マリア様のなく頃に
〜償始め編〜
『ひぐらしのなく頃に』のクロスシリーズです。
この作品は若干ダークが入っています
第1部【No:2715】→【No:2720】の続編です。
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〜時始め編〜連載中
第1部【No:2477】→【No:2479】→【No:2481】→【No:2482】→【No:2484】
→【No:2487】→【No:2488】→【No:2490】→【No:2492】→【No:2499】
→【No:2503】→【No:2505】→【No:2506】→【No:2507】
第2部【No:2527】→【No:2544】→【No:2578】→【No:2578】→【No:2587】
→【No:2643】→【No:2648】
第3部【No:2656】→【No:2670】→【No:2735】
企画SS
【No:2598】
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〜狂始め編〜完結
第1部【No:2670】→【No:2698】→【No:2711】→【No:2713】→【No:2714】
エピローグ【No:2715】
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今回の作品は途中で視点が梨花→乃梨子→志摩子→祐巳に切り替わります
第1部 戸惑い
第1章 廻る世界
第2話 世界
入学式も身体測定も前とまったく同じだった。
そして今も前の世界とまったく同じ授業を聞きながら私は思う
この世界はいろいろおかしい
こんな世界今まで無かった。
その最たるものが年齢だ、
数百・数千といった数多の世界を渡っているので
ごく偶に産まれた家が違っていたり、
鬼や吸血鬼といった怪物が出たり、魔法などがあっても驚く事は無い。
羽入のような神の存在も現に居るわけだし。
実際、分校時代の担任の知恵の関係で吸血鬼に出会った経験すらある。
だが年齢だけは変わったことが1度も無かった。
にもかかわらず、私の席の2つ前とその隣には
お姉さまの親友の志摩子さまと由乃さまがいて
親友の乃梨子が居なかった。
そしてこの世界では薔薇の称号の意味もだいぶ違うようだ。
入学式の日祐巳さまと別れた後、
前回とだいぶ違うので念のために確認したら
1年生のところに私の名前が無かった。
職員室に行くと確認する前に先生の口から
私が2年に転入する生徒であることを知った。
まぁ元々1年の1月までの知識があるので、
少し勉強すればついていけると思った。
転入先のクラスは祐巳さまのクラスだった。
さっき会っただけにとても気まずい。
予想通り祐巳さまに屋上まで呼び出された。
お姉ちゃんに人前でお姉ちゃんって呼ぶなって怒られてしまった。
“今は”お姉ちゃんは藤堂で私は福沢なのだから
お姉ちゃんと呼ぶのが不自然なのはわかっている、
ましてやお姉ちゃんは御三家筆頭藤堂家の次期頭首にして、
去年1年にして『薔薇』の称号を得た才媛なのだ。
私の存在はお姉ちゃんを妬む人たちが陰口を叩くちょうどいいネタになる。
だからなのか、お姉ちゃんは私にそばに居ていいとはいうが、
私を妹として認めてくれない。
それでも私はお姉ちゃんを凄いと思うし誇りに思う、
でもね、でもね、私は凄くなくていいから昔のお姉ちゃんでいてほしい、
私はお姉ちゃんの笑顔が好きだったのに
お姉ちゃんと再会してから1ヶ月も経つがクスリとも笑わない。
私が福沢家に居た10年の間に何があったの?
何がお姉ちゃんをここまで壊したの?
私の所為なら謝るから、
誰かの所為なら私は絶対許さない!!
だから待っていてね、私がお姉ちゃんを壊した原因を突き止めて、
お姉ちゃんに償わせてみせるから、
それがたとえ御三家だとしても必ず
そしたら、また笑ってくれるよね
またお姉ちゃんって呼ばせてくれるよね?
それまでお姉ちゃんって呼ぶの心の中だけに留めておくから、
終わったらたくさん褒めて。
ね?お姉ちゃん
昔から志摩子は少し自分を下にみる傾向がある。
だからおそらく志摩子は誤解しているだろう。
だが私は訂正するつもりはない。
あの子が笑っていられるならもしそれで嫌われても構わない。
私は『薔薇』ということもあってそれなりに人気があることを自覚しているが
同時に私の事を疎ましく思っている人が多いのも自覚している。
だから私は人前でお姉ちゃんと呼ぶなと怒った。
私を疎ましく思っている連中は私に正面から挑むほどバカではない。
そうなるとあの子が狙われる。
あの純粋で穢れを知らないあの子には笑顔のままでいてほしい。
笑い方すら忘れた私にとって理想の存在であるあの子には・・・
そのために私は今まで頑張ってきたのだ。
あの子が笑っていられるならどんなことでもしてみせる。
私は志摩子が笑って生活しているってわかるだけで幸せなのだから・・・
そんな事を教室で考えていると、
蔦子さんに後ろから小声で呼ばれて我に返る。
いつの間にか先生が来ていて話をしていた。
どうやら転校生について紹介しているようだ。
その少女を見て驚いた。
その少女はさっき桜の木の下でよく分からない事で怒鳴っていた少女だった。
彼女と会話した内容から察するに彼女は1年生だと思ったのだが・・・
もし違っても、実際違うのだが、彼女はあの時『外部受験』だと言った。
少なくとも彼女が受けたであろうものは編入試験なのだから、
外部受験などという単語が出るわけが無い。
ましてやあの興奮状態の中即答したのだ。
嘘などつけるわけが無い。
私は式が終わるとその子を呼び出し屋上に向かった。
その時、少女(二条乃梨子というらしい)は
『ああ、やっぱり』といった表情をした。
【No:2771】へ続く
作者より:メインタイトル『もこもこしてたりする柔らかくてびっくりわっか的ビデオ』
【No:2709】→【No:2712】→【No:2716】→【No:2721】→【No:2733】
→【No:2736】→【No:2748】の続きです。
今回もホラーは少ないです…orz
明くる日。
「ごきげんよう…祐巳さまっ、瞳子っ」
「ごきげんよう、乃梨子ちゃん」
「ごきげんよう、乃梨子」
最寄りのバス停で待ち合わせしていた私は、バスから降りてきた二人の顔を見て驚いた。
二人とも、顎もしくは首の近くに大きなガーゼが貼られており、ガーゼから少しだけはみ出ている部分には、明らかなひっかき傷があった。
「その傷は…」
「え、あ、ああこれ。昨日の帰りに二人揃って、転んじゃって、ね」
明らかに嘘だと、表情が告げています祐巳さま。
それを見かねた瞳子がため息を吐きながら、間に入った。
「お姉さま、こんなことで嘘をついても駄目です。それに明らかに無理があります」
「瞳子…」
「乃梨子、察しの通りよ。昨日、由乃さまと令さまに会って、こうなったの」
やはり。
そう確信すると共に、背筋がぞくりとなったのを感じた。
同じ仲間内でも、友達でも、姉妹でも制御がきかない衝動。
私も変わってしまうのだろうか。
それも今日中に。
最初に傷つけてしまいそうな相手が、目の前にいるということに恐怖を感じた。
祐巳さまを、瞳子を傷つけてしまうかもしれない。
志摩子さんもこんな気持ちだったのだろうか。
「乃梨子?」
少しばかり、ぼうっとしてしまった私を気遣うように瞳子が声をかけてくる。
「あ、うん。こっちだから」
我に返った私は、先頭に立って歩き始めた。
抗ってみよう。その時は。
そう決意を固めて。
「お邪魔しまーす」
「お邪魔します」
「はい、いらっしゃいませ」
顔を見合せて笑いながら、二人を居間に通した。
「それで今、呪いについて分かっていることは…」
「あのビデオを見て五日後に、自分の姿が映るものから出た何かに襲われて、呪いがかかる」
「呪いがかかると体だけではなくて心の中にも変化が起こるようです」
祐巳さまの言葉に、私と瞳子が答える。
「呪いがかかる時は、どうも一人でいる時って感じもするね」
と祐巳さま。
令さまは入浴時、由乃さまは朝起きてすぐだったそう。
「それでは、ずっと一緒にいる…という訳にもいきませんね」
ため息交じりに瞳子が言う。
それもそう。普通に生活している限り、ずっと一人にならないという訳にもいかない。
「そしてビデオについては…」
「ビデオには三つの場面が出てきて、それも現在の状況が上書きされる様に映っている」
「三つ目の場面では、なぜか時間が早く進むと同時に操作が利かなくなります」
再び答える、私と瞳子。
しかし、その表情は冴えない。
「そして、手がかりがある…みたいだけど消えている後半にあるのか、それとも見落としているのか、少しも見つかっていない、と」
そう、解決の手がかりがあると書かれているにも関わらず、ヒントの一つも見つかっていないことが、私たちの表情を暗くしていた。
「あ、それと…」
「ん。どうしたの?乃梨子ちゃん」
二人の言葉を聞きながら、私は昨夜の志摩子さんの言葉を思い出していた。
「志摩子さんが言っていたんですけど、呪いのかかった後にビデオを探してみたところ、どこにも見つからなかったそうです」
「消えた…ってことかな」
「恐らくは…」
場を更に暗くする情報ではあったけれど、手がかりの一つなのは間違いないと思った。
「何のために…消える必要があったのでしょうか」
瞳子が、考えながらというか演劇の練習をしている時のような、別の役になっているような表情で話し始めた。
「…呪いをかける側にとっては、呪いが広がる方を望んでいるはずですから呪いのビデオはそのまま残っていた方が都合はいいはずですのに…」
「言われてみれば、そうかも」
瞳子は相手…つまりは呪いをかけた本人の気持ちで考えているようだった。
「呪いが発動したら用無しになるからじゃないのかな。ほら、ビデオ自体が増えるって話していたじゃない」
「あ…」
祐巳さまの増えるという発言にひっかかるものがあった。
えっと、なんだったっけ。
「どうしたの?乃梨子ちゃん」
「あ、増えるって話で思い出したんですけど、今のところ見つかっているビデオはどちらともラベルがなくて、中身が分からないビデオでしたよね」
「そうだね、どっちとも中身が分からないから確認しようとして見つかったんだったね」
「あ、乃梨子…まさか」
瞳子は気づいたのか、はっとした表情になる。
「うちにも、ラベルのない中身の分からないビデオがあるんですけど、やはり混ざっていても不思議じゃないなあ、と」
「なるほど…」
そう呟くと、祐巳さまは考えるようにして黙り込んだ。
「祐巳さまや瞳子の家にもあるんでしょうか。そういうビデオ」
「私の家は必ずラベルを貼って整理しているから無い…と思うけど」
そう自信なさげに答えたのは、考え込んでいる祐巳さまではなくて瞳子。
「一本だけラベルが無かったりしたら不自然だもんね」
「うん」
と、瞳子は考え込んでいる祐巳さまに心配げに顔を向ける。
「お姉さま?」
「ん?あ、ああ、ビデオね。そうだ乃梨子ちゃん」
「はい?」
「とりあえず乃梨子ちゃんの言ってる中身が分からないビデオ見てみない?」
「え」
「事前に見つかったら薫子さんに害が及ぶこともないし」
「それはそうですけど…」
顔を上げた祐巳さまが唐突に言い出したのは、自分の為とか、まして瞳子の為とかじゃなくて、初めて訪れている後輩の家主のことだった。
「祐巳さまは、あの…呪いとか怖くはないんですか?」
そんな言葉がつい口に出る。
令さまや由乃さまに昨日会いに行ったばかりだというのに。
そこで妹と共に傷を負ってきたというのに。
「まあ、怖いけどね」
私の疑問に苦笑いをしながら祐巳さまは話し始めた。
「別に死ぬわけじゃないし、瞳子やお姉さま、みんながいるなら、この残りの時間は呪いのビデオをまだ見てない人の為に使うのがいいかなっと思って…駄目かな?」
そう言いながら小首を傾げる祐巳さま。
この人は…など思いつつ笑いながら答え…。
「いいえっ、お姉さま。素晴らしい考えですわっ」
…ようとした私を遮って瞳子が代わりに答えた。
かくして、うちにある中身が分からないビデオを見ることになった。
…のだが。
『さあ、乃梨子。ご挨拶なさい』
『うん…じゃなくて、はい。にじょうのりこ、さんさいです』
…は?
『お久しぶりです、叔母さま』
『かおるこおばさん、はじめまして』
『ふふふっ、可愛いね。だけど薫子さんと呼んで欲しいかな』
『か、かおるこさん、はじめ、まして…』
…はい?
「ぷっ」
「くくくくく…」
目が点になっている私の後ろから、二人の笑いを堪えている声が聞こえてくる。
いや、堪え切れてないから聞こえてくるのだけど。
『このこ、なまえなにー?』
『あ、そんなに近づいちゃ危ないよ』
『バウワウワウワウッ』
『あーーーーーーーん』
『ほらほら、言わんこっちゃない』
「あはははははは」
「お、お姉さま…笑っちゃ…くくくくくく」
瞳子、お前もな。
ビデオを見始めた私たちの目に飛び込んできたのは、おかっぱの小さな女の子が挨拶したり、犬に吠えられて泣いたり、ご飯をこぼしていたりしている、ごく普通のホームビデオ…って、これ私だああああっ!
確か、父が写していたのに肝心のビデオがどこか行ったとか言われていたけれど、薫子さんの所にあったなんて…。
いや、今はそんなことより…。
「あはははは…乃梨子ちゃんって、この頃からおかっぱだったんだね」
「くすくすくす…すいかで口の周りが真っ赤ですわ」
あー、分かったから。
自分で分かるほど顔が熱い。
顔から火が出るとはこのことか。
とりあえず止めないと、とリモコンの停止ボタンを押す。
かちっ。
「あれ?」
「どうしたの?乃梨子ちゃん」
「あ、いえ。電池切れみたいです」
少しどきっとしたけれど、デッキのランプが点滅しないところを見ると、ただの電池切れのようだった。
「ちょっと取ってきますね」
「はーい」
「ゆっくりでいいわよ…くくくくっ」
…瞳子。いや、いいけど。
えーと、確か冷蔵庫に二本入れていたような…。
がちゃっ。
「…あっ」
冷蔵庫のドアを開けた私は、短く声を上げた。
「どうしたのー?」
「あ、いえー」
聞いてくる祐巳さまに、これまた短く答える。
さて困った。
呪いのことで頭がいっぱいだったことで買出しを忘れていた。
平日は主に薫子さんが作っているのだが、週末は主に私の役目だったりする。
この量では三人分どころか、一人分にも足りないかも知れない。
まあ、いつまでも冷蔵庫の前で腕組みしている訳にもいかないので、忘れずに電池だけ取り出して部屋に戻ることにした。
『…おとうさん、まってよー』
『のりこー、転ぶなよー』
テレビからは相変わらず私の昔の映像が流れている。
なんで、薫子さんがこれ持っているのかな、など考えながら電池を入れ替えた。
「あ、乃梨子ちゃん、さっきはなんだったの?」
「えーと、その、お昼の材料がほとんどないのでどうしようかと」
隠す必要もないので、素直に答えると…。
「じゃあ、私買ってくるよ」
「えっ」
「ビデオも見ておかないといけないし、留守番も必要でしょ」
「それは、そうですけど…」
祐巳さまが一人でいくのは…と思っていると、やはり瞳子が名乗り出た。
「お姉さま、それでは私が行きますわ」
「乃梨子ちゃんが一人だと心配だし、瞳子は一緒についていて」
「それを言うなら、お姉さまも…」
「あー、二人で行って来て下さい。お願いします。私は大丈夫ですから」
このままだと二人が喧嘩でもしそうだったし、時間も勿体ないので家主代理である私が留守番、ということで決着をつけた。
まあ、この組み合わせが一番自然だと思ったからもあるけれど。
呪いのビデオを見た時間帯は夕方の大体六時過ぎだと思われるので、まだ時間的余裕があることも理由に加わる。
「じゃあ、お願いしますね」
「はーい、乃梨子ちゃん。待っててね」
「その…乃梨子。…ありがと」(小声)
素直な祐巳さまと素直じゃない瞳子の後姿を見送ってから、私は部屋に戻った。
「さてと、他のビデオはどうかなー」
後で、薫子さんに私の小さな頃のビデオについて聞かないと、などと考えながらビデオを取り換える。
かちゃっ、かちゃかちゃ。
じー。
その時の私は甘かった。
かくして、呪いはふりかかる。
「もう2度とないと思うMs.べーター」というキーを逃しちゃったですorz
このSSはタイトルを読んでピンと来る人じゃないと意味がわかりません。
あと元ネタを知っていても面白くない可能性があります。
ぶっちゃけ「予想以上に無茶をしたな」と思っています……orz
☆
「ごきげんよ……あれ?」
放課後、薔薇の館会議室に駆け込んだ祐巳は、そこに誰の姿も見ることができなかった。
野暮用で少々遅れてやってきたので、もう全員が揃っているものだと思って少々焦っていたのだが、会議室には誰もいなかった。
一瞬ほっとした――が。
「……」
よくよく考えると、不気味だった。
書き置きでもないかとテーブルを見ても、そこには誰かがいたらしき痕跡、具体的には紅茶のカップすらなかった。
だが、各々の鞄はあったので、皆一度はちゃんとここに集ったらしい。
「みんなどうしたんだろ……あ」
つぶやくと同時に、ギシギシと階段の軋む音。この静かな足音は――
「志摩子さん」
ひょいと顔を出した志摩子は、祐巳を発見して微笑んだ。
「どこ行っていたの? 私、今来たんだけれど、誰もいなくて」
一人でいることに一抹の不安を感じていた祐巳は、困った顔をして志摩子に歩み寄る。
そして――微笑みを浮かべたままの志摩子は、手に持っていたソレを祐巳に差し出した。
「あ、そうそう。これね」
にこやかにソレを受け取った祐巳は、
「これね。こうして、こう着て」
少々重たげな皮のポンチョに袖を通し、
「これをこう持ってね」
オモチャの片手斧を受け取って。
祐巳は膝を使ってリズムを取りながら、ゆらりゆらりと地を称える足踏み行進を始めた。
どんとっとっと どんとっとっと どんとっとっと どんとっとっと
どんとっとっと どんとっとっと どんとっとっと どんとっとっと
どっどっどっど どっどっどっど どっどっどっど どっどっどっど
ドッリッルッのやーまはぁー 天下の
「――ドリルの山ってなんじゃーーーーー!!!!」
祐巳はキレた。斧を投げ捨てて皮ポンチョを投げ捨ててキレた。
その剣幕に、志摩子はビクッと身を震わせた。
「しかも天下の何!? 何言わせようとしてるの!? 仮にドリルが天下の何かしらだったりしたら、そのドリルを制してる私がつまり天下をアレしちゃってるってことでいいの!?」
祐巳のあまりのキレっぷりに、志摩子はオロオロするしかない。
「はっきりしてよ! そりゃもう志摩子さん、花寺の男子生徒に『お父さんに弟子入りしていいですか? え? 住職の修行? いいえ、もちろん芸人としてです』とか言われるよ! しかも複数名に!」
志摩子はハッと顔を上げ、眉を吊り上げ、「なんでそれを言うのよ」みたいな不満げな顔をする。
「いいからもう早くみんな連れてきなさいよ! このガチ薔薇姉! 一点の曇りなき純白の悪魔!」
祐巳の叱責に不満げな顔をしたまま、志摩子は皮ポンチョと手斧を抱えて会議室を出て行った。
志摩子を追い出した祐巳は、イライラしていた。
「まったくもう……あ」
つぶやくと同時に、ギシギシと階段の軋む音。この小さいながらもダイナミックな足音は――
「由乃さん」
ひょいと顔を出した由乃は、祐巳を発見して微笑んだ。
「どこ行っていたの? さっき志摩子さんが来たけれど」
一人でいることに一抹の不安を感じていた祐巳は、困った顔をして由乃に歩み寄る。
そして――微笑みを浮かべたままの由乃は、手に持っていたソレを祐巳に差し出した。
「あ、そうそう。これね」
にこやかにソレを受け取った祐巳は、
「えーと、スイッチ入れて……あ、そう、こうだよね、確か」
窓際に移動し、
「校内の皆様、お疲れ様、お疲れ様です。こちら薔薇の館、紅薔薇のつぼみ、福沢祐巳、福沢祐巳でございまぁーす」
手に持った拡声器を使って演説を始めた。誰一人聞いているものもいないのに。いや、由乃は聞いているが。
「時にはあなたの心の小動物、時には失敗をして庶民感をアッピールし、時には縁日村のアイドルに身をやつし、しかしてその実態は」
祐巳はバッと後ろを振り返る。ハラハラしながら祐巳の告白を聞いていた由乃を。
「――暴走特急殺しじゃぁーーーーー!!!!」
祐巳はキレた。拡声器をキーンとハウリングさせてキレた。
その剣幕に、由乃はビクッと身を震わせた。
「なんで拡声器なんて持ってくるの!? 私に何を言わせたいの!? 声高らかに言いたいことなんて特にないけれど、まあ強いて言うならお姉さま方が卒業旅行的なモノに行くのかどうかが素朴に気になる今日この頃よ」
よくわからない祐巳のキレた主張に、由乃はうんうんうなずく。
「それより拡声器なんて要らないのよ! そんなことしてるから、バレンタインで私や志摩子さんより多くチョコ貰っていたけれど『チョコの受け渡しよりバレンタインイベントで令さまにキレてたのが先だったらチョコ一個もなかったよね』とか一年生の間で噂されるんだよ!」
由乃は「オイこの野郎それ言うなよオイ!」という怒髪天を突いた形相で祐巳に詰め寄る。
「いいから早くみんな呼んできてよ! 姉泣かせ! 壁に刺さったら飛び出すモノブロスハート由乃!」
拡声器を押し付けながらの祐巳の叱責に怒りの感情を瞳に込めたまま、由乃は拡声器を抱えて会議室を出て行った。
由乃を追い出した祐巳は、イライラしていた。
「まったくもう……あ」
つぶやくと同時に、ギシギシと階段の軋む音。この耳を澄ませないと聞こえない微かな足音は――
「瞳子」
ひょいと顔を出した瞳子は、祐巳を発見して微笑んだ。
「どこ行っていたの? さっき志摩子さんと由乃さんが来たけれど」
一人でいることに一抹の不安を感じていた祐巳は、困った顔をして瞳子に歩み寄る。
そして――微笑みを浮かべたままの瞳子は、手に持っていたソレを祐巳に差し出した。
「あ、そうそう。これね」
にこやかにソレを受け取った祐巳は、
「これを頭にこう、装着してね」
スポッと頭にそれをかぶり、
「よぉーし瞳子、私を、このお姉さまの祐巳さまを回転させなさい! 横に! 横回転に! ええもうさも頭のドリルで天を貫かんばかりにギュルギュル回しなさい! 無限へのカギを握る黄金長方形の回転で回しなさい!」
まるでドリル状の釘のような細長く逆立ったヅラを被り、祐巳はその場でギュルギュルと回転する。横に。瞳子はうっとりと祐巳を見詰めつつ、肩だのなんだのに付加を加えて姉を黄金長方形で回す。
「――ってできるかぁーーーー!!!!」
祐巳はキレた。目が回ったのかフラフラしながらキレた。
その剣幕に、瞳子はビクッと身を震わせた。
「何このカツラ、どこにあったの!? 特注!? 逆立ち具合が実写版『今日から○は』の○藤くんを余裕で越えてるじゃない! ROOK○ESの関○くんも楽々越えてるじゃない! しかも束ねられてねじれちゃってるじゃない!」
祐巳はキレながらも感心し、瞳子はご立派なドリルと姉との夢のコラボにまたうっとり見惚れる。
「こんなの持ってきて何考えてるの!? そりゃちさとさんが、顔を見るまで瞳子だと気付かないっていう大変な事件は確かにあったよ!? そのドリルヘアーが個性として認められていなかったっていう大変な事件はあったよ!? そのドリルに疑問を抱くのもわかるけど、でもコレはやりすぎ!」
瞳子は「なんでちさとさまは顔で判断したんだろう。まず普通は髪型でわかるはずなのに」という微妙に悲しそうな顔をする。
「ぬぁぁぁああああああ!! もういいから早くみんな呼んできなさい!! このドリルに頼りきった没個性ドリル!!」
ドリルヅラを押し付けながらの祐巳の叱責にちょっと悔しそうな顔をし、瞳子はヅラを抱えて会議室を出て行った。
瞳子を追い出した祐巳は、イライラしていた。
「まったくもう……あ」
つぶやくと同時に、ギシギシと階段の軋む音。この規則正しい足音は――
「乃梨子ちゃん」
ひょいと顔を出した乃梨子は、祐巳を発見して微笑んだ。
「どこ行っていたの? さっき志摩子さんと由乃さんと瞳子が来たけれど」
一人でいることに一抹の不安を感じていた祐巳は、困った顔をして乃梨子に歩み寄る。
そして――微笑みを浮かべたままの乃梨子は、手に持っていたソレを祐巳に差し出した。
「あ、はいはい。これね」
にこやかにソレを受け取った祐巳は、
「蓋を開けて、スープとかかやくの袋を出して」
べりべりと蓋を剥がして、
「お湯を注いで三分待つ、と。この三分が長いんだよねー。日本一待たれている三分間と言っても過言じゃないよね」
ポットからお湯を注ぎ入れ、祐巳はそれをテーブルに置く。緑のた○き。本来は四分待ちだが都合により三分待ちということにした。乃梨子は、その通り、と言わんばかりに頷いている。
「――ってなんで薔薇の館でカップ麺食わなきゃならんのじゃーーーー!!!!」
祐巳はキレた。なんとなく三分待って硬めで完成させてからキレた。
その剣幕に、乃梨子はビクッと身を震わせた。
「これどこから持ってきたんだ、なんて基本的なことは言わないから! きっと乃梨子ちゃんはこれを食べている私を見て『共食いですか?』なんて冗談でも飛ばしたいんだろうけれど、それ結構オヤジギャグだからね! いや根本的に趣味はおもしろいのに基本はそんなに面白くないよね!」
祐巳はキレながら粉末スープを投入してカップ麺をかき回し、乃梨子はオヤジっぽい、と言われていささか傷ついていた。
「……ああ、ごめん。なんかもう疲れちゃったから、もういいかな? もういいよね?」
急に冷めた顔でふーと息を吐く祐巳に、乃梨子は「いやいやいやいや! 構って構って!」という顔で大慌てで首を横に振る。ついでに手も振っている。
「そりゃ、乃梨子ちゃんも、ずずー、せっかくボケたのに、ずるずるーーーーー、ちゃんと構われないのもアレだろうけれど、……ぷはぁ、こういう展開もいわゆる一つのベタだと思うのよ。ずずずずずずずずー。……ふう、ごちそうさま。はぁー。こういうの久しぶりに食べたけれど、結構おいしいね」
さて、と、祐巳は立ち上がる。
「それじゃ私、もう帰るね」
ひとしきり騒いで帰った祐巳の背中を、窓から見送る山百合会メンバー。
4人は「やっちゃったー」みたいな照れ笑いで、頭を掻いていたとかいないとか。
このお話の55%は『マリアさまが見てる』で出来ています。
このお話の20%は『ファイナルセーラークエスト〜ひと夏の経験値〜』で出来ています。
このお話の10%は『クロスゲート』で出来ています。
このお話の10%は『コンチェルトゲート』で出来ています。
このお話の 5%は『ラグナロク・オンライン』で出来ています。
〜*〜*〜 ファイナル・リリアン・クエスト 〜*〜*〜
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日もモンスターの返り血を拭いつつ天使のような無垢な笑顔で、結界の施された背の高い門をくぐり抜けていく。
汚れを知らない心身を包むのは、鎧、ローブ、防護魔法を施したマントと深い色の制服。
スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻さないように、ゆっくりと歩いているとモンスターに頭からガリガリ齧られる。 もちろん、HPギリギリで転がり込むなどといった事を繰り返すようなひ弱な生徒などは一学期以降存在出来ようはずも無い。
私立リリアン女学園。
ダンジョンの地下10階に存在するここは、冒険者を養成する、力強き乙女の園。
明治三十四年創立のこの学園は、元は華族の令嬢のためにつくられたという、伝統あるカトリック系お嬢様学校であった。 あの時までは…。
東京都下。 武蔵野の面影を未だに残している緑の多いこの地区の地下にダンジョンが発見されたのは1980年代、折からの狂乱地価によりすぐさま調査されたダンジョンには居住可能な場所が数階層分有り、地価が上がった地上に見切りをつけた人々が上の階層から居住し始めた。 もちろんモンスターの存在は確認されていたが、上層階の物はそれほど脅威とは受け取られず、程なくモンスター避けの方法も確立され安心して生活できる階層は下へ下へと広がっていった。
”ダンジョンの平和利用”である。
一方、西洋の魔法と東洋の陰陽の研究が盛んに行われたりした中で、日本の研究者が空間に漂うエーテルの科学的な発見と利用法を確立したことにより、モンスターの研究が急激に進んだ。 科学的な手段でもある程度モンスターに対抗できるようになっていった。
リリアン女学園が地価高騰のあおりを受け、今あるダンジョンの10階に移転してから今年で16年になる。
S−1 エレベーター地下10階南駅北西学園口
「志摩子さ〜ん、ごきげんよう」
「ごきげんよう、志摩子さん」
「祐巳さん、蔦子さん、ごきげんよう」
地中ドームの東西南北に螺旋状の軌道を作って各階層を結んでいる通称”エレベーター”その駅待合室の片隅で、困り顔をしている志摩子を見つけた祐巳と蔦子が声を掛けた。 周りはいつもの朝の通勤通学の風景。 でも、ここはダンジョンの10階、ショートソードやバトルアックスやバトルボー、魔法系ならホーリーロッドやメイス、中には銃火器を持っている者もいる、モンスターが襲って来るのだからしょうがない、自衛の為ダンジョンの住人や、ダンジョンに通勤通学の者は、ダンジョン内でのジョブアイテムとして武器の携行が認められている。
「今日は、志摩子さん魔クレなのね」
クレリックには、ご存知のように魔法系の魔クレと、物理戦闘もある程度できる殴りクレがいる、志摩子は殴りクレをジョブとして選んでいる、MPが0になった後でも戦闘継続が可能だからだ。 しかし、実際は殴りクレはスキル上げが難しいので、ほとんどの人が魔クレを選択して人数がかなり少ない。
祐巳もそうだったが殆んどの人が、志摩子の普段の言動や物腰などから殴りクレをしていると知った時にはずいぶん驚く。 どうやら志摩子はそれを楽しんでいる節もあるのだが、それはともかく……。
「ええ、ヒーリスのレベルがあと少しで上がるの、そうすれば全体回復のヒーリアが使えるようになるから。 ただ今日持ってきているのはホーリーロッドだから直接攻撃出来ないの。 もう少し待って誰も来なかったら単独で行こうかと思っていたところなの。 祐巳さんと蔦子さんと会えてよかったわ。 私、攻撃魔法をそんなに上げていないし」
「そんな、誰かに声掛ければいいじゃない。 でもあれね、志摩子さんだったら物理スキルも魔法スキルも満遍なく上げてそうに思ってたけど、そうでもなかったのね」
「それが理想だけれど、なかなか難しいわ」
「そっかスキルレベル上がるんだ。 ねね、志摩子さん、今日放課後下層階行ってみる?」
「ええ、私からお願いしようかと思っていたの、乃梨子と由乃さんもね。 一度薔薇の館に寄ってから仕事の状況を伺ってからになるけれど」
「私はぜんぜんかまわないよ。 この前、私のスキル上げにも付き合ってもらったしね」
「私も行っていいかな? まあ写真メインだけど」
「かまわないと思うけど、戦闘に参加しないの?」
「私は取り合えず3年間、ガンスリンガーとして最低限無事にすごせる程度のレベルがあればいいのよ、メインはカメラなんだから。 私が戦闘に参加しなくてもガンスリンガーなら乃梨子ちゃんの方がレベル4つも上でしょ? …そういえば乃梨子ちゃんは?」
「今日は日直なんですって、瞳子ちゃんと一緒に行くって言っていたわ」
駅の待合室で、祐巳は護符と寄代を。 蔦子はIMI ジェリコ941F/Rに祝福済みの銀の弾丸(40S&W)12発装填済みのマガジンをセットしスライド後方へ引いてチェンバーに弾を送り込み、一度エジェクトして空いた分に1発弾を納めてから再度マガジンをセットし、予備のマガジン2本をショルダーホルスターにセットしてからカメラの準備を始める。 志摩子はマジカルロッドとルーン文字とアミュレットで特殊な装飾を施されたロザリオをそれぞれ準備する。
「……剣職が欲しいところかな?」
「まあ…、大丈夫じゃない、2人ともそれなりのレベルなんだし。 ま、油断は禁物だけど」
ダンジョンで行動する者は、なるべく5人以内でパーティーを組む事を推奨されている、なぜ5人かと言うと、全体回復魔法と言われている”ヒーリア”で、どんなに高レベルでFP値が高くても5人以上の回復が出来ないのだ。
通学カバンを背負い、防護魔法が掛けてあるマントを羽織って、結界に守られている駅からモンスターの徘徊するダンジョンドームに足を踏み入れた……毎朝の通学風景なのだけど。
S−2
タターンッ
グアッ!!
