのかって? この間偶然、
お風呂で「やかましい!早く続けろ!」川上から大きな桃が流れてきました。祐麒気にしてたんだね。

おばあさんが、なんとか桃を「重かったわ」「瞳子は重くなんてありません!」家まで持って帰ると、
「嘘だと思うのなら、祐巳さまに聞いてみて下さい。瞳子の体の事は祐巳さまがよくご存知ですわ」
「どういう意味なのかしら?」
「ふふん。祐巳さまは祥子お姉さまよりも、瞳子を選んだのですわ」
桃とおばあさんがケンカを始めてしまいました。
二人が息詰まる攻防を繰り広げていると、ちょうどそこへ、
「ごきげんよう。今、帰ったよ」
なんだか荒い息で、体のあちこちに縄か何かの痕を付けたおじいさんが帰ってきました。
「ごきげんよう、おじいさま」
桃から、次々に飛び出てくるドリルのような物を避けながらおばあさんが挨拶を返しました。
「余所見をしている暇はないですわよっ!」
それを見て、益々ヒートアップする桃。
「美味しそうな桃ね」
と、言ったおじいさんの腹部を、桃から飛び出たドリルらしきものが直撃しました。
「やたらと殺傷力の高い桃ね……」
おじいさんがそう言い残して、うつ伏せになって倒れました。
今のはとても危険な倒れ方です。おじいさんは大丈夫なのでしょうか? 
「よくもおじいさんを!」
「次は祥子お姉さまの番ですわっ!」
おばあさんと桃が同時に飛びました。空中で交差して、床に着地します。
「くっ!?」
桃が、がくりと膝をつきました。
「勝負ありね」
おばあさんが誇らしげに言います。
次の瞬間、桃が真っ二つに割れて、中からとても可愛い『私の』瞳子が生まれました。
「ゆ、祐巳っ! 正気なの!?」
「勝負には負けましたが、それでも祐巳さまは瞳子のものですわ」
桃から生まれたばかりの瞳子が、おばあさんに向かってニヤリと笑いました。
「くっ、あなたの名前はドリルよ」
悔しそうにしながら、おばあさんは瞳子をドリルと名付けました。
「な、何を仰っているんです?」
「瞳子ちゃんを拾ったのは私よ。それなら名前を付ける資格くらいはあるでしょう?」
「横暴ですわ! 祥子お姉さまの意地悪!」
そんな事を言っても、どうにもなりません。残念ながら、親は強いのです。
こうして、桃から生まれた瞳子はドリルと名付けられました。

復活したおじいさんと不貞腐れているおばあさんが、二人して無理やりドリルにご飯を与えていると、
一杯食べさせると一杯分、二杯食べさせると二杯分と、食べさせた分だけドリルが大きくなりました。
「も、もう食べられません――――」
「もっともっとたくさん食べていいのよ、ねぇ、お母さま」
「ええ、まだたくさんあるもの」
おじいさんとおばあさんの後ろには、今なお、山ほど料理を作っている清子小母さまの姿があります。
「祥子。いくらなんでもドリルちゃんが可哀相だと思う」
流石にドリルを可哀相に思ったのか、おじいさんがおばあさんにそう言いました。
「ギ、ギブ。もうギブアップですわ……」
ですが、その前にドリルは倒れてしまいました。

ある日のこと、ドリルは夢を見ました。悪い事をする鬼たちを次々に倒して大活躍する夢です。
そのせいで、ドリルは無性に鬼退治がしたくなってきました。
本当に突然だったのです。神の啓示です。電波ともいいます。なんということでしょう。 
きっと春の陽気に頭をやられ「祐巳さま」、これは運命だったのです。
この鬼婆のいる家から逃げ出すチャンスです。
ドリルはおじいさんと鬼婆に向かって言いました。
「鬼婆って誰のことかしら?」
まだ鬼婆のセリフの番ではありません。
「ねぇ祐巳。もう一度だけ聞くわ。鬼婆って誰のことなのかしら?」
あわわわわわ……ど、ドリルはおじいさんと、世界で一番お美しいおばあさまに向かって言いました。
「鬼退治に行きたいのですわ」
「はぁ?」
「ああ、ドリルがどんどんおかしくなってしまうはっ!?」
おじいさんに必殺の右ドリルをお見舞いするドリル。
なんだかドリルばかりで意味がよく分かりません。
ねぇ、由乃さん、これ勝手に直してもいいのかな? え? うん、そうね。分かった、やってみる。
じゃ、少し前からやり直すね。用意はいい、瞳子、聖さま?
「大丈夫です」
「え? ちょっと祐巳ちゃん、ドリルならさっき喰らったよ? まさかまたドリっ!?」
おじいさんに必殺の右ドリルをお見舞いするスパイラルドリル「ってなんですかそれはっ!?」。
おじいさんは今度こそ完全に沈黙しました。
「祐巳さま、私の質問に答えてください!」
スパイラルドリルとは、瞳子の為に私が名付けた、最も美しいスパイラルなドリルのことなの。
「意味はよく分かりませんが、祐巳さまがそこまで言われるのでしたら、それで構いませんわ」
気を取り直して、おばあさんの方に振り返るスパイラルドリル。
「とにかく、鬼退治に行きたいんです!」
「仕方ないわね。お母さま、日本一のきび団子をお願いします」
「日本一のきび団子ね、はいどうぞ」
後ろでまだ料理を作っていた清子小母さまが、おばあさんに日本一のきび団子を渡しました。
渡された日本一のきび団子を見て、おばあさんが驚いています。
「お母さま。ソフトボール大の、きび団子は初めて見ましたわ」
「だって、祥子さんが日本一って……」
「いえ、いいです。これはこれで立派ですもの。スパイラルドリルはこれを持っていきなさい」
こうしてスパイラルドリルは日本一のきび団子を手に入れました。
「ついでに面倒だから、私がお供となる者たちを連れて来たわ。来なさい下僕ども」
「イヌです……」
「サルです……」
「キジよ……」
上から順に由乃さん、菜々ちゃん、江利子さまです。
やたらと元気のなさそうな下僕どもです。本当に使えるのでしょうか?
「サルとキジはそれなりに使えるわね。イヌは夜のお供にでも使いなさい」
「瞳子の夜のお供は祐巳さまですから、そんなイヌはいりませんわ」
「イヌ、イヌって何度も言うな!」
二つの長い三つ編みを振り乱してイヌが牙を剥いて怒っています。
とても凶暴そうです。おばあさんはああいいましたが、実は一番使えるのかもしれません。
ですが、目が赤くなって口からは涎を「誰がよ!?」由乃さ「へぇ……」……冗談だから怒らないで。
ともかく、これでお供の下僕も揃ったようなので、さっそく鬼が志摩に向かうスパイラルドリル。

あっと言う間に鬼が志摩に辿り着きました。武道館です。ここなら少々暴れても大丈夫です。
ですが、その扉となるべき場所には二匹の巨大な「日光先輩に月光先輩っ!?」祐麒は黙ってて。
二匹の巨大な鬼がいました。下っ端のクセにやたらと強そうです。
スパイラルドリル一行は困りました。
みんなで集まって、どうしようかと悩んだ末に、一つの結論を出しました。
「こういう時こそ、日本一のきび団子ですわっ!」
ええ!? きび団子の使い方が違うんじゃない? 「祐巳!」すみません。つい驚いてしまいました。
スパイラルドリルは袋からきび団子を取り出すと、二匹の巨大な鬼に投げつけました。
「痛い」
「参ったぁ」
なんだかすごくワザと臭い悲鳴です。プンプンして「祐巳、はしたなくってよ」すみません。
このままではなんですので、スパイラルドリルはなんとなく、ドリルを発射してみました。
「え?」
「ちょ……」
「なんとなくドリル・発射、ですわっ!」
『なんとなく・ドリル』ではなく『なんとなく、ドリル』だったんだけど「そうなんですの?」……。
ううん、別にいいよ気にしないで。
スパイラルドリルは見事に、二匹の鬼を扉ごとぶち破って退治しました。
「祐巳、ちょっと酷すぎないか?」
祐麒が先程から何か言ってますが、可南子ちゃんに粛清「了解です祐巳さま」「え――」されました。
鬼が志摩の中に入ったスパイラルドリル改め瞳子が見たのは、数匹の鬼達です。
「何で名前を戻したのよ?」呼びにくいんです、お姉さま。
「ふ、よく来たね。瞳子ちゃん」
瞳子にそう言ってきたのは、黄色い鬼の令さまです。
「なにが『よく来たね』よ?」
「令さま、覚悟!」
「令ちゃんのばかーーーー!」
「うわぁぁ」
ああっ! 江利子さまと菜々ちゃんと由乃さんに瞬殺されています。
タコ殴りです。酷い、私には正視できません。どうして自分達の姉妹にここまでできるのでしょう? 
「あなた達、その位でやめておきなさい。もう気絶してるじゃない。はぁ、なんで私がこんな役を」
そうぼやいているのは安達ヶ原の鬼婆こと、蓉子さま。
「なんで私だけ名のある鬼婆なのよ!」
じゃ、赤鬼で「それはそれで弱そうで嫌だわ」我侭ですね。
実は令さまなんて茨城童子だったんですよ。
「いくらなんでも出てくる時代がムチャクチャよ?」
いいんです、そんなもの。そんな事よりも、そんな名のある令さまが瞬殺だったんです。
名などあっても仕方のな「祐巳さん、私にケンカ売ってるのね?」……あ、桂さんいたんだ。
「小道具の係で……」……ガンバレ。
ええっと、何を話してましたっけ? まぁいいや、とにかく頑張って下さい。
「仕方ないわね。瞳子ちゃん、私が相手をしてあげるわ」
「そういえば少し前に、おじいさんが栞さまといいコトをしていましたわ」
「聖ーーーー!」
赤鬼が物凄い形相で走っていきました。その姿はまさしく鬼婆。
瞳子が、ほっとした表情をしながら、ハンカチでちょっぴり滲んだ涙を拭いています。
「お姉さまも、ああ見えて昔はマトモだったのよ……くすん」お姉さま、泣かないで下さい。
さて、黄鬼も赤鬼も退場してしまいました。
このまま鬼が志摩を制覇できる! と瞳子が思った時、辺りに声が響きました。
「志摩子さんはこの私が守る」
そう言って現れたのは、
「酒呑童子・乃梨子、参上!」
なんだかヤケになっているようにしか見えない白鬼でした。
これは流石の瞳子でも苦戦は必死です。
「掛かってこい、瞳子!」
なにしろ相手はかの有名な酒呑「ドリルインパクト!」…………。
乃梨子ちゃんの胸に瞳子のドリルが突き刺さり、そして――――。
一発でした。一発で乃梨子ちゃんが沈みました。恐るべしドリルインパクト。
まさか……、まさか当たった瞬間、爆発炎上するとはっ!!
しかもドリルは無傷? ありえません! すさまじい技です。アレ欲しいなって思ってしまいました。
瞳子があまり役に立ってない下僕どもと手をとりあって喜んでいると、恐ろしい声が響いてきました。
「騒々しいわ」
ふわふわ巻き毛の、それは美しい鬼です。
きっと彼女が鬼が志摩のボスです。アレが温羅に違いありません。
「ごきげよう瞳子ちゃん」
「ご、ごきげんよう」
挨拶をしただけなのに、なんという迫力。これが鬼が志摩のボス……、と瞳子は思った。
同時に、話の展開が早い! 
『一刻も早くこの話を終わらせたい』という作者の心意気(?)が伝わってきますわね、とも思った。
でも戦わなくてはなりません。ヤツの持つ金銀財宝を奪って末永く幸せに暮らすためです。
「金銀財宝?」
温羅こと志摩子さんが不思議そうな顔をしました。
「そんなもの、ここにはないわ」
「え?」
衝撃の事実に固まってしまう瞳子。
志摩子はそんな瞳子に向かってビニール袋を取り出した。
アレは――――!
「銀杏ならあるけれど、いる?」
臭っ! 志摩子さん、それしまって! と瞳子は思いました。
「思っているのは祐巳さんよね?」
ナレーターにツッコムのはやめて。
「それで、どうするの?」
「どうしましょう、祐巳さま?」
だから、ナレーターに聞くのもやめて。……仕方ないなぁ、ちょっと待っててね。今、考えるから。
……ええっと、志摩子さんと一緒に二人で仲良く暮らすのはどうかな?
「祐巳さまがいないとイヤですわ」
「私は乃梨子がいないとイヤよ」
じゃあ、四人で。
「いいわよ」
「いいですよ」
決まりました。



「祐巳ーーーー! 私の元に帰ってきてーーーー!」
おばあさんが夕陽に向かって叫んでいます。でも祐巳は帰ってきません。
「聖、今度はこのコスチュームで愉しみましょうね」
安達ヶ原の鬼婆がフリフリレースのピンクの服を手に持って、ニヤリと笑いながら言っています。
「お、鬼……」
おじいさんは以前より、大分痩せたように見えます。


「令ちゃんはどっちを選ぶの!?」
イヌが黄鬼をじろりと睨みながら尋ねています。
「ええっと……」
おろおろとして答えられない黄鬼。
「もちろん私よね、令?」
キジが両腕を組みながら黄鬼に聞いています。
「え、 ええっと……」
やっぱり答えられない情けない黄鬼。
「由乃さま、いつまで続けるんです? 早く家に帰りたいんですけど……」
サルが溜息をつきながら呟くように言いました。


「祐巳さま、はい。あーん」
瞳子が、瞳子手作りの卵焼きをナレーターに食べさせてくれました。
「んぐんぐ。ありがと瞳子。ねぇ、志摩子さん」
祐巳はずっと気になっていた事を聞こうと思いました。
「どうしたの?」
志摩子さんが首を傾げました。
「二人は銀杏ばかり食べてて大丈夫なの?」
そう。
さっきから志摩子さんと乃梨子ちゃんは銀杏しか食べていません。
「ふふ、私は鬼だもの」
なるほど、だから大丈夫なのか、と祐巳は思いました。
けれど……。
「乃梨子ちゃんは?」
乃梨子ちゃんを眺めながら祐巳。
「乃梨子も鬼だもの」
同じように乃梨子ちゃんを眺めながら志摩子さん。
「た、助けて……体が痛いよぅ…………」
なんだか切羽詰った様子の乃梨子ちゃん。
「……鬼って、……それでいいの?」
祐巳は冷や汗が出た。



こうして……、
瞳子は、祐巳と志摩子さんと乃梨子ちゃんの四人で、鬼が志摩で末永く幸せに暮らす事になりました。
めでたしめでたし。




あ、静さま。エンディングの歌をお願いします。
任せて、と静さま。
「久しぶりの休暇で、帰ってきたらこんな大役を貰えるとは。リリアンで歌うのも久しぶりね……」
流れる曲はもちろんあの曲。
アヴェ・マリア。
静さまが息を吸った。
両手を胸の前で合わせて、歌い始める。
とても美しい歌声が響いた。




「萬福馬利亞 滿備聖寵者 主與爾皆焉 女中爾為讚美――――」


ええっ!? 中国語!? 

静さまどこに留学してるのっ!?



――キャスト――

桃太郎(ドリル スパイラルドリル) 松平瞳子
おじいさん 佐藤聖
おばあさん 小笠原祥子
イヌ(下僕一) 島津由乃
サル(下僕二) 有馬菜々
キジ(下僕三) 鳥居江利子


鬼が志摩の鬼 日光先輩・月光先輩
茨城童子(黄鬼) 支倉令
安達ヶ原の鬼婆(赤鬼) 水野蓉子
酒呑童子(白鬼) 二条乃梨子
温羅(うら、と読む) 藤堂志摩子


お手伝い 小笠原清子
粛清係 細川可南子
観客A 福沢祐麒
? 久保栞
小道具 桂さん

歌 蟹名静


ナレーター 福沢祐巳


脚本・監督 翠


【1486】 後悔先に立たず背中押されて  (沙貴 2006-05-18 01:09:55)


 どうして、こんなことになってしまったのだろう。
 いや、いつの間に、こんなことになってしまったのだろう。
 
 椿組の扉から離れる祐巳さまや志摩子さんから逃げるようなタイミングで教室へ入った乃梨子は、歩き出すよりも先に溜息を吐いた。
 薔薇の館で祐巳さまに反論したのは乃梨子の意志だ。
 志摩子さんに叱られたこと――叱らせたことは、決して望んだものじゃなかったけれどでも、それも乃梨子の意志だ。
 同じ場面になればきっと乃梨子は同じことを言う。
 もっとも、次はもっと上手い立ち回りをして志摩子さんを怒らせないようにはするだろう。
 そして更に、もっとも、次なんてある訳はないのだけれど。
 どちらにしろそれらは乃梨子の責任だ。
 祐巳さまに失礼なことを言ったことは無条件でいけないことだと思うけれど、反論した事実は取り消せないし取り消さない。
 
 おせっかいだとわかっている。
 何をやっても絶対に喜ばれることはない、それも確信している。
 それでも、頑なに拒むだろう彼女に無理強いするような真似は出来なかった。
 学園祭以来、目に見えて”凍り付いて”しまった彼女、瞳子を更に傷付けるようなことは。
 
 ちらりと視線を教室前方の扉に向けると、既に席に戻ろうとしていた可南子さんを尻目に、廊下の向こうへ深々と頭を下げる瞳子の姿が見えた。
 誰に向かってのお辞儀なのかはわからない。
 でもそれは軽そうな見かけの性格以上に義理堅い瞳子にしても珍しい、心底からの謝礼だと思った。
 相手は誰だろうか。去り往くお三方の誰かだとは思うけれど。
 でもわからない。
 ふと、祐巳さまじゃないかなとは思ったものの、何の根拠もないし多分に乃梨子の願望が交じっていることは間違いない。
 それにお辞儀は謝礼だけではなくて謝罪の可能性だってある。
 もし謝罪のお辞儀ならその相手は祐巳さまじゃない方が良いに決まっているのだから、どちらにしろ結局は乃梨子の願望。希望だ。
 何の意味もない。
 乃梨子は軽く首を横に振って席に戻った。
 
 
 本当に、いつの間に、だ。
 学園祭までの瞳子は明るくて騒がしくて世話焼きで、気が強くて我も強くて芯も強い。
 確かに扱いにくくはあるものの、傍に居たら決して退屈はしない楽しい子だった。
 お嬢様学園であるリリアンでは珍しい、恐るべきアクティブさは乃梨子も大いに見習わなければならない部分だと思う。
 実践出来るかどうかは、まぁ、ともかくとして。キャラクターでもないし。
 
 でも変わった。
 瞳子は凍り付いてしまった。
 持ち前の快活さがなくなった訳じゃない。
 性格が豹変した訳でもない。
 ただ心の奥底に、冷たい何かを持った。
 どこかで拾ったのか自分で生成したのかはわからないけれど、今それは瞳子の胸の内で静かに静かに冷気を放っている。
 そしてそれは不意に、ぞくりと背筋が冷えてしまうくらいに強い冷気を放ってくる。
 
 乃梨子は机に片肘を付いた行儀の悪い姿勢で、席に着いた瞳子の背中を見つめていた。
 瞳子は休み前の注意事項が書かれているプリントをぼうと眺めている。
 プリントを流し読んでいるようにも、別の何かを考えているようにも見えた。わからない。
 その小さな背中に言いたいことは一杯ある筈なのに、乃梨子はいざそれを考えようとすると、でも一切の言葉が浮かんでこない自分に気が付いた。
 思わず俯いてしまう。
 きっと何も考えずに前に立てば、何かしらを言うことは出来るのだと思う。
 でもそれが出来ない。
 怖いのだ。
 今の瞳子の前に立つことが、怖い。とても。
 不用意な事を言ってしまいそうで、それで瞳子を傷付けてしまいそうで――。
 嘘。
 瞳子に嫌われてしまいそうで、それが怖い。
 ただ怖い。
 
「乃梨子さん、乃梨子さん」
 不意にそう呼ばれて肩を叩かれた乃梨子は、はっとして顔を上げる。
 そこには、困ったような顔をした敦子さんの三つ編みが揺れていた。
「少し前からお呼びしていたのだけれど、どうにも聞こえなかったようだから。ごめんなさいね」
 頬に手を当てるおっとりした仕草も様になっている敦子さんは、言葉以上に申し訳なさそうな表情でそう言った。
 「良いって」と無理矢理笑って手を振った乃梨子は、でも違和感に気付いてすぐに手を止める。
 何か。
 何か足りないような。
「あれ? 美幸さんはどうしたの? 珍しいね、一人なんて」
 
 そうなのだ。
 現在乃梨子の席に来ているのは敦子さん一人だったのだ。
 敦子さんは美幸さんと仲が良くて(しかも相当に)、乃梨子からしてみれば何をするにしてもいつも一緒、というイメージがあった。
 とはいえ本当にいつも敦子さんと美幸さんが一緒な訳ではない。
 体育の時間に別チームになることがあれば、お昼ごはんもたまに、極稀に、別々でとることもあった。
 でも前者は一介の生徒である敦子さんらにはどうしようもないことだし、後者は限りない例外にも近い。
 だから、やっぱり色んなところで敦子さんは美幸さんとセットで。
 相方の居ない今は非常なレア・ケースではないかと思ったのだ。
 
