【2701】 記憶飛んだの私を助けてくれる人  (さおだけ 2008-07-08 18:41:58)


そろそろ祐巳を回復に向かわせなければ……。

祐巳の章  【No:2692】(再会編) 【No:2694】(過去編)
蓉子の章  【No:2687】(始り編) 
祥子の章  【No:2680】(再会編) 【No:2684】(過去編)
乃梨子の章 【No:2672】(始り編) 【No:2697】(現世編)
志摩子の章 【】(再会編)
由乃の章  【No:2696】(前世編)

本編 【No:2663】→【No:2664】→【No:2665】→【No:2666】→【No:2668】→【No:2669】→【No:2673】
    →【No:2674】→【No:2675】→(【No:2676】)→【No:2679】→【No:2682】→【No:2683】→
    【No:2686】→【No:2695】→【ここ】




  ■■ SIDE 瞳子



私が悪魔になったそもそもの原因は、乃梨子さんが自殺をしたから。
うつ病にでもかかったかのように空ろで空虚極まりない乃梨子さんが死んだ。
その時、私は傍に居たのに止めなかった。
【死ぬな】なんて慰めを言ったところで、乃梨子さんが救われるはずもない。
だから「死にたい」という呟きを聞いた時「そう」としか答えなかった。

「お姉さまっ!」

叫んでから私は自分のミスに気がついた。
しかし隣の乃梨子さんは気付かない。頭の中は【お姉さま】で一杯のようだ。
ばれても問題はないけれど、今は黙っておこう。
乃梨子さんの情報処理レベルの限界を超えてしまいますものね。

「乃梨子さん、祐巳さまは!?」

「あっち!」

どっち!なんてお約束を聞くつもりはないけれど、本当に迷った。
後から一目散に乃梨子さんが飛んでったので付いていく事が出来た。
天使だから、天使であるお姉さまの居場所が分かるんでしょうね……
ちょっと羨ましい。
私だって【お姉さま】の妹ですのに……だいたい5〜6回前の世界では。

乃梨子さんについていくと、だんだん天使の数が増えていった。
さっきまで殆ど居なかったのに…もしかしたら祐巳さまが危険な状態だから?
不安が募る。

「そこの悪魔、そこで何をしているの?」

「アウリエルお姉さまの友達だから干渉しないでっ」

乃梨子さんが私を呼び止めた天使に言い放つ。
アウリエルさまの友達、という言葉は効果絶大のようだが、いかんせん気に入らない。
悪魔だけど……悪魔ですけどお姉さまの妹なのに……

「妹さま、アウリエル7代目はこちらです!」

「今いく!」

ビルに沿って飛んでいる天使の1人が上を指して呼ぶ。
という事は祐巳さまはビルの屋上に!
私は乃梨子さんのように鳥っぽくない、蝙蝠のような羽を広げ、飛ぶ。
乃梨子の視線を感じたけれど、今は気にする余裕がなかった。
お姉さまお姉さまお姉さま!
絶対に消滅とか馬鹿げた死に方だけはしないでくださいねっ!



  ■■ SIDE 祥子



いろいろと忘れられてる気がするが、まだ病院の敷地内にいた。
蓉子さまは私の後ろを歩いて付いてきてくれている。ちょっと警戒している感じだけど。
………まぁ突然殴りにかかったら警戒くらいするか。もっと殴りだかったけど……。

「えと、それで祥子ちゃん。どうやって記憶を取り戻すのかしら?」

「蓉子さまは病院で引篭もっていたので、とにかく歩いてみます」

「…………………そう」

無計画のばれた瞬間だった。
そんなところに救世主という名のタヌキが飛んできました。
茶色の天使っぽいタヌキは私達を見て「………なにしてんの?」という。
とても渋い顔をして。

「どうやって記憶を取り戻すのか分からないのよ」

「………そうよね、何も言わなかった私が悪かったのよね。ごめんなさい」

「なんか腹が立つから謝らないで頂戴」

タヌキは私の頭にちょこん、と座る。
溜息を吐いてるタヌキを振り落とそうかとも思ったけれど、とりあえず無視。
もしかしたら協力しに来てくれたのかもしれないのだから。

「それでポポ、どうすればいいの?」

「そうね……とにかく蓉子には色々と覚悟をしてもらうわ」

「私?」

ポポは蓉子さまに向き直り、疲れたような声を出す。
と、一瞬だけ表情を苦痛にゆがめた。
しかし祥子の上にいるので蓉子にしか分からないのだが。

「ポポさん?」

「………なんでもないわ。それより、記憶喪失のそもそもの原因が何だかわかる?」

「夢魔に襲われたから…ではないの?」

「違うわ」

溜息ひとつ追加。
私達はポポの言葉にただ戸惑う事しかできない。


「蓉子の記憶喪失、根本的な原因は【忘却】って言う力が掛けられてるのよ」



  ■■ SIDE ポ―――



痛い。
胸部辺りがズキズキする。
もうそろそろモタナイかもしれない。
でも、このままにしては壊れてしまう。
何が?
全てが。

「蓉子に忘れさせたい記憶があって、それを祐巳が消したの」

「記憶ってのは【人格】形成するいわば人間の材料」

「それを消すってのは存在の根本的否定を意味するのよ」

分かる?
ちょっと詳しく説明する時間がないけど……
適当に理解してくれればいいわ。

「蓉子を【殺した】のは祐巳の罪。天使は罪の重さの【力】を与えられる」

「力を削り続けて、力がなくなったときに強制的に天使は廃業させられる」

「反省ってのが一番の近道だけどね」

ズキンズキン……!
【私】と一緒にくっ付いてきた【祐巳】の一部が悲鳴を上げる。
「やめて」「言わないで」「嫌われたくない」「死にたい」「放っておいて」

「ともかく、【それ】を消すためには方法が2種類あってね……」

「他者の手によって強制的に思い出すか、自らが【それ】を打ち破るか」

「どっちにしろ、覚悟がないなら知らないふりでもして寝なさい」

「待っている時間がないから、思い出したいなら強制的にでも……」


壊れかけの硝子に、また新たに砂が入れられていく。
これではいつまでモツのか分からないじゃないか。
胸が痛む。
とうとう祐巳が耐え切れなくなった【力】が私にまで流れ込んだか。
乃梨子は……瞳子は、間に合わなかったのかしら……


「もう、駄目……」

私は祥子の頭から滑り落ちた。
咄嗟に祥子が拾ってくれたからよかったものの、落ちたら衝撃で消えかねなかった。
もともと【物体】としては不安定極まりない身体なのだから……。

「悪いわね、時間がないから強制的にいくわ……」

【私】の中で何かが膨張する。
理解したらのまれてしまう【何か】が、私の中で膨張する。
どす黒いそれは【私】という理性の塊を食い荒らす勢いて侵略してくる。
痛い。
私が、居なくなる……!

「……私は、謝る事なんてしないから……っ」

【私】の一部が蓉子に向かって飛んでいく。
縫い包みだった私は、黒い燃えカスのような物体に変わり、消えた。

私の一部が蓉子達の頭に直接呼びかける。
どこかに【見ている】意識はあるのに、私自身どこにいるのか分からない。
まるでテレビ画面を見ているような状況が、しだいに砂嵐にかき消されていく。


    どこかで、私は【祐巳】と再会する。

                     泣いているあの子を慰めようと、私達は融合する。

                                そして、私達は、

 痛みを感じるとこすらなくなって、ただ、【何か】にのまれていく。

       ああ、これは憎しみか。

                       お前は世界が嫌いだものな。
             
              まぁ、私も世界は好きではないわ。

    くるしい。








  ■■ SIDE 乃梨子



お姉さまが胸を押さえて蹲っていた。
顔面蒼白で、額には脂汗が滲み、歯を食いしばって。
あの美しい羽はまるで水分のなくなって萎れた植物のようになっている。

「お姉さまっ!!」

「祐巳お姉さまッ!」

瞳子が泣きそうな顔で叫んだ。
お姉さまの身体は冷たくなっており、触ると黒い【何か】が私の中へ伝わってきた。
私は思わず手を離す。これが【夢魔】に汚染された存在………。
恐怖で顔が引きつる。
しかし隣の瞳子はそんな事全く考えすらせずに、お姉さまを抱きしめる。

「お姉さま、しっかりしてください!」

泣きそうにまで歪んだ瞳子の瞳に映るのは、恐怖。
しかしそれはお姉さまという【汚染された存在】にではない。

「お姉さま、お姉さま、お姉さま!!」

祐巳お姉さまが居なくなるという事に対しての【恐怖】。
私は自分を叱咤し、祐巳お姉さまの容体を身近の天使に問う。
いくら呼びかけても返事すら出来ないお姉さまに、自然と涙が浮かびかかる。

「救済処置の方は!?」




【2702】 桜下での再会を夢見てワルツを貴女と  (さおだけ 2008-07-11 20:13:38)


桜は関係ありません(笑)で、ドリルのお話です。

祐巳の章  【No:2692】(再会編) 【No:2694】(過去編)
蓉子の章  【No:2687】(始り編) 
祥子の章  【No:2680】(再会編) 【No:2684】(過去編)
乃梨子の章 【No:2672】(始り編) 【No:2697】(現世編)
志摩子の章 【】(再会編)
由乃の章  【No:2696】(前世編)
瞳子の章  【ここ】(始り編)

本編 【No:2663】→【No:2664】→【No:2665】→【No:2666】→【No:2668】→【No:2669】→【No:2673】
    →【No:2674】→【No:2675】→(【No:2676】)→【No:2679】→【No:2682】→【No:2683】→
    【No:2686】→【No:2695】→【No:2701】→【】







あなたにあいたい。



私の中にある【それ】は、どれだけの月日を重ねても消えるものではなかった。
親しい友達がいて、大切な家族がいて、大好きなお姉さまがいるというのに、だ。
私には一体【だれ】が足りないというのだろうか。

その答えが分かったのは、人間を辞めたとき。
【私の世界】でかけているその【存在】を思い出して、私は泣くはめとなった。
どうして、どうしてどうしてどうして。
一体どうして私は【あの人】を忘れなければならなかったのか。
いくつもの【世界】を遡った先に、【あの人】は確かにいたというのに。
私にとって、【あの人】はたったそれだけの人だったのだろうか。
転生をすれば忘れてしまう程度の、【お姉さま】だったという事なのか……!



  ■ ■ ■



そなたには罪が有る。

「知っています」

止められたはずの友を見殺しにした。

「そうです」

そなたは罪を償わなければならない。

「でしょうね」

ここで【我】はそなたに選択肢を与えよう。
【悪魔】へと堕ちるか、【人間】となり地道に償うか。

「……ひとつ、聞いてもよろしいですか」

それでそなたの答えが出るのなら。
ならば【我】はそれに答えるのも吝かではない。

「私が聞きたい事はひとつです」



「私は、【何か】を忘れていませんか?」




  ■ ■ ■



暗い空間で私を待っていたのは、【人間ではないもの】だった。
それはグリフォンのようにもドラゴンのようにも見える、黒い、【何か】だった。
自分という定義すらあやふやな状態で【それ】の大きさを説明することもできない。
ただ言えるのは、【それ】の口は私という【存在】を容易く飲み込めるであろうという事だけ。
けれど一見すれば黒く大きな犬にも見える【それ】は、息荒く私に問いかけた。

「貴様ハ何ヲ望ンデ堕チタト申スカ」
「悪魔ト呼バレル存在ハ、大抵ガ【殺人鬼】カ【望ンデ堕チタ者】ダ」
「貴様ハ何ヲ望ンデ堕チタト申スカ」

よく意味は理解できない。
というよりも片言な話し方では正しく聞き取れている自信が無い。
しかし【それ】は私の言葉を待って、一言も話さない。
私は落ちた。
人間という輪廻の舞台から、【望んで堕ちた者】だった。

「私は、【何かを忘れている】」

「…………」

「だから、私はそれを取り戻したいのですわ」

【それ】は黙って私を見つめた。
長い間沈黙を保っていた気もするし、一瞬だった気もする。
しかし、もはや成長という【時間の概念】のない世界ではどちらも同じこと。
【それ】は溜息を吐いて話しを再開する。

「貴様モ大抵ノ者ト同ジカ。ナラバ良カロウ」
「堕チテ対価モ与エヌトナレバ道理ガ利カヌトイウモノ」
「貴様ニハコノ世界トイウ名ノ棺桶ヲ見セテクレヨウゾ」

「え……?」

【それ】は地面のようなところで(といっても下は見えない)私と並ぶ。
へたり込むように座っている私の頭を、突如大きく開けられた口で咥えた。
赤い。生きている証のように赤い舌が私の頬を撫でる。

「悪魔ハ世界ヲ憎ム。世界ハ、決定的ニ不条理ダ」

狭くなった私の視界が【潰された】。
比喩ではないそれは私という【存在】を霧散させるように散らせた。
しかし苦痛もなしに死んだとも思えない私は、ただただ【それ】を見つめた。
【自分】が【何】がすら分からなくなる感覚に陥り、私は困惑する。

「憎メ怨メ疎メ。与エテハ奪ウヲ繰リ返ス、アノ輪廻ヲ」

【それ】、つまり【悪魔】の口元は綺麗に吊り上げられていた。
血の如く赤い瞳に【何か】を滾らせて、【悪魔】は歌うように恨み言を繰り返す。

「全テヲ無ニ委ネルコトコソガ幸福。永久ノ安ラギヲ、ナンジニ与エタマエ」

私は全てを【思い出す】ために、ただそこから【消えた】。



  ■ ■ ■



「瞳子ちゃ〜ん!」

「■■さま。ごきげんよう」

「うん、ごきげんよう瞳子ちゃん」

朝の透き通った空気の中、後から【あの人】が私に声をかけてくれた。
来年には全校生徒の代表になるというのに、あいかわらず落ち着きの無い方だ。
マリア様の見ておられるこんな所で走って、シスターにでも見られたら大変なのに。

「■■、駄目でしょう?お祈りしないと」

「あ、お姉さま」

【あの人】は後から現れたお姉さまこと小笠原祥子さまに緩みきった顔を向けた。
私の中で「むっ」という嫉妬心が小さく生まれる。
しかし祥子さまに敵わないという事は重々承知している。
なんせ【大好きなお姉さま】なのだから。
祥子さまは小さく歪んだ■■さまのタイを自然な手つきで直してやる。
そんな間も、■■さまはずっと嬉しそうに微笑んでいた。

「ほら、出来たわよ」

「ありがとうございます!お姉さま!」



ダレ、ダッケ。
名前ガ入ルハズノ所ガ、ノイズデ聞キ取レナイ。



「さ、行くよ瞳子ちゃん」

「ちょ、ちょっと待ってください」

「だ〜め」

私は■■さまに手を引かれ、強制的に歩き出した。
お祈りは?なんて野暮な事すら聞けず、■■さまは祥子さまの手を掴んでいる。
3人。そう、結ばれた手は、結ばれた私達は、3人いた。
祥子さまは■■さまに優しく微笑んで、手を振り解くことはなかった。

「早く行くわよ」

「はい、お姉さま」



祥子サマハ、私ノ【オ姉サマ】ナノニ。
ドウシテ、コノ人ハ祥子サマヲ【オ姉サマ】ト呼ブノカ。



「あ、そうだ瞳子ちゃん」

「なんですか?」

「そろそろ私の事は【お姉さま】って呼ぶこと。いい?」

「ぅ……はい、お姉さま」

「うん!よろしい!」

微笑ましい様子に、祥子さまがまた優しく微笑んだ。
私が今まで一度も見たことのないくらい、本当に慈しむような表情で。

「まぁ……祐巳ったら」












  カチリ

                                ギィィィィィイイ……

  ■ ■ ■



どこかで、音がする。
私という【存在】の中にあったカケラ達が、これでもかという程、当てはめられていく。


 カチリ                   カチリ
        カチリ                                   カチリ
                               カチリ
     カチリ             カチリ                 カチリ

               カチリ                                    カチリ 

ああ、また音がする。
空白であったはずの所が、何か温かいもので満たされていく。
最後のピースが集まったというように、私というカケラは収まるべき場所に収まっていく。
随分と使われなくなった時計が立てる音のように、たまに軋んだ音を鳴らしながら。

『憎メ怨メ疎メ。与エテハ奪ウヲ繰リ返ス、アノ輪廻ヲ』

……………ああ、今なら私はその言葉の真意を理解する事ができる。
だって、憎いのだから。だって、怨んでいるのだから。
私から【大切】なものを奪い、あまつさえ【忘れさせた】、あの世界を。

背後に、気がつけば【あれ】がいた。
黒い毛むくじゃらの【それ】は、ニタァといやらしく哂いながら【私】を見た。

「ナンジ、輪廻ノ破壊ヲモクロム同士ナリテ、夢魔トナルヲ誓ウカ?」

【それ】は悪魔らしい誘惑をしてきた。
細かい事は分からないが、ただ世界を憎んでいるという事がまざまざと伝わってきた。
だから私は、【これ】はきっと【世界を壊そうとする】と核心できたのだ。
私は頭を動かす。
【それ】はまたニタァといやらしくワラウ。

「貴様ハコレヨリ悪魔ヲ名乗リ、輪廻ト天使ニ使ワレルガ良イ」

悪魔は私に背を向けた。
誘惑に乗らなかった私を用無しとしたのか、ただ満足したのか。
黒い犬のような【それ】は、それから二度と私の前には現れなかった。



  ■ ■ ■



「瞳子、少しいいか?」

「なによ。五月蝿いわね」

「そんな態度でいいのか?お前が欲しがってた情報をてにいれたのに」

「そういう事は早く言いなさい!」

「ひゃんっ」

私はあれから、革張りの羽を手に入れてこの空間に慣れていった。
同期であるこの【小さな友人】と共に、与えられる雑務を適当にこなしたり。
よく古めかしい話し方をするこの【小さな友人】は、私の胸くらいの大きさしかない。
しかし黒髪は祥子さまよりも長く、お尻あたりまで伸ばされている。

「で、どうしたんですの?」

「あ、ああ、消えた【祐巳さま】って人の事だろ?ほら、」

「?」

私は渡された書類を手に取り、硬直する。
まるでアルバイトの履歴書のようなそれには、あの頃と殆ど分からないお姿が映っていた。
私は写真を指差しながら【小さな友人】にどういう事かを無言で聞く。

「こっちでも知名度はそれなりだがな、それ、アウリエル7代目だ」

「アウリエルって……あの四大天使の!?」

「端的に言えばな。最近は新しく妹さまも迎えて、忙しいらしいが……」

「妹は!?どなたです!?」

「うぉう!」

【小さな友人】は投げつけるようにもぅ一枚の紙を、私に渡した。
そこにはやっぱり見慣れた姿が。あの無愛想な顔が映っていたのだ。

「…………」

「ビンゴか。ならさっそく……」

「……いいわ、分かっただけで満足ですわ」

「は?なんのために調べてたんだお前は」

「いいのです」

向かいの【小さな友人】が不満そうに頬を膨らませた。
いくら天使と悪魔とは言え、べつに睨みあってるわけじゃないから手続きを踏めば面会は可能。
だから「そんなに会いたいのなら会えばいい」と言ってくれているのだ。
しかし私には会うわけにはいかない理由が出来てしまっていた。

「……乃梨子さんが妹になられたんなら、今暫くはいいです」

「? いまいち分からんが?」

「それに未来的に危惧されている【夢魔】対策で忙しくなりますから」

「………………」

考え込む仕草をすると、「ふ〜ん?」というように笑った。
それには「瞳子って意外とシスコンだよね?」という意味が込められてる…気がする。
隠してもせん無いことだが、私は黙る事にした。

「くっくっく、【陰から密かに助けてあげたい】とか思ってると、将来ストーカーになるぞ?」

「な!……か、可南子さんじゃあるまいし!」

「誰だか知らんが酷い言い草だ」

【小さな友人】は暫く笑い続けていた。
本当は、こいつが言ったこと以外にも【会いづらい】とか有ったのだが、いちいち言うこともないか。
しばらくして【小さな友人】を叱り付けると、私は縦ロールを撫でた。

「また、【会え】ますもの……」




あの輪廻で、また。






【2703】 (記事削除)  (削除済 2008-07-12 13:26:30)


※この記事は削除されました。


【2704】 君の声が聞こえる  (さおだけ 2008-07-13 18:37:04)


なんで私は志摩子の章を後回しにしてるんだろう?

祐巳の章  【No:2692】(再会編) 【No:2694】(過去編)
蓉子の章  【No:2687】(始り編) 
祥子の章  【No:2680】(再会編) 【No:2684】(過去編)
乃梨子の章 【No:2672】(始り編) 【No:2697】(現世編)
志摩子の章 【】(再会編)
由乃の章  【No:2696】(前世編)
瞳子の章  【No:2702】(始り編)

本編 【No:2663】→【No:2664】→【No:2665】→【No:2666】→【No:2668】→【No:2669】→【No:2673】
    →【No:2674】→【No:2675】→(【No:2676】)→【No:2679】→【No:2682】→【No:2683】→
    【No:2686】→【No:2695】→【No:2701】→【ここ】




  ■■ SIDE 蓉子



カチリ カチリ カチリ カチリ カチリ カチリ

時計が時を刻むように正確に、私の中で確かだったものが変わっていった。
生まれてから十と数年だったと思っていたものが否定され、また付け足されていく。

カチリ カチリ カチリ カチリ カチリ カチリ

何十、何百もの【世界】をえて、私は今の【私】を形成していたのだと知る。
どこかの世界で私は聖と一緒に暮らしていた。
またどこかの世界で、私は江利子と一緒に暮らしていた。
祥子が最愛の妹である祐巳ちゃんをさらって駆け落ちしたりした。
祥子と祐巳ちゃんが仲違いをしてスールではなくなったりした。

カチリ カチリ カチリ カチリ カチリ カチリ

私は自らを殺めた。
といっても自分で刃を心臓に向けたのではない。
私はただ、【聖の代わりに自分から】死んだのである。
目の前で聖が死んでしまうくらいなら。
最愛の聖が死んでしまうくらいなら、私が。

カチリ カチリ カチリ カチリ カチリ カチリ

目が覚めたら白い空間で私の背には羽がついていた。
私を見ている【お姉さま】が、何かを言おうとして口をつぐんでいる。

カチリ カチリ カチリ カチリ カチリ カチリ

私はアウリエルと呼ばれるようになった。
暫くして【あの子】が死んだ魚のような目で現れた。
そのまま私の妹になったけど、祐巳はその後1年、ずっと泣いていた。

カチリ カチリ カチリ カチリ カチリ カチ……


「じゃぁ祐巳、貴女がアウリエルを勤め上げたらまた、世界で会いましょう」

  
                              カチリ 。





私は、どうして祐巳の事をちゃんと理解してあげられなかったのだろう。
今の世界で私は、祐巳に傷があるという事を知っていた。
なのに触れなかった。壊してしまう事が怖くて。祐巳が消えてしまいそうで怖くて。

『ごめんなさいっ……おねえ…さ……私、だって………』

『怖かったよぉ……もぅやだ…独りはやだよぉ……』

この世界で再会した祐巳がどうして泣いているのか。
本当は、知っているはずだったのに……!
あの時に私に呼びかけた【彼女】はなんて言っていたのだった?
私はちゃんとあの言葉の真意を理解してあげられていたのか?

『全く、泣き虫なのだから……祐巳は』




    カチリ 



「え、あの、お姉さま、この家見たとおり何もないのですが……」
「フライパンくらいはあるでしょう?」
「………フライパン…あったかな……」
「ないの!?じゃぁどうして自炊できて……ないわよね、当然」
「あ、あはははは」

「……これだけ、ですが?」
「そう。嘘よね」
「くっ」
「続きは?もしかして祐巳、貴女私に隠し事が出来ると思ってるの?」
「め、滅相も無いです、はい…」
「じゃぁ続けて」


「あ、起きられたんですね」
ツインテールの、小動物チックな小柄な少女。
私を見て無邪気な笑みを浮かべていた。









……………………………ああ、そうだったのか。
記憶のない私に本当に嬉しそうに笑ってくれたのは、自分を騙すためか。
そこまで私に説明したくなかったのは、前世の話しをしたくなかったからか。
どうして家に何もないのか。
どうして最初に私の誘いを断ったのか。
どうして祥子をいつも【さま】付けで敬語まで使っていたのか。
ようやく、
 全てが繋がった。

黒い羽がついていた頃から、私は祐巳を知っていた。
ううん、その前の前世から、ずっと昔から、私は祐巳を孫として見ていた。
お日様の笑顔を浮かべる祐巳を知っていたから妹に迎えた。
また山百合会で一緒になりたかったから、私は天使を卒業した。

『紅薔薇さま?どうかしたんですか?』

『蓉子さまからも聖さまに言ってくださいよ!』

『お姉さま、会議の時間ですよ?』

近づいては遠ざかる距離。
笑顔の合間に密かに陰を落とし、でも笑う祐巳。
私の妹である祥子を良い方向へと導き、共に歩いていった祐巳。
どうして、どうして理解してあげられなかったのか。

『じゃぁ祐巳、貴女がアウリエルを勤め上げたらまた、世界で会いましょう』

『………はい、お姉さま。また会える日を楽しみにしています』

無理をして作った笑顔だったなんて、最初から分かっていたのに。



  ■ ■ ■



「痛い……」

頭がガンガンする。
何百もの世界の記憶をいっきに投げ込まれたものだから、頭がパンクしそうだった。
私はようやく地面に伏していた事に気付く。隣には祥子まで寝ていた。
ここは病院の庭で、誰にも見つかっていない事が奇跡だった。
もしも見つかっていれば検査やらで騒がしくしていただろう。

「……祥子、起きなさい」

芝生の上で寝ている祥子の肩を揺すり、強制的に起す。
眉を顰めた祥子はうっすらと瞼を開け、私を見つめた。

「おねえ、さま……?」

「起きなさい。遅刻するわ」

「はい……?」

祥子はぼーっとしながら状況の把握に努める。
本当に、このままでは遅刻してしまう。
私は祥子にドスの利かせた声をかけた。

「貴女の最愛の祐巳を救済する舞台に、遅れてしまうわ」



  ■■ SIDE ■■



コレホドマデニ世界ガ理不尽ナノハ、ドウシテナノダロウ。
何度モ幸セナ人生ヲ謳歌デキル人間トドコマデモ不幸ナ人間。
コノ差ハドウシテ生マレタノダロウ。

声ガスル。

助ケテ。アノ人ヲ助ケテ。
死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ。
ヤダ、モット一緒ニイタイ………!

声ガ、スル。



  ■■ SIDE 乃梨子



呻くお姉さまに対してしてあげられる事が、思い浮かばなくて。
ただただ私は、自分の無力さを呪っていた。
隣にいた瞳子がお姉さまを抱きしめていたことで夢魔に汚染されそうになる。
どうしればいいのだろう。
私には何ができるのだろう。

助けて。

お姉さまを、助けて。

誰でもいい、なんでもする。だから助けて!





「どきなさい、これより祐巳さまの応急処置に入ります」

ミカエルさまが私と瞳子をお姉さまから引き離し、祐巳さまを宙に浮かせてた。
触れないように力を制御しながら運んでいるのだろう。
瞳子はミカエルを見て、なぜだか睨み付けた。

「お姉さまを救えるのですか!?」

「やってみないと分かるわけないでしょう?」

睨みながらも抵抗したり邪魔したりはしない。
悪魔である瞳子には天使のお姉さまの存在を救えない。
もともとは同じものなのに、管轄が違うから力の使い方が分からないのだ。
ミカエルは呻く祐巳さまを見つめながら話しをする。

「私は最善を尽くす。だから貴方達も出来ることをしなさい」

「できる、こと?」

「あるでしょう?祐巳さまの【妹】なら」

「……………」

私はしばらく呆然として、瞳子を見つめる。
瞳子も瞳子で何をすべきかは見当がついたようだった。

「なら、お任せしますわ」

瞳子は立ち上がってそっぽを向いた。
私も同じくして立ち上がり、もう一度だけお姉さまを見つめる。
いってきます。

「………貴女でも一応は友達ですものね、可南子さん」

瞳子の言葉に驚いたような目を向ける。
けれどそれはすぐに真剣みを帯びたものに変わる。
それを確認する前に、私と瞳子はこの場から去っていたけれど。



【2705】 (記事削除)  (削除済 2008-07-14 14:45:10)


※この記事は削除されました。


【2706】 (記事削除)  (削除済 2008-07-14 15:56:22)


※この記事は削除されました。


【2707】 願わくば  (さおだけ 2008-07-14 20:27:21)


祐巳の章  【No:2692】(再会編) 【No:2694】(過去編)
蓉子の章  【No:2687】(始り編) 
祥子の章  【No:2680】(再会編) 【No:2684】(過去編)
乃梨子の章 【No:2672】(始り編) 【No:2697】(現世編)
志摩子の章 【】(再会編)
由乃の章  【No:2696】(前世編)
瞳子の章  【No:2702】(始り編)
可南子の章 【】

本編 【No:2663】→【No:2664】→【No:2665】→【No:2666】→【No:2668】→【No:2669】→【No:2673】
    →【No:2674】→【No:2675】→(【No:2676】)→【No:2679】→【No:2682】→【No:2683】→
    【No:2686】→【No:2695】→【No:2701】→【No:2704】→【】



  ■■ SIDE 可南子



触るところから引切り無しに【憎悪】が雪崩込んでくる。
色でいうなら黒。それは手から頭、そして心に直接訴えてくる。

死んで欲しい。
苦しい。
殺してやる。

どれもこれも【助けて欲しい】の裏返ったようなものばかりで、私は眉を顰める。
膨大な数に救済を求められて、果たしてこの人は無視できるのか否か。

「………無理、よね」

力ずくで夢魔を消滅させるか、正攻法として【憎悪】の根源を解消させてやるか。
この人なら、もしも私の知っているとおりの人ならば、選択肢は後者しかない。
今までの夢魔も殆ど乃梨子さんに任せていたというのだから、一体どうなるやら。

「なら、こっちも力ずくで……」

祐巳さまに取り付いている夢魔を消すか、祐巳さまの意識を呼び戻すか。
方法は、二つに一つ。



  ■■ SIDE 祥子



「お姉さま、お姉さまぁ」

「なぁに祐巳。もう、そんなに呼ばなくても聞こえるわよ」

「えへへ……お姉さまっ」


祥子は夢を見ていた。
自分より少し小さいくらいの祐巳が、自分にじゃれついて笑っている夢を。
私は抱きついてきた祐巳の頭を優しく撫でて、自分から腕を回す。
祐巳は心底嬉しそうに笑った。


「お姉さま、今度の土曜日ってお暇ですか?」

「ええ、空いているわ」

「じゃぁ一緒に遊園地に行きませんか?」

「遊園地……そうね、行きましょう」

「わぁい!♪」


自分の一挙一動で嬉しそうに反応する祐巳。
私の中は愛おしさで一杯で、どこまでも温かかった。


「お姉さま?お姉さま、」

「………え?」

「どうかしたんですか?ぼーっとされてますけど……」

「いいの、考え事よ」


祐巳はちょこんと首をかしげたけれど、すぐに頷いた。
どこまでも【私】を信用している仕草に、私の胸は小さな悲鳴を上げた。



  ■ ■ ■



私は【お姉さま】の走る後をついていった。
ぼーっとしていた。もしかしたら走りながら夢を見ていたのかもしれない。
夢?夢は所詮夢だけど、あれは夢なんかじゃない。

『お姉さま!』

ほら、あんなに愛らしい祐巳の仕草を、声を、あの温かさを覚えている。
抱きしめたら柔らかくて、あの子はお日様の匂いがするの。
声をかけて、振り向いて私を確認した時の、あの歓喜に満ち溢れた顔を覚えている。
更に言えば一緒に暮らしていた事だってあったのだ。
夜伽で何をしていたか……私は、全て憶えている。

「…………私は、……」

記憶に押しつぶされてしまいそうだった。
どれが【一緒に暮らしていた】祐巳?どれが【結婚式をあげた】祐巳?
どれが【すれ違って他人になった】祐巳?どれが……【私が殺した】祐巳なの?
ここは、あれは、それは、どれ?

「祥子、しゃんとなさい」

「……おねえさま……」

あの記憶がなくて不安を押し隠したような表情のないお姉さまが、私を引っ張る。
お姉さまは私を見つめて、真面目な顔をしながら走る。

「記憶っていうのは、信じたいものを信じていればいいのよ」

「信じたいもの……?」

「人は信じられないことは拒絶するから。忘れてもいいの」

「…………」

お姉さまがそう仰られて、私は幾分樂になった。
なら、私はいつも笑顔で私を迎えてくれた祐巳だけを信じよう。
悲しい事があった、嬉しい事があった、恐ろしい事があった。
でも……私はそれを全部信じる事ができる。
全てを受け入れ、全てを肯定する事が出来る。
だって、全て【祐巳との記憶】なんだから。

「お姉さま、祐巳はどうしてるのですか?」

「分からない。分身が保てないくらいだから、消耗していると考えるのが妥当ね」

「………天使というのは、身体がないんですよね?」

「ええ。だから消耗しすぎると【消滅】する。輪廻には戻れない、【虚無】にね」

「………………!」

いっきに私は現実へと引き戻された。
力のなかった足に意識を集中させ、走る。
私の祐巳が消滅するだなんて、姉の私がさせるわけないでしょう!



  ■■ SIDE 乃梨子



ドリルと一緒に、私は本体と対峙していた。
祐巳お姉さまがやろうとしていた事、それを遂行するのが任務だからだ。
でも、本体と近づいて見て、幾つか分かった事がある。
ここからブラックホールのような黒い物体までかなり距離があるのに、意識に霧がかかったようになる。
黒い霧は私達の意識を削いでしまう勢いでそこにただ居た。

「く……瞳子、あんたは無事?」

「無事って……私達のいる空間もこんな様なのですわよ?」

「うわ、さすが悪魔ってところか」

角が回転しながら「悪ぃ子はいねがー!」とか言いながら追いかけてくるんだ。
なんて愉か……恐ろしい。私だったら(笑い)泣きしながら逃げそうだ。

「で、どうやって退治するんですの?」

「ちょっと瞳子、慣れてるんならなんとかしてよ」

「他人任せですのね!」

瞳子はドリルを肩で震わしながら怒鳴った。
現実逃避がしたいのか、私の中では瞳子をおちょくる事でいっぱいだ。

「……まぁいいですわ。私の言うとおりにしてくださいます?」

「よしきた」

「まず、そこに立って」

「うん」

「で、羽を広げて」

「こう?」

「そのまま夢魔に向かって全力で突っ込んでください」

「【なんでやねん】!」

「いえ、物理的に」

「なんでやねん!」

瞳子のお凸を叩いた。ペシっと言ういい音が響いた。
お前まで真面目な顔して現実逃避かよ!
どうやら瞳子もどう対処していいのか分からないようだった。
なんとも情けないものである。
しかし、これだけ馬鹿でかいものを私のような下級天使で対抗しようというのが無謀だ。
だからって引く気はないけれど、如何せんどうしていいものやら。

「瞳子、ドリルであれ壊して」

「貴女十八番の【呪い】でなんとかしてください」

「無理」

「無理ですわ」

さて、困った。



  ■■ SIDE 由乃



「…………ねぇ令ちゃん、あれってなんだと思う?」

「さぁ……新種のブラックホールとか?」

「ブラックホールってどういう仕組みだっけ?」

「さぁ………」

窓の外を見ながら、私達はどうしたもんかと空を見上げる。
横では速報だっていって切り替わったニュースがバンバン流れてきている。
五月蝿いくらいにキャスターがカメラに向かって叫んでいた。

『悪魔に触った人が次々に発狂しています!』
『気をつけてください!触れてはいけません!』

『ただいま入りました情報によりますと、アメリカが悪魔対策としてミサイルを導入しました!』

『和歌山県で発狂した人の意識がたった今戻り、回復しているということです!』
『なお、その男性は意味不明なことを言っているもようです』
『「全ては嘘だったんだ」「騙された」「■■はどこだ」と』

『アメリカのミサイルが日本に向かってきます!』
『着弾までに約―――と予想され、住民に皆さまは―――』

『また、悪魔は人間以外の動物にはなんの影響も及ぼさず―――』



「……………ねぇ、令ちゃん」

「なぁに由乃」

「……………なんか、お腹空いた」

「じゃぁ今日はお鍋にしよっか」

「うん」



【2708】 妹失格なくらい社交性の塊時が止まるとき  (C.TOE 2008-07-15 18:18:35)


「甘いわよ乃梨子ちゃん」

机の向かいで由乃さまが力説している。

「巷では三年生と一年生の関係はおばあちゃんと孫の関係なんて言われてるけど、必ずそうなるわけじゃないから」

随分狭い世間ですね、リリアン限定じゃないですか。乃梨子がそう思ってる間にも、由乃さまの演説は続く。

「あくまでも、三年生と二年生、二年生と一年生、それぞれの繋がりなんだから。人間関係に相性というものがある以上、三年生と一年生の相性が良いとは限らないわ」

リリアンの伝統には縁遠い乃梨子にも、これは由乃さま本人の事だとすぐにわかった。令さまのお姉さまはたしか……

「乃梨子ちゃんは知らないでしょうけど、去年、私と江利子さまがどれだけの死闘を繰り広げたか。まさに『嫁・姑戦争』だったわね」

そう、鳥居江利子さま。残念ながら乃梨子はどんな人か詳しく知らないが。

「その意味では、令ちゃんは立派な旦那さまだったわね、二人に挟まれておたおたするだけの。『どっちの味方なの!?』と何回いいそうになった事か」

隣から「由乃ー」なんて情けない声が聞こえるが、由乃さまは無視だ。その隣の紅薔薇さまは我関せずといった表情。そしてその隣の祐巳さまは困惑した表情。おそらく祐巳さまは巻き込まれた事があるのだろう。祥子さまのように関与しないのが正解だ。第三者が何を言っても聞き入れられる事は無いのだから。尤も祐巳さまにはそんな高等技術はなさそうだが。ちなみに乃梨子の隣の志摩子はさんきょとんとした表情。いいんだよ志摩子さん、貴女はこんな事理解できなくても。

「でも卒業式の前に、体育館裏に呼出された一年生は、そんなに多くないはずよ」

隣で「由乃!?」なんて令さまが驚いているが、由乃さまはやはり無視だ。

「さすが江利子さま、私を体育館裏に呼び出すんだから。仲がお世辞にも良いといえない関係でも、普通はそこまでしないからね」

乃梨子には、江利子さまがとんでもない人のように思えたが、しかし相手がこの由乃さまである。今の由乃さまそして令さまの関係を考慮すると、半分以上は由乃さまのイケイケ青信号に責任があるような気がしないでもないのだが。

「その点、祐巳さんはよかったわよね。蓉子さまは大人だったから。祐巳さん、蓉子さまにかなり可愛がってもらってたもんね」
「うん、まあねー」

えへへ、と笑う祐巳さま。蓉子さまという人は相当大人だった事は乃梨子にも容易に予想できる。なにせあの祥子さまを妹に迎えたのだから。

「祐巳さんは今も良い環境よね。瞳子ちゃんとの間に紆余曲折はあったけど、すくなくとも瞳子ちゃんと祥子さまに挟まれておたおたする事は無いからね」
「そうかなー?」
「そんなことありませんよ」

疑問符の祐巳さまに、意外にも瞳子が否定した。

「瞳子にとって、祥子さまは昔から大天使さまでした。厳格と寛容、その両方を併せ持ち、その気高い美貌は三千世界を照らし、凛とした態度は戦慄すら感じるほどでした」
「そうだよね、祥子さまは大天使さまだよね」

祐巳さまがのっかってきた。祐巳さまの目は既にあっちの世界に行っている。

「恒に先頭を歩き、倒れる時は前向きに、いえ倒れる事なんて決して無い、この世界の女神さま。気性が激しい部分もありましたけど、瞳子にはとても優しい、まさに大天使さま。昔から、祥子お姉さまの隣に居るだけで瞳子は幸せな気分になる事ができました」
「私なんて、隣に居なくても幸せな気分になれるよ」

それはそれで問題ではないですか祐巳さま。そんなつっこみすら起こす気になれないほど、紅薔薇家の一・二年生はトリップしていた。

「しかし!」

ビシッ!
突然瞳子が祐巳さまを指差した。差された祐巳さまは口を円く開けて驚いている。

「祥子さまは妹を迎えられてから変わられてしまいました。具体的な事は直接関係ないので省きますが、あの祥子さまを変えてしまうほどの人物。どんな人物なのか、瞳子はいろいろと情報収集致しました。そしてその過程で瞳子も惹きつけられ、でも同時に悩みました」
「何に?」

祐巳さまがのんきに聞き返す。この人は自分の環境をいまいち理解してないのではなかろうか。乃梨子はそう思ったが、瞳子に続きを促した。

「瞳子が祐巳さまの妹になったら、それはつまり、祥子さまを変えてしまった人物を姉に、祐巳さまに変えられてしまった祥子さまを長姉にするという事です。そんな環境に、自分は耐えられるのだろうか。自分も変えられてしまうのではないか」
「瞳子ちゃん、それは悩む必要はないでしょう?だって、私達は、祐巳に変えられてしまった物同士なのですから」

そう言って祐巳さまを間に挟んで瞳子と見詰め合う祥子さま。挟まれて幸せそうな祐巳さま。紅薔薇家は実は祐巳さまでもっていると最近になって気付いた乃梨子だった。

「4月からは、どうなるのかな」

令さまがそれとなくふってきた。現在由乃さまには妹がいないので、4月からの事が気にかかるのだろう。

「4月からね。たしかに三年生が志摩子さんなら乃梨子ちゃんがどんな一年生を妹に迎えても何の問題も発生しないでしょうね」

由乃さまの台詞に、それには乃梨子も自信がある。志摩子さんなら快く受け入れてくれる。むしろ問題は志摩子さんと二人きりになれない事だ。しかし、現在黄薔薇家には一年生は居らず菜々さんは不確定、瞳子は気分屋で先が読めないということを考えると、4月になったら乃梨子が早めに一年生を調達してこないといろいろと問題が発生する可能性がある。そう、一年生はずっと乃梨子一人だったという洒落にならない山百合会の黒歴史。

「祐巳さんも大丈夫ね。間違っても、一年生をいびる姑にはなれないから」

由乃さまの台詞に、瞳子が肯定した。

「ああ、それなら大丈夫です。祐巳さまのような迂闊者、そうはいませんから、たとえお姉さまがそう望んだとしても、姑・嫁の関係にはなりません。なるとしたら、瞳子が姑、私の妹が小姑、そして祐巳さまが嫁ですね」

可能性のある笑えない未来に、乃梨子は早めに新入生、それも優等生を調達してこようと心に決めた。


【2709】 もこもこしてたりする柔らかくてびっくりわっか的ビデオ  (MK 2008-07-16 18:57:22)


 作者より:この作品はホラーかも知れません。あと今回「感動だ」ボタンは「怖かった」ボタンの代わりとしてお使い下さい。



「呪いのビデオって本当にあるんですってよ」
「あるんですってね。恐ろしいですわ」
「本当に恐ろしいですわ。でも私たちはマリア様が見ていて下さいますから」
「下さいますから大丈夫ですわ。でも気をつけていないと」
「気をつけていないと、見てしまうこともあるのですわ」
「あるのですわ。天は自ら助ける者を助くですわ」
「それにしても怖いですわね」
「怖いですわ」

「…呪いのビデオ?」
 私は二人のクラスメイトが夕方の教室前で、うわさ話を話して通り過ぎるのを見送ると、そう呟いた。

 ドラマや小説のいわゆる物語の中では、事件が唐突に起こることがままある。
 しかし、気付いていない、または描かれていないだけで、事件の前兆は確かにある。
 その前兆が数秒前、数分前だったりすれば、それはもう前兆ではないかも知れない。
 けれども、数日前、数週間前から前兆が起こっているならば、それに気付かない当事者達が間抜けだったと言えるかも知れない。
 そしてその時、私は確実にその間抜け、だった。



「由乃さまは今日もいらしていないんですか?祐巳さま」
「うん、今日も休みだったよ。インフルエンザかなあ」
「インフルエンザの時期はもう過ぎたと思いますけれど。お姉さま」
「そうなんだよねえ。どうしたんだろ。みんなと同じなのは嫌だから時期外れにひいたとか?」
「お姉さま、真面目に考えて下さい。ただでさえ仕事が進まないのですから」
 薔薇の館で待っていたのは、紅薔薇のつぼみである、祐巳さまとその妹の瞳子の二人だけだった。
 話のタネになっているのは、黄薔薇のつぼみ、由乃さま。
 半年くらい前までは時折休むことがあったが、今ではほとんど休まない。
 その由乃さまが四日前からずっと休んでいる。
 心配した祐巳さまが電話をかけた所、しばらく休むことになりそうだけれど心配しないで、と言われたらしい。

「そう言えば乃梨子ちゃん、志摩子さんは?私、今日は見かけなかったけど」
「それが、教室に行ったところ、今日は休みだそうです」
 そう、私のお姉さまである志摩子さんも今日は休み。
 おかげで今日はやる気が…など言っているとお姉さまに怒られそうだけれど。

「志摩子さんも休みかあ。じゃあ仕事も進みそうにないし、今日は解散にしようか」
「そうですね」
「それでは、お姉さま。お先に失礼します」
「あ、演劇の練習があるんだったっけ」
「はい。ではまた明日」
「またね、瞳子」
 解散、と言われるや否や、そそくさと出て行く瞳子。
 別段、素っ気ないとか仲が悪いと言うわけではなく、次の演劇で良いところをお姉さまに見せたい、といった気持ちがばればれだったりする。
 その証拠に、私がこの部屋に入ってきた時、この部屋の空気ってピンク色だったっけ、と思ったくらいである。



 こうして、今日の帰り道は祐巳さまと二人になった、と思っていたけれど、それは長く続くものでは無かった。

「あ、祐巳さん」
「あ、桂さん。どうしたの、そのダンボール」
「あ、これね。ビデオテープ整理任されて」
 薔薇の館を出て、程なくしてバッタリ会ったのは、祐巳さまのお友達で、お姉さまのクラスメイトである、テニス部の桂さまであった。

「テニス部ってビデオも使ってるの?」
「そりゃ使ってるわよ、試合とか練習のビデオを撮って、フォームの確認とか弱点の研究とかにね」
「それにしても多いんじゃない?一人だと、その量って」
「まあ、今日一日で全部って訳じゃないし。それより祐巳さん、今帰りなの」
「うん、由乃さんも志摩子さんもお休みだと、やれる仕事が少なくて」
「あ、志摩子さん、お休みだったっけ」
 私に教室前で、休みだと伝えて下さったのは、桂さまだったと思いますが。
「重そうだね。手伝うよ」
「あ、いいの?ありがとう」
 さすがにダンボール二箱と機材はどうかと思います。というかいじめ?二年生なのに…。

 私も時間が空いている、ということで三人でダンボールを運ぶこととなった。
 先程の私の疑問は、行く途中で桂さまの話で答えが明らかとなった。
「普段はマネージャーの仕事なんだけどね。今日は、というか最近休んでいる人が多くて人手不足なのよ。これらは最近の試合記録とかが多いから、自分が買って出たって訳。まあ、最近ちょっと調子悪くてねえ。えへへへ」
「へえ、桂さん試合出てたんだ」
「突っ込むところはそこ〜?」

 などと話している間に、着いた先は視聴覚教室。
 大きなスクリーンを見る教室みたいな所の他に、ビデオデッキとテレビが三台ずつ置いてある部屋がある。今回使うのは後者の方だった。
「あ、それはそっちに置いてね。ありがとう祐巳さん、乃梨子ちゃん」
「あ、いいっていいって。それより、少しだけ見てっていい?」
「いいよ。というか、内容確認だけ少し手伝って」
「はーい」
 桂さまの話によると、ラベルが剥がれたり、付け忘れでいくつか内容が分からないものが混じっているとか。今日はそれらの整理を先にやるらしい。

『○○年○月○日。対N高校。シングルス2。加藤静 対 谷澤春菜』
 ビデオの試合前のナレーションは、その試合の対戦内容だった。
 試合内容は早送りで飛ばし、試合前のナレーションをノートにとっていく桂さま。
 私たちもそれに習って、他の二台での記録を手伝い始めた。
 そんな中…。

「あれ、これ何だろう。猫?」
 唐突に疑問の声が上がった。
 声の聞こえた方を見ると、祐巳さまが見ていたテレビに猫が映っていた。
「祐巳さん、そのビデオって、この中にあったの?」
「そうだよ。ラベル無かったから見始めたら猫の映像が出てきたの」
「おかしいなあ、試合以外で部員以外を撮ってるなんて」
 映っているのは、どこかの林の中だろうか。
 落ち葉が積もっており、その上にもこもこしている白い子猫の姿があった。
「部員の私用ビデオかな」
「もこもこしてて可愛いね」
「どこの林なんでしょうか」
 そう言いながら、私は、普通一度は整理してあるはずのテニス部のビデオにこんなものが混ざるものかな、と少しばかり気になっていた。

「あ、場面変わった」
「どこかの道路脇みたいだね」
 今度は場面が変わり、アスファルトの地面とコンクリートの壁の様なものの前に、やはり白い子猫がごろ寝している映像が映った。
「可愛いのはいいんだけど、テニス部のじゃなさそうだし、他のも見ないといけないから、これは別にしておくね」
 そう言って祐巳さまはリモコンの停止ボタンを押した。

 ピッ。
「…あれ?」
 ピッ。ピッ。
「あれ?あれ?」
 しかし、ボタンを何度か押してもビデオは流れ続けていた。
「リモコンの電池切れたかな?」
 そう言って今度は桂さまが横から、デッキの停止ボタンに手を伸ばした。

 カチッ。
「…あれ?」
 カチッ。カチッ。
「あ、あれ?」
 何度ボタンを押しても流れ続ける映像。
 またもや場面が変わり、今度は古く長い木造の校舎の廊下のような場所が映し出された。
 しかし、今度は猫の姿は無く、視点は低く撮られているようだった。

「な、何これ」
 今度はテレビのスイッチを押す桂さま。
 消えるテレビの映像、と思いきや変わらずテレビには木造の廊下が映っている。
 いや、変わらずではなく、廊下を進んでいる映像だった。

「な、何で消えないのっ」
 祐巳さまは半ばパニックになりながら、コンセントを探し出し、プラグを引き抜いた。

 ブゥゥゥン。
 音を立てて消える二台の映像。
 そう、消えたのは、先程まで桂さまと私の見ていたテレビだけだった。

「「な、なんで…」」

 私は、というとテレビの映像から目が離せずにいた。顔や手のひらに汗をかいているのが自分でも分かる。
 私は先程のクラスメイトの会話を思い出していた。確かに、最近はどのクラスでも三名から多いクラスでは八名くらい休んでいた。
 それがまさかソレのせいだとは思いつきもしなかった。

『呪いのビデオって本当にあるんですってよ』
 次の瞬間、テレビの中の視点が変わり、天井を映し出していた。

「「「………!!」」」
 人は本当に悲しい時、涙が出てこないと言う。
 ああ、本当に怖い時は悲鳴すら出てこないんだなあ、と私は頭の片隅で考えていた。

 そこには赤い文字で、こう、書かれていた。

『五日後に呪いが降り掛かる 解くカギはビデオの中に』



 あと五日。


【2710】 同じスタートライン  (ケテル 2008-07-19 01:02:30)


確認事項1:基本的に私のSSの場合、祐麒×由乃がデフォです。
確認事項2:『Un point de vue ○○(人物名)』は人物名視点になります。 それ以外は第三者視点の描写になります。 翻訳ソフトで出したので、正確かどうかは責任を負いかねます。
確認事項3:調べられるだけ調べましたが、どこかに穴があるかもしれません。 その場合は笑って許してください。


Le Tour de France もやっていることですし、取り合えず第一話です。 (Tourおもしれぇ〜w)


S-1 祐巳の家、最寄のバス停


「まだ来てないわね祐巳は」
「でも、バスの時間はなかなか読みづらいから、渋滞とか信号とかで…」
「どうしますか? このままバス停で待つか、祐巳さまの家は分かっているのですからそちらに向かうか…」

 M駅に一旦集合した由乃、志摩子、乃梨子の本日の目的は、祐巳の家によってからサイクリングへGo!。
 奇跡的とも言えるスピードで仕事が手際よく片付き、ゆっくりできる時間が取れたので息抜きをかねて、みんなで何所か行こう言う事になったのだ。 マリア祭までは後二週間と少しあるので今のうちに遊んでおきたいと言うのもある。