路地の影からいきなり飛び出して来たゴブリンの3匹に最初に反応した蔦子が、先頭の一匹の頭部と左胸に1発づつ銀の弾丸を見事に決める、短いうめきをもらしてゴブリンは絶命した。
「螣蛇火神(とうだ)! 朱雀火神(すざく)!」
蔦子につづいて祐巳が、駅前のロータリーで具現化させた式神2体を動かす。
十二天将の式神を出す時、寄り代をうっかり歩いている人の前に放ったため、出現と同時に攻撃されそうになるというトラブルはあったものの、嫌な顔もせずに指示どうりに残り2匹のゴブリンをあっという間に片付けてしまう。 モンスターの死骸はこのダンジョンの場合都の清掃局が回収したり、他のモンスター特にスライム系の物が餌として食べてしまったりする。
「なんかエンカウント率高いわね。 2カートリッジ打ち尽くしちゃったわ」
撃ち尽くしたマガジンをエジェクトさせた蔦子がマガジンを装填しながら愚痴る。 いつもなら通学路では5回もモンスターに遭遇すれば多い方なのだが、今日に限ってはすでに12回も遭遇している。
「祐巳さん大丈夫? 式神出しっぱなしだけれど。 これ、少しでも回復になると思うから」
式神を具現化させてコントロールする為には精神力に依存する所が大きい。 今現在複数の式神を具現化させている祐巳に、志摩子がキャンディーを差し出す。 今の祐巳のレベルで一度に具現化させられる式神の数は4体である。
「あはっ、ありがとう志摩子さん、いただいとくわ。 能力いっぱいじゃないからまだ大丈夫だよ」
「額に汗が出てなきゃもっとかっこいいと思うけど、無理しない方がいいよダンジョンじゃね。 はぁ〜。 でも、急がないと遅刻しちゃうわよ」
戦闘による遅延は朝のHR終了までは許される。 しかし、一般生徒の鏡たる白薔薇さまと紅薔薇の蕾としては、HR遅刻は、なんとしても避けたいところ。 アノカタもいらっしゃるし。
「そうね、蔦子さん。 他に武装は無いの?」
「ごめん、後ナイフだけ。 残弾が13発か。 失敗したな〜、SPAS12(散弾銃)は学校のロッカーの中に置いたまんまだし」
「なんで置いたままなの?」
「重いし、両手使うからカメラ構えられないじゃない。 それにエーテル弾も銀の弾丸も高いんだよねぇ〜。 学生にはキツイわこの職」
武器や装備品は学割で購買部で買うことが出来る、一般の場合は申請すれば年末控除の対象になるものの、やはり安い物ではない。
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地下10階の直径5kmの中央空洞から、南三番空洞内にあるリリアン女学園までは約3kmある。 祐巳達は今、中央空洞からもう少しで南三番空洞に入るところまで来ていた、直径4m全長750m程の洞窟に木道を組んで道として使っている、壁面や天井はそのまま、洞窟内の環境破壊を極力抑える様に工夫されている。
少し急げば何とか間に合う。
そこを右に曲がれば南三番空洞に入るというそのすぐ先で戦闘が行なわれている気配がしていたが、祐巳たちが付いた時には戦闘自体は終わっていた。
「由乃さん、黄薔薇さま!? ごきげんよう…」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう。 黄薔薇さま、由乃さん。 だ、大丈夫ですか?」
「あ〜、祐巳ちゃんに志摩子に蔦子ちゃんか。 ごきげんよう」
「……ごきげんよう…祐巳さん、志摩子さん、蔦子さん……」
日本刀をサッと懐紙で拭いて鮮やかな手つきで鞘に収めた令と、対照的に憮然とした顔の由乃が少しまごつきながら刀を鞘に納める。 機嫌が悪いのがまる分かりだ。
2人の足元に骸を曝しているのは、空中を漂うエーテルの流れの中を群れを成して泳ぐ”空飛ぶ風船ウナギ”ことマンイーター、ここに転がっているのは2m程の個体が5匹と、それほど大物はいないが、20階以下の階層には未確認ながら15mを超える大物もいるらしい。
「ど、どうしたの由乃さん? どこか怪我でもしたの?」
「たぶん違うと思うよ祐巳さん。 令さまも心配性だわ」
「い、いや…だって……」
「令ちゃんが…」
奥歯の間から搾り出すように声を出す由乃、プルプル震えながらモンスターの返り血を浴びた右手の拳をゆっくり上げる。 そう言えば令も由乃も返り血を浴びて凄まじい事になっているのがことさら怖い。
「令ちゃんが、私が敵を倒そうとするのをことごとく横から掻っ攫ってってくれて! どう言う事よ?! 私のLv上げの邪魔でもしてるの?!」
「そ、そうじゃなくて、反応速度の差とか、刀の取り回しとかもあるし…それに…」
「それに?!!」
「……よ、由乃に任せてると…その……遅刻しそう…」
「ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜、そこえなおれ〜〜〜!! 手打ちにしてくれる〜〜〜!!!!」
「あ〜〜〜由乃さんストップストップ! 人間傷つけたら停学処分になっちゃうよ!」
「いや祐巳さん、停学どころか警察に逮捕されるから」
令が由乃を思ってかばうのは毎日のことなのだろうが。
戦闘に参加しただけではレベルの上がりは鈍い、スキルは使わなければ上がらない。
もうすぐレベルが上がるという時に過度に庇われたた由乃は、刀の柄に手を掛けて咆哮する。
銃器や刀剣類で人間を殺傷したら、当然警察沙汰として扱われてしまう。 蔦子はサッと由乃の後ろに回って羽交い絞めにし、祐巳と志摩子は前から押しとどめる。で由乃を止めに入った。
「放せ〜〜武士の情け〜〜!」
「だめだってば〜〜〜!!」
「だいじょうぶよ、切った後の死体なんてその辺に放って置けばスライムが処理してくれるわ! 完全犯罪よ!!」
「よ、由乃〜…」
由乃のあまりの一言にがっくりと肩を落として滂沱の涙を流す令。
「私らが知ってる時点で完全犯罪じゃないから!」
「……ごめんみんな……私のために死んで! 私も後で切腹するから!!」
「だ〜〜〜〜〜〜!!」
リリアンの方角からチャイムが聞こえてくる。 5人の遅刻が確定した。
〜〜〜〜〜 第一話 了 〜〜〜
某月某日、チベットはラサ、マルポリの丘に立つポタラ宮にて、一人の高僧が、空を見上げながら呟いた。
「むぅ、終に……!!」
時を同じくして、イギリスはスコットランド、昼尚暗い深い森の奥にて、一人のドルイドが、ヤドリギの葉を見て驚きの声を上げた。
「ま、まさか……!?」
時を同じくして、南米はペルー、クスコの小さな村の片隅にて、失われたインカの神官の末裔が、ビラコチャの像を見て呟いた。
「時は来た……!!」
時を同じくして、インドはガンジス川沿い、聖地ワーラーナシーにて、ヒンドゥーの司祭が、流れる川の水面を見つめて囁いた。
「ああ、やっと……」
時を同じくして、イタリアはローマ、バチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂にて、ローマ教皇が『ピエタ』を前に祈りながら、涙を流して呟いた。
「神よ……」
そして日本は武蔵野、リリアン女学園高等部のマリア像の前にて、二人の少女が見つめ合っていた。
「お受けします」
「ありがとう」
静かに交わされた、神聖な儀式。
ワルツのステップを踏む二人を、月とマリア様だけが見ていた。
「これより、山百合会恒例・二十四時間耐久レースを行います」
蓉子の凛とした声が、会議室に広がる。
ここは薔薇の館の二階にある会議室。普段は仕事と歓談の間として利用されるこの場所は、たった今から戦場と化した。
「初参加の乃梨子ちゃん、瞳子ちゃん、可南子ちゃんも、覚悟はいいわね」
眼光鋭く、江利子が三人を見た。
卒業したとはいえども、かつて『薔薇さま』として頂点に君臨した経験のある者のオーラは、三人の背中をピンと張らせた。
「はい。覚悟はできています」
「私も、同じく」
「祐巳さまの為なら、命も捧げます」
可南子だけ、気合の入りようが段違いだった。
その返事を受けて、江利子はニッコリと微笑んだ。とても邪悪な微笑みで、それを見た令の顔が青ざめる。
「そう。それなら楽しめそうね。蓉子、ルールを説明してちょうだい」
「ええ。ルールは至極簡単。『姉妹の愛情が揺らがなければ勝ち。少しでも揺らげば負け』。わかったわね、みんな」
沈黙を肯定と受け取ったのか、聖が立ち上がる。
「私と蓉子、それに江利子は、今回は『試練を与える者』として参加します。それに、残りのみんなは参加者な訳だけど、何人か『試練の協力者』が混じっているので、そのつもりで」
乃梨子が「はい」と言って手を挙げる。
「質問かしら」
「はい。宜しいですか」
「どうぞ」
「その協力者を見破ったりするのはありでしょうか」
聖が笑顔になった。
「もちろん。見破られた協力者は、その時点からみんなと同じ参加者になる。参加者への妨害は許されない。……これで満足?」
「はい。ありがとうございます」
乃梨子も笑顔になった。見破る気マンマンだ。
蓉子が、腕時計を見る。
「試合開始は、午前9時ジャスト。明日の午前9時を持って、試合終了にします」
あと、数十秒。全員が、壁の時計を凝視する。
秒針が、長針と重なった。
「……試合、開始」
江利子が、静かに宣言した。
これより山百合会全員の、騙し合いが始まる。
*
「……ふふっ、あはははは!」
聖が腹を抱えて笑い転げる。江利子も蓉子も、口元を押さえて肩を揺らしている。
「もうダメ、この真面目な空気に耐えられない……!」
「みんな真剣になりすぎ! あはははははは!」
「二人とも、笑ったらダメよ、ぷっ、クク……!」
緊張の糸が一気に途切れる。瞳子が小さく溜め息をついた。
「もしかして、嘘だったんですの?」
「こ、恒例なんてある訳ないじゃん! あはははは!」
聖のその返答に、「お姉さまに言われて、付き合おうとした私が馬鹿でしたわ」と立ち上がる瞳子。
しかし、それを止めたのは隣に座る可南子だった。
「待って」
「……なんですか」
「笑っているのは聖さまたちだけよ」
ハッ、と瞳子は祐巳の方を見た。現に、祐巳も祥子も、真剣な表情で瞳子を見ている。
可南子が呟いた。
「あの三人は、『試練を与える者』なのよ」
瞳子は可南子を驚いた表情で見つめ、視線を祐巳に移し、最後に蓉子を見た。
蓉子は、微笑んでいた。
「……」
瞳子は鞄を手にする。
「別に、薔薇の館にとどまっていなければいけないというルールは無いんですよね」
「……下校時刻までは校内にいること。それ以外なら、どうぞお好きなように」
蓉子が、とても冷たい声で返した。下唇を噛み締める瞳子。
「協力者がいるかも知れないんでしたら、ここにいるのが一番危険ですわ」
そう言って、瞳子は部屋を出て行った。
「あの言葉って、いわゆる死亡フラグじゃない?」
聖がニヤニヤしながら言う。
「他のみんなも、どうぞご自由に。ただ、あくまでもこれは『姉妹の絆を試す』のですからね」
江利子の言葉を受けて、祐巳と祥子が立ち上がった。
「私たちは、瞳子ちゃんと一緒に行動しますわ。祐巳、いくわよ」
「はい、お姉さま」
二人の後姿を見ながら、由乃が呟いた。
「そんなこと言って、もし祥子さまが協力者だったらどうするのよ、ねぇ?」
返答を求められた令は、由乃の頭を撫でる。
「そうだね。でも、祥子に限って祐巳ちゃんを騙したりはしないよ」
「そうかな」
「でも、私はいつでも由乃の味方だからね」
それを見ながら、乃梨子が立ち上がる。
「でも、由乃さまが協力者の可能性もあるんですよね」
「の、乃梨子、それは言いすぎよ」
慌てた志摩子を遮るように、聖が言った。
「姉妹全員が協力者、姉妹のどちらかが協力者、それは十分にあり得るね」
聖は、志摩子を後ろから抱きしめる。
「やっ、お姉さま……!」
「……志摩子さんから、離れて下さい、聖さま」
射抜くような視線で、聖は乃梨子を見た。
「あるいは、一人を除いて全員が協力者、なんてね」
「離れろ!」
乃梨子は聖の手を乱暴に引き剥がした。
「おお、怖い怖い。わかったわかった。おいたしてごめん」
「志摩子さん、行こう!」
「え、ええ。お姉さま、申し訳ありません」
「いいのいいの。またね、志摩子」
白薔薇姉妹も部屋から出て行く。
残ったのは、『試練を与える者』三人と、令と由乃の黄薔薇姉妹、そして可南子だ。
「お二人は、どうしますか?」
可南子が令に尋ねる。
「うーん、そうだね、とりあえず薔薇の館は出ようかな」
「そうですか。では、私も出る事にしましょう」
可南子が立ち上がる。
「みなさま、それではごきげんよう」
挨拶をした可南子の背後に、令が言葉を投げかける。
「あれ? おかしいよね」
「……はい?」
「いや、一応は『姉妹の絆を試す』わけじゃない。だったら、可南子ちゃんがここにいるのはおかしいな、って」
「……」
「え、あ、いや、別に祐巳ちゃんがどうこうじゃなくって、その」
「ごきげんよう、黄薔薇さま」
可南子のそれには、僅かな怒りが含まれていた。
「……私、言葉を間違ったのかな」
「いや、令ちゃんは正しいわ。確かに、祐巳さんの妹が瞳子ちゃんな以上、可南子ちゃんがここにいるのはおかしいもの。きっと、可南子ちゃんは協力者なのよ」
「そう、なのかなぁ」
「そうよ! そうに決まってるわ! さっすが令ちゃん、やるぅ!」
由乃の嬉しそうな声を聴いて、令は照れくさそうに笑う。
それと違う意味の微笑を、江利子は見えないように浮かべていた。
*
「瞳子!」
「……お姉さま。祥子お姉さままで」
「駄目だよ、一人で行っちゃ。一緒にいよう?」
「……ですが、ひょっとしたら、私が協力者だなんて考えたりはしないんですか?」
「どうして? だって、私と瞳子は姉妹じゃない。私は、瞳子もお姉さまも、疑ったりはしないよ?」
「……お姉さまは、本当に子羊なんですね」
「へ?」
「まぁいいです。一緒に行動しましょうか」
その二人のやり取りを見ていた祥子は微笑んだ。
「温室に行きましょうか。それで、瞳子ちゃんにこの試合の傾向も教えてあげましょう」
*
「志摩子さんも抵抗しなきゃダメだよ!」
「でも、あれはやりすぎだわ」
「いいの! あんなセクハラオヤジ」
「仮にも私のお姉さまなのよ……?」
志摩子は乃梨子に連れられ、廊下を歩いていた。
「ところで志摩子さん」
「? なにかしら?」
「恒例ってことはさ、去年もやったんでしょ? その時はどんな感じだったの?」
「それが……やってないのよ」
「え?」
乃梨子が歩くのを止める。
「私とお姉さまが出会う前にやったのかな、とも思ったのだけど……。おそらく、少なくとも去年はやってないわ」
「じゃあ」
「最初に江利子さまが言った、『初参加の』という部分から変だと思っていたのよ」
「んー、んー? どういうこと? あー、頭がこんがらがってきた……」
*
「ねぇ、由乃」
「なーに? 令ちゃん」
令と由乃は、中庭を歩いていた。
「お姉さま方が、『恒例』って言ってたじゃない」
「うん」
「でも、去年ってやってないよね」
「あ、そう言われたらそうだわ」
「それに、私の知る限りだと、私と祥子が一年生……つまり一昨年なんだけど。その時もやってないんだよね」
「え? それ本当?」
「うん。こんな他人を疑ったりしなきゃいけないイベント、忘れるはずがない」
令は青い顔をうつむかせる。
「うーん。ひょっとしたら、江利子さまたちが一年生の時にやったイベントを、復活させたとか」
「……そんな三年越しのイベントを、恒例なんて言うかなぁ?」
姉妹はその場で立ち止まって、薔薇の館の方向を見た。
あの卒業生三人の、暇潰しを兼ねた悪ふざけなのか、それとも。
とにかく、他のメンバーが心配だった。
*
「去年は、どこまでも姉妹を信じる令が勝ったわね」
祥子は温室の端に座り、左右にいる妹たちに語る。
「そうだったんですの?」
瞳子は祐巳に尋ねたが、祐巳は曖昧に笑う。
「いや、私とお姉さまが姉妹になったのって遅かったから、私は不参加だったんだよね」
「由乃ちゃんもその日は大事を取って休んでたわ。だから、私はお姉さまと、令は江利子さまとペアだったの」
「あの、結局、勝敗の基準はなんなのでしょう?」
「そうね。さっきの瞳子ちゃんじゃないけれど、『もし、目の前の姉ないし妹が、協力者だったらどうしよう』って疑った時点で、負けは決まったようなものね」
「なるほど」
「『姉妹の絆を試す』とはよく言ったものよね。何代前の薔薇さまが考えたかはわからないけど、このゲームは疑心暗鬼になった時点で負けなのよ。厳密な勝敗は無いわ」
「でも、さっきは令さまが勝ったって」
「ええ。恥ずかしいけれど、私が少しお姉さまを疑ってしまったのよ」
「ええっ? 信じられません!」
「私も! お姉さまが蓉子さまを疑ったなんて」
「姉妹になって間もない頃にこのイベントでね、最初は瞳子ちゃんと同じような行動を取ったの。お姉さまは信頼できるけど、もしお姉さまが紅薔薇さまに言われていたら、どうしようって」
<長くなっちゃうので、次回に続く>
このお話は【No:67】【No:243】と関連したおはなしです。できれば【No:67】【No:243】を先に読んでください。
乃梨子。乃梨子からも、祐巳さまに言ってやってください!」
私がビスケット扉を開けたとき、いきなり瞳子が詰め寄ってきた。
「なに? どうしたの?」
前にも似たようことあったよな……。っていうかまたかよ。いい加減巻き込んで欲しくないんだけどなあ。
そう思いながら、私は瞳子をのけて中をのぞいた。
中には、当然祐巳さまがいた。
「ごきげんよう 乃梨子ちゃん。瞳子ちゃんと同じ髪型にしてみようと思ってがんばってみたの。どう?」
「どうって……」
今回ばかりは、前みたいに瞳子を生け贄にすることが出来なかった。だって、その髪型を見るだけでは、祐巳さまの意図が全くわからなかったから。
「それは何ですか?」
「えっとね、右側が木の盾で、左側が皮の盾」
「どこでそんな物を?」
「えっとね。鎌倉。大仏様の近くの武器屋さんで売ってたの」
改めて、祐巳さまの髪型を確認する。
瞳子と同じ髪型にしたとおっしゃっていた祐巳さまは、いつものツインテールに右側に木の盾、左側に皮の盾ぶら下げていて、その二つの盾は風に煽られ、右に左にくるりくるりと回転していた。
「一体それがどうして、それが、瞳子と同じ髪型になるんですか?」
前のドリルやにんじんならまだしも。盾では雰囲気が全く違うではないか。何度眺めても、祐巳さまが盾をつけている意味がわからなかった。
「え? わからない? 瞳子ちゃんといえば、盾ロールじゃない」
祐巳さまは、いつものように、春の日差しのような、柔らかいほほえみを浮かべて私に言った。
次の瞬間、瞳子が祐巳さまの盾ロールを使い、シールドアタックでぶちかましを行ったのを、私は見なかったことにした。
それを見た瞬間、山口真美は両手両膝を床につけた。
「もういや…こんな学園生活」
「真美さん。あなたにしか頼めないの!
この結果を薔薇さま方に伝えられるのは!」
「で、今回はどんな設問だったのかしら?」
「…説明するより見ていただいたほうが早いので…どうぞ」
そう言いながら真美が差し出したのは…科学の問題。
紅薔薇・黄薔薇・白薔薇の交配と、各世代ごとに誕生した各色の薔薇の本数が表になって書かれていた。
『上記3代にわたる赤・白・黄色の遺伝に関する交配結果から、優性遺伝子・劣性遺伝子を考え、
その後の第1世代から第3世代までで、各世代において誕生する薔薇の色の数を多い順に書け。
なお、親としての第0世代の数は同数とする』
「遺伝に関する問題よね。
…というか、薔薇の色って遺伝子の優劣は無いから、混ざってしまうんじゃない?」
「本来ならば5月にうるさい例の昆虫で出題する予定だったのですが、嫌がられそうなのでボツにしたそうです。
リリアンで最も馴染み深い『薔薇』を使って先生が設問を作ったそうです」
「後でその先生のお名前を教えてね♪」
「………はい」
薔薇さま3人の眼力に、真美では太刀打ちできない。
「で、これがもっとも多かった回答です」
『第1世代 赤>黄>白』
「これは普通に考えて正解でしょう?」
「ええ。出題に対する回答としても。
……現時点での立場としても」
「何が言いたいのかしら? 聖?」
3年はおおむね平和だった。
『第2世代 赤・妹>>>>>黄』
「『白』が無くて『妹』ってどういうこと!?
というか、何故こんなに『>』記号がたくさんあるの!?」
「さ、祥子…落ち着いて…」
2年もヒステリーは起こっているものの、おおむね平和…かもしれない。
『第3世代 黄>∞>赤=白』
「真・美・さ・ん・?」
「私じゃない! 答えを書いたのは私じゃない!」
「じゃあ、その下に
『革命以前 赤=黄=白』
って書いてあるのは何!?」
「知らないってば! 先生に渡されただけだってば!」
「この回答した全員を調べなさい!」
「無理ーーー!!!」
1年は、約1名が暴走しているが、それ以外は平和…なのではなく、発言するタイミングがないらしい。
山百合会は、どんな困難があっても平和な生徒会…には縁遠いのかもしれない。
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スミマセン! 遺伝子うんぬんのくだりは全くのデタラメです。適当なこじつけです。信じないようにしてください。
某国営放送の教育番組で、遺伝のお話が出て…【No:2750】でMr.K様の投稿があったおかげか、変な電波が。
お目汚し、本当にすみません。m(_ _)m
注意!!
この作品は瞳子スキーにはあまりにもなお題が出てしまったために、作者が暴走して書いたものだということを念頭において読んでください。
「んん」
「おはようございます。お嬢様」
朝。いつもどおり、使用人に起こされる。
「…おはよう」
「下ではもう朝食の用意ができておりますので。」
そう言って使用人は静々と下がっていった。
目をごしごしこすって、頭に覚せいを促す。
すると、見えてきたのは“あの人”自分が映った写真。
私は古風なドレスを着て“あの人”に手をひかれている。
「…えへへ」
思わずベッドサイドにある写真立てに微笑んでしまった。
「む、」
そのとたん、まだぼんやりしていた瞳子の頭が完全に覚めた。
違う違うと、別に“あの人”を見てほほ笑んだのではない。
そう。別に…。
「起きなきゃ」
瞳子は思考を放棄して身支度を整える。
このままだとおそらく“あの人”のことを考えてしまう。
そうなるとなんだかわからない気持ちがあふれてくる。
別にあんな人ことは、好きでもない。むしろ嫌いだ。
「そうよ。あんなおめでたい人なんか嫌いですわ」
でも、この気持ちは…
「特訓って、ここでするの?」
祐巳の疑問ももっともなことだろう。そこは薔薇の館の1階の、物置と化している部屋だった。
『真・マリア転生 リリアン黙示録』【No:2724】から続きます。
「こっちです」
奥まで入った瞳子が床に置いてあった荷物をどかすと、床にうっすらと引き戸らしきものが見えた。
「知らなかった。こんなのあったんだ。っていうか瞳子、よく知ってたね」
「発見したのは偶然です」
瞳子は引き戸の脇の部分を何やら操作してそれを開けた。
祐巳がおそるおそる覗きこむと、なんだかその中が澱んでいた。何かの収納スペースかと思いきや、よく見れば下へと続く階段が見える。
「ここに入るの? っていうか、薔薇の館に地下とかあったんだ」
厳密にいえばこれは別の空間に繋がっている通路、の入口に過ぎない。空間の歪みによって別の場所へと繋がる、俗にターミナルと呼ばれているものを、瞳子の結界によって安定させたものだった。
うながされるままに階段を降りると、そこは不自然な程に整然としていながらも複雑に入り組んだ通路に続いていた。
だんじょん?
「ああそうだ、お姉さま。ここは一種の異界ですから、お気を付けください」
「異界って? 何に気を付ければいいの?」
「いろいろと勝手が違うこともあるかも知れません。時間の流れとかも若干違ったりするかもしれません」
「ええっ! 何それ!?」
「よくありますでしょう? 竜宮城とか金剛神界とか……みたいな?」
「最後だけ軽く言ってもダメだから! それって戻ったら何十年もたってたりとかしない!?」
「そこまで極端なことはありませんよ。……たぶん」
あさっての方向を向いてそう答える瞳子。
「たぶん!? 今たぶんって言ったよねっ?」
「気のせいです。そんなことより、ここにはいろいろな悪魔がいますから修行には最適ですよ」
「え゛」
「はい、これは餞別です」
そう言って瞳子は1本の杖を渡す。それは全体的に捩れた木でできていて、先端部に大きな赤い石が埋め込まれていた。
「ドヴェルガーが世界樹から削りだしたと言われる一品ですよ」
「どべるがあ?」
地霊『ドヴェルガー』。
北欧の小人の妖精だ。特に鍛治の能力に優れる種族であり、神々の為に数々の武具や宝物を製造したと言われている。ドワーフの語源とも言われるといった方がイメージし易いだろうか。
あいかわらずの瞳子のうんちくに、ほへぇと感心する祐巳であるが、それはさておき。
「その名も魔杖『紅蓮 螺旋八極式』です」
「まじょ……?」
「ただのノリですので。お気になさらず」
「ノリって、いいの? そんなので」
その杖を受け取りながらも祐巳は不安げな顔で聞き返す。
「元々は『紅蓮の魔杖』と呼ばれていたらしいですが、いろいろと手を加えられているようで、面倒ならただの紅蓮でもよいと思います」
「面倒って、ホントにいいの? そんなので」
「紅蓮はその赤い宝玉の名でもありますし」
「紅蓮?」
祐巳がそう呟くと、赤い宝玉が瞬いたような気がした。
「ほら、さっそく悪魔が来ましたよ」
「ええっ、ちょ、まだ心の準備がっ」
瞳子が指差す先を見れば、何やらわさわさと人よりでっかい蜘蛛のような悪魔が蠢いていた。
「ひぃっ!」
「集中!」
「はい!」
杖をかまえて意識を集中。
ぼうっと杖の先に炎が浮かぶ。
「うわ!? なんか凄く簡単に炎が出たよ?」
「その杖には魔法の発動や魔力の制御そのものを補助する機能がありますから」
「へえ」
感心しながらも祐巳が杖をふるうと、炎の玉がカタパルトから打ち出されるような勢いで目標に向かって飛んでいく。
ごおん、と鈍い音を立てて火の玉が命中し、悪魔が爆散する。
「おぉー」
「その調子です。ではお姉さま、頑張ってくださいね」
「え、瞳子は?」
「今の私では足手まといになるだけですから。まだ回復していませんし、それに、いろいろ調べることもあって忙しいんです。最近悪魔の動きが活発になっているでしょう?」
「そうだけど」
「お姉さまなら大丈夫です」
不安そうな顔の祐巳に笑顔と共にそう言って、瞳子は手にしたファイルを渡す。
「発動時間の短縮と魔力のコントロールを重点的に考えて修行してください」
「これは?」
「訓練メニューです。とりあえずはこれをクリアしてください」
瞳子は祐巳の魔法の先生だった。しかもすっごい厳しい先生だった。
自ら魔法系というだけあって特に火炎系に特化したその能力は祐巳の目から見ても凄まじいものだった。祐巳も先生の影響で火炎系の魔法が得意になったのだ。
ちなみに直接戦闘に関しては可南子が先生役を務めた。人には向き不向きがありますからとの言葉がちょっと痛かったのもいい思い出だ。たぶん。
「クリアしたら自動的に結界が解除されて戻ってこれますから」
「ク、クリアできなかったら?」
祐巳がおそるおそる聞いてみると、瞳子はただにっこりと微笑んだ。
死ねと?
「大丈夫ですよ。お姉さまならできます。瞳子、信じてますから」
「あ、ありがとう」
「どのみち、これくらいクリアできなければこの先私達に未来はありません」
ハッとしたように、祐巳は瞳子の顔を見た。そして、一つ頷く。
「うん。わかったよ」
「あら、もういいの?」
薔薇の館の2階に上がってきた瞳子は、そこに意外な、でもないか? 顔を見つけて少し驚いたような表情を見せた。
「いつまでも寝てられないでしょう」
ボロ雑巾を返上したらしい可南子は不機嫌そうに言った。
「さすがに頑丈ですわね」
「その言い方はちょっと……」
「よいですけれど、本来ならまだ安静にしていなければならない状態なんですから、しばらくは戦闘禁止ですよ」
「あなたは?」
「私も軽い戦闘くらいは可能ですが、しばらくは全力での戦闘は無理ですね」
そう言いながら、瞳子は薔薇の館に持ち込んだノートパソコンを立ち上げる。
「祐巳さまは?」
瞳子は指を下に向けた。ゴートゥーヘル、という意味ではもちろんなく。
「地下に」
「ああ、精神と時の部屋ね。祐巳さまも、ご愁傷様」
「……勝手にヘンな名前を付けないでください。それにこの先、今のままではとても生き残れませんよ」
その言葉に可南子は一瞬憮然とした表情になったが、すぐに肩を落とした。
「……まだまだね、私達」
ふ、と瞳子はため息とも苦笑ともつかない息をはいた。
「こと魔法戦に限定すれば、薔薇さまともそれなりに戦えるつもり、だったんですけどね」
不意を突かれたというのはある。白薔薇さまの横合いからの突然の吹雪に、凍りつきはしなかったけれども動きが鈍って次の反応が遅れたのが直接的な敗因ではあった。
とはいえ、である。では最初から正面きって戦えていたら勝てたかといえば、次元が違ったというのも自分でもわかっていた。少なくとも、今の瞳子ではまだまともな勝負にならなかったろう。
「私はつぼみにやられたけれどね」
へこんだ様子の可南子だが、つぼみと相打ち近くまで持っていったこと自体、実は相当に凄いことなのだ。そうも言っていられないのが紅薔薇ファミリーの実情だが。
「ひょっとして、今何かあったとしても私達って全く動きがとれない?」
「そうですね。祐巳さまが出てくるまでは直接的な動きが無いことを祈りますわ。その他大勢程度の戦力なら多少は揃えられますが……」
パソコンでなにやらチェックしていたらしい瞳子がハッとしたように動きは止めた。
「……何かあったの?」
「という程に確かなことはまだ。ですが、少々良くない動きが見えますね」
そう言ったきり何やら考え込んでしまう瞳子。
「まあ、考えるのはあなたに任せるけれど」
「ええ、可南子さんに肉体労働以外は期待しませんから」
「あなたくらい小賢しい悪知恵がはたらく人はいないものね」
うふふふふ、となごやかな笑顔でギスギスした空気をふりまく2人だった。
その頃祐巳は、意外なようだがかなり本気で特訓に臨んでいた。
二人に甘え過ぎていた。
その結果がどうなったかといえば。
脳裏に浮かぶのは、ボロ雑巾のようになった可南子。
そして凍りついた瞳子。
目にした瞬間、心が凍りついた。恐怖で。
もう二度と。あんなシーンは見たくない。
だから。その為にも。強く。
強くならなきゃ。
ありったけの魔力を搾り出しながら
念じる。強く。魔力を
頭の中が真っ白になっていく
魔力の収束、開放、その繰り返し
鬼が、妖魔が、妖精が、魔獣が、神族が、魔族が
杖の先に収束する魔力
巻き上がる紅蓮の炎
解き放たれる力
消し飛ぶ悪魔
白熱するイメージ
念じる
強く
もっと強く!
強くならなきゃ!
もっと強く! 強く! 強く!強く!強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く
「な、何事?」
深くこもったような音と激しい振動に、瞳子は思わず腰を浮かせた。
立っていた可南子がとっさに壁に手をつくほどに、それは激しい揺れだった。
「祐巳さま?」
「まさか! あそこは異界よ。どんな激しい爆発を起こしたところで、こちらに影響が出るはずは……」
「でも、今のは下からだったみたいだけど?」
「とにかく行ってみましょう」
自分で否定しておいて慌てて見に行こうとする瞳子である。無論可南子も見に行くことに異存はなく、揃って1階に向かった2人はそこで異様な光景を目にする。
入り口が歪んでいた。
扉が歪んでいるということではない。瞳子の張った結界そのものに、歪みが生じていた。あるいは空間そのものを歪めるような何かがあったということか。
瞳子はあわてて封印を解除し、その扉を開けてさらに中の階段を降りる。
「うっ」
一歩踏み込んで、瞳子は思わず呻いた。
そこには異常なほどに濃密な、むせかえるような魔力の残滓が漂っていた。
これは、まほう? 魔力の暴走? それにしてたってこの異常な破壊力は………
まるで台風でも通り過ぎたような有様だった。
練り込まれ、練り上げられた魔力の開放の跡、その余剰魔力。残り滓といってもいいそれがこれほどの濃度を保っているということ。使用された魔力量の膨大さがうかがわれる一方で、酷く効率が悪い使われ方だということでもある。逆に、うまく制御できればその威力はおそろしいものなるということでもあった。
やはり薔薇さまなのだ。瞳子は今更ながらに思い知らされる。
すぐに2人は、倒れている人影を見つけた。
「お姉さま!」
「祐巳さまっ!」
駆け寄った二人が見たのものは。
「……………きゅう」
目をぐるぐる状態にした祐巳だった。
「どんな特訓をしたらあんなことになるんですか」
気が付いた祐巳が最初に聞いたのが瞳子のその言葉だった。
「いやあ、なんかいっぱいいっぱいだったというか」
何故か照れたように笑う祐巳に、瞳子は呆れた表情を見せる。
「魔力の制御をもっと重点的にやらないとダメですね。間違っても暴発、暴走などさせないように」
「うぅ、はい」
特訓はまだまだ続きそうだった。
「そういえば、悪魔の動きが活発になってるとかいう話ってどうなったの?」
「……それが、少々気になる動きが見えまして」
祐巳としてはとりあえず特訓から話をそらしたかっただけだったのだが、何かにヒットしてしまったらしかった。
「カオスに動き?」
小首を傾げるようにして、志摩子は乃梨子に振り返った。
「と言われても、カオスは動きっぱなしのような気がするのだけれど」
「いや、そうなんだけど」
苦笑して、乃梨子は言葉を続ける。
「ちょっと大きな動きが」
「大きな動き?」
もう一度小首を傾げて問い返す志摩子。
ああ、もう! いちいちカワイイなあ、志摩子さんは!