 でも敦子さんはくすくす笑ってそれを否定する。
「あらいやだ、私が一人だとそんなに珍しいかしら」
 珍しいからそう言ってるんじゃん。
 そう告げられたらどれだけ楽なことかと震える喉奥を懸命に堪える乃梨子に、敦子さんは言った。
「美幸さんとは確かに良く一緒には居ますけれど、私も美幸さんも一人の人間ですもの。別々のことをすることだって多いわ」
 そうはっきりと正論を言われてしまっては、乃梨子は何も言えなくなる。ごもっともだ。
 けれどアイデンティティを否定した事を謝った方が良いのか、それともここは軽くスルーした方が良いのか、と一瞬悩んだ乃梨子を置いて敦子さんは話を始める。
「それで、乃梨子さん。先程白薔薇さまとつぼみのお二方が来られたのだけれど、ご存知?」
「え、あ、ああ。うん。知ってるよ」
 何てタイムリー。
 意外な人物から意外なことを持ち出されたことに驚きを隠せないまま、乃梨子は二度頷いた。
 
「突然だったから驚きましたわ。紅薔薇のつぼみが来られることはこれまでも多くありましたけれど、黄薔薇のつぼみは珍しいですもの」
「あー、それは確かに。お姉さまも良く来られる訳じゃないけど、椿組に来る頻度は由乃さまが一番低そうね」
 ええ、と頷いて敦子さんは続ける。
「でも今回もやっぱり紅薔薇のつぼみのご用件だったようね。瞳子さんと可南子さんが呼ばれていたから……ねぇ、」
「二人から直接聞きなよ。全く相変わらずミーハーなんだから」
 話の矛先がどちらに向いているのかが何となくわかった乃梨子は苦笑交じりにそう答えた。
 つまり、薔薇のお姉さま方が椿組に来た理由が気になって仕方がないけど、応対した当事者を質問攻めにするのは憚られる。
 だからとりあえず、当事者ではないけれど事情には内通していそうな薔薇の関係者である乃梨子に聞いてみよう、と相成った訳だ。
 すると敦子さんは再び困った風に眉を寄せる。
「ちょっと、今は聞けませんわ。勇気を出せば可南子さんに聞くことは出来るかもしれませんけれど」
 
 ――。
 
 ああ。
 ああ、そうなのか。
 確かに可南子さんは、特に昔の可南子さんは、敦子さんらからしてみればとてつもなく苦手な部類の人種だろう。
 水と油、犬と猿。性格云々ではなくて、考え方の根底部分が致命的に食い違っているから決して相容れないのだ。
 だから話しかけるに相応の勇気が要るのはわかる。
 対して瞳子は人懐っこい表情と性格、いざとなれば率先して動ける邁進力という、正しく可南子さんの対極に位置する特性を持つ。
 敦子さんらには余程波長が合うだろう、進んで前に出るタイプではないから尚更、進んで前に出ようとする瞳子の後ろは落ち着くに違いない。
 その敦子さんをして。
 瞳子には聞けず、頑張って聞くなら可南子さん、と言わしめた。
 事態はそこまで切迫しているのか。
 
 呆然として言葉をなくした乃梨子に、畳み掛けるようにして敦子さんは言う。
「聞くだけなら良いです、きっと瞳子さんも可南子さんも教えてくださりますから。でも」
 そうじゃない。
 瞳子と敦子さんの関係は”薔薇さま方との関係者と薔薇さまに憧れる生徒”ではないのだから。
 ”友達”なのだ。ただ聞いて、終わりになんてする訳にはいかない。
 そしてそれだけの会話をするには今の瞳子は冷た過ぎるのだろう。
 瞳子の氷が発する冷気に当てられて言葉を無くすことは乃梨子だって多い。
 その冷気に当てられることとが怖くて聞けないのだ。
 敦子さんも――乃梨子と同じか。
「それだけじゃないもんね。わかる」
 乃梨子は硬い椅子の背凭れを使って、ぐっと上半身を逸らした。
 言った。
「多分、パーティーに誘いに来たんだと思うよ。ミサが終わった後、薔薇の館でするんだ」
 白々しくも”多分”なんて言ってしまった自分が情けない。
 思わず乃梨子は敦子さんから顔を逸らした。

「まぁ。結構なことですわ。勿論乃梨子さんも参加されるのよね、羨ましい」
 そう言って無垢に笑う敦子さんの純真さが胸に刺さる。
 嘘は言っていないし事実その通りなのだが、純度100%の信頼は胸に疚しいことがあればあるだけ重く圧し掛かる。
 乃梨子は頬をぽりぽり掻いてそれを振り払った。
「でも下っ端だもん。雑用係としてだって」
 にししと笑って乃梨子は言ったが、敦子さんはいたって真顔で「雑用係としてでも」と呟く。
 少し拗ねた風なところがあるのは、少なからず乃梨子や瞳子にやっかむ気持ちがあるからだ。
 でもそれをはっきりと主張できる敦子さんは、やっぱり無垢なのだと思う。
 乃梨子はそれが少し羨ましかった。
 
 
 でも去り際に、髪を揺らして半分だけ振り返った敦子さんは言った。
「初めの話ですけれど」
「初めの話?」
 そのまま復唱した乃梨子に頷いて、続ける。
「珍しくなくなりましたわ、乃梨子さんと瞳子さんが別々に居るのが」
 哀しそうな。
 寂しそうな横顔を向けて敦子さんは言った。
 乃梨子は答えられない。
「瞳子さんのお隣は私と美幸さんだと思っていましたけれど、そうではないと気付きました。私がこんなことを言うのもおかしいのかも知れませんが」
 一呼吸の間。
「瞳子さんを、お願いします」
 
 敦子さんはもう振り返らなかった。
 席に戻るその背中をただ見つめていた乃梨子は、最後の言葉を胸の中で噛み締める。
 何度も、何度も噛み締める。
 敦子さんはそれが言いたかったのだ。
 ミーハーだなんて――いや。多少はその理由もあっただろうけれど。
 とにかく、敦子さんは乃梨子に瞳子を託した。
 勿論瞳子は敦子さんのものでも乃梨子のものでもないのだけれど、そういうことなのだと思う。
 
 でも。
「お願いします、か」
 それはきっと、別の人に言わなければならないんじゃないだろうか。
 乃梨子でも、可南子さんでもない別の人に。
 
 軽く握った自分の拳を見つめて――やがて、乃梨子は「うん」と頷いた。
 
 
 〜〜〜
 
 
「乃梨子、こっちよ」
 多分居るだろうと思って、お聖堂の前の方を歩いているとどんぴしゃり。
 乃梨子を呼び止める、小さいけれど決して聞き逃すことはない耳馴染みの声が聞こえた。
「お姉さま」
 振り返ると、丁度通り過ぎたばかりだった長椅子の端っこにちょこんと座って、小さく手招きする志摩子さんがそこに居た。
 取って返して、その隣に腰を下ろす。

 すると志摩子さんは小さく笑って、小声で「さ、お祈りなさい」と言ってくれた。
 乃梨子が隣に座ったことが少なからず嬉しくて笑ってくれたのだろうと思うと、乃梨子も嬉しい。
 館での事をまだ志摩子さんが怒っているとは思っていなかったけれど、実際に志摩子さんの笑顔を前にするとやっぱり気持ちが落ち着いた。
 早口で(心の中でだけど)お祈りを済ませて、目を開けた乃梨子は言った「おね――」。

 でも当然と、いうべきか。
 志摩子さんは両手を組んで頭を垂れて、お祈りを奉げていた。
 今日はクリスマスイヴ、リリアンでのクリスマスミサ。
 大切な日だ。きっと、乃梨子が想像する以上に。
 溜息一つ。
 身を僅かにでも乗り出して話しかけようとしていた自分を恥じ入って、乃梨子はもう一度前を向く。
 邪魔をしちゃいけない。
 話す機会はまだまだ一杯あるから。
 
 でも、そうやって乃梨子が折角自戒したのに、先に小さく口を開いたのは志摩子さんの方だった。
「今朝はごめんなさい。少し言葉が過ぎたわね」
 驚いて横を向くと、志摩子さんはばつが悪そうに眉根を寄せている。
 慌てて乃梨子は首を横に振った。
「ううん、お姉さまは悪くないよ。正しいことを言ったんだもん」
「正しいことを言うことが、いつだって良いことだとは限らないわ」
 志摩子さんの言葉にも一理あるけれど、ここは譲れない。
 頑として乃梨子は言い切った。
「でも。今朝は私が悪かったから」
 そんな乃梨子の断定に、志摩子さんは一瞬驚いたように固まってしまったけれど。
 「そう、わかったわ」と優しく微笑んで頭を一度撫でてくれた。
 
 
 小鳥が小さく囀るお聖堂は厳かで。
 時折足元を掬う冬の冷気が気持ちをぐっと引き締めさせる。
 教会や寺院といった、何か大きなものと正対する場の粛とした雰囲気が乃梨子は好きだった。
 信仰を持てばまた違うのだろうけれど、信仰がなくとも感じられる空気だから。
 
 これまでのこと、今朝のこと、これからのこと。
 全くの無音という訳ではなくとも、考え事をするには十分な静かさがそこにはあった。
 持ち慣れた聖書の表紙を撫でながら、乃梨子は今朝の出来事を回想する。
 薔薇の館から椿組にいたるまでの一連の会話。
 その時見た風景。
 感じていたこと。
 ゆっくり、静かに、思い返した。
 
 ふと気付く。
 今朝、乃梨子が祐巳さまのお願いを断ったのは、偏に瞳子の為だ。
 本人がそれを願う願わないはともかくとして、乃梨子が話を受けることは瞳子の為にならないと思ったから断った。
 でも以前にも似たようなことはなかっただろうか、瞳子の為を思って何かをしようとしたことは。
 あった。
 そう遠くない過去、妹オーディション改め茶話会の頃のことだ。
 結局あの時乃梨子は、おせっかいをするのはやめて瞳子の好きなようにさせようと思った。
 素直になれないのは瞳子の悪癖だけど、それも含めて瞳子だから。
 松平瞳子そのものを受け入れられなければ意味がないし、瞳子に何かを我慢させての大団円はない。

 だと言うのに、またしても乃梨子はおせっかいをしている。
 迷惑がられることを承知で、どうにか暗躍して瞳子と祐巳さまの間を取り成そうとしている。
 自分はほとほと世話焼き気質なのだなと思うのと同時に、ほとほと瞳子が好きなんだなと思った。
 瞳子が幸せになってくれれば良い。
 ただ、そう願っている。
 
「それもおせっかいかな」
 呟いて、乃梨子は自嘲気味に苦笑した。
 敦子さんに託されもしたし、一番の友人を自負する乃梨子だからある程度のおせっかいは許されると思うけど。
 でもそれは誰が許してくれるのだろうか。瞳子はきっと許してくれないだろう。
 本当に祈るだけなら許してくれるかも知れないけれど、乃梨子はそれだけでは我慢ならない性質だから。
「おせっかいは、悪いことではないわ」
 独り言のつもりだった言葉に声が返ってくる。
 なんとなく予想していた乃梨子は驚かなかった。
「もちろん、度が過ぎなければという条件はあるけれど。誰かの為を思って動けることは美徳よ」
 きっと志摩子さんは乃梨子の方を向いていないなと思ったので、乃梨子も正面を向いて答える。
 聖書を撫でるのを止めた。
「その度が、難しいんだよね。相手の気持ちは……想像しかできないから」
 
 瞳子が今何を考えているのか、乃梨子にはわからない。
 昔の瞳子はまだ喜怒哀楽がはっきりしていて、頭の中身まではともかく感情の上下はすぐにわかった。
 でも今は、笑っていても怒っていても。
 どこか冷めた瞳子がこちらをじっと見てきている気がしてならないのだ。
 だからわからないし、怖いと思う。
 それは瞳子の為を思って、と言っておきながらの矛盾に乃梨子は気付いているけれど、事実だから。
 
 結局おせっかいなんてものは、ただの自己満足に過ぎないんだろう。
 相手のことはわからないまま、自分で相手のことを想像して、想像した相手の為に動く。
 何もかもが自分本位だ。
「そうね。自分が思う相手の気持ちは、相手の気持ちそのものじゃないわね」
「うん」
 静かに、悼むように囁く志摩子さん。
 続けた。
「でもだからこそ、人は相手を知ろうと努力できるのだと思うわ。わからないから、労われる。初めから何もかもわかっていたら、相手を思いやることなんてきっとできないでしょう」
「……うん」
 わからないから、労われる。
 わからないけど、労わろうとする。
 その二つは同じことなのだと、乃梨子は数秒経ってから気付いた。
 
「でも」
「ええ。わからないから、失敗するかも知れない。謝って済むならそれで良いけれど、済まない場合もあるわね」
 乃梨子は志摩子さんの方を見る。
 志摩子さんはやっぱり正面を向いたままだった。
「済まなかったら、哀しいね」
 習って、乃梨子も再び前を向く。
「おせっかいをして、でもそれが独り善がりで。それで嫌われたら目も当てられないよ」
 前を向いた。のに、台詞の最中から自然と視線が落ちてゆく。
 正面に掲げられた祭壇上の大十字架から祭壇へ、そして前に座る人の頭、椅子の背もたれを経て膝の上に。
 短い乃梨子の横髪がさらりと落ちた。

「瞳子ちゃんのこと?」
 志摩子さんが今更のように聞いてきたので、乃梨子はこくりと頷いて答える。
 小さく、「うん」と言った。
「そう……厳しい子だから、おせっかいに失敗したらと思うと怖いわね」
 厳しい子。
 志摩子さんは独特の言い方で瞳子を評した。
 でもそれはとても的確だと思う、確かに瞳子は厳しい。
 他人に対しても自分に対しても、厳しい。甘えを絶対に許さない子だ。
 だから怖い、と思う。
「瞳子は許してくれない。失敗したら、きっとそれで終わっちゃうと思う」
 踏み込みすぎたり、不用意な事をいって琴線に触れたりしたらそれでジ・エンドだ。
 瞳子は振り返りもせずに去ってしまうだろう。
 
 膝の上に置かれている聖書の上で、自分の拳が震えているのが視界に入った。
「でも放っておけないんだよ。私は、瞳子に」
 幸せになって欲しいだけなんだ。
 好きな人の隣に居ること。
 シンプルでささやかで、でも掛け替えのないそんな幸せに浸って欲しいだけなんだ。
 声にならなかった、そんな言葉を代弁するように拳がぶるぶる震える。腕が震える。全身が震えているんだと、気付いた時には。
 
 聖書の上で志摩子さんのひやりとした手に包まれていた。
 絹みたいに滑らかな肌がじわりじわりと志摩子さんの体温を伝えてくる。
 驚くほど急速に自分が落ち着いていくのがわかった。
 徐々に、徐々に身体の震えも収まって、やがて止まる。
「大丈夫よ、マリア様がみてくださっているわ。それに」
 顔を上げた乃梨子を正面から見据えて、志摩子さんはにっこりと微笑んだ。
「こんなに親身になって心配できる乃梨子が居るもの。瞳子ちゃんはきっと大丈夫」
 
 きゅっ、て。
 
 手を握ってくれた。
 言葉以上にその仕草が「大丈夫」と諭してくるようで、心の中が温かくなる。
 それで、今までの不安が嘘みたいに消えていく。
 志摩子さんが「大丈夫」だと言うのなら、盲目的に大丈夫なのだと信じてしまいそうになる。
 本当はそんなこと、きっとないのだけれど。
 でも大丈夫。これほどまでに力強い「大丈夫」は聞いたことがなかった。
「うん」
 だから乃梨子は強く頷く。
 自分をもう一度信じて、頑張る決意を込めて。
 瞳子の為に頑張ろう、勿論慎重にはならないといけないけれど。
 それでも頑張ろう。頑張りたい。
 そう思ったから。
 ぎゅっ、て。
 
 手を握り返して、乃梨子は言った。
「ありがとう、志摩子さん」
 一言。
 でも志摩子さんは本当に嬉しそうに、「どういたしまして」と言って反対側の手でもう一度頭を撫でてくれる。
 その感触がくすぐったくて乃梨子がむずがるように笑うと、志摩子はくすくす笑って姿勢を正した。
 乃梨子も合わせて前を向く。
 
 
 
「――ね」
 
 最後に、志摩子さんが呟いた。
「え?」
 乃梨子は即座に聞き返したけれど、志摩子さんは「何でもないわ」と軽く首を横に振った。
「お姉さま、何か言った?」
「いいえ、何も。ほら、もう静かにしていなさい」
 しつこい乃梨子を優しく咎めてくる志摩子さんの顔が心なし赤いのは、人が沢山集まってきて聖堂の気温が上がったせいだろうか。
 どこか慌てているのは、聖なる御堂で私語をしていた負い目からだろうか。
 いいや、違う。
 乃梨子は実はしっかり聞いてしまったから知っている。
 だからあんまり嬉しくて、もう一度言ってもらおうと聞き返したのだが流石にそうガードは甘くないか。
「はあい」
 諦めて、乃梨子は言われるままに前を向いた。
 
『でも、妬けてしまうわね』
 
 なんて、嬉し過ぎる言葉を胸に秘めて。


【1487】 可南子の進化の止まらない水虫  (HLJINN 2006-05-18 02:44:47)


初挑戦です。いきなりこんなのが出てしまいましたが、何とかやってみます。



「乃梨子さん相談があるんだけど・・・・・」

放課後、薔薇の館へ行こうとしていた乃梨子は可南子に呼び止められた。

「ごめん、今日はちょっと。山百合会の仕事が溜まってるし」
「晩くなっても構わないから。じゃあ古い温室で待ってるわ」
「あっ、ちょっと!」

乃梨子の止める間もなく、可南子は去っていった。

「はぁ、しょうがない。志摩子さんに迷惑かけるけど、仕事は速めに切り上げるか」

そう呟くと乃梨子も教室を出て行く。
だが、2人は気が付かなかった。教室にはもう1人いたことに。

「可南子さんが相談・・・・・・。私にはしないなんて水臭いですわ!
 確かあの温室でしたわね?ふふ、待っていてください可南子さん。
 例えどんな難問であろうと私が解決して差し上げますわ!」

そう言うと彼女も教室を出て行った。






「ふぅ」

可南子は待っていた。唯ひたすらに乃梨子が来るのを待っていた。

「どうして私が・・・・・・」

可南子には今、乙女として深刻な悩みがあった。
母は仕事が忙しく、最近は顔も合わせていないので相談は出来ない。
と、残るは親友の乃梨子と瞳子だ。
だが瞳子は駄目だ。彼女は親友でもあるがライバルでもある。
こんな弱みを見せる事など絶対に出来ない。特に今悩んでいる事などは。
それに彼女に相談すると、祐巳に知られてしまう恐れが出てくる。
梅雨の事件から数ヶ月。特に学園祭を終えてからというもの、
祐巳は瞳子の扱いが格段にうまくなってきている。つい喋ってしまうかもしれない。
その点、乃梨子は口が堅いのでそこから誰かに知られる心配もない。
そういう訳で、可南子は瞳子には相談しなかったのだ。

ガチャッ

後ろで扉が開いて誰かが入ってくる。
この古い温室はどこか神聖視されているところがあり、
一般性とが待ち合わせに使うことはまずありえない。だとすれば・・・・

(乃梨子さんだ。山百合会より私を優先してくれた!)