「ここで立ちっ放しなんてのも冗談じゃないわねぇ、向かってればそのうち会うんじゃない?」
「そうね、ゆっくり歩いて十分くらいだったかしら」

 調布駅行きの京王バスが走り去ったのと同じ方向に向かって三人は歩き出した。

「さ〜て、どこへ行くのかな〜♪」
「祐巳の家からだと…野川公園とか、武蔵野公園、深大寺植物園と言った所ではないかしら」
「ああ、いいわね〜、時期的にも。 そうなるとますます瞳子ちゃんがかわいそうだわね」

 瞳子はどうしても抜けられない用事のため、今回は来ていない。

「でもまあ、あれだけごねまくったんですから。 私は、明日学校へ行っても瞳子からの文句は受け付けないことにしてます」

 来週にずらしてくれと言って瞳子はごねたのだが、来週は由乃と乃梨子が都合が悪い、今日この日を逃すと、2週間以上時間が空かなくなる、なにやら別な思惑のあるらしい祐巳は2時間58分説得してなだめた。

 まあ、それは別のお話。

「でも、良かったんでしょうか?」
「え? なにが?」
「いえ、今日は、サイクリングですよね…」
「祐巳は”ポタリング”と言っていたわね」
「でも、わたしたち、自転車ありませんよ? レンタサイクルなら駅前でしょうし」
「まあ、任せておいてって言ってたし……」

 M駅まで電車で来なければならない志摩子はもちろん、乃梨子も自転車は持って来ていない、由乃は駅まではママチャリで来たが有料駐輪場に預けてきた。

「なんか方策があるんじゃない? おおぉ、早いね〜あの自転車」

 サイクリング目的のため自転車に目が行ったのか、由乃が反対車線を自動車に負けないようなスピードで走って来る赤いスポーツタイプの自転車=ロードバイクに気がついた。

「最近多いわよね、ああいう競輪の自転車みたいなの」
「ほんとに早いですね、あんなスピードだとすごく力が要りそう…です…け…ど…?」
「? 女性のようね乗っている方…」

 近づくにつれ、その体形とヘルメットの後ろから風にゆれる長い髪が、乗っているのが女性で、しかも背格好からすると自分たちと同年代だということが見て取れた。
 三人の手前30m程の所で赤いロードバイクに乗った少女は、右側のペダルを下支点で止めて後の車にハンドサインを出してからを減速する。

「ごきげんよう〜! そっちの車線に行くから、ちょっと待ってて〜!」
「「「祐巳?!」」さま?!」

 スピードをコントロールしながら右手を口元に当てた祐巳が、反対車線側の三人に声をかけた。 インテークが開いている赤と黒のヘルメットをかぶり、スポーツ用のミラータイプのサングラスをかけた祐巳は、声をかけた後フリフリと振っていたグローブを着けている手をブラケットに戻し、少しだけペダルを回して50m程進んで横断歩道まで行き、押しボタンの押して信号が変わるのを待つ。
 普段の祐巳とはちょっとかけ離れたヘルメット、サングラス、体にフィットしているウェア、そして乗っている自転車。
 三人はボ〜ッと、信号待ちしている祐巳の様子を見守っていた。

「ねえ、志摩子。 祐巳……あんな自転車乗ってるって聞いたことある?」
「…そうね………記憶には無いけれど…」

 横断歩道を渡り、サーーッと軽く加速して三人が待っている場所まで来た祐巳は、左の踵を外側に捻っると同時にサドルから腰を浮かせて足を地面につけた、右足はペダルに乗せたままだ。

「ごめ〜ん。 今日乗る自転車、祐麒が調整してるんだけど、手伝ってたら時間かかっちゃって。 最終的には三人が来てからになるんだけどね。 ささ、行きましょ行きましょ」
「あ……そう…なの。 え? ゆ、祐麒くんが? 調整って?」

 サングラスを外して胸ポケットに入れてから三人を先へ行くようにと促すと、ケンケンをするように左足で地面を蹴って三人の歩みに合わせて自転車を進める。

「うん、まずビンディングペダルをフラットペダルに付け替えて、ハンドルの高さをアップ目に変更して。 大丈夫だって言ったんだけど、私が家を出る時にはチェーンにオイル注すって言ってたけど」
「あの…祐巳さま。 さっきから足を着くたびにカチャカチャ音がしているんですけど…両足を着いて押した方がいいのではないですか?」

 はははは、と軽く笑いながら右の踵を外に捻ってクリートを外してシューズの裏を指差す。

「これ、ここね、シューズの裏の金具とペダルをくっ付けちゃうのよ。 さっきちょっと言ったけどビンディングペダルって言ってね、漕ぐのは楽になるんだけど、シューズの裏が硬くって歩きにくいし滑りやすいのよ〜。 さっきのやり方の方が楽なの」
「…なら言葉で言えばいいんじゃあないかしら? 外して見なくてもいいかと思うけれど」
「うん、でも見せた方が分かりやすいかなぁ〜って」
「ふ〜ん、なるほどね〜。 ……ま、まあそれは置いといて…祐巳、こんな自転車に乗ってるなんて初耳…いや、初見よ…あれ? 初耳でいいのかな?」
「あ〜、それはね…話したこと無いからね、お姉さまにも言ってないわ…」

 右足のクリートをはめ直して少し自嘲気味な笑みを浮かべる。

「なんでよ?」
「う〜ん、自分と違う趣味の人と話してて、ついつい熱く語っちゃうことってあるじゃない? 引いちゃうのよねぇ〜一般の人は。 価値観の違いとかもあるし。 だから、その話題は避けてたんだよね。 ねぇ〜、乃梨子ちゃん?」
「なんで私に同意を求めるんですか? まあ、確かに。 私の趣味を……由乃様に熱く語ったら、由乃さまは引くでしょうね」
「それと同じ。 たとえば……これ。 ビンディングペダルだって、さっき言ったけど私達自転車乗りにしたら、足の裏で一番力を掛けられる母指球に毎回正確に位置合わせできるし、引き足が使えてペダリングの効率が上がるから長距離を走るのに都合がいいんだけど。 さっき聞いた時どう思った?」
「”ペダルと靴をくっつける”って聞いた時? 『なんでそんな危ない事をするの?』って思ったわ。 でも、理由はあるのね、自分が出来るかって言うと無理っぽいわね」
「私でも出来るんだから大丈夫だと思うわよ、慣れればすぐ外せるしね」
「まさか今日の自転車には…」
「だいじょうぶよ、さっき言ったでしょ普通のフラットペダルに変えてるわ。 たぶん今まで乗ってたママチャリよりも前傾姿勢のスポーツポジションだと思うけど、問題ない程度だと思うから。 ささ、行きましょ行きましょ、多少説明も必要だから」





S−2 福沢家一階
 Un point de vue Yoshino


「ぅぁあ〜…ここってこうなってたの…」
「あ、いらっしゃい」

 祐巳に促されてリビング、バス、トイレなど福沢家にお邪魔した時よく利用する(お風呂はそうでもないのか)部分のさらに奥、私は倉庫だと思ってた部分だけど、フロアーの1/3を占有していると言う自転車保管スペースに通された。
 床に座り込んで、自転車のチェーンに布を当ててペダルを普通とは反対方向に回しながら祐麒くんが四人に声を掛ける。 何かのボトルが2,3本。 

「…3、4…5、6、7……11台?」
「表に2台と今祐巳さまが持っている分を入れて、14台……ですか?!」
「いや、分解してある分が確か4台分あるから全部で18台かな」

 天井と床との間に立てられた金属のポールに、フックで掛けられている競輪の自転車みたいのとか、レトロな感じの自転車等が合計で6台。 壁際に置かれているのは一見ママチャリなんだけどちょっと雰囲気が違う自転車が2台。 部屋の出入り口近くに、後輪の車軸をスタンドで止めて整備している分、クロスバイクとか言うのかな? たぶん今日使わせてもらう自転車、それが3台。 祐巳が持っている(ほんとに片手で持ってるのよ)、さっき乗っていた自転車が1台。 表に置いてあったママチャリが2台と……分解してあるのが4台……。

「ははは、ずいぶん集まっちゃったもんねぇ〜」
「部品も結構あるからな〜、オークションに出さないのに買い込んじゃうから溜まる一方か」

 こともなげに祐巳と祐麒くんは言ってるけど、4人家族で自転車18台って明らかに多すぎでしょ? いくら福沢家が、自転車一家と言っても。

「じゃあ、サドルの高さ合わせるようか」
「あ〜……由乃が CLB ね、志摩子が 7.3FX で、乃梨子ちゃんが ESCAPE R3 で。 私は RA5 使うからいいわ」
「今考えただろ…、まあいいか。 え〜っと、じゃあサドル合わせるから、由乃さんこっち来て」

 祐麒君が私を手招きして CLB とか言う濃い緑色で少しクラシカルな感じの……クロスバイクよね……でもタイヤ細いわね、車体も細い。 なんかそんな感じの自転車の方へいざなう。

「え〜と、私はどうすればいいの?」
「まず自転車の横に立って………………こんなもんかな?」

 凡そ腰骨の高さにサドルの高さを調整してから、祐麒くんが六角レンチを使って締めこむ。 ちょっと、これって…。

「ね、祐麒くん高くないこれ?」
「今までのよりは高いだろうね、でも俺達もだいたいこのくらいにしてるよ。 みんなのサドルの高さって低いんだよね」
「足が着く位って習ったような気がするんだけど」
「交通安全教室だとそう習うね。 でも、それだと中腰で階段を昇ってるようなものだよ。 脚力の60%が無駄になっちゃう乗り方だね」
「そうなの…この自転車って…」
「RALEIGH CLB CLUB SPORT(ラレー CLB クラブ・スポーツ)イギリスのメーカーのクロスバイクだね」
「……祐麒くんの?」
「ザンネンナガラ…これは祐巳の。 俺のは…志摩子さんが乗るやつ、TREK 7.3FX (トレック7.3FX)」

 そう言って、祐巳が志摩子に合わせて祐麒くんがやったようにサドルの高さを調整している青いクロスバイクを指差す。

「………ねぇ、私…そっちのじゃあダメなの?」

 祐麒くんのTシャツの裾を引っ張って小声で聞いてみる。 だって……ねぇ…。

「もうちょっと、ほんのちょっとだけど身長が高かったら乗れたんだけどね。 この手のバイクの場合サイズが合ってないと体のどこかが痛くなったり疲れやすかったりするから、あまり進められないね」
「そう…ちょっと…残念かな…」

 自分ではそんな顔したつもりは無いんだけど、残念と言う思いが表に出たのかな? 祐麒くんは私の頭をなでてくれた。

「じゃあ微調整しようか、一旦トップチューブ…これ、ここに跨って、車体を斜めにしてからサドルに乗って。 大丈夫?」

 自転車を形作っている前の三角形の上側のトップチューブに跨って、それから車体を斜めにしてサドルに腰を乗せる。 志摩子も祐巳と一緒に位置あわせをしていて、その様子を乃梨子ちゃんが何やら質問しながら見ている。

「たぶん」
「じゃあ、ペダルを一番下の位置にして〜、踵を、乗せてみて。 今、膝は伸びきってる?」
「う〜ん、ちょっと余裕があるくらいかしら」
「じゃあ、母指球……普段どの辺でペダル漕いでるの」
「え〜と……ごめんなさい、特に意識してないけど…この辺り?」

 いつも適当に乗せてるけど、土踏まずと親指の付け根の間がペダルの中心に来るように乗せてみせる。 たぶん、いつも、こんな、かんじ?

「……うん、でもだいたいペダルを踏む位置も合ってるね」

 正解だったみたいだ、『ちょっと高かったかな』と言いながら私が降りてからサドルをほんの5mm位下げる…それだけ? で、これで終了?

「これでOK。 え〜と、二条さんは…祐巳がやってるのか」

 志摩子が使う自転車の調整を終えた祐巳が、乃梨子ちゃんの使う自転車のサドル合わせをしている。 良く観察していたらしいわね、乃梨子ちゃんがスムーズに動いてる。

「志摩子さんが乗る TREK 7.3FXはハンドルをストレートハンドルに変えてタイヤも細くしてあるんだ。 二条さんのは GIANT ESCAPE R3(ジャイアント エスケープR3)これはシフターをデュアルコントロールレバーに変更と、スプロケットとリア・ディレーラを9速用に変更して、シートピラーって所も変えてるね」

 祐巳がさっき言ってたけどホント良く分かんないわ。 ストレートハンドルに変えたって事は前は違うハンドルが付いていたってことね。 シフター…?  …デュアルコントロールレバー? スプロケットとリア・ディレーラ? たぶん変速機とかの一種なんでしょう。 あとなにシートピラーって?

「なんかわかんない単語がいろいろ出てきてるんだけど…? その〜部品って変えられるの?」
「規格さえ合えば基本的にはできるよ、やろうと思えばフレーム以外別物にそっくり入れ替えとか。 わざと安い自転車を買って改造して楽しむ人もいるよ」
「へぇ〜。 ねえ、祐麒くんの自転車ってどれ?」

 この部屋に乗れる状態で12台の自転車って事は4人家族で1人3台の自転車を持ってるってことでしょ。 やっぱね、気になるじゃない? 乃梨子ちゃんがなんかの操作方法を教えてもらっているらしい、志摩子がそれをニコニコ笑いながら見ている。

「さっきも言った志摩子さんが乗るTREK 7.3FXと…」

 自転車ツリーの中を祐麒くんに先導されて分け入っていく…まぁ6本しかないんだけど。 そのうちの一本、上には祐巳が乗ってきたロードバイクと似たタイプの自転車と、下には形は似ているんだけど細いレトロっぽい自転車。

「上が TREK MADON SL5.7(トレック マドンSL5.7)これはレース用で、富士ヒルクライムレースとか筑波サーキットで7時間エンデューロを走った事あるよ。 下のが RALEIGH CLS CLUB SPECIAL(ラレー CLS クラブスペシャル)スピードはそんなに出ないんだけど、のんびり長距離を走る時に都合がいいんだ」
「富士ヒルクライムって、富士山を登るの? 自転車で? 7時間エンデューロって? 7時間も走り続けるの?」 
「舗装路のある5合目までだけど、違う主催者とコースで年三回あるよ。 一番大きい大会は4000人定員で応募開始から1週間位で締め切りになっちゃうんだ。 エンデューロって言うのはリレーかな? 4人位のチームで交代で7時間走るんだ。 走り続けるレースだと100Kmとか200Kmとかの耐久レースがあるね」
「そ、そんなに走れるものなの? 自転車でしょ」

 私の認識だと自転車ってゆっくりと5Kmも漕ぐげば、もういいやって感じなんだけど。 100Km、200Kmなんてすごく大変だと思うんだけど、こういうロードバイク? だとそうでもないのかな?

「今日使うクロスバイクでも50Km位はまあ普通に走れるよ、100Kmもがんばれば行けるね。 ロードバイクなら最初はきついけど100Km位なら少し慣れてくれば走れるようになるよ」
「へぇ〜、そう言えばツール・ド・フランスとかで使うのがこの手の自転車だわね」
「ま、多少鍛えないとダメだけどね。 自転車はそれだけじゃあ進まないんだから、人間って言うエンジンが乗ってペダルを踏んで始めて進むんだ。 それが魅力の一つかな」

 エンジンである人間を鍛えれば100Km、200Kmも行けるってことね。 

「ち、ちょっと?! 由乃さん、な、なに?!」

 自転車乗って鍛えてると言うと競輪選手とかを思い浮かべてしまって、そんなに祐麒くんの足って太いのかな? ッと思って祐麒くんの前にしゃがみこんで太股の辺りをちょっと触ってみたのだ。 そんなに太くないわよねぇむしろ締まってる……ちょっとうらやましい……。

「鍛えてるんでしょ? 競輪選手みたいに筋肉すごいのかなぁ〜って…ねぇ…(テレテレ)…な…何やってるんだ私……」
「あ〜〜…どっちかと言うと持久系の筋肉だから、マラソン選手に近いかな。 ……あの〜…さ…よ、由乃さん…そろそろ放してもらった方がいいんじゃないかな?」
「え? あぁぁ〜、ご、ごめん…ね……」
「え〜〜と…もういいのかな? それとも私達出てった方がいいかな?」

 赤い顔をした祐巳とやっぱり赤い顔をしてうつむいてる志摩子と乃梨子ちゃん。 あ〜ぁぁぁ! …祐麒くんの太股さわさわしてた私は祐麒くんの前に跪いてて……そ、その〜……ぅぅぅ〜、言わせるな〜! そんなこと!

「な? 誤解だって、そんなことしてもらってたわけじゃない?!」
「そう! そんなことしてない! 少なくとも昼間にそんなことする気無い! …あ」
「…してもらってない」
「そんなことってどんなことですか由乃さま」
「”少なくとも昼間は”って夜ならよかったと言うの由乃? それに私達の前で何をするつもりなのかしら」

 三人以上に真っ赤になっているのが分かる……でも…な、何言えば、なんていって反撃すればいいんだろ? たぶん今週中くらいこのネタでいじられるだろうな……うっうっうっうっ…不憫よね私…たぶん……。

「…じゃあ、由乃さん、俺の部屋行こうか」
「…………へっ?」
「つづき」
「え? え? え〜?」
「〜?! 〜〜ゆ、祐麒〜〜〜〜〜!!!!」

 祐巳がギャ○クティ○・マ○ナムを、志摩子が赤城○ミサイルを放ったが、最後の乃梨子ちゃんのでこピンが一番効いた様だ。 左の頬とアゴの辺りをさすりながら祐麒くんはちょっと不器用に私にウィンクした。 …………なるほど…、ごめんね、ありがとう。

 私達のサイクリング……もとい…ポタリングは、まだ始まっていない。


                    〜〜〜〜第一話 了〜〜〜



今回登場した自転車です。 直接見られない可能性もあります。 
また、9月以降2009年の新製品が発表になるので見られなくなる可能性もあります。
 
ANCHR RA5 Sprt 2007 キャンディーレッド。 コンポをULTEGRA 6600系に変更
http://www.anchor-bikes.com/bikes/08ra5sp.html

RALEIGH CLB CLUB SPOR 2004 アガートグリーン
http://www.raleigh.jp/catalog04/CLB/top.htm

TREK 7.3FX 2007 ブルー
http://www.trekbikes.co.jp/bicycles/73fx.html

GIANT ESCAPE R3 2006 レッドトーン
http://www.giant.co.jp/2006/bikes/comfort_sports/escape_r.html#line

TREK 07\'MADON SL5.2 ディスカバリーブルー/ダイナイトブラック
http://www.cycle-yoshida.com/trek/trek/road/madone/7sl52_page.html

RALEIGH CLS CLUB SPECIAL 2006 クラブグリーン
http://www.raleigh.jp/06CLS_top.htm


【2711】 ちょっと泣いてました  (通行人A 2008-07-19 10:32:04)


マリア様のなく頃に
〜狂始め編〜


『ひぐらしのなく頃に』のクロスシリーズです。


このSSシリーズは乃梨子主役のダークSSです。
暴力的なシーンが含まれます。
苦手な人はご注意ください。


【No:2670】→【No:2698】の続編です。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


〜時始め編〜


第1部【No:2477】→【No:2479】→【No:2481】→【No:2482】→【No:2484】
  →【No:2487】→【No:2488】→【No:2490】→【No:2492】→【No:2499】
  →【No:2503】→【No:2505】→【No:2506】→【No:2507】


第2部【No:2527】→【No:2544】→【No:2578】→【No:2578】→【No:2587】
  →【No:2643】→【No:2648】


第3部【No:2656】→【No:2670】


企画SS
 【No:2598】


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


第1部   抑えきれない想い


最終章   狂始め





第2話   足音





それは圭兄も無事退院して、
しばらくたったある日曜日の事だった。



私は近くの書店に、
仏像の写真集の新刊を買いに来ていた。
写真集を持って帰り道の途中向かいの通りで、
圭兄が歩いているのを見た。


私が圭兄にここから声をかけようとすると、
圭兄のそばに女の子が居るのが見えた。
私の親友にして圭兄の恋人である古手梨花


私は梨花が圭兄と付き合っていることを聞いたときは、
特に何とも思わなかったと言えば嘘になるが、
自分でもそれなりに納得していた。
もともと、諦めかけていた初恋なのだから。
だが雛見沢から帰ってきたあたりから、
2人の仲がいいことを思い知らされるたびに心が痛い。
花寺との打ち合わせで2人の話題が出たとき、
体育祭の昼休みの食事の時間、
リリアンの学園祭で見かけた学園祭デート、
あげていったらきりがないけれど、
花寺の学院祭以来特に酷くなったと思う。
理由はわかっている。
あの時、圭兄が庇ってくれたことで、
吊橋効果も手伝ってか、
昔以上に圭兄に恋焦がれてしまったのだと思う。
そして今でも覚えている、
またあってほしいとは思わないけれど、
全身に浴びた圭兄の生暖かい血の感触
叫んだときに口に入った圭兄の血の甘美なる味


はっ、私ったら何考えているのだろう
気が付くと、2人とも居なくなっていた。


そこに、

ポツ、ポツと雨が降ってきた、
私は写真集を抱え、走って家に帰った。





その夜、私は夢を見た
それは陳腐な悪夢で圭兄と梨花のデートを
私が遠くから眺めているというものだった。
私は飛び起きてそれが夢であったことを知ると、
私は胸を撫で下ろした。
そして、ポツリと言った自分でも驚く事を呟いた。

乃梨子「リカナンテイナクナッテシマエバイイノニ」

重症だ、親友のことをそんな風に言ってしまうなんて、
顔を洗って心を落ち着けよう、
そう思って、洗面所に向かった、


ぺたぺたぺたと私が歩くと、
『ペタペタペタ』と足音が響く、

ぺたぺたぺたぺたぺた
『ペタペタペタペタペタ』

私はふと、洗面所にハンドタオルが置いてないのを思い出し、
足を止めた。
すると、

『ペタ』

足音が1つ多く響いた。

私は振返ってみたが、誰も居なかった。
私は、気のせいだろうと自分に言い聞かせながら、
早足でタオル置き場に向かった。

ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺた
『ペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタ』

ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺた
『ペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタ』

ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺた
『ペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタ』

洗面所にたどり着くと足を止めハンドタオルを手に取った。

するとやはり、

『ペタ』

と足音が1つ多く響いた。


私は、ハンドタオルを握り締めたまま、
顔を洗うのを諦めて自分の部屋に向かった。
走りながら、私は自分の持っているタオルを見た。


私がこのタオルを手にとったのは、
運命なのか、それとも無意識なのかはわからない


このタオルは、昔親戚一同の集まりのとき、
私は熱を出してしまった。
その時、圭兄が私の看病に使ったのがこのタオルだった。
以来、私が体調を崩したり、何か嫌な事があったときは、
いつもこのタオルを抱きかかえて過ごした。


私は走った。
ただただ、自分の部屋に向かって


どたどたどたどた
『ドタドタドタドタ』

どたどたどたどた
『ドタドタドタドタ』

どたどたどたどた
『ドタドタドタドタ』


私はタオルを胸に抱え、部屋に飛び込んだ
部屋に入ると頭から布団を被った。

『ペタ』

足音は私の枕元で1度して止まった。


すると今度は、
何だか聞き覚えのある女の人の声で、

『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、
 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、
 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、
 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、
 ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、
 ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、
 ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、
 ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ』

それは翌朝目覚まし時計が鳴るまで続いた。





【No:2713】へ続く


【2712】 余裕がない逃げ出した後  (MK 2008-07-19 19:10:41)


 作者より:メインタイトル『もこもこしてたりする柔らかくてびっくりわっか的ビデオ』
       【No:2709】の続きです。ホラー…かも知れません。



「え、なんで…」
 その赤い文字のメッセージの後、また場面が変わり今度はどこかの部屋が映った、と思っていたら、テレビにはいわゆる砂嵐が映し出されていた。
 『解くカギはビデオの中に』の言葉通り、恐怖に身を震わせながらビデオを見続けていたのに、である。
「誰かが消したのかな」
「誰かって?」
「この場合、やはりこのビデオを撮った本人かと」
 とはいえ、もう一度見てみないことにはヒントとやらが分からない。
 私たちは、もう一度初めから見てみることにした。
 今度は電源を入れたままで。

「あれ、リモコン効くね」
 もう一度初めから見るために、巻き戻しを押した祐巳さまがつぶやいた。
「そうだね、なんか一時停止とかも出来るみたい」
 ほらほら、と一時停止したり、巻き戻し、早送りしたりしてみせる桂さま。
 今度は、普通のビデオと同じように操作が出来るようだ。

 キーンコーンカーンコーン

 初めから見始める私たちを止めるかのように、学校のチャイムが鳴り響く。
「え、もうこんな時間?」
 驚く祐巳さまにつられて時計を見ると、もうすぐ七時。
 薔薇の館を出たのは四時過ぎくらいではなかっただろうか。
 再び、私たちの間に満ちてゆく恐怖感と静寂。
 結局、その日は色々な答えが出ないままに解散となった。



「え、志摩子さんも休むって?」
 次の日の放課後、私が祐巳さまに告げたのはお姉さまの欠席予定。
 昨日帰宅してから、志摩子さんに電話をかけたところ、しばらく休むかも知れないけれど心配しないで、という由乃さまと同じセリフが聞けただけだった。
「はい、昨日はそれだけで電話を切ってしまったので」
 切ってしまった、ことには変わりないが、切るまでに葛藤があったのも確か。
 志摩子さんの方も、何か言いたそうで言えない、そんな感じが伝わってきたのだった。

「桂さんを訪ねてみたら、今日はお休みしてるって。やっぱりショックだったのかなあ」
 心配そうな顔でそう語る祐巳さま。
 祐巳さまの場合、自分のことより他の人のことを心配している様子がありありと顔に浮かんでいる。自分もあのビデオを見たのに、である。

「大丈夫ですよ、祐巳さま。それより瞳子はどうしたのですか?」
「あれ、瞳子、乃梨子ちゃんには伝えてなかったの?今日は、通し練習みたいで来られないんだって」
「あ、そういえば言っていたような」
 いけない、いけない。ビデオのことで頭が一杯になって今日は心ここにあらず、だったらしい。

「昨日、お姉さまも休んでいたから電話をかけたんだけどね」
 やはり、祐巳さまも気になって祥子さまに電話を入れたらしい。
 表情からすると、いいニュースでもなさそうだ。
「お姉さま、具合が悪いらしくて家の人が出てね。見舞いもいいって」
「そうですか。祐巳さまが側にいないと禁断症状でも出そうな方が…」
「何か言った?」
「いえ」
 ともあれ、今日は祐巳さまと私の二人だけ。仕事も書類整理くらいで早めに切り上げることとなった。

「今日はどうしますか?桂さまがいらっしゃらないとビデオは見られないことですし」
「あ、そういえば昨日の帰りにテニス部でまだ使うからって、視聴覚室にビデオは置いていたっけ。忘れてたけど」
 私だけではなく、祐巳さまも記憶が曖昧になっていたらしい。
 …って。

「テニス部がまだ使う、とおっしゃっていたんですか?」
「うん、そうだよ。…あ」
 祐巳さまも気付いたらしい。

 他のテニス部員が昨日のビデオを見る可能性がある、ということに。

「急ぐよ、乃梨子ちゃん」
「はい」
 中庭をなにやらただならぬ雰囲気で駆けていく、つぼみの二人に周りの視線が集まる。
 ああ、マリア様、どうか先生には見つかりませんように。
 どうかテニス部の方があのビデオを見ていませんように。



 どたばたどたばたどたばた。
 がちゃっ。

「…ご、ごきげんよう。紅薔薇のつぼみ…?」
「…ご、ごきげんよう。どうかされたのですか?祐巳さま、乃梨子さん」
 およそリリアンの生徒には似つかわしくない騒がしさで視聴覚室を訪れた私たちを迎えたのは、かなりびっくりした様子のテニス部一年生と思われる二人であった。
 信仰にはほど遠い私の願いはどうやら届いたようで、先生にも見つからず、目の前の二人も例のビデオは見ていないようだった。
 私とは別のクラスらしく、二人とも知らない顔だった。さて、どうしようか、と悩んでいると…。

「あ、えっと、昨日桂さんがビデオ使ってた隣で、私たちも別のビデオ見てたんだけど、そのまま忘れてたの思い出して取りに来たの。借り物だったから今日返さないとなーって急いでて…びっくりさせてごめんね。えへへへへ…」
「「は、はい…」」
 うわ、祐巳さまと思えないすごい機転。
 というか、最後の照れ笑いという名前の『兵器』で二人とも沈黙。
 私じゃ、こうは上手くいかないだろう。

 いやいや、それよりも今はビデオ。と思って部屋を見回してみると、ダンボールの隣にビデオが一本。しかも横に白いテープが貼ってある。
 おそらくあれだろう。
 よく見ると白いテープは運動選手がよく使うテーピング用のものだった。桂さまが昨日の片づけの時に、目印に貼ったに違いない。
 祐巳さまを振り返ると、少し緊張した顔で頷いた。祐巳さまも気付いたらしい。

「あ、これだよ。ごめんね、お邪魔してしまって」
「「いえ…」」
 緊張を解くかのように、再びにこやかに笑う祐巳さま。そのまま、ビデオを手にして私たちは視聴覚室をあとにした。

「ふう」
「お疲れ様です、祐巳さま。咄嗟によく出ましたね」
 視聴覚室を出ると同時にため息を吐く祐巳さま。緊張していたのか、ほっとしている表情だ。
「あ、ううん。あのビデオを手に入れなきゃって思ったら、口が勝手に…ね。それにしても…」
「それにしても?」
「あの子達がこのビデオ見てなくて良かったなあって…」
 …この人は。
 瞳子がこの場に居たら間違いなく、お姉さまは馬鹿なんですから、とでも言っていたことだろう。



「それにしてもどうしよっか。ビデオ見られるのって他にあるかな?」
「そうですね。テニス部と同じ理由で他の運動部の部室などはありそうですけど」
「他の生徒に、見ないでね、とは言えないしね。うーん」
「そうですね…」
 視聴覚室前の廊下で、他にビデオを見られる所を私たちは考えていた。
 もちろん、ビデオが見られるだけではなく、他の生徒が見ない、もしくは入ってこないというのが条件に加わる。
「どっかからテレビとビデオデッキ借りて、薔薇の館で見るってのは?」
「どこから借りてくるんですか。それに、ビデオを見ているときに瞳子が入ってくるかも知れませんよ」
「そうだよねえ。瞳子に見せる訳にはいかないし」
「はい…」
「うーん」
 階段が古いため薔薇の館の二階に誰か来れば、すぐに分かる。しかし足音を殺せる瞳子には、それが通じないこともある。
 もっとも、最近では足音を殺して上がってくることはないけれど。少なくとも祐巳さまと姉妹になってから、私が覚えている限りでは。
 ただ、やはり念には念を、としておくべきだと思う。状況が状況だけに。
「あ、新聞部なんかどうでしょうか」
「新聞部?あ、言い忘れてたけど、真実さんもここ数日お休みしてるよ」
「え、そうなんですか。てっきり呪いのビデオの噂の真相を追いかけてたりするのかな、とか思って」
「あ、噂のことね。私も今日…」

「「きゃああああああああああ」」
 がちゃっ。
 どたばたどたばたどたばた。

「どうし…えっ…」
 話している途中で、後ろにある視聴覚室から先程の二人が悲鳴と共に飛び出してきた。
 二人は、私たちに気付く余裕もないのか、そのまま廊下を駆けていった。
 二人に声を掛けようとして振り向いた祐巳さまが、そのまま固まったのを不思議に思い、祐巳さまの視線の先を追った私も、その場で固まることとなった。

 そこには。
 昨日と同じ文面が画面に映し出されていた。

「「な、なんで…」」
 かたーん。
 祐巳さまの腕の中から滑り落ちたビデオが床に落ち、その乾いた音が私たちの疑問の声をかき消した。



 ざざざざー。
 先程、例の文面が映っていたテレビには、昨日のビデオと同じくどこかの部屋が映し出され、その場面の途中で砂嵐に変わっていた。

 かちゃっ。
「とりあえず、それ確認してみようか」
 先に動いた祐巳さまがビデオを止めると、振り返って先程落としたビデオを指さしてそう言った。
「そ、そうですね」
 いけない。放心している場合じゃないのに。
 私は気を取り直して、ビデオを拾い視聴覚室に入っていった。
 不幸中の幸いと言っていいのかどうか分からないけれど。
 先程の二人は戻ってくる様子もなく、思いがけず他の生徒に見られることなくビデオが見られるという条件を満たしたのだった。

「どういうこと…」
 祐巳さまが疑問の声を上げるのも無理はない。
 先程の白いテープのついたビデオを確認すると、やはりと言うか、全く同じ内容のビデオだった。
「同じビデオがもう一つあったんでしょうか。それとも…」
「それとも?」
「ビデオが増殖したか…」
 自分で言った冗談に、照れ笑いをする気にもなれなかった。

 キーンコーンカーンコーン

「「え!?」」
 チャイムの音に驚いて時計を見るともうすぐ七時という時間だった。
 薔薇の館を出たのは四時前くらいではなかっただろうか。
 少なくとも昨日よりは早い時間にここに着いているはず。なにせ荷物は自分たちのカバンくらいで、その上走って来たのだから。
「どういうことでしょうか」
「一番可能性として高いのは…」
 そこで区切って、祐巳さまはビデオデッキの方に目を向ける。
「…あれが関係してる、という所かな」
「…ですね」
 かちり。
 テレビを消すと、再び静寂が部屋を支配した。



 あと四日。


【2713】 伝言  (通行人A 2008-07-21 00:29:42)


マリア様のなく頃に
〜狂始め編〜


『ひぐらしのなく頃に』のクロスシリーズです。


このSSシリーズは乃梨子主役のダークSSです。
暴力的なシーンが含まれます。
苦手な人はご注意ください。


【No:2670】→【No:2698】→【No:2711】の続編です。


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〜時始め編〜


第1部【No:2477】→【No:2479】→【No:2481】→【No:2482】→【No:2484】
  →【No:2487】→【No:2488】→【No:2490】→【No:2492】→【No:2499】
  →【No:2503】→【No:2505】→【No:2506】→【No:2507】


第2部【No:2527】→【No:2544】→【No:2578】→【No:2578】→【No:2587】
  →【No:2643】→【No:2648】


第3部【No:2656】→【No:2670】


企画SS
 【No:2598】


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


第1部   抑えきれない想い


最終章   狂始め





第3話   別れ





結局私は一睡も出来なかった。
私は顔を洗い、着替えてリビングに向かった。
今日は足音がしなかった。
リビングには菫子さんがもう居て、

菫子「おや、今日は早いじゃないか」

乃梨子「うん、昨日ちょっと眠れなくて・・・」

菫子「昨晩もドタドタ走り回っていたみたいだけど
   何か関係があるのかい?」

乃梨子「うん、ちょっとね」

菫子さんのことだから
正直に言えばからかわれるだろうと思い適当に誤魔化した。

菫子「そうかい・・・」

そう言って、深く聞いてこなかった。

菫子「そうそう、私は今日・明日・明後日の連休は
   旅行に行って留守にするからね。」

乃梨子「え?」

菫子「ああそれと、大丈夫だとは思うけれど
   圭一くんに来てもらうように声をかけておいたから」

それを聞いて、自分の胸が高まるのを覚えた。
だがすぐに、梨花の存在を思い出す。

乃梨子「でも、梨花は反対しなかったの?」

菫子「ああ、なんでも御三家ってののうち
   2つの家の当首が怪我で入院して
   急きょ雛見沢に帰らなくちゃならないらしくて
   長くて数週間留守にするから家事の能力の無い
   圭一くんを置いていくのは心配だし
   ガチのリコなら、安心して任せられるって
   逆にお願いされたから大丈夫さね」

乃梨子「ガ・・ガチ・・・」

菫子「いや〜しかし、入学した当初は
   百合なんてありえないとかなんとか
   叫んで悶えてたのに、そっちの道に走っちゃうとはね〜
   まぁそういう訳で行ってくるから戸締りとかよろしくね〜
   ガチのリコちゃん・・・くっくっく」

乃梨子「だ・・・誰がガチだ〜〜〜!!!」

それが、菫子が聞いた乃梨子の最後の一言だった





【No:2714】へ続く


【2714】 花は散り  (通行人A 2008-07-21 21:19:55)


マリア様のなく頃に
〜狂始め編〜


『ひぐらしのなく頃に』のクロスシリーズです。


このSSシリーズは乃梨子主役のダークSSです。
暴力的なシーンが含まれます。
苦手な人はご注意ください。


 【No:2670】→【No:2698】→【No:2711】→【No:2713】の続編です。


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〜時始め編〜


第1部【No:2477】→【No:2479】→【No:2481】→【No:2482】→【No:2484】
  →【No:2487】→【No:2488】→【No:2490】→【No:2492】→【No:2499】
  →【No:2503】→【No:2505】→【No:2506】→【No:2507】


第2部【No:2527】→【No:2544】→【No:2578】→【No:2578】→【No:2587】
  →【No:2643】→【No:2648】


第3部【No:2656】→【No:2670】


企画SS
 【No:2598】


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


あなたのそばを離れない。
あなたへの想いを思い出してしまったから。

あなたにそばを離れてほしくない。
他の誰かと居るのを見たくないから。

あなたをそばから離さない。
動けなければ離れない。

noriko  nijyou



第1部   抑えきれない想い


最終章   狂始め





最終話   煉獄の炎





圭兄はお昼頃やって来た。
私も圭兄も昼食を食べてないので2人で自炊することになった。
まあ慣れない事はするものではなく、
私は手を切ってしまった。
それを見た圭兄は、私の手を掴んで蛇口の水を私の指にあてる。
それから、消毒をして、バンドエイドを貼ってくれた。
圭兄の手の感触が暖かい。
だけど、この暖かさは無限ではない、
梨花が帰ってきたら終わってしまう有限の幸せ、
渡さない、梨花に圭兄は絶対に渡さない
圭兄は私のもの
この手の暖かさは私のもの。
伝わってくる体温も私のもの。
心地よい声も私のもの。
聞こえてくる心臓の音も私のもの。
圭兄の体も心も魂も
過去も、現在も、未来も、
圭兄に関わるすべてが私のもの。
視線の先にいていいのも私だけ。
何ひとつ、
誰にも渡さない。
私だけにもの。
全部私の、
私だけの圭兄なんだから。
梨花なんかに渡さない、
私のモノなんだから。
私のもの、私のもの、私のもの、私のもの、私のもの、私のもの、
私のもの、私のもの、私のもの、私のもの、私のもの、私のもの。
私のもの、私のもの、私のもの、私のもの、私のもの、私のもの、
ワタシノモノ、ワタシノモノ、ワタシノモノ、ワタシノモノ、
ワタシノモノ、ワタシノモノ。ワタシノモノ、ワタシノモノ、
ワタシノモノ、ワタシノモノ、ワタシノモノ、ワタシノモノ。



圭兄の手が離れるとすごく寂しい気持ちになる
あはは、そうだ、なら返さなければいいんだ。
私はまな板の上に置いてある包丁を見る。

乃梨子「アリガトウケイニイ、
    ヤッパリデマエニシヨウカ
    フタリトモリョウリデキナイシアブナッカシイシ、
    フタリトモラーメンデイイヨネ?」

圭一「ああ」

乃梨子「ワルイケドケイニイハワタシノヘヤデマッテテ」

圭一「ああ、わかった。
   悪いな。」

乃梨子「ウウン、
    アッ、ヒトリダカラッテシタギトカアサッチャダメダヨ」

圭一「するかっ!!そんなこと!!」

乃梨子「フフフ」

圭一「まったく」

そう言って、圭兄は私の部屋に行った。
すぐに行ったら圭兄に警戒されるかもしれないので、
私は、1〜2分時間を空けて部屋に向かう事にした。
もちろん包丁を持っていくのを忘れずに・・・
空いた時間に私はストーブ用の灯油をぶちまけた。
うちは未だに電気ではなく灯油を燃料とするストーブを使っている。
私は玄関と私の部屋の中間地点でぶちまけた。
私の部屋は玄関まで家の中で1番遠い
だから入り口付近で火をつけて
こっちまで火が回る前に消される可能性もある。
私はマッチに火をつけ灯油の上に落とす。
もう後戻りは出来ない。



部屋に入ると圭兄はこっちに背を向けて、無防備に座っていた。

乃梨子「ネエ、ケイニイ」

圭一「ん?どうした?」

振り向いた圭兄を私は両肩を掴み押し倒し、唇を奪った。
圭兄が座っていたこともあり簡単に押し倒せた。
いきなり押し倒されてキスをされて圭兄はパニック状態に陥った。
その隙に右手を肩から離し
背中に隠した包丁を取り出し圭兄に突き刺した。
噴出した血に私は舌を這わす。

圭一「がああああぁぁぁぁ」

乃梨子「オイシイ・・・・チガイッパイフキダシテイル」

グサッ

圭一「ああああああああ」

乃梨子「モットタクサンミタイ、ケイニイノチヲモット・・イッパイ
    モットモットコエヲキカセテケイニイ
    アナタノヤサシイコエヲワスレタコトナカッタ
    イマデモオボエテル
    ケイニイガワタシガネルマエニ
    オハナシシテクレタコト、コモリウタヲ
    ウタッテクレタコトダッテ
    ソノヤサシイテデワタシノアタマヲナデテクレタコト・・・
    ケイニイ・・・コンナコトサレテ
    ナンデテイコウシナイノ?
    ナンデキョゼツシナイノ?」

圭一「昔・・・約束・・・しただ・・・ろ」

そう言って圭兄は私の頭を撫でてくれた。

乃梨子「ソッカ、オボエテテクレタンダ・・・
    ウレシイ・・・」

圭一「なあ、1つ聞いていいか?
   最近何かおかしなことは無かったか?」

乃梨子「キノウ・・・ネ、
   アシオトガオオクキコエタノ」

圭一「!!!
   なるほど、そういうことか・・・
   そんなに・・なるまで・・・よく・・頑張ったな・・」

圭兄は何を言っているの?
わからない・・・

乃梨子「何のことを言ってるの」

圭一「いや・・・なんでもない」

ザクッ

圭一「ああああああああ」

乃梨子「ケイニイ・・・モットイタガッテ
    ソレデワタシノカラダヲツカンデ」

ザクッ

圭一「ああああああああ」

乃梨子「モットワタシヲサワッテ
    モットフレテ」

ザクッ

圭一「ああああああああ」

乃梨子「コノアタタカイヌクモリガホシカッタ
    ミテホシカッタ・・・・アナタニ」

ザクッ

圭一「・・・・・・・・・・・・・・・・」

乃梨子「サイゴニワタシヲオモッテ!」

圭一「・・・・・・・・」

乃梨子「ニクンデケイニイ・・・」

圭一「・・・・・・・」

乃梨子「ノロッテケイニイ」

圭一「・・・・・・・・」

乃梨子「ソシテネ・・・ワタシダケヲカンガエテ●ンデ」


圭兄はもう二度と動かなくなった。



乃梨子「カッタ、カッタンダ!!!
    ワタシハリカニカッタンダ!!!
    モウケイニイハダレニモワタサナイ!!
    リカニモ!!!
    ヨウコサマニモ!
    ミオンサンヤレナサン、サトコサンニモ!!!
    ダレニモワタサナイワタシダケノケイニイ!!
    アーーーハハハハハハハハハハハハハ!!!
    アッハッハッハッハッハッハッハッ!!!!
    アーーーッハハハハハハハハハハハハハ!!!
    アーーーッハハハハハハハハハハハハハ!!!」

火はもうこの部屋まで来ていた。
火はすぐに私と圭兄の身を包んだ。
それはしいて言うなら煉獄の炎、
罪を裁く断罪の炎、
私はその炎に包まれると正気に戻るような感覚に包まれた。、
怖くなった死に対する恐怖ではない、
私がしてしまった事に対する罪の重さの恐怖だ。

乃梨子「うあああああああああああああああん!!!!
    うあああああああああああああああ!!!!!
    うああああああああああああああ!!!
    あああああああああああああああああああ!!!!
    ごめん、ゴメンね圭兄、ゴメンナサイ
    ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ
    ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、
    ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、
    ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、
    ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ
    ゴメン・・・ナ・・サ・・・イ・・・・・・・・・・」

そして、私の意識は闇に包まれた。





エピローグ【No:2715】へ続く


【2715】 血迷っちゃった  (通行人A 2008-07-21 21:36:08)


マリア様のなく頃に
〜狂始め編〜


『ひぐらしのなく頃に』のクロスシリーズです。


このSSシリーズは乃梨子主役のダークSSです。
暴力的なシーンが含まれます。
苦手な人はご注意ください。


 【No:2670】→【No:2698】→【No:2711】→【No:2713】→【No:2714】
の続編です。


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〜時始め編〜


第1部【No:2477】→【No:2479】→【No:2481】→【No:2482】→【No:2484】
  →【No:2487】→【No:2488】→【No:2490】→【No:2492】→【No:2499】
  →【No:2503】→【No:2505】→【No:2506】→【No:2507】


第2部【No:2527】→【No:2544】→【No:2578】→【No:2578】→【No:2587】
  →【No:2643】→【No:2648】


第3部【No:2656】→【No:2670】


企画SS
 【No:2598】


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エピローグ   次の世界





200X年2月X日(火曜日)


先日昼過ぎ武蔵野市某マンションで火災が発生。
駆けつけた消防員が2名の焼死体を発見。
遺体の身元を歯形から検証した結果、
有名お嬢様学校1年少女Nさん16歳
有名国立大学2年少年Kさん19歳
遺族の証言で2人は従兄妹同士であることが発覚。
遺体は少女Nは火傷以外無傷だが、
少年Kは刃物で滅多刺しにされているため、
警察は事件の方向で捜査を進めている。
また、少年Kには婚約者がいて、
周囲の人たちも浮気なんてありえないと証言している為、
少女による無理心中の線が濃厚だと警察は調べている。
断定出来ないのは、少年に抵抗した跡が見当たらないからだ。
火事で抵抗の跡が消えてしまったのか、
それとも元々無いのかは、今となっては知るすべはない


その後は、目にするのも嫌な勝手な推論ばかり書かれていた。

梨花「ふん、何も知らないくせに・・・
   いや・・・・、わかってなかったのは私も同じね。」

そう言って梨花は新聞をゴミ箱に捨てると、
手に持っているワインをビンに口をつけて飲み干した。

羽入「あうあう、梨花〜もうやめるのです〜」

梨花「五月蝿いわよ羽入」

私はおぼつかない足取りで、台所に向かった。

梨花「悪いわね羽入、つき合わしちゃって」

羽入「最終的な判断は梨花に任せているので
   梨花がそうしたいならボクもついていくのです。」

梨花「ありがとう」

羽入「それでは、最後にもう一度きくのです。
   本当にいいのですね?」

梨花「ええ、圭一の居ないこの世界に興味ないわ。
   次の世界に行きましょう。
   願わくば、あの6月の惨劇を越えた後の世界に・・・」

私がそう言って手に取った包丁は私の胸に吸い込まれるように突き刺さった。





マリア様のなく頃に〜狂始め編〜  完





あとがき


長編?『マリア様のなく頃に〜狂始め編〜』を読んでいただき
ありがとうございました。
本来ならお疲れ様会という
『ひぐらしのなく頃に』特有のあとがきが入るのですが、
狂い始め編のは、
時始め編のときかエピローグで梨花が言った
次の世界『償始め(つぐないはじめ)編』のときのお疲れ様会で
まとめてやろうと思っております。
長々と書いてしまいましたが、
新作『償始め編』をはじめ、
他のSSともどもこれからもよろしくお願いいたします。





償始め編【No:2720】へ続く


【2716】 寂しいって思っても続くことを願って  (MK 2008-07-22 20:12:20)


 作者より:メインタイトル『もこもこしてたりする柔らかくてびっくりわっか的ビデオ』
       【No:2709】→【No:2712】の続きです。ホラー…かも知れません。



「んー、これどうしよっか。テニス部のだけど、ここに置いておく訳にもいかないし」
 デッキから取り出したビデオとさっきテニス部の二人が見ていたビデオを示して、祐巳さまが相談してきた。
 他の生徒の手に渡るのもまずいし、テニス部の所有物を勝手に持ち出すのも悪い。
 さて、どうしたものか。

「テニス部のものですけど、ラベルは貼っていませんし、なにより他の生徒の目に触れる方がいけないと思います」
 そう、先程テニス部の二人が見ていたビデオにはラベルが貼っていなかった。
 やはり、昨日と同じく中身が不明のビデオの確認をしようとしてあの文面を見てしまったようだ。
「やっぱり、そうなるよね。じゃあ私が二本とも預かるよ」
 意を決したように、祐巳さまが言う。
 しかし。

「いえ、祐巳さまの家ではご家族の目につくと困ります。うちは薫子さんと私だけですから」
 本当は。
 普通、自分の部屋に持って行きさえすれば、女子高生の部屋に無断で入る家族なんかいない。そういう意味では条件は同じなのだけれど。
 祐巳さまに預けるといけない、と何か悪い予感が少しだけしたのだった。
「え、でもそういう意味では乃梨子ちゃんの家でも同じなんじゃないの?」
 当然、祐巳さまはそこを指摘してきた。
「はい、ですが家族の人数が違いますので、何かの弾みで目に触れるとも限りません。私は薫子さんだけにバレされしなければ大丈夫ですから。それに、部屋にお母様が入ることもあるのではないですか?掃除などで。私の方は部屋に薫子さんが入ることはないですから」
 祐巳さまには失礼だけれど。
 場合が場合である以上、半ば強引に押し切る。
「あ〜〜〜、そうだね。ウチは時々掃除にお母さんが入るからなあ。じゃあ乃梨子ちゃんに任せるよ。お願いね」
 私の気持ちを察したのか、あっさりと引き下がる祐巳さま。
「では、片づけて出ましょうか」
 未だに戻らないテニス部の二人の存在が、倒れたイスや、乱れたコードから思い出された。しかし、結局その日の内に会うことはなかった。



「それでですね、このことについて調べる時間は欲しいんですけど…」
「瞳子には内緒に…でしょ?」
「はい」
 親友に内緒事というのは後ろめたいけれど。
 山百合会で一緒に仕事をしたりする以上、瞳子に知られたり、瞳子が例のビデオを見たりすることは絶対に避けたい。
 その気持ちは私も祐巳さまも同じのようだった。
「問題は私だよね。すぐ表情に出ちゃうし、瞳子に隠し事したくないって気持ちもあるし…でも…」
「瞳子にあれを見せる訳にはいきませんから」
「うん、そうだね。瞳子には内緒…ね」
 私たちは一緒に戦う同士のような気持ちで笑いあった。
 その時。

「誰に何を内緒にするんですか?」

「ぎゃあうっ」
「わぁっ」
 噂をすれば影、とでも言おうか。瞳子がいつの間にか後ろに立っていた。
 思わず悲鳴を上げてしまったのだけど…。
「…お姉さま、そのはしたない悲鳴はなんですか」
「あ、あははは。瞳子ごきげんよう、今帰りなの?」
「はい、お姉さま。ごきげんよう。生憎、私は機嫌良くはありませんけれど」
 声がオクターブ低く、お腹に響くような『ごきげんよう』だった。
 明らかに怒っている瞳子。無理もないけれど。
 しかし。

「じゃあ、一緒に帰ろうか。瞳子」
「な、なぜそんな発想になるんですか。お姉さま」
「乃梨子ちゃんと二人だけで帰ってたから拗ねたんだよね、瞳子は。じゃあ乃梨子ちゃん、私は瞳子と一緒に帰るから。ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう。祐巳さま、瞳子」
「お姉さまっ。あ、ごきげんよう乃梨子」
 あっと言う間に、祐巳さまのペース。
 祐巳さまが、任せてとばかりに私にウィンクを送ってきた。
 こうなったら、祐巳さまに任せるしかない。お願いします、とばかりに私はお辞儀で返してみせた。

 先程の予感は、こういう形で明らかになった。祐巳さまが瞳子と共に帰る際、ビデオそのものが手元にあると、困ったことになるかも知れない。
 私は少しだけほっとした。

「さて、問題はこれよね」
 手提げの中に入れた二本のビデオを見て、ため息を吐いた。
 呪いの元凶だと思われるものを正直持っていたくはないが、広がるのも厄介だ。
 まあ、持って帰りさえすれば大丈夫だろう。
 私は手提げの口を覆うと、帰り道を歩き始めた。

 にゃーおーん。
 どこかで、猫の鳴き声がしたような気がした。



 じりりりりん。じりりりりん。
 その夜、電話がかかってきた。
「リコー」
「はーい」
 本日二度目の予感。きっと電話の相手は…。

「はい、もしもし」
「もしもし、リリアン女学…」
「志摩子さんっ」
「えっ、乃梨子なの?」
「そうだよ」
「ごめんなさいね、夜遅くに」
「ううん、嬉しい」
 やはり志摩子さんだった。
 嬉しいのも確か、志摩子さんがお休みしているので、電話でしかやりとりが出来ないのだから。
 でも、今は。少しだけ緊張しながら志摩子さんの話を聞くことにした。