などと、乃梨子が思っていたりすることなど思いもよらぬだろう志摩子はそのままの姿勢で先を促す。
「魔王召喚?」
その言葉に志摩子の顔がひきしまる。
凛々しいなあ、などと乃梨子が以下略。
「まだ確定じゃないけど、可能性は高いと思う」
「それは、ほおっておくわけにはいかないわね」
志摩子は厳しい表情でそう言った。
「ミス・ありまックスの、ハイパー・イリュージョンショー!!」
三年生を送る会を無事終わらせ、薔薇の館にて一年生たちの『しょーたいむ』なるもので踊り疲れた山百合会関係者一同が、心地よい疲労感に包まれながら、お茶を飲んで一息吐いていたその時。
唐突にビスケット扉をバタンと開けて、一人の少女が叫びながら飛び込んできた。
中等部の制服を身に纏った、少しおでこが広い小柄なその少女は、正体を知られたくないのか、鼻眼鏡を装備している。
「……突然どうしたのよ菜」
「おっとストップ!! 私はミス・ありまックス。きっと誰も知らないに違いありません!!」
あっさりと正体を見抜いた黄薔薇のつぼみ島津由乃が問い掛けようとしたが、きっぱりと遮られた。
「いや、そんなこと言われても菜」
「(黙れ)ミス・ありまックスの、ハイパー・イリュージョンショー!!」
ボソリと小さく呟いた後、改めて大声で名乗るミス・ありまックスとやら。
険悪な目付きで睨みつける由乃を物ともせず、肩にぶら下げたバッグを下ろし、中から何かを取り出し始めた。
彼女を見やる一同(由乃は除く)は、何が起こっているのか分かっていないようで、茫然自失の体たらく。
「取り出しましたるは、この炭酸飲料!!」
持ち上げられたその手には、黒っぽい液体が入った2リットルサイズのペットボトル。
「これを一気飲みして、ゲップが出ない内に『芝山鉄道』の全駅名を言います!!」
ぷしーと蓋を開け、ボトルからダイレクトにこきゅこきゅ飲み始めるありまックス。
行儀が悪いのが気になったか、紅薔薇さま小笠原祥子が眉を顰めている。
「ふぅ〜、では行きます!」
1/10も減っていないペットボトルを床に置き、紙──恐らく駅名が書かれているのだろう──を広げて、開始を宣言した次の瞬間。
「げぷぅ」
『いきなりかよ!?』
一駅も言えない内にゲップが出てしまったありまックスに、一同揃ってツッコミ。
特に大きな声で突っ込んだのは、由乃と何故だか白薔薇のつぼみ二条乃梨子。
「一気飲みなんて言うから、全部飲むのかと思いきや!」
「しかも芝山鉄道って、駅が二つしか無い日本一短い私鉄じゃなかったけ?」
千葉県出身の乃梨子は知っていたようで、地元の芝山鉄道は、東成田駅と芝山千代田駅の二駅しか存在しない。
「くぅ、流石は昔、常習性がある怪しい植物のエキス入りと言われたことがある某炭酸飲料、恐ろしい相手でした!」
紙を畳んで、ペットボトルをしまうありまックス。
「それはともかく、結局一駅も言えなかったね」
「ですが次は大丈夫! ミス・ありまックスの、ハイパー・イリュージョンショー!! 今度はコレ!」
紅薔薇のつぼみ福沢祐巳の呟きは無視して、再びバッグから何かを取り出した。
「ジャーン! これは、島田さまからいただいた薬用ハンドクリーム! これを手の平に塗って」
チューブからクリームを出して、「誰が島田だ!」と騒ぐ由乃を尻目に、両手の平に満遍なく塗るありまックス。
「これを開けます!!」
掲げたのは、『アレ!』と言う名の海苔佃煮の瓶。
「この、冷蔵庫の奥に5年以上放置されていた開封済みの海苔佃煮の蓋を、今ここで開」
『開けるなぁ!?』
再び、一斉に突っ込む一同。
「そんなもの、ここで開けないで下さいまし!!」
「いいえ開けます。開けて見せます! 開けさせて下さい!!」
紅薔薇のつぼみの妹、松平瞳子のお願いも空しく、ありまックスは蓋に手をかけ、力を入れて捻った。
のだが、ツルツル滑るだけで、なかなか開こうとはしない。
それも当然、ただでさえ滑る手の平では開け難いのに、ハンドクリームなんて塗った日には、更に開け難くなるのは必定。
しかも、塗った量は標準よりも少なめだったにも関わらずだ。
「開きません! 黄薔薇さま!!」
暢気に推移を見ていた黄薔薇さま支倉令に向かって、瓶を差し出すありまックス。
「島田さまが言うところの、『令ちゃんのバカ』チカラで開けて下さい!!」
何か釈然としないような面持ちで、顔を背ける由乃を見ながら瓶を受け取った令は、
「仕方が無いなぁ」
と言いつつ、蓋にぐっと力を入れた。
「だから開けるなってゆーとるでしょーがぁ!?」
「がはぁ!?」
椅子を振り上げて、物理的に阻止する由乃。
普通、5年も冷蔵庫内にあったのなら、低温乾燥で無臭のパサパサになっているハズだが、そんなことは彼女らが知るわけもなく。
「だからバカって言われるのよ」
一番、そして唯一令をバカ呼ばわりしているのは、当の由乃本人だったりするのだが、あまりにも日常的なことなので、感覚が麻痺している様なのはまぁ無理からぬところか。
動かなくなった令の手の平から、コロコロと零れ落ちた瓶を拾い上げ、バッグに戻したありまックスは、懲りずに三度何かを取り出した。
「ミス・ありまックスの、ハイパー・イリュージョンショー!! お次はコレ、生卵です!」
どっから見ても、ごく普通の白い卵。
テーブルの上で、ありまックスが卵を回すのを見ても、すぐに回転が止まるので、明らかに生卵。
「この生卵を床の上に立てて」
小さなエッグスタンドに卵を乗せて、床に置くありまックス。
「この上に乗」
『乗れるかぁ!?』
いい加減疲れているだろうにも関わらず、律儀に突っ込み続ける一同。
だがしかし。
「……れたら良かったんですけどねぇ?」
『願望かよ!?』
肩透かしを食らって、力なくテーブルに突っ伏す山百合会の面々。
常識で考えれば、例え縦置きとはいえ、一個の生卵が人の体重を支えきれるはずがない。
「とまぁそんなワケで、楽しんでいただけたでしょうか?」
「無駄に疲れただけだわよ」
ぐったりしたまま答える由乃。
「えー、何時でもどんな手段でもいいから、今後のために顔出しとけって言ったの、島田さまじゃないですか」
「わーわーわー! はいありがとうミス・ありまックス、ごきげんようさようなら!」
口を尖らせたありまックスの腕を掴んで、強引に部屋から連れ出した由乃。
なにやら階下から言い争うような声が聞こえてくるが、今尚動かない令以外は、お互いの顔を見て苦笑い。
ご機嫌取りと言うと言葉は悪いが、早めに自己をアピールするため、由乃が炊き付けただろうことは、既に誰の目にも明らかで。
ただ、まさかこのタイミングで、しかもこんな形で姿を現すとは、予想もしていなかった模様。
「お茶を淹れ直しますね」
白薔薇さま藤堂志摩子が、脱力した一同はそのままでシンクに立った。
「……ったく、何よあの娘は」
ブツブツと呟きながら部屋に戻って来た由乃は、妙に生温かい視線で迎えられたのだが、多少の哀れみや若干の呆れが混ざっていることには、残念ながら気付くことはなかった……。
このお話の55%は『マリアさまが見てる』で出来ています。
このお話の25%は『ファイナルセーラークエスト〜ひと夏の経験値〜』で出来ています。
このお話の 7%は『クロスゲート』で出来ています。
このお話の 7%は『コンチェルトゲート』で出来ています。
このお話の 3%は『ラグナロク・オンライン』で出来ています。
このお話の 2%は『フォーチュンクエスト』で出来ています。
このお話の 1%は『スターライト☆こねくしょん』で出来ています。
【No:2754】→【 これ 】
〜*〜*〜 ファイナル・リリアン・クエスト 〜*〜*〜
S−3
「ほんとに過保護すぎなのよ令ちゃんは。 何度も何どもナ・ン・ド・モ!」
「まあそう言わなくっても、そこまで心配してくれてるんだもんありがたいことだと思わなくっちゃ」
「ウザイのよ! いまだに手術前みたいなつもりでいられても。 来年どうするつもりよ私が登校する時はいつも護衛に来るつもりなのかしら?!」
「やりかねないと思いますよ黄薔薇さまなら」
放課後になってもプンスカ怒っている由乃をなだめながら、祐巳、由乃、志摩子、乃梨子、蔦子の5人は結界を施された高い門をぬけ、南エレベーターを使って20階まで降りてきた。
5階までは東西南北の4本のエレベータが定期運行している、そのうちの北の1本は10階まで、南の1本はさらに下の20階まで行く、21階から下はグレーゾーンと呼ばれモンスターの種類も生息数も多い、レベル上げの者か研究者、もしくは物好きか自殺志願者しか訪れない。
ちなみに地下20階にも商店街がある、商店の値引率は地下に行くほど多くなるので、少しでも安いものを買おうと主婦はレベルを上げてパーティーを組んで訪れるがその数は少ない、数少ないお客に店員はやる気が無くなってかよくおつりを間違える。
祐巳は護符と寄り代と20階より下に行く時に装備する”成田山新勝寺のお守り”を祥子から請けたロザリオと一緒に掛ける。 肩から下げたサコッシュの中にはポーションと、MP回復用にと食べたいのをちょっと我慢して 1/3 残して置いたお弁当とパンが入っている。
由乃は購買で買った薩摩氏房の日本刀『鬼平』を、ワンピースの制服にわざわざベルトをして腰に下げる、本当は抜いた時に鞘が邪魔になるのだが、どうやら由乃にとって日本刀は腰以外の所に下げるのは邪道と頑なに思っているらしい。 お分かりになっていらっしゃるだろうが『鬼平』は、由乃が某小説の登場人物から採用して3000円で銘入れサービスをしてもらったものである。
志摩子は、回復用のポーションの数を確認してから攻撃魔法と回復魔法のストック数の確認をする、魔法の呪文は長いものでは1時間以上かかるものもある、そんな長い詠唱をいちいちその場でしていると戦闘自体が終わってしまう、そこで呪文の最後の一小節前までを唱えてそこでキープしておくのである、ストックできる魔法の数は個々人のMPの総量による。 ルーン文字とアミュレットで特殊な装飾を施されたロザリオをマントの上から指先で確認した後、水晶の数珠をスカートのポケットの中で繰る。
乃梨子は……特にこれといって何もしていない。 傍から見ると特に何も持っている様には見えないが、もうすでに弾丸は銃に装填済みだし、防護魔法の施されたマントも、滑り止めとショック吸収性に優れた指きりのグローブも、予備のマガジンも問題なく準備完了である。 装備品の準備は各個人が責任を持ってしなければならない、以前瞳子が祐巳に準備を手伝ってもらったために酷い目に合ったことがある。
蔦子はさっさとジェリコ914F/RとSPAS12の準備を終えて、カメラの準備に余念が無い。
準備完了、5人は封印に守られた20階の駅から、その下のグレーゾーンに通じる洞窟を目指して動きの悪い自動ドアを抜けていく。
「それで確認なんですけれど、志ま…お姉さまがスキル上げ、由乃さまがレベル上げですね」
「そう、私は4〜5回戦えばレベルが上がるはずだから。 あと”乾坤一擲”上げたいわね」
”乾坤一擲”は、外す可能性もあるが、当たれば大きなダメージを与えることが出来る剣士の基本スキルで示現流っぽいので由乃が一番好きなスキルである。 このスキルは、憶えるだけならどのジョブでも憶えることができるので、殴りクレの志摩子も覚えていて実は今現在由乃よりスキルレベルは上だったりする、ただ志摩子は職業的制約でスキルレベル3までしか上がらない。
「そうね、後はヒーリスのスキルを修得するためのクエストがあるのだけれど、それは今日じゃあなくてもかまわないから」
「なら、私は完全にサポートですね……ちょっと大物過ぎたかな…」
「ん? どうしたの乃梨子?」
「なんでもないよ志摩子さん。 っ?!」
ドォーン
グアシャ
「…あっ…すいません…」
「…いや…いいけど…」
抜く手も見えないほどの速さでデザート・イーグル.44Magnumを抜いた乃梨子は、死角から飛び出してきたホブゴブリンの頭部を撃ち抜いて後頭部から脳を四散させる。 蔦子もSPAS12を構えるだけ構えたが撃たずに引き金から指を外す。
「やっぱり.44Magnum弾はすごいわね…」
「最強じゃないんですけどね」
ゴォオーン
ガゴン
ホブゴブリンより近い所に潜んでいたマルチアイと呼ばれる1mもある青色のクモに気がついた蔦子は、12番ゲージ散弾で胸部を吹き飛ばす。
それと同時に蔦子の生徒手帳に付いている冒険者カードがファンファーレを盛大に鳴らした。
学生証の裏に一緒にパウチされている見るからに安っぽい印刷物、横から見ても厚みもコピー用紙くらいしかないのだが、自身のレベルなどの各種パラメーターをリアルタイムに表示したり、モンスターの情報や戦闘で取得できた金額なども表示できる優れものである。 原理をとある先生に尋ねたが、先生は蔦子の肩にポンっと手を置いて。
『…世の中…そういう風になっているものなのよ……』
ダンジョンの天井付近を遠い目をして見ていた、夕日が優しく照らしていたのが印象的だった。
蔦子は、生徒手帳を取り出して冒険者カードを確認する。
「……あぁ、スキルレベル上がたんだ」
「お〜、おめでとう蔦子さん!」
「わ〜〜、おめでと〜〜蔦子さん!!」
「おめでとうございます蔦子さま」
「おめでとう、蔦子さん」
「よ〜〜し、私も負けてらんないわね!」
「うんうん! 私も負けないわよ」
「ま、私のはおまけだと思って」
「あせらないで行きましょう。 サポートは十分強力なようだし、そんなには時間掛からないわよ」
* * * * * *
『あせらないで…』と言う志摩子のその台詞は、今日に限ってなぜか起こっている超絶エンカウントの前にもろくも崩壊した。
* * * * * *
「ちぇ〜すとおぉ〜〜!!!」
祐巳が式神である程度ダメージを与えておいたガストに、由乃は乾坤一擲な一撃をヒットさせる。 共同でようやく3体倒した。
ゾンビよりも防御力が高いガストには、由乃のスキルレベルでは一撃で大きなダメージは与えられないのだ。 ステータスパラメーターのSTR(物理攻撃パラメーター)を5ポイント上げなければならないのだ。
手負いだったガストを倒した由乃はサッと後ろに下がり、次の一撃に備える。
「天空土神(てんくう)左を! 勾陣土神(こうちん)右を片付けてちゃって! 由乃さん、最後左のヤツね」
「りょ、了解!」
印を結んで式神に指示を出した祐巳は、由乃に次の半殺しのターゲットを伝えた。 もともと持久力に難のある由乃は肩で息をしながら答える。 祐巳も度重なる戦闘でMPをかなり消耗している。
「この戦闘くらいはもつだろうけど…ちょっと…まずいんじゃない…」
「そうですね、あれだけ疲労していると外す可能性も上がるでしょうね」
そう言いながらデザートイーグルをホルスターから抜き、由乃が外した時に備える。 蔦子も周りを警戒しながらSPAS12ではなく、ジェリコ941に構え直す。 由乃は近接戦闘をしなければならない、今の蔦子とガストの距離だと下手にSPAS12(散弾銃)を使うと由乃に当たる可能性が高くなってしまう。
「だあぁぁ〜!!」
気合一線、由乃はガストを脳天から真っ二つにして屠ることに成功した。 ドサッと地面に崩れるガスト、しかしそこはアンデットモンスター、まだピクピクズリズリと5人のいる方へと動いている。
「〜志摩子さ〜ん、あとよろしく〜…」
「ええ、由乃さん、もう少し下がって」
由乃が倒したガストから離れるのを待ってから、志摩子は浄化魔法のストックから一つ呪文を唱えて開放する。 浄化魔法は人体に影響はないが、気分の問題である。
アンデットのガストは物理攻撃では完全に倒せない、物理的に足止めをして浄化魔法で一気に片付けるのである。 放って置くと復活して、最悪合体して手が付けられない状態になってしまう。
「8回目終了。 すごいエンカウント率ね」
「まだ…、駅が見えてますもんね…」
ここはダンジョン地下20階駅から150mの地点。
後に今回の祐巳たちのエンカウント記録は”ダンジョン150m間最高エンカウント”としてM市ダンジョン自治会史に残り、祐巳たちが止めなければギネスブックに申請されるところだった、が、それはまた別のお話。
志摩子が放った浄化魔法の青い光が粒子になって拡散していき、ぬちょぬちょゆっくり蠢いていたガストが砂と化して崩れていった。
集中していた意識を解いて、志摩子が息を一つ吐くと同時に、闇の向こうでガサガサと複数の何かが蠢く気配がする。
「ちょっと……まさか…」
「う〜〜っそ〜〜……」
「ら、ライティング!」
志摩子がライティングの光球を空中に放つ、新たに放たれた明るい魔法の光に照らし出されたのはリザードマン5匹、バジリスク3匹、オーク5匹、ゾンビ4匹、ガスト3匹の合計20匹。
祐巳は式神を召還し操るのにMPをかなり消耗していて、残が心許無くなってきていて回復するためにサコッシュを開けてお弁当を出そうとしていた。 由乃も乾坤一擲のスキルを使っている為MPを消費している、また敵に接近しなければいけないので疲労も溜まっていて、すぐの戦闘は無理そうな状態。 蔦子は今自分の持っている装備でどこまで抵抗できるか考えて青い顔をしている。
「や…やばいわね…数が多すぎるわ…」
「の、乃梨子…」
モンスター軍団に気圧されてジリジリと下がる、背中がダンジョンの壁に着いた時、乃梨子は溜息をついてデザートイーグルをホルスターに納める。
「祐巳さま、由乃さま、もっと下がってください!」
そう叫んだ乃梨子はサッと前に出てマントを跳ね上ると、その下から全長1219mmのグロスフスMG42軽機関銃を引っ張り出した。 先っぽにクレーンゲームで取った「糸色望ぬいぐるみ」が首を吊っていた。
「ど、どこから出したのよそれ〜〜〜!!」
由乃のその叫び声は、毎分1200発という 7.92m/m弾の猛烈な連射音にかき消された。
VoVoVooVoooVooooo〜〜〜〜
ガシャ ガチャッ ガッシャン
VoVoVooVoooVooooo〜〜〜〜
ガシャ ガチャッ ガッシャン
VoVoVooVoooVooooo〜〜〜〜
ガシャ ガチャッ ガッシャン
VoVoVooVoooVooooo〜〜〜〜
『ヒトラーの電気ノコギリ』の異名を持つMG42の50発入りドラムマガジン4つ分使って念入りにモンスター群を掃討掃射した乃梨子は、全力射撃で熱くなって陽炎が立っているバレルを気にもせず、マントの下に納めた。
「……いや〜……そんなもん持ち出して来るとはね〜、高いでしょそれ」
「中古ですけれどそれなりに……でも私は…」
少し頬を染めて志摩子の方を見た乃梨子は、蔦子がジェリコ941F/Rとカメラを構えて自分に向けたのに気がついた。
「で、でも本当に変ですね、こんなにいろいろな種類のモンスターが波状攻撃を掛けて来るなんて」
「ふむっ…即写性が落ちるのがネックなのよね…」
「本当に変ね……乃梨子、スカウターを持っていないかしら?」
「あ、私持ってるよ」
蔦子はデイバックの中からスカウターを取り出して装着する。
「で〜…これでどうするの? ……あれ? 祐巳さん」
「ほへっ? な、なに?」
何気なく祐巳と由乃の方を向いた蔦子は、祐巳のあるパラメーターが異常に高いのに気がついた。
「祐巳さん、チャームのパラメーターがものすごく高いんだけど、まさか何かそいうアイテム持ってたりしないわよね?」
「え〜? そ、そんなもの持ってるはず無いけど……え〜と……携帯でしょ…ハンカチでしょ…予備の護符でしょ…」
「ここって携帯通じるの?」
「最近アンテナ立ったらしいです」
蔦子に言われて不安になったのか、祐巳は自分のサコッシュの中の物を確認し始める。
「寄り代を作る和紙の予備でしょ…フラッシュライトでしょ…ウェットテッシュでしょ…アーミーナイフでしょ…ポーションでしょ…MP回復用にパンと、お弁当でしょ…」
「ちょっ…と…祐巳さん…パンは…種類はなに?」
「え…メロンパンだけど?」
「め…めろん…ぱん?…」
由乃は方頬をヒクヒクさせながら、志摩子と蔦子は顔の上半分に縦線を浮かべて口をポカ〜ンと開けながら、乃梨子は特に変わった様子は見えないが頬の辺りに汗が一筋。 祐巳はオロオロしながら「え? え? え?」っと由乃→志摩子→蔦子→乃梨子の順に顔を向ける。
「メロンパンを持ってダンジョンを歩くと、エンカウントが上がるって言い伝えられてるの知らないの?」
「え〜〜〜? 言い伝えって、このダンジョン発見されてから二十年くらい…」
「私も先週長老にお聞きしたもの、間違いないわよ祐巳さん」
「し、志摩子さんまで…」
「でも、メロンパンだけでこんなにエンカウントが上がるんでしょうか?」
「……ね、祐巳さん、お弁当持って来てたわよね……ウインナーは入ってる?」
「え? 確か入ってたと思うけど…」
「……ウィンナーは…タコ? カニ?」
「…た……タコ…」
”ずいっ”っと身を乗り出した由乃の上がった眉毛に、祐巳は背後を手探りしたが、残念なことに背後にあるのはダンジョンの壁だった。
「「「「 それよ!!! 」」」」
『ダンジョンに”タコさんウィンナー”を持ち込んではいけない』この言い伝えは発生年代は正確には分かっていないが室町時代とされ、江戸時代以降に広まったとされる。 草双紙の赤本『桃太郎』『桃太郎昔話』などの中にそれが散見されると、長老や賢者の意見は一致している。
「そんなぁ〜〜、何かの冗談かと思ってたよ〜ぉ〜」
「そんな強力な誘引材料二つも持ってたらモンスターの団体さんが来るわよ!」
「だから来てたじゃない」
「…そして…また来てますし…」
「「「 えぇぇぇぇ〜?!! 」」」
「っ?!」
乃梨子の言ったとおり、スライムの仲間で個体が大きいウーズが6匹 ぬらぬら と迫って来た。 由乃のような物理攻撃職では大きなダメージは与えられない、苦手なタイプの相手である。
「ねえ、あの後ろのヤツって……ワーキャット? 陸ザメもいるわね…なんか生命の危機を感じるんだけど…」
祐巳はMP不足で式神を具現化させられない、由乃は疲労で攻撃できない状態である。
「……私も、もう弾薬のストックが無いです」
「……遺書を書く時間はあるかしら…チキンゲートを使うのは嫌だわ…」
かないそうもない敵に遭遇してしまった場合の安全策として、各所に地上へ強制送還される扉が設けられている。 通称『チキンゲート』と言われ、原理は明かされていないが機械仕掛けで動いているわけではないようだ。 原理が分からないと言えばもう一つ、このゲートを使うと装備している物のすべてを剥ぎ取られる。 当然着ている物も剥ぎ取られるので素っ裸で地上に放り出されることになる、救済処置は無い。
「……そうよ…祐巳さん、お弁当とメロンパンを貸して」
「へっ? ああ、分かったわ」
なにやら閃いたらしい由乃に、祐巳はサッコッシュからお弁当箱とメロンパンを取り出して渡す。 受け取ったお弁当のふたを開けた由乃は ずいっ っと近づきつつあるモンスター群の前に見せ付けるようにそれを差し出した。 一斉にモンスターの視線が、お弁当とメロンパンに集まる。
「う〜〜りうりうりうりうり〜〜……… そ〜〜れとってこ〜〜〜い!」
お弁当とメロンパンをゆらゆら左右に動かして充分視線が集中したのを確認した由乃は、お弁当とメロンパンとモンスターの視線をポ〜ン反対の壁際に放った。 最強の誘引剤に視線と意識と本能を引き寄せられたモンスターは、着地点に我先と殺到した。
「うあぁぁ〜〜、強烈ねぇ〜…」
「ぁぁぁぁ〜、私のお弁当がぁ〜〜メロンパンが〜…」
「さあ、今よ! 志摩子さん、一気にやっちゃいなさい!!」
由乃に言われてハッと我に返った志摩子は、ストックのうちから攻撃魔法の呪文を詠唱し始める。 キープした最後の一小節だけなのですぐに呪文は完成して、それをお弁当とメロンパンの争奪戦に夢中になっているモンスターに向けて解き放った。
「……ニュークリア!!」
「え? ちょ、それって火炎系の全体魔法じゃあ…?!」
放たれた巨大な火の玉が圧倒的な熱量でモンスター達を一瞬にして焼き払い、勝負は決まった。
* * * * * *
5人は駅の待合室に無事モンスターにも合わずに生還した。 150mだから当たり前の話である。 先ほどまでが異常だったのだ。
一瞬で勝負が決まる程圧倒的な熱量の魔法だったが狭い範囲で使うには大袈裟すぎた、ただ志摩子もこの魔法を使えるようになってから初めて使うので威力は知らなかったのだが、近くにいた者にとってはたまったものではない。
「ごめんなさい、ごめんなさい…」
焦げ焦げになってしまったメンバーに、志摩子は謝りっぱなしである。
「まさかあんなに大きな火球が出るなんて思わなかったの、ごめんなさい…」
「ぅぅぅぅ、髪少し切らないとダメかな……」
「ぅぅぅぅお弁当箱溶けちゃった…」
「ま、命あってのものだね……かな?」
「取り合えず無事戻れたんですから…」
「…焦げちゃったけどね…」
「……もう一つ…ごめんなさい…」
「え? 何かあったの?」
「その…ヒーリスを使う間がなかったもので…」
何かが壊れる音がした。
〜〜・〜〜 〜〜・〜〜 〜〜・〜〜 〜〜・〜〜 〜〜・〜〜 〜〜・〜〜
後日、無事志摩子は全体回復魔法ヒーリアの取得に成功したと言う。
〜〜〜〜 了 〜〜〜〜
※このSSは著しく祐巳と由乃のイメージを崩します。苦手な方は避けてお進みください。
「しかしなんだね。とっても暇だね」
「そうね、なにかいい遊びないかなー」
誰もいない薔薇の館で普段人には見せないような不真面目さをテーブルに突っ伏して表現している生徒が二人いた。
そんな時机に体を張り付けたまま窓の外をボーっと眺めていた生徒がつぶやいた。
「ん…?さっきあそこの茂み光らなかった?」
そういって机から頬をへりはがしたのは福沢祐巳。
「ああ、多分蔦子さんじゃない?」
そういって机から額をへりはがしたのは島津由乃。
「納得。ま、でも大丈夫かな。カーテンしてるしフラッシュ使わない限り鮮明に室内までは写せないね」
「フラッシュは使わないでしょ。盗撮してますよって言ってるもんだし…」
「蔦子さんも可哀想だよねー、せっかくの放課後をあんな無駄に過ごしてさー」
「ま、いいんじゃない?そのあたりは人それぞれの嗜好によるものでしょ」
話が一段落してお互いに深いため息を再び吐く。
「蔦子、可愛いよ蔦子」
突然祐巳の言った言葉に室内は一瞬静寂に包まれる。
「…ぷ…あっははははははははは!」
そして空気漏れのような音の後盛大に由乃は笑いだす。
「なにそれ!祐巳さん、蔦子さんのこと好きなの?!」
「え〜、普通だよ」
「じゃあ、なによそれ!」
「前下駄箱の中に入ってたラブレターに書いてあったのよ。『祐巳、可愛いよ祐巳』ってさ」
「はは、あってあげたの?」
「えーっと、どうだったっけなー。二年生の人だった気がするんだけどな。名前とか憶えてないなー」
「でもさ―――名前覚えられてもらえないほうが悪いんじゃないの?」
「うん、正論だね」
「それ以前に祐巳さんに名前を覚えてもらうには二階から自分の名前叫びながら飛び降るぐらいのインパクト与えないとね」
「ああ、それそれ、それなら覚えられる気がするわ…………あれ?」
「ん?どうかしたの?」
「……えーっとォ…………あなたって名前何だった?」
「「……………」」
「うわああああああああああああああん!!!!」
突然由乃は泣き出した。無理もない、数か月一緒にいたのに名前すら覚えてくれていないという衝撃の事実にかなりとり乱していた。
そもそも今思えば由乃はこれまで祐巳から名前で呼ばれたこと自体なかったのだ。
いきなり席を立って壁側に走って行き由乃は会議室の窓際に足をかけて祐巳を振り返った。
そして親指を立ててこういうのだった。
「…I can fly!」
そして由乃はなにの戸惑いもなく踏み切った。
「由乃さああああああああああああああああああああん!!!!」
「私の名前は島津由…て、えええええええええええええええええ!!!!!!?」
言い切ると同時に下から「え?!由乃さ…?!」という何処か聞いたことのある声の後べちゃっという雨にぬれた布団が落ちたような効果音がなる。
それは間違いなく尊い何かがこの世から消えた瞬間だった。
「うぅ、由乃さん…」
ガサ、ガサガサ。
何かが動く音がした後数秒もしないうちにすごい勢いで階段を上ってくる音がした。
ドン!という音と共に真っ青な表情の由乃さんが部屋に入ってきた。
「…由手さん!無事だったのね?!」
涙を流しながら由乃に祐巳は抱きつく。
「由『乃』よ!ていうか祐巳さん。今明らかに私が名前言う前に私の名前言ってたでしょ!」
「違うよ、きっと命を賭しての由乃さんが行ったボディランゲージが私の奥に深く眠る記憶を呼び覚ます呼び水になったんだよ。」
「というより、そんなこと言ってる場合じゃないのよ。私…」
「ん?どうかしたの?」
「私…人殺しちゃったみたいなの…!」
「大丈夫よ、私も毎年夏ごろに蚊を何十匹とマチ針で壁に刺して殺してるから」
「規模が違うでしょ!規模が!」
「由乃さん!」
「な…なに?やっと聞いてくれるつもりになった?」
「蚊を馬鹿にしちゃダメだよ!確かに寝るときに部屋に入ってきたらまだ不審者のほうがましだっていうぐらいにまとわりついてくるし、トイレの花瓶の水の中に蚊達の子供のボウフラが大量に発生していたりするけど、それでも必死に生きてるんだよ、蚊も!そんなに必死に生きている命と人間の命とどれほどの大差があるというの?!きっと今の由乃さんの言葉はきっとマリア様も深く傷つけたし第一に由乃さん自身さえも汚す一言だよ!!!!」
「な、なんだってぇえええええええええええ?!」
「さ、マリア様にお祈りしましょう?きっと今ならまだ間に合うわ」
「えっ?あ、うん。じゃあ…」
由乃は祐巳のただならぬ迫力に負け膝を折り両手を合わせて祈りだした。
「ああ、マリア様、命を粗末にした私をお許しくださ「カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ!!!!!!!!!!」…!!!?」
「あははははははははは九枚連続撮影で『黄薔薇の蕾の妹蚊に懺悔するポーズ』ゲットォ!」
「な??!!」
「ああ、マリア様、命を粗末にした私をお許しくださ(由乃の物真似)「きゃああああああああああああああああ」あははははははっははっははは!」
由乃の物真似を再現する祐巳に由乃は悲鳴に徹底交戦をするが、祐巳はそれさえも面白がる。
「あ!すごいよこれ!」
「今度は何よ!」
祐巳は携帯画面を由乃に見せる。
「こうやって九枚を順番に素早くプレビューすると…」
「すると?」
「動画に見える!」
「どうでもいい!!」
「あ〜、満足満足。大丈夫だって今消したし」
由乃は携帯を取り上げて中身を見てみたが確かにデータは消えていた。
「あ〜、よかった〜」
祐巳はとても満足げな顔をしながら流しまで紅茶をいれに行く。
「そうだ、お姉さまのたっか〜いブランド物ティーカップ使ってやろっと〜」
「あ、じゃあ私は志摩子さんのティーカップを…って臭ッ!銀杏臭ッ!やっぱり却下!もう江利子さまと聖さまと蓉子さまのカップ全部使っちゃおう!」
そういって一旦志摩子のカップを地べたに置いて三薔薇のカップを取り出してそれも地べたに置く。
「あー、でも江利子さまと間接キスなんてなんだか嫌だな」
「ん?由乃さんと江利子さまがキス……なんかすごく興奮する構図だね。第三者は」
「やっぱり令ちゃんでいいや」
「なんだ、普通のカップリングか…つまんないね」
「もう!横からいちいちうるさいわね!じゃあ祥子さまでいいわよ!それ寄こしなさいよ!」
「ちょっと!危ないって…あぁ!」
無理やりとろうとしていたら祐巳の手から祥子のカップが滑り落ち…ちょうど三薔薇と志摩子さんのカップの上に落ちきれいにすべて割れ去ったのだった。
白いガラス粉が一瞬舞ったあとそこに置いてあった四つのカップは一つのティーカップによりすべて壊された。
「「……………」」
「……なんというストライク…!」
「令ちゃんの……」
ゴクッと唾をのどに押し込んだ後で祐巳が口に出した言葉がそれだった。
その言葉を札切りに由乃が手に持っていた令のティーカップを高々にあげた。
「馬鹿ァーーーーーー!!!!!!!!」
「関係ないよぉーー?!」
祐巳の突っ込みも虚しく由乃は令のティーカップを地面に対して垂直に投げた。
パリーンという小気味のいい音でそれは完全破壊される。
「…死なばもろともか、武士ならば潔く…!」
「だから関係ないって!」
祐巳は悪乗りしようとする由乃を止める。
「自分のカップ割っても何の証拠隠滅にならないよ!」
その言葉に由乃の動きがピタっと止まる。
「どさくさにまぎれて自分のカップを割れば自分も被害者になれると思ってるんでしょう?でもだめよ。逃がさない」
由乃は完全に思考を支配されていたのだ。それもはじめから…!
「そもそも発想がいけないよ?自分が疑われなければそれでいいっていうのは間違っていないけどその場合は単独の場合じゃないといけない。もちろんわかるよね?別にそれを割って自分は無実だと言いたければそれでもいいわ。でも私も疑われたくないの、わかる?」
「え、ええ」
「だからね?さっき携帯から家のパソコンに送った画像を今日この場にいた証拠品として提示させてもらうね?」
「…そ、そんな…」
「ふふ。いい?発想を逆転させるの」
「逆転…?」
「そう、逆転…つまり、『自分が疑われなければいい』じゃなくて、『誰かが疑われればいい』人のせいにするの。ネズミの気持ちではチーズしか得られない、より確実なものを手に入れるにはオオカミの気持ちにならなきゃ、ね?」
「そうね…でも、そんなに都合よく…あ」
「そうよ、いるじゃない。さっきあなたが帰ってきたときに言っていたじゃない」
「そうだ、私蔦子さんを思いっきり踏んじゃって…」
「どうせ死んでいないんでしょ?」
「うん、気絶してただけだから放っておいても大丈夫かなって」
「彼女は盗撮という自分の欲望のためだけに動いてしまったわ。だからその罪を私たちが清めましょう?友人をかばえるなんてとてもうらやましいと思わない?」
その時、由乃はあることわざを思い出していた。
失敗しても笑っている人間は誰のせいにするかを思いついた人間である…
そしてその翌日…
「ん…んん…」
今日のベッドはずいぶん硬いなと蔦子は思った。
今何時だろ…。ついいつものくせで蔦子は腕にしているはずのない時計を見てしまう。
「…あれ?」
なんだ、時計つけたままねちゃったのかな。そんな考えをよそに声が降ってきた。
「…ようやくお目覚めかしら?」
「…え!?」
ずれた眼鏡を手で直しながら起きあがる。
私が床で寝てたのにもびっくりしたし、ここは薔薇の館だって言うのにもびっくりした。
けど何より蔦子が一番びっくりしたのは自分を山百合メンバーが囲っていることだった。
「な、なんですかこれ?!」
「それはこちらのセリフなのだけど…」
「…え?」
蓉子が代表といった感じに一歩前に出て話をする。
「蓉子〜かばんの中に由乃ちゃんと祐巳ちゃんのコップがあったよ〜」
聖は蔦子の鞄の中からコップを取り出して蓉子に見せた。
「これで完璧ね。言い訳はとりあえず後で聞くわ、令!」
無言でうなずいて蔦子を部屋から連れ去る。
「え?なに?!私なにもしてない!なんで?!」
「いや〜まさかカメラちゃんにピッキングなんて言うスキルがあったなんてね〜。あとで教えてね〜」
「え?え?!えええええ?!!」
「蓉子さま、蔦子さんを許してあげれませんか?」
「私からもおねがいします!きっとまがさしただけなんです!コップ代なら私が出しますから!」
「なら私もお金を払います!」
祐巳と由乃が必死に蔦子をフォローする。
しかし、それを祥子がせいする。
「よしなさい、そもそもあなたたちが払える額じゃないわ」
「「アルバイトしてでも弁償します!」」
二人の声は完全にダブった。
それに祥子は苦笑いして「もういいわ」とだけ言った。
「もういいわよ。そうね、きっと蔦子さんもわざと割ったわけじゃないんだし、特に学園内に広げる気は全くないわ」
「あ、ありがとうございます!」
祐巳は頭を下げて礼をいった。
「そうね、なら割れたコップを掃除してくれたら今回のことは忘れましょう」
「はい!任せてください!」
山百合のメンバーは由乃と祐巳を残して薔薇の館から出て行った。
祐巳たちはぱっと見た感じで大きそうな破片を授業でもらったプリントで包んでゴミ袋の中に入れる。
そして分かりにくい破片は親切にも誰も踏まないように隅に足で寄せるのだった。
この間約一分。そしてその後はいつものようにテーブルの上に体をべたーと引っ付けて退屈なことをアピールする。
「祐巳さんが弁償するなんていうかびっくりしちゃったじゃないの。一応乗っかったけど」
「ん〜、だってやってもないのに弁償させられたら可哀想でしょう?」
「ところで祥子さまのティーカップって何円だったの?」
「さあ、時価だからよくわからないけど数百万円らしいよ〜。ま、装飾の宝石類はちゃんともらったから今じゃせいぜい数十万円だろうね」
「じゃあさ、帰りに質屋よらない?」
「あ、いいね。さえてるさえてる」
「でしょ?」
「にしても暇だね〜、まだ7時だよ」
「蔦子さんいったん家に帰らされるみたいだよ。今日は途中から登校だってさ」
「ふ〜ん」
「あと一時間以上暇だよ〜」
ぼんやり窓から外を見ていた祐巳がつぶやいた。
「あ、今なんか茂みで光った」
頬を机からはがして顔を由乃に向けて言う。
「蔦子さんじゃないなら、真美さんじゃない?」
額を机からはがして祐巳の目を見て言う。
「……………あれ?」
「どうかした?」
「……えーっと……あなた――――――
―――――――――名前何だった?」
宇宙人もみてる
ケロロのクロスです。
違う作品もクロスしています。
今後幾つか加入予定です。
【No:2525】→【No:2580】→【No:2583】→【No:2584】→【No:2586】
→【No:2589】→【No:2590】→【No:2592】→【No:2593】→【No:2595】
→【No:2601】→【No:2609】→【No:2612】→【No:2613】→【No:2615】
→【No:2618】→【No:2621】→【No:2626】→【No:2634】→【No:2645】
→【No:2654】→【No:2661】→【No:2671】→【No:2699】→【No:2723】
の続編です
過去特別編
【No:2628】
企画SS
【No:2598】
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
26. 祐巳の居ない7日間
1日目
あれから1ヶ月、
花寺の文化祭や体育祭は何事もなく無事に終わった。
大きな出来事をしいてあげるなら
瞳子が志摩子さまの妹になったことぐらいだろう。
そして今日はお姉さまとせいかさまが修学旅行に出発される。
祐麒さんは一昨日から京都に修学旅行で仏像見学に行かれ、
いいな〜などと思っているがそれはどうでもいいとして
お姉さまが居ない間カエルどもは、とばりが預かってくれるらしく
私は家に1人で居るのもあれなので祐麒さんが帰るまで
菫子さんの家に戻ることになった。
場所は変わって私は瞳子と祥子さま、令さまと一緒に
M駅までお姉さまたちをお見送りに来ている。
祥子さまはお姉さまたちにお土産にローマ饅頭とフィレンツェ煎餅などという
ツッコミを入れたくなる注文をしていた。
お見送りを終えた私たちは、遅刻ギリギリで教室に駆け込んだ。
その日は特にやることが無かったので山百合会の活動は中止となった。
2日目
私を呼ぶ声がする。
私は睡魔に従って夢の続きを見ようとしたが、
不意に枕を引き抜かれ頭を打った。
私はそのまま状況を把握する。
どうやら菫子さんが私を起こしに来たようだ。
だから私は1つボケをかましてみる。
乃梨子「知らない天井だ」
そう言うと菫子さんが引き抜いた枕を私の顔に叩きつけ、
菫子「馬鹿やってないで顔洗って、歯ぁ磨いてきな。
遅刻するよ。」
そういえばお姉さまの家に住む前は
こんなに早くから起きていたっけなどと考えながら仕度をして家を出た。
3日目
私は今、この2人は本当にお姉さまと
血が繋がっているのだろうかと真剣に考えている。
2年生が修学旅行に行っていても学校はある以上
山百合会が処理しなくてはいけない書類は当然ある。
だが今、山百合会で仕事をしているのは実質私1人だ。
令さまの由乃さま欠乏症はもう諦めた。
でもまさか瞳子と祥子さままで志摩子さま欠乏症になるとは思わなかった。
しかもまだ修学旅行は半分も終わっていないのに。
この人たちを抑えていたお姉さま方や前薔薇様方は凄いと改めて実感した。
5日目
今日、祐麒さんが帰ってくるので私も福沢家に戻る。
学校に少し近くなるのでその分多めに寝れるので、待ち遠しかった。
だがそれも空想に終わった。
今までは朝食をお姉さまとせいかさまが作ってくれていたが居ないので
私たちが作ることが発覚した。
おまけに夜、祐麒さんに告白された。
返事は丁重にお断りしたが、
今後を考えると何だか気まずくて一睡も出来なかった。
6日目
私は何か悪いことをしただろうかと真剣に考えた。
目の前にはこの6日間で処理しきれずに溜まった書類の山
薔薇の館には誰も来ない。
家に帰るととても気まずい。
ここで泣かなかった自分を褒めてあげたいと思った。
乃梨子「お姉さま、早く帰ってきてください」
私の呟きは誰にも聞かれることなく空気に溶け込んだ。
7日目
私はこの日をどれほど待ちわびただろう。
私は学校が終わると空港まで急いだ。
お姉さまに聞いた帰国予定時間より少し早めに着いた。
しばらくしてお姉さまが出てきた。
解散の挨拶が済むのを確認すると私はお姉さまのもとに駆けていき
お姉さまに抱きついた。
その時の安心感からか、緊張の糸が緩んだからか私は泣いてしまった。
お姉さまは最初は混乱していたが、すぐに落ち着き私の頭を撫でてくれた。
その光景は1週間も会えなくて泣いている子供の様に(間違ってはいないが)
周りには見えていた。
当然私自身はそんなの気にしている余裕が無かったので
後日その事がリリアンかわら版に載ったのを見て赤面した。
またお姉さまに泣いた理由を聞かれて、
最初誤魔化していたが、誤魔化しきれず
山百合会の事を洗いざらいはかされた(祐麒さんとの事は何とかはかずにすんだ)。
次の日、祐麒さんの頭のこぶとお姉さまから出る殺気から
どうやらお姉さまにはお見通しだったようだ。
またさらに翌日の代休明けには、
瞳子たち3人にお姉さまのカミナリが落ちたのは言うまでもない
後日談
祐巳「ローマ饅頭とフィレンツェ煎餅は買えませんでしたが・・・・」
そう言ってローマ煎餅とフィレンツェ饅頭を出した。
それを見た1・3年生組は唖然とした。
【No:2794】へ続く
宇宙人もみてる
ケロロのクロスです。
【No:2525】→【No:2580】→【No:2583】→【No:2584】→【No:2586】
→【No:2589】→【No:2590】→【No:2592】→【No:2593】→【No:2595】
→【No:2601】→【No:2609】→【No:2612】→【No:2613】→【No:2615】
→【No:2618】→【No:2621】→【No:2626】→【No:2634】→【No:2645】
→【No:2654】→【No:2661】→【No:2671】→【No:2699】→【No:2723】
→【No:2764】
過去特別編
【No:2628】
企画SS
【No:2598】
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
スール誕生3部作 第2部祐巳・乃梨子です。
この作品は途中で視点が祐巳→乃梨子→祐巳に切り替わります。
祐巳と乃梨子のスールになるまで
今日は、薔薇様方は入試、
志摩子さんは家の用事で休み
私たちは、山百合会の仕事を午前中で切り上げる事にした。
M駅に出るとおかっぱ頭の少女が男たちに絡まれて困っていた。
男1「いいじゃん、行こうよ」
乃梨子「ですから、行きません。
いいから離してください。
私、用事があるんです。」
その子のバッグから、
リリアンの書類がはみ出していた。
今日は確か外部受験の日だったけ、
この子は受験生なのだろう。
まったく、あの子も災難だねぇ
私は、その子と男たちの間に入って、
祐巳「いい加減にしてもらえませんか?