教室で別れてからさほど時間は経っていない。
直ぐに温室に来たということは、つまりそういうことで。
可南子は嬉しくて、満面の笑みを浮かべて振り返った。

「ご「ごきげんよう可南子さん」・・・・・・・瞳子さん」
「水臭いじゃありませんの」
「な、なんのことかしら?」
「先ほどの教室での事です。乃梨子さんはお忙しいのですから、
 手を煩わせてはいけませんわ。大丈夫、私がきっと解決して差し上げますから!」

胸を張る瞳子を前に、可南子は泣きたくなった。
こうなった以上、もう自分には彼女を止めることはできないだろう。
直接関係はないことだったが、クラスメイトとしてマリア祭の時の彼女を見ている。
止められるとすれば、祐巳か紅薔薇さまの祥子しかいないだろう。
可南子は腹を括った。

「瞳子さん。これから相談する事は誰にも知られたくないの。1人の女として」
「わかっていますわ。2人だけの秘密ですわね(ぽっ」
「そ、そうよ。絶対に内緒だから(何で赤くなるのよ!)」
「それで?悩みはどのようなことですの?」
「実は・・・・・・・・」






「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・志摩子さんには、感謝しないとね」

乃梨子は温室を目指し駆けていた。
薔薇の館へ行ってみると、既に志摩子が来ていた。
そこで相談を持ちかけられたことを話すと、
仕事はいいから友達を優先しなさいと言ってくれたのだ。
そこで乃梨子は、早めに終わったら戻ってくるからと約束して可南子のもとへ急いだ。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・って、あれ?」

ようやく温室が見えたと思ったら、中から可南子が出てきた。瞳子に手を引かれて。
2人は乃梨子に気付くことなく、そのまま校門の方へと歩いていく。

「なんで瞳子が?」






瞳子に連れられるままに可南子がたどり着いた先。それは

「ようこそ我が家へ。歓迎しますわ可南子さん」
「お邪魔します。でも、なんだか無駄に大きな家ね」
「あら、祥子お姉さまの家なんてここの数倍はありますわよ?」
「そうなの?金持ちの考えはわからないわ」
「そんな事より早く上がってください。スリッパはこちらのものを使ってくださいね」
「こんな高そうなもの使っていいの?それにもし他の人が・・・・・・」
「大丈夫。直ぐに捨てますから」

理由はわかっているとはいえ、ちょっぴり傷ついた可南子だった。
その後瞳子の部屋に案内されて「準備があるから待っていて」と1人にされる事暫く。
お手伝いさんを引き連れ瞳子は戻ってきた。

「荷物はそこに置いてくださいまし」
「かしこまりましたお嬢様」
「一体何なの瞳子さん?」
「直ぐにわかりますわ」
「それでは細川様もごゆっくり」
「はぁ」

お手伝いさんたちは出て行った。さて、と可南子と向き合う瞳子。

「はじめますわ」


1.酢漬け療法

「それでは可南子さん。そこに足を置いてください」
「わかったけど・・・・・その手に持っているものは何?」
「うちにあったお酢ですわ」
「お酢?」
「えぇ。前にお酢が利くと聞いたことがありますの。
 ちょっとでも効き目がありますように最高級のものを使用しますわ」
「本当に効くんでしょうね?」
「大丈夫ですわ。瞳子を信じて」

ぬりぬりぬりぬり。
可南子の足にこれでもかとお酢を塗りたくる瞳子。
自分はちゃっかり分厚いゴム手袋をしているので、お酢の臭いが手に付くことはない。
反対に可南子の足は、お酢の臭いが染み込んでいく。

「さて、どうですの?少しは良くなりまして?」
「いや、何か余計痒くなった気がする」
「そうですの。では次を試しましょう」


2.ニンニク療法

「本当に効くんでしょうね、それ?」
「大丈夫ですわ。瞳子を信じて。料理長に聞いて一番香りのよい物を選びましたから」
「香りは関係ないと思うんだけど」

すりすりすりすり。
摩り下ろしたニンニクを、可南子の足にこれでもかと塗りたくる瞳子。
自分はちゃっかり分厚いゴム手袋をしているので、手にニンニク臭が付くことはない。
反対に可南子の足は、お酢とニンニク臭が合わさってそれはもうすごい臭いが。

「と、瞳子さん?」
「どうしました可南子さん?」
「なんか・・・・さっきよりも痒みが増してきたような気がするわ。それに臭いし」
「そうですの。では次を試しましょう」


3.米ぬか療法

「さあ可南子さん。ここに足を突っ込んでくださいまし」
「・・・・・本当に効くんでしょうね、それ?」
「大丈夫ですわ。瞳子を信じて。これも料理長が30年かけて熟成した・・・・」
「そんな大切なもの、こんなことに使っていいの?」
「私にとっては可南子さんの方が大事ですから。さ、遠慮なくスブッと」
「わかったわ。じゃあ」

ぺたぺたぺたぺた。
置いた可南子の足に、これでもかとぬかを被せて覆っていく瞳子。
自分はちゃっかり分厚いゴム手袋をしているので、手にぬかが付くことはない。
反対に可南子の足は、お酢やニンニク、ぬかの臭いが混ざりすごい臭いが。

「と、瞳子さん」
「何ですの可南子さん?」
「今思ったんだけど、こういうのって直ぐに効果がでるものじゃないんじゃないの?
 暫く続けないと駄目なんじゃないかな。
 それにいくつも治療法を混ぜるのって反対に良くないんじゃない?」
「・・・・・それもそうですわね。迂闊でしたわ」
「だから今日はここまでにしましょう?時間も晩いしそろそろ帰らないと」
「では送らせますわ」
「助かるわ。それと、明日も治療手伝ってくれない?」
「もちろんですわ可南子さん!」
「・・・・・ありがとう、瞳子さん」






次の日
瞳子が教室に入ると、すでに可南子は来ていた。だが、何時もと様子が違う。
体育祭で活躍し、学園祭で棘がなくなった可南子は最近人気が急上昇し、
いつも数人のクラスメイトに囲まれているのだが、
今日は1人、『ぽつねん』と席に座っている。

(まさか可南子さん、避けられている?クラスメイトとはいえ、
 そして如何な理由があろうと可南子さんを悲しませる事はゆるしませんわ!
 でも大丈夫ですわ可南子さん。私が憑いていますから・・・・むふふふふふふ)

瞳子は微笑を浮かべながら可南子へと近づき、声をかけた。

「ごきげんよう、可南子さ・・・・・・って臭っ!」
「あぁ、ごぎげんよう瞳子さん」

可南子からは異臭が漂っていた。

「か、可南子さん。つかぬ事をお伺いしますが、その、この臭いは一体?」
「昨日ね、家に帰って気がついたの」
「え?」
「それでね、洗ったの。一生懸命洗ったの」
「はぁ」
「でも取れなかった!」

可南子はついに泣き崩れた。
突然の事に驚いた瞳子だったが、可南子の手を取り走り出す。

「私と可南子さんは保健室へ行ってまいりますわ!」






とりあえずベッドに座らせて、瞳子は可南子が泣き止むまでずっと抱きしめた。
ぽんっ、ぽんっ、と背中を叩きながら、落ち着くのを待っていた。
そして落ち着いてきた頃、瞳子は「ごめんなさい」と可南子に謝った。

「私の所為ですわね。昨日いろいろ試したから」
「そうじゃないわ。貴女は私の為にしてくれただけですもの」
「でも」
「デモもストライキもないわ。それより先生が来るまで話し相手をしてもらえない?」
「・・・・・えぇ、わかりましたわ」






その後、先生が来たので事情を説明した2人だったが、こっぴどく怒られてしまった。
そして先生に連れられて病院へ行き、診断してもらったのだが、ここでも怒られた。
なんでも、ニンニクやお酢の所為で足がかぶれていたらしい。
あのまま自分達で治療を続けていると大変な事になったそうだ。


病院へ行ったり薬局で薬を買うのが恥ずかしかったから、
親友に相談して何とか自分達で治そうとした可南子。
結局は病院へは行くことになり、怒られもして余計恥をかいた。
しかもクラスメイトには足の臭い女と認識されてしまい、これは乙女として散々だ。



これをご覧の皆さんも、『水虫かな?』と思ったら、
恥ずかしがらずに市販の薬を利用するか、できれば病院へ行きましょう。
素人判断は危険です。1度ちゃんと診てもらいましょう。
また、「痒い」などの症状が現れる時のみ薬をぬるといったやり方はせず、
症状が治まってからも毎日サボらず1ヶ月は塗り続けましょう。
皮膚細胞は約1ヶ月で生まれ変わるので、1ヶ月続ければほぼ間違いないそうです。



―――――――――――――――――――
後書きのようなもの

とある水虫サイトを参考に書き上げました。
しかし・・・・・マリみては難しい。うまくキャラが動かないというか。
尻切れトンボ感が否めない。
「可南子はこんな泣き虫な子じゃない!」とかそう言う意見はなしの方向でお願いします


【1488】 (記事削除)  (削除済 2006-05-18 20:57:48)


※この記事は削除されました。


【1489】 女になった祐麒人生は暗い  (HLJINN 2006-05-18 21:20:00)


折角このようなタイトルになったので、【No:1487】の続きということで。
設定として、ROM人さんの【No:624】および【No:637】を勝手に参考。
ROM人さんごめんなさい




「祝部 祐麒です。今日からよろしくお願いします」

オッス、オラ祐麒!今日からリリアン女学園高等部高等部1年椿組に転入することになったんだ。
え?どうしてこの1月の中途半端な時期に転入して来たのかって?大体お前男だろうって?
これには深い理由があるんだよ・・・・・・・。






話は1ヶ月ほど遡る。

ず〜〜〜〜〜ん

擬音で表すとこんな感じだろうか?現在、ここ薔薇の館には重苦しい空気が漂っている。
発生源はいつも元気でニッコニコ!紅薔薇の蕾こと福沢祐巳である。
百面相といわれ、ころころと変わる豊かな表情もなりを潜め、今見えるはまさに絶望。
普段とはまるで正反対のその様子に、一緒にいる黄薔薇、白薔薇ファミリーまでも暗くなっている。
ちなみに、祥子は私用がある為に数日学校を休んでいる。
白薔薇ファミリーは、祐巳に気付かれないようになにやら話していた。

「志摩子さん。祐巳さまはまだ落ち込んだままなんですか?」
「ええ。私も由乃さんも何とか元気付けようとしたのだけど・・・・・。
 問題が問題だけに、ね。どうしようもないのよ」
「確かに。はぁ・・・・・・あの2人もやってくれたわ」
「でも彼女達に非はないわ」
「それはわかってるけど。最近仲がいいとは思っていたけど、まさかあんな事になるなんて」






さらに遡る事数日。
12月に入り福沢祐巳は焦っていた。最近瞳子と話をしていないのだ。
学園祭の終わり、祥子に「妹をつくらんかい」と言われ、
自分なりに悩んだ結果、相手としてうかんだのが瞳子だった。

(瞳子ちゃんとならうまくやっていけそうな気がする)

そう考え、善は急げと探しているのだが、タイミングが悪くここ数日会うことが出来なかったのだ。
そのうちよくない話を耳にした。
瞳子と可南子が11月初めの学園祭から最近、特に仲がよいというのだ。
それだけなら微笑ましい事なのだが、先月瞳子が可南子の家に泊まりに行ったさい、
可南子の父親もいたらしいのだ!
彼の噂なら聞いている。好みのタイプには見境なく襲い掛かり、脅威の命中率を誇るらしい。
そんな訳で悶々と日々を過ごしていた祐巳だったが、放課後、薔薇の館で乃梨子から伝言をうけた。
なんでも、瞳子が話したい事があるらしく、仕事が終わり次第例の温室へ来て欲しいとのこと。
・・・・・・何かとてつもなく悪い予感がする祐巳だった。






「お早かったですわね祐巳さま」
「瞳子ちゃん・・・・・・それに可南子ちゃんも?」
「お久しぶりです祐巳さま」
「そうだね。ところで話したい事って?可南子ちゃんも関係があることなの?」
「えぇ。大いに」

そこまで聞いて、祐巳の悪い予感は、強くそして確実なものになってゆく。
顔色も段々と青ざめてきた。

「最近噂にもなっているので聞いているかもしれませんが、先月可南子さんの家に泊まりに行きましたの。
 その時、可南子さんのお父様がいらしていて」
「・・・・・・そう。それで?」
「その、まぁいろいろありまして。あれから1ヶ月以上経ったのですが、その」

瞳子は顔を真っ赤にして下を向き、恥ずかしそうにもじもじしている。

「こないんです。それで可南子さん一緒について来てもらって病院へ行ったのですが、
 まだ1ヶ月と少しなので絶対にとはいえないそうですが、ほぼ間違いないだろう、と」
「・・・・・・つまり?」
「赤ちゃん、できましたの」

瞳子はイヤンイヤンと首を振りながら嬉しそうにそう言った。

「そ、そうなんだ。あはははははははは・・・・・・お、おめでとう」
「ありがとうございます祐巳さま(ぽっ」
「本当に情けないです」
「可南子ちゃん?」
「前回殴ってやった傷もまだ癒えていないというのにこのていらく。
 さすがにこれ以上妹が増えないように、先日新潟へ行ってしこたま殴ってやりました。
 メリケンつけて、それはもう局部を集中的に」
「た、大変だね可南子ちゃんも・・・・・・・・」

可南子は何も言わずに「ニコリ」と微笑んだ。
このままいけば彼はいずれ殺されるんじゃないかというくらいの迫力に満ちていた。
ここまでの話で、祐巳の頭はオーバーヒート。真っ白だ。
瞳子の話は続く。

「これからのことなんですけど、来年には学校を辞めて育児に専念しようと思ってますの」
「え!学校辞めちゃうの!?」
「大きなお腹で学校へ通いたくはありませんし。胎児にも悪いですし」
「私は、育児が落ち着くまで休学をしようと思っています」
「可南子ちゃんも!?」
「はい。乃梨子にはもう話をしています」
「そんな・・・・・」

祐巳が絶句するなか、瞳子の話は続く。

「ねぇ祐巳さま。私、実は祐巳さまの妹になりたかった」
「・・・・・」
「生意気にも、私が支えてあげなければと考えていました」
「・・・・・・私もそう思ってる」
「でも、祐巳さまなら大丈夫ですわ!きっと直ぐにすばらしい妹がみつかりますわ!」
「いや、だから私は瞳子ちゃんが」
「それでは祐巳さま。これから話し合いの為新潟へ行きますので、本日はこれで」
「話し聞けよオイ」
「では可南子さん、参りましょう」
「ちょっと」

祐巳が止めるまもなく瞳子たちは去っていった。

「あはっ、あははははははははははは」

温室には祐巳の乾いた笑い声が響いた。
それからずっと祐巳は落ち込んでいるのだ。






「ちょっと令ちゃん。何か手はないの?」
「無理言わないでよ由乃」
「まったく。役立たずなんだから」
「由乃ぉ〜」

このまま祐巳が立ち直るまでどうしようもないのか?
みんながそう思った時、救いの女神が舞い降りた。

「いつまでうじうじしているの、祐巳?」
「・・・・・・お姉さま」
「祥子?」
「瞳子ちゃんだけが妹として相応しいという訳ではないでしょう?」
「ですが、私は瞳子ちゃん以外にはいないと」
「違うでしょう祐巳。もう1人、あなたの妹として相応しい人がいるはずよ」
「可南子ちゃんですか?」
「いいえ。もっと身近なところによ。わからないかしら?」
「・・・・・・考え付きません」
「はぁ、仕方がないわね。連れてきたから会ってみなさい。
 大丈夫、きっとピッタリだから。さぁ、入ってらっしゃい」

祥子の言葉に、みんな入り口の方を注目する。
そこから入ってくるのは1人の乙女。
注目されている所為なのか、顔を真っ赤にしてうつむいている。
髪は茶色がかった黒髪で、令よりも長いがショート。背はそれなりに高い。
どことなくタヌキに似ている顔は愛嬌があり、まるで祐巳のようで・・・・・

「ってお姉さま?祐麒に女装させたところで妹にはできませんよ」
「何を言っているの祐巳。この子は祝部祐麒さんよ」

祝部?母の旧姓ではないか。

「わかりましたお姉さま。名前のことはひとまず置いておきましょう。
 ですが、男は妹には出来ませんよ」

祐巳の意見に、みんなはうんうんと頷く。
だが祥子は不適に笑うと

「何を言ってるの?祐麒さんは女の子よ」
「は?」
「だから、祐麒さんは女の子よ」

ちょっと待て。目の前にいるのはどう見ても福沢祐麒だ。
いくらなんでも祐麒がいきなり女の子には・・・・・・はて?
そういえば最近祐麒の姿を見ただろうか?
そして、小笠原の力を持ってすれば、数日で男を女に改造するのは簡単な事ではないのか?

「まさか・・・・・・」

祐巳は、震える手を祐麒へと伸ばす。

むにゅむにゅ

「あっ」

祐麒の口から悩ましい声が。

「ある・・・・・・しかも私より」

そして下の方へと手を伸ばすと

「ひあっ!」
「ない!アレがない!」

祐巳は、信じられないといった様子で首を振りながら後ずさった。

「祐麒、どうして?」
「・・・・・・わからないんだ。学校の帰りに柏木に拉致されて。
 クスリ嗅がされて眠らされて。さっき目が覚めたらこんな体に・・・・・・」

どうしてだろう?己の身に降りかかった不幸に、
自嘲気味に笑った祐麒に何故か色気を感じてしまい、祐巳はドキドキした。

「とりあえず」
「はい?」
「責任とってねお姉さま♪」
「・・・・・・はふぅ」

祐巳は、とうとう現実を受け止めきれなくなって気を失い倒れた。






というわけで、福沢祐麒改め祝部祐麒は祐巳の従姉妹として1年椿組に転入する事になったわけさ。
教壇から見渡すと、乃梨子ちゃんや瞳子ちゃん、それに可南子ちゃんが生暖かい目でこちらを見ている。
はぁ、俺はこれからどうなってしまうのだろうか?
とりあえず、折角だからと体を狙ってくる柏木先輩や聖さんから貞操を守るすべを身につけないとな。
・・・・・・一刻も、早く。いやマジで





――――――――――――――――
後書き

何かもうごめんなさい。
特にROM人さん。勝手に設定を利用してすいませんでした
※リンクの間違いを修正。がらざふさんありがとうございます


【1490】 無くした心  (若杉奈留美 2006-05-18 23:07:19)


マリみてifストーリー。

「聖さまのお母さんが、もしもリリアンにいたなら…お姉さまは?」という話。
軽〜い気持ちでお読み頂ければ嬉しく思います。
長くなりそうなので、連載という形にさせていただきます。

ジリジリジリジリ。
枕元でけたたましく鳴るそれが、私の起床時間を告げる。

(まったく…起こしてくれって頼んだわけじゃないわ)

ただ時間を合わせただけなのに。
目覚まし時計のくせして律儀すぎる。
朝7時。
しかも月曜日。
この物憂さを、どうにかしてほしいといつも思う。

毎晩毎晩、私は願う。
朝などこなければいいと。
でもこんな顔、伯母には見せられない。
家庭の中に居場所のなかった私が、唯一心許せる身内である彼女に。
だから私は、鏡に向かって、精一杯の笑顔を作る。

「がんばれ、倉橋理都子」

私は毎朝しているように、鏡の中の自分に向かって呼びかけた。


もともと私は、東京の人間ではない。
生まれたのは確かに東京だが、私が3歳のときに実母は亡くなった。
父に連れられてやってきた、盛岡という場所。
そこにいたのは父の連れ合い、つまり義母。
父と母は正式な夫婦ではなかったのだ。
もっとも、それを知るのはだいぶたってからなのだが。
義母は通り一遍の世話はしたが、私への愛情などまるでなかった。
それはのちに自分が父との間に生んだ娘に対しても同じだったらしく、
妹はよくこぼしていた。

「あの人は、母親になるべきじゃなかったのよ」

まさに妹の言うとおり。
夫や子どもを愛することを知らない、石みたいに冷め切った心。
もう、人間であることをやめてしまったかのような、あるいは悟りきった果てにある、
無の境地にでもたどりついたかのような心。
そんな妻を、父ももてあましてか、夫婦の会話はほとんどない。
もちろん私も妹も、そんな母とは話をしたくない。
まあ虐待しなかっただけ、ほめてやってもいいところだが。

(さっさとこんな家出て行きたい…)

私は父に切り出した。

「父さん…私、もう我慢できないの。ここを出て、1人暮らしをしたい」

父はただ一言。

「東京の伯母さんのところへ行け」

それが、父と交わした最後の言葉だった。



中学の担任に、私は告げた。

「リリアン女学園高等部を受けます」

担任は顔色を変えて、東京はこわいぞとか、そんなところ受かるわけがないとか言っていたが、まともに聞く気なんてなかった。
あそこなら伯母の家から歩いて行ける距離だ。
それに、自分で言うのもなんだが、私の成績はけっこう上位。
それはひとえに、いつか盛岡を出て、都会で自由な暮らしがしたいからという、
今考えれば笑ってしまうような理由からだった。

(これでおおっぴらに東京に行ける…)

少しだけ、この家に残していく妹に申し訳なさがあったが、今は自分の人生の方が先だった。


晴れてリリアンに合格して、私は伯母の家にたどりついた。

「理っちゃん、よくあんなところで頑張ったねえ…由紀ちゃんは元気なのかい?」

由紀ちゃんこと、由紀子は先ほど出てきた妹の名だ。

「ええ伯母さん…今のところ元気みたいだけど、いずれあの子も呼び寄せたいの」
「そう、それがいい。あんな夫婦のところにいたんじゃ、寿命が縮んじゃうよ。
わが弟ながら、情けなくて涙が出るね、わたしゃ」

伯母は子どもがなかったせいか、私をまるで実の娘のようにかわいがってくれた。
私が来てから半年ほどして、こんどは由紀子もここにきた。
どうやら私を頼って、自分でここにやってきたらしい。

「これでようやく、まともな暮らしができるわね」

由紀子の顔には、すべての重荷を取り去った後の、あの充実した輝きがあった。


学校にも、とりたてて私の興味をひくものはなかった。
噂じゃずいぶん厳しいとか、時代がかった学校だとか聞いていたけど、
なんのことはない。
古い学校によくある話じゃないか。
マリア様なんてはなから信じちゃいなかったが、まわりのみんながするから、
とりあえず手を合わせていた。

