※このSSには、一部グロテスクな表現が含まれています。お食事中の方や、文中の情景をリアルに脳内で再現できてしまう方、また、志摩子の汚れ役(?)が許せない方は読まないほうが良いかも知れません。まじで。
「志摩子さん、こんにちは」
「いらっしゃい、乃梨子。さあ、上がってちょうだい」
私、二条乃梨子は本日、志摩子さんの家に招待されています。何度来ても、出迎えてくれる志摩子さんにドキドキする自分が少し恥ずかしいなあ・・・
でも、仕方ないよね?だって着物の志摩子って、妙に色っぽいんだもの。髪を結い上げてるから、うなじの白さがまた・・・
「乃梨子?」
「!な・・・何?志摩子さん」
「お昼御飯はまだ食べてないわよね?」
「うん」
・・・あー、びっくりした。うなじのラインに見とれてたのがバレたのかと思った。
「良かった。今からお昼御飯を作ろうとしていた所なのよ。乃梨子も食べるわよね?」
「いただきます。・・・あ、私も手伝うよ」
「そお?悪いわね」
「そんなこと無いよ。是非手伝わせて」
本当は、少しでも志摩子さんと一緒に居たいだけなんだけどなぁ。なんて、私もだいぶリリアンに染まってきたかな?
「じゃあ、台所へ行きましょうか?」
「はーい」
私は足取りも軽く、志摩子さんの後についていった。
やっぱり、この家の台所は広いなぁ。志摩子さんに聞いたら、檀家のお客さんが多いから、このくらいは必要らしいけど、やっぱり広いよね。私もこんな台所のある家に産まれていたら、志摩子さんみたいに料理上手になれたのかな?
「乃梨子、鶏肉は平気よね?」
「うん、むしろ大好き」
「そう、良かった」
そう言って微笑む志摩子さんに、何やら妖しげな魅力を感じたりして・・・ 私ってもしかして和服フェチなんだろうか?
「じゃあ、さっそく始めましょうか」
そう言って、志摩子さんは台所の隅に歩いて行く。
・・・?あのでっかいカゴは何だろう?そう思っていたら、志摩子さんに声を掛けられた。
「乃梨子、このカゴを、そ〜っと傾けてくれる? そうね・・・カゴの下面が、床から20cmくらい開くように」
「?解かった」
なんで少しだけ開けるんだろう?そう思いつつ言われたとおりにしていると、志摩子さんがカゴの下から素早く手を入れた。
コケ───ッ!!ケ───ッ!!!(バタタタタッ!)
に!鶏!?・・・って、生きてんじゃん!何してんの志摩子さん何してんの何で素手で鶏の首つかんでんの!何処持ってくの何処持ってくの流しに鶏押さえつけて何するの!
「乃梨子、包丁を取ってくれない?」
「うえ?あ、は、はい!」
あ、思わず素直に渡しちゃった。
ダンッ!!(プシュ──ッ)バタタタタタタ!!!
首飛んだ首飛んだ!なんか血まで飛び出した!何してんの何してんの!なんで首無いのにバタバタしてんの!うわ首無くても元気だっつーかいつまで羽ばたいてんの何で志摩子さん無表情でいられるの何冷静に流しにうまいこと血を流してんの!
パタッ・・・パタタッ・・・・・・・・・パタッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(沈黙)
うわ息絶えた!こえー!死んじゃったよこえー!!
ブチブチブチッ!ブチブチブチッ!!
うわやめて毟らないで鳥肌見えてる鳥肌スゴイハッキリ見えてる!志摩子さん以外と握力ある?いやそーでなくてうわ裏返して股間まで毟ってる!ああっ何か肉屋の軒先で見た事ある形になってキタ─────!!!!
「乃梨子?」
「ふぁい!!!」
「? そこのバーナーを取ってくれる?」
志摩子さんが(片手に鶏をぶら下げながら)指差した所には、携帯式の小型ガスバーナーがあった。っつーか何でこんなもんが台所に?!
「そこのマッチで火を点けてね?上のダイヤルを回すとガスが出るから、シューって音がし始めたら、マッチで点火してね」
「は、はい」
やけに手馴れた感じの指示を出す志摩子さんに言われるまま、私は火の点いたバーナーを渡した。
シュゴ─────!!(パチパチパチ・・・)
炙ってる炙ってる何か鳥肌のつぶつぶの先端が黒く焦げて無数の黒点に見えてメッチャ気持ち悪い!でも何か香ばしい匂いもしてきてる!
「こうすると、毟り切れなかった毛も綺麗に取れるのよ?」
「あぁ・・・そうなんだ・・・」
微笑んでる微笑んでるメッチャ嬉しそうに微笑んでる!何で嬉しそうなのってゆーか何生活の知恵みたいに軽く語りながら鶏のワキの下までバーナーで炙ってるの!!
私は何だか、鶏が気持ち悪いのか志摩子さんが怖いのか解からなくなってきて、思わず目をそらした。
でも目が合った。さっき飛んでった鶏の頭の目と。
やばい、膝が震えてきた。もう立ってられないかも
「あら、こんなところに飛んでたのね」
志摩子さんが、野原で花でも摘むかのように、ヒョイと鶏の頭を持ち上げた。そしてオモムロにバーナー攻撃。
うわぁぁぁぁぁあ!!なんかマブタが焼けて縮んでくぅぅぅっ!!
もはや吐きそうな私の目の前に、無造作に鶏の頭を置き、志摩子さんは何やら紐を用意している。
あ、何か予想付いちゃった♪(崩壊寸前)
予想通り、志摩子さんは、鶏の足を天井から下がっていたフックに紐で縛り始めた。ああ、次の展開が予想できる自分がイヤ・・・
そして、イヤな予想のとおりに、志摩子さんは、包丁で鶏の腹をさばき始める。
もうダメもうイヤ何でそんなに鮮やかな色の内臓が入ってるの!!おわ!理科室にある人体模型みたいにキレイに内臓が配列されてる!!ちょ待て!待ちやがれ!何手ぇ入れてんだよ志摩子!(呼び捨て)オマエ入れた手で何する気イヤァァァ!!何か引きずり出したァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!!!
「うふふ♪ほら乃梨子、立派な砂肝。後で炒めて・・・乃梨子?!」
ああ、気絶って、何かスーっとして気持ち良いかも・・・
「・・・・・・あれ?」
「乃梨子!良かった・・・気が付いたのね」
「志摩子さん。私・・・・・・」
あれ?私なんで布団で寝てるんだろう?
・・・確か、志摩子さんの家に招待されて、それで・・・
思い出した。思い出しちまったよ全部。
「御免なさい乃梨子。私、あなたの体調が悪いのに気付かずに、料理の手伝いなんかさせてしまって・・・」
やばい!志摩子さん泣きそうだ。
「大丈夫だよ、志摩子さん!もう平気だから!」
さすがにアンタがグロい物を見せてくれたおかげだよなんて言えない・・・ そんな事言ったら、志摩子さん余計気にするだろうし。
「本当に大丈夫なのね?」
「うん、本当だって。私が志摩子さんに嘘吐く訳無いじゃない!」
「良かった」
ああ良かった。志摩子さんも安心してくれたみたいだ。
それにしても、私どのくらい倒れてたんだろう?何か薄暗くなってるみたいだし。
もう夕方なのかな?それなら、あの鶏に再会せずに済むかも・・・いくらなんでも、さばく途中の鶏を放置はしないだろう、うん。
「乃梨子、夕御飯は食べられそう?」
「え?うん、大丈夫だよ」
あの惨殺シーンを思い浮かべなけりゃあ、大丈夫だろう。これ以上、志摩子さんに心配かける訳にはいかないしね。
「良かった!じゃあ、食べられなかったお昼御飯の分まで腕を振るうわね?今度は私に用意させてちょうだいね」
「うん、ありがとう」
本当にありがとう。正直、今あの台所に戻ったら、記憶がフラッシュバックして、また倒れかねないから。
「それでね?乃梨子」
「うん?」
「お父様の知人が、猟で猪を獲ってきてくださってね?」
「・・・うん?」
「これから、さばこうと思うのだけど、乃梨子は鍋と焼き物とどっちが・・・乃梨子!?」
想像しちまったよ志摩子さん・・・ さっきの数十倍の迫力で猪をかっさばく志摩子さんを・・・
あ、やっぱり気絶ってスーってなるなぁ・・・
薄れ逝く意識の中、私は志摩子さんのお父さんに、土下座してでも宗旨替えしてもらおうと、硬く決意した。
宗派は何でも良いから、殺生禁止のヤツに。
私は賢者蓉子。三賢者(通称Magi)のうちの一人、赤の賢者(マギ・キネンシス)である……。
苦悩の2週間が遂に…、遂に!今日!終わりを告げる!!(イャッホー)
……思えば、日々、ハプニングの連続だった。セクハラを止めたり、ナンパを阻止したりと、とにかく、大変だった。その大半が成功しなかった気もするが、気にしないも〜ん。なんてったって、私の体が戻ってくるんだから☆
「あの〜、蓉子さん?喜びに浸っている最中、申し訳ないんだけど、これはどういうこと?」 柱に縛りつけられた私の姿の聖がうめいた。
「貴方は自由にさせておくと何をしでかすか分からないから、こうしておくのよ。後、数時間だから我慢しなさい。」
「ええ〜、そんなあぁ〜。」
涙目でこちらを上目づかいで見てくるが、自分自身なので何とも思わない。そのまま、私は紅茶を飲みながら、久しぶりの平穏な昼下がりを満喫していた。
「ごっきげんよー、蓉子に聖。」
「あら、江利子。久しぶりの出番ね。」
元に戻るまで後1時間という所で江利子が帰ってきた。
「……その言い方、きにくわないわね。それより、どう?調子は?」
「調子?いたって良好よ。それがどう……」
……あれ?目が霞む?…。足下もふらつてきた……。
「…ちょ、江利子…これ、どういう事よ……?」
歪む視界の中の江利子がニヤリ笑う。
「大丈夫よ。後遺症とかじゃないから。じき直るわ。」
その言葉を聞きながら、意識が遠のいていった………
□□□□□□□
「……私は、いったい?」
目が覚めると部屋の風景がうつった。…そうだ、あの時、急に意識を失って……。
「おはよう、蓉子。」
目の前に江利子が満面の笑顔で現れた。
「どう?元に戻った気分は?」
へっ?元に戻った?確認してみると確かに私の体に戻っている。
………縛りつけられたまま。
「……どういう事よ、江利子。元に戻るのは1時間後じゃなかったの?」
だが、肝心の江利子は何やら聖と話している。
「江利子、これ、例の物よ。」
「ありがとう、聖。商談成立ね。」
売りやがった!コイツら、人身売買しやがった!!
「という分けで、蓉子ちゃん、覚悟いい?」
笑顔で近づいてくる聖。
「な、何するつもりよ。聖。」
「何、今までの仕返にちょーっとセクハラするだけだよーん」
笑顔でにじり寄ってくる聖。
「く、来るなぁぁぁぁ。」
苦悩はまだまだ続く
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古い温室に、少女が一人、佇んでいた。
彼女は薔薇の花を見つめている。その瞳には、憧れと恐れが同居していた。
彼女の名は福沢祐巳。いずれその身に、大輪の薔薇を咲かせる事を望まれる身である。しかし、今はまだ、その蕾にすらなりきれていないのではないか。幾度目かの自問を彼女は胸の内で繰り返す。
「祐巳ちゃん?」
「あ、蓉子さま。ごきげんよう」
「どうしたの?こんな所で黄昏ちゃって。何かあったの?」
「いえ、何かあったという訳では・・・」
この人には判らないのかも知れない。
祐巳は、それがひがみである事を自覚しながらも、そう思う事をやめる事ができない。
祐巳の蓉子を見つめる目は、先ほどロサ・キネンシスを見つめていた時のように、憧れと恐れが同居していた。
「気になる事があるなら、話してみて?私相手で良ければ。口に出すだけでも気分が変わる物よ」
「・・・・・・・・・ええ」
この人には判らないのかもしれない。
再び祐巳はそう思いながらも、自分一人で答えが出せる訳でもない。そんなジレンマも口に出せば少しは晴れるだろうか?祐巳はゆっくりと語りだした。
「私、このままで大丈夫なんでしょうか?」
「何が?」
「このまま行けば、来年は紅薔薇の蕾に。そしてその次の年には・・・」
「なるほど。祐巳ちゃんは、紅薔薇様になるのが不安なのね?」
「はい」
この人には判らないかも知れない。また祐巳は思う。祥子さまも蓉子さまも、自分とは比べ物にならないくらい、優秀で美しい。そんな人に、平凡な自分の悩みを共有してもらえるとは思えない。祐巳は、雲をつかむような気分を味わっていた。
「蓉子さまもお姉さまも、紅薔薇様にふさわしい方達です。でも、わたしは紅薔薇様になれるような人間なんでしょうか?」
漠然とした不安。そしてそれは、2年後に必ずやってくる現実でもある。
「私は本当に、紅薔薇様になれるんでしょうか・・・」
祐巳はうつむいてしまった。
「そうね・・・なれないんじゃない?」
「・・・・・・そ、そんな?!」
自分は蓉子に見放される程、役に立たない存在なのか?祐巳はすがるように蓉子を見つめた。
「勘違いしないで、祐巳ちゃん。“いまはまだ”なれないってことよ。今のあなたはまだ、蕾すらつけていない、薔薇の苗木なのよ」
「苗木・・・ですか?」
「そう。ねえ祐巳ちゃん、あなたは紅薔薇様に、大輪の花のイメージでも持ってるのでしょう?」
「はい。蓉子さまもお姉さまも、綺麗に咲いた薔薇みたいです」
「ふふっ。そう言われると、照れるわね。でも祐巳ちゃん、考えてみて?薔薇が、植物が花を咲かせるには、大事なものがあるでしょう?」
「大事な物・・・ですか?」
「そう。花が咲くためにはね?幹や葉で、養分を貯めなければならないわ」
「・・・はい」
「そして、苗木のあなたは、まだ幹と葉しかないの。でもね?幹や葉は、花ほど目立つ存在ではないけれど、大事な部分だし、幹や葉で養分を貯えていれば、いずれ自然と花は咲くものよ?」
「自然に・・・」
「そう。それに花なんかね?次の世代に種を残す、いわば最後のオマケみたいなものなのよ?」
「・・・オマケですか」
「そうよ。だから今は、花を咲かせることなんか気にせずに、しっかりと養分を貯えなさい」
「私にとって・・・紅薔薇にとっての養分て何ですか?」
「これは、私が1年生の時の紅薔薇様の受け売りなんだけど・・・ 『このリリアン女学院全体が、大きな植木鉢みたいなものなの。あなたはその幹で、人との触れ合いという名の養分を吸い上げて、山百合会の仲間という名の光を葉に受けて、大きく育つ力を貯えなさい。そうすれば、最後のオマケに、大輪の薔薇がついてくるわよ』ってね?」
「人との触れ合い?」
「そうよ祐巳ちゃん。自分の中に無い物は、いくら頑張っても産まれては来ないわ。自分の中に無い物は、よそからもらってくれば良いの」
「よそ・・・触れ合った人達から?」
「そして、もらった物は、山百合会の仲間達の力を借りて、自分の力にしていくの。私は『包み込んで護るのが姉。妹は支え』なんて言ったけど、自分の周りにいる仲間だって、支えになるんだから」
「仲間が支え・・・」
「だから祐巳ちゃん、今はまだ、花が咲かない事に焦る必要は無いの。きっとあなたなら、大きな幹に育つと私は信じてるから。だって、あのプライドの高〜い祥子が惹かれて妹にした子ですもの。人を引き付ける力があると思うの。きっと誰もがあなたの元に集まってくるだろうから、養分には事欠かないはずよ?」
悪戯っぽく蓉子は微笑んだ。
祐巳は思う。今はまだ、蓉子さまやお姉さまには届かない。でも精一杯、自分の幹を伸ばそう。たとえ花が咲かなくとも、今より育った自分を見てもらえるように、自分なりに精一杯、葉を広げて見せようと。
それが、不器用な自分の育ち方なんだ、と。
「ありがとうございます。蓉子さま」
「少しは気分が晴れた?」
「はい!」
「じゃあ、その元気で、祥子に怒られに行きましょうか?」
「!」
「きっと心配してるわよ?なかなか顔を見せない妹の事を」
「ううっ・・・」
さっきまでの元気が、嘘のようにしおれてしまった。
自分が何をすれば良いかは、蓉子さまに教わった。しかし、お姉さまの怒りが怖いことには変わりが無いのだ。
「こんな事も、養分にしていけそう?」
「・・・もう少し、幹が伸びるまで待ってもらえませんか?」
ぷっと蓉子が吹き出した。そして、笑いながら祐巳の肩を抱き、薔薇の館へと歩いて行く。
肩を抱かれ、しょんぼりと薔薇の館へ連行される祐巳だったが、その背中に、さっきまで薔薇を見つめてうつむいていた時の暗さは、もう無かった。
がちゃSレイニーシリーズです。
「志摩子さん、ありがとう。ね、瞳子。言いたいことお姉さまにぶつけちゃえ。いいづらかったら、私は消えるわ。食べおわったし」
そう言って、乃梨子さんは走って向こうに行ってしまった。
「ね、瞳子ちゃん。肩を抱き寄せる。本当に祐巳さんのことが好きなのね。ちょっと荒療治だけど、わたしたちもそれでうまくいったのだもの。祐巳さんや瞳子ちゃんの役にたちたいわ」
そう言って、微笑む白薔薇さまは、マリアさまのように優しそうで………。
「私をお姉さまだと思ってごらんなさい。いつものあまのじゃくは消して」
その言葉自体は少し不満だったけど、私は、白薔薇さまに身を任せた。
昨日と同じように後から抱きしめられる感覚が物凄く心地よくて。
こんな風に心から誰かに甘えたのは、いつ以来だろう。
何も考えずに、ぼんやりと、白薔薇さまの暖かさを感じていた。
「白薔薇さまがお姉さまだったら、良かったのに」
あまりにも白薔薇さまに抱きしめられるのが気持ちよくて、思わずそんな言葉が口からこぼれた。
白薔薇さまは乃梨子さんがいるし、私は今のところ祐巳さま以外の人を姉にするつもりは全くなかった。
ただ、そんな風に想像するのは結構楽しい事なのではないか。そんな風に思ったのだ。
その言葉に、白薔薇さまは笑って言った。
「じゃあ、乃梨子にふられたら、瞳子ちゃんに妹になってもらおうかしら。山百合会の仕事もわかってるし、祥子さまも瞳子ちゃんは優秀だったって言ってたし。もちろん私も瞳子ちゃんのこと大好きだし」
「じゃあ、白薔薇さまが乃梨子さんに振られたら喜んで、お受けいたしますわ」
そんな話をしていたら、ふと、由乃さまの声が聞こえた。
何か物凄い形相をして、こちらの方に向かってきたのだ。
その隣でわたわたしている祐巳さま。その様子を遠巻きに面白そうに眺める、真美さま、蔦子さまを見かけて、あわてて白薔薇さまから離れた。
乃梨子さんの公認とはいえ、こんな所を写真付きでリリアンかわら版に載せられたらたまった物ではない。
白薔薇さまの方はというと、小さく溜め息をついてご自分の右手首を左手で軽く撫でていた。
そして、何かを決心したように正面を向き、由乃さまたちに声を掛けた。
「ごきげんよう。祐巳さん、由乃さん。何かご用?」
私はその言葉に首をかしげた。
今の台詞、何でもない言葉なのだが、少し非難めいた口調が混じっていたから。
「いえ、珍しい、組み合わせだから、何の話しているのかなと思ってね」
由乃さまの言葉も、まあ、この人の場合は気分によってまちまちだから、良くあることなのだけれど、ずいぶんととげのある言葉だった。
でも、この手のとげのある言葉を黄薔薇さま以外に向けるのはあまり無いことだ。
白薔薇さまと由乃さまが何故かけん制し合ってる?
不思議に思って、祐巳さまを見るけど、祐巳さまも目をぱちくりとさせているだけだった。
「ええ、スールの話をしてました。瞳子ちゃんに妹になってもらう約束をしました」
そう言って、白薔薇さまは一度ちらりと祐巳さまを見て、私の方に話を振った。
「ええ!? ほ、ほんとなの? 瞳子ちゃん。志摩子さんそれに乃梨子ちゃんは?」
目をほんとにまん丸くして、祐巳さまが叫ぶように聞いた。
なるほど、白薔薇さまはたしかに嘘は言っていない。あえて誤解させる言い方はしているけれど。
白薔薇さまは意外とお茶目なんだなと思いつつ、その質問に答えた。
「はい、致しました」
「え! 本当!?」
「はい、乃梨子さんに白薔薇さまが振られたらと言う条件の時ですけど」
その言葉に、祐巳さまはかなりほっとした表情を見せた。少しは私のことを気にしてくれているのだろうかと祐巳さまを見ながらぼんやりと思う。
「えっとね………」
由乃さまの発言を遮って、白薔薇さまが驚くべき発言をした。
「瞳子ちゃん。約束通りロザリオはもらってくれるのね?」
「へ?」
祐巳さま、由乃さま、そして私の声が綺麗に重なった。
固まっている私たちを尻目に、白薔薇さまはブラウスの袖のボタンをはずし、袖をめくりあげた。
そこにあるのは、いつも乃梨子さんの首に掛かっていた、あのロザリオだった。
「そんな話聞いてないわよ……」
由乃さまが、絞り出すようにそう言った。
「これは、私と乃梨子で決めたことだから」
そう言って、白薔薇さまはにっこりと笑った。
「でも、今はやめときましょうか」
そう言いながら、遠巻きに見ていた蔦子さまと真美さまを見て、まくり上げた袖を元に戻した。
「瞳子ちゃん。返事はもう一度、今度しっかり聞かせてもらうわ」
そう言って、白薔薇さまが、教室の方へ向かうのと同時に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
私も、祐巳さまも、由乃さまも、呆然として白薔薇さまの背中を見ていることしかできなかった。
【No:268】へ続く
※このSSは、涼風さつさつ「花寺の合戦」の設定をお借りしています
祥子さまが、スカートをはいている事さえ気にせずに、櫓の梯子を降りてくる。
(お姉さま!)
祐巳ももつれそうな足で、必死に駆け寄る。
「祐巳!」
(お姉さま、私がパンダの着ぐるみを着ていてもわかるんですね!)
祥子が駆け寄ってくる。
〜たとえ音の無い真っ暗闇の世界にいても、そこに祐巳がいるならすぐにわかるわ〜
〜全身をぐるぐる巻きにされてベッドに横たわっていたとしても、間違いなく祐巳を探し当てることができるわ〜
そんな言葉を証明するように、祥子は真っ直ぐに、祐巳へと駆け寄ってくる。
「お姉さま!」
「祐巳!」
そう呼びかけて、祥子さまは迷わず
ドシィッ!!
ローキックを放つ。
しかも、打撃力を分散させないように、上から叩き下ろすように筋肉の防護の無い膝関節を的確に打ち抜いた。
「はぐぁぁっ!!」
祐巳はもんどりうって倒れた。
「祐巳!」
自分で打ち倒しといて「祐巳!」も無いもんだが・・・
「ううぅ・・・お姉さま、あんまりですよぅ」
関節の芯にまで到達した痛みに、泣きながら祐巳が講義する。
「ごめんなさい、祐巳。このパンダの着ぐるみの匂いを嗅いだら、何故か体が勝手にローキックを・・・」
「からだが勝手にローキックを打つなんて・・・お姉さま実はタイ人ですか?」
泣きながらも突っ込む祐巳は、ある事実に気付く。
(匂いって・・・柏木さんの匂い?!)
説明しよう!プライドの高い小笠原祥子は、いかに中味が大切な妹とはいえ、自分よりも男が良いだなどとぬかす野郎の匂いのするモノに抱きつく事に、体が勝手に拒否反応を起こし、結果、駆け寄ってくる匂いの元の前進を確実に止める為、打ち下ろしのローキックを放ったのだ!!
「祐巳!大丈夫?」
「大丈夫じゃないです・・・お姉さま、実は私の事嫌いなんでしょう!」
「そんなわけ無いじゃない!あなたは大切な妹よ!」
「じゃあ、なんで倒れた私に近寄ろうともしないんですか!」
「それは・・・からだが勝手に・・・」
先ほどの拒否反応が、まだ尾を引いているらしかった。
山百合会の仲間達も駆け寄ってきたが、なにやら泣き叫ぶパンダと、その隣りでオロオロと立ち尽くす祥子さまを見て、さっぱり訳がわからなかった。
この事件を期に、「パンダキラー祥子」だとか「ローキックの鬼」だとか「ムエタイクイーン」だとか呼ばれ、花寺の一部マニアにストーキングを受ける事となり、祥子の男性恐怖症は加速していくのであった。
私の名前は、支倉令。剣道部では大将を勤めている。
リリアン女学園では、黄薔薇様及びミスターリリアン、この2つの称号で呼ばれている、そして私はそれに誇りを持っている。
黄薔薇様は、リリアンの生徒会長の一角の呼び名、可愛い後輩と薔薇の館の仲間に囲まれ毎日充実した日々を送っている。
ミスターリリアンは、容姿もあろうが(ちょっと複雑だけど)剣道部のエースたることから来ている。しかしこの呼び名、それなりに私は気に入っている、なぜならば、それは私が剣士だからである。
私の朝は早い、朝食の用意をし、両親を起こし3人で食べる、その後学園で食べるお弁当を2つ作り、隣の最愛の妹由乃の家に行く、いつも通り、今日も由乃は寝坊していたが、私は辛抱強く由乃を起こす、寝ぼけた由乃のパンチや蹴りなどかなり抵抗されたが起こすことに成功した。これも忍耐力の修行の一環と考えればつらくも無い、しかも由乃の可愛い寝顔も見れて一石二鳥。
学園に着き、私はマリア様にお願いする「今日も平穏な1日でありますように」、と
午前中の授業が終わり、祥子と薔薇の館に行く。
由乃や他の皆も来ていた、皆でお弁当を食べていると、由乃が私を睨みつつ言った。
「令ちゃん、これ、しいたけ入ってるでしょう?」
「ええ、入ってるわよ、それが如何したのかしら?」
「ひどい!!令ちゃん、私がしいたけ嫌いなの知ってて入れたんだ!!」
「由乃も誰かさんと同じで好き嫌いが多すぎ、(祥子に睨まれた)偏食はだ〜め!それに、しいたけはとっても栄養があるんだからきちんと食べなさい。」
そう、今日のお弁当の中の炊き込みご飯、私は由乃のことを思い、しいたけを入れた。
でも、いきなり丸ごとはさすがにきついと思い、干ししいたけをじっくり2日かけて戻し、醤油、砂糖、みりん、その他支倉家秘伝の調味料で極力しいたけの味をなくすように味付けし、そして、それを細かく、ホントに細か〜く、刻んだものをご飯に混ぜた。ばれたら後でひどいことをされるかもと思いつつ、しかしここは、由乃の為、心を鬼にして。
「それに、誰かさんだって、祐巳ちゃんに言われたらきちんと食べてるしね。」
「れ、令様・・・」「れ、令!!」少し困っている祐巳ちゃんと、顔を赤くして怒っている祥子。
そして「うう〜〜と、」うなりながら睨む由乃。結構怖い・・・
け、剣士たる者常に平常心を心がける ・・・ べきなのですが。ちょっとドキドキしていた。
そのとき、志摩子が「由乃さん、一口いい?」と私の作った由乃のご飯を一口運ぶ。
「おいしい、でも、さすが由乃さんね、私、和食というか、この手の料理には、自慢じゃないけど少しは舌が肥えてると思っていたのよ、でも、さすが令様、しいたけが入ってるなんて、分からなかったわ。」
どれどれ、失礼しますっと、乃梨子ちゃん。お姉さまの志摩子と同意見。
「やっぱり、由乃さんは、令様の料理の味に関しては誰にもかなわないわね。」 ふふっとやわらかく微笑む志摩子。ナイス志摩子!!
「と、当然じゃない、そんなこと、わ、分かってるわよ、」由乃はお弁当を平らげた後、顔を真っ赤にして一言。
「さっきはごめんね? その、お、おいしかった、毎日ありがとう、令ちゃん・・・」
ああ〜〜剣士(戦士)の休息というか、なんと言うか疲れが吹っ飛びます。
とまあ、昼間の精神修練(あくまで修行の一環です、自分の中では)が終わり、午後の授業も無事終わった、今日は部活も薔薇の館の仕事も無いため由乃と一緒に帰ることになっていた。
由乃は、掃除で少し遅れている為か、私は2年生の下足箱のある玄関先で待っていた。
「あ、あの、黄薔薇様・・・」 もじもじしながら、3人組が駆け寄ってきた。
「あ、あの、わ、私たち、ずっ、ずっと黄薔薇様のファンで、妹様の由乃様には大変失礼かとは思いましたが、ぜひともこれを受け取って貰いたくて、あの、その・・・今日の調理実習で作ったものなんですけど・・・」
差し出されたのは、可愛いくラッピングされた包み、この中には3人分の気持ちがたっぷり込められているに違いない。
「ありがとう」 私はミスターリリアンの名に恥じぬよう、やさしくその包みを受け取ると、その場で包みを空けた。
「「「 あ!? 」」」 っと3人組が驚く中、私は包みの中のクッキーを一口食べた。
背後から、まがまがしいというか嫉妬の炎というか物凄くやばい気を、ひしひしと感じるが、ここはがまん、がまん。
ここで、負けたら新たなステージアップはできない。
ドキドキしている3人組に一言、「とってもおいしいわ、ありがとう。」ニコッと微笑むと、満面の笑みを浮べ去っていった。
同時に、まがまがしい気の主も去っていった。
当然、その日は1人で帰ることになったのだが・・・
家に帰り、夕食までの間、自宅の道場で父親に変わり門下生たちの指導をした。
その後、父が帰ってきたので、今度は私が指導を受けた。
お風呂に入り汗を流し、夕食を食べ、部屋に戻り、明日の準備をした、しかし、私にとってはこれからが本番、日ごろの修行の成果を見せるときだ。
(ダン!ダン!) 力強い足音が階段を上ってくる。
落ち着け、剣士たるものいつも沈着冷静に・・・
(ダン、ダン、ダン!) 足音が部屋の前で止まった。ドキドキ
ドアノブがカチャッと音を立て、少し開いた。
私は呼吸を整え、今日は先手必勝を試みた。
「よ、由乃、今日はごめんね、でも許してよ、可愛い後輩の申し出を無下には断れないでしょう? それに私には由乃が1番だよ、ね?」
いつものように、乱暴にドアは開かれず、静かに、ゆっくりと開かれていった。 よし!! 効いたか?
しかし、次に私が見たのは、半分ほど開かれたドアから、ゆっくり入ってくる、だらりと伸びた真っ白い腕だった。
「って、・・・ええ、よ・由乃、由乃だよね? 冗談止めてよ。」 と同時に家の電気いっせいに消えた。
「え、え!!って、ねえ由乃なんでしょ? ほんとに冗談やめてよ、ねえ、うそでしょ、どうなってるの?」
白い腕が入ってきた後、今度は長髪をだらりと振り乱し、手と同じように真っ白い顔の女がまるで這うように『ずるずる』入ってきた。
「れ・い・ちゃん・れ・い・ちゃん・・ふ、ふふ、れ・い・ちゃん・・・ふふふふふ・・・・・」
月明かりに照らされたそれを見て、私は、息を呑んだ、雪のように白い顔、けど、血のように真っ赤な唇、私の可愛い由乃はどこ? え、よし・の・なの? え? 何なの、何なの・・・? すでに私の頭の中はパニック状態、恐怖で爆発寸前だった。
そのとき、 バンッ!! 「れ〜い〜ちゃ〜〜ん〜〜の〜〜浮気者〜〜〜〜〜!!」その白いものが勢いよくドアを空けた!!
「い、いや〜〜〜〜!! ごめんなさ〜〜い!!」 ばたん(令様失神)
「よ、由乃、さん!!私こんなこと聞いてないよ!!ただ、合図をしたらブレーカーを切って、って言われただけなのに!!」
「い、いいじゃない、夏の風物詩のお化け屋敷の一環だと思えば、それにお題にそって、私は修行の手伝いをしただけじゃない、そ、そうよ、へたれを直す修行。それに令ちゃんの両親にはちゃんと了解とってあるわよ。」
そう、先ほどの白い人物は、腕と顔を小麦粉で白くしたうえ真っ赤な口紅を引き、お下げを解き、わざとぼさぼさにした、由乃だった。
「りょっ、了解って、で、でも、令様、泡吹いて気絶してるよ、ねえ、いいの?」
「まあ、祐巳さんの言うとおりちょっと、やりすぎたかも・・・ 如何しようか?」
「そんなこと聞かれても、知らないわよ!! こんなことがお姉さまに知れたら、あわわわわ・・・」ガタガタ
私は何も知らなかったのにぃ(すでに泣いている)
あっという間に知れた。
次の日、薔薇の館というかリリアン全体に、祥子様の怒号が響いた「 祐巳!! 由乃ちゃん!! あなた達は何を考えてるの!!!! 」
私と由乃さんは首根っこを捕まれ、支倉家へ連れて行かれた。
令様のご両親の前に突き出された私たちは素直にご両親にお詫びを入れようとした、が、
「貴方たち、何をしているのかしら?」ああ、お姉さまのお顔が先ほどより怖い・・・
「ま、まあ、祥子さん、由乃ちゃんも、祐巳さんも悪気が在ったわけでは・・・」
「何を勘違いしていますの、令のお父様、お母様、何も私は祐巳と由乃ちゃんに謝罪を入れさせるために連れてきたのではありませんわ。」
「で、では、どのようなことで?」
「お・分・か・り・に・な・り・ま・せ・ん・?」お姉さまのお美しい額に、次々と青筋が立ってゆく、こ、怖い!!すごく怖い!!
「今回のことを容認したお2人も同罪です!! とりあえず4人、そこにお並びなさ〜〜〜い!!」
「「「「 は、はいいい!! 」」」」
その後、わたし、由乃さん、令様のご両親は延々と、お姉さまの説教を受けた。あまりの迫力にお父様まで涙目になっていたのを覚えている。
令様はまだうなされている「う〜ん、ごめんよ〜〜 ごめんよ〜〜 由乃〜〜 う〜ん、」
その後、リリアンでは、令様の 『あれ』 は遺伝だという噂が、まことしやかに流れた。
祥子様はため息のあと、ボソッと一言 「まったく、令もまだまだ修行が足りないわね。」
彼女の名前は、支倉令。趣味は編み物と少女小説、好きな言葉は『真心』
剣士には・・・向いてないかも・・・・
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「加東さ〜ん♪」
「何?佐藤さん」
「今ヒマ?」
「ええ、特に予定は無いけど」
「じゃあ、お茶しない?」
「良いけど・・・どうしたのよ急に?」
「今、私以外の元薔薇様二人が近くの喫茶店まで来てるのよ。そういう訳で、ご一緒にお茶でもいかがですか?加東景さん」
「そういう訳なら喜んで。白薔薇様」
こうして私は、(元)薔薇様達の集うお茶会に参加する事となった。
「初めまして、加東さん。私が元紅薔薇の水野蓉子です」
そう言って微笑んだのは、肩口で黒髪を切りそろえた綺麗な人。なるほど、佐藤さんが私に口うるさく注意されると「蓉子みたい」と言ってたのは、この人の事か。いかにも優等生って感じで、さぞや高校時代の佐藤さんには手を焼いていたのだろう。
「そして私が元黄薔薇の鳥居江利子です。って前にも言ったわね」
隣りに座っていた鳥居さんがそう言って笑う。あいかわらず綺麗なデコ・・・おっと、「デコチン」がNGワードだって佐藤さんが言ってたっけ。
「初めまして、加東景です。水野さんの噂は佐藤さんからかねがね・・・」
「あら、どんな噂なのかしら?」
水野さんが微笑みながら、佐藤さんを軽く睨んだ。
「別に・・・大した事は言ってないわよ?」
いけしゃあしゃあと言う佐藤さんに、水野さんも「どうだか・・・」なんて言いながら苦笑している。三人とも仲が良いんだろうなぁ。
それにしても、それぞれタイプは違うけど三人とも美人で、こうして揃うと壮観ね。
「加東さんには、一度会いたいと思っていたのよ。梅雨の頃に、祐巳ちゃんがお世話になったんですって?本当にありがとう」
「いえ、大した事はしてないんですよ。むしろ佐藤さんが助けてあげたようなものだし」
「あら、ずぶ濡れの祐巳ちゃんを部屋に招いて、乾かしてくれたんでしょう?」
「そうそう、あの時加東さんが居合わせなかったら、祐巳ちゃん風邪ひいてたろうね」
佐藤さんが、自分の手柄のように言う。
「じゃあ、やっぱり祐巳ちゃんの恩人ね。祐巳ちゃんは私にとっても大切な子だから、改めて言わせてね?ありがとう」
「そこまで言われるほどの事じゃないんだけど・・・」
何か急に恥ずかしくなってきたな。私は照れ隠しのように言葉を続けた。
「それに、祐巳ちゃんが本当に立ち直ったのって、やっぱりお姉さまの・・・祥子さん?と仲直りできてからなんでしょう?」
「まあ、そうかもね。なんだかんだ言っても、祐巳ちゃんは祥子大好きだからなぁ」
佐藤さんが、あの頃を懐かしむように笑った。
私は以前から疑問に思っていた事を、水野さんに聞いてみる。
「やっぱり、リリアンの姉妹っていうのは、精神的な繋がりが強いのかしら?」
「そうね。親兄弟とは違う種類の強い繋がりを持っているわね」
水野さんも、懐かしむような笑顔を見せる。
「そうか・・・じゃあやっぱり、祐巳ちゃんみたいに、お姉さまが傍に居てくれれば、妹はどんなに落ち込んでいても立ち直っちゃったりするんだ・・・」
・・・あれ?なんで水野さん、急に無表情になったんだろう?