「あのね、乃梨子。学校に行けないのは、理由があって…」
「呪いのビデオ?」
「え?乃梨子、それをなぜ…」
 ビンゴ。
 志摩子さんがそれのせいで休んでいることは、噂のこと、実際に体験したことなどから容易に想像がついた。
 なによりも、あの志摩子さんが言わなければいけないことを、言いにくそうに電話してきていることが、なによりの証拠だと私には思えた。

「実は私と、祐巳さま、それに桂さまで偶然見ちゃって…」
 相手が言いにくそうにしている場合、その話の内容のいくらかを知っている風に(この場合、実際知っているのだけど)話すだけで、相手はそのことについて話しやすくなる。
 昨日は自分自身がショックを受けていたので、そのことまで頭が回らなかったけれど。

「…そうだったの。乃梨子、ごめんなさい。私が知らせるのが遅かったばかりに…」
「あ、ううん。志摩子さんのせいじゃないって。多分、知ってても見ていたと思うし」
「それにしても、あれ以外にビデオがあったなんて。てっきり、私の家に紛れ込んでいただけかと思ったわ」
 志摩子さんの話によると、例のビデオを見たけれど、悪戯と思いそのままにしておいたら、呪いが降り掛かったのだという。
 …って。
「えーと、志摩子さん?呪いかかったんだよね。死んじゃうんじゃ…」
「乃梨子ったら。幽霊とかじゃないわ。私は生きているわよ。ただ…」
「ただ?」
「…今の姿だと町中は歩けないわ、ね」
 消え入るような声。
 志摩子さんの話だと、呪いは死にはしない。しかし、自分の姿がまるで変わってしまうという。

 異形転身。
 何かの小説で読んだ単語が頭に浮かんだ。
 人間の知能、経験、感覚、それらはそのままに、まるで別の生き物、もしくは生き物ですらない何かに姿が変わってしまうこと。
 それは死ぬことよりも恐ろしいのではないか。その時の私は、志摩子さんの口調からそう感じ取っていた。

「そうだったの、志摩子さん。それじゃ、これは無理かな…」
「今の話だと、乃梨子や祐巳さんたちはまだみたいね。何かやりたいことがあるなら協力をって…今の私じゃ相談を受けるぐらいしか出来ないけれど」
「ううん、十分だよ。あのね、志摩子さん…」
 さっきの話を聞いて、本当は止めようかと思っていたけれど、やはり志摩子さんに頼ることにした。
 志摩子さんが私を導いてくれる。そんな気にさせたのが当の志摩子さんだった。

「…そう、分かったわ。いいわよ、乃梨子なら」
 志摩子さんは、私の頼もうとしていたことを知っていたかのように、快諾してくれた。

 あとは今の学校の様子とか、山百合会のことなどを話していた。
「リコー、もう十時だよー」
「はーい」
 薫子さんに注意されるまで、時間を忘れて。
 おかげで前日よりは安らかな眠りにつくことが出来た。
 志摩子さんって、すごい。



「乃梨子さん、乃梨子さん」
 次の日の朝、教室の外から呼ばれて行ってみると、どこかで見たような生徒が立っていた。

「えーと…」
「あ、私は昨日視聴覚室でビデオを見ていたテニス部の下川美佳。それよりも、あのビデオのことなんだけど」
 昨日そのまま持って帰ったこと、やっぱりまずかったのだろうか。
「あ、ごめんなさい。実は他の人に見られるのも困るからって、持って帰っていたの」
 と、机の横に掛けている手提げを指さして答えた。
「あ、そうだったの。と言うか、私が聞きたかったのはそれじゃなくて」
「え、違うの?」
「えっと…やっぱり呪いかかっちゃうのかなって…」
 彼女はそう言って、少し身震いしてみせた。
 この場合、どっちが本当だろうか。
 志摩子さんの話からするとおそらく本当にかかるものなんだろう。
 さて、正直に言うべきか、嘘を吐くべきか。

「実を言うと昨日ね。あのビデオ見て悲鳴も出ないくらいに怖かったんだけど、結局悲鳴あげて逃げたのよ」
 答えを躊躇していると、美佳さんが昨日のことについて話始めた。
 逃げたところまでは知っている。祐巳さまと一緒に見ていたのだから。
「それで、校舎の外に出て夜になっているのに気付いて、片づけないとって里佳さんが言ったから…あ、里佳さんは昨日のもう一人のテニス部員ね。それで、戻ってみたらあのビデオが無くなってて、片づいていたからびっくりしちゃってね」
 あれ、昨日は戻らなかったような。それに…。
「夜になっていたのに、気付いたってどういうこと?」
「えっと、そのままの意味だけど?校舎の外にでたら、辺りが真っ暗で私たちびっくりしちゃって、自分の時計見たら七時半だったんだもの」
「七時半!?」
 私が声を上げたせいで、クラスメイトから視線を向けられる。いけない、いけない、朝早くでまだ人が少ないとはいえ注目を浴びるのは面倒だ。
 そのクラスメイトの中に瞳子がいないことを確認すると、美佳さんに耳打ちした。
「あ、こっちで話を聞くよ」
 そう言って私は、廊下の方に出た。

「それで、七時半ってどういうこと?」
「いや、どういうことって言われても…祐巳さまと乃梨子さんが来たのが四時ちょっと位だったかな。それで、その後…あ、祐巳さま達が来た時に試合のビデオ見てたんだけど、それのチェックが終わったから、別のビデオ見始めたら…あれだったの」
「そこから飛び出してきたのよね?」
「うん、飛び出して…って乃梨子さん、飛び出してきた時見てたの?」
「祐巳さまと視聴覚室出てすぐの廊下で話してたから。気付かなかった?」
「うん、気付かなかったよ。ああ、恥ずかしいなあ、祐巳さまにそんなとこ見られるなんて」
「あ、あははは。大丈夫だって」
「それでね、走って校舎の外まで出た時に、辺りが真っ暗だったからびっくりして、腕時計で確認したら七時半だった、というわけ。祐巳さまと乃梨子さんって、そんなに長く話しこんでたの?何時間も」
「う、うん。ちょっと相談事をね。それよりも、びっくりしてって、夜になってることが分からなかったってこと?」
「分からなかった、というよりは時間が経つのが早すぎるって感じかなあ。四時半くらいに見始めたはずなのに七時半だったから。これも呪いのせい?とか思って、二人して震えてたくらい」
 そう言って美佳さんは、また身震いしてみせた。
 安心させるために嘘でも、呪いはかからない、と言った方がいいだろうか。
 そう考えた時、私の脳裏に志摩子さんの笑顔が浮かんだ。

「…美佳さん、たぶんそれもビデオのせいだと思う。それと呪いは残念ながらかかると思うわ。でも、安心して。死ぬようなことはないらしいから。呪いのせいで休んでいる人から聞いたの」
 これが今の私の精一杯。
 志摩子さんなら、すぐばれる嘘で取り繕うより正直に話した上で安心させる方を選ぶと思うから。
「…そう。そう、だったの。ありがとう乃梨子さん」
「ううん」

 キーンコーンカーンコーン
 お礼を言われるようなことは何もやっていない。そう続ける前に予鈴のチャイムが鳴り響いた。

 美佳さんと別れた私が教室に戻った時には、瞳子はすでに来ていた。
 瞳子は私を見つけると、ごきげんよう、とばかりに片手をあげて微笑んできた。
 私は、隠し事があるせいか上手く笑顔で返せなかった。



「あれ、瞳子来てないんですか?」
 昼休み、薔薇の館に来た私は、先に来ていた祐巳さまにそう尋ねていた。
 四時間目が終わって、私がお手洗いから戻ってきた時には瞳子はいなかった。てっきり先に来ているものと思ったのに。
「あ、うん。休み時間に訪ねて来てね。今日は演劇部の方で練習があるから、お昼も放課後も来られないって言ってたよ」
「…そうですか。あ、昨日はありがとうございます」
「ううん、隠し事してるのは同じだし、私は姉だから、ね」
 そう言って祐巳さまは少し寂しそうに笑った。
 妹に隠し事をしているということ、事前に知らせに来たとはいえ瞳子が来ないこと、薔薇の館の住人が少ないこと、呪いのビデオのこと、色々なことが祐巳さまにその表情をさせているんだと思った。
「さ、食べよう。昼休みのうちに片づけないといけない仕事もあるからね」
 その日は僅か二人の昼食会となった。



「ごめんね、祐巳さん。昨日休んじゃって」
「いいよ、桂さん。あんなことあった次の日だし」
「まあ、ねえ。あ、祐巳さんに頼まれた通り、視聴覚室使えるようにしといたよ。ウチの部員の間にも噂広がっちゃって、ビデオ撮るのさえ怖がってる子もいるくらいだから、ここのビデオを見にくる子はいないと思う」
「ありがとっ、桂さん」
 昼休み、早めにご飯を食べ終わり仕事をやった後で、祐巳さまがから放課後は薔薇の館の前に待っていてと言われて待っていたところ、桂さまが現れた。

「今からビデオを見るんですね、祐巳さま。だから昼休み…」
「そ、仕事してたの。昼休みに乃梨子ちゃんから聞いたところだと、呪いにかかっても死なないらしいじゃない。まあ、あと三日ちょいしかないから自分で解くまではいかないかも知れないけど、何か見つけて記録でもしておけば、と思って」
 何と表現しようか。
 薔薇さまであり、山百合会の幹部であり、お姉さまである人がそこにはいた。
 死なない、とは伝えたものの、どんな姿になるかも分かっていないのに、他の生徒のため、次に続く人のため、動いた人がそこにはいた。
 薔薇さまが動くなら、つぼみである私はそのサポート。本来なら瞳子がつくべき位置に私がいる。
 いや、瞳子がいてはいけないのだ。
 今のこの状況、瞳子がその位置に『いる』ことは瞳子がこっち側に来ることを意味する。
 祐巳さまは妹のため。そして私は親友のため。
「はい、行きましょう」
 先に進むことを、選んだ。



「今、何時何分?」
「三時五十二分だね」
「ビデオ巻き戻し終わりました」
 あのビデオ、映像が映っている時間は短い、とは言っても主観的な時間感覚だけれど。
 そこであのメッセージ通りにビデオの中から探し出そうと、初めからコマ送りで観察することにした。
もちろん、時間のチェックをしながら。その為に、別の普通のビデオを隣で流すことにした。
 しかし。

「んー、まあこんな簡単には見つからないのかなあ」
「目が痛くなりますね」
 映像の背景はほとんど変化せず、映っている猫も少し動くだけ。
 ヒントになりそうな変わっている部分も見つからず、時間だけが過ぎた。
 そして、場面が林、道路と変わって、その道路の場面ももうすぐ終わりそう。
「今、五時十二分。あれ、普通に時間過ぎてる感じだよね」
「そうですね。こちらのビデオも一時間二十分過ぎたくらいですから」
 そう、ここまでは普通に時間とビデオが同じに流れている。
 ここまでは。

「「えっ…」」
 二つの驚いた声に隣のビデオから視線を戻すと、ビデオは木造の廊下を視点の低いところから映している場面に変わっていた。
 祐巳さまも桂さまも自分の時計を見て驚いている。
「な、なんで…」
「壊れた…って訳じゃないよね…」
 その言葉に、祐巳さまの時計をのぞき込んだ。

「なっ」
 祐巳さまの時計の秒針がグルグルと回っている。
 秒針だけじゃない、長針もよく見れば普通の回る速さよりも早く動いていた。
「わ、私のも…」
 はっとして自分の時計も確かめるとやはり早く動いていた。

「ビ、ビデオは?」
 祐巳さまの声に、ビデオの方を見ると。
「なんで…」
 一時停止が解けたように、普通に廊下を進む映像。
 隣のビデオを見ると、早送りをしているかのように早く動いていた。
 再生ボタンしか押さず、リモコンはそのままテレビの上に置いていたのに、である。

「時間は?」
「えっと、今六時…三十分過ぎたっ」
 桂さまの声に、また時計を見るとまだ早く動いていた。
 そして。

 キーンコーンカーンコーン。

 放課後最後のチャイムが校内に鳴り響いた。
 それとほぼ同じくらいに、時計はもとの速さを取り戻していた。
「今日はもう終わりみたいだね」
 テレビの画面には。
 例の赤い文面が映っていた。



 あと三日。


【2717】 (記事削除)  (削除済 2008-07-23 16:35:17)


※この記事は削除されました。


【2718】 (記事削除)  (削除済 2008-07-23 20:42:04)


※この記事は削除されました。


【2719】 カンタンスタンドハンドブック  (ニュクス 2008-07-24 17:40:10)


【No:2619】→【No:2622】→【No:2632】→【No:2657】→【No:2689】→コレ
もはや筆不精というレベルではない。


前回までのあらすじ
SACHIKO「質問だ…右のCHICHIで殴るか?左のCHICHIで
殴るか当ててみな」
NORIKO「ひ…ひと思いに右で…やってくれ。ひ…左?
りょうほーですかあああ〜。もしかしてオラオラ
ですかーッ!?」
令「もう、あらすじの目的すら見失ったね…」



最早言うまでもなく、でも言いたいので言っておく。
「疲れた…」
祥子とのティータイムのあと、全員でお昼御飯を食べた。
瞳子ちゃんの推薦のフレンチのお店に行こうということになり、フレンチ料理店『ブラフマー』で昼食をとることになった。
推薦するだけのことはあり、舌の肥えた祥子をも唸らせるほどの料理に舌鼓を打った。
気になったのは、シェフも含めてスタッフ全員が女性であったことと、ウェイトレスの制服が超ミニスカで目のやり場に困ったこと。
いや、女の子なら「あ、あの制服可愛い」とか普通に会話できるけど、男の子がウェイトレスの動きに合わせてヒラヒラしているスカートを凝視していたらかなりヤバい。
あと、食後にシェフがあいさつに来た時、やけにじっとりと熱をもった視線を送られたこと。
それと、なぜか乃梨子ちゃんがゴシックロリータ的なドレスを着ていたこと。誰一人つっこまなかったし、気にしないことにした。
乃梨子ちゃん本人は平然としていた。もしかすると気付いていないのかもしれない。
なんだか落ち着かない昼食を終え、腹ごなしにゲームコーナーにでも行こうということになり、そして私は一人ぼっち。
ああ、申し訳ない。結果からしゃべってしまったようだ。
要するに、ゲームセンターの中の一つのコーナーに原因がある。
プリクラのコーナーだ。
私は普段あまりこういうものを利用しないので知らなかったのだが、こういった大きなゲームコーナーではプリクラの機体が置いてあるコーナーは、男子禁制らしい。
なんでも犯罪防止のためらしいが、まあそういうわけで私一人で休憩中。
場所は野外の中央広場だ。
一人さびしい気持ちもあるが、今のうちに体を休めておかないとまだまだイベントてんこもりのようだし。
だが、世界は私を休ませる気はないらしい。



一人でベンチに座っていたはずなのだが、唐突に隣に聖さまがいた。
「あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!
『俺は太平洋のど真ん中でマグロを獲っていたと思ったら、突然このベンチにすわっていた』。
な…何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった…頭がどうにかなりそうだった…瞬間移動だとかワープだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じて…」
「や、それこないだ乃梨子ちゃんがやりましたから。と言うか、聖さまなんですかその恰好」
何というか…紐と言うか…ビキニと言うか……紐ビキニだ。
「しょうがないじゃん。蓉子に太平洋に贈られたときに手渡されたの、このビキニと銛だけだったんだから」
すっごい注目浴びてます。幸い周りに女性客しかいないから良かったけど。いや、この場合は良くないか。
「ところで令、見事に男だねぇ」
うわ!この人太平洋とかマグロとか蓉子さまとか、聞きたいこと全部吹っ飛ばして話を進める気だ!
「そうそう、江利子から伝言だよ。『ごめん…』だってさ」
男性化の原因キター!!
「まあ2、3日で戻るそうだから安心していいよ」
「はあ、まあお姉さまが原因ならしょうがないですね…」
とは言え、この男性化が治るということがわかっただけ良しとしよう。
「さて、じゃあ帰りますか」
「え?もう帰るんですか?というか帰れるんですか?」
「まあ、そこはご都合主義と言う事で。はいこれプレゼント」
と、一枚の紙を渡してきた。
「?なんですかこれ」
「ここまで伝言を伝えにきた私へのご褒美」
その紙を良く見てみると。
『聖ちゃんがモフモフしちゃうぞ券』
「あんですかこれ?!」
「いや、今日は令男だしさ。後日元に戻ってから、ね」
「ね、じゃねぇ!!絶対させませんからね!」
「ふははは、残念でした〜。発行より一週間以内に必ず使用してもらうから」
「くっ!日頃の行動からして冗談で済むとは思えない!」
「じゃあ楽しみにしててよ」
「待てコラァー!!」

「今回はフラグを立てられる側か…。やはり先代、恐るべし」
「どうしたのロリ子?そんな険しい顔をして」
「何でもないよ志摩子さん………あれ?今呼び方違わなかった?」
「そんなことないわよ。ふふ、ロリ子ったら…」
この日撮ったゴスロリ少女入りプリクラの隠滅に、乃梨子が走り回るのはまた別のお話。



                      もう、駄目やね。


【2720】 ドリーム  (通行人A 2008-07-25 21:38:39)


マリア様のなく頃に
〜償始め編〜


『ひぐらしのなく頃に』のクロスシリーズです。


第1部【No:2715】の続編です。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


〜時始め編〜連載中


第1部【No:2477】→【No:2479】→【No:2481】→【No:2482】→【No:2484】
  →【No:2487】→【No:2488】→【No:2490】→【No:2492】→【No:2499】
  →【No:2503】→【No:2505】→【No:2506】→【No:2507】


第2部【No:2527】→【No:2544】→【No:2578】→【No:2578】→【No:2587】
  →【No:2643】→【No:2648】


第3部【No:2656】→【No:2670】


企画SS
 【No:2598】


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


〜狂始め編〜完結


第1部【No:2670】→【No:2698】→【No:2711】→【No:2713】→【No:2714】


エピローグ【No:2715】


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


今回の作品は途中で視点が乃梨子→梨花に切り替わります


第1部   戸惑い





第1章   廻る世界





第1話   違い





私が目を覚ますとそこは見慣れた天井だった。
ここはあの世・・・には見えないよね
あれは夢・・・だったのかな?
実際にそうなら私は圭兄を●して焼け●んだはず・・・
だからあれは夢、きっと夢
でも・・・今でも私の手に残っている血の感触は何なの?

菫子「リコ、いつまで寝てるんだい遅刻するよ。」

乃梨子「はーーい」

私は学校の支度をして家を出た。



学校に着くまでずっと夢のことを考えていた。
夢とはいえ梨花や圭兄と会うのが気まずすぎる。
そういう事ばかり考えていたから
学校に付くまで気付かなかった・・・その異変に。

乃梨子「何これ・・・」

学校について最初に目にしたのは葉が生い茂る銀杏並木だった。
私の記憶では今は2月のはず葉っぱが生えているはず無い。

乃梨子「なんで誰も不審に思わないの?」

私の鞄に1枚の花びらが乗った。
私は駆け出していた1本だけの桜の木の本へ
そしてたどり着いた先には満開に咲き誇る大きな桜の木が立っていた。

?「あら、ごきげんよう」

そう言って挨拶をしてきたのは祐巳さまだった。

乃梨子「あ・・祐巳さま、ごきげんよう
    これ、どうしたんですか・・・」

祐巳「あれ?
   なんで私の名前知ってるの?」

乃梨子「何言ってるんですか、当たり前じゃないですか!
    そんな事より何で桜が咲いている事に
    疑問を持たないのですか!!」

祐巳「あ、もしかして中等部出身?
   リリアンかわら版を見たのかな?」

乃梨子「ふざけてるんですか?
    私は外部受験です!!
    それより私の質問をはぐらかさないで下さい」

祐巳「質問って?」

乃梨子「ですから桜についてです!」

祐巳「そんなに不思議?
   春に桜が咲いているのは・・・
   日本中どこでもそうだと思うんだけど・・・」

乃梨子「そりゃあ不思議で・・・はい?
    あの、祐巳さま今なんて・・・」

祐巳「日本中どこでもそうだと思うんだけど?」

乃梨子「いえ、その前です」

祐巳「そんなに不思議?」

乃梨子「その後」

祐巳「春に桜が咲いているのは?」

乃梨子「それです、春ってどういうことですか?
    確かに2月は暦の上では春ですが桜が咲くなんて」

祐巳「あなた、入学式で緊張してるのはわかるけれど
   少し落ち着きなさい」

よもや祐巳さまに落ち着きなさいって言われるとは
いや、それより入学式?

乃梨子「あの、祐巳さま入学式って?」

祐巳「私の事を『さま』をつけて呼ぶって事は1年生なのよね・・・」

乃梨子「そうですけど」

祐巳「今日、4月3日はあなたたち1年生の入学式じゃない」

乃梨子「4月・・・3日?」

祐巳「あ、もうこんな時間、妹を迎えに行かないと・・・
   そういえばまだ名前教えてもらってなかったわね
   あなた、お名前は?」

乃梨子「二条乃梨子です」

祐巳「乃梨子ちゃんね・・・
   私は藤堂祐巳またどこかで会えるといいわね
   それでは、ごきげんよう」

乃梨子「ごきげんよう」

4月3日?
『藤堂』祐巳?

乃梨子「何がどうなっているのーーーー!!!」






私が目を覚ますと、入学式の日だった。
どうやらあの6月を越えた次の世界に来れたようだ。
ただこの世界では私と圭一は恋人同士ではないらしく
私が押しかけたらしい
それはかなりショックだが、
圭一は今のところフリーなので時間をかけて落とせばいい
ただ前の世界で乃梨子の気持ちを知った以上
あまりゆうちょうにもしてられない。
とりあえず今は温室に向かっている。
お姉さまとは前の世界で入学式のこの時間に温室でであったのだ。


私は温室の扉を開いた、そこにお姉さまは居なかった。
そこに居たのは志摩子さまだった。

志摩子「あれ?ごきげんよう」

志摩子さまってこんな喋り方だっけ

梨花「ごきげんよう」

志摩子「あなた、1年生?」

梨花「はい、1年の古手梨花です。」

志摩子「私は福沢志摩子、よろしくね」

『福沢』?
どういうこと?

【コンコン】

何かを叩く音がしてそっちを振り向くと、
お姉さまが開いた温室のドアによりかかって、

祐巳「お取り込み中?」

そう聞いてきた。

志摩子「あ、お姉ちゃん」

梨花「お姉ちゃん?」

祐巳「志摩子、少し急がないと祥子さまがまた五月蝿いよ」

志摩子「あははは、じゃあ急ごうか
    またね、梨花ちゃん」

そう言って志摩子さまとお姉さまは早足で去っていった。
お姉さまは私に目もくれなかった




【No:2751】へ続く


【2721】 依然謎のまま長い戦いが続いてます  (MK 2008-07-27 15:14:24)


 作者より:メインタイトル『もこもこしてたりする柔らかくてびっくりわっか的ビデオ』
       【No:2709】→【No:2712】→【No:2716】の続きです。ホラー…かも知れません。




「どうなってるのかな。あの時間の進み具合と言い、ビデオの操作と言い…」
「そういうのも含めての呪い、なんだろうね」
 帰り道、祐巳さまと桂さまが話している隣で、私は考えていた。
 含めての呪い、か。
 実を言うと、私の頭の中には一つの仮説があった。想像でしかないけれど。
 もっとも、それは私たちにとって事態を好転させることにはならないので、話そうとは思わないし、確信もない。
 その時の私は最悪の状況を考えていた。

「ん?乃梨子ちゃんどうしたの?」
 考え込んでいる私に気を遣った祐巳さまが話しかけてくる。
 別のことを話そうと、顔を上げた私の目に入ったのはクラブ棟だった。
「今日は…瞳子は帰っているみたいですね」
「そうだね、明かりも消えてるし」
 少しだけ寂しそうな目をして祐巳さまは答えた。

「そういえば、祐巳さま。昨日の帰りに猫の声がしませんでした?」
「ん?瞳子と話してたから、気付かなかったかも。どうしたの?」
「いえ、なんとなく気になって。猫の遠吠えみたいな感じだったので」
「乃梨子ちゃんも疲れているんだよ。今日はゆっくり休んで、ね?」
「はい」
 その時。

 にゃーおーん。
 どこかで猫の鳴き声が聞こえたような気がした。
 不思議と、祐巳さまと桂さまが気付いている様子はなかった。



 次の日、やはり瞳子は昼休みも放課後も休むとのことだった。

「昨日は、三つ目の場面で効かなくなったし、時計が…と言うより時間が動いたんだよね」
 放課後、視聴覚室で祐巳さまが確認するように聞いていた。
「そうですね。となると、見て欲しくないからそんなことをしてると考えると、三つ目の場面にヒントが入っているのか…」
「逆に、そっちに注意向けることで、実は他に入っているか」
 私の後を、桂さまが受ける。
「それか、消えてる部分か…。まあ、それは確認しようがないけどね」
 そして祐巳さまが、後を補う。
 消えている部分と三つ目の場面は、確認出来ない、または確認し辛いので、やはり調べるとしたら、前半ということになる。
 昨日と同様、コマ送りしながら、考えることとなった。

「そういえば、ここってどこなんだろうねえ」
「林なんて日本中どこでもありそうだけど、こんな映像で特定出来るかな?」
「そうですね」
 一つ目の場面で出てきたのは、そんな疑問。
 他の場面でも言えることだけれど、実際にある場所で撮影したのなら、そこにヒントがあるかも知れない。

「あれ、これって…」
 そんな中、桂さまが何かを見つけたようだった。
「どれ?」
「ここ、ここ。この木の幹の所なんだけど…」
 と、猫がいるすぐ後ろではなく、隣の木の幹を指していた。
「あれ、爪の研ぎ跡?」
「みたいですね」
「昨日は気付かなかったのに…」
 確かに木の皮が剥げて、猫が爪を研いだ跡のように見える。
「これ、言って良いか分かんないんだけど…」
 桂さまが、遠慮がちに話し始めた。
「何?」
「…昨日は無かったと思うんだよね。この場面しっかり観察してたし。ついでに言うと、今日の昼休みにランチが爪研ぎしてるの見たんだけど…」
「ランチって何のことです?」
「あ、乃梨子ちゃんは何て呼んでるのかな、リリアンに住み着いてる灰色っぽい猫のことだよ。志摩子さんと同じでゴロンタ?」
「あ、運慶のことですね」
「運慶?」
「あ、いえ。そのことはいいんですけど、猫が爪研ぎしていた跡がビデオに映っていたということは…」
「誰かが、ビデオをすり替えたってこと?」
 祐巳さま、おそらく違います。

「ビデオが現在の状況も含めて変化しているとすると、この場所はリリアンの中ってことになるんじゃないでしょうか」
「とすると」
「ビデオの場面はリリアン内部ではないでしょうか」
 呪いで休み始めた生徒のことで、一つ疑問があった。
 これだけ大規模に呪いが広がっていたら、報道されてもいいのではないだろうか。
 少なくとも一週間は過ぎているはずだし、いくらリリアン生がお嬢様で、身内が隠していても、それ以外で発生しているなら情報が漏れていてもおかしくはない。
 それが、例えばリリアンの中だけに流行っているなら、少しは説明がつく。
 もっとも、この調子だとリリアン外に広がるのも時間の問題と言えそうだけど。

「桂さん、ここってどこだったの?」
「えーっと、クラブ棟の近く。お昼はクラブ棟で食べていたから」
「行ってみます?」
「そうね」
「行ってみよっか。一場面だけでも何か手がかりがあるかも知れないし」
「そうですね」
「あ、時間は確認しておいたがいいよね?えっと四時三十五分か」
「やっぱり、この場面だと普通に時間は流れてるみたいですね」
「ビデオは持って行ったがいいよね」
「あ、私持ちますよ」
 こうして、私たちはクラブ棟の近くのビデオに映っているという木の場所に行ってみることにした。

「ここがランチが爪研いでたとこ?」
「そ、だからビデオで真ん中に映ってる木は…あれかな」
 クラブ棟の側、例のビデオに映っていた木にやってきた。見た目変わったところはないようだけれど。
「ここに何か埋めてあるとか?」
「もしくは木の下?」
「それだと解除なんて出来ないってことじゃないですか。何かヒントになるものが…」
 周りを見ても目立って変わったところはない。
「あ、ちょっとスコップ借りて来るね。一応掘ってみよ」
 そう言うと桂さまはクラブ棟の方へと走っていった。

「そういえば瞳子は今日はどうしてた?」
「今日、ですか?」
「うん」
 桂さまを待っていると祐巳さまが雑談、というよりは心配そうに話しかけてきた。
「特に、まあいつも通りなんですけど…でも祐巳さま、今日は会っていらっしゃらないんですか?」
「あ、いや。今日会うには会ったんだけど、なんか瞳子、そわそわと言うかおずおずと言うか…いつもと違ってたから。何か言うかなとか思ってたんだけど、結局言わないで帰っちゃった」
「そうですか。でも祐巳さまに言わないのだったら、私に聞かれても答えようがないですよ」
「うーん、なんだったのかなあ」
 こう言ってはなんだけど、祐巳さまは鈍い所があったりする。その祐巳さまが変だと思ったのだとしたら、何かありそうだけれど。
 残念ながら、教室にいる間の瞳子はいつもと同じ様にしか見えなかった。

「スコップ借りて来たよー」
 悩む間もなく、桂さまが戻ってきた。
 時間が欲しい時には時間がない、というものだろうか。



「結局、何も手がかりはなかったね」
 あの後、しばらく木の周りなどを調べていたけれど、結局は何も見つからず、渋々と戻ってきたのだった。
「あと三日…もないよ、ね。こんな調子だと…はう、何にされるんだか」
 桂さまが、いわゆる変化後のことを考えているのか、ふらふらっとイスに腰掛けた。
「まあ気にしても始まらないし。桂さんも自分の為だけって訳じゃないでしょ。必死になってるの」
「まあ、ね」
 桂さまが微かに笑う、少し哀しげに。
 運動部の場合、新入生がすぐ二年生の妹になることが多い。桂さまも例外ではないようだ。

「だったら、もう少しがんばろっ」
 言って、祐巳さまはビデオをセットした。
「うん。あのね祐巳さん」
「うん?」
「さっきね、道具返す時にちょっとだけ練習見てきたの。それで遅くなったんだけど」
「うん」
 うぃぃぃん。動き出すビデオ。

 先程、何も見つからずに帰るときに道具を返しに行った桂さまが、借りに行った時より少し遅れて帰ってきた。
 その時は、トイレに行っていたと聞いていたけれど。

「あの子に言われて、ちょっとだけフォーム見てたんだ。それが酷いのよ。前に注意しといたんだけど、腕の角度が直ってなくてね。あれじゃ肘に負担かかるんだって、言った、のに」
「桂さん…」
「…あとね、バックに打たれた時の反応遅いから、きちんと練習しといてって言ったら、こん…うくっ…今度、相手…して、下さいね…って…。私が、行かな…かったら、どうすんの…」
「桂さん」
 桂さまの肩を抱きしめる祐巳さま。
 私は立ちつくしているしかなかった。

「…私が、いなくなったら…っ…どうすんのって話だよ、ね。」
「桂さん…」
「祐巳さん、私怖いの…。自分が、変わるのが怖いんじゃ…なくて…うくっ…。あの子に、その姿を見られたらどうしよう、あの子に…っ…呪いが、かかった、らって…」
「桂さんっ」
「昨日も、そんな夢見て…起きて…ああ、夢だったんだ、って…」
「桂さん、いいからっ」
 更に強く抱きしめる祐巳さま。
 私には、何も言葉をかけることが出来なかった。
 その部屋には、二人の声と、モニターの音だけがしばらく響いていた。



「…寝ちゃったみたい。疲れていたのかな。しばらくそっとしとこ」
「はい」
 しばらくして、祐巳さまはそう言うと体を起こした。
「ごめんね、乃梨子ちゃん。時間取っちゃって」
「いえ、いいんですよ。それより、私たちだけでも続きを見ましょう」
「そうだね」
 ぴっ。
 流れたままで道路の場面に入っていたビデオを止めようと、私は停止ボタンを押した。

「…あれ?」
 ぴっ。ぴっ。

「あ、あれ?また止まらなくなってる」
「なんで…いまさら」
 ぴっ。ぴっ。ぴっ。

「の、乃梨子ちゃん、あれ」
 見ると、校舎の場面に切り替わっている。
「もう無理ってことでしょうか」
「そうなんだろうけど、いまさら…」
 場面が進み、見慣れたくはないけれど、見慣れた赤い文面が浮かび上がる。

 かっしゃーん。

「「え?」」
 背後から響く金属音に、私たちは同時に振り向いた。
 と、その時。

 キーンコーンカーンコーン。

 響くチャイムの音。
 私は、自分の顔から血の気が引いていくのを感じていた。

「なん、で…」
 隣の祐巳さまの顔が絶望の色に染め上がっていく。
 私は何も出来ずに、ただ見ているだけしか出来なかった。



 にゃーおーん。
 猫の声が、聞こえた、気がした。



 あと二日。


【2722】 (記事削除)  (削除済 2008-07-27 19:20:36)


※この記事は削除されました。


【2723】 祐巳との関係  (通行人A 2008-07-29 00:00:19)


宇宙人もみてる


ケロロのクロスです。
違う作品もクロスしています。
今後幾つか加入予定です。


   【No:2525】→【No:2580】→【No:2583】→【No:2584】→【No:2586】
  →【No:2589】→【No:2590】→【No:2592】→【No:2593】→【No:2595】
  →【No:2601】→【No:2609】→【No:2612】→【No:2613】→【No:2615】
  →【No:2618】→【No:2621】→【No:2626】→【No:2634】→【No:2645】
  →【No:2654】→【No:2661】→【No:2671】→【No:2699】の続編です


過去特別編
  【No:2628】


企画SS
  【No:2598】


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


今回の作品は途中で視点が静→祐巳に切り替わります




25.   参戦アリアの歌姫





今日から2学期が始まって最初の合唱部の活動が始まる。
今日の活動内容は、文化祭で何をやるか。
今、合唱部では
私を中心に例年通り無料のコンサートをする派と、
祐巳を中心に有料、もしくは違う企画をやって、
稼いだお金で冬の合宿をもっと設備のいいところにしたいらしい。
よっぽど、前の大会で入賞できなかったことを引きずってるとみえる。

あ〜、もう祐巳ったら可愛いんだから〜
早く会いたいわ〜 といっても、
今日、祐巳は病院に行ってるので欠席らしい。






祐巳「くしゅん」

郁乃「ちょっとバニラ、風邪?」

祐巳「違うと思う・・・」

郁乃「それで話戻すけど姉貴、どういうこと?」

愛佳「だって、そうしないと断られそうなんだもの」

郁乃「はぁ〜、受け取るからもうこんなことしないでよ」

愛佳「わぁ〜い、やった〜」

郁乃「少しは反省しろ、バカ姉・・・」

愛佳「ごめんなさい」

祐巳「ははは、それじゃあ私は帰るね
   愛佳さんまた明日学校で、郁乃もまたね」

愛佳「うん、祐巳さん、また明日」

郁乃「バニラ、今日何時ごろ入る?」

祐巳「たぶん9時ぐらい」

郁乃「了解、またね・・・」



病院を出て家に向かって歩いていると、

?「祐巳〜」

そう言って抱きつかれた。

祐巳「いきなり何をするんですか静さま」

そう、抱きついてきたのは静さまだった。
最近ますますお姉さまに似てきました。

静「だって、不意をつかないと避けるんだもの」

祐巳「あたりまえです、時と場所を考えてください。」

静「あ、そうだ
  今日のミーティングで例年通りの無料コンサートに決定したから」

祐巳「はい?」

静「祐巳が居ない分説得が楽だったよ」

祐巳「むー、
   静さまなんてもう知りません」

静「もう怒んないでよ〜」



そのまま静さまの説得は続き、
家の近くの公園で私はとうとう折れたのだった。





【No:2764】へ続く



【2724】 この際だから負けてもはいあがる  (篠原 2008-07-30 03:51:49)


 祐巳と瞳子は寄り添うようにして歩いていた。どちらも消耗の激しさゆえに。
 それに先に気付いたのは瞳子だった。指差す先に視線を向けた祐巳は奇妙なものを目にする。でっかいボロ雑巾のような物体と、その傍らで何か途方に暮れたようにへたりこんでいる少女。
 近寄ってきた祐巳に気付いて、その少女はぴくりと顔を上げ、そして……



 『真・マリア転生 リリアン黙示録』【No:2627】から続きます。



「祐巳さんっ!」
「えっ!?」
 その少女に突然名前を叫ばれて、祐巳は驚いてその顔をまじまじと見た。
「……………」
「……………」
 しばし無言で見詰め合う二人。
「……祐巳さん?」
「ゴ、」
「ご?」
「……ゴモ、ラ?」
「だれが古代怪獣よっ!? 似ても似つかないじゃない!」
「あれ? えーと、今日はラクダは乗ってないんだ?」
「ラクダなんて乗ったことないわよ。え? 何それ? 何のネタ? わかんないわよ!」

 以前、ラクダにのったゴモなんたらいうひとに話しかけられたことがあったと思いねえ。

「ああ、いや、ええと、桂さん?」
「そうよ! ていうかなんで疑問形? まさかホントに名前忘れてたわけじゃないわよね!?」
「ソ、ソンナワケナイデスジョ?」
「なんで視線そらすの!? 棒読みで! しかも噛んでるし!!」
「お姉さま」
 見かねたように瞳子が口を挟んだ。
「そんなことより」
「そんなことって!」
 抗議の声をきれいに無視して瞳子はさらに言葉を続ける。
「そこのボロ雑巾は……」
「誰がボロ雑巾よ」
 傍らに転がっていたボロ雑巾が口を開いた。
「だから誰がボロ雑巾――」
「可南子ちゃんっ!?」
 祐巳が驚いて声を上げる。
 そう、傍らに転がっていたのは、でっかいボロ雑巾こと細川可南子だった。
「誰がでっかいボロ雑巾――」
「うわっ、誰がこんな酷いことを!? はっ! まさか桂さんが?」
「違うわよっ!」
 慌てたように否定する桂に、瞳子がフォローするように言葉を重ねた。
「それは無理というものでしょう」
「そうよ! なんかひっかかるけど、その通りよ」
 いわゆる普通の人の代表のような桂に、可南子をボロボロにするような戦闘力があるとは思えない。いや、実はレアスキル持ちであり、ある意味かなり特殊と言えなくも無いが、少なくとも戦闘には向いていない。
「って、気づいたの? 可南子ちゃん」
「なにやら愉快な会話が聞こえてきたもので」
「愉快な会話って何っ!?」
 なんだか泣きそうな表情の桂を気にするものは誰もいなかった。
「それでどういうことなの、桂さん」
 たまたま通りかかって、拾ったはいいけど重くて運べないので途方に暮れていた、というのが桂の説明だった。
「拾ったんだ」
「私が重いわけじゃありません」
「重いでしょ。普通の人と比べたら」
 ぼそりと呟く瞳子にキッと鋭い視線を叩きつける可南子。とりなす様に、祐巳が横から口を挟んだ。
「まあ確かに自分より大きい人を運ぶのは大変だよね」
「ただ比較の問題で、運ぶ人の方が私より小柄だったというだけです。相対的に」
「絶対的にでっかいでしょう。あなたは」
 再びぼそりと呟く瞳子に、今度はギロリと殺気のこもった視線を向ける可南子。
「え、えーと可南子ちゃんがここでボロ雑巾になってたってことは――」
「祐巳さままで」
 なぜか妙にへこんだ様子の可南子に、祐巳は首を傾げた。
「大丈夫?」
「……………」
 なんとか身を起こそうとしていた可南子だったが、いまだ体が動かなかった。
「頑丈な可南子ちゃんをいったい誰がここまで」
「私が白薔薇ファミリーに接触しているのですから、黄薔薇ファミリーでしょうね」
「見た目がぼろぼろなのは黄薔薇のつぼみとの戦いによってですが」
「菜々ちゃんか」
「つぼみとまともに戦ったんですの?」
「見逃してくれるような相手じゃなかったわ」
 厳密に言えば、あの場からおとなしく引き返していればおそらく見逃してくれただろうが、可南子にとってはそれはまた別の話だ。
「ただ、動けないのはおそらく黄薔薇さまの最後の一撃のせいかと」
「由乃さんも出て来たんだ」
 祐巳が難しい顔をしている傍らで、桂がビクリと身を震わせた。
「申し訳ありません。目的を果たせず途中リタイアになってしまって」
「薔薇さままで出てきたんじゃしょうがないよ。無事……じゃあないけど、合流できてよかったよ」
「そうね、あれはどうしようもないわね」
 暗い目で呟いたのは桂だ。未だロウにもカオスにも属さず、祐巳のもとへ身を寄せる予定だった人達はロウの天使達に狩り散らされ、カオスの、というよりは黄薔薇さま一人に薙ぎ払われたのだ。運良くその場から無傷で逃げ延びた桂ではあったが、その時の恐怖が心に刻み付けられていた。
「瞳子も氷付けになってたしね」
「即行で逃げたお姉さまに言われたくありません」
「いや、逃げるでしょ。勝ち目無さそうな相手に闇雲に立ち向かうのは勇気じゃないよ」
「現時点で勝ち目無さそうなのが問題なんです」
「な、なるほど」
 ひとつため息をついて、口惜しそうに瞳子は続けた。
「正直に言いますと、こと魔法戦に限定すれば薔薇さまともそれなりに戦えるつもりでした」
「そんなに?」
「次元が違いました。少なくとも今の私では。そんなわけでお姉さま、帰ったら特訓です」
「ええーっ!」
「だ、だいじょうぶかなー」
 祐巳のもとへ身を寄せるという選択肢自体に、ちょっと疑問を感じた桂だった。





「どうして止めを刺さなかったんですか?」
 菜々の問いかけに、由乃はわずかに首を傾げて問い返した。
「さしたかったの?」
「さしたいかではなくて、倒せる時に倒しておくべきだという話です」
「さすがに、そこまでやると祐巳さんが本気で怒りそうだし」
 まだ祐巳を仲間にすることをあきらめていない由乃だったが、それはそれでもう充分やり過ぎてるというか、いろんな意味で甘いんじゃないかと思う菜々である。
「後で手痛いしっぺ返しをくうことになりかねませんよ。というか、回復したらまた出てきますよ、あの人は」
「そうしたらまた倒せばいいでしょ。それとも、自信無い?」
 いたずらっぽく問う由乃に、菜々はほんの少しだけむっとしたようだった。
「そんなことはありませんよ。さっきも私の勝ちでしたし」
「うん、まあ勝負付いたから声かけたんだけどね」
「……いつから見ていたんですか?」
「4分身の前あたりから」
「……………」
「邪魔しちゃ悪いかと思って」
「……お気遣いどうも」
「キャリアの差が出たわね」
 あるいは、さすがは紅薔薇ファミリーの切り込み隊長と可南子を誉めるべきか。
「……」
 菜々がムッツリと黙り込む。こちらもさすがは由乃の妹というべきか、菜々もこれでかなりの負けず嫌いである。
「まあちょっと私も反省してる」
 実のところ、菜々の実戦経験は意外なほどに少ない。それは由乃のせいでもあった。主に由乃が先陣きって飛び出してしまう為、そしてほとんど一人で敵を殲滅してしまう為、菜々にはほとんど出番がまわってこないのだ。
 一方で、可南子は実戦経験が異様に豊富だった。戦い慣れていたし、その一撃の重さも、くらったらただでは済まないだろうことは菜々にも充分、そして容易に想像できた。予想以上に粘られ、あわやひっくり返されかけたのもその経験値の高さ故だ。
「でも、挑発だっていうのはわかっていたんでしょう?」
 由乃が指摘したのは最後の菜々の突撃のことだ。
「だからといって何ができるとも思えませんでしたし……」
 何か狙いがあったとしてもそれごと粉砕っできると、菜々は思っていた。実際は逆に、可南子の狙い通りにことは展開してしまったわけだが。
 菜々にもわかっていた。あれは油断だ。既に勝負は決していると思った菜々の慢心が呼び寄せた結果だ。なかなか倒しきれずにいたことに焦っていたといえば焦っていたのかもしれない。それが経験の少なさ故であり、キャリアの差なのだといえばそうなのだろう。
「戻ったら、少しやろうか」
 軽く木刀を掲げて見せて、由乃は言った。


 ブン、と無造作に振り抜かれた一撃が、踏み込んだ菜々を捉え、吹き飛ばした。
「くっ!」
 受けた剣ごと押しきられた形になった菜々は、両足だけでは足りず、左手までも地につけて減速、ようやく体の行き足を止める。
 その圧倒的なパワーは、だが初めからわかっていたことだ。全ての攻撃が必殺級と言われているのもダテではない。むしろ菜々にとってショックだったのは、由乃に簡単に捉えられたことだった。
 スピードなら、まだ菜々に分がある。そのはずだった。事実、由乃は菜々の動きについてくることはしていない。
 だが、菜々が打ち込む瞬間、そのタイミング、そのポイントに、狙い済ましたように打ち込まれた一撃は、いかに菜々とて避けられるものではなかった。一見無造作だが、ろくに予備動作もないその動きは、結果的に無駄なく的確に菜々の動きを捉えたのだ。それが偶然なのか狙い通りなのかはわからなかったが……
 可愛い妹相手に、この容赦の無さがステキです由乃さま
 次の瞬間、菜々は横に跳んだ。由乃は動かず、目で追うだけだ。フットワークを活かした高速機動戦を得意とする菜々にとって、こんなふうにじっくりと待ち構えられるのは意外なほどにやりにくかった。
 そもそもこれは本来の由乃のスタイルではない。真っ向から突貫し、一撃で粉砕するのがいつもの由乃のやり方だったから、対菜々用に敢えてそうしているのだろう。由乃は手合わせと言っていたが、稽古をつけられているようなものだ。
 さてどうしよう。と、考えたところでできることなど他に無く、菜々は左右にジグザグにステップを踏みながら加速していく。
 間合いに入る直前、由乃はその場でぐるりと回転した。
 なにそれ
 と思う間もなく、遠心力を乗せた一撃が、菜々の突進を横殴りに弾き飛ばす。フル加速した乗用車が横から突っ込んできたダンプに弾き飛ばされるような、とでも言えばイメージの一端なりとも伝わるだろうか。
 跳ばされた勢いをそのまま横への回転運動に変換(要するに横転)し、菜々は1回転した勢いで立ち上がる。厳密には当たったのは打ち込んだ菜々の竹刀にだったが、それでこのありさまだ。
「ありゃ、ちょっとタイミング速かったか」
 どうやら菜々の体を捉えるつもりだったらしい。あれをまともにくらっていたらと思うとぞっとするが、タイミングをあわせるのは至難だろう。
「敵の目の前で背中を見せるのはどうかと」
「まだ改良の余地ありかな」
「そんな繊細で緻密なタイミングを必要とする技、私ならともかく由乃さまには無理なのでは」
「なんだとう」
 由乃の文句を流して、左右へのステップを踏みつつさらに加速しながら菜々は突っ込む。間合いに入る瞬間、菜々はさらに横へ、強引に自分の軌道を捻じ曲げた。
 由乃の剣が空を切る。が、動きは止まらずそのまま横に薙ぎ払う。だが既にその間合いの外にいた菜々は、そこから即座に逆方向へ、今かわした由乃に向けて、足にかかる負荷を無視して無理矢理溜め込まれた力を開放する。
 薙ぎ払った由乃の剣は一瞬だけ止まり、振り切った勢いをそのまま反動にしたように逆方向へと跳ね上がる。
 菜々の突進は由乃を捉え、直後、菜々は横からの激しい衝撃を受け、弾き跳ばされた。当然ながら菜々の攻撃は逸れ、
 チッ
 ほんのわずかに由乃をかすめていった。
「お?」
 避ければ避けられたのかもしれない。それでも、あえて避けずに、自分の攻撃を当てることを由乃は優先させた。避けたら負けだ。魂的に。
「このへんにしとこうか」
 その言葉と同時に菜々はその場に崩れ落ちた。
「菜々!?」
 驚いて駆け寄る由乃に、菜々は顔をあげて「大丈夫です」と応えたものの、やはり限界だったらしくその場で大の字に寝転がった。
「さすがに、黄薔薇さまとの手合わせはハードですね」
 だが、まあ収穫だ。かすっただけとはいえ、一撃入れたことに違いはないし。
 それにしてもと菜々は思う。攻撃することで相手の攻撃を無力化する。あくまで回避より攻撃優先なその姿勢がステキです由乃さま
「そこまで無理しなくてもよかったのに」
「せっかくですから」
「何がせっかくなんだか」
 笑って手を貸す由乃に支えられながら、菜々はかすかに笑みを浮かべた。


【2725】 解明!少女は語るただのネタバレ  (柊雅史 2008-07-30 23:51:29)