(いいことマリア、誤解してもらっちゃ困るのよ。私はあんたなんか信じてない。
ただみんなに合わせてるだけなんだから)

そう心でつぶやいて、立ち上がろうとしたときだった。
私の右腕側の空気が、明らかに暖かみを帯びている。
そう、隣に人がいるときの、あの暖かみだ。
思わず横を見ると、そこにいたのは、私と同じ制服をまとった天使…
いや、正確には、天使のような人だった。








【1491】 寝言めいたポエムなにせ黄薔薇だし  (クゥ〜 2006-05-18 23:43:44)


 どこかで誰かがやったかも知れないネタかも。
                      『クゥ〜』



 「ごきげんよう、お姉さま。早く起きてくださいませ」
 「ん…ふぁ〜ぁ、おはよう。由乃」
 「おはようございます。お姉さま」
 令はベッドの上で背を伸ばし起き上がる。
 「あぁ、もう、お姉さまったら、こんなにベッドを散らかして」
 そう言いながら、由乃は令が起き上がったベッドのシーツを綺麗に直す。
 「いいよ、そのくらい」
 「まぁ。お姉さまったら、いくら何でもはしたないですわよ」
 「そうかな〜?」
 令はショートヘアーの髪を掻き毟る。
 「お姉さま〜、そんな風にしたら髪がぼさぼさに成りますわ」
 由乃はそう言って、令のブラシを取ると、寝癖を直していく。
 「ありがとう、由乃」
 「いえ、妹として当然のことですわ。お姉さま」
 「そう?」
 「はい、それでは玄関のほうでお待ちしていますので、お急ぎください」
 由乃はそう言って令の部屋から出て行く。
 令は、そんな由乃を見送り、着替えを始めた。
 可愛い妹を待たせる趣味は令にはないからだ。


 ↑こんなのが続きます。これから先、読まれる方はお覚悟を。
                            『クゥ〜』


 リリアン女学園。
 令と由乃は幼稚舎から通っている。
 「ごきげんよう、黄薔薇さま、黄薔薇の蕾」
 「ごきげんよう」
 「ごきげんよう」
 登校する生徒たちに挨拶を交わしながら、令と由乃は銀杏並木を歩いていく。
 由乃は令よりも一歩下がって歩いていた。
 「今日もいい天気だね」
 「えぇ、そうですわね。お姉さま、こんな日は朝も清々しいので早起きも楽しいですわ」
 「そうなの?」
 「はい、お姉さまも早起きしてみればいかがですか?最近は、部活の朝練もありませんし、少々、お体が訛り気味なのではありませんか?」
 「由乃、キツイこと言うねぇ」
 「すみません、お姉さま。ですが、お姉さまのことが心配で」
 「うん、分かっているよ。ありがとう」
 「そんな、私はただ、お姉さまの…きゃぁ!!」
 由乃が倒れそうになったところを、令はすかさずキャッチした。
 令にとって重いとは感じられない由乃の体を支え、令は笑う。
 「大丈夫、由乃」
 「す、すみません!!お姉さま!!」
 「あはは、いいよ。それが、お姉さまの役目だからね」
 令が笑うと由乃は顔を真っ赤にして俯く。
 「はい、お姉さま」
 由乃の今にも消えそうな声、だが、令にははっきり聞こえていた。
 ……ふふ、もう、由乃ったら。
 令が幸せをかみ締めた瞬間、騒がしい声が響いてくる。
 「もう!!志摩子さんなんか知らない!!」
 「ま、まってよ〜。乃梨子〜」
 「ごきげんよう、志摩子、乃梨子ちゃん」
 「ごきげんよう、志摩子さん、乃梨子ちゃん」
 「あっ!!令さま!?ごきげんよう」
 「あぁ、ごきげんよう。令さま、由乃さん」
 なんだか朝から怒っていた乃梨子ちゃんだったが、流石に令たちを見ると挨拶はしてくる。
 「どうしたの?乃梨子ちゃん、なんだか怒っているけど?」
 「聞いてください!!令さま、由乃さま!!」
 「ちょ、ちょっと、乃梨子!!」
 志摩子が乃梨子ちゃんの手を引いて話を止めようとする。
 この二人はいつもそうだ、いつもプリプリの乃梨子ちゃんに心配性の志摩子。いつも志摩子に怒っている乃梨子ちゃんだが、その実は志摩子に甘えたい妹なのだ。だが、志摩子がいっつも失敗するので怒っているしかないらしい。
 今日の原因も、大方、乃梨子ちゃんの飴玉でも志摩子が知らずに食べたというところだろうか?
 「聞いてください!!志摩子さんたら、私が薔薇の館に持っていこうと思った飴玉を全部食べちゃって!!」
 そのままかい!!
 「そ、そう」
 「しかも、一袋、全部!!」
 「そ、それはお腹壊すよ。志摩子」
 「すみません……甘いもの好きなものですから」
 志摩子は、令と乃梨子ちゃんに怒られシュンとうなだれる。
 「まぁ、まぁ。お姉さまも乃梨子ちゃんもその辺で許るしてあげてください」
 由乃は穏やかな笑みで仲裁に入ってくる。
 「まぁ、由乃さまがそう言うなら」
 乃梨子ちゃんは渋々頷く。
 「ありがとう!!由乃さん!!」
 志摩子は嬉しそうに由乃に抱きつく。
 「ふふふ、もう、志摩子さんたら、でも、流石に一袋は多すぎると思うの、だから、保健室に胃薬を貰いにいきましょうか?」
 「あっ!!私が連れて行きます!!」
 由乃の言葉にすかさず乃梨子ちゃんは手をあげ、志摩子を連れて行く。
 なんだかんだ言いながら、乃梨子ちゃんは志摩子が大好きなのだ。
 そんな二人を見て、由乃は嬉しそうだった。
 「さぁ、行きましょうか」
 「はい、お姉さま」
 志摩子と乃梨子ちゃんを見送り。令と由乃はマリアさまに手を合わせ、校舎へと向かう。
 「それじゃぁ、お昼に薔薇の館で」
 「はい、お姉さま」
 昇降口で由乃と別れ令は三年の教室へと向かった。


 *注!!再び質問、今までの令×由乃が続きます。気分の悪い方、こんな由乃怖いと思われる方は遠慮なされるのがよろしいかと。
                                  『クゥ〜』


 「さて、終わった」
 令は午前の授業が終わり、そうそうに教室を出る。
 「あら、令さん。薔薇の館に?」
 「えぇ、妹が待っていますので」
 「あら、今日も妹さんの手作りのお弁当ですか?」
 令が何も持たずに教室から出て行くのでクラスメイトの彼女はそう思ったらしい。
 「えぇ」
 令は小さく頷き薔薇の館に向かう。
 由乃の作るお弁当は本当に美味しい。由乃は料理が得意で、毎日、令の体調も考えてお弁当を作ってきてくれる。
 ……まぁ、たまに栄養があるからといって嫌いな食材まで使うことがあるのは勘弁して欲しいけどね。
 なんて、幸せなことを考えた瞬間、不意に後ろから溜め息が聞こえてくる。
 「?……祥子?」
 「ごきげんよう、令……はぁ」
 そこには溜め息をつく、祥子がいた。
 祥子とは薔薇の館に来るように成った一年の頃から親しくなった。令は黄薔薇さま、祥子は紅薔薇さまとして、この一年やってきた。
 「どうしたの?」
 「いえ、今の令たちの会話が聞こえたものだから、由乃ちゃんはいいわねと思ってしまって」
 「あはは」
 令は祥子の言葉に笑うしかない。
 祥子の妹、つまり、紅薔薇の蕾である祐巳ちゃん。可愛らしい笑顔で、元気いっぱいの女の子。ただ、元気がよすぎて少しトラブルメーカーなところがある。
 去年なんか、ロザリオ授受の後すぐに祥子にロザリオをつき返す騒動。いわゆる紅薔薇革命なんて騒動を引き起こし、その挙句、学園の姉妹制度を掻き乱したかと思うと今度は自分から祥子からロザリオを再び貰うなんてことまでやってのけた強者。
 「でも、祐巳ちゃんは薔薇の館のムードメーカーだし、それが祐巳ちゃんの良い所でしょう?」
 「まぁ、そうなのだけど」
 祐巳ちゃんに関してはこれだけで話が通じてしまう。それだけ祥子はよく祐巳ちゃんの愚痴を令に話すからだ。
 実際、二年の三人を見ると、大人しい由乃にドジっ子の志摩子では祐巳ちゃんが先頭に立たなければ、けん引役がいないことになる。
 「でも、私もたまには祐巳の手料理が食べたいわ」
 そう言って祥子は手に持った重箱を見る。
 小笠原家御用達の料理人に作らせたお弁当。どう見ても量が、祥子一人分ではない。
 包みを開ければ三段重ねのそれの二段は、早弁をしてしまう祐巳ちゃん用。
 「ふふふ」
 だが、その重箱を見る祥子の目は優しい。
 「それじゃぁ、急ぎましょうか?」
 「そうだね。私もお腹が空いたし、祥子の小鳥ちゃんも鳴いているでしょうから」
 「令、貴女よくそんなセリフが出るわね」
 「そう?普通だけど」
 令と祥子は二人そろって薔薇の館に向かう。
 令は、大好きな妹のお弁当のために。
 祥子は、大好きな妹にお弁当を渡すために。


 *注!!!!最終警告。この令に嫌悪感をもたれた方は、ここまで!!これから先は銀杏王子クラスの令が出てきます。
 しかも、オチなし。
                                 『クゥ〜』


 薔薇の館の側まで来ると、最初に聞こえてきたのは元気いっぱいの祐巳ちゃんの声だった。
 「おねえさま〜〜〜ぁ!!!!」
 薔薇の館の二階から祐巳ちゃんが元気に手を振っている。流石、視力5.0の祐巳ちゃん。こちらが見つけるよりも早く、令たちを捉えたらしい。いや、令ではなく祥子を捉えたのだろう。
 「祐巳!!はしたない!!」
 祥子が令の側で怒鳴るが、残念ながらその程度の声では向こうには届かないだろう。
 「早く、小鳥さんに餌を上げなきゃね」
 「そ、そうね」
 祥子もいつものことで無駄と分かっていながら、こんなに離れて場所で叱るのは周囲への照れ隠しだろうか?
 祥子の可愛いところだ。
 令はクスクスと笑うと、祥子は少し顔を赤くして膨れたような顔をする。
 本当に、可愛い。
 令は、祥子の可愛い膨れ顔を見て近づいてきた薔薇の館を見る。
 元気に手を振っている祐巳ちゃんの隣には、祐巳ちゃんの行動にオロオロして祐巳ちゃんに手を振るのを止めさせようとする志摩子と、その様子を優しい笑顔で見ている由乃がいた。
 由乃の視線が、令とあうと、由乃はさらに優しく笑ってくれる。
 「さっ、急ごう」
 「そう……ゆ、祐巳!!」
 令が、祥子を急かすと、祥子も急いで薔薇の館に向かおうとするが、突然、声を上げる。
 令が慌ててみれば、祐巳ちゃんが窓から這い出て来る所だった。
 窓の中では、志摩子と由乃が祐巳ちゃんを引き止めているが、あの二人では止められない。
 祐巳ちゃんは、そのまま窓の外の雨どいを掴むとスルスルと降りてくる。
 「おいおい、また?」
 令はちょっと呆れた感じで呟く。これは祐巳ちゃんの常習的な行動。毎日、見れるわけではないが、まぁ、一週間、薔薇の館に通えばそのうち見れる行動ではある。
 「祐巳!!」
 祥子が鬼のような形相で祐巳ちゃんに向かっていく。祐巳ちゃんは、雨どいつたいをやるたびに祥子に怒られるが、まったくめげることなく繰り返している。
 だた、やっぱり怒られるのは嫌なのか。視力5.0の祐巳ちゃんの目は、鬼のような形相の祥子を見つけ。無謀にも雨どいを這い上がっていく。
 「祐巳!!!」
 さらに祥子の怒鳴り声が加わり、祐巳ちゃんは急いで逃げようとする。それが不味かった。雨どいは長時間人を支えられるほど強くない。
 ――ガッコン!!
 雨どいが軽い音をたて外れる。
 「祐巳!!」
 祥子は青い顔をして叫び、令はその瞬間走り出した。
 「間に合え!!」
 令は叫び、そのまま滑り込む。
 ――どっすん!!
 祐巳ちゃんは、恐る恐る目を開く。そこには令の笑顔があった。
 「令さま?」
 「大丈夫?祐巳ちゃん」
 見上げる祐巳ちゃんに、令の笑顔。その白い歯がキッラーンと光る。
 「もう、こんな危ないことをしてはダメだよ。お猿さん」
 「は、はい」
 祐巳ちゃんは真っ赤な顔で俯く。
 「祐巳!!令!!大丈夫!?」
 「あっ!お姉さま」
 「お姉さまじゃぁありません!!さっさと令の上からおのきなさい!!」
 「えっ?」
 祐巳ちゃんはようやく自分の状態に気がついたのか、令の上から慌てて飛びのく。
 「令、大丈夫だった?」
 「うん、祐巳ちゃんが受身とってくれたから大丈夫だったよ」
 「ごめんなさい!!ごめんなさい!!」
 平謝りする祐巳ちゃん、ちょっと可哀想かな?
 「祐巳!!何てことするの!!もし、今度同じことしたら貴女からロザリオを取り上げるわよ!!」
 「うっ……」
 「わかっているのかしら!!祐巳!!」
 「まぁまぁ祥子。私なら大丈夫だから」
 「令、ごめんなさいね。祐巳が馬鹿なことをするから……祐巳!!早く謝りなさい!!」
 祥子に怒鳴られ祐巳ちゃんの顔が歪む。その目には今にも零れ落ちそうな涙。
 「うっ、うぅ」
 「祐巳!!」
 「祐巳ちゃん、もういいから」
 令は少し痛む体を起こし、祐巳ちゃんの落ちそうな涙を指ですくうとペロッっと嘗める。
 「しょっぱいね、ふふふ」
 「令さま」
 令の姿を見て、祐巳ちゃんは笑顔を取り戻す。
 「うん、祐巳ちゃんには笑顔が似合うよ」
 「れ、令?!祐巳!!令から離れなさい!!それ以上、令に迷惑かけないのよ!!」
 おや?祥子ってば、やきもち焼いている?
 「うっう……」
 だが、祐巳ちゃんは不満そうだ。これは少々不味いか?
 「な、なによ?祐巳」
 「お」
 「「お?」」
 「お姉さまの!!ぶわっかぁぁぁぁぁ!!!!!!」
 「あっ!!祐巳!!」
 祐巳ちゃんは怒鳴りながら走っていく。
 「祥子、こっちは大丈夫だから、祐巳ちゃんを追いなさい」
 「で、でも」
 「いいから」
 「わかったわ。ごめんなさいね」
 そう言って祥子は祐巳ちゃんを追いかける。だが、スポーツ万能の祐巳ちゃんに祥子が追いつけるか少し心配だ。
 「でも、私はここまでかな?」
 「お姉さま!!」
 「あぁ、由乃、どうしたの?」
 「どうしたのじゃ、ありません!!祐巳さんが落ちて、お姉さまが助けたのが見えたから」
 「そう、それは心配かけたね。由乃」
 令は心配そうな由乃を、そっと抱きしめる。
 「心配したんですからね」
 令の胸の中で呟く由乃。
 「ごめんごめん、でも、由乃」
 「はい?」
 「お腹が空いたから、お昼にしない?」
 「……もう、お姉さまはムードのない。でも、私の大事な親友を助けてくれたお礼ですわ。さっ、行きましょう」
 「そうだね」
 令は、由乃の肩を持つと薔薇の館に向かった。


 由乃の今日のお弁当はなんだかいつもより美味しかった。それは令の嫌いなグリンピースを由乃が残してよいと言ったからかも知れない。
 由乃の手作りお弁当を食べ、乃梨子ちゃんが入れてくれたお茶を飲みながら食後の時間を楽しむ。
 乃梨子ちゃんが入れてくれたお茶を志摩子も飲んでいたが「きゃ!!」と声を上げて、志摩子はお茶をこぼしてしまう。
 「あぁうぅ」
 「もう、志摩子さん、何をしているんですか?」
 「ごめんなさい」
 オロオロする志摩子を尻目に、乃梨子ちゃんは雑巾とバケツを持ってきてテキパキと掃除していく。
 「まったく、天然もいい加減にしてください!!」
 「ごめんなさい」
 乃梨子ちゃんはツンツンしながらも、志摩子のスカートについたお茶は自分のハンカチを取り出して拭いている。
 「ふふふ」
 令が、そんな二人を見て笑うと、由乃も「ふふふ」と笑っていたので、令は由乃を見て二人で笑った。
 令と由乃が笑っているのを見て、志摩子は不思議そうに、乃梨子ちゃんは顔を赤らめて俯いた。
 「あら、お姉さま」
 「ん?なに」
 「スカートに綻びが」
 由乃に指摘され、スカートを見ると確かに綻びが小さいながらあった。たぶん、祐巳ちゃんをキャッチするときに出来たのだろう。
 「このくらいなら大丈夫だよ」
 「あら、そんなことではいけません!!黄薔薇さまともあろう人が、それでは下級生に示しがつきませんわ」
 「そうかなぁ?」
 「えぇ、私が縫いますから、スカートをお渡しください」
 「えっ?でも、スカートだよ、こんなところで」
 「それこそ大丈夫ですわ」
 そう言って由乃はバッグからスポーツタオルを取り出すと、令のスカートを上から隠してしまい。そのまま、令のスカートを持って鞄からソーイングセットを取り出して手際よく繕いしていく。
 「本当に、由乃さまは出来た妹ですね」
 乃梨子ちゃんがうんうんと頷いていた。令は、その姿が何だか可笑しくって笑ってしまう。
 「な、なんで、笑うんですか?令さま!!」
 「うん?乃梨子ちゃんも出来た妹よ。ねっ、志摩子」
 「はい」
 志摩子は小さく頷いて、乃梨子ちゃんはまた顔を真っ赤にした。
 「さて、もう一人の出来た妹はどうしたかな?」
 令は由乃にスカートを繕ってもらい、その出来に満足すると窓の外を見る。
 まだ、祥子と祐巳ちゃんは戻ってこない。たぶん、お昼は薔薇の館に来ないかもしれない。
 「もう一人の出来た妹って、祐巳さまですか?」
 「そうだよ」
 「あの、失礼ですが、祐巳さまの何所が出来た妹なのでしょう?窓から雨どいをつたって降りるような人ですが?」
 「そうだね。でも、そこが出来ているんだよ」
 乃梨子ちゃんはよく分からないって顔をする。
 「ようするに言い方が悪いけど需要と供給が一致しているんだよ」
 「需要と供給?」
 さらに困った顔の乃梨子ちゃん。普段は勘がいいのに、こんな話になるととたんに鈍くなる。
 「つまりね、乃梨子ちゃん。祥子は知っての通り教養や作法には完璧な人間よね」
 「はぁ、まぁ」
 はぁ…に、まぁ…か。
 「それでね、祐巳ちゃんの方は元気いっぱい、多少の無茶も当たり前。まぁ、今日のは行き過ぎかと思うけどね」
 「行き過ぎで済ませられるレベルではないかと」
 「ふふふ、そうだね。それでそんな祐巳ちゃんが出来た妹かというと、祥子に心配させているからだよ」
 「紅薔薇さまに心配させている?……あっ!つまりアレはワザとしていて紅薔薇さまに頼よっている自分を祐巳さまが演出していると?」
 「そう、そんなところかな。祥子はアレで世話好きだからね。完璧な祥子には祐巳ちゃんくらいでないと、ダメなわけだ。まぁ、祐巳ちゃんのアレが素ではないと誰もいえないけどね」
 「そうですね」
 令がウインクしながら乃梨子ちゃんを見ると、乃梨子ちゃんもウインクで返し笑った。


 「それじゃぁ、また、放課後に」
 お昼休みを終え、薔薇の館から出る。そのまま校舎に向かうが、その途中の芝のはってある中庭でのんびりくつろぐ祐巳ちゃんと祥子を見つけたが令はそっとしておいた。
 ……祐巳ちゃんも今回のことで少し大人しくなるかもしれないな。少し、残念だけど。
 まぁ、そんなに長くは持たないだろうと令は思いながら教室へと向かう。
 なぜなら、祐巳ちゃんの魅力はその元気さだからだ。