「・・・・・・そうね、普通はお姉さまが傍で慰めてくれれば、立ち直るわね・・・・・・まあ、中には妹の顔見た途端に立ち直っちゃう特殊な子もいたけどね」
・・・・・・怒ってる?
何かトラウマ刺激しちゃったのかな・・・ 何やら「祥子ったらあの時・・・」とかブツブツ言い出してるし。
「そ、それはそうと!」
佐藤さんが、急に大声を出した。やっぱり話題変えたほうが良いのかな?
「加東さん、8月だってゆうのにホットコーヒーなんて、暑くないの?それとも薫りにこだわるほどのコーヒー好き?」
「ああ、今、奥歯の詰め物取れちゃってて、冷たいモノがしみるのよ」
私が話題に乗ると、あからさまにホっとした顔になる佐藤さん。やっぱり私は踏み込んじゃいけない所に踏み込んだのかな?
それにしては、鳥居さんは楽しそうに私達を眺めてるわね?
まあ、深く追求しないほうが身のためだろう。何か水野さんの目が怖いし。
「なんだ〜。じゃあ、歯医者に行かないとね。なんなら、付き添ってあげようか?」
「もう・・・幼稚園児じゃあるまいし、一人で歯医者くらい行けるでしょ、普通」
・・・・・・あれ?にこやかに私達を眺めてた鳥居さんまで無表情になっちゃった?
私、また何かやらかした?
「・・・・・・・・・・・・そうよね。普通、一人で歯医者くらい行けるわよね」
あ、鳥居さんに微笑みが戻ってきた。
・・・でも、さっきまでと微笑みの種類が違うような?てゆーか乾いた笑いってやつ?
遠い目をして乾いた笑みを浮かべる鳥居さんがメチャメチャ怖い。しかも「さっさと行ってれば、私もあの革命が観戦できたのに・・・」とか呟いてるし。
革命って何だろう?聞いてはいけない事なんだろうか?
「え〜と・・・そろそろお開きにしようか!」
唐突に佐藤さんが宣言する。
いくらなんでも早すぎるかとも思ったけど、水野さんと鳥居さんがこの様子じゃあ、賢明な判断かも知れないわね・・・
「そ、そうね。そうしましょうか」
水野さんと鳥居さんを刺激しないように、私は財布を取り出して、小銭を用意し始める。佐藤さんもカバンの中から財布を捜しだした。
その時、佐藤さんのカバンから、文庫本が落ちた。
「あ」
佐藤さんが呟き、本を拾い上げた。
「・・・・・・あれぇ?」
本はもう拾ったはずなのに、まだキョロキョロしている。
「どうしたの?佐藤さん」
「いや、これに挟んどいたはずなんだけど・・・何処行ったかな」
床に目をやり、辺りを捜している。
「シオリなら、私余計に持ってるから、一枚あげようか?」
「いや・・・あれぇ?何処だろう」
何やら独り言がエスカレートしつつある水野さんと鳥居さんから、一刻も早く離れたい私は、佐藤さんの様子にだんだん苛立ってきた。
「もう!いつまでもシオリにこだわっててもしょうがないでしょう?こだわってたからって、シオリがあなたのトコに帰ってくる訳でも無いでしょうに!」
・・・・・・おや?佐藤さんが固まった。
「・・・・・・そうだよね・・・いつまでもこだわってても、しょうがないよね」
あれ?私?また私、何か地雷踏んだ?
佐藤さんは立ち尽くしたまま、「帰って・・・こないよねぇ・・・」とか呟いている。
なんか泣きそうな顔で呟き続ける佐藤さんに、私はかけるべき言葉が見つからない。
ブツブツと呟き続ける3人が再起動するまでの数分間は、まさに針のムシロだった。
なんかいたたまれない感じで、こちらを伺いつつヒソヒソ話をしてる店員の視線が痛かったが、私はどうする事もできずに、ただコーヒーをすするしか無かった。
今度、佐藤さんにNGワードを書き出してもらおう・・・
とりあえず山百合会全員分のやつを。
・・・このお話は、卒業旅行シリーズの頃よりも前で、由乃さんも祐麒君も3年生。 時期は丁度今頃。 リアル時間で言うなら今年の場合は7/23ですね。・・・
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「うわ〜、すごい人出だね〜。 なんか場所取りも大変そう」
「ここは相変らずだな〜。 そうだ、向うに行こう」
「向う?」
そう言うと祐麒君は私を引っぱって、人ごみの中を掻き分けて進んでいく。
ここは京王多摩川駅からほど近い多摩川の河川敷にある遊歩道、時間は今6時45分……頃? この時間に半端じゃない人を集めて催されるのは『調布市花火大会』 私も随分昔(4〜5歳くらい?)に自覚症状が出る前は来たことはあるけれど、すぐ隣の市で催されているのに手術する前はとても来られなかった、まず令ちゃんが許さないしね。 で、今年花火大会再デビューとなったわけ、しかも彼氏つきで。
薄めの青に白の大きな乱れ菊模様の浴衣、ふんわりとした白の帯で締めてピンクの巾着、髪はアップにして来た。
履きなれない下駄なんかで来ている私を気づかって、いつもよりゆっくり歩いてくれる祐麒君。 私は彼の左手の薬指を握って、ちょっと癪だけど後を付いていく。
「この辺ならまだましだろ?」
京王相模原線の鉄橋から 200m 位上流側に陣取る、確か場所取りの大きさも制限があったはず、1m四方のビニールシートを敷いてとりあえず一息入れる。 本会場は大会実行委員会が席を用意していて個人シート席が2000円、あと値段は分からないけどガーデンチェア席とか少し下がってパイプイス席なんかも用意されているんだそうだ。 私達は当然無料本会場外だ。 花火は空に上がるんだし少し離れている方が見やすい。
「そんなに暑くなくてよかったね。 あ、そうだ、これ令ちゃんから預かってきたんだ、一緒に食べてって。 ちょっと少ないけど……」
「巾着に入る量だからね、ありがとう……って令さんに伝えといて」
「はい、承知いたしました」
祐麒君が用意していたマグライトの灯りで、令ちゃん作成のおにぎりと小さめのから揚げを食べる。 食べながら少し周りを観察すると、やはりシートを敷いている人達、カップルが多い? 暗がりで寄り添っている人影に目が行く……。 ……………。
ちょっとづつ祐麒君に近寄っていく。 ん? 祐麒君も少し寄って来てる?
腕が触れてお互いに顔を見合わせて、シートの上で指を絡める。 涼しい川面の風が通り抜けて行く。
顔が近づき少し目を閉じかけた時、下流の方からカウントダウンの声が聞こえてくる、短い時間を空けて3発の花火が連続で昇がる音がする。
「あがった〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「………………あがった………ね……」
もう少しで唇が触れるというところで、最初の一発目が夜空に光の絵を描く、続いて二発目三発目。 なんか隣で少し沈み気味の祐麒君。 理由はなんとなく分かるけど暫らくオアズケ、今は花火よ。 ごめ〜〜ん、でも、ほんとに久しぶりで来たんだもの最初から見たいじゃない。
「ねぇねぇ祐麒君、あれなにあれ! 開いた後すっごくバリバリ音が出てるけど!?」
「え? あ〜、あれはね……」
本日は1万発の光の花が開く。 綺麗で儚い夏の思い出として。
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放課後の薔薇の館。会議もひと段落し、山百合会のメンバーがお茶を楽しんでいると、ビスケット扉がノックされた。
乃梨子が扉へと向かい、応対する。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
そこにいたのは、新聞部次期部長、山口真美だった。
「本日は、みなさんにご相談があって参りました・・・」
「・・・・・・おっぱい十字軍?」
「はい」
眉をひそめながら祥子が問うと、真美は詳細を語り出した。
「まだ新聞部でも、詳細はつかんでないんですが、一部のリリアン生徒によって組織されているらしいんです」
「何よその変態丸出しなネーミングは。頭おかしいんじゃないの?」
あきれ果てた様子で由乃が吐き捨てた。
「そうね、はっきり言って異常者の群れだと思うわ」
「それで・・・その十字軍とやらは、何を目的にしているの?」
祥子はすでに怒りのオーラをまとっていた。
「頬擦りするらしいんです。おっぱい十字軍ですから、おっぱいに」
「ほ、頬擦りぃ?!」
「祐巳。大きな声を出さないの、はしたない」
「す、すいません」
「十字軍は、数人のグループで動いているらしいんです。放課後なんかに、ターゲットが一人でいる所を狙い、何人かで羽交い絞めにした後、メンバーが順々に頬擦りしていくらしいんです。納得いくまで」
「変態って言うか、痴漢の群れですね」
乃梨子が軽蔑しきった様子で呟いた。
「そうね、これはもはや犯罪者の所業よ。でも今のところ、正式に被害届けが出ている訳では無いんです。やはりリリアンはイイトコのお嬢様が多いので、自分がそんな事をされたのを知られるのが嫌なのかも知れません。あるいは、十字軍が同じリリアン生徒だという事で、報復を恐れているのかも・・・ 今回も、たまたま妹の日出美が、十字軍に襲われている生徒を見かけたから発覚したんであって、正確な被害者数は確認できていません」
「その・・・彼女らの団体名は、どうやって突き止めたのかしら?」
志摩子はその名を口にするのが恥ずかしいらしく、“彼女ら”と表現するに止めた。
「日出美が遭遇したときには、もう全てが終わった後だったの。丁度、最後のメンバーが頬擦りしていたそうよ。その時、彼女らのリーダーらしき人物が『おっぱい十字軍に栄光あれ』と呟いたそうよ。その場にいた他のメンバーも『栄光あれ』と続いた後、バラバラに散開してしまったんで、日出美はとっさには後を追えなかったらしいわ。ちなみに、被害者も日出美に気付いて逃げてしまったそうよ」
「集団で襲うなんて・・・最低のゴミどもね!」
怒りもあらわに祥子が吠えた。
「今の所、判明しているのは、犯人が複数でグループを形成してる事、それと、全員が白いトンガリ帽子の覆面を被っていた事、それだけなんです。そこで、今日ご相談したいのは・・・」
「判ったわ真美さん。山百合会も調査に協力します」
他の山百合会メンバーも異論は無かった。
被害者が増える前に十字軍の正体を突き止め、彼女らを止めなければならない。
「ありがとうございます。紅薔薇様」
「当然よ!祐巳のおっぱいは、私だけのモノよ!!」
・・・いろんな意味で、怖くて誰も突っ込めなかった。
祐巳は令に助けを求める視線を送ったが、思いっきり目をそらされた。
「・・・・・・それでは宜しくお願いします」
深くかかわるのはヤバイと判断した真美は、一礼して、素早く館から出て行ってしまった。他のメンバーも「それじゃあ、さっそく調査に・・・」とか言いながら館を後にする。
祐巳もそれについて行き、薔薇の館には、まだ何か呟き続ける祥子だけが残った。
「・・・そうよ、羽交い絞めなんて邪道よ。むしろ後ろから揉みしだいて・・・」
祐巳限定で、十字軍よりヤバイかも知れなかった。
その日は結局、もう遅いからという理由で解散となった。
令は剣道部でそれとなく探りを入れてくると言って、別行動を取っていた。
「とりあえず明日からが本番ね。それにしても何考えて生きてんのかしら、そいつら」
由乃はすでに青信号が灯ってるようだ。
「まあ、異常者の思考なんか、推測するだけ無駄でしょう。普通に生きてる私達には理解できない理念で動いてるからこそ異常者なんでしょうし・・・」
乃梨子も普段より機嫌が悪い。おそらく、志摩子がターゲットにされる事を警戒しているのだろう。
「でも、調査するにしても、どこから手をつければ良いのかしら」
志摩子が疑問を口にする。相手がリリアン生徒だと判っていても、学園全体となると、山百合会だけではカバーしきれないだろう。
「ドラマとかだと、こういう時犯人は現場に戻ってきたりするんだよね!」
祐巳が勢い込んで言う。
「祐巳さん・・・ドラマじゃないし、だいたい現場が日出美ちゃんの見た場所だけとは限らないのよ?真美さんも正確な被害は判ってないって言ってたし。へたすりゃリリアン全体が現場よ!」
由乃が呆れて言う。祐巳もその言葉にショボンとなってしまった。
「いや、犯人は戻ってくるっていうのは、良い着眼点かも知れません」
乃梨子は何やら考え込みながら言う。
「だから現場は・・・」
「いえ、現場を押さえるって意味じゃありません由乃さま」
「? じゃあ、何処に戻るっていうのよ」
「戻るという表現も、少し違いますが・・・ 犯人が現れる場所は特定できるはずです」
「それって何処よ!」
由乃は、今にも走り出しそうな様子で問い詰める。
「おっぱい十字軍は、おっぱいのある所に集うはずです」
「! そうね。それなら出現場所を絞り込めるかもしれないわね。さすがね乃梨子」
「えっと・・・どういう事? おっぱいなら、みんな付いてるんじゃない?」
子狸の脳には理解できなかったようだ。由乃が溜息をつきながら補足説明する。
「あのね、祐巳さん。やつらはおっぱい十字軍なんて名乗るくらいの変態集団だから、おっぱいのマニアな訳よ」
「うん」
「マニアっていうやつは、自らのコダワリに基づいて行動する。つまり・・・」
「あ!理想のおっぱいに誘われて集まってくるって事?」
「そういう事よ」
おっぱいおっぱいと連呼する祐巳と由乃の隣りで、志摩子が一人で頬を赤くしていた。
「つまりは思わず頬擦りしたくなるようなおっぱいの持ち主を見張っていれば、やつらは必ず現れるはずよ」
「そうかぁ・・・って、具体的にはどんなおっぱいに誘われてくるんだろう?」
「そうねぇ・・・志摩子さんなんか危ないんじゃない?結構大きいし」
「ああー。なんか柔らかそうだしねぇ・・・」
「よ、由乃さん!祐巳さんまで!」
志摩子はもう、耳の先まで真っ赤になっていた。となりでは、乃梨子が益々不機嫌に黙り込んでいた。由乃の意見が正しいと推測したのだろう。
「それと、やつらはたぶん、リリアンの中でしか動かないと思うわ。さすがに街中でそんな事やった日には、警察が乗り出してくるだろうし・・・」
「そうですね。しかも、学園の中なら覆面を脱げば、一般の生徒に紛れる事もできる」
由乃と乃梨子の推測が、徐々に十字軍の行動を絞り込んでゆく。
隣りでは、あっけにとられた子狸が、ポカンと口を開けていた。そんな祐巳を見て、由乃はふと思いつく。
「あと、祐巳さんなんかも危ないかもね」
「私も?!え・・・だって私、そんなに大きくないよ?」
「希少価値・・・ですか」
乃梨子が呟く。
「そう。なんてったって紅薔薇の蕾ですもの。人気があるうえに、なんだか襲いやすそうじゃない」
「そ、そんなぁ・・・」
「いえ、あながち無いとも言い切れませんよ。マニアはレアなモノに群れますから」
乃梨子にトドメを刺されて、祐巳は早くも泣きそうになっていた。
「まあ、常に複数で動くとかしていれば大丈夫でしょうけど、油断しない事ね」
「・・・・・・どうやら、そんなに甘いモノでもなかったみたいですよ」
乃梨子の言葉に、全員がはっとなる。その時にはすでに、六人の白覆面に囲まれていた。
「上等よ。この場で残らず叩きのめしてやるわ!」
由乃は素早く竹刀を取り出し、正眼に構える。
「乃梨子ちゃん!急いで令ちゃんを呼んできて!まだ部室のほうにいると思うから。志摩子さんと祐巳さんは、とりあえず校外まで逃げて!」
「由乃さま!」
「大丈夫よ。だてに剣道部で鍛えてる訳じゃないから」
おっぱい十字軍に睨みを聞かせながら言う由乃の様子に、他の3人は、同時に走り始めた。
「さあ、かかってらっしゃい!!」
由乃は自らを鼓舞するように、気合を発する。
それに対し、白覆面はピクリとも動かなかった。
(・・・?なんで誰も志摩子さん達を追わないのかしら?)
由乃が不審に思っていると、十字軍が間合いを詰めてくる。
(来る!)
しかし、十字軍には、由乃を倒そうという雰囲気がかんじられない。
由乃が不審感感を強めていると、なにかこもった音が聞こえてくるのに気付いた。
フコー・・・フコー・・・フコー!・・・フコー!フコー!フコッ!フコッ!フコッ!
(えっと・・・これは・・・・・・鼻息?)
そう、それはやつらの呼吸音だった。ジリジリと間合いを詰めながら、呼吸音もまた激しくなってゆく。
(鼻息が荒いって事は・・・興奮してるって事よね?)
もはや十字軍は竹刀の間合いに入っているのだが、妙なプレッシャーを感じ、由乃は攻撃できずにいた。
(もしかして・・・・・・)
その時、後ろから接近していた十字軍の二人が、同時に由乃へ襲い掛かった。
(ターゲットは私?!)
その後はもう、獲物に群がる肉食獣のように、十字軍が密集してきた。
「ちょ!・・・・・・なんでわた・・・・キャァァァッ!!」
あわれな犠牲者の視界は、白覆面で埋め尽くされ、その耳には、荒い鼻息だけが響き渡っていた。
二条乃梨子は焦っていた。結局、令を見つける事ができず、たまたま通りかかった祥子(妄想より帰還したらしい)を伴ない、由乃と別れた場所へと全力疾走する。
なぜか祥子の右手にはバラ鞭(紅椿:9尾バラ鞭:赤 web価格5050)が握られていたが、乃梨子はあえて見なかった事にした。
「くっ!・・・・・・これは・・・祐巳に使うはず・・・だったのに・・・」
荒い息に混じる祥子の呟きも、聞かなかった事にした。
「由乃さま!」
さっきの場所まで戻ってきたが、由乃の姿が無い。慌てて辺りを見回すと、公孫樹の根本に、ぐったりと由乃が座り込んでいた。
「由乃ちゃん!怪我はないの?!」
祥子も駆け寄って、由乃を抱き起こす。だいぶ精神的なダメージがあったらしく、まだ目の焦点が合ってない感じだが、
「あいつら・・・・・・次は殺す!・・・絶対殺す!」
まだ闘志は失っていないらしかった。
その後、校門の外にいた祐巳や志摩子と合流し、由乃を自宅までみんなで送り、その日は成すすべも無く解散となったのだった。
翌日、由乃は意外にも、元気いっぱいに登校してきた。
「ごきげんよう由乃さん。大丈夫なの?」
祐巳が心配そうに聞くが、由乃は何やら元気が有り余っている感じだった。
「平気よ!それと祐巳さん。やつらの活動はもう無いから、安心して良いわよ」
「え?!どういう事?」
「まあ、放課後に薔薇の館で詳しく話すわ。祥子さまにも、そう伝えといてくれる?」
「うん、それは良いけど・・・」
「じゃ、私は志摩子さん達にも伝えてくるわ!」
話はここで終わりだとでも言うように、由乃は教室を出ていってしまった。
放課後、山百合会のメンバーと山口真美、高知日出美の二人は、薔薇の館に集合していた。
「じゃあ、説明してもらえるかしら?由乃ちゃん」
「その前に、ワッフルでもいかがですか?ウチのお姉さま特製です」
そう言って、由乃はワッフルを配り始める。祐巳などはさっそく齧り付いて「おいしい!」と歓声を上げている。隣では祥子が「はしたないわよ祐巳」などと言いっているが表情は緩みきっていて、ハンカチで食べかすの付いた口元を拭いてやったりしている。
祥子がそのハンカチを真空パック用の容器に入れているのを、乃梨子は目撃してしまったが、やはり見なかった事にした。何に使う気かも考えない事にした。
「そういえば令さまは?」
志摩子が聞いてくる。
「あ、今日は休み」
由乃が軽く答える。そして全員を見渡すと、オモムロに話し始めた。
「じゃあ、説明を始めます。その前に、新聞部のお二人」
「「はい?」」
新聞部姉妹の声が綺麗に重なった。
「今回の件。記事にするつもり?」
由乃の問いに、真美が表情を引き締める。
「今回の事、いくら女性同士とはいえ、へたに騒ぎにしたら、痴漢行為で警察沙汰にもなりかねません。由乃さんの言うように、今後一切十字軍の活動が無いという事なら、ここにいる人間の胸の内に収めてもらおうと思います。いくら倒錯した趣味の持ち主達の事とはいえ、今後の人生に大きく関わる事ですから」
「そう、良かった。もう、おっぱい十字軍なんてふざけた組織は壊滅したも同然だから、これから話す事も、みなさんの胸の内に収めてもらうという事で良いですか?紅薔薇様」
「由乃ちゃんがそこまで言うなら、異存は無いわ。みんなも良いわね?」
祥子が見渡すと、全員がうなずいた。
「では、事件の詳細を説明します。まず、十字軍は当初、たんにおっぱいの感触が好きな軽い変態の集まりだったようです。主に運動部の間で、同好の士が集まるとおっぱいについて語り合う、そんな暗い変態集団だったらしいです」
全員が「嫌な語り合いだな」と思う中、恐る恐る日出美が手を上げた。
「あの・・・何故運動部が中心に?」
「・・・恐らく、一緒に着替えたり、柔軟体操で密着したりで、何かと触れる機会が多かったからじゃない?まあ、成り立ちはともかく、最初は実力行使に出たりはしなかったらしいんだけど、ある部活で着替えている最中に、ふざけて頬擦りした団員がいたそうなの。その場は冗談で済んだらしいけど」
《冗談でもイヤだなぁ・・・》
全員が心の中で突っ込んだ。
「で、その団員が、あまりの気持ち良さに、思わず他の団員に勧めたらしいのよ。アレは是非一度体験するべきだって」
《そいつが元凶かよ・・・》
「そこから暴走が始まったらしいわ。元々みんな運動部に所属しているもんだから、変に体力に自身があるし、チームでの連携プレイが得意な団員もいたりしたりで、ああいった集団での暴挙にでたらしいわ」
《チームプレイが得意な体力自慢の痴漢って最悪だな・・・》
「で、触り心地の良さそうなおっぱいを見つける度に、人気の無い所で襲っていたって訳よ」
《もしかして、今の内に全員逮捕されといたほうが良いかも?やっぱり通報しとくべきかなぁ・・・》
全員が、この事件を秘密裏にする事を後悔し始めた時、乃梨子が手を上げた。
「十字軍の正体はあらかた判りました。それで、十字軍の活動がもう無いという根拠は?そもそも、昨日帰宅してから今朝までの間に、どうやって由乃さまはその事実を掴んだんですか?」
乃梨子の質問に、由乃は苦虫を噛み潰したような顔になりながら答えた。
「・・・昨日ね、帰ってから部屋で悔しさにジリジリしてたら、なんかヤケに申し訳無さそうにしてたのよ」
《?》
「最初は、私が襲われてた時に何も出来なかった事で後悔してるのかと思ったんだけど、なんかそれにしちゃあ様子がおかしかったのよ」
《???》
「で、ピンときてね。何か十字軍について知ってるか問い詰めたのよ」
「えと・・・様子がおかしくて問い詰めたって事は・・・」
祐巳が信じられないといった顔で質問する。
「・・・・・・・・・・・・昨日の集団の中に居やがったのよ!令ちゃんが!!」
「「「ええぇぇぇぇっ?!」」」
全員の悲鳴が響いた。
「なんかね・・・ごめんねとか謝ってたけど、締め上げたら、十字軍設立当初からの団員だったらしくてね・・・・・・しかも、昨日最初に頬擦りしてきたのが、他ならぬ令ちゃんだったらしくてね・・・・・・なんかもう情けなくて、マウントポジションに持ち込んで、竹刀の柄でメッタ打ちにしちゃったわよもう」
《死んでないだろうな、ソレ》
「その後、サンドバッグ状に縛り上げて、体力の続く限りミドルキックを叩き込んでやったわ」
《・・・死んだかもな、ソレ》
「まあ、とりあえずみんなにも迷惑かけたから、折檻のあとに、このワッフル焼かせたんだけど・・・みんな当分は令ちゃんの事は奴隷だと思って良いからね」
《うわ〜容赦無ぇなぁ》
祐巳はなんとなく、齧っていたワッフルを置いてしまった。
(由乃さんのおっぱい揉んだ手で、このワッフルの生地もこねたのかなぁ・・・)
もう食べる気がしなくなってしまった。周りを見ると、もう誰一人ワッフルに手を出そうとはしなかった。
「そんな訳で、令ちゃん締め上げれば、他の団員の情報も引き出せるだろうけど、もう令ちゃん経由で情報が漏れた事は、令ちゃん自身の口から他の団員に伝えさせたから、やつらは二度と活動はしないわ。もし活動すれば、今度こそ全員警察に引き渡すとも伝えさせたから」
室内は水を打ったように静まり返っていた。全員が今後、令とどういう顔で会えば良いか悩んでいるようだ。
「令の自業自得とはいえ、後味の悪い事件だったわね。でも・・・」
祥子が溜息と共に言う。
「普段から由乃ちゃんの奴隷みたいなものだったし・・・別にこれからの付き合い方を変えなくても良さそうね」
由乃は何か良いたそうだったが、結局何も言い返せなかった。
そして残りのメンバーも
《それもそうか》
と、納得してしまい、この事件は幕を閉じたのであった。
「あの・・・由乃さん」
「何?志摩子さん」
志摩子がおずおずと手を上げた。
「答えたくないならば答えなくても良いのだけど・・・何故、由乃さんがターゲットにされたのかしら?」
それは、全員が不思議に思っていた事だった。令の趣味だといえば、そうなのだろうけども、他ならぬ由乃自身の口から「触り心地のよさそうなおっぱい」が主なターゲットだったと聞いたはずである。
その質問を聞いた途端、由乃の顔が鬼のように引きつった。
「あ、ごめんなさい。聞いちゃいけない事だったかしら・・・」
「いや、いいのよ。ついでだから、教えとくわ」
由乃は一つ息をついて落ち着きを取り戻すと、ゆっくりと語り始めた。
「十字軍はね、設立当初から“巨乳派”と“貧乳派”に分かれてたらしくてね」
なるほど、今回の犯人達は“貧乳派”だったようだ。
「変態にも流派があるんだ・・・」
乃梨子が呆然と呟いた。
「しかも、“貧乳派”の中でも“文化系少女主義者”と“体育会系少女主義者”に分かれてたらしくてね・・・」
《実際、全部で何人いたんだろう?》
あらためて十字軍の全容を聞かされ、全員が戦慄する中、由乃は語り続ける。
「私、手術前はいかにも弱々しくて、文化系な感じだったでしょう?それが、最近は剣道部に入っちゃったもんだから、体育会系に変わって、結局“貧乳派”の派閥の両方から狙われたらしいのよ。なんか二つの派閥は相容れない存在だったらしいんだけど、私を狙う事で初めて団結したとかで・・・」
心底情けなさそうに、由乃は拳を握り締めた。
全員がいたたまれない目で由乃を見ていたが、由乃は語りに熱中していて気付かない。それどころか、徐々にヒートアップしてきた。
「じゃあ“巨乳派”の連中は志摩子さんあたりでも狙ってたのかって聞いたら、(あの儚げな感じを汚したくないから)とかで不可侵の存在だったって言うし!じゃあ、私は汚しても良いんかい!!」
もはや青信号通り越してロケットに点火状態だ。
「ああもう!思い出したらまた腹立ってきた!帰ってもういっぺん折檻だわ!」
猛り狂う由乃を志摩子と祐巳が二人がかりで止めたが、令は結局、翌日も登校できなかったという。
※このSSは、【No:263】のSSと繋がっています。先にそちらを読む事をお薦めします
・・・・・・「そんなモン続けんな」って突っ込みは無しな方向でお願いします。
「十字軍がまた活動してるですって?!」
由乃の絶叫が、放課後の薔薇の館にこだました。
「そんなに死にたいかぁぁぁっ!!!」
「まって由乃!私じゃ・・・おぐわぁっ!」
その日、由乃の剣は音速を超えたらしい。
放課後の薔薇の館に、山百合会のメンバーと新聞部の山口真美、高知日出美が集まっていた。全員が、緊張の面持ちで座っている。
まあ、約一名、ボロボロになって床に転がっていたが、誰も気にしていなかった。
「もう、違うなら違うって最初に言いなさいよ」
「そんな・・・由乃が聞いてくれな・・・・・・すいません、花瓶は勘弁して下さい。死ぬから」
薔薇の館を訪ねてきた新聞部姉妹がもたらしたのは、おっぱい十字軍が活動を再開したという情報だった。
「で?令じゃないとすると、他のメンバーが活動を再開したという事かしら」
祥子は冷えきった視線で令を問い詰める。
「いや・・・それも無いと思うんだ。みんな私が必要以上にズタボロになって登校してきたのを見てるはずだから」
「じゃあ、今度は必要な分だけズタボロにしましょうか?」
「ポットはやめて!ていうかフタ開いてるし!」
「フタがどうしたっていうの?」
「熱っ!!やめて由・・・熱うっ!!」
「由乃さん、もうその辺にしておこうよ・・・」
このままほっておいたら世界残酷ショーを見せられかねないので、祐巳が止めに入る。
「ううっ。ありがとう祐巳ちゃん」
「触らないで下さい。変態がうつりますから」
「ひ、酷いよ祐巳ちゃん・・・」
おっぱい十字軍にいたせいで、いまだに令の格付けは最底辺のままだった。それはともかく。
「でもおかしいわね。令の知るメンバーなら、次は無いって事を知っているはずよ。同じ暴挙に出るとは思えないわ」
祥子はそう分析する。実際、「次は警察に突き出す」と言われ、それでも犯行を繰り返す根性の入った変態は、さすがに居ないだろう。もし再びおっぱい十字軍としての活動を再開するのなら、その後の人生と引き換えなのだから。
「真美さん、何か情報は掴んでないの?」
志摩子が尋ねると、真美も困った顔になる。
「まだ何も。今回は私自身が現場を目撃したんだけど・・・その後、運動部を中心に探り入れてみたけど、収穫無しよ」
「何か特徴はありませんでしたか?背が高いとか、太っていたとか・・・」
乃梨子も手がかりが無いか聞いてくる。
「前回と同じよ。白覆面の集団が数人がかりで襲っていたわ」
「変態どもめ・・・今度こそ引導渡してやるわ」
由乃は早くも竹刀を握りしめていた。
「真美さん、見た目ではなくて、何か行動に特徴は無かったの?」
祐巳は別の視点から犯人像を割り出そうとしている。
「行動ねぇ・・・」
「逃げる時に、すごく足が速かったとか・・・怪我をして足を引きずっていたとか・・・」
「そうねぇ。しいて言えば、やけに引き際が良かったかしら?わたしが『何をしてるの!』って声をかけたら、一瞬でバラバラに散開したわ。何か統制の取れた動きって感じで」
その言葉を聞いて、令が疑問の声を上げた。
「一瞬で?なんの未練も無さそうだったの?」
「ええ、全員が一瞬で」
その言葉に、令は何やら考え込んでしまった。
「何よ令ちゃん。何か思い当たるフシでも・・・まさかやっぱり前回の事件の時のメンバーが・・・」
「ち、違う!違うからイスを置いて!」
「じゃあ何?!」
由乃にイスで脅されながら、令が自分の意見を述べる。
「とりあえず、私の知る十字軍のメンバーじゃないと思う。あの当時のメンバーなら、そこにおっぱいがあるのに、何の未練も無く逃げ出せやしないはずだから・・・」
「なるほど、変態は変態を知るって事ですね」
「乃梨子ちゃん、酷いよ・・・」
「気安く名前を呼ばないで下さい」
「うっ・・・早く人間扱いされたい」
なんかもう令の扱いは、迷い込んできた野良犬以下だった。それはさておき。
何か思うところがあるのか、祥子が意見を言う。
「そうね・・・変態のことは変態に聞くのが一番でしょうから、令の言うとおり、当時の十字軍とは別物と見るのが正しいのかも。いずれにせよ情報が少なすぎるわ。今日の所は全員で下校して、明日また改めて集まりましょう。良いわね?」
ここで議論していても、犯人が判る訳でもない。一同が祥子の意見に賛成し、今日は下校する事になった。
「それにしても、今回のほうが厄介かも知れないわね」
まだ竹刀を握っている由乃は忌々しげに呟く。
「そうですね。前回はある意味判りやすい変態が相手でしたから、ターゲットの予測もつき易かった。そういう意味では、今回は犯人の行動が予測できません」
乃梨子も不機嫌だ。前回は自分の予測が(由乃共々)外れていたので、今回は何としてでも自らの推理で犯人を特定したいのかも知れない。
「いったい、何を基準に襲ってるんだろう?」
祐巳は不安げに呟く。前回は“巨乳派”にも“貧乳派”にも属さず、ターゲットにはなりえなかったが、今回は予測がつかないのだ。
「そう言えば、前回はお姉さまも“巨乳派”に狙われていたかも知れないんですよね」
祐巳は祥子を振り返る。
「・・・いや、それは無かったよ」
令がおずおずと言った。
「あら、どうして?志摩子みたいに“不可侵”の存在だったのかしら?」
祥子が聞くと、令は何やら目をそらした。
「・・・・・・由乃ちゃん」
由乃がカバンからコンパスを取り出して令に向けると、令が慌てて喋りだした。
「言う!言うから!針の部分コッチ向けないで!」
「それで?」
祥子の問いかけに、令はしぶしぶ話す。
「えっと・・・単純に報復が怖かっただけ・・・」
「由乃ちゃん、カッターとか持ってない?」
「素直に喋ったのに?!」
「持ってますよ」
「持ってるの?!」
しかし、祥子はカッターを受け取らず、溜息を一つついた。
「解決の糸口が掴めないからって、令を虐めて憂さ晴らししても仕方ないわね」
「私の存在って、いったい・・・」
なんかもうサンドバッグ並みの扱いを受けて、令が落ち込む。
しかし、解決の糸口が掴めないのは事実であり、その事が一同の雰囲気を暗くしていた。
「志摩子さんは何か良いアイディア無いかな?」
乃梨子が問いかけると、志摩子は微笑みながら、祐巳の後ろに回る。
「そうね、犯人グループは・・・こんな感じかしら?」
そっと祐巳を羽交い絞めにする志摩子。その行動の意味が判らずに、一同が戸惑っていると、志摩子の背後から白覆面の集団が現れた。
「な!志摩子、あなたまさか・・・」
祥子の射るような視線を平然と受け流し、志摩子は微笑んでいる。
「今回の十字軍は、別に変態集団って訳じゃないんですよ?」
「どういうつもりよ!志摩子さん!」
由乃は竹刀を構えるが、それでも志摩子は余裕の微笑みを見せる。
「今回編成された十字軍は、リリアンの父兄によって組織されたの」
「志摩子さん?!」
乃梨子は、どう動いて良いのか判らなかった。どんな敵だろうと叩き潰すつもりだったが、まさか相手が自分の大切な姉だとは思わなかったのだ。
「今回の十字軍の目的はね?良家のお嬢様に、ある種のトラウマを植えつける事なの」
「と、トラウマ?」
真美も次の行動に移れないでいた。
「そう。自分の娘が大切な父兄の方々は、娘がむやみに男性に近付かないようにするにはどうすれば良いのか模索していたの。その中に偶然、前回の十字軍の被害者のお父様がいらしてね?十字軍に襲われてから、自分の娘がひどく触られる事に嫌悪感を抱いている事に気付いたの」
「まさか・・・」
令が蒼白になる。
「そう。ある種のトラウマを植えつける事ができたなら、自分の大切な娘が、自ら男性に近付く事を拒絶するんじゃないかと考えたのよ」
「十字軍を使って、男性恐怖症にしようっての?」
由乃が間合いを詰めようとするが、十字軍に阻まれる。
「触れられる事を恐れていれば、自動的に人に対して距離を取る。そんな防御反応をかわいい娘達に植え付けるために・・・」
「十字軍を再開したって訳ね」
令がうつむく。前回も今回も、発端が自分達なのだから、ショックも大きかった。ましてやそれが、トラウマを産んでいたとなれば尚更だ。
「許せないわね」
祥子が一歩前へ出る。十字軍が阻もうとするが、祥子の鋭い眼光にたじろいでしまう。
「理念も手段も許せないわ。だいたいそれは男性恐怖症ではなく、人間恐怖症って言うのよ!そんなんで、その後の人生にまで影響が出たら、どう責任を取るつもりなの!」
祥子はなおも志摩子に詰め寄ろうとするが、祐巳を楯にされ、思うように近づけない。
そんな時、志摩子が囁いた。
「祥子さま。十字軍に入りませんか?」
「何を馬鹿な事を・・・」
「今なら、祐巳さんを好きにできますよ?」
祥子はなんとなく、羽交い絞めにされている祐巳を見る。
「・・・・・・・・・・・・」
「十字軍に栄光を」
志摩子が唱え、
「十字軍に栄光を」
祥子が続いた。
《寝返りやがった!!》
二人を除く全員が、心の中で叫ぶ。十字軍までも。
「乃梨子」
「何、志摩子さん」
志摩子は勤めて冷静に答える。未だにどうしたら良いのか判断が付きかねていたのだ。
「私ね・・・あの・・・」
「だから何?」
志摩子がモジモジと頬を染めて、何か言おうとしている。
「乃梨子になら・・・頬擦りされても良いのよ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「十字軍に栄光を」
「十字軍に栄光を」
《コイツも寝返りやがった!》
「ちょっと乃梨子ちゃん!あんたおっぱい十字軍なんて異常者だって言い切ってたじゃない!」
由乃が激激高して叫ぶ。が、
「由乃さま」
「何よ」
「人間は、常に進化し続ける生き物なんですよ」
「うわ・・・冷静に開き直りやがった。しかも嫌な方向に」
「・・・・・・前々から、大きくて柔らかそうだなぁとは思ってたんですよ」
「・・・ついでにカミングアウトしやがった」
もはや見方は3人だけ。由乃が焦っていると、志摩子は令に優しく語りかけた。
「令さま。こちらにはあなたの理想が待ってますよ?」
「私はもう・・・」
「この人数なら、由乃さんを抑えるのも容易いですし・・・」
「由乃を裏切る訳には・・・」
「こっちに来れば、ちゃんと人間扱いされますよ?」
「十字軍に栄光を!」
「・・・・・・令ちゃん、後で産まれてきたことを後悔させてあげるからね?」
由乃の暗い呟きに、一瞬ビクッとなる令だったが、志摩子の後ろに隠れて出てこない。
まあ、まともに人間扱いして欲しいのだろう。てゆーか、今までの日々が辛すぎたのだろう。
「真美さん、日出美ちゃん」
志摩子は、新聞部姉妹に語りかける。
「こういう言い方は嫌なんだけど・・・・・・薔薇様3人に逆らって、瓦版を発行できるのかしら?」
「・・・権力に屈した報道機関なんて、存在価値が無いわ」
「日出美ちゃんにも苦労を掛けても?」
「!」
「廃部になったら、三奈子さまも悲しむでしょうねぇ」
「・・・・・・・・・」
「十字軍に栄光を」
「くっ・・・・・・十字軍に栄光を」
「お姉さま!」
「日出美。あなたまで巻き込む訳にはいかないわ」
「日出美ちゃん?」
「・・・・・・・・・十字軍に栄光を」
新聞部姉妹は、権力に屈した。
由乃は追い詰められていた。もう味方はいない。竹刀を握る手に、嫌な汗が滲む。
「由乃さん?」
「・・・・・・・・・・・・」
「仕方ないわね。十字軍のみなさん、実力でねじ伏せて下さいますか?」
「えっ?!ちょ、ちょっと!説得無し?!なんで私にだけ実力行使なのよ?!」
「まあ、オチみたいなモノだから・・・」
「ひどっ?!なんで私がオチなのよ!そういう役なら、そこにいる祐巳さんでも良いじゃない!」
「由乃さん?!」
「何よ!友達ってのは損な役回りをするものだって言ってたじゃない!」
「うわっひどっ!?その言葉、そっくりそのままお返しするわよ!」
「それじゃあ、十字軍のみなさん。お願いします」
志摩子は何事も無かったかのように号令をかけた。
「え?結局私なの?!なんで2回も・・・イヤァァァッ!!」
前回同様、由乃は十字軍の犠牲となった。
いや、おっぱいに愛情も何も無い今回の十字軍の機械的な動きは、前回以上に由乃の精神にダメージを与えた。
こうして第二次十字軍は、白い戦女神を得て、リリアン制圧を成し遂げたのだった。
ちなみに、白い戦女神は、「公孫樹の樹を今の5倍植える」とかいう条件で買収されたとかなんとか・・・
マリみてで逆行モノが読みたいという不埒な考えの元、キーワードと登録してしまった
んですが、お題だけ登録しおいて自分で書かないというのは、作家さま方にあまりに失礼
なのではないかと思い当たり、投稿させていただきました。ちょっと場違いだったかも。
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なんだか早く起きてしまったので早めに家を出、いつもより早く学校に着いてしまった。
この時間、校門から続く道はまだ生徒の姿がまばらだ。偶には早く来るのも良いもんだなどと思いつつ祐巳はのんびりと銀杏並木を歩いて二股の分かれ道まで来、いつものように手を合わせてマリアさまにお祈りをした。
(マリア様、今日も一日見守ってください。あと早くお姉さまに会いたい)
そんないつものプラスアルファのお祈りが通じたのか、校舎の方へ向かおうとしたところで後ろから「お待ちなさい」と凛とした声が響いた。
その聞き慣れた声は間違えるはずもなく、祐巳は優雅に振り返ると満面の笑みを浮かべて言った。
「ごきげんよう、お姉さま」
今日もお姉さまのお顔は麗しく早朝のせいか少しだけぼーっとしたご様子が祐巳の目にはむしろ神秘的にさえ見えて……。
(あれ?)