1人の女の子を3人で囲んで、まったく」
男2「あれ?この子、確か白薔薇のつぼみじゃねぇ?」
男3「へぇ〜〜、白薔薇のつぼみも一緒に遊ぼうよ」
そう言って私の手を掴んできた。
私は、その手をこっちも掴み、
引っ張って、
男の体がこっちに来たところに肘打ちを男の鳩尾に叩き込んだ。
男2「がっ!?!」
思いのほかダメージが強かったらしく男が蹲った。
それを見て他の2人は呆気に取られた。
その隙に、私は少女の手を引いて走った。
祐巳「こっち」
乃梨子「え?え?」
私たちはそのまま逃げきった。
乃梨子「はぁ、はぁ、あり、はぁ、とう、はぁ、ござます」
祐巳「いいから、とりあえず息整えて」
数分後、
祐巳「落ち着いた?」
乃梨子「はい。
二条乃梨子と申します。
助けていただいてありがとうございます。」
祐巳「私が勝手に助けただけだから気にしなくてもいいよ。
あ、私は福沢祐巳ね。
よろしくね、未来の後輩さん」
乃梨子「え?」
祐巳「ほら、リリアンの書類がはみ出てるよ。
今日は外部受験の日だから
あなたも受験生の1人でしょう。」
乃梨子「よく見てますね。
でもリリアンに行くかはわかりません。
滑り止めなので。」
祐巳「あ、そうなんだ。
第一志望に受かるといいね。」
乃梨子「ありがとうございます。」
祐巳「そういえば、予定があるって言ってたけれど、
どこ行くつもりだったの?」
乃梨子「あ、はい、小寓寺に行こうと思ったのですが、
道に迷ってしまって、
そしたら、さっきの人たちに絡まれまして」
祐巳「それなら、私が送ってあげようか?」
乃梨子「いいんですか?」
祐巳「特に予定ないし、別にいいよ。」
そして、私たちは小寓寺にたどり着いた。
乃梨子ちゃんが仏像を見に行っいてる間、
境内を見て回った。
すると、着物を着た女性が、
志摩子「ただいま戻りました」
と言って住職の家に入っていった。
私はその人物をよく知っていた。
同じクラスで、紅薔薇のつぼみの妹である。
藤堂志摩子さんだった。
祐巳「そういう事」
彼女はいつも、自分はここには居場所がない。
みたいな雰囲気を纏っていたけれどその理由がわかった。
私が戻ってくると、祐巳は売店に居て何かを買っていた。
乃梨子「お待たせ」
祐巳「そんなことないよ」
乃梨子「何買ったの?」
祐巳「お守り」
そう言って見せてくれたのは『家内安全』のお守りだった。
乃梨子「家内安全ってなんか学生っぽくないね」
祐巳「乃梨子ちゃんの仏像鑑賞が趣味も学生っぽくないよ
きっかけは何だったの?」
乃梨子「きっかけ?
きっかけは従兄弟なの。
昔、従兄弟と仏像を見たんだよ。
その時従兄弟がしてくれた仏像の解説を聞いてて
面白っかったんだよね
もっとも、6年前にもう・・・」
あの人の事を思い出したせいなのか、
気落ちしていると、
祐巳が私の頭を撫でて、
祐巳「悪いこと聞いちゃったね、ゴメンね。」
そう謝った。
その撫でる手は、
あの人のように乱暴でなく・・・包み込むような優しいものだった。
私はこの時、恋をしてしまったようだ。
頭を撫でられて恋に落ちるとは、
何とも変な話だがしてしまったのだからしょうがない。
私はそっと祐巳さんの顔を覗き見ると、
見ているこっちが悪く思えるくらい失言を反省していた。
祐巳さんにこんな表情してほしくない私は、
このまま撫でてもらいたい気持ちを抑えて、
乃梨子「気にしなくていいよ」
そう言って笑った。
それからたわいもない話をしながらM駅まで送ってもらった。
別れ際、メアドを交換できたときは舞い上がる気持ちを抑えるのに必死だった。
数日後、私は第1志望の入試をわざと受けなかった。
万が一受かってしまったら祐巳と違う学校になってしまう。
(リリアンは自己採点で合格することはかたいだろう)
この時白紙で出すという考えは浮かばなかった。
ちょうどいい具合に、京都で玉虫観音の展示をやっている。
そこに行って、帰りの切符をなくしたといって
向こうでもたもたして試験に間に合わなくて落ちるという筋書きだ。
半ば諦めていた玉虫観音も見れるしいいこと尽くめだ。
もっとも帰りの大雪でほんとに帰れなくなるとは思いもしなかったが・・・
祐巳には第一志望の入試は京都にいって
帰りの大雪で受けられなかったと伝えた。
祐巳に笑われたが今はそんな事気にならない。
それよりもいかにして話に聞くスールとやらを祐巳さんと結ぶかだ。
山百合会とやらには興味ないが、
それで祐巳といっしょにいられるならやってみてもいいと思う。
実ることのないこの思いを妹という形でぶつけることが出来るのならば
私は乃梨子ちゃんに恋心をいだいた。
それはたぶん一目ぼれなのだと思う。
乃梨子ちゃんが受けられなかったと聞いて私は笑ったが、
不謹慎かもしれないが内心良かったと思った。
だって私は女で乃梨子ちゃんも女
実ることがないのなら少しでも一緒に居たいから
せめて乃梨子ちゃんに恋人が出来るまで・・・
乃梨子ちゃんのリリアンの合格は確実だ。
前に一緒に自己採点をしたのだから間違いない。
それどころか主席入学も可能なんじゃないかと思う。
乃梨子ちゃんのもとにリリアンの合格通知が届いたら
ロザリオを渡そうと思う
新学期が始まる前に・・・誰も手が出せないうちに・・・
それから1週間後、私たちは姉妹になった。
世紀末覇王伝説.1
「困ったわね」
「ええ、困ったわね」
「ごきげんよう。どうかしたの?」
「あ、(匿名)さん。ほら、これを見て」
「あら? 鳥のヒナ?」
「ええ。あそこの木の上の巣から落ちてしまったらしくて」
「それは大変だわ。早く戻さないと」
「でも木登りなんてできないし」
「手を伸ばしても届かないし」
「肩車……なんて、さすがにはしたないわね」
「こんな時に背の高い人がいたらなぁ」
「180センチ近い長身の人がいたらなぁ」
「――ごきげんよう。こんなところでどうしたの?」
「「あ、覇王さま!」」
こうして小さな命は救われたのだった……
世紀末覇王伝説.2
「ふふふ、絶対絶命とはこのことね。リリアンバスケ部の部長さん」
「こうして三人に囲まれては、ドリブルで抜くどころかパスを出すことも難しい」
「さあ、大人しくボールをこちらへ渡しなさい。悪いようにはしないから」
「嘘おっしゃい。ボールを渡した瞬間、ゴール目掛けて走り出すくせに」
「そりゃそういうスポーツなんだからしょうがないでしょ」
「どうせあなたにはどうすることもできないのだから。口を出すことしかできないのだから。だから早く渡しなさいよ」
「まあ、この包囲網を突破するには、高さを使って180センチくらいの選手にパスを送るしかないわね」
「果たしてリリアンにそんな超高校級の選手がいるかしら?」
「――部長、こちらへ」
「あ、覇王ちゃん!」
こうしてリリアン女学園バスケットボール部は夢の全国へ……
世紀末覇王伝説.3
「ね、いいジャン彼女」
「俺達と遊ぼうぜ」
「やめてください」
「触るなゲス」
「おー怖い怖い。そんな睨まなくてもいいジャン」
「可愛い顔が台無しだぜ? ビリビリに破かれたアルマァーニみたいにさ」
「人を呼びますよ」
「この人類最下層の負け犬ども。迷惑は最小限自分の人生だけに留めて生きろ」
「さっきから見てたけど、キミら待ち合わせでしょ?」
「まあ俺らより背が高い奴がきたら、男でも女でも諦めるけど?」
「無理だよ。だって俺達、身長180センチもあるのだから」
「――お待たせ。待った?」
「「あ、覇王さま!」」
こうして少女達は、楽しくショッピングへ……
世紀末覇王伝説.4
「うーん。うーん」
「あら(匿名)さん。爪先立ちなんて安定感のない体勢でどうしたの?」
「あ、うん。このプリントを掲示板に張らないといけないのだけれど」
「なるほど。高さが足りないのね」
「どうしよう。このままじゃ他のプリントに重ねて張らないといけなくなっちゃう」
「そうね。誰か183センチくらいの背の高い人が、(匿名)さんを優しく“高い高ーい”の要領で抱っこしてくれれば張れるのにね」
「そんなことになったら、できる限り水平に張るなんて余裕もあるのだけれど」
「――お姉さま方、もしよろしければお手伝いしましょうか?」
「「あ、お願い覇王さま!」」
こうしてプリントの張り出しは無事に遂げられた……
世紀末覇王伝説.5
「はあ。困ったわ」
「あれ? (匿名)さん、こんなところでどうしたの?」
「ああ……今日は銀杏拾いに来たのだけれど、あまり落ちていないの」
「そうなんだ」
「こんな時、186センチ近い長身の方が、銀杏の木を揺らしてくれれば助かるのだけれど」
「ふふふ。そう言うと思って、連れてきているよ」
「――この枝を揺らせばいいのですか?」
「あ、覇王ちゃん!」
こうして少女は心行くまで銀杏拾いを……
世紀末覇王伝説.6
「参ったわね」
「どうしたの?」
「ちょっと変わった妹が欲しいのだけれど、今年の一年生はどうもパンチが弱いのよね」
「パンチって……そんなことないでしょ。ほら、ドリルの子とかいるじゃない」
「あそこまで行くとパンチが効きすぎなのよ。わからないかな、この微妙なバランス感覚」
「わからない」
「まあ、たとえばだけれど、身長189センチはあろうかという欧米でも希少価値が高そうな大きな妹。どう? 面白そうじゃない?」
「ドリルはダメで、ノッポさんはいいの?」
「うん。個人的な好みで。大きい妹いいよねー。萌えるよね」
「……いや、それはどうだろう」
「――……」
「あ、そこの一年生! えっと、覇王ちゃん!」
こうして少女は好みの妹候補を得た……
世紀末覇王伝説.7
「そっち行ったわよー」
「そー、れ!」
「きゃあ」
「もう! バレー部が素人相手にアタックとかしないでよ!」
「そうよそうよ!」
「これただの体育よ!?」
「ふふふ。勝負は無常なものなのだよキミィ」
「あ、また来る! 誰かブロック!」
「できれば190センチオーバーの長身で運動神経の良い人が飛んで!」
「――はいブロック」
「あ、覇王さま!」
こうして少女達は勝利を手に……
覇王伝 番外編
ガララ
「新聞部の皆様、ごきげんよう。今までずいぶんと勝手な4コマ漫画を掲載してくれましたね。私はもう十分我慢したと思うので、手っ取り早く今から鉄拳制裁を行います。文句のある方は、まず自分の胸に『自分がそれを言う資格があるのか』を問い掛けてから仰ってください。文句がなければ廊下に整列をお願いします」
誰一人として弁解も言い訳も抵抗もしなかったとか……
世紀末覇王伝説 完
〜はじめに〜
リリアン女学園七不思議なんて知りませんよ!(えー!)
というわけで、このお話はフ○テレビにて放送されていた「33分探偵」のパロディになっています。ご存知ない方はタダの悪ふざけにしか見えないかもしれませんが、きっと、多分、恐らく知っている人には「あぁ、あのシーンね」とわかってもらえる……といいな、と思っています。
以上、言い訳終わり!
† † †
事件は放課後の薔薇の館で発生した。
「ごきげんようー」
いつものように由乃さんと一緒に教室を出て、途中で会った菜々ちゃんとも合流し、のほほんと薔薇の館のビスケット扉を開いた祐巳。
その祐巳の眼前には、見慣れた薔薇の館の執務室が広がっている――はずだった。
だがしかし、そこで祐巳を出迎えた光景に、祐巳は思わず足を止める。
「ぅわぷ!」
由乃さんが奇妙な声を発して祐巳の背中にぶつかった。
「ちょっと、急に立ち止まらないでよ! どうかしたの、祐巳さん?」
ひょい、と祐巳の脇から顔を覗かせた由乃さんも、室内を見て「あ!」と声を上げた。同様に、由乃さんとは逆の方から顔を覗かせた菜々ちゃんが驚きの声を漏らす。
「……こ、これは……事件ですねっ!」
なんだかちょっと嬉しそうに聞こえたのは気のせいか。
薔薇の館の執務室――その床の上に、祐巳愛用のティーカップが割れて転がっていた。
「誰もいない薔薇の館。そこで粉々に割られた祐巳さまのティーカップ。これは事件です、お姉さま!」
「ええ、そうね、菜々! これは事件よ、事件! 怨恨か復讐か、なんかそんな感じのドキワクな匂いがプンプンするもの。各部の所属部員数に応じた補正予算案の書類作りなんてしてらんないくらいの大事件だわ、きっと!」
菜々ちゃんに促され、由乃さんがちょっぴり本音を漏らしながら室内に足を踏み入れる。わらわらとカップの破片を取り囲み、事件だ事件だと騒ぐ黄薔薇姉妹を見て、祐巳は今日予定されていた仕事が明日以降に後回しになる予感を覚えた。
「このカップは……やはり、祐巳さまのカップで間違いありません」
「学園のアイドル狸のカップを粉砕する……なんて恐ろしい犯行かしら」
「……誰が狸よ、誰が」
難しい顔で割れたカップを観察し始める黄薔薇姉妹にため息を一つ吐いて、祐巳が鞄をテーブルに置いた時だった。
パタパタパタ、と足音がして、ビスケット扉が開かれる。
「あれ、瞳子?」
「お、お姉さま! ご、ごきげんよう……」
瞳子が足音を立てて階段を上ってくるなんて珍しい。ついでに言うと、鞄ではなく箒とちりとりを持って部屋に駆け込んでくると言うのも、非常に珍しい光景だった。
――と言うか、これは考えるまでもなく。
「すいません、お姉さま。実はお姉さまのカップを割ってしまいまして」
カップを囲んでいた黄薔薇姉妹を無視するようにして祐巳の元へ近付いた瞳子が、しょんぼりと頭を下げる。
「お姉さまのお気に入りでしたのに……」
「良いよ良いよ、100均で買った安物だし。それより、瞳子は怪我とかしなかった?」
「はい、大丈夫です」
頷く瞳子にほっと胸を撫で下ろし、祐巳はカップを囲んで「事件事件」言っていた黄薔薇姉妹を見た。
瞳子の登場といきなりの自白(?)に、案の定二人は固まっている。
「とりあえず、危ないからカップを片付けようか。ほら由乃さん、どいてどいて。早く片付けて、お仕事しなくちゃね」
悔しそうにその場を離れる由乃さんを尻目に、祐巳は瞳子と協力してカップの破片を片付ける。祐巳が箒とちりとりで破片を回収し、瞳子が濡れ雑巾を持ってきて、それで床を拭いた。
かくして、放課後の薔薇の館で発生した事件は、無事解決したのだった。
「――果たして、そうなのでしょうか!?」
今日のお仕事が予定通りにこなせそうだと祐巳が安心してテーブルに着いた時だった。
何を思ったか、菜々ちゃんが突然妙なことを口走り始める。
「瞳子さまが祐巳さまのティーカップを不注意で割ってしまった――果たして、そうなのでしょうか?」
「え、そうなのでしょうかも何も、現に私が不注意でお姉さまのカップを……」
「それで良いのですか? それだと、放課後いっぱい時間が潰せませんよ!?」
「な、菜々……!」
力いっぱい山百合会のメンバーとしてどうかと思われるセリフを口にする菜々ちゃんに、由乃さんの顔がぱぁっと輝く。
そんな由乃さんに力強く頷きを返して、菜々ちゃんは宣言した。
「この簡単な事件……私が放課後いっぱい持たせてみせます!」
普通に書けばたった5分で終わる超簡単な事件を、
仕事をサボリたいお姉さまのため放課後いっぱいまでなんとかもたせる名探偵
その名も、放課後探偵有馬菜々
次々に繰り出される推理にガンガン増える一方の容疑者
その果てに真犯人は見付かるのか見付からないのか?
ただいま……放課後、16時です。
Case.01 割れたティーカップ
しばらくしてやって来た白薔薇姉妹を加え、薔薇の館には山百合会のメンバー6人が揃い踏みとなった。
「えっと、話が見えないのだけど……?」
「事件の概要はこうです。放課後、私とお姉さまと祐巳さまが薔薇の館にやってくると、祐巳さまのティーカップが無残にも割られて床に転がっていました」
首を傾げた志摩子さんに、菜々ちゃんがそう言って床に貼られた赤テープの円を指し示す。菜々ちゃんの宣言を受けて、由乃さんが嬉々として貼り付けたテープである。山百合会の書類仕事もこのくらい熱心にしてくれれば良いのに。由乃さんも菜々ちゃんも。
「まぁ、そうなの?」
「ええ、私が不注意で落としてしまいまして」
目を丸くする志摩子さんに、瞳子が説明をする。
「瞳子って時々ドジするよね」
「瞳子が他にいつ、ドジをしたのですか」
茶化すように言った乃梨子ちゃんを、瞳子がじろりと睨みつける。相変わらず仲の良い二人だ。
「そこです! そこが私も引っかかったのです! あの瞳子さまが不注意で祐巳さまのカップを割るなんてことが、あるのでしょうか? 祐巳さまが先代の紅薔薇さまのカップを割ると言うのならともかくとして!」
「それってどういう……」
祐巳としては聞き流せない菜々ちゃんの主張に抗議の声を上げかけるが、菜々ちゃんは祐巳を無視して自説を展開し始める。
「志摩子さま――あなたは最近、祐巳さまを恨んでいましたね?」
「えぇ!? そうなの、志摩子さん!?」
「そ、そんなことないわ、祐巳さん。そんな、どうして私が祐巳さんのことを……」
「去年、一昨年と白薔薇姉妹は紅薔薇姉妹に次ぐ露出を誇っていました。それは言うまでもなく、乃梨子さまや先代の白薔薇さまの活躍によるものでした。しかし、今年になって白薔薇姉妹の露出が激減した。理由は言うまでもなく、姉妹問題が解決したことではっきりと差が出始めたのです! そう、お姉さまと志摩子さまがそれぞれ、主役たる祐巳さまと絡む機会の差が!」
「そ、それは……!」
主役とか露出とか意味不明なことを言う菜々ちゃんに、何故か志摩子さんが「ガビーン」とショックを受ける。
「激減した出番に、あなたはお姉さまばかり構う祐巳さまを恨んだはずです! そしてついつい、その悪意が溢れ出てしまい、祐巳さま愛用のカップを叩き割ると言う暴挙に出てしまったのです!」
「そんな……私……私、違う……違うわ。確かにちょっと由乃さんに比べて落ち着きすぎで縁側の老猫っぽいかもしれないと思ったりもしたけれど、そんな、祐巳さんを恨むなんて、ちょっとしか……!」
「ちょっとはあったの!?」
聖女のような志摩子さんの衝撃的なカミングアウトに反応したのは、何故か祐巳一人だった。
「でも。確かにお姉さまは志摩子さまより由乃さまと一緒に行動してますけど。確かに志摩子さまには動機があったのかもしれませんけど。繰り返しますが、お姉さまのカップを割ってしまったのは、間違いなく私ですわ」
狼狽する志摩子さんをフォローするように、瞳子が小さく手を上げて言う。
そうだ、そうだった。志摩子さんの心の闇も気になったけど、そもそも犯人(?)は既に自首しているのだ。つまり無駄に志摩子さんの不満を暴露した菜々ちゃんの推理(?)は、意味がないのではないだろうか。
「いいえ、確かにカップを割ったのは瞳子さまだったかもしれません。――しかし、それが仕組まれた罠だったら?」
「……罠?」
「そうです! 紅薔薇姉妹の真の大黒柱、あの祐巳さまがまっとーな薔薇さまっぽく見えちゃうくらいに強固な縁の下の力持ち! そんな瞳子さまがドジ踏んでカップを割ることよりも、志摩子さまの仕掛けた罠にかかってしまったと考える方が自然ではないでしょうか!?」
力強く断言する菜々ちゃん。
えっと、私ってそんなに頼りないかな、紅薔薇一家の大黒柱って瞳子なのかな――と横からみんなに尋ねようかと思った祐巳だったが、多分悲惨な未来しか待っていない気がしたので黙っておいた。
「良いですか、想像してみて下さい。まず、瞳子さまが一足先に薔薇の館へやって来ます」
菜々ちゃんのセリフに、一同がなんとなく上を見上げてその光景を思い浮かべる。
「いつものようにごきげんよう、と言ってビスケット扉を開ける瞳子さま。すると、そこには一面の銀杏が!」
「銀杏!? 一面の銀杏!?」
早くも祐巳の想像を超越しつつあるが、とりあえず床を埋め尽くす銀杏を思い浮かべる。なんかもう、凄い臭そうだ。
「そんな罠の張り巡らされた室内に足を踏み入れる瞳子さま。もちろん、周到に敷き詰められた銀杏には気付かない」
「なんで!? なんで気付かないの!?」
「奇跡的に銀杏を避けて給湯室に向かい、早速お茶の準備を開始して祐巳さまのカップを取り出す瞳子さま。しかし、一歩足を出したその先には、十分に熟して滑りやすくなっている銀杏が! 当然、滑って転ぶ瞳子さま。割れるティーカップ」
「今度は踏むんだ……?」
「その後、私やお姉さま、祐巳さまが薔薇の館へ。もちろん銀杏には気付かず、祐巳さまと瞳子さまはカップを片付けます」
「さすがに気付くんじゃないかなぁ……」
「その際、カップの破片と一緒に銀杏も片付けられてしまう。被害者にトリックを片付けさせるという周到な罠。もはや痕跡は残らぬくらいに、瞳子さまは濡れ雑巾で銀杏を掃除してしまった、と言うわけです」
「だから気付くってさすがに」
とことんツッコミどころ満載で、祐巳も色々とツッコミを入れたものの、菜々ちゃんの心には全く届いていない様子だった。菜々ちゃんは自信満々の表情で志摩子さんに向き直る。
「床一面の銀杏を準備し、気付かれることなく床に撒くと言う重労働は、普通の人には出来ません! しかし、銀杏好きで有名であり普段から銀杏を持ち歩いている志摩子さまなら、なんら不自然なことではありません!」
「た、確かに私が銀杏を持ち歩いていても誰も不思議に思わないかもしれないけど……」
菜々ちゃんの推理(?)に志摩子さんが果敢に反論する。って言うか、そこ、認めちゃうんだ、志摩子さん!?