 放課後、令は一人剣道部を後にする。
 部活は引退したものの、未だ後輩への指導をおこなっている。
 「お姉さま、お疲れ様でした」
 部室から出てきた令を由乃が迎えてくれる。
 「鞄、お持ちしましょうか?」
 「えっ、ありがとう。でも、いいよ」
 「そうですか」
 「それで皆は?」
 「もう、薔薇の館に集まっておりますわ」
 「そう、それじゃぁ、急ごうか」
 「はい、お姉さま」
 由乃を連れ、令は薔薇の館に向かう。
 「なんだか、少し曇ってきたね」
 令が空を見上げれば、朝の清々しい空はなく。どんよりと曇った空が広がっている。
 「そうですわね」
 「急ごうか」
 「はい、お姉さま」
 令は由乃の手を取り、走る。
 ……小さな手。私が守る可愛い手だ。
 令はそう思いながら由乃のペースで走る。
 「あっ!」
 あと少しで薔薇の館というところで、雨がパラパラ降り始めてしまった。
 「由乃、急ぐよ」
 令はそう言ってヒョイッと由乃を抱え上げ。お姫様抱っこのまま、全速力で薔薇の館に飛び込んだ。
 「少し濡れちゃったかな?」
 「はい、でも、お姉さまのおかげでほんの少しですわ」
 「令さまー、由乃さーん」
 少し濡れた制服の雨をハンカチで拭こうとすると、二階の廊下から祐巳ちゃんが顔を出す。
 「タオル、いま、お持ちしますね」
 そういった祐巳ちゃんはタオルを持ったまま、手すりにまたがるとそのまま降りてくる。
 「祐巳さん!!」
 「祐巳ちゃん!!」
 祐巳ちゃんは何の問題もなく手すりを滑り降りてきてしまった。
 「はい、タオルです!!」
 祐巳ちゃんは屈託のない笑顔でタオルを差し出す。元気なのも程があるかも。
 「ありがとうね、祐巳ちゃん。でも、手すりを滑り降りるのははしたないから止めなさいね」
 「はい!」
 返事は良いんだけどなぁ。
 「それと」
 「それと?」
 「祐巳さん、上を見て」
 由乃は、少し申し訳なさそうに上を指差す。
 「上?ひっ!!お姉さま!!」
 二階の廊下には、鬼のような形相の祥子。しっかりと祐巳ちゃんの態度を見ていたようだ。
 「祐巳!!ちょっと来なさい!!」
 祥子の怒った声が響く。
 「は〜い」
 祐巳ちゃんは渋々、二階に上がっていくが階段は二段とびで上がっていった。
 「祐巳ちゃん、懲りていないわね」
 「祐巳さんは、ああでないと困りますから」
 「そうなの?」
 「はい、お姉さまもそう思われるでしょう?」
 「そうだね」
 令は頷くと、由乃と一緒に二階へと上がる。階段を一段ずつキチンと踏んで。
 夕方振り出した雨は本格的に成り始めた。
 「あ〜ぁ、どうしよう?傘持ってきていないよ」
 令がそうぼやくと由乃がすかさず。
 「大丈夫ですわ、お姉さま。一階の倉庫に置き傘がありますので」
 などと言う。本当に出来た妹だ。
 「流石、由乃ちゃんね」
 「そういう祥子は?」
 「私?」
 祥子はそう言って鞄の中から折りたたみの傘を取り出す。祥子こそ流石だ。
 「え〜ぇ、私、持って来てないよぉ」
 「祐巳、いつも言っているでしょう?どんな些細な用意も忘れないようにと」
 「ふーんだ、私、お姉さまみたいに成れないもん!!『祐巳!!』あっ、志摩子さんは?」
 祥子の言葉を無視して志摩子に話を振る祐巳ちゃん。なんだか少し拗ねている。
 「私も持ってきていないのよ。乃梨子は?」
 「あっ、私もです」
 「それじゃぁ、三人で濡れて帰えろう!!」
 嬉しそうに提案する祐巳ちゃん。
 「おやめなさい、私が入れてあげるから」
 すかさず祥子が止めに入る、祐巳ちゃんは少し残念そう。
 「あら、それじゃぁ、私たちだけね」
 「それなら置き傘は二本あるから、一本お使いに成ってください。お姉さまもよろしいですか?」
 なるほど由乃は令の分まで置き傘をしてくれていたようだ。それなら。
 「うん、良いよ」
 「で、でも」
 遠慮する志摩子だったが、由乃が是非にと進めると乃梨子ちゃんが「ありがとうございます」とお礼を述べ。雨脚がさらに酷くなる前に帰ること成った。
 「それでは、ごきげんよう」
 「「「「「ごきげんよう」」」」」
 バス停の側まで二人一組の相合傘で来て別れ。令と由乃はそのままバス停を通り過ぎ、家路に向かう。
 「それにしても祐巳さん、本当に残念そうでしたね」
 「まぁ、雨に濡れることの前科持ちだからね」
 祐巳ちゃんは以前、何か古い映画を祥子の家で見たとかで影響されて雨の中、傘を持って踊っていたことがあり。気がつくとビッショリと制服を濡らし、風邪を引いた前科がある。
 以来、祥子は祐巳に映画を見せるときは、影響が出ないものを選び。雨の日はわざわざ教室にまで行っているようだ。
 「そうでした。ふふふ」
 笑う由乃を見ると肩の辺りが少し濡れている。
 「由乃、もっとこっちにおいで」
 令はそっと由乃の肩を掴むと、側に近寄らせる。
 「あっ」
 由乃が可愛い声をあげ、頬を染める。
 「ふふ、可愛いよ。由乃」
 「もう、お姉さまったら」
 ほんの少しからかうだけで、由乃の顔はさらに赤くなった。
 そのまま由乃を家に送る。
 「由乃、すぐに着替えるんだよ」
 「はい、お姉さま」
 「じゃ、ごきげんよう」
 「ごきげんよう、お姉さま」
 由乃を家に送り、令は帰宅する。
 帰宅した令は、着替えを用意してお風呂場に向かう。今は受験前なので、剣道よりも受験の準備が大切だ。
 令が由乃に受験することを伝えると、少し悲しそうに俯いたが最後には笑顔で賛成してくれた。
 そんな由乃の期待に応えたく思う令は、お風呂から上がると部屋に戻り。夕食まで軽い復習をしておくことにした。
 夕食後も勉強をするが、徐々に集中力がなくなってくる。
 「ふぅ、少し休憩でも入れようかな」
 そう思ったときドアをノックする音が響いた。
 「はい、どうぞ」
 「失礼しますわ、お姉さま」
 入ってきたのは由乃の手にはクッキーや紅茶が乗ったトレイを持っていた。
 「いいタイミング、ちょうど休憩を入れようと思っていたところ」
 「それはよかったですわ」
 令は由乃が作ってきてくれたクッキーを一口、口に入れる。
 ビターのチョコチップが入ったクッキーは、甘味が抑えられ美味しかった。
 紅茶も令の好み通りで、クッキーの後味を消してくれる。
 「外、雨はまだ降っているの?」
 雨音はしなくなっている。
 「えぇ、霧雨のように成っていますけど」
 「そう、それじゃぁ送るよ」
 「いいえ、お姉さま。それには及びませんわ」
 令の言葉を由乃は断ってくる。
 「お姉さまへの差し入れは、私がやりたいのでやったまでですから。これでお姉さまの気を使わせては」
 「そうかい?」
 「はい」
 「わかったよ。それじゃぁ、お休み」
 「お休みなさいませ。お姉さま」
 令は部屋から出て行く由乃を見送ると、もう一度机に向かた。


 「今日も、優しい妹に支えられた一日でした……と」
 令は就寝前の日記を書き終わると部屋を暗くしてベッドに潜り込む。
 「明日も穏やかな一日でありますように」
 令はベッドの中、眠りながらそう祈っていた。





 まず、オチについて。
 オチはないとありなすが、一応、オチはあります。『最後の文』と『題名』を掛け合わせたものがオチです。まぁ、いわゆる『禁断の○オチ』というやつです。



 次にいいわけ。
 最初、大人しい由乃を書こうとして、令さまの性格が変わり。ついには祐巳を由乃劣化バージョンプラスに、乃梨子をツンデレ系に、志摩子を完全ボケにしました。というよりも成っちゃった。祥子はそう変わっていないと思うのですが……。
 一応コレ、令×由乃なんですよ。本当に。
 キー挑戦第三弾でした。

                                      『クゥ〜』


【1492】 黄色い薔薇に今衝撃告白  (臣潟 2006-05-19 00:08:19)


 彼女に目を奪われたのは仕方のないことだったと思う。
 そりゃあまじまじと見つめてしまって、その姿をお姉さまに見られてしまったのは不覚としか言いようがないけれど。
 ベリーショートの髪をかすかに揺らして颯爽と歩く彼女はそれくらい格好よかったのだ。
 でも。
 それでも、だ。

「祐巳、あの子を妹にしなさい」
「へ?」

 何でそうなるんですかお姉さま。


 5月初旬。
 すでに桜も散り、時折思い出したようにやってくる肌寒い日も大分少なくなってきた。
 窓からのぞくマリア様の空から流れ込む風はすがすがしく、マリア祭の準備も捗ろうというものだ。
「現実逃避はそれくらいにしておきなさいな」
 そんな風に乗って届くのは親友の声。
 もっとも、2人しかいない薔薇の館に響くその声には呆れや疲れが多分に含まれてはいたが。
「祥子さん」
「なに?」
「お姉さま交換しない?」
「いやよ」
 無理、ではなく、いや、と答えるあたりが親友の親友たるゆえんだろうか。
 窓から室内へ、そして親友小笠原祥子へと目を移す。
 頼りになる親友はその誰もが羨み私も羨む容姿を惜しげもなく晒しながら、手元の書類へと視線を落としていた。
「祥子さんてさ」
「なに?」
「割と容赦ないよね」
「お姉さま方ほどではないわ」
 それは比べる対象が間違ってる、と心の底から思ったが、詮無きことと首を振って仕事を再開することにした。
 マリア祭まであと10日ほどと言ったところ。ここにはいない薔薇さま方も、それぞれ校舎内を忙しく回っているのだ。

「祐巳!あの子のことわかったわ!」
 おそらく私たちを常に見ていらっしゃるマリア様ですら数度しか見たことがないであろう満面の笑みで、お姉さまがビスケットを粉々に砕きそうな勢いで扉から現れた。
 ああ、お姉さま。祐巳はその笑顔が怖くてなりません。
 隣の祥子さんは、ごきげんようの「ご」の字も出てきてないではありませんか。
 先ほど帰ってこられた紅薔薇さまですら驚愕の表情で固まっておられますよ。ああ、これはレアだ。今年入学したというカメラ小僧ならぬカメラ少女が見たら光の速さでシャッターを押すに違いない。それでも、笑顔満天のお姉さまほどではないが。
「ごきげんよう、お姉さま。それで、誰のことがわかったのですか?」
「名前は支倉令、クラスは1年菊組、部活は剣道部。有段者ですでにホープと呼ばれているそうよ」
 ああ、お姉さま。マリア祭の仕事へ行っておられたのではなかったのですか。
「安心して。もう山百合会の手伝いを頼んできたから」
「ちょ、ちょっと黄薔薇さま?何の話をしてらっしゃるのかしら?」
 ようやく再起動を果たした紅薔薇さまが声をかける。
「支倉令さんの」
 お姉さま、そうじゃないと思います。
 と、ようやく周囲の空気を読んだのか、ポンと手を打って言い直した。
「ああ、そういうこと。つまりね……」
 何故かそこで一息置き、何かを考えるしぐさをする。
 ああ、お姉さま。悪い予感が確信に変わろうとしています。


「祐巳に妹ができたのよ」


「できてません!」
「祐巳ちゃん、意外と手が早いのね……」
「蓉子様あっさり信じないで!」
「ゆ、祐巳、いつの間に……」
「祥子さんも!」
「令ちゃんは来年ロザリオを渡す相手がもう決まってるそうよ。一気にひ孫までできて嬉しいわ」
「もういやーーーーー!!」


 鳥居江利子さまの妹になって1年。
 落ち込んだりもしたけれど、私は元気です。




あとがきっぽい何か
 お初お目にかかります、臣潟と申します。
 世にパラレル再構成数あれど、祐巳が黄薔薇一家は少なしと思いここに一筆。
 深く考えずに書いてしまいましたが、楽しんで頂けたら之幸い也。
 それではこれにて。


【1493】 由乃は見た大事件  (朝生行幸 2006-05-19 15:08:13)


 薔薇の館での仕事が終わり、最後まで残っていた黄薔薇のつぼみ島津由乃。
 最近はめっきり寒くなり、十分注意してはいたが、もともと健康には程遠い身体だったので、やはり風邪でもひいたのだろうか、喉の奥がすこしイガラっぽい。
 土日と休みなので、戸締りをしっかりと確認し、早く帰ろうと館を後にして数歩進んだその時。
 薔薇の館の裏手、中庭の方から、なにやら眩い光が発せられた。
「?」
 不信に思いつつも好奇心を抑えられず、足音を殺して館の裏手に回ったところ、なんとそこには、三つのボールの上に、灰皿をひっくり返して乗せたような形の、いわゆるアダムスキー型と呼ばれる円盤が着陸していた。
「…な、なんでこんな物が?」
 驚きのあまり、警戒するのも忘れて円盤に近づく由乃だったが。
 ガサリ。
 背後から聞こえた音に、飛び上がらんばかりに驚いた。
 振り向けばそこには、どこかで見たことがあるような二人の人物が立っていた。
 ただしその服装は、銀色っぽいツヤがある密着型。
 由乃の思考は、当然ながらと言うべきか短絡と言うべきか、彼等は『宇宙人』、または『地球外知的生命体』という結論に到達していた。
「あ、あなた達は誰?」
 言葉が通じるかどうかは疑問だが、聞かずにはいられない由乃。
「コニーチワ、ハジメマーシテ」
 まるで片言でしか喋られない外国人のような口調だが、とにかく返って来た言葉は、紛れもなく日本語だった。
「ワターシノナマエハ、ジョーンズトイイマース」
 答えたのは、まるで映画俳優のトミー・リー・ジョーンズに瓜二つの人物。
「ソシテコチーラハ、スミストイイマース」
 自称ジョーンズ氏の傍らに立つのは、同じく映画俳優のウィル・スミスにそっくりな人物。
「ジョーンズさんにスミスさんね。いかにもウソくさい名前ではあるけれど初めまして」
 確かにアメリカ辺りでは、ごまんとある名前であろう。
「私は、ロサ・フェティダ・アン・ブゥトンの島津由乃よ」
「オウ、ズイブーントナガイナマエデースネ。フェチトヨバセテモライマース」
「って、誰がフェチよ! 私のことはヨシノって呼ぶこと。いいわね?」
「リョウカーイシマーシタ。ヨシーノサン」
「まぁ良いけど。それで、あなた達は何者なの?」
 すっかり毒気が抜かれたのか、やたらデカイ態度で二人?に対する由乃。
「ジツハワターシタチ、カトウトハイエ、アルテイドイジョウノブンメイヲキヅイタジンルイデアルトコロノアナタガタチキュウジント、ユーコーヲムスブタメニヤッテキマーシタ」
「地球人が下等ですって?」
「ハイー、オイカリハゴモットモーデスガ、ワガホシノカガクリョクニクラベタラ、チキュウナンテ、ヘメヘメノスペペペペデース」
 本人にはその気はあまり無いのだろうが、由乃にしてみれば、侮辱にしか聞こえなかった。
「アンタたち、バカでしょ?」
「ハイー? バカッテナンデショウ?」
「頭が悪いって言ってんの!」
「オウ、カトウセイブツニアタマガワルイトイワレテシマイマシタ。デスガドウシテ、ワターシタチ、キンセイデウマレテモクセイデソダッタカセイジンノアタマガワルイトイワレマースカ?」
「はぁ?」
 素っ頓狂な声を出す由乃だが、その気持ちは分からんでもない。
 誰が、金星生まれで木星で育った火星人などという戯言を信じるのだろうか。
「あのねぇ、割とあっさり地球人を下等呼ばわりするけど、太陽系に、地球以外で生命が存在する星が無いのはわかっているのよ? 酸の大気で覆われた金星なんかに生命がいるわけないし、火星もかつては水があったらしいけど、パスファインダーもグローバルサーベイヤーも生命の痕跡を見つけることはできなかったわ。木星だって、主成分がヘリウムと水素のガス惑星。生命が住める大地は存在しないことぐらい知ってるんだから。まぁ、木星の核は、地球大のダイヤモンドでできているらしいって話は聞いたことあるけど、それが地面とは言い難いし」
「ソレハチガイマース。ダイセキハンハ、カザントソノフンエンデデキテマース。カザンガアルトイウコトハ、ジメンガアルトイウコトデース」
「アンタらは、あ○かあ○おの本でも読んでるのか!?」
 そういう由乃も読んでるようだ。
「モクセイノエイセイニスンデイタトシタラドウデショウ?」
「それなら素直に木星の衛星に住んでいたって言いなさいよ。月で生まれ育ったのに地球人って言うようなものよ」
 正しくは月で生まれ育った地球人なので、地球人であることにはかわりないのだが、さすがの由乃も少々混乱しているようだ。
「カセイニセイメイガソンザイスルショウコアリマース。シドニアノジンメンセキ、アレワレワレガツクッタデース」
「自然造形による光と影のイタズラだってことは、とうの昔に判明しているわよ。未だにあれが建造物だって言い張るのは、コ○ノケン○チぐらいだわよ。だいたいアンタたち、こんな夕暮れの女子高なんかに来て、友好もクソもないでしょ? どうして、国会議事堂とか首相官邸とか、いや日本である必要はないわね、アメリカ大統領とかのところに直接行かないのよ。どう考えても、来る所間違えてるわよ」
「ソレハシカタガアリマセーン」
「どうして?」
「ワレワレニハムカシッカラ、ジュウヨウジンブツトセッショクシテハイケナイトイウキマリガアルノデース」
 確かに、職を転々としていたアメリカ移民や、自動車ジャーナリスト等、地球レベルで考えればさして重要でない人物ばかりに、友好や世界平和、核兵器の恐怖などを訴えたという例は多い。
「デスカラ、トリアエズテキトウナトコロデアイテヲミツクロイ、コンランシテイルトコロデムリヤリアイテヲウナヅカセラレレバ、コチラノモクテキハタッセイシタコトニナリマース。ソシテ、ジブンノホシニカエール。カンタンナハナーシ」
「悪徳業者の手口ね。で、もし、その相手やらが頷かなかったらどうなるのよ」
「ムリヤリニデモ、ウナヅカセマース。ダカラヨーシノサンニハ、カクゴシテイタダキターイ」
 ジョーンズ氏とスミス氏の二人は、剣呑な雰囲気の銃っぽい物を取り出すと、由乃に向けて構えた。
「ワタシターチトユーコーヲムスーブ。オウカイナカ?」
「だから、そんなひょっとしたら重要かもしれないこと、一介の女子高生に決められるワケないでしょ!?」
「ワレワレガエランダノガチキュウノダイヒョウ、タダソレダーケ。サイゴノチャンスデス。ハイカイエースカ?」
 島津由乃、人生で2番目か3番目の、絶体絶命のピンチ。
「は…」
 ジョーンズ氏、由乃が『はい』と言うと思い、銃口を下げて身を乗り出したその時。
「ハックショイ!」
 由乃は、盛大なクシャミを放ったのだった。

「という話があったのよ。ま、信じる信じないはあなた達に任せるけど」
 月曜日の昼休み、松組の教室にて、クラスメイトに金曜日の話をする由乃。
「で、その後どうなったの?」
 事実かどうかは無関係といった風情で、嬉々として訊ねてくる紅薔薇のつぼみ福沢祐巳。
 その両脇には、苦笑いしている武嶋蔦子と山口真美がいた。
「くしゃみの時に飛び散った唾液が触れたらしくて、銃みたいな物も円盤も、ついでに二人の宇宙服も、あっと言う間に溶けてしまったのよ。火星人はインフルエンザに弱いって聞いたことあるけど、話が違うわよね」
 呆れたような口調の由乃。
「で、そのジョーンズ氏とスミス氏のその後は?」
 蔦子が、由乃に問う。
「スミス氏は知らないけど、ジョーンズ氏なら、街の工場で働いているのを見たわ。きっと今頃、缶コーヒーでも飲みながら休憩しているんじゃないかしら」

 一方その頃、当のジョーンズ氏は、吉○家で昼ご飯を食べている真っ最中なのは、また別の話…。


【1494】 物語が始まる  (若杉奈留美 2006-05-19 18:12:41)


聖さまのお母さんの物語、「いばら咲く道」第2章。
【No:1490】の続きです。


その人の横顔から、私はどうにも眼が離せなかった。
瞳を閉じて一心に祈る姿は、まるでいつか見た聖誕劇のマリア様。
目の前に、あの日あのとき生まれたキリストがいるかのような顔。

(世の中にはこんな人もいるんだ…)

大人たちのエゴに振り回されていた私にとって、
それは久しく忘れていた感慨だった。
やがてその人が立ち上がると、私もあわてて立ち上がった。
別段深い理由はない。
ただ、その雰囲気に合わせないといけないような気がしたから。

「ごきげんよう」
「あ…えっと…ごきげんよう」

見る人すべてを包み込むみたいな、穏やかな笑顔。
もし視線のみで人を抱きしめることができるなら、この人はいったい何人抱いてきただろう。

「急がないと、予鈴が鳴ってしまうわよ?」

あわてて時計を見ると、もう8時15分。
うちのクラスのシスターは厳しいから、放送朝拝に遅れると大変だ。

「あ、ありがとうございました!ごきげんよう!」
「ごきげんよう」

教室へと急ぐ私の耳に、誰かがその人の名前を呼ぶ声がした。

「みきさん、早く!」

(そうか…みきさんというのか。覚えておこう)

思えば、すべてはこのとき始まっていたのかもしれない。


「へえ〜、珍しいこともあるもんだね。他人にはまったく興味なしのあなたが」
「別にそんな大した話じゃないわ」

クラスでも数少ない友人の一人、黒崎綾さんが笑っている。
彼女の言うとおり、私は他人のことにはあまり興味がない。
むしろ、トイレまで一緒に行くほかの女の子たちのことを、内心軽蔑していた。
1人では何もできない腰抜けと。
そして…そんな連中と性別が一緒の私自身のことも。
はたから見れば、これほどやっかいな人間はいないだろうが、綾さんはそんな私と知って、なお友人でいてくれるのだから、
ありがたくもあり、うっとうしくもあり。

「ただ、みきさんという人と偶然マリア像で一緒になった。それだけの話よ」

あのとき「みきさん」と呼ばれていたのは、いったい先輩なのか、同級生なのか。
いったいどこに住んで、どんな暮らしを送ってきたのか。
あのたたずまいの理由は…何なのか。
生まれて初めて、こんなにも他人のことが知りたいと思った。
彼女の苗字も含めて、私はすべてを知りたくなってしまった。

「あなたは知らないでしょうけどね…1年藤組の倉橋理都子といえば、リリアンで10年に1人出るか出ないかの美人って評判なのよ」

綾さんがさも愉快そうに言うのを、私はどこか別次元で聞いていた。


5時間目の、古文の授業が終わる間際のことだった。

「あなたの好きな百人一首を選んで、その意味を調べてきなさい」

そんな宿題が出た。

(やれやれ、百人一首かあ…)

一つでいいのなら、放課後に図書館で調べれば間に合うだろう。
今日は珍しく、それ以外には宿題も出てないことだし、さっさと済ませて帰ろう。
こんなとき、帰宅部であるわが身が嬉しくなってしまう。
私は図書館へと急いだ。

図書館には、どうやら先客がいるみたいだった。

(あの人も調べ物かな?)