「リリアン女学園の七不思議?」
「そ。祐巳さんは聞いたことある?」
 ジメジメした梅雨もすっかり明けて、半袖の夏服でも暑苦しさを感じつつある毎日が続くようになった頃。
 新聞部として話があると薔薇の館を訪れた真美さんが口にしたのは、なんとも夏らしい話題だった。
「うーん、私は聞いたことないけど……?」
 祐巳が首を捻って隣の志摩子さんを見ると、志摩子さんも同様に戸惑ったように首を振った。その向こうに座る由乃さんも「何を言い出すんだこの七三は」とでも言わんばかりの、胡散臭げな視線を真美さんに向けている。
「聞いたことない? 三人とも?」
「ないわよ。大体、何よ七不思議って。小学生じゃあるまいし」
「いやまぁ、私も眉唾物だとは思うんだけどね」
 呆れたような由乃さんのセリフに、真美さんも苦笑する。
「実際、私も去年までは聞いたことなかったし。でも、どうも今年になって突然知れ渡ったみたいなのよね。新聞部に、是非調査して欲しいって嘆願が来たのよ」
 言って真美さんは一束の紙を机に広げる。いくつか拾い上げてみれば、いずれも七不思議に関する報告や調査をして欲しいという依頼など。ざっと見ても20枚はあるだろう。
「これが教室の隅でこそこそ噂されているレベルなら、私も無視したんだけどね。見ての通り、それなりの投書が来ているわけ。そうなるとちょっと気になるじゃない?」
「アホらし……」
 由乃さんは投書を摘んで呟いたけれど、祐巳としては真美さんの気持ちもちょっと分かる。2〜3件なら無視できるだろうけど、20件ともなると無視できない数だ。
「……一年生からの投書が多いみたい」
 由乃さんとは逆に、丹念に投書をチェックしていた志摩子さんが言う。
「そうなのよ。目撃証言は主に一年生。あるいはそのお姉さまとかが多いみたい」
 となれば、菜々ちゃんの出番である。
 祐巳と志摩子さんが由乃さんに目を向けると、由乃さんは心底イヤそうな顔をした。アドベンチャー好きの菜々ちゃんにリリアン女学園の七不思議なんて話題を振るのは、ライオンの前に生肉を投げ捨てるようなものだと思う。
 けれど薔薇の館にいる一年生は、現時点では菜々ちゃん一人。むしろ行動力に長ける菜々ちゃんのこと、こんな面白そうな話題を見逃しているとは思えない。
「分かったわよ。呼んでくるわよ……」
 由乃さんがため息を吐いて立ち上がる。今日も菜々ちゃんは剣道部に出ているので、薔薇の館にはいない。ついでに言うなら瞳子も演劇部なので、つぼみは乃梨子ちゃん一人だ。
「乃梨子ちゃんは何か聞いたことない?」
「いえ、そういうことには余り興味もありませんし」
 祐巳の問いに乃梨子ちゃんが首を振る。
「こういう話なら、むしろ瞳子の方が耳聡い気もします」
「そうね。祐巳さん、瞳子ちゃんも呼んできたらどう?」
「うーん……でも、演劇部に顔を出すと、瞳子って不機嫌になるんだよね」
 祐巳は何度か演劇部に仕事で赴いた時のことを思い出してため息を吐いた。典さんに誘われて、仕事ついでに練習風景も見せてもらったのだけど、練習後に薔薇の館に来るや否や、顔を真っ赤にして文句を言われた。三回やって三回とも文句を言われ「仏の顔も三度までです」と、怖いことまで言われているので、祐巳としては演劇部に向かうのに二の足を踏んでしまう。
「でも、話さなかったらそれはそれで、へそを曲げそうな気がしますけど」
「う……ま、まぁ、後でちゃんと話せば大丈夫だよ。多分」
「祐巳さん……紅薔薇さまが妹の尻にしかれてる、って噂、本当だったのね……」
 そんな風に白薔薇姉妹と真美さんと話していると、やがて「とんとんとん」と軽快な足音と、「ぎしぎしぎし」と鈍重な足音とが聞こえてきた。多分、軽快な方がテンションを上げた菜々ちゃんで、重い方がそんな菜々ちゃんに直面した由乃さんだ。
「ごきげんよう、皆さま。お待たせしました!」
 案の定、扉が開いて生き生きとした菜々ちゃんが、すちゃっと手を上げて登場する。その背後から、生気を菜々ちゃんに吸い取られたかのような由乃さんが続く。
 菜々ちゃんは練習途中に抜けてきたからか、体育着姿で顔中を汗で濡らしている。その様子を見た乃梨子ちゃんが素早く立ち上がり、給湯室に消えた。多分冷たい飲み物でも用意しに行ったのだろう。
「それで、七不思議の噂をご所望と聞きましたが?」
 椅子に座って身を乗り出しつつ、菜々ちゃんが真美さんに聞く。
「え、ええ。最近、主に一年生の間で噂になっていると聞いたんだけど」
「ハイ、そうですね。残念ながら私自身は本物に遭遇したことはありませんが、クラスメートにも何人か体験者がおります。タイムリーなことに、ここに目撃者のインタビューを書きとめたメモまで」
 じゃじゃん、という効果音と共に取り出したのは一冊のノート。表紙には「リリアン七不思議調査書」と書かれている。凄いご都合主義のような展開だけど、まぁ相手は菜々ちゃんなのだし、驚くよりもむしろ納得の展開だ。
「本当はよりモノホンを見れそうな条件を絞り込んでから、お姉さまでも誘って七不思議巡りに繰り出そうと思っていたのですけど、仕方ありません。調査を行うのなら大勢の方が何かを目撃、捕獲する可能性は高いですからね。恐怖に慄くお姉さまよりも、モノホンの捕縛を優先ですよ」
 うきうきとノートをめくる菜々ちゃんに、由乃さんは深いため息を吐く。色々とツッコミどころ満載の菜々ちゃんのセリフだったけど、満載過ぎて面倒なので、由乃さんを筆頭に全員がスルーすることにした。
 ここで菜々ちゃんのために冷たい麦茶を淹れた乃梨子ちゃんも合流し、菜々ちゃんによるリリアン七不思議の説明が始まった。
「まずは、魔の13階段です」
「……ベタベタねぇ」
 菜々ちゃんの読み上げたタイトルに、由乃さんがため息を吐く。祐巳も同感だ。
「場所は3階の東側の階段ですね。屋上に繋がる最後の階段が、13段になるという怪奇現象です。3階が一年生の教室になっていますから、一年生の間で広がったのだと思います」
 そこでパタン、と菜々ちゃんがノートを閉じる。
「では、参りましょう!」
「……はい?」
 がたん、と椅子を鳴らして立ち上がった菜々ちゃんを、一同が目を点にして見上げる。
「百聞は一見にしかず、と言うじゃないですか。大体、七不思議観戦ツアーなんて面白いこと、新聞部だけにやらせちゃって良いんですか、お姉さま! 山百合会の沽券に関わりますよ!」
「かかわんない、かかわんない」
 ぐっと拳を握る菜々ちゃんに、由乃さんは手を左右に振るけれど、もちろん菜々ちゃんは聞いていない。
「えっと、菜々さん? 新聞部としてもまだ記事にするかどうかは未定で、とりあえずどんなのがあるのか調べるための許可だけもらいに来ただけで、別に現場巡りまではまだ――」
「何を言うのですか、真美さま! 事件は会議室で起きているんじゃない、現場で起きているんですよ!」
 菜々ちゃんを宥めようとした真美さんに、菜々ちゃんは良く分からない主張を行う。その顔は既に現場を巡ることが決定事項であり、多分、かつての江利子さまを誰も止められなかったのと同じ理由で、誰も止めることは出来そうになかった。具体的に言うと、下手に止めると何か弊害が振りかかりそうで止めたくなかった。
「だから言ったじゃないの……」
 由乃さんが諦めたように立ち上がる。こっちを見る由乃さんは「あんたらが菜々を呼んだんだから最後まで付き合え」って雄弁に語っていた。
 祐巳と志摩子さんは顔を合わせて「仕方ないよね」と視線で会話する。志摩子さんが立ち上がれば、乃梨子ちゃんもそれに続くわけで。そうなると話を持ってきた真美さんも無視するわけにはいかない。
 まずは情報収集のための取材許可を取りに来ただけだったのに、いつの間にか主題は七不思議観戦ツアー(なんで観”戦”?)になっていた。
 恐るべきは黄薔薇の系譜。黄薔薇一家のこの行動力は、七不思議の末席に追加できないのだろうか。


 菜々ちゃんを先頭に、由乃さん、真美さん、祐巳、志摩子さん、乃梨子ちゃんという順に並び、祐巳たちは校舎東側の階段へやってきた。校舎の1階が三年生、2階が2年生、そして3階が1年生の教室になっている。
「ご存知の通り、この階段は途中で踊り場がありますが、どちらも12段ずつ、合計で24段になっています」
 菜々ちゃんがガイドよろしくノートを開きながら説明し、「1・2・3・4」と数えながら踊り場に向かって階段を上がっていく。
「10・11・12っと。皆さんも是非、数えながら上がってきて下さい」
 菜々ちゃんに促され、それぞれが小声で段数を数えながら階段を上がる。確かに菜々ちゃんの言う通り、踊り場までが12段。そこから折り返して2階までも12段だった。普段、段数なんて気にしていないので、なんかまた無駄な知識を得てしまった気がする。
 菜々ちゃんの先導で祐巳たちは3階までを同じようにして上っていった。2〜3階も12段+12段で同じ作りだ。
「さて、問題はここからです」
 菜々ちゃんが1年生の教室が並ぶ3階から、屋上へ続く階段を見上げる。ここも同じように踊り場があり、折り返した先が屋上への出口になっている。
「あの踊り場の先――最後の階段だけが、13段になると言うのです。ご存知の通り、首吊りの処刑台の階段が13段だったり、13番目の……っと、これは今は言わない方が良いですよね」
 菜々ちゃんが途中で志摩子さんを見て、説明を打ち切る。まぁ確かに、13番目の使徒とか13日の金曜日とか、下手なことを敬虔なクリスチャンである志摩子さんの前で言うのはよろしくない気もする。
「とにかく、最後の階段だけが13段になるそうなんです」
 色々なことを端折って、菜々ちゃんは踊り場まで歩を進めた。これまで通りに12まで数を数えて。
 全員が踊り場まで到達したところで、菜々ちゃんは再び説明を始める。
「ちなみに、13番目の階段を踏んでしまったものは……魔の13階段に呪われ、命を落とすとか落とさないとか、不幸が降りかかるとか降りかからないとか言われています」
「どっちなのよ」
 曖昧な菜々ちゃんにツッコミを入れる由乃さん。ちなみに現在、屋上からは合唱部の声出し練習(あえいうえおあお、みたいな声)が聞こえてくるため、どんなに菜々ちゃんが頑張っても、これっぽっちも怖い雰囲気にはなっていない。正直、時間帯が失敗だと思う。せめて日が沈んでからなら、雰囲気も出たと思うのに。
「というわけで、最後の階段を――お姉さま、代表してどうぞ」
「なんで私が!?」
 当然のように由乃さんの背中を押した菜々ちゃんに、由乃さんが抗議の声を上げる。
「あれあれ? お姉さま、もしかして怖いんですか? 13階段の呪いが怖いんですか? 黄薔薇さまともあろうお方が、そんな、眉唾物の七不思議を怖がるのですか?」
「だ、誰がっ! 私は別にっ!」
 菜々ちゃんの挑発に憤然と由乃さんが言い返す。なんていうか、由乃さん。簡単すぎると思うよ。
 それと菜々ちゃんも、自分で眉唾物とか言っちゃうのはどうかと思うんだけど。
「いいわよ、行ってやろうじゃないの。1! 2! 3! 4!」
 由乃さんがどすどすと荒い足取りで階段を登っていく。その様子をにこにこ笑いながら見送る菜々ちゃんは――うん、一言で言うと「なんか企んでいる顔」な気がする。
「8! 9! 10! ……11……」
 と、階段を登っていた由乃さんの声のトーンが、急にガクンと落ち込んだ。おやっと思って振り仰いで見ると、由乃さんが途中で足を止めて固まっていた。
「お姉さま、どうかしましたかー?」
 菜々ちゃんの呼びかけに、由乃さんがゆっくりと次の一歩を踏みしめる。
「……12……」
「えっ!?」
 思わず祐巳は声を上げていた。同じく、志摩子さんがはっと息を吸うのが分かる。
 何故なら、12段まで数えた由乃さんの足元には……まだもう一段、階段が続いていたからだ。
「……え、え、え? ホントに? ホントに?」
 焦ったような真美さんのセリフ。誰もが「なんだ、ここも12段じゃない!」と笑い飛ばす展開を予想していたはずなのに――
「じゅ、じゅうさ……」
「だ、ダメだよ、由乃さん!」
 最後の一歩を踏み出そうとした由乃さんを、祐巳は慌てて止めようとした。
 だって13段目を踏んだら、呪われてしまうのだ。でもここで引き返したら、呪いは無効かもしれない。
 でも――祐巳の制止は遅すぎた。
「……ん」
 由乃さんが最後の一歩を踏み出し、今まで一度も口にしなかった13の数字を読み終える。
 シン、と静まり返った踊り場。じっと動かない由乃さん――
 その沈黙を破ったのは――乃梨子ちゃんだった。
「――と言いますか、元々その階段、13段ですよ?」
「……えぇえ!?」
 一瞬、乃梨子ちゃんのセリフの意味を理解できずリアクションが遅れたけれど、その意味を理解した祐巳は、大いに驚きの声を上げた。
「の、乃梨子、どういうことなの?」
「どういうことも何も、去年、そこの階段の掃除係りでしたから。私の記憶が確かなら、普通に13段で一年中変わってないはずです」
「そ、そうだったっけ?」
 祐巳も1年生の頃はこの辺りの掃除係りだったはずだ。でも、段数なんて覚えてない。ただ、3ヶ月前まで1年生だった乃梨子ちゃんが言うのだから、かなり信憑性がある。
「ですから、最初から不思議だったんですよね。どうして13段だと七不思議なのかって」
 祐巳と志摩子さん、そして真美さんが揃って菜々ちゃんの方に顔を向けると、菜々ちゃんは「ふっ」と軽いため息を吐き、寂しげな表情で階上に佇む由乃さんを見上げた。
「学園七不思議、その1――魔の13階段。他の階は全て12段なのに、何故か最後の階段だけが13段だという不思議! 業者の手抜きか、設計ミスか、それとも最後の一段に何か意味があるのか!? ちなみに13階段の呪いとは、屋上に出る時に一段分下がる必要があるので、転ぶ人が多数という恐ろしい呪いです! お姉さま、屋上に出る時は足元にお気をつけ下さい!」
 徐々にテンションを上げ、最後は両手をメガホンのようにして由乃さんに注意を促す菜々ちゃんは、なんか無駄にキラキラしてた。
 そんな菜々ちゃんを、ふるふるとちょっぴり震えながら振り返った由乃さんは――なんかちょっと涙目っぽかった――すぅ、と大きく息を吸い。
「菜々――――――――――――っ!」
 と、屋上で発声練習中だった合唱部が束になっても敵わない程の叫びを上げて、階段を駆け下りてきたのだった。



>第2の不思議に続く



※ホラー風味のSSに触発され、便乗して書いてみました。
※ホラー……なの、か?(違う)
※投票の「感動だ」を「怖かった」に……変えないで良いです……。
※いずれ、きっと、ホラーな展開になるに違いないかもしれません。
※ちなみに意外と七不思議を扱ったSSが多い……ネタが被ってもご愛嬌ということでひとつ。


【2726】 音の響きがホラーですね  (柊雅史 2008-08-01 00:50:46)


〜乃梨子のあらすじ紹介〜

リリアン女学園の七不思議を解明すべく探索の旅に出た、菜々ちゃん、由乃さま、祐巳さま、真美さま、志摩子さん、私の六人は、第1の不思議「魔の13階段」の謎を解き明かすことに成功した。
だが、そのための犠牲は大きかった(由乃さまの涙目&菜々ちゃんへの拳骨投下)
恐怖の七不思議は残り6つ、果たして我々は無事全ての謎を解明し、生還できるのだろうか?
って言うか、瞳子。とっとと合流してツッコミ役の半分を担ってよ。この面子、ツッコミ役が明らかに少なすぎるから……。

【No:2725】>これ



『魔の13階段は元々13段ある普通の階段でした。ぼんやりしていると最後の1段に躓いたり、屋上に出る時の1段に気付かずに転ぶので気をつけましょう』
 真美さんがどこか疲れたような顔で、メモ帳に書き込んだのは、そんな内容だった。もはや他の七不思議への関心も期待も、最初の不思議で吹き飛んだ風情だけれど、祐巳もその意見に全面的に同意である。大体、祐巳たちの代では七不思議なんてものは聞かなかったのだ、大した謎ではないことなど、容易に予想できる。
「良いから、ちょっとそのメモ貸しなさいっての! どうせあんたの悪ふざけなんでしょ、これも!」
「ああ、お姉さま、酷いです! プライバシーの侵害ですよ!」
 由乃さんは菜々ちゃんに拳骨を一つ落とした後、菜々ちゃんの七不思議調査書を取り上げ、内容のチェックを開始している。由乃さんも最初にやっておいてくれれば良かったのに。
「でも、言われてみれば不思議よね。どうしてこの一段を作ったのかしら? 危ないわ」
「うん、そうだね。そうだけど、全然怪談じゃないよね」
 13段目の階段をしげしげと見詰め、唯一人「不思議だわ」と首を捻っている志摩子さんに、さすがの乃梨子ちゃんもちょっと返答がおざなりだ。
「――って、何よこれ!?」
 と、そこで調査書を開いた由乃さんが声を上げた。
「どうかしたの、由乃さん?」
「これよ! 今の魔の13階段のページ!」
 由乃さんが真美さんにぐっとノートを突きつける。祐巳も二人の下に歩み寄り、由乃さんの指し示す箇所を見て目を丸くした。

 『魔の13階段 ぷろでゅーす・ばい・有馬菜々』

「あんたが作ったんかーい!」
「だって、お姉さま。学園の不思議と言えば七不思議じゃないですか。中途半端に5個とかだとインパクトに欠けるじゃないですか」
「そういう問題じゃないわよ! 他の不思議もそんなんじゃないでしょうね!?」
「あ、ダメですよ! お楽しみが減ってしまうじゃないですか!」
 ページをめくろうとした由乃さんの手から、菜々ちゃんが素早くノートを取り返す。その動きは正に電光石火。こと運動神経が絡む件では、菜々ちゃんに太刀打ちできるメンバーはここにはいない。というか、多分リリアン女学園中を探してもごく僅かだ。
「どうかご安心下さい。他の謎はちゃんとした謎ですから」
 言いながら菜々ちゃんはぐっと体育着の襟元を引き、そこにノートをしまいこむ。
「卑怯よ、菜々! そんなところに隠すなんて!」
「ふふふ、無理に取ろうとしたら黄薔薇姉妹は怪しい関係という噂が立つこと必至ですよ、お姉さま」
 ほれほれ、と襟元を引っ張る菜々ちゃんに、由乃さんが悔しそうに歯噛みしている。そんなの気にせず手を突っ込んで取れば良いのに、と呟いた祐巳に、乃梨子ちゃんが「祐巳さまと瞳子くらいです、平然とそんなことできるのは」と返してきた。むぅ、そんなものだろうか。
「とにかく、次の七不思議です。これもまぁ、定番と言えば定番ですけど、リリアンらしいと言えばリリアンらしい七不思議ですね」
 菜々ちゃんが気を取り直すように説明を始め、とりあえず由乃さんも一旦姉妹喧嘩(というかじゃれあい?)の矛を収める。
「舞台は2階、2年生の教室があるところです。時刻は日が翳り始めた夕刻――少し早いかもしれませんが」
 菜々ちゃんが窓の外を見て頷き、階段を下り始める。詳しい内容は現地に着いてから、ということだろう。
 仕方なく後を追う祐巳たちだが、道中でこっそりと真美さんが耳打ちしてきた。
「祐巳さん、どうしよう……私、今凄く後悔しているんだけど。もう帰りたいわ……恐怖とは関係ない理由で」
「うん、大丈夫。私も同じ気持ちだから」
 でもきっと、ここで抜けると言えば菜々ちゃんと由乃さんが怒る。怒るだけならともかく、絶対後でしっぺ返しが待っている。だからここは、菜々ちゃんに付き合うのがベストなのだ。
 夕暮れの2階廊下は、真っ赤に染まる。ちょうど西日が反対側の窓から差し込むためだ。ただ今は、まだ日が高いのでそれほど赤く染まってはいない。
「うーん、真っ赤に染まった廊下の方が、雰囲気は出るんですけど」
 残念そうに言う菜々ちゃんは、仕方ありませんねと首を振る。
「第2の不思議――リリアン女学園に現れる、真っ赤に染まった廊下を歩く大きな影……」
 じっと廊下の先を見詰める菜々ちゃんの真剣な雰囲気に、祐巳たちも廊下の先を見た。
 ゆっくりと、窓から差し込む光には赤みが滲み出している。もう1時間もすれば、廊下は真っ赤に染まるだろう。去年、何度か見たその光景を、祐巳は綺麗だと思っていたけれど――今それを思い出すと、ちょっとだけ背筋が冷たくなった。怖いくらいに真っ赤に染まった廊下……そう、血のように、真っ赤に染まった廊下だ。
「その影は信じられないくらいに大きな影だそうです。真っ赤な廊下に真っ直ぐ伸びる、黒い影。私たち一年生は、こう呼んで恐れています」
 菜々ちゃんがくるりとこちらを向いて、その名を――第2の不思議の名を告げた。

「トイレのカナコさま、と」

 うん、そりゃデカイよね、と一同が頷いた。



『第2の不思議、トイレのカナコさんは優しいイイ子です。バスケ部のエース候補です。恐れずに応援してあげましょう』
 真美さんの取材メモには投げやりな筆跡で、そんな一文が書き込まれた。その向こうでは、菜々ちゃんが廊下に正座して、由乃さんにこってり怒られている。自業自得だと思う。
「た、確かに可南子さん、向こう側の階段使ってますから……窓の前を通れば、影は長くなりますよね……くっぷぷぷ……」
 いつもは冷静な乃梨子ちゃんが、余程「トイレのカナコさま」がツボに入ったのか、涙を流しながら必死に笑いを堪えている。堪えられてないけど。
 それにしても可南子ちゃん……自分がトイレのカナコさまと呼ばれ、リリアン女学園の七不思議に組み込まれてるって知ったら、さすがにショックなんじゃなかろうか。
「ですから、これは私が言い出したわけではないんですってば。実際に目撃した子がいるんです」
「じゃあ、なんで可南子ちゃんの名前が出てるのよ? 1年生ではそれほど知られてないでしょ、可南子ちゃんは」
「あ、それは私が『それって可南子さまじゃないですか?』と言ったからですけども」
「やっぱあんたが原因じゃないの!」
「ですけど、原型は既にあったわけで――」
 そんな不毛な会話を続ける黄薔薇姉妹や、お腹と口を押さえて震えている乃梨子ちゃん、そして呆れ返っている祐巳と真美さんをきょろきょろと見回していた志摩子さんは、「でも……やっぱり不思議だわ」と呟いている。
「志摩子さん、どうかしたの?」
「ええ。どうしても不思議なことがあって」
 祐巳が問いかけると、志摩子さんは首を捻りながら言った。
「なんで、廊下なのにトイレなのかしら?」
「……うん、そうだよね。どうでも良いことだけど」
 着眼点がずれている志摩子さんの疑問に、祐巳が疲労度を濃くしていると、菜々ちゃんが志摩子さんの疑問に答えてくれた。
「あ、それはですね、語呂がイイので私が命名しました」
「菜々―――――――っ!」
 この日、2度目の由乃さんの絶叫が、2階の廊下に鳴り響いた。


 残る不思議はあと5つ。
 なんかもう、祐巳はとっとと瞳子と仲良く帰りたかった。



>第3の不思議に続く



※ホラー風味のSSに触発され、便乗して書いています。
※投票の「感動だ」を「怖かった」に……変えないで良いです……。
※いずれ、きっと、ホラーな展開になるに違いないかもしれません。
※ちなみに意外と七不思議を扱ったSSが多い……ネタが被ってもご愛嬌ということでひとつ。


【2727】 (記事削除)  (削除済 2008-08-01 17:31:36)


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【2728】 (記事削除)  (削除済 2008-08-01 17:34:51)


※この記事は削除されました。


【2729】 黄薔薇家家訓今週もぐだぐだ  (柊雅史 2008-08-01 23:43:11)


〜乃梨子のあらすじ紹介〜
ついに第2の不思議の解明にも成功した一行! 順調に進む探索と、順調に減り続ける精神力、加速度的に増大する疲労度! もうやめて! 山百合会のライフはゼロよ!
果たして我々は最後まで七不思議に付き合えるのか!? ぶっちゃけ、途中で作者のネタギレを期待したくなる大冒険はまだまだ続く!
とりあえず、私は明日可南子さんを見て笑わない自信がありません! マリア様、きっと壊れるであろう友情の修理機材一式をお貸し下さいお願いしますっ!

【No:2725】>【No:2726】>これ


「次の謎は特別教室棟になります」
 お腹側からノートを取り出した菜々ちゃんは、一行を先導して1階へ降りた。祐巳たちも重い足取りでその後に続く。
「なんですか、皆さん。なんか元気ないですよ?」
「そりゃ、元気もなくなるわよ。菜々、マトモな不思議はないわけ? って言うか、菜々が関与してない不思議はないわけ!?」
 由乃さんの的確なツッコミに、菜々ちゃんは自信満々に頷いた。
「ご安心下さい、お姉さま。そもそも魔の13階段で私が言ったセリフをお忘れですか?」
「?」
 首を捻る由乃さんは祐巳を見た――けど、祐巳も同様に首を捻る。なんというか、魔の13階段では(トイレのカナコさまも同じだけど)どうでも良いことが発生しすぎたせいで、何一つとして明確に覚えていることがない。ただただ、徒労だったという印象だけは強烈に焼きついている。
「――なるほど、そういうことね。中途半端に5個とかだとインパクトに欠ける――確か、そう言っていたわよね、菜々さん?」
「ご名答です」
 その点、さすがは新聞部の真美さんである。どんな状況でも意識と記憶をしっかり保持していた。言われてみれば確かにそんなことを、菜々ちゃんが言っていたような気がする。
「つまり、裏を返せば菜々さんが手を入れる前から、既に5個の不思議が存在していた。そこに魔の13階段とトイレのカナコさまを追加して七不思議にしたわけね?」
 真美さんの指摘に菜々ちゃんが頷き、乃梨子ちゃんが第2の謎の部分でぶふっと噴き出した。気持ちは分かるけど、自重しないと可南子ちゃんとの友情は火星方面へすっ飛んで行っちゃうよ、乃梨子ちゃん。
「その通りです、これまでのはいわゆる余興、刺身のツマみたいなものです。ここからはマジもの、私の調査でも原因が解明できなかったものがほとんどですから」
 菜々ちゃんが自慢げに言う。でも「ほとんど」ってことは、解明できたものもあるわけだ。その不思議は正直、見なくても良いんじゃないかと思わなくもない。
「今度しょうもない内容だったら、本気で怒るわよ?」
「それは理不尽ですよ、お姉さま。ここから先の謎には、私はノータッチなんですから」
 由乃さんの睨みを菜々ちゃんが華麗にかわしたところで、祐巳たちは1階に到着した。昇降口の方を見れば、そろそろ空が朱に染まりつつある。なんだかんだで由乃さんのお説教が長引いたりしたため、思った以上に時間が経っているようだ。
「――そろそろ瞳子の方も練習が終わる頃かな?」
「そうですね。一度部室棟に寄っておいた方が良いんじゃないですか? 万が一、練習を終えた瞳子が薔薇の館に向かって、祐巳さまはもちろん、誰一人いない状態だったら、確実にむくれますよ」
「だよねぇ……」
 乃梨子ちゃんの勧めもあって、祐巳は一度演劇部に顔を出す旨を申し出た。どうせ大した謎ではないだろうから、先に回っててくれても良いとも言ったけれど、そこで由乃さんが反対する。
「ダメよ、祐巳さん。そんなこと言って逃げるつもりでしょう!?」
「に、逃げないよ! 私は逃げるつもりなんて、さらさらないよ!」
「――その言い回しだと、瞳子ちゃんが行かないって言ったから、そのまま帰ったとか、言い訳するつもりね!」
 うわ、由乃さん鋭い! ――と言うか、祐巳の魂胆はバレバレなのか、他の面々も(志摩子さんを除いて)祐巳を糾弾するような視線である。百面相は健在だ。
「あくまでも私達はここで祐巳さんを待ち続けるわよ。いい、祐巳さん。何時間でも待ってるから、意地でも瞳子ちゃん連れて戻ってきなさいよね。大体、瞳子ちゃんだけ免れるってのもズルイわよ!」
 そう言う由乃さんに見送られ、祐巳は演劇部へ送り込まれることになった。なんていうか、由乃さんの中では既に七不思議ツアーは罰ゲームと同等の扱いになっているようだ。まぁ、祐巳にも気持ちは分かる。
 このまま逃げたいところだけど、由乃さんたちは祐巳の帰りを待っている――まさか現代の日本で、リアルな走れメロスを体験できるとは思わなかった。おお、セリヌンティウス・由乃よ、許しておくれ。このメロス・祐巳は一度どころか徹頭徹尾、このまま逃げてしまいたいと思い続けていました。ごめんなさい。
 以前、瞳子が教えてくれたメロスの一幕をアレンジして心の中で呟いた祐巳は、昇降口を出たところで声を掛けられた。
「ごきげんよう、紅薔薇さま」
「ごきげんよう……って、笙子ちゃん」
 反射的に紅薔薇さまスマイル(祐巳としては極力大人びた笑みのつもり)を向けた相手をみて、祐巳はちょっと相好を崩した。
「久しぶりだね、笙子ちゃん。こんなところで何してるの?」
「え、いや、それは……べ、別に、何も……」
 祐巳の問いに笙子ちゃんが挙動不審にきょろきょろと周囲を見ながらモジモジし始める。それだけで祐巳はピンと来た。
「――蔦子さんを待ってる?」
「う……いえその、別に約束をしているわけではないんですけども」
 真っ赤な顔でモジモジする笙子ちゃんに、祐巳はちょっとだけ心が癒される思いだった。いつまでも初々しいのは、やはり二人が未だに姉妹になっていないからだろうか。是非とも菜々ちゃんに見習って欲しい。
 今後も姉妹になる気はない二人だけど、こうして待ち合わせして帰る(というか待ち伏せだけど、合流したら一緒に帰るのだから待ち合わせと同じようなものだ)辺りは、姉妹とほとんど変わらない。姉妹と言う形式を取らなくても、二人はしっかりとした絆を築いているのだ。それはそれで十分、幸せなことだろう。
「そ、それはともかく! 紅薔薇さまは何をしてらっしゃるんですか?」
「んー……何をしているんだろうねー……」
 何かを誤魔化すかのような笙子ちゃんの問いに、祐巳は首を捻る。ホント、何をしているんだろうか、一体。
「え……と?」
「あー、うん。気にしないで。それじゃ、急いでるから。今度、薔薇の館にも遊びにきてね」
 戸惑ったような笙子ちゃんにひらひらと手を振って、祐巳は部室棟に向かって小走りに駆け出した。
 でもホント……山百合会の幹部が雁首揃えて、一体何をしているんだろう……。
 冷静に考えたら、きっと負けだ。


 結局、演劇部まで足を運んだ祐巳だったが、その努力は見事に空振りに終わった。演劇部の練習が長引いているということで、瞳子の帰りはまだまだ先になると、典さんに言われたのだ。
 とりあえず典さんに瞳子への伝言――先に帰るか、遅くなるかもだけど薔薇の館で待ってて欲しいとの伝言――をお願いして、祐巳は昇降口に取って返す。練習の見学に後ろ髪を引かれたけれど、祐巳を待っている由乃さんを待たせた時の報復と、4度目の瞳子の雷が怖いので遠慮しておいた。
 昇降口に戻ってみると、まだ笙子ちゃんがいたので手を振っておく。蔦子さんは現像とかの作業が入ると帰りが遅くなるのに、じっと待ち続ける笙子ちゃんは、本当に健気だ。蔦子さんも笙子ちゃんに応えてあげれば良いのに。
「――祐巳さん、瞳子ちゃんは? まさか、逃がしたんじゃないでしょうね!?」
 戻った祐巳を迎えたのは、由乃さんのそんな疑いの目だった。マリア様、親友ってなんなんでしょうね。
「違うってば。練習が長引いてるんだって」
「ふーん……まぁ、良いわ。祐巳さんは戻ってきたし」
 自分が犠牲になっても犠牲者は少ない方が良いと思うのか、自分が犠牲になる以上道連れは多い方が良いと思うのか――由乃さんは後者だったらしい。
「それでは、紅薔薇さまも戻りましたし、次に参りましょう! 第3の謎……音楽室の肖像画の謎です!」
 ベッタベタだなぁ、と。
 菜々ちゃんを除く全員が、同じ表情になった。


「ありがちですよね、肖像画。確か、私が通っていた小学校にもありました」
 リリアンの初等部にはそういった類の話はなかったけれど、どうやら乃梨子ちゃんの通っていた小学校には、同じような話があったらしい。
 っていうか、小学校か。そうだよね、普通は小学校レベルの話だよね、こういうのって。
「確か、ベートーベンの目が夜中に動くとか光るとか、そんな話だったと思います」
「――で、そのオチは?」
「まぁ、他愛のない悪戯なんですけどね。動いたっていうのは気のせいで、光ってたっていうのは、誰かが目の部分に画鋲を刺していただけで」
 由乃さんの問いに乃梨子ちゃんが苦笑して答える。なるほど、確かに目の部分に画鋲が刺さっていれば、光の加減によっては光ったりするだろう。
「だってさ、菜々?」
「ふふふ、甘いですよ、お姉さま。私も最初、この話を聞いた時はそんなことではないかと思いましたが、この謎はもっと謎に満ちたものでした」
 牽制するような由乃さんに、菜々ちゃんが不敵に笑う。そんな菜々ちゃんの様子に、ちょっとだけ期待が大きく――は、ならないから不思議だ。むしろ菜々ちゃんが不敵に笑うと、余計に期待が低くなる気がする。
 小指の先程度の期待を抱きながら音楽室へ向かって廊下を進んでいくと、やがて、微かにピアノの音が聞こえてきた。
「そういえば、誰もいない音楽室からピアノの音が聞こえてくる、というのも定番ですよね」
「まぁ、この時間なら普通に誰かがピアノを弾いているだけでしょうけど」
 言いながら由乃さんが扉をノックすると、ピアノの音が止まり、「どうぞ」という答えが返ってきた。これが幽霊だったら律儀な幽霊なのだけど、残念なことに扉を開けてみると、一人の生徒がピアノから立ち上がるところだった。
「――あら、雪那ちゃん?」
「あ、白薔薇さま……!」
 その生徒を見た志摩子さんが驚いたように言い、雪那ちゃんと呼ばれた生徒が、同じく驚いたように言い、パッと頬に桜を散らせた。
 瞬間、祐巳の背後で不穏な空気が「メラッ」という擬音を伴って立ち上ったような気がしたけれど――気のせいだということにしておこう。背後には乃梨子ちゃんしかいないことだし。気のせい、気のせい。
「こちら、環境整備委員会で一緒の福島雪那ちゃん。一年生よ」
「はじめまして、紅薔薇さま、黄薔薇さま、真美さま、白薔薇のつぼみ」
 志摩子さんに紹介されて、雪那ちゃんがぺこりと頭を下げる。一年生ということで、菜々ちゃんとは面識があったのだろう、菜々ちゃんには「ごきげんよう、菜々さん」と笑いかけた。
「ごきげんよう、雪那さん。確かこの間もピアノ弾いてたよね?」
「ええ。ピアノを弾くのも好きだから。合唱部が使っていない時は、時々使わせてもらっているの」
「菜々、知り合い?」
 親しげな様子の菜々ちゃんと雪那ちゃんに、由乃さんが尋ねる。
「ハイ。七不思議を調べに以前、ここに来た時にもピアノを弾いていたので。環境整備委員会所属の美術部員で、趣味がピアノと乗馬という多趣味な方です。環境整備委員会の活動で、かつて柿や栗、イチジク、キウイなどの苗木を持参したという面白い方でもあります」
「そ、それは……どうせ植えるなら食べられる方が良いかと思って……」
 菜々ちゃんの紹介に雪那ちゃんが顔を赤くして俯く。趣味の園芸ならともかく、学校の活動で果物の苗木を率先して植えるというのは、中々のセンスである。特に柿とかなんて、実をつけるまで何年もかかったような気がするのだけど。
 ちなみに雪那ちゃんの持参した果実の苗木は、絶賛成長中らしい。何年か後の環境整備委員は、雪那ちゃんの植えた果実を楽しめるようになるかもしれない。きっと柿・栗・イチジクの伝説の人として、後世に語り継がれることだろう。
「え、えっと……菜々さん? もしかして、また七不思議のこと?」
「ええ、そうです。そうですとも。存在自体がちょっと不思議な雪那さんの登場で毒気を抜かれましたが、七不思議ですよ、お姉さま! なんですか、その『ちぇ、覚えてたか』みたいな表情は?」
「見たまんまよ」
「そんな風に言っていられるのも今の内ですよ! リリアン女学園七不思議、第3の不思議! 音楽室の肖像画の謎! 皆さん、教室の後ろをご覧下さい!」
 菜々ちゃんが大袈裟な身振りで教室の後ろを指し示し、祐巳たちは「やれやれ」という風情で視線を教室の後ろの壁に向け――
 ――そして、全員がぴたり、と動きを止めて固まった。
「……そうなんです」
 祐巳たちの驚きを余所に、一人菜々ちゃんだけが冷静に言葉を紡ぐ。
「リリアン女学園の音楽室に――肖像画なんて、元々貼ってないんですよね」
「アホか――――――――――――っ!」
 由乃さんの絶叫と、ゴンッという拳骨の音が音楽室に鳴り響いた。


「いや、確かに考えてみれば、肖像画って見た記憶なかったよねー」
「そうですよね。普段、気にしていなかったですから、てっきり肖像画はある、と思い込んでいました。事前に菜々ちゃんが『次の不思議は音楽室の肖像画の謎』と言っていましたから、それで」
「ミスリードというやつよね。13階段やカナコさまとは違って、現場ではなく事前に謎の概要を説明したところに、意味があったというわけか。中々やるじゃない、菜々さんも」
 アホらしくて肩透かしで拍子抜けな第3の不思議だったけれど、祐巳と乃梨子ちゃん、そして真美さんはちょっとだけ感心していた。全く、これっぽっちも怪談の要素はない話だけれど。
「でも、確かに不思議よね。肖像画はないのに、肖像画の謎があるなんて。どういうことかしら?」
 志摩子さんだけは素直に首を捻っているのはこれまでと一緒だ。志摩子さん、素直すぎるのも考え物だよ。
「これは不思議というより、製作者の話術の勝利って感じかしらね」
 真美さんが苦笑しながら『音楽室の肖像画の謎は、謎自体が謎。百聞は一見にしかず』とメモを執る。
「まぁ、考えてみれば。七不思議なんてこんなものでしょうね。解明してしまえばなんてことはない話ってことよね」
「――それは違いますよ、真美さま」
 肩を竦めた真美さんに、由乃さんの文句と叱責を華麗に受け流していた菜々ちゃんが反対意見を口にする。
「確かに、ここまでは大したことのない七不思議ばかりでしたけど、ここから先は本物ですよ」
「どの口が言うか! あんた、ついさっきも似たようなこと言ってたじゃないの!」
 由乃さんのツッコミは「えー、そうでしたっけ?」と軽くとぼけて受け流す菜々ちゃん。なんていうか、もうちょっとお姉さまを頑張ろうよ、由乃さん……。
「――まぁ、確かにここまでは肩透かしが続きましたけど、お陰で良い感じの時間になりました」
 由乃さんの怒りが一通り通り過ぎたところで、菜々ちゃんがそんなことを言い出した。
「少々、時間が早かったですからね。ですが、そろそろ暗くなり始めましたし、良い感じのシチュエーションです」
 菜々ちゃんはそう言うと、胸元から七不思議調査書を引っ張り出し、それを由乃さんに手渡した。
 ノートを受け取った由乃さんは、目を瞬いている。
「それ、もう見ても良いですよ、お姉さま」
「見ても、いい?」
「ハイ。ここから先は、そのノートを見られても困りませんし」
 にこり、と笑って菜々ちゃんが言う。
「だってこの先――残りの4つの不思議は、本物でオチなんて物は存在しませんから」

 その瞬間、ピュウと一筋の風が窓から吹き込んで、音楽室の気温が少し下がったかのような錯覚を祐巳は感じた。
 お気楽な七不思議観戦ツアーが最後までお気楽のまま続くのかどうか――
 夕焼けで真っ赤に染まった空には、徐々に夜の色が混ざりだし、その空に溶け込むようにチャイムがゆっくりと鳴り響いていた。



>第4の不思議につづく


※ホラー風味のSSに触発され、便乗して書いています。
※投票の「感動だ」を「怖かった」に……変えないで良いです……。
※いずれ、きっと、ホラーな展開になるに違いないかもしれません。
※ちなみに意外と七不思議を扱ったSSが多い……ネタが被ってもご愛嬌ということでひとつ。
※くだらないオチが続いて増長なことを反省しつつ、とりあえず前フリ終了。
※次回からはきっとホラーです。自信ありませんが。


【2730】 みんなでやろうか?冬の醍醐味誰も止めなかった  (いぬいぬ 2008-08-15 23:51:12)


「 ごきげんよう 」
 さわやかな挨拶が、放課後のリリアンにこだまする。
 ここはマリア様のお庭。
 そこに集うのは、穢れを知らぬ乙女たち。
 だから、いくら東京に積もった雪が珍しいからとはいえ、興奮してはしゃぎまわるような、はしたない生徒など存在していようはずもない。
 ないったらない。
 だからきっと、「わははははは!」などと高笑いしながら駆けてゆくあの三つ編みの少女は、幻覚にちがいないのだ。







「 雪合戦をやるわよ!!」
 薔薇の館の会議室の扉を「どかん!」と開いた途端そう宣言したのは、次期黄薔薇さま、島津由乃だった。
「 …雪合戦? 」
 不思議そうに問い返す祐巳に、由乃はまるで散歩に行く直前の子犬みたいな笑顔で「うん!」と力いっぱい答えた。
 …こんな落ち着きの無いのが次の黄薔薇さまで良いのだろうか? などと、乃梨子は志摩子に緑茶など淹れながら思ったりしていたのだが、もちろん顔には出さない。
 今にも校庭に飛び出して大暴れしそうな、ウズウズした顔の由乃を見て、祐巳と志摩子は「どうしよう?」と無言でお互いの顔を見つめあった。
 この場合の「どうしよう?」とは、もちろん「どうやってこの興奮状態のイケイケ暴走列車を止めようか?」という意味である。
 折り悪く、季節は3月の末。卒業式を無事終えたばかりという今、由乃の暴走を力技一発で止められそうな最強の紅薔薇さま、祥子はもういないのだ。
 …ついでに、止められる確立は低そうだが、暴走する由乃のサンドバッグくらいにはなりそうな黄薔薇さま、令もいなかった。
 つまり、このイケイケ状態な由乃を止められそうな人物は今、消去法で行くと、同じ薔薇さまの祐巳と志摩子くらいしかいないのである。
 乃梨子と瞳子も、ヘタに自分たちが口出しをすれば話がこじれそうだなと思ったらしく、成り行きを見守っていた。
 そんな中、巨大彗星を命がけで止める映画“アルマゲドン”の登場人物並みの決意で由乃にまったを掛けたのは、志摩子だった。
「 由乃さん、体育でもないのに校庭で騒いだりしては、先生方のお叱りを受けるのではなくて?」
 まずは正攻法。自分には力技で由乃を止めるのは無理と判断した志摩子は、代わりに由乃を止めてくれそうな存在を持ち出して、由乃と交渉する気のようだ。
 だが、そんな志摩子の思いをあざ笑うかのごとく、由乃は元気良く「その辺は大丈夫!」と言い放つ。
「 あの由乃さん、大丈夫って言われても… 」
 また根拠も無く暴走し始めているのかと思った志摩子があわてて突っ込むが、由乃はむしろ自信満々に語りだした。
「 さっき職員室に寄って、先生方には許可を取ってきたわ! 」
「 …そう、許可を取ってあるなら大丈夫ね 」
「 し、志摩子さん!? 」
 由乃の言葉の勢いに、うっかり同意してしまった志摩子にあわてて突っ込む祐巳。
「 由乃さん、許可を取ってきたって、どうやって? 」
 志摩子が予想外に役立たずだったので白から紅へ選手交代… いや、その前に、はしたなく騒ぐような生徒には厳しい先生方を、いったいどうやって説得したのか純粋に不思議だった祐巳がそう聞くと、由乃は「フフン」と高慢な感じに笑うと、嬉しそうに説明しだした。
「 良い? 祐巳さん。世の中には、公式ルールにのっとった雪合戦というものが存在するの 」
「 公式ルール? 」
 ますます訳が分からないといった顔の祐巳に、由乃は偉そうに説明を続ける。
「 簡単に言うと、40m×10mのコートを真ん中で敵味方の陣地に分けて、陣地内にあるシャトーやシェルターって呼ばれる障壁で雪球を避けながら、相手陣地にあるフラッグを奪い合うのよ! 」
 どうよ!? とばかりに得意げな顔の由乃だったが、正直、雪合戦の公式ルールというものを初めて聞いた由乃以外の4人は、きょとんとした顔だ。
 4人がきょとんとした顔なのは、何も雪合戦の公式ルールというものを初めて聞いたからだけではなく、由乃が肝心なことを説明していないせいでもあった。
「 いやだから由乃さん、公式ルールはともかく、私が聞きたいのは、どうやって先生方を説得したのかってことで… 」
 話しがなかなか噛み合わず弱りきった顔の祐巳に、由乃は無茶なことを要求しだした。
「 もう祐巳さんたら、なんでここまで言って分からないのよ! 」
 いや、今の説明では誰にも分からないと思います。てゆーかホントに説明する気ありますか? そんなことを思いつつも、やはり顔には出さない乃梨子。
 一方、瞳子は姉をバカにされたとでも思ったのか、由乃を見る目が険しくなり始めていた。
 そんなつぼみふたりの思惑などどこ吹く風とばかりに、由乃は益々“舌”好調になる。
「 仕方ないわね、ここまで言っても分からない祐巳さんにも納得できるように説明してあげるわよ 」
「 ああ、うん、お願い…………って、今の私が悪かったのかなぁ 」
 あまりにも偉そうな由乃の勢いに思わずお願いしてしまった後で、ふと疑問にかられた祐巳だったが、そんな祐巳のぼやきなど、由乃は当然のようにスルーだ。
「 今、みんなが私の説明を聞いてきょとんとした顔をしてたことからも分かるように、公式ルールに沿ったスポーツとしての雪合戦が存在することは、あまり知られていないわ。そこで、私たち山百合会が体験リポートするという形で公式ルールにのっとった雪合戦をして、それをリリアン瓦版で紹介するってことで許可を取ってきたのよ! 今度こそ分かった?! 」
「 …分かったけど、また疑問が増えちゃったんだけど 」
「 なんでよ!? これ以上無いくらい完璧な… バカでも分かる説明だったじゃない! 」
「 ……私、バカじゃないもん 」
 まるで、物分かりの悪い生徒を叱る女教師のような由乃の剣幕に、祐巳は段々、本当に自分の頭が悪いような気がしてきてしまったようで…
「 瞳子… 私、バカじゃないよね? 」
 自信を失い、泣きそうな顔で自分にすがる姉を、瞳子は「今がチャンス!」とばかりにそっと抱きしめた。
 そのままよしよしと頭をなでてなぐさめてやりながら、締まりの無い顔で姉のぬくもりを堪能した後、瞳子は緩みきった頬を音速で引き締め直すと、戦意喪失してしまった姉の代わりに由乃に噛み付いた。
「 由乃さま! 今の説明では納得できない部分があるのは確かですわ! 」
「 ……瞳子ちゃん、そんな頭の鈍いところまで祐巳さんに似ちゃったの? 」
「 あ、頭が鈍いって… お姉さまをバカにしないで下さい! 」
「 バカじゃないもん! 」
「 バカの語源は“無知”や“迷妄”を意味するサンスクリット語だという説が… 」
「 まあ、乃梨子は博識なのね 」
「 いや乃梨子ちゃん、今はそんな語源なんかどうでもいいから。それよりも今、瞳子ちゃんが私に言った… 」
「 お姉さまはちょっと頭の回転が人より遅いことがあるだけです! 」
「 瞳子までバカにしたー!! 」
「 確かに祐巳さまは人よりちょっとアレなことが… 」
「 ちょっと待ってってば。瞳子ちゃんが言う“納得できない部分”て何よ? 」
「 乃梨子、“人よりアレ”だなんて言ってはダメよ 」
「 …ごめんなさい、お姉さま 」
「 真実は時として人を傷つけるものよ 」
「 そうですね、人は本当のことを言われると怒るって言いますし 」
「 乃梨子ちゃんも志摩子さんもヒドいこと言ったー!! 」
「 お姉さま、瞳子はお姉さまが少しくらいアレでも決して見捨てたりはしませんわ 」
「 いやちょっと瞳子ちゃん、私が聞きたいのはそんなことじゃなくてね… 」
「 それって結局、私がバカってこと!? 」
「 あ、自覚あったんだ 」
「 乃梨子! あなた私のお姉さまをバカにする気!? 」
「 自分だって“頭の回転が人より遅い”とか言ってたじゃない… 」
「 …早いとは言えませんから 」
「 私もそう思うけど、祐巳さんの価値は頭の良さでは無いと思うの 」
「 うわーん!! みんなが私をバカにするー!! 」
「 瞳子ちゃんてば、私が聞いたことに答え… 」
「 祐巳さん、人は頭が良いからって幸せとは限らないのよ? 」
「 うわーん!! 志摩子さんが励ますフリしてトドメを刺すようなこと言ったー!! 」
「 ちょっとみんな落ち着いて。で、瞳子ちゃん、私の質問に… 」
「 祐巳さま、お姉さまは祐巳さまのためを思って、あえて言いにくいことを正直にですね… 」
「 …話しがややこしくなるから、白薔薇姉妹は少し黙っててくれない? 」
「 乃梨子! 志摩子さま! 人の大事なお姉さまをアホの子みたいに扱わないで下さい! 」
「 アホの子って言った!? ねえ瞳子! 今、私のことアホの子って言った!? 」
「 祐巳さん、今、私が瞳子ちゃんと話してるんだから… 」
「 別にアホの子とまでは言ってないけど… 瞳子が祐巳さまを猫可愛がりしてるのは分かった 」
「 “バカな子ほど可愛い”というものかしら? 瞳子ちゃん 」
「 バカじゃないもん! 」
「 否定はしません! 」
「 瞳子!? そこは否定しとこうよ!! 」
「 良いから人の話を……… 」
「 ところで祐巳さまって、テストの結果で言うと、学年でどのくらいの位置に? 」
「 乃梨子、そんな残酷なことはここでは言えないわ 」
「 ちょっと志摩子さん!? 私、最近頑張ってて、真ん中よりは上にいるよ!? 」
「 話しを…… 」
「 お姉さま、瞳子は信じますわ 」
「 ちょっと瞳子! そんな優しく微笑みながら言われたら、私がウソ吐いてるみたいじゃない!! 」
「 ………… 」
「 てゆーかウソですよね? 」
「 ウソかも知れないわね 」
「 ウソじゃないもん!! 」

「 やかましゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! (意訳:みなさん、少しお静かになさってくださらないこと?) 」

 あまりにも話しが進まないことにブチ切れて、絶叫する由乃。 
 そもそも話しの進まない原因は、自分が祐巳のことをアホの子扱いしたことにあるのだが、そんなことはお構い無しで。
「 いい加減、人の話しを聞きなさいよ!! 」
 ブチ切れた由乃の剣幕に、さすがに押し黙る一同。
 祐巳だけが、会議室の端っこのほうにうずくまりながら、いまだに「バカじゃないもん…」とかつぶやき続けていたりするが。
 ちなみに先ほど話題に出た祐巳の成績… テストにおける学年での順位だが、祐巳の言う“真ん中より上”どころか、最近は頑張っているせいか、学年でも上位3分の1、“上の下”くらいには食い込んでいたりする。
 だがしかし、肝心なのは祐巳のテストの成績ではなく、白薔薇姉妹も瞳子も、そんな祐巳の成績を知っていてわざとアホの子扱いして祐巳の反応を楽しんでたりしているということだった。
 …来年度は、さぞかし打たれ強い紅薔薇さまが誕生することだろう。(合掌)
 まあそんな軽いSの群れの話はともかく。静かになった会議室を見渡し、由乃はふぅと一息吐くと、瞳子に話しかけた。
「 で、瞳子ちゃん。さっき言ってた“納得できない部分”て何? 」
 真顔で問う由乃。それを受けて瞳子は…
「 ……なんでしたっけ? 」
 素で忘れていた。
 どうやら先ほどの“祐巳、アホの子騒動”で、すっかり記憶から抜け落ちてしまったようである。
「 なんでしたっけ?って… 私に聞かれても分かる訳無いじゃない! 」
「 ちょっと待って下さい由乃さま。え〜と…何の話をしてましたっけ? 」
 本気で考え込んでいる瞳子の横で、乃梨子がボソリと一言。
「 祐巳さまがアレだという話しを… 」
「 バカじゃないもん!! 」
 トラウマにでもなったのか、乃梨子の一言に過敏に反応する祐巳。
 そして、そんな祐巳を慈愛に満ちた目で満足そうに眺める3人。この3人はもう、人としてダメなような気がする。
「 ……良いから白薔薇姉妹は黙ってなさいったら 」
「 え〜と… あ、そうですわ! 」
「 思い出した? 」
「 ええ 」
 これでやっと話しが進むと、由乃がほっとする横で、瞳子が先ほど言いかけたことの続きを話しだした。
「 先ほど、由乃さまは“リリアン瓦版で紹介する”とおっしゃっていましたけれど、肝心の新聞部は取材の件を引き受けてくれたのですか? 」
 瞳子の言うことはもっともだ。いくら先生方の許可を取り付けたとはいえ、新聞部がそれを記事にしてくれないことには、体験リポートを口実に雪合戦の許可を取り付けた先生方からすれば、「話が違うじゃないか」ということになり、後々問題になりかねない。
 ついでに言うと、これは別に瞳子だけが気づいた訳では無く…
「 そ、そうだよ! 私もそこが気になったんだから! けっして由乃さんの言ってることが理解できなかったんじゃないんだからね!? 」
 そう。祐巳もこのことに思い当たっていたのだが、先ほどのアホの子騒動で言い出すタイミングを逃し、本人もすっかり忘れていたのだ。
 …最初からそう言えば“アホの子疑惑”など掛けられることも無かったような気もするのだが、やはりその辺を考えると祐巳は少しアレなのだろうか?
 まあ祐巳がアレかどうかはともかく。自分の計画のミスを指摘され、うろたえるかと思われた由乃だが、逆にニヤリと笑うと、右手に持っていたロープを強く握り締めた。
 …………ロープ?
「 フ… そこに抜かりがあるとでも思ったの? 」
 悪役みたいにニヤリと笑いながらそう言うと、由乃は握っていたロープを強く引き寄せながら叫んだ。
「 取材班カモーン!! 」
 そして、由乃がグイっと引き寄せたロープによって、二人の少女が会議室に引き込まれたのだった。




 


【2731】 たったかたー元気爆発本能のままだから  (いぬいぬ 2008-08-16 21:47:25)