「でも、その推理には一つだけ穴があるわ、菜々ちゃん」
「一つだけ!? ねぇ、志摩子さん、一つだけなの!?」
祐巳の問いに志摩子さんが力強く頷く。いやあの、そんな「任せて祐巳さん!」みたいな顔で頷かれても。だってどう考えても、穴は1つだけじゃないと思うのだ。
「菜々ちゃんの推理の穴……それは今が春と言うことよ! 銀杏の収穫時期は秋だわ!」
「!!!」
志摩子さんのどうでも良い指摘に、何故か菜々ちゃんは「しまった!」とばかりに顔を歪ませた。
「……確かに銀杏の収穫は秋よね」
うんうん、と頷く由乃さんに、菜々ちゃんがちょっぴり泣きそうな顔になる。
「となると、やっぱり瞳子ちゃんが犯人ということに……」
「いえ、お姉さま。結論を出すのはまだ少し早すぎます。まだまだ放課後は十分ありますよ」
むしろ祐巳としては、まだ結論が出てないのが信じられない気分なのだが。
「と、なると……聞き込みね、菜々!?」
「ええ、聞き込みです、お姉さま!」
力強く頷きあい、揃って薔薇の館を飛び出していく黄薔薇姉妹。
残された紅白の薔薇姉妹は呆然とその背中を見送って……軽くため息を吐いて、壁にかけられた時計を見上げた。
ただいま、16時30分です。
「祐巳さん、菜々! 面白い証言が見付かったわよ!」
とりあえずお茶でも飲もうかと、祐巳たちが準備を開始した頃になって、由乃さんが嬉々として薔薇の館に戻ってきた。
「お姉さま、ナイスです! 早速証言を聞きましょう!」
由乃さんとは違い、薔薇の館を飛び出ていった1分後には戻って来て、「あ、私もお茶もらえますか?」とのたまった菜々ちゃんが、再び放課後探偵モードに切り替わる。
「証言者は二人。なんだかどっちが喋っているか良く分からないふわふわした感じの2年生コンビよ」
「どっちが喋っているか分からない、ふわふわした感じの2年生コンビですか」
「かしらかしら」
「そんなことないかしら」
「私が美幸で」
「私が敦子かしら」
「かしらかしら〜」
「本当にどっちが喋っているか分からない、ふわふわした感じの2年生コンビだね……」
由乃さんが連れてきた二人に、思わず祐巳は感心するが、その隣で瞳子が「何をやってるのですか、美幸さん方は……」と頭を抱えている。
「それで、お姉さま。面白い証言と言うのは?」
「そうね。さぁ、あなたたち、どっちが喋っているか分からない感じでふわふわと証言しなさい!」
「かしらかしら、目撃かしら」
「何をかしら?」
「敦子さんと先日お出掛けしたかしら」
「そうだったかしら」
「その時見たかしら」
「ええ、目撃したかしら。小物店で目撃したかしら」
「買ってたかしら」
「購入かしら」
「うわー、本当にどっちが喋ってるか分かんなくなってくるなぁ……」
なんかふわふわと揺れながら証言する2年生コンビに、祐巳は瞳子と並んで頭を抱えたくなってきた。
「なるほど。何かを目撃したのですね。何を目撃なさったのですか?」
「あなたたち、何を目撃したの? もっともっとどっちが喋っているか分からない感じでふわふわと証言しなさい!」
「かしらかしら」
「誰かは曖昧かしら」
「駅前かしら」
「カップかしら」
「一組かしら」
「背格好でなんとなくかしら」
「遠目だったかしら」
「知っている人だったかしら」
「かしらかしら」
「そんな感じかしら?」
「全然、どっちが喋っているのか分かんないよ!」
完全に頭を抱えた祐巳に、瞳子が「大丈夫です、友人の私でも区別つきませんから!」と慰めてくれる。でも瞳子、それは友人としてどうなんだろう。
「なるほど……どちらが喋っているか良く分かりませんでしたけど、あの方たちは駅前の小物店で知り合いらしき人物を目撃した、と。そういうわけですね、お姉さま?」
「ええ、そうよ。でもそれが誰だったか、については遠目だったこともあって曖昧みたいね。知り合いらしいことは、間違いないようだけど」
退場した美幸ちゃんと敦子ちゃんの証言を、菜々ちゃんと由乃さんが吟味している。よく理解できたなぁと、祐巳は感心した。
「やはり、私の睨んだ通りこの事件は一筋縄ではいかないようです。むしろ今日中に解決できるかどうか、不安になって参りました」
「どうするつもり、菜々?」
「ここはまず、あそこでもう少し詳しい状況を聞きましょう」
菜々ちゃんがそう言って、祐巳たちの方を向く。これはきっと「ついて来い!」と言うことなのだろう。
祐巳たちはお茶の準備を中断して、菜々ちゃんに先導されて薔薇の館を出た。
『写真部』
そんな張り紙のある扉の前で、菜々ちゃんは足を止めた。どうやら菜々ちゃんの目当ては写真部だったようだ。
……なんで写真部が関係してくるのだろう、今回の事件で。
「――蔦子さま、これって何か分かりますか?」
「何よ、笙子ちゃん? 牛乳か何か?」
「違いますよ。これは水に小麦粉を溶かしたものなんですけど。指を入れて掴むと、水が掴めるんですよ?」
「へぇ、そうなの?」
菜々ちゃんが身振りで「お静かに!」と指示して扉に耳をつける。
祐巳たちもそれに習うと、なにやらそんな感じの怪しげな会話(主に笙子ちゃんの口調が)が聞こえてくる。
「そうなんですよ。さ、蔦子さま。指を入れてみて下さい」
「え、なんでよ?」
「これは重大な化学実験なんです! ほら、ここににゅいーんって。にゅいーんて手を入れて下さい!」
「こ、こう?」
「そしてにゅいーんて水を掴んで引っ張って下さい!」
「……うわ、なにこれ!?」
「す、凄いですよね、ぬるぬるですよね、不思議ですよね! それでですね、この液体をこう、蔦子さまの太ももとかにかけて勢い良く手の平とかを滑らせたら素敵だと思いませんか!?」
「え、イヤよそんなの」
「でもこれは大切な実験なんです! ですから蔦子さま、そこの机の上に横になって――」
「――失礼します、ごきげんよう!」
笙子ちゃんの口調がなんかもうヤバイ感じになったところで、菜々ちゃんが勢い良く扉を開けた。
ガタガタガタ、と音を立てて笙子ちゃんが蔦子さんから離れ、後ろ手に何か(多分、白い液体)を隠している。
「あら、祐巳さんじゃない。どうしたのよ、何か用?」
眼鏡を直しながらこちらに近付いてくる蔦子さんの背後で、笙子ちゃんが「ちっ」と舌打ちをしていた。
「そうそう、この写真。中々上手く撮れたからプレゼントするわ。祐巳さんの着替え写真」
「な、なんでこんな犯罪チックな写真を!?」
「祐巳さんのために頑張って撮ったのよ」
……頑張らないで欲しい、そんなこと。
「蔦子さま、ありがとうございます。それで、笙子さん、頼んでいたものの分析の方は……?」
何故か菜々ちゃんが蔦子さんから写真を受け取って、背後で拗ねている笙子ちゃんに声を掛ける。
「あ、はい、終わってますよ。回収したカップは確かに100均などにある安物の陶器でした。それと、特に何か液体が――お茶などは入っていなかったようです」
「……なるほど、やはりそうでしたか」
果たして笙子ちゃんがなんでそんな分析結果とか知っているのか、など気になる点は多々あるものの、なんだかもうツッコミを入れる気にもならない。
「ありがとうございました。それでは、私たちはこれで」
「え、もう行っちゃうの? 祐巳さん、それじゃあまた明日ね」
蔦子さんがなんとなくいつもと違うキャラで手を振ってくる。
なんて言うか……ここはミスキャストもいいところじゃないかな、菜々ちゃん……。
「ますます複雑になる事件。情報を求めて私は、ついにあの方を頼ることにした……」
ついに菜々ちゃんが自分でナレーションを入れながら、リリアン女学園の中庭を疾駆する。スケートをしているみたいな変な動作で突き進むのは、なんだろう。仕様だろうか。
「……お姉さま、私達はいつまで付き合えば良いのでしょうか?」
「我慢だよ、瞳子。もうすぐ下校時間だし、そろそろ解決するはずだから」
自分のミスからこんな事態に発展したことを悔やんでだろうか、瞳子はちょっと元気がない。
瞳子を励ましながら、祐巳は菜々ちゃんに連れられてリリアン女学園の高等部の敷地を抜け、大学部へと向かった。
「はーい、いらっさいいらっさい。ロシア土産の大バーゲンだよー」
何故か大学部の敷地で露天を開いている人物がいる。
どこかの民族衣装のようなものを羽織っている、美しい額の持ち主――
「うげ、江利子さまじゃないの!」
真っ先にその正体に気付いた由乃さんが、嫌そうにその名前を口にする。
やっぱり祐巳の見間違いではなかったようだ。民族衣装を着込んでロシア土産を売っているのは、間違いなく先々代の黄薔薇さま、鳥居江利子さまだった。
……まぁ、なんていうか。こんな面白げなイベントに、江利子さまが登場しないわけないんだよね、と祐巳は納得することにした。
「――情報が欲しいのですが」
「は〜い、マトリョーシカだよ、いくらでも小さいの出てくるよー」
ひそひそと声を掛けた菜々ちゃんを江利子さまは無視して、どうでも良い土産を売りつけようとする。
菜々ちゃんは周囲を警戒しつつ、懐から一枚の紙――さっき蔦子さんから受け取った写真――を取り出し、江利子さまに渡した。
江利子さまは同じく周囲を警戒し、そっと写真を懐にしまう。
というか、勝手に他人の写真で取引しないで欲しい。
「――例の祐巳ちゃんのカップ破壊事件の情報ね?」
「はい」
「確かに、事件の直前に薔薇の館に入ったのは瞳子ちゃんしかいないことは間違いないわね。それに瞳子ちゃんは先週の日曜日に駅前でも目撃されているわ。それと、一部の友人に最近色々と愚痴を零していたそうよ」
「愚痴、ですか? それは一体……?」
「ピロシキいかがですか〜。美味しいピロシキいかがですか〜?」
菜々ちゃんが今度は由乃さんの着替え写真を江利子さまに渡す。
なんでそんな写真常備しているんだろう、菜々ちゃん……。
「どうやら祐巳ちゃんのことみたいね。最近、ちょっとラブが足りないとかなんとか」
「……そうなの、瞳子?」
「し、知りません! ではなく、そんなこと言ってません!」
ぷい、とそっぽを向く瞳子に、祐巳はちょっと反省した。もう少しコミュニケーションが必要だったのだろうか。
「――ありがとうございました。これで情報は揃いました」
「毛皮のフードいかがですか〜?」
再び露天商に戻った江利子さまを置いて、菜々ちゃんはゆっくりと薔薇の館に戻って行った。
どうやら……解決の時が近付いてきたらしい。
夕暮れに薔薇の館は赤く染まっていた。
下校時間まで――残り、30分――
「さて、それでは今回の事件の真犯人をお話しましょう」
薔薇の館の執務室で、菜々ちゃんが名探偵よろしく語り始めた。
ただ、間違いなく迷う方の迷探偵だと思う。
「まずは――二条乃梨子さま」
「ふぇ!? 私!?」
「あなたは祐巳さまに恨みを抱いていましたね?」
……前半に志摩子さん、そして今回が乃梨子ちゃん。祐巳はなんだか恨まれてばかりである。
「ど、どうして私が祐巳さまを……?」
「あなたは瞳子さまの親友を自認しています。ですが、最近は朝の挨拶もそこそこに瞳子さまの話は祐巳さま一色。お昼休みも祐巳さまのお話、掃除の時間も祐巳さまのお話、放課後もそうですしお風呂の途中にも電話がかかってきては祐巳さま祐巳さまの毎日……」
「いや、いくらなんでもそこまでは……」
「そんな日々に徐々に芽生えたのは、ガチ印の嫉妬の炎。祐巳さまに嫉妬を感じた乃梨子さまは、ついに瞳子さまと祐巳さまの仲たがいを画策した、というわけです」
「誰がガチ印なのよ! 第一、私が薔薇の館に来たのは、事件よりずっと後よ。それまでは志摩子さんの教室で志摩子さんを待ってたんだから」
マイペースに持論を展開する菜々ちゃんに、乃梨子ちゃんが反論する。まるでストーカーチックな主張だけど、そこは指摘しないのが華だ。今更でもあることだし。
「しかし、それを言っているのは乃梨子さまだけです! 瞳子さまと教室で別れたフリをした乃梨子さまは、ダッシュで薔薇の館へ。瞳子さまが来る前に部屋の中央に荒縄を張り、息を潜めます」
「銀杏よりマシだけど、気付くんじゃないかな……?」
祐巳の率直な感想は無視された。
「そして瞳子さまは薔薇の館に到着。潜んでいる乃梨子さまにも荒縄にも気付かず、お茶の準備を始めたところでぐいっと縄を引き、瞳子さまは倒れカップは粉々に。その後、私やお姉さま、祐巳さまが到着した混乱に乗じて、乃梨子さまは部屋を出ます。入口は通れなかったので、窓から飛び降りるなどしたのでしょう」
「とんだアクロバットだね」
祐巳の率直な感想は無視された。
「そうして志摩子さまの教室に戻った乃梨子さまは、何食わぬ顔で薔薇の館に戻ったというわけです」
「な、なるほど……乃梨子ちゃん、あなたが犯人だったのね!」
由乃さんが勢い込んで乃梨子ちゃんの手を取ったところで。
なんかいつの間にか部屋にいた桂さんが「あの〜」と手を上げた。
「でも、私、自分の席から廊下が見えるんだけど。乃梨子ちゃんはずっとそこにいたわよ?」
「!!!」
桂さんの目撃証言に、菜々ちゃんが「なんてこったい!」という表情になる。
「……コホン。そうよね、志摩子さん萌えの乃梨子ちゃんが犯人なわけないわよね」
「誰が志摩子さん萌えですか、誰が」
乃梨子ちゃんを拘束しようとしていたのを誤魔化すように咳払いしつつ、由乃さんが元の位置に戻る。
「どうやら乃梨子ちゃんには犯行は不可能みたいよ、菜々?」
「いいえ、これは――そう、周到に練られた遠隔操作です!」
「遠隔操作?」
「そうです。乃梨子さまは事前に薔薇の館に荒縄のトラップを仕掛け、一方の端に細い紐を結びます。その紐は窓から外に出て雨どいへ。雨どいを通って中庭へ。そこから校舎裏、科学準備室、通気孔、なんかよく分からない部屋、職員室から志摩子さまの教室の前まで伸ばします」
「なんかよく分からない部屋ってどこ!?」
祐巳の率直な感想は無視された。
「そして乃梨子さまは瞳子さまが薔薇の館に到着した頃合を見て紐を引き、瞳子さまを転ばせる。その拍子にカップが割れたというわけです」
「でも、そんなロープとか紐なんて見なかったわよ、菜々?」
「そこも乃梨子さまにはぬかりはありませんでした。リリアン女学園に住み着いている、猫さん。この猫さんの習性を見事に利用し、運動部のランニングや茶道部のミーティングなどを計算に入れ――なんやかんやで、見事に紐もロープも回収に成功したわけです。桂さまには一切気付かれることなく!」
「その、なんやかんやってのはなんなのよ?」
乃梨子ちゃんのもっともな質問に、菜々ちゃんが不敵な笑みを浮かべる。
「なんやかんやとは――」
「なんやかんやとは!?」
「なんやかんやですよ!!」
ガビーン。
言い切った菜々ちゃんに、そんな擬音が室内を満たす。
「……ダメじゃん」
由乃さんが全員の意見を代弁した。
「菜々、ダメよ。やはり乃梨子ちゃんが犯人というのには、無理があるわよ」
「……そのようですね。しかし――これで今度こそ、この事件の真相が見えてきたようです」
ちらり、と時計を見て菜々ちゃんが言う。時刻は既に17時15分――あと15分で、下校時刻になる。
「古今東西、あらゆる名探偵が言っています。様々な可能性を一つずつ検討し、潰していき――結果、残ったものが一つであるならば、どんなに信じがたい可能性でも、それが唯一の真実なのだ、と……」
菜々ちゃんがその場にいた全員の顔を順に見回す。
祐巳、瞳子、志摩子さん、乃梨子ちゃん――それぞれが、菜々ちゃんの最後の言葉を待つ。
「今回の事件――祐巳さまのティーカップを壊した犯人――それは……」
「それは?」
「それは――松平瞳子さま! あなたです!」
「うん、みんな知ってた……っていうか、最初からそう言ってた……」
祐巳の力ないツッコミを聞き流し、菜々ちゃんは瞳子の前に歩み寄った。
「瞳子さま――祐巳さまのカップを壊したのは、あなたですね?」
「ですから、最初から言っていたではありませんか。私が不注意で割ってしまった、と」
不機嫌そうに言う瞳子に、菜々ちゃんが首を振る。
「いいえ、違います。違うんです、瞳子さま。それだと一つ、説明がつかない点が出てくるのです」
「――どういうことかしら?」
最初に瞳子が自首したとおり、瞳子が犯人で事件は無駄な展開を乗り越えて一件落着――と思いきや、菜々ちゃんの推理ショーはまだ終わらない様子だった。
「そもそも――何故私が、この事件を放置できなかったのか。お分かりでしょうか?」
「……仕事したくなかったからじゃないの?」
祐巳の素直な回答に、菜々ちゃんは首を振った。
「違います、祐巳さま。そんな、お姉さまじゃあるまいし」
「どーゆう意味よ!」
多分、そのままの意味だと思うよ、由乃さん……。
「良いですか、そもそもカップが割れていた場所が問題なのです。カップがしまわれていたのは給湯室の棚。当然、瞳子さまはそこから祐巳さまのカップを取り出したのでしょう。そのまま、もしお茶の準備をしたら、どうなりますか?」
菜々ちゃんが、先ほど写真部に行くために中断していたお茶の準備を指し示して言った。
「見ての通り――給湯室でお茶をいれ、それから執務室に持ってくることになります。いつもそうやってお茶を淹れていたはずです。だとすると、祐巳さまのカップが執務室に入る時には、当然、その中にお茶が入っていたはずなのです」
「そういえば……笙子ちゃんが言ってたよね。お茶とかは入っていなかったって」
怪しげな雰囲気を醸し出していた写真部のやり取りを思い出して、祐巳は頷いた。
無駄足以外の何物でもないと思っていた写真部訪問にも、実はそんな理由があったとは。
「その通りです、祐巳さま。そもそも、祐巳さまがまだ来ていないのにカップを取り出して何をしようとしていたのか? 瞳子さまが犯人だとすると、その説明が必要です。ですから、もしかしたら瞳子さまは犯人ではないという可能性も、なきにしもあらずではないか、と思ったわけです」
「へぇ……そうだったんだ」
祐巳はちょっと感心した。てっきり、仕事をサボるためだと思っていたのに、菜々ちゃんには菜々ちゃんなりの考えがあったのだ。
ただ、その考えが銀杏だったりなんやかんやだったり、と言うのはどうなんだろう。正直なところ。
「――それで、あなたは何が言いたいのかしら、菜々ちゃん?」
菜々ちゃんの説明に、瞳子が笑みを浮かべて問いかける。瞳子の雰囲気も、どこか挑戦的なものに変わっていた。なんだろう、どーでも良い黄薔薇姉妹の暴走が一転、このシリアスっぷりは。
「答えは一つです。――瞳子さまは何か目的があって祐巳さまのカップを持ち出した。では、その目的は――?」
「なんやかんや、とは言わないわよね?」
「もちろんです」
瞳子の問いに菜々ちゃんが笑みで返す。
「瞳子さまの目的――それは言うまでもなく。祐巳さまのカップを割ることだったのです」
夕暮れに染まるリリアン女学園に、間もなく下校時刻だと告げる放送が流れる。
放送が終わり、再び静寂を取り戻すまでの間――瞳子と菜々ちゃんは、互いに目を逸らすことなく対峙していた。
下校時刻まで、残り10分――
「――それはつまり、私がお姉さまのカップを割ったのが、故意だとでも?」
「そうとしか考えられません。瞳子さまは乃梨子さまと教室で別れると、真っ直ぐに薔薇の館へ向かった……」
菜々ちゃんがゆっくりと室内を歩きながら、考えをまとめるようにして推理を披露する。
「瞳子さまが薔薇の館に到着すると、そこには誰もいなかった。瞳子さまは思ったはずです――これはマリア様が与えたもうた、千載一遇のチャンスだと」
「千載一遇のチャンス……?」
志摩子さんの問いに、菜々ちゃんはちょっと物悲しげな表情で頷く。
「そうです。最近、瞳子さまは祐巳さまとの愛のスキンシップに飢えていました。その極限状態で――瞳子さまは普段なら耳を貸さないような、悪魔の囁きに魅入られてしまったのです! そう……それは祐巳さまとの間接キス! 瞳子さまは急いで棚から祐巳さまのティーカップを取り出すと、狂喜のコサックダンスを踊りながら、テーブルの上によじ登ります」
「いや、意味わかんないんだけど……?」
乃梨子ちゃんの感想ももっともだった。
「まるでオリンピックで優勝したメダリストの如く、祐巳さまのティーカップを頭上に掲げ、その縁を齧って笑顔のVサインをする瞳子さま。口の中に広がる甘酸っぱい祐巳さまエキスに、瞳子さまはもうメロメロです」
「……エキスって」
祐巳の呟きも当然スルーだ。菜々ちゃんの推理は止まらない。
「しかし、その時神の悪戯が再び瞳子さまを襲ったのです! 突然吹いた突風に、瞳子さまはバランスを崩します」
「いや、ここ室内だし」
ついに由乃さんまでツッコミに回る。
「瞳子さまはテーブルの上でバランスを崩し、だんだんだん、とステップ。ターン。フィニッシュ。聴衆の歓声に応え、ついつい花束の如く手にしていたカップを投げてしまったのです!」
菜々ちゃんは力強く断言し、ふっと遠くを見るような目になる。
「行き過ぎたお姉さま愛……これが、事件の真相です……」
菜々ちゃんの締めの言葉に、一同の目は瞳子に注がれた。なんていうか、瞳子が怒って菜々ちゃんに襲い掛かったら、みんなで止めないとマズイよね、と目と目で会話しながら。大体、今の推理(?)のどこが、瞳子の故意なのだろうか。
「……どうやら……誤魔化すことは出来そうにありませんわね……」
「――っえぇええぇえぇえぇえ!?」
一同の視線を浴び、ため息混じりに呟いた瞳子の台詞に、祐巳も由乃さんも乃梨子ちゃんも志摩子さんも菜々ちゃんも、驚きの声を上げた。
「って、なんで菜々まで驚いてるのよ!?」
「あ、いえ! 別に驚いてなどいませんにょ!? す、全ては私の推理通りですから!」
「まぁ、経緯は全く、これっぽっちも、当たってはいないんですけども」
「……ま、まぁ、そういうこともあるんじゃないでしょうか?」
菜々ちゃんは胸を張ったり誤魔化したりと大変だ。
「――お姉さま」
そんな菜々ちゃんを尻目に、瞳子が祐巳に向き直った。
「瞳子……?」
「申し訳ありません……確かに、お姉さまのカップを割ったのは、ただの事故ではありませんでした……。ほんの少し……ほんの少しですけれど、故意だったのかもしれません……」
「……どういうこと?」
祐巳の問いに、瞳子はちょっとだけ悲しそうな顔をして、自分の鞄を手に取り――可愛らしい箱を取り出す。
「先日、駅前の小物店で見付けたのです。薔薇模様のペアのティーカップです」
瞳子が開けた箱の中には、手頃なサイズのティーカップが二つ、納まっていた。
「お姉さま用に、と思って買ったのですけど、中々言い出せなくて。そんな時、ふと思ったのです。お姉さまのティーカップがなくなれば、自然にこれをお渡しできるかも、って」
「瞳子……」
「でも、悪いことは出来ませんわね。急いでお姉さまのカップを鞄にしまおうとして――手を滑らせてしまったのです。このティーカップで今日だけでも一緒にお茶を飲んで。明日にはお姉さまのティーカップをお返ししようと、思ったのですけど」
「そうだったんだ……」
菜々ちゃんの言葉が思い起こされる。行き過ぎたお姉さま愛――内容はともかくとして、その言葉は決して、100%の間違いなんかではなかったのだ。
祐巳は微笑んで、箱を持つ瞳子の手を、そっと両手で包み込んだ。
「瞳子……私、嬉しいよ。カップは1つ割れちゃったけど……でも、もっともっと素敵なものを、もらえたんだから……」
「お姉さま……」
見詰め合う祐巳と瞳子を、他のメンバーが優しげな目で見守ってくれる。
そして――
「――どうにか、放課後いっぱいまでもちましたね」
菜々ちゃんが呟くと同時に、下校時刻を告げるチャイムが、ゆっくりと響き渡った……。
「それにしても、たかが100円のティーカップが割れただけの事件で、放課後いっぱいもたせるなんて、さすが菜々ね! こんなにもお姉さま思いの妹を持って、私は幸せだわ!」
見事に退屈な予算案作りという仕事を回避した由乃さんが、上機嫌に言う。でも由乃さん、その仕事は普通に明日に回されるだけなんだよ、現実は。
「……そんなんじゃありませんよ、お姉さま」
そんな由乃さんに、菜々ちゃんがちょっと苦笑する。
「私はただ――あのままでは、少し寂しいと思っただけです」
「寂しい?」
「そうです。瞳子さまが祐巳さまを思って購入して、どうやって渡そうか悩みに悩んだティーカップが、ただの事故の後始末として渡されてしまうなんて、寂しいじゃないですか。どんな思いを瞳子さまが抱えていたのか、祐巳さまに伝わらないなんて、寂しいじゃないですか」
「菜々……」
菜々ちゃんの台詞に、由乃さんが感動している。
「そっか……そうよね。あぁ、やっぱり私は幸せだわ! こんなに出来た妹を持てて!」
「ちょ……お姉さま、あまりくっつかないでください!」
ぞろぞろと6人で固まって帰路に着く中、じゃれ付いている黄薔薇姉妹を見て、祐巳は瞳子と一緒に笑みを浮かべる。
多分菜々ちゃんの今の台詞は、適当な口からでまかせなのだろうけれど――
それでも、祐巳は今回の黄薔薇姉妹の暴走に、感謝するのにやぶさかではなかった。
「――ねぇ、瞳子。明日は一緒にお茶しようね。あのティーカップで」
「はい、お姉さま……」
そっと瞳子の手を握った祐巳の手を、瞳子が握り返してくる。
夕暮れに染まるリリアン女学園の敷地の中を、祐巳はいつまでも瞳子と手を握り合ったまま、歩いていった――
放課後探偵有馬菜々
Case.01 割れたティーカップ 〜完〜
「激闘!マナーの鉄娘」シリーズ。
最終章突入です。
今までのお話はこちらから【No:2644】→【No:2651】→【No:2653】→【No:2693】→【No:2737】
(最終章その1・究極の家事マナー5種競技!)
「その後のレジスタンスの動向は?」
「今のところなりをひそめてますが」
「了解。何かあれば容赦なく消しなさい。私が許すわ」
「了解」
第3戦で家庭の主婦に代わって家事全部を行うはずだったのが、
レジスタンスに思わぬ邪魔をされた山百合会。
これを受けて、主催者は試合会場を一般家庭から特設ステージに移すことを決めた。
それにともない試合の内容も一部変更された。
「家事マナー5種競技?」
その内容は次のとおりである。
・アイロンがけ(ワイシャツ・Tシャツ各100枚)タイムトライアル
・祝儀・不祝儀のし袋の表書き早書き対決
・穴あき靴下100枚早つくろい対決
・敬語穴埋めペーパーテスト
・野菜の飾り切り3種早作り対決
「…ふふ。ついに紅薔薇家が活躍する時がきたのね」
世話薔薇総統の口角が大きく上がる。
その横で次世代エロ薔薇がため息をついていた。
「しょぼっ!どれもこれもしょぼいのばっか…ぐはっ!」
エロ薔薇こと真里菜はちあきの肘鉄を食らい、地面に崩れ落ちた。
「せめてホットケーキ早作りとかあったら…」
真里菜の妹の暴走パティシエ、純子が嘆き。
「あの〜…どれもできないんですけど…」
がっくり落ち込む智子に、
「大丈夫です。お姉さまに出ろなんて言いませんから」
さらに追い討ちをかける次期世話薔薇総統。
「ひどい〜!さゆみさ〜ん、美咲がいじめる〜!」
「事実だし」
飲んだくれ汚ブゥトンの嘆願を、さゆみは一蹴してしまった。
「なんか浮き足立ってるね」
「ようやく終わるからテンション上がってるんだよ」
すっかり蚊帳の外な理沙と涼子。
菜々に至っては居眠りしている。
「菜々さま、寝てる場合じゃないですよ」
「…う〜ん…」
「だめだ。まるで起きる気ゼロだ」
そんなこんながありながらも、最後の試合への準備…と、大いなる陰謀の計画が、
着々と進んでいたのであった。
「…まさかうちが舞台になるなんて」
「予想外の事態だったわね…」
「申し訳ありません」
「あなたは悪くないわ。連中が一般家庭を狙うなんて誰も思わないもの」
「でも今度こそは…」
「私たちが」
「「「天下を取るのよ!!!」」」
あらすじ:
最近休みが多いリリアン女学園。山百合会でも祥子、令、志摩子、由乃が休んでいた。 そんな中、呪いのビデオらしきものを見てしまう祐巳、乃梨子と桂。 そしてビデオを調べる途中で、瞳子も巻き込んでしまう。祐巳と瞳子のやりとりを見て、妹を思いビデオから手をひく桂。 土曜に呪いを受けた志摩子と対面した乃梨子は一度は逃げてしまうものの、なんとか想いを伝える。 そして日曜日、乃梨子、祐巳、瞳子の三人は乃梨子のマンションに集まりビデオを調べることになった。 祐巳と瞳子が昼食の買い物に出かけ、残った乃梨子はビデオのチェックを始めたが…。
作者より:メインタイトル『もこもこしてたりする柔らかくてびっくりわっか的ビデオ』
【No:2709】→【No:2712】→【No:2716】→【No:2721】→【No:2733】
→【No:2736】→【No:2748】→【No:2752】の続きです。
今回はホラーメインなので苦手な方は回避して下さい。
じー。
ビデオデッキの動く音が部屋に鳴り響く。
「何、これ…」
私はテレビの映像を唖然としながら眺めていた。
そこには。
黒髪のおかっぱの小さな女の子が、やたらひらひらとしたセーラー服らしきものを着てポーズをとっているところが映っていた。
『はーい、リコちゃん。こっち向いてー』
聞き覚えのある声がテレビの中から聞こえてくる。
…。
これ、私だああああっ!
と言うか、お母さん何てものを娘に着せてるのっ!
と、いうことは撮っているのはお父さんか…。
そして何故かビデオは薫子さんの所に保管してある…と。
頭痛を覚えながら、私はビデオを取り出すことにした。
テレビの中からは『どせーにかわって…』などと小さい私が言っているのが聞こえたが、自分の聞き間違いだということにした。
祐巳さま達がいなくて本当に良かったと思いながら、呪いのビデオよりも怖い内容がこの先出てくるかも知れないことに、言い知れない悪寒を感じていた。
先ほどのビデオを取り出してから、しばらく逡巡したが、結局他のビデオ内容を確かめないといけないことは変わらず、次のビデオに手を伸ばす。
「今度はまともなビデオでしょうね…」
そのビデオをデッキに入れながらつぶやく。
結果から言えば。
先ほどのビデオよりはまともだったのかも知れない。
それは、目的のビデオだったのだから。
そう、つまりは…。
「どういう、こと…」
ここ数日で見慣れてしまった、どこかの林の映像。
どこか、と言ってもリリアンの中だと分かってはいるけれど。
見慣れてしまったその映像に、一つだけ変化が起こっていた。
猫が、いない。
ほとんど変化のない林の映像が流れた後、今度は道路隅のような映像が流れる。
そこにも猫はいなかった。
普通なら、何の変化もない風景だけの映像など退屈以外の何物でもないのだけれど。
その時の私は、どす黒い恐怖心が膨らむと同時に、鼓動が速くなっていくのを感じていた。
これまでほとんど変化のなかった映像に大きいとも言える変化が現れた理由はなんだろうか。
そう考えた時、時報を知らせるベルが鳴り響いた。
「もう十二時なんだね。道理でお客が多い訳だ」
お姉さまの声に品物を選ぶ手を止めて顔をあげると、お店の時計が十二時を指していた。
「日曜ですから尚のことですわ」
そう言いながら、商品棚に顔を戻す途中でお姉さまの首筋が目に入る。
その、首に程近い場所にはガーゼが張り付けてある。
思わずその場所で、視線を動かすのを止めてしまっていた。
「どうしたの、瞳子。私をじっと…ってこれのこと、まだ気にしていたの?」
これ、とお姉さまがガーゼに指を置いた時に少しだけ捲れて、生々しい傷の端が目についた。
「あの時、私が席を離れていなければと」
昨日、由乃さまの家にお邪魔した際に、少しだけ席を離れていた。その時、お姉さまは由乃さまに…。
「いや、まあ由乃さんだって悪気があった訳じゃないんだし。瞳子も、その後止めようとして、きっちり巻き込まれてたじゃない」
「それはそうですけど…」
そう言いながら、自分の顎に張ってあるガーゼに触れてみた。まだ少し痛い。
頭では由乃さまが、親友であるお姉さまを本気で傷つけようと思った訳ではないのは分かっている。
それは、その後の由乃さまの落ち込み様を思い出せば十分な程に。
『ごめん。ごめんね、祐巳さん』
そう泣きそうな表情で謝っていた由乃さまが思い出され、私は口をつぐんだ。
「さ、早く買って帰らないと、乃梨子ちゃんがお腹を空かせて……」
そう明るく私に声をかけるお姉さまの声が途切れた。
見ると、きょとんとした表情で虚空を見つめている。
「どうしたのですか、お姉さま」
「あ、うん。お店の中で猫の声がしたから、珍しいなと思って」
「猫?」
耳を澄ませても、お客さんの声やお店の音楽ばかりでそれらしい声は聞き取れなかった。
しかし。
「聞こえない?なんか寂しそうな声で…あ、ほらまた」
お姉さまの表情を見ても嘘をついているようにも見えなかった。
「猫…ですか」
そう言いながら、お姉さまの向いているほうに耳を傾けてみても、猫らしい声は聞こえなかった。
「ほら、また声がしたよ」
にゃーおーん。
猫の声に、私は時計に向けていた視線をテレビに戻した。
やはり画面には猫がいない。
今まで変化の見られなかったビデオの、ここに来ての変化。
私は恐怖心と共に、一つの結論へと辿り着いていた。
すなわち、呪いの発動。
しかし、今確かめた通りに時間は昼の十二時。
私たちが最初にビデオを見た時間はおそらく五時から六時前後。
五時間もの時間のずれは一体…。
にゃーおーん、おーん。
そこまで考えたところで、再びテレビの中から猫の声が、今度は少し響くような感じで聞こえてきた。
見ると校舎の場面に切り替わっていた。
なーお、おーん。
相変わらず猫の姿は見えない。
そして、ふと思い出して私は時計を見た。
十二時二十分。
時間は普通に流れている。
そう、普通に。
今まではこの場面に入ると早送りでもするかの様に、周りの時間が動いていたというのに。
なぜ。
にゃおん、おん。
こっちを見ろ、とばかりにテレビから聞こえる猫の声。
そしてテレビは例の赤い文面を映し出していた。
『五日後に呪いが降り掛かる 解くカギはビデオの中に』
五日後、すなわち今日。
林の場面では現実での変化がそのまま反映されていたのに、一向に変化のない文面に少しだけ可笑しさを覚えた。
そう思っていると。
ゆらり。
その赤い文面が揺らいだ気がした。
「ん?」
ゆらり。
気のせいじゃない!
そう思った瞬間。
ぱたっ。
水滴が落ちたような音と共に、画面の端に赤い染みができた。
ぱたっ、ぱたたっ。
続くように画面に赤く、暗く、それでいて少し透けているような染みが広がっていく。
ぱたっ、ぱたたっ。
それが先ほどの赤い文面から落ちてきていることに気付くのにさほど時間はかからなかった。
ぱたっ、ぱたたっ、ぱたたっ。
赤い文面が書かれているのは天井。
そこから画面、すなわち床に向かって落ちてくる赤いしずく。
さながら血の雨に見えた。いや、雨と言うには少ないけれど。
ぱたっ、ぱたたっ。
画面に赤い部分とそうでない部分が出来ていく。
それと共に、赤い文面の文字が消えていくのが僅かな隙間から見えていた。
そして、その隙間が埋まる直前に見えた文面に私は戦慄を覚えた。
『 呪い はビデオの中に』
ぱたたっ。
そして最後の隙間が埋まり、画面は赤黒く染まった。
にゃーおーん。
一際大きな鳴き声が響く。
その時には、先ほど感じていた時間に対する疑問やビデオの変化についての考えなどは吹き飛び、ただどす黒い恐怖心に支配されていた。
「お姉さま?」
「ん?ううん、何でもないよ。瞳子」
さっきから時々、何かに気を取られるお姉さま。何でもない風には見えないけれど。
「お姉さまは何か苦手な食べ物はありますか」
それでもお姉さまを困らせないように、少しでもこちらに注意が向くように、お昼の話題に持っていく。
「んー、そうだなあ。苦いのと辛いのは苦手かも」
甘党のお姉さまらしい答え。
予想通りで少し安心しながら、残りの食材をカゴに入れていく。
「何を作ろうと思ってるの?」
「お鍋にしようかと。さっき乃梨子の家で土鍋を見かけたので」
「鍋かあ、寒いからいいかもね」
無邪気に笑うお姉さま。
「はい、乃梨子も喜んでくれるといいんですけど」
送り出す時の乃梨子を思い出しながら答える。
相変わらずの機転の良さには頭が下がるなあ、と思いながら。
その時の私は、ただただ間抜けだった。
もうその場面になったらリモコンなど効かないと分かっているのに、リモコンの停止ボタンを押したりして、逃げ出すことが頭に浮かばなかった。
恐怖からくる焦りで頭が鈍っていたから、と言い訳もあるけれど。
ただただ間抜けだった。
画面が真っ赤に染まっただけだったら、そこまで恐怖はしなかったかも知れない。
その真っ赤な画面には。
猫の顔が文字通り笑いながら、浮き出ていた。
にゃーお。
「ひっ……」
その猫が鳴く。
自分でも単純な反応だなあと、頭の片隅で思いながらも、短い悲鳴で返すことしかできなかった。
恐怖のあまり身動き出来ずにいると、猫の方が、動いた。
ずるり。
擬音で表すとそんな感じだろうか。実際には音など立てなかったけれど。
文字通り、画面から猫が這い出てきた。
すたん。
小さな着地音を立てて居間に降り立つ猫。
すなわち、私の目の前に。
息一つするのにも勇気がいる、そんな感覚に襲われていた。
大きさや姿かたちはどこにでもいるような猫。
その見た目のうち、一つだけ普通の猫と大きく異なる点があった。
赤い、いや赤黒い。
さっきまで画面を覆っていた赤黒い色をそのまま纏ったような、そんな色だった。
そう思えたのも、後ろにある画面が今は何も映っていないかのように黒い画面を見せていたからである。
なおーん。
その猫が鳴いた。人懐っこそうに。
その声で、我に返る。
逃げなきゃ!
逃げないと、死に…はしないけど大変な目に会う!
そこまで考えて、ふと思う。
死にはしない。本当にそうだろうか、と。
今まで呪いに掛かった人のことを思い出す。
志摩子さんを始め、ビデオを一回見たら恐怖の為、もしくはただのいたずらと思ってビデオは見なかった。
それでも異形の呪いを受けている。
私はどうだろう。
繰り返し見ている。その上、呪いが掛かるであろう今日も。
そして…。
『 呪い はビデオの中に』
先ほど見えた文面を思い出す。
そして目の前の猫を見る。
なおーん。
尚も人懐っこく鳴く猫。
もし、これが、この小さな猫が、呪いそのものだとしたら。
やばい、かな。
そんな単純な言葉が頭をよぎる、と同時に背中をつたう冷たい汗に現実を実感させられた。
なーお。
鳴きながら、その猫は一歩だけ近づく。
逃げないと!
そう思いながら立ち上がろうと腕に力を込める。
かくん。
「えっ…」
足に、力が入らない。
腰が抜けてしまっているようだった。
なーお。
尚も人懐っこく鳴きながら、こちらへと歩を進める猫。
ずり…ずり…。
なんとか腕だけで距離をとろうとする自分。
どちらがより速いかは明らかな訳で。
「あ……」
私の足に、猫の足が触れるのに長い時間はかからなかった。
なおーん。
人懐っこそうに私の足にすり寄る猫。
普段の生活で、普通の猫がそうしているのなら嬉しいくらいだけれど。
猫が出てきた状況と、その猫の風貌が全てを台無しにしていた。
にゃーおーん!
不意に大きく鳴くと、その猫…のようなものが弾けた。
正確に言うなら、大きい赤い塊が広がって私を瞬時に飲み込んだとでも言おうか。
恐怖を覚える間もなく、私の体を覆い尽くす、それ。
「う…あ…」
鼻孔を埋め尽くす獣の匂いに顔をしかめる。
それと共に冷たい恐怖心が、ほとんど麻痺してしまった心に蘇る。
ずるり…ずるり…。
私の体に覆いかぶさった獣毛の塊がゆっくりと動く。
「っ……」
視界が遮られているということがより恐怖心を膨らませていく。
ぴた…。
「?」
私の体を覆いつくしてしまったところで、一瞬だけ獣毛の塊が止まり…そして。
ずぞっ、ずぞぞぞっ!