少なくとも、何か課題を抱えている人間にとって、他の人が同じように努力している姿は心強い。
もちろん、ただ読書しているだけかもしれないが、今はちょっとだけうぬぼれを許してもらいたい気分。
私は心持ち浮かれるような感じで、資料を探すふりをして、その人の開いている本の表紙だけでもちらっと見ようとした。

【高校2年・数学】

数学の参考書か問題集をここで広げて、一生懸命勉強している。
ずいぶん勉強熱心な先輩もいるものだ。
心なしかどこかで見たような気がするが…

(まさか、あのときの…!)

その可能性を認識した瞬間、今までbpm60でリズムを奏でていたはずの私の心臓が、
いきなりbpm100くらいまで跳ね上がってしまった。
呼吸もそれに合わせて速くなる。

(ちょっと待て、落ち着け、落ち着くんだ、理都子)

なんとか理性をとりもどしたいところだが、目と鼻の先にあのときのマリア様がいるのだから、どうにもならない。
顔の表面温度まで上がってきてしまった。
これはまずい。
私は資料を手にして、とにかく一刻も早くその場を立ち去ろうとした。

「あら、もう帰ってしまうの?倉橋理都子さん」

いきなりその人が名前を呼んできた。

「えっ、あ、あの…」
「どうして名前を知っているのかって?リリアン一の美女、恋人にしたい生徒No.1のあなたを知らなければモグリよ」

ちょっと待ってくれ。
鼻持ちならない言い方で申し訳ないが、見た目それほど悪くないのは自分でも知っていた。
でも私は、今目の前にいるこの人のことを何も知らない。
名前が「みき」であること、私より1学年上であること以外、詳しいことは何も。
それなのに、彼女どころか学校中で知れ渡っているなんて…!
このとき私は初めて、綾さんが言っていた言葉の真の意味を知ることになったのだ。
もうどうしたらいいのやら。

「何か調べ物をしにきたんじゃないの?」
「え、はい、でも大丈夫ですから!」

何が大丈夫なんだか、自分でも分からなかった。

「そう…何かあったらいつでも言ってね」
「分かりました。ありがとうございます」

そう答えるのが精一杯。
背を向けて、図書館の出入り口へ向かおうとしたとき。

「あなた…好きな人はいるのかしら?」

ああ…なんという質問をなさるのですか、みきさま!
私は…私は…

「…いいえ…」

その瞬間、胸に妙な何かが刺さった気がした。
世界がかすみ始めるのを、この人には知られたくない。
泣き顔なんて…誰にも見せたくない。
好きになってしまったなんて…あなたを好きだなんて…言えないです、みきさま…。


【忍ぶれど 色に出にけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで】

(隠していたのに、とうとう自分の恋心がばれてしまった。
「何か物思いをしているのか」と、他人に聞かれてしまうほどに)

我ながら、とんでもない一首を選んでしまったものだ。




すみません、もう少しだけ続きます。






【1495】 庶民派としては  (C.TOE 2006-05-19 21:28:27)


春四月。
新入生が入ってきた。
祐巳は紅薔薇さまになり、由乃さんは黄薔薇さまになった。

「どうぞ、紅薔薇さま」
「ありがとう」

薔薇の館の二階。
祐巳の前に紅茶を置いたのは黄薔薇のつぼみの菜々ちゃん。
入学式が終わって由乃さん、薔薇の館に集合をかけたと思ったら、早速菜々ちゃんを改めて紹介した。驚いたことに入学式が始まる前、校門で待ち伏せして学校にやって来たばかりの菜々ちゃんを捕まえてロザリオを渡したのだそうだ。思いこんだら青信号の由乃さんらしいといえばらしいけど。
たしか由乃さんが令さまの妹になったのは令さまが家に帰ってからだからそれより早い最速記録だね、と由乃さんに言ったら、「そんな事どうだっていいのよ。私の妹居ない期間が1秒でも短くなれば」と返された。由乃さん、妹が居ないのをかなり気にしていたらしい。それでも、「理論上絶対破られない最速記録は、江利子さまには有効かも・・・」などとつぶやいていた。卒業されてから一年経ったというのに、江利子さまの影が見え隠れする。

菜々ちゃんと由乃さんを見ている白薔薇さまの志摩子さん。
由乃さんは菜々ちゃんを初日から薔薇の館に連れ込んで、あれこれ指導している。
志摩子さんはそんな二人を温かく見守っている、といったところだろうか。

その隣で乃梨子ちゃんが珍しいものでも見るかのような目。豹変してからの由乃さんしか知らない乃梨子ちゃんにとっては、甲斐甲斐しく後輩の面倒を見る由乃さんというのは新鮮に映るのかもしれない。

私の隣の席で静かに紅茶を飲む瞳子ちゃん。
いろいろあって、姉妹になったのは年が明けてからになってしまったけど、祐巳の可愛い妹。

ようやく祐巳にも妹ができたという噂をどこからか聞きつけた聖さまがふらっと遊びに来た時、祐巳達を見て、「祥子が飼い主なら、電動ドリルちゃんは世話係だね」などとのたまった。
紅薔薇家以外のメンバーにはうけたが、祥子さまと瞳子ちゃんは怒っていた。祐巳は不覚にも全くそのとおりだと納得してしまった。
不機嫌そうに祥子さまが「それなら聖さまはなんですの?」という問いに、「紅薔薇家の子犬を可愛がる隣の白薔薇家の元住人」と悪びれた様子も無く堂々と答えると、身構えた祐巳ではなく無防備だった乃梨子ちゃんを抱きしめて、乃梨子ちゃんが無反応なのにがっかりすると、帰られてしまった。


祐巳はティーカップを置くと、傍に置いてあったリリアンかわら版新年度号を見た。
新聞部は入学式に既に新号を発行しているのだ。
といっても、実際には昨日までにほとんど準備しておいて、新入生が登校してくる写真を朝一で撮影すると、入学式の間に印刷していただけだが。

そのリリアンかわら版新年度号、表は“新入生歓迎”と題して、学園長のコメント等ありがちな記事。
その下には“リリダス”という、高等部から入学した人向けの欄。姉妹(スール)制度、ロザリオなどの説明がある。それらに混じって白ポンチョまで載っている。おそらく乃梨子ちゃんの提案だろう。

そして裏には山百合会の紹介が載っている。
もちろん祐巳たち三人の薔薇さま、そして二人のつぼみのことが載っている。さすがに菜々ちゃんは載っていなかった。

紹介文に、メンバーを一言で表すと、という欄がある。
これは祥子さま達の学年が卒業する前、1・2月のうちにアンケートで集めておいたものらしい。

白薔薇さまの志摩子さん。
“ほんわか”“ふんわり”“ミス・プリンセス”といった単語。どれも志摩子さんを表現しているが、表現しきれていない。祥子さまとは全然違うが、志摩子さんも超がつくほどの美人だから。そしてそれらに混じって“小寓寺の娘”とある。真美さんは「多面的に捕らえるため」と言っていたけど、こうやって並べられると事情を知らない新入生は混乱するだけじゃないだろうか。

黄薔薇さまの由乃さん。
“妹にしたいナンバーワン”“コートはAライン”。昔、祐巳も由乃さんの事を知る前なら並べそうな言葉だが、最後に“青信号”。まだまだ猫をかぶった由乃さんしか知らない人が大半とはいえ、これはある意味危険な単語ではなかろうか。地雷かもしれない。

白薔薇のつぼみの乃梨子ちゃん。
“冷静で面倒見が良い”。瞳子ちゃんや可南子ちゃんによると、高等部から入ったということで、根本的な雰囲気が違うせいか、お世辞にもクラスに溶けこんでるとはいいにくい乃梨子ちゃんだが、面倒見が良くて処理能力に優れているのでクラスで人望があるという。そして“趣味仏像鑑賞”。いや、だからなぜ必ず一つずつ地雷が仕込んであるかな。真美さんの真意がわかりかねる記事内容だ。

紅薔薇のつぼみの瞳子ちゃん。
“演劇部の女優”。瞳子ちゃんを表すならまずこれだろう。
“電動ドリルちゃん”。アンケートに聖さまは答えてないはずだけど・・・?

そして祐巳。
“のほほん”。志摩子さんの“ほんわか”に似ているが、何か違う。辞書とジーパンぐらい違うと思われる。
“百面相”。やっぱり聖さま、答えてるのかな。
そして一つだけわからない単語がある。祐巳の知らない単語。漢字三文字。・・・ウラ?一文字目からいきなり読み方がわからない。三文字をそのまま読んでもわからない。祐巳の知らない単語なのか、特殊な読み方があるのか。


黄薔薇姉妹を温かく見守っている志摩子さんに聞いてみた。

「ねえ、志摩子さん。これ、なにか知ってる?」
「ああ、それね。私も気になっていたのだけれど、わからないわ。最後が『公』の字だから、公爵のような貴族だと思うのだけれど。今のイギリス王家は昔“ハノーバー朝”と呼ばれていたけど、それは元は“ハノーバー公”、つまりハノーバーの領主様だったから。実際、ハーノーバーの領主とイギリスの国王を兼任してた時期もあるわ」

そういえば世界史の授業でそんな事習ったなーなどと祐巳は思いながら、席に戻ってきた由乃さんにも聞いてみる。

「私もわからないわ。私も志摩子さんと同じ意見だけど、前二文字が漢字だから、中国の地名じゃないかと思うの。漢王朝最後の皇帝・献帝が魏王に譲位した後、“山陽公”という役職を貰うのだけど、それは山陽の領主という意味。実際には名前だけで軟禁されてたけど」

由乃さん、忍者モノに続いて三国志にも手を出したらしい。
とりあえず貴族っぽいって事で、祐巳は余計に悩んだ。お姉さまの祥子さまならともかく、祐巳は庶民代表みたいなものだ。○○公なんて称号、貰えるとは思えない。
などと考えていたら、ティーカップを置いた瞳子ちゃんと目があった。

「ねぇ瞳子ちゃん―」
「私もこの単語は知りません。でも、真美さまに誤植でないか確認したほうがいいと思います」
「え、瞳子ちゃん、心当たりがあるの?」
「間違い無く祐巳さまの事ですわ。でも、まず確認してください。そうでないと、はっきり言えませんわ」

それを聞いた乃梨子ちゃんが「ひょっとして・・・」と小さな声で言った。

「あ、乃梨子ちゃん、知ってるの?」
「たぶん―」
「乃梨子さん」

乃梨子ちゃんの発言を遮る瞳子ちゃん。

「祐巳さま、そんなだから、お花が頭に咲いてる、おめでたい方なんて言われるんです。少しは自力で調べてくださいませ」
「そんな事言わずに、教えてよ」
「祐巳さま、もっと薔薇さまらしくしてくださいませ」

とっても厳しい瞳子ちゃん。他の四人を見たが、白薔薇、黄薔薇各家で何かぼそぼそ言ってる。どうやら祐巳以外はわかったようだ。
祐巳は仕方なく新聞部に確認に行くことにした。
薔薇の館を出て、新聞部の部室に向かう途中で、幸運にも祐巳は真美さんに遭う事が出来た。


「真美さん。これなんだけど・・・」
「あ、ごめんなさい。それ、誤植なの。二文字目と三文字目が逆なの」

なるほど、瞳子ちゃんの言ってたとおり、誤植だったんだ。でもそうすると、最後が“公”ではなくなるので、貴族ではないということだ。でも最後が“英”って、どういうことだろう・・・?
やっぱり祐巳には意味がわからないので、真美さんに聞いてみた。

「それで、意味は?」

くるっと周りを見渡す真美さん。

「あそこに咲いてるわ」

真美さんが指差した先には。



黄色い花が咲いていた。





おまけ


「瞳子ちゃん、ひどいよー、私のこと“たんぽぽ”って・・・たしかに自分でもそう思うけど、真美さんに教えてもらった時、恥ずかしかったんだから」
「どうして恥ずかしいのです?」
「だって、たんぽぽだよ?薔薇じゃなくて」
「祐巳さまはそれでいいのです。瞳子は薔薇さまの祐巳さまの妹になったのではなく、たんぽぽの祐巳さまの妹になったのですから」


【1496】 悲しみという名の伝説になる  (ケテル・ウィスパー 2006-05-20 01:27:07)


【No:753】→【No:778】→【No:825】→【No:836】→【No:868】→ 【No:890】→【No:913】→【No:1022】の続きです。

  いや〜ずいぶん間が開いてしまいましたね〜、もう覚えている人もいないかもしれませんが、暇なら遡ってみて下さい……。



「『ヤタノ カ……』?!」

 呪文を口にするものの志摩子の攻撃に合いなかなか呪文が完成しない。 剣術剣道の類とは今まで無縁だった祐巳がいきなり二刀流をうまく使いこなせるわけも無い、防戦一方である、しかも乃梨子を後ろに庇いながら。

「祐巳さま、その大きい方の剣を私に渡してください。 祐巳さまは‥‥‥その…呪文ですか? そちらに集中してください」

 剣を受け取ろうと手を伸ばしてきた乃梨子を背中越しに視線を向けた祐巳は渡しても大丈夫か考え一瞬躊躇した。 その瞬間、大きく飛び上がった志摩子に右手を強打されて剣を取り落とす。

「!?」
「…さあ…捕まえ‥た…ヮ……イマ…らくニして上げルワ‥‥ユミ‥サン…… 本当にヤワラかくテ…美味しソうヨ……」

 5m程飛ばされた剣を取りに行こうとした祐巳を志摩子は組み敷しいてその細い首に手を掛けて力を込める。 指先からヌルリとした粘液と吐き気がするほどの死肉の臭いが鼻をつくが、喉が潰されるのではないかというほどの力で首を絞められている祐巳には、それを気にしている余裕などあるはずはない。

「?! な、なんでこんなに?!」

 祐巳を助けに行くか、剣を拾いに行くか、迷った乃梨子は剣を拾いに行くことにした。 

『武器がなくっちゃ‥‥』

 そう思った乃梨子は剣を拾い上げようとしたのだが、その重さに驚く。

『祐巳さま…片手で持ってらしたのに……』

 特に力が強いなどとは聞いた事がない祐巳が、上手い訳ではないにしても片手で操っていた剣を、自分は持ち上げるのにすら苦労していることに軽いショックを受けたが、そんな暇はないと思い直して切っ先が地面に付いた状態だったが、何とか起こした剣を引きずって祐巳の元に行こうとする。 わずか5mの距離が遠く感じる。

 ”ヒュン”っと棒の様な物が自分の横を飛んで行ったのを感じた乃梨子はその軌跡の先を見た。 
 回転しながら志摩子の側頭部に命中した物は乾いた音を立てて地面に転がる、それが竹刀だと確認できた。 志摩子は頭を押さえたまま横に飛び退り、祐巳達から距離を置く。 背後からの声で、乃梨子はその竹刀を投付けたのが誰なのかが判った。

「我ながらお人好しだって思うわ。 大丈夫? 祐巳さん」

 咳をして喉を押さえながら身を起こした祐巳の元へ駆け寄った由乃は、落ち着いた様子で手を差し伸べて祐巳を立たせる。

「はぁ、はぁ ……来て…くれると…思ってた……」
「大丈夫なのそんなんで? 今日は退く?」
「…はぁ…ん‥‥‥大丈夫…今日決着をつけるわ。 乃梨子ちゃん、はあ…その剣を‥‥由乃さんへ」
「なんか乃梨子ちゃん引きずってるけど大丈夫なのこれ? お?」

 ズリズリと苦労しながら剣を引きずって来た乃梨子の手元から、由乃は無造作に剣の柄を握り片手でまるで竹刀を扱うように持ち上げた。

「あ〜、なんだ軽いじゃない。 大袈裟に見せようとして乃梨子ちゃんは」

『違う、ひょっとしてこの剣は持つ人を選ぶの?』

 大きく息をつきながら乃梨子は、肩慣らしをするように軽々と剣を振っている由乃に少し恨めしげな視線を送りながらそんなことを考えていた。

「獲物…ま…マた…獲物ガ……た…たくさン‥‥‥食料…」

 また攻撃を仕掛けてきた志摩子に対し、乃梨子よりも祐巳よりも早く動いたのは由乃だった。 銅矛のような剣の腹の部分で志摩子の早い攻撃をブロックする。 その剣は自分が持っていた時よりも輝きを増しているように乃梨子には見えた。

「ちょっとびっくりだわね、体がすごく軽く感じるわ」

 攻撃を阻止された志摩子は、大きく後ろに跳び退る。 まだ逃げる気は無いようだ、すでに逃げるなどと言う考え自体浮かばなくなっているのかもしれない。
 由乃は志摩子の正面に立ち正眼に構える。

「ん〜、なんか両刃の剣って、私のスタイルじゃないか‥‥‥な? …え?!」

 そんな由乃の呟きに呼応するように剣の根元に光を放つ。 光の塊は切っ先に向かってゆっくりと移動していく、金色の光が通り過ぎた後には、少し幅は広いものの浅い反身の正しく日本刀の刀身に変わっていた。

 すっかり幅広の日本刀になってしまった剣を由乃は改めて構え直す。

「ずいぶん便利な機能が付いてるのね。 で? 私は何をすればいいの祐巳さん」
「結界の範囲を小さくするから、それまで志摩子さんを牽制して」
「‥簡単に言ってくれるわね‥‥とどめは刺さなくていいのね‥‥‥」
「それは‥‥‥私の役目だよ…」
「嫌な役回りよね……。 早くしてね、いつまで持ち堪えられるか分からないわよ! そんなに強いわけでもないんだし……」

 祐巳は答える代わりに左手に持っていた小剣を右手に持ち直して前に腕を出す、小剣は横に構えて左手を刀身に当てる。

『ヤタノ カカミ
        カタカムナ カミ』

 リリアンの高い塀に祐巳が以前施した結界、それが再び金色の霞になって漂いだしてくる。 

『アマカムナ アマカムヒビキ ヤホ ヤチホ
   ヤサカ マガタマ アメアマヒ    アキツ ナナヨノ タカマクラ
     ヨロズ ハジマリ イツノタマ    アキツ トヨクモ アメノウケ』

 ユラユラと漂ってい出た靄は、一つの方向に漂い始める。

『コゴリ コゴリミ ヒジリタマ    アキツ フトヒト アマヒクラ
   ヤタチ ホホデミ イワネタマ    アキツ アサヒノ ヒコネクラ
      ソトヨ ニギスム ヱミノタマ    アキツ ヒコネノ ホシマクラ』