【No:2730】からの続きです。



「 取材班カモーン!! 」
 そう言って由乃が引き寄せたロープの先には、七三と眼鏡・・・ 新聞部の山口真美と、写真部の武島蔦子が縛られていた……って、これは誘拐と言わないだろうか?
 見れば、腰にロープをくくり付けてここまで連れてこられたと思しき二人は、何が起きたのか分からないような驚いた顔をしていた。これは明らかに由乃が強引に連れて来た証拠だろう。
「 取材班? 真美さんと蔦子さんが? 」
 志摩子が由乃に確認するように聞くと、由乃は「 そうよ! 」と強く言い切った。
「 …どう見てもロープに縛られて無理矢理連れてこられたようにしか見えないのですが、お二人は本当に取材の話しをお引き受けになったのですか? 」
 乃梨子はとりあえず、由乃以外の全員が思っていたことを聞いてみた。
「 由乃さんに“かわら版のネタをあげるから来なさい!”って、半ば無理矢理連れてこられたし、本当なら、卒業式の特集号で今年度の瓦版は終わりだったんだけど… まあ、号外という形でなら、かわら版を出せないことも… 」
「 ………“雪に濡れた美少女たちの姿が撮れるわよ! 蔦子さん、そういう微妙にエロいの好きでしょう!?”とか失礼なこと言われたんだけど… まあ、山百合会の雪合戦なんてレアな写真が撮れるのなら… 」
 乃梨子の問いに、不満はあるものの、このテンションの由乃に何を言っても聞きやしないということを身を持って嫌というほど体験したのであろう二人は、不承不承ながらも取材班の話しに同意を示した。
 この二人にはもう、天災にでも巻き込まれたと思って諦めてもらうしか無いだろう。
 真美と蔦子の同意を(実は今初めて)得て、由乃はニンマリと笑う。
「 公式ルールだと1チーム7人なんだけど、まあ私たちと取材班を合わせて8人になるから、1チーム4人づつでも何とかなるでしょ! 」
『 え!? 私たちもやるの!? 』
 由乃のセリフに、驚いた顔で聞き返す取材班の二人。
 どうやらこれは初耳だったようだ。
「 ちょっと由乃さん! そんな話しは聞いてないわよ! 」
「 カメラが濡れるかも知れないから、参加は勘弁して欲しいんだけど… 」
 当然、由乃に不満をブチまける取材班だったが…
「 真美さん。現場に身を置かないと、臨場感のあるリポートなんか書けないんじゃないの? 」
「 う… 」
「 蔦子さん。遠くからよりも、至近距離からのほうが良い表情を撮れるんじゃないの? 」
「 む… 」
 先ほどロープにくくり付けて二人を引っ張ってきた“犯罪じみた強引さ”は何処へいったのか、急に理論的に説得する由乃。
 予想外に正論を言われ、取材班二人も黙らざるを得なかった。
「 さあ、人数も揃ったことだし、さっそく外に出て始めるわよ! 」
 もはや由乃の中では、戦闘開始のゴングが打ち鳴らされているようだが、実はまだ、山百合会のメンバーは誰も雪合戦を「やる」とは言ってないのだが…
 それに、由乃のセリフから、またまた疑問が一つ湧いて出ていた。
 その疑問を、乃梨子が由乃に問いただす。
「 由乃さま。先ほど“私たちと取材班を合わせて8人”とおっしゃいましたけど、一人足りないのでは? 」
 今この場にいるのは、紅薔薇家が二人、白薔薇家が二人、取材班が二人で、そこに由乃を足すと、7人のはずである。
 だが、乃梨子の疑問を聞いた由乃は、何故か嬉しそうだった。
「 実は菜々が来るのよ! 」
「 菜々さんて… 中等部の有馬菜々さんですか? 」
「 そのとーり! 」
 無駄にハイテンションで答える由乃。
「 菜々が“由乃さま、今日はせっかく雪が積もっているのですから、雪合戦でもしませんか?”って言うんだもの! 」
 どうやら由乃が急に雪合戦をやろうなどと言い出したのは、菜々にそそのかされたからのようだ。
「 え? それは今日言われたんですか? 」
 ふと疑問を持った瞳子が由乃にたずねる。
「 そうだけど? さっき掃除の時間にゴミ出しに焼却炉に行った時にね。雪の中を駆け寄ってきた菜々の赤い頬がまた可愛らしくて・・・ 」
「 いえ、そんな聞きたくも無い甘ったるい余計な描写はいりませんが・・・ 」
「 聞きたくもないとは何よ! 」
 瞳子の突っ込みに由乃が噛みつくが、瞳子の疑問はまだ解消していない。
「 …菜々さんて確か、中等部の3年生でしたよね? あちらも卒業式は終わっているはずですが、何故リリアンに登校しているのですか? 」
「 いやぁね、そんなの私と雪合戦したかったからに決まってるじゃない! 恥ずかしいこと言わせないでよ! 」
 由乃は何故か照れながらそう言うが、肝心なのはそこじゃない。
 どうやら有馬菜々嬢、由乃と雪合戦をしたいがためだけに、卒業式を終えた身でありながら、わざわざ自主的に登校してきたらしい。
 雪合戦がやりたいなら、自宅ででもすれば良いものを、周りをきっちり巻き込むあたり、姉妹(予定)揃って実にはた迷惑な二人である。
 一人で浮かれている由乃を見て、乃梨子は「 そういうことに私たちを巻き込まないで下さい 」とか「 その行動力を普段から発揮してくれていれば、卒業式の準備とかで私や瞳子も少しは楽ができたはずなんですが。いや、恨んでは… いますけど 」などと思ったりしていたが、もちろん顔には出さなかった。
 この騒ぎが、由乃が菜々のお願いに応えるためのものだと知り、一同の視線が冷やかなモノになっているのだが、由乃はまるで気付いてないようで、先ほど自分で言っていた「雪合戦のお誘いに来た菜々」の様子でも思い出しているらしく、一人ニヤニヤと緩んだ顔をするばかりだ。
 由乃の説明で、山百合会の一同も“8人目”の存在には納得したのだが、“8人目”の名前に、今度は別の不安が出てくる。
 紅薔薇家と白薔薇家の視線が、自然と真美と蔦子に集中する。
「 あ… 」
 菜々と遊べることに浮かれて、取材班の存在を忘れていた由乃も二人を見る。
 “8人目”の有馬菜々嬢は、「由乃の妹候補」だったりするし、何よりも、まだ高等部の生徒では無いので、この雪合戦に参加しても良いのか微妙な存在だったりもするのだ。
「 えっと… 真美さん、蔦子さん、“8人目”のことなんだけど… 」”
 気まずそうに切り出す由乃と山百合会全員の視線を受けて、取材班の二人はお互いの顔を見合せた後、こう答えた。
「 …菜々さんのことは知ってるけど、記事にするつもりは無いから 」
「 私の写真は、本人の承諾が無ければ公開しないって知っているでしょう? 」
 どうやら有馬菜々嬢の存在については、非公開にしてくれるということのようだ。 
 取材班二人のセリフに、ほっとする一同。
「 キャー!! 良かった! さすが真美さんと蔦子さん、話しが分かるね! 」
 喜びのあまり、隣にいた真美に思わず抱きつく由乃
「 ちょ、ちょっと由乃さん… 」
 いきなり抱きつかれ、少し頬の赤くなる真美。
 そんな彼女たちの顔を…
『カシャ!』
「 あっ!? つ、蔦子さん、まさか今の撮ったの!? 」
「 え? あ、うん。由乃さんが良い笑顔だったんで思わず・・・ 」
 強い調子で真美に問い詰められ、少し腰の引ける蔦子。
 由乃に抱きつかれた瞬間を撮られたのが恥ずかしいだけにしては、真美の様子が少しおかしい。
「 ふ、フィルムを出しなさい! 」
「 はい? 」
「 今のを日出美に見られたら… フィルム出せー!! 」
「 ま、真美さん!? ちょっと落ち着いて! 」
 いきなりカメラを奪おうと蔦子に襲いかかる真美に驚き、全力で止めに入る山百合会一同。
 真美の反応を見るに、どうやら高知日出美嬢、かなりのお姉さま大好きっ娘であるうえに、とても嫉妬深い性格なようだ。
 しばらく揉み合って(エロい意味ではなく)いた一同だったが、蔦子が現像したネガを真美に渡すということで話しが落ち着いたらしく、ようやく真美もおとなしくなった。
「 絶対に、絶対に日出美に見せちゃダメだからね!! 絶対だからね!! 」
 おとなしくはなったものの、やたらと強く念を押す真美。
 …本当に、姉妹には色々な形があるようだ。
 真美の不安の種も一応解消したところで、由乃は改めてみんなに宣言する。
「 さあ! 人数も揃ったし、余計なことで騒いでないで、さっそく外へ出るわよ! 菜々も待ってるんだから!!」
 一刻も早く菜々に逢いたいのか、「余計な騒ぎ」の元凶のクセに、そう言って一同を急かす由乃。
 だが、そう事は上手く運ばないようで…
「 寒いからやだ 」
 そう言って、断固拒否の態勢を見せたのは、祐巳だった。
 …もしかしたら、先ほどの“アホの子扱い”を根に持ったのかも知れない。
「 わざわざ外に出て寒い思いをするよりも、ここで瞳子の淹れてくれた美味しいカフェオレ飲んでるほうが良いもん! 」
 テーブルの上にぺっとりと上半身を横たえ、一歩も動かないといった構えを見せる祐巳。
 もちろん、祐巳がそう言うならば、瞳子にも動く気はさらさら無い訳で。
「 し、仕方ありませんね、お姉さまがそこまで言うのなら、カフェオレのおかわりを淹れてあげてもいいですわ 」
 などと、ニヤケる口元を隠しきれない表情で応じるのであった。
 そして、他のメンバーもどちらかというと祐巳に同意したいらしく、無言で由乃の出かたをうかがっていた。
 なかなか席を立たない一同にキレるかと思われた由乃だが、意外にも冷静にニヤリと笑うと、祐巳に語りかけた。
「 ねえ祐巳さん 」
「 ヤなものは、ヤ! 」
 幼児化した祐巳のセリフにも、由乃は動じずに説得を続ける。
「 菜々が“雪合戦で冷えた体にはコレですよね”って、缶入りのお汁粉を保温バッグに入れて差し入れてくれたんだけど… 」
 その直後、一同は信じられないモノを目にする。
 お汁粉という単語を聞いた瞬間、今までへろ〜んとテーブルの上に身を投げ出していたはずの祐巳の目が光ったかと思うと、一瞬(0,1秒)で立ち上がり、壁際に掛けられていたコートと手袋を装着(0,3秒)すると、神速でビスケット扉の前に移動(0,2秒)したのだ。
「 ほらほら! みんな早く準備して! 」
 あまりの変わり身の早さに驚く一同を尻目に、俄然テンションの上がる祐巳。
 その横では、缶入り汁粉で見事子狸の一本釣りに成功した由乃が、満足そうにふんぞり返っていた。
「 さあ瞳子! お汁粉… じゃない、雪合戦するよ! 」
 そう言って自分の手を引く姉の手を、瞳子が振り払えるはずも無く。
 こうして由乃は、缶入り汁粉というアイテムを餌に、紅薔薇姉妹を仲間に引き入れたのだった。
 恐るべし黄薔薇さま。…いや、本当に恐ろしいのは、中等部にいるにもかかわらず、祐巳が食いついてくる“缶入り汁粉”というアイテムを知っていた、菜々のほうだろうか。
 見事黄薔薇姉妹(予定)の策略にハマり、今にもビスケット扉をくぐり抜けそうな紅薔薇姉妹だったが、白薔薇姉妹の方はまだ、相変わらずのローテンションで椅子に座っていた。
「 ……雪合戦なんかして、万が一にも風邪なんかひいたら、入学式とか新年度の行事の準備にも影響がでますし… 」
 このままでは「 良いから来なさいよ! 」とか、力技で雪合戦に強制参加させられそうだなと思いながらも、とりあえず論理的に参加拒否をしてみる乃梨子。
 しかし、今日の由乃は一味違っていた。
「 ねえ乃梨子ちゃん 」
「 なんですか? 」
「 今日はね、剣道部がお休みなのよ。雪が積もってて、交通機関にも影響が出るかも知れないから… 」
「 だったら尚のこと早く帰りましょうよ 」
 交通機関の乱れという話題を元に、何とか雪合戦を中止のほうへと話しを持ってゆきたい乃梨子。
 普段の由乃ならば、この辺りでキレそうなものだが、何故か今日の由乃は余裕綽々だった。
「 まあ話しは最後まで聞きなさいって。剣道部に限らず、ほとんどの部活動は今日、お休みみたいなのよ 」
「 …それが何か? 」
 相手の話しの要点が見えず、乃梨子が問い返すと、由乃はここで切り札を切った。
「 部活動が無いってことは、武道館も空いてるってことよ。…で、私は雪合戦でみんなが風邪でもひいたらいけないからと、武道館のシャワーを使う許可ももらってきたのよ 」
 そう言って、武道館の扉の鍵をしゃらりと見せる由乃。
「 ……シャワー 」
 その単語に、激しく反応する乃梨子。
 そして由乃はトドメの一言。
「 みんなで浴びるシャワーは気持ち良いでしょうね〜 」
「 みんなで浴びるシャワー… 」
 この瞬間、乃梨子の脳裏に浮かんでいたのは当然、最愛の姉の姿。
 しかも全裸(想像図)
「 さあ!外に出ようか志摩子さん!! 」
 白薔薇のつぼみ、「みんなでシャワー」のお誘いに陥落。
 この時、乃梨子の脳内は「志摩子さんのぱんつは何色だろう?」という疑問でいっぱいだった。
「 え? の、乃梨子は雪合戦がやりたいの? 」
 先ほどまで参加を渋っていたはずの乃梨子が急に張り切りだしたので、困惑する志摩子。
「 何事も経験だよ! やってみないとその物の良さは分からないよ! 」
「 そ、そうかしら… それはそうと乃梨子、鼻血が出てるわよ? 」
「 大丈夫!! 」
「 いえ、何が大丈夫なのか分からないのだけど… 」
「 さあ志摩子さん! 一緒にシャ… 雪合戦をしよう!! 」
 意味不明な自信と勢いに満ち溢れた乃梨子に、志摩子はしばらくどうしたものかと考えていたが…
「 ええと… 乃梨子がそこまで言うのなら、やりましょうか 」
 なんだかんだ言っても妹が可愛い白薔薇さまは、雪合戦への参加を決意したのだった。
 だが、見事に紅薔薇さまと白薔薇のつぼみを一本釣りに成功したはずの由乃は、何故か少し不満そうな顔をしていて…
「 ……ここまで菜々の言うとおりに事が運ぶと、なんか逆につまんないわね 」
「 何か言いましたか? 由乃さま 」
「 ううん、何でもない。 …乃梨子ちゃん、鼻血拭いたら? 」
 どうやら白薔薇のつぼみ一本釣り計画も、有馬菜々嬢の策略だったようである。
 隣で由乃のつぶやきを聞いていた取材班の二人は、山百合会全員の参加が決まり、成り行きで自分たちも雪合戦に参加せざるを得ないことになったのに加え、来年度の黄薔薇姉妹の巻き起こす騒動が目に浮かぶようで、盛大なため息を吐くのだった。
「 さて、それじゃあ外へ移動しましょうか! 」
『 おー!』
 テンションの高いのは由乃と祐巳と乃梨子だけだったが、とりあえず一同は雪合戦をするべく、外への移動を開始したのだった。






【2732】 黄薔薇戦線異常なし貴女だけにすること  (いぬいぬ 2008-08-17 19:22:27)


【No:2731】からの続きです。

…今度こそ後編です。




「 ふ〜んふふ〜んふふ〜♪ 」
 全員で移動中、よほど菜々と雪合戦できるのが嬉しいのか、鼻歌など歌いながら、わざと道から外れた新雪の中をザックザックと進む由乃。
 そんな由乃を見て、蔦子は妙な既視感を覚える。
( 何だろう? 由乃さんの行動に見覚えがあるような… )
 しばらく考えた後に、蔦子は既視感の原因に思い当たる。
( …ああ、初等部の時、同年代の親戚の男の子が雪の中をあんな感じでザクザク突き進んでたっけ )
 蔦子の感じたとおり、今の由乃の行動は、正に小学生男子そのものだ。
( あんなハイな感じで調子に乗ってると確か… )
 ふと、由乃の行動の先が読めたかのような感覚に蔦子が陥ると…
「 ふ〜んふふ… おわっ?! 」
( そうそう、あんな風に何かにつまづいて転ぶのよね )
 予想どおりにコケた由乃に、思わずウンウンとうなずく蔦子。
( でも、あんな感じのテンションの人って… )
「 あっはっはっ! コケちゃったわ! 」
( …ああやって、失敗しても何故かめげないのよね。…って、本当に小さい頃に見た男子の行動そのものじゃない )
 あまりにも懐かしさを感じさせる由乃の行動に、さすがに呆れる蔦子だった。
「 ところで由乃さん、何処まで行くのよ? 」
 楽しそうに歩き続ける由乃を見て、本当に目的地に向っているのか不安を覚えたらしく、目的地をたずねる真美。
 新雪の中を進みながら、質問に答えようと由乃が振り向き…
「 ああ、それは… 」
「 お汁粉のある所だよね! 」
「 シャワールームですよね! 」
 答える前に、テンションの上がり過ぎた祐巳と乃梨子に邪魔をされた。
「 …それは雪合戦が終わった後だから。落ち着きなさいよ二人とも 」
 由乃に「落ち着きなさい」とか言われるなんて、今の二人がどれ程舞い上がっているのかを如実に表していると言えるだろう。
「 え〜、お汁粉は〜? 」
「 …お汁粉は武道館に置いてあるから。雪合戦が終わったら、好きなだけ飲みなさいよ 」
「 やったー! 武道館だって、乃梨子ちゃん! 」
「 ええ、武道館です祐巳さま! 武道館にたどり着けば、そこで… 」
「 そう、そこで! 」
『 パラダイス! 』
 会話の内容は全く噛み合っていないはずのに、何故か声を揃えて喜び合い、期待に胸を膨らませている二人。
「 …大丈夫かな、この二人 」
 不審者を見る目つきで、祐巳と乃梨子を見る由乃。
 大丈夫かどうかと問われれば、この二人は間違いなくダメなほうに分類されるだろう。人として。
「 それで由乃さん、目的地だけど… 」
「 え? ああ、武道館の脇にグラウンドがあったでしょ? あそこよ 」
 再び問う真美に、今度はまともに答えられた由乃。
 目的地は、現在地からそれ程遠くはない。
「 ところで由乃さん 」
「 何? 志摩子さん 」
「 今日やるのは「公式ルールにのっとった雪合戦」って言っていたけれど… 」
「 あ、ルールについてはグラウンドに着いてから説明するわ 」
「 いえ、ルールそのものもそうだけど、さっき由乃さんが「シェルターやシャトーという物で雪玉を避けて」とか「フラッグを奪い合う」とか言っていたから、準備が必要なんじゃないかと思ったのだけど 」
「 ああ、そのことか 」
 志摩子の心配に、由乃は笑顔で応じる。
「 なんかねー、菜々が「 そういう事は、是非私におまかせ下さい! 」って張り切っててね。私も手伝うって言ったんだけど、どうしても一人でやるって言うから、まかせてあるの 」
『 …え? 』
 由乃のセリフを聞いた瞬間、話しを聞いていた志摩子はおろか、先ほどまで浮かれまくっていた祐巳と乃梨子までもが固まった。
 雪合戦したさに、卒業した学校までわざわざやって来るような“無駄にヤル気に満ち溢れた人間”に準備をまかせたら、何かとんでもない事まで“準備”するのではないだろうか? 一同の胸中に、そんなどデカい不安が巻き起こった。
 これは用心して掛からないと、とんでもないメに合うかも知れないと全員が思う中、瞳子が由乃に探りを入れてみた。
「 由乃さま、確か菜々さんて、アドベンチャー好きを公言してはばからない人物だとか聞いたのですが? 」
「 そうだけど? 」
「 やっぱり… 」
 由乃が肯定した事により、ますます不安が膨らむ一同。
「 由乃さま、その“アドベンチャー好き”な菜々さんに準備を任せるということは、雪合戦の会場にも“アドベンチャー的要素”を含ませられている可能性が… 」
「 あ、菜々だ! 菜々―!! 」
 瞳子の発しようとした警告は、目的地に着いて菜々の姿を確認した由乃によって、さえぎられてしまった。
 ご主人さまを見つけた忠犬よろしく、一直線に菜々の所へと駆けてゆく由乃の後姿を見て、もう警告も対策もするヒマが無いと悟った一同は、もはや菜々謹製の「アドベンチャー的要素入り」と思しき公式雪合戦会場へと歩いてゆくしか無かったのだった。
「 菜々―! 」
 ブンブンと手を振る由乃の視線の先を見てみれば、どうやら雪合戦会場らしき場所の前に立つ菜々の姿があった。
 会場には、雪の壁などが見え、どうやら準備は万端なようだ。
 にこやかに手を振る菜々に向い、笑顔で駆け寄る由乃。
 由乃の笑顔が本当に嬉しそうだったので、蔦子は思わずカメラを構える。
 そして、菜々まであと5メートルほどの距離まで近づいた時、由乃は走るのをやめ、深呼吸を一つすると、姉らしく振舞おうとでも思ったようで、静かに菜々との距離を詰める。
「 菜々… 」
 近づく二人の距離。
「 由乃さま 」
 うっすらと赤く上気した顔で、応える菜々。
 ファインダーの中の二人に、蔦子は焦点を合わせた。
 二人の間は、あと3メートルほどになり…

 す ぼ っ ! ! 

 突然、由乃が腰まで雪に埋まった。
「 ……え? 」
 本人にも何が起こったのか分からないらしく、呆然とした表情の由乃。
 そんな由乃の顔を見て菜々は…
「 ふっふっふっ。油断しましたね? 由乃さま! 」
 なんだか勝ち誇った顔で、由乃を見下ろしていた。
 恐らく… いや、確実に、由乃が腰まで埋まったのは、菜々の落とし穴にハマったせいだった。
『 ああ、やっぱり何か仕掛けてあったのね… 』
 後ろで見ていた一同は、むしろ当然の成り行きとでもいうように、二人の姿を遠巻きに眺めていた。
「 油断大敵。常在戦場。そんなことでは、武士道を極めることなどできませんよ、由乃さま! 」
 自分で罠にハメといて、そんな無茶な事を言い出す菜々。
 だいたい、彼女は由乃に武士道を極めさせてどうしようと言うのだろうか?
 そもそも、由乃が武士道を極めようなどと思っているのかどうかすら…
「 ふ…ふふふふふ 。確かに油断していたわ。武士としてはまだまだね 」
 …思ってたのかよ。
 まあ、由乃には好きなように生きてもらうとして。
 さすがに落とし穴にハマったままでは恰好がつかないと思ったのか、由乃はズリズリと穴から這い上がった。
 そして、この程度では怒らないという寛容さでも見せつけようというのか、再び微笑みながら菜々に近づく。
 それにしても、雪は50cmくらいしか積もってないのに、由乃の腰までの落とし穴を掘ってあるということは、雪を超えて土の部分まで掘ったということだ。
 しかも、這い上がってきた由乃が泥で汚れていないあたりを見るに、どうやら汚れ&ケガ対策のために、穴の中を雪でコーティングしてあるらしい。
 やはり、菜々は無駄にヤル気に満ち溢れているようだ。
「 でも菜々、こんなことで私に勝ったなんて思わないほうが… 」

 ず ぼ っ ! !

 菜々まで残り1メートルという所で、今度は胸まで穴にハマった由乃。
「 …人間は、一度罠にかかると、何故かそこにはもう罠は無いと思い込むそうです 」
 何故か残念そうな顔で、穴に落ちた由乃に語りかける菜々。
 そして、由乃にビシっと指を突き付けると、真剣な顔でこう叫んだ。
「 由乃さま! そんなことでは現代の冒険家にはなれませんよ! 」
 ……え? 武士道は?
「 罠の張り巡らされた地下遺跡を探索する時は、一瞬の油断が命取りです! 」
 いやだから… それ武士と関係無いよね?
「 ふ…ふふふふふ。こ、この程度で怒るほど、私は大人げなくないわよ… 」
 ブツブツと呪文のようにつぶやき、自分に言い聞かせる由乃。
 さすがにやりたい放題な菜々の行動に、少しカチンときたらしい。
「 そうよ、私は大人、私は大人、私は… 」
 必至で自分に言い聞かせているあたり、あまり大人な反応とも言えないような気もするが。
「 落とし穴と言えば、地下遺跡の罠としては初歩にして王道。そんな初歩的な罠にかかるなんて、油断し過ぎです 」
「 ふふ…ふふふふ… そ、そうね。ちょっと油断してたかもね 」
 ヒクヒクと引きつる頬で、無理矢理笑って見せる由乃。
 どうやらここは、あくまでも「大人な対応」でいく気らしい。そこは「お姉さま候補」の意地なのだろう。
「 ま、まあ、雪の中で遊ぶのに、多少のイタズラくらいは付きものだし… 」
 自分を納得させつつ、由乃は再びズリズリと穴から這い出ようとして…
「 だいたい、体に凹凸が無い由乃さまが落とし穴とかに落ちたら、引っ掛かりが無いのだから致命傷ですよ? 致命傷! 抵抗が無いから底まで一気ですよ一気! 」
「 誰がまっ平らだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 」
 さすがに「凹凸が無い」は許容しきれなかったらしい。
 菜々のセリフを聞いた瞬間、由乃は一気に穴を飛び出すと、菜々へと襲いかかった。
「 今の脚力は素晴らしかったですよ、由乃さま 」
「 うるさい! そこへ直れ!! 」
 由乃の襲撃を軽々とかわしながら、偉そうに言う菜々。それを鬼の形相で追う由乃。
 菜々は楽しそうに笑いながら、雪合戦の陣地の中を飛ぶように走る。
「 待ちなさい菜々! 今こそ天誅を… 」
 
 ず ぼ し ゃ っ ! !

 どうやら菜々が飛ぶように走っていたのは、落とし穴を避ける意味があったらしい。
 陣地の中にまで仕掛けられた落とし穴に、由乃は走りながら突っ込んでしまったようだ。
 三度落とし穴にハマり、しかも今度は走っていた勢いで顔面から雪に突っ込んでしまい、頭まで雪まみれになった由乃。
「 ……ぶっ殺す 」
 雪まみれで起き上がりながら、ピキピキと引きつった笑いを浮かべる由乃を見て、嬉しそうに微笑みながら雪の障壁…「シェルター」の影に駆け込む菜々。
 その笑顔からは、明らかに「罠に掛かる獲物を見る恍惚感」が見て取れた。
「 待てコラァ!! 」
 そのまま追いかけっこが始まり、ちびくろサンボと虎よろしく、シェルターの周りをバターになりそうな勢いでグルグルと回り出す二人。
「 ……どうする? 」
「 …どうするって……どうしよう? 」
 唐突に始まった黄薔薇家(予定)の追いかけっこを見ていた真美と蔦子が、途方に暮れた感じでたずね合う。
 実際、あんな罠だらけな陣地の上で雪合戦を始めようとは、誰も思えなかった。
 途方に暮れる一同の中で、突然、決意に満ちた声が上がる。
「 …よし、行こう! 」
「 え? 祐巳さん、参加する気!? 」
 決意に満ちた顔の祐巳に向い、驚いて問う真美。
 祐巳のつぶやきに、一同の間に動揺が走る。
「 うん、私はもう行くよ 」
「 ちょっと待って下さいお姉さま。いくらなんでも、あんな罠満載な所に… 」
 姉の身を心配する瞳子が横目で見ると、ちょうど菜々が由乃と反対側から「 鉄山靠!! 」などと叫びながらシェルターに体当たりをしているところだった。

 ど ざ ざ ざ ざ ざ っ ! ! 

「 うきゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 」
 菜々の体当たりで崩れてきたシェルターに、悲鳴と共に埋まる由乃。
 よほど上手い具合に積み上げてあったのか、シェルターは綺麗に崩れながら由乃を埋め尽くしていた。
「 身を守るはずの壁に襲われるなんて…… ほらお姉さま、あんな罠が待ち受けている所に行くなんて、自殺行為ですよ? 」
 祐巳の身を案じ、真剣に止める瞳子。
 ……今まさに死にかけてそうな由乃を助ける気は、さらさら無さそうだが。
 しかし、そんな妹の言葉でも、祐巳を止めることはできそうに無かった。 
「 私はもう、行かなくちゃならないの 」
「 お姉さま、お願いですから私の言うことを聞いて下さい! 」
 瞳子の言葉を無視し、雪の中をザクザクと歩き出す祐巳。
「 あんな所に自分から飛び込むなんて…って、え? 」
 心配げな瞳子を置き去りに少し歩くと、祐巳は立ち止まり、足元に落ちていた何かをヒョイと拾い上げた。
「 お汁粉が私を待っているから 」
 無駄に毅然とした顔で、祐巳はまわれ右をすると、武道館のほうへと歩いてゆく。
 …どうやら、由乃が菜々へ駆け寄ろうとした時に落とした鍵を発見し、雪合戦など見向きもせずにお汁粉の在りかへ向かうことにしたようだ。
「 ……お姉さま。相変わらず行動が読めませんわ 」
 心配して損をした瞳子は、疲れ果てた顔でガックリと肩を落とした。
「 そうよ、武道館に行かなくちゃ 」
「 …乃梨子? 」
 肩を落とす瞳子の脇を、頭の中はエロい事でいっぱいなはずなのに、無駄に凛々しい顔をした乃梨子がすり抜けてゆく。
「 さあ、行こうよ志摩子さん。熱いシャワーが待ってるよ 」
 頭の中はエロいことでいっぱいなはずなのに、無駄に爽やかな笑顔で姉を誘う乃梨子。
 志摩子も寒いことは寒かったので、素直に「 そうね 」とそれに従い、武道館へと歩き出した。
 ……シャワールームで乃梨子が失血死しなければ良いけど。
「 あ〜… もうどうでも良いですわ 」
 はなから雪合戦にはあまり参加したくなかった瞳子も、3人に続いて武道館へと歩き出す。
 それを見ていた取材班二人も当然…
「 行きましょうか蔦子さん 」
「 …そうね、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきたものね 」
 こうして、黄薔薇家(予定)以外の全員が雪合戦会場を後にし、武道館へと向かったのだった。
 武道館へ向かいながら、蔦子がふとカメラを構えて振り向くと、ちょうど由乃がシェルターを挟んで菜々と対峙しているところだった。
 菜々の仕掛けた「崩れ落ちるシェルター」を逆に利用しようと、由乃は快心の笑みを浮かべながら、シェルターに体当たりを喰らわすべく身構えた。
「 自分の罠に沈め! 喰らえ! 超鉄山靠ぉぉぉぉぉ!!! 」

 す ぼ っ ! !

 …今度のシェルターは、先ほどのモノよりもかなり柔らかく積み上げてあったようである。
 自らの体当たりの勢いで、あっけ無くシェルターの中まで突っ込んでしまう由乃。
 しかも、突っ込んだ後にシェルターが崩れてきて、見事に由乃の全身が雪の中に埋まるというオマケ付きだ。
「 うわ… えげつない罠仕掛けるわね、あの子 」
 罠を逆に利用されることまで見越して、別の罠まで仕掛けていた菜々の手練手管に、蔦子は空恐ろしいものを感じて身震いする。
 何となく目を離せなくなった蔦子が見続けていると、由乃が雪に埋もれたまま動かない。
「 …おや? とうとう体力が尽きたかな? 」
 助けたほうが良いだろうか? でもあんな罠だらけな所へ入って行くのは嫌だなぁ。
 そんな事を考えながら、蔦子がどうしたものかと逡巡していると、さすがに動かなくなった由乃を心配したらしい菜々が、由乃の元へ駆け寄って行った。
 あの子が助けるのなら大丈夫ね。そんな風に思いながら蔦子が無意識にカメラを構えていると、突然雪の中から由乃の手が飛び出し、菜々の足首をつかんだ。
「 油断したわね!? 菜々!! 」
 どうやら死んだふりだったらしい。
 だが、見事菜々を捕らえたはずの由乃が、そのまま再び動かなくなった。
 そして、捕えられて焦っても良いはずの菜々までも動きを止める。
「 あれ? どうしたんだろ? 」
 不審に思った蔦子は、何気なくレンズを操作し倍率を上げて見る。
「 ……ああ、あれは角度的に見えてるっぽいわね 」
 どうも、倒れた由乃が菜々の足首をつかんだ拍子に、見えてしまったらしい。
 菜々のぱんつが。
「 由乃さまのエッチ!! 」

 ど が す っ ! ! 『カシャッ!』
 
 菜々の繰り出した打ち降ろしの蹴りと、蔦子がカメラのシャッターを切るのは同時だった。
「 …面白いモノが撮れちゃったかも 」
 カメラを構えたまま蔦子がつぶやくと、由乃の手が菜々の足首を離れ、ぱったりと雪の上に落ちた。
「 由乃さま!? 」
 自分で蹴ったクセに、驚いて由乃を助け起こそうとする菜々。
 さすがに顔面に打ち降ろしの蹴りは効いたらしい。由乃が再び動かなくなったが、今度は死んだふりでは無さそうだ。
 蔦子が再びレンズを操作すると、唇を紫色にして鼻血を垂らしながらも幸せそうな顔で気絶している由乃と、泣きそうな顔で由乃の頭を膝枕に乗せてうろたえる菜々にピントが合った。
「 フフフフ。あの子、よっぽど由乃さんが好きなのねぇ 」
 つぶやきながら、再びシャッターを切る蔦子。
「 この写真にタイトルを付けるとしたらそうね… 『捕獲』ってトコかしら? 」
 はたして、捕まえられたのはどちらなのだろうか?
 答えはきっと、あの二人が出すのだろう。そんな事を思いながら、蔦子も雪合戦会場を後にするのだった。




 ……結局、誰も雪合戦せずに終わっちゃったけど……… まあ、みんな幸せそうだから良いよね?


【2733】 ずっと側にいるからギュッと抱きしめる悲しげな考え  (MK 2008-08-18 18:43:03)


 作者より:メインタイトル『もこもこしてたりする柔らかくてびっくりわっか的ビデオ』
       【No:2709】→【No:2712】→【No:2716】→【No:2721】の続きです。ホラー…かも知れません。
       今回はかなり長くなってしまいましたorz



 裏切りと言うものは、される側にとっては悲しく悔しいものであり、絶望を伴うものである。
 又、する側にとっては、事が終った後には後悔しか残らない。
 そして、する側には故意であってもなくても、相応の代償が返ってくるものである。

 それらのことを私は十分に分かっていたはずだった。



「お疲れ様。ごきげんよう、瞳子ちゃん」
「ごきげんよう」
 部活を終えた私は、部長に挨拶をしてから部室を後にした。
「お姉さま、もう帰られてるわよね」
 既に日が落ちて、暗くなっている空を見上げて独り呟いた。
 その時。

「あら、あれは…」
 視界の端、マリア像の少し先に二人組の生徒の姿があった。
 それだけなら珍しくも何ともなく、部活帰りの生徒だと思っただろうが、その生徒の片方が、私のお姉さまだった。
 遠目で暗くはあったけれど、お姉さまがそこにいるということが、不思議と私にははっきりと分かった。
「今日も早めに帰られていると思ったけど」
 あれがお姉さまなら、隣のおかっぱは乃梨子か。
「ふふっ」
 お姉さまの姿を確認した途端、私にいたずら心が生まれた。

「音を立てそうなものは…ないわね」
 自分の身の回りの物を確認する。
 いたずらとは言っても、音もなく忍び寄って驚かすというアレである。
 私がお姉さまに酷いことをするはずがない、などと自分を省みて訂正。
 妹である私がお姉さまに酷いことをするはずがない。

 目測でお姉さまの所まで、およそ二十歩。
 その距離を音を立てずに歩くのは造作もない。
 あとは偶然こちらを振り向くなどということがない限り気付くことはないだろう。
 そう考える内にあと十五歩。
 お姉さま達は立ち止まって何かを話している風で、こちらに気付いた様子はない。

 ひたひたひた。
 あと十歩。
 ひたひたひた。
 あと五歩。
 近づきながら驚かせるために静かに息を吸った、その時。

「瞳子にあれを見せる訳にはいきませんから」
 乃梨子がそう言ったのを確かに私の耳は捉えた。
 息と足が止まる。
「うん、そうだね。瞳子には内緒…ね」
 そう言ってお姉さまと乃梨子が微かに笑い合う。
 瞬間、自分の鼓動も止まった、気がした。

 お姉さまと乃梨子が私に隠し事?
 これが単なるクラスメイトや演劇部員などであれば気にはしない。
 目の前にいるのはお姉さまと親友なのだ。
 隠し事をしていて、二人で笑い合っている。
 刹那、不安と焦燥が入り混じった風が私の心を吹き抜けた。

 いいえ。
 いいえ、いいえ。
 片や、私の過去を知りながら受け止めてくれた人。
 片や、私の幸せを涙を流しながら喜んでくれた友。
 隠し事にしても何か理由があるに違いない。
 そう思い直して、心を落ち着かせると吸い込んでいた息を当初の目的通りに吐き出した。

「誰に何を内緒にするんですか?」

「ぎゃあうっ」
「わぁっ」
 二人ともリリアン生らしからぬ悲鳴。お姉さま、乃梨子…。
「…お姉さま、そのはしたない悲鳴はなんですか」
「あ、あははは。瞳子ごきげんよう、今帰りなの?」
「はい、お姉さま。ごきげんよう。生憎、私は機嫌良くはありませんけれど」
 さっき不安になったお返し、とばかりに自分が思っている中で一番怖い声色でそう返した。
 乃梨子の表情を見ると、よっぽど怒っている表情を自分はしているらしい。
 お姉さまと乃梨子の前である。演技なんか意味がない。
 というより出来ないのか、と考えていると。

「じゃあ、一緒に帰ろうか。瞳子」

 はい?
「な、なぜそんな発想になるんですか。お姉さま」
「乃梨子ちゃんと二人だけで帰ってたから拗ねたんだよね、瞳子は。じゃあ乃梨子ちゃん、私は瞳子と一緒に帰るから。ごきげんよう」
 そう言いながら、私の腕を抱えて引っ張っていくお姉さま。
「ご、ごきげんよう。祐巳さま、瞳子」
「お姉さまっ。あ、ごきげんよう乃梨子」
 我ながら乃梨子への挨拶を忘れなかったのは偉いと思う。
 こうして、数秒で私はお姉さまに連れ去られた。

「お、お姉さま。離して下さい」
 しばらく成すがままに腕を抱えられたまま一緒に歩いていたが、やはり我慢出来ずに抗議の声を上げた。
「えー、最近すぐに部活行っちゃうから、一緒の時間少ないじゃない。だから、ね」
「そ、それは…」
「素晴らしい舞台を見せたいってのは分かるけど。やっぱり一緒にいたいじゃない」
 お姉さまの笑顔に、私は二の句が継げず黙り込んだ、が。

「…やっぱり離して下さいっ」
「えー。瞳子って良い匂いだなーって」
「にお…。部活後で汗臭いだけですっ。お姉さま、親父入ってますっ」
「親父でいーもーん」
 涙を浮かべながら抗議しても、お姉さまは笑いながらいやいや、とばかりに抱きしめている腕を左右にぶらぶら、と振ってみせた。
 い、いや。お姉さま、そんなことしたら…。

「もうっ、胸が当たってますっ」
「女の子同士だし、いいじゃない」
 はう、あっさり却下されました。
 真っ赤になっているのが分かるくらい顔が熱い。

 この天国のような地獄の責苦はバスに乗るまで続きました。



「そ、それで…。お姉さま、さっきのことを説明して貰いたいのですけど」
 バスに乗った私は、やっとのことで自分を取り戻すとお姉さまにそう訊ねていた。
「うん、そうだね」
 お姉さまは真顔に戻ると、しばらく思案してから答えた。

「確かに、私と乃梨子ちゃんは瞳子に隠し事をしてる。でも、その隠し事が何なのかは瞳子には言えない」
「なぜですか」
「私が瞳子には知って欲しくないから。私のためってことになるから、瞳子に信じて、とは言えないけど」
「…分かりました」
「うん、ありがとう」
 もし、答えが『瞳子のため』だったなら、私のお姉さまへの疑いは晴れなかっただろう。
 そういう類の台詞は聞き飽きているし、なにより本当にそうだった試しがないから。
 お姉さまの目が、私にお姉さまの心の内を伝えてくれたようだった。

「あと一つだけ。私にそれを知る機会は来るのでしょうか」
「んー、出来れば知らないままの方がいい、とは思うけど。瞳子には知られちゃうんだろうなあ」
 そう言って苦笑いしたお姉さまの表情は、どこか寂しい感じがした。



 次の朝、教室に行ってみると乃梨子の姿はなく鞄だけがあった。
 薔薇の館かしら、と思っていると当の本人が戻ってきた。
 どうやら、廊下かどこかで話し込んでいたらしい。寒さのせいか鼻の頭と頬が少し赤くなっていた。
 ごきげんよう、とばかりに片手をあげて挨拶をすると、乃梨子も返してきたが、その笑顔はどこかぎこちなかった。
 昨日のことは気にしなくていいのに、と乃梨子の真面目さに苦笑いすると共に、その不器用さに親しみを覚えていた。



「え、今日来ないの?」
「はい。明日もですけど、演劇部の方で練習が詰まってますので」
 休み時間、私はお姉さまの教室に行って、そう伝えた。
 事実、昼休みも放課後も演劇部の方で練習はある。
 でも普段通りに部活があるだけで、放課後ずっと薔薇の館に来られない訳ではなかった。
 あと二、三日。私の勘はそう告げていた。
 二、三日はお姉さまの傍にはいない方がいい。
 そう思ってお姉さまの教室を訪れていた。

「んー、残念。瞳子の入れた紅茶が飲みたいのに」
「すみません。仕事も溜まっているのに」
「あー、うん。そっちの方は大丈夫だよ。今のところ、仕事少ないし」
「…はい」
 そう言いながらお姉さまの教室に視線を移す。
 どこのクラスもだけれど、ここ数日休んでいる生徒が多い。よく学級閉鎖や学校閉鎖にならないものだと思う。

「お姉さまのクラスも欠席多いんですね」
「…っ。そ、そうだね。瞳子の所もそうなの?」
「ええ、いつも以上に。可南子さんもお休みしています」
「…そっか。心配だね」
 お姉さま、動揺している?でもなぜ?

 キーンコーンカーンコーン

 それをお姉さまに確認する前に予鈴が鳴り響く。
「それじゃ、瞳子。またね」
「はい、お姉さま」
 かくして、疑問を胸に抱いたまま、私は教室に戻った。



「それじゃ、今日は早いけどここまで。お疲れ様」
「お疲れ様ー」
「お疲れー」
「お疲れ様でした」
 放課後の教室に声が響く。
 今日は練習がスムーズに行ったので、早めに終わりとなった。日もまだ暮れていない。

 演劇部も二人ほど休みの部員がいるけれど、練習が出来ない訳ではない。
 その二人も風邪で休んでいるとのことだった。
 昼間のお姉さまの様子を思い出しながら、帰り支度をする私の耳に他の部員の雑談が飛び込んできた。

「…いのびでおがね…」
「えー、それが原因ってこと?」
「声が大きいわよっ」
 いのびでおがね?
 変な単語に首を傾げながら、私は教室をあとにした。



「あ」
 習慣というものは怖いもので…と言うべきか。
 色々と考え事をしながら、気がつくと薔薇の館の前まで歩いて来ていた。
 しかし。
「あら?」
 明かりが点いていない。
 この時間、誰かいるなら仕事をしているにしろ、していないにしろ明かりは点いているはずである。
 それが点いていない。
 お姉さま達が帰るには少し早い時間に思えた。

「閉まってる…」
 と言うことは、お姉さま達は帰ったか、別の場所に二人ともいるということ。
 二人の性格を考えても、仕事を放っておくことはしないはずなのに。
 その日は、晴れない胸の内を抱えたまま家路についた。



「あ、瞳子。ごきげんようっ」
「…お姉さま。ごきげんよう」
 次の日の休み時間。ミルクホールに来ていた私に声をかけてきたのはお姉さまだった。
「奇遇だね。あ、それとも会いたいなーとか思ってくれてた?」
「…お姉さま、頭にもう春が来てますの?」
「えー、瞳子は私に会いたくないんだ…」
「ちっ、違います。誰もそんなこと言ってません。それにそんな小動物みたいな顔しないで下さいっ。私は、お昼用に飲み物を買いに来ただけです」
「瞳子に言われなくても、どうせ狸顔ですよー…よよよ」
「お、おねっ…あのっ…えっと…」
 お姉さまの反応に慌てながら、私はどこか安堵を覚えていた。

「どうしたの?さっきから黙ってるけど」
「あ、はい…」
 飲み物を買い終わり、一緒に廊下を歩いていたけれど、私は終始無言だった。
「ん?」
「あの、昨日…」
 放課後、どうなさっていたんですか?と続けようとして、一昨日のお姉さまのことを思い出す。
 一度お姉さまを信じると決めたのだから、と私は出かかっていた言葉を飲み込んだ。
「あ、いえ。山百合会の仕事のこと、お願いしますね」
「うん、大丈夫だよ。あ、そうだ。このキーホルダー、瞳子にあげるよ。さっき購買部のクジで当たったものなんだけど。瞳子に似合うかなあって」
 お姉さまはそう笑って、キーホルダーを手渡すと教室へと戻っていった。
「猫?」
 キーホルダーはピンクの子猫の可愛らしいデザインだった。



 自分では自覚していなくても、心の乱れというものは行動に影響するもので。
「瞳子さん、そこはそっちじゃないでしょう」
「はい、すみません」
「どうしたの?昨日はうまくいってたのに」
 さすがに自分でも一度うまく出来ていた場面を何度も失敗すると気が引ける。
 今日は早めに終えることとなった。

「さすがに今日はまだ帰っていないはず」
 昨日よりも更に早い時間なのだから。
 お姉さまの傍にいない方がいいと思いながらも足は薔薇の館に向かっていた。

「あら?」
 また明かりが消えている。
 おそらく扉の方も閉まっていることだろう。
 そう思って、踵を返した私の目に見知った姿が映っていた。

「お姉さま、乃梨子…」
 校舎の中を並んで歩いて行く二人の姿があった。
 二人とも荷物は持っていない。どこかに置いているのだろうか。
 遠目で表情は分からないが、二人とも俯き加減に歩いているようだった。

「あれは…」
 そして、とある部屋に吸い込まれるようにして入っていく二人。
 確か…あの部屋は視聴覚室。

「何を、しているの、ですか…」
 知らず知らずの内に低く呟く。その目にはその部屋に遅れて入っていく、もう一人の生徒の姿は見えていなかった。



 ツカツカツカツカ。
 人気がない廊下に一人分の足音が響く。
 日は傾き、薄闇が支配しようとしている時分だった。

 かしゃん。
 制服のポケットから何かが滑り落ちる。
 それは昼間にお姉さまから貰ったキーホルダーだった。
 そのキーホルダーに昼間のお姉さまの笑顔が重なる。

「…そうよね」
 キーホルダーを握りしめた私はそう呟いた。
 事実を確認する前に勝手に暴走しちゃいけない。
 そう思い直して、視聴覚室へと再び歩き出した。



 …カ…チャ。
 音を立てないようにして視聴覚室の扉を少しだけ開け、その中に体を滑り込ませる。
 中は薄暗く、お姉さまと乃梨子、それともう一人生徒がいるようだった。

 どうしよう、ここで声をかけるべきだろうか。
 そう逡巡している私の目にテレビの明かりが映った。
 猫…?
 テレビには可愛らしい白い子猫が映っている。
 その時の私の頭の中には、目の前のお姉さまと乃梨子のことは無かった。

 林の場面、道路の場面、木造校舎の場面と何の面白みもない映像が流れていく。
 不思議と目を離す気にはなれなかった。
 その時。

 かっしゃーん。

 赤い文面の映像が出た瞬間、思わずキーホルダーを落とし、その音で私は我に帰った。
「「え?」」
 振り返るお姉さまと乃梨子。
 その姿も今初めて目にしたような不思議な感覚だった。

 キーンコーンカーンコーン。

 響くチャイムの音。
「なん、で…」
 こちらを見るお姉さまと乃梨子の顔が青ざめて見えた。
 いや、事実青ざめているのだろう。そして私の顔も。

「お、お姉さま。これは、一体…」
 そう声を絞り出しながら、私はようやくそこで気付いた。

 お姉さまの信頼を裏切った、ということを。



 そして五日後を待たずに、私はその代償を知ることとなった。


【2734】 二条乃梨子の憂鬱藤堂3姉妹ながされて山百合会  (C.TOE 2008-08-23 00:20:48)


「・・・・・・」

乃梨子を見つめる物欲しそうな視線。

「おいで」

乃梨子はあきらめて腕を広げた。

ぽむっ

乃梨子の膝の上に座る小柄な少女。小学生のような外見と反応だが、これでも中等部二年生らしい。

「ごめんなさいね、乃梨子」

志摩子さんが謝る。

「ううん、いいよ。妹の扱いには慣れてるし」

乃梨子はそう言いながら膝の上に座った讃岐子(さきこ)ちゃんの頭を撫でる。
讃岐子ちゃんはくすぐったそうに身をよじった後、乃梨子にもたれかかる。

「ああー、いいなー、私も!」

そう言いながら乃梨子のところにやって来る、こちらは中身は子供っぽいが外見はまんま中等部の三年生。

「二人は無理だから。お姉ちゃんなんだからおとなしくそこの椅子に座りなさい」

「ぶー」

文句を言いながらも、素直に椅子に座る美作子(みさこ)ちゃん。

「えーと、乃梨子ちゃん、その子達は・・・?」

おそるおそるといった感じで祐巳さまが訊いてきた。
いきなり薔薇の館に中等部の生徒が二人来ていたら、誰だって疑問に思うだろう。
乃梨子が返答する前に、志摩子さんが答えた。

「ごめんなさい、私の妹なの」
「え?志摩子さんの?」

驚きの表情で見合う祐巳さま、由乃さま、瞳子。

「でも志摩子さんには乃梨子ちゃんていう立派な妹が・・・」
「お姉さま、妹(プティ・スール)ではなく、本当の妹という意味ですわ」

ナイスボケの祐巳さま&ナイスツッコミの瞳子。
いままでツッコミ役は乃梨子だったので、瞳子が祐巳さまの妹になってくれて助かるよ、いろんな意味で。

「ふーん、志摩子さんの、ねぇ?」

由乃さまが何か言いたげに聞き返してくる。

「ええ、私の妹達よ」

志摩子さんは断言した。

断言したが、乃梨子は一応聞いていた。
正確には志摩子さんの妹ではなく叔母である。
つまり、和尚の娘。
あの和尚ナニを!?!?・・・と乃梨子は思ったが、事情はそう単純ではないらしい。
さすがに部外者の乃梨子には情報はこれだけだった。
この二人が本当に姉妹なのかもわからない。美作子ちゃんと讃岐子ちゃん、姉妹にしては似てないし。
しかし志摩子さんが妹だと言うなら、乃梨子にとっても妹である。

「まあ、それはいいわ・・・
乃梨子ちゃんにもずいぶん懐いているわね。
そんなに志摩子さんのところに遊びに行ってるの?」

由乃さまは事情を察したようで、それ以上の追求はしなかった。

「ええ、まあ、時々」

志摩子さんは一人っ子状態なので妹の扱い方を知らないから、妹の扱い方を心得ている乃梨子に懐いただけである。これは別に志摩子さんが悪いわけではない。
上の美作子ちゃんは相手に反応して欲しいらしいのだが、おっとりした性格の志摩子さんにそんなリアクションを求めるのは無理である。
下の讃岐子ちゃんはただ甘えたいだけのようなのだが、最初に志摩子さん(あらかじめ中等部二年生と知っていた)が「行儀が悪い」とやってしまったため、乃梨子(外見から小学生と思っていたので膝の上に座るのを許した)に懐いたのである。

形こそ違うが、この二人は相手との絆を求めていた。それだけは間違いない。

「そうだ、今日はこれを持ってきたんだったわ」

志摩子さんが鞄から箱を取り出した。

「わーい、おやつ、おやつ」
「こら美作子ちゃん、騒がないの」
「はーい、乃梨子お姉ちゃん」

手を挙げて応える美作子ちゃん。まったく、わかってるんだかわかっていないんだか。
ちなみに二人とも「志摩子お姉ちゃん」「乃梨子お姉ちゃん」と呼ぶ。

「ほら讃岐子、あーん」

ぱくっ

まるで親鳥が雛に餌を与えるように、美作子ちゃんが讃岐子ちゃんに志摩子さんが持ってきたおやつを食べさせた。

乃梨子が最初感心したのは、美作子ちゃんは必ず讃岐子ちゃんに食べさせてから自分も食べるということである。
乃梨子には、この二人が本当の姉妹か否かはどうでもよかった。
この二人は今まで共に生きてきたのだけは確かだ。
ただ、美作子ちゃんの過保護っぷりはそろそろ治さないと、讃岐子ちゃんが甘えん坊のままになってしまうだろう。

「あ、讃岐子ちゃん、付いてるわよ」

ほっぺにも食べさせようとしている讃岐子ちゃんに乃梨子は注意した。
讃岐子ちゃんは乃梨子を見る。見るだけで自分で取ろうとしない。

「讃岐子ちゃん、そろそろそれくらい自分でできるようにならないと」

乃梨子が注意すると、讃岐子ちゃんはごそごそとポケットからハンカチを取り出すと頬を拭き拭きした。

「よくできたわね」

褒めながら讃岐子の頭を撫でてやる乃梨子。嬉しそうに目を細める讃岐子ちゃん。
こういう事は普段からの積み重ねが肝要だ。

「あー、私も!」

そう言うと何も付いてない頬をハンカチで擦り頭を差し出す美作子ちゃん。

「あんたは付いてなかったでしょ?」
「まあまあ、乃梨子。
よくできたわね、美作子ちゃん」

そう言って頭を撫でてあげる志摩子さん。素直に喜ぶ美作子ちゃん。
これわかっててやってるんだよね・・・

「乃梨子ちゃん、本当に扱い慣れてるって感じだね」

祐巳さまが感心したように言う。

「そういえば、この中で本当に妹がいるのは乃梨子ちゃんだけ?」

由乃さまが確認する。

「令さまがいらしてませんから、そうなりますわね」

瞳子が答える。

「令ちゃんと私はいとこであって本当の姉妹じゃないけど。
祐巳さんには弟さんがいたわよね」
「うん、でも乃梨子ちゃんの様子見てると、弟と妹はぜんぜん違うと思う。いろんな意味で」

「ねえ乃梨子」
「なに志摩子さん」
「乃梨子さえよければの話だけど・・・」
「ん?」
「またうちに遊びに来てくれないかしら」

他人の手前、志摩子さんは目的等を全て省いたが、乃梨子にはその意味は理解できた。
志摩子さんもこの二人ともっと仲良くなりたいのだが、どうしたらいいのかわからない状態なんだ。
まあ、高校生になっていきなり中学生、それもわけあり二人が妹ですと言われても、困るだけだよね。

「もちろんいいよ」

乃梨子は志摩子さんの家に行く大義名分を得た。もはや和尚にも遠慮することはない。

「まぁ、こういうのは慣れだからね」

乃梨子はさりげなく付け加えて、志摩子さんが本当に言いたいことが乃梨子にきちんと伝わっているということを伝えておいた。

「ありがとう、乃梨子」

志摩子さんの笑顔。乃梨子には天使よりもありがたい存在だ。

「・・・・・・」

乃梨子を見つめる視線が二組。美作子ちゃんと讃岐子ちゃんだ。

「どうしたの?」

山百合会メンバーで会話していたので、放置して機嫌を損ねたのだろうかと思ったが・・・

「・・・・・・」
「・・・?どうしたの、美作子ちゃん。言いたいことがあるなら、はっきり言っていいのよ?」
「・・・・・・」

美作子ちゃんが何か言いたげだった。
言いたいことははっきり言う美作子ちゃん。
しかし志摩子さんと乃梨子を交互に見るだけで、しかし決して口を開こうとはしなかった。

「美作子ちゃん・・・?」
「・・・怒らない?」

そう言いながら志摩子さんを見た。志摩子さんが怒ることはめったにないと思うが・・・
乃梨子は志摩子さんに視線を送ると、頷いた。
乃梨子はそれを確認してから、美作子ちゃんに優しく話しかけた。

「美作子ちゃん、言いたいことがあるなら言って良いんだよ?
志摩子さん、怒ったりしないから」
「ほんとに?」
「大丈夫だから」

美作子ちゃんが讃岐子ちゃんを見てから、おもむろに口を開いた。

「志摩子お姉ちゃん、乃梨子って呼んでる」
「・・・(こくっ)」
「え?」

美作子ちゃん(&讃岐子ちゃんのうなずき)の意味が、乃梨子だけでなく誰にもわからなかった。

「志摩子お姉ちゃん、乃梨子お姉ちゃんだけ乃梨子って呼んでる」

しばらく言ってる意味がわからなかったが、ようやくわかった。
志摩子さんの呼び方が一人だけ違うのは乃梨子が特別な存在だからであり、部外者であるはずの乃梨子の方が重要な存在である、と二人は思ったようだ。
志摩子さんは乃梨子と仲が良く、自分達の相手はたまに遊びに来る乃梨子の方がメインである。
つまり、二人は志摩子さんに心の壁を感じていたと。

今までどんな人生を歩んできたのかはわからないが、両親と妹に囲まれて平和な人生(除く高校受験)を送ってきた乃梨子には、想像もつかないような経験をしてきたのかもしれない。そんな二人だからこそ、些細な事(この場合は志摩子さんの呼び方)にも過剰反応するのかもしれない。

「志摩子さん・・・」

乃梨子が視線をおくると、志摩子さんも理解していた。
そういう意味では志摩子さんもまったくの無関係というわけではないから。
志摩子さんはおもむろに立ち上がると、二人のほうを向いて話し始めた。

「美作子ちゃん、讃岐子ちゃん、ごめんなさいね、今まで気づかなくて。
また知らないうちに壁をつくってしまったようね・・・
でも決して二人のことが嫌いだからではなく、しかしどうしたら二人ともっと仲良くなれるかわからなかっただけ。
たしかに私にとって乃梨子は大切な存在だけど、二人もとても大切な存在よ。
だから、言いたいことがあったら遠慮なく言って。
私も改めるから」

うながされた美作子ちゃんは讃岐子ちゃんを見た後、言った。

「名前を、呼んで」

志摩子さんは頷くと、腕を広げておもむろに言った。

「おいで、
美作子、
讃岐子」

志摩子さんに抱きつく美作子ちゃんと讃岐子ちゃん。

聖母マリアと迷える子羊。

心の壁がひとつ消えた。


ふと、二人が乃梨子の方を見る。

「え?なに?」

二人が手招きをする。

「え?私も?」
「うん、だって乃梨子お姉ちゃんも同じでしょ?」
「・・・(こくっ)」

たしかに志摩子さんに呼び捨てにされるという意味では同じだ。
それに、志摩子さんの妹だし。

乃梨子も輪に加わった。







「そうだ」

美作子ちゃんが唐突に口を開いた。

「志摩子お姉ちゃんは乃梨子お姉ちゃんの喜ぶ顔が一番なんだよね」
「・・・(こくっ)」

いきなり何を言い出すんだ?