「ひっ…」
筆舌しがたい感覚と共にそれらが、私の体に入ったのが分かった。
それと同時に視界が開ける。
「な、なに…?」
自分の皮膚の下に何かが這いまわっている感覚とでも言おうか。
さっきまで人懐っこそうにしていた猫、のようなものの存在を確かに感じていた。
そして。
「…が、あっ」
熱。
体が急に熱を持ち始め、それは私を苦しめるほどにまでなっていた。
風邪をひいて高熱でうなされた時のように関節が痛む。
「…は、あ…」
肺で熱せられた空気が逃げ場を求めるように、口から吐き出される。
これが、呪い。
熱で意識が朦朧となりながらも、私はそんなことを考えていた。
異形になる為の通過儀礼なのか、それとも…。
「ん…」
そこまで考えたところで、自分の中に別の意識があることに気付いた。
と言うより、余りにも激しい感情だったので気付かざるを得なかった。
その感情、ひとつは純粋な悪意。もう一つは…。
「う…」
体の熱が増しているのを、文字通り肌で感じていた。
意識を保つのが難しくなっていた。
何か知らせようにも、このままだと…。
ず…ず…
必死に扉の方へ体を動かそうとするけれど、悲しいかな、思うようにはいかない。
少しだけでも、と動きながら私はなぜか身近な人のことを思い浮かべていた。
「とう、こ…」
髪型が特徴的な私の親友。
調べる途中で巻き込んでしまったことが悔やまれる。
「ゆみ、さ、ま…」
誰にでも思いやりのある姿勢で接してくれる先輩。
あの方が居なかったら諦めていたかも知れない。結果はこうなったけれど。
「よしの、さま…れいさま…さちこ、さま…」
山百合会の仲間。
詳しくは聞いていないけれど、呪いを受けて休んでいるのが気にかかる。
そして…。
「志摩子さんっ…」
そう叫んだと同時に、私の意識は昏い闇の底へと沈んでいった。
「ん…」
「また猫ですか、お姉さま?」
「あ、う…うん」
お店からの帰り道、やはり時々反応するお姉さまに幾度目かの問いかけをしていた。
「やはり…あのビデオに関係するんでしょうか…」
不安に思いながら、そう聞いてみる。
「たぶん…ね」
少し困ったような顔をしながら答えるお姉さま。
「やはり…」
「ま、そんなこと気にしてもしょうがないって。死んじゃう訳じゃないんだし…。さ、急がないと、乃梨子ちゃんに遅いって怒られるよ」
「あ、お姉さまっ」
駆け出すお姉さま。
そんなに走らなくても、乃梨子のマンションは目と鼻の先ですのに…。
そう思いながらも、少しだけ笑ってお姉さまを追いかけた。
「ただいまー。乃梨子ちゃん」
「ただいま。乃梨子」
私たちを迎えたのは、変わり果てた姿で横たわっている乃梨子だった。
今回の話は、簡単に言うと「暇だった」である。
乃梨子としてはこの一言を書いて「完」と結びたいところなのだけど、それだと何のことやら分からないので、仕方なしに事の顛末を振り返ってみよう。
その日は志摩子さんたち三薔薇さま方が、揃って職員室に出向いてしまい、つぼみの三人だけが薔薇の館にお留守番、という状況にあった。
「……暇ですねぇ」
最初にそう呟いたのは、案の定菜々ちゃんだった。こういう時に真っ先にシビレを切らしてロクでもないことを言い出すのは、概ね由乃さまで、由乃さまがいない今回のようなケースでは、大体が菜々ちゃんである。黄薔薇の血筋――と言うと、先代の常識人である令さまに悪いので、現黄薔薇姉妹固有の嫌スキルだということにしておく。
「仕方ありませんわ。お姉さま方がいなくては、私たちだけでは出来ることは限られていますもの」
なにやら細い糸でちまちまと編みながら瞳子が言う。確かに瞳子の言う通りで、つぼみと言うのは実質的に薔薇さまの仕事を手伝っているものの、権限的には何一つ決定できない立場にある。どんなにつぼみが優秀で、薔薇さまから頼りにされていても、決定権を持つのは三人の薔薇さまだけなのだ。
「瞳子さまは何をしているのですか?」
「編み物ですわ。お姉さまが巾着袋を欲しがっていましたので、どうせなら手編みをと思いまして。こんな感じで」
瞳子が「いかがです?」と完成図を見せてくる。デフォルメされた祐巳さまらしき柄がワンポイントの可愛らしい巾着袋だ。健気にも程がある。
「菜々ちゃんもいかがですか? 由乃さまに」
「……うちのお姉さまにそういう可愛らしいのは似合わないと思います。面倒だし」
「まぁ、そうですわね」
瞳子のちまちました指使いを見やって、菜々ちゃんがげっそりした表情で首を振る。由乃さまにもそれなりに可愛らしいグッズは(本人の好みを無視すれば)似合うとは思うけど、菜々ちゃんには性格的に細々した作業は合わないだろう。乃梨子だって志摩子さんが「どうしても欲しいの。お願い、乃梨子」とでもお願いしてくれない限り、自分からそんな細かな作業をやろうと思わない。ほんと、瞳子のこういうところには頭が下がる思いだ。
「……第1回、つぼみ対抗一発ギャグのコーナー……」
せわしなく動く瞳子の指先を見るともなしに見ていると、菜々ちゃんが間延びした声でそんなことを言い出した。
見れば、頭を机にくっつけて、これ以上ないくらいにグダグダな姿勢でふらふらと右手を上に上げている。指が一本、へにょりと立っているのは「1回」の意味なんだろう。
菜々ちゃんらしい――というか、黄薔薇らしい提案ではあったけれど、本人のやる気もゼロっぽい。
「ルールはこれまでやったことのない、オリジナルのギャグで笑わせたら勝ちです。定番のオデコフラッシュ、ドリル、ガチ告白は反則ということで」
下を向いたまま、菜々ちゃんが説明する。誰も「やる」とは言っていないけれど、そんなの関係ねぇとばかりに事を進めるのは、由乃さまの代から始まった黄薔薇の伝統である。嫌な伝統が作られたものだ。
どうでも良いけど、定番ギャグの中に一つ、意味不明なものがあるのはなんだ。ガチ告白ってのはなんだ。まぁ、突っ込む元気もないので、スルーするけども。
「と言うことで、一番、有馬菜々……」
やる気のない姿勢と口調のまま、菜々ちゃんがへろへろと上に上げていた手を振る。そこまでして何もせずにのんびり待つのが嫌か、この子は。
乃梨子と瞳子が呆れ、それでも菜々ちゃんに視線を向けたところで――
「インドの修行僧!!」
『ごぶふっ!』
いきなり顔を上げた菜々ちゃんに、乃梨子と瞳子は同時に吹き出していた。
「ちょ……どうしたのよ、それ!?」
「な、何事ですか……」
こみ上げてくる笑いを我慢しながら、乃梨子と瞳子は揃って菜々ちゃんの額を指差す。その指の先、額のど真ん中には、親指大の赤い円がくっきりと描かれていた。
「迂闊でした……突っ伏した書類の上に、まさか乾いていない朱印があるとは思わず。後でお姉さまには、厳しく文句言ってやります。このままで」
確かによく見れば、額の円には「島津」の文字が見える。職員室に行く直前に押した判子なのだろう。しかし、それを理由に文句を言われるなんて、由乃さまもとばっちりであろう。しかも消したりせずにそのままで文句を言おうという辺りが、いかにも菜々ちゃんらしい。まさに転んでもタダでは起きず、だ。
「さぁさぁ、堪能くださったのなら、次は乃梨子さまと瞳子さまの番ですよ」
「あのね……なんで菜々ちゃんのソレに付き合わなくちゃいけないのよ」
額に朱印が写ったのに気付いて、こんなコーナーを始めたに違いないのに、わざわざそれに付き合ってあげる義理はないと思う。
「その通りですわ。そんな義理はありませんとも」
乃梨子の意見に瞳子も頷く。
「そんな、酷いですよ。見るだけ見ておいて」
「勝手に始めて見せたんじゃないの」
「その通りですわ」
ぶーと頬を膨らませる菜々ちゃんに、瞳子は再び手元の編み物に視線を戻す。黒地のそれを上下にひっくり返し、完成図と見比べたりして、完全に菜々ちゃんの提案を却下する構えだ。やはり持つべきものは常識人の友である。
「――乃梨子さん、乃梨子さん。ちょっとここ、見てくださいませ」
「ん、なぁに?」
変なコーナーが続かなかったことに安堵した乃梨子を、ちょいちょいと瞳子が袖を引っ張って呼んだ。
「チャップリン」
「……」
そこには、鼻の下に黒い布地を指でくっ付けた瞳子が「どんなもんだい」って感じの表情で乃梨子を見つめていた。
「……んぐっ」
ここで負けたらなんとなくなし崩し的に嫌な未来が来訪しそうな気がして、乃梨子はぐっとこみ上げてくるものを飲み込んだ。勝った。
「ヒゲダンスー」
「ごぶふっ!」
そこに、ひょいと同じ位置に布地をくっ付けた菜々ちゃんが、横から割り込んで来たところで、乃梨子の堤防は決壊していた。
「でれでれでれ〜ででれ〜ででれ〜」
「でれでれでれ〜れでれ〜れでれ〜」
そのまま、二人は立ち上がって奇妙なダンスを開始する。なんだこの空間。
「と……うこ……あんた、何を……?」
震える声で尋ねると、瞳子が奇妙なダンスを止めて言う。
「すいません、思いついてしまったもので」
「思いついたからってするな! そんなの!」
真面目な顔で言う親友に、ツッコミの語気も荒くなるってもんだ。
そんな乃梨子の指摘に、なぜか不満そうな顔で席に着いた瞳子は「乃梨子だって笑ってたくせに……」とか呟いている。笑わせれば勝ち、みたいな黄薔薇姉妹っぽい思考回路は捨ててくれ。本気で。
「――というわけで、残るは乃梨子さまだけですね」
「大トリですわ。乃梨子さん、ファイト」
やり切った以上は乃梨子にもやらせなければ損とばかりに、瞳子があっさりと菜々ちゃんサイドに回って一発ギャグとやらを促してくる。ああ、そうだった。瞳子って時々さくっと裏切るんだよね。忘れてたよ。
「あのね、私は一度もやるだなんて……」
「往生際が悪いですよ、乃梨子さま。白薔薇一家はゴネ得一家ですか?」
「一人だけ逃げるおつもりですの、乃梨子さん? 白薔薇一家は卑怯者ですの?」
志摩子さんを勝手に巻き込むな、というツッコミは、多分入れるだけ無駄なのだろう。
こんな時の処世術は一つだ。とりあえず適当に何かやれば、それで二人は満足するだろう。変にゴネても疲れるだけ、ということを、乃梨子は既に学習していた。悲しい学習結果だけれど。
「あー、分かったわよ。えーと……」
乃梨子はこの際、面白かろうが面白くなかろうがどっちでも良いので、適当に脳内の一発ギャグを検索し――
そして、髪の毛を両脇でガッシと引っ掴むと、投げやり風に叫んだ。
「卑ー弥ー呼ーさーまー」
「……の、乃梨子……?」
その瞬間、扉が開く音が聞こえて。
背後から、何か信じ難いものを見た時のような、志摩子さんの震える声が聞こえてきた――のは、なんかもう、お約束だった。
「し、志摩子しゃん!? こ、これは違……違うの! 瞳子と、菜々ちゃんが……!」
振り返って慌てて髪の毛を離し、二人を指差す乃梨子の前で。
「瞳子さま、暇ですねー」
「そうですわねー」
素早く額の印を拭った菜々ちゃんと、編み物を再開していた瞳子が、そっぽを向いてのんびりと語り合っていた。
「卑弥呼さまー! そっちの書類取ってー」
「はい、卑弥呼さまー!」
祐巳さまと由乃さまが、髪の毛を頭の両脇で掴んで声を掛けつつ、書類をやり取りしている。
「卑弥呼さまー! お茶のお代わりはいかがですか?」
「卑弥呼さまー! うん、ありがとう」
同じことをやりながら、瞳子が祐巳さまにお茶のお代わりを淹れに立ち上がる。
「卑弥呼さまー! こちらの計算なんですけど、これであってますか?」
「知るか、バカーーーーー! うわーーーーん!」
同じことをやりながら聞いてくる菜々ちゃんに、乃梨子は半分泣きながら志摩子さんにすがりついた。
「だ、大丈夫? ひ、卑弥呼さまー?」
……照れながら言う志摩子さんがまぁ、可愛かったのだけが救いだった。
今回の話は、簡単に言うと「暇だった」である。
暇な時にはロクなことがない。
最近の乃梨子は、切実にそう思うのだ。
マリア様のなく頃に
〜償始め編〜
『ひぐらしのなく頃に』のクロスシリーズです。
第1部【No:2715】→【No:2720】→【No:2751】の続編です。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
〜時始め編〜連載中
第1部【No:2477】→【No:2479】→【No:2481】→【No:2482】→【No:2484】
→【No:2487】→【No:2488】→【No:2490】→【No:2492】→【No:2499】
→【No:2503】→【No:2505】→【No:2506】→【No:2507】
第2部【No:2527】→【No:2544】→【No:2578】→【No:2578】→【No:2587】
→【No:2643】→【No:2648】
第3部【No:2656】→【No:2670】→【No:2735】
企画SS
【No:2598】
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〜狂始め編〜完結
第1部【No:2670】→【No:2698】→【No:2711】→【No:2713】→【No:2714】
エピローグ【No:2715】
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第1部 戸惑い
第1章 廻る世界
第3話 協力者
私は今、祐巳さまに連れられて屋上に来ている。
というか、屋上って立ち入り禁止じゃなかったっけ?
祐巳「それで朝のこと、教えていただけるのかしら?」
乃梨子「は、はい・・・・」
私はぽつりぽつりと話をした。
祐巳さま・・・さんが藤堂ではなく福沢の姓だったこと。
私の記憶では今は2月で祐巳さんが2年で私が1年だったこと。
私は藤堂志摩子のスール上の妹だということ。
祐巳さんには古手梨花という妹がいたこと。
私は梨花の恋人である圭兄・・・前原圭一と従兄妹の関係にあること。
私は圭兄を●して自●したはずなのにここにいること。
乃梨子「前に梨花から聞いたのですが人は死ぬとすべての記憶を失って、
いわゆるパラレルワールドいくそうです。
それで梨花は別として、
極稀にそれこそありえないぐらい低い確率で
完全に思い出す人がいるらしいです。
普通の人でも少しだけ思い出す事もあり
それがいわゆるデジャヴらしいです。」
祐巳さんはしばらく考え込んで、
祐巳「ん〜、嘘のような話だけど、
嘘をつく理由もないし嘘をついているようにも見えないわね
どんな状況で聞くことになったのかは気になるけど
それはまぁいいわ・・・それよりそんな説明が出来たのだから
その梨花さんって子は例外で覚えているのよね?」
乃梨子「そのはずです。」
祐巳「それで、あなたはこれからどうするの?
見知らぬこの世界で、ただ平和に生きるの?
それとも何かをするの?」
乃梨子「私は・・・・・償いたい、梨花に圭兄に・・・
許してもらえなくても、何年、何十年かかっても・・・償いたい」
祐巳「そう・・・がんばりなさい、私から言えるのはこれだけよ。
もし、1人じゃどうしようもなくなったら言いなさい
出来る限り協力してあげるわ」
乃梨子「ありがとうございます。」
私はそう言って頭を下げた
祐巳「お礼を言われるほどの事はしてないわ。
それにその話、嘘をついているとは思えないけれど、
いきなり言われて本当だとも思えないわ。
そうね、その梨花さんって人に話を聞けるかしら?
学年とクラスはわかる?」
乃梨子「は、はい・・・私が2年に転入するって知る前に
確認で1年のクラス別けの掲示を見たときに確認しましたから
なぜか由乃さまと福沢に姓が変わったお姉さまの名前がありましたが」
祐巳「ねぇ、向こうの志摩子はちゃんと笑えていたかしら?」
なんでそんな事を聞くのかはわからないが、私は正直に
乃梨子「はい、私の知る限りではいつも微笑んでいました。」
祐巳「そう・・・・ありがとう、志摩子を支えてくれて・・・」
無表情で祐巳さんはそう言ったが、
私にはまるで嬉し泣きをしているように見えた。
【No:2779】へ続く
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……重い。いや、それよりも痛い。周りからの視線が痛い。
少し先でマリア様にお祈りしていた瞳子が『何かしら……? なんだかいい匂いがしますわ』みたいな事を考えてそうな顔で鼻をふんふんしていた。
「ごきげんよう、瞳子」
「あら乃梨子さ――」
瞳子は笑顔のまま固まっている。無理もない。
私は瞳子の隣に立ち、お祈りをした。ちなみに私がマリア様に祈ったのは「今日という日をさっさと終わらせてください」だ。
私は無表情のまま、おもむろに歩きだした。
瞳子は一瞬の間をおいて私の後を追ってきた。
「あの……、乃梨子さん……その胸元でこれでもかというほど立派な姿を曝しているのは……」
「言わないで瞳子」
「ですがそこまで立派なモノを見せつけられて黙っているわけには……」
「お願い瞳子。もしも私にほんの少しでも友情を感じてくれているなら、何も言わないで」
「乃梨子さん……」
瞳子は立ち止まり悲愴な顔を私に向けた。
私は歩みを止めることなく、ゆっくりと瞳子から離れていった。……筈だったのに。
「瞳子……どうして……?」
瞳子は離れかけた私の元へ駆け寄ってきた。そして私に寄り添うように隣を歩いてくれたのだ。
信じられない気持ちで見つめる私とは視線を合わせず、瞳子はまっすぐ前を向いたまま言った。
「私も一緒に死んであげるわ」
「マミヤさん!――じゃなくて瞳子っ!」
軽く現実逃避を企てた私のセリフにも瞳子は前を向いたままだった。
澄ました顔をキープしつづけている瞳子を見て、私は「さすがは演劇部。やるじゃない」と現実逃避を続行した。
このままいくとそのうち「オレの名を言ってみろ」なんてことまで発言しそうな自分が怖い。
でも少しくらいの逃避はマリア様も許してくれると思う。
だって今、私の胸元には――、
タイの代わりに、立派な尾頭付きの鯛がこれ以上ないくらいの勢いで自己主張していたのだから。
悪夢の始まりは昨日の放課後。
◆ ◆ ◆
私、二条乃梨子はここ薔薇の館二階で途方に暮れていた。
それというのも私の手にある紙切れに謎の言葉が書かれていたからだ。
ミスプリントの裏をメモ帳に再利用したその紙切れには、どことなく見覚えのある筆跡で、
『タイの代わりに鯛』
という、意味を考える事を拒否したくなる文字が書かれていた――。
「……何なんですか、この意味不明な文面は?」
「たぶんタイを結ぶ代わりに鯛を使うって事じゃないかな?」
「祐巳さま……。一度頭の中で内容を吟味してから発言していただけますか……」
本当ならこんな紙切れなんて見なかった事にして、早く志摩子さんとイチャイチャしながら帰りたいのだが、そういうわけにもいかない。
何故なら、この紙切れは罰ゲームの指令を書いたものだからだ。
いくつかある紙切れの中から、よりにもよってこんなわけの分からない内容のものを選んでしまった自分の右手が恨めしい。
「えー……。だってそれ以外考えられないじゃない」
祐巳さまが唇をむーっと尖らせて言ってきた。
ふっ。甘いですよ祐巳さま。私はそんじょそこらの一年生とはわけが違います。そんな可愛らしい顔したって萌えたりしませんよ。
「タイの代わりに鯛を結ぶなんてできるわけないじゃありませんか」
「あー、そっか。鯛って高いもんね」
問題はそこじゃねぇ。
まぁ、いいか。納得はしてくれたみたいだし。
「ではこの罰ゲームはなかったことにして、もう一度選びなおしますね」
私が『タイの代わりに鯛』と書いてある紙切れを破棄しようとしたのを、紅薔薇さまである祥子さまが凛とした声で止めた。
「お待ちなさい。鯛ならうちの冷蔵庫に入っていたわ。それをお使いなさい」
おのれ小笠原……。
「さすがお姉さま! 良かったね乃梨子ちゃん」
無邪気に笑えばなんでも許されると思ったら大間違いだぞ祐巳さまよ。
「鯛があったとして、それをどうやってタイの代わりにすると言うんですか?」
「失礼ね。鯛くらいうちの冷蔵庫に入っているわよ」
「そうだよ。うちのお姉さまは嘘を言ったりしないよ乃梨子ちゃん」
論点はそこじゃねぇ。
「……すいません。言葉を間違えました。私が言いたかったのはですね、鯛という魚類に、布製品であるタイの代わりを務めさせるのは無理だということです」
「あー、そっか。魚だから生臭いもんね」
問題はそこじゃねぇ。
まぁ、いいか。納得はしてくれたみたいだし。
「ではやはりこの罰ゲームはなかったことにして、もう一度選びなおしま――」
「乃梨子。一度引いてしまった罰ゲームは変更不可よ」
「……」
これまでずっと黙っていた志摩子さんが、静かに私の言葉を遮った。
あぁ、うん。分かってたよ。
だってすんごく見覚えあるもん。この字。ただちょっと認めたくなかっただけでさ。
罰ゲームはやるよ。ちゃんとやるから。だからお願い志摩子さん。
どうやったら鯛がタイになるのか、それだけは教えて……。
「そうだっ! 焼けばいいんだよ乃梨子ちゃん! そしたら生臭くなくなるよ!」
祐巳さま。私は今日、無邪気さで人に殺意を抱かせる事ができるのだと、生まれて初めて知りました。他ならぬあなたに教えていただきました。
◆ ◆ ◆
こうして私は鯛(調理済み)を胸に下げて背の高い門をくぐり抜けた。
それにしてもいい匂いだ。呼吸をするたびに鯛の香りが私の鼻腔を刺激する。
昨日はほんのりと殺意を抱いてしまったが、祐巳さまのあの発言がなければ今頃生臭さにも耐えなければいけなかったのだ。一口くらいなら鯛を分けてあげてもいいかもしれない。
そう。私はお昼にこの鯛を食べるつもりだ。
なにしろあの小笠原家にあったもの、一級品なのは間違いない。調理したのも小笠原家のシェフとなれば、表面にうっすら見える粗塩だって厳選されたものの筈。
これから先、こんなものを食べる機会なんてそうそうない。そうだ。瞳子と一緒に食べよう。あぁ、早くお昼にならないかなぁ。
現実逃避がピークを迎えていたこの時、物陰から私をジッと見つめている存在に私は気付かなかった。
そもそも数多の人間から見られていた私は自分を護るため、意図的に周囲の視線をシャットアウトしていたので気付く筈がなかったのだ。
――もうすぐ下足ロッカーというところで、私は物陰から突然現れた黒い影に襲われ鯛を奪われた。
鯛もなく、タイもない私はその後シスターにお説教されてしまった。
深い色の制服に点々と残る粗塩と美味しそうな残り香が私の胸を締めつける。
「私、何やってんだろう……」
それは誰にも分からない。
「あら、ゴロンタ。今日はずいぶん豪勢ね。何かお祝い事かしら? うふふ」
それは誰にも分からない。
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精霊物語
気象精霊記及び気象精霊ぷらくてぃかとのクロスです。
【No:2637】→【No:2638】→【No:2640】→【No:2642】の続編です
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第1章 ようこそ精霊界へ
最終話 入寮
祐巳「ミリィさんってフェイミンさんとお知り合いだったんだね。」
ミリィ「前に一度練習試合をしたことがあってね」
祐巳「そうなんですか。」
私たちは、王立学園に戻ると、
ミリィさんは自分の部屋に帰り、
私は、イツミ師範に呼ばれて師範の部屋を訪れていた。
祐巳「失礼します。」
イツミ「あら、かわいい服買ったのね。
それでどうだった?
精霊界を歩いてみて」
祐巳「楽しかったですよ
そういえば、買い物のときですね〜・・・」
私はフェイミンさんとの事を話した。
祐巳「ってフェイミンさんが言ってたのですが
そういうのってここで習えるのですか?」
イツミ「近衛精霊以外の精霊は大抵我流だけど、
習うのだったら近衛学校で習うのが一般的かしら
他の修行場にもいるわよ、
気象精霊の修行しながら近衛学校に通っている子。
まぁ、本当に強くなりたいならミリィに相談してみるといいわよ」
祐巳「ミリィさんにですか?」
イツミ「ええ、ミリィはあれで小隊長第1位の資格を持っているのよ
それに実技と筆記をパスしていて、成人になったら
中隊長の資格を得る資格を持っているのよ」
祐巳「小隊長とか中隊長って
どのくらいすごいのかわからないのですが・・・」
イツミ「そうね、人間の世界でいうところの佐官クラスかしら
有事になったら、ミリィの号令1つで300人の部隊が動くわ」
祐巳「さ、300人ですか・・・・」
私は300人の大柄な男性が7〜8歳ぐらいにしか見えないミリィに
付き従っている光景を想像して
祐巳「なんと言うか・・・かなりシュールですね・・・・」
というか、大の大人がそんな小さな子に従うのだろうか?
そう考えていると、顔に出ていたらしくイツミ師範が
イツミ「まぁ、普通は従わないでしょうけれど、
あの子には実績があるから」
祐巳「実績・・・ですか、具体的にはどんな・・・」
イツミ「3ヶ月ぐらい前に緑樹殿って呼ばれてるお城に叛乱軍が
妖精女王ティタニアと第2王女ミリガンが人質に立て篭もった時、
それを鎮圧したのはほとんどミリィの活躍だし、
性別・年齢制限なしの妖精界の武闘大会で
錫杖1本で女子の最年少記録をたたきだしているしね」
もっとも今は軍籍を離れているからあまり関係ないのだけれどね
とイツミ師範は続けて言った。
どちらにしても私にはあまりピンと来ず、ただ漠然と凄いな〜と思った。
祐巳「ミリィさんだってすぐに強くなったわけではないですよね?
そうすると何でミリィさんはそんな小さい頃から近衛修行していたんですか?
それともこっちではよくあることなんですか?」
イツミ「よくはないわね、ミリィは元影姫だったのよ」
祐巳「まだ子供なのにですか?」
人間界年齢ではミリィさんは私と同じくらいの歳だけれども
精霊としてみれば保護されるべき子供だと思う
それがなんでそんな危険な目にあっているのか気になった。
イツミ「ごめんなさい
その事は妖精界の最高機密になっているから私の口からは言えないの」
祐巳「わかりました」
私はそれ以上追及しなかった。
イツミ「話がそれたわね、
武闘訓練の事は急ぐ様な事でもないし後でじっくり考えなさい
そんな事よりも買い物のとき字は読めたかしら?」
祐巳「そういえば見たこともない文字なのに何故か読めました。」
そう言うとイツミ師範は紙に何かを書いて私に見せた。
そこには10個の単語が書かれていて
イツミ「これ、読めるかしら」
私が上から順に読んだ。
イツミ「どういうことかしら?」
祐巳「何がですか?」
イツミ「ここに書かれているのは全部違う言語なのよ
これも精霊化の影響かしら?
まぁいいわ、でもこれで図書館が利用できるわね
寄宿舎に案内する前に図書館によって何冊か借りていきましょう。
まずはこっちの常識を覚えなさい。
精霊修行もいいけれど当分はこっちをメインにね」
祐巳「はい」
それから図書館に移動して分厚い本を3冊渡された。
寄宿舎は1人1部屋もらえ、
私の部屋はアンデス風の衣装に身を包んだチカカ・アヤルの隣となった。
その夜、私は精霊化の影響か、本の内容がスラスラ入っていき
一晩で3冊すべて読破した。
精霊のままなら英語の成績は完璧なのだろうななどと邪な考えをしたのはまた別のお話し
マリア様のなく頃に
〜償始め編〜
『ひぐらしのなく頃に』のクロスシリーズです。
第1部【No:2715】→【No:2720】→【No:2751】→【No:2771】の続編です。
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〜時始め編〜連載中
第1部【No:2477】→【No:2479】→【No:2481】→【No:2482】→【No:2484】
→【No:2487】→【No:2488】→【No:2490】→【No:2492】→【No:2499】
→【No:2503】→【No:2505】→【No:2506】→【No:2507】
第2部【No:2527】→【No:2544】→【No:2578】→【No:2578】→【No:2587】
→【No:2643】→【No:2648】
第3部【No:2656】→【No:2670】→【No:2735】
企画SS
【No:2598】
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〜狂始め編〜完結
第1部【No:2670】→【No:2698】→【No:2711】→【No:2713】→【No:2714】
エピローグ【No:2715】
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第1部 戸惑い
第1章 廻る世界
第4話 謝罪
私たちは今、1年の教室に来ている。
祐巳「悪いけれど古手梨花さんを呼んでいただけるかしら?」
1年生A「ば、薔薇さま!?今すぐ呼んできます!!」
乃梨子「薔薇さまって・・・、祐巳さんって何薔薇なの?」
祐巳「あー、その事も違うのか・・・
ここだと怪しまれるから後で話し合いましょう」
そんな話をしていると
梨花「お待たせいたしました。」
と少し息を切らせながら梨花が来た。
どうやら走ってきたようだ。
祐巳「こことは別の世界の記憶、この言葉に思うところはあるかしら?」
祐巳さんがそう言うと
梨花「!!」
梨花はとても驚いていた。
どうやら当たりのようだ
梨花「場所を移しましょう」
私たちは再び屋上に移動した。
梨花「それで?2人居るって事は2人とも思い出したのかしら?」
祐巳「私は乃梨子さんの発言の違和感に気付いて聞き出しただけ、
思い出したのは乃梨子さんの方よ」
乃梨子「ごめんなさい!!
自分の我が侭で圭兄を●してしまって、
謝って許される事じゃないけどごめんなさい!!」
私は必死に頭を下げた。
すると何かが頭の上にのった。
私はそれが何だかすぐにわかった。梨花の手だ
そして梨花は
梨花「あなたの罪を許しましょう」
私はそれを聞くとそのまま膝から崩れ落ち泣き続けた
『卒業前小景』より?
「どうしろとっ!?」
「祐巳さん?」
「いきなりどうしたのよ?」
突然の祐巳の奇声に、同じく薔薇の館にいた志摩子と由乃はそれぞれに驚いた様子の反応を返した。
「だって桂さんのエピソードがあるってどーゆーこと? しかも結構いい話だ! ありえないよ。この世の終わり?」
「まあ、それは大変ね」
「……私が言うのもなんだけど、あいかわらず酷いわね。2人とも」
いつものように平然と頷く志摩子に、一人自分だけは酷くないとでも言いたげな由乃である。
「……っていう、いつもの桂さんネタをやろうと思ったんだけどね」
「あら?」
「やったよね、今。おもいっきりやったよね」
何故か不思議そうな表情をする志摩子と、思わずという様子で口を挟む由乃だった。
「いや、桂さん出てきたらネタにしないといけないじゃない」
「ああ、なるほど」
「いけないんだ? ルールなの? っていうか志摩子さん、納得するところ?」
普通に納得する志摩子と、普通につっこむ由乃だ。
「でもほら、最近なんか妙に普通にでてくるから、今更ネタにするのもむしろ不自然?」
「ええ、そうね」
「まあ、私も飽きたしね」
興味無さげに頷く志摩子、ぽろりとホンネが出た由乃。
「そういえば、」
食い付きが悪いと見てか、祐巳は無理矢理話題を変えた。
「志摩子さん、桂さんのことちゃんと認識してたんだね。ちょっと意外だったかな」
変わっていなかった。
「桂さん? クラスメイトの名前くらい、覚えていて当然でしょう」
何を言うの祐巳さんたら。と言わんばかりの様子で笑顔を浮かべる志摩子。
「いや、ホントに失礼だよ祐巳さん。クラスメイトなんだから」
でも目は笑ってないよねぇとばかりにフォロー? を入れる由乃。
「そ、そうだよね」
「ええ、あの席は桂さんの席だったわ」
「……えーと」
一瞬、つっこみに躊躇する由乃。
「それ、座席表を暗記しているだけとかじゃ」
そして言っちゃった祐巳。
「そんなことより祐巳さん」
「そんなことって……まあ、志摩子さんにとってはそうか」
「な、何かな? 志摩子さん」
もはや会話の流れはぐだぐだである。
「終盤はなんだか懐かしくて、とても良い雰囲気だったわね」
「ああ、そうね。私も昔のことをいろいろ思い出したわ」
「うんうん」
2人の言葉に祐巳は嬉しそうに頷いた。
「走馬灯のような、というのかしら?」
「いや、それは! なんか縁起悪いから!」
どうやら、由乃は今回つっこみ役にまわることにしたらしい。
「でもあの盛り上がりとか、まるで完結直前! みたいな雰囲気だよね。………ええっ!」
「やっぱり桂さん? が活躍したせいなのかしら」
「結局そのオチか」
「え?」
志摩子は驚きのあまり聞き返していた。
「だから、私もリリアンに入るの。高校はリリアンに決めたから」
「どうして?!」
「それはもちろん、志摩子のことが心配だから」
そう言ってにっこりと微笑んだのは藤堂祐巳。志摩子の双子の姉。
「ねえ、志摩子。お寺の子がリリアンにいたって私は構わないと思うよ?
何を気にしているのか知らないけど、志摩子には笑っていて欲しいな。塞いでる志摩子なんて見ていられないよ」
祐巳は心配そうに志摩子の顔を覗き込んだ。
「祐巳・・・」
「だから私もリリアンに行くことにしたの。私が一緒にいれば、少しは気が楽でしょう?
あ、これは私が決めたことなんだから、志摩子が負い目に感じることなんて何もないからね」
どこまでも志摩子を気遣う祐巳。
そんな祐巳が志摩子は大好きだった。
日はかわって。
今日はリリアン女学園高等部の入学式。
志摩子は一年桃組の教室の前にいた。
中からは楽しそうな騒ぎ声が聞こえる。
はぁ。
ため息を一つつくと、志摩子はドアに手をかけた。
ガラリ―――・・・・・・
先ほどまで騒がしかったクラスに沈黙が訪れる。
「ごきげんよう」
「・・・ご、ごきげんよう!」
志摩子が挨拶をすると、慌てたようにクラスメイトたちが挨拶を返す。
これは今に始まったことではない。
志摩子がリリアンに入った時、中等部の頃からずっとこのような調子なのだ。
西洋人形を思わせる容姿に、儚げな雰囲気を持つ志摩子。
まるでマリア様のよう。そう言う者も中にはいるらしい。
とにかく、志摩子はその容姿のお陰でとても目立っていた。
きっと薔薇さまになるに違いない。気が付けばそんな噂まで流れていた。
志摩子は同学年の者から一目置かれていた。悪く言えば、浮いているのだ。
そんな風に見ないで欲しい。
志摩子は自分の席を確認しながらそう思っていた。
しかし、そう思う志摩子とは裏腹に、クラスメイトたちは羨望の眼差しで志摩子を見つめていた。
ガラッ―――
「おはよう!」
リリアンらしくない、元気一杯の挨拶声が聞こえた。
桃組の一同は驚いてその声の主を見た。そして絶句した。
そこにいたのは志摩子だった。
いや、志摩子と同じ顔をした、ツインテールのかわいらしい元気一杯の少女だった。
「あ、志摩子。私の席どこ?」
満面の笑みで志摩子に尋ねる、志摩子と同じ顔をした少女。
志摩子も一瞬驚いたが、微笑みながら後ろの席を指差した。
「ここよ。私の後ろ」
ツインテールを弾ませながら、志摩子が指差す方へと進む少女。
「遅かったのね」
「トイレがどこにあるのかわからなくて時間かかっちゃった。
こんなことならついてきてもらえばよかったなぁ」
ツインテールの少女は恥ずかしそうにはにかんだ。
「それにしても、このクラスは静かだね。他のクラスは廊下にまで声が聞こえていたけれど」
確かに志摩子の登場でクラスは静かになった。
しかし、今はそれ以上に、見慣れない少女の登場に驚いているのだ。
いや、見慣れた顔ではあるのだが・・・
「あの・・・志摩子さん?この方は・・・?」
一人の少女がクラスを代表して尋ねた。
「あ、私は藤堂祐巳。志摩子の双子の姉だよ。よろしくね」
そう言ってにっこりと微笑む祐巳に、クラスメイトは頬を赤らめて頷いた。
※祐巳と志摩子はそっくり姉妹。百面相はあるけれど、タヌキではありません。
というか、双子が同じクラスになるなんてないだろなー。 一応、続く・・・予定
「菜々、私の妹になりなさい」
「それは構わないんですけど……」
「何よ」
「でも、二つ返事で受け入れても、面白くないですよねぇ? そうだ、ひとつ勝負と行きませんか?」
「勝負?」
「はい。由乃さまには、自らの力で、私を捕まえていただきましょうか」
夕暮れの中庭で、新入生の有馬菜々に、ある意味高圧的に姉妹を申し込んだ黄薔薇さまこと島津由乃。
しかし、やはり一筋縄では行かない相手のようで、菜々はある勝負を持ちかけてきた。
彼女が言うには、四時から五時までの一時間、隠れる、或いは逃げ回る自分を、由乃一人で捕まえることが出来れば、姉妹の申し出を受け入れるという。
「とは言え、リリアンの敷地内全部だとあまりにも広すぎますからね。逆の立場でも、捕まえることは不可能でしょうから、この中庭のみに限定しましょうか。とにかく私はこの中庭からは出ませんから、由乃さまはなんとかして私を捕まえて下さい」
「もし捕まえられなかったら?」
「由乃さまには妹が出来ず、私にも姉が出来ない。ただそれだけです」
「断ったら?」
「私も断るだけですね。答は極めてシンプルです」
「……分かったわ。受けて立とうじゃないの」
「グッド! それじゃあと……四時まで一分ぐらいですか。時間を合わせましょう」
互いの腕時計を確認し合い、アラームをセットする菜々。
「では、開始と同時にこの木の下で百を数えて、終わったら自由に行動して下さいね。では……スタート!」
こうして、由乃対菜々の、かくれんぼだか鬼ごっこだか分からない、謎の勝負が始まった。
「いーち、にーぃ、さーん……」
木の幹に腕を置いて、顔を伏せて数えだす由乃。
それを見た菜々は、助走をつけてすぐ傍の校舎の壁に一発蹴りを入れ、三角飛びの要領で木の枝──由乃の真上にある──へ器用に飛び移ると、クルリと一回転して枝の上に立ち、更に高い枝までよじ登った。
「じゅーいち、じゅーに……」
頭上でガサリと鳴った音と、木の幹を伝わる振動に、由乃は内心カチンと来たが、とりあえずルールはルール、そのまま数を数え続ける。
「きゅーじゅきゅー、ひゃーくっ!」
数え終わると同時に、頭上を見上げた由乃の目に映ったのは、4m程の高さの枝に座って、足をブラブラさせている菜々の姿。
「ちょっと、卑怯じゃないのよ。降りてきなさい」
「この勝負は、由乃さまが私を捕まえられるか否か、それだけです。卑怯とか、汚いとか、そんなものは関係ありません」
「くっ……」
そう、いかな理由があろうとも、結局のところは、自らの手で菜々を捕まえなければ意味がないのだ。
既に数分が経過している。
由乃は、無理を承知で木に登ろうとした。
だが、木登りには、ある程度のコツのようなものと、それなりの力が必要。
しかし残念なことに由乃には、木登りの経験が無い上、腕力も人並み以下。
幹にしがみ付くのが精一杯で、とてもよじ登れたものではないし、菜々のように、枝に飛び移れるようなジャンプ力も無い。
ゼーハーと、息切れすることしばし。
「そこを動くんじゃないわよ!」
ビシと指差して、駆け出す由乃。
「どこに行くんですか?」
「脚立を借りてくるのよ」
「中庭からは出られませんよ」
「それは、貴女だけの話でしょ。私は自由に行動して良かったはずよね?」
予期せぬ反論に、流石の菜々も言葉に詰まる。
「すぐ戻るわよ。そこで大人しくしてなさい!」
由乃の姿は、あっと言う間に校舎の陰に消えた。
脚立を担いで、大慌てで戻って来た由乃。
特に使用目的に言及されることもなく、あっさり借り出しに成功したのは、やはり黄薔薇さまの肩書きが効いたためか。
広げた脚立を木の幹に立てかけ、足を掛けながら頭上を見上げたその時。
「……あれ?」
菜々の姿が見当たらない。
木を一回りしながら探してみても、影も形もありゃしない。
「逃げやがったかアンニャロ〜……」
まぁ当たり前の話だが、菜々が大人しく待っているハズもなく。
時間は四時十五分を過ぎている。
由乃は、植え込みやベンチ、手洗い場の陰など、身を潜めそうな場所を探しまくるが、相手はどこにも見当たらない。
必死に探し回るそんな由乃の様子を、菜々は別の木の上から窺っていた。
枝葉の多い木の、更に高いところにまで登っているため、ちょっと見上げたぐらいでは、しかも制服の深緑が図らずも迷彩となっているため、そう簡単には見付からない。
由乃自身も、まさか別の木の上とはいえ、同じような場所にいるとは思っていないようで、ちらっと目を向けはしたものの、真剣に探そうとはしなかった。
「何処行ったのよアイツは!」
由乃は、八つ当たり気味に、近場の木の幹にケリを入れた。
たまたま菜々が居る木だったため、突然の揺れが襲いかかる。
菜々は、少し慌ててしまった。
「もうこうなれば、行き先は一つね……」
由乃が顔を向けた先には、見慣れた建物がどーんと鎮座ましましている。
そう、それは“薔薇の館”だった。
菜々が今居る場所は、館の裏手にあたる。
館の陰に由乃が消えたのを確認すると、木からするんぱしと降り立ち、すぐさま相手の様子を館の角から窺った。
入り口には、不用意に入ると発動するトラップを仕掛けておいたが、流石は由乃、きっと何か罠があるに違いないと、慎重に行動している。
それを見届けた菜々は、その場からそっと立ち去った。
一方、当の由乃は、警戒しつつノブを回し、ゆっくりとドアを細めに開く。
頭上には何も見えないが、足元にはビニール製の太いロープ。
体育祭などで、グランドと観客席を仕切る時に使うあんなやつ。
「ふっ、こんなトラップで引っ掛けようなんて、舐められたものだわ」
ドアを大きく開き、ロープを跨いで脚を踏み入れた途端。
ゴワーーーン。
素敵な音を響かせて、金盥が由乃の脳天を直撃した。
「………」
頭を押さえて、涙目で見上げれば、釣り糸のような細い糸がぶら下がっており、切れた片方は、内側のドアノブに結ばれている。
「菜〜々〜〜〜!!!」
相手が潜んでいるであろう二階の会議室をキッと睨めば、そこには、一部始終を見ていたであろう菜々が、身を翻して部屋に入っていったところだった。
逃がしてなるものかと、階段を駆け上がろうとする。
しかし階段の上には、書類が入った段ボール箱やプラカード、バケツ、箒にモップ、何故か便所のスッポン等等、倉庫に仕舞っているはずのいろんな荷物が乗せてあり、足の置き場もないぐらい。
もう四時半を回っているのだ、グズグズしているヒマは無い。
とりあえず、壊れそうに無いものはペペイと投げ落とし、運べる重さの物はえっちら下ろしながら、最低限上るのに支障の無い隙間を確保して、四時四十五分、ようやく二階に辿り着いた。
「追い詰めたわ!……よ?」
してやったりと思ったのも束の間、言葉が尻すぼみになる由乃。
いつもの見慣れた室内には、そこに居るはずの菜々が居なかったからだ。
窓の一つが開いており、吹き込む風が静かにカーテンを揺らしているだけ。
その窓から外を見ても、当然相手の姿は見当たらず、菜々は二階から忽然と消えていた。
この部屋で隠れられる場所と言えば、シンクの棚とテーブルの下のみ。
しかし、棚にはいくら小柄とはいえ、人が入れるような広さはない。
「ここか!?」
テーブルクロスをまくってみても、相手は居ない。
「どうなってるの……?」
窓の外を見ながら、疑問を口にしたその時。
廊下の方から足音が聞こえたかと思うと、ビスケット扉がバタンと閉まった。
「しまった!」
シャレになっていることにも気付かず、扉に取り付き、ノブを回すが開かない。
どうやら向こう側から押さえているらしく、力を入れて押しても、すぐに押し返してくる。
何度繰り返しても同じで、無駄に体力を消耗するだけ。
時間は四時五十分、あと十分を残すばかりだった。
さて、外に居たはずの菜々が、いつの間にか二階に上がっていて、そして二階にいるはずなのに会議室から居なくなったのは何故だろう?