どうしたことか、お姉さまは「ごきげんよう、祐巳」と返事が返さないで、訝しげに祐巳を見つめていた。
「どうかされましたか?」
「ごきげんよう、聞き間違いじゃなければいまあなた今『お姉さま』と言ったかしら?」
「え?」
そんなことを言うなんて、昨日は夜更かしなさって寝不足なのかしら。お姉さま朝は弱いお方だし。
そう思ってちょっとおどけてこう言った。
「ええ、間違いじゃありません。祥子さまのことを『お姉さま』と呼んだのは、不肖ながらあなたの妹、福沢祐巳です。お姉さま」
「それはおかしいわね、いつの間に私は妹をもったのかしら。ねえ祐巳さん?」
お顔に出ていないけどお姉さま何かご機嫌が悪いのかしら。それとも何かお考えがあってこんなお芝居を続けられるのか?
「えーっと、それは忘れもしない去年の学園祭の後、後夜祭の時校庭の隅で……」
「あら、それは無理があるわよ。去年私は一年生。下級生ならあなたはそのとき中等部でしょ?」
「へ?」
なんで中等部? いま祐巳は二年生だから、去年は一年生だ。
祥子さまは不可解なことをおっしゃる。
「思い出したわ。その髪型マリア祭で見た覚えがある」
一年生のマリア祭の時すでに祐巳を覚えてくれていたなんて嬉しい事実に顔がほころぶ。いや問題はそこじゃなくって。
お姉さまは襟の内側からなにやら鎖を取り出していた。
「それに、あなたが妹だって主張しても私のロザリオはちゃんとここにあるわ」
それは確かにあの時お姉さまからいただいた筈のロザリオだった。
「ええええっ!?」
そんな筈は、と襟元を確認、確認……。
……そういえば、今朝はロザリオを首にかけていなかった?
珍しく早起きしたせいで忘れていたのかもしれない。
ロザリオを首にかけるのは習慣になっていたから、いちいち意識してなかったし。
でもどうしてそれをお姉さまがもっているの?
混乱する祐巳に息がかかるほど近づいてお姉さまが言った。
「祐巳さん」
「はいっ」
「持って」
お姉さまは自分で持っていた鞄を祐巳に差し出した。
「あ、はい」
思わず受け取ったけどこれって……
そして祐巳のタイに手を伸ばし、手早く形を整えた後、お姉さまはそのお美しい顔でにっこり笑われた。
「罰ゲームか何かかしら?」
「ほぇ?」
「でも何でかしら、不快じゃなかったわ」
「あ、あの……」
「楽しいひと時をありがとう。授業に遅れないようになさいね」
そう言って「ごきげんよう」と去っていく後姿を祐巳は呆然と立ち尽くして見送った。
「へんな祐巳さん。どうしてそんなこと聞くの?」
今年の3月まではそうであった一年生の教室の自分の席につくと、祐巳は前の席の桂さんに今日が何年何月何日かを確認した。
「どっきりとかじゃなくて、本っ当にそうなのね?」
祐巳が真剣にそう聞き返すと、桂さんはなぜか心配そうな顔をした。
「祐巳さん、大丈夫? もしかして具合悪い?」
そういって祐巳のおでこに手をあてた。
「だっ、大丈夫……」
なのかな? だってみんなと祐巳で認識が一年もずれてる。
でもいまの桂さんの表情を見て、これ以上主張しても自分がおかしく見られるだけだと分かった。
タイムスリップ? そんな馬鹿な。
でも、目の前の現実は自分の昨日は確かに二年生だった筈という記憶よりもずっとリアルに現実だった。
「なんか夢、見てたみたいだから……」
そう言い訳を口に出してふと思う。祥子さまと姉妹になっていろいろなことがあって、それでも何とか乗り越えて来たのは実は全部夢だったとか?
「祐巳さん!」
「え」
急に桂さんは立ち上がって私の手を引いた。
「保健室いこ!」
「なんで?」
「涙出るほどつらいなら言ってよ。ほら早く」
「涙?」
「こんなに顔色悪いのに」
顔に手をやるといつのまに流れたのか頬がぬれていた。
「祐巳さん」
自分を呼ぶ声に目がさめると目の前には桂さんがいた。
「……なあにそのがっかりした顔」
ここは保健室。
目がさめたら夢だった、なんて期待してたから桂さんの顔に思い切りがっかりしたのだ。
「でも、顔色良さそうね。お昼どうする?」
「あ、うん」
ショックだったけど、こうなった理由もわからないけど、目の前の現実がこうである以上それにしたがって生きるしかないという、一種の悟りというか諦めというか、一眠りしたらなんか覚悟が出来てしまっていた。
結局、午前中の授業をサボって寝ていたわけだが、しっかりお腹はすいていて、教室に戻って桂さんとお弁当を食べた。
放課後になって掃除の後、蔦子さんが祐巳のところにやってきた。
もちろんあの写真の件だ。
しかし、覚えのあるやり取りの末、目の前に出てきた写真を見て祐巳は目を剥いた。
「な、なな」
なんとも無防備な祐巳の笑顔の写真だった。
「こんないい笑顔の祐巳さんはじめてよ」
「ちょっとまって、まさかこれをパネルにして飾りたいとか言わないよね」
「あら、すごいわ、どうして判ったの?」
「きゃ、却下っ! こんなの恥ずかしいよっ!」
どこに隠れていたのやら、ちょうどお姉さまに声をかけられて「ごきげんよう」と振り返った瞬間の写真だった。
「えー、今年撮った中でも一、二を争う出来なのに。まあいいわ、実はこっちがメインなんだけど、どう?」
「あー」
今度は見覚えのあるお姉さまが祐巳のタイを直している写真だった。
「これを学園祭のときパネルにして展示したいのよ。これなら承諾してくれるかしら?」
「私は良いけど」
「それでね、祥子さまにも承諾いただかないといけないんだけど」
「私にそれをお願いする気?」
「あら、今日の祐巳さん物分りがいいわ。その通りよ。協力して頂けるかしら」
まあ予想通りというか、ここで嫌といっても蔦子さんのことだから口八丁で言いくるめられてしまって結局行くことになるんだろうから要求するものは要求しておく。
「その写真両方私にくれるなら」
「いいわよ。もともと交渉材料に使うつもりだったんだから」
蔦子さんの交渉がスムーズに進みすぎたらしい。
祐巳たちが薔薇の館のビスケットの扉の前に来たとき、祥子さまのあの叫び声は聞こえてこなかった。
祐巳たちは志摩子さんを先頭に何者かに衝突することもなく会議室に入った。
「ごきげんよう」
志摩子さんが声をかけると薔薇の館の住人たちの視線がいっせいに扉の前の3人に集まった。
元三薔薇さま、いや、ここでは現薔薇さまなのか、が麗しいお顔をそろえて座っていらっしゃる。
「ごきげんよう、そちらはどなたかしら?」
紅薔薇さまは優雅に微笑んでお声を発した。
「あ、こちら、祥子さまにご用があるとかで」
「祥子に?」
紅薔薇さまが聞き返すも、祥子さまは不機嫌そうな表情でこう言った。
「悪いけど取り込み中なの。後にしてくださらない?」
「あら、祥子、それはないんじゃない。折角ここまで来てくださったのに」
「話を逸らさないでください。どうして私の意見は聞いてくださらないのですか?」
案の定、あの話の真っ最中だった。
「山百合会の一員だからって言うわけね」
「令だって話には加わっているのにおかしいじゃありませんか」
「だってねぇ」
白薔薇さまと黄薔薇さまが意味ありげに目を合わせてる。
志摩子さんが祐巳たちに「どうします?」と聞いてきた。待ってみるか、急ぎでなければ日を改めるか。
祐巳も蔦子さんも待ってみたいということで意見が一致した。祐巳は言うに及ばす、蔦子さんもこのやり取りに興味があるようだった。
「令は妹が居るわ」
紅薔薇さまの言葉に祥子さまの顔が強張る。
「それがこの話とどう関係するのでしょうか」
「祥子はこんな時期になっても妹一人も作れないでいるじゃない」
「それはっ、学園祭の劇の配役の話とは関係ないでしょう」
「半人前ってことよ」
ここまでやるのか。三年生三人対祥子さま一人。祥子さまだって好きで妹を作らないでここまで来たわけじゃないと思うのに。
祥子さま、言葉に詰まって黙ってしまった。というか爆発寸前だ。
「わかった? だから半人前の祥子に発言権はないの」
紅薔薇さま追い討ちをかけないでください。
祐巳は祥子さまの爆発に備えて頭を抱えて縮こまった。
「横暴ですわ! お姉さまの意地悪!」
「なんとでも言いなさい、一人前と認めて欲しいのなら早く妹をつくることね」
「わかりました。そうまでおっしゃるなら、ここに連れてくればいいのでしょう! ええ、今すぐ連れてまいります!」
そう言って踵を返して祐巳たちの方へ向かってくる祥子さま。
あ、まずいこのままお姉さまに出て行かれたら祐巳との接点が失われてしまう。
そう思ったら、すれ違いざま無意識に祐巳は祥子さまの手を捕まえていた。
「お姉さま!」
『え?』
しまった! つい『お姉さま』って。
祐巳は思い切り注目を浴びてしまった。
「あの、いえ、祥子さま……」
困った。
呼び方の言い改めたものの、呼び止めた後のことなんて考えていなかったのだ。
「あなた、今朝の子ね」
「あ、はい!」
覚えていてくれたのが嬉しくて思わず顔が綻んだ。前回はすっかり忘れられていたし。
「そうだわ、あなたお姉さまはいて?」
祥子さまは小さな声で祐巳だけに聞こえるように囁いた。
「え? あ、居ます、いえ居ません。今は居ないんです。居ないんです」
「何回も言わなくてもいいわ。なら今朝の続きをしましょう」
「今朝の?」
そう。朝はまだ出会っていないはずなのに思い切り『お姉さま』を連発してしまったのだ。
祥子さまは再び振り返って凛とした張りのある声で言った。
「お姉さま方にご報告いたしますわ」
「あら、なにが始まるのかしら?」
薔薇さま方は興味津々と祥子さまに注目した。でもなんか紅薔薇さまの表情がちょと硬い気がするのはなぜだろう。
「祐巳、自己紹介なさい」
祐巳は祥子さまの手でみんなの中心に押し出されてしまった。みんなの視線が注目する。
「にっ、いや一年桃組、福沢祐巳です」
「そう、フクザワユミさんね。漢字でどう書くのかしら」
「福沢諭吉の福沢にしめすへんに右と書いて祐、それから十二支のへびの巳です」
「おめでたそうで良い名前ね」
白薔薇さまが華やかに笑われた。
「はあ、恐れ入ります」
前回はカチコチに緊張していて余裕が無かったが、今回は返答する余裕があった。特に白薔薇さまは本性を既に知っているので畏まったりしない。
「それで?」
「その福沢祐巳さんが何かしら?」
薔薇さま方は何を思ったのか立ち上がり、祐巳を取り囲むように前へ出てきていた。これじゃ祐巳が薔薇さま方に詰問されているみたい。
「あ、あの……」
流石三薔薇さま。三人そろわれるとすごい迫力。『前』よりも度胸はついてるけど、このプレッシャーにだけは慣れるこということはなさそうだ。
「祐巳」
祥子さまの声が後ろから響いた。
「は、はい!」
「言ってあげて、私は祐巳のなに?」
「あ、えーと……」
いいのかな? と思った。だってこの時点でお姉さまから見れば祐巳は今日会ったばかりのただの一年生のはずなのに。
「祐巳。早く。私はあなたの?」
覚悟を決めた。背筋をぴんと伸ばして宣言した。
「お、お姉さまです!」
「あら」
薔薇さまは顔を見合わせる。
「そういうことです」
後ろにいて見えないけど、胸を張って得意げな顔をしてる祥子さまの姿が目に浮かんだ。
「祥子、一応聞いておくけどその場しのぎでこの子にこんなこと言わせてるんじゃないでしょうね?」
いや、絶対その場しのぎで言ってると思うんだけど。
「それは心外ですわ。こんなことが無くても、ちゃんと紹介するつもりでしたもの」
流石は祥子さま。嘘を押し通す気だ。
「でもこの子」
「ひやっ!」
「ロザリオつけてないわよ」
白薔薇さまがいつの間にか背後に回って後ろから襟元に手を這わせていた。
「どういうこと、祥子?」
「それは……訳あって儀式はまだなんですわ」
「訳って何よ?」
黄薔薇さまが腕を組んで詰問する。
「と、とにかく、祐巳は私の妹です! 私が選んだ妹にお姉さま方からどうこういわれる筋合いはありませんわ」
薔薇さま方から守るように祥子さまは祐巳の肩を抱いた。
「そうね。確かにたとえその場しのぎだとしても祥子が積極的に選んだのなら文句はいえないわ」
「その場しのぎではありません!」
あくまで主張を押し通す祥子さま。この後どうするおつもりか、祐巳は心配になった。
「まあいいわ。認めましょう」
紅薔薇さまの言葉に今まで曇っていた祥子さまの表情がぱあっと晴れわたった。
「でしたら」
「でも劇の配役は変わらないわよ」
表情の晴れ間は一瞬だった。
「そんな、約束が違いますわ!」
「約束? 妹が出来たら一人前と認めるって話?」
「発言を聞いてくださるのではなかったのですか?」
「そうだったわね、では存分に発言なさい」
「シンデレラの役を下ろしてください」
「だめよ」
「どうして?」
「『男嫌い』ってだけじゃ今さらわざわざ主役を変える理由にはならないわ。あなたの場合、嫌いってだけで別に気分が悪くなるとか貧血を起すとかじゃないのだし」
いや、貧血なら起すと思いますけど、それは未来の話だ。
「次期紅薔薇さまのあなたなら当然判っているものと思っていたのに、あなたを教育した私のせいなのね」
紅薔薇さまはふぅ、と物憂いげにため息をひとつついた。
「もう帰ります」
ああ、祥子さまとうとう反論できなくなって撤退。このままじゃ相当落ち込んでしまう。
「待って」
出て行こうとする祥子さまの背に紅薔薇さまが声をかけた。
「なんでしょう」
「最後に一つだけ。祐巳さんは今でもあなたの妹なのかしら?」
「当然ですわ」
祥子さまは即答した。
「よかったわ。ここであなたが祐巳さんを見捨てるようなら私はあなたとの姉妹を解消しなければならなかったから」
「私はそんなこといたしません。祐巳」
「は、はい」
「いらっしゃい。一緒に行きましょう」
「あ、あのっ、お姉さま」
「どうしたの?」
「いいのですか? このままで」
「祐巳?」
この表情は、祐巳が何をいわんとしてるのか図りかねるって顔だ。
「紅薔薇さま、お姉さまの役、代役を立てるとかもう一考願えませんか?」
祐巳は紅薔薇さまに向かって言った。
「あら、祥子をかばってくれるんだ」
いつのまにか席に戻っていた白薔薇さまがニコニコしながら言った。
「だって、話し合いを休んだ祥子さまに非があるにしても、知らせもしないで決定してしまうなんてひどいと思います」
やっぱり前より度胸がついてる。でも前の時はよく紅薔薇さまに意見できたものだと感心してしまう。
「あらあら」
なにやら黄薔薇さまは楽しそう。
「今だって、三対一でこんなの話し合いじゃ」
「お黙りなさい!」
祥子さまの鋭い声で祐巳の言葉が中断した。
「お姉さま?」
「祐巳、私のために言ってくれてるのは判るわ。でも、それ以上お姉さま方を悪く言わないで」
祥子さまは祐巳の隣に並び、祐巳の頭を抑えて一緒に薔薇さまたちに向かって頭を下げた。
「お姉さま方、申し訳ありません。あとでよく言い聞かせますので」
「そうね。祐巳ちゃんの言うことも一理あるか。確かにこのままだと無理やり主役をやらせることになる訳だし」
「妹一人説得できないのに生徒会を指導できるのかってことね」
そこまで言った覚えは無いのだけれど。
「分かったわ。祐巳ちゃんの意見も聞きましょう」
「え?」
「三対二よ。まだ差があって申し訳ないけどその分譲歩はするわ。あなたの意見を言って」
「意見って……」
「祥子を主役から降ろしたいっていうのならその代案を出して頂戴」
結局、詰問の相手が二人になっただけだった。
祐巳を加えたところで三薔薇さま相手では戦力の底上げは微々たるものにちがいないのだ。
それでも一矢報いようと祐巳は発言した。
「あの、相手役の方を変えるわけにはいきませんか?」
「それは無理。花寺の生徒会長に協力してもらうことは決定事項なの。ちなみにほかの役をやってもらうってのも駄目よ。わざわざゲスト出演してもらうのに脇役をやらせるわけには行かないでしょう」
「でしたら、お姉さまの役を変えるしか」
「誰がやるの?」
「えっ、誰って」
「誰かが代わりに主役をやることになるわよね。あなたの代案では誰が主役をやってくれるのかしら?」
誰って……そうだ令さまとか。
傍観者を決め込んでる令さまに視線を向けるとあからさまに目をそらされた。
じゃあ、志摩子さんは……いつのまにか流しの方に逃げてるし。
意外なところで由乃さんは? 『私にやれると思ってるの』って顔でにらみ返された。
「祐巳、もういいわ」
祥子さまが祐巳の肩に手を置いた。
「あなたは十分やってくれたわ」
そんな弱気な。尻尾を巻いて撤退するお姉さまなんて見たくありません。
これはだけは言いたくなかったんだけど、仕方が無い。最後の手段だ。
「そ、それなら、不肖わたくしが……」
前も祐巳か祥子さまのどちらかってことになったわけだから、これで祐巳に決まる可能性は高いはず。
ただ今度は賭けなんかじゃなくて決定しちゃうんだけど。
「おー」
「祐巳ちゃん勇敢だね」
ぱちぱちぱち。
なんか黄薔薇さまと白薔薇さまから拍手が。
「そうね、確かに姉のあけた穴を妹が埋めるのは理にかなってるわ」
紅薔薇さまももう席に戻られてテーブルに肘をつき顎のあたりで手を組んでいた。
「祥子さまのようにはいきませんが、頑張ればなんとかなるというか頑張りますから」
ところが。
「馬鹿にしないで」
「え?」
祥子さまの声に振り向くと、これは……
「あなたが私の代役ってどういうこと?」
お姉さまはお怒りの表情をされていた。
「で、でも、そうすればお姉さまは主役を降りられるでしょう?」
「私もずいぶんなめられたものね。あなたなんかに私の代役がつとまるわけ無いでしょう?」
そりゃ、お姉さまとは比べるべくも無い祐巳だけど、そんなはなっから否定することはないでしょうに。
「それはひどいんじゃないですか。まだやってみてもいないのに。確かにお姉さまみたいに美しさは無いかもしれませんけど」
いちおう三薔薇さまに可愛いって評価を頂いたことだってあるのだ。お情けかもしれないけど。
「じゃあ、あなたは主役を立派に演じられるって言うのね」
「立派になるように努力します」
「遊びじゃないのよ。これは山百合会主催の劇なの。努力して出来ませんでしたじゃ済まないのよ?」
そりゃ確かに正論だけど、祐巳もそれに関しては返す言葉も無いんだけど、ここではいそうですかと折れるわけには行かないのだ。
「遊びだなんて思ってません! お姉さまが主役を降りたいっておっしゃるから」
「私のせいにするのね」
「だってそうじゃありませんか、私はお姉さまのために代役を買って出たのに」
「そんなことは判ってるわ」
「判ってません!」
「お黙りなさい!」
「黙りません! だったらお姉さまはどうなさりたいのですか!」
「私がやるわよ」
「え?」
「あなたがやるくらいならシンデレラは私がやります」
「ええ!?」
「ええ、やってあげますとも。見てなさい、あなたなんかに代役は勤まらないってこと思い知らせてあげますから」
「お、お姉さま……」
「そういうわけですから」
お姉さまは紅薔薇さまに向き直って言った。
「やるからにはキッチリやり遂げますからお姉さまは心配なさらないでください」
ではごきげんよう。とあっけにとられる一同を残してお姉さまはビスケットの扉から出て行ってしまった。
なにがなにやら。
あんなに嫌がってたのにお姉さまは薔薇さま方の前でご自身が主役を務めると宣言してしまった。
みんなそんな祥子さまの急変ぶりにあっけにとられてるんだとばかり思っていたのだけれど……
「え? ええ!?」
気が付くとみんなの視線が祐巳に集中していた。
ここに一緒に来た蔦子さんに至っては、なにか珍獣でも発見したかのような目で。なんで?
「お見事、祐巳ちゃん」
「面白いものを見せてもらったわ」
白薔薇さまはなんか楽しそう。黄薔薇さまなんか目を輝かせてるし。
「あ、あの」
「あの祥子と対等に口論してたわ」
「しかも祥子が自分から進んでやるように誘導まで」
「狙ってやってたのなら恐ろしい子だわ」
「ね、狙ってなんかいません!」
だって結局のところお姉さまをあの柏木さんと主役を演じるよう仕向けてしまったなんて不本意もいいところ。
「まあ知らずにやってたとしてもそれはそれでたいしたもんだわ。ねえ蓉子」
紅薔薇さまは相変わらず黙っていた。
「どうしたの? さっきから黙っちゃって」
「祐巳さん」
紅薔薇さまは重々しく口を開いた。
「はい?」
「あなた、何者?」
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このお話は、琴吹が書いた「【No:215】全力連鎖アタックです」と
OZさんのかかれた「【No:204】その名は「桂」センチメンタル」に微妙に関係のあるお話です。
「ごきげんよう。写真部のエースさん」
「ごきげんよう。お写真は嫌いだと思ってましたけど、今日はどうなさいました?」
部室に現れたのは、桂さんのお姉さま。
普段、あまり写真をほしがらない人で、妹の桂さんの写真でさえを渡そうとしても受け取らない人だ。
だからもっぱら、私が公開の許可を取りに行くだけ。
そんなお方が、写真部に何のようかと首をかしげた。
「この間の桂ちゃんのテニスの試合の写真をもらおうと思ってね。蔦子さんなら、良い写真取っただろうと思ってね」
先日のテニスの交流試合で、桂さんは強豪を破って優勝していた。あまり写真が好きではないこの方も、妹の晴れ舞台の写真はやはり手元に残しておきたいらしい。
「桂さんですね。えっと、桂さんはこれだな」
ロッカーの中から桂さん用のアルバムを取り出す。
「そんなにあるの?」
「1年の時からですから、結構ありますよ。もっとも、こんなにいっぱいあるのは私の身近な友人や、山百合会の面々くらいですけど」
「なるほどね」
「これが、桂さんのアルバムです」
「ちょと見させてもらって良いかしら?」
「どうぞどうぞ」
私が椅子を勧めると、桂さんのお姉さまはしっかりと腰掛け、後の方から丁寧に一枚一枚眺め始めた。
「おー桂ちゃんいい顔してるよ………。………この呆然とした顔、よっぽど勝ったのが信じられなかったのね」
桂さんのお姉さまは本当に嬉しそうな顔をして、写真を眺めていた。
私が笙子ちゃんとの仲を意識するのはこういうときだ。本来、写真をあまり好まない人でさえ、姉妹の写真となるとわざわざ、写真部には足を運んで焼き増しを頼んでくるのだ。
私に妹はいらない。………でも、姉妹の絆で結ばれたあたたかい関係を見ると、いても良いかなと考えてしまう。私を特に慕ってくれている笙子ちゃんなら………。もし、私が笙子ちゃんにロザリオを渡すとして、笙子ちゃんは受け取ってくれるだろうか? 受け取ってくれないかも知れない。そんな可能性があるなら、別に一人でもかまわない………。桂さんのお姉さまを見ながら、そんな風にぼんやりと笙子ちゃんのことを考えていたら、嬉しそうに写真を見ていた、桂さんのお姉さまの顔が急に曇った。
「どうしたんですか?」
今まであれほど楽しそうにしていたのに、急に顔が曇ったので私は思わずそう聞いていた。
「え? ああ、あの時のこと思い出しちゃってね」
そう言って、桂さんのお姉さまが見せた写真は、マリアさまの前で、桂さんが桂さんのお姉さまにロザリオを返している写真だった。
「黄薔薇革命の時の………」
「私は意外とさっぱりしている方だから、多少のことは気にしないんだけどね。さすがにこのときはへこんだなあ」
あの時ロザリオを返された姉さま方の心境は計り知れない。仮に私が笙子ちゃんと姉妹だったとして、ロザリオを返されたら、きっと当分は写真も撮れなくなるようなそんな気がした。
だから、桂さんのお姉さまがロザリオを返された時、どういう態度を取ったのかすごく気になった。
「その時どうなされたんですか?」
「その時? なかったことにした」
「え?」
「私は桂ちゃんのこと好きだったからね。手元にロザリオがあるのは、桂ちゃんがうっかり、更衣室に忘れていったのを、私が確保しただけ。桂ちゃんと会えないのは、逃げていくのは桂ちゃんがはしかにかかって、私にうつさないようにしてくれるからって考えてた」
「それは、ずいぶん………」
「都合の良い考え? そうかもね。でも、そうじゃないと私が持たなかったし。良いこともあったのよ」
そう言って、桂さんのお姉さまは別の写真を指さした。
その写真は、桂さんが桂さんのお姉さまに飛び込んでいく瞬間の写真。日付から黄薔薇革命が終わった後だというのがわかった。
「私、この時のこと良く覚えてる。桂ちゃん、もう一度妹にしてくださいって、私に言いに来たんだよ。当然私は嫌だっていったけどね。そう言ったときの桂ちゃんの時の顔、この世の終わりが来たみたいだったよ」
その時を思い出してか桂さんのお姉さまは軽く笑った。
「え? 今も桂さんとは姉妹ですよね? どうして?………あ、そうかなるほど」
「わかってもらえたみたいね。桂ちゃんはその意味わからなかったよ」
それはそうだろう。桂さんが桂さんのお姉さまの気持ちをあの時理解する時間はなかったろうから。
「でも一応、お聞きして良いですか? 桂さんにそのとき、なんて言ったんですか?」
「『桂ちゃんと姉妹を解消したことなんて一度もないんだから、もう一度妹になんてできるわけないでしょ。これ、練習のときに更衣室に置き忘れてたのを私が預かってたよ。大事なものなんだから無くしちゃ嫌だよ』って。そのあと桂ちゃんはこの写真の通り私に向かって飛びついてきたんだけどね」
桂さんのお姉さまが言う良いこと。 それは、黄薔薇革命で数多く一度別れてしまったという姉妹が出来た中で、桂さんの所はそんな事実はなかったと言えると言うこと。
それは、端から見たら些細なことだけど、姉妹からしてみれば重要なことなのかも知れない。
そしてその言葉は、桂さんのお姉さまがどんなに桂さんのことが好きなのか良く伝わってきた。
「本当に桂さんのこと好きなんですね」
思わずこぼれた言葉に桂さんのお姉さまはにっこり笑ってきっぱりとこう答えたのだ。
「当たり前でしょ。桂ちゃんは私の大事な妹なんだから」
そう言ったときの桂さんのお姉さまの顔は、その時カメラを持っていなかったのが悔やまれるくらい、優しく輝いていた。
結局、桂さんのお姉さまは一枚だけ、写真を選んで持っていった。
それは、優勝を理解した桂さんが桂さんのお姉さまに飛び込んでいく決定的瞬間ではなく、一本目のサーブを打ち込むその瞬間の写真だった。
「わたしにいいテニスを見せたいって言ってくれたからね。その時の写真を持っていたいんだ」
写真を選んだとき、桂さんのお姉さまはそう言ってた。
客人がいなくなり一人になった部室で、私はアルバムを一冊取り出した。
それは、私と一番仲の良い後輩のアルバム。笙子ちゃんのアルバム。
「妹か………」
そう呟きながら、私はそのアルバムをぼんやりと眺めていた。
※ がちゃSレイニーシリーズ、前回(【No:256】)までのあらすじ
乃梨子にふられたら瞳子に妹になってもらうという約束を取り付けた志摩子は、そこでおもむろに自分の腕にまかれたロザリオを皆の前で見せるのだった。……それってなんだか詐欺っぽくない?