「じゃあ、乃梨子お姉ちゃんを喜ばせれば、志摩子お姉ちゃんも喜ぶんだよね」
「・・・(こくっ)」

あのー、美作子ちゃん、なぜ本人にではなく讃岐子ちゃんに確認するですか。
讃岐子ちゃんが人の心にとても敏感だと知ったのは後のことだった。

「乃梨子お姉ちゃん、志摩子お姉ちゃんは白だよ」

しろ?
城?白?何が白なんだ?

「あれ?乃梨子お姉ちゃん喜ばないや」
「・・・(こくっ)」
「志摩子お姉ちゃん、向こうを向いて」
「え?ええ、いいわよ」

乃梨子が白の意味に気づいた時は手遅れだった。

「こら!待て・・・!!!」
「そーれっ!」

やりやがったこのガキ!?
たしかに志摩子さんは白だった。







志摩子さんと二人は仲良くなった。
それこそ、乃梨子が遊びに行く必要が無いくらい。

志摩子さんは、あの程度で二人と仲良く成れたのなら、と思っているようで特に何も言わない。

山百合会のメンバーは、あの二人がゆくゆく白薔薇家になるのが決定事項だと思っているようで、「乃梨子(ちゃん)があれで喜ぶというのなら仕方ないけど、でもその時は・・・」と思いっきり釘を刺されてしまった。

乃梨子は一人悩むこととなった。
後にも先にも薔薇の館内でスカートめくりなんぞしたのはあのガキだけだろう。
しかし迎え入れなければ志摩子さんとの間にヒビを入れかねない。
それに拝ませてもらった恩人でもある。
しかし本当に迎え入れなければならないのか・・・?
そこまでする義理があるのか?

私の志摩子さんの白を祐巳さま、由乃さま、瞳子にまで見せる必要は無かったのだから。


【2735】 大激怒  (通行人A 2008-08-23 00:29:29)


マリア様のなく頃に
〜時始め編〜


ひぐらしのなく頃にのクロスシリーズです。


第1部【No:2477】→【No:2479】→【No:2481】→【No:2482】→【No:2484】
  →【No:2487】→【No:2488】→【No:2490】→【No:2492】→【No:2499】
  →【No:2503】→【No:2505】→【No:2506】→【No:2507】


第2部【No:2527】→【No:2544】→【No:2578】→【No:2578】→【No:2587】
  →【No:2643】→【No:2648】


第3部【No:2656】→【No:2670】の続編です。


企画SS
 【No:2598】


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〜狂始め編〜完結


【No:2670】→【No:2698】→【No:2711】→【No:2713】→【No:2714】


エピローグ【No:2715】


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〜償始め編〜連載中


第1部【No:2715】→【No:2720】


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第3部   秋


第1章   花寺学院学園祭





第3話   解決





私はパンダの頭を投げつけた。
男はいきなりの事に、驚いて隙を見せた。
私は男の鉈を持っている手に両手でしがみついて、
鉈を奪った。
男と女で力の差はあるが、相手は怯んでいて、
片手で持っていたので、割と簡単に奪い取れた。
私が鉈を奪い取ると、
男は遠巻きに周囲で見ていた花寺の生徒達によって、
取り押さえられた。



私は鉈を置き、乃梨子ちゃんに駆け寄って、

祐巳「乃梨子ちゃん大丈夫だった?
   怪我は無い?」

私がそう言うと、
恐怖心が後から来たのか、
もしくは緊張が解けたからかは分からないけれど
乃梨子ちゃんの目から涙がポロポロ零れ落ちた。

乃梨子「祐巳さま!・・・祐巳さま!・・・」

乃梨子ちゃんはそう言いながら、私に抱きついてきた。
私は、泣き続ける乃梨子ちゃんの背中を撫でてあげた。


それから、数分後、
祐麒が先生達を、梨花が警察の人たちを連れてきた。


こうして、花寺学院学園祭は後味悪く、中止となった。
私と乃梨子ちゃんは事件の当事者として警察で事情聴取をうけた。


また、当然のごとくこの事件は新聞及びリリアンかわら版に載り、
隠していたのだが今回の事件をお姉さまが知って大激怒、
花寺のリリアン女学園学園祭の手伝いは中止にとの噂も流れたが、
私と乃梨子ちゃんで説得?して無事行われることとなった。
そしてなぜか事件以来乃梨子ちゃんが私に懐くようになった。


事件から2週間たち例年より少し遅れた体育祭が行われた。
私やお姉さま、由乃さんの居る緑チームと
梨花や乃梨子ちゃん、瞳子ちゃんの居る赤チームがしれつな最下位争いをした。
どこかの世界のように賭けをしなかったからか、
それとも田舎育ちで身体能力の高い梨花が居たからなのか
結果緑チームが最下位となった。



【2736】 自分との戦い祈りを込めて  (MK 2008-08-24 22:08:10)


作者より:メインタイトル『もこもこしてたりする柔らかくてびっくりわっか的ビデオ』
       【No:2709】→【No:2712】→【No:2716】→【No:2721】→【No:2733】の続きです。ホラー…かも知れません。



「…見たの?」
「え?」
「ビデオを…見たの?」
 しばらくの沈黙の後、祐巳さまが絞り出すように瞳子に尋ねていた。

「瞳子…なん、で…ここに」
「お、お姉さま…」
「瞳子…見たのねっ?ビデオ見たのね?なんで、瞳子っ」
「お、おね、えさ、ま」
 祐巳さまが瞳子の両肩を掴んで、がくがくと揺すった。そのせいで瞳子は満足に答えを返せないでいた。
 あんなに穏やかな祐巳さまが、今は別人のように取り乱していた。
 我に返った私が、祐巳さまを止めようと声をかける前に後ろから声がした。

「だめよ、祐巳さん」
 いつの間にか起きていた桂さまが、少し眠そうに目を擦りながら、そこに立っていた。
「…桂さん」
「そんなにしたら瞳子ちゃんが可哀そうよ、祐巳さん。さっき取り乱してた私が言うことじゃないけどね」
 そう言って、桂さまは少し苦笑いしてみせた。
「お姉さまだったら、妹の気持ちも分かってあげないと。瞳子ちゃんには、ビデオのこと知られたくなくて秘密にしてたんでしょ?」
「うん」
「祐巳さんが秘密でなにやってるか気になって、追いかけてきたんでしょ?瞳子ちゃんは」
「はい」
「もう見ちゃったものはしょうがないんだし、妹とは仲良くしないと、ね」
 そう言って、さっきの泣き顔が嘘のように、桂さまはにっこりと笑った。

「…すごいね、桂さん」
 しばらく呆けていた祐巳さまが、そう感心してみせた。
 それには私も瞳子も同意見で、同じように頷いた。
「まあ、妹歴も姉歴も長いからね。私にも似たようなことあったし」
 それだけ言うと、桂さまは照れてしまい、後ろを向いてビデオの片づけを始めた。

 テニス部などの運動部は入部と同時に姉妹になることが多い。
 そのために、桂さまはここにいる誰よりも妹歴も長ければ、姉歴も長いことということになる。
 姉妹の機微ということに関しては、一番長けているのだろう。
「手伝いますよ、桂さま」
 私だけでは、祐巳さまを説得することは出来なかったかも知れない。
 私は感謝の意をこめて、手伝いを申し出た。



「…それで、明日と明後日なんですけど」
 帰り道、私は祐巳さまに今後のことを相談していた。
「うん、土日だよね。学校で続きする?」
 祐巳さまは傍らの瞳子のことを気にしながら、そう答えた。
 祐巳さまは、他の生徒にまた見られるんじゃないかと気にしている風に見えた。
「それなんですけど、明後日は薫子さんが旅行で居ないので、うちに来ませんか?」
「あ、いいの?」
「はい。薫子さんも元リリアンなので、許可はしてくれると思います」
「そう。それならお邪魔しようかな。ね、瞳子」
「はい」
 祐巳さまと瞳子の間に暖かな空気が流れる。
 うん、さっきよりは大分ましになった感じ。やっぱり相性がいいってことなんだろう。

「日曜はそれでいいとして。土曜はなにかあるの?乃梨子ちゃん」
「あ、午後はですね…」
 そう言って、一昨日の夜、志摩子さんと約束したことを話した。

「…という訳で、志摩子さんの家を訪ねるんですけど…いいですか?」
「…ふぇ?いいですか…って?」
 少しばかり考え事をしていたのか、祐巳さまはびっくりして私の方を見た。
「あ、ですから、明日の午後は一緒にビデオを見ることが出来ないので」
「あ、あー。そんな律儀に確認しなくても。大丈夫だよ、姉妹の語らいを邪魔したりしないってば」
「え、えーと…」
 そういうことじゃなくてですね…と続けようとしていた私を、瞳子が制した。

「乃梨子」
「…瞳子」
「大丈夫よ、乃梨子。数日間、お姉さまに会えないことがどんなに苦痛か、私にも分かる。久し振りに会うんだから、ゆっくり白薔薇さまに甘えてらっしゃいな」
 …と満面の優しい笑顔で私に答えた。

 ブリュータス…もとい、瞳子、お前もか。
 最近、似た者姉妹になってない?それとも元から?
 それとも、私がよっぽど寂しそうに見えたんだろうか。
 そんなことを考えていると…。
「それで明日なんだけどね」
 祐巳さまが考えをまとめたようで、私の言いたいことなど忘れ去ったまま、明日の予定について話し始めた。

「由乃さまの家に?」
「そう。本当はお見舞いだけ行こうかな、とか思ってたんだけどね」
「と言うことは、もう連絡してあるんですか?」
「うん。こんなことになっちゃったから、瞳子連れて行こうかなと…まあ由乃さんが承諾してくれたら、の話だけど」
 私がお姉さまのことが心配で、そして手がかりが得られればと会いに行こうとしていたのと同様に、祐巳さまも由乃さまに会う約束をしていたということだった。

「あ、良ければ、桂さんも来ない?」
「あ、え?」
 祐巳さまが隣の桂さまに声をかけると、桂さまも考え事をしていたようで、話を把握していない様子だった。
「明日、由乃さんの家に行って、明後日は乃梨子ちゃんの家に行こうって話なんだけど」
「あ、ああ。ごめんね、祐巳さん。それなんだけど…」
 桂さまは、しばらく逡巡していたけれど、決心した様子で話しだした。

「…だから週末は妹と一緒にいようと思うの」
「それじゃ、桂さん。呪いのことは…」
「うん、いい。瞳子ちゃん見てたら、妹のこと、私も考えてなかったなあって」
 瞳子の方を見ながら、暖かな笑顔を見せる桂さま。自分の妹のことを思い浮かべているようだった。
 瞳子は照れた風に、でも笑顔で桂さまに応えていた。

 こうして、週末の予定は決まり、私たちはそれぞれの家路を帰って行った。



 明くる日の午後、私は薔薇の館での少しばかりの仕事を終わらせると、その足で小寓寺を訪れていた。

「やあ、乃梨子さん。お久しぶりですな。よくお越しなさった」
 私を迎えたのは志摩子さんのお父さんだった。
「お久しぶりです…あ」
 お辞儀をして、小父さまもお変わりなく、そう続けようとした私の目が住職の頭のところで止まった。
 そこには大きなガーゼが貼られており、何かの傷を治療した跡に見えた。
「あ、これかい?先日、外の木の手入れをしていたら、うっかり枝で切ってしまいましてな。はっはっは」
「あ、そうですか。お大事にして下さい」
 一瞬、不吉な想像をしてしまったが、ほっとして、私はそう返した。
「ありがとう。志摩子は部屋にいるから、会ってやって下さい」
「はい」
 そう言われて、部屋の前まで来たところ、中から志摩子さんの声が飛んできた。

「…乃梨子なの?」
「うん、志摩子さん」
 声が少し強張っているように思えた私は、部屋の前で立ち止まった。

「開けて、いい?」
「乃梨子…少しだけ待って」
「…うん」
 この障子の向こうに志摩子さんがいる。
 もうすぐ会えると逸っていた心を抑えて、私はうなずいた。

「…いいわ、開けても。驚くと思うから、先に言っておくわ。ごめんなさい」
「そんな…志摩子さん」
 しばらくして、向こうから志摩子さんの声が返ってきた。
 いつもの志摩子さんだ、と軽く笑って私は部屋に入った。

 いや、入ろうとした。
 その足が思わず部屋の入口で止まった。

「ごめんなさいね、乃梨子。こんな格好で」
 そう微笑む志摩子さんに、私は声を出せずにいた。

「…し、志摩子さん、そ、その姿は…」
 やっとのことで絞り出した言葉がそれだった。
 こんな格好。志摩子さんはそう言った。
 それもそのはず、以前は和服を着て私を迎えてくれた志摩子さんが、毛布をかぶって少しだけ覗く顔でこちらを窺っているのだから。
 いや、問題はそこではなかった。
 私が文字通り『思わず』立ち止まり、志摩子さんの出迎えの言葉に答えられずにいた訳は別にあった。

「ごめんなさいね、乃梨子。会うのは決めていたことだけれど、直前になって…」
 一旦言葉を切る志摩子さん。
「…この姿を見せるのが怖くなってしまって」
 私には少し震えたように見えた。
「…志摩子さん」
 愛しい人の名を辛うじて絞り出す。

 この姿。志摩子さんはそう言った。
 毛布をかぶっているけれど、以前より少し大きい体で。
 声は以前と同じだけれど、毛布の陰から見える口には少し伸びた犬歯が覗いていて。
 顔は少し隠れているけれど、その目は暗がりで光っていて。
 毛布を持つ手は震えていたけれど、以前より大きく、長い獣毛が生え揃い、その間から鋭い爪が覗いていて。
 毛布の後ろを隠すように座っていたけれど、少しだけ覗いた隙間からは獣の尻尾が見えていて。

 でも。

 でも、志摩子さんだった。

「志摩子さん」
 もう一度。今度は絞り出すのではなく、その名を噛みしめながら。
 そうして、止まっていた足に力を込めて一歩踏み出した。

「だめ、乃梨子」
 聞こえる拒絶の言葉。
 再び止まる足。

「…どうして、志摩子さん」
「だめ、なの」
 問いかける私に、今度は志摩子さんの絞り出したような声が答える。

「この姿になってから、抑えられないの。乃梨子と会うと決めた時から、抑えようとしてきたけれど…乃梨子なら大丈夫だと思っていたけれど…だめ、なの」
「何が?」
 少しだけ焦燥感を覚えながら、問いかける。
「父の頭を見たでしょう。あれは私がやったことなのよ」

 本能とでも言うのだろうか。
 私の足を止めたもの、そして志摩子さんが抑えているもの。
 人間にも自分の気持ちに関係なく、体を支配する大元の感情のようなものが少なからず残っている。
 人間では殆ど消えてしまっているけれど、恐怖で足がすくむなどは一つの例だろう。
 いわゆる獣では、狩猟本能が一つの例として挙げられる。

 私は無意識の恐怖で、志摩子さんは衝動で。
 動きを止められていた。
 それでも。

「それでも」
 私は言った。

「怖いの。乃梨子を傷つけてしまうのが、怖いの」
 志摩子さんは体を震わせて言った。

「それでも」
 私は繰り返した。

「怖いの。心の奥底から湧き上がって来る感情が。抑えられそうもない感情が」
 志摩子さんは尚も震えて繰り返した。

 それでも。
「それでも、私は二条乃梨子だから。そして志摩子さんは、志摩子さんだから」
 俯いた顔を上げる志摩子さん。まだ震えながら。
「志摩子さんの隣にいない私は、二条乃梨子じゃないよ」
 そう笑って、志摩子さんを毛布ごと抱きしめた。

 震えは、止まった。

 私は貴女の一部で、貴女は私の一部。
 どちらが欠けても、今の自分はありえない。
 今はまだ手の届く場所にいるのだから。
 その間だけでも、どうか隣に。

 日は傾き、部屋は薄暗くなろうとしていた。



 あと一日。


【2737】 情け無用の本気モード誰も彼も  (若杉奈留美 2008-08-25 09:32:32)


「激闘!マナーの鉄娘」シリーズ。


(第3戦・レジスタンス登場!)

決戦の場は、ホテルを出てとある住宅街の一角に移された。

「第3戦は紅薔薇チームの戦いです。
今回は前2戦とルールが変わりまして、旧世代・次世代から代表1人、アシスタント1人を出して戦います。
舞台はこの2軒のお宅。
選手は1日主婦となり、このお宅の主婦の代わりに家事を全部引き受けます。
試合終了後に奥様方にジャッジしていただいて、合格となった方が勝ちです。
なお、奥様方への質問は2つまでとします」

才色兼備と完璧さをあわせもつ旧世代チームの代表は、蓉子と瞳子。
「家事といえばこの2人」な次世代チームの代表、ちあきと美咲。

「それでは用意、スタート!」


太鼓の音がドンとなり、選び抜かれた精鋭たちは家という名の戦場に入っていった。



まず1軒目の家に入ったちあきと美咲。
一見きれいに見えるこの家だが…。

「ねえ、美咲ちゃん…」

その声の様子に不穏なものを感じ取った美咲は、思わず体を硬くした。

「なんでしょう、ちあきさま」

できる限り穏やかに答えたつもりだが、声の震えは否定できない。

「ここから先、私たちが戦うのはゴミだけじゃないわ」

どういうことなのか。
にわかに心拍数があがる。
息苦しい。
必死に記憶をたどる。
やがてたどりついたその記憶は、美咲にとってあまりにも苦かった。

夏休みが始まる前のこと。

「ごきげんよう」

珍しく早い時間に教室に着くと、それまでひそひそ話をしていた2人の生徒が、
突然話をやめたのだ。

(私や山百合会に何か関係のあることなのかしら)

そう思いながら続く授業を受けたが、昼休みに智子にそれを話すと。

「ああ…最近アンチ・ユーゲント派が出てきたんだよ。そいつらもメンバーじゃないかな」
「そうそう、『レジスタンス・ローズ』って名乗ってね。今のところ6戦全敗」
「ユーゲント相手じゃ勝てないよ。あの人たちも馬鹿だよね」
「ちあきさまのためなら命だって惜しくない連中に、勝ち目があるとは思えない」

智子と純子が口々に教えてくれた。

「じゃあもし、レジスタンスの矛先が私たちに向かったら…」
「…私たち無防備だからねえ」

そんな会話をほんの4日前くらいにかわしたはずだ。
まさか、ここは…

「レジスタンスメンバーの家よ」

あまりにも残酷な形で、予想は当たってしまった。
目の前にいるのは、カラシニコフの銃口をこちらに向けた3人。
なんで一介の女子高生が、旧ソ連の軍用銃など持っているのかは分からないが、
自分たちに殺意が向けられているのは痛いほど分かった。

「ちあきユーゲント、そして山百合会の解散を要求する!」
「初対面の人には自分から名前を名乗るのがマナーでしょう」

冷静に答えるちあきに、3人は語気を強めた。

「何がマナーだ。おまえはただの独裁者だ」
「そうだ、そうだ!独裁者に死を!」
「独裁者に死を!」

口々に叫びながら、ちあきたちに銃弾の雨を浴びせる3人。

(私たち、ここでおしまいかしら…)

丸腰の世話薔薇総統とその後継者は、人生の終わりを覚悟した。


そのころ、蓉子と瞳子は。

「反山百合会勢力、ですって…!?」

次世代からもたらされた情報に、全員青ざめた。

「聖、腕っ節はどうかしら」

蓉子のその問いは、強行突入が前提だった。
それを察した祥子が叫ぶ。

「お姉さま、それは無謀です!」
「交渉じゃ時間がかかりすぎるわ。あいつらは話が通じないから」

妹の叫びを蓉子は一蹴した。
あとを受けて聖が肩をすくめながら答えた。

「まあまあだけど…助っ人を2、3人ちょうだい」
「じゃあ、私が」

まず令が立候補した。
普段のヘタレぶりからは想像もつかないが、実はかなりの強さである。

「私も参ります」
「菜々」
「微力ながらお姉さま方とともに戦います」

剣道部エースの目線は力強かった。

「おもしれぇ」

涼子が腕まくりしている。

「俺のストレスも解消できるし、ちあきさまや美咲の役にも立てるし一石二鳥だ」

みんなのテンションが上がったその時だった。

「あっ、携帯ブルってる」

江利子が携帯をとると、顔色が変わった。

「たてこもり、ですって…!?」

それは、ちあきと美咲がレジスタンス派の人質になっているという意味だった。
眉間に深いしわを寄せながら、聖はそれでも冷静に指示を出した。

「令と菜々ちゃんは犯人と交渉して。必要なら竹刀使ってもいい。
涼子ちゃんと私がすきを見て突入するから」
「オッケー」

カラシニコフをちあきと美咲の頭に突きつけ、体に何か大きなものを巻いている反山百合会勢力。
要求が認められなければ自爆するつもりなのだろうか。
もしそうだとしたら、なんと卑怯なやり方だろう。
もはや家事どころではない山百合会。
いつの間にか巣食っていた反対勢力を見過ごしてきたことを、
全員心の底から後悔していた。
100年以上もの間、綿々と続いてきた薔薇の歴史。
それをこんな形で終わらせることなどできない。

「お前たち、何が望みだ!」
「山百合会の解散以外に望みはない」
「そんな要求のめると思ってるの!?」
「のまなければこいつらの命はない」

もう2時間以上もちあきたちは拘束され続けている。
これ以上長引けば間違いなく命が危ない。

「…分かった。解散しよう」

ちあきたちを守るための、苦渋の決断が下された。
これには山百合会はもちろん、レジスタンスまでもが驚いて動けない。
すでに卒業したとはいえ旧世代のお姉さまとして今でも君臨する者が自分の組織を見捨てるなどと、誰が考えるだろうか。
敵も長期戦を覚悟で臨んでいるのに、これほどあっさり要求が認められては次の一手も出しにくい。
それを見越しての令の発言だった。

「令さま。あなたご自分で何をおっしゃったか分かっているんですか!?」

詰め寄る菜々の手を振り払い、裏で控える聖と涼子に合図を送った。

(今だ!)

「うおおー!」

涼子と聖が叫びながら突入し、レジスタンスメンバーと死闘を繰り広げる。
先ほどまで交渉していた令たちもあとを追った。

「ちあきちゃんたちは逃げて!こいつらは私がやるから」

攻撃してくるレジスタンスの間を必死にかいくぐりながら、ようやく逃げてきた世話薔薇総統。
その姿を真っ先に認めて駆け寄ってきたのは智子だった。

「美咲!お姉さま!」
「智子!」
「お姉さま!」
「ほんとに、無事で…!」

智子はとうとう泣き出した。
その間にもレジスタンスと山百合SWAT部隊の戦いは続き、とうとう警察が呼ばれた。
レジスタンスは一網打尽に逮捕され、山百合も事情聴取を受けた。

「やれやれ…大変だったね」
「でもレジスタンスは壊滅したし、よかったんじゃないですか」
「よくないわよ。試合はどうなるの?」
「後日改めて、だってさ」


【2738】 血迷っちゃった世知辛い世の中  (さおだけ 2008-08-30 00:08:12)


お、お待たせしてすみません!というか申し訳ありません!
書いてはいるのですが、リアルで忙しかったり話しがずれたりしていて……。
待ってくださっている方にはほんとすみません!
おわびに血迷った別作品も載せようかな…あはは、は、は……(笑えない!
あと……ほんとに聖×蓉子が書けません…!蓉子がいつデレるのか分からないんです!(末期
あああああ、ほんとごめんなさい。


祐巳の章  【No:2692】(再会編) 【No:2694】(過去編)
蓉子の章  【No:2687】(始り編) 
祥子の章  【No:2680】(再会編) 【No:2684】(過去編)
乃梨子の章 【No:2672】(始り編) 【No:2697】(現世編)
志摩子の章 【】(再会編)
由乃の章  【No:2696】(前世編)
瞳子の章  【No:2702】(始り編)
可南子の章 【】

本編 【No:2663】→【No:2664】→【No:2665】→【No:2666】→【No:2668】→【No:2669】→【No:2673】
    →【No:2674】→【No:2675】→(【No:2676】)→【No:2679】→【No:2682】→【No:2683】→
    【No:2686】→【No:2695】→【No:2701】→【No:2704】→【No:2707】→【ここ】




  ■■ SIDE 祐巳




私は、どことなく心地よい気分のまま、またどこかを彷徨っていた。
自分という定義すらあやふやな今の私に、何かを考えるだなんて事は出来ない。
それは、【私】が分からないから。
私がどういう奴で、私はどういった人生を歩んできたのか、思い出せない。
思い出そうとすら思わないのはきっと、【今】という現状に甘んじているから。
この世という縛りから解き放たれたような開放感、我慢しないですむ気楽な気分。

私は、【なに】だっただろうか。

人か鳥か、はたまたとこかで虫でもしていたのか。
どんな生き方だったのかなんて関係ない。今が、私は気にいっているから。

でも、ちいさな虚無感。

私の中で【私】を構成していた何かが無い。そんな、違和感。




            「起きてください」




  ■■ SIDE 瞳子



隣の乃梨子さんがとてつもなく無能、というか使えないので、困っていた。
悪魔である【今の私】には夢魔というものを【害】として認識しずらい。
私達がいた空間には常に溢れていたし、そもそも悪魔と親しい感情だし。
だから【悪魔】は輪廻が壊れそうだというのに黙認しているのだ。
【悪魔】の大抵は世界が嫌いか、また怖がっているから。
精神病棟みたいなものだと思ってくれれば丁度いいのかもしれない。

「さて、どうしましょうか」

「頑張れドリル」

「口を塞がないと風穴があきますわよ」

とても他人事……を言っているが、乃梨子さんは夢魔から目を反らさない。
何かを考えているのだろうか。それならありがたいのだが。

「………ねぇドリル、」

「キュィィィィィン……!」

「え!?なんかの機動音が聞こえる!?」

「ただの擬音ですわ」

ふざけて擬音を口にしただけなのに、乃梨子さんは私の髪を凝視した。
………なんだか色々複雑である。この市松人形。

「へぇ……瞳子さ、これなら声優とかもいけるんじゃない?」

「当然ですわ。私に不可能という文字は似合いませんもの。それより…」

なんですの?
私は乃梨子さんが見ていた方を見やる。
しかし【私】には巨大な夢魔が堕ちてきているようにしか見えない。
普通(?)に戻った乃梨子さんが、苦々しそうにとある部分を指す。
でもやっぱり、【私】には見えない。

「【瞳子】には分かんないかな?……あれ、なんか弱っちくなってるんだけど」

「はぁ?」

なにを言ってるんですの、この市松人形は……。
大体夢魔に弱いとか強いとかってあるんですの?意味分かりませんわよ。
乃梨子さんは困ったように私を見る。

「そんで……なんか祐巳お姉さまの気配がするんだよね……」

「―――!?」

夢魔の中からお姉さまの気配がする。
それはつまり、【そういう事】であって【ああいう期待】とはまた違うわけで……。
私は夢魔に向かって飛んでいった。【私】になら、夢魔への抵抗力があるから……。



  ■■ SIDE 可南子



「起きてください、祐巳さま」

私は祐巳さまの力を道しるべに、夢魔の中まで意識を飛ばした。
存在が霧状になっていたらアウトだけど、糸のように絡まっているだけだから助かった。
もはや祐巳さまは身体を保っていることが出来なくなり、身体が透けてしまっている。
でも、まだ【ここ】に【いる】のだ。
望みは、十分にある。

だれ……?私を呼ぶの、だれ……?

意識が夢魔と一体化してしまっているからか、祐巳さまは自我がない。
いや、【記憶】がないという方が正しいか。

「私は可南子です。貴女の妹です」

いもうと……?

「そうです。背の高い、貴女の恋人です」

こいびと……

『ちょっと可南子さん!嘘仰い!』

「あら?」

電波妨害がかかった。
私は目をあけて【声】の人物を確認しようとするが、目の前にはスケスケの祐巳さましかいない。
もう一度目を閉じて祐巳さまの意識を感じようとすると、邪魔がはいる。

「………瞳子さん?邪魔なのだけど」

『どさくさに紛れてお姉さまを洗脳する人に委ねられますかっ』

「あら、こんな私でも【友達】なのでしょう?」

『前言の撤回を申請しますわ!』

どうやら瞳子は直接夢魔に近づいているようだった。
しかしどうするつもりだったのか、瞳子は私に噛み付くだけで行動は起さない。
もしかしたら祐巳さまの居場所が分からないのかもしれない。

「まぁいいわ。瞳子さん、そこから上に3m進んで」

『分かりましたわ』

「で、そこを拠点に周囲30cmから消滅させてください」

『?…もしかして、夢魔をつけたまま切り離すんですの?』

「話しが早くて助かるわ。ああでも、」

『?』

「もし失敗すると、祐巳さまも千切れるから心してやりなさい」

『―――!?』

祐巳さまのために友達でもない人に従う瞳子に嫉妬して、釘を刺す。
極度の緊張に陥った様子に満足し、私は目の前の祐巳さまに集中する。
夢魔から切り離した直後、意識をもちらにもどさせる必要がある。
私の力を際限なく流し込んでいるとはいえ、やはり穴の開いた器は長くもたない。

「瞳子さん」

『もぅ、なんですの!?』

「貴女が悪魔でいれくれて助かったわ。それじゃぁ」

祐巳さまの精神の保護は任せる。
そして自由になるのを感じ取って直ぐに糸を手繰り寄せる。

「健闘を祈るわ」

手繰り寄せた糸から釣れたのは、はたして。



 ■■ SIDE 乃梨子



瞳子が本当に夢魔に向かって突撃してしまった。
付いて行っても迷惑をかけるだけだというのは分かっているので、私は離れる。
一度ミカエルさまの所にでも戻るか。
そう思い低空で飛行していると、もの凄い速さで黒塗りの車が走っていく。
人を轢く事が目的で運転しているような車である。
とにかく今は関係ないので、私が遠ざかろうとすると……

「乃梨子ちゃん!」

「はい?」

黒塗りが私の所に突っ込んできた。



【2739】 本日もアレを実施夜を越えて路線変更  (さおだけ 2008-08-30 15:55:04)


目的は聖と蓉子をいちゃつかせよう!、です。
なんかヤングガン・カルナバルに再度はまったのでコラボしました。
暴力的表現満載なおかつ卑猥な表現ありかと思います。
「■■」はちょっとまずいっしょ?って所はご指摘くださいませ。
「もぅ話しの構成がだめ」って時は削除でお願いいたします。



 ■■ 福沢祐巳の場合


私の母親が傭兵だったとか、そんな話しを信じる人はきっと少数派だと思う。
というか私だって信じたくない。
だけどそれは本当で、私は傭兵だった母に戦闘技術を習っていた。
今となってはそれで生きているのだからいいが、当時にしたら恐怖の連続だったと思い起こした。
しかし今母とは似ても似付かぬこのなりで、母の故郷(だと思う場所)で生きているのだった。

「はぁ……」

面倒だ。どうして今さら高校生などしなくてはならないのだろうか。
私が生きている世界では【学歴】なんてものは必要ない。
それどころか戸籍すらいらない。元をただせば、私はただの不法在留者だし。
そんなとりとめも無い事をつらつら考えながら、私は目の前にある像を見ていた。
マリア様。
そんなものが助けてくれるだなんて信じるのは、きっと今が幸福な人間だけだろう。
本当に奈落の底にいる奴は、どんな汚い手段も問わずに這い上がろうとするはずだ。
この身でそれを実感している私はまた、小さな溜息を吐いた。

「お待ちください」

「誰」

私はつい【女学生】、それも血統書がつく【お嬢様学校の生徒】である事を忘れてしまった。
無意識にのびた手の先には、スカートに隠れて常時銃が装備されている。
暗殺者は常に周りを警戒しなければならないのだ。
……………今、学校だからって生徒に背後を取られたけどさ。

「ん………?」

振り返った先には、私がとった警戒態勢で目を丸くしている綺麗な女子生徒がいた。
黒髪を真っ直ぐに伸ばしたその人を、私はどこかで見た事がある気がした。

「あ、あら、聖さまじゃなかったのね、ごめんなさい」

「……いいえ、こちらも驚かせてしまったようで。申し訳ありませんでした」

彼女は頬をちょっと赤く染めて、目を反らした。
その間に姿勢をただし、スカートで銃を自然に避けた形で払った。
仕事中ならいざ知らず、日常でこんな体勢だと馬鹿だと思われかねない。

「それで聞きたいのだけど……って、あら?」

「?」

不自然なところで言葉を遮られ、私は小さく首をかしげる。
すると彼女はするりと私の間合いに入り込んだ。
ぎょ!っとしたものの、間合いに入ったからって突然殴り倒すわけにもいかない。
まるで縛られたように化石化して、彼女の一挙一動を見つめた。

「タイが曲がっていてよ」

「はい?」

引き分け?
日常的にあまり使われない言語、というか名詞で錯誤したじゃないか。
それに気付いたのは彼女が私の胸元で手を止めたときだった。
首でも絞められて(意識を)落とされるかとも思ったが、流石に一般人はしないか。
さっと結び終わると、彼女は手を離して微笑んだ。

「身だしなみはきちんとね」

「あ、はい」

別にスカートを履いていないからって出血多量で死んだりはしないけどね……とか思いながら、
 とりあえずここは頷いておこうと思った。目の前にいるのは一応先輩であるのだし。多分。
そのまま流れ的に去るのかと思ったが、彼女は私の顔を見てまた微笑んだ。

「綺麗なのは髪だけじゃなくて、瞳もそうだったのね」

無造作に肩に掛かっている髪を一撫でし、そして去っていった。
私の父親はロシア人。
会った事はなのだけれど、その遺伝子は髪に、そして瞳に受け継がれていた。
ブロンドの髪。そして色素の薄い瞳は、日本人ではないグレーをしている。
沢山の傷跡があるけれど、本当は肌だって色素がほとんどない。
だから何だと言われてもどうしようもないが、こうして褒められるのはやっぱり嬉しかった。


 ■ ■ ■


その時、男は焦りに焦っていた。
そもそもこんな計画が成功するだなんて思ってなかったし、失敗だって考慮していた。
だけどこんな状況に陥って初めて、楽観視していた自分に腹が立つ。
失敗したら逃げてやりなおせばいい?馬鹿か俺は!
失敗はイコールで死だ!それ以外にこの世界にはあるはずがない!
 ズガガガガガガガガッ
マシンガンを炸裂させる音が聞こえてきた。
その音が五月蝿いまでに聞こえるという事は、もう後悔している時間すらないという事。
俺は今までにないくらいに【死】というものを直面させられ、思わずあとづ去った。
くそ!クソクソクソクソクソクソ!!こんなところで死んでたまるか!

 ガンッ

「ひぃ!?」

突然この部屋のドアが蹴り破られ、男はしりもちをついた。
どれだけ非道を重ねても、相手は抵抗する術すら知らない一般人がカモ。
そんな男が【暗殺者】なんてものに敵うはずもない。
男は見た。
自分を殺すその、相手を。

「お、女……?」

どこぞの制服を着た、まだ可愛らしいという表現が似合う少女。
そんな少女がサブマシンガンをもって男を見下ろしていた。

「貴方が堂本宗告?」

少女は可愛らしい顔をなんの表情も浮かべずに男を見下ろした。
男は答えない。頷けば殺される。しかし首を横に振ることもままならない。
それというのも、男の命はこの少女が握っているのだから。

「そ。答えないならいいや。白猫に聞くから」

「あ、ああ、ああああああああああああ!!」

「ごきげんよう」

 ズガガガガガガガガッ
暫くしてからら少女は去り、残されたのはもはや人では無くなったものが1つ。
恐怖により錯乱した男が最後に聞いたのは、少女の素っ気無い一言と、沢山の銃声だった。


 ■ ■ ■


「ちょっと祐巳さん、お話を伺ってもよろしいかしら?」

「はい?」

祐巳は突然話しかけてきた級友らしき眼鏡の少女を見やった。
頭の中は今日の仕事の内容が渦巻いていて、授業だって上の空だった。
だから休み時間だって事すら知らなかった祐巳にとって、級友の一言は驚きに値したのだ。

「ああ、えっと……」

「もぅ。転校初日に自己紹介したでしょう?蔦子よ、つーたーこ」

「ああそう、あの蔦子さんだ」

「なによ【あの】って……何かしたかしら」

「【決定的瞬間は見逃さない、自称カメラマン】」

「自称なんかじゃないわよ。失礼ねぇ」

「普通のカメラマンは盗撮紛いの事はしないと思うけどね……」

眼鏡の少女、蔦子さんは呆れた顔をしながらも持っていた封筒を私の机においた。
まだ教科書などが開かれっぱなしの机で、私はそれを見つめる。

「それについて、ちょっとお願いした事があるのよ」

「うん、いいよ」

「とりあえず見てから頷いてよね」

別に蔦子さんからなら【果たし状】でも【恋文】でもウェルカムだけどな?
中から出てきたのは写真で、文面なんてなかったけど。
その写真はマリア様の前で彼女にタイを直してもらっているものだった。
……本当に決定的瞬間は見逃さないのね……情報屋として子飼いにしたいくらいの才能だわ。

「へぇ〜、綺麗にとれてるねぇ。でもお願いって?」

「それ、文化祭でパネル展示させて欲しいの」

「どうぞ?」

封筒に写真を戻し、蔦子さんに返す。
しかし途中で掌の壁を作られてしまい、無言で受け取らない、つまりは「あげるわ」といわれた。
綺麗な写真だし、とっておいても損はないと思ったので受け取る。

「で、まだ話しは終わりじゃないわ」

「うん」

「その写真について、祥子さまに許可を貰って欲しいのよ」

「うん」

「じゃぁよろしく」

「うん……ってちょっと待ってよ。肝心な所が見えてこない」

「なにかしら」

「祥子さまって誰」


それから私は、彼女に会いにいく為に【なんとかの館】に行くはめになった。
前置きからして断るつもりがなかったものの、面倒である事は変わり無かった。
ちなみに上記の台詞を吐いて、蔦子さんに散々呆れられたのは余談である。まる。


 ■ ■ ■


「はい、福沢祐巳」

『私だ。堂本宗告暗殺についての報告はどうした』

「あーうん。それ、ね?」

『なんだ?もしかして取り逃がしたとか言うつもりじゃないだろうな?』

「ううん、それはないよ。ただターゲットの顔が分からなかった」

『………………』

「とりあえず皆殺しにしたし、問題はないと思うけど……」

『……こんの馬鹿者!ちゃんと事前に顔写真は送っただろうが!』

「ごめん。見ようと思って開いて携帯落としてデータ飛んじゃった」

『………………』

「ごめん。すみません」


 ■ ■ ■


「この子を……祐巳を私の妹にします!」

「………えっと、すみません。何の話ですか?」

ああ、いけないいけない。
私の中ではついていけない事態に対し、今夜の仕事のおさらいで一杯だった。
放課後になったら白猫から迎えが来てくれて、銃を装備するとか。
しかし何故彼女…えっと、祥子さまから、【妹】なんて言葉が発せられるのだろうか。
妹なんて簡単に作れるものではない。
祥子さまのお母様とお父様に頼んで頑張ってもらわないと。

「本気なの?祥子」

「ええ、本気ですわお姉さま。祐巳は私の妹です」

「……あのね祥子、妹はそんな簡単に決められるものじゃないのよ?」

「ではどうやってお決めになるのですか!」

 バン!
目の前の机を叩く音が(頭の仕事内容に影響されて)銃声に聞こえた。
無意識に身体を固まらせると、祥子さまは蓉子さまに食って掛かった。
全然話しについていけない。

「あら、いいじゃない藁しべ長者。楽しそうで」

どうしよう。意味が分からない。
助けて蔦子さ……っておおぅ。カメラなんて構えてますかコノヤロー。

「いいですわ。では今ここで祐巳を私のスールにします」

え?スルー?それって今の状況の事ですよね?
気がつけば祥子さまが私に向かってロザリオを向けていた。
なんでだ。
それは祥子さまのもので、なんで私にかけようとするんだ。

「祐巳、じっとして」

「おまちください」

今度はえっと……藤堂志摩子さんって人が突然会話に入ってきた。
志摩子さんは私と祥子さまの間に入り、ロザリオから守ってくれた。
……ロザリオは噛み付かないけど。

「皆さん大切な事を忘れています。祐巳さんの気持ちです」

なんていうかその、存在を忘れられていますけど……?
祥子さまは【仕方ないから聞いてあげるわ】なんて顔でこっちを向く。

「祐巳。私のスールになる事に異存はあって?」

「はぁ、スールですか……」

だから……

「そもそも、スールが一体何を指しているのかすら、私には分かりません」


 ■ ■ ■


「はぁ。疲れた……」

私は自分の自宅に帰ってくると、血に濡れた制服をゴミ袋に入れた。
ブレザーとかだったら使える部分がリサイクルできるのに、ワンピース形だと辛い。
全部まる洗いしないといけないというのは数もいるし大変なのだ。
下着姿でベットに寝転ぶと、今日一日の出来事が思い出される。

『はぁ……携帯は一度修理に出しなさい。後はこっちでするから』

『スールっていうのはね、姉妹になってお姉さまに導いてもらう制度なの』

はぁ……姉妹、かぁ……。
祐巳はぼんやりとしながら立ち上がり、クローゼットを開ける。
この改造クローゼットには中に更にクローゼットがあり、武器はそこに隠してある。
そこはもし敵がここに入り込んでこようものならプラスチック爆弾で部屋を爆破させる事になっている。
検挙される証拠なんてものは絶対に残してはならないからだ。っと、話しが逸れた。
クローゼットのクローゼット、武器庫に手を伸ばし、弾薬を取り出す。
普段から持っている銃の銃弾を補充しておこうと思ったのだ。

『では、私は祥子さまの【妹】にはなれません』

『どうしてって…聞く権利くらいはあるわよね』

『それは―――』

―――私が殺し屋だから。

『……今の私には、姉が必要ないからです』

面倒な事になった。
シンデレラをやるつもりも、妹になるつもりも、今の私には毛頭ない。
暗殺のために放課後は空けておきたいし、誰かに深く追求されたくもない。

「お姉さま、かぁ……」

私にはきっと、生涯一切無縁のものなのだろうな。



【2740】 秋の夜長に踊る歌姫  (さおだけ 2008-08-30 17:19:48)


UPできるうちに。

祐巳 【No:2739】→【】
聖  【ここ】



 
 ■■ 佐藤聖の場合


今年受験を控えている佐藤聖は、ニヤニヤしながら目の前の光景を見ていた。
朝から会議だなんて面倒の極みなだけだと思っていたけれど、なんともまぁ楽しくなったものだ。
そもそもの原因は、蓉子の策略(そう大したものでもないけどね)にある。
蓉子は妹の祥子に【男嫌いを直させよう】と画策していたのである。それも独断で。
そろそろ文化祭1週間とちょっと前、というこの時季、配役も変えられないこの時季に!
蓉子は祥子に令が王子様の代役である事をバラした。
もともと沸点の近かった祥子はいっきに怒り、自分の姉につっかかっている。

「お姉さま!こんな事聞いていませんわよ!」

「だって、花寺との会議を何かと理由をつけてサボっていたのは貴女だし、自業自得ではないの?」

「酷いわ!」

しまいには机を殴って叫んで飛び出していってしまった。
早朝会議なのでまだ教室に行くのは早かろうに。まぁ楽しいからいいけど。

「ふふ、蓉子ってば。もし祥子が役を降りるなんて言ったらどうするの?」

「そのへんは大丈夫よ。私の妹なのだし、中途半端に投げ出したりしないわ」

江利子が思っても無い心配をし、蓉子が不適に笑った。
親友のこういう所が好き過ぎるわ。ほんと。
少し祥子に同情しつつも、私は江利子のように「もっと面白く」なる事を期待した。
しかし祥子のことは私もかっているのだ。このままで終わるはずがない。

「ふふふ、これからどうなるやら……」


 ■ ■ ■


今回の仕事、私は補佐を命じられていた。
なんでも、現場に本命のヤングガンが突入するから、周りの邪魔なのを排除しろとの御達しだ。
スコープから覗き見る光景からは、蟻の巣をつついたような騒ぎようだった。
それも仕方在るまい。なんせ暴力団本部に殴りこみに来る奴がいるのだから。
そんなに大きな組織ではないとはいえ、やはり警戒は足りてない。
どっかの巨大組織と共同戦線を張っていたというのもあるか。
 ドンッ
サイレンサーが効いているので音が小さい。
向こうまでは絶対に届いていないはずだから、てんてこ舞い、かな?
冷静になれば着弾の状況から狙撃方向を特定できるはずなのに、混乱するばかり。
 ドンッ

「ちぇ、つまんないの」

 ドンッ

「どうせなら私が突入したかったのになぁ」

 ドンッ

「白猫の意地悪」

まるで真っ赤な薔薇が咲くように、人間の頭が吹っ飛んでいく。 
 ドンッ
突入しているヤングガンは見えないけど、きっと楽しんでるんだろうなぁ。
世界の悪に手を染める人間を、悪の鉄槌で裁くというのが私は好きだった。
 ドンッ


 ■ ■ ■


お弁当を持って出向いた先は、薔薇の館だった。
さっき白猫から今夜の仕事についてのメールを貰い、授業中こっそり読んだ。
ちょっと予定が変わって、今回は補佐になったようである。

「蓉子蓉子、ご飯食べようよ」

「聖、先に貴女だけで食べてて」

「え〜」

せっかく蓉子と一緒に食べようって思ったのに…そんなの放課後でいいじゃん。
凸光らせてるだけで据え膳まってる奴とか使ってさ。

「ねぇ一緒に食べよ?美味しく食べたいじゃん」

「………聖。私忙しいの。誰かさん達が職務放棄してくれちゃったから」

「へぇ〜、でもご飯は食べないと。倒れるかんね」

「………………もぅいいわ。頂きましょう」

「やった!」

蓉子と食べたいがためにここまで来たんだし、目的は果たさなきゃね♪
黒に赤色の蝶という、なんとも蓉子らしくないお弁当包みを見ながら嬉しく思う。
やっぱり食事というものは、好きな人と一緒じゃないと味気ない。

「いただきます」

「いただきまーす」

うん、美味しい。
心配かけないように(冷凍もの敷き詰めて)作ったお弁当だけど、やっぱり、美味しいや。
今日も今日とて、私は蓉子と一緒にお昼を食べた。


 ■ ■ ■


「はい、佐藤聖」

『私だ。今回の補佐についてはよくやってくれた』

「それなんだけど、今度は私が突入したい」

『どうしてだ?』

「狙撃ってのが性に合わないの」

『そうか。考慮しておこう』

「よろしくね」


 ■ ■ ■


時は放課後にうつり、やっぱり祥子は怒り心頭中だった。
しかも祥子の諦めが悪いものだから、蓉子は祥子に妹がいないという事まで持ち出し始めた。
文化祭というこの時季にまだ妹の候補すらいないのだから、祥子にしては分が悪い。

「横暴ですわ!お姉さまの意地悪!」

「祥子!待ちなさい!」

とうとう追い詰められ、会議室から出て行こうとした直後、それは起きた。
ドアをノックしようとしていた志摩子が反射的に身をちぢこませ、祥子も驚いてさっと退く。
しかし退いた先には別の誰かがいて。

「ん?」

別の誰かは祥子を見て、たいして驚いた表情もせずに避けた。
しかし咄嗟の事で足がもつれたのか、その誰かを巻き込んで転んでしまいそうになった。

「ん」

「きゃ!」

誰かは自然な手つきで祥子の腰に腕を回し、転倒を防いだ。
令くらいのしっかりした人なら、「よかった」だけ思ってすんだかもしれない。
でも、現在祥子の体重を支えているのは、とっても小柄な少女。
私と同じブロンドの髪。くりくりとしたその眼は灰色で、光を反射してキラキラしている。

「大丈夫ですか?」

「え、ええ、ありがとう」

祥子に手をかして、自ら立たせてあげる。
小柄な少女のどこにそんな力があったのかとも思ったが、怪我がないのならいいか。
祥子は祥子で少女をみながらキョドっていた。あ、挙動不審って意味ね。

「あ、貴女……」

「はい。今朝はありがとうございました」

「ええ……構わないわ」

今朝?今朝って事ば祥子が発狂して出て行った後の話しか?
思わぬところで【妹候補】が現れた。………そして、江利子の眼が光だす。
【なんか聖に似た子が面白い事を連れて来てくれたわ。しめしめ】って顔してる。
蓉子は知らない子と私を見比べている。いや、血縁とかじゃないから。

「えっと……とりあえず祥子、入ってもらいなさい」

「あ、はい。お姉さま」

その可愛らしい子は、祐巳ちゃんと言った。
周りを全く見ていないような顔をして、彼女はとても周りをよく見ている。
私が視線を向けただけで、首をかしげながら私を見つめるのだ。
このヤングガンである私より、視線に敏感とは。
侮り難しこの少女。

「はぁ……そもそも、スールが一体何を指しているのかすら、私には分かりません」


 ■ ■ ■


「あーあ。疲れたぁ」

今日という一日を思い出しながら、私はベッドに横になった。
祐巳ちゃんに申し込んで、振られた時の祥子のあの表情。
真っ白ってより背中に漬物石を乗せたって感じだったけど、見てて楽しかった。
もしかしたら、祥子は祐巳ちゃんを妹にするって決めてたのかもしれない。
姉妹制度について何も知らなかったってのは結構驚いたけどね。

「さぁて、祥子にチャンスでも作ってあげないとね」

このままだと、大嫌いな男と手を繋ぐはめになるわ妹にゃ逃げられるわで、あまりにも可哀想だ。
ならせめて、妹にする協力だけでも惜しまずやってやろうではないか。楽しそうだし。
手を銃のような形にして、天井に向けて構える。

「祐巳ちゃん、覚悟してね」

山百合会を楽しくさせるためにも、祥子と蓉子のためにも、是非入ってもらおうか。
個人的に見て、なかなか興味深い子だしね。
くっくっく。私は部屋でほくそえんだ。また明日が楽しみだった。



【2741】 結構大変ねゲームを作る  (朝生行幸 2008-08-31 00:44:20)


『What are you fighting for ?』

 あなたは何のために戦うのですか?