答は簡単、由乃が持って来て、木に立て掛けたままだった脚立を利用したのだ。
由乃が入り口の扉を警戒しているところで、素早く窓から会議室に侵入し、自分の居場所をアピール。
そして階段の荷物を除けているところで、素早く窓から脱出する。
その後、今度は入り口から侵入し、部屋の中で由乃が困惑している隙を突いて階段を駆け上がり、ビスケット扉を閉める。
ギシギシ音が鳴るはずの階段も、今は多くの荷物が載っているせいで軋むことなく、気付くのが遅れてしまったのだ。
由乃から、放課後に話があると言われた菜々は、紅薔薇さま福沢祐巳と白薔薇さま藤堂志摩子の許を訪れ、薔薇の館には1時間ほど遅れて来るように頼んでおいた。
つぼみの二人にも、薔薇さまから伝えられているはず。
そして、心置きなく必要な準備(罠とか階段の荷物とか)を整えて、嬉々として由乃を迎え撃ったと言う訳だ。
呼吸を整え、相手の気が緩んだタイミングを見計らい、再び力を込めて扉を押す由乃。
今度は押し返す力は無く、10cmぐらいまでは開いたものの、それ以上扉は動かなかった。
見れば、積み上がった書類入り段ボール箱がつっかえになっており、いくら細身の由乃でも、この幅では外に出られない。
時間がない、半ばヤケクソで扉をガンガン叩きつけると、所詮相手はただの紙、へこんで開くこと20cm弱。
これならギリギリ通ると判断した由乃は、無理矢理頭と身体を捻じ込んで、なんとか脱出に成功したが、心に若干のダメージを受けてしまった。
もしこれが志摩子だったら、『絶対に』通れなかっただろう。
ここまで私を追い詰めるのかと、腹立たしい思いの由乃の眼前には、廊下の突き当たりに佇む菜々の姿。
どうやら階段側へ逃げ損ねたらしく、袋小路で最早逃げ道は無い。
「とうとう追い詰めたわよ〜」
もう逃がすものかド畜生と思いつつ、相手ににじり寄る。
時間はもう、残り五分を切っていた。
「残念だったわねぇ、あと少しで逃げ切れたのに」
しかし菜々は、追い詰められているはずなのに涼しい顔。
「ええ、本当に残念です。あと少しだったのに……」
「?」
訝しげに眉を顰める由乃。
「残念ながら由乃さまには……」
そんな彼女を横目で見ながら、手摺に両手を添えた菜々は、信じられないことに、ぽんとその手摺を乗り越えた。
「な……!?」
唖然とした表情の由乃をその場に残し、スカートが捲くれ上がるのも気にせず、一階までヒラリと飛び降りた。
まるで猫の様に軽やかに、シュタっと着地する。
「私を捕まえる事が出来ないからです」
由乃を見上げてそう言った菜々は、箒やらチリトリやらが散乱している床を通り抜けて、入り口から顔だけを覗かせた。
「さて、あと数分しか残されていませんが、諦めますか? それとも……」
挑発、そして焦りと憤りで冷静さを失ってしまった由乃は、慌てて階段を駆け下りようとした。
しかし、階段は荷物だらけということを完全に失念していたせいで、ダンボールに躓いてしまい、そのまま階段の角度に沿って、まるでスキーのジャンプのように斜めに落下する。
(あぁ、私の人生はこれで終わるのね……)
諦めにも似た考えが頭を過ぎる。
と同時に、
(K点突破、できるかしら……?)
といった、どうでも良いことまでが浮かんでは消える。
スローモーションの落下の中、まもなく我が身を襲うであろう衝撃に備えるため、目を瞑って歯を食いしばった次の瞬間。
なんだか柔らかく、イイ香りがするものが、由乃の身体を力強く受け止めた。
「大丈夫ですか?」
一体どのくらい経ったのか、耳元で聞こえたのは、菜々の声。
目をそっと開けてみれば、心配そうな表情の菜々が、由乃の顔を覗き込んでいた。
その問いには答えず、再び目を瞑り、自分の額を相手の額に、こつん、とくっ付けると、
「……捕まえちゃった」
小さな声で呟いた。
無事だったらしい由乃に、菜々は安堵の溜息、そして。
「えへ、捕まっちゃいました……」
敗北宣言。
おでことおでこをくっ付け合ったまま、由乃が首に架かったロザリオを、菜々の首に架け渡したその時。
菜々の時計が、終了のアラームを鳴り響かせた。
「うわ、何これ?」
「あらあら」
気の抜けた由乃が、その場に座り込んでいたところに現れたのは、祐巳と志摩子の薔薇さま二人。
「お姉さま、立てますか?」
「あーうん、大丈夫よ。さて、それじゃ片付けますかねぇ」
菜々の手を借りながら立ち上がる由乃。
由乃に向けられた『お姉さま』という特殊な単語を聞いた紅薔薇さまと白薔薇さまは、思わず顔を見合わせたが、微笑んで頷き合うと、
「あぁ、私も手伝うよ」
「そうね、皆でやれば、早く終わるわ」
散らかり放題だったが、何処に何があったかは菜々が一番よく分かっているので、十分もかからず片付けは終了した。
会議室に移動し、いつもの席に座る薔薇さまたち。
由乃は、いろんな意味で疲れているらしく、テーブルに突っ伏してダレている状態。
菜々は早速、妹として、山百合会関係者としての初仕事、すなわちお茶の淹れ方を志摩子に教わっているところ。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう、遅くなりましたわ」
そこに、白薔薇のつぼみ二条乃梨子と、紅薔薇のつぼみ松平瞳子が現れた。
ちょっと複雑な笑みの祐巳とダレ切った由乃を見て、何か言いたげなつぼみ二人だが、とりあえず落ち着いてから問い質そうと、姉の隣に腰を下ろす。
「どうぞ紅薔薇さま、白薔薇さま、瞳子さま、乃梨子さま」
湯気と香りを立ち昇らせるカップが順番に置かれ、
「どうぞ、お姉さま」
由乃の前に、菜々はカップを差し出した。
それを聞いた瞳子と乃梨子は、なるほどそう言うことかと、納得しながら頷きあった。
最早問い質す必要はない、早速新人が淹れたお茶に、二人は舌鼓を打つ。
菜々が由乃の隣の席に着いて、しばらくの後。
「で、由乃さん、どうだった?」
祐巳が、主語を省いて簡潔に問い掛けた。
視線が集中する中、顔を上げた由乃は、大きく溜息を吐くと、
「ロザリオを貰った時は、全然ドキドキしなかったけど……」
チラリと横目で菜々を窺う。
「あげる時は死ぬほどドキドキするだなんて、思いもよらなかったわよ!」
「激闘!マナーの鉄娘」
すでにマナーからはほど遠いところまで来ている気がしますが…
(最終章その2・静かなる戦争)
目の前にドサリと置かれたワイシャツの山。
どれもこれも、これでもかというほどシワが寄っている。
「家事マナー5種競技、第1回戦。アイロン早掛け対決!」
どこで情報を聞きつけたのかリリアンから中等部、高等部の生徒たちが駆け付け、
ドンドンパフパフと鳴り物入りで応援している。
(蓉子さま、どういうことなんですか!)
(…あとで江利子を取り調べれば?すべては彼女の思惑なんだから)
当の江利子はどうしていたのかというと。
「まさかこんなことになるとは…」
もともとは江利子のちょっとした好奇心から始まったこの勝負。
いつも偉そうにしているちあきの鼻をちょっとだけへし折ってやれたらなぁ、という、
風船の中のヘリウムガスよりもなお軽い気持ちだったのだ。
ちあきがここまで独裁者様だったとは。
しかもこんな噂がある。
ちあきはすでに美咲を次期世話薔薇総統に決めていて、そのための教育を施している。
抜け目ないことに、現在の1年生の中で次期ユーゲントとして活躍しそうな生徒と面談し、美咲を支えてやってほしいという内容の話をしているということだ。
そこへアンチ山百合会・アンチユーゲント派を名乗るレジスタンス・ローズなんてものも出始めたのだから、さしもの江利子でも手に負えない。
「私絶対ユーゲントに殺されちゃう。ことによっちゃレジスタンスにもやられるかも」
「まっ、しょうがないわね。自分のまいた種だからね」
「いいんじゃありませんか?『振り回される』という立場も味わってみるのも」
聖も令も、江利子には一片の同情も寄せなかった。
「制限時間は2分、用意、スタート!」
太鼓の音がボンと響き、しわだらけのワイシャツとの格闘が始まった。
「蓉子選手はただいま5枚、ちあき選手は6枚!ちあき選手わずかにリード!」
用意されたワイシャツはなんと100枚。
それを制限時間2分でどこまでアイロンがけできるのか。
まだ始まって30秒もたっていないはずだが、目にもとまらぬ速さでシャツのしわがのびてゆく。
わずかでもシワが残ればその分マイナスになる。
ここはどうしてもパーフェクトを目指さなければ。
(なかなかやるじゃないの、ちあきちゃん)
(それはどうも。だてに私も主婦してませんよ)
目線だけで一触即発な会話を交わしながら、黙々と腕を動かし続ける。
シャツの山はみるみるうちにふくれあがり、ついに…
「ちあき選手、50枚目」
いったい1枚何秒でプレスしているのか。
ちあきの手にはまったく迷いがない。
今会場に響くのは、アイロンが布地の上をすべる音と、スタッフの枚数コール、あとは実況中継のみである。
「さあここまでちあき選手も蓉子選手もまったく互角!
現在のところ…62枚目に入りました!
2人ともまるで表情が変わりませんが、おっとここで、蓉子選手がラストスパートをかけてきましたっ!」
このままでは勝てないと踏んだのか、蓉子がアイロンがけのスピードを上げてきた。
(悪いわね、この勝負は私たちがもらうわ!)
あっという間に85枚目に入る蓉子。
この時点でちあきはまだ81枚目。
このままのペースで行けば蓉子の逃げ切り勝ちだが…
「あっ!」
指をやけどしてしまった。
通常ワイシャツは中温、当て布なしでアイロンがけするものだが、
どういうわけか高温、スチームあり設定になっていたのだ。
(なぜ気付かなかったのか…)
後悔の念がさらに指の痛みを強くする。
そういえば、前日に最後の調整をしていたとき、会場前で何人かのリリアンの生徒たちとすれ違ったが、なんとなく様子がおかしかった。
あれは、もしかして…
(司会者側にユーゲントかレジスタンスがいて、アイロンの設定を変えたとしたら…)
十分ありうることだ。
もともとこの勝負の言いだしっぺは江利子だが、勝負にのってきたのはちあきだ。
自前の組織を持っているのだから、それを使って綿密なリサーチをするはずである。
アイロンに細工を施すのもそのときにやればいい。
レジスタンスが犯人ということも考えられるが、それならちあきのアイロンも細工するはずである。
ちらっと見たところちあきのアイロンは中温、ドライ設定のままだ。
(ということは…)
蓉子の眉間に深いしわが寄った。
何も知らないちあきはここを勝負どころとみてペースを上げ始めた。
95枚目に入って、あと5枚になったとき。
(…うそでしょう?)
指をやけどしたはずの蓉子が、まるで何事もなかったかのようにアイロンをかけている。
しかも先ほどよりペースも上がっている。
思わず蓉子のアイロンを見ると…
(設定が…戻っている!)
いったいいつ戻したのだろうか。
確かに高温、スチームありにしておいたはずなのに。
あまりの動揺にアイロンを動かす手つきも思わず鈍る。
蓉子はそこを突いてきた。
そして。
「終わりました!」
高々と蓉子が右手をあげた。
その横でアイロン台に突っ伏すちあき。
長い長い判定の後…
「アイロンがけ100枚対決、優勝は、水野蓉子選手!」
拍手と歓声に笑顔で応える蓉子に、ちあきはキリッと強い視線を向けた。
「ユーゲント使ってアイロンの設定を変えてまで勝ちたかったのにね」
余裕の表情を向けるかつての紅薔薇さまに、震える声で反論するちあき。
「確かに卑怯な手だったかもしれません。でもまだすべてが終わったわけじゃない。
負けたなんて、私は認めません!」
「あらあら、ずいぶん気の強いこと。涙まで流して」
そう言われて初めて、ちあきは自分の目から涙が出ているのが分かったが。
「泣いてなんて、いません!」
それ以上蓉子の顔を見ていたくなくて、ちあきは足早に次世代たちのもとに戻って行った。
「今日はお買い物に付き合っていただきありがとうございました。助かりましたわ」
「うん。別に暇だしね」
「お茶くらいご馳走させていただきますわ。どうでしょう、可南子さん」
「それでは、せっかくだしね」
「お待たせしました。ショートケーキとミルクティーのお客様とチーズケーキにコーヒーでございますね」
「それでは、いただきます。
……瞳子さん、お砂糖は入れないの?」
「ええ」
「へえ、意外だわ」
「そうですか。
…………ずず……………にがい」
「あら。無理することないわよ」
「……いえ。練習ですから。無理しているわけではないのです。
このくらいは早く飲めるようになりませんと」
「そうなの?」
「そうですわ」
「そう」
「………」
「…………」
「……………」
ぽちゃん。
「何をなさいますの、可南子さん」
「即席ウィンナーコーヒーー」
「……」
「あなたがいろいろ何を急いでるとか、聞かないけど。
なんか、少しはゆっくりでもいいと、思うわ。このくらいは」
「…」
「……」
「………ありがとうございます」
「あ、いや」
※この記事は削除されました。
「激闘!マナーの鉄娘」シリーズ。
今回は皆さんが一度は目にしたであろうあのアイテムがテーマです。
(最終章その3・怒涛ののし袋)
「家事マナー5種競技、第2戦!のし袋表書き対決!」
心臓が口から今にもごきげんようと飛び出しそうだ。
いや、全身が心臓になっているといったほうが正しいだろうか。
目の前に置かれているのは何種類かののし袋と、筆ペン。
(どうしよう、こんなのやったことないよ…)
真里菜は全身ガタガタと震えていた。
今日に備えて父親からのし袋の種類と書き方をひととおり教えてもらったが、
丸暗記したはずの表書きの種類が全部ぶっ飛んでしまっている。
そう、彼女はとてつもなく漢字が苦手なのだ。
国語のテストで「○肉○食」を「焼肉定食」と書くなど序ノ口で、
「烏龍茶」を「しまりゅうちゃ」、「流石(さすが)」を「りゅういし」、
「月極」を「げっきょく」と、ことごとく読み間違える。
あげくのはてに日本史のテストで
「こんなふうに書いていたのがいるけど間違いだぞー」
と、自分の間違い解答を黒板に書かれて大笑いされたのだ。
そのときの解答。
「満州事変」→「満週事恋」
このときのちあきのすさまじい怒りようを、今も忘れられない。
罰として漢字の書き取り1日10ページを1週間延々とやらされるはめになった。
そんな過去を思い出し、さらに震えが止まらなくなる真里菜。
ふと隣の聖を見ると、女でもドキッとするほどの横顔がある。
(聖さま…着物着てる!)
薄い青緑色で、すそにわずかなクリーム色と控えめな花模様が入る。
帯は金の糸がふんだんに使われ、その間に鮮やかなオレンジ色で模様が施されている。
すらりと伸びた背筋はあくまで凛として、まるでどこかの写真から抜け出してきたようだ。
着物には疎い真里菜でさえ、それが有名作家の一点ものだということは見ればわかる。
レンタルの着物にありがちな不自然さはまったくなく、さも普段着のように着こなしている。
(聖さまのおうちって…もしかしたら、うちよりリッチなの?)
対する自分は、まったくの普段着。
おまけに、まだ席についてから3分たっていないのに、
正座している足がすでに悲鳴をあげている。
(勝ち負けなんてどうでもいい、早く終わってくれ…!)
先に3回勝ったほうがこの勝負の勝者になるという事実は、真里菜の頭からとうの昔に消えうせていた。
「それでは両者、スタンバイをお願いします!」
全身から冷や汗が噴き出るのを感じながら、真里菜は震える手で筆をとった。
硯には墨汁がたっぷりと満たされている。
「用意、スタート!」
太鼓が、鳴った。
(し、深呼吸、深呼吸…)
息を大きく吸い込んでスーハーしても、心臓の鼓動はいまだにおさまってくれない。
それどころかさらに大きく早くなっている。
人前に出たことがまるでないわけではないのに、いったいこの緊張は何だろうか。
それでも分かる範囲で一生懸命書いたのだ、自分なりに。
「さあ、判定です!聖選手、1枚目を出してください!」
しばらくの間があって、
「正解!」
1枚目は結び切りののし袋に書く表書きである。
聖はここに「御結婚祝」と書いていた。
「真里菜選手、1枚目を出してください」
出されたのし袋には、「後冷前」。
「まったくダメですね」
オブザーバーとして参加しているマナーの先生に強烈なダメ出しをくらった。
「あぅ…」
「御霊前と書くのは薄いグレーののし袋です。しかも後冷前とはなんですか」
がっくりへこむ真里菜。
その後も次々ダメ出しをくらってしまう。
「『御呪』ではなく『御祝』です」
「『初七日』というのは人が亡くなって7日目という意味です。
お祝い用の袋に書くなら『お七夜』ですね」
「この袋は不祝儀なのに、なぜ『初夜』と書いてあるのですか」
まったく無表情で(でも笑いをこらえながら)指摘する先生に、真里菜はひたすら恐縮するばかり。
のし袋の種類、墨の色、表書きすべてが間違っていた上に、白紙の袋が6枚。
文句なしに聖の勝ちである。
しかし次世代にとっての悲劇はまだ終わらない。
試合が終わって立ち上がろうとした、そのとき。
もはや感覚のなくなった足がもつれ、態勢を立て直そうととっさにつかんだのは、
墨汁たっぷりの硯!
「うわ〜っ!」
「ま、待て、こっちに来るな!」
聖の必死の叫びもむなしく、バシャン!という世にも嫌な音。
見れば整った顔からいかにも高そうな着物のすそまで、
これ以上ないほど見事に墨染になってしまっている。
しかも、聖にのしかかるように転んで着物のすそがいい感じにはだけて、
観客側からはあたかも真里菜が聖を押し倒しているように見える。
あまりのことに、居合わせた人々は笑いをこらえるのに必死だ。
なんとも言い難い雰囲気が会場を包む。
「真里菜ちゃ〜ん…?派手にやってくれたよねぇ…?」
墨の飛んだ口元を、袖でぬぐいながらニヤリ。
元祖エロ薔薇の見せるとんでもない殺気を感じた次世代エロ薔薇は、
0.05秒でその場から逃げるという決断を下した。
「失礼します!」
「待て!逃げるなゴルァ!」
墨で真っ黒に染まった白薔薇同士の追っかけっこ。
こらえきれずに爆笑する観客たち。
後日リリアンかわら版にこんな見出しが躍った。
『壮絶!墨汁だらけの新旧白薔薇鬼ごっこ大会!』
『観客爆笑、大絶賛!リリアン史上最狂のエンターテイメント!』
一部始終を見ていたちあきは、もはや真里菜を処刑する力も失せ、その後3日間寝込んだそうである…。
「もーいーくつねーるーとーしーんがーきー」
春休みは無駄に長いと思う。それというのも令ちゃんのせい。大学の近くに下宿するとかいって、さっさと引っ越した上に大学の準備に忙しいとかいってさっぱり戻ってきやがらない。
なので暇を持て余して用もないのに学校へ来てるのも、おかしな歌を歌って説明的なモノローグをしながら校内を徘徊しているのも、みんな令ちゃんが悪いのである。
「どうもありがとうございました」
突然耳に入ってきた聞き覚えのある声に振り向くと、やはり新聞部の前で誰かと菜々が話していた。
「こちらこそ。それではよい返事を期待しているわ」
「はい。失礼します」
そういって菜々が去ったあと今度は真美さんが出て来た。
「いい人材に目を付けたわね」
「ありがとうございます。お姉さま」
「これからの新聞部が楽しみだわ」
なんですと。
こんなところに伏兵がいたとは。
大体、真美さんならあの娘に誰が目を付けてるか知ってるんじゃないの。
それも一般生徒のいない春休みになんて、姑息なまねを。
飛び出して文句言ってやろうかと思ったが、そのとき別のことを思いついた。
翌日。
やってきました有馬道場。
文句言うなんて無駄なこと。黄薔薇はいつでも先手必勝である。妹選びだったらなおさら鉄則。
「入学式までロザリオ渡しちゃいけないなんて、どこにも書いてないんだから」
リリアン生には違いないんだし。
ぴんぽ〜ん。
なんか道場に似つかわしくない呼び鈴を鳴らすといかにも、貫禄\ありげなご老人が出て来てくれた。
「はじめまして、菜々さんの友人のよ、島津といいます。いらっしゃいますか」
たのもう、といいたいのを我慢して、そう挨拶。支倉ではないんだし、気づかれずに穏便に進められるはず。
「おお。あなたが由乃さんですな。菜々がいつも話しておりますぞ」
そっか。
「うん。聞いていたよりもかわいらしい」
「あ、ありがとうございます。それで」
「うむ。それがあやつめ朝稽古が終わるとカメラを持って飛び出していきよってな」
カメラ?取材?もうそこまで?おのれ山口真美とその妹め。
おじいさまから聞き出した心当たりをめぐること三カ所、ようやく見つけたわ。
「菜々!」
振り向いた瞬間ものもいわずにロザリオを投げつける。
菜々なら避けるなんて安易な選択はしないはず。受け取ったらそこで姉妹成立よ。
「くらえ。必殺チョコレートコー、ト?」
しまった。すっぽ抜けた。
なんなくキャッチ。
「………」
「あ、由乃さま。わざわざ持って来ていただいたんですか。ありがとうございます」
「あ、ああ。うん。ええと受け取ったら姉妹成立だけど、いいの?」
「はい。
あ、よろしくお願いします」
「ええと、新聞部は?いいの?」
「あ、ご存知でしたか。はい。リリアンかわら版薔薇の館支部として頑張りたいと思います」
ああ。って何それ。
「つまり、昨年度山百合会とは大変協力させていただいたとは思いますが、やはり読者はもう少し突っ込んだ情報を求めていると思います。
そこで、不正確な憶測記事にもならず、同時に強引な取材も避けるとなるとやはり内部の方の協力が必要なのです」
「ふーん」
「そこで菜々さんに試しに書いていただいたら、とても光るものがありまして」
「そう」
「どうでしょうか」
「まあいいわ。ちゃんと妹にもできたし。あの娘、よろしくね。ただし」「え」
「わたしも書くから。新生山百合会捕物帖。載せてちょうだいね」
「これは、由々しき事態です!!」
普段の温厚な、ほぇえとした雰囲気とは裏腹に、やたらとエキサイトしているのは、白薔薇さまの藤堂志摩子。
バン、とテーブルの上に資料を叩き付けながら、激昂の様子。
「学園敷地内の植え込み、花壇、植木鉢! せっかく咲き誇った花々を荒らす、この卑劣極まりない行い! 断じて許せません!」
白薔薇さまとしての責任か、環境整備委員会に所属している者としての矜持によるものか、その凄まじいまでの勢いに、さしもの山百合会関係者も唖然とした表情。
テーブル上の資料には、無残にも引き千切られ、地面に散らばる花の写真が何枚も。
まるでゴミのように散らかされ、花好きの人なら目を背けずにはいられない有様。
「こうなったら、全力で犯人を捕まえ、この世に生まれて来てゴメンナサイと泣いて謝るまで、ボッコボコのメッタメタのガッタガタのズッタズタのギッチョギチョのベッチベチのダッツダツのゲッシゲシのブッチブチの……」
「はいはい、そこまで」
呆れた表情で、手をパンパンと叩きながら窘める紅薔薇さま小笠原祥子。
「腹が立つ理由も分かるけど、冷静さを失ってはダメ」
黄薔薇さま支倉令が、至極最もな意見を述べる。
「そうそう、落ち着いて行動しないと失敗するわ。どうあれこの問題は、山百合会が最優先事項として取り上げ、関係各所に協力を取り付けて、解決することにするわ。異論は無いわね?」
見渡す紅薔薇さまの言葉に、令も、その妹島津由乃も、志摩子も、その妹二条乃梨子も、一斉に頷く。
しかし、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳だけは、顔を引き攣らせ、汗をダラダラ流して硬直していた。
「……祐巳、聞いてる?」
「……え? あ? はははははいぃ? 聞いてます?」
「いや聞かれても。どうしたの? 今日も変よ?」
「“も”ってどういう意味ですか“も”って!!」
「そこは冷静なのね。とにかく、分かってるわね。早急に犯人を捕まえ、園中引き回しの上、マリア様の前で全生徒に謝らせる方向で行くから」
それを耳にした祐巳は、今度は真っ青になって、ブルブルと震えだした。
「どうしたの祐巳さん。本当に変よ?」
「そうよ、いつも以上に変よ?」
我慢しきれず、由乃と志摩子も訝しげ。
一同の不信な眼差しに耐え切れなくなったのか、祐巳はいきなり立ち上がると、
「ご、ごめんなさい!!」
大声で謝った。
「まったく、獅子身中の虫とはこのことね」
疲れた口調で、呟く祥子。
それもそのはず、真犯人は、なんと祐巳だったのだから。
「どうしてこんなことを……?」
悲痛な面持ちで、祐巳に問う志摩子。
「だって、だって……」
「だって?」
「だって、美味しそうだったんだもん」
写真に写っていた花の種類は、ツツジとサルビアだった。
半年前に投稿した【No:2608】 【No:2614】の続きです。
あぁ、まただ。
目覚めと同時に目じりから流れ出るものを感じた。
原因ははっきりしている、夢を見ていたせいだ。
あの子の夢を見た日はいつもこうだ。
意識のあるときにはこんなふうにはならない。寝ている時はやはり押さえているものが溢れてしまうのだろうか。
いつものように顔を洗い、目が腫れていないか確認する。
鏡に映るいつもと変わらない無機質な表情に少しの安堵を覚えた。
きっと泣いていることを知られたらまた心配をかけてしまう。
そういう意味では涙を流すのが寝ている時でよかったと思う。寝顔を見られる機会なんてめったに無いだから。
みんなは優しくしてくれる。しかしそれに甘えるわけにはいかない。
これ以上みんなに心配をかけたくはないから。
笑えないならせめて何も感じていないかのようにふるまおう。
桜が見たい。
そう思ったのはやはり夢のせいで感傷的になっているからなのか。
授業を終え、みんながそれぞれの放課後をすごそうとする中、私は薄紅色のなかにいた。
校舎の裏手にある桜並木、その一本を背もたれになんとはなしに考える。
桜が散る様子に儚さを感じるのはただの感傷なのだろう。
その証拠に来年にはまた同じように花は咲くし、それまでの期間も確かに桜は生きている。
決して桜は儚くなどないのだと思う。
きっと強いのだろう。人間なんかよりも。
笑顔はよく花に例えられる。毎年咲く桜とは違い私は咲くことを忘れてしまった。笑えなくなった私には桜のような強さは持ち合わせていないのだろうか。
それとも、いつか――――
寝不足の体はつまらない考えを掻き消すかの様に私を眠りにつかせた。
桜が見たい。
水野蓉子はふと思い浮かんだその考えに従おうとそちらに足を向ける。
考えれば山百合会が忙しくてこの春は落ち着いて桜を眺める機会がなかった。
桜が見たいなんて我ながら少し少女趣味が過ぎるかと苦笑をもらしたが、欲求に素直に従うのも魅力的に感じた。
どちらにせよ館に行く前に少し眺めるくらいなら時間もとらない。今を逃したらまた来年、ということにもなりかねない。
考えているうちに到着したしたその場所では染井吉野にあふれていた。
来てよかった。
満開に咲き誇るその淡い色の風景に素直にそう思った。
少々疲れがたまっていたらしいこの体も少しは落ち着けるだろう。
眺めながらも足を進めていると、桜木にもたれかかっている深緑の制服が目に付いた。
あの子も桜を見に来たのだろうか。興味を覚え、そちらに近づいてみる。
どう声をかけようかと思ったが、ほとんど動かないその様子にその子が眠りについている事に気がついた。
どうするべきだろうか?
リリアンの学生としては注意するべきだろう。こんなところで眠るなんてはしたないとたしなめなければならない。けれど下級生であるだろう彼女に紅薔薇の蕾になった私が注意すればショックを与えてしまうかもしれない。そして私もこんな気分の時に小言など言いたくない。
らしくもなく悩んでいるとその眼尻に光るものに気がつき、思わず息をのんだ。
苦しんでいるようにも、うなされているようにも見えない。しかし安らいでいるようにも見えない。その何の感情も読み取れない寝顔に流れる涙はどこまでも透明だった。
意識が浮上し、目が覚めていく間に自分がまたもや泣いていることに気づいた。
幸せだったころの記憶がどうして涙を誘発させるのだろう。あの子が既に過去にしかいないことを理解してしまっているからか。
目を開くとこちらを覗き込んでいる心配そうな顔に気づき、意識が急速に覚醒していった。
見られた。
涙を拭うことさえ忘れてしまうほど混乱してしまった。
「ぁ…。」
何かを言わなければと思い口を開くが、涙と混乱で言葉にならなかった。
心配そうに眺めていたその人はすこしほほ笑むとハンカチを取り出すと私の顔にその手をのばした。
「驚かせてごめんなさい。とりあえず少し落ち着きましょう。」
穏やかなその声にすこし落ちつきを取り戻す。そして涙をふいてもらっているという現状に気づいた。
「…すいません。あの、自分でできます。」
「いいから。」
安心させるかのような、言い聞かせるようなその言葉と涙をふくその手に私は心地よさを覚えた。
「すいません。迷惑をかけてしまいました。」
平常を取り戻した私はあらためて謝罪をした。
本当に申し訳なく思った。何が誰にも心配をかけたくないだ。見知らぬ人にこんな迷惑をかけて。
どこまで自分は人の重荷になるのだろうか。
「大丈夫よ。私は迷惑だなんて思ってないわ。」
「でも…。」
暗く、沈んでいく思考を読み取ったのか。その人は先ほどのように穏やかに言葉を続けた。
「いいの、私が好きでしたことだから。あなたもおせっかいだと思ってくれていいのよ。」
「そんなこと…」
できるはずがない、と続けようとしたが、こちらの発言など予想しているかの様な微笑みに言葉を飲み込んだ。
「…なにがあったのか聞いてもいいかしら?」
「なにもありません。すこし夢見が悪かっただけです。」
あの子の夢をそんな風に言うのに罪悪感を覚えた。
「本当に?」
気遣わしげなその表情に私は思った。
この人は優しい人だ。
優しい人の負担にはなりたくない。
お父さん。お父さん。桂さん。蔦子さん。そして…あの子。
なんのとりえもなく何もできない私を支え、気遣ってくれる人たち。
もういいよ、と思う。もう十分だと思う。
今の私にはこれ以上の優しさは怖い。
「はい。心配をかけてすいません。」
私はまた無表情を取り戻している。だから平気だ。
このまま立ち去ってしまおう。
「…わかった。とりあえず信じるわ。」
わかっているが、誤魔化されてくれた。そんな感じだった。
距離の取り方、端正な顔、優しい性格。自分とのあまりの違いに安堵を覚える。
どうせもう関わることはないだろう。この人とは住む世界が違う。
今回のことも蔦子さんや桂さんに伝わることがなければそれでいい。
「今日はありがとうございました。失礼します。」
立ち上がり、背を向ける。これで終わり。
しかしそんな勝手なことは許してもらえなかった。
「待って。名前を聞いてもいいかしら?」
「…一年桃組の福沢祐巳です。」
本当は答えたくはなかったけど迷惑をかけたのだから名乗らないわけにはいかない。
「そう、福沢祐巳さんね。私は二年松組の水野蓉子というの。」
彼女はそう名乗ると微笑んだ。
「なにかあったらいらっしゃい。相談に乗るわ。」
「はい。ありがとうございます。」
一礼して私は歩きだした。
きっとこの先会いに行くことなんてないだろう。そしてあの人――蓉子様もないと分かっているように思えた。
【No:2608】【No:2614】 【No:2789】
少しずつ遠くなっていく背中を見送り蓉子はひとり溜息をついた。
相談になんて来るはずがない。
あの無機質な子に向けたその言葉の無意味さは自分自身が一番知っていた。
たぶんあの子にとってはあの無表情が素顔なのだろう。
私が何をする必要もなくこれからも日常を過ごしていくのだろう。
しかし放っておけるわけがなかった。
違う、放っておきたくなかった。
あんなにも泣いていた。
怖がるでも悲しむでもなく、ただただ泣いていた。
その姿があまりにも哀しく、こちらまで泣き出しそうだった。
無意識に流す涙にはどんな理由があったのか。
初対面でしかない私には詮索する権利なんてありはしない。
もしかしたら下世話な好奇心なのかもしれない。
相手を見下したうえでの偽善なのかもしれない。
私を諌めるはずのそれらの正論は今の私を説得するに足るものではなかった。
具体的には何ができるかなんてわからない。
けれど名前は聞けた。
いくらでも機会は作れる。
とりあえず今の私がするべきことは
「遅刻の言い訳を考えることかしら…。」
館に着いた途端に聞こえてくるであろう姉のヒステリックな声がたやすく想像でき、蓉子は本日二度目の溜息をついた。
初めてのことだった。
あの事があってからのしばらくの間。
泣き続けた日々。
その日々では一度もなかった。
私が流し続けた涙の意味は悔恨と懺悔。
あの子に向けたものなのか、それとも他の誰かに向けているのかさえ分からず謝り続けた。
ごめんなさい。
あの時に流した涙は常にその言葉を伴っていた。
その言葉をつかわずに人前で泣いたのは、あれが初めてだった。
無心で泣いてしまったのは 初めてだった。
いいから。
涙を拭う優しい手とともにかけられた言葉。
その時に覚えた安らぎのような感覚。
きっとそのせいなのだろう。
何日たってもその事が頭から離れないのは。
カシャ
「……?」
おろされたシャッターの音に顔を向けると、予想通りの人物がカメラを向けていた。
しかしその表情は呆けているようで、その隣にいる桂さんまでもが同じような表情を浮かべている。
「どうしたの?」
驚くなら普通撮られた自分なのではないだろうか?