昼休みに中庭でドラマが展開されていた一方、それとは別に学園内に噂の嵐が吹き荒れていた。
『白薔薇さまと紅薔薇のつぼみの妹最有力候補が、放課後の温室で秘密の逢瀬!』
新聞部の暗躍があったことはいうまでもない。
教室に戻った瞳子はまわりの空気が変だということにすぐに気が付いた。こういうことには敏感なのだ。
乃梨子にさっきの事情を聞こうとしたがすぐに授業でそれも無理だった。
次の休み時間、乃梨子がさっさと席を立って教室から出て行こうとするのを見て慌てて声をかけた。
「乃梨子さん」
その瞬間、教室中の目が一斉に二人に集中するのが肌で感じられた。何? と振り向いた乃梨子の口調は酷くそっけなくて、瞳子も一瞬口篭もった。
「悪い、ちょっと用があって、話なら放課後にしてくれない?」
瞳子も渋々頷くしかなかった。教室で好奇の目にさらされながらできるような話でもない。
そして放課後には、昼の事件とも相俟ってさらに噂が加速していた。
『白薔薇革命勃発?』
『白薔薇姉妹、関係解消か!?』
『新たな白薔薇のつぼみは松平瞳子嬢!?』
等々、さまざまな噂が飛び交い、学園激震の様相を呈していた。
瞳子は激しい焦りを感じていたが、ムキになって否定してまわれば余計に憶測を煽るだろうことは目に見えていた。
「乃梨子さん、お話が」
意を決して話しかける。
「私、これから薔薇の館に行くんだけど」
「放課後にと言ったのは乃梨子さんですわよ」
その態度にひっかかりを覚えて、瞳子の口調もわずかに険しいものとなる。
「そうだっけ。何? 噂のことなら別に気にしなければいいでしょ。言いたいヤツには言わせておけばいい」
話したいことは昼休みのこと、ロザリオのことだったが、あまりに噂に無頓着な様子に瞳子は不安を覚えた。致命的になりかねない類の噂だと、諌めるような言葉が口をついて出たのだが。
「むしろ瞳子には都合がいいんじゃない?」
「何を言っているんですか? むしろ乃梨子さんこそ一番気にしてるんじゃありませんか!?」
「気にしてないって言ってるじゃないっ!」
シン、とあたりが静まり返る。
「乃梨子さん?」
「薔薇の館に行くから」
鞄を引っ掴んで逃げるようにその場を離れる。
まずった。と乃梨子は思った。あれではますます瞳子が孤立してしまう。瞳子があまりにしつこいから、つい。気にしてないったら気にしてないのに。
祐巳は……ただ呆然としていた。それでも志摩子さんからの呼び出しを受け(取り次いだのは仏頂面の由乃さんだった)、古い温室に向かった。
「志摩子さん。昼に言ったこと、本気なの?」
「昼に言ったこと?」
「本当に乃梨子ちゃんと別れて瞳子ちゃんを妹にするの?」
志摩子さんは祐巳を見てゆっくりと言った。
「………どうして、そんなことを聞くのかしら」
「え?」
「祐巳さんは瞳子ちゃんを妹にする気はないのでしょう? だったら関係のない話ではないかしら?」
「え、でも、……だって、そうしたら乃梨子ちゃんは? そんな……」
「それは私と乃梨子の問題だわ。それこそ祐巳さんには関係の無い話よ」
「関係ないことないよ! 薔薇の館の仲間なんだよ! みんなだって無関係じゃないよ」
「乃梨子なら、山百合会の仕事は手伝ってくれるわ。妹になる前もそうだったのだし。瞳子ちゃんだって今まで随分お手伝いをしてくれていたのだし、薔薇の館のメンバーになることに反対する人はいないと思うわ」
「でもっ! 妹なんてそんなに簡単に取り替えるものじゃないでしょう!?」
志摩子さんは物憂げにため息をついた。
「私と聖さまの関係も、私と乃梨子の関係も、リリアンでいう『スール』の関係とはたぶん違うものなのよ。姉妹とかロザリオの授受とか、表面上の呼び方や制度は、私にとってはどうでもいいことなの」
それはなんとなく感じていたことではあったが、祐巳には理解しがたい話でもあった。
「よくわからないよ。それに、どうして瞳子ちゃんを……」
「瞳子ちゃん、一人で傷付いていたわ」
祐巳の言葉を遮るように、志摩子さんが言葉を被せた。
「同情で妹にするの?」
「いいえ。別に同情しているつもりはないわ。ただ、一人にしたまま、ほおってはおけないと思ったのは確かね」
「でもそれって、なんか違わない? 妹って……」
「さっきも言ったけれど。それは私にとっては大した意味を持たないわ。それは単に対外的な記号にすぎない。
それに、どうして祐巳さんにそこまで言われなければならないのかしら?」
「え?」
「祐巳さんは瞳子ちゃんを妹にしなかったのだし、それに、瞳子ちゃんを傷付けたのは祐巳さんではなくて?」
ああ、志摩子さんは怒っているのだと、祐巳はこの時思った。あまりにも静かな怒り方だったのでそれと気付かなかったけれど。本当に瞳子ちゃんのことを心配して、瞳子ちゃんを傷付けた祐巳のことを怒ってるのだ、と。
「ごめんなさい。今のは言い過ぎたわ」
志摩子さんはすぐに謝ったのだけれど、祐巳には何も答えられない。
「瞳子ちゃんは強くて優しいけれど、とても繊細で傷付きやすいのね」
ほら、志摩子さんはこんなにも瞳子ちゃんのことをわかってる。
「とてもかわいいコだと思うわ。祐巳さんや私が妹にしなくても、妹にしたがる人はいくらでもいると思う」
「……でも、瞳子ちゃんが承諾するとは限らないじゃない!」
祐巳自身、醜い抵抗だと思った。
「ええ、そのとおりね。決めるのは瞳子ちゃん自身で、私でも祐巳さんでもない。そして瞳子ちゃんが心を決めているなら、他の誰かがとやかく言うことではないのでしょうね」
しばらく祐巳を見ていた志摩子さんは、祐巳が何も言わないと見て取ると再び口を開いた。
「祐巳さんがどうして妹にしないのか不思議だったけれど、なんとなくわかった気がするわ」
「え?」
「祐巳さんは、誰も妹にする気が無いのね」
「そんなこと……」
「ない。と言える?」
「………」
答えられない。
「私の話は終わり。昼休みには説明する時間が無かったから、祐巳さんには私の考えを伝えておこうと思ったのだけれど……」
必要無かったみたい。最後にそう呟いて、志摩子さんは出口に向かった。
一人取り残された祐巳が、どうしようもない敗北感に打ちのめされて見ていると、志摩子さんは出口の前で足を止めた。そこにもう一人の人物が立ちふさがったからだ。
「お姉さま」
そこに魔法のように現れたのは、間違いなく祐巳のお姉さまだった。向かいあった二人は黙ったまま視線を合わせた後、志摩子さんが軽く会釈をしてその側を通り過ぎていく。やはり黙ったままそれを見送ったお姉さまは、あらためて祐巳の方を向いた。
「祐巳」
「お姉さま!」
もう限界だった。祐巳は脇目も振らずお姉さまの胸にとび込んだ。
No.265のつづきです
これでストックしてた分は全部です。無駄に長い。
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「は?」
何者といわれても。
「祥子に対しても物怖じしないてあれだけ言えるのは立派だわ。流石、祥子が妹に選んだだけのことはある」
「なかなかの掘り出し物だよね。祥子、お手柄だ」
「うふふ私気に入っちゃったわ。令が居なかったら妹にしたいくらい」
それは買いかぶりすぎです。薔薇さま方。
「でもね、何時あなたは祥子に出会ったの?」
楽しそうな白薔薇さま、目を爛々と輝かせてる黄薔薇さまに対して、紅薔薇さまはなにやら友好的とは言いがたい表情をしてる。
「えっと、お話をさせていただいたのは今朝ですけども……」
「そうよね。あの子は隠れてこそこそ後輩と会うなんて事、出来ないもの」
そんなに器用な子じゃないと紅薔薇さまは言う。
「でも、私はマリア祭の時から祥子さまのことは……」
「あなたのことは良いの。そういう性格だって思えば。でもね」
何故か紅薔薇さまはの語調は鋭く突き刺さるようだった。
そういう性格とは恐れ多くも紅薔薇のつぼみに対してもう以前から妹であったかのように振舞ってるってことを指してるらしい。
でもそれは『前』の一年分の記憶がそうさせているだけで、つまり誤解なんだけど、そんなこと言って信じてもらえるわけもない。
「ちょっと蓉子。何が気に入らないの?」
「祥子の態度よ。祐巳ちゃんをともすれば傷つけるような事を言ったわ」
「ああ、祐巳ちゃんには主役は無理って話?」
「祥子があんなこと今日会ったばかりの子に言うなんて」
それを祐巳が当然のように受け流し会話が成立していたのが腑に落ちないんだそうだ。
そうだったかな? 祐巳には自覚が無かったんだけど。
「そういえばそうよね。それだけ祐巳ちゃん信頼している?」
ああ、もしそうならなんて嬉しいことだろう。でも単純に事実を述べたって気がするんですけど。見た目も実力も平凡な祐巳ですから。
それを口に出したら白薔薇さまはこう返した。
「正直に話せるということは相手がちゃんと受け止めてくれるという信頼があるからよ」
だから、信じられないことだけど、祥子さまは祐巳をそういう意味で信頼してくれてるそうだ。
「前言撤回よ。祐巳ちゃん、あなたも納得できないわ。いつの間に祥子と親しくなったの? 噂が無かったってことは学校外? ご家族の関係で交流があったのかしら?」
洗いざらい白状なさい。そんな目つきで睨まれた。
「えーっと……」
どうしようか。いっそすべて話してしまった方が良いのかもしれない。祐巳はそんなに強くない。迫力のある紅薔薇さまに睨まれたらもう言いなりになってしまうしかないのだ。
そんな祐巳の危機を救ったのは白薔薇さまだった。
「あら、蓉子もしかして祐巳ちゃんに嫉妬してる?」
白薔薇さまは茶化すように言った。
「しっ、なにをいうのよ」
うわっ、なんか信じられないもの見た。紅薔薇さまが赤くなって慌ててる。
「あんまり祐巳ちゃんをいじめちゃ可愛そうだよ。祐巳ちゃんは山百合会の危機を救ってくれた恩人なんだから」
「そんな大げさな……」
白薔薇さまが大そうなことを言うので思わず反応してしまった。
「大げさじゃないわよ。祥子を手なずける手腕には期待してるわ」
そんなこと期待されても困ります。
「紅薔薇さま、まだ何か言いたそうね?」
「べつに。ただね、間違いなくその場しのぎだと思ったのに会話を聞いてたらなんか本当に仲の良い姉妹みたいに見えてくるんだもの」
いや、あの口論を見て仲が良いなんて紅薔薇さまはどんな目をしてるんだか。
「やっぱり嫉妬じゃない」
「でも、祐巳ちゃんは祥子と相性がいいわね。間違いなく」
「祥子さ、初めて『お姉さま』って呼ばれて張り切っちゃったんじゃない?」
黄薔薇さまと白薔薇さまが祥子さまをネタに盛り上がるのを「勝手にしてなさい」とでも言うように放っておいて、紅薔薇さまはまた祐巳の方へ向き直った。
「祐巳さん」
「は、はいっ!」
なんだろう。また問い詰められるのかと思い祐巳は緊張した。
紅薔薇さまは真剣な目で言った。
「あなたは積極的に祥子の妹を名乗ったんだから覚悟は出来てるわね?」
「覚悟?」
「祥子があなたを本当に妹にするかどうかはともかく、山百合会はあなたを逃がさないわ」
「にっ、逃がさない!?」
「そう。まだ納得できないことはあるけど、あなたは私たち三人に気に入られたのよ」
「蓉子、なに凄んでるのよ」
「素直に『祥子をよろしく』って言えばいいのに」
「はぁ、なんか自信なくなっちゃったわ」
紅薔薇さまはさっきまでの緊張感をなくしてため息をついた。
元々の話し合いの結論が出てしまったので、それから祐巳がここに来た理由の祥子さまが出て行ってしまったのでお話は終わりとなった。今度ゆっくりお話しましょうとか早くロザリオを貰っちゃいなさいとかいろいろ言われつつ、祐巳はまだなにやら固まってた蔦子さんを引っ張って薔薇の館を後にした。
「蔦子さん、蔦子さん!」
薔薇の館から教室へのの帰り道、祐巳は目の焦点が定まらない蔦子さんを揺すった。
「ほぇ?」
「もう、どうしたの? さっきからぼーっとして」
「あ、祐巳さん……」
蔦子さんは目の焦点があったと思ったら急に鋭い視線で祐巳を睨んだ。
「祐巳さんっ!」
「な、なに?」
「どうなってるのよ、祥子さまが薔薇さま方と喧嘩してるかと思ったら祐巳さんいきなり参戦しちゃうし、かと思えば祥子さまと口論しはじめるしそういえば山百合会の劇ってシンデレラだったのねそれはともかくいつの間に祥子さまと親しくなったのよ今朝だっていきなりお姉さまとか呼んでるし私見てたのよ祥子さまも満更でもなさそうだし最後は三薔薇さまにも気に入られちゃうしもうお姉さん訳わからないわ」
「つ、蔦子さん落ち着いて……」
誰がお姉さんか。何も知らない蔦子さんには展開が目まぐるし過ぎたようだ。なまじに鋭い頭脳が混乱に輪をかけて思考がパンクしてたらしい。
「祐巳」
迫り来る蔦子さんをなだめていたら、後ろからお姉さまの声が凛と響いた。
「あ、お姉さま、いえ祥子さま」
「いいのよ」
祐巳は「祥子さま」と言い換えたのだが、「お姉さまでいいのよ」と言うことなのか、それとも姉妹でないのに何回も「お姉さま」と呼んだことに対しての許容を意味するのか。
「あの、待っていらしたのですか?」
「そう。あなたが来るのを待っていたわ」
何故?
もしかしてさっきのことを怒ってらっしゃる?
「あのっ、先ほどは出すぎた真似をして失礼しました」
祐巳は思い切り頭を下げた。
そうなのだ、目の前の祥子さまは祐巳との一年間を経験したお姉さまの祥子さまでは無かったのだから。それなのに、つい、いつもの調子でぽんぽんと失礼な言葉を浴びせてしまったのだ。
「まったくだわ。あんなこと初めてよ」
「すみませんでした!」
ああ、大失態だ。これでお姉さまに嫌われてしまったらどうしよう。
ここで祥子さまとの接点が失われたら、祥子さまをお姉さまと呼ぶ未来は永遠にこないかもしれないのだ。
「頭を上げなさい」
「でも、私ったらあんな生意気なこと」
祐巳は下げた頭を上げられなかった。
祥子さまは祐巳の両肩に手を置いてそっと押すようにして祐巳の体を起させた。
「泣いていたの?」
そう言うと、白いハンカチでそっと祐巳の頬を拭ってくれた。
祐巳が落ち着くのを待って祥子さまは口を開いた。
「私ね、あの時考えたのよ」
祥子さまが祐巳を見る目は幼子をあやすような優しいまなざしだった。
「劇の内容も知らないあなたが私の為に頑張ってくれてるのに私は個人的な都合で役から逃げようとしていたって」
「そんなこと……」
劇の内容は知っていた。反則だけど。
祥子さまは思いを馳せるように虚空を見上げた。
「本当はね」
「え?」
「こんな形であの人に会うなんて絶対嫌だったの」
さらっと言ったけど『あの人』とは柏木さんのことだとわかった。
「でもね。もしかしたらいい機会なのかもしれないって」
どうしたことだろう。『前回』はあれほど逃げ回っていたというのに。
「そう思えたのは祐巳、あなたのおかげよ」
「ええっ!?」
そんな大層なことをした覚えはないのですが。
「どうしてかしら、あなたに『お姉さま』って言われると何でも出来そうな気がしてくるの」
それだけで? 『前』はお姉さまにそんなこと言われたこと無かったのに。
「だからね、これからもそう呼んでほしい、そばにいて力を分けて欲しいの」
って祥子さま。何でロザリオを取り出しているのですか?
「受け取ってくれるわよね」
祥子さまはもう鎖を大きく広げて祐巳の首にかける気満々。
祐巳は思わず一歩引いた。
「さ、祥子さま、あのっ」
「あら、いまさら拒絶する気? あれだけお姉さまと呼んでおいて」
往生際が悪わよと。
「い、いえそうではなくて、祥子さまの妹になるのは決して吝かではないのですけれども」
「回りくどいわね。いいたいことがあるのならお言いなさい」
祥子さまの眉が下がる。
「一つだけ、確認しておきたいことが」
何かしらと、祥子さまは輪になったロザリオの鎖をいったん引っ込めた。
「その、祥子さまは、どうして私を妹にするのですか」
「どうして? 理由ならもう言ったわ。私があなたのお姉さまになりたいからよ」
「その、成り行きで私が妹でなければならなくなったからではないのですか?」
「怒るわよ。何を聞いていたの? 私はあなたにお姉さまって呼ばれたいの」
「その、私でいいんですか? 本当に私なんかでいいんですか?」
祐巳とちゃんと向き合って欲しい。ちゃんと向き合って妹にして欲しい。それはもしかしたらとても贅沢なことなのかもしれないけど。祐巳はもどかしいと思った。この思いはどんなに言葉を積み重ねてもちゃんと伝わらないと思ったから。思いを言葉にしたとたん、それは心に秘めていたものから遠ざかってしまうような気がして。
以前に最初に申し込まれた時はそこにたまたま居たのが祐巳だったからという理由だった。今回だって最初の出会いを覚えていたとはいえ、やっぱりきっかけはその場しのぎなのだ。
確証が欲しかった。祥子さまは他の誰でもない祐巳を選んだのだという確証が。
「あなたはずいぶん自分を過小評価してるのね」
「だって……」
外見も中身も平均点の祐巳だから。
「もっと自信を持ちなさい。私をこんな気持ちのさせたのはあなたが初めてなのよ」
どんな気持ち?
「私は祐巳を妹にしたいの。いま拒絶したとしても絶対逃がさないわよ。必ず落としてみせますから」
信じていいのだろうか。祥子さまにここまで言わせたのがほかならぬ祐巳だってことを。
しかし、そんな不安とは裏腹に祐巳の顔の筋肉は正直に反応しちゃっているのだった。
「何をへらへらしてるの! 人がまじめに話をしているのに」
だって嬉しかったから。叱られても祐巳の表情は緩みっぱなしだった。
(分岐→【No:1251】)
「台無しね」
「つ、蔦子さん」
もう何枚か撮ったのだろうかいつのまにか復活した蔦子さんはカメラを構えていた。
「台無しついでに一つよろしいですか?」
何を思ったか蔦子さんは祥子さまに向かって言った。
「なにかしら?」
「特に祐巳さんだからって訳じゃなくて『お姉さま』という言葉でそういう気持ちになったってことはありませんか?」
「つ、蔦子さん」
「いやね、祐巳さんが納得できないのはその辺かなって思ったから」
確かに、祥子さまは下級生から『お姉さま』と呼ばれた経験は無かったかもしれない。いや確か瞳子ちゃんが『祥子お姉さま』って呼んでたはずだけど、瞳子ちゃんとは親戚付き合いだから、祐巳みたいな普通の下級生から呼ばれたのは初めてってことになる。
「そうね……」
蔦子さんの言葉に思い当たるところがあるようで、祥子さまは片手を顎に当てて少し考えこんでしまった。
「なるほど、それははっきりさせておいた方がいいわね」
ああ、蔦子さんなんてことを。せっかく祥子さまがその気になっていたのに、と思う祐巳はさっきと矛盾している。乙女心は複雑なのだ。
「じゃあ、あなた」
「え? 私?」
祥子さまの視線は蔦子さんを向いていた。
「そう、あなた、ちょっと私を『お姉さま』って呼んでくださる?」
『ええっ!?』
祐巳と蔦子さんの声が重なった。
そんな、まさか私がごねたから、代わりに蔦子さんを妹にするおつもり?
「何を驚いてるのよ」
「ど、どどどど」
「どうしてって、試してみたいのよ。祐巳以外の一年生から『お姉さま』って呼ばれるの」
お試し?
「では蔦子さんに『お姉さま』って呼ばれて『そういう』気持ちになったら、もしかして蔦子さんを妹にする可能性も?」
「あら、そうなるわね」
「こ、困ります! 私は姉を持つ気はありませんから!」
蔦子さんなんか必死だ。そんなに嫌なのかな。でも本気で見初められたら蔦子さん陥落しちゃいそう。
だから祐巳も焦ったのだ。祥子さまは何を考えていらっしゃるのか。
「大丈夫よ。ほら早くここへ来なさい」
何が大丈夫なのか。
まあ呼ぶだけなら、と蔦子さん渋々だけど祥子さまの前に出た。
「ええと、お姉さま?」
「心がこもってないわ」
出た。祥子さまのわがまま。
「そんなあ」
蔦子さんが困ってるところってもしかしてレアなんじゃないかな。
「ちゃんとやらないと今後一切写真を公開する許可出さないわよ」
「ええっ、それは困ります、お姉さま」
「やっぱり違うわ」
祥子さまは眉をひそめた。
「そ、そんな、お姉さま!」
「やっぱり蔦子さんじゃ駄目だわ」
「駄目!? どこが悪いか言ってください改善しますから」
「そうね。なんていうのかしら祐巳のと蔦子さんのとは……」
祥子さま、考え込んでしまった。
「祐巳さんね。それなら」
何を考えたのか蔦子さんはポケットから写真の束を取り出してなにか探している。
「これだわ」
「これって今朝の……」
今朝、祐巳が恥ずかしいと言った笑顔のアップだった。
「祐巳さんちょっとこれ持ってて」
そう言って眼鏡を外しカメラと共に祐巳に預けた。
蔦子さん本気だ。でも蔦子さん、なにやら勘違いしてる気がしてならないんだけど……
そしてしばらくその写真を見つめてたかと思うとよしっと頷いてそれをポケットにしまった。
「よくご覧ください」
「なにが始まるのかしら?」
蔦子さんは祥子さまに背を向けて立った。
そして、シーン1、3、2、1、スタート、みたいなノリで全身で振り返り「ごきげんよう、お姉さま」と。
残念ながら祐巳から蔦子さんの表情は見えなかったけど祥子さまがちょっと驚いたように目を見開いたのが見えた。
「今のはいい線行ってたわ」
「それでは?」
「でも私の妹には出来ないわ」
「えー」
「ねえ蔦子さん」
祐巳はがっかりする蔦子さんに話しかけた。
「蔦子さんって祥子さまの妹になりたいの?」
「ち、違うわよ! 写真を公開する許可が……あれ?」
ようやく勘違いに気づいたらしい。蔦子さんは首をかしげた。
「あら、振られちゃったわね」
「祥子さま、今のはいったい」
「やっぱり違うわね。でも判ったわ。さっき言った通り私はあなたを妹にする。あなたが納得しないって言うんなら納得するまで付き合ってもらうわ。いいわね」
なにが「でも判ったわ」なのか、祥子さまは勝手に決めてしまわれた。でもそんなところが祥子さまらしいくて素敵なんて思ってしまう祐巳の『お姉さま病』はおそらく『前』よりも進行しているに違いないのだ。
妹になる件は別に納得していないでもないのだけれど、蔦子さんの指摘で勢いが削がれたのか祥子さまは今すぐ渡そうって気がなくなってしまったようだ。
きっと祐巳が確証が欲しいなんて欲張ったから罰があたったのだ。
※この記事は削除されました。
今 私の願い事が 叶うならば
翼が欲しい
「本当?!令ちゃん」
「うん。次の日曜に隣町の競技場で、サッカーの日本代表と高校生選抜の交流試合があるんだって」
「うわぁ・・・見たいなぁ」
「行ってみる?」
「ホントに?!・・・あ、でも、令ちゃん部活があるんじゃないの?」
「大丈夫。その日は無いから」
「それなら行く!」
「じゃあ、朝9時に迎えに来るから、一緒に行こう」
「うん!」
今年、令は中等部へと進学した。
入学からまもなく、令は剣道部へ入部した。同年代の少女ばかりという、いわばライバルには事欠かない環境の中で、厳しくも充実した毎日を送っていた。
しかし、それは由乃と離れている時間が増えるという事でもあった。
由乃は、生まれつき心臓に持病を抱えている。そのため、通院を繰り返し、授業も休みがちになってしまう。リリアンの初等部に、それを理由に由乃を除け者にするような子供はいなかったが、どうしても、腫れ物に触るような態度で接してしまう事になる。そして、由乃自身も、その事を敏感に感じ取っていた。
そして令はある日、一人ぼっちで下校する由乃を見てしまった。うつむきながら歩く、寂しそうな由乃を。その時令は、自分が由乃を置き去りにしてしまったような錯覚に囚われたのだった。
その日から令は、できるだけ由乃と一緒にいる時間をとるようになった。
しかし、そこは飽きっぽい子供のこと、二人の会話も徐々にマンネリ気味となり、由乃も暇を持て余すようになるのに、それほど時間は掛からなかった。
そんな訳で今日、サッカーの交流試合の話を聞いた令は、家に着くなり真っ先に由乃に報せたのである。
「令ちゃん、麦茶持ってこうね」
「お砂糖入れる?」
「・・・入れない。もう、子供じゃないもん!」
くるくると変わる由乃の表情が、予想以上に嬉しそうだったので、令もつられて微笑んでいた。
(日曜日、晴れると良いな)
暮れてゆく空を見上げ、令はマリア様に祈った。
「令ちゃん!早く早く!」
「そんなに慌てなくても、まだ時間に余裕あるってば」
「もう!良い席無くなってたら、令ちゃんのせいだからね!」
子猫のように落ち着きの無い由乃の様子に、令は思わず微笑んだ。
「よし!じゃあ行こうか」
靴を履き終えた令が立ち上がると、由乃はもう待ちきれないとばかりに、令の前を歩き出す。令は財布を開き、バスの運賃に使う小銭があるか確認してみる。
ふと、由乃が立ち止まる。
「どうしたの?何か忘れ物?」
由乃は答えない。
「由乃?」
そして、その場にうずくまってしまった。
「由乃!!」
由乃は心臓のあたりを押さえて、激しい痛みに耐えていた。
「うっ・・・・・・くはっ・・・」
令は由乃を抱き抱え、急いで家の中へと運び込んだ。
結局その日は、競技場ではなく、由乃のかかりつけの病院へ、検査を受けに行く事になった。
病院の待合室で、由乃は一人ぼっちで窓の外に広がる空を見ていた。令も一度家に帰ってしまったらしい。お母さんは、診察室で先生の説明を受けている。
真っ白な待合室から空を眺め、由乃は世界に自分しかいないような錯覚を覚える。
(まるで、白いカゴの中にいるみたい)
晴れ渡る空が、今は無性に悲しかった。
(一生、このカゴの中からは出られないのかなぁ)
空は目の前に見えるのに、決して手が届かないような気がして、広い空が無性に悲しかった。
その時ふと、最近初等部で習ったばかりの歌を思い出した。
今 私の願い事が 叶うならば 翼が欲しい
(翼があれば、ここから飛び出せるかな)
この背中に 鳥のように白い翼 付けて下さい
(でもきっと、羽ばたいてる途中で、また発作を起こして落ちちゃうんだわ)
由乃は今、世界に絶望しようとしていた。
(このまま、見たい物も見れず、行きたい所にも行けずに、死んじゃうのかなぁ)
12歳の少女にとって、心臓発作が見せる明確な“死”のイメージは、あまりにも重過ぎるのだ。
(・・・死にたくないなぁ)
「由乃」
「・・・令ちゃん。どうしたの?息を切らせて」
突然現れた令の額には、うっすらと汗がにじんでいた。それに、呼吸も荒い。
「行こう」
「行こうって・・・何処へ?」
「競技場」
令は、サッカーの交流試合を見に行こうと誘っているらしい。普段なら、決して由乃の体に無理な事はさせない令の、らしくない行動に、由乃は戸惑っていた。
「今、叔母様は先生のお話しを聞いてるでしょ?アレに乗って行けば、追いかけてこられる前に、競技場にたどり着くよ」
令の指差す先には、一台の自転車が停まっていた。どうやら、あれを漕いできたので、息が切れているらしい。
「このままここで待っていたら、叔母様とタクシーに乗って家に帰って終わりだよ?由乃はそれで良いの?」
「令ちゃん・・・・・・本当に行って良いの?」
そう問われて、令はさっき診察室で見た由乃の姿を思い出していた。
白いカゴのような診察室の中で、由乃が一人で座っている。その姿はまるで、病院と言う檻に囚われているようで、令は、どうしようもない程の悲しみが込み上げてくるのを自覚していた。
(悲しいのは、あの中にいる由乃なのに・・・なんで私までこんな気持ちになるんだろう?)
由乃を見つめる令の姿が、診察室の窓ガラスに映っていた。
(ああ、そうか)
その顔は、診察室にいる由乃と同じように、絶望に囚われていた。
(私も悲しかったんだ。由乃と一緒に行けなかった事が)
自分の気持ちに気付いた令は、迷わず走り出した。由乃のために、そして自分のために。
診察室で気付いた気持ちを、もう一度思い出し、令は微笑みながら由乃に手を差し伸べた。
「行こう」
由乃は、おずおずと令の手を握った。
「たぶん15分くらいで着くと思う。急ぐから、しっかりつかまっててね」
「うん」
令はまだ呼吸が整っていなかったが、かまわず全力で自転車を漕ぎ始めた。
自転車が走り出すと、心地良い風が、由乃の顔を撫でて行く。
(少し冷たいけど気持ち良いな)
由乃が前を向き、令の事を見てみると、令の髪がふわふわと風になびいていた。
(ふふっ。まるで小さな翼みたい)
そしてまた、由乃はあの歌を思い出す。今度はさっきまでと違い、由乃の中にいきいきとあの歌が響いた。
この大空に 翼をひろげ
(令ちゃん。大好きな令ちゃん)
飛んで行きたいよ
(少しだけ、その翼を貸してね?)
悲しみの無い 自由な空へ
(いつか自分の翼で飛んでみせるから・・・それまでは・・・)
翼はためかせ
(一緒に居てね?)
行きたい
由乃は、令の背中にそっと頬をよせた。
「由乃、待ってってば」
「もう!ついて来ないでよ!」
「でも・・・」
「一人で大丈夫だったら!まったく、早退の許可まで取るなんて・・・」
令は、病院に検査に行く由乃の事が心配で仕方ないらしく、早退してまでついて行くと言い出したのだ。
由乃は逆に、そんな令が心配になる。由乃のためならば、どこまでも無理をしてしまいそうな令が。
(やっぱり、このままじゃ駄目なんだわ)
最近、由乃の頭の中では、ある歌が良く繰り返される。令と初めて二人っきりでサッカーを見に行った時に、心の中で響いていたあの歌が。
今 富とか名誉ならば
(このままじゃ、二人とも良くない方向に進みそうな気がする・・・)
いらないけど 翼が欲しい
(私は私の、令ちゃんは令ちゃんの翼で飛ばないといけないんだ)
子供の頃 夢見たこと
(だから令ちゃん)
今も同じ 夢見ている
(翼を返すわ。オマケ付きでね)
この大空に 翼を広げ
飛んで行きたいよ
悲しみの無い 自由な空へ
翼はためかせ
行きたい
そして由乃は革命を起こし、自らの翼を手に入れた。
※この記事は削除されました。
「いらっしゃいませ、黄薔薇さま。今回はどのようなご相談ですか」
「また、由乃を怒らせてしまったの」
「そうですか」
「応援合戦ではりきったら、恥ずかしいことするなって。喜ぶと思ったのに」
「…あれは、さきに意見を聞いておくべきだったように思います」
「あ、先に見せてあげなかったから拗ねてるのかな」
「………。とにかく、お任せいただきます」「よろしくね」
「鳥居江利子さま。かくかくしかじかでご相談があるのですけど」
「あらあら、仲のいいことね」
「はい。それでこれは由乃さんに妹がいないことが一因ではないかと思うのですが」
「ああ、妹まだだったのよね」「はい」
「そう、うふふ。それは困ったわねえ」「困りましたね」
「分かったわ、うふふふ」
「よろしくお願いします」
これで、黄薔薇さまのことはしっかり忘れ去られるわね。
「ごきげんよう、真美さま」
「ごきげんよう、内藤笙子さん、よね」
「はい。…実は最近不安なんです」「うん」
「誰かに見られてるような気がときおりして、写真を撮られるときのような緊張感を感じるんです」「そう」
「どうしたらいいでしょう。学園の中だけだと思うんですけど」
「………気にしないほうがいいわ。ストーカーなら校外にでるはずでしょ」「ええ」
「カメラを警戒して敏感になってるのよ。だから、気分を変えるのがいいと思うわ」「はい」
「そこで、茶話会に出てみない?きっといいことがあるはずだから。案外、この問題も解決するかもしれないわよ」
「そうですね。考えてみます。ありがとうございました」
蔦子さん、貸し1よ。やれやれ…。
攻略情報
No.132→No.152→ 選択肢を選ぶ。
・乃梨子が追いかける。
・祐巳が追いかける。
・薔薇の館に残る。
←
「????」
「ありがとうございました。白薔薇さま。」
私の言葉に白薔薇さまは優しい微笑みを浮かべた。
「私でよければ、何時でも相談にのってちょうだい。」
「ありがとうございます。でも、もう大丈夫ですわ。」
いつもの私に戻った私を見て、白薔薇さまは「良かった」と言われて、私の肩に手を置く。
「じゃあ、私はこれから薔薇の館に行くから、少しここで待ってて。」
「えっ?何故ですの?」
「今から祐巳さんを呼んでくるからよ。」
……………なんですと?
「ちょっ……どうして祐巳さまをおつれになるのですか!?」
「それはね、今から瞳子ちゃんがこのラブミーテンダーで祐巳さんに愛の告白をするためよ。」
はい、と言って、ギターを渡される白薔薇さま。
「あああ、愛の、こここ、告白だなんて、ただ私は妹にして欲しいだけで……!」
「瞳子ちゃん、古典での妹の意味は、恋人、妻という意味よ。だから告白でもいいのよ?」
いいのよ?って、今とは全然っ意味が違うでしょう!?
「あら、そうかしら?スール制度の妹にはこの意味合いも含まれているのよ?だから、浮気や二股、なんて事が起きるのよ?」
「か、勝手に瞳子の心を読まないで下さいまし!!」
「じゃあ、ここで大人しく待っててね?」
「ああ、無視してを行かないで下さい!!」
こうして、私は五分後に来た祐巳さまに、ラブミーテンダーで告白させられてしまいました。まあ、その後はラブラブになったのですけれど。
何だか納得いきませんわ……。
異色系ハッピーエンド?