「私は平和のために戦う」
 「私は未来のために戦う」
  「私は生徒のために戦う」
   「私は愛する姉のために戦う」
    「私は親友のために戦う」
     「私は姉妹のために戦う」
      「私は学園のために戦う……」

 私は、何のために戦っているのか……?


 誰も知り得なかった──
 戦いの真美が──
 今、解き明かされる──


 山百合会解体闘争から数ヶ月、生徒たちは、自ら始めた主導権争いを、未だ止めることが出来ずにいた。
 校舎とグランドの荒廃は、深刻化の一途を辿った。
 そして生徒たちは、クラブ活動と、それを巡る戦いの舞台に過ぎない地上を捨て──、空(新しい生徒会設立)を目指した。

(※画面は開発中のものです。)

 生徒の未来を手にするために──
 何を守り、何を犠牲にするのか──
 すべては己が導きだす答えを信じて──
 今を戦う…


「考えて下さい。何のために戦うのか」
「騒ぎすぎる。あなたは」
「見せてみろ、レイニー騒動のつぼみの力を」
「生き残りの扱いも決めておいた方が良いだろう」
「そんな、私たちを“並”のように……」
「所詮は一般生徒だろうが」
「さもなければ、実力で排除します」
「姉妹(スール)プランを開始します」
「共に幸運を」
「空が、空がドリル兵器で埋まっているぞ!」
「そして人は、揺り篭で空を飛び続ける」

「すべては生徒の未来のために!」
「ヤツらの行動は無差別だ!」
「所詮は集団心理だ」
「これが本当の薔薇さまか……」
「お嬢様など、どこにもいないさ」
「あなたがたには、ここで黙っていただきます」
「見てみたかったですね、新生山百合会を」
「さようなら。縛られたブゥトン」
「ロザリオから、光が逆流する!?」
「これでやっと最初に戻った」
「何も残りはしない」
「順ずるが良い、己の答えに」


 ──真美を見極めろ


 この戦いの向こうに、答えはあるのか。



 アーマー瞳子ぁ for Answer
 2008.9.19 on sale……されません(笑)。


【2742】 姉妹になれない  (さおだけ 2008-08-31 01:07:11)


聖と蓉子がメイン、なはずです。

祐巳 【No:2739】→【ここ】
聖  【No:2740】





私は授業をサボって空を見上げていた。
立ち入り禁止のこの屋上には休み時間ですら人はこない。
そもそも【誰かがいる】という概念すら持っていないこの生徒は、たとえ探していても見つけられないだろう。

今日という日、紅薔薇の蕾(祥子さま)の誘いを蹴った人物として有名となった。
曰く、【祥子さまでも姉として不足していると正面から言った】とか。
曰く、【本当はお姉さまにしたい人物がいるから】だとか。
いやいやいや。そんなの居ませんて。
なんか一々否定するのも面倒になって、休み時間の入る前である今、私はサボっている。
4時間目の終わるチャイムが聞こえてきて、私は傍らにおいた弁当を見やった。

「…………空が堕ちてくる、か……」

昔に杞という国があり、その人達が【空が落ちてくる】と心配したのが語源。
杞の人達の憂い。それが杞憂。
といっても今の私にはそう心配している事もないし、ただ漠然と故事成語を思い出しただけなのだが。
だけど不思議なものだ。この目の前にただただ広がっている空というものは。
【空】という名詞でありながら形容詞では【空き】という何も無い事を指す。
空には何も無い。それゆえに【空】という。

「ごきげんよう、祐巳さん」

「うん、ごきげんよう」

ぼんやりと空に浮いている雲を見つめて、私は言葉を返した。
というか……誰かいた。

「誰?」

ゆっくりと起き上がり、困ったなぁと思う。
学校では気がおけないと思っているせいか、どうも油断しがちである。
戦場に出ればこんなことは殆どありえないというのに、一般人にまで背後を取られるし。
起き上がって見てみると、そこには何故か祥子さまがいた。
寝転んでいた私に近づき、隣に座った。

「志摩子から貴女がいないと聞いて、探していたの」

「そうだったんですか。でもよく分かりましたね」

「ええ。なんとなくだけど、今日はいい天気だったから」

傍らに重箱を抱え、同じように上を見上げた。
秋にしては陽射しが強いけど、今日はとても心地よい晴天だった。

「それで……どうして探していたんですか?」

探していたと言っていた手前、なにか用件があるのだろう。
じゃなきゃ昨日振った相手に会おうとは思わないだろうし。
祥子さまはきょとん、として、私を見た。

「いえ、別に?」

「はい?」

「ただ、貴女とお弁当を食べようと思って」

「はい?」

なんと申されましたかしら、この人。
まじまじと祥子さまを見ていると、なんだか恥らったように頬に朱を落とした。
恥らう理由は分かんないけど、まぁ、いいか。うん。お腹すいたし。

「じゃぁ、食べましょうか」

「そうね」

いただきます。


 ■ ■ ■


『私だ。悪いが仕事だ』

「仕事って……今学校なんですけど……」

『この間殺した堂本宗告の息子だ。お前を狙ってるらしい』

「それはいいんですけど……」

『武器は現地調達で、近くにあるホテル【エリュシオン】で待機しろ』

「現地調達って…ここ学校ですってば。しかもラブホですか」

『いいな?放課後までには終わらせろ』

「6限目までサボらせるつもりですか……」

銃に装弾されている銃弾と、残りは現地調達。
5時間目の始りを告げるチャイムを聞きながら私は困っていた。
人間の身体は結構脆いので殺すのは簡単なのだが、如何せん証拠が残りやすい。
廃材でもてきとうにかっぱらって来るか……鉄パイプとかでいいかな?
 

 ■ ■ ■


「お願いがあるんだ」

「はぁ……なんでしょうか、(えっと……)聖さま」

なんか弛んでる気がしたので気配に敏感になっていて、今度は不意打ちではなかった。
振り返った先には先日私と間違えたというブロンドの綺麗な人が立っていた。
が、その表情はニヤニヤしているので折角の美人は台無しだった。
とはいうものの、認めたくはないが綺麗なのは変わらない。

「君に是非、シンデレラをやってもらいたい」

「灰被りを、ですか?」

「そう」

演劇かぁ……この時季に聞くって事は、もしかしなくても文化祭と関係があるよね?
えええええ……面倒だなぁ。でもなぁ。うーん。あー…いやぁうん…まぁいいか。

「時間がある限りでいいなら、協力は惜しみませんが?」

「よし!じゃぁ今から集合」

「はぁ……」

聖さまに手をひかれ、体育館に向かって小走りで駆けていく。
灰被りかぁ……よく分かんないんだけど、「この焼けた下駄を履いて、死ぬまで踊りなさい」って言うのかな?
でもそれって祥子さまの方がにあ(ゲフンゲフン!)


 ■ ■ ■


自分の体温が移り、それは少し冷たいくらいになった。
 ガギンッ!
鉄の塊は歪に歪み、赤い彩りを付け足されてそこにあった。
頭蓋骨がなまじ固いものだから殴ると腕がじぃんとする。
 ガキンッ!ガキンッ!ガキンッ!
中身が飛び出てくる様を適当に見やりながら、とにかく目標を探す。

「この化け物!」

「ん?」

鉄パイプをもう一度振り上げると、真横から悲鳴があがった。
怒鳴っているように見えるが、はっきり言って悲鳴に近い声だった。
ターゲット、発見。

「き、貴様みたいな餓鬼に、親父が……」

「五月蝿い」

 ガキンッ!
足元に転がっていたターゲットの仲間らしきものに振り下ろした。
面倒なことに、ターゲットはこちらに銃口を向けている。
カトロフか。
オーソドックスなことで。
ゆっくりと近づいて、鉄パイプを向ける。
銃口は震えに震えまくっているし、撃っても当たりはしないだろう。

「ひ、ひぃぃ!?」

さっとまん前まで行き、足で銃をけっとばした。
 ブン……ッ!
続けて鉄パイプを振り上げ、真上に掲げる。
こういう間は恐怖に陥るだけだし、あまり作る方も好きではない。
しかしたまに、ほんのたまに、間を作ってしまう。

「た、たすけ……」

「ごきげんよう」

赦しを乞われても、私に改めるという選択肢はない。
神ではないけれど、やはりそれと同じように、私は助けを求める声を無視した。
 ガキンッ!


 ■ ■ ■


「というわけで……この賭けは私の総取りって事で!」

聖さまは私の手を掲げ、体育館に叫んだ。
皆さんぽかんと私を、そしてパッと見(外見だけ)似ている聖さまを見つめた。
暫く沈黙だったものの、その意味を理解したらしい蓉子さまが怒鳴った。

「聖!それはどういう事!?」

「だぁからぁ〜祐巳ちゃんは私が勧誘して、OK貰ったの」

「!」

え、なんで皆さんこっちを睨むんですか?
しかも祥子さまの視線とか頬っぺたに刺さりまくって風穴空きそうなんですか。
ん?ハンカチ?うん、持って?……ちょ、破れましたが……?

「私ではなく……貴女は聖様を選んだというの!?」

「はい?」

「しかも聖さまには志摩子がいると知っていて!酷いわ!」

「はぁ…すみません」

敗れたハンカチを体育館の床にたたきつけながら、私を睨む。
その目にはだんだん涙まで溜まって来るではないか。可愛すぎて悶えそうだ。
心がきゅんとした。きゅんって。

「なんかよく分からないのですが……その、祥子さまは好きですよ?」

「なんで疑問系なのよ!適当なこと言わないで!」

「ごめんなさい…」

でもどうすれば良いっていうんですかぁ……。
と、ポケットに入れていた携帯(直してない)がブルブル震えている。
もしかして白猫かな?とにかく電話できる所までいかないと……。

「すみません、トイレ行って来てもいいですか?」

「うん?どーぞどーぞ」

「祐巳!貴女逃げるつもりなのねッ!?」

「あーはいはい。すぐ戻ってきますからー」

さっさと電話に出ないと、白猫が怒っちゃうもん。
体育館裏まで駆け足で向かっていく。
ちなみにこの学園は携帯の持込を禁止しているので、バレたら五月蝿いのだ。

「はい、福沢祐巳」


 ■ ■ ■


「あ、祐巳ちゃんお帰り〜♪」

「はい、ただいまです」

体育館に戻ると、祥子さまの機嫌が少しなおっていた。
何か勘違いされていた様だし、もしかして聖さまがそれを解いてくれたのかもしれなかった。
私はさっき祥子さまと約束した通りすぐに帰ってきた事を報告した。

「ただいま、祥子さま」

「………おかえりなさい」

「はい」

挨拶を完了させると、祥子さまはやっぱり拗ねた顔をして、でもとある本を渡した。
【山百合会演劇 シンデレラ】と書かれている。
えっと……たしか山百合会って生徒会の事だよね?ややこしいなぁもぅ。

「シンデレラを演じてくれるのよね?」

「確かに承諾はしましたが……いかんせん状況が掴めていません」

「そう。では説明するわね」

長いので要約すると、祥子さまはシンデレラをやりたくないそうだ。
………うん。終わり。あと代役として何故か私が推薦され、連れて来た人が勝ち。
なんかそんな感じの賭けがあったようだけど、祥子さまは教えてくれなかった。

「それは台本。憶えてきてね」

「はい。分かりました」

シンデレラ。私はその物語りを実際に読んだ事がない。
今度時間があれば読んでみようか。それも、近いうちに。



【2743】 キラキラしてれば一から始める  (さおだけ 2008-08-31 01:14:29)


基本同時進行で。(て、天使も書いてますよ!?)

祐巳 【No:2739】→【No:2742】
聖  【No:2740】→【ここ】




「ごきげんよう、志摩子」

「お姉さま?ごきげんよう」

朝、私はマリア様の前で自分の妹を待ち伏せしていた。
というのも、伏線というものは引けば引くほど後々面白い事になるからだ。
結構頑張って早起きしたかいがあるというもの。

「どうかなさったのですか?」

「うん。ちょっとお願いがあってね」

「?」

普段は大人びた、というより神聖化されやすい私の妹だけど、こういう所は子供っぽい。
子供が親にお使いを頼まれて、鷹の爪、なんて分からないものを頼まれた顔をしている。
うん?比喩の意味が分からないって?なんとかして。

「それで、なんでしょうか?」

志摩子は少し私に近づいて、声を小さくする。
周りに人の眼があるという事に気付いて売るのだろう。
だから私はわざと接近して、耳にキスをするように囁いた。

「祐巳ちゃんを監視して」

珍しく驚いた顔をした志摩子を見て、私は苦笑する。
「監視っていっても、祥子に近づきやすいようにしてあげて欲しいの」と付け加えた。
ようやく納得がいったのか、志摩子は頷く。

「祥子さまと、ですね。分かりました」

祥子にチャンスをあげたいというのは、どうやら志摩子も同じようだ。
自分に近い思考をもつ妹というのは疎通がしやすい。
流石に休日にデートさせるのは無理だろうけど、近づけさせるのは難しくなさそうだ。


 ■ ■ ■


いただきます。

日課を欠かす事無く、私は蓉子と一緒にお弁当を食べていた。
やっぱり江利子はいないけど、それでも楽しかった。
2人っきりの薔薇の館に、珍しく訪問者が現れた。

「ごきげんよう、お姉さま、蓉子さま」

「志摩子」

「ごきげんよう、志摩子」

志摩子はさり気無く私と蓉子から一定の距離をあけた所に座る。
こういう気遣いも大したものだ。というか蓉子の事をカミングアウトした事はないのに。
志摩子は1人で食べています、というようにお弁当の包みを解いた。

「お姉さま、お2人は屋上へ向かいました」

「へぇ……なんでまた」

「空を見に、でしょうか」

「ふふん、なるほど」

「?ちょっと聖、なんの話しよ?」

蓉子は不満そうに私と志摩子を交互に見やった。
しかしここでバラしてしまうというもの詰まらない。私は不適に笑うだけに留めた。

「ところで蓉子、ちょっと賭けをしようよ」


 ■ ■ ■


「やっほ、祐巳ちゃん」

「ごきげんよう」

放課後。私は帰ろうとしていた祐巳ちゃんを確保した。
相変わらずヤル気のない返事。しかし優柔不断とか軟弱物ではない。
どうでもいい事には極力体力を使わない。
そんな雰囲気を感じ取れる。

「お願いがあるんだ」

「はぁ……なんでしょうか、聖さま」

「君に是非、シンデレラにやってもらいたい」

「灰被りを、ですか?」

「そう」

灰被りといったら悲惨な方を想像してしまうから、わざと【シンデレラ】と言ったのに。
やっぱり面白い子だなぁ、と、祐巳ちゃんは複雑そうな顔をしている。
【面倒だなぁ。でもなぁ。うーん。あー…いやぁうん…まぁいいか。】って感じ。
面倒だけど断る理由がないって顔してる。

「時間がある限りでいいなら、協力は惜しみませんが?」

「よし!じゃぁ今から集合」

「はぁ……」

時間が惜しい!さっさと連れて帰って作戦の開始だ!
ふふふふ。さて、江利子も江利子でやってくれているはず!


 ■ ■ ■


「というわけで……この賭けは私の総取りって事で!」

でん!っと私は体育館の舞台で稽古をしている山百合会に叫んだ。
祐巳ちゃんと繋いだ手を掲げて、祥子に見せ付けてやる。
空気が凍ったように固まって、なんともいえない空気が流れた。

「聖!それはどういう事!?」

「だぁからぁ〜祐巳ちゃんは私が勧誘して、OK貰ったの」

「!」

祥子が打ちひしがれたように、だけどヨロヨロと祐巳ちゃんに向かっていく。
歩きながらハンカチを破るとは進化したな祥子。
どうせ江利子が私の想像以上に祥子をたきつけたのだろう。さっすが。

「祥子が祐巳ちゃんを妹に出来たらシンデレラを下ろすって約束だったじゃない!」

「うん。だから祐巳ちゃんには祥子の妹になってもらうの」

「はぁ?」

「まぁみてて。……あ、江利子。ありがとね」

「いいわ。私だって楽しみたいのだから」

祐巳ちゃんは今だって祥子を【祥子】としてみている。
転校生だって(調べて)分かったけど、やっぱりこういう視点は大切だ。
【紅薔薇の妹】という殻をつけずに祥子が接しられる存在。それが、今は他人であるはずの祐巳ちゃん。

「すみません、トイレ行って来てもいいですか?」

「うん?どーぞどーぞ」

「祐巳!貴女逃げるつもりなのねッ!?」

「あーはいはい。すぐ戻ってきますからー」

祥子を適当に宥めながら、ぴょんぴょんと跳ねるように外に向かった。
………あれ?トイレってそっちにあったっけ?


 ■ ■ ■


「それで、どうするつもりなの?」

「心配性だなぁ。とにかく明日見ててよ」

「明日、ねぇ?土曜日だけど…なにか有ったかしら?」

「ふふふ。そんで半日学校で、残りは劇の練習な日ね」

「え、ええ……」

舞台で踊るのはシンデレラではなく、【福沢祐巳】と【小笠原祥子】なんだよね!
くっくっく。私ってばおちゃめなんだから♪
…………やべ。なんか江利子に似てきたかも。




【2744】 道に迷ったらそれいい思い出じゃ  (ケテル 2008-08-31 21:02:14)


63 Edicion Vuelta Ciclista a Espana!


 前回【No:2710】→【 これ 】


S−3 神代植物公園から野川公園の間…とか……たぶんその近辺…
 Un point de vue noriko

 
 5月の清々しい青空の下、気持ちのいいサイクリ…いや、ポタリングだったわね、ポタリング、スピードを緩めて古い何を商っているかわからない小さなお店を恐々観察したり(古民具を扱っているお店だった)、きれいに咲いている花壇を見てデジカメで写真を撮らせてもらったり、前を走る志摩子さんのお尻を観察したり……。

 祐巳さまからお借りした自転車は、私のでも2年前の、由乃さまのは4年前の物だそうだけど良く整備されていてピカピカ、志摩子さんも由乃さまも当然私も軽快に動かせる自転車に上機嫌、初めのうちは前傾姿勢がちょっと怖かったけどすぐ慣れた、祐巳さまが乗ってらっしゃるロードバイクよりは、まだ姿勢は楽だと思う。

 『たいした物じゃない』って祐巳さまは言ってらしたけど、そのたいした物じゃない自転車でこれだけ軽くてスピードが出るって事は、祐巳さまが今乗ってらっしゃるロードバイクだと、もっとすごいって言うことなのかな?

 〜ただ〜………


「え〜と…だから、たしか……ここを右に曲がったでしょ、で〜、この交差点も右で、ここは左だったはずだから……現在位置って…この辺じゃあない?」
「ここの交差点は左じゃあないかしら? それにこことここ、まっすぐだったように思うけれど…」

 え〜〜と〜、迷ってます。 私のせいじゃあないですよ。 もちろん志摩子さんのせいでもない。

『方向分かってるから大丈夫よ!』

 と言う由乃さまを先頭に野川公園に向かっているところ……のはず、だったんだけど。

 今現在どこかの住宅街のどこかの交差点、どこをどうすれば、このおそらくはとても狭い範囲で迷えるんだろ。 由乃さまが方向音痴という話は聞いた覚えはないんだけど。
 志摩子さんと由乃さまはタオルで汗を拭きながら地図を見て、周囲に”?”マークが3個くらい飛んでるし、祐巳さまはおばさんみたいな手付きして携帯でどこかに電話してる。
 汗を拭きながら、出掛けに祐巳さまから渡されたボトルから水を一口飲む、汗は出るけれど呼吸も心臓もすぐに平常時と変わらない感じ、祐巳さまのアドバイスで無駄な力を使ってペダルを踏み込んでいないからか、まだまだ余裕もある、けれど……もうしばらく出発する気配は無い。


  ・  …  ・  …  ・  …  ・  …  ・


 神代植物公園までは祐巳さまが先頭で順調に到着した、まあ寄り道はしたし公園の外周をぐるっと一回りしたけど。 でもそれはわざとそうしたらしい、二つに分かれている園の間に一般道が走っているんだけどそこが郊外の林間を走っているようで……ま、あんまりそんな経験無いんだけど……、桜の花は残念ながら散っていたけれど、それでも出来掛けの緑のトンネルを走り抜けるのは気持ちがよかった。
 売店でバラの匂いのするソフトクリームを買って食べながら園内を散歩して回った、ツツジや藤の花がきれいに咲いていて、もう少しゆっくり見ていたかったな〜。 ただ、”春のバラフェスティバル”が来週からなのはちょっと残念。


  ・  …  ・  …  ・  …  ・  …  ・


『20Km/h〜25Km/hの間くらいで走らせるから。 走るのは車道、進行方向左側の端1mくらいのところと自転車通行帯、あと走っていいっていう標識がでてる歩道ね』
『標識?』
『人と自転車が描かれてる青い標識ね。 ちなみにベル付いてるけど歩行者を追い立てるのはマナー違反だからね、止む終えず歩道を走る時は歩行者優先で、すぐに止まれるくらいの速度で徐行すること』
『なんで付いてるんだろ……。 それにしても25Km/hって結構早いんじゃない?』
『まあ、まあ、いいからいいから(^▽^)』
『祐巳、ここで”ウッーウッーウマウマー”ってやっても映像が無いからうけないと思うわ』

”あれはちょっと恥ずかしかったわね〜””え〜、結構いい出来だったけどなぁ〜””ニコニコだとメッセージが流れるからちょっと見にくいのよ”……何のことだろう?

 ”自転車で25Km/hもスピード出るの?”とか、”車道を走るのはちょっと怖いわね”と思ったけどそんな事は無かった、いや、最初のうちは怖かったけど、先頭の祐巳さまが自動車の流れ読んでうまく誘導してくれた、時々先頭から離れて三人にいろいろとアドバイスをしてくれた。
 並走はしていない、車道でそんなことしたら自動車の邪魔になってしまう。 歩道でも並走したら道路交通法違反で2万円以下の罰金なんだそうだ、知らなかった自転車って軽車両なのね。
 スピードに関してはすぐに25Km/h出せた、体感でも自分の持っている自転車より軽くスピードが出ているのが分かる、スピードメーターも付いているから数字でも分かる。

 でも、その速度を維持できないでいた。 前を走っている志摩子さんも、そしてその前を走っている由乃さまも、おそらくスピードが一定ではない。 ペダルを踏み込んで加速したり、ちょっとブレーキをかけたり、それに追突しそうで車間距離がつかみづらい、でも…。

『ギアを一か二つ軽くして、力でペダルを踏み込むんじゃあなくて、力を抜いて回転させるように意識してスピードを維持するようにね〜』

 ギアを軽く…ギアチェンジに手間取った、ブレーキレバーを上に捻るんだった。 最初”軽すぎる”と思った、力を入れないでペダルを回転させる…。

『本当は1分間に80〜90回は回したいところだけど、すぐには無理だしケイデンス計付いてないはずだからいいわ』
『80〜90回? ケイデンスってなんですか?』
『ペダルを1分間に80〜90回転させるの、負荷が軽いから長時間ペダル漕げるんだよ。 重いギアを踏み込むと一時的にスピードは上がるけど速度を維持するのが難しいの、膝を壊しやすいし足の筋肉が太くなっちゃうの。 ペダルの回転数の事をケイデンスって言うのよ』

 ギアとかって付いてても今一意味分からなかったけど、なるほどこう使うのね、たかが自転車と思っていたけどいろいろあるのね。 でも、なんか……猛烈に顔が熱くなってくるんですけど、上半身が火照ってくる、ブラの辺りがすごく暑い! 古着で買ったスタジャンのジッパー3/4まで下げ、ポロシャツの胸元のボタンを一つ外し袖のボタンも外した、スリップ着て来たの失敗だったかな。

『変速機は楽に漕ぐためにあるんだから、どんどん変えていいんだよ。 ちょっと車間空けて』

 そういいつつ私を追い越して、今度は私の前を走る志摩子さんの後ろに付く。

『志摩子、もう少し猫背の方がいいよ、上半身をハンドルに預けすぎてるから疲れやすいよ』

 志摩子さんにされたアドバイスを自分もやってみると、手の平に伝わってくる振動がだいぶ減った、軽く支える程度で問題ないみたいんだ。 日舞をやっていて姿勢のいい志摩子さんはちょっと苦手な姿勢かもしれない。

『もうちょっとかな……そそ、そんな感じ、今日くらいの距離だったらそれでOK………もう少し気楽に…ね。  あ! 由乃〜、スピード緩めて! 前に止まってるバスすぐに発車すると思うから』
『O〜K〜!』

 祐巳さまに声を掛けられた先頭の由乃さまがスピードを緩める、自動車が2台私たちの横を通り過ぎて止まっているバスをも追い越していく。 一台目の車は男性ドライバーのようだったけど充分な幅を取ってくれて怖くなかったんだけど、二台目の女性ドライバーかな? 反対車線に車はいなかったのにすぐ横30cm位の所を通り過ぎて行った。 吸い込まれるような感覚があり少し怖い思いをした。
 後で聞いた話だと、一部のドライバーは安全距離を充分取ってくれないことがあるらしい、”自転車が邪魔”と言う人もいるらしい。 ”安全距離の事をすっかり忘れている”という教習所で何を習ったのかという人もいる。
 停留所に止まっていた路線バスは程なく祐巳さまの言った通り右ウインカーを出して発車した。

 ”平均点の女王””脳の主成分はカスタードクリーム”っと認識していた祐巳さまだけど、こと自転車に関しては、その辺を改めなければならないらしい。。


  ・  …  ・  …  ・  …  ・  …  ・

 〜 * 〜 まあそれはともかく 〜 * 〜

「あらら〜、まだやってるんだ」

 通話を終えた祐巳さまが、由乃さまと志摩子さんの方を見て言う。

「どこに電話されてたんですか? 祐巳さま」
「うん、祐麒にね。 ちょっと迷ったから時間かかるって」
「はぁ…そうなんですか。 祐麒さん来れるんですか?」
「お昼ご飯の配送を頼んだの野川公園の方にね。 由乃にも教えなくっちゃね」
「あの、祐巳さま。 その携帯にはGPSは付いていないんですか?」
「付いてるけど?」
「だったらGPSで現在位置を特定すれば、すぐにこの状況を解消できるじゃないですか。 このままだと永遠にあのままのように思います。 飛んでいる”?”の数がふえてますし……」」
「そうね。 でも、今日これは使わないの」
「は?」
「は〜い2人とも〜」

 携帯を閉じた祐巳さまが、地図を見て悩んでいる志摩子さんと由乃さまの間に肩を組むようにわって入った。

「地図なんて現在位置が分からなければただの紙切れなのよ〜。 迷っていいのよ、それもポタリングなんだから」
「…なにそれ?」
「…迷ってもかまわない?」
「うん、そう。 で、由乃の感だと野川公園は多分どっちなの?」
「え〜?!」
「そろそろ祐麒も着くみたいだし。 まあ1時間や2時間くらい待たせても文句言わせないけど。 由乃のラブ・レーダーで探知できない?」
「ゆ、祐麒くん来るの? ってラブ・レーダーって何よ/// えぇぇ〜〜えと…」

 いやいや、そんなに待たせちゃあさすがにまずいでしょ。 どんな手を使うのかは分かりませんけど。

「ぇえ〜〜〜〜? ぁあ…え〜〜と、え〜〜と〜〜〜………」

 なんか祐麒さんの匂いでも嗅ぎ分けようとするように鼻をヒクヒクさせている由乃さま。 それは無いでしょう犬ですかあなたは。 

「…あっち……うん、あっちよ!」

 言い切ったよこの人。 ほんとにラブ・レーダーでもついてるんだろうか?

「じゃあ、その方向で。 …あ、ねえねえ、あのお店ちょっと寄っていかない?」

 祐巳さまが指差す所に、なんでこんな駅からもバス停からも、大通りからも離れている住宅街にあるのかって言うような駐車場も無い小さな雑貨屋さん、もちろん近くにコインパーキングとかの有料駐車場の類は無い。 経営成り立つんだろうかと心配になるけど、ってか趣味でやってるだけ?


 雑貨屋さんを後にしてから、また少し迷走した後、なぜだか調布飛行場にたどり着いた。 
『早く行きましょ!』と意気込んで主張している由乃さまを尻目に『まあまあ、いいからいいから。 ちょっと休んで行こう』と言って”空港施設道路につき関係者以外の立ち入りを禁止します”という看板が出ているにもかかわらずズンズン中へ入っていく祐巳さま、禁止の看板の横をビクビクしながら一本道を右に曲がるとその先には”プロペラカフェ”という看板が見えた。

「うわうわ、なにここ?! いいの? 入っちゃっていいの?!」
「一般開放されてるから平気だよ」
「すごいわね、飛行機を展示しているのね」
「展示じゃあないのよ、あそこは格納庫。 ここは格納庫に併設されてるカフェなんだって。 で、奥の窓のすぐ向こうは滑走路、その先が味の素スタジアム」

 セスナ機が一機と双発プロペラ機が一機、整備士さん達がエンジンの調整や翼の点検をしているのが手が届きそうな距離で見える。
 エンジン音が高まった方を見ると、窓の外の滑走路を双発プロペラ機が離陸していく。 
 白を基調としたお洒落な雰囲気の店内には飛行機の模型、図画なども展示されている、なにあれ、フライトシミュレーター? なんか…ねぇ〜、志摩子さんも由乃さまも、そして私も、特に飛行機が好きという訳ではないのだけど、普段見られないものが、すぐ近くで見られるとなるとやっぱり好奇心に駆られると言うのかなんと言うか……。

 しょうがないわよね〜。



 野川公園には、まだしばらく着きそうもない



                     〜〜〜〜第二話 了〜〜〜



施設とかその他

○神代植物公園
http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/seibuk/jindai/

○プロペラカフェ
http://malibu.jp/index.htm

○マリみてでウッーウッーウマウマ(YuoTube低解像度版)
http://jp.youtube.com/watch?v=yV1NNUU4IYM


【2745】 そんな衝撃告白を  (篠原 2008-08-31 23:04:41)


 それは大きな衝撃でした。

「私も両親の間にできた子供ではないの」
 志摩子さんのその言葉に、乃梨子はショックを受け、それでも。
「私にとっては取り立ててどうこうという話ではないの」
 本当にそうなんだと納得できた。
 だから志摩子さんのお誘いを喜んで受け、志摩子さんの家に遊び来たのだった。
 とはいえ、直接会うとなるとやはり全く気にならないというわけにはいかないかもしれない。いや、志摩子さんが気にしてないのに気にしちゃダメだ。なんて、悶々とする乃梨子の心情を知る由も無く、志摩子さんのお父さんはあいかわらずでな調子で言った。、
「いや、若い方が来ると華やいでいいですな」
 ちょっとほっとした乃梨子は苦笑しつつ言う。
「志摩子さんと一つしか違わないんですが」
「まわりが大人ばかりだったせいか、志摩子はどうも年寄りくさくてな。これからも志摩子を引っ張りまわしてやってください」
「お父様」
 志摩子さんのちょっと照れたような表情が見られてちょっと得をした気分になっていた乃梨子の横で、志摩子さんは突然その話を蒸し返し始めた。
「私は気にしていなかったから話してしまったのだけれど、聞いた皆の方が気にしてしまって、ちょっと悪いことをしてしまったわ」
「……………」
 志摩子さん、そこでいきなり蒸し返さなくても。いや、本当に気にしてないからこそ簡単に言ってしまえるのだろうけど。
「……そういえばそんなことも言ったな」
「「え?」」
「冗談だったんだが、まさかずっと信じておったとは思わなんだ」
 自分の頭をぺしぺしと叩きながら、爽やかな笑顔でとんでもないこと言いやがりましたよ、このおっさん。
「……………」
「檀家の間ではいつ気付くか賭けていたものもいたようだぞ」
 はっはっはと笑いながらさらに追い討ち。いやいやいや、冗談にしていいことと悪いことがあるよね。
「お、お父さま……」
 志摩子さんの声が震えた。
 同時に空気がひやりとする。あたりの気温が下がったような気がした。ついでに破戒坊主がぎくりとしたように見えた。
「いや、だが、おまえはそんなに気にしていなかったじゃないか」
「ええ、私は」
 押し殺したような低い声。
「でも話を聞いた皆は、とても気にしてしまったのよ」
 そう、志摩子さんは自分のことより人のことを気にする人だった。
「乃梨子」
「はい!」
「少し、後ろを向いていてくれる」
「サーイエッサー!」
「いや、ちょっと待っ……」
 もちろん乃梨子は言われた通りに後ろを向き、言われずとも手で耳を塞いだので、その後何が起きたのかは全く知らないし、知りたいとも思わなかったのでした。


【2746】 水を差すようなこと  (海風 2008-09-04 02:12:07)



食後に読み出すといい感じの腹心地に眠くなるかもしれないほど長いです。注意してください。

あと、反省はしてますが、後悔はやはりしてません!









「ごきげんよう」
「ごきげんよう」

 さわやかな朝の挨拶が、澄み切った青空にこだまする。
 マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。
 汚れを知らない心身を包むのは、深い色の制服。
 スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。もちろん、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。


 の、だが。
 しかし、今日だけは。
 今日だけは、お祈りもそこそこに、みな足早にマリアさまの前を通り過ぎていく。
 早く、早く。
 それぞれにある心が、足を動かすことを命令する。
 早く、早く。
 上級生のお姉さま方に習いスカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、でも可能な限り早く。


 憧れの薔薇さま方が、私たちの質問に答えてくれるかも知れないから。









 ――リリアンかわら版新企画  薔薇さまお悩み相談室(増刊号vol.2)

  皆様より寄せられたお悩み、質問を元に、「新薔薇さまお悩み相談室」は好調に滑り出し、こうして増刊号vol.2を出すまでになりました。
  新聞部他関係者一同、皆様に厚く感謝いたします。
                            新聞部部長  山口真美


  唯一のルールとして、「ランダムにお悩みを引いた薔薇さまが答える」という原則があります。紅薔薇さまへの質問を、黄薔薇さまや白薔薇さまが答えることもあるので、ご了承ください。
  これは皆様の投稿を全て答えることができないため、公平さを保つためのものであり、また、どれだけお三方が相手のことを知っているのか、どんな物の考え方をするのかを重視した結果です。
  以上を含めて、楽しんでいただけると幸いです。

  尚、増刊号に限り、Q&A形式に加え各つぼみと、取材陣の簡単な対話も加えてありますので、併せてご了承ください。


  参加者
    紅薔薇さま  福沢祐巳
    黄薔薇さま  島津由乃
    白薔薇さま  藤堂志摩子

    紅薔薇のつぼみ  松平瞳子
    白薔薇のつぼみ  二条乃梨子
    黄薔薇のつぼみ  有馬菜々

    取材  山口真美
        高地日出美

    写真  武嶋蔦子


   ※今回はプレゼントがあります。お楽しみに!





・ 1周目  A 黄薔薇さま

Q『「YKK」という集団をご存知ですか? 噂ではとても尊敬できる理念思想を持っているらしいのですが。  匿名 私もYKKに入りたーい!』

黄薔薇さま「YKK? なんだろう? なんかの略?」
白薔薇さま「聞いたことがないわね。紅薔薇さまは知っている?」
紅薔薇さま「さ、さあ。ねえ瞳子、知らないよね?」(顔を赤らめて挙動不審)
松平瞳子 「え、ええ。全然まったく存じ上げませんわ」(顔を赤らめて挙動不審)

――新聞部は明確な情報を握っていますが、Y氏に妹ができてすぐに解散していますので、詳細は控えます。




・ 1周目2番目  A 白薔薇さま

Q『かつてリリアンに大騒動を起こした問題を今一度!
   次の文を訳せ
    Sachiko is a blue blood.   匿名 私は素直に「青い血」と直訳…』

白薔薇さま「サチコはお嬢様、ね」
黄薔薇さま「サチコは冷血」(笑)
有馬菜々 「サチコは異性人」(笑)
紅薔薇さま「怒られるの私なんだから、少しは自重しようよ」(涙目)

――注・サチコとは、紅薔薇さまのお姉さまで前紅薔薇さまである小笠原祥子さまと同名です。




・ 1周目3番目  A 紅薔薇さま

Q『ジーク・お凸!  匿名 次は菜々さんがお凸ですか?』

紅薔薇さま「え? じーく…え?」
黄薔薇さま「紅薔薇さま、ダメよ」
紅薔薇さま「だめ? ダメって、何が?」
黄薔薇さま「『ジーク・お凸』は挨拶なの。そう、由緒正しき『私立リリアン女学園凸ちんファンクラブ』のね! ちなみに創設は聖さま」

――注・聖さまとは、白薔薇さまのお姉さまで前白薔薇さまである佐藤聖さまです。

紅薔薇さま「そ、そうなんだ。よく知っているね。初耳だよ」(若干引きつつ)
白薔薇さま「紅薔薇さま」
紅薔薇さま「な、なに?」
白薔薇さま「ジーク・お凸」(おでこを強調した敬礼。そして黄薔薇さまを見る)
黄薔薇さま「ジーク・お凸!」(おでこを強調した敬礼。そして二条乃梨子嬢を見る)
二条乃梨子「じ、じーく・おでこ」(恥ずかしそうな顔でおでこを強調した敬礼。そして松平瞳子嬢を見る)
松平瞳子 「え? 私も? じ、じーく・おでこ」(とても恥ずかしそうな顔でおでこを強調した敬礼)
一同   「さあ、紅薔薇さまもご一緒に」
紅薔薇さま「は、はい」

――左の写真は、山百合会全員で「ジーク・お凸」。シュールです。

有馬菜々 「次は私が、こんな面白そうなものを率いる側の人間になるんですか?」(瞳を輝かせて)

その問いには誰も答えませんでした。




・ 2周目  A 黄薔薇さま

Q『前の席は誰ですか? 誰なんですか? 声を大にして言ってください。  匿名 スターは素人のことなんて忘れるものですよね』

黄薔薇さま「前の席? 前の席って何?」
紅薔薇さま「質問が漠然としすぎているね」
二条乃梨子「でも、なんだかすごい執念を感じるんですが」
松平瞳子 「私も感じます。絶対に答えてほしいという気持ちがなんとなく伝わってきます」
黄薔薇さま「そう言われても、わからないから答えようがないわよ」
紅薔薇さま「その質問をくれた人には悪いけれど、私もわからないよ」
白薔薇さま「私も答えようがないわ」

全員で考えましたが、結局、誰のことなのかわかりませんでした。

黄薔薇さま「残念だけれど、これは答えられないわね。質問した方、ごめんなさい」




・ 2周目2番  A 白薔薇さま

Q『あの「yPod」や「Drill-snap」を開発した松平電機産業が、今度は「YIBO」なるすごいペットロボを作ったという噂を聞いたのですが、発売はまだなんでしょうか?  匿名 エンジェルズ・ウィング(仮)というノーベル賞ものの開発も進んでいるとか…がんばれ松平電機産業!』

白薔薇さま「まあ。瞳子ちゃん、また何か企画発案をしたの?」(少々驚きつつ)
松平瞳子 「あ、いえ、それは、その、ちょっと」(挙動不審)
二条乃梨子「私は試作機を見せてもらったんですが、結局開発中止になったそうですよ」
白薔薇さま「そうなの? どうして?」
二条乃梨子「少々デザインがきも、いえ、デザインに問題が発生しまして。そうよね、瞳子?」
松平瞳子 「え、ええ。いわゆる発禁というやつでして」
黄薔薇さま「発禁になるデザイン? それってどんなデザインだったの?」
松平瞳子 「それは企業秘密ですわ」
紅薔薇さま「私も気になるのだけれど。こっそり教えてくれない?」
松平瞳子 「絶対ダメです! お姉さまには絶対教えられません!」

その後、二条乃梨子嬢と松平瞳子嬢はコソコソと「結局処分はどうなったのか」「どうしても処理できなくて結局倉庫に」などと話していました。




・ 2周目3番  A 紅薔薇さま

Q『祥子さまや志摩子さんを引き離して、あの令さまがダントツのクィーン特別賞に輝いたって本当ですか?  匿名 凛々しいだけじゃないんですね』


紅薔薇さま「……」(露骨に顔を青ざめる)
白薔薇さま「……」(目を背ける)
二条乃梨子「……」(同じく目を背ける)
松平瞳子 「……?」(首を傾げている)
黄薔薇さま「……」(眼力による無言の圧力を行使)
有馬菜々 「真美さま、詳細は?」

去年、山百合会が花寺学院の学園祭に

黄薔薇さま「真美さん。それ以上話したら(新聞部規制)して(新聞部規制)した後に(新聞部規制)した挙句(新聞部規制)とかしちゃって(新聞部規制)になったところを(新聞部規制)までやって(新聞部規制)(新聞部規制)、日出美ちゃんにも(新聞部規制)して、トドメにスカートめくるわよ」

ごめんなさい。もう言いません。だからやめてください。

――右下の写真は、鬼気迫る形相で竹刀を構える黄薔薇さま。あの有馬菜々嬢すら口を出せず、下手なことを言えば命を失いかねない凄味がありました。




・  3周目  A 黄薔薇さま

Q『東京ビックサイト、コミックマーケット二日目。それは、乙女の園。……知っていますか?  匿名 あの方とあの方とあの方、見ましたよ(笑)』

黄薔薇さま「東京ビックサイト? コミックマーケット? 二日目?」
武嶋蔦子 「あ、ごめん。フィルム落としちゃった」
山口真美 「あ、ごめんなさい。ペンのインクが出なくなったわ」
高地日出美「あ、すみません。メモ帳を破いてしまいました」
二条乃梨子「あ、紅茶、淹れ直しますね」
黄薔薇さま「……?」(不思議そうに首を傾げる)
山口真美 「差し支えなければ、その質問はなかったことにして、次に進んでもらえないかしら? ほら、盛り上がりに欠けそうだし」
黄薔薇さま「え、そう? まあ、質問の意味もわからないから、私はそれでもいいけれど。でも無理に流すくらいだから、ここのやり取りはキッチリ記事にしておいてよ。私が故意に質問を流したなんて思われたくないからね」

松平瞳子嬢がポツリと「誰も知らない、知られちゃいけない秘密って、ありますよね」と感慨深く呟いていましたが、さっぱりまったく一切意味がわかりません。




・ 3周目2番  A 白薔薇さま

Q『男の中の男って、どんな人だと思いますか?  匿名 薔薇さま方の好みの男性ってどんな方なのか興味あります』

白薔薇さま「好みの男性? ……考えたこともないわ」
黄薔薇さま「白薔薇さまの好みは、聖さまみたいな男性でしょ?」(ニヤニヤ笑いながら)
白薔薇さま「お姉さまは女性だから許せるのよ。もしお姉さまが男性なら……………………いえ、やめておきましょう」(微笑む)

その笑顔を見た瞬間、なぜか全員がごくりと喉を鳴らし、白薔薇さまから目を逸らしました。

黄薔薇さま「紅薔薇さまはどう?」
紅薔薇さま「え? 好みの男性? えっと、お姉さまみたいな人?」
黄薔薇さま「なるほど。お金持ちか」
紅薔薇さま「どうしてそこをピックアップするの」
黄薔薇さま「じゃあ、顔?」
紅薔薇さま「そうじゃなくて。総合的に見てよ。総合的に」
黄薔薇さま「じゃあ、総合的に全身からにじみ出る、Sの気配?」
紅薔薇さま「そ、そうじゃないよっ。そうじゃないよっ」(必死に否定)

――右上の写真は、あたふたと必死に否定する紅薔薇さま。必死すぎて逆に悲しくなってきました。

白薔薇さま「好みの男性はともかく、男の中の男って、どんな人かしら?」
二条乃梨子「そうですね。たとえば、高速道路をトラクターで爆走して、阪神ファン御用達の居酒屋で
阪神巨人戦の最中に堂々と巨人の応援をして、一輪車に乗りながらバスケットボールをする『一輪車バスケ』なる生傷の絶えない遊びを考案して、振り付きの『ゲッツ&ターン』が条件反射で出て、『ホームレス中○生』に感化されて実際本当にやってみて小学生に石を投げられたり警察官に職質されたりする人、なんてどうでしょう?」

二条乃梨子嬢のあまりにも微妙な発言に、全員が言葉を失いました。




・ 3周目3番  A 紅薔薇さま

Q『松平瞳子さんがマリア様の像を睨む姿を何度か見ましたが、理由はなぜでしょう?  匿名 Kさんも被害者かも』

紅薔薇さま「あ、私も見たことある」
白薔薇さま「私もあるわ」
黄薔薇さま「なんか、その時だけマリア像の目が動くって怪談みたいな噂もあったよね」

その噂は新聞部でもキャッチしていますが、真偽は不明です。

松平瞳子 「イタズラ好きなマリア様に抗議していただけですわ。一時は修復不能かと思いましたが……まあ、なんとか挽回もできましたし、ひとまず良しとしておきましたけれど」

意味がわかりませんでしたが、松平瞳子嬢はこれ以上口を開きませんでした。




・ 4周目  A 黄薔薇さま

Q『「紅薔薇の騎士」の目撃情報求む!  匿名 我は「紅薔薇の騎士」に復讐する「白薔薇の騎士」なり』

黄薔薇さま「紅薔薇の騎士?」

――注・紅薔薇の騎士とは、リリアン女学園では知らない人はいないほど有名な、マリア様に仕えし騎士です。滅多に人前には出ませんが、いつでもリリアンの迷える小羊たちを見守ってくれているそうです。

黄薔薇さま「名前は聞いたことがあるけれど、見たことはないなぁ」
松平瞳子 「私も噂は聞いたことがあります。シスター上村に称号をいただいたとか、天の使いとか、マリア様の分身とか」
二条乃梨子「私も噂程度しか。お姉さまは?」
白薔薇さま「私も似たようなものだけれど。でもそれより、匿名の『白薔薇の騎士』という方が気になるわ」
黄薔薇さま「そうね。復讐する、って書いてあるし、穏やかじゃないわね」
紅薔薇さま「……私は会ったことがあるかも」

つぶやいた紅薔薇さまに、視線が集まります。

紅薔薇さま「あ、いや、別の話だったかな? なんか聖さまがいじけていたような……いや……うーん……?」

その時の記憶が定かではないようで、本人も夢か現か判断できていないようです。




・ 4周目2番  A 白薔薇さま

Q『銀杏をタライ1杯分食べたら手乗りウサ志摩子さまがいっぱい出てくる夢が見られるとか聞いたんですが、本当ですか?  匿名 時々スク水志摩子さまも出てくるとか! 超激レアな夏服セーラーで腹チラ志摩子さまも出てくるとか!』

白薔薇さま「手乗りウサ志摩子……これって前に乃梨子が」
二条乃梨子「わー! わー! 言っちゃダメ! チャレンジ=死だから!!」

――注・銀杏の食べすぎは中毒症という危険をはらんでいますので、くれぐれも大量摂取はお控えください。

二条乃梨子「それに手乗りウサ志摩子さんは私のもの、あ、いえ、なんでもないです。なんでもないですよ?」

露骨に怪しい二条乃梨子嬢でしたが、触れないことが優しさだと解釈し、誰も何も言いませんでした。




・ 4周目3番  A 紅薔薇さま

Q『結構前になると思いますが、駅前でハイジとクララのストリートパフォーマンスを繰り広げる紅薔薇さまと乃梨子さんを見たんですが……なんかの罰ゲームだったんですか?  匿名 一時期、外国人の観光スポットみたいになってましたね』

紅薔薇さま「あったね」(感慨深くつぶやく)
二条乃梨子「ありましたね」(感慨深く同意する)
松平瞳子 「……」
黄薔薇さま「私も噂は聞いたことがあるんだけど、本当だったのね。理由は何?」
紅薔薇さま「奥義だよ」
黄薔薇さま「奥義?」
松平瞳子 「……」
紅薔薇さま「うん。あのね、瞳子ちゃんを逆さまにしてね、手は添えるだけにしないと危なくてね、それでスイッチをオンにするの」(子供のようにはしゃぎながら説明)
黄薔薇さま「はぁ……それで?」
紅薔薇さま「すると全身のドリルがフル回転してね、見事なドリルさばきで地面を掘って進んでいくの。うぃ〜〜ん、どりどりどり、って進んでいくんだよ。あれはもう一種の芸術だよ。まさに奥義だよ」(子供のようにはしゃぎながら説明)
松平瞳子 「……」
黄薔薇さま「で、どうして駅前でハイジとクララやっていたの?」
紅薔薇さま「それは…………」(次第に顔色が悪くなる)
松平瞳子 「それは? なんですか、お姉さま? それは?」

――左の写真は、新しく買ってもらったオモチャを嬉しそうに自慢する子供のような紅薔薇さまと、無表情でそれを見守る松平瞳子嬢。そして無関係を装い思いっきり顔を背けている二条乃梨子嬢。きっと答えはこの写真が語るものなのでしょう。




・ 5周目  A 黄薔薇さま

Q『ちょっと小耳に挟んだのですが、学園長が某セーラー服美少女戦士のコスチュームを持っているというのは本当なんでしょうか?  匿名 誰しもはっちゃけたい時がある、と納得するべきでしょうか?』

黄薔薇さま「あ、懐かしいなー。二年前のクリスマスだったっけ?」(笑)
紅薔薇さま「確か聖さまの誕生日だったよね」(笑)
白薔薇さま「あったわね。そういうことも」(笑)

詳細を訪ねると、二年前、聖さまがシスター上村のコスチュームを無断借用して、それを当時の山百合会の面々が着てみたそうです。
尚、その後、衣装を返す時にちゃんと謝った上で「なぜこんなものを持っているのか?」という質問をしたそうですが、答えてくれなかったらしいです。

――左下の写真は、二年前に某セーラー服美少女戦士の衣装を着た紅薔薇さまと黄薔薇さま。出し渋っていましたが、説得の末、一枚だけ写真を入手。他の方のは未許可なので掲載できず。白薔薇さまは着なかったそうです。




・ 5周目2番  A 白薔薇さま

Q『萌えノートってなんですか?  匿名 このアイテムの持つきらめきはなんだろう』

白薔薇さま「萌えノート?」
黄薔薇さま「萌えノート?」
紅薔薇さま「萌え?」
有馬菜々 「そういえば、『ぐちゃぐちゃSS掲示板』というインターネットのHPに『萌えノート』と題の付いた妄想いっぱいの黒しま」
二条乃梨子「それ以上言うなーーーーー!!!!」(鬼気迫る叫び)

――右の写真は、有馬菜々嬢を拉致し強制退場する二条乃梨子嬢。ピンボケは久しぶりです。(コメント・武嶋蔦子)

白薔薇さま「萌えノートはよくわからないけれど、『ぐちゃぐちゃSS掲示板』というものは、聞いたことがあるわ。一時期乃梨子が参加していたのよね」
黄薔薇さま「えーと、ショートストーリーの掲示板、ってことでいいの?」
白薔薇さま「ええ。お話を投稿するホームページみたい。そこに乃梨子が……いえ、もういいわね。もうおしおきは済んでいるから」
紅薔薇さま「おしおき?」
白薔薇さま「ええ。おしおき」(微笑み)

その後、帰ってきた有馬菜々嬢はニヤニヤし、二条乃梨子嬢はものすごく意気消沈していました。




・ 5周目3番  A 紅薔薇さま

Q『少し前に、祐巳さまが祥子さまそっくりのサファイアの瞳の女性と歩いているのを目撃しました。あの方は祥子さま……で、いいんでしょうか?  匿名 祐巳さまと祥子さま、いつになく幸せそうな顔をしていましたよ』

紅薔薇さま「あの人のことか」
白薔薇さま「あの人、って、祥子さまじゃないの?」
紅薔薇さま「うん。その、お姉さまの影武者でね。数日間だけうちに住んでいたの」
黄薔薇さま「か、影武者?」(心底驚きつつ)

――注・小笠原家は、本当に影武者が必要なくらいの家柄です。

紅薔薇さま「四六時中ずっと一緒にいてね。ボディガードみたいなこともしてくれて、ちょっとコンビニに行く時でも付いてきてくれて。本名も知らないし、個人的なことは何も教えてくれなかったけれど」(過去を惜しむように寂しげに微笑む)
黄薔薇さま「それで?」
紅薔薇さま「お互いに側にいることがあたえまえに思えてきた頃にね、お姉さまが返せって言ってきたから、帰っちゃった。それっきり会ってないし、連絡もないし。もう私のことも忘れちゃってると思う」
白薔薇さま「……祥子さま、もしかして嫉妬」
黄薔薇さま「白薔薇さま、ストップ。修羅場を起こしそうだから言わないで」

全員がうなずきましたが、紅薔薇さまだけわかっていないようでした。




・ 6周目  A 黄薔薇さま

Q『風の噂で聞いたのですが、白薔薇さまは紅薔薇さまや黄薔薇さまから吸い取ってるんですか? 吸い取ってますよね?  匿名 何気に私のも吸い上げてます?』

黄薔薇さま「……」(怒)
紅薔薇さま「……」(怒)
白薔薇さま「吸い取る、って、なんのこと?」
黄薔薇さま「白薔薇さま、私たちから吸い取ってるの?」
紅薔薇さま「吸い取ってるの?」
白薔薇さま「え? 何を?」(戸惑い)

何を。その重要な一点を言わず、紅薔薇さまと黄薔薇さまは白薔薇さまを部屋の片隅に追い込んで問い詰めていました。

――右下の写真は、問い詰められる白薔薇さま。ようやく気付いたのかチラチラと目線が下に落ちたりしてました。




・ 6周目2番  A 白薔薇さま

Q『黄薔薇さまが歌っていたそうですね。マリア様の心、それは?  匿名 そんな黄薔薇さまが大好き』

白薔薇さま「……くっ」(小さく吹き出す)
紅薔薇さま「ぷっ」(小さく吹き出す)
二条乃梨子「ああ、アレですか」
松平瞳子 「アレですわね」
黄薔薇さま「アレってなによ」

「アレとは何か?」と聞くと、答えてくれました。

白薔薇さま「マリア様の心、それは圧倒的勝利」
紅薔薇さま「マリア様の心、それは菜々ちゃん」
松平瞳子 「マリア様の心、それはぬふぅ!」
二条乃梨子「マリア様の心、それはうおっまぶし!」
有馬菜々 「なんですかそれ」(笑)
黄薔薇さま「ちょっと狙ってみた。だって誰もなかなか聞いてくれないんだもん、機嫌の良い理由」(笑)

どうやら黄薔薇さまはそういう歌を歌ったそうです。ご機嫌で。

紅薔薇さま「ところで黄薔薇さま」
黄薔薇さま「ん? 何?」
紅薔薇さま「聞くまでもないと思うけれど、菜々ちゃんへのロザリオの授受、『私と瞳子みたいな』素敵なシーンにしたんだよね?」
白薔薇さま「あら。『私と乃梨子みたいに』した方が、もっと素敵だと思うわ。もちろん黄薔薇さまは私たちの方を選んだのよね?」

互いの一言を皮切りに、紅薔薇さまと白薔薇さまは、リリアンの生徒らしからぬメンチの切り方で睨み合いました。松平瞳子嬢まで参戦しています。

黄薔薇さま「馬鹿ね、二人とも。そんなの聞くまでもないじゃない。わかっているくせに」(笑)
紅薔薇さま「そうだよね。私と瞳子の方だよね」
白薔薇さま「私と乃梨子の方が素敵よね?」
黄薔薇さま「もちろん、私たちは誰にも負けない素敵で素敵ですっごい感動的なステキ授受をしたわよ。紅薔薇さまのように? 白薔薇さまのように? ハッ。足元にも及ばないわ。お二方ともどんな授受したんでしたっけ? 大昔のことだし印象が薄くて忘れちゃった。ハッ」(鼻で笑いつつ)

以降、三人は親の仇、いや、妹の仇を見るかのようなメンチの切り合いを展開しました。

――右上の写真は、マリア様も怯えて目を逸らすだろう危険な瞳で語り合う三薔薇さま。「ゴゴゴゴゴゴ」と大気が震えています…!