少なくとも撮った側の蔦子さんが驚いているのはおかしいと思う。
桂さんはその表情のままポツリと言葉を落とした。
「今、少しだけど、笑ってた。」
そしてその表情にだんだんと喜色が浮かび始めるのが見て取れた。
「嘘…。」
嘘に決まっている。
無いよ、そんなはず。
笑うはずないよ。
今の私が。
「嘘じゃないわよ…。驚いて思わず撮っちゃったわ。」
「固まるんじゃなくてカメラを構えちゃうのが蔦子さんらしいね。」
我にかえった蔦子さんも桂さん同様に嬉しそうな表情を浮かべている。
なんで二人とも嬉しそうなんだろう?
なんで私はそのことに怯えているのだろう?
「ねぇ、何かいいことあったの?見たことない表情だったわ。」
笑顔で聞いてくる蔦子さんにすこし戸惑う。
もし本当に私が笑ったというのなら原因はわかりきっている。
しかし正直に話すわけにはいかない。
それは泣いてしまった事実まで伝えることになるから。
「あっ!もしかして。」
自信あり、と顔に書いているかのような桂さんの様子に肝が冷えた。
バレる訳がないと分かっているのに。
―泣いた事を知られれば心配をかけてしまうから―
…違う、本当は
そんなのは言い訳でしかなくて
「明日のマリア祭が楽しみなんでしょ?」
「マリア祭?」
的外れな言葉にホッとした、というよりは疑問を覚えた。
「あれ?違うんだ…。」
「的外れだったみたいよ。」
「えぇー、でも…。」
私の様子から間違いだと理解してくれた二人はそれでも楽しそうに話を続けている。
マリア祭。そういえば明日だったっけ。
関係ないことに思いをはせようとしても、抱いている怯えは消えそうにない。
きっと今も私の顔色は変わってない。
なのになんでよりにもよって笑顔だけが。
話そうとしない私を見て、すこし残念そうな顔をすると蔦子さんは溜息をついた。
「まぁ、話したくないなら無理にとは言わないけど。なにかあったらちゃんと話してね。」
「うん…。ありがと。」
返事を聞くと二人とも満足そうだった。
理由は分からなくてもわずかなりとも私が笑ったという事実が嬉しいらしい。
きっと理由を話せば喜んでくれるだろう。
あの人――蓉子様との触れ合いが理由で少し笑えたのだと。
それなのに、なぜなんだろう。
わずかにでも笑顔を取り戻してしまったことが
ひどく罪深いことのように思えるのは
どうしてなのだろう。
人に縋ってしまったということを
安らぎを感じてしまったということを
わずかにでも救われてしまったことを自覚すると
こんなにも、震えが止まらなくなるのは
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「魔王召喚?」
志摩子の問いに、乃梨子は重々しく頷いた。
『真・マリア転生 リリアン黙示録』【No:2760】から続きます。
「このところあちこちで悪魔が目立って暴れていたのと、関係あるのかしら」
「かもしれません」
魔王クラスの召喚ともなると、儀式が大掛かりかつ複雑になるというだけでなく、大量の生贄が必要になる。より即物的な言い方をするなら、魔王という高位のアクマをこの世界に実体化させる為に膨大な量の生体マグネタイトを必要とする、ということだ。
その為の手っ取り早い方法として考えられるのは『狩り』だ。単に生体マグネタイトを集めるだけなら対象はヒトでもアクマでも構わないが、効率を考えるならより量の多いアクマを狩るか、大勢のヒトを集めてまとめて狩るかだろう。過去、町1つ丸ごと犠牲に、なんて話も聞かないではない。
「いずれにしろ、ほおっておくわけにはいかないわね」
志摩子にしてみればそれは当然の話だった。
ヒトが狩られるのは論外。アクマが狩られる分には構わないが、その結果として魔王が召喚されるのは看過できない。
「それで誰が何を召喚しようとしているの?」
「それが、動いているのはどうも下っ端の悪魔ばかりのようで、カオスですからね。下級の悪魔が勝手に動いているだけなのかも」
「でもそれだと、あちこちで連動して悪魔が暴れている説明が付かないわ」
「そうですね。裏で糸を引いているものがいるのか」
もっと高位のアクマか、あるいはヒトか。
「そんな大掛かりな儀式を、下級の悪魔が成功させられるとも思えないし」
「まあ、下級の悪魔だと、そこまで深く考えていない可能性もあるけど」
「……そうね」
「あと、すみません。魔王の正体についても、今のところはわかっていません。大層立派な魔王らしい、と噂が流れているくらいで」
「そう」
志摩子にしてみれば、召喚される魔王自体に興味があるわけではない。召喚されてしまった場合の対策を講じる材料にしたかっただけで、召喚そのものを阻止できれば問題ない話だし、調べている間に召喚されてしまっては本末転倒だ。
「志摩子さん? まさか、また自分で行く気じゃないよね? 召喚儀式を阻止するだけなら適当な部隊を差し向ければ済む話だよ」
立ち上がった志摩子に乃梨子は慌てたように待ったをかける。
「そうね、それで阻止できれば良いのだけれど」
万が一、魔王が召喚されてしまった場合、ヘタな部隊では手におえないだろう。
『魔王』。文字通り悪魔の王として君臨する、カオスの陣営でも頂点に立つ種族の1つである。
ロウとカオスには対になるような種族があるが(天使に対する堕天使、魔神に対する破壊神のような)、魔王に対するロウの種族となると、もはや神霊、大天使クラスくらいしかない。神霊とはメシア教でいうところの唯一神及びその分身体を指す。分身体というのは唯一神の一側面、一部が具現化した姿、とでもいうべき存在だ。逆に言えば神霊や大天使に対するのが魔王ということになる。
生半可な戦力ではなすすべも無く壊滅、ということにもなりかねない。
付け加えるなら、部隊を揃えていては時間が掛かる。だから少数精鋭で先行した方が良いというのが志摩子の意見だった。
「編成は既にやらせているし、天使も動かせるから」
召喚の儀式を行うにはまだ時間がかかるだろうとの予測もあった。
「では揃ったら後を追わせましょう」
決定、である。
乗り込んでいった先で、志摩子は意外な顔を見つけた。
「あら、祐巳さん?」
「し、志摩子さん!?」
飛び跳ねるように反応をする祐巳。
「ごきげんよう。偶然ね」
「……ご、ごきげんよう」
普通に挨拶する志摩子も志摩子だが、思わず挨拶を返す祐巳も祐巳だった。
「一人なの?」
「う、うん」
志摩子の問いに祐巳は複雑そうな表情を見せる。
何せ可南子は黄薔薇ファミリーにやられていまだ戦闘不能だし、瞳子は白薔薇、というか目の前の志摩子に氷付けにされたダメージが残っていて無理できないのだ。
「志摩子さんこそ一人? 乃梨子ちゃんは?」
「今ちょっと用を頼んでいるから、後で合流するわ」
「そ、そう」
「それで祐巳さんはどうしてここへ?」
「ええと、ここで『まおうのしょうかん』とかがされるらしくて」
もちろん予想はついていたが、それでも志摩子は祐巳の説明に驚きの色を見せた。
メシア教という大組織が得ていた情報に近いものを、ほぼ単独で手に入れていたらしい瞳子の情報網はあなどれない。
「ええと、財力をバックにしたとか、地下の情報網があるとか、らしいよ」
詳しいことは祐巳も知らない。
「止めに来た、ということでよいのかしら」
「うん、そう。さすがに魔王とか召喚されたら厄介そうだし」
「それなら目的は同じね。ここは協力しましょう。祐巳さんが力を貸してくれるなら心強いわ」
「うん、私も志摩子が協力してくれるなら心強いけど」
「決まりね」
そう言って、志摩子は嬉しそうに微笑んだ。
「それに、志摩子さんに話したいことがあったんだ」
「何かしら」
「瞳子のこと」
「……」
「どうして瞳子を……その、あそこまでする必要あったのかな」
「だって……」
何故か、少し拗ねたような志摩子さんの表情はちょっと珍しくて、すごく可愛かった。
「瞳子ちゃんも悪いのよ。うちの乃梨子を誘惑するから」
「ゆ、誘惑!?」
「ええ。ニュートラルに来ないかなんて」
「……それ勧誘っていうんじゃ」
「……そうとも言うわね」
瞳子、そんなことしてたんだ。
っていうか、そんな理由で氷付けにされたのか。
「でも志摩子さん? 乃梨子ちゃんが――」
「もちろん、乃梨子は断ったわよ」
「もし、乃梨子ちゃんが受け入れてたら、どうするつもりだったの?」
「残念だけれど、乃梨子が自分で考えて選んだ結果なら、仕方無いわ」
その後で、カオス共々ニュートラルを潰すことになるけれど。
表情も変えずにそう言う志摩子に、祐巳は空恐ろしいものを感じた。
「それはないよ、志摩子さん」
ふいに横合いからかけられた言葉に、祐巳がまた跳び上がる。
乃梨子だった。
「前に言ったよね。そばにくっついて離れないからって」
「……ええ、そうだったね」
「それに、私はもう決めてしまったから。最後まで志摩子さんに付いて行くって」
「乃梨子」
志摩子の顔に嬉しそうな、それでいて何故か複雑そうな表情が浮かぶ。
「ありがとう」
「……いえ」
今度は乃梨子が、照れたように顔を逸らす。見ていた祐巳のほうが恥ずかしかったりしたのだが。
「それはともかく」
と、祐巳の方を見る乃梨子。視線に気付いた志摩子が応えた。
「偶然そこで会って、ご一緒しましょうということになったのよ」
まるでお昼をご一緒しましょうみたいな言い様だった。
「いいんですか?」
「今、優先すべきことは何?」
「魔王召喚を阻止すること、です」
「そのとおり」
よくできましたと言わんばかりの笑顔。
「目的は同じだから、それまでは共闘することにしたの」
「祐巳さまもそれで?」
「うん」
「わかりました」
納得できた、というわけではない。小競り合いをしたばかりの間柄だ。しかも直接ぶつかりあった同士でとりあえずの共闘ができるという2人の関係が、乃梨子にはよくわからない。ただ、そういう関係なのだろうと思うだけだ。
「ところで、祐巳さま。瞳子は、その、どうでしょう」
変な聞き方になってしまったが、それでも祐巳は察したようだ。
「ああ、うん。おかげさまで」
「そうですか」
乃梨子のあからさまにホッとした表情を見て、祐巳がクスリと笑った。本当のところはまだ全然大丈夫ではないのだが。直接的なダメージよりもむしろ、氷付けにされている間に消耗した体力、というか生命力みたいなものの回復が追いつかないらしい。これ以上負担をかけたくなかったから祐巳は一人でこっそりと出てきたのだ。
……………帰ったら怒られるかなぁ。
思わずビクリとした祐巳の横で、志摩子は乃梨子に問い掛ける。
「それで、乃梨子?」
「ああ、はい。準備は概ね。罠は、だいたい処理してきました」
「そう、ご苦労様」
「罠?」
「祐巳さん、来る途中でトラップを見なかった?」
「え? ううん。特には」
「そう……、凄いわね」
何か感心したように志摩子は頷いた。
来る途中、属性に反応して発動し、アクマが現れる類のトラップが仕掛けられていたらしい。
「あ、私ニュートラルだから罠が反応しなかったってこと?」
「ええ、たぶんそうだと思うのだけれど、かなり露骨に、それこそ警戒色のように仕掛けられていたのに、全然気付かなかったのも凄いわ」
警戒色、厳密には警告色というべきだが、ようは危険だから手を出すなと知らせる為の目立つ色彩や模様のことだ。
「ええと」
さすがは祐巳さんね、などと続けているところを見ると誉めてるつもりなのかもしれないが、祐巳にはちっとも誉められている気はしなかった。
「さて、では行きましょうか」
召喚の儀式が行われる場所は、目の前だった。
「ヒャッハー」
「ヒーホー!」
「マオウマオウ」
「ゴリッパナマオウ!」
薄暗い闇の中、蠢く影は人外の姿。
描かれた魔法陣がうっすらと光を放ち、その後方には巨大な釜のようなものが設置されていた。
「ここみたいだね」
意を決したように、祐巳が踏み込む。
薄暗かったせいで、気付くのが遅れた。
「祐巳さま!」
「あ」
鳴り響く警報。
トラップだ。
そして1体のアクマが現れる。
「ニュートラルには反応しないんじゃなかったっけ?」
「それはまた別の種類ですね。っていうか、ただの赤外線センサーに連動させているだけみたいなので、たぶん属性関係無しに誰が通っても反応します」
乃梨子の冷静な解説が祐巳には痛かった。
現れたそれはギョロリと視線を祐巳に向けた。
その姿を端的に言うなら、一つ目の黒い巨象(2本足)、といったところか。
「なんか強そうなんだけど、これが魔王?」
「いえ、まだ召喚の儀式は行われていないはず。それはトラップで呼ばれた別物よ」
「とにかく、行きます」
乃梨子が前に出る。
「乃梨子、ダメよ!」
「えっ!?」
祐巳の目には、とび込んだ乃梨子がいきなりはじき飛ばされたように見えたが、何が起こったのかわからない。
「しまっ……た」
「ギリメカラ」
志摩子が呟くように言った。
「ぎりめから?」
「ええ、邪鬼だったか、邪神だったか。とにかく非常に厄介な特性を持つアクマよ」
「どっちにしろ邪悪っぽいんだね。厄介?」
「ギリメカラは『物理反射』というレアスキルを持ってるんです」
よろよろと立ち上がりながら乃梨子が言った。
レアスキル『物理反射』。物理攻撃を全て跳ね返すという、非常に珍しい特殊能力だ。
「直接攻撃が効かないってこと?」
物理的な攻撃が効かない、どころか自分に跳ね返ってくるという、とんでもない能力である。
「ええ、オートで戦っていて知らぬ間に全滅していた、なんていう悲劇が何度も繰り返されてきた恐ろしいアクマよ」
「おーと?」
「誰もが1度は通る道ですね」
ちょっと遠い目をして乃梨子が言った。
1度と言わず何度も通って泣かされていたりしてもちっとも不思議は無い話だ。
※ このお話はフィクションです。
「ど、どうすれば!?」
慌てる祐巳に、志摩子は落ち着いて答えを返す。
「物理攻撃は効かない、ということは、魔法は効くということよ」
「あ、そういうことか」
祐巳は手にした杖をかまえる。杖の先端からこぼれ出るように炎が出現。
「アギダイン」
火炎系単体攻撃用高位呪文による業火が、唸りを上げて飛翔する。
志摩子の足元からはあふれ出る冷気が氷となって地を這い、目標の足元に到達して氷の華を咲かせ、ダメージを与えると同時にその動きを絡め取る。氷結系単体攻撃用高位呪文、ブフダインのアレンジだ。さらに着弾した炎が連鎖的な爆発を起こしながら上半身を焼き尽くす。
もともと祐巳は魔法の方が得意だし、志摩子は剣も魔法もどちらもハイレベルでこなす。乃梨子は剣よりで、魔法も使えないわけではないが、2人の桁違いの魔法の威力を見て後方支援(見物)を決め込んだ。
連続して叩き込まれる強力な魔法の攻撃は、程なくして厄介なアクマを沈めることに成功した。
宇宙人もみてる
ケロロのクロスです。
違う作品もクロスしています。
今後幾つか加入予定です。
【No:2525】→【No:2580】→【No:2583】→【No:2584】→【No:2586】
→【No:2589】→【No:2590】→【No:2592】→【No:2593】→【No:2595】
→【No:2601】→【No:2609】→【No:2612】→【No:2613】→【No:2615】
→【No:2618】→【No:2621】→【No:2626】→【No:2634】→【No:2645】
→【No:2654】→【No:2661】→【No:2671】→【No:2699】→【No:2723】
→【No:2764】の続編です
過去特別編
【No:2628】 【No:2765】
企画SS
【No:2598】
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27. 緊急会議
それはお姉さまが修学旅行から帰ってきてから3日後の放課後のことだった。
その日の作業は各クラス・部活の文化祭の出店届けを
整理していた時に由乃さまが発した何気ない一言から始まった。
由乃「ねぇ令ちゃん、今年の山百合会の劇何やるの?
そろそろ練習始めないとヤバイんじゃないの?」
それを聞いて、令さまと祥子さまが冷や汗を流しながら目を逸らした。
その反応を見て、
祐巳「姉さん、令さま、まさかとは思いますけど、乃梨子に仕事押し付けておいて、
考えていません、なんてこと、な・い・で・す・よ・ね?」
祥子「ゆ、ゆゆゆ祐巳、
怖いから殺気出しながら笑顔で区切りながら言うのやめて本当に怖いから」
祐巳「反論が無いって事は考えていないんですね?
お2人とも、ちょーーっときてくださいね。」
そう言ってお姉さまは令さまと祥子さまを連れて、
もとい引きずって薔薇の館を出て行った。
それから十分後3人は帰ってきた。
その時お姉さまが満面の笑み浮かべている様に見えたのは気のせいに違いない。
令「え〜、私たちの不手際により
いまだ決まっていない文化祭の劇に関する緊急会議を始めたいと思います。」
祥子「今からでは、劇がギリギリ間に合うくらいしか残されていないわ。
予定通り劇をするか、するなら何をするか、
しないなら変わりに何をするか話し合いたいと思います。」
祥子さまがそう言うと、せいかさんがみんなのお茶を持って戻ってきた。
せいかさんは転入2日目からここに出入りをし、
お姉さまと私、志摩子さま(ついでに他の山百合会の面々)のお世話をしてくれる。
主にお茶汲み、掃除をやってくれる、というかやらして貰えない。
お姉さまはまぁ当然として、
物心つく頃からメイドとして生きてきたせいかにとって志摩子さまは初めて出来た友達、
私はお姉さまの妹なら主も同然(当然、お姉さまのほうが優先度が高いが)だかららしい
その割には、実の姉に対する扱いが悪い気がするのだが・・・
せいか「皆様お茶が入りました。」
祐巳「ありがとう、せいか」
祥子「ちょっと、せいか」
せいか「なんでしょうか」
祥子「あなた、家に居た頃よりも熱心に仕事をしているように見えるのだけれど・・・」
怒りを堪えながら祥子さまは言った。
せいか「そんなことありません」
祥子「嘘おっしゃい!!」
令「祥子落ち着いて」
祐巳「せいか、姉さん弄って楽しい?」
せいか「とても」
祥子「せいか、そこになおりなさい!!」
せいか「嫌です、それよりいいのですか?祐巳お嬢様がまた怒りますよ?」
祥子「会議を始めましょう」
どうやらなかった事にしたようだ。
それからしばらくたったが未だに決まらず、
結局前回の衣装を使って『シンデレラ』をやることになった。
【No:2820】へ続く
リリアンの午後、完璧超人や波紋使いが多々現れるといわれる山百合会には、タヌキと百合がおりました。
「ずいぶん失礼な紹介が聞こえたような気がしました」
「そう?気のせいじゃないの、乃梨子ちゃん」
そう答えながら、むしゃむしゃと塩こんぶを食べる祐巳を、どうコメントして良いか測りかねる乃梨子でした。
「てか、コメントしたくねぇ」
「おっふぅ!これと熱いお茶のために生きてるぅ!」
今日も話は進みませんでした。
「ところで乃梨子ちゃん」
「何ですか祐巳さま。おおかた塩コンブを食べ過ぎて、甘いものが欲しくなったんでしょう。このクッキーならあげませんよ。私のおやつなんですから」
「そんなわけないじゃない。やだなぁ乃梨子ちゃんったら」
「私のクッキーを自分の方に引き寄せながら言う台詞じゃありませんね。まぁいいでしょう。半分あげますから半分かえしてください」
「ありがとー」
「全部食べられるよりはマシですから。それより言いたいことがあったんじゃないですか?」
「むぐむぐ、ほうだっは」
「飲み込んでからしゃべってくださいね」
「ごっくん。あのね、最近のスパ○ボには、瞳子分が足りないと思うのよ」
「……おっしゃってることがよく分かりませんが」
「こないだZをしたんだけどね」
「はあ…」
「最近のは凄いね。無限に伸びるパンチとか、大陸横断ミサイル投げてみたり、はては亜空間にとちゅにゅう………突入だよ!!」
「噛みましたね」
「そんなことはどうでもいいんだよ!確かに、確かにすごいけど、今のス○ロボには瞳子分が足りないんだよぅ」
「だから何ですか、瞳子分って?」
「次回作では、グレンラ○ンが出てくれると瞳子分が補充されるのになぁ」
「……あぁ、なんとなくわかりました」
「わかってくれた?!………あぁ、でも乃梨子ちゃんの場合は」
「はい?」
「神無○の巫女が出ると、乃梨子ちゃん分も補充できるのにね」
「……なんとなくわかりますけど、納得はできない!!」
今日も秩序なき山百合会でございました………。
志摩子さんが地味にひどい目に遭います。注意してください。
☆
たとえば、人生はただ一つの石ころで、何かが変わってしまったりする。
たとえば、人生は誰かの人生を見ることで、何かが変わってしまったりする。
この話は、人生の岐路に立ったある少女の話である。
彼女の名は藤堂志摩子。
冷静に見ると、あまり普通ではない女子高生だ。
それとの出会いは、薔薇の館と呼ばれる建物の一階。
そこを活動の場とする者達が倉庫代わりに使っている一室で、中は整然と、あるいは乱雑に統一性のない荷が山となっている。
その日、彼女は「特にすることがないから」という理由でここに踏み込み、一人で軽く整理を始め出した。
とはいえ一人では限界があるので、手近で、かつあまり力を必要としない小物類のみに焦点を合わせている。
「あら?」
それとの出会いは、そんな折だった。
「何かしら? ファッション誌?」
かつて学内イベントで一回だけ使用したようなわけのわからない小物類の底に、あまりにも場違いな一冊の雑誌があった。
表紙は、無理している感バリバリのカラフルな服を着込んだ志摩子と同年代くらいのモデルが笑っていて、更に様々な文字でカラフルに「今春の流行は〜」だの「新学期の出会い特集」だの「男が気にする女の子の仕草」だのとこれでもかこれでもかコノヤロウという感じで派手に飾り立てられている。
見ているだけで目が痛くなりそうな色彩だ。恐らく中高生向けのティーン雑誌だと思うが、志摩子にはそれすらも判断できかねていた。
「みんなこういうの読んでいるのかしら…」
かつての誰かの持ち物だろうが、名前が書いてあるでもなく持ち主判別は無理そうだ。開く気にもなれないそれを「個人判断で一応処分予定」のダンボールに置こう――としたところで、志摩子の動きが止まった。
何気なく見ていた表紙の中に、気になる一文を発見したからだ。
「……こういう女は嫌われる?」
気がついたら、その雑誌は志摩子の手元に戻ってきていた。
――志摩子はこういうのには本当に疎かった。そもそも世間に疎かった。
だから気付かなかった。
ここにある以上、その雑誌は過去にここを利用していた人の忘れ物だということに。
つまり、すでに流行遅れだということに。
「春は出会いの季節。
新学期が始まって新しい友達、新しいクラスメイトに囲まれて新生活がスタートするこの時期、やはり肝心なのは第一印象。
……ふうん。
…………
春はふんわりホワイトと天使の輪でとっておき自分デビュー…?
…………
小悪魔メイクでザッツオール…? サ、サタン…?
…………
大草原は裸足でキメ…? いえ、これはさすがに違うんじゃ……
…………
え……
あ、ああ、そういうことね……」
志摩子は脇目も振らずに記事を熟読した。日本語とは思えない言葉と日本語として正しいかどうか疑わしい言葉に戸惑いつつ、自分の中でなんとなーく理解しながら読み進めていった。
「――よし!」
ざっと目を通したあと、なんとなーく何かを成し遂げた女の顔で雑誌を閉じた。
気持ちは一つだ。
早速得た知識を披露してみよう。
「あ、志摩子さん」
「どこ行ってたの? 鞄はあるのにいないからどうしたんだろうね、って話してたんだけど」
会議室に戻ると、すでに福沢祐巳と島津由乃という同学年の二人がやってきていた。
「ちょっと一階の整理を」
志摩子はわくわくしていた。
嫌われる云々はともかく、志摩子だってちょっと浮世離れしているかもしれないが、ただの十代の女の子。たまには流行とかそういうのを二度見したりチラ見したっていいだろう。(彼女が仕入れたのは過去の流行だが)
リリアンの気質のせいか、学校全体が流行とは程遠いような気がするだけに、志摩子は今、この友人二人よりなんとなーく一歩先に進んだかのような優越感があった。小悪魔系みたいなアレで。
「――志摩子さんすごーい」
「――志摩子さんって物知りなのね」
なんて言われて、ちょっとだけ良い気分になってみたいという欲が出ちゃったのも、まあただの十代の女の子なら別に普通なんじゃないかと思う。たまにはいいだろうと思う。
「祐巳さん」
「ん?」
にこやかに志摩子は言った。
「今日の祐巳さん超イケてない? 超タヌキじゃない?」(語尾上がり)
「へ…っ?」
祐巳は固まった。
「由乃さん」
「え、……あ?」
今の衝撃発言の兆弾を食らって固まっていた由乃に、にこやかに志摩子は言った。
「その三つ編み実は超ヌンチャクってマージーでー?」(語尾上がり)
「…………」
由乃は思った。え、何そのギャルのお顔が黒かった時代のようなモロなセリフ――と。
「……志摩子さん」
「なあに? 由乃さん」
賛辞を貰う気バリバリのニヤニヤした志摩子にイラつきながら、由乃は言った。
「確かに単語に『超』をつけて語尾上がりに発音すれば意外となんでも今時の(いや一昔前の)女子高生風になると思うけど、発言の内容は本人のセンスが問われるのよ。今時の女子高生は間違っても『ヌンチャク』は発想にないと思うよ」
どこの武闘派か武術マニアの女子高生よ、と、由乃は冷めた瞳で志摩子を射抜いた。そして今度は志摩子が固まる番だ。「あれ? そんなセリフ想定外ですけれど」と。
「しかも色々間違ってない? ねえ、超タヌキ?」
祐巳は苦笑した。ようやく話が少し見えてきた。
「誰が超タヌキよ。鬼ムカツクんですけどぉー」
「それもなんか古いわね。KYとかももう微妙じゃない?」
「そうだね。なんだかんだ言っても、やっぱりスタンダードが一番いいよね」
「時代遅れにならないからね。少なくともリリアンでは」
「由乃さんって超三つ編みじゃない?」
「祐巳さんだって超ツインテじゃない?」
こうして志摩子の人生の岐路は、あっけなく潰された。
超楽しげにべしゃり倒す超祐巳と超由乃を超ガン見して、志摩子は両手に顔を伏せて声を殺してマジ泣きしたとか。
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藤堂姉妹 【No:2781】の続き
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
掃除も終わり、さあ帰ろうと意気込んでいた時だった。
「ねえ、ちょっといいかしら?」
背後から聞こえてきた声に気づき後ろを振り返ると、上級生であろうと思われる麗しき女性が二人、にこやかに祐巳を見つめていた。
何やら周りが騒がしい。一体この二人は誰だろう?
「あなた、藤堂さんよね?」
知的な雰囲気の女性がにっこりと問う。
「はい。えっと・・・私に何か?」
「ちょっと話があるの。薔薇の館まで来てくれないかしら?」
若干オドオドとした口調で祐巳が肯定すると、ヘアバンドが特徴的な女性が有無を言わさぬ圧力で誘いの言葉を述べた。
(えっ、これって・・・・俗に言う呼び出し?!わー初めて見た。
って、何で何で?!何で私が呼び出しをされるの?私何かまずいことでもした??
そりゃ入学当初は挨拶の仕方も知らなかったし、廊下を走ったりもしたけれど、最近は自分で言うのもなんだけどお嬢様らしくなってきたと思うんだけど・・・)
祐巳が一人悶々と考え込んでいる中、麗しき二人の上級生はクラスメイトに掃除用具を託し、祐巳の肩を抱いて教室を後にした。
「座って頂戴」
気が付けば祐巳は薔薇の館にやってきていた。
「急にこんなところまで連れてきちゃって、ごめんなさいね」
「え、あ、いえ。それで、えっと・・・私に何の用でしょうか?」
いったい何を言われるのだろうと恐る恐る伺い聞くと、知的な雰囲気をした女性は少し驚いた顔をした後、ほほ笑みながら自己紹介を始めた。
どうやら祐巳が二人のことを知らないことに気がついたようだ。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私は紅薔薇さまこと水野蓉子。で、こっちが黄薔薇さまこと鳥居江利子よ。
今日は藤堂さん、あなたに聞きたいことがあって薔薇の館にお連れしたの」
「はぁ。何でしょうか?」
「あなたはお姉さまはいるの?」
「はい?」
紅薔薇さまの思いがけない質問に、祐巳は素っ頓狂な声を出した。
「お姉さまがいるのかいないのか、簡単な質問でしょう?
念のために言うけれど、私たちは血のつながったご姉妹のことを聞いているのではないのよ」
黄薔薇さまの言葉に、ようやく祐巳は思い出していた。
入学早々、仲良くなった蔦子さんに聞いた、リリアンの特殊な生徒会のことを。そして姉妹制度のことを。
どちらにしても祐巳に姉はいない。
「いませんけど・・・」
「そう。それを聞いて安心したわ」
にっこりとほほ笑みあう二人に、祐巳は訳がわからなかった。
一体何故、祐巳に姉がいないことが良かったのか。
「それじゃ、藤堂志摩子さん。本題に入らせてもらうわ」
「はぁ」
・・・って、今、志摩子って言った?
「山百合会の手伝いを引き受けてくれないかしら」
「あ、あの・・・」
「あら?リリアンの生徒はみんな山百合会のメンバーなんだから、手伝うことに問題はないでしょう?」
黄薔薇さまが目を細めながら言った。何だ?この圧力感は。
「いや、えっとですね・・・」
私は志摩子じゃないです。そう言いかけた時、バンッ!と乱暴に扉が開いた。
「何やっているのよ!」
エキゾチックな顔立ちの女性が、もの凄い形相で入り込んできた。
「何、って」
「ねえ?」
驚く祐巳を余所に、紅薔薇さまと黄薔薇さまは笑いながら首をすくめていた。
「今日の放課後の集会は、『都合により中止』になったんじゃなかったかしら?」
「集会は中止よ。私と江利子は、個人的な用事でここに残っているだけのことだわ」
「よくあることでしょ?あなた、何が気に入らないのよ」
「全部、気に入らないわね」
ポンポンと続けられる会話に、祐巳は全くついていけない。
きっとこの人が残りの薔薇さま、白薔薇さまなんだろうなー。と、ぼんやりと考えていた。
「まず、お二人に伺いたいわ。どうしてこちらのお客さまが、この場にいらっしゃるのかということを」
「お客さま?ああ、藤堂志摩子さんのこと?」
まるで独り言のように呟く紅薔薇さまの声に、自分は志摩子ではないと伝え忘れていたことに気付いた。
「藤堂志摩子さんには、山百合会をお手伝いしてしてもらおうかと思っているのよ」
「・・・何ですって?そういうお節介やめてもらえない!?」
何故だか怒り狂う白薔薇さま。
これ以上誤解されたままではまずい。
「あのー・・・」
「あなたはちょっと黙ってて!」
ピシャリと言い放つ白薔薇さまにくじけそうになるが、ここで言わないともっとまずいことになる。
「いや、そのですね・・・」
「何かしら?聞かせてちょうだい」
「ちょっと!蓉子!!」
「聖、少し黙りなさい。それが嫌なら出て行って」
「・・・・・・・・・わかったわよっ」
しぶしぶ了解をすると、不快を露わにした顔のまま手近にあった椅子に腰かけた。
「それで、何のお話かしら?」
「その・・・私は志摩子ではないんです。
言い出すのが遅くなってしまって申し訳ありません」
「は?」
「私は藤堂祐巳。志摩子の双子の姉なんです」
思いがけない祐巳の発言に、今まで騒がしかったはずの薔薇の館に静寂が襲いかかる。
気まずい。非常に気まずい。
・・・逃げよう。
「あの!えっと、志摩子に山百合会の仕事を手伝ってほしいんですよね?
私、伝えておきます!それでは、失礼します!」
そういい終わるや一目散に祐巳は薔薇の館を脱出した。
「ねえ、志摩子」
「どうしたの?祐巳」
夕食の後、祐巳は志摩子に今日の出来事を話した。
「それで、志摩子に手伝ってもらいたいらしいんだって」
「そう言われても・・・」
「志摩子は生徒会・・・じゃなくて、山百合会の人と知り合いなの?
きれいな人だね。紅薔薇さまも黄薔薇さまも白薔薇さまも」
「きれいなら、祐巳もきれいよ」
「それを言うなら、志摩子の方がきれいだよ!」
うふふあはは。
二人はシスコン。
そして今宵も更けていく。
もしユミカナが姉妹になっていたら。
「ごきげんよう」
「あ、ごきげんよう。お姉さ、ま?」
「おどろいた?」
「いや、それは驚きましたけど。どうなさったんですか、そのシ…」
「ごきげんよう。祐巳さま。可南子さん」
「「ごきげんよう」」
「何ですの、祐巳さま。そのシ…」
「厚底だって。いま流行ってるらしいよ。やっぱり姉としては可南子より高くないとね」
「いつの時代の話ですか?いや、確かにもう設定もわからなくなっているので流行っているのかもしれませんけど」
「ほら、これで可南子のつむじだってちゃんと」
「だいたい、それはもう厚底という話ではありませんし」
「あれ、可南子、もしかしてつむじふたりある?」
「きけよ」
「お姉さま!!
姉といえば貫禄\、貫禄\といえば身長。可南子はまったく感動いたしました。」
「いやいや、それほどでも」
「可南子さん。あなたがそうやって煽るから祐巳さまの病気がいつまでも治らないのです。だいたい貫禄\といえば身長なんて認めませんですわよ」
「お姉さまと姉妹になれなかったからってそんな僻まないでも」
「だ、誰もそんな話はしていませんわよ」
「だいたいお姉さまが病気なんて聞き捨てなりませんわ。病気だというなら病名を言ってみなさいよ」
「天ね…」
「ともかく。
お姉さま、素晴らしいですわ」
「ありがとう、可南子」
「だから」
「聞こえませんわ。
ああ、お姉さま」がしっ
むぎゅ。
「むぎゅ?」
翌日。
「あら、今日は祐巳、来てないの」
「はあ、なんか肉まんでやけどとかどうとかいってましたけど」