がちゃSレイニシリーズ
このお話は篠原さんが書かれた「【No:268】紅白抗争勃発」の続きとして書かれています。
噂が噂を呼んでいる。
『白薔薇革命勃発?』
『白薔薇姉妹、関係解消か!?』
『新たな白薔薇のつぼみは松平瞳子嬢!?』
とてもじゃないが、クラスにいる雰囲気ではない。
クラスの視線は、興味津々といった感じだ。
さすがに、私と瞳子に直接聞いてくるような強者はいないが、常に観察されているようで息が詰まる。
ここで、私に話しかけてくるのは、噂の張本人と可南子さんくらいだろう。でも可南子さんは、そんなこと関係ないとばかりにとっとと部活に行ってしまった。
息が詰まるから早めに薔薇に館に行こうとして、瞳子に捕まった。
「乃梨子さん、お話が」
瞳子とはあまり話したくなかった。下手にしゃべると演技というのがばれそうだったから。
実際問題としては瞳子にばれても、何も問題ないのだが、瞳子はプライドが高いから、瞳子のためにこんな事をしているとばれたら、それだけで傷つく可能性がある。それは避けたいと思っていた。それに、ばれなかったときの方が、リベンジの爽快感は大きいだろうし。
だから、瞳子と話すときは気をつけないといけないのだ。
「私、これから薔薇の館に行くんだけど」
どうせ、聞かれるのは志摩子さんのことだ。多少はつっけんどんでも問題ないだろう。
「放課後にと言ったのは乃梨子さんですわよ」
「そうだっけ。何? 噂のことなら別に気にしなければいいでしょ。言いたいヤツには言わせておけばいい。むしろ瞳子には都合がいいんじゃない?」
「何を言っているんですか? むしろ乃梨子さんこそ一番気にしてるんじゃありませんか!?」
「気にしてないって言ってるじゃないっ!」
私のその言葉に、シン、とあたりが静まり返る。
「乃梨子さん?」
「薔薇の館に行くから」
私は鞄を引っ掴んで逃げるようにその場を離れた。
まずった。瞳子があまりにしつこいから、つい祥子さまの真似をしたら、ヒステリックな感じになってしまった。祥子さまはしょっちゅうステリックだから、演技としては満点なんだろうけど、あの態度を教室でやるのはまずかった。あれではますます瞳子が孤立してしまう。
でも、やってしまったことはしょうがない。私は一つため息をついて、薔薇の館へと足を向けた。
でも、このまま行っても、由乃さまにつるし上げられるだけだし、行っても志摩子さんと話が出来るかどうか………。そう思うと気が乗らなくて、何となく銀杏並木の桜の元に向かった。
この時期銀杏の葉は落ち、木々は箒のようになっている。当然この時期、桜なんか咲いていない。
私は銀杏並木の中にある、桜の木にもたれかかった。
そして、胸元を今は存在しないロザリオを押さえる。あの梅雨の日以来。お風呂にはいるとき以外ははずしたことがなかったロザリオが今は存在しない。
昨日の晩、志摩子さんが電話を掛けてきて、瞳子のために私に掛けたロザリオを一時返して欲しい。そう言ってきたのだ。
やるなら、万全を期さないといけないから。この事件で、祐巳さまや瞳子が傷つくとしても、最終的に良い方向に持って行かないといけないから。あの時のマリア祭の恩を祐巳さまや瞳子に返したいから。
電話の向こうで志摩子さんが私に頭を下げているのがわかったくらい。志摩子さんは真剣だった。
外部から来た私には、スール制なんか無くても別に問題ない。志摩子さんが、私のことを大事に思ってくれているなら、それで、大丈夫だから。そう言って、志摩子さんにロザリオを返したのだ。
だけど、胸元にロザリオがない事が、志摩子さんの妹ではなくなるかも知れないという事が、何とも私を不安にさせた。全てが、演技だからとわかっていても。
そもそも、この計画は、由乃さまが私の考えた計画を吹っ飛ばすような暴走をしたときのための安全装置のような計画として、志摩子さんが、隠しシナリオとして考えたのだが、昼休みにして発動しているのはどういう事なんだろう………。
私は小さくため息をついた。丁度その時だった。声を掛けられたのは。
「ごきげん、麗しくないようだけど、大丈夫?」
その人は、志摩子さんのクラスの人で、志摩子さんの友人だった。
だから、私とは面識があったし、それなりに目を掛けてもらっていた。
「桂さま」
「聞きたいことがあるの。あなたからロザリオを返したの?」
「ええ、そうです。事を大きくしたくないのでこれ以上は何も言えませんが」
電話で志摩子さんと話して、瞳子と志摩子さんの抱き合ってるシーンを見て、私が逆上してロザリオを突っ返したことにしようと言うことになっていた。
「もう十分大きくなっているみたいだけどね」
まあ、たしかにそれは否定しない。
「姉妹の問題だから、あまり他人が口挟む事じゃないんだけどね。ロザリオをあなたが返したというのなら、一言だけ言わせてくれないかな?」
わたしは、こくりと頷いて、桂さまの言葉に耳を傾ける。
「あなたは、白薔薇さまのこと、ううん。志摩子さんのこと好き?」
「はい」
「だったら、謝ってロザリオ返してもらいなさい。好きだったら、スールの解消なんてしちゃ駄目。志摩子さん。気丈に振る舞ってるけど、きっと、すごく悲しんでいるはずだから。志摩子さんだから、全然そんなそぶり見せないけど」
「なんで、私がロザリオを返したら、桂さまが口を挟むんですか?」
「黄薔薇革命って知ってるかな」
「黄薔薇革命ですか? 確か由乃さまが令さまにロザリオを返して、大騒ぎになったとか」
以前祐巳さまがそんな話をしていたのを頭の片隅から引っ張り出す。
「ええ、去年のことなんだけどね、当時病弱だった由乃さんが、黄薔薇のつぼみである令さまのためを思って身を引いた。令さまに頼り切ってる自分が情けなくて。そんな風にかわら版に掲載されたのよ」
うそくさー。あの由乃さまが令さまのためを思って身を引いた? ありえねーとか思わず思ってしまう。
「その記事を読んだ生徒の中には、自分もお姉さまにはふさわしくないんじゃないか。お姉さまのために身を引いた方が良いのではないかって考えて人が結構いたのよ。その後由乃さんと令さまが復縁して、そうやって別れた姉妹もほとんどが復縁したんだけどね。
それでも、ロザリオを返されたお姉さま方はやっぱりかなりショックだったみたい。妹からロザリオを返された時は目の前が真っ暗になったって言ってたから」
「それはそうでしょうね」
「そういう想いを志摩子さんがしてるなら助けてあげたいと思ったから。妹からロザリオ返されるってすごくショックなことだから、だから、一時の勢いで思わず返してしまったのなら、すぐに謝って復縁して欲しいの。志摩子さんのこと好きなら、難しい事じゃないでしょ?」
私は思わず目を伏せた。
気まずい。桂さまは本気で私たちの仲を心配してくれている。桂さまは薔薇の館の住人じゃないから、演技ですなんて言えないし………。
「桂さま。心配してくださってありがとうございます。姉妹のことに関してはもう一度よく考えてみます」
だから、私は深々と桂さまに対してお辞儀をした。心配してくれているお礼と騙している謝罪の意味を込めて。
「間違いはどうしても起こしてしまう物だから、元に戻る気があるなら早めにね。頑張ってね」
桂さまはそう言って私の頭を数回撫でると、部活があるからといって去って行った。
私は桂さまが見えなくなるまで、ずっとその背中を見つめていた。
【No:277】へ続く
「ごきげんよう、乃梨子ちゃん」
「ごきげんよう、黄薔薇さま。…買いましたよ。今週号」
「助かるわ。由乃がいるから家で読めなくて」
「大変ですねえ。わたしも教室では読めませんけど、志摩子さんは何も言いませんから」
「お姉さまもそうだったわ。そもそも関心がなかったみたい」「ええ、そうですね」
「去年は蓉子さまにお世話になってたのよ」
「紅薔薇さまのお姉さまですね」
「うん。蓉子さまは志摩子の前の前の白薔薇さまから教わったと言ってたわね」
「…この写真、良くありません?最近写真部に入った人の作品ですけど」
「いいわね。このカメラちゃんが犬派なのを残念に思ってたけど、この娘は期待できそうね」
「瞳子も撮ってくれないかなあ」
「祥子のいい写真もやっぱり少ないのよね。…あー、三奈子さん、こんなとこに書いてて大丈夫なの?またえらく気合入ってるし…」
「そういう黄薔薇さまは大丈夫なんでしょうか」
「わたしは読んでるだけだし」
「…ここと、ここ、これって黄薔薇さまじゃありませんか?」
「分かる?」「なんとなく…」
「やっぱり、逃避よね」
「まあ、ほどほどに。ところで、この雑誌誰が作ってるんでしょうか?」
「新聞部、写真部、漫究ほかの有志、というか猫派の皆さんよ。月刊でなく週刊なのが気合よね」
琴吹 邑 さんが書かれた『白薔薇革命つぼみのきもち』【No:275】の続きです。
「白薔薇革命か。」
革命ってのは、今回違うよなあ、ぶつぶついいながら帰り道の乃梨子。
結局薔薇の館には寄らず、まっすぐひとりで帰ることにした。
今朝、作戦会議のあと、乃梨子は自分からロザリオを志摩子さんに渡した。
「ほんとにいいのね?乃梨子。」
「祐巳さまに、瞳子が『私にお姉さまを重ねているの?』って言われた時の顔、見ていたもの。瞳子のあんな顔見たくないよ。」
「わかったわ。今回のこと、人の気持ちには敏感な祐巳さんらしくないもの。いえ、わからなくはないわ。」
「どういうこと?」
「自分の好きな人の気持ちって、必死の時にはわからないものよ。でも、あそこまで瞳子ちゃんを絶望させてはいけないわ。」
「うん。」
「それじゃ、これは乃梨子からのまた貸し。」
そう言って志摩子さんは、腕にロザリオを巻いた。前の白薔薇さまから『借りていた』時のように。
「あははは。瞳子が承知ならまたまた貸ししてもかまいませんよ。でも、最初の借り主は私よ、志摩子さん。」
「心配?」
「ううん。志摩子さんの心配は、してない。」
「ありがとう。」
ロザリオの重さは今はよく知っている。桂さまだって、その時にはただの流行の真似じゃない真剣な理由があったはずだ。桂さまが絶対に使わない一本のラケットの話、実は祐巳さまから聞いて知っている。姉妹の間でなにも問題がないなんてあるわけない。
あってあたりまえ、それを乗り越えて姉妹なんだもん。
「信じてるからね、志摩子さん。」
乃梨子だって志摩子さんのことばかり考えているわけにはいかない。シナリオが非常事態モードにはいったからには、瞳子のいちばんそばにいて、祐巳さまにツッコミもいれられる乃梨子の役は簡単じゃなくなったのだ。
† †
「お姉さまあ。」
古い温室に現れた祥子さまは、優しい顔でいつものように祐巳を受け止めてくれた。
しばらく泣いたあと、ふっ、と力が抜ける。志摩子さん、怒ってた。
「座りましょうか。」
ならんで座る。お姉さまがタイを直してくれる。
「ねえ、祐巳。私はだれがあなたの妹になろうとかまわないわ。あなたが決めることだもの。」
「……」
「でもね。あなた、妹は私と同じように好きになれる人、そう思ってるでしょう。」
「あの、私はお姉さまみたいにほんとうに好きって思える人を妹にしたいって思って。」
「私と『同じ』に好きになれる人は私しかいないわよ。」
「え?」
「私は私、瞳子ちゃんは瞳子ちゃん。瞳子ちゃんに私を重ねていたのは、祐巳の方かもしれないわよ。」
「そんな。」
「どちらにしても、このままでは済まないのでしょう?」
「はい。瞳子ちゃんとちゃんと話さなければ。」
「久しぶりにいっしょに帰りましょう。」
温室を出る二人。
「志摩子は手強いわよ。」
「あ、の、お姉さまは……、あ、待ってください!」
† †
「あそこまでやるなんて、聞いてないわよっ。」
薔薇の館で、由乃は叫んでいた。
だから、なんでそこでぽわぽわとダージリン飲みながらふふふなんて笑っていられるのよ、そこの白薔薇っ。
「ロザリオなんてただの飾りよ。ロザリオなんてあってもなくても姉妹は姉妹だわ。」
「白熊が逃げ込んできた?!」
私の言葉に、学園長が慌てる。
「大きな声を出さないで、小笠原さん。この事はまだ、教師とシスターしか知りません」
「事態は一刻を争うのでは?」
「確かにそうです。しかし、動物園の方は、騒がれると白熊が興奮して危ないとおっしゃってました。そんな訳で・・・」
「今流れている校内放送で、生徒の帰宅をうながしているのですね?」
そう。今、校内には「消火設備の故障により、スプリンクラーや非常ベル等の誤作動の恐れがあります。緊急に校内の消火設備を点検する必要がありますので、生徒のみなさんは、速やかに下校して下さい」と、先ほどから繰り返し放送されていた。
そんな中、私を職員室へと呼び出す放送があったので、不信に思いながら来てみれば、待っていたのは近隣の動物園から白熊の子供が逃げ出して、こともあろうかリリアンに逃げ込んだと言う学園長の説明だった。
私は、深呼吸して気持ちを落ち着かせると、学園長に問いただす。
「で、その白熊を捕獲する手はずは?」
「さすが紅薔薇さま、切り替えが早くて助かります。実はすでに、校内に動物園のスタッフの方達が展開しています。校内なので、麻酔銃の使用は禁止させてもらいましたが、万が一のために、スタンガンを装備しているそうです」
「居場所の特定は?」
「それはまだ・・・ ですが、幸いリリアンは門以外を塀に囲まれています。生徒の避難さえ済んでしまえば、捕獲は容易いらしいです」
「・・・一刻も早く下校させないと」
「そうですね。まあ、時間的に校内には、一部の部活動をいしてる生徒と、あなたのように委員会活動をしている生徒くらいなので、各顧問の先生方に、生徒の誘導と、避難完了の確認を急いでもらっています」
「・・・それで、顧問のいない山百合会の避難を私に託そうというのですね?」
「頭の回転が早くて助かるわ。ただ、もう一つ」
「何ですか?」
「小熊は、セント・バーナードの成犬くらいの大きさらしいんだけど・・・」
「?」
「紅薔薇の蕾が、白い大型犬と戯れているのを見たという生徒の報告が」
「!!」
私は、無言で園長室から走り出した。
祐巳はどこにいるのだろう?この時間なら掃除も終わり、薔薇の館へと向かっているはずだけど・・・
祐巳が下校してくれたなら良いが、確認しなければならない。私は、自分の身の危険をかえりみず、薔薇の館へと急いだ。
薔薇の館へ着くと、2階から祐巳の笑い声が聞こえてきた。
まだ下校していなかったようね。でも無事でなによりだわ。
私は祐巳を連れ出すべく2階へと上がり、扉を開けた。
「あ、ごきげんよう、お姉さま」
祐巳は椅子に座っていたが、首だけこちらに向けて笑顔を見せてくれた。うふふふふ、相変わらず可愛い笑顔・・・って、そんな場合じゃなかったわね。あら?乃梨子ちゃんもいたのね。私に挨拶も無いなんて、今度シメて・・・いやいや、そんな場合でもないわ。とにかく祐巳を校外に連れ出さないと。
「ごきげんよう、祐巳。校内放送は聞こえていて?」
「あ、はい、すいません。この子も校外に連れて出たほうが良いのかなぁなんて考えていたもので」
「・・・この子?」
言われて気付いたけれど、祐巳の座る姿の向こうに、何やら白い毛皮が・・・
・・・白い毛皮?
「すごい人懐っこい子なんですよー。えっと、グレートピレニーズって言うんでしたっけ?この犬種」
ク!クマ─────ッ!!クマ出た─────ッ!!!
祐巳ったら勘違いして、そんな天然なトコロも好きっ・・・て現実逃避してる場合じゃないわ!く・く・く・く・熊!間違い無く、逃走中の白熊!!
うわどうしたら・・・ああ!祐巳の鼻先10cmに白熊の牙が!小熊とはいえ、地上最大の肉食獣、無駄にごっつい牙が並んでるわ!うわだめやめて祐巳そんなケダモノの頭なでないで!そいつの脚なんてアナタの首より太いじゃない!
落ち着け!落ち着くのよ小笠原祥子。幸い、あのケダモノは祐巳になついてるみたいだから、なんとか祐巳から引き離して、二人で逃げないと!ハワイの別荘あたりまで!・・・って願望と現実がごっちゃになってるわね・・・ホントに落ち着こう。
ふと気付くと、乃梨子ちゃんが何か言いたげに、コチラを見ている。そうか、冷静なこの子の事だから、アレが犬みたいに可愛げのある生き物じゃないって気付いてるのね。
「乃梨子ちゃん、ちょっと」
ケダモノと戯れる祐巳から目を離さず、乃梨子ちゃんを呼ぶ。乃梨子ちゃんは音をたてないように細心の注意をはらいながら、恐る恐るこちらに歩いてくる。
「・・・・・・紅薔薇さま、アレ・・・」
「近隣の動物園から逃げ出したそうよ」
「!・・・じゃあ、やっぱり白熊」
「そう。さっきの校内放送は、生徒を避難させるためのもの。校内にはすでに、動物園のスタッフが捕獲のために展開しているわ」
「・・・どうしましょう?なんとか祐巳さまを白熊から引き離さないと」
「そうね」
祐巳の代わりに乃梨子ちゃんが白熊と戯れといてくれないかしら?そうしたら、その隙に私と祐巳は逃げられるのだけれど。
祐巳はケダモノの首に顔をうずめてウットリしている。祐巳!顔をうずめるなら、私の胸に・・・やめよう、ここは慎重に事を運ばないと、祐巳の命に係わるわ。私の胸に顔をうずめさせる方法は後日考えよう。
「お姉さま」
祐巳が嬉しそうに振り返った。
「お姉さまも撫でてみませんか?この子、すごいフカフカですよ!」
「い、いえ、遠慮しておくわ。私、大きい生き物はちょっと苦手で・・・乃梨子ちゃん、あなたどう?」
私は乃梨子ちゃんの背中を押してやった。良いタイミングだから、祐巳と入れ替わってちょうだい。私達二人の幸せのために。
「!・・・い・い・い・いえ、私も白・・・大型犬はちょっと」
足を踏ん張り、ぶんぶん首を振って拒否された。・・・・・・・・・ちっ!
乃梨子ちゃんが鬼の形相で振り返ってくる。何よ?あなたさえ犠牲になってくれれば祐巳は助かるのよ?
「ごきげんよう」
乃梨子ちゃんと静かににらみ合っていると、志摩子がやってきた。
・・・志摩子でも良いか、身代わり。
「ごきげんよう、お姉さま。校内放送で下校するように言ってたから、早く帰ろう?」
乃梨子ちゃんが素早く志摩子の前に立ち、ケダモノからブロックする。・・・・・・余計な事を。
「あら、祐巳さんその子は?」
「確かグレートピレニーズって言うんだよ。すごい人懐っこいの!・・・そうだ、志摩子さんも撫でてみる?」
ナイスよ祐巳!志摩子がケダモノと戯れてるうちに、二人で逃げましょう!
・・・なによ乃梨子ちゃん、なに祐巳をにらんでるのよ。その「てめぇ何言いだすんだよ!」みたいな顔やめなさい。
「し・し・志摩子さん!早く帰ろう?」
ちっ!あと少しなのに。
「でも、あの子、すごく毛並みが良さそう・・・」
よーし!志摩子、よくってよ!そのままケダモノと戯れてなさい!あなたの事は忘れないわ!・・・あ、まだ死んでないか。
「え?・・・いや、でも・・・・・・」
「私も撫でてみたい・・・」
ふふふふふ。乃梨子ちゃん、困っているわね?お姉さまにオネダリするような顔でそう言われたんじゃ、強くは止められないわよね?ふっふっふっ、行きなさい志摩子。行って見事散りなさい!
「・・・お姉さま」
乃梨子ちゃんが志摩子の手をつかむ。
「どうしたの?乃梨子」
「私、犬ダメなの・・・ 一人にしないで?」
うっ・・・そうきたか、この仏像フェチめ!しかも上目遣いで不安そうな演技までしやがって!アンタそんなキャラじゃないでしょ!
「乃梨子ったら・・・大丈夫よ、私が傍にいるから」
志摩子は嬉しそうに乃梨子の頭を撫で始めてしまった・・・ くっ!あと少しだったのに!
しかし、ホントにどうしよう・・・とりあえず今は、ケダモノがおとなしく祐巳になついているから良いけど、所詮はケダモノ。いつ牙を剥くとも分からないわ。
そう言えば、令達はどうしたのかしら?こんな時に祐巳の身代わりにならずに、いつ役に立つつもりよ!
「令さまと由乃さんなら、剣道部の方達と下校されるのを見ましたわ」
我知らず、少し口に出してしまっていたらしい。志摩子がそう言ってくる。それにしても、自分達だけさっさと安全圏に逃げるとは使えないわね黄薔薇姉妹!
「ごきげんよう、みなさま」
「あ、瞳子ちゃん、ごきげんよう」
新たな身代わり発見!ナイスタイミングだわ瞳子ちゃん。自慢のドリルでケダモノを倒すのよ!もし相打ちに果てたとしても、墓標に祐巳のロザリオを掛けて、祐巳の妹は永久欠番にしといてあげるから、安心して戦いなさい!
「ごきげんよう、祐巳さま・・・?何をして・・・・・・・・・?!」
マズイ、気付いて立ち止まっちゃったわ。
「さ、祥子さま・・・」
祐巳に余計な事言って緊張感高めるんじゃないわよ!私は視線にそう意思を込め、瞳子ちゃんを目で黙らせた。
瞳子ちゃんは、私と祐巳の間でオロオロと視線を迷わせる。ちょっと!挙動不審になるんじゃないわよ!祐巳が気付いちゃうでしょ!祐巳の事が心配なら、とっととその身を差し出しなさい!
「瞳子ちゃん、撫でてみない?この子すっごいフカフカで気持ち良いんだよ!」
「う!・・・いや・・・それは」
「・・・瞳子ちゃんも犬嫌い?」
おー、どうすれば良いか困ってるわね。祐巳に上目遣いで小首をかしげられたら、ムゲには断れないわよね。
「い、いえ、そんな事は・・・」
とたんに祐巳が嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、撫でてあげてよ!この子も喜ぶよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっと・・・・・・はい」
さすがね祐巳。その笑顔の破壊力はリリアン最強よ。
「ほら、このへん撫でてあげると喜ぶんだよ」
祐巳がケダモノの喉元を撫でる。うわぁ・・・その上に見える太い牙の禍々しいこと・・・
祐巳の言葉に逆らえず、瞳子ちゃんが恐る恐る近付いてゆく。いや実際、たいした根性ね。祐巳のためにあれだけ命をはった行動が出来るなら、祐巳の妹として向かえても良いかも知れないわね。
瞳子ちゃんが、そ〜っと手を出すと、意外にもケダモノは、素直に撫でられるがままにしている。
「ね?フカフカでしょう?」
「そ・そ・そ・そ・そ・そうですわね」
がんばるわね瞳子ちゃん。できれば、そのままアナタにケダモノの注意を引き付けて、祐巳を逃がしてちょうだい。
「あとね、あとね、こうすると気持ち良いの!」
祐巳はやっと同士に巡り合えたせいか、やけに興奮しながら、ケダモノの首に抱きついてみせる。
・・・・・・お願いだから、あまりケダモノを刺激しないでちょうだい、祐巳。
祐巳は瞳子ちゃんに向かって、「ココ!ココ!」とでも言いたげに、自分が抱きついているのとは反対側のケダモノの首を、ポンポンと叩いている。
ん?瞳子ちゃんの表情が変わったような・・・・・・ コラ、ドリル。あんたまさか、ドサクサに紛れて祐巳と接近しようとか考えてるんじゃないでしょうね?いくら顔が近付くからって、妙なマネするんじゃないわよ?!
「それじゃあ、お言葉に甘えて・・・」
む?!やっぱりヨコシマな事考えてるわね?!その振るえ、あきらかにさっきまでの恐怖の振るえとは種類が違うでしょう!何、変な緊張してんだよドリル!!
「ねー?すっごい気持ち良いでしょう」
祐巳がウットリと呟いた。・・・っておいドリル!何ついでに祐巳の手に自分の手を重ねてんのよ!おとなしくケダモノだけに触っときなさいよ!
くっそ〜・・・こんな役得があるんなら、最初に祐巳の誘いを断らなければ良かったわ。まさか、あんなに祐巳と顔を近づけられるなんて思わなかったから・・・
・・・ってコラ!ドリル!!なに祐巳のほうに唇近づけてんのよ!!アンタ本当に良い根性してるわね!自分の生死がかかってるっていうのに!
かぷっ
「・・・へっ?」
マヌケな声を出したのはドリルだった。突然、ケダモノがドリル本体に興味を持ったらしく、ソレを口に含んだのだ。
ナイス、ケダモノ!良くドリルの暴挙を止めてくれたわ!
「あ、コラッ!」
べしっ!!
!!
祐巳ー!!なにケダモノの頭叩いてるのー!!!!!
「ダメでしょう?そんな事しちゃあ。瞳子ちゃん困ってるじゃない。ホラ、放してあげて」
やめて祐巳ー!そのごっつい牙つかまないでー!!
「そうそう、良い子だね。髪の毛食べちゃダメだからね?」
・・・・・・あー、心臓に悪かった。
信じられない事に、ケダモノはおとなしくドリルを吐き出した。祐巳はケダモノの頭を撫でて「良い子だね」なんて言いながら微笑みかけている。
まったく。我が妹ながら、どこまでも信じられない事をしてくれるわね。とりあえず、無事で良かったわ。
今ので、さすがのドリルも固まっている。まあ、これに懲りたら無闇に祐巳へちょっかい出さない事ね。次はケダモノではなく、私が止めるわよ?息の根まで。
「お姉さま」
「何かしら?祐巳」
「この子、連れてかえっちゃダメですか?こんなに人懐っこいから、迷子だと思うんです。最初は校内放送で呼びかけてもらおうかと思ったんですけど、なんか早く下校するようにって放送もあったし、飼い主さん探してる暇も無さそうだし・・・」
祐巳にそう言われ、私は考えてみる。
そうね、このケダモノは祐巳に懐いてるから、うまく行けば校門の所まで連れて行けるわね。おそらく動物園のスタッフは、校内から逃げ出されないように、門を見張っているはずだから、そこで捕獲してもらえば・・・
「わかったわ、祐巳。私の家に電話して、そのケ・・・犬が乗れる車を回してもらうわ。だからもう帰りましょう?」
電話で職員室に白熊発見の連絡を入れれば、より確実に捕獲できるだろう。
私はケダモノを連れた祐巳を伴なって、薔薇の館を後にした。
「お姉さま、そんなにスグに車が来るんですか?」
ケダモノを撫でながら、祐巳が不思議そうに聞いてくる。
「ええ、だから早く校門まで行きましょう」
ちなみにケダモノは、薔薇の館の一階にあったロープを首に繋いでいる。ケダモノは不思議そうにロープを齧っていた。
・・・なんで薔薇の館にロープなんてあったんだろう?ロープに「水野」って名札が着いていたから、私のお姉さまの持ち物だったようだけど・・・ 今度、何に使っていたのか聞いてみようかしら。
もうすぐ校門という所で、動物園のスタッフが数人現れた。ケダモノを逃がさないよう、周りを囲んでいる。
良かった。やっとこの騒動も終わりだ。
「な、何ですかアナタ達!」
祐巳が驚いている。そうね、もう説明しても良いわね。
「祐巳。それは犬じゃなくて・・・」
「解かった!野犬狩りですね!」
『・・・・・・へっ?』
その場にいた祐巳と志摩子以外の全員の声が重なった。
「ゆ、祐巳。そうじゃなくて・・・」
「この子は野犬なんかじゃありません!飼い主さんが見つかるまでは、私が責任を持って面倒を見ます!」
「聞きなさい祐巳。そもそも犬じゃなくて・・・・・・祐巳!」
祐巳はケダモノを連れて駆け出してしまった。校門の外へ。
・・・・・・えーっと・・・・・・・・・いけない!追わなきゃ!
全員が祐巳を追いかけ始めた。(志摩子の手を引いて、その場に残ろうとした乃梨子ちゃんも、私の「志摩子!一緒に祐巳を追いかけて!」の一言で走り出した志摩子のおかげで強制参加)
その後、ケダモノを連れた祐巳を発見するのに2時間かかった。
さらに、あなたがどうやってかオテとオスワリを仕込んだソレは犬じゃないと、祐巳を説得するのに1時間かかった。
私はとりあえず、祐巳をデートに誘う時は、動物園だけは避ける事にした。
何を手なずけるか判らないから。
「し、志摩子さんそれ・・・」
「どうしたの?乃梨子」
不思議そうにたずねてくる志摩子を前に、二条乃梨子は固まっていた。
場所は小寓寺の一室。乃梨子は志摩子の家にお泊まりに来ているのだ。
あくまでもメインは志摩子さんとのお泊り会だったが、そこは仏像マニアの乃梨子。小寓寺に所蔵されている仏像を見せてもらう事になったのである。
いつもただ見せてもらうばかりでは申し訳ないと、乃梨子は志摩子が本堂を掃除すると言うので、それを手伝う事にした。そして当然、掃除をすれば体は汚れる。しかし、まだ風呂の時間には早いため、とりあえず二人とも服を着替えようという事になったのだが、乃梨子はそこで、衝撃的なモノを見つけてしまった。
「えっと・・・その・・・・・・下着なんだけど」
「ああ、これ?」
志摩子はなんでもないように言うが、乃梨子はまさか志摩子がそんなモノを身に着けているとは夢にも思わなかったので、衝撃でうまく喋れなくなっていた。
「それ・・・Tバック?」
そう、志摩子はTバックのパンツをはいていたのだ。
「・・・そういう名前なの?この下着」
「知らなかったの?!」
「ええ。母が、着物の時は、この方が下着のラインが見えずに済むからって・・・」
まさか自分の娘にTバックを進めるとは、志摩子の母恐るべし!
「いや、確かにそうなんだけど・・・」
「何か変かしら?」
「・・・・・・いや、私は着物なんか着た事ないから、初めて見たもんで・・・・・・き、気にしないで!志摩子さん」
「そお?」
はじめは衝撃を受けた乃梨子だったが、「コレはアリ」と判断し、放置する事を決定した。
(まあ、志摩子さんのこんな姿を堪能できるのは、私くらいだしね)
恐るべし、白薔薇の蕾!
後日、リリアン女学園の放課後、志摩子は乃梨子に切り出した。
「乃梨子。このあいだのTバックの事なんだけど・・・」
「ああ、アレ。アレがどうしたの?」
「私、知らなかったんだけど・・・アレって、男性には何かいやらしいイメージを持たれてるらしいのよ」
「(ちっ・・・・・・気付いちゃったか)ふぅん。そうなんだ」
「だから、もうアレをはくのはやめようと思うの」
「(あ〜あ、もう志摩子さんの艶かしいTバック姿は拝めないのか)そうなんだ・・・」
一度、Tバックについて知らんぷりした身としては、コレ以上の反応はおかしいだろう。乃梨子はそう判断し、あくまでも表面上は無反応を装った。内心は残念で仕方なかったが。
「それでね?乃梨子」
「うん?」
どうやら志摩子は、この話題について、まだ何か語る事があるらしい。
「伝統的なものでもあるし・・・」
「・・・・・・(伝統?)」
「もう、着物の時は下着をはかない事にしたの」
「(!!ノ・ノ・ノ・ノーパン?!)・・・・・・・・・・・・そ、そうなんだ」
乃梨子は思わず想像していた。志摩子の・・・・・・
「乃梨子、どう思う?」
極度の興奮状態にあった乃梨子だったが、とっさにこう切り返した。
「良いと思うよ」
さわやかな笑顔で、無意味に親指を立ててみせながら。
志摩子はTバックなんかよりも、自分の妹の病気の進行具合を心配するべきかも知れない。
「超能力部・・・ですか?」
「正確には超能力研究会よ。公式に会の発足を認めた覚えも無いんだけど。まあ、“自称”超能力者達の集まりよ」
思いっきり胡散臭げな乃梨子の言葉に、令は溜息と共に答えた。
「何よその胡散臭い連中は。いったい何を始める気?」
由乃も胡散臭げに令に聞く。
「なんだかね・・・超能力軍団を作るオーディションを開きたいから、講堂の使用許可をくれって事なのよ」
令は疲れきった表情で答えた。
夕方、薔薇の館の前に来るそうそう、盛大な溜息と共に椅子に座り込んだ令に理由を聞いたところ、どうやらソレが原因だったらしい。
実際、“自称”超能力者の相手など、疲れるだけであろう。山百合会幹部であるがゆえ、生徒の要望を聞く立場ではあるが、限度というモノがある。
「でも、中には本物の超能力者の人もいるかも・・・」
わくわくした様子で祐巳が言うが、令はそうは思っていないようだった。
「仮に、超能力研究会に本物がいたとしても、それがリリアンの敷地内で黒マント着て黒いベールをかけてるなら、素直に尊敬も驚嘆もできないわね」
「く、黒マントに黒いベールですか・・・」
嫌そうに吐き捨てる令に、さすがに祐巳も黙り込んだ。それはそうだろう、その姿では超能力者というよりも・・・
「黒魔術と混同していますね」
乃梨子の言うとおりである。
しかし、リリアンの敷地内で堂々とそんな扮装に身を包み、それどころか黄薔薇さまに嘆願に来たのだから、ある意味それも超能力と言えるかも知れない。
「超能力自体は否定しないけど、そんな連中に講堂の使用許可なんて与えたら、物笑いの種になっちゃうわよ!」
由乃は憤慨していた。令に厄介ごとを持ちかけたこと自体に憤慨しているのかも知れない。
「それに、その人達に使用許可を与えてしまっては、その後、おかしな理由で講堂の使用許可を求められた時に、断れなくなってしまいますね」
乃梨子はその後の問題点を指摘する。
「使用許可は与えられないって言っといたわ。元々、学校行事以外で私的に使えるものでもないしね」
そう言って令は紅茶を一口飲んだ。
「でも、超能力って本当にあるのかなぁ」
祐巳はそこが気になっているらしい。
「どうかしらね。私は本物を見た事無いけど」
由乃もはっきりと断定はしない。
「目撃報告は無数にありますけど、科学的に実証された事は無いんじゃないですか?実証されているなら、新たなエネルギー源として研究が進んでいてもおかしくは無いですから。まあ、存在自体を否定する事はできませんが」
乃梨子も完全には否定しないようだ。
「あら、私はあると思うわ、超能力」
突然、志摩子が言い出す。それが当然とばかりの態度に、他の面々は驚いている。
「根拠は何よ?志摩子さん」
納得行かない顔で、由乃が詰め寄る。
「私達のすぐ傍に、超能力としか言えない力を持った人がいるからよ」
「私達のすぐ傍に?」
令も志摩子の発言に疑問の声を上げる。
「志摩子さん、それって誰?」
祐巳が聞くと、今度は志摩子が不思議そうな顔をする。
「祐巳さん、気付いてなかったの?」
「え?私のそばにいるの?」
祐巳はますます混乱した。
「だから、誰なのよ!」
由乃はイライラと問い詰めた。すると、志摩子は少し考えた後に、こう言い出した。
「そうね、じゃあ、今から実験してみましょうか?」
そう言うと、志摩子は祐巳の背後に回る。そして、祐巳を優しく抱きしめた。
「し・し・し・志摩子さん?!」
志摩子の突然の行動に、祐巳は慌てる。しかし、志摩子はさらに次の行動に出た。
「し、志摩子さん!どこ触ってるの?!や、ちょっと!耳に息を吹きかけないでぇ!!」
目の前で展開される妖しげなシーンに全員が目を奪われていると、突然、ビスケット扉が乱暴に開かれた。
「祐巳!!」
扉を開いたのは祥子だった。
「お、お姉さまタスケテ・・・」
祐巳が情けない悲鳴を上げると、祥子は志摩子から祐巳を奪い返した。
「志摩子!いったいどういうつもり?!なんて羨ましいことを・・・じゃなくて!私の祐巳に何をしていたの!」
「申し訳ありません紅薔薇さま。ちょっと検証を・・・」
「検証?」
志摩子の落ち着き払った様子に、祥子も冷静さを取り戻した。
「はい。ちなみに祥子さま、今どうして祐巳さんの名前を叫びながら入っていらしたんですか?」
「それは・・・部室棟を歩いていたら、なんだか急に祐巳に危険が迫っているような気がしたのよ」
どうやら部室棟から全力疾走してきたらしい。
祥子自身もはっきりと断言はできないようだが、これは一種の超能力と呼べるだろう。
もしかしたら、もうちょっとインモラルなモノかも知れないが。
「ね?すごいでしょう?」
微笑む志摩子に、全員が返す言葉を失っていた。
祐巳は別の意味で言葉を失っていた。危険を察知してお姉さまが駆けつけてくれたのは良いが、なにやら祥子から絡みつくような念を感じ取ってしまったのだ。まあ、その判断は正しいだろう。現に今も、志摩子から祐巳を奪い返した祥子の手が、なにやらモゾモゾと蠢いているのだから。
その後、どこから話が漏れたのか、しばらくの間、祥子は超能力研究会の熱烈なスカウトに悩まされたという。
「お姉さま、もしかしてお疲れですか?」
「突然何を言い出すの?祐巳」
祥子はなんでもないように装っていたが、内心驚いていた。確かにここのところ、残暑と学園祭の準備で少し疲れ気味だったのだ。
しかし、祐巳に心配をかけまいと、表情には出さないよう注意していたにもかかわらず、その祐巳自身に見抜かれてしまったのだから、祥子は本当に驚いていた。
「祐巳こそ疲れているのではなくて?あなたは頑張りすぎて倒れた事もあるんだから。あなたの方が心配だわ」
「大丈夫ですよ。一度あんな事をしでかして、お姉さまに心配をかけてしまったからこそ、自分の限界は判っているつもりですから」
祐巳は微笑む。その微笑につられないようにしながら、祥子は言った。
「それなら良いのだけど。いずれにせよ、あなたに心配してもらわなくとも、体調管理くらい自分でできます」
祐巳に心配をかけまいと、祥子はわざと冷たく突き放すような言葉を選んだ。
しかし、祐巳には判っていた。祥子が自分に余計な心配事をかかえさせないように、優しい嘘をついている事が。だからあえて、その素直になれないうしろ姿に、自分も優しく嘘をつく。
「そうですね。私の勘違いだったみたい」
しかし、祥子も気付いていた。自分の嘘を、どうやら祐巳が見抜いている事を。意地を張る祥子を、祐巳はいつでも助ける気でいる事を。
そして、祥子は嘘を重ねる。
「そうよ。明日からも、学園祭の準備をバリバリ進めるわよ」
それは、相手を信頼しているからこそつける嘘。
あの梅雨の時期を乗り越え、本当に辛い時には、互いに支えあえると判っているからこそつける、見栄っ張りな嘘だった。
素直になれない祥子のうしろ姿は、素直になれない祥子を知っていて尚、それを受け止めて許す事ができる祐巳にだけ見せる、祥子なりの甘えなのかもしれない。
さわやかな朝日の中、今日も福沢祐巳はリリアン女学園への道を、てくてくと歩いていた。
「良い天気だなぁ。今日は何か良い事ありそうな気がするな」
上機嫌で歩いている祐巳に、誰かが挨拶の声をかけてくる。
「ごきげんよう」
声の主は志摩子だった。
「ごきげんよう、志摩子さん」
そう元気良く返事をする祐巳に、志摩子はなんだか不思議なモノを見るような目を向けている。
「どうしたの?志摩子さん」
「・・・・・・・・・志摩子“さん”?」
「え?何かおかしい?」
「祐巳“ちゃん”。あまり口うるさくする気は無いけれど、上級生には“さま”をつけるものでしょう?」
「・・・・・・・・・え?」
「昨日までは、ちゃんと志摩子“さま”って呼んでくれてたじゃない」
「え?え?じょ、上級生?」
志摩子が何を言っているのか、祐巳にはさっぱり判らなかった。それはそうだろう、昨日までは確かに同級生だった人物が、突然上級生だと主張し始めたのだから。
(えっと・・・今日はエイプリル・フールじゃないし・・・そもそも志摩子さんはこんな嘘つく人じゃないはずだし)
混乱する祐巳に、突然うしろから抱きつく者が現れた。
「ふぎゃぁ!!」
「あっはっは。祐巳ちゃん、相変わらず個性的な悲鳴上げるね。もしかして前世は猫?」
そんな事をしでかす人間も、そんなからかい方をする人間も、祐巳には一人しか思い当たらない。
でもおかしい、いくらなんでも大学をほっぽりだして、朝からこんな事をしに来るほど、あの人も暇じゃないはず。祐巳はそう思いながら振り返った。
「もう!こんな朝からどうしたんですか聖・・・」
そして、振り返ったまま固まってしまった。
「あれ?どうしたの祐巳“ちゃん”。おーい」
そう言いながら、祐巳の顔の前でヒラヒラと手を振っているのは、なんと乃梨子であった。
「な・な・な・なん・・・」
「まったく。朝から元気ね紅薔薇さま」
言葉にならないほど混乱している祐巳に、志摩子がさらに追い討ちとなる言葉を言った。
(紅薔薇さま?!乃梨子ちゃんが?)