それぞれの妹が「これは危険すぎる」と仲裁に入り、なんとか気を取り直して。




・ 6周目3番  A 紅薔薇さま

Q『花寺学院に外国からいらした男性教員が、有らぬ誹謗中傷を受けて母国に帰ったそうです。なんでも白薔薇さまが原因だとか聞いたんですが……  匿名 ロシアの方だったそうです』


紅薔薇さま「これって……」
白薔薇さま「心当たりがないのだけれど……もしかして私、知らない内にその方を傷つけていたのかしら……?」(悲しげに目を伏せる)
黄薔薇さま「まさか。白薔薇さまがそんなことするわけないじゃない」
二条乃梨子「そうですよ。お姉さま」
松平瞳子 「その話、花寺に行っていた従兄弟から聞いたことがあります」
紅薔薇さま「え? 本当?」
松平瞳子 「はい。結論から先に言いますが、白薔薇さまは一切関係ありませんからね。……そう、全ては悲しい偶然……」(芝居調に)

話を聞いてみると、本当に偶然だったようです。

松平瞳子 「――こうして某先生は、謂われなき薔薇族の汚名を着て、故郷へ帰ってしまったそうです……切ない話です」

全員、何も言えませんでした。そう、全ては悲しい偶然が織り成した悲劇だったのです。




・ 7周目  A 黄薔薇さま

Q『こう言ってしまうと変態に思われるかもしれませんが、切実なんです。気になって気になってしょうがないんです。このままだと乙女にあるまじき小学生じみた行動を起こしてしまいそうで。直接聞く勇気も出ず、恥を忍んで匿名にて質問をさせてください。
  まことに失礼ながら、白薔薇さま、下着、種類、変えましたか? 何気なく体操服のスパッツにうっすら浮かぶインナーのラインを見てしまって以来、どうしてもどうしても気になって気になって。変な意味はありません。ただ気になるだけです。だって、時々ラインがない、って……  匿名 時々すごいパンツとか、ですか? まさかノーいえなんでもないです』


黄薔薇さま「し、下着の種類!? 白薔薇さまの!? なんて質問よ!」(激怒)
白薔薇さま「そんなに怒らないで。女性同士なのだし、構わないわ」(微笑み)
黄薔薇さま「そう? 白薔薇さまがそう言うなら、私はいいけれど……でもこれ私への質問だから、私が答えなきゃいけないのか」
紅薔薇さま「あれ? 前に一度、私から黄薔薇さまに話さなかった?」
黄薔薇さま「……あ、そう言えば、何かの折に聞いたことがあるね。なんだったかな?」(腕組みして悩む)
白薔薇さま「一度誤って学校にTバックの下着で登校したことがあって」
黄薔薇さま「白薔薇さまが答えちゃったよ! いやまあそれはいいけど、白薔薇さまがTバックの下着!? 本当に!?」
白薔薇さま「え、ええ。家にいる時は大抵和装だから、母が、下着のラインが出ないこれにしなさいって」(少々顔を赤らめて)
黄薔薇さま「あ、なるほどね」

――注・昔は、着物の時は下着は着けなかったようです。

紅薔薇さま「じゃあ、時々ラインがないって」
白薔薇さま「少し前まで、うっかり着けて登校していた時の目撃談ね」
黄薔薇さま「ふーん。今はそういうことはないの?」
白薔薇さま「ええ。あれって、男性にはいやらしイメージがあるようなの。だからもう着ていないわ」
黄薔薇さま「着物の時も?」
白薔薇さま「ええ。もう、和服の時は下着は着けないことにしたの」
紅薔薇さま「……」(顔を赤らめる)
黄薔薇さま「……」(顔を赤らめる)
松平瞳子 「……」(顔を赤らめる)
有馬菜々 「……」(ニヤニヤする)

黙りこくった皆の反応が気になったのか、白薔薇さまはおろおろし始めました。

白薔薇さま「お、おかしいかしら? 乃梨子は『良いと思うよ』ってさわやかな笑顔で親指まで立」
二条乃梨子「ストップ! ストーップ! この質問はもう終わり!!」

微妙な空気になってきたので、異存はありませんでした。

――下は、「着物の時は下着を着けない」告白をサラリとやってのけた白薔薇さま。強いて面白い写真ではありませんが、あらゆる意味ですごいと思ったので掲載。




・ 7周目2番目  A 白薔薇さま

Q『去年、一年椿組から「うさうさー」という感じの奇声が謎のドラムと共に聞こえたんですが……いったいなんだったんでしょう?  匿名 朝から元気な人もいたものです』


白薔薇さま「うさうさ、って。そう言えば乃梨子、いつだったか、そういうおまじないがあるって教えてくれたわよね?」
二条乃梨子「あ、はい。なんでも意中の相手と結ばれるおまじないだったかと。でもあんなの本当にやる人がいるなんて……ねえ瞳子」
松平瞳子 「な、なんです!? 急にこちらを向かないで! 驚くじゃない!」
二条乃梨子「何逆ギレしてるの。それより瞳子、まさか、やってないよね? 去年の椿組って言ったら、私たちのクラスだし」
松平瞳子 「するわけないでしょう! そんなうさぎさんが食べられるおまじないなんて!」
二条乃梨子「……なんで知っているの? うさぎさんが食べられるって」
松平瞳子 「そ、それは……」
黄薔薇さま「ちょっと待った」
有馬菜々 「その『おまじない』の内容が非常に気になるのですが。うさぎさんが食べられるってなんですか」
黄薔薇さま「そう、私もそれが気になる。瞳子ちゃんを問い詰める前に見本をやって見せてくれない?」
二条乃梨子「え、私が?」
黄薔薇さま「だって、知っているの、乃梨子ちゃんだけみたいだし」
二条乃梨子「新聞部は?」

おまじない自体は知っていますが、詳しい内容までは把握していません。つまり皆さんと同じです。

二条乃梨子「いや、私も詳細は知らないんですよ。なんか、誰もいない教室で、うさうさーとか叫んで、食べられて……くらいです」
黄薔薇さま「じゃあ、どうやって乃梨子ちゃんはそのおまじない自体を知ったの? 誰かに教えてもらったの?」
二条乃梨子「そういうおまじないがあることは噂で聞いていて、実際それを聞いたことがあるからです。誰かはわかりませんが、どうやら相当大きな声の持ち主のようでして。ねえ、瞳子? 発声練習とかしている人がやったんじゃないかな、って私は思っているんだけど」
松平瞳子 「……見ました?」
二条乃梨子「見ちゃいけないような気がして、見てない。見るのも怖かったし」
松平瞳子 「じゃあ、私がやっていたという確証はないわね?」
二条乃梨子「じゃあ、そういうことにしておく」
松平瞳子 「やってませんからね! 別にお姉さまとのことを考えてくだらないおまじないなんてしませんからね!」(赤面)

顔を赤らめる松平瞳子嬢を、皆で生温く見守りました。

――久しぶりのツンデレ全開瞳子嬢は、左上の写真。




・ 7周目3番目  A 紅薔薇さま

Q『開かれた山百合会を! かつての紅薔薇さまである蓉子さまは、そのための努力を行ったそうですが、具体的には何を?  匿名 あの方では無理そうな気が……』

――注・蓉子さまとは、先々代の紅薔薇さまである水野蓉子さまのことです。

紅薔薇さま「えっと、聖さまから聞いたのですが、蓉子さまは手始めに『愛らしさ』を追求することにしたそうです」
黄薔薇さま「愛らしさ?」
紅薔薇さま「ええ。みんなと親しくなるには、凛々しいとかじゃなくて可愛いこと。その辺が重要だと思ったみたい」
白薔薇さま「それで、蓉子さまはどうしたの?」
紅薔薇さま「あ、ちょっと待ってね。なんか知らないけれど、聖さまがかなり念押しに教えてくれた挨拶があってね、それを蓉子さまが考えたんだって」

言い置いて紅薔薇さまは立ち上がると、いったん会議室を出て行きました。

紅薔薇さま「じゃ、行くよ。恥ずかしいし結構疲れるから、一回しかやらないからね」

また紅薔薇さまが入ってきました。
皆の前に立つと、両手を後ろ手に組みます。上体をほんの少し前に傾けて、紅薔薇さまはクルッと身体を回転させました。すると、その回転に合わせて、ふわりとスカートの裾が持ち上がります。
そして、はちきれんばかりの笑顔を浮かべました。

紅薔薇さま「ごきげんよう、お姉ちゃんたち。福沢祐巳だよっ♪」 

最後に「エヘヘ」と照れたようにはにかみました。

――はにかむ紅薔薇さまは、右の写真。これで高三です。実際それを見た私は、ほんの中等生くらいにしか見えませんでした。(コメント・山口真美)

紅薔薇さま「これを蓉子さまが考えたらしいよ。実際は『お兄ちゃんたち』って言ったみたいだけれど……いったいなんのニーズに応えようと思ったんだろうね」(照笑)
一同   「…………」
紅薔薇さま「え? あれ? どうしたの?」
一同   「もう一回」
紅薔薇さま「え?」
一同   「もう一回」
紅薔薇さま「いや、だから、一回しかやらないって」
一同   「もう一回」
紅薔薇さま「……」
一同   「もう一回」
紅薔薇さま「…………」
一同   「もう一回 もう一回 もう一回 もう一回」

記者、撮影含む一同の「もう一回」コールに負けて、紅薔薇さまは三十回くらいやってくれました。




――左の写真は、企画終了とともに納めたスリーショット。全身全霊の過剰アクションで無理な挨拶を繰り返した結果体力が尽きて瀕死になっている紅薔薇さま、「この挨拶を流行らせよう」と画策している黄薔薇姉妹、姉に今の挨拶をなんとしても実行させようと学年トップの頭で多角的かつグローバルに真剣に考え始めた白薔薇のつぼみと、挨拶が気に入ったらしくグロッキー状態の紅薔薇さまに「もう一回やって?」と可愛げに悪魔の催促をする白薔薇さま。(左下の横になっている足は、なぜか少々出血してしまった松平瞳子嬢のものです)


  ※本紙掲載「紅薔薇さまの挨拶」の写真を抽選で五名様にプレゼントします。ご応募お待ちしております。









 私立リリアン女学園。
 時に魔界に行ったり、時に三賢者に会えたり、時に殺人事件が起こったり、時にレオタードを着て怪盗になってみたり、時に縦ロールが本物のドリルになったり、時にもしものレイニーブルーが語られたり、時に銀杏ケーキを食べる機会になったり、時に死にたくなるほど誰かを好きになったり、時に紅薔薇さまが誰かの実姉妹になったり、時に道草を本当に食らってみたり、時に白薔薇のつぼみと有馬菜々さんがチャリンコでガチンコ勝負をしてみたり、時に全員が先々代白薔薇さまの愛人になってみたり、時に先代黄薔薇さまが現黄薔薇さまに釘バットで殴られたり、時に次世代が舞台になったり、時に現黄薔薇さまの代わりに紅薔薇のつぼみが黄薔薇さまになったり、時に薔薇の館が吹き飛んだり。

 時に微エロな柔道部がガッチガチに活躍してみたり、時に地球侵略をたくらむカエルみたいなのがやってきたり、時にイケナイ関係を疑ってみたら足ツボマッサージだったり、時にあるあるさまの探検隊がやってきて可南子にぼっこぼっこにされたり、時に謎の女は「木圭」だったり、時に階段から落ちて超絶美形ロサ・キネンシスになったり、時に聖の裏切りで祐巳がハァハァいっている祥子と瞳子に捕食されたり、時にひぐらしになってみたり、時にドリぺったん、時に志摩子さんをめぐる『蕾戦争』が起こったり、時に祐巳が島津になっていたり、時に志摩子の顔面にスポンジボールを直撃させてみたり、四時間目は聖書の時間だったり、けっしてさわやかでない朝の叫びが「萌えっ!!!」とこだましたり、時にあの頃の蔦子はメガネを取ったら超絶美形で見た人悶絶というデフォ設定があったり。


 瞬きの狭間にifを見る、十八年間通い続けることができれば温室育ちながら日本が水没しても生き抜くことを可能とする純粋培養お嬢さまが箱入りで出荷される、という仕組みが未だ残っている火星にもその名が届くほどの貴重な学園である。










【2747】 うれしいな一緒に楽しめる事  (マグロ漁船 2008-09-04 05:35:46)


 ハードディスク整理してたら書きかけのSSが出てきてどうしようと思ったけど、ここを思い出したのでせっかくし投稿せてもらうことにした。
 ちょっと長いから暇な人用。あと、多分一年以上昔(下手すりゃ、2年前かw)に書いたやつだから原作とずれてる所があるかもしれんけど勘弁してね。
 シチュは、大学聖になった令が夏休みに帰郷して由乃の家に行く&菜々が由乃妹ということで。 
 ↓ここから本編。
 

 肩口まで届きそうな髪を靡かせた少女(というには少しとうが立っているが)がバスから降りて最初にした行為は、すうーと深呼吸をすることだった。
「あーっ、懐かしい匂い」  
 くんかくんか、と久々の匂いを堪能する。
  

ーー 中略ーー 実家に帰った後、よしのん家にいく。
  

「今だったら十回、ううん、五回に一回ぐらいは一本取れるじゃないかな?」
 これは大きくでたもんだ。が、ただの過信というには目がすわっつている。つまり、その口に自信が二人三脚でついてくるぐらいの努力をしたということだろう。
 ああみえて意外に由乃は努力家なのを令は知っていた。ただ、人に見せるのが嫌いなだけ。
 あれ、今どこかで姉バカって言葉が聞こえてきたような気がする。
 えーえー、自覚はしてますよ、っと。
 なんて誰にも聞こえることなく言い訳を、お茶菓子とともにごくりと一飲み。うん、うまい。
 そんな令を少し驚いたような表情で見つめながら、由乃がゆっくりと口を開いた。
「令ちゃん、少し変わった気がする」
「ん、どこが?」
「はっきりとはいえないけど、ええと、なんていうか……そう、逞しくなった」
 明らかに言葉を選んでいる由乃を見て、令は苦笑した。
「はっきり言えばいいよ。ガサツになったって」
「そこまでは言わないけど」
「自覚はしてるよ。あ、ならこう言おうか、由乃みたいになった」
「ちょっ、それってどういう意味よ!? その流れからしたらまるで私がガサツに聞こえるじゃない!」
 ごめんごめん、と謝りながらも令は久々ともいえる夫婦漫才ならぬ姉妹漫才(由乃にしばかれるだろうけど)を楽しんでいた。
(うん、やっぱりいいわ)
 ある一面では、以前より少し距離が離れたのかもしれない。
 例えるなら前のようなべったり甘々ではなくあっさり風味、けどこのサクサクな距離感が意外と心地よい。
((ボンジョ・ビー♪)) 
 談笑を続けていると、玄関から呼び鈴が聞こえてきた。
「あ、誰か来たみたい。ごめん令ちゃん、ちょっと出てくる」
「ん、セールスマンだったら……」
 追い返そうか、と続こうとした令の口にチャックをするかのように一睨み。
「押し売りでもしようもんなら、たたき帰すわよ!!」
 そして、落雷のような激しい言葉が返ってきた。
 そういうところは変わってない。いや、ここは変わりようのないところだ。くわばらくわばら。
 さてと、ここは家主に任せてお茶でもすすらせてもらおう。
(……ん?)
 なんとなくだが、玄関の方が少し騒がしく感じた。
(((☆♯♪ωqあwせdrftgyふじこlp!))) 
「な!?」
 気のせいかと思うのも束の間、今度ははっきりと押し問答のような会話が聞こえてきた。
 まさか、本当に押し売りなのか?
 令が腰を浮かそうとした矢先、玄関から足音が聞こえてきた。どうやらこちらへ帰って来てるようだった。
 それはまあいいのだが、ただ一つ令が気になったのは、行く前は『とてとてとて』な二拍子だったのが『とてとてどたどた!』の三拍子になっていたことだった。 
ドバン!!
 令が、その理由を考える間もなく居間の扉が勢いよく開く。その扉を開いた当人は、僅かな時間にどこで拾ってきたのか『不機嫌』と『困惑』を左右のほっぺにを貼り付つけるという離れ業を演じていた。
 それは令の長年磨かれた対由乃警報が鳴り響くに十分だったが、それが稼動に至らなかった理由は由乃の背後にあった。
 それを質す間もなく。
「お久しぶりです、令さま!」
 先手必勝とばかりと元気のよい挨拶を受けた。
 おやまあ、意外なところで意外な人間に出会うものだ。いや、場所的にはおかしくはないか。
「お久ぶりだね、菜々ちゃん」
 何しろこの子は由乃の妹なんだから、ある意味では当然というやつだ。
 ちょっと面を喰らったが、これはこれで好都合かもしれない。やはり由乃の元姉として、その妹とゆっくりと話をしたいのも当然というものだろう。
「ねえ、菜々ちゃ」
「で、菜々!」
 ただここで、婆と孫との交流を邪魔する鬼嫁ならぬ鬼由乃がずずいと間に入ってきた。
(゚ー゚) 
 が、鬼由乃の熱視線もなんのその、菜々ちゃんは夏の暑さを感じさせない涼やかな表情をしている。
(゚ー゚) 「はい、お姉さま」
(`ロ´「この前言ったでしょ、今日は令ちゃんが来るって」
(゚ー゚) 「はい、聞きました」
(`ロ´「じゃ、これも覚えているわよね。だから、その日は水入らずで過ごしたい、って」
(゚ー゚) 「はい、いいました」
 正直、ちょっとうるっときてしまった。でもそんな令を無視して由乃の詰問は続いていく。
(`ロ´「じゃ、なんであなたはここにいるの? まさか日にちを間違えたとかいうんじゃないでしょうね?」
(*^-^)「いやだなーお姉さま。そりゃもちろん、愛しの孫が『お姉さま』と『お婆ちゃま』と水入らずの時間を過ごしにきたに決まっているじゃないですかー」
Σ(゚口゚;「なっ!?」
 ぷっ、と本人の意思を離れて暴走しかけた口に急ブレーキをかけた令は、いけしゃあしゃあ、という言葉がよく似合う自称愛しの孫に対して目を向ける。
 いやいやいや、これはまた随分な子が由乃の妹になったものだ。令にとってこのふてぶてしさは、あのお方を思い出させるに十分だった。
 あるいはこれは、二年越しの隔世遺伝というやつかもしれない。
(……しかしまあ)
 令は、苦笑をしながら思い偲ぶ。
 ロサ・E子さましかり、ロサ・Y乃しかり、そして今のN布団ちゃんを含め、品種に原因があるのかはたまた環境に問題があるのかわからないが、黄バラ園には少々扱いが難しい薔薇が育ちやすいみたいだ。
 その中でも一際打たれ弱かったロサ・ヘタレという品種を棚上段に上げ茶をすすり終えた令は、まだ揉めている二人の間に割ってはいる。
「由乃、もうその辺にしときな」
「でも令ちゃん」
「由乃がいいたいことはわかる。わかる気はする。でも由乃は、くるな、とは一言も言ってなかったんでしょ?」
「そ、それはそうかもしれないけど。でもそれは」
 更に続こうとした由乃を遮るように令が続ける。
「まあ、今回は言ってなくともわかるように含みをもたせんだろうけど」
 令がそう言うと、由乃は俄然元気になった。 
「そ、そうよ! 普通なら絶対にわかるはずだわ!」
「はい、ストップ! で、菜々ちゃん、実際はどうなの? わからないできちゃったの、それとも確信犯?」
 令が菜々ちゃんを見ると、流石の菜々ちゃんも少しばつが悪そうに頭をかいていた。
「はい、お姉さまのいいたいことはわかってました」
「ほら、やっぱり!」
 うーん、確信犯か。それはちょっと問題ありかもしれない。
 どうどうと由乃を宥めながら、とりあえず令は理由を質してみることにした。
「菜々ちゃん、よかったら理由を教えてもらえないかな?」 
「あ、それは」
「ふん、どうせ令ちゃんが帰ってくるって聞いたから、また立会いをしたかったんでしょ!」
「こら由乃、まだ話の途中だよ」
 そういいながらも令は、由乃の言葉になるほどと思った。以前に負けた相手に、練習をして雪辱を果たしたいのは当然というものだろう。現に、令自身がそうだったらその気持ちはよくわかる。
「えっと、理由は由乃ので合ってる?」
「正直に言えば、それもあります。でも、それ以上に……しっ」
「しっ?」
「しっ……です」
 おや? この子に似合わぬ随分と歯に物が詰まったような言い方だ。
「しっこ?」
「由乃はだまってて。菜々ちゃんごめん、もう一度言ってくんない」
 令が言うと、菜々ちゃんは観念したように肩を落した後、令を見上げながら今度ははっきりと答えた。
「嫉妬もありました」
 その言葉に、令は怪訝な表情を浮かべた。
「嫉妬? えっと、それは誰に対して?」
「決まっているじゃないですか、令さまにですよ」
「え、わ、わたしに?」
 どういうことだろう? 返ってきた意外な答えに、令は答えを求めるように由乃を見る。が、それでわかったことは、令以上に由乃が驚いていることだけだった。
「由乃?」
 令の声に反応したのか、陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクをさせていた由乃が慌てふためいたように口を開く。
「ちょ、ちょっと菜々、なんであんたが令ちゃんに嫉妬するのよ!」
 ぴちぴち由乃の言葉に、菜々ちゃんはぷいとそっぽを向いて答えた。
「だってお姉さま、二人のときはいつもいつも令さまのお話ばかりじゃないですか。おまけに、薔薇の館では祐巳さまや志摩子さまといちゃついてばっかりだし。お姉さまは、釣った魚には餌をくれないんですか?」
 菜々ちゃんはそういった後、令に向きを変えてぺこりとお辞儀をした。
「すみません、最初はそんな気は半分ぐらいしかなかったのですが、家で素振りをしているとお姉さまとお婆さまが道場でくんずほぐれつなことをやっていると思うと、居てもたってもいられなくなりついお邪魔してしまいました」
 気になる表現がいくつかあったがあえてその突っ込みはせず、令は由乃へと視線を向ける。
「由乃、菜々ちゃんはああ言っているけど何かいいたいことは?」
「え、えーと、た、確かに令ちゃんの話題は多かったかもしれないけど、菜々を別に蔑ろにしたつもりなんか……」
 歯切れの悪い由乃対して、菜々ちゃんがはっきりと反論する。
「もちろん蔑ろにされているだなんて思ってませんし、姉として十分にしてもらっていると思ってます。ただ、時々ですが避けられているような感じがします」
「避けてなんかないわよ!」
「じゃあ、どうして剣道部では部活でわたしの相手をしてくれないのですか? 相手をお願いしても、また今度とかようやく相手をしてもらえたらと思ったら、こっそり中の人はちさとさまだったり」
「な、中の人などいない!」
「足捌きを見ればわかります」
「うっ……」
 由乃の明らかな狼狽に、令はその答えがわかった気がした。が、言わないでおくのが武士の情けと言うものか。
「こういった余計なアドベンチャーは望んでません。わたしが望むアドベンチャーは、祐巳さまや瞳子さまの『五・一五七七演劇部ワッショイ事件』や志摩子さまや乃梨子さまの『それ逝け! しまのり仏教徒育成計画』等のリリアン史に名を刻むようなものです」
「あ、あのレベルなの?」
「はい、その為にはより深い姉妹の相互理解は必要不可欠です。それなのにお姉さまときたら」
 拗ねたようにまくし立てる菜々ちゃんを見て令は、ちょっと失礼だけど親鳥に餌をねだる雛鳥の囀りにも見えて微笑ましく思った。
 そういえば菜々ちゃんは末っ子だっけか。確か、家庭の事情でそのお姉さん達とも別居してるはず。こう考えると言動や積極的な行動に騙されそうになるけど、ああ見えて結構甘えん坊なのかもしれない。
 先ほどの元気はどこへやらすっかり防戦一方の由乃に、令は試合終了のタオルを投げ込むことにした。
「はいはい、そこまでそこまで。うん、こりゃあどうみても由乃がわるいわ」
「ちょっと、令ちゃん!」
 由乃が声を荒げるが、その声とは裏腹に表情は迫力に欠けていた。
「だって、菜々ちゃんからしてみればいい気はしないだろうさ。例えばだけど、由乃だってもしわたしが今日は由乃より先に江利子さまに単独で会いに行く、って言ったらどうする。家で大人しくしてる?」
「そりゃあ、ついて……いく」
 ぼそぼそと言う由乃に、令は少し意地悪なことを言ってみた。
「というより、邪魔して行かさないんじゃないの?」
「うっ! ……多分、そうかも」
 肩を落とす由乃に、令は諭すように口を開いた。
「由乃、由乃がわたしと水入らずの時間を過ごしたい、って言ったときすっごく嬉しかった。ただ、結果として一人仲間はずれにされる菜々ちゃんの気持ちも考えなくちゃいけなかったかな。菜々ちゃんのお姉さんとしてね」
「……うん、そこは反省してる」
 そういいながら由乃は菜の方へ向き直る。
「菜々ごめん、あんたの姉としてちょっと軽率だった」
「あ、いえ、えーと、うん、特大アドベンチャーに一歩に近づいたと思えば安いものです」
 素直に謝られたのが意外だったのか、菜々ちゃんは慌てたように返答をしていた。
 あと、どことなくだがその声には安堵の空気が令には感じられた。
 やはり菜々ちゃんといえど(といっても、まだそれほど知っている仲ではないが)、姉の言いつけを破り反論するのにはそれなりのプレッシャーがあったのだろう。
 今にして思えば、最初の菜々ちゃんのお婆さまとお姉さまとの水入らずの時間を過ごしにきた、は由乃をやり込めるためでもなんでもなくそのままの意味だったのかもしれない。
 さて、落ち着いたところで申し訳ないが。一つ口をはさませてもらっておこうか。 
「菜々ちゃん、一ついいかな?」
「あ、はい。何でしょう、令さま?」
「うん、今回の件についてわたしと由乃はスールとしての姉妹だけど、それ以外にも従妹、つまり親戚関係でもあるのだから一歩間違えると色々と問題になったかもしれないのはわかるかな?」
 ここでいう問題とは、令と由乃の集いではなく、支倉家と島津家としての集いだったら、という意味だ。
 あっ、という表情を浮かべる菜々ちゃんを見て、令は一呼吸置いて続けた。
「だから、次からは必ず確認してほしいんだ。お姉さまやお婆さまの元へ遊びに行っていいですか、って、由乃はもちろん私だって菜々ちゃんみたいなかわいい孫が来てくれたら嬉しいと思ってるから。いいかな、菜々ちゃん?」
「はあ、アドベンチャーに気をとられてそこまで考えが及びませんでした。はい、次からはそうさせていただきます」
「うん、楽しみにしてるよ」
 令が笑顔で返答すると、横から由乃が口を挟んできた。
「うん、その通り。流石令ちゃん、いいこと言う!」
 令は、口を挟んできた由乃をちらりと一瞥する。
「ま、だれかさんがまた菜々ちゃんを仲間外れにしようとしたら、今回みたいにしてもいいけどね」
「ちょっと令ちゃん、一言多い!」
「流石令さま、いいことを言います」
「あ、こら菜々!」
「あれ? 一言多かったですか、お姉さま」
 そういいながら舌をチロリ、その全然悪びていないその顔は令の隔世遺伝説を深めるに相応しいものに見えた。
「ええい、かわいげのない妹ね!」
 そういいつつも由乃の顔は笑っている。
 なんだかんだで仲のよい二人を見て安心する反面、令には少しだけ残念に思うことがあった。
 菜々ちゃんの入学がもう一年早かったら自分もその輪に入れたかもしれないのに、と。
 でもそれは気にしても仕方がないことか、いやリリアンにこだわらないのであればまだ十分に可能なはず。 
(よし)
 すくっと立ち上がった令を、由乃が不思議そうに見上げてきた。
「令ちゃん?」
「さて、いこうか由乃」
「いくって、どこへ?」
「決まってるじゃない、道場だよ。菜々ちゃんだってそのつもりなんでしょ?」
 その瞬間、小柄な身体がびょんと跳ね上がった。
「はい! いきますいきます! さあ、いきましょうお姉さま!」 
「ちょ、菜々、何勝手にきめてんのよ!」
「あれー、お姉さまはやらないのですか? じゃあ仕方がないですね、行きましょう令さま」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! やるに決まってるでしょ!」
「じゃあ決まりだ」
 そう言って数歩歩いた後、何かを思い出したように令は振り返る。
「で、どっちがわたしの相手をしてくれるの?」
 一瞬の静寂、そして。
「「わたし(が)!!」」
 元気のよすぎる二つの声が、令の両耳を心地よく突き抜けていった。


【2748】 涙が止まらない二人一緒に  (MK 2008-09-04 19:26:39)


作者より:メインタイトル『もこもこしてたりする柔らかくてびっくりわっか的ビデオ』
       【No:2709】→【No:2712】→【No:2716】→【No:2721】→【No:2733】
      →【No:2736】の続きです。ホラー…かも知れません。




「ありがとう、乃梨子。少し落ち着いたわ」
 毛布の中から志摩子さんの声が聞こえてきた。
「それに、こうするためだけに会いに来た訳ではないでしょう?」
 少し恥ずかしいような、いたずらっぽいような、それでいて優しい声が私を包む。

「…うん」
 名残惜しいような感覚を覚えながら、私は体を離して志摩子さんと向かい合った。
「思い出すのも嫌かも知れないけど、ビデオを見て呪いにかかった時のことを聞きたいんだけど…」
 そう言いながら、怖々と志摩子さんの顔を見る。
 意外にも、志摩子さんはいつもと変わらないような表情で記憶の引き出しを探しているようだった。
「確か…父にビデオの整理を頼まれて、ラベルが貼られていないビデオを見ていたのだけれど…」



「うーん」
「どうされたのですか、お父さま」
「ああ、志摩子」
 帰宅した私が、父の唸り声が聞こえた部屋を覗いてみると、父が十本ほどのビデオテープの前で腕組みをしている所だった。

「実はな、この間志村さん達と旅行にいっただろ。あの時のビデオを明日、志村さんに見せる約束をしててな。押入れにしまって置いたんだが、取り出す時にひっくり返してしまってな…」
「混ざってしまった、と?」
「うむ。中身を見ればいいんだが、これから法事で出る予定があってな」
 うーん、と唸る父に助け船を出すことにした。
「では、私が見ておきましょう。行ったのは確か…鎌倉でしたよね」
「うむ。じゃあ、頼んだよ、志摩子」
「はい」

 そして、ビデオの束を抱えてテレビのある部屋まで行くと、ビデオを見始めた。
 過去の旅行のもの、テレビの録画のもの、そして自分の小さい頃のものまであった。



「志摩子さんの小さい頃のビデオ…見たいかも」
「ええ、今度時間があるときにね」
「やったぁ」
 今の状況を忘れて小さくガッツポーズ。
 そんな私に志摩子さんは僅かに笑ってみせた。
「そんな中にね…」



 そんな中、他のビデオとは違う感じの映像のものがあった。
「猫…?」
 それは白い子猫が映ったものだったが、映像だけで音は入ってなく、他のビデオの内容と比べても、明らかに異なるものだった。
「失敗ビデオなのかしら…」
 場面が移り、木造の校舎が映し出される。
 そして…。



「…赤い血のような文面がでた、と」
 志摩子さんは、こくんと頷いてみせた。
「そこまでは、同じ?」
「うん、同じ。あと…」
「実際に呪いにかかった日ね」
 やはり、変わらない表情を見せる志摩子さん。
 呪い、という言葉に怖いものを想像していたけれど、そうでもないのだろうか。
そう考えながら志摩子さんを見る。
 嫌でも目につく長い獣毛に、私はそんな甘い考えを捨てざるを得なかった。
「そのことは、いたずらだと思って余り気にはしてなかったけれど…」



 ビデオを見た五日後、つまりは休む前日、それは起こった。
 いいえ、起こったようだった。
 ようだった、というのはそれ自体の記憶が曖昧になっているから。

 その日、お風呂から上がったあとに、鏡の前で髪を整えていると、何かに襲われた。
 その何か自体は余り覚えていないけれど、気がつくと自分の体が変わっていて、それどころではなかった。
 ただ…。



「ただ?」
「襲われた時に、感情みたいなものに触れた気がして」
「感情?」
「ええ、あれは…なんだったのかしら…」
 そう言うと、志摩子さんはまた考え込んでしまった。

 襲われたことは覚えていない、そのことは怖くて記憶が抜け落ちてしまっていると考えるのが妥当だろう。
 となると、それ以上追及しても志摩子さんを苦しめるだけ。
 その考えに至ったところで、私は外がもう暗くなっていることに気付いた。

「ありがとう、志摩子さん。その…怖いこと思い出させちゃって、ごめん」
「ううん、いいのよ。乃梨子の力になれたのなら嬉しいわ」
 そう言って、志摩子さんはにっこりと笑ってみせた。
 その笑顔に、私は微かに胸の苦しみを覚えた。

「じゃあ、志摩子さん。またね」
「またね、乃梨子」
 ごきげんよう、ではない別れの言葉。
 私の気持ちを汲み取ったかのように、志摩子さんも繰り返した。

 そうして私が立ち上がって身を翻した、その時。

「危ないっ、乃梨子!」
 志摩子さんの声に振り向いた瞬間。

 ガカカッ。
 ビッ。
 前を通り過ぎる白い影。
 そして、目の前にふわりと舞い上がる白い布切れ。

 白い影。
 それは、変わってしまった志摩子さんの爪で。
 白い布切れ。
 それは、いつも着けている私のタイの一部だった。

 振り返った私がそれに気づいた時、志摩子さんと目が合った。
 志摩子さんは、今しがた私の前を横切った右手をもう一方の手で押さえて、そして。

 怯えていた。

「し、志摩子さん…」
「見ないでっ」
 私と同様立ち上がった志摩子さんから、被っていた毛布が脱げていた。
 座っていた時に、ちらちらと見えていた獣毛や尻尾から想像はしていた。
 しかし、頭で思い浮かべているのと、実際目にした時では、その衝撃に差があると私は思い知ることになった。

「…乃梨子、お願い帰って」
「志摩子さん…」
 涙を浮かべながら、私の前を薙いだ右手を押さえる志摩子さん。
 その右手の甲に血が滲むほどに。

「さっきまでは大丈夫だと思っていたわ。乃梨子が側に居てくれれば大丈夫って。でも、そうじゃなかった」
「志摩子さん…」
「このままじゃ乃梨子を傷つけてしまうから。だから…帰って、お願い」
 志摩子さんは尚も怯えていた。
 その時の私は…迷っていた、と思う。

 その時、さっきの衝撃が天井にも届いたのか、一片の綿ぼこりが落ちてきた。
 それが視界に入ったところで、再び目の前を通る白い影。
 それはやはり志摩子さんの爪で。

 本当のところで覚悟がなかったのだろう。
 あるいは楽観的だったのかも知れない。
 生きて側に居られるのだから。
 そんな、覚悟のなかった私は。

 一歩、下がってしまっていた。

「帰って」
 響く悲痛な叫び。

 気がつくと私は、志摩子さんの部屋を飛び出していた。



 バスの中、暗い窓の外を眺めながら、志摩子さんのことを考えていた。
 怯えていた顔。
 その顔が昨日の桂さまと重なる。
『自分が変わるのが怖いんじゃなくて…あの子に、その姿を見られるのが怖いの』

 会おうと言い出したのは私。
 それを受け入れた志摩子さんの覚悟はどれだけだったろう。

 そう思いながら、無意識に胸に置いた手にタイが当たる。
「志摩子さん…」
 ほつれた切れ口をいじっていると視界がぼやけてきた。
「寒いよ…」

 タイの切れ端と一緒に何か忘れ物をした気持ちだった。



「ただいまー」
 帰宅するといつものように挨拶。
 しかし、返事はなし。
「…そっか」
 薫子さんは今日から出かけるんだったっけ。
 そう思ったら、いつものように挨拶したのが惨めに思えてきた。
 心の中はまだ寒いままなのに。

 かちゃ、ぱたん。
 自分の部屋に入ってタイの替えを探す。
 探しながら、頭の中では志摩子さんのことでいっぱいだった。

 かちゃん。

 タンスを開ける時に右手首のロザリオが小さく鳴った。
 はっとして、ロザリオを眺める。

 その時、梅雨の時に言った言葉が頭の中で繰り返された。

 言わなきゃ。
 会いに行ったんだって。
 志摩子さんに会いたかったんだって。

 言わなきゃ。
 一緒にいたいって。
 離れたくないって。

 言わなきゃ。
 もう一度。

 そう考えながら、電話の前に急いだ。
 ひとつ深呼吸。そうして受話器を…。

 じりりりりん。

 がちゃっ。
「志摩子さんっ」
「の、乃梨子っ?」
 取る前に響く電話。
 ワンコールで取り、相手が志摩子さんかどうかも分からないというのに、受話器に向かって叫んでいた。

「…志摩子さん」
 再び、今度は確かめるように。

「乃梨子、今日はごめ…」
「志摩子さん」
 今度は、志摩子さんに有無を言わせないように。

「志摩子さん、側にくっついて離れないから」
「乃梨子…」
「それを言いたかった」
「そう…。あ、乃梨子ひとつ思い出したことがあるのだけれど」
「なに?志摩子さん」
「呪いがかかった後に、あのビデオを探してみたけれど、どこにも無かったわ」
「無かった?」
「ええ、どこにも」
「ありがとう、志摩子さん」
「ううん、乃梨子。ありがとう」
 それだけのやり取りで電話は切れたけれど、十分だった。

 部屋に戻ると、替わりのタイを着けた。
 もう寒くはなかった。



 そして当日を迎える。


【2749】 過去現在、そして未来ちょっとまって  (朝生行幸 2008-09-07 01:26:17)


「そう言えば、さ」
 放課後の薔薇の館にて、一仕事終えてお茶を嗜みつつ他愛の無い会話の途中。
「瞳子って、カナダにしょっちゅう行ってるんだよね。何しに行ってるの?」
 白薔薇のつぼみ二条乃梨子が、紅薔薇のつぼみの妹、松平瞳子に問い掛けた。
 結構な家柄のお嬢様である瞳子は、ゴージャスと言うべきかブルジョワと言うべきか、結構頻繁に海外旅行に行っているが、特にカナダは定番の行き先らしい。
「そうですわね、主にバカンスが目的ですけど、趣味と実益も兼ねてますのよ」
「趣味?」
 カナダまで出張る趣味ってのもどうかと思うが、演劇以外に興味の対象となるものを瞳子が持っていることに、一同少なからず驚いた顔をしていた。
 もちろんここには、二人の他にも紅薔薇さま小笠原祥子、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳、黄薔薇さま支倉令、黄薔薇のつぼみ島津由乃、白薔薇さま藤堂志摩子と、現状オールキャストが揃っている。
「ええ。実は私、古生物にとても興味がありまして、化石の発掘を趣味としてますの。こう見えても私、化石を掘るのがとても上手ですのよ」
『うん、そうだろうね』
 何故か祐巳と乃梨子が、声を揃えて頷いた。
「……どういう意味ですの?」
「あぁ、いや、何でもないよ。見たままだなって思っただけだから」
「それこそどういう意味ですか!?」
 祐巳の、誤魔化しにもなっていない誤魔化しに、噛み付く瞳子。
「まぁ良いですわ。話を戻しますと、つまりカナダのヨーホー国立公園を訪れているのですわ」
 そう言いながら瞳子は、ポケットから何かを取り出し、皆に見せた。
 石の欠片のようで、その表面には、何やら虫のような、良く分からないがとにかく生物らしいものが描かれているような刻まれているような。
「私が発掘した化石ですわ。と言っても、これはマルレラ・スプレンディスと呼ばれる、最も標本数が多い種類ですけど」
「あ、ひょっとして」
 それを見て何かに気付いたか、乃梨子にはピンと来るものがあったらしい。
「流石は乃梨子さんですわね。そう、“バージェス頁岩”ですわ」
 バージェス頁岩。
 そこは、カナダのブリティッシュ・コロンビア州あるヨーホー国立公園内、フィールド山とワプタ山に隣接する崖地の化石採掘現場のことだ。
 およそ五億七千万年前、所謂“カンブリア紀の爆発”と呼ばれる生物の爆発的進化が生じた。
 それによって、想像を絶するほどの多様性を持った動物達が大量に現れたが、五億三千万年前、その数多くが絶滅し、後に化石となって、1900年代初頭に、チャールズ・D・ウォルコットに発見されたのが、このバージェス頁岩だ。
「我が松平が研究を助成していますので、その関係で私も採掘に参加させていただいてますの」
 1960年代から、H・ウィッティントン、D・ブリッグス、S・C・モリスらによって、ウォルコットが採掘した化石が再評価され、また新たに標本が採掘され、多くのバージェス動物達が正しく分類されてきたのだが、未だに分類が難しいものも少なくない。
 現在でも発掘・研究が続けられており、それに松平が出資しているということらしい。
「それで、中等部三年の夏のことですが、なんと驚く無かれ、私、新種を発掘しましたの!」
 なにやら興奮している瞳子。
 実際、標本数が一個から数個しかないバージェス動物も存在しているし、なにせ爆発的な進化が起こった時代の化石なのだから、未発見の動物が今尚眠っていても不思議ではない。
「どんな形をしてたのかしら?」
 バージェスには、奇妙奇天烈な形状の動物が少なくない。
 少しは心得があるようで、志摩子が疑問を口にした。
「こう、頭部背板の両脇に、巻貝のような形をした棘のような、角のようなものがありまして、もしかしたら別の動物の一部か、別の時代のものが紛れ込んだ可能性もあるのですが、そんな変わった形をしてまして」
 カブトガニとエビを足したような形に、螺旋がかった角らしきものを書き込んで図解する瞳子。
「へぇ、すごいじゃない。もし本当に新種だったら、瞳子の名前が付くかもよ?」
「えぇ、とても楽しみにしてますわ。研究をお願いしてますので、ひょっとしたら、近い内に古生物学会で発表されるかも知れませんし」
 両手の指を絡めて、うっとりした表情で天井を見上げている。
「今年はヤボ用で行けませんでしたが、こんな喜びがあるから、化石掘りは止められませんの」
「へぇ、そんなこと聞くと、一度行ってみたくなるなぁ」
 化石掘りはともかく、カナダには行ってみたいということが表情からまる分かりの姉の表情を見て。
「ま、まぁ、お姉さまが行きたいと仰るならば、別に連れて行って差し上げてもよろしいですわよ」
 と、何故か少し頬を赤らめて、あっちを向いたまま瞳子は言うのだった。

 後日、古生物学会が開かれ、新たな論文が発表された。
 その中には、瞳子が発掘した例の新種らしい動物についての論文も含まれていた。
 研究の結果、それはやはり新種と認められ、発見者である瞳子の名前と容姿から、こう名付けられたという。

 ドリレラ・マツダイレス──と。


【2750】 お姉さまというか頭から笑いに包まれる私の大好物  (Mr.K 2008-09-07 02:57:16)


海風さまの作品の影響から過去作より電波を受信して、勝手に過去の作品を復刻させました。
該当作の各作者さま、申し訳ありません。


【No:2520】【No:2528】【No:2529】【No:2534】【No:2536】【No:2538】の続きもしくは同系統といえなくもありません。

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 事件というものは、忘れた頃に新たな波紋をもたらすものである。

「はあ……」
 今年二年目になる英語教師は、生徒から集めた英語の小テストを片手に溜息を吐いた。
 プリントを握る手は汗で滲み、まだ若いその顔からは死相のようなものが浮かんでいる。その原因は他ならぬ英語の小テストであり、それを作ったのは誰でもないこの教師本人である。
「どうしてこんな事になったのだろうか」
 教師は哀愁たっぷりに呟いた。
 トラブルを起こさない為に、小テストの問題は細心の注意を払えと去年散々学んだのではないのか。それとも、去年とは相手が違うと気を抜いていたのは、はたまた一年という時間が危機感を鈍らせたのか。
 散々不毛に悩んだ挙句、その英語教師は、久々に放送でひとりの生徒を呼んでから、机の上に突っ伏した。

●問4 次の文を訳せ
 I like a locomotives.

『凸の好物は黄薔薇さまです』
『凸は黄薔薇さまが(玩具として)好きです』
『凸は黄薔薇さまが(ペットとして)お気に入りです』


「菜々ーーーっ!」
 由乃は、薔薇の館の階段を駆け上がると、真っ先に妹の菜々を見つけ出しては叫びあげた。
「どうしましたか、お姉さま」
「何よ、これは!……菜々。あんたの仕業でしょ!」
 教師から強だ――ありがたく借りた該当箇所のコピーで菜々の手元に叩きつける。
「菜々のクラスでの英語の小テストのことよ!」
「英語の……ああ、あれですか」
 と、思い出すと菜々は声を抑えながら思い出し笑いに耽る。それを見て由乃は、「やっぱり菜々か」と確信を覚えるも、
「…………ぷっ!」
 由乃の差し出したコピーを読むと、とつじょ菜々は押さえてた笑みを爆発させ。
「みんなこんな事書いてたんですか。的を得てますねお姉さま」
 と、声を出して笑いながら言う菜々。その言い様は、内容から由乃をおちょくってるようにしか聞こえない。
「――って、あんたが指図したんでしょうが!」
「私が?」
「そうよ!」
「違います」
「えっ?」
 うそっ?
 目を丸くする由乃、菜々はにやにやとしながら続けた。

「私が広めたのは、こっちのほうです」

 そして、菜々は問題の箇所の少し下。由乃が全く見ていなかった箇所を指した。


『私は暴走機関車だ』
『私は毎日青信号の暴走機関車だ』
『私は毎日凸に乗せられて青信号を突き進む自称暴走機関車だ』


「で、私のはこれです」
 さらに下を指した菜々は言った。


『機関車のような私です。by.Yoshino』


「……誰が暴走機関車だゴラァ!!」


 その日、薔薇の館からは(椅子を投げるなりで)ガタンゴトンと音が鳴ったそうな。


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