 流れは渦になり祐巳たちの上空20mの所に集まりだす。

『ウヅシマ ヒコユヅ ウヅメタマ   アキツ ホシマノ サタテクラ』

 渦は加速していき、やがて中心にピンポン玉ほどの球体と二本の輪になる。 周りには小さな渦が漂っているが、やがてそれらも球体や輪に取り込まれていった。

『ヤシキ ハルホシ ナリマタマ    アキツ タカマノ フタセクラ』

 一方、由乃は剣を手にしてから得たスピードを生かして志摩子を牽制していた。
 言われたわけではなかったが、なんとなく上に現れた球と二本の輪の内側の輪の範囲内に志摩子を押してどめるように気をつける。

 志摩子の右手を峰打ちで跳ね上げる、すぐに左手が下からすくい上げるように繰り出される、少し右に剣を動かしただけで横の部分でブロック、そのまま力を込めた由乃は志摩子を押し返す。 志摩子は由乃から受けた力を利用して後ろに跳び退り体勢を立て直してから大きく上にジャンプする。 志摩子の着地点は、またしても祐巳と乃梨子の方、由乃は一瞬消えたのではないかと思わせるほどのスピードで先回りして志摩子の行動を阻止する。 

 やはり傷つけたくないという思いからか、構える時は剣の刃を向けるものの振るう時には刃を返して峰や横の部分で打ちつける、大したダメージは与えられないがそれは由乃に要求されてはいない。
 剣が光と熱を放出する、煙とともにタンパク質の焦げるいやな臭いがした。
 
『オホキ アソフク クシサチタマ   アキツ ヤサカノ アラカタマ』

 祐巳が横に奉げ持っていた剣の切っ先をクルリと下に向けると、内側の輪が回りながら地面に向かって降りてくる。  

「由乃さん、あの内側の輪が地面に落ちる前に戻って。 でないと由乃さんも旋転循環運動の中に取り込まれちゃって二度と出てこられなくなるから」
「なによその旋転循環運動ってのは!?」
「‥‥‥物質を分解して素粒子…かな? ……アマ始元量‥‥を構成するほど大素…‥アメ…まで‥分解して……別の宇宙の構成物質として送り出す……宇宙球……大きな流れ…カムナミチ‥‥無限のアメの集合系‥‥アマとカムの…正反の共振により…アマヒから……万物万象は作られる‥‥‥」
「ゆ、祐巳さま?」

 焦点の会わない目をした祐巳、由乃の問いに答えているのかとも思った乃梨子だが、言葉にしている内容がよく分からない。 宇宙物理学? でも、アマ始元量やアメ、カムナミチ、アマとカムなどという言葉は聞いた事がない。

「祐巳さま!」
「どうしたの?! ぇだぁぁぁ??」

 乃梨子が何事か呟いている祐巳の肩に手を掛けようとした時、前にいた志摩子に向かって間合いを詰めていた由乃はそれに気を取られて足捌きを誤ってコケた。 上段に構えていた剣は勢いを殺さずに振り下ろされた。

 ゴキッ ガシッガシッ ガツッ ガツッ ザシュッ

 剣を伝ってくる何か硬い物を断ち切る嫌な感触。
 切っ先が地面にめり込んで這い蹲るのをなんとか免れた由乃がおそるおそる目を開けると、すぐ目の前に志摩子がいるのに気が付いた。 
 ユラユラと立っている志摩子。 虚空を漂う色を失った目、右に傾いだ首、由乃が振り下ろしてしまった剣は左側の肩甲骨のあたりから右のウエストの辺りまでを切り裂いていた。

『‥‥ギ…ギギギっ……ギギッ〜!』
「? ぃい?! きゃ〜〜〜〜っ!!!」


  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *


「カ〜〜ット〜〜! OKで〜す!」
「う〜〜ん、やっぱり日本刀よね」
「ど、同意しろと?」
「志摩子さん大丈夫? なにも当たってない? 苦しくない?」
「大丈夫よ乃梨子。 それより由乃さん‥‥後でちょっとお話があるのだけれど」
「あ〜〜ら何かしら? シナリオに書いてあったとおりにしただけだけれど?」
「そうね。 でも、肩と側頭部は違うと思うのだけれど」
「そうだわね〜〜、でも、私の腕とか肩のあたりとかに入ったケリ数発は一体なんだったのかしら? たぶんカメラの視覚外で意図的だと思うけど」
「あら、こちらは素手で刃物以上の刀をもった由乃さんを相手にしているのよ‥‥」
「スト〜〜〜ップ! 志摩子さま由乃さまイェローカードですわ!」
「できればホワイトカードの方がいいわ」
「なんで私がイェローカードなのよ!」
「まぁまぁ、熱くならないで。 お二人ともあちらのテーブルへ、お茶を用意してありますから。 祐巳さまもどうぞ」
「あ、ありがと〜。 ‥‥‥ほ、ほら二人とも、お茶冷めちゃうから…行こう行こう」
「・・・・・・・・まあ、せっかく菜々が用意してくれたんだし‥‥志摩子さん、あとで話しつけましょう」
「‥‥そうね、武器を持ったままだとお互いに危険ですものね」
「……行きましたわね…」
「うん。 菜々、よくやったわ」
「後が怖いですけれど、目の前で血を見るよりはいいですわ。 でも‥‥‥」
「? どうしたのよ瞳子?」
「…いえ、お茶を用意したのは菜々ちゃんですわよね?」
「そのはずだけど?」
「‥‥‥一服持ってなければいいん…ですけ…れ〜‥‥。 ああぁ〜あ…」
「由乃さん!? 志摩子さんも?! ちょ、ちょっと〜〜どうしたのよ〜〜〜?!(少し離れた所の声)」
「し、志摩子さん?!」
「この際由乃さまの事はどうでもいいんですわね。 菜々さんちょっとコチラヘいらしてくださいな。 どういうことですの?」
「うるさくなりそうだったので手っ取り早く静かになってもらいました。 大丈夫ですよ、睡眠剤ですから」
「由乃さまにまで睡眠剤盛ったの? 容赦ないわね」
「こっちのビンのだったら……」
「ちょっと、どこからそんな危険な物を?!」
「…18禁になるんだけですから大した事はありませんよ」
「どんな薬持ってるのよ?!」
「お爺様の秘蔵コレクションの中から…」
「何をコレクションしているんですのお爺様という方は?」
「そんなモン集めて何に使う気だったのか気になる所だけど。 どうするのよ? まだ撮影残ってるんだよ?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥あれ?」
「あ〜〜あ、祐巳さまオロオロしちゃって‥‥‥かわいいで‥‥‥わなくて! どうするんですの?!」
「瞳子顔が赤いよ」
「関係ありませんわ!! で? どうするつもりですの?!」
「う〜〜ん、ここから先のストーリーのあらすじをバラしてお茶を濁して、撮り終わっている乃梨子さまのエピローグを公開してしまうというのはいかがですか?」
「いやそれゼンゼンダメだから」
「でわ、祐巳さまは起きているのですから、乃梨子さまと瞳子さまがカツラをかぶって代役をするというのは?」
「却下!」
「もお〜、わがままですね〜」
「どの面下げていうかなこの娘は‥‥」
「次回公開も長引きそうですわね〜」


【1497】 水野祐巳  (クゥ〜 2006-05-20 01:42:12)


 お姉ちゃんに妹が出来たらしい。
 妹と言っても、血のつながった実の姉妹ではなく。リリアン女学園の高等部にだけある姉妹制度の妹だ。
 新学年度が始まったばっかりだというのに、まぁ、なんて早いことだ。
 流石はお姉ちゃんと思うが、ちょっと妹に成った人に嫉妬みたいなものを感じる。
 「はぁ〜、逃げようかなぁ」
 その妹を紹介するからと、今日連れてくるらしい。お父さんもお母さんも、お姉ちゃんの妹に成った人を見たいといっていたが、残念なことに二人ともお仕事。
 そのかわり、実の妹である祐巳と弟の祐麒が会うことに成っていた。
 「くっそう!!祐麒の奴、逃げたな!!」
 祐巳の年子の弟で、リリアンのお隣の花寺に通っている。が!!部活もしていないくせにまだ帰らない。
 「祐麒がどうしたの?祐巳」
 「あ!お姉ちゃん。帰っていたんだ」
 振り向けば、ダイニングの入り口にはお姉ちゃんがいた。祐巳の実の姉である。蓉子はリリアン女学園高等部の二年で、紅薔薇の蕾なんて称号を持つ。
 お姉ちゃんは、幼稚舎からリリアンの祐巳とは違い。中学からリリアンに入学したが、頭もよく、顔も祐巳とは違いお母さん似で、美人だ。
 ときどき羨ましいを通りこして、嫉妬さえ覚えるが、祐巳の自慢の姉である。
 「祐麒は、まだ帰ってきてないのよ。それで、連れて来たの妹?」
 「えぇ、玄関で待たせているわ」
 「それじゃ、どうしよう?お父さんたちもいないし祐麒も帰っていない。私だけ合うとわけにもいかないしさぁ」
 祐巳はどうにか誤魔化して、お姉ちゃんの妹に会わないようにしようと考えるが、お姉ちゃんは明確だった。
 「なに言っているの、祥子を連れてきたのは祐巳に紹介するのが主目的なのよ。ようは祐巳に紹介すれば、それでいいのよ」
 「うぇぇ」
 祐巳はお姉ちゃんの言葉に顔をしかめる。
 「また、そんな顔をする。いい、今、連れて来るからそこで待っていなさい」
 「はーい」
 祐巳はしぶしぶ返事をして、お姉ちゃんは玄関に向かう。
 玄関の方からは、お姉ちゃんともう一人知らない声がした。
 「はぁ、覚悟を決めるか」
 祐巳は仕方ないと諦めて、お姉ちゃんの妹と会うことに決めた。会うと決めたからには、お姉ちゃんに絶対恥ずかしくない妹を演じなければいけない。
 立ち上がり。
 背筋を伸ばし。
 入ってきた相手に笑顔で「ごきげんよう」
 よし!これだ。
 祐巳は考えた通りにダイニングの入り口を見て準備する。
 「ごめんなさい。妹しかいないのよ」
 お姉ちゃんの声。
 「いえ、それよりも私なんかがお邪魔してよろしかったのでしょうか?」
 これは知らない人の声。
 どんな人だろう?お姉ちゃんがあんなに心引かれたのは?
 「つまらない人だったらどうしよう?」
 祐巳が嫌がっても、お姉ちゃんが選んだ妹だから祐巳がとやかく言うことは出来ない、それでも心配してしまうのは、お姉ちゃんが大切だから。
 「こちらよ」
 「お邪魔しますわ」
 お姉ちゃんの後に続いて髪の長い女性が入ってくる。
 祐巳は挨拶も忘れ、その女性に見とれてしまった。
 ……この人が、お姉ちゃんのあの綺麗なロザリオを受け取った妹。
 「祐巳?どうしたの?」
 「あ!ご、ごきげんよう」
 「ごきげんよう。祐巳ちゃんね」
 「は、はい!!」
 自己紹介もしていないのに、祐巳の名前を知っていた。まぁ、お姉ちゃんが話したのだろうが、いきなり「ちゃん」付けとは思わなかった。
 「それじゃ、改めて紹介するわ。祥子、これが私の下の妹の祐巳」
 「リリアン女学園中等部三年の水野祐巳です。これからお姉ちゃんをよろしくお願いしますね」
 「いえ、こちらこそ」
 祐巳が頭を下げると、祥子さまも頭を下げる。
 「それで、この子が私の妹に成った小笠原祥子」
 「小笠原祥子といいます。この度、蓉子さまの妹に成りました。これからよろしくね。祐巳ちゃん」
 「こちらこそ」
 もう一度、挨拶をする、それにしてもこの祥子さまって人は、なんて綺麗な女性なのだろう。
 お姉ちゃんやお姉ちゃんの友人の聖さまや江利子さまも美人だが、この祥子さまの前では、霞んでしまうように思える。
 「祐巳、さきほどからどうしたの?」
 「え?ううん、なんでもない……それにしても、お姉ちゃんがこんなに面食いだとは知らなかった」
 「う!なに言っているのよ。祐巳!!」
 祐巳の一言にお姉ちゃんは顔を真っ赤にする。何もそこまで照れなくてもいいと思うが、こんなお姉ちゃんはそう見られることではない。
 祐麒に話したら残念がるだろう。
 「あはは、さっ、どうぞ、祥子さま。いまお茶を用意しますので」
 祐巳は笑いながら、キッチンに向かう。
 後ろでは、お姉ちゃんが「ごめんなさいね」と、祥子さまに謝っていた。
 祐巳は、祥子さまの好みを知らないので、無難に紅茶とクッキーを用意する。
 「どうぞ、お待たせしました」
 「すみません」
 「ありがとう、祐巳」
 なんだか大人しい人だなぁ。
 綺麗で大人しい、それが祐巳が祥子さまに持った印象だった。
 まぁ、まだ、お姉ちゃんと祥子さまは姉妹に成ったばっかりなので、こんなものかもしれないとも思うのだが。
 お姉ちゃんと祥子さまの会話が少ない。
 ……もしかしなくても私お邪魔?
 祐巳はそう思い。この場を離れることにした。
 「それじゃ、私、部屋に行くから」
 「あ、祐巳?」
 「あの、祐巳ちゃん」
 「ごきげんよう。お姉ちゃん、祥子さま」
 祐巳がそう言ってダイニングを出ると、後ろからは「ごめんなさいね」とか「気をつかわせてしまって」とか聞こえてきた。
 祥子さまは初対面の相手が苦手なのか?それとも大好きなお姉さまの妹相手にどう接していいのか分からなかったのか?分からないが、祐巳は少し、祥子さまと話せなくって残念な気持ちが残っていた。
 祐巳は部屋に戻り、ノートを広げ復習を始める。
 いくらリリアンのエスカレーターを使って高等部に上がるとはいえ、祐巳はこれでも受験生なのだ。
 復習をしていると下の方からは笑い声が聞こえてきた。
 どうやら出てきて正解だったようだ。


 しばらくして下の方から祐巳を呼ぶ声が聞こえた。
 「祐巳ー!!祥子が帰るそうだから、下りて来なさい」
 「はーい」
 お姉ちゃんの声が聞こえたので、祐巳はノートを閉じて部屋を出る。
 一階に下りて玄関に向かうと、もう、祥子さまは帰られるところだった。
 「祐巳ちゃん、今日は気を使わせてしまってごめんなさいね」
 「いえ、こちらこそたいした御もてなしも出来ずに、すみません」
 「それでね。祐巳ちゃん、今度の機会にはキチンとお話しましょう」
 そう言った祥子さまの笑顔はとても素敵で、思わず見とれてしまう。
 「祐巳ちゃん?」
 「あ!はい、そうですね」
 祐巳はそう言ったが話す機会はないだろうと思っていた。祐巳はまだ中等部なのだし、祥子さまはお姉ちゃんの妹になった以上は山百合会のお仕事が大変になるはずだから。
 たまには、お姉ちゃんの関係で会うかも知れないが、その程度だろう。
 「それじゃ、祥子を送ってくるから」
 「うん、わかった」
 「ごきげんよう、祐巳ちゃん」
 「ごきげんよう、祥子さま」
 祐巳は、お姉ちゃんと祥子さまを見送ると「あ〜ぁ」とぼやく。
 あんな素敵な人が、お姉ちゃんの妹に成ったなんて思わなかった。そして、同時に残念だなとも感じていた。
 来年、高等部に上がったら、あんな素敵なお姉さまが出来たら最高だとは思う。でも、無理だ。
 祐巳は成績も運動も並程度。お姉ちゃんみたいに完璧にはなれない。
 それに、祥子さまを挟んでお姉ちゃんと対峙するなんて真っ平ごめんだ。
 祐巳は、お姉ちゃんの妹として祥子さまと二言三言の会話だけでも楽しかったから、それでいいと思っていた。



 これが祥子さまとの出会い。そして、祐巳が祥子さまのロザリオを受け取る一年前の出来事だった。






 もう、言い訳はしません!!題名そのままです。ありきたりですね……とほほ。
 誰か書いているかもしれませんので、ネタが重なったらごめんなさい。
 キー挑戦第四弾でした。
                              『クゥ〜』


【1498】 ないしょコラボレーション  (無糖 2006-05-20 07:41:09)


下校帰りに拉致られて、やってきたのはホテルのロビー。
BGMはクラシック。真ん中にでかい噴水なんかある喫茶店内で、私こと二条乃梨子は戸惑いを隠せずにいた。

「あなたと落ち着いた場所で話がしたいと思って」
いや、落ち着けないですから。
目の前にいる誘拐犯こと小笠原祥子さまは100%善意でここを選んだのでしょうが、私にとっては新手の拷問のようにも感じる。

「それで何のお話でしょうか」
善意では文句も言えず。
居心地悪いのを我慢してさっさと帰るべく、一杯で午後ティーがボトルで3本は買える紅茶を眺めながら話を促した。
一方生粋のお嬢様は同じ紅茶を、ためらいもせず、優雅に口元に運んでから質問をしてきた。
「来年の山百合会についてどう思うかしら」と。
こんなとこに連れて来られた時点で2年生に聞かれたくない話だろうとは予想はしていたが、
祐巳さまか瞳子がらみと踏んでいたからちょっと意外。
(ああ、そういえば天下の紅薔薇さまだったっけ)
『また姉バカが』と思っていたのを心の中で謝罪して目の前の紅茶に手を伸ばす。
真摯な態度には真剣に対応しないと。
心を切り替えるために一服。
うわ、この紅茶めっちゃおいしい。

「正直に言えば不安です」

今年の山百合会は紆余曲折あったが全体的に安定していたといって良い。
紅がリーダーシップを発揮し、人当たりの良い黄が対外折衝を担当。
そのふたりをサポートする白薔薇さまこと志摩子さん。
この役割分担が自然に行われていたからこそ、紆余曲折あった時期もそつなく仕事が進んでいた。
それに対し来年度は、紅と黄の役割が入れ替わった形になるのではと予想する。
つまり祥子さまの役割に由乃さま。令さまの代わりに祐巳さまとなるのだが……
(微妙……だよなぁ)
文武両道な諸先輩方に比べると平均的なお二方。
しかも、よりわがままさと優柔不断さ(もっとも令さまの優柔不断は由乃さま関連のみだけど)が
パワーアップときたら不安になるのもしょうがないと思う。だけど……

「だけどまったく問題は無いと思います」

これが私の結論。
能力がどうとか比較してどうとか、そういうのは本来関係なく。
祐巳さまや由乃さま自身が薔薇様にふさわしいかと聞かれれば私は自信を持ってイエスと答えられるから。
一年間、一緒に仕事をしてきてお二人を見てきた私はそう確信しています、と目の前の心配性な紅薔薇さまにはっきりと言った。

「そう」
この一言に込められた安堵と少し誇らしげな感情が読み取れて。
私はようやく一息つけたのだった。
(まあ、志摩子さんがいるからというのが大きいんだけどね)

一仕事終えて気分良く再び高価な紅茶を楽しむ。
そしてスコーンへ。ん、これもなかなかいけるし。
この程度でこの紅茶が味わえたのはちょっとラッキーかななんて思っていたら、
少し考えている様子だった祥子さまは音も立てずにカップを置いてこう言ったのだ。

「だけど、私には薔薇となる自覚が足りないように思えるのよ」

ごほごほっと若干むせる。それだけのインパクトがあった。
薔薇と『なる』という点から志摩子さんは除外なんだけど……
あの祥子さまがそんなことを言うか?
予想外の展開に少し驚きながら言葉の真意を確かめる。

「由乃さま『が』ですか?」
「由乃ちゃん『も』よ」

絶句。
あの『祐巳ばか』こと祥子さまがこんなことを言うとは……
祐巳さまの前できつい発言をすることはあっても、
いないところではノロケか愚痴という名のノロケしか聞いたことが無い。
目の前にいる人物が本当にあの祥子さまなのかと疑いたい気分だ。

「自覚というのは?」
「つぼみと薔薇とは違うのよ」

自覚といわれてもまだリリアン暦1年の私には良くわからない。
何か特別なことでもあるのかしらと素直に聞いてみると、こんな言葉が返ってきた。

「本来つぼみが薔薇になるといった決まりはないわ。それなのにさっき乃梨子ちゃんは迷うことなく三人を想像したでしょう?
おそらくリリアンのほとんどの人がそう考えていると思うのだけど……まあ、それは良いとして」
一度言葉を切り、目を伏せる。

「問題は当人たちが自分が薔薇になるのが当然と思うことよ」
まあ、仕方の無いことともいえるのだけれど。そう呟くと少し溜め息をついていた。

つぼみだから薔薇になるわけではなく、
リリアンの皆に選ばれて初めて薔薇さまとなるということを決して忘れてはいけないということが言いたいのだと思う。

「いっそ『つぼみ』ではなく、『添え木』とでも変えてしまえばいいのよ。そうすれば驕りもなくなるわ」

勘弁してください。
白薔薇の添え木なんて呼ばれるのは御免です。

「ですけど、本当にそう思っているでしょうか?」
「すでにその兆候は出ているわね」

本当に当然なんて思っているのか。
その疑問には間髪いれずに答えられた。
ということは祥子さまには思い当たる事実があるわけで。
(一体何よ?当然と思う……驕り、慢心、特権意識……献金、収賄、パーティ、天下り、不正、権力の濫用……)
選挙で選ばれるといえばあの職業。
その辺りに勤める人たちの悪事っぽいことを羅列して自分たちに当てはめていくと一つ思い当たった。
自分たちのために山百合会主催で行われたあのイベントを。