「あら、ご挨拶ね、白薔薇さま。スキンシップよスキンシップ♪」
志摩子はそんな乃梨子に溜息をつきながら、小言を言い出した。
「ほんとに・・・あなたと良い、あなたの孫と良い、なんで紅薔薇家はスキンシップ過多なのかしら・・・」
「あはははは!スキンシップ過多は否定できないな」
乃梨子はさらにとんでもない事を言い出した。
「蓉子は私の隔世遺伝なのよ、きっと」
(蓉子?!いや、蓉子さまはたしかに紅薔薇の一員だけど、スキンシップ過多って?)
自分のイメージとあまりにもかけはなれた乃梨子と蓉子に、祐巳は頭がクラクラしてきた。
(え?ちょっと待って。乃梨子ちゃんの孫って事は、乃梨子ちゃん三年生?そんで、蓉子さまが一年生って事?)
もはや祐巳の中の常識は、跡形も無く破壊されている。そんな祐巳に、さらに二人の人物が追い討ちをかけてくる。
「・・・・・・お姉さま。お戯れも程々にしないと・・・」
苦々しい顔で、聖が乃梨子に苦言を呈する。
(お姉さま?!乃梨子ちゃんが聖さまの?)
祐巳は、真面目な顔でそう注意している聖を、信じられない思いで見つめていた。
「あら聖、ごきげんよう。ずいぶんな朝の挨拶じゃない?」
乃梨子がウインク(祐巳の中では、これもありえなかった)しながら、聖に言い返した。
「お願いですから、もう少し自制心という物を身に付けて下さい・・・」
聖が溜息と共に意見する。その生真面目そうな聖に、祐巳は(あんたが言うな)と、内心ツッコミを入れていた。
「おおげさね、聖は。このくらいのスキンシップなんて、大した事ないじゃない。ねぇ?蓉子“ちゃん”」
乃梨子は蓉子に問いかけた。そこで祐巳はまた、ありえない光景を目にする。
「そうですね、お姉さまは少し生真面目すぎます。このくらいなら、挨拶のうちですわ」
そう言いながら、蓉子が聖の腕にしがみついた。それもご丁寧に胸を押し付けるようにして。
「ちょ・・・蓉子!あなたまでそんな事するなんて!」
(うわー・・・赤面する聖さまって初めて見るなぁ)
祐巳は少しだけ状況に慣れつつあった。
赤面する聖を挟み、乃梨子と蓉子が微笑む。
(なんて言うか・・・普段マジメな人が反動でイッキに壊れちゃったみたい)
祐巳は内心、とても失礼な事を考えていた。だが、確かに“あの”真面目そうな乃梨子と蓉子を知る者なら、“この”嬉しそうにスキンシップを楽しむ二人を見て、そんな感想を持つかも知れない。いや、むしろ「大丈夫ですか?!」と声をかけないだけ、祐巳は冷静かも知れない。
(それにしても・・・この状況はなんなんだろう?・・・あ!もしかして、パラレル・ワールドってヤツ?)
そう、確かに祐巳はパラレル・ワールドに迷い込んでいた。
パラレル・ワールド。それは、自分の住む世界と隣り合わせでありながら、少しづつ自分の世界とは何かがズレている世界。祐巳はSF小説で読んだ知識を思い出していた。何がきっかけで迷い込んだのかは判らないが、間違い無く、ココは祐巳の住んでいた世界ではなさそうだ。
(うわ、どうしよう?とりあえず、自分の周りの事を観察しなきゃ。へたに動いたら“この”世界で変人扱いされちゃうだろうから)
意外にも窮地に強い祐巳だった。パニックにならずに状況判断ができるのだから、その度胸は大した物だ。
(えっと・・・とりあえず紅薔薇家は・・・)
三年生 “紅薔薇さま” 乃梨子
二年生 “蕾” 聖
一年生 “蕾の妹” 蓉子
(って事で良いみたいだけど・・・そういえば志摩子さんは乃梨子ちゃんに白薔薇さまって呼ばれてたっけ)
少ない脳細胞で、必死に状況を整理しようとしている祐巳に、挨拶してくる者がいた。
「ごきげんよう、祐巳」
(瞳子ちゃんだ・・・って呼び捨て?・・・・・・という事は、上級生?)
「ごきげんよう・・・・・・瞳子さま」
祐巳はとりあえず、上級生としての瞳子に挨拶を返す。しかし、瞳子は不思議そうな顔で祐巳を見つめている。
(あれ?間違えたかな?でも、私の事呼び捨てにしたって事は上級生じゃ・・・あっ!乃梨子ちゃんみたいに、同級生でも呼び捨てにする人もいたんだっけ)
祐巳があれこれ考えていると、志摩子がとんでもない事を言い出した。
「どうしたの?祐巳“ちゃん”。お姉さまの顔を忘れちゃったの?」
「お姉さま?!」
祐巳は思わず声に出してしまっていた。その声を聞いた瞳子が、突然泣きそうな顔になる。
「祐巳・・・確かに私は可南子“ちゃん”とも仲良くしてたけど、妹にしたのはあなたよ!それとも、こんな頼りない姉じゃあ嫌なの?」
(うわー、瞳子ちゃんも、こんな感情むき出しの顔するんだぁ・・・って可南子ちゃんも私と同級生なのか)
祐巳が思わず「良いもの見ちゃった」みたいな感慨に浸っていると、志摩子が尚も爆弾を投下する。
「瞳子・・・あなた本当に顔に出易いわねぇ。祐巳“ちゃん”も困っているじゃない。その百面相も相変わらずね?」
(百面相?瞳子ちゃんが?それに“頼りない姉”とか言ってたな・・・)
爆弾は瞳子からも投下された。
「・・・私は祐巳みたいに“女優”じゃありませんから。お姉さまだってそんな私で良いって言ってくれたじゃないですか」
拗ねた顔(祐巳はまた“良いもの見た”と思っていた)で言う瞳子。どうやら志摩子が瞳子の姉らしい。
(私が“女優”って・・・想像つかないなぁ、この世界本来の私。ん?志摩子さんが白薔薇さまだったから・・・瞳子ちゃんはその蕾?そんでもって私がその妹?)
つまり
三年生 “白薔薇さま” 志摩子
二年生 “蕾” 瞳子
一年生 “蕾の妹” 祐巳
らしい。
(うわー。私、白薔薇家なのかぁ・・・)
祐巳がそんな事を考えている横で、瞳子がまだ心配そうに祐巳を見つめていた。
「・・・お姉さま。そんな情けない顔をしないで下さい。仮にも白薔薇の蕾なのですから、もう少し威厳を持っていただかないと・・・」
祐巳はとりあえず、自分の知る瞳子を演じてみた。
状況に慣れただけでなく、順応までし始めている祐巳であった。なかなかズ太い神経かも知れない。
どうやら、この世界本来の祐巳は、祐巳の知る瞳子に近いらしく、目の前の瞳子は、やっと安心した表情を見せた。
「うん、ごめんね祐巳。私ももう少ししっかりしなきゃね」
そう言って微笑む瞳子に、祐巳は(カワイイなぁ・・・これはこれでアリだな)などと考えていた。
順応早すぎないか?祐巳。
(それにしても、みんなユカイな事になってるのに、志摩子さんは上級生になっただけで、そんなに変わって無いなぁ)
祐巳がそんな事を考えていると、突然、瞳子が志摩子に詰め寄った。
「お姉さま、出して下さい」
「・・・・・・・・・何を?」
「とぼけないで下さい!今朝、小寓寺の住職、つまりお姉さまのお父様から電話がありました。また仏像を持ち出したんですって?!」
「・・・・・・・・・バレたか」
志摩子は溜息をつき、カバンから仏像を取り出した。
「まったく・・・まだ諦めてなかったんですか?“リリアン仏教化計画”」
(仏教化計画?!何それ?)
「だって私、キリスト教嫌いなんだもの・・・」
拗ねた口調で志摩子がとんでもない事を言い出した。
(キリスト教が嫌い?えぇっ?!“こっち”の志摩子さんて、シスター目指してないの?)
祐巳が驚いていると、尚も志摩子が言う。
「お寺の娘なんだから、周りを仏像で囲まれてたほうが落ち着くのよ。あなたも私の家に来た事があるんだから、判るでしょう?」
志摩子が訴えかけるが、瞳子は即座に否定した。
「また白々しい事を言って・・・お姉さまはただ単に仏像マニアなだけでしょう?」
「・・・良いじゃない。お寺の娘が仏像マニアで何が悪いの?だいたい、私は最初からリリアンに通う気は無かったって言ったじゃない」
(うわ〜、乃梨子ちゃんのパワーアップ・バージョン・・・・・・てゆーかタチ悪いバージョン?)
どうやら、志摩子もイイ感じに壊れているらしい。その隣りでは、乃梨子が「仏像なんか、ドコが良いんだか」などと言って、祐巳の混乱に拍車をかけていたりする。
(それにしても、私のいた“あの”世界に“この”世界の私が行ってるんだろうか?だとしたら、同じように苦労してるだろうなぁ・・・)
いや、意外と順応してるかも知れないぞ?なんせ“あっち”もオマエなんだから。
(あれ?そう言えば、黄薔薇家は?)
祐巳に他人の事を気にする余裕が出てきた頃、見覚えのある顔が三人、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。向こうもこちらに気付いて挨拶してくる。
「ごきげんよう」
まず由乃が挨拶をしてきた。その後ろには、令と江利子の姿が見える。
(ああ、この世界でも、黄薔薇家の構成は同じなんだ・・・・・・・・・なんかツマンナイな)
祐巳が内心、失礼な感想を述べていると、黄薔薇家からも爆弾が投下された。
「どうしたの?みんなで集まっちゃって。何かあったの?志摩子」
由乃が志摩子に質問した。
(えっ?由乃さんが三年生なの?一番ちっさいのに?)
祐巳が失礼極まりない感想を持っていると、さらに爆弾投下。こんどは令からだった。
「由乃さま、相変わらず面白そうな事に飢えてますね。そんなに面白い事が好きなら、鏡でもご覧になったらいかがですか?」
なんと、令が由乃に嫌味タップリな発言をカマしたのだ。
(ええっ?!由乃さんと令さま仲悪いの?)
祐巳が驚いていると、さらに信じられない光景が展開された。
「令・・・お姉さまに失礼な事言わないの」
江利子がオロオロと令を止めに入ったのだ。
(うわぁ、江利子さまが間に挟まれてオロオロする立場なんだ・・・あの、面白い事のためなら傍若無人そうな江利子さまが。これはこれで面白いなぁ)
祐巳が失礼な喜びかたをしている横で、黄薔薇家はさらにヒートアップしてゆく。
「あら?令ちゃん。鏡を見るくらいなら、令ちゃんを見ていたほうが飽きないわよ?」
余裕シャクシャクで、由乃が令をいなしている。
「どういう意味ですか!黄薔薇さま!」
令がエキサイトしている。なかなかの青信号っぷりだ。
「言葉のとおりよ?令ちゃん。あなたの顔も性格も飽きないわぁ♪」
「・・・性格なら、無駄に捻じ曲がってそうな黄薔薇さまのほうが、見てて飽きないんじゃないですか?」
「・・・・・・なかなか言うようになったじゃない」
「二人とも・・・そのへんにしといたほうが・・・」
江利子が困った顔で言うと、左右から同時に言われる。
『江利子(ちゃん)は黙ってて!』
「・・・・・・はい」
うなだれる江利子。それを見て、祐巳は笑いをこらえるのに必死だった。
(へたれてる!へたれてるよ!江利子さまが!ぷぷっ!ヤバイ、笑いそうだ)
祐巳は大喜びだった。
・・・ずいぶん余裕あるなオイ。異世界に飛ばされた身分で。
(いや〜、面白いな、この世界。・・・・・・あれ?でも何か足りないような?)
祐巳はふと、違和感を覚えた。何か大切な事を忘れているような気がするのだ。
(ん〜と・・・あれぇ?何が足りないんだろう・・・・・・え〜と・・・)
祐巳は必死に思い出そうとしている。
(ん〜・・・あっ!!)
そして思い出した。
(私のお姉さま!祥子さまがいない!うっわ、すっかり忘れてたわ!)
・・・オマエ、本当に祥子の妹か?
元いた“あっち”の世界なら、確実に祥子にシバき倒されているであろう、祐巳の祥子に対する扱いだが、一度思い出してしまうと、祐巳は祥子の所在を確認せずにはいられなくなった。
(どこにいるんだろう?てゆーかどんな存在なんだろう?“この”世界の祥子さま。あれ?えっと、黄薔薇家が)
三年生 “黄薔薇さま” 由乃
二年生 “蕾” 江利子
一年生 “蕾の妹” 令
(・・・だったから・・・・・・山百合会の幹部じゃ無い?!うわ、何してるんだろう?“この”世界の祥子さま)
祥子の存在が気になって仕方ない祐巳は、なんとなく周りを見回してみた。
(ここにいるとは限らないかもなぁ)
しかし、そこはやはり“あっち”の世界で姉妹だった二人、強い繋がりがあったようで・・・
(・・・ん?あれは!)
見つけたのだ。
(祥子さま・・・ってカメラ構えてる?!)
茂みの中に。
どうやら、“コッチ”の世界では、蔦子ではなく、祥子がカメラちゃんとして君臨しているらしい。
(そうなんだぁ・・・“こっち”では祥子さま、あのポジションなんだぁ・・・)
祐巳が祥子を見つけてホっとしていると、由乃が叫んだ。
「あ!また来てるわよ、あの変態!」
明らかに祥子を指差して叫んでいる。
(え?どういう事?“こっち”の世界じゃ、“カメラちゃん”は認知されてないの?)
祐巳が驚いていると、祥子は逃げ出してしまったようだ。
「まったく、忌々しい!今度来たら、竹刀で成敗してやるわ」
令が憤慨した様子で言う。祐巳は、状況が判らず、思わず隣りにいた瞳子に事情を聞いてみた。
「あの、お姉さま・・・今のはいったい?」
「あれ?祐巳は知らなかった?今の変態」
逆に不思議そうに聞き返されてしまったが、瞳子は説明してくれた。
「リリアンの生徒を狙う、変態カメラウーマンよ。隙あらば狙ってくるから、あなたも気を付けてね?」
「でも、同じ女性なんですから、変態扱いは可哀そうな気が・・・」
さすがにいたたまれなくなって、祐巳がフォローを入れると、逆に瞳子に聞かれた。
「だって、あの人ハタチ越えてるのよ?」
「・・・・・・・・・・・・はい?」
「元々はリリアンの生徒だったらしいけど、青春の輝きを撮るのが自分の使命だとか言い出して、もう何年もリリアンに潜み続けてるらしいのよ」
瞳子は呆れ果てた様子で言う。
「なんか、どこかの財閥の一人娘らしくて、働かなくてもカメラにお金かけられるんだそうよ。世の中間違ってるわよね」
忌々しげに聖が呟く。
「いわゆるアレね・・・えっと・・・・・・ニート?」
乃梨子がトドメとなる一言を言う。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・イヤ」
「どうしたの?祐巳ちゃん」
江利子が心配そうに聞いてくるが、祐巳はもう限界だった。
「そんなお姉さまはイヤァァァァァァァァァッ!!!!」
祐巳が絶叫する。
「どうしたの祐巳!私が何?」
瞳子も心配そうだが、もはや祐巳の耳には届いていなかった。
「こんな設定、もうイヤァァァッ!!」
祐巳はただ泣き叫ぶばかりであった。
「・・・・・・・・・・・・・・・巳。祐巳」
「うぅ・・・もうイヤ・・・・・・耐えられない・・・・・・」
「祐巳!どうしたの?何がイヤなの?」
「うぇあ?・・・・・・あれ?夢?」
「もう・・・・・・うなされてるから、心配したのよ?」
そう言って微笑んだのは、祥子だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お姉さま?」
祐巳は恐る恐る聞いてみた。
「そうよ?大丈夫?祐巳。まだ寝ぼけているのかしら」
「いえ!おかげで目が覚めました!」
祐巳は慌てて立ち上がった。
「良かった。あまり心配をかけないでね?祐巳」
「ごめんなさい、お姉さま」
祐巳は祥子の胸に飛び込み、思いっきり甘えてみた。
「どうしたの?こんなに甘えてくるなんて、珍しいわね」
「・・・・・・もう少しだけ、このままで良いですか?お姉さま」
「ええ。あなたが安心するまで好きにしなさい」
今はただ、祥子の暖かさが嬉しかった。祐巳は心の中で祥子に謝る。
(ごめんなさい、お姉さま)
やはり祐巳にとって、一番大切なのは祥子だったようだ。
(“あっち”は“あっち”で面白かったけど、やっぱりお姉さまがいないと、私はダメみたいです)
そんな祐巳を、祥子も黙って抱きしめている。
そして祥子は、こう祐巳に問いかけてきた。
「祐巳。寝ぼけて、あの約束まで忘れていないでしょうね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
「もう・・・本当に忘れてないでしょうね?クリスマス・イブの午後五時。M駅の三〜四番線ホームだからね」
「ソレって・・・・・・」
「一緒に逃げましょう。祐巳」
「どっかで聞いた覚えが・・・」
「大丈夫、私たちはきっとうまくやっていける。知らない土地に行って、誰にも邪魔されずに生きていきましょう」
「生きて?」
「そうよ」
祐巳はうつむいて振るえ出した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・違う」
「祐巳?」
「ここも違────う!!ドコ?私の本当のお姉さまはドコ?!」
祐巳はすでに錯乱していた。
「祐巳?!何を言っているの?私はココよ?」
「イィィィィィヤァァァァァァァァァッ!!!!!もう、おうち帰るぅ〜!!」
お聖堂の裏手に、祐巳の絶叫が響き渡った。
ガンバレ祐巳!そのうちパラレル・ワールドを全て通過したら、一周して元に戻ってくるはずだ!
・・・・・・たぶん。
※このSSは、乃梨子がモノスゴイ汚れ役を演じています。乃梨子ファンの方や、下品な下ネタの嫌いな方は、読まない事をお薦めします。
「みんなに、簡単な護身術を考えてきて欲しいの」
放課後の薔薇の館で、祥子は他のメンバーに提案した。
「なんでまた急に?」
令が、一同を代表して、祥子に質問する。
「最近、登下校時を狙った痴漢が増えているらしいのよ。地元の警察から、生徒に注意をうながすように、連絡が入ったわ」
「痴漢ですか・・・」
祐巳が実感無さそうに呟く。
「でも祥子さま、それなら、警察の方に護身術を教えてもらったほうが、より有効では?」
由乃が発言する。確かに、警察ならその道のプロだ。有効な手段も知っているだろう。
「確かに、警察は犯罪者を制圧する手段に長けているわ。でもそれは、護身術と言うより武術なの」
「・・・その護身術は、リリアンの生徒には使いこなせないって事ですか?」
「理解が早いわ、乃梨子ちゃん。そもそも今回みんなに考えてもらいたいのは、相手を取り押さえるのではなく、短時間で良いから相手の行動を止めて、その隙に逃げるという方法なの」
祥子の言葉を聞き、令が納得した顔をする。
「ああ、なるほど。それなら、同じ女子高生のほうが、自分に合った方法を思いつくかもって事ね?」
「そうよ。幸い、この薔薇の館には、運動部に所属してない人間も多いから、全く鍛えていない人間でも使える手段を思いつけると思うの。それに、この学園の生徒の自主性を重んじる気風にも合っているしね」
祥子の言葉に全員が納得した。要は身の丈に合った「相手を短時間止める方法」を考えれば良いのだ。
「では次の土曜、つまり三日後にここで発表会を開きます。みんな、何かアイディアを持ってくるように。それでは今日の会議は終了よ」
祥子の言葉で、全員が家路についた。
そして土曜日
「・・・・・・で、ボクは何でココに呼ばれたのかな?さっちゃん」
何故か薔薇の館には、柏木優の姿があった。祐巳はそれだけで少し不機嫌になっていた。
「令の提案なのだけど、やはり実際に男性の体格に試してみないと、有効かどうか判らないんじゃないかって」
「おやおや、実験台って訳かい?」
両手を広げてみせて「イヤハヤ、マイッタナァ」とでも言いたげに、キザな仕草でジェスチャーを加える。祐巳はそれだけで尻尾を膨らませて威嚇しだし(たように見え)た。
「リリアンの防犯に協力してくれるって言い出したのは優さんでしょう?」
「いや、協力はするさ。でもボクは、どちらかと言えば、攻められるより攻めるほうでね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「はっはっはっ。冗談だよ、さっちゃん」
「・・・・・・あなたが言うと、冗談に聞こえないのよ」
「まあまあ、そう怒らないで。謹んで協力させていただくよ」
そう言うと優は、胸の前に手を当てて一礼する。まるでこれからダンスに誘うかのようなポーズを取った。祐巳はそれだけでシャーっと唸り声を上げて牙を剥い(たかのように思え)た。
「・・・それでは発表会を始めます」
祥子が気を取り直して宣言すると、一同が背筋を正した。
「その前に由乃ちゃん」
「はい?」
「・・・・・・あなた失格」
「何でですか?!まだ何も見せてないのに!」
「その手に持っている催涙スプレー。それを使う気だったのでしょう?」
「いけませんか?軽くて使いやすいし、犯罪者の行動は止められるしで、一石二鳥じゃないですか!」
「奪い取られたら、どうするの?」
「・・・・・・・・・・・・あっ」
由乃は指摘された事に反論できず、おとなしく席に着いた。
「基本的に武器の使用はNGよ。奪い取られる危険があるから。奪い取られた武器は、相手が使ってしまうからね」
「・・・それじゃあ、私もダメですね」
志摩子が残念そうに言う。
「あなた何を持ってきたの?」
祥子は興味を持ち、聞いてみた。すると志摩子は「大したものではないのですけど」とか言いながら、カバンの中から鞘に納まった短い日本刀を取り出した。全長約四十cm、いわゆる“脇差”というやつであった。
「な、何考えてるの!奪われたらどうとかっていう事の前に、そんな物持ち歩いたら銃刀法違反で自分が捕まるわよ!っていうかアナタ、良くそんな物持って通学できたわね!」
懐に脇差を忍ばせて通学する少女。考えてみれば、かなりシュールな光景である。
祥子は思わず大声で怒鳴ったが・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああっ?」
志摩子の反応は、トコトン鈍かった。
「気付かなかったわ。私ったら・・・」
「気付こうよ志摩子さん。ってゆーかドコから持ってきたの?そんな物騒な物」
祐巳が思わずつっ込むと、志摩子はおっとりと喋り出した。
「父が、大和撫子の身を護る武器と言えば、昔から薙刀かコレだって・・・」
「ああー、あのお父様かぁ。なんか納得」
「とにかく!武器は禁止よ!ましてや日本刀だなんて・・・」
「あの、脇差って言うんですけど・・・」
志摩子は律儀に訂正してみたが
「どっちでも良いわよ!そんな事!」
やはり祥子に一蹴された。
「まったく・・・何を考えているのよ」
「そんなに言うなら、祥子がまず見本を示してあげれば?」
と、令が言った。祥子は一瞬令をにらんだが、令は決して嫌味で言っている訳ではなかったので、まずは自分が手本を見せる事にした。
「判ったわ。じゃあ優さん、お手伝いお願いね」
「フッ・・・お手柔らかに頼むよ」
優はそう言って髪を掻き揚げた。祐巳はそれを見てなんだか呆れてしまい、威嚇するのをやめた。
祥子は静かに優と対峙する。
「ボクは何かアクションを起こしたほうが良いのかい?」
「いえ、そのままで結構よ。余程武道の心得が無い限り、つかまってしまえば大声を上げるくらいしか出来なくなるわ。この発表会はあくまでも、つかまる前に相手の動きを止める方法を模索する物よ」
「なるほど、了解した」
そのまま優は立ち尽くしている。
数秒後、祥子はふいにポケットに手を入れた。そして・・・
チャリ────ン・・・・・・
小銭をばら撒いた。
「・・・・・・・・・・・・何それ?」
思わず令が祥子に問いかけた。
「人間の習性を利用したのよ。誰でも小銭が落ちた音を聞けば、地面に目を向けるでしょう?その隙に逃げるのよ」
確かに、人間の悲しい習性として、小銭の音には反応してしまうものだ。しかし、なんだか発想が・・・その・・・庶民を見下しているような気が・・・
祐巳は「なんだかストリートチルドレンを自分から遠ざけるために、わざと遠くに小銭をばら撒く一部地域のお金持ちみたいだなぁ」とか思ったが、なんとなく怖くて口には出せなかった。
「いや・・・まあ・・・・・・条件反射を利用したって所はスゴイ・・・かな?うん」
「何よ令、なんだか不服そうね?」
「いや、そんな事は無いよ?ただね、ちょっと経済的には厳しいかなー?って」
「たかだか数百円で助かるなら安いものでしょう?」
(いや・・・そうじゃなくて・・・・・・・・・金で解決するって発想がどうも・・・)
令は説明するのが面倒になり、話を進める事にした。
「じゃあ次、祐巳ちゃん行ってみる?」
「それじゃあ、福沢祐巳、発表させてもらいます」
祐巳はそう言って、優の前に立った。
(・・・なんだか、真正面に立たれると緊張感無さ過ぎて、襲おうって気にさせない子だなぁ)
優はそんな事を考えて立っていた。すると突然、祐巳が窓の方を見て、ビクッと身をすくめた。
(・・・?)
優も何気なく窓の方を見た。
(何も無いじゃないか)
視線を正面に戻すと、すでにそこには祐巳の姿は無かった。
「・・・・・・あっ」
間の抜けた声を上げる優の横で、祐巳の声がした。
「これも、お姉さまのように人間の習性を利用してみたんです。何かに注目している人がいると、それが何か判らなくても思わず同じ方向を見てしまうと聞いた事があったんで、昨夜祐麒で実験してみたら、うまくいったんです」
一同が「おおー」と関心の声を上げる。
「スゴイわ祐巳さん!普段からは想像できないくらいの頭脳プレーじゃない」
「本当に。祐巳さんが考えたとは思えないくらい素晴らしいアイディアだわ」
「まさかあの祐巳さまが人間の習性を利用するなんて・・・」
「いや、驚いた!祐巳ちゃんが騙されるんじゃなく騙す方に回れるなんて」
「・・・・・・・・・・・・祐巳。私よりもウケたわね?」
全員が賞賛・・・・・・・・・だかなんだか判らないが、とりあえず驚きの声を上げた。一部、単なるひがみも聞こえていたが。
「えっと・・・・・・ありがとう・・・ございます・・・・・・・・・・みんな実は私の事キライですか?」
祐巳も素直に喜んで良いのかどうか判らなかった。
そんな祐巳を励ましたのは、なんと優であった。
「祐巳ちゃん。これは、素直に賞賛に値するアイディアだよ。目の前で見ていて騙されたボクが言うんだから、間違い無いよ?」
そんなふうに、優しく祐巳を称えた。
祐巳はニッコリ笑うと、優の目を真っ直ぐ見てハッキリとこう言った。
「柏木さんに褒められても嬉しくありませんよ?」
「・・・・・・フッ。以外と手厳しいね祐巳ちゃん」
どうやらニッコリ笑うというよりも「嘲笑」だったようだ。
笑顔を崩さずに髪を掻き揚げてみせた優だが、ちょっぴり傷ついていた。
「いやあ祐巳ちゃん、本当に良かったよ。祥子のアイディアより良いんじゃないかな?うん」
「偉そうに・・・そう言う令は、どんなアイディアを持ってきたのよ?」
祥子が不機嫌に言うと、令は自信満々に言い放った。
「私のは“コレ”よ」
言いながら、右手を掲げてみせた。
「手?令、判っているの?武術の心得が無い子もいるのよ?」
祥子がたしなめるように言うが、令は余裕の微笑みを見せた。
「別に空手チョップとかを使えって訳じゃないわよ。アイディアは、この手に“塗って”あるわ」
「“塗って”ある?」
祥子が不思議そうに聞き返した。
「そう。白コショウを塗って・・・っていうかまぶしてあるの。コレなら、相手の目鼻に触れるだけで有効だから、先手を取ってしまえば、かなり有効だと思わない?」
あいかわらず自信満々な令に、祥子は一言呟く。
「・・・・・・・・・令。目ヤニが付いてるわよ?」
「え?嘘、ドコ?」
そう言われた令は、目元を擦った。
右手で。
「・・・・・・うあぁぁぁぁ?!目がぁ!私の目がぁぁぁぁ!!」
「馬鹿ね。そんな手で日常生活が送れる訳無いじゃないの」
祥子は冷たく吐き捨てた。恐らく、自分のアイディアに賞賛が無かった事に対する八つ当たりであろう。
床でのた打ち回る令と、その令を必死に押さえつけてタオルで顔を拭こうとしている由乃を置き去りにして、祥子は発表会を進めた。
「じゃあ、最後。乃梨子ちゃん?」
「はい」
乃梨子は静かに立ち上がった。
「私のアイディアは、ちょっと実行するのに覚悟がいるかも知れません。それが最大の欠点ですね。しかし、実行すると決めさえすれば、確実な効果があります」
乃梨子はそう言うと、優の前に立った。
「お手柔らかにね?ラストバッターさん」
優がそう言い終えたと同時に、乃梨子は前に出た。
(?!)
とっさの事で、優が反応できずにいると、乃梨子は鷲づかみにした。
キ○タマを
「うごぁぁぁぁあっ!!」
突然の激痛に、思わず優は絶叫していた。それはそうだろう、そこは、女性には判らない“急所”なのだから。なんと表現すれば良いのだろう?股間にある全ての神経を、台の上にムキだしで乗せて、ハンマーで叩いたような感じだろうか?
「ぐぁぁぁっ!!キ、キン○マは反則・・・うおわぁぁあぁぁっ!?」
乃梨子はつかんでいたモノを捻りあげ、優に足払いをかけて倒した。そして冷静に語り出す。
「これは、発想の転換です。襲われる前に襲う事で相手の虚をつき、しかも女子の握力でも効果的な痛みを与える事ができます」
言いながら、乃梨子はさらに優に馬乗りになった。
「そしてこちらが襲う立場になってしまえば、相手は突然の事態に萎縮し、次の行動には移れません」
確かに優は、イキナリの展開と痛みに、どうする事もできずにいた。
・・・だってまだつかまれていたから。キンタ○を。
「確かに有効みたいね。いうなれば、痴漢撃退の一歩進んだテクニックというトコロかしら?」
祥子は激痛にうめく優を見下ろしながら呟いた。
「でも、それには相当な覚悟がいるわ。一長一短ってトコロね、難しいものだわ。もう一度考え直してみる必要がありそうね」
そう言いながら、祥子は祐巳を伴なって、薔薇の館から出て行こうとしている。
「ぬおわぁぁぁっ!さ!さっちゃん!!ちょ・・・ま・・・・・イダダダダ?!」
「お姉さま、ほっといて良いんですか?」
祐巳がチラっと優の方を見ながら聞く。
「・・・・・・祐巳」
「はい?」
「アレに係わりたい?」
祥子が優(と優に馬乗りになった乃梨子)を指差して祐巳に問いただす。
「・・・・・・・・・帰りましょう、お姉さま」
「ええ、それが良いわ」
「そんな?!ボクはどうなぁぁぁぁぁぁぁっ!!!放し・・・てぇぇぇっ!!」
紅薔薇姉妹は、薔薇の館から出て行った。
「き、君ぃ!いつまでそうしてる・・・うわ!何?ちょ・・・ええっ?!」
抗議する優を物ともせず、乃梨子は優のシャツを引き裂きにかかった。
「何してるんだ?!ていうかもう終わりで良いだろう?さっちゃん達帰ったぞ!」
もはや泣きの入っている優が懇願するが、乃梨子はボソッと呟いた。
「人間って、どのくらいの傷からトラウマになるんでしょうね?」
表情が無いのが、メチャメチャ怖かった。
「たぁぁあすけてぇぇぇぇぇぇ!!マジでぇぇぇぇぇぇ!」
優の心にはすでにトラウマが植えつけられていてもおかしくなかった。
逃げ出そうとしても、切り裂かれたシャツが体を縛り付けていて、マトモに動けない。優は絶望感に支配されつつある中、視界の中に一筋の光を見出した。
「藤堂さん!ちょっと、妹さんを止めてくれ!!頼むから!」
そう。仲良く床に転がっている黄薔薇姉妹はともかく、志摩子がまだ薔薇の館の中に残っていたのだ。
「・・・・・・・・・え?」
だがしかし、この反応の鈍さで果たして乃梨子を止められるのか?だいたい、優と乃梨子の攻防の意味が、今ひとつ判って無いようで、不思議そうにこちらを見ている。
しかし、優に残された希望は彼女だけなのだ。優はもう一度、必死の思いで呼びかけた。
「頼む!藤堂さん!助けてくれ!!」
志摩子は何か考え込んだ後、オモムロにこう言った。
「えっと・・・乃梨子?」
「何?志摩子さん」
「・・・・・・・・・・何か手伝う事はある?」
「助けるのはそっちじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
その後、何があったのかは、白薔薇姉妹も優(生きてた)も決して口を割らなかったので、この発表会の結末は永遠の謎となった。
ちなみにこの後、リリアンには恐ろしい痴女が出るという噂が広がり、結果的にリリアンの痴漢被害は減少したと言う。
※この記事は削除されました。
No.269の翌日です
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「ふぅ」
朝、マリア様の前でお祈りを済ませた祐巳はため息をついた。
昨日はなんとなく盛り上がって、そのままロザリオを受け取ってしまおうって気になったところで、蔦子さんが水を差したもんだから「邪魔をされた」みたいに感じてたけど、あとで冷静になってみるとやっぱり祐巳のほうも勢いに流されていた気がする。
祥子さまも蔦子さんの言葉で考えてしまったということはあそこで保留になってしまったのがかえって良かったのかもしれない。
祐巳のほうは良くても祥子さまはまだ初対面なんだからちゃんと祐巳のことを知ってもらってから正式に妹になった方がきっと良い結果になると思うのだ。いや、そう考えるのがポジティブシンキング?
「ごきげんよう、祐巳さん」
っと、噂をすればカメラを構えた蔦子さん。
「ごきげんよう、蔦子さん」
「朝からマリア様に百面相?」
「やだ、蔦子さん撮ったの?」
「もちろんよ」
そんな「私を誰だと思ってるの」って言わんばかりの得意顔されても。
「ごきげんよう、祐巳。それから蔦子さん」
「あ、祥子さま、ごきげんよう」
なんてタイミング。昨日の三人がまた揃ってしまった。
「持って」
祥子さまは祐巳の前に立って鞄を差し出した。
そして祥子さまは自然な動作で……
「祐巳、私の妹になりなさい」
「あ、はい」
ロザリオの輪を広げて祐巳の首にかけた。
…………。
え?
「ええーー!!」
「朝から大きな声をあげないの」
「だ、だだだだだ」
道路工事ならぬ、今日は機関銃だ。
「だって祥子さま、これって……」
「お姉さまって呼びなさい」
そう言って平然と祐巳のタイを直す祥子さま。
「みだしなみには気をつけないと。マリア様がみていらっしゃるわよ」
そして祥子さまは鞄を取り返すと校舎の方へ向かった。
「あ、お姉さま」
祐巳は慌てて後を追った。
「どうして、って顔してるわね」
「はい」
「昨日の夜よく考えたのよ」
そうか、祥子さまはあれから良く考えた上で今日の行動にでたのか。
いきなりでびっくりしたけど、きっと深い思慮があってのこと……。
「考えたけど、思いつかなかったわ」
「へ?」
あまりに予想と違うお言葉に思わず変な声を出してしまった。
祥子さまは続けてこう言った。
「あなたを妹にしない理由よ。いいのでしょう? いまだってとても自然に『お姉さま』って呼んでくれたじゃない」
「あの、昨日の今日で、私のこと良く知ってるわけじゃないですよね」
「昨日のことで十分」
妹にする理由として十分ってことらしい。
「でも」
「あとは姉妹になってから分かり合えば良いでしょう?」
それは確かにそうなんですけども……。
「私は祐巳のこともっと知りたいわ」
駄目だ。殺し文句だ。
この日、紅薔薇のつぼみは公式に祐巳を妹にすると言う宣言をし、その内容が載ったリリアンかわら版の号外は放課後になる前にはもう出回っていた。
※この記事は削除されました。
※この記事は削除されました。
「瞳子、ちょっといい?」
ある日の放課後、乃梨子は教室で帰りの支度をしている瞳子を呼び止めた。
「なんですの?」
「話があるんだけど、少し時間もらえないかな」
まじめな顔であらたまって聞いてくる乃梨子の様子に少し訝しんだが、別に早く帰る用事もないし、瞳子は承諾した。
「今日は演劇部もお休みですし、構いませんわよ」
「で、どこへ行くんですの?」
「行けば分かるから」
そう言って乃梨子が瞳子を引っ張ってきたのは講堂の裏手だった。そしてそこには一人の上級生が待っていた。
「ごきげんよう、瞳子ちゃん」
にっこり微笑んで挨拶する祐巳さまに返事も返さず、瞳子は険しい顔で振り返って乃梨子に言う。
「これはどういうことですの? 私は乃梨子さんに力になって欲しいことなんて無いと言ったはずですが」
「違うのよ、瞳子ちゃん。これは私と乃梨子ちゃんの勝負なの」
問いつめられている乃梨子の代わりに祐巳さまが応えた。その言葉を乃梨子が引き継いで続ける。
「実は今日のお昼休み、薔薇の館で祐巳さまとお弁当を食べている時に瞳子のことが話題になってね」
「瞳子のことが?」
× × ×
「ねえねえ乃梨子ちゃん、最近瞳子ちゃんどうしてる?」
いつものように祐巳さまは唐突に話題を振ってくる。お昼休み、薔薇の館は珍しく祐巳さまと乃梨子の二人きりだった。
「どうしてるとおっしゃいますと?」
「学園祭以来あまり会わなくなっちゃったから。せっかく懐いてくれたと思ったのに、ここにも顔を出さないしどうしたのかなって思って」
祐巳さまの方から振ってきた瞳子話に、とっさにこれは使えると思った乃梨子は幾分冷たく言ってみる。
「もしかしたら祐巳さまが思ってらっしゃるほど瞳子は祐巳さまに懐いていないのかも知れませんね」
するとめずらしくちょっとムッとした顔で祐巳さまが言い返してきた。
「えー、そんなことないと思うけどな。最初の頃はちょっときつい子だなって思ってたけど、だんだん素直に話を聞いてくれるようになったし」
釣れた! 心の中でガッツポーズを取った乃梨子だが、念には念を入れてもう一押し付け加えて祐巳さまを煽ってみた。
「悪いですが瞳子は祐巳さまより私の方に懐いています。祐巳さまの場合、祐巳さまが瞳子にちょっかいを出して初めて関係が成立するわけですが、私の場合は頼んでもいないのに(いらない)お世話までしてくれるくらいですから」
祐巳さまと乃梨子の間には瞳子を巡って静かに火花が飛び散っていた。ただしお互い違う意味の火花だったが。
× × ×
「とまあ、こんなことがあってね」
「それで瞳子ちゃん自身にどっちに懐いているか、この勝負の判定をしてもらおうってことになったの」
「いい加減になさってください。お二人とも瞳子に失礼ですわ。なんですの、懐いてるって。人を犬や猫の子みたいに」
瞳子はいつものようにやかましく抗議するが、祐巳さまは全く気にする様子がない。もちろん乃梨子も。
「瞳子ちゃんと祐巳はもう仲よしだよね。学園祭の時もフジマツ縁日村に私に会いに来てくれたじゃない」
「あれはたまたま近くを通りかかったら祐巳さまがいらっしゃったからご挨拶したまでです」
「そのあと一緒に学園祭デートしたし」
「なっ、それは祐巳さまが勝手に引っ張り回しただけじゃないですか!」
「でも瞳子ちゃんの方から『だったら瞳子がご案内しますぅ』ってウルウルお目々で誘ってきたんだよね」
「うそ言わないでください!」
「瞳子、あんた意外と頑張ってたんだね」
そんな乃梨子の茶々に、瞳子は真っ赤になって反論する。
「ほっといてください! とにかくっ! 私はどちらにも懐いてなどいません。特に祐巳さま!」
「ほんとにそれでいいの? 瞳子」
「乃梨子さんもいちいち場をかき混ぜないでください! もう帰らせていただきますわ!」
そう言い残して立ち去ろうとする瞳子の腕をつかんで祐巳さまが言う。
「まあまあ瞳子ちゃん。ここは先輩の顔を立てると思って一言『祐巳さまの方が好きですぅ』って言ってくれない?そうすれば素敵な特典がもれなくもらえるよ」
「なんですの。特典って」
振り返りうんざりした顔で聞く瞳子に、祐巳さまは爆弾を落とした。
「お姉さまからいただいた、私の大切な『ろ』の付くものをあ・げ・る♪」
「祐巳さま大好きです!」
「変わり身早っ!」
自分の思惑の斜め上を行く突然の展開に、乃梨子は置いて行かれそうだった。
「そうじゃないわ、瞳子ちゃん。こうよ。『祐巳さま、大好きですぅ(ウルウル)』」
「祐巳さま、大好きですぅ(ウルウル)」
「よしよし、いい子ね。私も瞳子ちゃんのこと大好きよ」
「うれしい。祐巳さま」
両手の指をを絡ませ、目を潤ませて迫真の演技指導をする祐巳さまに素直に従う瞳子。その瞳子を優しく抱き寄せる祐巳さま。そしてその二人をあっけに取られてただ傍観する乃梨子。
それにしても瞳子、今までのやせ我慢は何だったの。まあ、あんたがそれでいいんならいいんだけどね。
自分の描いた絵とはかなり違ったが、結果的には予想以上にうまくいったみたいだから良しとするか。乃梨子がそう思っていると祐巳さまが振り返って乃梨子に微笑んで言う。
「私の勝ちね。あー楽しかった。じゃあごきげんよう」
「あの、祐巳さま。『ろ』の付くものを頂けるんじゃ……」
瞳子と乃梨子を残して立ち去ろうとする祐巳さまに、瞳子はあわてて追いすがると言った。
「へっ? あっそうそう、忘れる所だった。ごめんごめん」
「もー、祐巳さまったらお茶目さんなんだから」
すねたように可愛く言う瞳子にちょっと待っててと言って、祐巳さまが鞄の中から取り出したものは。
「はい。約束のごほうび」
「……祐巳さま、これは……」
「この間お姉さまが融小父様と海外に行った時のお土産なの。それを瞳子ちゃんにも一つあ・げ・る♪」
そう言って手渡されたのは棒付きのきれいなキャンディだった。
「祐巳さま、ご冗談を……」
こめかみをピクピクさせつつ、取り繕った笑顔で言う瞳子に祐巳さまは。
「あっ、想像してたものと違っちゃった? ごめんね。でもじゃあ、瞳子ちゃんは一体何を期待してたのかなー?」
いつもと変わらない優しい笑顔で無邪気に言う祐巳さま。
「うっ。……嫌いです! 祐巳さまも乃梨子さんも大嫌いです!」
大声でそう言い残し、しかし手にはしっかりとロリーポップを握りしめたまま走り去る瞳子。それを祐巳さまの後ろから呆然と見送った乃梨子は難詰する口調で祐巳さまに言った。
「いくら何でもちょっとやり過ぎじゃないですか? あれじゃ瞳子が……」
「そうね。ちょっと悪いことしちゃったかも。でも瞳子ちゃんのこと好きって言ったのは本当よ。それに私も瞳子ちゃんには以前随分鍛えてもらったから、人としてお返しをしないとね。あとね」
祐巳さまは乃梨子に背を向けたまま応える。
「乃梨子ちゃん。瞳子ちゃんならともかく私をはめようなんて十年早いわよ。だから瞳子ちゃんを慰めるのは乃梨子ちゃんの罰ゲームね」
そう言って振り返った祐巳さまはしかし、やはりいつもと同じ天使の笑顔だった。
怖い。怖すぎる。
その笑顔を見て乃梨子は心底震え上がり、そして悟ったのだった。
薔薇の館で真に恐ろしいのは一体誰なのかを。
クリスマスの傷は癒えてなかった。
学校では、お姉さまや蓉子が私のことを事あるごとにかまってくれた。休み時間は、ほとんど毎時間と言っていいほど蓉子が私のクラスに顔を出し、放課後はお姉さまから山百合会の引継ぎを受けていた。
つまりそれは、私にとって、他のことを考える余地を与えないほどの忙しさだったのだ。
だから、学校で栞を思い出すことはあまり無かった。
「とりあえず、今日はここまでにしましょうか」
お姉さまのその言葉に、私は心底ほっとする。
予算を組む際の注意事項や、生徒会役員の承認印の場所、今まで、つぼみとして覚えておくべきことを、全くしてこなかった私に、お姉さまはすべてを詰め込むように、本当に細かいことまで教えてくれた。
それは、私がどれだけつぼみとしての作業をさぼっていたか実感させられると同時に、お姉さまがもう少しで、卒業されると言うことも実感してしまう。
もっとも学校にいる間は、忙しさに紛れて、そんなことは一秒たりとも思っている暇ないのだけれど。
でも、駅でお姉さまや蓉子たちと別れ、一人になるとそういった想いが湧いてくる。
お姉さまも栞もいなくなったリリアンを、私は全く想像できなかった。
どれだけ、私が、お姉さまや栞に依存しているかわかる。
ため息をついて、ふと、空を見上げる。
そこには煌々と満月が照っていた。
その満月を見ながら私は夢想する。
あの時、栞が現れていたら。 私はここにいないのに。
たとえ栞と死を選んだとしても、私は幸せだったんじゃないか。――何度も繰り返した問い。
一度は閉ざされたはずのいばらの森に、栞と一緒に暮らすことが出来たら……。もし、栞が二人きりのいばらの森に誘ってくれたのなら、私は喜んでそこに行くのに。
そして、そこで誰にも邪魔されずに、二人きりで楽しく暮らすのだ。閉ざされた森の中で永遠に。
永遠――それは時が止まった世界。
その時が止まった世界で、わたしは栞と永遠に仲良く暮らす。その世界は物凄く居心地良く素敵な世界に思えた。
もし、そんな世界があるなら、すべてをかなぐり捨てても、そっちの世界に行ってもいいのにと想う。
例え、それが私の作り出した幻影の世界で、そこに住む栞が幻影の栞だとしても。
でも、そんな世界は存在しないのだ。永遠など存在しないのだから。
だから、それは、全て遠き理想郷。
私は深い溜め息をついて歩き出す。
「過去」に吸い込まれそうになる、栞の顔を必死に振り払いながら。
「現在」に引き留めてくれている、お姉さまの顔を思い浮かべながら。
「未来」へ共に歩んでくれている、二人のつぼみの顔を思い浮かべながら。
三奈子「みなさん、こんにちは。築山三奈子です。今日は、ここ薔薇の館より、“スカートの中大感謝祭”をお送りします。実況は私、築山三奈子。そして、解説者として、佐藤聖さまにおこし頂いております。聖さま、本日は宜しくお願いします」
聖「こちらこそ」
三「そして、カメラクルーとして、武嶋蔦子さんにもおこし頂いております。蔦子さん、本日は宜しくお願いします」
蔦子「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
三「蔦子さん?」
蔦「・・・・・・絶対マズいですって」
三「今更何言ってるのよ。こうして階段の中に潜んでる時点で、もう後戻りできないわよ?」
蔦「やめましょうよ・・・さすがにコレは、ただの覗きですって・・・」
三「何よ。こっちの要望どおり、音の出ないスパイカメラ握り締めて、今更やめるって言うの?」
蔦「・・・だって」
聖「カメラちゃ〜ん?」
蔦「・・・・・・はい」
聖「剣道部の着替えよりは撮りやすいでしょ?」
蔦「うっ!」
聖「まあ今日はカメラちゃん好みのAカップは見られないけどね?」
蔦「ううっ!」
聖「今日は頼むわね?」
蔦「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」
三「そういう訳で、約一名、盗撮が原因で人生転げ落ち始めておりますが・・・」
蔦「・・・・・・私、これからどうなるんだろう・・・」
三「・・・いいかげん諦めなさいってば。 “スカートの中大感謝祭”、まもなくスタートです」
聖「楽しみだねぇ」
三「ところで聖さま」
聖「何?」
三「良くこんなベストポジションを発見できましたね?」
聖「いや〜、蓉子に無理矢理掃除させられてる時に偶然ね。まさか階段の下が空洞になってるとは思わなかったわよ」
三「おかげで真下からのアングルが確保できましたわ。後は、聖さま以外の薔薇の館の住人が来るのを待つばかりですね」
蔦「・・・・・・・・・これで私も犯罪者の仲間入りか」
聖「カメラちゃん。剣道部の盗撮した時点で、もう犯罪者だったと思うけど?しかしAカップ狙いなんて渋い趣味だねぇ」
蔦「もう!判りましたよ!撮ります!撮れば良いんでしょう?!」
聖「うわっ、声が大きいって。ばれたらマジで警察行きだよ?」
蔦「・・・すいません」
聖「ときに築山三奈子さん」
三「何でしょう?」
聖「さっきから誰に向かってリポートしてるの?ってゆうか何でマイクなんか持ってんの?」
三「録音して、後で記事に起こすんです。蔦子さんの写真入りで。まあ、見つかったらヤバいんで、個人的に所蔵するだけですけど。言うなれば“裏”リリアン瓦版ってとこですか」
聖「私にはくれないの?」
三「聖さまと蔦子さんの分を入れて三部作ります」
聖「よしよし。良い思い出になりそうだ」
蔦「・・・・・・犯罪の証拠になりかねないですよ。それより、何で三奈子さまが参加してるんですか?コレ」
三「ぱんつ好きだから」
蔦「・・・・・・・・・・・・そうですか」
三「聖さまが蔦子さんを脅して、この計画を進行させてるのを聞けたのは幸いだったわ。思わず聖さまに、参加を直訴しちゃったわよ」
聖「いやあ、最初はどうしたもんかと思ったけど、新聞部秘蔵のお宝写真くれるって言うから、思わずOKしちゃったよ」
蔦「・・・・・・・・・・しないで下さいよ」
三「おかげで歴史に残る“裏”リリアン瓦版ができそうだわ。・・・・・・そうだ。今度、真美のぱんつも撮ってね?」
蔦「イヤですよ!自分で撮って下さいよ」
三「だって、綺麗に撮れなかったんだもん」
蔦「・・・・・・実行済みかよ」
聖「二人とも、外から足音が聞こえてきたから、ここからは小声でね?」
三(了解です)
蔦(判りました)
三(それではまいりましょう!第一回、薔薇の館“スカートの中大感謝祭”開催です!)
蔦(・・・二回目は無しにして下さいよ?)
三(さあ、栄えあるトップバッターは誰なんでしょう?)
聖(この足音は・・・・・・・志摩子かな?)
三(・・・・・・おっと、聖さまの予想どおり、志摩子さんが入ってまいりました。さあ、彼女のスカートの中には、どんなぱんつが隠れているのでしょう!)
聖(予想としては、白のおとなしいやつかな?)
三(さあ、階段を登り始めた・・・・・・・・・おっと、コレは・・・腿のあたりまでカバーされている?)
聖(いわゆるヒップハンガーっていうタイプかな?ガード固いなぁ・・・)
三(しかもベージュです。少し若々しさに欠けるか?藤堂志摩子)
聖(あ、カメラちゃん、通り過ぎてからのヒップライン押さえといて。そのほうがそそる)
蔦(はい・・・・・・聖さま、意外とマニアックな趣味ですね)
三(聖さま、志摩子さんに点数を付けるとしたら?)
聖(う〜ん・・・やっぱりベージュがマイナスポイントだから、七十点ってとこかな?)
三(ヒップハンガーはアリと?)
聖(志摩子のイメージにうまく合ってたんじゃないの?)
三(なるほど。やはり、その人のイメージとトータルコーディネイトされている方が良いと)
聖(ま、そんなトコね)
三(しかし、私は個人的にベージュは・・・おっと、次のかたがいらしたようです)
聖(これは・・・・・・二人?)
三(これは?・・・令さんと由乃さんです。黄薔薇姉妹揃っての登場です)
聖(令はブリーフはいてたりして・・・)
蔦(失礼ですよ、聖さま)
三(私、個人的には、男物のボクサータイプもありだと思います。令さんなら)
蔦(・・・三奈子さまも、偏った趣味してそうですね)
三(失礼ね!聖さまの言うトータルのイメージを優先しただけよ!)
蔦(イメージって・・・思いっきり男扱いじゃないですか)
聖(お、令が先に・・・ギンガムチェックかぁ)
三(やはりミスターリリアン、スポーティーな感じでまとめてきました)
聖(形は普通だね)
三(さあ、続いて由乃さんがきました!)
聖(白か・・・・・・・・・・・・極めて普通な・・・んんっ?!)
蔦(何か漢字が・・・)
三(おおっと!由乃さん、一見普通の白いぱんつですが、バックプリントに、漢字で一文字“魂”の文字が!)
聖(・・・・・・これは萎えるなぁ)
蔦(ドコで売ってるんですかね?・・・あんなの)
三(それでは聖さま、黄薔薇姉妹の点数は?)
聖(ん〜・・・・・・令は面白みが無いから六十五点。由乃ちゃんはバックプリントが全てブチ壊しだから、三十点ってトコかな)
三(おおっと、黄薔薇姉妹、得点が伸びません!ここは、黄薔薇さまに挽回して欲しいところです!)
聖(カメラちゃん、二人まとめて撮れた?)
蔦(前後とも)
聖(さすが。でも、由乃ちゃんの後ろ姿はいらない)
蔦(・・・まあ、気持ちは判りますけど)
三(さて、白、黄と続きましたので、紅薔薇家の登場が待たれるところです)
蔦(・・・・・・・・・・)
三(・・・・・・・・・・)
聖(・・・・・・・・・・)
蔦(・・・・・・・・ちょっと!めくらないで下さいよ聖さま!)
聖(いや、ヒマだったもんでつい・・・・・・カメラちゃん、水色はお姉さん的に高得点だよ?)
蔦(そりゃどうも)
三(そういえば、聖さまは何色ですか?)
聖(私?薄いグリーンのやつ。ノーマルな形で、こんなん)
蔦(別に見せなくても良いですってば)
三(何よ!ぱんつはどんな時でも貴いものよ!)
蔦(何でマジ切れなんですか、三奈子さま・・・)
三(・・・ごめんなさい、つい興奮して。私、ぱんつの事になると熱くなっちゃって)
蔦(・・・・・・良いですよもう)
三(お詫びに私の見せるわ)
蔦(見せなくて良いですってば!)
聖(薄紫のレース付きか・・・なかなか上品にまとめたね)
三(お褒めにあずかり光栄ですわ)
蔦(自分からぱんつ見せといて、上品も何も無いでしょうに・・・)
三(ぱんつに罪は無いわ!)
蔦(だから、切れないで下さいよ!)
聖(しっ!誰か来たよ)
三(失礼しました。さあ、次のかたは・・・・・・祥子さんです!ここに来て、紅薔薇家の登場です!)
聖(なんかゴージャスなのはいてそうだな・・・)
蔦(そうですねぇ・・・)
三(さあ、小笠原財閥の一人娘は、はたしてどんなぱんつをまとっているのでしょう?)
聖(・・・・・・総レースか)
三(おおっと!やはりゴージャスなぱんつです!形はノーマルですが、ダークグリーンの総レースに、所々白のレースがあしらわれております!)
聖(なんかイメージどおり過ぎて、面白みに欠けるけど・・・)
蔦(高そうだなぁ・・・)
聖(五ケタは行くんじゃない?)
蔦(・・・・・・私なんか、ヘタすりゃ三ケタですよ)
三(ぱんつの価値は、値段だけじゃないわ!)
蔦(・・・・・・そんなことにまで切れないで下さいよ)
三(ごめんなさい、つい・・・さて聖さま、祥子さんの得点は?)
聖(八十五点ってとこかな)
三(面白みに欠けるとおっしゃった割りに高得点ですが、その根拠は?)
聖(やっぱり総レースはポイント高いね。あと、考えてみれば女子高生が渋いダークグリーンってのも、意外性があって良いかも)
三(なるほど。スカートの中は、乙女の秘密がいっぱいって訳ですね?)
蔦(・・・・・・意味判らないですよ)
聖(いやいや、やっぱり秘密がいっぱいだよ)
蔦(だからめくらないで下さいってば!)
聖(・・・意外とハイレグなのも、お姉さん大好物よ?)
蔦(・・・・・・もう良いです)
三(ちなみに蔦子さんの点数は?)
聖(ん〜、八十点)
三(おお!意外なところで高得点が出ました!・・・・・・えい)
蔦(あ!と、撮らないで下さいよ!)
三(良いじゃない。この三人しか見ること無いんだから)
蔦(うう・・・・・・・もう帰りたい)
聖(お。また来たよ?)
三(さあ、次は・・・・・・紅薔薇さまです!いつでも品行方正なあの方のスカートの中には、どんな秘密が隠されているのでしょうか?)
聖(Tバックとかなら嬉しいなぁ)
蔦(さすがにそれは無いでしょう・・・・)
三(さあ、階段を上がってまいりました・・・これは?!)
聖(サイド紐タイプ?!)
蔦(うわぁ・・・意外と大胆ですねぇ)
聖(カ・カ・カ・カメラちゃん!前!前から数カット!!)
蔦(ちょ・・・聖さま落ち着いて)
聖(腰骨!腰骨のトコ!アップで!)
三(意外や意外。一見優等生の紅薔薇さまのスカートの中には、淫靡な秘密が隠されていました!)
聖(薄ピンクかぁ・・・)
蔦(いや、本当に意外でしたね)
三(さあ、興奮冷めやらぬ状態ですが、はたして得点は?)
聖(九十五点)
三(おおっと!惜しくも満点を逃しましたぁ!・・・聖さま、どこがマイナスポイントだったんですか?)
聖(あそこまで冒険するなら、もっと濃い色で決めて欲しかったね)
蔦(・・・・・・・・・文句言ってる割に、すごい興奮してましたよね?)
聖(だって、蓉子だよ?あの蓉子が、サイド紐タイプなんて・・・)
三(良いですよねぇ、サイド紐。今度、真美にはかせてみようかしら?)
蔦(・・・・・・・・・真美さん泣きますよ?)
聖(いや、羞恥に涙するのもまた・・・)
三(むしろ、泣いてる真美を見たいわぁ・・・)
蔦(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ダメだ、この人達)
聖(カメラちゃんにも、いつか判る日が来るよ)
蔦(来て欲しくありません)
三(・・・・・・・・・・・・・真美ならパステルブルーかしら?・・・・・・それで、紐を片方だけほどいてこう・・・)
蔦(・・・真美さん、強く生きてね)
聖(お?次が来たよ)
三(できるだけハイレグで・・・・・・・・・いや、それではフンドシになってしまう・・・・)
聖(お〜い、もしも〜し)
三(・・・・・・・・・・はっ?!す、すいません!それでは次の方、行ってみましょう!)
蔦(・・・・・・真美さん、ホント強く生きてね?)
聖(お!江利子だ)
三(黄薔薇さまの登場です!普段、けだる気な江利子さまは、どんなぱんつなのでしょうか?)
聖(・・・・・・・・・・・・げ)
蔦(・・・うわ)
三(?!ひ、豹柄?!豹柄です!ハイレグタイプの豹柄です!)
聖(自分のぱんつにまで面白さを求めなくても良いのに・・・・・・)
蔦(面白いって言うか、意外にワイルドですね)
三(これは意表を突いた選択です!薔薇の館唯一の彼氏(候補)持ちのプライドが、彼女を女豹にしたのか?!)
聖(・・・・・・いや、ただ単に変わったモンに興味示しただけでしょ)
蔦(けだるい表情との落差が激しいな・・・)
三(さあ!江利子さまの得点は?)
聖(・・・・・・・・・・・意外性はあるけど、三十点。由乃ちゃんのと同じくらい萎えたから)
三(おおっと!黄薔薇家、全員低得点に終わってしまいました!ここは第二回に期待することとしましょう)
蔦(二回目あるんですか?!)
聖(まあ、チャンスがあればね)
三(さて・・・・・・後は)
聖(祐巳ちゃんだけだね)
蔦(・・・そういえば、何か先生の手伝いがあるとか言ってたっけ)
三(それにしてもそろそろ・・・・・・・・・来ました!)
聖(楽しみだねぇ)
蔦(ノーマルなカワイイやつはいてそうだなぁ)
聖(祐巳ちゃんのイメージに合ってれば、高得点もあるよ)
三(さあ、ラストはリリアン一のシンデレラガール、祐巳さんです!)
聖(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
蔦(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
三(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
聖(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?)
蔦(・・・・・・・・・・・・・・・・・・!?)
三(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!)
聖(・・・・・・・・・・・カメラちゃん)
蔦(・・・・・・・・・・・・・はい)
聖(もしかして今日、祐巳ちゃん体育あった?)
蔦(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい)
三(・・・・・・・・・・・・・・・・・そ、そのせいなんでしょうか?祐巳さん・・・・・・)
聖(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はいてなかったね)
蔦(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ええ)
三(・・・・・・・・・・・どうやら、体育の時間に着替えた時、ぱんつをはき忘れたようです)
聖(・・・・・・・・・やるなぁ、祐巳ちゃん)
蔦(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうしよう・・・・・・・・思わず撮っちゃった)
聖(・・・・・・・・・・・まあ、ある意味祐巳ちゃんらしいかもね)
三(・・・・・・・えーと・・・・・・・・・・聖さま、この場合得点は?)
聖(・・・・・・・・・・・・・ぱんつはいてないから、得点は無しだけど・・・・・・・敢闘賞ってとこかな?)
三(・・・・・・・・え〜・・・・・・・・得点では蓉子さまですが、インパクトでは祐巳さんという事になるでしょうか)
聖(まあ、そうだねぇ。いや、予想以上に楽しめたよ)
三(・・・・・・・・・・え〜・・・・・・それではこれにて、第一回“スカートの中大感謝祭”を終わります。聖さま、蔦子さん、今日はありがとうございました)
聖(いえいえ、こちらこそ)
蔦(・・・・・・第二回は呼ばないで下さいね)
蔦(・・・・・・・・・・・・・・・・・聖さま。これ、本当に現像しなきゃダメですか?さすがに祐巳さんのアレが映ってるんで・・・)
聖(ダメ。現像して)
三(そうよ。当然じゃない)
蔦(・・・・・・・・・・・・鬼ですね二人とも)
「黒くないっ!」
リリアンかわら版を机に叩きつけたのは薄い色の髪を後ろで纏めた『短いポニテ』の少女だった。
ここは放課後の3年生の某教室。三人の生徒が残ってなにやら話し合いをしている様子。
「いいんじゃないの? 非公認なんだから。インパクト的に黒いくらいじゃないと」
そう言いつつ、薄型のノートPCの画面から目をそらさないのは『黒髪ストレート』。
こちらは声を荒げる『短いポニテ』と対照的に淡々としている。
「そもそも第二山百合会ってなんなのよ? 私らは各部部長連名の嘆願書を薔薇の館に持っていっただけなのに」
「……まあ、祭り上げられちゃったってことかな?」
「あのね、中心人物がそんな他人事みたいに」
「えー、中心人物って私?」
中心人物と呼ばれたのは、ちょっとクセのある肩までかかる髪の少女。
「そうじゃない、運動部の連中の要望まとめたのあんたでしょう?」
「文科部のほうが署名多いじゃない。あなた部長5つ掛け持ちだし」
なんか睨み合ってる『くせっ毛』と『短いポニテ』。
「争ってる場合じゃ無いんだけど。山百合会の返答が遅いってもう気の早い人たちから意見があがってきてるんだから」
「それよ! 私が気に入らないこと」
ビシッと『黒髪ストレート』のPCに人差し指を向ける『短いポニテ』。
「これ? これはおじいちゃんが私の進学祝いに買ってくれたモバイルノートPC。ちゃんと部活で使う為って携帯許可もらってるけど? ちなみに妹も同じのを持ってるわ」
「違うわよ、そうやっていつのまにか今回の件の意見のまとめ役に収まってるってことよ!」
「べつにいいと思うけど、だってまとめ役が居ないからってお願いされただけじゃない」
『くせっ毛』は楽観的にそう言うが。
「『並薔薇三連星』とか『色づき始めた新三薔薇』とかまるで私たちが山百合会にたてついてるみたいに噂されてるのはどうなの?」
「噂でしょ? 真実はただのまとめ役なんだからさ」
「それで収まるんならいいけどね」
「みんな話題に飢えてるから。でも所詮は噂よ。どうにもならないって」
しかし、どうにもなってしまって、臨時生徒総会を開くほどの大事に発展してしまうなどとはこの時誰が想像しえただろうか。
「ゆ〜みちゃん、いっしょに帰ろ!」
「ぎゃうっ!せ、聖さま。やめてくださいよ、いつもいつも」
放課後、今日は一人で帰るところを、校門を出るとすぐに聖さまが後ろから抱きついてきた。
「あっはは。祐巳ちゃんが相変わらずいい反応するから、楽しくてやめられないんだよ〜ん」
「去年なら校内だったからよかったですけど、路上でこんな事してたらいつか通報されますよ」
「大丈夫よ。私が祐巳ちゃんと仲良しだって、リリアンの全員が知っているから通報する子なんかいないって」
「いますよ。私のお姉さまとか」
「ははは。確かに祥子ならやりかねないわね」
「それにしても何でいつも私が一人で帰る時は必ず現れるんですか」
「んー、それはね、祐巳ちゃんの甘いにおいに誘われるから」
そう言って聖さまはクンクンと鼻を鳴らして祐巳の顔の当たりの匂いを嗅ぐ。
「もう、聖さまったらやめてください。私だって去年から少しは成長したんですからね」
「えー、そうなの。お姉さんはいつまでも無垢なままの祐巳ちゃんでいて欲しいのに」
「その方が遊び甲斐があるから?」
「ははは。まあそういうことにしておきましょ。ところで今日は車で来てるの。だからうちまで送ってあげる」
そう言われて気がつけば、少し離れた場所の路肩には聖さまの辛子色の愛車が止めてある。
「いえ、せっかくですけど結構です。いろいろな意味で危ないですから」
祐巳はにっこり笑って、しかしきっぱりと拒否する。
「あ、ひどいなあ。もう随分運転うまくなったのよ。だから大丈夫。試しに乗ってみてよ」
「運転が上手になったのは知ってます。でもこの間なんて、なんか変な所へ入っていこうとするし」
「ああ、あの時はどこも軒並み満車で、結局どこにも入れなかったんだよね。いや、何とも残念無念」
少しも悪びれることなく聖さまは応える。
「そんなわけですので、やっぱり一人で帰ります。ごきげんよう」
「まあまあ、今日は変な所はやめておくから。そうだ、パフェおごってあげるから。これでどう?」
「えっ?」
甘いものに目がない祐巳は、パフェと聞いて一瞬反応してしまった。
「ははは。祐巳ちゃん、やっぱり君は素直でかわいいね。お姉さんは安心したよ。じゃ行こ行こ」
「でも帰りに寄り道するのは校則違反だって、聖さまだって知ってるでしょ」
「……今日はうちに帰っても誰もいないの。それに加東さんもバイトだとか言って遊んでくれないし。こんな一人ぼっちの私を祐巳ちゃんまで放り出すの?」
わざとらしくションボリと寂しそうな演技をする聖さまに負けて、祐巳はため息を一つして同意する。
「分かりましたよ。寂しい聖さまにしばらくお付き合い致します。それと」
聖さまの耳に口を寄せて小声で。
「パフェは学校から遠い所のお店でお願いします」
「はっはっは、了解。じゃあ行こうか」
聖さまはそう言って車の助手席のドアを開けて祐巳を招いた。
「今日はごちそうさまでした」
「どういたしまして。私も祐巳ちゃんとお話しできて楽しかったし」
行く時は渋々といった感じだったはずなのに、一緒に時を過ごせばやっぱり楽しい。家の前に聖さまの車が着いた時には、このまま別れるのが何だかちょっと寂しいような気になっている祐巳だった。
車から降りがたい気分の祐巳は聖さまに言う。
「よかったら上がってお茶でも飲んでいきませんか? 母が聖さまのファンで、前から一度お会いしたいって言ってますし」
「う〜ん、そうだな。それはまたの機会にしよう。そうすれば祐巳ちゃんがまた会ってくれるから」
「そんな事しなくても、いつでもお付き合いしますよ。それよりこのままお礼もせずに帰しちゃったら私が母に叱られます」
「うれしいこと言ってくれるね。じゃあお礼はいつものようにここへ」
そう言うと運転席の聖さまは自分の左頬を指さす。
「もう、しょうがないですね」
実は車で送ってもらった時のお礼として、聖さまの頬にキスをするのがいつの間にか当たり前になっていた。最初のうちはお姉さまや志摩子さんの顔が浮かんで随分躊躇したものだが、こんなのただのスキンシップ、気にするほどの事じゃないよ、と軽く言う聖さまに乗せられて何度かするうちに、祐巳自身もいつしかそう思うようになっていた。
「じゃあ」
辺りをきょろきょろと見回して人影がないのを確認すると、祐巳はいつものように目を閉じて聖さまの頬にチュッと。
しようとした刹那、聖さまが急に首を左に回して祐巳の正面を向いた。そのため左頬に触れるはずだった祐巳の唇は聖さまの唇に触れてしまった。
驚いて目を開いた祐巳に、聖さまは笑いながら言う。
「大変結構なものをいただきました。思った通り祐巳ちゃんの唇はパフェのようにとっても甘かった」
「ひどいっ! 私、初めてなのに!」
そう言って両手で口を押さえる祐巳に、聖さまはさっきとはうって変わって真面目な顔で。
「ごめん。そんなにいやだった?」
その言葉に祐巳はうつむいて首を横に振った。
「……違うの。……いやじゃないからいやなの」
「祐巳ちゃん……」
祐巳の頬に聖さまが手を触れようとした瞬間、祐巳は助手席のドアを開けると勢いよく飛び出した。
「ご、ごめんなさい。今日はありがとうございました。さよなら」
そう言い残すと玄関に飛び込んでいった。
玄関の外では動き出した聖さまの車の音が次第に遠ざかり、やがて聞こえなくなった。しかし祐巳の心臓の音はなかなか収まりそうにない。
「ちょっとやり過ぎちゃったかな。この次はさすがに警戒されちゃうだろうなあ。でも面白かったし、まあいいか」
帰りの車の中、笑いながら聖さまがそんな独り言を言っていたのを、祐巳はもちろん知らない。
ドサッ!! 鈍い音が響いた。その後
い、いや〜〜!! 祐巳さん、ねえ、祐巳さん、 だ、誰か救急車を!! お願い、お願いだから、早く!!
紅薔薇の蕾、福沢祐巳さまが階段から転落し、病院に運ばれた。その事故はすぐに伝わり、リリアン女学園に衝撃が走った。
その報告を聞き、私はすぐさま病院に向かった、祐巳が運ばれた病院は小笠原グループの関係のある病院だったので道にも迷うことなくすぐに付くことができた。
「祐巳!!」
私は、病室へと駆け込んだ、中には祐巳のお母様も居たが、今の私には祐巳しか見えない、たとえ祐巳のご両親に無作法者と蔑まれても構わない、挨拶、関係ない、私は祐巳の元へと進んでいった。
横たわる祐巳のベットから出ていた手を握り、私は祈った『お願いです、マリア様、祐巳を、私の祐巳をどうかお助けください。』
私は、ただただ、祈った、泣いているのが自分でも分かる、祐巳は私の全てなのだから。 祐巳、祐巳、祐巳・・・
いったい何十分たったのだろうか。
私の肩に、祐巳のお母様の手が、やさしく置かれた。
「祥子さん、本当にありがとう、でも、祐巳は大丈夫、少し前まで意識があったのよ。でも、今は眠っているだけなの、命には、別状はないのよ。」
「ほ、本当ですか?」
「ええ、本当よ、全然平気、今は眠っているだけ、たぶんすぐに起きます、でも・・・ 」
「でも、何ですか? 」私は涙を拭いつつ、お母様に聞いた。
「記憶・・・ 記憶が少しおかしくなっているんです。」お母様はとても困惑したような顔で私に言った。
意味がよく理解できなかった。
お疲れなお母様を看護師にまかせ、無理をいい、今日は祐巳の病室に一緒に泊まることを承諾してもらった。
『祥子さんなら任せられる』と、祐巳のお父様も快く承諾してくれた。祐麒君にもお願いしますといわれた。
付き添い用の簡易ベットを出してもらったが、とても私には、横になることはできなかった、いつ祐巳が起きるか分からない、今度は一番に自分がいたい、祐巳の手を握りながらも、疲れなのか、いつしか眠りについてしまっていた。
「あの〜〜 もしも〜〜し。」 ユサユサ
ん、もう、うるさいわね!
「もしも〜〜し 起きてください〜〜〜〜い。」 ユサユサユササ
うるさい!! いったい何よ!!
「す、すみません、あの、おトイレに行きたいのですが・・・ 手を離して頂けますか?」
うえ? おトイレ、私は言われるまま手を離した。
おや? いま普通に起きて、私と会話したのは、祐巳?