「茶話会ですか……」

おもわず小さい声で呟くと、目がそうだと語っていた。
あれは生徒側の要望というよりは、こちらの目的を果たすために行われた感が強い。
まあ、私利私欲といえないこともない。
でも予算を流用したわけでもないし、それぐらいなら……とも思う。
しかし、そう思うこと自体を慢心と捉えているのかもしれない。
個人で新聞部に掛け合えたかといえばノーだし、個人であれだけの人数を集められたかといえばこれもノー。
山百合会の威光というか権力というかそういう力を利用したのは確かだから。

「薔薇になればそれに応じた義務と責任が出てくるわ。それを果たす気構えが足りていないように思えるのよ」

つぼみ時代にはない信任による責任と義務。
私利私欲に権力を使わない。自分勝手なわがままなことは許されない。
生まれながらのお嬢様である祥子さまならではの自戒なのかもしれない。
ノーブレスオブリージュ的な考え方を提示する祥子さまを私は見直していた。

「そこで、なのだけど乃梨子ちゃん」
「はい」
「あなた、選挙に立候補しなさい」
「はい?」

何でそんな話になるのか?
しかも自分勝手に命令してくるし。上げた評価をまた下げる。

「昔、蟹名静という人物がいたわ」
「昔というか、去年ですよね」
「その人も選挙に立候補したの」
「ええ。志摩子さんから話は聞いています」
「なら話は早いわ。その人のようになって欲しいのよ」

蟹名静という人の話は志摩子さんから聞いた。
なんと身の程知らずにも志摩子さんに宣戦布告したという。
その人のおかげで私は薔薇になる覚悟ができたの、と志摩子さんは笑っていたが。
そういう人のようになれということは……

「つまり、私にかませ犬になれと?」

選挙戦を通じてあのふたりに薔薇になる覚悟をさせろ。
言ってみれば薔薇になるための通過点、試練となれ。字面は立派だけど実態はかませ犬。
結局自信をつけさせるために戦わさせられるのだから。
そう私になれと?
祥子さまは何も言わない。ただ目がイエスと語ってくれる。やっぱこの結論で良いのか。

「いやです」
「あら、私がお願いしているのに?」
「大体なんで私なんですか」
「わかるでしょう?2年で知名度も高いけど一般生徒だった静さんと山百合会所属だけど1年の志摩子が戦って志摩子が勝ったのよ?
つまり2年で山百合会所属の祐巳たちに一般生徒が敵うわけないじゃない」
「蔦子さまや真美さまだって認知度は……」
「無理ね」

危機感すら与えられないかもしれないわ、そう言い放つ祥子さま。

「第一仮にそのふたりが出たとして本気で戦うと思って?
祐巳と由乃ちゃんをある程度本気にさせないと意味がないのよ。それができるのはあなただけよ」
「私、ですか?」

山百合会所属でも1年である私ではあのふたりには圧倒的に敵わないのではなかろうか。
立候補しても由乃さまあたりに鼻で笑われそうだ。

「つぼみであるあなたは認知度も高い。それにできる子だと祐巳たちも思っているわ」
もちろん私もね。そう続けられてちょっと照れる。そんな場合じゃないのだけれど。

「一番の決め手は立候補の動機よ」
「は?」

私は立候補したいなんて思ったことないし。





「あなた、あのふたりに思うところがあるのではなくて?」
「!?」

にやりと笑う祥子さま。完全に確信している表情だ。
そして…………図星でもある。
山百合会の先輩かつ志摩子さんの友人でもあるおふたりには決して悟らせないように
努力はしているが、色々鬱屈したものは確かにあった。
それは日々のわがままだったり茶話会参加の一年生へのアプローチだったりフォローだったり。
可南子さんと瞳子のいさかいのことだったり、つい最近までの瞳子のことだったり。
確かにちょっとしたことではあるけどマリア様でも仏様でもない私にとってストレスになったのはしょうがないと思う。

「立候補するだけでいいの。そうすればあのふたりはあわてるでしょうね」
「……」
「表立ってはできないけれど私も協力するわ。すべて終わったら私からも説明してあげる。あなたたちのために立候補したのだと」
「……志摩子さんと戦うなんてできないですから」

破格の条件提示にかなり揺れ動いているのも事実。
なにしろ合法的に一泡吹かせるチャンス。
しかも祥子さまの『あなたたちのために』というお墨付きがあれば窃盗すら容認されるのは身をもって知っている。
あのふたりにちょっとした意趣返しをすることがむしろ感謝すらされるというのだ。

(でも、志摩子さんがなんて言うか……)
私の良心の最後の砦。志摩子さんを持ち出した私に対して。
祥子さまはにっこりと笑いかけて

「あら。妹が姉を助けるのがどうして悪いのかしら?」

と、逃げ道を提示してくれた。


『薔薇姉妹を目指します』
これがおそらく立候補のキャッチコピー。
「志摩子さんと争うためでなく志摩子さんを手伝うために」が『表』の立候補動機となるのだろう。
(……納得しそうな自分がイヤ)
そして納得されそうな自分がもっとイヤになってたりもする。
姉妹愛を前面に押し出す選挙運動を幻視してちょっとそそられたのは内緒だ。
そして祥子さまがにやりと笑ったのを見逃さなかった。
全て想定の範囲内、そう思わせる表情だった。

「……少し考えさせてもらっていいですか」
とりあえず、落ち着くために残った紅茶とスコーンに手をつけながら考えをまとめることにした。

(メリットはあのふたりへささやかな報復……いやちょっかいがかけれること。それが正当化されること)
散々引っ掻き回されたんだから、今度は引っ掻き回される立場になってみろ、か。
(少しは暴走も抑えられるかなぁ……)
しかもそれをふたりのためリリアンのためという大義名分で正当化できるのは大変魅力的。

(デメリットは……山百合会での立場かなぁ)
自分の意思で立候補したのではないという事が証明できれば私を恨むのは筋違い。
つまり由乃さまと祐巳さまへのアフターケアは祥子さまの発言でカバーできるはず、不安だけど。
志摩子さんは話せばきっとわかってくれる。祥子さまに脅されて、とか言えば。
……あながち嘘でもないし。
そうなるとデメリットで思いつくのは山百合会やリリアンでの立場ぐらいか。
リリアンでの立場なんてそんなに興味がないから良いとして。問題は山百合会のほうだ。
接戦になれば発言力が上がるかもしれないが……
(無理無理)
思わずパタパタと手を振ってしまう。少し苦笑いさえ浮かんでくる。
ていうか、私の人気ってあるの?気にしたことないけど。
まあ、2年のつぼみであるあのふたりの人気から考えて、善戦できるとはとても思えない。
大敗すれば由乃さまあたりになめられるし、一年後の選挙にも響くかもしれないわけだ。
(それは私の努力しだいかな……)
真面目にやらないと立場が危うくなる。負ける前提とはいえ真剣勝負をしないといけない、と。
(ま、本気なら選挙に出ても失礼じゃないよねぇ……)

くいっと紅茶を飲み干して私も決心した。
……祥子さまに脅されてしょうがなかった、と自分に言い聞かせよう。

「条件が2つあります」
「なにかしら」
「ひとつは黄薔薇さまにもちゃんと了承を取ること」
「わかったわ」

即答された。
由乃さまに対する保険が甘いと思ったからだがあっさり了承されるとは。
大丈夫なんですかと私が聞いたら、
「令が私の言うことに従わないと思って?」
そう力強いお言葉が。
……まあ味方なら心強い。

「もうひとつは一筆書いてください。
二条乃梨子を立候補をさせたのは小笠原祥子であるという証拠が欲しいです」
「私が約束を破るとでも?」
「いいえ。でも万が一の保険になりますから」

双方ともに目で牽制。
さっきまでの会話からの読みどおり、証拠を残すのは少し嫌なようだ。
都合の悪そうな部分は口をつぐんでいたからなぁ。言質を取らせない処世術か。
だから、こうでもしないと祥子さまは何のリスクも負わない。
何かまずいことになれば「私は言ってない」と言い張ればいいのだから。
それは協力する側にとって大変困る。
裏切らせないようにも言質と証拠は必須だった。

「……わかったわ。その代わり終わるまでは見せてはだめよ」
「了解です」
「それにしてもなかなか抜け目がないわね」
「褒め言葉として受け取っておきます」

フッと不敵な笑みを交し合う。
祥子さまはどう思っているか知らないが、こちらとしては山百合会で一番『思うところのある』人物だ。
マリア祭や志摩子さんの妹になるまでの扱いは忘れていない。
(やられっぱなしってわけにはいかないんですよ)
あのふたりの前に一矢報いたことは幸先良い。この調子でいければいいなぁ。

「では、細かいところを打ち合わせしましょうか」

ウェイターを呼んで、新しい紅茶とお茶菓子。
それをおいしく頂きながら、対象との接触日時、場所、そのときの発言内容。
選挙運動のパターンなどなど本当に細かいところまでを綿密に打ち合わせた。








こうして小笠原・二条同盟が締結された。
ただ二条乃梨子は気付かなかった。
小笠原祥子の提案は『最近瞳子ちゃん瞳子ちゃんと全く構ってくれない祐巳に構ってもらいたい』だけの理由からだったということ。
選挙で悩めば自分のところにやって来ると予測した。おそらくその考えは正しい。
これを知っていれば、乃梨子はこの話にはのらなかっただろう。知っていればだが。
そしてもうひとつは二条乃梨子の人気が祥子と本人が思っていた以上に高かったということ。
祐巳ばかである祥子はつぼみ2人の人気を過剰に想定し、乃梨子自身は自分の人気を低く見積もりすぎた。
そうして作られた「『大敗を想定した』シナリオ」で今後どうなるのかはマリア様だけが知っている。
……そして二条乃梨子は仏像愛好者である。


【1499】 お姫様ってどうよ?  (砂森 月 2006-05-20 13:13:32)


 4月。今年から再びリリアンに通うことになった美冬には気になることが2つあった。
 1つは小笠原祥子さん。幼稚舎以来の再開だけれど、あの人は私のことを覚えているのだろうか?
 そしてもう1つ。

「美冬ー、ちょっと降りてらっしゃーい」
「はーい」

 母親に呼ばれたので思考を一時中断して階段を降りていく美冬。
はたしてそこには、もう1つの気になること……花寺に通う従兄弟がお茶を出されているところだった。


「美冬お姉ちゃん、久しぶりー」

 彼は綾瀬稔(あやせみのる)。花寺学園中等部2年生。
美冬の従兄弟に当たる彼は実の兄弟でもないのに何故か美冬にそっくりで。
一人娘だった美冬にとっては弟のような存在で、家もそんなに離れていなかったこともあってよく遊んだのを覚えている。

「久しぶりね、稔」
「うん。とりあえずリリアン合格おめでと。これ合格祝いね」
「えっ? あ、ありがと」

 そう言って何かの包みを手渡してくれた稔。

「そんなに気を遣わなくても良いのに」
「じゃあ新作お菓子の実験台って言った方がよかった?」

 どうやら中身はお菓子らしい。
 その気持ちは嬉しいのだけれど、となるとやっぱり気になってしまうわけで。

「それもあれだけど。ところで花寺はどんな感じ?」
「うーん。良くも悪くも男子校って感じかなぁ」
「というと?」

 だって、稔は美冬にそっくりなのだから。

「喧嘩も時々あるけどおおむね平和だよ。ただ、男好きを公言してはばからない人もいるけれど」

 うわ、どんな人だそれは。
そういう人には男子校って天国なのかもしれないけれど、逆に目をつけられた人はたまったものじゃないだろうなと思う。
まあ、相手もそういう人なら問題ないわけだけれども。

「他にもひたすら体鍛えている人とか、逆に女の子みたいな人もいるけれど」
「で、稔は?」
「え?」
「稔はどんな学校生活送っているの?」
「あ。えーと、それは……」

 あ、何か言いにくそう。ということは何かあるわけだ。

「それは?」
「うーっ、どうしても言わなきゃダメ?」

 可愛い。って、相手は弟だ、しっかりしろ私……じゃなくて。可愛いからこそ心配なのだ、姉としては。

「だって稔のこと心配なんだもの。変な男の人に引っかかったりしてないよね?」
「あー……」

 あーって。どんな反応なんだそれは。

「ま、まさかもう既に口には出来ない関係持っているとか?」
「それはないよー。もう、話すから変な想像やめて」

 もうお姉ちゃんってばとか呟きながら居住まいを正す稔。
よくよく考えれば美冬の発言も相当アレだけれども、健全な女子高生として気になるものは気になるのだ。
もちろん、従兄弟の姉としても。

「えっと、その、告白されたことなら……」
「あるんだ」
「何回も」
「えーっ」

 そんなにあるのか、弟よ。

「あとね」
「うん」
「襲われそうになったことも、あったりして……」
「ちょっとぉ!?」

 それはかなり危ない気がする。というかよく未遂で済んだものだ。

「まあ、告白は全部断ってるし最近はほとんど無いんだけどね」
「そ、そう」
「合唱部で発表会あってからかな、何か有名人になっちゃったみたいで」
「へえ」

 そうか、合唱部に入っているのか。
ひょっとしたら見に行く機会があるかもしれないから覚えておこう。
有名人になるくらいだから、きっと上手なんだろうし。
 それから花寺の話や美冬の前の学校での話で一通り盛り上がったあと、稔は帰っていった。
あるいはこの時にもっとちゃんと聞いておけば良かったのかもしれないと、後に美冬は思うことになるのだった。


 再びリリアンに通いだした美冬にはショックなことが待ち受けていた。
小笠原祥子さんは、美冬のことを覚えていなかったのだ。
もう一度一から関係を築いていくことになるわけだけれども、
祥子さんの普段の雰囲気から考えて、それはかなり難しいことのように思えた。

 そして、もう1つ。地域の中学・高校が集まって行われる音楽祭でのこと。
もちろんリリアンも、そして花寺も出ると言うことで、他のクラスメートと共に美冬も見に行った。
リリアンは歌姫とも呼ばれている静さんもいるので注目度は高かったのだけれど。
 花寺の合唱も凄かった。そしてあの稔が中等部ながらにテノールのソロパートまで担当していることにも驚いたのだけれど。
その後のクラスメイトの会話に美冬は少し嫌な予感がした。

「やっぱり花寺は迫力あるわよね」
「特にあの子がね〜」
「花寺の歌姫って言われるだけのことはあるよね」

 男子校なのに歌姫って。名前が出ていないわけでそうだとは限らないけれど、
その呼び名に思い切り当てはまりそうな人間を美冬は1人知っている。

(でも、まさかね……)

 疑問というよりも信じたくない気持ちでそう思っていた美冬だが、そのまさかが当たっていたことはすぐに明らかになった。
 終盤、静さんと稔が2人で舞台に上がったのだ。
 静さんはいいとして、問題は稔。さっきの花寺の制服姿ではなくて、黒のセーラーワンピースを着ていて。
その姿は確かに花寺の歌姫と称されるにふさわしいとは思うのだけれども。

(だけど、それはどうなのよ)

 歌姫の共演は大好評で、稔の声はテノールというよりボーイソプラノに近いことに気付いたりはしたものの。
それよりなにより、稔の通り名に頭を抱える美冬だった。


 美冬には、従兄弟だけれども顔や体型がそっくりで落ち着いた性格の2つ下の弟がいる。
 彼はその女の子のような容姿と抜群の歌唱力のおかげでなかなかに大変な学園生活を送っているらしい。

(でも、よりによって歌姫って……)

 美冬は従兄弟の姉として、少しだけ弟の学園生活を心配した。
実は他にも「深窓の令嬢」だの「中等部2年の華」だの言われていたりするのだが、
もちろん美冬がそんなことを知っているはずもなかった。


【1500】 初めてのマリア様のお庭は  (臣潟 2006-05-20 15:15:25)


 【No:1492】と同じ世界でのお話。


 中庭の隅に建つ木造2階建ての建物は、思っていたよりも少しばかり小さく、思っていたよりもはるかに大きかった。
「大丈夫、由乃?緊張してない?」
「大丈夫よ。……そりゃ緊張してないって言ったらウソになるけど、これから毎日通おうっていうのに怖気づいても仕方ないじゃない」
 過保護な姉に、精一杯の強がりで答えた。
「そっか。そうだね」
 最愛の姉はそう言ってにっこり笑った。
 きっと足かすくんでるのも声が震えてるのもばればれなんだろうけれど、この笑顔の隣なら大丈夫。
 令ちゃんと一緒なら恐れるものなど何もないのだ。

「ごきげんよ、う……?」
 巨大なビスケットみたいな扉を開いて入ろうとしたとたん、前で手を引っ張ってた令ちゃんが固まってしまった。
 中に何かあったんだろうか?
 幾ばくかの不安と溢れる好奇心を胸に、思い切って令ちゃんの横に出て中をのぞいた。
 視界に入ったのは、おおよそ予想していたのと違わぬ光景。
 正面に座っていらっしゃるのが紅薔薇さまだろう。怖いくらいの美人、艶やかな黒髪、全てが噂通りのお嬢様だ。……何故かその顔は呆れというか諦観というか、浮かない表情で彩られてはいるけれども。
 こちらから見て左隣にいる、何やら楽しそうな表情をしているのがおそらく白薔薇さま。紅薔薇さまと違い、日本人離れしたその容姿はやはり噂通りだ。纏った雰囲気は聞いていたのとは違うが。
 お茶の用意をしているのは紅薔薇のつぼみに違いない。紅薔薇姉妹は揃いも揃って純日本人的美人だ。
 となれば、残る紅薔薇さまの右に座っているツーテールの方が、令ちゃんのお姉さまである黄薔薇さまのはずなのだが……
「ごきげんよう、貴女が由乃ちゃんね?」
「ご、ごきげんよう……!」
 思わずまじまじと見つめてしまった黄薔薇さま(?)からの声に、反射的に返事をしようとしたが舌が回らなかった。
 考えてみれば、挨拶もせずにじろじろと観察するなど失礼にも程がある。
 だが、相手は特に気にした様子もなく微笑んで声を続けた。
「ふふ、令に聞いていた通り可愛い子。ようこそ薔薇の館へ、歓迎するわ」
 違う。
 何か違う。
 令ちゃんがだらけきった顔で無邪気に――それが私にとっては気に食わないのだけど――話す黄薔薇さまとはあまりにも違う。
 その令ちゃんは未だ固まったまま動かない。
 こうなったら失礼を承知で直接
「あ、もうきてたんだ。ごきげんよう」
「ひぃあっ!!!」
 前に集中していたから、背後からの声に思わず奇声を発してしまった。
「ほら、こんなところにいつまでも立ってないで中に入って」
 後ろの女性は私と令ちゃんの背中をやさしく押してきた。
 おかしい。今の薔薇の館の住人は、三薔薇さまと紅薔薇のつぼみと令ちゃんの5人だけのはず。
 ではこの背中の温もりはいったい?
「お、お姉さま……」
「ぅぇ?」
 石化が溶けた令ちゃんの声に、はっとして振り返る。
 そこに佇むのは、まるで春の野を思わせる微笑を携えたツーテールの少女。
 ああ、間違いない。
 この方こそ令ちゃんのお姉さまにして山百合会幹部の一人黄薔薇さま、そして我が最大のライバル
「祐巳……さま?」
「うん。貴女が由乃ちゃんね、ごきげんよう」
 挨拶を返すのも忘れて再び部屋の中を振り返る。
 では、あそこに座っているのは――?!


「何やってるんですか、お姉さま」
「黄薔薇さまごっこ」


「は?へ?」
「祥子も聖も止めてよ」
「無理よ」
「無理ね」
「まあ酷い。久しぶりに会ったお姉さまに挨拶もなしかしら」
「お、お姉さまぁ」
「ごめんね、令。卒業したからと油断してたわ。大丈夫、貴女は私が守るから……」
「黄薔薇さまのお姉さまって、え?じゃなくてっ、令ちゃんに抱きつかないで下さい!」
「あらあら、振られちゃったわね由乃ちゃん。振られたもの同士仲良くしましょ?」
「振られてなんていません!って言うかあなたは誰なんですかーーーー!!」


 中庭の隅に立つ木造2階建ての建物は、思っていたよりも少しばかり小さく、思っていたよりもはるかに大きくて、思いもしないほどすぐ近くにあった。




あとがき?
 リクエストいただいたので祐巳VS由乃を書こうとしたのですが、どうしてだか江利子さまが乱入してきてしまいました。
 仕方ないんです。主人公は江利子さまですから。
 それよりも出演したのにセリフ一つない紅薔薇のつぼみが不憫でなりません。
 Amen.
 遅れましたが、投票、感想を下さった皆様、ありがとうございます。


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