夢かと思い、祐巳の寝ていたベットを見る、やっぱり居ない、ということは夢じゃない。
色々考えているうちに、祐巳が帰ってきた、「はあ〜〜〜 すっきり♪」
おいおい、仮にもリリアンの淑女がそれは無いだろう。
でも、私にはどうでもよかった、愛する祐巳が、今、元気に動いている、それだけでよかった。
ごめんなさい、嘘です、 抱きしめたくてしょうがなかった。なので、抱きしめた。
「祐巳、本当に大事に至らなくてよかったわ。」
「はあ、まったくそのようですね。」
「あなた、本当に、全然緊張感が無いわね。」
「はあ、まったくそのようですね。」
「あなた、姉の私をおちょくっているのかしら?」
「い、いえ、そんなことは、ありません、 ただ。」
「ただ?」
祐巳は少し申し訳なさそうに言った。
「すみません、とても失礼な質問とは思いますが、あなた様は、いったい私とはどのような関係なのでしょう?」
「へ?」
『記憶・・・ 記憶が少しおかしくなっているんです。』
お母様の言葉を今、改めて理解した。
続く・・・
がちゃSレイニー、NO.239から黄薔薇分岐で書いてみました。
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由乃の対策とは「正攻法」であった。
「やっぱり親友として、二人でとことん話してみなくちゃはじまらないのよ。令ちゃん、見ててもいいけど絶対口を挟まないでね」
「うん。わかったよ」
翌日、あらかじめ人払いしておいた薔薇の館にて。
「祐巳さん。わたしたち親友よね」
「え?うん」
「よかった。ならそのつもりで聞いてほしいんだけど、祐巳さんは卑怯だと思う」
「な、なんで」
「わたしがいうと説得力に欠けるかもしれないけど、ただ慎重なのは美徳じゃないわよ。だいたい祐巳さんは自分から誰かの気持ちを確認したことがあるの?」
「…」
「考えてみれば、祐巳さんとお付き合いさせてもらってるのは、祥子さまに聖さま、あとは蔦子さんとわたしよね。みんな無理やり押しかけたようなものだし、もしかして迷惑だったかしら」
「そんなことないよ、絶対」
「なら、瞳子ちゃんはどうしてだめなの?」
「だって、勘違いだもの、絶対。本当に好きなのはお姉さまのことだから」
「わたしはもし菜々が令ちゃん目当てだとしても、全然気にしないわよ。令ちゃん相手なら絶対ひっくり返して見せるもの」
「由乃さん、前と言ってること違うよ」
「そうね。でも本当よ」
「わたしじゃお姉さまにかなうはずないよ」
「だめだったら、解消すればいいじゃない」
「いやだよ。そんなことになったら」
(悲しいじゃない…)
「そうか。わたし、捨てられるのがこわいんだ、だから」
(距離をとってたんだ)
「由乃さん。わたし、瞳子ちゃんを探してくる」
「そう?」
「妹にするとかは全然決めてないんだけど、まず、謝らなくちゃ」
「健闘を祈ってるわ」
「ありがとう、由乃さん」
「捕獲作戦を考えましょう!」
由乃からの唐突な提案に、祐巳と志摩子は反応できなかった。
「・・・ちょっと。聞いてる?」
再度問いかけてくる由乃に、祐巳はなんとか答える。
「いきなり何?」
祐巳が戸惑うのも仕方なかった。昼休みに、たまには三人で昼食を食べようと中庭に集まり、お弁当を広げていたその時に、由乃は何の前触れも無く先ほどの発言をしたのだから。
「だから捕獲作戦よ!」
「・・・・・何の?」
志摩子もやっと口を出せた。
「ランチよ」
「ランチ?」
オウム返しに志摩子が言い、軽く首を傾げる。
『ああ、ゴロンタの事?』
祐巳と志摩子の声が重なった。
「・・・・・・・・・何で二人ともそっちの名前が定着してんのよ。まあどっちでも良いわ。そのゴロンタの事よ」
「・・・・・・由乃さん。お弁当が足りなかったなら私のやつ分けてあげるから」
「誰が猫なんか食べるのよ!!そうじゃなくてね・・・」
「由乃さん」
「何?志摩子さん」
「三味線屋にメス猫を連れて行っても、買い取ってくれなかったわよ?」
「三味線にもしない!!・・・・・・・・・・・・・・・・くれ“なかった”?」
「じゃあ、何のためにゴロンタを捕まえようというの?」
「志摩子さん今過去形で・・・」
「理由を話してくれないと協力はできないわよ?」
「いやだから、なんで過去形で・・・」
「ねえ?祐巳さん。そうよね?」
「え?・・・う、うん」
「・・・・・・・・・もういいや。深く追求しても気分の良い話は出てこないだろうし」
「そ、それで、何でいきなりゴロンタを捕まえようとか思ったの?」
祐巳も志摩子の話を追求したくなかったので、話を元に戻した。由乃はそれを受け、先ほどより少し落ち着いた口調で話し始めた。
「狂犬病の予防注射してあげようと思って」
「・・・・・・猫なのに?」
「昨日テレビで見たんだけどね?狂犬病っていうのは海外じゃ狂水病って呼ばれてて、ほとんどの哺乳類に感染するのよ。もちろん人にもね。ついでに言うと、今、飼い犬の間では、狂犬病はほぼ絶滅しているの。むしろ輸入動物のフェレットなんかの方が予防接種を義務付けられてなくて危ないらしいの」
「・・・・・・へえ〜知らなかった」
「でね?飼い犬と違って屋外に出る生活している猫や野良犬のほうが感染の確率は高いんだって。感染源の動物に直接出会って噛まれる可能性が高いから」
「確か唾液感染だったわね」
「志摩子さん、良く知ってるわね。まあ、そんな訳で、ゴロンタにも予防接種をと思ったのよ。こんなにリリアンに馴染んでる猫が、ある日突然倒れたりしたら悲しいでしょ?」
「そっかぁ・・・・・・別にオナカ減ってた訳じゃなかったのね」
「・・・祐巳さん、あなた私のこと何だと思ってるのよ」
「じゃあ、捕まえてみる?」
「志摩子さん、居場所に心当りある?」
「心当りと言うか・・・」
「言うか?」
「さっきから由乃さんの後ろにいるのだけれど」
「早く言ってよ!」
由乃は立ち上がり、後ろを振り返った。すると確かに由乃の真後ろにゴロンタが寝そべっていた。
「うわ、ほんとだ。気付かなかったわ」
「でも、どうやって捕まえるの?」
「そうね・・・・・・」
作戦1:エサで釣る
「ほ〜ら、美味しいお魚だよ〜。おいで〜」
由乃は自分のお弁当に入っていた鮭の切り身をチラつかせながら呼びかけるが、ゴロンタは寝そべったままこちらを見ているだけだった。
「おかしいなぁ。魚なら飛びつくと思ったんだけど・・・」
「その鮭、由乃さんが料理したの?」
「ううん、令ちゃんが・・・・・・って祐巳さん、今のどーゆー意味よ?」
「いや、実は美味しくないのかと思って」
「ああ、それで私が料理したのかと思ったんだ・・・・・・って失礼ね!」
「・・・オナカが減ってないのかも知れないわね。よく、昼休みに餌付けしている人がいるから」
「あ、もう満腹なのか・・・」
由乃は残念そうに鮭を弁当箱に戻した。
「と言うか私がさっきチクワをあげたから・・・」
「早く言いなさいよ志摩子さん!」
作戦2:オモチャで釣る
「何かゴロンタの興味を引きそうな物持ってる?」
「お弁当しか持ってきてないよ・・・」
「私もよ」
「そうよね・・・猫じゃらしでも生えてないかな?」
「あ!由乃さんの三つ編みなんか興味持ちそうじゃない?」
「どうやって使うのよ・・・頭振りながら寄ってったら逃げ出しちゃうんじゃない?」
「切る?三つ編み」
「切らないわよ!って何でナイフなんか持ってんのよ志摩子さん!」
「デザートのリンゴを剥こうかと・・・」
由乃は志摩子の弁当箱を覗いてみた。
「・・・・・・・・・・・リンゴなんか入ってないじゃない」
「そう言っておけば怪しまれないかと思って」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もういい」
作戦3:実力行使
「待ぁぁてぇぇぇ!!」
業を煮やした由乃は、ゴロンタを追いかけて全力疾走し始めた。周りでは、食事中の生徒達が怯えて逃げたり「まあ・・・・・・由乃さんとうとう・・・」などと可哀そうな目で見たりしていたが、由乃は気付かずに、ゴロンタを追いかけて銀杏並木のほうへと駆けて行ってしまった。
「元気だなぁ、由乃さん」
祐巳はそんな由乃を見送りながら、お弁当をつついていた。手伝う気はさらさら無いらしい。
「オナカが減れば戻ってくるわ」
志摩子がさらっとヒドイ事を言っているが、
「そうだね」
祐巳が同意してしまったので、その場には由乃をフォローする人間はいなかった。
作戦失敗
「はぁ、はぁ、はぁ、・・・・・・・・・見失っちゃった」
数分後、由乃は肩を落として戻ってきた。
「猫が本気で走れば、普通の人間では追いつけないわよ?」
「はぁ、はぁ・・・・先に・・・・・はぁ・・・言いなさいよ」
由乃はグッタリと座り込んでしまった。
「まったく・・・無駄な体力使っちゃったわ。・・・・・・しかも祐巳さん昼寝してるし・・・」
由乃は恨めしそうに祐巳を睨んだ。
「・・・・・・・あれ?!」
眠っている祐巳の横を見ると、ゴロンタが寄り添うように眠っていた。
「この子、祐巳さんには警戒心が無いらしいの。よくこうして一緒にお昼寝しているのよ?」
「じゃあ、最初から祐巳さんに頼めば・・・」
「すぐに捕まえてくれたわね」
「・・・・・・・・・・早く言いなさいって何回言わせるのよ!!」
「ごめんなさい。聞かれなかったものだから」
絶対わざとだ。力尽きた由乃はそう思いながら、ばったりと倒れこんでしまった。
後日、ゴロンタはすでに聖によって予防接種済みである事が発覚し、由乃はもう白薔薇家には心を許すまいと誓ったらしい。
二人になっていました。まる。
「それで納得できるかーっ!」
「だってねぇ」
「うん」
祐麒の前には二人の祐巳がいた。
「っていうか何でそんなに落ち着いてるんだよ」
「えーっと、もう一通り慌てちゃったから」
「うん、もうこれ以上慌てても変わらないし」
『ねーっ』なんて仲良く声を合わせたりしてる。
「なんか馴染んでるし……」
「祐麒なんか怒ってる?」
「というか、何が気にいらないの?」
「あのさあ、この異常事態の原因を探るとか、対応策を考えるとかないの?」
「こんなの原因判るわけ無いじゃない」
「開き直る以外対応策って思いつく?」
見てると互いになにやら合意が出来てるのか、代わる代わる返事をしてる。同一人物が二人というより双子の姉妹のようだ。
「じゃあどうするんだよ……って二人で学校行く気か?」
二人ともリリアンの制服を着ていた。
「だって今日から山百合会の仕事あるし」
「祐麒にも言ってあったじゃない」
「そういう問題じゃねぇよ! わざわざ混乱を広げるなっての!」
『混乱って?』
声をそろえて聞いてくる。
本気で判ってないらしい。祐麒は頭を抱えた。
「祥子さんとかにどう説明するんだよ?」
『え?』
「『突然二人になりました』なんていって納得してくれるか?」
「うっ、そういえば」
「難しいかも」
「だろ? 下手すると卒倒モノだぞ?」
「どうしよう」
「ねえ、祐麒?」
不安そうな上目遣い。しかもダブルで見つめられた。
これはこれで良いかも。じゃなくて!
「……う、嘘でも言いから常識的な言い訳考えてから行けよ」
『常識的な?』
「たとえば、夏休みで遊びにきてる従姉妹とか」
「なるほど」
「それならいいかも」
「でもどうする?」
「どうしよう」
なんか互いに見合ってる。
「もしかして、どっちがって悩んでる?」
『うん』
「そんなのじゃんけんでいいだろ?」
だが、じゃんけんが何回やっても決着つかなかったため祐麒が適当に決めることになった。
「じゃあ恨みっこなしでこっちが従姉妹」
祐麒は自分の近くにいた祐巳を選んだ。
「えぇーっ!?」
「やったー」
指されなかった方は両手を上げて喜び、指されたほうは半泣きで祐麒を睨んでる。ある意味祐巳らしい反応である。
「そんな恨みがましい顔すんなよ。交代にすればいいじゃん、今日から毎日いくんだろ?」
「それもそうか」
「えー、ずっとじゃないんだ」
「それはずるいよ。ちゃんと交代して」
「んー、しょうがないな」
「じゃあ名前はどうしようか」
「祐麒、それむり」
「結論早っ!」
「違う名前でちゃんと反応する自信ないよ」
「まあ祐巳だからな」
「そうよね」
と同意したのは従姉妹役じゃないほうの祐巳。
「なんか他人に言われると不快」
あれ。なんか性格に差が?
祐麒に従姉妹と指定された祐巳がなんか不満顔。
「私は私じゃない」
「今、同じ名前の他人って気がしたよ」
「そうなの?」
「だって今の『そうよね』って他人事みたいだったよ?」
「そういえば……」
なにやってんだか。二人で腕組んで考え込んでる。
「はい、じゃあ名前は偶然同じって設定で従姉妹役は髪を解く!」
「祐麒なに仕切ってるの?」
「祐麒の癖になまいき」
「決めないといつまでもやってそうじゃん。時間は大丈夫か?」
『あっ!』
とりあえず『従姉妹役はツインテールなし』を採用して、二人になった祐巳は慌しく出かけていった。
で、場面は変わって薔薇の館。
「従姉妹なんだ」
「うん」
「で、名前が一緒?」
「うん。偶然ってこわいね」
「ふうん」
由乃さんはなぜか驚きもせず、むしろ疑いの目で祐巳たちを見てる?
「あの……」
薔薇の館には祥子さま、令さまに始まって乃梨子ちゃんまで揃ってたのだけど。
このなんとも居づらい雰囲気はなに?
祐巳がもう一人の祐巳を紹介した瞬間からいやーな沈黙と言うかしらっとした空気と言うか。
祥子さまはなにか硬い表情でじっと祐巳たちを見つめているし、令さまはその隣でなにか言いたいけどいえないみたいな雰囲気でやっぱり祐巳の方を見ている。
乃梨子ちゃんはなんか目をそむけて前髪の陰になった表情は読めない。
その隣で志摩子さんはいつもと変わらない気がするけど。
そして由乃さんは祐巳たちの前まで来て憮然とした表情で交互に二人を見比べてる。
そんな沈黙がしばらく続いた。
やがて沈黙に居たたまれなくなったのか、令さまが椅子を鳴らして立ち上がり、祐巳たちに近づいて、悲しそうな哀れむような目で二人を見つめた後、両の手でそれぞれ二人の肩をぽんと叩いた。
「もういいのよ」
なんというか首を横に振りながら。
「な、なんなんですか?」
続いて祥子さまが張りのある大き目の声で言った。
「入って」
その声を合図にビスケットの扉が開き、山百合会のメンバーがもう一組入ってきた。
糸冬(投げっぱなし)
とある日の放課後、薔薇の館。
「祐〜巳ちゃ〜ん☆」
「ぎゃう」
今日も今日とて祐巳に抱きつくのは、言わずとしれた地球内セクハラ聖命体、佐藤聖である。
「ちょ、ちょっと聖さま!何でここにいるんですか!」
「いゃぁ〜最近、祐巳分が不足しててさー」
「祐巳分って何ですか!大学生が高校校舎に無断で入ってきていいんですか!」
「大丈夫だよ〜ん、私、元白薔薇さまだから。」
「そんな理由が通ると思ってるんですか!」
もっともである。
そんな中、現白薔薇姉妹はいつもの事だ、という様子で黙々と仕事をこなしている。
だが、今日は違った。
「せ〜い☆」
「うわっ!?」
「ぎゃう!?」
祐巳に抱きついている聖の上に、更に何者かが抱きついてきたのだ。
「いきなりだ……って、お、お姉さま!?」
「えっ?お姉さまって、聖さまの?」
「正〜解。ごきげんよう、皆さん」
そう、聖のお姉さま、先々代の白薔薇さまである。
「あら、貴方が孫の志摩子ちゃんね。はじめまして。」
「あ、はじめまして。」
先々代の白薔薇さまは聖に抱きついたまま和やかに挨拶をしている。
「あの〜、それでお姉さまは何でこちらに?」
そこに聖がおずおずと尋ねる。
「聖、貴方今暇よね?」
「え、ええ。暇ですが…」
「じゃあ、私に付き合ってくれないかしら?」
「いいですけれど、その格好でどこに行く気ですか?」
そう言って、聖は先々代白薔薇様の着ている白衣を指差す。
「ちょっと私の大学の実験室よ。」
そう言って、聖の腕を組み、逃げないように手首をきめる。
「ええー!?ちょ、そこで何を――」
「…人って、どれくらいで自我が崩壊するのかしら……」
背後には白いオーラ、顔には悪魔の様な笑みが浮かんでいる。
「いぃぃやぁぁぁぁーーー!!!たぁすけてーー!!祐巳ちゃ〜ん!!」
「嫌です。少しはセクハラ癖を直してきて下さい。」
「そんなあぁぁぁぁーーーー」
エコーを残して連れていかれる聖。
その時、現白薔薇姉妹と言えば
「いい、乃梨子?音源が移動している時の波長はね……」
物理(ドップラー効果)の説明をしていた。
※【No:162】がちゃがちゃ江利子さま一撃入魂 及び 【No:166】正解は貴女の心に の続きですが読まなくても大丈夫です。
「素敵なブレスレットですね」
由乃が得意満面に渡した金庫を開けてブレスレットを取り出すと、菜々が嬉しそうに口元を綻ばせた。
「イニシャルまで入ってますね」
にこにことブレスレットを弄っている菜々。
それとは対照的に、由乃は驚愕の表情を浮かべていた。
「……んで」
「はい?」
「なんでいきなり開けられるの!?」
「はぁ?」
むきー、と両腕を振り回してやるせない気持ちを爆発させた由乃に、菜々の目が点になる。
「だから、どうしていきなりそれが開けられるのよ!」
「どうしてって……ああ、これですか?」
菜々が得心したように一枚のメモを取り出す。それは由乃が金庫と一緒に渡したヒントの書かれた紙。そのヒントを解かなくては金庫を開けることが出来なくて。
由乃としてはうんうん唸る菜々をまったりと眺めながら、最後には「もう、仕方ないわね。いい、これはこうやって開けるのよ?」なんて、得意げに開け方を披露して、尊敬のまなざしなんて集めちゃおうかしら、とか思っていたのだが。
由乃の目論見はあっさり外れ、菜々は金庫とヒントを二・三度見比べるや否や、あっさりさっくりすっぱりズバッと金庫を開けてくれちゃったのだ。
かつて、金庫が開けられずに祐巳さんに答えを教えてもらうという屈辱を味わった由乃としては「なんでよ!?」と叫ばずにはいられない状況だった。
「あ、私、こういうのは得意なんですよ」
菜々が事情を察して言う。
「冒険物とかミステリーとか、大好きなので。そういうのには暗号解読なんかが付き物じゃないですか」
「それにしたって……少しは悩んでも」
「それに、それほど難しい暗号でもないし」
しれっと続けた菜々に、由乃の口元がひくひくと引きつる。
「そ、そう? ま、まぁそうよね。うん。私もちょっと簡単かな、なんて思ってたのよ! あっはっは!」
「……お姉さま?」
空笑いをする由乃に、菜々は少し眉を寄せて――それから「ふーん」と呟いて。
きらり、と悪戯っぽく瞳を輝かせた。
それから数日後。
菜々は一枚のフロッピーを手に、薔薇の館へやって来た。
「お姉さま、ちょっと良いですか? お願いがあるのですけど」
「ん、なに?」
由乃よりよっぽどしっかり者の妹が、お願いなんて珍しい。
由乃は祐巳さんとの会話を中断して、にこにこと菜々を隣の席に座らせた。
「で、お願いって?」
「お姉さまは、鳥居江利子さまのメールアドレスをご存知ですか?」
「江利子さまの? うーん、令ちゃんなら知ってると思うけど」
「良かった。実は江利子さまに送っていただきたいメールがありまして」
菜々がフロッピーを見せて言う。
「この間頂いたブレスレットのお礼なんですけど」
「お礼なんか別にいいのに」
「そういうことはお姉さまが言うべきセリフではないと思いますよ」
菜々がちょっと苦笑する。
「とにかくこのファイルをですね、送りたいのです。私とお姉さまのツーショット写真集なんですけど」
「……なんですって?」
菜々の口にしたお礼の内容に、由乃がちょっと顔色を変えた。
「ツーショット写真?」
「はい、そうです」
「ちょっと待ってよ。私、そんなの持ってないわよ?」
由乃は菜々の手からフロッピーを素早く奪い取る。
「先日、笙子さまに頂きました」
「笙子さん……あ、蔦子さんの」
「はい」
「ふーん。――ねぇ、これ。私ももらって良い?」
「構いませんよ。――あ、これ、ファイルのパスワードですので。メールの本文に書いておいて下さい」
菜々が一枚のメモを由乃に渡す。
由乃はメモとフロッピーをしっかりと鞄にしまいこんだ。
その夜、由乃は上機嫌だった。
「ふんふんふん〜♪」
お風呂上りにタオルを首に掛けたまま、島津家を出て支倉家に向かう。
玄関に迎えに来た令ちゃんはさすがに呆れた様子で由乃を迎えたが、まぁ冬ならともかく最近はすっかり暖かくなったから、風邪をひいたりしないだろう。
由乃は令ちゃんの部屋に入ると、菜々から預かったフロッピーを渡した。
「これ、江利子さまに送ってくれる? メールで」
「メール? 構わないけど……」
大学生になって令ちゃんもノートPCを購入して、祥子さまや江利子さまとメールのやり取りをしている、と聞いたことがある。
令ちゃんは慣れた手付きでフロッピーに保存されていたファイルを添付し、菜々のメモに書かれていた通りの本文を打ち込んで、メールを送った。
「あと、私もそのファイル、見たい」
令ちゃんの背中越しにディスプレイを指差して、由乃はリクエストする。
「私と菜々のツーショット写真なのよ。令ちゃん、プリントできる?」
「できるけど……」
それを私にやらせるんだもんなー、とちょっと令ちゃんが不満そうに呟く。
令ちゃんがフロッピーのファイルをPCにコピーしてファイルの解凍を始めると、小さな窓が出てパスワードを求めてきた。
「由乃、パスワードは?」
「んーとね、『ei?+1=0』だって」
由乃がメモを読み上げると、令ちゃんの指が華麗に踊り――
ブブーという音がして『パスワードが違います』と表示された。
「令ちゃ〜〜〜ん」
早くツーショット写真を手にしたい由乃は口を尖らせる。
何しろほんの数日前、由乃は祐巳さんから瞳子ちゃんとのツーショット写真集(正に写真集と呼ぶに相応しい品揃えだった!)を自慢げに見せられたばかりなのだ。
私も菜々との写真が欲しいな、と思っていた矢先のことである。由乃は「ちゃんとやってよ!」と令ちゃんを軽く叩いた。
「おかしいな。ちゃんと打ったはずなんだけど……」
令ちゃんが首を傾げてもう一度キーを打つ。今度はしっかり由乃も目で追って確認し――
結果はやはり『パスワードが違います』だった。
「……ちゃんと打ったよ、私は」
「むー……?」
言い訳する令ちゃんを追いやって、今度は由乃が椅子に座ってキーを叩く。
けれど、やっぱり結果は変わらなかった。
「これ、菜々ちゃんが間違ってるんじゃないの?」
「そうなのかな……?」
由乃と令ちゃんが首を傾げたところで、ポーンと音がしてメールの受信を知らせた。
令ちゃんが確認する。差出人は江利子さま。
「お姉さまだ。ええと……素敵な写真をありがとう、中々面白い趣向だったわ、だって。パスワード、間違ってないみたいよ?」
「本当だ」
由乃も江利子さまのメールを確認する。文面を見る限り、江利子さまの方ではしっかりファイルを開いて写真を見た様子だ。
もう一度『ei?+1=0』と打ち込んで、由乃は「もしかして……」と眉を寄せた。
「これ、このまま打つんじゃないのかもしれない」
「どういうこと?」
由乃が江利子さまからもらった金庫の話をすると、令ちゃんがなるほどと頷いた。
「パスワードが謎掛けになってるわけね。それでお礼、か」
「あり得るわよ。菜々ってば、そういう変な性格だし」
由乃が断言すると、令ちゃんが小さな声で「由乃に変って言われてもなー」と呟いた。
「とにかく、菜々が作って江利子さまが解いたんだもの。負けてられないわ!」
令ちゃんを一発蹴ってから、由乃はぐっと気合いを入れて拳を握った。
「そうよ、どうせ菜々のことだもの! 私が写真を欲しがるのを見越した上で、このファイルを渡したに違いないわ! あの子はそういう子だもの!」
「……由乃、どんな子を妹にしたのよ……」
自信満々に言う由乃に、令ちゃんが溜息を吐く。
「どんなって、面白くて可愛い子よ」
「私相手にのろけないでよ」
「この勝負、受けてたった!」
顔をしかめる令ちゃんを放置して、由乃は菜々の書いたメモを広げ、ディスプレイを睨みつけた。
パスワードは『ei?+1=0』だ。
本文に「PS:どうぞ心にゆとりを持ってご覧ください」と添えられているのがどうにも憎らしい。
「――で、令ちゃんは何か思いついた?」
「いきなり私を頼る?」
呆れた様子の令ちゃんに、由乃はちょっと口を尖らせた。
「ごきげんよう、お姉さま」
寝不足気味でふらふらと薔薇の館を訪れた由乃を待っていたのは、満面笑みの菜々だった。
その輝かんばかりの笑みを見て、由乃は昨日令ちゃんに語った菜々の思惑が、大正解のビンゴだったことを確信する。
菜々は由乃が写真を欲しがるのを見越して、その反応を楽しむつもりなのだ。
なんて可愛くない妹だろうと思いつつ、由乃は引きつりそうになる頬を叱咤激励して、にっこりと笑みで応えた。
「ごきげんよう、菜々。今日は早いわね」
「はい、お姉さまに紅茶でもご馳走しようと思いまして」
「そうなの、それは嬉しいわね」
「座って待っててくださいね。――ところで、写真はどうでした? 良い写真でしたでしょう?」
にこり、と花が咲いたような無邪気な笑みを浮かべる菜々に、由乃はまたもや頬を叱咤激励する必要に迫られた。
なんでこう、この妹は、こういう妙なことをおっぱじめると、綺麗で魅力的な笑みを浮かべるのだろう。
これじゃまるで何かに夢中になった時の江利子さまだ、と思いつつ、由乃は余裕癪癪を装いながら、頷いた。
「そうね、とても素敵な写真だったわね」
答えながら思う。
これで菜々に正解を聞くことも、笙子ちゃんに手を回して写真をもらうことも、菜々に伝わる可能性があるので、出来なくなってしまった。
なんとか祐巳さんたちの協力を得ながら頑張ろうと、あくまでも負けを認めず優雅に微笑みながら、由乃は決心するのだった。
そんな由乃の様子を見ながら、菜々が楽しそうに笑いを漏らしているのは、きっとお姉さまとのささやかなお茶会が楽しいから、に違いない。
由乃の強がりが見抜かれている――なんてことはない。
――と、思いたかった。
※【No:307】ヒント編へつづく
そもそも事の発端は、夏休みが終わって少しして、そろそろ学園祭に向けて学校があわただしくなり始めるころ、一人の生徒が薔薇の館を訪れた。そしてその生徒がその日を境に登校してこなくなったのが事の始まりだった。
真相は今だに判っていないのだが、そのとき薔薇の館で悲鳴が上がるのを聞いたとか、泣きながら飛び出して来て走り去る生徒を目撃した等々、いくつかの証言とともに山百合会の幹部がその生徒になにか酷いことをしたという噂がたった。
そして一週間その生徒は学校を休み続け、噂のほうは山百合会が不祥事を隠蔽するために学校側に手を回してその生徒を停学処分にさせたのだというとんでもないものにまで発展していた。
なにが悪かったかって、山百合会が『事件』から今までこの件に関して沈黙しつづけているってことだ。
そんな折、これから学園祭の準備に向けて、出展する部活の代表を集めた説明会が開かれた。
噂の件もあり、出席率が異常に高かったのだが、噂の件については一切触れず説明会は終わった。
始終異様な雰囲気だった説明会の直後、集まっていた部長たちは、先ほど出てきた『くせっ毛』にこの件の意見の取りまとめと山百合会への提出を委ねたのだ。文化部の部長を複数兼任している『短いポニテ』も当然そこにいた。
嘆願書を持ってきた三人が帰った後の薔薇の館のサロン。
「ふふっ、面白くなってきたわね」
「ちょっと、面白がってどうするのよ」
「まあ、この件は仕方がないわよね。私は蓉子のやり方に賛成したから」
「感謝してるわ。聖。江利子も」
「私は感謝されるようなことはしてないわよ。ただ傍観してるだけ」
「口出ししないで居てくれることはありがたいわ」
「でもわざわざ人数を合わせてくるあたり狙ってるって思わない?」
「メッセンジャー役でしょ? そう言ってたじゃない」
「でも、あのメンバーってのがね」
「なに? あの人たちだとなにか問題あるの?」
「聖は知らないのね。あの三人ある意味有名人よ」
知らないなーと首をかしげる聖に江利子でなく蓉子が答えた。
「真中に居たのが那須野彩(なすのあや)さん、一年生のころからあらゆる運動部の助っ人をやってて運動部で知らない人は居ないっていうくらいの人よ」
「スポーツ万能? そんなすごい人なんだ?」
「いいえ、マネージャ代理とか人数合わせ要員とかよ」
「なにそれ」
「本人の話だと成り行きで一回そういう手伝いをしたら、そのつてでいろいろ声がかかるようになって、いつのまにかそうなってたとか。きっと一切断らなかったのね」
「ということは本人は無所属?」
「そうよ。でも彼女、殆どの運動部に貸しがあるのよね」
「つまり人脈力?」
江利子がしたり顔で答える。
「そう。潜在的だけど敵に回れば脅威になるわ」
「次が葉統絵美子(はすべえみこ)さん、彼女はわかりやすいわ。人数の少ないマイナー文化部複数に掛け持ちで所属しててそのうち部長職を5つ、副部長を7つ兼任してる」
「文化部のヌシ?」
「そんなところね」
「演劇部とか合唱部とか有名どころには属してないけど彼女も結構有名人よね」
「知らなかった」
「部活やってなきゃ知る機会ないわよ」
「で、最後が斎藤柚葉(さいとうゆずは)さん。パソコン同好会所属」
「知らないわ」
「学園で初めてノートPCの携帯許可を取った生徒よ」
「ついでにいうと実姉妹で姉妹(スール)ってことで一度かわら版に乗ったことがあるわ。斎藤姉妹って聞いたことない?」
「さあ?」
「無理よ、聖はそういうの興味なかったから」
「たしか弁論かなんかで賞とってるわね彼女」
「で、彩さんはなんとなくわかるんだけど、その3人が集まるとなにか問題があるわけ?」
「判らない? 運動部の彩さん」
「文化部の絵美子さん」
「あ……」
「この二人でリリアン高等部の部活の実数3分の2は把握するわ」
「でも彩さんはともかく絵美子さんはべつに味方が多いわけじゃないんでしょ?」
「甘いわ。弱小部とはいえ部長5つ兼任なんてなかなか出来ることじゃないのよ。彼女は部長連絡会では一目置かれてる存在なのよ」
「なるほど。で、柚葉さんは?」
「彼女は情報参謀ってところかしらね。彼女の持ってるデータベースはなかなか興味深かったわ」
「つまり、あんまり考えたくないけど、彼女ら3人がそういう方向で動き出したら現生徒会を揺るがす存在になりうるって江利子は言いたいのよね?」
「そうなのよ!」
目を輝かす江利子は、それはもう最上の面白いことを見つけたって表情だった。
このお話は
【No:226】 いたいスカートの中 作者:くにぃ
【No:288】 最高峰祐巳と瞳子と乃梨子 作者:くにぃ
の続きです。
ある日の放課後、瞳子が乃梨子とともにマリア様に下校前のお祈りをしていると、いつもの人がやってきた。
「ごきげんよう、瞳子ちゃん。ぱんつ見せて」
「ごきげんよう、祐巳さま。お断りいたします」
「いいから見せて」
「何なんですか、いきなり。バカも休み休みおっしゃってください」
「うふふ、しらばっくれてもダメよ。タヌキばんつの瞳子ちゃん♪」
「乃梨子さん、約束を破ったんですのっ!?」
「違うよ瞳子ちゃん。山百合会の情報網を甘く見ないでね★ コードネーム”写真部のエース”の定点観測網にかかっていたの」
「それって盗撮じゃないですか! しかも常設ですか!」
「何でも最近助手が出来たから網の目が縮まったとか」
「どういう部活動ですの! 瞳子が薔薇さまになった暁には写真部は真っ先に廃部決定ですわ!」
「へぇー、瞳子ちゃん、薔薇さまになるんだ。何色になるのかなー?」
「祐巳さまには関係ありませんわ。どうせ祐巳さまからはキャンディくらいしかいただけませんから!」
「まあまあ瞳子ちゃん。この間のこと(No.288)は謝るから機嫌直してよ。それよりぱんつぱんつ♪」
「往来でぱんつぱんつ連呼しないでください。乃梨子さんも黙ってないで同じつぼみとして何か言ってやってください」
「私もう見られちゃったから」
「なんですって?」
「乃梨子ちゃんはね、志摩子さんに、『乃梨子のぱんつ見てみたいわ』って言われたら喜々として見せてくれたよ」
「だってお姉さまに命令だって言われたから……」
「アホですか! 乃梨子さんはお姉さまの命令なら、ブラもぱんつもその中身も見せるんですか!」
「うん」
「即答ですか!」
「瞳子ちゃん、そんなの普通だよ。私だって芸術とお姉さまのためなら脱ぐよ」
「生憎祐巳さまは瞳子のお姉さまではありませんから、瞳子が見せて差し上げる義理はありません」
「そう?残念ね。見せてくれたら 『ざ』 の付く素敵な物をあげようと思ったのに」
「結構です。どうせ今度も座布団とかザリガニとか財津一郎とか、大方そんなところでしょうから」
「惜しい! 今回はこれ。『エリザベスカラー』(CV大山のぶ代)」
「全然惜しくないじゃないですか。それに今は水田わさびですわ。だいたいこんなものもらってどうしろというのですか」
「瞳子ちゃんのドリルに似合うかなって思って」
「いい加減になさってください。もう失礼しますわ。ごきげんよう」
「わかった! そこまで言うならとっておきの物を見せて上げるから」
「何ですの?とっておきの物って」
「えへへ、実は乃梨子ちゃんにお願いして瞳子ちゃんとお揃いのぱんつを作ってもらったの。それを特別に見せてあ・げ・る♪」
「素敵ですわ祐巳さま☆ ここでは人目がありますから講堂裏へ参りましょう。さ、早く早く」
「切り替え早っ!」
講堂裏へやって来た瞳子たち三人。
「じゃあまず瞳子ちゃんからね」
「……わかりました。では、どうぞ」
「わあ、ほんとにツインテールのタヌキだ。カワイイ!スリスリ」
「ああん祐巳さま。頬ずりなさらないで。ハァハァ」
「はー、堪能した。じゃあごきげんよう♪」
「そんな、祐巳さま。お約束が」
「へっ? あっそうそう、忘れる所だった。ごめんごめん」
「もー、祐巳さまったらお茶目さんなんだから」
「そうだ。いっそのこと取り替えっこしない? ぱんつ」
「ナイスですわ! 是非いたしましょう」
「準備するから向こう向いててね。……瞳子ちゃん、準備できた?」
「いつでもOKですわ」
「じゃあせーので交換ね」
「「せーーのっ!」」
「わーい。瞳子ちゃんの生ぱんつだ。まだ温かーい」
「あの、祐巳さま? なんでこれは未開封のビニール袋に入っているのですか?」
「だって今日のお昼休みに乃梨子ちゃんにもらったばかりの新品なんだもん。私これから由乃さんと志摩子さんに戦利品を見せに行くことになってるから。じゃあごきげんよう」
「そんな、戦利品って。祐巳さま、待ってください!」
「瞳子、とにかくまずぱんつをはけ」
「ひどいですわ、乃梨子さん。知ってらしたんでしょ? どうして教えてくれなかったのですか?」
「どうしてって、あんたがノリノリで口を差し挟むひまなかったじゃん。それと相手はあの祐巳さまだよ。いい加減学習しろ」
「……乃梨子さん。これ、ドリ、いえ、縦ロールのタヌキですわ。瞳子はどちらかというとネコではないかと思うのですが」
「私もそう言ったんだけど、祐巳さまが是非タヌキのお揃いでお願いって言うから」
「……祐巳さま……」
「だから学習しろって」